■ ハーフプライサー同好会

1 名前:◆BENTO5NzEk :2009/07/22(水) 19:55:44
 
 
 
 
                    戦え―――そして。
 
 
 
 
 
 
                     ―――――喰え!
 
 
 
 
 
 
 

2 名前:槍水 仙 ◆SuISenp7hs :2009/07/22(水) 20:05:49
 
――ようこそ。ハーフプライサー同好会へ。
 
 
……と、明るく迎えてやりたい所ではあるが――こんな不便な部屋まで来たんだ。ここが何を目的とし、何を
しているのか、その程度の事は察しているだろう?
 この円卓に就くことは、諦めの溜息を吐息とする『負け犬』の生活を諦め、恥知らずな『豚』として生きる事も
出来ず、誇り高き『狼』として在る事しか許されない。
 
 
 さあ、どうする?
 こちら側へ、来るのか?、、、、、、、、、、、
 


3 名前:名無し客:2009/07/22(水) 20:09:27
(この季節に香辛料も酢も塩さえも使わずに
「茹でただけの野菜(ちょっと酸っぱい)」
・・・が入った弁当箱を机に置いて一歩前に出る)


4 名前:佐藤 洋 ◆HENTAI3zM2 :2009/07/22(水) 20:36:47

――さて、どうしてこんな事になったのだろうと僕こと佐藤洋(サトウヨウ、だ。サイトウヒロシでは断じて
ない)は思案する。……フリをして、先輩の一人芝居に魅入る。
 初めは嫌がって居た割りに、いざ決心を固めると行動が早い。
 まるで戦場に立った時のようだ、などと冷静に観察していると――
 
「こんなところで、良いのか?」
 
 先輩――槍水仙(ヤリズイセン)、二年、女性、年上のおねーさん科、化粧をしている時はカッコイイ目、
でも実は化粧を落すと可愛い系――が問うて来る。
 
「――まったく友好的じゃないところを除けば、何時も通りの先輩で完璧です」
「……そうか」
 
 シュンとしてしまった。
 シュンとしてしまった。
 
 僕はどこで解答を間違えたのだろうかと自分の発言を振り返る。――振り返るまでもなくダメな回答で
はないかと反省し、だがしかし、これが決して間違った解答ではないのは事実だ。
 簡単に――そう、近所のスーパーに買い物に出かける気分で立ち入るべきではない領域フィールド</rub。
 
 ここに来ると言う事は――それだけの覚悟を必要とし、誇りを持たねばならない。
 とは言え僕は勝率が低く、不名誉な『二つ名』持ちであるからあまり偉そうなことは言えないが。
 
「ところで――佐藤。それ(>>3)はなんだ?」
 
「ああ、これ(>>3)ですか? いや、極貧に喘ぐちょっと特殊な嗜好を持ったクラスメイトがいまして。そん
な彼が幸せそうに頬張っていた昼食なんですが――どうも、傷んでたみたいで。恍惚の表情を浮かべ、
『快楽の永久機関バンザイ!』と叫び保健室に直行――と言うか、救急車に乗って搬送されて行ったん
ですけど、その処理を頼まれて持って帰ってきたんですよ」
 
「――早く、捨てて来い」
「……ですよねー」
「それにもう――あまり時間もない。白粉はどうした?」
「執筆がノリにノッているのか連絡も付きません。まあ、白梅が気に掛けるでしょうし大丈夫、かな?」
 
「ならば――それを処分して早く行くぞ。半値印証時刻ハーフプライズラベリングタイムに遅れる」
 
 無言で頷き、窓から見える月を見据える。
 こんなに良い月夜は久しぶりだ。こんな夜には『狼』達の殺気も、空腹も、十分だろう。
 
 だからこそ、今夜の『半額弁当』は旨いに違いない。
『どん兵衛』は塩辛いに違いない。
 
 勝利と敗北――どちらの香辛料スパイスが効いているのか。
 
 出来れば、この月明かりの中、温かな食事を――先輩と二人で。


5 名前:名無し客:2009/07/22(水) 22:03:57
で、成果は如何ほどでした?

6 名前:無名の狼:2009/07/22(水) 22:05:47
この静寂…遅かったということか。

7 名前:名無し客:2009/07/22(水) 22:07:51
俺…この戦いが終わったら惣菜コーナーでバイトするんだ。

8 名前:名無し客:2009/07/22(水) 23:45:26
情報です!
◯丁目のスーパーでやってる北海道駅弁フェアの最終日に
ウニとイクラ丼弁当が半額になるとのことです!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…………三日前に作ったやつだけどな!

9 名前:名無し客:2009/07/23(木) 20:35:40
手元にある予算は幾らくらい?

10 名前:名無し客:2009/07/23(木) 22:19:40
半額タイムを待っていたら全て売り切れた。
そんなホロ苦い経験はありませんか?

11 名前:名無し客:2009/07/24(金) 22:15:42
3割引程度では射程圏外ですか?

12 名前:槍水 仙 ◆SuISenp7hs :2009/07/24(金) 23:29:06
 
 ようこそ――ハーフプライサー同好会へ。
 
 
 この挨拶はサービスだから。まず落ち着いて欲しい。
 うん、またこの始まり方なんだ。済まない。
 二度目だからって謝って許してくれと言っても許すつもりもない。
 
 
 でも、この扉を開けたとき、君は、きっと言葉では言い表せない様な『空腹』を感じたと思う。
 半額と言えど、手間隙掛けられた弁当を目にし、『空腹』を感じてくれていただろうと思う。
 
 殺伐とした戦場の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。
 そう思って――この挨拶を考えたんだ。
 
 
 じゃあ、誇りもなく半額弁当を手に入れる方法以外の注文を聞こうか――。

13 名前:佐藤 洋 ◆HENTAI3zM2 :2009/07/24(金) 23:59:28
 
――と、先日に引き続き先輩の一人芝居が繰り広げられていた。
 
 
  
 そう言えば、何故こうななったかを説明していなかった気がする。
 僕が、意図的に、説明、しなかったのでは、ない。

 そんな、筈は、ない。
 
 先輩と、二人きりの時間が欲しいと願っているはずが、ない。
……僕だって健全な男子校生だ。あばたもえくぼ、思春期真っ只中の高校生男子だ。それはイケない妄想
だってたまにはする。
 
 思春期だモノ――よう(僕の名前だ)。
 
 さて置き(オカシテクダサイ)。
 
 何故こんな業務告知的な文言ガ並ぶかと言えば――同好会ではなく部にしたいらしい。
 それは。先輩なりの意地なんだろうと納得している(今は『同好会』ではあるが昔立派な『部』であったらしい)。
 何故そこに拘るのかは判らないが――先輩が求めるなら付き合うのも悪くない。
 
 それこそ――痘痕も笑窪、だ。
 
「ところで白粉――お互い、侘しいな」

「今日はグッと来るお弁当がなかったですから――」ディスプレイを睨んでいた瞳が柔らかに細められる。
今日は僕と変わらず、『どん兵衛』と半額シールが貼られた御握り(僕は鮭で、白粉は梅だ)である。
 僕が勝利を手に出来なかった大きな理由は、先輩が「今日は遅くなる――先に食べていろ」その一言が
咽につっかえた小骨の如く引っ掛かり続けたからだ。

「私を――待っていたのか?」
 
 森林をイメージした香りと共に、凛と響く声。
 ポットで沸かしていた水が丁度保温の値に達し、よく冷えた麦茶(水出しだ。と言うか――この部室は
生活必需品に満ち溢れている)を用意しようとしていたところに、会長――先輩が戻る。
 
 月明かりだけが(白粉のPCの光源は無視するものとする)支配する部室に、まるで初めからそこに居たか
の洋な声が響く。
 
「『私は少し遅くなる。先に食べていろ』――そんな風に言われて、空腹に負けてしまうなら、ここにはもう居ま
せんよ」

 
 白粉も苦笑を浮かべながら頷く。
 どんなに食が貧しかろうとも、ここで食べるものに勝るものはないという連帯感。
 苦笑が、本当の笑みに変わるのに、さして時間は必要なかった。

14 名前:◆BENTO5NzEk :2009/07/25(土) 00:09:15
 
 回答は四巻を読み終わるまでお待ち下さい!!
 
 

15 名前:名無し客:2009/07/29(水) 21:11:34
同好会から部に格上げする日はいつ?

16 名前:槍水 仙 ◆SuISenp7hs :2009/08/01(土) 21:44:17
 
――ようこそ。
 ハーフプライサー同好会へ。
 
 
 とまあ、挨拶はそこそこにして、だ。
 本日は特別講義を開きたいと思う。今日は多少時間があるのでな。
 
 それでは――「コンビニの半額弁当の取り扱いについて」と題して話を進めるとしよう。
 
……怪訝な顔だな。
 ここがどこだか分かっていて足を踏み入れたんだろう?
 ならば聞いて行くと良い。「狼」ならずとも、この話題は耳にしているはずだ。私見交じりではあるが、
雑学程度に耳に入れておけば話の種になるかもしれない。
 
 さて、まずはコンビニについて知る事から始めよう。
 二十四時間年中無休――そして、現代人の生活には欠かせなくなってしまったモノ。
 それがコンビニだろう。
 
 日用品、食料、飲料、雑誌。最近ではATMを設置している店も少なくない。そつなく様々なものが所狭
しと並べられている店内は多少の息苦しさを感じるが、どの店舗に入ったとしても何がどこにあるのかがす
ぐに分かると言うのは利点だ。
 私はあまり利用しないが、あの利便性は否定できるものではない。
 
 なくてはならないもの。
 無いと不便だと感じてしまうもの。
 もはやそこにあることが当然だと認識されてしまっているもの。
 
 それが、コンビニエンスストア――通称、「コンビニ」だ。
 
 だが――疑問に思った事はないだろうか?
 時間帯にもよるが……弁当や御握り、サンドイッチでもパンでも良い。どれも必ず揃えられている。
 必ず、だ。
 
 年中無休の二十四時間営業で、欠品がない事。
 その割りに、それらの賞味期限は意外と短い事。
 
 そして――何よりも。
 
 値引きによって消費を加速させない事。
 
 勿論、値引きがないわけではない。会員限定でいくらか値引くといった手法をとる事もあれば、商品の抱き
合わせで値引きを行っている事もある。期間限定の値引きもある。
 だがこれは……その店の意思によるものではなく、会社としての方針だ。
 

17 名前:槍水 仙 ◆SuISenp7hs :2009/08/01(土) 21:45:49
 
 先の話では触れなかったが――コンビニの多くはフランチャイズだ。
 まあ、今更こんな事を言わずとも、身を持って経験しているだろうがな。犬も歩けばなんとやらではないが、
ある程度の規模を持った街ならば、五分も歩けば必ず見つかる程度には、巷に溢れている。
 
 だが――その殆どが、看板を借りているだけだと言う事を知っている者は少なかったりする。
 似たような例を挙げれば、車のディーラー……この場合トヨタでも日産でもホンダでも構わないが、アレらは
看板を借りているだけであり、直営店ではない。トヨタ車を扱っている店に勤めているからと言って、トヨタの社
員ではない。あくまで販売会社であり、下請けのようなものだ。
 ディーラーの場合、販売台数や登録実績などにより商品の仕入れ価格が下がる事もあるんだが――まあ、
これはどうでもいい話か。話を戻そう。
 
 看板を借りて商売をしていると言う事はつまり、その上に儲かる誰かが居ると言う事だ。
 そうでなければあんなにポンポンと出店させはしないし、潰れて行く店も多くはない。立てては潰し、潰しては
立てる。それでも本体には揺るぎはない――今の経済状況でどうなのかは知らないが。
 
 本体がどうやって儲けているのか――それが「ロイヤリティー」と呼ばれる上納金のようなものだが、これがま
た厄介な代物でな。売り上げが伸びれば伸びるほど……正確には売り上げではなく粗利なんだが細かい話を
続ければキリがないので省くが、少なくとも30パーセント程は持っていかれているのが現状だろう。
 そこから更に人件費や光熱費などなど、必要経費を引いていけば店舗経営者の悲壮な顔が浮かぶのも仕方
のない事だ。設定価格がスーパー等よりも高いのはこれが原因だろう。
 例えば――缶を一つ潰してしまったとする。この場合多いのはビールなどの酒類になるだろうが、一つを潰し
て、売り物にならなくなった場合、利益として取り返そうとするには一ダースを捌かなくてはならないといったよう
な話を聞いたこともある、正確な情報ではないと思うがな、流石に、これは。
 
 そんなコンビニ経営者が、何故、今まで半額を取り入れてこなかったのかと言えば、上からの圧力が在ったの
は明白で、賞味期限の切れたモノに関しては破棄するしかなかった。当然、破棄するとしても仕入原価は掛る。
食事時でなければ捌けないであろうものを常に在庫し、そう長くはない賞味期限と合わされば――後はわかるだ
ろう。
 
 そう――廃棄の山だ。
 
 間違っても賞味期限切れの商品は客に出さないようなシステムも取られている。
 経験はないか? 御握りを買おうとして、レジを通す際に店員が慌てたように同じだが、他のものを持ってきた
事が。
 レジのシステムがそういう風になっているらしい。商品のバーコードに賞味期限の情報も書き込まれているの
だろう。間違ってもそれで中ってもらう訳には行かない。企業や、店としての営業努力は涙ぐましい――が、店と
しては「ロス」が一つ増えた事を意味し、笑顔の裏に涙を隠しているに違いない。
 

18 名前:槍水 仙 ◆SuISenp7hs :2009/08/01(土) 21:48:05
 
 前置きが長くなりすぎたが、ようやく半額の話に入る。
 幾つかの企業が値引き販売に許可を出した――が、廃棄を幾らかで引き取ると言う案も出した。
 
 さて、これはどういう事だろう?
 半額でも売れなければ、そちらに少し不利益が出ますが回収します……と言うような善意の申し出だと感じら
れるなら、君はもう少し疑いの目を持った方が良い。
 
 二度目だが、コンビニはフランチャイズだ。その殆どが直営店ではない。
 レジや店舗什器、POSシステム――その全てが借り物だ。「ロイヤリティー」にはそういったもののリース費も
加算されている。名前と共に、店に必要なものを借り受けているのが店舗経営者だ。
 当然、本体からの監視の目も入り、看板等を借りている以上、経営者側は下手に出るしかない。
 
「廃棄を引き取る意味」がわかるだろう?
 
 なるべく、半額にしてまで捌いて欲しくはない――と私は睨んでいる。
 売り上げが伸びれば伸びるほど、その店舗からの収入が増えるのだから、値引きは極力抑えたい事だろう。
 そして、半額にしたところで「売れない」ものは「売れない」。それであれば半額にしたところで意味がないと思
う経営者も少なくはないだろう。二十四時間営業では「時間」などあってないようなものだ。例えば朝到着した弁
当が、その日の夜中に賞味期限が切れるとする。そういった需要が在る店であれば問題はないが、需要のない
店では半額にしたところで売れはしない。また、需要が元々あった店であれば半額にする必要がない。
 
 という訳で、「コンビニにおける半額弁当の取り扱い」に関しては首を傾げざるを得ない。
 私の個人的な意見ではあるが、導入されたところで、半額になった弁当を目にする事も少ないと思う。
 
 そもそも私達のような「狼」が戦場バトルフィールドとするにはコンビニは不向きなんだ。
 いかに上手く収納し、いかに数多くの商品を置けるかといったあの場では奪い合いと言う行為は不可能だろう。
 それに、好き勝手絶頂に争奪戦を繰り広げている私たちとは言え、少なからず「ルール」がある。
 
 半額神に敬意を表し、その弁当を作ってくれた人への感謝し、残ってくれていた幸運を祝い――食べる。
 
 スーパーで売られている弁当と、コンビニにおいてある弁当の決定的差とでも言うべきか。
 
――同じような金額でも、量が、な。
 
 コンビニのものは精々一口で食べきれるようなポテトサラダに、漬物、メインの一品、ご飯。このような内容
である事が多い。そして、量もまた少ない。育ち盛りなどと言う言葉を自分に向けて使う事になるとは思わな
かったが、それだけで充足感は得られない。
 運送の都合からか保存料等の添加物が豊富なのも、気になる。
 
 その点スーパーのものは、意外と量も豊富だ。利用した事がないなら一度見てみるといい。
 コンビニに比べれば華やかさにかけるかもしれないが、質実剛健と言ってもいいだろう。
 500円もあれば充分に満足な食事が得られる。人によりけりだろうとは思うが、私の視点から見るとコンビニ
のそれとは比べるまでもない。食べる人の事を、しっかりと考えている。
 
 ご飯と、メインのおかずさえあれば弁当として成り立つ訳ではないとは思わないか?
 思い出してみろ、子供の時に母親が作ってくれた弁当を。
 色取り取りの弁当を。自分の為に作られた弁当を。
 
 スーパーも、コンビニも、「誰か」の為に作られた弁当だ。
 だが――その先に「人」が見えない弁当に「狼」――いや、私は興味が沸かない。
 
 アブラ神が、ジジ様が――その他多くの半額神が食べる人のためを思い、原価や手間を掛け、利益との葛藤を経
て、半値印証時刻ハーフプライズラベリングタイムまで残り、残り物である筈なのに、美味しく頂ける弁当。
 食べる側の事を思って作られた弁当。
 
 だからこそ、奪い合ってまで手に居れ、食べたいと言う本能的欲求に従い、空腹を満たしたいと心の底から思える。
 流れ作業のように作られた弁当では、空腹は満たせても、心は満たせないだろう。例え勝ち取ったとしても、誰に
感謝し、どこに感謝すれば良いのかがわからない。
 
 そんな弁当は――私の求める弁当では、ない。
 
 私以外の「狼」もそう思っているだろう。
 
――と、随分長くなったが、仮にコンビニで半額弁当が販売されたとしても、私は求めないだろうと結論付けて終わ
りとしよう。
 ご清聴に感謝する。
 
 

19 名前:佐藤 洋 ◆HENTAI3zM2 :2009/08/01(土) 21:52:30
 
――そして時間は何事もなかったかのように前回へと続く。

「ところで先輩。今日は何を祝うんですか?」
「――ん、何故それを?」
「以前と同じような時刻でしたから……そうかな、と」
 
 そう、以前にも似たような時間に出て行き、同じような時間に帰ってきた事があったのだ。
 その時は僕の誕生日を祝う為に少し遠方のスーパーに出向き、半額になったケーキを買って来てくれた。アレ
以上嬉しかった誕生日を、当然だが未だ経験していない。来年は――著莪もこちらに来そうなので、次いでの感
が拭えないかも知れないので不安ではあるが、きっと僕の事を祝ってくれるに違いないと妄想しても良いとは思う。
散々な誕生日を迎えなくても良い。そんなちっぽけな希望が、僕の救いにもなる。
 
「実はな――私にも何を祝えば良いのか、分かっていないんだ」
  
 先輩はそんな言葉を紡ぎながら慣れた手つきで弁当の温めに掛る。
「氷結の魔女」――その二つ名に恥じぬ「狼」。数多の「狼」を打倒し、勝利と言う香辛料スパイスを効かせた極上の料理を
胃に納め続ける彼女は、それほど運動が得意という訳でもないらしいが、空腹の加護の恩恵に与り、日々何物にも変
え難い食事を取り続ける。
 
「だが――祝っておかねばならない気がした。それだけの事だ」
「なら――これは、僕達が受け取っても良いんですか?」
「ああ、構わない。私の気紛れだと思ってもらえばそれで良い」
 
 
「……筋肉刑事に祝いだと渡されたプロテインを眺めるサイトウ刑事。その場では笑顔で受け取るものの、それが
何の祝いか分からない。勤務時間を終えたサイトウ刑事はプロテインを片手に夜の街を歩き続け――『彼』の元へ
舞い戻り、忘れている何かを問う。「僕は――これを受け取る資格がありません」そうサトウ……サイトウ刑事は受
け取りを拒否するも『彼』は優しくサトウさんへと手を伸ばし――あぅっ」
 
 
 一先ずトリップしていた白粉の後ろ髪を引いて現実へと引き戻す。
 この腐女子はいつもこうだ……なるべく僕の後ろに立って欲しくはない人物である。
 
「すまないが佐藤、それは四つ入りなんだ。一つで我慢してくれるか?」
「ええ、大丈夫です」
 
 どん兵衛の後に甘いものは、正直考えたくないところだ。
 出汁の効いたうどんを啜り、汁を飲み干す。しばらくは鰹や昆布のうまみ成分に酔いしれていたいというのが本音
だ。――まあ、出来る事であれば弁当を手にしたかったが、空腹に耳を傾けられなかった自分自身への敗北なのだ
から、悔やんでも仕方ない。
 
 それにしてもどん兵衛とは素晴らしい食べ物だ。関西風と関東風で味が異なると言う心憎い気遣いがあれば、定
番のきつねから、かき揚げまでと種類も豊富だ。うどんと蕎麦を選べる、その選択肢もまた嬉しい。一週間手を変え
品を変え食べ続ける事が可能と言うのは、貧乏学生にとっては悪くない選択肢だ。
 また、アレンジも幅広い。きつねうどんを購入し、コロッケうどんやてんぷらうどんへの派生、卵を落せば月見うど
んへとクラスチェンジも可能だ。これほどまでに便利であり、味のバリエーションに富んだインスタント食品は少ない
だろう。
 
「――ええっと、でも、その、あの、そうなると先輩が私と半分こって事で……その、嫌じゃないですか? いえ、食べ
たくないとかそう言う事でなくてですね……その、私なんかと半分で――」
「いや、私は構わない。でなければ佐藤に一つで良いかと問う筈もない」
 
 ただし、うどん派の僕としては五分と言う時間がネックだ。最近のカップラーメンでは珍しくなくなってきているが、
五分と言う時間は短いようでいて長い。
 空腹と、敗北の味を噛締める五分は、とても長いものだ。訳も判らず争奪戦が繰り広げられ、蚊帳の外に居た時
は敗北の味を知らなかった。
 今では――争奪戦の苦味を知る為の五分間。和やかに会話をしていたところで、心の片隅でジクジクと傷み続け
る傷跡。明日こそはと己を奮い立たせる活力ではあるが、この瞬間の敗北の味は、酷く塩辛いものだ。
 

20 名前:佐藤 洋 ◆HENTAI3zM2 :2009/08/01(土) 21:55:00
 
――電子音が温め終了を告げる。
 それより少し遅れて五分が経過し、皆で手を合わせ紡ぐ言葉は勿論――「いただきます」。
 
 僕は何時も通りお揚げを一旦容器の底へ沈め、麺を啜る。口の中に広がる熱と、旨み成分と醤油のバランスが
取れた、万人受けする汁の味。モチモチとした麺の食感を楽しみつつ、飲み込み、汁を一口。
 空腹に堪えかねた胃がそれらを向かいいれる前に、御握りを一口。パリッとした海苔の食感と、程良く塩味の効
いた白米が、口内に残っていた出汁の味と化学反応が起こり、御握り単品では味わえない絶妙な味を醸し出す。
 
 美味しい。美味しいはずなのに、空腹を刺激する香りが充満している以上、素直に喜ぶ事が出来ない。
 白粉の方を見れば、僕と同じように物欲しそうな目線を向けていた。
 
 先輩は僕と白粉の視線を気にする素振りもなく、デミグラスソースに塗れたそれを口に運ぶ。それは肉汁を少し
だけ垂らし、先輩の口元へと運ばれ……容赦もなく咀嚼される運命を辿る。
 整えられら美しい形の片方の眉がピクリと動き、箸はご飯へと向けられる。後はその単純作業の繰り返しに思え
たが――先輩の手が、止まる。
 
 ざっと見る限り、特に何の変哲もないハンバーグ弁当だ。付け合せには一口大のプロッコリーが二つ、甘く煮付
けてあるであろう人参と、フライドポテト。ハンバーグの下にはパスタが敷かれており、デミグラスソースを吸ったそ
れは、ある意味では主役とも呼ばれてしまうだろう。少し珍しい事があるとすれば、箸休めに置かれている漬物が
ピクルスである事くらいだが――それ以外はなんて事はないハンバーグ弁当だ。
 
 先輩は恐る恐るといった様子でもう一口とハンバーグを口に運ぶ。少しだけ滴る肉汁。
――どうみても、やはりただのハンバーグだ。先輩の些細な変化は気のせいだったと……ハッ、もしや煮込みハン
バーグか!?
 もし仮に僕の想像が当たっていたとすれば、次の一口で大変な事に――!?
 
 先輩は何も語らず、ご飯、付け合せのブロッコリーを口に運び、もう一度ハンバーグに箸をつける。
 
――恐れていた事が、なるべくであれば外れていて欲しい想像が……現実となってしまった。
 
 先輩は、口に運びこむだけの分のハンバーグを切り分ける。溢れるように零れだしたのは――チーズだ。
 
 中央部にチーズを仕込んでおいたのであろう。煮込む事によって蕩けたチーズが、僅かな隙間を潜り末端まで自
己主張を繰り広げていた。恐らく、先輩の表情に変化が表れたのはこのせいだ。「何かが違う」と感じ取ったのだろう。
そして、中心部に向かうに従い――デミグラスソースと一体化し、相乗効果を生み出していたハンバーグが牙を剥い
た。
 表面を一度焼き、デミグラスソースと共に煮込まれたソレは、肉汁と言う圧倒的暴力を内側に潜ませたと同時に、
うちに眠るチーズを全体に染み渡らせた。煮込む事によってソース自体の味も増し、ハンバーグと一体化した以上、
それだけで圧倒的破壊力を保っていたはずである。
 
 しかし――そこに、チーズと言う魔法が、隠されていた。
 
 今か今かと現界の時を待ちかねたチーズは、濁流の如くデミグラスソースを浸食し、ハンバーグとの一体化を計る。
コクや深みが増す事は想像に易い。そして何よりも――その味はとてつもない変化を生むだろう――!!
 
 先輩の箸が、大きく動く。
 今までは基本的に一口サイズだった。頬が膨らむような事もなく、美しい食事風景だった。
 
 だが――頬を一杯に広げるリスの食事風景のように、先輩の食事風景は変わってしまった。
 熱い内に食わねば申し訳が立たぬ、これほど旨いものを口にしているのだから恥じも何もない、寧ろ口一杯に頬張
り、その快楽を享受しない手はない――といった風に食が進んでいく。
 
 ああ――今日の鮭は塩っ辛いなあ。どん兵衛も塩っ辛いなあ……
 白粉もまた泣いていた。眼には浮かばないが鬼神の如くどん兵衛を啜る。
 僕も負けじと啜る。啜る。啜り続ける。
 
 明日こそはと、胸に秘めながら。
 

21 名前:佐藤 洋 ◆HENTAI3zM2 :2009/08/01(土) 21:57:09
 
「ところで先輩――同好会から部に格上げする日って何時になるんでしょうね?(>>15)」
 
 食後のデザートをいただきながら、優雅な談笑。冷えた麦茶ではなく、温かな紅茶と共に。……本当に、この部室
は物で溢れすぎていると思わずにいられない。
 
「――ところで佐藤、何時の間にこんな葉を置いていたんだ?」
「え? てっきり先輩が買ってきたものだと思っていたんですが」
「あ、それは貰ったんです」
「白梅か――流石だな、気を使わずともここまで美味いとは」
「ところで先輩――同好会から部に格上げする日っていつになるんでしょうね?」
 
「あ、いや、その、それは……」
 
 困り顔の先輩。中々見る事のないレアショットだ。
 だからもう少しだけ調子にのって――
 
「ところで先輩――同好会から、部に格上げする日って、いつになるんで――
 
「……とある先輩の僧帽筋の美しさを目の当たりにしたサイトウ刑事は仄かに思いを寄せるもいわゆるツンデレな態
度を取ってしまう。それは意中の人が居るからであり、己が浮気心を素直に認められないからであった。それでも完
璧なまでの僧帽筋を忘れられないサトウさんはついに誘い受けスキルを全か――あぅっ!」
 
 白粉の後ろ髪を引く一瞬で体勢を立て直す先輩。
 流石に受身が速い。
 
「お前は、この学校の生徒の顔をどれくらい覚えいる?」
「同じクラスの奴等だけですかね――後は、茶髪と、坊主と、顎鬚……スーパーで見かける連中くらいです」
 
 特に茶髪のインパクトは大きい。
 大変素晴らしい胸を持つ「狼」だ。あのインパクトは計り知れない。胸の下で腕を組む――そう、胸を強調しすぎる
ポージングが癖らしく、大変悩ましい。
 ある意味で大変食欲をそそられるというのは親父の発想であろうか。
 しかし、それ程までに悩ましい胸である。平均的な男子高校生は魅了されて止まないであろう。
 
 掌には収まりきるまい。むしろ、あそこまで素晴らしと体に変調は来たさないのだろうか?
 著莪ですらちょっと肩が凝るだのブーブー言っていたのだ。あのサイズになれば争奪戦の合間にもかなりの揺れ
を誇り、正直空腹と言う欲に支配されていなければ彼女ほどの強敵はいないだろう、オス的な意味で。
 
「では、あそこでよく見かける顔以外を、戦場で見かけた記憶は?」
 
 その一言で現実に引き戻され、
 
「……ない、ですね」
 
 と、答える。
 そうだ。既に聞いていた事だ。
 
 僕と白粉以外のルーキーは皆無であると。
 運動部関係の付き合いで参戦する事はあれど、新規で――何の伝もなく参加したのは僕たち二人だけ、らしい。
 ゆとり教育の弊害だという流布もあるが、確かに、半額弁当を求めて争わなければならないほど、食に餓えている
者はいないのかもしれない。
 
 殴られる痛み、殴る痛み――それがわからない人間が増えている。
 そんな、どちらの痛みも分からないような一般人が、「狼」の戦場に紛れ込むはずもない。
 
「まあ、後二人ほど加入すれば部としては認められる。残り二人が入るかが問題だがな」
「――ですね」
 
 そう頷くほかに術はなかった。
 どこか儚げな微笑が、月明かりに照らされた先輩の顔に浮かんでいた――。
   

22 名前:槍水 仙 ◆SuISenp7hs :2009/08/01(土) 21:58:52
 
 さて、少し時間は遡る。
 佐藤と共に――白粉を抜きに――アブラ神の店へ半値印証時刻ハーフプライズラベリングタイムに出向いた時の事である。
 
 その日、そこには弁当が三つしか残っていなかった。
 だが、集まった「狼」の数は十と四。
 かなりの激戦が予想され、最悪の場合半値印証時刻ハーフプライズラベリングタイム</rubがない事すら予想された。
 
 需要と供給それが上手く重なる事が、商売の基本である。
 余剰な在庫を抱えず、総てを捌ければどこからも文句は出ない。欲しい人の手にしっかりと商品が渡り、店側としても儲かる。
 そこには何も問題は生じない。誰もが満足し店を後にできるのだ。
 
 需要と供給のズレ――その極小領域こそ、我々「狼」は生きていけるのだ。
 半額で無い弁当(>>11)……それを手にする事は、「豚」に落ちるという事に他ならない。。
 
 我々「狼」には耐えがたい屈辱だ。「豚」と蔑まれるくらいなら、半額弁当の美味さを忘れ、スーパーに近寄らな
いだろう。
 「狼」として過している私には三割引弁当など、手を触れる事すら嫌悪する。
 
 半額神により半額シールが貼られるまで、その弁当に興味など欠片もないというフリをし、極限まで己が空腹を高め、
神が与えたもう究極の一を手にする喜び。それが月桂冠であれば尚更だ。
 
 改めて言う。
 半額弁当とは神の与えてくれた恵みだ。
 
 職人による原価と利益の葛藤の狭間に生まれた至高の弁当。
 それが残り、半額となり、争いのはてに食べる事が出来る。
 
 時には半値印証時刻ハーフプライズラベリングタイム前に全ての弁当がなくなり、涙を呑んだ経験もある(>>10)。
 
 当然だ。遊びではなく商売だ。
 利益を求めない販売形態をとるのは、作り立ての国産うなぎ弁当を惜しげもなく半額にしてしまうあの店以外では、
客寄せ以外に考えられない。
  
 半額にせずとも売切れてしまう方が、店側にとっては有意義なのだ。
 寧ろ、半額になってしまう事は、その日の需要を読みきれなかった己を攻め立て、悔し涙を飲んでいるのかもしれ
ない。
 だが――だからこそ、私達は、それを求めるのだ。
 
 半額にせずとも売り切れると思っていた、技術のアイディアの粋が集められた弁当を、半額で手に入れる。
 これが半額で良いのかと言う疑問を浮かべ、その偶然に感謝するのだ。
  
 神の悪戯とも呼べる半値印証時刻ハーフプライズラベリングタイム――これは基本的には閉店前三十分前後が、その時間だ。店舗によりけりではあ
るが、基準となるのはこの辺りの時間。
 
 そこから繰り広げられる激闘。
 
 時間にすれば五分にも満たないように凝縮された時間の中、空腹の加護を受けた「狼」は欲求に従うまま、弁当を
求める。血を流し、傷付き、例え手に出来ない事がわかっていたとしても、その刻を待つ。
 
 しかし――今夜は、遅い。
 一分が酷く長く感じる緊張感。
 


23 名前:槍水 仙 ◆SuISenp7hs :2009/08/01(土) 21:59:31
 
 それが――
 
――五分。
 
――十分。
 
 
 痺れを切らした名も知らぬ「狼」が弁当前まで行き――葛藤。
 
――一分。

――二分。
 
 
 瞳に涙まで浮かぶ名も知らぬ「狼」。
 
 
――三分。
 
――四分。
 
――五分。
 
 
 何時訪れるか分からぬ不安。
 空腹に耐えかね、弁当を手にしたいという欲求。
 だがしかし――己は「狼」であるという誇り。
 

「彼」は――静かに、嗚咽と共に青果コーナーへと戻る。
 その瞬間、店内に拍手が鳴り響く――勿論、比喩表現だが、出来る事なら褒め称えたい所だ。
 
 空腹は、それ程までに強敵だ。
 誇りすら踏み躙ろうとする、最強最悪の敵。
 
 己自信が最大の敵となるこの戦場で、自己を抑制できたことは賞賛に値する。
 そして、強敵になるだろうと、心の片隅で容貌を覚えておく。己に勝てるものほど、伸びが恐ろしい。
 
 誘惑に負けぬ誇りと精神力を持った「狼」が己が腹の虫との会話が出来るようになれば――実に、面
白い。
 
 強敵であればあるほど、勝ち取った末の弁当は美味くなる。
 
 
――空気が、変わる。
 
「私は――ええっ、と、アレだ。見た目的に言えばロースカツ弁当だ」
「被らなくて良かったです。僕は――あの豚しゃぶ用だと思われる薄切りの肉を重ねたカツ弁当を」
 
 そう言葉を交わすと同時に、先ほどの勇士を見たアブラ神が、ついに重い腰を上げた。
 戦いが、始まる。
 

24 名前:佐藤 洋 ◆HENTAI3zM2 :2009/08/01(土) 22:01:01
 
>>5
 
 電子的にアラーム音が僕の胸を高鳴らせる。
 勝ち得たときにしか聴けないその音は、凱歌と言っても差し支えはないだろう。
 
 恐る恐るレンジの扉を開けてみれば――そこには神が与えたもう至高の一品が鎮座していた。
 何度見ても、この光景は堪らない。受けた傷の痛みも忘れ去ってしまうほどだ。
 
「終わったなら早くどけ。私の分が温められない」
 
 苦笑を浮かべながら――しかし目は笑っていない、空腹に耐える「狼」の瞳のままだ――先輩の声が
響く。
 
 
 
 アブラ神の店から部室に戻ってくるまで、互いに終始無言だった。
 むしろ二人だけの競歩大会だった。
 もしかすると走っていたのかもしれない。
 記憶が曖昧だった。
 
 お互いに、一刻も早くこの空腹を、至上の料理で満たさねば気がすまない状況だった。誰かに声を掛け
られ、足を止めようとするのであれば間違いなく殲滅していただろう。それがたとえ警察と言う市民の味方
であったとしても、だ。
 
 空腹だった。
 熾烈を極める争いであった。
 一歩歩くだけでも痛みがこの身を苛んだ。
 
 それでも――弁当にダメージを与えぬ速度で進み続けた。
 今は冷えてその芳香も弱いが、温め直した際に漏れ出る香りは食欲をそそるに違いない。
 粒の立った白米に、肉汁が絡む事を想像するだけで涎が口中に溢れ、しなびたキャベツの千切りすら
愛おしく、腹の虫の絶叫は止まる事を知らず、ただ空腹を満たしたい一心だった。
 
 
 
 そんな道中を追え、僕が先に温めた弁当は――なんとも形容がし難いが、断面を見る限り、薄い豚肉を
巻き寿司の要領で巻き、衣を着けて揚げたのだろうと思われるカツが六つほど入った弁当だ。
 一口大に切り揃えられている為、断面の様子でそう判断したのだが――微妙に色が異なるのが気になる。
 
 そう――明らかに、豚肉の色ではない肉も巻かれているのだ。
 想像は付くが――想像通りであれば、これはとんでもない弁当だ。
 
 その秘めたポテンシャルを確認する前に、僕は良く冷えた麦茶を二つ用意しておく。
 部室に戻ると同時に、先輩は僕の弁当を温めるように言ったのだ。その間先輩は涼を取る為に窓を開けて
いてくれた。
 ならば、先輩が温めを眺めている間に飲み物の一つでも用意しておかなければならないだろう。烏龍茶が
切れていたのは残念だったが、麦茶の爽やかな味わいも気分転換には悪くない。
 油を流す意味では烏龍茶の方が最適ではあるが、アブラ神の温情までも流すような気もしてしまう。神が
仕込んだ偶然だと思い、これを享受しておこう。
 
 そこに鳴り響く電子音。
 先輩の弁当もまた、温め終わったのだ。
 

25 名前:槍水 仙 ◆SuISenp7hs :2009/08/01(土) 22:02:02
 
 それならばもう、為すべき事は一つだけだ――「いただきます」。
 
 まず僕はカツのポテンシャルを確認する前に、付け合せの柴漬けを頬張る。
 温かくなってしまっているそれは、流行る気持ちを抑える意味では持って来いだ。
 空腹のあまり縮こまっている胃には酷だが、逸る気持ちを抑えきれず、犬のようにがっついて味が分から
なかったでは話にならない。
 美味い弁当を味わう為には、冷静な心も重要なのだ。
 
 そろそろと箸を伸ばし、メインであるカツを頬張る。
 咀嚼。
 
 基本的には、豚ロースの薄切り肉を巻き、カツに仕立て上げているのだが――やはり、そうか。牛ロース
を仕込む事によって、味に深みを持たせている。色が違う部分はこの所為だ。
 そして、揚げ物でありながら油のしつこさを持たせない工夫として、大葉と――この酸味は、梅肉か!
 どおりでソース類が付いていないはずである。ここにソースや醤油を掛ける事は無粋の極みだ。渾然一体
となった味のハーモニーは、それだけで調和が取れ、余分な味を一切必要としない。
 ここに味を追加したところで、それは過剰な味付けだ。芸術作品に素人が一筆入れてしまえば、駄作に成
り下がる。
 
 僕は無心に箸を進め、止まらない自身の箸に驚きすら覚えない。
 美味いのだから仕方がない。理屈など存在しない。
 美味いから、食べるのだ。
 
 しかし、先輩の弁当にも目が向いてしまう。
 確認した段階で、それはかなりヘビーな一品で、通常のロースカツ弁当とは異なる風格を携えていた。
 何故なら――肉厚20ミリになろうかと言う厚さ。
 
 通常のであれば10ミリ弱のソレが、倍だ。
 それだけでもこの弁当の脅威が分かる。
 その分だけメイン以外のおかずの量が絞られており、店としての妥協と、アブラ神の苦悩が浮かんでくる。
アブラ神の事だ。出来れば通常のおかずや、温め直した際の事まで考えて材料を吟味し、妥協したくはな
かった筈だ。だが、今回の衣は一般的なものであり、幾らパスタを敷いた所で、衣がベチャッとなるのは仕方
がない。
 
 しかし、出来たてを頬張っていれば話は別だ。
 本来作り立てを食べてもらう事を前提として振舞われたであろうそれは、この時間まで残っている筈ではな
かったのだ。
 だからサクッとした食感が得られないのは仕方がない。僕のものも食感のインパクトは薄い。
 
 たかがパン粉。されどパン粉、だ。
 
 数多く用意すればするほど原価は下がる。他に流用が効けば効くほど、数は用意できるのだ。
 
 だが、その心意気だけで充分だ。厚さが20ミリにも及ぶロースカツと言うだけで、僕ら若者の食欲をそそる。
味よりも量、量よりも視覚情報のインパクト。
 ただし、味も、量も、アブラ神である以上は保障されている。迷いなく箸を進めるに足るだろう。
 先輩の表情も満足げだ。
 
 僕も、先輩も、終始無言で箸を動かし続けた。
 月明かりだけが照らす部室、男女二人きりで食事を取っていると言うのに、あまりに寂しい話だが――後悔
など出来るはずもない。
 
 あまりにも美味しい食事があるのだから、仕方のない事だった。


26 名前:佐藤 洋 ◆HENTAI3zM2 :2009/08/01(土) 22:04:30
(上のレスは「佐藤洋」と脳内変換して置いて欲しい。きっと桃鉄を貫徹でやればそう見えるだろうからよろしく)


――そして、時は再び現在へ。
 
「――ところで、お前達。今手元に幾らくらいの予算がある?(>>9)」
 
 唐突な質問だった。
 しかし、先輩はあまり意図のない事は聞いて来ないので、素直に答えておく。
 
「次の仕送りまで一週間もありませんが、5000円くらい、ですかね?」
「私は――10000位は……今月は目ぼしい資料もなかったので」
 
 何の資料かはあえて、、、問わないが意外と裕福な白粉の生活事情が見えた。
 まあ、ノートPCを個人用に抱えている時点で、ヴルジョワな香りはしていたが――セガサターンが現役で稼
働中な僕を見習って欲しいものだ。ワープロで済ませろ。ワープロで。
 
「――ふむ。やはり強化合宿は同好会費で賄う事にしておいて正解だったな……特に、佐藤。もう少し計画的
に過さねば不慮の場合に備えられないんじゃないか?」
 
 心配そうに先輩が言葉をかけてくる。
 
 うん……月の仕送りがね、三万なんだ。
 寮生活と言えども朝食しか出ず、昼食、夕食は実費なんだ……日用品も実費だし……高校生ともなれば遊び
盛りで、僕はセガ信者で、好きな作家さんの単行本は買わなくちゃ我慢できない性質の人間なんだ……それに、
制服がね……入学して半年ほどなのに三着駄目になっているんだ――――。
 
 そう――節約しても、こんな有様なんだ……
 
「は、はは」と笑っているようで笑っていない渇いた声を上げつつ、自分の金銭事情を嘆いてみるものの、思考の
切り替えが瞬時に行われる。

 そう、強化合宿だ。
 二泊三日のアバンチュール。
 先輩とて遊び盛りの女子高生だ。山とは言え普段とは違う場所に行くことで開放的になるはず――即ち、白粉
さえ川に流すか、穴を掘って埋めるか……ゴホン。白粉に不幸な事故が起こってくれれば、間違いだって起こる
可能性があるのだ!
 
 今年の夏は、アツいに違いない。
 そうか――僕も大人の階段を昇る時がついに来たのか。
 それも先輩の手で……半額弁当が結んだ絆は、とても半額だとは思えないほど素晴らしかったよ……
 
「この合宿が終わったら俺――先輩と結婚するんだ……」などと死亡フラグ全開な科白は呟かない。
 前に「俺…この戦いが終わったら惣菜コーナーでバイトするんだ(>>7)」と言ってた名も知らぬ狼が先輩のえげ
つない掌底を水月にまともに受け、悲鳴すら上げる間もなく生肉コーナー前まで吹き飛ばされているのを見て以
来、そういった死亡フラグ的なものに敏感になってしまった。
 
「この静寂…遅かったということか(>>6)」と言ったかませや解説役ポジションについてしまう台詞も控えている。
ただでさえ人物紹介のカラーページでの扱いが悪いと――おっと、メタな発言だった。
 確かに、半値印証時刻ハーフプライズラベリングタイムは流動的なものであり、出遅れる事もある。まっちゃんなど、彼女の優しさゆえに学生
のテスト期間中は随分早まる……が、土日祝日、そして祭りでもない限りはほぼ一定だ。それに出遅れると言う
事は、狩場が限りなく狭いのか、ただの馬鹿か。そのどちらでしかない。
 
 どちらにせよ、「ヤムチャ」なポジションには至りたくない。
 足元がお留守では、後ろに立った白粉の危機から逃れる事はできないのだから。


27 名前:佐藤 洋 ◆HENTAI3zM2 :2009/08/01(土) 22:05:33
 
「佐藤……おい、佐藤」
「……え、あ、はい。なんでしょう?」
「交通費は個人持ちだと話していたところだ。工面しておけよ? どうしてもと言うなら私が貸すが――」
「いえ、それは大丈夫です……多分」
 
 あの親父が都合してくれるとは思わないが、駄目もとで掛け合い、それでも駄目なら実は着実に溜まっている
へそくりを崩せば良いのだ。
 ここに属して以来、当初の出費計画よりも大幅に少ない……とも言えないが、幾らかは着実に溜まっているの
だ。制服の出費は痛かったが、一着分は実家から出ている事だし。
 
「楽しみですね、合宿」
「楽しいばかりではないが――きっと、良い思い出にはなるだろう」
 
 と微笑みながら先輩は言った。
 どこか――寂しげに。
 
 月明かりに照らされた先輩はいつもそうだ。
 儚げで、微かに香る森の匂いだけがそこにあるような、そんな錯覚。
 
 手を取れば温かく、白魚のような指は、そっと扱わねば壊れてしまう硝子細工のようで、触れる事すら躊躇わ
れる。
 
「――ところでお前達。少し離れたスーパーになるんだが、北海道駅弁フェアと言うものをやっていてな。最終
日にはウニとイクラ丼と称した弁当が出る、らしい(>>8)――食べたいか?」

 
 僕の妄想は酷く即物的な発言で揉み消され、腹の虫が反応する。
 ウニとイクラ――どちらも今の財力では手が届かないわけではないが、贅沢を敵とする僕としては、滅多に口
にする事の叶わない高級食材だ。
 
 しかし――この季節に、ナマモノ?
 しかも――丼で?
 
「あの……それ、傷んでるんじゃ?」
 
 白粉の方が一足先に言葉を紡ぐ。ほんの僅かな時間とは言え腹の虫が反応した事が腹立たしい。
 
 そう、どちらもナマモノである以上、傷むのは早い。それも丼物となれば言わずもがな。温かなご飯の上に盛ら
れた海産物には確かに火が通る。火は通るが――鮮魚コーナーでしっかりと冷やされているのであればいざ知らず、
惣菜コーナーともなると、弁当は常温で陳列されている事が多い。
 だからこそ、同じものが日を跨ぐ事はないのだ。
 
「その通りだ――そのスーパーはな、何度か中っている」
 
 よく営業停止にならないものだ――と先輩の呟き。
 
 まったくだ。
 スーパーに悲しみの涙は似合わない。
 
 満面の笑みこそ溢れているべき、聖域フィールドなのだから。
 

28 名前:名無し客:2009/08/04(火) 20:37:35
残り物の弁当なんて食ったら食あたりになりませんか?

29 名前:名無し客:2009/08/07(金) 21:52:46
狼は生きろ、豚は死ね。
という言葉について一言。

30 名前:名無し客:2009/08/08(土) 21:12:50
暴力ではなにも解決されないと思いませんか?

31 名前:名無し客:2009/09/06(日) 21:49:16
白粉さんは筋肉×筋肉がお好きのようですが、
優男とかクールなイケメンとかは守備範囲外ですか?


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