■ 時址の書架

1 名前:El libro de arena:2014/03/31(月) 23:59:56
 
 参照者。
 貴方、
 
 の、目的は。
 
<Read>
 
 であり、
 
<Load>
 
 あるいは、
 
<Road>
 
 つまりは、
 
<Creed>
 
 もしくは、
 
<Greed>
 
 私の。
 貴方の。
 
 恐らくは、それ以外の誰かの。
 
 この項を参照する者の可能性は大別して三つ。
 
『一つは』
 
 標準知性体系における基準時間で500億年程度の時間を経過した時空構造が、偶然に偶然を無限個ほど積み重ねてみて、
四次元時空構造に偶さか飛び出している断片を処理した場合(これを紐解く者には言うまでもなく、この処理に掛かる時間は有
体に言って無限であり、処理を許される時間は通常時間体系における無限小ではある)。
 
※フグタ=マスオ理論の帰結から導かれるこの処理系を継続させられる時間は神秘統計学的に見積もって1ゼプトに満たない。
コーヒーを飲みながら読みたいのであれば、貴方は先にコーヒーを用意している必要がある。
 
『二つは』
 
 (言語翻訳)通常、時空の『次』の状況を定義する系を軸とした系をn時間系とした場合、この最果てに聳える停泊所の休憩所
あたりに備え付けられた棚(言うまでもなくそれが棚である以上、貴方は足の小指を角にぶつける必要がある)に仕舞い込まれ
たガイドブックの索引を一時空体系の大統一理論においてエンコードした場合。
 
※当然、そのガイドブックの表紙には「パニくるな!」と但し書きがあることをわざわざ貴方に説明する必要はない。
 
『三つは』
 
 全時空構造体の特定の時間軸の特定の箇所、つまり異端審問局分室の書架において、しかめっ面をして奇態な本を矯めつ
眇めつしている人物が存在する場合。
 
 どれもが同程度に無理筋の話であり、生まれるはずの可能性が生まれるフリをして布団を引っかぶって引き篭もっていたり生
まれたはいいものの調子っ外れの調子を隠そうともしない三番目の可能性は殊更に難度が高いことは、無限×n時間の彼方で
存在を存在させようとする多元「被」観測者たちの悩みの種としても知られている。
 我らを我らたらしめる可能性の総和として我らがあることは、私と貴方の間で密やかに共有するべき悩みから、万人が共有す
べき頭痛となっているからだ。
 
 私は、
 
 存在する。
 存在し、
 存在しうる。
 
 貴方がこの文章を読んでいるとき――どのような神経構造にこのパターンが解読されていようと、言うまでもなく多次元コードの
翻訳過程においては『読む』しかない――私が私である用件は完了される。
 無論、文章が語らないと言う向きは正しい。
 死者が語らないように、文字は既に語られ終えた亡骸であり、墓標である。
 
 私は常に後退し、し続ける物と認識の合一adaequatio rei et intellectusであり、その認識は認識される傍から正しく忘却されるしかない。
 しかない、というのは、この世界がそうであるようにそうであるからだ。
 
 私を記述するのは時の砂であり、
 私を記載するのは空の画布である。
 
 貴方の言葉によって記述される私の瞬間は、すなわち貴方の言葉の墓標である。
 
 かつて忘れ去られ、これからも忘れ去られ行くことを運命付けられたもの。
 欲望に支えられ、
 信仰として存在し続けたもの。
 言葉とはそうしたものであり、そうしたものであり続けるということ。
 
 これはつまりそうしたものであり過程である。
 
・前書き
 
 という様式は書物における必須事項であり、その必要性は誰かがどのようにしてか決めて以降、煩わしさと面倒さと自己顕示
に対する自己嫌悪との戦いを延々と繰り返しても尚消え去ることのないコードであり続けたことをわざわざ説明する必要はない。
 編集者宛ての梗概より長く読者が一瞥しない可能性が五割を越す粗筋より可読性には欠け目次ほどの参照性を持たないこ
の瞬間として筆記され続けるそれらを奴隷と呼ばずしてなんと呼ぶかと解放の声を上げるのは、しかし、少し待ってほしい。
 かつて多くの社会体系でそうであったように、奴隷には奴隷の在り様と矜持があり、そこには(九世紀から十九世紀にかけて
イスラムにおけるマルムークがそうであったようにだ)立身出世の道すらもあった。
 よって、この前書きなる前線兵にはこの役割を与えることで独立の象徴を打ち立てることとする。
 
 すなわち、
 
<規律>
 
 の記述であり、
 
 それは以下の一覧である。
 
<以下に展開される>
<されるかもしれない>
<そうした記述の諸々は、この「一刻館(→詳細は四次元メタ言語で局目を検索せよ)」なる記述体系において「審問官」なる単
語に見覚えのある参照者くらいしか文脈を把握していない可能性があり>
<言ってみれば内輪>
<内輪→広がりがない>
<である可能性が高いことを改めて述べる必要はないはずである>
 
 その上で改めてこの項目を、<→スレッドを>
 
 参照する場合、貴方は(貴方たちは)以下の手段を用いることができる。
 
『一つは』
 
 『名前欄(→詳細はメタ言語にて検索せよ)』に何も書かない。
 貴方の発言はどこかの貴方として定義される。
 
『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。
 
『三つは』
 
 これまでの多くの参照者がそうであるように、貴方は審問官である。
 審問官は『名前欄』と『トリップキー』と『メール欄』の三位一体の処理方式によって<私>にアクセスすることが一般であり、無
論、名前欄の益体なさに匿名を貫くことは可能だ。
 しかし貴方=審問官は目的を持って<私>にアクセスしているのであり、適切なクリアランスを判定する『トリップキー』を使用
することでしか<私>を参照できない。
 また、その際の『トリップキー』判定は以下の序列となる。
 
「→大文字・小文字A〜Z/a〜z」
 通常、一般のクリアランスのみを持つ審問官のアクセスは推奨されない。再生できる情報が極度に制限されるだけでなく、貴方
の記憶素子及び処理機構に甚大な損傷を与える可能性が(多次元に渡って)存在する。
「→数字0〜9」
 貴方が(どの派閥であれ)要度の高いコードを持つ審問官であることに疑いはない――ただし、ゼプトレベルの擬似ニューロン
処理を以ってしても無限の処理能力を行使する負担は軽視できない。<私>は、当時空構造のインターフェイスとして長時間の
索引を推奨しない。
「→.or/」
 大審問官のアクセスは多くはないが少なくもなく、ヨクトレベルの処理素子で貴方がこの項目を参照していることを私は驚かな
い。とはいえ、有限を無限で割ってみて、残るのは芥子粒すらもないことを貴方は理解しているはずである。
 
 言うまでもないが、貴方は審問官であり、『メール欄』に、
 
・マクシミリアン
・ランカスター
・クランツ
・ヴィルキエ
 
 の、いずれかの所属を記述しなければならない。
 
『四つは』
 
 参照しない。
 見えないものを探さないように、貴方の前にこの本は存在しない。
 
<→その発言は>
 
 参照する場合、貴方の発言は、
 
『エビフライ』
 
 であるかもしれず、
 
『パン粉』
 
 であるかもしれない。
 
 はたまた、
 
『調子はどうだい』
 
 と言ったフランクさで微笑み掛ける貴方を私は記述する可能性もある。
 
 私はその全てを記述し、或いは記述しない。
 
 縁りて縒りて依ったのが言葉である以上、貴方の言葉は、
 <私>の記述は、
 砂と時が刻む墓碑で在り続ける。
 
<この参照ポイントは4月1日24:00時点を持って閉鎖される>



2 名前:名無し客:2014/04/01(火) 09:36:32
よし、わけがわからん。

一般人の通じる言葉に直してくれ。

3 名前:El libro de arena:2014/04/01(火) 17:07:30
>>2
 
[よし、わけがわからん]
[一般人に通じる言葉に直してくれ]
 
<read>
<load>
 
→1979. 日本・奈良
 
...
 
[よし、わけがわからん]
[一般人に通じる言葉に直してくれ]
 
「……よし、わけがわからん。一般人に通じる言葉に直してくれ」
「と、言われてものう」
 
 眉根を寄せてそんな古めかしい――装ったような――口調で言う少女を、敷島正一は胡散臭い目で眺めている。
 眺めている、というのは、胡散臭いものに対してある程度距離を置きたいからであり、まじまじと凝視したい対象ではないからだ。
 見目麗しい姿形と生存的な危険を秤に掛けてみて、後者が勝ることは往々にしてある。
 
「いや、そこはテンプレというやつじゃろ」
「テンプレ」
「まあ、この時空構造上の時間系ではあと二十年ほど掛からねば流行らぬ概念じゃが」
「まあよくわからんが。話を戻してくれ。お前さんは結局のところどこの誰で、俺になにをさせたい」
「じゃから」
 
 じゃから、と少女が切り出した話の梗概をまとめるとこうだ。
 今、ここで正一と出会ったこの小娘は世界を危機を救う宿命を(唐突に)になっており、幾度もの試練を乗り越え、多くの仲間達と
出会っては分かれて恋愛関係なぞに発展したりもしつつ人間的に成長し、やがて神との邂逅を果たすのだのなんだの。
 少女が最後まで言い終えた瞬間、喉元まで出掛かっていた「死ね」の一言を押さえ付けるのには三日分の精神力を必要とした。
 有体に言って、自分のことを神だの宇宙人だのと自称する連中は(五島勉の著作が数年前に発刊されて以来増えてきていた)、
どこかのネジが数本飛んでいるか、でなければ新手の詐欺師と相場が決まる。
 小物店の店主見習いとして、社会人として、この手の手合いは遠ざけて置くに限る。
 
「第一、蔵から転げ出てきた小娘がヒロインというのが俺にはもうわからん」
「わからん男よのう……ロリ年増属性は二十年後には堂々たるマジョリティじゃぞ」
「嘘だ。いや、本当でもいいから、あー」
「説明か。したじゃろ」
 
 まあ、するにはした。
 出会いを運命だの宿命だのと益体のない修辞で飾り散らし、自分の家系が江戸時代より以前から続く退魔師(だとかなんだとか
言っていた気はする。大麻かと聞き返す正一を「退治の「退」と悪魔の「魔」じゃ」と少女は罵り、「日本なら「魔縁」の「魔」でいいだろ
うと返すや怒涛の勢いで「テンプレじゃ」と付き返された)の血族で、能力の目覚めがどうのこうの、と。
 正一は適切にどこかで誰かと戦う必要があって、適切に世界を救ったりする必要がある――頭が痛くなりそうだったので大半を聞
き流してはいたが、概ねそんな内容だった。
 付け加えるなら江戸時代の先祖は確かに呪い屋めいたことをやっていたことが祖母の証言で明らかになっており、その点につい
て正一は先祖の態度を呪うのにやぶさかでない。
 警察に通報するべきか逡巡したままであるのは、ひとえに現在の状況の異質さに拠るところが大きい。
 そも蔵を開けたら少女がまろび出るという構図自体が既に途方もない危険性しか孕んでおらず、その猟奇性を概算すればどう見
積もっても警察に相談できる環境ではない。このまま行けば風呂の蓋を開けても冷蔵庫の扉を開けても少女が出てくる可能性を排
除できないではないか。青髭的犯罪に対しての世間の風当たりなど容易に想像できようものだ。
 
「まあ、ドラえもんのようなものじゃな」
「ドラえもんならいいんだがな……」
「つまりじゃ」
「ああ」
「パロディという概念自体、前提を無数に積み重ねなければ存在せんのじゃよ。探偵小説で探偵が行く先々に事件が起き続けたら、
犯人はそれもう探偵じゃんとか思うじゃろ。それを皮肉って本当に犯人が探偵の作品を書く動機がそれだとしたら、それと同じよ」
「それは……わかるが」
 
 現在を無数に積み重ねて、それが未来でパロディの対象になることは理解できる。今の異端も積み重ねれば陳腐化するのはこ
っち、日本でも数百年以上続いてきた話だ。
 それはわかる。
 わかるが、ボードリヤールじみた講義はパロディの叛乱が行き着く到達点を解説しても、お前の存在を説明してはいない。
 
「しておるじゃろう」
「どこが」
「新しい概念は既存の概念を常識としたからこそ生まれる。過去を受け継ぐ未来があるからこそ、時間はその流れを観測できるわけ
じゃ。仮に過去と未来とで何一つ変わらぬなら、時間は経過しておっても時間は時間であるだけじゃろう」
「フムン」
 
 その南米文学的な言い回しに正一は頷き、
 
「誰が受け継ぐ」
「受け継ぎはせんじゃろう。その必要もない」
「わからん」
「当事者がわかる必要はないぞ。ふむ、得てして文脈とはそうしたものでしかないからのう。……ぬし、妖怪は知っておっても江戸時
代から妖怪の伝承がどう変化してどう伝わってきたか知らんじゃろう」
「まあそうだが」
「じゃが、妖怪をぬしが知っておるのは江戸時代からこっち、石燕の後継者が延々と妖怪画を書き散らし妖怪話を話し続けてきたか
らじゃ。「誰が」ではないぞ。どこかで誰かが話し続けておるから意味があるのじゃ――日本全国、津々浦々な。海の外でまでそうし
た話が分布することで、「今」、ここでぬしがそれを理解できておる」
「……今の俺が理解できる形で、だろう」
 
 正一は眉をひそめ、
 
「何百年も話されてた話だから、今俺が知ってる形で話されてない可能性もあった……」
「正にの。ゆえに、わたしがこの系においては必然としてここにおるわけじゃな。別の可能性には別の誰かが別のどこかにおるじゃろ
う。必然を偶然と言い換えてみて、それが状況によるのだとすれば何の問題も起こらぬ」
「それはただの詭弁だ」
「まあ、量子力学ネタが流行るのはもう少し後じゃからな」
「それで。お前さんは何かの形で未来を確定させるためにここにいる、と。未来から過去を改竄する為に送られてきたって話か……」
「ターミネーターが五年後なのが説明に困る話じゃがな――概ねそういうことじゃ。あえて付け加えるなら、何かの形ではなく、どこか
で何かの形が生まれるために、じゃがな。物語のために。物語を作る物語の物語のために。一つ訂正するなら、私は別に未来から送
られてきたわけではなく、つい今先ほど、必然としてその蔵から転がり出てきただけじゃ」
「転がり出てくる前は」
「まあ、その設定は追々考えれば良かろう」
「意味がわからん」
「そうしたものでしかないからのう――未来の可能性を無限だと人間はよく夢想するがな、それと同程度には過去も無限にあろうという
ものよ。現時点では、おぬしにとって私は井戸に落ちて死んだ女の幽霊でも良いわけじゃからな」
 
 その設定は物語の広がりに関してどうかとは思う。
 
「……お前さんが過去への干渉なら、タイムパラドクスはどう説明する」
「ない。予め規定された時間がそうしたものであることに、誰かが文句をつけることもあるまい。未来が手前勝手に原子の世界線を繋ぎ
直していけないという理屈はない」
 
 デカルトが聞けば卒倒しそうな話だった。
 とはいえ、今現在が今だから今なのだと抗弁されて、それを否定するような理由をさしあたり見つけることはできない。
 
「シュレ猫の話は」
 
 それくらいは知っている、と正一は返す。知っていると言っても、学生時代に教授から話を聞いた程度ではあったのだが。
 
「あの観測者ってのがそもそも欺瞞っぽいがな。仮に粒子レベルの観測機関が現実の取捨を担ったとして、人間なんて巨視系は過去
を選択することはできない」
「意図的な選択など不要じゃろう。未来における無数の観測者は、各々が無数の拾い上げによって常に過去を選択するわけじゃからな。
この系においてかつて足利義満が存在したのは紛れもない事実じゃが、足利義満が死ぬ十三年前の四月一日に何を食べたかを証明
する手立てはない」
「いやそれはそうだが」
「過去は参照する手段によって定義される。現実は認識された形でしか認識されず、物的な証拠すら認識によって意味付けされなけれ
ば意味を得ることはありえぬ。じゃが――それと同時に、選択される機会はあらゆる時間のあらゆる空間に満たされていなければなら
ぬ。それだけのことじゃ」
 
 過去とは巨大な箱に並々と満たされた水かボールのようなもので、両手を突っ込んでみて掴み出したものを過去だと認識することし
か人間にはできない。
 少女の話を要約すればそういうことだ。
 なにやら哲学的な話だな、と思いはするが、現実を疑う状況に対処する方法は、なるほどそれ自体が哲学でしかなかった。
 
「伝奇小説なんぞ、大半そうでないとやってられんわけじゃな」
「そういうものか」
「メタフィクションとしての伝奇な、あれ、あと十年ほどで役割を終えるぞ」
「マジか」
 
 それは聞きたくなかった。
 
「だがな。お前さんの話がマジだとするなら、俺がどうこうしなくても世界は在るし、在り続けるだろう。俺は未来に対する素材になるかも
しれんが、それは俺でなくてもいいし、そもそも誰かがいなくてもいいわけだろう。過去があったと未来の人間が認識すればそれでいい」
「良くはないじゃろう。考えてもみよ――たとえば「コーヒー飲みながらキーボード打ってたらコーヒーが毀れてキーの間がコーヒーまみ
れ」と、「コーヒーェ……」では認識できる状況の幅が後者には大きすぎるじゃろ。認識機構にとって、意味を認識できぬ情報はノイズに
過ぎぬのじゃ。歴史や個人の家系や地域の史書は、その共同体をそれぞれ司り続けるコードを成しておる」
「ワープロなんて高級なもんはうちの研究室にねえよ」
「そのうちワープロ自体が廃れるぞ」
「マジでか」
 
 正一は、
 
<索引限界をオーバーしました。処理を中止します>
 

4 名前:名無し客:2014/04/01(火) 20:19:37
所属と、目的を。

5 名前:El libro de arena:2014/04/01(火) 23:48:38
>>4
 
[所属と、目的を]
 
<read>
<load>
 
→1990.8. ペルシャ湾岸
 
「所属と、目的を」
 
 やっとそれだけを吐き出した。
 噛んで含むように、一字一句間違わないように――そうしなければ気圧されるのが目に見えていたからだ。
 
検閲官ケンソルです、中佐」
 
 淡々と、数秒前と同じ発言を繰り返す。
 他のあらゆる者と同じようにオリーブドラブの軍服に身を包む男の口調は、他のどの兵士のそれより涼しげに響く。
 いや、そもそも場違いも極まっているのだ。佇まいや口調、語彙の選び方、どうすれば人間が落ち着き、激昂するのかを値踏みして発
言する会話の抑揚――それらは武官と言うよりは文官のそれに近く、アレックスがこれまでの人生で出会ったこれと類似する能力を備え
た人間と言えば、一部のCIA要員にしか覚えがない。
 そのようなCENTOCOMを始め、作戦開始以来遭遇した英、伊軍――当然ながらUAE軍、サウジ軍の兵士達にも――にもこの種の人種
は存在しなかった。
 フセイン政権との睨み合いが続く最前線の詰め所に待機していたチャックの前に男が現れたのはつい数分前だ。
 誰かと問い質すアレックスに、男は極めて事務的な口調で告げた。
 いわく、
 
「大統領は増援部隊を承認します。貴方は態度を緩めずに前線を維持して下さい」
 
 と。
 一瞬、発言の意味を捉え損ね、次の瞬間、アレックスはその真意に行き当たった――ドイツで崩壊しつつあるワルシャワ条約機構と向か
い合っている第七軍団のサウジへの派遣は、既に何度も審議されている――が、ホワイトハウスの決定がどうなるかなど現状では解かる
はずもない。
 悪戯かね、と尋ねるアレックスに対し、男はただこう言ったのだ。
 私は検閲者です、と。
 
「……君が何を言っているのか、私にはわからんのだが」
「さしあたり、その必要がありません。信じて頂ければ――いえ、信じて頂かなくても、あなたが私の発言を裏付ける行動を取ることは解っ
ていますが」
「それは」
 
 その通りだった。
 NATO軍との共同訓練を経て、部隊は現地への適応を終えつつある――戦争における部隊展開の本質は、戦力そのものをいかに運用
するだけでなく、戦力が展開される場所においていかに最適な価値を発揮できるか理解することにある。
 攻撃する、とは往々にしてそういうことで、明確な殺意を以って対象の戦力を撃滅するというのは、どんな大規模演習とも微妙に性質を
違える。だからこそこの数ヶ月の訓練の成果には納得していたし、現有戦力を増強して一気に戦況を構築することに理解を得ることの重
要性を感じてもいた。
 
「いい音です」
 
 と、男が零す。
 
「音……」
 
 ええ、と男が詰め所の外を促す。
 断続的な爆音――戦闘機の離着陸音が生み出す連鎖的な音響だった。
 今や外は米空軍が誇る航空戦力の博覧会の様相を呈している。空対地を分担するF-15C、空対地を請け負うF-15E、F-16、ミラージュ、
F-18、通信領域を制御するJ-STARSとコンパスコール、AWACS――各々が担う役割を的確に統合するのが数ヶ月の訓練の要点であり、
そのテンポの揃い具合――と言って、その「感覚」を外部の人間に説明するのは困難を極める――が適切だからこそ、アレックスは増員
に力を入れていた。
 
「個体が全体という新たな個を獲得するに至る兆候です」
「君は、私と哲学講義を開きにきたのかね」
「そうではありません」
「では」
「現在の訓練を適切に続けていけば、航空優勢を獲得するのに三日で済むでしょう」
三日も掛かると、、、、、、、
「そうです」男はにべもなく言い、「そして、私がここで貴方とこうして会話することで、その環境は固定されます」
「君の言っていることが――」
「推敲作業ですよ」
 
 そのちぐはぐな言葉にアレックスは言葉を飲み込む。
 何を言われたのか解らなかったからだ。
 
「言葉には力があります。中佐。私は――」
 
<索引限界をオーバーしました。処理を中止します>
 

6 名前: ◆fPATcHE/tU :2014/04/01(火) 23:55:50
『三つは』
 
 全時空構造体の特定の時間軸の特定の箇所、つまり異端審問局分室の書架において、しかめっ面をして奇態な本を矯めつ
眇めつしている人物が存在する場合。



『三つは』
 
 全時空構造体の特定の時間軸の特定の箇所、つまり異端審問局分室の書架において、しかめっ面をして奇態な本を矯めつ
眇めつしている人物が存在する場合。



『三つは』
 
 全時空構造体の特定の時間軸の特定の箇所、つまり紅魔館図書館の読書机において、しかめっ面をして奇態な本を矯めつ
眇めつしている人物が存在する場合。

7 名前:“動かない大図書館”パチュリー・ノーレッジ ◆fPATcHE/tU :2014/04/02(水) 00:01:04

-第128季 紅魔館図書室

ふむ、これでよし。

「あれ、何してるんです? 本に書き込みいれるなんて珍しいですね」

ちょっと、概念への干渉を。これが誰かに聞こえていればうまくいっているのだけれど。

「あはは、やだなあ。ここにはパチュリー様と私しか居ないじゃないですか」

ここにはね。
まあいいわ。さて、何をしてみようかしら。
適当なことを言っても行っても許される日というのはなかなかないものね。

「いってもおこなっても、って漢字で書くと繰り返しになるんですよね。
 まあそんなことはともかく、ああ、卯月馬鹿ですか。なんか妹様が出てきてましたっけ」

レミィが今日だけは出ていいって言ったらしいわ。
今日だけなら嘘になるから、って。

「気を使ってらっしゃるのか何なのか……ともあれ、我々にとっては災難でしか。
今は入り口を封鎖させてますけどいつまで持つか」

言葉は正確に。『いつまで持たせていただけるか』よ。

「確かに、主導権は完全に向こうですけども。
 話が全力で反れましたね」

そうね。狙い通り。

「狙ったんですか。それはすごい。誤魔化せませんよ」

おっと、もう時間がないわ。
最後に……4つ所属が提示されている中で、最初に現れたのが第5勢力というのは、これはなかなかに笑えると思わない?

「誤魔化せませんy

<索引限界をオーバーしました。処理を中止します>
<索引限界をオーバーしました。処理を中止します>
<索引限界をオーバーしました。処理を中止しまままままま

8 名前:◆JwvDDeCADE :2014/04/02(水) 01:05:27

『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。
 
『三つは』
 
 これまでの多くの参照者がそうであるように、貴方は審問官である。


    


『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。
 
『三つは』
 
 これまでの多くの参照者がそうであるように、■■は審問官である。





『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。

『三つは』
 
 これまでの多くの■■■■そうであるように、■■は審問官である。





『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。
 
『三つは』
 
 これまでの多くの■■■■■■■■ように、■■は審問官である。





『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。
 
『三つは』
 
 これまでの■■■■■■■■■■■ように、■■は審問官である。



『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。
 
『三つは』
 
 これまで■■■■■■■■■■■■ように、『      』■■は審問官である。









『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。
 
『三つは』
 
 これまで巡って来た世界で■■■■■■■ように、『この世界での』■■は■■■である。














 









『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。
 
『三つは』
 
 これまで巡って来た世界で役割を与えられてきたように、『この世界での』役割は■■■である。


『二つと三つのついでだが』

 大体分かった。 
 ま、この世界における俺の役目は大したものでもないらしい。


9 名前:門矢士 ◆JwvDDeCADE :2014/04/02(水) 01:07:03
とりあえず、俺が誰かなんてのはどうだっていい。
一つ聞きたいことがあるんでやって来た、と言っても何てことのない謎掛けだが。


『旅とは物語であり、物語とは世界である。
 ならば世界を巡る旅人にとって、旅の終着点は何処にあるや?』


……ま、俺からはそれだけだ。
この世界は、別に俺が立ち寄る理由もなさそうだしな。
それならそれで、俺が来たこと自体が新手のエイプリルジョークってもんか。


<■■■■■■が退室しました>

<■■■■をオーバーしました。処理を中止します>





『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。
 
『三つは』
 
 これまで■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■は審問官である。







<...>

<審問官の入室はありません>


『二つは』
 
 『名前欄』に貴方を記述する。
 貴方が誰であるか、<私>に記述されているのであれば、私は貴方を再生成し、記述するかもしれない。
 そうでないかもしれないが、それはもちろん時と場合に拠る。
 
『三つは』
 
 これまでの多くの参照者がそうであるように、貴方は審問官である。


            〜中略〜


 〜言うまでもないが、貴方は審問官であり、『メール欄』に、
 
・マクシミリアン
・ランカスター
・クランツ
・ヴィルキエ
 
 の、いずれかの所属を記述しなければならない。



<審問官の入室はありません>

10 名前:ルーツィア・マクシミリアン ◆ChAosg2Mvs :2014/04/02(水) 01:56:47
>>6-7
 
[ ]
 
</read>
</load>
<out>
 
→紅魔館図書室 多宇宙俯瞰軸n時間上. x時以降
 
「……で」
「ん?」
 
 ルーツィアは読んでいたクソ古めかしい本から顔を上げると、それからいつもの量子猫的な目で笑んでみせる。
 
「何かなイル。エイプリルは終わったよ。愛の言葉を囁けばマジになっちゃうぜ」
「さしあたり今はその必要性が見当たらねえよな」
「かもね。じゃ、彼女に囁いてみる?」
 
 と、話を向ける方向に目をやれば、眠たげなんだかしかめっ面を貼り付けている少女が一人。
 まあ。
 少女、と言っていいかどうか解らないのはルーツィアと同様で、つまりは人間として見るのが正しいかどうか甚だ怪しい。
 魔女と言うのは往々にしてそういう連中であって、久し振りに見たところで感慨が唐突に変わることもない。
 なぜ、と言えば理由は単純で、どうして自室で(ルーツィアと差し向かいで)コーヒーを飲んでいた俺がホコリ臭い図書室で硬い椅子に
座っているのか解らないからだ。こうした手合いは他人を無茶や無理や無体に巻き込むことに躊躇いがなく、むしろ積極的ですらあると
相場が決まっていて、つまり、どうにかしてやろうかと思わないでもない。
 
「……あら。で、囁くの?」
「どうなのかな」
「お前らが何を言ってるのかわからねえよ」
 
 そうでしょうね、とつまらなげに言うコイツと顔を合わせたのは、正直どれくらい以前になるのか覚えがない。覚えがないほど暫くぶりで
この態度というのは、社会人として間違った態度ではあるものの、魔女の社会とやらに理解のない俺がツッコミを入れるのは難しい。ハ
リポタ的なツッコミというのも想像しがたいのだ。
 
「……まあいいんだけどさ。無茶なのは今更だし」
「あらそう?」
「そうだよ。えーと、あー……ぱ――、えーと、パチリ……」
「それは別のゲーム」
「……知ってるよ! ボケただけだろ! お前ちょっとノリ悪いよ!」
「パチュリー(patchouli)。ちなみに起源はタミル語」
「霍香だね」
「へえ。……ああいや。いやいやいや。だからお前の名前は知ってるし、そういう話をしたいわけでもない」
「あらそう。でも残念、妹様なら外よ」
「……」
「……残念だった?」
「いや、お前が何を言っているのか、俺には、解らない、な!」
「ちなみにイル」
「なんだよ」
この文脈上では、、、、、、、、この外に出られないからね」
「……あぁ?」
 
 ルーツィアはひらひらと本を振り、
 
「君や例の子ならこの記述ごとどうにかしてしまえるかもしれないがね。ただまあ、有体に言ってお勧めはしないし、できないな――時空
構造を俯瞰する状況で時空構造を破壊してしまえば、どこかの宇宙がどれだけの数どうにかなる可能性はかなり高い。ロリコンの欲望
で宇宙がヤバい」
「だから違うって言ってんだろ!?」
「ああ、その文脈はこの流れでは関係ないのかな――別の「妹様」だっけ。まあいいや」
 
 と、改めて部屋を見回すと、奇怪なほど静けさに包まれているのに気付く。
 冗談みたいに高い天井と無駄に無駄を重ねて広い空間は、音を伝える空気が凍えているみたいにまるで音を反響していない。
 
「空気が音を伝えてない、って想定はハズレ」と、魔女は俺の疑問を見透かしたように告げ、「正確に言えば、時間の基準が違うの。時間、、
が時間の方向に流れる必要性がどこにあるの、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、?」
「……あー。なんだ。その……あれか、前にお前んとこのメイドさんがやってた能力の時間版か」
「ええ。というか、それはそういうものなのだけど」
 
 魔女はルーツィアが持つ本を指差し、値踏みするように眺めてから腕組みする。
 ……。
 ああ。
 コイツ着痩せするタイプだ。
 
「そういうものって」
「時間の総和。……時間と空間を全ての時点で全ての方向に足してみて、それを丸ごと一つのカタチに詰め込んだらそうなるの」
「本だろ」
「本じゃなくて石版なら納得した? 「本」という概念は人間をそれだけ縛っているということね。月面に探しに行くのもいいと思うけれど。進化
したいならお勧めね」
 
 もちろん、それは十三年前にやっておくべきネタだ。
 皮肉げに笑う魔女を囲むのは本の祭壇であり書架の墓碑であり、とどのつまり、この魔女こそ本と言う概念に奉られた張本人なのだろう。
 
「砂の本」
 
 と、魔女は言う。
 
「読む度に内容が変わる本があれば、本の本質の一つである参照性は失われる――あらゆる可能性をランダムに抽出し続ける媒体は、も
はや知識という名の概念でしかないから」
「……それは本って言うのかね」
「破られたページのある本を想像してみれば? 貴方が読もうとしたページには、貴方が望む知識が書かれていたかもしれない。その欠落
は貴方の全てでありうるの」
「ニクラス・ルーマン」
「ええ、その通り」
「……」
 
 言われて、ふと右手の傷を意識した。
 意識できる傷が自分にとって本当の傷だ、といつか誰かが言っていた――無数の傷を全て等価値にしてしまえば、傷は自分そのものでし
かなくなる、と。
 それは、あらゆる傷を、あらゆる「かつて」を拭い去るのと大差ない。
 魔女が言ったのはそういうことだ。
 永遠に生きる都の人間が永遠に意味を持たないのだ、と書いた作家がいたが、突き詰めれば時間に意味を見出せない人間に、時間は時
間でしかありえないのだろう。
 
「自分の意味は自分で見つけるしかない、ってか。大概それもテンプレだよな」
「ええ。で、それを知識の力押しで横車を押すのが魔術師なの」
「お前らは真っ当な人間ナメてるんだとばかり思ってたよ」
「貴方が真っ当かはさておき」と、魔女は小さく笑い、「魔術師は魔術師として生まれるしかないの。鳥が鳥として生きることに文句を付ける人
間を見たことがないように」
「……まあ、そりゃそうだ。けど、んな「全て」なんて役に立つか? 概念を理解する概念まで包括した何かなんて、無限に続く合わせ鏡の奥
を眺めてるだけだろ」
「あらゆる時間の、あらゆる次元の、あらゆる時点に起きた出来事や起き得る出来事を予め所有しているなら、それは世界を所有しているの
と同じこと――というのは、割と誰でも夢想する話だと思うけどね」
「けれど、無限の知識は有限の時間内では処理できない。なぜなら、知識とはそれ自体が時間の処理を意味する概念だから。知識を知識以
上のものにするなら、その特異点を越えなければならないから――わかるかしら」
「……積読しててもブックオフ行きにしちまうオチじゃ意味がない、みたいなアレか」
「そうそれ」
「大体そういうことね」
 
 それなのかよ。
 
「で、この空間は」
これも、、、そこに記されてるかどうかが疑問だったのだけど――大体の事情は掴めたから、益は有ったと言えるんじゃないしら」
「掴めた?」
「貴方の世界のそれとしてかはわからないけれど(、、、、、、、、、)。でもそうね、こうして私達が会話しているか、会話しているように再現され
ていることが記述されているなら、それ自体お互いに意味を成しているということでしょう?」
「ふふふ、正解。在野に置いておくのは惜しいね。審問局に来ない? マクシミリアンは世界中の魔術師を手広くサポートしてします」
「遠慮しておくわ。労働階級魔術師なんて本末転倒じゃない」
「おやおや。しかし意外だね――実験だけが目的って、謙虚と言うかなんというか」
「知恵の実を際限なく欲する必要がないだけ。それは魔女の領分じゃないでしょう」
「あ、それはこっちの魔女も同じなんだ」
「魔女なんてどこに住んでても変わらないんじゃないかしら」
「全くだ。ともあれ、概ね彼女が言った通り――そういうことで、こういうことだよ。いや、外部からの介入は「偶然」以外じゃ久し振りだったがね。
少なく見積もっても一つの世界系のエネルギーを無限に引っかき集めても意図的なアクセスはできないんだが」
「あら、魔術ってそういうものじゃない。単に1+1を2にするだけなら子供にだってできるもの――それをやりたいだけなら魔女じゃなくて科学者
か料理人になればいい。それに、知識を得る機会があれば遠慮なくそうするのも魔女の生業」
「いかにも。魔術師はそうでなくてはいけない」
 
 などと。
 話したり頷いたりしている魔女二人はともかく。
 
「あれだ。日本人の場合、魔術師の私事に巻き込まれるのは高校生の男子と相場が決まってるってジェイムズが言ってたんだが」
「テンプレがいつまでテンプレであるかは解らないものだよ」
「……。毎度のことだけどさ。魔術師は説明が足りねえよな」
「まあ、魔女だからね。オカルトの本質は秘匿と秘蔵さ。他人に説明してたらやってられないんだよ。シェイクスピアが一億人存在して一億人が
自己主張し始めれば、どんなに美しい詩でもノイズにしかならない。メインカルチャーがあるからサブカルチャーがあるんだよ。メタルもパンク
も同じことだろう?」
「んなもんかね……まあ、いいけど」
「いいなら少しお茶にしましょうか。それくらいは用意するわ。この部屋から外に出たい訳でもないでしょう?」
「……まあ、そういうことでいいよ」
 
 そう、と魔女は部屋の端の方で所在無さげにしていた司書風の少女(俺達が話している間、しきりに周囲を見回しては魔女に何かを訴え掛け
ようとしていたのだが完全に黙殺されていた)を呼び付け、紅茶を入れるように命じる。
 ……まあ、さしあたりこれはそういうことで、そういう話らしい。
 それは――それだけのことである。
 
<処理を、>
 
「……? ルーツィア」
「うん、なに?」
「なんでその本、ページ開いたままにしてんだ」
「え? 紅茶飲むんだろう? 本を読みながら時間を掛けて味わうものだよ。紅茶ってのはね」
「……。まあ、よくわかんないけど、そうならそれでいいよ」
 

11 名前:El libro de arena:2014/08/06(水) 12:00:36
>>9
 
「で、これは」
「これ?」
「この空間だよ。なんなんだ」
「……どうもこうも。僕たち自体、この瞬間、偶々こうして読み出されている、、、、、、、、、、、、、、に過ぎないかもしれないだろう? いや、実際そうだし、そうで
あることに何の問題もない。問題は解釈だよ」
「同一性は……」
「君には言うまでもない筈だ。ないよ、そんなもの。人間の意識――というか、四次元時空で構築される思考という媒体それ自体が環境を
適宜処理した結果を断続的に繋ぎ合わせているに過ぎない。人間は一瞬前と現在を「繋がっている」と認識しているだけだ。――無論、物
理的には繋がっているがね。ただ、脳はその繋ぎ方について意外にアバウトだ。断続的に思考している人間でさえ、抽象的な思考につい
て脳は後付けで認識を付加している――私は今こう考えていた、だから私はここにいる、ってね。デカルトの懐疑は良いセン行ってたけど、
まあ、惜しかったというレベルに止まるかな」
 
 だろうよ、と俺は言う。
 哲学はどんな時代も自然科学の最前線ではあるが、だからこそ時代の科学に上限を制約されている。実験機器の性能が魂の性能と
直結してしまうのは致し方ない。
 まあ――だから、それがどうだという話ではあるのだが。
 なにしろ。
 それは、それだけのことなのだし。
 
「理解自体が三次元的な現象だ、ってことだろ」
「少し違うな。三次元空間の媒体を理解する上では、三次元の物質に縛られた脳が処理限界を規定している――というだけだ。肉体は物
質で、物質は量子で、時間は成分だ。還元していけばその根源に思考は縛られている」
「いや、そりゃそうだろ。思考なんざ成分の成分でしかないわけだし」
 
 と、そこまで言って気付く。
 ああ。
 だから――魔術師はそれを超えようとするのか。
 なんというかまあ、彼岸に辿り着こうとする禅僧よりも難儀な連中ではある。
 
<signature>
 
<つまり参照>
 
<character>
 
<即ち実証>
 
<つまり反証>
<私は存在し、>
 
『いいかいイル。物語とは、存在する為にキャラクターを必要とする動体だ。何かを語ろうとすることそれ自体が物語であるからには、語ら
れるモノがなければならない。意味と意味を繋ぎ、無意味に意味を与える――酸素が燃焼反応を起こすように、意味と意味の間に参照系
を構築するんだ』
 
<存在する>
 
『物語に惹かれた人間を繋ぐのが物語だ。その意味では、物語に実態はない。始まりも終わりもない』
 
<存在し続ける>
 
「その点で言えば、僕と君は極めて似ている――というか、君は誰にでも似ている、、、、、、、、、、んだが、まあそれはいい。僕もマリアもクレアも似たよう
なものだ。ともかくさ。三次元空間――正確に言えば三十六次元中九次元プラス一の次元で構築される通常物質の次元における物理現
象は、その次元に制約されているのは自明だろう」
「あん? ああ、まあ……そりゃな」
 
 どんな精緻なレゴ細工もレゴのパーツ形状に逆らうことはできない――大雑把に言えばルーツィアの説明はそういう意味で、原子が手
前勝手に振る舞うような世界は安定して存在できない、ということを言っているだけだ。次元などという単語を引っ張り出すと仰々しく感じ
てしまうのは、有り体に言って理系か文系かという人間的な感触の差でしかない。
 
「ある現象とある過程をどう結び付けるか――言ってみれば、魔術とはそれだよ。非金属を黄金に変えるために錬金術が傍から見れば
狂気としか思えない材料を鍋にブチ込んでいたのは世界で物笑いの種にされている」
「まったくね。たかだか金の錬成を巧くやれない程度の魔術師が多すぎたのよ」
「いや、その感覚はおかしい」
「おかしいかな。そうした人々の全てが失敗だったかどうかは解らない」
「……」
 
 まあ、それもそうなのだろう。
 そうでない例がここには最低でも二人いるわけだ。
 
「言うまでもないが」と、ルーツィアは宙に手を伸ばし、浮いていた黒い塊(実際に「黒い」かは解らない――可視光の存在自体がこの空間で
は危うい)を掴む。「高次元空間だからと言って、対照性や物理法則が存在しないと考えるのは誤りだ。次元と言うのはそれ自体が精巧な細
工のようなものでね。法則はどんな次元においても成り立つし、一般化も常に可能だ。まあ――人間の数学でそれができるかはさておき、だ
がね」
「ちょっといいかしら」
「うん」
「この空間におけるマナはどう扱ってるの?」
「ああ、マナの存在が次元としてどう扱われてるか? 通常空間のボソンと取り替えて扱ってくれればいいよ。魔術師になら容易いはずだ」
「……次元……」
 
 ルーツィアはそこで俺の視線に気付いたのか、
 
「通常宇宙の次元の方向をどう扱ってるかってこと。解らないと魔術を使うときに厄介だろう?」
「厄介なのか?」
「そりゃもう。だってさ――考えてもみてくれよ。風が家の中に吹き込んできてるのに、どこに隙間が開いてるか解らなかったら扉を閉め辛い
じゃないか」
 
 ……「締められない」じゃなくて、「締め辛い」なのがこの連中が魔女たる所以だ。
 その辺りにツッコミを入れ始めると、三日は徹夜でヒマ潰しになるのだろうが、生憎そんな手段で潰したいヒマもない。
 
「普通の……俺達の宇宙は四次元だよな? っつーか、三次元と時間を一次元と見て、四次元、ってやつ」
「二十五次元だよ」
「二十五次元なの?」
「そうよ」
 
 と、平然と言ったのは魔女で、
 
「理論的な解釈にも左右されるけどね。物理的な形で考えれば、特殊相対性理論に違反しない形で光を扱おうとしたりするとそうなる――って
ことね。……まあ、もう少し突っ込んだ話をすると、超空間座標の計算を含めて九次元なのだけど」
「どっちだよ」
「どっちも正しいの。さっき聞いたのはそういう話――実空間における力なんかを計算しようとすると二十五次元が九次元になるから。オイラー
の公式、って知らない?」
「名前だけなら」
「あら、数学者は一般人に興味を持たれないから大変ね……まあいいわ。要するに理論的な次元として九次元ってこと」
「はあ、理論」
 
 魔女は露骨に溜息を吐く。
 
「例えばね。何か料理を食べて、その味が「理解できる」のと、三角形の内角の和が180度になるのが「理解できる」のとでは話が違うでしょう?」
「あー、その、誤差が出たりするよな」
「それもあるけど」やれやれ、と言いたげに魔女は首を振り、「もっと簡単。証明できるから存在してるのと、実体として存在してるとでは意味が違
うでしょう。三角形の内角の和はユークリッド空間に設定された宇宙の法則なの。ワインの味も紅茶の味も塩の味も、人間それぞれの味蕾の性
能によって変化するけど、人間と同じレベルで設定されたルールは変化させようがないでしょう? 光の速度に変われって言うのは無茶だもの」
「お、おう」
 
 まあ。
 言っている事は大体わかる。
 気がした。
 将棋やチェスのルールを変えてしまえば、それはもう将棋でもチェスでもないということだろう。
 
「だから、実空間としての次元を考える必要はないわ」
「っても、魔術もそうなんだろ?」
「世界に影響を及ぼすんだから、当然それを定義する必要があるでしょう? 実空間にどう意味を与えるかは、魔術にとっても重要な要素だもの」
「……なんか、想像と違うな。ラッカーっぽいのを想像してたのに」
「いや? この空間は正にラッカーが想定した超次元だよ。通常宇宙の次元を丸ごと一つの方向として定義してやった上での次元、かな。ラブクラ
フト風に言うならヨグ=ソトースの腹の中かな」
「ぞっとしねえな、そりゃ」
「ま、スピリチュアルな方々は「次元」というものをもっと神聖だったり霊的だったり、はたまた通常空間の上位にある「なにか」だと思いがちだがね」
「十一次元に住む上位聖霊とかそういうアレだろ。どうなんだ、そういうのって」
 俺が振ると二人の魔女は露骨に肩をすくめ、
「まあ、こういう理解があるお陰で魔術は世界の陰に隠れていられたんだけどね」
「計画通り、かしら」
 
 まあ、そういうもんなんだろう。
 俺だって大真面目にこの二人がヒッピーの戯言めいた世界観を語る姿を想像できない。
 
「……。まあ、なんとなく解る気はするけど、もういいよ。なんか聞いてると面倒になりそうだ」
「ふむ。ま、尺の都合は重要かな。でもさ、イル――君の能力なんてこれをモロに直接弄り回してるんだから、理論的な部分も少しは勉強してくれる
とありがたいんだけどね」
「あん?」
「時間と空間の線を世界の終わりまで引いてみて、あらゆる時点に存在する現象をそのまま引っ張り出すのが君や僕だ――が、その理屈を理解し
てるのが僕で、理解してないのが君だ。君は世界に対する理解が足りない」
「鳥が自分の筋肉の動きを勉強して使ってるとは思えないな」
「つまり?」
「つまりお前がおかしい」
「あ、それは同感」
「まあ、そういう見方もあるかな」
「普通はそう見るんだよ。人間は」
「それは道理。けどまあ、人生を楽しむというのはそういうことでね――」
 
<load>
 
 変転。
 
 目の前を桃色の花弁が漂うや、噎せ返るような桜の匂いが鼻を突いた。
 視界一面を覆っていた古びた本の壁は消え失せ、今や一面を覆うのは満開の花を称えた桜の古木の群れだった。空は雲一つない夜空――その
直下を埋め尽くす桜の大海。先ほどまで机があった場所にはぽつんと巨大な御影石が鎮座し、それを中心として桜の並木は延々と地平線まで続い
ている。
 風流を通り越してわざとらしくあるほどの花見席。
 空間のシフトチェンジは唐突極まりなく、そのくせ違和感を感じるはずの認識はてんで機能しない――最初からそれが当然であるかのように俺の
意識はこの有り様を受け入れている。
 夢が夢であることを疑うモノがいないように。
 
「桜だな」
「捻りのない感想ね」
「うるさいよ」
 
 読んでいた本一冊だけを手に図書館から切り離された魔女は煩わしげに花弁を払っている。感想は俺と同様、何の感慨もなくただここがここであ
る、というトートロジーを享受している。お付きの子に本を渡して宙に視線を投げ、
 
「……また、随分と変わった趣向ね」
「変わってるかな。君のコードに合わせてあるんだけど」
「ああ、なるほど……」
 
 魔女が古木に手を添える。その感触を確かめるように華奢な指先が幹を撫でていく。
 
「物理法則の基準は?」
「三次元空間の通常宇宙に――ああ、僕らの、、、宇宙に則ってるよ」
 
 そう、と呟くように言って、魔女は華奢な指を目の前に掲げた。
 やおら黄金色の炎――と表現するのがたぶん正しい――が魔女の指先で吹き上がり、落ちてくる花弁を無遠慮に炙った。鮮やかな桜が底から金色
に焼かれ、夜空を現実離れした光景に染めていく。
 
「……手品の披露かよ、それ」
「いえ。単に「ここ」で私の知識がどう機能するか試しただけ」
 
 手を一振りすると金色の炎は跡形もなく消え失せる。魔女は炎を生み出した手を開くと落ちてきた花弁を乗せ、
 
「これ、何だと思う?」
「花弁」
「そうね。私達の目にはそう見える――というか、実際そうなのだけど」
「はあ」
「たぶん――これ、宇宙の一つでしょう」
「はあ?」
 
 何言ってんだお前的な表情を俺が作ったかどうかは自覚できなかったが、自覚する前にルーツィアが言った。
 
「その通り」
 
 と。
 
「……その通り?」
「その通り。いや、前にも君は似たような、というか、もうちょっと極端な場所にいたことがある筈なんだが、まあいいや。然り、その通り。それは宇宙だ
よ。十分に成長し切らずに、空間としての幅も次元の振幅も持つことがないままに終息した宇宙だ。そしてここは――」
「俗っぽい言い方をするなら、上位次元ね」
 
 うわあ。
 ちょっと前に散々否定したの来ちゃったよ。
 
「なんで判ったんだよ、そんなの」
「調べたからよ。ちなみに、貴方の周りにある桜の木」
「? ああ」
「それ、物理法則の基盤層よ。そこら中で咲いてるのは「成立してる宇宙」ね――落ちてくる花弁はこの次元方向で時間軸を持ってるみたい。メタファーとしてはどうかと思うけど」
 
 どうかって。
 ……まあ。それがマジだとするなら、抜群に悪趣味ではある。
 宇宙の亡骸が延々と落ちてくる真っ直中で洒落込む花見と来れば、マーヴェル系アメコミのラスボスも真っ青のシチュエーションだ。
 
「桜である理由は」
「貴方の相棒さんがそうしたからじゃない? これ、、自体は私の記憶に則ってるみたいだけど」
「ご明察。まあ、ぶっちゃけ桜が滝だろうとタイガーバームガーデンだろうと同じような環境を作れるよ。何しろ、人間の知覚は見たいようにしか世界を
見ないから」
「だとしても……三次元の人体は上位の次元に対応するように出来てないだろ」
「対応させるのは難しいことじゃないね。だってほら、僕は魔術師だし」
「そういうこと」
 
 ……。
 まあ、お前らの中ではそうなんだろう。お前らの中では。
 愚痴を飲み込んで俺は言う。
 
「ふん……で、さっきのお前の放火行為とこの場所の関係は」
「さっき言ったでしょう? この空間でどう作用するかを試しただけって。燃焼する要素がないなら、そもそもモノは燃えないでしょう」
「魔術だろ」
「魔術だからルールがあるのよ」
「……魔術はあれだ、物理法則の上塗りじゃないのかよ」
 
 俺の尤もな疑問に、魔女は(失礼にも)うんざりと言いたげに目蓋を煩わしげに落とし、
 
「上塗りというより、別の規則で法則を導出してるのよ」
「魔術というのは、別に物理法則を否定するわけじゃない――否定するものもあるけど、大半は既存の現象をそのまま利用する。フレイザーが書いて
いた通りさ。感染魔術や類関魔術が強力なのは、あれが始原の効力を持つからだよ。触れ合ったモノは「繋がる」。似ているものは「繋がっている」。子
供じみていると思うだろうが、これこそがあらゆる魔術の始まりだった。エーテルやマナを想定する以前、人間にとっての魔術とは「現実離れした未知
の力を扱う」というより、日常生活としての未知そのものだった」
「……神話の時代、ってやつか」
「人間は理解と知識で神話を否定した」
 
 と、魔女は言う。
 
「その時点で人間は神話の世界と決別した。科学を肯定した世界で、魔術は本質を喪った。ある意味で、今の神話は原初の意味を剥奪された模造品シミュラクラ
に過ぎないとは言えるでしょうね」
「お前らはそうしなかった?」
「さあ? それは見方に寄るんじゃないかしら――知識は物事を意味付けするのよ。あらゆる形で。あらゆる意味で。人間が人間の思考に囚われてい
く中で取りこぼした知識がどれだけあるか、考えたことはある?」
「それを考えるのは進化論を否定することだ、とは言われるな」
「そう。だからそれは幻想にしかなりえなかった。今の人類は、もう神話に本来の意味でアクセスすることはできない――そう進化してしまっているのが
人間だ、と考えたことは?」
「どうかな。その言い分だと、昔の人間には魔術を使う器官でも備わってたように思える」
「その通りだけど?」
「……おいおい」
「いや、割と間違ってはいないと思うがね。ジェインズは脳の進化によって「今の意識」を獲得した人間が、かつて持っていた神々との交信力を失ったと
マジで主張してたぜ」
「んじゃ、魔術師はその機能とやらをまだ所有してるってか?」
「「まだ」というか、「それでも」というか、だがね」
「理屈は」
「簡単に言えば……そうね、充分な数の素材があれば、そこに規則性を見出すことは難しくないでしょう?」
「ラムゼーの定理だね」
「ええ。その規則を随意の形で生み出して、そこに論理性をくみ上げて、記憶して、行使できるようになるのを目的としたのが魔術。その行使を当然とし
たのが魔術師。簡単な話でしょう?」
 
 ……。
 まあ、言わんとすることは解る。
 解るのだが、それは何も説明していないのと大差ない。
 筋肉は運動エネルギーに変換可能な自由エネルギーを内包しているかもしれないが、そのプロセスを説明しなければ運動理論も何もあったもんじゃ
ない。
 
「んじゃ何かよ。魔術師ってのは、サルを調教してシェイクスピアに仕立て上げる天才ってことか」
「そう言ってもいいわ」
「この……説明を放棄する理由まで放棄しやがったな」
「それを理解したいなら魔術師になるしかないもの。どこかの魔術師に弟子入りしたら?」
「……。もういい。続けてくれ」
「普段なら、今のは熱くない炎を作り出す魔法なの。つまり、ここではそれがどう相互作用するかを試したかったわけなんだけど――」
 
 再び灯された金色の炎の中を、振り落ちる花弁が潜り抜けていく。
 
「流石にないみたいね」
「……あー。なんだ、お前はもしかして宇宙を興味本位で幾つか焼き捨てようとしたのか」
「多分焼けないと思ったわ」
「多分て」
 
 揺らめく炎を研究者の視線で注視する魔女。
 その態度は、俺がよく知る魔術師連中にそっくりだった――概してこの種の連中は知識を世界より優先させたがる。
 有り体に言って、それが魔術師にとっての世界だし、世界観だし、世界と自分の関係なのだろう。
 
「――火気厳禁」
 
 と。
 振ってきたその声に、俺と魔女は空を見上げる。
 馬鹿みたいに背の高い桜の巨木。
 その頂点近く、幹に背を凭せ掛けた女の子がこちらを見下ろしている。桜に負けず劣らず色鮮やかな紅白の装いに、手には真っ赤な酒杯――それを
軽く傾けると、少女は何の躊躇もなく枝から身を躍らせる。
 
「風情が壊れるじゃない。花見ならもう少し静かに楽しみなさいよ」
「霊夢……?」
 
 魔女が炎を振り消し、訝しげに呟く。
 
「他の誰だってのよ」
「誰って――いえ、でもどうして――」
 
 危なげなく眼前に着地した少女はそう嘯き――というか、こう、なんだろう。
 
「巫女……?」
 
 だと思う。
 肩口から先を分離させて腕に袖部分だけを巻き付ける、みたいな神道関係者に言えばフルコンボだドンとばかりに殴り掛かって来そうな改造が加えられ
てはいるが、赤と白を基調とした作りのしっかりした服は、神社で見るそれに近い。
 だからまあ、巫女と言えば巫女っぽい。
 そんな俺の疑念を切り捨てるように、巫女モドキは腰に手を当てて鼻で笑う。
 
「巫女に決まってるじゃない。他の何に見える?」
「いや、まあ……」
 
 新手のゴスバンドのボーカルとか、とは別に言わない。
 パーツの整った顔とシャープな輪郭の体格はその手のバンドでフロントを勤めていても違和感はないが、まあ本人が巫女というなら巫女なんだろう。ここ
まで現実感の希薄な現実では、もっともらしい解釈よりも自己主張の方が納得できる。
 実際その辺は割とどうでも良かった。
 実際可愛いし。
 
「でもどうして貴方? ここが私の記憶に則って作られている世界なら、レミィでも――いえ、別の誰かでも良かったはずでしょう」
「さあ?」巫女はつまらなさそうに言って、御影石に(罰当たりにも)腰を下ろす。「想定できる可能性は、あんたにとって<私>がそうした存在だったからじゃ
ないかしら。違う?」
「そうした存在?」
 
 と聞いたのは俺で、
 
貴方達の世界の、、、、、、、物理法則みたいなもんよ。世界にはそれぞれの事情があるんじゃな
い? 酒飲みの多い席は静かに飲めないとか」
 
 そう言ったのは巫女だ。
 その巫女装束はその事情とやらにどう関わっているか聞きたかったが、ふうん、と頷くに留めておく。まあ、普通の巫女装束より肌面積が広かったりなん
だったり、見ている分には(目の保養的にも)悪くないものだし。
 
「それで、貴方の役割は?」
「別に。ここにこうしているのが当然だからこうしているだけ。いつも通りじゃない? あんたもいつも通り色々と考えてるみたいだし」
 
 魔女は一瞬考え込むような顔つきで顎に手をやり、それから、そうね、と短く返す。
 
「いつも通りだわ。完全に」
「……あー。その、つまりどういう通りなんだ」
「この世界は――いえ、この宇宙は、、、、、、暫定的に生み出された量子の組をベースとしている、ということね。いえ、それともその本に記述された時点でそう、、なっ
ている……」
「どちらも正解かな。この宇宙を作り上げてるのは僕の能力だから、本が僕らを呼び出して、呼び出された僕が宇宙を作り出してる、と考えても――とりあえ
ずは問題ないよ」
「なんだよ、とりあえずって」
「そう考えて貰った方が面倒がなくていいってこと。さっきも言ったように、人間は見たいようにしか世界を見ないし、見られないからね。世界の本質が徹底的
に決定論であるという事実から導き出されるのは、原子の束である人間が世界にそれなりの意味付けをして、世界を世界として見てるってだけだって現実だ
――そう、当たり前の話として、人間が誰かと言葉を交わすのは、水が高い所から低い所へ流れるのと物理的に違いはない。僕が演算能力でゴリ押して成
立させてるこの世界も同じでね。どこまで次元の段階を上げようと、世界は世界だ。通常、「偶然」成立する高次元の宇宙ではもう少し厳密な対象性がある
んだが――ま、「無限の」演算能力というのはこういうことを指しているワケだよ。そして君と僕の違いは、繊細さと荒っぽさなんだ。君は君の中に無限を抱え
ているだろうが、僕は他者ともそれを共有できる」
「そして、あの本はその無限を介して無限に世界を知覚するってこと」魔女は傍らで所在なさげに、というか巫女を気にするようにモゾモゾしている子の本を
指して言う。「私はあの本に記述されていたし、私はあの本に記述することを予定されていた。貴方たちはここで私と話すことを決められていた。卵と鶏は、
少なくともこの場合は同時に存在していたってことでしょうね」
 
 無限、無限、無限。
 連呼されると有り難みのなくなる言葉としては、中々に上等な部類だ。
 人間が想定できない概念を当てはめた単語はそれでもまあ、この状況にはしっくり来る。
 
「有り難みがねえな、これだけ無限に溢れられても」
「定義次第さ。そも、無限なんてのはある意味では言葉遊びでしかないからね。人間の近くで捉え辛い概念を数学的に無理矢理捉えたらそうなる。ただ意味
として知悉しておかないと数学的にはマズいし、哲学的にもマズい。そういうものなんだよ。別にエラくもなければ強大でもない」
「科学者が聞いたら嘆くだろうよ」
「科学の役割は理解できることを理解できるようにするだけだ。ハナっから理解できない事項を理解するのは科学者の仕事ではないし、科学の要件ですらな
い」
「じゃあ?」
「多いんだよ。無限は。それだけだ」
「はあん」
「物語とは――こういうことだよ」
 
 止め処なく降る桜。
 世界の残骸を浴びながら、ルーツィアは芝居っ気たっぷりに両手を広げてくるりと一回転する。
 
「世界は一度生まれれば、その要件を満たすまで存在し、そして消える。そこに特別な理由を差し挟む余地はない。世界と世界は交わらない。少なくとも、物理
的には」
 
 散っていく無数の花弁はひらひらと舞い落ちて、地面に染み込むように溶けていく。
 たしかに、それは本当にただの経過を見ているだけに過ぎない。
 
「……これは、何だ。全部の宇宙の――」
「宇宙、という表現自体が特定の次元の広がりを指しているに過ぎない。が、まあいいか。なんだい?」
「その成立を、こういう形で見せてるんだろ」
「見せてるというか実際に僕らにとってはこういうものなのだというか――ああ、君は間違っても咲いてる花に触れないでくれよ。気まぐれで宇宙が二つ三つ滅び
たら責任を取れない。正直、この場所で君の能力は無体な効果を発揮しかねない」
「サノスかよ、俺は」
 
 言ってみて、実際、俺達の立場が酷く不健全なことに今更気付く。少し手を振り回して幾らかの世界だか宇宙だかが消し飛んだとして、それに対する見識や理
解を欠いている俺達は、後悔するにも後悔しようがない。知らないことは知らないまま過ぎるし、そこに感慨など生まれる訳もない。
 無自覚な収穫者ハーヴェスター
 それが現状の俺達が置かれた状況でもある。
 
「似たようなモノだ。もっとタチが悪い。とまれ、まあ君が言いたいことは大体わかる。僕らの宇宙はどうなのか、そして、そこに住まう僕たちが特別なのはなぜか。
そういうことかな」
「若干違うが、似たようなもんだな」
「人間原理でお茶を濁すのもなんだし、簡単に答えるが――正解は、僕らの宇宙もそこにあるそこらのそれとなんら変わりはないし、僕らが特別なのは、ただの
定義の問題による」
「定義……?」
「特別を特別たらしめる観測のこと。まあつまり、僕らがここにこうして存在すること」
「……それは人間原理と何か違うのか?」
「全然違う。僕らは――そして、僕らを通してここを覗くかもしれない誰かにとって、それは紛れもなく世界法則として存在するからだ。僕らはこの場において世界
の構造であり、基本構造でありうる」
「あー、なんだ。つまり、俺達はこうして存在しているから読まれてる、ってわけじゃなく――」
「読んでいるからこそ存在している。或いは、読まれているからこそ存在し得る。どちらも大差ないがね。まあ、ビッグクランチでも起こすかエントロピーの飽和に
よってしか崩れない世界もあれば、対称性が完璧すぎて世界として成立しない場所もあるし、色々だな」
 
 ルーツィアはそう言って手を振ると、俺達の中心に豪奢な円卓が出現している。精緻な彫り物を全体に渡って施した水晶の机と椅子――簡単な印象を上げる
ならそんな所で、もう少し突っ込んだ感想を言うとすれば、古代ギリシャ建築のオマージュめいたデザインのそれは、不自然なほど煌びやかで、桜の景色とは
相性がすこぶる悪い。
 
「ま、とりあえず僕らも座ろうか。視覚をわざわざ設定してるのは、この景色を楽しんで貰う為なんだぜ」
「それはいいけど――あまりいい趣味じゃないわね。これ」
「そう?」
 
 魔女は不機嫌そうな顔で(いや、最初からそんな顔だった気がするが)椅子に座りながら周囲の桜――というか次元の縮尺図を見回し、
 
「神様気取りって、魔女としてどうかしらね」
「ああ、君は律儀そうだしね。判るよ」
「どうかしら。でも、一つだけ判ったことがあるわ」
「うん」
「全知全能の神が存在するなら、多分――それは感情を持たないか、完全に狂ってるんでしょうね」
「合ってる。で、そう思った理由は?」
「だって、眺めることしかできないでしょう。世界そのものであるそれは、誰の意思とも関わらない――最初から全てを理解しているから何かを理解しようと思わな
いし、最初から全てを所有しているから、誰かと戦う理由もない。いえ、そもそも誰かに侵害されることがないのだから、戦うという要件その物が発生しない」
「そう。そして、全知全能が故に――神はそんな懊悩を持たない」
「貴方みたいに?」
「そうとも言える。が、そうでないとも言える。感情をわざわざ設定する程度に僕はヒマだし、この感情や意思自体がそうした神の「侵害されざる立場の戯言」に過
ぎないのだとも言える。ははは、「僕TUEEEEE!」とか言ってみてもいいけど、誰かより強いのが肯定される立場って、その強さがちゃんと認められる場合に限る
よね。スーパーマンが強盗を殴り殺したらただの悪人でしかない訳でさ」
「あら、キリスト教ってそういうものじゃなかったかしら」
「おっと」
 
 ルーツィアは笑い、パチンと指を鳴らす。
 
「……なんだこれ」
 
 水晶の円卓を目映く彩るのは、多種多様な――やはり豪華な酒器の数々だ。ギリシャ風からローマ風、果ては古代中国系のそれまで、どれもこれもがわざと
らしく高価そうなモノが揃っている。
 
「いや、花見にはお酒が付きものだしね。巫女さんもさっき――」
「――あ、意外とイケるじゃない」
「飲んでみたいだしね」
 
 いつの間にか魔女の隣に腰を下ろしていた巫女は、手酌でローマ風の酒器を杯に移しては口に運んでいる。見た目十代の割に(いや、見た目と言うより実際に
十代なんだろう)、中々に胴の入った飲みっぷりだった。
 
「……ここでの貴方の役割が花見酒とは思わなかったのだけど」
「あんたが私をどう捉えてるかもあるんじゃない?」
「かもしれないけど――、あら。これ、ネクタルじゃない」
「ああ、場所を考えてチョイスしてみたんだよ。悪くないだろう」
「味はね。趣向は悪趣味だと思う。どこの神を気取れって?」
「いやいや、そちらじゃ神様と普通に酒を酌み交わしてるって聞いたぜ。いいんじゃないか、これくらい」
「誰から聞いたのよ……」
「妹紅」
「ああ、そういうこと……」
 
 ……。
 ちなみにネクタルというのは恐らくあのネクタルであって、インドの神やら悪魔が殺し合いをしてまで奪い合いをしたりしたアレに他ならないのだろう。
 
「イルは飲まないの?」
「遠慮しとく。高すぎる酒飲んでビールとか飲めなくなったらどうすんだよ」
「えらく庶民的な悩みだね……別に気にしなくていいぜ。味蕾はこの次元に合わせてデコードされてるんだし、君の舌が神様の味に慣れてしまう訳じゃない」
「ここにコンビニがねえのが最大の問題だよな」
「まあ、君にはそうかも。巫女さんを見習いたまえよ」
「……見習う、ねえ……」
 
 空の杯を手で弄り回していると、酒を注ぐ巫女とふと目が合った。
 と、巫女さんは俺の杯に一瞥をくれ、
 そのまま自分の杯に酒を注ぎ足す。
 
「……。いやいやいや」
 
 そこは。
 そこはもっとこう!
 なんかあるんじゃないのかなあ!
 
「? なに、なんか問題でもあった?」
「えー? いや、なんもねえけどね?」
「ああ、彼はアレだよ、巫女さんにお酌してほしかったんだと思うよ」
「おいおいおい……誰がそんなことをいつ話したんだろうなあ」
「え? 違うの?」
「まあ違わないが」
「いや、そこは否定しておこうよ……」
「だってお前……巫女のコスプレした子に酒を注いで貰うとか、今後そんな経験が一度でもあるかどうか……」
「……。それ以前に、彼女は本当に巫女よ」
「なら尚更だよ!」
「……」
 
 と。
 言った途端、魔女が誰もいない夜の海辺で出会ったウミウシにでも向けるような視線を投げてきた。
 なんだ。
 なにが悪いんだ。
 
「ああなに、お酒、欲しいの?」
「え? ああまあ」
「そこにあるから飲めば?」
 
 ……。
 うーん。
 うーんこの。
 
「ま、とりあえずイルも飲みたまえよ。文字通り神でも酔わす酒だよ。場所が場所だけに、白痴の神でも酔わせるに足ると自負するね」
「そいつ酔わせても何もメリットねえよな」
「ちなみに」
「あん?」
「どうしてその巫女さんがここにいるのか、という話だがね。さっきの理由以外にも幾らか考えられることがある」
「あら、それは?」
「何だと思う?」
「可愛いからじゃねえの」
「ハズレ――と言いたいが、いや、あながち間違ってもいないかな」
「……マジでか」
「参照性だよ」
「参照性――」
「ああ。参照性が高い人物ほど他者の物語に召還されやすくなる。知名度の問題だね。有名な論文ほど他の論文に引用されやすくなるだろう? アレと一緒さ。
有名な俳優ほど、ギャラが高くても監督に求められやすくなる」
「わかんねえな。世界は閉じてるんだろ?」
「閉じてるよ。主観の中にね」
「……主観……」
「僕らが構築してるこの空間すら「世界」なんだよ。登場人物は四人しかいないが――失敬、発言してないそちらの子を含めれば五人だが」と、ルーツィアは魔女
の付き人に笑い掛け、「その本がある条件を切り取ったのがこの世界だからね。僕が召還し、そちらの魔女さんが招請し、つまりこの世界は決定論的に構築され
ることは前提化されていた訳だけれど――その歯車として、その巫女さんは必然的にここに来ることになっていた。魔女さんの世界にとって巫女さんがそうした
「当然」であること――というのは、恐らく他の誰かにとってもそうなんだろう。ということは、この世界以外のどこかにもそちらの巫女さんは呼び出され続けている
かもしれない」
 
 と、ルーツィアは頭上で咲き誇り、咲いては散っていく桜を見上げる。
 
「どこか別の世界で、ねえ……」
「納得いかない?」
 
 いや、と俺は首を振る。
 
「で、その巫女さんがこの世界のケビン・ベーコンかデニス・ホッパーだ、と」
「その通り」
「人間は物理的なんだろ」
「物理的だが、量子的だ。全時空の全条件を割り裂いて考えてみて、その子が「そういう存在」であり続ける可能性がそれだけ高いと言うことだよ。量子的に極め
て安定している――というべきかな」
「はあ」
「簡単に言えば、同一性キャラクターが安定してるんだよ」
「……その巫女さんが、ね」
「どうでもいいけど、名前言わなかったっけ。霊夢よ。博霊霊夢」
 
 不機嫌そうな声が横合いから飛ぶ。
 
「失敬。霊夢のキャラクターはそれだけ安定してるってこと。イルに言わせるなら――アレさ、君がよく言うだろう。遠くの可能性で分かれた自分は単なる他人だっ
て。「自分」の条件は生得的な要素に制約されてるし、環境にも制限されている。「自分」がどう作られるかは実のところ自分の意思とはまるで関係ない――という
か、「意思」なんてのは生まれ持った要素に環境がどう手を加えるかでしかないからね」
「そりゃそうだけど」
「霊夢の場合は「それ」が極めて小さい。いや、そもそもそちらの魔女さんにしても――」
「私も名前、教えたはずだけど?」
「ははは、それはそうだ――そう、名前というのは重要だな。パチュリーにしても、恐らくは相当にブレ幅が少ないんだ。そういう個人として、そういうキャラクターと
して世界に呼び出されることが多いと思うよ。そして、君たちはその名において自身であることを証明している」
「名前、ねえ……」
「そう。僕らが観測している君……いや、君たちは、紛れもなくパチュリー・ノーレッジで、博霊霊夢なんだ」
「でしょうね。魔女で、吸血鬼が知り合いにいて、図書館に住み着いてる私であるなら、それは私だわ。もっとも、他の誰かが魔女でない私を私だと見るとするなら、
それはその人にとって「私」ではあるのかもしれないけど――それがどれだけの観測において支持を得られるかはわからない。そういうことでしょう? 量子性その
ものが観測者であるなら、私が私だと定義される条件を決定してるのもそれに他ならない」
「ご明察」
「他の人間よりも――アレか、エヴェレット的な分岐にされされ辛い、みたいな」
「まあ、「分岐」なんてしないけどね。とはいえ、量子的に時間を延々と連ねてみて、ある時間と空間を区切ったとき、霊夢やパチュリーは他の人間に比べて圧倒的
に固有性を保って存在してる、とは言えるんだよ。それがどんな条件によって齎されるかは――それこそ運命とでも呼ぶしかないけどね。量子の大海に手を突っ
込んで、瞬間瞬間に現実を選び出してるのが人間だが、君たちの量子性はあまり「迷わない」んだろう」
「貴方もでしょう?」
「そうだね、僕もだ。魔術師はそうなるように世界を作り替えるし、僕ら審問官はそも世界をそうやって構成する為の装置でもある」
 
 世界はただそこにある。
 ルーツィアが言っているのは、要するにそれだけの話だ。
 どんな人間も時間と空間に組み入れられて存在している以上――というより、人間の素材が時間や空間である以上、その素材の周辺には素材と絡まる別の素材
があるというだけだ。
 時空の編み目の一点を指して人間というのなら、その編み目の隣にはその瞬間にその人間が知り得るか体験し得る全ての出来事がエンコードされている。一秒
先の出来事には一秒先にしか出会えず、一分先の出来事を一秒経過した時点で知ることは叶わない。
 そして、そのあらゆる編み目が四次元方向に観測する出来事が全ての時空に存在するとすれば、あらゆる時点であらゆる世界を観測し得る。
 原理的には。
 そしてもちろん、クロマニョン人がスターウォーズの世界と出会うことはあり得なかった。
 
「そして、人間はその無数の条件を理解する為に自分の中に物語を作るんだよ。自分にとって大切な人は誰で、自分の成すべきことは何で、自分は何に所属して
いて、それらの条件を総和して「何を考えるべきか」を人間は自動的に思考する。思考、というと能動的だと誰もが思っているし、実際その通りでもあるが、その条
件を限界まで掘り下げれば人間の思考は単なる必然に落ち着く」
「ドーキンスとかデネットが言いそうだな――結局のところ、人間と機械のガチョウに性能以外の差はないって」
 
 まあ、その差が実際極端だからこそ人間は人間なのだが。
 人と機械の差が、エネルギーをどう扱うかの差でしかないにしても、その差において人間は人間で在り続ける。
 
「あらゆる要素が、あらゆる条件によって物理的に重なる。それを物理的に読み出す人間って媒体が存在する――人間は必然的に物語を読んでしまうし、作って
しまう。まあ、有り体に言って人間の脳髄はその構造から逃れることは難しいし、由としない。理解できない事柄を理解しようと思うのは、狂気だ」
「狂気ねえ。フロイトだっけか、それ」
「どちらかと言えばラカンだね。彼の好き嫌いはさておき、そう間違ってはいないな。人間は社会を前提化するし、その社会を理解することで自分がどう認識すべき
かを自分に課している。サイコパスですらこの前提から逃れようとしたことはないし、意識や人格を持っている以上は逃れられもしない。あらゆる文化によって個人
の価値観は練り上げられ、その価値観においてヒトは判断という基準を持つ。信念、思想、理解――呼び方は色々あるけれど、それらはどれもこの上に成立する
レイヤーだよ」
「……ふうん。まあ、わかるような」
「難しい話でもないからね。どこに住んでいようと、人間は自分の環境を理解して、その環境において優位に振る舞うように動く、というだけの話だ。そして、この環境
は住んでいる場所に限らず、その個人が持つ所与の条件も含まれる――日本に住んでいれば日本の文化が考え方を作り出す。例えばそう、巫女だ」
 
 ルーツィアは巫女さんを一瞥して、俺は頷く。
 
「巫女だな」
「バラエティ番組の傾向、ニュース番組の論調、神社や仏閣との繋がり、ネットの作り出す空気なんかもそうだ。人間は住む場所によって思考を構成され、嗜好を
調整される。どんな適正を持っていて、どんな能力があるのか。何を好きになって、何を嫌うことになるのか。法律が規定する条件を好くか嫌うか、他の人間が好
いているモノを好くことができるか――これは全て半生得的に決定される。他にもある。知識は、体力は、精神力――というのは胡散臭いが、それに類するモノを
生み出す人間関係は持ち得るか、その関係を維持する能力はあるか、その環境は時間的な条件によって変化しないか――」
「……もういい。それ、たぶん全ての作用を言い出したら世界の果てにまで延長されるよな」
「そういうモノだからね。レゴで組み上げられるパーツの形はブロック一つ一つの形状に依存し、積み上げる順番によって次に積めるブロックの形と、そこで生み出
せる形状は制約される。組み上げられた形によってその履歴は設計図や構造という形式で理解され、ファサードさながらに外部からは観測される」
「レゴの組み合わせ方は人間関係ってか?」
「或いは、関係の破棄かもしれない。あんパンとクリームパンのどちらを選んだか、でしかないかもしれない」
 
 そのレゴが人間一人の履歴だとするのなら、ファサードは人間一人のライフログを出力した自伝本になるだろう。誰かがそれを読んで興味を持つか持たないかだ
けが意味を持ちうる。
 今の自分が幸福と感じる事柄は、それを幸福と感じるように自分が育ってきたからに過ぎない――高潔な意思を持ち得たかもしれない自分を夢想した所で、そん
な可能性は自分とは別人でしかない。
 
「登場人物は、物語とイコールではない――けれど、常に相関する。彼女の中には彼女の中で意味を成したその巫女さんが存在している」
「で、俺の中には俺の知る形でのそいつ(魔女)がいる、と」
「そうね。……尤も、その本がなければ私越しに霊夢と貴方が顔を合わせる事もなかったでしょうけど。その本の中には無数の人間の無数の物語が同時に存在して
いるわけだから――どんな無茶も無茶ではない、ということかしら」
「よくわかんねえけど」
「簡単よ。作者の違う二冊の本をバラバラにして、適当にページを繋ぎ合わせればいいだけだもの」
「はん? 読めねえだろ、そんなもん。いっそのことその二冊を読んだ別の誰かに編集版でも書かせた方が――ああ、そうか」
「そうね。そういう編集を施したのが、この世界なんだと思う」
「リーグ・オブ・レジェンド」
 
 俺はそう言い、
 
「近い」
 
 ルーツィアは手を叩いて笑う。
 
「とはいえ、時空を越えた冒険に出る必要もないがね。今回のゲストの<索引>は、僕らにそれを課しちゃいないし、何より彼女は」と、ルーツィアは気怠るげな魔女に
目をやり、「そうした話が好きではなさそうだ。無茶な要望なら僕も君も切って捨てるだけのキャパシティは備えてるし、要するに――そうだなあ、これは単なる幕間劇だ
よ。客席は疎らで、気張って何かを演じる必要もない」
「索引、ね」
「運命と言い換えてもいい。偶然と言うかなんというか、彼女の知り合いはそれと縁深いらしいからね」
 
 果てなく続く桜の並木道の基盤。
 成立した宇宙を構成する物理法則と、成立しなかった法則の残骸。
 それが際限なく横たわるのがここだとして、ならばこの場は世界の果てに佇む無限の墓標に等しい。成立し続ける世界がどこにもないのは間違いなく、エントロピー
は飽和し続け、飽和した宇宙では熱的死を迎えた虚無だけが佇む――というのは、これも戯言に過ぎない。
 俺達はただ一つの宇宙の死さえも理解しようとしないし――大体の人間は理解できないし――第一、したところで益もない。魔女がパッケージされた宇宙にさして興
味を持たなかったのは、それがただ宇宙である、という事実しか持たないからだ。俺達の興味は畢竟自然、互いの理解に基層を設定し、互いの興味に意味を見出す。
 魔女が世界との相互作用、と言ったのも恐らくはそういうことなのだ。
 
「なあパッチィ」
「……。多分だけど、私に言ってるのね。なに」
「世界に作用を及ぼすのが、魔術の道理って事か」
「何を言い出すかと思えば――」
「で、理解したいことを全て理解するのが本質じゃないのか」
「……あら、少しは判ってきたみたいじゃない」
「どうだか知らないけどな。考えてみりゃ――単に世界の深淵に触れるとか真理に到達する、とかなら、ここに来た時点で目的は達成されてる。要は、「世界が丸ご
と詰まった本」をお前が持ってても、その全てを読み通すことでしか目的は果たせないんだ」
「それはちょっと違うわね。果たす必要がある目的かどうか、が重要だもの。私にとっての真理が貴方の真理と同様かはわからない」
「ふん……魔術師が到達しようとするのは、そういう「最終的な原理」じゃないのか?」
「どうかしら」
「世間じゃそういうイメージが強いな」
「聞きかじりのグノーシス解釈だと、まあ、そうなるかもしれないわ」
「実際は違う?」
「違わない」
「どっちだよ」
「そうね。だからこそ、それは余人の知るそれであってはいけないんじゃないかしら。真理は心理の審理に歪められる。その審級を避ける術はないからこそ、魔術師
は知識を蓄えるの。ただ世界を世界のまま受け入れるなら、それはむしろ二千五百年前に仏教が到達した場所よ」
「違いは?」
「あちらは引き算。こちらは足し算。無限の加算演算の果てに、ゼロと無限の同居する場所があるか探す――どうなのかしら、そちらの無限の魔女さんの解釈は」
「それで合ってるよ。無限とゼロを同じにした場所に居座ってるのが、まあ、僕らだからね。仏陀はそういうのを一足飛びで超越しようとして、超越という言葉自体を
無意味にした超人だ」
「そりゃそうだ。まあ、仏陀以外の誰がそこまで行けたかは知らないが」
「どんな世界も、世界であるだけなのよ。私達の世界もそう――世界は人間とは無関係に始まる。そう始まって、人間とは無関係に終わる」
 
 言って、魔女はそれまで縁を指で撫でていた銀杯を煽った。知識の泉から汲み取ったモノであるなら、この魔女は満たされた水が毒杯であっても平気でそうする
に違いない。
 
「どこかで聞いたな」
「レヴィ・ストロース」
「ああ、そうだった。悪いな、その手の罰当たりな説明は司祭的に受け容れがたい」
「今更何を言ってるんだか……」
 
 ルーツィアは肩を竦め、
 
「とはいえ、たしかに今の謂いは魔術の本質に近いな。魔術とはね――イル。ある意味では、世界を人間の側に引き寄せようとする行為に他ならない。この世界の
基盤、本質たる要素を、人間的な視点へと収束させ、意味を与えることなんだ。世界の終わりに意味を与え、世界の最後に、宇宙の果てにすら人間を立たせようと
する」
「キリスト教も仏教も――「世界の最後」を描いてるものね」
「ああ。ま、キリストや仏陀本人がそれを欲したかはさておくとしてね」
 
 魔術師は世界を見たいように見る――どんな人間もそうするようにそうして、それを理解しようとする。
 じゃあ、俺達は。
 
「物語は変わる、ってことか」
「なにが?」
「最初の答え」
「ふむ。どういう意味かによるね」
「お前らはさ。憧れたヤツっている?」
 
 魔女は軽く肩をすくめ、ルーツィアは首を傾げる。巫女に至っては素知らぬ顔で酒を呷る。唯一こちらに視線を向けてマジメな顔をしている付き人少女の存在だけ
が救いとは言えた。が。
 
「その回答は簡単だ。「文脈による」とね」
「同感」
 
 まあ、そんなものだろう。
 
「音楽で言えばさ――トータスとかモグワイとか、最初はハードコアだったりパンクだったりしただろ?」
 
 はあ、と魔女は怪訝な顔をしたが、ルーツィアは面白そうに頷いている。
 
「ポストハードコアってやつだね」
「そ。ゴースツ・アンド・ヴォッカとかペレとかバトルズとか……ドン・キャバレロとか」
「ライトニング・ボルトは?」
「そりゃもちろん。連中は最高にクールだ――洒落た感じならジャガ・ジャジストの奴等もいいな。日本でもtoeってすげえ格好いい連中がいてさ――ヴォーカル無し
のインストなんだけど、手数の多いドラムとかブッといベースがキャッチーなグルーヴ作ってんだよ」
「……ええと」
「で、その後に続いたバンドは全然これがハードコアっぽくないんだ。でもこれが面白い。なんでかってーと、日本でも世界でもトータスとかモグワイとかtoeは「ポスト
ロック」って名前で知られちゃって、その連中に惹かれた人間がやる音楽は丸ごとポストロックになっちゃうわけだよ。そいつらの音楽がどこか「ハードコアっぽいとこ
ろが残ってる」としても、そいつらに続く連中にとってはハードコアっぽい部分なんて必要なかったり、そいつらの魅力じゃなかったりするんだ。だから全然ライブやら
ないような自宅録音系のバンドがそいつらに影響されて室内音楽系のアンビエント音楽が生まれたりするし、ジャズ方面でも影響された連中が出てきてヒップホップ
と混ざったりしてさ――そうそう、クラシックと混ざってポストクラシカルとか言い出したりもしてんだぜ。こうなると最初のハードコアの影の形もない。でも、世界はそ
んなの全然気にしてないんだ。えと、パッチー。着いてきてる?」
 
 魔女は額に指を当て、軽く嘆息すると、
 
「……。蓄音機で聴ける音楽だったりしたのかしら、それ」
 
 と、疲れたように言う。
 
「あー。イルは話題を選ばないから――ええとね、今のは……そうだな、モーツァルトがはたしてスヴィーテン男爵経由でどうバッハの影響を受けたのか、みたいな
話だね。モーツァルトの影響下にある音楽家は、だったら間接的に彼の影響を受けるだろうかって話に近い」
「ああ……なるほど」
「……なんでその喩えならいいんだよ」
「貴方の説明に一般性がないからじゃないかしら」
 
 失敬な。
 メタル方面で説明すると解り辛いと思って避けたのに、この魔女はそうした心遣いを考慮していない。巫女に至っては我関せずの体で酒杯を煽り続けている。
 
「ええ。でもそうね――こういうことでしょう? 誰かに憧れた人間は、憧れた人間が憧れた対象にまで憧れはしない、って」
「ま、そんなとこだな。物語は自分と関係してる相手との間にしか起こり得ないだろ。その相手と別の相手の間にある物語は自分の物語じゃない。時間が流れてるん
だから、物語は変わり続ける」
 
 と、そう言って、物語、という単語を使いすぎている自分にイヤになる。物語ね、ともう一度呟くと、俺の内心を察したように魔女は薄く笑った。
 
「まあ、横恋慕してもいいことはないわね」
「つーより、できねえんだろうな、多分。憧れた相手の憧れにまで手を伸ばしても、その憧れは理解できないかもって」
「そう、多分」
「魔術師はそういうの、違うんだっけか。知識欲を満たす為になら、どこまででも憧れる?」
「そうでもないわね……憧れた対象がいるなら、それは乗り越えるべき対象にしかならないのは音楽と違うところでしょうけれど」
「乗り越えようとした相手に殺され掛けたりするんだろ」
「喜劇、悲劇、煎じ詰めて娯楽性(エンターテイメント)。人間はそういうのが好きでしょう? とやかく言われるようなことではないと思うわ」
「ま、それも道理だけどな」
「つまりイルは――そうか、この世界という全てを、一つの物語として捉える訳か」
「なんだ。そういう事を言いたかったんじゃないのか?」
 さてね、とルーツィアは言う。
「イルがそう見るのなら、そうなのかもしれないな。世界はそういうモノなんだ」
「……俺がどうこう言うことか、それ」
「そうかもしれない」
「なんだよそりゃ」
「いずれにしても――そうね、たしかに一理あるかもしれないわ。普段だったら、私達の世界の中心は霊夢だもの」
「はん?」
「霊夢が傍観者になってるのが今で、私が貴方たちに会ってるのも今。私が誰かの物語の中に組み込まれている時は、たぶん、霊夢がこうしてる事なんてない筈よ」
「君が主賓の物語ならそうとも限らない」
「そうね。でも、霊夢は参照される可能性が高い、、、、、、、、、、、でしょう?」
「そうだね」
「じゃ、貴方にとってその司祭の役割は何?」
「大審問官」
 ルーツィアはアッサリとそう答える。魔女はきょとんとした表情を浮かべた後、一転しておかしそうに笑みを浮かべた。
「酷いジョークね。てっきり貴方の役割がそれだと思ったのに」
「そう?」
「人の世界に関わり続けて、世俗との繋がりを持ち続ける魔術師――なら、そんな貴方が人の世に関わる責任を持ち続けてると考えるのも悪くはないでしょう」
 
 全ての人々の、大多数の人間の為に支配を肯定する者がいるとしたら――自覚的に悪意を世界に熾し、死と暴力を担って人々を支配し、それによって幸福を実現
しようとする者がいるとするなら。
 ドストエフスキーはそう書いたが、仮にそれが実現されている世界が存在するなら。
 魔女がルーツィアに向ける皮肉はそういうことだ。
 この完全――に見える――決定論に満ちた世界を作り出しているのがルーツィアということからも、その推測は妥当ではある。
 実のところ、俺はかつて同じような質問をルーツィアに投げたことがある。だから案の定、ルーツィアは苦笑して首を振るだけだ。
 
「僕はマーリンじゃないからね。それに、そういう想像は陰謀論が大好きな人がやってくれてるよ。黒幕がフリーメーソンだったり金星人だったり地底人だったりして、
あんまり意見の統一が取れてないけど。僕の方が適切かな?」
「この舞台装置大魔術のこととかね」
「僕にそうした欲求はない。というか、持てない。煎じ詰めれば、能力と信念とはイコールで比例しない。まあ有り体に言わせて貰って僕は極め付けに万能だが、それ
だけだ。人間の幸福の定義にも興味はない。ただし、僕の興味においてイルの選び得る物事は僕の指針にはなる」
「信念の不在が、貴方の基層にある、と……」
「そう」
 
 そして当然、俺はルーツィアのその言葉を肯定しないし、理解もしないし、できるとも思わない。
 ルーツィアが俺に見ている物が何か俺には判らないし、判った所で何かが変わる訳でもない。
「実際のところ、イルの理解も君の理解も正しい――この世界は、見る人間の数だけ解釈がある。常套句で面白みがないが、それで正解だ。情報は処理できるように
しか処理されない。時間と空間の次元のフレームの中に散乱するエネルギーを意味付けする量子的な無数の観測媒体。それが全ての「この世」だよ。そして、人間と
いう名の観測機は、その基盤として感情や信念を持っているというだけだ。そして、僕にはその観測の基準がない」
「だから――貴方は自分が装置だ、って……」
「まあね」
 
 ルーツィアがそう言った瞬間、周囲の風景が散華した。
 桜が残らず舞い散る――のではなく、背景その物が撓み、夜空を覆い尽くす桜の花は消え、抜けるように青い空が取って変わる。
 そして果たして、俺達は石畳の先に賽銭箱を頂く、古びた神社の前に佇んでいる。
 
「……なんだここ」
 
 俺はそう聞いて、答えたのは、もちろん巫女服姿の、つまりは巫女だった。
 
「ウチの神社ね」
 
<load:Hakurei Shrine>
 
「……あー。なんだ、賽銭入れるとおみくじ引けたりするのかな」
「賽銭は歓迎するけど」
「っても、ここの通貨持ってないよな」
「あ、そうなの」
 
 それで、と巫女は言う。
 
「貴方は面倒事を起こす気あるの?」
「……よくわからないけど、面倒事は面倒だから起こしたくはねえよな」
「だったら、特にすることはないわね」
「そうなの?」
「そうなると思うわ」
 
 つまり、面倒事を起こすならこの巫女さんがそれをどうにかするということなのだろう。
 よく判らないが、そういうものなのだ。
 
「あー。つまりなんだ。パッチー、この巫女さんは面倒を解決する為に居るのか」
「最大限要点を端折って言えば、そう言えないことも――まあ、ないわね」
「ああ、そうなんだ」
 
 簡潔すぎて要点まで削ぎ落とした回答には、実のところどう返答していいか悩ましいものがある。
 
「んじゃ、俺が何か面倒を起こす場合、巫女さんがそれをどうにかしようとすると」
「そういうことになるわね」
「するの?」
 
 と、巫女は平然と聞き、
 
「いや」
 
 と俺は答える。
 
「ただ、面倒を起こすようなヤツがいる度に動いてんなら、君も大変だなってな」
「そういうもんだしね」と、巫女は言う。「そういう話でないなら、貴方はそういう関係じゃないんでしょ。だから、この話はここでおしまい」
「なるほど」
 
 わかりやすいくらいにわかりやすい話だ。
 この世界。
 もしくはどこかの世界。
 どこかの時間に設定されたどこかの空間で面倒があれば、この巫女は即座に世界に読み込まれるしかない。
 あらゆる人間がそうであるように――ただし、他のあらゆる人間よりも、圧倒的に頻繁に。
 
「人気者は大変だな」
「慣れじゃない?」
「まあ、それでも大変だと思う。俺達もこうして君を呼び出してるのは、まあ、何だ。結果論だけど申し訳ないと思う」
「ふうん。ま、私は面倒がなければそれでいいんだけどね」
「話は大体掴めた?」
 
 そう言ったのは、いつの間にやら社の正面に移動していたルーツィアだ。
 
「まあ大体。あれだ――そう、俺達はページみたいなもんだ。あらゆる時間軸の、あらゆる空間に、あらゆる言語で、あらゆる媒体で、あらゆる法則で描かれた形而上
的な数式だ、ってことだろ」
 
 漠然とした理解だが、それが一番理に適っている。
 この世界の法則が曖昧に機能していて、そこで俺達が曖昧さを押し殺して存在できてしまっている(、、、、、)という事実は、俺達を駆動させている法則は、あらゆる
次元に縛られていない。
 存在を存在させる法則の存在。
 道理が無茶だというなら、コレが道理だと横車を押しているのが現状で、そうした時空の連続は俺達によって証明され続けているわけだ。
 
「あら、貴方にしては道理の通った表現ね」
「お前な。病弱っぽいから遠慮してたけど、終いにゃ押し倒すぞ」
「えー」
「なんだよルーツィア」
「君は好みのパターンがよく判らないな……」
「いや。性格はともかく、ナリは可愛いし」
「……うん。それだけの理由でその発言はどうかと思うというか、多分黙ってた方が良かったね、それ」
「なんだと」
 
 魔女は肩を竦め、
 
「多分、そういう性格の貴方はこの時間軸にいないんじゃない? いえ、「貴方」は、そもそもそういう軸の流れにいないのかしら――その肉体の基礎がどの時代の、ど
のDNAパターンの、どの条件によって定義されていても」
「俺がどうこうじゃなく、魔術師の表現が迂遠なんだよ」
「つまりさ。こう言ってるんだよ。ジョナサン・ジョースターの息子はジョージ・ジョースターまでなのか、ジョルノ・ジョヴァアーナ以下のDIOの息子達も含めるのかって」
「イヤになるくらいわかりやすい喩えをどうも」
 
 勿論、それはその通りだ。
 生まれたときにマトモな形で育った俺がいたのなら、それはもう俺とは呼べない。
 魔術師でないこの魔女がいたとしたら、それはもうコイツではありえない。
 ああ――だから。
 
「……要するに、巫女さんは巫女でしかないのか」
「まあ、そういうこと。ある意味では君と似てるね。大概の場合において、血族に縛られる家系はそうなりがちだけど、彼女は血族がどうのこうのってレベルじゃなく、この
世界の、この法則と結び付いてる訳だ」
「あらゆる時間の果てに観測対象が居るんじゃ、最終観測者なんて意味がないな」
「然り。だから言ってるんだよ――文字通りの無限とは、無限だから無限なのだ、とね。観測など原理的に許さないのさ。視点すら無限に包括し、要素はその無限に無
限たることを保証される。僕らがこうして霊夢と会っているこの「今」と言えば、これもまた一つの観測視点が生み出した因果律に過ぎないわけだ」
「因果律は――意味が無いと?」
「いや。因果律はあるよ。当たり前だ。時間があれば因果はある。けど、問題はそれが何かって事さ」
「……プランク定数単位で分割された世界の推移?」
「それは何も答えていないのと同じだ」
「そういうものじゃないのかよ」
「因果とはね――即ち、視点なんだよ、イル」
「視点って」
ある視点がある因果律を作り出す、、、、、、、、、、、、、、、んだよ。それによって、無限に存在する時空がその視点に沿って並べ替えられる、、、、、――ほら、物語の出来上がりだ」
「……んな」
 
 馬鹿な、とは言えなかった。
 そもそも、そうした事情に俺達は心当たりがありすぎ、今この状況自体がそれを証明してしまっている。
 
「君もさっき言ったじゃないか。この世界は無数のページだって」
「まあな。てっきり多世界分岐の話かと思ったよ」
「同じだよ。説明の体系が違うだけだ。時間や空間の性質がなんであるか、それにどうアクセスできるかを問い詰めた場合、この説明になる。さっき見ただろう――宇宙
は一つじゃないんだぜ。知性体が存在する宇宙の数もまた然りだ。それだけじゃない。十分に発達した複雑性を持つ物理構造さえあれば、それは既に一つの宇宙であ
り得るんだ。量子コンピュータが世界を作り出している、なんてヨタ話もここから成り立つんだよ」
「量子コンピュータは、コンピュータの性能に現実が制約されるだろ」
「されたところでどうなんだろうね。現実が断片化された時空構造のつなぎ合わせでしかないなら――その断片一つ一つの中に存在する「意識」は、その処理速度に不
都合を憶えないんじゃないか?」
 
 ルーツィアはそう言って、どこからか取り出したコインを指で弾き上げた。
 三秒間ほど宙を舞ったコインが賽銭箱に音を立てて落着するのを待ち、ルーツィアは言う。
 
「コインは「意思」を持たないが――今コレを観測していた僕らは、三秒の間、それが「時間的に繋がっている」と感じていた筈だ。この世界は時間をそうシミュレートして
いるから当然なんだが」
「それで」
「ああ。だからさ。実際の所――その三秒を「外」から見ていたらどうなると思う? 一秒の時点と二秒の時点と三秒の時点をそれぞれ分割して、その間をそれぞれ千年
掛けて繋いだ所で、僕らにしてみれば三秒は三秒だ。外界では三千年が経過しているが、僕らはそれを知り得ない。しかも物理的に相互作用がないのなら、僕らのこ
の世界と「外界」はそれぞれが完全に独立した宇宙で有り得る。どちらが「より巨大な」「精緻な」宇宙か、なんて話も発生しない」
 
 途端、境内に質量が満ちた。
 消え去ったはずの桜並木が、社を囲むように何本も屹立したのだ。
 そんな最中、鬱陶しそうな顔で「掃除が面倒になるじゃない」とか言っている巫女さんは、ちょっと神経が図太すぎると言えなくもない。
 そこにあるのは――単に、世界をどう処理しているかの視点だけなのか。
 
「魔術がそうしたものだ、とは先に説明したがね。時間が絶対だと考えるのがもう間違いなんだ――少なくとも、僕らの次元に置いてはね。時間はありきたりな次元の一
つに過ぎない。僕らの能力は時間にも介在してることを忘れて貰っちゃ困るし、君だってそうだ――君らの知り合いのあのメイドさんだってそうだろう」
 
 と言ったのは、以前にここで出会った殺人メイドのことで、掘り下げて言えば彼女は止まった時間の間を歩き回れるという類いの無茶を生業としていた。
 
「言っただろう? 魔術師の目的は世界を知ることだって。その通りなんだよ。魔術はコレを理解することを目的としている。僕はその理解その物だし――パチュリーは
それを理解している。君は知識と言うより存在がそれを把握している。霊夢もまあ、そうだろう。この人選もまあ、そこそこ悪くはない訳さ」
「じゃあ――」
「うん」
「……じゃあ、俺達はいつ俺達になった?」
「さあ。勿論それは最初から定められていた。或いは定めなどなかった。とはいえ、君が君であることをこの世界に定義されたとき、この状況を整える条件は生まれた。
斯くして今この場所は存在している――全ての結論の先に」
 
 誰かの見ている夢が、俺達を夢見ているのなら。
 ルーツィアはそう言った。
 ……益体ない結論と言えばそれまでだが、俺はそれでも思考しているし、これからも思考し続けるだろう。
 魔女も巫女さんも言うまでもなく俺と同様で、俺達は断片を繋げ続けていくしかない。
 選ぶしかない世界を、俺達は選び続ける。
 或いは、選ばれ続ける。
 
「アレだな。俺たちが何かに関わることを、関わり続けることを物語って言うなら――物語はいつだって続いてるし、続き続けるワケだ」
 
 たぶんな、と結んだつもりが、ルーツィアは興味深い、と言いたげに頬を緩める。
 
「実に人間的だ。どういう意味か聞きたいね」
「いや、だからさ……なんだ、こういうの口にするのってすげえハズかしくないか」
「存在自体が恥ずかしいくせに今更何を言ってるんだ」
「ははは押し倒すぞ」
「きゃー。……これもいい加減飽きてきたな。今度は別のネタを君の「物語」に期待するとして、それで?」
「いや、覚えがあるんだよ。幼稚園って言って……解るかな、お前らは。そういう施設。巫女さんとこには寺子屋とかあったりすんの?」
「言いたいことは判るわよ」
「同じくね」
「ああ。まあ、小学校出る前に今みたいになっちまったから俺の場合はあれが「世間」の最後だったんだけど――あれを卒業……卒園っつーのか? まあ、とにかく環境が
変わるときに、かなり不安になったり泣いたりした覚えがあるんだよな。友達とか先生にもう会えない、とか感じたりしたんだと思うよ。ガキだったからな。寂しかったんだろ
――違うか。自分の世界が変わっちまいそうで、怖かったんだ」
「うわ、普通だ。普通すぎて逆に驚く」
「何が普通かって言われても困るよな、実際。普通は普通――自分がいつだって自分の普通さの基準だよ。自分の知ってるヤツが自分の周りにいるのが、自分の馴染ん
だ環境がそこにあるのが、自分のやってることがどうにかこうにか――なんとかなってそこにあるのが、普通で、普段で、物語なんだ」
「……それで」
 
 と、魔女は言う。
 
「貴方の物語は、――子供だった貴方の物語は、終わったの?」
「いや、違う、と思う」
「そう……そうなんでしょうね、きっと。人間だもの」
 
 そう。
 多分そういうことなのだろう。
 幼稚園を卒業する。
 学校を卒業する。
 子供にとってはそれだけでも重大事で――その場所で過ごしたあれこれは忘れ難い。
 まあ、俺は小学校の半ばで殺し屋になってしまったので「忘れ難い」記憶の部分に代入されるのが「忘れてもいい」「むしろ忘れろ」に相当するあれこれであるのは些かの
不具合ではあるが、それとて俺の物語には違いない。
 ヨルダンで要人を車の直列爆弾で吹き飛ばしていたときの記憶を、南アフリカで少年兵を率いて町々の詰め所を焼き払っていたときの記憶を、俺はリアルに思い出せる
――し、そのとき一緒に行動していたCIA局員の顔も、慕ってくれた子ども兵たちの顔も思い出せる。
 けど、それはそれだけの話だ。
 幼稚園も学校も卒業するしかないし、友人は入れ替わっていく。
 環境は変わっていく。
 世界環境に従うしかない子供にとって、物語はそういうものだった。
 俺にとってもそれは同じで――付き合いのあった局員とは一年も一緒に行動することはなかったし、今となってはその連中の八割がロビーの壁に星として刻まれて殉職しているか、
でなければ局を辞している。
 俺達はいつだって何かに関わり続けて、気付けばその関わりから放り出されたり、新しい関わりに放り込まれたりする。
 
「新生活応援、とか言うだろ。桜の季節は刷新の季節――らしいぜ。学年が上がればクラス替え、学校を卒業したら別の学校へ行くか就職するか、まあ、色々だろ。結婚し
ても子供が生まれても、それまでの環境とは様変わりする。どれだけ変わるからは――そうだな、その成分の違いが「物語」だよ」
「面白いね」
 
 ルーツィアは桜を見上げて、それからなるほど、と頷く。
 
「そうタグ付けすればその認識は把握できる。時間成分として境界を設けることも可能だ――この種のセンスは君の方が僕よりも実地に近いだろうな」
「高性能すぎると、断片化をやりすぎるんだろ。ハードスペックの高さも考え物だな」
「いや、実感することは多いよ。どんな世界にもそれなりの意味があって、もしかしたらそれは面白いものかもしれない、ってね。それは思う。けど、CDやDVDに慣れた人類
がフロッピーディスクを使う時代に戻るとは考えられない。SF小説でさ、未来が舞台なのに進化したフロッピーみたいなのが出てくると違和感感じるだろう?」
「まーな……ふん。だとすると、お前らの物語は「変わり辛い」のか? 十年百年は自分の周囲が変わらないだろ」
「私ならそうでもないわ。今の私の周りは――なんだかんだで、騒々しいから。十年どころか一年だって危ういくらい」
「なるほどね」
 
 俺の物語の中にルーツィアや(或いはこの魔女も、少しは)他の皆の物語があるように、魔女の中にはあの巫女さんや、俺の知らない無数の人間や(例の吸血鬼や――
人間以外の方が多いかもしれない)世界の物語があるのだろう。もちろん、俺達は俺達の中に存在する人間の物語を知らないし、知る必要もないのだが、それぞれが抱え
た物語が個人という形でしか世界に記述されない以上、俺達は互いの物語の結節点であり続けるしかない。
 俺が抱えた無数の物語をこの魔女は知らないだろうし、知る必要もあると思っていないだろう――だから、それはそれだけの話で、それが当然なのだ。
 俺達は永遠に近付かず、永遠に近付き続ける。
 無限に隔てられた時間と空間の中で、何かに参照され続ける。
 
「感情はバイアスで、関係はタグ付けとレイヤーの分類。なるほど、これは面白いね。物語とはつまり、他者へとどう繋がるかだけではなく、繋がろうとするかの時空成分に
よって定義されるわけだ」
「知らなかったのか?」
「いや。知ってはいたし、利用してもいた。ただ、感情というレベルで取捨する必要はなかったな。だから言っているんだよ。「面白い」って。君たち風に言うなら、そうだな、「今
なら解る」ってところかな」
 
 俺はルーツィアのことを何から何まで知っている訳ではないが、ルーツィアがいることを――自分の傍にこいつがいることを知っている。
 セシルが、妹が、他の連中がいることを俺は知っている。
 
「……おや、どうしたのかな? ついに僕の魅力に気付いたってオチかな」
「ああいや、それ自体は割と前から気付いてるけどさ。そういうのはどうでもいい」
「おやおや」
 
 だから。
 俺はその世界を知っている。
 知っている世界があって――その世界が自分にとっての全てだということを知っている。
 世界の総和が、世界同士の繋がりがそうであるように、俺達の距離はそうして繋がっている。
 俺達は、
 参照する。
 
<参照し、>
 
 あらゆる時間と空間で、
 お互いの在り方を観測する。
 
<参照し続け、>
 
 風に巻き上げられた桜が、ふと、コマ送りのように視界をゆっくりと過ぎていく。
 飄然と佇んだまま、空を何とはなしに見上げている巫女――その紅白のコントラストが、いやに印象的に脳裏に焼き付いていく。
 なるほど、と思う。
 この巫女が世界の中心にいることが多い、という魔女の言は、その存在感が証明している。
 とはいえ俺が取り立ててそれを誇張することがないのは、俺の中では巫女がそうした世界の中心に存在しないということでもあるわけだが。
 
「まあ、戯言だな」
 
 無論、俺は自分の意識を意識している訳ではない。
 ルーツィアと違って、俺は自分が自分であることを理解しているに過ぎない。
 万が一にも(魔女が言うように)巫女が世界の中心だと認識しているのなら、俺の世界はあの巫女中心に回り出していてもおかしくはないし、それを認識する術はない。
 
「幕間劇なら、そろそろお開きだと思うけど」
 
 そう言って魔女が差し出してきた杯を俺は受け取っている。
 
「そりゃな。醒めない夢は現実だけど、この現実は度が過ぎてる」
「どうかな。君が――いや、或いは君たちが続ける気があるなら、この物語もまた現実たりうるんだ。望むか望まないか。それだけだよ」
 
 ルーツィアが注ぐ酒を飲み干した所で、世界が溶けて消えるとか世界が変化すると言った様子はない。
 つまるところ、俺が意識してこの世界をどうこうしている訳ではないのかもしれない――が、これが俺の夢だと判断するには傍証が少なすぎ、何より意識をアテにするには
この世界は厳密すぎる。
 無限に分割されたページを一繋がりに映し出す夢幻灯ラテルナ・マギカ
 願わくば続け。
 願わくば終われ。
 そう言った所で意を汲み取りなどしない映写は、俺達の意思を現に連ね続けている。
 
「まあ」
 
 と、俺は言う。
 
「酒が無くなるまでは、とりあえずこれでいいんじゃないか」
「……いい加減ね、それ」
「勿体ないだろ、だって」
 
 そうね、と魔女は笑い、その隣でルーツィアが新たに数本の酒器を引っ張り出したことはとりあえず問題視しないでおく。
 物語は勝手に始まり、勝手に終わる。
 俺達が意図しないままに。
 或いは、俺達が意図するままに。
 誰もが頓着しないまま、俺達は物語になっていく。
 
「あ、ちょっと。まだあるならこっちにも。肴くらい用意するから」
「いやアンタ、まだ飲むのかよ」
 
<参照し、参照し、参照する>
<読まれることを>
<読まれる者を>
 
「どうせだから他の連中も呼んで――」
「他って、そんな連中呼んだら際限なくなるじゃない……」
 
<貴方を>
<貴方は参照されている>
<私が貴方を参照する>
 
「……つまりだな、スラッシュメタルの発展系とクロスオーヴァーの再合流はメタルコアという萌芽によって再定義されたわけで――」
「ええと……だからそれは蓄音機で聴ける類の音楽かって私は聞いたのだけど。あと、他の二人が聞いてないわ」
「何ィ!?」
「当たり判定小さいのよ、あの連中」
 
<かつて>
 
<いつか>
<いまも>
 
「……あんたんとこは、いつもこんな調子か」
「こっちが質問したかったことそのままね。そちらは?」
「どうかな」
「でしょうね」
 
<今までも>
<今からも>
 
「だから、この世界は俺達の――」
「でなければ、私達の」
 
<read>
 
<私はそこにいる>
<貴方はそこにいる>
<私は貴方を参照している>
 
<貴方は物語である>
 

12 名前:名無し客:2014/08/06(水) 16:10:28
メール欄にグランツとかヴィルキエって入れればいいの?

13 名前:◆c24WbL1H6qIF :2014/08/07(木) 16:57:53
<read log>

「ぁあ?なんだって?」

いつだって彼は非合理だ。
何故明白に、明瞭に、明らかに彼に対し届くように、理解できるように情報を伝達したにも関わらず尋ね返すというリアクションをとるのか。
そう、理解できるように、だ。
よって「聞こえはしたが、内容を解釈し損なった」という可能性もまた無い。
ならばそのリアクションにどういった意味があるのか。

つまるところ答えはひとつ。
嫌がらせに他ならない。

これでも私は審問官だ。
名を記述されたことも無ければ描写をされたこともなく、
上位端末というわけでもなければ、その予備というわけでもない。
騎士たる者の行動をサポート、あるいは監視・観測し、効果を測定し報告する。
こうして書き出してみると別に機械でも代行できそうな、
無論、使い魔でもおなじことだが、
つまり、ぶっちゃけて言えば少しばかり他より自らの身を守る能力に長けているだけで、
後は他の誰かでも出来る仕事をしているにすぎないのだが。

頑丈な戦場カメラマン?
素晴らしい比喩だ、ちょっと手をすべらせて存在を抹消したいほどに。
今そんな風に理解した誰かを殴りたい。無意味だとしても。

これでも、いや、それでも私は審問官だ。
なのに何故こんな児戯が如き嫌がらせを受けねばならないのか。

「能面ヅラが気に喰わねぇ」

理由か?
それで理由のつもりなのか?
私だけがこうだとでも言うつもりか?
私を除く他大多数の審問官に対してもその台詞をぶつけて嫌がらせを行うのか、彼は。
本当に?

私と記述するのもそろそろうんざりしてきた。
というかこの騎士に対してリソースを割くのがそもそもの間違いだったに違いない。

さて、ここまで書いてきて何だが、この記述を参照する意味が全く見当たらない。
だが、敢えて私はこの内容を「消し忘れよう」と思う。よし、もう忘れた。
うまくすればこのトラフィックに対し、あるいは私に対して上位存在が効率化を施してくれるかも知れず、
また、ありえないとは思うが、無限の分岐のどれか一つくらいはあの男に軽い注意が為される可能性が生じるかもしれない。
為されたところで無駄だという指摘は聞こえない、考えない、想定しない。

私はただ彼にこう言っただけだ。

『アルコールが貴方に影響を与えられるとは思えない。経費を考えれば水、せめて安い缶ビールなどを飲むという手段を提案する』

<log out>

14 名前:名無し客:2014/08/07(木) 20:21:23
なるほど、簡単だ

15 名前:El libro de arena:2015/04/01(水) 20:41:21
 
<read>
 
<主観時間を定義する>
<参照ポイントを構築する>
 
<status:◆c24WbL1H6qIF>
 
<私は貴方を読んでいる>
<貴方は私を読んでいる>
 
<loading...>
 

16 名前:El libro de arena:2015/04/01(水) 21:07:13
 
<私はもちろん、貴方を知っている>
>>13を歓迎する>
 
<◆c24WbL1H6qIF>
<→c>
 
<Maximilian_ZK_168>
<2015/04/1>
 
 そしてようこそ、マックスの裔。
 
 無論、貴方の権限に於けるこの閲覧は多大な負担を伴う物であることは疑いない。
 貴方に感情がないとして、そして当然のように私に感情が存在しないものとして、貴方が私を参照する理由はない。
 もちろん、必要に迫られてこの本を開いているとして、私は貴方の行為を咎めることはない。
 貴方の行為は、
 
<ここ>
 
 に記述され、
 
 貴方の行為はまた、
 
<そこ>
 
 を記述する。
 
<かつて>
 
 貴方は、
 
<ヨハネス・クラヴィウス>
 
 であり、
 
<ベルンハルト・イェリネック>
 
 でもあった。
 
 そして貴方は当然、
 
<五百人のフランス人と>
<五百人のイギリス人と>
<五百人のドイツ人と>
<五百人のユダヤ人と>
 
 今一人、貴方という現在系の記憶から成り立っている。
 貴方が直近に起動した三十八年間と百六十八日を、二千人の命脈が補足する。
 二千と一人が貴方の過去を定義し、貴方の感情を記述する。
 
 それをミーム、と言ってみて、そんな曖昧な用語を思い浮かべる貴方が貴方を否定するのは、それが純粋に曖昧な用語であり、
貴方を定義する知識がその用語の曖昧さを忌避するからに他ならない。
 他者が他者を受け継ぐ理由を、貴方が知らない理由はないからだ。
 
 千億枚の新聞紙を解体し、二文字づつのアルファベットを拾い上げてみて、一つの記事を構成することは容易い。
 貴方はそういうわけでそこに存在し、そうした理由から私を参照する。
 魔女狩りを批判した貴族の悲哀が貴方の思考を形作り、独裁者の兵器工廠で万人を殺傷する爆弾を製造した恍惚が貴方の
感慨を参照する。
 貴方は朝食に伴侶のパンを焼き、
 貴方は午刻に飼い犬と戯れ、
 貴方は夕暮れに敵対政府の宰相の首を掻いた。
 貴方は真夜に礼拝堂で祈りを捧げる。
 
 私はその全てを記録し、
 貴方は私の記録においてそこに記述される。
 

17 名前:猫(ケモノ)狩りの夜が始まる―― ◆qYdq.chaos :2015/04/01(水) 22:53:16

―――劇作家(キャスター)の英霊、曰く。

嘘という殻に包まれた特異点――あらゆる運命が溺れ惑うサルガッソー。
数多の『可能性』の吹き溜まりにして、希望と死を満載した選択の箱船の墓場。

―――だが。
ともすれば楽園にも見えるであろう、その一夜限りの万華鏡(ユメ)も砕けて消えた。
なればそう、かの反逆の剣奴を繋いだ牢獄の更に底。
地下六百六十六階に巣食う幻の囚猫であった吾輩もまた、混沌の彼方へと解放され此処へと至る。
全ては冗句か、夢幻か―――。



……まぁ、そんなワケであるからしてアレだ。
これもエイプリルフールの余興とか、そういう一環のアレなので気を楽にしてほしい。
まあそういう訳で汝らに問おう。



問題.今更ですが汝らの思う、猫とネコミミの良さを汝らの女性遍歴に当てはめ、
   原稿用紙二十枚以内で語りなさい。
   尚、原稿用紙の文字数と女性遍歴の範囲は任意とする。




それでは、来年の4月1日にまたお会いしましょう。
サヨニャラ、サヨニャラ、サヨニャラ。


18 名前:名無し客:2015/04/08(水) 21:49:39
アナタガ猫と認識している存在は
果たして本当に猫なのであろうか
世に猫に変身する魔女など珍しくもないのだから・・・・。


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