■ 吸血大殲第60章 降りしきる緋色の霧雨

1 名前:レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/05(月) 00:34:27
―――こんなに月も紅いから。

ここは私たち吸血鬼と宿敵たる狩人たちが手を取り合って踊り狂うダンスホール。
目的は殺すこと。狩ること。奪うこと。そして、殺されて狩られて奪われること。
そういうのひとまとめにして〈闘争〉と呼んでいるわ。

ここではあまりに多くの血が流れる……。
そこに自分の血を混ぜたくないものは目を晒しなさい。
〈不死者の王〉ですら斃れるこの地では、誰も「殺されない保証」なんてしないから。
死すらも余興と受け容れられるものだけを、大殲は歓迎するわ。

覚悟はできたかしら? ……なら、凄惨なお茶会を始めましょう。

あ、それと。参加者はメール欄に出展ぐらいは書くようにしてね。
■闘争募集
>>2のリンクを参照にして、募集スレか陰スレで相手を募りなさい。

■会議室
RH-板で個別の会議室を立てられるわ。
専用会議板もあるけど、RH-板がお薦め。
タグが使えるんだもの。

■雑談や質問など
これも>>2のリンクを参考にして。
「陰スレ」と呼ばれる雑談所なら、闘争以外の遊びができるわ。
大殲に参加するなら、そっちにも目を通したほうがいいでしょうね。

■吸血大殲の参戦基準の判断
原則として吸血鬼が絡んだ闘争≠ニいうことになるわ。
プレイヤーが吸血鬼でもいいし、闘争する世界に吸血鬼が絡んでいてもいい。
プレイヤーで大殲をするか、世界観で大殲をするか……。
それはあなたの自由よ。
 
※吸血大殲は携帯電話での参加を禁止しています。


2 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/05(月) 00:35:07

【関連リンク】

■闘争以外を目的としたスレ(雑談兼質問スレ。通称「陰スレ」)
吸血大殲/陰[賜―quatre―]尸解幻葬曲(ネクロファンタジア)への回帰
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1197726359/

■闘争募集スレ
吸血大殲/Blood Lust 闘争募集スレ
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1197733012/

■闘争会議室
吸血大殲闘争会議板
http://jbbs.livedoor.jp/game/1721/

■前スレ
吸血大殲第59章  交差する『血の軌跡(ブラッドローカス)』
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1164893612/


■参加者データサイト
『吸血大殲 Blood Lust』(リン作成・過去ログも全てここ)
http://lefthand.gozaru.jp/
(ここにないログが欲しいひとは、陰スレで助けを乞いなさい)

■一刻館RH-板の闘争会室
吸血大殲 夜族達の総合闘争会議室 其の五
http://charaneta.just-size.net/bbs/test/read.cgi/ikkokuRH/1126639957/

■吸血大殲原作者サイト
『From dusk till dawn』
http://www.uranus.dti.ne.jp/~beaker/

『戦場には熱い風が吹く』(消失)
http://www.vesta.dti.ne.jp/~hagane/


3 名前:◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 00:45:50
悪霊侍ビシャモン vs 趙雲子龍 
 
                            『悪鬼夜行』
 
 
                        ※  ※  ※  ※  ※ 
 

 雨=生命を育む象徴。
 雨=時に暴虐なる自然を起こす破壊の権化。
 
 雨――血液すら洗い流す慈悲。
 
 
                        ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 二人の少女が踊っている。
 その顔に浮かぶ微笑は互いの為に/或いは現実逃避。
 救い様のない現実には目を背けたくなる=人の性。
 
 この場を支配するのはモノは何十にも及ぶ願望=少女達にとっての絶望。
 容赦/慈悲/希望――皆無。
 
 肉欲/獣欲を前面に押し出した顔に浮かぶ下卑た笑み。
 加虐心/愚かしい支配欲の発露。女は虐げられるべき――愚かな信仰。
 
 しかしそれも数分前までの出来事。
 状況は依然として変わらず少女達は雨の中を踊り続ける。 
 その顔に浮かぶ微笑は互いの為/或いは散り逝くモノへの鎮魂歌。
 
 スッと音もなく差し込まれた青龍刀/空気を送り込むようにクルリと捻る――外と内とを繋ぐ楔。
 紫電の如く奔り抜ける日本刀/首の皮一枚を残し切断/それでも飽き足らず頭蓋も叩き割る――確実な死。
 
 朱の色に染まらぬ互いの得物――刃が踊る軌跡だけを残し駆け抜ける。
 容赦/慈悲/希望――その胸の中。
 
 されどその行為に一切の容赦/慈悲/希望――垣間見えず。
 
 二人の少女が踊っている。
 舞/踊り/淡々/冷静/殺めた命を偲ばず――かつて人であった亡骸を。
 
 そうして、十分と掛らずに亡者は消え去った。
 それはかつて人であった事実すらもなかったかのように、灰と成って流れて散った。
 
  
                        ※  ※  ※  ※  ※
 
 雨=生命を育む象徴。
 雨=時に暴虐なる自然を起こす破壊の権化。
 
 雨――亡骸が流す歓喜の涙。


4 名前:◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 00:47:32
>>3
 
「初めに聞いておくべきだったが――どう言う事だ?」
 
 ブッラックオニキスを鏤めたような髪/日に焼けた褐色の肌/丈を切り詰めすぎた結果=惜しげもなく晒され
る傾国の肢体/アレだけの行為に及んでも乱れる事なき呼吸/表情には不満の色=欲求不満=準備運動にも
ならない/二の句「本当の敵はお前か?」/浮かぶ優美な微笑――さながら黒豹と言った風情。
 
「今までは私だけでも抑えられました。あの一件以来、数が増えまして」
「以前にも居た、か」
「そう言う事になりますね」
 
 淡々と告げられる事実=フィクション/ファンタジーの実在。
 常識の理から外れた化物の存在/今居る現実すら疑ってしまう事実。
 
「――世話をかけていたようだな」
「いえ、私は私のすべき事を果たしているだけです。それに――彼女は貴女方と居るべきなのですから」
「自分は影で良いと?」
「寄り添う事は叶わずとも、側に居る事は出来ますから」
 
 少女達は微笑を浮かべる/情事の後の恋人のように=変わる事なき信頼の証。
 
「ところで――彼女の様子は、如何でしょうか」
「アレ以来飲み込まれる事が多くなった――その度に、誰かが血を流す。本人は知らないが、知ってしまえ
ば容易く壊れてしまうだろう」
 
「そう――ですか」と呟くと同時に「――私が、守る」と幽かに漏れる声。
 秘められた決意/決心/覚悟――語るに及ばず。
 
「それでは、そちらはお任せしましょう。私は私の為すべき事を。それだけを考えていられますから」
「もう行くのか? せめて一目くらいは会って行っても――」
「いえ、あまり猶予もありません。私達の悲願の為に必要な戦いはすぐ其処まで迫っています。貴女にも、
私にも。その中で遂げなくてはならない役割があります。イレギュラーの排除は、早い方が良い」
 
「貴女の為にも」――その科白を白い少女は飲み込んだ。
 今この場で告げるのはあまり面白いとは思えない。
 
 だから――
 
「それでは、私は行きます。彼女にはよろしくお伝え下さい。貴女も――風邪など召しませんように。どうやら
下着も着けていないようですし――形、崩れますよ?」
 
 雨で濡れた制服/ボディースーツのように体に吸い付く/露になる肢体のライン/夜+雨と言えども隠しきれぬ
事実=制服の色――白。
 94と言う数字=嘘偽り――介在する余地、無し。
 
「――放っておけ」
「言わせて頂きますが――関羽雲長。貴女はもう少し恥らった方が良い」
 
 相手にするのも面倒だと言わんばかりに関羽と呼ばれた少女/反転。
 その行動に幽かな微笑を浮かべ白い少女/反転。
 
 互いに行くべきところへ向かい歩き出す。
 それが例え修羅道であろうとも。


5 名前:◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 00:49:06
>>4
 
 歩む/ただ一人の道を。
 歩む/ただ一人で道を。
 
 歩む――嘘か真か定かではない情報を手に。
 
 
                       ※  ※  ※  ※  ※ 
 
 
「お嬢さん、お茶でもいかが?」
 
 声を掛けられた少女――黙して語らず/それどころか殺気の発露。
 
「冗談だよ。ジョーダン」
 
 咥えた煙草からたっぷりと紫煙を吸い込み――同じだけたっぷりと時間を置いて吐き出す。
 それが切っ掛け/男の急変=在り得る筈もなし。
 
「オタクも悩んでるんだろう? 『龍』に。いや、コッチも大変でさ。気付いてるだろうが――アレ以来そこかしこ
で人死にが出てる。俺達に関係在るモノから、ないモノまで。そうなってくれば、ウチの大将もオタクの大将も
同じようなもんを飼ってるんだから――もう一人居たか。アレは前々からだが余計に酷い有様らしいが、ま、
悩みは同じ。イレギュラーは排除したいってワケ」
 
 吸いきった煙草を無造作に投げ捨てる/新しいものを取り出す/着火/再び吐き出される有害物質。
 偽りの金に染め上げた髪/焼けた肌/終始ニヤついた表情――されど笑っていない眼光/南陽学園の制服
――勿論ノーネクタイ/身に纏う雰囲気すら軽薄――典型的昼行灯。
 
「――それで?」
 
 初めて口を開く少女/嬉しそうに微笑む男。
 
「結界が綻んでいるのさ。関東一帯に張られた馬鹿デカイ結界が。たった一人の為に、恐ろしい――バケモ
ノを鎮める為だけに」
「平将門、ですか」
「聡いね、御名答だ。アレのお陰でそこかしこに走ってた氣がボロボロに引き裂かれただけならまだマシだっ
たんだろうが、どーにも結界にも罅が入った。押さえつけてたのが将門なんてバケモノじゃなけりゃ、救いが
在ったんだが……甲冑を着込めば右目が二つ、体は矢も刺さらないくらいに硬い――挙句にゃ斬首されよう
が空を飛ぶ。正真正銘の、バケモノさ」
「――それで、私は何処へ向かえば?」
「――……ふぅ、つれないね。寂しい限りだ」
「南陽にも人員を裂く余裕がない。そして、貴方が私の前にいると言う事は、なにかしら策があるのでしょうし、
私にとって不利な状況になっていることも十分に推測できます」
「――お手上げだね。じゃあ、結論」
 
 
                      ※  ※  ※  ※  ※
 
 歩む/ただ一人の道を。
 歩む/ただ一人で道を。
 
 歩む――悪意蔓延る将門塚へ。


6 名前:少女 ◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 00:52:20
>>5
 
「これが――龍穴?」
 
 草木も眠る丑三つ時/逢魔ヶ時=逢間ヶ辻――そこで少女はポツリと呟いた。
 青磁器の如き白い肌/腰まで届く絹糸を垂らしたかのような白髪/収穫には未だ早い果実を包むシックな制服/
スラリと伸びた手足は蝋細工のように可憐――内に秘めた暴虐はその素振りも見せず/胸の内に驚愕を秘め/
それでも崩れない表情――さしづめ機功人形といった風情。
 
 瘴気にも似た風に揺れる髪を抑え/スカートの裾が翻る――そちらはさして気にしていない模様/懐かしくも汚
らわしいと感じる血の匂いが流れるそこに立つ――可憐な腕=暴虐でもある腕に一振りの刀を抱き。
 
 少女の驚愕――それは眼前の龍穴の穢れ。
 龍穴/一般的な呼称=パワースポット。
 龍脈から流れた氣の吹き溜まり――本来ならば清く澄み渡り、美しいとは言えないまでも、神聖であると感じ
られる場所である。
 
 ここは一つの結界の要でもあった。――いや、要と成るべくして創られた。
 穢れは在るべくして在るモノであり、それを抑える為に創られていたのだから。
 普段であれば、ここは寒気を覚える程度で済む。
 
 だが――現状=死屍累々の屠殺場。
 
 勿論比喩――少なくともここは法治国家/路上に死体が落ちている確率はここ数年で跳ね上がった――それ
でも宝くじで一等を引く確率のほうが高い。
 
「畏怖の念を集めるとは言え――それでも一つの信仰だというのに、これでは」
 
 愁いを帯びた言葉/脳裏を過るのは主君の顔=命を賭して仕えると決めた絶対の君主。
 幾度と時代は巡り、かつて駆け抜けた戦場はここにはない。自分の名を自覚せず、安穏と過ごせば退屈――
或いは憂鬱と鬱屈を抱え――そんな生活も可能だった。
 それでも少女は彼女に――己が手を血で染め上げ、上質の絹糸の如き髪を真紅に染め上げる覚悟を決め、
主君の下へ馳せ参じた。かつて交わした約束を果たす為に。
 
 龍脈+龍穴の乱れは彼女に深刻な被害を齎す――<新宿>の一件は記憶に新しい。
 彼女の内に宿る『龍』は、一般的に負と定義付けられるもの――破壊/死/加虐――といったものに非常に強
い反応を示す。最近も、自分が自分であるか判らない時が在ると、零していた。
 
<新宿>の一件以来、徐々に、徐々に。
 それ程までに、あの<魔震>が龍脈に与えた影響は大きいのだ。
 
 少女は、彼女の憂いを取り除こうと暗躍する。滅多に彼女の顔を見れないのも、そのせいだ。
 ただし、それが悲しい事だとは微塵も思っては居ない。むしろ誇らしい事だと思っている。
 あの心優しき君主が、魑魅魍魎+悪鬼羅刹の類に落ちるのは、見るに耐えない。
 
『魔王』は彼だけで良い。少女の主は、そうである必要はない。
 だから少女は一人、穢れた龍穴に足を踏み入れる。
 
 其処に待つ化生/悪鬼/魍魎/怨霊――恐るるに足りず。
 
 一歩/一歩――アスファルトを打つローファーは、静かに覇気を放つ。
 静かに――静かに。


7 名前:◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 00:54:38
 
                            『悪鬼夜行』
 
 
>>4

 
 はんにゃ [般▽若]
 [名]
 ・分別・対立を越えて真理を悟る知恵。
 ◇梵語の音訳。
 ・能の女面の一つ。二本の角と大きく裂けた口をもつ鬼女の面。般若面。
 
 
 
 
  般若といふもの
 
  般若は経の名にして苦海をわたる慈航とす。
  しかるにねためる女の鬼となりしを般若面といふ事は
  葵の上の謡に六条のみやす所の怨霊行者の経を読誦するをききて
  あらおそろしのはんにや声やといへるより転じてかくは称せしにや
 
                                 鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  「般若」といふもの
 
  般若は甲冑の名にしてたましひ喰らふ異形とす。
  しかるに嗤ふ鬼の貌となりしを般若胴といふ事は
  奥羽に一組の胴丸甲冑を着込みし侍のものぐるひ吼えずるをききて
  あらおそろしのはんにや声やといへるより転じてかくは称せしにや

 
 
 
 はんにゃ [般▽若]
 [名]
 
 ・D級魔界獣の一種。
  魔界全土で2000体以上確認されているB+級に相当する魔力を持つ寄生甲冑。
  尋常ならざる力を宿主に与えるが、同時にその意識を支配し殺人鬼へと変貌させる。
  殺したものの返り血と魂を主食とする。
  ダレイ家の宝物庫より消失した後、その姿が人間界で確認されている。
  
                   マルアス著・トーラス=ダレイ編纂『魔界獣大全』より
 

8 名前:◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 00:55:45
>>7
 
 
摩訶般若波羅蜜多心経
           観自在菩薩
              行深般若波羅蜜多時
                       照見五薀皆空 
                             度一切苦厄
 
  「嗚ァこの刃応え、返り血の味! 殺しの道楽止められンのゥ!!」
舎利子
   色不異空   「クワァー刃ッ刃ッ刃ァ!!」
      空不異色
         色即是空
「この程度では」   空即是色
                受想行識  「物足りぬゥ!」 
                   亦復如是
「此の魔界とやらに在る魂も皆喰らい尽くしてくれるわァァ!!」
舎利子 
   是諸法空相
       不生不滅 
         不垢不浄
           不増不減
             是故空中無色
                 無受想行識
                    無眼耳鼻舌身意
                         無色声香味触法

                「そうはさせぬ!!」
無眼界乃至無意識界
          無無明
            亦無無明尽
                乃至無老死 
                    亦無老死尽 
                        無苦集滅道
                            無智亦無得

「そんなに我が名が欲しくば呉れてやる…冥土の土産に持って逝くがいい」
以無所得故
      菩提薩た             「だが」
         依般若波羅蜜多故
                 心無罫礙
   「その前に」          無罫礙故
                       無有恐怖
                          遠離一切顛倒夢想
  「お主が喰らった魂、返してもらうぞ! 迷える魂解き放たれィィ!!」
究竟涅槃 
    三世諸佛
       依般若波羅蜜多故
               得阿耨多羅三貎三菩提
                          故知般若波羅蜜多
                                   是大神呪

      「餓ウゥお嗚オォオオオオ乎おオオぉ……!!」
是大明呪
     是無上呪
        是無等等呪   
            能除一切苦     「に、人間」
                真実不虚
                   故説般若波羅蜜多呪
 「如きにィ」                       即説呪曰
 
           「このワシが…!」
  
羯諦 莫迦なァ羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅嗚呼アぁァ嗚ぁアぁ唖ぁァ羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯ァァぁぁ……!!波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 
  
 
    『我が力の全てを以って此処に封ずる。
  
     願わくば、
 
     我が命尽きし後も、
 
     この静けさの続かん事を』

  
 
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆呵 
 

9 名前:◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 00:56:38
>>8
 
 
     ―――後の世に於いて、幾星霜―――
 
 
 
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 
  
 
    『我が力の全てを以って此処に封ずる。
  
     願わくば、
 
     我が命尽きし後も、
 
     この静けさの続かん事を』

  
 
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆呵     
 
 
 
     
 
 
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 我が羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 名は 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 
  
 
    『我が力の全てを以って此処に封ずる。
  フ
     願わくば、         
                      ハ
     我が命尽きし後も、
       ハ
     この静けさの続かん事を』

                          
 
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆呵      

10 名前:◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 00:58:50
>>9
 
 
      ―――世の境目は綻びて、ゆらぎに満ち。
 
 

羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 羅羯諦 羯諦 諦 波羅
 羯諦 波羅羯 羯諦 羯諦 波羅諦 羯 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 我が羯諦 羯諦 羯諦 波羯諦 羯諦 諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯我 が名 は羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 
  
 
    『我が力の全てを以って此処に封ずる。
  フ              ハ
     願わくば、         
         ハ             ハ
   フ 我が命尽きし後も、  ハ
       ハ             ハ
     この静けさの続かん事を』

    フ                     ハ

羯諦 羯 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅諦 羯諦 羯諦 波羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
諦 羯諦 波般羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅若諦
羯諦 羯諦 波羅否諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯 羯諦 羯諦 波羅羯若 羯諦 諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯 羯諦 羯諦 羅羯諦 羯諦 諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅否羯諦 否提否婆否  
 
 
 
 
羯諦 羯諦 波羅鬼ッ 悲ッ 悲ッ 悲ッ羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 我が名は羅羯諦 羯諦 羯諦 我が名は 羯諦 怒ゥ刃刃刃刃ァ
フハァハハ波羅羯我が名は 羯諦 羯諦 波羅諦 羯 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦“ハンニャ”? 否羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 我が羯諦 羯諦 羯諦 波羯諦 羯諦 諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯我 が名 は羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 火ヒャヒャヒャヒャ羯諦 ヒヒヒ 波羅羯諦 愚ワァーッハッハ羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 
  
 
   『我力の全を以っ此処封ず。 
  フ  ハ  ハ  ハ  ハ  ハ  フ  ハ  ハ  ハ
    フ  ハ  ハ  ハ         
         ハ  ハ  ハ  ハ  フ  ハ  ハ
    我が尽き後も、ハ  ハ  ハ  ハ  ハ
    ハ   ハ   ハ   ハ   ハ   ハ    ハ
  フ  ハこのけさ続か事をハ  フ  ハ

    
  
羯諦 羯我が名は諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯我が名は諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 “ビシャモン”羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦 羯諦 羯諦 波羅羯諦
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆呵     
 

11 名前:悪霊侍ビシャモン ◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:00:52
>>10
  
 
 
  
「そう、我が名はビシャモン―――悪霊侍ビシャモンじゃあ!」
 
  
 
―――世の境目は綻び、ゆらぎに満ち。
<魔震>、<魔次元>、<神降し>に因り極となる。 
   
 
故に封ずるは解け、悪鬼は今首塚に嗤ふのだ。 
 

12 名前:少女 ◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 01:01:50
>>11
 
 その中は既に異界――全ての生在るモノへの憎悪+憤怒+拒絶。
 幽かに動く表情/その眼に映るはずもない死界の顕現――言うまでもなく此処は地獄。
 歴史に名を刻む鬼への畏敬を抱いた墓碑/儚き信仰は見るも無残――その心無さに少女の美貌は歪む。
 生者/死者=弄るなど愚劣の極み。
 
 数秒の静止=黙祷を捧げる為。
 
 哀悼――無残な亡骸に。
 哀悼――平穏に眠るべきモノに。
 哀悼――信仰を寄せたモノに。
 
 胸に抱いた感傷=これを区切りに決着/視線を前方へ。
 
 目的――龍穴としての正常化。
 
 
                      ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 左慈元放――南陽学院が四天王の一人/曰、
 
「結界の要所――龍脈から到った氣が集まる龍穴、どーにもそこがクサイ。龍脈に損傷はあれど、一本や
二本千切れ飛んだ所で揺らぐようなチンケナ作りじゃないからな。となると、要がぶっ飛んだって考えるのが
自然だろう。そこから溢れる憎悪やらなんやらが尋常じゃなけりゃ、龍脈そのものも犯されるって寸法だ。ま、
正確に調べてない以上、確証はないが」
 
 少女の黙考――或いは愚考/曰、
 
「――龍脈の修復など誰にも出来ないかと思いますが」
 
 男の顔に浮かぶは愉悦――自らの思惑通りといった顔/曰、
 
「元々そこには何かが封じてあった、と考えれば。その名の通り首が在るのか、それとも別の何か――太刀
や具足――が眠っているのか。どちらにせよ、相当念の篭ったものがそこにあれば――というか、在るんだ
ろう。そうでなきゃ、辻褄が合わない」
 
 
 
                       ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 視界/死界――その先に佇み呪の声を上げる怨霊。
 恐らくは眠っていた何か=平将門?
 
 何かが違うと訴えかける――それは少女が持つ本能/或いは既視感。
 君主として立つにはあまりに不相応な破壊+暴虐+残忍=悪性。
 
 僅かに鯉口を切り/一歩/また一歩――前進。


13 名前:悪霊侍ビシャモン ◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:04:11
>>12
  
  
虚空の虚と空に満ちるはずは、呻きと呻き。
薄闇の至るところに散乱し、また至る所に積み上げられている、骸と骸。
そしてなお、今も刻まれ無惨に散り逝く、異形と異形。
 
しかし、響くべきは響かず。
其れは死した霊の無念、啜り泣き。されど一縷の声もなく。
されど、流れるべきは流れず。
其れは死した骸の鮮血、大出血。しかし一滴の残りもなく。
 
嗤い、哂い、嗤う。悪は、笑う。鬼は、笑う。鬼が、笑う。
まるで書き割の如く浮き出た月の光に、鬼、無惨なる光景を笑う。
 
 
  ズバッグシャッフハハハハバシュズズズバッシャ
  
――――哂い、そして喰らう。
魂魄、否、怨霊など浮かばぬ筈だ。喰らい尽くされるのだから。
骸より出でた魂は、甲冑を鎧う鬼に吸われ、今もなお咀嚼されているのだから。
呪う声、その正体は他ならぬ。すなわち、死して尚も蹂躙される魂どもの断末魔。
だが、それは大魚に呑まれる雑魚のように、あまりに弱い。
 
 
  ヒッヒヒヒグシャズパッハァーハッハズボシュ  
   
――――嗤い、そして啜る。
血潮、否、鮮血など残らぬ筈だ。吸われ啜られ尽くされるのだから。
骸より流れる血は、鬼のぬらぬらと刃紋を蠢かせる刀に、水が砂へ染み込むように吸われゆく。
無血の屠殺が真相は奇異、しかし余りに明白。すなわち、死してなお搾取される命の残り。
いわば蟻に貪られる餌のように、あまりに無情。
    
  
  血じゃ! 目の前が真っ赤じゃア! 
  ヒヒャグシャズブッヒャフブシャアァヒャヘヘ!! 

 
 
―――そして、骸は晒される。
石段に並ぶ。虚ろな顔の首が、顔が、上体が。ずらりと無惨に並ぶのだ。
咎は“生”。
そう、鬼は告ぐ。
故に“殺”。
そう、鬼が哂う。哂いて殺し、殺して晒す。とが首、そっ首、殺して晒す。 
殺し、刎ねて、晒す、晒す。
恨めしく睨む残骸の数々を見て哂い、笑い、哂いて、喰らい、そして晒す。
 
 
逝くは、破戒。
  
    ――――腐悲悲悲悲悲悲悲悲悲ィ! 喚け、呻け、そして叫べィ!!
 
来るは、破壊。
 
    ――――うぬらが魂をもっと喰らわせイ!血を、もっと吸わせィィ!!
 
総て、刃潰。
 
    ――――グ亞ハハ刃ハ刃ハハハ刃刃刃ハハハァ!怒ゥゥゥハハハッハッハァ!
 
 
                          
                  ――――うぬも、死ぬるかのゥ?  
 
 
 
鬼、ぬらりと振り向いた。
 

14 名前:少女 ◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 01:05:09
>>13

「ええ――何時かは。それが今ではない事は確かですが」
 
 邂逅――それは一期一会。
 開口――それは宣戦布告。
 開攻――それは修羅之道。
 
 軽やかな飛翔/無音の羽ばたき/通常の認識=地を這う黒い影。
 少女の表情/無貌の仮面/押し殺した感情の顕現=疾駆/物理法則はもはや無意味。
 少女――例えるならば銀の弾丸/機功人形の如き美貌は損なわないまま/火薬=義憤/燃焼は刹那/瞬間的な
爆発力=測定不能。
 
 しかし感情はいたって冷静/双眸に映すは悪鬼。
 鮮血に塗れたかのような紅の甲冑/般若のような貌/少女のウエストの如き四肢/身に纏う剣呑な雰囲気――
何処までも付き纏う冥府魔道の臭気=人の油+肉+血液が混ざり合い腐ったかのよう/背筋も凍るかのような哄笑
――まるで絵に描いたかのような悪鬼羅刹。
 
 龍脈+龍穴+主が為に――一旦捨て置く。
 故にこれは私闘/主が為と仕えてから一度も振るった事のない「私」の剣/無益な戦いを好むのは愚か/自らの
為に振るう剣など無意味/仕えるべき者の為に――それが少女の「力」。
 
 そう――これは私闘。
 亡骸と言えど無益な殺生を行うのは感心出来ない/それ程までに阿鼻叫喚/首+首+首――果たして夢か幻か/
骸+骸+骸――果たして夢幻か現世か。
 
 理解/必要性――皆無。
 人間的思考/狂気と断定――或いは悪と。
 
 しかしあくまで建前――少女はそれを斬らねばならぬ敵だと認識した=それが理由。
 無益――それは充分に承知の上/少女の主であれば満足な返答が得られずとも理由を問い質すだろう。
 だが少女はその必要すらないと判断/彼の者にある理由――エゴでしかないと断定。
 己が欲――その言葉に尽きる私利私欲のための虐殺/屠殺。
 
 だから少女は爆ぜた弾丸の如く疾駆する/露になる白い下着――さして気にせず/最短距離をひたすらに進む/
愚直なまでの突進=カウンターすら恐れぬ鉄の意志=信仰にも似た己への自信。
 
 瞬きの間に肉薄/彼女の間合い――一撃の下に意識の断絶/或いは生命の断絶――それらを可能とする距離。
 流れるかのような一連の動作/踏み込む右足/勢いを殺す事なく腰へ/捻りを加えられ加速された勢い/余す事
なく――エネルギーの伝達ロスを無視したかのように肩へ/肘へ/更に加速/留まる事を知らぬ加速は右の手に集
約/その速度――並の成人男子ですら一撃で昏倒可能/更に鞘走りにより加速される愛刀/銘を妖刀村正「斬龍」
/龍ですら斬り殺すと言われる業物/それが加速に加速を重ねた結果――人の眼には映らぬ速度で駆け抜ける。
 
 居合い――抜かば斬れ。
 それが真理/道理/摂理――故に必殺。

15 名前:悪霊侍ビシャモン ◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:06:07
>>14
  
 
―――命は、平等ではない。
 
生まれつき力の強い者。美しい者。親が人ならぬ者。
惰弱な肉体を持つ者。
生まれも、育ちも、能力も、生命は皆、異なる。
そう、命は差別される為にある。
だからこそ命は争い、殺し合い、そこに弱肉強食の世界が生まれる。
捕食者という絶対強者と、生贄という絶対弱者の住む世界。
     
 
縮地神速、人は云う。
積み重ねられた技術と論理、研ぎ澄まされた技巧と経験。
術理として攻めに向かぬ抜刀居合い、しかし、その開祖が理想としたのは必殺の一ではなかったか。
ならば、この美しき龍が放つ太刀筋は、机上の不利を吹き散らす一太刀に違いないのだ。
人を嘲笑(わら)う化生、人の技を弱しと笑う異形が相手ならば、かくも無情と斬り捨てる。
    
 
だが―――運命は平等ではない。
  
戦士の直感が、刹那の体捌きが、五分の見切りが、達人の技巧が。
鬼の喰らった魂の記憶、鬼が持つ刃の本能、そしてかつて支配した侍の剣技が。
人外の果て無き腕力脚力、総身の力に後押しされ剣を振る。
奥義と等しい刹那の業に、刹那を切る正確無比な業が応える。
 
向かう刃に追う刃。
刃に刃が添えられて、刃の軌跡が違えて奔る。
 
  鬼ッ悲ッ悲ッ悲ッ、随分といきの良い娘じゃのゥ? 
    
―――嗚呼、鬼が笑う。
僅かに刀をつたう少女の血を、鬼が舐め、刀が啜る。
正しき怒りは嘲笑(わら)われて、一陣の疾風(かぜ)はいなされた。
鞘走った剣は、鬼の兜にのみ傷を付け。迎えた剣は、艶やかな少女の脇をのみ掠めたのだ。
 
 
  じゃがユラリ嫌よ嫌よも数奇のヒュンッ内、刻まれ続けばヒュアアッよがり狂おうて!
 
   
淀みなく向き直るのは鬼。そう、構えから仕掛けるのは鬼。
下段構えから小突き、小突き、草刈り一の文字を切る。
重さすら感じさせないほど早く、しかし空気の壁すら貫き通すまでに強く、重く。
        
     
  ヒュン疾いで喃!シュパッザン重いで喃!スシャァッ
 
鋭いもの。
長いもの。
強靭なもの。
それは鬼、ビシャモンの妖刀鬼炎である。
 
 
  ザザン血を見るまでヒュカァッ暴れっぱなしでのゥゥゥ!!カカカカカッ
 
 
鬼と龍、互いに剣の強さを競うか。
 


16 名前:少女 ◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 01:08:08
>>15
 
 飛び散る火花/必殺/必倒の一太刀――防がれる。
 動揺の色――無し。
 それも当然――常に必殺=幻想/常勝こそを望むべき=二の太刀、三の太刀と――寸断。
 返す相手の一刀――一振り/二振り/三振り。
 
 少女の一太刀よりも派手さはない――しかし確実な一手/多くの武士を斬ってきた事を匂わせるに足る連撃。
 重く/速く/鋭く――白銀のきらめきが残す軌跡=もはや視認不能。
 常人ならば三度死ぬ/達人なれど二度は死ぬ/況や少女は生き残れるか?
 
 華奢な腕/脚/体躯――それをとっても荒事には不向き。
 彼の悪鬼――どれをとっても少女に劣る所なし=殺人の業を背負うに足る。
 ならば少女は無残と散り――その純潔を散らすであろう/ただ一度の死によって。
 
――――されど。
 
 少女の体は舞う――潜り込む様に。
 内へ/中へ――刃物の間合いを潰すかのように=自らの攻撃もまた不能。
 悪鬼の徒手空拳による迎撃/恐らくはないと判断/人体切断の余韻を愉しむタイプ/間違った選択肢であれば
その段階で待つのは死/少女は進む/躊躇――まったく感じられず。
 恐怖/畏怖/絶望――感じられず/ここに到ってもなお無貌/まるで慌てる事が罪と言わんばかり。
 
 紅く染まるブラウス――切口から覗く白と赤のコントラスト/極めて背徳的/ちらりちらりと覗く下着がより一層
引き立てる――余談/バスト89/収まる下着――清楚に白。
 出血のある今少女にとって長期戦は不利/体格――或いはモノとしての違い――の違いからも同じ事を推察。
 少女にとってのこの戦/短期決戦/結論=多少の怪我は致し方なし。
 もとより闘士として生きる彼女/染み一つない珠の肌――無縁の代物。
 
 一つ/二つ/三つ――次々と増えて行く裂傷/致命傷だけを回避=成功。
 肌を這う紅い筋――右肩/右頬――左太腿。
 
 ついに少女は到達/暴風の中心/刃を滑るように駆け/少女の視界/反転。
 重力の枷/放棄=飛翔/悪鬼の腕に絡む蜘蛛の糸=少女の絹糸の如き髪/刹那の間を生み出す事に成功/少女
の好機には十分/翻る太刀/先ほど掠めたと同じところに直撃/悪鬼に対するダメージ――不明のまま。
 
 悪鬼を背に少女の着地/同時に納刀/愛刀はあるべき場所へ。
 無防備な背中/少女の思考――勝利を欲す/なれば罠。
 
 悪鬼に何処まで通ずるか――未だ不明。
 分の悪い賭け――己が武を信ずれば悪くはない/不敵な微笑。


17 名前:悪霊侍ビシャモン ◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:10:28
>>16
 
   
華は、散らされてこそ美しい。
柔らかい肉に刻まれ増える紅い筋。ゆえに、鬼は呵呵大笑する。
徐々に露わとなる珠の肌。ゆえに、鬼の情欲は加速する。
哄笑―――追い詰める鬼は、女を膾に切り殺したいと強く願う。
啜る血のぬめりを望む。
死を欲する。
殺を渇望する。
 
しかし。
正義、忠義、信念。全てを有して死線を潜る少女が一人。
恐れを知らぬものは、愚者たり得るのか?
それとも尊ぶべき存在なのか?
美しき少女が、今死地に舞う。
――――いわば、飛翔。もはや、飛翔。
迎撃の切り下ろしを越え、剣閃を越え、死線を越えた飛龍の太刀が、今再び鬼を捉える。
鬼の頭が僅かに揺らぎ、呪詛を言祝ぎ―――だが、鬼は振り向きはしない。
 
女は、鬼の背後に降り立った。
鬼は、少女の背後に陣取った。
嗚呼しかし、二人は振り向かない。
視線の先にあるものは、互いの背に相対する対手のみ。
繰り出すものは
 
 
        「般若」といふもの
 
        般若は甲冑の名にしてたましひ喰らふ異形とす。
        しかるに嗤ふ鬼の貌となりしを般若胴といふ事は
        奥羽に一組の胴丸甲冑を着込みし侍の 怨霊とばし絡めるをみて
        あらおそろしのはんにや鎧やといへるより転じてかくは称せしにや

 
   
喰われた魂魄が、罠となる。
ハンニャ鎧に咀嚼された魂は、捕食者の下僕となって飛来する。
夜を裂き、音もなく、その怨念によって獲物を絡めどる為に。虚空より出て絡め取る。
 
 
  
    鬼悲悲悲悲悲 鬼ィー悲ッ悲ッ悲ッ悲ッ悲…… 
 
 
―――そして鎧が、裏返る。
兜が、首が、大袖が、腕が、小手が、その手に握る一振りの刃が。
胴体以外の全てが回り、返り、裏返り、鬼炎の持つ手が繰り出される。
肩が、伸びる。
肘が、伸びる。
腕が、伸びる。
刀が、跳ねる。
鬼が、首をグルリと回した鬼が、哂う。
  
    
    口惜しい喃? 悔しい喃? じゃが、此処は血を血で洗う戦場ぞ!  
 
 
ハンニャの体は肉体にはあらず。
喰らった亡霊を拠り集めて形作られた霊の体、かりそめの体。
すべてがまやかしの体であれば、少女を罠に嵌め殺すのもまた、容易。
 
 
  ―――目じゃ! 耳じゃ! そして首じゃァーッ!!
 
 
少女を怨霊が縛り、無軌道に躍る刃が、三度。
少女を怨霊が縛り、蛇のようにうねる刃が、三度。
 
 
―――見ろ。
此れが「ハンニャ」だ、「ビシャモン」だ。
その下衆、その鬼、他にはいない。
 

18 名前:少女 ◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 01:11:22
>>17 

「――ッ……ンッ……クッ――」
 
 少女から漏れる苦悶の吐息/眼に見えぬ何かでの緊縛/腕を/脚を/胸を/胴を/体中余す事なく締め付け/
時に緩み/されど抜けられず/抱擁にも似た拘束。
 切なげに漏れる吐息――状況が状況であれば余りに甘美/響く下卑た哄笑/ラブシーンであれば台無し/
しかしながらここは戦場=適当=適切/少女の方が不適当。
 
 拘束=好機/これを見逃す武士=存在する筈もなし。
 迫り来る兇刃/精巧に作られた人形のような貌を目掛け/死を運ぶ軌跡は蛇の如く/舐めるなどと言った可
愛げ――無し。
 
「―――――破ッ!」
 
 掛け声/丹田で生成された氣の爆発的循環/少女の四肢=活動再開。
 金縛り――数多の武に於ける活用例=皆無ではない/心の一方=代表例。
 瞬間催眠/可能性=否定不能。
 その他の可能性――悪鬼の特性。
 
 少女/反転/迫り来る刃を視認+その特性の把握。
 解に到る為の思考/死地からの脱出――同時進行。
 
 迫る一の太刀は既に目前/ほぼ同時に三つの着弾を予想/双眸の僅か一寸先に刃/上体を逸らす事で回
避/二の太刀/複雑な軌道――更に伸びる腕/逸らした上体を更に後ろへ/僅かに毛髪を掠めるのみ/更に
伸びる三の太刀/既に逸らす事も敵わぬ上体/少女は両手を地面へ添えるように後方宙返り/ローファーの
靴底で兇刃と軽く口付け/着地と同時に疾走の開始=反抗の狼煙。
 
 悪鬼――人の型/推測――その甲冑こそが本体?
 垣間見えた中身/深く深い虚無――人の感情の行き着く先/死と共に訪れる病的なまでの虚無。
 
 如何に倒す/命題。
 少女の思考――形在るモノはいずれ滅びる。
 
 単純明快な解/故に難題。
 
 少女の疾駆/腕の戻りよりも速く/疾く。
 一度目の疾走すら超える速度で/更に加速/僅かな出血とは言え数は多い/自然治癒――人間である少
女に望めるはずもない/原形を失いつつある制服/スカートには深いのスリット/隠しようもなく上下で揃った
下着は露/ブラウス――ノースリーブに/華奢な肩/掴めば折れてしまいそう/覗く下着――疾駆に合わせて
揺れる双丘/その全て=少女の意識外。
 
 望みは一つ――悪鬼の打倒。
 一つ目の斬撃より速く抜かれた刀/抜かば斬れ――真理。
 
 祈りにも似た抜刀――朱塗りの甲冑へと到る。


19 名前:悪霊侍ビシャモン ◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:12:35
>>18
 
 
怪異すら我が物とする鎧の悪鬼。
それでも希望を持ち続けようとする少女は、踏みにじられることを望む美しき草花か?
  
―――少女がやってくる、
悪鬼の眼前に。
少女がやって来る、刹那の隙に。
少女がやって来る、斃す為に。
少女がやって来る、己の信念の為に。
 
前よりも疾く、前よりも鋭く最速で駆け抜ける。
――――美貌の少女、一人の武人がやって来る。
 
 
       良かろゥ!そのかッ首、飛ばしてやるから安心せい!!
   
ならば応、と全身の向き直った鬼が笑む。
全てを以って嬲り尽くさんと鬼が、ハンニャが、ビシャモンが。刃紋を歪ませ哂う鬼炎と共に。
先刻を凌ぐ、故の正しく神速の前に。
先刻を超える、故に鬼の打ち込みを凌ぐほどの剣速を前に。
 
疾風を越えた居合いは烈風。
たもとに戻り動くは腕(かいな)、鬼の達人が足運びは地を、大地を、地表を滑る。
されど先は取れず、僅かに鬼の剣捌きは及ばず。
止まるさまは刹那、ぴたりと運ぶ足を止め、刀身を縦に防ぐを狙う。
されど敵は止まらず、走る剣先が鬼を呑み込むように鈍色の軌跡、胴へひらめく。
 
   
そう、鬼を呑み込むように鈍色の軌跡、胴へひらめく。
―――されど、見よ。
 
             『鬼炎』
 
引かば押し、押さば引く転(まろばし)の恐ろしき発露を。
斬撃の重さに刀身は軋み、宿る邪気が悲鳴を上げるのも構わず。まるで構わず。
逸れた一閃に胴を薙がれ、本体たる胴丸の鬼顔が抉られるのも厭わず。
沈み込み、柔(やわら)の要領で回転し、その果てにぎらぎらと輝く鬼刃を構えるその姿。
そして鬼の体躯もろとも跳ね昇る鬼炎の刃。ならばこれは、雌伏を潜った鬼炎の復讐か。
鬼のごとき物の怪が、悪鬼羅刹が持ちえぬはずの業が飛ぶ。
刹那に受け、刹那に返し。寸毫の時を置かぬ返しの太刀、返しの奥義。
 
             『斬ッ、とくらァ!!』
 
 
鬼炎の斬撃、『鬼炎斬』が少女に逆襲する。交差法の太刀筋が、そのまま少女に晒される。
しかし、遠い。
間合いは僅か、ゆえに遠く。
服を裂くには近く、肉を裂くには近く、されど肉を、骨を断つには遠い。
 
             して、    
 
しかし、遠い。
間合いは僅か、だから遠く。
反撃の太刀には遠く、殺すには遠く、されど―――止めるには至り、嬲るには、至る。
構えた剣指を振り下ろしたならば、するりと仕上げは片付き申す。
 
 
                ―――其処へ直れィ!
 
 
亡霊に動かされる石が、足下の低きを舞う。足を止めた少女の脛を。
そしてくず折れるを待たず、石が、石が、そして石が。
すべての邂逅より早く、既に切り出された石段が降り注ぐ。
咎人を責める閻魔を気取り、罪を裁く法を騙り、絶対忠義に圧し掛かる。
 
             
     ワシは人斬りが好きでのゥ、三度のメシより好きでのォ――― 
 
 
その様は、正に石の責め苦を積む拷問刑。
最悪の私刑罰、閻魔石の布陣が今少女の運命を窮地に追い込む。
  
 
     さぁて袈裟懸け、胴斬り、カブト割り! 望みの太刀、馳走してくれるワァ!!
 
 
ゆらりと舞い降り、歪に笑んだ刃が光る。              
この罠、正に目論見通り。
 

20 名前:少女 ◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 01:14:13
>>19
 
 流石に驚愕の色を隠せない表情/奇跡/頭に浮かんだその言葉を消去。
 再び刃は倒すべき相手を見失う/翻る太刀筋/硬直――全力の弊害。
 
 少女の武/悪鬼には届かず。
 悪鬼の武/少女へと達する。
 
 昇竜の如く昇る刃/服+躯――浅く薙ぐ。
 薄っすらと血の滲む肌――今では無傷の部分を探す方が難しい/外気に晒される乳房――不完全な露出/
幸か不幸か/ボタンを止めずにシャツを羽織ったかのよう/ある意味では蟲惑的/この状況で傷一つなく微笑め
ば健全な男子――欲望を抑えられる可能性=皆無。
 少女は一向に気にした様子も見せず/悪鬼を無貌の仮面で見つめ続ける。
 
 不意に走る衝撃――少女に浮かぶ苦悶の表情/苦痛に喘ぐくぐもった声/膝から崩れ落ちる少女/冷静な判
断――機動力の低下=骨に異常発生/確信に足るほどの衝撃。
 次いで石+石+石――数え上げるのも面倒なほど飛来/綺麗に切り揃えられた石+石+石――恐らく重さから
形まで同一/無駄な職人芸/かつて存在した責め苦の再現。
 
 少女の体に圧し掛かる石/冷ややかな感触/冷静に分析――十を超えたところで圧死。
 少女の手には刀/されど腕の力だけで切断は不可能/少女は余りに華奢/豊かな肢体を持つとは言え腕力
が強い訳ではない/身のこなし+スピード/合わせて初めて常人以上。
 
 漏れる少女の苦悶の声/一つ/また一つ/悪鬼――哄笑。
 切なげに漏れる苦悶の声/一つ/また一つ/悪鬼――兇刃を構え。
 息も絶え絶え/未だ手放さぬ愛刀/一つ/また一つ/「鬼」――怒りを露に。
 
 唐突に響く破砕音/悪鬼の哄笑+少女の苦悶以外の音/発生源――不明/否。
 少女に積み上げられたヤマの石/一つ/また一つ/破砕――その存在すらなかったかのように。
 
 漏れる純粋な怒り/安眠を妨げられた猛獣の怒り――此処に眠るは誰か。
 寄せられた様々な信仰/決して暴君としての姿だけではなかった――故に没後恨む事なく眠る/それでも衰
える事なく集まる信仰。
 ただし――安眠を妨害したモノ/信仰を穢すもの/例外なく牙を剥く「鬼」。
 
 一つ/また一つ――悪鬼の太刀が振り下ろされるその刹那/少女――解放
 速く/鋭く/重く――金剛石すら断ち割らんとする一撃/少女――転進。
 
 速く/鋭く/重く/より疾く――闇すら切裂かんと翻る刃/少女――納刀。
 速く/鋭く/重く/より鋭く――闇すら穿たんとする刺突/少女――抜刀。
 
 光すら断たんとする縦一文字の斬撃/音が後から聴こえるほどに研ぎ澄まされた抜刀。
 
「鬼」は静かに見守るのみ――ただの気紛れと言わんばかりに。


21 名前:悪霊侍ビシャモン ◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:19:20
>>20
 
 
     グヌゥゥゥ!? 一体何が、何が起こり
 
 
悪鬼の非道な責め石は、怒れる鬼神によって粉砕された。
龍穴の主(あるじ)たる武将は、祟り、怒り、鬼という穢れを否定する。
そして龍を宿す転生(てんしょう)の少女は、走り、奔り、鬼という存在を今、凌駕する。
 
            ぬふゥ!? 
      
嗚呼、鬼が削れる、抉られる、炸裂する。 
抜刀が閃光を呼び、刺突が神速を呼び、剣閃が衝撃を呼ぶ。
妖刀村正の激しい剣戟が、般若の鎧を蝕んでいく。
因果応報の太刀が躍り、舞い、そして吹き飛ばす。
繚乱する剣筋が鬼の笑いを吹き散らし。いま応報は、因果を凌駕する。
 
 
 
     ―――愚ッ怖ッ怖ッ怖、お主、謀ったのゥ。謀ッて呉れたのゥ?
  
 
しかし、凌駕されて尚、鬼は立つ。
乾坤一擲の剣(つるぎ)に押され、圧され、鬼の相貌を切り崩されて、尚立つのだ。
鬼は伽藍の鎧を組みなおし、構え直し、二間向こうに笑い立つ。
外道な鬼と吐き捨てて、下衆な化生と揶揄される。
 
 
        ―――その顔、その肌、そのハラワタァ全て
 
 
鬼畜、外道、ど腐れ。
やいのやいのと忌み嫌われる魑魅魍魎、絶対大義を嘲笑す。
勝機見たりと確信し、必ず殺すと意を決す。
そして、今。
 
           ―――斬る! 
 
 
正に一矢を報われたビシャモンの殺意が、般若の怒りが。
古流の奥義と人を超越する力によって、霞まんほどの疾走を放つ。放たれる。
大地を滑る疾走が、妖刀鬼炎が、風すらも破る重圧となって突き進む。
そして、夜風にその呻きを乗せる妖刀の切っ先が趙雲に、今
  
               ―――斬る!
  
振るわれはしない。
刃に篭もった殺気の代わり。繰り出されたのは拳、当身、そう、一撃。
鬼は、鎧。
鬼は、刀。
鎧ハンニャは血を喰らう。そう、紛れもない己の意志で。
妖刀鬼炎は血を啜る。そう、紛れもない己の意思で。
袈裟懸けに感じる殺意は消えず。だが、虚を突いて繰り出されたのは当身、そう、組討。
逆袈裟に変わる殺気と混ざり。だが、拳で生まれた間隙を突いたのは当身、脛を打つ踏み足払い。
しかし虚実から絡め取る鬼の組み打ちは、しかし次なる地獄への道標。
 
 
                   ―――斬る
 
 
刹那の時間が、感覚によって引き伸ばされる。
そう選択せねばならない死の予感が、絶対の死に繋がる選択が突きつけられる。
  
突き刺す殺意は、両断の意を隠しもしない。
 
            一つ、返す刃は白羽抜きから躍る鬼炎の刃。
            瞬時に伸び、縦横にしなる腕(かいな)が掻っ捌く。
            抜刀時にして居合い切る、胴泣き別れる「合死打ち」。 
 
縦横に走る殺気は、三通りの死を予告する。
 
            一つ、耐える体躯に柔らの崩し。
            瞬時に掴み下から上へ、泳いだ胴に鬼炎斬。
            崩しの刹那に泣き別れ、二枚に下ろす「切り捨て御免」。
 
手を読ませる為の気配は、逃れられない地獄を見せる。
 
            一つ、屈む体に飛ぶ切っ先。
            髷解き、耳削ぎ、兜割り。瞬時に繰られる三連殺。
            一の拍子に剣線三度、脳漿吹き出る「お面頂戴」。
        
 
                      ―――斬る 
 
 
地獄。地獄。地獄。
いずれを選び取るべきか?
違えれば死、誤れば死、読みきれなくば死す。
地獄への道。
   
 
                        ―――斬る斬る斬るッ!!
 
 
道―――どちらを尊ぶべきか? 
死を前にどうあるべきか?
渇ききった地獄、しのぐのは命か?
  

22 名前:趙雲子龍 ◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 01:19:56
>>21
 
 刃/悪鬼に到達――戦意の喪失=確認できず。
 少女の戦意/下降――どころか高揚/初めて届いたと言っても過言ではない一撃/打倒に届かずとも千里の
道を歩む道標――繋がる太刀/止まらぬ剣戟。
 薙がれる甲冑/それでも損傷は目立たず――少女の衣服/もはや襤褸切れもかくやといった具合。
 
 それは余す事なく互いの状況を解説/余力を残す悪鬼/もはや突けば倒れる少女――在り方の違いに潜む
壁=余りに巨大。
 それでも少女は止まる事なく力を振るう/一度止まればもう二度と動けぬと言った鬼気/一度止まれば慰み物
にされた遺志に申し訳が立たないという決意。
 
 上質の絹糸の如き髪――もはや乱れに乱れ廃屋の蜘蛛の巣と言った風情。
 陶器を思わせる滑らかな肌――珠の汗が浮かび、紅の蛇が存分に舌を這わしている。
 精巧に作られた人形のような貌――肌と同じく汗が浮かぶ/されど一切崩れぬ表情。
 
 一つ/二つ/三つ/刃を重ね続ける――まるでそれしか知らぬように/踊るような優美さ――未だ消えず。
 隙なく差し込まれる連撃/されど悪鬼の武――衰える事なし。
 
 差し込まれた拳/流れるように脚を払う。
 崩れた体勢/浮かぶ苦悶/悪鬼にとって好機/殺気から読む三つの選択肢――どれもが死の予言。
 
 少女の状況――言うまでもなく、不利。
 これまでとの大きな違い――悪鬼の余裕、皆無。
 
 真剣勝負――悪鬼の刃が今まさに牙を剥く/少女にとっては致命/されど臆する事なく前へ――前へ。
 退かば我が身の誇りは地に堕ちる/退かば我が身の終わりが見える/退かばこの身の大義は成らぬ。
 
 
                       退かば主が大義を貶める――!!
 
 
 少女は思い出す。
 柔らかな笑みを/誰にも差し伸べられる手を/誰かが傷つく事を恐れる優しさを/誰かの為に立とうとする勇気
を/三国一の徳を持つ――彼女の主を。
 
 私闘――少女はそう定義付けその身一つ/その心一つ/覇気を持って悪鬼に挑み続けた。
 されどこの躯は主が為に/少女は己の死すら彼女に差し出した。
 ならばこの躯/少女の物に在って少女の物に在らず/この体は主が物。
 
 生きて帰らねばならない――その一念が少女に活力を与える。
 退こうとする己を立ち上がらせる/奮い立たせる/前進を続ける。
 
「成都学園が二年。趙雲子龍――推して、参る」
 
 宣告を楔に/己が名に恥じぬよう少女――趙雲子龍は刃を振るう。
 斬り返された先に見える絶対の死すら恐れぬ不屈の意思/神速の刃は鋭さと重さを増し刹那を滑る/残光す
ら残さぬままに/斬光の如く。


23 名前:悪霊侍ビシャモン ◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:20:55
>>22
 
 
―――趙雲子龍。
少女が、背負っていた自らの宿命に奮い立つ。
武人が、秘め続けた自らの名を宣告する。
趙雲子龍。
背負うものの為に子龍、あえて地獄へ向かう。
 
 
    ――――我が名は「ビシャモン」!
 
            悪霊ザムライ、ビシャモンよォ!
                 
 
  
その果てに、何があるのか?
何も在りはしない。無いからこそ求める。
全ては、求め続ける。
鬼も。
人も。
鬼は死を求め、求め、蠢く。
ハンニャ、否。鬼炎、否。悪霊侍ビシャモンが、死を求め続けて力を込める。
人は生を求め、求め、進む。
少女、否。女、否。趙雲子龍が、生を求めて死地を、前へと進む。
 
     
     一太刀!
 
 
嗚呼、剣が舞う。
子龍の繰り出す剣が舞う。無明の刃が、光が舞う。
嗚呼、剣が飛ぶ。
鬼の繰り出す剣が飛ぶ。異形の刃が、悪鬼が狂う。
 
突き出される白刃(しらは)と白刃(しらは)。交差する白刃と白刃。
交わる刃紋と刃紋の渦が、夜空の月に照らされ光を反射する。
 
 
        そして二太刀!   
 
 
刹那にすら満たない刹那に今吹き荒れようとする刃と刃。
だがそれでも鬼は、武人は、次への渇望を抱き刹那を駆ける。
すなわち死風に逆らって進む者が、二人。
逆らって進む者、二人。
 
剣を弾かれた鬼の腕(かいな)が伸び、撓み。鬼の背に、更なる鬼の姿が浮かぶ。
鞭を持つごとく構え、剣指を掲げ見据える構え。
侍が会得した奥義、鬼の鎧が記憶する秘伝。そう、抜き身ながらにして“抜刀”する居合いの構え。
一度に五方をすら掻っ捌く、魔剣の構え。
違えず読むのは返しの刃。
趙雲子龍の覇気、伝達される切っ先の流れ。必殺を予見せずにはいられない、戦意の流れ。
 
―――そして。
     
 
   
         チェストォォーーーーーッ!!  
            
         怒ッ刃ァァァーーーーーーーッ!!
    
 
 
 
 
迸るは、剣閃。
流れ出ずるは―――――。
 

24 名前:趙雲子龍 ◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 01:22:52
>>23
 
 星の瞬きの如く駆ける刃/それに映る己/走るのは刃ではなく己と言う示唆。
 伝わる思い/限りなく生を求め/限りなく死を求め・人の為に/己が為に――限りなく対極。
 
 子龍――呼吸すら忘れた剣鬼の如し/ほぼ無意識で動く刃――気心の知れたダンスパートナーのように手と手
取り合い踊り続ける/生死を賭す/忘れさせるほど優雅に。
 絡み合う刃は接吻/辿る軌跡は愛撫/同調する呼吸は睦言――互いに互いを知ればこその剣戟。
 
 死闘――交わらぬ筈の他者が唯一同じ思考+呼吸+行動を辿る奇跡。
 奇跡といえど唾棄すべき悪行――何人も犯しては成らぬ他人の命。
 
 しかし一度刃を交えたならば/敵と認識したならば/打ち倒さぬ道理はない。
 神罰/天罰/人罰――恐れずに前進/それしか知らぬようにただひたすらに。
 
 生きる事=前へ前へと進み続ける事――言葉にすれば単純/それが難しいからこそ人は迷い、退き、道を見失う。
 子龍――既に道標を得、目的に向かって邁進する答えを得ている/故に悩まず進み続ける事ができる/全幅の信
頼を寄せる主に仕える至上の喜び=傷付く事+死地に赴く事+死――恐れるまでもない/それを再確認。
 
 悪鬼の咆哮/同時に刃を納刀――実際には抜刀したまま/見慣れた構え/見慣れた呼吸/見慣れた間合い/弾き
出される答え――神速を冠するに相応しい居合い。
 悪鬼の納刀に生まれる刹那の間/子龍もまた納刀――本来の意味で/必殺には必殺で迎え撃つべくと同調。
 
 鏡合わせのような錯覚/体躯の差・姿形・宿る意思――どれもが対極に在りながら、そのどれもが寸分違わず相
似となる矛盾。
 
 子龍――満身創痍/鎖骨に浮かぶ紅の印/既に隠しようが無いまでに露出された形の良い乳房――呼吸のたび
に大きく上下/瑞々しい弾力=触れるまでもなく理解/引き締まったウエスト――普段拝む機会の無い臍の直ぐ上に
は赤黒い痣/スラリと伸びる脚――脛に腫れ+鬱血の痕=恐らくは骨折/満足な踏み込み――期待できず。
 
 それでも子龍――敗北の可能性を否定/万全であれば・相手が相手だから――そんな言い訳/戦場では通じず。
 己を奮い立たせる為にひたすらに勝利を願う/祈る/掴む。
 
 そのための一閃。
 ただ一度きりの刃で良い/ただ一度限りの刃で充分に効果を為せば。
 
 思考――始動――交差。
 悪鬼――神技とも言える抜刀/数えるのも馬鹿らしくなるほどの横薙ぎ+横薙ぎ+横薙ぎ/まさしく悪鬼/その業人
智を超え神へと到り悪鬼と堕ちる/修羅道の果て。
 
 普段は閉じられた双眸/エメラルドの如き輝きの中にて一際強い輝きを示す覇気/刹那と刹那との間/死中に活
を見出し一閃。
 その輝き――眼にも映らぬ銀弧/酷く優美な――殺人術。


25 名前:悪霊侍ビシャモン ◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:25:09
>>24
        
  
嗚呼―――もはや、何も言うまい。
 
          
       流れ出ずるは、悪霊。
       天翔(あまかけ)る龍の牙が、鎧の鬼を斬り抜ける。
       嵐を潜った龍の太刀。鋼鉄魂魄、鋼と邪気、鎧と霊を破壊した。
       胴にある鬼の左目が潰れ、拵えられた牙は折れ、鬼の相貌が大きく裂ける。
       刀、すっぽ抜け彼方に。手足、繋ぎ止められず大地へ。鬼の具足が、力を失い散乱する。

 
           
語るべき言葉、此処に在らず。
話すべき相手、此処に居らず。
 
        
       慟哭。
       引き裂かれる寸前の鬼、ハンニャが断末魔の叫びを上げる。
       いや、違う。
       引き裂かれる寸前の鬼、ハンニャが言葉ならぬ呪詛を雄たけぶ。                  
       嗚呼殺す、殺す、殺してやると。
       引き裂ける寸前の鬼、ハンニャの口から巨大なる腕、巨大なる拳が伸びる。        
       広げられた巨大な腕、蒼く大きい鬼の腕。一本の、全てを捻り潰す鬼の腕が伸びる。

 
  
 
腕。
ただ、前を向き。ただ、握り潰す。
 
鬼。
ただ、前を向き、握り潰す。
 

26 名前:趙雲子龍 ◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 01:27:28
>>25

 斬――と音が響く/悪鬼の躯するりと崩れ。
 残――と音が響く/子龍の心未だ崩れず。
 
 完全な決着/見届けるまでは油断すまい――一時たりとも目を逸らさぬまま/さながら彫刻のよう。
 ボロボロと何かが剥がれ落ちて行く/決して眼には見えず――衣服のように判り易ければ/多少の恨み言。
 それもその筈/少女の衣服――既に原形を留めず/勝負には勝ったが試合には負けた気分。
 
 崩落――慟哭と共に。
 崩れる/崩れる/崩れた――呆気ない終わり。
 
―――――と、成る筈もなく。
 
 突如生える腕――子龍のウエストより一回りは太い/破壊+暴力/無言のままに雄弁に語る。
 子龍――慌てる事なく落ち着いた対処/不意に鈍痛/腫れ上がった脛に再び石が舞う/遅れる初動――刹那の
間/それだけで十分だと言わんばかりに――拘束。
 
 締め上げられる咽――人の力を超えた握力/ミシリミシリと締め上げる音が聞こえる。
 口からだらしなく垂れる唾液/切なく喘ぐようなか細い呼吸――聴き様によっては嬌声にも/見る見るうちに朱に
染まる顔/紫に色を変える唇/だらりと垂れ下がった腕――その手は未だ愛刀を手放さず。
 
 窒息までの時間――それよりも速く首の骨が限界を迎える=死。
 此処に来て動かす事の出来ぬ死を突き付けられる/それでも未だ手放さぬ愛刀=死へ立ち向かう意思。
 
 痛み+苦しみ=働かぬ思考。
 手に/ヒュゥヒュゥと音の漏れる咽/刃/白くか細い首/脚/締め付ける万力の如き腕/自由。
 
 腕を伸ばす/刃を持った手を腕の下へ/もはや悪鬼の腕を振り解けるほどの力は無いと判断――両手で刃を
支える事に成功。
 メシリと響くくぐもった厭な音――短く上がる悲鳴/辛うじて上げた腕に震えが走る。
 チャンスは一度きり/五分五分――七分は負けるであろう賭け/今はそれに頼るより他に術――無し。
 
 朱に染まった顔――一変して白へ/病的な白さ/血走った眼に浮かぶ涙――次々と頬を伝う/倒錯的な美しさ/
悪鬼の笑みが浮かぶよう。
 震える両手/しっかりと刃を握り、締め上げる腕に添える/腕力だけでの両断=言うまでもなく子龍には不可能。
 ならば――刃+己を信じる他、無し。
 
 蹴り上げる――ヒラリと舞う筈のスカートも今では襤褸切れ。
 蹴り上げる――スラリと伸びた脚を一直線に。
 蹴り上げる――鍛え抜かれた脚力/その割りに柔らかそうな太腿+脹脛。
 
 蹴り上げる――刃の峰を一直線に。


27 名前:悪霊侍ビシャモン ◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:31:03
>>26
 
 
絶体絶命の窮地。満身創痍の体。乾坤一擲の刃。
死中に活を求むる子龍の信念が、渾身の刃が、眩いまでの光を放つ。
  
 
  ―――"敵”は、あそこだ。
  ―――"悪鬼”は、あそこだ。
 
 
刃、荒ぶる感情のまま鬼の腕(かいな)に潜る。
潜り、走り、止まらず、断つ。
一念の刃が、もはや同じく創痍の腕を、巨大なはずの腕を断つ。
叫びなく地に落ちる「般若」の本体、伽藍と大きな音を立てる、牙を砕かれ地に堕ちる。
  
 
  ―――"敵”は、あそこだ。
  ―――"贄”は、あそこだ。
 
 
 
             ク、カカ、ヒヒャヒャヒャヒャ 
 
されど鬼、もぞりと蠢く。 
具足、音もなく動く。刀、音もなく動く。手足、音もなく蠢く。
四散したはずの全身が、手足が、兜が。般若胴の一点へ徐々に寄り集まる。
僅かに残った霊力、魔力、尽き果てかけるをより集め。かくも浅ましく、そしてかくもおぞましく。
 

  ―――“敵”は、
 
            鬼ッ悲悲悲悲悲、苦ッ禍ッ禍ッ禍ッ禍
 
 
嗚呼、鬼が立つ。立ってしまう。
全てに絶望を与えるため、全てを地獄に送るため、殺すため、喰らうために。
鬼が哂う。刀を振り上げる。
いまにも砕け、崩れ落ちそうな体はしかし、しかし朽ちはしない。
少女を哂い、大義を哂い、信念を哂う鬼が。刀を振り上げる。
 
 
  ―――“敵”は、
 
            ワシは死なん 
 
そう、鬼が哂う。
刀を振り上げる。
骸を哂い、歴史を哂い、心を哂う鬼が、刀を振り上げる。
 
 
  ―――“敵”は、
 
            我が名は“ハンニャ”
 
 
今、鬼が哂う。
刀を振り下ろす。
戦いを哂い、死者を哂い、主(あるじ)を哂う鬼が、刀を
 
 
 
  ―――“敵”は、
 
           永遠に殺し   
 
 
刀、
此処は、
鬼が哂うこの場所は、
 

28 名前:◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:32:05
>>27
 
 
 
 
          そして呪“敵”は貴様だ。
                
 
 
   
                “咎”は、貴様だ。

 
 
 
 
 

29 名前:◆7ZyGl16f7Y :2008/05/07(水) 01:33:15
>>28
 
 
―――嗚呼、見よ。あれを見よ。
 
 
腕。
ハンニャの首より湧き出た腕が、亡霊の顔を掴む。
腕。
更に伽藍より飛び出した腕が、鬼の兜を握り砕く。
 
腕。
腕が覆う。
腕。
腕が掴む。
腕。
甲冑の隙間から、罅割れから、鬼の足元から生える無数の腕が、鬼を掴む。
 
腕、腕、腕、腕。
亡者の腕が、鬼に殺された無念の魂が、鬼が穢した主(ぬし)の怒りが。
鬼を引きずりこむ、体を引き千切る。
鬼を、奈落の底へ連れてゆく。
  
腕。
無間の腕が鬼を引き裂く。
罅割れた傷を広げ、引き裂いてゆく。
腕。 
無限の腕が鬼を引きずる。
足を掴み、具足を砕き、鬼を引きずり込んでゆく。
腕。
無尽の腕が、鬼を包む。
内側から外側から、刀の持つ腕を絡めとり、呪詛も叫びも埋もれてゆく。
 
 
腕。
腕が伸びる。
腕。
腕が伸びる。 
腕。
腕が残らず地中に沈む。 
 
   
腕。
無数の腕が消え失せて、鬼の姿も消えうせた。
 

30 名前:趙雲子龍 ◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 01:34:12
>>29
 
 呆――と/無貌に無貌を重ねたような貌で宙空を見つめる。
 悪鬼/見る影も残さずに消滅/咽の痛み+傷の痛み+惜しみなく曝け出されてしまった肢体――幻では無いと
語る。
 小さく咽る/切なく呼吸に喘ぐ/上下する白い肩/合わせて揺れる胸/ペタリと擬音が付けるのが適当といった
具合にへたり込む/力の入らない四肢/ガシャリと音がして愛刀を手放した事に気付く始末――本当に、勝負
には勝ち試合に負けた/余りにも似合うその言葉に苦笑。
 
 なおも咽る/口の端からは唾液に変わり血液/内臓系の負傷ではない事を祈るばかり。
 口を伝う紅/咽を/胸を/腹を/臍を/白の下着にまでたどり着く――口元を拭う事を忘れるほどに放心。
 
 結局――子龍の為した事=無意味?
 得体の知れない何かが悪鬼を飲み込んだ――その事が非常に情けない。
 
 打倒すべき敵を取られ/助けられた事に礼も言えず/己が武の甘さを知り/無力を知る。
 誰にも敗れる事は許されない――そう固く誓った筈だ。
 
 結果的に生き残った――その事実は変えようもなく圧し掛かる。
 
 頬を伝う涙――未だ止まらず。
 頬を伝う涙――止まる事を忘れてしまったかのよう。
 
 頬を伝う涙――拭い去る。
 
 届かないと知ったなら/まだ先がある事を知っているのなら――涙を流すよりもする事がある筈だ/そう言い
聞かせる。
 誰に聞かせるでも無い誓い/他の誰の為でもない誓いを――その胸に刻み込む。
 
 そう――此処は奇しくも万夫不倒を成し遂げたと言われる者の墓標。
 供物・貢物持ち合わせてはいないがそれくらいの事は許してくれるだろう/暴君・暗君ではなかったのだから/
ないと伝え聞いているのだから。
 
「―――――要、精進ですね」
 
 立ち上がる――愛刀を拾い上げ。
 立ち上がる――鞘に戻す。
 立ち上がる――蹴り上げた時に曲がっていなかった事に安堵。
 立ち上がる――空を見上げれば満天の星。
 
 踏み出す――鈍い痛み。
 踏み出す――鋭い痛み。
 踏み出す――夜気が肌寒い。
 
 それでも――踏み出す。
 帰るべき場所/自分が居るべき場所/待ってくれている人が居る場所――其処へ向かって。
 
「―――――有難う、御座いました。次に訪れる時は手土産でも持ちましょう」
 
 澄んだ空気/静謐ともいえる無音の空間/何人の狼藉も赦さぬ厳粛。
 静かに――ただ静かに。
 
 眠りにつく猛獣の棲家のように――此処は平穏を取り戻した。


31 名前:◆NoudaTUIBI :2008/05/07(水) 01:37:38
悪霊侍ビシャモン vs 趙雲子龍 『悪鬼夜行』
 
レス番纏め
 
>>3-30

32 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 03:28:59

Prologue


 ―――こんなに月も紅いから。

 今夜は湖のほとりを散歩しようと思ったのだけれど、珍しくパチェに図書館
でお茶でも飲まないかと誘われたので、散歩は明日に回すことにした。

 ……咲夜は残念がっているかしら。
 連れていくって約束したものね。
 でも、しかたないわ。
 図書館の魔女とさし向かいでお茶を楽しむのは久しぶりなんだもの。

 わたしの友人は、〈運命を科学的に解明〉する一件が落ち着いてようやく躯
が空くかと思ったのに、また別の研究課題を見つけて図書館に引きこもってし
まった。……ほんと、知識人を自認する手合いは理解に苦しむわ。
 せっかく悠久の時間を得られたというのに、どうしてそんなに大急ぎで知識
を詰め込もうとするのかしら。落ち着いてお茶すらできないなんて。

 けど、わたしを誘ったということは魔女の知識の中にしっかりとスカーレッ
トの名が刻み込まれているということだから、お呼ばれには上機嫌で応じる。
 今夜も愉しい夜になりそうだ。

 パチュリーの大図書館はいつにも増して乱雑さが目立った。
 書物が至るところに放置され、積み重なっている。本棚から本を出した端か
ら床に捨てていったのだろうか。彼女の使い魔が忙しく飛び回って片付けをし
ていたが、あの様子では司書が一個旅団はいなければ追いつかないだろう。

 足の踏み場にも困る本の洪水を縫って、わたしはパチェが待っているテーブ
ルセットに落ち着いた。さっそく咲夜がお茶の支度を始める。
 パチェは読んでいた本を閉じると、湯気が昇るティーカップを億劫そうに持
ち上げた。わたしもわたしのペースでお茶を飲む。
 わたしもパチェも、そして咲夜も、なにも語ろうとはしない。ただ無言でこ
の空間に溶け込んでいる。パチェとのお茶会はいつもこうだ。会話ではなく、
空気を味わう。魔女と共有する時間こそが最上のお茶うけになる。

 けど、今夜は珍しく、沈黙は五分足らずで破れた。
 しかもさらに意外なことに、パチェのほうから話しかけてきた。

「レミィが好きそうな面白い遊びを見つけたの」

「ふうん」

「きっと気に入るわ」

 魔女の言葉は難解だ。これを人間にも分かるように訳すと、「新しい実験を
あなたで試させて」になる。紅魔館の主を何食わぬ顔で実験動物にしようとす
るなんて……パチェったら、ほんとにお茶が愉しく飲める子ね。


33 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 03:29:50

>>32


「またなにか外≠ゥら入ってきたのかしら」

 ええ、と友人は頷く。相変わらず彼女は新しいもの好きだ。

「……古道具屋でたまたま見つけたのよ」

 そういって、さっきまで読んでいた本をずいと差し出す。

「掘り出しものね。店主から安く買い叩けたわ。彼は内容を理解できても価値
までは分からなかったみたいだけど、これは〈弾幕ごっこ〉や〈サッカー〉に
続く新しい遊戯になるわ」

 本の装丁は毒々しいほどに真っ赤だった。人間を撲殺できる程度には分厚い
が、表紙からはあまり高尚な印象を覚えない。けばけばしいデザインが俗っぽ
さを煽り立てている。……中味は意味不明な文字の羅列。まるで暗号ね。

「読めない」

 本を咲夜に手渡す。

「読んで聞かせて」

 メイドはぱらぱらとページをめくりながら、「文字がたくさんありますね」
と的外れな返事をした。……そんなことぐらい、わたしだって分かるわ。
 パチェは「これは読んで楽しむ本じゃないわ」と嘆息した。

「外の世界で流行っている遊びを記録を本なの。だから全文を訳さなくても遊
び方さえ分かれば問題ないわ」

「それでわたしを呼んだの」

「ええ。この遊びはレミィがいないと成り立たないから」

 ……へえ。
 つまり、わたしが主役ということね。
 それは悪くない。
 そういう遊びは好きよ。

「もちろん協力するわ。だってわたしがいないと始まらないんでしょう」

「とっても危険な遊びよ」

「あら、わたしより危険なものなんてないわ」

 それで、なんていう遊びなのかしら。
 わたしが尋ねると、パチェはお茶を飲んで喉の調子を改めてから、やや緊張
した声音で言った。


「―――吸血大殲≠諱v


34 名前: ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 03:30:30





マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット

ROUND 2

Noble Red」sScarlet Devil
―TOUHOU TAISEN―


吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade
ものすごい勢いでレミリアお嬢様が闘争する[雑音消去]






.

35 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 03:31:13

>>32>>33>>34


 きゅうけつたいせん?

 当然だけれど、聞き覚えはない。
 咲夜に目を向けたが、彼女も肩を竦めるだけで心当たりはないようだ。
 ……それ、ほんとに面白いのかしら。〈弾幕〉や〈サッカー〉のように、
胸に響くものがないのだけれど。だいたい、なにが危険なのよ。

「まだ決断を下すのは早いわ」

 わたしたちの反応に感動がないことを見て取ったパチェは、さらなる情
報を開示した。

「―――副題は物凄い勢いで吸血鬼たちが闘争するスレ ≠諱v

 ものすごい勢いで……。
 なるほど。〈吸血大殲〉なんて熟語みたいなタイトルに比べれば、そっ
ちのほうがよっぽど分かりやすい。
 つまりものすごい勢いでわたしが闘争とやらをするスレなのね。

「……でも、スレ≠チてなんなのかしら」

「それはノイズね。誤植かもしれないわ」

「じゃあ、ものすごい勢いでこのわたしが闘争する≠ナいいわけね」

 パチェは無言で首肯した。

「ふうん、〈闘争〉ねえ……」

 戦うという意味だろうけど、それなら〈弾幕ごっこ〉や〈サッカー〉だ
って忙しいぐらいに戦っている。戦闘でもバトルでもなく〈闘争〉と呼ぶ
ぐらいなのだから、そこになんらかの意味を見つけているのだろう。
 響きから覚える印象は……原始的で、野蛮で、凄惨だ。

「ルールはかなり単純よ。〈導入〉と〈状況〉を指定して、そこで相手が
負けるまで殴り合い、殺し合うの。基本は接近戦の直接攻撃」

「へえ……」

 思わず口元が綻んでしまう。それは確かにわたし好みだ。
 なにせ〈弾幕ごっこ〉では、わたしがもっとも得意とする格闘戦を愉し
めないからだ。せっかくこんなに圧倒的な身体能力を持ち合わせているの
だから、存分に暴れ回れるルールが欲しいと前から常々思っていた。
 渡りに船とはこのこと。パチェはやっぱり天才ね。

「でも、専門用語が目立つわね。〈プロローグ〉とか〈シチュエーション〉
とか、さっぱり意味が分からないわ」


36 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 03:31:44

>>32>>33>>34>>35


「〈導入〉は闘争するプレイヤーが参加すること。〈状況〉はバトルフィ
ールドを選ぶこと。それを同時に行うっていうのは、〈サッカー〉でいう
選手入場≠ンたいなニュアンスになるんじゃないかしら」

「ああ、分かった。ボールを使わない〈サッカー〉みたいな感じなのね」

 パチェの言う通り、だいぶシンプルな遊びのようだ。
 因みに彼女の説明によると、この〈吸血大殲〉のプレイヤーを専門用語
で〈闘争狂〉と書いてうぉーもんがー≠ニ読むらしい。

 ただ、単純なら単純なりに厳粛なルールがある。
 殴り合い殺し合うのが目的の遊びなのだから、その危険性は推して知る
べし。人間なんかが〈闘争狂〉として参加してしまえば、ほんとに死んで
しまうことになる。それでは白けるだけだ。幻想郷の決まり事にも反する。

 だから煮ても焼いても死なない吸血鬼に白羽の矢が立ったのね……。

「―――でもそうなると、わたしの他にもうひとり〈闘争狂〉として吸血
鬼が必要になってくるじゃない」

 わたしひとりでは殴り合いも殺し合いもできない。

「まさか妹様を誘うわけにもいきませんしねぇ」

 メイドが頬に手を当てて呟いた。

「……冗談じゃないわ。あの子と殴り合いなんてしたら、遊びじゃ済まな
くなる。あの子に〈吸血大殲〉のことは絶対に教えちゃ駄目よ、咲夜」

「加減とかできませんものね」

 パチェがカップにソーサーを置いた。

「でも、このままだと頭数が揃わないわ」

「どうしても吸血鬼じゃないといけないの?」

うっかり死んだりしない≠ニいう条件だけなら、吸血鬼に限定しなくて
も幻想郷には腐るほどいる。迷いの竹林に行けば不死人の二人や三人は簡
単に誘えるだろう。白玉楼の幽霊だってこれ以上死ぬことはない。

「駄目よ」

 驚くほど厳しい声でパチェは答えた。

「〈闘争狂〉の条件は絶対的に吸血鬼なの。それ以外のプレイヤーはいっ
さい認められない。吸血鬼が吸血鬼としてものすごい勢いで〈闘争〉をす
るから、この遊びは〈吸血大殲〉として成り立つのよ」

 この規律のことを専門用語で〈レギュレーション〉と呼ぶらしい。
 ……まったく専門用語が多い遊びね。


37 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 03:32:12

>>32>>33>>34>>35>>36


「例外として〈教会の代行者〉も参加できるらしいけど……」

「教会?」

 それは懐かしい響きだ。
 あいつ等とは、こっちに来てからすっかり疎遠になっている。

「これは多分〈境界〉の誤字ね」

「そ、そうなの」

〈境界の代行者〉って―――

「それ、巫女のことじゃない」

「ええ、巫女のことでしょうね」

「あいつ人間よ。殴ったら死ぬわ」

「死ぬわね」

「もし殴っても死ななかったら、あとが怖いわ。なにされるか分かったも
のじゃない。それって遊びにしてはリスクを負いすぎじゃないかしら」

「そうね。巫女を参加させるのは危険ね。やめておくべきだわ」 

 ……やはり、吸血鬼の中から〈闘争狂〉を見つけるしかないようだ。
 しかし、わたしとフランの他に吸血鬼の知り合いなんていたかしら。
 吸血鬼のように高貴で高潔で誇り高き種族は、幻想郷でも外の世界でも
なかなか見かけるものじゃない。
 そういう意味で、この〈吸血大殲〉は貴族の遊びと言えるだろう。

「―――あ」

 そこでわたしは思いついた。

「いるじゃない、取って置きの吸血鬼が」

 パチェと咲夜が同時に首を傾げる。……なんてこと。わたしより先に気
付かないなんて。それでも同じ〈城〉に棲まう家族なのかしら。
「あれよあれ」と言って、図書館の奥の小さな扉を顎先で示した。
「ああ」とメイドが頷き、「なるほどね」とパチェが答える。
 ……そう、あいつも干涸らびるぐらいに一人前の吸血鬼なのだ。

 これで面子は揃った。
 パチェが準備を整えるため、席を立つ。
 わたしも咲夜に命令した。

「―――咲夜、夜会の支度を始めなさい」

 今夜は存分に殺し合うわよ。


38 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 03:32:41
 ……あー、てすてすてす。

39 名前: ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 03:33:08





 星の浮かばぬ闇空に、孔を穿つかのように咲いた紅の月。
 紅魔館が時計塔のいただきに立ち、
 満月を見上げながら待つ者の名はレミリア・スカーレット。
 彼女こそは闘争狂。この幻想郷の影が残した血濡れの疵痕。
 夜籠もる湖のほとりで、悪魔は今宵も血に飢える。
 さあ、そろそろ始めるか。
 月光の返り血をこの身に浴びるため―――






 .

40 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 03:33:52






 東方大殲の開幕だぁぁぁぁぁっっ!!





.

41 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 03:34:44

>>38>>39>>40


 さあ! ついに始まりのときを迎えました。
 幻想郷に突如とした現れた怪奇な遊戯『吸血大殲―ものすごい勢いでレミリ
アお嬢様が闘争する[雑音消去]―』。不死者の祭典!
 ナレーションは紅魔館の専属記者℃ヒ命丸文が、この〈闘争〉の独占取材
権と引き替えに行わせていただきます。

 え、私を呼んだ覚えはないって?
 ……確かに、主催者のノーレッジさんは私を招待してくれませんでした。
 しかし、〈風の調べ〉が私をここまで呼び寄せてくれました。これに勝る招
待状はありません。ノーレッジさんの往くところに必ず知識があるように、天
狗の進む先にはつねに未知なる情報が待ち受けているんです。
 はい、実に合理的かつ道徳的な理屈ですね。

 まあ、それはそれとして―――

 見てください!
 決闘場所に選ばれた湖のほとりの空き地には、誰に招かれたわけでもないの
に早くも多くのギャラリーが詰めかけています。
 あそこには紅魔館の妖精メイドたちが応援団を作っています。おおっと、あ
っちでは八雲一家と白玉楼の皆さんが早速酒盛りを始めていますよ。
 陽も暮れに暮れて晩刻の極みに達する時刻ですが、集った妖怪たちはみな一
様に太陽の如き明るい表情で〈闘争〉が始まるのを待っています。
 そうです。結局みんな暇人だっていうことです。こんな面白そうな遊びを見
逃すわけにはいかないんです。別に私が号外をまいたわけじゃありません。

 ……さて。
 この〈吸血大殲〉は、私たちが知る〈弾幕ごっこ〉や〈サッカー〉と違い、
複雑なルールもなく純粋に力と力をぶつけ合うという原始的かつ野蛮で、とて
もレミリアさんにお似合いの遊戯になっています。
 幻想郷ではいままでこういうダイナミックな遊びはなかったため、観戦者の
みなさんも理解に困ることが多いでしょう。そこでこの射命丸文が、特別ゲス
トとして専門家のコメンテーターを呼ばせていただきました。

「吸血鬼でいちばん強いのは彼女かもしれないが、幻想郷最強はこの私だ」

 そう! 四季のフラワーマスター風見幽香さんです!
 おはようございます、幽香さん。

  ……いまは夜よ。

 私たち天狗仲間は夜だろうと丑三つ時だろうと、あいさつは「おはようござ
います」なんですよ。
 
  歪んでるわね。夜に咲くアサガオ。それはもうアサガオじゃないのに。

 私はアサガオじゃなくて新聞記者ですから。
 あ、いまはナレーターでしたっけ。
 でもそんなことはどうだっていいんです。それより幽香さん、幻想郷最強を
自称する暴力妖怪として、この暴力的な暴力ごっこについてどう思われますか。

 大殲ごっこ≠ナしょ。吸血鬼しか参加できないのなら、興味ないわ。

 なんだかダウナー気味ですね。とても眠そうです。お日様が昇ってないせい
でしょうか。せっかくあなたが好きそうな遊びを見つけてきたのに。

  勝手に私を運んだのはあなた。……しかもこんな、花の少ないところに。
  あなたはただ、私をここに呼べば面白いことになるんじゃないかって
  期待しているだけ。……でもそうね。確かに楽しそう。私も混ざりたいわ。


 おっと。ここで幽香さんから挑発的な台詞が飛び出した!
 向日葵妖怪の全身から、乱入する意気込みがみなぎっています。どうやら紅
魔館の吸血鬼は、背中にも気をつけないといけないようです。

  ……。

 さて。
 では〈闘争〉が始まる前に、〈吸血大殲〉のルールを説明させてもらいます。
 ノーレッジさんからお借りしたルールブックを参照にすると―――


42 名前: ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 03:35:17


〈吸血大殲ごっこ〉ルール
 闘争編(パチュリー・ノーレッジ責任編集)


・プレイヤーを〈闘争狂(ウォーモンガー)〉と呼ぶ。
・〈闘争狂〉は吸血鬼か博麗の巫女でなければならない。
・〈闘争〉の始めには〈導入〉と〈シチュエーション〉が必要である。

・〈闘争〉には〈リアルタイム〉と〈会議室進行〉の二種類がある。
・〈リアルタイム〉は衆目に晒されながら華々しく殴り合う。
・〈会議室進行〉は人目を避けて二人だけで決闘を行う。勝敗の結果だけを明かす。

・〈闘争〉は殴り合いを基本とする。直接的な攻撃が基本である。
・ただし、これは遠距離からの攻撃を否定するものではない。

〈闘争〉はつねに攻撃を交互に行わなければならない。
・連続した攻撃は厳禁である。これを大殲用語で〈確定攻撃〉と呼ぶ。
・一度殴れば、次は相手に殴らせる。この一巡を〈1ターン〉と呼ぶ。

〈闘争〉は相手の攻撃を決して避けてはならない。
・正面から攻撃を受け止めることこそ〈闘争狂〉の誉れとなる。
・避けた場合、ペナルティとして攻撃を一回休みとする。

・〈闘争〉の勝敗は、死亡したほうを負けと見なす。
・吸血鬼は不死のため、十分以上再生できなければ死亡と見なす。
・この「再生するまでの十分間」を〈テン・カウント〉と呼ぶ。
・当然だが、カウント中に攻撃を加えてはならない。

・〈闘争〉を勝ち抜いた〈闘争狂〉を〈不死者の王(ノーライフキング)〉と呼ぶ。

・タイムリミットは夜明けまで。
・もしくは、騒ぎを聞きつけた巫女が駆けつけてくるまで。
・闘争後は必ず握手を交わすこと。


 以上


43 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 03:35:52

>>38>>39>>40>>41>>42


 ……。

  ……。

 ……こ、これはまた〈弾幕ごっこ〉とは対照的なルールですね。
「攻撃を避けてはならない」なんて信じられません。仏像でも相手にする気
なんでしょうか。せっかくの高機動がまったくの無意味になってしまいます。
 天狗の私としては、ハードルの高い遊技です。

  わざわざ追いかけなくていいから、楽そうね。

 幽香さんはそうですよね。なにせ幻想郷でも屈指の鈍足ですから。優雅と言
えば聞こえはいいですが―――あ、笑顔で睨まれてしまいました。
 しかし、幽香さんの足では私をいじめたくても追いつきません。

  ……。

 ……このままでは解説席で場外戦が始まってしまいそうなので、さらっと話
を風に流して、次は〈闘争狂〉の説明を始めちゃいましょう。
 
 時計塔のてっぺんに立っている紅の影。あれが〈吸血大殲〉の主人公となる
レミリア・スカーレットさんです。お馴染みの顔なので、説明は省いてもいい
ですよね。要するに紅魔館の当主さんです。やる気まんまんです。

  自分の勝利を疑っていない顔ね。
  ああいうやつを見るといじめたくなるわ。


 幽香さん、聞こえたようですよ。めちゃくちゃ睨まれてますよ。
 ……って、幽香さんも睨み返してる!
〈闘争〉が始まる前に〈弾幕ごっこ〉が始まりそうな勢いですが、幽香さんい
まはまだ自重してください。ここで始めても面白くないです。
 
 それで、肝心のレミリアさんの闘争相手なんですが―――このマリアベル・
アーミティッジさんって方、幽香さんは知ってます? 最近、紅魔館に住むよ
うになった吸血鬼らしいですけど、他の情報はいっさい謎に包まれてます。
 どうも外の世界から移籍してきたようですね。

  ……あなた、新聞屋なのに知らないの。

 いまは知ってますよ。なんだかネタのにおいがしますね。わくわくします。

  あれじゃない? あの青いエプロンドレス。

 おお!
 主審のノーレッジさんに連れられて、紅魔館の正門から姿を見せるちんま
りとした影。あれが噂のマリアベル・アーミティッジさんなのでしょうか!

  いい趣味をしているわ。夜の一族なのに太陽がとても似合いそう。

 いま、ついに二人の〈闘争狂〉が揃いました。
 心なしか月の輝きも妖しさを増しています。夜族の時間も盛りを迎え、こ
の幻想郷でも〈吸血大殲〉の火蓋が切って落とされるのか。
 見てください。
 レミリアさんも時計塔から降り立ち、両〈闘争狂〉が相対しました!

  ……楽しそうね、あなたが。


44 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 12:23:42
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごいやけっぱちな勢いでマリアベルが闘争する[ノイズキャンセラ]―

>>32>>33>>34>>35>>36>>37
>>38>>39>>40>>41>>42>>43


  知 ら ん が な 。
 
 
 ――――以上は、この件の概要を知った際の、わらわの正直な気持ちである。
 はっきりと言おう、こればかりは誰にも否定はさせん。
 
 
 つい先ほど。
 「城のほう」でトラップの調整をしておったわらわを、何やらパチェとレミィが用があるということで
館のメイド妖精が呼びに来た。
 まあ、それ自体はさほど珍しいことではない。パチェはともかく、レミィなどは唐突に「茶に付き合え」と
呼びつけることもままある。じゃが、パチェと共に用があるとは一体……

 ……思えば、せっかくここで怪訝に感じたのじゃから、そのまま警戒して断っておけば良かったのかも知れぬ。
 少なくとも、パチェから呼びつけられた理由を聞かされた直後は、そう本気で思った。
 
 そう、我が友人は曰く
 
 
「吸血鬼同士で『闘争』する遊びに付き合ってくれ」
 
 
 じゃと。
 
 かるーく、めまいを覚えた気がする。ついでにまわれ右したくなった覚えもある。
 何しろ、どう聞いても穏やかではない。"吸血鬼同士" で "闘争"!?
 何をしろとゆーんじゃ。わらわはか弱い乙女じゃと常日頃から主張しておるというに。ましてやレミィのよーな
はちゃめちゃな奴とやり合えと? 命がいくつあっても……
 
 ……ああ、いやいや。そういえば遊びであったな、いちおー。ならば弾幕ごっこと似たようなものか。
 それならばまあ、安心とは行かずとも納得は出来るぞ、うむ。
 
 と、どうにか納得しておるところに渡されるルールレジュメ。
 
 
>>42

 
 
 ――――開いた口がふさがらない、というものを何やら初めて実体験したような、気がした。
 
 
 
               *               *               *
 
 
 
 そして今、わらわはパチェと共に紅魔館の正門――「会場」の端におる。
 おらされておる。
 
 何やら異様な熱気。皆どこから聞きつけた。
 天狗とやらが実況席で囃し立てておる。というかおぬしジャーナリストではないのか一応。
 そしてレミィは当然の如く不敵な表情を見せつけておって。
 パチェは…………いや、うん、まあ、もうよい………………が。
 
 
 …………知らんがな知らんがな知らんがな知らんがな知らんがな知らんがな知らんがな知らんがな
 
 
   ど    ー    せ    ー    っ
   ち    ゅ    ー    ん    じ     ゃ     ー     ー    ー    っ    !    !

45 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 19:20:31

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」


>>44


  ……。

 ……。

  ……ちっちゃいわ。

 ……ちっちゃいですね。

  吸血鬼ってみんなああなのかしら。

 なんか姉妹なんじゃないかってぐらい似ていますね。
 身長もそうですけど、無意味に偉そうなところとか、ちっちゃいところとか、
尊大そうなところとか、ちっちゃいところとか、威張ってるところとか。
 もしかしなくても三姉妹なのかしら?

  三人並べて鳴き声を確かめたいわ。

 いくら幽香さんでも、スカーレット姉妹が両方を相手取るのは―――

  待って。始まるみたいよ。


46 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 19:22:12

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごい勢いでレミリアお嬢様が闘争する[雑音消去]―

>>44>>45


 パチェが<状況(シチュエーション)>として選んだのは、紅魔館と霧の
湖を繋ぐ湿地帯の空き地だった。見晴らしがよく、夜空を隠すものはなに
ものない。ここでなら思う存分に暴れられそうだ。

 時計塔の屋根を蹴り、空き地へと舞い降りる。騒々しいだけのギャラリ
ーには一瞥すらしない。戸惑い気味の悠久の友に挨拶を手向けた。

「―――こんばんは、マリィ。今夜もいい夜ね」

 こんな夜は、どうしても血が騒いでしまう。

 マリィを連れてきたパチェが、わたしたちの間に立った。
 彼女を図書館の外で見るのは久しぶりだ。
 その眠たげな表情から感情は読み取れないけど、外に出てきたというだ
けでどれだけはしゃいでいるかは分かる。

「……ルールは理解したわね」

 パチェがくぐもった声で念押しをする。

「基本は殴り合いだけど、アウトレンジからの攻撃もあり。交互に攻撃し
あって十分間死んでいたほうの負け。一度に許された攻撃は一回までで、
もし回避したらペナルティ。二回続けて攻撃を受けてもらうわ」

 どこまでの攻撃を「一回」と数えるのかいまいち良くわからないが、一
発しか殴ってはいけないとか、そういうことではないらしい。
 相手を無視してひたすら攻撃をしなければ、大概の連携も「一回」とし
て認められるようだ。……なんか大雑把すぎるような気もするけれど。

「それで、どっちが先攻をする? あみだくじで決めてもいいけど……」

 パチェの質問にわたしは「ああ」と頷く。その問題を忘れていたわ。
 順番に殴り合うのがルールなんだから、必ず先攻と後攻が生まれる。
 そしてこの遊びでは、先攻のほうが絶対的に有利だ。

「マリィが先攻でいいわ」

 わたしを腕を組むと、口の角を歪めてみせた。
 
 彼女はわたしと同じ吸血鬼だが、動くよりも考えるほうに特化したパチ
ェタイプだ。こういう純粋な力比べは苦手なはず。ならばここはゲームに
誘ったものの思いやりとして、気前よく先攻を譲ってやるべきだ。

 踵を返し、マリィに背を向けててくてくと歩く。二十メートルほど相対
の距離を開いたところで、わたしは改めて闘争相手と向かい合った。

「さあマリィ、どこからでも好きにかかってきて。わたしはここから一歩
も動かずにあなたの攻撃を受け止めるわ」

 だからあなたは、あなたの全力を見せなさい。


47 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 19:24:35

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>44>>45>>46


 主審のノーレッジさんが離れていきます。
 どうやら先攻はアーミティッジさんのようですね。レミリアさんが譲って
あげたみたいです。これが王者の余裕というやつでしょうか。

  様子見かもしれないわよ。

 確かに、マリアベル・アーミティッジさんがいったいどんな攻撃をしてく
るのか、手元の資料からはさっぱり分かりません。
 レミリアさんのように肉体派なのか、それとも私のようにスピードで翻弄
するタイプなのか、それとも幽香さんのようにただ力押しで攻め落とすだけ
の移動砲台なのか。この一手ですべての疑問は明らかにされます。

  ……どうやら、いつかあの目障りな妖怪の山を
  咲き誇るヤイトバナで埋め尽くさなくちゃいけないようね。


 別名「天狗花」ですね。でも困ります。あの山は私たち天狗だけが住んで
いるわけじゃありませんから。―――それより見てください!
 主審が高々と手を掲げました。ノーレッジさんの手に呼応して、紅魔館か
ら色鮮やかな花火が打ち上げられます。季節外れもいいところですが、これ
は派手ですね。この花火を始まりの合図と見ていいでしょう。

 さあ、アーミティッジさんはどんな一手で攻めていくのか。
 第一巡先攻の攻撃が始まりますよー!

48 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 19:25:59
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごいやけっぱちな勢いでマリアベルが闘争する[ノイズキャンセラ]―

>>45>>46

「ああ、まったく良い夜じゃな。どちらかというと茶会をしたい程度には」

 ああもう、先攻も後攻もあるものか。ほんとに頭が痛くなってきそうじゃ。
 わらわは実は一回刺されただけで死ぬと言うに……おぬし相手では、割とおーまじめに。
 
 されど今更退けるわけも無し。プライドを捨てるくらいならばそれこそ死んでしまう。
 ええい、せめて全力で向かわねばならぬか。全力で……
 
 全力?
 
 
 ……ほ、ほ、う。全力、全力か。
 そーいえばここは幻想郷であったな。失われたものもここにならあるかも知れぬ、そういう場所か。
 ならば、かつて失われたあれらも、あるいは?
 ――そうじゃの、ならば本当に、全力を見せてくれようか!
 
 
「よし、ではレミィ、好きなようにやらせて貰うぞ。
 ――――見せてくれよう! 我らが遺産、忘れ形見、されどまさしく絶対たる力を!」
 
 宣言し、しかし向かわずにごそごそと鞄を引っかき回す。
 そして取り出したるは、パーツの残骸が二つとヘッドセット、、、、、、、、、、、、、、、、
 そのパーツは「災厄」時に全滅したはずのものの欠片。文字通りの忘れ形見。
 しかし構わぬ。
 わらわはヘッドセットを装着し……その二つのパーツを放り投げ
 
「幻想より来たれ! 我が下僕! 『真銀の騎士』! 『灼光の剣帝』よ!」
 
 次の瞬間
 
 
 
 
 巨大な二体のゴーレムが
 どっかーん。

 
 
「ベリアル・タイプアビス! ルシファア・タイプマルドゥーク! おぬしの相手はこの二体じゃ!
 も う や け っ ぱ ち じ ゃ 覚 悟 せ よ こ の 大 た わ け め !」
 
 
 ベリアルの肩口の上あたり、指令用マウンタの上で、わらわは本音ぶちかました。

49 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 19:28:13

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>48


 ……。

  ……。

 あややややややややややや?!

  な、な、な―――

 なんだアレはー!?

  なんなのあれは?!

 みなさん、見てください! いや、この〈闘争〉に立ち会っているかたなら
ばいやでも視界に入ってしまうことでしょう。目を逸らしようがありません!
 信じられない。あり得えない。認められない。
 一瞬前までレミリアさんは自分よりちょっと身長が高いだけのアーミティッ
ジさんと相対していたはずなのに、いまレミリアさんと向き合っているのは彼
女を縦に1ダース並べてもまだ足りない巨大な甲冑人形だ! それも二体!
 これはでかいですよ。半端なでかさじゃありません。
 冗談ではなく山の如しです!

  奥の羽根はえてるほう……あれ、二十メートル超えてんじゃないの。

 あやややや。
 私も新聞記者の端くれ、この幻想郷でいままで色々なものを見てきたつもり
ですが、ここまで馬鹿げた巨大な質量を見るのは初めてです。
 鬼以外では!

  確かにあの鬼も、これくらい大きくなれるけど……。

 そういうものとは次元が違いますね。
 なんでしょう、この異質さは。この無機的な不気味さは。
 巨人といえば幻想郷ではダイダラボッチが有名ですが、とてもではないです
がこのお二人は妖怪に見えません。人間の意匠で作られたものです。

  なら、やはり人形……。


50 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 19:28:58

>>49>>50

 アーミティッジさんが肩に乗っているほうは巨大な戦車でしょうか。西洋甲
冑の足を車輪にして、両手にこれまた大きなスピアーを握らせています。
 もう一方は完全に人型で二本の足もあるため、直立状態だととにかくでかい
です。レミリアさんが豆粒にしか見えません。背中から光の翼らしきものが生
えていますけど……あれ、飛べるのかしら。あんな質量で?

  というか、これって反則……。

 た、確かに。
 二体の巨人を召喚したことで我を忘れてしまいましたが、よく考えなくても
これはアーミティッジさん本人が戦っていることにはなりません。
〈闘争〉の原則である「一対一」からも外れています。
 これは失格負けでしょうか……。

  ……どうやらセーフみたいね。

 おおっと! いま、ノーレッジさんがセーフのサインを出しました。巨人召
喚は反則ではないと主審が判断しました。試合続行です。
 これはとんでもないことになってきましたよ。

  魔女はあれを人形と判断したのね。
  つまり、あいつは人形遣い……。


 アリスさんの立場がありませんね。

  あの毒人形は、こういうのも解放したいのかしら。

 お友達にすれば、心強そうですけど……。

  敵として戦う吸血鬼は哀れね。

 まったくです。いまやレミリアさんの優勢は完全に砕け散りました。
 こうなると、後攻の事実は仇にしかなりません。あのでかいやつから一発も
らっただけでも、小さい躯はばらばらに砕けてしまうでしょう。
 早くも試合終了か。スカーレット・デビルの恐怖もここまでか。
 さあ、ついに先攻の攻撃が始まりますよ―――!


51 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 19:29:29

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごい勢いでレミリアお嬢様が闘争する[雑音消去]―

>>49>>50>>51


 わたしだけではない。メイドも天狗も向日葵妖怪も、この場にいるすべて
のものたちが唖然とし、馬鹿みたいに口を開いてそれ≠見上げた。
 ……なんて非常識。まさかマリィにこんな真似ができるとは思ってもみな
かった。巨人の人形だなんて、聞いたことすらない。
 
 パチェは知っていたのかしら。二人の付き合いは長いのだから、知ってい
てもおかしくない。知っていて当然だ。
 ―――そう、わたしだけ仲間はずれだったのね。こういう無茶で愉快なこ
とができるって、わたしにだけ教えてくれなかったのね。

「あれが欲しいって咲夜に言えば、用意してくれるかしら……」

 さすがに無理だろう。
 なら、マリィに頼んで次の機会に乗せてもらうしかない。あれを足代わり
にして神社に行ったら、巫女はどんな反応をすることか。
 考えれば考えるほどに、胸が高鳴る。―――だから、この先攻が終わり、
わたしの後攻で壊してしまうのが残念でしかたがない。
 わたしはあまり器用ではなく、力の調整も苦手だから、マリィが修理でき
る範疇で破壊できる自信なんてなかった。壊すときは徹底的だ。

 わたしは腕組みを崩さず、胸を反らしたまま呟いた。

「愉しくなってきたわねぇ……」

 ここから一歩も動かないという約束を、撤回するつもりはなかった。


52 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 19:32:50
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごいやけっぱちな勢いでマリアベルが闘争する[ノイズキャンセラ]―

>>49>>50>>51

 ――――つかみはOK、とこの場合は称すべきじゃろうか。
 とりあえず、そして当然の如く皆の目を釘付けにすることが出来た。
 そうじゃこれでよい。あくまで遊びなのじゃから。どーんと派手に行かねばわらわのフラストレーションが
この場に出てきた意味もないと言うものじゃ。

 ……うーむ、しかし本音ぶちまけて冷静になってみると、やはりちと強すぎるかのう。
 なにせ本来は凶悪な怪獣(そして「災厄」)を制圧するためのものじゃ、ゴーレムは。
 そんなものを、いくらあの常識外れなレミィ相手とはいえ振るって良いものか……
 
 
 あ、パチェがOK出しておる。
 ならばよいな、うむ。
 
 
 っ て そ ん な わ け あ る か ー っ !
 いや本当にOKなのかもしれんが、それでもやはり友人にこれを使うのは気が引け、ってああいかん
何やら後に退けなくなってきてしまいよった。ええいどうするどうする――――――
 
 
 
 ああ、うー、もう! 本当にやけっぱちじゃ!
 元はおぬしがまいた種じゃ許せよレミィ! 何であればあとで血ぐらい分けてやるでな!
 
 
「……せ、先攻! 薙ぎ払えベリアル!」
 
 
 ――わらわの命令を忠実に聞いた機械人形ゴーレムは、無慈悲にも車輪を猛スピードで蹴立て、
そして我が友人の眼前を横切るように旋回しながら、その手に握られたランサーを振りかぶり――――

53 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 19:34:37

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごい勢いでレミリアお嬢様が闘争する[雑音消去]―

>>52


 遅い。下手に巨大なせいで、余計にそう感じてしまう。
 木偶人形め。この程度の速度領域で吸血鬼と勝負しようというのか。

 失望を溜息に変えて吐き捨てつつ、腕組みをといた。
 マリィが乗る戦車は車輪のエッジを立てて急旋回したところだ。
 簡単に目で追えてしまう。
 あんなのはスピードなんかじゃない。マリィは幻想郷に来てまだ短いせい
か、スピードとはなにかを分かっていない。〈回避禁止〉のルールが無けれ
ば、本物の疾走≠ニいうものを教育してあげるところなのだけれど……。

 いま取りあえず、先攻の攻撃を捌くとしましょう。

 白銀の甲冑に刻まれた紫の紋様が、見る間に視界を埋めていく。相対距離
はまだ十メートル以上離れているが、十分に戦車の槍が届く間合いだ。
 巨力に任せて尖塔のような矛先が突き出される。夜を穿ち、夜そのもので
あるわたしの躯へと馳せる。……悪くない勢いだ。槍の重さだけではなく、
巨人の全体重をこの一撃に預けている。
 けどやはり、スピードが足りない。スピードに満足できない。

 ゆっくりと躯を前傾にする。
 獲物が大きすぎるせいで、刺し殺すというより圧殺しかねない槍の一撃を、
わたしはまず右手で受け止めた。そして抱きかかえるように左手を回す。
 微妙な力の調整で矛先を逸らした。刃が脇腹を掠り、肉と骨を何百グラム
か持っていく。問題ない。この程度なら、一秒後には再生している。

 槍の一撃は完全に抱き止めたが、それでお終いというわけにはいかない。
 質量が絶対的に違うから勢いまでは殺せないのだ。受け止めるというより
矛先に引っかかるようにして、わたしの躯は後方へと押し出されていった。
 槍を抱く手を離せば、たちまち轢き殺されるだろう。その程度の死に様な
ら数秒で再生できる自信があったが、あえて殺されてやるのも癪だ。

 まずはこいつの突撃を押さえ込もう。
 本当の力≠ニはなにか見せつけてやるのだ。
 
 わたしは両脚を墓標のように地面に突き立て、力の限り踏ん張った。
 逃げ場を失った突進の衝撃がわたしの両脚にかかる。
 ―――けど、折れない。
 勢いに負けて土が抉れ、なおも躯は背後へと押されるが、戦車のスピード
は確実に緩まっていく。……百メートルは踊ったかしら。やがて戦車は完全
に停止し、地面には疵痕のようにわたしの足跡≠ェ長々と残された。
 ダンスの最中にギャラリーの蟲の一団を吹っ飛ばしてしまったような気が
するけど、それはどうでもいいことだろう。

 これで先攻は終わった。

「さあ、マリィ。今度はあなたが覚悟を決める番よ」

 わたしは全身に充満させた霊気を解き放ち―――


54 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 19:35:07

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>52>>53


 なんて非常識な光景でしょうか。な、なんとレミリアさん! あの巨大な
戦車の突撃を、正面から受け止めてしまいました。質量差が千対一はありそ
うだというのに、完膚無きまでに戦車の勢いを殺してしまいました。
 吸血鬼の馬鹿力は限度を知らないのでしょうか。

  あんな細い足で、どうして……。

 レミリアさんはノーダメージ。まさかのノーダメージです。
 そしてここで攻撃は後攻に委ねられます。レミリアさんのターンは……お
おっと、これは〈霊撃〉だ。〈霊撃〉で戦車の巨躯を吹っ飛ばしました!
 同時にスペルカード宣言。あのカードは―――

  スピア・ザ・グングニル……!

 レミリアさん、初手から殺る気まんまんです!
 必殺に相応しい神槍の暴炎がスペルカードから噴き荒れました。戦車の巨
槍もこの焔槍の前では打つ手無しでしょうか。
 相手が〈霊撃〉の衝撃から立ち直らないうちに、その灼熱の矛先を胸部へ
と狙い定めて―――投擲しました! ぶっ放しました!

  きれいな連携。あれなら審判も「一回の攻撃」と数えるわ。

 炎熱の一閃が戦車の胸甲へと一直線に伸びていきます。
 神槍の威力は山を砕き、海を割り、空を穿つほどです。いくら巨人の甲冑
とはいえ、この無慈悲な灼熱に晒されれば鉄屑に還るしか無いのでは!
 さあ、どうするマリアベル・アーミティッジ。その巨体は張りぼてなのか。
ただでかいだけなのか。―――答えはこの一閃が示します!

  ま、私≠フマスタースパークのほうが強いけど。
 

55 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 19:38:57
http://charaneta.sakura.ne.jp/ikkoku/img/1209915267/55.jpg (64KB)
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
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>>53>>54
 
 ――――ベリアルはわらわを乗せたまま、高々と吹っ飛ばされた。
 このゴーレムの、巨体が。


 「まさか」「やはり」……二つの異なる思いがない交ぜになる。よもやあの一撃を「完全に」防ぎきろうとは!
 そして攻守入れ替わってのこの一撃!
 かくもレミィはデタラメな存在であったというのか。あるいはこの程度、この幻想郷とやらでは当たり前なのか!
 
「――――姿勢制御!」
 
 わらわは問題ない、マウンタには重力場発生装置が搭載されておるゆえに振り落とされる心配もない。
 じゃがベリアル自身はそうもいかん。レミィがただ吹っ飛ばしただけで済ましてくれようか。
 いや済ますはずがない!
 
 案の定、視界の端に映るは灼熱の閃光!
 スピア・ザ・グングニルかッ!! ああもうほんっとーに容赦がないのうおぬしは!
 ……いずれにせよ、わらわも本気にならねばならんか。
 友人相手ではやはり心苦しいが……あやつがそれを望むというならば、答えねばなるまい!
 
 放たれる神槍、されどそれはあくまで炎の力! ならばきっと防ぎきってみせよう!
 この「焔の災厄」よりの忘れ形見が!
 
「防げ、ベリアルッ! ランサーを構えよッ!」
 
 やはり忠実に反応。
 姿勢制御をしつつ、ベリアルは槍を交差させ――――
 
 命中。
 防ぎきれず、
 槍は弾かれ、宙を舞い、
 ベリアルは落下、車輪が地を踏みしめ、
 わらわは空を見上げ、槍を捕捉し、
 
「――――ルシファアァァッ!!」
 
 もう一体のゴーレムが、光のバーニアを噴射!
 わらわの意志を汲み取り、空中へと出でて二槍を掴むッ!
 ようし行け、そのまま! その勢いでッ!
 
 
汝が尊厳と共にあれKEEP YOUR DIGNITY! ルシファアッ!!」

 
 本来の兵装、されど雨霰と「弾幕」と化したビームフェンサーと共に、レミィにその槍を突き入れよッ!!
 それがこの場での礼儀であるがゆえにッ!

56 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 21:52:47

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごい勢いでレミリアお嬢様が闘争する[雑音消去]―

>>55


 涙の粒のような非実体弾が頭上に降り注ぐ。
 これがマリィの弾幕……。
 口元が自然と緩む。彼女の弾幕を浴びられるなんて。その事実だけでグ
ングニルを防がれた不愉快さは消えてなくなった。

 甲冑巨人が展開した弾幕は直線的で隙間が大きかった。弾速も速いとは
言えず、目くらまし程度の役割しか果たしていないが、一発一発がわたし
の身の丈ほどもあるのが厄介だった。
 当ててくるのではなく、逃げ道を遮るための弾幕だ。

 地上を滑るかのように、地面すれすれまで上半身を沈めて疾走する。
 かわした光弾をいちいち目で追うような真似はしない。そんな余裕があ
るのなら、十手も二十手も先の弾幕を読む。
 地上での弾幕回避は空とまったく違う。立体的な動きがとれず、回避の
方向も限定されている。なにより優雅じゃなかった。翼が風を切るあの感
覚が素敵なのに。地面を這いずるように逃げてばかりじゃつまらない。

 不自由さへの苛立ちが、気付かないうちに判断力を鈍らせていた。
 飛翔すればもっと美しくマリィの弾幕を制圧できるのに。もっと華麗な
わたしを見せてあげられるのに。―――その焦りが、わたしを夜空へと吸
い込ませる。立ち回りの基本を強引に忘却させる。

 光弾と地面の僅かな隙間をくぐり抜けた。同時に背中の翼を広げる。
 さあ飛ぼう。踵が浮き上がる。重力から解放される。背筋から歓喜が染
み渡る。――― 一瞬後にはすべて蹴散らされた。

 槍だ。戦車が構えていた二本のスピアー。わたしのグングニルが弾き飛
ばしたはずのそれを、いつの間にか甲冑巨人が構えていた。
 自身が放った弾幕をも巻き込んで、上空から左右同時に突き入れてくる。
 まるで獲物に食いつく狼のあぎとのようだ。先の戦車の一撃よりもさら
にスピードは劣っていたが、このタイミングでそれは関係ない。
 わたしの躯は半ば宙に浮いている。まったく無防備な姿勢。さっきのよ
うに受け止めても中空では踏ん張りがきかない。なにより、こんな大きな
槍二本をそれぞれ片手で押さえ込むなんて不可能だ。

 わたしは牙を見せて笑った。

 これは避けられない。
 ……いや、そもそも避けてはいけないルールだった。
 弾幕に魅せられて、つい失念してしまったわ。


57 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 21:53:57

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>55>>56


 ああ!? レミリアさん、今度は受け止めることもできず正面からルシフ
ァアのスピアーを食らってしまいました! 二振りの槍の矛先ががっちりと
交差し、レミリアさんの矮躯を容赦なく食い千切ります。
 あやや、これは痛そうです。

  ルシファア?

 ええ、あの人型の巨人の名前です。車輪つきのほうはベリアル≠チて名
前らしいですよ。ついさっきノーレッジさんから渡された資料に乗っていま
した。どちらも〈ゴーレム〉という対魔族兵器らしいです。物騒ですねー。

  ちゃんと弾幕も作れるなんて精巧ね。

 当たりが大きいから〈弾幕ごっこ〉で沈めるのは楽そうですけどね。

 ―――って、そんなことよりもレミリアさんですよ。
 見てください! 無慈悲な攻撃に躯を引き裂かれた紅魔館の当主が、墜落
するように地面へと叩きつけられました。そこへ容赦なく浴びせられる弾幕
の追撃! あやー、これは強烈ですよ。人間なら骨すら残りません。
 絶体絶命なんて言葉じゃまだ生ぬるい。1ターン目の余裕が嘘のようです。
やはり質量の差は覆せないのでしょうか。

  態度の大きさに反比例した呆気のない結末ね。

 レミリアさん、このままテンカウントを迎えてしまうでんしょうか……。

  あ……。

 ああー?!

  お、起き上がった……。

 平然と立ち上がりましたよ! 何気なく服の汚れをはたいています!
 そ、そんな無茶苦茶な。私の眼は、ボロ雑巾のようにめっためたにされる
レミリアさんの姿を確かに認めていたのに。いま大地に立つ吸血鬼には傷ひ
とつ見られません。まったくのノーダメージです!

  一瞬で再生したんだわ。傷を負ったことすら分からない速度で。

 さ、さすが吸血鬼ですね。タフさは蓬莱人並です。いや、実戦的という意
味ではレミリアさんのほうがより強力でしょう。この再生速度では、もはや
攻撃が攻撃として意味を為しません。どう攻めればいいんでしょうか。

  塵すら残さず消し飛ばすのがいちばんね。

 幽香さん、自分がやりたいと言いたげです。
 さあ、そして次はレミリアさんのターンです!
 どんな攻撃が飛び出すのか……って、またしても正面攻撃です。助走をつ
けて飛び上がりました。これは体当たりでしょうか。ルシファアに向かって
彗星の如き突撃を敢行します。単純です。単純ですが、ものすごい勢いだ!
 これは砲弾です。人間砲弾ならぬ吸血鬼砲弾です。あまりのスピードに、
彼女の周囲で紅の旋風が渦巻いています。

  夜王「ドラキュラクレイドル」だわ……。

 幽香さんから説明台詞が飛び出しましたー!
 なんだか強そうなネーミングです。
 さあ、どうするルシファア。避ければ反則。これも正面から受け止めるし
かありませんよ。先の神槍のように、これも防ぎきれるのでしょうか!


58 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 21:59:47
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごいやけっぱちな勢いでマリアベルが闘争する[ノイズキャンセラ]―

>>56>>57

 ……呆れた、と言うほかない。
 我らノーブルレッドと違い、ヴァンパイアというものが短時間的な「再生」に長けるということは知っておった。
 しかし――ほとんど一瞬で「再生」するものか普通!?
 先ほどまでのわらわの躊躇が馬鹿みたいではないか!
 
 ええい、それはもはやどうでもよい!
 此度の攻撃は、言わば質量爆撃! 属性もへったくれもありはせん!
 そしていかなルシファアとて、あやつのデタラメさではあるいは――
 
 
「って、まっすぐに突撃? ということは……」
 
 
 ルシファアはわらわの意図を瞬時に、そして正しく読み取った。
 左手の槍を放り投げ、右の槍を構え……
 
 
 
 
 
 
 
 
  か  っ  き  ー  ん  。
 
 
 
 ……いや、立派な迎撃なのだぞ?
 迎撃自体が反則(?)とされるのかもしれんが。

59 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 22:23:28

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>58


  ……う、打ち返した?

 打ち返しました! 両手に構えたスピアーのスイングで、砲弾と化した
レミリアさんを見事に打ち返しました。なんという鮮やかなフォーム。文
句のつけどころがない見事な安打です。ルシファアさん、出塁しようとす
らしません。この安打が本塁打になると確信しているのでしょう。
 当然です。この手応えなら歩いて本塁まで帰れます。

  意味が分からない。なにを言っているの。

 そういう遊びがあるんですよ。
 足の遅い幽香さんでは愉しめないでしょうけど。

  吸血鬼を遠くまで飛ばすゲーム?
  だったら、走る必要がないまで吹っ飛ばせばいいじゃない。
  それこそ幻想郷の外まで。


 そうです。それを「本塁打」って呼ぶんです。まさしく、いまルシファ
アさんが打ちだした記録です。
 レミリアさんの人外の加速力が、逆に仇となってしまいましたね。スピ
ードを完全に利用されてしまいました。見てください。月まで飛んでいっ
てしまいそうな勢いです。気持ちいいくらいにかっ飛んでいます。

  誇張が酷すぎる。ほら、もう放物線を描き始めてるわ。
  1キロも飛んでないじゃない。……でも、あそこは。


 あやややや! あのまま墜ちると、レミリアさんは〈霧の湖〉のど真ん
中に真っ逆さまですよ。ウォーターハザードですよ、池ポチャですよ。
 なんとか姿勢を立て直してもらいたいところですが……レミリアさん、
動きません。気を失っているのでしょうか。無抵抗に墜ちていきます。

  流水の上だから動けないのね。

 吸血鬼にとって流れる水は大敵。もし水中に没してしまったら、たちど
ころに気化してしまいます。灰になってしまいます。
 脅威の再生能力を誇るレミリアさんでも、一度気化してしまったら、十
分で躯を作り直すのは不可能でしょう。

  だけど、もうこの軌道じゃ……。

 錐もみしながら落下していき―――墜ちたぁ! 墜ちました!
 いまレミリアさんの短躯が水面に衝突し、小さな水柱をあげました。
 これは勝負ありでしょうか!


60 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 22:24:03

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごい勢いでレミリアお嬢様が闘争する[雑音消去]―

>>58>>59


 ―――ぱちり、と懐中時計の蓋が閉じられて。


 わたしは甲冑巨人の頭のてっぺんに立っていた。総身で風を浴びながら、
足下の〈闘争狂〉を睨む。……いまのは、危なかった。
 打ち返されたことが、ではない。流水に叩き落とされそうになったこと
がだ。もし気化してしまっていたら、数日はもとに戻れなかった。
 咲夜が気を利かせてくれなかったら、いったいどうなっていたか。

 これは反則? いいえ、そんなことないわ。だってわたしはちゃんと甲
冑巨人のスウィングを受け止めたもの。〈霧の湖〉はマリィの武器じゃな
いのだから、どう捌こうとそれはわたしの自由だ。
 だいたい、咲夜はわたしの所有物なんだから、彼女をどう使おうがそれ
はわたしの行動に含まれる。マリィが巨人を従えるように、わたしはメイ
ドをこき使うのだ。分かり切っている事実だから、わざわざパチェに判断
を委ねたりもしない。それ以前に、誰も咲夜が動いたなんて気付かない。

 だからこうして、湖に墜ちたと思った次の瞬間には甲冑巨人の頭頂に立
っているのも、宵闇を征服する吸血鬼の力なの。
 みんなはきっと、なにが起こったのかも分からない。

 さて、今度はわたしのターン。いい加減にそろそろ、決着をつけてもい
い頃合いだろう。わたしは懐から一枚のカードを抜き出し、宣言した。

「不夜城レッド―――」

 両腕を水平に広げれば、躯の芯から灼熱が爆縮する。わたしを中心に、
紅の閃光が天地左右に広がった。十字型の太陽が闇を払う。
 放射熱だけでも、汗をかく程度ではすまされない、溶けてバターになっ
てしまう熱量なのだ。十字燃焼の中心でわたしと踊る甲冑巨人は、暖炉に
くべた薪のように炭に還る。いや、装甲に火膨れを起こして蒸発する。
 ダイエットするには好都合のサウナだ。


61 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 22:28:26
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごいやけっぱちな勢いでマリアベルが闘争する[ノイズキャンセラ]―

>>59>>60

 ルシファアの上に物体反応。
 見てみれば、上にちょこん、のレミィ。
 
 ――――工エエェェ(´д`)ェェエエ工ってどーみても咲夜の仕業ではないか気づけおぬしら
とゆーかパチェわかれパチェむしろホームタウンディシジョンとゆーやつなのかそうなのか!?
 ……まあ、別に構わんが。どのみち攻撃を受けることに変わりは無し。
 
 そして次なる攻撃、「不夜城レッド」とやらに晒されるルシファア――ってちと待て!
 前言撤回じゃ! そもそもこれでは防御も何もないではないか!
 いきなり懐に飛び込まれる術があってはどうにもならん!
 
 ……一次装甲ほぼ全壊、二次装甲にもダメージが!? あのルシファアにか!?
 いかに防御面に於いてアースガルズに劣るとはいえ、仮にもゴーレムの最高傑作と謳われる
このルシファアを、こうまでもか!?
 レミィ、侮りがたし……さしものルシファアも、膝から崩れ落ちて
 
 
 というのは   ウソじゃ。
 いや無論被害は甚大、されどレミィよ、その場に陣取った己の不明を今こそ悔いよ!
 
 
 「膝から崩れ落ちた」のではない、ただ体勢を落としただけ。不夜城レッドの終了を見計らってな!
 よしよしルシファア良い仕事じゃ!
 そしてこちらの手には――先ほど放り投げられ、、、、、、、そして掴み取った、、、、、一本の槍が!
 そう、槍はこちらにもある! そして槍とは本来――――
 
「ベリアル! パイルバンカーッ!」
 
 突いて使うもの、、、、、、、
 ベリアル腕部の爆発機構により打ち出される、高速の突きを! 足場を失ったレミィに向けて!

62 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 22:30:58

ルシファア・タイプマルドゥークvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>60>>61


 これはすごい! まさか、紅符「不夜城レッド」の直撃を受けて五体満
足でいられるなんて。対魔族仕様は伊達じゃないってことでしょうか。
 反撃も鮮やかです。レミリアさんの瞬間移動だかテレポーテーションだ
かを逆に利用して、足場を崩してしまいました。
 レミリアさん、無意味に高い場所に立ちたがったりするから、手痛い反
撃を食らってしまいましたねー。

  射出されたスピアーの直撃……いや、ぎりぎりで防いでいるわ。
  でも、足場のない空中だから勢いは殺せない。
  さっきと同じパターンね。スピアーを抱いたまま吹っ飛んでいくわ。


 そして向かう先は―――おおっと! またしても〈霧の湖〉です!
 一難去ってまた一難。どういう理屈でかぎりぎりで水死を免れたと思っ
たら、またしても流水直行コース。しかも今度はスピアーという錘つき。
 今度ばかりはさすがにご愁傷様ってところでしょうか。

  さっきからずっと吸血鬼の劣勢じゃない。
  終始押され気味。日光に当たらない連中なんて所詮この程度なのね。


 あー、いま着水しました。再び池ポチャです。馬鹿でかいスピアーのせ
いで、さっきよりも多めに水柱があがっています。
 ここで主審はカウントを開始―――い、いや、しません。主審はレミリ
アさんの〈死亡〉を認めていません。なぜならば―――

  またワープした?!

 あやや! 奇蹟再びです。ルシファアさんの頭のてっぺんに、またして
もちびっちゃい影が。レミリアさんが得意げに腕を組んで立っています。
 彼女には学習能力というものがないんでしょうか。というか、どうして
瞬間移動なんてできるんでしょうか。謎です。まったくの謎です。

  あの吸血鬼……いつの間にあんな能力を。

 凄い、としか言いようがありませんね。

  まったくね。これが夜族の力……。

 そしてここからはレミリアさんのターンです。ルシファアさんの頭頂か
ら二度目の攻撃。彼女は果たして劣勢を覆すことはできるのでしょうか。

  ルシファア対レミリア……この決着、読めないわ。


63 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 22:32:16

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごい勢いでレミリアお嬢様が闘争する[雑音消去]―

>>61>>62

「……少し遊びが過ぎたようね」

 グングニル、ドラキュラクレイドルに続いて、不夜城レッドまでも防ぐ
なんて。マリィはほんとに面白いおもちゃを持ってきてくれた。
 ここまで愉しませてくれたのだから、そろそろ遊びはやめて、本物の吸
血鬼の力というのを見せつけてやるべきだろう。
 ……そう、これからが本番だ。

 甲冑巨人の兜から張り出た角を軽く蹴り、空へと浮き上がる。高度をゆ
るゆると落とし、巨人の胸甲の位置で停滞した。
 打点はここでいいだろう。あとは位置だ。マリィが登場する甲冑戦車は、
甲冑巨人に守られるように後方で待機している。
 実に好都合。

「さあ、見なさい―――」

 わたしの中の蝙蝠がざわめき始めた。見開いた瞳に深紅の輝きを灯す。
 どこからともなくあふれ出した紅霧が、わたしの躯を抱いていく。
 鼓膜を震わせるのは騒々しい闇の羽音。外からではなく、裡から響いて
くる。わたしの中で、何千何匹という蝙蝠が翼を羽ばたかせている。

 ……世界よ、血色に染まれ。
 そして枯れ果てろ。

 これこそ、わたしが五百年の時を賭けて編み出した―――

「必殺シュートよ!」

 マスター・オブ・レッドサン。

 総身にみなぎる魔力も膂力もすべて右足にこめて、わたしは甲冑巨人の
胸甲を蹴り抜いた。空気抵抗の摩擦で炎上した右足が、シュートを決めた
と同時に炭化する。
 
 どうかしら。これが〈不死者の王〉の足技よ。

 ……マリィ、これはただのキックではないわ。
 あなたは知らないでしょうけど、この幻想郷には〈サッカー〉という遊
びがあるの。〈ゴール〉に〈サッカーボール〉をぶち込めば、勝利が得ら
れるという気品に富んだ遊技が。
 そしてこの場合、甲冑巨人が〈ボール〉で〈ゴール〉はあなた。
 そう、マリィ。あなたが〈ゴール〉なのよ。だから当然、蹴り飛ばした
〈ボール〉はあなたへと一直線に伸びていく。

 避けては駄目よ。しっかりと受け止めなさい。


64 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 22:33:15
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごいやけっぱちな勢いでマリアベルが闘争する[ノイズキャンセラ]―

>>62>>63

 ちょ、まっ「べ、べべべベリアル受け止めよベリアル!」ま、間に合った……か!?
 
 ――ギリギリ、受け止めの体勢を取り同時に車輪をいっぱいにブレーキング。
 それでも勢いは殺しきれずにざざざざと押し戻され……紅魔館にぶつかって止まった。
 ……って「紅魔館にぶつかって」ということは。
 
 ちらり、背後を振り返る。
 …………あー、僅かながらめり込んでおるな、やはり。
 まあレミィのやったことじゃし、気にせずにおこう、うむ。
 
 それよりもレミィじゃ! ゴーレムを蹴り飛ばすとは非常識にも程があるぞ!
 なんなんじゃあやつはほんとに!
 まったく、先ほどからわらわは驚いたり呆れたりと忙しいではないか……だーれも気づいておらぬが。
 ……なにやらほんとーにヤケになってきたぞ。
 大体おぬしのデタラメっぷりもいい加減見過ぎた、ならば、ちょっとやそっと派手にやったとて文句あるまい?
 
 
「――――ベリアル、アクセル全開じゃフルスロットルじゃそのまま走れ」
 
 命ぜられるまま、走り出すベリアル。ルシファアを抱えたまま。
 続いて、
 
「ルシファア――――踏み台にして飛ぶがよい、、、、、、、、、、、
 
 その勢いに乗じて、ルシファアを飛びだたせる。
 これとバーニアを組み合わせればしばらくは速度を稼げるじゃろう。
 そして、
 
「ルシファア、熱変換。先ほどのダメージを返してやれ。全てエネルギーに変換し……

 ――――全弾発射じゃルシファア! ビームフェンサーツインレーザーリップルレーザーサイクロンレーザー
 ホーミングレーザーホーミングミサイルスプレッドボムグラビティキャノンええとあと何があったか
 何でもよいから超高速飛び回って急旋回あっちこっち多角攻撃撃ちまくるがよいわらわが認めるッ!」
 
 
 相手の攻撃は避けるな? 知ったことではないわ! どーせわが友レミィはちょっとやそっとでは死なんのじゃろう
ならば撃って撃って撃ちまくれていうかいい加減無駄撃ちもし飽きたのじゃ何よりもうそろそろ本気で怒ってもよかろう
わらわは! 違うか!

65 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 22:33:53

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>64


 ……あー、またしてもレミリアさんの攻撃は通用しなかったみたいです。

  戦車のほうの巨人を加速装置にして、反撃に出る。見事な返しね。

 レミリアさん、劣勢のままです。
 どっちもダメージらしいダメージを負っていない……という点については
互角と言えるのかもしれませんが、アーミティッジさんがまともな手段で防
御しているのに対して、レミリアさんはなにかといんちき臭いですからね。
 レミリアさんの攻撃のことごとくを捌かれている上、サイズからして相対
比が桁違いなのですから、劣勢という印象をどうしても拭えません。
 そこにきてこのフルバースト攻撃。もう駄目なんじゃないでしょうか?

  駄目ね。駄目駄目ね。だって攻撃が通用してないもの。

 レミリアさんにも反則級の再生能力がありますから、テンカウントを迎え
るのは難しいかもしれませんが、もしこのままタイムリミットの明け方にな
ってしまったら、判定はどう考えてもアーミティッジさん有利です。
 
  ……ん? ちょっと見て。魔女がなにか―――

 あやややー?! どういうことでしょうか。ノーレッジさんがペナルティ
サインを出していますよ。レミリアさんに対して反則判定をくだしました。
 反則って、レミリアさんはちゃんとルシファアさんの攻撃をぼろぼろにな
りながら受け止めているように見えますが、なにがいけないのでしょうか。

  受け止めきっていないのが不服みたいね。

 つまり弾幕を全弾浴びろと?! これはかなり無茶な判定です!
 
  さっき弾幕避けてたのにセーフだったような……。

 ノーレッジさんの判定基準がいまいちよく分かりません! 理不尽にすら
感じられますが、主審の声は神の声。ペナルティによりレミリアさんは一回
休みとなり、もう一度アーミティッジさんのターンとなります。
 これは一気に不利になっちゃいますね。劣勢に劣勢が重なります。
 もはやレミリアさんに勝機はないのでしょうか!


66 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 22:35:17


マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
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 ―ものすごい勢いでレミリアお嬢様が闘争する[雑音消去]―

>>65


 爆風に煽られ、光線に射貫かれ、躯を再生させる端から破壊されてゆく。
 衝撃で地面に叩きつけられては跳ね返り、宙を泳いだところを撃ち落とさ
れた。過剰な弾幕が怒濤の破壊を延々と繰り返す。……ほら、今度は右腕を
吹き飛ばされた。一秒前に構築しなおしたばかりなのに。
 再生と破壊の速度が均衡し、わたしは生きながらに死ぬという奇妙な体験
をする。治しても治しても終わりが見えない。なんだか退屈だ。
 このまま再生を続けていれば、いつかマリィが息切れを起こす。甲冑巨人
の攻撃が出涸らしになるまで、わたしはじっと耐えていればいいだけだ。

 弾雨の中心にいながら、わたしの踊る相手は弾幕ではなく楽観だった。
 負けるつもりは微塵もなく、屈辱も覚えてはいなかった。……その自信は、
パチェから反則を通告されても揺るぎはしない。解説の天狗がどんなに私の
劣勢を煽り立てようと、それは同じだ。
 だって、この遊びはわたしという吸血鬼のためにあるのだから。〈吸血大
殲〉とは、わたしを愉しませるためのゲームなのだから。逆説的に、わたし
が不愉快を感じる展開になどなるはずがないのだ。

「反則、ね……。それはそれで、面白いわ」

 ふふ、と笑みをこぼした。崩れ落ちていた膝をゆっくりと立て直す。
 いつの間にか弾幕はやんでいた。わたしの躯も再生を終えようとしている。
 虚ろなまなざしで、甲冑巨人とその奥に立つ甲冑戦車を仰ぎ見た。

 さあ、マリィ。次はいったいどんな攻撃でわたしを愉しませてくれるのか
しら。まさかマスター・オブ・レッドサンまで防がれてしまうとは思わなか
ったけれど、そういう意外さがわたしは嫌いではない。
 マリィはわたしを驚かせてくれる。それはとても貴重なこと。こんなすば
らしい友人を持てて、わたしは幸せだ。

 ……だけど、そうね。
 攻撃されるよりも、攻撃するほうがわたしは好き。「面白い」ということ
にしてしまおうと思ったけれど、二回も立て続けにマリィにいじめられるの
は、実はあまり面白くないのかもしれない。 

「でもマリィが愉しんでいるのなら、それはそれで許せるわ……」


67 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 22:36:36
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
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>>65>>66

 ……反則、とな。それでもう一度わらわのターンじゃと、ふむ、そうか。
 ルシファアは全弾撃ち尽くし、残り兵装はベリアルの火炎放射のみか。
 なればこれを、浴びせてやれば良いのか……?
 
 ふと、レミィを見てみた。
 
 はっきり言ってダメージは無し。全て食らった上で再生済みか。
 なれど(よくわからんが)反則と見なされて、攻撃の手を与えられずただこちらを見つめるのみのレミィ。
 一方のこちらには、もう一度攻撃の権利が……
 
 ――すうっ、と、急速に頭の芯が冷える。
 されどこれは、冷静になったのではない、むしろ逆……本当の怒り、、、、、が、押し寄せてきた。
 
 
 ……権利。
 権利?
 権利じゃと!?
 
 な……何が権利じゃ!
 わけもわからずこの場に立たされて仮にも友人と思う相手と闘えとされて、それでも一応礼儀と思い、色々
と手を変え品を変え、されど死なぬ程度に探り探りで……なんであれそれなりに真面目に攻撃をしてみたと
言うに、向こうは無傷で実質ただの無駄撃ち! いや、それでも結局はあやつが「全力で遊びたい」だけじゃ
というのじゃからして、無駄でもやり合うこと自体はまだ別によい! しかしこれでは模擬戦でもないただの歪な
ルール(と呼ぶにもおこがましい!)に基づいた、妙ちくりんなレクリエーションもどき! まして今など、向こうは
攻撃したくともできない・こちらはしたくもない攻撃をせよと言われて! まったく、まったくこんなもの……

 茶番ではないか!
 道化ではないか!
 わらわは一体何のためにここにおる!
 ……なんなのじゃ、なんなのじゃ本当に!
 この理不尽さを、わらわは一体どうすればよいと!?
 
 
 ……ああ、もう。攻撃、攻撃せよと?
 はいはいわかった、そこまで言うならばしてやろうほどに。
 少し待っておれ。
 
 
 ベリアルをレミィに近づけさせつつ、鞄からノートを取り出し殴り書き、そのページを破り取って
くしゃくしゃと丸める。
 はい準備おーけー。いま攻撃するでな。
 こーやって……
 
 
 丸めたそのページを、レミィに投げつけ終了。
 ――そのページには、こう書いた。
 
 
『わがままレミィへ→このバカチン。まぬけ。やるならもっと徹底的にやれ』
 
 このような茶番、もううんざりじゃ。一緒に終わらせようではないかレミィ。

68 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 22:37:36

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごい勢いでレミリアお嬢様が闘争する[雑音消去]―

>>67

「咲夜」

 名を呼べば、メイドは一秒どころか一瞬すら待たせず背後に控える。
 マリィに投げつけられた紙くずを手渡すと、咲夜はうやうやしく受け取り、
丁寧に紙を開いた。いつもながらの冷静な声音で文面を読み取る。
 バカとかまぬけはこの際聞かなかったことにしておこう。パチェの口癖を
借りるなら〈ノイズ〉というやつだ。それより気になるのが……

 ―――やるならもっと徹底的に。

 眼前に佇立する甲冑戦車を見上げる。遠く頭上で、マリィが挑発的な、怒
りすらこもっていそうな視線でわたしを見下ろしていた。

 ……あの子はなにが気に入らないのかしら。あれは、この〈闘争〉を愉し
んでいる表情ではない。彼女はなにかに不満を覚えている。
 愉しんでいたのはわたしだけ? いや、それすらもあやしい。わたしはマ
リィの不機嫌そうな顔を見たせいで、急速に不安を覚え始めた。
 マリィも愉しんでいるから、わたしも愉しかったはずなのに。その前提を
覆すともう、なにが愉快でなにが不愉快なのか分からなくなってくる。

 わたしは再びメイドの名を呼んだ。

「咲夜、ペンと紙を持ってきなさい。そしてわたしが言った通りのことを書
くのよ。……そうね、書き出しは季語を入れたいところね」

「この状況で文通をするのですか」

「だって投げ返してやらないと……」

 咲夜は珍しく気が進まないようだった。長々とした挨拶は却下され、簡潔
に言いたいことだけを書くべきだとまで諭されてしまった。
 一文のみが記されたメモ用紙を受け取ると、わたしはマリィがやったよう
にくしゃくしゃに丸めた。空気の摩擦で紙くずを炎上させないように気をつ
けながら、操縦席らしき場所に座る友人に放り投げる。

 咲夜に書いてもらった文面は―――


『ぶたのようなひめいをあげろ』


69 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 22:37:53

>>67>>68

 この遊びを終わらせよう。それが、わたしの出した結論だった。
 彼女の不機嫌の理由がわたしには分からない。でも、マリィにあんな顔を
させてしまった以上、もうこの〈闘争〉は切り上げるべきだった。
 結果的に、それが彼女の望んだ「徹底的にやれ」というメッセージにも繋
がる。この遊びを終わらせるには、それがいちばん確実だ。

 ……いいわ、マリィ。こんなに愉しいのは久しぶり。だからあなたを特別
に、分類A以上の友人≠ニ認識することにしましょう。
 あなたのために、スカーレットの拘束衣(ドレス)を脱ぎ捨ててあげる。

「こんなに月も紅いから―――」
 
 拘束制御術式第三号(咲夜以外のぜんぶ)。
 拘束制御術式第二号(B型以外のぜんぶ)。
 拘束制御術式第一号(わたしをこわがらないやつぜんぶ)。
 ―――すべて開放。
 難易度ルナティック。スペルカード宣言による承認認識。〈闘争〉の完全
終了までの間、〈れみぃの好き嫌い〉限定の全解除を開始。
 続いて拘束制御術式第零号。パチェに施された最後の安全装置の強制解除
を確認。弾幕パターンを更新。「サーチ・アンド・ジェノサイド」に変更。
 見敵必殺! 見敵必殺!

「……あなたを本気で負かすわね」

 ―――魔符「全世界ナイトメア」発動。


 宣言と同時に、わたしの躯は輪郭を失いどろりと溶ける。レミリア・スカ
ーレットというかたちは夜から消え失せて、わたしが立っていた場所に、漆
黒に染め抜かれた汚泥の水たまりだけが残された。
 ……これが、わたしのスープだ。
 闇の泥水はぶくぶくと煮立ちながら、無尽蔵に湧き出し始める。水たまり
はたちまち池に変わり、池は湖へと変貌する。
 この闇は底なし沼。わたしのスープは浸されれば、溺れる暇もなく呑み込
まれる。「好き嫌い」という名の拘束制御をすべて開放してしまったから、
いまのわたしは吸血対象の選り好みなんてしないし、できない。
 わたしの泥に触れるものなら、貪欲に、はしたなく、草木も地面も夜空も
ことごとく呑み込んでしまう。

 ……ああ、憂鬱だわ。
 わたしは少食なのに。
 食べ過ぎたら、胃もたれを起こしてしまう。


70 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 22:39:05

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>68>>69


 じ、地獄です……。それ以外に形容のしようがありません。レミリアさんか
ら地獄が発生しました! 和気藹々としていた観戦ムードが一転して地獄に。
 地獄の釜からこぼれた煮え湯が、会場を恐怖で埋め尽くさんとしています!

 ああ……逃げ遅れたギャラリーが、泥に足をとられて呑み込まれていくわ。
 先ほどまで嬉しげにお弁当を広げていた猫の式神が、闇の津波であっという
間にさらわれてしまいました。キツネの涙まじりの絶叫が会場に虚しく響きま
す。誰も救いの手を差し伸べようとはしません。みな我先にと逃げ争います。

 あやや。向こうでは決死の反撃も虚しく、氷精が泥に引きずり込まれてしま
いました。観戦者のパニックをなだめようと自分たちの身の安全を無視して演
奏を続けていた騒霊三姉妹の演奏も、ついに途絶えてしまいました。
 門に昇って逃げようとした紅魔館の門番も、門ごと呑み込まれました!

 ……阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこのこと。レミリアさんはなんてことを
してくれたんでしょうか。このままではアーミティッジさんだけではなく、私
たち全員が彼女に取り込まれてしまいます。
 わ、わたしもこのままでは危ないです。早く空に逃げませんと―――

  ああ!

 ゆ、幽香さん!

  ……私としたことが、不覚をとったわ。

 幽香さんの足に……ど、ど、泥が―――

  すごい勢いね。もう膝まで沈んでしまった。

 い、いま助けます。だから手を―――

  やめておきなさい。あなたも一緒に呑み込まれるだけよ。

 私に幽香さんを見捨てて逃げろって言うんですか! 

  大丈夫、あなたの足なら逃げ切れるわ。

 幽香さん……。

  ほら、もう胸まで。私のことは諦めなさい。

 幽香さん!

  ねえ、お願いがあるの。
  私の代わりに、明日からあの向日葵畑に水をあげてくれないかしら……。


 幽香さんがあげればいいじゃないですか。あの花たちだって、私よりも幽香
さんに水撒きしてもらったほうが絶対に喜びますよ!
 だから諦めないでください。一緒に帰りましょう!

  頼んだからね……。

 駄目です! 幽香さん! 幽香さぁぁぁあああん!

  ……。

 そんな……。幽香さんが沈んでしまった。レミリアさんの泥に呑み込まれて
しまいました。う、嘘でしょう。だってあの人は幻想郷最強なのに!
 ど、どうしてこんなことになってしまったんでしょうか。私たちはただ〈闘
争〉を観賞しようと思っただけなのに、なぜこんなにも痛哭な悲劇を体験しな
ければいけないのか。私たちがいったいなにをしたと言うんですか!
 それとも、これが真の〈吸血大殲〉なんですか―――

 私たちはもしかして、とんでもない遊びを始めてしまったのでは……。


71 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 22:40:32
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごいやけっぱちな勢いでマリアベルが闘争する[ノイズキャンセラ]―

>>68>>69>>70

 阿鼻叫喚の地獄絵図――実況の天狗めの言葉通りの光景が、目の前に広がってゆく。
 レミィ、なるほど正に徹底的じゃが……しかしこれほどまでの隠し球を用意しておったとは。
 良くも悪くも、今日はおぬしに驚かされてばかりじゃ。
 
 ……ああ、我ながら冷静じゃのう。その「地獄絵図」のただ中にあって、特に恐怖も絶望もない。
 あるとすれば多少の清々しさ……じゃがまあ、これはあまり褒められん動機に由来するゆえ、努めて
押し殺す。いくら茶番に怒りを覚えておったとはいえ、な。
 されど恐怖もないのもまた事実。
 そして同時に、自身の理不尽さの正体のようなものにも、今更ながら気がついた。
 
 
 ――――何が地獄絵図か。
 「世界そのものへの破壊、災厄」に比べれば、この程度はどうということもない。
 問題ない。
 先ほどまでの茶番のほうが、よほど冒涜的とすら言えるのじゃから。
 
 そうじゃ、この茶番は正に「冒涜」じゃった。
 
 例えばスポーツならば、身体能力をただ手段にしたのみの、純粋なる「判定=ルール」の世界。
 わらわが見聞きした「弾幕ごっこ」とやらとて、それと大差はあるまい。
 他方、模擬戦であれば逆に勝ち負けではなく、シミュレートとしての「死んだか」「生き残ったか」を
やりとりするもの。決して「ルール」ではない。「本当であれば死んでいる」というやりとりのみ。
 そこには明確な「違い」がある。
 しかし今回のこれは、その「違い」を、境界線を踏み越えた。模擬戦以上に死を扱いながら、その実は
ルールにて縛り上げ……即ち、生死の扱いを冒涜した。
 ……別に、命のやりとりとやらにロマンを感じる趣味もないがな。
 ただわらわとて……大事な者たちを失くしてきておるゆえに。
 
 
 さて、思いにふけるのはこれくらいにしよう。
 わらわもそろそろ、答えを出さねば。
 
 ――ベリアルを最高速で退避させつつ、レミィからの「手紙」を広げる。ぶたのようなひめい、のう。
 ふふん、生憎とそんなものを上げるつもりはないなレミィ。残念じゃったのう。
 しかし……茶番を終わらせる程度に相応しい真似ならば、してやれる。
 これぞ正に、最後の手段。

72 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 22:41:11
>>71 続き

 おもむろに、命令用ヘッドセットをはずす。今度ばかりは「命令」出来るものではない。
 操作せねばならない。
 ゆえに鞄をまさぐり、入っておったはずのない、、、、、、、、、、、スイッチを取り出す。
 
 ほとんど同時に、がくり、とベリアルの動きが止まった。
 ……レミィの「闇」に、追いつかれたか!
 迷っておる暇は――と言いたいところじゃが、この場に於いてはいささかも迷っておらんな、わらわは!
 
 すぐさまベリアルから飛び降りる。
 飛ぶ、どころか滑空もままならぬこの身じゃが、ふんわりと着地する程度は出来る!
 そしてそのまま、紅魔館へ、図書館へと、いつぞやのように駆け出す!
 ふん、今度もまた追いつかれはせんぞレミィ!
 
 
 ……走りながら、スイッチを目の前に構える。いや、見つめる。
 
「…………すまんかったな、ベリアルにルシファア、こんな茶番に付き合わせた挙げ句、この結末とは。
 わらわも大概不出来な主であったが、許してくれ。
 そしてゆっくり……また幻想に戻って、休むが良いぞ」
 
 躊躇うことなく、スイッチを――「自爆スイッチ」を、ON。
 轟音が響くと同時に、手の中のスイッチもまた幻想に戻り……元のパーツの残骸へと、変じた。
 
 
 
 
 
 
 
 で、終わっては困るのじゃ。
 本当にこの茶番を終わらせるには、まず問い詰めねばならぬ奴がおるのでな。
 
 どこにと言えば、無論、図書館に。
  わ ざ と その門を盛大に音立てて開け、わらわは大声張り上げた。
 
 
「パチェ〜〜っ! どーせここにおるんじゃろう! おぬしの姿がいつの間にかおらんかったしな!
 さすがに今回ばかりはおいたが過ぎるぞ! どーするんじゃこの始末は!」

73 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/13(火) 22:42:22

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>71>>72


 ―――そうやってマリアベルさんが図書館の門を開いたとき、わたしは
ようやく最後の一冊を本棚に戻し終えたばかりで、ご主人様がここに戻っ
てきていることにすら気付いていませんでした。
 鼻息も荒く踏み入ってきたマリアベルさんを見て、わたしは首を傾げま
した。……お二人とも、外で仲良く遊んでいたんじゃなかったのでしょう
か。ご主人様なんて主審をやっていたはず。どちらも途中で抜け出してく
るのはまずいと思うんですけど。……あと、マリアベルさんはわたしが手
ずから修復したばかりの門を、そんなに乱暴に扱わないで欲しいですぅ。

 あ、みなさんお久しぶりです。
 わたしはこの大図書館で司書をやっているパチュリー様の使い魔です。
 今晩はご主人様の研究の後片付けに忙しくて、〈吸血大殲〉という遊び
にはまったく関われずにいたんですけど、どうもマリアベルさんの様子を
見る限り、留守番組で正解だったみたいですね……。

「ご、ご主人様ですか」
 
 マリアベルさんの勢いに押されて、わたしは慌ただしく答えます。

「ご主人様なら先ほど戻られて、本を読んでいますけど……」

 つまりいつも通りの場所でいつも通りに過ごしていて、わたしがわざわ
ざ説明することなんてなにひとつないということです。……マリアベルさ
んの口ぶりから察するに、ぎりぎりのところで逃げてきたみたいですけど。
 ご主人様は、そこらへんの要領はひとの三十倍ぐらい良いですから。

「―――マリィ、あなたがそこまで怒ってしまうなんて。どうやら今度ば
かりは、わたしの軽率さを詫びなくてはならないようね」

 背後から咳まじりの声が響いてきます。誰か、なんてことはわざわざ確
認するまでもなく、わたしの契約者のパチュリー・ノーレッジ様です。
 振り返ると、やはりというか、ご主人様が本に目を落としたまま何事か
を呟いていました。傍目からはひとりごとにしか見えませんが、あれでも
マリィさんに話しかけているつもりなのでしょう。

「あなたが感じたとおり、あの〈大殲ごっこ〉は完璧ではなかった……。
わたしは不完全なまま、あの恐るべき遊びを檻から解き放ってしまった」

 な、なにやら重々しい口調ですね。
 わたしは思わずごくりとつばを飲み下してしまいます。

「そ、それでどうするんですか……」

「どうって? 別にどうもしないけど」

 ……え、引いておいてそこで終わりですか。それはちょっとあんまりじ
ゃないでしょうか、ご主人様。

「あの〈闘争〉はマリィの勝ちよ。不完全な遊びだったとはいえ、ああい
うかたちで決着をつけることができた以上、勝者はマリィで決まりだわ」

「はぁ……」

 じゃあ、「マリアベルさんおめでとうございます!」で一件落着なんで
しょうか。……え、でも、外の被害とかそういうのは。

「それについては大丈夫。もうすぐ第二回戦≠ェ始まるから。より完璧
に近づいた〈吸血大殲〉が」


74 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/13(火) 22:42:49
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ものすごい勢いでレミリアお嬢様が闘争する[雑音消去]―

>>73


 ―――さすがのわたしでも、これは食いきれるか分からないわ。

 二体の巨人の大爆発のショックで、わたしは半ば強制的にひとのかたち
に戻らされていた。心なしか重いからだを引きずって、館に帰ろうとする。
 会場となっていた湖のほとりはわたしになぶられ、焦土の跡かはたまた
焼け野原と化していた。あれだけ騒がしかったギャラリーも、いまはひと
りも見えない。みんなどこへいってしまったのかしら。
 ……答えはわたしのお腹の中。

 でも、こんなにたくさん消化するつもりはない。できない。いくら食事
量の制御を切ったからって、大食漢に進んでなるつもりはなかった。

「とりあえず、これをどこかに処理しないと―――」

 ―――と、そのとき。
 ぶすり、と。
 わたしのお腹の内側から尖った穂先のようなものが突き出した。

 ……これは、なに。
 まるで傘の石突のようだけど。
 いいえ、そうじゃないわ。わたしだって日傘を毎日のように使っている
んだから、いまさら見間違えるはずがない。これは傘そのものだ。
 でも、どうして傘の先っぽがわたしのお腹から生えてくるのかしら。
 ……呑気に考え込んでいるうちにも、ずぶずぶと傘は伸びてゆく。

 穿たれたお腹の孔から、傘と一緒に声までこぼれてきた。


〈吸血大殲〉新ルール(パチュリー・ノーレッジ責任編集)

 ―――〈なりきり〉という新概念について。

〈なりきり〉とは、与えられた役を忠実に演じきることである。
〈吸血大殲〉と〈なりきり〉には密接な関係がある。
〈吸血大殲〉には〈原典〉というテキストブック的なものが多数存在し、
そこに載っている役を選びなりきる≠アとで〈闘争狂〉となる資格を得
ることも可能だ。この場合、役者は非吸血鬼でも構わない。

 つまり、吸血鬼でなくても〈なりきり〉さえすれば、〈闘争〉に参加で
きるということである。これが意味することが即ち―――



 そしてわたしのお腹から、花が―――


75 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 22:43:32

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」


>>74


 花が、咲いた―――。

 そう見えたのは私の気のせいでした。ただレミリアさんのお腹がぱんぱんに
膨らんだ挙げ句に破裂した様子が、開花に似ていただけです。
 あんなに小さな躯のどこにあれだけのスペースがあったのかは分かりません
が、レミリアさんの裂けたお腹からひとりふたりと呑み込まれた妖怪たちが飛
び出してきます。シュールな光景ですが、この調子だとたぶん全員いますね。
 いやー、消化されないでほんとに良かったです。

 で、肝心のお腹をこじ開けた当人はというと、胃袋から帰ってきたことを喜
ぶわけでもなく、向日葵の世話を任せたことを撤回するでもなく、真っ赤に塗
れた血傘を優雅にさしてレミリアさんと相対しました。
 ……あー、幽香さん。やっぱり生きていたんですか。しかしまた、なんとい
う派手な復活を。ノリノリ過ぎじゃないでしょうか。

 だいたい、吸血鬼でもないのにレミリアさんに手を出したらまずいですよ。
 しかもなんだか殺る気まんまんですし。いまにもデュアルスパークぶっ放し
そうな勢いですし。……い、いけません。そういうのは駄目です。それじゃあ
ただの喧嘩か殺し合いになっちゃうじゃないですか。
 決められた制約の中で愉しく遊ぶのが妖怪たちの取り決めで、今回の場合は
「吸血鬼のみが参加許可を得る」という厳しいルールがある以上、私たちは泣
きながら逃げまどうしかないんです。

  それは旧ルール。

 あ、聞こえていたんですか。

  ついさっき魔女がルールを更新したわ。
  吸血鬼になりきれば°z血鬼でなくとも参加可能って。


 ……意味が分からないんですけど。

  つまり、いまの私は吸血鬼ってこと。

 えーと、どこがでしょうか。

  見て分からないのなら、それはあなたの勉強不足。

 いつも通りの幽香さんにしか見えないんですけど。
 ……あ、いや、箒? 幽香さん、傘を持ってないほうの手に箒を握っていま
す。あの黒白魔法使いのものらしいですね。いつの間に盗んだんでしょうか。
 ……で、それが吸血鬼とどう関係あるのでしょうか。

  箒。向日葵。魔法が使える。最強。ついでに毒に詳しい。


76 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/13(火) 22:43:53

>>74>>75


  箒。向日葵。魔法が使える。最強。ついでに毒に詳しい。

 そういえば幽香さんは魔法も使えるんですよね。でも、毒に詳しいって……
確かに、どこぞの毒人形と仲はよろしいみたいですけど。
 それでどうして吸血鬼になれるんですか。

  そういう役があるって教えてもらったのよ。

 それ、ほんとに吸血鬼なんですか……。

  あなたにぴったりの役もあるわよ。

 え、ほんとですか?

  超スピード。

 おお、まさに私って感じですね。

  頭のいかれた弟がいるらしい。狗の餌。

 ……つつしんで遠慮させてもらいます。

 そう―――つまり、アーミティッジさんに代わって今度は幽香さんがレミリ
アさんの〈闘争〉相手を務めようってわけですね。
 気のせいか、幽香さんの笑みがいつになく眩しいです。参加できるのがそう
とう嬉しいみたいですね。レミリアさんも受けて立つご様子。お腹はとっくに
再生しています。この吸血鬼、どうしようもなく不死身ですね。

 ……でも、まぁそういうことです。
 ここからは第二回戦の始まりということです!

 あややー。蜘蛛の子を散らすように逃げまどっていたギャラリーも、ぽつり
ぽつりと戻ってきます。どうやら、新しい〈闘争〉に興味津々のご様子。
 ここまで期待されるとこの射命丸文も引き下がるわけにはまいりません。
 コメンテーターを無責任に放棄してしまった幽香さんに代わり、新たなゲス
トとしてはだしの氷精<`ルノさんを迎えて再スタートしたいと思います。

 いやー、チルノさん。それにしても大変でしたねぇ。大蝦蟇に続き、今度は
吸血鬼にまで食べられてしまうなんて。もしかしなくても、このまま食われキ
ャラが定着してしまいそうでとってもわくわくします。
 え? 「次はあたいにやらせろ」ですって?
 あははは、そう言うと思いましたよ。

 幽香さーん、お忙しいところすいません。ちょっとお尋ねしたいことがある
んですが、チルノさんに似合いそうな〈なりきり〉ってなんかありますか?

  勝利至上主義者。氷炎魔団の軍団長。
  男も女も関係ねぇ。強い奴が生きて弱い奴が死ぬんだよ!
  氷精だけだと半分だから、竹林の不死人も一緒に。
  二人一緒で一役。


 ……だからそれ、ほんとに吸血鬼なんですか。


77 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 22:46:51
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―ていうかもうどうでもいい―

>>73
(外野 >>74>>75>>76

「…………………………」

 ああ、あたまがいたくなってきた。
 おもわずひらがなでかんがえたくなるほどに、ずつうがいたい。
 けっきょくそともなにやらさわがしくなってきたし。
 まあどーせこのよーなことになるとわかって……
 
 いやいや気をしっかり持てわらわ。
 ここで意識を手放してしまってはいかん、最後の詰めなのじゃから。
 
「……パチェ、ちとそれ見せれ」
 
 なんか自分でも驚くほど口がぞんざいになっておるが、構わずその大殲ごっことやらのルールブックを
……ルールブックか、これ? まあよい、とにかく紐解いた。



2 名前:DIO投稿日:01/11/20 20:05
ヴァンパイア! ダンピール! 埋葬機関!
真祖の姫! 吸血殲鬼! WHO!
夜刀の神! 吸血姫! 最後の大隊!

最ッ高にハイってやつだッ!
今だ貴様等のような恐るべき馬鹿どもが存在していただなんてなァ!

ルールは以下だ。
・「カテゴリー」は「質問雑談スレ」になるだろう。もちろんもの凄い勢いで闘争するのも素敵だろうなァ。
・名無しの質問も歓迎する……友達になろうじゃぁないか……。
・「吸血鬼」に関わったもの「全て」に登場する「権利」があるッ!



以下省略




「……………………ええと、あのな、パチェ?」

 わらわは、めっきり疲れ切った口調で
 
「これ……読み物、フィクションと言わんか?」

 真実(たぶん)を、告げた。

78 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/13(火) 22:47:53

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>77


 静寂がわたしたちの大図書館を支配しました。
 あ、いえ。図書館が静かなのは当たり前ですし、静かであるべきなのです
が、そういった静けさとはまったく異質の、空気が凍りつくかのような沈黙
がこの場を満たしたんです。―――マリアベルさんのたった一言で。

 まずわたしは、精神的にも肉体的にも疲労の限界を迎えていそうなノーブ
ルレッドの彼女を見て、それからご主人様に視線を移しました。
 偉大なる図書館の魔女は、友人の言葉に反応を示しません。無視ともとれ
る態度で黙りこくっています。ご主人様のコミュニケーション能力なんて普
段からこの程度ですが、彼女の無言の中に、気まずさや気恥ずかしさといっ
た類の感情がちらちらと見え隠れします。
 
「えーと……」

 沈黙に耐えきれず、わたしは声を漏らしてしまいました。ですが言葉が続
きません。どうしてお二人とも押し黙ってしまうのでしょうか。
 マリアベルさんだって確信をこめて言ったわけじゃないんですから、ご主
人様が「そんなことないわ」と一蹴すればそれで済むじゃないですか。
 世の中には「無言の肯定」っていう言葉があるんですから、否定せずに黙
っているなんていくらご主人様でもこの状況でだけは勘弁して欲しいです。

 ―――ああ、なにか言ってくださいよぅ、ご主人様。こういう緊張に縛ら
れた沈黙が、わたしはいちばん苦手なんですから。「それはないわね」の一
言でさっさと片づけちゃいましょうよぅ。

 けど、ご主人様は最後までマリアベルさんに返事はしませんでした。
 ルールブック(なんですよね?!)を返してもらうと、それをいつものよ
うに手元には置かず、わたしへとずいと差し出してきます。

「え、わたしに? 今度はわたしに読めっていうんですか? そ、そんなの
無理ですー。難しくてとても読めませんよぅ」

「そうじゃないわ」

 ご主人様の口調は醒めきっています。

「それ、本棚に戻しておいて」

「……え?」

 戻すって。
 これはご主人様が研究中の文献じゃないですか。
 戻しちゃったら研究を続けられませんよ。

 わたしの戸惑いなんてどこ吹く風。ご主人様は呆気にとられるわたしを尻
目に、音もなく席を立ちました。そして、冷たい視線でわたしに告げます。
 もう休むからあとはよろしく―――と。

「え?」

 休むって、休むということでしょうか。

「……しばらく寝だめするから目覚ましはいらないわ。その間に片付けを終
わらせておきなさい。わたしが起きたらロケット開発の続きをするわ」

「え?」

 わたしやマリアベルさんの返事も待たず、ご主人様は寝室へと引っこんで
しまいました。わたしはその背中を呆然と見送ります。

 外でいったいなにが起こっているのか。マリアベルさんの指摘の真相は正
しかったのか。お嬢様たちはどうなっているのか。なにもかもが分からない
まま幕を閉じようとしていますが、今回は最後の最後まで部外者だったわた
しにも、ひとつだけ分かることがあります。

 それは、

 ―――いまこの瞬間、パチュリー・ノーレッジ様の中での〈吸血大殲〉は
終わりを迎えたということです。


79 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/13(火) 22:49:35
マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
 ―だったような気がしたが気のせいじゃった―

>>78

 ………………呆然と立ち尽くすは小悪魔のみにあらず。
 いやまー、パチェの素っ気なさはよく知っておるし、今更あやつに怒りも何もないが。
 (というより暖簾に腕押しじゃろう……)
 
 わらわが立ち尽くす理由はそれではなく、ただただ疲労感のみによるもの。
 もっとも「当然じゃろう」と声を大にして主張したくもあるが、無論そのような気力すらもなく。
 
「……何のために真面目に戦っておったのじゃろう、わらわは…………」
 
 パチェの妙な発見から発展して、
 気がつけば大盛り上がり大会で、
 わらわもどうにか応戦して
 されどどうにも乗り切れずに←ここ重要、今から思えば
 久方ぶりに心から怒って
 レミィ焚きつけて
 ゴーレム自爆させて
 パチェ問い詰めて
 
 その答えが、ただフィクションのものに踊らされておっただけ……?
 実在するものでなければ、ああ、歪さもさもありなん、か。
 しかし……
 
「疲れた。ほんっとーに疲れた……」
 
 外は相も変わらず騒がしい。
 とゆーより、なんじゃ、楽しそうな気さえしてきたぞおぬしら。
 なんだかんだで楽しい遊びを見つけてしまったか?
 よかったのうレミィ、うんうんよかったよかった。
 
 
「小悪魔、わらわも帰って寝る……レミィによろしく言っておいてくれ」


 とぼとぼ。足取り重い。
 扉もせいぜい身体が通る程度にしか開ける気せん。
 そして棺に辿り着いたが最後、ほとんど倒れ込んだ。
 
 
「アカ〜アオ〜、蓋、してくr………………Zzz……………………」

80 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/13(火) 22:50:32

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

>>79

 ……どうしましょう。ご主人様に続いて、今度はマリアベルさんまで図
書館を後にしてしまいました。肩を落とし、小さなからだを引きずるよう
にして自分の部屋へと帰っていきます。つまり、ノーブルレッド城へと。
 なにか声をかけるべきだったんでしょうが、その後ろ姿があまりにも痛
々しかったため、わたしは黙って見送ることしかできませんでした。
 
 マリアベルさん、お気持ちは分かりますよ……。
 マリアベルさんはわがままなように見えてとても気配りがじょうずな方
ですが、幻想郷というのは真面目なひとほど疲れる世界なんです。
 わたしもご主人様に召喚されたときから今日まで、何度荒波に揉まされ
たことか……。ああ、思い返すだけで疲れてきます。


 そして気付けば、わたしは図書館で再びひとりぼっちになっていました。

 いつの間にかご主人様が戻ってきていて、それから嵐のようにマリアベ
ルさんが飛び込んできて、深刻そうで気の抜ける会話を交わした後、お二
人とも自室へと去っていってしまいました。

「えーと……」

 反応に困る。とても反応に困ります。
 まったくもってわけが分かりません。
 大図書館を揺るがすほどの騒ぎが外では始まっているみたいですが、ご
主人様は主審でマリアベルさんは参加者のはずです。
 放っておいていいんですか。ていうか、いったいなにが行われているん
ですか。この震動はちょっと冗談で済みそうにありませんよ。爆音とか轟
音も凄まじいですし、やけにハイテンションな哄笑まで響いてきますし。
 なんか怖いです! とにかく怖いです!

「ひとりぼっちにしないでくださいぃ」

 わたしはご主人様から渡されたルールブック(のようななにか)を本棚
に戻すと、逃げるように図書館の奥へと羽ばたいていきました。

 寝るってずるいなぁ……。
 わたしは今日も図書館から離れられません。


81 名前: ◆DEVILn5XUg :2008/05/15(木) 02:58:55



「あはははは! 絶対にいじめてやるわよ、吸血鬼スカーレット・デビル!」

 ―――日傘の石突がわたしの脇腹を抉り、鮮血をしぶかせ、

「くく、ははははは! もう我慢できないってわけか、ひまわり女フラワーマスター!」

 ―――わたしの爪が彼女の胸を切り裂いて、花びらを散らす。


 ああ、なんて愉快なのかしら。
 胸が高鳴ってしかたがない。心が躍ってしかたがない。
 我慢しようとしても、次から次へと笑いがあふれ出す。
 わたしはいま、愉しんでいた。
 どうしようもないほどに愉しんでいた。
 ……マリィにはあとで謝らなくてはいけない。
 わたしは分かっていなかった。わたしは気付くことができなかった。
〈闘争〉のなんたるかを。〈闘争狂〉が為すべき役目を。
 わたしは学ぶ。スカーレットは知る。

 この昂揚こそが、吸血大殲なんだと。


82 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/15(木) 03:00:40

レミリア・スカーレットvsひまわり少女マジカルアンバー
Prologue 1/9


 侮っていた。相手の力量を見誤っていた。癪だけれど、そのことについては
素直に認めざるを得ない。このいけ好かないひまわり女は本物だ。
 マリィが喚んだ巨人を二体も相手にした直後で、わたしはほんの少しだけ慢
心していたのだろう。あんな規格外なおもちゃに比べれば、陽光を浴びない日
照り妖怪なんてものの数にも入らない。さっさと折って畳んで湖にでも突き落
として、お茶でも飲もう。―――そう考えていた。

 ひまわり女は足が遅い。
 動きも鈍い。
 鈍足の極みだ。
 相手にならないわね、とわたしは嘲笑した。
 吸血鬼の超常のスピードの前では、ひまわり女の動きは停滞しているも同様
だった。近づいてしまえば、まばたきすらさせずに花を散らせてみせてやる。
 ……近づければ、の話だ。
 彼女は確かに足が遅い。わたしの目から見れば、あくびがこぼれてしまうほ
どにのろまだ。でもそれには理由があった。彼女はそれで良かったのだ。
 ―――マジカルアンバーに疾さなんて必要ないから。

 ……まさか、このわたしが近づくことすらできないなんてね。

 ひまわり女は夜だというのに日傘をさして、優雅に佇む。わたしのお腹を内
側から切り開いたあの日傘だ。
 まるで散歩の最中のような立ち振る舞い。〈闘争〉の場にも関わらず、泰然
と立ち尽くす有り様に、わたしは強者の威風を感じずにはいられなかった。
 
 信じがたいことだけれど、彼女は〈闘争〉が始まってからまだ一歩も動いて
いない。このスカーレットデビルを相手にして、要塞の如き迎撃の姿勢を崩そ
うともしないのだ。……そしてわたしが自慢のスピードと怪力で近づこうとい
くらあがいても、距離を詰めるどころか開かせてしまうばかりだった。
 近づけない。あいつに近づけない。わたしが得意とする格闘戦に持ちこむこ
とすらできない。逃げられているわけじゃないのに。あいつはまったく動いて
いないのに。―――わたしはひまわり女に近づけない。

「わあああああ!」

 スペルカード宣言なしに錬成したグングニルを抉り込むように投擲した。
 わたしの神槍は射線を遮る不愉快な花々を灰にして、ひまわり女のふところ
へと繋がる道筋を作ってくれるはずだったが、日傘を盾のように使われただけ
であっさりと防がれてしまった。……やはり、駄目か。
 
 単純な火力や破壊力では、ひまわり女に圧倒的な分がある。この距離では相
手にならない。なんとか近づいて、格闘戦に持ちこまないと。
 このままでは嬲り殺しだ。


83 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/15(木) 03:01:16

レミリア・スカーレットvsひまわり少女マジカルアンバー
Prologue 2/9


 でも、遠い。あまりに遠い。
 わたしとひまわり女の相対距離は五十メートルほどだけど、体感距離はその
千倍もある。走れば一秒もかからないはずの距離が、無限に思えてしまう。
 地上を駆ければ獰猛な花たちの壁に立ち塞がられる。飛べば極太の魔砲に撃
ち落とされる。このひまわり要塞は鉄壁だ。堅固な守りが、途方もない距離感
を演出している。絶望的な遠さをわたしに体感させる。

 ―――この距離を、ゼロに縮めるためには。

「どうするのかしら」

 ひまわり女は日傘で目元を隠し、三日月型に歪めた唇だけを見せつけた。

「どうする。どうするのかしら。私はここにいるわよ、吸血鬼スカーレット・デビル

 ……あいつがわたしを見る目が気に入らない。
 あの見下しきった目が気に入らない。

「倒すんでしょう。私をいじめるんでしょう? 勝機はいくらかしら。千に一
つかしら。それとも万にひとつ? 億か兆か、それとも京か」


「……それがたとえスキマの彼方でも、わたしには十分すぎるわ」

 ―――往くしかない。

 もう何十度目になるか分からない正面突破の試み。土を蹴り、空気の壁を突
き破って駆け抜けた。向かう先には緑髪の魔人が悠然と立っている。

 わたしとひまわり女の間には、何千何万という花が咲いていた。ひまわりに
限らず、色とりどりの鮮やかな花々がみつしりと咲き誇っていた。
 これがマジカルアンバーの城壁。全世界ナイトメアで焦土にしたはずの空き
地を、彼女は太陽もないのに回復させてしまったのだ。

 花の一本一本は取るに足らない存在だ。いくらひまわり女が自由に操れると
はいえ、わたしの敵ではない。……けど、ここまで高密度に密集し、いくら焼
き払っても際限なく咲いてくるとなると、どうしようもなく手こずらされる。
 少しでも動きを止めると即座にひまわり女が狙撃してくるから、わたしは花
畑という名の固有結界の外周を飛び回ることしかできなくなってしまう。
 この花の城壁こそがひまわり女の武器だった。どんなに無謀でも、この城壁
を突破しなければあいつと対等な〈闘争〉には持ち込めない。この花の軍勢を
蹴散らさなければ、あの不愉快な笑みをやめさせられはしない。
 ―――だから往くしかない。

 咲夜のナイフのように尖らせた両手の爪を、縦横無尽に振るいまくる。
 ホトケノザの絨毯を土ごと抉り、花びらを広げて待ち受けるエゾスカシユリ
を茎から断ち落とした。鬱陶しいヒガンバナは噛み千切る。
 足は決して止めない。花に囲まれ夜空が隠れた。花に包まれ地面が隠れた。
それでもわたしは立ち止まりも引き下がりもしなかった。
 ただひたすらに前へ。あのひまわり女のもとへ。
 時には花と花の間を縫うようにして、時には花畑の宝石たちを鉤爪という鎌
で収穫するようにして。―――わたしは駆け続けた。
 もっと前へ。
 前へ!


84 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/15(木) 03:02:21

レミリア・スカーレットvsひまわり少女マジカルアンバー
Prologue 3/9


 ―――そして、わたしの躯から鮮血の花が咲いた。

「な……」

 鮮血だけではなかった。比喩ではなく、わたしの躯から花が咲いている。
 ……これはシマネキ草の花。剣弁が刺々しい血色の花が、わたしの皮膚を突
き破って月を仰いでいた。そんな、いつの間に種子を植えられたの。
 戸惑いが動きを鈍らせる。シマネキ草なんていくら植え付けられても死には
しないけど、肉体への損傷は深刻だ。蔦が内側から肉を食い破り、根が血液を
吸い上げる。茎を引っ掴んで根ごと毟り取り、躯を再生させるまでに一秒もか
かった。……その一秒を、ひまわり女は見逃さない。

「……被子植物門双子葉植物綱バラ目アジサイ科アジサイ属。全長182センチ、
重量5キログラム。狂咲『紫陽花乱舞』―――パーフェクトよ、エリー」


 回避のしようがない紫陽花の集中弾幕が全身を切り刻む。こうも次から次へ
と攻撃されたら再生が追いつかない。ついにはわたしも失速し、地面に膝をつ
いてしまった。わたしを取り囲む紫陽花が、けたけたと花びらを揺らす。

「どうしたのかしら、吸血鬼スカーレット・デビル

 ひまわり女は、血を流すわたしの傷口に熱っぽい視線を送った。

「調子はどう? 満身創痍みたいね。爪が割れちゃっているわよ」

 彼女の余裕は崩れない。当然だ。こいつはまだ、一歩だって動いていない。

「それで、どうするのかしら。あなたは肥料なのか、それとも吸血鬼か」

「―――それがどうしたって言うの、お日様女」

 わたしの返答に、彼女はひゅうと息を呑む。

「まだ爪が割れただけ。それもすぐに治る。安全地帯に引きこもって勝ち誇っ
ている暇があるのなら、たまにはあなたからかかってきたらどう」

「あら、まだそんな生意気を言う余裕があるのね」

「そこにいたいならいればいい。だったらわたしが殴りに行くから」

 わたしの啖呵がよっぽど気に食わなかったのか、もしくはその逆か。ひまわ
り女はすっと目を細めると、今までとは別種の酷薄な笑みを口元にたたえた。

「素敵……。これだから強いものいじめ≠ヘやめられない」

「言ってろ」

 言葉を血反吐と一緒に吐き捨てたときには、わたしの輪郭はすでに失われつ
つあった。ひまわり女がわずかに目をすがめる。無理もない。いま、わたしの
躯は徐々に紅の霧へと変わっている。今まで躯ひとつでしつこく突撃を繰り返
していたのに、ここにきて変身能力を使ってくるとは思わなかったのだろう。


85 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/15(木) 03:05:03

レミリア・スカーレットvsひまわり少女マジカルアンバー
Prologue 4/9

 
 わたしの存在密度が希薄になっていく。
 夜にわたしが拡散していく。
 闇を侵食する紅の霧。
 霧の奥からきーきーと甲高い鳴き声が響いた。わたしを構築する暗黒の子供
たちが騒々しく羽音を立てる。レミリア・スカーレットの肉体が薄れて透き通
ってゆくたびに、子供たちは濃くなっていった。
 ついには紅の霧すら取り払われる。
 いまやわたしの幼き姿はどこにもなく、マジカルアンバーが睨むのは暗黒に
飼い慣らされた蝙蝠の軍団だ。満月より紅く、夜よりなお暗い深淵の闇たちだ。
 その数は百万をゆうに超える。
 真夜中に咲き誇る血染めの花畑と比しても遜色のない総数だ。

 わたしの意図を察してひまわり女も笑った。顎を持ち上げ、嬉々とした表情
でわたしの号令を待っている。……ああ、こいつほんとに嫌いよ。なにが嫌い
って、真昼の妖怪の癖してわたしと嗜好が面白いまでに一致しているところが
嫌い。わたしがなにを求めてなにを為さそうとしているのか、完全に理解しな
ければこうまで清々しい笑みを浮かべられるはずがない。
 彼女は知っているのだ。わたしが戦争を始めようとしていることを。
 彼女は期待しているのだ。彼女の花とわたしの蝙蝠。ふたつの大軍が正面か
らぶつかり合い、奪い合い、殺し合い、戯れ合うことを。

 そう、これから始まるものこそが本物の〈闘争〉。
 これこそが〈吸血大殲〉!

「―――往くわ」

「来なさい―――」


 紅蝙蝠「ヴァンピリッシュナイト」 


 百万の蝙蝠が一斉に羽ばたき、ひまわり女の花畑を食い尽くそうと襲いかか
った。あまりの数に夜空が紅く見えるほどだ。握り拳程度の体躯には不釣り合
いな長牙を剥いて、花弁を葉を茎を手当たり次第に食い千切る。
 しかし、花も黙って乱獲されているわけではない。雲霞の如く群がる蝙蝠た
ちを己の身で迎撃する。弾幕を張り、片っ端から撃ち落としていった。

 わたしはベジタリアンではないから、味気ない花なんかを食べても満足はし
ない。わたしの目的はただひとつ。いけ好かないひまわり女の首筋のみ。
 そのために蝙蝠の軍団を進軍させる。
 この百万の紅蝙蝠の一匹一匹すべてがレミリア・スカーレットだ。わたしの
意思で飛翔し、わたしの思考で牙を剥く。
 ……だから全滅してもいい。ことごとく撃墜されてもいい。たった一匹のわ
たしが花の城壁を突破して、ひまわり女のふところへと辿り着けるなら、九十
九万九千九百九十九匹のわたしを犠牲に捧げよう。

 そのために前へ。
 もっと前へ!


86 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/15(木) 03:08:59

レミリア・スカーレットvsひまわり少女マジカルアンバー
Prologue 5/9


 花畑の迎撃は苛烈を極めた。散らしても散らしても、ひまわり女の花は次か
ら次へと無尽蔵に咲き誇る。数秒で成長を終え、わたしの蝙蝠を撃ち落とす。
 裡なる闇をすべて出し切ってしまっているわたしはそうもいかない。この百
万の軍勢で打ち止めだ。援軍は来ない。斃れれば闇に還るだけで再生しない。
 花畑が新生を繰り返して総数を減らさない一方で、わたしの大軍は瞬く間に
やせ細っていった。すでに半数が墜ちている。
 ……総力戦でも勝ち目がないなんて。
 認めざるを得ない。距離を離している間は、このひまわり女は無敵だ。
 だから前へ。
 もっと前へ!
 これがおまえの間合いならば、わたしは翔び、わたしは馳せ、この爪と牙が
届く距離まで近づくのみ。そのために前へ。もっと前へ!

「わあああああああ!」

 十万の蝙蝠のあぎとから、〈ハートブレイク〉の閃槍が同時に撃ち出される。
灼熱が地面を舐め、花畑を炎上させた。―――その炎を養分にして、新たな花
が開花する。時計を早回ししたかのような急成長の余波で、わたしの炎が潰さ
れてゆく。紅蝙蝠が呑み込まれてゆく。
 劣勢も極みを迎えた。わたしの軍団は全滅しつつある。……けど、わたしは
進軍をやめない。立ち塞がるサイサリスをねじ伏せ、ゼフィランサスを蒸発さ
せ、デンドロビウムに体当たりをしかけた。

 この戦争≠フ帰趨がとうに決していることくらい、わたしだって充分に承
知している。いまや紅蝙蝠の軍勢は百万に程遠く、紅の霧は晴れつつある。
 ……強い。彼女はあまりに強い。宵闇すらも花で支配してしまうあのひまわ
り女は、まさしく幻想郷最強の〈闘争狂〉に違いない。
 あれこそは神社の階段よりなお高く、咲夜が淹れてくれたお茶よりもなお熱
いこの〈闘争〉最後の難関だ。―――そして、だからこそ〈不死者の王〉は挑
む。あいつを負かしたときこそ、始めて〈吸血大殲〉は完成するから。

 ああ……わたしはいま、分かった。
 この瞬間、始めて〈吸血大殲〉を理解した。
〈闘争〉のために〈闘争〉を為すのが〈吸血大殲〉なんだ。
 それが理解できなかったから、マリィとはうまくに踊れなかった。本当の意
味で愉しむことができなかった。
 ……彼女には謝らなくてはならない。わたしはあのとき、〈吸血大殲〉のな
んたるかを理解していなかった。次こそは、もっとじょうずにマリィと〈闘争〉
できるはず。―――そう信じて、わたしは馳せた。

 行く手にそびえるひまわり女は、悠揚とわたしを見据えつつ、ガーデンの貯
蔵を解き放つ。百、千、万―――百花繚乱に咲き誇りながら、大地に展開する
花々の大群。その色彩の豊かさがわたしに、はるか過去に背を向けたはずの昼
の情景を回想させた。……そう、この女は昼そのものなのね。

 気付けば自分の足で走っていた。蝙蝠の躯から、いつの間にかレミリア・ス
カーレット本来の姿へと戻っている。他の紅蝙蝠は一匹も見当たらない。わた
しを残して全滅したのだろう。……最後まで果敢に立ち向かった子供たちを弔
ってあげたかったけど、だからこそ立ち止まれない。いまわたしが前に踏み出
すこの一歩こそが、墜ちていった紅蝙蝠たちへの哀悼となるのだから。


87 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/15(木) 03:13:19

レミリア・スカーレットvsひまわり少女マジカルアンバー
Prologue 6/9


 ひまわり女が呆れ顔でなにか言っている。猪娘だとか馬鹿のひとつ覚えとか、
そんな意味合いだとは分かるけど、よくは聞こえない。聞く気もない。
 聞こえるのはただ……心臓の鼓動。胸の高鳴り。いまならばこの興奮も理解
できる。―――この胸の昂ぶりこそが〈吸血大殲〉への誘いなのだと。

「マリィ……〈闘争〉は素晴らしいわよ」

 ひまわりの種の弾雨が総身を蹂躙する。肉が破裂し、骨がこそげた。四肢が
吹き飛び、わたしはわたしの躯をなくしてゆく。―――だけど、止まらない。
 闇に還っていた子供たちが、わたしの再生を促す。
 花畑の中心は近い。待ち受けるひまわり女は、もうすぐ目の前に立っている。
あと一歩。この踏み込みをもって、わたしの進軍は完成する。
 マジカルアンバーが目前まで迫った。
 堅固な微笑みが視界いっぱいに広がっている。
 ようやく近づけた。
 これはわたしの間合いだ。

「これで―――」

 振りかざした右手の爪が月光を反射させた。

「枯れなさい!」

 ……そうして勝利を確信した絶頂の瞬間に、敗北は訪れた。

 振りあげた腕がびくとも動かない。ひまわり女の笑みに突き立ててやるはず
だった爪が微動だにしない。腕だけではなく、わたしの躯そのものが身動きを
封じられていた。―――全身に絡みつく頑強な荊の縛めによって。
 荊の棘が肌を破り、肉に食い込む。まるで鉄鎖だ。吸血鬼の膂力をもってし
ても引き千切れないなんて。荊の鎖は完全にわたしの自由を殺していた。

「創世の土≠ナ育てた混沌の薔薇たちよ」

 ひまわり女は笑みを崩さずに口を開いた。

「わたしの花たちの中でも、飛びきりの生命の密度を誇っているの。そう簡単
には千切れないわ。……惜しかったわねぇ。あと少しだったのに」


 くすりと笑って、ひまわり女はわたしの胸に突き立てた日傘をさらに深くね
じ込んだ。せっかくここまで近づいたのに、わたしの爪は届かずこいつの日傘
がわたしを貫いていた。マジカルアンバーの果てしない霊力と魔力が、日傘を
通してわたしの心臓に直接響いてくる。
 ……つくづく、途方もない女ね。

 視界が霞む。ひまわり女の顔が二重に見えた。……いや、違うわ。そうじゃ
ない。錯覚ではなく、彼女は間違いなく二重に存在している。

 ―――なんてことかしら。わたしは思わず息を呑む。いつの間にかマジカル
アンバーのダブル≠ェ、オリジナルの横に立っていた。
 二重存在。……分身できるとは聞いていたけど、まさかここに来てジョーカ
ーを切ってくるなんて。こいつ、本当にこの遊びが気に入ったのね。

 ひまわり女のダブル≠焉Aオリジナルとまったく同じ表情でにっこり笑う
と、わたしの胸に日傘を突き立てた。荊の縛鎖に捕らえられ、二本の日傘で胸
を貫かれる。……あまりにも無惨な自分の姿には、自嘲すら湧いてこない。


88 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/15(木) 03:16:38

レミリア・スカーレットvsひまわり少女マジカルアンバー
Prologue 7/9


「あなたがわざわざ分身までしてくれたってことは……」

「ええ、きれいに消し飛ばしてあげるわね」

 ―――デュアルスパークの零距離射撃。

 あの大砲を二発も直撃させられたら、さすがに再生の余地なんてない。
 認めたくないけれど、これは……わたしの、負け、かしら。

 日傘が魔力を帯びて発光してゆく。わたしは胸に突き立つ二本の蕾を静かに
見下ろした。……不思議と悔しさはない。傷だらけの躯から感じるのは心地よ
い疲労だけだ。全力で闘って全力で負けた。その事実だけでお腹いっぱいだ。

「……あーあ。あなたを殺してやりたかったのに」

「私もあなたを泣かしたかったわ」

「誰が泣くか」

「分かってる」

「さっさと撃てば」

 二人のひまわり女が何事かを呟いた。臨界点を突破した魔砲の発動によって、
声は彼方へとかき消される。唇の動きを見る限り、なにか別れの言葉を口にし
たのだろう。興味はない。わたしは光の奔流に包まれて、ゆっくり瞼をとじた。
 超弩級の魔砲二発同時発射の前に、わたしは消滅を迎える―――

 ……はず、だった。

 だが、轟音は足下よりはるか下を通り過ぎていった。魔力の胎動が総身を舐
めることもなく、再生が追いつかないまま躯が蒸発することもない。
 それどころか、胸を穿つ二本の日傘も、全身を縛る荊の鎖も、いまはわたし
を傷付けていなかった。わたしは完全に解放されていた。自由だった。
 なにが、起きたのか。
 自問する必要はない。答えは分かり切っている。―――魔砲を撃ち込まれる
直前に、助けられたのだ。ただの一瞬で、わたしの絶体絶命が帳消しにされて
いた。こんな反則じみた真似ができるのは、幻想郷でもひとりしかいない。

 わたしの耳元で、ぱちりと懐中時計が閉じる音がした。

「咲夜!」

 瞼を開けると、わたしは二人のひまわり女を眼下に、宙に浮いていた。
 スカートの裾を翻し、両腕で恥ずかしげもなくわたしをお姫様抱っこをして
いるのは、紅魔館のメイド長。わたしのためだけの従者。……十六夜咲夜。
 ―――どうして、あなたがここに。
 なぜ、来てしまったの。
 これはわたしとひまわり女の〈闘争〉なのに。純粋たる一対一を愉しむ遊び
なのに。あなたが加わってしまったら、わたしの面目がたたないじゃない。
 帰れと言った。紅魔館に戻って、わたしを待っていろと命令した。
 ……咲夜がわたしの言いつけを破るなんて。


89 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/15(木) 03:18:50

レミリア・スカーレットvsひまわり少女マジカルアンバー
Prologue 8/9


「帰りなさい咲夜……。こんなことをされたら、わたしはあのひまわり女に嗤
われる。馬鹿にされる。そんなのは耐えられない。……だから帰りなさい」

 わたしを置いて。わたしを残して。―――帰りなさい。

 咲夜はいつもの怜悧な瞳でわたしを見下ろす。彼女がどう答えるかは分かり
切っている。わたしの命令に背くはずがない。わたしに忠実にあることが、十
六夜咲夜の悦びなのだから。―――そして彼女は唇を小さく動かした。

「いやですわ」

「咲夜……!」

 叱責が喉までこみあげる。しかし、それが声として発せられるはやく、地上
から夜気を揺るがす大音声が響いた。

「このまま紅魔館に帰ったら!」

 見れば、無謀にも二人のひまわり女に格闘戦を挑んでいる人影があるではな
いか。燃えるような赤髪をなびかせ、緑の衣装に身を包むあの姿は。

「私たちは私たちでなくなってしまう。紅魔館のメイドでも門番でもなくなっ
てしまう。ただの茶葉が詰まったティーパックになってしまう!」

 ―――わたしの館の門番。
 呆気にとられずにはいられない。彼女まで来てしまったと言うの。

「華人小娘″g美鈴が守るのは、主のいない館ではなく、主がいる館なんで
す! 咲夜さんが仕えるのは、誰よりも強くて美しいお嬢様だけなんです!」

「あなたたち……」

 わたしが声を震わせている間にも、門番は積極的に攻撃を仕掛ける。裂帛の
気合いをもって放たれた崩山彩極砲が、ひまわり女の胴体をぶち抜いた。
 ……けど、それはダブル≠フほうだ。

「あらあら」と笑いつつ、残ったオリジナルが日傘を横薙ぎにする。その動き
に応じて、咲夜のナイフで切り裂かれた混沌の薔薇≠ェ門番に襲いかかった。
 門番は慌てて後ろに跳び、荊から逃れる。……それは悪手だ。距離をあけて
しまえば、ひまわり女は百花繚乱の城壁に閉じこもる。そうなってしまえば、
手も足も出ないことはわたしが身をもって証明した。
 門番はたちまち花々に囲まれてしまう。

「見なさい、咲夜。あのひまわり女は尋常じゃないの。いくらあなたや門番が
来てくれたところで、勝てるというわけでは―――」

「私と美鈴?」

 いいえ、それは違いますわ。咲夜はわたしを抱いたまま静かに首を振った。

「……あの妖怪が挑んだのは紅魔館です。あの妖怪と戦うのは、紅魔館です。
ならば、紅魔館の名を背負うのは私たち三人だけ、というわけにはいきません
わ。私も戦います。美鈴も戦います。そして―――」

「まさか……」


90 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/15(木) 03:21:41

レミリア・スカーレットvsひまわり少女マジカルアンバー
Prologue 9/9


 その時、花畑は壊れた。
 ひまわり女の鉄壁の城塞が一瞬にして駆逐された。
 音もなく消滅した。
 これにはさしものマジカルアンバーも目を剥いて驚いた。
 それもしょうがない。
 彼女だけではない、わたしも門番も驚愕している。
 咲夜だけが涼しげな笑みを浮かべて大地を見下ろしていた。
 ……わたしが百万の軍勢を引き連れてもたった一匹しか通ることができなか
った花畑が、抵抗の余地すら与えられず完膚無きまでに破壊された。
 その事実に呆然とするひまわり女の横顔に―――

「『そして誰もいなくなるか?』と叫んで撃てば―――」

 大河の如き長大な炎の柱が食い込んだ。

「―――弾幕はするりと片づき申す!」

 破壊の枝。禁忌「レーヴァテイン」だ。
 直撃を喰らったひまわり女が後方へと吹き飛んでいく。咄嗟に生やしたオジ
ギソウの葉に優しく抱き止められるが、驚倒まで和らげることはできない。
 ひまわり女の笑みはとっくに消え去っていた。
 ……ああ、そうだろう。当然だ。なぜなら彼女は動いてしまったから。不動
の構えを崩さす、一歩も動こうとしなかったマジカルアンバーが、為す術もな
く吹き飛ばされてしまったから。……彼女の絶対優位はいま崩壊した。

 ひまわり女の視線の先には、ミニスカートをはいた金髪の悪魔が立っている。

「……そう教えてくれたのはお姉様じゃない! さあこれより、紅魔館流のテ
ィーパーティの愉しみ方を教えてあげるわ!」

 フラン。
 フランドール・スカーレット。
 わたしの妹。
 地下室に閉じ込めた妹。こんなに面白い遊びを内緒にして、わたしだけで愉
しんでしまった悪い姉を持つ妹。なのに、わたしに笑顔を向けてくれる妹。
 あなたまで、来てくれたのね……。

「馬鹿―――」

 咲夜の手を振り払い、わたしは自分の翼で飛び立つ。

「咲夜の馬鹿! 門番の馬鹿! フランの大馬鹿! みんながみんなが遊ぶこ
とばかり考えて! そんなんじゃひまわり女のお花畑はすぐに満杯になって、
かわりに紅魔館はがらがらになって!」

 咲夜がふっと微笑んだ。
 門番も苦笑した。
 フランも歯を見せて笑った。
 ―――ああ、なんていい笑顔なのかしら。
 これじゃあ、わたしも笑うしかないじゃない。

「……いいわ。ついてきなさい。これよりひまわり畑の中心地へまっしぐらに
突撃する。いつものようについてきなさい」

 どうやら、〈吸血大殲〉はまだまだ終われないみたいだ。


91 名前: ◆iGKARASUUM :2008/05/15(木) 03:22:33




 ひまわり少女マジカルアンバーは、四人の〈闘争狂〉を順々に眺めてから、
満足そうに微笑んだ。太陽のようにまぶしく笑ってみせた。
 日傘を優雅にさして月光から逃れると、悠然と口ずさむ。

「―――来なさい。みんなまとめていじめてあげる」

〈吸血大殲〉は終わらない。




.

92 名前:―伝統の幻想ブン屋― 射命丸文 ◆iGKARASUUM :2008/05/15(木) 03:24:35


Epilog

>>80
>>81
>>82>>83>>84>>85>>86>>87>>88>>89>>90
>>91


〈吸血大殲〉は終わらない―――

 ……はず、だったのですが。

 チルノさんは夜更かしが過ぎてとっくに寝こけていますし、他のギャラリー
の方々も延々と続く〈闘争〉にいい加減飽きてしまったのか、決着を待たずに
解散してしまいました。今まで実況を続けてきた私も、そろそろ語彙が底を尽
き始めてきたと言いますか、もう帰りたいと言いますか。
 ……いま湖のほとりで行われている〈闘争〉が、〈吸血大殲〉の中でももっ
と壮麗かつ華麗な〈祭り〉というものであることは私も分かるんですが、その
内容がこんな明け方までの体力レースはたまた耐久勝負あるいは泥仕合とは思
ってもみなかったわけで……正直うんざりしかけています。
 帰りたいです。ていうか、帰ります。

 四対一の〈祭り〉は終わりの気配すら見せません。
 門番さんが触手責めにあえば、メイド長がナイフの雨を降らし、レミリアさ
んが花びらの海で溺れれば、フランドールさんが敵味方選ばずに禁じられた遊
びを始めます。……ていうか、あの子を呼んだの誰ですか。彼女が参加したせ
いで、幽香さんは余計に盛り上がってしまい、戦火が大幅に広がっています。
 もうフォローのしようがありません。帰ります。帰らせてください。

 ……私がこんなに帰りたがるのにはわけがあるんです。
 ノーレッジさんから渡されたルールブックには、〈祭り〉についてもしっか
りと記載されていました。それによれば、〈祭り〉には〈タイムリミット〉と
いうものがありまして、もし所定の時間内に終わらなければ強制的に打ち切ら
れてしまうみたいです。―――「強制的」とは、どう「強制的」なのか。
 時には大爆発だったり、時には大津波だったり、とにかく絶対に抗いようの
ない圧倒的な力で、すべての〈闘争狂〉を沈黙させてしまうらしいです。

 ……では、幻想郷における「抗いようのない力」とは、なにか。
 私にはひとつだけ心当たりがあります。

 この〈祭り〉のタイムリミットが、朝の訪れであることは疑いようがないで
しょう。ノーレッジさんがそう制定していましたから。
 そしていま、東の空が白み始めています。朝が私たちに〈吸血大殲〉の終わ
りを告げようとしているんです。
 でも幽香さんもレミリアさんも〈祭り〉をやめようとしません。夢中になり
すぎて、朝が近いことにすら気付いていません。
 となると、これは強制終了しかないというわけでして―――

 ……あー、あれは私の気のせいでしょうか。

 朝焼けとともに、東の空から紅白の衣装が飛んできているような……。


 







マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」

 Fin

93 名前: ◆iGKARASUUM :2008/05/15(木) 03:30:14

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
レス番纏め

Prologue >>32>>33>>34>>35>>36>>37

Opening Event .>>38>>39>>40>>41>>42>>43
          >>44>>45>>46>>47

      Mariabell              Remilia
1st turn >>48>>49>>50>>51>>52     >>53>>54
2nd turn .>>55                 .>>56>>57
3rd turn >>58>>59              .>>60
4th turn >>61>>62              .>>63
5th turn >>64>>65              .>>66(反則ペナルティ)

Breakthrough >>67>>68>>69>>70>>71>>72
         .>>73>>74>>75>>76


 オ チ 。  >>77>>78>>79>>80


レミリア・スカーレットvsひまわり少女マジカルアンバー
>>81>>82>>83>>84>>85>>86>>87>>88>>89>>90

Epilog >>91


注意!
「この闘争はメタフィクションです。
 実在の吸血鬼、化物、妖怪とはあんまり関係ありません」



94 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/15(木) 03:45:59

失礼します。
マリアベルさん、射命丸さん、幽香さん、そしてお嬢様。
ほんとにお疲れさまでした。
……なんだかとんでもない闘争でしたね。
わたしはスポット参戦でしたけど、それだけではらはらものでした。
こんなことをやって怒られたりしないんでしょうかぁー。
あわわ。

……まあそれはそれとして。
実は>>93の闘争は続き物でして、
↓の闘争の第二部ってかたちになっているんです。

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
『ノーブル・デスティニー』
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1164893612/905-973

ですから、第二部>>93の闘争を見る前に、前スレの第一部を見ていただけたら、
どうしてマリアベルさんが幻想郷に住んでいるのかとか。
そーいう疑問も解決しますよー。
しかも第一部はわたしが出ずっぱりですからね。
これもポイント高いです。

それでは、失礼しましたー。

95 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2008/05/25(日) 13:42:26

 ナイフで紙を切裂いていく。
 切裂く――切裂く――切裂く。
 裂いて、裂いて、風に乗せればバラバラと紙は散り逝き、吹雪となって視界を覆う。
 例えば―――――モノの『死』を見るコトが出来たならば、コンクリートすらバラバラと崩すコトは可能だろう。


                          破壊/轟音が
                          崩壊/木霊し
                          崩落/反響し
                         瓦解/残響と共に


 脚には機械仕掛けの凶器を一つ。
 それだけで夜空を舞い踊るトリックスター舞台に上る。


                    右腕は血に塗れ/微笑みと共に
                    左腕は哀を零し/嘲笑を抱えて

 ビル。
 電燈。
 民家。
 橋。

 統べては壊れる為に在り。


                      視線に写る/贄を口元に
                    ありとあらゆる/血の滴る滴る臓物
                   カタチ在るモノは/狂えるその牙の元へ
                       死に絶える/滑り続ける牙


 速度の上昇と共に、視界は極端に狭まる。
 極限まで『零』へと近付く為の代償。

                                         視界の有無など今更関係ないけどね
                                               ―――――匂いが、同じだから。

 その果てにある真紅の道。
 通る道には『死』が溢れ。



 頂へと到る頃には―――――


                「月が紅くて良い夜だね―――――『牙の王』」


                                        ―――――刻んだ道すら倒壊してみせよう。

96 名前:"道"にされますた。:2007/07/18(水) 21:54:32
"道"にされますた。

97 名前::2008/05/25(日) 13:43:30
>>95 >>96

─────────チッ。もう終いか。

「Fuck.Fuck,ファーーーク!
 幾ら連なってもクソはクソ程度かい?俺の道もただの曖昧3センチしか伸びてネぇな、ちょっww
 その頭(おべべ)は飾りか?カルピス原液で目元から鼻っ柱を浸して埋め殺すぞアァ?」

彼が進めば、ホイールが大気を劈き、液化するコンクリが鼻汁すら蒸発する…それが今日という夜。
古傷や皮に染み入る屠場の血液!風に散り散り…白面の紙ふぶきは、春に滲む桜の朱色へと恥じらい変わる。
その原因は少し下。ごふ、ごふと吐血流血喀血──余りの量に空気がヘモグロビン臭く穢れている──それが元凶。

彼は自然に左右の足を前後に交差、上体を回しインラインスケート──否、エア・トレック──
─それも上物!──を飛ぶが如くと加速させ!斜度90度。滑走路とも言えるガッコの壁面を
舐める様に滑り昇る。その後に刻まれるは巨大な裂け目=歴然たる『道』。
そう。これが『道』。大地溝帯みてぇに死と臭い生を普通に分ける…蛆虫にさえ明白な分岐点。

なーんてそう語るのは小さな背中。150もない矮躯。
その華奢な首筋──それがふいに此方に反転。
指を首から横に滑らし下へ一度と言わず二度三度…繰り返し上下…
曰く───Go to hell↓。

「ビル────?電灯────?民家────?橋─────?
 ねぇよ。そんなもん。探せよ、形而上から形而下まで、、、見つけたか?
 ハッ…まだ信じてんのか?くだらねぇくだらんねぇ!ダダリオ・カマロに謝罪して
 冬の道をひた走りながらルーベンスの絵の前でくたばり落ちな!ウンコクズの脳みそが。
 夜遊びしてーならニコニコ動画でもウォチりながらケツ穴黴て死んでろよドット・ファッッキン!」

雑魚の前菜ではくい足りぬのか罵詈雑言の雨霰。だがしかし、そこで生じる殺意に、衝動に!
どうして彼ほどの者が気付かない筈がありましょうか。
死すら生ぬるい、反物質的な、それこそ全身『道』にそまっているような合格の雰囲気。

ク、ハ。

彼の末梢神経まで興奮し躍動する全身、大気がブルってチビってメタクソゴキゲンの疾走(死相)日和。
変わらぬ月さえも彼の道──血痕の道──に挿げ替えられているでは在りませんか。
牙の王──アギトきゅんは素敵な晩餐に想いを馳せて──5階建の教育施設、その屋上でゴキゲン角度ゲンカイトッパ!

「来たか?ハッ…潰そうぜ、蒼い死神サン? スリルと快感の融合(Chemistory)の道を───
 ☆*:;;;;;;:*☆レッツ、ユアMemento mo-ri♪☆*:;;;;;;:*☆Ah-ha?」

98 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2008/05/25(日) 13:48:38
>>96

 鳴り止まぬ暴言と亡幻の喝采。拍手は鳴り止まぬままに、疾走と共に生まれゆく憐れな瓦礫。機械仕掛けの
伽藍の街に幻は亡く、アスファルトを擦る運命の輪ホイール・オブ・フォーチュンからは現実的なノイズが吐き散らされる。
 彩りは赤と、紅と、朱と、闇の齎す静寂であり荘厳な黒。見るも無残に黄色のパンジーを潰し、塵は流れる水
に飲ませよう。

          今宵舞台に上る役者は二人。
                           /即興劇のオーディエンスにはご愁傷様。

           スピーカーから溢れるノイズは罵詈雑言。
                                    /安全なブースへようこそ。

            実況中継<実狂誅刑>はウェブでこの悲惨なる全世界へ。
                                     /ブラウン管では耐えられない。
                 嗚呼―――――狂っている。(世界が?)
                 嗚呼―――――狂っている。(人類が?)
                 嗚呼―――――狂っている。(宇宙が?)
                 嗚呼―――――狂っている。(ヤツガ?)
                 嗚呼―――――狂っている。(オレガ?)
 感覚神経交感神経、統べての神経を運動へと直結し、全能力のリミッターカット。
 結果――関節の稼働域は崩壊、決壊=あらぬ方向に、あらぬ咆哮を上げ。(狂っている?)
 脳へと到る酸素供給は不足気味。チアノーゼ特有の紫の唇を朱の色で染め、肺の上げる悲鳴をミュート。
負荷の掛り過ぎている肺。全身が啼き叫ぶ。――だからこそ走る。(狂っている

 だから走る。
 終わるコトなく疾る。

 ランクの低いパーツ・ウォウ、ただ走るだけの単純なルール。

 学び舎で学ぶものは破壊。
 時計台が刻むものは滅壊。
 グラウンドは崩壊の方法を教え。
 ジンタイモケイガ、ジンタイモケイガ、ジンタイモケイガ、ジンタイモケイガ、ジンタイモケイガ、死屍累々?
 ジンタイモケイ? ジンタイモケイ? ジンタイモケイ? ジンタイモケイ? ジンタイモケイ――-ブラフ。
 ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ―――死屍累々
 牙を剥こう、突き立てよう、喰らい尽し、骨の髄まで飲み干そう。

「そろそろレールは途切れるよ――――サドンデス突然死だからね」

                                           君は真っ赤な真っ赤な林檎フォビドゥン・フルーツだから。


99 名前::2008/05/25(日) 13:49:41
>>98

追え。道なりに進め、20秒、20秒。蝋燭点して逝けますか?
立派に逝って戻します♪
チアノーゼぎみの天道虫が夜空で息も絶え絶えに赤信号を送る頃。
アラスカの皇帝ペンギンが水中から上がる穴をド忘して窒息している、、、そんな風に
想像する夜はテラヤバクない?沸騰脳みそ慣性の法則で落ちる、落ちる、気から落ちる
誰も止められない、誰にも止まらないぜ、イーニ、ミーニ、マイニ、モ──飛翔一発ニコニコGuys!

鳥か?飛行機か?Fuckin'!牙の王だ!

「Dead end【息停まり】?ハ、道【=未知】はそこだ、貴様だ、テメェだ扁平なファニーフェイスだっツーの。
ファックファーック!いますぐカマスぜ、視力検査だ、片目潰しで縦列してやがれ────」

気流/飲み込み旋回過多にギア熱発──過剰に生み出し供給されるハイグレードな気泡!
それは血中の鉄素と熱烈に交雑し閃紅色を総身に、エアに与え出す。

「破壊?途絶えだ?
 ちいせぇ、俺の道はボイジャーに載せて全宇宙に知らしめる『道』だ!ハッ!遍く宇宙が俺の道!!」
跳びだした。赤い月に姿を映した。微笑んだ。宙返った。壁に沿って落ちる落ちる落ちる落ちる
落ちる落ちる────静止/動/止静/るち落るち落ちるち落るち落るち落るち落てっそに壁。
たっ返宙。だん笑美。たし映を姿に月い赤───────────────────────

壁に沿って滑り落ちるエネルギーを反作用に変換【リライト】。
特急突撃、88日、Fuck,温りぃよ、目指すなら当然当座、50miles オーバー突破!
喰らうぜ、死神サンよぉ───
彼の真下から嘘レーザーみたくにカッ飛び、中途でぐるり/エア・トレックの刃を
彼にろっきん・おん。すなわちコレゾ──────

Upper──Wall-Slyde round720°"AGITO"──Assalt cake!!!



100 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2008/05/25(日) 13:51:54
>>99

         深と、
          凍る夜
           に、深と
            凍る夜に
             だからこそ、
              紅い月が良く
               映える。脚に着
                けた玩具で夜空を
                 舞い踊る、不自由の
                  檻に住まう獣達。零れ
                   落ちた雫を舐め取れば、
                    その甘美な咆哮に誘われ
                     る蝶の群れ。盛りの付いた
                      狂犬の前に立たされたのは
                       可憐な少女。純白に散った朱
                        の色に、綺麗な眉を歪ませて。
                          可憐なその口から漏れる言葉
                            は――疾走=死創の合図。パ
                             ーツ・ウォウ。その名を借りた耐
                              久レース。デス・パレード。未だ                         行けども戻れぬ獣道。真紅に染まるその道に、
                               死亡者数は零ではあるが重軽傷                       引き返せる道など何処にも存在する筈も無い。
                                者は数え切れぬ程に膨れ上がり、                     首をストンと落とされる幻視は、幻想のモノでは
                                 その意図は未だ見えぬまま。天上へ.        .          なく、現実に引き起こされる、惨事の象徴。津波
                                  と到る糸は蜘蛛のみが存在を知りえ、                 は濁流となってすべてを飲み干して行くだろう。
                                   その意図もまた同様。壊れてしまった                首と云わず肩と云わず胴と云わず腕と言わず脚
                                    システム。力という名に溺れた愚者の群..             と云わず、全てを。総てを。苦痛すら感じぬままに
                                     れは、為す術なく知る術なく、憐れ。哀れ。


                Destroys air road―――――Under the glass moon――Slash!                  この眼すらも―――――この眼すらも?


                                     機械の脚で空を駆ける―――――成る程、           死ねども生きれぬ獣道。蒼穹に磔刑にされるべ
                                    莫迦莫迦しいとは思っていたが、悪くはな..             聖者は愚者となりて瓦礫を拾い上げ、それは紅
                                   い。彼女が憧れ、焦がれたのも頷けなく.               に染め上げられた遺骨でもあり、何の意味も為
                                  はない。無限に広がるかのような闇と   .              .さないガラクタだ。影絵の街には相応だろう。聖者
                                 の同調、混合、融合。足元に傅く街の                .  も愚者も分け隔てなく、意味もなく死んでいくこの
                                灯り。『空の王』にでもなったかのよう.                   .現実。素晴らしく矛盾も無駄も存在しない死の円環。
                               な気分だ。しかし、なんだ。あまり.                      .そう―――――死は素晴らしく無意味だ。素晴らしく。
                              に退屈で仕方がない。使い魔か
                             らのお達しを律儀に守ると、こん
                            なにも退屈だったのか。ただ……
                           言い分が判るだけに、逆らえな
                          いんだが。やれやれ――――
                         こんな約束は取り決めるべき
                        じゃなかったんだ。吾の存在
                       意義が消えてしまう。殺すコ
                      トも出来ない殺人鬼じゃ、
                     あの頃に逆戻りだという
                    のに。それでもまあ―
                   ――――もう少しだ
                  け付き合ってみる
                 のも、決して悪い
                コトばかりじゃ
               ないだろう。
              そう、信じ
             たいん
            だが。 


101 名前::2008/05/25(日) 13:54:58
>>100

黒猫女の言いたげなのはコイツの事で正解かい、ハン、痛快。
この俺の前で素通りする猫なんざ、この界隈でまさにアレだけだ。

アン畜生なミス・ミストフェリーズ。…元締めはアンタって訳か、ファックファック!
リクツ抜きで、この俺様を使いまわし、駆り立てようなんざ天が下!誰も緩されてねぇ事なんざ
誕生から墓場までの間DNAのメビウスリングにもデフォで記録済みだろうがファッキン!
日がなのお誘いは之で積み、俺の勝利でシャットダウン。
オメーが誰だろうと俺は構わねぇさ。
デッド、デッド、デッド。
当然テメェは、俺の道の一つだ今宵の月と同じように赤く滅殺決定完了。

それでだCoolな死神サンよ。
Q.はじめてのチューする時に気をつけることってなーんだ?
A.歯と歯がブっかってゴッツンコー。がちがち震えてゴッツンコー。
  これからするヤツも覚えておけよな、ゴッツンコー。
  ホイールとホイールがゴッツンコー。
”ホイールローダー同士を加重摩擦させることは、安全でも適切でもありません。”
エア・トレックの説明書にきっちりメモっておきな、当然油性ペンでしなやかに。
『自由』に飛びまわってる『ツバメ』いるよなァ。蚊とか蝿だの貧しい食生活の脳天真っ赤な
目出度いBalloonHeadよ。やつらは、『飛んで』いるって言えるか?ハッ時速100キロ、早くて
痺れる、憧れるだ?Ohmyコンブ、ハッ。早ければ良いなんて売女と同類項かよ糞小物が。
見た時無いか?みーんみんみんみんみん、セミがうるせぇ季節…間抜けにも窓冊子に一直
激突して轟沈する特攻野郎のケツマツを。ヤツはガラスにテメェの意思であたってるのか?
ファック、ちげぇよ。意思なく故無く『あたっちまう』だろ。つまり意味がねぇ。意思がねぇ。
それは落ちてんのとかわんねぇ、昔イカレタイカロスがーイカレタ頭で考えてー♪Melt【Faiiin】Downだ。

俺サマのフィールドから居ねやグッバイ・青い空。
───優秀なギア機構がが外輪の力を余すところ無く反作用力としてモーターに累進。
愛される暴風族として台帳通りきちりと返すぜ、両耳ダンボに揃えてなッッ!!
男の力を踏み台・支点に宙で静止、セクスィーな腰の動きで回るぜGo round・ソバット一蹴・唸るぜ牙が!

102 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2008/05/25(日) 13:56:51
>>101

 引き裂いた空の果てに待ち受けるのは絶望との邂逅。絶望の待つ先には死のみが存在を重ね、嵩ね、暈ねられ
過ぎた故の過ち。

                                 食潰された数多の髑髏を踏みしめているのは果たして誰か。
                                腐臭、腑臭、怖臭――それに塗れて眠る赤子のように、安らか
                                な願いが此処にはある。死と隣り合わせに生きるのならば、生
                                を知らなければならぬ。対の概念を存分に理解するには未だ
                                時期尚早と言うものだ―――――そうだろう、暴虐なる牙の王。
                迫り来る死神の鎌。その手馴れた腰付きに、思わず笑いが
               込上げ、笑い、嗤い、哂い、嘲笑い、嗤い尽した挙句に嘔吐し
               かねない程の高揚。嗚呼やはり――――狂っていた。申し分
               なく貴様は俺と同等で、同質な救い難い存在、紛れもない異物。
               人が作り上げたシステムの中で生きていてはいけない――鬼。
 初めはただの玩具に過ぎない、そう思っていた。そして、概ね
その答えは間違っていなかった。機構を把握し、理解し、利用し、
その能力を活かしきるコトが出来るまでは。つまりは、この玩具
としか思っていなかった科学技術の結晶も、アナログに作り上げ
られた俺の唯一無二の愛刀も――――-大きな違いはなかった。


         Fuck――Fuck――Fuck――Fuck――KILL――Fuck――Fuck――Fuck――Fuck



 単純な話だ。そう、至極単純な話だ。この眼に捉えるものが
何時だって変わらないものであればこそ、話は非常にシンプル
な結論へと到る。その解答にしか到らないのだから当然だ。こ
の眼が捉えるモノ。そこに意思と行動さえ伴えば、それが例え
深遠に沈む神であろうとも、生きているのであれば、『殺せる』。
                鬼の狂宴ともなれば、辿り着く答えは何時だって同じだ。
               異物は異物なりに自分達の在り方というものをそれなりに
               自覚しているのだから。別に違う解答に辿り着いたっていい
               筈なんだが―-まあ、思うが侭に進まないのが人生。ならば
               吾は吾の思うが侭に何時もの答えを取る。さあ、『殺し合おう』。
                                どれだけ貴様は食潰して来たのか。どれだけ貴様はその道
                               について理解を重ねているのか。どれだけ貴様は――――-
                               死ぬべき昨日を見つめ続けてきたんだろうか。そして、後にも
                               先にもそれしか残せないであろう人生に絶望したんだろうか。
                               まあ、戯言だ。俺達にはこんな概念しかないだろう? 『殺せ』。


 空を翔るのは何も貴様だけじゃないんだよ―――――。貴様がそれを出来るなら、俺とてその程度は可能、そう
考えるのが妥当と言うものじゃないかい? まさかそんな思考にすら辿り着けないほど、愚かな思考という訳でもあ
るまい。
 生死を扱う舞台に必要なものはたった一つ。その一つを持つか、持たないのか。明確な差が生まれるとすれば、
その一点に尽きる。

 真夏に雪が降るコトを異常だと思うのか、幻想的な光景に感銘を受けるのか。
 この両極端な思考の果てに得るもの、それが明確な差なんだろう。

 絡み合う牙に記された文字があるとするならば―――――それはきっと過去を語るものだろう。
 官能的なホイールノイズ。

 絡めた指先に芽生えるものは、愛か―――――哀か。

103 名前::2008/05/25(日) 14:03:22
>>102

衝撃により不意の暗転。

【回想】
──────で、だ。

つまりは、空を飛ぶっていう事は所詮は莫迦の妄想だ。
そう考えるなら、実際に飛ぼうなんて思うやつはカスワーズに抱かれて生まれた
万年三等兵殿だ。ディズニーに投げ捨てられた愛らしいレミングだ。
アウストラロピテクス位に退化した現代人様は空を飛ぶこと、海に潜ること。地を這うこと。
その三者を同じ位に単純な事象だって思ってやがる。
俺たちは進化を違えた。翼をやめた。尾をただのケツにした。
浮き袋を変形させた。。腕を只の棒にした。
───そんな傷跡が俺たちの体には残ってやがる。
DNAレベルでそれを放棄してきた負の歴史の後を延々と刻んでやがる。
だがなぁ、ハハァン。それもつまりは”道”っていう話だ。Road of Road of Whole-body!
人を、鳥を、魚を、神を、悪魔を!俺たちは体の中に秘めている。

あの時、黒い毛玉は俺に言った。闇の中脳裏に殺意の男の像を見せ。
猫は俺に言う。声の無い声で俺に語る。「Why do you fly?」
俺の隠れた瞳は別の世界を見ている。
ヤツは世界を愛していた。世界の風景の一部を知っていた。この猫も同じ原理なのだろう。
だからこそ、見る必要のないものまでも度々目にすることになった。それは少し哀しい。
そいつに語らせず”俺”が答えを突き返す「B-c'use-I'm ten years old♪Fuck!!!Ha-」
すると猫は鳴きもせずに抜かしてきた。「You must stop...flying」理解不能。
今Respect、出でよ山寺の和尚っ。ゴミ袋にいれて蹴り崩してぇ、めっさ、ファック、
高速を超えてその足技魅せやがれ。──伸ばす手、惜しくも掻い潜られる。

「俺をアホウだとおもってるのか?」──ふるふる。
小首をかしげる/可愛く30度。媚も無く自然さが売り。
「誰に頼まれた?この俺を飛ぶな、ハッどこのチビクソよ?」──ふるふる。
「話せないフリか?くだんねぇくだんねぇ──」──ふるふる。

─────Get Crazy!

システム検索:暗転、もとい青転。不明の不明で不明なエラーが発生しました。
忍耐力を先祖帰りしてでもお取り寄せ下さい。──oh shit.
教えてお爺さん、教えてお兄さん。俺の忍耐力ってどこ?──Error!
っていうか──ごめんなさいもう限界⌒☆山は死にますか?川は死にますか?
ウゼェ、てめぇはとっとと死ねや!Dash Dash Dash,Kick&Dash!
走った、駆けた、カラスが突付く黄色のゴミ袋を乗り越え、電柱に身を捩り
猫はそれでも走る、4つの脚を見せびらかして、艶やかに翔ける。
影、手にした、触れた、霧散【無残/無慚】。一人の男が夜に笑う情景。
その必死さに、絶望の影まで見えるてきそうな哀願する(愛玩される)必死さで──
帰巣本能丸出しの”らしくない”猫は、俺が手を出す前に、俺が見たビジョン通りの
野朗に抱かれ、その背に消えた。

【回想終了】──取り戻された体位。地上から仰角90度、立位を保持。辛うじて。

「ク、ハ…”飛べる”んだろう?テメェだけの道を。
テメェこそ、なぜ飛ぶ。エア・トレックはテメェにこそ───似合わねぇ」

蹴り同士のクロスカウンター、足の長さの差があるのじゃよ…と言わんばかりに
もろ肩に入れられたアギトきゅん。少々苦しげ、愛らしい顔が苦悶に歪む。
夜に散る二人の男の纏う被服。表情の無い死神に対してアギトきゅんは後半15分の
インターミッションを察してアイキャッチ風味に男に、問うた。

104 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2008/05/25(日) 14:04:35
>>103

  彼女は決まって夜に来る。足音も立てず、星の河を流れてきたのと問いた結局住めるのは夜だけだった。自
 なるくらい唐突に。でもそれが自然。一つ処に留まる猫は居ない。それが由を手にしたと言うのに、縛ら害。
 然。だから代わりに「ニャン♪」と啼いてみる=泣いてみる? セオリーれていた。鎖は強固。陽の当たる害。
 従うなら泣くのがきっと、ベストアンサー。それでも私は啼いている。場所に居場所はなく、卑である場所害。
 を夢見る籠の鳥のように。ドリームズ・カム・トゥルー、叶う夢ならばこそが我が舞台。天幕は闇に閉ざさ人鬼。
 う一度私の胸に。風に揺られる花の様に、空を駆けてみたい。それ、人工の明かりが街を照らす夜に。塵鬼。
 な心境も露知らず、彼女の首はきっかり三十度傾く。自然で可黄昏刻が逢魔ヶ刻ではなくなって以来人衝動。
 い。思わずギュッとして、チュウがしたくなる。こんな時は少魔が現れるのは決まって夜だ。人が謳歌塵衝動。
 だけ、少しだけ、今の身体が怨めしい。人見知りで寄ってくすべきは昼の間だけ。夜に出歩く人間は人鬼登場。
 ないんだから、余計。――っと、彼女に気が変わらない即ち――外れてしまった人ではないもの。塵鬼登場。
 に、何時も通り会話の中で羽ばたこう。そもそも会同族同属ならぬ同類、お仲間と呼んでも差し支由なき殺人。
 の成立はない。一方通行の片思い。フォーリンラヴはえのない、無様な獣達。夜を我が物に、そん由なき殺塵。
 映画のように巧くは行かないのだった。。。。。がっかりなたいそれた妄想を現実とする為に。夜をれが理由だ。
 なんでもない日常のコトを語る。何時も病院は退屈で駆ける。恐れるものは皆無。恐れられる為れが理由か。
 代わり映えがないのだけれど、それでも意外と居心――その一心で。実に下らない存在理由。れも理由だ。
 は悪くない。うん、まあまあ。合格点は赤点スレスレ実に下らないからこそ、意味がある。――――Dead line。
 込ラインだから、これも当然だ。ただしそんな話じゃ彼刹那の快楽とは、その実意味がな。その時が良けれ
 ようの微笑みは受け取れない。凄く残念だ。私のコトも―-少ばそれで良いという考え方に、発展性も何も存
 穿ち、くらいは知って欲しいのに。女の興味はここに来た在しないのだから。――無意な生、無意味な死。
 く。肩く点で定まっているのだか仕方ないけど、、、少し嫉妬それこそ我ら夜に生きるモの本懐だと言うもの。
 いは持ってじゃあ今日も、少しけ走り方を教えてあげよう「さあね――玩具は玩具だ。なくとも厭きるまでは
 きたかったんけどちょっとだけイヂワルをして、何時も少しだけ、壊れるまでは遊んでやべきだと、そう思った
 が――まあ、仕か教えてあげていない。そして、何時も通り、メールまでさ。――――単純明快でいいだろ?」
 あるまい……契約定型文みたいな常套句を彼女に投げ掛ける。「なんで飛ぶの?」変な人間だった。一言も喋べ
 契約だからな。それに―――――Cut off all road―――――らない私に向かって延々と喋り続ける彼女。姿を変え
 しても――何故飛ぶ、か。―――――Cut off all road―――――ていたとしても、それは変わらなかったのだから、
 軽口で返したは良いが、改―――――Slash down dead line―――――余計に。変な人。憎めないけど。色々と教
 めて考えるとなると、中々に―――――Slash down dead line―――――くれる親切な人だし。だから私は、一度き
 哲学的だ。人は空に憧れ、飛ぶ―――――Slash down dead line――――-りの気紛れで、口を開いてあげるのだ。
 コトに執着した。執着して、今へと到る。「きっと―――――理由をつけるまでもない本能」――――-Extermination。

105 名前::2008/05/25(日) 14:08:40
>>103

”「きっと―――――理由をつけるまでもない本能」”


「はぁ────ん。 
 そうかいそうかい、そういうわけかい!天候は千秋楽に大荒れの模様! 
 ハッ。てめぇがどんなにか殺害の程、宜しくご免状持参されたのか速効把握したぜ。 
────それは道理だ。泡のように台無しにされて、俺はお前に踏み潰される訳が… 
 …いいや。権利がある。───とくらぁ。そういうことかい。I see.I see. 
 ク、ハハ。今更だ。 
 てめぇ、今更だっつってんだよ。
 100万トンで3000年、四捨五入して因数分解、期待値求めて出てきた数字に100かけて
 出てきた数字を半径とした円と同じサイズのホイルローダー!これのアルマイトが
 酸素に冒される時間を待つくらいに、超の億倍ご無沙汰だぜ」 

檻の中のサバドに狂喜した夏の日の2005年は帰らぬ日常に埋没させた。 
あれから、もう3年。刻んだ未知は幾1千万の綱渡り。 
あれから俺は、ずっと2人だ。 
馴れ合う奴すら、求めなかった。 

それにも関わらず寄り添う黒い毛玉、ジャリ餓鬼は言う。 
「貴方はシニツカレテル」 
邪笑、狂笑、(笑)のサービス過多で猫を見る。 
 
"違う" と言え。黒い猫。 
お前は俺だ、白い方じゃない。これが"運命"だとでもいうのか? 
Fuck,Double shock-fuckin'。 
これが俺の運命だなんて誰が決めた? 
それが定めというのなら? 
何故俺は脚に牙を埋め込んでこの地上に刃を突き立てんと爆誕あそばしたのか。 
 
猫は言う。100%シカトで話しだす。 
リボンを首にぶら下げて。 
「かわいい?」 
かわいくねぇ。

屑だ。おめぇが屑なら俺も同じデスカ! 
そんな半端な生欠伸垂れ流して戦場で媚売ってんじゃねぇよ。 
シンデシマエ、しんでしまえ、お前なんか嫌いだ。 
今更現れるお前も猫も。 
俺は進化する。 
蝿は蛆から出でて、糞尿を喰らいつくし、這いつくばってでも空をさ迷う。
リスは穴倉に引き篭もりながらも青を求め、死にざまを空に求め滑り狂うムササビと化した。
そうだ、昔から貴様はそうだった。 
自然に、飛び、舞い、地ベタを這う俺たちを顧みなかった。 

違うのを俺は知らされた。 
飛ぶ生き物と、飛びたい生き物が違うことを。
そうさ。それで悟った。

それなら俺は、飛ばない。 
夢に見た凱嵐の道を俺は捨てた。 
そして──地に楔を打つ今の道──血痕の道を俺は行く。
 
今でも一人で殺し往けよ。 
空はそんなに楽しいか?  
そうかい。  
愛してるさ(My-Dear)俺の死神(半身)。

106 名前::2008/05/25(日) 14:09:55
>>105

────にゃあ。 
俺が啼く。 
黒い猫はもう話せない。 
俺は白いのを切り捨てたから。 
白い猫はいつだって表情無く(泣く)寂しそうな恋人さ。 
だから何時までも泣いてろよ。 
俺はいまでもずっと笑ってやる、 
2人で。
アイツラと。 
この四十万/八百万に清航、翔事幾光年以上… 
進化を忘れた猿どもの足掻いた声が聞こえるか? 
道とは何だ? 
生き様か? 
導か? 
違うね。 
束縛だ。 
そして、断裂だ。 
このオモチャは人は飛べると誤解させやがる。 
特別なイキモノ/作られた人格さんよ。 
重力が怖いか? 
束縛されるのがイヤなのかい? 
この無限に閉ざされた檻の帳が。  
捕えろ。 
醜き顎で
死神の頬骨を。 

────AGITO Bloody fang Ride fall "Leviathan"
 
上昇する心拍。 
高ぶりゆくのか? 

違う。 
気圧差の影響だ。 
  
軸足の膝裏が目に入る。 
弾指の間。 
閃け。
4度往復。 
戦慄する玉璽。 
生ずる"無限の空"
俺の"道"。 
  
補正せよ。 
逃がすな、機械損失を。 
誇らしげに 
自惚れろ。 
俺の右脚は美しい。 
空が泣いている。 
唐突の真空。 
世界が裂かれていく。 
俺の血痕の道に。 

黒猫が叫ぶ 
何かを言い、目を覆う。
Fuck.
分かってるさ。 
死神、白ネコ、俺の分身。  
空は白々しいまでに 
どこまでも、
遠くて、 
こんなにも、 
蒼いから、
コノオレハ、きりはなす。 

オマエヲ
タンポポの先の様に、 
容赦もせず。
容易に離せるものは自分じゃない。
罪悪感の呵責もない。 
散髪に罪はあるか?

ない。

それと同じだ。 
だから潰す。
ふたりでよりそい──生き急ぐ為。
そうだろう? 

 
兄弟【Dear-Friend】。

107 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2008/05/25(日) 14:10:22
 
 例えばそう――単純な物事になればなるほど人はそれを見ないでいてしまう。
 
 地上が好きか?
 空が好きなのかい?
 
 俺はオマエか――? いいや、違うね。
 
 
 
                      ※  ※  ※  ※  ※  ※
 
 
「そう……うん、上手、上手」
 
 クルリとターン――スルリと滑り込んでいくパーツ。
 規定トルクで締め付けて、まったく使い方が異なるものを一つに纏め上げる。
 それが彼女の選んだ走り方。
 
 彼女の目は雄弁に語ってくる――「ワタシガ カレヲ トバスノダ」
 きっとそれは傲慢。だけどそれが誇り。
 
 既製品で十分に走れてしまう私達が出来る事と、出来ない事と。
 きっと頂上から見える風景は絶景だ。想像なんて絶対に及ばない。
 
 だから手と引っ張ってもらって、連れて行ってもらうのだ。
 
 
                                                 アノソラヘハ トドカナイ。
 
                                                 オウジサマガ テヲヒイテ。
 
「――――でもそれ、走れるの?」
 
 フルフル揺れる白い髪。粉砂糖を振り掛けるような柔らかさ。
 どうも――聞いちゃいけない話題だったらしい。
 彼女の王子様には、きっと「それ」が正しく走るためのカタチなのだろう。
 
 羽が背中にあるように、履いて使わなくちゃならない理由はない。
 使う形は様々で良い。空の憧れを形にして、空のイメージを駆けるなら、きっと「それ」は答えてくれる。
 
 クルリとターン――スルリと走り抜ける彼女。
 赤い瞳に映ったのは――「アナタノタメジャナイケド アシタモマタ キテアゲル」
 
 
                                                 アノソラヘハ トドカナイ。
                                                キマグレネコニ テヲヒカレ。
 
 
「やっぱ飛びたいッス――カラスくん」
 
          
                     ※  ※  ※  ※  ※  ※
 
 飛ぶ事だけが全てじゃない。
 本能に理由は必要か?
 自由に責任は付物か?
 壊れた玩具は無残に散って――オレハ ジメンヘ ヒショウシタ。
 
 
 例えばそう――単純なコトを見失っているんだよ。

108 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2008/05/25(日) 14:10:39
 
                          オマエは俺じゃない。
                          俺はオマエじゃない。
 
                  肯定されるべき貴様と否定されるべき己。
                肯定の牙を携えた鮫と否定で固めた一振りの鋼。
 
        絶対的に交わる事のない真実は直ぐ目の前に気付けないままにあるだろうに。
        その右眼も左眼もまったく何も見えちゃいない硝子球って訳じゃないだろうに。
 
      希望の牙に食い千切られた無様な羽は予備などなく地面への飛翔は続く、続く、続く。
      永遠にも似たような時間の中でただ一つ、ただ一つきりの確信は涼しげな音色と共に。 

                       「ホント―――――無様ね」

         放り投げられた棒状の何か―――――嗚呼、己が戻ってきたという確信。
         吸い付くように馴染むそれを抱えて―――――溜息交じりの反論を試みる。
 
 

                      「飛べるなどと思ってしまったからね」
 
                       「蜘蛛風情がご大層な夢ね」
 
                     .「嗚呼――飛び切り極上の悪夢さ」
 
                       「参考までに聞いて上げるわ」
 
 
 
           地表までの飛翔――その猶予も一秒と掛らずに終えてしまう事だろう。
           腐ったトマトのような熟れの果てに成るのも吝かでは無いんだが――。
 
 
                       「何――答えは決まりきっているさ」
 
 
            撃ち付けろ撃ち砕け全てのものは等しく滅びを辿るべき運命に在り
            万物等しく崩壊を望むならばその命刈り取る事に罪はなく罰もなく
            下らぬ倫理と人が作り上げた法如きに捕われ凝り固まった先入観
            全ては等しく無情に意味もなく求め続けるものは常にその心の中に
            さあ己の疾走を始めよう―――――この身は一振りの刃金ゆえに
            快楽も嫌悪も積みも罰も人も畜生も余す所なく刻みに刻み続ける
            そう―――――吾は殺人鬼故に常識など思考の片隅にも置けぬ者
            さあ始めようぜ牙の王―――――己が半身を取り戻す為の殺し合い
            陳腐な科白も理由も此処に欠片の存在すら赦さぬままに踊ろうか
 
 
                        俺とオマエは別物なんだよ。
                        そうだろう――なあ、兄弟?

109 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 01:44:14


Prologue 


 彼女が愛したジュヌヴィエーヴ・サンドリン・ド・リール・デュドネが針の
城を去ってから一ヶ月が過ぎた。アセルスは未だに失恋の瑕を癒せないでいる。

 好きだったのに。
 愛していたのに。
 
 六世紀と半分の時代を生きるジュヌヴィエーヴは、貴族階級に値する長生者
(エルダー)だった。寵姫として迎え入れるに相応しい歴史を持っていた。
 アセルスの寵姫の選定に何かと難色を示すラスタバンですら、文句がつけら
れない完璧な女性だった。
 腰まで伸びた金髪に真紅の双眸。男女問わずに人目を惹き付ける容姿を嫌味
なく使いこなす少女吸血鬼―――そう、ジュヌヴィエーヴは少女だった。
 六世紀前、十六歳という若さで夜の道を踏み出して以来、彼女は本当の意味
で老いることを忘れていた。この宵闇の魔殿で魂を腐らせ続けている上級妖魔
たちとは違う。見目姿のみならず、精神にまで少女性が根付いていた。
 真の意味で不老の女だった。
 ―――だが、アセルスの想いが報いられることは無かった。
 
 ドラキュリーナは妖魔の君に劣らずロマンチストで、終生孤独であるがゆえ
に想いを求めていたが、夜族の連れ合いにはなることだけはいやがった。
 彼女は「永遠」など信じていなかった。人間の世界を愛していた。常に変化
し、衰え、繰り返す定命者のドラマに夢中だった。
 同じ夜族だが、ジュヌヴィエーヴはより人間に近かった。自身が決して人間
には戻れないと知っているからこそ、ひとの世界に憧れていた。
 アセルスとは住む世界が違ったのだ。

 結局、彼女が針の城に滞在したのは三ヶ月程度で、その間は焼却炉の焔より
激しく愛し合ったが、ジュヌヴィエーヴがアセルスの求めに応じてともに永遠
の夜を往くようなことにはならなかった。
 百億の言葉を尽くして引き留めたが、想いも虚しく彼女は去った。別れの言
葉すらなく、城から……いや、常夜のリージョンから逃げ出した。

 追撃隊を編成して、彼女を捕らえることもできた。
 針の城の最上層に幽閉して、有無を言わせずに征服することもできた。
 だが、それでなにになると云うのか。
 ジュヌヴィエーヴ・デュドネは去った。彼女にはアセルスよりも大切なもの
が外の世界にあったのだ。その事実が妖魔公の愛慕の念を深く傷つけた。
 自分より大切なものある。―――あまりに残酷な真実だ。

 以来、アセルスは虚ろに成り果てていた。
 針の城は最上層から降りることなく、政務はラスタバンに一切を任せている。
 自慢の寵姫とも会っていない。ジーナとすら顔を合わせる気になれなかった。
 自室に閉じ籠もって、抜け殻のように虚無の日々を過ごしている。
 時たま感情の火が宿ったかと思うと、彼女を思い出して激しくむせび泣いた。
涙は一向に枯れる気配を見せない。

 ジュヌヴィエーヴが去ってからの一ヶ月は、アセルスが食餌を取らなくなっ
てからの期間と同じだ。もうだいぶ窶れた。
 飢えは身体をいじめるのに重宝した。苦悶は悲しみを誤魔化すことができる。
 だが、このまま餓死を待つ気はない。
 
 アセルスはベッドから離れ、白亜のドレッサーと向き合っていた。
 背もたれの無い猫脚のスツールに腰掛け、化粧台に並べられた三つの道具を
見入っている。―――ゴブレットに並々と注がれた血色のワイン。華美な彫金
が施された銀のナイフ。銃床に宝石が散りばめられたフリントロック式の拳銃。
 悩める妖魔公はしばらくして、火打ち式のピストルを手に取った。
 虚ろながらも優雅な仕草でグリップに指を絡ませ、喉に押し付ける。鉛の銃
口は確かに冷たかったが、凍えきった彼女の魂の前では黄金の熱気に等しい。
 
 アセルスがいま望むものは、この苦しみからの解放だった。
 
 頬に涙を一筋たらして、銃爪を引いた。打ち出された銃弾は喉を穿ち、頸椎
を砕く。ドレッサーの姿見に蒼血が跳ね返った。

 斯くしてアセルスは死んだ。(Asellus mort....)

110 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 01:44:36



 ―――そして二分後に生き返った。
 
「う……」と呻きながら、突っ伏した化粧台から頭を持ち上げる。
 倒れこんだ衝撃で、ゴブレットを床に落としてしまった。カンタレラ入りの
ワインが絨毯にどす黒い染みを残している。
 もったいないとは思わない。どうせ飲んだところで胃をむかつかせるだけだ。
 既に三度試している。初めは喀血するほどの刺激を味わえたが、すぐに耐性
ができてしまった。妖魔に毒殺は通用しない。

 銀のナイフはベッドに放り投げた。手首を縦に裂いても首筋の動脈を断ち切
っても、刃がアセルスに死をもたらすことはなかった。
 骨董品のピストルにしたって同じだ。あるいは……と期待したが、今までの
試みと同じ結果しか与えてくれない。銃身を片手でへし曲げて床に転がした。

「この部屋も限界だな……」

 銃創の再生が終わってないため、声がかすれている。

「思い付く限りの死≠ヘ試してしまった」
 
 張り出し窓から身投げをした。浴槽で水死もした。
 ベッドの天蓋にロープを引っかけて首をくくってもみたが、あれは面白くな
かった。振り子のように身体を振り回されるだけで、いつまで経っても死んで
くれないのだ。二時間首を吊ったところで、自発的に床に降りてしまった。
 腹上死……は試すまでもなく自分の場合は死ねないと分かっている。
 
 さて、とアセルスは首を軽くひねった。喉の傷はすっかり完治している。
 
 自死は失恋の哀哭を表現するためにも必要不可欠だ。彼女への想いが未だ色
褪せていないことを証明するためにも、死に続けなければならない。
 だが、場所が狭すぎる。このちっぽけな私室で遂行できる死≠ネど限られ
ている。自分にはもっと広い世界が必要だ。
 そうだ。戦場で果てるというのはどうだろうか。想いを胸に秘めたまま、敵
の刃に斃れるのだ。より劇的に、偶然射られた矢を胸に浴びるのもいい。

「……面白いな」と呟いて、アセルスはスツールから立ち上がった。
 そうと決まれば早速戦支度だ。妖魔公の恋の追悼として、百万の敵兵を贄に
捧げよう。攻め入る領地はどこがいいだろうか。まぁどこでもいい。

 なんだか気分が昂揚してきたぞ。盛大な死花を咲かせる前に、余興として一
度軽く死んでみるのも悪くない。上品に馬からの転落死など面白そうだ。
 アセルスは自分の血で濡れた部屋着を脱ぎ捨てると、躰の汚れを拭いてから
外着に着替えた。乗馬用の半ズボンにブラウスの裾をたくし込み、ベルベット
のテーラードジャケットを羽織った。
 長靴代わりに拍車つきの無骨なグリープを装着する。鋼鉄の靴はいざという
とき武器にもなる。人間どころか牛すら解体できそうな肉厚のナイフを腰にさ
して、愛刀月下美人を右手に提げる。

111 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 01:48:22
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

平行次元の侵略を企んでいる極星帝国じゃ、世界が此処一つだけでは無いってことは当たり前で。
なのに。この世界じゃ、誰もが侵略対象である平行次元の“地球”にしか興味を示してはいなかった。
それが私にはあまりにも矮小でつまらないことに思えたので、退屈しのぎにと水盤を覗き続けていた。
似たような世界が重なるようにあったが、それはいつもと同じで。ならば今まで通りでむしろ良かった。

そうしているうちに、それは奇妙で面白い処を見つけた。

混沌の中に世界が世界が幾重にも重なり浮かんでいて。

それは、魔術が支配する空間だったり、科学と化学が支配した空間だったり。
闇だけの世界だったり、平行世界の地球に似た随分とのどかな場所だったり。
悪趣味なお菓子の世界だったり、時の停まった、いや停めた?場所だったり。
うわ、世界自体が大きな生き物ってヤツまであるのー?やりすぎー。反則ー。

と、ゆー風に。在り方自体がとても興味深い空間で。水盤で眺めているだけでも結構楽しかったのだが。
いつしか、その世界の欠片で良いから欲しくなってた。帝国に報告するのはそれからでも良い。
むしろ。帝国のあずかり知らぬ場所に私の空間を持つというのも非常に贅沢な試みだと思ったのだ。

入り方を苦心して探した。平行次元の地球に行くよりもずっと苦労したがそれはそれで楽しかった。
そうして、私は色々と考えてから、自分の世界によく似ている場所を最初の目的地に決めた。
玉座に上ることすら忘れて、淫蕩の日々を送るだけの城主が住む領主が支配する世界に。
死なずに生きてるなんて言う割には充分死んでいる輩達が跋扈する妖魔の世界に。

─────そして、今。城門前。侵入者避けが張られていて、転移で入ることは出来なかった。
ので、強攻策に打って出ることにした。こちらの奇襲作戦は全て順調。世は全てこともなく。
骨だけの死者に仮初めの生を与えてカタカタ動かし陣を組んで、大がかりな術を練る。

さー、はじめよーかー。壮大で盛大な暇つぶしを!天下太平の星なんて霞を掛けて消してくれる!
私が空を舞うと同時に、大地がうねりを上げる。完成した術の中身は大厄災!大激震!大震災!
骨共は骸に戻ったから再び回収してー。こいつらは次の術に必要だからねー?

脆くなった城門に寸勁を叩き込んで、突入開始。あー、充分に困惑してるねー?
それで良いぞ、三下共。妖怪仙人様の所業にじゅーぶんに怯えろ。この私の邪魔をしてくれるな?

此処の城内の間取りはすでに水盤で把握済み。趣味の悪い侍従共をすり抜けて、玉座の間まで辿り着く。
後は、この趣味の悪い城の主を、この趣味の悪い玉座で、趣味の悪い陣を仕掛けて、待ちかまえるのみ。

112 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 01:50:02


妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN

>>111


「ラスタバン! ラスタバンはどこだ!」
 
 一ヶ月ぶりに部屋から飛び出す。自分が馬上から死んでいる間に、彼には戦
争の準備を整えてもらわなければならない。

 ―――バランスを崩し、廊下に膝を突いたのがその時だった。

「?!」
 
 飢えのせいで立ち眩みでも覚えたのか。自問の解答は、繰り返される震動に
よって示された。本当に城が揺れている。ファシナトゥールで地震など聞いた
ことがない。……これはただ事ではないぞ。
 
 階段を飛び降りる。最上層の塔から妖精花が咲き誇る空中庭園まで一息で駆
け抜け、本殿へと急ぐ。城内は慌ただしく、侍従も宮人も我を失いかけていた。
 小さく舌打ちを漏らす。退屈に倦んでいながら、騒乱を愉しむこともできな
い役立たずどもめ。

 大回廊で死霊兵団を率いる魔女モルドバを認めた。
「何ごとだ」と問い質すも、返事は要領を得ない。

「アセルス様! お久しぶりです。ようやく外に出てきてくれたのですね。
あんな賢しい女のことは忘れて、どうか私めにご寵愛を―――」

「そんなことはどうでも良い。何があった」

「……侵入者です。正門が破られました。先の地震もその者の仕業かと」

 侵入者だと? この針の城を襲撃するとは、何と愚かしい。
 
「どこにいる。誰が殺られた」

「それが……」

 死霊使いの魔女は語尾を濁らせた。

「城内にいることは間違いないのですが、足取りを掴めないのです。私も子供
たちを使役して捜索に当たらせているのですが、まるで霧みたいで」

 足取りが掴めない。そんな馬鹿なことがあるものか。上級妖魔にとって針の
城は体内の一器官に等しい。自分の躰の調子も分からぬなど馬鹿げている。

「ええい、お前では話にならん。ラスタバンはどこだ」

 だって本当に分からないですよぅ、とモルドバは涙を浮かべて訴えるが、今
は相手にする気になれなかった。
 なんてタイミングだ。一刻も疾く死にたいというのに侵入者とは!

「ラスタバン様もアセルス様を探していました。もしかしたら、玉座の間から
最上層へ向かうつもりだったのかもしれません」

113 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 01:50:32

 
>>111>>112


「玉座の間か……」

 アセルスはモルドバを置いて、さっさと駆け出した。

「危険です、アセルス様。ここは私どもにお任せを!」

 背中越しに魔女の悲鳴が響く。もちろん無視した。ラスタバンはともかく、
宮廷で暇を持て余しているような連中にこの剣呑な事態は打開できない。
 
 玉座の間はしばらく使用していない。ジュヌヴィエーヴの件がある以前から、
アセルスは謁見を面倒がって全てラスタバンに押し付けていた。
 まつりごともまた貴族の余興の一つだが、彼女の趣味ではない。ベッドの上
で寵姫と戯れたり、戦場で血を流すのが性に合っていた。
 それに……あの部屋は、あの男の臭いが強すぎる。先代が遺した形骸の全部
をアセルスは否定したかった。先代の寵姫もひとりを除いて全て硝子の棺桶に
封印している。二度と蓋を開けるつもりはない。

 城そのものを呑み込んでしまいそうなほど巨大な門扉を蹴破って、謁見の間
に立ち入る。数年ぶりに見渡す城の中心は、より深き闇に沈んでいた。

「ラスタバン、いるのか? これは一体……」

 その叫びは、玉座に座す影によって中断させられた。
 
 アセルスはルビーの瞳を鋭く眇めた。唇から漏れる呼気には怒りが混じって
いる。アセルスが知る限り、これに及ぶ屈辱はない。―――玉座に脚を伸ばし
て座り込んだ小娘は、無邪気と好奇を孕んだ瞳で本来の主を見下ろしていた。
 
 何者かは分からない。
 だが、見かけ通りの年齢でないことは確かだ。
 
 月下美人を収めた黒鞘を腰元に引き寄せつつ、一歩前に進む。
 謁見の間は長らく主人を見失っていたが、どんなに埃っぽくても城の中心で
あり象徴であることに変わりはない。
 警護も相応に配備されていた。それをこうも呆気なく突破するとは。
 面倒そうな相手だ。一筋縄ではいかない。
 
 飢えのせいか気が急いていた。いらだたしげに牙をかちりと鳴らす。
 なんと面白くない展開か。そして煩わしい。アセルスには予定があった。
それを忠実に遂行することによって、彼女の心は平穏に満たされる。
 つまり今は退屈していないのだ。自殺志願者の凶行に付き合っている余裕
などない。アセルスは死にたいのだ。愛のために。

「ねえ、キミ……」

 赫怒に輝く瞳とは対照的に、穏やかな声音がこぼれた。
 
「今宵は死ぬにはいい日だ。こんな夜は殺すよりも死ぬに限る。だから、私は
私の刃を他人の血で濡らしたくない。……その玉座から降りるんだ。そして私
の視界から失せてくれ。キミは美しい。挑戦的で、食べ応えのある毒を孕んで
いるようだが―――今の私の前では、あまりに儚く無意味だ」
 
 鍔を慣らして鯉口を切る。
 天鵞絨の絨毯に靴底を擦るようにして、玉座に近付いた。
 疾く去ね。一刻の猶予もなく消えるがいい。
 言外のプレッシャーが廓大な謁見の間を震え上がらせる。

114 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 01:54:31
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>113

「よーやくきたか………遅かったねー?たしかお前がこの城の主だったかな?
 はじめましてだねー、妖魔の君。奎白霞ってゆー妖怪仙人です。以後お見知りおきを。」

無機質な声。感情のこもってない薄ら寒い歪んだ笑い顔。悪意にまみれた氷点下の名乗り口上。

「いやー。貴様からすると異世界から来たんだけど、随分と面白い世界だねー、此処の辺りは?
 ここは一つ拠点を構えて、じっくりと観察したり侵略したりしたくなってねー?」

チャイナドレスに身を包んだ幼い少女。なんで、こんな巫山戯た風貌をしていると思う?
好きだからってのも在るけれど、それ以上にこの懸隔甚だしい外見は敵の目を欺き続けるのに最適だから。
それに、こうやって初めての世界に好奇心が抑えられないときぐらいは、相応に見えると思わないか?

「ついては、このお城。手始めに丸ごと頂こうかと思ってさー?」

突きつけられた無邪気な宣戦布告。双つの眼の奥底に仄暗い狂気が燻る。

「転移避けがあまりに見事に張り巡らされていたので、侵入には少し手間取ったんだよー?」

ありありと見える怒り。こんな侵入方法、前代未聞だものなー?
たが、こう言った奇襲でなければ侵入できなかったのは事実。其処は賞賛に値するんだよ、実は?

「でも、この転移避けはお前の仕業じゃないみたいだがなー?気が違うー。」

まざまざと見える慟哭。隠そうとしても無駄。心がまるで此処にない。
だから、もう私の言葉なんて聞こえてないんじゃないのー?ねー?

「死ぬには良ー日?ふーん、不死者がどーやって死のーってゆーんだ?
 己の在り方すら忘れたか?よーまのきみ、白痴になるにはまだまだ早いぞー?」

声高らかにケラケラと、耳障りな噪音を部屋中に反響させて笑う。
握られた刃がカチャリと鳴った。研ぎ澄まされた綺麗な音が響く。

「………でー、その自殺願望はどこから来るんだ?恋人にでもフラれたか?」

確か水盤にそんな姿が映っていたっけ?どーでもいーけど。この際だ。使えるなら使っておこー。
もっとだ。もっと。もっと怒れ。もっと怒って、その感情を無様に晒け出せ!
怒りって感情はおそらく最も御しやすい。だからこそ挑発は単純な割に最良の策の一つ。

「なんならさー、私が殺してあげよーか?ほんとに死ねるまで。」

陣も術もすでに用意は済ましている。指をパチリと弾けば、玉座の間の出入口を炎の障壁が包む。
退路を断つと同時に、無粋な侵入者もさすがにこの罠は手こずるだろーねー。いひひひひー!

「では」

玉座より飛び跳ねて、とん、と音を立てて天鵞絨に着地。それから、くるくると高速回転。
ある程度の死地をくぐり抜けているならば、私の纏っている気がいかに異質で歪かわかるだろう。
貴様の怒りに震えて毛羽立っている殺気とは、対極の静かすぎる殺気が。
言外の威圧を押し返すのは、全てを呑み込む虚無の暴圧。妖しく怪しく仙人は舞う。

「殺るぞ?」

構えは静かに。そして優雅。あー、でも、この場合の台詞は確か先帝の無念を晴らす!だっだっけ?
いーや、確かその先帝は高原で失意の自殺を遂げたんじゃなかったっけ?いひひひひー!

115 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 01:59:47


妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN

>>114


 恋人にでもフラれたか。
 緊張感に欠ける、間延びした声でそう問われて―――不覚にもアセルスは、
じわりと涙を滲ませてしまった。
 まだか。まだ、この空知らぬ雨は枯れてくれないのか。一ヶ月間、時を選ば
ずに泣き腫らしたと云うのに、この歎き泉水はまだ底を見せてくれないのか。
 これはつまり、アセルスの愛念の深さ。
 だが、涙は哀切を表現するにはあまりに陳腐だ。使い古されている。
 
 やはり死ぬしかない。

 玉座を飛び降り、構えを作る少女に応じてアセルスもまた抜刀した。
 薄暗い闇の幕に重ねて、白霞と名乗った娘がまとう不可思議な霧に支配され
た玉座の間で、いったい如何なる光源を跳ね返したのか―――抜き払われた刀
身は、新月の夜に神仙によって鍛えられたと云う逸話に相応しく、凍えるほど
清廉な輝きを見せつけた。
 
 涙を拭いて、八双に構える。

「……私の魂は一ヶ月前に喪失したままだ」
 
 だから、己の地位にも居城にも未練は無かった。この娘が強く欲するのであ
れば、譲ってやるのも吝かではない。また欲しくなったら、その時改めて奪い
返せばいいのだ。全てはアセルスの都合次第であった。
 少女は蠱惑的なオリエンタリズムの魅力をたっぷりと持ち合わせている。出
自はどこともしれないが、クーロンの姑娘を彷彿とさせた。
 これほどの明眸の持ち主なら、アセルスの愛を受け、アセルスを愛する代価
として城を譲るくらい惜しくはない。実にそそる娘だった。
 ―――常のアセルスなら、そう考えたであろう。

 だが、今は違った。どうしようもないほどに彼女は抜け殻だった。

 なんて重症なのだろう。好物の馳走を前にして食欲を煽られないとは。妖魔
公が愛した女は、途方もなく深い疵をアセルスに残していた。―――そして、
この愚かな妖魔は、疵を自ら抉ることでしか愛慕を確かめられなかった。

 この色あせた世界に一瞬でも光彩を与えてくれるのなら。
 
「殺し合いも悪くはない」
 
 ―――だが。

「全てはキミの働き次第。白霞姑娘……果たして、キミに忘れさせることがで
きるかな。私の孤独を。私の絶望を。―――私の愛を」
 
 縋ることしかできないこの想い。忘れたくなど無かった。これは彼女がファ
シナトゥールに残してくれた唯一のカタチなのだから。
 自死もまた、愛念の一つの確認手段に過ぎない。全ては想いの結晶だ。

 これほどまでに深く魂を縛り付ける哀切を、忘れさせるのか。この娘が。
 あまりに無謀な挑戦。だが、愉快ではあった。
「面白い、やってみろ」そう呟いて、妖魔最強の剣客は踏み込んだ。
 
 僅か一挙手一投足で間合いは無に還る。月下美人の無垢なる刃は小さく弧を
描くと、太刀風を存分に唸らせた。変速の軌跡―――逆風の太刀である。

116 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:02:45
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>115

挑発は私の予想とは妖魔の君を別の方向に狂わせた。どーしよー、泣いちゃったー!
予想外の事態!効き過ぎたかなー、挑発。もー、笑おうにも笑えないんだけど、これ。

まー。それがどーした?わたしよーかいせんにん。愉快痛快妖怪仙人?なんてねー?

予想はしていなくても、これぐらいなら策の組み直しの必要すらないんだけどねー?
ま、かなり事例は違うけど。怒りの沸点を飛び越えて一気に冷めてしまうなんて、良くありすぎる話。

妖魔の君が構えるは八双の構え。抜き払われた麗しの刃は凍えるほどに清廉な逸品。
に、しても和の刀………か。使い手は何人か見たことあるし、やったこともあるけどさー。
これは………かなり出来るねー?なら、失望しなくて良さそう。楽しみ愉しみー。

「………そうか。なるほど。それで一月前ねー、読めてきたぞ?」

小声で呟いてみた。此処に侵略の照準を合わせて偵察をはじめたのがおよそ一ヶ月ほど前。
私はたまたまフラレる現場を目撃してた。で。その後妖魔の君を全く見なかったのは………察したー!
とまー、これ言ったところでよーまのきみの慟哭も感情も何一つ揺るがないんだろーけどー。

「あー。覇権を賭けるなら、殺し合いってさ。昔から、そー相場が決まっているだろー?」

理由なんてこれぐらいで良いよねー?私はこの城が欲しい。本当はそれだけ。なんだけど。
君主ってヤツには面倒な尊厳ってモノがあることぐらいは理解している。だから、これは仙人流の礼儀。
そんなモノ打ち砕いてあげるよ。米粒一つほどの文句も言えぬよーに。侵略ってそう言うものだろ?

「うん。だから。台無しになるぐらいまで派手にやろー?」

あどけなさと幼さたっぷりの蠱惑的な妖笑と不死の身体に重ねた年季。くっついたあべこべ。

「しっかしさー、よーまのきみ?私が姑娘?随分とこそばゆいよー?くすぐったーい!」

積んだ年月が告げる冷笑的で無表情な言の葉、年相応に見える無邪気な笑い。共存する二律背反。

「さーな?だが。一つだけ言えるのは………?!」

言葉が半端に途切れ、妖魔の君が『面白い、やってみろ』と踏み込んだ。
攻撃の構えを解いて防御に転じる。抜け殻の攻撃など如何様にでも料理できる自負がある。
凪の日の湖のように。一切の動きを止める。ただ一点のみに集中して。

妖魔の君は知らない。本当の無というモノがどういうものであるか、を。

無こそが、この妖怪仙人の纏いし闘気。無と無は互いに引き寄せ合う。
なれば。全ては我が予見の先に!変幻の軌跡など、この妖仙の前では意味を成さない。
涅槃の境地。悟りの極み。虚無の闇。その中で随分と不思議な光を見た。
硝子の中に光を込める電気仕掛けの灯火に似た、意思の輝き。無とは時として有を爆発させるモノ!

あー、これが閃くってゆーことかー!

長く生きすぎて忘れかけていた。だが、この瞬間はいつでも心が躍る。
和の刀で思い出したが、確かこんな曲芸みたいなことをする侍が居た。なるほど、こうするのかー!

─────我、今此処に石舟斎の奥義を得たり!

無形の位。何者たりと斬ること能わず。変則の軌跡に呼応するように近づき、その力を受け流せば。
次の瞬間。捉えた刀は我が手中に在り。考えるのではなく、感じろ。これぞ、秘奥義、無刀取り!

ちなみにこの間、わずか2秒ほど!

そのまま斬りつけようとも思いもしたが、あまりに無粋すぎるから。矮躯を活かして懐に潜り込んで。
優雅に傷を与えないように鳩尾に勁をねじ込み、玉座に飛ばす。君主は其処に座って居るものだろー?

「………抜け殻が。そんな悠長なこと、いつまでゆっていられると思っているんだ?」

歪んだ笑み。歪んだ殺意。妖魔の君の愛刀を玉座に向けて。次は無いぞ?と無言で脅す。
そして、持っていてはじめて気づいた刀の正体。なるほど………これは。

「うん。素晴らしー刀だね?こっちにも私と同じよーなのが居るのか。私は刀打つ趣味ないんだけどー。

 ま、どーでもいーやー。どーせ貴様もちょっとやそっとじゃ死ねないんだろ?
 忘れられるまで殺し続けてあげるから、どーぞお好きに?」

つまらなーい!閃いた瞬間からあまりにも落差がありすぎて、醒めた。が、同時にもう一つ閃いた。

髪留めを解いてみる。炎の壁の光を受けて、銀色の髪は金色に染まっているだろうか?
揺らめく火影は私を私に見せずに、妖魔の君の思い人の紛い物になりきらさせているだろうか?
赤い瞳を丸くして、妖魔の君に微笑みかける。まるで、どこぞの姫君様のように。

私が送る最大限の挑発。此処までやって何も出来ない腑抜けなら。残念ながら此処までの器ってことか。

さーて。こちらの神仙がどれほどの刀を打ち上げたか、早速、試してみるとするかー。
刀はあまり使い慣れないけど、とにかく柔らかく、そして、速く。舞うように、流れるように。

狙うは妖魔の君の首。ニッカリ笑って妖仙は刀を振りかざす。流麗かつ非道なる呪いの舞のごとく!

117 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:05:48


妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN

>>116


 さすがは数千年の歴史を針の城とともに過ごした妖魔公の玉座だ。主人が流
星の勢いで背もたれに激突しようと、ひびひとつ入らない。
 アセルスは謁見に臨むが如く玉座に――強制的に――座すると、苦悶に呻い
て血塊を吐き出した。唇からしたたる蒼血が絨毯を濡らす。
 
 なんて破壊力。ただの一撃で、内蔵のほとんどを肉ごと潰された。魔術障壁
を編む暇すらなかった。……いや、そんな生ぬるい驚倒では追いつかない。

 なにが起きたか分からなかった。気づいたら玉座に縛りつけられていた。
 必殺の確信とともに握られていた月下美人が、ない。
 妖魔の君の愛刀―――アセルスが上級妖魔の中でも群を抜いて優秀な剣客だ
という事実を証明する、新月の刃。それが斯くも容易に奪われるとは。

「こ、この娘……」
 
 本物だ。
 
 咳きこみながら呻く。
 夜の世界に生きる身としては、あまりに珍しい寄生種。白霞姑娘は「武」の
道を知っていた。それも、アセルスよりはるか高みをいっている。
 娘が攻撃に転ずる瞬間―――アセルスほどの武芸者でも見逃してしまうほど
に、彼女は透明だった。殺意は愚か、自我という捨てられぬ核の部分までもが
見えなかった。

 イルドゥンから教わった「明鏡止水」なる境地を思い出す。
 ひとつの武の極み。そこに彼女は達しているというのか。
 
 アセルスの胸裏のざわめき。妖魔公の心の乱れは一時にしろ、失恋の傷みを
忘れさせた。それほどまでの驚愕。武人を自認するアセルスだからこそ、おの
のかずにはいられない。斯くも容易く究極の一を駆使してみせるとは。
 この娘はいったい何者……。
 
 だが、そんな吃驚すらも次の瞬間には忘却の彼方に消し飛ばされる。
 次なる驚愕の波濤は瞬く間にアセルスの全身に染み渡り、魂を奮わせた。
 
「そ、そんな―――」
 
 アセルスの理由≠ェ、在りし日の姿のまま、彼女の前に立ち上がった。

 いまの身分も。永遠を約束された鬱屈も。癒えることのない寂寥も。涸れ井
戸の如き深い絶望も――憎悪も――この涙さえ。
 全ては、たったひとつの理由≠ノ由来していた。

「し、ろばら……」
 
 百年前と変わらぬ姿で、アセルスに淡い微笑みを投げかけてくれる。
 清も濁も全てを受け入れてくれる、あの笑みで。どんな時だって常に自分を
肯定してくれた、あの笑みで。
 
 自然と涙があふれた。歓びと同時に羞恥がこみあげる。
 咄嗟に顔を反らした。今の自分に、彼女と対面する資格があるのか。
 つい数分前まで、他の女のことを考えていた自分に。―――白薔薇がもっと
も悲しむであろうカタチで、自分を体現してしまった自分に。
 妖魔公アセルスを彼女が認めてくれるとは思えない。
 
 いや、でも。
 あの時だって私を優しく包みこんでくれたように。
 彼女なら、あるいは今の私も―――

118 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:06:09


>>116>>117
 
 一秒にも満たない逡巡。それがアセルスの命取りになった。
 期待と怯えを混在させて顔をあげると同時に、銀無垢の刃が妖魔の美貌に飛
んだ。―――光芒一筋。霧を払って首筋に吸いこまれる。
 白薔薇に抱きつこうと腰を浮かせていたため、月下美人の太刀筋は若干の狂
いを見せた。お陰で首が飛ぶことはなく、刃は鎖骨を抜けて胸の中央に深々と
斬りこまれる。自身の肉をもって自身の愛刀を受け止めたのだ。
 
 麗人を刻む刃。だが、月下美人の一閃は残酷と呼ぶには清らかすぎた。
 ジャケットを染め抜き、足下に蒼紺の血溜まりを作りながらも、アセルスの
表情から恍惚の色は消えようとしない。
 両手を持ち上げ、震える指先を白薔薇の頬に添えると、血濡れの身体を傾が
せ、―――アセルスは静かに花嫁と唇を重ねた。
 
 百年ぶりのぬくもりだった。



「―――……礼を言おう」

 声とともに蒼血もあふれる。口元に広がる笑み。

「全ては泡沫の如し。虚構に過ぎぬとは言え……私の裡で未だ色褪せることな
く輝き続ける黄金の日々を呼び起こしてくれた功績は大きい。
 ……実にいいモノを見せてもらった」

 だから、これはせめてもの返礼だ。
 
 発気―――即ち生命の燃焼を運動エネルギーに変える勁力の理を、死者であ
るアセルスは駆使することができない。だが、偽装は可能だった。
 確かに、彼女には気を操作する経脈は無い。だが、オルロワージュから継い
だ魔術回路があった。性質は異なるものの、体内を巡る運動エネルギーである
ことに変わりはない。魔術は不得手なアセルスだったが、魔力を勁力に見立て
て練り上げるのは得意だった。
 これぞ妖魔流功夫。

 いつの間にか白霞の水月に添えられた右手の掌が、凶悪な殺意を帯びる。
まるで自我の結晶体。白霞が先に魅せた無我の境地からは、あまりに遠い。
 殺意の刃だけで肉を寸断できそうなほど鋭利だ。

 そしてアセルスの右手が、獰猛な牙を剥く。
 肉薄した零距離の間合いから、加速無しに打ちこまれる羅刹の掌打。
 月下美人をその身にくわえ込んだまま、放たれた。

119 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:10:16
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炉心熔融/

>>117>>118

玉座に戻った妖魔の君は、蒼い血を吐いた。それはもう思いっきり。
好機到来。にしてもあっけなく首が獲れたなー。玉座も獲れる。城まで獲れる?あっさり目的完了?

でも。どうも水盤を覗いていた時の彼女とは、別に本当の思い人が妖魔の君には居るらしい。
勘違いを招こうとした策で、この馬鹿はさらなる勘違いを用意して待っていてくれたらしい。

つくづく。予想の上を行ってくれるよ。別の意味で。むしろ、策中に嵌めているのか?これ。
と、私の方が不安になってしまうくらい。これだから、天然は御せないなー。厭なものだよ、全く。

だが、弱い。一刻の城主とあろう者が。あまりにも、あまりにも腑甲斐ない。
身体がではない。コイツの実力は相応以上。剣同士で相対すならきっとこの妖仙をも凌駕するだろう。
だが。心が、精神が。まるで砂糖菓子のように、掴めば消える泡みたいに脆すぎるのだ。

『し、ろばら……』

きっと、その思い人の名前でも呟いて。幻想にでも浸っているのだろう。哀れだな、よーまのきみ?
結局、この程度かー。こんなんじゃつまらないなー、なんて思ったのが、どーも隙になったか?
首を狙った麗しの刀の軌跡は逸れ、刃は鎖骨から胸へと走り、妖魔の君の身体を剔って止まる。
吹き出る蒼い血がこの妖仙の肌を服を蒼く染め上げていく。そこで理解した。私に隙はなかった。

思慕の心は奇跡を呼ぶか?恋慕の情は命を護るか?あまり、そーゆーことは信じたくない、が。
起こってしまったのだから仕方がない。目の前の現実を否定できるほど、私も若くはなかった。
会いたかった彼の人に引かれるように、腰を浮かせたことで一撃必殺を免れたか!

それから先は、妖魔の君に分があった。驚きがこの妖仙の動きを少しだけ止めた。
密着した唇と唇。いともあっさり奪われた。口元には妖魔の君たる風格を備えた微笑み。

「なー、よーまのきみ。こんな薹の立った仙人の唇奪って、何が楽しーんだ?」

私にも笑いがこみ上げてくる。楽しくて、楽しくて、愉快で愉快でたまらない。
やっぱり。やっぱり、コイツは期待していたとおり………いや、それ以上の逸材だ!
泡沫とは言い得て妙だ。泡のように脆いとは感じたが、その精神を理解し己の力にしているか!
硝子の剣はその脆さが故砕けた破片で敵を斬る!ふむ、伊達に妖魔の頂には座していないか!

笑いが止まらない。求めていたモノはやはり此処にある。

水月に添えられた右手。おそらくは私と似たやり方で練られた気。だが………これは!
私のモノとは似て非なる気。剥き出しの研ぎ澄まされた牙。止め処なく溢れる殺気。やはり、私と対極。

───なれば。その技も私と似て非なるモノ。即席にしては満点呉れてやる!

私の臓腑や命脈を剔る内功とは対極に位置する拳。即ち外功。同じ勁でも此処まで違う。
羅刹の如き短勁が私の身体を切り裂く。力を消す極意も在れど、それでの対処はほぼ不可能。

赤い鮮血が飛び散る。着衣に本来無い切り込みが入っていく。身体に力が加わり吹き飛ぶ。
此処までわかっているのに、何も出来やしないのは癪に障るので、一つ苦肉の策を思いついた。
未だに妖魔の君の身体に喰らいついた刀に即席の術を掛け、飛ぶと同時に音速で身体より引き抜いて。

知っているか?一度刺さってしまったなら抜くという行為がいかに危険か。精々咲かせ、鮮血の蒼い花!

一度奪った刀だ。易々と返してたまるものか。それにしても、お腹が空いた。それは至極当然。
失ったモノは取り返さなければならない。刀身をしゃぶるように舐めて蒼い血の味を確かめる。

「あー、おいちーね?これー。お礼なら、これ。もっと。もっと呉れないかなー?」

そー。失った血は返して貰わないと。おなかぺこぺこー。仙人だって霞だけじゃ生きていけないんだよ?
だから。不死者にだって命脈は在る。私はソレを知っている。故に、私の流儀はソレを絶つこと。

確実なる我が死の闘技で、その命脈悉く潰して断ち切って進ぜよう!

霞の中で私を幾重に映す。再び構えをとる。今度はこちらから攻め立てる順繰りだろー?
這い寄るように、死は近づく。虚無の中に身を潜め、幾重の影の中より妖仙は刃を振り下ろす。

120 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:17:38


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>>119


 濃厚な霧に五つ六つとシルエットが重なり―――残影に翻弄されるアセルス
の肩を月下の刃が舐めた。蒼血を見事に咲かせ、傷みにたじろいでいた妖魔公
に回避の術は無い。白霞の一閃はあまりに流麗に妖魔の命運を断ち切った。
 すわ、これでファシナトゥールの歴史も形骸と散るのか。―――そう思われ
た一瞬、アセルスの身体がどろり≠ニ溶けた。
 瞬く間に麗人の姿を崩し、後には影色の泥が床に残るばかり。

 ―――陰術、シャドウサーバント。
 
 自身の影から立ち上がった質量を持つ残影。
 リージョン・オーンブルの最秘術。
 アセルスはこの高等魔術を高速無音詠唱により発動させることで、白霞に覚
られることなく変わり身としたのだ。
 
 実体は霧から逃れるように、玉座から距離を置いた壁際まで下がっている。
 月下美人を引き抜かれたとき抉られた疵は陰ではなくオリジナルの負傷のた
め、今も生々しく刀痕が残っていた。
 妖魔は不死性こそ高いものの、再生力はそれほど優れていない。完治までは
最速でも数分かかる。永遠に等しい時間だ。
 ここまで深い疵を負うのは久しぶりだった。
 
 ふ、と妖魔公の口元が綻びる。

「愉しいなぁ、白霞姑娘よ」
 
 アセルスの表情―――端正な憂い顔は変わらないものの、今はそこに刹那的
な歓びが刻まれている。永遠を往く者とは思えぬ、狂気的な感情の燃焼。
 妖魔の君は白霞の戯れを高く評価していた。

 ジュヌヴィエーヴの喪失により絶望に耽っていたアセルスの情思に、白薔薇
と云う更なる劇薬を叩き込んだ。それによって生ずる思惟の化学反応は、より
深い懊悩を彼女にもたらす。
 白薔薇にトラウマじみた想いを寄せながら、ジュネへの恋慕も忘れようとし
ない己のなんと身勝手なことか。醜く、浅ましく、唾棄すべき在り方だ。
 教えて欲しかった。清廉な生き様を。自身を蔑むことなく、この胸の寂寥を
満たすことが可能な在り様を。

 絶望は拡大する一方で、アセルスはより強く死を求めるようになった。
 ―――全ては白霞の戯れのお陰だ。
 妖魔公アセルスは常に世界を懐疑し、己を懐疑し、何者をも拒んで絶望に逃
避する。情念に満たされた精神では、無我による明鏡止水の境地には決して踏
み入れられないが―――死にながらにして誰より生きることができた。
 アセルスは生きるために死ぬのだ。

「だが、まだ足りんな。心も躯も痛めつけられて、私の絶望は陶酔に打ち震え
ているが―――まだ足りん。貴様なら、更なる高みへと私を連れて行けるはず
だ。さあ、もっと激しく私を嬲ってみろ!」
 
 壁に整列するインテリア用の装飾過多な甲冑から戦斧槍(ハルバード)を奪
い取ると、身の丈の二倍はあろうかと云う長物を軽々と片手で振り回してみせ
る。華奢な腰と細腕からは想像もできぬ人外の膂力。

 アセルスは白霞と体術で競うことに、早くも見切りをつけている。羅刹掌は
切り札の一枚だった。あの一撃で仕留められないなら、スタイルに拘って無手
で深追いするのは危険だ。アセルスの武芸は獲物を用いることによって初めて
際立つ。
 巨大な戦斧槍を肩に背負うと、「おおお」と低く吼えて疾走。一直線に玉座
へ、霧中の白霞へと接近する。

 富岳八景―――大味な斬撃が、影を選ばず霧ごと薙ぎ払う。一度では止まら
ず、二度三度と戦斧槍の太刀筋が霧を蹂躙したとき、それは刃の暴風と化して
謁見の間の床や壁、インテリアや石柱までも容赦なく破壊した。
 月下美人による精緻で鮮やかなる刀捌きとは比較のしようもない凶暴な蹂躙
行為。だが、妖魔の君が振るうだけでそこには不思議と品位が生じた。

121 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:19:31
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>120

命脈を絶ち切るときの音が好きだ。命の根源を一つ一つ潰していると得も言われぬ快楽が私を襲う。
だから、それはこの身に染みついている。故にわかった。これは命では無いのだと。

「───まさか、影真似に影真似とは!この妖仙相手に意趣返しの策を弄すか!」

呵々と笑いがこみ上げる。壁際に悪戯な娘を見つけた。ニヤリと笑って、舐めるように見つめてやる。
私が切り裂いた服。私が剔った傷。うん、もっとこの恍惚を!もっとこの愉悦を!もっとこの悦楽を!
あー、それにしても、この仙人としたことがノリノリだなー?

「うん。私もだ。楽しくて楽しくて仕方がない。これだから、生きているのはやめられないなー?
 それからさー?姑娘ってゆーんなら貴様の方がお似合いだぞ?妖魔の君?いひひひひー!」

笑ってる。このゾクゾクした感情が好きだ。私は止まっていない。停滞していない。
ここに来る前に他の世界を覗いていたが、この妖魔という存在は、極星帝国の神々と似ている。
傍若無人な割に非干渉。力があっても使おうとしない。ヤツら、生きてながらにして死んでる。
ただ永遠を満喫したいだけなら死ねばいいのにね?死の安息で永遠を謳歌してやがれ。
だから妖魔の中で、せめて見所があるのはこの妖魔の君ぐらいだった。
瑞々しい生の感情がまだ未練のように残ってる。生(なま)は生(せい)の証。

ああ、私は未だに“生”ってヤツに固執し続けている。今、この一瞬も。私は生きていたいのだ。
だから、忘れてしまうぐらい昔に。私は死と隣り合わせの道を選んだ。浅ましくとも、愚かしくとも。

だが、死と無の本質は似て異なるモノ。無の理は死に非ず。
死の理は無に非ず。死なずのこの身のある限り。死の隣はきっとまだ生。死の隣こそ生の極地。

「そーだな?私もまだ足りない。うん。よーまのきみの被虐趣味があったとはしらなんだがー。
 ご満足いただけるよー、この奎白霞、誠心誠意おつきあいさせていただきます!」

くるくると回りながら、微笑む。生きてるよね、私たちさ?なー、よーまのきみ?

「淫蕩が過ぎるぞ、よーまのきみ。極み、ねー?そんなにイキたいかー?
 ………でも、やっぱり、貴様は見所があるよ!ここにして正解だった!
 炎と氷の棺の中で死んでるヤツや自分で時を止めたヤツらとは大違い!
 
 面白いことは面白いんだけどさー?鮮度が足りないよな、鮮度がさー。」

深い常夜の底で私は、笑いをこらえきれなかった。それぐらい楽しくて、愉しくて。

122 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:20:43
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>120>>121

もー。おかしくて可笑しくて。笑いが止まらないや。
でも、極みに辿り着く道程を教えてあげるのも仙人様の役目だったっけかなー?
刀を構え直す。でも、やっぱり『刀』には馴れない。刀のままなら形勢は未だに不利なまま。
でも。この『刃』としての美しさは評価高いんだよねー。同族としても誉れ高い逸品。

仕方がない。ここは一つ。同族のよしみで。やっちゃうか?やろー。やっちゃおー!けってーい!

響く咆哮。構えられた戦斧槍。唸る太刀風。揺れる城楼。
猛る闘気。気品に満ちた暴力が烈風のように吹き荒れる!

強化と弱化の術式を同時に練りあげる。仙道の極み。とくと味わえ。よーまのきみ?
刀を片手で構え術を放つ準備を整える。ゆらめくような疾走。捉えさせない静の闘気。

影を全部断ち切るつもりなら。その影全部に成り代わってその攻撃受けてやる!

神速の闘技で、幻の中に入り込み、その槍の一挙一動を刀で受け止める。響き渡る戟音。
槍の斬撃を力に還元し、それを解き放つように地に返す。─────極意。これぞ、消力!
麗しく響け。刀と槍が織り成す即興の交響曲。奏でるのは違和感に充ち満ちた不協和音。

─────刀に罅が入っていく。槍の力が強いのか?この刀が弱すぎるのか?

答えは二つとも否。むしろ逆。弱化の法は妖魔の君にかなうこと能わず。ならばその標的は何か?
強化の法は諸刃の剣。その危険を冒してまで自身を強化する必要はない。ならばその標的は何か?

気づいているか?槍を捉える場所が常に違うことを。刀の峰や鎬まで万遍なく槍を打ち付けていることを。
最後の術で空間を曲げる。耐えられない刀は蛹を破る。払った瞬間、散らばった破片。

「─────良し。」

言葉と同時に切り払う。妖仙の得物は一つとして衰えていない切れ味で戦斧槍を砕く!
防御とは時として最良の攻撃のための大いなる布石。

気づいていたか?槍の止められていた場所は、ほぼ変わっていないことを。
強化の法も、弱化の法も対象は同じく、この刀に掛けていたことを。
外側に弱化、内側と刃に強化をそれぞれ施して、後は暴力で刀を研ぎ揚げる。細工は流々!

「神仙が鍛えたってゆーなら、妖仙たる私が打ち直しても不敬には当たらないよなー?
 刀には馴れないのでなー。使いやすいように勝手に改造?させて貰ったよ。
 
 やはり、私にはこちらの方が向いている。さて、ここからが本番だぞ?」

突き出された刀は剣舞の流れに最も適した形に姿を変えた。肉を削って軽く、片手で悠々と扱えるように。
目釘を外し柄巻を解く。見えるか、この麗しの刃が?あー、仕上げは上々!

吹き荒らすは旋風、舞い散る破片も今一度、刃となって襲いかかる!もう一度柄を巻き直して構える。
トン、と足で軽く地面に軽く地面を叩いて、私も舞おうか、優美かつ残酷な剣の舞を。

誰に捧げるためでもなく。誰を斬ろうとするためでもなく。一種の準備運動ってやつ。
見えそうで見えない。これこそ淑女のたしなみってヤツ?いひひひひー!

─────それじゃ、征こうか。神仙と妖仙の合同作で!

明るい鏡のごとく、止まった水のごとく。されど淀むことなく。我が剣の境地を味わい尽くせ?

123 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:23:54


妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN

>>121>>122

 
 巨躯の斧槍と細身の刀で奏でる二人の剣楽。
 正面から圧倒的な質量を受け止めていたにも関わらず、刃の暴風の先でステ
ージを征したのは白霞の月下美人だった。

 ―――いや、この演奏に勝者などいない。

 戦斧槍は砕けた。月下美人も砕けた。いま、剣奏の舞台を飾るのは剣戟とい
う名の議論によって止揚された第三の剣。

 刃の破片が妖魔公の頬を叩く。
 更新される月下の刀光。戦斧槍が柄だけを残して自慢の巨体を散らした。
 アセルスの視線は白霞の手元を注視している。変わり果てた愛刀。実践的な
両手仕様の拵えから一転、流麗な剣舞を舞うに相応しき繊細な片手剣へと転生
した月下美人―――姿は変われど、刃に封じ込められた清廉な刀気は失われて
いない。かつての持ち主だから理解できる。あれは月下美人だ。

「なんと……」

 感嘆の吐息は自然と漏れる。

「奇跡だ」
 
 新生の月下美人―――戦斧槍をただの一閃で砕いただけでは飽きたらず、返
す刀でアセルスの首を狙った。
 棒きれと化した槍を投げ捨て、紙一重の見切りで回避する。太刀風を浴びた
だけで肌が裂けそうな、凍える切れ味。白霞の剣舞は止まらず、一手から派生
する十手が無限の連環を描いて猛追する。
 対するアセルスは、無手。
 例えなにがしかの獲物を構えていたところで、この舞踊の前ではハルバード
と同じ運命を辿るに違いない。
 剣戟を許さぬほど鋭利な太刀筋。今や舞台は白霞一人のみのために開かれて
いる。―――妖魔の君の剣楽は、必要とされていないのか。
 
 答えは、アセルスの唇が示した。

 唄うような魔術詠唱。妖魔の囁きに応じて変貌する世界。
 ファシナトゥールは常世のリージョン。永劫の闇に沈んだ魔宮。……とはい
え、光は常に陰ありしきとこから生ずる。それは針の城とて例外ではない。
 玉座の間を外界から分担する炎のカーテン。逆吊りの城の如く、天井に輝き
を与える巨大なシャンデリア。魂の残滓によって燃焼させる、魔術式の街灯。
 ―――室内の光という光が、アセルスの魔術に喚ばれて凝縮する。
 
 アセルスは白霞との剣楽を諦めてなどいない。刃を交えれば瞬時に砕かれる
のなら、砕かれるたびに新たな刃を用意すればいい。
 無限に供給される光の刃で、奇跡の一刀に応えよう。

 妖術によって編まれた光の鞘からガラスの剣を引き抜く。
 振り下ろした一閃で月下美人を受け止め、次の瞬間には呆気なく破砕。だが
逆の手が次の一刀を無形の鞘から抜刀している。

 武器としてはあまりに脆く、繊細であるがゆえに刹那の美しさを切り取った
ガラスの剣(エペ・ド・ヴェレ)。光ある限り無限に剣製される刃が、月下美
人の剣舞を受け止める。

「今宵は大盤振る舞いだ。贅沢の限りを尽くし、忌むべき光(リュミエール)
を消費しようではないか。―――私とキミの剣楽で!」

 交錯するたびに割れ砕けるガラス片―――敵味方を選ばず、時にはアセルス
の肌を傷つけ、やがて光へと還る。
 新生月下美人の剣筋は冴え渡る一方で、たちまち十本が砕けた。両手に二刀
では追いつかないのか。ならば、とアセルスは口元に狂喜を浮かべる。
 次に右手が光から引き抜きたるは三刀。指の間にヒルト(柄)を挟み、薙ぎ
払う。左手にも同数の硝子剣。併せて六刀。六つの光芒。
 ―――全てが砕け散った。

 それでいい。アセルスは満足そうに頷く。
 これは剣楽。新生月下美人が砕くことで旋律を奏でるなら、ガラスの剣は無
限に砕かれることで音を鳴らす。
 
 持てる剣技の全てを預ける。硝子剣を振るいながら、妖魔公は無邪気に悦ん
だ。血を求め、光を散らす二人っきりの舞踏。―――百年近く忘れていた興奮
が徐々に呼び起こされてゆく。
 この戯れ好きの妖怪仙人には感謝してもしきれない。愛の交わりをケモノの
本能に基づいた闘争的な産物と解するなら、しとねの相手にこれ程相応しき相
手はいない。鼓動が高鳴る。彼女なら満足させてくれるかもしれない。
 
 悲愴と歓喜に満ちた死は、近い。

 アセルスはその時を待ち侘びながら、ガラスの剣を演奏した。

124 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:25:21
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>123

私の暴挙を妖魔の君は奇跡と言う。コイツは本当に酔狂だ。君主の器と言えば器か?
しかし、この剣は本当に馴染む。うん、有り合わせの柄巻きじゃなくて、ちゃんとしたモノを誂えよう。
そしたら次は鞘だよね?ちゃんと作らなきゃ。それぐらい会心の出来。自分で自分を褒めたいぐらい。

なんて考えていられるほど。剣舞には馴れている。此処は忘我の極みの果ての果て。
槍であることを止めたそんな棒きれでこの私を止める術があるか?まー、あるならやってるよな?
相手の動きを読んで合わせることも、相手の動きをある程度操って封じていくことも私には出来る。
まるで咎人を裁く煉獄の炎のように、静かにそれでいて苛烈に責め立てる。

「どーだ?とーぜん、これぐらいじゃ膝を折ってはくれんのだろーなー、よーまのきみ?」

まだまだ私の舞は止まらない。蛇が獲物を呑み込むように徹底的に圧倒して蹂躙し尽くす。
次の瞬間。妖魔の君は棒きれを捨てた。当然だ。そうでなければ私が困る。ここまで昂ぶっているんだ。
─────もはや、半端なモノではこの私が満足できない!

「そーだ。さっさと次の策を用意しろ!夜は明けないし、お楽しみもまだまだこれからだぞ?」

期待に満ちた言葉を投げる。これで終わって欲しくないと心の奥から願ってる。
そうして、妖魔の君は歌を唄う。実に意外な麗しい声で。願いは順調に叶いつつある。
練られた術と術。それが合わさって描き出したモノ………それは。

「硝子の剣だと?面白い!面白すぎるぞ!妖魔の君!ずいぶんと洒落た洒脱な趣向すぎるぞ!」

確かに。私は彼女の脆さを硝子の剣に喩えた。が、小癪にもそれを読んだか?
今、妖魔の君の手よりその姿を現したはまさしく硝子の剣。私の罠を逆手に取ったか!
そう。彼女は“妖魔の君”なのだ。なれば、妖かしの一つや二つそれこそお手の物なのだろう。

─────しかし、それは逆に。私の罠の真意に気づいていない何よりの証拠でもある。

ならば。あえて乗ってやるのも一興。これはまだ。起承転結の起、序破急の序にすぎない。
ああ。言ったとおりに今宵は悠久。そして未だ宴の幕は開いたばかり!

「そーだなー?贅ぐらい尽くして持て成しておくれー?私は折角の侵略者だ。
 光に充ち満ちて招かれざる客がやってくるなんてゆーのは皮肉が効きすぎて良ー。
 
 私達が如何なる存在か。いかにして此処まで辿り着いたか。そーして、何に嫌われているか。
 全部纏めて、倍率さらに倍?いやー、馬鹿馬鹿しくて最高だ!だろー?よーまのきみ!」

無の中に有を混ぜてやる。見えたと錯覚させて誘い込む。煉獄の炎は苛烈さを増す。
散らばるのは硝子の破片。まるで空を彩る星屑みたい。良ーよ、全部隠してあげる!
我が名は不吉の化身!奎の星を覆い尽くす白き霞!妖しく怪しい仙道の極みを往くモノ!

硝子の破片をこの身で喰らおう。静かに集積。静かに集束。
我が身を溶かせ。我が身で熔かせ。融けて無くなれ、我が身の中で。
呑み込む虚無なら此処に在る。麗しき連弾の中、奇なる策の種は芽を出し、蔓を伸ばす。

「なー、よーまのきみ?少し聞いておきたいことがあるんだがさー。
 なんで、お前はこの頂きに座ってるの?自分で座りたいと思って此処に辿り着いたの?
 そーまでして座って居たいほど、此処って安楽で安寧で安心?」

それと同時に、今ならきっと喋れる余裕がお互いにある。だから私は純粋に真意を問いたかった。
この妖魔の君ってば、何処かの誰かに似ている。そう、頂きにいる割に何もしない極星の皇帝に。
それでいて、常に心の底じゃ動きたいと願っている。だからこそ、滑稽にもほどがある。
故に、常々見極めたいと思ってはいた。停まっている割には動きたい意志に溢れているから。

「そーまでしてさー、こだわる価値のあるモノなの?
 そこまでしてさー、手に入れたかったモノなの、此処ってさ。」

奇なる荊の花が咲く頃にゃ、蔓は棘と共に足下から絡め取る!煉獄の炎はこの胸の中にある。
さあ、その秘密の内訳を教えてあげる。そう。狂える悦びを。もっと高めて?果てなく?心の奥まで?

息を大きく吸う。私の身体の中で形を失った硝子を集めて一気に冷却。空想するのは螺旋の剣。
息を一気に吐く。口の中から吐き出した張りぼての硝子の魔弾。ほら、私の螺旋が天を貫く!
禁忌?そんなモノ存在しないよ。何故って?だって、私。禁忌の先に生きてるんだから!

「どーかなー、貴様の趣向にゃ付き合い切れてるー?さーて。そろそろ。警告してあげるー。
 
 絢爛豪華で贅沢な舞踏をこのまま続けるってゆーのもそれはそれで愉しそーなんだけどさー。
 それだけなら、押し切っちゃうよ?それで良ーってゆーんならー、この硝子の欠片みたく、」

秘密の外交官が夜を往く。仮面に隠した情熱の奥底に秘めた快楽への欲望を見透かしてあげる。
悪魔のような微笑みで妖しく微笑みかける。赤い瞳に映るのは、燃え盛る煉獄の火炎。

「……………とかちつくちてあげよーか?」

無論、この拙い発音はわざと。これでコロリと逝く馬鹿がこの世にゃ多すぎて困り果てるけど。
冷たい警告は傾国の暗影。舌の足りない妖女はお好き?したのたりないようじょはおすき?

125 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:28:45


妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN

>>124


 使い捨ての剣楽が砕け散り、ガラスの剣の消費は三桁に届く。
 オルロワージュから受け継いだ魔力回路は枯れることを知らず、光の鞘から
無尽蔵に刃を供給した。
 無呼吸でたたみかける斬撃の応酬が、アセルスの肺から血中から迅急の勢い
で酸素を奪いとっていく。手をゆるめて空気を取りこめば窒息はまぬがれるが、
剣楽のリズムが狂う。白霞の刃を受けきれなくなる。
 アセルスはもっと愉しみたかった。永遠に踊っていたかった。
 だから、無音詠唱で心肺機関に魔法円(サークル)を展開させて呪化処理を
施す。躰の負担が一時的に軽減した。フィジカルエンチャントによる強化で誤
魔化せば、あと数分は保つはずだ。

 だが彼女の恍惚は、白霞の不意打ちの問いかけで呆気なく冷却した。

 そこまでして拘る価値のあるものなのか。白霞の問いは、悪意が無いゆえに
残酷だった。陶酔からアセルスを醒ます程度には辛辣だった。
 胸をえぐる疑問の言葉に、ガラスの剣を駆る腕が一瞬だけ静止する。

 刹那の好機を見逃すまいと螺旋が馳せた。

 白霞の唇から射出された硝子の魔弾。
 空気を穿孔する螺旋剣。
 アセルスが魅せた「無限の剣製」の返礼とばかりに、三桁を数えるガラスの
剣の破片を体内に取り込み、偽りの螺旋を錬成した。
 
 剣戟の間合いでは回避の余裕などなく、また呆然と白霞の顔を見つめるアセ
ルスに回避の意思もなく、螺旋剣は馳せるがままに妖魔公の胸を撃ち抜いた。
狙いたがわず心臓を穿った。螺旋の剣先が背中にはえる。
 アセルスは口元から血塊をこぼすものの、己の負傷などまったく頓着せず、
螺旋の魔弾など無かったかのように白霞を見入った。
 両手の硝子剣は、呪文による鋳型を失い光の粒子となって霧散した。

 玉座の意味、か……。

 懐疑の問いかけを胸裏で反芻する。
 この妖怪仙人が理解できないのも無理は無かった。
 悟りに至り、躯ひとつで世界を駆け回り、失うものなど無いがゆえに全てを
持つ仙人には、アセルスの執着は奇異にしかうつらない。
 拾うばかりで捨てることを極度に恐れるアセルスには、剣客の極致である明
鏡止水の境地には決して至れないのだ。
 仙人とは、在り方があまりに違う。

 妖魔の君の双眸に、先までの愉悦とは明らかに別種の焔が宿る。
 それは失意と憎悪。
 耳障りのよい剣楽の旋律を拒んで、懊悩と黄昏の不協和音が谺するアセルス
の裡へともぐるなどと―――そんな演出は望んでいない。
 妖魔の君はただ心地よく酔いたいだけだった。悲哀に狂い、絶望に耽溺する
がまま至上の死を演出することが望みだった。
 なのに彼女は問うのか。
 私を犯すのか。

「良いだろう……」

 胸に突き立つ螺旋剣のヒルト(柄)を愛おしげに撫でる。

「貴様の問いに答えてやる。言葉ではなく、世界で」

 妖魔公から放射されるオーラが明らかに変異する。清廉だった剣気に代わっ
て玉座の間を支配したのは、剥き出しの悔恨と絶望。
 この時、白霞とアセルスを支える世界は光景を変えることなく、属性だけを
器用に反転させた。

126 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:29:08


>>124>>125

 今やこの世界は、白霞が知る針の城であって針の城ではない。アセルスの識
るファシナトゥールであってファシナトゥールではない。
 剣楽から離れ、深々と穿孔した―――裡なる心象の風景だ。

「私は玉座に執着しない。妖魔の君の座に固執しない。なぜなら、私はひとり
だからだ。たったひとりの孤独だからだ」

 螺旋剣のヒルトに手をかける。自らの肉体を鞘に見立てて、アセルスはゆっ
くりと幻想の剣を抜き始めた。禍々しい瘴気が妖魔公に集中する。肉の鞘から
離れ、外気を浴びる刀身は―――螺旋を描いていなかった。
 硝子ですら無かった。
 それはまったく別の剣だった。
 アセルスの肉に埋もれたことで、アセルスの裡へと侵入したことで、螺旋剣
は侵された。螺旋剣は変容した。螺旋剣は喰われた。
 螺旋剣は贄となり、より上位の魔剣を呼び寄せたのだ。

 心象剣「幻魔」

 自らの生命力を刃に変える魔術礼装。
 それはひとつの世界だった。アセルスの内なる世界を投影した心象の刃だっ
た。剣客でも妖魔公でもない、剥き出しのアセルスだった。
 自らの結晶たる幻魔。月下美人が無情冷徹の清剣なら、幻魔は多情慟哭の魔
剣だ。白霞に奪われた月下美人に打ち勝つ秘剣でもあった。

 だが、アセルスは幻魔の抜剣を躊躇した。
 あまりに禍々しいからだ。清廉な月下美人の刃に比べて、幻魔は脆弱で、繊
細で、底知れぬ絶望と悔恨に囚われた醜悪だ。
 見られたくなかった。自分という本性を誰にも識られたくなかった。
 稀代の強敵と認めた白霞の前では、月下美人の如き清らかな自分でいたかっ
た。弱い自分など誰だって好きにはなれない。
 ―――だが、彼女は問うてしまった。
 だからアセルスは答えを示した。
 幻魔をもってして。心象剣をもってして。

「孤独な私は―――だから、何かを捨てるのが怖い。自分の居場所が欲しくて
たまらない。よるべが無いからこそ借宿を求めて喘いでいる」
 
 幻魔の刀身―――見るだけ心を汚染されそうな深紅の刃。アセルスは水平に
構えると、醒めきった視線を白霞に向けた。

「これが答えだ白霞よ。浅ましく枯れ果てた私の世界だ」

 失望しただろう。落胆しただろう。
 好敵手と認めた相手のか弱さに。華やかな舞台は虚飾に過ぎず、内幕の向こ
うで荒廃するパートナーのなんと儚さに。
 ……だから、見られたくなかった。見せたくなかった。

「私は貪欲なのだ。貴様が無価値と切り捨てるもの、貴様が無意味と蔑むもの
すら欲しくてたまらないのだ。乞食のように地面を這って、常人なら見向きも
しない汚れた愛情すら喜んで受け入れる」

 ここまで妖魔の君の本性を見せてしまった以上、いよいよ白霞を生かして返
すわけにはいかなくなった。
 幻魔には華麗も壮麗も無縁だった。これから始まるのは華々しい剣楽の共演
などではなく、泥臭い殺し合いだ。
 
「さあ、私を嗤え。憐れめ」

 そして溶かしてみせろ。この地獄を。この荒野を。

127 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:33:11
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>125>>126

天元突破の螺旋は突き進んで妖魔の君の胸を剔り。
妖怪仙人の言葉は意は違えど妖魔の君の胸を剔る。

こうして胸を剔られて地に伏せるだけ。なはずがないよね?

だって、私。かなり気に入ってるんだよ?この刀の何倍も、貴様のことが。
だから、精々考えて?その知恵を絞ってさー。答えて呉れなきゃ、泣いちゃうよ?嘘泣きだけど。

目の奥から、愉悦が消えた。それと同時に、失意が、憎悪がその瞳に宿った。
ほーら。やっぱり貴様の感情は誰よりも読みやすい。けど、出してくる答えは常に私の予想の上。

だからさ、やっぱり予想外だ!言葉じゃなくて世界で答えてくれるなんて!

悠久の常闇。溢れ出る悔恨と絶望。荒れ果てた心象世界は私の陣をも喰らい尽くすか!
まー。それでも残ってるんだけどねー。こっちも伊達や酔狂で張った陣じゃない。

だが、本当に妖魔の君の言うとおり、彼女が孤独だとすれば。きっとこの陣は無意味の長物。

だからこそ。徒な悪戯心でこれを残しておこうと決めた。確かめてやる。その言葉を。
私なりに、精一杯答えてあげる。妖魔の君が出した答えに。我が万策を持ってして!

突き刺さった螺旋は抜かれ、こうして、世界は侵食されていく。
妖魔の君の心象を現す禍々しい紅が世界を染め上げていく。引き抜かれていく魔剣。

それでわかった。コイツがここにいる理由を。やっとこさ理解した。

知ってるよ?貴様がこの世界を守ろうとしてるぐらい。
知ってたよ?貴様がこの世界を誰にも見せたくなかったことぐらい。

私が捨ててきたモノにコイツは縋り付いているのだ。
剥がれた体裁。剥ぎ取られた仮面の奥。それでも変わらない本質が未だ此処に在る。

「─────居場所?私からすれば、世界全て須くして私の居場所なんだけどなー?」

でも。縋るのだ。縋り付かずには居られなかったのだろう。この少女は。
時が停まったその日から。きっと、失いたくないモノばかり失ってきたのだろう。
そうして彼女の手に残ったのは本当はいらないモノばかりだとしても。

私のように望んで捨ててきていないからこそ。妖魔の君という位置でさえ。失うことが怖いのだ。

だからこそ。その形を、在り方すらも変えて彼女はここに未だ立っている。
貪欲に欲しがることで、捨ててしまったモノすら手に入れられると信じている。

─────だからこそ、この世界は浅ましくて、枯れ果てていて。それでいてなおも美しい。

私が来た道と多分に相容れない道だからこそ。私は妖魔の君でなく“彼女”を容認しだしていた。

128 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:34:54
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>125>>126>>127

そうして抜き放たれた魔剣。ここは妖魔の君の心の炉の中。荒れ狂った奥底。
心の底を覗かせないのが王が故に。この世界が見れていることが、酷く愛おしい。

だからこそわかる。これこそが。妖魔の君の切り札。

だけど私は策士だから。先を読むのだ。それはいつから?それは当然戦の前から。
だから私は先を読む。策士が故に。私は先を見据える。たとえ狡猾と言われても。

辛い闘いで、奥の手を使わないってことは無い。誰もが最後に縋り付くのが伝家の宝刀なら。
だからこそ。だからこそ。奥の手には対策を練っておく。おければの話だけど。
策の妙味とは即ち、一の術を持ってして百の略を砕くこと!

「─────悪いな。貴様の奥の手ならば。ある程度は見透かしていたのでなー?」

そう、嫌らしく微笑んで言ってから、チャイナドレスの奥に縮めて隠していた刃のない柄を取り出す。
大きさを戻して、力を集束させる。極星帝国が誇る、光の刃によって成り立つ非実体剣。
実体のない刃には実体のない刃を。未だ、我が策は尽きず。未だ、我が知は枯れず。多分、永遠に。

私の永遠とよーまのきみの永遠は。違う。質も量も。それでも。いや、だからこそか?
この胸の拍動を止められない。こみ上げてくるモノを押さえつけておけない。

「………貪欲、ねー。うん、やっぱり。貴様はうちの皇帝や馬鹿王なんかより面白い!
 悪いけど、私さー。その手のおーさまは見飽きるほどに見てきたつもりだよー?
 だけど、貴様が一番無様で不体裁で見窄らしいったらありゃしない!
 
 ─────だから、面白すぎてたまらない!」

止まらない笑い。でも。それはまるで子供のような純粋な好奇心と執心。
あばただってえくぼ。そーゆーわかりづらい雰囲気。感じ取ってくれるかな?

「だから。綺麗だよ?もの凄く綺麗だよ?他の誰よりも純粋だもん。」

微笑みながら、狂える容を覗き込む。これってさ。ある意味告白だったりするのかな?

「でもね?私だって欲しいモノ我慢する質じゃないんだ。
 それに本当に捨てたくないものを簡単に捨てる質でもないんだよ?」

玉座に向かって刀を投げて突き刺して。奪いたくば、奪えと微笑む。取り返したいんでしょ?
お前を縛り付けているこの仮面を。全て知ってて、それでもなお。凄く愚かだけど。それで良いよ?
それが妖魔の君である以前に。お前の本性であるなら。受け入れてやるぐらいの度量はある。

「だからね、私。貴様にこの命。呉れてやるつもりなんか無いしさー。」

ここまで生きて、それでもなお、私は生きることに飢えている。
千の時を経て、万の時を経てもなお、尽きぬ思いが此処に在る。

「だからね、私。未だに、この世界。奪いたくてたまらないんだよ?」

奇しくも状況はまるで発端に似ていて。やっと、最初の目的に、振り出しには戻って来れたかな?
それで良いや。最初の目的にこうして二人で戻ってきたなら。この玉座、全てを掛けて奪い合おう。
だから。全力を持って答えてやる。万策を持って答えてやる。変幻の意を尽くしてやる。

「─────それじゃー、いくぞ。よーまのきみ?覚悟は、聞くまでもないか!」

集束された力を解放して加速する。手慣れた形の剣から繰り出される真の軌道。
自身の速さに、剣の速さを加える。虚無を纏った読めぬ軌道は、飛燕の如く。
さあ!ここからが最高潮!さあ!私達の本当の闘いはこれからだよ?

だから来て?虚無の果てまで。見つめて?見えない私を。大きく口を開けて、呑み込んであげるから。

129 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:35:19


妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN

>>127>>128


 白霞が光の剣を抜き、迫る。接近する。肉薄する。
 なんて疾さだ。
 見えざる不可視の軌道―――ただ純粋にアセルスの命脈だけを狙った虚無の
刃が、しかし、同質の虚無に太刀筋を阻まれた。
 深紅の刀身が澱んだ空気を切り払い、光の一閃を受け流す。
 紙一重で刃を受けたアセルスは、衝撃を利用して間合いを開きながらも、冴
え渡るばかりで鈍ろうとしない白霞の剣捌きに舌をまいた。

 いまのは、幻魔でなければ反応すらできなかった一刀だ。

 物理の定理すらねじ曲げたパリィ―――幻魔を引き抜いたいま、この玉座の
間は真なる意味で彼女の城≠ニなっている。
 針の城でもっとも荘厳かつ壮大なこの広間は、いまやアセルスの結界内であ
り、アセルスの胎内であり、つまりはアセルス自身なのだ。
 たとえ瞳が捉えられずとも、肌が感じ取れずとも、世界がすべてを見通して
いる。世界とは何か。―――ここでは、アセルスが世界だ。

 哄笑がいつの間にか玉座の間に響き渡っていた。

「綺麗と言ったか! 純粋と言ったか! この地獄を見て、本気でそう思うの
か! ―――ならばもっと見せてやる。貴様の愛らしい顔が嫌悪に歪むまで、
もっと深くまで、奈落の果てまで!」

 この瞬間、アセルスの総身は歓喜に支配された。背筋があわ立ち、血色の瞳
孔が開いた。口元が痙攣するように歪み、嗤笑を作った。

 陶酔の海にたゆたうような錯覚。全身に突き抜ける昂ぶり。
 ―――もはや疑いようもない。
 白霞はアセルスの求めに応えてみせた。彼女はアセルスの世界からひとつの
愛を殺した。いま、妖魔の君の中にはこの不敵で不遜な仙人しかいない。彼女
だけが世界のすべてだった。
 ……そう、この醜い世界の、唯一の住人だ。

 幻魔を逆手に持ち直すと、絨毯に深々と突き立てる。
 高笑いを続けながら呪文の詠唱を呟くと、そびえる魔剣を中心にして魔晶石
の床に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
 地面が断裂し、地割れを起こす。―――そして、断層の隙間から炎がほとば
しった。アセルスの荒ぶる感情を投影した、赫炎が。

 火焔は玉座の間を見る間に満たしてゆく。
 これこそが我が心象の景色だ、と炎熱の中心でアセルスは嗤った。
 泣き顔のように壊れた表情で、嗤っていた。

「なんて品性に欠ける! なんて浅ましい景色だ!」

 こんな景色でも、まだ綺麗だと言えるのか。こんな景色でも、まだ純粋など
と言えるのか。―――まだ、奪いたいなどと言えるのか!

 焔の海面から幻魔を引き抜く。アセルスの心象剣は、赫怒の火焔に抱かれて
灼熱の螺旋を描いていた。もはや刃というより炎の柱だ。流麗な装飾すら獰猛
な炎に呑み込まれ、いま彼女が構えるのはただの劫火だった。
 荒れ狂う暴炎を素肌で握るアセルスの右手は、自身の心象が作った熱に犯さ
れ無惨に焼け爛れる。―――これこそ我が脆弱さの証、と薄く嗤った。

130 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:35:48


>>127>>128>>129


 この火焔はアセルスの内なる風景だ。この炎熱の暴風は、アセルスの感情の
焼却炉だ。―――なのに、自分の右手は焦げて、呼吸をすれば熱波に肺が焼か
れる。自分が生み出した焔に、自分自身が炙られている。
 こんな馬鹿な話などあるか。こんな矛盾した世界などあるか。彼女は軽蔑を
もって自覚する。……私の焔が私を食らう。私の感情が私を苛む。私は、私の
醜さに焼死しようとしている。
 これがアセルスなのだ。自分の心に触れればたちまち火傷をする、自分の感
情の熱すら、脅えるばかりで制御できない惨めな女―――。
 ゆえにこの灼熱の風景は、正しくアセルスの世界だった。

「……だが、火葬されるのは私ではない」

 幻魔を構える。いまの幻魔の銘はレーヴァテイン。漆黒の名を持つ炎の巨人
が愛用していた破滅の枝だ。
 神々の黄昏の終幕に九つの世界を焼き払った炎の剣が、今度はアセルスの心
象風景を灼熱で満たす。―――しかし、この世界は決して灰燼に帰すことはな
い。劫火は鎮まること知らず、永久にアセルスを苛み続けるのだ。
 それは、焔もまた彼女自身であるがゆえの無限の苦痛。

 目をそむけたくなる。背中を向けたくなる。こんな醜悪で苦悶に満ちた世界
が自分だとは認めたくなかった。だから、拒んで、否定して、門を閉じ、心象
の最深部に封じ込めた。―――それを、この仙人は好奇と興味で解放してしま
ったのだ。あまりに度し難い酔狂だった。

 良いだろう。そこまで奈落を暴きたいのなら、存分に堪能させてやる。
 白霞―――この煉獄の火葬場に、貴様という亡骸を迎えよう。灼熱の寝室で、
貴様という花嫁を抱くとしよう。

 火焔の枝が弾けた。膨張する憎悪と侮蔑が、レーヴァテインを通して世界に
顕現する。この焔の庭で、アセルスの右手は今やひとつの太陽、実体を捉えき
れない閃光だった。
 炎柱と化したレーヴァテインは、幻魔本来の間合いを二倍にも三倍にも拡大
させている。
 
 かっと目を見開く。白霞、と短く叫んだ。肺を灼熱の空気で充満させ、一息
で幻魔/レーヴァテインを振り下ろす。火焔の刃が鞭のようにしなった。
 この炎の庭ごと白霞を薙ぎ払いかねない乱暴な一閃。常のアセルスが得意と
する、月下美人の優美な太刀筋からは想像もできない暴力的な斬撃だ。

 いまのアセルスには、己を飾り立てる余裕などない。

 ただ自身のよこしまな衝動に従って、暴力を駆使する。
 力に任せて奪い取る。
 涙の一粒に至るまでねぶり尽くす。
 それが幻魔だった。
 それが妖魔公アセルスの本性だった。

「この荒んだ世界で、なにを奪う! なにを征服する!」

 アセルスの唇が、ふるえた。 

131 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:40:48
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>129>>130

風の如く飛燕が舞う。だが、その必中の太刀筋は獲物まで届かない。
空間を曲げた?いや、そもそもこの空間自体が彼女のために歪んでいるのだ。
私だけが唯一の夾雑物。私だけがこの世界で唯一の異端者。ここは彼女の世界。
孤独な彼女が手に入れたのは自分を閉じこめておく牢獄。何も寄せ付けない絶対の守勢。

故に、この私が劣勢を強いられている。攻め続けているという矛盾した現状で、だ。
これが、これこそ、妖魔の君が誇る絶対の切り札。なるほど、ただの非実体剣ではない。
その正体は編まれた己の命。なら、この異界に辿り着いても何一つおかしくはない。
果て無き道の果ての果て。彼女の命が歪に曲がった結果なら。ここは、選んだ道の果ての果て。

「どーだ?招かざる空間に誰か居るって気分は、さ?

 すごーく興味深いからさ。もっと。もっと見せてよ。奥の奥まで。
 ─────な、知ってるか、よーまのきみ?本当の地獄ってさ、本当の奈落ってね。
 
 虚無。つまりさ、なんにもないことなんだよ?」

攻撃は最大の防御。攻め続けているが故に出来る問答。集束と解放の無限連鎖。
守りに入れば、さしもの私も遂に危ないかな?この世界に絡め取られるなんて事も無くはない。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。危険など承知。故に我が狂風止むことなく。活路はこのほかに無し!

「故に、在るって事はそれだけで美しい。違うかな?よーまのきみ。」

故に私は在ることに固執するのだ。対極たる無の果てを覗いてまで。我が身にその無を纏ってすら。
ソレを知り尽くして、それでも此処に在ることで、私は私を証明し続ける。

「だから。貴様を認めているんだ。ここまで有に満ちあふれているヤツは珍しい!
 だから、言ってあげる。何度でも。この地獄だって、綺麗で純粋で、狂おしいほどに愛おしいよ?
 
 奈落の底ぐらいなら、喜んで付き合ってやるからさ。もっとだよ。もっと見せて?」

にこやかに微笑んでやる。裡に狂気を孕ませて。やっぱり笑いが止まらない。
合わせ鏡は逆の様。合わせ鏡で逆の様。狂気って、表と裏でこれほどまでに違うのか。
楽しさの裏で苦しさ。双方の誤差が歓喜を喚起する。心の奥の螺旋の回廊を落ちていく高揚感。

振り払われた瞬間に差異を確信する。振り払われた距離で我々は違うと思い知らされる。
だから。殺してしまおう。そんな衝動に囚われる。奪ってしまおう。そんな衝動が突き抜ける。

突き立てられた刃が世界を変容させる。下へ下へと螺旋を上れ。上へ上へと堕ちてゆけ。
ゆらゆらと波のように炎が揺れる。劫々と焔で満たされていく。灼熱の地獄は至福の天国?

妖魔の君の剣だけが、私との距離を詰めた。撓る火炎の鞭。振り払われる魔剣。

「せっかくだから、こたえてあげるよ、よーまのきみ?」

取りたくなかった守勢の構え。今は絡め取られないように。光の剣で防ぐことのみに集中する。
ここまで追い詰められて、それでも表情は一切変えてやらない。もはや、こうなっては意地の領域。

「とーぜん!この荒んだ世界まるごとに決まってるじゃーん?」

私とて、妖仙の端くれ。減らず口なら永遠に叩いてやる。防御だけで攻撃できないのなら。

「それからお前の心か命。どちらかは頂かねば気がすまない!」

私は、まだ諦めていないから。笑いながら宣告してやる。攻撃だけで防御できなかったのなら。

─────その両方ともやってしまえば良いだけのこと!

防御はこのままで良い。剣には剣だ。さらに、攻撃を増やすまで。練り上げろ、気づかれぬよう。
もはや、ここまで追い詰められてしまえば、賭けこそが最上策。
可能性がそれぐらいしかないのなら、通り抜けよう、針の穴!

舐り尽くす純粋すぎる暴力。まるで古代の法典だね?目には目を?涙には涙を?
自分が泣いてることもわからずに、私を泣かせようとしている。これじゃまるで子供の我が侭。
でも。それで良い。隙だらけの心をこれ以上砕くより、この暴力、真摯に受け止めて対峙してやる!

流麗を失わずに、光の剣で感触を覚えていく。刻まれる前に刻み込め。その太刀筋を。
踏み込め。防戦すれば負けるのだ。遂に彼女に私の焦りは見えてしまったか?
それを悟られないように私は一つ問いかけた。思えばずっと忘れていたことを。

「なー、忘れていたよ。よーまのきみ。お前の名前を聞いていなかったな?」

そう言って笑いながら、踏み込め。踏み込めば。そこは。そこは?

「妖魔の君じゃなくてお前が本来持っているはずの名前を………」

途切れた言葉。踏み込んだ先に待っていたのは。彼女の心の棘。悪い予感はおおよそ当たる。
彼女の心は大きく口を開けて。その牙を研ぎ澄ませて。私を。それから何が起きたかわからなかった。

つるぎ を もった てが ぽとりと そのまま こぼれおちる。 

きづいたら わたしは ばらばらに なって しまって い て 。

まっかな せかいで さいごに わらっている のは だれ ?

【奎白霞、死亡確認?】

132 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:41:44
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>129>>130>>131

─────なんてねー?そー、あっさりとこの妖怪仙人様がくたばると思う?

思ってくれたんなら、あとは非常にたやすい。隙があるなら突かせて貰うまで!
バラバラに分かたれた身体。身体はバラバラに分かたれた。ついさっき仕掛けた即席の幻術。
そもそも。死地に踏み込んだ目的はバラバラになること。最後に笑うのはこの私だよ?

二つ含めて私の策だ。不意打ち上等!貴様はそれすら持ってしてまでも、死合うにふさわしい!

激しく火を噴いて、ギラギラと太陽が燃えるように。まるでこの炎は貴様の涙だね?
曝いて晒した心の奥底。炎の天使とは、まみえたことがあるが。これはまさしく真逆な太陽。
そして、今から私はその涙に滲んだ太陽を撃ち落とす。これほどまでに狂った試みがあったか?
太平の星に霞を掛けるなら。この名に於いて、太陽ですら覆い尽くしてくれようか!
ああ、痺れるほどに痛快で、震えるほどに爽快だ。久しぶりに絶頂の先を味わえそうだ!

だから、賭けはまだ続いている。光の剣で妖魔の君を狙う、が。あくまでもこっちは囮。
最終的にはこちらで防御する。そして、本命は分かたれた身体の方。霞の中で分身が動く。
刀は無くとも、その体技の全てを賭けて、こちらがその首を断ちに往く!

バラバラの身体を気でつなぎ合わせた攻守自在の二重攻撃。たとえ分身で私達が百を出せないのなら。
七十五と七十五で、足して百と五十の挟み撃ち!死に転合の次は、二刀流ならぬ二闘流!
たとえ気づかれていようとも問題はない。お前は私をここまで本気にさせてくれたのだから。
最後の最後まで、私の流儀で応えてやる!狂気に充ち満ちた静寂の乱舞!

さあ、今度こそ、貴様を、そして、この世界を御してあげる!

133 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:44:06


妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN

>>131>>132


 白霞の閃光剣は、刀剣の軛に収まりきらないほど理不尽な代物だった。
 彼女の無邪気な遊び心が具象化したかのような妖剣だ。
 捉えどころがなく、曖昧で、理不尽であるがゆえに熾烈なひと振り。
 数多の名刀名剣を蒐集してきたアセルスだったが、これほど使い手に馴染み、
自由に振るわれる剣は見たことがなかった。
 恐るべき一刀だ。

 ……アセルスはすでに認めている。
 剣士としての格は、白霞のほうが数段上だ。妖魔最強の剣客と謳われるアセ
ルスですら、白霞が立つ場所には辿り着けずにいる。これが尋常な立ち会いで
あったならば、アセルスに勝機は無かっただろう。

 だが、いまのアセルスは剣士ではなく、この火焔の庭は剣楽の舞台でもない。
そして白霞もまた、剣士と見なすには破天荒に暴れすぎていた。

 ここはアセルスの心象世界、幻魔によって構築された固有結界だ。
 この世界の法はアセルスが作る。
 いまの白霞は、捕食された後に臓腑の中で暴れているに等しい。幻魔に引き
込まれた時点で、天秤の針は一気にアセルスに傾いたのだ。
 だから、この戯れ好きな妖怪仙人がいくら剣士として優れていようとも、超
越者として圧倒していようとも、ここでだけはアセルスが支配者だ。
 己の浅ましき精神ひとつ御せぬ彼女だが、それでも白霞の閃光剣に噴き上が
る炎を同調させて、太刀筋を見切る程度のことはできた。

 攻めを転じて守りと為す白霞の剣技は苛烈を極めたが、レーヴァテインの烈
火の猛りはさらに一枚上手だ。

「白霞よ、私の名を問うたか! だが、いまの私が妖魔の君でも剣客でもない
のなら、貴様の太刀筋はあまりに行儀が良すぎるのではないか!」

 レーヴァテインと銘打たれた炎柱から、さらなる炎の柱が伸びる。
 炎樹の枝分かれだ。一方の刀身が白霞の閃光剣を受け止めたまま、もう一方
の刀身がまるで自らの意思で蠢くように剣を握る手を断ち落とす。
 その様子は、例えるなら太陽から立ちの昇るプロミネンスの如し。
 もはや剣術とは呼べない、外法の邪術だ。
 さらにレーヴァテインは八又に別れて、ヒドラかはたまたヤマタノオロ
チの姿を取り、炎龍のあぎとで白霞の柔肉を食い破る。
 
 手応えあり、だ!

「こんなものか白霞姑娘!」

 アセルスの高笑いが炎の庭をざわめかせる。

134 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:44:21

>>131>>132
>>133


 私をまるごと呑み込んでみせると嘯いたところで、結局は私に焼き尽くされ
る運命か。……そうだろう。ああ、そうだろうさ。
 初めから分かっていた。
 奪うとほざいたところで、きれいなどとおためごかしを抜かしたところで、
私の世界の醜さを受け容れられるはずなどなかったんだ。
 私の世界はまだまだ深いぞ。こんな炎の庭よりも、もっと醜悪で見苦しい深
層が待ち受けているぞ。だというのに、貴様はここまでなのか!

 ―――なんて、期待はずれな女だ。

 ……おまえなら、最後までつき合ってくれると思ったのに。

 そう口にしようとしたところで、かすかに残ったアセルスの剣士としての本
能が、直感的にレーヴァテインの八又を一本に収束させた。
 炎柱が閃光剣の一閃を紙一重で受け止める。

「なに?!」

 霞の向こう側で、五体満足な妖怪仙人が呵々と笑っている。
 手に閃光剣を構えて、容赦のない斬撃を叩き込んでくる。
 ―――そんな馬鹿な、と戸惑いつつ、アセルスもまたレーヴァテインを振る
った。閃光と炎光が激しくぶつかり合う。
 手応えは確かにあった。火焔の枝は白霞を切り刻んだはずだ。だのに彼女は
平然と戦いを続けている。いったい、如何なるまやかしを用いればこんな奇天
烈な真似ができるのか。……白霞め。どこまでも戯けた女よ。

「だが、貴様が追い詰められている事実に変わりはない!」

 レーヴァテインが一層激しく燃え盛った。
 刻むのが無駄なら、次は吹き飛ばしてやるさ。炎柱を爆縮させるためのフレ
ア現象を励起させようと、アセルスは意識を一瞬だけ内面に向けた。

 ―――その一瞬で、戦況は激変した。

「な……」

 唇から、ごふりと蒼血が溢れ出す。呆然とした眼差しで、アセルスは自分の
胸に生えた細い腕と、白い五本の指を見下ろした。

 アセルスの背中に張りついて、貫手を叩き込んだのは紛う事なき白霞姑娘だ。
しかし、目の前で閃光剣を振りあげるのもまた白霞姑娘だった。

 分身―――ではない。
 ……分裂、なのか。

「な、んて―――」

 なんて女だ。

135 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:44:36

>>131>>132
>>133>>134


 いったい、いつの間に。いつから二つに分かれていた。
 ……いや、そもそもどんな術理で分裂などを為し得たのか。
 そんな幻術など聞いた試しがない。

 この瞬間、勝敗は決した。
 アセルスの躯はすでに何度も白霞の太刀を浴びている。満身創痍を誤魔化し
て、幻魔を展開していたのだ。その上、胸に新たな一撃まで撃ち込まれようと
は。―――痛恨の極みだ。
 彼女の不死はこの程度で崩れはしないが、この傷が戦闘の流れを変えるのは
確実だった。戦い続けるには、この負傷はあまりに致命的だ。

 だが、敗北を悟ってすら、アセルスの口元に浮かんだのは苦渋の歪みではな
く、愉しげな笑みだった。

「……白霞、おまえは素晴らしい」

 呟くと同時にレーヴァテインを爆縮させた。威力は常時には及ばないが、目
くらまし程度にはなる。アセルスは痛みを無視して、二人の白霞から間合いを
離した。爆縮によって炎の衣装が剥がれ、レーヴァテインは深紅の魔剣に姿を
戻している。この剣の銘は再び「幻魔」だ。
 深紅の愛剣を構える。アセルスはまだ戦いを続けるつもりだ。

「……信じよう、白霞」

 敗北を悟ったところで、こんな愉快な遊びをやめる気など、ない。

「おまえの言葉に偽りはない。おまえなら確かに私の世界を飲み干せる。
 私の最深を覗いてすら、おまえは笑顔を絶やしはしないだろう。おまえなら
ば、この荒れ果てた醜い私の心象すら、支配できるに違いない」

 だから、くれてやってもよかった。逆に取り込んでもよかった。
 百年の間、蔑み続けてきたアセルスの心象風景を「きれい」と愛しんでくれ
る白霞になら、支配されても、融合をしても後悔は覚えない。
 ここまでアセルスの裏をかき、妖怪仙人ともあろうものが背中を狙うなんて
卑怯な真似をしてまで求めた世界だ。
 くれてやればいい。共棲すればいい。

 ……だが、素直に「どうぞ」と差し出すには、アセルスはあまりに白霞の気
性に影響を受けすぎていた。
 それでは面白くない。あまりに面白くない。

 もはや勝敗など二の次だ。
 アセルスはなんとしてでも、この不敵な妖怪仙人を「あっ」と言わせたかっ
た。余裕に満ちた笑顔に亀裂を走らせてやりたかった。
 そうでなければ、せっかくの客人に失礼ではないか。白霞姑娘は遠路はるば
るファシナトゥールまで足を運んでくれたのだ。
 愉しませてやれ。驚かしてやれ。妖魔の王が、一筋縄ではいかないことを教
育してやれ。足労に見合う発見を与えてやれ!

 そのためならなにを犠牲にすることも躊躇わない。

「……そう、貴様が欲しがる私≠キら」

136 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:44:46

>>131>>132
>>133>>134>>135


 左手で幻魔の剣尖を握った。深紅の刃が手のひらに食い込む。蒼血が刀身を
つたい、薔薇細工が麗しいキヨンを濡らした。
 彼女の右手は幻魔の柄を握り、左手で幻魔の剣尖を握っている。

 アセルスの唇が歪んだ。それは白霞との対面以来、初めて見せる表情だった。
悪戯っぽい子供じみた笑みが広がって―――

 幻魔をへし折った。
 ひと息で、刀身をまっぷたつに割った。
 彼女の心象風景の具象を破壊した。

「……いつかは捨てなければいけないと分かっていた。だが、まさかこんなく
だらない動機で別れを告げることになるとはな」

 轟音を伴う震動が玉座の間を襲った。空間に亀裂が走り、炎が吸収されてゆ
く。アセルスの心象風景を描写したあらゆる現象が色褪せ、輪郭を失っていっ
た。……幻魔とともに、彼女の世界も崩壊を始めたのだ。

 苦笑が止まらない。

 アセルスが妖魔として、剣士としてさらなる高みを目指すなら、幻魔という
彼女の「弱さ」は破棄すべきさだめにある。
 だが、幻魔はアセルスという個人のすべてでもあった。未練こそアセルスで
あり、悔恨や逡巡こそがアセルスなのだ。
 幻魔を捨てるということは、無我に還るということ。今日までアセルスが築
き上げてきたあらゆる俗念が否定される。

 それが彼女には耐えきれなかった。
 貪欲に求め欲するのがアセルスだ。浅ましく地面を這いずるのがアセルスだ。
愛情に苦しみ、快楽に酔ってこそアセルスなのだ。
 捨てられない。彼女はなにひとつ捨てられない。だから幻魔は肥大化を続け、
アセルスは奈落へと沈んでいく。高みから遠ざかる。

 ―――だけど、それももうお終いだ。

 捨ててやった。白霞が「きれい」と言ってくれた私の世界を、目の前でへし
折ってやった。彼女の戯れを、私の戯れで跳ね返してやった。
 いい気味だ。実に愉快だ。
 さあ、驚け白霞。極上の表情を私に見せろ。おまえを「あっ」と言わせるた
めだけに、私は私すらも捨ててみせたのだから。

 そしてここからは、浅ましく欲にまみれた俗人ではなく、明鏡止水の境地に
至った至高の剣客が相手をしてやる。

 アセルスの躯がぶれた。崩れゆく心象世界を高速で駆け抜けた。
 瞬間移動にも等しき速度で玉座まで馳せると、白霞が突き立てた新生月下美
人を引き抜く。これこそが至高にして無我の一刀だ。

 カタチを変えても、月下美人の清らかさは変じない。
 この刀はアセルスとは無縁で、アセルスの心象と関わりなく、ただ月下美人
であり続けるままに月下美人を形作る。
 幻魔に比べると面白味に欠ける、退屈な業物だった。

137 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:45:01

>>131>>132
>>133>>134>>135>>136


 アセルスの憎悪が急速に醒めてゆく。あれだけ激しく燃え盛っていた激昂の
炎が、見る間に鎮まってゆく。彼女の表情から見る間に感情が抜け落ちていっ
た。……アセルスの心象が、消えてゆく。

「おまえは、私の名を問うたな」

 ゆらり、と月下美人の切っ先が持ち上がる。

「しかし、私は―――」

 白霞が改良を加えた、片手で扱うのに特化した細身の剣。アセルスは重量で
断ち切る大刀が好みだったが、いまはそれさえもどうでも良いと思っている。
 この剣が月下美人であることにすら拘っていない。

「いまの私には、答える名がない。もう、私は誰でもない」

 儚げな微笑すら曖昧だった。

 二人の白霞を見据える。
 ただの一刀で、二人を相手にできるのか。賭すべきものがなにもない刀で、
仙人を斬ることなどできるのか。
 ……いいや、違う。なにも持たざるからこそ、刃は未練を覚えずにすべてを
断つ。いまの彼女に斬れないものなどないはずだ。

 だからアセルスは動いた。
 夢遊病者の如き、静かな一歩。まるで彼女の存在そのものが白昼夢であるか
のように、脱力しきった姿勢で無警戒に間合いを詰める。
 構えはない。剣技の究極が〈無形の位〉であることは、剣をとるものならば
誰しもが知るところだが―――それを実践できる剣客は少ない。
 アセルスは当然のように躯を弛緩させ、構えどころか剣気すら持たずに白霞
へと近づいていく。胡乱な瞳は果たして相手を捉えているのか。

 赤児同然の無防備な歩み。次なる一歩で、アセルスと白霞の相対距離は月下
美人の刃圏へと飛び込み―――

 この瞬間、崩れゆく心象世界も、流れる時間も、アセルスの核の鼓動すらも
が凍りついた。森羅万象あまねく事象が静止した中で、月下美人の剣先だけが
ゆっくりと持ち上がる。

 ひどく緩慢な動作で、掲げた刃を白霞の肩口へと振り下ろした。

 それは鏡面の如く静まりかえった水面で、かすかに跳ねる飛沫に似た静
から動≠ヨの流転であったが―――現実は、アセルスが体感する何千何万倍
という速度で一連の挙動を完成させている。

 永遠にも似た歩みは、一秒の半分すらかからぬ踏み込みだった。
 鯨の欠伸の如き刃の引き≠ヘ、烈風すら置き去りにする疾さだった。
 アセルスはこの瞬間、最小限の動作で最速の世界に身を置いていた。

 ―――あまりに静かで清明な一閃は、刃を振るった当人にすら、いつ技が放
たれたのか分からない。

 ずっと扱いきれなかった剣技だ。腕が腐るほどの鍛錬を続けてすら、習得は
叶わなかった。……それを、こんなにも無造作に放てるなんて。

 清流剣。

 剣技の極みとされる無垢なる一閃が、二匹の白霞を狙う。
 アセルスは確信した。これはいままでで最高の一手だ。百年もの間、剣を振
るい続けてきたが、これに勝る斬撃を彼女は知らない。

 私はついに至ってしまったのか。
 無我の境地。
 曇りなき明鏡の水面に。


 ―――そのとき、アセルスは確かに見た。
 崩壊する心象風景の最果てに、一輪の白薔薇が咲いているのを。

138 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:48:48
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>133>>134>>135>>136>>137

形亡くして、形と為す。形在るもの、形無きもの、形取るもの、形為すもの。
そんなもの。まとめて全てを形骸に化せ!形ってなんだっけ?それってさ、本当に必要なモノ?

骸は踊る、死の舞踏。屍が陣を為す。私の屍、越えられる?生きてるけどねー?
消えて現れる妖怪の本懐。何処までも終わりがない。死なずの者は死なないのだから。

やはり。それでも。ここは閉ざされたまだ名も知らぬ“彼女”の世界。
空間は曲がる。空間は歪む。主のために。だから。またしても紙一重で剣は留まる。

だが。それで構わない。むしろ望んでいた。こうなることすら。
お前はいつだって。予想の上をやらかすんだから。単純な終わりじゃ私が納得しない!
だから。私は、いや、もはや違うな。こうして………私達で挑んでいるのだから!

狙うのは電光石火の挟撃。神速だって凌駕してみせる!
掴め。勝利の先の愉悦を。掴め。夢幻の先の虹を。掴め。その首と身体を。絡め取れ!
掴んだら私ごと貫いてあげる。でも。簡単には掴めない。その時に見えた一瞬だけの隙。

掴めないなら、我が掌よ、槍と化せ!放たれた貫手が、掴めなかったモノを遂に捉える。

咲き乱れた、大輪の蒼い薔薇。貫いたのは剣ではなく己の腕。

白磁の肌に染みこんでゆく妖魔の君の蒼い血。これで識別可能?でも、そんなの関係ない!よね?
剥がれ落ちていく炎。世界が遂に悲鳴を上げる。太陽は堕ちて、夜がやってくる。
そうだ!太陽は霞に覆い尽くされた!計画通り!私の夜だ!満願成就の時は来た!

「「どーだ!よーやく追い詰めたぞ?」」

現実と幻影の二重奏。歓喜と絶頂の二重唱。狂気と驚喜に満ちた喚声。

「「お褒めにあずかり、光栄至極?」」

歪んだ笑顔を向けた刹那。残っていた炎が弾けた。まだ、闘う気か?
本当に。本当に懲りないんだね?でも。でも。でもね?だからこそ。だからこそだ。
構えられた魔剣も。紡がれた言葉も。まとめて相手してあげる。そうだ、私は揺らがない。
貴様を御す決意も。すぐ前の目的も。そうだ。この天秤を支配するのは私だ!

「「うん。そーだなー?それも悪くはないんだけどねー?」」

一瞬だけ、そんなことを口にした。一番無かったはずの思索が一番濃密に顔を出す。
そんな悠長な思案をしていた。それは油断でも愉悦でもなく、こうなってはむしろ当然の選択。

「「まー、そんなことでもどうでもいーや。うん。」」

だけど。だから。そうだ。ヤツはそれでも私の予想の遥か高みを越えていく!
勝敗を捨てたか!或いは、私を。ただ面白がらせるためだけのために?

「─────は?」「お前」「まさか?」「「あはははははははははははは!」」

狂いきった笑いが零れる。強く巻きすぎた撥条は弾け飛ぶ。
私は先を読むのだから。ソレすらも直感で理解してしまった。

ここに来てようやく私は、私が策の上に立つものであることを疎ましいと感じた。
剥がれ落ちていく世界で。何が剥がれ落ちていくかを。私は知ってしまっている。
─────彼女の選択が『己を捨てる』と言うコトぐらい。

出来るのか?お前に?出来るのか?そんなこと?しちゃうの?出来ちゃうの?!

私が投げた質問の答えが常に予想の斜め上だからってさ?
ソイツはあまりにもあんまりすぎるだろ?返せ、返せ。返せ?返せ!
それは私が奪い去るモノだったんだ。それは私が喰らい尽くすモノだったんだ。

だから?だから。だから、だから!その刀がポッキリ折れるその瞬間に。

「「─────止めろ!」」

あーあ。喋っちゃった。漏らしたくない私の意図。相手の思惑通りとわかっていながら。
手遅れ?ああ、遅すぎた。遅すぎだ。遅すぎる。傷だらけなら全て舐め回せ!
悔しいけど。悔しくて、悔しすぎてたまらないけど。抑えつけていた感情が暴れ出す。

「有ったからこそ美しかったのに。在ったからこそ美しかったのに!」
「何もかも捨ててしまったら。私と同じになるだけじゃないか!」

「「………私は、合わせ鏡なんて欲しくない!」」

絶望と悔恨の二重奏。錯愕と侮蔑の二重唱。それはまるで懺悔にも似た鎮魂歌。
こんなに私は浅ましかったか?いや、考えても仕方がない。荒ぶるモノを抑えられる性でもない。

「「久しく忘れていたよ。怒りなんて感情はさ。だが、これはこれで随分と心地良ーな!」」

妖魔の君が玉座より引き抜いたのは、この闘いが磨き上げた月下美人。
これまで起こったことが嘘でも夢でもない証。ならば良し!今から思い出させて呉れる!
我が感情の全てを持ってして!貴様がどういう存在だったかを!
こうなったら無理矢理にでも聞き出してやる!貴様の真名を!

「「試してあげるよ、よーまのきみ!貴様が無の境地にたどり着けたかどーか!」」

この私ですら幾百、幾千、幾万、幾億、幾兆、それ以上の年月を掛けて到達しきれぬ、この境地に。
たとえ一時でも、貴様を妖魔の君の座から引きずり下ろして、一人の少女に戻してくれる!

解き放たれた陣構え。この陣はもう本当に無用の長物だ。この魔力も還元して使ってやる。
この妖仙の全ての“有”を此処にぶつけてくれる。その“無”とやらで打ち破ってみるが良い!
頭を放り投げて、二つに合わせて繋ぎ止めたら。ハラリと崩れ落ちる片方の私。その足に足を重ねる。

バネの如く跳べ。しなやかに。羽根の如く飛べ。軽やかに。そして描け、筆の如く。鮮やかに!
清き流れを打ち破るのは、全てを呑み込む混沌の濁流!

これは、真逆のぶつかり合い。私が知る限りじゃ、こんなのは最悪の一手だ。
だが。何度となく剣を構え舞ってきたのに。これしか選びようがないという現実が憎いけれど。
それでも。これで良いのだ。その確信はある。自信が過信で構わない。それはきっと相手も同じ。

ならば、その衝動を。激情を。憤怒を。憎悪を。狂気を。思考も策略など全て遥か彼方へ吹き飛ばせ!
悪意を。敵意を。殺意を。害意を。そうだ、荒ぶる我が意の侭に暴虐を尽くしてくれる!

全身全霊を持ってして!怒り狂う大河の如く!全て押し流し、喰らい尽くし、呑み込むまで!

139 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:51:41


妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN

>>138


 清流の剣に抗する濁流の刃。分裂した白霞姑娘が放った渾身の一手は、半身
の膂力を借りて半身を射ち出すという優雅さとは無縁の荒唐無稽な荒技だった。
 濁流が土も木々も岩石もありとあらゆる自然を呑み込むように、白霞はその
身を渾然一体の渾沌に変えてアセルスに最後の交錯を挑んだ。
 いまの白霞は破壊力という一点において究極に達している。ぶつかれば五体
が砕けるどころか、魂さえも破砕するに違いない。
 濁流の名を冠するに相応しい最強の一手だ。 

 ―――だが、無我へと至ったアセルスの清剣は、かくも烈しい白霞の濁剣と
対峙してなお無双を揺るがしはしなかった。
 静まりかえった水面には容易に波紋が走るように、清明なる剣は脆く儚い。
 引き算に引き算を重ねて無に還ることで力を得るこの境地は、最弱である
がために最強なため、同時に最強であるがために最弱でもあるのだ。

 いまのアセルスはあまりに脆弱だった。

 失い続けて、傷つき続けて、流れる血も涙もないほどに弱りきっている。
 ゆえにいまのアセルスは誰よりも強かった。執心も未練も捨て去った。孤独
を受け入れ、虚無を肯定した。いまや痛みは痛みとしての意味を為さない。
 もう誰も彼女の心を脅かすことはできなかった。
 押し寄せる怒濤の濁流すらも彼女の清明なる水面を乱すことは叶わない。

 閃く光芒は二つ。
 かたやその眩しさは狂騒の宴。かたやその静けさは無音の舞。生命という重
力に引き寄せられるように、互いの刃が互いの命の根元へと馳せてゆく。

 ―――刹那のまたたきを七等分したうちの一瞬。

 世俗に汚れた仙人と高潔に焦がれた妖魔、二つの異端がつい影を重ねて交錯
し、濁流と清流を正面から激突させた。



140 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:52:00


>>138>>139


 ―――そして静寂が、アセルスの煉獄を満たす。

 アセルスも白霞も、刃を振るった姿勢のまま凍りついた。まるで時間から忘
れ去られた彫像の如く、二つの影は互いに背中を向けて硬直する。
 乾坤一擲。渾身の一閃に二の太刀はない。この交錯をもって死合は完全に終
わりを告げた。あとは敗者と勝者の絶対的な壁が残るだけだ。

 勝つべきはアセルスだった。明鏡止水へと至った彼女は無双の剣客だ。
 剣の道の究極は、死をも忘却した仙人すら斬り捨てる。
 白霞の濁流剣とは即ち、浅ましき未練と悔恨で濁りきった刃なのだから、ア
セルスの透明な剣を克服できる道理などないのだ。
 無我を極めるということは――あらゆる私欲を捨てるということは――敵す
らも失うということ。故に清流剣は無双を誇るのだ。

 ……が、それもすべてはアセルスが真に究極へと至っていればの話。


 沈黙は続く。交錯から十秒ほど経ったが、両者は未だに動かない。ただアセ
ルスの心象の代弁である煉獄の風景だけが音もなく崩れ去っていく。
 無我を手にした彼女に心の風景は不要なのだ。

 ―――いや、しかし。
 様子がおかしい。
 地面が引き裂かれ、空間に亀裂が走る謁見の間だが、崩落は続くものの、一
向に消滅の予兆を見せようとはしない。石造りの壁は延々と崩れ続け、絨毯張
りの床も震動を繰り返すばかりだ。
 舞台の演出の如く「崩壊」という動作を再現しているだけ。「世界が崩れ去
る」というこの光景すらも、アセルスの心象の一端であるかのような、そんな
印象を否が応でも覚えさせられる。
 ……彼女の裡なる煉獄は未だに健在なのか。
 だということは、つまり―――

 妖魔公の唇がわななく。充血のまなこは見開かれ、視線は定まらず彼方を見
据え、自慢の美貌が驚愕に引きつっていた。
 剣を薙ぎ払った姿勢のまま硬直しているが、どうやらこれは残心に身を委ね
ているのではなく、茫然自失の体に陥っているようだ。

 ……アセルスは気付いてしまった。
 目で見ずとも、刃を振るった感触で理解してしまった。

 目縁に涙が浮かび上がる。いま、彼女は恐れていた。このまま永遠に凍りつ
いていたいと願っていた。無慈悲な現実を受け容れることを拒んでいた。
 だが、視線は意思に反して勝手に移動を開始する。紅の瞳が自分の右腕を捉
え、二の腕から手首、甲から指先へと視線が持ち上がっていった。
 アセルスが見ようとしているのは、彼女自身が構える剣だ。それがついに視
界に収まったとき、妖魔最強の剣客は絶句した。

 薔薇の意匠がキヨンに施された、禍々しいまでに深紅の刀身。怒りと、嘆き
と、絶望によって鍛えられた彼女の心象の代弁者。
 妖魔の君の分身とも呼べる魔剣。

 ―――彼女が右手に構えるのは、心象剣「幻魔」だった。

「そ、んな……」

 へし折ったはずの刀身は、罅ひとつ見当たらない。
 慌てて玉座に視線を向ける。ファシナトゥールを統べる君主が座すべき玉座
には、白霞が鍛え直した月下美人が誇らしげに突き立っていた。
 アセルスが抜き放ち、白霞に向けて振るったはずの刀だ。彼女は無情冷酷た
る月下美人を選び、多情慟哭の醜悪な幻魔を破壊したはずなのに。
 ……なぜ、右手は幻魔が構えているのか。

 自問に答えは必要ない。
 理由など、すでにアセルスは充分に察知している。
 ただ認めたくないだけだ。
 
 ―――そう、つまり妖魔公アセルスは無我の境地になど至ってなかったのだ。
執心も未練も捨てることができなかったのだ。ただ捨てたつもりになって、月
下美人の偽剣を得意げに振り回していただけなのだ。


141 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:52:44


>>138>>139>>140


 幻魔とはアセルスの心象の具象であり、いま彼女たちが立つ場所はアセルス
の内面世界そのものだ。妖魔アセルスが果てるときこそが幻魔が果てるときで
あり、その逆は決して成り立たない。―――そのことにアセルスは、この瞬間
まで気付くことができなかった。
 刀身を折ったところで、幻魔はいくらでも再生する。アセルスは順番を間違
えた。幻魔を破壊したければ、まず自分を殺さなくてはならなかったのだ。

 そして幻魔は、使用者が望むかたちに変型する。先程までレーヴァテインの
姿を借りて白霞と相対したように、今度は月下美人のかたちを得た。
 ―――アセルスが振るったのは、あくまで「月下美人のかたちをした幻魔」
に過ぎなかった。彼女は愛剣にすら裏切られたのだ。

 どこで、なにを違えてしまったのか。
 どの執着を、如何なる未練を断ち切れなかったのか。
 結局、私は私に過ぎず、永遠に私をやめられないということなのか。
 いくら足掻いてみせたところで、この煉獄からは抜け出せないと。
 ……そういうことなのか。

 ああ、それでは。
 それではあまりに―――

「無様ではないか……」

 膝が折れ、受け身も取らずに崩れ落ちた。躯の節々が炭化し、血液の代わり
に砂が流れ出る。白霞の濁流剣を真っ向から受け止めてしまった結果だ。
 アセルスの清流剣が未完成だった以上、この結末は必然。
 ……彼女は敗れたのだ、すべてに。

 白霞に斬り伏せられた事実に不満はない。
 全身全霊を賭して戦えたのだ。どちらが敗れどちらが生き残ろうと、それは
結果に過ぎないことをアセルスは充分に承知している。
 だが、敗れるなら最後まで全力のままで敗れたかった。
 白霞の期待に応え、彼女を最上に愉しませるために幻魔をへし折ったという
のに、その結果がこれか。

「すまない……」

 仰向けに倒れ、天井を見上げるアセルスの口から、自然と謝罪の言葉がこぼ
れだす。

「すまない、白霞姑娘。すまない……」

 こんな拍子抜けの結末を迎えるために命を削り合ったのではない。あんな未
完成の技を披露するために白霞の全力を引き出したのではない。
 アセルスは慟哭した。自分が求めたのは、もっと崇高な立ち会いだったはず
だ。己の存在意義のすべてを費やして相手にぶつける。そんな戦いを望んでい
たはずなのだ。―――しかし、蓋を開けてみれば結末はこれだ。
 最後の最後まで、自分は未練を断ち切ることができなかった……。

「……どこまでいっても、私は中途半端なままなのか」

 なにが清流剣だ。なにが明鏡止水だ。あんな煮え切らない刃では、仙人どこ
ろか人すらも斬れるはずがない。
 アセルスは認めるしかなかった。―――妖魔にも人間にもなりきれなかった
あの頃から、自分は一歩も進めていない。最後まで半端物のまま、果ててゆく
のだ。……それはあまりに惨めな現実だった。

 故に、この敗北者にできることは謝罪しかなかった。

「すまない、白霞姑娘……」

 結局は私は、未だになにも捨てきれない俗人のままだ―――。


142 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 02:55:45
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>139>>140>>141

怒り狂うは濁流。半身を捨ててまで放った乾坤一擲の賭け。
己の秘法、主殺しの罠を捨ててまで放った即席の練丹術。

全てが妖魔の君を捉えた。怒りの中で、最後まで残った悲願はこうして果たされた。
最悪の一手は時として、最上の妙手たり得るのだ。結果論だって、奇策は未だ縦横無尽。

儚いかな、人の夢。遠くに霞むは、人だった夢?人を捨てた者だけが見られるこの人の夢。

結局。私は。無に引き寄せられるようにして、その感情を放っただけ。
なんたる無様。嗤いが止まらない。最後の最後で放ったのは忘我の果ての妄執とはね?

だが、勝ったのは私だ。世界が砕ける音がする。ああ、ヤツの心の奥底を砕いてやった!
だが。残ったのは何だ?この虚しさは?対極の果てで欲しがった勝ちという結果すらも?

私は何処で間違いを選んでしまっていた?どうして、此処に辿り着いてしまった?

ふいに、妖魔の君を見つめた。彼女の怯える目が。己の捨てられなかった心象が。
合わせた鏡を覗き込めば、まるで眩暈のよう、醜悪なまでに華美な原色に彩られた万華鏡!

ああ。それにしても。渇いている。私の身体が。渇き切ってしまった。私の魔力も。
仕方がない。それすら顧みずにその剣を振るったのだから。その余裕すら私は忘れてしまったのだから。

自重できずに自嘲する。涙の雨のその横で、渇望の笑いが谺する。それは交わらない平行線。
それは交われない平行線。無限の鏡の果ての果て。きっと互いの姿は見えぬまま。

声は遥か遠くに霞む。霞ませたのは誰?と問うてみて、思い知るのだ。それは私と。それが私と。

だから、私は己の在り方を否定できない。このままならば、きっと。永遠に。
それでも良いと。思っていたはずだ。少なくともこの城に入るまでの私ならば。

だが。この心の中できっと私は熔けてしまった。それが随分と心地よい。
一番近くて遠いはずの死は目の前に冷たく横たわって私を嘲り罵り、冷ら笑ってる。

だから。結論を出す。生き延びる方法はきっと一つ。それだけしかない。
最後の最期まで、私は私の在り方を貫いてやる。なんて、未練たらしい我が侭。

「なー?よーまのきみ?」

矢張り、私は策を練り続ける。挑発ですら誘惑に過ぎないなら、それで決して構わない。
あざやかに。あでやかに。つややかに。それでいて、あやしくほほえむ。

「………お前が己を捨てたいと願うなら、方法はあるぞ?」

引きずり込むような瞳は、まるで蟻地獄のように。
今や、脆く崩れ去りそうな私の身体を保つので本当は精一杯。

─────だけど。その先に愉悦はまだ潜んでいる。

143 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:58:30

妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN

>>142


 強くなりたい。
 闇に滑る一筋の冷徹な刀光のように。如何なる理屈も一顧だにしない、ただ
斬るためだけに斬る無慈悲な刃のように。―――強く、なりたい。
 我が身を焦がす懊悩や煩悶を見限って、心中を騒がす波濤など見えも聞こえ
もしない清明な境地で、「誰にも負けない自分」を手に入れたい。
 ……そう願うようになったのは、いつからだろうか。
 理不尽な運命の気まぐれに踊らされて、陽光の世界から永遠に見放されたと
きからか。魔宮の庭で白き薔薇を摘み取り、手を取り合って逃げ出したときか
らか。……その白き薔薇を、永遠なる闇に置き去りにしてしまったときからか。
 それとも、我が親にして我が祖であり、我が君主にして我が仇である先代を、
自らの手で誅したときからか―――

 正確な記憶はない。アセルスに分かるのは、この百年、自分はそれだけを願
い続けて剣を振るい続けてきたということだけだ。
 弱い自分が嫌いだった。浅ましい自分に耐えられなかった。だから求めた。
強くなれば、誰よりも気高くあれば、あらゆる悔恨は溶けて消え、私は私とい
う私を受け容れられるようになる―――と。

 だが、現実はどうか。

「力」のみに注視すれば、なるほど、アセルスは強くなった。ファシナトゥー
ルを統べる妖魔の君として大成し、自らの傲慢を強迫するかのように美しき寵
姫で身辺を囲み、剣技の腕は「妖魔最強」と謳われる。
 恋もした。恋をされた。
「世界」という名のシチュー皿を見下ろしてみよ。このアセルスに勝るほど美
しく、強く、華やかな傑物がどれほどいる。
 アセルスは力を手にした。求めに応じることができた。

 しかしその一方で、彼女のうちなる幻魔は日に日に影を濃くしていった。
 月下美人で剣の道を究めていくほど、対となる幻魔はより浅ましく、より醜
悪に肥大化していき、アセルスの「弱さ」を強調した。
 理想とする「強さ」に近付けば近付くほど、彼女は自分の弱さを思い知り、
現実の残酷さに膝を曲げた。

 百年戦った。自分の中の弱さと醜さを相手に百年の抵抗を試みた。戦果は芳
しくなくとも、果敢に戦い続けた。……だが、もう限界だ。月下美人に見捨て
られ、幻魔に欺かれたいま、妖魔公アセルスに次の百年を戦い抜く気力はない。
 彼女はここで死ぬ。世界でもっとも弱きものとして、醜く果てる。

 もはや認めるしかない。ひとは、決して変われないことを。
 例え人間をやめようと、魔性に身を墜とそうと、血の色を変えようと、永遠
の時間を手にしようと―――生まれ落ちたそのときから、アセルスはアセルス
のままであり、変身など決してできないのだ。

144 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:58:48


>>142>>143


 白霞の濁流と相対したとき、アセルスは確信した。栄光の予兆に、身を震わ
せすらした。右手に構える月下美人と正面に対峙する白霞。この二つが、自分
を至高という名の高みに導き、百年もの間忌み嫌い続けてきた自己という殻を
脱げ捨てることになる、と。―――だが、彼女が振るったのが月下美人ではな
く幻魔で、捨てたはずの執念はその実、一切合切を心中に残していた。
 最後の最後まで、アセルスはアセルスのままだった。

「……もう、イヤだ」

 あまりに酷すぎる。目を背けたくなるほど残酷すぎる。

「もうイヤだ」

 この世界は、どうして斯くも自分に冷たいのか。

「もうイヤだ」

潔く、格好良く生きたい=\――なぜ、そんな些細な願いすら聞き届けてく
れないのか。どうしてこうも醜く汚く果てなければいけないのか。

「もうイヤだ!」

 このまま死んでやる。こんな世界、私のほうから見限ってやる。
 ―――それは、妖魔公が為すことのできる最後の抵抗。
 
 アセルスは赤児のように泣き叫んだ。妖魔公としての威厳を忘れて嗚咽を漏
らした。自らの血に溺れながら、呪詛と駄々を交互に唱え続けた。

 アセルスの世界≠ェ燃え上がる。末期の燃焼を始める。生命の残滓をすべ
て注ぎ込み、散りゆく定めの花を咲かせようとする。―――この焔華が燃え尽
きたとき、彼女の世界≠ヘ完全に崩れ去り、アセルスは虚無に還る。
「アセルス」という演目のフィナーレが始まったのだ。

 ……そして、この舞台には脆弱なる妖魔公の他に、もう一人の主役がいる。

 ―――妖怪仙人白霞。

 アセルスが認めて、憧れて、焦がれた自由の風。白霞姑娘が立つこの舞台は
現実ではなく、アセルスの内面世界/心象風景の一部だ。固有結界幻魔≠フ
発動により、白霞姑娘は一時的に異次元に転移させられていると云える。
 このまま舞台に留まり続ければ、終幕とともに白霞姑娘も虚無へと投げ捨て
られることになるだろう。彼女はゲストに過ぎない。ここの他にも、もっと広
く、もっと華やかな舞台が数多く待っている。アセルスと心中する義理はなか
った。―――骨は折れるかもしれないが、白霞姑娘ほどの力の持ち主なら、心
象の境界線を強引にぶち破って、現実へと帰還することは可能だろう。いまの
弱ったアセルスに、それを引き留める力はない。


145 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:59:07


>>142>>143>>144


 ……なのに、白霞姑娘は行こうとしなかった。
 崩壊の前兆として頭上から落ちてくる漆喰や瓦礫には意識すら向けず、足下
を揺るがす絶命の震動を無視し、死にゆくアセルスの炎に囲まれながらも微動
だにしない。構えすら解いてその場に立ち尽くし、血の池に横たわるアセルス
を見下ろしている。その小さな唇が演奏する哄笑が、ひどく空虚に聞こえた。

 この妖怪仙人めは、いったいなにを考えているのか。一対一の立ち会いに勝
った白霞姑娘の義務は、敗者に背を向けることだろうに。なぜそうしない。
 このアセルス号と一緒に沈むつもりなのか。そんなのは狂気の沙汰だ。

「白霞……」

お前が己を捨てたいと願うなら、方法はあるぞ

 妖怪仙人の呟いた言の葉は、死に体のアセルスの胸を更に容赦なく抉った。

「き、貴様―――」

 この女、勝者でありながら私を見限るわけでもなく、拍子抜けの結末を演出
した私を侮蔑するでもなく、得意の無邪気な微笑を続けて、また舞踏を再開さ
せようというのか。終幕の後までも、遊び続けようというのか。死にゆく私を
前にして、まだ終わらせてくれないのか。まだまだ遊び足りないのか。
 なんて底の知れない女なんだ。
 なんて痛快な女なんだ。
 なんて―――
 なんて……いい女なんだ。

 瀕死のアセルスの胸を、熱いなにかが貫いた。それは波紋を描くように全身
に広がってゆき、各所を疼かせる。あまりの熱さに、喉が干涸らびて引き裂け
そうだ。全身がいままでとは別種の痛みで灼かれつつある。

 アセルスはごくりと唾を飲み下した。たったそれだけの行為にも、途方もな
い疲労感を覚える。指一本でも持ち上げれば、そのまま力尽きてしまいそうな
消耗具合だ。……だが、まだ果てるわけにはいかない。

 最期に、この女が欲しい。斯くまでいい女をこのまま外の世界になんて返し
たくない。私の心象世界に閉じ込めて、飼い殺して、独占して、私だけのもの
にしたい。逝くならば白霞姑娘と逝きたい。退屈とはまったく無縁の彼女なら
ば、地獄の観覧すらも愉快極まるに違いない。
 白霞姑娘はほんとに面白い女だ。惚れてしまうほどに愉快な女だ。……絶対
に手放すものか。絶対に帰したりするものか。貴様は私のものだ、白霞!

 ―――だが、躊躇もあった。逡巡も覚えた。


146 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 02:59:25


>>142>>143>>144>>145


 正当なる一騎打ちの末、アセルスは敗れた。全力で剣を交え敗者として地に
伏せったアセルスは、剣士の道理に従うならばこのまま静かに息を引き取るべ
きだった。敗者の死とは常に寂寥を伴うものである。剣士とは最期まで孤独な
ものである。敗れた後に、勝者を黄泉路の伴侶に引きずり込むなど、浅ましい
にも程がある。妖魔の君としても剣士としても、評価のできない外道働きだ。
 潔く孤高に、清廉に気高く―――そう在りたいと願っていたアセルスの理想
が、そこにはない。敗者の品格に泥を塗るような最低の行為を、剣士アセルス
の矜恃は決して認められなかった。

 そのとき、アセルスの口元にふっと失笑がこぼれた。

「……なにを今更」

 剣士としての美徳? 理想とした清廉さ? 馬鹿も休み休みに言え。そんな
ものに今更拘泥したところで、失った名誉が戻るものか。
 右を見てみろ、左を見てみろ、この世界≠見渡してみろ。白霞姑娘はア
セルスの内面世界に立っている。彼女は、アセルスが恥とするうちなるマグマ
の激しさを、余すことなく見届けたのだぞ。絶対に見られたくない恥部を、も
っとも忌み嫌っていた弱い場所を、終幕の果てまで覗いてしまったのだぞ。
 白霞姑娘の知るアセルスとは―――自分勝手で、惰弱で、自信のない、自分
に脅え、悔恨に嘆き、過去を恨み続ける、落ちぶれに落ちぶれた潔くも格好良
くもない最低最悪のアセルスだ。
 そこに今更剣士の矜恃≠ネどを化粧したところで、どれほどの効果がある。
 彼女相手に格好をつけたところで、何の意味もない。何の意味もないのだ。

 ならばいっそ開き直ってしまえ。いままで絶対と信奉してきた口説きの哲学
さえ捨ててしまえ。最低の女として、白霞姑娘という華をもぎ取ってしまえ。
 占領しろ。蹂躙しろ。強姦しろ。―――愛しているならば、白霞姑娘のすべ
てを奪い取れ。愛しているならば、この舞台から決しておろすな。

「白霞―――」

 自身を焦がす炎に責め立てられるように、アセルスの唇が動く。
 だが、彼女が紡いだ言葉は傲慢でも理不尽でもなく、脅え混じりの、嘆願の
ような問い掛けだった。

「……おまえはあの時、私の懊悩の焔を見て綺麗だ≠ニ言ったな」

 打ちひしがれた脆弱な声音は哀切すら誘う。

「斯くまで落ちぶれた私を見て、おまえはまだ綺麗だ≠ニ言ってくれるか?」

 そしてアセルスは、ついに白霞姑娘が当初の目的を達成してしまったことに
気付いた。……なるほど。確かにいまの私は、彼女に征服されている。


147 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 03:01:23
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>143>>144>>145>>146

死にたくない。

そう願ったのはいつの日だったか?果てしなく遠く霞んで、もはや思い出すことも困難な記憶の彼方。
終わってしまうのが怖かった。死という名の退屈が怖かった。

私は生きていたかった。

何時までも、何処までも。願わくば、永遠に。
そうして、この世に退屈などは無いのだ、と。否定じみた肯定を続けていたかった。

緞帳は静かに、それでいて煌びやかに降りていく。非情なまでに、無情なほどに。
このまま逃げることは実は簡単だ。一番の良策は、まさにそれ。

妖怪仙人奎白霞がこのまま生き続けるという点に於いて、は。

確かに逃げることは出来るだろうし、それから失った物を取り戻すのだって容易だ。
だが、あえて問うてみる。百年程度で何が不死だ?千年程度で何が不死だ?
それは人が勝手に定めた時の基準からして、だろう?人が持った天寿から比較して、だろう?

だから、たとえ不死を気取っていても、いずれは死なねばならないのだ。
いずれ来るそれを、甘んじて受け入れねばならないのだ。いかにこの身があろうとも。

─────だが、ここに本当の不死に至るための死が存在するならば。

さあ、潔く死ね!妖怪仙人よ!そして、死の先の愉悦に手を伸ばせ!
手に入れられなかったはずの世界を、拒み続けた世界を手に入れて革命するときは、

─────今を置いて、永遠に巡らない好機!

「そーだ。お前は現状を変えたいと願っている。だが、今のままでは進むだけで精一杯。
 留まるためだけの進化でしかない。お前も、それが急場凌ぎの現状維持でしかないって気づいてる。」

残酷に心を剔れ。冷酷に心を穿て。そうだ、それで良い。今は其処こそが必要な場所だから。

「だけど、貴様は何一つとして、間違いを選んではいない。
 その様はあまりに哀れで無様だが、十分に潔くてカッコいい。
 貴様は選択肢を選ばないをしなかったろ?選んだ末にここに辿り着いた。」

最後の策は酷薄な告白。こうして世界の果てで私は死ぬのか。それで良い。さあ、次に進もう。

「─────いーよ?貴様に、私を呉れてやる。って、ゆえば、さすがの貴様も理解できるか?
 私が死んで、貴様は生きろ。貴様の在り方なんて、私を取り込めば吹き飛ぶぞ?」

本当に心も身体も一つになろうとするなら。不要な身体は捨ててしまえばいい。
そうして私は妖魔の君と一つになる。これなら当初の目的も果たされる。
ああ、コイツといるならこれから先も絶対に運命は予想の遥か高みを越えていける。

「それに、一つゆっとく。ここまで来てお前が欲しくないのなら、私はただ逃げれば良いだけだろ?
 私はそれをしない。それが出来ない。なら、これ以上にそれ以上に何を欲しがる?」

そう言って笑った。あどけなく、屈託無く。全てを清算するように。
摘み取ってやる、その花を。優雅に、そして冷酷に。私の仙道は此処に完成される。

「うん。今でも十分に綺麗だよ?だから、私の渇いた杯をお前の有で満たしておくれ?
 その綺麗すぎる孤独も私が一緒に貰い受けてあげるからさ。いひひひひー!」

─────これは。いつか革命されるための。終わらない輪舞。

148 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 03:06:05


妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN

>>147


 ……それは、つまり。
 生きろ、と。
 そういう意味なのか。
 己の命を犠牲にしてまで、神に等しき魂を供物にしてまで―――こんな利己
的で、いつまでも大人になりきれない、自己憐憫と自己陶酔と自己嫌悪に浸る
だけが能の身勝手な女を救いたいと、本気で白霞姑娘は言っているのか。
 生きる。そんな道が残っているなど、アセルスは考えてもみなかった。あら
ゆる汚辱に堪え忍び、妖魔公としての矜恃をすべて捨て去ったとしても、最善
の手は「白霞を道連れにする」ぐらいしかないと思っていた。
 ……この妖怪仙人は、そんなアセルスの苦悩をあっさりと超越して、またも
予想外かつ奇天烈な言葉を運んできた。
 私を喰って、生き延びろ―――と。

 ……分からない。
 分からないなんてものじゃない。シナリオの道筋が破綻している。
 この女はそもそも妖魔の君の首を狙って、遠路はるばるファシナトゥールま
でやってきたのだ。命を賭けて決闘し、彼女が勝利を得た。だが、手段に過ぎ
なかったはずの「決闘」があまりに面白かったため、白霞はアセルスに「もっ
と遊ぼう。もっともっと殺し合おう」とねだった。
 ……そこまでは分かる。
 そういう風にしてアセルスに価値を見出してくれる白霞姑娘を、アセルスは
愛おしいとさえ思っている。彼女とならば、一緒に逝ってもいい。
 ……だが白霞姑娘は、自分を犠牲にしてひとりで生き延びろと言い出した。
 なんだ、それは。
 意味が、分からない。
 それでこの女はどうするつもりなのだ。アセルスの命の苗床となり、自らの
魂が消え果てれば、いくら仙人であろうと待っている未来は虚無だけだ。
 白霞の自己犠牲的な愛情が、アセルスを救おうとしている? そんな馬鹿な。
 たった一度の邂逅のみとはいえ、アセルスは白霞という人物を十二分に掌握
している。こいつがそんな殊勝な感傷を持ち出すものか。この仙人は戯れのた
めには死ねても、愛に殉ずるような真似は決してしないし、できない。

 ―――なら、この申し出も戯れか。

 私を食えるものなら食ってみろ、と。
 神聖な決闘を穢し、敗者に成り果て、地べたに這い蹲って自身を呪った浅ま
しき生涯を、このまま続けてみせろ。醜悪かつ卑屈なアセルスのまま、さらに
悩み、さらに泣き叫びながら、生き足掻け。
 ……そういう意図か。

 だとしたら、この場でアセルスにできる抵抗は死ぬことだけだ。白霞姑娘の
言葉を一蹴して、「おまえの思い通りにだけはならない!」と叫んで、このま
ま息絶えるのを待つのみ。……なに、あと数分もかかりはしないだろう。死は、
もう臨界まで迫っている。体内に巡らした停滞≠ニ抗死≠フ術を解けば、
即座に死ねる。アセルスが望んだ通りの解放が待っている。

 だが、真実そうなのか。本当に白霞姑娘は、「生きて苦しませたほうが面白
い」という意図で、「私を呉れてやる」とまで言ってみせたのか。
 確かに彼女はそういう戯れで死ねる女だ。が、ここまで剣を交わして、感情
を剥き出して、なにもかも隠すのをやめて、裸で激突した二人の関係の終幕を、
そんな愚弄に等しき行為で飾るだろうか。白霞姑娘とは、その程度の人物なの
か。刹那の戯れとしては上等かもしれないが、生粋の「俗人」たる白霞姑娘の
最後の見せ物としては、二流の感が否めない。


149 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 03:06:42


>>147>>148


 ……ここまでアセルスが深く考えるのには、理由があった。
 この瀕死の妖魔は、期待しているのだ。
 自分が白霞姑娘に対して愛情と憧憬を感じ、執着を覚えてしまったように、
白霞姑娘もまた、自分に対して愛情を孕む執着を抱いてはくれていないかと。
 ―――もし、そのような希望的観測が許されるのなら。
「私を呉れてやる」という白霞姑娘の提案の意味は、ただひとつ。

 エンゲージだ。
 二人は結ばれるのだ。
 そしてやがては、理想の彼方へと辿り着く。

 世界が虚無であることを知りながら、なお色鮮やかな幻想を追い求めてやま
ない不自由なのに自由な少女と、世界に希望の彩りが満ちていることを感じな
がら、そこから目を逸らし、絶望したがる自由なのに不自由な少女。
 お互いに強烈な憧れを抱きながら、その方角が正反対というすれ違いの二人
が「一」となる。互いの理想を互いが補完し、互いの絶望を互いが補完する。
 融け合う二人が究極の「一」となり、至高へと至る。
 白霞がアセルスの心象世界に残り、アセルスが白霞を取り込むというのは、
そういうことだ。単なる吸血行為とは違う。白霞ほどの高密度な魂を捕食する
となれば、人格や精神どころか肉体すら物理的に消し飛びかねない。白霞に逆
支配される可能性すらあり得る。だが魂の比重が絶妙に拮抗すれば、生まれ落
ちるのは「アセルス=白霞」という超人だ。
 それはアセルスありながらアセルスではなく、白霞でありながら白霞ではな
い。もっと高潔で、もっと愉快で、この世界でもっとも輝かしい「一」である。

 ……アセルスは、もう、自分がアセルスであることに疲れた。
 きっと白霞も同じなのだろう。
 そして二人は、自分には欠落している光を相手から見出した。
 だからエンゲージするのだ。
 ひとつになるのだ。

 白霞姑娘の申し出は合理的だった。しごく真面目だった。戯れでも暇つぶし
でもなく、全生涯を賭してアセルスの孤独を受け止めると「求婚」している。
 アセルスは、涙がこぼれるほどの感動を覚えた。彼女が白霞を愛しているよ
うに、白霞もまた、アセルスを愛しているということを知ったのだ。
 二人で手を取り合って、革命を始めよう。……このプロポーズを、どうして
断れるものか。崩れゆく絶望の風景から、二人の究極は始まるのだ。

「白霞……」

 アセルスの右腕が、ゆっくりと持ち上がる。指先が、白霞姑娘のかんばせを
示した。だが、自らの血の海に横たわるアセルスは、それ以上の動きがとれな
い。立ち上がり白霞姑娘に抱きつこうにも、その体力が残っていなかった。
 革命を直前に控えようと、アセルスが瀕死であることに変わりはないのだ。

 妖魔の麗人は、掠れる声音で口ずさむ。
 そして―――

「キミの唇の味を、もう一度……」

 エンゲージの証を、白霞姑娘に求めた。 

150 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 03:08:49
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/

>>148>>149

妖魔の君の懐に倒れ込んで、妖しく怪しく最後の口付けは交わされる。

「あー、良ーだろー。もはや、私すら忘れてしまった時の妙味、とくと味わえ?」

ここに契約は為され、革命は甘い毒のように駆けめぐり、堕ちるように、熔けてゆく、融けてゆく。

151 名前:◆MidianP94o :2008/10/03(金) 03:10:38









 ―――斯くして二人は熔けてゆく、融けてゆく。










.

152 名前:ジュヌヴィエーヴ・デュドネ ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 03:11:43


Epilog


 五十年の時を経ても、針の城に戻ることに対してジュヌヴィエーヴ・サンド
リン・ド・リール・デュドネは気が進まなかった。

 永遠の別離を決意してから半世紀。人間の社会で人間に紛れて人間の暮らし
を営むと決めたのに、こうして舞い戻ってきてしまったのは自分の弱さだ。
 デトレフのもとを―――アルトドルフの都を離れ、放浪の旅を重ねるように
なってから、ジュヌヴィエーヴの属性(アライメント)は闇に近付いた。
 ジュヌヴィエーヴがファシナトゥールに辿り着いたのも、魔性の導きがあっ
たから。彼女は六百年以上もの時を生きる長生者(エルダー)だ。どんなに人
間的な人格を持っていようとも、その存在は限りなく闇に近しい。故に、自分
の意思とは関わりのない境地で魔宮への道は勝手に拓かれた。

 引き返すこともできた。白昼夢を見ているわけではないのだ。進む先にファ
シナトゥールへの入り口が出現したとしても、門戸を叩くか否かは自分の意思
で決められる。気が進まないのなら踵を返せばいい。作られた道に唯々諾々と
従ってしまうほど、ジュヌヴィエーヴは若くない。

 それでも針の城を訪ねてしまったのは、彼女なりに罪悪感を感じていたから
か。五十年前、逃げるように城主のもとから立ち去ったことは今でも後悔して
いないが、同時に自分の葛藤に付き合わせてしまって悪いとも思っていた。

 あの時、ジュヌヴィエーヴは本気でアセルスを愛していた。

 齢六百のジュヌヴィエーヴにとって、まだ百年そこそこを生きた程度の若き
〈妖魔の君〉はかわいらしく、色濃く残る人間の部分に強く焦がれた。
 ジュヌヴィエーヴはアセルスに、自分と同じ理想を見出していた。彼女は闇
に身を浸しながら、決して闇に染まりきろうとしない。自覚こそしていないも
のの、人間として愛し、妬み、執着を育てている。
 同族との生活を嫌うジュヌヴィエーヴだったが、アセルスとなら一緒に生き
られる―――そう確信していた時期もあった。
 それでも城を出たのは、アセルスが原因というよりも環境のせいだ。ジュヌ
ヴィエーヴにとって針の城はあまりに退屈で、かつ嫌悪の対象だった。
 それに、属性が自らの根源と近しすぎた。あのまま城に居残っていれば、フ
ァシナトゥールに瘴気に呑み込まれ、自分を見失いかねなかった。

 アセルスはきっと泣いただろう。
 ジュヌヴィエーヴが城から去ったとき、アセルスは追っ手を差し向けること
もできた。力で強引に引き留めて、寵姫の塔に幽閉することもできた。
 なぜ、そうしなかったのか。矜恃だろうか。いや、そうじゃない。きっと怖
れたのだろう。ジュヌヴィエーヴに嫌われることを。
 臆病な娘、アセルス。―――あの時、自分を優先して彼女を見捨ててしまっ
たことは、やはり罪だったとジュヌヴィエーヴは考える。
 深く傷付けてしまっただろう。哀しませてしまっただろう。その罪悪感が、
彼女を針の城へと導いた。

153 名前:ジュヌヴィエーヴ・デュドネ ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 03:12:11


>>152

 あの頃と変わらない城門の前で、人影がひとつ佇んで、ジュヌヴィエーヴを
待っていた。―――まさかアセルスか、と構えたものの、近付いてみると早合
点だと分かる。いくら彼女が無邪気でも、〈妖魔の君〉が城門で市井の女を待
つような無茶な真似はしない。……そこらへんの配慮は、できるようになって
くれたのか。ジュヌヴィエーヴの口元に、つい微笑が浮かんでしまう。

 できるだけ気負わずに、門で待つ男に話しかけた。

「久しぶりね、ラスタバン」

「お久しぶりです、ジュヌヴィエーヴ様。ご健勝のようで何より」

 アセルスの腹心は、五十年前と変わらない容姿のままで恭しく一礼した。
 ここでは全ての時間が停滞している。半世紀程度の時間の経過に「久しぶり」
などという言葉を使うのは、彼がジュヌヴィエーヴに気を使っている証拠だ。
 淫売が、たったの五十年で恋しさに負けて戻ってきたか―――とでも思われ
ているのだろう。城でアセルスと怠惰な時間を過ごしていた頃、ジュヌヴィエ
ーヴをいちばん疎ましく思っていたのはラスタバンだ。

「まさか、あなたが待ち構えてくれているなんて」

「ファシナトゥールは幽世(かくりよ)のリージョン。顕界(うつしよ)から
ひとが迷い込まないよう、常に監視させていただいております」

「相変わらず仕事熱心なのね」

 生真面目な性分なのも相変わらずか。
 血統が全てのファシナトゥールで、実力で中級妖魔から上級妖魔にのし上が
っただけあって、ラスタバンはアセルスに劣らない変わり種だった。

 腕を組んで尋ねる。

「それで、あなたがこうして城門に控えていたのは、私を城主のもとまでエス
コートしてくれるためかしら。それとも、門番としてわたしを追い払うため?」

「お戯れを。もちろん、丁重にお迎えするためです。ジュヌヴィエーヴ様は我
が主君の大事な客人ですから。終わらない夜を心ゆくまで愉しんでいってくだ
さればと心から思っています」

「ありがとう。でも、あの子は私と会うかしら。私を許してくれるかしら」

「アセルス様はそのような狭量な方ではありません。現に、ジュヌヴィエーヴ
様の来訪を喜んでいます。ただ―――」

 引っかかる物言いだ。

「ただ?」

「歩きながらお話致しましょう。五十年前、ジュヌヴィエーヴ様が城を離れて
から、色々とあったのです……」

154 名前:ジュヌヴィエーヴ・デュドネ ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 03:12:40


>>152>>153
 
 アセルスが待つ謁見の間へと向かう道筋で、ラスタバンは足取りを重くしな
がら、ジュヌヴィエーヴが離れた空白の五十年について語った。
 ……いや、正確には、彼女がアセルスのもとから去った一ヶ月後の事件につ
いてだ。妖怪仙人白霞なる怪が襲撃をかけ、これをアセルスが退けたというこ
と。それまでの一ヶ月、傷心のアセルスは自分の部屋から出ようとせず、自傷
行為を繰り返していたというのに、妖怪仙人を撃滅するや、ジュヌヴィエーヴ
のことを忘れたみたいに普段通りの振る舞いを始めたということ。

「思えばあれから、狂いは始まってしまった」

「あの子の様子がおかしいの?」

「いえ、そうではないんです。目に見えるような変化はありません。アセルス
様は正常です。ただ、なんというか……あの方は、もう―――」

 天井に吊されたシャンデリアを、ラスタバンは遠い目で見上げた。

「この世に、興味を持っておられない」

 ……少なくとも、私はそのように感じ取っている。感じ取れてしまう。内面
の世界にもぐりこんだまま、こちらに目を向けようとしてくれない。

 そう語るラスタバンの口調は苦しみに満ちていて、もっと早く帰ってくるべ
きだったかもしれないと、ジュヌヴィエーヴは初めて後悔の念を抱いた。
 アセルスに変化はない、とラスタバンは言う。その変化がないことに、彼は
異常を察知している。寵姫のもとへは足繁く通う。政治もそつなくこなす。し
かしそれは作業的で、情熱は秘められていない。
 情熱が欠落したアセルスなんて―――

「……分かったわ。私が確かめてみます」

「お願いできますか」

「あの子を愛していたという過去に、偽りはないつもりよ」


 謁見の間へと続くフロアに辿り着いた。
 内装は五十年前のままだが、薄気味の悪い霧が充満している。無駄にフロア
の間取りが広大なせいで、霧に霞んで壁すら視認できない。
 しかし、そんな見通しが悪い視界の中で、謁見の間へ繋がる扉だけははっき
りと見分けることができた。
 立ちはだかる門扉は、第二の城門と呼べるほどに巨大で、かつ威圧的だ。

 かつての恋人との再会にみそがついたかたちになってしまったが、アセルス
の力になることで償いを行えるのなら躊躇いはない。
 ラスタバンは同席するつもりはないようだったので、ジュヌヴィエーヴはひ
とりで門の扉を押した。


155 名前:ジュヌヴィエーヴ・デュドネ ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 03:13:20


>>152>>153>>154

 謁見の間には、更に濃厚な霧が立ちこめていた。密度が高すぎて窒息しかね
ない。玉座の方角を探るだけでも一苦労だ。
 果たしてここは本当に謁見の間なのか。そうだとしても、ここにアセルスは
いるのだろうか。霧のせいで全ては隠さている。

 ふと、ひとの気配を感じた。

「……アセルス?」

 恐る恐る呼びかける。返事がないため、気配がした方向に足を進めた。

 ―――その瞬間。

 霧の向こう側から手が伸び、ジュヌヴィエーヴの腕を掴んだ。

 あまりに突然のことに息を呑む。
 咄嗟に爪をナイフのように尖らせてしまったが、霧の壁から浮かび上がった
のがこの城の主だと知って、ジュヌヴィエーヴは安堵の吐息を漏らした。

「……驚かすなんて趣味が悪いわ、アセルス」

 ごめんごめん、と謝る〈妖魔の君〉のかんばせは、五十年前と変わらず邪気
が欠けていて、凛々しさの中に幼さを内包していた。見惚れるほどに麗しく、
不安になるほどに不完全。―――ああ、よかった、とジュヌヴィエーヴは胸を
なで下ろす。アセルスは変わらずアセルスのままだ。心配性のラスタバンが気
を揉みすぎただけだったのだ。

「やあ、久しぶりだねジュネ」

 快活に笑う宵闇の君主に翳りはない。ジュヌヴィエーヴも釣られて微笑んだ。

「久しぶりね、アセルス。また会えて嬉しいわ。……でも、この霧はどういう
ことかしら。あなたの趣味? そういう内装なの?」

 いい質問だね、とアセルスは頷く。

「この霧は私の一部であり、私の影のようなもの。同時に、決して取り込むこ
とのできない彼女の根源でもある。この霧が晴れたとき、私は本当の意味で私
という存在に昇華するだろう。……まだその時は来ない」

「アセルス?」

「もう五十年の時が経ってしまったのか。ジュネ、君が私のもとを離れたあの
日が、つい昨日のように思えてならないよ。いや、むしろまだ来ぬ明日のよう
にすら思えてしまう。……あまりに絶大な力は世界を窮屈にする。なるほど、
これが彼女の退屈の所以か」

 握られた手を振り払う。身を引いて、ジュヌヴィエーヴはアセルスと距離を
取った。―――言動がおかしいからではない。もっと根本的な部分で、ジュヌ
ヴィエーヴは違和感を嗅ぎ取った。闇の才覚が、同種の闇が何者かに侵されて
いると警鐘を鳴らす。

「……あなた、誰?」

 アセルスは足を止めると、ジュヌヴィエーヴと向き合った。
 不気味なほどに澄んだ目がジュヌヴィエーヴを捉える。
 そして歪んだ口元が、



156 名前:◆MidianP94o :2008/10/03(金) 03:13:51






―――いひひひひー!





 と、嗤いをこぼした。



157 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2008/10/03(金) 03:17:36
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

炉心熔融/ 〜終章〜

一瞬の陶酔。私にとってはそれだけで十分だった。
そして、全てを把握した。ようやく、全てを把握できた。

彼女が何に囚われているか、を。
そして、それが解放されてしまえば。

きっと私は彼女に負ける。

そんな敗北では私が認められない。だから鍵をかけることにした。
こんなことは陶酔の刹那で作れる。気づかれぬように。気づいたとしても開けないように。

実は同じ開け方。だからきっと開けない。罠とはつまり灯台の下の闇。

もし、それでも私が倒されるならこの鍵は解き放たれる。
そうしたら、彼女はきっと完全なる者になれるかも知れない。
ならば。その時は潔く敗北を認めて退場してやろう。

運命とはまだこの私達の掌の上で踊っている。うん、しばらくは楽しめそう。
一つの身体に私達はいる。我らの闘いは永遠に終わらない。終わらせてたまるか。
もうすぐもはや私となった彼女が起きる。無駄な思索は吹き飛ばせ。永遠に気づかせてやるものか。

ま、とりあえずは、周りの反応でも見ながら今後の楽しみ方でも決めよーかなー?いひひひひー!

─────おはよう、私。刹那の恍惚は堪能できたか?

158 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/10/03(金) 03:19:49


妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス

/MELT DOWN ―FINALE―



 ―――熔け合うだとか、融け合うだとか。


 言葉にするのは簡単だが、実際に為してみると、想像以上に困難な道程だと
いうことが分かる。

 一と一を足して二にするのではなく、究極の「一」にしようという試み。
 条理を無視して神の領域に足を踏み入れようとするのだから、当然のように
苦労もすれば、時間も使う。五十年など一瞬のうちに過ぎ去ってしまった。

 いまはまだ、厳格な意味での「アセルス=白霞」には至れていない。
 この身の表層に出てくる人格はアセルスの一部だし、躰の深奥でアセルスに
染まりきらない部分は、白霞の一部だ。
 二人は熔け合い、混じり合って、別の何かを生もうとした。もっと高潔な世
界に辿り着こうとした。理想は未だ生きている。願いを成就するためにも、さ
らに融け合わなくてはならない。もっともっと重ならなくてはならない。
 完璧な意味で、二人はひとつになるんだ。

 これは愛の共同作業。二人の目的は同じ。……そのはずなのだが、アセルス
にしても、白霞にしても、どうしても譲ろうとしない部分がある。
 熔けて融けるのだと言いながら、自分を守ろうとする部分が。相手に見せま
いとする部分が。―――これでは、いくら熔融が進んだところで、完全な「一」
となるのは難しい。二人の存在の境界を取り払わなければいけないのに。

「……さて、どこに隠したものやら」

アセルス≠ヘ嘆息した。口調は呆れ混じりだが、口角は歪んでいる。

 初めから、白霞みたいな戯れ好きが素直にひとつになってくれるなど思って
いない。俗世に汚れきるからこその妖怪仙人なのだ。世界が終わるその日まで、
自分を貫く。解脱も悟りも大人しく受け入れはしない。
 隙あらばアセルスを食べて、支配して、ただの白霞へと戻る。そんな牽制は
予測の範囲内だ。―――むしろ、そうでなければつまらない。

 これは「自己」という神秘の宇宙を舞台にした究極の隠れん坊。
アセルス≠ヘ白霞≠探して、自分の裡へと融かす。白霞≠ヘ「いひひ
ひひー」と嗤いながら逃げて、隠れて、アセルス≠焦らす。迂闊に深入り
しすぎれば、逆にアセルス≠ェ白霞≠ノ融かされてしまうという仕組みだ。
 チェスにも似た読み合いが「アセルス=白霞」の宇宙で展開されていた。

「いじらしい女だ」

 徐々に同化は進んでいる。アセルス≠フ意識はだいぶ希薄になっていた。
 しかし、チェックメイトには程遠い。五十年程度では足りないのだ。百年で
も千年でも一万年でも使って、白霞の全てを暴かなければ。
 彼女が心の最深部に隠した唯一無二の鍵=\――絶対にこじ開けてみせる。

「愉快だなぁ、白霞」

 胸が疼く。焦がれの高鳴りを伝えてくる。アセルスは同時に白霞でもあるの
だ。彼女が何を感じ、何を想うのか。ある程度は共融できるようになった。

 ふふ―――とアセルス≠ヘ笑みを漏らす。
 やはり想いは同じか。
 結果だけが全てではない。
 この過程すらも、二人は愛おしみ、愉しんでいる。

「白霞―――君は私の風景を覗いて、綺麗だと言ってくれた。あの時の言葉を、
いまこそ返そう。あらん限りの愛情を添えて」

 アセルスは自らの胸に手を添えて、囁いた。

「……白霞。君も、綺麗だ」

アセルス≠ヘ進む。白霞の内側へと。自己の深淵へと。
 やがて辿り着くその先には、


159 名前:◆MidianP94o :2008/10/03(金) 03:20:48










 ―――二人の溶融は、果てどなく続く。












   妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス
       炉心熔融/MELT DOWN

              FIN

160 名前:◆8lHAKUKADg :2008/10/04(土) 03:15:52
妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス 

炉心熔融/MELT DOWN

 索引/INDEX

 開幕/OPENING
  >>109>>110>>111

 剣幕/DANCING
  >>112>>113>>114>>115>>116>>117>>118>>119>>120>>121
  >>122>>123>>124>>125>>126>>127>>128>>129>>130>>131
  >>132>>133>>134>>135>>136>>137>>138>>139>>140>>141
  >>142>>143>>144>>145>>146>>147>>148>>149>>150>>151

 終幕/ENDING
  >>152>>153>>154>>155>>156>>157>>158>>159

私の輪舞は未だ終わらない、終われない。あれー、これさ、終わる必要あったっけ?



いひひひひー!

161 名前:ハロウィン祭り・プロローグ:2008/10/31(金) 21:22:10
ある夜には、古来より、一つの戦いがあった。
人間と、怪物。
持てる者と、持たざる者。
「お菓子」
その(文字通り)甘い果実の有無によって、分かたれた者たち。
その差は絶対にして歴然、何人なりとも越えられない壁……の、はずだった。
しかし、今宵だけは違う。
今宵はハロウィン
奪うことが許された夜……!

162 名前:小悪魔の扮装をした少女:2008/10/31(金) 21:25:48
ハロウィンです。
ハロウィンなんです。

そう、今宵はトリックオアトリート!と叫べばどこからかお菓子が強奪降ってくる素敵な夜。
そんな訳で人里でたくさんお菓子を手に入れた私、謎の少女(仮)は、お菓子をバスケットに詰めておうちに帰る最中なのでした。

(お菓子所持)

163 名前:アルビノ少女“山城友香”:2008/10/31(金) 21:48:33
とてとて)今日はハロウィンですからね〜♪
1時間並んでやっと手に入れました!特製のかぼちゃプリン!
いや、誰と食べるってわけでもないんですけどね〜。

ですけど、今夜はなんだかやけに冷えるような………?
コート羽織ってきて正解だったかも知れませんね〜。

(お菓子所持)

164 名前:高木由美江 ◆.SWiw6xmOU :2008/10/31(金) 21:48:38
>>162
「ハロウィンってそもそも何の行事か、知ってるのか?」

 一人のシスターが小悪魔に扮する少女に声をかける。
 それだけなら、まあ、割と見られるハロウィンという日の
 『日常』だったかもしれぬ。

 が、シスターの手にある鈍く輝く銀色の刃が明確な『非
 日常』を無言で主張する。

「化け物風情が、ハロウィンに肖ろうなんて、万年早い!」
 
 気合一閃。
 繰り出される秘伝の技。
 距離を瞬時に零にし、相手(バスケット)を断ち

「島原抜刀居合 ゛鍾馗゛」

 ―――――奪う!
 何時だって奪っていいのは化け物と狂信者相手のみだ!


キー:#祝!完結

165 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2008/10/31(金) 21:52:21
 
―――――なんでも世間はハロウィンという行事らしい。
 
 嗚呼―――――浮かれる人の顔を見よ。
 その身の破滅を知らぬ生者。なれば我が身は死神とならん―――――とは行かず。
 
「やれやれ―――――付き合わされる身になってほしいものだね、まったく」
 
(お菓子所持?)

166 名前:小悪魔の扮装をした少女 ◆TjWPiLjoKQ :2008/10/31(金) 22:10:49
>>164
「ケルトの大晦日、でしょう?」
女の子はくすりと笑いました。シスターの質問が可笑しかったのでしょうか?
「霊が跋扈する我らが夜。『新興宗教』風情が大きな顔をするのはいただけません」

次の一瞬。奪われる刹那。
女の子の笑みの前に、巨大な光球が現れました。
まるで、不埒なシスターを罰するかのように。

キー:リング弾

167 名前:高木由美江 ◆.SWiw6xmOU :2008/10/31(金) 22:20:25
>>166 よいこのばっとうじゅつこうざ


 眼前に迫る魔力の塊。
 直撃すれば痛打は免れまい。最悪、死。
 
 が、此処に居るのは信仰に己が全てを捧げた狂信の塊。
 
「アーメン(そうあれかし)と叫んで斬れば 世界はするりと片付き申す」
 
 世界すら斬る勢いをして、弾幕の1つや2つ斬れぬ道理無し。
 
 
 ざん


 ばらりと弾幕は片付き申す。


 


 ――――確かに弾幕は片付いた。
 車は急には止まれない。
 縮地で勢いのついた狂信者も急には止まれない。


 ばこん


 そのまま、壁にめり込んでひとつのヒトガタの穴が出来ましたとさ。


 めでたしめでたし。



 よいこのみんな、スピード違反には要注意だ!


(.>Tで負け!)
 

168 名前:小悪魔の扮装をした少女:2008/10/31(金) 22:34:21
>>167
信じられぬ光景。弾幕を切り裂く白刃。
女の子は呆然とそれを見つめます。

信じられぬ光景。人力で起こされた交通事故。
女の子は呆然とそれを見つめます。

しばしの間。
女の子は。

「……ハロウィン、ハロウィン、Treat or Treat♪」

……何も見なかったことにしました。
めでたしめでたし。

(.>Tで勝利!)
(引き続きお菓子所持)

169 名前:<非想非非想天の娘> 比那名居 天子 ◆FLG5ItYtxo :2008/10/31(金) 22:38:39
>>168 小悪魔の扮装をした少女
>>163 アルビノ少女“山城友香”
>>165 七夜志貴


  天にして大地を制し
  地にして要を除き

  人の緋色の心を映し出せ!


 今日は外の世界の祭のハロウィンとかいう祭らしい。
 一言で要約すると時間いっぱいまでお菓子を沢山強奪したものが
 勝ちという仁義無き催し。

 ………地上を這いずり回る連中の思考はイマイチ理解出来ない。
 
 しかし、これは天人が絶対的な強者であると示す絶好の機会ともいえる。
 お菓子を他の者たちから強奪した後、最後に勝利宣言すれば、
 私のカリスマがストップ高になるのは確定的に明らか。

「矮小な地上の人妖達!
 空の天気も、地の安定も、人の気質も、全て、私の掌の上!
 天人の偉大さをマグニチュード最大でその身に刻み込め!」


  ――――――地震「先憂後楽の剣」――――――


 気を込めて、緋想の剣を大地に突き刺す。
 数秒後に大地震が周囲を襲い、地震で皆がずっこける。
 その隙を狙って、カカッとお菓子を奪い取る。
 大地震はただの囮いう壮大なフェイク。
 流石、天人は格が違った。


トリップキー

全人類の緋想天

170 名前:小悪魔の扮装をした少女 ◆.4Np0N28UY :2008/10/31(金) 22:49:15
>>169
とてとてと歩く女の子。
そんな女の子に突然の悲劇が!
なんと、突然の大地震が女の子を襲ったのです!

「きゃー!」

テンプレちっくな悲鳴をあげながら、女の子が揺れに耐えます。
しかし、地震は収まりません。
とうとう揺れに耐えかね、地に落ちるかと思われた刹那。

「……そういえば、私飛べたんでした」

なんと、女の子の翼は本物だったのです。
なんというフェイク。というか、それはもう扮装じゃないと思うのですが。

「扮装です」

扮装じゃあしょうがないですね。
ともあれ、女の子はその翼を広げ、宙に浮かび上がろうと……

トリップキー:IcanFly!

171 名前:アルビノ少女“山城友香” ◆B/aC1nCCCs :2008/10/31(金) 22:50:12
>>169
………寒気がする。絶対的危険信号。
震える大地。近づく気配。サトリの領域までは行かなくたって、これでもテレパス。

この自身が囮なら………選べる行動はただ一つ!

地面が揺れて危ないなら。
此処にいると危険なら。

此処に居なければ良いだけの話なのだから。
ただ力を解放して、次元の隙間を縫って走りきれ、テレポート!

─────上手く行くかどうかもの凄く不安なんですけど。(おろおろ

トリップキー:#てれぽ〜と

172 名前:七夜志貴 ◆5/IgflvxcM :2008/10/31(金) 22:53:34
 
 たかだか茶菓子一つの為に命を張れと言うのかね、我が使い魔は。
 やれやれ――まったく持って損な役割だ。
 
「己が死すらも愉しもう――その果てになにがあるかは知らないが。何、亡者の国よりは楽しかろう」
 
 トリップキー : ゆとり

173 名前:<非想非非想天の娘> 比那名居 天子 ◆FLG5ItYtxo :2008/10/31(金) 23:10:33
>>170 小悪魔

 飛んだ……!
 小悪魔が飛んだ…………!
 
 
 しまった。
 飛ばれた時の事は何も考えてなかった。
 この私の心理的空白を突くとは小賢し

「あれ………?」
 
 地震で倒壊する建物。
 崩れる建物から、上から落ちてくる看板。
 その看板は小悪魔の頭上に
 
「―――――計算通り!」

 とりあえず、勝利宣言。
 運も味方につける。これが天人クオリティ!

F>.で勝利
お菓子ひとつゲット

>>171 アルビノ少女“山城友香

 次の標的はあちらの少女。
 その見た目からして貧弱さが漂っている。
 これなら、勝ったも当然。

「さあ、貴方は許された選択肢は2つ!
 大人しくお菓子を渡すか、地震で痛い目を見て渡すかの」

 ………消えた。
 
「汚い、流石吸血鬼、汚い」

 遊戯上では瞬間移動系は出始めと出終わりに隙があるのが
 常道なのに、隙無しで消えるなんて………!
 
 私みたいにしっかり空気読むべきでしょ、JK

Fで敗北!

>>172 七夜志貴

「最近じゃ地獄も飽和状態らしいけどね!」
 
 ってか、本編でとっくに退場したのに外伝で出過ぎでしょ、こいつ。
 が、所詮は人間、羽も何も無いものが地震から逃げられないのは
 確定的に明らか。
 
 ずっこけたところからすかさずゲット

F>5
で勝利
お菓子二つ目ゲット
「不老不死ッ! 緋想の剣ッ! お菓子×2!!
 これで何者もこの比那名居天子を超える者はいないことが証明されたッ!
 とるにたらぬ地上の者どもよ! 支配してやるわッ!! 
 我が『知』と『力』のもとにひれ伏すがいいわッ!」

 晴れて、勝利宣言一発目
 さあ、次の無謀な挑戦は誰?


174 名前:アルビノ少女“山城友香”:2008/10/31(金) 23:23:07
─────てれぽ〜と、大成功?

ともあれ逃げ切った!なんか、使っちゃいけない運を使い果たした気がするんですけど。
さらに遠くで汚いとか言われてる気がヒシヒシするんですが〜………。
地震なんて壮大なトリックを使うんですから、空間移動はズルじゃない!

これが本当のCHEAPなTRICK。
例え、我が身が闇の物を引き寄せる運命だとしても。
運命から背を向けるな、向ければそこには?

(B>Fでまさかの大勝利!引き続きかぼちゃプリン所持中。)

175 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2008/10/31(金) 23:29:48
>>173
 
 さて―――――手土産もなくなってしまった。
 今更他のものを奪うというのも、睡眠欲に抗えるはずもなく―――――まあ、正直に言えばカッタルイ。
 
 我が愛しの使い魔マスター</rubには、明日にでもアーネンエルベのなにかでも与えておこう。
 
 だけど―――――さ。
 
 
                         ※  ※  ※  ※  ※  ※
 
 外傷はなく四肢の動きは健在―――――なればこの身に与えられた役割は充分にこなせる。
 詰まるところ、局地的な地震を起こし、折角の手土産を奪った者に負け惜しみくらい下って問題ないだろう?
 
 さあ―――――始めようぜ、終わらぬ宴を。
 天上にはなく地獄の只中にこそ存在する悪徳を体現し、その身果てるまで恐怖と嫌悪を舐めるがいい。
 
 そう―――――現刻をもってこの身は一振りの鋼と為す。
 
 刻み、狂い、震え、踊れ。
 その様は万の喝采を持って受け入れられる事であろう。
 
                         ※  ※  ※  ※  ※  ※
 
 
「ほら、少しばかり丈を切り詰めたほうが良い。今やサービスシーンの一つもないとお客様は寄らないでしょう?」
 
 負け惜しみでスカートの丈をギリギリにしておこう。
 だって卑怯だろ? 空を飛べるなんて、さ?


176 名前:シャノア ◆bH/8dsJm4. :2008/10/31(金) 23:54:25
 
 ・クエスト 備えあれば・・・
 
     村のおばちゃん『そろそろハロウィンなんだけど、丁度砂糖を切らしててねえ』
     村のおばちゃん 『物はついでなんだけど、お菓子を調達してきてくれないかい?』
     村のおばちゃん 『引き受けてくれるかい? 悪いねえ、じゃあ頼んだよ』
 
     「……はい」
 
 
  クエスト達成条件:お菓子を2個以上所持 

 
        ※    ※    ※
  
 
……何故かまた頼みを聞く事になってしまったが。
まあいい、早く終わらせるとするか。
  
ナレーション 
 「シャノアは森羅万象の力を術式変換する『グリフ』を使う改造クール
  ビューティーである!
  彼女を術者に仕立て上げたエクレシアはドラキュラ復活という異端審問
  されるのが仕事のような組織であり、色々あって反逆したシャノアは
  復活したドラキュラを倒すため日夜戦い続けるのだ!」
 
>>173
 
その冷徹な瞳に写るのは少女が一人。
彼女が獲物と判断した魔道のものども。
シャノアは知っている。アイテムとは敵を倒し、屍山血河を築き奪い取るものだと。
または探索の果てにキラキラ光る宝箱を物色するものであると。
行き付けの雑貨屋にも置いてあった気がするが忘れた。
 
そして彼女は判っていた。
エクレシアの戦いに課せられるは必勝必殺。
敵とは如何にして戦い、ねだらず、そして勝ち取るのかを。
 
「右手に光よ……」
 
右の掌に現れるグリフ/ヴォル・ミナーレ。
敵を追尾し滅する光球を撃ち放つ、“光”の印術。
 
「左手に剣よ……」
 
同じく左掌に顕現するグリフ/メリオ・セカーレ。
黄金の鋼の塊をも両断する名剣を具象化させる、“剣”の印術。
 
剣に神秘の光宿りて、聖剣と変ず。
太古より人々が力の象徴、勝利の幻想として追い求めた無敵の剣。
“貴い幻想”として語り継がれるそれらは、本来ならば英雄のみが振るう
ことを許される。
その奇蹟の行使を、エクレシアの術式変換技術は可能とするのだ。
すなわち―――――。
 
  
 
 
           チャララララ、チャララララララ
 
何時しか辺りは漆黒の闇となり、
       
           テーンテレッテテー
 
シャノアの双眸はまるでカメラアイのように光り、
 
           テーテレッテテーテー
 
光る剣の動く軌跡が、闇を彩る色彩となる。
 
 
「――――シャノア」
 
 
高く掲げられた光の刃が、刹那の凪から激動へと変じる。
一気呵成、乾坤一擲の詠唱と共に。
討つべき相手へ降り注ぐのだ!(ナレーション:正宗一成)
  
 
「ダイナミック!!」
 
 
光の速さにまでと高められた袈裟懸けの一閃。
 
合成印術/シャノア・ダイナミック。
後のレーザーブレードである。
 
 
キー:#ひっそりと 発売された 新作
 
 
>>175
 
無論、全ては膝上15センチカットの後に行われたのである!
(ナレーション:正宗一成)

177 名前:<非想非非想天の娘> 比那名居 天子 ◆4z8ThxcTkk :2008/11/01(土) 00:10:34
>>175
「な…………ッ!」
 
 殺人貴はとんでもないものを盗んで行きました。
 それは私のスカートの大半分です。。。

 不味い。
 今日は背伸びして黒の…………兎に角不味い。
 
 こんな事なら、悪魔の犬や天狗のスキル「絶対領域」を
 習得しておくべきだった……ッ!

>>176

 ここぞとばかりに襲い来るハイエナ!
 
  1.一級天人の天子は突如、アイデアをひらめく

  2.衣玖が空気を読んで助けに来てくれる

  3.お菓子を奪われる。現実は非情である。

 私が○をつけたいのは2だけど、
 空気を実は読めない女、衣玖なら寧ろ嬉々として、
 追い討ちに来そう。
 ここは1しかない!

  ――――――気符「無念無想の境地」, ――――――

 
 何時もの二倍の防御力。
 何時もの三倍のダッシュ。
 そして、必殺の非想の剣(623+B,C)で仰け反らずに
 突っ込んで、何時もの10倍ダメージ!


トリップキー

#流石天人は格が違った

178 名前:<非想非非想天の娘> 比那名居 天子 ◆4z8ThxcTkk :2008/11/01(土) 00:14:38
>>176 >>177

 確かに仰け反らない。肉体へのダメージも半分。
 ここまでは正しかった。
 
 しかし、服へのダメージは別。
 さっくり斬られるスカートの残り半分。

「う………とっておきの黒の…………いぬさんぱんつが」

 なんという失態!
 地上を這い蹲る人間如きに!

「ぐ………今日のところは引き分けにしといてあげるわ!
 月の無い夜には気をつけないよーーーーーっ!」

 引き分け、勝負なし!
 この勝負、ウチの天界(シマ)じゃノーカウントだから!

4<b

敗北
お菓子×2を奪われる

179 名前:シャノア ◆pKo5l3xyG6 :2008/11/01(土) 00:57:06
>>178
 
 クエスト:「備えあれば・・・」を達成
 
 
終わったか。
……見たかぎり下着も切れていたようだったが、知るところではないな。
  
 
 クエスト:「備えあれば・・・」を達成
 
 
………?  
  
 
 クエスト:「備えあれば・・・」を達成できません!
 
 
 !?(ガーン)
 
  
なん……だと……!?
 
 
ナレーション:正宗一成
「説明しよう!
 確かにシャノアは敵を退け、見事ドロップアイテムをゲットした!
 だが、探索の悪魔城シリーズを知っている諸君は良く考えてほしい。
 そう! アイテムのドロップは敵一人につき1個だけなのだ!!
 それはたとえ、相手が複数持っていたとしても例外ではない!」
 
 
……そうか。そういうことか。  
ふ、ふふふふ……、ならば、やるべき事は一つだけだ。
 
 
ナレーション:正宗(ry
「そう、シャノアは常にやるべき事に対し命をかける!
 それが彼女の体に刻まれたエクレシアの教えだからである!
 手段のために目的は選ばず、目的のために手段は選ばない!!
 
 ついでに言えば、それが如何なる些細な事でもだ!
 そのエクレシアの教えが、彼女の真っ当な思考を奪い去っていた!」
 
 
>>174
  
 
「……ス」
 
 
右手にグリフ/ドミナス・オディウム。
混沌と契約を結びそれを統べる者、ドラキュラの苛烈なる力。
 
 
「……ミナス」
 
 
左手のグリフ/ドミナス・イラ。
魔王ドラキュラの遺骸より再現された、恐るべし破壊の力。
  
 
「……ドミナス」
 
背中のグリフ/ドミナス・アンゴル。
闇の支配者、ドラキュラが持つ無限の魔力を身にまとう術。
 
 
―――三位一体。 
そこに現れるのは、災禍。
そこに引き起こされるのは、破壊。
破滅をのみ唯一の結果とし絶対の滅びのみを与える禁忌。
魔王という猛毒を滅するため、同じく魔王より作り出された猛毒。
そのドラキュラだけを打ち倒す大爆発は、術者の命を引き金にして発動する。 
それがエクレシアの最秘奥、合成印術「ドミナス」なのだ。
 

そして全ての準備は揃い。
破壊の力を有した彼女は、手に入れるべき物を有する少女へと問う。
 
 
「トリート オア トリート」
 
 
 
  殺してでも奪い取る
  殺してでも奪い取る
  殺してでも奪い取る 
  殺してでも奪い取る
  殺してでも奪い取る 
  殺してでも奪い取る
ニア 死んででも奪い取る
  
 
  
 
「――――オア ドミナス」
 
 
 
 
 
 
 
      ――――その日、ドミナスは発動した。
 
 
キー:#かくばくはつ

180 名前:アルビノ少女“山城友香” ◆5hjiA/dlLw :2008/11/01(土) 01:15:17
>>179
───────なんか。目の前に。私なんかよりずっと、とんでもなく闇に魅入られてる方が?!
えーと。とりあえず出来る行動は………余力は十分。後数回ならなんとかいける。

むしろ、今日の私なら出来る気がする!だから私からの宣告は。

「それじゃ、私からは………TRICK or TRICK ?」

悪戯には悪戯を、悪意には悪意を!もう一度、同じ手段で倍プッシュ!
いざ!天人すら打ち破ったテレポートをもう一度!

トリップキー:#倍プッシュ!

181 名前:小悪魔の扮装をした少女:2008/11/01(土) 01:15:52
>>173
わたしはつばさをつかってそらにまいあがった。
とつぜんのしょうげき!
ああ、なんということだ! ゆれるじめんがきになりすぎてずじょうがおろそかになっていた!
ざんねん! わたしのぼうけんはここでおわってしまった!

(F>.で敗北。お菓子喪失、ミッション失敗……)

182 名前:シャノア ◆pKo5l3xyG6 :2008/11/01(土) 01:47:49
>>180
 
闇の力に踏み込むものは、いつしかその闇に魅入られる。
 
 
そう彼女に聞かせたのは誰だったか。
今は亡き狂乱の師か、死して彼女の未来を拓いた兄弟子か。
一つだけ言えるのは、その言葉が示す通りの事実を見たのは、
他ならぬシャノア自身だったということだ。
 
ドミナスを使う時、それは術者の死を意味する。
人間が魔王の桁外れな力を行使するのだ、ならばその代償は
然るべきものであった。
それを――――シャノアは知っていた筈なのだ。
 

「……そう、か」
 

だが、彼女はその禁忌に身を委ねた。
些細な理由から、狂気の沙汰としか思えない真似を行ったのだ。
 
 
「……私、も、師と同じ…過ち、を…」
 
ドミナスとは魔王の力、人間には過ぎたるもの。 
たとえ只の片鱗といえど、資質なき者ならばその闇に心を食われる。
道を違えた狂気に走った師バーロウや、魂を侵食された兄アルバスのように。
そして今、命を捨てたシャノアのように。
或いは関わる者を侵食するこの狂気こそが、ドラキュラの遺した“呪い”なの
かもしれなかった。
  
もはや彼女に未来はない。
自身の命をドミナスに全て吸われ、塵へ還るのを待つだけの僅かな時。
生み出された混沌は膨張し、爆縮の終点へ到達せんとしている。
それでも。
最期に渾身の力を振り絞り、消えゆく意識で手にしたのは。
 
 
 
 
―――相手が落とした、パンプキンプリンだった。 
 
 
 
  クエスト:「備えあれば・・・」を達成しました!
 
 
 
(p>5で勝利、ただし死亡=ゲームオーバー)

183 名前:アルビノ少女“山城友香”:2008/11/01(土) 02:04:58
で。テレポートは成功したんですよ。それはもう鮮やかに。
と、言いますか。すっかり私にかかっている補正というヤツを忘れてました。

1度目が完璧にいったって事の方が奇跡に近い所業なんですよ。

それもすっかり忘れて。どうにも賭け事は苦手です。私の手を見てようやく気がついた。
逃げおおせましたが、かぼちゃプリンを連れ損ねました!

ああ。迷子センターに自力でかぼちゃプリンがいければいいのに………。
でもでも………今夜はあんな方々が跋扈するような夜です。
私のような若輩者ではとてもとても奪い返すことは出来ないでしょうし。

命あっての物種です、此処は引かせて貰うとしますか………。(くっ〜てり

(逃亡成功。ただし5<pで敗北。お菓子忘失……。)

184 名前:ハロウィン祭り・エピローグ:2008/11/01(土) 02:17:05
……かくて、全てのお菓子は灰に帰った。
勝者なき争い。
戦いの後に残るのは、いつだって、空しさだけだ。
それを知っていながら何故、人は争い続けるのか。

分からない。分からない……だが、一つだけ分かることがある。
この争いはいずれまた起こるだろう。
そう。

新たなお菓子のできるに……。

(ハロウィン祭り・完)

185 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/11/02(日) 20:17:42
『彼女と彼女の』(Respect in "the picnic at the Night")

私たちは歩き続ける。この40キロの長い道のりを。
季節は夏。足元ではアスファルトの照り返しが熱気をまき散らし、見上げる世界は 
白い天幕を颯爽と翳したような霞む空だ。 

”わざとらしい”

 生徒たちは一様に梅雨時の間を縫った晴れ間に対し、そういった悪態を吐いて
いたに違いない。心の底から。


 湿度と温度が背丈を競うように伸ばし続ける6月の暮れ。 
その日は今年初めての夏日となった。
 浜辺からの水分が熱線により散漫となり、学生の隊列を現実のものとは
一層かけ離れた存在に変えていく。

 私たちは若い。
けれど、幾ら高校生といっても皆の体力は無尽蔵ではない。 
 錯覚ではなく左に列が傾き、隊列に綻びが生じつつある。
 一応クラス順には集まってはいる。だが、仲良し同士がブロックをつくり互いに
不干渉となる結果、疲れる程に群れとしての私達は散り散りばらばらになっていくのだ。

「伊万里。6−E、中列外側に注意喚起して。私は最前列の速度を調整する」 

 歩幅以外私に気のない素振りの彼女。その名を意識的に強く呼ぶ。
そして左手で無線機を押しつけ、右手で袖を掴み、耳元に声が届くように頬を寄せた。 
 こうするとこの子の方から微かに漂ってくる。
これだけで私は、とても新鮮な驚きを全身に感じることとなった。 
悪戯につけてきた私のメンズ仕様の香水とペアになる、その香りに。
全くの異邦人と思えた伊万里のそんな特徴に、私は小さく下らない喜びを噛みしめる。
気詰まりで緊張感の漂っていた空気がそれだけで多少和らいだ気がするのだから、感情と
いうものはとても不思議なものだ。


 私たちの学校は人口に約15万の地方港湾都市唯一の進学校にして古風な校風にして鳴り響く 
全寮制の私立高だ。 
 英国のpublic schoolを意識して作られたこの学校は、多分に洩れず上下の階層を分つ数多の制度が
導入され、その名残が今に至るまで陰なり日向なりに続き今日に至る。
 灼熱の幹線道路の沿線をひたすら歩き続け、若き日の一ページを酸素の薄い濃度で燃焼させる
このイベント──歩行祭──も、まさにその伝統が残した少なくない遺産の一つであった。 

古いイベント、ただ歩くだけの汗臭くエレガントさにも欠ける行事。
正に旧態依然の悪癖その物と思っていたこの大会に今やこの私…生徒会副会長たる千堂瑛里華は学校生活の
あらゆるものを賭けて参加していた。

「よっし、当分はこれで大丈夫。さーて伊万里。トンネルまで荷物ダッシュね」

先を行く行列が元に戻り、私の心に少しの安息が戻る。無線による定期点呼もオールグリーンだ。 
軽く肩をなでおろすや否や、私は隣を歩む(音すら余りなく、この子は静かに歩く) 
伊万里の目を見つめ、合図の為に一瞬だけ手を引き、また離し──をして駆けだした。
これは恒例の単調なゲーム。
一定区間を走りぬけ、遅かった方が次のトンネルまで相手の荷物をすべて引き受ける…。
そんなとても分かりやすく、実用的で、連帯感のある遊びだ。 
勿論、空気の合う相手としか行えない、子供じみた文字通りの「かけごと」。

「生徒会」と書かれた暑苦しい腕章をむしる様にバッグへ押し込み、私はチェックポイントの
阪倉トンネルめがけて腕と足を強く激しく動かした。 
まだまだ先の長い道のりの中。  
私たちの思惑が交錯する、日持ちのしない綿菓子の様な世界。
そんな中で私は汗や暑さの苦しさも顧みず、笑顔のままで走り始める。
この夏の、つまりは私の一生の到達点を目指しながら。

186 名前:的場伊万里:2008/11/02(日) 20:27:29
>>
「どうしてそんなに元気なのよ……」
 
 爽やかな青春を謳歌してます。
 そんな顔をして駆け出す瑛里華の後姿を眺め、溜息。
 このまま置いていかれてしまおうか。
 そうすればきっと、楽になれる。



 40kmの道のりをただ延々と歩き続けるだけという、この恐ろしく馬鹿げた、それでいて大
々的なイベントは、驚く事に三ヶ月以上も前、つまり春休みの間から準備を始める。
 勿論、私はそんなイベントには関わる気なんて毛頭なかった。
 参加はするつもりだ。
 不参加などと決め込んだ日には、悪目立ちが過ぎる。
 目立つのは不味い。
 職業柄。
 


 五月。
 新学期が始まり、クラス分けをした生徒たちが、それぞれに新しいグループを作り始める
季節。
 私のクラスでもそれは例外ではなく、休み時間ともなれば、クラスのあちこちで気さくなお
しゃべりが聞こえてくる。

「この間のゴールデンウィークにさぁ」
「キャハハ」
「マジでぇー?」
 
 びっくりするほど中身の無い、雑多な会話。
 休み時間に限らず、時にその無意味なおしゃべりは、授業中にも行われる。
 最近の流行は、授業中の回し手紙。
 教師が生徒たちに背を向け板書をしている最中、その秘密めいた手紙のやり取りは行わ
れるのだ。
 手紙は生徒から生徒の手に渡り、やがて目的の人物へと届けられる。
 売人。
 運び屋。
 買い手。
 それらの役を演じる生徒たち――要するに、それはこのクラスのほぼ全員、という事だが
――全てが秘密を共有する共犯者。
 
 私も、時たまその運び屋になる時がある。
 主に、私の右隣の女子が、左隣の女子に手紙を飛ばそうとして失敗したときなんかに。
 そういう時、決まって彼女らは気まずそうな顔をする。
 あちゃー、やっちゃったよ。
 よりにもよって。
 そういう表情。
 そういう時の私は、敢えてその表情には気付かないフリをして、恐らくは(鏡で見たことが
ないので断言できない)どうにも中途半端な曖昧な笑いを浮かべて、その小さく折り畳まれ
た紙切れを隣に投げてやるのが常だった。
 
 今の反応からもわかるだろうが、私はクラスに馴染んでいない。
 はっきり言えば友達がいない。
 勘違いしないで欲しいのは、別に私は寂しくなどないということ。
 何故なら、去年も友達なんていなかったから。
 去年も、その去年も、そのまた去年にも、いなかったから。
 一人なのには慣れている。
 だが、授業の合間ならまだしも、長い休み時間の間、クラスの皆が親しげな空気を作る中
で一人というのも居場所が無いような気がするので、だから決まって私は、昼休みになると
教室を抜け出していた。


 
 眼前には、何処までも広がる青い空。
 背には、日差しを吸い込んでよく暖まったアスファルト。
 大の字に寝転がって見上げる空には、いくつもの雲が浮かんでいる。
 学校の屋上、給水塔の上。
 マンガでよくあるようなベタなアウトローの根城が、休み時間中の私の居場所だった。
 
「あー……空が青い」
 
 空を流れる雲をぼんやりと見上げながら、無意味に呟いてみる。
 雲は好き。
 刻一刻と形を変えるそれを眺めているうちに、いつの間にかタイクツな昼休みが終わって
くれるから。
 そうやって昼休みをやり過ごすのが、私の日課になっていた。
 去年からの。筋金入りだ。



 しかし、私は一ヵ月後、その呟きを後悔することになる。
 その何気ない、本来なら誰に言ったわけでもない、返事を期待したわけでもないその一言
が、彼女――千堂瑛里華と私に、接点を与えてしまったのだから。

187 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/11/02(日) 20:47:25
>>186

トンネルの影になっている岩場の青さは空の蒼さとはまた違う。 
これならきっとあの子であっても分かってくれそうだと考えた。 
少しでも心のフォルダを共有出来そうなものを見つけた喜びに確かに心が
震えたのだ。 
 
「早くー。見てみて。岩陰の裏の海の色…こんなに青いよ」

意識した発言。媚びが入りすぎていただろうか。
…であったのにも関わらず然るべき反応がない。 

気配を感じない背中が殊更に寂しさを覚えて、私は思わず立ち止まってしまう。
こういうのは良くないって分かってる。 
らしくなく振り向いてしまう様な予定外の行いには、何時だって後悔が確実に待ち受けている。
 
あいつは口先で何か呟いて、いつもどおりのペースで”普通”にこちらへ向かってきていた。 
 
長い手と、細く地味な髪型。肩から腰までのラインが直線的な伊万里。 
疲れたそぶりも、厚い素振りも、私に気を使うそぶりすら見せはしない平坦な表情の伊万里。
その振る舞いに、無関心さに。流石の私も少しだけ高ぶった感情を持ち出しそうになってしまう。 
怒ると私は自然に髪を掻きあげる癖があるらしい。
…兄である生徒会長にからかわれた事をこの時に思い出せたのは幸いと言うべきか。  
思わず持ち上げ、薄い色素の髪に纏わりついた手を上まであげ、大きく振り続けて誤魔化す事にした。

…人生は予定調和にはできていない。 

その事を思い出し…自嘲的に私はきっと口を歪ませていたのだろう。 
それは何時も都合のよい、”物わかりのよい笑顔”に見られる事に自分で気付いている。
そんな醜い部分すら前向きに見せてでも、私は今日を生きている。
だからこそ、、、

────負けるものか。 
的場伊万里。あなたの目には私がずっと映り続けてあげるんだから。


    ※※ ※ ※※ 


 5月のあの時はまだ風が涼しく、計画への情熱もヒートアップはしていなかった。
それでも私は息堰切って屋上への階段を一人駆け上がっている。 
一段越し、二段越し。飛び上がり速度をあげ。観音開きに左右のドアを突き飛ばして押し開く。 

”お願い的場さん、手伝って”  

 兼ねてからの思惑通りにそう告げようとした私の視界──。そこに不思議な光景が映り込んだ。 


制服と空の青、伊万里の瞳がフェルト地にビーズを配した風情に浮かび上がった光景。
思わず忘我の体で見とれてしまっていた。 

風が舞った。

地球中を温めている太陽がこんなに大きく視界を覆っているのに、何故こんなにも 
冷気が強いのか、少し震えた。 
それにも関わらず伊万里はそこに本当に楽しそうに微笑んでいた。

「あー……空が青い」


とても涼しげな声。 


…そんな表情も出来るんじゃない…。

その顔、その仕草。それだけで私はこの子をとても好きになった。

188 名前:的場伊万里:2008/11/02(日) 20:59:17
>>187


 頭が混乱していた。
 何故?
 何故私だけの場所に、この女が?
 いやそもそも、よりにもよって、何故、私?

――歩行祭の準備を手伝って――
 
 そんな台詞、だった気がする。
 聞き間違い?
 話しかける相手を間違ってる?
 いや、
 いや、



 色んな疑問が、ぐるぐるぐるぐると頭の中で回り続けて、

「あ、う……」
 
 結局出てきたのは、そんなうめきだった。
 ああ、しまった。
 日本語が不自由だと思われたかもしれない。
 怪しまれる?
 違う、私は吃音じゃない。
 私をそんな風に思わないで。
 私は普通だ。普通なんだ。
 今のはただ、ちょっと焦っただけだから。
 だから、失望したような顔をしないで。
 お願い、
 お願い――

 心に荒波が立ったようだった。
 思考が混乱して、纏まらない。
 得体の知れない恐れが襲い掛かってきて、思わず目をぎゅっと閉じた。
 
 願わくば、目を開けたら、彼女が消えていますように。
 5、
 4、
 3、
 2、
 1、

「――――」
「駄目?」
 
――先ほどと同じように笑顔を浮かべた彼女は、私を覗き込むようにかがみこみ、手を差し
伸べながらそういった。
 陽の光を遮って、屈託のない笑顔を私に向ける彼女。
 屈んだ拍子に幾筋か垂れた、五月の陽射しを受けて透き通る彼女自慢の金髪を、不覚に
も、私は、
 綺麗だと、
――感じてしまった。

「……駄目じゃないけど」
 
 身体を起こし、手を取る。
 それが、私と彼女……千堂瑛里華の切欠だった。

189 名前:的場伊万里:2008/11/02(日) 21:00:37
>>188

 
「早くー」
 
 私を呼ぶ声がする。
 早く来いというんだろう。
 けど、考えても見て欲しい。
 最初は、歩行祭の準備を手伝うっていう話だったはず。
 それがいつの間にか、こうして歩行祭自体を手伝わされているのだから、少しくらい不機
嫌になっても、それは許されるんじゃない?

「あー」
 
 なんともいえない気持ちになった。
 だから、空を見上げる。
 抜けるような晴天。
 雲ひとつない空。
 気温は花丸急上昇。
 こんな日に、健康的で爽やかな青春の一ページを刻める私たちは幸せ者なので。
 気分は、いやがおうにも牽かれる子牛のようになってしまう。
 ドナドナのドナちゃん。
 キャハ。

「笑えないって……」
 
 我に返って、ぽつりと呟く。
 ……全部、たわ言。
 そんな事は、とっくに気付いている。
 私が、千堂瑛里華の後を追えない理由は、別に歩行祭を手伝わされているとか、そんな
理由ではなく、まったく別のところにある。
 距離感。
 瑛里華と接触を持つようになった、この一ヶ月。
 私は未だに、瑛里華との距離を測れずにいた。

 彼女は、時に笑って、時に怒って、馴れ馴れしすぎるほどに私に踏み込んでくる。
 目的は不明。
 仙崎に調査を頼んでみても、これといっためぼしい情報はなし。
 背後関係を洗ってみても、実は大陸生まれの職業凶手……なんて事もない(あるわけな
いけど)。
 要するに彼女は普通の女子高生で、何の裏もなく私に接している。
 そんな、単純な話。
 
 だけど、そんなはずはない。
 もっと複雑な話に違いないのだ。
 彼女には何か裏がある。私にも、仙崎にも悟られることのない、深い闇。
 だって、そうでもなければ

「……ハァ」
 
 溜息が出た。
 馬鹿馬鹿しい……。
 ごちゃごちゃと言い訳しても、理由をつけても、、つまるところ、私が彼女との距離感を掴
み損ねている理由なんて、一つしかないくせに。

 要するに、お前は怖いんだ、伊万里。
 人を自分に立ち入らせるのが。
 立ち入った相手が、私から立ち去るのが。

 瑛里華の事を信じたい。
 けど、信じられない。
 信じて裏切られるのが怖い。
 まるで、普通の女の子みたいな悩み。
 笑える。
 
 瑛里華の隣にいると、私の思考は鈍くなる。
 瑛里華が隣にいると、私の心はかき乱される。
 苦しい。
 苦しい。
 苦しい。
 苦しい、、、

 もし、今ここで……本当に、瑛里華を置いていけるなら。
 私はきっと、楽になれる。
 だけど、それは出来なくて。
 だからといって、彼女の後を追いかけて駆け出すほど、私は彼女を信じられない。

 だから、歩いている。
 マイペースを気取って、自分のペースを崩していない風を装って。
 ……実際には、これが精一杯だというのに。
 中途半端な私。
 そのザマは滑稽で。
 ……ホント、笑える。

「伊万里ー!」

 遠くで、瑛里華の呼ぶ声がした。
 視線の先に広がる光景は、青空よりも眩しかった。

190 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/11/02(日) 21:18:01
>>189

私は大きな声であの子を呼んだ。手を振って、名前を呼んで。

 夏日の逆行を背にしつつ私は彼女の到着を待ちわびる。
今の私に出来ることがこれだけだと分かってて、必死になって手を振りながら。

「あと60−、50−、40−、30−」 

 カウントダウンを始める。
 ペースを少しも変えないところに不思議な意地が見えて嬉しくなってくる。
 そういうところは伊万里も私もきっと同類なのかもしれない。

 けれど、彼女はどうしたって私の所に来るしかないわけで。
 自然と私の顔も勝手な勝利宣言の心理の中で嬉しくなってくる。 


「───罰ゲーム。私の荷物一個もって」 

食感が冷たい飴玉ひとつをポシェットから取り出して伊万里の口に押しつけた。 

 この子が私を鬱陶しく思っている事は分かっている。 
けれど私はそれ以上に理解している。感情をフラットに決め込んでいるそんな態度は
付け入る隙を与えない楯だという事も。 

 だから相手に私を意識させる。どんな感情でも無関心の帳には勝てないからだ。
生徒会副会長としての私はこういう生徒を沢山和の中に参加して貰ってきた実績がある。 

 実績。
 出たな、、本音。
 少なくとも最初は…この時までは私、“実績”だと考えていたのかもしれない。
 私のこの夏の小学1年生みたいな目標の。
 

 だから私は土足で踏み込んだ。強引なまでに覚悟もないまま手を取った。
 
「私の手、走ったのに冷たいでしょうー?あ、伊万里あったかいー…」 

 口実を作ってそんな手口で手を握り、そのままで第4チェックポイントに向かう私。 

 気圧の差で生暖かい風が二人の顔を打ちつけてくる。正直気持ち悪い。 
でもこれだってマイナスばかりじゃない。田舎道は基本的に景色に変化というものがない。
会話のペースを考えるとトンネルの暗さ、陰気な空気ですら私には武器となる。 
気を強く持ち、私は次のラウンドへと踏み込んでいった。

 確かな手の感触。 
 私は手と手の触れ合いが好きだ。
 その人が私を受け入れてくれるかどうかが分かるから。
 そしてひとの温かさを分けて貰ったような気になれるから。

 この子の手を初めて掴む時、内心はとても緊張していたと思う。
 勿論それ以上の勝利の様な実感もあったにしても。

 一度は前に振り払われた手。
…それは案外、普通の綺麗な手で…。
 だから少しの油断の種が心の土に蔓延る事となった。

191 名前:的場伊万里:2008/11/02(日) 21:32:13
>>190

「それ、自分で勝手に決めたルール……むぐっ」
 
 飴玉が押し込まれる瞬間、瑛里華の指先が唇に触れる。
 綺麗でしなやかなそれが、私の指に触れ、絡みつく。
 そのたびに私の心臓は、
 どきりと――異様な音を立ててしまう。
 自分からも絡めようか……そんな事を考えて、
 迷って、
 悩んで、
 苦しんで、
――そして結局、私の指先は、死にかけの虫の痙攣のように、小さく動いて……それで終
わった。
 
――ああ、どうかお願いします。
 私に触れるのを、やめてください。
 肌を重ねる感触は、私をとても弱くします。
 ぬくもりを与えられてしまったら、もう一人ではいられません。
 だからどうか、やめてください。
 あなたにとっては大勢の中の一人でも、
 私にとっては、あなたただ一人なのだから。



 第四チェックポイントへと向かうこの長いトンネルは、全長約2km。
 気圧差から生じる生温い風と、トンネル特有の熱の篭り具合は、多くの生徒たちからやる
気と体力を奪い去る。
 だからこそ、学生たちはその疲労感を誤魔化そうと、たわいもない話に花を咲かせる。

「昨日のドラマ、見た?」
「あの香水の新作、すごくいい香りなんだって!」
「最近、ポケモンに嵌っててさァ。古いやつ」

 耳をそばだてれば、さまざまな話が聞こえてくる。
 そのどれもが、くだらない内容。
 五分後にはもう思い出せないような、無駄なおしゃべり。
 トンネルの内部に反響して、そんな生徒たちのおしゃべりは、さざなみのような、あるいは
地鳴りのような音のうねりを作り出していた。
 
 私と瑛里華は、そのうねりの中をゆっくりと歩いていた。
 瑛里華のひんやりとした手の感触が、この蒸し暑いトンネルの中では心地良い。
 人間じゃないみたい。
 漫然と、そんな事を考える。
 
「……」
 
 じゃんけんと、しりとりと、古今東西が終わった辺りから、私たちは無言だった。
 瑛里華は何故か、何も喋らなかった。
 私はといえば、何度か喋ろうと試みたものの、しかし、そのたびに私は無駄に口を開き、
何かを喋りかけ、そして閉じるという動作を繰り返していた。
 
 何を喋っていいのかわからない。
 何かを喋りたい。
 喋らなければいけないとも思う。
 しかし、ポケットというポケットを探り、ひっくり返し、ジャンプしてみても、
 何もないのだ。
 私のポケットの中には、人気のドラマも、香水の新作も、古いゲームも……そこらの女子
高生が好みそうな話題が、何一つ入っていないのだ。
 喋る事が、何もない。
 その事実に気付いたとき、私はもう何度目かの、消え入るような気持ちを感じていた。
 
 トンネルは薄暗く、未だに出口は見えそうにない。
 まさに、今の私の心境だった。
 暗い奴だと思われているだろうな。
 瑛里華は今頃、私と歩いているのを後悔しているかもしれない。
 そんな事を考えていたら、さらに気分が落ち込んでしまった。
 ……自爆だ。
 
 そんな自爆を繰り返すうちに、私の心の中ではいつしか、ふつふつと怒りが沸いてきていた。
(早く見限ってくれればいいのに)
 自分で突き放せない癖に、勝手に心の中で逆ギレする。

 どうせ、瑛里華はつまらない時間をすごしていると後悔してるに決まっている。
 だけど、私だって何も好き好んで黙っているわけじゃない。
 何も話題がないんだからしょうがないじゃない。
 勝手に期待して、近づいてきて、それで失望するなんて、我侭な女。
 
「……ハァ」
 
 馬鹿みたい。
 瑛里華は何も悪くないのに、勝手に悪者に仕立て上げて。
 ああ、もういい。
 いっそ、嫌われてしまおう。
 その方がいいはずだ。
 私にとっても、瑛里華にとっても。

「千堂さん」
 
 なんでもないような口調。
 その裏に隠した、強い決意。
 嫌な予感に、どくどくと鼓動が高鳴る。

 ポケットをひっくり返して、ようやく出てきた私にも出来る話。
 それを言ってしまえば最後、瑛里華は私から離れていく。
 不気味な奴だと、思われてしまう。
 だからこそ……私は、言葉を続けた。

「例えば、こんな話って、どう?」
 
 私にもできる、唯一の話題。
 それは、殺し合いの話。

192 名前:名無し客:2008/11/24(月) 07:46:36






転生無限者【てんせいむげんしゃ】

 生き続けるもの。
 死に続けるもの。
 無限に転生を繰り返すことで、死徒や妖魔とは異なる不老不死を可能とする。
 死ねば肉体を離れ、新たな躯に憑いたり生まれ変わったりするため、追跡は
困難を極める。死徒27祖のひとりアカシャの蛇≠ェ有名だが、教会や協会は
他にもタイプの異なる数人の転生無限者が存在していることを確認している。
 人間として生まれ変わる転生無限者が、種族的に人間なのか、それとも人外
なのか。その定義は非常に曖昧で、機関や研究者によって見解は異なる。

          ――――オーガスト・ダーレス『神秘学用語辞典』より







193 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/11/24(月) 07:51:33


Prologue



 ひとの命は脆い。
 自身の身をもってそれを証明したはずなのに、学習しない私は同じ過ちを繰
り返す。気まぐれの不運はいつだって突然だ。ひとはなんの予兆もなく、呆気
なく終焉を告げられる。
 はるか昔に、ある少女が馬車に轢かれただけで壊れてしまったように……。

 取り返しのつかない悔恨が冷え切った躰を焦がす。

『まだ、もう少しだけ、人間のままでいたいんです』

 なぜ、彼女の言葉を安易に受け容れてしまったのか。

『いま、行くわけにはいかないんです。わたしはまだ子供で、この躰は父と母
のものだから。でも、大人になれば―――』

 耳を貸す必要なんてなかった。

『約束してください、アセルス様。わたしが成人した夜に、必ず迎えにくると。
わたしを永遠の世界に連れて行ってくれると』

 さらってしまえば良かったのだ。

『わたし、待ってますから。アセルス様を信じて、待ってますから』

 なのに、私は彼女がそれを望むなら≠ネどという欺瞞に目がくらんで。

『待ってますから―――』

 ひとの命は脆い。彼女に気付かれないように警護の妖魔を派遣していようと
も、その事実から逃れることはできない。
 気まぐれに気まぐれが乗算され、不運と不運が掛け合わされれば、稀代の美
女であろうとその容姿にそぐわない呆気ない末路を迎える。
 まさか、夏風邪を治すために呼んだ医者が薬の調合を間違えるなんて。悪意
も殺意も存在しない世界に住んだまま、彼女の笑みを失うことになるなんて。

 良家の令嬢だった。
 ほんとに美しい娘だった。
妖魔の君≠ニいう立場を隠し、夢魔と偽って屋敷に忍び込んだ。彼女は私に
脅えもせず、「愉快な悪魔さん」と呼んで友達になりたがった。世間を知らな
いがゆえの無邪気が、私の瞳にはとても眩しく映った。

 月に一度の新月の夜、彼女の部屋で密会を重ねた。気付けば友人ではなくな
っていた。私の望むがままに彼女は私のものとなり、私は彼女のものとなった。
 ……そのまま誰に気付かれることもなく、成人の夜の日に、彼女は悠久の闇
へと旅立つはずだったのに。私の寵姫となり、永遠を手にするはずだったのに。

 最後の新月の夜。彼女の屋敷に駆けつけたときには既に、葬式が始まってい
た。彼女は私の手を取ることなく、ひとりで永遠となってしまった。
 八つ当たりに警護の妖魔を八つ裂きにした。元凶であるヤブ医者にはもっと
深い苦しみを与えるべきだったが、私の怒りの瘴気を浴びた途端に心臓を止め
てしまった。満足に復讐することすら許されなかった私は、人間の身分を偽っ
て彼女の葬式に参列した。狭く暗い棺桶に幽閉され、墓地へと運ばれてゆく彼
女を呆然と見送った。土がかけられ、墓碑が立ち、参列者が散り散りに解散し
ても、その場から離れることはできなかった。

 人目につかぬよう離れた場所から、昼も夜も構わずに彼女が眠る場所を見守
り続けた。私の胸は、思い出を融かす空虚で占められつつあった。
 虚無の隙間からは狂気が芽生える。いっそ墓を暴いて、彼女の亡骸だけでも
針の城に迎えるべきじゃないだろうか。そんな考えがふとよぎったとき、視界
の先で、土が盛り上がり、墓碑が揺れて、白蝋の如き腕が地上を求めて突き出
した。我が目を疑う光景。

 そして、ああ、そして彼女が―――
 

194 名前:アセルス ◆MidianP94o :2008/11/24(月) 07:52:10






 

 再び夜空の下へと戻ってきた彼女は、
  はだけた屍衣から蜥蜴の刺青を覗かせていた。







.

195 名前:◆MidianP94o :2008/11/24(月) 07:54:45













とかげvsアセルス

―Regret―












.

196 名前:名無し客:2008/11/24(月) 07:56:39




零姫【れいひめ】

 先代妖魔の君、オルロワージュの最初の寵姫。
 オルロワージュを逆吸血した唯一の妖魔でもある。
 妖魔の君の力を得たことで転生無限者となり、死ぬ度に生まれ変わって赤ん
坊から人生をやり直している。転生を繰り返して世界中をさまよっているが、
その美貌が絶えず不幸を呼び寄せて、彼女の居場所を奪ってしまう。
 上級妖魔にしては珍しく人間の社会を愛し、人間の生活を求めている。
 零姫は新生妖魔の君アセルスとは別の意味でオルロワージュの血を継ぐも
の≠フため、アセルスからしてみれば目障り極まりない存在のようで、零姫が
転生する先々にアセルスは現れ、結果的に無理な転生を強いている。
 特性上、自身の領地を持たないため現在の所在は不明。


とかげ【とかげ】
 
 詳細不明。神を喰らうことで転生無限者となった男。



      ――――魔術師協会封印指定手配書『転生無限者』の項より





197 名前:◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:02:19


 クーロンは常夜のリージョンだ。
 けど、同時に夜を拒むリージョンとしても知られている。

 暗黒の天蓋を恐れるかのように、煌々と焚かれる無限のネオン。
 常夜であるがゆえに昼も夜もなく活動する人と人と人、そして人。
 雑踏が喧噪が矯声が夜の静寂を頑なに拒む。
 クーロンは永遠の夜に縛られているがために、
 どのリージョンよりも深く夜の恐ろしさを知り、
 だからこそ夜を強烈に拒否する。

 ……そう、この街は眠らない不夜城。

 一束いくらの人間の命を燃焼させて闇を払う。

 終わらない不眠症に悩まさるリージョンで、
 あたしたちは今日も澱んだ空気を吸い、
 ネオンのまばゆさに目を細めながら生きていく。




198 名前:◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:03:22












第一部「不夜城クーロン」











.

199 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:06:31



 ぞんざいにドアチャイムを鳴らす。玄関の奥から出てきたのは二十歳前後の
派手めの女だった。あたしを認めるなりぎょっと顔を強ばらせる。迂闊にドア
を開けてしまったことに対する後悔がありありと感じ取れた。
 ちっと舌を打つ。これだから共同租界で仕事をするのはいやなんだ。
 こいつ等はクーロンにいながらにして、クーロンの人間っていうのをリアル
で感じていない。人を容姿で判断してびびるなんて。

 ―――頬の蜥蜴が疼く。

「……引き取りに来たんだけど」

 言葉にも自然と棘が含まれた。……いや、これはいつも通りか。

「ひ、引き取り?」

 女の顔がひきつる。

「あ、ああ。そ、そう。引き取り。回収よね。ごめんなさい、ちょっと想像し
ていた人と違ったから取り乱しちゃって」

 うるせー馬鹿。ほっとけ。
 唐突に部屋を引き払うことになった。身ひとつで出ていくから、家財道具や
服飾品などすべて買い取って欲しい。そう連絡を受けたから、わざわざ中心街
から出張してきたんだ。さっさと見積もりをさせて、さっさと戦利品を積み込
ませて、さっさと帰らせろ。

「たったこんだけ? トラックいっぱいに積んでおいて?」

 女は最後まであたしに対する警戒を解かなかったけれど、あたしが提示した
買い取り金額にだけはしっかり文句をつけてきた。
 あたしは如何にも面倒そうに答える。

「いや、ほとんどゴミだし。処分するのだってただじゃないし」

 すでに積み込みは済ませているんだから、この金額でノーとは言わせない。
 そのことは女も理解しているらしく、渋々ながらあたしが突きつけたキャッ
シュを受け取った。

 ―――ここでのもう仕事は終わった。見積もり鑑定のために必要だった蜥
蜴の眼≠眼帯で隠す。肩まで乱暴に伸ばした赤毛を翻して三輪トラックの運
転席に乗り込んだとき、あたしの背中に女が恐る恐る問いかけた。

「……あなた、ほんとに人間? 少なくとも、堅気じゃないわよね」

 頬から鎖骨にかけて痣にも刺青にも見える蜥蜴を飼い、眩しく輝く赤毛で見
るものを威嚇し、瞳孔が極端に細い爬虫類の眼を眼帯で隠す。そして、家具も
家電も一人で楽々と運び出せてしまう程度には力持ちな細腕。加えて自分でも
困ってしまうぐらいに美少女サマだっていうんだから、なるほど、これは確か
に人間離れしているように見えるかもしれない。

 あたしは女の問いかけを鼻で笑い飛ばしてイグニッションキーをひねった。
 堅気なのか、ヤクザなのか。人間なのか、化け物なのか。人間として存在す
る権利を与えられない〈針の城〉の住人にとって、その質問はあまりに滑稽だ。

「あんた、ここをどこだと思ってるんだい。ここはクーロンだぜ」

 そう言い捨てて、あたしはアクセルを踏み込んだ。

200 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:10:00


火蜥蜴(ロンユエン)≠フイーリン。
 それがあたしの名。
 あたしの通り名と、本名。
 孤児のあたしには、誰がイーリンという名を付けたのかは知らない。覚えて
いない。けど、あたしを火蜥蜴≠ニ呼んだのが誰かは知っている。
 媽媽(マーマ)だ。
 あたしの赤毛と刺青を揶揄してそう呼び出した。記憶に残る限り、マーマは
一度もあたしをイーリンと呼んだことはない。

 火蜥蜴―――パラケルススの四精霊がひとつ、サラマンドラ。
 かわいげの欠片もないあだ名だけど、名は体を為すというか、なかなか的を
射たネーミングだとは思う。あたしの赤毛は唐辛子のようだし、心臓へと這い
進むように肌に張りついた蜥蜴は、長く鋭い尻尾が頬に伸びて疵(スカー)の
ように見える。普段は眼帯で隠している右眼なんて、あからさま人間のそれと
は違う、畸形としか言いようがない魔眼だ。
 火事のような髪に、蜥蜴の刺青と眼を持つ小娘には、イーリンなんて愛らし
い名前よりも、幻獣・火蜥蜴のほうが相応しい。気付けばマーマだけではなく、
あたしを知る誰もがあたしを火蜥蜴(ロンユエン)≠ニ呼ぶようになった。
 クーロンの火蜥蜴。それが、あたしだ。


                  * * * *


 むせ返るほどに濃密な香水とニンニクの臭い。クローンの中でも中心街特有
の異臭があたしを歓迎する。続いて、十数種類の雑多な言語が耳に襲いかかっ
た。誰が誰に話しかけているのやら、誰もが声を張り上げて怒鳴り合っている。
 色とりどりのネオンに出迎えられながら、あたしは荷物を満載した三輪トラ
ックを進めた。―――多くの人間がリージョン・クーロン≠ニ聞いて真っ先
にイメージするこのメインストリートは、まず嗅覚と聴覚から始まって、最後
に視覚が到着を告げる。つまり、臭くて喧しくて目障りな通りということ。
 
 馬車も人力車も現役のクーロンでは、数秘機関(クラック・エンジン)式の
自動車は非常に貴重だ。自動車即ち超富裕層の道楽玩具と断言しても間違いは
ない。こんなニンニク臭い通りで人混みに揉まれているような連中には、まず
縁がない乗り物。だから、オンボロの三輪トラックでも目立ちに目立つ。

 あたしとトラックの姿を認めた途端に、ガキの物乞いどもがばっと群がって
きた。狭い運転席を囲うようにして、なにかくれと囃し立てる。それを目隠し
にして、荷台に回った何人かが積み荷を掠め取ろうっていう算段だ。
 あたしはハンドルの真ん中を叩いて、改造済みのクラックションを鳴らす。
圧縮された言霊がホーンから拡散して、ガキどもを残らず弾き飛ばした。
 殺傷性なんて欠片もない敵意をもった音圧≠ノ過ぎないけれど、ガキども
を驚かすには充分だ。幼い物乞いたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていっ
た。その様子を、あたしは醒めた目つきで見守る。

 ……よくもまぁ、毎日飽きもせずに繰り返すぜ。

 メインストリートをこの三輪トラックで通ることは、毎日どころか、日に二
度も三度もある。その度にガキどもはあたしの積み荷を狙い、そして撃退され
ていた。いい加減、とっくに車種もあたしの顔も覚えているはずなんだけど。
 それだけこいつ等も必死っていうことか。
 あたしは鼻を鳴らして、トラックをゆっくりと進めた。

201 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:12:37


 メインストリートに立ち入った瞬間から、人口密度は跳ね上がる。
 表通りと言っても、せいぜい馬車が通ることぐらいしか考慮せずに舗装した
道だから、当然のように道幅は広くない。そこにさらに、無許可の屋台がずら
りと道の両端を占拠するのだから、人の流れは悪くなる。歩いて進むことすら
困難なんだ。とてもじゃないけど、トラックなんかで進めたものじゃない。
 ―――けど、あたしの事務所はメインストリートの裏通りにある。ここを突
き進む以外に道はない。進める進めないじゃなくて、進むしかないんだ。

 だいたい、トラックと人間じゃ前者のほうが強いに決まっている。轢かれ損
のクーロンで、頑なに道を譲らない莫迦なんて滅多にいない。あたしはのろの
ろと進みながらも、決して止まることはせず、人混みをかき分けるようにして
トラックを前進させた。気分はまるで、人の海を泳ぐ鉄牛だ。

 車の進みは遅い。そればっかりはしかたがない。殆どの人間は、あたしのト
ラックを見ると面倒そうに道をあけるけど、後ろから自動車が迫るなんて考え
たこともないであろうやつもいる。そういうのは大抵外の人間だ。世界の中
心<Nーロン・ストリートを闊歩することで、気がでかくなっちまっている。
 対処法は簡単で、ケツをバンパーで小突いてやればいい。悪態を吐きながら
振り返っても、フロントガラス越しにあたしを見れば、必ず引き下がる。
 ダッシュボードに如何にもわざとらしく、ポンプアクションのショットガン
を置いているのが効果的なのかもしれない。

 喧噪をかき分け、雑踏を割りながらメインストリートをゆるゆると進む。
 ふと横丁に繋がる路地に目を向けてみると、三人組の街娼がリージョンシッ
プの船乗りの一団に愛想を飛ばしていた。その様子をまんじりと見つめるのは
スリの悪童だ。隙あらば船乗りの稼ぎを奪い取ろうと目を光らせている。
 クーロン・ストリートでは珍しくもなんともない光景。

 すべては日常のまま。永遠の夜の中で、眠らない昼を繰り返す。

 床屋が歩道に店を開き格安で散髪や耳掃除を請け負えば、飼い慣らした小鳥
に運動させる老人は竹籠に入れた鶸や鶯を観光客に売りつける。
 屋台の店主は通行人の迷惑も考えず路上にテーブルを並べ、様々な屋台から
客たちは粥や麺、魯肉飯など思い思いの料理を選んで腹を満たす。
 少しでも身なりの整った紳士を見つければ乞食がすぐに道を塞ぎ、IRPOに雇
われた下請けの警邏は人目も憚らずに大麻の煙草を吹かす。
 零落した知識人は舗道にチョークで自伝を書き、いちばん心を打つ箇所に金
を置けと呼びかけた。
 人間が生み出す狂的なエネルギーが夜の恐れをはね付ける。クーロンが不夜
城と呼ばれる由縁が、この通りにはあった。

 ……だけど、街並みを占めるのは人間ばかり。人外の姿は、ない。これだけ
ひとの熱気が渦巻き、想念がこびり付けているというのに、地縛霊ひとつ見え
やしない。クーロン・ストリートは薄汚れた通りだけど、霊的な意味合いでは
異常なまでに潔癖だった。だから畸形のあたしは余計に目立つ。視線を集める。
 でも、誰も声をかけてはこない。
 観光客や船乗りはともかく、メインストリートで商売をしているような連中
なら、故買屋の火蜥蜴≠フ名ぐらい知っているはずなのに。
 誰もあたしに関わろうとはしない。
 ―――それはあたしが〈針の城〉の住人だから。

 メインストリートを含む中心街はリージョン・クローンの顔と云われている。
そういうことになっている。でもあたしから言わせれば、共同租界同様に、や
っぱりここはクーロンじゃない。クーロンお試し体験版。夜の世界をちょっと
だけ覗いてみよう。だけど本物の危険はゴメンです。その程度の街だ。

202 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:14:36


 メインストリートを抜けて、ようやく裏通りに辿り着いた。表通りほどでは
ないけれど、ここもクーロン・ストリートの一部だけあって人通りは多い。
 あたしは路上に寝転がる酔客を轢かないように注意しながら、事務所に向け
て車を進めた。ネオンの明かりが遠ざかるだけで、視野はだいぶ狭くなる。

 あたしの事務所兼倉庫は、雨の多いクーロンで、水はけ良くするために作ら
れた人工河川沿いにある。三階建て、鉄筋コンクリート造のボロビルディング。
 ビルと呼べば聞こえはいいけど、面積の狭さを高さで補っているだけだ。

 入り口にトラックを停めると、エンジンを切るより疾く事務所から巨人が飛
び出してきた。……そう、巨人だ。あれを人間と呼ぶのはかなり苦しい。

 異様なまでに盛り上がった筋肉と、それを覆う鬱血したまま壊死したような
青黒い肌。胸板はドラム缶を横向きに埋め込んだかのように厚く、比例して肩
幅も広い。その巨腕は冗談ではなく、あたしの胴体がすっぽりと収まってしま
う。背丈は天を衝くほどで、あたしの二倍近くある。舞踏会で用いられるよう
な牙を剥く悪魔の面を被っているため、表情は確認できない。
 人間のかたちこそしているものの、巨人の躰は人間が持てる肉体の限度を超
えていた。……無理もない。だって彼女≠ヘ人間なんかじゃないんだから。

 新鮮なミノタウロスの死体に、トリニティの中央部から流れてきた中古品の
人造霊(オートマトン)を魂の代替品≠ニして宿すことで生ける死者≠ノ
した人造僵尸=Bそれが彼女だ。名前はハダリーという。
 仮面を被っているのは、死者である以上彼女は生前のミノタウロスとはまっ
たくの別物だからだ。存在の揺らぎを少しでも誤魔化すために、仮面を被らせ
ている。ハダリーの素顔は肉を覆う皮膚ではなく、更にそれを覆う仮面なのだ。

 死体いじりと人造霊の改造はあたしの趣味にして、蜥蜴の眼≠もっとも
有効的に活用できる特技でもあった。その中でもハダリーは歴代最高傑作だ。

 このクーロンで手に入らないものなんてない。あたしがミノタウロスの死体
を選んだのは、単純に身体能力が高いほうが便利だったからだ。
 望めば当然、人間の死体だって手に入る。倫理さえ無視すれば人造僵尸の娼
婦だって作れるだろう。究極のダッチワイフだ。
 ……ただ、それにかかるコストを考えれば、高級娼館で一週間豪遊したほう
がよっぽど経済的だというだけで。
 このハダリーだって、今日までに注ぎ込んだ金は、苦力(クーリー)千人を
一ヶ月間ゆうに雇えるぐらいの額には上っている。
 まぁつまり、道楽ということ。

「社長、オカエリナサヰ」

 ハダリーは片言であたしを出迎えた。憑依した肉体を通して呪文を発声する
人造霊は多くても、自発的に会話を試みる人造霊は、なかなかいない。
 これもあたしの教育の賜物か。
 でも―――

「社長はやめろって言ってるだろ、ハダリー」

「スヰマセン、社長」

 知能は人間サマには遠く及ばない。

 ……別にいいんだ。あたしは、人間を造りたかったわけじゃないんだから。
 むしろ、人間を雇いたくなかったからこそ、ハダリーを積極的に労働力とし
て使っているのが真実か。でなければ、こんな燃費の悪い雌牛なんて誰が飼う
ものか。―――いや、あたしがホルモンバランスとか筋肉強度とかをいじりす
ぎたせいで、外見は雄にしか見えなくなってしまったんだけどさ。
 それでもきっと魂のレベルでは、乙女心を有している、はず。

203 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:17:14


 あたしは運転席から降りると、ちょうどあたしの目の位置にあるハダリーの
腹筋を拳で叩いた。ゴムタイヤどころか、鉄板のような堅さ。

「荷台にあるやつ、冷風機と乾燥機は適当に掃除したら倉庫にぶち込んでおい
て。加熱調理器と冷蔵庫は欲しがっている人知っているから、明日あたしが持
っていくよ。これは磨いたら、荷台に戻しておいて」

 あたしの指示に、ハダリーは「ハヰ、ハヰ」と機械的な返事をする。

「他にも家電製品や蒸気製品はいくつかあったね。ぜんぶ在庫にしちゃうから、
リストアップしておいてよ。家具の方はほとんどゴミかなぁ。化粧台だけはブ
ランドものっぽかったけど。化粧台以外は全部バラして木材にしちゃっていい
や。食器類はそのままホワンのとこに流しちゃうから、木箱ごと倉庫へ」

「魔術品ワ、ナヰノデスカ」

「相手は商売女だぜ。そんなもの持ってないって。ま、共同租界に住んでるだ
けあって、ものは上等だけどさ。どれもそこそこ高くは売れるかな」

「お疲れサマです。じャあ、ここワ私ニ任せて、社長は事務所デゆっくりして
クダサヰ。ここワ私に任セテ」

「あ、ああ……」

 言われなくてもそうするつもりだけど。
 ……どこでそんな不自然な気づかいを学習してきたのか。あたしは首を傾げ
ながら、ビルの奥へと消えていった。


                  * * * *


 このビルは大まかに分けて、一階がガレージ兼倉庫、二階が事務所、三階が
あたしの工房やあたし以外の社員≠フ住居で構成されている。
 社員と言ってもあたしを含めて三人しかおらず、一人はハダリーなため、真
っ当な人間と呼べるようなやつは残りの一人しかいない。
 その一人っていうのが、あたしがロートル(老頭児)と呼ぶ男だ。自分では
ジェフリーと名乗っている。
 薄くなった白髪をオールバックにした六十代半ばの老人だけど、年齢の割に
は壮健で、痩せてはいるが上背があるためそれなりに貫禄もある。
 常に服装に気を配っていて、腰に張りつくようなタイトなスーツしか着よう
としない洒落者だ。
 あたしがマーマに拾われた頃から、面倒を見てもらっている。

 十年以上前。まだクーロンに妖魔租界があり、妖魔や魔物が平気で街中をう
ろつく魔界都市≠セった時代。ロートルはクーロン・マフィアとして、人か
ら怖れられる存在だったらしい。このリージョンで黒社会の一員として生きて
いくには、荒事が得意なだけではなく、運気に恵まれ、抜け目がないことが必
要だ。かつてはロートルも暴力を手なずけ、野心に満ちていたのだろう。
 ―――いま、その名残を垣間見ることはできない。

 あたしはロートルをビルの外で見たことはない。ロートルの言葉を信じるな
ら、〈妖魔租界戦争〉以後、十年近くこのビルから一歩も外に出ていないこと
になる。馴染みの商売相手は快く受け容れるが、一見の客は絶対に事務所に立
ち入らせない。ロートルは極度に知らない人間≠ニの接触を怖れていた。
 屋内で黙々と事務仕事をこなす。それが、かつてのクーロン・マフィアの成
れの果てだ。

204 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:19:37


 あたしには幼い頃の記憶がない。マーマに拾われるまで、どこで何をしてい
たのか、まったく覚えてない。だから当然、出生の事情も分からない。
 どうしてこんな右眼を持って生まれてしまったのか。どうしてあたしの頬か
ら鎖骨にかけて、蜥蜴の刺青が彫られているのか。どうして躰が傷ついても、
すぐに治ってしまうのか。どうして人より力があるのか。
 全部、分からないままだ。
 きっと魔物とのハーフなのだろう。リザードマンあたりにレイプされた人間
の女が、あたしを産み落として、そのまま捨てた。
 ……別に珍しい話でもなんでもない。〈妖魔租界戦争〉でクーロンから妖魔
が駆逐されるまでは、この街にも妖魔や魔物と人間のあいのこがうんざりする
ほどいたらしい。そんなありふれた出生を悲劇として抱え持つ気はない。

 どうして記憶がないのかも、覚えている価値がなかったからだろう、と考え
ることにしている。覚えていたくないほどの凄惨な記憶だったに違いない。
「もしかして、どっかのリージョンのお姫様だったのかもしれないよ」なんて
マーマはからかったりもしたけど、どっちにしろ、いまのあたしには五歳や六
歳の頃の過去なんて必要ない。
 あたしという火蜥蜴は、マーマの娘だ。その事実だけで充分だ。


 応接用のソファに腰掛けると、ロートルはジョッキにオレンジジュースを並
々と注いで持ってきた。あたしはそれをひと息で飲み干すと、ジョッキを突き
返して尋ねる。

「んで、なんかお仕事は入ったの」

「商品を見たいというお客様が一人。かなり脈ありです」

「なにか売れそうなの?」

 あたしは倉庫に眠っている商品の数々を頭の中に浮かべた。基本的に、在庫
になるようなものは商品価値が低い。本当に売れるものは、予約の段階で何人
も名を連ね、入荷して即日捌けてしまう。

「ピアノです。グランドピアノ。二週間前にウーから買い取った」

 あたしは口笛を吹く。あれが売れれば大儲けだ。
 どこかのナイトクラブが潰れたとき、借金のかたに差し押さえられた大きな
黒檀のグランドピアノで、黒鍵は化石樹の枝を、白鍵にはナイトスケルトンの
骨を使った最高級品だ。弾くものが弾けば魔曲の領域にまで昇華するだろう。
 霊視が可能な蜥蜴の眼≠持つあたしにとって、そういった魔術品の査定
はもっとも得意とするところだった。

 向こうはグランドピアノなんて抱えるスペースはないものだから、早急に売
り払いたがっていた。その足下を見て、格安で買い取ることに成功したんだ。
 ―――が、いくら格安と言っても物が物だけに高価な買い物だ。しかもグラ
ンドピアノは重くてでかい。ただでさえ広くない一階の倉庫が余計に圧迫され
る。あたしとしてはさっさと捌いてしまいたいのだけど、グランドピアノを、
しかも無駄に最高級品を欲しがるような客なんてなかなかいない。
 魔術品なら金に糸目は付けないという金持ちもいるにはいるのだけど、そう
いった手合いに売りつけるには、あのピアノは少し綺麗すぎた。製造年はそこ
まで古くはないし、魔物の体皮や骨を使用しているのも、あくまで清涼な音を
出すためだ。好事家がよだれを垂らすようなおどろおどろしさを、あのグラン
ドピアノは持ち合わせていない。

205 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:22:43


 その分、音は繊細で、かつ張りがある。間違いなく稀代の一品だった。売り
つけるならば音楽家や、そのパトロンだろう。……そう考えてはいるのだけれ
ど、あたしの客にそういった音楽関係者はいない。誰か紹介してくれないもの
かと頭を悩ませたまま二週間経った。まさか餌が向こうから飛び込んでくるな
んて。これは素直に嬉しい知らせだ。

「グオワンホテルから二時間ほど前に連絡がありまして。どこで聞きつけたか
は知りませんが、うちのバーラウンジで使いたいから是非、と」

 舌打ちをこらえる。グオワンホテルは共同租界の中でも上流階級サマしか相
手にしない特等ホテルだ。現地民≠竍先住民族≠ニ見下されるクーロン人
はまず近づけない。売るときにも色々とごねるに決まっている。
 そもそも、ああいった高級ホテルだとか高級レストランだとかは、バックに
黒社会がついている。正規のルートでは仕入れられないような商品は、そいつ
等を使って入手するもんだ。直接あたしにコンタクトを取ってくるというのは、
どうもおかしい。グオワンホテルとは一回も取り引きしたことがないんだから、
尚更だ。……誰かの紹介だっていうのならまだ分かるけど。

「明日、ホテルの裏口までピアノを持ってきて欲しいと注文が。商品の状態を
見て、買うか買わないか決めると仰っていました」

 げ、とあたしは呻く。
 冗談じゃない。あのグランドピアノをあたしのオンボロトラックで運ぶのは
大仕事なんだ。いくら人より力があるといっても、あんなデカブツはあたし一
人じゃ運べない。ハダリーを手伝わせればいいのだけど、あいつはいまの設定
だと繊細な仕事に向いていないから、調整する必要がある。傷を付けられない
ように毛布などで梱包した上で、ボロトラックの震動に負けないように、ハダ
リーの馬鹿力でがっちりと固定させないと。そうやって神経をすり減らして運
んでも、売れるかどうか分からないのだからやってられない。
 面倒の極みだ。

 あたしは吐き捨てるように言った。

「こっちに来させろよ、何様のつもりなんだ」

「租界の紳士淑女がたは、クーロン・ストリートまで来たがりませんからね。
裏通りともなると尚更です。一歩でも足を踏み入れれば、たちまち取って喰わ
れると思っているのでしょう。連絡をしてきたのも下人らしき男でした」

「だとしても、なぁ……」

 面倒なものは面倒だ。それに、租界に住む外国人どものクーロン人に対する
差別意識は病的なまでに強い。外国人専用のホテルなんかにあたしが顔を出し
たら、どんな扱いをされるか分かったものじゃない。わざわざ不愉快な思いを
してまで、新規の、それも一見かもしれない客にへつらうのはごめんだ。

「しかし社長、あのピアノは正直言って邪魔です」

 ぐ、とあたしは言葉に詰まる。ロートルの言う通りだ。あんな大物を、二週
間も在庫として抱えてしまっている時点で、すでに客を選り好みできるような
状況じゃなくなっている。本来なら、どんなにいい品物であろうと買い手が見
つかりそうになければ引き取ったりしないものを、あたしの判断のミスで在庫
にしてしまった。……だって、あまりにお買い得だったから。

「ここは社長の、売り込みの腕の見せどころでは」

 あたしにそんな腕はねえ。


206 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:24:52


「向こうはいくらなら買うと言ってる」

「まず、こちらの言い値を聞きたいと」

「いくら吹っかけた」

「百万クレジット」

 百万……。
 クーロン自治政府が発行している独自の貨幣竜貨≠ノ換算するなら、五千
万近い値段になる。半額まで値切られたとしても、あたしは大儲けだ。

「あのホテルはゼニ、持ってますよ」

 だとしても、財布の紐が緩いかどうかは別問題だ。こっちの足下を見て、露
骨に値切ってくるに違いない。だけど、値段交渉さえうまく運べば七十万クレ
ジット前後で売れる。仕入れ値が十万クレジットだということを考えると、か
なりボロい。

 ―――こんなでかい儲け話を見逃したら、マーマに呪い殺されちまうぜ。

「……分かったよ、行くよ。その場で売りつけてくれば、二度手間にはならな
いからね。せいぜい粘って値段を釣り上げてくるさ」

「気をつけてください。くれぐれも正面から入らないように」

「ドレスコードに引っかかるってか」

「それもありますが、社長は……その、まだ少々幼いです。それに色々と奇抜
です。火蜥蜴≠知らないかたが見れば、ストリートギャングと勘違いされ
かねません。警備員と交渉するのは、お嫌でしょう」

 はん、とあたしは鼻を鳴らす。

「だったら、ハダリーにスーツでも着せるんだね」


                  * * * *


 明日はピアノの取り引きだけで半日は潰れそうだ。他にも、何件か引き取り
の依頼が入っている。あたしは手帳を開いて、今週の予定を確認した。

 ―――はっ、と目を見開く。

 今日の日程の欄に、書いた覚えのない落書きを見つけた。へたくそな百合の
花。線が歪んでいて、半端に閉じかけた傘のようだ。落書きの下には、特徴的
な丸文字で『あなただけの庭で待つ』と書き込まれている。

 あたしはこんな字を書かない。自分の手帳に落書きもしない。けど、この手
帳は常に肌身離さず持ち歩いている。誰かがあたしに気付かれないように書き
込むのは不可能だ。―――ということは、つまり。
 あたしは事務所の奥に引っこむと、眼帯をずらし、蜥蜴の眼≠ナ百合の落
書きを睨んだ。黄金の魔眼が、見えないはずの何かを霊視する。
 微かに見て取れるのは、霊気の残留物。

 あたしは手帳を閉じると、ロートルに「今日はもう上がるから、あとよろし
く」と声をかけた。……不自然に声が低くならないよう、注意しながら。

207 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:27:26


 事務所を後にしたあたしは、一階のガレージから蒸気機関(スチーム・エン
ジン)式のスクーターを引っ張り出した。
 通勤用に使っている自動二輪車だけど、蒸気機関は数秘機関と違ってでかい
しうるさいし危ないしで、動力装置としてはかなりお粗末だ。故障も多く、ス
ピードもあまり伸びない。「歩くよりはマシ」という程度の乗り物だ。
 因みに設計したのはあたし。シートの下にボイラーを設置するなんて、我な
がら正気の沙汰じゃないと思う。交通事故を起こせば文字通りケツに火がつく。
 もしトラックを買い換えることがあれば、いまの三輪トラックに積んである
数秘機関を使い回して、ゼロから通勤用の二輪車を作ろうかなとすら考えてい
た。蒸気機関は煤の掃除だけでも骨が折れる。手がかかりすぎるんだ。

 エンジンの構造上、ボイラーで燃料を燃やして作った蒸気がタービンを回し、
エネルギーを生み出すまでにはどうしても時間がかかる。ピストンがゆっくり
と動き始めるのを待っている間、あたしは手持ち無沙汰のまま、ハダリーが三
輪トラックから積み荷を下ろしていく様子を見守った。
 実によく働いている。

「社長、ヲ帰りデスカ」

 荷台を空っぽにしたハダリーが、あたしに近付いてくる。
 社長はやめろって、とあたしは苦笑した。

「明日、ちょっと面倒な仕事があるからさ。ハダリーにも手伝ってもらいたい
んだ。調整が必要だから、いつもより早く顔を出すよ」

「ハヰ、社長」

「留守は頼んだぜ。あたしは帰って寝る」

「ハヰ、社長。ヲ気ヲ付けテ」

 真鍮の排気管から蒸気が噴き出す。あたしはシートに跨ると、ハダリーに向
けて親指を立ててみせてから、グリップアクセルをおもむろに捻った。

 はい、社長。お気を付けて―――

 ……お気を付けて、か。

 ハダリーは、帰宅するあたしに「気を付けて」と言った。これは、別に蒸気
機関式スクーターが危険な乗り物だから注意しろ、というわけではない。
 例え徒歩で帰宅したとしても、ハダリーは同じように「気を付けて」と言っ
ただろう。―――あたしが家に帰ること、そのものが危ないんだ。
 
 だって、あたしは〈針の城〉に住んでいるから。
 
〈針の城〉は、クーロンに数多く点在するスラムの中でも、行政機関がまった
く手出しをできない、唯一にして完全な無法地帯だ。
 犯罪の苗床。暴力の釜。自由の末路。―――不夜城<Nーロンにおいて、
〈針の城〉だけは夜を怖れず、夜を識り、夜に融け込む異界だった。
〈針の城〉から距離を置く人間は、誰もが口を揃えてあのスラムはもはやクー
ロンじゃない。クーロンでありながら、別の世界だと言う。
 人外が跋扈し、魍魎が飛び回る魔界都市。

 ……でも、あたしは知っている。

〈針の城〉が異界なんじゃない。〈針の城〉以外の全てが異界なんだ。

 十二年前に始まった〈妖魔租界戦争〉以後、変わってしまったクーロンにお
いて、〈針の城〉だけはかつての在り方を維持した。
 つまり、人と人外の間に垣根のない、真の意味での無法都市。
〈針の城〉こそクーロンの本当の姿だと、あたしは信じてる。

208 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:31:45


 純粋なクーロン生まれクーロン育ちで学校に通えるガキなんて滅多にいない
けれど、このリージョンで生活する者なら、誰もが知る歴史がある。
 それが「妖魔租界戦争と紅の魔人」だ。

 いまでこそ人外は排斥され、人間の社会が根付くクーロンだけど、十二年前
まではそうじゃなかった。ファシナトゥール系妖魔貴族が居留する〈妖魔租界〉
から溢れ出した魔性の輩が、我がもの顔でクーロン・ストリートを闊歩した。
 あたしみたいな半端物が白い目で見られることもなく、人間は夜を恐れなが
らも、それなりに敬意をもって夜を受け容れていた。
 もちろん、あたしはその時代を知らない。生まれてはいたはずだけど、記憶
が欠落している。それに幼かった。全部、マーマやロートルから聞いた話だ。

 クーロンは歴史の始まりからずっと人間の社会だ。なぜそこに妖魔居留区な
んかが設けられ、人間は自らの立場を危うくしたのか。

 妖魔租界は、シリウス領事という役人が自治行政担当として管理していたら
しいけど、シリウスは爵位を持つ妖魔貴族で、居留地とは名ばかりの、領事と
いうより領主≠ニ呼んだほうが正しい支配体制を強いていたらしい。
 軍を駐留させ、領事館という居城≠作り、シリウスは妖魔租界を「第二
のファシナトゥール」と呼んだ。

 侵略行為にも等しいシリウスの強気な外交政策に、クーロン自治政府はなぜ
反発しなかったのか。どうして唯々諾々と人外の流入を受け容れたのか。
 ……答えは簡単で、そんな力がなかったからだ。
 国営のリージョン間シップ・ターミナルが赤字続きで借金だらけのクーロン
自治政府は、土地を貸し、治外法権を与える代わりに国家予算規模の税収を妖
魔租界から得ていた。
 それに加えて、自治政府の腐敗は凄まじく、クーロン・マフィアの操り人形
と化していた。クーロン・マフィアをスポンサードしていたのはファシナトゥ
ールを頂点に仰ぐ妖魔貴族社会だ。一リージョンの自治政府如きでは逆らいよ
うがない。自治政府と妖魔租界の力関係は歴然としていた。

 君主がオルロワージュからアセルスに代替わりしてから、ファシナトゥール
は積極的に外の世界と関わりを持とうと試みている。各リージョンに、固有の
領地と独自の支配体制を持つ諸侯を置き、全リージョンに睨みを利かせていた。
 百数十年前まで、ファシナトゥールは人間社会とは完全に隔絶された幻のリ
ージョンだったらしいけど、いまは堂々たる人類の天敵≠セ。
 シリウスも、リージョンに散らばる諸侯のひとりというわけだ。

 シリウスは、妖魔貴族らしからぬ無頼の男だったらしい。豪胆かつ寛容な気
性の持ち主で、故郷の空気を嫌い、ぐつぐつと煮えたぎるクーロンの鉄火な空
気を好んだ。「第二のファシナトゥール」なんて呼びながら、シリウスがクー
ロンに作ろうとしたのは、ファシナトゥールとは別種の常夜だった。

 妖魔や魔物の社会は、出自ですべてが決まる。人間なんかよりはるかに厳し
い縦社会だ。卑しい種に生まれた魔物は永久に卑しく、上級妖魔はただそれだ
けで悠久の夜を怠惰に遊んで暮らせる。
 妖魔公アセルスは人間出身のせいか、実力のあるものを積極的に取り立てる
らしいけど、諸侯の領主たちはいまでも昔からの風習に従っている。
 シリウスはそんな息の詰まる妖魔のやり方を嫌った。渾沌を愛し、あらゆる
ものを受け容れると宣言した。それは人間すらも歓迎するという意味だ。
 結果、租界には一発奮起のチャンスを求める荒くれ者が溢れ、人間も妖魔も
魔物も、「いつの日か成り上がる」という純粋な目的の下、共存を始めた。

209 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:34:16


 格差は広がった。
 貧困が蔓延した。
 スラムが巨大化した。
 治安は最悪になった。
 クーロンは魔術品や概念武装の非合法販売のメッカとなり、一箇所に魔力が
極端に集中したため、地盤が耐えきれず奈落墜ち≠フ危険が高まった。
 シリウスは、「人も妖魔も平等」という言葉を好んで使った。価値を決める
のは、出自ではなく金と力だと。
 そんなシリウスの政策から、人はクーロンを「誰もが平等に命の価値がない
リージョン」と揶揄した。人が魔物が妖魔が、あまりに簡単に生まれて、あま
りに簡単に死んでしまうから。

 妖魔租界に支配されたクーロンは生と死で満たされた渾沌の街だった。平和
とはあまりに程遠く、安寧はどこにもなかった。
 けど、当時のクーロンを知るひとは誰もが口を揃えてこう言う。

 ―――あの頃は自由だった、と。



 在りし日の自由を見失い、あたしは不自由の現在を生きる。



 妖魔租界の崩壊と魔界都市の消失は、十二年前に訪れる。話は伝説じみて、
誰も詳細な経緯を知らない。憶測が憶測を呼びながら、人は変化を受け容れる。

 ……ロマンもドラマも抜きに語れば、クーロン自治政府は浄化政策を打ち出
し、それに伴い(実質機能していなかった)警察権を放棄。治安維持をIRPOに
委託し、シップ・ターミナルを民営化した。
 さらに自治政府は、租界政策を妖魔だけではなく、シュライクやトリニティ
など他のリージョンにも適用。治外法権を安売りし、外企業を貪欲に誘致した。
 国土は切り売りされ、行政の執行力も失い、自治政府は完全に看板だけの存
在となったが、妖魔の言いなりになるよりかはマシ―――というのが、当時の
首脳陣の判断だったのだろう。IRPOとの闘争の結果、妖魔租界はお取り潰し。
浄化政策は成功し、潔癖なまでに人外を拒む風潮が生まれた結果を考えると、
自治政府の政策は成功したと云える。

 でも、そんなのはあくまで表向きの歴史だ。

 シリウスはIRPOが嘴を突っ込んできただけ引っこむようなタマじゃない。
 妖魔租界と、魔界都市と化したクーロンは、貧弱な自治政府が浄化を試みた
ところで掃除しきれるようなお手軽な汚れ≠カゃない。

 講談師は語る。吟遊詩人は謳う。

 ―――これは、〈紅の魔人〉と〈運命の赤児〉の物語。

 十二年前、妖魔租界のスラムに忌み子が生まれた。それは人間の子でありな
がら、妖魔すらも脅かす夜の結晶≠セった。
 シリウスはただちに、赤児をファシナトゥールへ送れと指示した。君主アセ
ルスならば正しい処理ができるはずだ、と。
 ……だが、赤児がクーロンを出ることはなかった。

〈紅の魔人〉が上陸したからだ。

210 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:42:00


 逆立つ炎の赤毛を持ち、燃える双眸で世界を見下す男。その容姿と、炎の魔
術を得意とすることから〈紅の魔人〉と呼ばれるようになったものの、彼が何
者なのか、人間なのか、妖魔なのか。どこから来たのか。なぜ、クーロンに訪
れたのか。……誰も知らない。愉快なまでに一切が謎に包まれている。

〈紅の魔人〉は、妖魔の手から〈運命の赤児〉を守るため、剣をとって戦った。
 孤独な戦いにも関わらず、シリウスを討ち滅ぼし、妖魔租界を火の海に包み、
クーロン・マフィアを壊滅に追いやった。

 ロートルは当時黒社会の歴としたメンバーだったし、マーマもマフィアと共
存関係を築いた上で非合法の密を啜っていた。つまり、二人とも〈紅の魔人〉
とは某かのかたちで敵対関係にあったはずなんだけど……ロートルは、〈紅の
魔人〉のことについては頑なに口を閉ざしているし、マーマはマーマで妖魔租
界戦争前も戦争後も、変わらずに商売を続けていたため、どんな関わりを持っ
たのかは分からない。他の住人にしたってそうだ。誰もが深くは語りたがらず、
また語るほどの情報を持ち合わせていない。
〈紅の魔人〉は、実在したはずなのに、あまりに非現実な存在だった。

 だけど、このリージョンに生きる人間ならば、それが四歳の子であろうと、
クーロンから妖魔を追い出したのは〈紅の魔人〉だ、と断言する。

〈紅の魔人〉はクーロンを解放した。
 彼は英雄になれたかもしれない男だった。
 でも、なれなかった。
 妖魔との戦争に巻き添えに幾千という一般人が命を落とした経緯と、〈運命
の赤児〉を守り抜いた後、妖魔租界跡地に立て籠もり、赤児を監禁したことで、
後の歴史の評価は決まった。〈紅の魔人〉は英雄ではなく、奸雄と成り果てた。

 伝説の後日談。皮肉にして数奇な現実は、ここから始まる。

 シリウスは討たれ、妖魔租界は滅びた。〈紅の魔人〉と妖魔との抗争のどさ
くさに紛れて、自治政府は浄化政策を打ち出し、IRPOはクーロンの警察権を握
った。領地を失ったことでアセルスは激怒したというけれど、租界政策で多く
の政府や企業が参画し、IRPOが厳重に目を光らせるクーロンに兵を送るような
真似をすれば、下手をしなくても大戦争に発展する。戦争には莫大な金と時間
が必要だ。君主としては、屈辱に耐えるしかなかったのだろう。今日までファ
シナトゥールが、解放されたクーロンに対して何らかのアクションをとったと
いう話は聞かない。

 クーロンは自由になった。
 代償として、クーロン政府≠ニいうカタチを失った。

 けど、租界政策で、クーロンはすべての土地を外国に貸し出してしまったの
かというと、実はひとつだけ、自治政府が保有する地区がある。
 それが、かつての妖魔租界。―――現在の〈針の城〉だ。

 妖魔租界が灰となった場所で、〈紅の魔人〉は瀕死の裏社会をまとめ上げ、
自らが新たな闇の頂点に立った。新生クーロン・マフィアのボス誕生だ。

 新生クーロン・マフィアのアジトとなった妖魔租界跡地には、行き場を失っ
た下級妖魔や魔物が集い、スラムを形成し始めた。
 難民の流入数に対して土地の面積が圧倒的に不足していたため、空まで届き
そうなペンシルビルが手抜き工事のまま次から次へと建ち並び、瞬く間にその
数は百を超えた。無計画な増築が繰り返され、街路は迷路と化した。四方をビ
ルに囲まれ、玄関からの立ち入りは不可能な建造物まで生まれた。

 肩を寄せ合うように密集したビルは、それぞれがそれぞれの傾きを支えるよ
うに建っているため、遠目からまるで一個の城塞のように見える。そして、針
のように天へと数多のビルが伸びる様から、人はやがてこのスラムを〈針の城〉
と呼ぶようになった。―――迷宮にして魔宮のスラムは、いまでも。「〈針の
城〉には一回入ると出てこられない」と怖れられている。

211 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:45:33



 妖魔租界跡地―――つまり、〈針の城〉の行政権はクーロン自治政府が有し
ているのだけど、警察権を放棄した自治政府は執行権を持たない。IRPOですら
手が出せない完全な無法地帯の〈針の城〉には、人外のみならず人間の犯罪者
が逃げ込み、赤児が捨てられ、渾沌の様相を生み出した。〈紅の魔人〉は自分
が滅ぼした妖魔租界を、自分が作った〈針の城〉に再現したんだ。

 ……そしてあたしは、そんな針の城≠フ住人のひとり。半端物らしく、自
由と束縛の境界を行ったり来たりしている。


                  * * * *


 一歩でも足を踏み入れただけで、世界≠ェ転じたことが分かる。
 不快を誘う湿度の高さに、回収されないまま放置されたゴミの臭い。極端に
人口密度が高いはずなのに、なぜか見かけることの叶わない人影。
 ―――そんな、どこにでもあるスラムの陰気さなんて問題にならない。あた
しがいま感じているのは、もっと根源的な畏れだ。あたしの中の人間の部分が
悲鳴をあげ、火蜥蜴の部分は帰還に悦ぶ。

 道―――というよりも、ビルとビルの隙間を縫って城内≠ノ入ったあたし
は、スクーターを引きずりながら慎重に足を進めた。
〈針の城〉はまず建物ありきで、そこから道が生まれた。路地のみで構成され
た特異の区画だから、自動車や馬車が通るような真っ当な街道はない。
 路地は狭く曲がりうねり、路上にはゴミやら屍体やら散乱しているため、ス
クーターで走り抜けるのも難しかった。
〈針の城〉の移動手段は、自らの足だけ。……それは横≠カゃなくて縦
の移動についても同じ。中層ビルが森のように建ち並んでいるのに、エレベー
ターが設置されているビルはひとつもない。
 老人に冷たい街だった。

 夜空はビルの槍衾に阻まれて、月はおろか星すら隠れている。屋外にいるは
ずなのに、まるでどこかの地下室にでも閉じ込められているかのように暗い。
 行政が管理を放棄している〈針の城〉には、電気もガス灯も魔術煌も通って
おらず、上水も下水も詰まったまま放置されていた。公共機関はまったく機能
していない代わりに、個々人が闇業者と契約して、電気を通させたり、水道を
引かせたりしている。金が無ければ、トイレすらまともに使えない。

 つと、背筋に――いや、もっと上だ――うなじの辺りに寒気が走った。なに
かが、あたしの背後を無音で通過した。けど、後ろを振り返っても目に付くの
は静寂に蝕まれたスラムの景色だけ。
 ……人間の目≠ナは、なにも視えない。
 風もないのにゴミ缶の蓋が跳ね、頭上の看板がぎいぎいと揺れた。耳をすま
せば、亡者どもの囁き声が聞こえてきそうだ。……あたしの手は、自然と右眼
の眼帯へと伸びてしまう。視えないこと≠ェ、苦しくてたまらない。

 でも、駄目だ。

蜥蜴の眼≠開けば、街並みは一変するだろう。肉を持たない非実体の生命
を、たちどころに視認するだろう。〈針の城〉はいまこの瞬間、あらゆる路地
で、あらゆる種の生き物が夜に沸き返っている。……ただ、視えないだけで。

 視えないというのは、それだけで不安に繋がる。例え対処はできずとも、視
えてくれれば取りあえずの安心を抱ける。ましてあたしの場合、蜥蜴の眼
という、この異界にピントを合わせる道具を持っているんだ。
 使いたくてたまらない。視たくてたまらない。

 でも、我慢しなくちゃ。

212 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:47:37


 あたしの右眼は奇蹟の産物。その能力は霊視に留まらない。……けど、それ
を操るあたし自身といえば、ちょっと頑丈なだけの人間で、特筆すべき魔術的
素養なんて持ち合わせていない。魔術回路も当然、ない。
 だから畸形なんだ。分不相応なパーツを持って生まれてきてしまった。
 本来、視えないはずのもの視て、操れないものを操り、介在できない事象に
介在してしまうんだから、そのツケは必ず躰のどこかで支払わされる。
 不可を超えれば脳は死に、あたしは廃人コース一直線。

『ご利用は計画的に。健康のためにも、使用は一日一時間。休憩を忘れずに』

蜥蜴の眼≠診て、あたしの主治医はそう言った。
 あたしが眼帯で右眼を隠しているのもそのせいだ。眼帯は裏に悉曇梵字の護
符が縫いつけられていて、強制的に魔眼の効果を眠らせてしまう。これのお陰
であたしは失明もせず、安心して日常生活を営むことができていた。

 あたしは自分の右眼を使いこなせていない。
 異能の力を支配していない。
 あたしは人間じゃないけれど、さりとて完璧な人外というわけでもない。
 どこまでいっても半端物。
〈針の城〉に戻る度に、その現実を思い知らされる。あたしは〈針の城〉に住
んでいるけれど、〈針の城〉のすべてが視えているわけじゃなかった。人間の
チャンネルに繋いだままで、人外たちと交流していかなければならない。

 地縛霊や浮遊霊といった怪奇な住人たちの存在を視覚じゃなく肌で感じなが
ら、路地からビルの裏口へと入る。あたしが通ってきた道からは、正面玄関ま
で回れなかった。もっぱら利用するのは裏口ばかり。正面玄関からどうすれば
〈針の城〉の外に繋がっているか、あたしは知らない。
 誇張ではなく、ここの街路は迷路であり、誰ひとりとして全体図は把握して
いない。地図なんて当然ないから、居住しているビルから少しでも離れてしま
うと、住民でも道に迷うことになる。

〈針の城〉はバームクーヘンよろしく同心円状に広がっていて、階層は全部で
十に分かれている。これが大雑把な住所になっていた。
 紅の魔人が居住するとされている中心部分は火焔天≠ニ呼ばれ、そこから
第一層月天=A第二層水星天=A第三層金星天≠ニ各層が重なっていく。
中心に近いほど魔の瘴気が強くなり、外周に近いほど人間の比率が高くなった。
 この層ごとの名称は天国の構造から引用しているらしく、あたしは〈針の城〉
を天国に見立てるなんて狂気の沙汰だと思ったけれど、天国の場合は外周ほど
光に近付き、中心ほど至高から遠ざかると知って感想を改めた。火焔天≠ヘ
もっとも神から遠く、もっとも地獄に近いというのなら、これは皮肉の産物だ。

 因みにあたしが住んでいるのは、第八層恒星天=B
 階層まるごと業者と契約しているためインフラが充実し、自警団も組織され
ているため比較的治安がいい。適度に外から離れていて、適度に中心から遠い
ため、住み心地も悪くなかった。〈針の城〉の高級住宅区といったところか。
 ……住むのは手抜き工事で老朽化の激しいペンシルビルだけど。

 あたしが居住しているのは地上八階。
 エレベーターはないから階段を使う。もちろんスクーターも一緒だ。いくら
治安がよくても、ここはスラム。下に置きっぱなしにすれば、たちまちパーツ
は盗まれ、怨霊に憑かれ、幸運に見放される。

 痩せ身の少女が軽々と肩にスクーターを担いで階段を昇る様は異様の一語に
尽きるだろう。蒸気エンジン搭載のスクーターを八階まで運ぶなんて、成人男
性が三人いても重労働だ。あたしもこの時ばかりは、自分の怪力に感謝する。

213 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:54:27


 八階に昇るまで誰とも顔を会わさなかった。ビルの階段は狭く、人とすれ違
うには壁に身を寄せなければいけないから、デカブツを担いでいるあたしとし
ては助かるんだけど……これはちょっと、不自然だ。ここはもう屋内なのに。
針の城≠フ住民は、夜空の下に出たがらない。ビルからビルへと移動し、地
下道を通って各層と連絡する。屋外は風通しが良すぎて不愉快らしい。
 建物には建築者が当初想定した定員の三倍から十倍の人数が居住しているの
が常で、それはこのビルだって例外じゃない。あたしみたいにひとりで部屋を
独占している住人は珍しく、九割方はルームシェアだ。
 ……まぁ一年前までは、あたしもマーマと同居していたんだけど。

 いつもなら、狭すぎて部屋から追い出された人間やら下級妖魔やらが一人や
二人は階段の踊り場で暇そうにしているものなのに。今日は一人も見かけない。
みんなぴっちりと玄関のドアを閉めて、部屋の中に閉じこもっているようだ。

 ……なにかを怖れているのか?
 腹をすかした猫の侵入に気付いて、震え上がる鼠のように。
 日常を遠ざける異分子が、ここにいるのか。
 異物に敏感な隣人たちが、気配を感じ取ってしまったのか。

 ―――あなただけの庭で待つ、ねぇ。

 悪い予感をひしひしと覚えながら、自分の部屋の玄関の前で、あたしは担い
でいたスクーターを下ろした。
 眼帯をずらして、玄関の扉に施した地縛錠≠霊視する。
 ロックの数は合計八つ。アナログが三つに、オカルトが五つだ。あたしはポ
ケットからキーを取り出してアナログの錠前をさっさと解錠すると、オカルト
のほうも使い捨ての護符で簡易除霊した。
地縛錠≠ヘ特定の式で構成された人造霊だ。式に適合した護符じゃなければ
除霊は叶わない。この護符がキーの役目を果たす。

 この地縛錠≠ヘあたしのアイデアなんだけれど、隣人たちの受けはいまい
ち良くない。彼等にはもともと施錠という習慣がないし、地縛錠≠ヘ鍵を開
けるたびにいちいち霊が成仏してしまうから、コストパフォーマンスが悪すぎ
るんだとか。こんな単純な式鬼ぐらい自分で組めと言ってやりたいけど、こう
いった神秘の模造や編集はあくまで人の技。妖魔や魔族には馴染みがない。
 人外が使う異能は、生まれつき備わっているものばかりだ。

 すべてのロックを解除すると、あたしはゆっくりと息を吸ってから、扉を開
けた。……覚悟は決めているし、だいたいの予想もついている。

 ―――耳に響くのは、どたた、と廊下を駆け抜ける音。だん、とフローリン
グの床を蹴り付ける音。ぼす、とあたしの胸に衝撃が走る音。

 ハウンズ・トゥースのスカートが翻る。視界に飛び込んできたのは、黒髪を
腰まで伸ばしたうら若き少女。妙齢にすら程遠いガキだ。

「回来了(ホゥエライラ)! おかえりなさい、イーリン!」

 普通、この勢いで体当たりを喰らったら、あたしみたいに体重が軽い女は尻
餅をつくもんだ。……けどまぁ、知っての通りあたしは普通じゃない。
 突っ立ったまま、ぐらりともバランスを崩さずに体当たりを受け容れる。
 ついでに、腰に回された両腕を振りほどき、あたしに抱きついてきた少女を
玄関の奥へ突き戻した。―――そして、後ろ手で素早くドアを閉める。

214 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:56:14


「いったーい」

 あたしに突き飛ばされて転倒した少女は、立ち上がるとわざとらしくスカー
トの裾を整え、帽子を被り直した。あたしが睨んでばかりで返事をしないこと
に気付くと、もう一度「いたーい」と唇を突き出す。
 
 ―――あたしの部屋は、玄関だけではなく、窓という窓に、物理的にも霊的
にもロックをかけてある。セキュリティは鉄壁で、空き巣が入る余地はない。
 物理法則に縛られない非実体の霊体ならば壁を抜けて侵入することも可能だ
ろうけど、目の前の少女は肉を持つ実体だ。
 鍵が破壊された形跡はない。もし強力な呪術を上書きして力ずくで地縛錠
を解錠すれば、人造霊の断末魔が護符まで届く。
 ……前述した通り、あたしはひとり暮らし。当然、ルームメイトもいない。
 なら、この娘はどうやってあたしの部屋に入ってきたのか。

 ちっ―――と舌を打つ。

「なんのつもりだ」

 あたしの批難めいた言葉に、娘は「なにが?」と首を傾げた。

「あなたの手帳に、勝手に落書きしてしまったことかしら。それとも、ノック
もせずにお邪魔してしまったこと? ……あ、もしかして、冷蔵庫にあった桃
包(タオバオ)を食べちゃったのがまずかった」

「違う。あんたが―――」

「リリーよ」

 ぐ、と声が詰まる。

「わたしのことはリリーって呼んで。そう言ったでしょ?」

 僅かな媚びをたたえた囁くように穏やかな声音。なのに、言葉はあたしの深
層意識にまでもぐりこみ、脳に「リリー」の名を強制的に焼き付ける。
 声を媒体にして、精神に直接侵入するクラッキング。この娘―――リリーの
恐ろしいところは、それを無意識に、ただ唇を動かすだけで呪いとして成立さ
せてしまうことだ。彼女が会話を試みれば、それだけで人は理性を消失する。

 でも―――あたしには通用しない。

 がり、と奥歯を噛み締める。

「おい、てめえ=v

 誘惑(チャーム)の呪いなんてクソ喰らえだ。どんなに高圧縮された言霊を
ぶつけられようと、それが霊的侵入である以上、あたしには通用しない。
 体内で、リリーの呪いが解呪(ディスペル)されてゆく。
 あたしの躰は―――蜥蜴の肉は、あらゆる霊的、呪的作用をキャンセルする
働きを持っている。なぜかは知らないけど、生まれつきそういう体質になって
いる。だから、瘴気の濃い〈針の城〉でも、あたしは呪詛を体内に溜めること
なく、平然と生活していけるんだ。

215 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 08:57:49

 蜥蜴の刺青。
 蜥蜴の眼。
 蜥蜴の肉。
 蜥蜴づくしのあたしは、しかし脳みそだけは人間のまま。いつまで過分の才
質に溺れていられることやら。廃人へと至る日は、そう遠くはない。

「や、リリーって呼んで」

 リリーはかわいらしく(そして小憎たらしく)頬を膨らませるけど、この声
にも、やはり呪いが孕んでいる。つくづく物騒な小娘だ。
 
 二度目の舌打ち。

「お転婆娘のレイ・バイホー。あんたは、ここに来るまで、どこかで寄り道な
んてしてやいないだろうな。大人しく、ここであたしの帰りを待っていたんだ
ろうな。―――どうなんだ、え?」

 リリーはふっと微笑をこぼす。小娘らしからぬ妖艶な笑み。

「大丈夫。バベッジ・タワー≠フ屋上から、クーロン・ストリートの夜景を
眺めていただけよ。それもたったの二十分。イーリンがあたしの伝魂(でんご
ん)に、すぐに気付いてくれたから」

 二十分も?! それにバベッジ・タワーだって!?

 バベッジ・タワーは第十層至高天≠ノ建つ、〈針の城〉でもっとも高い建
築物だ。〈針の城〉は中心に近付くほど建物が低くなり、外環に近付くほど高
くなる。つまり、バベッジ・タワーは〈針の城〉の最外周部というわけだ。

 こいつの足は、もうそこまで跳べるようになったのか!

 バベッジ・タワーの屋上までジャンプできるのなら、この〈針の城〉で彼女
の足が届かない場所はない。地下銀行の金庫だろうが、連れ込み宿の寝室だろ
うが、すべて彼女の庭先に等しい。あたしの部屋に侵入するなんて朝飯前だ。

 なんてことだ……。

「誰にも見られなかっただろうな」

「さあ」

 リリーは無責任に肩を竦める。

「見られたってへっちゃらよ。わたしを見て平気なやつなんて、イーリンとダ
ージョンぐらいだもの。後はみーんな、わたしの虜」

 だから告げ口の心配はいらないわ。そう言って、魔性の娘はくすくすと笑う。
 ……あたしは、戦慄を隠せない。
 ダージョン―――大兄(ダージョン)と大凶(ダーション)をかけた〈紅の
魔人〉の異名。クーロン・マフィアの構成員は〈針の城〉の城主をそう呼ぶ。
 逆に、堅気ならば決してその名は口にしない。
〈紅の魔人〉はあくまで伝説のキャラクターだけど、ダージョンはクーロンの
支配者。妖魔貴族やIRPOすら歯牙にかけない暴力と恐怖の象徴だからだ。
 ……それをこうも軽々しく呼び捨てにするなんて。

216 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:00:06


 レイ・バイホー。「涙」と書いてレイ≠ニ読み、「百合」と書いてバイ
ホー≠ニ読む。故に彼女は、縁あるものから涙姫(れいひめ)≠ニ呼ばれ、
あたしには百合(リリー)≠ニ呼ばせたがる。

 ―――彼女もまた、〈紅の魔人〉と同様に、伝説上のキャラクターだった。

 吟遊詩人は謳い、講談師は語る。

〈妖魔租界戦争〉は、スラムに赤児が生まれ落ちたことにより始まった。シリウ
ス領事は赤児の始末を企み、〈紅の魔人〉は赤児の護るために戦った。やがて妖
魔租界は炎上し、一千の人間と、一万の妖魔が命を落とす。
 ……すべては一人の赤児が原因。

 凶児は火焔天≠フ最奥に監禁され、〈紅の魔人〉は奇蹟を独占した。

 リリーが―――あたしの目の前にいる色白の少女が、やたらとませたクソガ
キが、その〈運命の赤児〉サマだっていうのか。
 初めはあたしも信じなかった。
〈紅の魔人〉も〈運命の赤児〉も、あたしにとってはおとぎ話の中の存在だ。
妖魔租界戦争も、人づてに聞いて知識を備えただけで経験はしていない。すべ
ては記録。すべては情報。現実味なんてあるはずもない。

 けど、現実としてリリーはここにいる。
 常識では考えられないほど莫大な妖力を内包し、歩くだけで霊瘴を呼び覚ま
し、淫魔すら狂わす微笑をあたしに向けている。
 こんな、魔性の権化のような存在が自然に発生するものなのか。いくら魑魅
魍魎が跋扈する〈針の城〉でも、ここまで常識外れなバケモノがいるはずない。
 リリーの存在の桁外れな特異さが、運命の赤児本人であることに強烈な説得
力を加えていた。
 まさに奇蹟の申し子。
 ……いや、リリーの属性(アライメント)を考えるなら、反奇蹟の産物。
 渾沌の寵児だ。

 じゃあどうして、そんなバケモノがあたしの部屋にいるのか。

 ―――あたしとリリーの出会いは、あたしから言わせれば偶然。彼女の見解
では必然的かつ運命的に行われた。

〈針の城〉には、未舗装の霊走路網が縦横無尽に走っている。霊脈とも呼ばれ
るエネルギーの流れは、属性が無垢なため指向を持たず、悪用すれば容易に災
厄を呼び起こせる。だから普通は行政が管理し、しっかりと舗装をするものな
のだけれど、〈針の城〉は無政府地帯。霊走路網は放置され、漏れた霊気は超
常の現象を誘発する。

 五年前。物心がついたときから続いている鳥篭生活に飽き飽きとしていたリ
リーは、日に日に増大していく妖力があるレベルを超えたとき、この持て余し
気味の才覚の利用方法を唐突に思い付いた。

 奇門遁甲の方位術を応用して、霊走路を走ってみてはどうかしら?

 霊走路をトンネルに見立てて、霊脈の流れに乗る。これならば、〈針の城〉
のあらゆる場所に移動が可能だ。霊走路が続く限り、無限の距離をゼロに変え
られる。同じ瞬間移動でも転移(アポート)ではないため、出口も入り口も必
要ない。だから足跡も残らない。―――これならば、鳥篭から羽ばたけるわ。

217 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:02:45


 街路の地図すらない〈針の城〉で、五次元に広がる霊走路網を把握している
ものなんているはずがない。ダージョンですら、霊走路を利用した瞬間移動な
んて思い付きはしないだろう。あまりに現実味がないからだ。
 だけど、リリーは不可能と可能に変えた。
 霊走路網の流れを読み解くのではなく、自分の都合が良いように作り替えて
しまった。火焔天に閉じ込められながらにして。五年の歳月を費やして。

 リリーが七つの歳に始めた秘密工事≠ヘ十二の歳で落成した。
 霊脈は、人体に例えるなら血管に等しい。〈針の城〉の血液の流れを掌握し
たということは、〈針の城〉の霊的要素を完全に管理下に置いたということ。
 彼女はこの〈針の城〉で、神にも等しい力を手にしたわけだ。……たったの
五年で。「外に出たい」という、それだけの理由のために。

 ―――こうして、霊走路の管理権を握ったリリーは、仙人が千年の修行の果
てに修得する縮地法≠十二歳にして独学し、鳥篭から飛び出した。

 ……飛び出したまま、道に迷った。

 生まれて初めて夜空の下を歩いたリリーは、霊脈の流れは知っていても、ど
こをどう進めば、どこに繋がるのか。第五層はどこで、第十層はどこなのか、
まったく分からなかった。
 通りすがりの背後霊に道を尋ねようにも、リリーの美貌は見る者を狂わせ、
リリーの声は聞く者の正気を奪う。誰も彼女とは話せないし、出会うことすら
できない。―――火蜥蜴≠フイーリン様を除いては。

「言っておくけど、偶然じゃないんだから」

 リリーは運命≠しつこく強調する。

「わたしはちゃんと、いついつどの時間にイーリンがどの座標に出現するのか、
予言した上でジャンプしたんだから。片っ端から『あのー』なんて話しかけて、
わたしとお話しできる当たりくじ≠引くのを待っていたら、外れくじが溜
まりすぎて、魔導災害が起こっていたわ」

「自慢げに言うことじゃねえ」

 魔王の一人娘みたいなやつに、唐突に抱きつかれたこっちの身にもなってみ
ろ。―――あのときのリリーは途方に暮れて、藁にも縋る思いであたしを頼っ
てきた。いままで、ダージョン以外の生物と接触をしたことがなかったリリー
は、まさか自分が誰からも拒まれる存在だなんて思ってもみなかったんだ。
 外にさえ出れば、自分は森の中の木に過ぎない。そう考えていた。

 だからリリーは歓喜した。感謝した。絶望の中で、光を見出した。
〈運命の赤児〉の魔性をキャンセルする火蜥蜴≠フ存在は、彼女が生まれて
初めて知るダージョン以外の他人≠ナあり、長らく続いた退屈を破壊してく
れる白馬の王子様だったというわけだ。

 ……あたしには、鳥のすりこみとしか思えないけどね。

 リリーは家出をしたわけじゃない。縮地を使って散歩≠するようになっ
ただけだ。ダージョンの監視の目を逃れて外に飛び出し、ダージョンに気付か
れる前に火焔天≠ノ戻る。ダージョンは間抜けではないから、迂闊にジャン
プはできない。精々、週に二回か三回。それも精々二時間程度。
 限られた自由の時間は、ほぼすべて、あたしとの交流に費やしている。

218 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:05:08


 リビング。リリーは三人掛けのソファに寝転がり、ブーツのヒールを肘掛け
に乗せている。……大したくつろぎようだ。そして、お嬢様の行いとしては少
々はしたない。きっと彼女は、こういったなんでもない自由≠フひとつひと
つが愉快でたまらないんだろう。

「さあ―――今夜は、どんなお話をしてくれるのかしら」

 ソファに膝を立て、猫のようなポーズであたしを見る。期待に輝く瞳の色は、
どこまでも深い漆黒。十二歳とは思えない蠱惑に満ちた表情は、同性のあたし
ですら胸を騒がせる。
 リリーは、あたしとは違った意味での畸形だ。幼くして艶めく明眸を身につ
けているなんて、畸形と呼ばずになんて呼ぶ。

「話なんてしない」

 目を合わせないように気を付けながら、ぶすりと応じる。

「あたしはシャワー浴びて着替えたらすぐに出かけるから、あんたは帰れ」

 リリーはがばっと身を起こし、両手を胸の前で組んだ。

「シャワー! それって素晴らしい!」

「は?」

「わたしね、わたし以外の誰かの裸って見たことないの。それに、誰かと一緒
にお風呂に入ったこともないのよ。生まれて初めて≠、一度に二度も体験
できるなんて、まるで夢のよう」

「……」

「ああ、早くイーリンのやせっぽちな裸が見たいわ」

「……」

 あたしはバスルームに向いていた足をくるりと反転させ、台所に向かった。
「あら、どうしたの」とリリー。「お風呂しないの」とあたしの背中に問い掛
けてくる。……答える気力は、あたしにはない。
 冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックを取り出し、直接口につける。濃縮
された甘味が喉に広がり、あたしの心に平穏をもたらす。

「わたし、イーリンのやせっぽちな―――」

「いや、繰り返さなくていいから」

 駄目だ。無視するなんて無理だ。
 
「……なあ、頼むから帰ってくれよ。あんたは、自分がどんだけヤバいモンス
ターなのか分かっちゃいないんだ。もし、こんなところで故買屋の女なんかと
密会していることがばれたら、ただじゃ済まされないぜ」

 ふん、とリリーは顔を背けた。

「ダージョンがわたしに何かできるはずがないわ。あいつは絶対にわたしを手
放せないもの。せいぜい、ちょっとお小言をもらうだけ」

219 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:06:26


「あんたはそうかもしれないけどさ……」

 一般人のあたしはそうもいかない。
 クーロン・マフィアのボスに目をつけらてしまったら、このリージョンで生
き残る術はない。次の日には死体すら残さず始末されて、成仏できない魂が怨
霊となって針の城≠フ景観を彩ることになる。
 冗談じゃなかった。リリーはその強大な妖力を無視しても、運命の赤児
というだけで特大の危険を孕んでいる。
 ヤバそうなものには近寄らない、それがクーロンで生きる者の鉄則なんだ。

「安心して。わたしが守るから」

「……災厄の化身が、よくもしれっと言いやがる」

 空になった紙パックをゴミ箱に叩き込む。リリーはソファから立ち上がると、
「わたしに考えがあるの」と力強く言った。
 ……こいつは基本的にも応用的にも、あたしの都合とか立場とか迷惑とかは、
心底どうでもいいと思っているらしい。

 ―――そこで、ふとあたしは気付く。

「あんた、その服」

 スカートの丈がくるぶしまで伸びたハウンズ・トゥースのワンピース。ノー
スリーブでは冷えるのか、剥き出しの肩はレースのカーディガンで隠している。
 室内だというのに脱ごうとしない純白の帽子はつばが広く、日傘の役割を果
たしてくれそうだ。―――いかにも淑女然とした服装は、確かにかわいらしい
んだけど……なんか、いつもと違う。
 リリーとはもう十回近く密会を重ねている。これまで彼女が着てきた服はお
およそ実用的とは言い難いドレスのような衣装ばかりだった。
 なのに、今日はまるで旅装のような出で立ち。というか、旅装そのものだ。
よくよく見ると、ソファの脇には革張りのトランクまで置いてある。

「なにその格好」

「だから、考えがあるの」

 聞きたくない。が、無視してもリリーは勝手にしゃべる。

「わたし、もう帰るのやめたわ。お散歩はお終い。今日からは世界中を旅して
回るわ。もっと外へ、もっと広い場所へ! もう火焔天には絶対に帰らない」

 だからそんな格好しているのか。

「あ、そう。いってらっしゃーい」

「イーリンも行くのよ?」

「いや、行かないし」

 このガキはなにを言ってるんだ。

 リリーが外≠ヨと行きたがっているのは知っている。彼女の目的は、初め
から一貫して揺るがない。〈針の城〉城内を好き勝手にジャンプしているのは
足慣らしに過ぎず、いずれはリージョン間の大海へと踊り出したいと願ってい
た。〈針の城〉はおろかクーロンすら、彼女から見れば窮屈な密室に過ぎない。

220 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:07:48


 それは結構な話だけれど、リリーの瞬間移動能力は〈針の城〉限定だ。
 彼女が神になれるのは妖魔租界の跡地のみ。縮地法での移動しか知らない娘
が、どうやって自分の足で旅をするのか。地獄そのものとも言える妖力の高さ
と非業の美貌が、他者との交流を徹底的に拒むというのに。
 
 ―――答えは簡単で、あたしを利用すればいいんだ。
 
 必然的だとか運命的だとか、胸焼けするような甘ったるい夢想を押しつけて
くるリリーだけど、こいつはそんな分かりやすいタマじゃない。魔女らしく打
算に長けていて、自分の利だけを考えようとする。
 リリーにはあたしが必要なんだ。
 いま、この世界でリリーとまともに会話ができるのは、ダージョンとあたし
しかいない。あたしを旅のお供に加えれば、他者とのコミュニケーションを任
せられるし、欠けている常識も補える。
 女の一人旅は危険だから、じゃあ二人で行きましょうというわけだ。

 もちろん、あたしは行かない。クーロンから出るつもりなんて欠片もない。

「や! 一緒に行くの!」

 リリーが駄々をこね始める。最後は必ずこうなるんだ。

「だってこれは駆け落ちなのよ。一人じゃ駆け落ちにならないわ」

「……深窓のお姫様が、どこでそんな言葉を覚えてくるんだよ」

「なんで! どうして! わたしには理解できないわ。こんなお日様も当たら
ないリージョンに、どうしてイーリンは執着するの。世界はもっと広いんだか
ら。世界はもっと可能性に満ちているんだから。こんなとこで若さを消費する
のは間違ってる。いますぐ逃げ出すべきよ」

「べっつに、執着しているつもりはないよ」

 ただ、あたしには生活があるというだけの話。
 確かに故買屋の売り上げは好調だ。マーマから受け継いだ不動産の所得もか
なりの額に昇る。収入だけを見れば、あたしはきっとお金持ちになるんだろう。
 だが、入る額が大きければ、出て行く額も天文学的だ。
 あたしには主治医がいるけど、月に二回の診察費は狂気のお値段。趣味でや
っている心霊工学も金食い虫だ。死体いじりも安くはない。ハダリーの維持費
だけで租界に家が買える。……それに、マーマにかかるお金もある。
 そういったあたしの日常を維持するためには、今日の生活を繰り返し続けな
ければいけないんだ。金持ちだなんて関係ない。生きるだけで必死なのは他の
クーロン人と変わらない。明日の夢なんて語る余裕はなかった。

「つまんないわ」

「なんだって」

「イーリンはつまんない!」

 リリーはソファの背もたれに器用に飛び乗ると、仁王立ちのようなポーズを
取って、人さし指をびしりとあたしに向けた。

221 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:09:37



「これは冒険なのよ。無限の世界が待っているのよ。誰もが夢見る興奮に満ち
た毎日が、手の届く場所にあるのよ。なのにどうして無視なんてできるの。ど
うして『生活がある』なんて言えるの。そんなの捨てちゃえばいい。わたしと
イーリンがいれば、なんだって手に入るんだから!」

 あたしは呆れを通り越して感心する。一ヶ月前まで一歩も自分の部屋から出
たことがなかった小娘が、よくも世界を語れたものだ。

 まぁ考えてみよう。こいつの望み通り外≠ニかいう抽象的かつ漠然として
場所に飛び出したとして、そこでどうやって生活をしていくつもりなのか。
 リリーは自分の部屋より広い世界を知らない。あたしだってクーロンの外に
出たことはない。―――おおよそ現実的な話じゃないんだ。

「……自分の部屋に戻りなよお嬢ちゃん。冒険がしたければお城の中ですれば
いい。〈針の城〉だって十分神秘に満ちているんだ。なにせ、クーロンでいっ
ちばん危険な場所だからな。冒険のし甲斐はあると思うぜ」

 そう言って、あたしはソファにどすっと腰掛けた。背もたれの上でリリーが
バランスを崩す。これ幸いと、あたしの背中に抱きついてきた。肩に両腕が絡
まり、頬と頬がぴったりとくっつく。
 ―――そして、あたしの耳元で唇を動かした。

「ここは退屈。だって、わたしに分からないことはないんだもの」

 ……神の憂鬱、か。

「わたし、こんな力持って生まれなければ良かった。普通の女の子なら、誰も
わたしを閉じ込めたりしなかったもの。色んな人と出会えて、色んなお話がで
きたもの。もっと広い世界を見て回れたもの」

 それはどうかな。あたしは左の人間の♀痰細める。

普通≠ェどういうものかあたしには分からないけど、力を持たずに生まれて
きた者は、力ある者に搾取されるしかないということぐらい分かる。弱いとい
うことはそれだけ生きる道を限定されるということだ。
 ―――リリーは、クーロン・ストリートでその日の糧を得るためだけに躰を
売る少女娼婦たちがいるということを知らない。あたしが躰を売らずに今日ま
で生きてこれたのは、この眼とこの肉があったからだ。火蜥蜴≠フ力の使い
道を、マーマが教えてくれたからだ。

「リリー、あんたの理屈は持てる者≠フ傲りだよ」

 あたしの言葉に、少女はくすくすと肩を揺らす。

「そうよ? わたし、傲っているの。だってわたしはわがままだもの」

 だから、欲しいものは絶対に手に入れる。イーリンがクーロンに留まるって
いうのなら、あなたをここに縛り付ける鎖を断ち切ってやる。
 ―――無邪気≠ニ魔性=Bこの二つは矛盾するはずなのに、リリーの口
元に広がる笑みは、その両方を孕んでいた。

「イーリン。あなたは、わたしにだけ縛られればいいのよ」

「……」

222 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:11:00


 あたしを抱く腕の力が少しずつ強くなっていく。リリーはついにあたしの耳
たぶに唇を押しつけた。そのまま囁きを続ける。

「あなたのマーマが気になるの? あの老いぼれがいつまでもしぶとく生きて
いるから、あなたはここから離れられないでいるの? ―――だったら、安心
して。わたしがあの女の魂を地獄まで導いてあげるわ」

 ―――マーマ。

 あたしを拾ってくれた、マーマ。
 あたしに強さ≠フ意味を教えてくれたマーマ。
 あたしに故買屋の才があることを見出してくれたマーマ。
 あたしに価値を与えてくれたマーマ。
 若作りするのに必死だったマーマ。
 ……あたしの、お母さん。
 血は繋がっていなくとも、どんなにそう呼ばれることを拒んでいても、マー
マは、阿嬌は、あたしの母だ。かけがえのない家族だ。

 リリーの腕を乱暴に振りほどき、ソファから立ち上がる。抑えようもない怒
りが総身から溢れ出すのが分かった。
 彼女に背を向けたまま、低い声音で言葉を紡ぐ。

「レイ・バイホー。―――もし、あたしのマーマに手を出してみろ」

 眼帯を外すと、黄金に輝く瞳で魔女を睨んだ。

「その時は、あんたを殺す」


                  * * * *


「イーリン、待ってよー」

「ついてくるんじゃねえ!」

 第九層原動天=Bより深い階層と、最外周の第十層の間に挟まる緩衝地帯
として極度に低い人口密度を誇る亡霊街。
 あたしは人外の脚力を用いて、複雑に入り組んだ路地を縫うように進んでい
るのだけど、背後から響くリリーの甘えた声は一向に遠ざかろうとしない。
 こっちは物心ついたときから〈針の城〉で生活している経験を最大限に活か
して、普通ならものの数分で迷ってしまうような道をあえて選んでいるのに。
……撒けない。逃げ切れない。それどころか、あたしが進もうとする道にリリ
ーが待ち伏せているときすらあった。―――魔女め! 魔女め!

「ついてくるなって言ってんだろ!」

「ごめんなさいって謝っているのにー」

「聞きたくねえ!」

 ……いや、あたしだって分かっているんだ。
 この〈針の城〉でリリーから逃げる術なんてない。〈針の城〉の霊走路は完
全に彼女の管理下にある。縮地法を用いれば城内ならどこにでも瞬間移動でき
るし、あたしの位置は霊脈の微細な揺らぎから予測が可能……らしい。
 鬼ごっこも隠れん坊も無駄の極み。シャワーを浴びてる最中に転移してこな
いだけ、むしろ感謝すべきなのかもしれない。

223 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:12:24


 でも、だからといってこのままリリーを連れ回すわけにはいかない。
 彼女は目立つ。致命的なまでに目立つ。ここが原動天≠セから、幸いまだ
物質的な被害は生じていないけど、勘の鈍い人間が通りがかりでもしたら、廃
人が一人生まれることになる。……別に赤の他人がどうなろうが知ったことじ
ゃないけど、リリーの足跡≠残すのは極力避けたかった。
 ―――まぁ無駄な足掻きだとは思うよ。
 近いうちに、必ずダージョンはお姫様のお転婆に気付くだろう。リリーがい
くら身を隠したところで、彼女が発する瘴気までは隠しようがないんだから。
 けど、その時を無警戒に待っていたら、あたしはシリウス男爵と同じ運命を
辿ることになる。例え無駄でも、警戒と足掻きは続けていくべきだ。

 それに、いまから行く場所にリリーを同席させるわけにはいかない。

 路地裏で立ち止まったあたしは「降参だ」と言って手を上げた。すると、あ
たしの目の前にリリーがぱっと現れた。滝のような黒髪がさらりと流れる。

「ふふ、つーかまえた」

 リリーは鈴の音のような笑い声をこぼす。

「ようやくわたしを許してくれたのね」

「ああ、だから帰れ」

「またそんなことを言う」

 ぶー、とリリーはむくれる。

「わたしだって考えなしに抜け出しているわけじゃないのに。……最近、ダー
ジョンはあまり屋敷に来ないの。火焔天にすら滅多に戻ってこないわ。一層と
二層を行ったり来たり。だからわたしは気兼ねなくお出かけできるわけ。イー
リンもそんなに心配しないで。わたし、ずっと一緒にいられるから」

 そいつは迷惑な話だ。

「なあ、リリー。あたしが部屋から出て行ったのは、別に怒ったからじゃない
んだ。あたしはいまから行くべき場所があって、そこにあんたは来て欲しくな
いっていう……つまりそれだけの単純な理由なんだよ」

 リリーは腕を組むと、「ふうん」と醒めたを眼をあたしに向けた。

「もちろん、どこに行こうとしているのかぐらい教えてくれるのよね」

「聞くまでもないだろう。あんたは初めから分かっていたんだから」

「わたしはそうかもしれないけど、イーリン、あなたはなんにも分かってない
わ。わたしはあなたの口から、答えを聞きたいの」

 どんな理屈だ。ほとほと理解に困る。けど、ここで言い返しても無駄に時間
を食うだけだ。やれやれ、とあたしは嘆息した。

「―――マーマのとこだよ」

224 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:14:56



                  * * * *


 第九層でリリーと別れたあたしは、第十層から大きく迂回するかたちで第七
層土星天≠ヨ。〈針の城〉きっての商業区に移動した。

 第七層はビルの高度が下がる変わりに密集率が桁外れに高くなる。道と呼べ
るような道はなくなり、居住者はビルからビルへと渡り、廊下を進み、階段を
昇って目的地を目指した。
 街路がないため常に屋内を移動し、ビルの階段を上がったり下がったりする
ため、第七層を揶揄して全天候型立体都市≠ネんて呼ぶ奴もいるけれど、極
端に道幅が狭く天井も低い廊下を幾度も幾度もぐにゃぐにゃと曲がりくねりな
がら歩かされる居住者の立場になってみると、立体都市というよりも地上の地
下壕と呼んだほうが正しいことを思い知らされる。

 しかも、ただでさえ狭い廊下に敷物を広げた露天商(屋内なのに露天なんだ)
が居座り、低い天井にはけばけばしく塗り立てられた看板が放熱板のように飾
られるものだから、満足に歩くことすら困難になってくる。いつ窒息してもお
かしくない劣悪の環境だった。
 ……ただ、オカルト都市〈針の城〉の商業区だけあって掘り出しものは多い。
悪態をつきながら、あたしは何度もお世話になっている。

 第七層には床屋が多数存在する。どのビルに入っても、まず真っ先に目に付
くのは床屋の看板だ。当然、大人しく散髪して終了なんてサービスをする店は
皆無に近く、床屋の床≠フ意味合いはより夜に近しくなる。
 客寄せの散髪女は、男だろうが女だろうが構わず袖を引っ張る。香水の臭い
をまき散らしながら「魂までさっぱりさせてあげる」なんて甘えられても、同
性のあたしは「間に合ってるよ」としか答えようがない。
 廊下が狭いせいで下手に避けて歩けないのがいやらしい。

 部屋の壁をぶち抜いて構えた日用品店でオレンジフルーツをバスケットいっ
ぱいに購入した。〈針の城〉に限らず、クーロンでは生鮮食品が特別に高価だ。
自給率がゼロに等しく、他のリージョンからの輸入に頼り切っているのが価格
高騰の原因になっている。外貨は高く、自治政府が発行する竜貨は安い。

 オレンジを皮ごとかぶりついて食事に変える。ビルからビルへと跨いでいる
うちに、やがて目当ての建物が見えてきた。

 内側から下品なネオンの輝きが漏れ出す他の多くのビルとは違い、提灯の穏
やかな明かりを抱いた建物はビルではなく京風の屋敷だった。いや、正確には
ビルを屋敷に改造している。小汚いペンシルビルばかりがひしめき合う〈針の
城〉で、そのビル屋敷≠ヘあからさまに景観から浮いていた。

 屋敷の入り口には、これまた京風のキモノ≠ナ身を固めた巨漢のオークが
立ち番を務めている。ぎらつく目つきであたしを睨んでくるけど、無視して脇
を通り過ぎた。オークも半歩だけ下がって道を譲る。

 屋敷に入るとすぐにウォンが駆けつけてきた。相変わらずの爬虫類顔。人間
を自称しているけれど、どこまで本当かは分かったものじゃない。マーマのか
つての部下の中でも、格別信用ならない男だ。

225 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:16:30


 マーマの部下だったのだから、ロートルと同じようにあたしとも古馴染みと
いうことになる。ただロートルと違うのは、あたしはウォンのことを心底毛嫌
いしていて、ウォンも同様にあたしを嫌悪しているということ。
 あたしが顔を出した途端に駆けつけてきたのも、支配人自ら接待というわけ
ではなく、他の客にあたしが来たことを知られたくないだけだった。
 ウォンは権力欲の強い男だ。マーマが引退して彼がこのビルを継いでからは、
特にあたしを避けるようになった。自分が絶対の帝王でいられるようになった
この場所で、阿嬌の後継者≠ネど目障りでしかないのだろう。

 挨拶すら交わさず、ウォンは尖った顎で「こっちへ来い」と促した。
 別に案内がなくたってひとりで行ける。ウォンなんて無視したかったけど、
このビル屋敷≠フ営業システムがそれを許さない。
 勝手にずんずんと進めば、不似合いなキモノのコスプレをした用心棒に止め
られることになるし、ウォンの面子も潰れる。
 それはそれで愉快だけど、今夜は控えよう。
 
 一階のロビーには、ゲートを兼ねた巨大な双龍のモニュメントが鎮座してい
る。それをくぐると、クーロンでも特別珍しいエレベーターが待っていた。
 人力でも高級品だというのに、このビルの昇降機は蒸気機関だ。マーマが仕
切っているときは設置しておらず、ウォンの代になってから改装させた。
 彼の自慢のひとつだ。

「儲かってるみたいじゃないか」

 エレベーターのカゴに二人きりになって、ようやくあたしは口を開いた。
「冗談だろう」とウォンは鼻で笑う。

「いつでもカツカツだよ。とんでもない金食い虫がいるからな。どんなに儲け
ても、稼いだ端から出て行っちまう」

「いまさら泣き言かよ。契約内容を飲んだんじゃなかったのかい」

 あたしの言葉に、ウォンは吐き捨てるように呻いた。

「知ってるか、ものには限度ってもんがあるんだぜ。まさか、ここまで手がか
かるとは思わなかったんだ」

 マーマが引退したとき、故買屋の事務所になっているクーロン・ストリート
裏通りのビル同様に、このビル屋敷≠烽たしの所有物となった。故買屋商
売と違って、知識も経験もないあたしに維持できるような代物じゃなかったか
ら、すぐにウォンに譲った。ウォンは当時からここの支配人だった。
 商売の権利もあわせて売り払えば一億クレジット以上の価値が出るビルだけ
ど、あたしはウォンから金を吸い上げるような真似はしなかった。
 ……その代わり、条件をつけた。
 半永久的にマーマの面倒を見ろ、と。あんたのビルでマーマの世話をしろ、
と。―――厄介払いしたかったわけじゃない。ウォンの言う通り、いまのマー
マは手がかかる。彼女を満足させてあげられる環境は、このビル屋敷≠お
いて他になかった。だから金の成る木をウォンにただでくれてやったんだ。

 エレベーターのチャイムが「ちん」と鳴って、あたしたちを最上階まで運ば
んだことを知らせた。
 最上階はマーマのためだけのフロアになっている。客は誰も近寄らせない。
そういう約束であり、契約だ。どんなにウォンが疎ましがろうと、これから先
も変えるつもりはなかった。

226 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:18:09


 エレベーターを降りたあたしは、京庭園を模したエントランスにウォンを待
たせて、ひとりでマーマの待つ寝室へと向かった。

 廊下を進むにつれて視界が不鮮明になっていく。廊下に立ちこめるつまめば
毟り取れそうなほど濃密な煙は、至るところに飾られた香炉で焚かれたものだ。
 吸えば脳が溶ける魔性の煙。けれどもあたしは臆さずに進む。足取りは重い。

 ……こんなとこ、本当なら仕事でだって来たくない。ウォンの蜥蜴面を見る
だけで苛立ちが募るし、それ以上にいまのマーマと会いたくなかった。

 いっそ、ここで引き返せたらどんなに楽だろうか。ウォンの横面を殴り飛ば
して、ビル屋敷≠飛び出して、〈針の城〉の最深層に逃げ込めたらあたし
の心はどれだけ軽くなるだろう。この道を辿るとき、あたしはいつもすべてを
捨てたくなる。

 一瞬だけ、あたしの胸裏にリリーの言葉が浮かび上がった。

『一緒に、外へ』

 自然と口元が緩む。あいつは莫迦だな。本物の大莫迦だな。

 逃げるなんて。外を目指すなんて。……そんなこと、あたしは考えたことも
なかった。悪態を吐きつつも、毎日をクーロンで必死に生きてきた。それしか
生きる道はないと思っていた。『外』なんて漠然とした存在は、絶壁の先に待
つ暗黒に等しかった。―――なのにリリーは、つい一ヶ月前まで自分の部屋が
世界のすべてだったお姫様は、〈針の城〉はおろかリージョン・クーロンです
ら窮屈だと言う。どうしてそんな発想ができるのか。なにが彼女の足を外へと
向けさせるのか。……あたしは嘆息を漏らした。莫迦の考えは読めない。

 レースのカーテンの海をくぐり抜けると、天蓋付きの巨大なベッドが目に飛
び込む。部屋一面を占めかねないエンペラーサイズの寝台には、やせ細った女
がひとり。手に真鍮の長煙管を持って、ぼうと部屋の壁を見入っていた。

「やあ、マーマ」

 あたしが声をかけても反応はない。あたしだけじゃない。誰が話しかけても
マーマは応えない。マーマに動くときがあれば、それは長煙管の吸い口に唇を
近づけて、より深い快楽と幻想を機械的に貪るときだけだ。

 このビル屋敷≠ヘクーロンでも最大規模の阿片窟。しかも提供する阿片は
ファシナトゥールの土で育て魔精花となった芥子から精製した特別製。
 文字通りの魔薬≠フ味を知りたいと求める者はクーロンに留まらず、他の
リージョンにまで及ぶ。
 この阿片窟で部屋を持ち、毎日を阿片三昧で過ごすような中毒者は、あたし
なんかとは比べものにならない、正真正銘のお金持ちサマだ。

 ……マーマもそのうちの一人ってことになるのかな。

 阿片と部屋代、その他の面倒見代はすべてウォンが負担している。額面にす
ればきっと天文学的単位。だからウォンはあたしを疎み、かつてはボスだった
マーマを追い出したがる。

 構うもんか。搾り取れるだけ搾り取ってやればいい。

227 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:23:22


 あたしは無理矢理に微笑んで、ベッドの脇にバスケットを置いた。

「フルーツ。お土産に買ってきたんだ。オレンジ好きだろう? ここに置いて
おくから、良ければ食べてよ」

 マーマはなにも食べない。栄養はすべて強制的に打たれる注射や丸薬で摂取
している。マーマはなにも求めない。……阿片の煙以外は。

 娘のあたしがこうして面会に来ても、定まらぬ視線は宙を向いたまま。

 マーマは今年で六十七になる。なのに外見は二十代半ばのように若々しく、
美しい。―――マーマは、女の価値が外見であることを常日頃から強弁してい
た。老いることをなにより怖れ、常に若くあるよう努めていた。
 七十近い老婆が娘の外見を保つために、いったいどれだけの財産を注ぎ込ま
なければいけなかったのか。昔は知らなかった。……いまは痛いほどによく知
っている。いまのマーマの美容料はすべてあたしが負担しているから。

 マーマは廃人だった。感情は死に絶え、本能は衰え、ただ煙を吸って吐くだ
けの人形になってしまった。『家族以外のなんでも買って、なんでも売る』と
豪語した女傑はどこにもいない。五十年もの間、クーロンの鬼の商売人として
巨万の富を築き上げたやり手ババアはどこにもいない。年甲斐もなく若さにば
かり拘って、整形手術を繰り返した哀れな女は、もう、どこにも、いない。
 あたしの目の前にいるのは、ただの抜け殻。

 ――― 一年前。
 マーマはいつものように護衛に囲まれて、持ち店の見回りに出かけた。

 その頃、あたしはマーマに仕込まれた故買屋商売がだいぶ軌道に乗っていた
ため、かつてのようにマーマの背中を追って歩くようなことはせず、黙々と自
分の仕事をこなしていた。
 ……愉しかった。気持ちよかった。なによりも嬉しかった。自分で稼ぎ、自
分で生きていく術を見つけた。これからはマーマに養われるお荷物じゃなくて、
マーマに金を稼がせてあげられる共存関係の家族≠ノなれるんだ。そう思う
と仕事にも熱が入り、〈針の城〉の自宅には戻らず、裏通りのビルに住み込ん
で毎日を消費した。未来はあたしのものだと、根拠のない自信に支配されてい
た。……つまり、幸せだったんだ、あたしは。

 マーマは見回りに出たまま戻ってこなかった。クーロン・ストリートの路地
裏で捨てられていたのを、その日のうちにロートルが発見した。
 連れていた四人の護衛の行方はいまになるまで分かっていない。きっと顔面
を潰され、首から下はバラのパーツとして売り払われてしまったんだろう。
 マーマまでもがそうならなかったのは不幸中の幸いかもしれないけど……。
 発見されたマーマはすでに、人の言葉をしゃべれなくなっていた。あたしが
駆けつけたときにはすでに、壊れてしまっていた。
 いったい、なにが起きたのか。なんの事件に巻き込まれたのか。それともマ
ーマ自身が狙われたのか。あたしに分かるのは、マーマは現実から逃げたとい
うことだけ。絶対に手を出さなかった阿片に手を染め、一週間もするとビル
屋敷≠ノ居着くようになった。……そして今日まで、一歩も外には出ていない。

 マーマはあたしを後継者に指名していた。だから、マーマの財産はすべてあ
たしのものとなった。不動産も店の所有権もひとのコネも、すべてあたしが受
け継いだ。あたしはそれを整理して、故買屋以外の仕事はマーマの部下だった
連中に任せた。ウォンのような奴に売り払った権利もあれば、いまでも一定の
売り上げを吸い上げてる権利もある。
 ……稼ぎのほとんどは、マーマの整形代とあたしの診察費に消えていた。

228 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:25:23

 マーマが感情を失くしてしまっても、あたしはマーマが望むものを理解して
いる。それは若さを保つこと。例え阿片に溺れる廃人だったとしても、マーマ
は美しくあらねばならない。それがマーマの願い。
 だから肌を定期的に張り替え、皺をのばし、染みを抜いた。時には老朽化し
た骨を取り替えて、重力に引きずられるようになった肉さえも交換しなければ
ならなかった。……整形と呼ぶより改造。大手術の繰り返しだ。

 整形手術はマーマがこうなる前から懇意にしていた闇医者に任せている。
 かなりの腕利きで、〈針の城〉では知られた名前らしいけど、あたしは会っ
たことがない。あたしの主治医から会うなと言われている。
 依頼も支払いもウォン経由だった。

「心臓が、さ」

 背後から声がかかる。ウォンが断りもなく入ってきたんだ。莫迦野郎、と怒
鳴り散らしたい衝動を殺す。あたしはマーマと二人っきりでいたいのに。あん
たの声なんか聞きたくないのに。どうして邪魔をするのか。

「心臓の鼓動……心拍数っていうのか? それが、低い位置で安定しちまって
いるらしい。危険な徴候だってよ。このままだと、静かに心臓を止めることに
なっちまうって。―――ま、こんだけキメてればしょうがないか」

「ヌサカーンがそう言ったのか」

 ヌサカーン。闇医者の名前。もぐりの癖に、こっちの足下を見て法外な医療
費を請求する。マーマも顔負けの守銭奴だ。

「ああ。ついでに、整形のほうも限界だってよ。これ以上イジるなら、脳みそ
引っ越しさせて躰まるごとすげ替えちまったほうが良いとさ」

 ……人間のままで不老を求めるなんて、無茶な話なんだ。

 あたしは「ふぅん」と頷いた。
 ショックを押し殺して、平然とした態度を守る。

「じゃあ、活きの良い躰を探しとかないとな。……死体じゃ厳しいだろうから、
生きた人間か。若い娘だと莫迦みたいに高いんだよな」

 いっそ、どっかからさらっちまうか。そう言いかけたあたしを、ウォンの声
が阻んだ。「冗談じゃねえ」だとか「ふざけるな」だとか、そういう怒鳴り声
が部屋に響く。あたしはウォンに背中を向けたまま、眉をしかめた。
 ……マーマがいるのに騒ぐんじゃねえよ。

 ウォンの唾が飛ぶ。

「冗談じゃねえ。付き合いきれねえよ。いい加減、死なせてやればいいだろう
が。もう十二分に生きたはずだ。大往生じゃねえか」

 マーマが死ねば、阿片窟の稼ぎは丸ごとそっくりウォンの懐に飛び込むよう
になる。だからこいつはそんなことが言えるんだ。

「どうしてまだ生かしておく必要がある。阿片のせいで脳みそは縮む一方。い
まさら正気に返れるわけがねえ。だったら、楽にさせちまうのが―――」

「黙れ」

 振り向き様にウォンの喉笛を引っ掴んだ。喉から「ひゅっ」と音を漏らして
怒鳴り声が途切れる。このまま頸椎をへし折ってやろうか。―――あたしの憎
悪は、しかし燃え盛るのもつかの間、たちまち鎮火してしまう。

229 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:26:41

 手を離し、胸を突き飛ばす。ウォンは咳き込みながら「狂ってるぜ」と言い
捨てて寝室から逃げ去った。あたしと殴り合うという選択肢はなかったらしい。
 そういう賢しさがあたしは大嫌いだ。

 憎しみが鎮まった理由。……考えるまでもなく、ウォンの言うことが正しい
からだ。もうマーマは死んでいる。残った抜け殻を、あたしが金に飽かせて生
き長らえさせているだけ。誰のためかと問われれば、この延命はマーマのため
ではなくあたしのためと答えるしかない。マーマがいなくなって欲しくないか
ら、虚しいだけの足掻きを続けている。すべてはあたしのわがままだ。

「マーマ」

 返事はない。

「マーマ」

 彼女は決して応えない。

「マーマ―――」

 胡乱な瞳は天蓋を見上げるばかり。

「マーマ!」

 右眼の眼帯を毟り取った。床を蹴り、ベッドに飛び乗る。マーマの痩せさら
ばえた躰を押し倒して、強引に視線を交錯させた。

 ……こんなに力に任せても、痛みの声ひとつ上げやしない。

蜥蜴の眼≠ナ、マーマの瞳を覗きこむ。更にその奥を覗きこむ。もっと深く、
マーマの深奥まで覗きこむ。―――あたしの魔眼は、人の精神の隙間に容易に
滑りこむ。あたしが視たいと望む他者の心象風景を、右眼が鮮明に浮かび上が
らせる。この右眼は、ひとの精神のカタチさえも視認してしまうんだ。

 でも、マーマからはなにも視えない。どんなに深くまで潜っても、闇ばかり
が広がっているだけ。魂の投影ともいえる心象風景は一切確認できない。
 それは意味することはつまり。
 マーマはいない。あたしの両手の下で、間抜け面晒して唇をすぼめているの
は、マーマのカタチをした肉のかたまりに過ぎない。

「くそ!」

 取り落とした長煙管を押しつけて、あたしは寝室から飛び出す。分かってい
るはずなのに。もう何十回も試みているのに。―――マーマの裡には虚無だけ
しかないことを確認する度に、涙がこみ上げる。

 どうして、どうしてなんだ。
 どうしてあたしを置いていった。
 どうして一人で行っちまった。
 あたしは家族じゃなかったのか。
 マーマはあたしの生きる理由じゃなかったのか。
 ただ震えるだけ、ただ泣いて乞うだけだったあたしに、火蜥蜴≠ニいう価
値を与えてくれたのはマーマじゃないか。拾ってやった恩義に報いて、私のた
めにあくせくと働くんだね―――そう言ったのはマーマじゃないか。
 あたしはマーマのために生きている。
 マーマがあたしのすべてだ。
 それは、マーマがこうなってしまったいまでも変わらない。マーマの美しさ
を保つため、マーマに永遠の快楽を与えるために、あたしは生きる。
 けど、ウォンが言うように、もしこのまま死んじまうっていうのなら―――

「あたし、なんにも見えなくなっちゃうよ……」

230 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:43:37



「―――わたしが、いるじゃない」

 温もりが背中から胸へと広がっていく。いつの間にか、あたしは後ろから細
腕に抱き締められていた。気配はなかった。ウォンが出て行ったいま、このフ
ロアにはあたしとマーマしかいないはずなのに。
 ……こんな真似ができる奇術師は針の城≠ノ一人しかいない。

 覗き見していたのか。帰れって言ったろう。そう、叱り付けてやるべきだ。
ここは聖域。あたしの拠り所。第三者の侵入は絶対に許されない。なのに、あ
たしは喉から溢れ出す嗚咽を噛み殺すのに必死で、背中をこするリリーの鼻先
を拒むことすらできなかった。立ち尽くしたまま抱擁を受け容れてしまう。

 ―――なんてことだろう。不覚にも、あたしはリリーの胸からぬくもりを感
じてしまっていた。
 魔女はどんな小さな疵も見逃さない。心の隙間を的確に見つけて滑りこむ。
いまのあたしは傷だらけ。こんな小娘でも付け入るのは容易い。

「わたしがイーリンに新しい価値を与えてあげる。わたしがイーリンの理由に
なる。……だから、ねえ。泣かないで。わたしを見て」

 魔女の呪文は、阿片の煙よりも甘い。

「一緒に生まれ変わろう。ここにいても疵が増えていくばかり。悲しいこと、
辛いこと、全部投げ出しちゃって、わたしと初めからやり直そう」

 ……タイミングは、悪くなかった。
 口説き文句も、まあ及第点だ。
 減点方式なら間違いなくあたしは堕ちていた。リリーにすべてを任せて、彼
女の望む駆け落ち≠ニやらを決行していたに違いない。
 脱出という名の閉塞。世界を知るという口実のもと、世界を閉ざす。それは
きっと、人を酔わす甘美な響きのだろう。

 ―――でも、あたしには白けた絵空事にしか聞こえない。

 悪いね、リリー。あたしはクーロンで育ち、クーロンで生きたんだ。
 夢で飯は食えないとマーマから学んだ。天空に浮かぶ星空よりも地面に転が
る銭だとマーマから教わった。利用されるより利用する女になれと、マーマか
ら言いつけられた。―――今更あんたにたぶらかされるには、あたしはあまり
に世界≠知りすぎている。
 だから、外には行けない。

「……あたしは強情なんじゃない。心に壁を作っているわけでもない。ただ、
生き汚いだけなんだ。醜く生き足掻いているだけなんだ」

 リリー。あんたからは死の香りしかない。隠しきれないほど濃密な死臭が、
あたしを醒めさせる。……あんたは気付いていないかもしれないけど、あんた
の言う外≠チていうのは、楽園だとか地獄だとか、そういうとこだよ。
 少なくとも、あたしにはそうとしか思えない。
 あんたにはそんなところに行きたいのか。……行きたいんだろうね。憧れて
しようがないんだろうね。でも、あたしはイヤなんだ。生きたいんだ。あたし
が欲しいのは生きる理由であって、死ぬ理由なんかじゃない。
 あんたの優しさは人を殺す。マーマの厳しさは人を生かす。その違いが分か
らなくちゃ、あたしを墜とすことはできないぜ。

 ―――でも、ま、抱き締めてくれたことは感謝するよ。

 寂しかった。孤独が痛かった。それは否定のしようがない事実だから。

231 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:44:14


「リリー、あたし―――」

 どうしたの、とリリーが応える。あどけなさと母性を両立させた囁き。ガキ
の癖に、よくもこんな声が出せるもんだ。あたしはやれやれと失笑する。
 表情は窺えないけど、リリーはいま、瞳を輝かせているに違いない。欲しい
ものがもうすぐ手に入る、その期待で胸は一杯。―――あたしはそんなかわい
らしい小悪魔の横っ腹に「えい」と肘鉄を喰らわせた。
 肘の尖端が柔肉にめり込む。

「げふ」

 お腹を押さえて、リリーはその場に蹲った。魔女の抱擁から解放されたあた
しは両手を挙げて伸びをする。うーん、空気がまずい。

 リリーは痛みに困惑しつつ、上目遣いにあたしを睨んだ。

「な、なんで……」

「飯」

「え?」

「飯、食いに行くぞ」

 事態を理解できないリリーは「はぁ?」と顔を歪めた。彼女のシナリオでは、
今頃あたしは自分の胸でむせび泣いていたんだろう。肘鉄を打ち込まれるなん
て予想もしていなかったはずだ。……まだまだガキだな。

「クーロン・ストリートにさ、まっずい点心を出す屋台があるんだ。あたしの
行きつけ。そこなら安いから、奢ってやってもいいぜ」

「それって―――」

 リリーは〈針の城〉より外を知らない。リリーは外の世界を求めている。

「あたしが連れて行ってやるよ、飲茶がてらにな」

 一拍おいて、リリーの唖然とした表情が年相応の無邪気さに塗り変わった。
「うん!」と力強く頷いて、あたしの腕に自分の腕を絡ませる。

「行こう、外へ!」


                  * * * *


〈針の城〉の外の人間は妖気への抵抗力が低い。妖気の暴風みたいなリリーが
クーロン・ストリートを闊歩しようものなら、前代未聞の大虐殺が始まってし
まう。自分でも持て余してしまう巨大な妖力は、いくら押さえろと言っても調
節できるようなものじゃなかった。
 迷彩コートを着せて、フードを目深に被らせる。隠行≠フ護符をコートの
裏にべたべたを貼りつけ、あたしの影を常に踏ませて歩く。そこまで魔術的に
存在を隠しても、リリーは莫迦みたいに目立った。
 クーロン・ストリートなんて絶対に歩けない。

232 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:45:03


「こりゃ、裏通りで我慢するしかないな」

 あそこならネオンの灯りも遠い。影に影を重ねて濃くすることで、リリーの
妖気を誤魔化すこともできるかもしれない。クーロン・ストリートは四方から
ネオンが当たるため、影が薄れて隠れようがなかった。

 クーロンの華であるメインストリートに行けないんだ。お姫様はごねるに違
いないと思ったけど、意外にも「ん、別にいいよ」なんて呆気ない返事が待っ
ていた。〈針の城〉の外であれば、別にどこでもいいらしい。

 ―――が、結局それすらも叶うことはなかった。

「……出られない」

 人目につかないよう気を付けながら進んだ第十層。〈針の城〉の外周付近で
リリーは唖然と立ち尽くした。ビルとビルの間から覗く外≠凝視するその
表情は、ショックのあまり感情が抜け落ちていた。
 ……リリーがこんな顔をするなんて。

「なんなの、これ」

 魔女の唇がわななく。

「リリー?」

「わたし、出られない。外に行けないよ……」

 なにを、言ってるのか。

「こんなのがあるなんて知らなかった。わたし、ぜんぜん視えなかった」

 あたしの呼びかけが聞こえないのか、リリーは独り言に没頭する。
 呪詛のような呟きを繰り返す。

「外≠フ景色なんて、もう何度も何度も見たはずなのに、どうして今日まで
気づかなかったんだろう。無意識の迷彩? 境界を跨ごうとする自覚をして、
初めて看過できたのかしら。わたしの眼ですら欺くなんて……」

 リリーはなにを見てしまったんだ。

「そんな真似ができる奴はあいつしかいないわ。ダージョンね、ダージョンが
やったのね。あいつ、なに考えてるの。ここまでしてわたしを閉じ込めたいの。
なにがなんでもわたしを支配したいの。独占したいの。……冗談じゃないわ。
これじゃ、あいつだって出られないじゃない!」

 リリーが奥歯を噛む。負の感情の昂ぶりが怨霊を呼び寄せ、即席の霊場とな
る。……まずいぞ、これは。リリーの憎しみの澱は人間のそれとは桁違いだ。
放っておけば、怨念の重みに負けて地面が沈む。開かれた孔が続く先は、永遠
の闇。怒りと憎しみだけで構築された魔界だ。

「リリー!」

 あたしの叫びで、ようやく彼女はこっちを向く。
 浮かべるのは、始めてみせる儚げな笑み。涙を目元に浮かべて「対不起(ト
ゥイプチー)」とあたしに告げる。

「―――ごめんなさい。わたし、イーリンと行けない」

 そして彼女は消えた。

233 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:46:44


 一瞬のことだった。あまりに突然過ぎた。
 ひとり取り残されたあたしは、一秒前までリリーが立っていた地面を見つめ
たまま首を傾げることしかできない。まだすぐ側に彼女が隠れている気がして
「リリー?」と名前を呼んでみるけれど、返事はなかった。

 火焔天に帰ってしまったんだろうか。だとしても、なぜ。

 リリーは〈針の城〉の外を見つめていた。あたしもそれに倣う。だけど、左
の人間の眼≠ナは異常は確認できない。眼帯を外し、〈蜥蜴の眼〉を細めた。
 ……やはり、なにも視えない。
 ただいつも通りの汚れた大気と、終わりのない夜があるだけ。リリーに視え
てあたしの右眼じゃ視えないものなんてあるんだろうか。「わっかんねーな」
と独りごちて髪の毛を掻きむしる。せっかく飯に誘ってやったっていうのに、
まさかこんなかたちで反故されることになるなんて。
 気まぐれでないことだけは、確かだろうけど。……リリーのあの反応は尋常
じゃなかった。いったい、どうしちまったっていうんだ。

 あたしは睨むように眼を眇めて、中心街の方角を見入る。
 魔眼ですら変異を見つけられないのなら、それはあたしが変異と認めていな
いだけじゃないだろうか。〈針の城〉の外と裡との境界は、幾度となく魔眼で
も視ている。いま視界に広がる光景とまったく変わらない。〈針の城〉の城内
には有象無用の妖気が充満し、城外は霊力が枯渇して澄み切っている。
 これのなにがおかしいのか。

 ―――すべてがおかしいのか。

 ヒステリックにオカルトを拒否するクーロンで、〈針の城〉だけは妖気が充
実している。リリーが操る霊脈は、〈針の城〉城内に限定されている。
 ……あたしは根本的な疑問に至った。
 城外と城内。―――なにがこの二つを隔絶しているんだ。どうして〈針の城〉
はクーロンにありながら、異界として成り立っているんだ。

 物心ついたときから〈針の城〉はここにあった。だから、あたしは当然のよ
うに存在を受け容れていた。外と裡を分ける境界のことなんて、考えたことも
なかった。……もしかして、この境界は自然に発生したものじゃなく、人為的
に組まれたものなのか。


                  * * * *


 適当にぶらぶらと歩いていれば、気分を落ち着けたリリーがぱっと転移して
くるかもしれない。そんな期待に引きずられて一時間ほど至高天≠さまよ
っていたけれど、甘えた声が耳に響くことはなかった。
 あたしは忙しい。リリーのためだけに時間を消費するわけにはいかない。
 今日はこれから診察の予約を入れている。シップ港に隣接する旅行者向けの
ホテルで主治医が待っているはずだ。遅刻するとなにを言われるか分かったも
のじゃない。それに色々と相談したいこともあった。

 あたしは散歩を切り上げ、〈針の城〉を後にした。

234 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:48:13


「結界アルかぁ?」

 シャオジエは顎に指を当て、大袈裟に悩めるポーズを作った。

「んー。そんな話、ワタシ聞いたことないアルね。〈針の城〉は都市としては
小さいけれど、結界を張るには大きすぎるアル。そんな非常識な存在、今日ま
で誰も気付かないなんておかしいアルアル」

「なら、外と裡を仕切る境界はどうして生まれたのさ」

「あそこは妖魔租界があった頃から強力な霊力場ヨ。じめじめしたものを好む
手合いが自然と惹きつけられるようになってるアル。きっと火焔天が渾沌の根
源。あそこ、元々はシリウス男爵の領事館があったアルからね。それ考えると、
火焔天を中心に同心円状に異界が展開されているの、全然おかしくないヨ」

 妖魔租界の特質を〈針の城〉がそのまま引き継いでいる。理に叶っているよ
うに聞こえるけれど、その実答えになっていない。

「いや、そうじゃなくて、あたしは境界の話をしているんだ。妖魔租界があっ
た頃は、クーロンのリージョンすべてが魔界都市だった。妖魔租界は妖魔貴族
の居住区に過ぎなかったはずだ。租界の内側と外側を仕切る境界なんてない。
神秘はリージョン全体に氾濫していたんだから」

 ぐ、とシャオジエは言葉に詰まる。あたしは無視して言葉を続けた。

「〈針の城〉が形成された過程で、誰かが人為的に境界を作ったんだ。『ここ
から先は〈針の城〉だよ』と概念の線引きをした」

 いったい誰が、どうして。
 ―――そんなのは自問するまでもない。〈紅の魔人〉だ。〈針の城〉の城主
にして、クーロン暗黒社会の支配者。自分の手で滅ぼした在りし日のクーロン
を、彼は自分の庭に再現した。そのために結界が必要だったのか。

〈針の城〉を作ることが目的で、境界線を引いた。……それはいい。でも、そ
うなると結界の性質が読めない。妖魔や魔物の通行を阻むものならば、あたし
やハダリーだって通れなくなるはずだ。他にも、中心街や共同租界には少数な
がら妖魔がいるし、旅行者にだって人外は紛れている。彼等が〈針の城〉に入
ることができないなんて話、聞いたこともなかった。
 逆に人間が通れない結界だったとしたら。……それはもっと考えにくい。絶
対にあり得ない。いまこの瞬間にも、〈針の城〉には犯罪者や浮浪児が逃げ込
んでいるはずなのだから。

 あくまで概念の境界に過ぎないのか。でも、だとしたらリリーのあの反応は
なんだ。彼女の言葉を信じれば、あの結界はやはり物理的な障壁となって通行
を阻んでいる。それが適用されるのがリリーだけ? たった一人の少女を幽閉
するためだけの結界? ……もしそうならば、〈針の城〉というのはリリーを
閉じ込めるための巨大な監獄ということになる。
 ダージョンはリリーを二重に監禁していたのか。
火焔天≠ニ〈針の城〉。
 二つの壁。

「ダージョンが〈針の城〉を形成した目的は、妖魔租界を再現するためじゃな
くて、リリーを逃げられないようするためだったのか……」

 頭を振る。駄目だ。こんな仮定の推論に意味はない。
 大体、〈針の城〉の成り立ちの由縁を知ってどうする。あたしが頭を悩ませ
たところで〈針の城〉が現実としてそこに在ることは変わりないのだから、事
実としてそれだけを受け容れればいいじゃないか。

 ……でも、あのときのリリーの表情は。

「あー、火蜥蜴の。ワタシ、話がまたく見えないアルよ。いくらなんでも置き
去りにしすぎネ」

235 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:50:33


 シャオジエに半眼で睨まれていることに気付き、あたしは気まずそうに眼を
逸らした。「悪い」と口でだけ謝っておく。……常に機嫌を取っておかなくち
ゃまずい女だって分かっているのに、迂闊な真似をしてしまった。
 あたしは逃げるようにソファから立ち上がると、パノラマビューの窓からク
ーロンの夜景を見下ろした。「わー、綺麗」なんてわざとらしい声をあげる。

 ここは、リージョンシップ・ターミナルが運営するハイクラス・ホテル星
港≠フ最上階ペントハウス。クーロンでもっとも天国に近い部屋だ。
 必然、お値段も天国価格になる。リージョン間を好き勝手に行き来できるよ
うな国賓階級でもなければ、まずお近づきになれないエグゼクティブスイート
だった。……あたしはこの部屋に足を向ける度に疑問を抱く。たかが寝泊まり
するために、これだけ広い部屋を借りる意味があるんだろうか。どうして一人
部屋なのに、寝室やバスルームが二つも三つもあるんだろうか。
 金が余ってしかたがない奴が考えることはよく分からない。

 宿泊客の名はリュイ・チャンウェイ。あたしの主治医で、お仕事は魔法使
い≠ニいうことになっている。

 いまどき演劇の脚本でも聞かないようなクーロン訛りの言葉を操り、これま
た風俗店でも見かけなくなったクーロンの民族衣装チーパオ・ドレスで自らを
飾り立てる女。藍色の髪はアップにして、二つのお団子型にまとめている。
 ……つまり、絵に描いたような典型的クーロン娘≠ネわけだけど、あまり
にコテコテすぎて、逆にクーロンでは絶対に見かけない変人に仕上がってしま
っている。

 シルク地のドレスは闇より深い漆黒で、金糸で縫われた紋様の他に、胸元に
はアクセントとして薔薇の刺繍が咲いていた。際どく切れ込んだスリットから
伸びる白い素足は、性別を問わず視線を吸い付ける。
 ……変な格好だけど、似合っているのは、まぁ確かだ。それでも変という事
実は揺るがないけど。

 そもそも名前からしておかしい。リュイ(驢馬)でチャンウェイ(薔薇)だ
なんて。明らかな偽名だ。あまりに呼びづらいから、あたしは小姐(シャオジ
エ)と呼ぶことにしていた。
 年齢は、容姿から察すると二十歳前後。でも人間かどうかすら不確かなんだ
から、外見年齢なんて当てにもならない。一から十まですべてが胡散臭い女だ
った。そんな時代劇に出てくる町娘の格好で、なにが魔法使いだ。

 シャオジエはクーロンの人間ではない。自家用のリージョンシップで世界を
飛び回る根無し草だった。クーロンはリージョン旅行の基点だけあって、月に
一度は寄ってくる。その時があたしの診察の日となるわけだ。

 あたしは、生まれついてのリスクを抱えている。この蜥蜴の血肉と眼と刺青
は、あたしの小さな器から溢れる過分な道具≠セった。
 マーマに拾われた頃は魔眼の制御のしかたも知らなかったため、毎日のよう
に高熱を出しては倒れていた。このまま衰弱死すると危ぶんだマーマが頼った
のが、この魔法使いサマだ。

 あたしの右眼の使い道を教えてくれたのはマーマだけど、使い方を教えてく
れたのはシャオジエだ。その他にも、躰の負担を軽減するために色々な心霊施
術を行ってくれている。シャオジエの定期診療は、あたしが生きる上で欠かせ
ない習慣だった。もう十年繰り返している。支払った金額は数えたくもない。

 ―――心霊施術なんて超高等医療を受けている奴、このクーロンでいったい
どれだけいるんだろうな。

236 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:52:27


 診療所の場所―――つまり、シャオジエと会うのは決まってこのペントハウ
スだった。彼女は〈針の城〉はおろか、中心街にも共同租界にも出ようとはし
ない。逗留生活はシップ港の敷地内でいつも完結していた。
 治安の悪さを気にしているんだろうか。……その割には、マーマみたいな物
騒な商売人と友達だったりするし。よく分からない。彼女のことで分かること
なんて、なにひとつない。―――それでも、マーマがああなってしまった今、
頼れる大人≠ヘシャオジエしかいなかった。
 変人だし奇人だけど、正しくあたしの姉貴分だ。

「ねえ、シャオジエ」

「ん、なにアルか」

 シャオジエはトランクから施術道具を広げている。

「クーロンの外ってさ、どういうとこなんだろ」

「……火蜥蜴の。あなたさっきから話飛びすぎヨ。ワタシと会話する気あるの
なら、もうちょっと話の筋道を立てて欲しいネ」

 彼女のクーロン訛りはほんとに嘘くさい。十年来の付き合いだけど、未だに
慣れない。けど、それを指摘すると施術中になにをされるか分かったものじゃ
ないから、あたしは黙っている。

「―――誘われちゃったんだ、あたし」

外≠フ住人であるシャオジエの意見が聞きたい。あたしは一ヶ月前の運命
的な出会い≠ゥら今日の別れまでの経緯を掻い摘んで説明した。
 もちろん、リリーの正体については適当に脚色して誤魔化している。いくら
シャオジエでも……いや、大切なシャオジエだからこそ、下手に真実を明かし
て、〈針の城〉の入り組んだ事情に巻き込みたくはなかった。

「ロマンチックな話アルねぇ……」

 話を聞き終えたシャオジエは溜息を漏らした。

「迷惑千万な話だよ」

「そうアルか? 女冥利に尽きるアル。ワタシなら手籠めにして、目一杯愛玩
するヨ。飽きたらさよならして、クーロンに戻ればいいだけネ」

 シャオジエはしれっと言う。……魔女というより、ただの人でなしの言葉だ。

「そうじゃなくて、お姉様に聞きたいのは外≠ノついてのお話。あいつがそ
んなに恋い焦がれるほど、外≠ニやらは素晴らしいものなのかい」

「外≠セけじゃ抽象的過ぎるアルよ。退屈なリージョンもあれば、奇天烈な
リージョンだってあるアル。……でも、ただ別のリージョンに行ってそこで新
しい生活をしたいだけなら、クーロンのほうがスリリングで飽きが来ないかな
ぁ……とは思うアル。ワタシ、クーロン好きヨ」

 それは観光者の意見だな。あたしは胸裏で嘆息する。
 クーロンで生活しているあたしからすれば、生きるために生きる毎日はとて
もじゃないけど好き≠ニ言えるようなものではない。


237 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:53:27


「お悩み相談もよろしいけれど、そろそろ本業のほうもさせるアルね。さっさ
と裸になって、ベッドに仰向けになるよろし。優しくしてあげるヨ」

「語弊のある言い方するよなぁ」

 あたしは渋々とブルゾンとニットセーターを脱ぎ、下着姿になった。躰を切
り開くことが目的じゃないから、下までサービスする必要はない。
 警戒心を露わにしながらクイーンサイズのベッドに横たわる。シャオジエは
指先であたしの肌をなぞるようにして身体の調子を検めた。さすがにプロだけ
あって、手つきにいやらしさはない。

「前に診たのはいつだたカ」

「一ヶ月と半分ぐらい前かな」

「休息はしっかり取ってるアルか」

「ぼちぼち」

「嘘ね」

 シャオジエは断言する。くりくりと動く大きな瞳で凄まれると、あたしはな
にも言えなくなってしまう。愛敬に富む顔作りなのに、どうしてこんなにも迫
力があるんだろうか。

「火蜥蜴の。オマエ、まだ不眠癖治してないのか。オマエが眠くならないのは
脳みその歯車がちょと狂ってしまっているからなだけで、眠らなくても生けて
いけるってわけじゃないアルよ。無茶な生活続けていたら寿命削るだけって、
ワタシ何十万回も言った。どうして改めないアルか」

「忙しいんだよ」

 半分嘘で、半分本当といったところか。
 故買屋の商売に定時なんてないし、マーマから引き継いだ利権関係の仕事が
あたしの時間を食い潰している。それに加えて趣味の心霊工学と死体いじり。
一日の時間が倍になっても足りやしない。
 けど、あたしが睡眠を遠ざけるのはそれが理由じゃない。……単純に、寝る
のが嫌いなんだ。いやな夢を見るから。

 夢の中では、必ずあたしはあたしでなくなる。男の場合もあれば女の場合も
あるけど、イーリンであることは絶対にない。まったく別の性格をして、まっ
たく別の思考をしていて、見たこともない世界で生きている。

 太陽を何度も見た。クーロンの日常とは無縁の陽光を、あたしは夢の中で幾
度となく目にしていた。あたしではないあたしが、太陽が浮かぶリージョンで
生きているんだ。

 あたしという自己が薄らぐ。気持ち悪かった。悪夢としか思えなかった。
 うなされて目を覚ます度に、あたしは自分の躯を自分で抱いて、そこに火
蜥蜴のイーリン≠ェいることを確かめる。自分が自分で無くなってしまう感触
は、何百何千と体験しても慣れるものじゃない。
 どうして夢の中で、赤の他人の生と死を繰り返さなくてはならないのか。

 昔から睡眠をとるのは嫌いだったけど、一年前まではマーマが口うるさかっ
たため、睡眠薬を飲んで強引に躰を休めていた。いまはあたしの躰を気にかけ
る奴なんて誰もいないから、滅多なことでは横にならない。ベッドで寝るぐら
いなら、仕事中にぶっ倒れたほうがマシだとさえ思っている。

238 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:55:09


「怖いんだ……」

 胸元に置かれたシャオジエの手を握る。

「あたしはあたしでいたい。あたしじゃなければイヤだ。他の誰かになるなん
て耐えられない。だから、お願いだよシャオジエ。今日はあたしを睡らせない
で。あたし、痛くても我慢するから。このまま診てくれよ―――」

「火蜥蜴……」

 シャオジエのかんばせが珍しく真剣味を帯びた。
 ……が、すぐに崩れた。

「それは無理な注文ネ。意識が覚醒している状態だと、診られるものも診られ
ないアル。大人しく寝付いて幸せな夢見るヨロシ」

 あたしの手をほどくと、シャオジエは手のひらに魔法円を展開させた。肉眼
でも視認できるほど強力なサークル。魔法使い≠フ自称は伊達じゃない。

「てめえ……」

「大丈夫よ。お脳も休んでもらうから夢は見ないアル。安心して休むがいいネ」

「信用できねえ」

「言葉遣いには気を付けるアル」

 シャオジエの笑顔。人間どころか、虎すらも喰い殺しかねない笑顔。
 やばい、と戦慄したときには遅かった。シャオジエはにっこりと笑ったまま
魔法円を握り潰す。麻酔で眠らせるのはやめたんだ。
 ということは、つまり―――
「覇!」のかけ声と同時に、みぞおちに鉄拳が突き込まれた。うめき声をあげ
る暇も、痛みに悶える余裕も与えてはもらえなかった。
 あたしの意識は闇に削り取られ、一撃のもと昏倒する。

 ―――昔からそうだ。昔から大人げのない女だった。
 子供みたいにあたしにじゃれつき、見様見真似のカンフーでいじめてくる。
 見かけばかりの模倣術のはずなのに、やたらと堂に入っていて、昔はいつも
泣かされていたっけ。
 腕力で訴える魔法使い。つくづくわけの分からない姉貴分だぜ。


                  * * * *


 結局、夢は見てしまった。
 いままでとはおもむきの異なる、変わった夢だった。
 クーロンではないどこか。
あたし≠ヘ如何にもといった感じの清楚なお嬢様の容姿をしているのだけれ
ど、なぜか服装は真っ白な死装束で、しかも土に汚れていた。

 目の前には、寒気がするほど美しい女が立っている。
 美しいといっても女性的な印象が欠落していて、絵本に出てくる王子様のよ
うな格好をしていた。髪型は手の込んだショートヘアで、浅葱色に燃えている。
 緑と藍が入り交じったかのような不可思議な色。

239 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:56:14

 
 女は真紅の瞳であたしを睨んでいる。
 向けられる殺意は、鋭すぎて肌が切り裂けそうだ。
 ああ、憎まれているんだな、とあたしは思った。

 視界が反転する。景色が流れる。
 あたしの意識など気にも留めず、あたし≠ヘ逃げていた。殺意を迸らせる
女から逃げていた。『ついてねえ』だとか『変な死体を選んじまった』とか悪
態を吐きながら逃走する。

 女が追ってくる。容赦なく、慈悲もなく、死神の靴音を響かせて追ってくる。
あたし≠ヘ抵抗もそこそこに逃げる。実力差が違いすぎる。勝負にならない。
相手はバケモノの中のバケモノだ。

 どうしてこんな状況になってしまったのか。逃げた先に、どんな運命が待ち
構えているのか。あたしにはまったく分からない。
 趣向こそ違うが、やはりこれもいつもと同じ悪夢だった。
 あたしがあたしでなくなってしまった悪夢。究極の他人事。別の誰かが、ま
ったく別のリージョンで、別の人生を過ごす。

 違和感があるとすればそれは―――そう、その別人サマの人格は、常に決ま
っているような気がする。……そんなわけ、あるはずないのに。だって、あ
たし≠フ姿は夢を見る度に変わっているんだ。同じ人物だったことは一度とし
てない。なのに人格は同じだなんて、あり得るものか。

 女/死神があたし≠ノ追いついた。
 振りあげられた刃に月光が反射する。
 女の眼は、涙で濁っていた。
 ……まさか、泣いているのか。
 我が目を疑った次の瞬間、あたし≠フ胸に朱色の花が咲いた。

 あたしは死んだ。


                  * * * *


 眠っていた時間は三時間。診療なんていつもは一時間もかからないのに、シ
ャオジエが起こしてくれなかったせいで無駄な時間を重ねてしまった。

 悪夢に飛び起きたあたしに「早上好(ツァオシャン・ハオ)」なんてほがら
かに挨拶してくるシャオジエには、枕の一つでもぶん投げてやりたかったけれ
ど、報復の恐ろしさを考えると、上衣を引っ掴んで荒々しく部屋から出て行く
ことぐらいしかできない。
 乱暴に足音を立てながら玄関を目指すあたしの背中に、「今回は旅程の都合
で、一週間ほど留まることになったネ」と言葉がかかった。
 なんて珍しい。
 この十年間、彼女はクーロンに三日と居座ったことはなかったのに。

「いつでも遊びに来るヨロシ」

 返事はドアを閉める音。ちょっと冷たいかな、と一瞬だけ後悔したけれど、
あんな悪夢を誘発してくれた女に気を使う必要ないとすぐに考えを改めた。
 あたしは忙しいんだ。
 クーロンは常夜のせいで時間の感覚が狂いやすいけど、一日の区切りははっ
きりと存在する。スケジュールが埋まっているあたしには、三時間も眠る余裕
なんてなかった。今日はグオワンホテルにグランドピアノを売り込まなくちゃ
いけない日なのに。急がなければ遅刻だ。

240 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:57:09


 クーロンが不夜城と呼ばれる理由のひとつは、社会的な意味合いでの夜
が存在しないからだ。終わらない夜というのは、夜の価値を見失わせてしまう
らしい。―――どの時間に業務を初めて、どの時間に終わるのか。いつ起きて、
いつ寝るのか。それらは家族や人種、会社や部隊といった集団ごとに異なる。
 生活時間を他者と合わせようという殊勝な心がけをもった人間は少なく、み
な他人が寝こけている時間に活動することがいちばん利に繋がると信じていた。
 お陰でクーロンにはコアタイムというものが存在せず、どの時間帯を切り取
っても、ひとは均等に起きていて、そして寝ていた。
 
 あたしの事務所の場合は、更に事情が特殊だ。
 トップのあたしは不眠症。事務担当のロートルは事務所に居住する引きこも
り。肉体労働担当のハダリーは屍体のため、人間が必要とするような休息はと
らない。―――三人が三人とも、常識からかけ離れた生活をしているため、必
然、営業時間なんてものも存在しなくなる。「仕事あれば働くし、なければ休
む」という故買屋としては理想的な就業形態になっていた。
 だから、どんな時間に事務所へ訪れようと、最低限の応対はされる。

「オハヨウゴザヰマス、社長」

 ……ただし、こんな応対でもよければ、の話だけど。

「社長はやめろって言ってるだろ、ハダリー」

 腰を屈めて掃除機をかけるハダリーの背中を挨拶代わりに蹴飛ばす。びくと
もしないどころか、逆に弾き返された。筋肉の状態は依然として良好だ。

「ハダリーは掃除好きだよな」

「さぼルト、社長ニ怒ラレマスカラ」

 うーん、かわいくない返事だ。

 掃除を言いつけるのには理由がある。
 別にあたしに小姑気質があるわけじゃない。
 
 クーロンは妖魔租界戦争以後、〈針の城〉以外の土地は霊力場としては貧弱
な地相に書き換えられてしまったが、それは天然もの≠ェ育ちにくいという
だけで、人為的な術≠ノ対する抑止力にはなっていない。むしろ、地相が潔
癖なぶんだけ、呪術などの効果が顕現しやすい。
 あたしみたいに何かとひとの恨みを買いがちな商売をしている場合は、神経
質なぐらい怨霊掃除機で簡易除霊をかけておく必要があった。
 掃除/除霊をサボったせいで、巨大化した悪霊に金庫を喰われただとか、火
事を誘われただとか、そういう被害は〈針の城〉の外でも多い。気を付けるに
越したことはないんだ。
 ……まあ、的にされるのは悪辣な金融業者だとか、牧場≠経営する人買
いだとかが大半だから、自業自得と言えばそうなのだけれど。

「ま、掃除もいいけど、仕事が待ってるからさ。区切りのいいところで工房に
上がってきたよ」

 ハダリーは「ハヰ」と返事すると、再びがーがーと掃除機をかけ始めた。 

241 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:57:54


 グランドピアノをホテルまで運ぶ。そのために、ハダリーの調整≠ヘ必
要不可欠だった。―――牛頭の彼女の仕事は、トラックの荷台でしっかりと
ピアノを保持すること。劣悪な路面にべこべこの荷台。傷一つつけずに運ぶ
には、人外の膂力を繊細に使いこなさなければならない。

 ハダリーの躰はミノタウロスの死体だ。筋肉や骨に停滞≠フ呪文をかけて
防腐処理はしているものの、死んでいるという事実は揺るがない。血は枯れて
いるし、心臓も止まっている。
 彼女の躰はただの器≠セ。動かすことだけが目的なら、別に死体に拘らず
とも、人形でも紙コップでもなんでも構わない。どんな無機物でも、魂を宿ら
せれば霊的な活動は可能だ。―――けど、より高度な動き、人間に近い機能を
求めるのならば、やはり死体が望ましい。生命の肉体に勝る器≠ネんて、こ
の世には存在しないのだから。

 ハダリーの躰は死んでいる。では、死体を動かかすものはなにか。魂≠セ
けでは十全な答えにならない。この場合、霊的に駆動させるためのエネルギー
―――妖力だとか魔力だとか、そう呼ばれる類のものが必要となる。
 魂そのものにもエネルギーは内包されているが、より高機能を求めるならば、
頭脳とは別にエンジンを作ったほうがいい。魔力を生み出し、それを全身に循
環させる心臓。―――ハダリーの場合は、それが右眼に埋め込まれている。

 機関(エンジン)と呼ぶより増幅器(ブースター)と呼ぶべきか。それは莫
大な魔力を秘めた金緑石だった。

 五年ほど前にマーマからお守り≠ニして渡されたものだ。
 猫の瞳みたいな宝石だったから、初めの頃は金属にはめ込んで首飾りにして
いたけれど、その価値に気付いてからは魔力の源泉として使うようになった。

 魔石の中でも格別に霊的純度が高いものなのだろう。下手にナイフなどで疵
を入れれば、街ひとつ吹き飛ばし兼ねないほどのエネルギーを無限に回転させ
ている。魂の価値を底上げするには最適の媒体。ただ石を開放するではハダリ
ーの躰が消し飛んでしまうから、彼女の魂≠ナある人造霊とは別に、魔力量
調節の役割を担う魔石管理≠フ人造霊を右眼に組み込むことにした。
 ひとつの躰に二つの魂。
 ……これが、この人造僵尸の複雑さの原因になっていた。

 一般的な常識を持ち合わせる憑依術者なら、魔石管理の人造霊は肉体管理と
人格を受け持つ人造霊ハダリー≠フ支配下に置かせるだろう。魔石の出力調
整は、ハダリーの意思で行えるようにするんだ。
 ……けど、あたしはハダリーの人格を極力人間に近く、自由意思に基づいて行
動するよう設定している。知識も書き込むのではなく、自分で覚えるよう促して
いる。お陰でいまの彼女がいるわけだ。―――あんな頭のタリナイ筋肉ダルマに、
ソロモン級の魔石を自由に管理させられるものか。洋服箪笥を運ぶために全開放
など、血迷った真似を平気でしかねない。
 魔石管理は独自の権限を持つ人造霊にやらせる必要があった。

 魔石の人造霊猫睛石(びょうせいせき)

 この無人格の人工魂魄と、ハダリーの支配率≠いじることで、用途に応じ
た仕様になる。猫睛石(びょうせいせき)≠フ支配率を高めれば身体能力が上
がる代償として理性が薄れ、暴走気味になる。ハダリーの支配率を高めれば供給
される魔力が少なくなるため身体能力は下がるけど、使用効率が上がるから頭は
良くなる。細かい仕事もできるようになる。、

242 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:58:27


 猫睛石の支配率を一割弱まで落とし込む。あまり出力を絞りすぎると今度は
猫睛石が活動目的を見失って暴走する可能性があるため、あまり長くは続けら
れない。三時間が限界だろうか。積み卸しや輸送にそこまで時間はかからない
けど、商談が長引くと帰宅が遅れる。出先で支配率を調整するのはゴメンだ。

「さっさと終わらせて、帰りに屋台でオレンジジュースでも飲もうぜ」

「はい、社長」

 魔力供給が抑えられたハダリーは動きが機敏だ。ただし、人間味は損なわれ
る。あたしがプログラムしたことしかできなくなる。
 それは使い魔としては理想的なのだろうけど、予測不可能な進化≠求め
るあたしとしては、ハダリーにトラックやスクーターと同じ道具≠ナ終わっ
て欲しくないという思いがある。……成長や進化はただ時間を重ねても始まら
ない。燃焼するエネルギーをぶち込んで初めて歯車が回り始めるんだ。そのた
めにはやはり、魔石が必要だった。

 ピアノを何枚もの毛布で丁寧にくるみ、ロープで荷台に固定する。それを更
にハダリーががっちりと押さえて、ようやく準備完了だ。
 あたしはトラックの運転席に座って、エンジンを吹かした。

 珍しくロートルが見送りに立っている。二階の窓越しからだけど。
 あたしは適当に手を振ると、アクセルを踏みこんだ。


                  * * * *


 クーロンには自動車用の道路なんてないから、出せるスピードにも限界があ
る。あたしのトラックも普段は成人男性の全速力程度で走行していた。遅いと
は思うけど、積載量の多さを考えれば充分に便利だ。
 今日のように最高級の商品を運ぶ場合は、更にスピードを落とす。徐行と呼
んでも差し支えがないぐらいまで。トラブルの芽は可能性の段階で摘むのが長
生きの秘訣だ。
 ……けど、そのやり方ははっきり言ってイライラする。かっ飛ばせば十分で
辿り着ける距離を一時間かけて進むなんて納得がいかない。

 こういうとき、いつもならハダリーが愚にもつかない質問をしてくるから、
雑談で苛立ちを誤魔化せるのだけど、いまはお人形モードだからそれも期待で
きない。あたしは指先でハンドルをこつこつと叩きながら、フロントガラス越
しに代わり映えのしない街の風景を眺めた。

 あんな夢を見せられたせいで、無駄に気が立っている。
 それに、リリーのことも頭から離れない。

 せっかく歩み寄ろうと思ったのに。外≠ノは行けなくても、マフィアの目
を盗んで一緒に遊ぶぐらいの関係にはなれると思ったのに。
 どうしてあんな風にいなくなってしまったのか。また一週間ほど経てば、い
つものようにあたしの部屋に忍び込んできてくれるのか。

 思わず独りごちてしまう。

「……どうしてダージョンは、リリーを閉じ込めるんだろうな」

243 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:58:49


 あんな桁外れの魔力を持った小娘を野に放てるはずがない。それは理解して
いる。けど、そんなのが監禁の理由ならば、さっさと殺してしまえばいいのに
とあたしは思う。幽閉して、それで誰が利を得るというんだ。

 リリーは外に出たがっている。それはつまり、火焔天での生活は退屈だとい
うことだ。―――あたしは、クーロンの生活を辛い≠ニ思ったことこそ多々
あれど、退屈なんて感じたことは一度もない。

 ……リリーは、かわいそうな子なのかもしれない。

 生きているならそれで満足だ。クーロンではそう嘯く奴が多い。あたしもリ
リーにそう諭したことがある。生きるために日々を過ごすことに忙殺されてし
まった者の泣き言。―――中には、マーマの境遇すら羨む奴もいた。阿片吸っ
て毎日を夢うつつに過ごせるなんて、最高の人生じゃないか、と。

 けど、それは違うだろう。

 いまのマーマはただ心臓が動いているだけだ。死体のハダリーのほうがよっ
ぽど人間らしい。だけど、誰もハダリーになりたいとは言わない。
 どうしてだ。
 ハダリーには理由≠ェあるじゃないか。生きていく上での目的を確立させ
人間に近付きたい≠ニいう欲求に基づいて日々学習を積み重ねている。阿片
に溺れる老婆よりもはるかに人間らしく生きているのに。
 確かに、ハダリーの理由≠ヘあたしが与えたものだ。人間を目指せ、とあ
たしがプログラムした。でも、切っ掛けに貴賤なんてない。問題は自分の中に
生きていく価値を見つけられるかどうかだ。
 ハダリーはそれを持っている。……だから、あたしはハダリーが羨ましい。
同じように、リリーも羨ましかった。

 彼女はいままで死んでいたんだろう。目的を持つことを許されず、ただ生き
るためだけに生かされる日々。火焔天は彼女の棺桶だったに違いない。
 けど、リリーは見つけた。外≠ヨの道を。目的を。理由を。価値を。
 火焔天の外を知ったいまのリリーは、間違いなく生きている。

「くそっ」

 ハンドルを殴る。

 リリーはかわいそうな子だ。この歳になるまで、自分の価値を見出せずにい
た。けど、リリーは恵まれたガキだ。だって、彼女は外へ行きたい≠ニいう
目的を抱いてしまったから。生きる上での原動力となる理由≠見つけてし
まったから。―――いまのあたしには、理由も目的もない。どっちも見失って
しまった。マーマの喪失とともに。

 このままクーロンで、ケチな故買屋として一生を終えるのか。

 脳裏によぎる焦燥。あたしは愕然とする。
 ……こんなこと、いままで考えたこともなかった。
 マーマのためにも、あたしのためにも、故買屋の仕事は続けていかなくちゃ
ならない。金が無くなれば、マーマもあたしもあっという間に地獄行きだ。生
きるために生きる。当然のように、その境遇を受け容れていたはずなのに。

 もう、限界なのかな。

244 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:59:20


 一年努力した。マーマがああなってしまったことで欠落したあたしの価値を、
生きる≠ニいう目的で代替した。マーマに認められたい、マーマの力になり
たい。そういった感情はすべて、マーマを失いたくない≠ニいう絶望に変換
した。……でも、これ以上はもう無理だよ。

 狂気に期待していた。狂ってしまえば、いまの境遇にも価値を見出せるかも
と甘い考えに未来を託していた。けど、あたしの正気は予想以上に頑健だった。
 認めたくなくても、理性が認めてしまっている。
 マーマは、もう―――


 ―――そのとき。ふと覗いたサイドミラーが、見慣れない影を写した。
「なんだあれ」と声に出して呟いてしまう。

 四つに木製の車輪に篭が乗っかって走っている。例えるなら、馬車が馬に牽
かれず自走しているような。どこかで馬に逃げられたのか。
 ……いや、違う。あれは蒸気自動車だ。
 黒い煙を吹き出しているのが何よりの証拠だというのに、あまりに不格好過
ぎてすぐに気づけなかった。
 馬車に蒸気機関を乗せただけの粗悪な乗り物。エンジンの無駄遣いだ。その
癖、一丁前にスピードだけは出している。
 すぐにあたしのトラックの横に並び、そして―――そして、減速した。

 御者と言うべきか、運転手と言うべきか。黒いインバネスコートに黒いボー
ラーハットという黒装束の男が、これまた黒い拳銃の銃口をあたしに向ける。
 冷たく暗い銃口を。
 
「ハダリー! ピアノを!」

 守れ、と叫び終える前に衝撃が走った。口を開くより疾くハンドルを右に切
っている。鉄製のトラックが木製の蒸気自動車に体当たりをしかけ、馬力に任
せて押し潰した。どんなにオンボロでも、こっちはクラック・エンジンを搭載
しているんだ。馬力が違う。
 拳銃の銃爪は引かれたみたいだけど、弾があたしを貫くことはなかった。

 蒸気自動車は左側の二輪を破壊され、シップが墜落するように地面に倒れこ
む。バックミラーを睨みながら「強盗か?」と呟くのも一瞬、あたしはすぐに
目を見開き、驚愕に声を失った。

 自動車が立ち上がった。比喩ではなく、本当に立ったんだ。
 左側は車輪が破壊された部位か。右側はスポークの隙間から、先の細い多関
節の足≠ェ何本も伸びて車体を支えている。
 あれじゃまるで蜘蛛じゃないか。
 巨大な、蜘蛛。

「まさか―――」

 あれは蜘蛛そのものなのか。

 街中で目立たないよう蒸気自動車の外見を隠れ蓑にしていただけで、本体は
エンジンかどこかに隠していたのか。妖魔は魔物を道具に憑依させる術に長け
ているというけど、あれがそうなのか。
 蒸気自動車が破壊された拍子に蜘蛛の魔物が実体化したと言うのなら、バッ
クミラーに映る非現実も一応は納得できる。あれは巨大蜘蛛のモンスターだ。

 けど、どうしてあたしを追う!?

 魔物を使った強盗だっていうのか。こんな街中で? そんな莫迦な。

245 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 09:59:45


 絹を裂くような悲鳴が響く。なんともお上品な恐怖の表現。どこかの不幸な
ご婦人が巨大蜘蛛と出くわし、その場で卒倒してしまう。付き人も恐怖に竦み
上がって動けないでいた。
 ここは既に租界の一部。閑静な住宅が並び、街灯が穏やかに道を照らす。
 租界の人口密度は中心街の一割以下だけど、居住者は中産階級以上の紳士淑
女ばかりだから、こういった凶事には慣れていない。いまのご婦人サマがいい
例だ。このままではパニックが起きかねない。

 租界で問題を起こすのだけは避けたい。魔物の一匹や二匹、駐留軍が華麗に
仕留めてくれるだろうけど、その場にクーロン人のあたしが居合わせたら、罪
をなすり付けらるに決まっている。
 租界の司法はクーロンから独立している。ここではあたしが外国人≠セ。

「バックれるしかねえな!」

 クラック・エンジンの出力を上げて、一気に加速する。もはや積み荷をどう
こう言うような状況じゃない。一刻も早くこの場から離れないと。
 だけど、市街で出せるスピードなんて自ずと限られる。中心街のような雑多
な人混みでこそないものの、街中を歩く人影は目立った。

 危うく人を轢きかけてしまい、ハンドルを切ってしまう。舌打ち。僅かな失
速だけど、魔物は一瞬の隙を見逃さなかった。

 バックミラーに広がる脅威の光景。巨大蜘蛛は八本の足をバネに変えて跳躍
する。足場に選んだのは街灯の尖端。その体躯からは想像もできないほど軽や
かに乗っかるものの、やはり街灯は重みに耐えきれず、鉄の支柱をぐにゃりと
曲げた。……が、巨大蜘蛛は素早く別の街灯に飛び移って難を逃れる。
 あとはその繰り返しだ。
 軽業師の如き体捌き。街灯から街灯へと跳ぶ魔物は、遮られるものがないた
めあっという間にトラックとの距離をゼロに変えた。
 
 ―――蜘蛛の背中に乗るインバネスコートの男は、いったいどんな表情であ
たしを追い詰めているのか。

 八本足のフライングボディプレスがトラックの荷台に直撃する。衝撃であた
しの躰はシートから跳ね上がり、肩をフロントガラスに激突させた。
 トラックは積載量を大幅にオーバーさせたまま路面を滑り、二階建ての民家
の玄関に頭から突っ込む。
 運転席が潰れる直前、あたしはドアを蹴破って外に躍り出た。宙で躰を回転
させて、足から綺麗に着地する。踵が土を引っかき、地面に疵痕を残す。

 確かめるまでもなくトラックは全壊だった。運転席は壁にめり込んで潰れ、
荷台は蜘蛛の着地点を中心に折れ曲がっている。
 ……最悪だ。仕事道具を失ってしまった。明日からなにを足にして商品の回
収と輸送を行えばいいのか。
 クーロンでは手に入らないものはないと言っても、自動車を非正規のルート
で買い付けるには時間も金もかかる。

「弁償は……期待できねえよな」

 巨大蜘蛛の四対八個の眼が一斉にあたしを睨んだ。
 禍々しい血色に染まった瞳。
 あたしは痛めた肩をさすりながら、超常の生物と相対する。蜘蛛の背中から
あたしを見下ろすインバネスコートの男は、不気味なまでに無表情だ。

 あたしはやれやれ、と嘆息する。
 トラックの損失は痛い。痛すぎる。だからこれ以上の無駄な出費は控えたい。
 例えば、蜘蛛の腹の下に敷かれているグランドピアノとか。
 あれが無事なら涙は飲み込める。

246 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:00:13


「……ハダリー、あたしの言いつけは守ったかい」

 返事はない。
 やっぱりあの調整では無理か。あたしは更に深く溜息を吐く。トラックに加
えてピアノまでスクラップになってしまったら、あたしは三日くらい立ち直れ
ないかもしれない。故買屋を初めて以来の記録的大赤字だ。

 奇蹟を期待するか? ……いや、無理なものは無理だ。ピアノはハダリーご
と潰された。残酷な真実。あたしは「守れ」と言ったのに。

 巨大蜘蛛は八本足を地面に突き立て、トラックの荷台(だった粗大ゴミ)か
ら降り立った。そのままかさかさと地を這ってあたしに接近する。
 ……莫迦な奴。そのまま押し潰していれば、身動きが取れなかったのに。

「―――ハダリー、今度はあたしを守れ」

 トラックの残骸から一筋の影が飛び出す。牛面を悪魔の仮面で隠した人造僵
尸。衣服に損傷はあるものの、筋肉の鎧は無傷のまま、ハダリーは背後から巨
大蜘蛛に掴みかかった。
 ……が、あっさりと振り払われる。ハダリーは派手に宙を泳ぎ、トラックが
突っ込んだ民家に背中から激突した。

「……弱い」

 一割だと厳しいか。

 なら、

「―――猫睛石、喰え」

 支配率変換。人造霊ハダリー≠ェ魔石寄り≠ノ調整される。魔力の供給
量が跳ね上がった代償として、彼女は人格を暴走させながら再起動した。

 いま、ミノタウロスの躰を動かしているのはハダリーであってハダリーでは
ない。ハダリーの魂魄を通して顕現した魔石の代替霊猫睛石≠セ。
  
 魔力を孕んだ咆吼が夜を震わす。

 ハダリー―――いや、猫睛石はその場で四つん這いになった。尻を持ち上げ、
前足≠ナ地面を引っかくように突き立てる。
 牛が突撃する姿勢とは明らかに異なる猫の威嚇の如きポーズ。腰の細い女が
やれば様になるんだろうけど、全身を筋肉で固めた牛頭の魔物が背をしならせ
ても気持ち悪いだけだ。

 猫睛石の支配率が高まると、なぜか彼女は猫の動作を行うようになる。猫睛
石は無人格だ。癖なんて持っていない。だとすると、あれは魔石の特性なのだ
ろうか。魔石から流れる魔力が人造霊の行動パターンに影響を与えていると。
 真相は分からない。ただ、こうなってしまったハダリーは無敵だ。

 ハダリー/猫睛石が地面を蹴った。自身の体躯を一個の弾丸に変えて、空気
の壁を撃ち貫く。桁外れのスピード。あたしの視力でも視認は不可能。

 目前まで迫っていた巨大蜘蛛は横合いから襲いかかった衝撃に軌道を強制的
に変えさせられる。
 吹き飛ばされた蜘蛛は軽やかに受け身を取るが、追撃までは捌けなかった。
 ハダリー/猫睛石は巌の拳を爪に見立てて、蜘蛛の顔面を切り裂く。あたし
が瞬きする間に、八つの瞳すべてから明かりを消し去ってみせた。

247 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:00:47


 ミノタウロスはただでさえ強力な魔物だ。それに加えて、肉体改造により筋
力を強化し、魔力でポテンシャルを底上げされている。純粋な戦闘能力ならば、
上級妖魔とだって対等に渡り合える自信があたしにはあった。
 アトラナートの巨大蜘蛛程度では絶対に太刀打ちできない。

 ハダリー/猫睛石の解体ショーが始まった。すでに事切れている巨大蜘蛛に
更なる攻撃を加える。返り血があたしの足下にまで飛び散った。
 怨恨すらこの場に残すことを許さない。絶対的な屈服を強いているんだ。
 ……あたしはそんな物騒なプログラムはしていない。
 恐らくはこれも、魔石の影響。

 巨大蜘蛛の背中に乗っていたインバネスコートの男は、いまは地面に放り出
されて無様に這い蹲っている。あたしは鷹揚に歩み寄ると、無言で男の腹を蹴
飛ばした。小娘の蹴りとはいっても、あたしの力なら人間は軽々と吹き飛ぶ。

「どこの誰かは分からないが、租界の軍警に引っ張られる前に、ちょっとあた
しの事務所まで付き合ってもらうぜ」

 男は何事かを呻きながら、よろよろと立ち上がる。痛々しい立ち振る舞い。
やはり召喚主自身は特別な力を持っていないようだ。

「ここで雑談している余裕はないんだ、さっさと―――」

 男がコートに手を突っ込んだ。出てきたのは、つや消し処理された黒い拳銃。
震える手で銃把を保持している。銃口は当然、あたしに向いていた。
 銃爪にかけた指に力が入る。

「おい、やめろ!」

 弾けた。―――男の胸が。
「あたしを護れ」という命令を遵守したハダリー/猫睛石が、握り拳程度の石
を男めがけてぶん投げたんだ。音速を突破する速度で投擲された石は、着弾の
衝撃でばらばらに砕けて、男の体内に飛び散ったに違いない。
 ……即死だ。

「馬鹿! 抵抗なんてしたって!」

 自殺同然の愚行。魔物の抵抗すら退ける相手に、拳銃程度で切り抜けられる
と本気で考えたのか。……あたしのハダリーに人殺しをさせやがって。
 なんて夢見の悪い結末。殺すぐらいなら、逃げられたほうがまだマシだ。

 ここはクーロン。危険な目には何度もあっているし、強盗に襲われたのだっ
て初めてではない。その度にハダリーが返り討ちにしてきた。だけど、殺人は
始めてだ。みんな「相手が悪い」と悟ると尻尾をまいて逃げていった。

 ―――ハダリーにひとを殺めさせてしまった。

 ……いや、違う。あたしが殺したのか。

 手を下したのはハダリーだけど、ハダリー≠ニいう道具を使っていたのは
あたしだ。彼女に責任をなすり付けることはできない。

 罪悪感はない。ショックで足が震えることもない。
 悪いのは相手のほうだと分かり切っている。あの状況で拳銃なんて抜けば、
こっちは殺すしかないのだから。でなければあたしが死んでいる。
 でも胸くそは悪かった。後味も悪ければ寝覚めも悪い。

248 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:01:09


 軍警が駆けつける前に逃げる必要がある。租界から離れてしまえば、彼等は
追ってこない。中心街の警察権を握っているIRPOに身柄引き渡しを要求するこ
とは可能だけど、租界の人間が殺されでもしない限り、そこまで大きな捜査に
はしないだろう。ろくでなしが殺し合うのは中心街や〈針の城〉に限らない。
 暴力こそがクーロンの日常だ。

 スクラップになった三輪トラックから、数秘機関を抜き出してくるようハダ
リーに指示する。エンジンさえ生きてれば復活は可能だ。
 ……グランドピアノは諦めるしかないけど。
 
 その間にあたしは男の死体に近寄る。こいつも回収していくべきだろうか。
ここに残していけば、殺人の証拠を軍警に握られることになる。どうせ追って
こないとは分かっていても、杞憂は生まれるものだ。
 〈針の城〉ならば死体を「なかったこと」にするのは容易いし、ただ証拠隠
滅したいだけならあたしがパーツとして使えばいい。経費削減。リサイクル。
有機物のエコロジーってわけだ。

 けど、そんなマフィアみたいな真似はしたくないというのが本音だった。
 あたしはあくまで堅気の娘。暴力とは隣接していても、あたし自身が暴力で
はない。例え正当防衛でも、人殺しなんてしたくはなかった。

 取りあえず、死体の素性を簡単に確かめよう。
 年齢は三十代後半から四十代前半。黒ずくめの格好は舞台の衣装めいていて、
着慣れた雰囲気がない。絶命した顔に見覚えはないけど、他に身体的特徴はな
いものか。いざとなったら〈とかげの眼〉を使うまでだけど―――

 そこではた、と目にとまる。

 男の、右手の掌。

 炎龍を簡略化した、記号のような刺青が彫り込まれていた。

「こ、これって―――」

 慌てて地面に転がる拳銃も確かめる。想像通り、銃把に同様の紋様が刻まれ
ていた。……あたしの時間が止まる。考えもしなかった数奇な運命。今なら絶
句したまま窒息死することも可能だろう。心臓さえ止めかねない驚愕。

 ただの強盗だと思っていた。
 魔物を使役するような術者がそんな三流仕事をするのは不可解だけど、あり
得ない話じゃない。食い詰め物はどこにだっている。
 でも、それは現実から眼を逸らしていただけだ。
 強盗の手口ではなかった。男は明らかにあたしの命を狙っていた。
 そして、この炎龍の刺青。

「……こいつはマフィアだ」

 黒社会の人間凶手。〈針の城〉ではなく、中心街に常駐する兵隊。
 
 あたしは今になって殺人の重みに総身を震わせる。とんでもない過ちを犯し
てしまった。凶手がどうしてあたしを狙ったのか。それも気にかかるけど、も
っと重大な問題が目の前でほくそ笑んでいる。戦闘要員とは言え、あたしはク
ーロン・マフィアの構成員を殺してしまったんだ。
 それは疑いようもない敵対行為。

 このリージョンを支配しているのは自治政府でもIRPOでもなく、黒社会だ。
 あたしは、いまこの瞬間から、クーロンの敵≠ニなってしまった。

 あたしの日常が、粉々に砕けた。 

249 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:01:48


 死体は現場に置いていった。クーロン・マフィアの情報網は正確かつ迅速だ。
あたしが凶手を殺した時点で、事実は知れ渡ったと考えていい。下手に証拠隠
滅したところでなんの結果も生み出さない。

 ハダリーはエンジンを持って事務所に帰らせた。戦闘行為があったのはシュ
ライク租界。ひとまず中心街まで引き上げてしまえば、軍警は手を出せない。
 もし事務所にマフィアが訪れたなら? ハダリーには丁寧に応対しろと言い
つけてある。殺したのはあたしだ。ハダリーは道具に過ぎない。それは向こう
も分かっているはずだし、本気でハダリーの消去≠ェご希望なら、中心街に
待機する凶手じゃ役者不足だ。それはこの結果≠ェ明確に語っている。
〈針の城〉から戦闘部隊を駆り出すぐらいなら、頭のあたしを狙うだろう。

 だから、事務所が問答無用で焼き討ちにあうようなことにはならない。
 ……なんてのは希望的観測だろうか。
 せめてあたしが戻るまでは無事であって欲しかった。

 ―――で、肝心の殺人火蜥蜴はというと。

 いま、クーロンでもっとも危険な場所にいた。
 いちばん近付いてはいけない禁区に足を踏み入れた。
 つまり〈針の城〉。
 黒社会の聖地。


                  * * * *


「リリー!」

 自分の部屋に戻るなり魔女の名を叫ぶ。
「もしかしたら」という期待は一瞬で霧散した。彼女はいない。さすがに、昨
日の今日であたしの帰宅を待ち伏せるなんてことはしないか。
 だけど、ここは〈針の城〉だ。距離は問題にならない。あたしの言葉を魔女
は絶対に盗み聞きしている。
 危険を冒してまで〈針の城〉に戻ったのは、リリーを掴まえるためなんだ。
絶対に呼び出してみせる。

「リリー!」

 だから叫んだ。

「リリー! 聞こえているんだろう。出てこい!」

 何度も。

「リリー!」

 何度も。

「あたしを嵌めて満足か。これで一緒に外≠ヨ行けるとご満悦ってか。淫売
が陳腐なシナリオ描きやがって。……ああ、そうさ。認めてやる。てめえのお
陰であたしはお終いだ。明日にはばら売りされていること間違いなしだぜ。
 ……けどよ、てめえのくそったれな逃避行に付き合うつもりはねえからな。
ここに来たのはあんたに縋るためじゃなくて、あんたに中指を突きたててやる
ためさ。離開、天明見、分別了、我門永別―――じゃあな、魔女め。再見
だけは絶対に言わねえぞ!」

250 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:02:10


「ちょっとちょっとー」

 背後から声がかかる。花が開くような声。―――そのまま花弁が腐り落ちる
かのような、声。

「なに騒いでるの? わたし、いま悲しみに暮れている真っ最中なんだから。
放っておいてくれてもよくない? イーリンに慰めてもらうのは、もうちょっ
と後の予定。あと少しだけわたしはひとりで―――」

 力任せに胸ぐらを掴み上げる。リリーの表情が強張った。悲鳴すら上がらな
い。初めて触れる暴力に彼女はなにを思うんだろうか。そのまま小さな躰を壁
に押しつけた。

「話せ」

「な、なにを―――」

「知らないなんて言わせない!」

「わけがわかんない!」

 白々しいにも程がある。あたしは更に力を強めて魔女を締め上げた。
 シュライク租界のことだ、と耳元で怒鳴る。

「おかしいと思っていたんだ。黒社会があたしを狙うなんてあり得ない。あた
しだけじゃない。クーロンの人間なら、IRPOに指名手配はされてもマフィアの
敵にだけはならないよう細心の注意をするものだからな。連中にあたしを狙う
理由なんてないんだよ!」

 だけど、事実として凶手はあたしを狙った。魔物を使役して。銃口を向けて。
あたしの命を脅かした。―――結果、凶手は死んだ。
 黒社会の仕事としてはお粗末の極みだ。火蜥蜴≠フイーリン様を中心街の
人間凶手で仕留めるなんて不可能に決まっているのに。
 なら、どうしてインバネスコートの男はあたしを襲ったのか。

 あたしの右眼が真実を見据えた。

〈蜥蜴の眼〉が視たのは、誘惑(チャーム)≠フ名残。
 これはマフィアの仕事じゃない。あの男は操られていただけだ。あたしにマ
フィアを殺させるよう、裏で糸を引いていた奴がいる。

 いったい誰が? ―――そんなの、考えるまでもない。

「バッカじゃない?! 本気でわたしを疑っているわけ!?」

「あんた以外の誰が、こんな真似をして得するって言うんだよ!」

「できないわよ、わたし! 不可能なの!」

 リリーは必死で否定する。目縁に涙を浮かばせるのは、息が苦しいからか。
それともあたしに疑われたからか。……白々しい。白々しいけれども、リリー
ならばもっと上手に嘘を吐くんじゃないのか。胸裏であたしは揺れていた。

「わたしが好き勝手できるのは〈針の城〉の城内だけだし! 誘惑≠セって、
対象を支配するんじゃなくて、強力すぎて精神を吹き飛ばして真っ白にしてし
まうものだって―――そんなことぐらい、イーリンだって知ってるじゃない!」

251 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:02:31


 ……それも、そうだ。
誘惑≠ニいう状況証拠だけであたしは頭っからリリーを疑ってかかったけど、
彼女の力はああいった搦め手に用いるには強力すぎる。火炎放射器で煙草に火
を点けるようなものだ。―――なら、本当にリリーじゃないのか?

「わたし、このままじゃお外に出られないって知っちゃったんだから。お城に
は結界が張ってあって、それをどうにかしない限り、わたしはずーっと篭の鳥
だって分かっちゃったんだから。その問題を解決しないで、イーリンだけ先に
行かせるわけないでしょ?! やるならもうちょっと後にするわよ!」

 ―――そうだった。

 リリーがあたしの前から消えた理由について完全に失念していた。想像通り、
彼女は物理的に〈針の城〉の外へ出られなかったのか。
 そうなると動機すら無くなってしまう。

 リリーから手を離す。ごめんと謝るより先に、「馬鹿!」と胸を突き飛ばさ
れた。……なにを言われてもしょうがない。彼女の言葉通り、あたしは馬鹿だ。
 だけど、リリーじゃないというのならいったい誰が。事態は余計に混迷した。
リリー以外の誰が、あたしをクーロンから追い出そうっていうんだ。

 あたしはうなだれたまま、ソファに力なく腰掛けた。床を見つめても、答え
は浮かび上がってこない。
 リリーの犯行ならば話はシンプルだった。「最悪の悪戯」という分かりやす
い絵図になった。……でも、そうはならなかった。なにも見えないまま、マフ
ィア殺しという事実だけが肩にのし掛かる。
 どうする、どうすればいいんだイーリン。こんなとき、マーマならどんな決
断をした。どうやって危機を乗り切った。

「ねえ、イーリン……」

 怒りより心配が勝ったのか、リリーが躊躇いがちに話しかけてきた。

「わたしからダージョンに言って聞かせてもいいよ。死んだのって使いっ走り
の殺し屋なんでしょ。そんなの大した被害じゃないもの。わたしがダージョン
にお願いすれば、きっと許してもらえるわよ」

「そんなこと―――」

 できるわけがない。
 事態をより悪くさせるだけだ。
 あたしとリリーの関係が紅の魔人サマに知れれば、彼女が火焔天の外へ自由
に出られることまで発覚するということ。マフィア殺しとは比較にならないほ
どの怒りを買うことになる。火に油を注ぐようなもんだ。

「でも、このままじゃイーリンは」

「ああ、間違いなく殺される」

 失笑してしまう。一時間前までは、今日の連続が明日だと信じていた。この
日常は永遠に続くと当然のように受け止めて、焦燥すら覚えていた。
理由なき今日≠どう生きようかなんて、そんな悩みに浸っていたのに。
 ―――まさか、明日が今日と違うものになるなんて。こんなにも突然、日常
が消えて無くなってしまうなんて。

252 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:03:06


「そんなのイヤ! イーリン、死なないで」

 どさくさに紛れてリリーが抱きついてくる。拒む気にもなれず、あたしは彼
女の頭をそっと撫でてやった。……混乱していたとはいえ、暴力で脅したあた
しを憐れんでくれるなんて。改めてリリーの好意は本物なんだと思い知る。
 感謝すべきかもしれない。リリーのお陰で、ささくれ立っていた感情が静ま
り、優しい気持ちになれた。

「死ぬ気はないよ」

 ほら、微笑みすら浮かべられる。

「死ぬもんか」

「……ほんとに?」

「約束する。絶対に死なない」

 だから焦りもするんだ。事態を切り抜けようと頭を悩ませるんだ。
生きる理由が見当たらない≠ネんて苦悩に苛まれていた癖に、いざ生命が脅
かされると、あたしはこうして生きる道を探している。
 どうしようもない矛盾だ。でも、不快ではない。

「どっちにしろ、クーロンにはもういられないなぁ」

 ぼやくように言った。
 身を隠すにしても限界がある。命を惜しむなら、一分一秒でも早くこのリー
ジョンから離れなければならない。……けど、リージョン間移動には莫大な金
がかかる。それに、マーマを残したままここを離れるわけにもいかない。
 マーマと一緒にクーロンから離れるか。ツテがないこともないけれど、そこ
から先の生活に見通しがつかない。やはり、新しいどこかへ≠ネんて現実味
のある話じゃないんだ。―――でも今は、それと同じくらいここに居残る
という選択肢も現実味が薄れていた。八方塞がり。命を惜しむなら、全てを捨
てて逃げるより他に道はない。
 ……でも、マーマを置き去りにするなんて無理だ。

 マフィアはマーマを殺すだろうか。
 連中は面子を何より重んじる。あたしが捕まらなければ、その矛先を保護者
のマーマに向けても不思議はない。

 死ぬ気はない。死にたくはない。けれど状況が「火蜥蜴が命を差し出しさえ
すれば全ては丸く収まる」と語っていた。
 あたしが死ねばマーマは助かる。

 あたしの思考を遮って、リリーが口を開いた。

「……やっぱり、わたしがダージョンにお願いする」

 即座に否定する。

「だから、それは最悪の事態を招くだけで―――」

 ううん、とリリーは首を振った。

「それも含めてお願いするの。イーリンの命を助けてあげてって。今回のこと
はただの事故だということにしてって。……それで、もしダージョンがわたし
のお願いを聞いてくれるのなら、もうわたしは絶対に馬鹿なことはしないって」

253 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:03:36


 それってつまり。

「……馬鹿なこと言うなよ。鳥篭生活を受け容れるのか。火焔天に一生閉じ込
められて、あんたが夢見た外≠ゥら遠ざかって。―――そんなの、口で言う
ほど楽じゃないだろ。あんた、なんのためにここにいるんだよ」

 彼女は即答した。

「イーリンのためだよ」

「はぁ?」

 違う。リリーがここにいるのは外≠ノ出るためだ。あたしはそれを助ける
ための道具に過ぎない。手段を護るために目的を見失うなんて、本末転倒もい
いところじゃないか。

 魔女はあたしの胸に顔を埋めて、甘く囁く。

「イーリンのいない外≠ネんて……」

「待て待て待て」

 肩を掴んで、リリーを胸から引き剥がす。きょとんとした目をする彼女に問
いかけた。

「それはなんだ。献身のつもりか? 自己犠牲? どうしてそこまであたしを
求める。自分をなげうってまであたしを護る必要なんてないはずだ。リリーの
目的は外≠ネんだろう? だったら、重荷になったあたしなんて見捨てて、
ひとりで結界を破って、ひとりで飛び出せばいいじゃないか。あたしの問題に
首を突っ込んで夢を捨てるなんて馬鹿げてるぜ。どうしてそこまでするんだ」

 リリーはくすりと笑いをこぼした。

「だって―――」

 迷いのない、はっきりとした答え。

「ひとりじゃ寂しいじゃない」

 寂しいから。不安だから。支えて欲しいから。馬鹿げた理由だと鼻で笑うの
は簡単だ。でも、あたしにとってそれはもっとも信じられる答えだった。
 あたしも同じだ。ひとりはイヤだ。今日この日まで、ひたすら寂しさから逃
げて生きてきた。マーマという存在は、あたしから寂しさを取り除いてくれた。

「で、でも……」

 唾を飲み下す。動揺を表に出したくなくて、慎重に言葉を選んだ。

「閉じ込められて、もう二度と外へ出られなくなっちまったら、それから先は
どうするんだよ。寂しいのが嫌いなのに」

 リリーの微笑みは途絶えない。

「睡って過ごすの。二度と目を覚まさないわ」

「……自殺するってことかよ」

254 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:04:26

「そうじゃないわ。言葉通りの意味よ。ほんとに寝たまま起きないの。……わ
たしね、睡るのは嫌いじゃないんだ。夢を見られるから。夢の中では、わたし
は自由だから」

 鼓動が跳ね上がった。夢。あたしがもっとも嫌うもの。それをリリーは恍惚
としながら語る。「どういうこと?」と問わずにはいられなかった。

「睡っているときだけ、わたしは外≠ノ出られるの。見たこともない世界で、
わたしはわたしじゃなくなっていて、色んなことをしているの。悲しい夢が多
いわ。夢の中のわたしはいつも泣いている。……でも、それも含めて自由なの。
ああ、イーリンも同じ夢を見られたらいいのに。外≠フ風景は、クーロンの
変わらない夜とは比べものにならないほど変化に満ちていて、美しいの」

 ……こんな偶然が、果たしてあり得るのか。
 
「じゃあ、リリーが外≠ノ憧れるのも―――」

 ええ、と魔女は頷く。

「夢を現実にしたいから」

 わたし、お部屋にいるときはほとんど寝ているのよ。夢を見たいから。窮屈
な屋根の下から、解放されるから。―――そう語るリリーの表情は、一点の曇
りもなく至福に満ちていた。

 ハンマーで後頭部を殴られたかのような衝撃に、あたしは震える。
 リリーも見ていたのか。体験していたいのか。自分自身が否定される刹那の
悠久を。クーロンでは決して見ることの叶わない真昼の情景を。

 なんという皮肉だろうか。似た夢を見て、あたしは嫌悪から不眠症(インソ
ムニア)に陥った。対するリリーは夢に幸福を見出して、過眠症(ナルコレプ
シー)になった。……対極の反応を選びながら、行き着くところは同じ。自ら
の殻に閉じこもることでしか、安寧を得られない不器用な小娘二人だ。

 ……いや、違うな。あたしとリリーは同じじゃない。
 リリーは夢に耽るだけに留まらず、外≠目指している。自分の足で、新
たな世界を開こうとしている。夢は切っ掛けに過ぎない。ただ目を逸らして、
逃げて、拒んだだけのあたしと一緒にするのは失礼だ。

 彼女は、この事実を知っているんだろうか。あたしも同じような夢を見て、
うなされて、眠りから遠ざかってしまっている事実を。
 知るはずが、ない。
 あたしの不眠症を知っているのはシャオジエぐらいだ。いくらリリーが魔女
でも全知には遠く及ばない。この一致はただの偶然だろう。
 
 ―――ならば、それこそ。
 リリーの言葉通り「運命」になってしまうじゃないか。
 二人は出会うべき必然だったのか。

 馬鹿馬鹿しい。偶然はどこまでいっても偶然だ。そう笑い飛ばすことは容易
いはずなのに。……クーロンの終わらない夜にくたびれ果ててしまっているは
ずのあたしの心臓は、いま初めて動き出したかのように激しく脈打っていた。

「リリー……」

 枯れた声で名を呼ぶ。

 教えて欲しかった。答えを示して欲しかった。
 あたしも、あの夢を受け容れられるようになるだろうか。リリーのように、
他者の目を通して視る外≠肯定できるようになるだろうか。
 ……こんなあたしでも、安心して眠れる日が来るんだろうか。

255 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:04:58


 だけど、あたしが疑問を投げかけるために開いた唇は、リリーの言葉に遮ら
れた。彼女は表情を翳らせて言った。

「……そろそろ、ダージョンが帰ってきちゃう」

 タイムリミットか。いまの邂逅は、あたしがリリーを強引に呼び出したから
叶ったんだ。時間が短いのはしかたがない。別れを惜しむ気持ちを抑えて、あ
たしは尋ねる。

「次は―――」

 こんなこと、あたしから切り出すのは初めてだ。

「次はいつ、会える」

 いまになって、あたしの身を後悔が舐め始めた。
 リリーともっと話がしたい。リリーのことをもっと知りたい。彼女が見る夢
とはなんなのか。あたしのそれと、風景は同じなのか。彼女はどうして、自分
が自分で無くなってしまうことに耐えられるのか。リリーが言う運命≠チて
奴は、クーロンみたいなゴミ溜めのリージョンにも転がっているものなのか。
 いままで邪険に扱っていた分も含めて、思う存分に語り合いたい。

 ―――時間ならきっと、いくらでもあるさ。だって、ここでは夜が明ける
心配をする必要はないんだから。

 そうだろう、リリー?

「分かるでしょ、イーリン。次はないの」

「え……」

「これは別れ。これは別離。運命はいま、二人の絆を引き裂いたわ」

 冗談めかしてリリーは言う。だけど、表情は真剣そのものだ。感情を殺そう
と必死になって、逆に悲しみが顔にありありと刻まれてしまっている。
 ……魔女の癖に、自分に嘘を吐こうとなんて、らしくないことをするから。

「リリー……あんた、本気なのか。本気で紅の魔人に頼むつもりなのか。あた
しを守るために、自分の夢を犠牲にするつもりなのか」

 冗談だと思っていた。ただ思い付きを口にしているだけだと思っていた。
 リリーがあたしの事情を知ったのは、この部屋であたしに呼び出されたから
だ。まだ十分も経っていない。―――たったそれだけの時間で、すべてを捨て
る覚悟を決めたっていうのか。夢も、未来も、あたしのために犠牲にすると。

 ……駄目だ。そんなのは絶対に駄目だ。
 だって似合わないじゃないか。あんたはもっと、利己的な女のはずだ。自分
勝手で、他人の都合なんて考えなくて、甘いところばかりを摘もうとする。
 それがクーロンに咲いた百合(リリー)じゃなかったのか。

「この物語のフィナーレはハッピーエンドじゃないみたい。だけど、とっても
ロマンチック。だってお姫様は愛に殉じて眠りにつくんだから。大好きなひと
のことを想って、終わらない夢を見続けるんだから」

「リリー!」

「イーリン、知ってるでしょ? わたしは自分勝手なの。わがままなの。だか
ら、あなたの説得なんて聞かないわ。わたしはわたしのしたいようにする」

256 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:05:32


 ふざけるな。あたしは苛立ちに任せてリビングの壁を殴りつけた。拳が防呪
処理を施した壁紙を突き抜けて、石膏ボードの壁面をあっさりと貫通する。

「……そんなことをしても」

 低い声音で、呻くように言った。

「あたしは感謝しないぜ。あんたのことを想って泣いたりなんか、絶対にしな
い。これはあたしの問題だ。勘違いしたことは謝るけど……だからって、首を
突っ込むのはやめろ。あんたは、あんたのしたいことだけを―――」

「これは、わたしが望んだ物語よ」

「違う! あんたの目的は外≠ヨ行くことだ!」

 リリーは瞼を伏せると、ゆっくりと首を横に振った。

「その物語を完結させるには二つ足りないものがあるの。ひとつは結界。〈針
の城〉から出るには、わたしの魔力は育ちすぎてしまったわ。……もうひとつ
は、わたしが、わたしで居続けられる余裕。―――愉快よね、イーリン。わた
し、昨日まで、自分がどうして〈運命の赤児〉なのか、考えもしなかった。ど
うしてこんな強い力を持って生まれてしまったのか、知ろうとも思わなかった」

 あたしには理解できない。リリーはなにを言ってるんだ。彼女の語る足り
ないもの≠ニやらが、自分を犠牲にしてあたしを助ける理由になるとはとうて
い思えない。結界があるなら破ればいい。自分の力の由縁なんて、外≠ヨ出
てから探せばいい。―――どうしてそんなことで、未来への道を閉ざすんだ。

「イーリン、勘違いしないで。これは犠牲でも献身でもないの。初めからこの
物語にハッピーエンドは無かっただけ。物語の舞台は、最初から最後まで〈針
の城〉だったのよ。わたしが外≠ヨ行くシナリオなんて用意されていなかっ
たのよ。……だから、わたしはせめてもの抵抗として、あなたに未来をあげる。
そしてお姫様は醒めない眠りにつき、終わらない夢を見るの」

 でも、ひとつだけ望むことが許されるのなら。リリーがそう呟いたとき、彼
女の瞳からついに涙が溢れた。

「―――これから見る夢では、どうかイーリンと一緒になれますように」

 言葉には魔力が秘められていた。あたしが眼帯を外していたならば、リリー
を中心に霊路の門が開く様子をはっきりと霊視していただろう。
 彼女は跳ぶ気だ!

「リリー!」

 行かせない。話はまだ終わっていない。
 壁に突き刺さった腕を引き抜く。石膏ボードの破片に切り裂かれて、拳から
血が迸った。―――好都合だ。あたしの血は、あらゆる魔術を強制的にキャン
セルさせる。リリーの縮地だって中断させられるはずだ。

 どうしてあたしは蜥蜴の眼を開き、蜥蜴の血肉を持って生まれてきたのか。
いまなら答えに迷わない。はっきりと断言できる。それはこの瞬間のためだ。
人外の膂力と超常の能力でリリーを止めるためだ。彼女を行かせないためだ。

 あたしは手を伸ばす。
 力の限り叫んだ。
 彼女の名を。

257 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:05:42








 ―――ああ、だけど。

 あたしみたいな中途半端なバケモノじゃ、正真正銘のバケモノであるリリー
の術を止められるはずもなく。

 手を引き抜き、伸ばすというたったそれだけの挙動を最速で行ったにも関わ
らず、リリーの術の発動には間に合わず。

 あたしの指先は、空を切った。







.

258 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 10:06:00










 部屋には、もう、あたししかない。









.

259 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:30:04


 手を差し伸べたまま、無様に立ち尽くすことしかできない。あたしは瞬きす
ら忘れて、一瞬前までリリーが立っていた空間を見つめていた。

 ……これで、お終いなのか。
 あたしは救われたのか。
 黒社会から制裁を受けることはないのか。明日からもクーロンで、今日と変
わらない日常を過ごすことができるのか。
 あたしの未来は約束されたのか。

「は、―――はは」

 渇いた笑いがこみ上げる。

「おかしいよな、どう考えても。……あたし、そんなに必死だったかな。大切
にしていたかな。誰かを犠牲にしてまで、守ろうとしていたかな」

 マーマが正気を取り戻したわけじゃない。
 あたしの余命が長くなったわけでもない。
 マーマはいまでも阿片中毒のまま。あたしの脳みそはいまでも蜥蜴の眼と血
肉に負荷に押し潰されて、悲鳴をあげたまま。
 なにも変わらない。変革は行われていない。くそみたいな今日が、くそまみ
れになってくそったれな明日へと続くだけだ。
 
 こんな、こんなくだらない人生のために、リリーはすべてを捨てたのか。

「誰が頼んだよ」

 あたしは頼んでいない。

「誰が喜ぶんだよ」

 あたしは喜ばない。

「誰が幸せになるんだよ」

 あたしは幸せにならない。

 心臓が痛む。痛哭の悲鳴を延々と繰り返す。あたしは胸を鷲づかみにして、
その場に跪いた。喉から、慟哭を伴った叫びが止めどなく溢れ出す。

「あたしが好きだったんだろう?! あたしのためになることをしたかったん
だろう!? なのに、なんだよこれは! あたしを哀しませて、苦しませて、
こんなの嫌がらせもいいとこじゃないか。誰も笑顔になれない。後味が悪いだ
けのくそみたいなエピソード。こんなセンスのない物語が、運命≠セってい
うのかよ! イヤだ! あたしはイヤだ! 絶対にイヤだ!」

 嘆きの悲鳴か、怨嗟の呪文か。あたしの言葉は、リーの耳にも届いているは
ずだ。しかし、返事はない。あたしの部屋は沈黙を守ったままだ。

 認めるしかない。
 リリーの物語は、終わってしまった。
 彼女は非日常の象徴に過ぎなかった。
 あたしとは別世界の人間だった。
 
 あたしは戻るんだ。
 日常へ。
 リリーが守ってくれた、今日という繰り返しへ。

260 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:30:31



                  * * * *


 帰ってきたときと違って、アパートメントから出て行くときは魔術迷彩どこ
ろか人影への警戒すらしなかった。糸が切れた人形か、はたまた夢遊病者のよ
うに、頼りない足取りで第七層を歩く。
 もしクーロン・マフィアがあたしを狙っているならば、絶好のカモだ。瞬き
する間にさらうことができる。……けど、そんな剣呑な気配は一向に訪れなか
った。〈針の城〉は常と変わらず、幽世の風景をビルディングの森に融け合わ
せているだけだ。

 一時期は死すら覚悟した。なのに、こんなに堂々と〈針の城〉を歩けてしま
うと、全部はあたしの早合点だったんじゃないかと疑ってしまう。あたしが殺
したのはクーロン・マフィアの凶手ではなく、ただのチンピラだったんじゃな
いか、と。

 リリーはきっと嘆願に成功したんだろう。彼女の自由と引き替えに、あたし
は命の保証を得た。
「二度と近付くな」なんて警告ぐらいはあると思ったけど、この様子では恐ら
く、マフィアは最後まで介入してこない。社会の影たらんとする彼等があたし
に望むのはすべてを忘れること。リリーという一輪の花があたしを惑わせた。
夢から醒めた以上は、現実を生きろ。―――そんな案配だろう。

 あたしはポケットに手を突っ込むと、やや猫背になって歩いた。

 日常は守られた。今日と変わらない明日が待っている。
 ……例えそうだとしても、変わらなくちゃいけないことだってあるはずだ。
 リリーになにもしてやれなかったあたしだけど、自分の尻だけは自分で拭い
たい。―――だから、最低限のケジメだけはつけようじゃないか。


                  * * * *


 三十分ほど待っただろうか。
 鍵が差し込まれ、ドアが開く。スイッチの場所では躰で覚えているのだろう。
暗闇の中でも、彼は迷うことなく電源を入れることができた。

「わあ!」

 室内灯があたしを照らすと同時に、ロートルは驚きの声をあげた。

「し、社長でしたか。いつの間にお戻りになったんですか」

 表情からも口調からも動揺が滲み出ている。……まあ、当然だろう。ハダリ
ーから事故の概要は聞いているはずだ。部下として、年長者として、あたしの
身を案じることに不自然はない。

「どうして事務所に顔を出さなかったんですか。私もハダリーも社長の帰りを
待っていたんですよ」

 問いかけは無視した。ロートルから視線を外し、ガス灯で照らされる部屋の
様子を見回した。可もなく不可もなし、といったところだろうか。適度にもの
はあるけど、決して雑多なわけじゃない。

261 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:30:52


「……あの、どうして私の部屋に」

 彼はきっと、「どうして鍵を開けて勝手に入ってきているのか」と尋ねたい
に違いない。答えは当然「二人きりになりたいから」だけど、それをわざわざ
告げてやる必要はない。

 ここではあたしが尋問役で、ロートルが回答役。この臆病な老人の疑問に答
えるつもりは一片もない。

「あの、お怪我は―――」

「ロートル、どうしてあたしを嵌めた」

「……は?」

 間の抜けた、醜い表情。
 思い付く語彙の中で、いちばんストレートな言葉を選んだつもりだったけど、
どうやら回転が鈍った老人の頭では理解が難しいらしい。
 ならば、とあたしは再度問い掛ける。

「どうして、一年前、マーマを嵌めた」

「あの、社長? 言ってることが理解しかねるのですが」

「答えろ、ロートル」

 静かに、だけど確たる恫喝を秘めて、あたしは言った。

「濡れ衣です。社長、あまりに突飛すぎます」

「……一年前、行方不明になったマーマをいちばん始めに見つけたのは、あん
ただった。そして今日、あたしがトラックにピアノを積んでグオワンホテルに
行くことを知っているのも、あんただけだ」

 ロートルは目を剥いた。

「そ、それが根拠だって言うんですか」

「名推理だろう?」

「無茶苦茶です! いくらなんでも強引すぎる。第一発見者でなにが悪いんで
すか。社長がホテルに行くことを知らなくたって、尾行すれば襲撃するのは簡
単じゃないですか。そんな理由じゃ、警察だって逮捕には動きませんよ」

「あたしは警察じゃない。だから、証拠も動機もいらない。必要なのは疑念だ
けだ。あたしはあんたを疑っている。そしていま、疑いの根を絶やそうとして
いる。―――疑わしきは皆殺し≠セ」

 ……あたしが名探偵の器じゃないことぐらい、あたし自身が深く理解してい
る。理不尽の代名詞であるクーロン・マフィアだって、こんな言いがかりで制
裁を加えたりはしない。
 けれど、あたしは確信していた。ロートルは間違いなく一枚噛んでいる。
 彼の立ち位置は、あたしを追い詰めるには絶景の場所過ぎた。……事実、グ
オワンホテルに問い合わせてみても、ピアノを購入したいなどと連絡した覚え
はないという答えしか返ってこなかった。
 すべてはロートルのでっち上げだ。
 警察相手なら言い逃れることはできるだろう。自分もまた「使いのもの」と
やらに騙されただけなんだ、と。……そう、警察相手なら、ね。

262 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:31:21


「別にあんたが主犯格だなんて思っていないさ」

 座っていたテーブルから飛び降りる。ロートルと向き合うと、あたしの威圧
に押されたのか、彼は何歩か後じさった。その分だけ、あたしが詰め寄る。

「マーマの件にしろ、今日の件にしろ、駒に過ぎないんだろう? あんたみた
いな小物が、こんな大それた企てを実行に移せるはずがないからね」

 もっと早く疑いを持つべきだった。リリーよりも先に、この老人を怪しむべ
きだった。脳天気なあたしは、リリーを失う瞬間まで、ロートルを容疑者に数
えようとしなかった。……別に、信用していたわけじゃない。あたしがロート
ルに仲間意識を持ったことなんて一度もない。ただ、彼という存在があまりに
日常と密接し過ぎていたため、疑うという発想が湧かなかったんだ。

 ―――リリーの犠牲によって、改めて今回の事件について冷静に考えること
ができるようになったとき、ロートルの異端性は際立っていた。

 疑うな、というほうが無理がある。

 ……それに、証拠を揃えずにあたしがここまで強気に出られるのには、理由
がある。火蜥蜴≠ェ誰かを疑った場合、証拠なんて必要ないんだ。

「なあ、ロートル。あたし、ずっと疑問だったんだ。なんであんたは、ビルか
ら外に出ないんだろう。病的なまでに、外≠怖れるんだろう。……あんた
の言い分じゃ、マフィアに見つかったらやばいってことだったけど―――」

 一拍おいて、あたしは、表情を蒼白に歪めた老人を睨み付けた。

「あんた、外に出られないんだろう」

 ロートルの顔が哀れなほどに引きつった。

 引きこもっているのじゃなく、閉じ込められている。
 例えば心臓に「所定の範囲より外に出ると爆散する」といった旨の呪文を刻
むのは、そこまで難しいことじゃない。
 ロートルは傀儡だ。悪意ではなく恐怖で動く、操り人形。……ならば、誰が
彼を操っているのか。どうしてあたしを狙うのか。その理由を、いまから覗か
せてもらおうか。

「……社長」

「何度も言っただろう。あたしをそう呼ぶなって」

 毅然と言い放つ。

「あたしをそう呼んでいいのはハダリーだけだ」

 眼帯をずらし、〈蜥蜴の眼〉を開いた。

 ―――と同時に、ロートルはスーツの胸ポケットに差していた万年筆を、自
分の右眼に突っ込んだ。
 
 一瞬の出来事だった。潰れた水晶体から、液状のなにかがこぼれ出す。
 声にならない悲鳴をあげつつ、ロートルは左眼も同じように万年筆で突こう
とする。あたしは万年筆を握る彼の腕を掴んで、そのままへし折った。

 マフィア上がりは伊達じゃないということか。常人なら気絶しかねない肉体
的ダメージを負っているにも関わらず、なおもロートルは、無事な左手の指で
右眼を潰そうとした。あたしはすかさず、右手も叩き折った。

263 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:35:39


 両手を潰されたロートルはその場に膝から崩れ落ちながら、最後の足掻きと
して目を力強くつむった。あたしの瞳から逃れる術はそれしかない。
 ……けど、あまりに儚い抵抗だ。時間稼ぎにすらならない。

 瞼を引き千切ってやってもよかったけど、そこまでしなくても目を開かせる
方法はある。―――ロートルの腹に拳を叩き込んだ。それなりに手加減をして。
 彼は悶絶の呻きを吐き出すと同時に、目を見開く。瞼を閉じ続けるなんて意
思の力でどうこうできるわけがない。

 老人は左眼から血の涙を垂れ流す。残った右眼と、あたしの〈蜥蜴の眼〉の
視線が重なった。唇が「やめろ」と動きかけるが、もう遅い。

 ロートル。あんたの裡を視せてもらうぜ。

 黄金の魔眼を経由して精神世界にダイブする。
 彼の内側は恐怖の鎖に縛られて崩壊寸前だった。理性ある生物なら誰しも精
神防壁を持っているものだけど、ロートルのそれは肉体的なダメージと過剰な
脅えによって腐りかけの木材のように脆い。お陰で呆気なく侵入できた。

 あたしは魔女じゃない。ひとの精神を覗き見て、嬲って、支配するには知識
も経験も足りない。あくまで魔眼の力に寄った強引なクラッキングだ。
 だから、お目当ての情報をダイレクトに拾えはしない。右眼を通して頭に流れ
込んでくる膨大な情報を、いちいち取捨選択していかなければいけなかった。
 脳への負担はかなりのものだ。シャオジエがこの技を禁ずるのも理解できる。
他人の心を覗き見る度に、あたしは寿命を縮めていた。
 だけど、そのリスクを負うだけの価値は、ある。

 ロートルが何を怖れているのか。何を隠しているのか。そして何に関わって
いるのか。隠そうとすればするほど、精神世界では強調される。
 あたしはより強く輝く情報のもとへと泳ぎ、読み取っていった。

 ……浅いな。そして、腑に落ちない。

 それが初見の感想だった。
 彼があたしの監視役を任されていたこと。それは予想した通りだ。けど、マ
ーマとの関わりはどうだ。なぜ、マーマは一年前の夜、あんな目に合わなくて
はいけなかったのか。あの一件もロートルが絡んでいると当たりはつけていた
けど、彼の精神状態が不安定なせいで、真偽が確かめられない。
 もっと深く。もっと奥へと潜る必要がある。

 ―――阿嬌が廃棄されてからは、今まで彼女経由で接触していたあの女と直
接連絡を取らなければいけなくなった。

 あの女? そいつが黒幕か。

 ―――私は恐ろしい。阿嬌は最後まで真実を明かさなかったが、私の読みが
正しいなら、針の城から来たあの女の正体は……。

〈針の城〉から来た、か……。
 ここまで大胆なことをする奴だ。あの魔郷の住人であっても不自然はない。
けど、どうして〈針の城〉の人間があたしを狙う。
 そもそも、この情報だと、まるでマーマまでもがあたしを―――

 導かれるままに、意識の深層へと降りていく。
 あたしの侵入に気付いて、慌てて逃げゆく情報を見つけた。ロートルがもっ
とも露見を怖れる記憶か。すかさず追跡する。
針の城から来た女≠フ正体。ロートルとマーマの関わり。この二つの答えが
欲しくて、あたしは情報に手を伸ばした。

264 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:36:11


 指先が―――つまりあたしの意識が触れると同時に、その情報は赤熱した。
 視覚化するならば、ダイナマイトの導火線が根本から火花を噴き出したに等
しい光景。肉体から乖離したあたしの意識に寒気が走る。
 ロートルの精神に、こんな攻撃的な情報があるはずない。

 特定の条件をトリガーにして破壊活動を行う潜伏型プログラム。

 ―――こいつは論理爆弾(ロジックボム)だ!

「離脱……!」

 眼帯で目を隠すことはおろか、瞼を閉じる余裕すらない。あたしは視線を逸
らすことで、ロートルへの精神侵入を強制中断した。

 炸裂した論理爆弾はロートルの精神を容赦なく吹き飛ばす。
 理性も記憶もデリートされた老人は、その衝撃に耐えきれず、鼻と耳から血
を垂らして絶命した。
 ……強制中断が一瞬でも遅れていたら、あたしも爆発に巻き込まれていた。
 いや、ブービートラップとして仕掛けるつもりだったなら、トリガーと同時
に逃げ道を閉ざすことも可能だったはずだ。あの論理爆弾の目的は、証拠隠滅
に過ぎないってわけか。

「……それにしたって、他人の精神に自爆プログラムを仕込むなんて」

 生半可な術者じゃない。あたしのような、心霊工学を囓った程度のオカルト
マニアとは比べものにならないほどの実力を有している。
 リリーだって、こんな真似は不可能だろう。魔力の絶対値だけではなく、途
方もない魔道への造詣が必要だ。
 ……これも針の城から来た女≠フ仕業なのか。

 脱力してよりかかってきたロートルの死体を床に放ると、あたしは精神侵入
で得た情報を吟味した。
 真相に至れるような発見は皆無と言っていいだろう。小出しにされた情報は、
すべて倫理爆弾をトリガーさせるための餌だったんだ。

 思わず舌打ちをしてしまう。ひと一人殺して、この程度の収穫か。
 今日だけで二人も殺している。それもひとりは、空気のように扱っていたと
はいえ、物心がついたときからの付き合いだ。
 あたしの中の何かが壊れてしまったような気がする。日常は守られたかもし
れない。けど、もはや、あたしは昨日まであたしではなくなっている。
 暴力への抵抗が、自分でも驚くほど薄らいでしまっていた。
 必要なら、これからだって殺し続けるだろう。
針の城から来た女≠ニいうのがマーマを壊した張本人ならば――あたしから
リリーを奪った真犯人ならば――あたしはそいつを、絶対に許しはしない。

「殺してやる……」

 けど、その前に為すべきことがある。
 論理爆弾の起動成立は仕掛けた術者も気付いているはずだ。あたしが凶手を
殺したにも関わらず黒社会が動かないことも含めて、もはや事態が計画通りに
進んでいないのは自覚しているだろう。ならば、次の一手を打ってくるはずだ。
 どう動く。今度は何を仕掛けてくる。
 ……あたしに分かるはずがない。
 けど、何が危険かは分かる。

 あたしの弱点。あたしの心臓。―――マーマが狙われる可能性は十二分にあ
り得る。針の城から来た女≠ニ関わりがあるならば、尚更だ。

 あたしはビルから飛び出した。

265 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:36:43


 蒸気スクーターに跨って〈針の城〉へ。ビルの隙間の狭い路地を縫って第七
層まで辿り着く。目的地のビル屋敷=\――阿片窟は四方を雑居ビルに囲ま
れているため、屋外から近付くことはできない。あたしはスクーターを乗り捨
てると、屋内から駆け足でビル屋敷≠ヨと入った。

 入り口には立ち番が五人もいた。普段は一人しか置いていないのに、なぜ今
日はこんなに警戒が厚いのか。しかもみな揃って重武装だ。何かが起こってい
るのかもしれない。焦燥が歩の進みを急き立てる。立ち番があたしを制止しな
かったことがせめてもの救いか。

 普段は支配人室に閉じこもっているウォンだけど、この時はロビーに立って
他の客たちと積極的に会話をしていた。珍しいこともあるもんだ。
 無視して通り過ぎようとすると、慌てて呼び止めてきた。

「火蜥蜴!」

 相手にしている暇はない。だけど、運悪くエレベーターは一階で待機してい
なかった。待っている間にウォンが追いつく。

「阿嬌の様子を見に来たのか」

 あたしがこのビルに足を運ぶ理由なんてそれしかない。だけど、わざわざそ
れを尋ねるということは、特別な理由があるのか。
 ……こいつだって、ロートルと同じで信用はできない。

「火蜥蜴。おまえ、さっきまでどこにいたんだ。事務所にいたのか。だったら
教えてくれ。外の様子はどうだった」

 ウォンの言う外≠ニは〈針の城〉の城外のことだろう。彼の言動がおかし
いことに気付いて、あたしは初めてその爬虫類面に視線を向けた。

「どうって……なんでそんなことを聞くのさ」

 憮然と答える。

「おまえ、知らないのか?」

 ウォンは信じられない、と天を仰いだ。その大仰な身振りが余計にあたしを
苛立たせる。エレベーターはまだ来ないのか。

「クーロン・ストリートでクーデターだよ!」

「クーデター?」

「〈黒死病〉の奴等が、第二層から派遣されていた幹部をバラしたらしいんだ。
ストリートのほうはかなり混乱しているって聞いたぜ。下請けの連中どもと抗
争状態に陥っちまっているって」

 まったく気がつかなかった。いや、興味がないと言ったほうが正しいかもし
れない。ヤクザの戦争など知ったことか。
 
〈黒死病〉というのは、クーロン・マフィアが抱えている暗殺者集団の俗称だ。
 活動範囲は中心街に限定されている。マフィアに関わりのある暗殺組織は多
いけど、この〈黒社会〉が特別なのは組織の中枢である〈針の城〉直轄である
点だ。組織から委任されるかたちで利益を得る下請け組織とは違う。
 その役割は殺しから監視まで多岐にわたる。〈黒死病〉はクーロン・マフィ
アの中心街における手であり、目でもあった。

266 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:37:10


 そこまで重要な役割を担う〈黒死病〉の凶手どもが、〈針の城〉に反旗を翻
すなんてあり得ない。裏切るにしても、もっとうまくやるはずだ。いきなり殺
し合いから始めるなんて、素人以下の判断じゃないか。
 だからウォンもここまで驚いているのだろう。
 あたしは大体の事情を察知した。
 あたしを襲ったあのインバネスコートの蜘蛛遣い。あいつも〈黒死病〉の凶
手だったはずだ。理に叶わない行動が同じ組織によって再び行われた。考え得
る理由は一つ。―――いまの〈黒死病〉に理性はない。
 操られているんだろう。あのときと同じように。

 これが針の城から来た女≠フ次の一手なんだろうか。黒社会の瓦解を狙う
のならば、必殺とまでは言わずとも、手痛い一撃ではあるだろう。
 クーロンは大混乱に陥るに違いない。
 ……だけど、あたしと直接の関わりはない。

針の城から来た女≠フ目的は、クーロン・マフィアへの攻撃だったのか。
 そのためにあたしを利用した? ロートルに監視させた? ……それは考え
にくい。あたしをどう利用すれば、組織への攻撃になるっていうんだ。

 偽装クーデターにしたって、〈針の城〉から戦闘部隊が送り込まれれば容易
く鎮圧されるだろう。〈黒死病〉は確かにクーロン・ストリートにおける恐怖
の象徴だけれど、人外が蔓延る〈針の城〉を基準に見ればどうってことはない
相手だ。あの蜘蛛遣いがハダリーの敵ではなかった事実がそれを証明している。

 分からない。針の城から来た女≠フ目的が想像すらできない。
 どうしてあたしを監視した。どうしてあたしを嵌めようとした。どうしてマ
ーマを壊した。マーマとはいったいどんな関わりがあったんだ。

 目の前の視界が開ける。エレベーターが一階につき、扉が開いた。
 あたしは思考を中断して、エレベーターに乗り込んだ。ウォンもそれに続こ
うとしたけど、あたしの無言の威嚇がそれを押し止める。

「好きなだけ殺し合えばいいさ。あたしには関係ない」

 それだけ言い残して、扉を閉めた。

 
 マーマは無事だった。前に訪れたときと変わらず、気怠げに長煙管を吹かし
ている。理性の輝きも消えたままだ。
針の城から来た女≠ヘこれ以上マーマに危害を加えるつもりはないのか。そ
れともあたしの動きのほうが早かったのか。答えは見えないけれど、これで目
下の懸念は消えた。マーマが無傷なら、それでいい。

 さて、どうしたものか。

 マーマはこの阿片窟で最上級の待遇を受けている。警護も相応に厳重だ。
 彼女の無事が確認ができたら、あとはもうあたしにできることなんてない。
ウォンは信用できない男だけど、それでもここより安全な場所はないのだから。
下手に別の場所に動かすほうが、よっぽど危険だ。
 かといって、事務所に戻る気にもなれない。ウォンの言葉が真実ならば、今
頃クーロン・ストリート周辺は大騒動だ。わざわざ巻き添えを食いに行くこと
はない。事務所の警備はハダリーに任せよう。

「今日はゆっくりできそうだよ、マーマ」

 あたしは努めて優しい表情を作った。

267 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:37:30


「今日はここに泊まっちゃおうかな。ベッドこんなに広いんだし、あたしが邪
魔したって問題ないだろ?」

 なんて言いながら、ベッドの縁に腰かける。マーマはシーツに寝転んで阿片
を吸引していた。当然だけど、あたしの言葉なんて耳に入っていない。
 構わず語りかけた。

「マーマと一緒に寝るなんて、何年ぶりかなぁ。昔はあたし、マーマがいない
と絶対に寝ようとしなかったもんね」

 夢を見るのが怖かったからだ。
 ……でも、マーマは多くの人間が必要とされる立場だった。あたしのために
使える時間は限られている。目覚めて、横にマーマがいないと気付く度にあた
しは震えたものだ。恐怖のあまり、泣くことすらできなかった。それ程までに
孤独が怖かったんだ。
 やがて、マーマがあたしの有用性を気付き、故買屋商売を任せてくれるよう
になると、睡眠という行為自体忘れた。あたしは逃げるように心霊工学と死体
いじりに没頭し、添い寝の必要自体なくなった。
 
 なんでもっと早く思い付かなかったんだろう。マーマはもう、時間を縛られ
ることのない身だ。誰よりも自由になれたんだ。添い寝の時間だっていくらで
も作れる。―――睡眠が必要ならば、彼女の隣で取ればいいじゃないか。
 どんな悪夢にうなされても、マーマがいてくれたら恐怖を忘れられたあの頃
を思い出せ。今日までは仕事に追われて忙しかったけれど、明日からは暇もで
きるだろう。マーマと一緒に過ごす時間を、もっと増やさないと。

 でも……。
 いまでもあたしは、あの夢を悪夢だと決めつけることができるのか。
 自分が自分でなくなることが極端に怖かった。この世界から消えてしまうこ
とが耐えられなかった。……けど、いま、あたしが一番なりたくない人間はあ
たし自身だ。この世でいちばん軽蔑しているのは火蜥蜴<Cーリンだ。
 なら、もう、あの夢を怖れる必要もないじゃないか。

「ハ―――」

 自嘲の笑みがこぼれた。
 だったらどうするって言うんだ。リリーみたいに、あたしも眠りの世界へと
落ちてゆけって言うのか。真っ当な人間のように、睡眠を取れって言うのか。
 そして夢を見ろ、と。行けもしない外≠フ夢を。……あたしが握り潰して
しまった、リリーの夢を、だ。

「冗談じゃない」
 
 やはり悪夢だ。これから一生、あたしは眠る度に罪悪感にうなされなくちゃ
ならないんだから。

 表情が強張っていることに気付いて、慌てて取り繕った。

「ごめんごめん」

 マーマは気にしてないようだ。安心して、会話を再開する。

「そう言えば、さ。あたし、友達ができたんだ。信じられるか? このあたし
が、ハダリー以外で友達なんて上等なもんが作れたんだぜ」

 マーマはきっと信じないだろうなぁ。

268 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:39:08


 リリーのことをマーマに話して聞かせるのは楽しかった。いつになく冗舌に
なれた。身振り手振りすら交えて、リリーとの出会いから別れまで語ることが
できた。マーマも珍しく聞き入っているように見える。見えるだけだ。

「あいつには、色々と教えられたよ……」

 人間の絆。人と人はどうやって繋がりを作るのか。あたしは今日まで、その
答えを「自分自身の価値」と信じて疑わなかった。
 マーマはあたしに教えてくれた。イーリンの価値を。畸形である蜥蜴の眼と
血肉には、誰もが持ち得ない輝きが秘めていると気付かせてくれた。
 マーマにとってあたしは価値のある娘だった。だから女衒に売り飛ばさず、
自分の手で育ててくれた。あたしは、価値を見出してくれたマーマに感謝した。
自分を必要としてくれるマーマを愛した。
 人間の絆ってそういうもんだと確信していた―――。

「でも、リリーは……」

 彼女があたしを必要としたのは、外≠ヨ出るために必要不可欠な人材だっ
たからじゃないのか。一人で未知の大海に飛び出すには、寂しかったからじゃ
ないのか。リリーにとってのイーリンの価値とは、彼女の夢である外≠ノ付
随した代物じゃなかったのか。

「なのに、あいつは外≠ヨ行くことよりも、あたしを優先しやがった」

 理解できない。そんなの本末転倒じゃないか。どうしてあいつは、あんなに
憧れていた外≠ヨの羽ばたきを諦めてまで、あたしを救ったのか。

 ……考えられるとすれば、それは。

「外≠ヨ行くことよりも、あたしの命のほうが大事だったから」

 馬鹿馬鹿しい。そんなの絶対にあり得ない。
 ここをどこだって思っているんだ。不夜城クーロン。あらゆる善悪が煮えた
ぎる渾沌のリージョンだ。人の命の価値なんてあまりに儚い。
 あたしみたいなスラムの娘なら尚更だ。何かを捨ててまで守るような上等な
生き物じゃない。あたしなんて、人間でも魔物でもないただの畸形じゃないか。
 なのにリリーはどうして……。

「―――なんで、あたしなんかの、ために」

 価値だとか、有用性だとか、理由だとか。そういうことすら必要としない場
所に、リリーがいたとしか思えない。
 信じられない世界だ。マーマがいないだけで、歪んでしまったあたしには絶
対に行き着けない場所だ。

 あいつは本当に、〈運命の赤児〉だったんだな……。

「でも、もういない」

 あたしはどうすべきだったんだろうか。どうすれば、リリーを失わずに済ん
だんだろうか。彼女の願いに従って、さっさと外≠ヨ行ってしまえば良かっ
たのか。……そんなのは無理だ。だってあたしにはマーマがいるんだから。

269 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:39:26


「マーマ―――」
 
 教えて欲しい。あんたはなにを隠しているんだ。どうして一年前の夜、あん
な目に合わなくちゃいけなかったんだ。十年前、あたしを拾ったのはほんとに
偶然なのか。他の孤児と違い、あたしにだけあんなに優しくしてくれたのは、
あたしが他人にはない力を持っていたから、それだけなのか。

「……針の城から来た女≠チて誰なんだよ」

 そいつがあんたのボスなのか。十年も一緒にいたのにあたしは気付きもしな
かったけど、マーマはそいつに命令されてあたしを養っていたんじゃないのか。
 こんな疑い持ちたくない。マーマのことを信じていたい。でも、ロートルの
記憶の断片には、そうとしか思えない情報が散らばっていたんだ。

 マーマは騙していたのか、あたしを。
 あたしが信じていた価値は、理由は、すべて偽りだったのか。

『ああ? めんどくさいこと考えるんだね。だったらどうだって言うんだい。
いいからあんたはあたしのためだけに生きていればいいんだよ』

 取り繕う必要なんてない。いつもの調子でそう答えてくれれば、安心してあ
たしは明日からもマーマのために生きることができる。
 マーマとあたしの関係は、誰かに強制されたものなんかじゃなくて、マーマ
自身が見出し、必要としたものなんだって。
 そう答えてくれるだけでいいのに。

「……なにも、言ってくれないんだね」

 こんなに尽くしているのに。マーマだけを見てきたのに。あたしを生まれ変
わらせてくれるかもしれなかった友人さえも犠牲にしたっていうのに。
 その代価が無言かよ。

 弁解ぐらいしたらどうなんだ。
 慰めてくれたっていいだろう。
 優しく、してくれよ。

 ―――あたしの中の何かが、音をたてて崩れてゆく。

「いい加減にしてくれ。いつまでラリってんだよ!」

 マーマの手から長煙管を奪い取る。竹と真鍮でできたそれを、片手でへし折
った。マーマの胸ぐらを掴んで引き寄せる。あたしがあつらえさせたドレスが
乱れた。でも、マーマの虚ろな視線は床に投げ捨てた長煙管に向けられていた。
 いくら憎しみをこめて睨んでも、眼差しは返ってこない。

「分かっているのかよ……。あんた、分かっているのかよ」

 怒りに突き動かされているはずなのに。憤怒が躰を支配しているはずなのに。
なぜか、あたしの眼からは涙が溢れていた。右眼を覆う眼帯が濡れる。

「あんたはあたしの全てなんだぞ。あんたがいなかったら、あたしはもう、な
んにもなくなっちまうんだぞ」

 それなのに、あたしが信じてきた価値のすべてが偽りだったとしたら。

「あたし、どうすれば良いか分かんないよ……」

 リリーさえも、あたしにはいないんだから。

270 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:40:02


 気付いたらあたしはマーマを抱き締めていた。両腕を回し、肩に顔を埋めて
泣き暮れていた。口からは「畜生」だとか「どうして」だとか恨み言ばかりが
こぼれるけど、それが憎しみとしてかたちになることはない。

 怒ろうとしても無駄だ。嫌おうとしても無理だ。あたしはマーマから離れら
れない。あたしとマーマの関係が偽りだろうと真実だろうと、彼女はあたしが
持つ唯一の理由≠ネんだから。捨てられるはずがない。

 ……それに、針の城から来た女≠フ命令があろうとなかろうと、マーマと
過ごした十年間は疑いようもなく存在した。あたしは、その十年を間違いなく
生きた。あの思い出は絶対だ。

 マーマはあたしのすべてだ。
 いままでも、これからも。

 そうだ。これこそが絆≠ニ呼ぶべきものなんじゃないか。
 生半可な疑念じゃ揺るぎもしない愛情。
 あたしはマーマのために生きる。それだけを信じて今日まで生きてきたんだ
から、明日からもそうやって生きればいい。

 マーマの傲慢な笑みは二度と戻らないだろう。あの頃の思い出が再び現実に
なることは絶対にない。……でも、あたしが当時の輝きを忘れなければ、過去
を想って、生きてゆくことだってできる。

 マーマのために生きよう。この世界の誰もがマーマのことを忘れてしまって
も、あたしだけは想い続けよう。

 マーマの肉体は限界を迎えている。先は長くない。不死者に転生させるとい
う手段もあるけど、死霊術を囓ったあたしとしては、そこから生まれるものは
マーマであってマーマではない、別のなにかだと考えている。
 別人にしてしまうぐらいなら、人間のままで死なせるべきだ。

 ……そして、マーマが死んだとき、あたしの価値も消える。
 それは火蜥蜴<Cーリンそのものが消失するということ。
 躊躇いはない。充分すぎる人生だ。十年前、誰に拾われることもなく凍え死
んでいたかもしれない境遇を考えれば、お釣りだってくるだろう。
 マーマと一緒に、あたしも消えるんだ。

 心の枷が、ようやく落ちた気がする。

 吹っ切ってしまえば楽なものだ。笑顔さえ浮かべることができる。

「これからはずっと一緒だよ、マーマ」

 涙を拭う。マーマの乱れだ着衣を整えると、ベッドから立ち上がった。

「なんか喉が渇いちまったぜ」

 マーマも同じはずだ。いくら廃人だといっても、水分を取らないわけにはい
かないんだから。
 ワインやブランデーならこのペントハウスにもあるけど、アルコールという
気分じゃない。こういうときだからこそ、好物のオレンジジュースを飲みたい。
 そこらの従業員を掴まえれば、用意してくれるはずだ。ついでに、あたしが
折ってしまった長煙管の代わりも注文しないと。

 ベッドに背を向ける。寝室から離れて、あたしはエレベーターを目指した。

271 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:40:34


 ずっと一緒だと誓ったはずなのに。
 これからもマーマのために生きると決めたはずなのに。
 ……あたしはその直後に、マーマから目を離してしまった。
 取り返しのつかない、過ち。

 そして―――


 風が、あたしの背中を舐めた。


 冷たい、風。
 これまで浴びたどんな風よりも寒気立つ苦寒の風。
 あたしは立ち止まる。
 どうして、風なんかが吹くんだ。
 ここは屋内で、ビルの最上階で、それも最高級の部屋で……隙間風なんて吹
くはずがないのに。―――どうしてこんなに激しく風が吹き荒れるんだ。
 
 振り返る。入り口から寝室を見渡す。真っ先にマーマの姿を見たかったのに、
まず目についたのは風に煽られて踊るカーテンだった。

 窓が、開いている。

「どうして……」

 転落事故防止のために鍵をかけていたのに。外部からの呪的侵入を防ぐため、
封印すらしていたのに。―――どうして窓が開いているんだ。
 誰かが内側から開けたのか。

「ハ、ハ―――」

 喉からこぼれだす渇いた笑い。

「ウォンか? また勝手に入ってきたのか。懲りない奴だなぁ。換気がしたい
んだったら、まずあたしに言ってくれよ。じゃないとマーマが驚いちゃうじゃ
ないか。ゴメンよ、マーマ。ウォンの馬鹿が―――」

 ベッドの上にマーマの姿はない。
 ついさっきまで横になっていたはずなのに。
 忽然と消え失せてしまった。

「か、隠れん坊かい?」

 カーテンが踊る。
 ここは地上十二階。地上よりもはるかに風は強い。天気も乱れているようだ。
 だから、カーテンが踊る。花瓶が倒れ、香炉の煙が霧散する。

「……無茶すんなよ。どんなに若作りしたって、マーマはもう歳なんだからさ。
悪ふざけはやめて、大人しくベッドで寝ていてくれよ」

 カーテンが踊る。
 カーテンが踊る。

 マーマの姿はない。

272 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:40:49


 風が煩わしい。誰が窓を開けたんだ。
 ベッドから窓までの距離は、十歩以上ある。意識が曖昧な彼女が自分で開け
られるはずがない。誰かが開けたんだ。外側からは無理だから。誰かが内側か
ら鍵を開けて、誰かが護符を破って。マーマは隠れん坊をしていて。

 カーテンが踊る。
 カーテンが踊る。

 マーマが開けたはずがない。彼女は壊れているんだから。自分の意思なんて
持っていないんだから。マーマが開けたはずが、ない。

 カーテンが踊る。
 カーテンが踊る。

「……ウォン、窓閉めるからな。換気ならあとにしてくれ」

 マーマはまだ隠れん坊を続けている。この寝室は隠れるところがいっぱいあ
るから、見つけるのに手間取りそうだ。
 まず窓を閉めて、それから探してやろう。

 カーテンが踊る。
 カーテンが踊る。

 窓を開けたのはウォン。マーマは隠れん坊をしている。
 そうだ、そのはずだ。それしか考えられない。
 マーマは絶対に窓を開けない。マーマは立って歩いたりしない。
 だからあたしは落ち着いて窓を閉めればいいんだ。

 カーテンが踊る。

 ―――なのに、あたしは絨毯を蹴って。

 カーテンが、

 ―――躰に絡みつく鬱陶しいカーテンをレールから引き千切って。

 落ちて、

 ―――窓辺に手をかけると、身を乗り出して。

 カーテンが落ちて、

 ―――眼帯を毟り取って。

 落ちて、落ちて、

 ―――黄金の瞳で、窓から地上を見下ろした。


〈蜥蜴の眼〉が暗闇を払う。

 唇が震える。

 窓枠に置いた手に、力がこもる。

 あたしの視界の先には、花が咲いていた。

 夜の闇を染める赤い花が。

 マーマの花が、咲いていた。

273 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:41:01







 落ちたのは、カーテンだけじゃなかった。







.

274 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:41:16


「うわあああああああああああああ!」

 迷う必要なんてなかった。
 迷う余地なんてなかった。
 あたしも同じだ。
 あたしも窓から飛び降りた。
 マーマを追った。
 夜空に躍り出た。

 風が全身を包む。

 ……ただ、あたしの場合は墜落が目的じゃない。
 これは近道なんだ。
 エレベーターなんて待ってられない。
 階段なんて下りてられない。

 しばらくの自由落下のあと、ビルから突き出したカワラ≠ニかいう屋根飾
りに手をかけて、勢いを殺す。それから手を離して、落ちる。また掴んで、離
して、落ちる。それを三回繰り返して地上に降り立った。
 こんなまどろっこしい真似をせず、さっさと飛び降りてしまいたかったけれ
ど、あの高さから落下したらいくらあたしでも死ぬと分かっていたから。
 どんなバケモノでも死ぬって分かっていたから。
 ……まして、それが人間ならば。

「マーマ!」

 地上に咲いた花に駆け寄る。白かったはずのドレスが赤く染まっていた。
 どこから落ちたんだろうか。胸か、背中か、足か。やせ細った四肢が、曲が
れないはずの方向に曲がってしまっている。
 ……確かめるまでもなく、即死だった。
 マーマは自分が咲かせた花の中央で、今度こそ本当に壊れてしまった。

「そんな……」

 誰かが投げ落としたのか。
 無理だ。考えられない。
 あの部屋にはあたしとマーマしかいなかった。
 
 じゃあ、誰かが侵入してマーマを落としたのか。
 それも無理だ。鍵は外からは開けない。封印だってある。強引に侵入したな
らば、あたしが気付いたはずだ。

 なら、マーマが自分で―――

「……嘘だろう」
 
 マーマは自殺なんてする女じゃない。誰よりもしぶとく生き長らえようとし
た。例え浅ましかろうと、醜かろうと、生き残ったものが勝者だと信じていた。
 自ら死を選ぶなんて、絶対にあり得ないんだ。

 でも、事実としてマーマは飛び降りた。
 どうして……どうしてなんだ。
 問い掛ける余地すらない容赦のない死。マーマの最期は、あたしに疑問をぶ
つける猶予すら与えてくれなかった。


275 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:41:38


「マーマ……」

 血の海から死体を抱き上げる。
 ふと、いま、眼帯をしていないことに気付いた。〈蜥蜴の眼〉は開かれてい
る。ひとの心を覗き見る魔眼。……もう何十度も試して、その度に無為に終わ
った行為。最後にもう一度だけ、試そう。
 心臓は止まっても、魂魄はまだ肉体に宿っているはずだ。

 焦点が定まらないまま夜空を見上げるマーマの瞳を、あたしの右眼が捉える。
 いままでと同じなら、ダイブしても真っ白な景色が広がるだけ。魂魄が消失
しているなら、ダイブすることすら不可能だ。
 けど、あたしの意識はマーマの精神世界へと誘われて―――

 ―――もっと早く、こうすべきだった。

 マーマの声が、右眼を通して頭に響く。
 ……これは精神の内側というより、死の瞬間、マーマが抱いた強力な思いだ。
 肉体に残留する思念。いわば、マーマの遺言。

 ―――イーリン、あなたは。

 久しぶりに聞くマーマの声は、記憶にあるよりずっと穏やかだった。

 ―――あなたは自由に生きなさい。

 呼吸が止まる。
 考えてもみなかった言葉が、あたしの頭の中に流れ込んでくる。

 ―――イーリン、あなたは自由よ。

「あたしは、自由……」

 残された思念はそれだけだった。
 それだけで十分だった。
 マーマがなにを考え、なにを理由に飛び降りたのか。
 すべて分かってしまった。

 あたしに自由を与えるため。

「そんなのって……」

 それじゃリリーと同じじゃないか。
 マーマがあたしに教えてくれた絆≠ニはぜんぜん違うじゃないか。
 マーマは、あたしに利用する価値を見出したから、近くに置いていてくれた
んじゃないのか。リリーみたいなわけの分からない理屈じゃなくて、「自分の
ため」という立派な理由があったんじゃないのか。

 自由なんて、そんなの。

 ……これじゃ、まったくマーマのためになってないじゃんか。
 こんな終わり方でマーマは良かったのか。クーロン・ストリートの女傑が、
こんなかたちで幕を下ろしちまって良かったのか。

「良くない! 絶対に良くない!」

 勝手だ。あまりに勝手すぎる。

276 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:41:59


 マーマは初めからそうだった。なにもかもが勝手だった。
 勝手にあたしを拾って、勝手にあたしを育てて、勝手にあたしに優しくして、
勝手にあたしから愛されて―――勝手に壊れて、勝手に死んだ。
 最後の最後まで、あたしを顧みようとしなかった。

 いまさら自由に生きろなんて、そんなの卑怯だ。
 マーマのために生きるって決めたのに。マーマがあたしのすべてだって気付
いたのに。……なんで、最後まで面倒を見てくれないんだ。

 自由なんていらない。
 不自由でいい。
 マーマさえいてくれれば、あたしは生きてゆけた。
 自由なんてあったところで―――

「どうして良いか、分からないだけだよ……」

 マーマの上半身を抱き締める。血まみれの胸に顔を埋めた。鼻先を強くこす
りつけた。……願いはひとつ。マーマと一緒になりたい。彼女が行こうとして
いるところに、あたしも連れて行って欲しい。ひとりはイヤなんだ。
 ……だけど、どんなに力を込めて抱いても、あたしはあたしで、マーマはマ
ーマだった。マーマは死んだ。あたしはまだ生きている。
 不安で、胸が押し潰されそうだ。

 いつの間にか、ウォンがあたしの背後に立っていた。騒ぎを聞きつけた立ち
番が呼んだのだろう。他にも何人か、見知った顔が遠巻きにマーマと、マーマ
を抱くあたしを眺めている。

 ウォンは顔色は蒼白だった。滑稽なまでに目を見開き、呆然と立ち尽くして
いる。「死んだのか」と答えを求めない呟きを夢中で繰り返す。
 あれだけマーマを厄介もの扱いしたのに、いざ願いが叶うと喜ぶどころか愕
然とするなんて。器が知れるな、なんて感想を抱くと同時に、ウォンの気持ち
も痛いほど理解できた。
 マーマは伝説だったんだ。クーロンの闇の歴史のひとつだったんだ。阿片中
毒にまで落ちぶれても、その事実が消えることはない。

 いま、ひとつの伝説が終わった。

 あたしだけじゃない。ウォンだけでもない。クーロンで生きる多くの人間が
阿嬌の呪縛から解放されたことになる。
 今日までのマーマは死んだも同然だった。いまは本当に死んでしまっている。
その違いが如何に大きいか、ウォンは身に染みて実感しているはずだ。

 マーマを抱きかかえて、立ち上がる。
 軽い。なんて軽いんだろう。マーマの背丈はあたしより頭一つ分は大きいの
に、あたしの両腕はマーマが着るドレスの重みしか感じていなかった。
 あんなにあたしをやせっぽちって馬鹿にしていた癖に……。

「―――頼みが、あるんだ」

 未だ驚愕から抜け出せないウォンと向き合う。

「これは契約にないことだけれど……もう、あんたしか頼れるやつがいないん
だ。仕事じゃなく、ビジネスとしてあたしのわがままを訊いて欲しい」

 目の上のたんこぶとしか思っていなかった小娘に唐突に下手に出られて、ウ
ォンは更に混乱した。どうにか「な、なんだ」とだけ言い返す。

277 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:42:27


 あたしは顔を歪めながらも、なんとか嗚咽を飲み下した。

「……マーマを葬式に出してやってくれ」

 あたしがひとりで弔ってもよかった。あたしが手ずからマーマを灰にしても
よかった。二人の絆を確かめるには、むしろそうすべきだ。
 だけど、派手好きなマーマに密葬なんて似合わない。たくさんお金をかけて、
大勢の参列者を呼んで、ありだっけの花火を打ち上げるべきだ。
 うんざりするほど過剰な演出で、儀式張った取り決めで、マーマという伝説
が終わったことをクーロン中の人間に知らしめるんだ。
 ウォンならそれができる。彼もまた、マーマの子供だから。

 ウォンはすぐには返事をしなかった。マーマほどの大人物の葬式となれば、
それだけ出費も嵩む。だけど同時に収益も見込める。どちらに天秤の針が傾く
か、混乱しつつも計算を始めた。三十秒ほど悩んでから、「……いいだろう」
と警戒の念をこめながら言った。

「悪いね。頼んだよ」

 マーマの遺体をウォンに渡す。

「お、おい……」

 ウォンはマーマを受け止めたものの、バランスを崩して落としそうになる。
脇に立っていた立ち番が、慌ててマーマの背中を支えた。

 あたしはマーマの死に顔に一瞥をくれると、踵を返し、その場を去ろうとす
る。背中越しにウォンが呼び止めた。

「どこへ行くんだ。一緒にいてやらなくていいのか。まさか、俺に任せきりに
するつもりか」

 ウォンの意外そうな声。葬式の采配に首を突っ込んでくるものとばかり思っ
ていたのだろう。あたしは背中を向けたまま「任せると言ったはずだぜ」と答
えた。……あたしに、葬式に参列する資格はない。

 あたしは捨てられたんだ。
 最後の最後で、置き去りにされたんだ。
 いまのあたしは独りだ。
 どうしようもないまでに孤独だ。
 あたしには誰もいない。
 あたしには誰もいない。

 あたしは自由だった。死にたくなるほど自由だった。

「さようなら、母さん」

 多くの視線を背中に感じながら、あたしはビル屋敷≠ゥら去った。
 一年前から幾度となく通った阿片窟。
 マーマの最後の城。
 あたしを縛り付けていた鎖。
 唯一の、絆。
 ……もう二度と、訪れることはない。 

278 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:43:08



                  * * * *



 足を止める。
 第十層まで歩いて、蒸気スクーターを第七層に置いてきてしまったことに気
付いた。考え事に没頭していて気が回らなかったとはいえ、間抜けな忘れ物を
したもんだ。このまま徒歩で帰るのはちょっと骨が折れる。

 ……帰るのは。

 帰る、か。
 
「いったい、どこへ帰るっていうんだろうな」

 中心街の事務所か。
 第八層の自宅か。
 ……どっちも間違いじゃない。マーマがいなくなったところで、あたしの資
産までが失われるわけじゃない。クーロンの火蜥蜴は未だにマーマの後継者で、
年齢に不相応なお金持ちサマのままだ。
 だけど、自由≠ノなってしまったあたしには、もう、本当の意味で帰る場
所なんてない。どこへ帰ってもあたしは独りのままだ。

 事務所へ帰ってどうする。アパートへ帰ってどうする。故買屋の仕事を続け
るのか。なんのために。生きるために。
 ……くだらない。心底くだらない。
 あたしは自由なんだ。
 もうマーマはいないんだ。
 なんでもできるけど、なんにもできない。
 理由がなければ目的もない。
 帰る場所だってない。

「―――社長」

 唐突に呼びかけられて、あたしは躰を硬直させた。別にあたしを指している
んじゃないと思いたかったけど、こんな間の抜けた声を出すやつがクーロンに
二人もいるはずがない。

「社長、オカエリナサヰ」

 牛頭の巨漢が、悪鬼の仮面で表情を殺してあたしを待っていた。ただでさえ
窮屈な〈針の城〉の路地は、筋肉の壁によって完全に分断されている。
 ……こいつ、ここでなにやってんだよ。
 
「誰が迎えに来いなんて言った。事務所の留守を任せただろう。中心街はいま、
やばいんだろう。どさくさに紛れて強盗に入られたらどうすんだよ」
 
 ていうか、なんであたしがここを歩いているって知っているんだよ。

「ずっと社長ヲ捜してヰマシタ」

 ハダリーはあたしの説教をきっぱりと無視した。
 あたしは「はぁ?」と問い返す。

「感じたンです」

「なにをだよ」

「社長が寂しガってヰるって」

「……っ」

279 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:43:32

 こいつ、なに言ってやがるんだ。単細胞の癖に、なに一丁前に気を使ってい
やがるんだ。あたしがいつ、慰めろなんてプログラミングしたよ。
 言葉だけの優しさなんていらない。本を朗読するように憐れまれても、ちっ
とも嬉しくない。リビングデッドに寂しいなんて感情が分かるものか。筋肉が
満載された脳みそに、あたしの痛みが理解できるものか。

 ―――それとも、まさか。

 分かるのか。理解できるのか。
 学習したっていうのか。
 オートマトン・ハダリーの自由意思≠ェ、孤独を学んだのか。

「ハダリー」

 自然と声音が低くなる。

「……ハヰ、社長」

「寂しいってなんだよ」

「分かりませン」

「分からないのかよ」

「ハヰ」

「分からないのに、あたしが寂しがっているって思ったのか」

 はい、とハダリーは頷いた。

「ダカラ迎えに来ましタ」

 理屈になってねえ。道理が繋がっていねえ。倫理立てた思考より直感を優先
するのなら、こいつはまだまだ不完全な筋肉達磨だ。自立/独立なんて夢のま
た夢。手のかかるガキのようなもんだ。マーマがいなくなってあたしが壊れて
しまったように、あたしがいなくちゃまともに動けない。

「……ハダリー、あんた、あたしがいなくなったらどうする」

 珍しく人造僵尸が返事に窮した。ない頭をフル回転させて答えを探している。
 答えなんて、見つかるはずがないのに。あたしですら答えられなかった、答
えたくなかった問いを、こんな死体に見つけられてたまるか。
 ……あんたを自由になんて絶対にさせないよ、ハダリー。

「申し訳ありまン。私には分かりませんン」

 だろうな。

「ひとつ、勉強させてやるよハダリー」

「ハヰ、社長」

「いま、あんたが抱いた思いが、寂しい≠チてやつだ」

280 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:44:05

 分かったのか分かっていないのか、ハダリーはお馴染みの「ハヰ、社長」と
いう返事を繰り返しただけだった。……別にあたしも、感動を抱かれることを
期待したわけじゃない。こいつはこれでいいんだ。馬鹿なままでいいんだ。

 ハダリーが事務所に帰ってやることの指示を出す。
 事業と不動産の処分。売値は問わないから、とにかく現金を作れ。在庫の商
品は全部同業に二束三文でくれてやれ。あたしの工房は、ハダリーの予備のパ
ーツと最低限の仕事道具を持ち出して、あとは念入りに破壊しろ。
 最後に「行け」と命令する。「ハヰ、社長」とハダリー。

「ハダリー」

「ハヰ」

「社長はやめろ」

「ハヰ、社長」

 くそったれめ。
 あたしはほんの少しだけ、笑ってもいい気分になれた。どん底に浸っている
ときでも馬鹿を見れば心は和むもんだ。

 認めざるを得ない。あたしはハダリーにすら依存している。自由になんてと
てもなれない。本物の孤独なんて考えられない。
 だけど、もうマーマはいない。
 その事実だけは絶対に揺るがないのなら。
 あたしの為すべきことはひとつ。

火蜥蜴≠フイーリンを縛る鎖はもう存在しない。誰もあたしを飼い慣らすこ
とはできない。あたしは―――自由だ。くそみたいに自由だ。


                  * * * *


 連絡も入れずに訪れたけれど、シャオジエはいつもの軽口も小言も封印して、
黙ってあたしを部屋に通してくれた。
 二十時間ぶりぐらいだろうか。前にこのスイートルームに訪れてから一日す
ら経っていないのに、室内の瀟洒なインテリアも、シャオジエの愛敬のある美
貌も、なにもかもが変わって見えた。……それはきっと、あたしが変わってし
まったからだろう。二十時間前のあたしはまだ、なにも失っていなかった。

「悪いけど時間がない。要点だけを話すぜ」

「阿嬌が死んだらしいアルね」

「知っていたのか」

 さすがはシャオジエ。情報の敏さは一級品だ。こんなお高いホテルに籠もっ
ていても、知るべきことはすべて知っている。

 シャオジエはがくりとうなだれた。

「阿嬌とワタシはずっと親友だったアルよ。お互いにたくさんお金儲けした仲
ネ。だからこの結果悲しいアル。火蜥蜴にかける言葉見つからないネ」

 いつもの茶化す口ぶりは影をひそめている。……ま、当然か。

「そういうのはどうでもいいんだ」

 シャオジエの慰めをあたしはばっさりと切り捨てた。 

281 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:44:26


 あたしがわざわざシャオジエのもとまで足を運んだのは、一緒にマーマとの
思い出を偲ぶためじゃない。マーマという後ろ盾がいなくなったいま、あたし
が頼れる唯一のオトナ=シャオジエに、利害の関係を無視して頼みたいことが
―――いや、縋り付きたいことがあったからだ。

「あたしは外≠ヨ行く」

 だからあんたのリージョン・シップに乗せてくれ。

 ……この頼みは、シャオジエの予想の範疇を大幅に逸するものだった。彼女
はマーマを失った悲しみすら忘却して、ただただ唖然と目を丸めた。

 しかたがない。シャオジエの反応は健全だ。どう予測すれば、あたしの口か
ら『外≠ヨ行く』なんて言葉が出ると思うのか。
 言ったあたし自身が、その不自然さに面はゆくなってくる。
 だけど、大真面目だった。真剣に頼んでいた。この望みを叶えてくれるのは
プライベート・シップを持つシャオジエだけだ。
 出入国管理証明書を持たないあたしは、正規の手段でクーロンを出ることは
できない。密出国の手段はいくらでもあるけど、クーロンの場合はその全てが
マフィアと絡んでいる。連中の手を借りるわけにはいかないんだ。

 正気なのか、本気なのか。―――そんなのは問うまでもなく、あたしの目を
見れば分かるはずだ。だから丸まっていたシャオジエの目も、次第に細められ、
商売人の鋭さを取り戻しただけで「馬鹿なことは考えるな」なんて馬鹿な説得
をしたりはしなかった。

「金はある。マーマの遺産をいまハダリーに処分させているとこだ」

「……理由を、聞いてもいいアルか?」

 どうしてクーロンから出て行くのか。どうして、あんなに拒んでいた外
へと行く気になったのか。

「もう、ここにはいられないからだ」

「だから、それはどうしてアルか」

 あたしは、唇の隙間からひゅっと息を吸い込んだ。

「ダージョンを―――〈紅の魔人〉を、殺すからだ」

 本当の驚愕は、ひとから表情を奪い去る。このときのシャオジエも、いつも
の大袈裟で嘘くさい反応はせず、無表情にあたしを睨んだだけだった。

「チケットは三枚用意してくれ。あたしとハダリーと―――」

 力をこめて、その名を口にした。

「リリーの分だ」

 マーマを失ってしまった。
 いちばん怖れていた事態を迎えてしまった。
 だからあたしには、もうなにも、怖れるものがない。
 ゆえに、あたしは自由だ。 

282 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:44:56


 あたしはシャオジエに語って聞かせた。
 三輪トラックで配送中に、巨大蜘蛛のモンスターに襲われたこと。そのモン
スターを使役していたのが、〈黒死病〉の凶手だったということ。黒社会に命
を狙われるかもしれなくなったあたしを、リリーが庇ったこと。……その代償
として、リリーは外≠諦め〈火焔天〉へ帰ってしまったこと。
 あたしがロートルを殺したこと。あたしの目の前で、マーマが投身自殺をし
たこと。……そしてあたしは自由になったこと。
 ―――シャオジエと別れてからいまに至るまでの二十時間。その間に起こっ
た一連の事件すべてを説明した。
 それを踏まえて、あたしは改めて断言する。

「リリーは外≠ヨ行く。あたしと一緒に行くんだ」

 そう決めた。自由なあたしが決断した。
 マーマもそうなることを望んでいるはずだ。
 あたしがあの阿片窟でリリーのことをマーマに教えなければ、きっとマーマ
は飛び降りなかったと思う。なんの根拠もない推測だけれど、マーマは自分が
あたしの枷になっていることに耐えられなかったんだ。
 だから、飛び降りた。
 あたしはその責任を取らなくちゃいけない。

 それまで黙っていたシャオジエが、ようやく口を開いた。

「自分の言ってることが、どれくらい難しくて、現実離れしていて、荒唐無稽
かは、分かっているアルな」

 ふん、と鼻を鳴らす。
〈妖魔租界戦争〉の発端と謂われる運命の赤児≠力ずくでさらってしまう
んだ。相手は妖魔租界を単身で壊滅させた伝説の魔人と、その配下のクーロン
・マフィア。常識を無視した愚行なのは間違いない。
 ちんけな故買屋の小娘になにができる。返り討ちに遭うのがオチだ。

 昨日までのあたしなら、やるだけ無駄とせせら笑っただろう。
 だけど、いまのあたしには諦める理由がない。例え愚かな真似だったとして
も、それでリリーとまた会えるのなら、彼女に夢の続きを見せてあげられるの
なら、いくらでも愚かになってやる。リリーがあたしを救ったように、今度は
あたしが彼女を救うんだ。

 それに、勝機はある。勝率は決して低くない。

「シャオジエ。あんた、このあたしが誰か分かっているのかい? 阿嬌の後継
者、火蜥蜴≠フイーリン様だぜ。そりゃ、〈紅の魔人〉に比べればいくらか
見劣りはするだろうけどさ。あたしだってクーロンではちょっとは名の知れた
女なんだ。一杯食わせるぐらいのことは、やってやる」

 今度はシャオジエが鼻で笑う番だった。

「一杯食わせるなんて、そんな甘い表現じゃ追いつかないアルよ」

「そうかもな。けど、勝つのはあたしだ」

 シャオジエは目を眇めた。あたしの断固たる口調の根拠を探している。ここ
まで自信を持つからには、相応の計画があるんだろうね、と無言で尋ねてくる。

283 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:45:24


「分かってはいると思うけれど、〈火焔天〉は〈針の城〉のど真ん中にあるア
ルよ。あそこだけは、ビルじゃなくて一個のお屋敷ネ。〈針の城〉の道は複雑
で地図なんてないけれど、どう足掻いても〈火焔天〉には辿り着けないの有名
な話。〈針の城〉の第一層から第十層までは、〈火焔天〉の城塞に過ぎないな
んて言う奴までいるくらいアルよ。……例外は上空からの侵入だけれども、ま、
それも火蜥蜴には厳しいネ」

 ああ、と頷く。〈火焔天〉に行きたいのなら、空を飛ぶか、乱立するペンシ
ルビルの屋上を飛び移れ。これは有名な攻略法だ。いくら高くそびえ立つ城塞
でも、理論上は、飛び越えてしまえばそれでお終いなのだから。
 けど、シャオジエの言う通り、その攻め方はあたしには難しい。第一にあた
しは空を飛べない。第二に、いくら身体能力が優れていると言っても、ビルの
屋上から屋上を飛び移るなんてアクロバットな真似はできない。
 九層や十層ならともかく、二層や三層の密集率が低く高度もまばらなビル群
の屋上では絶対に不可能だ。
 それに、「上が弱点」なんてことはクーロン・マフィアだって百も承知して
いる。飛び込んでも迎え撃たれる可能性がひじょうに高い。

「なら、どうするアルね。地上からの道は誰も知らないアルよ」

 道は地上にだけにあるとは限らない。上空だけが唯一の道でもない。あたし
のたったひとりの友達は、上でも下でもない第三の道≠使っていた。

「縮地法≠使って、リリーが監禁されている部屋に直接跳ぶ」

 シャオジエの表情が露骨に変わった。あからさまに、あたしを馬鹿にした目
つきになる。

「ワタシ、悲しいアル。火蜥蜴はもうちょっと賢い娘だと思っていたヨ」

 魔術回路すら持たない半端な小娘が、仙人の奥義である縮地法を使えるはず
がないだろう。ちょっとは考えてものを言え、悪童が。―――そう、言いたい
わけだ。ついでに「私ですら使えないんだから」もつけられるかもしれない。

 シャオジエの疑念はもっともだ。あたしに縮地法を使いこなせるはずがない。
 莫大な魔力と、それを扱う才覚を持ち合わせているリリーですら、縮地によ
る移動が可能なのは〈針の城〉の城内という極めて限定的な領域のみだった。
 だけど〈針の城〉の城内に限っては、リリーは霊走路網を書き換え、自分の
管理下に置き、どんな場所でも跳べるようになった

 霊走路網というのは霊脈の地図みたいなものだ。人体の血管の如き細かく走
る霊走路をすべて理解すれば、リリーのように、どこにでも現れて、どこから
でも消えるようなとんでもない真似もできるようになる。
 ……けど、そうじゃなくても。
 地図を読むとき、リリーのようにすべての道を暗記する奴はいないように、
目的地までの道―――たったひとつの霊脈の〈径(パス)〉を知るだけでも、
その霊走路のみを利用し、縮地法に応用することは可能だ。
 まぁ普通は、〈径〉を見つけることすら不可能なんだけれど。
 
 ……生憎とあたしは、リリーほどじゃなくても、普通ではなかった。

「あたしは自分の目で何度も見ているんだ。リリーがお気に入りの〈径〉を通
って、あたしの部屋に遊びに来る様子を」

 シャオジエは、はっと顔をあげた。
 あたしは中指で右眼の眼帯を撫でながら言った。

「自分で〈径〉を見つける必要はない。リリーが彼女の部屋からあたしの部屋
へと直接跳んできた〈径〉を、逆に辿ればいいだけだ」

 あたしの右眼なら、その〈径〉を視ることができる。

284 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:45:47


 もちろん、〈蜥蜴の眼〉だけでは縮地法は使えない。霊走路の〈径〉が視え
たところで、奇門遁甲の方位術を理解していなければ跳びようがない。
「天・地・人」の三式のうち、地を代表する奇門遁甲の術は、応用範囲が広く
触れやすい一方で、果てしなく奥が深い。一朝一夕で学べるものじゃなかった。
 しかし、覚えることはできなくても、入力≠キることはあたしにとって比
較的容易い。―――なんのためにハダリーがいるのか。なんのために「霊体計
算機」「霊体頭脳」などと呼ばれる人造霊があるのか。
 心霊工学の目的は、神秘の機械化だ。術理だけなら、どんな複雑な式でも人
造霊にプログラムさせることができる。

〈径〉をあたしが作り、術をハダリーが担い―――

「魔力はどうするアル? 奇門遁甲を知ったところで、仙丹がなければただの
星占いか健康法アルよ」

 その問題もすでにクリアしている。
 ハダリーの右眼に埋め込んだ魔石から供給しても良かったけど、そうなると
猫睛石の干渉を受けることになる。ハダリーの術の成功率が歪んでしまうかも
しれない。失敗すればあたしの躰はばらばらだ。あまり冒険はしたくない。
 だから、

「数秘機関(クラック・エンジン)を使う」

 三輪トラックが巨大蜘蛛に潰されたせいで、裸のエンジンが一個、事務所に
眠っていた。いまハダリーがあたしの部屋へ運んでいるはずだ。
 数秘機関の出力量ならばあたしを〈火焔天〉まで楽に送り込めるはずだ。

「呆れたアル」

 シャオジエは大袈裟に肩を竦めた。

「転移装置を作る気アルか。もう風水の範疇じゃないアルよ」

「仕掛けはいまから作る。〈針の城〉のあたしの部屋でね。ハダリーの手を借
りれば、大して時間はかからないさ」

「お姫様のベッドまでどうやって行くか、は分かったアル。……で、それから
はどうするアルか? 話を聞くとその縮地は一方通行の片道切符よ。〈径〉は
火蜥蜴しか視れないんだから、当然、跳べるのも火蜥蜴だけある。数秘機関も
ミノタウロスも置いてけぼり。それでどうやって帰るアルね」

「でっかい花火を上げるさ」

 帰りはリリーの縮地法に随伴つかまつりたいところだけれど、そううまく話
が進むとは思えない。いまの彼女には何らかの封印が施されていると考えるべ
きだ。そうでなければ、簡単に〈火焔天〉から逃げ出せてしまう。

「ハダリーに迎えに来てもらう」

 行きと違って、帰りは力ずくだ。
 ハダリー……いや、この場合、猫睛石と呼ぶべきか。支配率を大きく魔石寄
りにした彼女ならば、真っ当な攻略手段―――つまり、ビルの屋上から屋上へ
と飛び移って〈火焔天〉に侵入することもできる。
 あたしを護る必要もなく、力の制限を課せられることもなく、魔力の奔流に
突き動かされるままに稼働するハダリー/猫睛石の戦闘能力は、クーロン・マ
フィアの迎撃などいとも容易くはねのけてくれるはずだ。

 クーロン・ストリートのクーデター騒動も、マフィア連中の戦力を分散させ
るという意味で、あたしに有利に働いてくれるだろう。
 

285 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:46:24


 それでも、縮地法を成功させればいいだけの行きの道と違って、帰り道は大
きなリスクを伴う。賭となる部分が大きい。なにしろ、〈火焔天〉にはどれほ
どの兵力が詰め込まれているのか、常駐している凶手の戦闘力はどの程度なの
か、あたしにはまったく分からないからだ。リリーを人質にとろうとは考えて
いるが、それもどこまで通用するかは分からない。

 とにかく迅速に行動する。リリーの身柄を確保したら即座に離脱する。シャ
オジエが待つシップ・ターミナルまで逃げ込めれば、あたしの勝ちだ。

 ……しかし、このゲームに勝つためには、もっとも大きな難題がまだ残って
いる。それはシャオジエも分かっているはずだ。

「―――結界」

 彼女の呟きに、あたしは「ああ」と不機嫌に返事した。

 リリーを閉じ込めるために用意された、本物の檻。〈針の城〉より外の世界
を絶望させた忌まわしき鳥篭。これを取り除かない限り、〈火焔天〉からリリ
ーを連れ出せたところで、外≠ヨ行くことは叶わない。

 この結界の対処について、二つの手段をあたしは考えている。

 ひとつは、他人にならばできずとも、あたしにならできること。蜥蜴の血肉
を持つあたしなら、結界そのものを破壊することはできなくても、一部を一時
的に無効化することはできるかもしれない。

 もうひとつは、〈紅の魔人〉を殺すこと。
 結界を張ったのが彼ならば、殺せば結界は消滅する……かもしれない。消え
ない可能性もある。五分と五分の勝負だ。

 あたしの力では結界を破れず、〈紅の魔人〉を始末しても結界が消滅しなか
ったらどうするか。それは「あとで考える」しかない。
 どちらにせよ、クーロン・マフィアのボスである〈紅の魔人〉を殺せば〈針
の城〉は混乱に陥る。姿はいくらでも眩ませられるはずだ。

 ―――だから。
 リリーを救うということは、〈紅の魔人〉を殺すことと同義。
 あたしが、あたしの手で伝説を終わらせるんだ。

 よっぽどあたしの計画が面白かったのか、シャオジエの口元には笑みが広が
っていた。底意地の悪そうな微笑で尋ねてくる。

「〈紅の魔人〉をどうやって仕留めるつもりアルか。あのミノタウロスじゃ、
彼は斃せないアルよ」

「やってみなくちゃ分からないぜ」

 あたしのハダリーは最強だ。

「無理アル。甘く考えすぎネ」
 
 そう言うとシャオジエは、チーパオ・ドレスのスリットから素足を放り出し
た。太股のベルトにさしていた短剣を鞘ごと抜くと、あたしに投げて渡す。

「それ使うネ。あんな出来損ないの僵尸よりかは、良い働きするアルよ」 

286 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:46:44


 短剣は、シャオジエにしては珍しくクーロン的な拵えではなく、共同租界の
外国人が携帯していそうな両刃のものだった。
 鞘は鉄製だろうか。表面に天鵞絨を張って高級感を出している。ハンドルの
部分には荊の蔦が彫金されている。装飾が過剰な分だけで、実用性に乏しいよ
うに思えるが……。

 ―――そんな感想も、鞘を払って刃を露わにしてみると一転した。

「こいつは……」

 成人男性の手首から指先程度の長さの刃は、光から見放されたかのように、
深い紅に沈んでいた。禍々しく毒々しい魔性の紅色だ。
 眼帯を外さずとも、肌から痺れるように伝わってくる濃密な魔力。ハダリー
の右眼の魔石と比べても遜色がないほどだ。……なるほど、シャオジエが請け
負うだけのことはある。こいつはとんでもない一品だ。

「ワタシの杖<Aル。大切に使うよろし」

 魔術師が自分の魔力を増幅させるために使用する杖は、あくまで概念上の道
具であって、実際に杖のカタチをしているわけではないと聞いていたが、シャ
オジエの場合は短剣のカタチをとっているというわけか。

「ありがたく使わせてもらうぜ」

「一億クレジット。現金でよろしくアル」

「あたしが死んだら、死体を売って金にしてくれ」

 軽口に軽口で応えつつ、短剣を鞘に収め、ブルゾンのポケットに突っ込む。
その動作だけでもかなりの緊張を強いられた。

 説明も終わり、必要な儀式はすべて済ませた。シャオジエは、あたしとリリ
ーをリージョン・シップに受け容れると約束してくれた。これで安心して、あ
たしは死地へと乗り込むことができる。

 別れ際に彼女は言った。

「これが最後かもしれないアルね」

「縁起でもないこと、言うなよ」

「成功したらクーロンはめちゃくちゃネ。旅行者としては、クーロン港による
のに制限がかかるような事態は、あまり嬉しくないアル」

「成功しなくたってもうめちゃくちゃだよ。クーロン・ストリートの騒ぎは、
IRPOが鎮圧部隊を出したらしいぜ。あたしはその騒動に便乗するだけさ」

 それもそうネ、とシャオジエは笑った。あたしも口元を緩めた。

 二度と会えないかも。そう考えると、もっとしんみりとした別れを演出する
べきだったかもしれない。けれど、そういう気分にはなれなかった。
 マーマが死んでも、あたしが死ぬかもしれなくても、シャオジエは自分のペ
ースを崩さない。いつも通り、緊張感のない姑娘のままだ。だからまた会える
ことについても、疑いの余地を抱かせてくれなかった。
 あたしは彼女と会ったことで、初めて、この試みが成功するかもしれないと
思えるようになった。本当に、リリーを助け出せるかもしれない。
 一緒に、外≠ヨ行けるかもしれない。

 ……ありがとう、シャオジエ。

 感謝の念を胸に秘めて、あたしはホテルを後にした。

287 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:48:37



                  * * * *


 第八層のあたしに部屋に戻ると、リビングのカーペットを剥ぎ取って床に直
接方位陣の下書きを書き込み始めた。
 携帯用の霊気羅針盤とあたしの右眼を頼りに、リリーが開いた〈径〉の残り
香を特定する。地道な作業で、時間が流水の如く流れていく。

 資産の整理を終えたハダリーが帰ってくると、下書きを中断して彼女の調整
に移った。非正規の手段で手に入れた陰陽五行の理気を人造霊にインストール
し、ハダリーを即席の風水師に仕上げる。
 魔法円や方位陣のような精緻さが求められる作業はハダリーの領分だ。調整
を済ませた彼女には、早速、あたしが書いた下書きの清書を頼んだ。
 ハダリーが筆代わりに使っているのはミスリル製の匕首だ。数秘機関を稼働
させ、鋼線で繋いだ匕首の切っ先に魔力を集中させる。これであたしやハダリ
ーのように、魔力回路を持たない術者でも、強力な魔力を内包した魔法円を書
くことが可能になる。方位陣の場合も同様だ。
 機械の正確さで方位陣を組み立てていくハダリーの背中を見守り、あたしは
満足そうに頷いた。

 集めた現金はすべてシュライクの架空口座に入金させた。一枚の磁気カード
があたしの全財産だ。

 シャオジエと別れてから六時間。ようやく方位陣が完成した。

「……ちょっと疲れた、かな」

 あたしの言葉に、ハダリーが首を傾げた。
 あたしも彼女も睡眠を必要としない。故買屋商売が忙しかったときは、一ヶ
月も二ヶ月も休息無しで駆け回ったことすらある。それに比べれば、この程度
の慌ただしさなど屁みたいなもの。どうしてあたしの口から「疲れた」なんて
言葉が出てくるのか理解できない―――そう言いたいのだろう。
 それでもハダリーは気を利かせて「少シ休ミマスカ」と言ってくれる。

「いや、大丈夫」

 時間が惜しい。クーロン・ストリートの様子が気にかかる。
 クーデターは鎮圧されたんだろうか。それとも混乱は未だに続いているのか。
続いているにしろ鎮められたにしろ、針の城から来た女≠ヘ目的を遂げたの
か。あたしを利用する気はもうないんだろうか。
 ……いま、クーロンではなにが起ころうとしているのか。

 分からないことが多すぎる。考えるな、とあたしは胸裏で言い聞かせた。
 あたしの目的はシンプルだ。リリーを助けて、シャオジエの船で外≠ヨ行
く。たったそれだけだ。他になにも、特別なことなんてしようとしていない。

 裏切られ続けてきた人生だった。
 笑うことより泣くことのほうが圧倒的に多かった。
 このまま夜に沈むのか。それとも陽光の下に飛び出すのか。
 ここが境界線だ。

 あたしはリリーに会いたい。彼女の見る夢を叶えてあげたい。
 そして一緒に―――

「……始めようぜ、ハダリー」

 あたしは静かに言った。


288 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:49:10


 眼帯を引き千切ると、ハダリーに投げ渡す。
 ハダリーは仮面越しにあたしを見つめた。

 彼女の逡巡―――眼帯を手放すということは〈蜥蜴の眼〉を隠さないという
こと。常時魔眼を開きっぱなしにすれば、それだけあたしの躰に負荷がかかる。
 十年前、シャオジエから魔眼殺しの眼帯を渡されてから今日まで、眼帯を誰
かに預けたことなんて一度もなかった。だけど、これからの時間は……。
 右眼を隠す余裕なんて、ない。

〈蜥蜴の眼〉を眇めて、霊脈の流れから〈径〉の名残を見出す。
 ハダリーが数秘機関の出力を最大値まで上げた。方位陣が発光を初め、暗闇
の屋内を蛍光色で燃え上がらせる。

 かつ、かつ―――とあたしのエンジニアブーツの爪先がリズムを刻む。それ
にならって、ハダリーは奇怪な踊りを始めた。腰を屈め、足首をねじり、大袈
裟に足をあげながら方位順の外周をなぞる。
バカ歩き(シリー・ウォーク)≠ニ呼ばれる遁甲術特有の歩法だ。

 ハダリーの歩法のリズムに合わせて、あたしは床を踏む、踏む。

 霊脈のトンネルが開かれるのを、あたしの右眼は霊視し―――

 ハダリーになにか別れの言葉を言おうかと悩んだ。
 彼女とはこの後、火焔天で合流する予定だ。あたしは縮地法で移動し、ハダ
リーは自分の足で中央まで強行進撃する。
 地獄で会おう、とか。遅刻するなよ、とか。そういう軽口が必要な気がした
けれど、レイ・ラインのトンネルはあたしの迷いを待ってはくれなかった。
 ハダリーのバカ歩き≠ノ促されるままに、あたしは転移を初め、百億の距
離をゼロに詰めて、空間を跳躍した。


  リリー、とあたしは唇の内側で彼女の名を呟く。
  あの時、あんたがあたしを守ってくれたように。
  今度はあたしが、あんたを守る。


 跳躍は一瞬で終わった。感覚としては、視界が切り替わっただけ。風水術の
究極を成し遂げたという実感は薄い。
 あたしはベルトに差した短剣の柄に手を置きながら、周囲を見渡す。
 転移した先がリリーの居場所だというのは、彼女が幽閉されている事実を鑑
みれば当然の予測だ。転移先がクーロンのマーケットだったなんてことは絶対
にあり得ない。だから、ここにリリーがいるのは間違いないんだろうけれど。
 
 ……なんだ、ここは。

 あたしが転移した先は、幽閉や監禁という言葉から連想される場所とはかけ
離れていた。―――壁が見えないほど広い面積。空に届きかねないほど遠い天
井。雑多で狭苦しい〈針の城〉とは似つかわしくない贅沢な空間の使い方に、
あたしは戸惑いを隠せない。
 なによりも驚いたのは、ドーム状の広大な屋内に立ち並ぶ本棚の数だ。目に
つくのは本と本と本ばかり。さながら書籍の〈針の城〉だ。世界中の本という
本がここに蒐められているんじゃないかと錯覚させられる。
 リリーは、こんなところで十年以上のときを過ごしてきたのか。
 
「リリー!」

 彼女の名を叫びながら、あたしは〈図書館〉をさまよう。こんなのは予想外
だ。牢獄とまでは言わなくても、監禁されているからにはひとが一人居住でき
る程度の空間を想像していた。こんな馬鹿広い上に障害物が多い空間で、彼女
を見つけるまでにどれだけの時間がかかる。五分か、十分か。
 焦りによって冷静さを失いかけたあたしだったけれど、意外にも、リリーは
あたしの呼び声に素直に応じてくれた。

「―――こっちじゃ」

 鈴の音のような声が、〈図書館〉に響く。
 ……それは間違いなくリリーの声だった。けれども、あたしが知る彼女の声
に比べると、ずっと抑えられていて、あの媚びを孕んだ無邪気さは微塵も感じ
られなかった。つまり、同一でありながら別種の声。

289 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:51:51


 声に誘われるがままに〈図書館〉を進む。
 迷宮の如く立ちはだかる本棚と本棚の狭間。ハダリーの身長よりも背の高い
脚立に腰かける人影を認めて、あたしは足を止めた。
 ……木製の脚立に座っているのはリリーだった。
 鈍器のような厳めしい装丁の本に視線を落としている。あたしには気付いて
いるはずなのに、見向きもしない。

 再会を喜ぶべきだ。会いたかったと素直な気持ちを告げるべきだ。
 けれど、あたしの口元は緊張したまま一向に緩もうとしない。脚立の上に座
す彼女を、黙って見上げることしかできない。
 目の前にリリーがいるのに。

 しかし、彼女は本当にリリーなのか。
 本を黙々と読み進める彼女の横顔は、幼いながらも、寒気を呼び起こすほど
に美しく、十二分に「女」として通用する。ひとを惑わす魔女のままだ。
 けれど、なにかが違う。なにもかもが違う。同じなのは容姿だけ。服装さえ
も、いつものドレスではなく、京風のキモノ≠まとっていた。
 髪も、紫がかった黒髪に変色している。

 もっとも違和感を覚えるのは、あれだけ周囲を圧倒していた莫大な魔力が、
いまのリリーからはまったく感じられないことだ。
 リリーを魔女たらしめる魔力が、〈針の城〉をも支配した無限の魔力が枯
れてしまったのかと、一瞬だけ疑った。しかし、すぐにそうでないと気付く。
 リリーはあの魔力を持て余していた。あまりに強大なせいで押さえ込むこ
とができず、いつも躰から溢れさせていた。
 けれどいまの彼女は、自らの魔力を完全に制御下においている。支配しき
っている。だからこんなに静かなんだ。

 唇が震える。
 膝が笑う。

 リリーはあたしを見ない。頑なに読書を進める。
 この反応からして、すでにおかしいんだ。
 来るはずのないあたしが、来てしまった。それに対して、喜ぶなり、怒るな
りのアクションがあっていいはずじゃないか。
 なのに彼女は、あたしを見ようとしない。

 あたしは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。不安に縛られ、恐怖に負
け、なにも尋ねることができなかった。

 そんなあたしの様子を気配だけで覚ったのか。リリーは本に目を落としたま
ま、眉を寄せて「―――愚かものめ」と呻いた。

「まさか、縮地の足跡を辿ってくるとはのう。とんでもない離れ業をしてくれ
たものじゃ。無謀も度が過ぎれば奇蹟となる良い見本か」

 耳を疑った。これがリリーの唇が出た言葉なのかと。

「なぜ来た。……そんな問いは今更したところで詮無きことじゃ。すぐにでも
立ち去れ―――と言っても、縮地での帰路は用意されておるまい」

 やれやれ、と彼女は大袈裟に嘆息を漏らす。

「ここでおまえを殺めれば、あの女の絵図通りにことが進んでしまう。しかし、
閉じ込めておくにはリスクが大きすぎる。……やはり、大人しく帰ってもらう
しかないのう」

290 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:52:17


「あんたは誰だ!」

 ようやく、言えた。

「リリーはどこにいる!」

 訊きたくなかった。知りたくなかった。答えを聞いてしまったら、あたしは
二度と立ち直れない。けれど、このままこいつに喋らせておくのは我慢がなら
なかった。あたしはリリーに会いに来たんだ。彼女を取り戻しに来たんだ。

 リリーに酷似した少女は、やはり本を読みながら真実を告げた。
 残酷な、真実を。

「―――あの白百合の娘は、もう、どこにもいない」

 脚立を蹴り倒した。少女の矮躯が宙を舞う。あたしは抱き止めようとしたけ
れど、彼女は身軽な動作でくるりと反転すると、音もなく床に着地した。
 右の魔眼が、少女の魔力の流れをはっきりと識別している。

「暴力はやめよ」

 しれっと少女は言うと、立ったまま読書を再開した。

「なあ、教えてくれよ」

 縋るようにあたしは言う。
 
「リリーはどこなんだ。いったいどこに隠れているんだ」

 少女の返答は、あくまで冷淡だった。

「二度は言わん」

 胸ぐらを掴んで、絞め殺してやりたい衝動に駆られる。けれど、あたしは伸
ばした手を空中で止めた。
 別に、少女の魔力に阻まれたわけじゃない。暴力に身を任せる。その行為が
どれだけ虚しいのか、あたしは分かってしまったからだ。

 あたしの左眼は欺けても、右眼は決して誤魔化せない。目の前にいる彼女が
リリーはどこにもいないというのなら、きっとそれが真実なんだろう。

『イーリン、勘違いしないで。これは犠牲でも献身でもないの。初めからこの
物語にハッピーエンドは無かっただけ。物語の舞台は、最初から最後まで〈針
の城〉だったのよ。わたしが外≠ヨ行くシナリオなんて用意されていなかっ
たのよ』

『そしてお姫様は醒めない眠りにつき、終わらない夢を見るの』

 ―――こういうこと、だったのか。

 あたしはその場に跪いた。床に突っ伏し、大理石の冷たさを感じた。

 物語の舞台は最初から最後まで〈針の城〉。……あのときは、あたしの助命
を嘆願した代償として、外≠ヨ行けなくなることを指していたのだとばかり
思っていた。でも、そうじゃなかった。
 リリーは自分の運命を諦めていたんだ。

291 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:52:56


「語れば、長くなる」

 あたしの絶望を見抜いたのか、少女は冷たく言い放つ。

「わらわが何者か。それを説明したところで、きっとおまえは理解できまい。
例え理解できたとしても、なにも変わらぬ。……しからば諦めよ。すべて忘れ
よ。不夜城に帰れ」

 少女はリリーだ。しかし、リリーじゃない。
 二重人格だったのか。それともリリーは表層意識で、少女は封印された意識
だったのか。……それがどういうことを意味するのか。どんな事情でそうなっ
たのか。彼女の言う通り、あたしには理解が及ばないだろう。
 
 リリーがどうして〈運命の赤児〉と呼ばれていたのか。なぜリリーの出生が
発端となって〈妖魔租界戦争〉は勃発したのか。その答えが、目の前にある。
 けれど、あたしはそんなことを知るためにここに来たんじゃない。
 ただリリーに会いたくて。リリーと一緒に外≠ヨと飛び出したくて、霊脈
のトンネルをくぐって来たんだ。……なのに、こんな結末。

 ―――違う。
 そうじゃない。まだ終わりなわけがない。
 リリーはいないだって? なら、目の前に立つこいつは誰だっていうんだ。

 あたしは躰を起こすと、床に直接あぐらをかいた。

「一つだけ、聞きたいことがある」

 あたしの声が冷静だったことに意表を突かれたのか、本を読む少女の横顔に
僅かな動揺が見えた。あたしは構わず言葉を続ける。

「リリーは死んだのか」

「……そう思ってくれて、構わぬ」

「ていうことは、死んでいないってことだな」

 リリーは諦めたのかもしれない。けれど、あたしは諦めない。

「おまえがそう思いたければ、そう思うがいい。しかし、あの娘が消えてしま
ったという事実は変わらぬ」

 あたしは返事もせず黙り込んだ。そして十秒ほど待ってから、まったく関係
のないことを呟いた。

「マーマが死んだんだ」

「……知っておる。だからここに、来たのじゃろう」

 ふ、とあたしは口元を緩ませた。この〈図書館〉に来て、初めての笑み。

「やっぱり、あんたがリリーだ」

 少女がリリー以上の力を持つのならば、〈針の城〉城内の様子は完全に把握
しているはずだ。虫の羽音すら聞き漏らしはしないだろう。しかし、それは注
意していればの話だ。第八層の酔客がどうしただとか、第十層の地縛霊がなに
をしているだとか、そんなことをいちいち意識してはいまい。
 なのに少女はマーマの自殺を知っていた。それは、あたしとマーマの関係を
彼女が知っているからだ。
 リリーの記憶を引き継いでいる。同じ肉体を持っているのだから、それは当
然だろう。でも、人格が入れ替わり、あたしとまったくの他人になったのなら
ば、あたしやマーマを気にかける理由なんて無いはずだ。

292 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:53:27


 動揺は微々たるものだった。けれど、その僅かな隙をあたしは見逃さなかっ
た。―――あたしの言葉に反応して、少女の瞳が一瞬だけ泳いだ。本から目が
離れ、初めてあたしを見た。そのときの、少女の表情。瞳に秘められた哀切。
 どうして少女は頑なに読書に勤しんでいたのか。どうしてあたしを一瞥すら
しなかったのか。……もっと早く分かってやるべきだった。
 見るのが辛かったからだ。見たら感情を殺しきれなくなるからだ。

「……愚かなことを言う。受け容れがたい真理なのは分かるが、だからと言っ
て己を誤魔化しても、哀しみが深まるだけじゃぞ」

「違う。あんたはリリーだ。そうじゃないって言うのなら、リリーがあんただ
ったんだ。どっちでもいい。あたしにとってはどっちも同じことだ」

 少女はあたしを知っている。リリーの記憶を引き継いだように、感情も受け
継いでいる。―――いや、継ぐという表現そのものがが間違っているんだ。
 少女はリリーなのだから。リリーは少女なのだから。

「十年間、記憶喪失をしていた人間が、ふとした拍子で過去の記憶を取り戻し
た。そいつはもう他人なのか。十年の間活動していた人格とは別人なのか」

 あたしは、そうは思わない。

「リリーは眠る度に夢を見ると言っていた。不思議な夢で、自分では絶対に体
験しないものだと言っていた。それはあんたの記憶だったんじゃないか。リリ
ーは無意識の世界で、あんたの記憶を覗いていたんじゃないのか」

「……生意気な娘じゃ」

「それはあたしのことを言っているのか。それとも、リリーのことを言ってい
るのか。だとしたら、あんたも生意気だっていうことになるな」

 少女は本を盾にしてあたしの視線から逃げようとしたが、そうすることの情
けなさに気付いたのか、溜息をついてから、本を倒れた脚立の上に置いた。

「おまえと言葉遊びをする気はない。わらわと白百合の娘の関係の解釈につい
ては、おまえ自身が導き出した答えに従えば良かろう。……しかし、それでな
にが変わる。おまえはなにをしたいのじゃ」

 少女の言葉を受けて、あたしは笑った。夢の中でしか見たことのない太陽を
連想させる笑みを、口元に精一杯広げた。
 いまこそ言おう。ずっと言えなかった言葉を。リリーが待っていた言葉を。


 
「一緒に外≠ヨ行こう」

 

 今度こそ、少女は目に見えて動揺した。躰を硬直させ、目を瞠った。

 本を読むか眠るか。火焔天での生活はそれしかないとリリーは言った。それ
はいまも変わっていないはずだ。目の前の少女は、本の世界に閉じ込められて
いる。広くて狭い空間に監禁されている。
 これは少女の望んだ生活なのか。
 そうでないとしたら―――

293 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:53:52


「……痴れ言を言う」

 少女の自嘲めいた笑みがあたしの確信を鈍らせる。リリーはこんなに達観し
た表情をする奴じゃなかった。

「おまえは分かっておらんのじゃ。自分が何者なのか。わらわが何者なのか。
なにも知らぬから軽々しく『外へ』などと言える」

 そうかもしれない。いや、その通りだ。
 あたしは知らない。理解をしていない。どうしてこんなことになってしまっ
たのか。その答えを見つけられないまま、ただがむしゃらに結果を作ろうとし
ているだけだ。―――その指摘は否定せず受け容れよう。
 でも。

「だからなんだ」

 あたしは吐き捨てるように言った。

「なんにも知らない馬鹿で臆病なあたしが、周回遅れでようやく理解したんだ。
リリーが外≠ノ憧れる気持ちが、彼女とあたしの出会いが、どれだけ劇的で
かけがえのないものだったか。これさえ分かれば充分だ。他のなにもあたしは
知りたくない」

 繰り返すぜ。そう前置きしてから、あたしは右手を少女へと差し出した。

「一緒に行こう。一緒に見よう。リリーが夢見た世界へ。あたしたちみたいな
はぐれ者を照らしてくれる太陽があるリージョンへ」

 手を取って欲しかった。けれど、少女の返事は頑なだった。あたしから視線
を逸らし、床を睨んだまま答える。

「無理じゃ。そんな真似は不可能じゃ」

 そうじゃない。それは答えになっていない。

「あたしが聞きたいのは!」

 少女の細い手首を強引に掴んだ。リリーの顔をして、リリーの声をして、こ
んな煮え切らない態度を取る彼女が許せない。

「あんたが外≠ヨ行くことを望んでいるのか、いないのか。それだけだ!」

 死ぬまで本棚に隠れて、太陽を知らないまま〈針の城〉で時間を消費してい
って、それで心が満たされるのか。リリーに希望を与えた夢の正体が彼女の記
憶だというのなら、こんな荒涼とした世界で満足なんてできないはずだ。

 これじゃあ立場が逆だな、とあたしは胸裏で失笑した。
 つい数日前まで、リリーにどんなにしつこく誘われても応じなかったあたし
が、いまはリリー――の顔と声を持つ誰か――を相手に、必死になって外
へ行こうを説得しているなんて。
 リリーが感じていた期待と焦燥が、いまならよく分かる。一人では駄目なん
だ。一緒でなければ意味がないんだ。

 もしもあたしの想いが間違っているのなら、この手を振り切ってみせろ!

294 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:54:16


 ―――けれど、少女はあたしの手を引き剥がそうとはしなかった。

 力ではあたしのほうが強いかもしれないけれど、その膨大な魔力を用いれば
容易にほどけるはずなのに。……そうは、しなかった。

 俯いたまま、少女は唇を震わせる。

「なんて残酷な企みなのじゃ。なんて無情な策なのじゃ。奴めはここまで見通
していたのか。わらわが感ずるこの苦しみまでも、読んでおったのか」

「なにを―――」

 言っているのか。

「ひとの心どころか魂さえも弄ぶ。悦びを幻惑させ、地獄を天国と偽る。これ
が、例え一時であろうと人間の心を持った者が思い付くことか」

 少女は首を横に振り、「いいや、違うな」と自分の言葉を自分で否定した。

「人間であればこそか。人間であったからこそ、非人を極められるのじゃ」

是(シー)≠ネのか不是(ブーシー)≠ネのか。少女はあたしの問いに答
えていない。だけれど、あんなにも凜としていた彼女が、気の毒なぐらいに落
ち込んでしまっているため、急かすどころか、慰めの言葉をかけることすらで
きなくなってしまった。手首を掴む力も弱まってしまう。

「……イーリンよ」

 狼狽するあたしの名を、少女は静かに呼んだ。
 どきり、と鼓動が跳ね上がる。
 初めて名前を呼ばれた。……いや、そうじゃない。リリーには何回も何百回
もイーリンと呼ばれている。なのにあたしは新鮮な衝撃にたじろぎ、胸のうち
から湧く興奮に恥じらいさえも覚えてしまった。

「わらわは、おまえに詫びねばならない」

「詫びるって……」

 謝ることなんてなんにもない。むしろ、謝るべきなのはあたしほうだ。

「わらわのせいで、おまえと白百合の娘―――二人の乙女に嘆きの道を進ませ
てしまった。人生を大きく狂わせてしまった。すべてはわらわの咎じゃ。
 おまえら二人だけではない。わらわはわらわの勝手のために、多くの命を犠
牲にした。わらわがいなければ、何千何万という人間が寿命を全うできたやも
しれぬ。そんなこと、オルロワージュめを逆吸血したときに覚悟したはずなの
にのう。こういう事態に直面する度に、わらわの胸は学習もせず痛むのじゃ」

 オルロワージュ。その名を聞いて、場違いなあたしの興奮が醒める。無学な
あたしだって知っている、先代の妖魔の君。百年も二百年も前に、現妖魔の君
であるアセルス公に斃されたのはあまりに有名な話だ。
 そんな歴史上の妖魔の名を、どうして少女は口に出す。

「幾人もの命を見捨てて。幾万人もの命を犠牲にして。それでもわらわは繰り
返す。懲りずに生きようとする。なぜだと思う? ……不思議なものじゃな。
その答えを、あの白百合の娘はわらわ以上に理解しておったわ」

 あたしはもう、少女の手首を掴んではいなかった。手首ではなく、彼女の手
を握っていた。いつの間にか、少女はあたしの指に指を絡めていた。

「―――わらわは自由になりたかったのじゃ。零姫の名さえも捨てて、あらゆ
るしがらみを振り切って、自由に生きたかったのじゃ」

295 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:54:46


「れい、ひ……め?」

 本名なのか愛称なのか、それさえもあたしには分からない。戸惑うあたしを
見て、少女――零姫と呼ぶべきなのか――は「さすがに知らぬか」と苦笑した。

「妖魔世界の事情に多少なりとも精通しておれば、幻の第0寵姫≠フ名を知
っておるものなのじゃがな……さすがにそれをおまえに求めるのは酷か」

 喜ばしく思うぞ。わらわを知らぬ人間が、世界が、この世には多く残ってお
る。その事実が、わらわを自由へと走らせる根源となっているのじゃから。。
 ―――そう言って淡く微笑む零姫は、あまりに儚く、あまりに幸薄かった。

「行ける!絶対に行けるよ!」

 衝動的にあたしは叫んだ。零姫の冷たい手を握ったままで。

「やっぱりリリーはあんただ。あんたはリリーだ。だって、あんたもリリーも
同じものを夢見てる。同じ憧れを抱いている!リリーもそうだった。リリーも
あんたみたいに、昼を忘れた世界で窒素していた。もっと広い世界へと飛び出
したがっていた!」

 零姫の表情がついに崩れた。泣きながら笑い、笑いながら泣いている。

「……似ているのう。おまえは、若かりし頃のあ奴にそっくりじゃ」

 あいつって誰だ。

「迷いながらも、傷みながらも、前に進むことを諦めないその在り方は、遠か
りし日のアセルスめをいやがおうにも連想させられる。奴はそれさえも理解し
ておるのじゃろうか」

 衝撃のあまり、あたしの表情は凍結する。
 アセルス。まさか、こんなところでその名を耳にするはめになるとは思わな
かった。こいつはいったい何者なんだ。魔≠フ代名詞たる妖魔の君をスラム
育ちの娘に過ぎないあたしと重ねるなんて。
 似ているとか、似ていないだとか。そういう比較ができる相手じゃないこと
ぐらい、冷静に考えれば分かるだろうに。それとも零姫にとって、妖魔公アセ
ルスとはそれ程までに近しい存在なのか。

 混乱するあたしを余所に、決意を燃やした瞳であたしを見つめながら、零姫
が手を握り返す。

「例えその道の先に哀哭が牙を剥いていようとも、わらわは、おまえを肯定し
よう。わらわの負けじゃ。わらわはおまえを拒めぬ。拒めるはずが、ない」

「それって―――」

 一緒に行くってことなのか。

 声に出して確認しようとした瞬間、あたしでも零姫でもない、第三者の声が
〈図書館〉に響いた。

「その決断の意味を、君は分かっているんだろうね。聡明なる零姫様」

296 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:55:08


 ―――声は、あたしが想像していたよりもずっと静かで、繊細で、胸の裏側
を狂わすほどに妖しげな色気を孕んでいた。
 驚かなければいけないシーンなのだろう。あたしはここで「誰だ」と叫びな
がら振り返るべきなんだろう。……けれど、〈火焔天〉に来た瞬間から、〈針
の城〉の中央に乗り込むと決めたその時から、あたしは覚悟を決めていた。 
 むしろ、予定外の出来事に時間を取られすぎたとさえ思っている。転移した
その瞬間から、殺し合いが始まってもおかしくないと思っていたのだから。

 あたしはリリー/零姫を背に庇うようにしながら、ゆっくりと振り返る。

「……諸悪の根源」

 燃え上がる紅髪――あたしのような赤毛とは違う、本物の紅だ――を逆立て
た魔人が、本棚の向こう、狭い廊下に佇立していた。溶岩の瞳をあたしと、あ
たしの背後の零姫に向けて、不敵な笑みを浮かべている。

 ……これが、紅の魔人。
 クーロンの凶つ者、ダージョン。
 こんな優男が、そうなのか。

 たくましい筋肉の鎧をまとっているものの、躰の線は女のように細い。長身
なせいで、細身の印象を余計に引き立てている。脚にぴったりと張りついたレ
ザーのパンツをはき、裸体の上半身に直に深紅のコートを羽織っていた。
 左手には、赤鞘の大刀を無造作に提げている。

 男でありながら女でもあり、同時に男でも女でもない。―――中性的で無性
的な風格をたたえた美丈夫。容姿だけを見れば、クーロン・マフィアのボスに
なんて、とても見えない。けれど、肌にびりびりと感じる威圧が、どうしよう
もないほどに男とあたしの格の違いを訴えていた。
 ……こいつは人間じゃない。

 紅の魔人は、あたしを一瞥しかしなかった。視線はすぐに零姫へと向けられ
る。あたしに向けた視線が、羽虫を見る視線ならば、零姫を見つめる視線は、
憐れみと慈愛が融け合った保護者のそれだ。

「零姫様、さっきの言葉は本気なのかい」

 かける言葉には、優しさすら篭められている。

「……王手じゃよ。もはやどうしようもない。アセルスは、わらわが思った以
上に、わらわの考えを、弱点を見抜いておる。どう足掻いたところで、今回
も≠らわの負けじゃ。ならばせめて、悔いのない道を選びたい」

「彼女はきっと、君がそうすることさえ読んでいる」

「……じゃろうな」

 気配で、零姫が俯くのが分かった。紅の魔人は小さく溜息を吐く。

「慣れないことをするものではないね。君の苦しみを少しでも和らげるために
動いたつもりだったのだけれど、結果として、余計に君を傷めてしまうことに
なってしまった。僕はやはり、観測者で在り続けるべきだった」

「言ってくれるな。わらわは感謝しておる。おまえがわらわを保護せなんだら、
わらわはまたしてもアセルスめの手中に落ちていた。奴にこれ以上辱められる
のは、絶対にゴメンじゃ」

297 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:55:32


 あたしを置き去りにして二人に会話は進む。
 ダージョンはあたしをまるで相手にしていない。〈針の城〉の最深に侵入を
果たしたというのに、敵意も殺意も一切向けては来なかった。
 ……眼中にないってことか。

 認めざるを得ない。あたしは甘かった。伝説≠軽んじすぎた。
 あらゆるしがらみを振りほどいたあたしなら、捨て身で挑めばどんな敵でも
勝機は見えてくると、そう考えていたのだけれど。いざ、こうして紅の魔人と
対峙してみると、自分の考えが如何に浅はかだったかを痛感させられる。
 桁が、違った。
 なまじ〈蜥蜴の眼〉が紅の魔人の力を霊視してしまうから、余計に絶望が深
まる。まるで動く魔力炉だ。ひとのカタチをした霊力場だ。
 斃せるはずがない。

 それでも、あたしは―――

「―――おい」

 会話を遮り、魔眼で睨み付ける。

「あたしはイーリンだ。火蜥蜴≠フイーリン」

 ダージョンは不気味なほど穏やかな視線を返した。しばらくの沈黙のあと、
「知っているよ」とだけ答える。

「リリーから聞いたのか」

「そういうことになるね」

「……あたしも、あんたのことはリリーから聞いている」

 奥歯が軋む音が、鼓膜の裏側で響いた。

「あたしは、あんたを許せない」

 すべての元凶。諸悪の根源。リリーから外≠奪った最凶の魔人。

「馬鹿なことを考えてはならんぞ」

 背後から零姫が口を挟んだ。

「ゾズマはおまえが思っているような男ではない。こやつはわらわを今日まで
守ってくれたのじゃ」

「ゾズマ?」

 それが、紅の魔人の名か。誰も知らなかった真名か。
 ゾズマ……当然のように聞き覚えはない。

「ゾズマ―――」

「なんだい、イーリン」

 茶目っ気をこめてダージョンは微笑む。挑発なのか、茶化しているだけなの
か。どちらにせよ、真面目にあたしを相手にする気は無いようだ。
 あたしは静かに、努めて静かに言った。

「あたしは、リリーを……零姫を、ここから連れてゆく」

298 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:55:53


 覚悟を決めた発言。しかし、ダージョンの反応は「そうかい」と肩を竦める
だけだった。……なんなんだ、こいつは。
 ひとを小馬鹿にした態度。飄々として捉えどころがなく、リリーに対しても
さして執着を抱いていないように見える。こんな男が、リリーを、生まれたて
の赤児だった彼女が少女になるまで、十年以上も監禁していたというのか。
 とてもじゃないけれど、信じられない。

 ―――それに、さっき零姫が口にした「守った」ってどういうことだよ。

 リリーはダージョンに閉じ込められていると、そうはっきり語ったのに。
束縛から逃げ出し、外≠フ世界へ行きたいと、そう言ったのに。
 分からないことが多すぎる。
 零姫ってなんだよ。ゾズマって誰だよ。あたしが知っている〈妖魔租界戦争〉
と真実の間にはいったいどれだけ深い溝が走っているっていうんだ。
 或いはこいつ等なら、〈針の城から来た女〉の正体を知っているのかもしれ
ない。どうしてあたしを嵌めようとしたのか。どうしてマーマは廃人になって
しまったのか。クーロン・マフィア絡みなのだから、少なくともダージョンに
は思い当たる節があるはずだ。

 ……でも事実を確かめるには、あまりに時間が足りない。
 
 あたしがいまこの瞬間に確認すべきことは、ただひとつだ。
 リリー/零姫が外≠ヨと向かうのを、受け容れるのか、拒むのか。

 ダージョンは婀娜めく顔貌であたしを一瞥し、次に零姫を見つめ、また視線
をあたしに戻してから―――口笛でも吹くかのように、答えた。

「駄目だね。行くなら君ひとりで行けばいい」

「ゾズマ!」

 彼女にとっては予想外の言葉だったのだろう。零姫は驚愕に駆られるままに
声を荒げた。

「これ以上わらわに付き合う必要はない! このままでは、おまえまで奴に狙
われることになるぞ」

「どうせ、君が終われば次は僕さ」

「次などない! 終わりなどあるものか! わらわは奴から逃げ続け、奴はわ
らわを追い続ける。永遠のイタチごっこじゃ。それはおまえとて十二分に承知
していることじゃろう」

「そうかもね。でも―――」

 ダージョンの瞳の奥で光が鋭く瞬いた。

「今回≠ヘ僕が君の保護者だから。そういう役を進んで演じてしまったのだ
から。いくら無責任な僕でも、最後まで与えられた役目ぐらいは果たそうと思
っているんだ」

 そう言った彼は片眼をつむった。

「それに、君との付き合いは古い。追いつかれると分かっている逃亡劇なら、
当然止めるさ。……そこの火蜥蜴と一緒にクーロンから逃げ出して、あの子か
ら逃げ続けて、それでもやがては追いつかれて。―――破滅を約束された未来
を盲信するなんてあまりに儚いと思わないかい?」

299 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:56:11


 ……答えは、出た。
 どんな理屈、どんな裏の事情があるかは知らないけれど、紅の魔人サマは零
姫を火焔天から解き放つつもりは毛頭ない。
 それで充分だ。その事実だけ分かれば、他のなにも、あたしはいらない。
 やっぱりこいつはあたしの敵だ。

 なおも言葉を返そうとする零姫を無言で押し止める。
 彼女は決断してくれた。あたしと一緒に行くと。二人で外≠目指すと。
 ……もう、あたしとリリーは離れない。
 誰にも二人の巣立ちを邪魔させない。
 あたしたちは自由だ。

「―――言っておくけれど、僕は強いよ」

 悪戯っぽい笑みを残したまま、ダージョンは大刀の鍔を鳴らした。たったそ
れだけの行為で、彼の言葉に偽りがないことを思い知らされる。
 なんてバケモノか。抜刀したわけでもないのに、剣気に押し潰されそうだ。

 他人よりちょっとだけ力が強くて。他人よりちょっとだけ見えないものが視
えて。他人よりちょっとだけ暴力に慣れ親しんでいる。
 ―――その程度でしかないあたしが、太刀打ちできる相手じゃない。

 目の前に立つ炎の彼は、たった一人で妖魔租界を壊滅させた男なんだ。
 クーロンの魔界都市〈針の城〉を作った男なんだ。
 あたしなんかになにができる。ちんけな故買屋に過ぎないあたしが、伝説と
対峙してどんな結果を残せる。

 嗚呼―――

 鉛の雨が全身に降り注ぐかのような絶望。ダージョンと向かい合うことで、
改めてあたしは自分の無力さを痛感した。

 マーマのお陰で今日まで生きてこられた。
 その認識は間違いじゃない。けど、それだけじゃなかったんだ。
 マーマだけではなく、もっと多くの、もっとたくさんのひとたちの力を借り
て、脆弱で臆病なあたしは今日までなんとか生きてこられた。
 なにがクーロンの火蜥蜴≠セ。なにが阿嬌の後継者だ。ただの甘ったれの
クソガキじゃないか。自分一人じゃなにも為せない小娘じゃないか。

 あたしは本当に弱い。
 怨敵を前にして、絶望することしかできないなんて。
 自分一人で窮地を切り抜けようとすらしないなんて。

 嗚呼―――

 この期に及んで、あたしはまだ。
 マーマだけじゃ飽きたらず。
 さらなる。
 犠牲を。

「……あたしはきっと、あんたを愛していた。唯一の親友だと思っていた」

 そんなかけがえのない友達を、あたしは―――

「ハダリィィぃーーーーーーっっっっ!!!!!」

 あたしの絶叫が谺すると同時に、〈図書館〉のドーム状の天窓が砕け散った。
 ガラス片のシャワーとともに降り注ぐのは、鋼鉄の筋肉をまとった牛頭人体
のモンスター・ミノタウロス。あたしの最高傑作にして、唯一無二の友であり、
そして……そして、マーマと同じように、あたしのために死ぬ女。

300 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:56:36


 ハダリーは魔石の力を限界まで引き出している。支配率は完全に猫睛石に傾
き、暴走状態へと陥っていた。いまの彼女は一個の暴力装置に過ぎない。
 ゆえに、その動きはミノタウロスのスペックを大幅に上回っている。
 天窓を破って飛び降りてきたといっても、ただ自由落下に身を任せているわ
けじゃない。猫の如きしなやかな体捌きで宙を泳ぎ、室内を照らすシャンデリ
アを蹴っ飛ばして軌道をねじ曲げ、ダージョンの頭上へと殺到する。
 その速度は、音の壁すら破りかねないほどだ。

 無防備な頭上に、絶好のタイミングで不意打ち。まず間違いなく必殺が確定
する状況。ハダリー/猫睛石の強さを知り抜いているあたしは、普段ならば勝
利を確信したはずだ。それ程までにハダリー/猫睛石の攻撃は完璧だった。

 ……けれど、この状況は常識からあまりにかけ離れている。ハダリー/猫睛
石が牙を剥いた相手は、バケモノの中のバケモノだ。

 ダージョンが持つ大刀の鯉口が静かに切られ、銀光が迸る。
 まずは突き出した右拳が腕ごと断たれ、返す刀で胴を抜かれた。刹那の瞬間
に走った二つの剣筋が、生ける死者をただの死者へと戻す。
 さらに三つめの太刀で、ハダリーの首が―――飛んだ。

「うわああああああああああああ!」

 あたしは姿勢を低くしながら、紅の魔人へと突撃した。ベルトに挟んでいた
シャオジエの短剣を引き抜き、両手でしっかりと構える。
 紅の魔人は―――ダージョンの注意は、まだハダリーへと向けられたままだ。
 この隙をあたしは待っていた。たったひとりの友だちを餌にして、最凶の男
から致命の時を引き出した。あたしは最低の女だ。

 無駄のない筋肉で包まれたダージョンの胸板が視界に広がる。
 あと一歩だ。
 あと一歩、前に出られれば。
 この短剣の刃が、届く。

 三つに分断されたハダリーの亡骸は、慣性に引きずられたまま、まだ宙を舞
っている。

 ダージョンの大刀の刃が、あたしへと向けられた。直後に、あたしの魔眼が
あたしの死を未来視する。刀光が無慈悲にきらめいた。間に合わない。
 あと一歩なのに。たったの一歩が、あまりに遠い。
 ダージョンの剣は疾すぎる。

 駄目なのか。ハダリーを犠牲にしても、あたしは生き残れないのか。絶望が
総身を支配しかけたその時―――背後から零姫の叫びが響いた。

「殺してはならん! こやつの中には、あれが―――」

 ダージョンの注意が逸れる。切っ先の動きがほんの僅かに鈍った。

 ―――あたしの中に、なにがあるっていうんだ。

 確かめるどころか、疑問に意識を傾ける余裕すらない。あたしはただ、奇蹟
に縋り付き、がむしゃらになって最後の一歩を踏み出した。
 深紅の刃がダージョンの胸へと吸い込まれてゆく。短剣は、〈蜥蜴の眼〉が
霊視していた魔術障壁ごと、呆気なく彼の筋肉を貫いた。

 どう、とハダリーの死体が床を叩く。
 二秒とかかっていない、一瞬の決着だった。

301 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:57:05


 短剣の柄から手を離す。深紅の刃に抉られたまま、ダージョンはその場に跪
いた。大刀が音をたてて床に転がる。

 ―――斃したのか。あたしは自由を勝ち取ったのか。

「愚か者!」

 零姫の叱咤の声が背中を叩く。あたしは緩慢な動作で振り向いた。笑顔を見
せて欲しかったけれど、彼女の表情は厳しい。

「あまりに無鉄砲過ぎる。ダガーなどで上級妖魔を殺しきれると思っておるの
か。手負いとなれば、いくら戯れを好むゾズマと言えども―――」

 そこで、零姫は言葉を止めた。眼を瞠り、表情を強張らせた。視線はあたし
を通り過ぎて、ダージョンへと向けられている。正確には、ダージョンの胸に
突き立つシャオジエの短剣に、だ。

「お、おぬし、そのダガーは―――」

「……やられたよ。まさか、そう来るとはねぇ」

 笑みこそ浮かべているものの、ダージョンのかんばせからは玉の汗が噴き出
し、先程までの余裕は消え失せている。彼も零姫同様、自分の胸から生える短
剣に注意を向けていた。

「ゾズマ、それは……」

「ああ、間違いなく幻魔だ。心臓に噛み付かれてしまった。これはだいぶ、骨
が折れるよ」

 幻魔。その名を聞いた瞬間、零姫の態度が豹変した。

「どこで手に入れたのじゃ?!」

 あたしの腕を掴んで、荒ぶる感情に流されるがまま詰め寄ってくる。

「どこで幻魔を渡されたのじゃ。おまえはすでに、アセルスと接触しておった
のか。奴は―――奴はまさか、クーロンにおるのか」

 またアセルスの名前が出てきた。ファシナトゥールの君主。妖魔の君。そん
なに頻繁に耳にしていい名前じゃないのに。……それに、ダージョンが上級妖
魔だっていうのは本当なのか。ただのバケモノじゃないとは思っていたけれど、
まさかファシナトゥールの貴族階級だったなんて。
 もしかすると、零姫もそうなのか。リリーがあんなに強大な魔力を有してい
たのは、人間じゃなかったからなのか。

 ……まぁ、どうでもいい話だ。
 あたしはダージョンを斃した。
 いまはその事実だけを、大事にしたい。

 これで、ようやく邪魔は無くなった。緊張する零姫の頬にそっと手を当てる。
安心させようと微笑みかけてから、あたしは言った。

「さあ、行こう―――」

外≠ヨ。……そう口にしかけるものの、直後にぐらりと視界が傾ぎ、あたし
は床に、受け身も取らずに倒れこんだ。

「イーリン!?」

302 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:57:59


 ……なんだ、コレ。
 大理石の硬質さにあたしは驚く。自分が置かれている状況が理解できない。
 どうしてあたしは床に伸びているんだ。どうして立ち上がろうとしても、躰
に力が入らないんだ。どうして―――

 零姫の声が遠くから聞こえる。

「なんて馬鹿なことをしたのじゃ。幻魔はアセルスの生命力で鍛えられた魔剣
じゃぞ。あ奴以外のものが使用すればどうなることか……」

 ……なるほど。
 ひと目見たときから、尋常ではない魔性を秘めた短剣だとは思ってはいたけ
れど、まさか妖魔公アセルスの武器だったとはね。
 だから、ダージョンが三重にも四重にも張っていた強力な魔術障壁を、ガラ
ス窓でも砕くかのようにあっさりと突き破ったのか。
 だから、まるで花が枯れゆくように、あたしの命の灯火が急速な勢いで衰え
ていっているのか。―――あの魔剣に、あたしの生命力は吸われたんだ。

 ダージョンの胸から濃厚な瘴気が噴き出しているのを、あたしの魔眼が霊視
した。胸の肉を抉った刃が変型し、彼の心臓にがっちりと根を張っている。
 なんておぞましい光景なんだろうか。武器というより、あれは一個の生命だ。
魔剣よりも魔物と呼んだほうが正しいんじゃないだろうか。
 致命こそは免れたらしいが、ダージョンのダメージは深刻らしい。魔剣の侵
食から身を守るのに精一杯で、あたしたちに意識を向ける余裕はないようだ。
 ……心臓を潰されて、それでもなお生きようとしているんだから、その不死
性の強さには感服する。あたしなんて、たった一度使用しただけでもう死にか
けている。魔剣に命を吸い尽くされてしまった。

「くそったれめ」

 せっかく、リリー/零姫を紅の魔人の戒めから解放することができたのに。
ようやく、外≠ノ繋がる道を拓くことができたのに。あたしの自由はこれか
らなのに。―――ここで、斃れてしまうなんて。
 こんなところで、終わってしまうなんて。
 
 納得がいかない。
 あまりに無情すぎる。
 イヤだ。マーマもハダリーも犠牲にして、なにもかもを捨て続けてリリーを
手に入れようとしたのに、結局なにも得られないまま、ひとりぼっちのままで
死ぬなんて―――絶対にイヤだ。

 行くんだ。
 あたしはリリーと一緒に。
外≠ヨ行くんだ。

「ああああああああ!」

 最後の命を燃やしてあたしは両腕を駆る。腰より下はもう感覚がないため、
起き上がることができない。無様に這い蹲って、前へと進んだ。

「もうやめよ!」と零姫が叫ぶ。あたしの躰を憂いての言葉だと思うと、悪い
気はしない。けれど、分かってくれ。ここでやめるわけにはいかないんだ。

 一分ほどかけて、数メートルの距離を進む。
 ダージョンに切断されたハダリーの生首が転がる位置まで到達すると、もう
二度と「社長」と口にすることのない親友の頭を抱き締めた。

303 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:58:47


 不気味な悪魔の仮面―――ハダリーの素顔と言っても過言ではない無機的な
表情に、あたしは震える指先で触れた。
 ハダリーとは、このミノタウロスの死体にインストールしたソフトウェア、
つまり人造霊のことを指す。彼女の肉体自体は、ハードウェア……ただ器に過
ぎない。人造霊(ソフト)が機能を停止すれば、ハードはもとの死体に戻る。
 それを有機的な死と捉えるべきかどうか、あたしは答えを持たない。分かる
のは、あたしの都合で、ハダリーも、この死体も、好き勝手に振り回してしま
ったという事実だけ。相も変わらず、あたしは最低だ。

 胸裏で侘びの言葉を繰り返しながら、あたしはそっとハダリーの仮面を剥い
だ。隠し続けていたミノタウロスの素顔が露わになる。魔石を埋め込み、媒介
機関や魔力血管の拡張手術を繰り返したせいで、仮面よりも醜悪に、おぞまし
いものとなってしまった死者の顔。―――でも、仮面というハダリーの絆が断
たれたことで、人造僵尸はいま、改めてもとの死体に戻った。

 ―――ハダリーも、あんたも、これで自由だよ。

 キャッツアイの魔石を死体の右眼からくりぬく。
 ハダリーが消失したいまでも、魔石は変わらず強い魔力を秘めていた。
 ……この力が、あたしには必要なんだ。

 ふっと微笑んでから、神秘の光を放つ魔石をあたしは一息で呑み込んだ。
 喉を硬質な感触が滑り、体内が途端に燃え上がる。

「馬鹿な!」

 零姫が狼狽の声をあげて、あたしの肩を抱く。

「いまのはなんじゃ。あれはなんの魔石じゃ。幻魔のみならず、あんなものま
で、どうしておまえは持っておるのじゃ。しかも―――しかもそれを呑み込む
などと、おまえは命が惜しくないのか! 無茶にも限度というものがあろう!」

「……そうじゃない」

 逆だ。
 命が惜しい。死にたくない。だから、魔石を取り込んだんだ。魔剣に吸い取
られたあたしの生命の代替として、魔石の力を借りるために。

「そんな貧相な躰で、耐えきれるわけがなかろう!」

「貧相は余計、だぜ……」

 はは、と渇いた笑い声をあげる。確かにあたしはやせっぽちだけれど、零姫
のほうがよほどにちびだ。

 力はだいぶ戻ってきた。あたしはゆっくりと立ち上がる。一瞬前まで死にか
けていたのが嘘のようだ。……けれど、躰の不調自体は変わらない。さっきと
違うのは、躰の内側が熱すぎて、中から融けてしまいそうなところだ。
 凍えているか、燃えているのか。そこが違うだけで、やはりあたしは死にか
けのままなんだろう。

 この躰で、どこまで行ける。リリー/零姫と一緒に、どこまで生ける。

「どうして、おまえはそこまで……」

 分かり切った問いを、零姫は涙混じりに口にする。
 ……そんなの、決まっているじゃないか。

「あんたと一緒に、外≠フ景色を見たいからだ」

304 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:59:08


 零姫の手を握り、〈図書館〉の外を目指す。火焔天の構造が分からないため、
どこをどう進めばいいのか分からない。とにかく〈図書館〉の出入り口を目指
そう。監禁されていたといっても、ダージョンは出入りしていたのだから、ど
こかに扉なり門なりがあるはずだ。

 ―――けど、あたしの躰は、そこまで保たなかった。

 派手に喀血すると、脇の本棚に体当たりでもするかのように寄りかかる。
 衝撃で本が何冊か、ばさばさと落ちてきてあたしの躰を叩いた。あたしはそ
のままずるずると床に座り込む。
 ……だ、駄目だ。とても無理だ。魔石の力を借りたところで、あたしという
肉体じゃ受け止めきれない。
 よくよく考えてみれば、当然のお話だ。魔術的強化を徹底的に施したハダリ
ーですら、魔石の出力を絞って管理していたんだ。素のまま呑み込めば、こう
いう結果になることは容易に想像がつく。

 馬鹿なのは分かっている。零姫に愚か者と詰られれば、否定する言葉はない。

 けれど、あたしは奇蹟に頼るしかなかった。そこに可能性があるのならば、
あたしのすべてを費やして、勝負に挑むしかなかった。
 ……その結果が、これか。

「イーリン! イーリン! しっかりせい!」

 ああ、なんてことだろう。零姫の声は深い悲しみに彩られている。あたしが
原因で、大好きな彼女を傷付けてしまっている。
 くそったれめ。あたしはリリー/零姫の笑顔が見たいのに、どうしてこんな
ことになってしまったのか。

「なぜじゃ! なぜ、そこまでするのじゃ。どうしてわらわなんぞのために死
のうとするのじゃ! 命まで賭けられるのじゃ!」

 それは、愚問が過ぎるってもんだぜ。

「だって、あんたはリリーじゃないか……」

 リリーは、あたしのために夢を捨てた。献身というものを教えてくれた。
 自分のためだけじゃなく、誰かのためにも生きられるということを、身をも
って証明してくれた。彼女は、あたしの未来だ。
 リリーがそうしてくれたように、あたしも、リリーのために尽くす。
 ……そしていま、あたしを抱いて涙を流してくれている少女は、零姫だけれ
ど、リリーでもあるんだ。彼女のためなら、あたしは自分さえも犠牲にできる。
 そうだ。あたしは、リリー/零姫のために、死ねる。
 もう、自分を失うことを怖れない。

 あたしの目的はなんだ。
 あたしの夢はなんだ。
外≠ヨ行くこと。
 リリーを外≠ヨと連れ出すこと。
 そのためにマーマは死んで、ハダリーも死んだんだ。それでもまだ犠牲が足
りないっていうのなら、今度はあたし自身を捨ててやる。
 リリーに自由を与えられるのなら、あたしは、なにも、いらない!

「ああああああああああああああああ!」

 力はあるんだ。魔石の力はいま、あたしの裡にある。足りないのはそれを制
御する器だ。あたしの肉体じゃ、魔石は飼い慣らせないんだ。

305 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:59:32


「イーリン、死ぬな!」

 死なないさ。このままじゃ、死ねないよ。零姫を外≠ヨと連れ出せる、そ
の確信が得られるまでは、死んでたまるか。

「莫迦者め。莫迦者め。こんなことをして、わらわが喜ぶと思ったのか。おま
えはなにも分かっておらんのじゃ」

 いや、分かるよ。なんにも知らない無知なあたしだったけれど、ダージョン
の胸に魔剣を突き立て、生命を吸われたとき、なんとなくだけれど、舞台の仕
掛けに気付いてしまった。気付かざるを得なかった。
 ……できれば、知らないまま果てたかったけれど、そうもいかない。
 だって、そうだろう?
 あの魔剣を、あたしは誰から託された。
〈針の城〉を統べるダージョンや、全知するリリー/零姫でさえ存在を察知で
きなかった魔女。あのひとなら、あたしとリリーの関係を知っていた。あのひ
となら、あたしに巨大蜘蛛にけしかけることもできた。あのひとなら、クーロ
ンストリートにも〈針の城〉にも近付かずに、マーマやロートルに命令を下す
ことができた。あのひとなら―――あたしに自覚させずに、あたしの行動を支
配することもできた。

 なんてことだろう。
 あたしは、あのひとに可愛がられていると思っていたのに。あのひとに、気
に入られていると思ったのに。……マーマの次に、好きだったのに。
 本物の家族だと、信じていたのに。

 莫迦野郎。大莫迦野郎。
 騙すなら、最後まで騙し通せっていうんだ。幸せのまま、あたしを死なせろ
っていうんだ。最後の最後に、後味の悪いもんを残しやがって。
 お陰で、せっかくリリーの腕の中で死ねるっていうのに、未練が残っちゃう
じゃないか。あんたが味方でいてくれないから、安心してくたばれないじゃな
いか。あんたが敵だから、あたしは、ここで死ぬわけにはいかなくなったんだ。

「零姫……結界は……晴れた、かな」

「……上級妖魔封じのあの結界は、街全体を術式として組んでおる。例えゾズ
マが死んでも消えることはないわ」

「そう、か……」

 上級妖魔封じ。
 だから、なのか。
 だから、リリーは〈針の城〉の外へと出られなかったのか。だから、ダージ
ョンは〈針の城〉に引きこもっていたのか。だから、あのひとは、直接、自分
の手でリリーをさらおうとはしなかったのか。
 こんな、回りくどいことをしたのか。

「なら……結界が……晴れた……ところで、安心……できない、か……」

「むしろ、最悪の状況になるわい」

 零姫の突っ込みに、あたしは不謹慎にも声を出して笑ってしまった。そうか、
あたしが状況を悪化させちまったのか。そいつは悪かったな。
 ……けれど、あの結界がある限り、リリーが外≠ヨと行けないのなら、い
つかは破らなければいけないんだ。

306 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 13:59:54


「おそらくだが、おまえの死と同時に、ゾズマの結界は消えるじゃろう」

「だろう、なぁ……」

「……知っておったのか」

「いや―――」

 確信はなかった。けれど、あたしの特異な躰は、どんな強力な魔術でも無効
化してしまう力を持っている。あたしの血を浴びせれば、頑固な呪縛も、たち
まち洗浄されてしまう。
 あのひとは、あたしになにを期待していたのか。あたしを利用して、なにを
得ようとしたのか。リリーを結界の外へと連れ出すことか。それとも、ダージ
ョンと対峙して、破れることか。……保険をかけて、両方の結末に対応してい
るとしたら、あたしの死は、いったいどんな意味を持つ。
 あのひとは、定期的にあたしの躰を診ていた。あのひとなら、あたし以上に、
あたしの躰の特異さを知っている。

 あたしはここで死ぬ。〈針の城〉の外までリリーを連れ出すことは叶わなか
った。その代わりに結界が消えてくれるなら……あのひとは、自ら〈針の城〉
に乗り込んで、リリーと接触できるというわけだ。
 あのひとの目的はリリーなんだ。十年前から、ダージョンが〈妖魔租界戦争〉
に勝利したときから、彼女はこの結末を計画していたんだ。

「駄目だ……」

 リリーは渡せない。リリーは誰にも奪わせない。彼女は自由だ。彼女は彼女
だけのものなんだ。

「うわあああああああああああああ!」

 死を振り払うために、声を張り上げる。

 最悪の人生だった。
 いやな思い出しかなかった。
 例えいいことがあっても、その直後に悲劇に見舞われた。
 世界はあたしを憎んでいると信じていた。
 悲しみがあたしのすべてだった。
 そんな最悪だらけのくそったれな人生だからこそ、あたしは、最後の最後に、
奇蹟に縋る。最後の最後まで、自分じゃない、他人の力に期待する。

 リリーを助けてくれ。
 零姫に笑顔を与えてくれ。
 あたしの代わりに、
 彼女を外≠ヨ。
 太陽の下へ。
 自由へ―――


307 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 14:00:30


「イーリン、気をしっかりと保て。わらわと一緒に外≠ヨ行くんじゃなかっ
たのか。おまえが、わらわと外≠フ架け橋となるんじゃなかったのか!」

 ああ、そうだよ畜生。
 ほんとはあたしだって行きたかったんだ。
 リリーと一緒に見たかったんだ。
 ほんとは悔しいんだ。
 死にたくないんだ。

「リリー、あたしの……分まで―――」

「イヤじゃ。聞きとうない! わらわは、白百合の娘は、おまえがいる外
を目指したのじゃ。おまえがおらん外≠ノ、どんな価値があるというのじゃ」

 いや、それは違う。
 リリーは外≠ヨと飛び出した。自分で霊路を拓いて、火焔天から飛び出し
た。その過程で、運命があたしとリリーを引き合わせたんだ。
 あたしはリリーがいなければ外≠ノ魅力を感じないけれど、リリーはあた
しがいなくても、外≠夢見ることはできる。あたしの目的はあんただけれ
ど、あんたの目的はあたしじゃなくて外≠ネんだ。

 ―――でも。
 最後にそう言ってくれたことは、ほんとに嬉しい。
 死にたくないけれど、もっと一緒に、どこまでも二人で生きたかったけれど、
こんなに幸せな気持ちで死ねるのなら……まぁそこそこ悪くはないぜ。

「イーリン、死ぬな!」

「リリー、生きて、くれ―――」

「イーリン!」

「あんたは……」

 あんたは自由だ。

「自由に、生きて……」

「イーリン!」

308 名前:火蜥蜴≠フイーリン ◆6./yeeLINg :2008/11/24(月) 14:00:51











     ―――ごめんね、マーマ。







         あたし、最高に親不孝だ。









.

309 名前:◆MidianP94o :2008/11/24(月) 14:14:01




Tokage VS Asellus

Regret

episode1

―A nightless city the"KOWLOON"―

THE END







next episode

―The"KOWLOON" blazing up―




310 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/12/07(日) 00:16:52
『彼女と彼女の』(Respect in "the picnic at the Night")

>>191

毎年の行事とはいえ交通規制や沿線町内会、自治体や消防への打ち合わせ、休憩所の手配。 
ひいては終了後の経路清掃や報告書作成、礼状発出、勿論生徒同士の表層的な反省会も。
大行事であればある程にその反動たる部分──煩雑な諸手続き──も目白押しに詰まっている。

 私は伊万里は生徒会役員と共にそれらの多忙な仕事を精力的にこなしていった。
そこでの伊万里を見続けた私の記録。

********** 以下。実録・的場伊万里はこういうヤツだ! **********

 昨年度以前の関係書類の捜索。書庫で。
一向に見つからない昨年の関係先名簿探しに入った時。
なかなか見つからなくて手間取る私たち。日はどんどん傾いて寮の門限が刻々と迫っていく。

 「また明日にする?ちょっと土曜日も予定埋めて貰う事になるけど」

 そういって今日は止めにしようとした私に、一人でムキになって倉庫へ入り結局探しだしたり。
妙なところでプライドの高いヤツ───。口角があがり、勝手に笑ってしまった事。

 他には、体育の時間の話。
1学期の評定を決める為の体力試験の場での斜め懸垂。
 
───いつもは無関心装っている癖に聴き耳なんて立てていた。
大抵の子達が話すこと「何回くらいできるの?」「私、5回?途中でやめる。腕太くなるし」
そんな意味のない話に大真面目に頷いてるんだ。なんだか可笑しかったな。
それで実際伊万里がやった回数は確か5回丁度。しかもどう見てもまだまだ出来るのにきっかり
5回で止めてるの。終ったあとに打ち合わせ通りのため息なんてついたりして。
……意外と面白いヤツなのかもしれない。


 後は、説明用の栞をステーブラーで留める時の話。
 止める場所を丁寧に定めて打ち続ける伊万里。ずれた分についてはすぐに
予備用のものと取り換える。

「少し位ならいいわ」、という私に
「他のと違うなら、困る」
───几帳面、、っていうか繊細なこと言うんだぁ…とか。
小柄な見た目と同じく愛らしい人なんだなって思えたりした話。 

********** 以上、これが私が知っている的場伊万里の全部 **********

311 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/12/07(日) 00:18:18
>>310

少しずつ近づいて行くと思える二人の距離。少なくともすっかり今では私は伊万里を少し引っ込み
思案の優しい子、位に思えるようになっている。
 あの屋上で見た彼女のビジョンは偶然の笑顔じゃないんだと強い期待を今では持っていた。

 多忙な私達は“偶然”にも歩行祭でともに歩くメンバーが決まっていなかった。 
勿論、日頃から仲の良い子──例えば同じ生徒会の白や悠木さん──と歩きたい
気持ちだって当初の私は強く持っていた。けれどこれは不幸中の幸いじゃないだろうか。
私はそこにピン、と気付く。
 だから二人の歩行祭は別に仕組んだ訳じゃなくて偶然の産物だった。…けれど結果的に有効
活用させてもらう事にして…そして今日に至る。

 確かに元々の目的からもちょっと関わりすぎが入ってる気もする。

”なし崩しに生徒会行事に参加してもらい、それでクラスや皆に打ち解けて貰う”
それでもその目的はどう考えても達成できそうに思えたのだから問題はないだろう。

 そういえば生徒会長である兄の伊織は何故か変な勘繰りを入れてきた。

「愛しちゃってるねぇ、だが、、、勿体ない」
「何よそれ。勝手な前提で話薦めないでくれる?」

 そこまで言う位、入れ込んでいるんだろうか。私は伊万里に。
『愛』だって。あり得ない。それに話はそんなに簡単なものじゃないんだから。
 肩をすくめてシカトする私になおも兄は食い下がる。

「だが瑛里華よ。初心でネンネなお前は大事なことを忘れてないかい?」

「…前に学生やってた時の言葉が抜けない位に兄さんが年寄りなのは分かったわ」

「──瑛里華。忘れてないか。優しさには二種類ある。兄の頭を殴る”動”の優しさがお前の優しさなら。
さしずめそれを看過する俺のこの慈愛に満ちた眼差しは…”静”の優しさと言ったところだね」

「優しさ成分なんて全部回収済みよ。兄さんを殴る寸前に。環境に配慮した副会長を宜しく」

「瑛里華。…あいつは普通を超えた馬鹿だが、言葉が足りないという点では更に性質が悪い。
 前向きなのはいいことだが、自分の身に置き換えて立止まるのもまた手だ。それにあの子は…」

「征のツンデレな優しさが麗しいね。そうだ。こんな話もある。とても好みの子が階段を
かけ上がっていく。そこで彼女は定期券を落としていった。後を追いかけようにも僕は両手が
ガラスの機材で塞がっていて動けない。だが彼女の顔が分からなければ返す時に不便な場合だろう」

「…定期なら名前入ってるんだし事務室に問い合わせればいいだけでしょう」

「まぁそう言うない。これには大いなる教訓が秘められているのだから」

「一応聞いてあげるわ。一体どんなー?」

「時には追いかけるよりも立ち止まって上を向いて考える事が大事っていうことさ」

……一瞬の間。

「変態──!」

突き飛ばし。吹き飛ぶ兄。征一郎さんがタイミング良くドアを開け、そこから兄が坂を転げていった。
 ドアの先の外では強い風にブルーシートがハタハタと音をたて靡いている。
嬉しそうに「水色」とか言いながら転がる兄と雨天の空を見ていたその日。
 予算担当の誠一郎さんが言うのだから気になるところはないわけではない。けれど、悩んでいたって
前には何も進まない。それが“突撃副会長”の異名を持つ私の国是だった。
そしてその時は1週間後の天気だけを案じていた位…行事への不安なんか微塵も感じていなかった。
 私がくっつきすぎだとしても、伊万里が嫌がるような素振りは全く見られなかったのだから。

312 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/12/07(日) 00:19:00
>311

海沿いのこのトンネルは永年の国道としての役割を終え、今では昨年末に出来た高台に
聳える立派な幹線に文字通りその道を譲っていた。
それでも江戸期から街道として使われていたこの道幅は申し分なくて、是非にと新設ルート
に申請したといった経緯があった。 
通り抜ける車両数も少なく、景観も素敵。この前の下見の時にはそう思っていたのだけれど。
実際季節も変われば品も変わるという按配か。
とはいえ、少し疲れが見られてきた隊列も、アスファルトが多い地域でわざわざ広がる生徒もいない。
時折大型の車──RV車──が3台、立て続けに駆け抜ける様なこともよくあって。
爆音が茫洋なまでに広がり、少し間の抜けた音に化けて、それはしじまに溶け込み、、、
ふわりと消え去るだけだった。 

男子の誰かが広がる音に緩急軽重をつけ、声真似をする。 
大爆笑。 
それから続いて卑猥な冗談を大声で叫ぶ子がいたりしていきなり列が色めきだった。
笑い声までがハウリングして、誰もがわざと声を出して試している。

けれど、みんなが広い環境に慣れてしまうと対照的に、丁度中腹までその歩を進めるに及んでしまえば
大声で話をする人が一人、二人といなくなり…単調なゲームが終わった頃には逆に不思議な光景が見られる
様になっていた。
 
少しカビくさい環境も。
弱く反響する声色も。 
人の密度きつくて、空気が薄くて塗る待って行く様相も、
髪の色が皆暗い黄色に染まりあがる色素の異常な世界観も。
そういうこと全てが私には初体験だった。 
集団ではないと味わえない不思議な世界、環境。
それにに私は思わず手を口へともっていった。

 微かに暗い中だと何故か声を潜めて、こそこそと…それでいて親密そうに
話すものらしい。
 見渡す限り、小さなグループが出来て、ひっそりと湿度の高い話題を中心に
みんながみんな違う生き物みたいに蠢いている。

私は完全にその流れにひとり、取り残されていて…クラスの中から浮足立っていた。
それできっと、こんな風に後ろめたい気持ちになってる。
場にいるだけで誰かの秘密にこっそり触れているみたいな、そんな不条理な気分。

それで前の茉奈の言葉に聴き耳たてて、知った顔して歩いてるんだ。
それで気付いた。
…今の私は誰かに似ているな、っていうことに。


───ああ、そうだったわね。
私は、違うんだ…っていう当たり前の事実に直面しただけなのに、どうしてこんなにも
悲しい気持ちになるの。
名前を付けるならきっとこれが疎外感というのだと思う。
疎外。…ものをしらない私が今初めて知った…人に関わる悲しさだった。

伊万里が何も話さないのが嬉しかった。 
もしかしたら私と同類なのかもしれないっていう、凄い黒い発想から。
あんなにも皆と一緒にいることを望んだのはこの私なのに。

       けれど、もし同条件なら?
  私から話しかければ誤魔化せるんじゃないの?きっとそうだわ。

淡い期待を持ってこのトンネル内で初めて隣の伊万里の顔を見た。

そこでやっと気づく。

手が自由に動く違和感に。  
失敗を感じた。 
暗さと湿度の重さが一度に悪い方向に傾いてきた。
自分に失望。 
きっとこの子もそう思ってるに違いない。 
トンネルの深さがうっとうしくて、私は飲み込まれていくようだった。 

”ここまで引っ張り回して置きながら一言もない嫌な奴……” 

私だって、自分が立場だったらきっとそう思う。
ダメだ。
踏み止まれ、私。 
暗くて狭いところはなれているでしょう? 
負けるな。私。 
 
そこに隣から、ため息の声。それに私は足まで止める。
彼女もやっぱり持っているのだろうか。私には気付かない人間としての
暗がりの言語を。
私にはきっとわからない言葉を話すつもりなんだ。
 
私の名を告げる伊万里。 
断固とした口調。 

高鳴る心臓。 
嫌な予感に鼓動がはやまる。時が緩慢になる。 

決める覚悟。 
”ああ、バレたのかな───”激しい鼓動とは別の様に頭の中はごく平坦だった。

────けれど、ここからが不思議な話。 

私と伊万里の二人が繋がっていける事になる、不思議な流れができていった… 
奇跡のような、奇妙な話。 
ゆっくりと歩きながら初めて自発的に話してくれた伊万里の言葉は。 
それはとても奇妙な内容。

歩行祭の昼はここからそのボルテージを極めることになったのだ。

313 名前:的場伊万里:2008/12/07(日) 01:26:49
>>312


 
 千堂さん。
 あなたは今死んでもいいと思えた瞬間って、ある?
 もしあなたがそんな風に思った事があるなら、その瞬間、死神があなたの元を訪れていた
かも知れないわね。
 聞いたことない?
 その人が最も美しい瞬間に現れて、その人を殺してしまう死神の話。
 名前はそう、確か――


 "不思議な泡"


 
 それは、何処にでもよくある話。
 "ウチの学校には、死神がいる"。
 全身黒尽くめのそいつは、人生の内で人が最も美しい絶頂期に現れて、美しいまま、そい
つを殺してしまうという。
 馬鹿馬鹿しくて、ありふれた話。
 だが、私たちの学校では、その存在は、さしたる証拠もないくせに、格段の信憑性を持っ
て語られていた。


 
 それまで冗談半分で語られていた"不気味な泡"のうわさは、とある事件をきっかけに真
実味を帯びる。
 第二バスケ部員連続失踪事件。
 とても仲の良かったオトモダチグループの四人のうち、三人が失踪した事件。
 学生には、転校したと告げられていたけど……。
 彼氏彼女と一番仲のよかった友達も、そのことを聞いていない。
 ケータイに連絡をしても、繋がらない。
 不審に思った生徒が家に連絡してみたら、

『……あの子は一週間前から、家に帰っていないんです』

 ……なんて言われてしまって。

 起爆剤になるには、十分過ぎた。
 "消えた三人は、一体何処に行ったのか?"
 生徒たちの関心はそこに向けられ、休み時間ともなるとその話題で教室は埋め尽くされ
た。
 
 その中で、一躍有力説としてあげられたのが、"三人は不気味な泡に殺されたのだ"とい
う説だ。
 何故?
 それにきっと、ろくな理由なんてない。
 ただ、何故か女子の間にしか伝わっていないこの噂が、三人が泥沼の三角関係の末に
殺しあったのだ、とか、あるいは、三人はヤバイ薬の売人で、それを横流ししようとしたため
に香港から来た凄腕の殺し屋に消されたのだ、なんて噂よりはよっぽど夢と浪漫に溢れて
いて、大半の学生たちが"ただ何となく生きる"だけのこの三年間が、なんだか宝箱に大事
にしまわれた宝石のように美しいものだと錯覚出来るから……だとおもう。
 


『ねえ、"不気味な泡"って、知ってる?』

 いつの頃からか、それがウチの学校の助詞たちの間での合言葉になった。 
 ひそやかに交わされる囁き。
 授業中に、
 休み時間に、
 放課後のグラウンドで、
 帰宅の路上で、
 女の子同士で交わされる、秘密の会話。
 決して語ってはいけないものを語るという、タブーを犯す高揚感。
 それが、彼女たちを"不気味な泡"に熱中させた。



 教室のドアをくぐって屋上へ行く時、不意に聞こえてきた会話。

「昨日、D組のサヨコが見たんだって……」
「何を?」
「"不気味な泡"」
「ウソでしょォ?」

 大嘘。
 おおかた、夕暮れに伸びる影法師を勘違いしただけに違いない。
 昨日は仕事なんてしていないのだから、"不思議な泡"が現れるワケがない。
 早く屋上に行こう。



 失踪したとされる、第二バスケ部の三人。
 彼らは確かに殺され、この世にはもういない。
 彼らを殺した奴が言うんだから、間違いない。
 そう。
 殺したのは、私だ。
 的場伊万里が、彼らを殺した。
 でも、彼らを殺したのは"不気味な泡"。
 つまり、的場伊万里は、



「その死神は……実は、私」

 心が冷えていくのを感じる。
 冗談めかしたはずのその言葉は、私自身にも、硬く、無機質に聞こえた。

314 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/12/09(火) 22:48:27
>>313

─────話しかけられるのをあんなにも楽しみに思っていたのに、どうして私は怖がって
     いるのだろう。

 我ながら自分勝手なことだ。
だから…。

       ※  ※  ※

ざわざわざわ、、、、、

 行く先の生徒たちから私にも分かる陽気な声が響き始める。
そういえば生暖かい空気に爽風の香りが混じり始めてきた。
長いトンネルも先が見えてきたようだ。 
洩れる光に皆の声が少しずつ大きく分かりやすいものになっていく。

 そんな中でも、水滴がしたたる音にも気が削がれる位、私の心は全く穏やかでは
ないものになっていた。
 私が、伊万里と違って普通の女の子じゃない事が発覚してしまって…酷い事に
なってしまうのを、伊万里自身を蔑ろにしてまで恐れ戦いていたのだから。

そんな中で話題を振ってくれた伊万里を見て、とても恥ずかしい気持ちになってしまう。




”不気味な泡”のお話。 

それは私たちにとって一つの憧れで、綺麗でありたいっていう絶対的な願望の
表れ…っていうことになっている。 
私以外の殆どの人に大きな共感を生んだ、小さな街にも洩れることなく存在する、
とてもセンセーショナルな都市伝説。

美しい時に現れて殺してくれる、耽美主義的な性別不明の死神”不気味な泡”。 
一時期、捕まえてみようなんて意見も生徒会にはあった位だ。誰でも知ってる一流の話題。 
風紀の悠木さんなんて、騒ぐ為の玩具を見つけたと謂わんばかりに大はしゃぎで。
私は呆れながらもその話題については深い興味を感じていた事を思い出す。

 つまりこれは、私なんかでも…誰でも知っている親しみやすい会話の端緒。
伊万里は私にそれを黙って明け渡してくれた…。


と、いうことは伊万里も私たちと親しくなりたいって思ってくれている。 
そう思って普通は差し支えないハズ─────。   
つまりは助け船を出してくれたんだ。…純粋に、そう思って感謝した。 
主従の立場が替わったみたいに彼女の背中に縋らせてもらおうと思ってしまった。
 

「へぇ────面白い」 

 謝意を心で表わしながらも何処までも意地悪い声で私は語る。
伊万里が皆の噂話なんて…。この子は絶対に聞いていないと思っていた部分もあるからだ。 
何時も休み時間は寝ているこの子。 
人の話の俎上に上がるなんて絶対に許せない、プライドの高い人だと思っていたのに。
凄い意外でしょう?
 
だが、会話を続けようとして私は躊躇した。その言葉は言ってはいけない言葉だったから。 
 
その違和感は、私の本音で…。誰にも言えない、鍵を渡せない閂の奥に秘められた事情に
よるものだ。言っても詮無い話。 

それは信じて貰えても苦しみを倍に増やすだけの、そんなつまらない真実。 
けれど、誰かに聞いてほしかった。この子なら甘えてもいいかななんて思ってしまった。
それ以上に、本当に少ない、、、ドロップ缶の中の飴玉みたいな私のたったの数か月だけれど…
大事な大事な記憶の束だって、16年間も立派に…普通に綺麗に生きてきた花束みたいな記憶
には絶対叶うわけないんだ────そんな風に既に実感している。 
    
だから今までとは違う、見てみたい、じゃなくて…見せて欲しいって思えたのよ…伊万里。
 
無理やり伊万里の手を再び握ろうとした。
理屈とかじゃない。 
ぬいぐるみを抱きしめるみたいな意味で伊万里の手をとろうとした。


 
 先頭集団が遂に光と陰の境界を踏み出して、大騒ぎした声が遠くから聞こえる。 
Luv4がその音を遮るように1台走り抜けた音がそれに続く。 
けれど、私の耳が強く拾っているのは、伊万里の。伊万里の中の血液が伝える…ほんの小さな
脈拍の、どくどく流れる可愛い音、ただそれだけだった。
それが私に大きな安心感を与えてくれる。 
私は、まだ一人じゃなくて、みんなの中にいるんだって実感させてくれる。


大丈夫。 
まだ、ゴールには程遠い。
前に進め。ちっぽけでも私の努力を見せつけるんだ。

「じゃあ──伊万里が普段寝てたのって、そういう仕事なかった時っていうコトよね。 
 そ、う、考えると───今日起きてるって言う事は、誰か狙ってる」 

「副会長として、誰相手でも…変な行為、見逃せないわよ。そうなったらまずは、私があなたの相手」 

 私は勝手に伊万里と向き合って同じ高さに顔寄せて…。 
きっと受け入れてくれる…勝手に信じて、頼って。
相手の気も知らないで、笑って…楽しげにこう続けていた。 


「どう?あなたに私が倒せるかしら?」

315 名前:的場伊万里:2008/12/10(水) 22:02:20
>>314
「倒せるよ」
 
 絡み合おうとする瑛里華の指先が、びくりと震えて――
 するりと、
 私の指が抜けた。
 強張る瑛里華を置いて、光の差し込むトンネルの向こう側へと、
 一歩、
 また一歩、
 瑛里華はついてこない。
 さらに一歩、
 そこは、暗いトンネルと明るい外の境界線。
 私はその境界線で、未だに強張る瑛里華を振り返り、

「倒せるよ」
 
 もう一度、そういった。
 今の私は、どんな顔をしているんだろう?
 自然に……笑えているかな。

316 名前:的場伊万里:2008/12/10(水) 22:09:12
One scene of girls in daily life
『彼女と彼女の』(She said [......])
>>185>>186>>187>>188>>189
>>190>>191>>310>>311>>312
>>313>>314>>315

 第一ラウンドは私の勝ち。
 瑛里華? このままじゃあなたに勝ち目はないわよ。

317 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/12/12(金) 00:20:18
>>316
私としたことが失敗ね。
だからあなたの勝ち。私が負け。

あーーー、悔しいっ。
残念だわ。 

何よ。あまり嬉しそうじゃないのね。
私、数学以外じゃ誰にも負けたことなんてなかったのよ。
だからもうちょっと嬉しそうに言ってもいいんだけどな。
だーめ。
余裕してる時間なんてあげない。
次は────そうはいかないんだから。伊万里ー!

(その言葉。
 私の事をちゃんと見てくれてる証拠だ!っていうことに気付いてるの?
 …)

Next time.
─── 『彼女と彼女の』【this time is all my life/ Erika side】

...探りあいの私たち自身。知りたい気持ち。語りたくない自分の闇/病み。
交わるごとに互いを殺す。

318 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/12/13(土) 10:41:56
一体どういうつもり。

"全然意味分かんないんですけど"

 
 走ってく背中見る。
周りの人はすでに仲良しになって歩いてた。
暗がりの中の魔法。

日差しが降り注いだ。雲の間から。


みんな歩きだす。
一斉に目、細めて。


何かの合図みたい。


                   ※   ※   ※

 

”待ってってば────” 

黙って聞いてくれていた伊万里が見せた最初の反抗だった。
出すべき言葉が喉の奥に詰まってしまい、とても悔しい気持ちが逆巻いてる。
悔しくて声が出ない何て言う事があるんだろうか。。
こうなってくると手に残った温かさの欠片が唐突に冷やかに思えてくるから不思議だ。 
 
勿論、途中まではすぐに走って追いかけた。 
けれど、『慌てる私』そんな珍しげなものを皆がちら見していて。
モノ言いたげな皆の視線に気づいてしまったならば立ち止まらざるを得なくなる。 
伊万里のコトは当然大事。けれど私の目標は皆に楽しんでもらうことなのを忘れてはいけない。
それを見失ったら結果全てが本末転倒になるのだ。 

「瑛里華ー顔色暗いよ。疲れた?」 
「あー、もうすっごい緊張して──。早くガッコ戻って抹茶ラテのみたぃー」 

作った声、猫なで声で手頃なグループの中に入り込む。  
どうしようもない甘えた時間。さっきまでとは違う、結構嫌いじゃない時間が私を包み込む。
見渡すと光の中でも、闇の中でも変わらずに輝いてる高校生の顔、顔、顔。 
私を取り巻くのは少し疲れていても普段通りの光景にすぎなかった。 
 
それが却って伊万里の背中を意識させてげんなりしてしまう。 
私が追わない事にも振り向いたりしない女、的場伊万里。 
実は自信過剰。そんなことで気付かれし始めている女、千堂瑛里華。



        ”倒せるよ” 




あの言葉が私の耳に残って鳴り響く。 
トンネルはもう終わりを告げたのに。

319 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/12/13(土) 10:43:18
>>318 『彼女と彼女の』【this time is all my life/ Erika side】

本当を言うと、役員に就任してからずっと、いつも気に掛っていた。  
印象…何時も窓側の柱とカーテンの隙間に身を潜めるようにして座っている人。 

柱とカーテンの庇護下に佇むのが的場伊万里。 
色は奇麗でも、誰も気にしない蒲公英の花。 
伊万里はきっと蒲公英になりたいんだと私は信じてる。
勿論勝手に。
綺麗にひっそり咲いて。踏まれても全然堪えない。
散る頃になったら真っ白になって飛び散って…自分を虐げた皆の事を高い空から
見下ろしていく。最初からみんなのことなんて知らないんだって言う状況。
…やっぱりそっくり。我ながらちょっと上手い例えね。

でもどうせなら同じ黄色い花なら向日葵の方がずっと素敵だと思わない?
大きな顔でみんなを見つめてくれる明るい花。

伊万里向日葵化計画。
髪を伸ばしてみたり、座る席を前の方にしてみたり…勝手に頭の中で改造して楽しんでみた。
後はもちろん伊万里が向日葵みたいに微笑んでるところとかも。
それでこの子が笑って自然にみんなも釣られて。
変なことで悲しくなって少し涙目になったりしたら、周りも──結構泣くの実は好きなこ多いし──
付き合って顔歪めたりしてくれて。
わたしはそれをきっと見ながら、もっと楽しい生活を考える為に走り続けるんだ。

そんな世界って絶対に楽しいなって思うんだけど、みんなが楽しく遊んだり笑ったり
しているような教室。心が一つになってるようなガッコ。
夢なんだけど。割とそう言う雰囲気────………。

320 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/12/13(土) 10:43:59
>>319 『彼女と彼女の』【this time is all my life/ Erika side】

あの日は私がこのクラスになって数カ月後のこと。 
一学期の中間試験期間中だったのを今でも忘れない。 
その時起きた事による心的外傷は、ちりちりと焼け付くように今日の日を目指す衝動として
私の中で生き続けてきたのだ。

4次限の授業も終わり、響きわたるチョーク音が椅子机のざわめき音に追いやられた
12時20分の時の中。 
みんなが他の教室に、仲良い人の居場所へと群れ動く。 
人と心の居場所が理系の講義という名の圧迫から解き放たれて、何処か空気すら軽く
肌に優しく思わせる。 
そんな雑然としていても涼しげな麻布の様な時の中、一人私は重苦しく横たわる
課題について心を倦んでいた。 

自分としては気を使った積りだった。 
私はそっと眠り気味の伊万里の腕の間に試験範囲が書かれたプリントを忍ばせたのは。 
切れ長の瞳に鋭角的な頬を正面から見るのを恐れていたのかもしれない。 
伊万里が人を直視しないのは自分でもその効用をしっているからだろう。 
だから私は後ろから手を差し出した…。 
本当に、それだけ。 
そういえば何時だって寝るのが気持ちいい訳じゃない顔してた顔していた。
寝る為なのに、ストイックな顔して目を閉じていて。 
眠る授業科目というものがあるのなら、きっとこの顔に皆はなるのだろう。 
…例えるなら、そう…きっとそんな顔。

321 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/12/13(土) 10:44:46
>>320 『彼女と彼女の』【this time is all my life/ Erika side】

試験範囲の変更用紙を私は順序良く配り、律儀に言伝とともに歩いていた私は
当然、クラスに馴染まない伊万里にも同じ事をするつもりでいた。 
そろりと後ろに回り体に覆いかぶさるように手を出した時。 

ぱぁん。 

小気味のいい音が他人事みたいに教室中に響き渡っていた。 
一瞬時が止まった。 
皆、唖然として…すぐに小さく声をあげる。 

何か言ってる皆の声で初めて私、手がじんわりしびれてきた様に感じて… 
あ、手が払われたんだ────って気づき始めてきた。 
緊張感にある生徒は何処となく教室から逃げ出して行った”らしい”。

というのも、私はその時本気数秒間、呆けたように立ち尽くしていたんだって。
その時の詳しい情景はだから全て伝聞に頼らざるを得ない。…我がことながら
情けないけれど…仕方なかったと思いたい。
何故なら手よりも傷んだのは心だったから…心が痛んだのは初めてだったから 
何処までも私は痛みには不感症だったから、反応が遅れたんだと思う。 
 
けれど、そんな遅延気味な私の反応があった後も… 
伊万里は一瞬のやるせない顔の後… 
まだ半分煩そうな顔しつつも顔を伏せっていたよね。 

そこで数人が詰め寄ってきた…亜季に山木さん達…クラスのリーダー格。
そこからやっと私がよく覚えている領域に戻ってくる。 
自体の回避をとっさに考えるなんて…私の生徒会役員としての根性は本気で
筋金入りで笑えてきちゃう。

「やる気あるぅー、ノリいいじゃない的場さん。今のハイタッチ気合い十分!」 

笑え、瑛里華。 
そして振り向くな。

あのね?伊万里。
突然手を出したのが悪いにしても、あんまりだって今でも言いたいんだから、ね。  
でも、私は余りにあの時は自分が見えなくなってたみたいで… 
そんな風に謎のフォローを入れても後が続かなくて…立ち去ることしかできなかった。 
 
”私の手は別に汚くない…”

一人でトイレへ行って手を洗い、念入りにうがいをした。  
うがいをしても、出す水の色がとても気になって10回くらいすすいでたのは
まだいい方。  
手を拭く。 
そのハンカチを破って捨てる。
それでも全然治まらなくて悔しくなって、寮に戻って一人で泣いた。 
 
悔しくて泣ける事をその時初めて私は知った。

本当に試験準備期間中でよかった。
生徒会活動が自主休業中の期間中で。 
監督生室の面々は私の表面的な取り繕いなんて見逃さない人たちばかりだから。 
 
       ※※ ※ ※※
 
こんな事で挫折味わって思って泣くなんて、どうかしていたのは分かっている。  
原因は少しのトラウマ。
それは否定できない根源。 
けど、私の人格はそんなのを超えたところにきちんとあると信じてたハズだったし…


きっと普通の皆はこんな事で情緒不安定にはならない筈だ。 
勿論、的場伊万里だって、きっと。

322 名前:千堂瑛里華 ◆wink.Lilzk :2008/12/13(土) 10:45:59
>>318 (>>321)

気付けば手を私はじっと見続けていた。 
あの子の手の温もりと、あの時払われた感触…その両方を思い出す為に。 
そして”やはり”と心に誓う。

 ”そうやってまた私から逃げられると思っているの? 
  絶対に言葉と裏腹に駆けだす伊万里を、私は許さないわ” 


唐突に不協和音。 
”瑛里華、無線無線!” 
みんなが口々に指摘してくれる。

─────あ、いけない。 

無線機の音がクレシェンドに広がりだした。  
隊列全体がトンネルを向け、次に進む為の合図のシグナル。
そうだ。 
次の仕事が私たちには待ち受けている。 
この祭りはまだまだ長い。 

このトンネルの向こう側は中学校や小学校の立ち並ぶ住宅街へと続く道。 
同じ服装の少し年上の人たちが歩くさまを、帰宅途中の小学生たちが
無遠慮に観察の視線を這わせてくる地域に少しずつ入ってくる。 


既にスクールゾーンの指定時間は当然過ぎているこの時間は、交差点でのスムーズな
移動が何よりも管理上の課題としてあげられる。 
百人を超える学生たちは、止まるのは大好き。 
だけれど、一度動き出した流れを中断されるのを何よりも嫌うのだ。 

大声で出口に向かって私は叫んだ。 
こちらを振り向きもしない、伊万里の顔めがけて…今は私怨もなしに副会長の顔で申し渡した。

「R43セブンイレブン前横断歩道…今から2キロ先地点。そのまま行って整理お願い──」 

あの子は任かされた仕事は何でも違和感無くこなしてくれてきた。 
半ば強引に巻き込まれた生徒会の仕事──例えそれが人と多数接する諸所の折衝事務であれ──
仕事となると、それが暗示のように機敏に動いてくれる。 

”…仕事だから仲良くして、って言いたくなるわよ” 

一人ごりになりながらも、私は最後尾から現在の進行状況尾を確認する。 

伊万里は気になるし、さっきの言葉の真意は問いただすのが急務だとは分かってる。 
けれど、お互いに次の作戦を練る必要がきっとある。
高校生という時は、少しの事でも意外に計画的に動いている世代なんだと実感させられてきた。
走り幅跳びで並ぶ立ち位置。 
休み時間に腰をかける机の位置。 
歩く時の手の指の置き場所。 
屋外に出る順序。
何事にも作戦が必要…

「そうだよね、茉奈」 
「あー、、そうそう、そうー」 

唐突に話題だけ振って適当な言葉を楽しんだりして。 
私は伊万里の本当の言葉の意味を考えていた。 
『死神、伊万里』の言葉の意味を。

323 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:40:48






物語を選んでください。







324 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:41:16




 帝都 東京
>罪都 倫敦
 魔都 香港
 幻都 巴里
 妖都 京都






■都 伯■





325 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:42:00








御伽噺をしてあげよう









326 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:42:21






ここではないどこか

いまではないいつか

不思議で不条理で不幸ふしあわせせな

少し残酷な御伽噺を

とこしえのくにエーバーランドのお話を







327 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:42:42








この物語は狂ったように鳴り響くビッグベンの鐘の音から始まる










328 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:43:03



ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン 
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン

ビッグベンの鐘の音が狂ったように鳴り響く

ここは倫敦、暗黒の都

空には黒雲ひろがって 地には黒煙たちこめる 明けることの無い常夜の都

スモッグ スモッグ スモッグ スモッグ 

黒煙吹き荒れる帝都倫敦

スモッグ スモッグ スモッグ スモッグ 

排煙吹き上げる廃都倫敦!




329 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:43:26



罪都倫敦 

暗黒帝国ダークエンパイアと忌み嫌われる 常夜の国グランブラタンの『麗しき』帝都

テムズは黒々とにごり そこより立ち上る黒い霧は 死神の衣のごとく生けるものを覆い隠す 

生けるものの瞳を その瞳に浮かぶ希望を覆い隠す

そしてその霧にまぎれ 犯罪者たちが街を跋扈する

盗人 詐欺師 美人局 そして猟奇殺人者たちが闊歩する

『切り裂きジャック』 『バネ脚ジャック』 『隻眼の街娼』に『スティッチフェイス』

いずれ劣らぬ惨殺者たち

だが彼らとてこの街における最高の捕食者というわけではない

この街における最高の捕食者は ヒエラルキーの頂点は

吸血鬼だ

吸血鬼

冷酷無慈悲の冷血者ども

生き血を啜り温血者をしいする 文字通りの意味での捕食者どもだ

そう この街では 生ける死者が躍動し 生者はたやすく死者となる

捕食者によって 冷血者によって 吸血鬼によって

吸血鬼によって

そして今宵もまた 吸血鬼にまつわる物語が幕を開けようとしていた






330 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:43:48









ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン 
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン

ビッグベンの鐘の音が狂ったように鳴り響く














331 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:44:16








第一話 「Dance with Vampire」








332 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:44:35








この街の空は 暗い色をしている









333 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:44:51



ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン 
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン

ビッグベンの鐘の音が狂ったように鳴り響く

その音に同期、同調し共鳴する街中の鐘の音

鳴り響くのは鐘の音だけではない

降り注ぐ雨の音

絶え間なく降り注ぐ雨がフードの上ではじけ耳を打つ

雨が街をぬらしていた

黒い空から 降り注ぐ黒い雨が

暗い街に 降り注ぐ暗い雨が

黒い雨が暗い街をぬらしていた




334 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:45:08



 深夜。吸血鬼たちにとっては一日の中で最も活動的な時間。だがこの雨のせ
いか流水を嫌うエルダーたちも屋敷に籠もり外に出ようとはしない。

「好都合だ」

 イグナッツ・ズワクフは己にも聞き取れぬような声でそうつぶやくと、目深
にかぶったフードのしたから屋敷の裏口を見やる。イグナッツは10代前半ほ
どの白人ファランの少年だった。中肉中背、ポンチョの下はTシャツにジーンズ、
スニーカー、そしてアーマージャケットとデータグラス。突入用の動きやすい
服装だ。一番上に羽織ったポンチョは光学迷彩のものではなく、通常の都市迷
彩の防水ポンチョだった。雨の日は光学迷彩の効果が格段に落ちるためだ。
イグナッツは雨に打たれながら館の様子をうかがう。異常は無い。ここまでは
全て予定通りだ。

 時間の経過と共に緊張感が湧き上がってくる。だが嫌な緊張感ではない。心
地よい緊張感。なんだかんだ言っても、結局はこれが好きなのだ。この殺伐と
した殺し合いの空気が。

 ポンチョの内側に隠した短機関銃の銃杷を握る。消音機付のH&K。殺傷能
力を重視して拳銃弾ではなく5.56mm の小銃弾の弾薬を使える銃を選んだ。右
の太ももにはバックアップの拳銃。当然、刃物好きとしてはナイフと西洋剃刀(スティレット
も忘れない。ドレスコードは押さえてある。準備万端とは言いがたいが、急な
パーティーに参加する盛装としては充分だ。

 腕時計に目を落す。あと3分。もうすぐだ。

 その瞬間、まばゆい光が視界を照らす。サーチライト?いや、稲光だ。稲光。
そして雷鳴。自然に発生したものではない。テスラタワーの放つ人為的な雷だ。
テスラタワー。この倫敦中に隈なく電力を供給する無線式送電装置。見上げれ
ばその雄大な姿はこの街のどこにいても目に入る。郊外にそびえ立つ、軌道エ
レベータと並ぶ2大バベルの塔だ。いや、データセンターもあわせれば3大か。
いまだ見たことのない、存在だけは噂されるデータセンター。バベッジ式の
コンピュータ100万台を収納した超弩級のデータセンター、『THE BABEL』。
この英国のどこかにあるとの噂だが、いまだ見たものは存在しない。再び、雷
がアークを描き闇夜を照らす。青白い光が天を覆う。だがそれも一瞬。闇の帳
がまた訪れる。そしてまた稲光。




335 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:45:30



「そろそろ始まるわよイギー」

 プリマヴェラ・ボビンスキが心底楽しげにそうささやく。彼女はもうお待ち
かねだ。彼女は快楽殺人性。おまけに人間の血が大好物だ。まあ、ドールとし
ては人並みか。

 プリマヴェラはイグナッツよりも2、3歳は若く見える少女だ。ティーンエ
イジャーになるかならないかの幼い少女。あくまで見た目は、だが。黒い髪に
緑の瞳、病的に白い肌の少女、いやデッドガール。彼女の服装は異彩を放って
いた。似合ってはいるがTPOをわきまえていない。纏っているポンチョはイギー
と同じだがその下の服装は大きく違う。これから突入を行うというのにピンヒ
ールを履きディオールの真紅のドレスを着ていた。素材はもちろんダーマプラ
スティック。クチュールではなくプレタボルテなのがまだもや救いか。おまけ
に武器のつもりか、鞭を右の腰にぶら下げていた。豪奢に飾られた倒錯的な鞭
だ。素材はこれまたダーマプラスティックだ。仕舞いにはお気に入りの香水
『殉教の処女』までつけている。

 時計を見ると、彼女の言うとおり突入の時間まで1分を切っていた。イグナッツ
は短機関銃のボルトを操作し初弾を薬室に送り込む。そして拳銃とナイフの位
置をもう一度確認。大丈夫だ。これならとっさの時にもすばやく確実に抜くこ
とができる。



336 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:46:00


『みんな準備はいい?』

 アリョーシャが最後の確認をしてくる。アリョーシャはアルビノのロシア人。
生まれつき極度に虚弱な体の変わりに、たぐいまれな電情戦の才能を持った怪
物だ。彼女は1ブロックほど離れた場所に停めたバンからイグナッツたちの援
護を行なう手はずになっていた。この序の乗っているバンは外見は薄汚いポン
コツだが、中身は最新の電子の要塞だ。彼女の手によってすでにこの館の警備
システムは掌握されていた。

「もちろんよ。おまちかねだわ。さあ、パーティーをはじめましょう!」

 プリマヴェラが躁病的に返事をする。イグナッツもそっけなく答えを返した。
 刻々と時間が経過していく。10秒をきったところからアリョーシャのカウ
ントが始まった。

『10・9・8』

 カウントが進む。カウントが進む。

『3・2・1』

『0!』『では突入いたします。くれぐれもお体にはお気をつけて』

 やや興奮気味のアリョーシャの声と、落ち着き払ったカオルコの声。同時に
正面玄関がぶち破られる音が聞こえてくる。

「それじゃ、わたし達も行くわよ、イギー」

 わかったよプリマヴェラ。イグナッツはそう答えると、短機関銃の安全装置
を外した。一瞬だけプリマヴェラと見つめあう。さあ、パーティーの始まりだ!
 
 そして少年と少女ドールは屋敷の中へと飛び込んでいった。


337 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:46:30





 絶望が人を殺すのではない。
 諦観が人を殺すのではない。

 退屈が人を殺すのだ。







338 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:47:29






 2 days ago







339 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:48:15


 ぼくはいい加減うんざりしていた。

 ここ一週間ほど続いている悪天候のせいで海峡を渡ることができなかったか
らだ。ここまでは上手くいってたって言うのに、最後の最後で躓くなんて。そ
う最後の最後で、だ。もうあと一歩でぼくはやつらから逃げ切れるところまで
来ていたんだ。この国から出てしまえばやつらはまず追ってはこない。たかだ
か1万ポンドのためだけに旧大陸までは追ってはこない。

 人間にコケにされたと、どこまでも執拗に追うようなエルダーもいるが、ヘ
ルベルトのやつはそんなにケツの穴の小さな貴族ではない。(しかしヘルベル
トとケツと言う単語を同じ一文に入れるのは、正直言ってぞっとする。そうは
思わないかい?)半年も顔をあわせなければぼくのことなどすっかり忘れてし
まうことだろう。そもそもあいつには返してもらっていない貸しだっていくつ
かあるんだ。

 そんなわけでこの国から出てしまえさえすれば、ひとまずぼくの身は安泰だっ
た。独逸やルーマニアなどさえ避ければ、危険が及ぶようなことはまず無いはずだ。

 そう、だからもう少しでぼくは自由になれる。……はずだっていうのに海が時
化って船は出ず、海峡トンネルは復旧が一向に進まず放置されたまま。もちろん
オーニソプターに乗る金なんて無い。軌道エレベーターATLACH=NACHAで上に行くなんて夢のまた夢だ。

 かくしてぼくはこの暗黒帝国から出ることはかなわず、こんな港町の場末の酒
場で安酒をかっくらっているというわけさ。



340 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:49:09

 安酒ジンを口元へと運ぶ。店の奥まった位置にある席にぼくは腰掛けていた。
入口を見張ることができ、非常口にも程近い場所だ。ヘルベルトのやつが真剣にぼ
くのことを探しているとは思えないが、用心はするに越したことは無いからね。

 合成物のにおいが鼻につく安物を飲みながらぼくは真剣に考えをめぐらしていた。
そろそろこの町から離れる頃合かもしれなかった。そろそろ誰かが探しに来て
もおかしくは無かったからだ。無論、まだ追っ手がかかっていない可能性は高い。
それならば無駄に動いて目立つ必要など無く、あと何日かゆっくりと天候が回復
するのを待てばいい。

 だが問題なのはすでに追っ手がかかっていた場合だ。すでに何日もこの町に
滞在している。この国において貴族の手はとても長い。出国しようとするもの
に対しては特にだ。そしてここは港町。見つけてくれといってるようなものじゃ
ないか。

 それに、だ。情けない話だが、そろそろ懐具合も寂しくなってきていた。

 ケータイを取り出しロックを解除。タッチパネルになったディスプレイを操
作しブラウザを起動する。

 ぼくが最近愛用しているのはオレンジの愛称で知られるクロックワークス社
の携帯だ。なぜクロックワークス社がオレンジと呼ばれるのかを説明すれば、
同社のロゴマークが一口かじられたオレンジだということに由来する。まあ、
どうでもいいトリビアさ。

 この携帯は普段使っているものではない。まったく同型だが別のものだ。い
ざというときのために用意した予備のケータイだった。この携帯の存在はプリ
マヴェラですら知らない。当然名義も別人のもので、ぼくと結び付けられる心
配はまずは無い。ちなみに普段使っていたケータイは倫敦を出るときに長距離
バスの荷物室に放り込んできた。これで最寄の基地局から居場所を割り出され
る心配は無かった。



341 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:49:28

 ブラウザが起動すると、ブックマークからネストと呼ばれるwebページを選択。
このサイトは、仕事の斡旋を行ってくれるサービスを提供していた。ここでは
登録した人物が、こなした仕事の数と達成率、頻度、顧客の満足度、そのたも
ろもろのデータによって数値化されランクづけされる。上位のランクにいけば
いくほどよりおいしい仕事が斡旋される仕組みになっていた。

 一種の日雇い派遣だが、普通の派遣会社と違うのは、斡旋される仕事がすべ
て半合法もしくは非合法だということ。当然登録している利用者たちもまとも
なやつなどいはしなかった。

 サイトの入口で普段使っているのとは別のIDとパスワードを使いログイン
する。ぼくと年恰好の近いリバプール出身のスクワッターに登録させたアカウ
ントだ。利用者の個人情報は最大限保護されるという話だが、はっきり言って
それを信用するほど間抜けじゃない。

 大量の仕事がディスプレイに表示されていく。

 警備員募集
 勧誘業務
 潜入工作員募集
 新製品輸送

 胡散臭い仕事が山ほど出てくる。

 このアカウントでは2度ほど簡単な仕事をこなしただけなのでランクは最低
に限りなく近く、ろくな仕事もなかなか見つからない。機密度の高い仕事は表
示されない。



342 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:50:09

 条件を変えつつ絞りつつ検索すること30分。どうやらこのアカウントで調
べられる範囲では、ぼくの手配はまわってはいないようだ。ついでに手近な場
所で手軽にできるようなおあつらえ向きの仕事も無かった。

 安堵と疑心と苛立ちの混じったため息を軽くつくとブラウジングを終了しオー
ディオを起動する。イヤホンを取り付け耳にはめるとボリュームを調整しシャッ
フルをスタート。イヤホンからテクノ調のポップスが流れ出す。最近流行の3
人組のデッドガールズによるアイドルユニットだ。電子音と甘い声がささくれ
立った神経をそっと癒す。

 ふと、〈セイレーン〉の噂を思い出した。聞いたものをドール化する電子ウ
イルスが出回っているとの都市伝説フォークロアを思い出した。馬鹿らしい。そんなものが
作れるのならデッドガールはこんなちっぽけな島国に引きこもっている必要が
無いじゃないか。どうせまた人間戦線の誹謗中傷とプロパガンダに違いない。
やつらの人形打ちこわしラッダイトに対する情熱は日増しに強くなっていく。ビッグブルー
がこの国に上陸してからはなおさらのことだ。倫敦を出る直前に寄ったノート
ルダム寺院には、人間戦線の賛同者によるものとおぼしき『Welcome, Big Blue Seriously』
のスプレーアートが施されていた。



343 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:50:25


 さて、どうしようか。
 ぼくは空になったグラスを置き小さくため息をついた。

 そんなときだった。入口が開き、ドアベルの音とともに女が入ってきたのは。
 
 それを見たぼくは思わずうめき声を上げた。女がメイドだったからだ。もち
ろん娼館にいるようなフレンチメイドではなく、お仕着せでつま先から頭のてっ
ぺんまで隙無く覆っている本物のメイドだ。最悪なことにその肩には紋章まで
が刻んであった。つまりは〈貴族〉の手下である可能性が非常に高いというわ
け。人間の貴族なんてほとんど残っていないからね。すねに傷持つぼくとして
は一目見ただけで逃げ出したくなるような相手だ。

 だけどまだぼくを探しに来たと決まったわけではない。それでもぼくは目立
たぬようにわずかに顔をうつむかせた。

 だが、ぼくの希望的観測はあっけなく潰えた。

 女は客たちの奇異と嫌悪の視線にさらされながらも気にすることは無く、入
口に立ったまま悠然と店内を見回した。そしてぼくに目を留めるとこちらにむ
けて歩き出した。女の右手がお仕着せの上に羽織った外套の内側へと滑り込む。

 そばかすの目立つ女の顔に品の無い笑みが浮かんだ。視線はぼくに固定され
たままだ。足運びはネコ科の猛獣のようにしなやかで力強い。素人とは思えな
かった。そして女が口を開く。

「ぼうやはわるいこだわさ。ヘルベルトのだんな心配しているよ」

 ぼくは天を仰ぎたくなった。罰当たりな言葉が口から漏れそうになる。もう
間違いない。女は間違いなくぼくを探していたのだ。



344 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:50:36


 女がもったいぶるようにゆっくりと近づいてくる。上着の内側に吊るしてい
るのがなにかはわからないが、ぼくがどんなやつか知っていて、なおかつわざ
わざこんなところまで追ってきたのだ、それなりの得物を準備してあるのだろ
う。対するぼくの手持ちの武器はバニューブ鋼のスイッチブレイドが一本とGrendel P10
が一丁だけ。バックアップも予備の弾もなし。もともとぼくの仕事はエスコー
トであって凶手ではない。それはプリマヴェラの専門分野だ。ぼくらは互いの
専門に敬意を払っているから相手の領分を侵したりはしないのだ。というわけ
で腕前の方はまあそれなり。相手がいっぱしのプロならばケツをまくって逃げ
た方がいい程度の腕前だ。そして相手はどう見てもその筋の職業人だ。はっき
りいって勝ち目は薄い。ポケットの中のカミカゼドラッグをキメる時間さえあ
れば何とかなるかもしれないが、そんな時間は与えてくれそうも無かった。

 だからぼくは椅子から飛び上がりテーブルを蹴散らして非常口へと走り出す。
逃げるが勝ち。逃げるに如かずというやつだ。けれどぼくの足は3歩と行かな
いうちに止まることになった。

 非常口からもう一人メイドが入ってきたからだ。先のメイドと同じ服装をし
たブルネットの女だ。年のころは20代の半ばから後半といったところ。一見
穏やかな表情ながらその目は鋭い。だが、何より目を引くのはその右手に握っ
た拳銃だ。しかも銃口はすでにぼくの方へと向けられていた。

「ちょ……」

 女はぼくに言葉を発する暇さえ与えてはくれなかった。
 次の瞬間、衝撃が腹を貫き、ぼくは小汚い床に崩れ落ちた。




345 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:50:53


「やっちまったんスか、メイド長」

「殺してません。生かしたまま連れてくるようにとのことでしたから。あなた
も聞いていたでしょう?それよりノーラ、言葉遣いを直しなさいと何度いったら……」

 メイドたちの声が鼓膜を振るわせる。ぼくはまだ生きていた。とはいうもの
の元気というには程遠い状態だ。全身に力が入らない。感覚は無く、ひどい痺
れとだるさがぼくを襲っていた。生まれたての小鹿のように震える腕。その感
覚の無い腕で衝撃の走った腹部をなでる。出血は無かった。ただTシャツに焦
げたような小さな痕があった。

 ぼくを撃った女へと視線を向ける。女は右手に黒いつや消しの拳銃のような
ものを握っていた。だが拳銃ではない。よく見ればそれが何であるかはすぐに
わかった。ぼくも何度か仕事で使ったことがあったからだ。
 パラライザ。無線送電式のスタンガン。この国で送電に使われているテスラ
式無線送電システムを小型化したものだ。

「おい坊主、いきてっか?」

 入口から入ってきた方のメイド、そばかすの浮いた顔の女が言う

「……いきなり何するんだ、このそばかす女」

 咳き込みながらも何とか言葉を返すぼく。

「やったのはおれじゃねーよ。そっちのおっかねえメイド長だっつーの。だい
たいおめーが悪いんじゃねえか。借りたものは返せとママに教わんなかっただか」

「10日まではまだ1週間もあるじゃないか」

 弱弱しい声でぼくは非難の声を上げる。

「そんなの言い訳になるわけがねー。返す気がねえならそんなの意味ねえだよ」

 そばかす女はそういうともう一人のメイドの方を振り返った。

「メイド長、こいつ案外元気みたいっすよ」

「そうですね、念には念を入れておきましょうか」

 メイド長と呼ばれた鋭い目つきの女がパラライザをぼくへと向ける。

 おいおい、この状態のぼくにもう一発打ち込むつもりなのか?出力にもよる
がへたすりゃはじめの一撃で死ぬ場合だってあるんだぜ?そんなぼくの内心な
どかまうことは無く、メイド長はあっさりとパラライザの引き金を引いた。

 そしてぼくの意識は今度こそ完全に断ち切られた。くそっ。



346 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:51:21



ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン 
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン

ビッグベンの鐘の音が狂ったように鳴り響く

時は 正午 

燦燦と陽光降り注ぐとき 燦燦と陽光降り注がねばならぬとき

だがこの街に日の光が差すことは無い

なぜならここは 明けることの無い夜の都

この闇に閉ざされた 罪都では

昼も夜も 区別は無い

ただ 陰が 闇が 常に天と地を覆うだけだ

そんななか 少年は一路 北へと連れさられる





347 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:51:48




ここは倫敦、暗黒の都

テムズの北のベーカー街の 端に位置する 伝説の部屋

その前に 馬車が一台 停車する





348 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:52:22


 気絶したぼくは馬車に乗せられて、一路倫敦へ連れ戻される。ただし連れて
行かれた先は、ヘルベルトの屋敷ではなくベーカー街だった。ベーカー街へと
はいった馬車は徐々に速度を落としていき、そしてついに停止する。

「おら!着いたぞ。もたもたせずに降りろ」

 そばかすメイドの声にせっつかれ、蹴り出されるようにして馬車から降ろさ
れた。そのまま引きずられるようにしてマンションの一室へぞんざいに運び込
まれる。手かせ足かせをはめられているせいで、思うように動けない。まあ、
上手く動けない理由はそれだけじゃないんだけどね。薬をうたれたんだ。その
せいで全身に力が入らず、頭はぼんやり、意識は朦朧としている。

 その途中で街頭に照らされる建物の外観が目に入った。見覚えのある建物。
すぐに思い出した。ベーカー街221B。いわずと知れたあの探偵のマンションだ。

 ぼんやりとかすむ意識の中で考える。こいつは運が向いてきたかもしれない。
メイドたちにとっ捕まったときは、もはやヘルベルトに首筋を差し出し、ケツ
を貸すしかないかとあきらめかけていたが、なんとかなりそうな風向きになっ
てきた。

 そんなことを考えているうちに気がつけば部屋の中へと運び込まれていた。
うたれた薬の影響で、意識がときおり途切れ途切れになる。

 応接室へと運び込まれたぼくは入口近くのソファーへと投げ出された。左手
にちくりとした痛みが走る。みると注射器を手にしたメイド長がぼくのすぐ傍
に立ち、中の液体をぼくの静脈に注ぎこんでいる最中だった。すると、すぐに
気分がよくなってきた。どうやら中和剤の類だったのだろう。5分もすると自
分の状態をしかめる余裕、室内を見回す余裕ができてきた。

 いつの間にか手かせ足かせがはずされている。途中でぶつけたのだろう打ち
身の類は何箇所かあるが、大きな怪我は一つも無い。得物はしっかりと取り上
げられていた。財布も無い。ケータイもだ。

 部屋の中。火の消えた暖炉。その前にある安楽椅子。窓際の机。部屋の中央
にあるテーブルと、その周りに並んだ上等なソファー。そして1人と3体の先
客たち。

「おかえりなさい、イギー」

 すぐ傍のソファーに腰掛けたプリマヴェラが、ぼくにむかって陽気に手を振る。

 ああくそ!やっぱりそうか。ぼくが捕まったのには彼女が一枚噛んでいるよ
うだ。ぼくのいとおしい恋人は必要とあればぼくが迷惑を被っても一向に気に
することが無いのだ。



349 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:52:44

 プリマヴェラの向かいのソファーには驚いたことに〈帽子屋〉が腰掛けてい
た。彼女は十代半ばほどの男装の少女、いやドールだ。狂える陶器の女王の代
行者。いつもどおりのシルクハットにタキシードを身につけ紅茶の注がれたカッ
プを口元へと運んでいる。その口元にはうっすらとした笑みが浮かんでいた。

 足元にはこれまたいつもどおりに〈ヤマネ〉が寝そべっていた。〈ヤマネ〉
は十代はじめの少女で、背中に1本の黒条のはいった茶褐色の毛皮一枚を身に
つけ、靴どころか靴下も履かずにじゅうたんの上に寝そべっている。口からは
かわいらしいいびきが漏れている。彼女は最近いつも眠っていた。すでに<退化>
が始まっているのかもしれない。

 人形は見飽きた。人間に移ろう。先客たちの中で唯一の人間、暖炉のすぐ前
の安楽椅子にいつもどおりだらしなく寝そべっているのはこの部屋の主ホーム
ズだ。服装もいつもどおりのあの格好。どこかけだるそうに片手を挙げて挨拶
してくる。
 いつのまにかそばかすメイドは部屋を出ていた。いっぽう怖い顔のメイド長
は、入口のすぐ近くの壁を背にして控えていた。

 3人の人間と3対のドール。それがこの部屋にいる個体の全てだ。

「どうやってぼくの場所を突き止めたんだ?」

 ぼくは誰へとも無く忌々しげに悪態をはく。

「簡単なことよ、イギー。あなたの中にはわたしのマイクロマシンがたっぷり
詰まっているんだもの。その気になればいつだって居場所なんて探せるわ」

 にこにこと満面の笑みを浮かべてプリマヴェラが言う。

「そんなことができるなんて、教えてくれなかったじゃないかプリマヴェラ!」

「あなただって勝手に出て行くなんて、おしえてくれなかったじゃない!」

 わざとらしくすねたような顔を作ってプリマヴェラ。彼女はいつでも演技過剰だ。

「教えていれば黙って行かせてくれたのかい?」

「まさか!わたしも一緒についていったわ」

 本気か嘘かわからぬ笑顔でプリマヴェラが言う。いや、きっと本気なのだろ
う。ぼくはそのことをずっと前から知っていたし、望んでもいた。

 だけどね、プリマヴェラ。きみと一緒にいる限りぼくは自由にはなれないんだ。



350 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:53:21


「どうやって見つけたかはよく解かったよ、プリマヴェラ。次は状況を説明し
てくれないかい。これは一体どうなってるんだ!?」

 口を開こうとするプリマヴェラを<帽子屋>がそっと押しとどめる。

「それはわたしから話すわ。貴方たちに仕事をお願いしたいの。簡単な仕事よ。
入って出るだけの簡単な仕事。それが貴方を呼び戻した理由よ」

 嫌な予感がびんびんした。簡単な仕事ならわざわざぼくを連れ戻す手間など
かける必要は無いじゃないか。

「ある故買商の屋敷に押し入って、そこから一体のドールを連れ出してほしい
の。正確にはドールの残骸を」

「強盗なんて穏やかじゃないね。もっと穏便に解決する気はないのかい。金で
解決するとかの、もっとスマートな方法で」

 ビッグシスターは有り余るほどの金を持っているんだ。わざわざこんなこと
で、不確実なリスクを犯すべきじゃない。それなりの額を包めばその故買商だっ
て首を縦に振るだろう。それにドールににらまれるのはこの街では死を意味す
るのだから、最終的に首を横に振るとは考えづらかった。

「最初はそのつもりでした。何度か交渉を重ね、金額までまとまっていていたのですが」

 そこで彼女はため息をつくと、一転、怒気を含んだ声で言い放つ。

「ですが彼はひとつ大きな間違いをしました」

「ビッグシスターとビッグブルーを秤にかけたのよ」

 プリマヴェラが横から割り込んだ。

「高い金額をつけたほうにそのドールを売るなんて、どうしょうも無いことを
しようとしたのよ」

 ぼくは顔をしかめた。救いようが無い。あきらかな自殺行為だ。

「ビッグシスターはそんなことは決して許しません。その時点で交渉は断裂し
ました。我々はヤツにびた一文払うつもりはありません。ヤツの所有するドー
ルは当然の権利を持って我々が回収し、ヤツにはそれ相応の償いをしてもらい
ます。侮辱は死を持って償わせねば」

 冷たい目で、〈帽子屋〉が断言する。



351 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:53:43

「そこまではわかった。でもぼくたちが選ばれた理由は?ぼくたちがドールの
回収を行うことに選ばれた理由を教えて欲しい」

 プリマヴェラの本業は暗殺者だ。強盗でも泥棒でも、潜入工作のプロという
わけでも無い。殺してこいというならば理解は出来るが、盗んで来いというの
は腑に落ちない。
 もっともこの場合、殺して来いというのもおかしいのだが。プリマヴェラは
殺し屋でドールだがあくまでフリーランスだ。けじめをとらせるのなら、女王
の配下のものが直接行くのが道理ってものなんだけれどね。それこそ目の前に
いる〈帽子屋〉のような専門家が。

「理由は4つあります。
ひとつは、プリマヴェラがドールだということ
ひとつは、彼女がその中でも高い能力を持っているということ。
ひとつは、それでいて七つ星とは距離を置いているということ。
そして最後に、サー・ヘルベルトの推挙です」

 ぼくが本当に聞きたかったのは「ぼくたちが」選ばれた理由なのだけどね。
その理由ならプリマヴェラだけで十分じゃないか。そんな思いをとりあえず脇
におき、彼女の言ったことを吟味する。はじめのふたつは理解できた。ドール
はドールしか信じない。そして有能でなければ生きてる意味が無い。だがあと
の二つは?なぜわざわざ七つ星と距離を置いている必要がある?そして、なぜ
ヘルベルトが絡んでくるんだ。やつは吸血鬼だがエルダーであってドールではない。

 怪訝そうに眉をひそめるぼくの様子に気づいたのだろう、帽子屋が説明を加える。

「いま七つ星のドールが動けばビッグブルーとの全面戦争になりかねません。
そしてわたし達はまだそれを望みません。ですからドールの中でも七つ星から
離れた立場にいるプリマヴェラに頼みたいのです」

「そして、サー・ヘルベルトがあなた方を推挙した理由ですが、その故買商が
彼の出入り商人なのです」

 ああそういうことか。合点がいった。ビッグシスターが眠り姫になっている
とはいえ、エルダー連中もいまはドールと事を荒立てたくない。すくなくとも
ビッグブルーをどうにかするまでは。軋轢は生じる前に刈り取ってしまうのが一番だ。

「サー・ヘルベルトは賢明にも、自分の手で片付けるとおっしゃいました」

「自分の手?」

「そう自分の手」

 そういいながらプリマヴェラはたっぷりと皮肉を含んだ笑みを浮かべぼくを指差す。
 プリマヴェラ。そもそもヘルベルトから金を借りたのは君だろう。

 まあ、ヘルベルトが「自分の手」などといったことはよく理解できた。無論
納得は出来ないが。貴族にとっては使用人など自分の所有物にすぎない。それ
が人間ならばなおさらのこと。失態を侵せば挿げ替えるだけだし、成功すれば
自分の手柄だ。



352 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:54:18

「プリマヴェラ一人で十分じゃないか。ぼくが行く必要なんてまったく無い」

 最後の抵抗とばかり、ぼくは先ほど思ったことを口にした。

「仕方ありませんわ。プリマヴェラは貴方と一緒でなければ働かないと言うのですもの」

 いささかわずらわしそうに〈帽子屋〉が言う。

「ふたりいっしょよ。さもなければ、わたしも働かないわ」

 すねたようにそれでいてからかうようにプリマヴェラが言う

 仕方ない。どうやら腹を決めるしかないようだ。どの道取れる手段は限られ
ているのだ。

「報酬は? 」

 ため息交じりにぼくは言う。

「受けていただいた時点で、あなたがサー・ヘルベルトに負っている借金が
チャラになります。そして成功すれば3万£お支払いいたします」

 あいも変わらず太っ腹なことだ。

「最後に一つ確認させて欲しい。ミズ・ホームズはこの話にどう絡んでくるんだい?」

 そのことばで安楽椅子にもたれたままパイプをふかしていた女探偵がぼくをみた。
 ちなみに彼女の咥えているパイプが実は禁煙パイプなのをぼくは知っている。

「私の追っているアイツもそれを狙っていたのよ。ビッグシスターとビッグブ
ルーが狙っているその品物を」

 いつも通りの格好。頭のてっぺんからつま先まで、耳の端から指先まで、全
身ヴィヴィアンできめた女探偵が険しい目つきでそういい棄てた。
 アイリーン・ホームズ。当年とって17歳の女探偵。素質は遺伝するらしく
、彼女もまた有能な探偵だ。もっとも彼女はご先祖様とは違い、推理よりもも
っぱら拳で事件を解決する肉体派ハードボイルドなのだが。



353 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:55:09


 彼女の言うアイツとは、『M』もしくは<教授>と呼ばれる男のことだ。彼
女の先祖である名探偵の宿敵であり、その時代の犯罪の王であり、今を持って
なおこの街の犯罪の王だという伝説的な人物だ。

「〈教授〉がね。それで君もその品物に興味を持ったというわけだ」

「『M』に繋がりそうな手がかりならば何でも追うわ。とくにビッグ・ツーも
狙っているような代物があの男に渡ったら決してろくなことにならないから。
ただあの男はもうこの件から手を引いたようなのよ。だから私ももうあんまり
興味が無いのよね」

 彼女はかったるそうに髪を書き上げると先を続けた。

「それで手を引こうと思っていたのだけれど、そちらのお人形さんからあなた
を連れ戻すよう依頼を受けたの。
だからあなたが帰ってきた以上、私の仕事はこれでおしまいよ」

「実際連れ戻したのはそこの物騒なメイドだけどね」

 肩をすくめてぼくは言う。

「有能だったでしょ。先月まで親戚の家で働いていたのだけど雇い主に不幸が
あって私のところに来たのよ」

「嫌というほど有能だったよ。きみは手伝ってくれる気はないのかい? 」

 彼女は一流の武道家だ。一緒に来てくれるなら心強い。

「これ以上、ビッグ・ツーにかかわるのはごめんだわ。『M』が絡んでいるな
ら話は別だけど」

 ああそうだね。それは賢明な判断だ。出来ればぼくもこんな件に係わり合い
になどなりたくはないよ。

「さて、これで事情は理解できましたね?そろそろ引き受けていただけるのか
どうかお教え願いたいのですが」

 <帽子屋>がぼくを見つめながらそういった。

 わかりきったことを聞くな人形め。選択肢はほかに無いんだろう?

「わかった。引き受けるよ。詳しい内容を教えてくれ。とはいっても必要最小
限のことだけでいいよ。必要以上に詳しい話は聞きたくない」

 ぼくの返事にうなずくと、帽子屋が話し出す。

「持ってきていただきたいものは一体のドールです」

 そこで帽子屋は言葉を区切る。そしてうっすらとした笑みを浮かべて先を続けた。




「そのドールはアンティークなのです。」




354 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:56:20

>>336
>>353

 廊下の角からフランス系の警備員が飛び出してきた。ぼくらを眼にとめた男
が銃を向けるよりも早く、プリマヴェラは一瞬で間合いをつめ、手刀を男の腹
へと突き入れる。ちょうど臍に位置する場所。あっさりと手首までもぐりこん
だ彼女の手。目を見開く白人の男。プリマヴェラの笑み。そのまま押しこま出
る腕。人造に這わされる指。何か言いたそうに震えながら口を開く男。プリマ
ヴェラの笑み。握りつぶされる内臓。絶叫する男。もう一方の手でその顔面を
鷲掴みにし、自分のほうへと引き寄せる。血管の浮かぶ男の首筋。プリマヴェ
ラの笑み。紅を引いた口元が大きく開き鋭い犬歯がむき出しになる。そしてプ
リマヴェラは男の首筋へとその犬歯をうずめ



355 名前:ナレーション ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:56:56




ただいま食事の真っ最中。

良い子の皆は目をそらしてね☆





356 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:57:15


「味は悪くなかったけど、ちょっと脂っぽいわね」

 紅く染まった口元をハンカチで拭いながらプリマヴェラが肩をすくめる。ぼ
くは気の利いた台詞を探したが、それが思い浮かぶより早く、すぐそばの扉か
ら黒人の男が飛び出してきた。手には大振りのナイフが握られている。

 まったく持って意味の無い行動だ。ぼくは少しばかり男が気の毒になった。
彼は自分が相手にしているものが何なのかをまったく理解していないのだ。

 男の行動を一切無視し、プリマヴェラがスキンヘッドの黒人の首をねじりき
る。あっさりと。花でも摘むかのように。スプリンクラーのように血しぶきを
撒き散らしながら崩れ落ちる男の姿を見ながら、ぼくは構えていた短機関銃の
銃口を下へと向けた。上手くいけばこのまま銃を使わずにすみそうだ。

 滑り出しは順調だった。

 セキュリティは予定通りに無力化されていたし、ブツのあるおおよその場所
はわかっているのだ。
 だからぼくらは3流どころのチンピラ警備員を解体しながらさしたる障害も
無く目的地へと到達することが出来たというわけだ。故買商が雇う程度の警備
員などだたかが知れていた。ぼくのような普通の人間相手には十分だろうが、
プリマヴェラのような吸血鬼の相手をするには荷が重すぎた。

 別館にある倉庫へと到着したぼくらは先述のように警備員を処分すると倉庫
の開錠に取り掛かった。とはいっても難しいことなど何も無い。かたく施錠さ
れた扉はプリマヴェラの電子干渉によって解除され、自ら僕らを迎え入れる。
ドールの前ではこの程度のセキュリティなど意味を成さない。

 倉庫の中に入ってざっと捜索。一通りみてまわったがどうやらブツはなさそうだ。

 ハズレか。そんな想いを抱きながら金庫から出てきたところで、カオルコの
声がイヤホンから流れ出てきた。



357 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:57:47

『何か見つかりましたか?』

 カオルコは、自分のルーツを間違った方に追求してしまった女サムライジレットだ。人工器官に
よって極限まで調律した肉体と、Japan2.0なエセ和風マインドをもつカミカゼ
ガール。仕事のときですら胡散臭い着物姿の日系イギリス人。見た目は日本人
形のように可憐だが狂いっぷりはプリマヴェラといい勝負。

「いやこっちははずれだよ。何も無い。モブを3人片付けただけだ。そっちはどうだい?」

 いささかの懸念をこめて僕は言う。わざわざ『何か見つかりましたか?』と
聞くなんて、あまりいい兆候ではない。見つかったのならまずそういうはずだ。
 本館にある隠し倉庫へと向かったカオルコたちは、僕たちよりもアンティー
クを発見する可能性が高かった。だからこちらで見つからなくとも刺して心配
はしていなかったのだが……。

『こちらは5人片付けました。これであらかた片付きましたわね。それと例の
人形を回収いたしましたわ』

 それを早く言え!心配して損したじゃないか。

「それが子宮シリンダがねぇんだよ」

 アンジェラの声が割り込んでくる。

 アンジェラは拳銃狂いの拳銃使い。自称拳銃家業で拳銃以外の銃火器を使わ
ない偏執狂。ぼくとそう歳の離れていない白人ファラン少女で、うっすらとそばかすの浮
いた顔とふたつ結びにした金髪がトレードマーク。いつもグラミチのパンツに
グッドイヤーのヘンリーネックといった色気の無い格好だ。

「ほかにありそうな場所はないはずなんだけど」

 ……まさか本人が持ってるのか?無用心な。
 そんなぼくの内心を聞きつけたわけではないのだろうがカオルコが言う。

「故買商が持ち歩いているのかもしれません。いってみます」



358 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:58:03

 故買商の位置はやつのPANから割り出せていた。やつは馬鹿だ。ヒドゥンモー
ドにしてもその気になればいくらでも割り出せるのだから、電源を落しておけ
ばいいものを。
 故買商は本館3回の寝室にいた。距離的にはカオルコたちのほうが近いが、
彼女たちはアンティークの義体を持っていた。シリンダが無くても十分に価値
のあるものだ。

「いやぼくらがいく。君たちはその人形の身体を持って先に撤収してくれ」

『大丈夫です。実はもう向かっていますので。もうすぐ到着いたします』

 その言葉を聴いて正直ぼくは安堵していた。リスクはなるべく犯したくない
からね。カオルコ達に任せておけば大丈夫だろう。彼女らは腕利きだ。ぼくた
ちは早急にここから離れるための準備をするべきかもしれない。

 その時まで、そんな楽観した気分でぼくはいたんだ。



359 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:58:17






 だが、そうは問屋が卸さなかった。







360 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:58:53

 通話を終えるとカオルコは歩く速度をやや上げた。彼女の左手には大振りな
トランクケースが吊り下げられている。骨格と筋力を強化されていない常人な
らば運ぶのに苦労しそうなトランクケースだ。革張りの古めかしいトランクで、
葡萄唐草に彩られたその筐体の中央には紋章と筆記体で『Lady L』と刻まれ
ている。

 そのカオルコを先導するようにアンジェラが廊下の真ん中を悠然と歩く。両
手に持ったFive seveNピストルをくるくると回転させながら、歳若きガンスリ
ンガーは緊張感を微塵も感じさせぬ足取りで進んでいく。
 彼女はアデプトだ。魔法の才能を身体能力を強化し磨きあげることにつぎ込
んだ異端の魔法使い。人間の限界を超えた反応速度で銃を抜き、見えていると
しか思えぬ動作で弾丸を避ける。筋力や耐久力も常人の比ではない。

「アンティークから子宮シリンダを抜き取るなんて、野蛮ですわ。これだからこの国の人
間は。国が野蛮だと国民の品性まで卑しくなってしまいますのね」

 カオルコが眉間にしわを寄せ文句を言う。

「あんただって生まれは日本でも一切からこっち育ちはこの国だろ?いえた義
理ねーし。それに、そんなにこの国が嫌なら生まれた国に帰りゃいいんだよ」

 無理な話だ。日本は『大熱波』の影響で覚醒率が異常に高い、侵源地となっ
た新宿などはもはや魔界と化していた。そのせいでほぼ隔離状態にあったのだ。
出入りはこの国以上に厳しく監視されていて、その許可が降りることは滅多に
なかった。おまけにゆり戻しのせいで寒冷化が進み、いまでは列島全土が亜寒
帯と化している。

「わたくし寒いのは苦手ですから」

 すました様子で答える様子で答えるカオルコにアンジェラは大げさに肩をす
くめた。



361 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:59:09


 少し進むと、お出迎えも無いままに寝室の扉が見えてきた。まだ警備員は残っ
ているはずだが。

 扉の両脇に取り付き様子をうかがう。扉には何の問題もなさそうだ。トラッ
プの類は見て取れない。勘に引っかかるようなものも無い。耳を澄まし中の様
子をうかがおうとするが、不可能だった。よほど防音がしっかりしているのだ
ろう、何の音も聞き取ることは出来ない。これ以上は時間の無駄だ。
 
 カオルコはアンティークの仕舞われたトランクをそっと床に置くと、ナンブ
の10mmをホルスターに戻し左腰に差した刀を抜く。刃渡り2尺とやや小振りな
がら、切っ先は鋭く身幅は広く肉厚は厚く反りは浅い。室内用に拵えた一品だ。

 アンジェラは銃を構えなおす。この期に及んでその顔に緊張感は無い。ただ
楽しげな笑みがあるだけだ。とこか狂的な楽しげな笑みが。

 んじゃ、やりますか。

 アンジェラは目でそうカオルコに合図すると、返事も待たずに寝室の扉を蹴り破った。



362 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:59:21


 制圧は一瞬で終わった。

 血と臓物と硝煙の入り混じったドギツイ匂いの中で、カオルコはさっと刀を
血振ちぶるいすると、着物の内より懐紙を取り出し刀身を拭う。その脇でアンジェラは
『話し合い』の真っ最中だった。

 銃を手にしたアンジェラのすぐそばには豪奢なベッドがあり、その上には巨
大な肉塊が鎮座していた。豚のように、いやこの言葉ではまだ生ぬるい。トド、
カバのように肥え太った男が豪奢なベッドの上で痙攣するかのように震えてい
る。その表情は恐怖によって醜悪なまでに歪められていた。

 それに寄り添うのは一体の自動人形だ。服というよりは紐といったほうがい
いような衣服を身につけた、ハニーブロンドのオートマタ。ハンドボール代の
胸、はちきれんばかりの尻、引き締まった腰、肉感的で成熟した男好きのする
肢体のオートマタ。その顔立ちもぽってりとした唇、潤んだ切れ長の眼に泣き
黒子とあいまって柄もいえぬ色気をかもし出していた。きっとその筋では名の
ある人形師による物なのだろう。

 オートマタは、幼子をかばう母親のようにして故買商の上に覆いかぶさって
いる。

 そしてベッドの脇に倒れ伏す3人の男たち。切り裂かれ臓物のはみ出した腹、
額に穿たれた弾痕。跳ね飛ばされた首。もう動くことの無いただの肉塊だ。そ
れは残ったボディーガードたちの残骸だった。



363 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 22:59:41


「つまりはこのセクサロイドにアンティークの子宮シリンダを移植したってわけだ。」

 血なまぐさい光景の中、太った故買商のこめかみに銃を押し付けながらアンジェラがたずねる。
 壊れた機械のように何度も首を上下に振る故買商。

 故買商の言うことによれば、彼は人形師に頼み、特別にあつらえた愛玩用の
人形に子宮シリンダを移植したのだ。

「悪趣味ですわ」

 眉をひそめカオルコがいう。同時に彼女は、ずいぶんと思い切ったことをし
たものだとも思っていた。酔狂が過ぎる。道楽でやるにはリスクがいささか
高すぎた。

 カオルコは取ってきたトランクを足元に置くと、故買商の言葉が真実か確
かめるために、彼に命じ自動人形の腹部を開かせる。途端、白金の輝きが薄
暗い室内にあふれ出した。間違いない、本物のアンティークの子宮シリンダだった。




364 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 23:00:06


「よし姉御。さっさとこいつのシリンダを取り外して付け直そうぜ」

 その言葉に身を振るわすオートマタ。それは恐怖によるものだ。
 義体の交換、シリンダの交換は共に生まれ変わりに近い。まったく別の自
分になってしまうからだ。断絶によって自我の連続性は希薄となり、まるで
他人の記憶をモニター越しに眺めているような感覚となる。そして二度と目
覚めぬリスクもゼロではない。

「この場で移植するほどの技術は私にはありません」

 カオルコが首を振りながらいう。彼女も人形師としての嗜みがあった。そ
の腕前は決して低いものではない。だがこの場での移植は不可能だ。シリン
ダの移植は人間で言うならば臓器移植、それも脳の交換にすら等しい。最高レベルの工房で最上級の技術者たちを集めても、1%以下の確立で失敗は起こる。それにシリンダは思いのほか
脆い。持ち運ぶには自動人形の義体に装着したままが一番だ。

「このまま連れて行きましょう」

 そういうとカオルコは故買商を見逃すかわりにおとなしくついてくるよう
人形に言う。キリングジャンキーなアンジェラは不満そうだったがこれが一
番の解決策だ。どのみち故買商は殺されるだろうが、いまはそれをすべき時
ではない。そしてそれがカオルコたちの仕事でも無い。

 故買商は抵抗しようとしたが、アンジェラに銃口を向けられると何もいえ
なくなった。人形が頷くのを見て取ると、故買商を銃の台尻で殴りつけ気絶
させる。完全に気を失っているのを確認し、名残惜しげな人形を引きずるよ
うにしてアンジェラはその場を離れる。

 アンジェラを先導するように、カオルコはトランクを片手に先にたって歩
いていく。歩きながらアリョーシャへと無線通信ワイヤレス

「今から撤収します。こちらは全て問題なし。そちらは何か問題はあります
かアリョーシャ?」

返事が無い。無線からは何の声も返ってこない。

「アリョーシャ?アリョーシャ?」

そう声をかけながら、カオルコは先ほど蹴り破った寝室の扉を潜り抜ける。

 いや、抜けようとした。




365 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 23:00:43








そのときだった。ソレがやってきたのは。








366 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 23:01:16





5 hours ago







367 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 23:01:31


 とある中華料理店の奥にある個室。古めかしい店のつくりとは裏腹に、部屋
の防音防諜設備は整っていた。民間レベルとしてはありえないほどの堅牢さ。
中の会話が外部に漏れることはまず無い。商談向きの部屋だ。もともとそのた
めの部屋なのだから、当然といえば当然のことなのだが。この店は、その手の
交渉の場所として、企業や組織、そしてフリーランスたちに愛用されていた。

 部屋の中には3人の人間がいた。うち二人は黒いスーツ姿の男達。いかにも
企業戦士然とした黒服の男達だ。

「これで交渉は成立しました」

 そう、東洋人の男が言う。黒いスーツ、黒いネクタイ、白いシャツ。そして
七三に分けた黒髪と飾り気の無い眼鏡。かつて世界をまたにかけた「さらりまん」
を髣髴させる風体。その顔には温かみの無い笑みが張り付いている。目の笑って
いないかたちだけの笑み。

「それでは最後に仕事の内容をもう一度確認します。あなたは今夜、先ほど述べ
た故買商の屋敷に侵入し、アンティークを奪ってきてください。警備員との交戦
が想定されますが、相手の練度ははっきりいって低い。なんら問題は無いはずです」

 男はそこでいったん口を閉ざすと、隣の席に座っているもう一人の男へと顔を向けた。

「何か補足することはありますか、スミスさん」



368 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 23:02:15


 スミスと呼ばれた男も先の男と同じように、黒いスーツ、黒いネクタイ、白い
シャツを身につけている。ただし、こちらは眼鏡の代わりにサングラスをかけて
いた。目の形すらわからぬような濃い色のレンズ。もう一つの違いはといえば、
彼は白人だった。そして体格がいい。細身ながら引き締まったたくましい体つき
だ。だだ、その顔には神経質そうな雰囲気が浮き出ていた。

「何も無い」

 その答えに黒髪を七三に分けた東洋人の男がそうですかとうなずく。

 彼ら2人はビックブルーのエージェントだった。IBMのMIBども。いま彼
らは、フリーランスに違法な仕事を依頼している真っ最中だ。最も今回は系列の
子会社、L.B.社の社員を名乗っていたのだが。
 強大な私設軍を所有するビッグブルーがわざわざフリーランスを利用するのに
は理由があった。彼らはこの街において直接手を汚したくないのだ。とくに今回
の相手は故買商とはいえ、表向きの仕事でも成功を収めているこの街の名士で人
間だ。人類の保護者を自称するビッグブルーとしては直接手を汚すわけには行か
なかった。だが、逆に言えば自分達が直接手を汚すのでなければ、どんな手段を
用いようと一向に構わない、ということでもあった。そのためのフリーランスだ。

「では前金をお支払いします。携帯を出してください」

東洋人の男は携帯を取り出し、慣れた手つきで手早く操作。5000£の電子マネー
が転送される。

「入って出るだけの簡単な仕事です。くれぐれも失敗の無いように。良い報告を
期待していますよ」

そういって男は笑顔を見せる。顔に張り付いた温かみの無い笑みを。目の笑って
いないかたちだけの笑みを。



369 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/01(土) 23:25:42






……Ready?







370 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/02(日) 21:56:43
 
 例えばそこがどれだけクソッタレな街であっても、ホテルのシャワーくらいは正常な機能を携えていれば
それだけでそこは良い街だ。
 警察が腐敗していようが議員が汚職塗れだったり市政が荒れまくっていたとしても、最低限そこだけがオ
アシスとなってくれればそれだけで俺は満足できる。
 
 安いもんだ。熱めのシャワーで苛立ちを洗い流せばノープロブレム――机の上で携帯が鳴り響いている
事を除けば――帰り際に買ったギネスの蓋を開け、渇いた咽に流し込み、ついでに買ったスモークサーモ
ンを挟んだサンドイッチを頬張る。
 
 世は事もなし――携帯は鳴り響く。
 シャワーと食事、それだけで満ち足りた時間だ――携帯は鳴り響く。
 
――携帯は鳴り響く。
――携帯は鳴り響く。
――響く。
――響く。
 
「――Hum……Hello?」
 
「早く出ろクソッタレ! 呑気にシャワーでも浴びて今日の一仕事を終えた気分に浸ってんじゃねえだろうな?
テメェをそっちにやったのはバカンスの為じゃねえ。ビジネスだ。ビジネス――オーライ?」
 
「……判ってる。仕事中だ、切るぞ?」
 
「ネタは割れてんだよクソッタレ。この馬鹿が、俺の顔を潰しやがって。これで積み上げた実績が脆く崩れ、
挙句の果てには違約金まで払わなくちゃならねえ。ついでに慰謝料もだ! 確かにアレはどうしようもなく馬
鹿げた仕事だったかもしれないが、クライアント殴ってオマケにそこのガキまで殴ってくるとはどういう了見だ
クソッタレ! 内容を聞いて俺でもその選択肢を取っただろうがやるなら俺の迷惑が掛らないところでやって
くれってんだ!」
 
「無茶言うな――悪魔が憑いたって言うから行って見れば、ガキがドラッグでラリッてるだけ。そのクライアント
様は非合法的に処理してくれだとさ。――二人仲良く病院送り。ハッピーエンドだろ? それともなんだ? 界
隈で殺人まで手広く依頼引き受けますって看板を掲げて過せって言うのか?」
 
「悪かった、悪かったよ! 信憑性の確認が出来なかったのはコッチの落ち度だ。そもそもそこで悪魔がどう
のって話が出れば無条件に飛びついたって当りだと思ったんだよ。昼も夜で夜も夜だ。例え何があっても驚か
ないようなとこで、平和ボケの象徴みたいな事件が起きるなんざ誰も思いやしねえ――ところでお前、前金は
幾ら残ってる? まさか――
 
「ゼロだ」
 
――クソッタレ! 流石だよお前は。幾ら借金を抱えてやがるってんだ! あぁ――ったく、神は天上に座し、
世は事もなし、だ。いいかクソッタレ。俺は俺もお前も看板に傷がつかないように走り回ってやる。だからテメエ
は金を用意しとけ。上手い話は裏がアリ過ぎるってもんだが、テメエならなんとかなるだろ? 出来ればあのク
ライアント様は敵に回したくねえんでな。資料は後で送る。グッドラック!――ああ、そうそう、偽名はトニー=レッ
ドグレイブって言う便利屋だ。骨くらいは拾ってやれよ?」
 
「な――ちょっと待て、オイ!」
 
 無機質な電子音。
 
「どっちがクソッタレだ――Fuck!」 
 
 しかしながら深刻に金がない俺はそれを成し遂げなきゃ日の当たる場所へと戻る事は出来ないらしい。
 送られてきた資料に目を通し(最近の携帯は便利になったものだ)、大幅にやる気を削がれながら、スタイル
を整える。
 
 真紅のコート、二対の拳銃――背中には反逆を。
 
「――Let it be」
 
  
――回収すべきは「人形」ねえ?
 

371 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/02(日) 22:21:02
 
 指定されたポイントについてみればそこの嵐は一時的に止んでいるらしかった。
 ただし、ちょっとばかり血の気の多い嵐だったようだ。
 
 随分イカレたパーティーにお邪魔してしまったらしい。――人生はかくも素晴らしい。中指を立てて反吐を
ぶちまけたくなる程度には。
 
 なんでもいいどうでもいいどうとでもなれ。
 
 さっさと回収して、金が入って、今後も仕事を続けられればそれでいい。
 つまらないプライドに拘る必要のない機械であればよかったと心底思う。あのガキをぶち殺して、どこかに
埋めて何事もなかったかのように太陽の光を浴びればそれだけで金が入ってきたと言うのに。
 
 今更悔やんでも遅ければ、こんな現実を生んでしまったのも自分で、ブーツに血の染みなんて出来やしね
えだろうなと小さい事に心配を抱く程度には冷静に思考は働いている。
 
 ノープロブレム。
 
 死はそれだけの事象に過ぎない。
 そいつの生前を思ってやれるほど聖人君子でもなければ、他人の氏に興奮を覚えるほどの異常者でもない。
 
 死ねば――モノだ。
 生きていたとしても――モノだ。
 
 精神性なんてものは知ったこっちゃない。
 運が悪かった――死んでしまう奴なんて大抵そんなもの。
 
――と、割り切る事も出来ず。
 鏡に映せば微妙なしかめっ面が映っている事だろう。
 
 悪魔であれば悩まなかった。
 人間で在ればこそ、葛藤が出来る凄惨な現場。
 
 義憤に燃える事はないが――――
 
「――Good evening?」
 
 銃口をピタリと揃え、来訪者へと御挨拶。
 俺と言うエンターテイナーのお出ましだ。
 喜劇も悲劇も自由自在に変幻自在。
 
――それでもラストはハッピーエンド。
 
 Not――何時だってどうしようもなく、クソッタレな終焉が訪れる。

372 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/02(日) 23:42:42
>371 Dante

 そこから先、すべてのことが一瞬のうちに起こった。

 突きつけられている銃を視界の隅に収めると、カオルコとアンジェラは考え
るよりも早く自動反応。「――Good evening?」の声に言葉ではなく行動で答える。

 カオルコは大振りなトランクケースから左手を放す。放すと同時に、床をな
めるほどに身を低くして走り出す。人工器官によって増殖成長された神経細胞
が、彼女に限界を超えた神速をもたらす。走りながら愛刀を抜刀。ほぼ直刀に
近いその刀を腰だめに構えると、一直線に男へと突っ込む。これだけならばた
だの的だ。だが、そのためのアンジェラ。

 拳銃狂いのガンスリンガーアンジェラは自らに向けられる銃口を見て満面の笑みを浮か
べる。そうこれこそが彼女の存在理由。彼女にとっての生きがいだ。

 魔力の恩恵によって加速された神経が彼女の猶予を引き伸ばす。左手を離し
ハニーブロンドのダッチワイフをもといた寝室へと蹴り戻す。蹴り飛ばしなが
らも視線は男を向いたまま。同時に右腕は別の意思を持った生き物のごとく滑
らかに動く。跳ね上がった右腕。そこに握られたFive seveNピストルの銃口が
男を向くや否や、ひたすらに連射。精密な狙いをつけたりしない。経験則から
言えば、3発撃てば2発は当たる。それならただ引き金を引けばいい。

 銃を撃ちながら空いた左手でもう一丁の拳銃を抜く。その場で仁王立ちにな
り、身を隠そうともせず両手の銃を連射。あふれ出す脳内麻薬。なにせ彼女は
トリガーハッピー。今このときが至福のときだ。

 銃声に紛れ、乾いた小さな音が床を叩く。この時点でようやく「Lady L」
と刻まれたトランクが床に落ちたのだ。

 笑いながら引き金を引き続けるアンジェラ。彼女だけではない。神速の踏み
込みで間合いをつめ、いままさに刀を突き出さんとするカオルコの目にも愉悦
が浮かんでいる。殺すのが好きなわけではない。傷つけるのが好きなわけでも
ない。いたぶるのが好きなわけでもない。

 むしろ他人の痛みなど理解できない。この街で生きるうち、そんな感傷は遠
いところに置いてきてしまった。
 むしろ自分の痛みなど感じられない。感じたところで実感が無い。病んだ精
神と肉体はとうの昔に乖離していた。

 ただこの瞬間。命の確かな重みを、生きることの実感を、緊張感と死の恐怖
を通じて彼女たちは獲得していた。

 ―――ああ、かくも人生は素晴しい!

 冒涜的な生命賛歌。死と隣り合わせのこの場所で、死と隣り合わせのこの瞬
間、いま彼女たちは充実していた。

373 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/03(月) 07:50:54
>>372
 
 なんだっていい。
 もうどうだっていい。
 だからこそ――引金を絞った。
 
 
 紳士的に友好的だと思われる挨拶を投げ掛け(世間一般では銃口越しの挨拶は友好的とは取られない)たにも
拘らず、洗礼は抜刀による斬死と乱射による銃殺を秤に掛け、安楽な方を選べというバイキング方式らしい。
 選び取られる死は幾重にも重なり、打たれて死ぬか斬られて死ぬか斬られて打たれて死ぬか打たれて着られて
死ぬか――常人的に考えれば末路は其処に居たりデッドエンド。負債者だけが泣いてくれるから勘弁願いたい。
 
 これでも死ぬ時は温かなベッドで思い出を振り返りながらと決めているんだ。
 そんなささやかな夢を潰されちゃあ――困るんだよ!
 
 絞る絞る絞る絞る絞る―――――絞る絞る絞る絞る絞る。
 
 トリガー異常もなければスライドの滑りは良好、排夾も滑らかであれば弾頭同士の接触すらコンマ何秒のブレも
なく一定速度。単位時間で三発の内二発を当てられるなら、こちとら秒間十六連射。条件が同じなら数が大いに越
した事はない。本気を出せばアサルトライフルすら真っ青な射撃速度――が、こう、それをやるのは面倒なんだ、ほ
ら、角度とか。
 
 それでも尚絞りに絞り続け弾幕の形成にいたる。
 リロード? そんなものは忘れていたとしても弾は常にそこにある。
 詐欺紛いの速射砲――てんで詐欺の速射砲は止まる事を知らない。ばあさんが拵えたこの最高傑作に、ジャム
と言う言葉は似合わない。むしろ滑らか過ぎるお陰で、引金の軽さが気になってしまうほどだ。
 
 速射に次ぐ速射と迫り来る弾丸と滑らかな弧を描く刃とはためくコートの裾を意識の外で認識しながらバンバンバ
ン、バンバンバンバンバンバンバン。閃光と爆音轟音が飛び交うショウタイム。トリガーバーストトリガーハッピートリ
ガーロック――飽きた?
 ポスポスポスと幾つか腹にピアス用の穴が増え、いつの間にか俺以外の銃声が消えた事に気が付き、反逆の意を
吼える大剣が今か今かと出番を待っている。
 
 音もなく抵抗もなくスルリと従うそれを一つ、二つ、三つを振るい、紡がれ他のは鉛の山と、玉鋼の残骸精製。気分
上々の上切れ味抜群感無量。何時だってこの友人はハイエンド。扱いにくさにかけてもハイエンドだ。
 主であり従の関係を崩さぬまま、今日まで駆け抜けてきた相棒群。
 
 右手に剣を左手に銃を――心には狂戦士と見紛う闘争心を。
 
 女子供は殴らない主義ではあるんだが――化け物であれば話は別だ、
 だってそうだろう? 手足頭を砕いて粉々にしどうにかこうにか生きていてくれるのだから。
 
「っと、久しぶり過ぎて少しばかりハードだったか?」
 
 今までの喧騒が嘘のように静けさを取り戻し、眠り姫は爆音を子守唄に未だ眠り続け。
 
――まったく、何時から俺は誘拐犯になったのやら。
 
 クソッタレ。

374 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/04(火) 22:05:21
>>373
 プリマヴェラが、はじかれたように虚空を見上た。焦点の定まらぬ目で宙を
見つめる。フラッシュバック?いや違う。彼女は現在受信中だ。カオルコたち
の通信機から送られてくる映像データを、機器を介さずに直接受信。それを脳
内で変換し、絶賛上映中なのだ。

 彼女がそうしていたのはほんの数秒ほどだろうが、ぼくにはひどく長く感じたんだ。
 その瞳が焦点を取り戻すと、いつに無く真剣な顔でプリマヴェラがぼくを振り返る。

「カオルコたちがやられたわ、イギー。敵にろくな手傷も与えられずにね」

 プリマヴェラの言葉にぼくは絶句した。のどと口が引き攣り声にならない。
それでも何とか搾り出すようにして声を出す。

「向こうに腕利きの警備員がそろってたのかい?」

 それにしても信じられない。あのバトルフリークどもがそんなあっさりとや
られるなんて。

「いいえ、イギー。相手は一人よ。たったひとり。しかも、もっと驚きなこと
にあの子達は生きてるわ。完全にのびてしまってるけど」

 あの二人を殺さずに無力化した。しかもたった一人で!ありえない。だがプ
リマヴェラが言うならば真実なのだろう。

「相手はどんな化物なんだい」

 そう問うぼくの声は間違いなく引き攣りかすれていた。

「白と黒の2丁の拳銃を持ち、大剣を背負った赤コートの男。聞き覚えあるで
しょ。例の便利屋よ。腕はずば抜けていいけど性格に問題があるっていう」

 性格に問題があるなんて、君にだけは言われたくないと思うけどね。だが確
かに聞き覚えがあった。依頼を極端にえり好みするって言う便利屋の話を。

 悪徳溢れるこの街は、仕事の売り手も買い手も溢れるほどいる。だから依頼
を選ぶ際、多少のえり好みをしても妙な目で見られることはまずないが、度が
過ぎれば嫌でも目立つ。よかれ悪かれは別として。その典型的なパターンが彼
だった。腕はやたらと立つくせに、気に入らない仕事は引き受けない男。だけ
ど、いかなる立場で雇われたにしても今回のヤマは彼好みの仕事ではないはず
だ。くそっ。こんな時ばかり引き受けなくても!

「車を取ってきてくれないかしら、イギー。出来るだけ速い車がいいわ」

 顔色の青ざめたぼくにプリマヴェラが言う。その言外の意味をすぐにぼくは
理解した。彼女は一人でやるつもりなのだ。あの便利屋を相手にして、ひとり
でアンティークを回収するつもりなのだ。わかっている。カオルコたちを歯牙
にもかけないような相手ならば、ぼくはプリマヴェラの足手まといにしかなら
ない。今までだってこんなことは何回もあった。だが今回は相手が相手だ。彼
女を一人で行かせるのは心配だった。

「悪いことは言わないよプリマヴェラ。きみも一緒に行こう。こんな仕事のこ
とは忘れて、ふたりでさっさとずらかろう」

「駄目よ、イギー。わかってるでしょ。七つ星からの直接の依頼だもの。ドー
ルだったら断れないわ。せめてシリンダだけでも回収しなくっちゃ。だからあ
なたは車を準備して。回収できたらすぐに逃げられるように」

 そういってプリマヴェラは軽いキスをぼくにする。それと感じられない、お
ぼろげな、曖昧なキス。

「わかったよプリマヴェラ。すぐに戻ってくる。そしたらシリンダを持って二
人で脱出しよう」

 ぼくは手を伸ばし、黒く変色した彼女の髪をなでた。人間だったころは金髪
だったその髪を。


375 名前:プリマヴェラ・ボビンスキ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/04(火) 22:05:56
 イギーにはああいったけど、負ける気なんて無かったわ。完全にリリムにな
ってからは負けるなんて考えたことも無かったわ。

 もちろんいつもとは違うわ。わたしの渇きや悪戯心を満たしてくれるお手軽
なスリルとは。今回はさすがに命がけかもね。でも負ける気なんて無かったわ。
死ぬのはわたしじゃないわ。いつでも相手と決まっているもの。

 階段を上るわ。舞踏会の会場めざして階段を上るの。6インチの錐刀スティレットみたい
なヒールをはいてわたしは階段を上っていたわ。でもだめね、これじゃちょっ
と物足りないわ。やっぱり10インチスペシャルにすればよかったかしら。そう
ねそれがいいわ。帰ったらすぐに買いに行きましょう。まだまだ夜は始まった
ばかりよ。時間なんてたっぷりあるわ。

 イギーは仕事の時のわたしの格好にオジサンみたいに眉をひそめるけど、こ
ればっかりは譲れないわ。イギーったらわたしにまであんな時代遅れな服を着
ろなんていうのよ。ありえないわよね。

 だいたい仕事だからって地味な格好をするのがおかしいのよ。イギーもあん
な作業着をはくのはやめて欲しいわ。わたしああいうのにはノイローゼなのよ。
それにいくらなんでもGAPはないとおもうのよね。「米国製のコーンミルズ
デニムを使っていて縫製は日本だから品質はいいんだよ」じゃないわよ。そう
いう問題じゃないでしょ、イギー。せめてディオールにしてくれれば見逃して
あげてもよかったのに。

 階段を上りきると、むせ返るような硝煙の匂いが漂ってきたわ。それからし
ばらく廊下を歩いていると、あらいい男。真っ赤なコートを羽織った色男がい
たわ。足音一つ立てなかったのに、わたしが近付くのに気づいていたわ。ご同類ヴァンパイア
には見えないし、ご同類オートマタにも見えないけど……。

 例のトランクもあったわ。『Lady L 』と刻まれている。あのトランク。高
貴なアンティーク専用の持ち運びの出来る寝室ベッドよ。その中で眠っているのがわ
たしの遠い遠いご先祖様。ネアンデルタール人と現代人ぐらいの近しさね。つ
まり直接の血縁は無いのよね。

 彼女はわたしのように人からドールに転化しなったわけじゃないわ。ドールとし
て造られたのよ。そう、タイターニア様のようにね。とはいっても彼女の子宮
はシリンダだから、超電脳子宮CPUを持ち、量子サイズの歯車で動くタイターニア
様から見れば旧式も旧式よね。それでも血縁の無いご先祖様アンティーク。敬意だけは払って
あげないとね。

 その彼女の子宮シリンダはすぐそばにいるダッチワイフの中。ここまで近付けば感じ
取れるわ。どうやら彼女はぐっすりおねんねのようね。なんてお気楽な人形ガール
なのかしら。まあいいわ。下手に騒がれるよりは都合がいいもの。

 時間が無いわ。さっさと済ませてしまいましょう。さあ、食事の時間よ。安
心して、わたしのテーブルマナーは完璧だから。

「ハロー、ボーイ。赤いコートの狼さん。そんなアンティークおばあちゃんは放って置いて、
わたしと一緒に遊びましょう!」

376 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/04(火) 22:45:22
>>375
 
――まったく持って忌々しい。
 
 上手く事が運ぶビジネスは俺の辞書の中には存在してくれていないようだ。
 近所のピザ屋が渋滞に巻き込まれ、一時間待たされるなんてのは日常茶飯事で、入って、出るだけの仕事の筈
なのに、厄介ごとが常に舞い込んできてくれる。
 
 ただし――ソレも日常茶飯事となってしまえば話は別だ。
 
 シャワーを浴びる前にピザを頼み、ローンが重なりすぎる前に仕事をこなし、日々の生活に困っても決定的な不
幸には見舞われない。
 多少の不幸は人生を彩るスパイスであり――快楽を得るための手段だ。
 
 空腹に喘いだ後に食うピザは旨く、ローンを払い終えた後の爽快感は忘れ難く―――――気分の高揚も甚だし
い戦いは、どんなドラッグにも敵いやしない、、、、、、、、、、、、、、、
 
 
 そう――肩の上の愛玩人形ダッチワイフさえなければ!
 
 
 押し込み強盗を獲物にして、漁夫の利を得ろと。
 
 馬鹿馬鹿しい。
 やってられるか。
 いっその事壊して何処かの誰かが悲哀に沈めてやろうか。
 
 
「ま――俺だって日の光は恋しかったりするんだがな」
 
 
 このまま何も起こらなければ、何も知らないままに、ただ金だけを受け取り、無縁仏に花を添え、お世辞にも綺麗
とは言えない(ただし最も落ち着ける)事務所で寛げたと言うのに。
 
 足音よりも先に感じられる血の匂い。
 修羅場を潜った直後の惨殺死体の様な香り。
 
 警戒には及ばない――ただ知ったような顔で答えてやれば良い。
 
 
「オーケイ――幾らだ? 生憎持ち合わせは鉛弾と鉄塊くらいしかないんだが……それでも良いなら一晩過すのも
悪くはないな」
 
 肩の荷は――放り投げる。
 傷付こうが壊れようが知ったこっちゃない。
 
 そもそもこんな仕事はどうだっていいんだ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 
 死に逝くものには花を捧げよう――ただし、もう存在しなくなってしまったものに手向ける花はない。
 一夜限りの悪行三昧。
 
 流れるのは、何か。
 
「――Let it be」

377 名前:プリマヴェラ・ボビンスキ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/04(火) 23:35:37
>>376
 床に落とされるアンティークおばあちゃん
だめよボーイ。骨董品ろうじんには優しくしてあげないと。自分のことは棚に上げてわ
たしはそう思ったわ。……いちおう自覚はあるのよ、悪かったわね。

「あら!荒っぽくするのが好きなのね。気が合いそうね。わたしも痛くするの
が好きなのよ」

 わたしは飛びっきりの笑顔で微笑んでゆっくりと歩いて近づいていくわ。
だって相手は銃を持っているんですもの。この間合いじゃ、断然わたしが不利よ。

 歩きながら腰に吊った鞭に手を伸ばすわ。皮膚ダーマプラスティック製の鞭に。彼
もアブノーマルなのが好きそうだから、わたしも付き合ってあげようと思った
の。SMショウなんてどうかしら?

「お代?そうね、あなたの血なんてどうかしら?」

 いいながらわたしは大きく間合いを―――詰めなかったわ。代わりに、こう
つぶやいたの。

「スイッチ、オフ」

 次の瞬間、廊下の明かりがいっせいに消えたわ。わたしの狙い通りにね。
わたしの電子干渉。ドールのつかう量子の魔法よ。

 同時に鞭を振ったわ。明らかに遠すぎる間合いだけど大丈夫よ。だってこの
鞭は皮膚ダーマプラスティック製なんですもの。わたしの意志に反応し、鞭がぐにゃ
りと長く伸びるの。ついでに先端は刃物のように鋭くね。これだから便利よね皮膚ダーマプラスティックって。

 狙いは首。せいぜい派手に死んで頂戴。安心して。あなたの血、無駄になん
てしないわよ。わたしがちゃんと飲み干してあげるわ。

 あなたの血は甘いといいな!

378 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/05(水) 10:08:52
 
 軽口には軽口を――因果応報とも言えるやり取りに安堵を抱き、ただただ言葉を紡ぐ。
 
「Ha――俺は生憎受けるのは苦手でね。自分のペースで動けなきゃイケるものもイケやしない」
 
 突如視界が暗転――と思いきや、半分は人間でない俺にとって闇なんてものは親友みたいなもんだ。本能的に
畏れる闇も、半分は人間ではない俺にとって恐るべきものではなく、慣れ親しんだものであり、暗転に驚きつつも
冷静に対処したつもりが―――
 
「種が見えれば易いが――高い買い物になるに違いねェな」
 
 飛び散る鮮花。 艶やかにいろどる赤色は、他人ならずとも俺自身のやる気を奮い立たせ――己をただの戦闘
狂と化せば良い。
 ソレがただ一つの利口なアンサーだ。そのうち死ぬなら何時死んだって変わり映えはない。
 
 温かに見守られ、死んでしまうのも。
 一人寂しく布団の中でもがき苦しむのも。
 
 死と言う事象そのものに変化などなく――何も、変わりなど、ないのだ。
 
「残念だが――血も涙もない悪魔なのさ」
 
 
 ぱっくりと割れる頚動脈から流れ出るは紅い血液。
 
 
―――ドロドロと、ドロドロと、ドロドロドロドロドロドロと。
 
 
 だがソレさえも偽者で。
 痛みにゆがめた顔すら贋物で。
 
 

 
 引金に力が篭り――無駄な問い掛けを一つ。
 

 
 
「痛みは己抑える為に発達しているー―なら、ソレが何かも判らない、判らなくなってしまった産廃じみた生き方
に意味はあるのかい?」
 
 汚名をかぶり、傷も付かず、手向けになるならそれでいいさ。
 誰かに恩を売るような仕事には辿りつけなかったが――己が惨めさは思い浮かぶだろう、
 
 
「出来れば――終わりにしたいんだよ.……この人生を!、、、、、、

379 名前:プリマヴェラ・ボビンスキ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/05(水) 21:05:09
>>378
 手ごたえはあったの。でも浅かったわ。
 血管にはとどいたけど、骨や気管にまではぜんぜん無理。ただの人間ならば
それでも充分かもしれないけれど、このボーイはそうはみえなかったわ。

 ボーイの銃が火を噴いて、お返しとばかりに銃弾が帰ってきたわ。狙いは正
確。あの子も闇の中で目が見えるのね。いいえ、それとも感じているのかしら。

 すばやいステップでかわしたけど、全部はかわしきれなかったの。
 わたしはドールだから大事なものはぜんぶ子宮おなかの中。でも女の子としては顔
に傷がつくのは絶対に嫌よね。だから頭と子宮おなかは必死にかばったわ。

 わき腹に何発か命中したわ。ドレスの下にスパイダーシルクを身につけてい
たから身体に銃弾がめり込むなんてことは無かったけど、それでも衝撃は抜け
るから、はっきりいって痛いのよね。でも感じたのは痛みだけじゃないわ。

 興奮が身体を走り抜けるわ。。
 ポリマとレジンと金属と繊維で造られた、人形ドールの体を走り抜けるわ。
 手ごわい獲物を目の前にして、人形ドールの狩猟性が目覚めるの。
 渇きが、血の渇望が沸きあがってきたわ。
 ああはやくあの子の首筋を喰い破ってあげたい。

 ボーイが銃弾と共に言葉を放ってきたわ。痛みですって?

「痛みなんて必要ないわ。苦痛なんていらないわ。快楽さえあればそれでいい
の。蠱惑アルーアさえあればいいのよ!それが人生の全てじゃない!大切なものの全てじゃない! 」

 そうよ、それでいいの。苦痛は大人に任せましょ。だってわたしは自動人形ネバーランダー
永遠の子供よ、大人になんかならないわ。

 ていうか、これだからボーイは困るのよね。グチグチグチグチすぐにしょぼ
くれて辛気臭くなっちゃう。そうぐだぐだ考えるな!感じなさいよ!

「こんなクソみたいな世の中でも、生まれてきてしまったんだから、せいぜい
楽しんでいきなさいよ。思いっきり楽しんで生きなさいよ。グチグチいっても
仕方ないでしょ!他人の迷惑なんて考えちゃ駄目。自分の損得なんて考えちゃ
駄目。思いっきりワガママに走りぬけ、楽しく生きればそれでいいじゃない! 」

 わたしは銃弾を回避しながら、意識を集中するわ。このままじゃいつか捕ら
えられて、銃弾で削り殺されるわ。やっぱりこの間合いは不利。だったら何と
かしなくちゃね。

「それでも死にたいって言うのなら、わたしが今すぐ殺してあげるわ!」

 もちろん言わなくったって殺しちゃうんだけど。

 そう思いながら、言葉と同時に力を放ったわ。魔法を使ったの。
 今回使ったのは発火能力。ドールにとってはありきたりな能力の一つよ。

 空中に激しい炎が、いくつもの火球が炸裂するわ。廊下を埋め尽くすほどの
火球が、視界を覆い尽くすほどの火球が。

 ちょっと派手だったかしら?でもかまわないわよね。
 わたしは出し惜しみなんかしないわ。はじめからクライマックスよ!

 そううそぶきながら、わたしは拳を握り締め、炎の中へと飛び込んでいくわ。
 これでしとめていればラッキーだけど、死んでなかったら止めを刺してあげ
ないと。それにアンティークおばあちゃんも回収してあげなくちゃね。

 だからわたしは拳を握って走っていくの。さあ、生きててごらんなさい。わ
たしのぱんちは音速パンチよ!

380 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/06(木) 21:42:29
>>379
 
 轟く爆音は手応えを残さずにただ空しい音階を刻むだけ。
 まるでステップの為にあるBGM。
 
 刻まれるリズムに乗るフロウはお子様の我儘で。
 お子様の我儘で。
 餓鬼の戯言で。
 
――臍を曲げたガキがリズムを刻む刻む刻む刻む刻む。
 
 全てがどうでもよくなる高揚感―――――Ha、テメエすら騙せない嘘に意味はない。
 
 挙句の果てにはお子様にまで説教される有様だ――クソッタレ。
 
 そうかい……そうだよ、そうだよな。
 
 どんなクソッタレた仕事だろうが請けた以上きっちりこなすのがポリシーだ。
 気難しい便利屋は、仕事の成功率が高いからこそ重宝される。
 
 
 例えソレがトニー=レッドグレイブなんて――捨てたはずの名前だとしても!
 
  
 爆音と閃光をかき消す紅に覚醒しろ。覚醒せよ。テメエはなんだ、俺はダレだ、俺はなんだオレは俺かアイツ
はもう居ないからこそ俺がここに立つ! クソッタレな悪魔狩人! 同属殺し! ハイに灰を生みスタイリッシュ
に仕事をこなせ! 感傷なんざ必要ない。
 
 そう言えば――あの時もこんな紅に包まれた。
 
 苦笑いを浮かべながら、二挺の拳銃はホルスターの中へ。
 背中にある大剣はそのままに。
 
 駆ける――刹那の間も惜しむように。
 駆ける――ビジネスは待っちゃくれない。
 
 駆けて――繰り出される拳に頭から突っ込む。
 
 脳が揺れるほどのダメージはないにせよ、なんだかんだで痛む。
 腹に開いた穴は塞がりつつあり、首からの出血は続くものの勢いは弱まった。
 
「女子供を殴るのは趣味じゃねーんだが――教えてやるよ、大人の苦味と痛みを!」
 
 繰り出すボディブロー、続けざまにローキック。
 
「Hey! come’on!」

381 名前:プリマヴェラ・ボビンスキ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/08(土) 00:01:43
>>380
 お腹への一撃で動きを止められ、ローキックで転がされたわ。
 体重差がありすぎるのね、わたしはあっさり転ばされてしまったの。

 すごい勢いで地面に衝突。衝撃で息が詰まりそう。おまけに頭をしたたかに
打ったわ。床に激突した頭だけじゃなく、殴られたわき腹もかなり痛むの。ア
バラの1、2本は折れたかしら。脚の方も青あざがひどそう。しばらくは濃い
色のストッキングをはかなくちゃいけないかしら。あ〜あ。もうこのまま休み
たい気分よ。でも、ここで止まったらサンドバックになっちゃうわね。やんなっ
ちゃうわ。ほんとやんなっちゃう。

「ああ!もう!!なんでこうなるのかしら。うんこみたいよ。ほんとうんこみたい!」

 思わず悪態がもれたわ。食事中のかたごめんなさいね。
 
 わたしは床に転がったままで両足を跳ね上げたわ。肩のすぐ下、肩甲骨の上
部あたりを床につけたままの手を使わずに倒立するような姿勢になると、コン
パスのように大きく足を開いて回転。お返しの連続蹴りを決めたわ。カポエイ
ラとかブレイクダンスのノリね。

 でも、身長差がかなりあるせいで、蹴ることができたのは太もものあたりだっ
たわ。これじゃあんまり効果は無いわね。だがら次の手を打ったの。

 旋回していた脚で色男の腰を挟み込んだわ。かにばさみの要領ね。そのまま
腹筋を使って上体を持ち上げると、すばやく両手でコートの襟首をつかんだわ。
そのあと、いったん仰け反るようにしておおきく背筋を反らせたの。ここまで
くればやることはわかるわね?やられっぱなしは性に合わないの。やられたら
倍にしてやり返すのよ!

人形ガールを殴るなんて人でなしね! お仕置きしてあげるわ!」

 言葉とともにわたしは頭を男の顔めがけて叩きつけたわ。

382 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/09(日) 08:00:32
>>381
 
「Ha――それが大人ってのは面倒だろう?」
 
 痛みに震え、恨みに辛みを溜め込みながらクソッタレと呟き――希望を持つ。
 
 夢を見る。
 
 在るのはこのどうしようもない世界だけだと言うのに、夢を見る。
 明日こそきっと良い日になると信じ、不幸は今日までだと思い、結局は元通り。
 夢も希望も手は届かない。絶望に焼かれ続ける。
 
 それでも――生きてりゃクソッタレタこんな世界でもきっとマシな事もあるだろうさ。
 
「Hum――中々どうして。ガッツあるぜ、オマエ」
 
 勢い良く跳ね上がる両足は強かに太腿を打つもさしたるダメージは無し。それでも「普通」の人間であれば、
脆くも崩れ去っただろうに。
 
「チークタイムにゃ早いが――
 
 流れに逆らわず身を委ね、魔力を少々弄って相棒の位置をズラして置く。
 俺の開いている両腕はガキの足をしっかりとロック。
 そうこうする間に床が目前に迫り―――――相棒の柄が床に突き刺さる、、、、、
 
――Hey girl? Show time!」
 
 そのまま両足を大きく広げ、不慣れなモンで魔力も少々使い、ヘッドスピンの要領で回転。
 ちょっとした竜巻でも起こるんじゃないかっていうくらいの速度で回って、即席ジェットコースター方式メリー
ゴーランド。夢も希望も楽しみもそこにはないがね。
 回るのにも飽きたところで力任せにガキの両足を引き剥がし、ブン投げる。
 そんな愉快な光景を見送り、回転を止め、愛銃を取り出した。
 
 視界は逆様なまま照準を合わせ
 
「――鉛球キャンディーもオマケしとくぜ?」

383 名前:プリマヴェラ・ボビンスキ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/09(日) 21:47:26
>>382
 いくらわたしでも空中では避けられない!

 思いっきり身をひねって射線から外れようとしたけど、狙いはあまりにも正確すぎたの。
右手が射線上に残ったわ。

「っ!!!!」

 二の腕から千切れ飛ぶわたしの右手。真っ赤な血がぐちゃぐちゃに千切れた断面から噴
出して、空中に赤い華を咲かせるわ。他人の血はおいしそうなのに、自分の血はどうして
もそうは見られないわ。

 痛みで思考が乱れるわ。集中力が途切れるわ。おまけに被弾の衝撃と無理に避けようと
したせいで、空中で体勢を大きく崩したの。

 まずいわね。追撃を受ければそれで終わり。今度は確実に避けきれない。魔法でかわす
余裕も無いわ。だからほかの手をつかったわ。

 視界の隅にあった白い物体に手を伸ばしたの。わたしの手。千切れ飛んだわたしの手よ。
わたしはそれをしっかり掴むと、男めがけて空中で思いっきり投げつけたわ。大して効果
があるとは思えないけど、一瞬でも銃弾を途切れさせることが出来れば、何とかする時間
は作れるから。

 どうにか上手くいったみたいで、そのままわたしは地面に激突。打ち所が悪かったらし
く骨の折れる嫌な音が聞こえたけど、空中で射殺されるのだけは防げたわ。それより凄い
勢いで床を滑ったからこすり付けられた顔の右側が凄いことになって無いか心配よ。

 胴体着陸をして、廊下に横たわるわたし。このまま横になっていたかったけど、このま
まいたら的にしかならないわ。早く体勢を立て直さなくちゃ。

 両足を地面に叩きつけ、その反作用を利用して後方に跳躍したわ。バク宙しながら体勢
を立て直すと、そのまま床を壁を連続して蹴って相手と距離をとったわ。

 悔しいけどあの男は身体能力、格闘の技量共にわたしより上よ。まともにやったら圧倒
的に不利だわ。

 距離をとりながら意識を集中したわ。痛みで集中力が乱れるけど、我慢して集中したわ。
そして、魔法を発動したわ。ドールの魔法を使ったの。魔法を2つ同時に使用したのよ。

 まず一つ目は。

「スイッチ、オン」

 その声でスプリンクラーが作動したの。わたしの周りのスプリンクラーを除いて、廊下
中のスプリンクラーから盛大に水が噴出したわ。突入直前、アリョーシャに機能を停止さ
せられていたスプリンクラーがわたしの電子干渉によって活動を再開したの。見る見るう
ちに廊下が水浸しになっていくわ。

 そしてふたつ目。

 館中からかき集めたわ。かき集められるだけかき集めたわ。自力で作り出してもいいん
だけど、あるものは利用したほうが楽だし便利よね。わたしの力は万能でも無尽蔵でも無
いんだし。ドールは魔法でいろんなことが出来るけど、何でもできるのはタイターニアさ
まだけなの。

「いい加減、ボーイはおねんねの時間よ!」

 血を吐くようなその言葉と共に、かき集め蓄えたそれを水浸しの廊下にはなったわ。男
めがけて、かき集めた館中の「電力」を放ったの。

 そして解き放たれたいかずちが、雷光が廊下中を蹂躙したわ。

384 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/09(日) 22:41:08
>>383
 
 逆様の姿勢でも流れる血は重力に従っている事に安堵を覚えつつ、どれだけクソッタレタ血でありながらも
赤い色をしている事に驚愕――浮かべるはずはない――もなく、ただただその情景を瞳に焼き付ける。
 
 そう――焼き付ける。
 
 目蓋の裏にその墓碑を刻み、苦痛苦悶悲哀恨みに辛み、投げ捨てられる右手の光景は何時だって何処
だってフラッシュバックの如く蘇り続けるだろう。
 気分は最悪ながら仕事としては最上級の汚れ仕事。

 
 下らない押し込み強盗が一変、すったもんだの殺し合いに早代わり。
 
 
 どうにもこうにも真っ当に進まない人生――魔生に乾杯。
  
 
 せめて、酔えるほどには飲ませてくれよ?
 
 
「――水も滴るなんとやら」
 
 
 スプリンクラーの誤作動なんてのは些細な問題だ。
 
 なんせ、全身に掛けた金は高級車が何台買えるかを計算すると泣けたくなる(三台は余裕)――何故なら防
弾防刃耐火耐水耐雷……ありとあらゆる加護を受けている(どうでもいい事にUVカットすら組み込まれている。
(最後の一つに関しては意味が判らない)。革製品に水は大敵でね。
 
 さて置き。どんな修羅場だろうが油断したままに歩ける装備。
 
――そもそも、
 
「雨染みは革製品に大敵でね――それに、赤がトレードマークだ、焦げてやるわけには行かねぇ。真っ黒な
トースト程萎える朝食もないけどよ!」 
 
 
 トーストも買えねえけどな!  
 
 
 両手を広げ、数々の言葉を紡ぎながら前進。
 
――要するに、請けたビジネスを完遂出来ればそれで良い。
 
「さっさと傷口を舐めあう誰かを呼んだらどうだ? 苦いし辛いもんだ、大人って奴は」
 
 
 
 両手を広げ方をすくめれば―――――何時も通りの風景。
 そう――恐らくこれが、常識外の常識だ。
 


385 名前:プリマヴェラ・ボビンスキ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/11(火) 13:26:40
>>384
>>
 ―――――今夜はどうにもいつもどおりにはいかないわね。

 近付いてくる男。どうみてもまったくの無傷ね。冗談じゃないわ、非常識にもほどがあ
る。本当に、こちら側の生き物みたいね。いいえ、わたしよりさらに向こう側の生き物な
のかしら?そうじゃなければ何かタネがあるのね。修羅場の経験は豊富そうだし、それな
りに準備はしてあるとおもうわ。

 まあ、そんなことはどうでもいいわね。それよりどうしようかしら。このままやっても
勝ち目は無いわ。あれで無傷じゃあどうにもならない。もっと強力な魔法を使うっていう
手はあるけど、そんな時間はくれないでしょ?仕方ないわ。こうなったらやることは一つね。

「そうね、じゃあそうさせてもらうわ・・・・・・・・・

 わたしはにっこり微笑んでそういったわ。そのわたしの言葉と同時に、先ほどの発火と
放電で割れた窓から音も無く、でも凄いスピードで浮遊フロートバイクが一台つっこんできたの。
ほぼ直角に近角度で曲がるとバイクはそのまま廊下を疾走。こちらに向かって近付いてく
るわ。

 操縦しているのはもちろんイギーよ。心配そうな表情がその顔に浮かんでいたわ。心配
してくれているのね、イギー。ありがとう。でも大丈夫よ。さあ二人で帰りましょう。しっ
かり獲物はいただいてね。

「さようなら。わたし以上のバケモノさん」

386 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/11(火) 13:27:28
>>385
>>
 飛び込んだ瞬間目に入ったのは真っ赤なコートの男だった。そして傷だらけの人形デッドガール
例の便利屋とプリマヴェラだ。

 想像以上に状況は悪い。あのプリマヴェラが手も足も出ていないなんて!

 こうなったらやることは一つだ。ぼくはアクセルを踏み込みさらに加速。室内、それも
狭い廊下では自殺行為の芸当だ。そんなことはわかっている。迫る壁。でも大丈夫。さら
にアクセル。同時に半ば立ち上がるように腰を浮かして中腰になると、そのまま身体を倒
し重心操作でバイクの軌道を変える。プリマヴェラのわきを通り抜ける瞬間、彼女は華麗
に宙を舞い、ぼくの後ろにちょこんと座り込んだ。飛び乗られたというのに車体はさほど
も揺れない。プリマヴェラの「魔法」。そのまま直進。すれ違いざまにプリマヴェラがこ
んがり焼けたドールを回収。トランクのほうは距離があるから諦めるしかない。ぼくはさ
らにアクセルを踏み込む。さらにさらにさらにさらに!そのまま突き当たりの窓をぶち破っ
て建物から飛び出す。

雨はもう止んでいた。吹き付ける心地よい夜風が緊張感を解きほぐし、戦闘による興奮と、
火照った身体をさましていく。

「いい車を見つけたじゃない」

 かわいらしい脚で車体を挟み込み、残った左手で焦げたドールを抱え込んだプリマヴェラ
が顔を寄せるようにしてぼくに言った。

「ある場所はわかっていたからね。悪いけど無断で借りてきた」

 ミツビシの最新鋭のホヴァーバイク。最新型の「数秘機関クラック・エンジン」を搭載したこの機種は、
バイク=うるさい物という概念を過去のものへと変えた。駆動音は極めて小さく蚊の羽ば
たきほどにも感じない。静か過ぎて危険だという苦情まで出る始末なのだ。

 逃走用に用意してあったカオルコの愛車だ。彼女には悪いが借りることにした。どうせ
彼女はあの様子じゃ使えないだろう。

 乗り心地は極めてスマート。ぼくの愛車のブガッティ(1931年製、ブガッティ・ロイヤル、
ベルリン・ドゥ・ヴォヤージュ)と比べれば玩具のようにすら感じる。

だがこの子を馬鹿にしちゃいけない。こんなにソフトな乗り心地なのに加速性能と最高速
度はぼくの愛車よりも数段上なんだ。そして、それと比例するように、リスクも恐ろしく
高かった。
 ブガッティを運転する時に必要なのは彼女をねじり伏せる腕力とセンスだけど、この子
を操縦するのに必要なのは外科医のごとき精密さだ。十分の一ミリ単位で調節された操縦
系は、ほんの僅かなミスが死につながる。超繊細な操縦系はまともな人間じゃ操縦できや
しない。反射神経に自信があるぼくでも、薬を使って擬似的なオーバークロック状態になっ
ていなければとてもじゃないが無理だった。もともとコイツはmore than human 用の乗
り物なんだ。ただの人が乗ろうとするのは自殺行為だ。さすが高性能人命軽視がお家芸の
ミツビシだ。

387 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/11(火) 13:28:00
>>386
>>
「やだ!顔の皮膚がはがれているわ。さっき床に擦りつけたせいね。もういやんなっちゃ
う!右手と一緒に腕利きのエンジニアに直してもらわなくちゃ」

 自分の傷の様子を点検しながら、プリマヴェラが大げさに騒いでいた。

「あいつはそんなに強かったのかい? 」

 顔を僅かに傾け、ぼろぼろになったプリマヴェラを視界の端で見ながらぼくはそういっ
た。ぼくも、こんなにやられたプリマヴェラを見るのははじめてだった。

「強いなんてものじゃないわよ、イギー。こんな装備じゃ話になんないわ。次にやるとき
は最低でも重火器を用意した上で双子ピカドンでも連れてこなくちゃ。それでやっと
勝ち目が見えるくらいよ。」

 うんざりしたような表情でプリマヴェラがいう。さすがの彼女も応えているようだ。

「今日はわたしの完敗よ。でも次にやるときは確実に殺すわ」

「出来ればぼくは、あの男とは二度と係わり合いになりたくないけどね」

 そういってぼくはハンドルを握ったまま肩をすくめた。

 ぼくはバイクを操縦しながらひとごこちついた。
 これでなんとか依頼は達成できた。義体の回収までは出来なかったけど、子宮シリンダを回収し
たんだから、最低限の仕事は果たしたといっていい。成功報酬は満額はもらえないだろう
が、7割ほど請求しても罰は当たらないだろう。

 ああ、今日もよく働いた。今日はもう早く帰って休みたい気分だ。

 ―――――まだ安心するな

 !?脳内に響く声。幻聴?薬のやりすぎでついに脳がやられたのか?……いや。

「プリマヴェラ、何か言ったかい?」

「何もいってないわよ、イギー」

 怪訝そうにプリマヴェラが言う。
 一応たずねてみたものの彼女が言ったのではないことは解かっていた。それは男の声だっ
たからだ。

 ―――――まだ安心するな、わが影よ。

 また聞こえた。幻聴じゃない。いや、幻聴とは思えなかった。
 お前は誰だ!?声には出さずにぼくは叫ぶ。その声に致命的な既知感・・・・・・・を覚えたからだ。

 ―――――おれはお前だ。そんなことよりも、まだ安心するのは早い。後ろだ。来るぞ。

 その声に、思わずぼくは後ろを振り返った。傷だらけのプリマヴェラ越しに見える風景。
そこには―――――。

388 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/11(火) 19:59:19
>>385-387
 
――人生には刺激って奴が必要だ。
 
 ソレが厄介事であれ殺し合いであれ何であれ、驚き興奮も出来なけりゃ退屈に噛み殺されちまう。
 その点で言えば今回のヒーローの登場は悪くはない(まさかバイクで来るなんて思いもしなかったが)、悪
くはないが――俺としては不完全燃焼だ。もう少しばかりダンスパートナーになってくれなくちゃ困る。闖入者
が引っ掻き回してくれれば今よりはもう少し愉しい夜に――って、ガキとダッチワイフ手に入れた途端あっさり
と逃走開始かよ。ヒーローって奴はもう少しばかり熱血であって欲しいもんだね。
 
「――Hum……さてまあ、どうする」
 
 冷たいシャワーに打たれながら行動は既に開始済みだ。
 そう、何時だって結局やる事は一つきりしかない。
 
 飯を喰って、寝て、起きて――週休六日の便利屋稼業で刺激に浸る。
 
 そう――どんなクソッタレタビジネスだろうと請けた以上……有無を言わさず請けさせられた以上(実際問題
金もなくて元居た場所に戻る事も出来なければホテルの支払いも出来なかったんだが)、きっちりとこなすのが
ポリシーだ。
 
 大雑把に詰め込んだここの地図を頭の中に広げ、目的までの最短ルートを確認。ついでにトランクを拾い上
げて置く。追いつけなきゃそれはそれ。これはこれ。保険は掛けておくに越した事もない。こんな有様じゃあ依
頼人も強くは出れないだろうさ。
 相手の逃走がバイクである以上、なるべく早く駆ける。窓を蹴破り目的である車庫までは一直線に。どうせど
いつもこいつもB級ホラーのモブになっちまったんだ。一台くらい拝借したって構いやしねえだろう?
 
 で、愕然とした。
 
「なんで――赤いのがねーんだよ……」 
 御丁寧に鍵をつけといてくれるのはありがたい。そこには文句もない。盗んだバイクで走り出すには上等だ。
最新モデルからアンティークまで……道楽の極みってヤツだな、ピザが何枚買えるやら。
 しかし、青は駄目だ。緑でも紫でもピンクでも良いんだが――青は駄目だ。よくない。
 
「しかも車ばっかって……まあ、そりゃ、金持ちだもんな」
 
 こうなったら走って追うか? そろそろ時間的に拙い。
 
「――BINGO!」
 
 カスタムにでも出していたのか、それとも主人以外の誰かの趣味か。赤いソレに飛び乗る。
 座り心地は悪くない、エンジンの始動も問題なし、心地良い響きと振動に少しばかり酔う。
 やっぱりバイクはアメリカンでガソリンじゃなきゃならねぇ。
 
「The party doesn't end!」
 
 スキール音を響かせ走り出す。
 逃げ切れると思うなよ?
 

389 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/11(火) 20:03:03
>>388
 
 右へ、左へ。
 思いついたままにハンドルを切り、フルスロットルで駆ける。信号なんて無視だ無視。
 
 出会う確率は極めて低い。そりゃそうだ、俺は奴等のベッドールームがどこにあるかなんてのは知らない訳だ
し、この街の道を知り尽くしている訳でもない。
 そもそも素性も知らない、目的は同じだったとしても何処かの誰かからの依頼なのか、自発的な行動なのか。
 
 それも判らない。
 精々がブン殴ったくらい。それだけの接点でどこに行ったかが判るんなら、こんな商売はしてねえだろう。
 
 だが――確信はある。
 予感じゃない、確信だ。自分に都合の良い未来を普段は掴む事は出来やしないが、この感覚は必ず掴める。
 理想通りの未来を。希望通りの時間を。第二ラウンドの幕開けを。
 
 パーティーはまだ終わっちゃいない。
 俺の本業もまだ終わっちゃいない。
 
 だから追いつき、ド派手な幕開けにすべきなんだ。
 主役は派手な登場じゃなけりゃ締まりやしない。
 
 右へ左へ。
 焦りはない。
 
 東へ西へ。
 ほら、な?
 
 角を曲がれば見覚えのあるガキを乗せて疾走する一台のバイク。
 状況は良くない。ジリジリと離されて行くのは性能の違いか?
 
「――Take it easy」
 
 取り出すのは二つで一つの我が頼もしき相棒。
 減速覚悟でアクセルを戻し、転倒を恐れず両の手は胸の前でクロス。お気に入りのポーズ。
 
「Let's rock!」
 
 お決まりの台詞。
 お決まりの閃光。
 お決まりの銃声。
 

390 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/11(火) 21:29:51
>>389
「すごいこだわりようね。バイクまで真っ赤よ! 」

 半ばあきれたように、そして心底感心したようにプリマヴェラが言う。あまりにも場違
いな台詞。信じられぬ展開に彼女も呆然としているのだ。それはぼくも同じだった。そし
てその製で致命的なミスをしたんだ。

 驚愕のあまり回避行動が遅れた。それでもなんとか大半はかわしたが、4、5発ほど被
弾。うち一発の当たり所が悪かった。

 耳障りな音を立て数秘機関は悲鳴を上げる。ささやかだった駆動音はもはや見る影も無
い。スピードが見る見るうちに低下する。これじゃあそう長くは持たない。

「おたがいバイクに乗ってるんだぜ!しかも向こうは揺れのひどいガソリン式の地走式二
輪型だ!なんで命中するんだよ!!」

 もはや悲鳴に近いぼくの声。それでもかじりつくようにして操縦する。

 側道から本線へと出た。交通量が格段に増す。

「追いつかれるわ!」

 後ろを向いていたプリマヴェラが鋭い声を出す。

「プリマヴェラ!このバイクのAIを乗っ取れるかい!マニュアルじゃもう限界だ」

 ぼくの電情戦の技量じゃこのAIを完全に掌握するのは無理だった。機能の大半を無効
化しセーフモードマニュアルで動かすのがせいぜいだ。それでも十分だと思っていたが、こんな状
況になってしまっては話が別だ。

「やってみるわ」

 プリマヴェラの電磁干渉。1秒2秒……気の遠くなるような時間が過ぎていく。まだか。
突然、起動音が鳴り響く。車体に取り付けられたディスプレイにあかりがともる。よし!


391 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/11(火) 21:30:54
>>390
 再起動しセーフモードから通常モードへ移行。その間もバイクは止まらない。事故を防
ぐために予備の機関が駆動しているのだ。そしていったん立ち上がってしまえば、そこか
らのの待ち時間は一瞬で済んだ。さすがは最新型だ。処理が速い。

 AIが完全に立ち上がる。電気仕掛けの哺乳瓶サポートAI「シジフォス」。即座
にプリマヴェラがぼくのかけているデータグラスと「シジフォス」をリンクさせる。

 視界が360°に変換される。バイクの各部につけられたモニタや各種センサー、常時
接続されている衛星の画像を複合的に処理し、現実以上の画質のCGとしてゴーグルモニタ
投影しているのだ。

 うげぇ。気持ちが悪い。今までにも何度か経験したことはあったがどうにもなれない。
蹴れで今はそんなことを言っている場合じゃなかった。

「シジフォス、ナビを起動してくれ」

 プリマヴェラに掌握されたAIは、ぼくの指示に忠実にナビシステムを起動。もうひとつの視界・・・・・・・・
にこのあたりの地図が表示され、リアルタイムで交通量や信号の状況などを教えてくれる。
地図上で目的地として七つ星を指定。検索され即座に最適なルートが示される。

 それと同時に360°に広がった視界に矢印や数値が表示される。風向きや風速は直感
的にわかるよう色として表示される。

 ここまでは、すべて順調万事快調。ただ気になるのは破損具合だ。「シジフォス」も限
界が近いことを警告していた。最大限上手くいっても七つ星まではもたないだろう。

 どうする?どうすればいい?

 AIがきちんと動き出したことにより、ぼくの運転の無駄をバイク自身が補助してくれ
るため動作が最適化されて、結果的に速度は上がる。何とか持ち直してきた。

 だがまだ駄目だ。距離はどんどん縮まっている。

392 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/11(火) 21:36:51
>>391
 どうする?どうすればいい?

 そうだ、まずは荷物を軽くする必要がある。

「プリマヴェラ!そのアンティークなんだけど、手足をもぎ取ることは出来ないのかい?」

「もっといい方法があるわ、イギー」

 プリマヴェラはそういうと、アンティークの腹部を開く。あふれ出す白金の輝き。プリ
マヴェラはその中に手を突っ込むと、無造作にシリンダをひきずりだす。

 プリマヴェラ!悲鳴を上げるぼくに、プリマヴェラは大丈夫よとこともなげに言う。

「あんがい頑丈なものなのよ、これ。それに魔法を使って安全に引っ張り出したから心配
は要らないわ」

「それでそいつを何処にしまうつもりなんだい、プリマヴェラ。持ち運び用のケースなん
て持ってないんだぜ」

 その言葉にプリマヴェラは肩をすくめると、大きく口を開け、シリンダをひと口で飲み
込んだ。

「ここなら安心よ、イギー。人形の中が一番安心なのよ。でもさすがに胃もたれしそうよ」

 ああそうかい。君にはいつも驚かせられるよ、プリマヴェラ。

「これでもくらいなさい!」

 プリマヴェラはそういうと、ただの残骸になったダッチワイフを追跡してくる便利やめ
がけて投げつけた。当たるとは思えなかったが、やらないよりはましだろう。
 続いて彼女はぼくが背負っていた短機関銃を奪い取ると、身体をひねって銃口を後方へ
と向け、フルオートで銃を乱射する。あたりの通行者たちが悲鳴を上げ蜘蛛の子を散らす
ようにして逃げ出そうとする。たちまち当たりは大混乱だ。悲鳴悲鳴悲鳴割れるガラス響
き渡るクラクションどこかで衝突音まで聞こえてきた。

 頼もしい彼女を持ってぼくは幸せだよ、プリマヴェラ。

 さて、つぎはどうする?どうすればいい?

 拡張された視界がひとつの看板を捉えた。そこに書かれた文字の羅列。それを見て思い
ついた。「保険」をかけよう。保険はかけておくに越したことが無い。

 ぼくは運転したままバイクのAI経由で携帯を起動。先ほどと同じように脳波で指示。
呼び出し音が鳴り始める。相手はすぐに出た。

「仕事を頼みたいんだ。……そう、そうだよ。前金で全額払う。大きさは……無理すれば
バスケットボールぐらいに小さく出来るけど。重さは結構重いよ。40kg以上は確実に
ある。大丈夫なんだね?じゃあ場所なんだけど」

 一瞬の思案。ぼくは場所を決定すると地図上に記して相手の示したアドレスへと転送。
よろしく頼んだよ、といって電話をきる。

「イギー?」

「保険だよ、プリマヴェラ」

 そういうとぼくはナビにアクセスして目的地を変更する。瞬時に切り替わるルート。視
界の中の矢印たち。

 そしてぼくは電気仕掛けの哺乳瓶サポートAIの指示通り、目的地めがけさらにアクセルを踏み込んだ。

393 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/11(火) 22:12:59
>>390-392
 
「Ha――Ha!」
 
 何十発とブチかました挙句当ったのは四つか五つ――ソレでも最大限の効果を発揮してくれたようで。
 未だに追い付けはしない、追い付けはしないが――明らかに鈍っている。
 これならば追いつくのは時間の問題で、追いついてしまえばチェックメイト。

 逃げ切られなければ俺の勝ちだ。
 
 とりあえずホルスターへ相棒をブチ込み、アクセルはフルスロットル。
 折角セットした髪も風圧で後ろに流れ、ハンドルが伝える振動は人の腕力で押さえ込むには苦痛だと
言う事は想像に易い。路面のギャップを拾えば即座に前輪を持っていかれそうになるも腕力で押さえ込
み、人の限界を超えた走行を続ける。
 
 信号も交差点もノンストップで駆け抜け、後ろで響くクラクションと激突音、挙句の果てには爆発音。
 B級映画には着きものだろ?
 
 ではスターはダレだ?主役はダレだ?ボニー&クライドはどこのどいつで監督と脚本家はどこに居やが
る? エキストラに舞台背景はこの街全て、主役は主観で見るならこの俺で、ボニー&クライドは嬉々と
して逃亡劇を続けている。
 
 人質代わりの抜け殻は地面を滑り、小気味よい炸裂音が響いたと思えばトラックは横転し車は激突、爆
破炎上のサービスシーンは盛りだくさんで、俺の目の前の道は塞がれつつある。
 
 ああ、まったくどいつもこいつも。
 
「エキストラはそこまで頑張らなくてもいいんだぜ? 命はたった一つだ、少しばかり運が悪かったとは言え
もう少し大事にしとけよ――な!」
 
 道がないなら切り開け。
 何時だってそうしてきた。何処でだってそれを曲げなかった。
 
 そして――
 
「そら、そろそろ目を覚ませよネボスケ――Let’s Rock!」
 
 
                                                   ――反逆は目覚める。
 
 片手でだらしなくブラ下げた相棒はチリチリと小気味よい音を奏で、これでもかと言うくらいにアスファルト
を抉り、赤い紅い火花を散らしている。
 
 目の前は既に大型トラックのコンテナで塞がっている。
 アクセルは緩めない。
 
――3。
 
 激突まではあと僅か。
 
――2。
 
 質量差は歴然。
 
――1。
 
 だからどうした?
 
 
「I'm absolutely crazy about it!」
 
 次元でも抉った様にコンテナを切取り直進。
 背中に相棒を戻し、片手に馴染んだ銃を。
 
 
 威嚇射撃程度しとかないと離されるだけなんでね。

394 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/11(火) 22:45:00
>>393
 戯画的な光景。ぼくはいつの間に悪夢の世界に紛れ込んでしまったのだろうか?……ああ、
ここはネバーランドじゃないか。だったらもとからか。それじゃあ仕方ない――――――

「わけがあるか!」

 叫びながら必死になって機体を制御。その時になった肩口からにじむ血に気がついた。
緊張感と興奮で気づかなかったが、バイクもぼくもプリマヴェラも何発か被弾していた。
致命傷は今のところ無いが、その幸運もいつまで続くものか。男の射撃はどんどん精度を
増していく。こちらのパターンがよまれてきているのだ。本能的的なものかもしれないけ
どね。

 プリマヴェラが通行している自動車に銃撃。タイヤを打ち抜かれ蛇行する車、スリップ
する車。連鎖して起こる玉突き事故。それでも男は奇跡的な操縦で、車の間をすり抜けて
どんどん近づいてくる。

 プリマヴェラが消火管に銃撃。盛大に吹き上がる水。噴水のように、いや間欠泉のよう
に吹き上がる水。悲鳴を上げて逃げ惑う人々。れでも男は神業としか言いようの無い操縦
で、その間を縫ってどんどん近づいてくる。

 ありえないだろ!いくらなんでも!!

 たまらずぼくは急激な方向転換。そのまま市場へと突っ込む。さすが不夜城、いや常夜
の街「倫敦」。中心街にはこんな時間にも人はあふれている。

 クラクションをかき鳴らし、問答無用に突撃。湧き上がる悲鳴悲鳴悲鳴。籠、ダンボー
ル、バケツなどいろいろなものを跳ね飛ばすが、何とか今のところ死人は出していない。

 と、油断したところで屋台に接触。青果店の屋台がひっくり返り、果物が当たり一面に
ばら撒かれる。

 プリマヴェラが飛んできたりんごを掴みひと口かじる。

「くちなおしよ」

 余裕だね、プリマヴェラ。ぼくはもういっぱいいっぱいさ。

 こうなった以上、後ろを取られているのはとにかくまずかった。かといっていまさら後
ろに回りこむのも無理だ。速度を落とせば間違いなくつかまって、つかまればそこでおし
まいだ。

 どうする?どうすればいい?

 と、急にぼくの身体をまさぐりだすプリマヴェラ。くすぐったいよ。
 彼女の手の動きが唐突に止まる。

「何よイギー。いいものもってるんじゃない」

 そういってプリマヴェラが微笑む。その手には手榴弾。

「正気かいプリマヴェラ!?ここはテムズの北だよ!! 」

 それもこんなに人のいる市場だ。私有地だった故買商の屋敷とはわけが違う。人形はと
もかく貴族たちにどう言い訳するつもりなんだ!

「だいじょうぶよ」

 そういって彼女はいつものうそっぽい笑みを浮かべると、安全ピンを抜き迷わず投擲!?
惨劇を予想しぼくの全身に寒気が走る。

 予想にたがわず盛大な爆発が巻き起こ――――――る?

 いやこれは爆発は派手だが殺傷能力は低いタイプだ。赤い線の引いてある方の制圧用の
手榴弾。突入前に打ち合わせておいたのにすっかり忘れていた。反省と同時に、プリマヴェ
ラにもいちおう分別というものがあったのだとぼくは安堵した。

 そして安心するとろくなことは無いんだ。

「イギー!」

 プリマヴェラが悲鳴を上げる。見れば爆炎の中から飛び出してくる男の姿が。まずい、
振り切れない!

 悲鳴をあげながらもプリマヴェラは、近くの屋台からすれ違いざまに大型のシャベルを
拝借。魔法で強化し。のこった左手で構える。さすがはプリマヴェラ。彼女の闘志はこん
なもんじゃ萎えないんだ。ぼくはもうくじけそうだけどね。

395 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/11(火) 23:08:55
>>394
 
 判断を間違え、一瞬でもビビッたら、この機体は答えちゃくれない。
 どう言う訳かそんな意思を機体から汲み取り臆する事なくフルスロットル。うなりを上げるエンジン音、
行き着く暇も無いほどの官能的なエキゾーストノイズ、人馬一体って言葉があったよな?
 
 今はまさしくソレ。
 
 これは俺の足であり手であり振動は鼓動と同じBPM。
 速く、早く、疾く早く速くハヤクはやくハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク――!
 
 目の前に迫るダンスパートナー(勿論車だ)とのチークタイムは失礼がないようにお断りし(愛銃がお
引取り願った)、水は元々良い男には欠かせないアイテムである以上障害にはなりえない。
 
 そう――今の俺は限りなく無敵だ。超人だ。世界だって救って見せるヒーローだ。
 
 どんな障害も跳ね除ける。
 それが下らない物から割と致命的なものだって構いやしない。
 
 今の俺には関係がない。
 世界が俺で俺が世界だ。万物全てがこの手の中にある高揚感。
 
 逃げ惑う人々も初めからそう動く事が判りきっているかのようで、目の前のバイクから放たれる手榴弾
すら予測の範囲内。
 
 飛んできた苺を手にとって一齧り。
 
 目の前には爆焔が広がって、辺り一面阿鼻叫喚。
 焦げる皮膚の匂い。焦げる髪の臭い。上がる悲鳴。声にならずに漏れた吐息。肺を焼かれた絶叫。
 
 地獄絵図とはこの事かい?
 
――Ha! 最低だな。
 
 どいつも、こいつも、そいつもあいつもクソッタレだ。
 クソッタレだ!
 
 化物連中は纏めてモルグにでも送り込んでやらなくちゃならない。
 ダレの為に?
 
「――Sweet」
 
 俺の為に!
 
「口直しに鉛球キャンディーでもいかがだお嬢ちゃん?」
 
 銃口をきっちり口元にキープ。
 と見せかけて、アクセルオフ――自由になった片手で剣を取り――投げつけた。
 
 なに――問題ないさ。アイツは何時だって俺の元へと戻ってくる。
 そう――戻ってくる。

396 名前:プリマヴェラ・ボビンスキ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/12(水) 00:10:55
>>395
 突きつけられた銃口。とっさに顔を背けたけど、よけきれなかった。顔をごっそり持っ
ていかれたわ。左の頬から目にかけてをごっそりね。さすがに悲鳴が漏れたわ。それでも
わたしはドールよ。こんなのは致命傷にはならないわ。

 でもあいつの攻撃はこれで終わりじゃなかったの。銃のほうはフェイントだったのよ。
あの男は巨大な剣を投げたの。まさかあんな重そうなものを投げるなんて!身動きの取れ
ないバイクの上だけど精一杯身をひねってかわしたわ。イギーも上手く操縦して避けてく
れたしね。それでも完全に避けるのは無理だった。わき腹を掠めたわ。赤黒い血がわたし
の中からあふれ出してきたの。あぶなかった。もう少しで子宮に届いていたわ。人形の急
所は子宮だから、そうなったらわたしは死んでいたわ。

「プリマヴェラ!」

 イギーが悲鳴を上げたわ。大丈夫よイギー。わたしは大丈夫。さあ今度はこっちの番よ。
わたしの魔法で挽肉ミンチにしてあげ――――――危ないイギー!

 ああ、あいつの本当の狙いはこれだったのね。かわしたはずの剣がまた戻ってきたのよ。
性格悪いわ。ひねくれた剣ね。きっと持ち主に似たのね。

 さっきわたしをかばうためにハンドルをきったせいで、剣の軌道上にイギーの体が入っ
てしまっていたの。イギーはただの人間よ。あれを食らったら間違いなく死ぬわ。だった
らわたしのすることはひとつよね。

 だからわたしはイギーの上に覆いかぶさったの。

397 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/12(水) 00:11:46
>>396
 何が起こったのかはすぐにはわからなかった。

 プリマヴェラの悲鳴。暗転。衝撃。何かの壊れる激しい衝突音。そして刃が肉に食い込
む聞きなれた音。

 地面になんども全身を強く打ったせいで息が詰まる。全身が痛い。それでもスピードが
落ちていたおかげで死ぬことは無かったけど、間違いなく何ヶ所か骨折しているはずだ。

 頭を振って立ち上がる。ぼやけ揺れる視界。その視界の中にあってはならないものが入っ
てきた。背中を大きく切り裂かれ血だまりの中に沈むプリマヴェラ。まずい、傷が深すぎ
る!あれじゃあ子宮まで届いてしまっている。プリマヴェラが死んでしまう!

 ぼくは状況も忘れてプリマヴェラに駆け寄る。抱きおこそうとしたところで、プリマヴェ
ラが弱々しく手を上げてぼくを止めた。弱々しくもき然と止めたんだ。

「顔は見ないでね、イギー。いまちょっとひどい顔をしているから」

 プリマヴェラはそういうとぼくに背を向けたまま立ち上がり、いつの間にか近づいてき
ていた赤いコートの便利屋と相対する。

「逃げなさいイギー。わたしのことはいいから。……って言ってもあいつがそうさせてく
れないでしょうね」

 プリマヴェラが残った命をかき集め、意識を集中しているのがぼくにもわかった。

「今日はこれで打ち止めよ!!」

 その言葉とともにプリマヴェラが魔法を行使。命の炎が燃え尽きようとしているせいだ
ろうか、その魔法の威力はいつに無いほどに強力だった。


 ――――――光が。光があたりを満たした。



398 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/12(水) 00:14:28
>>397
 力を使い切ったプリマヴェラが崩れ落ちる。それをとっさに支えるとぼくは肩の上に担
ぎ上げた。そして魔法の結果も見届けず、きびすを返して走り出した。本当は抱き上げか
かったけど彼女は見ないでといったから、ぼくは担ぎ上げたんだ。

 ぼろぼろのプリマヴェラを担いでぼくはひたすらに走る。あとすこしだ、あと少しで目
的地なんだ。

 ―――――わがシャドゥよ。おれと代われ。ただそう望めばいい。お前じゃ無理だ。このまま
ではプリマヴェラが死んでしまう。


 ぼくの分身アバターを自称するものよ。ここまでやったんだ。最後までやらせてくれよ。

 転びそうになりながらぼくは走る。転倒しても立ち上がりぼくは走る。気の遠くなりそ
うな時間。気の遠くなりそうな距離。実際にはわずかな時間わずかな距離だ。そしてぼく
はついに到着した。

 巨大なバイクが停車していた。そしてその傍には金髪をソフトワックスでゆるやかに逆
立てた中性的な顔立ちの男がたっている。先ほどかけておいた「保険」。いざというとき
に大事な荷物を運んでもらうためのバイク便だ。彼は最近評判の腕利きだった。

「運び屋だね?」

「ストライフデリバリーサービスだ」

 いきも絶え絶えな声で確認するぼくに、男は涼しげな声で答えた。蒼く光る瞳から目を
離せない。彼もまた人外のものなのだろうか?

「荷物はドールが1体だ。彼女を七つ星まで運んでほしい」

 絞りだすようにしてぼくはそういうと、返事も待たずに前金を男のケータイに転送する。
これでぼくの所持金は完全にゼロだ。かまいやしないさ。どのみち断られたらここで終わ
りだ。金なんて持っていても仕方なかった。

「折り曲げればバスケットボール大にまでなるけどこのままじゃ駄目かな?さすがに今の
状態じゃ彼女の負担になりそうなんだ」

「いや、そのままでいい」

 男はプリマヴェラをちらりと見てそういった。

「怪我の理由や運んでもらう理由は言わなくちゃ駄目かな?」

「興味ないね」

 男はそういうとぼくからプリマヴェラを受け取り、内燃機関の咆哮とともに去っていっ
た。ぼくからプリマヴェラを受け取る彼の手つきは想像以上に丁寧だった。あれだったら
任せても大丈夫だろう。きっとね。

 去っていくバイク便と入れ違いに運び屋が現れる。

「残念だったね。もう行ってしまったよ」

 ぼくは便利屋にそう声をかけると、残った力を振り絞って立ち上がった。

 ―――――わがシャドゥよ。おれと代われ。殺されるぞ。

 かまうものか。ぼくはとりあえずはやり遂げたんだ。プリマヴェラはもう大丈夫なんだ。
いまなら死んでもかまいはしないさ。

 それでも最後の抵抗の準備だけはしておくよ。残った武器は銃とナイフと西洋剃刀。そ
のいずれもを瞬時に抜けるように位置を微調整する。さて、どうなるのかな結末は?


399 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2009/08/12(水) 00:41:21
>>396-398
 
 ブチ抜いた貫いた――それで終わりな筈だった。
 
 詰まる所はまあ――俺の悪運は悪運でしかないらしい。
 最後の最後で詰めを誤り、仕留めきれずに目を焼かれ(まあ、趣味じゃない以上仕留められなかったのは僥倖
とも言えるが。興奮のし過ぎで歯止めが利かなくなるとはまだまだガキだね、俺も)、残っていたのは紅い痕。
 
 間隔と、その飛び散りようを見れば走って逃げたって所だろう。
 
 それならもうこの仕事は終わったも同然だ。
 そこにどんな結末が待っていようとも、この仕事は終わりを迎えるんだ。
 
 そう――これも確信だ。絶対に外れる筈がない。
 そうしてそこには、勇敢な誰かが待ち受けて居るだろう。きっとそうだ。
 
「――Take it easy」
 
 気楽にやろうぜ――そう、もう終わった事だ。
 バイクに括りつけておいたトランクを片手に、悠然と歩く。
 
 クソッタレタ仕事だ、クソッタレな仕事だった。
 それでも化物と出会い、そこそこ退屈しのぎにはなる仕事だった。
 
 金もとりあえず、このトランクさえあれば手に入るだろう。
 
 世は事もなし、神は天上におわし――悪魔は地に蔓延る。
 
 魑魅魍魎が跳梁跋扈――神すら人を欺いた世界で、脆い地盤の上に人は歩んでいる。
 
「残念だったね。もう行ってしまったよ」
 
 響いた声に視線を移し――
 
「ったく、あの野郎。仕事は選べってんだ。金に困ってる訳でもねぇのによ。そう思うだろ?」
 
 両手を広げ、大袈裟に肩を竦め、
 
「で、どうする、オマエは。第3ラウンドは受付中だが――そのままじゃ楽しめやしない。『愛』を知り『朝飯』でも
食って出直しな」
 
 それに――
 
「半端モノ同士――仲良くしたいとこなんだがね?」
 
――嘘だけどな。
 
 成るなら成れば良いさ、仕留めるだけだ。
 でも今は、さっさと帰ってシャワーでも浴びて寝たい気分なんだ。
 狩りハントはいつだって良い。
 
 そうだろ?
 俺はなんと言っても最強の悪魔狩人だ。
 それくらいの余裕を持たなきゃ――悪魔だって泣き出しちまう。
 
「クソッタレな稼業だよ――Fuck」
 
 無防備な背中を晒し、ホテルまで。
 さあ、どうする?

400 名前:イグナッツ・ズワクフ ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/12(水) 01:14:43
>>399

 去っていく男の後姿。それが視界から消えたところで、ぼくは情けなくも地面に崩れ落
ちた。自分で言っておいてなんだけど、情けないってあまり攻めないでくれよ。自分の器
は自分が一番よく知ってるさ。今夜のことはあきらかにぼくの身の丈を超えていた。だか
らぼくにしてみればこれは十分な大団円さ。

 そのままひっくり返って仰向けになる。安堵が全身にいきわたっていく。何とか生き延
びたようだった。上出来だ。ぼくにしては本当に上出来だ。ぼくはこうして生きている。
プリマヴェラだって生き残った。それで十分じゃないか。

「そうさ、これで十分なんだ」

 英雄になんかならなくていい。聖人になんかならなくていい。ぼくにはぼくの生き方が
ある。その範囲内で精一杯頑張ればいい。だからこれで十分なのさ。

 そしてぼくはひとつ大きなあくびをした。安堵のあまり眠くなってきたようだ。抵抗す
る間もなかったね。そのままぼくの意識は闇に落ちていったんだ。気絶したわけじゃない
よ、疲れすぎて寝てしまったんだ。本当さ。……まあ、ともかくいまはそういうことにし
ておいてくれよ。いまだけは、さ。

401 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/12(水) 01:17:13







Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』
第1話 「Dance with Vampire / Dracule」 END







.

402 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/12(水) 01:28:46
Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』

導入
>>323>>324>>325>>326>>327>>328>>329>>330


403 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/12(水) 01:29:17
Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』

導入
>>402

第1話 「Dance with Vampire / Dracule」
>>331>>332>>333>>334>>335>>336
>>337>>338>>339>>340>>341>>342>>343>>344>>345
>>346>>347>>348>>349>>350>>351>>352>>353
>>354>>355>>356>>357>>358>>359>>360>>361>>362>>363>>364>>365
>>366>>367>>368>>369
>>370>>371
>>372 >>373 >>374>>375 >>376 >>377 >>378 >>379 >>380 >>381 >>382 >>383 >>384
>>385>>386>>387 >>388>>389 >>390>>391>>392 >>393 >>394 >>395 >>396>>397>>398
>>399>>400 >>401

404 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/12(水) 22:57:44



■Point

・Big Sister +1(Cylinder)
・Big Blue +1(Trunk case)

It is balanced.



.

405 名前:Chaos Side:T,U:2009/08/15(土) 21:22:23

 
 『他に幻想の集う世界があるか、だと?』
 
 『そうだ。この地…コスモスとカオスが支配する世界の他に、
  このような世界があるのかと聞いている』
 
 『……それがうぬの目論見とやらに関わる、という事か』
 
 『流石に察しが早いな。そうだ、もしこの地と似た世界が存在すれば、或いは不確定要素となるやもしれん』
 
 『それは我らの存在する世界が、外界の影響を受けるほどに脆いとでも言いたいのか…皇帝よ?』
 
 『ないとは言い切れまい? 元より、この世界は多数の因子を寄せ集めたものであろう』
 
 『フン…其処まで見通していたとはな。まあよい、ならば儂の知る限りを教えてやる』 
 
 
 


406 名前:A.D.20XX:2009/08/15(土) 21:24:13
 
>>405 

其処には、城が在った。
七色に妖しげなる光を放つ虚空を天の相とし、蜃気楼のごとく突如現れた古城。
問題はそれが白昼の幻などではなく、紛れもない実像として存在すること。
そして―――神話や世界の闇にしかその姿を見せぬ異形なるものどもが、城より
正しく魑魅魍魎のごとく溢れ出たという現実であった。
 
髑髏がいた。  
屍鬼がいた。
悪霊がいた。
悪魔がいた。
魔獣がいた。
骸骨の兵団がいた、徘徊する屍食鬼がいた、キメラがいた、翼竜がいた。
魔界の住人と異形なる獣の群れがいた。
ヒトを喰らいながら跳梁する動く死体の群れがいた、犠牲者の魂を食い尽くし跋扈する死霊がいた。
そして、瘴気と狂気に犯された哀れな犠牲者たちがいた。
観光客が丁度居合わせた隣の人間と、互いの腹を掻っ捌きながら内臓を引きずりあう。笑いながら。
恐怖して生きながら化物に食い殺される者。泣きながら化物の列に加わり家族を食らう者。
怒りながら化物ではなく同じ人間を滅多打ちにして殺す者。笑いながら喰われながらそれを見る者。
それら呪いに侵食された人間たちを蹂躙し呑み込み尽くす異形の数々。
<城>の周囲は瞬く間に、人間が生存できぬ異界へと変貌を進めてゆく。
 
 
新世紀に入って幾度目かの皆既日食。
その観測イベントで賑わう、とある地方で起きた異変。
災いは余りにも急激に―――災いの正体を知る、誰もが予想しえなかったタイミングで勃発した。
 

407 名前:Chaos Side:T,U:2009/08/15(土) 21:27:26
>>405>>406
   
  
 『この世界を別とすれば―――儂の知りうる限りで、似た世界は二つある。
  あくまで存在が流れ着く可能性がある、という意味でだがな』
 
 『構わん、私の知りたいのはその一点のみだ』
 
 『一つは――――幻想郷と呼ばれておる。幻想の流れ着く地だ、一種の隠れ里といってもよい』
 
 『という事は、大規模なものではないと?』
 
 『そう考えて構わん。外界から忘れ去られた魔物や種族が、結界を隔てた
  土地へ流れ着き、そのまま巣食っていると言われておる』
 
 『さしずめ敗北者どもの安息の地、または流刑地、墓場の類か。
  では、それが外界に影響を与える可能性は?』
 
 『皆無だ。それが一つとは限らぬ、という説もあるが…かの地の住人は外界を出よう
  とはせん。そもそも其処以外では生きられぬようなものだからな』
 
 『成る程、所詮は箱庭に過ぎんというわけか。ならば脅威となるには程遠い』
 
 『だが――――――』
 
 『……だが?』
  
 
 
 『もう一つの<世界>――――もしその封印が解かれれば、厄介な事となる』
 



408 名前:A.D.20XX or Chaos Side:T,U:2009/08/15(土) 21:29:39
>>407
 
 
その部屋は、荘厳だが狂気と禍々しさで彩られていた。
<城>の最上階、その更に頂(いただき)に位置する城主の間である。
 
仰々しい門扉から一条、埃一つない真紅の絨毯が伸びる先は主の君臨する玉座。
玉座が背負う壁には天蓋と、聖母マリアの顔を象った見事な白亜のレリーフが彫られている。
ただし、その聖母からは今も絶えることのない血の涙が流れ続ける。
城の住人に殺された犠牲者たちの慟哭と痛みと、悲しみと。
狂気と絶望が瘴気に汚染され、変質し、最大の狂気と悪意を孕んで君臨者の領地を彩るのだ。
そしてその絶対の力に酔いしれるかのように、玉座の城主は鮮血で満たされたグラスを傾けていた。
   
だが。

 

 
 
 
  『――――では、それは最早呪いだと?』
  
   『左様。かつて一人の不死者が、怒りと憎悪で創り上げた一つの呪い。
   人心を蝕む呪いと、混沌―――より広義のカオスとの契約を、自らの城を依り代として
   永遠に甦り続ける巨大な呪詛として組み上げたもの』
  
  『そして破滅のみが目的であるならばこそ、もし届くならば他の世界にも牙を剥くか。
   ……いや。たとえ届かずとも、それだけであまねく秩序と混沌の天秤を乱し』
  
  『いずれは――――この世界にすら影響を及ぼしかねん』
  
  『どの道厄介な存在に変わりはない、か。捨て置けば足元を掬いかねん、正に災いだな』
 

 

409 名前:A.D.20XX or Chaos Side:T,U:2009/08/15(土) 21:31:55
>>408
 
 
「クク―――――よもや、ことの中心が貴様であったとはな」
  
そのとき災厄の中心にして頂点である君臨者に、突き刺さる声があった。
地の底から響くような、低く重く、聞く者の肝を震え上がらせるようなくぐもった男の笑い。そして忘れもしない男の声。
だが、城主の間に襲来したのは声音だけではなかった。
 
「しかし、見ぬうちに随分と様変わりしたものよ。
 恐らくは、城から感じる意識に同化されたのであろうが……まあよい。
 貴様から感じる魔力といい、どこか見覚えのある魔物どもといい、これで大方の想像はついたわ」
 
――――何物だ!
そう城主は問わずにはいられなかった。例え記憶の奥底で男の名が脳裏を掠めても、
彼は、哀れなる不死者はそう叫ばずにはいられなかった。
例え男の存在が、彼の精神に畏怖と共に深く刻まれていても、この城の主として変質した彼は、
その事実を忘却せずにはいられなかった。
 
「ほう、我が名を忘れたか? いや、そう白を切らざるを得ぬか?
 ―――最初の戦いに敗れ、次元の彼方へ打ち捨てられた我が<尖兵>よ」 
 
開け放たれた門扉の奥から。  
嘲りを隠さぬ男の声が、影が、重々しい鋼の音と共に近づいてくる。
―――――否。
これは只の男ではない、只の嘲弄や侵入では済まされない。
これは死だ、これは滅びだ。これは有形無形を問わず己に迫る破滅であり宣告だ。
緩やかにだが確実な一歩、歩を進めるごとに聞こえる鋼の靴音。
徐々にしかし絶対的な侵食、秒を刻むごとに感じる殺意という名の重圧。
 
 
気付いてしまった。
そう、男の姿を目の当たりにし城主は全てを思い出してしまった。
仮初めの城主である己の卑しい正体と、彼の絶対的支配者である男の正体の二つを
同時に思い出してしまったのだ。
 
―――殺さねば!“あの方”を、何があろうと“あの方”を殺さねば!!
そう、殺さねば彼は今度こそ全てを失う。 
偶然に拾った命を、自由を、栄光を完全に失ってしまう。
永劫に虚無を漂う罰すら生温い、一欠片の意識も残されぬ真の滅びを得ることとなる。
彼は震える手から杯を投げ捨て、恐怖に駆られるまま“あの方”へ、“あの方”へ最大の魔力を、
   
 
 
 

                   『それで、その世界……いや。その<城>の名は?』
 
 
                   『<悪魔城Castlevania >――――主を求め、今は日食に封じられし城、そう聞いておる』
  

 
 
 
その時、男は笑っていたのかもしれなかった。 
 

410 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 21:34:36
―――「神」に裏切られた街、城塞都市フォルトゥナ。
とある教団の暴挙による傷跡が未だ痛々しい。

家も職も金も失い路頭に迷う人々は絶えない。
実際、歌劇場で寝泊まりする者も少なくないのだ。

しかし、その人々はその中にあっても決して希望を捨てることなく
もがきながら日々を生き抜いている。
嘗ての普通だった暮らしがその手に帰ってくることを信じながら。

今日も半ば廃墟の街中で木材に槌打つ音が幾つも聞こえる―――


そんな街の片隅に点在する悪魔退治事務所「Devil May Cry」。
そこにおいて店主である俺とキリエは復興支援に励みつつ、
未だ街に現れ続ける悪魔たちを退治するという日々を送っていた。

今日も俺は事務所で市民の家宅を立てる為の木材に鋸を刃立て、
キリエはキッチンと向き合いながら市民に配給する為のシチューが
煮え切るのを気長に待っていた。

それにしても、今日は皆既日食の為か昼にも拘らず薄暗い。
そんな時だった。運命の電話が鳴り響いたのは。

「デビルメイクライ。」

事務所の名前を返す。因みにこの名前はある同業者による命名だ。
看板もそいつから贈られたものだ。
内容はとある地方からの悪魔退治の依頼だという。
依頼主は不明だが、何でもその地方に不気味な城が現れそこから
様々な悪魔たちが跳梁跋扈しており、このまま放っておけば各地が
悪魔で支配されかねないと。

「解った。直ぐに向かうぜ」

迷いなく快諾した。
地図によれば、その場所はフォルトゥナからそれほど遠くない。
仕事の為最近仕入れたバイクならば、30分とかからないと見通す。

俺はデビルハンターだ。悪魔あると聞けば飛んでいく。
そこがフォルトゥナかどうかなど関係ない。それが俺の仕事だからだ。
まして、このままでは俺の街も危ないとあっては。

「悪魔退治の仕事、なのね…」

キリエが心配そうな面向きを露わにする。

「大丈夫さ。俺だって一端のデビルハンターだぜ。
 悪魔の城だか何だか知らないが一捻りさ。
 帰ってきたら、御馳走沢山頼むよ」

「うん。ネロの為に沢山作って待ってるから。
 でも出来るだけ早く帰ってきてね。冷めちゃうから」

「了解。女神様」

とはいえ、そんな多くの悪魔どもが蔓延る城と来てはそんな早く帰れるやら。
まあ帰って来てはみせるが。
事務所の外のバイクに跨りヘルメットを被る。
愛車の爆音と共に事務所が遠ざかっていく…



411 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 21:36:17

―――辿り着いた悪魔共の根城。
つくづくここはサプライズに満ちていた。

腐れた肉体でこの世を彷徨し続ける屍、
高の知れた未練と共にこの世に留まり続ける実体持たぬ悪霊、
生きた者と見たら喰いついて生血を頂戴しようとする吸血鬼、
何と何を掛け合わせたらこんな生き物ができるんだっていう得体の知れない獣、
果ては幼い頃寓話か童話で見聞きしたことがあった気がする天使等…

どれもこれも地元じゃまるで見かけなかった奴等ばかりだ。
悪魔の力でカミサマになろうなんてトンチキなこと考えてたあの連中でさえ
造ったことが無い奴等も多々だ。

こりゃカメラの一つでも持ってくればよかったかもな。
土産代りに写真の一つでも撮ってやりたくなる。

尤も肝心の腕ッ節の方は揃いも揃って銃、左の機剣、妖刀及びそれを握る「右手」…
手持ちのこれらだけで事足りる程度だったが。
高が得体が知れないだけの敵如きに腰引いててデビルハンターなんかやっていけるか。
まあ数が数だけに多少は親玉までのウォーミングアップには成り得たか。

最短ルートにてぶっちぎりて辿り着きしは、この城の主にして事件の元凶が
偉そうに踏ん反り返っているであろう城主の間…
だが妙なことに、あの重厚な扉がガラ空きだ。
もしやこの城の主は、俺の様なのがここに現れるのを最初から読んでいたとでも言うのか。

舐められた話だ。気に食わない。
ましてこれが罠だとするなら尚更だ。

こちとら高々デビューからそう日の経たないルーキーハンターじゃあるが、
こういうマネされて、まるではい私はそうされて当然ですと言わんばかりに黙っているほど
人間出来ちゃいない。何しろ腕が悪魔だし―――というのは余談とする。

だがそんな俺の憤りに反してその悪魔な右腕は正直だ。
扉に近づくにつれ放つ光を強めている。高等な悪魔である程この光は強い。
吸血鬼であろうこの城の主に対してもまた然りだろう。
ただ、それだけの相手と知れば逆に訳の解らない昂りが生まれ膨れ上がっているのもまた事実。
恐らくはこういう荒事業に就く者のサガとでも言ったところだろうか。

ともあれ、そんな憤りと不安と高揚を一度に抱えながら
空手の右手と銃を握り締めた左手、そして機剣を背負った背中で、
件の主が待ち構えているであろう城主の間に飛びこんだ
俺の瞳に焼き付いた光景は―――




412 名前:Chaos Side:T 〜in castlevania:2009/08/15(土) 21:43:24
>>409
 
 
 <彼>は、名もない一匹の駒だった。
  
 大いなる意志の思惑により、数多の地平より幻想が集められた世界。
 其処では秩序の神と混沌の神、光と闇をつかさどる二柱の神が幾千年と争いを続けていた。
 そして二つの神は自らの軍勢として、異なる次元に存在する<幻想>の虚像を造り戦わせた。
 <幻想>とは、その異なる次元の英雄たちであり――また、彼ら英雄と対峙し打ち倒されてきた魔物である。
 <彼>もまたその一つ。
 混沌の軍勢を指揮する、『猛者』が従える駒の一人として。
 生き血を啜り、大地を腐らせる不死者(ヴァンパイア)として新たな生を授かったのだ。
 
  
 <彼>は、消滅するべき弱者だった。
 
 神々の争う世界は、終末と創造が繰り返される輪廻の支配する世界だった。
 いずれかの神が倒れたとき大いなる意志と契約した竜が世界を無に返し、始まりへと巻き戻す。
 訪れる幻想の終わりに、全ての駒は次元の狭間へ打ち捨てられる。
 その駒の中には強いなにかを抱くゆえに狭間から這い上がり、新たに再生される者もいた。
 だが、<彼>は奈落へ消えた多くの同胞達と同じく、ただ一介の雑兵に過ぎなかった。
 
 そうして<彼>という個体は、僅か1回の終末で世界から放逐された。 
 
 
 <彼>は、そこへ偶然辿り着いた。
 
 其処は次元に浮かぶ城だった。
 月と太陽の狭間に浮かぶ、禍々しい気配を発する古城。
 <彼>が次元の狭間にある城へ流れ着いたのか、それとも城が次元の狭間へ流れ着いたのか。
 それが前者でないことは程なくして分かった。幽かな<彼>の意識へ直接響く声があったのだ。
 それはあろう事か、<彼>が虚ろな目で見据えていた『城』そのものからの呼びかけだった。
 虚空に浮かぶその城は、生きていた。
 
 
 <彼>は城の城主となった。
 
 その『城』は混沌の具現だった。
 ドラキュラという吸血鬼の契約によって生まれ、数多くの幻想と災いを溜め込み世界に害を為す。
 たとえ滅ぼされても城主と共に甦り、全てを破滅と混沌に導くまで消えぬ悪魔の城。
 だが城主であったドラキュラは力の源である『城』と切り離され滅亡し。
 担い手である主を失った城は月と太陽の狭間―――日食に存在する次元の狭間に封じられていた。
 
 城は城主を求めていた。自らの力に形を与え使役できる者を。
 <彼>は力を求めていた。自らの命を救い二度と脅かされぬだけの力を。
 
 
 そうして、<彼>は『城』の――――『悪魔城』を支配する仮初の城主となった。 
 同じくして狭間を彷徨う同胞たちを集め。
 新たな地獄の軍団として、誰にも脅かされぬ生を得るために。


 
 ―――そう。
 全ては、そういう事だ。 
 
 
 
 
 
 
 
 そう。
 それを紛うことなく五味五体にて。
 
 <男>は、全てを理解した。
 

413 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 21:46:55

ネロvsガーランド ―――混沌の果て―――
 
>>410-411
>>412
 
 
何処からか吹きすさぶ風がびゅうびゅうと、天蓋を激しくはためかす。
在るのはただ、いかなる饒舌よりも雄弁な無言の重圧と風の鳴音だけ。
 
白亜で出来た聖母の顔が今もなお血涙を流す、禍々しい玉座の間。
だが、其処には座しているはずの城主の姿はない。
代わりに存在するのは重圧の発生源―――柱の影にこそ隠れ人相こそ不明だが、
巨体に外套を羽織り、猛牛じみた尖角を頭に頂いた―――影法師(シルエット)が一人。
その闇色の巨体が、玉座の前に佇んでいた。
 
  
「ほう――――貴様も混沌に誘われおったか?
 我らの与り知らぬ、或いは次元の世界より来た…悪魔の戦士よ」
 
無言の重圧が、男の言葉によって更なる重圧に塗り潰される。
地の底から聞こえてくるような低く重い声。これは紛れもなく一人の男から発せられる言葉だった。
現れた闖入者に気付いたか、男は首を回し一瞥をくれ言葉を紡いだのである。
重く、低く、尚も男の言葉は続く。
    
「だが生憎であったな小僧。
 城を支配していた主は屠られ、儂が新たな城主に選ばれたばかりよ」
  
薄闇の中で爛々と光る、男の眼光。
男から生じる少しの言霊と眼差しが、男のいる薄闇の濃度を更に更にと強くする。
それらは只、たった一つの意志を百の言葉より雄弁に物語っていた。
そう、まだ終わりなどではない―――と。
      
「それ故、城は生贄を求めておる。
 先代ごと儂に打ち砕かれた力を補うための“生贄”をな。
 
 そして儂自身も――――城の飢えと我が心の渇きを癒す“生贄”を欲しておる」
 
 
男の続ける言葉は徐々に、だが確実に熱を帯びていく。
じわりと毒のように広がる狂気の色。
最後の台詞に込められた毒は、獲物を前にした歓喜の嗤いと、挑発の意か。
そして何よりも、牙を剥くが如く解き放たれた殺気が男の意志を代弁していた。
 
  
「今ここで選ぶがいい。
 儂の贄となり、儂が新たに支配する城の一部となるか。  
 或いはこの儂を倒し、自らの生を勝ち取ってみせるか。さあ――――」
    
男の禍々しい宣告と共に、巨大な門扉が音を立てて退路を閉ざす。
期せずして天窓より差し込む外界の光。
それが、新たな仮初めの城主となった男の姿を鈍い光沢と共に晒した。
重く響く声の持ち主に相応しい、2メートルに届く巨躯。爪先から頭頂部まで全身鎧で包んだ偉丈夫である。 
鉄仮面に覆われているため表情は窺えず、爛と光る双眸だけが異様に際立つ。 
だが真に男を異様に見せているのは、彼が携えている得物にあった。 
   
「貴様の返答」
  
鎧と同じく鈍色に光る、身の丈ほどもある無骨な角錐状の鉄塊。
それが一足で駆けぬける巨体と共に、風となって迫り来る。
鋭い刃と暴風を伴い、全てを切り伏せる勢いで走る袈裟懸けの一刀。
 
形状から辛うじて騎乗槍を思わせるそれこそは、刃を備えた異形の剣であったのだ。
 
  
「示してみせい!」
 
 
今、退路なき魔窟の頂にて兇器が疾(はし)る。
無情なる選択を強いるのは新たな暴君、地形もろとも抉り取るのは猛者の刃。
 

414 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 21:47:48

ネロvsガーランド   ――混沌の果て――
  
>>412>>413

憤りと不安と高揚を勢いに飛びこんできた俺の瞳に焼き付いた光景―――

荒涼たる風景と化した城主の間。
装飾するオブジェクトはどれもこれも一々人間様とは決して折り合わなそうな趣味のものばかり。
しかし、所々動物でも突っ込んできたかのような大穴が空いており、ヤケに風通しが良くなっている。

そしてその中央に佇む、猛牛の様な兜と漆黒のマント、鈍色の鎧に身を包み、
大剣―――いや、そう呼ぶにはあまりにも大きすぎ、鉄塊と呼ぶ他ない得物―――を手にした戦士。
その戦士は問う。俺が混沌か次元の世界から来た者なのかと。

混沌だの次元の世界だの言われても何の話だか理解しかねる。
幾多の悪魔巣食う「魔界」というヤツの事だろうか?
そちらの方なら俺の先祖にして伝説の魔剣士・スパーダの伝承と共に聞き覚えはあるが…

そんな俺の疑問を余所に、その鎧の戦士は続けて語る。
この城の主は屠られ代わりに自分が城主となり、自分とこの城は生贄を求めていると。
生贄となるか戦うか。どうやら俺にはその二択しか許されないらしい。

「さっきからゴチャゴチャと訳の解んねえことを…!」

それにしてもこの戦士、何という重圧感か。
こちらを睨む眼光から発する言葉の一つ一つに至るまで恰も大岩の如く
此方を押し潰そうとしてくるようだ。

その重圧感に少なからず強張りを露わにしている間にも、背後のガラ空きだった扉が
急に重厚な音を立てながら後ろへの道を断った。
最早逃げるという選択肢は事実上消滅したと言える。
尤もそんな心算はハナから更々無いが。

たて続けに怒号と共に烈風の如く一足飛びで斬りかかってくる鎧の戦士。
流石に横っ跳びで避け切る自信は無い。
だがガードしようにも今左手に握っている銃などサイズが小さすぎて盾にもならないだろう。
かといってこの剣速相手に背中の機剣で受け止めようにも、悠長に銃を収め
背中に手を伸ばす暇などある筈もなく。


―――ならば、こうした時頼れるのはただ一つ―――


咄嗟に突き出てきたのは蒼き外殻と溢れ返る魔の力に覆われた悪魔の右腕。
金槌で鉄塊を打ったかのような鈍い激突音と共に戦士の太刀を俺の右側へと軸を外す。

即座に後ろへ飛び退き、左の拳銃でロックオン。

「生憎と黙ってエサになってやる趣味は無い…これが答えだよ。」

青の薔薇のレリーフをあしらったその拳銃の名はブルーローズ。
花言葉は「不可能、ありえないこと」
デリンジャーの如くバレルを二連装し、連結した2つのファイアリングピンにより
上下2連射を可能とした世界唯一のリボルバー拳銃。
一発目の「面」の弾丸により相手の外装を破損させ、その後若干遅れて到達した
「点」の弾丸で破損させた外装を貫く。

大概の悪魔相手ならこれで充分だが、これ程の敵を相手に荷が勝ちすぎるだろう。
というかそもそもコイツでまともなダメージを与える気など別に無い。
いきなりヘタな大技を仕掛けて思わぬ竹箆返しを喰うよりはマシだと思ったに過ぎない。
要するに牽制・様子見というわけだ。

乾いた音と共にトリガーが落ちた時、その銃口から2発の弾丸が一気に敵に喰いかかる―――


415 名前:Chaos Side:T:2009/08/15(土) 21:51:25

 

―――と或る次元の世界にて。

男は、コーネリアと呼ばれる国で最強の騎士だった。 
武芸百般に秀で、超人的な力で異形の大剣を変幻自在に操る英雄。
だが混沌に魅入られた男は王女を巻き込む愛憎の果て、果てなき輪廻へ身を落とす事となる。

戦いの輪廻に囚われ、その果てに闘争をのみ愉しみ続ける猛者。
その男の名は、ガーランドといった。

 

416 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 21:52:33
ネロvsガーランド  ―――混沌の果て――― 
 
>>414
 
 
世界は調和の理で成り立っている。
混沌と秩序、陰と陽、相反する片方のみに傾くことなく、相互の力が拮抗する
ことによって遍く因果が成立する。それはさながら釣り合う天秤のごとく。
それは今、この魔城においても例外ではない。
 
即ち、振り下ろされた暴君の刃/振り上げられた悪魔の腕に防がれ
利き腕の得物より放たれた狩人の雷火/これ以上ない返答にして返礼。
その刹那の行動が、反応が、衝撃が、痛みが、戦意が。
<男>――――否、<猛者>ガーランドの虚ろなる心を歓喜で震わせる。
  
 
「どうやら何も知らされておらぬようだな―――まあよい。
 所詮この城の全ては混沌に還るのだ、知識など何の意味もありはせん」
 
再び開く間合い。
銃弾を正面から受けて尚微動だにせず、なお猛者はくつくつと笑う。
下がる事も引く事もなく、『蒼薔薇』より放たれた銃弾をあえて受けたのだ。
すなわち一の銃弾で装甲の表面を抉られ、貫通力ある二の弾の威力を直にである。
そのため仮面の一部が罅割れ、流れる赤黒い血が鋼の相貌を彩っていた。
まるで男、ガーランドのどす黒い闘争心が噴出されかのように。
     
そう、彼は歓喜していた。
ただ行われる退屈で一方的な蹂躙ではなく。
己の世界で永劫久遠と繰り返される果て度なき輪廻と同じく。
彼がもはや唯一望む、永遠の闘争がここでも繰り広げられるのだから。
  
「その異形の腕に面構え……己の本性を隠す愚か者でもあるようだがな。
 だが、うぬの欺瞞も今開放される――――そう」 
  
そうして湧き上がる歓喜と闘志を伝達され、彼の得物―――片手で吊り下げられた
異形の大剣が今また軽々と振るわれる。
上下への捻りを混ぜ、右から左へ無造作に振るわれる。
剣は大きく円を描く軌道を描き――――同時に『剣の半分』が、飛び出し天地を抉る。
大剣の上下を結合せしめる、一条の鎖と共に。
 
―――雷声と轟音、破壊の雄たけびが狭い戦場という世界に響く。
    

「そう、最早この場にあるべきは只一つ。                     
 ――――力を、もっと力を、戦いの為の力を、そして力による戦いだ!」
 
前方放射状へ振るわれた剣の軌道は、そのまま城主の間を蹂躙する一振りと化す。
すなわち前の戦いで罅割れた柱を割り、天上を砕き、壁を砕いて欠片にしたのだ。
それも絶妙な力のコントロールで指向性を与えられたのか、大小様々な欠片の中にはまるで
生きているかのように<狩人>へと殺到するものまであった。
  
否、もはや砕かれた石片すべてが狩人を狙う猛獣であるやもしれぬ。
無数の飛礫と化し、側面を狙うものが一群。
巨大な落石となり頭上を襲うものが複数、脱したとしても行く手を阻む落石が、
さらに行く手を阻む落石が微妙にタイミングをずらし、さながら布陣の如き様相を形成しているのだから。
加えて舞い上がった粉塵は煙幕の役目を果たす。
猛者の言葉と秘められたい意志の通り、戦うための戦場が瞬時に構築されたのだ。
 
  
「戦いを求めよ、異形の戦士よ!
 そこには信念も理念もいらぬ、人の心も姿も要らぬ!!くだらぬ人間の皮など要らぬ!!
 己が醜き本性を曝け出し、ただ欲望のまま戦いを愉しもうではないか!」
 

姿は見えねど声が響く。
戦場を生み出した猛者の宣言が、瓦礫の中で雄雄しくも。     
 
もはや止める術はない。
互いの命と力、両者の命運は既に闘争の天秤へと掛けられた。
<猛者>ガーランドの宣戦布告を、<狩人>ネロが受けた時点で全ては始まったのだ。
後はどちらかが振り切れ落ちるまで、破滅的な勢いで激動と変動を繰り返し続けるのみである。
これこそが闘争。もっとも激しく、そして忌々しくも公正なる破滅の天秤に他ならない。
  
  
「――――始めようではないか。
 この混沌の最果てにて、新たなる幻想の闘争(たたかい)を!」
 
 
そして剣が狩人へ走る。
城を蹂躙せしめた剣、黒い鉄鎖に繋がれた超重量の刀身が。
 

417 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 21:53:44

ネロvsガーランド  ―――混沌の果て――― 

>>415>>416

牽制のつもりで放った2連射の銃弾は戦士の顔面に直撃した―――いや、
寧ろあちらが敢えて受けたと言うが正しいだろう。

これ程の得体の知れない闘気を持った相手だ、この程度の銃弾では
牽制程度にしかならないだろう―――
若干相手をそう大き目に見立てて放ったが意外にも相手の装甲を破壊し、
流血を促す程度はあったようだ。

正直、逆に戸惑った。
だが、最早ダメージが如何とか等は些細な事に成りつつあるらしい。

ブルーローズの直撃を受けて尚、ヤツは身体を震わせ笑っていた。
だがそれはどうやら「この程度の力しか持たないのか」などといった嘲笑の意味ではないようだ。
寧ろ何故か悦びに打ち震えているようにしか見えないのだ。

意味が解らない。
戸惑いを膨れ上がらせる俺に突如放たれた戦士の言葉…

‘本性を隠す愚か者―――欺瞞を開放せよ―――’

不図、眉間が力み奥歯が軋った。

たとえ腕が悪魔になろうとも、俺は人間で在り続けたい、在り続けられる…
そんな俺の在り方に真っ向から唾を吐き捨てんばかりだ。
嘗て、どこかの連中からそこらの悪魔どもと一緒たくれのように言われた時があった。
まあつい最近までも街の住民から悪魔呼ばわりされることも少なくなかったが…
コイツの場合、俺の心までもその様に謗っているのだ。

「―――て、めェ…!」

そんな俺の憤りなど知らぬかのように戦士が振り上げた鉄塊のような大剣は、
その刃を幾つもに割ったかと思えば突如恰も鎖のように伸長し、
大蛇の如く上下更に左右に振り払われる。

打ち砕かれる柱、天井、壁…それらから生み出された瓦礫は今にも俺を喰いつくさんとばかりに
その顎を剥いてくる。

前へ進んでも、後ろへ退いても、左か右に跳んでも呑み込まれるだろう―――

―――呑み込まれる?

誰が呑み込まれるって?冗談じゃない。
高が石ころども如きに喰わせてやるほどこの身は安くない。
障害が立ち塞がるなら蹴散らす…そうさ、何時だってそうやって生きてきただろうが。
だったら答えはただ一つ、俺の心に唾吐いたあの鎧野郎を叩きのめせる可能性が一番高い方向…

―――そう、「前」のみを目指して進め!

俺の生存本能はこの身体にただ一つそれのみを命令した。
後は頼むぜ、背中の紅き女王様レッドクィーン…そして右腕に眠る俺の半身。
そう、俺の魔力でその身を築く妖刀「閻魔刀ヤマト」―――!

周囲から襲いかかってくる落石はただひたすらレッドクィーンと閻魔刀で払い続ればいい。
頭上から降り落ちてくる落石は面倒なので閻魔刀の魔力込みの剣風で纏めて一気に斬り払ってやる。
直に斬らずとも閻魔刀ほどのパワーならば落石などただの粉石と化すのみ。

煙幕でヤツの姿が見えにくい。だからどうした。
糸を手繰るようにあのムカつくセリフを吐きまくった声のする方向を辿り
突き進めばいいだけだ。

更にヤツの言葉―――

‘力を、もっと力を―――戦いの為の力を、力による戦い―――’

俺の中でマグマのような何かが噴き上がった。
前半部分で俺のセリフが飛んで来たが、後半部分がこのようなのは
ある意味俺への当てつけ染みていると言える。
コイツはそんなこと知る筈もないだろうが、そんな事はどうでもいい。

‘己が醜き本性を曝け出し、ただ欲望のまま戦いを愉しもうではないか!’

確かに俺は力を求め続けた。今もきっと心の中で求め続けている。
だがそれはただ徒に戦う為だけの、戦いを愉しむ為だけの力なんかじゃない。
ただ大切なものを…守る為に―――
悪魔に魂を売る思いまでして手に入れた力、それは間違っても―――

「そんな事の為じゃねえ!
 黙って聞いてりゃ偉そうに人のカンに障ることばっかほざきやがって!
 最初にケンカ売っておいて何が本性だこの鎧野郎!
 今度は面だけじゃ済まないぜ!!」

ああ、始めてやるとも。幻想だの混沌だの知ったことじゃないがな。
売られたケンカは丸ごと品揃え無くなる勢いで買い占めるのが俺の主義だ。

突撃を敢行する俺の眼前に地中から土竜の如く襲いかかって来る鎖刃の切先。
―――どけ、お前に用は無い!
微かに音がしたと識った刹那に閻魔刀を構えれば後は勝手にその右手が動いて払ってくれる。

煙幕もだいぶ晴れた先に…見えた、そのツラだ!後は跳びかかって叩くのみ…!
今こそ紅き女王様の鉄槌をその頭蓋にしかと受けるがいいさ―――




418 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 21:55:53
ネロvsガーランド   ―――混沌の果て―――

>>417
 
 
半人半魔――――それは人と魔の混血。
人間の穏やかなる理性と魔の荒ぶる力とを持ち合わせた狭間なるもの。
ガーランドが属する幻想の世界にも、幻獣との混血児である少女がいた。
人としての姿と心が争いを嫌い、しかし並ならぬ破壊の魔力を秘めた魔導の少女。
人と魔の混血は、その人の理性と皮あるかぎり争いを嫌う―――そのように彼は思っていた。
   
だが、今己の首級を目掛け肉薄する目の前の男はどうだ。
人としての己を否定され、嘆くのではなく渾身の怒りをもって驀進する半魔の男。
そう、男の宿す眼光は悪魔の抱く狂気ではない。
純然たる怒り、猛者の言葉を否定する抗いの怒り、己の魔を否定しようという人間としての怒り。
そしてその正しき怒りに支えられた揺るぎ無い闘志の炎。
 
落石落岩の布陣は破られ、飛礫の兵は振り切られ、蛇剣の伏兵は突破さる。
奇形の剣が叩き割り、光る魔刃が切り拓き、男の怒りが疾駆する。
即席の戦場を駆け抜ける一騎掛け。瞬く間に詰まる間合い。前と違うは狩人の手番。
そして走る剣に込められた殺意。早くも必殺を望む容赦なき狩人の一刀一撃。
 
 
               ――――是非も、なし。
 
  
ぶつけられる怒りと殺意。
                  ―――肉薄する闘気。
いざ迫り来る死の予感。
                    ―――死を呼ぶ剣が風を割り。
そう、これでこそ我が闘争なり。
                      ―――怒りと殺意が心地よい。
危難にこそ快楽がある。
                        ―――退かず、避けず、省みぬ。
修羅にこそ法悦がある。
                          ―――己が手元に手繰られる刀身。  
地獄にこそ楽園がある。
                            ―――刃が届く紙一重、剣風が撫で、

そして戦いにこそ――――我が全てがある!                    
          
 
「下らぬな、己の業を否定し人間の“心”にすがるか?」
 
伽藍に高く鈍く響くは音階。鋼と鋼の撃合う音が音波の衝撃(インパルス)を生む。
形は違えど同じく異形の剣と剣、<猛者>の大剣と<狩人>の機剣、
すなわち苛烈なる攻撃の刃金と、元の威容たる姿に戻った防御の鋼が噛み合った音である。
 
「ならば、うぬの揮うその刃は何だ? おぞましき異形の腕は何だ?
 紛れもなき魔の力、闇に巣食う悪魔こそが持つ破壊の力ではないか!」
  
男の声は疑問にあらず、ただ狩人を責める嘲弄であり敢えての愚問。
剣を持つ腕に力を込め鍔迫り合いのままに更に問う、更に責める。
半魔に性に足掻く狩人の目を見据え、力を込める。
  
「命果てるまで戦い――否、命果てて尚戦い続ける。
 そんな永遠の闘争こそを望み、殺し続けなくば決して満たされることはない!
 かような者でなくばこの城へ、地獄の果てへ訪れるなど決してありはせん!!」
   
猛者は烈火を求める。更なる烈火を求めている。
確かに闘争は此処にある、闘いの扉は開き殺意と気迫は十分に在る。
だがまだ足らぬ、まだ満ちぬ、まだ満ち足りぬ!
渇望の粋にすら達する<猛者>の欲望。
己を、敵を、全てを巻き込み永遠に焼き続ける業火をこそガーランドは欲する! 
  
そう、ならばこそ猛者は己が炎で種火をくべるのだ。
鍔迫り合う己の剣もそのままに、掴む右手をそのままに。
―――自らの刀身より分かたれた第二の“剣”を、闘争の火を増すために注ぐのだ。
 
  
「もう一度言おう、己が醜い本性を受け入れよ」 
 
左の薙ぎ払いから右、右の突き、左の切り上げ、右の袈裟切り。
逆袈裟突き上げ加速払い切り流し神速逆風加速加速加速切り下げ残月袈裟
加速加速加速斬り突き払い突き切り払い斬り突き払い加速加速加速―――
  
「戦いこそが人を外れた者の道、それ以外に残るものなどない!」
   
右の業剣、左の剛刀。
防御を省みず回避を赦さぬ、対主の反応反撃すらをも無視する勢いで二刀が舞う。 
敵の剣撃よりも重く、そして防御を貫くため限りなく速く。
敵を封じる手数ではなく敵を完膚なきまでに粉砕するための手数。
膂力に優れ、強固な鋼を鎧うガーランドだからこそできる猛攻の剣舞だ。 
     
「ただ朽ちる最期の時まで、闘争を愉しもうではないか!!」
 
もっと激しく、もっと強く。
己すら焼き尽くす更なる業火を求め。 
猛者の繰る二刀は百烈真紅の剣戟となり、正しく猛火の勢いでネロを襲う。

419 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 21:57:34

ネロvsガーランド  ―――混沌の果て――― 
 
>>418
 
あの日から俺の腕は悪魔と化した…
身近にいる大切な人を守ることもできず、仲間をも見す見す死なせてしまったあの日から…
全ては俺の力が足りなかったから―――

そう、あの日から俺の魂は常に奥底から叫び続けた―――


‘力を…もっと力を…!


そしてもう一つ。

或る時、俺の生地に折れた刀が流れ着いた…

誰も直すことができなかった妖刀…
俺はいつしか、運命に導かれるようにそいつと巡り合い
そいつを在るべき形へと蘇らせ、右手に握りしめた―――俺の半身として。

‘悪魔に魂を売り渡したって構わない。この手で大切な人を守れるのなら…!’

―――その飽くなき想いの形が今、この腕…そしてこの手にした妖刀として―――



ここに在る――――――!




怒りの鉄槌として振るわれた、俺の手にする機剣レッドクィーン…
それを遮らんとして元の形を成した戦士―――いや、最早‘猛者’と呼ぶべきだろう―――の大剣…
それらの激突によって生み出される雷のように耳を劈くサウンドが鳴り響く。

どうやらそう簡単に徹させてはくれないらしい。上等―――!


「誰が縋ってるって…!?俺は俺の在りたいがまま在るだけだ!
 テメエに何が解るってんだ!」


俺の剣を受けたままの猛者の大剣が二つに割れ、こちらと同じ二刀流の型を成すや否や
正しく烈火の如く左右上下前と喰いかかってくる。


「―――人が来た理由をテメエの都合の好い様に捏造解釈しやがって…!
 ただの偶然を巧いように言い立ててんじゃねえよ!」


二刀と二刀が―――電光石火・疾風怒涛の連刃という名の猛獣が―――双方の間で稲妻の如く飛び交い、
ぶつかり合い、絡み合い、咆哮と共に炸裂音さえ響き続け―――
そしてその牙を…顎を何度も突き立て合う―――


「同じことを2度も言わせんなよ―――」


尚も烈火の如く加速を続ける猛者の怒涛の奮刃。
刃を防ぐ気持ちで受けていたら何時か崩される―――


「テメェの理屈なんぞ知るか!
 テメエがそうだからって俺まで一緒に考えなきゃ気が済まないか!?」


防ぐんじゃない、敵の刃を砕く気持ちで打ち続けろ―――!
怒りと意地と闘志が俺の振るう刃を増々と加速させ、
攻撃という名の防御壁を形成する。
肉体の限界なんざ知ったことじゃない。相手をブチ砕くまでやるんだよ―――!


「―――いっしょにすんじゃねえって言ってんだろうが!
 頭ン中まで戦いに侵されたテメェ如きが俺を全て知った気になってんじゃねえ!
 今はテメエを叩き潰すまでただ喰らいつき続けてやるが!」


挫け、諦めたら終わりだ。その時ヤツの二刀が俺を喰らいつくすだろう。
だから、喰らいつくすつもりで刃を振るえ!
その吼える意志を刃に換えてただひたすらに打ち続けろ―――!


―――ただ直感と本能と闘志のままに剣を叩きつけ続ける俺の脳裏に不図、
しかしまるで無理なく一つの「思考」という名の声が囁きかける。
あたかもその声を全身に行き渡らせんとばかりに…

ただ一つ解るのは…その瞬間より、剣戟を繰り広げる俺の眼前の光景が
不思議と緩やかになっていくことだ…まるで周囲の時間が遅くなっていくかの如く…


“…だが考えてもみろ…このまま延々と不毛な鍔迫り合いを繰り返すだけでいいのか?
もし相手が何らかのフェイントなり使ってこの均衡を崩そうなどとしたらどうする…?”


‘…その前にこっちがそういう手を使って崩すだけ―――…そう、それだ!’


“ならば今全力で打ち合いながら考えろ、考えろ、考えろ…身体がついていけている今の内に!
相手が先にその手に出てくる前に―――…”

敵の刃は左右からの二刀で来る…

左…/右…
左…手…/右…手…―――


右手…悪魔の…手…―――…これだァ―――――!


―――そうだ、俺にはこの右手が在るんだ。
態々延々と不毛な剣の打ち合いに拘り続けることは無い。
生半可な刃など徹さないのは知っての通りだろう。

俺の胴体を貫きにかかる左の刃―――それを待っていた!

青い外殻に覆われた右手にヤツの刃の感触がしっかりと伝わる。

右手に握られていたはずの妖刀は直前既に光となってこの右腕に還り、
代わりに今手中に在るは俺の胴体を狙った相手の凶刃、その切先。
全く、頼もしきはこのバランスの悪い身体か…

ともあれ今こそ、この不毛な均衡を崩しにかかる時―――

掴んだ以上はこの刃、もう微動だにさせやしない。

―――さて、空いたもう片方の互いのチャンバラはどうなってる事やらな?
まあ。知ったことじゃないが。そっちが止めないならこっちも一緒だろうさ。

一瞬でも止まったんならそのまま空かさず剣ごとブン投げよう、
全く止まらないならその流れに割り込むように剣ごとブン投げようってわけだからな!
踏み止まれるものなら踏み止まってみせろ!




420 名前:Chaos Side:2009/08/15(土) 22:00:20


 ―――何と!
 カオスよ、それはまことなのですか?
 
 『…左様。我が内なる混沌が、<大いなる意志>が我へと告げておる…』
  
 混沌の変調……では、これは紛れもなく。
 
 『…我が、この世界の<混沌>の象徴であるならば……。
  狭間に現れたあの城もまた<混沌>の門であり…象徴なのだ』
 
 …心得ております。
 時限に存在する混沌とは唯一無二…次元の数だけ生まれた門が、
 ただ一つの混沌へと繋がっているのみ。
  
 『…だが今、一つの狭間に<門>は二つ…。
  それは我と我らの世界と―――我を、我等が<混沌>を揺るがす』
 
 では、私を呼び出したるは…。
 
 『ガーランドよ…我がカオスの軍勢の長、我が一なる僕よ…。
  我を脅かす<混沌>の門を、かの城を我等が世界から取り除くのだ!』
 
 は――――委細心得ております。
 必ずや滅ぼしてご覧に入れましょう…我らが主、混沌の神カオスよ。
  
 
 
 
    ――――“<混沌>の異分子”、
          “多次元ゆえの可能性”か…ふん、よもや彼奴の杞憂が現実となろうとはな。
    
 
    ――――だが案ずるな、大いなる意志シドよ。
         うぬの生み出した世界と儂との契約、このままむざむざと反故にはさせぬ!
  


421 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 22:01:38
ネロvsガーランド    ―――混沌の果て――― 

>>419
 
 
赤熱を越えた白熱の剣戟。
本能と一体化した最速の一撃を狩人の魔腕、青い悪魔の豪腕が制し投げ飛ばす。
若き悪魔狩人の機転と力が、ガーランドの誇る無双の猛攻を止め戦況を覆したのである。
死に迫る激戦を経験したがゆえの急激な成長(レベルアップ)か、それとも敵に
巣食う悪魔が最適の解を囁いたのか。
最も、どちらにせよガーランドはその理由に興味などない。
 
確かなのは、そして彼が望むは唯一つ。
この闘争の天秤が、狂的に揺れ動くその過程―――己すら引き千切る、更なる
流転と躍動の勢い―――即ち、今ここにある<闘争>のみ。
そう、先の猛攻から見事反撃に転じてみせた男の機転、危機を脱するに見せた
更なる力は、この鎧の猛者を更に奮い立たすのだ。
 
                          
                            ―――力を
 
そんな最中。 
混沌の城、呪わしき異界の頂に囁き続けるは誰が声か。
この城に巣食う魔王の残滓か、新たなる仮初めの城主が魂か、それとも狩人に宿る悪魔の力か。
 
 
                    
「――――そうだな、これ以上は言葉の無駄か」
  
男は一人、空中にて。
鎧を纏う狂気の猛者が、身をひねり静かに告げる。 
まるで内側に秘めた熱を隠すが如く帯びた口調は極めて冷酷。
五体が打ち据えられるべき壁に対し横向きの、仁王立ちを思わせる体勢で着地する。
そう、“横向き”で着地する。
 
 
                           ―――もっと力を
 
    
「ならば最早語るまい、闘いの真(まこと)―――」
   
その言葉が始まると同じく、ガーランドの外套が突如螺旋の軌跡を描く。
否、突如として捻られたのは彼の全身。
そして急激な回転を始める猛者の傍らには再び一つとなった異形の剣。
その剣が今、赤い魔力の波を帯びて妖しげな光を放つ。
そして――――
 
    
                           ―――力を、戦いの為の力を
  
「―――その身を以って思い知れ!」
     
                
―――左に一つ、右に一つ。
突如、伽藍の堂を支配する巨大な竜巻がガーランドと狩人の間に現れる。
そう、剣と担い手が一瞬巨大に見えるほどの疾風による回転圧力を経て生じる竜巻が。
そしてその双つの竜巻の間に生じる真空が。
正に圧倒的破壊空間となり、行く手のあらゆる合切を天地問わず呑み込み砕き蹂躙する!
  
これこそが猛者ガーランドの秘めた力、輪廻によって手に入れた悪しき災いの力。
そして彼だけが所有を許された、世界を壊す混沌の力。
自然界の四大属性を象った化身の一つ、<風>を司るカオスの恐るべき力だ。
未だ立ち上り、そこに存在した一切を粉砕し続ける一対の大竜巻。
 
だが、カオスの災いは此処で終わらない。
剣に纏わりつく妖光は消えず、更なる脅威を生み出すために駆動する。
手から離れ変容するその形は――――先の猛攻と同じ型、紅き業火をと燃える一対の刀!
 
 
                           ―――力を、もっと力を、闘いの力を
 
「灰になるが良いわ!」
 
更なるカオスの災厄が、紅蓮の灼熱となって降り注ぐ。
世界の終末を思わせる炎の矢、<火>のカオスの力が立ち塞がる災禍を擦り抜け奔る。
何故ならばこれもまた災いそのもの。
今なお君臨する竜巻と同じく、主以外の敵にのみ牙を剥くため具現化したものに過ぎぬのだ。
 
そう、これら災厄の狙うは一つ。 
寄らば砕くと緩やかに進む暴虐の竜巻に、その数十を越え追尾する弾幕の焔。
すべては右腕に悪魔を宿す狩人、その一人だけを標的としているのだ。
それはまるで、狩人の言葉を全存在もろとも否定するかのようですらあった。 
   
 
  
                           ―――力を、力を、もっと力を、戦いを力を 
 


422 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 22:02:08

ネロvsガーランド    ―――混沌の果て――― 
 
>>420>>421

壮絶な剣戟の末、咄嗟の機転から剣ごと投げ飛ばすも猛者は叩きつけられるべき壁を
足をつける地とし難無く態勢を立て直す。
投げ飛ばして叩きつけてやるつもりだったが、まあ距離を取れただけマシだ。


すると猛者は、全身を大きく捻り続け急速な回転を始める。
更にその横には同じく舞い続けるヤツの大剣が―――

その直後、突如ヤツと俺の間に一対の巨大な竜巻が聳え立っていた。
あらゆるモノを呑み込み、打ち砕き、蹂躙し続ける様は正に竜が怒り荒れ狂い
咆哮を揚げるが如しだった。

「まったく…暴風警報なんていつ出てたんだよクソッ」

荒れ狂う竜巻に吸い込まれそうになるも、全力で足を踏ん張らせつつ疾走し、離脱。
そんな間にも猛者は更に大剣を空で再び二つに割り赤く輝かせる。


次は空から炎の豪雨が轟々と降り注ぎ、俺に襲い掛かってくる。
正しく世界の終焉――ハルマゲドン――を再現したような光景だ。

逃げても逃げても追いかけてくる。
ならばこうするしかない…
閻魔刀を扇風機のように大旋回させて弾幕を斬り払い、凌ぐのみ。

「暴風の次は豪雨かよ…天気予報が当てにならないってのは本当みたいだな」

軽口を叩き続けてはみたが実際凶悪だ。
あの厄介な竜巻が消えるのを待つしかない…


しかし、またいつまで続くんだこの不毛な守りは…苛立ちが募り続ける。

先程は此方の得意レンジだったからこそ守りを攻めに転化し得ただろうが、
まともな遠距離攻撃がブルーローズぐらいしかない以上、碌に攻めようがない。
今の俺に出来る事は、ただひたすら竜巻から逃れ得る距離で延々と対弾幕防御を張りつつ
機を伺いながらレッドクィーンのアクセルを捻り続けることだけだ。


…だがいざとなれば、やはり「アレ」を使うしか無いのか………?

―――いや、まだだ!どうやらその必要は無くなったようだ。


逡巡している間に、俺とヤツの間に挟まる一対の竜巻はいつの間にか
微風すら残していなかった。

―――――炎の弾幕はまだ消えてはいないが、叩くなら今だ!


後は跳躍し、空を蹴って距離を詰めつつ加熱の余り真っ赤に染まったコイツを引き抜くがごとく一気に振るい、
3連続で払い斬りを繰り出すだけだ。
空の右手を添えなければフォロースルーが困難。それだけのパワーとスピードが在るということだ。
弾幕なんざ追ってこさせやしない。
刃の全身から荒れ狂う炎風が烈しく俺の周囲で舞い散る。

「灰になるのはテメエだァッ!」

一方的なお天気マジックショーは終わりだ。炎の剣には炎の剣で返してやるぜ。




423 名前:CHAOS REPORT No.02〜?:2009/08/15(土) 22:03:49
 
 
 秩序と混沌に分かれ、争いを続ける駒。
 その駒の中でもまれに見る興味深い特性については
 前に記したとおりだ。
 
 
 駒の中には、戦いにより一度死を迎えても
 再び同じ姿で蘇るものがある。
 強いなにかを抱いたもの。それを抱いたものだけが、新たな生を得て蘇る。
 逆に言えば、一度の死を迎えそのまま消え去るのは
 強い何かを抱かない存在であるという事だ。
 これは私が、今まで繰り返された争いを見続けて
 結論づけるに至った事実でもある。
 
 
 だが、それにも一つだけ例外があった。
 強い何かを抱いたまま、それでも死を迎えたまま消滅した駒がいたのだ。
 この世界に存在する駒は一部の例外こそ除けば、幾多の世界から呼び集められた
 意思の虚像である。
 その虚像の力が、この世界で用意された器の限界を超えていたのか
 あるいはその力の質が、駒という器に適合しなかったのか
 今となっては分かる術はなく、また究明する必要もない。 
 
 
 しかし、その駒の存在だけは覚えている。
 混沌の側に属していた<悪魔>と<剣士>。
 自らを魔剣士と呼ぶ悪魔と、力に貪欲な銀髪の剣士。
 片方は混沌の神に反逆し、もう片方は力を求め全ての軍勢の敵となった。
 そして共に、この世界で戦った時間こそは違ったが
 二人ともが似通った力と姿を有していた。
 いずれも争いが終わりを迎えるとき、混沌の軍勢を指揮する彼の手によって
 相撃ちとなり、その望みが叶うことはなかったが。
  
   
 彼らが希少な例外であるから覚えていたのか。
 それとも、彼らが時代を隔てながらも実の親と子であるから覚えていたのか…
 いずれにしろ、すべては遠い過去のことだ。




424 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 22:05:25
ネロvsガーランド ――混沌の果て――
 
>>422
 
 
                           ―――力を、
 
世に語られる幻想の中の一つに、『箱』の逸話がある。
神々があらゆる災いを封じた黄金の『箱』。
だが箱は一人の神の過ちにより開かれ、ふたたび災いは世界へ解き放たれた。
かくて世は災いに満ちたが、『箱』には唯一希望が残されたという。
今その神話の様相を―――荒廃の進んだ魔城の頂にて戦う二人が。
なおも荒ぶる激戦を続ける両雄が体現せんとしていた。
 
                             ――――力を、                                  
災いたる『箱』を為すは鎧の猛者。  
荒れ狂う風の災禍に、燃え盛る業火の災厄。
在るがままに世界を蹂躙するその威容は、正に縛めを解かれ『箱』から放たれる災いを。
そしてあらん限りの災いを現出させる猛者の様は、禍を秘めた『箱』そのものをこそ思わせる。
                
                             ―――――もっと               
だが、その災いに立ち向かう者がいる。
解き放たれる災厄を前に、恐れず『箱』へと進む半魔の狩人。
絶望の災禍を凌ぎ、脅威の過ぎ去るを見逃さず、死中に活の好機を見出しなお挑む。
その胸に抱くのは、神話の『箱』に唯一残され人の手に託された希望の二文字か。
                                                             
                             ―――――もっと、力を   

そしていざ、両者の間合いは無と近づく。
狩人が揮う剣は炎の機剣。
噴射された推進剤は推力となり、のみならず刀身に紅蓮蒼穹を纏わせる火炎流となり牙を剥く。
その加速に加速の重ねられた勢いは、最早疾風の域にある。
たとえ相手が百戦錬磨の猛者であろうと、突撃の暴力的な剣速はその反応を上回る。
 
『灰になるのはテメエだァッ!』    
  
                     ―――力を、『そうだ<悪魔城>よ、今こそ其の力儂に寄越すがいい!』
 
そして今、一直線の肉薄から荒々しく刻まれる三重の軌跡。
災いは反攻の暴力をもって『箱』へと返還される。
 
 
    
              ――――『闘争の魂よ!』
         
                  
そう、かくて災いは返還された。
『箱』に残された最悪にして最後の災い―――其れが在るが為に絶望も諦めも出来ず、
それ故空虚な期待を抱きながら、永遠に苦痛を味わなければならぬ―――
すなわち、“希望”という災いが。
白銀に輝く『箱』―――輝きを放つ精霊銀の全身鎧、ガーランドのより堅固に生まれ変わった
装甲は、確かに炸裂した剣戟の威力をいとも容易く遮断したのだ。
 
クラスチェンジ。
より上位の存在、より強大な力を行使するため位階を押し上げる進化の秘蹟。
彼が<混沌>との契約で望んだのは、何物にも屈さぬ力と体。
忌まわしい輪廻の根源。忘れもせぬ最初の敗北。
今まで誇った武威において敗れた猛者は、故に純然なまでの不屈の力をこそ求めた。
そして彼は得た。強靭強固なる白銀の鎧を。
決して揺るがず、怯まず、退かず、魔力ある限り修復を続ける、対峙する敵全てに絶望を
与える鉄壁の防御を。
 
  
「言ったはずだぞ、小僧」
 
故に、彼は敵の剣戟に体勢を崩す事もなく。
故に、彼の鎧は早くも修復を初め。
故に、彼は中空で剣を上段に振り上げ。
その声は、一瞬の攻防の最中である筈にも関らずとてもゆっくりと響いた。
   
 
「―――その身を以って思い知れとな!」
 
 
異形の刀身が三度蠢き、斧となる。
剣に銃弾、剣と豪腕、災厄と災厄が応酬の果て。
希望に誘われた狩人に今、渾身の絶望が振り下ろされた。



425 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 22:06:43

ネロvsガーランド ――混沌の果て――
  
>>423>>424

俺にだけ降り注ぐ炎の雨を凌ぎ切り、全てを呑み込む一対の竜巻が止むや否や
飛び込み叩き込んだ地獄の業火の如き一撃。

これで勝負あった―――そう思った俺の前に、絶望と云う名の嘆きの壁は大きく立ち塞がった。

その紅蓮の刃は、この猛者を揺るがすことさえ敵わない。
何しろ猛者の体躯は、白銀に輝き全身を纏う、より強靭に進化したと思しい鎧に纏われていたのだ。
更にその鎧は、どうやら魔力と思しい力によりか剣撃で空いた穴さえ塞ぐのだ。

‘言ったはずだぞ小僧―――その身を以て思い知れとな!’

うろたえる間も潰すが如く、ヤツの声はゆっくりと響く。
その声が届くよりも先にヤツの巨斧は俺の左肩から首にかけてに抉りこまれていた―――

「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!!」

意せずして絞り出すような絶叫が喉から飛び出し、木魂すると共に
左肩から首筋付近から鮮血が爆ぜる。
鎖骨や僧帽筋は間違いなく両断されただろう。
大胸筋にまで喰い込み、もう少しで心臓に届きそうな位置にまで抉りこまれている。
若干人を外れた体でなければとっくに両断されていることは想像に難くない。
当然ながら左手に全く力は入らず、レッドクィーンが俺の手をずり落ち虚しく地を叩く。
更に俺の意に反して両膝までも地を叩く。

未曾有の絶望が震えとなって俺の精神果ては肉体までもを襲う。
俺にはただ、これから恐らくは最悪こんなザマの俺にトドメを刺さんとしているであろう相手を
呆然と見上げていることしかできないのか。
だが現に攻撃は一切徹らない、オマケに自分はこの在り様ダメージ…どうすればいい?

…煩い!
考えろ…考えそして立って戦えよネロ!
こうやって震えている間にもヤツは俺にトドメを刺さんとしているかも知れないってのに―――…!



―――――そんな折、見たことのある顔や声が幾つも今にもブラックアウトせんばかりの
俺に折り重なってくる…



「あなたは誰よりも人間らしい人間だから…」

「坊や、もうギブアップか?」

「悪魔に憑かれたか…」

「お前の魂は何と叫んでいる…?」


これ…マズいだろ?所謂走馬灯ってヤツじゃないか?
死に際に見えるって言う、アレか…
俺、もうすぐ逝くのかな……


…ところで何故あの男が家族の形見であるはずのこの刀を俺に託したのだろう…?


――いや、愚問だ。
今の俺ならばその答えなんて直ぐ解る筈…―――今の俺ならば。


「大事にしろ。可愛いお嬢ちゃんといっしょにな」


―――そうだ、俺の戦う理由は…俺が力を求めた理由は…

俺の生まれ育った…
――それまでこそ風習だ何だと堅苦しくて好きじゃなかったけど、
今は嘗ての暮らしを取り戻さんとみんな懸命に頑張っている、そんな人々の住む――
…あの街を守る為に。

俺のようなヤツさえ受け入れ、更に愛してくれた彼女の笑顔を―――守る為に。
俺に優しく、バカみたいに神様を信じ続けた彼女の両親のような非業の死を―――ひとつでも多く生まない為に。

そして何より―――俺が………俺で在る為に!


きっと、あの男も俺のそうした想いを汲んでいたから……
そうやって大切なモノを全力で守る生き方を支えたかったから………この、刀を―――…!!




「―――おおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!」


―――現の時へと帰るや否や、閃く右腕から魔力が噴出し俺の全身で爆裂する。
そのエネルギーは俺の身体からさえ食み出し衝撃波となり飛び出していく。

悪魔の引鉄デビルトリガー
俺の中に秘められた力。
俺の中に流れる伝説の魔剣士スパーダの血流と、そのスパーダの子息が使っていた
閻魔刀の力による相互作用によって引き出された比類なき力。
その力の具現体ともいえる青白いオーラが俺を纏う。

「そうさ…戦いの為の力なんか最初から俺は求めちゃいなかった…
 俺がここに来たのも、元はといえば…」

俺を見ているものにはきっと片目を伏せた蒼き鎧武者のような魔人が俺の背後に見えているだろう。
更には俺の赤く妖しく輝く二つの眼光も。

「―――いや、こんなことテメェに語ったって仕方が無いか…。
 ただテメェの言う、終わりなき闘争とやらが幻想だってんなら―――…」

左半身の刀傷はその魔力によりすっかり塞がり、くっ付いてしまっている。
今すぐに動かすことぐらい造作もない。
ちょっとぐらい乱暴な運動を行ったって平気なものだろうさ。

「―――まずはそのふざけた幻想を丸ごとブチ壊してやる!
 この俺の!力で!!」

その装甲がぶっ壊しても直り続けるのなら、直る前に叩き潰しきるだけだ!
この実体持たぬ悪魔―――謂わばもう一人の俺自身―――に護られた超速の両拳で!
100回直るなら101回ぶっ壊すまでだ!
止め得るものなら止めてみろ!




426 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 22:08:09
ネロvsガーランド  ―――混沌の果て―――
 
>>425
 
 
希望は絶望に塗り替えられ、勝機は絶体絶命の危機に堕す。
地に叩きつけられた者と、地に降り立ったモノ。
悠然と響く足音は敗者へと近づく死の宣告か。
 
だが、忘れてはならない。
彼らが今載っているものは闘争の天秤なのだ。
嵐のように激動し、だがそれでも狂える均衡を生み出し続ける天秤なのだ。
例えもし片方が命を削られ宙に飛ぼうと、振り切れてさえいないのならば。
その優勢は、ときに容易く覆る。
 
   
そう、もはや雌雄が決したと思われたその時。
己が勝利を幻視したガーランドに視えたのは、突如湧き上がった魔力の奔流。
そして、
   
「―――“スパーダ”!? いや、貴様は―――」 
 
 
突如現れたそれに、ガーランドは驚愕していた。 
眼差しの先に見据えるのは<狩人>と―――他でもない、その背後に浮かぶ隻眼の蒼い魔人。
―――そう、彼が輪廻の一つで相互いに刺し違えた半魔の<剣士>。
幻想の世界、千年を越え繰り返される戦いの幾度目かにおいて、ただ一度召喚された冷徹なる剣士。
同じく一度だけ現れ剣を交えた<悪魔>の息子。力を求め苛烈なる道を進んだ青の修羅。
そして今―――その魔人の姿を従えて、あの男と同じく紅い双眸を光らせる半人半魔の狩人が立つ。
  
―――<幻想>を打ち壊す。
その揺るがぬ決意を込めた言葉と拳を、驚きを隠さぬガーランドへ容赦なく叩きつけて。
   
     
「グフ、クク――“バージル”!!
 そうか貴様、グ、くくく、ふ、ググ、フ、フハハハハハハ!!」
 
魔人の覚醒。悪魔狩人の秘められた力の開放。
その荒ぶる力は拳激となり容赦なく襲い掛かる。容赦なく隙間なく容赦なく降り注ぐ。
全ては天秤。災いは、災いを秘めた『箱』は一つに非ず。
全ては公正。猛者を仇とする災厄の具現、強大なる魔人は目の前に。
全ては望んだ天秤の摂理。皮肉にもガーランドが欲した闘争の在り方そのままに。
   
「そうか小僧! 貴様、“あの男”の末裔であったか!」
   
故にこそ、襲い掛かる拳の弾幕を前にガーランドは笑う。
自らの装甲を再生を凌駕する止め処ない破壊を前に、だがしかし猛者は笑う。
もはや回避も防御も許されぬ猛攻に曝されて、それでも尚狂喜ゆえに声をあげ笑う。
何故気付かなかったのか。
<狩人>が示す魔力の波長。スパーダとバージル、親子二代と波長を同じくするこの魔力の胎動を。
ただ一度だけ争いに召喚された最大の戦士達と同じ悪魔の波動を。
 
そう、彼は狂おしいまでに歓喜していた。 
虚像の器に収まらぬ力で、互いの自壊する最期まで剣を交え続けた<悪魔(スパーダ)>。
神を凌駕する力を求め、共に世界が焼かれる末期まで剣を揮い続けた<剣士(バージル)>。
最強に最高たる輪廻の<異分子>、その強者の末裔と巡り合いまたも死闘を演じられようとは!
 
古の記憶と共に甦る、いまだ極みの一つにある闘争の歓喜。
我が身を見舞う衝撃以上の電流が、軋む体躯を強引に建て直し、遥か上空に放り投げた。
すなわち彼が半身たる異形の大剣を。
代わりに握られるのは拳。そう、渾身の力を込めて繰り出される握り拳!
その名を、
その名を。
その名を!
その名を!!  
     
「ならば見事壊してみせい!末裔よ、儂を一度は殺してのけた」
    
そう、だがそれは名も無いただの拳。
但し全力で振るわれる右と左の両拳。
大木をすら捻じ切る猛者の膂力を込めた握り拳。相手の豪腕にも劣らぬ剛力の拳。
他のなにものでもない、ガーランド自身の巨躯から繰り出す力である。
そして拳と拳、剥き出しの暴力と暴力は何物をも隔てず衝突する。即ち――――
 
 
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り「魔剣士の末裔よ!!」殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り
殴り続ける、殴り続ける、殴り続ける!そう殴り続ける!!眼前の敵を其処を殴り続ける!!!
  
 
加速、加熱、ひたすら過熱。
闘争の天秤も、そして闘争そのものも。
 
先の剣戟をすら凌ぐ激しさで、今までの激突すら超える勢いで拳を番え殴りあう。
防御も回避も出来ぬならと防御も回避も否定して殴りあい続ける。
再生の速度を超えて破壊され続ける鎧は各部が拉げ、裂け、砕け、潰れ、罅割れ、
だが意に介さぬとただ相手を捻じ伏せその再生すらも粉砕すべく全力の拳を振るい続ける。
死を前にして殴る。敵を打ち倒すため殴る。己が全身を投げ打って殴る。
笑いながら殴る。哂いながら殴る。嗤いながら殴り殴り殴り殴る。殴り合い殴り続ける。
 
 
男が叫ぶ、衝撃で瓦礫が舞う。
激突するは二人の魔人。
その中心から廃墟が抉れ縦横無尽に亀裂が走る。
そしてこの城で闘争が始まってより何時よりも、男は秘めた本性を曝け出していた。
城を、世界を、己をも打ち砕く闘争をこそ求める、狂える果てしなき闘志を。 
 

427 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 22:12:20

ネロvsガーランド ――混沌の果て――
  
>>426

―――今より2000年前、悪魔が人間界を虐げていた頃…
一人の魔剣士が人間への愛に目覚め、魔帝に叛旗を翻した。
自らと同じ名の剣を振い、次々を魔の眷属を打倒していく魔剣士。
しかし魔帝の無比なる力の前に敢え無く斃れる。

その時、人々の祈りが斃れた魔剣士に再び生命を与えた。
蘇った彼は見事魔帝を打倒し、人間界に光明を齎す。

そして彼はある街の領主となり、人々に善政を敷く。

人々は彼がその街を去った後も彼を神と崇めその勇ましき物語を真とし語り継いだ―――




再生修復する間など瞬きも与えぬ超速の魔拳を受け、装甲を破壊し尽くされる猛者。
しかし、ヤツは尚またも狂い散らしたかのような高笑いを立てる。
先程は強者に出会えた興奮で今度は何かと思うと―――
俺が伝説の魔剣士スパーダの末裔だと気付いたようだ。
だが何故「こことは違う世界」と思しい所から来たこの男がスパーダの事を…?

更に気になる名が…「バージル」―――どうも俺の背後に立つ魔人を指して呼んでいるらしい。

どういうことだ…まさかスパーダは嘗て、ヤツのいる「或る次元の世界」とやらででも
戦っていたとでも言うのだろうか―――?
また、俺の背後に立つ魔人を指して呼ばれたバージルという男もまたスパーダの末裔と…?

そういえばスパーダの実子ダンテはその閻魔刀を「兄の形見」と呼んでいた。
更に、かの魔剣教団教皇サンクトゥスが語ったことには嘗て日本刀を持った男が
神(スパーダ)の子を名乗り、訪れたその地で流れ者の娼婦と交わり子
――それが俺、らしい――を孕ませたという…

その男の名が正しくバージル、俺の背後に立つ魔人の正体だと云うことだろうか―――…


「お前もスパーダを知っているのか!?それにバージルとは一体―――…」


問い質す余裕をも許されず、態勢を立て直した猛者の手からは虎の子の大剣が
上空高く放り投げられ、同じように大木をも捻じ切らんばかりの剛力の両拳を握り締め、
跳ね返ってくるかの如く俺に襲い掛かってくる拳撃の暴風。

狂い痴れたかのような高笑いを立て殴り続ける猛者の拳が、魔力に覆われ
尋常ならざる強度を得た俺の身体をも――――――


殴打叩圧折潰抉虐苛拉軋減喰侵捩爆炸砕壊歪割破裂撃
轟焼燃衝暴滅殺破虐折圧潰爆侵喰軋殴抉減炸潰殴苛砕
破虐捩割圧抉焼撃殺潰折抉侵喰爆潰叩苛虐壊砕破軋爆―――――――――


―――――――――叩き続ける。そう、抉り打ちのめし潰し叩き続ける。



全身の筋肉なんて何度月面のクレーターのように抉られたか。
全身の骨格なんて何度砕かれたか。

だからどうした、知ったことじゃないさ。
今更ガードとかドッジとか一々細かい小賢しいこと考えてられるか。
次々蓄積するダメージなんて構ってられるか。

こうなればただ野獣の如く剛毅に猛り吼えながら同じ様に―――――――――



殴打叩圧折潰抉虐苛拉軋減喰侵捩爆炸砕壊歪割破裂撃
轟燃焼衝暴滅殺破虐折圧潰爆侵喰軋殴抉減炸潰殴苛砕
破虐捩割圧抉焼撃殺潰折抉侵喰爆潰叩苛虐壊砕破軋爆―――――――――




―――――――――叩き続けるのみ!そう、抉り打ちのめし潰し叩き続けるのみ!!!


「当然だァッ!そもそもスパーダの末裔云々なんて話知ったことじゃないが―――」


振るう拳、いやこの肉体が欠片でも残っている限り―――拳奮う意志が微かでも
燃え続ける限り―――ただブチかまし続けろ!!!


「―――俺はただその為に戦い続けて来たんだ!そしてこれからも
 戦い続けてやる!生きる為…守る為に!」


決して止むことなく弛むことなく撓むことなく、ただただ噴き荒れる―――――――――



強烈苛烈熾烈激烈猛烈超烈死烈暴烈絶烈炸裂爆裂斬烈
加熱白熱加熱強熱過熱激熱炎熱真熱超熱豪熱爆熱暴熱
強拳超拳剛拳魔拳真拳神拳豪拳激拳烈拳爆拳裂拳絶拳―――――――――



―――――――――の応酬乱舞乱撃連舞連撃。



踏みしめる互いの両足はその剛力の余り大地を踏み割りながら火山噴火の如く地岩を隆起せしめ、
流星の如く無数の拳から生み出された衝撃波は空を揺るがし周囲を渦巻く暴嵐と化し、
空に飛び散った無数の瓦礫飛礫をも舞い踊り狂わせる。



―――――とはいえ………流石にラチが空かない。

先程の小細工も通用するか怪しい以上…やはり鉄塊のような重い一撃が必要だ。
たとえその拳を振り被る僅かな間にヤツの無数の拳がまるで止むことなく
俺を打ち砕き苛み続けようと知ったことか。
これからの一撃は、その分を返すに充分過ぎるほど相当する。


肩から肘、拳に駈けて螺旋の如き捻り…または竜巻の如き捩じりを、
迅く――強く――熱く――――この右腕に蓄えて。


ただ、別にこれで勝負を決めようと云う訳じゃない。
こんなものじゃ決めかねる相手だということは重々承知だ。

ただ「最強最後の一撃」を決める為の布石として、「突き放す」ことさえできれば
それで充分だ――――――!!




428 名前:と或る男の手記:2009/08/15(土) 22:16:36
 
 
 魔剣士スパーダの足跡を示す資料に、奇妙にして興味深いものが一つある。
 
 
 或る地方で書き記されたという、一冊の書。
 その一つには、魔剣士の戦いが書かれた英雄譚が載っているという。

 もちろん、此れだけならば各所に残る文献と同じであろう。
 だがこの英雄譚が他のそれと大きく異なるのは、その内容にある。
 
   
 ――――魔界とも人間界とも異なる、二つの神々が争いを続ける世界。
 スパーダはこの戦いの続く異世界へ召喚され、同じく神々より召喚された
 異界の英雄たちと剣を交えた―――というものだ。 
   
 
 本来ならば資料と見るにも値しない御伽噺、あるいは後世の創作。
 しかしこの英雄譚を記したのが、かのスパーダ本人であったならば話は別だ。
 頁の最後には『この物語を、我が足跡の一つとして記す』の言葉と共に
 彼自身のサイン――それも自らの魔力を用いての焼印――があったという。
  
 スパーダは、自ら書き記したこれを『刹那の夢』と題している。
 魔帝との戦いの折で斃れた際に見た、まるで永遠にも感じられた刹那の夢であると。
 
 
 ―――だが真に奇妙で、そして興味深いのは此処からだ。
 
 今、私と一時的な協力関係にあるスパーダの息子――あの閻魔刀を携える、双子の片割れ。  
 彼にこの書物の話をしたとき、彼は珍しく神妙な顔をしてこう呟いたのだ。
  
  
 『その本は読んだことがある。
  ―――そして、同じような夢を見たこともな』
 
 
 そう。 
 確かに私の前で、彼はそう答えたのだ。
 

 

429 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 22:17:53
ネロvsガーランド   ――混沌の果て――
 
>>427
 
   
猛撃豪砕撃砕激烈剛撃轟音烈風怒号豪腕絶砕豪爆激風衝撃連撃爆音撃音
猛撃豪砕撃砕激烈剛撃轟音烈風怒号豪腕絶砕豪爆激風衝撃連撃爆音撃音
拳風強風合切爆裂超力強力破烈招来流血喀血墳血出血豪快裂壊走壊魔壊
拳風強風合切爆裂超力強力破烈招来流血喀血墳血出血豪快裂壊走壊魔壊
熱撃鉄撃血撃拳撃殺撃凶撃爆撃衝撃戦撃死撃交撃送撃咆哮雷哮爆哮衝哮
熱撃鉄撃血撃拳撃殺撃凶撃爆撃衝撃戦撃死撃交撃送撃咆哮雷哮爆哮衝哮
壊裂百烈千烈熾烈全身驀進総身渾身激震惨震爆震魔震拳轟交轟鉄轟魔轟
壊裂百烈千烈熾烈全身驀進総身渾身激震惨震爆震魔震拳轟交轟鉄轟魔轟
魔拳猛拳轟拳火拳猛攻猛撃鋼撃魔撃粉砕爆砕撃砕破砕粉砕玉砕大喝砕―――
 
 
嗚呼。
嗚呼、素晴らしき哉。
嗚呼、素晴らしき哉、我が呪わしき闘争の生。闘争に彩られた我が生よ。
 
男は憎しみの果てにカオスに堕ちた、彼は憎しみの果てに輪廻に堕ちた。
男に残されたのは無限の闘争、猛者に残されたのは永遠の戦場。
故に男は唯一残ったそれに全てを捧げた。
故に男――ガーランドは唯一許された戦いの道に、命と心の全てを捧げた。
 
自身の生み出した拳嵐が眼前の魔人を破壊してゆく。
魔人の繰り出した拳陣が己の肉体を蹂躙してゆく。
この我が身を削られる痛みこそが。
この敵の体をこそげ落とす実感こそが。
この彼我の生と死を分ける過程こそが、この行為そのものこそが。
これこそが、彼が最早唯一望むもの。
純正にして神聖なる『闘争』―――彼に在る唯一無二のものなのだ。
 
  
 ―――そうだ、末裔よ。<悪魔>どもの血を受け継ぐであろう者よ。
 
  
そのとき、交錯を超え乱舞を続ける拳戟に一瞬の凪が生まれる。
激戦によって麻痺するどころか鋭敏化したガーランドの感覚が見出したのは、螺旋の兆し。
右腕に篭る魔力の躍動を無意識に感じ取ったのだ。
そして闘争にのみ生きる彼の意識は、永久の戦いで得た心眼を以って洞察を開始する。
 
必殺の兆しか? 否、たとえ悪魔の豪腕といえどこの間合いは近すぎる。
或いはその読みを覆す奥義か、若しくは―――と。
 
そして永遠に続くかと思われた拳の応酬は、その凪より永久に断ち切られる。
 
 
 ―――力を集め、知恵を絞り、全身全霊を傾けろ。
  
 
炸裂する渾身の螺旋の拳。 
思惑に乗るかのように、否、それに自ら応じるかのように。
猛者はその一撃をわざと受け、後方へと突き放され間合いを離す。
  
そう、全ては“互いの”思惑のうちにある。
ガーランドの下がった先。その上空には異形なる鉄塊があった。
先の拳闘の前に放り投げた愛用の大剣。
猛者の怪力で宙を舞っていたそれは、吸い込まれるように今再び持ち主の
手元へと帰還し―――そして次瞬には異様なる変形を始めた。
鋭い切先を前に構えられた剣の柄が伸び、刀身が伸び、槍のごとき形へ。
そして展開された槍は回転を始め、その隙間から正しく怒涛の勢いで激流が噴出する。
  
 
 ―――そう、かつて貴様の祖が為したのと同じように。
 
 
それこそは彼が支配する<水>のカオスの力、全てを流し潰す災いの津波。
その現出した大海嘯の勢いが、推進力として槍と猛者に急激なまでの力を与える。
<狩人>が先刻、自身の振るう機剣を加速させていたように。
しかもそれ以上の勢いを、よりベクトルの先鋭化した“突き”の形で。
  
蹴られ砕ける石畳。  
踏みしめ留まる力を反動とし、そのまま前方へと転換させたベクトルの再起動。
全身のバネを上乗せされた力の流れは瞬間的な加速を促し、
最初の加速は槍の推進力と結実し、
そうして生まれた爆発同然の勢いは、破滅的な速度となって解き放たれる!
  
 
 ―――仕掛けるが良い。だが、届かねば打ち砕く!
 
  
かくて第三の災害、激流を纏う剛槍が迫り来る。
荒々しく回転と噴出を続ける破滅の螺旋、その行く先はただ一つ。
力の先へ、ただ己を待ち構える力の先へ、己を斃すべく構える牙の只中へ!
  
理想も要らぬ、信念も要らぬ。一方的な破壊も要らぬ。 
闘争を、あらん限りの激突を、のぞむ限りの命と命のぶつかり合いを。
この男の魂は、そう叫んでいる。 
 

430 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 22:21:18

ネロvsガーランド   ――混沌の果て――
  
>>428>>429

人への愛に目覚め、同族に刃振い魔の帝を封ぜた悪魔がいた。

父たる彼の悪魔の無比なる力に憧れ、魔の帝に挑むも志半ばで斃れた半魔が居た。

父たる彼の悪魔の誇り高き魂を受け継ぎ、再び魔の帝を封ぜた半魔が居た。

そして…ただ守るべき者の為に力を求めた果てに正道を掴んだ、
斃れし半魔の落とし子が今―――

偶さかか必ずか、彼の祖父そして父の嘗て挑みたる幻想世界よりの来訪者とぞ相見ゆる。
時を越え三度交錯せる因縁…今此の時ぞ決着の時か―――


乱撃の最中、トドメではなく「突き放す為に」放った右の魔腕によるコークスクリューブロー。
そしてそんな此方の意図に直感的に気付いたか…カウンターを返す様子さえなく
敢えて受けて吹っ飛び間合いを作る猛者。

この様子だととどうやら向こうも必殺の一撃に賭けるつもりのようだ。
その為に敢えて受けたと見ていいだろう。
面白い、望む所だ。

そもそも此方は魔力で治癒し続けるとはいえ先の拳戟で肉体が所々ボロボロ。
自然、文字通り全身全霊を懸けた一撃で決めるしかなくなる。
その意図も含めての先刻のアレなのだ。

相手は竜巻だ炎雨だといった自然災害さえも引き起こす強者。
今度は何が飛び出すか解らない…だが案ずることは無い。
こちらには自慢の右腕があり、その腕には先刻まで今だ引き出さなかった
「最強最後の一撃」がある。

今はただ―――自分の身体を駆け巡る魔力、そしてその右腕に収まる閻魔刀の魔力を
全て集束させ今青白く輝ける右腕を大きく後ろに振り被ればいい。
俺の心はどんな手が来ようとブチ破る自信で満たされている。


その頃、再び大剣を掌握した彼の猛者の放つ切り札―――それは、大剣を槍に変形させ、
旋回させた槍身から膨大な水流を烈しく噴出させ大津波を生む。

その様は正に大海嘯にて全てを呑み込む伝説の海竜リヴァイアサンその物だ。

だがもう一々相手の手札に驚くのも飽きた所だ。
相手が何を仕掛けようが最早関係無い。
一意専心。俺はただ…自らの一撃に全てを懸けるのみ。

―――――今がその時だ!

                 ―――――俺の魂が…

時を同じくして放たれる俺の「切り札」。
自分の身体並びに腕内に収められる閻魔刀の魔力が全て集束された右腕を
一気に突き出し、そこから質量を持った巨大な魔力の掌を打ち放つ。

                 ―――――俺のこの手が輝き唸る!

その掌のサイズは実に俺の体躯の数十倍と言っていいだろう。
反面、魔力が全て右腕に回っているので当然全身の防御力は手薄になってしまっている。

そして今放たれんとする相手の切り札とは単なる大海嘯のみではない。
旋回させた槍身をその激流により推進力を高める。
つまりは俺のレッドクィーンがイクシードの噴射力で剣速を爆発的に高めるのと似た原理だ。
更に、津波による後押しと地を抉るような自らの踏み込みによる加速を加え
爆発的な突進力を生み出す。
旋回し続ける大槍と相俟って破壊力は桁違いだろう
要するに大海嘯とドリルアタックの合わせ技と言った所だ。

そんなものを受ければ間違いなく俺の体躯など当然軽く消し飛ぶ。
あの刃の先端でも触れれば魔力の掌といえど容易く貫かれるのは想像に難くない。
運良くかわしても大海嘯の餌食。つまり何れにせよ討ち損ねれば‘死’あるのみだ。

だが生憎、今の俺の脳裏にそんなヴィジョンは無い。
此方が放った巨大な右掌でヤツの体躯を全て呑み込んでしまえばいい。
この一撃に全てを懸けた俺の脳裏に在るのはそのヴィジョンだけだ。

今そのヴィジョンをこの俺の身体を通し、この常に絶え間なく流れる今という時に刻み…
揺ぎ無い現実と顕してみせよう。
俺の心で燃え続けるこの魂の前では幻想ヴィジョン現実リアルの壁など薄紙に等しい事を…証明してみせる。

そう…この誇り高き魂プラウドソウルの前では。

                 ―――――この「終わり無き闘争」という

―――俺の右手はある日突然、悪魔と化した。
それからずっと、この右手を忌まわしく思っていた。
俺はただの人間だと信じていたから…。
その時は、この世に神とやらがいたらブチ殺してやりたいと思っていた。

そしていつしか―――夢は叶ったのだ。
「神」を殺した。そう―――この右掌で。

「神」を殺し、運命に打ち克った今だから言える。
この腕は謂わば俺の誇り高き魂の結晶だ。
愛するものを守る、その飽くなき想いがこの腕としてカタチを成した。
今や俺の半身と呼べる閻魔刀もまた然りだ。

その飽くなき想いが俺の中に眠る底知れぬ力を引き出す。
それこそが誇り高き魂プラウドソウル

                 ―――――ふざけた幻想を打ち砕けと…

そう…嘗て「神」さえも粉砕したこの魔腕ならば―――
たかが大津波だドリルだなど物の数ではない筈さ。
質量を伴ったこの巨大な五指がヤツの体躯を呑み込めば
そのままクラッシュエンド―――と相成るだろう。

                 ―――――吼え猛り叫ぶ!

「この一撃で―――――消えろ!!」






431 名前:CHAOS REPORT No.〜?:2009/08/15(土) 22:24:07
 

 何ということであろうか。
 よもやこの時空に、私の知らない混沌が現れようとは。
 
 
 それは、突如として次元の狭間に流れ着いたひとつの城であった。
 その城は強い力を持ち、混沌の力を自らの力に変換する
 一種の門のような特性を備えているようだ。
 
 
 いわば城はもう一つの混沌であり、それはすなわち
 私の実験を妨げる脅威となりうる。
 一つの時空に混在する二つの混沌。
 この異例の事態は時空のバランスを崩し、
 或いは私の創ったこの世界を崩壊させかねない。
 
 
 まさか、かつて抱いた杞憂が現実になろうとは思わなかった。
  
 
 異分子は排除しなければならない。
 戦いへの干渉をする力はないが、警鐘を鳴らす程度ならば可能だろう。
 あとは混沌と運命を共にする彼が、気付いてくれることを祈るのみだ。
 
 

432 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 22:25:20
              ――混沌の果て――
   
>>430
 
 
  ―――斯くして、闘争の天秤は振り切られた。
 
驕りがあった訳ではない。
一対一の闘争の中で男が選んだのは最善の手札である。
如何なる力も貫き穿つために選ばれた、紛れもなき一撃必殺の天元突破。
一気呵成に叩きつける地水火風の四連撃ではなく、一個の威力を追求したもう一つの『混沌の魂(ソウルオブカオス)』。
限界まで先鋭化された一閃は相手を繋ぎとめる鎖もろとも断ち切る、その筈であった。
 

 事実―――放たれた螺旋の一撃は迫る巨腕の五指を抉り、その半分を砕き
 荒れ狂う怒涛の激流は“腕”の内部を引き裂きその持ち主に到達せんとしていたのだから。 
 
  
では何故に彼が敗れたか、それは実に簡単な理由だ。
彼の一手が限界点の力に対し、相手の―――若き狩人の力は己の限界を超えた一手であった。
己が業に囚われそれを捨てたものと、己が業に呑まれずそれを捨てなかったもの。
諦めぬ者にこそ秘められる“可能性”という名の輝きが、この闘争の命運を決したのだ。
 
  
 そう―――巨大なる魔人の腕は奔る猛者の魔槍を押しとどめ、その勢いを圧し
 込められた全身全霊の力は“猛者”を武威もろとも握りつぶし逃げ場なき力の爆縮を引き起こした。
 

433 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 22:26:03
>>432
 
 
「……どうやら、本当に何も知らぬようだな……」
  
 
異界の妖光が降り注ぎ肌寒い風が吹きすさぶ。共に余すところなく。
衝突によって生み出された最後の衝撃。
その破壊の爪痕は凄まじく、これまで形だけは残っていた伽藍の廃墟―――両者の
激闘で既に原型をとどめぬ有様にあった城主の間は、遂に虚ろなる玉座を残し跡形も
なく吹き飛ばされていた。
最早瓦礫の山だけが埋もれるその中で、力なき声が響き渡る。
 
   
「―――貴様が見せた魔人の力、それは貴様だけの力ではない。
 貴様が持つ刀……その力の、本来の持ち主を象り具現化させたものだ」
  
 
そう言って声の主―――敗北を喫した猛者は瓦礫の中からゆるゆると身を起こす。
輝きを失った鎧はその全身が拉げるか引き裂かれ、胴に穿たれた風穴からはそら寒い音を
ひゅるひゅると立てている。破れた肺から漏れ出る、空虚なまでの呼気の音。
そしてそれらの傷痕からは例外なく、赤黒い血が今もなお流れ出ていた。
 
半死半生、満身創痍を越えている正に死に体。否、既に死んでいて然るべき無惨な有様である。
もはや、こうして口を利けるのが不思議なまでに。
 
  
「完全な魔人化が出来ぬものは、手にする魔具の力を借りて化身する…。
 そう、刀の持ち主……スパーダの息子、バージルめは忌々しげに言っておったわ」
 
 
苦悶を隠さぬ男の声に時折混ざる濁った水音。
大きく罅割れた兜と鉄仮面の隙間から、ごぼごぼと血塊が流れ、弾けてはまた流れていた。
見る者を威圧する兜の角は片方が根元から圧し折れ、かつての猛威は見る影もない。
 
彼の鎧と同じく今にも朽ち果てんとする命の灯火。
だが、それでも彼は言葉を紡ぐのを止めはしなかった。
まるでそれを遺すのが己の務めであるかのように、次の句を続ける。
 
 
「そして…この城の正体すら知らされておらぬのならば教えてやる。
 此処は<悪魔城>…貴様の世界で猛威を振るったヴァンパイアの王、
 ドラキュラ伯爵が君臨する混沌の城…。
 そして、今はその王を亡ぼされ時空を彷徨う城主なき城だ」
 

434 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 22:26:47
>>433
 
 
其処まで言ったところで、屍同然の戦士は体勢を崩した。
膝立ちの姿勢。利き手で顔を覆いながらも、遺された右目で魔剣士の末裔を見据える。
襤褸切れとなった外套をなおも纏うのは、隠した半身が無惨と砕けているからか。
 
  
「ゆえに城は己を統べる城主と……ドラキュラの願いであった混沌と破滅を求めておる。
 …そしてこの城は、他の異なる世界を繋げる<門>にもなりうるのだ。
 そうして我らが次元にも同じく現れたこの城は、我が世界の理(ことわり)をも歪め始めた。
 儂の下僕であった不死者を…仮初の城主に祭り上げてな…。
 くく……何故知っているかという面だな?」
 
 
そう力なく笑うや否や、猛者は自らの外套を翻して半身を晒す。
一際黒い血を流す、無惨に引き裂けたもっとも大きな傷痕を。その奥に秘されたものを。
  
「元々このヴァンパイアは、我が力の一部より生まれた手足の如きもの…。
 倒してより、このようにして我が身に取り込めば……この混沌の城の力もろとも、
 全てを労せずして知ることが出来るという訳だ」
   
そう、確かにそこには仮初の城主が居た。全ての発端である蒼白の肌をした吸血鬼がいた。
ただし苦悶の表情を浮かべた顔のみが、棘と棘に貫かれ拘束され血の涙を流し続ける顔だけが。
放逐され祭り上げられ屠られた、哀れなるヴァンパイアの末路が其処にあった。
   
「だが、新たな仮初の城主となって間もなく、貴様が現れた。
 ……そこからの顛末は、今この通りよ。
 
 そして重要なのは、この先だ。
 悪魔城にとって、城主とは力の流れる先であり、もう一つの命。
 その主が代わることなく打ち倒された城は――――」
 
そうして男が次の句を継ごうとした、その時。
廃墟となった城主の間、その床が大きく激しく揺れ動く。
見れば遠景に聳える尖塔が、階下に臨む城壁が、そして城そのものが。
 
「―――今この時のように、崩壊を始める」
 
男の言葉を待たずして、城の各所が轟音と共に崩れ落ち始めた。
混沌の城、<悪魔城>の崩壊。
かつて幾度となくドラキュラが討ち果たされた時と同じく、城主を失った城は
その力を失い永き眠りへと落ちるのみ。
 
それを知ってか、男は己を打ち破った狩人へこう告げた。
     
「長話が過ぎたようだな……往け、スパーダの末裔よ。
 城は<混沌>ある限り甦るが……儂の最後の力で次元の彼方へ切り離す。
 今ならば、来た道を戻れば元の世界へ戻れるやもしれん。
 
 ……だが、忘れるな。これは馴れ合いでもなければ情けでもない」
 
そうして崩壊のさなか、その言葉と共に猛者は渾身の力で立ち上がった。

435 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 22:27:35
>>434 
 
 
猛者の周囲が赤く染まり、妖気と魔力の火花が舞い空気が歪む。
彼のこの城に赴いた本来の目的、呪わしき魔城を駆逐するためだけに用意された最後の手段。
城にのみ及ぶため闘いの切り札には成りえず、城諸共に自壊するため手札とは成りえない最終幻想。
 
そう、之は彼の力であって、彼の力ではなかった。
彼、ガーランドと一体の関係にある混沌の神カオス。
その荒ぶる神と、大いなる意志と契約し世界の破壊と再生を繰り返す神の竜。
そして悪魔城から組み上げた力を源にし、猛者が持つ能力をその限界を超えて解き放つのだ。
  
屍も同然のガーランドの身体へ魔力が集い、朽ちた鎧に赤熱の色を与えていく。
同時に鎧の傷を更に押し広げ、中の肉体を引き裂き破壊させながら。
その最終の臨界を迎える中、猛者は己を打ち破った狩人―――スパーダの末裔たる
戦士に最後の言葉を投げかける。
 
 
「そう―――勝ち残った貴様は、その命のある限り戦い続けるのだ。
 争いを否定しても、貴様に宿る悪魔の力がそうはさせぬ。
 すべては自らの意思で闘争を選んだその時から、貴様の歩む道は決まったのだ! 
 精々足掻き、闘い、最期を迎えるまで地獄の旅路を続けるがいい…!」
 
 
崩壊が進む中紡がれたのは、最後の呪い。
お前は果てのない道へと踏み出した。
救いのない戦いの道へと踏み出したのだ。
お前が進むことの出来る道、お前が出来ることはただ一つ。
 
戦え、と。
闘い続けろ、と。
死に狂い、殺し狂い、戦い狂う闘争の道をこそ歩み続けろと。
永久の闘いに囚われた猛者は、最後にそう目の前の戦士に呪いを授けたのだ。
 
 
「さらばだ、若き“黒の天使ネロ・アンジェロ”よ! 貴様の往く道に終わりなき戦いがあらんことを!!」 
 
  
そうして、猛者は最期まで嗤うように――――――。
      

436 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 22:37:13

ネロvsガーランド   ――混沌の果て――
  
>>431>>432>>433>>434>>435

螺旋と激流の魔槍は魔力の巨掌さえ貫き、大海嘯は腕の内部に喰い込み
やがて繰り出している俺自身に到達せんとしていた。

だが全て撃ち貫かれたわけではない限り諦めることは無い。
内部に喰い込んだのなら好都合だ。
掌を握る際に腕全体に力を込めた事により発生する圧力で潰せばいい。
恰も力を込めて筋肉を強張らせるが如く。

その圧力によりやがて突進力は津波と共に押し留められ、
魔力の塊たる腕内の逃げ場無き圧力で―――


――――――クラッシュ・エンド!


破片と血流を爆裂させゆらりと落ちゆく猛者。


戦い終わった城主の間は訪れた際にも増して無駄に風通しが良くなっていた。
天変地異だ巨大な腕だが飛び交った戦跡は瓦礫の山が連なり、
天井を失い、歪んだ黒き空が臨まれる頭上からは妖しげな光が降り注ぐ。
後に残るのは何者も坐せぬ空虚な玉座のみ…

瓦礫の山からの声が聞こえるや否や、その山を突き崩し一つの黒き人影が飛び出す。
粉砕したと思しかった猛者。
所々罅割れ穴開き小さな破片さえ零す鎧からは赤黒い血流が滝の如く落ちていく肉体。
半死半生どころか普通に、いや少しばかり大袈裟に考えても既に死んでいておかしくない…
そんな様にも拘らず、猛者は息も絶え絶え語りだす。

先刻まで扱っていた俺の魔人の力とは、俺自身だけのみならず
元来の持ち主である「バージル」の魔人となった姿を具現化させたものらしい
そして完全な魔人化が出来ないものはその魔具の力を借りて魔人となると
彼は語っていたらしい。

全て納得がいった。
俺がこの閻魔刀に触れている時の安心感はそういうことだったのか。
まるで自分の半身のような感覚は…

更にこの城のカラクリについても。

この「悪魔城」は彼のドラキュラ伯爵が君臨する混沌の城にして、
今は城主を失い時空を彷徨う城…
それゆえ城は主と、ドラキュラの願いであった混沌と破滅を求めているという。
そしてこの城は他の世界とも繋がる門でもあるらしい。
ヤツの世界にも顕れたこの城は世界の理さえ歪め始めたと。

仮初の城主――嘗てのこの猛者の下僕らしい――を祀り上げ。

何故そこまで知っていると面食らう俺の前でヤツは、自分が屠ったらしいその城主を
黒き血流零れる自らの傷跡より覗かせて見せる。

この城に主として選ばれたそいつは元々この猛者の力にて生み出された者というわけだ。
苦悶の表情を浮かべ血涙流す様は、この事件の全ての根源とはいえ
余りにも哀れという言葉を禁じ得なかった。

続けて語られるには――これが重要らしい――悪魔城にとって城主とは力の流れる先であり、
もう一つの命。謂わば心臓とでもいうべきか。
その心臓たる主が代わりなく滅ぼされた城という「肉体は」―――

ヤツがその先を語ろうとするや否や、突如城全体から岩を崩すような轟音と
震動が響き始めた。

つまりその先は御覧の通りというわけだ。

間もなくこの城は崩壊する。城主なき城はただ滅ぶのみ。
次のドラキュラの復活その時まで…

正に瀕死の肉体で周囲に強大な妖気と魔力を放ちながら猛者が言い残す。
自分の最後の力でこの城を次元から切り離すと。

在り来たりな小悪党宜しく城ごとの自爆に巻き込むのかと思ったので
その余りの気前のいい話に最初戸惑ったが、
 
「そう―――勝ち残った貴様は、その命のある限り戦い続けるのだ。
 争いを否定しても、貴様に宿る悪魔の力がそうはさせぬ。
 すべては自らの意思で闘争を選んだその時から、貴様の歩む道は決まったのだ! 
 精々足掻き、闘い、最期を迎えるまで地獄の旅路を続けるがいい…!」

要するに生き残った俺にこれから連綿と続く闘争の輪廻で狂いゆくがいい、と。
その様を地獄の淵で嘲笑いながら眺めてやる。そういうことらしい。

ともあれ崩壊は進む一方だ。
早い処城と共に自壊を進めるヤツから放れなければ危険だ。
最早俺のやることはただ背を向け疾走し去り行く事のみ。


‘貴様の往く道に終わりなき戦いがあらんことを!!’

それがヤツの、高笑いと共に放たれた最期の呪詛の句になった…


途中瓦礫に巻き込まれぬように留意しながら元来た道を一気に突っ切りながら
先刻のヤツの最後の呪詛の句に忌々しく舌打つ……も直後に軽い溜息が洩れる。
それと共に口を突いた俺の句―――

「解ってねえな…ホントに解ってねえ。だから負けるんだよ」

絶対の自信と揺ぎ無き勝利感を篭めた言葉と共に今、
無事城の門を蹴り開け外―――元の次元、即ち元の世界へ。


草原を撫でるように吹く感じ慣れた微風と清らかな闇を放つ見慣れた夜のシジマの中、
周囲には悪魔城の残存勢力と思しい多種多様の魑魅魍魎が屯していた。
その数、実に数十にも登る。
今残れる分の此方の体力や気力もどの程度持つやら。

だが家に帰り着くまでが俺の戦いだ。歯を食い縛り下腹に力を入れる。

「さあ――――…遊ぼうか!」

啖呵を切る俺の声と、背中で捻られるレッドクィーンの爆音が夜闇に響く―――――





437 名前:ネロ ◆XovfKnNero :2009/08/15(土) 22:37:30


―――――最後の一匹を右手で粉砕した俺を、地平線の彼方より登る白金なる朝日が包む。
一先ず、「悪魔城」討伐から擦り代わった幻想世界からの来訪者との戦いは終止符が打たれた。

「スパーダ、それにバージル…それに悪魔城、か…」

俺の先祖が俺達の知らぬ世界で戦っていたとは。
益々途方もつかない話だ。
親子3代に渡って幻想世界の者と戦いを繰り広げるとは正に因縁か…

ともあれ、これから後は家に帰り着き一息眠るだけ。
その後いつもの様にキリエと一緒に街の復興支援に励みながら依頼主からのギャラを待とう。
支援の基金として使いたい。
当然ながら「本業」たる悪魔退治だって忘れない。


―――…こうして、戦いは終わった…いや、最初から既に終わっている・・・・・・・・・・・・

そう―――俺がいつか「生きる為、守る為」戦う事を決意したその時から。

結局、俺にとって戦いなど手段に過ぎない。
何の為のその戦いという手段か、既に答えはこの美しく登る朝日が語っている。
そして何より、これから俺の帰りを待っているであろう彼女の存在が。
あの街の――今尚癒え切らない傷を抱えながら生き抜く人々住まう街の――存在が。

俺が「それらを守る為に戦う」決意を固めた時既に、「終わりなき闘争」という幻想は
ブチ壊されているのだ。
戦い自体が目的というわけじゃないから。


‘貴様の往く道に終わりなき戦いがあらんことを’


それがヤツの最期に残した言葉。

―――ならば見せてやる。俺は永遠に戦い続けるということを。
ただ立ち上がり、戦うだけだ。
この眩しい朝日が照らされる日々を…戦いの無い日々と云う最高の日を掴む、
その時まで―――…



俺に降伏の二文字は無いI Shall Never Surrender―――






438 名前:ガーランド ◆rX9kn4Mz02 :2009/08/15(土) 22:46:13
悪魔城異聞  〜Devil May Cry/FINAL FANTASY〜
  
導入
>>405>>406>>407>>408>>409
>>410>>411
 
ネロvsガーランド  ―――混沌の果て―――
>>412>>413>>414>>415>>416>>417>>418>>419
>>420>>421>>422>>423>>424>>425>>426>>427
>>429>>430>>431>>432>>433>>434>>435>>436
>>437
 
  
 


 
  
「さらばだ、若き“黒の天使ネロ・アンジェロ”よ! 貴様の往く道に終わりなき戦いがあらんことを!!」 
  
  
そうして、猛者は最期まで嗤うように――――――崩壊の渦へ自らを投じた。
  
 
かくて混沌の果て。
崩れ落ち顔を見せる奈落と崩れ舞い上がる瓦礫の中。
主たる男の下知を受け、城の眠りを完全なものとするべく災いが集結する。
 
 
最下層より大地を割り進み、轟音と共に現れる亀裂。
―――<土>のカオス、髑髏の不死王リッチに拠る地震の厄災。

豪奢な庭園を焼き尽くし、空より届く灼熱の業火。
――――<火>のカオス、六臂六刀を有す蛇身の鬼女マリリスが従える炎の災厄。
 
地下水脈より地上へ猛り、天の彼方すら蹂躙する大海嘯。
―――――<水>のカオス、大海の支配者クラーケンが解き放つ津波の災害。
 
尖塔の数々を薙ぎ倒し、天空より出でて立ち上る大暴風。
――――――<風>のカオス、虚空すらも侵す多頭の竜ティアマットが纏う竜巻の災禍。
 
世界を構成する四大属性、その逆位置にして世界を滅ぼす四つの災い。
混沌の忠臣にして具現たる四大カオスの化身たちが、今盟約に従いて主の下へ馳せ参じる。
      
 
 「リッチ!」
       ―――そして<土>のカオスは轟き。
 「マリリス!」
         ―――次なる<火>のカオスは猛り。
 「クラーケン!」
          ―――続いて<水>のカオスは叫び。
 「ティアマット!」
           ―――最後に<風>のカオスは唸る。
 
 
荒れ狂う地水火風の苛烈なる激流。その中で、振り上げたガーランドの掌に一振りの剣が構築されてゆく。
否、それは剣というには余りにも大きすぎた。
果てしなく大きく、分厚く、重く、そして禍々しすぎた。
それは正しく鉄塊すら超越した巨人の剣、神々こそが振るう事の出来る極大の剣だった。
 
そう、集結したカオス達は混沌を解放する最後の撃鉄であり引金でしかなかった。
主命を受けて真の名を呼ばれることで混ざり合い、もう一つの<混沌>を切り崩す力を顕現させるのだ。
それがこの剣――――混沌の神が唯一所有する“究極の混沌”の名を持つ斬魔の剣。
 
赤熱化し、臨界状態にある猛者であったもの。
自壊が進み、最早シルエットのみぞ残る混沌の契約者は神の剣をいざ振り下ろす。
次元を断ち、混沌を叩き切り、この魔城を切り崩す城薙ぎの太刀をいざ放つ。
其れこそが己に課せられた役目。彼がこの城に赴いた唯一の理由。
上げるべき断末魔の代わり、凝縮された全てを開放するため残された意識を言霊に変え叫ぶ。
そう、この異聞の全てを終わらせる混沌の神の名を。
 
 
 「―――カオォォォス!!」
 
 
そして災いを統べる混沌の力が、崩壊する城を中心から両断し―――――
 
 
      
  
  混沌が彼を呼んだのか、彼が混沌を呼んだのか
  それは分からない。
  
  
  ただひとつ確かなことは、彼が
  終わりなき戦いの宿命をその身に宿していること。
  
    
  彼の闘争は、この戦いの終わりを迎えても或いは――――

  
  
 
  『これもまた輪廻の一つ。
   魔剣士の一族よ、貴様らともいずれ永遠の果て、新たなる輪廻の彼方にて―――再び』 

 




439 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:42:52






第2話『INNOCENCE』





.

440 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:43:21





―――血と混ざった輝微粉はハーブティーの香りがした。





.

441 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:43:48

 暗黒の都、倫敦。背徳の街を闇の帳が覆い隠していた。時刻は真夜中を過ぎたころ。こ
の街にとっては最も活気に溢れた時間帯のはずだ。だというのに、辺りには人影一つ存在
しない。いくら辺りを見回しても誰一人として見つけることは出来ない。

 ここはテムズの南に位置するスラムだ。もとより『北側』に住むようなまともな住人は
近寄りもしないが、『南側』こちらの住人の姿ですら見つけることは出来なかった。

 街娼やスクワッター、ストリートギャングにクリーチャー。本来ならば溢れんばかりに
いるはずの彼らのようなスラムを根城するモノたちですら一人としていなかった。

 それには理由があった。ここは南側であって南側ではない。南側の中でも最も特異な地
区に位置していたのだ。この辺り一体は零番地区との緩衝地帯、それも中と外を分け隔て
る『壁』から100mも離れていない場所だったのだ。

 それゆえに、中に棲むモノ達との無用なトラブルに巻き込まれることを恐れ、南側の住
人までもが近寄ろうとはしなかった。

 零番地区。存在せぬはずの住人たちの住む隔離地区ゲットー
そこには人や吸血鬼だけではなく、それ以外の化物や形容し難き存在までが棲んでいた。
悪名高き魔術結社『フラニティ』の本部があるのもこの中だ。

 ゼロ番地区。人と異形どもの潜む隔離地区。隔離地区の名に相応しくゼロ番地区は高い
塀によって囲まれていた。旧世紀にあったベルリンの壁のように聳え立つ塀によって囲ま
れていた。かつて神祖が行った暫定的な処置を、後を引き継いだビッグシスターが徹底し
たものだ。

 それ以降、壁の内と外の分断は加速され、内外の街は大きく独自の進化を遂げた。それ
は勢力であり、文化様式でもあった。

 まあ、なんにせよその場所は闇の都・倫敦の中でも七つ星やロンドン塔と並ぶ最深部。
長く生きながらえたい者ならば絶対に近寄ってはならぬ場所だ。

442 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:44:15

 足音が静寂を壊した。ブーツの硬い靴底が石畳を打つ固く渇いた音。一定の歩幅、一定
の速度、一定のリズムで夜のスラムに足音を刻んでいく。

 一人の女が人気のない路地を歩いていた。闇に満ちたスラムの路地だというのに、悠然
と何の不安も感じさせぬ足取りで。それも『壁』の内側から外側のスラムへと向かって歩
みを進めていた。見るものの眼を疑わせるような光景だ。

 闇色の髪を長く伸ばした女だった。そして髪の色とは逆に、その肌は幽鬼のように白い。
見るものの眼を奪うような美しい女だった。
 女が身に纏うのは、彼女の髪の色と同じ漆黒のライダースーツだ。セパレートタイプで
素材は革のように見えた。そのライダースーツは、機能性は当然として見た目の美しさも
考え抜かれた代物だった。

 下品にならない程度にローライズで、タイツのようにぴったりと張り付いたボトム。革
に見える素材とあいまって、見るものにフェティシュな印象を強く与える。

 ジャケットは丈が短く臍のすぐ下ほどまでしかない。彼女はそのジャケットのジッパー
を全開にして羽織っており、その下には同系素材のハイネックのインナーを身につけてい
た。それもまたジッパー式で、ジャケットよりもさらに丈が短く胸のすぐ下ほどまでしか
なかった。彼女はそのジッパーを胸の谷間が見えるぐらいにまで引き下げている。

 丈の短いアッパーとローライズのボトム。必然的にむき出しになった腹部はよく鍛えこ
まれているが、女性特有のふくよかさも失っておらずとても魅力的だった。

 先ほどから石畳を打ち小気味いいリズムを刻んでいるのは、ボトムと一体化したかのよ
うに見える膝まであるタイトなブーツだ。ヒールは高い。動きやすそうには見えなかった
が、女の足取りに不安は見て取れなかった。

 女は夜だというのにサングラスをかけていた。ゴーグルタイプで顔が半分隠れるような
大きなレンズが特徴的だ。いまはその漆黒のレンズに覆われ見て取ることは出来ないが、
その下にある彼女の瞳の色は青だった。もっとも彼女の種族特有の超自然的な輝きによっ
て瞳の青さは消し去られているのだが。そう、ヴァイオレットの輝きによって、彼女の瞳
の青さは覆い隠されていた。

 そして、その輝きの色こそが彼女の名前でもあった。

 ヴァイオレット。ヴァイオレット・ソング=ジャット・シャリフ。

 彼女は人間たちがヴァンパイアと呼ぶ、夜を生きる呪われた種族のひとりだった。

443 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:44:36

 その夜のヴァイオレットは零番地区の住人と取引をした帰りだった。

 彼女の所属する組織は零番地区の住人とでも忌避すること無く取引を行った。手段を選
ぶなどという余裕など持ち合わせていない彼女たちにとって、零番地区は警戒の対照では
あっても恐怖の対象ではなかったのだ。そのことによって利益が得られるならば零番地区
の住人相手でも、どんな危険な相手とでも取引するのが彼女たちのやりかただった。

 今回の取引の対象は武器だった。彼女の所属する組織が金を払い、零番地区を拠点とす
る相手の組織が銃を売る。これまでに何度と無く繰り返されてきたいつもの取引だ。

 今回の商品は古めかしい型の銃ばかりだったが、全て正規品だった。粗悪な模造品では
ない。種類は拳銃と短機関銃だ。市街戦、それも強襲からの室内戦闘を主戦術とする彼女
の組織にとっては需要の多い銃であり、必然的に消耗も多く、多少古くとも使えるならば揃えておきたい代物であった。

 取引はいつも通り無事に終わり、次元圧縮システムに放り込んだその銃をもって彼女は
帰路についていた。いまのところ何のトラブルもなかった。見張られている気配やつけら
れている様子は何も無い。このまま無事に帰れればいいのだが。そんなことを思いながら
彼女は悠然と脚を進める。

 この辺りには人影が無いが、度胸試しや考え無しに近付いて来た者たちの痕跡ならばい
くつかはあった。その一つが廃屋の壁や塀にスプレーで書かれた文字の数々だ。そのうち
の一つ、『ビッグシスターが監視してる』と書き殴られたビルの角を曲がった時だった。

 けたたましい爆音が静けさを完璧なまでに破壊した。

 それは、さほど離れていない場所から聞こえてくるチェーンソーの駆動音。
 高速で回転する、刃を取り付けられたチェーンの奏でる死の音楽。
 解体用の小型チェーンソー、通称『ライダーマンの右手』の奏でる爆音だ。

 この街ではありふれた音だった。再殺部隊が廃棄人形の再殺を行っているのだろう。
 人間戦線の連中が行う「人形打壊しラッダイト」とはちがい廃棄人形の再殺は人形たちも黙認して
いた。廃棄人形を最も嫌っているのが人形たちだったから、それは不思議なことではない。

「……廃棄人形ステーシー

 ヴァイオレットは小さくつぶやいた。言葉と共に不快感がこみ上げてくる。だがしかた
ない。彼女にはどうすることも出来ない。もしできたとしても、この状況においては彼女
のやるべきことではなかった。


444 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:44:57

 廃棄人形という存在があった。

 廃棄人形は人形のなりそこないだ。転化が始まるところまでは人形と同じだが、それ以
降が大きく違う。人形への転化は少女たちの二次成長が始まるのと同時におこり、数ヶ月
以上の時をかけゆっくりと時間をかけて変化していく。肌が幽鬼のように青白くなり、犬
歯が伸び、髪が徐々に黒くなり、虹彩が緑色に変色し、そして魔法が使えるようになる。
そのころには肉体を構成する物質は有機から無機へと入れ替わり、自動人形へと成り果て
る。また変化の進行にともない精神も変容していき、ひとでなしへと変わり果てる。これ
がドールへの転化の過程だ。

 だが廃棄人形はまったく違う。廃棄人形への転化は急激に進行した。はじめはへらへら
と笑い出すことから始まる。理由のない多幸感に包まれた笑顔。喜びに満ちた微笑。俗に
言う「臨死遊戯状態ニアデスハピネス」の笑み。それが兆しだった。それが起こり始めてから数週間としな
いうちに指や目元や口元がかすかに痙攣を始める。そこまで来るともうすぐだった。発条
の切れた人形か、電池の切れた玩具のように突然活動を停止し、倒れ伏す。速やかで唐突
な死。だがそれは終わりではなく忌まわしき生の始まりだ。

 死んでから数分もすると再生屍体蝶羽状輝微粉とよばれる鱗粉のような銀色に輝く微粉
が肌に浮いてくる。廃棄人形の最も特徴的な象徴。そして激しい痙攣が始まり、一瞬にし
て全身の細胞が無機へと変質し、呪われた新たな生を受け跳ね起きる。

 こうして歩き回り人肉を喰らう屍と化す。腕力は並みの吸血鬼以上。そして生命力はドー
ル以上だ。頭を潰そうが、心臓を貫こうが、子宮を潰そうが死にはしない。百六十五分割
しなければ殺しきることは出来ない。

 外見的、解剖学的にはそっくりながら、存在としてはあまりにもかけ離れた2種の関係
については学者たちの間でも様々な意見があり、統一した見解は出されていない。廃棄人
形は、少女が人形へ変換する過程での遺伝子コードの転写ミス。プログラムエラーだとい
う意見が強いが本当のことはわからない。

 それはさておき、肉を喰らい毒をばら撒く廃棄人形の被害は年々増加していた。廃棄人
形の毒は人間だけではなく「それ以外の種族」にまで作用した。人間なら、ほぼ100パー
セントの確率で死ぬ。吸血鬼でも種族による差や個体差はあるが6割がたがまず間違いな
く滅びる。人形相手でも例外ではない。廃棄人形の毒は人形にすら作用し、正常なドール
の機能を狂わせることすらあった。だからこそ人形たちもステーシーを廃棄するのを黙認
しているのだ。

 いや人形たちがステーシーの廃棄を認めている本当の理由は違うのかもしれなかった。
本当の理由はそうではないのかもしれなかった。

 人形が廃棄人形を処分する本当の理由。それは人形たちの廃棄人形に対する軽蔑と憎悪、
そして恐怖によるものかもしれなかった。人形たちは自らの悪趣味でおぞましいデフォル
メを見せ付けられるのが嫌でステーシーを廃棄するのを認めているのかもしれなかった。
もしかしたら自分もああなってしまっていたのではないか。いや、また変化が始まりいつ
かああなってしまうのではないか。そういった恐怖と嫌悪からきているのかも知れなかった。

 もっとも本当の理由がどうであれ、ヴァイオレットにとってはどうでもいいことだ。彼
女にとっては自分の種族の心配や対策をするだけで手いっぱいで、他種の心配をする余裕
などないのだから。

 だからライダーマンの右手の音が聞こえてきてもヴァイオレットは立ち止まること無く
夜のスラムを歩きつづけた。余計なトラブルはごめんだ。特に今は取引を終えたばかりな
のだ。政府の狗に出くわして、あれこれ言われるのは好ましいことではない。だから彼女
は爆音を無視し、そのまま脚を進めていった。

 だからその後の展開は彼女の責任ではなく、きっと運が無かっただけなのだろう。間が
悪かったとも、はたまた運命だったからとも言えるのかもしれなかったが。

445 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:45:11

 角を曲がるとそこには一体の廃棄人形がいた。地面に倒れ付し、それでも上体を起こし
て這いずるように移動する廃棄人形がいた。

 小柄な廃棄人形で、切れ目を入れたぼろ布のようなものを頭からかぶっていた。足元は
何も掃いていない。裸足だ。衣服と呼ぶのを躊躇うような布きれには切り裂かれた痕がい
くつもあり、そこから血が流れ出していた。ライダーマンの右手が掠めたとおぼしき傷跡
だ。傷は浅いが無数にあった。狩猟者が狩りを遊び半分で楽しんでいるのか、それとも何
か別の要因があるのかはわからない。多分前者なのだろう。

 一瞬、なにかよくわからない違和感を覚えてもういちど廃棄人形を見直した。間違いな
く廃棄人形だ。その証拠に廃棄人形の特徴である再生屍体蝶羽状輝微粉のついた肌が夜闇
の中でうすぼんやりと光っていた。傷口から流れた血が輝微粉と混じりハーブティーのよ
うな香りをあたりに漂わせていた。そう、なぜか血と混ざった再生屍体蝶羽状輝微粉はハー
ブティーのような香りがするのだ。

 係わり合いになるのは面倒だ。ヴァイオレットは人形を避けて先を急ごうとしたが、そ
れよりも早く、廃棄人形が口を開いた。

「たすけて」

 そう廃棄人形が喋った。

 廃棄人形は喋らない。ただグールのようなうめき声を上げるだけだ。意味のない声をの
どの奥から漏らすだけだ。

 必死の形相で廃棄人形はそう言った。

 廃棄人形に感情はない。何の感傷も感情も無く、ただ歩き回り条件反射的に肉を喰らう
だけの壊れた人形だ。

 涙を浮かべたその瞳に宿る理性の光。

 廃棄人形に理性はない。絶えず動き回りながらも何も見ていないような虚ろな瞳と痙攣
を繰り返す身体、そしてそこだけが別個の生物のように激しく動く舌を持つ狂い果てた存在だ。

 彼女の言葉と同時に、ようやく違和感の正体に気付いた。この廃棄人形はあまりにも人
間的過ぎたのだ。



446 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:46:37

「いたぞ!」

 その声と共に二人の男が近付いてくる。全身を戦闘服と装具で固めた再殺部隊の一般隊
員だ。廃棄人形を間に挟んでヴァイオレットと再殺部隊の二人の隊員は向かい合う。

 もういちど廃棄人形がヴァイオレットに向かってたすけてと叫んだ。廃棄人形は地面に
倒れたままだ。よく見れば右足の太ももに深々と刻まれた醜い傷跡があった。出来たての
傷跡だ。この深さでは歩くことは出来ないだろう。ならば彼女は這いずってここまで逃げ
て来たというのか。

「何だお前は。ああ、いい。なにも言うな。どうせこの辺りにいるろくでもない連中の一
人だろ。見逃してやる。すぐここから消えろ」

 隊員の一人が怒鳴るようにしてそう言った。ブルパップ方式のアサルトライフルを提げ
ている。

「あなたたちこそ何をするつもりなの」

 腕組みし、僅かに怒気を滲ませた声でヴァイオレットは言う。

「お前の目は節穴か!?廃棄人形の再殺に決まってんだろうが!!」

 男はそういいながら、もう一人の男が手にしたライダーマンの右手を顎でしゃくった。
もう一人の男はけだるそうな様子で、ライダーマンの右手を見えやすいように掲げて見せた。

「廃棄人形は言葉を話せないはずよ」

 目の前の廃棄人形?を見下ろしながらヴァイオレットは言う。血まみれの人形はすがる
ような目でヴァイオレットを見上げていた。

 その言葉に顔を見合わせる男たち。2、3秒ほどそうしていたが、はじめに口を開いた
男が銃を手にしてヴァイオレットへと向き直った。

「最近の廃棄人形の中には話せるやつもいるんだよ!もっともオウムみたいにわめいてる
だけで意味なんざ理解してないがな」

 隊員は吐き棄てるようにいうと、「これ以上何か言うようなら」と銃の安全装置を外し
た。もう一人の男も「やれやれ」とため息をつきながら面倒くさそうにライダーマンの右
手を作動させる。

 廃棄人形の隠蔽および再殺の妨害は重罪だった。本来ならば邪魔をしたヴァイオレット
はこの時点で殺害されても文句は言えないのだ。超法規的措置として隊員たちは無罪とな
るだろう。

 それを見たヴァイオレットはかぶりを振り腕組みを解くと、無手のままで男たちに向かっ
て一歩を踏み出した。いつもそうだ。彼女はこういった面倒ごとに巻き込まれる運命にあ
るらしかった。ならば仕方ない。はじまってしまったものは最後までやり遂げよう。

 やらなければならないことは、やらなければならない。それがたとえ、やりたくないこ
とではあっても。
 それが人生というものだ。

 だからヴァイオレットは、その場においてやるべきことをやった。



447 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:47:05





3日後




.

448 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:47:24

「なんてことをしてくれたんだ、ヴァイオレット!」

 ナーヴァのヒステリックな怒鳴り声が受話口から鳴り響いた。

 ナーヴァはヴァイオレットたちの組織のボスで、実質上のファージという種の指導者だっ
た。彼は彼女たちの種族の象徴で、闇の代名詞でもあった。転化した時に自ら進んでファー
ジの生き方に染まり、喜びを覚えたような人物だ。実際、ヴァイオレットは時々思うこと
がある。彼はそのために生まれて来たのではないか、と。

 彼は暴力を好み破壊を好み殺人を好み闇を好む。彼は怒っていた。人間に、社会に、病
気に、自分以外のあらゆるものに対して怒っていた。典型的な人格破綻者。だが指導者と
しての資質はあった。

 彼には破綻している性格に反比例した非常に高いカリスマ性があった。また本来の能力
以上に有能に見せることが出来ることもあって支持率は高い。実際、能力は低くはないの
だ。期待されるほどに、もしくは自分がそうありたいと思うほどには無いというだけで。

 ヴァイオレットも彼のことを指導者として認め、己は兵士として使えていたが、彼の行
動に関しては懸念することも多々あった。特に人間に対する深い憎しみと怒りは同族のヴァ
イオレットが見ても危険なほどだった。彼の様々な言動からは、あまりに強い反社会性を
見て取ることが出来た。

 彼は危険で冷酷なファージで、目的のためには手段を選ばなかった。一般市民の犠牲を
かえりみず市街地中心で大量の爆弾を使用したこともあったし、またファージウイルスを
ばら撒いて、非感染者を大量感染させようとしたこともあった。さらには人間戦線の指導
者ヴラディミールと手を組んでいるという噂まであった。

 そして冷酷なのは人間に対してだけではなかった。同族に対してもだ。彼は同胞を秘密
裏に処刑することにも手馴れていた。彼に命によって殺された同族は数知らなかった。そ
の大半が彼と敵対したものだが、そうでない善良なものも少なからずいた。

 なんにせよ彼は怒らせて得になるような人物ではなかった。

「ですがあの場合止むを得ませんでした。再殺部隊の男た」

 状況を説明しようとしたヴァイオレットを ナーヴァの怒声が阻む。

「おまえは正気なのかヴァイオレット!?廃棄人形だぞ!廃棄人形!! 」

 廃棄人形に強いアクセントを置いたナーヴァの台詞。その後もナーヴァはしばらくの間
わめいていたが、ようやく沈静化し芝居がかった口調で本題に入る。

「お前の今回の行動は救いがたい失態だが特別に許してやろう」

 寛大さを装った恩着せがましいナーヴァの口調。加えて、ヴァイオレットを蔑むような
響きが聞いて取れる。

「わたしにはピンチをチャンスに変える強運がある。幸いにもお前の失態をきっかけにエ
ルダーと取引することが出来た」

 自画自賛するように、声色に笑みすら含ませてナーヴァがいう。

「いいか、その廃棄人形をすぐに再殺部隊に返すんだ。これからお前のいまいる場所にエ
ルダーが訪れる。そいつに素直に引き渡すんだ」

「僭越ながら質問をしてもよろしいでしょうか。そのことによって、あなたは何を得るの
ですか?」

「『あなたは』ではない。『我々は』だ。―――素直に返せば今度の議会で我々を正式に
ヴァンパイアとして認めてくれるそうだ」

 隠しようも無い歓喜に満ちたナーヴァの声。だがヴァイオレットはその言葉に大きな驚
きと不快感を感じた。

449 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:47:43

 この街には二種類の吸血鬼がいる。人形と貴族だ。貴族とは議会によって認められた血
統の吸血鬼のことだ。大半はゴシックホラーにでてくるような古典的な吸血鬼だが、まれ
にそれ以外の血統もあった。血族コグニート一族ファミリーと呼ばれる血統などがそれだ。

 この国においては、議会で公式に認められた血統のみが吸血鬼として扱われる権利をえ
ることが出来た。逆に言えばそれ以外は吸血鬼として認めらなかった。新生者は人間扱い
だし、彼女のようなファージは「まがい物」呼ばわりされ人間以上に嫌われていた。

 確かに正式な吸血鬼として認められることはファージの地位の向上につながる。状況は
格段によくなるだろう。だが、本当にそれでいいのだろうか?そもそもファージたちは人
としての尊厳を取り戻すことこそを目的としていたのではなかったか。それがヴァンパイ
アとして認められることを喜ぶなんて!

 かつては蔑称であったものを自ら名乗ろうとしているのだ。それも、誇るように、嬉々
として名乗ろうとしているのだ。この意識の変化はよいものではない。劣等感が裏返しに
なって優越感になっただけだ。根拠のない危険な優越感だった。虐げられた民族はそれゆ
えに優秀、というわけではないのだ。

「解かったなヴァイオレット。おまえは人間に追われていた廃棄人形を人形だと勘違いを
して保護しただけだ。ほんの手違いから不幸が起こってしまったが、今では互いによく理
解しあい同意しあえた。かくして廃棄人形は元の持ち主へと返却され、我々はその保護料
をいただくというわけだ。解かったなヴァイオレット」

 幼い子供を言い含めるようなナーヴァの口調。そしてその裏にある隠しようも無い優越感。

「ですが」

「Yes だ!わたしの命令に対する返事は常にYes だ!解かったな!!」

 彼は部下が納得していなくても、筋の通らないものであっても、命令に従わせる男だ。
それが部下の死を意味したとしても。

「……わかりました」

 ヴァイオレットの返事を最後まで聞くこと無く、ナーヴァは電話を叩ききっていた。

450 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:49:27

 壁に叩きつけたくなる衝動を押さえ込み、ヴァイオレットは一方的に切断された携帯電
話を上着のポケットにしまう。そしてそのまますぐそばにあるソファーに倒れこむように
して座り込んだ。

 ソファーの肘掛に右肘を突き、右手でこめかみを押さえながらヴァイオレットは考えを
めぐらす。

 それがやりたいことかは別として、自らの種族のためにはどうすればいいかはわかって
いた。ならばそれを実行するだけだ。やらなければならないことは、やらなければならな
い。それがたとえ、やりたくないことではあっても。それが人生というものだ。

―――だが本当にそれでいいのだろうか。

 いつに無く彼女は悩んでいた。そうして答えの出ぬ問いに頭を悩ます彼女を現実に引き
戻したのは電話の着信音だった。懐の中で携帯電話が鳴り響く。すばやく取り出すと、画
面を覗き込み番号を確認。ガースだ。信用できる友人で、医師であり科学者。もちろん彼
もファージだった。

「V 。ナーヴァの取り巻き連中がこの電話を盗聴しているから長くは話せない。回線の『保
護』が長くは持たないからね。要点だけ言う。その子は廃棄人形じゃない。人と人形と廃
棄人形の間にいる存在だ。ゆっくりと転化は進行しているが、完了までにはまだ1年以上
の時間がかかると思う。廃棄人形化を促すナノマシンの活動を脳に埋め込まれたチップが
抑制しているんだ。だからその子に噛まれても、感染したり死亡したりはしない。マイク
ロマシンが新たな宿主に到達する前に無力化されるんだ。これは凄いことだぞ、V 。この
チップとナノマシンの組み合わせは、上手くすれば我々ファージの延命にも応用できるか
もしれない!」

 ヴァイオレットが電話に出ると、ガースはひと息にそうまくし立てた。ヴァイオレット
があの少女の体から採取した検体を運び屋を遣ってガース送り、それをガースが僅か3日
で調べあげて見せたのだ。
 それを聞いたヴァイオレットは、胸中で一つの決心が固まるのを自覚した。そしてガー
スがいたことを、ゼロ番街まで入ってくる信頼できる運び屋がいたことを、神に感謝した。

「ありがとう。これでどうすればいいか決心がついたわ」

 ヴァイオレットはそういうと通話を切った。ガースはまだなにか言いたそうだったが、
盗聴を恐れそれ以上は何も言ってこなかった。そのまま彼女は立ち上がり窓辺へと歩み寄
ると、ブラインドを二本の指で押し広げ窓の外を眺めた。そうやって辺りの様子を確認す
る。変わりは無かった。大人数の部隊が動けばそれなりの兆候はあるものだが、その兆し
は感じられなかった。

451 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:49:46

 窓の外の風景。そびえ立つ建築途中のビル群。どれもこれも未完成のビルだが、そこに
はまばらに明かりが灯り住む者がいることを教えていた。

 ヴァイオレットたちはいま0番地区にある建設途中で放置されたビルの最上階にいた。
彼女の組織が所有するビルだ。『中』の組織に金を払いセーフハウスとして手に入れたも
のだ。

 建築途中で放置されたといってもそれは内装面に限った話で、外側は完全に出来上がっ
ていたから雨風をしのぐのには充分だった。スケルトンになった殺風景な内側さえ我慢す
れば3、4日くらすのに困ることはない。持ち込んだソファーや簡易ベッドがあればなお
さらのことだ。

 ゼロ番地区にはこんな建設途中で放置されたビルが無数にあった。それは中断された再
開発の痕跡だった。Big Sister、Big Blue双方とも自社主導による再開発を何度か試みて
いたが、そのたびに『住民』たちによって阻止されており、本格的な再開発は出来ずにい
た。なまなかな覚悟では不可能だろう。本気でそれをやるためには0番地区全体を『殺菌』
するほかないだろう。

 辺りの様子を確認し終えたヴァイオレットは、電話によって中断していた武器の準備を
再開する。先日、取引によって手に入れた銃だ。旧式ばかりだが全て正規品。動作は全て
保障済みだ。種類は短機関銃MAC11拳銃Glockがそれぞれ100丁ずつ。弾倉は短機関銃が1丁につき5つ、拳銃が3つだった。

 弾倉に弾薬を押し込んでいく。リローダーがあれば便利だったのだが、そんなものはな
かったので仕方なく一発一発手で押し込んでいく。2〜3発ほど余裕をあけてつめこむと
次の弾倉に移動する。ジャミング防止のための用心だった。フルオートで撃つ銃の場合、
きっちりぜんぶ弾をつめると動作不良を起こす可能性が多くなるのだ。だから本来の装填
数よりも2〜3発は少なめに弾をつめる。

 そうして弾をつめた弾倉をグリップにしっかりと押し込み、スライドを引いて初弾を薬
室に送り込む。そうやって1丁1丁全ての銃に装填していく。装填し終えた銃は安全装置
がかかっているのを確認してから次元圧縮システムへと放り込む。同様に予備の弾倉も放
り込む。

 問題はこれらの銃のうちどれ一つとして零点規正はおろか試射すらしていないことだっ
た。きちんと動作するかは取引相手を信頼するしかなかった。今までトラブルは無かった。
あちらも得意先を失っては在庫処分が困るだろう。


452 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:50:43

 銃の準備を終えたヴァイオレットの耳に、囀るような歌声が聞こえてきた。見れば隣室
の簡易ベッドの上には誰もおらず、屋上への扉がひらいていた。

 あわててヴァイオレットも屋上へと移動する。階段を上り扉をくぐると、穏やかで心地
よい夜風が吹き付けてくる。目を細めあたりをみまわすと歌声の主はちょうど屋上の中心
にいた。

 その歌声の主、先日であったばかりの廃棄人形への過程をゆっくりと進んでいる少女、
マチコは虚ろな瞳で聞いたことも無い歌をさえずっていた。『中』で購入したゴシック&
ロリータ風のドレスを身に纏い、虚空を見上げ忘我の域に達し、ただひたすらに聞いたこ
とのない歌をさえずっていた。その様子は以前何度か一緒に仕事をしたことのある記憶屋
がイデオ=サヴァン状態になっているときにそっくりだった。

 魂に染み入るような心地よい歌声だが、いまは悠長に聞いている余裕はなかった。

「マチコ!」

 そういって肩を強く揺さぶると、弾かれたようにマチコはヴァイオレットのほうを向く。
その顔に浮かぶのは臨死遊戯状態(ニアデスハピネス)の笑み。廃棄人形になる直前の少
女たちが浮かべる幸福感に包まれた笑顔だ。ゆっくりと転化が進行しているマチコも1日
の5分の1をこの笑みを浮かべて暮らしていた。

「あらヴァイオレット。お元気かしら」

 自分のおかれた状況を理解しているのか心配になるような底抜けに陽気な声でマチコが
言う。

「そうじゃないでしょ。勝手に外にでたら駄目じゃない」

 非難するヴァイオレットにマチコはごめんなさいとクスクス笑う。

 ため息をつきヴァイオレットはかぶりを振った。どうやら言っても無駄のようだ。いま
は臨死遊戯状態が強く出ているらしい。

「さっきのあれ、なんて歌なの?」

 ヴァイオレットは気を取り直すようにマチコに尋ねた。

「歌?―――ああわたしまた歌っていたのね」

 そういったマチコの表情から一瞬だけ笑顔が消え酷く悲しげな表情に見えた。だがそれ
も一瞬、すぐにニアデスハピネスの笑みは彼女の顔に広がって彼女の内心を覆い隠す。

「わからないわ。でもわかるの。どこか高いところからわたしの中に舞い降りてくるの。
だからわたしは囀るわ。意味なんて理解していなくても、感じることが出来るもの。きっ
とこれは世界を救う歌なのよ。だからこの歌を作ったのは、たぶんあのひとよ」


453 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:51:13


――――――かみさま。

 そういってマチコはクスクスクスクス笑う。クスクスクスクス笑い続ける。

「そう、ならその歌は彼女からあなたへの贈り物かもしれないわね」

「彼女?」

「知らないの?神様は女性なのよ」

 優しい笑みを浮かべ、ヴァイオレットは言った。

「さあ、こんなところにひとりでいると危険よ。もどってきなさい」

 ヴァイオレットがマチコへと語りかけた。それを聞いてヴァイオレットのほうへ歩き出
したマチコはあともう少しというところでバランスを崩し転びそうになった。臨死遊戯状
態の痙攣が足の筋肉を襲ったのだ。とっさに手を伸ばし転倒を防止する。

「ありがとう」

 マチコがそういってしっかりと立ったことを確認するとヴァイオレットは手を離そうと
した。だが、その動作が途中で止まる。マチコがヴァイオレットの手を離さなかったのだ。

 ヴァイオレットの手を掴んだままのマチコの手はかすかに震えていた。ニアデスハピネ
スの痙攣ではない、震え。

「ねえ、ヴァイオレット。このまま手を繋いでいてもらえるかしら」

 躊躇うように、おびえるように顔をうつむかせてマチコが言う。そこ口調からは拒絶を
予想した諦観と怯えと、そして期待への渇望を感じ取ることが出来た。廃棄人形への転化
が始まってから彼女は拒絶され続けてきたのだ。人にも吸血鬼にも、そしてたぶん親や友
人にさえ。そのことが語られずともよくわかった。

 だからヴァイオレットは何も言わずただマチコと繋いだ手に安心できるようにそっと力
をこめた。

「ありがとう」

 うつむいたままそういうマチコの表情は見えなかった。だが見えなくても解かる。その
声はまるで泣き声のようだったから。



454 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:51:28

 手を繋いだまま二人で空を見上げる。星は見えない。見えるのはただの暗雲だけだ。倫
敦の空は一年を通じてこうして黒い雲に覆いつくされていた。

「あの雲の上には星の海があるのよね」

 そういってマチコはうふふふと笑う。歳若いマチコはこれ以外の空を見たことが無かっ
た。星空など知識としてしか知らぬのだ。

 吸血鬼が英国を支配してこの方、秘匿され続けていた技術の解放により星界への進出は
驚くほどに進んでいた。月を火星を居住空間へと代え、多くのものたちが移住していった。

 だがそこまでだった。貴族連中は宇宙そらに対してそれ以上の興味を持っていないようだっ
た。火星まで生存権を広げて以降は、技術が飛躍的に進歩しても、外宇宙の探索などはし
ようともしなかった。

 このまま暗黒帝国グランブラタンの勢力が増して吸血鬼たちがこの世界の支配者となっても、けっきょ
く人間が支配していた時代と同じように星星のフロンティアに旅たつことなく終わるのか
もしれなかった。ヴァイオレット自身も宇宙に対して思い入れは無い。だがそのことは少
しだけ寂しく感じた。

 そのまましばらく二人で空を見上げていると、唐突にマチコが、行ってみたいなぁ、と
つぶやくように言った。

「それなら今回のことが片付いたら行ってみるといいわ」

 ヴァイオレットはそういって視界の先にある天と地を繋ぐはしらを指差す。英国の誇る
軌道エレベータ『ATLACH=NACHA』だ。宇宙という深遠に糸を架けるもの。本来は昇降機を
指していた名前だが、いまでは軌道エレベータ自体の通称として使われていた。

 ただの気休めだった。たとえ今回のことを切り抜けることが出来ても、待っている生活
はまともなものからは程遠いはずだ。宇宙になんていけるはずが無かった。それに軌道エ
レベータの利用料金は非常に高価だ。そして上での生活は輪をかけて金がかかる。どう転
んでもマチコには無理な話だ。

 そしてそのことはマチコにもよくわかっていた。だがそれでも彼女は笑みを浮かべこう
言った。

「じゃあ、ヴァイオレットも一緒に行きましょう!」

 虚をつかれたように驚いた顔を見せるヴァイオレット。無理な話だ。彼女は余命短い
ファージの過激派だ。宇宙になんていけるはずが無い。だが出来るできないは別として考
えてみれば、それも悪くは無かった。だから彼女は応える。

「そうね。一緒に行きましょうか」

 そういってヴァイオレットは微笑む。
 二人とも理解はしていた。これは決して果たされることの無い約束だ。だが、それでも
もし叶えるチャンスがあるのなら……。



455 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 17:51:49

 携帯電話が鳴り響く。通話着信ではない。警報装置からの通報を携帯へと転送している
のだ。画面を覗き込むと監視カメラに写った人物の姿が映し出されていた。

 女だ。見た目麗しい白人の女。その女は中華風の衣類を身につけていた。顔色がやたら
と青白いことが自らが嫌光者であることを強く主張していた。

 彼女こそがナーヴァの言うエルダーなのだろう。年のころは二十代といったところか。
ずいぶん幅のある推測だが、もっと若くも、もっと老成しているようにも見えるため正確
なところはわからなかった。ただし、あくまでそれは外見の話だ。エルダーと呼ばれるほ
どなのだから、実際には若くとも100年以上を生きる怪物なのだろう。

 うらやましい話だ。ヴァイオレットたちファージは、どんなに延命手段を施そうと感染
してから20年と生きられないというのに。

「どうしたのヴァイオレット」

 マチコが心配そうな顔でヴァイオレットの顔をのぞきこむ。

「お客さんよ。あなたは隠し部屋に隠れていて。少し騒がしくなるわ」

 ヴァイオレットはそうマチコに告げる。彼女が浮かべるのは戦士の表情だ。それを見た
真知子は何か言いたそうな様子でもじもじしていたが、ついに決心を固めそっとヴァイオ
レットに告げる。

「ありがとう。ごめんね。大好きよ」

 マチコはそういうと隠し部屋へと駆け込んでいた。

 ヴァイオレットはその言葉に一瞬あっけに取られたが、口元に淡い笑みを浮かべると振
り返り下へと降りていった。もうその顔には笑みは無い。無機質ともいえる兵士の顔へと
変わっていた。彼女は固い決意を胸に秘め、力強い足取りで一階へと降りていった。


456 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/08/27(木) 23:04:07
>>439-455
 
 かつてこの都を包んでいた白い霧は、奇怪な儀式にいそしむ魔道士や錬金術師達が、儀式
の副産物である煙や臭いを晦ませる為に召喚した障壁だったと言う。
 そんな古き良き時代も今は遠い。
 今、この街の空に広がるのは化学汚染され、妖気すら孕む黒い闇だった。
 
 
 今にもタールが垂れてきそうな夜空の下で、私は目当ての建物を見上げた。
 建設途中の高層ビルだ。傍には合成ガソリン車が何台か打ち捨てられている。ナノ・ハザード
が続いた影響で、欧州では全面禁止となった代物だ。
 ここまでの街路と同じく、周囲に人気はない。
 正面入口の大きなガラス――のまだ叩き割られていない部分――では、けばけばしいスプレ
ーの落書きが下卑た毒を吐いている。
 
 
 曰く「リリムのあそこは縦割れ? 横割れ?」、
 曰く「タイターニアなんてこわくない」、
 曰く「しみつ情報:我らがヴラドはドールジャンキーだ!」、
 そしてお定まりの、『人間戦線』のシンボルマークである翼の生えた二重螺旋。
 
 
 初めて訪れた者ならゴーストタウンだと勘違いしかねない。
 それでも住人はいる。最下等の犯罪者と最低の変質者と最悪の魔物。ろくでなしと人でなし
を市民の勘定にいれるならばだ。
 
 中国風の長い裾と、ゆったりとした袖口が夜風に揺らぐ。
 私が身につけているのは深い青色のコートだ。ほとんど黒に近い。この界隈には相応しくな
い上物だった。
 半顔を覆う金髪と、もう半分の相貌こそそうだと、我が夫ヴィクター・バイロンなら評してくれる
だろうか。二百年近く変わっていない私の若々しさは、ごく客観的な見地に依ればまず美人の
部類に入る。――自惚れは抜きでだ。
 
 綺麗すぎて冷たいのさと吐き捨てた男も過去にはいた。別れ際の台詞だったが。
 現在の夫であるヴィクターはそこが良いと言ってくれる。私にはそれで十分だった。
 
 私はビルの入口――という名のガラスに開いた大穴――へと歩を進めた。
 この建物の何処かにいる人形を殺す。それが今夜の私の仕事だった。
 再殺(リマーダー)だ。
 
 
 壊すのではなく殺す。
 間違ってはいない。言葉の使い方は時代によって変わる。
 十代半ばで転化≠オ、原子レベルで人から自動人形(オートマータ)へと変貌する少女達
――デッドガールなどという存在が大手を振ってまかり通る現代では、そんな言い回しでも通
用してしまうものだった。
 

457 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/08/27(木) 23:05:21
>>456 続き
 
 私に上からの指令を伝えたのは、どこぞの研究機関から出向してきた女性科学者だった。
 
 数日前、ソーホーにある彼女専用のラボでの事だ。見かけは温血者(ウォーム)だが、冷た
い美貌通りの年齢でもなさそうなそのユダヤ人の女博士(アーヴィングと名乗った)は、実験
体を逃した自分の不始末は棚に上げて「さっさと始末して来て頂戴」と尊大な口調でのたまっ
たものである。
 
 
 私は『ラ・ソシエテ』と呼ばれる組織の一員だ。所謂吸血鬼が主催する秘密結社である。
 人間社会の陰に潜み、それなりの代価または暴力を支払って闇の領土を保有する。幾つ
もある似たような組織の一つに過ぎない。
 
 当然、構成員たる私もまたヴァンパイアだ。
 もっとも吸血鬼≠ニいうのは口さがない人間の謂いで、我々自身は血族(コグニート)と
称しているが。
 これでも芳紀二百と一歳、長生者(エルダー)と呼ばれる存在である。まあ、真に年経た
(エルダー)連中達からすれば、駆け出し(ニューボーン)もいい所だろうけれど。
 
 
 『ラ・ソシエテ』も含め、こうした闇の中で跋扈する組織同士が張り巡らしている蜘蛛の巣
は、昨今その複雑さを極端に増している。そこかしこで利害と面子が抵触し、調整と談合が
行われ、人間非人間を問わず様々な血が流される。
 最終的には何処かしらの落としどころに収まるのが常だ。
 それは当然だろう。誰を相方としようが共倒れを望む莫迦はいない。
 
 結局上の方では、揉め事を起こしかけた連中との取引を成立させたらしい。
 そこに至る政治的力学については、私のよく知る所ではない。
 ――と、無関心を決め込んでいた私だったが、そうも言っていられなくなった。
 
 此処――倫敦はゼロ番地区では表だって動けない者達に代わり、速やかに処理を行える。
無駄に事を荒立てず、余計な殺しも食餌もしない。
 求められていたのはそういう人材で、動ける者の中ではこの私が適任だったのだ。面倒こ
の上ない事に。
 

458 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/08/27(木) 23:06:07
>>457 続き
 
 『実験』の概要と、そこから逃亡した被献体については、プロジェクトの主要メンバーである
高慢ちきな女史が嬉々として説明してくれた。
 半分は聞き流した。
 うちの組織も出資者の一人とは言え、別段そんな事情に興味はなかった。脳味噌も臓器も
弄くり回され、薬物とナノマシン漬けにされたくるみ割り人形の仕様を知った所で、特に楽しい
事はない。その人形が作られた経緯も同様だ。
 
 吸血鬼渦にドール渦、ファージ・パンデミック。戦争と平和の狭間にある、また別の顔をした
戦争と平和。
 確かに世はかまびすしい。しかし、少しばかり節回しを異にしただけの滅びの歌など、何時
の時代でも奏でられているものだった。日々耳にして二世紀も経てば慣れてしまう。
 
 
 静かに石を刻むような靴音が、だだっ広い空間の隅々まで反響する。
 私はビルの一階ホールに足を踏み入れた。ろくな明かりもないが、血族の視力には何ら問
題はない。
 足音も気配も消そうと思えば消せるが、今する必要はなかった。寧ろ必要だった。
 
 被献体を掻っ攫った相手――新時代のお仲間(コグニート)に、私という引き取り手が来た
事を教えねばならなかったから。
  

459 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/27(木) 23:52:26
>>458

 階段を下りながら1階フロアの電灯をつける。顔を合わせるだけならばこの光量でもな
んとかなったが、今後の展開を考えると・・・・・・・・・・このままではいささか暗すぎた。

 一般的なファージとは違いヴァイオレットには暗視能力が無かった。彼女は軽度の光過
敏症だ。陽光に耐性がある反面、暗視能力などのファージとしての基本的な体質の一部を
失っていた。もっとも陽光に耐性があるという利点はこの街ではさして役に立たないのだが。

 階段を降りきるとそのまま足をすすめ、先に来ていた女の元へと向かう。10歩ほど離
れた距離で足を止め、女と相対する。ここが死線だと彼女の経験が理性に訴えていた。

 改めて女の姿をよく見た。美しい女だ。艶やかで長い金髪がそのかんばせを半ば隠して
はいるが、そこから覗くもう半分だけでもとても美しいことを充分に見て取れた。それこ
そ人形のように整った顔立ちをしていた。美しいのは顔立ちだけではない。その肌も透き
通るように白く決め細やかで生命力に溢れている。
 身につけた中国風の外套は見るからに上物で、この最悪のスラムからはあまりにも乖離
しすぎていた。

 その超然とした雰囲気に半ば気おされながらも、ヴァイオレットは口を開き、簡単な符
丁のやり取りで相手を確認した。間違い。彼女こそがマチコを引き取りに来たエルダーだ。

 この時点でヴァイオレットは一つ大きな誤りを犯していた。迂闊なことに―――いや、
不幸なことに、か―――この時点でもヴァイオレットは女の目的がマチコの回収だと思っ
ていたのだ。

「ファージのヴァイオレットです。本日はご足労いただきありがとうございます」

 この国における当世の共通語である英語で女に挨拶をする。本来ならば彼女の生まれ育っ
たコミュニティの共通言語であるタイ―ヒンディ語のほうが得意なのだが仕方ない。まあ、
英語でも支障は無いのだ。広東語と同じようにネイティブといってもいいレベルで話すこ
とができたのだから。

「用件は心得ています。ですか彼女を引き渡す前にひとつお聞きしたいことがあります。
恐れ入りますが教えて頂けますか」

 ヴァイオレットは相手の眼を見ながらゆっくりとした口調で話しかける。同時に相手が
行動に移るわずかな兆しも見逃さぬよう全神経を張り詰める。

 「ご存知でしょうが彼女には理性があります。彼女は廃棄人形ではありません。それを
ふまえたうえでの質問です」

 そこでヴァイオレットはつばを飲み込む。緊張のあまりのどがいがらっぽかった。

「彼女をどうなさるおつもりですか?」

 返答は予想してあった。もし不幸にして彼女の返答がヴァイオレットの予想通りならば。

460 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/08/28(金) 00:12:55
>>459
 
「再殺する」と私は素っ気なく答えた。何とはなしに厄介な事になりそうだ、と感じながら。
 
 
 自然と目が細まる。急にフロアが明るくなったからではない。
 
 十歩先――彼我の間合いの外に立った取引相手を眺め遣る。
 ヴァイオレットと名乗る女は美しかった。
 表面的な美醜はどうでもいい。内奥させているこの剛さ、しなやかさはどうだ。
 立ち姿だけで判る。得手は定かでないが、相当の手練れに違いない。その域に達した者の
みが持つ所作は、よく研がれた刃物の美に似るものだった。
 
 ファージとなった者を目にした事は幾度かある。確かに夜の一族の末席に加えられるだけ
の猛者が多いようだが、一緒くたにしては彼女に対して失礼だろう。
 少し肌がひりついた。そんな手練れが、殺気に近い張りつめた気を放っているのだ。
 
 
「それと何を勘違いしているのか判らないが、あれはがらくた(ステーシー)だ。それ以上でも
以下でもない」
 
 大ぶりの袖を胸元で組み、私は冷然と続けた。
 私の目的である娘が単純な廃棄人形ではない、と主張する彼女の意見は概ね正しい。そ
れは私も承知している。彼女も知っていると言うのは些か問題だったが。
 
 何れにせよ、正論というのは往々にして通り辛いものであり、今回もまた同様だった。あの
被献体がワーズワースの詩を朗読しようが、ジルバのステップを披露しようが、彼女は廃棄
人形として処理される。
 それが今回の落としどころだった。条理も品性もないが、落としどころとは得てしてそういう
類いの場所なのだった。
 
 
「で――何処にいる?」
 

461 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/28(金) 20:30:19
>>460

 最悪だ。事態は予想以上に悪かった。

 あれはまだ子供です。とっさにそう口をつきそうになったが、歯を食いしばってその言
葉をかみ殺す。それは意味の無い言葉だ。彼女を再殺するということは、決定事項なのだ
ろう。ヴァイオレットには理解できぬような、理解したくも無いような政治力学の結果に
決定された落しどころなのだろう。ならば何を言っても目の前の女の行動を止めることは
不可能だった。

 だがそれでもあれはまだほんの子供なのだ。十五年ほどしか生きていないただの子供な
のだ。そんな子供が廃棄人形化という奇病に罹り、収容所に入れられ、実験動物にされ、
殺される恐怖を堪えて逃げ出し、そして結局は殺される。そんなことがあっていいのだろ
うか。そんなにもこの世は非情なのだろうか。そんなにもこの世は無慈悲なのだろうか。

―――そう、この世はこんなにも非情で無慈悲なのだ。かつて身をもって体験したではないか。

 下腹部が痛む。今はもう痕跡も残っていない、かつて存在した傷が痛む。幻痛。それは
帝王切開の傷。無理やり行われた悪魔の所業の痕跡。

 フラッシュバック。ヴァイオレットの記憶が励起される。人生における最悪の時期の記
憶だ。ファージの血を浴び感染してしまった看護師時代の自分。収容所に強制隔離され実
験動物にされる自分。感染した彼女。妊娠していた彼女。実験動物にされる彼女。胎から
引きずり出され実験動物にされた彼女の子供。男の子だった。用が済むと薬殺された彼女
の子供。行われた帝王切開は母体に対する気遣いなど存在しなかったから、ヴァイオレッ
トはもう子をなすことは出来ない。最悪の記憶。

 ヴァイオレットは口を開き声を出そうとする。緊張のあまり渇ききったのど。つばを飲
み込み何とか声を出せるようにする。だが、これから自分は何を言おうとしているのだろ
うか。本当にそれでいいのだろうか。……いいのだ。覚悟はもうとうに決まっていた。

 脳裏に木魂するナーヴァの声。『おまえは正気なのかヴァイオレット!?』そうね、あ
なたの言うことはもっともよナーヴァ。これは自らの種族に対する裏切りだった。だが、
それでも。すべてを振り払うようにヴァイオレットは拳を握り締める。

 やらなければならないことは、やらなければならない。それがたとえ、やりたくないこ
とではあっても。それが人生というものだ。

 だがほんとうにそれでいいのだろうか。いいや、そうではないはずだ。



 だからヴァイオレットは、やりたいことことをやった。



「残念ですがお答えできません」

 そういってヴァイオレットは覚悟を決めた目で目の前のエルダーをみつめる。

「申し訳ありませんが、お引取り願えますか。遺憾ですがあなた方に彼女を引き渡すわけ
にはいかないようです」

 ヴァイオレットのその言葉が、これから始まる死闘の引き金となった。

462 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/08/28(金) 22:07:56
>>461
 
「あの廃棄人形を、この私――ヴィルマ・ファキーリへ引き渡せ。お前達のボスはそう命じた
筈だがな」
 
 つがえられた矢の如き対手の気迫に怖じず、同等の気をこめて私は答えた。
 
 何か――そう、ちょっと形容しようもない何かに、女が突き動かされているのは察せられた。
 それが言わせた「否」だ。引く余地など微塵も感じさせない。
 かと言って、こちらが引く道理もないのだ。――無辜のものを斬殺するという、汚らわしい道
理だけは後生大事に抱えている癖に。
 
 
 互いに糸の両端を持ち、ぴんと曳き合うような対峙はすぐに終わった。
 ふっと、私が緊張を解いたのだ。
 今この瞬間、仮に彼女が襲いかかってきたとしたら、私は膾のように斬られただろう。なだ
めるように少し笑う。
 
「いいだろう、今夜の所は引く。ナーヴァとかいう奴と直接話をつけるとしよう」
 
 あっさりとそう言った。嘘である。
 私は踵を返そうとした。当然これも嘘だ。
 踵を返そうとして、組んでいた腕を解いた。
 秒瞬、右腕を閃かす。袖口から唸り飛ぶ刃が、私の本意だった。
 
 大ぶりの袖口に忍ばせていたのは匕首(ひしゅ)――柄に朱布をつけた中国式の短剣だ。
 投げたのは一本ではない。二本だ。腕を振り上げる動作で先ず一投、振り下ろす動作で
続く二投。
 甘言で油断を誘った上に、眉間と心臓の二ヶ所への同時投擲だ。卑怯という汚名は進ん
で受けよう。換言すれば、卑怯でない武などこの世にない。
 
 どうせ人形はこの建物内だろう。剣呑な女を黙らせてから、ゆっくり探すとしよう。
 

463 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/29(土) 20:58:26
>>462

 銃型ガン=カタと呼ばれる武術がある。
 新興の都市国家『リブリア』で生み出された戦闘技術だ。

 その基本的な考え方は、常に敵の死角に回りその銃弾を回避しつつ、最小の攻撃で最大
の成果を得るという概念に立脚している。

 有史以来の戦闘データの統計に基き、敵対者の幾何学的配置からその動きを予見し、己
は最も効率的な攻撃配置につくことによって最小の攻撃で最大のダメージを与えることが
出来る。いっぽう自分は予測可能な敵の狙いを外して立つことによって、至近距離での銃
撃戦においても敵の攻撃を受けずにすむことができる。

 この戦闘技術を身につけることによって、攻撃の効率は120%上昇し、一撃必殺の確立も
63%上昇する。さらに熟練者ともなればその戦闘能力は計り知れないものとなった。

 もともとは都市国家リブリアの「グラマトン・クラリック」と呼ばれる特殊捜査官のみ
が使用を許された戦闘術でだったが、ある一人のクラリックが亡命したことによって流出。

 いまではビッグブルー、ヴァチカン、グランブラタンなど各勢力の精鋭部隊へと広がっ
た。そして各組織の中で独自の進化を遂げており、いまでは更なる兇器へと発展していた。

 そして、ヴァイオレットの種族であるファージにもその戦闘技術は伝承していた。彼女
の組織にガン=カタが伝わった理由は、そのクラリックの亡命に期せずして協力すること
となったからだ。その過程で一人のファージが彼より基礎の教えを受け、組織の中で独自
に発展させたものがヴァイオレットの使うガン=カタだった。もっとも使いこなせるレベ
ルにまで到達したのは今代ではヴァイオレットしかおらず、他のものはその技術をもてあ
ましていたのだが。

 リブリアの御留流より開放されたガン=カタであったが、それでも多くのものたちにとっ
てはいまだ未知の武術であった。そしてこれの使用者と敵対して生還した者が皆無である
ことから、恐怖とともに語られる伝説の戦闘技術となっていた。

464 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/29(土) 20:58:54
>>463

 完全に虚をついたと思えた女の攻撃。だがそれはヴァイオレットの身体を捕らえること
はなかった。

 飛来する匕首に対し、ヴァイオレットは正中線を軸として右回転。まるで舞を舞うかの
ように回転する。回転しながらしゃがみこむようにしてヴァイオレットの身体が沈みこむ。
右膝を大きく折り曲げ、左脚が地面にぺっとりりとつきそうなほどに伸ばし、伸脚のよう
な体勢をとる。左腕は敵対者へとのばされ、右腕は肘から折り曲げられ胸の前に拳が位置
している。そしてその両手には、次元圧縮システムから取り出した短機関銃MAC11が構えられて
いた。

 横倒しにされた2丁の銃。短機関銃が火を噴き毎分1050発の発射速度で380ACPが連続し
て撃ち出される。

 その姿勢にとどまるのは一瞬。次の瞬間には飛び跳ねるようにして身を起こし、円運動
で流れるように体勢を変えつつ移動。反撃を予測し敵の死角へと入り込むように移動する。

 今度は背筋を伸ばした直立の姿勢。右足を半歩だけ前に出し、右手の銃は肘を曲げて腰
だめに、左手の銃は肩を上げ肘を曲げて頭の上で構える。その体勢から連続して打ち出さ
れる

 そしてまた華麗なステップを踏み、攻撃を予測し回避行動をとる。

 死角へと入るや否や、左腕を腰の後ろへと回し変則的な腰だめにした曲射。敵対者と伸
ばされた右腕からは天地逆に、さかしまに構えられた短機関銃が火を噴く。

 そしてまた敵の予測を外すように、ヴァイオレットは変則的な動きで敵の死角へと移動する。

 まるで東洋武術の型の演武や踊りにも似た力強くも流麗な動き。敵の攻撃を予見し敵が
行動に移るよりも先手を打って回避。敵の行動を予見し、最小の攻撃で最大の成果をあげ
る。これこそが銃の型と呼ばれる戦闘法『ガン=カタ』だ。


465 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/08/29(土) 22:26:38
>>463>>464
 
 格闘技の使い手が銃を執る状況はある。名だたるガンマンが殴り合いに手を染める場合
もあるだろう。
 だがこの女の動きは、そういったちぐはぐさとは完全に意を異にしていた。
 
 
 銃技と拳技。同時に行うには余りにも相容れぬ技を、接近戦というフィールドにおいて統御
し、幾何学的な方向性の内に発揮させ得る。
 その悉くが華美にすら思えるのは、総毛立つまでの冷酷さに裏打ちされているからだ。――
人間を破壊殺戮する為の。
 
 その夢想を可能にした武術は、私の知る限り一つだけだった。即ち――
 
「その技」と、思わず私は叫んでいた。「――『ガン=カタ』を使うか!」
 

466 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/08/29(土) 22:27:56
>>465 続き
 
 叫びながら跳躍した。銃火の雨が乱れ飛ぶ宙空で旋転。
 翼のように広がるコートの裾にのみ、二発三発と弾痕を残しながら着地するや、疾走に移
る。追いすがる銃弾に空のみ穿たせ、獣のように低い体勢で馳駆する。
 
 肌に粟が生じた。
 間違いない。対手は私の攻めの機を読んでいる。
 目まぐるしく位置を変えて機先を制しつつ、そしてこちらが容易く襲いかかれない所から、
肝が冷えるような銃撃を放って来る。
 何とも外連に溢れた手管だった。これが『ガン=カタ』か。
 
 
 稲妻状に走り抜けながら、私は軽く両手を振った。
 鞘のままの中華剣が二本、幅広の両袖から一本ずつ滑り出る。
 懐中に得物を隠し込んで悟らせないこの技は、女が虚空から短機関銃を取り出して見せた
ような最新の技術ではない。中国四千年の端倪すべからざる企業秘密、とだけ言っておこう。
 
 柄が掌に収まると同時に、手首のスナップで鞘のみ払い捨てる。銃弾に食い散らかされる鞘
を尻目に、猶も地を蹴った。
 左右一対の『碧光双剣(ピークァンシュアンチェン)』の剣尖を、私はゆらりと持ち上げた。
青白くほの光るような細い剣身を持つ業物だ。
 
 
 右手には『地球光(ティーチウクァン)』。
 左手には『月光(ユエクァン)』。
 
 
 美しいつるぎは人間(じんかん)を断ち、巡る懊悩煩悶をただこれ祓うのみ。――調息も束
の間、一気呵成の斬撃を放った。
 鋭角的な音が連続した。
 雨あられと襲う銃弾の大多数が、私の双剣に斬り払われたのだ。
 弾く、落とす、斬り捨てる。走りながら紡ぐ剣の軌道に乗って、惑星とその衛星の刃が光る。
 
 
 江湖に『青龍威姫(チンロンウェイチー)』ありと謳われた私の技を以てしても、しかし銃対
剣という不利は容易く覆せはしない。
 さてこの難攻不落、如何に攻め落としてくれようか?
 

467 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/29(土) 23:51:46
>>466

 見れば女の武器は剣だった。その刃物は、日本の刀とも西洋式の剣とも違う形状をして
いた。しいて言えばファージたちの愛用する東南アジア系の剣に似ていたが微妙に違う。
それは中国式の双剣だった。

 この状況で銃ではなく剣を抜く以上、女は己の技によほどの自信のある近接戦闘の達人
なのだろう。ならば銃と剣という武器の優位性のあるこの距離のうちに仕留めてしまうの
が一番だった。接近されると面倒なことになりそうだ。

 そんな風に余裕を持って考えられたのもそこまでだった。次の瞬間に起こったことを見
て、さすがのヴァイオレットも驚愕せずにはいられなかった。なんと、目の前の女は飛来
する銃弾のことごとくをその両手の剣で切り払ったのだ。

 いままで戦った相手の中にも銃弾をかわすものはいた。銃弾が効かないものもいた。効
いてもすぐに復元再生してしまうものもいた。だが真正面から剣で弾き飛ばす相手は初め
てだ。それもこれほどの量のフルオートで撃ち出される銃弾を切り飛ばすような相手は。

 そんな驚愕にも動きを止めず華麗な死の舞を舞い続けるヴァイオレットだったが、すで
に胸中は穏やかではなかった。顔には出さぬようにしていたものの、苛立ちはじめていた。

 原因は2つある。一つはこれだけ撃っても今もってなお敵対者が健在なこと。こんなこ
とは今までなかった。そして、もう一つは短機関銃だ。

 購入したばかりの短機関銃は、どこかぎこちない動きで鉛弾をばら撒く。撃った瞬間わ
かった。この銃はデッドストックだ。つまり製造されてから一発も撃たれたことがないの
だ。そう、ただの一発すら。新品同様といえば聞こえはよかったが、即応性を考えた場合、
使い込まれていない銃というものは具合が悪かった。充分な試射のされていない銃は当て
にならない。動作はぎこちないものとなり集弾性が低くなる。現状では有効射は3発に1
発程度か。だが止むを得ない。いまさら中断することなど出来ないのだ。

 その時、嫌な音をたてて発砲が止まった。弾切れだ。毎分1050発という驚異的な速度の
フルオートでの射撃ではすぐに弾がきれてしまう。105発入りのエクステンドマガジン
―――これは非正規のもの―――を装着しているとはいえ、連続して発射すればわずか6
秒で打ち止めになってしまう。

 人間以上の身体能力を持つもの同士の戦闘において、再装填の隙というものは致命的な
ものとなることが多かった。特に剣士とガンマンの戦いにおいてはそれが顕著だ。

 だがヴァイオレットは焦らずにマガジンキャッチを操作し空になった弾倉を棄てる。そ
してすばやく短機関銃のグリップエンドを袖口へと向ける。同時に袖口に設定した次元圧
縮システムの出口から予備の弾倉を滑り出させ再装填。コッキングハンドルを操作し薬室
に初弾を装填する。

 その間も舞うようなヴァイオレットの動きは止まることが無い。再装填の隙ですら補っ
てこそのガン=カタだ。

 再装填が完了するとヴァイオレットはふたたび鉛弾の雨を相手へと浴びせかける。これ
ほどの時間一発もかすらずにいることは脅威だが、それでもいつまでもかわし続けられる
はずは無い。剣で銃弾を弾き飛ばすなどという曲芸じみた真似をいつまでも続けられるは
ずが無い。当たらぬならばあたるまで打ち続ければいいのだ。ヴァイオレットならば、
ガン=カタならばそれが可能だ。彼女にはその自負があった。

468 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/08/30(日) 00:28:31
>>467
 
 土砂降りの雨が降り続けている。横殴りの、真っ白な雨粒だ。
 
 
 雨粒とは、女が放つ殺意である。こう攻める、という意念だ。
 銃使いと対峙した時は皆こうなのだが、口で説明できるものではない。白い礫(つぶて)の
ようなものと私は認識しているが、兎も角も弾丸の襲撃に先んじて、それが来る。
 その到達予測地点を、私は瞬速の剣にて迎撃する。
 さすれば弾丸も斬れる、落とせる。
 
 かくして斬り払いが成る訳だが、何しろ対手は『ガン=カタ』の――少なくともクラリック級
の使い手だ。何時までも全てを打ち落とせる筈もなかった。
 体捌きも駆使して急所だけは外しているが、際限も見えない猛射の中、幾つかは喰らって
いる。動きに支障が出る程ではないが。
 ほら、今も受け損ねた。
 
 左肩の肉を僅かに抉ったその熱さが、一つの事実を私に気づかせてくれた。
 どうやら彼女の得物は、彼女の手に馴染んでいるとは言い難いらしい。
 この恐るべき敵が思うが侭の技を放てているなら、今の攻撃は必殺のそれとなっていた筈
だ。ここまで何とか致命打を避け得たのもそれ故か。
 理由は分からないが、乗ずるとすればこれしかない。――そう、今ここだ。
 
 
 再装填の瞬間すらも隙としない美麗なる技術――しかし私が狙ったのはその隙ではない。
 颯々と碧い光芒が走る。
 薄い、と視えた弾幕の隙間を双剣で斬り開いた。そこへ踏み込みながら、私もまた意念を
凝らす。こう攻める、という五通りの殺意をだ。
 
 攻め手の中に陽動の意を混ぜ、騙し手とす。それ自体は目新しい技ではない。あらゆる格
闘技に存在する技術である。
 だがこの私が必殺の意を込めた時、フェイントは単なる騙し手では終わらない。
 
 
 その時、対手は襲い来る私の分身という幻日(パフィーリア)を視るのだ。
 
 
 少なくとも、対手の認識野にはそう映る。
 視覚ではなく意識へ仕掛ける欺瞞装置(フレア)――これを『鬼剣(クイチェン)』と言う。
 手練れであればある程、引っかかる。かからざるを得ない魔性の技だった。
 
 『鬼剣』たる私は右から高々と跳躍して斬りかかり、また左からも跳躍して斬りかかった。
 更に私は右に回り込むように斬りかかり、左からも同じように斬りかかった。
 そして私――本物の私は、真っ向から迫撃した。
 
 放つのは右の斬り下げから突きに流れる『太歳頂門』と『竣猊如来』の二妖剣。
 知れ、今こそ反撃の時。
 

469 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/08/31(月) 21:13:07
>>468

 ―――分身!?

 いかなる異能の技か、それとも魔術によるものか、はたまた鍛え抜かれた武術の粋か。
エルダーの女は、5つの分身を作り出す。

 これにはヴァイオレットも目を見開き驚愕した。だが、驚いたのも一瞬。この暗黒の街
倫敦は、あらゆる未知が存在しあらゆる奇蹟をも実現する場所。いかなる超常現象にも即
座に対応できるものしか生き残れない。

 生まれ持った生存本能とファージの闘争本能、兵士として鍛えられた精神と、そして何
より鍛え上げられた銃型の技が彼女を一瞬で立ち直らせる。

 いかにして映し身を作り出したかは解からない。実体があるのかもわからない。その身
は幻影に過ぎぬやもしれず、実体があるのかもしれなかった。

 だが問題は無い。解からぬのならば、全てを実体として扱えばいい。銃型とは元来『一
対多』を想定して造られた武術だ。対複数戦闘などお手のもの。

 その発想の元にヴァイオレットは全てを実体として対処する。

 左右から跳躍しきりかかってくる『2者』に対しては、胸に飛び込んでくるいとしい人
を抱きとめるかのように両腕を斜め前方へと突き出す。その手の中に握られた2丁の銃が
火を吹き鉛弾が打ち出される。

 結果を見届けもせずヴァイオレットは次の行動へ。

 左右に回りこむようにして切りかかってくる『2人』を前に、ヴァイオレットは己を抱
きしめるかのように胸の前で両腕を交差する。2丁の短機関銃が小気味よい音を立て380ACP
の調べを奏でる。

 わずか1秒に満たぬ間に、はや5分の4に対処。後は正面から迫るただ一人のみ。だが。

 ―――速い!

 さながら双手突きをはなつかのように、ヴァイオレットが正面に向け上段下段に構えた
ふたつの銃口。それが銃弾を吐き出すよりも速く、女は刃圏にヴァイオレットを捕らえた。

 女の動きはあまりにも無駄が無く予想以上に速過ぎた。結果、ヴァイオレットを持って
しても全ての分身に対処することは出来なかったのだ。

 それは極めて高度な武術の修練を積んだ者のみができる、動線に無駄の無い流麗な動き。
速くそして『早い』動きだ。

 かくして、この距離にて剣と銃の間にある有用性の不等号は逆転する。通常の拳銃使い
と剣士の戦いならばこれで決まりだ。銃と剣ふたつの武器の使い手にとって、間合いを制
するものが勝負を制する。そしてこれは剣の距離であった。

 だがヴァイオレットはただのガンスリンガーではない。彼女の使うのは銃型だ。銃型は
超至近距離での戦闘も想定されていた。ゆえに接近されようとも銃型の有用性が劣るとい
うことは無い。

 ……劣るということは無い、が。それでも熟練の武術の使い手同士の闘いにおいては、
獲物の使い勝手が明暗を生み出すことには違いないのだ。

 エルダーの放つ右の斬り下げをヴァイオレットは右足を半歩引き体を斜めに倒すことで
かわす。間一髪。だが女の攻撃はそれでは終わらない。続いて繰り出された突きを、ヴァ
イオレットは上体を大きく後ろへとのけぞらせて回避した。

 のけぞらせた上体。当然顔は後方を向くようになる。敵の姿は見えない。致命的な隙に
も見える。しかし、そうではない。上体をのけぞらせる直前に、ヴァイオレットは敵の幾
何学配置から敵の動きを予測。その予測にしたがって両足の間、股の下より突き出された
短機関銃が火を噴いた。狙いはその足の甲。まずは機動力を確実に奪う。

470 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/08/31(月) 22:34:25
>>469
 
 套路(とうろ)――中国武術の型とは、それ一個のみでよく成立しはしない。
 それは別の套路と組み合わさり、同期し膨張し、遂には神韻たる武曲となるべきものだ。
 
 戦いの最中、その曲調は玄妙な変化を見せるのが常である。さながら対手との合奏の態
を為す。
 対手の一手先を読まんとし、その発動を潰さんとこちらの手は変わる。しかし敵もさるもの、
その変化を更に察知し、裏の裏をかかんとする手はまた転変を見せ――
 かくて秒毫の刹那に変幻は自在となる。この瞬間が正しくそうだ。
 
 
 ある種の舞踏を思わせる奇怪な、それ以上に華麗な体勢から放たれた必殺の射撃。
 それは虚しく床板のみを喰い散らかした。間一髪、床を蹴った私は宙に逃れていたから。
 
 突きを避けられた時点で、僅かに一手先を読むのが間に合った。でなければ銃弾が噛み
千切ったのは私の足だったろう。
 この至近距離、しかもこの精度で銃を揮われる真の恐ろしさを、今更のように再確認する。
 
 水底でもあるかのように、私の金髪は大きくなびく。
 勁力を籠めた踏み込みは、一跳躍に半ば飛翔じみた滞空時間を付与している。
 私の身体は未だ空中に在った。のけ反る女の上半身、その真上に覆いかぶさるように。
 古風な同胞が、臥所(ふしど)にまどろむ佳人を襲うかのように。
 
 見降ろす女の喉元は白く、美しかった。振り乱され、照明光を撥ね散らす黒髪が、抜ける
ようなその白さを際立たせる。
 思わず牙を立てたくなる。
 代わりに私は左右の腕を振った。
 剛と柔を兼ね備えた『碧光双剣』は、さながら鞭のしなりを見せて迸る。鋏の如く左右から
紡ぐは『挿翅電劍』と『懐中羅漢』の二斬を織り込んだ連環套路。 
 

471 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/01(火) 23:13:15
>>470

 かわせない。剣の振るわれたその瞬間、ヴァイオレットは即座に理解した。

 いかにヴァイオレットが優れた身体能力を持つファージで、さらには優れた武術家であ
っても、この一撃をかわすことは不可能だった。それほど完璧なタイミングで放たれた一
撃だった。

 どう考えてもわすことは不可能だった。彼女の技量の範囲では。まともな手段を用いては。

 それでも太刀筋を読み、間一髪でその軌道上に短機関銃をねじ込む。だが女ほどの技量
があれば、そんなものはさしたる障害とせず一瞬で断ち切ることだろう。無意味にも思え
る行為。

 だが、しかし。双剣の鋼が短機関銃の鋼に食い込み、それを両断するまでのコンマ数秒
以下の時間。処刑までに与えられたわずかな執行猶予をヴァイオレットは有益に活用した。

 ヴァイオレットは身に纏った合成皮膚ダーマプラスティック製のライダースーツ経由で腰につけられた装置を
起動。いっけん大きめのバックルにしか見えないその装置は、小型の局所重力制御装置レベラー
だった。

 ヴァイオレットはそれを用いて己の身にかかる重力を逆転。真上へと跳ね上がった。

 優れた武術家である女だからこそ、この動きは読めまい。なぜならこの跳躍に、ヴァイ
オレットは一切おのれの力を用いていないからだ。筋力や作用反作用を用いない、全く予
備動作のない跳躍。いかに相手のわずかな動作から次の動きを読み取ることの出来る熟練
の武術家だろうが、たとえ神経パルスの動きを見ることのできる異能をもっていようがこ
の飛翔を先読みすることは不可能なはずだ。

 獲物に喰らい付くあぎとのごとく、ヴァイオレットの身体を断ち切り交差せんとする双剣。
それを潜り抜け懐へと入り込む。

 すぐさま役に立たなくなった短機関銃の残骸を捨て去り手を空ける。だが拳は振るわな
い。この体勢で振るっても、体重が乗らず威力も出ない。かえって大きな隙を作るだけだ。

 だからヴァイオレットは攻撃するのではなく、女の身体にそっと手をつき、やさしく払
うような動作をする。その力を利用して己の身体を回転させ軌道を修正。すれ違うように
してそのまま天井めがけて跳躍―――いや、落下する。

 この一階のホールは吹き抜けとなっており、その吹き抜け部分は20階まで到達してい
るという狂気じみた構造になっていた。ゆえにヴァイオレットが落ちて行く先は20階の
天井だ。

 天井めがけて落下しながらヴァイオレットは次元圧縮システムから新たな短機関銃を抜
き放つ。先ほどと同じMAC11 だ。抜き放ちながら空中で猫のように回転し、天井に足、床
に頭を向けた姿勢へと体勢を変える。そして床へと向けられた両手には2丁の短機関銃が
握られていた。薬室にはすでに装填済み。安全装置を外し引き金を引く。

 銃口より放たれる銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。弾薬が尽き短機
関銃のボルトがオープンになると、再装填の手間も惜しみ短機関銃を投げ捨てる。そして
また新たな短機関銃を次元圧縮システムより抜き放つ。そしてまた銃口より放たれる銃弾。
銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。弾薬が尽きるたびにヴァイオレットは同じ
ことを何度も繰り返す。

 こうしてヴァイオレットは銃弾の雨を降らせながら、さかしまに落下していった。

472 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/02(水) 00:37:07
>>471
 
 雑踏の中でぶつかりそうになり、「失礼」と退く。そんな気安さで私をすり抜け、女は吹き
抜けの上空へと落ちてゆく。
 
 してやられた。この発想――勁力ではない、重力制御か何かか――はなかった。
 読み合いに敢えて乗らないのもまた武術だ。成る程、手練れではある。
 舌うちをする暇はなかった。
 即、鉛玉の雨が降ってきた。量ときたらまるでスコールだった。
 
 
 大きく飛び退く。そのまま壁際目掛けて走った。
 身を捻り、首も横ざまに倒す。今の今まで私の頭があった空間を銃弾が撃ち抜いてゆく。
その間も両手の剣を矢継ぎ早に閃かせ、落とせる限りの弾を斬っている。
 左頬が熱い。少し掠めたようだ。
 
 幽かな血汐と幾房かの髪が飛散するのには構わず、私は緩やかに呼吸する。深く、長く、
また深く。
 調息による練気で、丹田に満ちる内力が全身へと循環していく。
 四肢と五臓六腑の駆動を完璧に管理し、内力を以て運用する。その最適化≠ェ成った
時、人体は三次元という檻を余すことなく征し得るのだ。
 そう、このように。
 
 ぽん、と跳躍。その最中、息継ぎのように軽く一足。
 大地を蹴るその身法が、再び私を魔空へと羽ばたかせる。
 一気に壁面に達した。旋転しながら爪先を蹴りこみ、跳弾のように上へ飛ぶ。
 私は駆け上がり、走り続けた。垂直の壁面上を真っ直ぐに、女が落ちゆく先を目指して。
 
 果敢に追撃してくる弾丸を斬り、突き、薙いでは撥ねて無す。
 耳を聾する銃鳴を行進曲代わりに、軽功――中国武術が誇る身体操作術を以て、縦横に
また無尽に、私は駆けた。
 

473 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/03(木) 22:17:37
>>472

 女は驚くべき速度で壁面を駆け上がりながらヴァイオレットを追撃してきた。

 なんという技、なんという身体能力だろう。ヴァイオレットですらそんな芸当は不可能
だ。本日何度目かの驚愕と共にヴァイオレットは戦慄を覚えた。これがエルダーと呼ばれ
るものたちの実力なのだろうか。

 その戦慄を打ち消すように短機関銃を撃つが当たらない。ただでさえ発射速度が速すぎ
て命中精度がいいとはいえない銃だ。それに加えて未調整というありさま。さらには落下
中のためまともな射撃姿勢をとることも出来ず、しかも高速で動き回る的を狙わねばなら
ないという、どうにもならない四重苦。その結果は言わずもがなだ。さらには標的たる女
は剣で銃弾を弾くなどという真似事すら可能なのだ。このような状況では有効打を期待す
るなど出来ようも無かった。

 ヴァイオレットは舌打ちをすると短機関銃を投げ捨て次元圧縮システムから拳銃Glockを抜き
つ。下手な鉄砲をいくら撃ってもだめならば、数より質だ。不安定な姿勢ながらも慎重に
狙いを定め、発砲。

 外れた。狙った場所から30センチは右にずれている。この銃もまた調整がされていなかっ
た。ヴァイオレットは思わず獣のようなうめき声をもらす。最悪だ。次からはもっと慎重
に準備をしようと心に誓う。もし次があればの話だが。

 ヴァイオレットは狙いを定めるのをあきらめ一息に1弾倉ぶんの弾薬を撃ちつくす。そ
して弾のきれた銃を投げ捨てあらたな銃を取り出すと、またひと息に撃ちつくす。こうなっ
たら相手に反撃をさせないことが重要だった。この状況でしとめる事はあきらめた。射ち
続けて反撃を封じることが第一だ。命中し追撃を阻めれば儲けもの。

 だからヴァイオレットは銃を抜き放ち、引き金を引き、弾のきれた銃を投げ捨て、新た
な銃を抜き放つ。抜き放ち、引き金を引き、投げ捨て、抜き放ち、引き金を引き、投げ捨
て、抜き放つ。

474 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/03(木) 22:17:58
>>473

 そうしているうちに終着点が見えてきた。HALOの要領でぎりぎりまで近付いてから重力
制御装置を操作。急激なGがヴァイオレットを襲い、天井間近で落下速度ががくんと下が
る。しかし、これほどの加速がついてしまっては重力制御装置を使っても完全に慣性を殺
しきることは出来ない。

 ヴァイオレットは激突するようにして天井に着地。鉄筋コンクリート製の強固な天井に
ひびが入る。人間ならばそれだけで両足の骨が圧し折れてしまいそうな衝撃。だがヴァイ
オレットは顔をしかめただけで何の怪我も無い。理由は、その強固な骨格のおかげだ。

 ファージという種の特徴のひとつに体重が重いということがあった。骨密度が異常に高
いため、骨がまるで鉄骨のように重いのだ。そして鉄骨並なのは、重さだけではなく強度
もだった。

 ヴァイオレットは重力制御装置を操作し、身体にかかる重力の方向を通常のものへと戻
した。今度は床めがけて、頭から落下するヴァイオレット。ただし今度は一階まで落ちる
つもりは毛頭無かった。今度の落下はすぐに終わる。彼女は空中で猫のように身体を回転
させ、20階の吹き抜け部分に設置された仮設足場キャットウォークへと着地する。

 当初の予定ではこのままビルの中を走りぬけ、階段を駆け上がり22階にいるマチコを
つれて逃げる予定だったが、エルダーを振り切れていないこの状況では不可能な話だ。

 見下ろせばエルダーは2階分したにまで近付いている。猶予はもう無い。あと数秒といっ
たところだろう。だからヴァイオレットはその数秒で戦闘体勢を整えることにした。もう
逃げるのはやめだ。正面からぶつかり決着をつける。

475 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/03(木) 22:18:33
>>474

 ヴァイオレットは深呼吸をし、精神を集中する。不安や苛立ちを深呼吸で強引にリセッ
トし、心を平静に保つ。するとヴァイオレットの心理状態に反応しライダースーツの色が
純白へと変わる。このライダースーツは素材にダーマプラスティックを使用していたのだ。

 ダーマプラスティックとは環境分子が量子の鎖帷子のようにつながった、分子の編み物
そっくりのプラスティックだ。その性質は膠原コラーゲン弾力素エラスチン繊維の生きた培養組織だ。
 この皮膚プラスティックという素材は、人間の生体システムと相互作用する神経終末を
搭載しており、この素材で作られた衣服をまとうと着用者の神経系と衣類の辺縁神経系は
自動的に結線される。すると衣類と肉体は溶け合い同一のものとなる。すなわち文字どお
りの意味での第2の皮膚であり、衣服というよりも肉体の延長に近いものであった。

 そしてこれは一般には秘密となっていることであったが、材料に培養した脳皮質をも使
用していた。それゆえ皮質に人間の脳葉を移植できた。側頭葉、頭頂葉、後頭葉といった
脳葉を。そして最新のものではいままで課題となっていた前頭葉の移植も部分的にだが可
能可能となったのだ。

 この人造皮膚を纏うことによって知覚は増幅され、演算能力は向上し、処理能力は高まっ
た。またこの皮膚が人工筋肉としての役割も果たすことから運動能力の増大も可能であった。

 この皮膚は人間の機能を拡張するのだ。そして人間の機能を拡張できるのならばファージ
の機能を拡張することも可能だった。人間より優れたファージの能力をさらに増幅するのだ。

 そしてこのスーツはオプティカル・ポリウレタンのマイクロシーンでコーティングされた
もので、700万色を超えるどんな色にも変色することができた。それをダーマプラスティッ
クの神経直結機能とあわせることによって、そのときの気分や精神状況を映し出せるように
なっていた。これはハリウッドやパリの流行に倣ったものだ。オプティカル・ポリウレタン
よりも色素形成細胞メラノサイトを使ったほうが肉感的な色合いを表現できるが、手軽さと多色さではこ
ちらのほうが上だ。

 ともかくも、これがヴァイオレットのスーツの色が純白へと変わった理由だった。



476 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/03(木) 22:19:56
>>475

 澄み渡った精神を表す純白の衣を纏い、ヴァイオレットは次元圧縮システムから2丁の
銃を抜き放つ。先日の取引で手に入れたばかりのものではない。一年以上も前にナーヴァ
から手渡された使い込まれた銃だ。

 それは奇怪な銃だった。けばけばしい装飾のされた、ヴァイオレットには似つかわしく
ない銃だ。ごてごてとしたオプションが大量に取り付けられ、過剰な彫金が施されている
ため解かりづらいが、辛うじて元となった銃がタウロス・レイジングブルであることが見
て取れる。

 あまりにも過剰に改造した銃だ。銃口上部には長く伸びたマフラー状のマズルブレーキ
が装着されており、銃身下部には意味深なデッドスペースが付いており、銃口の下に当た
る部分には奇妙なスリットが入っていた。そのほかにも様々な飾りが取り付けられ扱いに
くそうなことこの上なかった。

 過剰なのは外見だけではなかった。性能もだ。本来は.454カスールであるはずが、
357マグナムに換装されており、そのぶん威力は弱まっていた。だがかわりに恐るべき
機能が追加されていたのだ。それはフルオート用のセレクターと超小型の次元圧縮システムだ。

 セレクターが増設されたことによりフルオートでの射撃が可能だった。リヴォルバーと
しては馬鹿馬鹿しい機能。だがそれを失笑から驚愕へと珍銃から悪魔の武器へと代えるの
が内蔵された自動式の次元圧縮システムだった。次元圧縮システムを内蔵したことによっ
てリロードが不要となり、さらには実質的に弾薬が尽きることがなくなったのだ。

 この銃は、弾を撃つごとに「内側」に排莢し、同時に「内側」から装填されるのだ。次
元圧縮システムの内に蓄えた弾が尽きるまでリロード無しで打ち続けることが出来るのだ。
フルオートでいつまでも射ち続けることが可能なのだ。

 これはヴァイオレットの所属する組織が特別に作り出した銃だった。リブリアのグラマ
トン・クラリックが使用するクラリックガンと同様に、銃型の為だけに作り出された専用
銃だった。

 ゆえに機能は申し分ない。そしてこの悪趣味なデザインはといえば。人間だったころは
売れっ子のデザイナーをやっていたナーヴァが、趣味全開でデザインしたものだった。ファー
ジ化した際に迫害を受けてから彼のセンスはかなり歪んでしまっていたのだ。はっきり言っ
てヴァイオレットの趣味ではない。趣味ではないが自前の銃火器はここ三日ほどで使い果
たしていた。だから止むを得なかった。

 だからヴァイオレットはその双銃を決意をこめて握り締める。するとグリップ部分には
め込まれたダーマプラスティックがヴァイオレットの神経線維と直結。銃が生命を得、彼
女の意志どおりに動き出す。

 6発の357マグナム弾が「内側」から装填され、シリンダーが回転し、撃鉄が自動的
に起き上がり、そして銃身下部のデッドスペースと思われていた部分に収納されていた銃剣バヨネット
が、銃口下部の意味深なスリットから勢いよく飛び出した。さらにはグリップエンドからも
鋭いスパイクが何本も飛び出す。

 ヴァイオレットはその銃を持って銃型の構えを取る。かくして戦いの準備は整った。


477 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/04(金) 00:15:29
>>473-476
 
 銃弾の雨が不意に熄んだ。
 
 好機だ。私は壁面上をひた走りつつ、ともすれば乱れそうになる呼吸を調整した。
 丹田に凝集する気を練り、リズムを思う。息を吸うリズム、吐くリズム。
 相当のレベルで肉体を酷使している。まだまだ充分に動くが、何事にも限度はあるのだ。
 そこに至る前に片をつけねばならなかった。
 
 視線のみ上に遣る。女の姿を二十階の仮設足場(キャットウォーク)に確認した。
 おや、服の色が黒から白へ変わった。熱帯魚のような鮮やかさ、艶やかさだ。
 皮膚(ダーマ)プラスチックだろう。体性感覚素材を使った最新モードだ。ウンガロか、サン
ローランかまでは判らないが、無骨な枠組みの足場が、まるでスポットライトに照らし出され
た舞台通路(キャットウォーク)のようだった。
 
 そして、モデルならぬ女は二丁の拳銃を構えている。
 一点の曇りもなく、未発の内に奥妙たる変化を内在させた姿勢――銃の型だ。
 
 
 十九階踊り場の手すりで、勁力をこめて大きく踏み切った。
 旋子転体の勢で跳躍。かりそめの大地――今現在、足場としている垂直の壁に対して姿
勢を逆に、大きく回転しながら私は跳ぶ。
 否、飛ぶ。
 目指す方向は斜め上方、着地予定地点は二十階の天井だ。
 そしてその飛翔の開始と終了を結ぶ線上には、我が敵手たる白き女がいた。
 
 大気の層を幾十もぶち抜き、定規で線を引くように空中を疾駆。
 対手へと駆け抜け、対手と掛け違うその一瞬、私は彼女の首筋へと横殴りの右剣を送る。
歴代王朝の首切り役人が揮いし技、『魁落刀下』の斬首剣であった。 
 

478 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/04(金) 20:36:44
>>477

 せまく足場の悪い仮設通路の上だ、これまでのように大きくかわすことはできない。だ
が、もとより大きくかわすつもりはなかった。

 大きくかわせば反撃の機を失う。カウンターを成功させるためには、ぎりぎりの間合い
でかわさねばならない。

 そう、カウンターだ。敵は銃弾をかわしその剣ではじく。まともに撃っても効果は望め
なかった。ならばどうするか。銃弾をかわせぬような、弾くことができぬような至近距離
から叩き込めばいい。

 鍛え上げられた肉体と研ぎ澄まされた神経、そして身につけた技を持ってヴァイオレッ
トは敵の斬撃を薄皮一枚でかわそうとする。

 だが予想以上に女の剣は速く、そして伸びきた。完全にはかわしきれない。

 頸の皮を裂き、肉に鋼が食い込む感触。それが電撃のように一瞬で駆け抜けた。ヴァイ
オレットの首筋から緋色の雫がぱっと宙に舞う。

 斬られた。だが浅い。動脈には届いていない。それでも斬られたという事実が一瞬反応
を遅くする。

 その硬直を、燃え盛る闘志によって打ち破る。動きが止まったのは一瞬、まだ間に合う
はずだ。

 右腕を左脇で挟み込むようにして背後へと飛び去った女に銃を向ける。すでに位置は予
測済み。肩越しに振り返るようなまねはせず、そのまま引き金を引き絞った。

479 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/04(金) 23:21:19
>>478
 
 飛び続ける身体を大きく捻った。
 視界がぶれる。
 強引な旋転で滑空の方向を上から下に捻じ曲げ、熾烈に襲い来る弾丸を避けながら弾く
作業を同時並行し、私は対手と同じ地平へ着地せんとする。
 
 最前の一刀が斬ったのは皮だけだった。
 この対手なら舐めてでも治せる。いいや、その前に膺懲の一撃を返して来る。
 そう判断すればこそ、無理やりな迎撃と体勢変動が間に合った。――背筋は凍ったが。
 
 
 ――私は通路の上へ着地した。
 右膝を高く引き上げ、左脚のみで直立する提膝平衡の姿勢を取るのも束の間、双剣を頭
上で数度打ち鳴らす。
 左右の刃はめくるめき、まばゆい彩をえがく。――まるで八の字の如く。
 
 間髪入れず襲いかかった。
 対手へと詰め寄る。翼じみて横に広げた剣勢から、続けざまに斬打を繰り出した。左右の
それは振り下ろす劈剣で、跳ね上げる崩剣で、貫く刺剣で、引き斬る抹剣で――
 そしてその全てだ。
 地を馳せ、空躍るところ十人を一息に斃すと恐れられた、これぞ正伝陰陽拳が『無双八卦
剣』の連環手。
 太極より陰陽生じ、陰陽これ四象に分たれ、四象すべからく八卦に通じん。
 剣に応用せしこの玄理、とくと味わうがいい。
 

480 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/05(土) 00:33:31
>>479

 縦横無尽に駆け巡り、あらゆる方向から迫る刃。その威力はまさに必殺。ひとつでもま
ともに受けてしまえば、それはすなわち死を意味する。ゆえにヴァイオレットは全身全霊
を持って、その太刀筋の全てを恐るべき反応でかわし続ける。

 振り下ろされた刃を、半歩ずらしてすかし。
 跳ね上がる刀身を、回転するようにかわし。
 突き出された切っ先を、自ら踏み込んで避け。
 引ききるその一撃を、くぐる。

 さながら舞を舞うように、華麗な動作で剣撃をかわす。紙一重の距離で斬撃をかわす。

 だがしかし、剣戟の嵐は止むことはなく。それどころか回数を重ねるごとに斬撃の鋭さ
は増し、ついにはかわしきれなくなる。なんとかかわそうと努力するが、もはや全てかわ
すのは不可能だ。

 引ききるその一撃を、拳銃に備え付けられた銃剣でいなし。
 突き出された切っ先を、スパイクの付いたグリップエンドで弾き。
 跳ね上がる刀身を、強固な銃身で払い。
 振り下ろされた刃を、2丁の拳銃で受け止める。

 銃身で剣をいなし、払い、弾き、そしてついには受け止めねばならなくなるまで追い詰
められていく。はじめはかわしきれていたものが、いつしか銃身で弾かねばならぬように
なり、ついには受け止めなければならなくなる。

 そんな中でも銃口で敵の身体を指し示そうとするが、しかと捕らえることができない。
それどころか剣戟をいなすのに精一杯で銃口を向けることすら困難になってくる。

 さらに剣嵐は激しさを増し、刃という名の豪風はヴァイオレットの身体を刻んでいく。

 振り下ろされた刃が、二の腕を浅くとらえ。
 跳ね上がる刀身が、頬をかすかに切り裂き髪をひとふさ切り飛ばし。
 突き出された切っ先が、皮膚を突き破り浅く肉を抉り。
 引ききるその一撃をが、わき腹をかすめる。

 全身にいくつもの傷が刻まれる。うっすらと血がにじんでくる。浅い傷だ。致命傷には
程遠いが、それでもいくども重なれば体力を奪い集中力を消耗させる。

 そしてこの調子で剣撃がよりいっそう激しさを増せば、深手を負うのもそう遠い先のこ
とではないだろう。

481 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/05(土) 00:33:45
>>480

 圧されていた。明らかに圧されていた。ぎりぎりで直撃をさけながらも、一歩一歩後方
へと圧されていた。刃がヴァイオレットの身体をとらえる回数は徐々に増えていき、純白
の衣は赤黒いしみに汚されていく。彼女自身の血によって染められてゆく。

 強い。このエルダーの女はいままでヴァイオレットが戦ってきたどんな敵よりも強かっ
た。こうも一方的に防戦いっぽうに追い込まれるとは。だがヴァイオレットとて同族中最
強のファージだ。簡単に負けるつもりは無かった。

 ……しかし。

 最強のファージ。なんというむなしい言葉だろうか。ファージ以上の能力を誇る種族な
どいくらでもいるこの街では。ファージの身体能力すら凌駕する技術を持つもののいるこ
の街では。憐憫か苦笑しか誘わぬような、むなしい言葉だ。

 そして最悪なことに、目の前の女はファージに匹敵する身体能力と、ヴァイオレットを
上回る体術を備え合わせていた。

 この敵の前では最強のファージなる称号など何の意味も持たなかった。

 だがそれでも戦わねばならなかった。哀れな少女のため、己の信念のため、負けるわけ
にはいかなかったのだ。

 わき腹を浅く切り裂かれながら思う。このままではジリ貧だ。大きなリスクを背負って
でも起死回生を狙わねば、近い未来に詰みが待っている。だからヴァイオレットは、より
多くの傷を負うことを覚悟で、より深い傷を負うことを覚悟で、自分からも攻撃を仕掛け
始める。

 2丁の拳銃を振り回し、装着された銃剣で斬撃をふるい、突きを放ち、牽制の射撃を行
い、スパイクの付いたグリップエンドで打撃を狙い、硬いブーツを履いた足で蹴りを放つ。

 防御の手数を攻撃に割いた分、受ける傷は数も深さも増していくが、ヴァイオレットは止
まらない。少しずつ少しずつ圧されていきながらも、一歩一歩後方へと下がりながらも、そ
れでも恐れること無く己から攻撃を繰り出していく。


482 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/05(土) 01:16:30
>>480-481
 
 手首のスナップを利かせ、切先で円をえがくような剣で対手の銃剣をいなす。
 首をねじりながら半身になる。合間に混ぜこまれた銃弾と、グリップによる打突はそれで避
けた。
 
 『無双八卦剣』を使い、八合まででし止められなかった敵は今までにいない。
 憤怒より讃嘆の念が湧く。今の江湖に、斯くまでの達者が幾人残っているだろう。
 死力を尽くして戦える敵と相まみえられるのは幸福な事だった。愛し愛される者を得るのと
同じくらいに。
 
 その幸せを噛み締めながら、私は上半身、下半身とも毫も揺るがせず、右脚のみを閃かせ
る。
 ――そして、それほどの宿敵を斃せる事はその次に良い。
 
 
 棒のように伸ばしたまま、跳ね上げた足刀で稲妻のような対手の蹴りを相殺せんとする。
 脛に衝撃。
 重い。骨まで響いた。思わず体勢が後ろに傾いでしまう。
 
 その傾ぎに逆らわず、私は自ら大きく翻った。
 回転力を上乗せして放つは『夜叉探海』だ。左剣を摺りあげるその余勢に乗ってまたもスピ
ン。先手を追いかけるような次手は右剣の『伏龍迷魂』である。
 まだ終わらない。続く旋回から『奔騰鯉魚』と『玄天手』の霹靂二撃をたばしらせる。
 猛き剣の風が奔るはしる、回るまわる。
 

483 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/06(日) 18:40:36
>>482

 かわし。
 かわし。
 弾き。
 そして受け止めた。

 いや、厳密には受け止めようとした。剣の軌道上に銃身をねじりこみ、その強固な銃身
で受け止めようとした。だが鋼と鋼が接触した瞬間わかってしまった。

 これでは銃身ごと叩き斬られると。

 背筋を電光のように寒気が走りぬけ、全身の毛が総毛立つ。思考よりも先に反応した体。
床を蹴り後方へと逃げようとする。だめだ。わずかに遅かった。避けきれない。生命の危
機に極限まで加速された神経と精神。やけにゆったりと感じられる時間。だが、逃げ場は
ない。逃げ場はない。逃げ場はない。遅延する時間の中で、銃身にわずかに刃が食い込む。
一秒の後には刃は銃を切断し、そのままヴァイオレットの肉体をも切断することだろう。
逃げ場はない。逃げ場はない。逃げ場は―――あった!

 思考と同時に反応。神経直結の人造皮膚ダーマプラスティック経由で、最大出力で重力制御装置レベラーを起動。後方
への跳躍が急激に加速する。ヴァイオレットの身体は後方へと、猛スピードで落下をはじ
めた。ヴァイオレット自身の跳躍の力に、方向を変換され、さらには増幅された重力が上
乗せされたのだ。

 間一髪で間に合った。銃身ごとヴァイオレットを両断するはずだった必殺の剣は、ヴァ
イオレットの身体をさらに強く後方へと押しやる結果にとどまった。

 間合いがずれたことによって、その斬撃は本来の威力を発揮できなかったのだ。打撃や
斬撃といったものは、狙った一点でのみ最大の力を発揮することができるのだ。それ以外
の地点では、大幅に威力を減ずることとなる。

 それでも重い一撃だった。間合いを外し威力を減じてもなおこの威力。これを生み出し
たものは物理的な身体の重さではなく、研ぎ澄まされたその技法によるものだろう。エル
ダーであることを考慮しても尋常ならざる武術の技だ。その使い手は、まさに怪物と呼ぶ
のに相応しかった。

 後方へと弾き飛ばされたヴァイオレットは仮設通路を飛び越え、ビルの通路も飛び越え、
壁面へと激突する。衝撃がヴァイオレットの肉体を打ちのめすが、ヴァイオレットは呻き
つつもすばやく立ち上がった。強固な骨格とそれを支える筋肉を持つファージの肉体は衝
撃に対してはすこぶる強い。

 立ち上がりながらすばやく周りを見回す。エレベーターホールだ。すぐそばにあるエレ
ベータに目をやる。それはヴァイオレットがこのビルに来たときに作動させた発電機によっ
て唯一の動いているエレベータだった。

 アナログ式の計器を見上げれば、その針はこの階を指し示していた。もしものときにわ
ずかでも時間を稼ごうと、この階に停めておいたことが幸いした。

 ヴァイオレットは唇の端をわずかにつりあげ小さな笑みをつくる。予定どおり―――は
言いすぎか。じつのところ半分は運だ。

 手を伸ばし【下】のボタンを押す。すぐさまエレベータの扉が開いた。開ききるのもも
どかしく、転がり込むようにしてエレベータに乗り込む。叩くようにして【1階】【閉】
を連続して押す。扉が音をたてて閉まり始める。その閉ざされはじめた扉の向こうにエル
ダーの姿を認めた。

「さようなら」

 ヴァイオレットはそう言うと、恐るべき武術家へ向けてふてぶてしい笑みを投げかけた。


484 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/06(日) 23:29:51
>>483
 
 ――迂闊! と、仮説通路を追いすがりながら、私は臍を噛んだ。
 
 見事に『玄天手』の一刀を捌かれた事ではない。それを利され、我が刃圏(ブレイドスフィア)
より逃げられた失態にだ。
 足が自然と止まる。フロアの向こうに飛んだ女は、あろう事かエレベーターの中に入ろうとし
ていた。
 自分も乗り込むか。莫迦な。虎穴というのも愚かな死地だ。
 ならば外から追うか。それも駄目だ。どの階で降りるか判らない以上、後手に回るのは必定。
 進むも難、退くも難――。一瞬だけ迷い、一瞬で判断した。
 
 仮設通路の脇を駆け上がり、勁力をこめて蹴った。
 手すりを大きくしならせて飛躍。コートの裾をはためかせ、私は再度宙を飛ぶ。
 対手の誘いには乗る。エレベーターにも乗ってやろう。
 ただし自らだ。策と察していればこそ、死中に活路も見出せよう。
 
 
 閉じかけた扉の中に、女の笑みが見えた。
 混じり気ない白だったその服には、幾条もの朱線が刷かれている。
 全て浅手だった。深手はこれから負わせてやろうと思う。
 
 
 フロアの半分を飛び切り、回廊に着く。
 着地ももどかしくエレベーターに飛びかかる。今、まさに閉まらんとする扉へ強引に双剣をね
じ込ませた。
 ぐい、と捻じるようにこじ開ける。
 
「再見(さようなら)か」と、私は口の端を歪ませた。「そうだな。お前は再び私と見(ま)みえた」 
 
 エレベーターに踏み入りながら、二息の裡に八閃の刺突を放った。
 完全に中に入ってしまえば太刀筋は狭めざるを得ない。思うさま攻められる機会は今だけだ。
 ならば、ここで討ち取ってくれる。
 四手は晦ましだが、残りの四手は両肩、両脇を狙った疾風迅雷の刺穿だった。
 

485 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/07(月) 22:16:10
>>484

「いらっしゃい。よく来たわね」

 ヴァイオレットは駆け込み乗車の乱入者を不敵な笑みで迎え入れる。

 来るだろうとは思っていた。彼女ほどの使い手ならば罠を恐れず乗り込んでくるだろう
と予想していた。それほどまでにこの相手の技量を、そしてそれが生み出す矜持を信用し
ていた。なにより、ヴァイオレット自身がこうなることを望んでいた。そうだ、そうこな
くては!

 女が扉を開いたのと同時に、左手に持った銃をトンファーのように逆手に持ち替え、前
腕に銃身を沿わせるようにする。右足を引き、左手を前に出した左半身の姿勢になる。そ
して、そのままの姿勢ですばやく壁際まで下がる。追い詰められた―――わけではない。
 
 逃げ場を失い背後に壁を背負っても、ヴァイオレットは冷静に思考をめぐらせた。この
状況で繰り出してくる攻撃は、上から下、下から上、そして突きの3通りのみだ。予想通
り、だが予想以上の速度と技の切れで、エルダーは突きを放ってくる。

 連続して繰り出される突きを逆手に握った銃で弾く。半身になって的となる部分を減ら
し、さらには深手を負いそうな攻撃に狙いを絞っての防御だ。

 それでも全てを完璧に弾くことはできず、弾きそこなって腕の肉の一部を抉られるが、
かまいはしない。決して浅くは無いが、致命傷というわけでもない。

 容赦なく繰り出される双剣による突き。これを凌ぎ切ったときこそ、ヴァイオレットに
勝機が生まれる。理由はこの場所だ。この狭いエレベータ内では思うように剣を振るうこ
とはできない。くりだせる太刀筋はどうしても限定されてくる。そして攻撃が限定される
ということは、相手の攻撃を予測する銃型使いのヴァイオレットにとって、またとないほ
どに有利な条件となる。圧倒的に絞込みがしやすくなり、予測が容易となるのだ。

 また、このように狭い場所では使い勝手の悪い剣に対し、ヴァイオレットの銃型専用銃
は超至近距離での戦闘でもそん色なく使うことが出来た。もとよりそれを想定して作られ
た銃だ。

 間合いを制するものが勝負を制する。そしてこの狭いエレベータ内において、間合いの
優位性は再びヴァイオレットのものとなる。


486 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/07(月) 22:16:29
>>485

 スコールのように激しくふきつける女の突き。その連続して繰り出される突きが一瞬だ
けやんだ。同時に金髪の剣鬼の背後でエレベータの扉が閉まり、昇降機は降下を始める。

 振り返ればわずか八手。だがそれは気が遠くなりそうに長く感じた瞬間だった。しかし
その一瞬にして悠久の時も過ぎ去った。さあいまからは反撃の時だ。

 女が突きを放ち終わったその瞬間。技から技へのつなぎのほんの一瞬。その瞬間に左手
の銃を持ち直す。手の内でくるりと回し、元のようにグリップをしっかりと握る。

 同時にヴァイオレットは舞った。刃を備えた2丁の拳銃を手に、速く激しくヴァイオレッ
トは舞った。バレリーナのように回転し、ダンサーのようにステップを踏み、プリマドン
ナのように場を支配する。

 二対の刃が乱舞し、空を切り裂く。バヨネットが電灯の光を反射し、薄暗いエレベータ
内に光の軌跡を描く。疾風迅雷の速度で。速く、速く、速く。岩をも砕き、鋼をも斬り裂
かんと。強く、強く、強く。吹きすさぶ嵐のように。激しく、激しく、激しく。さらに速
く、さらに強く、さらに激しく。さらに、さらに、さらに、さらに!もっと、もっと、もっ
と、もっと!

 無数の斬撃がエルダーを襲う。斬り刻み、解体せんと美しき武術家を襲う。

 ヴァイオレットは一心不乱に死の舞を舞う。刃を諸手に激しく踊る。これは切り刻むこ
とを前提とした攻撃だが、受け止められ、防がれても構わなかった。

 先の剣戟で解かったことだが、体重の利はこちらにあった。あの女はヴァイオレットの
蹴りを受けとめ圧し負けた。女としては不愉快なことだが、体重の重さはヴァイオレット
のほうが圧倒的に勝っていた。二人の種族差によるものだろう。そして、それほどの体重
差があれば、たとえ受け止められようと打撃としても充分に効果はある。

 かくしてこの場は惨殺空間へと変貌する。銃剣はギロチンに。銃身は金棒に。グリップ
エンドは鉄槌へと変わる。相対するものを粉砕する兇器へと変わる。

 エレベータの狭い室内が、搭乗者を斬り刻みすりつぶす凶悪なミキサーへと変貌した。

487 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/07(月) 23:57:22
>>485-486
 
 紛紛紜紜(ふんぷんうんうん)として闘い乱れて、乱すべからず。
 渾渾沌沌(こんこんとんとん)として形円(まる)くして、敗るべからず。
 ――とはよく言ったものだ。
 
 女の攻勢の事である。半ばまでは防ぎ、避ける事が出来た。
 残りは無理だった。
 比肩随踵(ひけんずいしょう)たる魔の連撃は、私の肢体を隅々まで蹂躙した。
 
 銃剣に両肩を裂かれ、脇を掠めたグリップの一打に肋骨へひびを入れられ、熱いのか冷た
いのか判別し難い温度が、身体中の疵口で弾けている。
 跳ね回る激痛を噛み殺しつつ、私は対手と同じく逆手に持ち換えた双剣を揮った。素直に
大振りの剣技を放てる場所ではない。
 燦々と火花が散った。血もしぶいた。
 それでも小刻みに無駄なく、そして間断なく。隙を削ぎ落とし、勁を乗せた剣を煌めかせる。
 
 しかし、この狭さは予想以上に危険だ。地の利を奪われたのは、まさに痛手となった。
 ならばいっそ――。
 
 
 銃剣の双撃を撃ち払い、私は両手を振った。愛剣は手を離れ、甲高い唸りを上げて飛ぶ。
 投擲は女へ向けてではない。『地球光』は天井に斜めに、『月光』は向かって左の壁に、それ
ぞれ剣身の半ばまで突き立った。
 
 この狭隘な空間内で動く時、利刃をぎらつかせる二振りの剣はこの上ない障害物となる。対
手に思い通りの体捌きなどさせる積りはない、というのが一つ。
 そしてもう一つ。
 
 電撃の速度で、私は右脚のみ後方へ跳ね上げる。
 鍛錬を重ねた我が蹴足の柔軟さは、後ろへと蹴りながらも、自分の背中越しに前面にいる
敵の顔を砕く事すら可能だ。
 勁力を乗せた踵が捉えたのは、天井に刺さった『地球光』の柄だった。同時に左の掌底で、
同じく『月光』の柄を衝く。
 
 鏘然たる音が響き、碧き二剣は生あるもののようにしなった。
 元々が柔性に富んだ中華剣だ。上下左右に光る刃は毒蛇の鋭さで、対手目掛けて牙を剥く。
 踊り狂う双剣を煽り立てるように、私の両掌もまた躍動している。
 立てた人差し指のみで肉を抉る刺突、骨肉諸共に引き裂く虎爪、龍爪、蛇標、豹鎚――陰手
陽手を苛烈に交歓させつつ、縦横無碍に撃つは洪家拳套路、『虎鶴双形拳』が絶招だ。
 
 
 正を以て合し、奇を以て勝つ。奇正の相生ずること、循環の端なきが如し。――二千年前に
孫子が喝破した通り、兵法の要諦はこれに尽きるのだった。
 

488 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/08(火) 21:43:58
>>487

 毒蛇のごとくうねり、しなり、襲い繰る双剣。それはヴァイオレットの予測をもってし
てもなお、予測しきれぬ想定外の動きだった。ゆえに、避けきれなかった。

 左腕に異物感。そして違和感。一瞬の後、激痛が走る。前腕部、肘の少し先を深々と刃
が食い込み通り抜けていた。左腕から急激に力が抜け、思わず銃を取り落とす。

 ―――浅くない!!

 具合を確認しようと指を動かしてみようとするがピクリとも動かない。感覚すら消失し
ていた。

 ヴァイオレットは理解した。この損傷は筋肉だけではない。腱や、神経までもが完全に
切断されていた。骨ですら半ばまで断たれている。

 そして、この超至近距離での攻防の中で片腕を失うということが何を意味するか。それ
はあまりにも明白であった。隻腕では、この達人の攻撃を防ぎきれるはずも無い。かくし
て攻防は再度入れ替わり、純粋な力が場を支配する。

 片手しか使えなくなったヴァイオレットに叩き込まれる圧倒的なまでのウルトラヴァイ
オレンス。

 人差し指の刺突によって右の眼球は抉り出され、視界の半分が赤黒染まり消失する。繰
り出される虎爪は顔面を引き裂き、骨まで削る。防ごうとした右腕に龍爪が振るわれ、腕
の肉をごっそり持っていく。蛇標がわき腹の傷口を抉り、赤黒い血がごぼりと零れ落ちる。
豹鎚がむき出しになった頬骨を打ち砕き陥没させる。

 その後もやむこと無く繰り出される多彩な技の数々。あばらはまとめて数本圧し折られ、
肉は千切れ飛び、血はどくどくと溢れ出す。

 屠殺場キリングルームと化したエレベータの中に濃厚な血の香りが充満する。

 一瞬、落ちかけていたヴァイオレットの意識は、エレベータの扉が開く音で呼び戻され
る。この短い攻防の間に、いつしか一階へとたどり着いていたのだ。

 殴られ続けながら考える。このままでは確実に殺される。ふたたび薄れていく意識を繋
ぎとめ、ヴァイオレットは一か八かの賭けに出る。

 防御を完全に捨て去り、破壊の渦のような拳嵐の中へ、自分から大きく踏み込んだ。容
赦なく襲い来る絶技の数々。肉体をボロ雑巾のようにされながらも、さらに踏み込み間合
いをつめる。

 前髪が触れ、吐息のかかりそうなほどの至近距離。その距離でヴァイオレットはいまだ
手にしていた銃を、真上に向けて軽く放り投げた。ゆっくりと宙を舞う一丁の拳銃。それ
は光を反射しながら放物線を描く。

 ヴァイオレットは空いた右手を見せ付けるように顔の前にかざす。そしてその手で次元
圧縮システムから手榴弾を取り出すと、片手で器用にピンを抜き床に投げ捨てた。

 ヴァイオレットの手を離れた手榴弾はそのまま下へと落ちていき、女の股の間をくぐる
ようにして背後へと転がっていった。

489 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/08(火) 23:35:28
>>488
 
 彼我の距離は近かった。近いというのも愚かな間合いである。
 その場所にいる者を、こちらは一指もさされずに破壊する哲理こそが武だ。
 そしてもう一呼吸だけ時間があれば、私はその哲理を構築させ切り、この恐るべき対手を屠
り去っていたかもしれない。
 
 そうはならなかった。
 なぜならば、
 
 
 ――手榴弾!
 
 突き入れんとした手刀を止め、私は蒼褪める。ころころと足元を転がってゆく乾いた音の、何
と恐ろしく聞こえる事か。
 このままエレベーター内に止まる事は出来ない。この狭さへと導かれた爆風をもろに喰えば、
如何に血族とて木端微塵だ。私は、そうされても平気で元通りになれるようなお気楽な(という
か因果なと言うべきか)血統には属していなかった。
 針で刺せば血も出る≠フだ。――生憎、人間ではないけれど。
 
 到着を伝える間抜けたチャイム音は聞こえていた。背後の扉が開いたのも判っている。
 雷瞬、私は女へのとどめを放棄して、後ろへ飛び退いた。
 宙返りしながらの瞬動の内に、天井と壁から愛剣二振りの柄を引き抜く事も忘れない。
 着地し、もう一度後方に旋転。早く逃れなければならない。早く、早く、早く。
 
 どん、と何かが来た。
 途轍もない衝撃だった。それと轟音。また衝撃。
 
 
 ――二度めの衝撃で、自分は床に叩きつけられたのだと悟った時、私はまだ起き上がれてい
なかった。
 手榴弾の爆風を受け、十メートルも宙を舞わされた挙句に大地と激突するような目に会えば、
人はすぐに身を起こそうなどとは思わなくなるもので、それはヴァンパイアも同じだった。
 

490 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/09(水) 21:07:32
>>489

 ふらつきながらも立ち上がる。なんとか生きているようだ。頑強な肉体を持つファージ
であることを今ばかりは神に感謝する。爆発の瞬間にエレベータ内側の出入り口の脇に身
を隠せたのが幸いした。衝撃波に身を蹂躙されたが、手榴弾の破片を喰らわずにすんだの
だ。怪我は重い。ほうっておけば死ぬだろう。だが今すぐではない。いまは、いまこの瞬
間はまだ戦うことができた。

 見ればエルダーの女はまだ地に伏していた。いまの内に、このままエレベータで上へ逃
げるかとも思ったが、いくらボタンを押してもエレベータはエラー音を鳴り響かせるばか
りでぴくりとも動こうとしない。爆風で壊れたのだろう。

「クソ!」

 吐き棄てるようにそういうと、ヴァイオレットは床に落ちた銃を拾う。セレクターを切
り替え、倒れた女へ向けて引き金を引く。だがフルオートで吐き出された銃弾は見当違い
の方向へと飛んでいった。照準が完全に狂っていた。堅牢に作ってあるとはいえ、これだ
け鈍器として使用してはフレームが歪むのも無理ないことだ。ましてやこれは試作品だ、
動作するだけマシといったところか。

 そんなヴァイオレットをあざ笑うかのように、エラー音を鳴り響かせるエレベータ。苛
立ちを叩きつけるようにコンソールに銃を投げつけ黙らせる。

 視界が揺れた。立っていられず思わず膝を突く。身体全体が震えていた。顔面は蒼白を
通り越して死人のような土気色だ。傷はあまりに深かった。そして出血は目も当てられぬ
ほどにひどい。

 激しく震える手を鼓舞し、ヴァイオレットは注射器を取り出す。落としそうになって、
あわてて握り締めた。代えはない。落したらそれまでだ。なんとか注射器の向きをかえ、
太ももに突き刺した。

 シリンダの中身が血管の中へと押し込まれていく。血管に進入した液体は血流に乗って
全身へと運ばれながら、全身の細胞に吸収されていく。

 シリンダの中の液体は、即効性の増強剤だ。この薬品はヘモファージ・ウイルスによっ
て強化されたファージの代謝をさらに増強する働きがあった。

 薬物によってヴァイオレットの代謝はさらに加速され、筋肉が膨張し骨格がきしむ。次
の瞬間、猛烈な吐き気がヴァイオレットを襲い、ヴァイオレットは胃の内容物を全て床の
上にぶちまけた。作用の強いこの薬は副作用も甚大だった。とくに深手を追っているいま
は、下手をすればショック死しかねないほどに危険だった。こんな状況で薬物に頼るのは
あまりにもリスクが高すぎたが、あの女を殺すためにはどうしても使わねば不可能だった。

 痙攣するようにして胃の中のものすべてを吐ききり、ついには吐くもののなくなったヴァ
イオレットは、手を伸ばし注射器を引き抜くとその場に投げ捨てた。そしてゆっくりと立
ち上がる。

491 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/09(水) 21:07:44
>>490

 埃の積もった廃墟の床に、血まみれの女が立ちあがる。神経を切断された左手は力なく
だらりとたれ、眼球を抉られた右の眼窩はぽっかりと開き血の涙を流す。

 そうしてヴァイオレットは完全に立ち上がると、次元圧縮システムから剣を抜き放った。
切っ先がノミのように平になった、東南アジア風の剣だ。樋も鎬も無く、鍔すらなかった。
細長い長方形のシルエットをした殺風景な剣だ。ただ飾りはといえば刀身に刻まれたタイ
―ヒンディ語の語句のみ。

 剣を抜き放ったヴァイオレットは、だが構えない。脱力しきった無構え。

 彼女の狙いはただ一つ、カウンターだ。相手は2刀。こちらから仕掛けては、一刀で流
されもう一刀で命を奪われる。ヴァイオレットが勝つためには、相手の一刀をなんとして
もかわし、もう一刀よりも早く相手の身体に刃を食い込ませねばならなかった。それを成
し遂げるため、予想されるあらゆる行動にすばやく対処するために、わざと構えをとらない。

 風にそよぐ柳のように、はたまた月下に咲く一輪の百合のように、ヴァイオレットはた
だ静かに立つ。

 その静かな立ち姿とは裏腹に、心には激しい闘志が渦巻いていた。その心に反応して、
服の色がヴァイオレットの血を吸い上げたかのように真紅に染まる。闘争の赤、戦意の真
紅だ。

 さながら燃え盛る炎のような真紅の衣を纏いし女は、一振りの剣を手に恐るべき敵を迎
え討たんとしていた。

492 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/09(水) 23:30:14
>>490-491
 
 仰向けのまま咳きこんだ。口中に熱いものがせり上がって来る。
 溢れそうになる血泡を嚥下した。飲み下せなかった分が唇から紅い糸を引く。
 喉が熱い。腹腔も熱い。
 
 このまま寝ていたいが、そうしてもいられなかった。ここは夫ヴィクターと交わった後のベッド
ではなかったし、何より喧しい目覚ましベルを鳴らす奴がいた。
 
 
 ――私はかっと眼を見開いた。
 猛然と跳ね起き、曲げた両膝を交差させて歇歩(シェブ)の姿勢を取る。
 女が立っていた。
 疵の痛みも忘れさせる程の闘気を放ちながら。
 
 新たに剣を下げている。刀身は長方形で、あまり見かけない代物だ。
 生きた培養組織のドレスを白から紅へと変えた立ち姿は、全身隙だらけのようでいて、微塵
もつけ入る所はない。
 嘆じつつ、私は荒くなる呼吸を押し隠した。
 調息が乱れ、気勁を上手く練られない。この満身創痍では是非もないが、そうと悟られる訳
にもいかなかった。
 
 しかし、負傷を言うなら対手も酷い有り様だった。
 ほう、左腕はまだ繋がっている。貰ったと思ったが、どうやら浅かったらしい。
 
 ゆっくりと、私は双剣を左右に広げる。飛び立たんとする猛禽の如くに。
 刹那、疾った。
 低めの体勢で輿馬風馳(よばふうち)し、電影裡に双剣を躍らせる。『地球』と『月』で、左右
から噛み砕く顎(あぎと)のように狙う先は対手の左腕だ。
 
 最前、確かな手応えのあったそこは、鉄塞の構えに穿たれた唯一の穴である。――そんな
気がしたので。
  

493 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/10(木) 00:10:22
>>492

 まるで鷹羽のごとき構えから、挟みこむようにして振るわれた刃。狙いはヴァイオレッ
トにとって死角となった左腕。むろんまともに受ければ左腕だけでは済むまい。そのまま
体幹へと切り込み、胴を両断しかねんほどの鋭さだ。その太刀筋はあまりに完璧だった。
速さ、鋭さともにかわしきれるものではない。

 だがヴァイオレットはあわてなかった。迫る刃を見やりながら、手にした剣の重みを心
強く感じる。いつもそうだ。この長く鋭い刃がいざという時には一番の頼りになってくれ
た。こんな満身創痍の姿だろうと、この剣を持っている時には負ける気がしなかった。

 一太刀あびるのは覚悟の上だ。致命傷さえ避ければいい。いや、ちがう。致命傷でも構
わなかった。即死さえ避ければいいのだ。もはや先のことは考えまい。戦う理由も考えま
い。ただ、目の前にいる相手を斬ることのみを考える!

 わざと倒れこむようにして右から迫る刃へと身を投げる。鋭き刃はヴァイオレットの腹
を薙ぎ、赤黒い血が宙にふきだす。それは深い、深い傷だった。あと数秒もすれば腹圧に
よって臓物が傷口より押し出されてくるであろう。適切な処置の受けられぬこのスラムに
おいては確実に致命傷だった。

 そう、致命傷だ。だが即死するような傷ではなかった。

 ヴァイオレットが自ら右に倒れたことによって、数瞬遅れて迫り来る左の刃。その剣を
ヴァイオレットが右手に握った剣が、がっしりと受け止めた。

 だめだ。これではだめだ。目の前の女には先に振るったもう一振りの剣がある。その切っ
先が返り振るわれれば、死に体となっている今のヴァイオレットに防ぐ手段はない。そし
て、唯一の武器である剣をふさがれているいま、ヴァイオレットには先に攻撃を与えるこ
とのできる有効な攻撃手段も無い。

―――無い、はずだった。

 だがそのとき、動かぬはずの左腕が次元圧縮システムからもう一振りの剣を抜き放つ。

 神経の切断された左腕。骨まで半ばまで断たれ、かろうじてつながった左腕。纏ったダー
マプラスティック製のジャケットによって圧迫固定された左腕。使い物にならぬはずの左腕。

 だがしかし。切断された左腕の神経に代わり、ダーマプラスティックの辺縁神経系が脳
からの指令をバイパス。切断された筋肉と腱に変わり、ダーマプラスティックが代用筋肉と
なりヴァイオレットの腕を駆動させる。

 かくして左腕はかりそめに命を取り戻す。

 殺戮機械ジャガノートと化したヴァイオレットのつるぎがエルダーの腹めがけ、一文字に振るわれた。

494 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/10(木) 23:08:10
>>493
 
 在り得ぬ左よりの一刀がその凄絶なる斬線をえがき終えた時、私は数メートル後ろに飛び
下がり、着地した。
 ――何処を喰われた! と、心中で叫びながら。
 
 
 正手変じて奇手となり、奇手変じて正手となる。固着せず、正剣奇剣を瞬時に流動させるこ
とこそ武の神髄だ。
 その意味で、女の反撃剣は掛け値なしに入神の技と言えた。容易く避けられよう筈もない。
 
 熱がある。
 それが答えだった。バーナーで焙られているかのように、右胸が燃えている。
 何かが落ちる音がした。粘っこい響きが傍の床にへばりつく。
 乳房だった。
 対手の一刀は、私の右の乳房のみを斬り飛ばしていたのである。
 
 頬が濡れた。
 胸元から噴水のように吹き上がる血汐だ。ぴしゃぴしゃと顔や喉に跳ね返る。
 身を折り、私は血塊を吐いた。こんなにも水分は豊富なのに、喉が灼けている。
 
 足がもつれる。崩れそうになる身体を懸命に支えるが、それだけの作業がひどく難しい。
 バランスがおかしかった。己の一部を失うとは、そういう事なのだろう。古えのアマゾネス達
は、どんな風に乳房一つの身体に慣れたのやら。
 
 胸の奥が疼いた。疵口ではなく。
 こんなになった私の胸を見て、ヴィクターは何と言うだろう。
 私のことを、嫌いになるだろうか。
 
 
 膝の力が抜けた。倒れる。そう思い、ふと気づいた。
 倒れそうだという事は、まだ立っているという事だ。
 立っているという事は、まだ負けてはいないという事だ。
 負けてはいないという事は。
 
 
 私は踏みとどまった。
 両の剣柄を握り締める。思い切り握り締める。
 ――まだ戦える。
  

495 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/10(木) 23:09:42
>>494 続き
 
 顔に纏わりつく血塗れの髪を、首の一振りでほどく。
 足を少し浮かせ、踏み鳴らした。
 ずん、と一階フロア全体が軽く揺れた。
 震脚の足踏みによるものだ。梵鐘のようにくぐもった振動が、周囲一帯に残響している。
 呼吸が楽になった。内息も充溢する。
 
 死域に入った。そう感じた。
 森羅万象、あまねく全てに限界はある。気力体力に関するそれも、人であれ吸血鬼であれ
厳然として存在する。
 ただしその設定地点は、通常ここまでと断念してしまう所より遥かに先なのだ。
 この真の限界間際に至れば、己の血肉を思うさま燃焼させる事が出来る。
 反面、長く居続ければ死ぬ。
 
 それ程の危険域を恣(ほしいまま)にし、そこに遊ぶ事こそ武の本懐でもある。
 私は両手を旋回させた。双剣が閃き、剣身にこびりついた対手の血脂を吹き飛ばす。
 虚空を斬ること四合、真っ向から貫く双手刺剣の構えで静止。
 
「よくも、女の大事なものを奪ってくれた。見合う代価を置いていけ」
 
 剣尖で対手を見据えながら、私は低い声で告げた。
 
「お前の命を」
  

496 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/11(金) 22:19:46
>>494>>495

「いいえ、死ぬのはあんたよ。わたしが地獄へ送ってやるわ」

 獣のような形相でヴァイオレットはそう吐き棄てると、目に力をこめ睨み殺すような視
線で相手を貫く。

 全身の傷口からあふれ出し、流れ出て、滴り落ちる大量の血液。そのうち腕を伝ったひ
とすじが、刀身へと流れ落ち切っ先から地面へと滴り落ちる。手の内で剣をくるりと回転
させ握り直した。

 腹圧で臓物が腹の傷口よりはみ出してくる。押さえている余裕は無い。構いはしなかっ
た。勝つにせよ負けるにせよどうせこの傷では助かるまい。そうでなくとも、感染したヘ
モファージウイルスによって、もとよりあと数年も生きられぬ身だ。

 死ぬことに対する恐怖は不思議と無かった。自然とそのことを受け入れられていた。死。
振り返ってみれば、死は常にヴァイオレットとともにあった。家族仲間そして敵。数多の
ものたちの死がヴァイオレットのそばを通り過ぎていった。そして、ついには自分の番が
来たというだけのことだ。

 ともすれば崩れ落ちそうになる身体を鼓舞し剣を構える。限界はとうに超えていた。わ
ずかにでも気力が萎えればこの身体はもう動くことは無いだろう。

 左足を前に出し両足を肩幅より広めに開く。そして左腕を大きく前に突き出し、握った
剣は地面と平行になるようにして横に向けて構える。正面から見れば、剣とヴァイオレッ
トの身体の正中線で十字を描くような形になる。

 水平に構えた刃越しに相手を胴で二分するようにして見やりながら、肩にかつぐように
して右手の剣を構えた。

 彼我の視線が絡み合い。時はその流れを止める。

 その間、わずか一瞬。

 そして、また時が動き出す。

497 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/11(金) 22:20:18
>>496

 先に動いたのはヴァイオレットだった。彼女は左手に構えた剣を大きく外側へと振るっ
た。そしてその力を利用するようにして、担ぐようにして構えた右手の剣を投げた。

 右手の剣は回転しながら飛翔して、相手の胴を薙がんと襲い掛かる。

 剣を投擲したヴァイオレットは、その円運動のままに回転。回転しながら左手で持った
剣の柄を右手でも握り、両手持ちへと握り直す。そのまま大きくくるくると回転しながら、
投擲した剣のあとを追うようにして、恐るべき速度で移動する。

 ヴァイオレットの剣術は、がんらい回転を主体とするものだ。回転によって力を生み出
し、その生み出した力を相手へと叩きつけるのだ。ゆえに先手を狙い、遠間から一気に踏
み込みつつ回転し、斬りつけるのが本来の彼女の戦い方だ。

 だが敵は二刀。生半な太刀を振るっては、一刀で防がれもう一刀で斬り殺される。

 そうさせぬ為にはどうすればいいのか。単純なことだ。自分が生存する望みをすべて捨
て去り、捨て身の一撃を放つのだ。一撃で決める。狙うは一撃必殺。相手の剣を打ち砕く
ような一撃を、相手を剣ごと切り倒すような一撃を。

 相手は技量においても速度においてもヴァイオレットより勝っていた。ヴァイオレット
に勝ち目があるのは重さ、一撃の威力だった。この一太刀で決めなければ、ヴァイオレッ
トに勝ち目は存在しなかった。

 回転しながら剣を上段へと構える。全身の筋肉を動員し、ただひたすらにこれから放つ
一撃に備える。そしてヴァイオレットは、ついにエルダーを刃圏にとらえた。

 瞬間、回転とともに剣が振り下ろされた。

 燃え盛るような真紅の衣を纏ったファージの戦士は、速度を回転を重量をありとあらゆ
るすべての力を、彼女の持てる総力を結集し、目の前の恐るべき武術家へと斬りかかった。

498 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/12(土) 21:07:03
>>496-497
 
 銀の光芒となって飛来する魔剣は一髪の差で避けた。剣で弾く余裕は既にない。
 風が全身を打つ。赤い風、赤い嵐だ。
 己がはらわたすら振り乱しながら、真っ赤な獣が駆けて来る。この上なく鋭く、この上なく美
しい牙を剥き出して。
 
 
 剣と剣を交えていると、不思議に対手を理解してしまう事がある。
 百万言を連ねるより雄弁に、人間そのものが見えてくる。そんな瞬間があるのだ。
 
 この女が剣を執るのは自分の為であり、他の誰かの為であり――やはりそれは彼女自身
の為なのだろう。
 彼女が信じる何かの為の。
 ろくに語を交わした訳でもないが、解る。信じるものを託した剣は重く、疾い。
 
 対手が解ったからとて、自分の刃先を鈍らせはしない。それは礼を失する行為だ。
 吹毛を磨いた上は、立ち塞がるもの全て斬り捨てよ。祖仏であろうと、莫逆であろうと。
 ――それは所詮不祥の器でしかない剣が、唯一通すべき斬殺の道理だった。
 
 
 眼前で×の字に組んだ『碧光双剣』を、私は交差のままに神速で突き出した。
 対手の剣を受け止めるのと同時に、押し返す剣で対手ごと引き斬らんとする一手だ。
 
 天空から雪崩れかかる赤熱の怒涛を、碧き十字が発止と阻んだ時――。
 
 澄み切った音が湧いた。
 鋭く、深く鼓膜に刻まれるようなそれは、交差させた『地球光』と『月光』が、諸共に砕き折ら
れた響きだった。
 直後、女の剣は私を縦一文字に斬った。
 
 
 ――ここまでは良し。
 身中を通過する鋼の冷気に慄然としながら、私は一歩、足を進めた。
 

499 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/12(土) 21:07:57
>>498 続き
 
 死を覚悟し、而して後、それを踏破する。
 相撃ちでは駄目だ、それは勝利ではない。
 女の剣技が私の防御を破ってのける展開は予想できた。彼女が私を破ったその隙にこそ、
私は己の勝利を賭けたのだった。
 
 
 砕かれた双剣を捨てた。大量の鮮血を飛沫かせながら、更に一歩詰めた。
 今少し、今少しだけ保て、と強く念じる。
 私の身体は、最早死域を抜けようとしていた。生の反対側の方へと。
 
 右手の人差し指と中指のみを立て、後は握る。剣指と呼ばれる拳の形を、対手の左胸へ
と撃ち放つ。
 衝くのは五手。狙いは五つの点穴である。たったそれだけの手管が、撃ちこまれた者の
心臓を破裂させて絶命に至らしめる。
 およそ百年も昔、さる白蓮教の道士により授けられし秘拳中の秘拳。――
 

500 名前:ナレーション:2009/09/12(土) 21:09:26
>>499 続き
 
 そして放たれる五連撃、必殺の技!
 その名を!
 その名を!
 その名を!
 その名を!
 その名を!
 
 
 その名を!!
 
 
 ――『五点掌爆心拳(The Five-Point Palm Exploding Heart Technique)』!!
 

501 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/12(土) 21:10:37
>>500 続き
 
 五打目を衝き入れた時、私の脇腹は裂けた。
 
 いささかはしたない音と湯気を立てて、臓腑がこぼれ落ちる。対手の惨状を鏡に映した
かのように。
 先程の飛ぶ一刀、完全にかわしきれてはいなかったか。しかし、
 
 
「――あと五歩だ。お前に残された時間は」
 
 
 後退って残心しつつ、血塗られた声で私はそう宣言した。 
 

502 名前:ヴァイオレット ◆DOLLmR5Q5A :2009/09/12(土) 23:17:48
>>498>>499>>500>>501

 凍えるような、焼き尽くされるような、そんな矛盾した感覚がヴァイオレットの心臓を
走り抜けた。そして即座に理解した。

―――致命的な何かを喰らった、と。

 女のいっていることが真実であることを、その感覚が裏付けていた。

 最後の一太刀とともに回転を止めていたヴァイオレットは、女に背を向けて立ち尽くす。

 斬ったという安堵からか、勝利を確信した油断からか、それとも残身できぬほどに全身
全霊をこめて振るった一太刀が仇となったからか、ヴァイオレットにはその致命的な一撃
を避けることができなかった。

 いや違う。ヴァイオレットがこの技を喰らったのは、安堵や油断や失策などによるもの
ではなかった。命を棄てたヴァイオレットの覚悟よりも、女の決意のほうがより強かった
というだけのこと。死力を振り絞った両者において、このエルダーの女のほうがわずかに
勝っていたというただそれだけのことだ。

 その結果として、ヴァイオレットは敗れたのだ。

 彼女は敗れた、もはや死はすぐそばにある。長年連れ添ってきた死神が、ついにその鎌
を彼女の頸にかけるときが来たのだ。もはや死は避けられない。

―――だが、それでも。それでも彼女にはまだやらねばならぬことが、できることがあった。

 身につけたダーマプラスティックの服を経由してポケットの中の携帯にアクセス。メー
ルを起動しあらかじめ書いてあったメールを先日買い与えたばかりのマチコの携帯へと送
信する。最悪の事態、こうなった場合のことを想定して書いておいた最期の言葉を。

 逃げなさい、と。ただそのひとことを。

 やるべきことをやり遂げた彼女は、振り返りエルダーの女へ向けて歩き出す。どうせ死
ぬとしても、死ぬ時はせめて前のめりで。

 一歩。死闘を繰り広げた女の姿が目に入った。酷い有様だ。何だあんたも死にかけじゃないのよ。

 二歩。相手の名前も知らない事に思い当たる。問おうとし、止めた。もはやどうでもいいことだ。

 三歩。マチコのこれからが気になったが考え無いことにした。助かるはずだ。そう信じたかった。

 四歩。澄み渡った意識の中で、相手の眼を見つめ微笑んだ。終わってみれば怨みは無いのだ。

 そして運命の五歩目。

 わたしは死ぬ。だからマチコ、せめてあなただけは。

「命あれ」

 そのつぶやきとともに、ヴァイオレットの心の臓腑はその役割を終えた。

503 名前:ヴィルマ・ファキーリ:2009/09/12(土) 23:49:32
>>502
 
 崩れ落ちる女の微笑みを、溢れ返る血と臓腑ごと、私は抱き止めた。
 「眠れ」と囁くように耳元で言う。もう彼女へ届いていないのは判ってはいたが。
 
 これまで相対してきた強者達と同じ様に、私はこの女に対しても、いかなる種類の悪感情も
持ち合わせていない。
 対手は――ヴァイオレットは先に逝った。次は私の番というだけの事だった。
 
 
 視界が暗くなった。何かに顔面を叩かれる。
 床だった。叩かれたのではなく、私は彼女の骸を抱いたまま、一緒に倒れ込んだらしい。
 漸く、私は死域の先へ至ったのだ。真の死へと。
 全身の疵口から噴き出す血のせせらぎに耳を傾けながら、骸にまだ残っている温もりを感じ
る。私が流れ出してゆく音。私が無くなってゆく音。
 
 私の身体は奇妙な浮遊感に包まれている。蒼穹の果てをどこまでも落下するようでも、海洋
の底を目指して上昇していくようでもある。
 この感覚、何かに似ていると思い、気づいた。ヴィクターに抱かれている時だ。
 
 
 あらゆるものが闇に閉ざされる中、私は愛する者の名を舌の上で転がした。
 きちんと発音出来たかどうかは、よく判らなかった。
 

504 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/09/13(日) 15:10:17
>>503

Epilogue


 歌が聞こえる。どこからか歌声が聞こえてくる。

 それが自分の口からもれ出たものだと気づき、マチコは少し困ったような顔をしたが、
それでも歌をやめようとはしなかった。

 彼女は歌っていた、ヴァイオレットの帰りを待ちながら。メールは見た。だが信じなかっ
た。こんなものはただの文章に過ぎなかった。彼女が信じるのは生身のヴァイオレットだ
けだ。こんな自分を助けてくれた、一人の優しい戦士だけだ。誰も助けてくれない非情な
この世界で、ヴァイオレットだけは彼女を助けてくれたのだ。だから彼女は待った。信じ
て待った。彼女はヴァイオレットが帰ってくることを信じていた。ヴァイオレットを信頼
しきっていた。

 どれほどの間そうして待っていたのだろうか。数分?数十分?数時間?それとも数日?

 待っている間、少し不安になったりもしたがそれでも彼女は待ち続けた。ヴァイオレッ
トが帰ってくることを。彼女はきっと帰ってくる。そう信じて待ち続けた。

 信じて、信じて、信じて。そして彼女は満面の笑みを浮かべた。

―――ほら足音が聞こえた。やっぱりわたしは正しかったのだ。

 足音はだんだん近付いてくる。ヴァイオレットがだんだん近付いてくる。その音を聞き
ながら彼女はとびっきりの笑顔を浮かべた。ヴァイオレットをニアデスハピネスのもので
はない、まんめんの笑みで迎え入れてあげるために。彼女をこうして待たせたことに少し
だけ文句を言って、そして二人でまたどこかへ行くのだ。そうだ、『上』がいい。約束ど
おりに『上』にしよう。軌道エレベータにのって天上へと行くのだ。それがいい。そうし
よう。

 足音はだんだん近付いてくる。ヴァイオレットがだんだん近付いてくる。そして扉の前
でその足音が止まった。ドアノブがかすかに動き、蝶番がかすかに軋んだ音をたてた。そ
れをみて、マチコは飛びっきりの笑顔をとびらへと向ける。

 そして、とびらが、ひらいた。


505 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/09/13(日) 15:12:41







Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』
第2話 「INNOCENCE 」 END






.

506 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/09/13(日) 15:15:42

Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』

第2話 「INNOCENCE 」 (Violet vs Vilma )
>>439
>>440
>>441>>442>>443>>444>>445>>446
>>447>>448>>449>>450>>451>>452>>453>>454>>455
>>456>>457>>458 >>459 >>460 >>461
>>462 >>463>>464 >>465>>466 >>467 >>468 >>469 >>470
>>471 >>472 >>473>>474>>475>>476
>>477 >>478 >>479 >>480>>481 >>482
>>483 >>484 >>485>>486 >>487 >>488
>>489 >>490>>491 >>492 >>493 >>494>>495
>>496>>497 >>498>>499>>500>>501
>>502 >>503
>>504
>>505

507 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/09/13(日) 15:20:04



■Point

・Big Sister 1
・Big Blue 1 +1(Mission success)

Big Sister < Big Blue

It is unbalanced.



.


508 名前:◆DOLLmR5Q5A :2009/09/13(日) 15:21:34

Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』

導入
>>402

第1話 「Dance with Dracul / RocketDive 」 (Primavera vs Dante )
>>403

中間報告1
>>404

第2話 「INNOCENCE / ever free 」 (Violet vs Vilma )
>>506

中間報告2
>>507

509 名前:ハロウィン祭り/イントロダクション:2009/10/31(土) 21:29:59
Welcome to this clazy night!
このふざけた夜会にようこそ♪


ここは一夜限りのパーティ会場。
人間も化物もそれ以外も、宝物を求めて大はしゃぎだ!
それは、人間だけが持つ尊いもの。

命……ではなく。
心……でもなく。

“お菓子”

それを求めて、皆、走り出す。

さあ……奪いあえ

510 名前:名無し客:2009/10/31(土) 21:30:40
っ焼き立てクッキー×10

511 名前:小悪魔の扮装をした少女:2009/10/31(土) 21:33:54
「ふんふーん。ハロウィン、ハロウィン♪
 よろしい、ならばトリートだ!」

こんな夜にお菓子を持って走っている私はごく普通の女の子。
ただ一つ普通じゃない事は悪魔っぽい格好をしている事ですかね?
名前は……まあ、どうでもいいじゃないですか、そんなこと。

そんなわけで、お菓子がいっぱいに入ったバスケットを持って、その広い公園にやってきたのでした。

【お菓子所持】

512 名前:ニコラス・ネイルズ ◆QUATreGC1A :2009/10/31(土) 21:37:17
 ―――ハロー、ハロー、元気かね諸君?
 イカれた時間へようこそ。
 クッキー一つに命と鉛玉を賭けるお祭りの時間だぜ。

 さあてめえら、もうチョコレートやチェリーにむしゃぶりつきたいって顔してやがるな?
 いいぜ、たーんと持ってきてやったから好きなだけ味わいな。
 ただし、この俺に勝てたらの話だがね。

【お菓子所持】

513 名前:アルクベイン ◆alcBAne7LU :2009/10/31(土) 21:54:04
―――ハロウィン。キリスト教における「諸聖人の日」の前夜祭。起源はケルト民族の収穫祭にあるとされる。
一般的には子供が仮装を行い、家庭を回りお菓子を集めるイベントとされる―――


「それは私も知っています、スパーキィ」
マントを風に靡かせながら、腕を組む一人の男が居た。
ミラーシェードと翼の意匠の仮面を組み合わせたヘルメットに隠された素顔からは、表情は読み取れない。

「……何時から、ハロウィンはこれほど血生臭いお祭りになったのでしょうね」
お菓子を持ち、通りを走り回る者たち。
お菓子を狙い、虎視眈々と闇に潜む者たち。
そのどれもが、一般人とは言いがたい気配を発していた。
『―――検索では1990年代に発生した発砲事件が端緒とされているようですが』

「……そういう意味ではありません、スパーキィ」
仮面の男は相棒である量子コンピューター・SPARCのやや融通の利かない思考パターンに嘆息する。
もっとも、ジョークを解する人工知能は仕事の障害にしかならないのだが。

「ともあれ、祭りの夜であっても犯罪は許されません」
男の名は、クライムハンター・アルクベイン。
「機械の騎士」の異名を取る戦士である。そして、SPARCの生みの親でもある天才的な工学者でもある。

「了解です、マスター」
マントから垂れた二本の帯が、内蔵されたナノマシンの働きにより変形し周辺の建造物に絡みつく。

―――そして、アルクベインは夜に飛翔した。

【お菓子所持】

514 名前:不確定名:犬娘 ◆GAiaFayS4E :2009/10/31(土) 21:55:11

            |   ____
            | ´    `丶.
            |           ` ー  、
            |           、 ヽ
            |      /     ヽ }
            |  /   ,ハ  .      V
            | ,/   / !i !  !    }
            |i{    ´| ̄}「 「 :!   ,'
            |、V!   ! ノハ} :}   /i
            |Vi八  {Vこフ从/  / :|
            |ソ  \| 辷沙'′ /  |
            |      -=イ /   i !
            |__<)  __ . ィ ハ.   } ノ
            i⌒ヾフフ/  `ヾ{ `⌒V´
            {_  V |     i`
                ゙i、  ||     |     ……おまえらお菓子よこせ
            | \_||     {ー 、
            |__ノ |_j 、   ハ  ヽ
            |二}{⌒ヽヽ     /
            | i ヽ  \\_/⌒ヽ.
            | |ヽ ヽ   `´    _/
            | |  \\   __厂
            | |   \_>/
            |__j__,r‐'⌒Y´
            |´  }゙ー<_j
            |─r′
            |─’



  <単刀直入のステラ・ルーシェ>


515 名前:ミラ&アーヴィ &lt;フック兄弟&gt; ◆mmm9v.P/0I :2009/10/31(土) 21:57:59
>>511
「Bullets or money!」

<フック兄弟>。片腕の二人組みだ。
日に何件も商店を襲い、有り金奪って皆殺し。
兄は殺人鬼。右手の五十口径で被害者の頭を吹き飛ばし、左手の鉤爪の義手ではらわたを引きずり出す。コートはいつも、返り血で真っ赤。
弟は吸血鬼。獲物の生き血を一滴残らず吸い尽くす。右手の袖をひじの上で縛っているのが特徴だ。

 キンキンのつくり声で少女が叫び、少年が銃をつきつけた。
 少女はぼろ覆面をかぶって幽霊のなりだ。
 
「お菓子でもいいよ、今夜は特別」
 穴の奥の赤い瞳でウィンクしながら彼女は言い放った。

トリップキー #強盗だ


516 名前:望月綾時(頭だけタナトス) ◆vDUDShAdOw :2009/10/31(土) 22:01:01
>>511

「やらないかい」

僕……ちょっとワルっぽい(一応)高校生。名前は望月綾時。
顔だけなんか髑髏っぽいのは仮装のつもり。地顔なんだけどね。
それでこの女の子に声をかけたのは彼女のお菓子を奪い取る為。
……というのは表向きの理由で、すきあらば彼女のハートごと奪い取るつもり。
具体的には白河通りのホテルで二人っきりの夜を過ごしたりとかして。

「様式美だからとりあえず言っておくよ。Trick or treat.お菓子くれなきゃ悪戯するよ?」

517 名前:不確定名:犬娘 ◆74NFVJoGomQZ :2009/10/31(土) 22:01:46
>>512-513
ナイフを持った少女がふらふらと歩み出る。
おなかがすいたところにこの香り、はっきり言って我慢などできそうもなかった。
現地調達。そう、これはただの物資の現地調達だ。

怪奇、狼娘あらはるあらはる!
今宵彼女、ステラ・ルーシェはお菓子を狙う妖怪と化した。

狙うは通りがかったターゲット、その数2!
いつかの文化祭のスレのごとく、お菓子を奪ってクソゲーレトロゲーに差し替えるつもりなのだろう。
後ろ手にはケルナグールとたけしの挑戦状、そしておなじみ里見の謎が保持されている。

トリップキー=かみさまだよ!

518 名前:アルビノ少女“山城友香” ◆0DYuka/8vc :2009/10/31(土) 22:02:08
そういえば、去年は大事なことを忘れていたんですよ。
ことの顛末は何故か>>183近辺に転がってるのでよろしければどうぞ。(くってりしつつ

さて、あのカボチャプリン。確かに行列は出来てたんですが。次の日も当然売ってるわけで。

   並 ん だ ら 買 え ち ゃ っ た ん で す よ 。

気づきましょうよ、私。そんな単純すぎることなんて。かなり早い段階で。
で。これがまた美味しくて美味しくて私このお店にしばらく通い詰めることになったわけですが。
今回は去年剥がす前に見つけてしまった張り紙こそが今回のメインな訳でして………。

ハロウィン当日10個限定!カボチャ型の特大パイ包みプリン!

これをなんとか予約いたしまして、本日ハロウィン当日ってことになるわけですが。
一人で食べるにはさすがに食べ過ぎなサイズですから〜、お友達と食べようかと思うわけでして。

なんだか去年と同じ不穏な空気が………このお店のこのプリンはこれを逃すと一年後なんですよ?!

あれです。絶対に負けられない戦いなんて本当はなくて良いんですよ?………よよよ。
あと。私。何かとてつもなく大事なことを忘れているような気が〜………あれ、去年?

【超ひも理論を駆使して脱出できるかどうかの『アノ時空間』については触れるな危険!】

【ちなみにお菓子所持】

519 名前:ニコラス・ネイルズ ◆nCflS3Aqts :2009/10/31(土) 22:03:00
>>514

HO-HO-HO!!
さっそく可愛らしいフランケンシュタインが来やがったな。
いいぜ、かかってこいよドギーガール。
運を天に任せて俺のお宝を取りにきな。


>>515
 ヘイヘイ、なんてこった。こっちは鉛玉持参かい。
 だがいいぜ、そういうのはもっと好きだ。女の腕枕くらいにはな。

 さあ銃を抜きな―――どっちが早いか勝負、ってヤツだ。

#sweetkill

520 名前:小悪魔の扮装をした少女 ◆ucAVWZpOuw :2009/10/31(土) 22:08:23
>>515
歩いていたらいきなり銃を突き付けられました。
こ、これが噂のホールドアップ強盗!
このままでは私のお菓子の危険が危ないです!

しかし、私もさる者。にっこり笑顔でお返事しました。

 \    ' ,   ┼            //     ,:'    /
                       /     ,:'     \ 
  \\    ト、   ,. '"´ ̄ ̄`` 、   ,.へ、        >  
     \ /:::::ヽ/⌒       ⌒ヽイ:::::::::::`>  /  く  
      ∠、::::::::/   /` |  ./!    ハ `Y´⌒´  //  |
  `  、    ⌒7  / /-r | / | ∧-、 |  |     /    |  
          | / .レ' __」_レ'  レ' _ ∨|/  |          !
   + .     | ハ |'゚´ ̄`    ァ==、!  /! +    -=ニ二    『トリップキー:#お断りだ』
      r‐、 _,./´!∨wx   ,. - ,、  xw|.イ !.        i   | 
 _人_   ヽ、_).」 |./ ト、.  |   ソ  ,.イ |. |      __ _人_ く
 `Y´    ,ハ__`ン!| |_,イ>r--r<´_| /  |  /\  `Y´  |__   
     ,..ヘ〈 ゝ-イ|∨ |:::::|  ヽ/  |::::レ'ヽ! |/:::::::::\  !   
   /:::::::`ゝ--イ、___,ハ::::ヽ/[]ヽ/::/   Y´::::::\::::::::\   ,' 
  <:;_/─-、./  , `|:::::::/ !:::::::::::|、  _\r'´ ̄\r─ヽ   |
           | /| く::::::〈 |::::::::::::! >'´   〉        |      |
          ∨ '/ヽ-へト---イく\___/          |      |
       /    r/:::::::::::::::::::::::::::::::ヽr>┘             
     i (_    \::::::::::::::::::::::::::::::::::::〉            く     |`!
     ` ー      ,!`"7ー---ァr-‐イ  /|           `i    |_|
           /::::::/    /.八::::::::', く _!            .|    ロ
             |:::;::;'    | |  ヽ:;:::∨/             \     へ
            !:::::|    ヽ二ニ,ハ:::ハ               \/
           [こ八、       ./こ7 |
           ヽ--‐'       └--‐'

521 名前:ニコラス・ネイルズ ◆nCflS3Aqts :2009/10/31(土) 22:08:42
>>515 >>517

 ―――I'm winner!

 こいつぁ幸先がいいぜ。二人まとめてBANGBANGBANG、だ。
 残念だったな―――またのお越しをお待ちしてるぜ。

【お菓子所持】

522 名前:◆yz5Xa55tHdDE :2009/10/31(土) 22:14:21
   \θ
    ○\ソイヤッ!
    < \

つコジマケーキ、AMSチョコ

説明しよう
コジマケーキは生地にコジマ粒子をふんだんに練り込んだ緑色のイカすケーキだ!
その味はまさに寿命の縮まる旨さである。

AMSチョコは脳に直接味が伝わる特別なチョコレートだ!
その味はまさに精神負荷がかかる旨さ、でも普通の人だと光が逆流することも有るけど。
それは勘弁な。

#穴<ギャアアァァ!!

523 名前:望月綾時(頭だけタナトス) ◆vDUDShAdOw :2009/10/31(土) 22:14:48
>>511

僕の魅力は果たして悪魔に通用するのだろうか?
月光間学園で積んだ経験は無為というわけではないと信じている。
無神経というのは逆に女の子に嫌われたり、足を痛める要因になったりする。
そのことを実体験を持って教えてくれたゆかりさんに感謝しつつ、頭の中で高速回転する文字から
一つ一つ選び出して魔法のように相手にぶつける。

「……今日は素敵な夜だ。君みたいな女の子に会えたんだから。そのお菓子の魅力が霞んでしまうほど。
 どんなに美味しいお菓子でも一人じゃ寂しくって塩の味が混ざっちゃう。……どうかな?僕は君と一緒に食べるお菓子の味を貰いたい」

さあ、どうでるかな?

#マリンカリン

524 名前:望月綾時(頭だけタナトス) ◆YxycWOrRaO4k :2009/10/31(土) 22:16:24
>>523

……あれ?スキル不発?もう一度やってみよう。

#マリンカリン

525 名前:アルクベイン ◆hrZTPKy6Y.kL :2009/10/31(土) 22:18:23
>>517
ナノマシンの“腕”がターザンのロープのごとく、コンクリートジャングルの静寂を切り裂く。
適当な条件を備えた路上に降り立ったアルクベインに向けられたものは好奇の目ではなく―――殺気だった。

「……いけませんね、女性がそのような真似をするのは」
ナイフを向けた少女を一瞥して窘める。
同時にSPARCに少女の身分を検索させる。現代のコンピューターを30年は先取りした量子コンピュータであるSPRACは、必要な情報は広大なネットの海から瞬時に見つけ出す。

「……なるほど、軍の特殊部隊員というわけですか」
しかし、この検索結果には解せない所がある。“地球連合軍”とは何のことなのか?

「身柄はともかく罪は罪です」
ふわり、と優しく。そして精密な動きで中国拳法を思わせる構えを取る。
「貴女にも、罪の償いをしてもらいましょうか」
アルクベインのアンバランスな相貌が、揺らめいた。


トリップキー:#死が二人を分かつまで

526 名前:ミラ&アーヴィ <フック兄弟>:2009/10/31(土) 22:19:02
>>520 m>uで勝利

 あ、ええと。
 と考えるより早く、人差し指がトリガーを引き絞っていた。
 血飛沫が大きく、丸く。まるで、きれいな紅い花。
 
「きれいだね」
 と少女が言った。
 

【お菓子強奪】


527 名前:リップルラップル ◆ncRiPRapIA :2009/10/31(土) 22:22:50
「とりっく おあ とりーと なの。
腐敗した王権を、我々は断固として糾弾するの。
アンシャン・レジームは民衆の手によって打ち倒されるべきなの。
パンがなければ、お菓子を食べないといけないの」
 
 夜の街の一角。
小さな公園のそのまた片隅。
青みがかった黒髪に黒い衣服、その上にケープを纏った小さな女の子が異様に平坦な声で演説する。
年は5〜6才くらい。 
小さな手には、なぜかミズノの金属バット。
肩にはなぜか「造反有理」と書かれたタスキを下げて、額には鉢巻で二本の懐中電灯を巻き付けて。
応急の演説台となったベンチの上で、女の子は身長ほどの長さのあるバットをブンブン振りまわしながら。
  
「アイ ハブ ア ドリームなの。
ニューハンプシャーの豊穣な丘の上から、お菓子を奪い取るの。 
ニューヨークの稜々たる山々から、お菓子を奪い取るの。 
ペンシルベニアのアルゲニー高原から、お菓子を奪い取るの。 
コロラドの雪を頂いたロッキー山脈から、お菓子を奪い取るの。 
カリフォルニアの曲線の美しい丘から、お菓子を奪い取るの。
 
そして、お菓子をゲットした暁には連邦など一捻りに……」
 
 誰もいない公園でひとしきり熱弁?を奮うと、女の子はベンチから飛び降りる。
 
「今宵、全てのお菓子は私のものになるの。
有象も無象も私のミズノは許しはしないの。
愚か者どもの血と魂を、八つ墓明神に捧げるの」
 
 抑揚のない無表情な声で、物騒なことを口にしながら、女の子は夜の街へと駆け出した。
 
<華麗なる登場編なの。お菓子なんて持ってないの。これから襲いかかるの>

528 名前:ニコラス・ネイルズ ◆nCflS3Aqts :2009/10/31(土) 22:22:57
>>521(>>515訂正)

 ―――なんてこった。
 コイツの腕は自信あったんだがね。
 ま、いいか。遠慮なく持ってきな!

529 名前:不確定名:犬娘 ◆GAiaFayS4E :2009/10/31(土) 22:23:21
>>519

<確保失敗! トリップ「n>7」>

「ちっ……意外にすばやい」

目標の捕獲に失敗。
ステラの腕をかいくぐって彼は後方へ駆け抜けた。
追おうかと一瞬考えるが深追いはネオに怒られる。
すっかりさっぱり思考を切り替えて次の目標を狙うことにした。

>>525

<確保失敗! トリップ「h>7」>

ナイフを突き出す手を払われ、
それと同時に足払いが繰り出された。
反射神経が体に無理やり回避を命じ、なんとか足払いをかわすがそこまで、
それすらも囮に繰り出された突きに大きく弾き飛ばされ転倒する。

手ごわい!?

「くそっ!おまえ、それにあいつぅ〜〜〜!!!
 逃がすかぁーーーーー」

ナイフをもった両手を翼のように広げ、
とり逃した目標を追おうとした所で懐で音が鳴った。

ぴろりろ♪ぴろりろ♪

着信音。ネオからの帰還命令。
そんな、追撃戦はまだこれからなのに!

え?ごはん?
うん、わかった……すぐ帰ります。

かくして犬娘はとぼとぼと家路を急ぐのだった。

【お菓子獲得ならず、作戦失敗につき撤退】

530 名前:小悪魔の扮装をした少女 ◆37BuZHAxoPFB :2009/10/31(土) 22:24:25
>>515>>520
  r、    ノ) --──- 、..,,_          /
  i:::::ヽ、,.::'"´::::::::_____::::::::::::::::::::>-.、  ノヽ.  /  知.  そ
  /:::::::::::`ゝ:::;: '":::::::::::`ヽ;::::::::::;'-‐:::::::Y:::::::ハ  i    ら  し
ノ:::::::::/;:ハ::!,´::::::;::'´;二::ヽ!::::::7':二::ヽ;:::i:::::::!:::', .|.   な  た
´⌒7´:::::::7:::::::::/;'´::::::::i::::::::ハ:::::::::!:::::::ヽ!⌒ヽノ .|.  い   ら
  .,'::::::::::::!::::::::;'/:::i::::::/|::::::/ '|:::::/i:::::::!:::::', :.   !   人
  i:::::::::::::i::::::::i、!,_」ニ、_,|:::/  |/、,!__ハ::|:::;:::!   |.   た
  |:::::::::::::!:::::::!ァ''i:::::o:i レ'  ' 'i´::iヽ!|ヘ/レ' :    !   ち
 .!:::r─-i:::::::〈. !::。c!     |::c! ,!:|:::::| .:    |   が
. ,'::::::`''ー|::::。o` ´ ̄`  ..:::: `´`。o :::|フ :   ヽ、.,____、.,_人__
イ:::::;'::::::::|:::::::!  ,. -‐- 、.,,_____,,..、  ! :::○ : . こ     ) お
!::::::!:::: ○ :::::ト、, !、.,______________,,.ン,イ:::::::|', :o わ    く  菓
レ、ノヘ:::::::::!ヘ::::|:::i>,、.,_  __,,.. イ:i:::|::;ハ!::! :  か    ) 子
ノ^ヽ、Yヘ/;:へ|'"!'へ、  ̄'i、‐r-'|/ヘ|/、|ヘ! . : っ    ∠  l
::::::::::::/     ,ゝ-ヽ>くi_/,.! --'、ノ::::::ヽ. : .た    )  ! !
:::::::::::i      /  -‐{`iムri´}‐-   ',::::::::::ハ    ,. '"⌒ヽ, '⌒
⌒ヽハ    _r'イ  -‐{ノハ,!_}--   i⌒ヽ:::! :.  /        っ
 : . `ヽ、ゝ'  !  ニン'::::T::ゝニ   i  レ' .  ,'        て
    └|   /   ,.イ:::::::::io:::::i    | : .    .i  来  追  叫
   .:  ,! /    /:::::::::::!::::::::!.    ! :     .i  た  い  び
  ,.'',二ヽハ、   _ノ:::::::::::/io::::::'、____,ノ      |  ん  か  な
ノノ´ ,く::::::``´::::::::::::::::/_,!:::::::::::!         !.  で.  け  が
´  ,.:'´::::`''ァー-::、::;;___/-rL::-イヽ.,        ',  す  て.  ら
  /:::::::::::::/:::::::::::::::::::::7::::::::::::::::::!:::ヽ .      ヽ、.,,

……というわけで。
とてもここには書けないようなグロ映像の末、私のお菓子ちゃんは持っていかれてしまったのでした。
むきゅう。


……と、見せかけて。
私の懐には実は虎の子の飴ちゃんが!
……文字通り飴玉一個ですけどお菓子はお菓子。さあ続けよう!

【特例措置ルール発動。>>523-524の処理終了までお菓子所持扱い】


>>523-524
ずたぼろになったというか一旦酷い事になってから再生した私の前に、独特な風貌の人があらわれました。
そう、一言で言うなら。

『トリップキー:#いい死神……』

彼の甘い言葉に、私は息を吸って答えました。

531 名前:オーカス ◆anjkP.0U7aP5 :2009/10/31(土) 22:24:44
 
 ■悪魔召喚プログラム起動・・・・・・・・・・・
 
 ■悪魔全書検索中・・・・・・・・・・
 
 ■この悪魔を召喚しますか?   →YES/NO 
 

 

  我は奪うために我あり!

  我は喰らうために我あり!
 
  汝らに問う、我が名はなんぞ!
 
  
  『暴食の王!』/闇にたゆたう餓鬼魂が
  
  『飽食の化身!』/咀嚼された魔獣が 
  
  『カリーナの主!』/生贄を給仕する悪魔が
  
  『貪りし神!』/腹にて溶ける妖獣が
  
  『悪なる豚の王!』/浮かぶ怪異が
  
  『奪い食らうもの!』/奈落の幽鬼(グール)が
  
  『決して止まらぬもの!』/異界の呼び声が
 
  
  『オーカス!』『オーカス!』『オーカス!』『オーカス!』『オーカス!』『オーカス!』『オーカス!』
 
 
  そうとも、我が名はオーカス!
  ニンゲンどもの退廃と飽食の権化、全てを喰らい尽くそうぞ!

  
   
>>521>>522
 
  命と飽食の権化を奪い続ける罪人よ!
  争いを仕組み破滅への消費を繰り返す咎人よ!
  汝らがのカルマ救いがたし!

  
  
  その総てを我が供物とし奪われよ!
  
  
 『突っ込んでくる』/悪霊が実況する。
 『オーカス様が』/妖魔が解説する。 
 『その巨体で』/夜魔が。
 『突っ込んでくる』/妖樹が。
 『突っ込んでくる』/妖鬼が。
 『そう、突っ込んでくる』/凶鳥が。 
  
  
 『『『『『『『そこを、ガツンだ!!』』』』』』』
 
 
 <攻撃:軽子坂学園相撲部直伝ぶちかまし> 
 
 #お前の物は俺のもの

532 名前:十六夜咲夜 ◆kiLL.Hxa7E :2009/10/31(土) 22:30:13
腕に篭を下げたメイドが一人。
篭の中にはかぼちゃパイにアップルパイ。
本日焼きたてのお菓子。

「小悪魔に誘われてきたものの……
 お菓子の奪い合いとはまた随分と殺伐としたハロウィンだこと」

誰かに食べてもらうつもりでつくったものだから、
素直に渡してあげたくもあり、
たやすく奪われるのも勿体無いような感もあり。
いささか複雑な心境。

【お菓子(かぼちゃパイとアップルパイの入ったバスケット)所持】

533 名前:小悪魔の扮装をした少女 ◆37BuZHAxoPFB :2009/10/31(土) 22:32:43
>>523-524 >>530
        .:‐-.....__.. , ',:' :,': : , ': ,:': : ,': ;': :',: : : ':,: : : ',: : ; : ';: ,、__',_ ....:'´::::\
    /:::::::::_.  '´ :': :,': :,:': : ; : : ,': ,': : : ':,: : : ',: : : ' : i: : i :`ー‐,- 、::::::::::::::::\
   /_ -v'´   ,': :,'i: :;' : : ; : : ';: ; ':,:',、: :'、: : :',: : :': :i: : :!; :i: : '   ヽ _ ‐- .\
 / '´       ,': ,' :i ,' : ,: ;',: ,'-; ;  ':,',丶',` 、 ',: : ! i: : :i:',:i : : :         `ヾ
/´         ,':,:' : :i:i: :;':,:',. --、':,  丶 `, --';' , i i : : i: 'i : : :'   
          ,',:': : : i ;: :! /f'⌒ ;       f⌒ヽ ;.i:! : : i: :i: :i : '
         ,':': i: :i i: ', i  フー' }        フー' } ;:i : : :i: :i: :!: i ;
         ,': ! :i :i :i : トゝ `¨´       `¨´ ; i: : : :i: :!: i :i: :,  はっ……はい!
        ,' : !: i: i: i : i':, ///  '  ///,' '! : : ,'!: i: :i: i : ',
        ,': : :! :i :i :i : i:',:..      __       ,' i: : ,'i: : i: :i :!: : ',
        ,': : : i: :i: i: i : i: ',:ヽ.     ´ `    .イ: :i: ;': i: : i : : i: : : ',
       ,' : : : i: :i :i :i : i : ',: : '; 、 /{   _  '/:; : :i:' : :i : :i : : i : : : ',
      , : : : : i: :i: i: i : i,: : '/j Yノ ヽ ´  {:,': : :!:,' : i: : i : : i : : : : :,
      ,: : ,.イ´i: :i :i :i : i ',: :i {' { - ‐┴、   ;: : : :,',:;`'i : :i : : i:,'- 、: : :,
      ,: :/  l i: :i: i: i : i !: i ヽ( _. -― ヽ ,i: : : ; ; i: : i: : :/ / \: ',
     ,: /   ! ; : i :i :i : i ;',:i   {. -―-  {/i : : i  ', i: : :!: / ´    ヽ:',


……私は、お菓子をゲットされてしまったのでした。
私のハートという名の、甘い甘いお菓子を。

【Y>3で望月綾時勝利。小悪魔の扮装の少女、リタイア!】

534 名前:アルクベイン ◆hrZTPKy6Y.kL :2009/10/31(土) 22:38:20
>>529  結果: h > 7

少女がナイフを急所めがけて一直線に振るう。さすがに訓練された動きには無駄が無い。

だが、それ故に怖くない・・・・・・・・・・・

右手が、ナイフを持った手に吸い込まれるのと同時に体が沈み込む。
屈み込んだ状態に一動作で移行して、水面蹴りに寄る足払い。
そして、虚実の実となる掌打を水面蹴りの回転と、地を噛む震脚を加え、打つ。

>「くそっ!おまえ、それにあいつぅ〜〜〜!!!
> 逃がすかぁーーーーー」
数mほど吹き飛んだ少女は起き上がりながら再度の襲撃を試みる。
しかし、何かの連絡を受けて撤退を始めた。

「仕方ありませんか……未遂ですから見逃さないこともない、ということです」
もっとも、今回の件はエレメンツ・ネットワークのために有効に活用させていただきますが。

【アルクベイン勝利。YGコミックス「死が二人を分かつまで」もよろしく!】

535 名前:望月綾時(頭だけタナトス) ◆vDUDShAdOw :2009/10/31(土) 22:39:27
>>530

次第に虚ろになっていく彼女の目。
無理やり心をスキルで如何こうするというのは趣味じゃないから魅了状態に陥るよう
「自前のスキル」で試みたら彼女は見事にかかった。

「あれ、お菓子は誰かに取られちゃったんだ?誰だろう、こんな酷いことしたの……」

僕も同じ目的だからそのお菓子を奪った誰かを責める権利なんて無いんだけど、こんなボロボロの状態にした
誰かを心の中で静かに憎んだ。死んでくれる?って。

「……君が一生懸命守ったお菓子を奪うなんて僕には出来ない。これは、君の物だ」

包み紙を外し、紅潮した彼女の口の中に飴玉を入れるという気障ったらしいほどの優しさ。
この状況でここまでやられて落ちない女の子なんて居ないと僕は思っている。

「でも僕は不平なんていわないよ。僕はもっと美味しいお菓子を手に入れたんだ。
 そう、君の心というお菓子を」

そっと後ろ側に回り込み耳たぶを骸骨の歯で甘噛み。
口から次々と溢れ出す甘い言葉の洪水に彼女を静めながら僕はそっと自らの手を彼女の













【以下、自主規制:Y>3で望月win!小悪魔を手に入れた】

536 名前:ミラ&アーヴィ <フック兄弟>:2009/10/31(土) 22:39:32
>>526>>530
 二人はハロウィンの夜をねり歩く。
 アーヴィはかぼちゃの仮面を嫌がったけれど、ミラは気にしなかった。
 フック兄弟も、今夜はすっかり溶け込んでしまう。
 
 そんなふうに歩くのは、なぜだか楽しい。

 
【お菓子所持】

537 名前:比良坂初音 ◆HtiOHATUNE :2009/10/31(土) 22:40:23
ハロウィン?外国のお盆みたいなものと聞いておりますが
弔いの祭りとしては随分賑やかですわね?
さ、かなこが待ってるわ、急がないと
【お菓子(今川焼き)所持】

538 名前:リップルラップル ◆gzNTq4oqV8Cs :2009/10/31(土) 22:42:43
>>532
「ターゲット、確認なの。
 君はよい赤の他人だったが君の父上だか母上だかがいけなかったかもしれないの」
 
死角から迫る小さな黒い影。
敏捷な小動物を思わせる速度と軌道で標的の頭上へと跳躍し、
一片の迷いもなくメイド・イン・ミズノの金属塊がメイドの脳天に振り下ろす。
奏でられるのは殴る・打つ・叩くの三拍子。
どこをとってもとっても痛〜いタコ殴りのワルツなの。 

 
<キー:#金属バット葬送曲>

539 名前:ニコラス・ネイルズ ◆MaflMtdKMI :2009/10/31(土) 22:46:34
ああ、ま、なんだ。色々と行き違ってるみたいでな。
>>528は綺麗さっぱり忘れてくれや。


>>531

 ―――なんだ、あのブタとティラノサウルスがぶつかって混ざったみたいなヤツは。
 以外に素早く走る巨体+謎のコーラス&コール+そこをガツンだ!!=葬儀屋の困惑。

「ま、分かりやすくていいわな。かかって来いよベネット!!」

 適当に命名+某州知事リスペクト―――しかし拳銃の弾では足りないストップ・パワー。
 コール/通信電波のサイン。疾走するトレーラーの出現。
 鮮やかなブラックラインを引いてブレーキ/サイコロを切り開くように二台が分解。
 出現する巨砲。
 155mmロング・トム。

「―――たーまやー(ダッジ・ディス)!!」

 巨大な爆裂の花―――榴弾の華々しい登場。


#ガツン

540 名前:十六夜咲夜 ◆HwMP/Efqa9Tp :2009/10/31(土) 22:46:44
>>538

早速の狩人のご登場。
本日に限り、妖怪は退治するものではなく、
お菓子を取るか取られるかの関係。

折角ここまで来た以上は簡単に引くのも悔しい話で。
つまり、体術を駆使して回避行動に移る。

「ホホホ、つかまえて御覧なさ〜い」

健脚で地を疾走しながら
折角なので一生使いそうも無いフレーズを使ってみた。


『トリップキー:♯静止した時の中で』

541 名前:十六夜咲夜 ◆HwMP/Efqa9Tp :2009/10/31(土) 22:49:16

         /  /     /  /      /          `ー‐-、/    \
、___ -─" "   (_i  ヽ/    /   /  /         !       `、   _}
           y.' ヾ__/    /   /    /   ´       l.   l     ヽ__/ {`l
 2.  .ま  そ  (   7    /    /    /           |   |      ∨ _,ゝマ^1
 時 . だ  の  ゝ l    i    /   /           |  │   ヽ.  V    |
 間.  ま..  程   (    ,/     l   /  /         リ,   │    l   '!    lj
 前   だ.. 度   ヽ__/-'   /|  /!  /       _ 〃    |    |  f'´ ̄'了´
 に   だ  ?      / /  | / |  ;イ      /  /イ    j     |  !´ ̄/
 出.  わ         /_,イ.  =くj_/ `lト / |    /  / _j_,, -‐  ヽ   |  L.ィ'´
 直             l ,/i  イ´ヾ、 |/  |     /  ー7"/,'ゝ     `ヽ.  l !| │
  し       .      l/ }  {    リ゙ヾ |   /    /ノ' ヾ ヽ      ヽ│ハr|
  て     . .     l  ヾ  ヘ__ ;r'    |/  ィr''" ̄ ̄l`,j/`\     ゙l  ヽ'、
. き   .        l γ .}    `          !    j ノ ヾ/`丶    | ヽ ',
  な     . .     l y }               、fヘ   イr'´ ''^゙/ソ, 丿ヽ  ト、 iヽl
    .           〉, }                 `¨ ̄   /Yン /  l\! ヾ `
    .           lノ } i/ ⌒ヽ    /           /y7 /  , i
    .           し, } jl  f⌒'ヽi. __         イ i  }   ,' |
    .        , -ー--` ノヽ、t    j ´   `        /ヘ   /   / l
-フ`ー 、   /ー'   , --'   ヽ、ゝ- ' ノ ー-- '  _ , . <:::::: i´γ`!  /ハ |
'     ` 、 f     (    ` 、` ー 'iヾ- ‐ ≦乏'/: ://:::::::/i、  ノフ/ ヽ!
       ∨     ノ      t  '';"`t /  7  ̄ /ー―-i´ y`},'
;;;;;;:::...、         ノ ヽ     ヽ;;;;;;  ヽ、 ノ   /    へ、,.∠ヾ. ̄ ̄了
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;..、   / f   ヽ     t;;   ヽ_____,ム i<ノ 7⌒r <   /(
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;; / ノl    ヽ     ヽ          ヽ::::ヾ个-ヘー'―‐-´ソ
. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ノ 、ヾ    t       ヽ        /  ヽ;:::::! |  ヽ.   /ノ
          l   ` 、   ヽ 、     `-、  _,,,,/     ヽl l  ハ_ノヘ
              `    :::::ヽ、     lー '   ヽ、     t  从 /´、::ヽ




【H(大文字)>g(小文字)で十六夜咲夜勝利。お菓子所持続行】

542 名前:ダンテ ◆xc.T/DANTE :2009/10/31(土) 22:50:12
「―――フッ」

菓子詰めのバスケット片手に銀髪赤コートの男が冷徹に嗤いつつ闊歩する。
背中に、内から妖しい気を放つギターケースを背負いながら。

「まったくいい夜だぜ。こんな日は…野外ライブの一つでも演りたくなる」


543 名前:名無し客:2009/10/31(土) 22:50:15
>>531
   \θ
    ○\ギャアアァァ!!
    < \

【結果:a>yお菓子は奪われました】

544 名前:マカ=アルバーン ◆/j4MAKA./U :2009/10/31(土) 22:58:25
…あっれー、いつの間にこんなところまで来ちゃってたんだろ。


今日はハロウィン。
私もイベントに乗じてソウルにお菓子を入れてるバスケットひっさげたりなんかして
町をうろうろしていたわけだけど。

フツー、武器持って徘徊なんかしないけどね。雰囲気よ雰囲気。

それはそれとして。気づくと遠くまで来ていたようで。
どうしよう?…うーん。このまま帰るのももったいないし、
しばらくフラついて、適当な誰かにお菓子をあげたりもらったりしたら帰ることにしよう。
うん、決定。

【お菓子所持】

545 名前:ニコラス・ネイルズ ◆MaflMtdKMI :2009/10/31(土) 22:59:50
>>531 >>539(M>a 勝利!)

 おお炸裂よ、塵と灰に。
 盛大にして最大の爆発―――戦場のアンクル・トムの大はしゃぎ。
 邪神は星になった。

「……またつまらぬ物を撃っちまった……」

 シリアスに呟く/げらげらと笑い出す/ハイテンション。
 仕事をしたトレーラーにキスを送りながら帰投指示。

「やれやれ、最近のモンスターは気合が足りねえな。
 誰か一人くらい俺を倒してみろよ」



546 名前:ミラ&アーヴィ &lt;フック兄弟&gt; ◆pR9uxBTet6 :2009/10/31(土) 23:03:22
>>541

「bullets or treat!」

アーヴィが、ちょっと小首をかしげる。台詞を替えたから。
今は大事なところ。後で、今夜は遊ぶことにしましょう、って言おう。
きっと賛成してくれるから。

ミラはいつものキンキン声をつくり、
「お菓子をくれなきゃ殺しちゃうぞ!」

 アーヴィは小首をかしげたまま、銀色の大きな拳銃をつきつけた。

【お菓子所持中なので争奪戦】
#holdup!

547 名前:十六夜咲夜 ◆kD0G26lYhWzJ :2009/10/31(土) 23:04:49
>>546

さらにかかる狩人の追っ手。
時間を止めて逃げる人間はさぞ襲いにくいことだろう。

しかし、手は抜かない。
そうでなければ最初に振り切った彼女に申し訳がたたない。
そうだこのお菓子は既に彼女の想いも載せたお菓子なのだ!

ひどく仰々しい妄想にひたりながら、私は逃げる。かわす。身を隠す。

『トリップキー:♯無駄無駄無駄ァ!』

548 名前:十六夜咲夜 ◆kD0G26lYhWzJ :2009/10/31(土) 23:10:11

              i"'-,_,-y-r-y,,_   
                  | ,.ゝ'--'─'-,_'iヘ
                i.// .イ  j   ,-──,,
                  / {ィ/-{ 小 }、",/ゞ/
         ,.ィ¬、 / , i ‐、V ,_`Vベ,ゝ/
        ,小.と′} {ハ{ {  ,  ⌒!Y}' 人    私が勝ったから
        `⌒'|   l,. 、Vへ.ー , {Yi j ハ〉
              l  く,  `ヽ,-`_T",-二ヽ,Y
          l   ドケi' | ' V"    ,!:l
            |   j'´ |  | ./    /:::}
          !   _,. l   l/\   ,i::::::::l     今夜のおゆはんは和食ね
            ー ' ´ | | ,ヘ/...::::::::i
                !  l/|..:::::::::::::::_'l
                ' 、_ノ ,l' - -- '" ヽ、
                      ,/       , へ
                  ,/       i::::::..ヽ
                   !         l,.::::::...\
                人      _ __ i:::::::::::....\
                 /:::::ヽ--ー::'".....:::::::::::::::::::<,,'l
                  ,,ヘ::::::::::::::::::::::::::......  ,,-'ゝ'ヾ  
               "`'ヽゝ'ヾ,-',,-ゝ´'`i'
                   |─-|-─ '"l
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【k(小文字)>p(小文字)アルファベット順で十六夜咲夜勝利。お菓子所持続行】

549 名前:オーカス ◆anjkP.0U7aP5 :2009/10/31(土) 23:10:59
>>543 

【a>y 勝利】
 
 我、モラクスが司る争乱に塗れし退廃をも奪わん!
 我が名はオーカス、世界を犯す猛毒すら我が糧としてくれよう!
 
 
  『やった!』/妖精が賞賛する。
  
  『流石はオーカス!』/秘神が喝采する。 
 
  『我らに出来ぬことを!』/外道が。
  
  『簡単にやってのける!』/悪霊が。
  
  『そこに!』/幻魔が。
  
  『シビレる!』/地霊が。
  
  『アコガレるぅ!!』/珍獣が。 
 

『『『『『『『コジマケーキ、AMSチョコゲットだぜ!!』』』』』』』


【現在のステータス:お菓子所持】

【戦闘続行】
 
 
>>539
 
【a<M 敗北】
 
 
 ニンゲン風情が!
 我を前に足掻くこと、欲に塗れた己が愚かさと知―――な、なにィ!?
 
 
  『我らが主、オーカスが驚く』/悪魔が悲嘆する。
  
  『だが、時すでに遅し』/悪魔が見届ける。 
 
  『オーカスに迫る必殺の一撃』/悪魔が。
  
  『その名を』/悪魔が。
  
  『その名を!』/悪魔が。
  
  『その名を!!』/悪魔が。
  
  『その名を!!!』/悪魔が。 
 
  

 
『『『『『『『ロk「いやタダの榴弾だホ?」』』』』』』』
 
 
  フロストォォォォォォォォォォォォォォォ!
  
    
【状態:死亡】
  
【所持していたお菓子を強奪されました】
 

550 名前:望月綾時(頭だけタナトス) ◆txEjxqriVVkb :2009/10/31(土) 23:11:03
>>544

息も絶え絶えになった少女から巧みに連絡先を聞き出し、開放する。
今この手に彼女は残っていないけど、彼女のハートは確実に僕のものだ。
……でも、本当のお菓子が無いとちょっと寂しいかな。
女の子とお菓子を両方ゲットできないかと見回して、丁度良い女の子を発見した。
鎌なんて物騒なもの引っさげているけど僕には鉄で出来た武器なんて必要ない。目と言葉だけが僕の戦う術。

「死神のような大鎌を持った女の子と死神の顔をした男。この出会いってもしかしたら運命かもしれない」

見敵必殺の言葉を歌のように紡ぎながら両手を広げて彼女に歩む。
大げさな身振り手振りが彼女をまるで舞台の主人公に居る気分にさせ、ドラマチックを加速させるだろう。
普通の女の子ならキャッキャと笑いながら瞬く間に僕の話術に嵌っていく得意の戦術だ。

「Trick or treat!この言葉は子供が悪魔に扮して大人へとかける言葉。だけど僕らの間では
 魔法の言葉ともなりえる!子供と大人の境界人が、明確な大人になる為の……」

トーンの強弱をしっかりつけたこの言葉。どうだろう、気に入ってくれた?

#ボーイ・ミーツ・ガール

551 名前:ミラ&アーヴィ <フック兄弟>:2009/10/31(土) 23:11:35
>>547 k>pで敗北

「あっ……」
 ミラが小さな声をあげた。
 アーヴィが射撃を外したのはいつ以来だろう。
 なんだかコマ飛びしたように見えたのも……
 
 ふと気がつくとミラのさげていたバスケットまで、無くなっていて、
 二人は少し、身を寄せ合った。
 

552 名前:リップルラップル ◆gzNTq4oqV8Cs :2009/10/31(土) 23:13:30
>>541
 
ぱがぁああんんっ!!
 
夜の静寂を引き裂く轟音。
小さな女の子の振り下ろしたミズノのバットが産んだ衝撃は、
M7.0クラスの直下型地震に匹敵するエネルギーを伴って標的を……
 
…標的を、見事にすっぽかした。

「外れてしまったの。
やはりいつものRevi C/12Dがないと、照準が狂ってしまうの」
 
衝撃で深く抉られた地面の中、もうもうと立ち上る砂煙の中で
リップルラップルは一人こくこくと頷いて。
 
「まあ、いいの。
今ので誤差の修正は完了なの。 次はもう、外さないの。
明日のために打つべし打つべしなの」
 
微妙に捩じれたバットを構え直すと、狩人は次なる獲物を求めて歩き出した。
 

<H(大文字)>g(小文字)で攻撃失敗。みんな、私に元気をわけてくれ、なの>


553 名前:ダンテ ◆xc.T/DANTE :2009/10/31(土) 23:18:28
>>542補足
【お菓子所持】


554 名前:カトル・カール ◆HxrywMzA1U :2009/10/31(土) 23:23:35


 パーティー会場に突っ込む真っ黒なトレーラー―――黄金の十字架の刻印=棺桶。
 ゴムの焦げる匂い+悲鳴のようなブレーキング+弾けるカーゴ=敵のトランスポート。
 飛び出す異形の十二体―――いずれも真っ赤なレザースーツ。

 フリント・アロー。
「―――さあ、パーティーの時間だ」
 真っ赤なレザースーツにピエロのメイク。メイクの下には火傷の跡。
 漆黒のサーベルと驚異的な身体能力(“(アロー)”のような速度)で戦う。
 得物のサーベルは無数の毛細血管を持つ最新式の“石器(フリント)”。
 一番まともに見えて、最もまともでない。カトルカールを束ねる最強のピエロ。

 ブランドマン・スピットファイヤー。
「ホーッホッホッホ! ホーッホッホッホ!」
フラミンゴのようなカギ爪付きの義足を持ち、
両手の火炎放射器を振り回す、焼きごて趣味(ブランド・マニア)火吹き男(スピットファイアー)
 噴射する火は、化学反応が収まるまで水でも消せない熱々の燃性モロトフゼリー。
 義足も焼きごてにする徹底的な趣味人。

 スパンカー・モノライダー
「ブルブル! ブルブル!」
 ぶっ叩き(スパンキング)が生きがいの男。下半身は一輪バイク(モノライダー)
 日がな一日バイクをとばして、両手に持った鋼鉄製の鞭で何でもかんでも叩きまくる。

 リッキー・ヒッキー。
「しゃぶってやるぜ! しゃぶってやるぜ!」
 少女の姿/サメのような鋼鉄の顎/車輪式の義足=走り回る奇妙なバレリーナ。
 自慢の顎で相手に咬み付き、咬み切ったものを舐めまわす(リック)ことを無上の悦び
とする咬み付き魔(ヒッキー)
 少女なのは外見のみ―――中身はしゃがれた声の中年男。


 ホッパー・スクラッチャー
「カリカリガリガリ! カリカリガリガリ!」
 機械仕掛けの体/飛び回る人間サイズのノミ。
 両手のフックで相手を引っ掻き回す引っ掻き魔(スクラッチャー)。

 ベイビーヘッド・ハングマン。
「マンマ、マンマ、キエエエエ!」
 赤ん坊サイズの頭(ベイビーヘッド)に超巨大な両腕。そしてそれを支える、肥大した
胸。
 巨大な腕は首絞め(ハング)のために。

 ローチー・ニードルマン。
「おかあああああさん! おかあああああさん!」
 鋼鉄の盾を背負った、見たままの巨大なゴキブリ(ローチー)。六本の手なのか足なの
か分からない補助義肢に付いたでかい注射針(ニードル)
身体にはピアスでぶら下げたクレイモア地雷を大量に装着。
 その動き―――ゴキブリそのもの。

 ホーニー・ソープレイ。
「いくよいくよ! いくよいくよ!」
 頭に装着した(ホーン)
 前衛的なトナカイ女。真っ赤な鼻の代わりに赤熱した角―――骨も焼き切る殺人兵器。

 ダッキー・シューター。
「ゲァゲァゲァゲァ! ゲァゲァゲァゲァ!」
 鼻から口にかけて、アヒルのくちばし(ダッキー)そっくりな呼吸器をつけた射手(シューター)
 股間に装備した大量のショットガン+被せられたコンドーム=意味不明。
 鈍く光る銃身を見せつけながらアヒルのダンス。

 シェイキー・スプラッシャー。
「おーおよちよちよち良い子でちゅねーえ」
 電動式の巨大ベビーカー/後ろに付属品のような小男。
 ベビーカーの中身は大量の大電力バッテリー+電撃伝達用ワイヤーアンカー。
 電撃の雨でぶんなぐる移動式電気椅子。

 ラバーマン・ポイズンスター。ノイズのような呼吸音―――無言。
 蝿の口のような防毒マスク/全身にカエルの卵のようなホース/中身は毒ガスカプセル。
 全身を水あめかゴムのように不気味な柔軟さで揺り動かす痩せた毒ガエル。
 どこでも這い回り、何でも毒殺。

 プッティ・スケアクロウ。
「おもちろぉおおーい! おもちろぉおおーい!」
 トレーラーに残った最後の怪物。
 下半身に金属の柱+配線を巡らせた腹から上だけの小男。
 腕も髪もなく、両肩に光学通信機/頭にはドレッドヘアーのようなコードが接続/つぎ
はぎだらけの頭には幼児並みの知能しかない文字通りの案山子(スケアクロウ)
 特徴―――電子戦。電脳世界にたたずむハッカー。超高性能の電気案山子。


 十二人の死刑執行人。求めるものは十二の甘き死。

>>537 >>542 >>544 >>548

 手始めに四人。襲い掛かる生粋のフリークス。

#処刑

555 名前:ダンテ ◆hG1Ni21I/g :2009/10/31(土) 23:26:41
>>554
「またコイツは騒がしいメンツなこって…
 ホントの所なら鉛のキャンディー数個だけくれてやってさっさとお帰り願いたい所だが…
 今日はちょいと気分がいいんでデカいの一丁プレゼントしてやる。
 いわゆる出血大サービスってヤツだ。
 そう…今俺が持ってる菓子の山なんてメじゃないって程のヤツをな!」

ダンテの右手が閃くと共に、そこにはドクロをデザインした
アタッシュケースのような物体が現れる。
確かその名を「パンドラ」と言っただろうか。
更にそのパンドラが再び光に包まれるや否や、忽ちダンテの周囲に纏われる。

―――以前その変形を目にしたトリッシュは

「まるで子供ね…」

と呆れた。
言われてみれば小さい頃、映画やコミックやアニメで見た兵器に似ている気がする。
しかし子供ならずともそうした兵器を目にすれば心が躍るものだとダンテは思う。

「子供?違うね。こいつは…男のロマンってヤツだ! 」

その時には反論しなかった言葉を口にしながら、変形を終えたパンドラをダンテは…装備していた。
その両肩に備えられるは、一対の大口径の砲門。
その形状は弾丸やミサイルよりも寧ろ、ビームやレーザー等を発射するに適したものと見受けられる。

マイクを破壊大地を揺るがし、空を震撼させんばかりの咆哮が響く―――

ボォォル…テッカァァ―――――!!!


【♪:永遠の孤独D.M.C】


#中の人ネタ


556 名前:十六夜咲夜 ◆zEapQtoryB6y :2009/10/31(土) 23:26:50
>>554

また新手。
このまま駆け抜けてしまっていいのだろうか。
わずかな逡巡が追っ手に追いつく猶予を与えてしまう。

「けどね。追いつかれるなら時間を稼げばいいの。
 それこそ時間を止めてでも」

断続的な時間の停止。
少し疲れてきたが、伊達に異変解決の真似事をやっているわけではない。
このくらいでつかまってやるわけにはいかないだろう。

回避回避、また回避!

『トリップキー:♯ときはうごきだす』

557 名前:カトル・カール ◆bBjMy9VF7I :2009/10/31(土) 23:28:40
>>518
 さらにもう一人の生贄―――容赦なく襲い掛かる怪物の群れ。

#襲撃

558 名前:十六夜咲夜 ◆kiLL.Hxa7E :2009/10/31(土) 23:28:41
残念ながら
ひまわり妖怪ほどではないにせよ速度の遅さに定評のある私では立ち回りきれなかったようだ。
時間を止めた分だけ永らえたのみ。

「現実は悲しいわね」

地面につっぷしたまま、無様につぶやく。


      __,,. -‐''"'Z__,,,...,,_
    _r'.,ィ'"       ,ィ',_   _
   _∠,r'          _>'--‐`゙|~~~'7-‐'"´ヽ、
  人7            _フト、ァ::::::::::|  /:::::::::::::::::::i..,,__
  ト|             < |ヘ.ヾ、_;イ! ,/:::::::::::::::::::::|.   `i::、
  ゙トi             ̄`>i:::::>.><<{ニ}:::::::::::::::::::::::|-- 、ノツ
   ゙iへ          _ス|,. ',. '::::ト、i ヘ::::::::::::::::::::::;l´"'' ー、..,,
   人_ヽ         ,ノ::,r'.,r'-‐‐ァi "''‐'-、:::::::::::::::i    ノ::::ヽ
    く_ヽ、   ,、....,,,_>(,(::::::::::::ir'     !:::::::::::::;'__,,..--'::;;_ノ::::::::
      `rゝ、.,,,.ンへア、:::::゙('!、:::::::;!ゝ"i''‐‐'ヘ`ヽ;/:::::::::::::::::::::::::::::
             ::::::)メ}::::::::::::` ̄:::::::::::~~~"´::::::::::::
           ::::::{yノ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
            [><]:::::::::::::
            (ソ′::::::      ⊂[i三三>:::::

土の味。
ぴちゅーんってのはこういうことだ。

メイド妖精「メイド長、帰りましょうか」

「……そうね」

かくして私は館に戻る。
お嬢様に笑われるために。

【H>z(小文字)でカトル・カール勝利。十六夜咲夜、リタイア!】

559 名前:ダンテ ◆hG1Ni21I/g :2009/10/31(土) 23:30:32
「クソ、不発か」

因みに今回使用したボルテッカは便宜上ガンスリンガー技とされている。
パンドラでガンスリンガー技を使うには敵を攻撃して蓄積する災厄ゲージが必要なのだが、
今回は事前に溜めていないまま使用した為か充分な威力を発揮しえなかったらしい。
パンドラと声ネタの利用はくれぐれも計画的に。

「ああクソ。好きなだけ持ってきな」

【H>hでダンテ敗北。お菓子ロストでリタイア】


560 名前:カールおじさん ◆4SLfm0dMVNI8 :2009/10/31(土) 23:34:41
   / ̄ ̄丶
 ⊂ニ___ニ⊃ はぁ〜♪
  (|  ・ ・  |)   おらが〜の〜
  ■■■■■   村〜ま〜で
  ■ ――― ■    でかけてこいや〜♪
  ■■■■■
  / (_/L_) 丶
 (ニ|____|ニ)
  (  人  )
  (二二)(二二)
 
#おやつはカール
【通りすがりの一般人。 カール(チーズ味)所持】

561 名前:ハロウィン祭り/中間報告:2009/10/31(土) 23:39:32
>>511〜 小悪魔の扮装をした少女 人間側 お菓子無し(リタイア)
>>512〜 ニコラス・ネイルズ 人間側 お菓子所持中 最新レス>>545
>>513〜 アルクベイン 人間側 お菓子所持中 最新レス>>534
>>518〜 アルビノ少女“山城友香” 人間側 お菓子所持中 カトル・カールと交戦処理中
>>522〜 ??? 人間側 お菓子無し(リタイア)
>>532〜 十六夜咲夜 人間側 お菓子無し(リタイア)
>>537〜 比良坂初音 人間側 お菓子所持 最新レス>>537
>>542〜 ダンテ 人間側 お菓子無し(リタイア)
>>544〜 マカ=アルバーン 人間側 お菓子所持 望月綾時(頭だけタナトス)、カトル・カールと交戦処理中
>>560〜 カールおじさん 人間側 お菓子所持 最新レス>>560

>>514〜 ステラ・ルーシェ 怪物側 再起不能(リタイア)
>>515〜 ミラ&アーヴィ 怪物側 お菓子無し 最新レス>>551
>>516〜 望月綾時(頭だけタナトス) 怪物側 お菓子所持(心の中に) マカ・アルバーンと交戦処理中
>>527〜 リップルラップル 怪物側 お菓子無し 最新レス>>552
>>531〜 オーカス 怪物側 お菓子無し 再起不能(リタイア)
>>554〜 カトル・カール 怪物側 お菓子所持 アルビノ少女“山城友香”、マカ・アルバーン、望月綾時(頭だけタナトス)と交戦処理中

562 名前:カトル・カール ◆/cUbAo6QpY :2009/10/31(土) 23:40:47
>>558 >>559

撃破―――撃破―――撃破。
瞬く間に二人分の命(トリート)を奪い取る。

化け物たちの勝利の雄たけび。
勢いのまま―――>>560へ。

#突撃

563 名前:ハロウィン祭り/中間報告:2009/10/31(土) 23:41:24
>>561変更
>>513〜 アルクベイン 人間側 お菓子所持中 撤退(リタイア)

564 名前:アルビノ少女“山城友香” ◆JbnJ24in3y8M :2009/10/31(土) 23:44:43
>>554(判定は>>557
現れたのはまるで何処かの世紀末みたいなトレーラー。開いて飛び出すびっくり箱。
おもちゃ箱を引っ繰り返したように飛び出した個性派まとめて12人?

あれ?………これ、去年の地震とかより質悪いじゃないんですか?!

次から次へと襲いかかる真っ赤な革の衣装に身を包んだ処刑人。

ですが、去年の私と思わないことですね!
去年がテレポートなら、今年は当然バージョンアップしてるんですよ?

………それに、私にだけ軌道が違う!
気づきましたか?私の待とう気が普通の人間とは違うことに。
                                       ………私、実は超能力者の皮をかぶった。

皮を被った?皮をかぶった?
                   私の正体?其は一体何物ぞ?

不要な思考をシャットアウト。たとえば今日が怪物日和なら。
もうしばらくは超能力者で良い。逃げるならこちらの方が得策なのだから。

行きますよ!ばーじょんあっぷした、これが私の!

とりっぷきー:#りょうしてれぽ〜と

565 名前:カトル・カール ◆/cUbAo6QpY :2009/10/31(土) 23:52:15
>>560

      \       ※       ※               / チャモロ ミレーユ |
  , -−、∧\       || tvj  |゙i || tvj  |゙i        /0   30    0 |
  |.| † |.| ||  \    .(叭回づ|:| .(叭回づ|:|     /───────┘
  |.!、_.i.!.||    \      夂~叨   夂~叨     /※     ※
  i|i、゚-゚.ノ!.||     \.   〆     .〆      / || tvj   || tvj  |゙i
  /ゞ玉ソづ       \──────────‐/  (叭回づ. (叭回づ|:|
──────────\ベギラゴンをとなえた!/  <ニ已彡   夂~叨
宝が欲しければわたしを \ひかりのかべに  /      〆    .〆
l>はい             人人人人人人人人人/──────────
─────────<             >はメタルぎりをはなった!
  ※          < 全滅した予感!! >──────────
  || tvj          <             >      ____
  (叭回づ         / Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^\     /::::::─三三─\
 <ニ已彡        /     |;ヽ    / |   \  /:::::::: ( ○)三(○)\
    〆           /|       |;, |彡三ミ| ,;|   ,., \|::::::::::::::::::::(__人__)::::  |
────────/ミノ i\,--、|;, |三三| ,;|,--//  \:::::::::   |r┬-|  /
うけながしそこねた/___) /::::  /l;, `'''''''´,;/ヽ:  ヽ  .|;|\::::::::::: `ー'´  ヽ
はしんでしまった!/ \ ヽ!ヽ, .:i  i;,____,;| `!;;. ,;|   || ,;|\:::::::       ヽ
          /   `ー-^-:;;;;;<二|| O ||二>l;;;;イ、∠二_ゝ \\  ___  }
──────/ではいくぞ! ~ゝ;;;;|`- -'|;;;;;∠\;;;;;(彡| ,:|  \ つ    ミ丿
         /        ,,,>! ヽニニ/||<_  ̄ |;;|ノ.,;|   \`ー' ̄`ー′
         /      -=ニ...:::ii::\ー' / !!;::...ニ=<ニノ     \


 塵と灰に。

【敗北―――三人分のお菓子が>>560に移動】

566 名前:比良坂初音 ◆LR2cpdDhzc :2009/11/01(日) 00:01:01
>>554
「ふざけないで!ぶしつけにも程があるわ!」

ここ数年の平和な日々で、いささか体が訛ってしまった自覚はある
久々の戦い、上手くいってくれるか?

#跳躍


567 名前:カールおじさん ◆4SLfm0dMVNI8 :2009/11/01(日) 00:03:20
>>562
それにつけてもおやつはカール♪  
 

人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
人子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子
人子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子花
人子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子花
人子子花花花花子花花花花花花花花花花花花花花花花花花花花花花花花花花花花子花子花花花花花花花子花花死
人人子子花子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子花花花子子子子子子子子秋人
人人子人人人人花花子子子子子子子子子子子子子子子子子子子花子子子子子花人子花子子人子子子子子子花秋人
人人花人人子人人死花子子子子子子子子子子子子最花醐夢秋花秋秋子子子子人子人人人人人人人子子子子秋秋人
人人人子人人人人人死子子子子子花子子子子子醐秋秋子子醐最死子子子花人人死花人死花人子人花子子子秋人人
人人人花花死人人子秋花人人人人死花子子子子子子子子子醐醐子子子子人人人人人人死子人人人人子子花秋人人
人人人人花子人人子秋人人人人人秋花子子子子子子子子子子花子子子子人人子花人死花人人人最死子子死人人人
人人人人子人人子子秋人人人死秋秋花子子子子子子子子子子子子子子子人子花花人人人人人人子死子子花人人人
人人人人子人人子子秋人人子秋死花花子子子子子子子子子子子子子子子人人人人子人人人人人人人子子花人人人
人人人人子子人花秋死子子子秋花子人人花花子子子子子子子子子子子子花人子人子死花花子子人人子子花人人人
人人人人秋死花秋死花子子子子子人子子秋花子子子子子子子子子子子子子人子人花人人花人花人子子子花人人人
人人人人花花子花子子花子子子子子子秋秋花子子子子子子子子子子子人人人人子人人人人子人人人人人子人人人
人人人人子子子子子子子花子子子子秋秋花子子子子子子人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人子人人人
人人人子子子子子子子子花花死秋死死花子子子子人人人人人人人人人人人死秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋人人人
人人人子子子子子子子子子子子花子子子子人人人人人人人子秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋秋猿人人人
人人人子子子子子子子子子子子子子人人人人人人人秋秋秋秋秋秋秋秋猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿人人人
人人人子子子子子子子子子子子人人人人人人秋秋秋秋秋秋猿猿猿猿猿夢醐醐醐醐醐猿猿猿猿猿猿猿猿猿夢人人人
人人人子子子子子子子子子人人人人人秋秋秋秋秋秋猿猿猿猿猿醐醐最人人人人子死醐猿猿猿猿猿猿猿猿夢人人人
人人人花子子子子子子人人人人人秋秋秋秋秋猿猿猿猿猿夢醐花人子醐人人人人子花最猿猿猿猿猿猿猿猿夢人人人
人人人花子子人人人人人人子秋秋秋秋猿猿猿猿猿猿猿猿醐人人人子子人人人人子花死最猿猿夢猿夢猿猿夢子人人
人人人子子人人人人人人秋秋秋秋猿醐猿猿夢醐醐醐猿猿猿子人人人子醐人人人人子花醐醐子子醐醐猿猿夢花人人
人人人子子人人人人秋秋秋秋猿醐秋子醐醐人人子醐猿猿猿醐人人人子子人人人人子子花人人人子死醐猿夢死人人
人人人子人人人花秋秋秋猿醐最人人花人人人人花醐猿猿猿夢子人人子子子人人人人花人人醐醐子花最猿夢死人人
人人人人人人花花秋猿猿醐人人人子人人人人人花秋猿猿猿猿醐人人人子醐人人人人醐人人人子醐子死醐夢秋人人
人人人人秋死死死猿猿猿醐人人人人人人人人人花死最夢醐醐猿人人人子醐人人人人醐人人人子最子死醐夢秋人人
人人人秋秋死死死猿最醐人人人人人人人人人人花花醐醐人人人人人人子秋人人人人人人人子花醐子死醐夢猿人人
人人人秋猿死死秋醐人人人人人人人子子人人人子花最人人人人花人人子花人人人人人醐人子最子子秋夢夢猿人人
人人人猿猿死死猿人人人人人人人人子秋人人人子花醐人人人人醐人人子花人人人人人人人人人子死醐夢夢猿人人
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人子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子
人子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子子

 
 
 
(カールをありがたくいただきました)


568 名前:比良坂初音 ◆F4vmrUK4pg :2009/11/01(日) 00:05:24
>>554>>560
「現実は非情ね…だけど」
しかし初音は気を取り直し立ち上がる
その今川焼きは1時間も並んだのだ、今更手放すのは惜しい
たとえ奪い返せずとも代わりを用意しないことには…

「そのカール、よこしなさいな」

#復帰

569 名前:カトル・カール ◆QUATreGC1A :2009/11/01(日) 00:09:50
 敗北―――求められる失点の回復。
 要求どおりの活躍=>>564 >>567の撃破。
 取り返される価値あるもの―――菓子類。

【お菓子所持】

570 名前:アルビノ少女“山城友香” ◆0DYuka/8vc :2009/11/01(日) 00:14:11
>>564
あれ………今年も何故かテレポート 大 成 功 ?!

………アレ、今回は位置的にそんなに入れ替わってない気がするのですが。

>>565>>567

… … … な る ほ ど 。 

私は理解しちゃイケないものを理解して少しだけ大人の階段を上った気がした。

【J>bで勝利………?相変わらず大きな箱のお菓子所持。】

571 名前:マカ=アルバーン ◆PhYYWE6HC30S :2009/11/01(日) 00:15:03
>>550
私のパートナー以上に絵に描いたようなキザっぽい人があらわれた!
矢継ぎ早に彼が発する甘い言葉の数々に、私は思わず目をぱちくりさせる。

これは…ああ、「ナンパ」ってやつか。
うわ、はじめてナンパされちゃったよ!
まさかこんなところでナンパされるなんて。
やっぱり私も女の子だもん、嬉しくないわけがない。

嬉しいんだけど、こう、会っていきなりナンパというのも
なんかアヤシイ。

#どうする、私


572 名前:比良坂初音 ◆AGog2cPp8I :2009/11/01(日) 00:17:51
>>570
「カールすら奪えないとはね…」
数年のブランクの重さを痛感する初音、しかしもはや退くに退けない
だが…
「かなこにあやまる方がいいかもしれないわ」
ともかくこれが最後のチャンスか!

#挑戦

573 名前:カールおじさん ◆iWaHiIJNEA :2009/11/01(日) 00:23:11
>>568
>>569
 
♪は〜あ おらがじゃ 祭りが 三日も続き
 初音も逝くとこなかんべな〜 なんて便りもやってく〜る〜
 
 いいもんだな〜 大殲は 真っ赤な血しぶき流れ出す
 いいもんだな〜 ハロウィンは 
 
 それにつけてもおやつはカール♪
 
#チーズ味

574 名前:妖精メイド四天王 ◆5RFV.3LrfxFe :2009/11/01(日) 00:24:39
>>545 ニコラス・ネイルズ
「「「「呼ばれて飛び出て!」」」」


                  ,.-‐‐‐- 、           ,. -‐‐‐-、            丶′
                   く, -‐、    `"''‐-、_ _,,.-‐''"´   ,. ‐-、ゝ
                   ,、ノ o ○   / \   ○ o ヽ<´`'‐-、                 ,. -‐'´ノ
               ,. ‐-‐ 、`)  O ,.ァ‐、(,.-‐- 、),.‐、 O  ノ ,.>==- 、`''‐-、.  ,,. --- 、  ,. -‐''"´  ,:'´
          /`!  ,'´    、ヽ / ol:::,*´;´:::::::`;`*,:::!o  〈,:'´.:.:., 、.:.:.:ヽ,  `Y´     Y´ (@)   /
          i,ノ (( (_ノノ)_)) )),ヘ ノ:l:〈::ノ::ノ::ノハ:〉:l,ヘ  ノ i:.;.;ノ_ _ヾ、:.:i,ヘ  ノノ ノ 人ノ、,ハゝ/ (◎) ,'
          `( r)、イ !(┃ ┃)i |(`ノ ( r):レ(┃ ┃)ル:(`ノ ノ( r)ノi━ ━ハi(゛ノ ( r)ハ(┃ ┃)ルi(u,)^´ ノ
          ,'^' ヽヌノゝ, ワ,イナiフ'´`,<ノ`ゝ、O イ´ヽ>o< くソノゝ_〜_ノハ^ゝ‐-<`ゝ、 ワ ,.イ´ >ァ-‐'´
          ヽ,  `くi::<ハ>::!>'´  ノ.) \l.V(*)V.l/ ○`) \{| l∞l |}/    \</ム、>/  ヽ,
            `ー-<::_;Λ;_::>-‐'"ー'´>>‐==‐<<`ー'、____,くゝ===くゝ_____,;;:''´ 〉、: :, :ノ、   ノ
             /:::::::::::::::::\ r‐v'´/    \`'v‐ォ  /(.,,__,;:)\  〉 ,/: : :ノ: : : :\ 〈
            ノ、;:::::::::::::::::::::::::〉 〉 (/        >) 〈  `'ヘ、__, ___,ィ'´ くノノ,/\/ヽ'`´_〉、ゝ
            `ー、,^ト、/\/^ノ `ν'、,ヘ、__._:_:_;ノ^V´    |::::|`ー′   `'、,.: : : : : :,ァ'~´
               ̄i_フ^ー'´       ~^i_ツ^~^´       (ー')        `^i_ツ~´

「我ら、紅魔館妖精メイド四天王!」
「具体的には、紅魔郷EXステージでパチュリー様の前あたりに出てくる妖精最後から順に合計4名!」
「命が惜しくば……」
「お菓子を置いていけー!」

トリップキー:#弾撃ち終わるまで無敵

575 名前:カトル・カール ◆SY.ISQbEio :2009/11/01(日) 00:27:50
>>573 >>574
 突然の襲撃―――カウンターアタック。
 敵の位置/数/火器/速度を瞬時に把握。
 最適な陣形の構築―――ダークタウン最強の傭兵が構築する要塞。
 襲い掛かる猛威を迎撃する。

#迎撃

576 名前:カトル・カール ◆SY.ISQbEio :2009/11/01(日) 00:28:35
(余計なアンカー/>>574は取り消しで)

577 名前:アルビノ少女“山城友香” ◆RzpBTrFHxtDU :2009/11/01(日) 00:30:29
>>572
目の前にはとてつもなく綺麗なお姉さん。でも、なんだろう。喚び寄せちゃった気がするのですか。
私の『闇の者を喚び寄せるぐらいの能力』が絶体絶命のアラームサインを鳴らしまくってるんですが!
おそらくは『蜘蛛』?その眼に引き寄せられたら、その網に絡み付かれたら、必死が必至の大ピンチ?

「あのー、その眼はまさか、この今日10個限定カボチャのパイ包みプリンを見てるわけでは………。
 そうだと、したら、いや、そうでなくても早々に失礼いたしたい所存なんですが〜。」

あたふたしながら、おろおろしながら。考えを巡らせてみる。
では。良いですか。ここでおさらい。前回は2回もテレポートしたから失敗したんです。

よって、今度は精神攻撃精神に恐怖のビジョンを叩き込んで〜。
それから一気にサイキックブーストでダッシュ!これで私はおそらく今度こそ! 今 度 こ そ !

逃げおおせられるはずなんですから!これで完璧です!勝ったッ!ハロウィン大殲完ッ!

とりっぷきー#さいきっくぶ〜すと

………私、無事に逃げ切れたらお友達とこのカボチャプリン食べようと思ってるんですよ?

578 名前:ニコラス・ネイルズ ◆TBzeVRUKG2 :2009/11/01(日) 00:34:09
>>574
 宴もたけなわ―――過ぎ行くハロウィンの夜。
 勝利に酔うニコラスの前に現れる四人の影。

「……ヘイヘイ。フェアリーのお迎えとは俺も捨てたもんじゃねえな」

 妖精―――ファンタズマゴリアそのもの。
 いいぜ、やってやる/お祭り騒ぎで滾る血/愛撫するような手つきでホルスターに触れる/
魔法のように巨大な拳銃を抜き放つ/二挺の生き様そのものを刻印した牙が剥かれる。

「お菓子が欲しけりゃイタズラしてみな!!」

 花火のような号砲。

#Fire!

579 名前:マカ=アルバーン ◆/j4MAKA./U :2009/11/01(日) 00:35:25
>>571
数秒間どうするか悩んでみたものの、
ナンパにほいほい釣られちゃダメだよね。
と、頭が結論を出したので断ることにした。

「ごめんなさい、気持ちは本当に嬉しいんだけど…
 私にはもう好きな人が居るの」

正直、ナンパのうまい断り方が分からなかったので
精一杯悲しそうな顔ででまかせを言ってみた。これでいいのかな?

鎌から「ぶふぅっ!?」って噴出すような声が聞こえたような
気がするけどあえて聞かなかったことにする。

…えーと、ごめんなさい、仮面の人。そしてごめんソウル。


【P>tで勝ってしまいました。お菓子所持続行】

580 名前:妖精メイド四天王 ◆5RFV.3LrfxFe :2009/11/01(日) 00:38:07
       \                  /
         \               /
          \            /
            \         /
             \∧∧∧∧/
             <    ピ >
             < 予 チ  >
             <    ュ >
─────────< 感 I >──────────
             <   ン >
             <  !!! の >
             /∨∨∨∨\
            /          \
          /            \
         /                 \
       /                   \

【T>5で敗北。妖精メイド四天王  全   滅   】

581 名前:比良坂初音 ◆YW85oQLjeZOd :2009/11/01(日) 00:39:58
>>577
一瞬初音の脳裏に悪寒が走る!精神攻撃か?
しかしようやく訛った体がかつての戦闘感覚を思い出したようだ
逃げる少女の足へ、まるであらかじめ設置していたとしか思えぬ
タイミングで蜘蛛糸の網が絡まる
「ふう…テレパスを使った目くらましとは流石ですわね、ですが
その後の詰めが甘くてよ…さて」

切れ長の瞳が歓喜で歪む
「私には待ち人がいるのよ…悪いけど」
優雅に一礼、退き際を誤らないのも生き残るコツだ
「勝ち逃げとさせていただくわ、ごきげんよう」

#ランナウェイ

582 名前:妖精メイド四天王 ◆5RFV.3LrfxFe :2009/11/01(日) 00:40:11
>>580>>574>>578

583 名前:望月綾時 ◆vDUDShAdOw :2009/11/01(日) 00:41:23
>>579

…………彼女の表情に変化なし。あ、失敗?
彼女は中々強い精神力をお持ちのようだ。僕の魅了に引っかからないなんて。
魑魅魍魎ですら安易に引っかかったというのに。
先程の小悪魔を引っ掛けた時の自身が音を立てて崩れていく。お菓子があっという間にしょっぱい塩飴となった。

「……これは引き上げたほうがよさげだね。残念だよ……」

これ以上元の姿を外に晒しておくのも気分が悪い。
顔をまるでマスクをとってますよという風に振舞いながら人間の形に変え、彼女に微笑みかけた。

「物騒な中での出会いほど男女の仲を堅強にするものは無いと思ってた。だけど、それは間違いだったみたいだ」

あからさまに悲しそうな顔を浮かべ、マフラーの中に顔を埋めて嘆息。
残念だ、本当にともう一度呟く。

「この顔だって本当はもっと親密になってから晒そうと思ってたんだ。だけどそれはもう無意味だ。
 君が僕の甘言に打ち勝ち、仮面を壊したんだ。もう自分を偽って声を掛ける必要もない。
 ……君みたいな純粋な子を好きになるなんてその彼氏はすごく人を見る目があるよ。羨ましいくらい。

 じゃあね。僕はこの心の傷を負いながら新しい出会いを期待するよ」

そして僕は彼女に背を向け、真っ直ぐ歩みだした。
その頬に冷たい雫を現しながら。










「あ、小悪魔ちゃん?僕だよ。よかったら日曜遊びに行かない?」

次の日、元気に駆け回る望月綾時の姿が!

【退場】

584 名前:ニコラス・ネイルズ ◆TBzeVRUKG2 :2009/11/01(日) 00:44:05
>>582(T>5 勝利)

「―――ま、子供に鉛玉はやらねえけどな」

 硝煙たなびく拳銃に息を吹きかける。
 実態は空砲。派手な音と火の玉をだす玩具。

「これでも勝ちは勝ち、ってこったな。くはは」

 奇術師の手つきでホルスターに偽りを撃った銃を戻す。

「さて、と。次は誰が来るかね」

【お菓子所持】

585 名前:ジャックランタン ◆GQz6mRTgNd2. :2009/11/01(日) 00:46:33


 「くくくだホ、オーカス様が敗れたホー」
 
 「あの方は我々の中では外様…というか無関係ホ」
 
 「しかしあの程度で負けるとか、悪魔の面汚しだホー…」
 
 
 「そういえばランタンはどこ行ったホ?」 
 「「さあ?」」
  
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
ヒーホー!
今日この日を待ちに待ったときが来たのだホ!
多くのライドウとゴア隊長が無駄死にでなかったのとかはどうでもいいホ!
ついでに最近目立ちまくりなフロスト達にぱるぱるとかソレも置いとくだホー!  
 
シーキューシーキュー待ってろ知らない人!
今お菓子をもらいに僕が行くホー!!
 
 
 
……ヒホ?
 
>>579>>584
 
感じるホー…お菓子を有する強者が持つ魔力を。 
長かった戦いも遂に最終決戦だホー。
 
おじさんと(多分)女の子…戦う前に一つ言っておくことがあるホー。
君たちは僕を倒すのに悪魔召喚プログラムが必要と思っているのかもしれないけど…
別にトリップに勝つだけで倒せるホー。
 
そして他の死屍累々の負けたヒトたちとかは何時の間にか退場していたホー。
あとはボクと勝負をつけるだけだホー…。
  
 
ウオオオオいくホーーーーーーー!
 
【最終奥義:悪魔合体式突然変異妖精秘伝広域型全体火炎魔法(マハラギダイン)】  
 
 
#トリック オア トリート!

586 名前:ニコラス・ネイルズ ◆9XFnHcahXM :2009/11/01(日) 00:49:58
>>585
「俺はオジサンじゃねぇ――――――――――――――――ッ!!」

 渾身の突っ込み/同時に現れる超ド級トレーラー。
 再び現れるロングトム/すかさずレバーを掴み、

「そぉい!!」

 全力で倒す。
 響き渡る轟音―――排出される太ももほどはある薬莢。

【#END】

587 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆aFh9fNRpaSjS :2009/11/01(日) 00:51:16
恐怖は恐怖で掻き消され、震え上がるのはか弱い私の方だった。
かくして1年待ったカボチャ型プリンのパイ包みは奪われた。でも、この恐怖で………。

       ─────黙っていられるような私なら私じゃない!

かぶっていた皮が剥がれていく。隠していた本性が露わになる、瞳は赤から青へ。
血が逆流する。脚に絡まった蜘蛛の糸を吹き飛ばして。そうだ、私の正体は────。

        平伏すが良い、我らが眷属の名は夜の王!吸血眷属!

身体が軽い。まるで羽が生えたみたい。だから、奪われたなら。
                                        ─────奪い返すまで!

「アナタの事情は知らないけれど。逃がさない!勝ち逃げなんて許さない、許されない!
 それは私のカボチャプリン!私が友達と美味しく召し上がるための!だから、返せ!」

蜘蛛の網を破って、蝙蝠を冠した眷属の羽は夜空に舞い上がる!

トリップキー#覚醒!ブルーブラッド!

588 名前:比良坂初音 ◆4m9oMVzGW6 :2009/11/01(日) 00:57:36
>>587
「甘いわね…」
だが初音の跳躍は少女よりも高い
驚愕してるであろう表情を想像しながら、その耳元で初音は囁く
「XXXはもっと速く、そして高く舞ったわ…だから」
「貴方では力不足よ、出直していらっしゃいな」
優しい囁きと裏腹に、思い切り路上へと少女の体を叩きつける
「眷属ならばこの程度で死にはしないわね。感謝なさいな
今宵は祝いの日、なのでしょう?…ふふふ」

#愛の逃亡
(阻止できぬ場合、このまま退場します)

589 名前:ニコラス・ネイルズ ◆9XFnHcahXM :2009/11/01(日) 01:01:05
>>585(G>9 敗北)

 ―――気がついたら夜空を見ていた。
 焦げた自慢のジャケット/ひしゃげたトレーラー/壊れたロングトム。
 あたり一面に衝撃波の痕跡―――さながら爆撃の跡。

「おう、俺のいるところが爆心地(グラウンド・ゼロ)か」

 清々しいまでの敗北と爆破。
 トラックは跡形も無く消えている。

「ま、祭りの最後だ。こんだけ盛大にやればすっきり、だな」

 賭けに負けた老練のギャンブラーが見せる苦笑い―――ポケットに手を突っ込む。
 出てきたのは黄金の輝き。
 悪魔が舌を出しているエンボス/安っぽい金紙/妙に軽いコイン。
 コイン型チョコが一枚。
 残ったものは、これだけ。

「さて、帰ってシャワーでも浴びるか」

 コインを弾きながらの帰還。
 更けていく夜とともに歩いて行く。

590 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆zM7GZAXkU. :2009/11/01(日) 01:12:52
>>588
「─────甘い?そりゃそうよ。まだ眷属としては駆け出しなんだから。
 まだ昼の光に刺し殺されそうになったって外を歩いていたいから。」

おそらくこれは夜だけの夢。夜だけ私の瞳に宿る幻。

「それじゃ、ありがとうを言わせて頂戴?そのカボチャプリンを潰さないで居てくれて。
  だから出直してくるわ?時間は腐るほど有り余ってるから?また、いつか。
 
      それから、当然、それは私が持ち帰らせてもらうわ。───今宵の想い出にね?」

力を貸せ!忌まわしき蒼き血よ。今日は祝いの日なんでしょう?
振り払えたなら今度は振り返らない。そして、そのまま逃げるわ、今度こそ!

#蒼き血の宴

591 名前:ジャックランタン:2009/11/01(日) 01:16:11
>>589
 
【G>9 勝利】
 
ヒーホー!!
無駄無駄無駄ホー!
火力で火に挑むとはバンユーだホ、火炎無効か反射装備で出直してくるホー!!
これで勝負は僕の勝―――――ホ? 
  
【CAUTION!:炎の勢いが止まらない!】
 

な、なんでだホー!? なんで炎が止まらないホー!
……あ、そういえば言ってたコトがあるホー。
この技をくれたニンゲンから…。
 
 
    『その炎は神の炎です、万能属性ではなくて火属性ですが神の炎です。
     くれぐれも軽々しく扱わぬよう…。あと私をぺ天使いうな、殺すぞ妖精』
 
    『このスキルは強力でね、魔界の業火を操る技でもある。
     本来なら万能属性なのだけど火属性だ。
     使用には気をつけてくれたまえ。あと私を仕事してないとか言うな、殺すぞ』
 
 
…ニンゲンだけどニンゲンじゃなかったホー。
と、そんな事はどうでもいいだホ!
光と闇が備わり最強に見えるというか、まさか両方混ぜたからこんな制御できない仕様に
 
 
って
 
 




                              ヽ`
                              ´
                               ´.
                           __,,:::========:::,,__
                        ...‐''゙ .  ` ´ ´、 ゝ   ''‐...
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                    /                    \
        .................;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;::´                       ヽ.:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;.................
   .......;;;;;;;;;;゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙       .'                             ヽ      ゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙;;;;;;;;;;......
  ;;;;;;゙゙゙゙゙            /                           ゙:                ゙゙゙゙゙;;;;;;
  ゙゙゙゙゙;;;;;;;;............        ;゙                              ゙;       .............;;;;;;;;゙゙゙゙゙
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              ノi|lli; i . .;, 、    .,,            ` ; 、  .; ´ ;,il||iγ
                 /゙||lii|li||,;,.il|i;, ; . ., ,li   ' ;   .` .;    il,.;;.:||i .i| :;il|l||;(゙
                `;;i|l|li||lll|||il;i:ii,..,.i||l´i,,.;,.. .il `,  ,i|;.,l;;:`ii||iil||il||il||l||i|lii゙ゝ
                 ゙゙´`´゙-;il||||il|||li||i||iiii;ilii;lili;||i;;;,,|i;,:,i|liil||ill|||ilill|||ii||lli゙/`゙
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                         ´゙゙´`゙``´゙`゙´``´゙`゙゙´´




 
 
 
   2009年11月1日 未明
 
   地球はシュバルツバースの侵食を待つまでもなく謎の爆発に包まれた。
   なお、この爆発による被害は特に分かっていない。
 
 
  【GAME OVER】 

592 名前:比良坂初音 ◆spNGA.s27xQH :2009/11/01(日) 01:24:15
>>590
追いかけようとした初音だが、途中で踵を返す
彼女の必死の表情が何か心に響いたのかもしれない
いずれにせよ、今宵は祝祭日だ、これ以上血を流すこともないだろう
それにしても…
「この女郎蜘蛛がコンビニでお菓子を買うことになるなんてね」
と、横断歩道の向かいのコンビニへと駆け込む初音だった

#ごきげんよう


593 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆0DYuka/8vc :2009/11/01(日) 01:35:19
>>592
逃げた。走った。当然、パイ生地がぐっしゃりと潰れないように。
なんとか辿り着いて駐車場、スクーターの前。秋の夜風が妙に身に染みる。

荷台に大事そうにしまい込んでキーをかける。軽いエンジンの音が妙に心地よい。

あとは、家まで無事に運んだら友達に電話をかけて、少し遅れたハロウィンを祝おう。
多分、きっとソレが今の私にとってはとても幸せなことだから。

【z>4で勝利 お菓子所持 脱出成功?】

594 名前:ハロウィン祭り/エンディング:2009/11/01(日) 02:43:59
かくして、いくらかのお菓子が家路をたどり、多くのお菓子狩りが大地に帰る。
今宵は多くの血が流れた。
しかし、それでも戦いは終わり、お菓子達とお菓子狩り達は静かな休息の時を迎える。

だが、忘れてはならない。
世にお菓子がある限り、戦いの火種は尽きないという事に。
世にお菓子がある限り、またいつか、ふざけた夜会は開かれる。
そう。

次のハロウィンの夜に、また……。

595 名前:ハロウィン祭り/エンドロール:2009/11/01(日) 02:53:55
ハロウィン祭り 参加者リスト

>>511〜 小悪魔の扮装をした少女 .  人間側 最終結果:お菓子無し
>>512〜 ニコラス・ネイルズ        人間側 最終結果:お菓子無し(懐にチョココインいっこ)
>>513〜 アルクベイン              人間側 最終結果:お菓子保持 Congratulations!
>>518〜 アルビノ少女“山城友香”   .人間側 最終結果:お菓子保持 Congratulations!
>>522〜 ???              ...  人間側 最終結果:お菓子無し
>>532〜 十六夜咲夜               人間側 最終結果:お菓子無し
>>537〜 比良坂初音               人間側 最終結果:お菓子無し(コンビニでお菓子購入)
>>542〜 ダンテ               人間側 最終結果:お菓子無し
>>544〜 マカ=アルバーン .        人間側 最終結果:お菓子無し(タイムアップによる不戦敗)
>>560〜 カールおじさん          人間側 最終結果:お菓子無し

>>514〜 ステラ・ルーシェ      .   怪物側 最終結果:お菓子無し
>>515〜 ミラ&アーヴィ       .  怪物側 最終結果:お菓子無し
>>516〜 望月綾時(頭だけタナトス). . .怪物側 最終結果:お菓子無し(小悪魔の扮装をした少女所持)
>>527〜 リップルラップル         怪物側 最終結果:お菓子無し
>>531〜 オーカス           .  .. 怪物側 最終結果:お菓子無し
>>554〜 カトル・カール        .. 怪物側 最終結果:お菓子無し
>>574〜 妖精メイド四天王      . 怪物側 最終結果:お菓子無し
>>585〜 ジャックランタン       . 怪物側 最終結果:お菓子奪って人類滅亡 Congratulations...?

本日の記録
>>509-595


next night....


596 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:08:25






第3話 「HELP ! / Diablo 」 (Igor Bromhead vs Ligardes )





.

597 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:10:00







 ―――忘れるな。悪魔との取引は高くつく。





.


598 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:10:47

―――どこで間違えてしまったのだろうか。

 憔悴しきった彼女は、もう何度目かになるその疑問を思い浮かべる。
 彼女は身の自由を奪われていた。椅子に縛り付けられ身体を動かすことは叶わず、器具
で頭を固定され首をめぐらすこともできず、取り付けられた開眼器のせいでまぶたを閉ざ
すことすらできなかった。肉体も精神も限界寸前にまで追い詰められていた。いまの彼女
はもはやボロ雑巾に近い有様だ。

 運が悪かった。一言で言えばそれがそれが理由なのだが、それだけで済ますことができ
るほど彼女に非が無かったわけではない。相手を過小評価してしまったのがこの最悪の事
態につながったのだ。ほんのちいさな油断と傲慢さがここまで彼女を追い込むことになっ
てしまったのだ。

 取材が困難であればあるほどにやる気が出るのが彼女の性分だった。だからいままで危
険な目には幾度と無くあってきた。だが、ここまで最悪なものにはいまだかつてあったこ
とがなかった。

 椅子に縛り付けられ食事などもう何日も与えられていない。2日に一度の水だけが彼女
の口にしているすべてだった。身につけた服はもう何日も変えておらず油染みていた。排
泄もそのままの垂れ流しだ。辛うじて大便のほうは我慢できているため、におうのはアン
モニア臭さだけだ。もっともそろそろそれも限界に近かったが。

 だがそんなことも気にならぬほどの匂いと汚れが彼女の身体には染み付いていた。すっ
ぱい匂い。あまりにも酷い刺激臭。それは胸元にしみた汚れから臭ってきていた。そのし
みは何度も繰り返し嘔吐した跡だ。放置された嘔吐物が腐りさらに酷い悪臭を放っているのだ。

 そんな汚物さながらの彼女の有様を、取り囲んだ男達が食い入るようにしてみていた。
普通の男達ではなかった。人間ですらない。広い部屋の中にはインスマンス面の男たちで
満ちていた。深きものども。冒涜的な深海の眷族だ。男たちは彼女を取り囲むようにして
輪になっていた。そして食い入るように汚物にまみれてはいるものの起伏に富んだドミノ
の身体を見つめていた。

 下種な視線を惜しみなく注ぐ男ども。そのなかで一人だけ毛色の違う男が劣情以上に危
険な視線を彼女に向けていた。彼女の正面に当たる位置にいる男だ。眼鏡をかけた色男で、
見るからに高級そうな椅子に腰掛けていた。男の瞳に浮かぶのはぞっとするような加虐性。
他者を玩具として認識しているヒトデナシの視線だ。つまりインスマンス面の男たちと比
べると、男はより上等な下種野郎だった。

599 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:12:28

 男が右手を掲げ指を鳴らすと、扉が開き一人の少女が連れ込まれた。

 拘束具をつけられた少女が部屋の中に引きずってこられる。拘束具の下にはかわいらし
いドレスを着ているが、それが客引きのためのものだと知っているドミノにはこんな状況
でなくともほめることはできなかった。少女はドミノをかくまっていた子供たちのうちの
一人だ。この街では時として善行を施したものこそが非道な目に合わされる。少女には拷
問は加えられていなかったのだろう、顔色は悪くやつれてこそいたが眼に見えるような傷
も憔悴もみられなかった。

 手かせ足かせをつけられているうえに口枷までつけられているために少女は動きづらそ
うだった。首輪から伸びた鎖を引くずられ少女は部屋の中央にある『台』のそばまでつれ
てこられた。ドミノから3mと離れていない距離。

「大」の字型になった台の上に少女は改めて拘束される。連れてきた男の手によってドレ
スと下着が破り捨てられるが、いやらしい目で見つめるものはいない。やつらは女に興味
があっても少女には興味が無い。興味が無いのは少女だけではない。どんなに美しくても
石女には興味が無い。やつらを駆り立てるのは性欲ではない。生殖本能だ。子を成すこと
にかける強迫観念的だ。やつらにあるのは生殖欲であって歪んだ性欲ではなかった。

 一糸まとわぬ姿で拘束された少女は油性マジックで身体中にグリッドを引かれる。黒い
格子が白い肌の上に書き記されていく。

 いまではそれが何なのかをドミノは嫌というほど理解していた。

「ではミズ・ドミノ、もう一度聞きます。あなたがこの取材で知った内容のすべてとその
情報源、そしてそれを伝えた相手をすべて教えてください」

 眼鏡をかけた色男が言う。この組織のナンバー2。この場にいる中でただ一人まともな
人間の顔をしていた。むしろかなりの美形といっていいほどだ。

「知ってることはもうぜんぶ話したわ」

 ガラガラになった声でドミノは言う。嘘ではなかった。情報源の秘匿というジャーナリ
ストとして最低限の仁義まで守れぬほどに彼女は追い詰められていた。だが彼女のその悲
痛な言葉に対する男の返答はあまりにも無常だった。

「信じられません」

 男は笑顔でそういい棄てると、気障ったらしく指を鳴らし、インスマンス面達がひし
めく人ごみの向こう側へと声をかけた。


600 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:12:59

 ドミノには、これから何が起こるかはすぐにわかった。彼女でもう五人目だからだ。思
わず瞳を閉ざそうとするがそれは叶わない。目を背けることはできない。そのための開眼
器だ。

 ひときわ体格の良い男がインスマンス面たちの中から姿を現す。その手には電動式の回
転鋸が握られていた。

 少女はそれを見ると拘束された身体を揺さぶり激しく暴れだす。彼女もまたこれからど
うされるのかを知っているのだ。

 男はゆったりとした動作で少女の脇へと歩み寄ると、ナンバー2へと会釈をしてから手
にした回転の気切りのスイッチを入れた。

 回転鋸の刃が甲高い音をたてる。

 その音に煽られるようにして、人ごみの熱気が加速度を増していく。ナンバー2の男の
顔に浮かぶサディスティクな笑み。

 刃が少女の身体へと近づけられていく。回転する刃が少女の身体に記された線へと近づ
けられていく。

 油性マジックで引かれた線。それは切り取り線だった。この線に沿って今から少女は解
体されるのだ。

 眼を極限まで見開き、食い入るように刃を見つめる少女。その瞳からは涙がとめどなく
溢れ出す。自分でも何を言っているのかわからない絶叫を上げるドミノ。悲痛な叫び。だ
が刃は止まらない。

 そして回転鋸が少女の身体へと押し付けられ、口枷ごしの絶叫が響き渡った。


601 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:13:37

「ではミズ・ドミノ、もう一度聞きます。あなたがこの取材で知った内容のすべてとその
情報源、そしてそれを伝えた相手をすべて教えてください」

 眼鏡をかけた色男が言う。その整った顔にはサディスティックな笑みが浮かんでいた。

「知ってることは!もう全部!いったって何度もいってるでしょう!!」

 血と臓物を間近で浴び凄惨な様相となった彼女が絶望と憎しみをこめて慟哭する。あま
りにも深い奈落のそこから聞こえてくるかのごとき声。だが、またもや男の返答はあまり
にも無常だった。

「信じられません」

 男は笑顔でそういい棄てると、気障ったらしい動作で再び指を鳴らそうとする。だがそ
れよりも早く扉が自然に開いた。

 小柄な老人が二人の屈強な男を引き連れ室内へと入ってきた。豪華だがあまり品のよく
ないスーツに身を包んだ老人だ。ぎょろりと飛び出した眼球を持つ、魚類と両生類のあい
のこの様な顔。典型的なインスマス面。

 老人の姿を見るや否や部屋にいた男たちが一斉に背筋を伸ばし頭をさげる。

 ナンバー2の男も立ち上がりわざとらしい動作で深々と一礼する。

「これはこれはボス。どうなさいました?ご用があるようでしたらわたしから参上しましたのに」

 愛想笑いを浮かべそういう男を老人は乱暴に押しのけると、椅子に縛り付けられた彼女
の前へと足を進めた。老人は黙って血と臓物にまみれた彼女を見下ろす。その顔に浮かぶ
のは好色そうな笑み。その笑みを見てナンバー2は嫌な予感、いや確信をえる。

「身を整えさせ寝所へとつれて来い」

「ですがボスその女は……」

「身を整えさせ寝所へとつれて来い。わしはそういったのだ。二度とは言わん早くしろ!」

「……わかりました。すぐに手配します」

 渋面を作りつつも答える男。その顔には半ば諦観の情をうかがうことができた。


602 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:17:06

††

 そこは老朽化したアパートだった。
 テムズを見下ろす位置に立てられた湿っぽいアパート。隙間風が絶えず吹き込む、シロ
アリに食い尽くされたボロボロのアパート。手入れなど長らくされていないのだろう。黒
いカビがべったりと壁を覆い、天井は長年の汚れで酷い有様だ。窓ガラスもひび割れ、長
い年月をかけて積もった土埃が層をつくっていた。その排煙と土埃に汚れた窓のすぐ外に
は、テムズを挟んで『南倫敦(ノーマンズランド)』を見下ろすことができた。

 このアパートが建っているのは貧困層の暮らす地区だ。北側では最も治安の悪い場所に
位置していた。とうぜん入居しているものもそれに見合った層の住人となる。

 そしてこの部屋の住人も、例に漏れずそのなかの一人だった。

 足を踏み入れた薄暗い部屋の中には一人の男がいた。
 このアパートと同様に疲れ果てボロボロの有様の男だった。
 身につけているダークスーツはかつては上等な代物であったのだろうが、いまではくた
びれ皺だらけだ。幾日も着替えていないことが伺えるシャツも襟元が黄色く汚れ果ててい
た。髪もふけと皮脂によって汚らしくもつれている。

 男は逃亡者だった。罪を犯し、追われ、幾日も幾日も逃げ続けてきたが、ついにはこう
して追い詰められることになった。ここが彼の終着駅だ。

603 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:17:28

 男はじめじめとしたかび臭い、油染みたベッドに腰掛けうつむいていた。両手は太腿の
間に挟まれ、そこにはコルトの .45口径が握られていた。安全装置は外されハンマーは起
きていたが、引き金に指はかかっていない。

 男は酷くアルコール臭かった。いや、この部屋自体がアルコール臭いのだ。理由は明快
だった。男の足元には飲み棄てられた蒸留酒のボトルが幾本も転がっていた。それを見れ
ばこの部屋に充満した濃密なアルコールの匂いも納得がいくというものだ。

 男は緩慢な動作で顔を上げ、部屋に踏み込んだ【獅子】をみる。その顔は白髪まじりの
無精ひげに覆われ、眼は血走り澱んでいた。

「おまえか」

 男はそういうと、かぶりをふりしみだらけの天井を見上げた。

「【ピュグマリオン(ミスタ・ウォレス)】あたりが来ると思ってたんだがな。
……一体どういうつもりなんだ?」

 その質問に【獅子】はただ鋭い眼差しで答える。

 男の質問はもっともだったが答えてやる義務はなかった。なにせ彼はもはや部外者、
いやそれどころか敵なのだから。

 男はビッグブルーのエージェンとのひとりだった。【獅子】の元同僚で同じ部署だっ
た。班は別だが何度か一緒に共同戦線を張ったこともあった。電情戦の専門家である男
のサポートは的確で、現代戦に不慣れな【獅子】にとっては有難かったものだ。

 男の言う【ピュグマリオン】も同僚のひとりで、男と同じく電情戦の専門家だ。

 男の疑問は「電情戦の専門家を相手にする時には、電情戦の専門家を当てる」という
定石(マニュアル)から生じていた。なにせ【獅子】はケータイを使うのですらやっと
の有様なのだから、定石に従えばまともな人選とはいえなかったのだ。


604 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:17:41

「……まあいいさ。きっちり終わらせてくれるんなら誰だっていい」

 疲れ果てた声でそういうと、男は室内をぐるりと見回した。そして【獅子】にしっかり
と顔を向け、とうとうと語りだした。

「ようこそ俺のセーフハウスへ。他人を入れるのは初めてだが……初めてがお前みたいな
野郎なんて色気の無い話だな。どうせなら【刀使い(ブレードランナー)】みたいなかわ
い嬢(こ)ちゃんを招待したかったよ」

 自嘲するようなかすかな笑み。

「実はな、ここはオレの生まれた場所なんだよ。お袋はそこのカビだらけのシャワールー
ムで一人でオレを産み落としたんだ」

 顎をしゃくり、暗くじめじめとしたひび割れたユニットバスを指し示す。悪臭の漂う酷
いシャワールーム。いや、むしろこんなボロアパートの部屋にトイレとシャワーがついて
いること事態を驚くべきか。

「ひでぇだろ。そう、こんなくそったれな場所でオレは生まれたんだよ。ガキの頃はいつ
かこんな肥溜めから這い出してやるってそんなことばかり考えていたっけな」

 声に含まれる苛立たしそうなさびしそうなそれでいてどこか懐かしむような響き。
 それらを振り切るように大きくかぶりを振ると男は盛大なため息をつく。

「だが、結局はここに戻ってきちまった。そう、もどってきちまったんだ。結局、オレは
こんな場所で生まれ、こんな場所で死ぬのか……!」



605 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:17:58

 拳銃を持つ男の手が、男の全身が震える。手にもった銃も激しく震えた。もし引き金に
指をかけてあったならば暴発してしまったことだろう。

――――――だがそんなことよりも。

 鋭い眼差しで【獅子】はうつむいたままの男を見つめ、口を開く。

「長々とした身の上話をするのは自由だが、もし時間稼ぎをしてナナイト(ナノマシン)
が効くのを待っているのなら無駄だ。私の身体は外部からの異物を選択して取り込むこと
ができる」

 男の震えが止まった。男はゆっくりと顔を上げる。その顔に浮かぶのは激怒の表情。男
は憎しみのこもった眼差しで【獅子】を睨む。

「くそったれ。そうならそうと早く言いやがれ」

 男は電情戦の専門家だったが対象に「侵入」するための手段としてナナイトを用いるこ
とが多かった。男はもともとナナイトのほうが本来の専門なのだ。ナナイトを用いたハッ
キングは機械や人形相手だけではなく人間にも効果を及ぼすことができたのだ。



606 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:18:15

 金属を添加した超伝導球状炭素分子(ナナイト)が生物の体内に侵入すると血中を通っ
て標的とした場所に到着する。そこは人造や肝臓などの臓器のこともあるが、男のような
ハッカーが標的とするのは大抵の場合ニューロンやシナプス結合部だ。血管に入り込み脳
血液関門を通り抜けそこに定着し寄生したナナイトは化学物質を合成しニューロンを制御、
結果として脳と言うシステムに侵入するのだ。脳を完全に掌握するのには手間も時間もか
かるが、相手に特定の条件反射を植え付けたり、短期記憶を消したり、精神状態に作用す
る程度のことならば5分もかからなかった。

 きっとこの部屋の入り口にでも通り抜けたものにナナイトを吹き付けるようなエアロゾ
ルスプレーでも仕掛けてあるのだろう。万が一にでも自分は感染しないように、自分はハ
ンターナナイト(アンチウイルス)の予防接種をしておいて。

 まあなんにせよわざわざ長ったらしいひとり語りをやったのに狙いが外れてご苦労なこ
とだった。男がナナイトの専門家であることは、いままでの付き合いや会社のデータベー
スで判明していた。ならば対策をしないでやってくるのは愚かなことだ。手の内さえわかっ
ていれば対策を立てられないわけがないのだから。

 【獅子】が男を処分するための執行人として選ばれた最大の理由は、かくのごとくナナ
イトが効かないということだった。電情戦の専門家にその分野の素人を当てるなどという
定石外しをするのも、こうした考えがあってのことだ。理由なくそんなことはするわけが
ない。

「流石に考えもなしに送り込まれたわけじゃないか。まあ、そうだろうよ。だが……」

 男は見上げたセルフコントロールで激昂を抑えると、安全装置をかけてから手にした銃
をベッドの上に放り投げた。この距離で【獅子】相手に銃で挑むのは自殺行為だというこ
とをよく理解していたのだ。

 そして男は改めて【獅子】に顔を向け笑みを形作った。自嘲ではなく自信に満ちた余裕
の笑み。同時に男は自分の体内に埋め込まれた不活性状態にあったあるナナイトを起動(トリガー)。

 活性化したナナイトは爆発的に増殖し――――――男の肉体は迅速にして劇的な変化を遂げる。



607 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:18:35

 全身の骨格筋肉が成長し体躯はゆうに2まわりは大きく膨張している。それは鍛え上げ
られたボディビルダーと、北国の覇者たるグリズリーを掛け合わせたかのような筋肉質で
力強い肉体。熊手のように巨大な両手の指からは刃のように鋭い鈎爪が伸び、見る者を震
え上がらせる。だが何よりも恐ろしいのはその顔だ。牛に似たその顔には蚯蚓腫れのよう
な筋が幾本ものたうち、皮膚はケロイドのような異様な質感にかがやいていた。こめかみ
からは羊のようにねじくれた角が生え、瞳は瞳孔の細長い猫のようだ。変わり果てた容姿
の中で、歯だけは人のそれであるのがあまりにも気味悪くおぞましい。

 その変身にはライカンスロープたちのような自然さは微塵も無かった。人狼や人虎のよ
うな優美さは欠片もなかった。あまりにも不自然で禍々しかった。変身と呼べる代物では
なかった。ならば<異形化>とでも呼ぶべきだろうか。もしこの光景を目の前で見た【獅子】
に男の変身をなんと呼ぶべきかと聞いたならばこう答えたかもしれない。「覚醒」と。

「ナナイトは他人に使うばかりが能じゃないんだぜ」

 発声器官が大幅に変形しているため聞き取りづらい声で男が言う。どうやら理性までは
飛んでいないようだ。

 これが男の切り札だった。【獅子】はみた事がなかったし、ほかの同僚も見たことはな
かった。目撃者の生じる状況では使用せず、みたものは確実に殺し、当然報告もしていな
かったため会社のデータベースにも存在しない。当人以外は誰一人として知ることはない
正真正銘男の切り札だ。

 男は変わり果てた顔に余裕の笑みを浮かべると、威嚇するように長くのびた鋭い爪を顔
の前に掲げた。全長30センチほどもある長く鋭い超硬度の刃だ。

 【獅子】はその威嚇にも表情を変えること無く腰に佩いていた剣を抜いた。愛用の大剣
ではない。切っ先の備わった大振りな鉈のような短く肉厚のある刃だ。刀身がやや内反り
になっており、引っ掛けて切断するのに適した造型となっていた。室内での戦闘を想定し、
取り回しのしやすい得物を用意してきたのだ。それは【獅子】のために特別にあつらえら
れた代物で、9mmもの肉厚の刃をもつ対化物用の斬首刀(ギロチン)だった。

 抜刀した【獅子】を眼にし男も戦闘体制に移行する。男は膝を曲げ両足の筋肉に力が込
められる。極限まで圧縮されたバネ。爆発的な威力を誇るブースター。

 それに対し【獅子】は右手に斬首刀をさげたまま無造作に足を踏み出した。
 
 一歩、二歩、そして運命の三歩目。同時に男が跳躍。両手の鈎爪を振りかざし、【獅子】
めがけて襲いかって来た。

608 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:19:00




 結局のところ、その戦いはほんの数秒で片がついた。





.

609 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:19:25

「早かったじゃないか」

 アパートから少し離れた場所に停めておいたセダンに乗り込んだ【獅子】を陽気な声が
出迎える。

 後部座席には先客がいた。【獅子】と同じくダークスーツを着込んだ男だ。ただし、そ
の男はスーツの上に漆黒の毛皮のコートを纏い、顔にはエナメルでコーティングされたガ
スマスクをかぶっていた。マスクの眼窩には真っ黒な遮光レンズがはめ込まれ、表情は一
切うかがえない。

 男の言葉に一瞥で答えると、【獅子】は手にしたアルミケースを無言で渡した。マスク
の男は受け取ったアルミケースの腹に手を当て、小声で何事かつぶやく。そして、「確かに」
とうなずいた。

「ご苦労さん。流石に手際がいいな。出してくれ」

 言葉の後半は運転席にいるもう一人の男へと向けられたものだ。もうひとりの男は、け
だるそうな雰囲気をのぞけば特徴といえる特徴の無い人物だった。中肉中背で顔立ちもあっ
さりしていた。しいて特徴を挙げるとすれば、東洋人だということぐらいか。彼もまたダー
クスーツに身を包んでいた。

 声をかけられた運転席の男は小さく頷くと車を静かに発進させた。後部座席にいるマス
クの男が【案山子】で、運転席の東洋人の男が【木こり】。今回【獅子】のバックアップ
をつとめた二人の同僚だ。

 走り出した車の中【案山子】はアルミケースを足元に置くと、脇に置いてあった紙袋を
持ち上げ中から紙に包まれた塊をとりだした。それを【獅子】へと差し出してくる。

「ほらよ。待ってる間に買ってきたんだ」

 それはまだ温かいミートパイだった。勝手に持ち場を離れたのかと厳しい眼差しで【獅子】
が睨む。



610 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:19:43

「そんな顔するなって。大丈夫だよ。オレも【木こり】も持ち場は離れてねえって。使い
魔をやらせたんだ」

 そういうと【案山子】はポケットからスマートフォンを取り出し親指と人差し指でつま
んで軽く振って見せた。それは倫敦の研究所(ラボ)が開発した最新式の情報端末を【獅子】
たちのボスが改造し、さらに【案山子】が独自に手を加えたものだった。現在市場に出回っ
ているあらゆる製品よりも数段高性能だが、この端末の真価はそんなところではない。

 真に価値があるのはインストールされたプログラムだ。悪魔召喚プログラム。かつて極
東の島国で若き天才が開発したとも南極で未知なる存在より人類に伝えられたともいわれ
る御業。この端末にはそのプログラムが搭載されていた。

 情報化された「仲魔」が本体のメモリに数体、本社のサーバに数百も保存されており必
要に応じて呼びさすことができた。まだまだ問題が多く不安定だが、完成され量産されれ
ば歴史の流れすら変えうる代物だった。

 【案山子】は先週この端末とプログラムを手に入れたばかりだった。とてもうずうずし
ている。さながら新しい玩具を手に入れた子供のようにはしゃいでいた。使いたくて仕方
ないのだ。

「いきのいいフレッシュゴーレムが手に入ったからためしに使いに行かせてみたんだよ。
珈琲もあるぜ。今日は朝からメシ抜きだっただろ。」

 そういって紙袋の中からさらに蓋付きの紙コップに入った珈琲を取り出し【獅子】へと
押し付けてきた。そして【案山子】は自分の分もとりだすとガスマスクを少しだけ上にず
らして口元を露出させるとミートパイにかじりつく。

 【獅子】は両手に珈琲とパイを持ったまま運転席の男に視線を向けた。【木こり】はルー
ムミラーごしに【獅子】をみると自分はもう食べたとけだるそうに言う。

 【獅子】はあきらめたかのように、もしくはあきれ果てたかのようにため息をつくと、
まだ温かいミートパイにかぶりついた。巷で評判のフリート街にあるミセス・ラヴェット
のパイ屋のミートパイに。


611 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:20:00

 テムズ河畔。廃棄された倉庫の立ち並ぶ一角。人気は無い。
 見下ろせば黒く濁ったテムズの水が、轟々と音をたて流れている。
 
 廃墟と化した倉庫外に黒塗りのセダンが乗り入れてきた。徐々に速度を落しそのまま停
車する。

 後部座席から二人の男がすばやく降り立った。【獅子】と【案山子】。IBMのMIB。
いつでも車を出せるように【木こり】は運転席に座ったままだ。

「うおっ寒!なんだよこの寒さは!!あんたは、そんな薄着で寒くないのか?……ああ、
そうだったな。そういや寒くないんだったな。うらやましいぜホント。オレなんかこう寒
くっちゃ中から一歩も出たくないね」

 車から出るや否や【案山子】はそういって大げさに身体を震わせて見せた。わざとらし
すぎだが確かに気温は低かった。一昨日からロンドンを襲っている大寒波のせいで罪都は
凍えるように寒かったのだ。

 当初はあのまま本社に帰る予定だったのだが、急な予定変更があり【獅子】たちはこん
な場所にまでに来る羽目になってたのだ。ボスの【黒後家蜘蛛(オランダ人)】から
【刀使い(ブレードランナー)】を途中で拾ってくるようにとの命令があったのだ。

 「ったくあのアマ、仕事はもう終わったんだろ?だったら早く来いよ何してんだ!」

 5分ほどそうして待っていたが一向に現れない【刀使い(ブレードランナー)】に
【案山子】が苛立ちを募らせる。

 しばらくそうしてぶつぶつ文句を言っていた【案山子】だったが、突然空を仰ぎ大声
を上げた。

「ぼーんとぅーきる!」

 ついに狂ったか?いや元からだ。獅子と木こりがサイドウインドゥ越しに顔を見合わせた。

 【案山子】はボンネットの上へ飛び乗ると腰をかがめ、【獅子】と【木こり】へ交互に
顔を向けながらべらべらと話し始めた。

「知ってるか?キューブリックがあのベトナム映画を撮ったのはこの辺りなんだぜ」



612 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:20:30

「あの映画は前半は最高だが後半はクソ退屈だ。ナム行ってからよりもイカレタくそデブ
と戯れてた頃のほうがよっぽど面白れえ。シャイニングはおおむね成功したが最後の最後
がよくわからん。2001年宇宙の旅も同じだな。いやあれははじめからよくわからなかっ
たか?凄さだけは伝わってきたけどな。時計仕掛けのオレンジは前半と最後はいいがそれ
に至るまでの後半がいまひとつだ。バリー・リンドンは所々は輝いているがトータルでみる
とちょい残念だ」

「何が言いたい?」

「イヤー、映画ッテ本当ニイイモノデスネ……じゃなくってな。何事もはじめが肝心てこ
とさ。はじめさえきちんとやれば途中や最後がまずくてもなんとかなっちまうものなんだ
よ。逆に言やぁ、初めが駄目なら後がよくてもいまひとつなモンさ。そうだろう? 」

 そんなことを言うためにわざわざ映画の話を持ち出したのか?素運思い出顔を見合わせ
る【木こり】と【獅子】をよそに、【案山子】は首を振りつつ先を続けた。

「だってのにあのクソ尼はいっつも初めがだめなんだ。今日だってこんなに遅れていやが
るし、初めにあったときなんか問答無用で斬りつけてきやがったんだぜ?初対面で気に入
らなかったヤツは、いつまで経ってもいけすかねぇ」

 その現場は【木こり】もみていたが、あれは確かに酷かった。【案山子】にも幾分は非
がったが、出会いがしらに問答無用で斬殺しようとしたのはあきらかにやりすぎだった。
なにせ到底脅威とは取れないような状況だったのだから。くそったれな交戦規定のある軍
ならば査問にかけられてもてもおかしくは無かった。



613 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:35:18

「まあ、本人のいねぇところでこんなこと言っていても意味はないよな」

 【案山子】はそう吐き棄てボンネットからとびおりる。気分屋の【案山子】は行動もこ
ろころ変わった。以前から解かっていたことだが、彼は肝心な何かが完璧に破綻していた。

「映画といえばあの有名な監督が捕まったんだがしってるか?餓鬼をヤッちまって何十年
も海外逃亡してたヤツなんだが。あの事件じゃフランス人は監督をかばう発言をしてるや
つが多いんだぜ。フランス人は才能がある芸術家は優遇されて然るべきって考えがあるか
らな。昔から。ジャン・ジュネが盗みを働いた時みたいにな。その点アメリカ人はシンプ
ルだ。たとえ天才あろうと裁くときは裁く。いくら文化的な功績を挙げているからって例
外じゃない。単純で素朴で野蛮で気取ってないぶん好感が持てるね」

「どうでもいいが後できちんと掃除をしろよ。しかし、本当にお前は映画の話ばかりだな。
そんなに好きなら映画関係の仕事につけばよかっただろうに」

「趣味と仕事は別の話さ。やりたい事とできる事もな。お前だって殺しが好きだからこの
仕事をしてるわけじゃないんだろ。俺たちの同僚には人を殺すのが好きで好きでしかたねぇ
破綻者は確かにいるがお前らは違う。そんな雰囲気じゃない。だったら何のために戦って
るんだ?」

「15で軍に入った。それから12年間ずっと軍にいた。いまとなっては他に出来ることが
無い。何をやればいいかもわからない。何がやりたいのかすらわからない」

 つまらなそうに【木こり】が答える。

「成り行きだ」

 心の中で【木こり】に共感しながら【獅子】は答える。

「人生を選べ。仕事を選べ。キャリアを選べ。家族を選べ。大型テレビを選べ。洗濯機を
選べ。車を選べ、CDプレーヤーを選べ・・・ジャンクフードを頬張りながら、くだんねえ
クイズ番組をカウチに座りながら見ることを選べ。腐った体をさらすだけの、出来損ない
のガキどもにも疎まれる惨めな老後を選べ。未来を選べ。人生を選べ。―――だが選べる
人生なんてどこにあるんだ?つまりはまあそういうことだよな」

 そういって【案山子】は大きく肩をすくめた。


614 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:35:46

「あのアマ、ようやくきたぜ」

 嫌そうな声で【案山子】がそういう。
 倉庫と倉庫の間の通路から一人の女がこちらに向かって歩いてくるところだった。会社
の備品である漆黒のトレンチコートを着込み足元は学生のようにローファーを履いている。

【刀使い(ブレードランナー)】。彼女もまた同僚の一人だ。

 膝ほどまである長い黒髪が特徴的な東洋人の女だ。おそらく日本人。彼女はまだ10代
半ばほどの少女だった。その顔立ちは整ってはいるが目つきが鋭く全体的にきつい。

「おせぇよ。それにおまえ、【招かれざる客(アリス)】と一緒じゃなかったのか?」

 【異邦人(アリス)】、ビッグブルーの3枚ある鬼札の一人。
 童話「アリス」の登場人物は一人を除いてデッドガールズの通り名になっていた。ただ
一人、主人公である【マレビト(アリス)】だけがその例外で、ビッグブルーのエージェ
ントが名乗っている。

「わざと遅れたわけじゃないわ。【オランダ人】から途中でもう一件仕事を済ませるよう
にいわれたのよ。【アリス】なら【オベロン(ピーター)】と一緒にターミナルに行った
わ。例の構造破壊の専門化が次の欧州横断急行で到着するんですって」

 能面のように表情を変えず冷たい声で彼女は言う。
 彼女は一見ドライでクールな印象を与えるが実際のところはかなり沸点が低い。そのた
め仲間内では案山子と同じ程度にのエキセントリックな人物としてみられていた。

「あー、あれ噂じゃなくて本当の話なのか?また例によって例のごとくただのホラだと思っ
てたぜ。にしてもわざわざ外部から専門家を呼ぶのか?こういうときこそ下請けども(PMSCs)
を使えばいいだろうに」

「うちの会社にしろその取引先にしろ直接手を下すのはまずいってことなんでしょ。その
点フリーランスならしらをきり通せばうやむやにできるから。……いまさらだけど」

「本当にいまさらだな。……それもよりによって【オベロン(ピーター)】と【アリス】?
あの既知外二人で行ったのか?まさに悪夢だな(イン・ナイトメア)」

 案山子が心底うんざりしたかのようにかぶりをふる。

「あのディスコミ二人にまともな出迎えができるわけねぇだろ!良くてすれ違って相手と
出会えないか、最悪相手と問答無用で戦争を始めるぞ!何でお前もついてかなかったんだ
よ。あの餓鬼の保護者はお前だろ!」

「勝手に保護者にしないでくれるかしら。それに心配しなくても途中で【ピュグマリオン
(ミスタ・ウォレス)】が合流する予定になってるわ」

 嫌そうな顔で【刀使い】が言う。

「【ピュグマリオン(ミスタ・ウォレス)】なら、しばらく旅に出ると3分ほど前にメール
があったばかりだが」

 木こりがぼんやりとした口調でそういった。獅子が傍によりウインドゥ越しにケータイ
の画面を覗き込むと確かにふざけた顔文字つきでそう書かれていた。

 場に沈黙が訪れた。みな押し黙りし気まずい雰囲気が訪れる。

「……まあなんとかなるでしょ」

 引き攣った顔で【刀使い】が言うが、なんとかなるわけがなかった。誰も動こうとしな
いのを見ると、仕方なく獅子は【オランダ人】に報告するため携帯電話をポケットから取
り出した。


615 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:36:08

 無機質な廊下がどこまでも続いていた。等間隔で並んだ蛍光灯。同じデザインのとびら
が並び、その広大さもあいまって、まるで無限ループに紛れ込んだような印象さえ抱かせる。

 その廊下を一人の男が歩いていた。ビッグブルーのドレスコードに即したダークスーツ
姿の男だ。特徴の無い男だった。中肉中背で、ありふれたブルネットの髪をしている。肌
は白いが病的なほどではない。顔立ちは整っているといえば整ってはいるが、あっさりと
していて印象は薄い。総じて特徴といえる特長が無かった。

 彼は獅子と呼ばれるビッグブルーのエージェントだ。あのあとほかのメンバーはオラン
ダ人の指示でアリスのフォローへと回ったが、獅子だけは会社へと呼び戻されたのだ。そ
うここはビッグブルーの倫敦支社、その本部ビルだった。

 目的地の扉の前まで来たところで、中から男が出てきた。頬にある刀傷がことさら眼を
引く男だった。彼は獅子のものと同じダークスーツの上からフェイクファーのたんまりつ
いた黒いコートを羽織っていた。厳密には服装規定違反だが、獅子たちの部署ではそんな
ものを咎める者はいない。シャツの第一ボタンを外し、ネクタイを緩めた姿もほかの部署
ならば懲戒ものだがここでは気にする者などいない。

 彼もまた同僚の一人だ。通り名は【裏切者(ベトレイヤー)】。この部署にしては珍し
く、童話でも神話でも映画でも無い通り名だ。

 【裏切者】は獅子の姿を眼にとめると何か言いたそうに曖昧に口を開いたが、結局何も
言わずに肩をかすめるようにして脇を通り抜け何処かへ去っていった。

 獅子は一瞬だけ彼を眼で追ったが、すぐに興味を無くしたかのように振り返る。扉はま
だ開いたままで、部屋の中に射る女と眼があった。女は肩をすくめるとくだけた調子で獅
子に告げる。

「挨拶はいらん。入ってきてくれ」



616 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:37:40

「斬首刀の具合はどうだった?」

 机の向こうに座った女、が挨拶代わりに尋ねた。

「悪くはありませんが、あの硬度の相手を切るには刃がすこし脆弱です」

 みせてくれ。そういわれた【獅子】は、斬首刀を鞘ごと外すろ歩み寄ってそれを机の上に置く。

【オランダ人】は鞘を払い刃こぼれだらけになった刀身を眺めた。眉をしかめる。

「お前が使ってもこのざまか。駄目だな。さらに改良を加えよう」

 そういうと刃を鞘へともどし机の上に無造作に置いた。そして改めて【獅子】へと向き直る。

「それで、だ。くだらんトラブルが発生した」

 ローズウッドの机の向こうで、疲れたように女がいう。

 それは黒い女だった。レースのふんだんに使われたハイネックのドレスも、肘までをぴ
たりと覆う長手袋も、ガータベルトで吊られた薄手のタイツも、足首までのアンクルブー
ツも、つばの広い帽子も、そこからたらしたベールも、すべてが闇のような漆黒だった。
ただその肌の色だけが幽鬼のように白かった。

 女は肌をほとんど露出していなかった。見えているのは、ほっそりとした首筋から形の
いい顎にかけての一部分のみだ。薄手のベール一枚にもかかわらず、女の顔は見えなかっ
た。輪郭だけは見て取れるのだが、その目鼻だちはぼんやりとして見ることができない。
おそらく怪しげな魔法によるものなのだろう。なにせ彼女は少なく見積もってもアデプト
級の魔術師だった。女は彼の上司だ。そしてこの国へ彼をつれてきた張本人でもあった。


617 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:38:05

 女の言葉に【獅子】は無言で先を促す。

「0番地区にある人形の工場は覚えているな。あれをかぎまわっているマスコミがいたが、
我々が雇っている現地の組織の連中が拘束した」

 そこまではよかったのだが、と女は頬杖を付きながら言う。

「連中のボスがそのリポータを気に入ってしまってな、自分のものにしたらしい」

「またですか」

 呆れたように【獅子】。

「そう。また、だ。奴らはきっと脳ではなく股座でものを考えてるに違いないな。まった
くこれだから半魚人どもは」

 空いている左手を伸ばし、机に立てかけた細身の剣(レピア)をもてあそびながら女は
言う。鍔元に刻まれた八方へ伸びる矢印の紋章が不思議と目を引いた。

「役に立っているから酔狂も見逃してやっていたが、こう何度もではさすがに目に余る。
処分してきてくれ。とりあえずボスとその取り巻き、そして問題の女だけでいい。ナンバー
2とその一派には話がついている」

 苛立たしげに女はいうと、高そうな椅子に身を預けのけぞるように天井を仰ぐ。

「我々が直接手を下してしまっていいのですか?」

 【獅子】はやや疑念を含んだ声でそうたずねた。ゼロ番地区は表向きは不可侵領域だ。
ビッグブルーの社員である【獅子】が直接手を下すのはまずいはずだ。

「構わない。やつらの本家に当たる組織とも話が付いている。……それに『我々』はここ
では外様だ。上の連中はいざとなったら我々を切り捨てて終わりにするつもりだろう」

 肩をすくめ、さほど興味なさげな様子で女は言うと書類を何枚か【獅子】へと放ってよこす。

「必要ないかも試練が資料だ。一応眼を通しておいてくれ。それとお前の剣が研ぎあがっ
ている。出る前に備品課にいって受け取ってくれ。受取書はその資料の中に入っている」

「わかりました」

 一礼をして出て行こうとした【獅子】を女は呼び止める。

「お前がこの世界に来てからもう1年になるが不満という不満を聞いた覚えが無い。今回
だってそうだ。帰ったばかりで仕事を言いつけても、文句一つ言わずすぐに従い取り掛か
ろうとする。何か文句とか要望とかは無いのか?」

「別にありません。もう一度チャンスを与える代わりに言う事を聞く。そういう約束でし
たから」

「律儀だな。甦らせたとたんにこちらの喉笛を掻き切ろうとしたり、機を見て逃げ出そう
とするものも多いのだがな。いや、むしろそれが正常だ。悪魔との取引は割に合わんもの
だからな」

 顔を覆うベールの端からちらりと覗いた形のいい唇を歪め、自嘲するかのような声色で
女は言う。その唇にひかれたべにの色までもが黒い。

「……相手は腐っても深海の眷属だ。くれぐれも気をつけるようにな、獅子王」

「わかりました。ですが、できればその名前で呼ぶのは……」

「悪い名ではないと思うがね。方がついたら連絡をくれ。ケータイでかまわない」

 その言葉に【獅子】は頷くときびすを返し部屋を出て行った。



618 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 20:38:29

「物品の受領に来た」

 装備課の女にそう伝え書類を提出すると、奥から体格の良い男が【獅子】の要求した物
品を運んできた。大剣が一振りと投げナイフが10本ほど。

 それは速度が最大の武器である【獅子】の特性に合わせて鍛え上げられた剣だった。両
手剣にしては珍しく打撃を与えることを目的としておらず、切れ味に重きを置いたものだ。
考え方としては日本の刀に近いものがあった。

 差し出された剣を受け取り鞘を払う。刀身には波打つような、年輪のような複雑な模様
が浮き出ていた。抗不死(アンチアンデット)処理されたダマスカスブレードだ。

 素晴らしい剣だった。強度、軽さやバランス、切れ味、使い勝手のよさは申し分ない。
以前使っていた剣よりも使いやすいぐらいだった。あの剣は頑強さは並ぶものが無いが、
必要以上に重過ぎた。

 蛍光灯の明かりに刀身を映し刃の具合を眼で確認した。見事に研ぎあがっていた。うま
く寝刃あわせしてある。これならばよく斬れそうだ。人もそれ以外のモノも。

 この剣には銘はなかった。ただゲール語で巨大な剣を意味する言葉、【クレイモア】の
名で呼ばれていた。

 しばらく手の内で具合を確かめると大剣を鞘に収め、ついで投げナイフの具合を調べる。
こちらは抗不死処理したチタンブレード。とはいっても打ち抜き式の大量生産品のためダ
マスカスブレードとは比べるまでもないが、使い捨てとしては上等な部類だ。

「いつも刃物ばかりですが、銃は使わないんですか?」

 眼鏡をかけた備品課の女が言う。

「まだ不死者相手に使いこなせる技量に達していない」

 にこりともせず【獅子】は言う。その【獅子】に、女とは別の方向から声がかけられた。

「過度な能力を持つと最適化が遅れるというやつですな」

 声のしたほうに目を向ければ、眼鏡をかけた男が、胡散臭い張り付いたような笑みを浮
かべながら近付いてくる。

「お久しぶりですね。半年ほどになりますか?」

 その問いに【獅子】は曖昧に頷く。部署が違うためあまりよく知らない相手だ。腕利き
だということは耳に入っていたが、さほど興味のある相手でもなかった。それに係わり合
いにならないほうがいい相手だという噂も聞いていた。

「【獅子】さんはお近くで仕事のようですね。うらやましい話です。わたしのほうは国外
ですよ。やれやれ、またどんな汚れ仕事をさせられるのか」

 男はそういって黒いトランクケースを受け取ると、別れの挨拶を述べエレベータに乗っ
て下へと降りていった。

 男が去っていくと【獅子】はサスペンダーを使って投げナイフを身につけ改めて上着を
羽織る。姿見に身体を映しおかしなところが無いことを確認する。仕上げに狩猟用のライ
フルケースのようにも見える専用のケースを使って剣を肩に担ぐと、彼は仕事へと向かっ
ていった。


619 名前:ブロムヘッド・導入1:2010/01/12(火) 21:04:26
72時間前 英国某所

薄闇の中、大きな椅子に腰掛て男は客が来るのを待っていた。
仄かに燃える蝋燭の灯が男の姿を少しだけ映し出す。
その僅かな明かりの中でさえはっきりと分かる邪悪な顔は、男がこれまで重ねてきた悪事の証。
禿げ上がった頭に奇妙な口ひげ。そして醜悪に歪み肥った身体は男が重ねてきた堕落の証。

「イゴール・ブロムヘッド。」
何者かが、醜男の名を呼んだ。
地獄の底から聞こえてきたようなしわがれた声が辺りに響くと闇が一層深まった。
ブロムヘッドと呼ばれた男が首だけを回して振り返ると、暗がりと静寂の中で一人の老人が佇んでいた。
一体いつからそこに佇んでいたのだろうか。
声をかける刹那に突如として出現したように思える。
永劫の昔、この古屋敷が建てられる前とも思える。

或は―全く不可思議だが―今もそこにはいないようにも思える。

杖をついてはいるが、その姿に弱弱しさなど微塵もなく、峻厳な顔に刻まれた
無数の深いシワの数だけ死線を潜り抜けてきたような尋常ならざる気配をもつ老人であった。
尤も人の姿をしてはいたが常世の常識など通用しない深淵からやってきた異形と言ったほうが、老人の本質に近い事は明白である。
常であれば醜男は跪いて圧倒的な闇を携えた老人を迎えただろうが、今は椅子から立とうともしない。

「ご機嫌麗しゅう、公爵殿。お待ちしておりました。」
「挨拶などよい。何が望みだ。」
「おお、公爵殿をお呼びした理由は他でもない、私の部下を返してもらいたくてね。」

620 名前:ブロムヘッド・導入2:2010/01/12(火) 21:05:30
ブロムヘッドの言葉に、老公爵は首をかしげる。
その所作の一つ一つにさえ、まるで刃のような鋭さがあった。
そしてその鋭さに空気までもが影響をうけたのか、二人の男がいる場そのものが
きりりと音を立てて軋んでいく。それはまるで千のギロチンの刃が風を切る音。
その下にいるのは、老人か、醜男か。

「お前の部下だと?何のことだ。」
「忘れたのかね、貴殿が琥珀の中に閉じ込めた悪魔だよ。」
「ウアラクを?何故?」

老公爵は懐から拳大の琥珀を取り出していた。
蝋燭の火をうけて黄金色に輝くそれの中心には、一匹の哀れな蝿の姿がある。

「何故なら私はその悪魔と契約を交わし、その主となったからだ。
 さらに今や私は貴殿と同輩、兄弟も同然の身。貴殿は彼の地の公爵であり、私は三界にその権利を認められた吸血鬼の王である。」
「……ッは!お前が王だと!?月の女神の後継者だと!?我と肩を並べる者だと!?」
怒気を孕んだその問いにブロムヘッドはあくまで傲慢に答えた。
「違うかね?」
「あきれ果てた馬鹿者だな貴様は。いいだろう、イゴール・ブロムヘッド。受け取るがいい。しかし憶えておけ。
 その力は奪いし物であると。そしてワシから悪魔を受け取った事を。努々忘れるな。」
「忘れぬとも、アスタロト公」
その言葉がいい終わる前に老人は闇に消えていた。

悪魔を封じた琥珀を残して。

621 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 21:11:07

 乱雑につみあがったメディアと編集機器。その中に埋もれるようにして添えつけられた
小ぶりな応接セット。そこに二人の男が向かい合って座っていた。一人は小柄な痩せ型の
男。もう一人も小柄だがこちらは小太りだった。コーヒーの湯気を挟んで向き合った二人
のうち、やせたほうの男が口を開く。

「こんな場所で申し訳ありません。会議室ででもお会いするのが筋だとは思ったのですが、
今回の件はわたしの裁量の範囲内で行なっていますので、あまりおおっぴらにはできない
のです」

 言い訳するようにそういうと、男は簡単に自己紹介を済ませた。通称、Λ(ラムダ)。
彼はまだ20代前半ながらディレクターを務めるやり手だった。

「一刻を争う事態ですので、前置き無しで本題に入らせていただきます。うちのレポーター
が零番地区で消息を立ちました。彼女を探し出してください。そしてもし彼女が危険な
状況にあるようでしたら救い出してください。お願いします」

 Λはそういうと深々と頭を下げる。そして小ぶりな黒トランクをテーブルの上に置いた。

「手がかりになりそうなものはこの中にある資料の中に入っていますが、その中で最も可
能性の高そうなものを軽く説明させていただきます。最近倫敦で頻発している子供の誘拐
事件はご存知ですね?彼女が追っていたのはその件なのですが、調査の過程である組織が
その誘拐に係わっているかもしれないということをかぎ当てたのです」

 そこまで言うとΛは急にのどの渇きを覚えたかのように珈琲に手を伸ばし一口飲む。

「その組織というのがどうやらビッグブルーの系列の企業のようでして。具体的にどう使
うのかは解かりませんか新型の電気式自動人形の開発の為にその子供たちを利用している
ようなのです。その工場が法の眼の及ばぬ零番地区内にあることを突き止めたリポータは、
極秘に潜入取材を試みたようなのですが……それ以来連絡が取れません。おそらくその工
場と契約を結んでいる現地の組織に身柄を拘束されたのではないかと思うのですが、詳細
は不明です。お願いします。どうか彼女を救い出してください。」

 小柄なディレクターはそういって再び深々と頭を下げた。その様子からはこの街では珍
しい他者に対する思いやりの心を感じ取ることができた。


622 名前:ブロムヘッド・導入3:2010/01/12(火) 21:14:03
3時間前 ネットテレビ局DT1オフィス

Λと名乗る男からブロムヘッドは0番地区での捜索依頼を受けていた。
理由は単純。莫大な魔力を手に入れた今でもブロムヘッドという男は金と権力が好きなのだ。さらに言うなら名声も欲しい。
根本的にブロムヘッドという男はそういう男なので、これはもうどうしようもない。

金と一緒にマスコミに良い印象を与えられるのなら、このような依頼を受けるのも悪くない。
ついでに同業者や他の化け物共にも自身の力をアピールできるだろう、と軽い気持ちで受けたのだった。

依頼内容の説明が終わり、Λが深々と頭を下げるとブロムヘッドはわざとらしく溜息を吐いた。
「0番地区。厄介ですな。ジャーナリストは秘密を暴くのが仕事とは言え
 つついてはいけない闇もあるものですよ。無論ベストは尽くして、その女性をリポーターを探してみますが
 生死の保証は出来かねますな。女性の死体を持ち帰っても私を責める事なきよう。

 もっとも――――必要であれば蘇らさせる事もできますが。」

そこでブロムヘッドは机に置かれたコーヒーを飲み干した。
胃に流し込んでみたものの、その黒い液体は微塵も美味くない。
今のブロムヘッドにとって、体を巡る赤い液体に比べたらこんなものは泥水も同然だった。

623 名前:ブロムヘッド・導入4:2010/01/12(火) 21:15:38
現在 0番地区


薄汚れた建物の前にたどり着くと、ブロムヘッドは懐から"栄光の手"と呼ばれる燭台を取り出した。
絞首刑になった罪人の腕を切り取り、血を抜いて秘薬と共に蝋に漬け込んで屍蝋へと変じたこの呪物は
火の灯っている間建物中の全ての鍵を開け、住人を金縛りにするという呪物である。

このような盗人の呪法はブロムヘッドという男を象徴するような業であった。

「さて、行こうか」

"栄光の手"に火を灯し、使い魔である人面の猛禽を二匹従え、深き者どもの巣の扉を開けた。
中から濃密な潮の香りとともに、ねっとりと湿った空気がブロムヘッドを出迎えてくれた。
ブツブツと不満をこぼしながら一行は中へと侵入していった。

囚われのドミノが初めに感じた異変は自身の体の硬直だった。
辛うじて呼吸が出来るだけで、瞬きするのも難しい。
極度の緊張とストレスにさらされ続けた身体が、致命的な精神的ダメージによって麻痺を引き起こしてしまったのか?
あるいはこれも自分をとり囲む下卑た化け物どもの地獄めいた魔術による悪戯だろうか?

答えはそのどちらでもなかった。
いつの間にか深き者どもの不快な囁き声は部屋の中から消えていた。
ドミノが苦労して眼球を動かして部屋を見渡すと、深き者どもでさえも彫刻のように硬直している事に気がついた。
例外はこの組織のまとめ役らしき眼鏡の色男だけのようだ。
苦々しげにあごに手を当てて空を睨めていたが、やがて何か思い立ったのか素早く椅子から立ち上がると
その優男風の顔には不釣合いなしかめ面で部屋をでていった。

624 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 21:19:17

 じめじめとした狭い部屋のなか男がビールを飲んでいた。ボス直属のボディーガードの
一人だ。男はつまらなそうな顔でビールを飲みながら、ソファーにもたれかかりテレビを
見ている。モニタに映っているのは毒にも薬にもならないようなコメディだ。つまらない。
退屈しきった男が天を仰ぎ大あくびをする。そのときドアが開き、同じぐらい大柄な男が
部屋の中へと入ってきた。彼もまたボス直属のボディーガードの一人。先ほど出て行った
一人と交代に帰ってきたのだ。

「ボスは?」

 ソファーにもたれかかった男があくびをしながら聞く。

「8R目が終わっていまは休憩に入った。どうせまたすぐはじめんだろ」

 冷蔵庫を開け中からビールを取り出しながら入ってきた男が言う。

「お盛んなこって。おれたちにもはやくおこぼれを回して欲しいぜ」

 最近のボスはぶっ壊れるまで使うため彼らまで回ってこないことがほとんどだった。か
といって組織において勝手な生殖行為は禁じられている。おかげで彼らは女日照りだ。

「んで兄貴は?」

 取り出したビールのタブを開けながら男が尋ねた。

「ボスが薬をキメてるあいだ、ほかの連中と一緒に女を見張ってるよ」

「大変だねぇ兄貴も」

 心底どうでもいいような調子で男はいい、テーブル脇の椅子を引き寄せこしかけようとする。

 だが。

 突然襲い掛かる重圧感。二人はバランスを崩し床へと崩れ落ちる。手からこぼれ落ちた
缶ビールが床を転がり中身を撒き散らす。

「な、ん、だ!?」

 凄まじい重圧感。息をするのですら精一杯だ。立ち上がることなどできようも無い。手
足をばたつかせあがくが何も変わらなかった。抵抗しようとしても、すればするほどに重
圧感はひどくなっていく。

 かくして異形のもの達は、己のみに何が起こったのかもわからぬまま、小汚い床に突っ
伏していた。


625 名前:ブロムヘッド・導入5:2010/01/12(火) 21:38:18
しばらくの間、建物全体がしんと静まり返っていた。
金縛りという新たな恐怖の中、ドミノの五感は異常に研ぎ澄まされ、敏感になっていく。
とりわけ聴覚が過敏になっていた。
同じく硬直していた深き者どもの僅かな呼吸音や自分の心臓が脈打つ音を聞こえるまでになった時
どこか遠くの部屋でカシャンと何かが砕ける音をドミノは聴いた。

続いてバンと何かが床に叩きつけられた音が響いた。
ガラガラと何かが音を立てて崩れていった。
パキン、カラカラと今度はガラスの割れる音が聞こえてきた。
音はどんどん近づいてくる。
隣の部屋でギャァと何かが叫んだ。
そしてその刹那、衝撃と共に血まみれとなった眼鏡の色男が、扉を破って倒れこんできた。
フラフラと立ち上がると眼鏡の男は獰猛に叫んだ。
「貴様、我々に何をしたッ」

「簡単な事だよ、お前達はルルイエの館に横たわる神の手の者だろう?
 だから私は我が魔力によってお前達を縛り、かの神と覇を競った黄衣の王の名と、それらよりも旧き神の印によって
 身を守っているのだよ。もはや貴様らに対抗する手立てはない。大人しくしていろ。」

狂い叫ぶ深き者どもの視線の先から、奇妙な燭台を手にした小太りが現われた。
深き者の猛獣のような咆哮にも一歩も引かず、嫌味ったらしい顔で淡々と言葉を綴っていく。
お世辞にも救世主とはいいがたい。

「ギギ…貴様ッ…このままで済むと思うなよッ」
「やってみろ」

眼鏡の男が飛びかかろうと跳躍の構えを見せたが、その手が禿げ上がった頭の魔術師に触れる事はなかった。
深き者が突っ込むよりも速く、猛禽の爪が深き者の首から胴を切り離していた。

「地獄の支配者たちによろしく言っておいてくれ。このブロムヘッドの名を伝えよ」

首と泣き別れた胴体から勢いよく吹き出る血の匂いを嗅いで闖入者―――イゴール・ブロムヘッドは顔をしかめ
「中身までこうにおうとはね。酷い匂いだ。とてもではないが啜る気にもなれん。」と一人ごちた。

「さて人質は無事か。よろしい。では彼女を運んで引き上げですな。容易い容易い。」

626 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 21:43:57

 鋼鉄製の大きな扉が目の前にあった。扉には深海の眷属をモチーフにした不気味なレリー
フが所狭しと掘り込まれている。
 この扉は組織の事務所になっている館の入り口だった。呪化されているため見た目以上
に堅牢で、RPGの直撃を受けようともびくともしない。そして、堅牢なのは扉の強度だ
けではなかった。目に付かぬ場所や逆によく見える場所に監視カメラやセンサーがいくつ
も設置され、部外者からこの館を守っていた。

 このあたりは零番地区の中でもひときわ治安の悪い一角だ。近今では勢力均衡が成り立っ
ているため抗争も少なくなったが、かつては毎日のようにこの建物の塀に銃弾が打ち込ま
れ通りは血と臓物で溢れかえっていた。いまでも塀に穿たれた弾痕や厳重な警戒装置から
その名残を見ることができる。

 【獅子】は足止めを食っていた。インターフォンを押ししばらくまっていたが返答はない。
もう一度押してみが同じだった。鮫を模したノッカーを叩いても何も起こらない。眉をひ
そめドアノブに手をかけるが鍵がかかっており扉は開かない。ナンバー2の携帯に電話を
かけても呼び出し音が鳴るばかりで電話に出ない。

 これは何かあったと思ったほうがいいだろう。きっとろくでもない何かが。

 【獅子】は背負った大剣(クレイモア)の柄に手をかける。

 一閃。

 大剣を天から地へと一直線に振り下ろした【獅子】は、抜き身の大剣を右手にさげたまま左
手でそっと扉を押した。すると一太刀のもとに鍵と閂を断ち切られた扉がゆっくりと内側
へと開いていく。

 開ききった扉の内側はホールになっており、中には広々とした空間が広がっていた。だ
が誰もいない。生き物の気配もなかった。ひどく静かだ。さらには最小限の明かりしかつ
いていないこともあって、開いた扉はまるで奈落へと通じる穴のようだった。

 薄暗い室内へと足を踏み入れる。出迎えるのは腐ったような潮の香りと圧倒的な重圧感
(プレッシャー)。そして遠くからかすかに匂う血の匂い。
 潮の香りはここの連中に付き物のものだ、別段不思議なものではない。だが、この重圧
感は。この街に来てからこれと同質のものを何度か味わったことがあった。これは魔術的
な圧力だ。

「これは……面倒なことになりそうだ」

 そうつぶやくと、【獅子】は建物の奥深くへと向けて歩き出した。


627 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 21:44:55

 腐った潮の香りのする通路を、血の香りのする場所目指して足を進める。

 薄暗い通路を行く。途中で何匹かこの組織の構成員を見かけたが、重圧感に当てられて
昏倒しているものばかりだった。辛うじて意識のあるものも受け答えできるような状態で
はない。仕方ないので情報を聞き出すことはあきらめ、その連中を放置して奥へ奥へと足
を進める。

 ふと話し声が聞こえてきた。足を速める。角を曲がったところで二人の男が目に入った。
筋骨隆々の大男達だ。アドンとサムソン。ふたりとも血統としては外様だが、その戦闘能
力からボスの側近をつとめていた。

 二人はあわただしく話し合っていた。動作に鈍さを見て取れるが、なんとか動くことが
できるようだ。少しでも情報を得られればいいのだが。いったん剣を鞘にもどすと、【獅子】
は足を進め二人に声をかける。

「なにがあった」

 その声に二人は弾かれたように振り向くが、声をかけてきたのが【獅子】であることを
確認し安堵の表情を作る。

「【獅子】の旦那!来てたんですかい。何が起こったのかは俺達にもわからねぇです。5
分ほど前に急に重圧感がしたと思ったらこの有様で。ほとんどの連中は動けなくなっちまっ
たし、俺達もどうにもうまく身体が動かんのです。とりあえず急いでボスのところにいこ
うと思ってるんですが」

「ボスはいつもの部屋か?」

 【獅子】の問いに頷く二人。それを見た【獅子】は、そうかと頷くと剣を抜き放ち一閃。
アドンを袈裟に斬って捨てる。この二人も殺害対象だった。ならば遠慮は要らなかった。
アドンはセイウチ型の深きものどもだった。変身させると多少は面倒な相手だ。

 「旦那!何を!!」

 悲鳴のような叫び声を上げながらサムソンが飛び退る。普段よりはキレが悪が、それで
もすばやい動きだ。そして飛び退ると同時にその身体は変化を始めていた。ただでさえ大
きな身体がふたまわりも膨れ上がり、皮膚は硬質化し厚みを増す。眼球は眼窩から飛び出
し、諸手は形状を大きく変えた。

 直立歩行する巨大なザリガニ。それが変容した男の姿だ。金剛石すら断ち切り圧し潰す
双振りの鋏と鋼鉄よりも硬い装甲を持つ水棲の魔物がそこにはいた。

 男の変容はすばやかったが、それに対応した【獅子】の行動はさらに迅速だった。
【獅子】は手にした剣を疾風迅雷の速度で振るい、ザリガニ男を強固な装甲ごと微塵切り
に斬って捨てた。決着は一瞬でついた。二者の速度に差がありすぎた。初動があまりにも
違いすぎるのだ。

 床に落ちた肉片を見下ろすが復元再送の起こる予兆は無かった。どうやら殺しきれたよ
うだ。
 微塵切りにしたのはビッグブルーのマニュアルどおりの対応だった。変身した深きもの
どもは急所の位置が人とは大きく異なった。刃物を使って殺し切るにはこれ以上無いぐら
いに解体するのが一番だ。

「結局は何も解からんか。まあいい。すぐにはっきりするだろう」

 そう言って【獅子】はボスの寝所目指して足を進めた。


628 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/12(火) 22:31:39


 斬撃によって無数の肉片へと解体されたボスの身体が床に落ち、鈍くしめった音をたてる。

「この程度か?これでは期待はずれだな……」

 獅子はそういって室内を見回す。彼の視界の範囲内には、動くものなど何一つ無かった。
すでにこの場に生存者はいなかった。あるのは無数の肉片だけだ。彼の斬撃が作り出した、
ボスとその取り巻きたちの肉片だ。それらは入り混じりもはや誰のものかなど判別はできない。

 だがその中に標的の女のものは無かった。きっと別の部屋に監禁されているのだろう。

「面倒だが……一部屋ずつ探すか?いや、警備室にカメラがあったはずだ。探させるか」

 獅子はそうつぶやくと血にまみれた大剣を手にしたまま寝所をあとにしようとする。だ
が、その動きが止まった。

「悲鳴か」

 獅子の眉間にしわがよる。それはかすかではあったが、確かにナンバー2の男の悲鳴だった。

「……いそぐか」

 獅子はそうつぶやくと屠殺場と化した寝所を後にした。

 悲鳴の聞こえてきた方へと足を進める獅子。少しして、一つの部屋の前にたどり着いた。
先ほどの悲鳴はこの辺りから聞こえてきたはずだ。見れば扉は打ち破られ、部屋の入口
は大きく開いていた。一気に中へと侵入する。

 部屋の中には標的の女と、小柄で太った男。そしてナンバー2の男の死体があった。

 獅子は小太りの中年男へと目を向けた。状況から見てこの男がやったのだろう。ぱっとしない見栄
えのとくとうの男だが油断できる相手ではなさそうだ。魔術師の中には搦め手を得手とするものが多
かった。いかに獅子が強くとも、相手の異能しだいでは手も足も出ない恐れがあった。

 ―――だが、だからこそ面白い。勝つと解かりきっている勝負など興が醒めるというものだ。

 そんな思いを抱きながら獅子は背負った剣の柄に手をかけた。


629 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/12(火) 23:27:49
>>628

「さて、安心なされよ。もう大丈夫ですぞ」
100%混じりけなしの営業スマイルを浮かべ、ブロムヘッドはドミノはそう声をかけて
人ほどの大きさのある巨大な猛禽にドミノを持たせた。
意外とこういった笑顔は得意であった。よく言えば処世術、悪く言えばゴマすりに長けていたからだ。
しかし栄光の手の呪縛はまだ解こうとはしない。そんな事をすれば深き者共が一斉に動き始める。
ドミノは不安げに目をグリグリと動かし、ブロムヘッドと猛禽を何度も繰り返し見た。
「食べてもいいのか?」とドミノを抱えた猛禽が口をきいた。それを聞いたドミノは生きた心地がしなかっただろう。
しかしブロムヘッドが猛禽を制止した。
「決して傷つけてはならぬ」

その時ぴくんとブロムヘッドと二匹の猛禽は一斉に同じ方向を向いた。
「ふん、どうやらこのまま帰してはくれぬようだな」
別の部屋から血の香りが漂ってくる。
吸血鬼ですら鼻を曲げる――或は吸血鬼だからこそ許せぬ香りなのだろうか?――-腐った海水の混じった血の匂いが。

現われたのは痩身の剣士。
ブロムヘッドの姿を認めても一言も発せず、特に動揺もせずに無言で剣を構える。

「HA! 問答無用かね」
ドミノを抱えていないもう一羽の猛禽は、いつでも飛びかかれるように態勢を整え爛々と目を輝かせ闖入者を凝視した。

「そこを通してくれるとありがたいのだが……まぁやるというなら仕様がない。行け――」
その言葉に隼の落下さながらの速度で猛禽が弾け飛んだ。その鋭い爪で剣士を切り裂くべく。
「―――ウアラク」
だがそれは、フェイク。
猛禽が飛び掛った一瞬に、剣士のすぐ横で這いつくばっていた半魚人が突如として跳ね上がり剣士に襲い掛かる。
真の狙いは奇襲を兼ねた前後からの二面攻撃。

この剣士は栄光の手の呪縛をものともせずにやってきた。
そんな化け物はそうそういない。
決して油断は出来ない。
こいつには何もさせない。一瞬で全てを終わらせる。それがベスト。
ブロムヘッドの勘がそう告げていた。

630 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/13(水) 23:48:06
>>629

「虚をついたつもりなら……はずれだ」

 言葉とともに円を描くようにして回避行動。襲い掛かってくる猛禽の攻撃をすばやい動
作でかわす。同時に、流れるような動作で抜き放った大剣は、襲い来る水魔を両断し、一
太刀の元にその息の根を止める。腐った潮の香りのする穢れた血液が刀身を汚し、ダマス
カスのまだらに朱を添える。苛烈で容赦の無い一撃だった。

「雑魚は邪魔だ。興が醒める……」

 血の滴る剣を手にそうつぶやく【獅子】の顔は、冷たい無表情。ゴミを処分した、程度
にしか思っていない顔だ。じっさい彼は協力関係にある組織の構成員を殺したことに何の
感慨も抱いてはいなかった。

 いまの半魚人は、おそらく男の魔術によって支配されているだけなのだろう。だが、目
の前に立ちふさがる以上それすなわち敵だった。そして敵ならば遠慮の必要など無い。

 先の猛禽や魔術師の男が新たな行動をとるよりも早く、懐に左手を伸ばしサスペンダー
に取り付けられた鞘から投げナイフを抜き放つ。そして抜き放つ動作のままに投擲。

 銀の輝きが薄暗い室内に煌く。その数は2つ。向かう先もふたつ。一つは魔術師へ。も
う一本は標的の女へ。

 その身を貫かんと冷たき刃がとく突き進む。


631 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/14(木) 22:05:41
>>630
不意をついたはずの血を啜る猛禽“テッサリアの魔女”と深き者と同時攻撃。
だがその奇襲を剣士は完成させた体捌きを以って完璧に対処して見せた。
それどころか攻撃を躱して即座に投げナイフによる反撃である。
しかし、襲い掛かる二つの刃はどちらも標的に当たりはしなかった。
「決して傷つけてはならぬ」という主の命に忠実に従った猛禽は翼を広げて、ナイフからドミノを庇ったのである。
翼からは二滴の血がしたたり落ちたが、マグナム弾で打ち抜かれても平然と飛び続ける怪鳥にとっては気にならない傷だろう。
もう一方のナイフはブロムヘッドに到達する前はるか手前で、床に落とした陶器やガラスが砕けるように、ガチャリと砕け散った。
煌く破片を見てブロムヘッドはそれが銀である事を知った。僅かに口元が緩む。
今しがたナイフを吹っ飛ばしたのは念力によるものである。
それ自体は珍しくもない吸血鬼の基本技能といってもいい。
だがしかし銀は吸血鬼の弱みの一つだ。
それををここまで容易く退けるとは。ヘカテの魔力とは素晴らしい。

「なるほど準備がいい。それに強い」
ブロムヘッドとて先の奇襲だけで倒せるとは毛頭思っていなかったが、手傷を負わせることさえ出来ないとは少々計算外だ。
呪縛の影響など微塵も感じられない。想像を超える手練である。
これほどの剣士ならここにいる半魚人どもを全て使っても結果は同じだろう。
ならば……。

ブロムヘッドはふっと栄光の腕に灯る炎に息を吹きかけ、その灯火を消した。
その瞬間、深き者共を押しつぶしていた呪縛が消え、半魚人たちは一斉に動き出した。
と言っても旧き印によって守られているブロムヘッドへ向かうものはいない。
逃げ出すものを除いて、殆ど部屋中の深き者共が剣士へと殺到していく。
剣士がそれらを切り伏せるのに何秒かかるだろう?10秒か?5秒か?3秒か?或はそれよりももっと小さい数字だろうか?
いずれにしろ混乱に紛れて逃げ出すブロムヘッドと猛禽にはそれで十分であった。

去り際にブロムヘッドは誰かに叫ぶ。
「ウアラク、時を稼げ!あれを…使……」
部屋の隅で遠見に混乱を眺めていた蛸の魚人がこくりと頷いた。

632 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/14(木) 23:15:25
>>631

 あの鳥は不死者か。ならばもう一方も同じだろう。

 銀でコーティングされたナイフで貫かれても、滅びることはおろかびくともしていない
ようだ。それ見るに彼の考えは当たらずといえど大きく外れてはいないだろう。殺し切る
にはもっと念入りに殺さねばならないようだ。

「……面倒な相手だな」

 つぶやく【獅子】。だが、さらに厄介なのは魔術師の男だ。その身に到達する以前の段
階でナイフは粉々に砕かれていた。結界か、念力か、はたまたある種の呪詛の類か。自動
的な反応か、受動的な反応か、能動的な反応か。いずれにせよ獅子に理解できる業ではな
かった。

 わからぬ仕組みを考えても仕方は無かった。肝心なことは相手にそれが出来ると言う事
を頭に入れておくということだ。

「……長引かせると面倒か。一気に片をつけるか」

  言葉と共に【獅子】はもう一方の鳥を警戒しながら剣を静かに構えなおした。だが
【獅子】が仕掛けるよりも早く、男が不気味な燈火を吹き消す。同時に混乱が場を支配した。

 呪縛から解き放たれ、混乱し恐慌し暴走を始める深きものどもたち。そのことごとく
が我先にと出口へと、その場にいる【獅子】の元へと殺到する。

「どいてもらおうか……。雑魚に興味はない……」

 【獅子】が動いた。その大剣が目にも留まらぬ速さで繰り出され、ダマスカスブレード
が縦横無尽に空間を駆け巡る。

 縦に、横に、斜めに。真っ向から切り落とし、逆髪に切り上げ、右袈裟に切り下ろし、
逆袈裟に切り上げ、左袈裟に切り下ろし、さかしまに切り上げ、真一文字に切り払い、
なぎ払うようにして斬り飛ばす。

 ――――――鎧袖一触、大剣乱舞。臓物は飛び散り血の雨が降る。

 腐った潮の香りと、血の香り、生臭い魚のにおいと、吐き気を覚える臓物のにおいが混
じりあい、室内は更なる悪夢の世界へと進化する。


633 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/15(金) 00:25:15
>>632
「ご主人様はうまく逃れたようだな」
深き者共があらかたひき肉へと変貌すると隅で惨劇を眺めていた蛸の魚人がのそのそと進み出た。
ゴソゴソと触腕を器用に動かすと、どこから取り出しのか、その先には新たな呪物が二つ握られている。
血の如く紅いその呪物は何かの生物の曲りくねった角であった。
これこそ地獄の象徴。破滅の一欠けら。黙示録の断片そのもの。
過去の予言者が終末の獣と呼び、魔界の悪魔たちがアヌン・ウン・ラーマと呼び
現世の人間達がヘルボーイと呼んでいる怪物の角である。

「お前は強いな。気は進まないが仕方ない。今から終末を見せてやる。
 “見よ、火のような赤い大きな竜である。七つの頭と十本の角があり七つの冠をかぶっていた”」

その瞬間、悪夢の光景を映し出していた部屋はさらなる変容を遂げた。
深紅の角を中心に地獄が溢れはじめたのだ。
角からは禍々しい力が迸り蛸の魚人は見る見る姿を変えていく。
上半身は蛸に近いままで触腕が夥しくあり、胴はゴム状で鱗に覆われ
下半身は山羊のような蹄を持つ悪魔のそれであり、背からは蝿の翼が生えていた。
手にした角もいつの間にか二振りの剣へと変貌していく。


「ddddddeは行iiiくkkkぞ」

譫妄患者の悪夢が生み出した醜悪で巨大な怪物は、グネグネと吐き気を催す動きで剣士へと向かっていった。
無数の触腕によるフェイントもさることながら、その剣筋は非ユークリッド的な異次元の軌道を動きつつ剣士を襲う。

634 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/15(金) 22:04:12
>>633

「!」

 深きものども。それもここでは外様に位置する蛸の怪物だ。その姿が急速に変容する。
おぞましくも恐ろしい姿に。ただの深海の眷属ではなかった。何かが違う。【獅子】の知
らぬ何かに寄生されてでもいるのだろうか?
 その姿は深きものどもというよりも、むしろ【獅子】の知る覚醒者に近かった。それも
飛び切り醜悪な部類のそれに。

 かりそめながらそれを【悪魔】と呼ぶことにしよう。

 【悪魔】は捩れた角の変貌した剣を振りかざし、【獅子】へと斬りかかってくる。太刀
筋が捩れ、曲がり、常識を超えた斬撃を浴びせてくる。それに加え伸縮自在の蝕腕による
攻撃と、拍子のはかりづらい奇怪な動き。

 体さばきを駆使してかわし、斬撃で相殺し、それでも止めきれぬものは剣の腹で受ける。
それでも防ぎきれずスーツの裾に幾すじかのスリットが入った。かろうじて手傷は受けて
いないがこれでは時間の問題だ。

 大剣(クレイモア)を右手一本に持ち直し、投擲用のナイフの中から一番大きなものを
選び左手で抜き放つ。そのまま二刀を用いた剣の構えへ。同時に抑えていた妖力を1割ほ
ど開放した。

 ――――――その瞳の色が変わる。輝きを放つ金色へと。

 【獅子】の速度がさらに加速。両腕が比類なき速度で双振りの刃を振るう。常人ならば
腕が掻き消えて見えるほどの速度。体捌きが速度とキレを増す。幻影でも見かねぬような
神速の足裁き。

 もはや完全に人を超えた動きで、【獅子】は【悪魔】を斬り殺し解体せんと、諸手の刃
を振るい続けた。



635 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/15(金) 23:41:05
>>634
さて、ウアラクはいつまであの剣士を足止めできるかだろうか。

ブロムヘッドは考えていた。
あの時点で剣士はまるで実力を出していない。本気になればどれほどの力を持つか想像もつかない。
「――――。」
途中、往く手に立ちはだかった深淵の眷属を叩き殺すと、呪文とともにその腹を掻っ捌いて内臓の位置を確認する。
呪縛の解かれたドミノはその様子にひっと小さな悲鳴を上げた。
「なな、何を?」
「占いですよ、お嬢さん」
臓腑の位置と血管の流れがあの剣士が追いつくまでのリミットを伝えていた。
……想像よりもずっと短い。よほどの化け物なのだろう。
「よろしい。ならばこちらにも考えがある」
そういうとブロムヘッド達はさらに先へと急いだ。


深海の眷属に取り付いた小さな蝿の悪魔ウアラクは、ヘルボーイの角の魔力により今や半異次元の存在と成り果てていた。
かつて、彼の冠をその頭にのせた時と同じく、小悪魔には不相応なほどの力と知識が際限なく流れ込んでいく。
虚と思えば実。実と思えば虚。
空から突如として紅の剣が現われ、刹那までそこにあったはずの触腕が消えうせる。
そんな世界の理の外側に立つ名状し難い地獄の剣技は目の前の剣士を圧倒しつつあった。

しかし。

剣士が二刀に構えると、再び形勢が逆転する。
この上ないと思えた技の更なる冴え、更なる速度、更なる飛躍。
気がついたときは触腕が二つ三つ斬り飛ばされていた。


「qギギギgギギsggdfghjkギギGギィィィィィertncィ」

耳障りな咆哮とともに悪魔は一時後退した。
その右目は剣士を注意深く凝視し、カメレオンのように左目だけがグリグリと何かを探す。
そして探し物を見つけるとにやりと笑った。
「―――止めろッ」
その左目が自分を見つめている事に気がついたテッサリアの魔女が金きり声を上げて叫んだが悪魔はその声を無視した。
「nnN何ヲヲをddDだAA?」
その声とともに今度はハーピーが変異を始めた。
より大きく。より禍々しく。理性と正気を消し去って。
「アアアアアアアアッッ」
先の奇襲がナメクジの歩みとも思える速度で涎を撒き散らしつつ、狂乱した猛禽がガムシャラに剣士へと向かった。
そして、悪魔もそれにあわせてグネグネとうねる人外の突きを繰り出す。

636 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/16(土) 20:19:01
>>635

「……もう一方まで覚醒か?」

 苛立たしげな獅子の声。どうやら悪魔は自分の仲間を無理やりに変貌させたようだ。相
手の異能はえたいが知れなかった。このまま悠長にやっていたら、殺したはずの深きもの
どもすら甦っても不思議ではない。

 悪魔と猛禽の連携は、奇怪な姿からは想像できぬほど見事だった。獅子はすでに幾つも
の手傷を負っていた。幸いその全てが薄皮一枚の浅手だったが、このままではジリ貧だ。
親玉がこの後に控えているため温存したかったが止むを得ない。

 ふたたび妖力解放。今度は3割ほどだ。顔付きが獰猛に変化し、漲るさっきが激しく濃
厚になる。

 襲い来る猛禽。
 その爪を、くちばしを、降りそそぐよだれをかわし斬撃を見舞う。

 猛り狂う悪魔。
 無数に突き出される双剣を、弾き、いなし、かわし、反撃を振るう。

 いく太刀浴びせ掛けただろうか。それでも二匹の魔獣は滅びを迎えない。
 何度切り裂いただろうか。だがそれでも二対の怪物は動きを止めない。

 妙な手ごたえだった。手ごたえはあるのだが両者とも死なないのだ。幾たびも致命傷を
与えたはずだが、それでも2匹の怪物は倒れない。

「……このままでは埒が明かんな」

 みたびの妖力解放。いっきに5割まで。全身の筋肉が膨張する。

 左手の短剣を投擲。音速を超えた銀の刃は、衝撃波を引きずりながら、猛禽へ向け飛翔
する。同時に獅子は大剣を両手で握りなおす。悪魔へと向き直り神速の踏み込み。蝕腕を
ことごとく斬り飛ばし、捩れた角の変容した剣を潜り抜け、何度も何度も剣を振るう。た
とえ防がれようと剣ごと叩き切る勢いで、双剣のうえからも幾たびも叩きつける

 唐竹割、横一文字、十文字切りに両袈裟斬。短冊切り、輪切り、簾斬りに微塵切り。

 殺しきるまで剣を振るい、切り裂き続けて解体す。

 はじめは【悪魔】つぎは【猛禽】、それが終われば魔術師に女だ。


637 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/16(土) 22:37:41
>>636
「Noooohkohahoooocアアozoooovmlooegoobxzooook;./ooooオオooオオオxoo!!」
少々の傷なら二つ怪異は問題なく動き続ける。
片や不死者、片や半異次元の存在である。
しかし今回の場合二対一でも再生がまるで追いつかない。
血と緑色の粘着物をビチャビチャと滴らせ、触腕と羽が刎ね飛び、次の瞬間にはその倍の肉片が部屋中に飛び散る。

その次もその次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も。

やがて深紅の剣も叩き折られ、悪魔ウアラクにもテッサリアの魔女にも対抗する術はなかった。
戦いが終わるとミキサーにかけられたようにグチャグチャとした肉片が残るばかり。
その血溜まりから一匹の蝿が飛び出す。
しかし、果たしてこの剣士はそれ見逃すほど甘い相手ではない。



その頃、入り口を蹴破ったブロムヘッドは生け捕りにした深き者共を並べ呪文を唱えていた。
「……大いなる地の王よ、我、求め訴えりこの哀れなる魂を受け取り給え」
言葉とともに鉄杭を深き者どもの心臓へ。かくして儀式は完成する。

『開門』

ブロムヘッドが逃げるよりも発動を優先した魔法、それは魔界と現世を結ぶ穴をこじ開ける魔法である。
魔術で構築されたブラックホール。行き先はすなわち地獄。
串刺しにされた深き者共の心臓から現出した昏き『門』は荒れ狂う大波ようにあらゆる物を飲み込み一挙に広がっていく。
その核となっていた心臓そのものが魔界へ堕ちきった時、ドミノ嬢が囚われていた建物は文字通りこの世から消失していた。
「さっぱりいたしましな。これぞ我が力」

月を見上げてブロムヘッドが勝ち誇った。

638 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/17(日) 19:49:30
>>637

 飛び出した蝿を銀メッキされたナイフを投擲し両断する。これ以上の再生はない。殺し
きったか。

 そのときだった。全身の体毛が総毛立ち背筋を寒気が走りぬけた。まるで背骨がドライ
アイスにでもなったかのような悪寒。考えるよりも先に身体が動いた。8割ほどまで妖力
を解放する。覚醒している暇は無かった。これで我慢するしかない。走り出す両足、床を
蹴りいと疾く。部屋を出、廊下を駆け抜け、扉をぶち破り、通路を突っ切り、最短距離で
外に面した壁へ。無数の斬撃で壁を破壊。建物の外へと飛び出した。

 それに瞬きひとつほど遅れて魔法が発動。館は闇に呑まれて消滅する。

「なんだ……これは……?」

 思わず漏れる言葉。間一髪だった。だがまだ安堵はできない。飛び出した勢いのまます
ばやく遮蔽物の影に転がり込んだ。

 ネクタイを緩めシャツの襟元のボタンを外す。あたりを窺い様子を探る。いた。月光の
降り注ぐ中にたたずむ魔術師と女。

 好機だ。相手は獅子を殺したと思っているだろう。仕掛けるならばいまだった。獅子は
遮蔽から飛び出し、電光石火で標的へと突き進む。狙いは魔術師。気付かれる前に、意識
外からの一撃でしとめる!


639 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/17(日) 22:44:35
>>638
「くく、これでこの街のフリーク共も私の力を思い知っただろうな。仕事もしやすくなるというもの」
ぽっかりと空いた『開門』の残骸を見て満足そうに頷くと、ブロムヘッドはドミノの方に向き直って声をかけた。
「さて、行きますか。おっとその前にホテルにでも寄ってシャワーでも浴びますかな?その程度ならこちらで負担で……」

ふわりと風が吹いた。

ブロムヘッドもテッサリアの魔女も、無論ドミノもその正体はつかめなかった。
魔術師のころんっと首が胴から転げ落ちた時、二人と一匹はようやくその風の正体が神速の剣技である事を知った。

「(そんな…バカな、この私が、王たるこの私が……)」

転げ落ちた首が虚しく月を睨む。
だがもうどうしようもない。急速に死が近づいてくる。
流れ出る血とともに視界が、月がぼやけはじめる。否、ぼやけているのではない。徐々に徐々に地獄が見えてきているのだ。
月の向こう側で、無数の悪魔を従えたアスタロトがその時を今か今かと待ち構えている。
嫌だ、死ぬのは良い、だが地獄に落ちるのは嫌だ。永劫の苦しみが、終わりのない苦痛がやってくる!

「まだだ、ブロムヘッド。月を呼び寄せよ、死を飲み込め。お前がヘカテの後継者ならば」
テッサリアの魔女がしわがれた声で囁く。

そうだ、私は死なぬ、絶対に死ぬワケにはいかぬ。

「エッコ・アムニ・ハンマ、エッコ…AHHHHHHHH」

ブロムヘッドの首からにゅるりと蛭のような黒い何かが這い出し始める。
それはどんどんと溢れ出し、大きさを増すと、やがて閉じかけたブロムヘッドの瞳がカッと見開いた。
「これが…!これが…ヘカテーの力!?凄い…ハハハハハ!凄いぞ!」

太古の動物は今よりも巨大だった。
Tレックスなどの恐竜、ダンクレオステウスやムカシホオジロサメなど10mにも達する古代魚
そして地を這う蛇もまた例外ではない。
第三紀前期に生息していたティタノボア、ギガントフィスと呼ばれる巨大蛇は当たり前に10mを超えたサイズであった。

だがそれらさえ、今のブロムヘッドと比べてはミミズのようなものだろう。

「さあ、始めようか。お前の血は美味そうだ!」
醜悪な顔を乗せた、長大な蛇の怪物が舌を出して笑いながらその長い尾で周囲を薙ぎ払った。

640 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/20(水) 22:18:22
>>639

 首を跳ね飛ばされた男の身体がその場に棒のように倒れた。厄介な魔術師はこれで片付
いた。残る脅威は上空の猛禽のみだがそれは後回しでいい。当初の目的を遂げるとしよう。
獅子は女へと向き直ると、血に濡れた刃を振りかぶる。

「悪いが……死んでもらうぞ」

 声と共に振るわれるはずだった剣。だが刃は疾り出すことはなかった。

「!?」

 圧倒的なプレッシャーを感じ、その場から咄嗟に飛び退る。充分な距離をとって剣を構
えなおすと、険しい視線を重圧感の源へと向けた。その視線の先、首を刎ねた男の死体が
あったはずの場所にソレは居た。

 化物が。巨大な化物が。

 人と大蛇のキマイラ。上半身はヒトガタ、下半身は蛇体。その姿はラミアと呼ばれる存
在に近い。それはあの魔術師の成れの果て。神威をかり、悪魔を謀り、月を呑み干した魔
術の徒の行く末。

――――――蛇の半身を持つ男。蛇の半神を持つ男。

 ヘビガミのなぎ払うような尾の一撃を何とかかわす。威力速度ともに申し分ない。人外
としてみても、だ。かつての魔術師は、すでに人の枠に収まる存在ではなかった。

 その巨躯と、内より噴き出威圧感は、あまりにも圧倒的だった。物理的現象をともなう
ほどの重圧感に曝されながら、【獅子】は大剣をその場に突きたてた。

 剣士としての戦士としての、そして怪物としての本能が命じた。全力で戦わねば抵抗す
ら叶わぬまま食い殺されると。

 殺意にたぎる双眸。その視線は蛇神へと注がれる。己が敵を睨みつけたまま、妖力を、
彼のもつ力を極限まで引き出す。

 完全なる妖力解放。100パーセント中の100パーセント!

641 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/20(水) 22:18:58
>>640





――――――覚醒





.

642 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/20(水) 22:20:21
>>641

 極限まで解放した妖力に肉体が軋む。最大に開放した妖力に精神が高揚する。襲い掛か
る飢えに魂が乾く。血と肉と殺戮の予感に全身が震える。迸る狂気に心は歓喜する。

 ボコ、ボコ、ボコ、ボコ。そんな音をたて肉体が膨張しふたまわりも大きくなる。
 ビキ、ビキ、ビキ、ビキ。きしむ音をたて肉体がみるみる成長する。

 膨張した肉体によりダークスーツが内より爆ぜ布切れになって辺りに散る。鋭く伸びる
鉤爪に内羽式のストレートチップは切り裂かれ脱げ落ちる。全身から美しい色艶の体毛が
生え出す。頭部から首の周りにかけてはより長い。さながら鬣のよう。骨格が変形する。
頭蓋骨も変形。顔つきが肉食獣のように変化する。

 数秒のち、そこには一匹の獣がいた。
 殺戮をもたらし人肉をくらう魔獣。銀の瞳を持つ獅子王が。

「オオオオオオ!!!オオオオオオオオオ!!!」

 咆哮ウォークライ。戦の雄叫びを獅子王が奏でる。

 同時に獅子王の両足が大地を蹴る。蹴る。蹴る。走る。走る。走る。疾る。

 ヒトガタだったころの比ではない。その足取りはあまりにも速く、あまりにも鋭い。視
界に移るものすべてを足場とし、三次元的な機動を見せ蛇神へと迫る。

 ばかばかしいほどの高機動。その最中、無言で右腕を突き出した。

 その手には鋭く並んだ5振りの鉤爪。凶暴な光を湛えるそれが瞬時にのびた。狙いは蛇
なる神の心の臓腑。多くの化物に対し呪術的意味のあるその臓器めがけ、鉤爪は宙を貫き
突き進む。

 伸びる爪が巨大化した男の心の臓腑を穿ち貫かんと突き進んでいく。

643 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/22(金) 19:34:03



遥か彼方のイタリア、封印されたどこか地の底で、亡者に抱かれた女王ヘカテは呟く。
「……やりおったな、馬鹿め」






644 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/22(金) 19:34:40
>>642


ブロムヘッドが蛇身の怪物へと変化したのと同じく、剣士もまた違うものへと変異していた。
いや、これが本来の姿なのだろうか?威風堂々たる獅子の姿がそこにあった。
覚醒を終えた勇気の象徴は気高く咆哮する。
自らよりも巨大な敵に対しても一歩も引く気はないようだ。
あくまで強者として振舞う獅子の王。そしてそうするに相応しいだけの実力の持ち主だ。

だが、その傲慢がお前を殺す。
心の内でブロムヘッドがほくそ笑んだ。
獅子の化物か。なるほど、伊達ではない強さだ。そしてその中からは凄まじい魔力を感じる。
だが、だがな、今の私には及ばん。
今の私は実体を持った神代の怪物、300トンの神話だ。

獅子の咆哮に爆発音のような音が混じったと思った瞬間獅子は消えていた。
爆発音と思われたのは獅子が地面を踏み砕く音か。
神速ともいえる超スピードで心臓めがけてまっしぐらに向かってくる。

「な、速ッ………」
ブロムヘッドの動きでは到底獅子の動きを捕らえることは不可能である。
だが、いかな神速でも、これだけの巨体の心臓に爪をつき立てるのには一瞬の間が必要。
その間に紙一重で蛇神の本能が反応し、吸血鬼の基本的な能力の発動が間に合った。
獅子に心臓を抉られる瞬間、蛇神は闇に紛れ、影に潜み、その場から消えたのである。

そして獅子の遥か後方で再び実体を現した蛇神は獅子を指差し短く呟いた。
「Ha! 死ね」
念動。
ナイフを弾き飛ばしたものと同じ攻撃である。
ただ違うのはその規模だけ。
圧縮された膨大な魔力を獅子に向かって放った。

645 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/22(金) 21:54:20
>>644

 必殺を確信した爪の一撃。だがそれがとどく寸前に、敵の身体は闇に融け消えうせる。

「なん……だと……!?」

 思わず洩れる呟き。そして現れる気配。場所は――――――背後。それもかなりの距離
が開いていた。これは高速移動などではなかった。そう、瞬間転移!

 空中にいるため向き直ることはできない。首をひねって敵を確認する。飛べぬこの身が
もどかしい。感じたとおり、蛇神は傷一つない姿でそこにいた。

 その蛇神の内より爆発的に膨れ上がる気配。妖力に極めて近いその気配。危機感。圧倒
的な危機感。

 膨れ上がった力。それが敵より放たれる。大気を切り裂き、空間を巻き込み、有象無象
を蹴散らし、粉塵を巻き揚げ、獅子王を押しつぶさんと迫る。もはや天災と呼んだ方が相
応しいほどの規模を誇るその一撃。

 先立ってナイフを弾いたものと同じ力。だがその威力と規模は、桁違いだ。

 空中で伸びた爪をすばやく縮める。速く速く地表へ。永遠にも感じる一瞬が過ぎようや
く着陸。同時に即座にその場を離れるべく再度の跳躍。だが。

 ――――――効果範囲が広すぎる!

 獅子の神速をもってしてもなお、念力より逃れることはできない。初動が遅れたのが致
命的だった。あと一歩のところでその範囲に捉われる。

 直撃の瞬間、妖力を瞬間的に放出。せめてもの盾と鎧とする。だが、爆発的に放出した
妖気と強固な覚醒者の肉体をもってしてもなお、その念力を防ぎきることはできなかった。
骨格が軋み、肉が捻じ切られ、内臓が押しつぶされる。

 そのまま大地に叩きつけられた。圧倒的な衝撃。吐血。赤黒い血を大量に吐き出す。深
手。全身が悲鳴を上げている。多大なダメージ。恐るべき威力だった。もう一度喰らえば
終わってしまうだろう。

 このままでは死を待つようなもの。震える足を鼓舞し立ち上がる。そして、傷ついた足
で、傷ついた身体で大地を蹴る。大地を蹴り走り続ける。逃げる、のではない。目指す先
は蛇神の元だ。

 速度は6割ほどにまで落ちている。初手で最大の武器である速度を奪われた。戦況は悪
い。だが撤退の文字はない。いまの獅子に引きという言葉はない。

 全身の傷が高速移動に耐え切れず裂け拡がる。傷の広がる速度のほうが再生速度を上回っ
ていた。絶え間なく襲い掛かる苦痛。広がりつづける外傷。もとより獅子は攻撃型だ。傷
の再生は不得手。このまま動き続ければ、そう遠くないうちに自滅する。だが止まらない。
獅子は止まらない。

 蛇神を眼前にとらえた。だが攻撃はしない。正面からでは先の二の舞だ。今度は意識の
死角から仕掛ける。蛇神とすれ違う。そのまま蛇神を迂回するようにして走り去る。走り
去り、蛇なる神に背を向けたまま、両腕を大きく広げ、すべての爪を伸ばす。

 高速で伸びる爪。爪が伸びるのは直線だけとは限らない。獅子の爪は、縦横無尽に、己
の望むまま曲がり進み伸びるのだ。かくも速く。いと鋭く。

 全方位攻撃オールレンジ。十指より伸びし爪が前後上下左右あらゆる方向から蛇神を襲う。

646 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/22(金) 23:43:17



イングランドに集った古き時代の黒き魔女達が声を上げる。
「奴め、本当に我らの王になるつもりか?」
「人如きに扱える力ではないわ」
「すぐに限界が来る。人間の限界が」






647 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/22(金) 23:46:56
>>645
魔術により血反吐を吐いて地に叩きつけられた獅子、だが倒れていたのはほんの数瞬。
傷ついた体に鞭を打って、すぐさま攻撃へと転じてくる。

「通じておらんか」

否、先の一撃は十分な成果を上げていた。
動きは目に見えて失速している。とても追いきれなかった獅子の動きが今なら分かる。
そして、一歩踏み出すごとに裂傷が広がり体から吹き出す血が増えていく。
それも当然だ。獅子は傷がふさがる前に全身を駆動させて全力で走っているのだ。

血は吐きながら続ける持久走を死ぬまでやる気か。
猪武者め、哀れといえば哀れ。しかし満身創痍の文字通り手負いの獅子。だからこそ危険である。

「死にぞこないがっ」

獅子の突撃に合わせて再び尾を振るう。
ブオンと禍々しい音を立てて必殺の尾が通り過ぎるとコンクリートが砕ける音とともにワンテンポ遅れて、0番地区のあばら家が吹っ飛ぶ。
しかし肝心の獅子には当たらず、またもや空振り。
来るか!?
身構えるブロムヘッドを尻目に悠々と獅子王はその目の前を横切った
なんと、攻撃に移るかと思われていた獅子は、そのまま素通りしたのである。
予想外の行動に、一瞬獅子の姿を見失った。

「どこへ?」

疑問が浮かんだ瞬間、すでに蛇神は獅子の爪に囲まれていた。
四方八方より迫り来る獣王の魔爪。

とても防ぎきれん――――ならば転移……!

再びその身を闇にくらまそうとしたその時、不思議な違和感、電撃のように小さな苦痛が体を駆け巡る。

今回はその僅かな隙が致命傷となった。

避けれな……

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
全身を串刺しにされる痛みに、大蛇は滅茶苦茶に身をよじらせた。
獅子の爪に切り裂かれ、抉られ、突き刺され、生命の源たる血が溢れ出る。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
なまじ死なない故の苦痛
これならば先ほどくびり殺された時の方がよほど痛みを感じなかった。

だが不可解、この程度の傷、吸血鬼ならすぐ再生する。ましてやその長たるヘカテならば。
だが、まるで再生の兆しを見せない。血が止まらない。
それどころか、この痛み、この苦痛は外傷だけが原因でない。体の内部からねじられるように痛む。
何故?何故?苦しみは?痛みは?
何も分からぬ、ただ、このままでは血が、血が足りない。奴から少しでも吸わなくては、体が維持できない。

「あ あ あ あ あ あ あ 」

混乱と苦痛によって蛇身の怪異は、血を撒き散らしながら荒れ狂う一個の嵐となりはてた。
ただただ強引に獅子に向かって滅茶苦茶に体をぶつけようと身をよじる。


648 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/22(金) 23:47:32




凍てつくロシアの永久凍土のさらに向こう、三の十の王国と三の九の大地の間に横たわる地で
片目の魔女バーバヤーガは弟子らに囁く。
「見やれ、人の子の愚行を」






649 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/23(土) 16:12:51
>>648

 大樹のような豪腕が、列車のような太く逞しい尾が、獅子王めがけて止むこと無く繰り
出される。その姿は擬人化された嵐。暴風のごとく繰り出される連撃。すべてを破壊する
ハリケーンのごとく、激しい攻撃を繰り出し続けていく。

 獅子も防戦一方ではない。爪を、牙を、腕を、脚を、蛇神めがけて繰り出し続ける。

 辺りは闘争の余波で無数のクレーターができ、さながら月面のごとき有様。

 消耗が激しい。身体が重い。動きが遅くなっていく。傷の再生はおろか爪を伸ばすので
すら難しくなっていた。このままでは覚醒体を維持できない。

 ここに来て決定的な差が出てくる。りゆうは両者の体格差だ。蛇神はあまりにも大きく
逞しかった。両者のその肉体の差は、巨象に対峙する猫のようなものだ。

 はじめはなんとかかわせていた攻撃も次第に被弾するようになり、生々しい傷がどんど
ん増えていく。最初は小さなかすり傷から、深く大きな重いものへと。

 そして、ついには直撃。

 獅子王は吹き飛ばされ大地へと叩きつけられる。

 衝撃に息が詰まる。視界が回る。ダメージに苛まれながら状態を確認。

 左腕は根元からもげている。いつのまにか左目、いや顔の左半分が抉り取られていた。
わき腹には大きな穴が。全身の骨格に日々が入り、筋肉が断裂していた。ひどい苦痛だ。
何より疲労感が絶望的だった。満身創痍。

――――――だが心は折れていない。

 獅子は立ち上がる。己の矜持にかけて。

 震える脚で立ち上がり、辺りを見回した。

 少し離れた場所には蛇神の姿。こちらへと暴走する列車のごとく向かっている。
 そして自分のすぐ脇には、さきほど大地に突き立てた剣が。

 切迫した状況の中、奇妙な感慨が胸をよぎる。

「最期は……やはりこれか……」

 獅子は残った右手で剣の柄をつかむ。つかみ、大地から剣を引き抜く。そして抜き放っ
た剣を、腰だめに構えた。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!」」

 咆哮。裂帛の気合と共に、獅子の両足が大地を蹴った。

 小細工は無しだ。もとよりその余裕は無い。

 獅子は走る。獅子が走る。獅子ゆえに走る。

 全身の傷口から噴き出す血が血煙となり宙を舞う。
 獅子はその血煙を引きずりながら、蛇神めがけて一直線に突撃していく。

 最小の動きで、最短の距離を、最高の速度で、最大の威力を!

650 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/23(土) 22:39:14
>>649
地を抉り、建築物を吹き飛ばし大蛇は荒れ狂う。
獅子王がその流血の暴風雨の間を飛ぶたび、両者から更なる鮮血が散った。
ここに数分前まで人が住んでいたとは信じがたい地獄の光景。
飛び散る鮮血は蛇のものか、獅子のものか?

ズバンっと身を刻まれる嫌な音を耳にした。
象ほどの大きさの一際大きな肉塊が宙を舞う。
そんな、あれは腕だ、私の腕だ!

「がああああああああああああっっっ」

獅子の動きは目に見えて鈍っている。
常であれば体格差で圧倒出来たかもしれない。

しかし、生きたまま身を切り刻まれる苦痛。
人の身が神の力を使ったことによる霊的内部からの崩壊。
大量出血によって引き起こされた強力な吸血衝動。
すでにブロムヘッドの正気はほぼ破壊されていた。

理性はなく、ましてや誇りなどなく、ただ本能の赴くままに、ただ苦痛に身を委ね地を這う。

そのような状態で獅子王の全身全霊の一撃を避けるなど、到底不可能であった。
銀の閃光が煌き、蛇神の心の臓腑を穿っていた。
それは爪でも牙でもなく、鍛錬によって叩上げた剣術による一閃。

美しかった。


ズシンッッと轟音と地響きを立てて、ついに神は崩れ落ちた。
あまりの質量の転倒に、0番地区そのものがぐらぐらと揺れる。
これだけで崩れた建物もあったかもしれない。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!」
消え去り往く意識の中で獅子王の咆哮を耳にした。
勝鬨の叫びか……?いや……そうではない。これは身を奮い立たせる為に突撃の前に発した咆哮だ。それがやっと今届いたのだ。

誇り高い叫びの中で、黄金も、神の魔力も、地位も、権力も、夢見追い続けた一切合財がブロムヘッドの手から零れ落ちた。

『イゴール・ブロムヘッド 死亡』


「分かっていた事だが、やはりダメか」
ドミノを抱えて旋回する怪鳥が冷たく溜息を吐いた。

651 名前:リガルド ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/23(土) 23:29:12
>>650

 限界を越えその先に到達した。到達し、神代の怪物を打ち倒した。そして、超越し、打
ち倒した彼に限界が追いついてくる。圧倒的な疲労感が襲い掛かる。握力が無くなり手か
らこぼれた剣が大地へと突き立つ。

 覚醒体を維持できず、ヒトガタに戻った獅子王がついに膝をつく。そしてそのまま重力
に引かれる様にして倒れた。意識が泥のように溶けていく。

 使命は果たせなかったが、仕方あるまい。

 任務に失敗しても彼の心は満ち足りていた。全力で戦い戦いの中で死ぬ、そんな戦士と
しての生き様を果たすことができたのだから。

 だから、そう、満ち足りていた。

 薄れ行く意識のなか空を見上げた。空にはおおきな輝く月が。そこから舞い落ちる月影。
大地に突き立った、十字の形の剣に降り注ぐ。これが墓標だった。大剣は戦士の墓標なの
だ。それが彼の元いた場所の習わしだった。だから、これは、そう、彼の墓標なのだ。

 月光にさらされ大地につき立つ剣を見ながら彼の意識は薄れていった。

652 名前:Epilogue ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/24(日) 16:45:46

 月影が照らす世界の下、二人の少女がそこにはいた。

 いや、片方は少女と呼ぶほどには幼くなく、女と呼ぶほどには成熟していないそんな年
頃の女性だった。

 一人は携帯電話を手に何事かを話しており、もう一人は死体の傍らに膝をつき何かをし
ていた。その死体は、かつて蛇神であった男の亡骸だった。

「ダメよダメ。獅子は失敗したわ。彼と例の男の死体はここにあるけど、女の死体はどこ
にも無いもの」

 携帯電話を手にした女性が言う。茶褐色の長い髪に碧色の瞳をした、真っ青なエプロン
ドレスに身をつつんだ女性だ。よき見れば、やせ細った猫が足元にまとわりついている。

「……ええわかったわ。研究所にまわすのじゃなくて、丁重に弔うのね。じゃあ、回収用
に誰か人を派遣してちょうだい。こんな重い遺体と大剣なんて私には運べないもの。ええ。
ええ。そうよ。じゃあお願いね」

 女性はそう言って通話を終えると、もう一人へと向き直った。

「本当に呼んでしまってよかったの?すぐに来るわよ」

「ええ、大丈夫。問題ないわ。もう終わったから」

 そういって少女は立ち上がる。彼女の手には赤い液体の詰められた小瓶が握られていた。

「そんなもので本当に世界が救えるの?こんな悪夢みたいに歪んだセカイが」

 女性は胡散臭そうにそういうと、足元の猫を見下ろし、「ねぇ?」という具合に首をか
しげた。水を向けられた猫はただニヤニヤ笑う。

「血は魂の通貨よ。これには彼の知識が詰まっているわ。神を降ろした彼の知識と力が。
神の抜け殻に残された奇跡の残滓が。だから、そう、救えるのよ」

 少女はそういって女性を見上げる。その顔には悪戯めいた笑みが浮かんでいた。

「わたしはもう行くわ。彼らと出くわすと面倒なことになるから。さよならアリス、また
会いましょう」

 少女はそういって、その場を去っていく。アリスと呼ばれた女性がその背に声をなげかけた。

「さよなら。また会いましょう―――――イカレ帽子屋ミスタ・ウォレス

653 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/24(日) 22:56:31
epilogue1

さて、これをどうしよう。
ドミノを抱えたテッサリアの魔女は悩んでいた。
今となってはブロムヘッドの命を守る必要もない。所詮奴は贋作にしかなれなかった。
ならば、殺して血を啜ってもいい。
しかし……。
どうやらあの男、姉を殺した獅子の剣士。あいつは私が抱えている人間を狙っていたようだった。

……妹の仇を喜ばせる必要もない。

女を抱え怪鳥は飛ぶ。
見知った仕事場の前に放り出された彼女が狂気の悪夢から目覚めた時
彼女は信じられるだろうか。生きて修羅場から抜け出せた事を。


654 名前:イゴール・ウェルドン・ブロムヘッド:2010/01/24(日) 23:21:09
epilogue2

「こ、ここは……」

死んだはずのブロムヘッドは周囲を見渡した。

吹き荒れる風は冷たく、木々はその風に枝を揺らされるたび、死の苦しみと恨み言を囁き
遠くでは薄闇の中、幾多の死体が投げ捨てられていた。
腐りかけたその上を悪夢から生まれた蟲がうじゃうじゃと這い回り嬌声を上げる。

「分かっているだろう。それとも天国に見えるのか?」

重々しい声が響いた。

「こ、公爵殿……」

「掠め取ったヘカテの力を失い、わしから受け取った配下を失い……」

「も、も、申し訳ありませぬッこの不始末は必ず挽回……」

「その必要はない。ここではお前はVIP待遇だからな。
 代わりに、愉しませてもらおう。世界が終わるその日まで」

「や、やめ」




これより先の彼を知る者はいない。

655 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/25(月) 07:06:22







Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』
第3話 「HELP ! / Diablo 」 END






.

656 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/25(月) 07:07:11

Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』

第3話 「HELP ! / Diablo 」 (Igor Bromhead vs Ligardes )
>>596
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>>628 >>629 >>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636 >>637
>>638 >>639 >>640>>641>>642 >>643>>644 >>645 >>646>>647>>648 >>649 >>650
>>651
Epilogue
>>652
>>653>>654


657 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/25(月) 07:08:13



■Point

・Big Sister 1+1(Mission success)
・Big Blue 2
・The Third Force +1(Mission success)

Big Sister = Big Blue > The Third Force



.

658 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/25(月) 07:10:02

Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』

導入
>>402

第1話 「Dance with Dracul / RocketDive 」 (Primavera vs Dante )
>>403

中間報告1
>>404

第2話 「INNOCENCE / ever free 」 (Violet vs Vilma )
>>506

中間報告2
>>507

第3話 「HELP ! / Diablo 」 (Igor Bromhead vs Ligardes )
>>656

中間報告3
>>657

659 名前:名無し客:2010/01/25(月) 09:40:25
シュバルツバースで開発したダークサーチなら闇なんて見通せるぜ!

660 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/28(木) 21:05:48







第4話 「BEHIND THE MASK / JUSTICE 」 (Aegis vs Shingo Tanoue )





.

661 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/28(木) 21:06:04






―――この世界には、いらないものが多すぎる。





.


662 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/28(木) 21:07:43

 大切なものを奪われた人は、どうすればいいのだろうか。

 あきらめればいいのだろうか。

 なけばいいのだろうか。涙枯れるまでなけばいいのだろうか。

 嘆けばいいのだろうか。絶望の深さに嘆き続ければいいのだろうか。

 怨めばいいのだろうか。いつまでも怨み続ければいいのだろうか。

 憎めばいいのだろうか。身を焦がすほどに憎めばいいのだろうか。

 あきらめればいいのだろうか。あきらめてしまえば楽になるのだろうか。

 忘れればいいのだろうか。記憶に蓋をし、忘れ果てればいいのだろうか。


 復讐スレバイイノダロウカ。肉ヲ切リ裂キ骨ヲ砕キ内臓ヲブチマケ殺シ尽クセバイイノダロウカ。


 大切な人を奪われたものは、いったいどうすればいいのだろうか。


663 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/28(木) 21:08:44

 赤い部屋だった。そこはあまりにも紅い部屋だった。
 そのアカはすべて血。噴き出す血の色が変哲の無い部屋を真紅の装飾で彩っていた。

 それは殺戮の後の風景。
 臓物はぶちまけられ、手足は飛び散り、眼球は床に転がり、人体は肉塊と成り果てる。

 それは虐殺の後の風景。
 毛足の長い絨毯はたっぷりと血を吸い、歩くたびにジュクジュクと音をたてる。

 そんな赤く染め上げられた部屋の中に、一人の男がいた。大きな男だ。そして異様な男
だった。極東の島国の警察官が身につける制服を纏い、腰のホルスターには回転弾倉式の
拳銃を収め、左手には大きな鉈を持ち、顔にはアイスホッケーのキーパーがかぶるような
無機質な仮面をかぶって、そして右手には頭を鷲掴みにし一人の男を引きずっていた。

 彼は人間一人を軽々と引きずりながら、部屋にいるもう一人の生存者へと近付いていっ
た。壁際にへたり込み、恐怖のあまり小便を垂れ流す男へと近付いていった。その男こそ
がこの組織のボスだった。

「やあ、またせたね。ようやくきみの番だ」

 仮面の男がそう声をかけた。マスクごしの声はとても穏やかでこの光景にはあまりにも
不釣合いだった。まるで幼子にでも語り掛けるかのような声だ。

 その声にボスはいやいやと首を振り泣いて許しを乞い嘆願する。

「だめだよ。きみはこの中で一番責任があるのだから、そのぶんいままでやってきたこと
すべての償いをする義務がある」

 仮面の男はそういって無慈悲に首を振る。

「さて、さっそくはじめようか。……ああそうだった。始める前に一つ聞いておきたいこ
とがあったんだ。君たちがあの可哀想な子供達を売りさばいた相手のリストなんだけど、
いったいどこにあるのかな?」

 その言葉を聞いて、あれほどすべらかに命乞いを述べていたボスの口が言いよどむ。

 仮面の奥で男の眼が細められた。だが、仮面の男の口が開きそうになったその瞬間、床
に投げ出されたほうの男、引きずってきたほうの男が呻き声をあげた。


664 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/28(木) 21:09:43

「ああ、そうだ。まだ生きていたんだったね」

 いけないいけない。忘れていたよ。そんな気軽な口調で仮面の男は言うと、無造作にそ
の頭を握りつぶした。

 脳漿が飛び散りボスの顔に降り注ぐ。ボスは声にならぬ悲鳴を上げ、全身を痙攣させる
かのように身をよじり、床を這いずって逃げようとする。恐怖のあまりまともに歩くこと
もできないのだ。

 芋虫のように床を張って進む男。その動きが止まる。急に辺りが暗くなったのだ。いつ
のまにか影が彼に覆いかぶさっていたのだ。震えながら顔を上げればそこには回り込んだ
仮面の男が立っていた。

「いけないこだね。もう一度だけ聞くよ。君たちがあの可哀想な子供達を売りさばいた相
手のリストはいったいどこにあるのかな?」

 不気味なほどに優しい声。その声にボスは絶望の表情を浮かべながら、一瞬だけ視線を
胸元に落した。 男の首には不釣合いな十字架がかけられていた。質素で品のいい正教の
十字架だ。

「なるほどそれがメモリになっているんだね。よくわかったよ」

 仮面の男はそういって頷く。その様子に不気味なものを感じたのだろう、ボスは尻をつ
いたまま身体を引きずるように後ずさる。だが、すぐに壁際にぶち当たりそれ以上さがれ
なくなった。

 仮面の男は頷きながらゆっくりと歩みより、尻餅をついたボスと視線を合わせるように
しゃがみこむと彼の肩をぽんっと叩いた。

「よくわかった。……では、はじめようか。まずはその悪い足だ。その足で可
哀想な子供達をさらってきたんだね」

 仮面の男はそういって血と脳漿にまみれた右手でボスの左足を掴み、左手の鉈を大きく
振りかぶった。


665 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:00:59
>>664
「遅かったか!」
俺は血の匂いで充満した建物を前にし、舌打ちする
襲撃の時間が早まった、という連絡を受けて急ぎ車を走らせたのだが
しかしいくら何でも…

と、そのときだった
屋上からふらりと身を躍らせ路上に叩きつけられる影
身なりからして襲撃部隊の一員のようだ、だが
「ばっ…化け物っ…」
それだけを吐き出すように叫ぶと男はそのまま気を失ってしまった。
とにかく、前に進まねば話にならない。
まして今回の依頼は…
俺は気を取り直してビルの中に進入したのだが…。

「何だこれは…」
そこに展開されていたのは余りにも異質な光景、
死体・死体・また死体、
しかもそのどれもが原型を留めていないのだ。
そう、どれもまるで泥人形のように握りつぶされている。

そして俺を驚かせたことがもう一つある
組織は今回の襲撃を予測し、アジトに誘い込んで殲滅する作戦を立てていたそうだ。
ゆえに襲撃部隊の進入路にはいくつかのトラップが仕掛けられている、が
今回の襲撃者にはそれを解除した形跡がまるで見当たらないのだ。

だが罠が発動しなかったわけではない。
文字通り無造作に、弾丸やナイフやワイヤーを物ともせずにただ進んだ。
そうとしか形容できない有様…余りにも異質、これではまるで…

俺の予感は常人ならざる力で文字通り叩き潰されたオート錠を見て
確信に至った、噂には聞くが遭遇するのは初めての相手
だが、それでも…

俺は最後のドアを開け
いままさにナタを振り下ろそうとするそいつの横面に蹴りを見舞い
「下に車がある!」
護衛対象の前に立つ
ゆらりと振り向く血にまみれたマスクの奥の目を見るのがいやで
俺は少しだけ視線を逸らした。

666 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:09:00
>>665

 これほどいい一撃をもらったのはいつぶりかな?場違いにそんなことを考えながら仮面
の男は立ち上がった。大丈夫だ、さほどのダメージは無かった。これなら「処分」を続け
るのに問題は無い。

 脱兎のごとく逃げていくボスの姿を視界の隅に捉える。彼はとても悪い男だ。逃がすな
んてとんでもなかった。早く追いかけて処分しなければ。

 その思いを行動に移すべくボスを追いかけようとするが、その前に乱入してきた男が立
ちふさがる。それを見た仮面の男の動きが一瞬だけ止まった。捕食者としての、吸血鬼と
しての本能が訴えていた。これは厄介な相手だと。動作に隙が無かった。そして身のこな
しはしなやかで力強い。間違いなく強い。

 そしてこの状況において強い相手と戦うということは時間を浪費し標的を逃がしてしま
う恐れがあった。それは最悪の事態だ。
 
「困ったね。追いかけてはやく彼を処分したいんだがどいてもらえないかな?」

 優しくそう語り掛けるが男は動く様子が無い。仕方が無かった。こうしていても時間が
どんどん過ぎていくだけだ。

「そうか。邪魔をするなら仕方ない。……力ずくで通らせてもらうよ」

 仮面の男はそういうと、その巨体からは想像も出来ぬような素早さで突進する。原始的
で単純な行動。だが考えなしの行為ではない。これは己の体格と吸血鬼としての身体能力
を最大に活かした戦法だ。

 突進しながらに左手の鉈を振り上げ思い切り振り下ろした。強力な威力を誇る一撃が乱
入者へ向けて襲い掛かった。


667 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:11:03
>>666
早い!もっとも早いだけで鋭さも何もない無造作な一撃
だが、それは俺が経験したどんな突撃よりも重く、早い
質量を伴った銃弾とでも言うべきか。

俺は振り下ろされるナタを払い、そのまま足払いを掛ける
相手は苦もなく転倒する。

体術の心得はあるようだが…それ自体は俺の敵ではない。
が、払った時の衝撃で銃弾をも弾く超合金の義手が軋む
初めての経験だ。

それに何よりも俺を驚かせたのはその装備だ
六連装のリボルバー、そして警棒、なによりその制服
それは俺もかつて袖を通した日本の警察官のそれだったからだ。

「お前は日本人か!、何故ここに
そしてどうしてこのようなことをする!」

無駄なことだと知りながらも聞かずににはいられなかった
暫しの静寂、ただボスが非常階段を駆け下りる音だけが響いていた。

668 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:12:46
>>667

 懐かしい響きが耳奥でこだました。これは、日本語だ。この国に来てからご無沙汰だっ
た彼の母国語。こんなところで聞くはめになるとは思わなかった言葉だ。

 そんな淡い懐かしさを感じながら、ゆっくりと、だが隙を見せぬようにして起き上がる。
猛獣のように起き上がる。
 体術は相手のほうが数段上だった。驚くべき事態だが、それ自体は想定の範囲を大きく
超えるものではなかった。真に驚くべきなのは、いくら腕が立とうともただの人間が身体
能力で上回る吸血鬼を制したことだ。

 身体能力が上回る相手を優れた技量で御する。言うは易しだが実際に行うのは生半なこ
とでは不可能だった。それも吸血鬼を相手に人間が体術で制するとは。それは驚異的なこ
とだ。素手で灰色熊を相手にするよりも難しかった。

 そして、驚くべきことはそれだけではない。やつの腕だ。手馴れたいまでは人体を容易
く両断するほどになった彼の鉈の一撃が、あっさりとはじかれたのだ。普通ではない。生
身の腕では不可能な芸当だった。

 特殊な腕?日本人?そのキーワードから脳裏に何かが走る。何か思い出しそうだったが
それはすぐに立ち消えた。今はそんなことを考えている場合ではなかった。早くいらない
ものを処分しなくては逃げられてしまう。

「ああ、君も日本人なんだね。これは、驚いたな。こんな所で日本人に会うなんて」

 そういいながら仮面の男はさりげない動作で右手を腰の拳銃へと伸ばす。

「なぜ?おかしなことを聞くね。決まっているじゃないか。いらないものを処分するのは
当然のことだろう?そう、この世にはいらないものがたくさんありすぎる。そしてそれは
どんどん増えていくんだ。だから毎日毎日一つでも多く処分しなければ、不幸な目にあう
人々がどんどん増えていってしまう。だからこうやっていらないものを処分しているんだよ」

 言うや否や彼の右手が拳銃の銃把を掴み跳ね上がる。瞬時に照準。銃声がひとつに聞こえ
るほどの速度で、銃弾が連続して撃ち出された。

669 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:13:42
>>668
「確かにそうかもしれない!だがそれでも…」
なんだこいつは
言い返すこと自体はさして難しくもない
だが、何かがおかしい…
その違和感が俺の口を噤ませる。

「俺の存在ある限り、誰も死なせるわけにはいかない!」
実際、そう叫ぶのがやっとだった。
セオリー無視の突然の銃撃、
さらにそのトリガースピードが常人のそれを、
あまりにも上回っていた、というのも理由の一つかもしれないが…・

銃弾を弾くこと自体は造作もなかった
だが、あまりにも至近であったが故に、その回避行動は隙を生む
人間相手に付け入られる筈もないほどの僅かな隙
しかし…奴相手にとってそれは…

670 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:15:10

 刹那の間にすべては進行した。

 ―――1。

 ニューナンブより発射された銃弾が男めがけて突き進む。

 ―――2。

 だがその弾頭は男の「腕」により弾かれる。

 ―――3。

 男は銃弾を完全に見切り、それを完全に防いでいた。なんという恐るべき技量だろうか。

 ―――4。

 だがその男と相対する仮面の裁断者も尋常な存在ではなかった。

 ―――5!

 5発の銃弾が発射され、回転式の弾倉が空になる。それと同時に仮面の男の足が床をけっ
た。あまりにも強く蹴られた床が火薬が破裂するかのような音を立てる。男の身体は爆発
したかのごとき勢いで加速。一気に間合いをつめる。

 間合いが詰まるまでのほんの一瞬。その一瞬で仮面の男は鉈を男めがけて投擲した。
相手の体勢は崩れていた。さきほどのようにやすやすとかわされることは無いはずだ。

 血で赤くぬめる兇刃が、空を断ち切り乱入者へと迫る。

 それと同時に仮面の男は両腕を広げ、男めがけて組み付いていく。狙いは明快だった。
技で勝てぬ相手ならば、その技を使えぬ状態にして力でねじ伏せればいいのだ。単純な
力勝負なら、人間が吸血鬼の膂力に勝てるはずが無いのだから。


671 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:16:09
>>670
慣性を無視したような、明らかに人間の身体・反応速度を無視した挙動で
目の前の男は動く。
まずは視界に飛び込む凶刃、払えばスキが出来る。
俺は僅かに背中を逸らして投擲されたナタを避ける
それ自体は大したことではない、ライフル弾すら見切る俺にとっては、
だが、そこからさらに迫り来る質量までをも避けることは不可能だった。

「むうっ」
伸びる拳を払ったつもりだったが
しびれるような感触を残したのみで、軌道を変えることまではできない。
俺は仕方なく義手を使い、俺の喉を押しつぶさんとする凶悪な掌を遮るしかなかった。

だが…
ミシミシ…
軋んでいる…いかなる強敵相手をも、"蝶"すらも退けた"ミネルヴァ"が、
その恐るべき膂力に俺は戦慄を…ゼロやアスラン、ジーザスにも匹敵する…
を、感じ始めていた。

非常階段から地上まであと僅か…しかし。

672 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:16:26
>>671

 人をやめた彼の力ならば、ただの人間など容易く押しつぶせるはずだった。そう、はず
だった。だというのに目の前の男は押しつぶされるどころか彼に匹敵するほどの力で押し
返してくる。

 この男も人間(ヒト)をやめた存在なのだろうか。違う。ただの人間だ。夜族特有の闇
の気配などしてはいなかった。ならば、何か仕掛けがあるはずだった。

 仮面の男は全力で腕を突き出しながら、目の前の男の様子を伺う。いままでの戦闘を思
い返す。そして気づいた。

「なるほど。その【腕】が特別なんだね」

 刃や銃弾をはじいた時点では手甲か何かをつけていたのかと思ったがどうやら違うよう
だ。パワードスーツの腕部をつけている?いや、それも違う。この感触は機械仕掛けの義
手だ。

 タネさえ割れれば簡単だった。男は彼に匹敵する力を持っていた。だがそれは腕だけの
話だ。ならば、このまま体重をかけて体ごと押しつぶせばいい。恵まれた上背を利用し、
鍛え上げられた体格を利用し、吸血鬼としての怪力を利用して、上から押しつぶすように
腕を強く突き出す。

 だが男は倒れない。だが男は潰れない。彼の豪腕を受け止め立っている。

 仮面の奥で彼は目を見開く。今度こそ真に驚愕していた。そして目の前の男を、「つい
で」ではなく、ただの「障害」でもなく真に敵として認識する。敵として認識し、闘争本
能を殺意を高める。片手間ではなく全力で殺すことに集中する。

 右腕の銃を床に落とした。開いた右手を全力で握り締めた。この体勢ではかわしようが
無いだろう。いかに腕が特別製でも身体はそうではないはずだ。

673 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:18:22
>>672
腕を潰せないと見るや、男は俺の身体そのものを押し潰しに掛かる。
無論黙ってされるがままではない、先ほどから何発も膝蹴りを入れているのだが
そのたびに男は不気味なうなり声を上げるだけで、まるで動じない。
反応から見て、痛みそのものは感じてはいるのだろうが。

声が聞こえる…穏やかな声。
しかし、その声はちっぽけな獲物への嘲笑にしか聞こえない。
血に汚れたホッケーマスクの隙間から牙が覗く
それはどんな肉食獣のそれよりもおぞましく思えた。

血に濡れぬるぬるとした床は踏ん張りが利かない。
この状況でパワー勝負に持ち込まれたのは失策だった…。
そういえば、そろそろ護衛対象は地上に辿りついた頃だ。

ずるずる…
じわりじわりと俺は壁際に追い詰められつつある。
このままでは腕もろともペシャンコだろう…。
こうなれば…

「おい…俺の腕がそんなに気に入ったか?」
「なら…くれてやる!」
壁に叩きつけられる寸前に俺は右腕を外し、するりと男の懐から抜け出す。
男もそれに気がつくが、勢いが付きすぎてただ振り向くのがやっと、

そして俺はそのタイミングを見計らったように、コートのポケットから
閃光手榴弾を取り出し、思い切り床に叩き付けた。
凄まじい閃光と轟音、その中に紛れてかちりと床に俺の腕が落ちる音。

俺は男の唸り声の聞きながら、腕を拾うと、
そのまま窓から階下に飛び降りる。
視覚は未だ戻らず、おぼろげな聴覚を頼りにさらに走って3秒
俺の車だ。

「おい!この車エンジンかからねぇぞ!」
喚く護衛対象を助手席に押しやり、俺は指紋認証でエンジンをかけ
その場を後にする。

ちなみに視覚が完全に戻ったのは、
信号を2つほど通過した後だったと言うことは
些細なことだろう。

674 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:19:12
>>673

 閃光によって、白い闇に覆われたホワイトアウトした視界の中、轟音によって機能
を低下した聴覚が車の発信する音をなんとかとらえた。

 まずい。これでは逃がしてしまう。

 仮面の男の中にかすかな焦りが生まれた。いかに吸血鬼の脚力といえど車相手には勝ち
目が無い。短距離ならば兎も角、長距離では無理だ。だから道具が必要だった。車でもバ
イクでもなんでもいい。追いつけるだけの足が必要だった。

 ようやく視界が戻ってきた。ふらつきながら窓辺へと駆け寄る。窓から道路を見下ろす
がめぼしい車もバイクも無い。仕方が無いので大通りまで走っていってそこで物色をしよ
うと決意。窓から飛び降りようとしたところで、ふと動きが止まる。先ほどこの部屋で、
「いらないもの」を処分しているさなかに目に入ったソレを思い出しのだ。

 振り返り壁際へと向かう。やはりあった。そうこれだ。そこにかけてあった自転車を見
て仮面の男は頷いた。

 それはスポーツ用の自転車だった。ロードレーサーだ。それもTREKの最新型、今年
発売されたばかりのモデルだ。さらについていることに吸血鬼使用に開発された高価モデ
ルで、これならば彼が乗っても壊れることは無い。有用な足だ。これがあれば追いつくこ
とができるだろう。

 ざっと調べたが不具合は無かった。空気圧も問題ない。これならばすぐに使える。丁寧
な手つきでラックから外すと、それを小脇に抱えたまま改めて窓辺へと向かい躊躇いもせ
ず飛び降りた。人間ならば怪我は免れない高さだが、吸血鬼の彼にとってはさほどの高さ
ではない。

 重い音を立てて着地。冷たい夜風が身体を包む。だが彼のうちで燃える殺意と狂気の炎
は冷まされ衰えることは無い。よりいっそう激しく燃え盛る。

 耳を澄ませばかすかにだが、遠のいていくエンジン音が聞こえた。急がなくては。だい
ぶ引き離されてしまったようだ。

 道路にTREKを置きサドルにまたがりハンドルに手を添えた。人の限界を超えた、人
外の精度を誇る五感を集中。そして吸血鬼の、狩猟者としての本能を極限まで研ぎ澄ませる。

――――――見つけた。

「あっちだね」

 彼はそういうと仮面の奥で獰猛な牙の生えた口を歪め、穏やかな笑顔を形作った。

675 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:20:02
>>674
なんであんた俺を助けた?」
車を運転しながら護衛対象…人身売買組織のボスの疑問に俺は簡潔に答えてやる
血液の病で苦しむ患者とお前とのHLAが一致することが確認されたことを

「俺も貴様のようなクズを守ってやるいわれなどないが」
感情と仕事は別だ。
「だが、それでもお前の若き日の気紛れが患者に希望を与えてしまった
せめてその責任だけは取ってもらう!」

骨髄を提供すれば助けてくれるのかと今度は聞き返してきた。
「自首することだな、ただしその首からぶら下げたメモリを俺に提供し
法廷で全てを証言すること、それが今回の報酬だ」

「それはできない!そんなことをすれば俺は殺される!」
「奴らの執念深さをお前は知らないのか?
例え塀の中でも平然と刺客を送り込んで来るんだぞ!」
ボスの言葉に俺はため息交じりで答えてやる。
「安心しろ、ものの数ヶ月でそのメモリに記録されている組織は
根こそぎ壊滅するはずだ、お前に刺客を送る間も無くな」

ここでアナからの連絡が入る。

『雁人、厄介な奴を相手にしたわね』
『男の名は田上信吾、元警官にして吸血鬼…彼はあの千砂倉の生き残りよ』

千砂倉事件…日本において唯一吸血鬼の蔓延を許した忌まわしき事件。
その駆逐には選りすぐりの退魔部隊のみならず、
日本をテリトリーとし、人間と共存する妖魔たちの協力までをも
仰がなければならなかったと聞いている。
何しろ日本侵攻の橋頭堡にせんとした、
海外の妖魔が多数潜り込んでいたという報告まであるのだ。

676 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:20:48
>>675
『雁人が海外に行ってる僅かな期間だったけど、法の裁きを逃れた悪党たちを
一味もろとも惨殺するテロリストがいたのよ…彼じゃないかって言われてるわ』

そういえばあの時期、土産を持って挨拶に出向いたら
甲斐も陽子もやけに忙しそうだったが…そういう理由か。

『ただ余りにも常軌を逸したやり方だし、相手が相手だから
警察の管轄外で、マスコミにも公表されませんでしたけどね』
確か前にもそんな事件があった…苦い記憶が甦る。

『でも問題はここから、彼はそれに留まらなかったの』
『…それこそ精神汚染によって歪められた道徳観・正義感に照らして…
自分勝手な血の裁きを行っていったのよ、結論から言えば』

『彼は自らがおそらく望んでいるであろう正義の味方でもなければ
テロリストですらない、今やただの殺人鬼ね』

『そしてこれが人間だった頃の彼に関する資料よ』
俺はメールで送られた"田上"に関しての資料にざっと目を通す…なるほど
俺の沈黙の意味を察したアナが電話口で喚く。

『まさかあなた…だめよ!危険すぎるわ』
しかし俺はもうすでにバックミラーに映る影を捉えていた。
『確かに彼はあなたと同じ警察官だったのかもしれない、でも今はもう』
ハンドルを切る、だが影は軽やかにそして鋭く追いすがってくる。
自転車で…。

『身も心もおぞましい化け物と成り果てているに違いないわ!』
携帯のスイッチを切る。
『彼を救おうだなんて絶対考えないで!お願い!雁人!』
そんな涙交じりの叫びを聞きながら。

677 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:21:13
>>676
そして…吸血鬼と護り屋が二度目の邂逅を果たすよりも少し前、
吸血鬼と護り屋の最初の激闘が行われたアジト、そこから数百メートル離れたビルの屋上。
「俺が手を貸すまでもなかったか…」
ロングコートの男はスコープ越しににやりと笑う。

無論、ゴムマリのような速さで男が車を追って言ったのも目にしているが、
人の身体能力で到底追いつける筈もないし、
先回りして援護しようにも行き先をしらないので
そのままごろりと屋上で横になる。
「さ、護り屋…吸血鬼相手にどう出る」

678 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:22:05
>>677

 信号を無視し、何台もの車を追い越し、ただひたすらに突き進む。
 かき鳴らされるクラクション。溢れかえる罵詈雑言と怒りの空気。

 そんな中を、仮面の男はひたすら突き進んでいく。
 さながら規格外の馬力をもつ怪物内燃機関(モンスターエンジン)のように、彼の身体は
競技用自転車(ロードレーサー)を突き動かす。両足は力強くペダルを踏み、ギアは高速で
回転し、タイヤは雄雄しく路面を走り抜けていく。

 前を走る数秘機関式の黒塗りの浮遊車。両足に力を込め一気に追い抜いた。すれ違いざ
まに窓を開けどなりつけようとした男は、血まみれの仮面を見て沈黙する。
 ハンドルを切りそこなったトレーラーが後方で車線をふさぐ。だが彼はそんなものなど
振り返らずただひたすらにペダルをこぐ。その思いは一つだ。

 前へ。前へ。前へ。前へ。前へ。前へ!

 ビンディングシューズを履いていないためいささか効率は落ちたが、それでもペダルは
軽やかで、彼の走行を止められるものなどいなかった。

 そしてついに発見した。一台の車。そのリアウインドゥごしに標的の姿をとらえる。

――――――もう逃がさないよ。

 仮面の男はそうつぶやくと、左手をハンドルからはなし大鉈を取り出した。

 今まで休むこと無く動き続けていた両足の動きが止まる。同時に大きく左手の大鉈を振
りかぶった。全身に力がいきわたり筋肉が膨張。内側から制服をはちきれさせかねないほ
どに肥大化する。赤く爛々と光る双眸が命中させるべきものの姿をしかととらえた。

 仮面の男が、その左腕を振り下ろした。投擲される大鉈。銃弾以上の速度で飛翔。音の
壁をたやすく突き破り、破裂音と衝撃波を生み出し飛んでいく。回転する裁断機と化した
鉈は、空を切り裂き突き進む。

 狙いは標的の乗った車――――――ではない。その先にある消火栓だ。

 銃弾ですら見切れる相手だ。直接狙ったのではかわされる可能性が多かった。ならばもっ
と確実な方法をとればいい。

 狙い過たず、旋風の刃は消火栓を断ち切った。間欠泉のごとく噴出す水。撒き散らされ
た大量の水が路面をぬらし、走行する車に降り注ぎ、通行者を混乱させ、交通を阻害する。

 逃亡者の動きを阻害する。

679 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:22:51
>>678
俺はバックミラーの男を注視する。
もうすでにこちらからはかなり遠ざかりつつあるが、
白刃を振りかざす姿はまだ捉えられる。
だが…殺気はまるで感じられない。

先ほどの戦いから鑑みると殺気を消したりといった。
そういうスキルや、種族的特徴は持ち合わせていないと考えられる。
だとすると相手の狙いは何だ?

俺はハンドルを操作しながら周囲をくまなくチェックする。
そして俺が追跡者だとして、まずはどうするかも考える…、
俺ならばまずは足止め…そうか。

「いいか!いちにのさんで…車から飛び降りろ」
ボスが頷くのを確認するのと
唸りを上げた刃が宙を飛ぶのはほぼ同時。

「いち、に」
俺は自分ごとボスを突き飛ばすように車から脱出する。
着地地点は大通りに面した小道、
そしてドライバーを失った車は計ったように無人の空き店舗に吸い込まれて停車する。
が、俺はそのまま不満な表情を浮かべたままのボスを引きずるようにして、
また逃走を開始する。

本来ならば人ごみに紛れて逃げるのがセオリーだが、
相手が相手だ…どんな事態が起こるか予想がつかない以上、
こうする以外にない。

さぁ、どう出る…田上信吾よ。


680 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:23:30
>>679

――――――うん。これですばやくは逃げられないね。

 狙い通り足を奪うことに成功した仮面の男は、満足そうに一人頷く。相手は徒歩、それ
も片方はお世辞にも機敏に動けるとはいいがたい人物だ。もはや追いかけるのにたいした
苦労はないだろう。

 当たりはひどい有様だ。断ち切れれた消火栓から吹き上げる大量の水が、この場所に甚
大な混乱を巻き起こしていた。

 混乱(バベル)の支配するその中で、彼は自転車を乗り捨てた。これはもう不要なもの
だ。そうしてサドルから降り両足で地面を踏みしめると、彼は拳銃を抜き放つ。使い慣れ
た拳銃。回転弾倉式の拳銃だ。

 さて、見失う前に追いかけなくては。敵は人ごみにまぎれるというセオリーには従わず、
わざわざ人気の無い小道を進もうとしていた。彼にとっては好都合だが……罠でも仕掛け
てあるのだろうか?。面倒なことになる前にしとめたかった。だから彼は獲物めがけ全力
で走り出した。

 仮面を身につけた血まみれの大男を目にし、通行人たちは逃げ惑う。出エジプト記にて
海を割ったモーセのごとく、彼は人海を割り逃亡者達を追いかけていった。

681 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:23:42
>>680
逃走を開始して一瞬、
群集を力づくでなぎ倒して来る可能性を考えたが、
文字通りの殺人鬼を目の当たりにして、
わざわざ立ち塞がる酔狂な輩もいないだろう…
この俺を除いては。

ボスが怯えた目でこちらを見ている。

先に行かせるか…いや、奴の標的はあくまでもこいつだ。
人間相手ならばともかく、
俺を無視して先行されればもう止める術はない
それにこいつが殊勝にも自分で病院に出向くとは思えない。

この脇道を行けばまた大きな幹線道路に出る、
そこで車を調達するしかない…。

背後に殺気を感じる、俺は躊躇うことなく振り向く。
「"護り屋"楯雁人 田上信吾、お前の牙を折らせてもらう」


682 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:24:07
>>681

 なぜ自分の名を知っているのかは解からなかったし、それに対してはたいした感慨はう
かばなかった。それよりも問題なのは相手の名だ。楯雁人。聞き覚えのある名だ。闇の世
界に堕ちてから彼が行くたびか耳にした名だった。鋼の腕を持ち、銃弾すら防ぐ不可侵(イージス)
の楯。不殺をつらぬく最強の護り屋!

 なるほど。ならば手ごわいのも頷けた。あんないらないものを守っているのは腑に落ち
ないが、何か理由があるのだろう。だがまあ、それはどうでもいい話だ。立ち塞がる異常
は彼も適に違いは無かった。とても残念な話ではあったが。

 男の名を聞き、仮面の男は一瞬だけ思案する。やつに拳銃は通じない。少なくともこの
距離でまともに撃ったのでは。背後から撃つのならばともかく、正面からでは先ほどのよ
うにまた弾かれてしまう。

 だから右手の拳銃はそのままに、左手でもう一丁の拳銃を抜く。いや、それは拳銃とい
うよりも小型擲弾発射器だ。先ほどの組織で現地調達したものだった。無骨な拳銃の銃口
からは凶悪な。成形炸薬弾タイプの弾頭が突き出していた。

 この武器の難点は殺生範囲が広すぎることだった。市街地で使うには無関係な者まで巻
き込んでしまう恐れがあった。ゆえに先ほどまでは使えなかったが、他者のいないこの場
所なら遠慮無く使うことが出来る。

 擲弾発射器(カンプピストル)の銃口を【最強の盾(イージス)】、そして標的の組織
のボスへと向けた。照準は瞬時。もとより厳密な狙いを必要とする武器ではない。

 仮面の男、田上の指が引き金を引いた。

683 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:24:21
>>682
男の雰囲気が僅かだが変わる、俺のことを少しは知っていたか?
しかし、男の注意は相変わらず、ボスの方に向いている。
それを何とか俺の方に向けないといけないところだが、
…まだ早い。

男の左手が腰に伸びる。
また銃か…いや違う。
「カンプピストルだと!」
片腕で撃てる様な代物ではないが、確かに奴はもう人ではないのだから、
それは充分にありだ。

避けることは造作もない、
だが、そのまま弾丸が直進すれば、
幹線道路で炸裂するし、甚大な被害が出ることは否めない。

「舐めるな!」
俺は平然と榴弾を弾き返す、
殺気さえ、そして軌道さえ読めれば、この"ミネルヴァ"に弾けぬ物はない。

そして側面の爆発音を聞きながら俺はまた距離をとると
恐らくは次に来るであろう、肉弾攻撃に備えていた。


684 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:24:46
>>683

 爆発の危険すら恐れず榴弾をも弾くとは。まさに恐るべき相手だ。
 真に恐るべき男を前に、仮面の男は己の使い慣れた武器を手にする。

 左手の擲弾発射器を仕舞いこむと、空いた左手で予備の鉈を背後から取り出す。

 柄が手のひらに吸い付いてくるような感触。重さも重心も間合いも使い勝手も理解しきっ
た己の身体の一部と感じるほどに慣れ親しんだ武器。

 その使い馴染んだ刃を手にした仮面の男の両足に力が込められた。危険なほどの力が。

 そして仮面の男の両足が大地を蹴った。暴走する機関車のごとく突進。速く、速く、
速く、速く、激しく、激しく、激しく、激しく。血に飢えた猛獣のごとく突撃する。

 超常の存在たる吸血鬼の身体能力は、仮面の男を一瞬で運び、己の刃圏へとイージスを
とらえた。とらえた瞬間、思考よりも速く左腕は振るわれていた。左手に握った鉈でなぎ
払っていた。

 横殴りの斬撃が【無敵の盾】を断ち切らんと渾身の力を込めて振るわれた。

685 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:25:00
>>684
再び暴風の如き薙ぎ払い。
しかしその挙動よりも早く、剥き出しの殺意が教えてくれる。
「俺が叩くのは貴様の放つ殺気だ!」
男の渾身の一撃を頭一つ屈めただけで避け、そのまま俺は男の懐に入り、
その襟元を掴んで投げ飛ばす。

そう、これは日本の警官ならば誰もが習い覚える技、一本背負いだ。
宙に浮いた男と俺の視線がマスク越しに交錯する。
「…」
言いたいことは山のようにあった、
だが、今はまだその時ではない。
牙を折らぬ限りは…決して目の前の男は血塗られた道をむことを止めないだろう。
それこそが"正義"と信じて。

「それだけの殺戮を繰り返して、お前の世界は変わったのか!」
だからまだ今はこの一言だけに留めよう

686 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:25:18
>>685

 投げ飛ばされ、叩きつけられた衝撃で思わず鉈を手放した。路面をすべって行き建物の
壁に当たって止まる鉈。少し距離があった、手を伸ばしても届かない位置。

 きれいに投げ飛ばされたがダメージは少ない。これも吸血鬼の肉体のなせる業だ。ただ
投げられ叩きつけられた衝撃で呼吸がつまり、乱れ、動作が鈍る。

「それだけの殺戮?……そう、まだたったこれだけなんだ」

 まだこれだけしか処分できていない。そんな無念さを感じさせる口調で彼はいい、乱れ
た呼吸を整えながら身を起こす。

「この世界にはいらないものが多すぎる。こう多すぎると処分するのも一苦労なんだ」

 人を止めた怪物がゆらりと立ち上がる。

「この世界には何でこんなに必要ないものが多いんだろうね?」

 言いながら右腕の拳銃を照準。投げられた時も離さずに持っていた拳銃。引金は引かれ
撃鉄は落ちた。

687 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:25:36
>>686
「破壊で本当に世界が変わるとでも思うのか」
噛みあわない…苛立ちが俺の挙動を僅かばかり鈍らせる。
無論、銃弾は全て弾き落したが、その内の一つがコートを僅かに掠める。
護衛対象をちらりと見る、この先の道路は交通量が多く
とてもじゃないが奴の足では渡ることができない。
だから、あることを言い含めている…

「お前はこの世界にいらないものを処分していると言ったな」
よろよろとゆらめくように立ち上がった男に問いかける。
「ならば何故気がつかない…お前自身が、もうこの世界にとって
"いらないもの"になってしまっていることに」

背後で護衛対象の声が聞こえる、来た!と
俺は飛び退るように路地裏の終点へと走る。
荷台が空の中型トラック、お誂え向きだ、
今度は何も言わず、護衛対象を手元に引き寄せるとそのまま義手を伸ばし
高速で迫ってくるトラックの荷台にしがみ付き、
腕一本で荷台へと上がる。

また仮面の奥の視線と視線が交錯する。

「田上信吾!常に目の前にありながら、手で触れたら別のものに変わってしまう
決して捕まえられないものは何だ!、答えは」

「お前が目を背け続けているものだ」

さぁ追って来い田上信吾、この護り屋を…
愛する妻と息子を守れなかった男を

688 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:26:26
>>687

 逃げられてしまう。何か追跡手段を探さなくては。周囲を見回す。すると左手から走っ
てくるブラックキャブが見えた。仮面の男は車道に躍り出ると、道路に立ち塞がりブラッ
クキャブを止めようとする。鳴り響く急ブレーキとクラクションの音。それでも仮面の男
は仁王立ちになり動かない。

 耳障りな制動音をたて急停止するブラックキャブ。その車体は仮面の男から1mと離れ
ていなかった。ウインドゥを開き罵声を浴びせるドライバー。

 モヒカンの髪が非常に目立つ男だ。着古した米軍のフィールドジャケットに付けられた
「We Are The Peop 」と書かれた缶バッジ。そして、レイバン(サングラス)の影からち
らりと見える真紅の瞳。男は吸血鬼(ニューボーン)のタクシードライバーだった。

 その左手は懐に滑り込んでいた。おそらく銃に手をかけているのだろう。上着のふくら
み具合から見て大型の拳銃に。無理も無い。むしろ武装した血まみれの仮面の男を見たも
のとしては控えめな行動だ。血まみれの仮面の男を見てもおびえる様子は無かった。これ
は幸か不幸か。

 タクシードライバーがそれ以上の罵詈雑言を口にするよりも早く札束を目の前に突き出
す。「いらないものたち」から徴収したカネだ。最近は処分した相手から徴収することが
多かった。正義を続けるのにも経費は必要だったからだ。もっとも必要な分だけ手元に残
し、のこりはこの街の孤児院に寄付していたのだが。

「乗せて欲しい。悪党を追いかけてるんだ」

 ドライバーはほんの一瞬だけ考え込んだが、札束を受け取り扉を開け仮面の男を迎え入
れる。仮面の男はブラックキャブ乗り込むと急いで前の車を追うように言った。

689 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:26:39
>>688

「追いかけている相手は何をやったんだ?」

 キャブが発進してしばらくたった。ルームミラー越しに仮面の男を見ながらタクシード
ライバーが訊ねる何気ない口調……だが。

「人攫いだよ。子供をたくさん浚ったんだ」

 田上はそう答えると鉈をしまい拳銃に弾を一つ一つ装填した。
 しばしそのまま追跡する。見えた。男の飛び乗ったトラックだ。仮面の男は狂った頭で
思考をめぐらせる。相手は真逆タクシーで追ってきているとは思わないだろう。このまま
至近距離まで接近することにした。

「並走してくれるかな」

 仮面の男の頼みどおりに、ドライバーはブラックキャブを操縦。トラックの間近へ接近
し併走する。ウインドゥ越しに相手の姿が目に入った。それはすなわち相手からも見える
ということ。すぐに行動に移った。

 世話になったね。最後にその言葉だけを残し扉を開き屋根の上によじ登ると、タイミン
グを見計らって跳躍。トラックの荷台へと飛び移る。

 着地の瞬間トラックが揺れた。踏ん張ろうとしたが靴についた血で滑って体勢を崩す。
そのまま転げ落ちそうになる身体。コンテナに鉈を突き刺しなんとか滑り落ちるのから
免れた。だが、安堵のため息を突くのはまだ早い。始まるのはここからなのだから。

「今度こそ逃がさないよ」

 突き立てた鉈で体を支えたまま、そういって男は右手で握った拳銃の引金を引いた。

690 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:27:07
>>689
トラックの荷台に持たれかかり、
アナから貰った田上のデータにまた目を通しながら、
「ちひろか」
俺は万一に備えて待機させてあった愛弟子に連絡を入れる。
「いいか、病院前で待っていていてくれ、そして護衛対象を病院の中まで連れて行ったら
後は一切俺には構うな」
暫しの沈黙、どうやらアナから聞いたようだ。
俺が何をしようとしているのかを…。

『アナちゃんから聞きました…先生はあの化け物を止めたいんですよね』
涙交じりの声が聞こえる。
『止めてください!私見たんです…あいつに殺された人の写真を』
『もしも先生があんなことになったら…』
『相手が人間なら先生が負けるはずがありません、でも相手は吸血鬼ですよ!』
ハイウェイの遥かな先からまた殺気を感じる。
『どうしてもというのなら私もお供します!』

「ありがとう…でもそれは出来ないんだ、何故なら」
愛弟子の気遣いに感謝の言葉で応じると、俺は再び構えを取る。
「確かにあの男を化け物と蔑み恐れることは容易いことだ」
タクシーの中から血濡れの姿がはっきりと確認できる。

「だが、誰もあの男を止める者はいなかった、そして
その心を受け止めようとする者もいなかった」

俺のやろうとしていることは無駄なことなのかもしれない。

タクシーから影がトラックへと跳躍する。

だが、まだ見極めたわけではない、この男がもう身も心も堕ちているのか、
それとも心の奥底には、まだ警官の魂が人の心が残っているのかを。
また再び銃声、が、俺はまた容易く弾く。
「殺戮で世界は決して変わらない…いや、俺がいる限り拒む」

691 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:27:43
>>690

 反動の衝撃、そして急に車体が大きく揺れたことにより、突き立てていた鉈が抜け仮面
の男は振り落とされた。血まみれの仮面の男が荷台に飛び乗ってきたのを見た運転手が、
驚いて急にハンドルを切ったのだろう。

 なんとか受身を取る。それでも道路を転がり全身を強く打った。後続車に轢かれそうに
なるが、飛び跳ねるようにして立ち上がり、今度は己の足で追跡を再開した。幸い交通量
が多いためそれほど速度は出ていない。吸血鬼の脚力ならば追跡は可能だった。

 夜の倫敦。仮面をつけた血まみれの大男が、大鉈と拳銃を手にトラックを追いかける。

 ――――――なんというモンティ・パイソン的終末風景。これでLondon Bridge is broken down
でも口笛でふいていれば完璧か。

692 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:27:53
>>691
自分で銃を撃った反動で男は荷台から転がり落ちた。
俺はファイティングポーズを決めた反面、少しバツの悪い思いを隠すことが出来ず。
ポリポリと頭を掻いたりもする。

が、時速数十キロの転落ダメージを物ともせず…また男はゆらりと立ち上がり、
あろうことか自分の足でまた追跡を開始する。
俺の言葉はやはり届かないのだろうか?
その牙を折る以外にないのか?

「田上信吾!俺はお前に敵対する」
遠ざかる影に向かって叫ぶ。
「地下駐車場で待つ!己が何処までも正しいと信じるのならば俺を超えてみせろ!ただし」
そう、そんなことは決して許さない、護る道を選んだ以上、
破壊を選んだ者に遅れを取るわけにはいかない…お前もきっとそう思うはずだ。

「お前には俺を倒すことなど不可能だ」

693 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:28:08
>>692

 必要なものは鉈と銃とこの身体、そしてあきらめることの無い決意と殺意。

 残弾を確認。スピードローダーが3つとバラの弾が40発。十分とはいえないが止むを
得ない。銃を確認。銃身内部の汚れが気になったので多少の時間を費やしガンオイルをし
みこませた布を棒に取り付け出し入れして簡単な清掃を行う。そのほかの部分も確認した
が部品の欠けも破損も無い。鉈を確認。刃こぼれはひどいが刀身へのダメージはそれほど
でもなかった。歪んでもいなければ深い亀裂も入っていない。身体の方は問題ない。負っ
たダメージは吸血鬼の再生能力が癒してくれた。

 男に言われたとおりに地下駐車場の前まで来た。うそは言っていない。なぜかそれはわ
かった。誘拐組織のボスも殺さねばならないが先にあの男と決着をつける必要があった。
そうしなければあの男は何度でも彼の前に立ちはだかることだろう。

 必要なものは鉈と銃とこの身体、そしてあきらめることの無い決意と殺意。
 鉈も銃も身体も問題は無い。もちろん決意と殺意は揺らぎも無い。

 ――――――ならばすべて問題は無い。

 だから仮面の男、田上信吾は地下駐車場へと足を踏み入れた。

694 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:28:26
>>693
結局、あれ以上の妨害はなかった。
病院に着くと待機していたちひろに護衛対象を託し、
俺はあの男との約束を守るべく、地下駐車場へと足を運ぶ。

俺を無視して、病院に乱入するとは微塵も考えない。
何故ならあの男、田上信吾にとって、
この俺は何かもが正反対の鏡像なのだから、
ただし恐らくは本人も意識はしてないだろうが。

足音が聞こえる。
もう背中には護るべき者はいない…いや。

「田上信吾!」
俺はもう一度呼びかける。
「お前は何故壊す?何故殺す?…妹のためか?」

695 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:28:50
>>694

 深幸。そう深幸だ。

 犯され自殺した彼の妹。

 救えなかった。敵を取ることもできなかった。

 それが彼の咎。犯した罪。原罪。

 仮面の男は巨大なナタを持つ手に力を込める。
 田上信吾は愛用の拳銃を持つ手に力を込める。

「僕は、この力で、深幸を救うんだ」

 狂気を宿す双眸。怒りと悲しみに狂った瞳。

「誰も裁いてくれなかった。だから僕がやるんだ!」

終わることのないシジフォス、科せられた罰。償い。

 田上信吾は、鉈をしまうと空いた左手でスピードローダーを取り出す。
 右腕が跳ね上がるようにして照準。発砲。同時に走り出す。楯雁人の左側、生身の腕の
側へ回り込むようにして。走りながら発砲。連続して打ち出される銃弾。5発撃ち終わる
と、ラッチを操作しシリンダをスイングアウト。排夾し、スピードローダを使って5発同
時に再装填。シリンダをもどす。

 そうして走りながら銃を撃ち続ける。撃ち続けながら隙を探し少しずつ間合いを詰める。
一撃を与える機会を窺って。


 優しく微笑む妹の顔。それが、いまや、ひどく、遠い。

696 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:29:11
>>695
目の前の男の悲痛な叫びに、俺はあくまでも冷たく返答する。
「だが、今のお前は違う、今のお前は復讐という名の獣に飲み込まれ」
「妹の魂を自分の憎悪の、破壊の理由にしているだけだ!」

俺の叫びと同時に着弾。
吸血鬼の身体能力をフルに生かした銃撃、それは俺の左半身
生身の箇所に集中している。

だが、狙いはあくまでも肉弾戦であることは解っている。
俺は慎重に距離をとりながら続ける。

「そしてその果てにあるのは、己が憎んだ悪以上の悪が残るだけだ、
お前のしていることは何人もの"田上信吾"を生み出していることに等しいんだぞ!」

破壊は破壊しか生まない。
破壊で世を変えんとすれば、それ以上の破壊によって覆される。
俺は長きに渡るテロとの戦いでそれを何よりも知っていた。

「妹の魂がお前に宿っているのならば!血に塗れた己の姿を
破壊の快楽に溺れた仮面の下を見せることが出来るのか!」

697 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:29:22
>>696

 幾千の言葉や、積み上げられた札束、大量の支援物資よりも、たった一発の銃弾が人や
世界を救うことがあるのだ。

 いまの田上信吾の行動理念。その根底にはそれに近い考えがあった。同じ正義を求めて
も田上信吾と楯雁人、両者の考えはかけ離れすぎていた。

 そして、たどる道が違っているからには、お互い妥協はできないものだ。

 もはや言葉は無用。互いの信念は交わらぬ。止めるのに必要なのは、主義でも主張でも
正義でも無い。ただ相手をねじ伏せることのできる力だけだ。

 拳銃の再装填を再び行う。これでスピードローダーは使い果たした。残るのはバラの弾
だけだ。フルに装填された拳銃。田上はその引き金を引かなかった。かわりにカンプピス
トルを再び取り出す。

「こういう時のために、用意しておいて良かったよ」

 カンプピストルの銃口。そこから覗いているのは先ほどの弾頭よりも一回りもふたまわ
りも大きなものだ。ハンドボールよりも大きな弾頭、大量の形成炸薬。あまりにも不恰好
な榴弾。これではまともに飛ぶかも怪しかった。そもそも地下駐車場のような場所で発射
したならば……。

「射程は短いが威力は高めでね」

 田上が笑い、引き金が引かれる。

 発射された榴弾。巨大な弾頭が無様に飛翔。狙いは楯雁人、ではない。両者の間にある
駐車された自動車の数々だ。

 車列に命中した榴弾。作動する信管。巻き起こる大爆発。嵐が具現し、雷が鳴り響き、
竜巻の中に突入したかのような轟音と爆風。破壊された自動車の破片が飛び散り車体が宙
を舞う。宙を飛ぶ。

 田上信吾はカンプピストルを投げ捨てると、その爆風の吹きすさぶ中へと突入。足が固
い床を蹴り跳躍。眼前には宙を舞う自動車。それを蹴り付けさらに飛翔。もう一台、さら
にもう一台。吹き飛ばされ空中を舞う自動車を足場に、虚空を駆け抜ける。さらには。車
体を蹴り、柱を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴り、車体を蹴り、床を蹴り、壁を蹴り、宙を舞
い――――――接敵。

 飛びすさぶ破片と爆風、巻き上げられた土埃にまぎれながらの背後からの強襲。

 左手で背後から大きな鉈を抜き放つ。振りかぶられた鉈。

 無言の気合と共に、強力な鉈の一撃が、右から左にかけて薙ぎ払われた。


698 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:29:52
>>697
「それはお前の正義ではない、塗り替えられた意思だ」
男がまたカンプピストルを構えているのにも構わず、俺は叫ぶ。
目の前の男からはもうすでに恐怖も嫌悪も感じなかった…ただひどく哀れで
そして何より滑稽な存在に思えた。

だから俺は男の狙いを読み違えた。
放たれた榴弾が俺と男の間の自動車に炸裂した。
予期してなかったわけではなかったが…瞬間立ち昇る焔が俺の瞳に映る。

「ぐわぁぁぁぁぁ!」
耐えがたき痛みが失った右腕に走る…幻痛。
俺の決して消えない刻印のようなものだ。

しかしそれでも視覚を掻い潜ったつもりであろうナタの一撃は辛くも避け、
どうにか距離をとるが、痛みで思考が遮られる。

「…昔の話だ、ある警官がいた、妻と子…そして友に恵まれた幸せな日々を過ごしていた」
「だが…1人のテロリストがその幸せを砕いた…そいつは警官の妻を殺し、
そしてその息子の身体に爆弾を括りつけた」

「警官は息子に仕掛けられた爆弾の解除に失敗し、息子と右腕を失った」
今更話してどうするというのだろうか、だが話さずにいられなかった。
「そのときから警官の右腕には…亡霊が宿った、父を…俺をただ信じすがりついた息子の
それは焔と共に蘇る、息子と共に右腕が吹き飛ぶ痛みが」

お前は俺をどう思うのだろうか?子殺しの大罪人と思うか。
それとも何も思わないか。
「そして俺の心はお前同様、復讐という獣に飲み込まれた…それでも」

「憎しみに憎しみをぶつければ、新たな憎悪の連鎖を産むだけだ…
そしてその果てにあるのは、己が憎んだ悪以上の悪が残るだけだ、それこそが
俺を襲ったテロリストの狙いだった!」

「だからこそ俺は壊すのではなく護る道を選んだ、憎しみに流されない心、
誰かの護りたい物を尊重できる心…」

「俺はそんなささやかなものを護り続けるための一枚の楯になることで
世界に抗う道を選んだ!」

誰にでも出来ることではないのは自分でも解っている。
俺には2つの大きな幸運があった。
1つは俺自身が戦闘の才に恵まれ、SATの教官にまで昇り詰めることが出来たこと。
そしてもう1つは俺の義兄にして親友である甲斐彰一が、
警視庁に絶大な権力を持つキャリア官僚であるということ。
この2つのうちの1つでも欠けていれば、俺もまた復讐鬼に堕していたに違いない。 

「お前に力を与えた者は、お前を哀れんだわけではない
お前の心を弄び、高みに立って楽しげに観察したかった、ただそれだけだ!」

距離は10メートル…互いにとって絶妙の間合い、
2人の立っているちょうど中間点に白線が引かれている。
「最後のチャンスをやろう…武器を捨てろ…この線を越えたとき
俺はお前になんら迷いなく敵対する」
己の未来を捨てた者が誰かの未来を守るなどおこがましいにもほどがある。
「それがお前の敗れる時だ」

699 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:30:18
>>698

 渾身の一撃をかわされたと見るや否や再度床を蹴り跳躍。壁を、天井を蹴り、その場を
離脱。間合いを取る。敵は近接戦闘の達人だ。カウンターをもらうのだけは最大警戒せね
ばならなかった。ゆえに取りうる戦法は、吸血鬼の身体能力を活かしての一撃離脱。望む
べきは一撃必殺。それが理想だ。

 隠して両者は相対す。彼我の距離は10m。吸血鬼ならば一瞬で間合いを詰めることの
できる距離。

 いままでの相手の攻撃、言動からわかった事があった。相手は致命的な攻撃を避けてい
た。どうやら不殺を誓っているようだ。

 それでは吸血鬼は止まらない。致命傷を与えるかそれに順ずるほどに肉体を破壊しなけ
れば吸血鬼は止まらない。

 ゆえに、防御は棄てる。死なぬとわかっている攻撃ならば恐れるに足りない。覚悟さえ
決めれば、痛みも衝撃も精神力で耐えることができる。防御を棄て、その分をすべて攻撃
についやす。この突撃にすべてをかける。


700 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:30:30
>>699










覚 悟 完 了









.

701 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:30:43
>>700

 そして田上信吾は一陣の風となる。疾風となる。暴風となる。嵐となる。
 10m。一瞬で消滅する。瞬きひとつほどの時間。銃声が連続して鳴り響き、無数の斬
撃が繰り出されたそれは、刃と火薬に彩られた濃密な時間だった。


702 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:32:00
>>701
咆哮と同時に目の前の男が掻き消える、
いやそうとしか思えぬ程の勢いでの突撃
それは文字通り全てを賭けているであろうに相応しい猛々しさに満ちているようで、
僅かな侮りめいた雰囲気、人を超えた者たる優越感が感じられた。

”不殺の君に僕は、吸血鬼は倒せない”

「人の力を侮るな!」
俺は義手を構える、その先に握られているのは液体窒素の缶だ。
吸血鬼の身体能力・耐久度には個体差が激しいと聞く。
これはおそらく生きるか死ぬかのギリギリだろう。
効果がないとは思わない、これが通じないレベルなら俺ごとき瞬殺されてるはずだ。
逡巡する余裕などない、そうでなければ止められないのだから。

男の殺気に呼応するように俺も地面を蹴る、その勢いで男の下腹部に義手がめり込む、
そして圧迫された缶が破裂するかしないかの間に俺は義手を取り外し、
その場から飛び退る、その瞬間、マイナス196度の超低音が男の下半身を包み込み。
圧縮された窒素が周囲の酸素を吸収しながら、急激な気化を引き起こす。

そして霧の中からわずかな呻き…弾けとんだマスクの下から素顔が見える
殺戮者とは思えぬ程の穏やかな…しかしその笑顔はひどい違和感に満ちているようにも思えた。
まるで人の感情が消えてしまったかのような、それがきっと"化け物"になるということだろう。

まだ息はあるようだ、俺はひとまず安堵する。
「俺の勝ちでいいか?田上信吾」

703 名前:田上信吾 ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:32:34
>>702

「……ッ!」

 声にこそ出さないが田上信吾の身体がぐらりと揺れた。

 大穴の開いた下腹部。そこから突き出した機械仕掛けの義手。内側より凍りついたから
だ。吸血鬼にとっても浅い傷ではない。行動不能になるような重傷だった。

 だが、田上信吾は倒れない。

 傷口が氷結しているため再生が始まらない。
 重大な傷により意識が途切そうになる。

 それでも田上は倒れない。凍りつき砕けそうな両の足をもってその場に踏みとどまった。

 血まみれの仮面は弾けとび、素顔になった田上の眼が、楯雁人を捉える。

 ギロリと、真紅の瞳が睨む。

 田上信吾は倒れない。倒れない。倒れるわけにはいかなかった。まだこんな所で倒れる
わけにはいかなかった。

 一切の表情を覆い隠す仮面は失われた。
 右手の銃は撃ちつくした。

 残ったものは、血に染まった制服。
 ねっとりとした赤にまみれた鉈。
 そして、仁王立ちになる巨木のような男。

「!!!!!!!ぅおおおおおおおおおおおおお――――――」

 男が吼えた。ただ純粋な怒りのみを湛えた咆哮に、待機が震撼する。

 破壊された地下駐車場の中で反響し、一陣の風のようなものが吹きぬけていく。

 全身の力をかき集めていく。全身に力が漲っていく。

「――――――おおおおおおおおおおおおっ!!!」」

 持てる最後の力を振り絞り、裂帛の気合と共に投擲される鉈。

 大気を巻き込み、空間を貫き突き進む。

 その刃は地下駐車場の明かりを反射し、妖しげな光を放っていた。

704 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:33:07
>>703
「すまない…」
俺の口から自分でも思いも寄らなかった言葉が漏れる。
あくまでも自分の…哀れにも偽りの正しさを信奉する男が放った最後の一撃すら
俺には僅かに首を傾ける程度の脅威でしかなかった。
あえて苛立たせる様に俺は男の身体に突き刺さった義手を回収する。
「お前の牙は決して届かない…俺には」

文字通り全てを賭け俺は目の前の男に相対したつもりだった。
いかに吸血鬼であろうとも僅かでもきっと理解してくれる、そう思っていた。
だが…。

改めて男の顔を見る。
張り付いた笑顔に怒りの視線だけが妙にミスマッチだ。
「お前にとって俺は何なんだろうな?」
誰に聞かせるわけでもない言葉がまた口をつく。

「許してくれ…そして教えてくれ」
不意に視界がかすむ…。 
「俺ではお前を止めることは救うことは出来ないのだろうか?」
この涙もこの男には届かないのだろうか…?
この目の前の男には人の欠片すら残ってないのだろうか?

「だが、お前は裁きを受けなければならない、罪の意識も無いまま
お前が憎む"いらないもの"として」
そう、この男は決して野放しにはできない、
この男にとってのふさわしい罰はきっと誰かが考えるだろう、
しかしそれは俺の範疇を超えたことだ。
すでにアナが手を回している、もうすぐ到着するはずだ。

「さらばだ…もう会うことはないだろう、だが」
そして俺は生きている限り忘れることが出来ないであろう顔を一瞥すると
その首筋に手刀を叩き込んだ。
「また会うことがあれば、俺の前に立ち塞がるなら…俺は何度でも
今日と同じことを繰り返す、それが俺の、"護り屋"楯雁人のやり方だ」

705 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:34:19
エピローグ

あの男との戦いから数日後、俺はとあるビルの屋上にて人を待っていた。
「随分とお疲れだな」
背後から声、いかに非戦闘時とはいえど、
俺の背後を取れる存在は世界にそう多くはない、待人来たる…。
ま、少々遅い到着だが。
「教師が遅刻してどうする、それに知っているぞ…見ていたんだろう?ずっと」

「おいおい、俺は吸血鬼との貴重な戦闘体験を譲ってやったんだぜ」
目の前の男は悪びれずにおどけた仕草で応じる。
この男、一見すると眼鏡にスーツ姿の地味な若者だが、
裏社会では死神とすら称される凄腕の殺し屋だ。

「それはともかく、約束の品だ」
俺はボスから頂いたUSBメモリを男に投げ渡す。
この中の全データと引き換えに、今回俺は男の介入を止めさせていた。
「へぇ…どれどれっと」
男は慣れた手つきでノートパソコンを操作し、内部データを閲覧している。
それを眺めながら俺は話を続ける。

「これはアナが調べたことだが…」
「欧州に渡って以来、田上信吾の行動が急変している…日本にいた頃の殺し旅ではなく
 明らかに確実性が増している…誰かが情報を流していたんだ」
「で、あいつはまんまとそれに踊らされたということか」
結局、あの男の正義は利用されていただけだった…薄汚れた始末屋として。

706 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:35:18
>>705
「哀れな奴だよな、ま、それの始末はお前に任せた」
データを全て見終わったのであろう男がまたおどけた仕草で応じる。
「いいのか?」
「ああ、このリストにある組織はどうやら俺の目的とは関係ない、
ICPOにでも回してやれ、っと」
男は大きく伸びをして、そのまま回れ右で階段へと向かう。
「じゃ、俺は帰るぜ…教師って仕事はなかなか多忙なんだ」
まったく勝手な男だが、今時の教師はあれくらいじゃないと務まらないのかもしれない。
「では、お言葉に甘えるとするか…」


時と場所は変わって、日本

金髪の女科学者は困惑を禁じえなかった。
この場所が割れるはずがない。
充分な献金と、そしてそれに見合う結果を提出していたはずだ。
しかし、モニターに映し出されているのは、
警備用に量産した"Dust"達が次々と政府直属の退魔部隊と、
そしてSATによって制圧されていく光景。

欲を掻いたのが不味かったか…。
安定した検体のルートを独占したいが余りに、
人身売買組織を片っ端から田上を使い壊滅させていった、
あの狂える自称ヒーローを操ることなど簡単だった。
多分、余りにも上手く進んだが故のこと、しっぺ返しというものだ。

「だけどここは最深部…ふふふ」
僅かに微笑んだ科学者の口元から牙が覗く、そう彼女もまた吸血鬼だった。
すでに起爆装置はセット済みだ、まもなくこの研究施設は跡形もなく崩壊する。
「そして私は逃げるだけ」
ここまでの研究データさえあればいくらでも再起は可能だ。
彼女の研究を喉から手が出るほど欲しがる国家や企業は枚挙に暇がないはずなのだから。

へらへらと笑いながら、地下をくりぬいて作った秘密トンネルを駆けに駆ける。
もとより吸血鬼用の脱出ルートである、人間には到底侵入できないはずだし、
これが脱出道とも思われないだろう。
ほぼ垂直に切り立った崖の中腹に作った出口から、そのまま勢いで頂上まで駆け上がる。
あと数分でSAT壊滅の盛大な花火が上がるはず…だが。

707 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:35:41
>>706
「ここに来ると思っていた」
いきなりの声に振り向く、しかし。
「悪いが爆弾は先に処理させてもらった」
視界には黒いコートの男。
「そして俺がここに参上した理由、それは」
牙をむき出し飛び掛る彼女、噛み付けばそれで勝者、
男は無造作に片腕で構えただけだ…しかし。

「ぎゃああああああ!」
悲鳴を上げたのは彼女の方だった…男の腕に牙が突き立つことはなく、
逆に牙を折られ、悶絶する女。
そのまま男の腕が彼女の身体を捉える、その腕は人の腕とは違い、
鈍い金属の輝きを放っていた。

「貴様には一片の勝利もないことを教えてやるためだ!」
そう言い放ち、楯雁人は女の首筋に注射器を突き刺す。
幾つかの重金属を配合した特殊薬剤は吸血鬼の体内で拡散し、
その細胞を破壊し、絶え間なき苦痛と身体能力の低下を促す。

708 名前:楯雁人 ◆OC3lNOHG82 :2010/01/29(金) 22:37:02
>>707
足元でのたうつ女の、聞くに堪えない罵声交じりの悲鳴を軽く聞き流していると、
「楯!ご苦労だったな」
今回の作戦の総指揮官である甲斐彰一が笑顔で現れる。
その傍らにはダークスーツの白皙の男性、おそらく彼が退魔部隊の指揮官なのだろう。
一見してわかった、彼もまた人ではない、吸血鬼。
それも田上や目の前の女などとは比べ物にならぬほど高位の存在。

「田上信吾の件は残念だった」
一礼すると男は涼やかな声で雁人に話しかける。
「正直、我々についてあまりいい印象はもってないのだろうが
だがこれだけは理解して欲しい」
「全ての吸血鬼、そして魔物たちが人間に敵対してるとは思わないで欲しい
むしろ人と共に手を携えて生きる道を選んでいる者たちの方がずっと多いということを」

雁人はただ無言で微笑むと、そして右手を差し出す。
男もまたそれに応じ、2人は握手を交わす。生まれも種族も違えども、
同じ目的に生きる同志として。

正直、今回はどちらかといえば苦い印象ばかりが残る事件だった
それでもこれで救われた気分になったと、雁人は思った。

709 名前:Epilogue ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:45:30
Epilogue


【この扉を潜る者、総ての望みを捨てよ】

 そう刻まれたレリーフが取り付けられた大きな門。そこは、北の海にある人造の島。そ
の上に築かれた監獄。そこは脱出不能の牢獄アルカトラズだった。人、吸血鬼、それ以外、種族に係わ
らず特A級の危険人物のみが収監されている監獄だ。絶対不可侵。脱出不能なこの世の地獄。

 その監獄で、いま、暴動が起こっていた。看守が囚人を、囚人が看守を、囚人が囚人を、
互いに殺しあうような地獄のような殺戮絵図が繰り広げられていた。看守たちはすでにそ
のほとんどが惨殺され、今では囚人たちが殺しあい喰らいあっていた。

 そんな中、一人の男がある部屋にいた。そこは保管庫だ。この部屋には、囚人の娑婆で
の私物が納められていた。出所されるときに返却されるはずの荷物を収納した部屋だ。もっ
ともこの刑務所から出たものなどいままで一人もいなかっのだが。
 大柄な男は、阿鼻叫喚の地獄絵図の中、のんびりとした様子で荷物をあさっていた。ど
うやら何かを探しているようだ。しばらくして男の動きが止まった。どうやら目当てのも
のを発見したようだった。男は取り出した荷物を部屋の薄暗い明かりに照らしてみる。そ
れはアイスホッケー用のマスクだった。かわいた血のこびり付いた不気味なマスクだ。男
は満足そうに頷くと、それをかぶり部屋を後にする。

 男が部屋から出るのと同時、すぐそばにある便所から一人の男が姿を現した。

 くすんだ色のトレンチコートに身をつつんだ男だ。ソフトハットをかぶり、その顔は奇
妙な模様の覆面によって覆われていた。白と黒。その模様は断続的に動き位置を変え、一
箇所にとどまることも白と黒が交わることも無い。さながらロールシャッハの模様のごと
きマスクだ。

 男の出てきた扉が閉まる瞬間、便所の中に惨殺された小柄な男性の死体が有るのが目に入った。

「見つかったようだな」

 マスクをかぶった男ロールシャッハが言う。

「片付いたようだね」

 マスクをかぶった男仮面の裁定者が言う。

「じゃあ行こうか。いつまでもこんな場所で休んでいるわけには行かないからね」

 その言葉にトレンチコートの男が頷く。トレンチコートの男と大柄な男。二人は連れ立っ
て歩いていく。

 そう、いつまでも休んでなどいられなかった。彼らに休んでいる暇など無かった。

 なぜなら――――――


710 名前:Epilogue ◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:45:49











――――――この世界には、悪党いらないものが多すぎるのだから。











.

711 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:46:32







Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』
第4話 「BEHIND THE MASK / JUSTICE 」 END






.

712 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:47:20

Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』

第4話 「BEHIND THE MASK / JUSTICE 」 (Aegis vs Shingo Tanoue )
>>660
>>661
>>662
>>663>>664 >>665 >>666 >>667 >>668 >>669 >>670 >>671 >>672 >>673 >>674
>>675>>676>>677
>>678 >>679 >>680 >>681 >>682 >>683 >>684 >>685 >>686 >>687
>>688>>689 >>690 >>691 >>692
>>693 >>694 >>695 >>696 >>697 >>698 >>699>>700>>701 >>702 >>703 >>704
Epilogue
>>705>>706>>707>>708
>>709>>710
>>711


713 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:47:51

■Point

・Big Sister 2
・Big Blue 2
・The Third Force 1 +1(Mission success)

Big Sister = Big Blue = The Third Force






Route = Neutral


714 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/01/29(金) 22:48:54

Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』

導入
>>402

第1話 「Dance with Dracul / RocketDive 」 (Primavera vs Dante )
>>403

中間報告1
>>404

第2話 「INNOCENCE / ever free 」 (Violet vs Vilma )
>>506

中間報告2
>>507

第3話 「HELP ! / Diablo 」 (Igor Bromhead vs Ligardes )
>>656

中間報告3
>>657

第4話 「BEHIND THE MASK / JUSTICE 」 (Aegis vs Shingo Tanoue )
>>712

総計およびルート判定
>>713


715 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 21:59:10









最終話 「It's the beautiful world / Love the world 」 (Decade vs Wallace & Alice)





.

716 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:00:02









「君は世界を救えない」
. ――リンダキューブ






.

717 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:00:38







――――――この世界は狂ったように鳴り響く鐘の音に包まれ終わる






.

718 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:01:14

 ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン 
 ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン

 ビッグベンの鐘の音が狂ったように鳴り響く

 ここは倫敦、暗黒の都

 空には絶望ひろがって 地には希望が朽ち果てる 救いなど無い 暗黒の都

 Killing Killing Killing Killing 

 殺戮吹き荒れる帝都倫敦

 Killing Killing Killing Killing 

 血飛沫吹き上げる廃都倫敦!


719 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:02:18

 終焉の都 倫敦

 今宵殺戮吹き荒れる 悪夢の国の『滅び行く』帝都

 テムズは赤黒くにごり そこより這い上がる怪物は 貪欲なあぎとを用い生けるものを喰らい尽くす 

 生けるものを その内に宿す命ごと食い尽くす

 そして霧にまぎれ 捕食者たちは街を跋扈する

 人も 吸血鬼も 自動人形も それ以外も区別無く

 殺して 解体バラして 喰らって 吸い尽くす

 いずれの種族も彼らの餌だ

 彼らこそがこの街における唯一にして無二の捕食者

 この街における絶対の捕食者 ヒエラルキーの頂点

 吸血鬼すら彼らの餌だ

 深きものどもすら彼らの餌だ

 冷酷無慈悲の惨殺者ども

 総てを喰らいすべてを壊す 悪夢のごとき破壊者どもだ

 そう この街では 生ける死者すら破壊され 生者はたやすく死者となる

 人形も 人間も 吸血鬼も それ以外も

怪物フェアリィ】によって

 今宵 世界の終わりの物語が いまここに幕を開けようとしていた

720 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:02:41

 ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン 
 ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン

 ビッグベンの鐘の音が狂ったように鳴り響く

 その音に同期、同調し共鳴する街中の鐘の音

 鳴り響くのは鐘の音だけではない

 人々の悲鳴

 生きたまま喰らい殺される人々の悲鳴

 血飛沫が街をぬらしていた

 黒い空に 消えていく断末魔の声とともに

 暗い街に 降り注ぐ血の雨が

 命の証が街を真紅にぬらしていた

721 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:04:25




巨人エンジェル





.

722 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:04:53

 響き渡る鐘の中、巨人が街を破壊していく。

 ビルをなぎ倒し、道路を踏み割り、家屋を倒壊させ、テムズを決壊させる。オーニソプ
ターを叩き落とし、多脚戦車を踏み潰し、人間を喰らい、人形を壊し、吸血鬼を呑み干す。

 握りつぶされた人間の首が、テムズに落下し水音をたてる。踏み潰された自動車から、
下半身を失った人が超を引きずりながら這い出してくる。食いつぶされた人形の歯車が、
地面を頼りなく転がり倒れる。

 巨人の繰り出す拳はビルをドミノのように倒壊させる。巨人の踏み出す足は橋をあっさ
りと崩壊させる。その身体は80cm列車砲の一撃ですら傷つけることはできず、そのあ
ぎとはあらゆるものを噛み砕き咀嚼する。その目は爛々と輝き視るものを発狂させ、その
息吹は大気と共に群集の魂を飲み干す。

 響き渡る鐘の中、巨人が街を破壊していく。響き渡る鐘の中、巨人が総てを破壊していく。

 巨人は止まらない。誰も止められない。

 神代を生きたティターンのごとく、古に作られし巨神兵のごとく、忘れ去られた神々のごとく。

 巨人はいく、巨人は行く、巨人は征く。

 その巨人の名をばGといった。
 クロックワークスオレンジ社製人造人間アルケマトンガリバーギガス」と。


723 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:05:24






そして、巨人の足元でも、殺戮の嵐は吹き荒れていた。






.

724 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:06:23

 響き渡る鐘の音は、それを耳にするあらゆる存在モノの意識を挫く。干渉を弾き返せるほど
の魔力か、強靭な体力、精神力が無ければ動くことすら叶わない。地面に這いつくばり、
ただ無様に痙攣することしか許されない。

 ろくに動くこともできぬ人々を、怪物たちは喰らっていく。いまもまた道路に跪いた少
年を怪物が頭から丸かじりにしようとしていた。

 震える少年。怪物が近付いてくるのは解かるのだ。恐怖と鐘の音、そして少年地震の抵
抗力の欠乏により、悲鳴を上げることも、救いを求めることも、命乞いをすることすらで
きない。ただ地面に倒れ伏し、がたがた震えながら意味不明なうめき声をもらすだけだ。

 べちゃべちゃと涎を垂らしながら、怪物が少年に近寄っていく。もうすぐそこだ。ほら
脳漿で粘つく怪物の手が少年の肩にかかった。そして、涎の滴るその耳まで裂けた顎が大
きく開かれ、少年の頭に齧り付かんと。

 そのとき銃声が鳴り響き、怪物の頭部が吹き飛ばされる。道路に崩れ落ちる頭欠の怪物。
だが怪物は死んでいない。その手足を激しくばたつかせ、這いずるように地面を動き回り、
傷口からは失われた頭部が生え出さんとしていた。さらに銃声が連続して鳴り響く。飛来
した銃弾は胸部と下腹部に命中。その内にあった心臓と子宮を破壊され、怪物はのけぞる
ようにして動きを止める。

 安堵のあまり失禁しかけた少年だったが、残った意識を振り絞って辺りを見回した。す
ぐに見つかった。50mほど離れた場所で、銃を構えた兵士が一人塀の脇から顔を覗かせ
ていた。Big Blue に雇われたPMSCs の作戦要員だ。

「早くこっちへ来い!銃声を聞きつけて、また化物がくるぞ!」

 その声に急かされ、そして鼓舞された少年は、なんとか這うようにして作戦要員の元へ
と進み、無事保護される。少年は運がよかった。PMSCs の作戦担当地区に入り込んでいた
のだから。それも良心的なPMSCs の作戦担当地区にだ。たちの悪い連中ならば少年を見捨
てたことだろう。いやそれどころか脅威とみなし銃撃を加えたかもしれなかった。

 いまこの街では、彼らのようなPMSCs の作戦要員たちが、人形や吸血鬼と手を組みこの
街を守っていた。そう、いまのような光景が倫敦各地で繰り広げられていた。拠点を防衛
し、街中に繰り出しては怪物たちを狩っていった。そうやって少しずつ安全な区画を増や
し、街を化物から守っていった。

 押し寄せる人でも人形でも吸血鬼でも無い【怪物】――――――廃棄人形ステーシーから。

 正確には変貌した廃棄人形ステーシー、【怪物フェァリィ】だ。ナナイトによって人工的に進化させられた最悪の怪物だ。


725 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:06:39

―――どこで間違えてしまったのだろうか。いったい何が悪かったのだろうか。この街に
居合わせた、すべてのものたちがそう考えた。人も吸血鬼も人形も、意思あるものすべて
が考えた。

 終わりの始まりが訪れたのは、いまからほんの数時間前のことだった。

 突如、街中に鐘の音が鳴り響き、それと同時に巨大な人造人間が現れた。そして巨人は
街を破壊しながら軌道エレベータへと向かっていったのだ。

 それを押しとどめようとした者たちは、ただ一人の例外も無く食い殺された。その血を
吸われ、その身体を噛み砕かれ、魂を呑み干された。いかなる種族でも例外なく。いかな
る階級とて例外でなく。

 軌道エレベータへと到達した人造人間は、エレベーターにしがみつき登り始めた。ゆっ
くりとゆっくりと。呼吸と共に近付くものの魂を飲み干しながら。

 もはやこうなってはうかつに手が出せなかった。万が一にでも、誤射によって軌道エレ
ベータが倒壊するようなことがあれば、この星は多大なダメージを受けることになる。

 大地には深い傷跡が残され、空は舞い上がった粉塵で覆われ、日の光はさすこと無く、
吸血鬼ですら凍える冬が何百年も続き、文明は滅び、この星は死の星となることだろう。

 ゆえに手は出せない。確実な方法が見つからぬうちは。幸いなことに軌道エレベータの
本体は、人造人間がしがみついた程度で壊れるほどに脆くは無かった。そして、人造人間
もエレベータを破壊するような意図は見せてはいなかった。とりあえずは大丈夫だ。あく
までとりあえずは、だが。

 手を出せなくなった人々は、あの巨人はいかなる存在なのか、どこから来たのか、どう
対処すればいいのかを調べることに専念した。軌道エレベータをよじ登る巨人を阿呆のよ
うに眺めながら。


726 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:07:04

 だがそんな偽りの平穏すら許されることはなかった。塔を見上げる人々に、次なる悲劇
が襲い掛かった。

 廃棄人形が、変貌した廃棄人形が、どこからとも無く街に溢れた。【怪物フェアリィ】は人を喰ら
い、人形を喰らい、吸血鬼を喰らい、そのすべてを自らと同質のものへと変貌させ、街中
に増殖していった。

 生き延びるため、Big Blue とBig Sister は手を結び、すべての種族が手を結んだ。Big Blue
の雇ったPMSCs が、Big Blue のエージェントが、Big Sister の自動人形が、吸血鬼たち
が、軍が、警察が、フリーランスが、深きものどもですら、手を結び反撃を開始した。

 忌まわしい鐘の鳴り響く中、地獄のような泥沼の戦いが繰り広げられた。多くの命が散っ
ていった。そのおかげで手に入れることのできた小康状態。だが見通しは暗い。敵は無尽
蔵ともいえる勢いであふれ出てきた。犠牲者を同類に変え、恐るべき勢いで増殖し、増え
続けた。

 【怪物フェアリィ】たちは、いつしか集団で思考するようになり、統率の取れた行動をするように
なった。学習し、どんどん手ごわくなっていった。一体が学習したことを全体で共有して
いった。その様子は群体という言葉ですら生ぬるい。もはや全体で一個の生命体だ。

 その【生命体】は、テムズが氾濫を起こしたかのように街中に溢れ怒涛の勢いで流れて
いく。それはまるで神祖がこの街に進軍した時に作り出したという「死の河」そのものだ。

 泥沼の戦いの中、ようやく巨人のことが判明した。あれはクロックワークス社製の人造
人間だった。来るべき日に世界を救うため、秘かに開発されていた神の子だ。

 とうに開発は中止になり、廃棄されたはずだった。しかしそれはここにある。だれかが
秘かに開発を続けていたのだ。当初の目的から大きく離れた指針に基づき。かくしてそれ
は蛭子となった。

 わかったのはそれだけではなかった。喜ぶべきことに対処法も判明した。この人造人間
には思考を司る部分が無かった。つまりは傀儡に過ぎなかった。それを操る人形遣いは軌
道エレベータの昇降機の中にいた。成層圏の上部で緊急停止をしている昇降機の中に。

 ならばやるべきことは一つだった。部隊が結成され勇ましく出陣した。だが。第一陣の
調査隊は全滅。第2陣の討伐隊も敗北。そして三度目の正直。いま最精鋭部隊が昇降機へ
と突入していった。

 この街にいるすべてのものが、【怪物フェアリィ】と絶え間ない陣取りゲームに励みながら、固唾
を呑んで結果を見守っていた。

 いつまでもやむことのない鐘の中、皆の視線が機動エレベータへと注がれる。その中に
居るBig SisterとBig Blueの最精鋭部隊に希望を託して。

727 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:07:55

 その時だった。

 見上げるものたちの視線の先。空から何かが舞い降りてきた。






 ――――――雪だ。漆黒の雪。






 世界が終わる日。漆黒の雪が、罪深き帝都に、深々と降り積もっていった。

728 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:09:11




異邦人エトランゼ




.

729 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:09:34

 無機質な空間だった。飾り気のない通路。効率的だがまったくもって殺風景な空間だ。

 そこは機動エレベータの巨大な昇降機の中だった。最下部にあるカーゴブロックへと向
かう通路の中だ。

 敵陣の中だというのに討伐部隊の隊員たちは、身を隠そうともしなかった。それは、そ
んなことをしても無駄だったからだ。なにせ、ミスタ・ウォレスはこの昇降機の中で行わ
れる総てのことを把握していた。

 ヤツはこの世界でも最高級の電情戦の専門家だ。ヤツに比類する能力の持ち主は、世界
中を探しても5人といるまい。電子回路のある場所で、ヤツ相手に隠れるというのは無駄
なことだった。自動人形Big Sisterの力をもってしても。

 そして、ミスタ・ウォレスの厄介なところは、優れた電情戦の専門家だという点だけで
はなかった。

 ヤツは不死だった。それも限りなく永遠不滅に近い不死者だ。この街を歩けばどこにで
もいるような、二束三文ほどの価値しかないようなニューボーンとはわけが違った。

 ヤツはかつては人であったが、今では情報の海にたゆたう生命体だった。肉の身体を捨
て去り、存在を純然たる情報へと移行した超越者だ。その存在は情報の海に溶け込み、情
報の海そのものとなっていた。

 だから、ヤツを殺すには依り代をいくら破壊しても無駄だった。そんなものは傀儡にす
ぎない。ヤツを殺し切るにはネットそのものをダウンさせるしかなかった。この世界に存
在する電子回路の総てを。

 そんなことは論理的には可能だが現実的には不可能だ。つまり、人類とその文明が滅び
るまではヤツは事実上の不老不死だった。

 だから今回の目的はヤツの殺害ではない。ヤツの企みを止めることだ。それ以上のこと
は今回の件が終わってから考えればいい。

730 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:09:53

 何のつもりかわからないが、この昇降機の中に転移してきてから一度も襲撃を受けてい
なかった。余裕の表れか、それとも逆に余力がないのか。出来ればあとのほうの事情なら
ばいいのだが。そんな甘い考えもすぐに霧散した。いくつかの扉を潜り抜けたところで風
景は一変する。

 壁面に穿たれた銃痕。焼け焦げた通路。割れた灯。破壊された天井。大きくひび割れた
床。切り裂かれた壁面。そして通路に散乱する血に塗れた肉片や残骸。

 戦闘服を着た作戦要員たちの死体。ダークスーツを着たエージェントたちの死体。床に
積もる青白い灰はエルダーたちのものか。そして破壊された自動人形の残骸。

 まぎれも無い戦闘の痕がそこにはあった。まともな戦闘の痕跡も、尋常ならざる戦闘の
痕跡もそこにはあった。流石にBig Blue のエージェントや高位の貴族、アンティーク、
強い力を持ったデッドガールが参加しているだけのことはある。

 無数の日本刀が天井、床、壁面に突き立っている。その数は10や20ではきかない。
100は軽く超えるだろう。半身が蒸発したとおぼしき自動人形の身体。これは電気式だ
からウォレス側の兵隊か。常識外れのサイズを誇る無骨な鉈粉砕の大鉈。その柄を握ったままになっ
ている左手は、内側から腐り落ちたような断面を見せている。エナメルコーティングされ
たガスマスクは血だまりの中に沈んでいた。近くにはへし折れたスマートフォンが転がっ
ており、その周囲は得体の知れぬ爪あとが無数に刻まれていた。

 死体の様子も人それぞれだ。銃殺された死体もあり、刃物による傷もあれば、巨大な何
かで殴り殺されたとしか思えぬような死体があり、内側から焼き尽くされたとおぼしき死
体もある。

 圧倒的なまでの戦場の風景。転がる遺体残骸は討伐部隊とそれを迎え撃ったウォレスの
配下のものだ

 帰還したものがおらず、連絡も無い以上全滅したことはわかっていたが、実際に己の眼
で見るとその事実の重さを思い知らされた。

 そう、先発隊は誰一人として生還しなかった。Big Blue の精鋭部隊も高い金を払って雇っ
たPMSCs の連中も最強のエージェントたるスミスまでもが。そしてそれはBig Sister の側
も同じだった。アンティークを含む陶器の女王の兵隊たちは、そのことごとくが破壊しつ
くされた。議会の派兵したロードを含む貴族たちも一匹残らず滅ぼされた。

 圧倒的なまでの敵の力。それはよく理解していた。

 だからこそ、それ以上の力を持つ、今回の討伐隊が結成されたのだ。

731 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:10:22

「……緋々色金をここまで見事に破壊するとはな」

 現場を調べていた【彷徨えるオランダ人】が、そう呟いた。黒いドレスに身を包み、黒
いレースの垂れた帽子で顔を隠した女。Big Blue のゴミ処理係のトップで、強大な力を持
つ魔術師だ。

 彼女は床に転がる刀身が中ほどで砕け散った剣を見つめていた。そのすぐそばには、長
い黒髪を持つ10代中ほどの少女の死体が転がっている。

「ざっとみただけでも、【獅子セカンド】に【木こり】、【案山子】、【刀使いブレードランナー】……先発隊に間
違いないな」

 顔を上げ【彷徨えるオランダ人】が苦い口調で言う。

「ピーターとアリスの死体がありません。彼らが所有していたはずの【玩具】も」

 辺りを調べていたエージェントの一人が報告する。【炭鉱夫アトム】とよばれていた人物だ。
エージェントは大抵ダークスーツを身につけているが、彼ともう一人だけは異なる服装を
していた。

 彼の場合、身体にフィットする高機動型のパワードスーツを身につけている。そのため
性別年齢共に不明。ただし声からすれば男だろう。パワードスーツのどぎつい赤と黄色の
カラーリングが眼精疲労を誘ってくる。

「原子レベルで分解されたか、それとも……」

 【彷徨えるオランダ人】は少しの間考え込むようにしていたが、かぶりを振ると人形の
女王と吸血鬼の貴族のほうに顔を向けた。二人とも現場を調べ終えたようで、【彷徨える
オランダ人】に軽く頷いてきた。彼女もまた頷き返し、再び前進を再開するよう部下に命
じた。

 さきほどよりも重くなった足取りと暗くなった表情で、討伐隊は向く敵地へと足を進め
る。人形の女王と吸血鬼の貴族が、【彷徨えるオランダ人】へと近付いてきた。

「どうおもいます?」

 歩きながら人形の女王が尋ねてきた。タイターニア。自動人形デッドガールズの女王。万能の力を持ち、
無から有を生み出すことすら可能な永遠の少女。

「……あれをやったのはウォレス本人ではないな。おそらく協力者がいる。それも、複数」

 現場の状況を思い返しながら【彷徨えるオランダ人】がそう答えた。それを聞いた人形
の女王は静かに頷く。

「わたしとミスタ・コリンズも同意見です」

 そういって永遠の少女は隣にいる男に顔を向けた。バーナバス・コリンズ。彼は議会で
委員を務める吸血鬼。ロード級の力を持つ貴族エルダーで、異種族との戦闘のプロフェッショナル
だ。実戦経験の豊富さならば、倫敦にいる吸血鬼の中でもずば抜けていた。

「厄介ですね。帽子屋ウォレスだけでも面倒だというのに」

「ああ。だがそれでもなんとかせんとな。そうしなければ世界が終わる」

732 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:10:41

「ひとつききたかったのですが、なぜ【灰かぶり】をつれてこなかったのです?彼女ほど
の力があれば、すくなくとも邪魔になることはなかったと思いますが」

 少しして、人形の女王が【彷徨えるオランダ人】に訊ねた。内容とは裏腹に、暇つぶし
のような気のない口調だ。

「戦略的な判断だ。あいつの力は拠点防衛向きだからな。いまごろ下でこの街を守ってい
るさ。そちらこそジャバウォックをつれてこなかったのはどうしてだ?―――それに、ミ
スタ・コリンズ。なぜアモン卿を連れてこなかった?あれほどの高位の魔術師だ、人格は
兎も角、腕は立つだろう?」

「あれは帽子屋のつくった魔物ですから。いつ裏切るかわからない部下などつれてくるわ
けには行きません」

 冷たい顔で女王が言い捨てる。

「彼は君が思っている以上に危険な人物だ。とてもではないがつれてくるのは無理だよ。
もっとも、このエレベータを倒壊させたいならば話は別だが」

 そういってバーナバス・コリンズが肩をすくめた。その危険という言葉のニュアンスに
は、いささか妙なものが混じっていた。と、彼は急に真面目な顔になり先を続ける。

「……クロロック伯爵が来られればよかったのだが」

 クロロック伯爵。かの吸血鬼は、この暗黒帝国グランブラタンでも最大の勢力を誇る血族の長だ。古参
のロードにしてかの神祖に迫る力を持ち、数十を超える貴族エルダーを束ねる夜の魔人。いまはタ
イターニアに代わり、地上での指揮を取っているので討伐隊に参加することはできなかった。

「下で指揮を取る人物が、どうしても一人は必要でしたから。それに、いまさら言っても
仕方ありません。現時点でそろえうる最高の人員を集めたのです」

 そういって女王はこの場にいる作戦要員を見回す。人形の女王とその近衛兵たち。殺人
人形のプリマドンナとそのおまけ。神々に迫る魔術師とその部下のエージェントたち。ロー
ドヴァンパイアとそれに順ずるエルダーたち。20名ほどの少数精鋭ながら、国すら滅ぼ
せる最悪の部隊。最初で最期の同盟軍だ。

「……このメンバーで駄目ならば、もうどうにもならないでしょう」

 感情を交えぬ口調で人形の女王はそう言った。


733 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:11:03

「それにしても」

 バーナバス・コリンズが鬱陶しそうに顔をしかめた。原因は鐘の音だ。響き渡る鐘の音。
街中だけではなく、この昇降機の中ですら激しく鳴り響いていた。

 いや、この中のほうがよりひどい有様だといっていい。この音はもう半日以上続いてい
た。音源は不明。この昇降機のどこかにあるということだけしかわかっていなかった。

 その正体不明の音源から発せられた鐘の音は、ビッグベンを筆頭に街中の鐘と共振同調。
その結果、倫敦中が響き渡る鐘の音に侵蝕されていた。

 この鐘の音は尋常ならざるものだった。止むこと無く鳴り響く鐘の音は魂を蝕み体力を
喰らう。強大な力を持つ個体しかいまの倫敦では無力化され動くことはできない。ロード
級の力を持つバーナバス・コリンズですら不快感を覚えるほどだ。すでに倫敦市街におい
ては死人も出始めていた。人間はおろか吸血鬼や人形までもが。もはや一刻の猶予も無い。

 その時、先頭を行く自動人形の足が止まった。目を向ければその先には大きな扉があっ
た。目的の区画に到着だ。この先は貨物用の大伽藍。コンテナを積み込むための荷物運搬
用のスペースだった。

 あたりを窺うが、罠の類は相変わらず一切ない。女王の合図で再び後進が始まる。程な
くして扉の前へと到着。この先にミスタ・ウォレスがいるはずだった。先に訪れたコント
ロールルームはもぬけの殻。機器は操縦を受け付けなかった。別の場所に機材を持ち込ん
で制御している。そうあたりをつけ探した結果、反応があったのがここだったのだ。

 扉は硬く施錠されている。シェルター並み、とは言わないが、それ相応の強度を持つ扉
だ。破壊するのは手間がかかるが、開錠するのはもっと難しい。なにせミスタ・ウォレス
の施錠した扉だ。

 エージェントの一人が叩き壊すべく剣を手に一歩前へと踏み出した。だが、女王はそれ
を押しとどめると、扉に対しひと睨み。瞬く間に錠は開かれる。舌を巻くような手際のよさ。

「こんなまねができるなら、この昇降機全体を掌握することだってできたんじゃないのか?」

 あきれたように【彷徨えるオランダ人】が言う。

「それとこれとは別の話です。難易度が違いすぎます。……では、いきましょう」

 女王の声と共に閉ざされていた扉が自動的に開きだす。ゆっくりと開いていく。

 地獄への扉が、ゆっくりと開いていく。

734 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:11:45





女神マザー




.

735 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:12:16

 扉が開く。扉が開く。開いた扉の先、そこには。

 100体を超える数の自動人形デッドガールがいた。そのすべてが同じ顔、同じ服、同じ動作。総て
が同一の存在。そのように製造されたわけではなく、そう改造されたわけでも無い。そう
「成った」のだ。

「……スミスの力を取り込んだのか」

 平静を装ってはいたものの、さすがに驚愕を隠し切ることはできなかった。Big Blue
最強のエージェントであるスミスの自己複製能力。軍団レギオン。そんなものまで取り込めるとは。

「そのとおりです」

 心に澄み渡るような美しい声。部屋の中心に玉座に腰掛けた自動人形が一体いた。部屋
にいるほかのものと寸分変わらぬが、彼女が本体なのだろう。ダーマプラスティクのドレ
スを纏い、黄金の髪に猫の虹彩の緑の眼を持つ自動人形オートマタ。いや、操り人形パペットか。

「本来ならば私は、あんな風に偉そうに座っている側のはずなのだがね」

 【彷徨えるオランダ人】が人形の女王へと顔を向けながら、苦笑交じりに呟く。

「奇遇ですね。わたしもそうです。……久しぶりですね帽子屋」

 尊大な口調で女王が言う。一見冷徹ながら、その裏にはかすかに感じられる怒気。

「これは女王陛下ご機嫌麗しゅう」

 そういって帽子屋ウォレスは微笑む。余裕の笑み。口調とは裏腹にその態度だけを見れば彼女の
ほうが女王のようだ。

「それは【Lady L 】の身体ですね」

 冷徹な表情で女王が言う。

 【Lady L 】。かつてBig Sister とBig Blue が奪い合い、子宮シリンダはBig Sister に、
身体はBig Blue に回収されたアンティークの自動人形。

「ええ、BigBlue のラボから持ち出しました。ですが、ただ修繕しただけではありません。
【Lady L 】と呼ばれたアンティークの躯体を元に、ビッグシスタートクシーヌの遺体を使ってわたし
が新たに作りあげた義体です」

 盗人め。【彷徨えるオランダ人】の忌々しげな悪態。

「オリジナルのカルティエドールを部品に使うなど……。元人間が大それたことをしますね」

 不快感を隠そうともしない女王の声。だがそれを聞いた帽子屋ウォレスは薄い微笑を浮かべるのみ。

「それではこの鐘の音は【Lady L 】の歌ですね」

 【Lady L 】は、レミング(Lemming)のLであり、ローレライ(Loreley)のLだった。
聞く者の正気を奪い、精神を削り、魂を啜り、心を誘い、果てには操り人形へとかえる魔
性の歌声を持つ自動人形。まるで、昔話に出てくる笛吹き男の笛のように。

「ええ、そのとおりです。ですが、シリンダがなかったため本来のものとかけ離れてしま
いました。機構から帰納しただけではどうしても核心にたどり着けなかったのです」

 いささか残念そうに帽子屋ウォレスが首を振った。

「そのままでは役に立たなかったので、ほかの手段で補うことにしました。Big Sister
の【子宮】を取り込み、量子の魔法と組み合わせて使うことによって、威力を増しつつ発
声なしでも歌えるようにしました。さらにはスミスの能力を取り込んだことによって、同
一存在による重唱が可能になり、共振、同調、増幅まで可能になりました。これで問題は
すべて解決しました」

 帽子屋ウォレスは頷き微笑む。己の作品を誇るように自信満々に。他者の感情など気にしないよ
うに、満足そうに。

「問題は、わざわざこんな大掛かりなことをして何がやりたいのかということです。こん
な風にこの街を破壊し、鐘の音を鳴り響かせ、あなたは何がしたいのです?」

「それに関しては、すでに【彷徨えるオランダ人そちら】はわかっていると思いますが」

 穏やかな口調で帽子屋ウォレスは答え、【彷徨えるオランダ人】に顔を向けた。人形の女王もつ
られたように顔を向ける。【彷徨えるオランダ人】はその視線を意識しながらも、即答は
せずにまわりの様子をうかがった。

 大量に複製された【Lady L 】は微笑んでいる。美しい笑顔だがこうも多いと不気味だっ
た。討伐隊の隊員たちは、その大半が緊迫した表情をしていた。スミスの能力で複製された
【Lady L 】。つまりはこれだけの数のBig Sisterを相手にせねばならぬのと同じことだ。
その事実を突きつけられ、過度のストレスに晒されているのだ。

 無理も無いことだ。100体以上のBig Sister との戦闘。それはつまり絶望を意味した。

 緊張のあまりエージェントの一人が、腰に佩いた剣の柄に手をかけた。それに呼応するよ
うに無数の自動人形の後ろから4つの人物が現れる。

736 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:12:43

 一人は女性。名前はアリス。血まみれのエプロンドレスに編み上げ靴を身につけた女性
だ。彼女は元ビッグブルーのエージェント。幻想に生きる幻想殺しの専門家スペシャリスト。彼女はいつ
でも夢中なのだ。

 一人は少年。名前はピーターオベロン。カーゴパンツにコンバットブーツ、上半身は裸でサスペ
ンダーと弾帯だけを身につけていた。奇妙な仮面をかぶった少年だ。元ビッグブルーのエー
ジェント。暗い夢ダークドレアムを生きる永遠の少年。ビッグシスタータイターニア用に用意された人形殺しの専門家。

 一人は吸血鬼。名前はアーノルド。ダークスーツとインバネスに身を包んだ、大君主オーバーロード
齢1万を超える最古参のエルダー。最強の生存本能と最悪の強運をもつ、はた迷惑な自殺
志願者。死を願い死神を求めるが、その死神の鎌が刈り取るのはいつだって他者の命だ。

 一人は吸血戦鬼。名前は匿名希望インコグニード。フードをすっぽりとかぶったやせぎすの男。暗黒大
陸より来た吸血殲鬼。黒歴史の闇より這い出した邪神を奉ずる暗黒の司祭。

 彼らは玉座に深く腰掛けた帽子屋ウォレスの周りを取り囲むように、展開する。

「裏切りものどもめ」

 はき棄てるように討伐隊の吸血鬼の一人が言う。

「……お前の言うように予想はついている。だがあえて聞こう。こんな騒ぎを起こし何が目的だ」

 【彷徨えるオランダ人】が帽子屋ウォレスへたずねた。だが、それに答えたのはアリス。

「世界を救うのよ!」

 アリスがそう雄雄しく叫ぶ。

「世界を救うだと?滅ぼすの間違いではないのか」

 はき棄てるように【彷徨えるオランダ人】。彼女はそのまま先を続ける。

「この状況や構造からみて、お前はこの軌道エレベータ、いや倫敦自体を【交信機/降神器】
に作り変えたな。そしてこの軌道エレベータがその中心である呼び水の塔。神に呼びかけ、
神を降ろす為の器だ。かのバベルのごとくな」

 そこまで言ったオランダ人は、だが、と首を振りながら先を続ける。

「呼び出した神が素直に願いをかなえてくれると思っているのか? やつらは代価を求める
ぞ。願いが大きければ大きいほど、神格が高ければ高いほど、神威が強ければ強いほど、
それに見合うだけの代価を求めてくるぞ」

「意思のある神を降ろそうとは思っていません。降ろすのは力だけです」

 微笑を浮かべ、帽子屋ウォレスがいう。

「愚か者め。制御する意識なしに力だけを現世に呼んだらどうなると思っている。たちま
ちのうちに暴走を始めるぞ。そうなれば世界そのものが蒸発する」

「意識ならばここにあります」

 彼女はそういって自分の頭を指差した。

「……己が身に神を降ろすつもりなのか?融合できると?その躯体ならば耐え切れるやも知
れぬが、人の思惟で神の力を制御できると?」

「もはやわたしは人ではないわ。人の生み出した情報の海そのものが【わたし】なのよ。そ
れはあなたも知っているでしょう」

 彼女は微笑を絶やさぬまま。

「わたしは人間としての身体と命カタチを棄て情報の海と一つになったことで永遠を手に入れまし
た。次は神なる力をもって世界そのものと一つになります」


737 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:13:11

「その力で何をするつもりです?」

 人形の女王が静かに問う。

「わたし自身はべつに何も望んでいないわ。世界と合一すること、それ自体がわたしの望
みよ。世界と融合し、永遠を手に入れること、それ自体がわたしの望みよ」

 帽子屋ウォレスは、人形の女王へと視線を移しそう答えた。

「ただ、わたしに協力してくれたお礼に、彼らの望みをかなえるつもりです。彼らの望み
は世界を救うこと。この世界を再生します。……最創世といったほうがいいのかしら。前
任者が途中で放り出したこの世界をよりよい姿に作り直します」

「……グノーシスにでもかぶれたか」

 苦々しい【彷徨えるオランダ人】の口調。

「そう思ってくれても結構よ」

 艶然たる笑み。

「やり直すのよすべてを。この世界のすべてを。この悪夢のすべてを! 」

 悲痛なアリスの声。

滅びワニがやってくる前に」

 大仰に肩をすくめピーター。西洋剃刀を手にしたティンカーベルがその周りをくるくる回る。

「わしは死ねれば何でもいいのじゃがね」

 ケダルそうな様子でアーノルド。

「……」

 不気味に微笑むインコグニード。

「……わかってはいたが、話し合っても無駄なようだな」

 【彷徨えるオランダ人】はため息をつくと人形の女王を横目で見た。永遠の少女は小さ
くだがしっかりと頷く。

 その瞬間、【彷徨えるオランダ人】が動いた。

刈取る者チャードロスよ!【暗黒の大鎌】を!!」

 詠唱破棄での高位魔術の展開。闇色をした巨大な死神の鎌デスサイズが虚空より現れ、真一文字に
なぎ払われる。その刃はあまりにも鋭く、その刀身は物質というよりもエネルギーの塊に近かった。

 だがその一撃は何の成果ももたらさなかった。一番端の自動人形に接触する直前で砕け
散る。黒い刃金が闇色の光となって宙で煌く。

 絶対領域。見えざる障壁によって、地獄の大公の力を借りた魔術は完全に防がれた。

「……量子の魔法か」

 舌打ちする【彷徨えるオランダ人】。防がれるのは予想していたが、完全に効果がない
とは思っていなかった。相手の力は予想よりも数段上だ。この威力は、通常ではありえな
い。個体の力としてはありえない。先ほど自分で言った言葉が脳裏をよぎる。【交信機/降神器】。
そして呼び水の塔。つまりは。

「……直結しているな。高次の存在と」

【彷徨えるオランダ人】の言葉に、うっすらと少女ウォレスが微笑む。

 その笑顔が開始の合図になった。女王が、ロードヴァンパイアが、近衛兵が、エージェ
ントが、エルダーが各々の得物に手を伸ばし、戦闘体勢に入る。呼応するようにアリスた
ちも得物を抜き放ち、100を超える自動人形が量子干渉の動作に入った。

「はじめましょうか。始まりの終わり、終わりの始まりを。」

 少女ウォレスは微笑、こう囁いた。

「……然様なら」


738 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/01(月) 22:14:04










――――――そして絶望が訪れた。














.

739 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 22:30:56
       
 
 
 
    ―――誰かが選択を間違えた世界/終わらせられる物語の世界。  
 
 
 
 

740 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 22:34:03
 
 
「―――これで、僕の知ってる情報は全部だよ」
 
 
ここは、破壊と静寂が支配する街並の一角。
ビッグベンの鐘に住人を“沈黙”され、怪物の蹂躙を受けて朽ち果てた元オフィスの一室。
ライフラインが生きていること自体が奇跡に等しい一室で、男が二人。
年の頃は20前半か、乱暴にソファーに腰掛けた青年。
そしてもう一人。ノートPCを開け薄闇の中モニターの光を浴びる、スーツ姿の青年がいた。
 
 
「かくして世界最後の希望、Big blueとBig sisterのドリームチームは敗北してしまいました。
 後はただ、世界は最創世という名の全消去を待つだけです。
 めでたしめでたし、ってね。……残念だけど、これは嘘じゃないよ。写真屋君」
   
沈痛な面持ちで――彼が他者に対し、常に絶やすことの無かった営業スマイルすら
浮かべず――メガネを正し、スーツの青年は言葉を紡いだ。
軽薄さと洒脱さを感じさせる物腰の、異性を悩ませる端正な顔立ちの眼鏡を掛けた
青年である。そのセミロングの黒髪は、一房だけ青いメッシュで染められていた。
 
彼の名は【僧正(ビショップ)】。
Big sisterの請負屋にして吸血種族『Fang-gaia』の参謀にして、情報工作・各種交渉
の任に就くブレインの一人。
電情戦とはまた異なる、人心掌握に長けた情報と交渉のプロフェッショナル。
倫敦が誇る『千を偽り、万の嘘を吐く』、【亀】の異名を持つ仲介屋の一人でもある。
    
「あれ以来、少しだけ弱まったのは確かだけど」
  
その嘘を付くのを常とする彼が。嘘を付くのを生業として信条とする彼が。 
今、嘘偽りのない事実だけを告げている。
  
「鐘の音は今も倫敦全域に鳴り続けてるし、狂った元廃棄人形(フェアリィ)も増殖中。
 加えてクロックワークス社のアルケマトンも健在ときてる。
 あのクロロック伯爵は勿論、僕ら【四つの駒(チェックメイトフォー)】と“闇の牙”―――
 僕らの【王(キング)】も陣頭に立ってるけど、状況は極めて劣勢。
 Big Sister と Big Blueの連合も今までの争いと今回ので大物を欠いてるからね。
 そして、先の見えない消耗戦にPMCsも疲労が色濃い」
  
【王】とは、彼らの頂点に立つ王の一人だ。
運命の悪戯で並び立つ異父兄弟。彼らはその運命のまま戦い、だが宿命を乗り越え、
種族の宿命を変えるため二人の王として即位した。
一人は、東洋の向こうで人間との共存のため表に立つ“黄金の牙”。
もう一人は、この魔都で闇の権力を得るために裏に潜った“闇の牙”。
いずれも元は吸血種の王、その強大な力を高めるために作られた二つの鎧の名に因み。
その神祖にすらも匹敵する武威と畏怖に因み、魔鎧の名で呼ばれる二人の【王】。
 
だが、今はその“闇の牙”も劣勢を強いられていた。
単純な戦闘能力ならばBig sisterの中でも五指に入る、最大級のエルダーを除けば
武闘派屈指とまで言われたガイアの王。
しかし彼は倫敦を蹂躙するギガスに立ち向かおうとした際、帽子屋の放った刺客の襲撃に
見舞われ、砕かれた鎧と共に戦う力を失っていた。
   
【僧正】はインスタントのコーヒーが入ったカップを―――彼と彼の
仲間は話をするとき、常に紅茶ではなくコーヒーを愛飲する―――を口に運び、 
一息ついた上で続けた。絶望という名の、今倫敦を支配する事実を。
   
「【彷徨えるオランダ人】と女王、両トップの死亡は確認されてないけど……
 正直、戦力としては絶望的と言わざるを得ない。
 軌道エレベーターの不可解なまでのエネルギー集積量。
 そこから推測される被害、状況、そして結論」
 
もはや彼の言葉には、“事実”しかない。
人も、人形も、吸血鬼も。悪徳も狂気も暴力も虚偽も。
全てが平等に駆逐され始め、すべて等しくその活動を停止しようとしている。
魔都倫敦と、その魔都が存在する世界。
その誰かが間違い、争い、狂い、それでも生きてきた世界の合切は。
 
 
「―――このままだと、この世界が終るのは時間の問題だね」
 
 
そう、【僧正】は極めて冷たい声色で目の前の“彼”に告げた。

741 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 22:37:09
 
世界は、無数の“物語”で成り立っている。
その物語を、物語の世界を彼は破壊してきた。
彼自身の意思とは関係なく、彼自身の意志とは裏腹に。
   
 
「それで? 
 まさかこの世界が滅ぶのは、俺が来たからだっていうのか?」
 
冗談じゃないぜ。
そう苦々しい―――正に苦虫を噛み潰したような―――顔をあからさまに浮かべ、
“彼”―――『写真屋』門矢士は常と変わらぬ尊大な態度で言い放った。
  
「まぁ、一概に否定は出来ないけどね。
 君はほら、僕らなら皆知ってる前科持ちだから。一応。
 “世界の破壊者”クン?」
  
現に僕がこの世界にいるのは、君が原因のようなものだし。
そう言葉の最後にわざわざ付け加えて、【僧正】は意地悪そうに事実を述べた。
 
そう。対峙する男と同じく、彼もまた異なる世界からこの倫敦へやって来たのだ。
正確には“彼ら”―――”破壊者”の影響で自らの世界が破壊され、魔都の虚空へと
流れ着いた三人の“放浪者”。
フリーエネルギーの塊である彼らは故あって一人の王と契約し、それぞれが空位であった
幹部の座に付き王を補佐することとなる。共存のため、闇の道を歩む吸血種の王を。
実体を維持できない自らを自動人形という仮初の器に押し込めて。
帰るべき世界が修復された今もなお、新たな友との契約を果たすために。
 
「五月蠅い、そもそも何が【僧正】だ。かっこつけやがって。
 お前なんか亀野郎で十分だろ。この出刃亀が取り付いた人形野郎が」
「どっちさ、それ?」
「両方だ、セクハラ亀人形」
 
うんざりだという悪態。
売り言葉に買い言葉。
暫しの沈黙。
1秒、2秒、3秒……。
 
時間にして約10秒に及ぶ奇妙なにらめっこ。
その永遠に続くかと思われた膠着は、不意に吹き出した【僧正】の苦笑いで幕を閉じた。
 
「はいはい。
 やっぱり君は“破壊者”だよ、写真屋君。
 君の所為で、僕の沈んだ心まで破壊されちゃったじゃないか」
 
冗談交じりで…ここに来て、始めて何時もと同じ“嘘”を付きながら“僧正”は苦笑する。
彼は破壊するもの、全てを壊すものだ。
だが、やはり今の彼は悪ではない。少なくとも、忌むべき悪党では。
旅が彼を変えたのか。彼が旅という運命を変えたのか。
かつて【僧正】の仲間を救い、“破壊者”としての役割を終え、自分の旅を始めた彼を。
  
そう、今ならば彼に。
滅びつつあるこの世界の未来を。
この依頼を任せることが出来る。
 
【僧正】はそう確信した。


742 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 22:38:46
 
 
「まぁ―――それはともかく僕の言った事は本当だ。嘘じゃない。
 そしてこれから僕が言うこともね。
 
 君に仕事を依頼したい。特別な依頼をね。
 今まで君たちに仕事を仲介してきたネストの【亀】として。
 Big sister請負部隊の交渉屋【僧正】として。
 
 いや……辛うじて残ったBig sisterとBig blueの生存者、双方の代理人として」
 
  
―――報告書にて。
この世界での“彼”は、あの悪魔退治屋にも劣らない気分屋の便利屋。
人当たりの良い老人のオーナーと、事務所を切り盛りする年若き女所長。
お調子者な助手に、自称怪盗の居候、そして自称写真屋の5人所帯。
 
 
―――住人の証言。  
彼らは誰も知らないうちに何処かからやって来て、何時の間にか馴染んで、
この魔都で生きて丁度1年。
この街の多様な住人どもと共に過ごして1年が経つ。
 
 
―――目撃者たちは口を揃える。
人も、吸血鬼も、人形も、深き者であろうとも。
その便利屋達を止めることは至難であると。彼らとは争うなと皆が言う。
そして彼らを語らぬもの語れぬものは皆、等しく彼らに打ち倒されたのだと。
  
 
――――信じようと、信じまいと。
狂った街、救いなき闇が支配する倫敦で語られ始めた新たな都市伝説。
かつて囁かれた“右手の男”のように、再び語られ始めた仮面(マスカレイド)の
都市伝説は、この魔都の狂気を変えることはなく。しかし数々の闇に脅かされる者
たちの間で、闇に潜む者たちの間でまた密やかに囁かれる事となる。
 
 
――――信じようと、信じまいと。
彼らは、彼は。
旅を続けてきた彼は、今確実に、此処にいる。
  
 
 
「この終ろうとする“世界”を。
 この世界を終らせる“物語”を―――ミスタ・ウォレスの計画を、破壊してほしい」
 

743 名前:倫敦にて ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 22:41:04
 
 
「ねえねえ」
「なんやリュ…【騎士(ナイト)】 、んな忙しい時に」
「あいつ、殺していい?」
 
 
そう言って、髪の一房を紫に染めた少年は遠くのファージを指差した。
つい先刻“転進”を宣言し、拠点に押しかける形で合流したその指導者をである。
 
「あかんあかん、あんな奴でも味方は味方や!
 俺らで仲間割れなんぞしとってどうする!」
「だってさー、アイツ本当ムカツクんだもん。
 皆で頑張ってるとこに威張り顔で押し掛けてさ。皆も迷惑してるし。
 そもそもアイツってアレでしょ、自分から『これからは貴方達の子分ですエヘヘ』って
 僕らの方に尻尾振ってきたんでしょ?」
「…まぁ、それは当たらずとも遠からずやけどなぁ」
「だったらいいじゃん!足手まといになる前にさっさと殺っちゃおうよ!
 というか今決めたー!答えは聞いてない!
 それにあの中華のお姉さん死んじゃったのも元はあいつの責任じゃないか!!
 あのお姉さん好きだったのにぃ!」
 
そう捲くし立てて【騎士】は地団太を踏む。
この駄々を捏ねる少年がお姉さんと呼ぶのは、『血族』が長の妻であり最優の美凶手と
謳われたエルダーである。
請負部隊である彼らは、かの血族とは幾許かの交流があった。
同じ始末屋同士としての会合を主としたビジネスライクな交流だが。
 
その時、決まって退屈している【騎士】の相手をするのが彼女だった。
【騎士】が悪戯をしては彼女が鉄拳制裁で躾けるというややバイオレンスな光景だったが
成る程。確かに【騎士】は彼女に良く懐いていたし、彼女も案外【騎士】のような子供を
あやすのは満更ではなかったように見えた。
そんな記憶を――――彼女がファージ最強の女戦士と戦い、そして相打ちとなってから
1週間ほど前の情景を、【城兵】は思い出す。
 
 
「あーもう殺す!やっぱり殺す!絶対殺す!
 蜂の巣にしてバラバラにして殺っつけて晒す!答えは聞かない絶対聞かない!!」
「だからあかん言うとるやろ話きかんかい!」
  
そう言って、容姿以上に幼い【騎士(ナイト)】の癇癪――子供ゆえの無垢な
残虐性を孕んだそれ――を、巨漢の【城兵(ルーク)】が見事なてっぽうで殴って抑える。
Big sister所属の獲物を選ばぬ請負部隊、牙持つガイアの騒々しい始末屋。
トリガーハッピーの【騎士】と、怪力無双の【城兵】。
二人のどこか喜劇じみた奇態は、彼らを知るものならば日常だと皆理解していた。
此方に気付いた、その到着早々怒鳴り散らす当の指導者以外は。
   
「…確かに、俺もあいつは好かん。だがな、味方を歓迎するんは【王(キング)】の指示や。
 俺らが契約したあいつとの約束や、その約束を破るわけにはいかん」
「…。それは分かるけど…」
 
あの指導者は虫が好かない。それは紛れもなく【城兵】の真意だ。
無論、豪放磊落な彼の性向からして気に食わないというのもある。だが最大の理由は
もう一つあった。
議会の機嫌取りで独走した指導者の命令で引き起こされたも同然の、ファージと血族
によるエージェント同士の殺し合い。
その暗闘で妻を失い、怒りに狂い暴走した血族のファミリーを粛清したのは他でもない。
同じく貴族の請負集団であった彼らが一族、それも【騎士】と【城兵】に【僧正】、そして
トップである【王】ら精鋭の4人であったのだから。
 
故意か無意識か、その会話は余さず周囲に聞こえるような音量で響いていた。
まぁ、これも常の風景なので恐らくは後者なのであろうが。
 
「まぁ、そりゃあ確かに、戦場は不幸な事故が起こることもあるけどやなぁ?」
「不幸な事故?」
「おう、例えばな、前線指揮むなしく怪物に襲われ奴らの仲間になるとか」
「なるとか?」
「奴らに捕まってやむを得ず、奴らごと倒して尊い犠牲として語り継がれるとか」
「れるとか?」
「戦線の混乱で後ろから斧で叩き割られたり、誤射で蜂の巣になったりとかな」
「うんうん、それで?」
 
 
ところで。
今この、こめかみに血管が浮き出て今にも爆発しそうだが、二人の悪名を知っている
故に手も口も出せず今にも憤死しそうになっている指導者は誰であろうか。
ついでに最大の戦力であった紫髪の始末屋を命令違反で失い、彼女と刺し違えた美凶手
の夫に死に物狂いで報復され、あわや滅殺される所を目の前の二人を含めた請負部隊
に助けられた指導者は。
そして、それら失態の所為で取り入った貴族からも厄介者同然に扱われ、今や不足した戦力
で元廃棄人形相手に敗走を繰り返す羽目に陥っている指導者は。
そう、この百戦百敗の更迭の冷笑で万古に永く輝く不滅の偉勲を想像された革命の冷笑は。
その名は?
その名は?
その名は?
その名は?
 
 
 
「あ」
「あ」
 
そこでようやく二人は気付く。
赤熱を超え蒼白を凌駕し、土気色の顔でプルプルと震える指導者。
互いに顔を見合わせる、【騎士】と【城兵】。
一触即発の空気。
ただし多勢に無勢。ホストが7でゲストが3。
加えてホストの全員が屈強な請負部隊。
ほぼ全員が獰猛な吸血種。幻想種すら殺してのける生粋の戦闘種族たち。
尋常ならぬ気配を察して、その全員が一同に集合したとき――――
 
  
 
 
結論として、その指導者にはゲストルームの奥で身の安全を確保してもらう事となった。
もちろん胃薬は持参である。 
 
 
 
 
                          ―――まぁ、それはまた別の“物語”。

744 名前:倫敦にて ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 22:49:58
 
 
 「それで、奴に依頼したのか?」
 
 
Big sisterの生存者が集う反抗拠点。
元は某国の大使館であった建物、その執務室らしき一室に二人の男がいた。
片方は白にして黒。上等な椅子に腰掛け、目の前で両手を組んでいる。
左手に黒のグローブをはめ、白いスーツに身を包んだ黒髪の青年だ。
それも、倫敦の住人としては珍しい純粋な日本人―――もっとも、それはある意味
で誤りなのだが。
彼は吸血種だった。とある太古の真祖が架空元素を用いて創り上げた
異形の眷属。その獰猛な一族を統べる若き王の一人であった。
 
「…正直、彼には済まないと思っている。
 だが、今は両陣営共に倫敦の壊滅を食い止めるのが精一杯だ」
 
そう言って“闇の牙”―――緊急措置ながらも伯爵の下で生き残ったBig sister
サイドを纏める立場/奇しくも倫敦に来た目的を果たした―――若き吸血種の【王】は、
心より悔いるように、今頃別の所で依頼を受けているであろう、倫敦で得た親友に謝罪した。

「だが、いや…だからこそやらねばならない」
 
最初に問うたのと同じく、次の句を継いだのはもう一人。
向かい合うようにして立つ長身。
此方は黒にして白。ダークスーツに白皙の美貌を称えた長髪の男。
 
「伯爵の呼んだ増援が駆けつけるにはまだ時間が掛かる。
 お前の後見人でもあるスレイヤー卿も同様だ。…いや、恐らく間に合わないだろう」
 
日本の退魔機関を指揮する半吸血鬼、そして吸血鬼と人間との共存を模索する“黄金の牙”
の協力者として暗躍する“護る者”。
自らを幻也と称する男は、涼やかな声で残酷な事実のみを告げた。
 
「…このタイミングで、『機甲解放戦線(イレギュラー)』が宣戦布告、
 一斉に暗黒帝国へ侵攻を開始したとの情報が入った。私がこの街へ来る途中にな。
 裏で関与していると推測される騎士団もそうだが、全てはネットワークを介してあの
 ウォレスが仕組んだことだろう。
 このままでは彼らが到着するころには…全ては、手遅れだ」
     
世界秩序を焼き尽くす“刷新”を唱える薔薇十字騎士団。
自らを新たな種と断言し、世界規模で種の闘争を引き起こそうとする“Σ”に率いられた
機械仕掛けのイレギュラー。そしてそれらの忌まわしき結託。
 
あの月面基地で起きた惨劇も。加えてマイエル=リンク公が犠牲になった衛星落下事件も。
それらも全ては裏で彼らのエージェントと、あの狂える帽子屋が関わっていたという説が、
今や公然の事実だと認識されていた。
 
彼らは共に主張する。表で闇で。人類の、従来の生命の不要論と限りない憎悪を。
そして、自らこそが真の超越者であると声高に。
或いは、その驕りがあるからこそ彼女の狂気に賛同したのであろう。
再創世による崩壊も、進化した自分達ならば逃れられると信じて。
無論、それが誤りであると彼ら自身も知らぬまま。
   
「…外からの増援は期待できない、という事か。
 そしてそれは君達も同じ――――そうなんだろう、有角?」
 
【王】は己の無力さを噛み締め、悲痛な表情を崩さない。
既に両勢力―――フリーのエージェント・傭兵・便利屋/士の仲間である仮面
(マスカレイド)達も含めて―――の戦力は、現状を維持するだけで精一杯だった。
 
そして、倫敦以外の戦力も同じく。
退魔機関の指揮官である幻也だが、彼が来たのは増援が目的ではなかった。
彼は【王】にある物を渡すため、急遽日本から倫敦まで飛んできたのだ。
 
世界同時に起こりつつある混乱は、日本もまた例外ではない。
帝都に封じられていた筈の魔人が神話の存在となった夜刀の神と手を組み、
日本全土を奈落へ堕とすべく活動を開始したのである。
『百夜計画』―――同じく帽子屋の計画に賛同する形で蜂起した、新世界を望む
外法集団の恐るべき計略によって。
そしてそれ故に彼は任務を終え次第、陣頭指揮のため日本へと戻らなければ
ならなかった。
 
「…済まない。だが、私も急ぎ戻らなければならん。
 奴らがあの“城”を召喚するのを防ぐには、私の力が必要になる」
  
刻一刻と世界の終焉が迫り来ようと。
刻一刻と絶望が世界を侵食し続けようと。
例え、いかなる抗いも意味をなさず、徒労と終り、この世界が潰えようと。
  
「たとえ世界が終わるとしても、俺は俺の戦いをせねばならない」
 
そう、男は新たな道を歩んで手に入れた、戦友の一人に告げる。
  
戦い続ける者がいる。
自分の“物語”を紡ぐため、終わりを前にしても生きようとする者達がいる。
最後まで、自分の“物語”を続ける者達がいる。
それは、例えば更なる殉教の十字架を背負って進む彼のように。 
 
 
  
                           ―――それもまた、この世界の“物語”。

745 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 22:50:57
 
 
 「大体分かった。…あんたに一つだけ頼みがある」
 
 
 そう言うと士は向き直り、【僧正】の方を見た。
 この世界に来てからの悪友の一人。
 何度も騙されては騙し返し、それでも奇妙な友情を育んできた仲介屋を。
  
 
 「ユウスケと夏…いや、所長のやつによろしく言っといてくれ。
  『この街も長居しすぎた。また旅に出ようぜ』、ってな」


 彼の唯一の心残り。
 彼と一緒に旅をしてきた仲間達。この倫敦で共に生きてきた仲間たち。
 そして今は生き残った人々を守るため、他の地区で怪物と戦う彼の仲間達。
 
 
 「――――分かったよ、そう伝えておく。“必ず帰ってくる”ってね」
 「相変わらず嘘吐きだな、お前」
 「よく言われるよ。……じゃあ、“また”」
 
 
 そうして、男は歩き出す。
 

746 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 22:54:55

 
「嘘つきは泥棒の始まりだよ、違うかい?」
 
 
“写真屋”が廃墟と化した街並を行く中、彼に声をかける者がいた。
倫敦を騒がせていた神出鬼没の仮面(マスカレイド)の一人。
仮面の軍団を召喚し、狙った獲物は必ず盗むという豪語する“怪盗”。
そして、士と共に数々の世界を駆け巡った戦友の一人でもあった。
 
その彼が、気障なまでに爽やかな青年が写真屋を呼び止める。
便利屋と依頼主達しか知らないはずの“真実”を言葉に載せて。
  
「…どこまで聞いてた、お前」
「全部。というよりは、最初からかな。あの仲介屋から話は聞かされてた。
 君が依頼を受ける直前に、前もってね」
 
その“怪盗”の言葉を聞いて、だが彼は黙って歩調を早める。
何も言わずただ過ぎ行くように。しかしそれを見過ごされる道理はなかった。
彼の悪友は割って入るように立ちふさがり、当然の疑問を容赦なくぶつける。
   
「何故、皆に黙って行こうとする?
 仲間じゃなかったのかい。僕たちは」
 
だが彼から返る言葉はない。弁解も、謝罪も、突き放す言葉も何一つ。
そんな戦友の態度に憤りを覚えてか、“怪盗”は彼のコートの襟首を乱暴に
掴み上げ問いただす。まるで…いや、正に今まで溜めてきたものが堰を切ったかのように。
  
「君は分かっているのか!?
 ああそうさ。破壊者としての役割を終えた君は、確かに自由だ。
 それこそ旅をするのも、生きるのも死ぬのもね。けどだからって君が犠牲に―――!」

「……違うな。だからこそだ、“怪盗”」
 
「何だって?」 
 
静かに、しかし力強く襟を掴んだ腕を外して彼は答える。
一切の揺るぎ無い眼差しで、そして常と同じく尊大な物言いで。
 
「俺は旅をしながら、自分に何が出来るのか。俺自身の“物語”をずっと探していた。
 それこそ“世界の破壊者”として世界を回ってた頃からな。
 そしてこの倫敦で腰を落ち着けてみて…ようやく答えらしいものが見つかった」
 
「答え?」
 
「そうだ。他の“英雄(Rider)”たちが戦い続けてまで守ろうとしたもの。
 それは多分、平和とか自由とかそんな奇麗事だけじゃない。
 その世界の住人が生きてきた証……そいつ等だけの“物語”だ」
 
そう、彼は何時もと変わらない。  
何時もと変わらない尊大な態度で。
何時もと変わらない自惚れた物言いで。
 
「だから俺は、その“物語”を護る。
 たとえそれが絶望の世界でも、最悪の世界であろうと紡がれてきた“物語”をな。
 ――――それが、今の俺の“物語”だ」
   
そう。
世界の破滅を目前にした時にも関らず、何時もと同じ『写真屋/旅人』として。
彼は、“破壊者”は自分の決意を言い放った。 

747 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 22:56:59

 
「俺は破壊者だ。世界を破壊することしか出来やしない。
 もちろん、そんな俺に世界なんて救えない。
 だから、この世界の未来を作る気なんてものは毛頭ない」
 
そう、彼は破壊者であり旅人だ。
世界を救うのは破壊の産物、彼は物語を持たない異邦人。
そんな彼に、未来を作る資格はない。
だが――――。
 
「この世界の未来を作ってゆくのは、この世界で“物語”を紡ぐ住人たちだ。
 だから俺は只、世界を破壊する。
 無理やり幕を引いて終わらせようとする身勝手な“世界”をな」
  
だが、彼は見てきた。
旅を続けた果て、この世界に辿りついた彼は見てきた。
この倫敦の街を。絶望と最悪の街に生きる住人達を。
この街を彩る幾つもの“物語”を。
 
そう、彼は見てきた。
時に救いがなく、時に狂気に溢れ、それでも生きた証として紡がれる“物語”を。
必ず歪んで現像されるカメラのファインダー越しに、様々な“物語”を。
彼が撮ってきた、この倫敦の“物語”を。
 
だから、彼は決意する。
この世界の“物語”を否定する、この世界最後の物語を破壊することを。
そうして訪れる沈黙。
一時のそれは、しかし互いにとって永遠に感じられた。
 
「……全く、君って奴は」
 
そして。
彼の戦友である“怪盗”は、その揺るがない決意を理解した。
苦笑したような呆れたような、そんな複雑な表情を浮かべながら。
  
「分かった、分かったよ。
 一度決めたらてこでも曲げないのが君だ。
 ならもう止めはしない。精々、君の手であの人形を破壊してくれたまえ。
 ただし、絶対に。絶対に必ずだ。
 あのお宝が手に入らないのなら、いっそ君が壊してくれた方が清々する」
 
そう言って。
“怪盗”は何時もの気障な調子で、指鉄砲を作り。
いつもどおり、虚空へと狙いを定めて打ち抜いた。

748 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 22:59:51
 
  
「…お前、あれまだ狙ってたのか」 
 
「当然さ。LadyLの体にシリンダー。
 どっちも、元々は僕が追いかけてたお宝なんでね」
 
「元々じゃないだろ。むしろお前が横合いから盗もうとしてただけだろうが。
 そういうのをな火事場泥棒っていうんだ、このバ怪盗」
 
そう半ば呆れながら、写真屋は名探偵の末裔を名乗る少女との一件を思い出す。
幻の格闘技と幻の『俺の必殺技』が激突したあの事件。
目の前の悪友がとある企業の研究成果を横合いから掠め取ったおかげで、更に混乱を
引き起こした事件。おかげでBig blueとBig sisiterの双方に付け狙われ、随分と生きた
心地のしなかったあの一件を思い出す。
この街に来てから初めて、この自称怪盗を心底呪ったあの事件を。
 
「いやぁ、この街も色々いいお宝があったよね」
 
「おかげで俺達が迷惑を蒙ったことも引っ切り無しだ全く。
 ストレスで俺やあいつらの寿命をマッハにするつもりかお前、いい加減にしろ」
 
そうして続く売り言葉に買い言葉。
相も変わらず気障な嫌味を、相も変わらない尊大な態度で返す。
旅をしていた時から今まで繰り返してきた軽口の応酬。
そんな、二人にとって日常となったやり取りを楽しみながら。 
 
 
「もって行けよ。特別に貸してやる」
 
そう切り出して士の悪友――この1年に渡って罪都を騒がせた怪盗は、紙片の
束を投げ渡す。それは彼が並行世界を巡り手に入れた“お宝”。
各々の世界の“英雄”と、ある時は味方として、またある時は敵として英雄の“物語”を
紡いだ戦士達の情報(コード)を閉じ込めたカードの数々であった。
 
「折角なら手札は多い方がいいだろう?
 ――――“あれ”を使わないに越したことはないからね」
  
そう告げる友の表情は固い。
便利屋として士が関わった、悪名高い“ゼロ番街の惨劇”。
その禁忌の一区画が崩壊するほどの激戦場で起こった事を、彼は忘れていなかった。
 
「あの男も最期に言ってたろう? 君は本来、破壊者としての役割を終えている。
 役割を終えた以上、あの力は過ぎたものなんだ」
 
“あの男”。
彼がそう呼ぶのは、この世界では一人だけだ。
ゼロ番街で士を、危機に瀕した“破壊者”を助け、その命を散らした男。
その男が死に際に遺したのは警告。
破壊者にとって唯一過ぎたる力となった、最大の武器に対しての警告だった。

749 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:02:02
 
「そいつだけは約束できないが…まぁ、折角だから借りとくぜ。
 ―――じゃあな、“怪盗”」
  
そう後ろ手を振って写真屋は立ち去る。いや、立ち向かう。
最後の旅を前にして、何時もと変わらない態度で立ち向かう。


 『この終ろうとする“世界”を。
  この世界を終らせる“物語”を―――ミスタ・ウォレスの計画を、破壊してほしい』


 『ただし、君を回収することは出来ない。
  3度に渡る進攻で、システムのプロテクトが強化されている。
  システム掌握の出来るドールがいない今、可能なのは電情戦に優れた
  エージェントによるハッキングだけ』
  
 
 『それでようやく僕達が確保できた軌道エレベーターへのルートが一つ。
  だけど、それは上昇専用の片道切符だ』
  
 
 『そして君がミスタ・ウォレスを首尾よく撃破しても、次はシステムの再掌握が
  残ってる。彼女によって侵略されたシステムの復旧がね。
  自壊プログラムの危険性を考慮して、作業は撃破の確認後ただちに実行される』
  
  
 『それにより、軌道エレベーターのシステムはセーフモードに移行する。
  すなわち一切の運搬システム、ならびに生命維持機能は停止。
  そして補助機構の時空連結システムによる空間の固定・安定処置を含めてね。
  だからたとえ、時空を越えることが出来ても君を回収することは不可能になる』
  
 
 『君に渡すのは地獄への片道切符。改めて聞こう』
 
 
 『死神と地獄へ相乗りする勇気――――君にはあるかい?』
 

 
 
そう、この旅は片道切符。
それも終着駅への片道切符。
それを彼は、掛替えのない戦友は、何時もと同じように歩いてゆく。
  
だから彼の友は。
もう一度、“怪盗”は何時も癖でやるように指鉄砲で狙いを定め。
去り行く背中へ『BANG』と一人、引き金を引くジェスチャーで彼を見送った。

750 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:03:54
 
 
 
 
 
 
    「さよならは言わないよ。たとえそれが、最後のお別れだろうとね」
 
 
 
 
 
 


751 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:05:15
 
 
 
 かつて、この狂った世界に怒る男がいた。
 過ちと絶望と狂気が闊歩する世界に、理不尽な世界に憤怒する男が。
 
 
 男は科学者だった。
 それも天才と称されるほどの科学者だった。
 その優れた頭脳は、だが何よりも世界の過ちを見出し、故に世界を許せなかった。
 人が異形に蹂躙される世界を、選択を間違い続けている世界を。
   
  
 男は“組織”に身を寄せた。
 歪んだ世界を破壊し、破壊を終えたその世界をより良き形で統治する。
 世界征服。それも、数多の次元世界への侵略/救済を掲げる偉大なる大組織に。
 
 
 だが、それも歪んだ理想であると男は知ることとなる。
 男が最も憎む、彼が生まれたあの世界と同じ。いやそれ以上の悪意であると。
 程なくして男は組織を裏切った。
 だが、男は組織に捕らえられ粛清が行われた。
  
  
 それより後。
 霧の晴れぬ倫敦に、一つの都市伝説が囁かれる。
 他の怪人譚と違うのは、彼は人々を襲わない。
 襲うのは人形であり、吸血鬼であり、深き者であり、そして悪人だけである。
 失った右手を機械と変えて、悪を憎み戦い続ける“右手の男”。
 生まれた世界を愛するが故に憎み、それでもこの世界に生き続ける人々の為に戦う仮面(マスカレイド)。
 
 
 悪党殺しの男。人形殺しの男。吸血鬼殺しの男。
 人形殺しの代名詞にまでなったあの男。
 
 
 鐘が鳴り響き、スモッグの晴れぬ世界。
 ここは倫敦の世界。男が生まれた悲しき世界。
 
 
                          ―――それもまた、この世界の“物語”。


752 名前:倫敦にて ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:11:03
 
 
――――――この世界は狂ったように鳴り響く鐘の音に包まれ終わる。

 
 

「まぁ、けど悪くなかったかな。この倫敦での生活っていうのもね」
 
物言わぬ廃墟と化した街並を見回して、【僧正】は一人ごちる。
千の偽り、万の嘘。
正にそれこそが罷り通る悪徳の罪都は、それゆえ彼にとって住み易いといえた。
デートに誘った自動人形がディナーの後噛み付いてくる、なんてスリリングな
ハプニングを除いては。
 
「奇跡的にミス・ドミノも生還できたし。
 彼女をテレビでもう見られなくのは、僕も嫌だったからねぇ」
 
あのプロデューサーに色々紹介してあげた甲斐があったよ。
そんな軽口を叩き、柄にもなく奔走したことを思い出す。
まさか、あのヘカテの蜥蜴が話に乗ってくるとは思わなかったが。 
 
「そういえばさ、【僧正】が話を聞くのって女の子限定じゃなかったっけ?」
 
そんな【僧正】にしみじみとした独り言に、素朴な疑問をぶつけるのは幼き【騎士】。
 
「まぁ、そこはちょっとした大人の嘘ってコトでね。お仕事はまた別のハナシ。
 【王】との“契約”でもあるしさ」
 
そう言って眼鏡を直しながら、【僧正】は自分の言葉を噛み締める。
  
そう、契約だ。
【王】がその目的を果たすための権力を得るまで、彼を補佐する。
それが時空の放浪者だった自分達と彼との契約。
自身をエネルギー体に変換できる彼らの種族は契約者の願いを叶え、契約者の時間に寄生する。
本来は過去に飛び、他の時間軸を破壊して自分達の未来を確保するため獲得した特性である。
 
そして曲がりなりにも契約者の願いが叶った以上、彼らの役目もまた終わる。
再生された元の世界に、帰るべき世界に帰れるのだ。
だがその前に、どうしてもやっておく事があった。
  
「おう、最初にあいつに出会えたんが何よりの幸運や。
 このひん曲がった街の中で、あいつは一番信じられる男やからな!
 全く、あいつは泣けるくらいエエ男やで! ……泣く?」 
 
蓬髪の一房を黄色に染めた、正に熊のような風貌の巨漢―――【城兵】も
また回想する。
彼らがこの絶望の街を悪くないと感じられたのは、他でもない。
この世界における“契約者”、【王】という最良のパートナーが居たからだ。
希望として信じられる男が、この絶望の都に居たからだ。
 
だから、彼らは最後の奉公(アフターサービス)をする事にした。
今まで恩を受け世話になった礼として、正に命を賭けた大サービスを。
 

753 名前:倫敦にて ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:12:21
  
そう。
この街並の地平線まで埋め尽くす、増殖に増殖を重ねた元廃棄人形。
一個大隊すら押し包み蹂躙する怪物(フェアリィ)どもを、一匹も通さずに
叩き潰し、此処を死守するという出血流血大流血、命投げ捨て大安売りの大サービス。
  
「後ろは空気くんと所長さんが守ってるけど、女の子に無茶をさせる
 わけにはいかないしね。空気くんはともかくさ」
 
そう遥か後方、避難所の入り口で備える“破壊者”の仲間を思う。
仲間を頼む。それが彼の最後の願い。
叶える義理は本来ないが、これも迷惑をかけてきたお詫び代わりだ。
 
―――それよりは、彼女にボクお勧めのにコーヒーを奢ってあげたかったんだけどね。
そんな益体もないちょっとした後悔をしつつ、【僧正】は連れている仲間に忠告する。
   
「ああ、今更分かってると思うけど。
 今の僕達の体は、僕らの本体とほぼ同化してる。
 ちょっとでも離脱のタイミングを間違えて、いいのを貰っちゃうと……。
 ―――まぁ、“それでも、大丈夫”だろうケド、ね」
 
千の偽り、万の嘘。
仮初の【僧正】は何時だって嘘を付く。
優しい嘘も、残酷な嘘も。全て等しく嘘を付く。誰かを騙し、欺き、そして元気付けるために。
 
「下手な嘘やなあ自分、そんなん俺だって騙せへんぞ」
「え、そう? 君達なら騙せると思ったんだけどなあ」 
「そんなことより全部倒すけどいいよね、答えは聞かないけど!」
「ま、そうだね。そんな事よりお仕事お仕事」
「おう、正に最後の大仕事や……泣けるでぇ!」
「じゃあ、行くよ。二人とも」 

754 名前:倫敦にて ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:12:51
 
そして罪都倫敦の朽ち果てた廃墟に、突如として旋律が鳴り響く。
例えるならそう、プラットホームで列車がその出発を告げるときに流れる音階。
耳朶を打つ電子音の旋律。
ただしこれは駅ならぬ倫敦の闇で聴こえ続けた、【王】に仕える奇妙な三騎。
その到来を意味する旋律だ。
Big sisterの請負部隊『Fang-gaia』、その最精鋭の到来を告げる悪夢の音色。
実体化されたフリーエネルギーの装甲を纏い、粛清を行う仮面(マスカレイド)達の
喇叭の音が虚空に響く。
 
 
――――仮初の【僧正】が。
 
                            「君達、僕に釣られてみる?」
 
――――仮初の【城兵】が。
 
                            「俺の強さに、お前らが泣いた!」
 
――――【女王】を代行する仮初の【騎士】が。
 
                            「倒すけどいいよね? 答えは聞いてない!」 
 
場所は路地にして死地。
二重三重に怪物どもが犇く住宅街の一角。
先は生存者たちの避難所へと続く最終防衛ライン。
奇妙な死出の旋律が今、“変身”した三騎と共に鳴り響く。
 
 
  
                            ――――それはまた、もう一つの“物語”。


755 名前:倫敦にて ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:13:33
 
――――――この世界は狂ったように鳴り響く鐘の音に包まれ終わる。
 
 
 
「待たせたな」
 
 
そう眼前の相手に言い放つと、【王】は幻也から受け取った円盤状の物体を握り締める。
其れは彼の種族が開発した蛇形の人工魔獣。
そして、それはかつて彼が愛用していたもう一つの鎧を召喚する為の礼装。
並び立つ王の誓いと共に封印した、最も古きSAGAの魔鎧を。
 
対峙するのは金色の体毛を光らせる人造魔獣。
祖国を失い、組織を失い、本来の体と魂さえ失った人狼(ワーウルフ)。
イカレ帽子屋の手配で、『機械仕掛の魔道士』の手によって改造された元『大佐』は、
虚無を湛えた瞳で【王】を睨む。
彼こそは走狗。邪魔となる指導者たちの暗殺という命令のみを刻みこまれた、
黄金色のフェンリル。
プラズマ流を帯びた合金製の爪牙を剥き、帽子屋の哀れな狗は戦いの構えを取る。
彼が仕留め損ねた、若き吸血種の王を今度こそ屠るため。
 
 
【王】は皮手袋を脱ぎ捨て、左手に刻まれた紋章を掲げる。
薔薇を模した、牙持つガイアの王の証たる紋章を。
 
 
「貴様に王の判決を言い渡す―――死だ」
 
 
場所は砦。
廃墟と課した倫敦の、意志と命あるものが集う最後の拠点。
 
 
                            ――――それはまた、もう一つの“物語”。


756 名前:倫敦にて ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:14:31
  
 
――――――この世界は狂ったように鳴り響く鐘の音に包まれ終わる。
 
 
 
動かなくなったバイクを乗り捨て、その男はアスファルトの上に降り立った。
金髪をソフトワックスでゆるやかに逆立てた、中性的な顔立ちの男。
『ストライフ・デリバリーサービス』。
そんな名前の運び屋を一人営む、蒼く光る瞳の男。
 
男の内ポケットには1枚の写真。
尊大な態度の自称写真屋が撮った、酷くブレた1枚の写真。
だがその歪んだ写真には、男の掛替えのないものが写し出されている。
 
それは男の過去であり記憶の奥底に仕舞いこんだ傷。
上官にして親友であった男と、憧れであり恐怖であった英雄の姿。
そして自分の過ちで失った友であり、己にとって絶対に勝てない存在だった
銀髪のソルジャー。
 
だが、男はその過去を断ち切る事となる。
あるIBMからの依頼、その脅威として立ちふさがった死んだはずの英雄。
過去の傷跡を抉られ、心を壊され人形にされようとした中。
そんな絶対に勝てない悪夢に横合いから殴りかかった“破壊者”と共に。
 
―――結果として。
男は幻想の断片から再来したと嘯く英雄を、自らの“絶対”を破壊した。
英雄を利用し、『新製品』を得ようとした神を名乗る愚かな吸血鬼ともどもに。
  
 
そんな過去に思いも馳せず、男は前を睥睨する。
軌道エレベーターまで続く一本道は、相変わらず怪物で埋め尽くされていた。
ヒトも人外も等しく喰らう怪物(フェアリィ)の大群。
その大集団を切り伏せ、エレベータへと続く道をデリバリーするのが今回の仕事だった。
 
既に後方から此処へ続くルートは、男と同様の依頼を受けた悪魔狩人が受け持っている。
赤いコートの大胆不敵な気分屋。その尊大さは自称写真屋にも劣らない。
 
男は知らないことだが、その悪魔狩人もまた1枚の写真を今懐に忍ばせていた。
今はこの世にいない敬愛する父と母が写った、歪んだ写真。
父より受け継いだ誇りを思い出し、この都を魔界に呑み込ませようとした実兄を討った後。
出世払いだと記念で撮った、とっておきの1枚。
 
 
そんな奇妙な因果は露知らず、男は背中の大剣に手をかける。
そう、知らないことだ。
男はただ、己の請け負った仕事を果たす。
あの尊大な写真屋を、自分を“破壊者”と嘯く彼を通すため、その為の道を拓く。
 
そう。
幻想の彼方に消えゆく英雄が遺した呪詛も。
この絶望が支配した世界も。
悪魔狩人が依頼を果たせず道が途絶えるという杞憂も。
“破壊者”が敗れ、この倫敦が消滅するという可能性も。
 
 
「――――――興味ないね」
 
 
そして、男は手に取った大剣を構え一歩を踏み出す。
此処は死線。
軌道エレベーターへの道に繋がる、もっとも危険なデッドライン。
 
 
 
                            ――――それはまた、もう一つの“物語”。
 

757 名前:倫敦にて ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:16:14
 
 
――――――この世界は狂ったように鳴り響く鐘の音に包まれ終わる。
 
 
 
 
―――嗚呼、いいキモチだ。
 
そう道化は呟いて、死と破壊のニオイが充満した都を見下ろす。
彼は罪都に現れた銀髪の英雄と同じく、幻想の断片から黄泉返った破壊の化身。
 
巴里に向かった他の“同類”たちとは別に、彼だけはこの終焉の地に残っていた。
自分以外の存在が、全能の神を名乗るのに腹を立て。
それ故に誰よりも早く、この倫敦を破壊しつくすためだけに。
 
 
そう、破壊、破壊、ハカイ。
全部ぜんぶゼ〜ンブハカイ、何も何もかも赴くままにぶっ壊す。
全ては平等に愚かしい。
総ては平等に汚らわしい。
すべては平等に価値がない。
 
だが、こんなに絶望に溢れてるのに、何故心が壊れない?
なぜ、私のように皆、心が壊れない?
  
なぜ、何故、なぜ、なぜ、何故、なぜ、なぜ、何故、なぜ、なぜ、何故、なぜ、なぜ、何故、なぜ?
どいつもこいつも、どいつもこいつも、どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも
  
何故、まだ諦めない。何故諦めない奴等がいる?
お前達はカスだ!カス以下のカスだ!カス以下のカス以下のカスだ!
 
そう。
みんな壊れてしまえ。全てはいずれ壊れていく。
 
そう、お前も。  ――――最強のエルダー。
お前も。     ――――倫敦のエルダー。
お前も。     ――――この世界最大の吸血鬼。 
お前も。     ――――伯爵という名の吸血鬼。
 
 
命?
夢?
希望?
どこから来て、どこへ行く?
 
教えてやろう。そんなものは、
  
「そんなモノは… この私が、破壊する!!」
 
 
此処は戦場。
神の力を持つ道化が、最強の伯爵が激突する時計塔。
鐘の音に混じり道化の狂った高笑いが鳴り響く、もう一つの頂上決戦。
 
 
                            ――――それはまた、もう一つの“物語”。
 

758 名前:この世界にて ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:17:46
 
 
――――――この世界は狂ったように鳴り響く鐘の音に包まれ終わる。
 
  
 
 ――――帝都には東の白夜。
 魔人と夜刀の神、悪夢の双璧が百鬼夜行の右を成す。
 
 
 ――――魔都には九龍の乱。
 過去最悪の感染能力を持つ血統が、結界の都を地獄と変える。
 
 
 ――――幻都には幻葬の森。
 場所も時代も掻き混ぜ溶かす、黒きジャンヌの森が顕現する。
 
 
 ――――妖都には西の白夜。
 転生した白面の大妖が、日本全土を破壊すべき術式の左を担う。
  
  
 イカレた帽子屋の予防策。
 彼女によって仕組まれた新世界を謳うものどもの宣戦布告。
 時間稼ぎというには余りにも凶悪な災いが、ほぼ同時期に世界を侵す。
 
 
 ――――そして罪都倫敦には、史上最悪にして最大の神降ろし。
 
 かの積層都市を昇華崩壊させた以上の神威が、今度は世界全土に降り注ぐ。
 鳴り響く鐘の音の祝福を受けながら。
 
 
 
                            ――――それは、“終わりの物語”。
 
 

759 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:19:31
 
――――――この世界は狂ったように鳴り響く鐘の音に包まれ終わる。
  
 
その侵入ルートとは一種の送電線だ。
正確にはそれの低音環境と特殊な電磁構造が偶然に作り上げた、4年に一回の周期で数秒だけ
生成される電磁加速器(レールガン)。
地上から天空へと伸びる、正に電速で撃ち出されるだけの一方通行。
確かに、こんな自殺志願をこえて事故死と同義のルートを想定する奴は皆無だろう。
ドールだろうと吸血鬼だろうと、大気圏を突破する超速度でノーロープ逆バンジー、いや宇宙へのカタパルト
射出を体験しようとする馬鹿はいない。たとえ他に内部からの移動手段がないとしてもだ。
 
だが、その偏執的な自殺志願者だけが使うような期間限定のカタパルトをあえて使う。
それが【亀】の支持した唯一の侵入ルートだった。
魔法以上の無茶が可能な“彼”だけが、擬似的な時間操作すら可能な“手札”を持つ
彼だけが使用できる専用ルート。
奇跡を可能とするドールや超越者たちが倒れ動けぬ今、破壊者の彼だけが通れるルートだ。
 
 
 
だから、彼はその今や自分だけが通れる道を昇る。
絶対を破壊し、不可能を可能にするマゼンダの仮面(マスカレイド)となって。
 
 
だから、彼は今や自分だけが立つ道を往く。
電子の海より浮かび上がった狂える神、歪なキメラドールの女王が座する終焉の間へ。
 
 
 
  
                          ――――それは、存在しないはずの“物語”。
 

760 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:21:42
 
 
 
 
 
 
 
そして、扉は開かれる。


761 名前:門矢士 ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/01(月) 23:22:46
 
――――――この世界は狂ったように鳴り響く鐘の音に包まれ終わる。
それが、この世界の“定められた物語”。
 
 
   
  
             「――――ここが、神様とやらのいる世界か」
 
 
   
 
そう。
彼が破壊するべき“定められた物語”。


762 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/02(火) 13:44:35





「望み叶え給え / Dream Fighter 」 (Decade vs Alice)





.

763 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/02(火) 13:45:01





――――――首を刎ねてしまいなさい!





.

764 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/02(火) 13:45:16





磔刑者アリス






.

765 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/02(火) 13:47:02

 ナイフが踊る。ナイフが踊る。指の先でくるくると。
 人差し指をぴんと立て、その上でナイフがくるくる回る。
 片足立ちのバレリーナのようにくるくる回る。
 切っ先を下にしたナイフが、指の先でくるくる回る。

 指先でナイフを回転させているのは一人の女性。少女と呼ぶほどには幼くなく、女と呼
ぶほどには成熟していないそんな年頃の女性だった。

 彼女は血まみれのエプロンドレスを身につけたていた。目の覚めるような青だったはず
のドレスは、返り血によってぶきみな紫色へと変色している。純白だったはずのエプロン
にも、返り血が飛び、赤いまだら模様ができていた。彼女はヒールのついた編み上げ式の
ブーツをはいているが、そのブーツも返り血に塗れていた。

 血まみれの女性の名前はアリス。元Big Blue の鬼札ジョーカー
 今ではイカレ帽子屋のオトモダチ。この『狂った茶会パーティー』の参加者キャストだった。

 彼女がいるのはカーゴブロック。ただっぴろい倉庫の中。先ほどBig Sister とBig Blue
最精鋭部隊オールスターが敗北した場所からふたつほど離れた場所だった。

 壁には大きな穴が開き、大気が虚空へと流れ出していた。その速度が不自然に緩やかな
のは、きっと帽子屋の魔法によるものだろう。

 分厚い壁面をくりぬいた大穴のすぐ外には、星々の世界が迫っていた。

 見上げれば深遠なる宇宙。足元には輝くような青い生命の星。

 漆黒の宇宙と真っ青な地球が、まばゆく輝く境界線で区切られている。

 極寒の生命の存在など許さぬ世界。だというのに、これほどまでに美しい。

 それは、あまりにも神秘的で壮大な世界だった。

 ぼんやりと星界を眺めていたアリスが、乱入者へと顔を向ける。

「――――――あなた正気なの?こんなふうに突入してきて」

 指先でナイフを回したまま、アリスは呆れたようにため息をつくとかぶりをふった。

「もし、エレベータが倒壊したらどうするつもりだったの。実際、帽子屋がどうにかしな
かったら倒壊していたわ」

 そういって背後の扉を振り返った。その扉の先にいる、聖域に足を踏み入れんとする元人間を。

「……まあ、いいわ。ねえ、あなた。仮面舞踏会はもうお終いよ。帰りなさい、その穴か
ら。どうせもうすぐ総てが終わって、総てが始まるわ。この期に及んで、死に急ぐ必要な
んて無いでしょう? 」

 彼女の視線が再び乱入者を捕らえた。その、眼差しが、少しだけ、変わる。

「それとも――――――

766 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/02(火) 13:47:38






――――――とりあえず死ぬ?









.

767 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/02(火) 23:19:09

   
「そう言うなよ、兎ならぬ【亀】の悪意地でこんな時間になっちまったんだ」
   
そんな女の呆れた素振りに、彼はわざとらしく軽く肩を竦めてみせた。
表情の覗えぬ、深緑のゴーグルにマゼンダと黒の仮面(マスク)。
 
「まぁ、お呼びじゃないなら仕方ない。
 場違いな仮面の道化(マスカレイド)なんて、不思議の国のお茶会には不似合いだしな」
  
背中越しに感じるプレッシャー。
悪夢のアリス。血塗れのアリス。
偉大なる青Big Blueの誇るキリングジョーカー。
噂だけは聞かされていた始末屋のスーパースターを背に、彼もまた軽口を続ける。
 
「けどそうだな、折角だから―――――」
 
一切の緊張をほぐし脱力(リラックス)した自然体。
神業のクイックドロウを披露する一流のガンマンがするように、一分の殺気すら放たずに。
一分の兆しすら纏わずに。
背を向けたまま相変わらず両肩を竦めながら。 
表情の覗えぬ仮面(マスカレイド)は掌に忍ばせていた手札と、もう片方の手を無造作に。
手に持っていた一枚の手札を、開かれていた装填口(バックル)に。
 
 
            <ATTACK-RIDE “ILLUSION”!>
 
 
「あんた達に“贈り物(プレゼント)”だ」
  
  
――――刹那。
黒とマゼンダの仮面(マスカレイド)に、振り向きざまに放たれた弾幕は4つと増える。
自身のエネルギーと情報(コード)で形成された戦力/分身を作り出す奇術(イリュージョン)によって。
彼ら分身の全ては虚像でありながら実体。早撃ちと連動する動きで開放(RIDE)された
各々は同じ武器を持ち、同じ引き金を絞り、異なる射線で掃射する。
プラズマの銃弾を撃ち、マズルフラッシュの光を軌跡を放ちながら掃射する。
一人がアリスの頭を撃てば、もう一人は足元を、更に肩、ナイフを持つ手。
注意を引きながら引き金を引絞り、掃射、掃射、掃射―――気付けば彼らは全員が、
 
  
            <ATTACK-RIDE “INVISIBLE”!>
   
  
幾重の銃声に紛れ流れた駆動音は彼の物。 
虚空に聴こえた詠唱から皆、一斉にその姿が掻き消える。
『透明化(インビジブル)』の能力行使―――踊る仮面(マスカレイド)の怪盗が最も得意とした
存在隠微/気配遮断の情報具現化。
視覚に映る姿は愚か、音も気配も反応すらも隠し切る完全迷彩(パーフェクト・ステルス)。
彼が目指すのは短期決戦。
彼は何時だって尊大だが、倒すべき敵には容赦しない。
だから。 
   
  
 (早速使わせてもらうぜ、“怪盗”)
 
 
―――次に、其れが聴こえたのは。

次に其れが聴こえたのは、その場に釘付けにされたアリスと、その奥に君臨する帽子屋を
一望できる位置だ。
再び4重に響く駆動音。
自動拳銃型に変形させた武器の収納スペース―――クラインの壷へ収納された
戦友からの選別を瞬時に取り出し、また同時に腰に装備されたバックルのサイドハンドルを引く。
それを行ったのは一人ではない。
彼に従う彼が、彼と異なる動きをする彼が、突如として姿を消した彼らが、
DCDと共に再び姿を現した分身たちもまた一斉に。
戦士たちの力と武装、全ての情報(コード)が次元変換され保存されたカードを。
ただし誰一人として異なる戦士のカードを全員が取り出し、ベルトの変換機構へと
装填する。そして開放(Ride)、開放(Ride)。開放(Ride)!開放(Ride)!!  
   
   
(――――お前自慢の“お宝”ってのをな!)

768 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/02(火) 23:29:34

 
                        “DCD”の一人は変わる。
          “死を背負うことこそ我々の使命だ。そう言って彼は戦場に向かった”
                    <KAMEN-RIDE “G4”!>
          装着者を必ず犠牲にする装甲兵士、禁断なる漆黒の戦闘マシンへ。                        
                              
 
                 ――――そして、発動するもう一枚。
 
  
       “脅威を打ち倒す。その望みを果たすべく作られたのは巨人の名を持つ武器だった”
                   <ATTACK-RIDE “GIGANT”!!>
             上位存在の群すら焼き払う、4基の傷痍殲滅用小型ミサイル。
                     多目的巡航ミサイル『ギガント』。

   
 
                     破壊者の一人は変わる。                 
    “ただ愛を求め続けた。それは純粋な願いだったが、それ故に幾多の悲劇を生んだ”
                    <KAMEN-RIDE “913”!>
            人類の味方でありながら、最も凶悪で鮮烈だった殲滅者へ。 
 
 
                ――――そして、具現化するもう一枚。

 
  “全てを消し去る攻撃は、胸に吹き荒れるやり場のない孤独が形となったかのようだった”
              <ATTACK-RIDE “SIDE-BASSHER”!!>
       召喚されたサイドカーであったものは自律変形し、二脚の強襲兵器となる。    
           左の6連装クラスターミサイルと右の4連装バルカン、この双砲
                 で主を拒絶する全てを薙ぎ払うために。
 
 
 
 
                 仮面(マスカレイド)の一人は変わる。
          “玩具というにはそれは強く、物々しく、そして凶悪に過ぎた”
                   <KAMEN-RIDE “Δ”!> 
            無垢で凶暴な魔人に使われた、災いを呼ぶ装甲へ。         
 
 
               ――――そして、開放されるもう一枚。
 
 
          “吹き上がる炎がより強さが増し、戦いの流れを捻じ伏せる”
               <ATTACK-RIDE “JET-SLIGER”!!>
                 最新鋭ジェットエンジンの大推力。
                それが巨大な車体を浮き上がらせる。
          左右カウルより展開される光子ミサイル、その数実に32発。
   

 
 
                   物語を破壊する一人は変わる。
          “面倒は嫌いだ。だから彼は何時だって完全に焼き払う”
                <KAMEN-RIDE “ZOLDA”!!>  
        鏡の世界で存分に砲火を揮う、誰よりも冷静で非情な破壊主義者へ。
 
 
               ――――そして、装填されるもう一枚。
  
 
    “其れは最強の矛であり、最強の盾。二つが一つであれば、其処に“矛盾”は無い”
                    <ATTACK-RIDE...> 
         子供心の無垢な破壊力を具現化した、鏡界に巣食う鋼の巨人。
              13種の騎士の使い魔中最大級の火力を誇る、
                 その全身はあらゆる火砲で構成され
                   最強の名を欲しい侭にする。


 
 
 
 
 
全ては鮮やかにして瞬く間に。 
それぞれが別の姿に“変身”し、それぞれの得物を構え居並ぶ4人の仮面(マスカレイド)。 
そうして一斉に砲門が開け放たれる。
4番目の機動装甲が担ぐ4基の小型ミサイルが。
“Χ(カイ)”の字を仮面に刻んだ殲滅者が駆る歩行戦車の砲口が。
魔人に使われる道具(ツール)の、更に凶悪な玩具(マシン)からのぞくミサイル郡が。
そして全身を装甲と荷電粒子砲塔とミサイルで構成した、緑色の機甲巨人が。
その巨人の背後に立つ、銃のトリガーを直結させた触覚と隻眼(モノアイ)の装甲騎士が。
 
分身した破壊者/DCDの一人が言葉とともに。
     
 
「俺からのささやかな“贈り物”だ」 
 
 
そう言って彼は。
彼は。
彼は。
彼らは。
 
  
          「―――祝砲(クラッカー)を届けに来たぜ、最大級のな!」
                 <“END OF WORLD”!!>
                ALL-ATTACK――――TRRIGER/FIRE.  
 
 
開放されるのは禁断の四重奏と重なりて鳴り響く“世界の終わり”。
そう、炸裂してしまえば文字通り世界を終らせてしまう、掟破りの大火力。 
破滅的なまでの威力を込めた一斉射撃(クラッカー)が、神の聖域に容赦なく解き放たれた。

769 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/03(水) 01:23:16
>>767>>768





『うるさい動物や泥棒やのぞき魔はさぞかし透明になりたいことだろうが君は姿を消せ
ないと命が危ないかもな』






.

770 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/03(水) 01:25:12
>>769

 指先で回転していたナイフが消え、代わりに手鏡が現れる。

 迫る光弾を前にアリスはその手鏡を覗き込み、かるく手櫛で髪を梳かした。

 するとアリスの姿が見る見るうちに消えていき、たちまちのうちに消滅する。姿は見え
ず、音もなく、匂いも無ければ、気配もない。

 アリスが先ほど取り出したものは、【暗き手鏡】と呼ばれる玩具のひとつ。

 その効果は存在隠微/気配遮断の情報具現化。結果としての『透明化インビジブル』視覚に映る姿は愚
か、音も気配も反応すらも隠し切る完全迷彩パーフェクト・ステルス

 奇しくも仮面の乱入者が用いた技能と同等の能力。

 敵の放った光弾は、アリスのいたはずの場所を素通りし、背後の壁に当たって着弾音を
響かせるのみ。消えると同時にその場を移動、一箇所にとどまること無く走り続ける。

 互いに姿が見えぬのでは手のうちようがなかったが、幸い相手はすぐに姿を現した。つ
いていない。舌打ちしそうになった。敵が姿を現したのはアリスから遠く離れた場所。攻
撃を当てるには距離がありすぎる。

 駆け寄ろうと思ったところで足を止めた。姿を現した「4人」の乱入者は、四者四様に
変身した。足を止めたのはそれに驚いたからではない。変身するものなどこの街には吐い
て棄てるほどいるのだ。

 アリスが足を止めた理由。それは変身した四者の構える得物を見てのことだ。それは武
器と呼ぶよりも兵器と呼んだほうが相応しい代物だった。その兵器が圧倒的な火力を秘め
ているということは、武器に詳しくなくとも一目でわかった。

 透明化したままで射線から逃れる。敵の狙いはアリスではなく、その背後にいる帽子屋だ。

 アリスが避けるのに一呼吸遅れて、圧倒的な光の奔流が4人の敵から放たれた。このエレ
ベータなどたやすく倒壊させてしまうほどの圧倒的な破壊の力が。

 もはやこの乱入者は、『破壊者』と呼んだほうが相応しい。

 身を挺して止めるつもりはなかった。もっともあれだけの火力、止めようとしたところ
でアリスには受け止められなかっただろうが。

 いまの帽子屋は全能に近い。アリスが何もしなくても、彼女自身でどうにかできるはず
だ。アリスに止めることが不可能でも、帽子屋には充分に対処できるはずだ。

 だから破壊の渦を止めようとする代わりに、攻撃を放った直後の四者へと駆け寄ってい
く。あれほどの大技を放った直後だ。流石に隙が大きいだろう。その隙を突いて4体一度
にまとめてしとめる。

 その確信と信頼を胸に、透明化したままアリスは駆ける。

771 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/03(水) 01:25:48
>>770





『トランプでいたずらするのはまだいいが、しかしトランプがものを切ったり刻んだりす
るとなると笑い事ではない。』






.

772 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/03(水) 01:30:40
>>771

 走っている最中にアリスの姿があらわになる。制限時間が経過し、手鏡の効果が消えた
のだ。まだ距離があったが、再び姿を消すことはできなかった。

 水色がかった銀の髪をなびかせて、アリスは走る。かぶったミニハットが風圧で落ちそ
うになるが、帽子のリボンがあごの下でしっかりと結ばれているから大丈夫。ミニハット
についた真紅のバラが躍動にあわせて上下に揺れる。

 暗き手鏡は連続して使うことが出来ない。使うにはある程度の時間をあける必要があっ
た。この玩具の制約のひとつだ。

 黒いゴスロリ風のドレスを纏い、白いレースをふわふわと揺らし、衣装がえしたアリスは走る。

 走りながらアリスが手を一振りすると、暗き手鏡が消え、代わりにトランプが現れる。

 アリスは手の中のカードをシャッフル。ディーラー顔負けの華麗な手さばき。まるでト
ランプ自体が自分の意志で動いているようだ。流麗な手さばきでシャッフル、シャッフル、
シャッフル。するとトランプたちが話し出す。

『それでは裁判を始める』――――――ハートのキングがいかめしい口調で言った。

『原告アリス』――――――クローバーの4が生真面目な口調で告げる。
『検事アリス』――――――クラブの7がそう囁く。
『弁護人アリス』――――――へつらうようにダイヤの9。
『判事アリス』――――――スペードのエースが厳かに言った。
『第一証人アリス』――――――ダイヤの3がうやうやしく言う。
『第二証人アリス』――――――悲しげな口調でクラブの8。
『第三証人アリス』――――――クローバーの2がのんびりした口調で言う。

『陪審員アリス』『陪審員アリス』『陪審員アリス』『陪審員アリス』『陪審員アリス』
『陪審員アリス』『陪審員アリス』『陪審員アリス』『陪審員アリス』『陪審員アリス』
『陪審員アリス』『陪審員アリス』
――――――スペードの2からキングが次々に言う。

『被告人アリス』――――――からかうようにジョーカー。

「それ、今回は違うわ!」

 ならば。

『処刑人アリス! 』――――――ハートのクイーンが金切り声で叫ぶ。

「それでいいわ! 」

 シャッフルしていたカードを両手を打ち合わせるようにしてひとつにまとめる。

「判決死刑!死になさい!! 」

 その声と共に手にしたカードをすべて一度にばら撒いた。強風で落ちる木の葉のように
カードは宙に舞い、落下して――――――いかない。

 宙を舞ったカードは、さらに高く浮かび上がり、敵めがけて恐るべき勢いで突き進む。

 54枚のカードが刃となって4人の『破壊者』へと襲い掛かっていった。

773 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/03(水) 02:47:30
>>769-772
 
 
                         <KAMEN-RIDE...>
             “夢がないから夢を守る為に戦う、彼は若くして偽悪者だった” 
      “全身を駆けめぐるのは、熱き血液。自分だけの夢を見つけるその瞬間まで、光り輝け”                                   
 
 
               ――――そうして、彼ら(分身)は消え去ってゆく。
                     
 
          “誰にでも大切なモノがあるだろう。その為に戦うってのも悪くない”
               “迸る赤の輝きは、電送された装甲の血潮となる”
                      <“φ's”, FORM-RIDE...>
              
 
 
 
そして、「5」人目が姿を現す。
54もの凶器に切り刻まれ消滅する4人の分身たちとは別の場所に。
迷彩が解けた正真正銘、“本物”の仮面(マスカレイド)。
彼の仮面(マスク)を含めたその姿は、彼がカードとして持つ数ある一つへと変貌していた。
 
それは巨大企業によって開発された戦闘用特殊強化スーツ、選ばれた者が装着を許された一つ。
本来は進化の因子に“覚醒”した種族の、巨大企業を支配する彼ら専用の超兵器。
異形が扱うべき超メカニックの粋を集めた姿は、洗練された機能美をも併せ持つ。
 
だが、今やそれすらも時に置き去られた過去の姿だ。
何故ならばその強化スーツは更なる変形を終えていた。
胸部の装甲を展開させ、全身を流れるエネルギーの奔流を銀色へと激化させた姿。
その眼光と共に赤き閃光となる、超高速戦闘用の形態へと。

774 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/03(水) 02:48:21
>>773 
 
 
 
 
                     <“φ's ACCEL”!>
                      『――START UP』 
 
 
 
 
 
――――そうして、“本命”が始動する。 

775 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/03(水) 02:49:24
>>774
 
   
閃光駆ける、必殺の10秒間。
あらゆる動作を1000倍もの速度で行動するが故、余りにも長く感じられる10カウントの中を彼は疾走する。
右腕の加速装置によって齎された超高速の世界の中を。
加速された世界の音は須らくして低音域だ、あの鳴り響く鐘の音ですらも。
酷くゆっくりと聴こえる音階の中を、ゆっくりと進んで轟くミサイルと砲火を、防がれて蒸発し
迎撃され誘爆するそれらを背景として疾駆する。

 
そう、これは最初から短期決戦。
彼はこの1年間倫敦の“物語”を見てきた。それはこの都を闊歩した数々の超存在を知ることを意味する。
彼が今まで出会った強敵にも劣らぬ人形たちを、エルダー達を、超人たちを。
それらの強大なる悉くを、恐らくは血塗れのアリスと奥に控える偽りの女王は葬ってきたのだ。
 
その強大さを――現在進行形で改めて認識したからこそ、全力で速やかに決着を付ける。
オーバーキルの一斉射撃を囮とした、時間操作級の高速機動による“多撃必殺”。
直撃すれば軌道エレベーターごと破壊する砲撃をあえて防がせ、そうして生まれた間隙を突き破る。
それが彼の立てた当初の作戦だった。
 
そしてそれは今でも変わらない。だから彼は次の切り札(カード)を切った。 
敵を壊しつくすまで苛烈な猛攻を行うための、攻めに特化した切り札を。

776 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/03(水) 02:50:50
>>775
 
 
―――余りにも減速された世界の中で。
  
仮面(マスカレイド)は駆け続ける姿勢から一気に跳躍。
飛び足刀の体勢で、そのまま照準を定める。右脹脛に装着されたポインター。
拘束とロックオンの役割を同時にこなすレーザーサイトの紅い光線。
それは標的の寸前で円錐状に展開され、誘導エネルギーの切先を向く。
  
そう、先ずはターゲットの持つ切札(ジョーカー)へ。
古きを新しきを問わず返り血に塗れた鬼札(アリス)へ。 
 
3度の激戦を生き延びてきた血染めのアリス――或いは自分にも匹敵する“何でもあり”――
イカレた帽子屋を破壊するにおいて最大の脅威を狙う。
 
更に天井を蹴り、“照準”し、斜めに飛び、“照準”し、身を捻り、“照準”、“照準”―――
包囲するように壊しつくすように計5回、5つもの誘導エネルギーの円錐を作り出す。
血潮の如く躍動するエネルギーを注ぎ込み、標的を分子レベルで反発崩壊させるべき道筋を。
 
そう、後はただ作り上げたルートに従って存分に通過/蹴り込んで粉砕するだけだ。
破壊者の名の下に、防御も再生も再構築すら許さず壊しつくす。
それは彼が最も得意とする領分だった。
 
 
―――余りにも緩やかな世界の中で。
即興(アドリブ)で再構築された三段構えの完全必殺。
その二つ目のオーバーキル。閃光駆ける、最初の5秒間が完了した。
 
 
「悪いが順番変更だ。文句は帽子屋にでも言ってくれ」
 
 
―――余りにも緩やかに流れる世界の中で。
今最も、速やかに壊すべき相手(アリス)にそう告げて。
  
“破壊者”は跳躍してその右足を向ける。
今最も、速やかに倒すべき相手(アリス)に真紅(クリムゾン)の一撃を見舞うため。

777 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/03(水) 22:45:29
>>773>>774>>775>>776






『この不思議な時計はしばらくのあいだ時をとめる。死と違って時間は動く。じっとして
いた者もやはり時ともに動く。死んでいない限りな』






.

778 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/03(水) 22:47:21
>>777

 停滞する時間の中、ただ一人だけ自在に動く仮面の破壊者。

 ただ一人?ほんとうにそうだろうか。……いや、違う。静止した時の中を動けるのは彼
だけではない。

 破壊者が加速装置を作動させたのにわずかに遅れ、アリスも己の玩具を使用していた。

 その玩具とは懐中時計。名前も愉快な【不思議な時計】。13時まである文字盤の、さ
かしまになった文字盤の、からくり仕掛けの奇妙な時計クレイジータイムだ。

 竜頭をくるっと動かされ、歯車ぐるぐる回りだし、大小針は文字盤の上を跳ね回る。く
るくるくるくる走って回る。

 逆送する時計。静止した時間。暴走する時計。引き延ばされた時間。

 凍りついた時間の中、アリスの指がピクリと動き。


――――――そして時は動き出す。


 栗色の巻き毛がふわりとゆれて、首をめぐらし周囲を確認。カントリー風のピンクのド
レスを身に纏ったアリスは、状況を把握しうんざりする。

 気がついたときには、すでにピンチに陥っていた。初動の差が致命的だった。敵は万全
の攻撃体勢。対するこちらはようやく動けるようになったばかりだ。

 まさか時間停止オーバークロックまでつかえるなんて、アリスはげんなり反省する。

 敵はアリスと同じタイプだ。攻撃から防御・補助まで幅広い能力を状況に合わせて使い
分けることのできる『なんでもあり』ワイルドカード。やり辛いことこのうえない。

 とはいうものの、そんなことはここで言っても仕方は無いし、とにかく今はこの状況か
ら逃れることが先決だ。

 状況分析。現在アリスは多重ロックオンされている真っ最中。ほらまたひとつ照準され
た。すべてかわしきれる自身はない。襲い掛かる仮面の破壊者。その威力は一撃必殺。ま
ともに喰らえばそれで終わりだ。

 加速された時間の中、停滞している時間の中、無限にも近い刹那の時間で考える。

 3
 2
 1
 0

 出した答えは単純だった――――――真っ向から力でねじ伏せる!

779 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/03(水) 22:47:58
>>778





『なぞなぞだ。クロケーの木槌がこん棒になるのはどんな時?答え、君が相手を打ちのめした時』





.

780 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/03(水) 22:55:56
>>779

 大きく腕を一振りし、虚空より取り出したのはクロケーの木槌。

 木槌を握ったその瞬間、アリスの周りに紫に輝く光球が出現する。燃え盛る炎のような
光に包まれた無数の球体が。その数、百は下るまい。その光球の一つ一つが、凶悪な破壊
力を秘めていた。

 いかにアリスといえども、普段の彼女ならばここまではできない。だけれどいまはそれ
が可能。理由は単純。帽子屋の加護によって、彼女にも神の息吹が流れ込んでいたのだ。

 この機動エレベータ降神器に降り注いだ神なる力は帽子屋を通じ、アリスの身体にも活力を送
り込んでいた。おかげで傷は治っていき、疲労はどんどん回復し、勇気はつねに最大だ。

「自分で決めた順番ぐらい守りなさいこの『破壊者』トリガーハッピー! 」

 大声で敵を怒鳴りつけ、アリスはクロケーの木槌を大きく振りかぶる。そして、手当た
り次第に周りの光球を打ち始めた。走りながら打ち続けた。そうやって、どんどんどんど
ん打ち続けていく。発射速度は秒間何発?知ったことか!

 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って
 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って
 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って
 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って
 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って
 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 打って 走った!

 無数の光弾に紛れ、アリスは勢いよく走り出す。走りながら、アリスは駝鳥だかフラミ
ンゴだかドウドウ鳥だかの頭部を模した木槌を力強く握り締める。すると木槌は語りだす。

『コーカスレースのはじまりだ。用意ドンの合図は無し、とにかくぐるぐる走り回れ』

 その声に押されるように、アリスはさらに加速する。走って走って走ってく。ただし前
へと走ってく。華麗に綺麗なステップ踏んで、敵に向かって走ってく。猪突猛進玉砕覚悟?

 い〜やい〜やそれは違う。一撃必殺粉砕覚悟!

 かわいいアリス、おてんばアリス、【木槌】両手で握り締め、真正面から切り込んだ。

「殺してあげるわ!! 」

781 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/04(木) 02:29:37
>>777-780 
 
 
「―――本当(マジ)かよ」
  
 
―――限界の迫る5秒後の世界で。
 
空中で突如として身を捻り軌道を逸らし、間一髪の所で仮面(マスカレイド)は通り抜ける。
突如として必殺から自殺の一本道と反転した血塗れの制空権を離脱する。
その隠された表情には明らかに隠せない驚きが含まれていた。 
 
 
――――後攻に取って代わられた残り4秒の世界。
 
必殺の布陣として張り巡らされた、紅き円錐状のキリングマーカー。
それら5つを弾き飛ばされた理由は単純。
誘導エネルギーによるマーキングは、案外と単純な力技で引き剥がせる。
但し、此方と同等のスピードで反応できたならだ。
今まで対処不可能だったアリスがそんな芸当をしてのけたのは他でもない。
すなわち同等の速度にまで加速―――この仮面(マスカレイド)だけが駆け抜ける、
超高速の世界へ入門してきたことを意味していた。
 
 
――――稼動限界(タイムリミット)の迫る、残り3秒以下の世界。
 
着地して体勢を整える僅かな時間。その隙へと殺到する騒々しい乱入者たち。
飛来する光弾を前転してかわし。
襲来する弾幕からジグザクに走り逃げ。
乱発される弾幕を避けきれず。
続行される弾幕ごっこに肩鎧を吹き飛ばされ。
掠っただけの弾幕に手甲を裂かれ。
炙られるだけの熱量に防護服を蒸し焼かれ。
そう、非常識に連発され乱発される弾幕ごっこに体を弄られながら。
そう、本命の一撃を加えるべく爆走するアリスを止めることすら出来ないで。 
紙一重、いや、僅かに当たり続ける攻撃に装甲の表面が削がれスローモーションの火花を散らす。 
 
彼に残された自由(カウント)は3秒以下、だがその時間も命を繋ぐためにしか使えない。
崩した体勢を立て直し、入門した乱暴な乱入者(アリス)の到達を待つ以外には。
 
最も、そうでなくとも今の低下した防御力では真っ向から戦うなど自殺行為であった。
彼の今の姿は攻撃特化、高速戦闘による即時制圧を目的(コンセプト)とする。
そもそも同じ速度で対応できる敵に対しては極めて不利なのだ。
   
 
―――処刑(キリングタイム)へ迫る、残り2秒未満の世界。
  
だから、彼は次の手札を切ることにした。
“何でもあり(ワイルドカード)”のアリス。
破壊者と同じ出鱈目を可能とする彼女に抗するべき手札を。 
一方的な防戦の中いつのまにか、何時も通りの手際良さで引き出しているカードを。
次なる仮面(マスカレイド)へ変わるための切り札を。
 
残された1秒余りの世界。渾身の力で木槌が振り下ろされる寸前、思い切り地面を蹴る。
超人的な跳躍力。残り0.9秒。頂点に達した瞬間に首からベクトルを後方へ。0.7秒。
その脚力で後方のベクトルすら獲得したバク宙。0.5秒。
さかしまに見える世界で、中空で装填される仮面のカード。0.4秒。

782 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/04(木) 02:31:14
>>781
  
 
               0.2秒の世界。中空で再び“仮面”は変わる。
  “この道を阻む者を愚かと責めるまい。無知とは、蔑むのではなく、憐れむものだからだ”
                  <KAMEN-RIDE “KABUTO”!>
  一切の無駄を削ぎ落とした賢く素早き甲虫の王、流麗なフォルムに角を備えし紅き仮面。          
            天の道を往き総てを司る、そんな大言壮語を成し遂げた。

                  
                 「けどこっちにもあるぜ。“もう一枚”な!」
 

           そう宣言して彼は二枚目を、もう一枚の手札(カード)を切った。
             懐へホルダーする圧縮空間から取り出したもう1枚。
          帽子屋まで温存しておきたかった三番目の切り札(カード)を。
       “選ばれた者だけに許されし“呪文”は、戦いを異次元の領域へ加速する”

 

783 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/04(木) 02:33:03
>>782
 
 
             ――――限界を覆して再び始まる、0カウント後の世界。
                    <ATTACK-RIDE “CLOCK UP”!!>
 


 
そうして彼は降り立った。
  
「はしたない事を言うもんじゃないぜ。もうお子様って歳でもないだろ」
   
―――時間加速(クロックアップ)。
その選ばれた者だけに許されし“呪文”は、彼を再び異次元の領域へと加速させる。
従来の加速装置とは一線を画す、時間操作による完全な高速機動。
全身に巡らせたタキオン粒子により時間流を自在に動く、星辰の来訪者(ワーム)により齎された超技術。
  
「少しは大人の嗜みを覚えるもんだ、例えば」 
   
途切れず緩やかに動く世界、続行された世界で彼は挑発する。
自分を仮面舞踏会と呼んだ乱暴なアリス、自分の世界に乱入してきたじゃじゃ馬娘に。
残った光弾の取り巻き達を従えて、綺麗で華麗で暴力的なステップで再びやって来る彼女に。
    
 
「―――こんな風にな(Shall We dance?)」
  
 
そして反撃という名の仮面舞踏会(ダンスマカブル)が始まる。               
    
その動き(ダンス)は今までよりも滑らかに。
前よりも速く、誰よりも速く、過去の自分よりも速く動く事こそが勝利者の条件。
それを誰よりも実行してきた本来の担い手と同じ鮮やかさ、軽やかさで守り捌き攻める。
 
取り出した短剣で迫る光弾を切り払い。
返す刃で次の一群を切り払い。
流れる蹴り足で足を払い。
自然体に出された腕で柄を受け。
流れるような掌底で突き放し。
突き出した刃で弾丸を払う。
 
高速戦闘を前提に作られ、戦場の一切に対応するため洗練し尽くされた強化装甲服。
擬態と高速移動で人類を脅かす侵略者(ワーム)に抗するべく作られた、勝利するべき者の力。
その精密さとスピードを併せ持ったポテンシャルは、たとえ通常速度の戦闘であろうと
闘志ある限り装着者の優位を約束する。 
  
そして仮面舞踏会(ダンスマカブル)は加速する。
 
雪崩すら切り裂ける超高熱の短剣がくるくると踊り、しなるようなワンツーが閃き、
徐々に徐々に、今度は身体能力と技量だけによる緩やかな更なる加速を始める。
タイミングを崩すフェイントが織り交ぜられ/【駆動音(ソート)】/揮われる鳥頭/
ステップ/持ち手への追撃/ターン/手首を狙う刃/フェイク/足払い/ブロック/
突き払い/ステップ/上空を舞う/カード/放り投げられる/振り上げられる/パリイ/
押しては引く/パリイ/引いては押す/ステップ/勢いを利用/ステップ/いなすように/
流れるように/水のように/落下するカード/パリイ/吸い込まれるように/パリイ/
装填/ステップ/サイドレバー/ターン/<FINAL-ATTACK-RIDE>/斬りかかる。
 
仮面(マスカレイド)とじゃじゃ馬(アリス)。
星空の戦場にて死の舞踏を舞う互いの“彼と彼女(ダンスパートナー)”。
彼らは互いにステップを踏む。
彼女は踏み込み。
彼も踏み込み。
彼女は振り上げ。
彼は構え。
彼女は振り下ろす。
射程圏内(ベスト・レンジ)で振り下ろす。
先手必勝と、合切を打ち砕く暴虐の木槌(ドードー)を。
 
 
          <“KA-KA-KA-KA-KA-KA-KA  KABUTO”!!!>
 
 
そして彼は、 

784 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/04(木) 02:36:15
>>783

 
    “その涼やかな宣言とともに、吸い込まれるような“終幕の一撃”が放たれた” 
                      「――――Rider、Kick」

 
 
そして彼は、突如背を向けたと思えばその軸足ごと半身を回転させる。
 
最小限にして最大効率の動き、右の蹴り足が地を蹴った瞬間から全身の回転力によって加速する。
カウンターの形で放たれる上段回し蹴り。
射程圏内(ベスト・レンジ)の、最高のタイミングで放たれる回し蹴り。
波動変換されたタキオン粒子を纏ったその蹴りは、いわば世界最小の対人用波動兵器。
叩き込んだ対象の時空間ごと歪曲崩壊させる“神”の蹴り足。
これが3つ目にして一撃必殺(パーフェクトキル)。最初で最後の3枚目として、イカレた
帽子屋へ叩き込むはずだった英雄の一撃。
   
光を支配せし太陽の神。
そう人類に光を取り戻すべく名付けられた仮面(マスカレイド)の一撃が、唸りを上げた。

785 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/04(木) 15:04:47
>>781>>782>>783>>784







『無知なヤツは賢くなるかあるいは死ぬしかない』





.

786 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/04(木) 15:06:23
>>785

 軌道に木槌をねじ込んで受け止めようと試みたが、木槌はたやすくへし折られる。
 身をよじってかわそうとしたが、敵の攻撃は速すぎて、努力の甲斐なく腹部をかすめる。

「!!!!!!!!!?」

 激痛が走り、鮮血が噴き出す。ピンクのドレスがざっくり裂け、彼女の腹部は朱色に染まる。
 胴回りの3分の1をもっていかれた。帽子屋の加護があってなお、かすめただけでこの威力。
 
 飛びそうになる意識を繋ぎとめ、瞬時のその場から飛び退る。血を撒き散らしながら連
続してステップ。敵と大きく間合いを取る。

 傷は深く出血はひどい。耐え切れず片膝をついた。
 にじみ出る脂汗。そっとわき腹を調べると、傷口から身体が崩れていく。

生命の果実メタエッセンス』を取り出して傷口の修復を試みるが、回復は遅々として進まない。無駄だ。
時空間ごと肉体が破壊されている。これでは回復は不可能だ。

【不思議な時計】をオーバードライブ。傷口周りの時間停止を試みるが、肉体の崩壊は止
められない。蹴りの威力に時計の効果が力負けしていた。

 かつての彼女ならこれでお終いだ。完全な詰み。だがいまの彼女は帽子屋を通じ高位の
存在とつながっていた。試したことは一度も無いが、いまなら出来るはずだった。壊れ行
く肉体と存在の再構築が。

 量子の魔法が身体を包む。壊れ崩れ行く身体を包む。血の気の失せた体を包む。
 骨は鉄のように。筋肉は重合体ポリマー樹脂のように。皮膚は皮膚ダーマプラスティックのように。
 失われた生体組織をポリマーとレジンと金属と繊維の構造で再構築。
 生身と機能不全を起こさぬように再調整。
 失われた肉体を、死んだ女デッドガールで再構成。

 かくして傷は消えうせる。

787 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/04(木) 15:06:48








『チェスは知っているな。白でプレーしろ。白が先手だ』







.

788 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/04(木) 15:07:47
>>787

「……死ぬかと思ったわ」

 そういう彼女はエプロンドレス。返り血など浴びていない真っ青なドレス。真っ白なエ
プロン。長い金髪背中に流し、宝石のようなその碧眼。人形(記号)めいた理想のアリス。
皆が望む理想のアリス。アリス・オブ・アリス。

 今日のアリスはテニエル風。もしくはディズニー風。メタだなんていってはだめよ。

 アリスはチェスの駒を取り出すと、それをかつんと床の上へと置いた。まるでチェスを
指すように。すると駒が大きくなる。どんどんどんどん大きくなる。見る見るうちに5m。
あっという間に10m。どんどんどんどん大きくなって、さらには形も変わってく。

 置かれた駒は白の騎士ホワイトナイト。指された駒は白の騎士。白の騎士チェスの駒は変貌する。

 チクタクチクタク時計の音が 
 チクタクチクタク聞こえてくるよ

 数瞬の後、そこには白銀の騎士が立っていた。

 すんなりとのびた四肢、胸部と腰にパーツ分けされた無駄がなく美しい胴体、小柄な頭
部。モデルのような均整の取れたその身体。ただしそのスケールは人間の五倍になお勝る。

 流れるような面で造形された脚部。脆弱とされる股関節は、スカートのような装甲で保
護されて、間接部を無遠慮な視線から覆い隠している。

 緩やかな曲線で形成された胸部は対弾効果の向上と共に優雅さにも溢れている。

 すべらかな肩部装甲から続く腕部はすんなりとのびていて美しい。指間接の一つに至る
まで、造形美と機能の完璧なバランスは崩れていない。

 小さめの頭部はフルフェイス型の兜に似ているが、その両脇から羽飾りのようなパーツ
が斜め後ろに向かって突き出している。材質は水晶か何かだろうか、いくつものパーツに
別れた透明な結晶体が複雑に組み合わされ、光の屈折を華麗な装飾として輝いている。

 至高の美しさをもつパールホワイトの機体は、装甲の各部に黄金の象嵌が施され、ロコ
コ様式の調度品といっても通用しそうな完成度を誇っていた。

 それは巨人。それは騎士。それは大きな操り人形。

 装甲戦闘猟兵と呼ばれる巨大な操り人形。二脚戦車とも呼ばれる戦場の花。兵器である
と同時に類まれな芸術品。白銀の鎧と黄金の縁取りをもつ時計仕掛けの騎士。

 この騎士は装甲戦闘猟兵の中でも原型機ウービルトと呼ばれる特別の品。量産され、消耗されてい
く兵器とは一線を画した存在。オリジナルのカルティエドールと同じように今では製造不
可能な芸術品だ。それはただの兵器と呼ぶにはそれはあまりにも優美すぎた。

 その名も気高き「No 13. Notungホワイトナイト

789 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/04(木) 15:08:16
>>788







『このうっとおしい連中を切り刻んでやれ』






.

790 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/04(木) 15:11:26
>>789

「あなた失礼ね。レディに歳のことを言うなんて。マナーを教えてあげるわ」

 そういう彼女はエプロンドレス。返り血など浴びていない真っ青なドレス。真っ白なエ
プロン。長い金髪背中に流し、宝石のようなその碧眼。人形記号めいた理想のアリス。

 ただしその手に危険な兇器。黒錆びの浮いた大きな鋏。剣ほどもある大きな鋏。

 そう、今日のアリスは……テニエル風? もしくは……ディズニー風? うそうそごめん
全然違った。今日のアリスはシュヴァンクマイエル版!

「……でもそのまえに、首をちょん切らなくちゃ」

 そういって鋏を「しゃきん」と鳴らす。

 アリスは鋏をしゃきんと鳴らす。すると白の騎士が佩剣を抜く。銀に輝く大剣を抜く。
鏡面仕上げのその刃。あまりにも大きなその刃。戦車すら斬り裂くその刃!

 アリスが鋏を掲げ構える。騎士の剣のように掲げ構える。すると時計仕掛けの騎士も剣
を構える。模倣するように剣を構える。

 アリスが走る。騎士も走る。アリスは右に、騎士は左に。左回りに、右回りに。敵の死
角に回りこみ、挟撃せんとすばやく走る。

 巨大な騎士と小柄なアリス。刃その手にみぎひだり。

 そして刃が振るわれる。縦横無尽に振るわれる。無数の斬撃が降り注ぐ。

 黒錆びの浮いた大きな鋏と鏡面仕上げの巨大な大剣。

 傀儡と人形遣いの多面攻撃。

 刃金の嵐が仮面の破壊者へと襲い掛かる。

791 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/05(金) 01:32:57
>>785-790
  
Turn 1
一斉射撃(クラッカー)のフォーカード。
             ――――対量子干渉。時間稼ぎ・撹乱は想定内範囲で成功。
         Counter:最終防衛ライン・“用心棒(ブラッディアリス)”

Turn 2
イカレた彼女に真紅(クリムゾン)のファイブカード。
             ――――“用心棒”の即時排除。矛先を変えた短期決戦の2枚目。
         Counter:時間加速・予想以上の“何でもあり(ワイルドカード)” 
 
Turn 3
じゃじゃ馬アリスにキングとエースの21(ナチュラル・ブラックジャック)
             ――――脅威/“用心棒”の完全排除。帽子屋相手のとっておき。  
         Counter:肉体の再構築・胴元とグルになっての“仕切りなおし(ファウルプレイ)”
             
 
「随分な反則(イカサマ)だな、呆れたもんだ」
 
汚れた自分、チェックメイトを刺された自分を理想の姿(デッドガール)へと
再構築させるアリス。無垢な姿で正々堂々とイカサマを行使するアリス。
そんな目の前で起こった反則に悪態をつきながらも、仮面に隠れた表情は硬かった。
 
放ったのは間違いなく最高の一撃だ。
本命の“機械仕掛けの神(ミスタ・ウォレス)”に叩き込む筈だった、現状で最大の一撃。
その切り札を最高のタイミングで切ったにも関わらず仕留めそこなったのだ。
 
それはイカサマも同然だった。グルである胴元から延々と貸し与えられる力(チップ)。
高次の存在と等しい帽子屋(ウォレス)からのバックアップ。
それは同じく彼が最初に切ったカード――過剰な一斉砲撃により神のリソースを
防御と軌道エレベーターの維持に費やさせる『時間稼ぎ』。その値千金の時間が
使い切られていることを意味している。
  
だからこそ、彼は無闇に動けない。
もはや今この空間は量子の魔法が支配する絶対聖域。“機械仕掛けの神”の領地だった。
彼が時空干渉による加速状態、直接干渉の出来ない状態にあるからこそ、まだこの程度で
済んでいるのだ。その庇護を捨て、他の手札を無闇に切ろうものなら最後。
今度は、彼を脅威と認識した神の魔法の餌食となるのは想像に難くなかった。
いわば螺子の飛んだアリスと、イカレきった帽子屋の挟み撃ち。
そうでなくとも強力なバックアップ。流れはあっちに傾き始めていた。
 
だから彼は冷静に状況を見据える必要があった。
もう一枚残されたエースを切るか、それとも仕切り直しのコールに入るか。
正に命を賭けた死のギャンブル。それも胴元までグルとなった極めて不利なデスゲーム。
たった一手の間違いで決着(ショウダウン)。そこで全てが終了だ。
 
 
しかし、待ち続けるのもまた悪手だ。
だから彼は次の賭けを始めることにした。
 
 
「知ってるか、そういうの悪趣味っていうんだぜ」
 

792 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/05(金) 01:35:01
>>791
 
可憐な姿に禍々しいまでの大鋏を掲げるアリス。
理想的なまでの清純さを保ちながら、悪趣味なまでに食事のマナーが悪そうなアリス。
彼女は仮面(マスカレイド)の悪友が見れば大はしゃぎするような、とっておきの“とっても大きな”
お宝を従えて刃を鳴らす。
巨大で豪奢で壮麗な機械仕掛けの白騎士と、“怪盗”がこの世界で狙っていたお宝の一つと共に。
  
そんな物騒な姫と従者に対峙するのは、前と変わらず流麗な甲虫の仮面(マスカレイド)。
ただし今の彼は二刀流。時間加速の手札で具現化した短剣と、長剣と変えた愛用の武器とを構える。
東洋の剣の達人(ソードマスター)を思わせる、威風堂々とした型で迎え撃つ。
   
 
―――まだ緩やかに流れる時間の中で。
次の演目は剣の舞。仮面(マスカレイド)を挟撃するのは姫(アリス)と騎士(ナイト)。
 
舞踏(ダンス)、舞踏(ダンス)、舞踏(ダンス)、舞踏(ダンス)。
 
嵐のように輝いて。
縦横無尽に十字に左右。黒錆の浮いた大きな鋏を無数の斬撃をいなして払う。 
回って回って死角を無くし、繰られる刃で打ち払う。 
 
轟音(ダンス)、轟音(ダンス)、轟音(ダンス)、轟音(ダンス)!
 
嵐の如くであったなら。
縦横無尽に重量無尽。鏡面仕上げの巨大な剣、その横腹を殴って逸らして避ける。
『剛』の巨大な暴力の、走る軌道の死角を作る。
  
斬撃(ダンス)、猛攻(ダンス)、猛襲(ダンス)、挟撃(ダンス)!!
 
凶刃を短剣で、兇刃を長剣で、又は互いを柄で互いを斬り付け互いを防ぎだが防ぎきれず。
見事な連携で繰り出される刃金の嵐に全力の剣舞で応戦する。
だが一方的な流れは変わらずに散らす火花は増えてゆく。装甲を斬られ削られ生まれる火花が。
一方的な剣の舞。騎士と少女、傀儡と人形遣いによる斬殺のワンサイドゲーム。
多面的に繰り出される攻撃は徐々に徐々に確実に達人を追い詰めていく。
 
 
徐々に開く彼我の優位。封殺せりと敵側に生まれる余裕。
しかし、彼はそれを待っていた。
 
    
―――斬撃(ダンス)、
 
彼は大きな鋏へ超高熱を発した短剣を投げつける。
過熱で爆発寸前となった短剣を。
 
――――爆【駆動音(ソート)】 、
 
彼は投げた方の手で手札を掴む。
長剣の柄にある収納部から打ち出した手札を。
 
―――――轟音(ダンス)、
 
彼は横薙ぎに揮われる剣を避けサイドレバーを引く。
鏡面仕上げの巨大な剣を紙一重で避けバックルのレバーを。

――――――【装填(シュート)】!!!
  
そうして、今までゆっくりと聴こえていた鐘の音は常の速度で鳴り響く。

793 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/05(金) 01:37:25
>>792
 
 
    “召喚されし力の象徴は、契約ある限り主と共に。そう契約がある限り…”
                 <FINAL-ATTACK-RIDE...>


 
 
――――超加速による減速から開放された世界。
 
 
鏡面仕上げの刃から突如現れた一匹の龍に護られ、騎士へと姿を変えた
仮面(マスカレイド)は上昇する。
そう、今の彼は炎の龍と契約した“龍の騎士(ドラゴンナイト)”。
白銀と紅に輝く鋼龍を従え、鏡の世界で命果てるまで戦い続ける『13人の騎士』の一人。
そして約束されたワンサイドゲームに対する一つの回答でもあった。
 
―――“鏡の世界”。
適合した存在のみが入ることを許されるメルヒェンでも幻想でもない反転世界。
その聖域への一時退避/そのまま次のアタックに繋げる仕切り直し。
それが、3枚の切札を失った彼がベストと判断した選択だった。
幸い入り口とすべき鏡は確保できた。他でもない、機械人形が持つ鏡面仕上げの巨大な剣だ。 
 
懸念は残酷で悪趣味なアリスだ。
何でもありの彼女ならば、正に寓話の通り『鏡の国』にまで追撃してくるだろう。
だが彼には幸いと手札があった。
“怪盗”からの餞別である、鏡の世界での戦いを得意とする残り12人の手札が。
 
 
 “時に悩み、迷う背中を力強く押す灼熱のブレス。錯覚じゃない、確かな絆がそこにある”
          <RYU-RYU-RYU-RYU-RYU-RYU,“RYUKI”!!>

 
   
格子状のバイザーを被る仮面(マスカレイド)は赤と白銀に彩られた体を捻る。
全ては時間との戦いだ。だが同時に眼前の脅威との戦いでもあった。
だから先ずは一撃粉砕、相手の手札を砕き同時に鏡の世界へ退避する。
攻防から一転、瞬時の切り替わりによる一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)。
   
 
その起死回生の手札は、彼を撃ち出す龍のブレス(祝福)によって完成する。
 

794 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/05(金) 01:38:24
>>793
 
 
      “龍は契約に従い“力”となる。敵に最期を齎すための必殺の力を”
  
    ――――灼熱の業火を纏った蹴り足が、巨大なる殲争芸術を蹂躙する。
 
 
振り上げられた鏡面仕上げの剣を砕き、
刀身を百の欠片と叩き割りながら落下する。
  
                            文字通り巧みなる技術の結晶である頭部を、
                                 兜と共に砕き散らしながら進攻する。
 
完璧な黄金比の指関節を、美しい造形の腕を
繋がるすべらかな肩部装甲に至るまでを打ち砕き侵攻する。
 
 
                         緩やかな曲線で形成された強靭で優雅な胸部を      
                   凝縮された熱量と衝撃で粉々に台無しにしながら進軍する。

                             
    龍の威力を纏った蹴りが、黄金とパールホワイトの至高美を破壊する―――。                       

 
 
轟音と極上の破快音が鳴り響く、その一瞬先を仮面の騎士は下りゆく。
蹴り足の体勢のまま、到達すべき地面へと巨人を貫き落下する。
爆風と灼熱を目晦ましに、砕け舞い落ちた剣の破片から異界へと隠れるために。
そう、今足先に見えた鏡<歌が聴こえる>


       <歌が聴こえる> <歌が聴こえる> <歌が聴こえる>
 
 
                <人形の歌が聴こえる>
  
 
突如として彼の道筋に刃が生まれる。
<人形の歌が聴こえる>
砕かれた筈の鏡面仕上げの剣が次元を超えて揮われる。
<人形の歌が聴こえる>
多次元屈折現象。この騎士はおろかアリスすら持ちうる筈のない魔法の力。
<人形の歌が聴こえる>
最初に迎撃された筈の火砲が数発のミサイルが同じくして顕現する。
<人形の歌が聴こえる>
次元の孔より再来するオルケストラ。今度は使い手に牙を向く“世界の終わり”の残滓。
<人形の歌が聴こえる>
加速された緩やかに感じる永遠にも似た一瞬。
<人形の歌が聴こえる>
生命の危機に晒されたが故に生命が発揮する危険回避能力はだが役になど立たない。
<人形の歌が聴こえる>
彼は抗するべく剣を振りぬこうとするだが。
<人形の歌が聴こえる>
多次元を超越して走る刃が。
<人形の歌が聴こえる>
超至近距離で出現した砲撃が。
<人形の歌が聴こえる>
最悪のタイミングで無防備の仮面(マスカレイド)を狙うカウンターとなって、
<人形の歌が聴こえる>
そして黒錆びた大鋏が
 
 
 
 

795 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/05(金) 01:39:47
>>794
 
 
 
 
  
 
 
 
 
                    人形の歌が聴こえる。
 
  
  
 
 
 
 
 
 
 

796 名前:門矢士 ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/05(金) 01:41:26
>>795
 
 
 
爆風によって彼は吹き飛ばされていた。
破片と衝撃を受け、幾つもの骨を折られ内臓を破裂させながら。
彼は致命傷を負っていた。即死することも出来ずに右肩を抑えうずくまっていた。
 
 
爆撃によって彼は失っていた。
身を覆う装甲の仮面(マスカレイド)を引き剥がされ、もはやその身は一人の人間。
仮面を失った、門矢士という名の、息も絶え絶えな一人の人間。
 
 
爆撃によって彼は失っていた。
彼から前方。やや離れた所には、彼の最も知るものがある。
 
 

797 名前:門矢士 ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/05(金) 01:42:48
>>796
 
 
 
 
 
 
       それは数々の“手札”を仕舞う剣を握った、彼の右腕だった。 
  
 
 
 
 
  

798 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/05(金) 23:26:25
>>791>>792>>793>>794>>795>>796>>797






『からかさ状のキノコがすべて猛毒とは限らない』





.

799 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/05(金) 23:27:48
>>798

「ばかみたい。はじめからこうなる事は解っていたでしょう」

 アリスは腰の後ろで手を組んで、死にかけの破壊者を見下ろしそう告げる。

 この勝負ははじめからイカサマなのだ。尽きることのない圧倒的なバックアップの前に
は、個体の多少の優劣など意味を成さない。仮面の破壊者のやろうとしたことは、大海の
水をコップでくみ出そうとするような無謀な行為だ。

 アリスは無情な視線を投げる。視線の先には手負いの破壊者。手ごたえは十二分にあっ
た。見るからにして死に体だ。このまま放って置いても長くはないだろうが……。

「楽にしてあげるわ」

 鋏をしまい、取り出したるはサイケなキノコ。まだら模様の怪しいキノコ。見るからに
不気味なキノコ。からかさ状の毒々しいキノコ。

「いつ見てもひどい色ね。どうにかならないのかしら」

 顔をしかめてそういいつつも、アリスはキノコを一口かじる。するとアリスの身体は見
る見るうちに大きくなる。どんどんどんどん大きくなる。

 そのキノコは魔法のキノコ。片端は大きくなって、もう片端は小さくなる。食せばたち
まち大きくなって、食せばたちまち小さくなる。

 アリスはぐんぐん大きくなる。まるで世界一大きな新式望遠鏡のよう。それでも彼女は
可憐なアリス。みんなの愛する麗しきアリス。

 アリスが着るのはエプロンドレス。おろしたての真っ青なドレス。しみ一つない真っ白
なエプロン。長い金髪背中に流し、宝石のようなその碧眼。人形記号めいた理想のア
リス。皆が望む理想のアリス。アリス・オブ・アリス。

 ただしいまは大きなサイズ。とてもとても大きなサイズ。白の騎士よりさらに大きい。
頭は天井につかえそうなほど。倉庫の高い天井につかえそうなほどだ。

 大きなアリスが破壊者を見下ろす。こうも対比サイズが変わると、人を見ているという
よりも蟻やゴミでも見ている気分になる。まるで人がゴミのよう?

 アリスは破壊者を見下ろしたまま、両手でスカートの端をつまみ、右の膝を大きく揚げ
た。力強く振り上げた。

 彼女の狙いは単純明快。手負いの破壊者を踏み潰すつもりだ。体重を乗せて一撃で轢死
させるつもりだ。野蛮で原始的で大雑把で効果的な処刑法。虫の息でろくに動けぬ破壊者
ならば外す恐れも無い。

「さあ頑張りなさいわたしの足。しっかりやったら毎年クリスマスに新しいブーツを買ってあげるわ」

 ナンセンスな言葉と共に、アリスは勢いよく足を踏み降ろした。

800 名前:門矢士 ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/06(土) 05:44:31
>>800
 
  
 ――――この世界は鳴り響く鐘の音に包まれて終わる。
  
 
余りにも巨大で現実味のない悪夢の少女(アリス・オブ・アリス)。
 
余りにも人形めいて現実味のない人形の少女(アリス・オブ・アリス)。
 
余りにも凶悪で原始的で残酷な処刑を行う少女(アリス・オブ・アリス)。
 

今の彼には仮面がない。
彼に力を与え続けた英雄たちの仮面(マスカレイド)はここにない。 
 
  
今の彼には右手がない。
切札を繰るための彼の右手、抗する手札をつむぐ為のあるべき右手が。
 
 
振り下ろされるのは処刑者の足、巨大な足、人形の足。
理想の記号で塗り固められた偽りの少女(アリス・アブ・アリス)の足。
 
 
 ――――この世界は鳴り響く人形の詩に包まれて終わる。
  
 
 
そして彼は――――
 
 
 

801 名前:門矢士 ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/06(土) 05:45:57
>>799>>800



 霧の晴れぬ倫敦に、一つの都市伝説が囁かれる。
 他の怪人譚と違うのは、彼は人々を襲わない。
 襲うのは人形であり、吸血鬼であり、深き者であり、そして悪人だけである。
 失った右手を機械と変えて、悪を憎み戦い続ける“右手の男”。
 生まれた世界を愛するが故に憎み、それでもこの世界に生き続ける人々の為に戦う仮面(マスカレイド)。

  

  ―――そして、彼は諦めない。
 
  
 悪党殺しの男。人形殺しの男。吸血鬼殺しの男。
 人形殺しの代名詞にまでなったあの男。
 
 
 鐘が鳴り響き、スモッグの晴れぬ世界。
 ここは倫敦の世界。男が生まれた悲しき世界。


802 名前:門矢士 ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/06(土) 05:47:15
>>801
 
 
多大な熱量を伴った閃光が、振り下ろされた足ごと巨体を貫き爆砕する。
 
 
そのレーザーを放ったのは、幾重もの鋼を重ねたような鉄の塊。
銃口らしき穴から白煙を立ち上らせるそれを構え、彼は渾身の力で立つ。
渾身の力を振り絞り立ち続ける。
 
其れは異形の銃だった。否、異形の銃であり鈍器であり切断機だった。
鋭いカーブを描く装甲材が寄り集まったような、複数の機能を持つ武器だった。
同時に其れと腕の神経とをダーマプラスティックのチューブで繋げ連動し、
特殊なナナイトを全身に送り込み肉体を強化する『被らざる仮面(マスカレイド)』だった。
  
 
其れは『右手』。失われた生身を補う機械の右手。
悪党を殺し、吸血鬼を殺し、化物を殺し、そして人形を殺し続けた機械の右手。
 
それは人形殺しの代名詞。
今は廃棄人形(ステーシー)殺しの代名詞。その原型となったあの男の代名詞。
この倫敦で生まれた男の新たな右手。新生(リ・イマジネイション)した英雄たちの一人の右手。
  
そう、其れは“ライダーマンの右手”。
 
それも正真正銘本物の彼の右手、本物の“ライダーマンの右手”。
そして崩壊するゼロ番地区で門矢士を助け命を落とし、情報(カード)と変えた肩身の右手。
“怪盗”が託した最後の1枚。生身でこそ使うことの出来る、奥の手の最後の1枚。
そして誰よりも諦めないで最後まで戦うことを選んだ、男が生きた証の1枚。
 
  
そしてこの世界から逃げることを止めて戦い続けた男の証。
この狂気と悪徳が支配する世界と、真っ向から戦い続けた男の証。
 
 
――――そして。
 
  
 
「…全く最初から聞いてれば、何が『総てが終わって、総てが始まる』だ。
 『嫌だ』、『逃げたい』、『続けたくない』の間違いだろ」

803 名前:門矢士 ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/06(土) 05:50:05
>>802
 
 
そう何時も通りに尊大な態度で、傷だらけの体で門矢士は言い放つ。
ダーマプラスチックのケーブルで強制的に稼動させた肉体で。
特殊なナナイト(ナノマシン)の代謝機能で強制的に延命させた死に体で。
 
   
「誰だって生きるために戦う。いや、生きるからこそ戦う。
 たとえどんな世界だろうと、どんな現実が待ってようと生きて、生き抜いて戦うしかない」
 
 
全身の神経へ直にのたうつ針を差し込まれる激痛。
ナナイトによる強化でその感覚を数倍に増幅されて尚、門矢士は言い放つ。
 
 
「世界を変えたいのなら世界と向き合って、頑張ってベストを尽くすしか。
 全力を出すしか、ないんだよ。誰であろうとな」
 
   
彼は見てきた。
旅を続けた果て、この世界に辿りついた彼は見てきた。
この倫敦の街を。絶望と最悪の街に生きる住人達を。
この街を彩る幾つもの物語を。
 
救いようのない物語。誰かが死んでゆく物語。
蠱惑と背徳、狂気と悪徳がはびこる世界の物語。
だが、それでもベストを尽くして生きてきた者達の、生きて戦ってきた者たちの物語。
何かのために命を掛けて戦った者たちの物語を。
 
Big blueとBig sisterの。
 
人形と便利屋の。
 
美戦士と美凶手の。
 
獅子と魔術師の。
 
復讐者と護り屋の。
 
この街で繰り広げられた、彼の知らない物語。
そして其れ等の影に埋もれた数々の、彼が知る語られなかった“物語”。
彼が撮り続けてきた“物語”を。  
 
それは蠱惑であるかもしれないし、欲望であるかもしれないし、狂気であるかもしれない。
だが彼らと彼女らは皆、この世界から目を背けないで生きてきた。
自分達の世界に、現実に立ち向かって戦った。
  
 
「そんな当然の事も分からないお前らには、世界なんて救えない。
 もう一度言うぜ。 
 ―――”お前らには、世界なんて救えない”。
 この世界っていう現実から怖くて眼を背けてるだけの、お前らにはな」
 
 
そして彼は言い放つ。
何時もと同じ尊大な態度で、人差し指を突きつけて言い放つ。
何時もと同じ、本質を叩きつける言葉を。
  
そして彼と対峙したものは誰もが同じ台詞を吐く。
『誰だ』、『何者だ』、『何様だ』―――そう、何時も誰もが同じような言葉を吐く。
何時も何度も何時だって投げかけられる問い。
今もそれが聴こえたような気がした。
理想と幻想に浸る少女だけじゃない。奥の向こうで蠱惑(アルーア)の笑みが消えた帽子屋からも。
 
なら返してやる言葉もまたいつもどおりだ。
そう、そんな時には何時だってこう答えてやるのが彼の流儀だった。
 
 
  
 彼に“物語”はない。
 彼は破壊と再生のために生まれた者。
 全てを破壊し、全てを繋ぐためだけに生み出され、存在するもの。
 
 そしてこの倫敦の“物語”を撮ってきたもの。 
 
 彼は“]”。
 彼は“悪魔”
 彼は“旅人”。
  
 彼の名は――――――  



804 名前:門矢士 ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/06(土) 05:50:50
>>803
 
 

 
 
              「通りすがりの“破壊者KAMEN-RIDER だ、覚えておけ!」
 

805 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/06(土) 05:53:02
>>804
 
 
 
 
 
              ――――――――“変身”。
 
 
 
        <FINAL-KAMEN-RIDE.....“DeCaDe”!!>

806 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/06(土) 05:54:00
>>805
 
 
 
 
――――そうして、“破壊者”は起動する。
 
 
世界は白い炎に包まれていた。
そう、今やこのエリア全域が突如生まれた灼熱に包まれていた。
  
“人体発火”。空間内の空気を瞬時にプラズマ化させるそれは、古代文明が得た
原子変換能力の副産物。奇蹟を起こす『霊石』による力の副産物。
その忌むべき究極に到達した“英雄”が内包する能力(コード)の一つが暴走しているのだ。
 
その炎の中に、彼は立つ。 
銀と黒の装甲と仮面を纏い、赤き複眼で世界を見据える仮面の“破壊者”。
腰には今までのバックルではなく、9つの異なるエンブレムが浮かび上がった、黒に
マゼンダのストライプが施された装置(ツール)。
その姿は、彼が旅を終えたという証。反転された世界で得た破壊者としての証であった。
 
だが、今の彼は本来の姿を構成するものが二つ変容していた。
 
一つは肩から胸にかけて装着された9枚の追加装甲。
並行世界を巡り得た9人の“英雄”の力、その威容を現す立ち姿が各々の象徴へと変わっていた。
そう、各々の“仮面の英雄”の力を象徴する9つの紋章へと。
 
もう一つは彼の額に存在する筈の追加装甲。
9つもの莫大なエネルギー、最強の存在を構成する情報(コード)を統率するべき1枚が消失している。
彼自身の立ち姿を写した、9つの情報エネルギーを自在に制御する1枚(カード)が。
 
あるべき完全者(コンプリート)の1枚を欠いた仮面。
複眼と相まってそのシルエットは、触覚(オーシグナル)を備えた仮面の英雄に似ていた。
  
自由という名の“物語”を守るために戦う、仮面の英雄そのものに。
 
 
解き放たれた力が暴走する世界。
それは時の流れる力であり、進化の力であり、鬼の力であり不死の力だった。
9つもの“最強”の力。制御できないエネルギーの奔流が量子の世界に溢れ出す。
 
それは彼が捨てた筈の最後の切札。
リスクが高すぎたが故に除外した9枚組のジョーカー・オブ・ジョーカー。
切る前に必ず5発入りのロシアンルーレットを強いられる、余りに危険な“伸るか反るか(ロング・ショット)”。
そして使ったら最後、オーバーロードするエネルギーに自壊され終焉を迎える片道の特急切符。
ゼロ番地区の惨劇で知ることとなった、崩壊への特急切符へと変貌した最大の鬼札。
 
だが彼は、その最大最後の1枚を手にすべく。

807 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/06(土) 05:56:27
>>806
 

 “究極へと至る道は一つではない。ただ人の為に己を高め空と成し我を得よ”
               <―――“KUUGA”>
     古の闇を払うために笑顔のために戦い続けた凄まじき戦士の。


                 “俺の為に、アギトの為に、人間の為に、奪われた未来を取り戻す!”
                              <―――“AGITO”>
                      神の傲慢から人々を救うために進化した戦士の。

 
  “俺は戦いを認めない!だから絶対誰にも奪わせない!”
           <―――“RYUKI”>
   無限の戦いを止めさせる為の戦いを続けた龍騎士の。


                  “「俺は戦う!」己の存在を受け入れた彼に、迷いはもう無かった”  
                               <―――“Φ's”>
                      己の異形を受け入れ夢を守るために戦った若者の。


  “全ての力を―それは最強の王になると同時に終わりの始まりでもあった”
              <―――“BLADE”>
      自分以外の全てを救うために自らを投げ打った封印の剣士を。

 
                    “鍛錬を重ね幾多の魔を討ち払い、そして今最強の鬼となる”
                               <―――“HIBIKI”>
                       鍛え続けて得た鬼の力を、絆の武具で鎧った鬼を。


   “自分が変われば世界が変わる…それが天の道だ!”
            <―――“KABUTO”>
天の道を行き総てを司る、そんな途方もない険しい道を歩んだ男の。
 
 
    “行くぜ…ここからが、クライマックスのクライマックスの、そのまたクライマックスだ!”
                     <―――“DEN-OU”> 
      異邦人たちとの絆を力に変え、時を護った心強く優しき青年とその親友の。

 
    “力と共に溢れ出す金色の光、もはや皇帝を縛るものは何もない”
                <―――“KIVA”>
   宿命を知り、その宿命を変えるべく王となった人と吸血者の落とし子の。




それら全てで9つ、暴走し続ける最強の力(コード)を。
その象徴である全ての紋章が明滅するパネルを、右の拳で押し込むように、
イカれた装置を壊すように叩き込んだ。 
開放を意味する宣告のマークと共に、二度と元に戻ることのないように。
 
 
      <<FINAL-KAMEN-RIDE “AAAAAAAALL-RIDER”!!!>>
   
 
 
――――分子と原子が変換される炎の世界。
 
そうして彼の肉体は再構築される。
血で塞がれた右目も、機械の右手も、砕けた骨も、破裂した内臓も、皆平等に。
全身の痛みが、体内器官が破裂した激痛も今は平等に消えうせる。
否、そのまま破裂して損傷した部位そのものが原子変換で分解され消失する。
臓器も骨も皆平等に。
今の彼を動かす体は人間の肉体ではなかった。
単純に、完全に効率的に戦う動作を行うための異形の体。
戦いのため高度に進化した知覚器官と骨格、筋組織と神経組織の融合体。
     
“凄まじき戦士(アルティメット)”―――偶然に顕在化していた、英雄の力の一つ。
制御したその力を所有者である“英雄”の威容と同化変身することで、彼は自らの体を霊石
による肉体改造の果てにある、異形の肉体へと変貌させる。
戦い打ち倒すためだけに存在する生体兵器へと。
そうして再構築される、仮面を駆動させる新たな体。
最後にプラズマ化した原子―――炎で焼滅させた、切り離された右腕に握られたままであった
剣――――を再構築。今再び一振りの剣をその手に握る。
 
  
「俺は破壊者だ。生憎とヒーローじゃない。
 だから生きて帰ってめでたしめでたし、何て結末は最初からありゃしない」
  
そう、最初から彼は死を覚悟していた。覚悟を通り越して決意していた。
その静かで揺るがない殺意すら孕んだ決意は、最後の切札を掴んだことで絶対のものとなる。
 
そう、もはや彼は何をどうしようと助からない。
時間制限つきの最終形態。自壊するはずの集合された力を力づくで押し込めた時限爆弾。
戦いの勝敗如何に関わらずあるのは絶対の死。構築情報(コード)の崩壊による完全な死だ。
 
だが、彼は死ぬときは絶対に前のめりだと決めていた。
それも只の前のめりじゃない、行く手にあるふざけた奴らも巻き添えにしようと決めていた。
そう、何があろうと絶対に破壊すると決めていた。 
新しい旅を始めたとき、旅の終わりにはそうすると決めていた。
 
    
「始めようぜ!俺と一緒にぶっ壊れるか、お前らが先に壊されるか二つに一つだ!!」
 
  
これは聖戦ではない。
壊し壊され殺し殺される、だが最終的に殺し尽くすため行われるこの世界で最も有り触れた遊戯。
 
“闘争”という名の、最も危険な殲滅遊戯。

808 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/06(土) 20:44:37
>>800>>801>>802>>803>>804>>805>>806>>807







『この怪物は殺し屋だ、言葉さえ武器にしている』







.

809 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/06(土) 20:45:28
>>808

 焼け落ちていく。彼女の身体が焼け落ちていく。彼女の世界が焼け落ちていく。

 『人形殺しライダーマンの右手』によって破壊された身体。
 白き炎によって焼き尽くされていく身体。
 男の言葉によって崩れだす彼女の精神。
 人形の歌が聞こえる壊れ行く世界。

 記憶の奥深くに封じ込めていた、パンドラの箱あの日の記憶
 その箱に亀裂が入り、そこから何か黒いものがあふれ出て――――――

「やめて――――――ッ!!!!!!!!!!!!」

 最悪のタイミングでの不完全な記憶の解放。結果、アリスは深い傷を負う。心に深い傷を負う。

 罪。そして罰。救えなかった■■。救われることのない彼女。原罪。
 崩壊していく巨大なアリス。崩壊しかける彼女の自我。

 壊れて、壊れて、壊れて、壊れて、崩れて、崩れて、崩れて、崩れて。

 そして、巨大なアリスは倒壊する。巨大なアリスは焼き尽くされる。
 男の言葉と『力』によって。

 だが、その身体が崩れ落ちる寸前に、何かが中から飛び出した。


 それは――――――アリス。


 彼女はアリス。かつては少女。真っ青なドレスに真っ白なエプロン。とっても可憐なエ
プロンドレス。長い金髪背中に流し、宝石のようなその碧眼。人形記号めいた理想のアリス。
皆が望む理想のアリス。アリス・オブ・アリス。

 そう、彼女は理想のアリス。皆が望む理想のアリス。誰もが望む理想のアリス。アリス
の望む理想のアリス……だったのに!

 だが、いまは?

 彼女はアリス。かつては少女。真っ■なドレスに真っ■な■■■。■■■■■■■■
■■■■■■。長い■髪背中に流し、■石のようなその■眼。■■めいた■■のアリス。
皆が■■■■のアリス。アリス・■■■■■■。

810 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/06(土) 20:46:03
>>809







『激しい怒りを身にまとった君は美しい。その状態が一時的なもので敵は幸運だ。
君もラッキーだ。赤い目玉が似合う者は少ないからね』








.

811 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/06(土) 20:48:56
>>810

 燃え盛る世界の中、炎上する自分の巨大な遺体を背景に、アリスは床に降りたった。

 燃えていく世界。真っ白な炎に包まれ燃えていく世界。その中心にいる太古の神々のよ
うな神々しい姿に転じた男――――――彼女の敵。

 視界を埋め尽くす真っ白な炎の中、彼女は箱を取り出した。奇妙な模様の描かれた箱だ。
不吉な気配の不気味な箱。かくも禍々しい立方体。その箱の名は【怒りの箱】。

 アリスはこじ開けるようにして蓋を開けた。すると赤いもやが箱からあふれ出し、真紅
の霧がアリスの身体を包み込む。赤が彼女の姿を覆い隠す。

――――――抑圧された衝動を解き放て。

 赤い霧がアリスの身体に心に侵入し、彼女を蝕んでいく。精神と身体を蝕んでいく。そ
れが限界値を超えたとき、心の底にたまった『澱』ヘドロは、黒き奔流となってあふれ出す。激
情に身を任せ、怒りに身を任せ、狂乱せよ、すべて破壊しろ、戦いの火蓋はとうに切られた。

 赤い霧が晴れて行き、彼女は再び姿を現す。


 彼女も――――――アリス。


 彼女はアリス。かつては少女。真っ青なドレスに真っ白なエプロン。とっても可憐なエ
プロンドレス。長い金髪背中に流し、宝石のようなその碧眼。人形記号めいた理想のアリス。
皆が望む理想のアリス。アリス・オブ・アリス。

 そう、彼女は理想のアリス。皆が望む理想のアリス。誰もが望む理想のアリス。アリス
の望む理想のアリス……だったのに!だがその理想は傷つけられ、その身体も傷つけられ、
その心も傷つけられ、彼女の存在は奈落に堕ちる。

 だから、いまは? そう、いまは!

 彼女はアリス。かつては少女。真っ黒なドレスに真っ黒な拘束具。狂える淑女のゴシッ
ク・ドレス。長い黒髪背中に流し、石榴石のようなその赤眼。悪魔めいた悪夢のアリス。
皆が恐れる恐怖のアリス。アリス・オブ・デス。

 白雪のように白い肌、黒檀のような黒い髪、鮮血のごときその唇。爛々と赤く輝くは、
鬼火のごときその双眸。こめかみからは羊のごとき捩れた角が生え、その両の手は鋭く
長く鉤爪のよう。何よりその表情は、怒りと狂気で悪鬼のよう。

 彼女はアリス――――――悪魔バケモノのごときその姿。

 輝かしき日々は過去のこと。黄金の午後はとうに過ぎ去った。その残滓にすがる哀れな女。

「ゥォォォオオオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」


 うめき声のような雄叫びを上げ、アリスは新たな得物を抜き放つ。

812 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/06(土) 20:50:10
>>811







『凍えるような寒さは切り傷を負わせるよりもはるかに敵の戦闘能力を奪う、
しかし冬は永遠には続かないがね』








.

813 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/06(土) 20:51:08
>>812

 彼女が手にするのは【吹雪の杖アイスワンド】。すべてを凍らす魔法の杖。

 アリスは杖を振りかざす。すると、凍てつく嵐が吹き荒れる。厳寒期の雪山のように、
凍える吹雪が吹き荒れる。空気は軋み、床も壁も凍りつき、炎をかき消し、すべてを凍ら
せる。大気中の水分が凍りつきダイヤモンドダストとなって宙に煌く。辺りに散らばる様々
な残骸が凍りつき、音をたてて壊れていく。

【吹雪の杖】が、白く冷たい死をもたらす。震え凍える死をもたらす。そう、そこは死の世界。
【吹雪の杖】がもたらすものは極限の低温。絶対零度。すべての原子の振動が停止する温度。


――――分子と原子が停滞する氷の世界。


 敵の発火能力を【吹雪の杖】で押さえ込み、彼女が狙うのは肉弾戦。

 彼女は走る。凍える杖をその手に、赤い霧を全身から噴出しながら、眼前の敵を破壊せ
んと走る。その姿はさながら暴走する機関車。吹雪と真紅の蒸気を噴出し、立ち塞がるも
のすべてを破壊する機関車。

 余計なものを捨て去った彼女は、人として大切なものを捨て去った彼女は、すでにヒト
の範疇にはない。激しい怒りを身にまとった彼女は、破壊力耐久力ともにロードを超えている。

 憤怒に身を任せ、我を棄て、空を得、至高にいたる。
 闘争と破壊の衝動にまかせ、究極に至る。

 いまの彼女は、凄まじき戦士。
 肉食の猛獣のごとく、捕食者としての圧倒的な感性に身を任せ、溢れ噴き出す激情に身
をまかせ、ただただ破壊するためだけに走る。
 
 互いの間合いに入る直前、【吹雪の杖】をオーバードライブ。吹雪が吹き荒れ彼女の姿
を覆い隠す。同時に巨大な氷塊が仮面の男めがけて落下する。

 氷塊を囮に吹雪の中に姿を消した彼女はどこから現れるのか。上か下か右か左かそれとも背後か。

 答えは――――――真正面!
 
 突進の勢いにまかせて互いの間合いに突入。突撃の運動エネルギーを破壊力に代え初撃
の拳を勢いよく振るう。それは一撃では終わらない。連続殴打ラッシュ。拳が、脚が、肘が、膝が、
鉤爪が、貫手が、杖が、敵めがけて振るわれる。回避されても防御されても反撃されても
ひるむこと無く。暴走する風車のごとく己が四肢を振り回す。【吹雪の杖】を振り回す。

 肉食の猛獣のごとく、捕食者としての圧倒的な感性に身を任せ、溢れ噴き出す激情に身
をまかせ、ただただ破壊するためだけに殴る。殴る。殴る。殴る。

814 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/07(日) 00:34:08
>>808-813
 
 
そうして“破壊者”は起動する。
 
霧が晴れたかのように、晴れてゆく霞のように消え去ってゆく灼熱の炎。
同時に彼と同化していた、黒き鍬形を備えた漆黒の姿が霧散する。
装甲の一つに刻まれた紋章の1つと共に。
9枚のイカサマのうち最初の1枚――“凄まじき戦士”の情報エネルギーが使い果たされ霧散する。
制御する完全者(コンプリート)を失っている今、それぞれの発動は短時間。
それは或いは一撃、或いは数秒、或いは数合しか力を行使できないことを意味していた。
 
どこまでも安定性の存在しない、もはや爆発物のようなイカサマ(ジョーカー)。
だが、それで十分だ。
代わりに今のシンクロ率は100%の100%を越えて400%。
各々の“最強”が持つ全てのポテンシャルを行使できる。
ならば後は駆け抜けるだけ―――否、破壊するだけ。
相手のチップを胴元ごと叩き潰しイカサマを、注がれる器という器と海を蒸発させる。 
 
そういう無茶を彼は誰よりも得意としていた。
何故ならば彼は破壊者、それも世界を壊す“破壊者”だったからだ。
その“悪魔”に、“世界の破壊者”に再び彼は戻る。 
激情を越え、英雄を超え、ただ己の静かな決意で、終焉の世界を壊すための“破壊者”に。
 
 
その胸中には、彼が得た仲間と彼が見てきた物語。
とりわけ今は最初の戦友、もう一人の“凄まじき戦士”とまでなった男の笑顔。
切札の起動における5発入りのルーレット。必ず、だがランダムに発生する力の暴走。
それが周囲へのプラズマ発火で済んだのは、実のところ幸運だった。
 
そんな偶然に、彼は本物の“凄まじき戦士”の力を持つ戦友の笑顔を幻視する。
今も倫敦で怪物(フェアリィ)と戦っている、悪くない笑顔をする友を。
まるで背中を押してくれたような、そんなあいつらしい“お節介”な男の笑顔を。
 

815 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/07(日) 00:38:58
>>814
 
   
「そっちの方が似合ってるぜ。いい面構えだ、感動的だな」
  
 
――――雪山のように、雪の舞い散る静かな決戦場のように変容した世界。
 
激情と情熱と衝動の化身。
それら三つが一つに融合した破壊の化身。
はだかる全てを引き裂き叩き潰す異形の悪魔、その破壊の嵐を自ら紡ぎだす魔獣のアリス。
一瞬で互いの間合いに肉薄し、圧倒的な暴力を振るわんと驀進し咆哮する牙獣のアリス。
氷の世界から真正面に現れた、激怒を超えて憤怒する激昂の金獅子。
その音の壁を凌駕して殺到する暴力を―――
 
  
「だが無意味だ」
   
“進化するのは力だけではない。その精神もまた、更なる高みへと進化する”
 
轟音と轟音と轟音と轟音。それよりも早く吹き荒れる獣の暴虐。
その圧倒的な超音速の暴力の数々を。
拳を、牙を、杖を、肘を、膝を、鉤爪を、貫手を、杖を、目掛けて振るわれる猛攻を光が捌く。
瞬時の“変身”―――剛力の灼熱を越え、白金の光へと到達した“進化し続ける者”。
その進化した心技体、超人の力を得た達人の技量が破滅的な暴力をいなす。
姿と同じく一対の双刀に分離した、物質化した光の刃でいなす。
全力で全身で徹底的に振るわれ続ける暴力、その先読みすら不可能に重なる呼吸の
怪力と連撃と暴力の真っ只中を。受け、廻し、いなし、留め、いなし逸らし受けかわし叩き
防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り
防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り
防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り
防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り
防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬り防ぎ斬る。
  
無我の境地へと至ったものだけが可能とする超越技量。
その技術だけでなく、穏やかに研ぎ澄まされた心が可能とする攻防の軌跡(奇跡)。
これがこの“英雄”が進化と共に手に入れた強さの境地。
 
後の先を極め、激流と清流の極意を得、誰にも捉えられぬ光と化した進化する“戦士(アギト)”。
神とその眷属の傲慢すら貫いた“光明の力(シャイニング)”。
 
 
その光と一体となった男の前では、全ての傲慢な力は意味をなさない。
そう、たとえ神であろうとも。

816 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/07(日) 00:42:25
>>815
 
 
吹雪と暴風舞い起こる世界の中で。
  
かくて風車は勢い虚しく空回りする。凄まじい勢いの空回りをし続ける。
風を受けて駆動するどころか、破壊と暴力と吹雪の旋風を巻き起こす暴走風車。
だがその超音速で回転する風車のベクトルは僅かに、徐々に確実に狂い始めている。
回避されても防御されても反撃されても怯むこと無い猛攻が、その方向が狂い始める。
その原因は他でもない。
的確な反撃によって力の流れを徐々に誘導させてゆく、けして捉えられない光のような攻撃によってだ。
 
そして回転し続ける狂える風車は崩される。
最大級の渾身の力が乗った拳の一撃(メガトンパンチ)、しかし最大のテレフォンパンチ。
いなされ続けて体の流れを誘導された、最大の一撃にして最大の間隙(テレフォンパンチ)。
 
      “鍛えた果てに彼は成る。妖魔を狩る、誰よりも強き戦鬼に”
 
その一撃を、次なる“変身”を終えた彼の手が掴んで止める。
心身を鍛え続けた果てに潜在する因子を呼び起こした、あらゆる物の怪を調伏する“鬼”の腕力で。
9つの最強の中で最も身体能力に優れそれを如何なく発揮する、装甲を纏った紅の鬼の姿で。
  
「“灰は灰に、塵は塵に”」
 
闇より生まれた異形を滅するべく紡がれる言霊。
それを“鬼”は再び変化していた一振りの刃へと、もう片方の手で持っていた刃へと浸透させるように強く囁く。
退魔の志を同じくする同胞たちが生み出した、世界ある限り不滅である物の怪を滅ぼす刃へ。
 
「化物は化物らしく―――」
 
そして抑えていた拳を開放。
世界は再び静から動へ、本能のままに最適化された暴力が再び解放される。
だが同じくして彼の刃も解放される。
刀身に紅き浄化の炎を纏う、巨大な祓魔の光刃を発生させた刃も。
 
「“塵に帰れ”ってな!」
  
激昂する魔獣の咆哮。  
本能のまま振り下ろされる白き魔杖という暴力。単純が故に圧倒的な渾身の一撃。
それと呼応するように、鬼もまた下段に構えた巨大な刃を振り上げる。
『斬り結ぶ刃の下は地獄なり 踏み込みゆけばあとは極楽』
そんな一切の気負いなく、一気呵成に振り上げる。そう、気にするべくは何もない。
     
何故ならば此の刃は剣にありて剣にあらず。
刃が切り裂くは皮に非ずして肉に非ず、肉に非ずして骨に非ず。
それは魔の魂を切り払う剣。言霊の音で魔を払う、魔を討つための退魔の剣。
そう、清めの音に拠りて敵を撃つ『浄化の刃』。
接触したが最後、ソリタリーウェーブの原理で叩き込まれた浸透した浄化の音が魔を粉砕する。
鬼神の力にて、悪魔を構成する因子を全て崩壊させ消滅させる。
  
―――清める為の音を撃ちて、世の理により生まれる魔を討ち祓う。
そうして心身を鍛え、清める為に“鬼”が為る。
修験道より生まれた妖転身の奥義、その異能を世の“物の怪”を討つためにこそ。
そう退魔の願いが生んだ刃こそ、鬼そのものの言霊を増幅させた浄化の一刀。
 
 
鬼神覚声(醒)。
怒りの悪魔と化したアリスに対する最凶の一撃が。
あえて相打ち合うタイミングで必中を期した、彼女の全てを切り払う“響く鬼”の一刀が走る。

817 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/07(日) 01:38:40
>>814>>815>>816







『なんだこれは!君のヴァイオリンのけいこを思い出すよ』






.

818 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/07(日) 01:41:54

 アリスの一撃は敵に届かず、襲い掛かった勢いのままに、激しく落ちて床に沈む。

 アリスが倒れる。アリスは斃れる。死神アリスは無様に倒れる。

 見事なまでの一刀両断。【怒りの箱】の力は退魔の剣によって霧散した。いまのアリス
はただのアリス。悪魔の力はもはやない。憤怒も激情ももはやない。いまの彼女は抜け殻だ。

 そのうえ生じた最悪の事態。今の一太刀で帽子屋との回線に障害が発生した。接続は不
安定。いつ断絶してもおかしくない。まだしばらく持つかもしれないが、逆にいま断絶し
てもおかしくなかった。万全のバックアップはもう望めず、不確実なゲームに引きずり込
まれる。

 ワイルドカードアリスもついに終わりか? いや違う。まだだ、まだ終わらない。

『アリスを信じるなら手を叩いて! 』

 アリスの息絶えるその前に、砕けた【吹雪の杖】の残骸が叫ぶ。その呼びかけに呼応し
て、【住人】たちが声をあげる。我先にと声をあげる。


 天井のしみが
 床のひび割れが
 流れ出た血のあとが
 白い炎で焼かれた灰が
 砕け熔けた白の騎士が
 凍りついた大気の欠片が
 破壊されたコンテナの残骸が
 砲撃によってぶち破られた扉が
 破壊者の突入の際に大きく開いた風穴が


 手のあるものなど一人もいなかったが、無い手をみんな一斉に叩く。
 手を叩く、手を叩く、手を叩く、みんな一斉に手を叩く――――――そしてアリスは甦る。

 床に倒れていたアリス、勢いよく跳ね起きる。そのまま連続後方回転で距離をとり、
【住人】たちにぺこりと感謝の一礼をする。

 今度のアリスはパンク風。黒いレザーのちょいワルアリス。
 黒い革のジャケットに、黒いレザーのジョッパーパンツ。足元ブーツでしっかり固め、
拘束具めいたベルトでしっかりと身体を固め、繊細な両手は厚革のグローブで保護されて
いる。バイク乗りライダー風でありながら、同時にボンテージ風でもある格好。

 アリスはぺこりと一礼をする。でも内心はちょっと複雑。

 人気者も大変だわ。おちおち死んでもいられない。

 狂乱より解放されたアリスは、ちょっぴりうんざりちょっぴり慢心。ついでにちょっと
健忘気味。大事な何かを忘れてる。大事な■■■■忘れてる。■■■■■■■■■■■■■■。

819 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/07(日) 01:42:29
>>818






『おいしいお茶を一杯飲むと気持ちが安らぐというヤツは本当のお茶というものを飲んだ
ことがないのだろう。アドレナリンを心臓に注射したような気分になる』








.

820 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/07(日) 01:43:22
>>819

 本日何度目かの仕切りなおし。そろそろ決着をつけるべく、アリスは宙から【玩具】を
取り出す。とびっきりの玩具を選んで取り出す。取り出したるはティーポット。飛蝗の形
のティーポット。中身は煮えたぎるような、激熱濃厚グラスホッパーティー!

 アリスはティーポットを両手で持ち上げる。頭上に掲げるように持ち上げる。そして火
傷するような熱いお茶を、注ぎ口にくちをつけ一気に飲み干す!

――――――アリス、君って本当に英国人?

 アドレナリンをぶち込まれたような衝撃が走り、アリスは一気にハイになる!たちまち
のうちに異変は起こり、たちまちのうちに異形が起きる。アリスはまたまた変身する。

 目は巨大な複眼に。
 皮膚は強靭な外骨格に。
 触角までが生えてきて。
 背には大きな昆虫の羽根。
 肌の色は目にも鮮やかな緑色!

 体躯は一回り大きくなり、レザーの服がはちきれそう。とくにその太腿は、異常発達し
た筋肉で丸太のように太くなっている。まるで飛蝗の怪物のよう!そう、彼女は飛蝗のアリス。

 アリスは走る。飛蝗は跳ねる。

 床は床、天井は床、壁も床。宙は通路で、コンテナは踏み台。
 縦横無尽に飛び回り、背中の羽ではばたいて、宙を走って駆け巡る。
 盾に横に飛び回り、前に後ろに飛び跳ねる。重力の楔を振り切って、一心不乱に飛び跳ねる。

 速く、速く、速く、速く、さらに、さらに、さらに、さらに、音速を超えてその先の領
域まで。選ばれたもののみが到達できる超音速の領域まで!

 異常発達した脚力を使っての空間殺法。機を読みつつ高速で移動し続けることによって、
空間を支配し、間合いを支配し、初動を潰し、機会を潰し、行動を潰し、先制を潰し、反撃を潰す。

 床を天井を壁をコンテナを、蹴って、蹴って、蹴って、蹴って、走って、走って、走って、
走って、跳んで、跳んで、跳んで、跳んで、跳んで、跳んで、跳んで――――――大跳躍。

 破壊者めがけての大跳躍。脚を突き出しての大跳躍。それはつまり跳び蹴りだ。
 充分な速度と威力の乗った砲弾のような飛び蹴りが、破壊者めがけて繰り出された。

821 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/07(日) 04:32:55
>>817-820
 
 
―――魔が退けられた世界の中で。
 
 
それはヒト型の飛蝗だった。高速で移動する飛蝗の怪物だった。
単純なまでの超高速で、複雑なまでの軌道を描いて、
大気の壁を切り裂いて飛び跳ねるのは蟋蟀ならぬ“五月蠅い跳躍者(ノイジー・ホッパー)”。
“英雄”たちのアーキタイプとして存在する、起源(ホッパー)と酷似した緑の飛蝗。
ライダースーツを模したアリスが“変身”した、パロディーとオマージュに溢れる“飛蝗(フェイクホッパー)”。
  
だが例え飛蝗の異形となったところで、現実はそんな格好の悪党が1人増えるだけだ。
“仮面の英雄”というのは改造された元人間であるとか、飛蝗の姿をしているという事ではない。
自らの意思でもって、世界を良くしようと戦う仮面(マスカレイド)の事を言うのだ。
そんな何よりも重要な事を、誰よりも彼は理解していた。
   
だから、彼は動かない。
霍乱と反撃を封じるための高速移動、その折重なる風切り音の中心部で一人立つ。
3枚の切り札を使い捨て、今や新たな“仮面の英雄”の一人へと姿を変えながら。
騒々しく騒々しく騒々しく、音速を超えて縦横無尽に高速で飛び跳ね回る飛蝗の世界で。
 
動きが音を越え音が動きへ追いすがる世界。
余りにも騒々しい超音速の羽きり音が何度も何度も鳴り響く世界。
最高にハイってやつになった紛い物(アリス)が騒々しく動き回る世界。 
 
  
「紛い物には、礼儀ってのを教えてやらないとな」
   
―――――その世界に、魔笛の音色が支配するかのように鳴り響く。


822 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/07(日) 04:35:50
>>821 
 
  
かくて世界は闇となる。
彼らの存在する空間の全てが闇へ閉ざされ、満月を天に掲げる夜となる。
 
“固有結界(リアリティ・マーブル)”。
術者の心象風景で現実世界を塗りつぶし、世界そのものを変容させる結界魔術。
その最大級の奥義を再現する礼装の旋律が、世界法則ごと空間を書き換える。
所有者の能力を最大限に高め、超音速にすら対応できるべく強化を施す【王】の領土へ。
 
そう。
爪を立て、両の手を交差させ構える其れは皇帝にして【王(キング)】。
意匠を鏤めた赤と黄金の鎧を纏う、全ての力の拘束(カテナ)より解放されし“黄金の牙”。
力だけならば、この世界に君臨する数々の『不死者の王』にも勝り劣らぬ吸血者の王。
単体で一国すら滅ぼすことすら可能な力を秘めた魔鎧を纏う、並び立つもう一人の王。
 
今はこの世界の遥か日本で戦っている筈の、牙持つガイアの“皇帝王(エンペラー)”。
その“黄金の牙”に“変身”した彼は、変容した世界の中心で敵を待つ。
今その紅の外套を翻し、やや腰を落とし両腕を斜めに振り下ろした型で静かに愚かな刺客を待つ。
王者はその時まで動く必要はない。周囲を賢しく動き回るのは常に弱者だと言わんばかりに。
 
   
そして超音速の襲来する先触れを感じ取り、皇帝は飛翔する。
 
 
左腕に装着した擬似竜の篭手を唸らせ、寸前に交差させた両足で地を蹴り超新星のごとき勢いで上昇する。
架空元素と結実することで数十倍に倍化変換された魔力を糧に飛翔する。
空の満月に飛蝗(フェイク)に向かい、右脚を突き出し飛翔する。
溢れる魔力のオーラで王の牙の紋章を形作り、蹴り足に雄々しき魔力の牙を備え飛翔する!
そう、制御不能を制御して一直線に飛翔する!
    
 
“月夜に狂宴の旋律が鳴り響く。雄々しき牙が天を駆け、断罪の刻印を魔に打ち込んだ”
 
 
砲弾じみた飛び蹴りの直線に相対するは、雄々しき“牙”の直線。
但しそれは只の直線ではなかった。そう、無数の躍動する曲線を“牙”を連ねた線だった。
 
そして蹴り足の衝突と同時に開放された魔力の牙が。
断罪の刻印を何度と打ち込むべく何度も躍る魔力の軌跡が。
何度でも何度でも何度でも刻印を打ち込み続ける魔力の牙が。
断罪の刻印を打ち込み切り裂き打ち込み続ける荒ぶる牙と荒ぶる牙が。
闇に包まれた“皇帝”による破壊を意味する、数多の牙を孕んだ月下の一撃が。
  
破壊し蹂躙すべく躍動し続ける牙を纏った連続蹴りが、断罪すべき咎人(アリス)へと襲い掛かる。
 
  
―――此処は吸血鬼の世界だ、飛蝗の化物はお呼びじゃないぜ。
  
化物を倒すのは何時だって人間だ。
だがそんな化物が主役なのがこの世界だ、吸血鬼が数ある主役として存在するのがこの世界だ。
  
そんな自嘲じみた皮肉を込めて。
彼は獰猛な“牙”に晒された紛い物を、吸血鬼の“牙”に蹂躙されようとしている相手(アリス)を哀れんだ。

823 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/08(月) 19:22:43
>>821>>822







『鏡に映ったもののほうが実物より現実に近い場合もある』






.

824 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/08(月) 19:24:19
>>823

 真正面から激突する二つの蹴撃。苛烈な一瞬の後、敗れたのはアリス。純粋な力負けだ。

 アリスのブーツが千切れ、爪が割れ、指がつぶれ、皮が裂け、筋繊維が一本ずつ音をた
てて千切れ、骨が砕け、脚が縦に真っ二つに裂け、踵、足首、脛、ふくらはぎ、膝、太腿、
股関節と凄まじい勢いで破壊されて――――――死が

 まだよ、まだ、まだ。物語が終わるのにはまだ早いわ。だから、そう。

「お話をして!」

――――――あとはこんど。

「いまがこんどよ!」

 ならば、そう、続きを語ろう。

 リテイク、リメイク、再編、改稿、校正、修正、訂正――――――死の運命など認めるな。

 壊れた器を修復しろ。
 破れた身体を修繕しろ。
 ほつれた存在を編みなおせ。

 あきらめるな。物語の続きを書け。己の人生という物語の続きを書け。

 物語の再構築。己の生命の再構築。己の肉体を編みなおす。己の存在を編みなおす。

 そしてアリスはまたもや復活。

 彼女は安堵のため息をはく。バックアップはまだ有効だ。だがいつまでもってくれるの
か。敵は強い。あまりにも強い。帽子屋の加護バックアップがなければもう何度死んだことか。そのバッ
クアップも、さてさていつまで続くことやら。もういつ切れてもおかしくは無い。だった
らバックアップの有効な今のうちに、一気にかたをつけるしかない。たとえそれがハイリ
スクでも。

 アリスは新たな決意とともに、またまた玩具を取り出した。取り出したるは鳩時計。ア
リスより大きな鳩時計。

「今日は12時が早く来るかもね」

 彼女の台詞のその通り、時計の針はくるくる回り、ぴったりかんかん正午を指す。する
と時計の扉が開き、中から出るは――――――これまたアリス。Alice ! Ecila !!

 二人のアリスが並び立つ。

 ひとりはAlice ! われらがアリス。悪夢の国の彷徨えるエトランゼ。彼女が纏うはロコ
コ調の白いドレス。優美繊細な雪色のドレス。一切余計な色はなく、ただただ白い美しい
ドレス。白金の髪はまっすぐで、瞳だけが虹のように美しい。

 ひとりはEcila ! われらがアリス?いいえ、アリス型した自動人形。彼女が纏うはバロッ
ク調の黒いドレス。豪壮華麗な闇色のドレス。一切余計な色はなく、ただただ黒い美しい
ドレス。漆黒の髪はまっすぐで、瞳だけが虹のように美しい。

 白と黒。二人のアリスが並び立つ。

「あいつ強いわ!」

 アリスが叫ぶ。

「泣きごと言ったってはじまらないわ!」

 アリスはびしゃりともうひとりの自分にいいました。

「たった今、泣きやみなさい!」

「泣いてなんかいないわよ!」

 言いながらアリスは思い出しました。このおかしな娘はひとりで二人ごっこをするのが
大好きだったのです。

「でも、もう二人ごっこをしてもはじまらないわ。一人二役どころか、二人一役なんだから」

 そう二人になったアリスは考えました。

825 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/08(月) 19:24:55
>>824






『アホウがらっぱ銃を扱うほど怖いことはない。君の事を言ってるわけじゃないが、慎重に頼むよ』






.

826 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/08(月) 19:27:02
>>825

 白いアリスは虚空から玩具を取り出す。とっても危険な最強の玩具を。それは銃。ラッ
パのごとき銃身を持つ完全無敵の【らっぱ銃】。金に輝く銃身と、みがきぬかれた木製の
ストックをもつ、かくも美麗ならっぱ銃。

「銃はたった一丁しかないから」

 アリスは片割れに言いました。

「あなたは杖を獲物にしなさい――――――同じくらいに危ない杖を。さあ、はやいとこ
ろ始めましょう。どんどん危険になっていくわ」

 そういって片割れに目を向けると、そこには同じくラッパ銃を持った分身が。

「なんであなたも持っているのよ!」

「ミレーナにもらったわ―――そもそもなんでトゥイードルダムなのよ」

「聞いてないわよ―――もとネタばらさないでよ。楽屋オチみたいで恥ずかしいじゃない」

「言ってないもの―――だったらはじめから台詞パクったりなんかしないでよ」

 もういいわ、そういい棄ててアリスは銃を構えると、躊躇うこと無く即座に発射。それ
に寸分遅れること無く、アリスも銃を構えて発射。

 銃口より光の奔流があふれ出し、凄まじい勢いで突き進む。圧倒的な熱量を持つ破壊の
光線が突き進む。

 収束、収束そして爆発。大爆発。大、大、大、大、大爆発。

 振動が軌道エレベータを揺らす。それこそ倒壊せんほどに。たちまちのうちに室内は暴
風圏に。嵐の中の小船のように、部屋中がみんな揺れに揺れる。いろんな残骸飛び回り、
残ったコンテナ暴れだす。

 アリスの構えるらっぱ銃。一発ずつでこの有様。しかも一発では終わらない。

 いまの彼女には加護がある。残高不明の加護がある。いまはまだ加護がある。だからそ
う、勇気は常に満タンだ。つまりそう、残弾は常に無制限だ。

 二人の構えるらっぱ銃。撃って撃って撃って撃つ!

 光芒が連続して放たれる。光の奔流が溢れ出す。光線が大気を引き裂いて飛ぶ。光弾が
すべてを粉砕するべく飛ぶ。

 審判の日に現れる、終末の喇叭を吹く天使トランペッターのごとく、二人のアリスはらっぱ銃を撃つ。

827 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/08(月) 19:27:40
>>826

撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ

828 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/08(月) 19:29:03
>>827








――――――光がすべてを覆い隠した。









.

829 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/08(月) 21:26:53
>>823-828
 
 
――――月夜の帳が消え去った世界の中で。
 
 
アンコールですら無くなった、執筆者(アリス)の悲鳴が鳴り響く世界の中で。
何度目かの復活を遂げるアリス。物語を紡ごうと躍起になって3度目の再構築を遂げるアリス。
二人で一人と嘯いて、一人を二人と嘘付くアリス。
だが、今の彼女は明らかに余裕を欠いていた。
明らかに、確実なまでに余裕の笑みが消えていた。
ダメージの蓄積、或いは喰らわせた一撃によるバックアップの不調―――希望的観測の
域はまだ出ないが、どうやらそんな可能性を考慮してもいいようだった。
それ程までに焦燥の色が垣間見えている、3度目のアリス。
 
 
「張り切るのもいいが程々にな。でないと、そろそろ潰れるぜ?」
 
もっとも彼にこの元少女(アリス)を案じる気は元よりなかった。
否、徹底的に潰す気しか存在しなかった。
残りの切札(イカサマ)は後5枚。最強の鬼札(ワイルドジョーカー)は残り5枚。
だがそのうち2枚は本命のために温存する必要があった。
残り3枚、それがこのワイルドカードに叩き込めるイカサマの限界だ。
だから一切の容赦など、今まで以上にする気は彼にはなかった。 
  
限られた条件下でベストを尽くす。
元よりそれ以外の選択肢などないのだから。
  
―――要は此処からが本番の本番、ってわけだ。
そんな覚悟を改めるような言葉を、酷く落ち着いた心の中で反芻させながら。
  
 
   
――――堰を切ったような喇叭の銃撃が鳴り響く世界。
 

830 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/08(月) 21:31:24
>>829
 
 
災厄と同意義の威力を撒き散らしながら鳴り渡る、終末を喧伝する喇叭の音色。
余りにけたたましく乱射されるその様は、まるで強制的に世界を終わらせようというまでの
暴虐に満ち満ちていた。魔力と融合した光と熱の狂乱じみた連続射撃。
勇気というより蛮勇と狂乱に満ちた連続射撃。
ハッピーを越えた『狂気(ルナティック)』、『銃撃(トリガー)』の容赦なき間断なきフルドライブ。
 
それも機械仕掛けの隣人と合わさって倍加どころか2乗となった砲火の弾幕。
二人で一人の弾幕宣言(スペルカード)、殺戮のファンファーレにして殲滅必至の鬼札(ジョーカー)のエクストリーム。
その滅びの炸裂するストリームの中を。
 

   ―――1.
        ―――2.
              ―――3.
                    ―――ready!
    
 
                “その姿は闇を切り裂き、光をもたらす”
               『――――Faiz Blaster Take Off』
 
 
その驟雨のようなストリームの中を、空中を高機動が駆け抜ける。
フライトユニットの大推力で喇叭の弾幕を縦横無尽と駆け抜ける、軌跡(ローカス)を刻む機動装甲が。
   
そう、既に破壊者は次なる札を切り、更なる“英雄”へとその姿を変えていた。
血液じみたフォトン流のエネルギーを金属繊維の表面装甲を駆け巡らせた装甲を。
全身を真紅の迸るエネルギー流へと変質させた機械仕掛け(テクノロジー)の仮面と鎧を新たな力を。
 
“閃光機甲(ブラスター)”。
異形となった若者が悩み迷走した果てに、決意と共に手に入れた紅の力。
今や彼の全身に流動する光子エネルギーの血流は、それ自体が際限のない動力源にして凶器。
無手の打撃だけで並みの化物すら崩壊四散させる莫大なエネルギーは攻防一体のみならず
更なる威力を発揮する兵装群のパワーソースとしても使用される。そう、今このときのように。
 
 
――――光が生まれ広がってゆく世界の中で。
 
 
そう、今このとき彼は切り払う。
自在な飛行を可能とする推進力のみならない、そのエネルギーを充填させた彼の武器で。
姿と共に剣が“変身”した其れは、複雑な機構(メカニクス)を内包した大型の剣。
専用のジェネレーターを備えた、武器を超えて兵器の領域にある機巧剣。
その剣の刃で彼は切り払う。
直線上にあるもの全てを溶断する、刀身から発生したエネルギーの刃で濁流と化した弾幕を切り払う。
縦横自在に稲妻の軌道を描き、音速のスピードで飛翔しながら切り払う。
乱暴に『Φ(ファイズ)』に『X(カイ)』、『Δ(デルタ)』の軌跡を描いて切り払う。
 
それでも躱しきれぬ横殴りの弾雨に、エネルギーを張り巡らせた装甲が相殺の爆発を繰り返し
ながらも進み昇り飛びながら切り払う。相殺しきれない衝撃に内部を損傷しながらも飛翔して光の剣を。
壁を天井を弾幕ごと切り裂きながら何度でも振り回す。
 
弾幕の海を何度でも。
弾幕を越えて何度でも。
食らいながら何度でも。
上から左右から何度でも。
軌跡を描き何度でも。
被弾を重ねながら何度でも。
表面を爆発させながら何度でも。
衝撃で傷つきながら何度でも。 
傷だらけになりながら何度でも。 
 
そう、アリスと機械仕掛けのアリスの放つ弾幕を何度でも。
何度でも何度でも何度でも何度でも。
 
彼女たちがそこに居る限り、彼女たちがまだ二人で二人である限り。
 
そう、彼女らが二つの火力を完璧に集中させない限り。
 
しぶとく回避と抵抗を繰り返す破壊者に、揃えた一斉射を浴びせない限り。
 
  
方向転換と加速と減速を繰り返した果て、彼が一瞬の停滞を見せない限り。
  
 
 
――――そう、丁度今のようなタイミングにならない限り。 
 

831 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/08(月) 21:35:23
>>830
 
 
ほんの一瞬の停滞が生まれた世界。
並び立つトランペッター達の正面に破壊者が降り立った世界。
 
  
相手にとって最高にして最大の隙(タイミング)、破壊者が待っていた最高の好機(タイミング)。
その訪れた千載一遇の好機(ピンチ)に対し、降り立った彼は武器のコンソールを操作する。
慌てず騒がず『1』・『0』・『3』・『enter』の手順で指を押し込み操作する。
光の濁流に包まれた中で、弾幕が飛び交い掠める中で、全身を覆うエネルギーの障壁が爆発し続ける中で、
爆風と爆光が支配しその衝撃が自分を責める中で、正面を見据えたまま力強く確実に操作する。
 
  
               『―――Faiz Blaster Discharge』
  
 
 
――――喇叭の洗礼が彼を飲み込む世界の中で。
    
分割されたフライトユニットが展開され肩へ回され変形する。
最早その変容した形は飛翔のための物ではない。
それは砲門、一対二門のエネルギー弾を放射する為の小型カノン砲。
 
そして役割を変え、形を変え、叩き込まれるべき本命として変容したものがもう一つ。
それは真紅のエネルギーと熱線を放っていた、彼の剣であったもの。
最大出力で抜き放ったならば空母すら両断し得る、恐るべき大火力の兵器。
その極大火力を切払うためではなく前面へ撃ち出し薙ぎ払う為の形状へと変える。
そう。トランスジェネレーターと一体化した、先端に砲口を有した恐るべき“光学兵器(フォトンブラスター)”へと。
 
 
 「何が勇気だ、お前の勇気は出鱈目だよ」
  
まるで馬鹿げた狂乱の弾幕が支配する中で。
被弾して被弾して被弾して被弾して被弾して被弾して被弾して被弾して被弾して被弾して
爆発して爆発して爆発して爆発して爆発して爆発して爆発して爆発して爆発して爆発して
正面から真正面から全力の勇気に溢れた喇叭の乱射を食らいながら。
 
全身の内外が傷だらけになりながら。
それでも正面で構える彼は諭すように、彼は見据えているアリスを否定する。
その理由は二人で一人?
二人で一人のWアリス?
一人で二人のシングルアリス?
何処かの世界で今も戦う二人で一人の無断使用?
それとも自分の技(ダブルアタック)の無断借用?
  
―――そうじゃない。
“勇気”なんてまるでないのに、さも勇気があるように引金を引き絞り続ける今の有様をだ。
  
本物の勇気とは怖さを知ること、恐怖を我が物とする事だ。
恐怖から逃げださずにそれを我が物としたとき、本当の勇気は手に入る。
人間の賛歌を、勇気の賛歌をこの力の持ち主である“英雄”は誰よりも知っていた。
人間でなくなったからこそ、誰よりも人間とその勇気の素晴らしさに憧れて拘っていた。
そんな本当の“勇気”を知らないで、“本物の勇気”から目を背け続ける喇叭の少女(アリス)。
 
それじゃ、幾ら強くても当て続けても撃ち続けても今の彼は壊せない。
臨界するエネルギーと一体化した、彼という名のダイヤモンドは砕けない。
小破と中破と損傷を繰り返しても、微動だに揺るがないダイヤモンドは砕けない。
 
恐怖を我が物として、本当の勇気を我が物として必殺のチャンスを掴んだ、ダイヤモンドは砕けない。
 
   
         “たった一つの勇気が隠された力を目覚めさせ、迸る輝きを導いた”
                       『――Exceed Charge』

 
 
―――トリガー。
方向は正面、標的は二人、射程は極大、そして連なった火砲の威力は絶大無比。
夥しいまでのエネルギー、反発崩壊を促す光子血流(フォトン・ブラッド)の奔流が砲撃となり照射される。
 
両手で構える熱線砲と肩に番えたカノン砲による一斉射撃(フルバースト)。
防御を無視して回避を無視した、殲滅だけを目的とした砲撃。
被弾し続け相殺爆発する中で解き放たれた紅蓮の閃光疾走(オーバードライブ)が、双つの影を呑み込みそして貫いた。
 
 
――――星空に一条の光が差し込まれる世界。
彼の突入で穿たれた穴から星々の世界へ、紅の閃光が解き放たれた世界。
 
彼に許された切札は、あと2枚。 

832 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 00:03:43
>>829>>830>>831





『優れたものが奇妙に変わるとき理性は腐りだす』






.

833 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 00:05:45
>>832

 『破壊』の塊が二人のアリスへと襲い掛かる。

 その圧倒的な力を前に、呆然と立ち尽くす白いアリス。破壊の渦が彼女を飲み込まんと
する。直前、その前に立ち塞がる黒いアリス。諸手を広げ、己を犠牲にアリスをかばう。

 黒いアリス。自動人形のアリス。人形の国のアリス。アリスのためのアリス。アリスの
ために身を挺す。

 光が黒いアリスを貫く寸前、帽子屋の組み込んだ機構が作動する。『夜のドレス』。あ
るアンティークから抜き取った、神の力の哀れな模倣。

 本来はあらゆる干渉を弾き返す反射の能力。だがもともと機構は未完成で、それに対し
敵の攻撃は圧倒的過ぎた。結果、直撃を防ぐことはできたがただそれだけだ。不完全な機
構はわずかな作動時間で焼け付きオーバーヒート。人形アリスは攻撃に呑まれて破壊しつ
くされる。

 もうひとりのアリスはどうなった?もう一人のアリスは吹っ飛ばされた。ロケットみた
いに吹っ飛ばされた。余波によって吹き飛ばされ壁に叩きつけられるアリス。

 衝撃に息がつまり、視野が黒く染まる。同時に帽子屋の加護が彼女の身体から消えた。

 ……終わりだ。これでもうお終いだ。彼女の物語はここで終わる。あとに待つのはもう死のみ。

 もういいじゃない充分に頑張ったわ。あとはゆっくり休みなさい。自分自身にそう言い
聞かせ、アリスは意識を手放そうとする。

意識が闇へと落ちてゆく。
薄れゆく彼女の意識。
落ちて
落ち



――――――思い出せ。自分が何者なのかを。


 聞こえてくる声に意識を取り戻す。


――――――真実を思い出せ。受け入れろ。受け入れて踏破しろ。


 その声に耳を傾け辛うじて意識を繋ぎとめる。聞こえてきた声。聞き覚えのある声。そ
して聞こえてきたのはその声だけではなかった。何かが聞こえる。そう、それは小さなベ
ルをそっと鳴らすようなかわいらしいかすかな音。

 アリスはそっと目を開く。そこには闇色に輝く一匹の妖精。小さく美しい病んだ瞳の可
憐な妖精。ティンカーベル。彼女の同僚の相棒。彼女の同類ピーター・パンの友人。

 ベルを鳴らすような羽音に耳をすませると意識がはっきりと覚醒していく。

 彼女はアリスに微笑みかける。心からの笑いとも嘲笑とも取れる彼女独特の笑み。

 何故ここに?生きてたの?そんな疑問をアリスは飲み込む。彼女の手にしているものを
眼にとめたから。彼女の背丈よりはるかに大きなそれに目を止めたから。

 彼女が手にしているのは、無機質な仮面。顔の上半分を覆い隠す、冷たく光る恐ろしい
仮面。先の戦いで、バーナバス・コリンズと相討ったピーターオベロンの仮面。

 そして再び聞こえてくる声。

834 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 00:06:37
>>833







――――――わたしはだれ?






.

835 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 00:07:07
>>834






『元を正せば同じ……』






.

836 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 00:08:23
>>835

――――――自分を偽るのはもうやめよう。本当はとっくにわかっているのだ。

 彼女はもはや無邪気な少女ではない。無原罪の魂ではない。彼女は家族を見捨てた罪人
であり、家族を奪われた犠牲者であり、アリスであり、ハートの女王であり、赤の女王だっ
た。己の不注意によって家族の命を奪い、さらには助けを求める家族を見捨てたという自
分の罪を受け入れることによって己自身で押さえ込んでいた力の封印が解ける。真実を手
にし、すべての力は解放される。

 黄金の午後は過ぎ去った。だから現実に立ち向かっていくのだ。この冷酷で生々しい現
実に。この腐った現実に。腐りきった現実を一切合財灰燼に帰すために。

 真実を手にしたアリスは立ち上がりティンクから受け取った仮面をつける。
 
 仮面をつけたその瞬間に、仮面の姿が大きく変わる。真紅に染め上げられた美しくも恐
ろしい仮面へと。それは顔の上半分を覆い隠す、豪奢な装飾の施された謝肉祭の仮面だ。
アリス自身の心象風景を現した仮面だ。彼女のシャドウを引きずり出した仮面ペルソナだ。

 仮面をつけたその瞬間に、アリスの姿が大きく変わる。白いアリスは真紅のアリスに。
白金の髪は目にも鮮やかなスカーレットに、虹色の瞳は燃えるようなルビーのごとく、血
のしたたるような赤い唇。白いドレスは紅に染まる。それは、真っ赤なチェスの駒とハー
トをあしらった燃え盛るような真紅のドレス。ヴィクトリアン調の豪奢なドレス。
 右手には常に鮮血に染まった大鎌。左手には力と正当性の象徴たる宝玉オーブ。そ
して、背中からは不気味な翼のようにも見える触手が何本もはえている。

 彼女はアリスであり、ハートの女王であり、赤の女王であり、女王であり、アリスの仮面ペルソナ
であり、アリスのシャドウであり――――――アリス自身である。

 彼女もアリスだ。いや、彼女がアリスだ。彼女こそが真のアリスだ。

837 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 00:09:19
>>836







――――――女王アリス






.

838 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 00:09:45
>>837






『君を破壊しようとするものは滅ぼせ』







.

839 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 00:10:41
>>838

 戴冠せし女王アリスを祝福するように、『漆黒の光』ティンカー・ベルが女王の周りを螺旋状に飛ぶ。

「ここは無情な世界。冷酷で生々しい現実という鋭い刃の上に立っている世界。『破壊者』
などここでは無用じゃ。さあ、疾くこの世界から消えておしまい!さもなくばわたしはお
前を破壊する!お前は永遠に辺獄を彷徨うことになるのだ! 」

 高らかに宣言する女王アリス。同時に背中の触手が孔雀の羽のように扇状に開く。鉤爪
のように鋭い触手の先端が破壊者へと向けられる。

 その先端から赤い光線が放たれる。すべてを穿つ破壊の光線。恐るべき破壊力を秘めた
灼熱の光線。何度も何度も撃ち出され、何度も何度も撃ち出され、破壊者の身体を破壊せ
んとする。

 その先端から蒼い光線が打ち出される。拡散し襲い掛かる無慈悲な光線。虚空より降り
注ぐ光のシャワー。幾筋にも拡散し、無数となって降り注ぎ、破壊者の逃げ場をことごとく奪う。

 女王は左手の宝玉を高く掲げる。高く掲げ己の魔力を解放する。

 女王は左手の宝玉を高く掲げる。すると真紅の煌きが破壊者の身体を包む。桁違いの念
動力。破壊者の身体を弾き飛ばし壁に叩きつけんとする。

 女王は左手の宝玉を高く掲げる。すると蒼い煌きが破壊者の身体を包む。桁違いの念動
力。破壊者の身体を押しつぶし、その場で轢死させんとする。

 女王は左手の宝玉を高く掲げる。すると空中に光弾が形成され破壊者めがけて突き進む。
光弾は途中で分裂。多弾頭ミサイルのように破壊者に降り注ぎ連鎖爆発を起こす。

 女王の真紅の瞳が爛々と光る。仮面の奥の双眸が爛々と光る。

 女王の真紅の瞳が爛々と光る。頭上に形成される巨大な火球。山をも砕くその一撃が破
壊者めがけて叩きつけられる。砕けよ崩れよ破壊されよ。破壊されし者となれ。冷酷非道
な眼差しの元に、破壊者めがけて襲い掛かる。

 完全なまでのオーバーキル。すべてを破壊する過剰攻撃。終焉をもたらす女王の一撃。

 それを見たティンカーベルが楽しそうに笑う。邪気に満ちた無邪気な笑顔で楽しそうに
笑う。ティンカーベルが笑いながら飛ぶ。螺旋を描き笑いながら飛ぶ。女王の周りをくる
くると飛び回る。

840 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/09(火) 20:16:27
>>832-839
 
 
――――少女が崩れ落ちる世界の中で。
 
 
彼は動くことは出来なかった。
過度の損傷によるエネルギーの消耗。限界を超えた消耗による過度の損傷。
それは装甲だけではない、欺瞞不可能な体組織の断裂となって彼の全身を蝕んでいた。
勇気によって得たチャンスの代償。神経を断裂させるような激痛が、強化された知覚系統に
よって倍加する。最もそれだけならばまだいい。
特に酷いのは脚部の損傷だ。繰り返された爆発の衝撃で筋組織のみならず骨までがズタズタ
に破壊されていた。生体兵器と変貌している肉体が既に正に骨身を軋ませての応急処置を
を始めているが、まともに歩けるようになるまでは今少しの時間が必要だった。
 
“閃光機甲(ブラスター)”のエネルギーを使い果たし、総身に大小の損傷を負い、
止めを刺すべき瞬間に立ち尽くすしか出来ない仮面の破壊者。
彼は今や歩くことも侭成らない。ましてや走る事などは。
 
 
そう、現実とは無情だ。
冷酷で鋭い刃の上に立っているように、冷たく残酷で極めて非情だ。
仮面(アリス)を脱ぎ捨て仮面(ペルソナ)を付けた彼女を。
原罪を思い出し、悪夢に染まり、本性(ペルソナ)を露にした彼女を。
 
悪夢のような怪物となり、悪夢そのものの地獄の光景を広げる彼女を、目の当たりにして彼はただ。
 
 
 
 
         ―――――女王(アリス)よ。これ以上、何を望むのだ。

 
  
此処は無情な世界。
  
そして訪れた破滅という名の大終焉。
闇の中で爛々と光る眼光の中で。冷たく激しい怒りが吹き荒れる中で。
  
冷酷で生々しい現実という鋭い刃の上に立っている世界。
 
  
際限なく生み出される閃光の中で。
無限に発生して分岐し炸裂する光の中で。
永久機関じみた連鎖反応で繰り返される爆発の中で
恒星じみた火球が降り注ぐ中で限度を越えた殺戮劇の中で。
念動力の戒めが圧力が真紅が蒼穹が炎が灼熱が爆発が終焉が訪れる中で。
壊し殺し終わらせ消し飛ばし壊し尽くし潰し尽くし消し尽くしまた殺し尽くさんとする過剰な猛攻の中で。
      
訪れた破滅的なまでの終焉の中で。
終焉の中で。
そう、終焉の終焉の中で。

841 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/09(火) 20:17:44
>>840
 
  


「破壊する? お断りだ。お前らにはもう何も壊させやしない。絶対にな」
 
  
そう、終焉(クライマックス)の世界の中で。
   
そう、突如警笛が鳴り響いた終焉(クライマックス)の世界の中で。
 
開放させたエネルギーが彼を襲う破壊と戒めを吹き飛ばしたクライマックスな世界の中で。 
 
 
無情な世界を拓くため、彼は“参上”する。

842 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/09(火) 20:19:36
>>841
 
 
 
          “――――零れ落ちる砂のように”
 
 
“路を拓く者(ライナー)”
どんな過去であろうと時間であろうと、全力で護り続けてきた4色の仮面(マスカレイド)。
時の異邦人である4人の友との絆が生んだ、全ての時を護るべく生まれた電子の仮面。
誰よりも優しく強い心を持つ“英雄”が手に入れた、受け継いだ4つの魂の色を纏い光らせる電子の仮面。
 
1分だろうと1秒だろうと、世界と刻まれた時は破壊させない。
その譲らぬ意志と共に同化した彼は、開放させたエネルギーを縦横に奔らせる。
時空間すら移動を可能とするフリーエネルギーの線路(ライン)、地上を空中を問わず自在な移動を
可能とする無数のレールを解き放つ。エリア全域の上下左右を問わずに解き放つ。
鮮烈な赤いレールにシックな青いレール。
力強い黄色のレールにヴィヴィッドな紫のレール。そして本来の金のレール。
それらが混ざった網の目のように、否、縦横無尽に正に線路のように巡らせたエネルギーを解き放つ。
400%のポテンシャルだけが可能とする、荒唐無稽な現実を。
 
 
         “零れ落ちる砂のように、誰も時を止められない” 
 
――――満ち溢れる災厄の光景に、光と色彩の路が溢れる世界の中で。
 
 
そしてエネルギーのレールの上を飛び乗り、滑るように“路を拓く者”は移動する。
破壊の嵐が吹き荒れる中を超高速で加速する。光の暴虐が乱舞する中を超特急で加速する。
連鎖爆発が巻き起こる地獄のような光景の中を駆け抜けながら加速する。 
列車のように特急のように、地平を駆けるリニアのように超高速で加速する。
過剰に露骨に圧倒的に徹底的に繰り広げられる終焉の中を、縦横無尽に繰り広げられたレールの上を滑走する。 
物質化されたエネルギーの潮流を、豪華絢爛に拓かれた数多の路を疾走する。
時に飛び乗り時に乗り換え、時に更なる路を作って滑走する。オーラの超特急(シルエット)を纏い疾駆する。
そのオーラのバリアで閃光を打ち払いながら突き進む。更に更に掻き分けながら突き進む。
正面に背後に側面に上下に迫る、必殺必滅の脅威を滑り駆け抜け突破する。クライマックスの真っ只中を駆け抜ける!
   
そんな彼が両手で担ぐのは背の丈ほどの両刃の大剣。
その柄である部分に備えられた4つの仮面(マスカレイド)がくるくる回る。
まるで意思を持つかのようにくるくる回る。
事実、それは本来意思を持つ仮面。意思を伝えるべく存在する仮面。そして力を貸すために創られた仮面。
戦う彼は1人で5人、独りではなく仲間と5人。共に戦う仲間が4人。
違うレールを同じ道を信じて進む、掛替えのない仲間と共に4と1つの仮面は走る。

843 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/09(火) 20:20:34
>>842
 

                                      回転(ターン)する雷(イカズチ)の面。
 
                              螺旋を描いて組み上げられたレールの上を。
                      
                  “龍の子はいつだって無邪気で残酷だ。だから何だって撃ち壊す”  
 
  発生し拡散し降り注ぎ続ける紅と蒼の光線を、切先から放たれたエネルギーの雷光が薙ぎ払う。
                            



 回転する烈光(レッコウ)の仮面。

 波打つような曲線を描き構築されたレールの上を。
 
 “彼の最大の一撃は、振り下ろされ終えて初めて真の名を明かす”

 何物も捕らえ捻じ切る念動力場を、ダイナミックな力技の一撃だけで消し飛ばす。

 
 
                         
                                   ターンする石動(イスルギ)の仮面。
 
                   一気に下降しては上昇を繰り返す稲妻のようなレールの上を。
  
                “千の偽り、万の嘘。ただしその絆だけはたった一つの真実だった”

      覆い被さるように降りかかる灼熱の閃光を長大な青のオーラを纏った一撃が薙ぎ払う。

 



 回転して収まる業火(ゴウカ)の仮面。

  一直線に加速するジャンプ台と造られたレールの上を。

 “その必殺の軌道はどんな時でも思いの侭に―それが“俺の必殺技”!! ”

 精製され続けるレールと共に、大胆な弧を描く斬撃の軌道が巨大な火球を一気に切り飛ばす。
 
 
 
                
  
――――道なき破滅の真っ只中に、一筋の路が切り開かれてゆく世界。
 
冷酷で生々しい現実という鋭い刃のような世界を、一筋の光の道が駆け抜けてゆく世界。
 
 
降り注ぐ限界無限を飛び越えて、迫り来る絶対絶望を振り切って。
そう、許されない破壊の渦を女王の傲慢を憎悪を冷酷を飛び越えて全ては総ては今最高に絶高潮(クライマックス)!
 
そしてクライマックスは加速する。待ち受けるクライマックスへと直行すべく急行する。
 
背後に置いていった爆発の、
頭上に置き去った閃光の、
過去に置き去りにした戒めの、
駆け抜けた軌跡(レール)の向こうに薙ぎ払い打ち落とし撃墜した“破滅”を越えてクライマックスへと突き進む。
 
絶対挫けぬ心を秘めて、更なる損傷をダメージを押してクライマックスへと突き進む。 
 
   
駆け抜けてゆく光の中、両手で腰だめに構えた仮面の大剣。
その剣に備え付けられた4つの仮面を一回転。レバーを引いて360度の一回転。
全力全開(マックスパワー)のフルスロットル。活発化したエネルギーの流動によりスピードは更に倍加する。
待ち受ける終着駅、一気に待ち受けるハートの女王へ向かって。
 
念動の圧力を振り切って、溢れ撃たれる閃光の雨嵐を掻い潜り、フリーエネルギーが凝縮された
超特急(エクスプレス)のオーラで、4重に4色へ彩られたオーラで爆風と炎を打ち払い。
一直線に、一直線に、一直線に、そう一直線に女王へと向かって!
   
そう、今待ち受けるこの瞬間こそが最大にして最高潮(クライマックス)中の最高潮(クライマックス)。
だが気の抜ける“オリジナル”の呼び名は今回ばかりは禁則事項。
何故ならこの超特急が届けるのは華々しい勝利じゃない、無惨な殲滅のデッドエンドだ。
それも一人の哀しき少女の夢を無惨に砕いて終らせる、非情で無情な薄情なデッドエンド。
  
だから、彼はその名を使わない。
彼は破壊者だ。世界を救った救世主じゃない。
誰よりもふざけた風で、情けない様で、しかし誰よりも誰かの時間を守る為に戦った彼らではない。
今の彼が往くのは破壊のための旅路。許さない結末を壊して壊して壊し尽くすための戦いの道。
例え姿と力を借りようと、そんな血腥い路(レール)を走るのは自分一人だけでいい。
たった一人でも力は正に5人力。その力を借り受けるだけで十分だ。
 
 
   
そう、“目の前”で爛々とした瞳を今は驚愕に染めあげた女王(アリス)の首を撥ねるのは。
  
 
   
      “過去も現在も未来も、時を壊すものを必ず許さない彼らがここにいる”
            ―――――聴こえないはずの『Full Charge.』

  
 
 
終着は警笛の鳴り響く世界の中で。
ありったけの空間エネルギーを瞬間増幅させた諸刃の刃が、女王の首を撥ねるべく閃いた。
 

844 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 21:21:24
>>840>>841>>842>>843





『進むべき道を見つける者はわずかだ、気づかない者もいれば気づきたがらない者もいる』






.

845 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 21:22:15
>>844

――――――であえ。

 厳かに命ずる女王の声。

 女王を守るためトランプの兵士たちが虚空より現れる。
 女王を守るため赤の駒たちが何処より駆けつける。
 女王アリスを守るため白の駒たちが立ち塞がる。

 敵はオーラの超特急シルエットを纏う一人で五人の破壊者。その弾丸ライナーを受け止めようと、
暴走特急を押しとどめようと、隊列を組んで迎え撃つ。

 だが無駄だ。跳ね飛ばされ轢き殺され押し潰され踏み潰され引き千切られ粉砕され飛び
散らばり死んで滅びて消えてゆく兵士たち。

 列車は止まらない。それでも列車は止まらない。

 無残に散り逝く部下の姿。だが無慈悲な女王は眉一つ動かさない。

 女王アリス。真紅のドレスのその上に、部分鎧が形成される。胸当て肩当腰当手甲。ティ
アラのような美しき兜。そのことごとくが鮮やかな真紅。

 大剣を手に迫り来る敵を前に、女王は左手のオーブを宙に置く。空中で静止した宝玉は、
女王の周りを飛び交って、ティンクとともに二重螺旋を描く。

846 名前:The Cheshire Cat ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 21:22:40
>>845







『ジャックは友人だがすぐに癇癪をおこして爆発する。一人で放って おいてやろう』







.

847 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 21:23:25
>>846

 秘められたエネルギーによって、巨木のようにすら見える雷のつるぎ。

 それを見据える女王の瞳が爛々と輝く。放出された魔力が波紋となって刃を疾走。強度
切れ味破壊力総てを格段に高める。真紅の魔力が刀身を包み、焼け付くような鋼の刃。

 両手で握った大鎌が烈光の剣を受け止める。石動の剣を受け止め軋む刃。業火の剣を受
け止めた女王に襲い掛かる圧倒的な破壊力。

 諸刃の剣を形成する力と死神の鎌に込められた魔力が激突し、雷光となってあたりに飛
び散る。紫電が伽藍を蹂躙する。大気を引き裂き円弧放電アークが舞う。

 刃と刃の接点を中心に衝撃波が走る。女王の足元がひび割れて、一瞬ののち陥没し、見
るも大きなクレーターとなる。壁にぶつかる衝撃波、四方の壁を陥没させ扉をことごとく
弾き飛ばす。天へ進んだ力の波は強固な天井ぶち抜いて上方へと抜ける。

 斬りかかる破壊者と受け止める女王。刃と刃は咬み合って、まるで時間が停止したかの
ような、永遠にも近い刹那の時。

 だが時は動き出す。当然のごとく動き出す。

「首を刎ねてしまいなさい!」

 鍔迫り合いの体勢のまま、女王が高らかに宣言する。すると、スカートの裾から4本の
太く逞しい触手が飛び出してくる。その切っ先は斧のように強靭で剃刀のように鋭い。

 触手が破壊者へと襲い掛かる。臓物をぶちまけ、四肢を切断し、間接ごとに解体し、首
を刎ねんと襲い掛かる。

「首を刎ねてしまいなさい!」

 背中の触手が槍の穂先のように鋭い先端が、破壊者へと襲い掛かる。

 孔雀のように広げられた触手。一転それが、噛みあわされる獣のあぎとのように破壊者
へと襲い掛かる。鋭い牙持つあぎとのように襲い掛かる。食いちぎりすり潰し粉砕し破壊
せんと襲い掛かる。

848 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/09(火) 21:23:55
>>847

 まだだ、まだだ。女王の攻撃はこれでは終わらない。まだアリスのターンは終わらない。

 飛び回る宝玉がまばゆく輝く。燃えるような深紅に輝く。

 破壊者の周りに真紅の煌きが形成される。その内より現れたるは四角い箱。その数は
軽く10を超える。まばたきひとつほどの時間のあと、四角い箱が爆発する。連鎖的に誘
爆し破壊と死を撒き散らす。

びっくり箱ボムJACK IN THE BOX】。すべてを破壊する破壊の箱。アリスの玩具。悪趣味な爆弾おもちゃ

 相手に確実に命中するために、自分が被爆するのも気にせず至近距離で使用。とうぜん
女王自身も被害を受ける。だが。

――――――もう一度。

 破壊者の周りに真紅の煌きが形成される。その内より現れたるは四角い箱。その数は軽
く20を超える。まばたきひとつほどの時間のあと、四角い箱から炎が溢れる。瞬く間に
炎上し火炎と焔を撒き散らす。

【びっくり箱ボム】。すべてを焼き尽くす破滅の箱。アリスの玩具。悪趣味な爆弾おもちゃ

 森羅万象を形成する構築情報コードそのものに入り込み焼き尽くす。あらゆるものを焼き尽くす。

――――――もう一度。

 破壊者の周りに真紅の煌きが形成される。その内より現れたるは四角い箱。その数は軽
く40を超える。まばたきひとつほどの時間のあと、四角い箱から炎が溢れる。瞬く間に
炎上し火炎と焔を撒き散らす。

――――――もう一度。

 破壊者の周りに真紅の煌きが形成される。その内より現れたるは四角い箱。その数は軽
く80を超える。まばたきひとつほどの時間のあと、四角い箱から炎が溢れる。瞬く間に
炎上し火炎と焔を撒き散らす。

――――――もう一度。

 破壊者の周りに真紅の煌きが形成される。その内より現れたるは四角い箱。その数は軽
く100を超える。まばたきひとつほどの時間のあと、四角い箱から炎が溢れる。瞬く間
に炎上し火炎と焔を撒き散らす。

――――――もう一度。

 破壊者の周りに真紅の煌きが形成される。その内より現れたるは四角い箱。その数は軽
く200を超える。まばたきひとつほどの時間のあと、四角い箱から炎が溢れる。瞬く間
に炎上し火炎と焔を撒き散らす。

 炎の舌は瞬く間に伸びていく。床を走り壁を伝わり天井を焦がす。
 焼けていく、燃えていく、辺りは火炎に包まれ焦土に変わる。大炎上。
 閉ざされた世界、焔の世界。伽藍は炎に包まれて赤く赤く染め上げられる。

 部屋中が燃えていく。視界に映るものすべてが燃えていく。女王自身も燃えていく。
 目と鼻の先ともいえるような至近距離での使用。当然のごとく女王の身体も炎に包まていた。

 灼熱の焔に焦がされながら彼女は嗤う。半身を炎で焼かれながら女王は叫ぶ。

――――――燃えてしまえBurn

 燃えてしまえ みんな同じになれ 漂う 惨めな 灰に 還れ


 燃え盛る火炎がすべてを焼き尽くしていく。この世界を焼き尽くしていく。

849 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/10(水) 00:05:14
>>844-848
 
 
 
かくて渾身の一撃は防がれる。
数々の災厄を潜り抜け、はだかる邪魔者を薙倒してきた冒険(ジャーニー)は、超特急(エクスプレス)は此処で終わる。
 
それはそうだ。
ハートの女王(クイーン)は怒れる暴君。
死神のような大鎌で列車を止めて、洒落も解さず金切り叫ぶ。
首を刎ねてしまいなさいとヒステリックに大きく叫ぶ。
 
勿論そうだ。
ハートの女王(アリス)はイカれる女帝。
歩兵(ポーン)に騎士(ナイト)、城兵(ルック)に僧正(ビショップ)従えて、異形の近衛に触手の精鋭。
鋭く強い切先に、孔雀のように顎(あぎと)のように禍々しく醜悪な処刑人どもを呼びつける。
 
ハートの女王(アリス)は遊ばない。今の紅い女王(ナイトメア)は遊びがない。
チェシャも居なけりゃグリフォンも居ない。ユーモアもセンスもありゃしない。
 
―――だから、女王は気付かない。
 
 
 
汽車は何のためにあるのか。
 
汽車は何を運んできたのか。
 
列車の貨物は何なのか。
 
目の前の手札が何なのか。
 
 
 
―――――隠し運ばれた本命に、伏せられた一枚(スペードのキング)に気付かない。
 
 
       “13の不死を金色の鎧が包み込む。運命を絶対の力と変えて”
 
 

850 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/10(水) 00:08:56
>>849
  
 
触手が破壊者へと襲い掛かる。
中身をぶちまけられ、四方に切断し、節目ごとに解体され、鎌首を引き千切られんと帰り討たれる。
  
孔雀のように広げられた触手が襲い掛かる。
顎を砕かれた獣のあぎとのように鋭い牙を折られたあぎとのように。
食いちぎりすり潰し粉砕し破壊するための牙と肉を圧し折られ無価値となる。
   
其れは防御されたのでも迎撃されたのでもない。ただ其処に在るだけの物を打ち破れなかったのだ。
純粋に暴力を上回る強靭さに敗れ果てたのだ。理性を持たぬから勝てぬ争いを続け自滅したのだ。
 
 
そう、今の破壊者の全身を鎧う黄金の防護に。
封じられた13種の力を意匠(レリーフ)として総身に刻み込んだ、雄々しき強き力の具現の前に。
鍔迫り合いを続けていた破壊者が満を持して“変身”した、許された最後の1枚に。
   
其れは13もの生命の祖と融合した黄金の奇跡。
13枚の異能(ラウズ)を一つへと神化させた異様なる奇跡の王、偉大なる“覚醒の王(キング)”。
世界を友を、自分以外の全てを救うために自分の未来を投げ打った悲境の王。
気高き剣(ブレイド)を振るい続け戦い続けた勇敢な王。
   
そして王が掲げる彼の『剣』こそは。
剛力の一振りで歪みの大鎌を打ち砕いたその『剣(ブレイド/ソード)』は。
 
 
 「何を勘違いしてやがる―――俺のターンはまだ終わっちゃいないぜ!」
 
  
其れは王だけが所有を許された王者の剣。
封印された情報(コード)による刻印意匠が施された偉大なる王の聖剣。覚醒者のみが手にする事を許される巨大な黄金の剣。
 
其れは13種もの不死者融合、神秘と絶大なエネルギーの融合が作り上げた一振りの剣。
その永劫の命を多重融合昇華させた輝きは、星が世界の煌めきを封じ込め鍛え上げた古の神造兵装にも似て。
世界で最も有名な『剣の英雄』が勝利とともに揮い続けた光に。
天地を切り裂き、断ち斬り、勝利への地平を切り拓く騎士王の剣に。
それを揮う者へ絶対の勝利を約束させた、黄金に輝き煌めく『伝説の聖剣』にも劣らぬ輝きと威力を秘めて。
 
                            
そして増幅され世界に顕在化する5枚の上位始祖、煌めく王の『至高の五枚(ロイヤルカード)』。
王の前に連なるように召喚されたその5枚、スペードの煌びやかな王族たちが列を成す。
呼応するように、吸い込まれるように、同化するように彼という主君に力を与える。
 
 
―――切札(トランプ)には切札(トランプ)を。
ハートの女王(アリス)から始まった兵隊達の戦争は、スペードの王族(ロイヤル)が出陣で決着する。
そう超特急の運び屋が連れてきた、切札の騎兵隊が列を成す。
  

              『――Ten』
                           
              『――Jack』
                          
              『――Queen』
                           
              『――King』
                          
              『――Ace』


そして同じスートのロイヤルが5つ連なったならば、生まれる奇跡は唯一無二。

       
        『―――――“Royal Straight Flush”』



ハートの女王(ハイカード)を遥か彼方に凌駕する、最強最大の手役(ショウダウン)。
 

そして至上の王と王たちが再び一体となって光となる。
剣と共に光になる。巨大な光の剣を形作る光となる、聖なる輝きを放つ巨大な光となる。
不死にすら死を与え滅ぼす光となる。
対城対軍の一撃の光となる。
 
そう―――奇跡の『尊い幻想(ノウブル・ファンタズム)』の光をその手に握る。
 
そして、

851 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/10(水) 00:11:12
>>850
 
 
 まだだ、まだだ。女王の攻撃はこれでは終わらない。まだアリスのターンは終わらない。

 飛び回る宝玉がまばゆく輝く。燃えるような深紅に輝く。
                    
 破壊者の周りに真紅の煌きがされる。その内より現れたるは四角い箱。その数は
軽く10を超える。まばたきひとつほどの時間のあと、四角い箱が爆発する。連鎖的に誘
爆し破壊と死を撒き散らす。                    
【びっくり箱ボム(JACK IN THE 】。すべてを破壊する破壊の箱。アリスの玩具。悪趣味な爆弾(おもちゃ)。
                   
 相手に確実に命中するためにが被爆するのも気にせず至近距離で使用。とうぜん
女王自身も被害を受ける。だが。
                      
――――――もう一度。
 破壊者の周りに真紅の煌きがされる。その内より現れたるは四角い箱。その数は軽
く20を超える。まばたきひとつほどの時間のあと、四角い箱から炎が溢れる。瞬く間に
炎上し火炎と焔を撒き散らす。              
【びっくり箱ボム】。すべてを焼きす破滅の箱。アリスの玩具。悪趣味な爆弾(おもちゃ)。

 森羅万象を形成する構築情報(コード)そのものに入り込み焼き尽くす。あらゆるものを焼き尽くす。

――――――もう一度。     
 
 破壊者の周りに真紅の煌きがされる。その内より現れたるは四角い箱。その数は軽
く40を超える。まばたきひとつほどの時間のあと、四角い箱から炎が溢れる。瞬く間に
炎上し火炎と焔を撒き散らす。 

――――――もう一度。
 破壊者の周りに真紅の煌きがれる。その内より現れたるは四角い箱。その数は軽
く80を超える。まばたきひとつほどの時間のあと、四角い箱から炎が溢れる。瞬く間に
炎上し火炎と焔を撒き散らす。
――――――もう一度。    

 破壊者の周りに真紅の煌きが形成される。その内より現れたるは四角い箱。その数は軽
く100を超える。まばたきひとつの時間のあと、四角い箱から炎が溢れる。瞬く間
に炎上し火炎と焔を撒き散らす。
――――――もう一度。     
                
 破壊者の周りに真紅の煌きが形成される。その内より現れたるは四角い箱。その数は軽
く200を超える。まばたきひとつ の時間のあと、四角い箱から炎が溢れる。瞬く間
に炎上し火炎と焔を撒き散らす。

 炎の舌は瞬く間に伸びていく。走り壁を伝わり天井を焦がす。
 焼けていく、燃えていく、辺りは火炎に包まれ焦土に変わる。大炎上。
 閉ざされた世界、焔の世界。伽藍は炎に包まれて赤く赤く染め上げられる。
                    
 部屋中が燃えていく。視界に映るものすべてが燃えていく。女王自身も燃えていく。
 目と鼻の先ともいえるような至での使用。当然のごとく女王の身体も炎に包まていた。

 灼熱の焔に焦がされながら彼嗤う。半身を炎で焼かれながら女王は叫ぶ。

――――――燃えてしまえ(Bur
 
       

 
振り下ろされた光が全てを断ち切っていく。最後の悪夢(アリス・イン・ナイトメア)を断ち切ってゆく。 
 
 


852 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/10(水) 18:49:43
>>849>>850>>851






燃えていると言って皆が罵る、まるで私が悪者であるかのように
私はみんなを心の中からきれいさっぱり片付ける、剣にものを言わせて








.

853 名前:Alice ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/10(水) 18:50:38
>>852

 女王は王によって屠られる。黄金の鎧をまとう気高き王の一撃によって。

 ひかりのつるぎによって断ち斬られる女王。強大なエネルギーを叩き込まれる女王。全
身を走りぬける圧倒的なエネルギー。凶暴なエネルギーが全身を蹂躙し、女王の体内を破
壊しつくす。

 光剣のエネルギーはそれだけでは収まらず、女王の身体を走りぬけた太刀筋から、一直
線に伸びた傷口から光があふれ出す。さらには眼窩や鼻腔など全身に開いた穴からも光が
あふれ出す。光の奔流が内より外にあふれ出していく。

 女王の体が崩壊していく。光に呑まれ、崩れひび割れ崩壊していく。

 もはや肉体を再構築する余裕も無い。
 逃れることのできない、完全なる死。

――――――だが。

「ひとりでは死なぬ!お前も連れて逝く!!」

 断末魔のように女王は叫ぶ。

 剣によって断ち切られた女王の身体。その一直線に刻まれた太刀筋。
 そこから一本の腕が突き出した。傷口を内側より押し広げ、女王の体内より白い腕が伸びる。

 その腕が破壊者の身体をつかんだ。

 閃光の中から、爆発の中から、女王の残骸の中から、飛び出す影。

それは――――――アリス。

 返り血に塗れたエプロンドレス。返り血によってぶきみな紫色へと変色した青いドレス。
返り血が飛び、純白だったエプロンには赤いまだら模様ができている。編み上げ式のブー
ツも返り血で赤く塗れている。

 血塗れアリス。壊れ逝くアリス。

 掴んだ腕が凄まじい勢いでひび割れ崩壊していく。灰は灰に。塵は塵に。土くれは土く
れに。一瞬ごとに、崩れゆくアリス。肉体を再校正したのではなく、ありあわせの残骸を
無理やり形にしただけだ。もとより長くはもたない。

 だが、それでも。一太刀振るうには十分すぎるほどの時間。

 右手に握った禍々しいナイフが怪しく輝く。

「首を刎ねてしまいなさい!」

 女王の残骸がそう叫び、血塗れアリスはナイフを振るう。首を刎ねよとナイフを振るう。

854 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/10(水) 19:52:31
>>852-853
 
 
 
  ――――王の輝きが過ぎ去った世界。
    
 
 
それは一人のさみしい少女。

誰にも愛されなかった一人の少女。
 
一人ぼっちで死んでゆくことに、一人ぼっちで沼の底に消えてゆく事に耐えられなかった少女。
  
インチキの涙も欺瞞の涙も流されない、恐怖と畏怖と手駒の対象としか
顔を覚えられない一人の少女。
 
弔いすら与えられないこの街を、現実を耐えられないで神様にすがったであろう少女(アリス)。
  
悪夢の殺戮者でなければ、顔も覚えてもらえない哀れな元少女(アリス)。
 
もはや朗々と唄い出すのではなく、最後の望みを振り絞った叫びの歌を唄う元女王(アリス)。
 
せめて最後の望み、適え給えと。
 
跳ね起きた屍となりて呪いの唄を、残滓となってただ一つのお願いをかなえさせてと祈る少女を。
 
ノゾミカナエタマエと、一振りのナイフを振るう少女を。 
 
 
 
「――――駄目だ」 
 
神様からも見放された少女(アリス)の望み。
 
構築しては崩れゆく渾身の力でしがみつく腕(望み)を突き放し。
  
黒と銀の破壊者(マスカレイド)に戻った彼は。
 
 
「そんな望みは、叶わない」
 
  
――――元へ戻った彼のつるぎで、最期の望み(アリス)を■■した。
 

855 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/10(水) 19:53:41
>>854
 
 
 
 
 
                ノゾミ・カナエ・
  
 
      “その唄の先はもう、壊されてしまい、読むことはできない”
 

856 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/10(水) 20:41:05
>>854>>855








 滅び逝く国のアリスの冒険はこれにて終わる。








.

857 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/10(水) 20:47:22






「望み叶え給え / Dream Fighter 」 (Decade vs Alice) END







.

858 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/10(水) 20:48:45

「望み叶え給え / Dream Fighter 」 (Decade vs Alice)

>>762
>>763
>>764
>>765>>766 >>767>>768
>>769>>770>>771>>772 >>773>>774>>775>>776
>>777>>778>>779>>780 >>781>>782>>783>>784
>>785>>786>>787>>788>>789>>790 >>791>>792>>793>>794>>795>>796>>797
>>798>>799 >>800>>801>>802>>803>>804>>805>>806>>807
>>808>>809>>810>>811>>812>>813 >>814>>815>>816
>>817>>818>>819>>820 >>821>>822
>>823>>824>>825>>826>>827>>828 >>829>>830>>831
>>832>>833>>834>>835>>836>>837>>838>>839 >>840>>841>>842>>843
>>844>>845>>846>>847>>848 >>849>>850>>851
>>852>>853 >>854>>855
>>856
>>857

859 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/10(水) 20:54:41






「SOLID STATE SURVIVOR / one of these night 」 (Decade vs Alfred Russel Wallace )






.

860 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/10(水) 20:55:01
>>859






――――――ただ永遠に生きたいと思っているだけです。







.

861 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/10(水) 20:55:28
>>860

 いつまでもやむことのない鐘の中、倫敦中のヒトの視線が機動エレベータへと注がれている。

 その視線の先で、軌道エレベータが仄かな光を放ちだす。輝きに包まれる。徐々に徐々
にその輝きは明るさを増し、まばゆい光の柱へと姿を変えていく。それを見た者はみな理
解した。ああ、間に合わなかったのだと。

 光の塔にしがみついた巨人がひときわ高く吼える。産声のように、もしくは生まれ来る
神を祝福するかのように大きく吼える。

 漆黒の雪が深々と降る。光の塔に、罪深き街に、暗黒の帝都に深々と降る。

 鐘が鳴る。鐘の音が鳴り響く。止むことの無い鐘の音が鳴り響く。

 みな理解した。

 もうすぐだ。もうすぐこの世界は終わる。
 そう、今宵、世界は終わる。

862 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/10(水) 20:55:57
>>861







世界Amadeus






.

863 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/10(水) 20:57:39
>>862

 黄色いカナリヤが歌を歌っている。機械仕掛けのカナリヤが華やかなトリルを奏でている。

そこは軌道エレベータの昇降機の中。カーゴブロックの倉庫の中。Big SisterとBig Blue
の最精鋭部隊が敗北したあの部屋。あたり一面に残骸の散乱する大伽藍。

 その中央、間に合わせのような機械仕掛けの玉座に一人の少女が座っている。人、人形、
吸血鬼。かつてはそのいずれかであった残骸の中に座す怪物フェアリィの女王。

 その人形自体は彼女ではない。それはただの操り人形でしかなかった。ウォレスと呼ば
れる女の操る義体だ。アンティークの輝くような黄金の髪と、ビッグシスターの猫のよう
な虹彩の瞳を持つ最古にして最新の操り人形。滅びの歌を奏で、神降ろしの祝詞を謳う機
構の中枢。

 彼女を破壊すれば世界は救われる。

 手のひらの上に乗っていたカナリヤが、羽ばたき飛び立ち宙を舞う。その鳥を少しだけ
目で追った後、踏み入れた破壊者にまなざしを向けた。

「予想以上に早かったわね。でも遅すぎたわ。いいところまで行ったけど、やっぱり遅すぎた」

 子供のような声でそう言う彼女。

「あなただけじゃないわ。いつだってそうなのよ。重要人物は未来のことを真剣に考えな
いから。だってまだ生まれていない人たちに投票の依頼はできないし、ましてや搾取する
なんてできるはずが無いもの。だから人間はますます過去に生きるようになって、未来の
風を避けるようになる」

 ゆっくりと首を振りながら彼女は言う。

「だからこうやって、わたしがその風よけを吹き飛ばしてみせるの」

 それまでと一転、落ち着いた女性の声で先を続ける。

「ただ、この世界が終わるまでにはまだ少し時間があります。……少し話しましょうか」

 人形遣いは人形の瞳で破壊者を見る。

「あなたとあの可哀想な娘の戦いは見ていました。あなたは、危険ですね。生かしておく
のは危険すぎる……ほんの数分前ならそういったのだけれど」

 ゆったりと怠惰な笑みが口元に大きく広がっている。それは雌ライオンの笑みだ。

「いまとなってはもうどうでもいいことね。もう過ぎてしまったことですもの。手遅れに
なってしまったんだから、もう戦う意味なんて無いわ」

 そこで彼女は首をかしげる。

「それとも、無意味な戦いがしたいのかしら。それも否定しないわ。人間は無意味な事が
好きなんですもの」

 肉体のくびきを脱した女は言う。

「わたしはどうしても人間というものがよく理解できません。理解したいとも思いません
……もともと細かい点には興味が無いの」

 生まれながらにして人間以上の存在になるように遺伝子操作デザインされた女は言う。

 彼女の語る言葉の裏で、一つの物事が進んでいた。

 破壊者がこの部屋に足を踏み入れた直後から、フェムボットが大気中に散布されていた。
愛の爆撃ラブ・ボミング】。圧倒的な平和の感覚と恍惚感を与える機械仕掛けの麻薬。感染すれば数分
から数十分は無力化される微小機械。それが破壊者の体内に侵入せんと宙を漂っていた。

864 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/10(水) 23:00:23
 
 
  
 そうして彼女(アリス)の物語は終わり。 
 
 
 
 
 
 
 彼は、少女の存在していた場所から■■を拾い上げた。
 
 


865 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/10(水) 23:04:05
>>859-863
>>864
 
 
幽鬼の如き足取りで、彼は今度こそ其処へと歩みだす。
 
 
彼は今度こそ瀕死だった。再構築させた肉体の損傷が限界に達しかけていた。
無理に繋いだ骨はボロボロで、筋肉も神経もズタズタに張り裂けて。
左の視界は既になく、右の世界もピントが合ってはボヤけてブレるの繰り返し。
受けたダメージに、酷使した情報(コード)のエネルギーに肉体が耐え切れず、張り裂け
引き裂かれてきた体組織を無理やり繋いで駆動させるの繰り返し。
 
特に“路往く者(ライナー)”と“覚醒の王(キング)”の連続使用による負荷が深刻だった。
深いダメージを受けた状態での連続使用。
その負担は"変身”を解き、アリスを断ち切った直後に現れた。
 
裂けた心臓が無理やり繋がれた心臓が血流を逆流させる、味覚を失った口から
壊れた水道のようにごぼごぼと途切れ途切れに垂れ流される。

折れて刃物のようになった骨が自らを繋ぐため掻きまわりながら暴れまわる。
ズタズタになった筋組織を掻き回し無理やり修復させながら神経もまた掻き回す。
ショック死するような、麻痺もゆるさない激痛を、何度も何度も脳に叩きつけ送り続けながら。
 
もはや立っているのもおかしいような、しかしそのために無理やり繋ぎとめた彼の体。
紋章の7つを失った追加装甲を、所々が罅割れ砕けた仮面と鎧。
その仮面の下に襤褸切れ同然の肉体を隠し、それでも彼は歩いていった。
 
  
――――屍と灰と残骸とが散乱する世界。神が光臨しようとする世界。
 
  
機械仕掛けのカナリヤが歌う、美しい人形の女王が座する世界。
其処に、彼は足を踏み入れた。
 

866 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/10(水) 23:09:30
>>865
 

子供のような声で言葉を紡いだ彼女。
ゆっくりと首を振りながら話す彼女。
それまでと一転、落ち着いた女性の声で先を続ける彼女。
 
 
               「…そうだな、俺も話したかったところだ」
 
 
人形の瞳で破壊者を見る彼女。
猫のような虹彩の瞳で彼を見る人形の彼女。
 
  
         「…“生かしておくのは危険すぎる”…まあな、良くそう言われる。
          危険だの悪魔だの破壊者だの、そんな言葉は此処以外でも腐るほど言われてきた」
  
 
ゆったりと、ネコ科の捕食者の笑みを浮かべている彼女。
大きく怠惰な獣の笑みを浮かべている彼女。
 

             「…まぁ今となっちゃどうでもいい。
              とっくに過ぎた事だ、俺もそこまで気にしちゃいないさ」


アンティークの輝くような黄金の髪と一緒に首をかしげる彼女。
アルーアと清純が混在する矛盾を、神々しさで塗り固めたドールの少女。
 
  
           「…いいや、こう見えても俺は無意味な事は嫌いなんだ。
                無意味な戦いなんてする気はない」
  
肉体のくびきを脱した彼女。
この人形の体なくしては全てを台無しにされる彼女。
 
 
             「…俺がやるのは戦いじゃない」
 
 
人間を理解できない彼女。
人間を理解したくない彼女。
人間を理解しないのに世界を変えるだなんて考える彼女。
  
そんな彼女に彼は。
残された力を振り絞り、虚勢を張って、まるで何時ものように振舞ってみせる彼は。
  
  
             「―――“この物語(あんた)”の破壊だ」
 
  
そう、そんな彼女に彼は。
そう彼は一挙動で腰の銃を振りぬいて引き金を引く。
同じく虚空に投げ放ったそれを、早撃ちの銃撃で引き金を引いて撃ち壊す。

867 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/10(水) 23:15:40
>>866

 
女王を大きく外れた上空の一発。中空に投げられた其れだけを撃った一発の銃弾。
そして銃撃によって粉々の破片となったもの。
其れらはこの世界では何の脅威となりはしない、本来ならば。
 
だから、其のフェイクは成功する。
 
其れは砕け散った手鏡であった、銃撃で砕け散った手鏡だった。
それはアリスの玩具であった一つの手鏡。
彼が戦いの跡で拾い上げた鏡。彼女の跡に残された、たった一つの鏡。
 
無惨に粉々に、幾多の破片となって散らばってゆく鏡の欠片。
その光景の中に彼は居ない。
そう、今この世界に破壊者は存在しない。
機械仕掛けの麻薬(フェムボット)が宙を漂う、押付ける愛の爆撃が溢れた世界に彼はいない。
 
  

  ――――“鏡の世界(ミラー・ワールド)”。反転された世界の中で。
  
                       
         。で中の界世たれさ転反。”(ドルーワ・ーラミ)界世の鏡”――――
 
 
 
欠片の鏡の向こう側。
ドールも微小機械も存在しない反転された世界に、新たな姿となった彼は居た。
“新生(サバイブ)”。
望みを叶えるため永遠に戦い続ける世界で、より戦いを激化させるために存在する新生の力。
だが戦いを終わらせるための戦いの強い味方となった力。
その鏡界の創造者にして最強の騎士が揮うと同じ“最強”の力が、破壊者の変身した“龍の騎士”を新生させる。
同じく騎士が従える紅蓮の龍を、更なる強大な龍王へと進化させ。
 
 

          “るなと“武器”のら枚一きべるせわ終をい戦、は枚一の為う戦くし激より” 
 
 
 
―――“鏡の世界”の向こう側。
既に彼らは駆け抜けている。新生した龍騎士と、騎乗すべく形を変えた龍の王。
否、変形した龍に跨り、人騎一体の破壊者と化した二つで一つが駆け抜けている。
 
鏡の世界の奥深くから、最大加速を可能とする世界の奥から、大気を切り裂き全速力で。
そう、最高速で最大加速で超音速で一直線で駆け抜けてくる。
法外な火力の塊となり、巨大な質量を備えた紅蓮の砲弾となり、駆け抜けてくる。
 
鏡の中を、鏡の世界を――――至近距離の彼女を映した、舞い散る破片の一枚の真っ只中を。
 
そして彼らは反転/帰還する。
僅か目の前に映しこまれた、どこまでも機械仕掛けの女王が待つ世界へ。


 
       “より激しく戦う為の一枚は、戦いを終わらせるべき一枚の“武器”となる”
 
 
 
たった一度、与えられた命の好機(チャンス)。
打ち砕き勝ち得るために放たれる、『鏡の世界』最大級の“最期の一撃(ファイナルベント)”。
灼熱を纏う砲弾と化した騎士と龍王の一撃が、至近に捉えた女王へと唸りを上げた。
 
最大で残り3分。
其れが、彼に残された命の時間(チャンス)。
 

868 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:01:25
>>864>>865>>866>>867







――――――壁がすべてを遮断する。







.

869 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:01:50
>>868

 多重展開される絶対障壁。拒絶の象徴たるその壁は、終極の一撃Deus ex machinaすら防ぎきる。

 一切合財を灰燼に帰すはずの破壊者の一撃は、狂った帽子屋までは届かない。

「残念ね。平和的に済ませようと思ったのだけれど」

 帽子屋はそういって首を振ると、右腕を挙げ破壊者を指差す。そして、理不尽な一撃Deus ex machinaがその指先から――――――。

 そのときだった。その音が聞こえたのは。

 それは何かが落ちる音。何かが床に落ちる音。たとえばそう、可憐な人形の左腕などが。

 ゆっくりと首をめぐらし床に落ちたそれを確認する帽子屋。彼女の左腕が肩口から取れている。

「――――――まさか、通ったの?」

 人形の瞳に驚きが浮かぶ。多重展開された絶対障壁を貫いた。アンティークとオリジナ
ルのカルティエドール、そして直結によって得た無尽蔵の力をもってしてもなお防ぎきれ
なかった。

 ありえない話だ。だがそれが事実だった。

 驚愕に帽子屋の動きが一瞬だけ止まる。

870 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:02:27
>>869






 鉄壁の防壁に生じたわずかな綻び。千載一遇の機会。
 帽子屋を倒すことのできる、最初にして最期の機会。

 それを理解した者たちが動く。






.

871 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:03:12
>>870

漆黒の蛇サタン!」

 力強く唱えられる言葉。その言の葉とともに闇が帽子屋へと降り注ぐ。漆黒の闇が、異
なる次元より、虚空より、地獄より、天空より降り注ぐ。降り注いだ黒き法の力は収束す
る。極限まで収束する。そして、その密度が臨界点を超えたとき、大爆発が巻き起こる。
総てを滅ぼすほどの大爆発が。

 詠唱破棄での最高位呪文の行使という荒業。だが不意を突いたはずのその一撃は、多重
展開された絶対障壁によって防がれる。

 完全なる防御のもと、声の聞こえてきたほうを睨みつける帽子屋。そこには満身創痍の
女がいた。

 半ばで折れたレイピアを手にし、ボロボロになった黒いドレスを纏った女。【彷徨える
オランダ人】。かつてはBig Blue のゴミ処理係のトップで、強大な力を持つ魔術師。いま
は無様な敗残者。先の戦いで大敗し、部下をすべて失って、己は深い傷を負う。ほら、い
まも腹には人形の腕が突き立ったままだ。深手を負いいつ死んでもおかしくなさそうな有
様。そのボロ雑巾のような姿を見れば、戦える有様ではないのは明白だった。

 だが、彼女は笑う。こんな傷などなんでも無いかのように笑う。笑い足元を指差す。彼
女の足元にある影。その影は全身鎧を纏った偉丈夫のものだ。

 オランダ人は嗤い、その姿は変わる。影法師のその姿へと。全身鎧を纏った、呪われし
英雄の姿へと。

 彼が纏うは限りなく優美で神々しさすら感じさせる神秘的な鎧。頭頂から爪先まで、眼
窩を除き全身をくまなく覆う全身鎧。その鎧は思考よりも早く色を変え続け、まるで太陽
のように強く激しく輝く。時には銀に、時には黄金に、時には青みを帯びた鋼鉄に、絶え
ず色を変え続ける。この世ならざる物質を使い、この世ならざる製法で鍛えられた上方世
界の鎧だ。

 その兜の上で濃黄色の羽が一本揺れており、胸当てには混沌の紋章が彫り込まれていた。
それは、ひとつの中心軸から八本の矢が放射状に伸びている構図の紋章で、混沌の持つ哲
学に固有の豊かな可能性の全てを象徴していた。

 彼こそが世界を渡り永遠を生きる呪われし公子。時と生命の牢獄に閉じ込められた彷徨
える咎人だ。

872 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:03:59
>>871

 呪われし公子へ向け、帽子屋が量子の魔法を発動。彼女は歌う破壊の歌を。あらゆる物
の分子結合を断ち切って、総てを崩壊させる滅びの歌を。

 【禍歌】が全方位に向けて放たれる。その速度は光に等しい。見てよけるなどできるは
ずは無く、そもそもよける場所などあるはずも無かった。

 だが、彼女の攻撃が到達するよりも早く、呪われし公子の呪文が完成する。

光がいかに速く進もうとその先にはかならず闇がある。ゆえに暗闇の速度は光に勝る。The Speed of Dark忌むべき光メフィストフェレスよ! 」

 漆黒の壁が帽子屋を取り囲むようにして展開。崩壊の歌をその内側に押しとどめる。続
けて詠唱されるもう一つの呪文。

本当は月の暗い側など存在しない。何故ならば、すべてが闇そのものだから。Dark side of the moon月の大天使サンダルフォンよ! 」

 アライメントを反転させられた大天使の力。漆黒の球体が帽子屋を中心に展開され、逃
げ場を奪う。

 そして、逃げ場を奪われた帽子屋に襲い掛かる、絨毯爆撃のような魔術の連続並行多重行使。

蠅の王ベルゼブブ!」

 無数の闇色の蛍火が放たれる。防御不能の一撃だ。障壁で防ごうとしても、空間ごと対
象を抉り取るため防ぎきることはできない。

法の女公爵ミッゲア!」

 雪が降り注ぐ。おぞましいほどに白い雪が。触れるものの生命を奪いつくし魂魄を溶か
す死の白雪が。狂った法の力がもたらす停滞の白雪が。

黒雷の天球コイオス!」

 漆黒の雷が荒れ狂う。神殺しの雷が暴れまわる。大気を切り裂き床を這いずり九頭竜の
ごとく襲い掛かる。帽子屋めがけて降り注ぐ。

神に似たるものミカエル!」

 火炎が襲い掛かる。存在そのものを焼き尽くす天界の焔が襲い掛かる。障壁ですら焼き
尽くす浄化の炎が襲い掛かる。

 そのあとも数十を超える数の魔法が連続して展開し、帽子屋むけて叩きつけられた。

873 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:04:56
>>872









――――――だがその攻撃はことごとく届かない。








.

874 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:05:22
>>873

 総ての攻撃は帽子屋へと届かない。それは絶対障壁による防御ではない。
 時間と空間の支配。防ぐのではない。あらゆる攻撃を到達させないのだ。

 攻撃が帽子屋へと到達するためには、まず攻撃が帽子屋までの距離の半分の地点に到達
しなければならない。さらにその地点へ到達するためには、さらに半分の半分の地点に到
達しなければならない。以下、このような事が無限に続くため帽子屋に攻撃を当てようと
しても攻撃が向かっていくことすら不可能である。

 ゼノンのパラドックス。帽子屋への攻撃は永遠にとどかない。
 そうしているうちに総ての攻撃は、呪文の効果時間が過ぎ消滅する。

「無駄です。まぐれも奇跡も2度は起きません」

 冷たい瞳で帽子屋は言う。悠然とたたずみ帽子屋は言う。
 
 そして帽子屋は、無駄な足掻きをする愚者に鉄槌を下そうと最大威力で【終焉の歌】を

875 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:05:47
>>874






――――――人形の歌が聞こえる。






.

876 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:06:40
>>875

 突然、不調をきたしたかのように帽子屋の動きが緩慢になる。緩慢になり膝をつく。

 気がつけば、鐘の音がやんでいた。狂ったように鳴り響いていた鐘の音がやんでいた。
代わりに鳴り響くのは囀るような人形の歌。

 目を見開く帽子屋。何が起こったのか理解できていないのだ。

「以前おもしろいステーシーがいた」

 この異変に驚くこと無く呪われし公子はそう呟く。

「歌うのだよ。奇妙な歌を。囀るように歌うのだ。人のものではない歌を。この世界のも
のではない歌を。上方世界の神々の歌を。不完全にだが【何か】とつながっていたのだろ
うな。上方世界の主軸か何かと」

 そういって半神なるものは肩をすくめる。

「目には目を、歯には歯を。歌には歌を、音には音を。時計塔からそなたの機構に侵入し、
情報化してあったその歌を流した」

【Lady L 】の機構がビッグベンとリンクしている以上、逆流させることも可能だ。あくま
でそれは論理的にはの話しだが。現実的には極めて困難なことだ。なぜなら帽子屋の誇る
鉄壁の障壁を潜り抜けなければならないからだ。

「どうやって防壁をすり抜けたのです?」

 苛立たしげな帽子屋の声。電情戦において今の彼女に勝てるものなどいないはずだ。そ
して時計塔の防壁は彼女の自信作。破ることなどできるはずが無い。

「あなたがそちらの方たちを相手にリソースを食いつぶしている間に、3人がかりで力任
せに。スマートとはいえませんね」

 聞こえてくる声。振り返れば残骸の中にたたずむ人影が。頭部を大破し四肢のもげた人
形の女王と、それを抱きかかえる革製のボディースーツの男。討伐隊の生き残り。息を殺
し身を潜めていた不屈の敗残者たち。
 
「わたしとこの彼と、そしてもうひとり。あなたの同類です。POSEIDON INDUSTRIAL のミ
ス・クロマ。彼女に協力してもらいました。……だいぶふっかけられましたけれど」

 人形の女王は猫の瞳をきらめかせそういった。

「……素子」

「リスクが許容範囲を超えている。彼女からの伝言ですよ」

877 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:07:07
>>876

「上方世界との接続は断ち切られた。アンティークの力も使えない。そなたに残るは量子
の魔法だけだが……」

 そこで混沌の公子は人形の女王を見る。

「それは彼女が相殺できる。詰みだ」

その言葉とともに呪われし公子は力ある言葉を囁く。

「有り得ざる秘密を囁くものよ!」

 床の一部が腐った海となりそこより大樹のような触手が現れ帽子屋めがけて叩きつけられる。

 自動人形の身体能力で紙一重でその一撃をかわすと、量子の魔法で反撃を。

 その余裕は与えない。人形の女王の量子の魔法。女王お得意の空間制御。彼我の距離を
零にする。女王の目の前に帽子屋の姿。女王を抱えたダゴン卿の目の前に帽子屋の姿。ダ
ゴン卿の両腕。左手には人形の女王、そして右手には使い込まれたレイピア。己の血にま
みれ、赤く滴る愛用の剣。

 ダゴン卿の放った刺突が矢のような勢いで帽子屋へと突き進む。そんなもの量子の魔法で

878 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:07:29
>>877








――――――剣が【Lady L 】の子宮に突き刺さった。






.

879 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:07:59
>>878

 信じられぬものを見たかのように目を見開き腹を押さえて床に倒れる帽子屋。

「デッドボーイズの体液は、デッドガールズの力を奪う。量子の魔法の効果を無くす。わ
たしたちの天敵です。知らなかったのですか」

 人形の女王が冷たく言い捨てる。

「これで量子の魔法も使えない。いまのお前は丸裸だ。哀れなただの人形に過ぎない」

 帽子屋の醜態を見た呪われし公子が嘲笑う。

「ひとまずは終わりだ。こたびの責任は改めて取らせる。首を洗って待っているがよい」

 そして。

明けの明星ルシフェルよ!」

 力ある言葉。光が帽子屋へと降り注ぐ。眩い光が、異なる次元より、虚空より、地獄よ
り、天空より降り注ぐ。降り注いだ白き法の力は収束する。極限まで収束する。そして、
その密度が臨界点を超えたとき、大爆発が巻き起こる。総てを浄化する光の嵐が。

 いまだ爆風の収まらぬなか、混沌の公子は仮面の破壊者を振り返る。

「礼を言わせてもらう。助かった。そなたの」

 混沌の公子の言葉はそこで止まる。いや、止められる。
 後方から伸びてきた何かが、破壊できぬはずの上方世界の鎧を貫き、呪われし公子の胸
を貫通していた。

 振り返れば焼け焦げすすけた帽子屋の姿が。そしてその手の先から伸びる、長い長い真
紅の爪が。

「貴様……この力!直結していただけではなく、上方世界の情報生命体を、丸まる一柱の
んでいたのか!?」

 その言葉を言い終えぬうちに、公子のからだから甘い匂いが漂う。腐り落ちる寸前の果
実のような甘い匂いが。

880 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:08:25
>>879






――――――そして呪われし公子のからだは赤い雪となって消滅する。







.

881 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:08:54
>>880

 惨劇は続く。惨劇は続く。

 伸びた爪により貫かれていたものは公子だけではなかった。人形の女王とそれを抱えた
世界間移動者も同様だ。二人の身体から甘い匂いが漂う。腐り落ちる寸前の果実のような
甘い匂いが。

 そして雪となって消滅する。真紅の雪となって消滅する。

「わたしは、わたしが呑んだこの情報生命体のことを【玩具修理者】と呼んでいます」

 言いながら帽子屋が立ち上がる。

 鐘の音が戻ってくる。完全とはいえぬが戻ってくる。鐘の音は人形の歌と反発しあい、
相殺しながらも次第に力を増していく。鐘の音が強まっていく。エレベータが光に包まれ
ていく。滅びが再び近付いてくる。

 動かぬはずの【Lady L 】の機構。そう、確かに動いていない。【玩具修理者】に無理や
り代行させているだけだ。手際は悪く調子も悪い。だが、あと少しだから事は足りる。

「さて、残るはあなただけよ」

 帽子屋は無機質な瞳で破壊者を見る。

「わたしはただ永遠に生きたいと思っているだけです。ですがそれを邪魔するというのな
ら、始末するしかありません」

 エレベータを満たす輝きが帽子屋へと吸い込まれていく。収束していく。帽子屋の身体
も光に包まれる。莫大な量の光子が帽子屋の身体に吸い込まれていく。

――――――そして、ポケットの中の宇宙が開かれる。

 帽子屋はその隻腕で破壊者を指差す。彼女の小さなその右の手。親指を立て人差し指を
伸ばし残りの3指を握りこんだその美しい手。拳銃をかたどったその人形の手。

 その指先から光の筋が放たれた。総てを内側より破裂させる光子の流れが打ち出された。

882 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 01:09:12
>>881






――――――狂ったように鳴り響く鐘の中、最後の戦いが始まる。






.

883 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 21:25:38
>>868-882
 
 
――――残された時間をも奪われる世界の中で。
 
 
蓄積されたダメージによるバックドラフト。終極の一撃(ファイナルベント)を絶対障壁で
防がれた分の反動による衝撃を一身に受け、彼の意識は急速に暗転しようとしていた。
脳を攪拌するような激痛ですら繋ぎ止められない意識の断絶。
残された命の余りにもな無駄遣い。
最後の一枚を切る余裕も失い、そんな余りにあっけない終局を彼は迎えようとしていた。
 
破壊の終焉。
定められた“物語”の結末。
機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)による、この世界という物語の終結。
    
それを最後の最後に繋ぎとめたのは、もう一つの“物語”。
 
そう、この終末の“物語”に抗い続ける、この世界で戦うものたちの“物語”。
 

884 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 21:26:48
>>883
 

――――意識が途絶えそうな世界の中で。
 

その目に映る光景は酷くおぼろげな筈なのに、何よりも鮮明に捉えられた。
 
収束された漆黒の闇が引き起こす大爆発を皮切りに。
真の姿を現した呪われし英雄が、思考より早く色彩を変化させる鎧を纏った英雄が。
黙示録を彩る両勢力の力を行使し、終結の神を叩きのめすべく神速の魔法を叩き込む。
 
 
その目に映る光景は酷く不鮮明な筈なのに、何よりも克明に捉えられた。
 
聴こえてくるもう一つの人形の歌を皮切りに。
残骸の中に佇んでいた真の女王とそれを支える生き残りが、不屈の敗残者たちが。
偽りの女王の余裕を塗り潰し、世界を侵す歌を塗り潰し、魔法を解く剣を突き立てる。
 
 
その目に映る物語は暗くぼやけて見える筈なのに、何よりも輝いて目に焼きついた。
 
彼らの紡ぐ物語。
最後まで戦い抗う者たちの物語。
この世界の歪んだ結末を認めない、機械仕掛けの神による結末を認めない者たちの“物語”。
この世界を代表するような、酷く凄惨で酷く陰惨な筈なのに、煌めき輝く“物語”。
 
 
「――――礼を言うのはこっちの方だ」
 
残り1分に満たない命の中で。
紅の雪となって消滅した、機械仕掛けの神が繰る最後の抵抗の前に、無惨に散った彼らと彼女らの前で。
その彼らのまごう事なき“物語”を、彼は間違いなく受け取った。
 
たとえ誰も知らずとも、たとえ誰にも語られずとも。
間違いなくこの世界に紡がれた、尊い一つの“物語”を。
 
こんな暗黒の世界でも、必ず守らなければならない“物語”を、彼は確かに受け取った。 
薄れゆく意識を覚醒させた世界の中で、彼は確かに受け取った。
 
 
――――――そして、ポケットの中の宇宙が開かれる。

 帽子屋はその隻腕で破壊者を指差す。彼女の小さなその右の手。親指を立て人差し指を
伸ばし残りの3指を握りこんだその美しい手。拳銃をかたどったその人形の手。

 その指先から光の筋が放たれた。総てを内側より破裂させる光子の流れが打ち出された。


 
 

885 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 21:28:10
>>884

 
――――――狂ったように鳴り響く鐘の中、最後の戦いが始まる。
 
 
そして彼は光に呑まれる。
  
そうして全てが破裂する。彼の全てが破裂する。
傷だらけの肉体が、装甲が、仮面が、内側から限りなく粉砕されて破裂する。
 
立ち尽くしたまま、衝撃に吹き飛ばされるまま、飲み込まれ流される侭。
全身は等しく亀裂が走り、総身は等しく剥がれ落ち、全身全霊が砕け散ろうとする。
 

―――そう、全ては等しく砕け散る。

切って失われた“英雄”たちという切札(カード)。

既に装甲の紋様と同じく失われた9枚の切札(ジョーカー)。
 
そう、“既に切られ”発動していた「9」枚目の鬼札(ジョーカー・オブ・ジョーカー)。
 
 
 
 
 
     “天の道を行くたった一人に許された呪文は、自分と共に世界を変える”
                『―――――Hyper Clock Up!』

 
 

886 名前:◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 21:28:50
>>885
 
 
進化した甲虫の如き威容なる装甲が、秘められた力と共に展開される。
  
それは超光速粒子(タキオン)のフルドライブ。
その時空間の加速を越えた超加速が可能とするのはターディオンとの反作用。
 
因果律の破壊と定義されるそれは、異なる時間軸への移動―――それも枝分かれする時間の支流ではない、
全く同じ軸を持つ時間軸への移動を可能とする。
タイムパラドックスの実現。極めて短時間ながらも完全なる“歴史改変”を可能とするのだ。
 
自分が変われば世界が変わる。否、“自分を変えて世界を変える”。
その最大級の出鱈目こそが、この“超越者(ハイパー)”の能力であり、可能とした奇跡だった。
 
  
そしてその出鱈目な“因果改変(ハイパークロックアップ)”が今発動する。
己が砕け散る数秒前の過去に飛んだ彼により、その敗北し打ち破られるという結果を改変する。
 
 
9つある中で最大級にして正真正銘のイカサマ。
最後まで伏せられた1枚が、最大のエクストリームを起こすために超速度で発動する。
 

887 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 21:29:56
>>886
 

                    

そして彼は光に呑まれる。
――――そして彼は消え去った。
 
そうして全てが破裂する。彼の全てが破裂する。
傷だらけの肉体が、装甲が、仮面が、内側から限りなく粉砕されて破裂する。

   ――――そうして全てが塗り換わる。

     ――――時間の必然に流されるまま、

        ――――因果の逆説(パラドックス)に従うまま、
          
            ――――破裂すべき未来の自分が消失する。
 

立ち尽くしたまま、衝撃に吹き飛ばされるまま、飲み込まれ流される侭。
全身は等しく亀裂が走り、総身は等しく剥がれ落ち、全身全霊が砕け散ろうとする。

 
 
―――そう、全ては等しく砕け散る。
――――否、全ては等しく塗り換わる。
切って失われた“英雄”たちという切札(カード)。

既に装甲の紋様と同じく失われた9枚の切札(ジョーカー)。
 
そう、“既に切られた”「9」枚目の鬼札(ジョーカー・オブ・ジョーカー)によって。

 
 

888 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 21:31:08
>>887
 
 
  
 
――――――狂ったように鳴り響く鐘の中、最後の戦いが始まる。

       ―――――しかし其処にもう彼はいない。

            ―――――打ち砕かれる運命だった破壊者はもういない。
 
 
 

889 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 21:31:53
>>888
 
 
その指先から光の筋が放たれた。総てを内側より破裂させる光子の流れが打ち出された。

        ―――しかし彼は其処にいるが、其処にはいない。
 
             ―――破裂する彼の未来はもう其処にはいない。



帽子屋はその隻腕で破壊者を指差す。彼女の小さなその右の手。親指を立て人差し指を
伸ばし残りの3指を握りこんだその美しい手。拳銃をかたどったその人形の手。
  
――――――そして、ポケットの中の宇宙が開かれる。
 
             
 エレベータを満たす輝きが帽子屋へと吸い込まれていく。収束していく。帽子屋の身体
も光に包まれる。莫大な量の光子が帽子屋の身体に吸い込まれていく。

 
 
――――しかしその前に、一条の光が彼女に吸い込まれていく。
         ――――仮面(マスカレイド)のエンブレム、それが幾重にも連なった道が開かれている。 
               ――――そして光と一体化した、存在情報を破壊するシルエットが道を駆け抜けてゆく。
                   ――――完全なる“破壊者”へと戻った仮面(マスカレイド)の一撃が駆け抜けてゆく。
                          ――――“情報”を、“生命”を、“存在”を破壊する彼の右足と共に駆け抜けてゆく。            
             
       <FINAL-ATTACK-RIDE  De.De.De.De.De.De.De.De.De.De.De.De.De.De.De.―――>

                               ――――立ち尽くしていた破壊者はもういない。
                       ――――過去を塗り替えられて其処にはいない。
                 ――――彼女の前にいた仮面の破壊者はもういない。
           ――――機械仕掛けの彼女の前に立つ破壊者はもういない。  
      
    
    ――――在るのはただ、彼女の射線外から上空から光となって降り注ぐ――――
                

890 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 21:32:51
>>889
 
           “彼に破壊できないものはない。何故ならば、彼そのものが破壊という存在だからだ” 
  
――――――狂ったように鳴り響こうとした鐘の中、破壊者の一撃が、“この物語”彼女を破壊する。

 
                   <――――“Decade”!>
 
 

891 名前:Alfred Russel Wallace ◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 22:16:27
>>883>>884>>885>>886>>887>>888>>889>>890

――――――時間か

 帽子屋が何が起こったのかを完全に理解するよりも早く。

 まるで審判の一撃のように。さながら裁きの雷のように。仮面の破壊者は上空から光と
なって舞い降りる。

 そうして、破壊者の蹴りが意識外から【Lady L 】の身体に叩き込まれる。十二分な破壊
力を持った一撃が。仮面の英雄の必殺の技が。

 それは、あまりにも速く重い一撃だった。芸術品ともいえる華奢な自動人形の身体は、
耐え切ることなどで起用はずも無く、その抵抗は一瞬で消滅する。

 肉体を構成する歯車が螺子がバネが発条が陶器の肌が繊細な指が可愛らしい脚が小さな
顔が金糸の御髪が緑色の猫の虹彩の瞳が緋緋色金の神経がミスリルの弦が麗しい球体間接
が超電磁子宮が破壊されて破壊されて破壊されて破壊されて破壊されて破壊されて!!!


――――――依代を失った帽子屋は、物語の舞台よりはじき出される。


892 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 23:22:13
>>891



 中枢である【Lady L 】が消滅したことにより、機構システムは狂い、蛭子神が生まれる。
 人々の願いを曲解し、終末という歪んだ形の救済をもたらす【機械仕掛けの神メサイア】が。

 降神器にしがみつく人造の神ガリバーを依り代に、深紅の破壊神が降臨する。
 神罰メギドの矢を射る、慈悲無き神が。


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893 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 23:26:32
>>891>>892
  
 
機械仕掛けの女神が消え去ってゆく。
因果情報(コード)を破壊する一撃に存在を破壊され、最小にして最大の致命的な破壊を与えられて崩れ落ちてゆく。
もっとも完全な滅びではない、完膚なく破壊されたのは神の器だけ。だがそれで十分だった。
たとえ情報の海に沈む彼女が再構築され、次に何かを目論んだとしても。
それは既に彼女と、この世界の次の“物語”だ。
もし次に彼女を止めるものが存在しなければ、その時点で彼女が勝利する。
気に食わなくはあったが、それも或いはこの世界が紡ぎだした物語の結末だ。
そもそも、これ以上の干渉は不可能であったから。
  
残された10秒。崩壊と死までの残り10秒。
生命活動の停止という死滅と、最後に残っている情報(コード)の自壊という破滅。
既に不完全な“完全者(コンプリート)”ではなく、常と同じマゼンダと黒の仮面(マスカレイド)の
姿に戻り。そして彼は最後の力を振り絞って立ち尽くしていた。
 
そう、前のめりに死ぬまでの残り10秒。
彼が戦うべき相手は破壊された。哀しき磔刑者のアリス、機械仕掛けの女神の帽子屋(ウォレス)。
そう、彼が戦うべき相手は。
哀しき磔刑者のアリス、機械仕掛けの女神の帽子屋(ウォレス)。
そう、彼が闘争を行う相手は。
哀しき磔刑者のアリス、機械仕掛けの女神の帽子屋(ウォレス)。
 

 
 
  『君に渡すのは地獄への片道切符。改めて聞こう』
 
 
 『死神と地獄へ相乗りする勇気――――君にはあるかい?』

 
  『まぁ、君にとってはそれでも生還できる依頼だろうけどね』
 
 
  『あれだけの総戦力だったからね。予測できる防衛戦力は残ってたとしても1名が精々。
   後は君の何でもありな手札で、命がけで帽子屋の義体を破壊して終わりさ』
  
 
  『そう、たったそれだけで』

 
     
            そして、世界に残された――――本物の“機械仕掛けの神(ギガント)”。
 
 
 
    
  『――――“この世界は救われる”』
 
 
 
 
 
 
 
               
 
                     「『嘘ばかりだな、お前』」

                       『よく言われるよ』
 
               “自分という名の最後の一枚。切札は、自分だけ”
                   <<FINAL-ATTACK-RIDE...>>

 
 
そうして彼は、最後に大きく前のめる。


894 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 23:27:48
>>893

そうして彼は 

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895 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 23:28:44
>>894
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                        De.

      其処に“破壊者”は存在した。   De. 
                           De.
                           De.
                           De.
       加速をするための加速で    De.
                          De.  移動をするための加速で、
                         De.
                        De. 破壊をするための加速で。
                       De.
                       De.De.De.De.
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                            De.
軌道を描いて生成され続ける紋章が     De.
                          De.
                         De.  彼を加速させ、昇華させ、光速化させる。
                        De. 
                       De.  上とも下ともつかない道筋。
                      De. 
                     De.  だが確実に届くべき前へと進む道。 
                    De. 
                   De.  其処に破壊者は存在した。
                  De. 
                 De.  元来た道を、風穴を抜け、青き星を臨む世界へ。
“物語”を壊す破壊者が、 De. 
                 De.    崩壊するエネルギーと同化した破壊者が。
                   De. 
                    De. 
                      De. 
        終わりを壊す破壊者が  De. 
                       De. 
                      De.    全てを台無しにする破壊者が。
                       De.  
              ガリバーの    De. 
                          De. 
                 ギガントの    De. 
                            De. 
            機械仕掛けの神の御許へ De. 
                             De. 
   今にも降り注がんとする炎の矢へ向かい、 De. 
                              De. 
        レティクルの神様に向かい、    De. 
                            De. 
                           De.   全てを救おうとする“結末”に向かい、
                          De. 
                         De.  本当の“機械仕掛けの神”の元へ
                        De. 
                       De.   メギドの矢より速く一直線に突き進む破壊者が。
                      De.  
                     De.   命尽きる瞬間まで光り輝く
                     De.
                     De.    流星のように
                     De.
 望み叶え給え  望み叶え給え De.ノゾミカナエタマエノゾミカナエタマエノゾミカナエタマエ
ノゾミカナエタマエノゾミカナエタDe.エノゾミカナエタマエノゾミカナエタマエノゾミカナエタマエ
ノゾミカナエタマエノゾミカナエDe.マエノゾミカナエタマエノゾミカナエタマエノゾミカナエタマエ
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ノゾミカナエタマエノゾミカナエタマエノDe.ミカナエタマエノゾミカナエタマエノゾミカナエタマエ
                        De.
                   『駄目だ』De.『そんな望みは叶わない』
                         De.
    ―――俺は破壊者だ。         De.  
                           De.      機械仕掛けの旋律が聴こえる。
  ―――悲劇で終わるヒーローにも、    De.
                            De.
                            De.  ―――悲運の末路に溺れるヒロインにも成れはしない。
                           De.
終末という名の救いを唱える旋律が聴こえる De. 
                             De.    ―――覚悟ならとっくに出来てる。
                            De.
                           De.    ―――壊す覚悟ならとっくに出来てる。
                          De.
 燃え尽きる結末に翻弄されるヒーロー De.   にもヒロインにも、最初からなる気はない。 
                        De.
                       De.     ―――だから、後は神様とやらの覚悟だけだ。
                      De.
                     De.     ―――機械仕掛けの終幕を繰る“物語”の覚悟だけだ。
                      De.
                       De.
“摂理”を壊し、“世界”を壊し、      De. 旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!
                         De. 旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!
                          De.  旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!
    “必然”を、“帰納”を、“結末”を、   De.  旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!
                           De.            
                            De.   “物語”を破壊してしまう一撃が。
                             De.
  終焉を引き起こそうとする“破壊”を壊し    De.  終焉(メロディ)、終焉(メロディ)、終焉(メロディ)!
                              De.   崩壊(メロディ)、崩壊(メロディ)、崩壊(メロディ)!
     生み出され生み出した“救い”を壊し    De.    結末(メロディ)、結末(メロディ)、結末(メロディ)!
                                De.    終幕(メロディ)、終幕(メロディ)、終幕(メロディ)!
       機械仕掛けの神という“絶対”を壊す    De.
                                De.               
終焉(メロディ)、終焉(メロディ)、終焉(メロディ)! De.
旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!  De.      崩壊を迎えながら、どこまでも  
終焉(メロディ)、終焉(メロディ)、終焉(メロディ)!  De.     前のめりに突き進む“破壊者”の一撃が。  
旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)! De.  
                              De.
                               De. 
 ―――破壊者に結末(物語)を          De. ―――打ち壊される莫迦げた覚悟、あんたにあるか?
                             De.
■■ユメノヨウニ                  De.  崩壊(メロディ)、崩壊(メロディ)、崩壊(メロディ)!
     ナニモカモガ               De.   旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!
  ■■キエテユク                De.  終幕(メロディ)、終幕(メロディ)、終幕(メロディ)!
    ■■コワクナイ              De.  旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!
        キイテクレヨ            De.   救済(メロディ)、救済(メロディ)、救済(メロディ)!
         タダキエルダケナノサ     De.   旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!
                           De.   
                  『嫌だね、そんな救いはお断りだ』
                           De.   
                           De.   
   彼に“物語”はない。            De.   
   彼は破壊と再生のために生まれた者。 De.   
   全てを破壊し、全てを繋ぐためだけに  De.    生み出され、存在するもの。
                           De.
   そしてこの倫敦の“物語(結末)”    De.    を破壊するもの。 
                          De.
        彼は“]”。           De.     旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!
        彼は“悪魔”          De.     旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!  
        彼は“旅人”。         De.     旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!
                         De.     旋律(メロディ)、旋律(メロディ)、旋律(メロディ)!
        彼の名は――――――    De.
                            De.
                              De.     ―――俺か?
                               De.
                                De.     ―――俺は、
崩壊(メロディ)、崩壊(メロディ)、崩壊(メロディ)!  De.
救済(メロディ)、救済(メロディ)、救済(メロディ)!  De.
物語(メロディ)、物語(メロディ)、物語(メロディ)!  De. 
世界(メロディ)、世界(メロディ)、世界(メロディ)!   De.
                                  De.
                               De.
                               De.
                               De.
                               De.
                               De.
                               De.
                               De.
                               De.
                               De.
                               De.
                               De.
                               De.
                               De.                                  
 



896 名前:Decade ◆rX9kn4Mz02 :2010/02/11(木) 23:30:47
>>895
  
  
 


             「――――俺は、 “この物語” 世 界の破壊者だ」
  
            << ――――――――――“Decade”>>
 

     “いや、違う。我々が思うほど、この世界は哀しくプログラムされちゃいない”
 
      “何より もう これ以上 ■■■■■ ■■の存在を 俺は認めない”








897 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 23:34:28
>>893>>894>>895>>896

 歌が倫敦に満ちていた。天から降り注ぐ歌が。地より湧き上がる歌が。
 最悪の破壊神と戦う仮面の破壊者を見上げながら人々は歌う。祈るように歌う。
 勝てるはずもない不条理破壊神に、それでも挑み打ち倒さんとする破壊者の姿。
 それを見上げながらみんなが歌う。

 歌を。人形ステーシーの歌を。

 誰からとも無く。申し合わせることも無く。何かに導かれるように、みなが歌う。
 人形の歌にあわせるように、みなが歌っている。歌声が重なっていく。

 歌う、歌う、歌う。

 神の息吹。上方世界より漏れ出した囀り。
 共鳴し同調し増幅されていく歌。

898 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 23:34:50
>>897




――――――人形の歌が満ち溢れる世界で。




.

899 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 23:35:13
>>898




――――――破壊神と破壊者のあいまみえる世界で。




.

900 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 23:35:37
>>899





 歌が倫敦を満たしていく。祈りが倫敦を満たしていく。
 歌が人々の心をつないでいく。破壊者へと絆の力を運んでいく。
 人形の歌が。少女の歌が。人々の歌が。そう、みんなの歌が。






.

901 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 23:36:17
>>900









――――――この物語は祝福されたように奏でられる歌声とともに終わるWorld Without End











.

902 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/11(木) 23:37:54





Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』
最終話「It's the beautiful world / Love the world 」 END







.

903 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/12(金) 00:01:25

Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』
最終話「It's the beautiful world / Love the world 」 (Decade vs Wallace & Alice)

Prologue
>>715
>>716
>>717
>>718>>719>>720>>721>>722>>723>>724>>725>>726>>727
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>>752>>753>>754
>>755
>>756
>>757
>>758
>>759>>760>>761

「望み叶え給え / Dream Fighter 」 (Decade vs Alice)
>>762
>>763
>>764
>>765>>766 >>767>>768
>>769>>770>>771>>772 >>773>>774>>775>>776
>>777>>778>>779>>780 >>781>>782>>783>>784
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>>798>>799 >>800>>801>>802>>803>>804>>805>>806>>807
>>808>>809>>810>>811>>812>>813 >>814>>815>>816
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>>852>>853 >>854>>855
>>856
>>857

「SOLID STATE SURVIVOR / one of these night 」 (Decade vs Alfred Russel Wallace )
>>859
>>860
>>861
>>862
>>863
>>864
>>865>>866>>867
>>868>>869>>870>>871>>872>>873>>874>>875>>876>>877>>878>>879>>880>>881>>882
>>883>>884>>885>>886>>887>>888>>889>>890
>>891

Epilogue
>>892
>>893>>894>>895>>896
>>897>>898>>899>>900>>901
>>902

904 名前:◆DOLLmR5Q5A :2010/02/12(金) 00:03:46
Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』

導入
>>402

第1話 「Dance with Dracul / RocketDive 」 (Primavera vs Dante )
>>403

中間報告1
>>404

第2話 「INNOCENCE / ever free 」 (Violet vs Vilma )
>>506

中間報告2
>>507

第3話 「HELP ! / Diablo 」 (Igor Bromhead vs Ligardes )
>>656

中間報告3
>>657

第4話 「BEHIND THE MASK / JUSTICE 」 (Aegis vs Shingo Tanoue )
>>712

総計およびルート判定
>>713

最終話 「It's the beautiful world / Love the world 」 (Decade vs Wallace & Alice)
>>903


905 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 01:20:17
妖怪仙人“奎 白霞”  vs 紅美鈴

門番外編 〜門番が異変〜

地球侵略と言えば聞こえは良いかもしれない。長年の悲願なんて言葉をつければさらに。
だから、こちらの地球をくまなく探す。地の利を掴むというのは全ての戦の基本なのだから。

故に。綻んでいる場所があるとしたら。そこを調べてみようと思うのは至極当然のことなのだ。

幻想と言えば聞こえは良いだろう。外界と隔絶された場所に忘れ去られた者達が住まうならさらに。
だから、少しばかり覗いてみる。これはこれで興味は尽きない。だけど。

─────こんな美味しすぎる場所を他のヤツらに呉れてやって良いものか?

無意味に長く生きすぎたから、こんな独占欲も仕方がないことだった。
だからこそ、妖怪仙人様はこの幻想の地の侵略は最後の最後にしようと思っていた。
たとえば食後の果実と美酒のように。こっそりと愉しんでやろうと決めていた。

けれど。興味はどこまでも尽きない。なのに、侵略は手こずる一方。

これじゃ私の食後は来やしない。酒を注いだ杯も乾ききり、用意した美味なる果実も腐りきる。
耐えきれない。耐えきれない。耐えられない。故に私は少しだけつまみ食いしてやろうと心に決めた。

悪魔が棲むという紅の館。
その魔の領域と外界を繋ぐ門。
意味合いを考えればそれなりに深い考察の出来そうな存在だが、
あいにくと多少頑丈であることを除いて何の変哲もないタダの門だ。

その門の前に一人の少女の姿があった。

濃密な霞が館を包み込む。不吉な予感と不穏な空気が当たりに漂う。

この館の主も面白そうだが、この門番も存外に面白そうだから。
私はここぞとばかりに味わい尽くしてやろうと門の前に現れた。

906 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 01:32:18
紅魔館は……いや、幻想郷は平和だ。
日々、発生する異変や弾幕ごっこも含めても。
少なくとも妖怪にとっては。
それが紅魔館の門番を務める妖怪、紅美鈴の感想である。

争いが起きても死者がでることのほぼない状況というのは
彼女の認識の内に置いては平和と呼ぶに値する。

それが力によって作られた平和であり、その裏で食糧となる人間が
幻想郷の外のどこかから調達されていることから
それに賛同しない者も数多く居るだろうが。

そんな平和な幻想郷を彼女は愛していた。
その平和を打ち破ろうとする輩がいれば
すすんでその排除に協力する程度には愛していた。
しかし、その一方でどこか空虚さも感じていたのである。

彼女が後に仕える事になる吸血鬼に挑んだ時。
彼女の仕える吸血鬼が幻想郷で異変を起こし、
最終的には管理者たる賢者と協定を結ぶこととなった事件。
いずれも弾幕ごっこではなく血みどろの闘争をもってして手段としたものだ。

今は弾幕ごっこで片がつく。
不要な死者は出ない。余計な戦力消費は起きない。

それがいいのだろうし、そういう時代なのだろう。
彼女はそれを理解はしているが、妖怪としての本能というか、
どこかその奥深い部分で、いまひとつ割り切れない気分を秘していた。

他人に言った事はない。
基本的には紅魔館の門番は弾幕ごっこがあまり上手でなく、
時に居眠りをメイド長に見つかってナイフを投げつけられる。
そんなのんきでマイペースな温厚な妖怪として通っている。
しかし、彼女の主である吸血鬼、レミリア・スカーレットなどはその事も気づいているようだ。
よく「きまぐれ」という名の無理難題をおしつけるのには
あるいは自身の退屈しのぎ以外の理由も含まれているのかもしれない。

その日もまた、いつもと同じように日は昇り、
太極拳の型をなぞり、白黒に突破され、メイド長に冷たい視線を頂戴し、
そして日が暮れゆき、いつもと同じように日は暮れるのだろうと思っていた。

だが、その日は違った。

異質な懐かしい気配。
一言で言えばそんな感覚。
匂いにも似たその気質に彼女、紅美鈴はすぐに気がついた。
ここへくるずっと前に感じた事のある気質だ。
昔は大陸の山地でたまに見かけた存在。
「仙」独特の感覚。

紅美鈴は持たれかかっていた門柱から一歩離れると
いつもどおりのほんわかした笑顔を浮かべたまま声をかけて見た。
いつもどおりの言葉で。

「ようこそ紅魔館へ。悪魔の館になにか御用かしら?」

言ってその人物の表情を目にして後悔する。
笑ってるよ。
ヤな笑い方だよ。
寝てるふりして様子みればよかったよ、くそ。
紅美鈴の笑顔はわずかに引きつっていた。

907 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 01:34:47
>>906

自分の服をひらひらはためかせて、相手の服をちらちら眺めて。
似たようなモノがどう進んだのかを思索してみて笑いながら問う。

「んー、こちらの服は随分と珍妙な進化を遂げたものだな?
 そもこの服だって、乗馬服を改変した果てのモノだが、ソイツの元は軍服か何かか?」

こちらとあちら、あちらとこちら。あちらがこちらでこちらがあちら。
鏡合わせの世界だとしても自ずと違いは生まれてくるのだとしても。
それくらいはわかるのだ。この門の前にいる妖怪がどこの出自か?ぐらいは。
それに仙人やって私も永いから、コイツが纏っているモノが何かぐらいは見えている。

「ふーん。紅魔館ねー?なら、その紅の悪魔とやらにお目通りしよーかと。
 ここの館は面白そうだからさー。館の奥に隠してる何かを探したって良ーしね?」

千里を見通す眼とはよく言ったもので、それくらいは見えるのだ。
この館の奥に潜んでいるモノがなんなのか。その奥に隠されたモノがなんなのか。
私の予感はおそらく正しいから。この館はとんでもないモノを隠している。

「だけど、だったらこんな門を正面から通らなくても良ーはずだよね?
 裏から抜けたって、たとえばスキマを抜けたって目的には辿り着くんだから。」

ならわざわざ退治されるかも知れないのに門番と対峙するか?
この『妖』が持っている『ソレ』に、とてつもなく興味がわいたから。
なのに、こんな門番に収まっている理由を。お前とて、そんな大層なモノを隠しているのに。

「さー!魅せてみろ!こちらの妖が一体どーゆー進化を遂げたのかを!」

仙の頂より、かつて私がそうであったモノを見やり不敵に笑う。
構えを取って挑発する。空には満月!其を喰らうは我が名たる白き霞!

http://www.aquarian-age.org/story/novel/image/060_0376i.jpg

908 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 01:36:39
>>907

仙人が紅魔館に何の用だろうか。

これといって訪ねてくるあてなど思いつきはしない。
古い知人に仙が居ないではないが、何をどう自己啓発したってこうは変わるまい。
あるいはパチュリーあたりに大陸に研究友達がいたなどということは考えられなくもないが、
魔女の客であれば事前に話があるはずだ。
存外、あの魔女は何事にも無頓着そうに見えて、そういう点で抜け目がない。

そんな美鈴の疑問をよそに仙人は服についての感想を述べだした。
服の起源はご推察に近しいもの、
しかし、当人は既にその推察にある程度の満足を見出している風で
特段、こちらの返事を待っているようには見えない。
あえて無理に異論をでっちあげて会話を弾ませる必要はなさそうだ。
残念。誇張と冗談は雑談の華だと思うのだが。

話は続く。
やっと問いに答えてくれたようだ。
曰く、面白そうだから当主に会おうと思う。
曰く、面白そうだから中を散策しようと思う。
そして本来、正面から入る必要のないことの御講釈。

紅美鈴はひとつ息をつくと足を肩幅に開いて静かに重心を移動した。
不遜な態度、明らかな挑発、相変わらずのニヤケ顔。
どうやら一戦交える事になりそうだ。

「おやまぁ、よりによって満月の夜に侵入者とは。
 しかも私もお目当ての一部だったとは意外意外。
 よほど自信があるのねぇ……。でも」

『でも』と同時に周囲に響き渡る衝撃音。
地を蹴って弾丸の如く飛び出した紅美鈴の背後で、蹴られた大地が爆ぜる。
箭疾歩にも似たモーションで腕を前に出さず、溜めの状態のまま疾駆する。

「この前菜、少々重いですよ?」

その両手には気が虹色の奔流となって渦を巻いているのが見えた。

909 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 01:41:41
>>908

「そりゃさー、お前だって。こう仙人様が永く永く果てしなく永く生きながらえても。
 よーやくあえるかどうかの逸材なんだからさ。せーぜー愉しませておくれよ?」

そもそも、私の気質とは何か?その闘気は限りなく無に近い。
それが濃密に萃まるからこそ二つの眸は霞をようやく白と認識する。
からからけらけら笑いが溢れて止まらない。ほーら!やっぱり隠してた!

「やっぱりそーだ!貴様は、世にも珍しき………」

しかれば、相対する門番の気質は如何に?それを知っているから私は挑むのだ。
霞に乱反射した光が幻の如く造るもの、認識する色は数えなければおおよそ無限。
ゆらゆらはらはら勢いを殺して受け流す。当たらなければどうってこと、ないよね?

「………虹の気の使い手!これだから次元は渡って見るものだ!」

例えこの仙人様が頂に近い場所、普通では到達できない境地にいるとはいえ、
無とは目指されやすく選ばれやすい在り方の一つだ、と言う認識は往々にしてある。

「さー来るが良ー!その手が霞を掴めるのならな!」

こんなあでやかではでやかな色に充ち満ちた虹色なんて『気』は稀有な存在なのだ。
だから羨ましくもあり、それはそれで潰してみたくもなる。愛情と嫉妬は紙一重。
いつの間にか喚び出した一双の鉄扇でその力を削いで殺す。まるで呪われた舞いのよう。

「なーに仙人様こーみえて悪食でね?重いモノからだってへーきで食べちゃう性分なの。
 それに、これからこの館って満漢全席食べ尽くそー、ってゆってるのにさ。
 
 重いも何もこの際ないんじゃないかな?いひひひー!」

浮かべた無表情で渇き切った笑い。まるで館の奥に潜んだ“本当の悪魔”みたいな。
ほーら、いつの間にか空にはこんなにも赤い月。まるでとうに狂った私の瞳の色のよう。

「─────それじゃ今度はこちらから行くぞ?」

光の中で見えてたはずのモノが霞の中でぼやけて消える。
真っ赤で真っ暗な不思議空間の間を縫って。放たれるは超神速の鉄扇。
あちらそちらから聞こえる嫌らしい嗤い声。消えて現れる私と鉄扇の挟み撃ち!

      ─────双子の無双が、門を叩いて、番を砕く!

さーて、私はどちら?どこにいるでしょー?いひひひひー!

910 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 01:43:50
>>909

それなりに速度をのせた。

反応できないようなら両手に集めた気は使わず、
背を当て、吹き飛ばすに留める心算だった。
反応して避けようとするようなら、左右どちらか近い方を囮に、
もう一方をあご先に叩き込むつもりだった。

「げっ!?」

しかし、この妖怪仙人は左右の鉄扇で舞うが如く、綺麗に気を受け流してくれた。
虹色の奔流を吹き流して傷一つつかない鉄扇もただの武器ではなかろうが、
負荷をぎりぎりまで0に近づけて流したこの仙人の技量も確かなものである。

ぬかった。

幻想郷において気を使う妖怪は稀だ。
すくなくとも紅美鈴はこちらに来てからというもの、
自分以外に気を扱う心得のある妖怪を片手で数えるほどしか知らない。
しかし、こちらに来る前はそうではなかった。
大陸の妖怪の中には気を使うものも居たし、
妖怪でない人の武芸者にだってそんな達人は稀に居たものだ。

少々、幻想郷に慣れすぎていた自分を心中で罵る。
馬鹿な門番め、自分だけの専売特許とでも思っていたのか。

「いやぁ、珍しいなんてそんな大げさな。
 私なんかどこにでもいる普通の妖怪ですって。
 そんなことより、健啖だからって気をつけないと危ないですよ?
 ホラ、毒入りのおもてなしは大陸の伝統芸能ですし」

焦りを隠すため普段から活躍している「無意識に軽口を叩く能力」に
働いてもらいつつ、正面から踏みつけるような蹴りを叩き込……

「って、あらぁ?」

……もうとしたら、目の前の仙人を蹴り足が雲でも踏んだかのようにすり抜けた。
と同時に周囲が霞み、仙人の気配が文字通り霧散していく。
夕暮れの日の光が霞に溶け、周囲が淡く紅に染まる。

「これはまた……面白い術をお持ちで……」

額に汗が浮かぶ。
気配察知能力に関して紅美鈴は紅魔館の住人達の中においても頭一つ飛びぬけている。
レミリアの運命見は瞬時の位置特定にはむかず、
パチュリーの魔術探知はもっと遠距離で効果を発揮する。
その紅美鈴のセンサーが見つけられない。
そこらじゅうに居る様で、それでいてどこにも居ない様で。
そう、これはまるで……

ふと、左右に虹色の気の残滓が流れる。

「っとぉ!危ないなぁ。
 当たったら痛いじゃないですか」

掛け声一発、左右からの鉄扇の奇襲を雑技団よろしく
ぺたんと開脚して地に伏せかわした。
そして攻撃と防御を同時にこなすのが紅美鈴の得意とする体術。
かわすと同時に開いた足を旋回させて足を払おうと試みる。
……が、その両足も空しく空を切る。

「やっぱりか」

飛んだ気配はなかった。
紅美鈴はすぐさま、霞に隠れたのではなく霞に変わったと仮定した。
霧に変化するのは吸血鬼のお家芸。
その上、かつて出会った鬼の少女も拡散と集結を芸にしていたとなれば、
真っ先にそれを疑うのも無理は無いだろう。

霞に打撃は当たるまい。
気弾の弾幕はどうだろうか。
だが、相手もわざわざ隙を与えてはくれまい。
今の攻撃にしたって、たまたま直前の攻撃の気が、
鉄扇に残留していたからいち早く察知できたに過ぎない。
いつまでも気配もなしに虚空から攻撃され続けるのは正直しんどい。
どう考えてもこれを好機と攻めてくるのが定石だろう。

そこで

紅美鈴は再び腰だめに構えた両手に気を集めると


ただ、そのまままっすぐに立った。
顔だけは不敵な笑みを浮かべたまま。


911 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 01:45:57
>>910

挟撃失敗。いや、ほら。そうじゃないとつまらないんだけどさ。

それなりに殺意を込めて放った双鉄扇は機転の利いた体術で見事に避けられ。
それなりの悪意を込めた幻術が一つ二つが放たれた打撃によって文字通り霞に消えていく。

「毒入りの食事ねー。なー、貴様。私を誰と心得る?私を何と心得る?
 霞に毒を混ぜる気?あはははは!面白すぎるだろ、それ!考えてもみるが良ーよ。
 
 その霞を吸い込んで、毒は我が身に返ると知ってのお巫山戯?最高だぞ、虹の使い手!」

油断。慢心。自惚れな我褒め。等閑。閑却。なおざりはおざなり。

甘い。一様にして。甘い。一応という、その心構えが。
それを悔やむ心すら透けてみえるよう。同輩の大猿が釈迦の掌上で感じたらしい感覚かな?
これじゃ立場はまさかの真逆だけど。ねー、妖怪。仙人様の掌の上で踊る気分はどう?

「そーだよ?私は天下泰平の星を包んで隠す不吉の化身なんだから!
 それはまた面白い術なんて仙人なんだから当たり前。もっと面白いのがご希望?
 でもさ、貴様のその虹の気だって。奪えるものなら奪い尽くしてあげたいぐらいは。
 
 十二分に面白いけど、さー?」

いらいらぐらぐらぐつぐつふつふつ煮えたぎった怒りは反転し、一瞬にして空間が凍り付く。

「………さっきからどーして殺気の一つも感じられないんだけど?」

絶対零度の宣告。張り詰めた絹を引き裂くように。軋んだ嗤い声が霞の中で木霊する。
放たれた鉄扇はそのままにして、次元を開いて次の武器を引き出した。

舞剣、極星の連中は確か“だんしんぐ・そーど”とか嫌いな横文字で言ってたっけな?
使用者の意志を酌み取って踊る剣。好むヤツは多いが仙人様もこれは嫌いじゃない。
幻術を消して剣舞の構え、不敵な笑みを浮かべる門番に冷酷に剣を放つ。
返し技が狙いだから攻撃のフリだけをする。それだけで構わない。

「平和ボケするのもいい加減にしろよ、同類?甘いのを通り越してもはや痛いぞ?
 何年前に殺気を捨てて甘さなんて拾った?そーだねー、125年前ぐらいかな?どーでもいーけど。
 
 ………で、そのまま受ける続けるつもり?なら、死ぬよ?私がこのまま殺してあげるから。
 
 いひひひひー!」

そうして、静かに門番の命脈を削る。これが命のやりとりだと思い出させてやる!

912 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 01:49:35
>>911

そこかしこから響き渡っていた哄笑はおさまったが、
変わって現れたのは霞から現れ、斬り付けてはまた霞に消える宙舞う剣。
たしか飛刀とかいっただろうか。
古い知人の仙も似たようなものを持っていた。
所有者の念を導きに空中を飛び回る殺戮宝貝である。
所有者の力を、体重を乗せられないがゆえに斬撃そのものは軽いが、
代わりに人が繰る軌道とは明らかに異なる太刀筋のため受けるのは難しい。

「いやぁ、全部お見通しとか勘弁してほしいもんですねぇ。
 さすがは年の功ってとこですか」

どうやら鉄扇での接近戦から宝貝での遠隔攻撃に切り替えたらしい。
なんと読まれたか、あるいはたまたまか。
紅美鈴は企みの失敗を悟り、内心舌打ちした。
まぁ、もういっぺん鉄扇でたたこうと近づいてきたら
あわやひどい目に逢う所だったのだから妖怪仙人のその判断は正しいのだが。

「平和ボケかぁ。そんなつもりはないんですけど。
 所詮今の私は飼い犬ですからねぇ。ぐっ……」

最初の数撃は叩いて軌道を反らし、あるいは蹴り落とした。
しかし、何事もなかったかのように宙舞う剣は現れ消える。
次第に捌ききれなくなり一撃二撃と浅い斬撃が体を撫で、ぐらつく。
そしてついにはわき腹をしたたかに切りつけられ、錐揉みながら地に倒れ伏す。

よろよろと身を起こす姿に先ほど全身から立ち込めていた気の奔流は見る影も無く、
紅美鈴はようやくのことで膝を着いた姿勢からなんとか立ち上がって構えをとった。


913 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 01:50:27
>>912

「それぐらいも見えぬようなら例え昇仙してても、仙人なんて名乗らないしさー。
 伊達や酔狂で永い時を生きてるわけでもないんだよ?」

川の流れのように剣は舞う。一枚一枚皮を削ぐように。命の脈動を断つように。
まるでお手玉を掌の上で弄ぶように、私は“それ”を弄ぶ。

「だから、返し技が狙いだなんてのは、あからさますぎるぞ?」

きりきりまいまい舞剣の太刀筋はまるで見えない嵐のように。
刻んで刻んで刻んで刻む。踊り疲れない身体で呪われた舞いは続く。
何回かの軌道はそらされて、何回かは蹴り落とされた。───ぐらっと来たらはらっと来たかな?

「飼い犬かぁ……ねー?どれぐらいまで飼い犬なの?骨の髄までその毒回っちゃった?
 無条件で降伏してシッポを振ると幸福な状態?そんなにお前の主様ってば魅力的?」

それを逆に自分にも問うてみる。極星帝国に身を置く仙人様とて、飼い犬と言われればそうなのだから。
結局は、楽しめそうだから。そうだ。もっと面白そうなことがあればそちらにいつでも付くつもり。
誰かみたいに虜囚の辱めとかは御免だけどね?でも、それも面白いのかな、ヤツに取っちゃ、さ?

─────え、忠誠心?あったっけ?私にそんなものが。笑わせてくれるなよ。

壮大に盛大に、永すぎる時を生きるなら楽しくて愉しい方が良いだけだ。
そうでないと停まっちゃうから。何もしないままで生きていく方が私には辛くてね?

門番の全身から発せられた虹の奔流はもはや見るも無惨に。それならさ。
門番は膝をついてからようやく立ち上がる、妖しく怪しく。これならさ。

良い機会だ!教えてあげるよ!力が技で破れるように。
仙というモノが何であるかを!技は力で破れるってことを!

剣の舞いはこれにて幕。意思を失って虚空に消える。
新たな剣は次元を縫って現れる。柄だけの剣に光が宿る。

「ならせめて。飼い犬なら飼い犬らしくさ。吠えてみせるが良ーさ。
 ならせめて。門番なら門番らしくさ。この門ぐらい守って見せろよ?」

舞うように構えて、その光の剣に力を込める。さあ、次の幕をこじ開けてやる!
踏み込んだならあとは一直線に我が全ての膂力を持って!虹の先に手を伸ばせ!

    ─────その一点を小細工ごと貫いてやる!

914 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 01:57:42
>>913

「あはは、後の先とるのはラクだから〜。
 鬼とかひまわり妖怪とか規格外の方々と殴り合ってると特に。
 相手が基礎身体能力高いだけに、よく効きますしねぇ」

紅美鈴は俯いて表情を隠しながら陽気な返答を返す。
なるべく見せたくは無い。
こんな顔は。


  ――こんないやらしい笑みをうかべている自分は―ー


「よろよろと」という表現が似合いそうなゆっくりとした動きでそれでも一歩を踏み出す。
あの妖怪仙人を殴り倒すために。

そんなに主は魅力的か、飼い犬め。
嘲笑まじりの問いかけに紅美鈴はどこか言葉の端に自嘲めいた響きを感じたが、
敢えて問い返して茶化すのはやめた。


  ――声に悦びが混じるのを我慢できそうにないから―ー


飛刀の嵐が止む。
虚空に手を伸ばす仙人が目に写った。
新たなエモノを取り出してけりをつけようと言うのだろうか。

道理だ。
十分傷ついたはず、普通はとどめをさすに十分な段階だ。普通は。
しかし、そうではない。
察しのいい妖怪仙人のこと、そろそろ気が付くだろうか。


先ほどの飛刀が飛び始めてすぐに紅美鈴が気の放出をやめたことに。

飛刀が紅美鈴に掠めるたびにわずかな硬質な金属音のようなものがなっていたことに。

そして、何度も斬りつけられ、最後にはわき腹に直撃したにも関わらず、
あたりに落ちた血液が異常に少ないことに。


  ――ああ、だめだ。我慢できそうにない―ー


俯いたままの紅美鈴から、くすくすと笑みがこぼれた。

ごまかし騙して隙をつくって殴り飛ばす。
ずっとそのつもりで面倒な茶番をわざわざ続けていたというのに、
紅美鈴はそのチャンスを自分で捨てようとしていた。

初撃を鉄扇でさばいた体術、霞の妖術の展開速度、感覚欺瞞の威力、それに飛刀の操作速度。
この妖怪仙人は強い。さすがに大きな口を叩くだけのことはある。
しかも、取り出したあの剣。相手を殺すつもりでいるのは明白だ。
この幻想郷においては珍しいことに、だ。


だから我慢が効かなくなった。
ああ、楽しい。殺し合いができるなんて実に久しぶりだ!


ゆらり、一瞬の後、紅の影が疾り、妖怪仙人の側面至近に位置を変えた。
最初の突進など問題にならない速度で。
その動きからは怪我の影響など全く感じられない。

いや、実際に怪我の影響など、無いのだ。

硬気孔。
気をもって体の表面の硬度と内圧を高め、外からのダメージを減らす技術。
しかし、紅美鈴のそれは桁外れだった。
ともすれば金属音でも鳴り響きそうな程の硬度強化。
飛刀が切ったのは彼女の皮膚一枚のみだったのだ。
下手をすれば飛刀の方に刃こぼれでも起きていたかもしれない。
そのために気を体の内に集め、そして同時に力尽きたかと思わせるための小細工だった。

ちなみに切られた皮膚一枚は既に治った。
ただでさえ高い自己治癒能力を「気を使う程度の能力」でさらに強化している紅美鈴のタフさは、
彼女の主たる吸血鬼をもってして「バケモノだあれは」と言わしめるレベルである。
彼女にとってこの程度の傷は傷のうちにすら入らない。

「いやいや、この飼い犬、実は放し飼いだったりするんですよ」

紅美鈴はこの素敵な時間を共有するであろう妖怪仙人に、
斯様な言葉と共に虹色の竜巻を生じせしめる蹴りを贈りつけたのであった。


915 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 01:59:39
>>914

からからと乾いた声で仙人は切り出した。

    「いやー、じつわさー?私も後手後手にまわってたんだよー?」

楽だから。その考え方はこの私も非常に好きだから。合格点呉れてあげる。
妖術も双鉄扇も舞剣も、相手の出方を覗って計るための攻める受け。

でもさ。それだけだったら戦う意味なんて無い。殺し合いだってて華がない。
本当にそれだけなら言ったとおりに裏門回って件の主様と謁見でも果たしているさ。
それでも、こうして私は愚直に門の前。なんで馬鹿正直に戦ってるか?

     楽しめるから戦うのだ。
     苦しめるから戦うのだ。

痛くなきゃ殺し合いじゃないだろう?化け物同士だって。
見たいモノがある。この館の裏門回って通るよりよっぽど面白い何かが。
今こうして目の前に存在してくれてる。それだけで十分だ私だって笑いだしたくなるくらい。。

    「 だからさ、ぜーんぶしってたよ? 」

そうして軽く言ってのける。残酷かつ冷酷に。だって私は『そういう存在』だもの。
仙人様だよ?全てまるっとお見通し!どんな小細工を弄していたかなんて。
だまし方は及第点にも及んでないけどさ。それでも良いや。流儀なんてどうでも良いや。
楽しもうよ?愉しもうよ!折角の今、この時を。それこそ持てる力の限りを尽くして。

    「───全力で来るが良ーさ!『虹』の使い手よ!」

放し飼いだと彼女は言った。そうして纏う鮮やかな虹の奔流に逆巻きながら昇る龍を見た。
見たかったのはこれだから。私は結構満足。満点なんて遙かに超える期待以上の代物!

     けど、それだけで満ち足りてやる仙人様じゃないんだな!

引き絞られた矢が翻らないように全身の膂力を出し切って放たれた今の攻撃も。
もはや翻ることは不可能。誘われるがまま龍の顎のその奥へ。それで良い、それで良い。

     ワクワクする。ゾクゾクする。あはは、もう止まらないや。

これを貫けるなんて!だからさらに力を込める。これはもはや私の『理』の外側。

    「それさ。私の全力で砕いてあげるから!」

仙人様の渾身の一撃、そっちこそ呑めるものなら呑み込んでごらんと心で笑いながら。
白い光は刃となって収束する。ただ、その一点を愚直に真っ直ぐに。

    ─────今、二つの光が交差する。

916 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:00:02
>>915

蹴りが生み出した虹色の竜巻と
妖怪仙人が繰り出した光矢の如き突きが衝突する。

読まれている。そしてそこに一撃をあわせてきた。
紅美鈴は心中で感嘆のため息をつく。
速度に驚かず、速度差にもゆらがず、虹色の気に惑わず、
なにより回避せず、カウンターを当てに来るとは。

  ――危ないなぁ――

それが紅美鈴の感想。
多くの場合、初見の攻撃は避ける妖怪が多い。
避けないのは防御力に自信があるか、あるいはその一撃に自信があるか。
しかし、紅美鈴の繰り出した蹴りとて、後にひけるほどぬるい攻撃ではない。
手の内を次々明かすことになるがやむをえない。
紅美鈴は呼吸を切り替えつつも、そのまま蹴りを、竜巻を放つ

その一瞬の交差に、笑っているのが見えた。
その笑みに滲み出すは歓喜、愉悦、そして若干の緊張。
笑みを浮かべるのはやはり打ち抜く自信ゆえか、
それとも紅美鈴がようやく茶番をやめたがゆえか。
あるいはその両方か。

果たして虹色の奔流を突き破って刺突の衝撃が現れた。
蹴りを繰り出したばかりでバランスの悪いところへの必殺の一撃。
なんとか中心線を外すべく体を傾けるも、よける事はままならぬかと思われたその衝撃に、
次の瞬間、紅美鈴はつむじ風にのった木の葉のようにあおられ、浮き上がり……
……つまり、刺突の余波でかき乱された空気に吹き飛ばされた。

「あ〜れ〜……ってな気分ですねぇ。おお、怖い怖い」

紅美鈴はふわりとそのまま空中で体勢を戻し、ふらりと地面に着地する。

軽気孔。

軽く、軽く、布のように、薄紙のように、木の葉のように、
そう……風に舞う花びらのように。
気の力で重量を低減し、自身の飛行能力もあいまって
受け止めるのではなく、かわすのでもなく、宙を舞う羽の如く勢いに乗って攻撃から身を離したのだ。

しかし、刺突の衝撃はそのまま門番の背後、門の前の大地に吸い込まれた。
轟音と共に穿たれた穴は瞬く間に周囲の大地を捲り、クレーターへと姿を変える。
同時に地下から響き渡る衝撃音……に混じるなにかが軋むような音。

「……あ゛、まずいかも?」

ひょっとすると……もしかすると……
いや、まず間違いなく紅魔館の魔女、パチュリー・ノーレッジの張った結界に衝突した音だろう。
しかも、下手をすると歪みでも出来たかもしれない。

いや、結界などどうでもいい。魔女もだ。
問題は結界の中の人物の興味とやる気を刺激したかもしれない事だ。
その気になったその人物が本気で脱出を試みてしまったら、万全の結界でも押し留めるに心もとない。
いわんや、ひびの入った結界では……。

  ――うん、考えるのはやめよう。――

コワい考えを頭から消す。
後のことは後で考えればいいや。
今は楽しい事だけ考えていよう。そうしよう。

そういうわけで紅美鈴は今の攻撃でできたクレーター脇に転がる岩をつま先でひっかけ、
ひょいと宙に蹴り上げると……勢いののった蹴りを岩に叩き込んだ。
砕けた破片が、砂礫の群体が散弾のように先ほど妖怪仙人の居たあたりに襲い掛かる。
先ほどの虹竜巻は中央を射抜かれた。
余波程度で倒れるような妖怪仙人でもあるまい。
丹田で気を練り、全身のチャクラを解放しつつ、再度接近をはかる。

遠距離戦では分が悪い、狙うは超近接戦。
チャクラ全開放は後でお腹が減るので普段は禁じ手だが、そんなことはどうでもいい。
咲夜さんは怒るだろうが、そこはおそらく今も出刃亀してるだろうお嬢様に
とりなしてもらってなんとか誤魔化そう。
全開状態でノーガードの殴り合いに持ち込めば……と、その時、彼女は異常に気がついた。

チャクラが解放できない!?
全身の小さなキズによどんだ陰の気が経絡の活動にリミッターをかけている。
解放ナシで殴りあい?
あれ?ちょっとそれって不味くない?

「くそぉぉ!背水の陣だ!」

今さら後にも引けない紅美鈴は泣く泣くそのまま妖怪仙人との距離を詰めた。


917 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:02:25
>>916

七つと言えば数えは早いが乱反射する光の数はそれこそ無限にも等しいのだ。
七つなんて数は最初に見た奴の可視領域の数でしかない。便宜とはあながちそんなものだ。

       だから。コイツの可能性も無限で良い。

一瞬の交錯。それでわかるのだ。仙人だから。武を嗜むものだから。

       ─────コイツやっぱり面白い!

絶対的自信と絶対的過信。その両方を胸に抱いたってこと。
こうでなくっちゃ面白みなんてないだろ?戦いとは覚悟なんだから。

結局、門番はふわりと羽のように避けて、行き場を失った力は門の前の大地へと解放される。

  まるで雛鳥を無理矢理閉じこめていた卵に罅が入るような感覚。
     まるで船の底に穴が開いたときのように溢れてくる絶対的絶望。

そうだ。ここは紅の魔の館。後ろに控えているのは何者か。門番まで用意するのはなんのため?
震えが止まらない。この妖怪仙人様とあろうものが。震えて止まらない。

      ソレを見つけてしまった驚喜が!
         ソレに巡りついてしまった狂喜が!

門番とは何か。そうだ、門を護るモノ。だが、その奥に守るべきモノがなければ。
千客万来の看板でも立てておいた方が千倍マシなただの木偶。だけど、コイツは木偶じゃない。

「あれれれれー?ねー、仙人様何かマズいことしちゃったかなー?」

知ってて言ってる。わかってて言ってる。その慟哭が愉快すぎてたまらない。
大胆にして奔放。傲慢にして不遜。傍らに人無きが若し。けらけらからから乾いた嗤い声。

「でも、ものすごく楽しーから奥なんてどーでもいーや。
  さー、もっと仙人様を愉しませてよ?なー、まだまだイケるだろ?
   そーじゃないとこの門も、厄介な結界も、全部まとめて壊しちゃうよ?」

だからさ。この先のことなんて後で考えよう。この先に何が待っているかなんて。
私の策が通じない反吐が出る館の主も。ソイツが閉じこめた破壊の衝動も。

     ─────楽しみは先まで取っとくモノだよね?

だからさ。私、今はとことんこの門番を徹底的に叩きのめそーと思います!
無造作に光の剣を棄てる。虹の気、受けすぎたかな?もう使い物にならなくなってるんだから。
さすがに無傷でまかり通れるほど甘くはない、よね。むしろそれが心地良い。

        ───死地にこそ我が生の極みあり!───

無造作に拳を握りしめる。怪鳥の叫びが天を衝く。もはや、二人に武器など無用。

「どーだ?仙人様の攻撃は。そろそろ骨身に染みてきた頃かなー?」

我が妖かしの気で経絡は断ったから命脈までもう少しで届く。これが私のやり方。
這い寄るように静かにそれでいて確実に。───貴様の全て喰らい尽くして御覧に入れる!

「しっかし久々だね!功夫で競えるのはさ!
    背水を謳ったならせめて失望させて呉れるなよ?」

流れるように高らかと脚を上げる。超接近戦を挑むなら、その心意気や良し!
その上げた脚で大地を揺らし、怯んだ瞬間に寸勁を叩き込んでやる!

918 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:02:54
>>917

やけくそ気味に間合いに飛び込み、
先ほど蹴りだした砂礫に追いつこうかというその時、
失望させるなよと叫ぶ声。
そして地面から衝撃波が立ち上る。

震脚!

気と体重を叩きつけられた地面が砕け、周囲に衝撃波を撒き散らす。
目前だった砂礫の散弾が衝撃波に煽られ勢いを失い、一瞬宙に静止した。

「うわっ!?」

そこに飛び込んでしまったから堪らない。
砂礫の散弾を浴びるのは逆にこっちだ。
そこへ静かに妖怪仙人の手が伸びる。

ずどん

爆発音にも等しい衝撃音が周囲に鳴り響いた。
寸勁。近接状態から気を叩き込む技術。
叩き込まれた気は防御を無視して体に浸透し、
対象を内部から破壊せしめるのである。

美鈴の服の破片が飛び、血の飛まつが地面に跡をつける。

硬気孔では軽減程度の効果しか望めないがゆえに、
直撃を受ければたとえ頑丈さが売りの紅美鈴でもただではすまなかったろう。
そう、直撃すれば、だ。

完璧なモーションの寸勁だった。
それこそ、拳法のお手本にして見せたいほどの鋭い一撃。
だが、だからこそ、かろうじてさばくのが間に合った。
はるか昔、人の武術者の元で修行していた頃に
数限りなく繰り返した体捌き、組み手。
その体に無数の傷と血反吐を吐いた記憶と共に刻み込まれた功夫が、
紅美鈴に回避を許可したのである。
だが、完全ではない。
わき腹を掠める形で勁は炸裂した。
服は破け、血しぶきが飛ぶ。
そしてなにより陰の気がじわりと内側を冒す。
餓えるような、求めるような空虚さが身体に侵入するのを感じる。

「これはまたがっつきのひどい陰気。
 さすがは悪食で大喰らいを公言して憚らないだけのことはある」

冷や汗が額に浮かぶ。
歓喜が口元を微笑ませる。
互角以上の拳法家と打ち合える機会など何十年ぶりか。

「いいですねぇ。
 じゃ、文字通り出血大サービス!
 たっぷりご馳走しちゃいましょうかぁ!」

考えなくても動いてくれる体に感謝しつつ
紅美鈴は幸せをかみ締めながら、逆に妖怪仙人の腕を発射台として
ロケットが如き拳を妖怪仙人の顔面目掛けて奔らせた。
もし相手が捌けば返しと同時に脚払い。基本。

ちょっとだけ。
そう、ちょっとだけ楽しくて、教科書どおりの組み手のやりとりで
二人のダンスを演出してみたくなったのだ。


919 名前:夢想「紅魔館内一室の情景」(M) ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:05:19
>>918

「上手く行ったわ」

簡潔に述べて紅魔館の食客たる魔女はテーブルについた。
いつのまにかテーブルには魔女のための紅茶が置かれており、
魔女は突如虚空から湧き出したかのようなその紅茶に、
驚く事も無く静かに口をつける。

「物見高いという点で、私たちは驚くほどに良く似ているのよ」

丸テーブルの反対側に腰掛けていた人物は姉妹だからなと
薄い笑みを浮かべて宙空を眺めたまま、魔女の言葉に頷く。
彼女はレミリア・スカーレット。
彼女の眺める先には魔女の魔法で映し出された門前の光景が映っていた。

この紅い館の主にして吸血鬼たる彼女は妹、フランドールの
予期された暴走と結界の破損に対し、門前の光景を中継するように魔女に依頼したのである。
果たしてその目論見通り、今まさに暴れだし
結界を駆逐し進撃を開始しようとしていた妹はその進撃を中止した。
フランドールが門前で繰り広げられる仙人と妖怪の対決をぽかんと眺めている隙に
魔女が素早く結界を修復したのは言うまでも無い事だが、
レミリアとしては妹がさらに望むならこの場へ招待すれば良いと考えていた。
なんだかんだ言ってあの門番は妹のお気に入りだ。
特等席で観戦しようと言えば、最近の落ち着いてきた妹であれば
ひととき狂気を忘れる程度の効果はあるだろう。

……無論、その後で門番と遊ぶと言い出す可能性が高いのだが、
まぁ、あれだ。
メーリン、アナタナラデキルワ。
そんな風に考えていた。もしくは、考えていなかった。

まぁ、いずれにせよ悪いようにはならない。
そういう運命なのだから。

「しかし、このまま門番に任せてよろしいのですか?」

僭越ながらと前置きしてメイド長が口を開く。
美鈴への心配からか、それとも逆に信頼に欠けるからだろうか。
十六夜咲夜の問いかけに、薄笑いで応える。

愚問であった。
つきあいの短い彼女にはまだ分からなくても無理は無いが。
思わず向かいの魔女と視線を交わし、揃って同じ感想を抱いている事を確認する。
察して表情が曇る咲夜にどこか罪悪感を感じたのか、魔女が代わって答える。

「あれはそれほど強くは無いけれど、あなたが思っているよりは強いわよ。多分ね」

そう。
紅美鈴は強い。

強い理由はなにか。
力が強いから?動きが早いから?
ノーだ。弱くは無いし遅くも無いが、そんなものは問題ではない。
気を操るから?弱点が少ないから?タフだから?
ノーではないが、イエスでもない。
それらは美鈴の特徴ではあっても恐れるべき点ではない。
レミリア・スカーレットに言わせるならば答えは一つ。
紅美鈴に感じるべき脅威があるとすればそれは……

戦闘経験

これにつきる。
紅魔館において交戦回数という点で彼女は飛びぬけている。
こればかりはレミリアもパチュリーも彼女に及ばない。

数限りない状況で数限りない敵を相手にしてきた経験値。
その中には思いもしない特殊能力をもっている者もいただろう。
そこには勝利ばかりでなく敗北の経験も含まれている。
だが、そのすべての戦闘を彼女は経験し、そして生き残った。
その経験は彼女に恐るべき力を与えているのだ。
すなわち……

紅美鈴は追い詰められればどんな戦術をとってくるか分からないという事。

意外な展開。
意外な結末。
意外な逆転。
そういった意外性が美鈴の戦いには満ち溢れている。
率直に言ってそれを目にしたいのだ。
それがレミリア・スカーレットが紅美鈴の戦いを欠かさず見物しようと期する理由であった。

「まぁ、見ていれば分かるわ」

呟いて紅茶をあおる魔女に、すっかりファンだなと茶化すと、
ファン1号に言われるのは心外だと返された。

ああ、ファンだ。
確かにファン。
楽しいという意味でな。

そうして紅魔館の主は観戦に意識を戻したのであった。


920 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:09:42
>>918-919

                震脚、大地を揺るがし
                 寸勁、迅雷が如く

外側から傷つけるよりも内側からジワジワ削るのが好きだ。大好きだ。
だから、必然的に外功よりも内功に私の技は傾く。おそらくは気の質も。
それに、この濃密な霞こそが我が闘気、故に視界で捉えることなどまず不可能。

「そりゃーねー?いかがかな?そーゆー『気』は。
 出された料理は残さず喰らうが、仙人様のやり方でねー。いひひひー!」

まるで童のような無邪気なまでの悪意と殺意。纏うのは虚無にも似た邪気。
そうだ、私は強いのだ。相手が弱くなれば私は相対的に強いのだから。
それが、幾千もの屍を越えてきた者だけが持つ絶対的捕食者の愉悦。

       ─────仙人様の理とは何か。仙人様の利とは何か?

幾千年の時を経た絶対の知識と実践。幾千もの戦場を実際に見た記憶。
幾千年を閲した永遠の生が不可能を可能へと変換する。─────故に読めるのだ。
この流麗な教本通りのやり取りは全て見透かしていながら、それで受けてやる。

ここに来てまでヤツがこの仙人様に問うているのは。次にどう立ち回るか、だ。

「─────良ーよ、門番!ここまで血を流しながらその余裕!最高だねー?」

 顔面狙いの拳がそのままめり込む。
                 ──────ぐしゃりと骨の砕ける音。

   放たれた足払いが私を宙に放逐する。
                    ──────それはそのまま?ありのまま?

身体がひしゃげて空を舞う。絃の切れた操り人形のように関節はありえない方向に曲がっている。
だから、気づいてるよね?教本を度外視したこれが悪巫山戯だってことぐらいは。

くるっと回って着地して。後ろを向いた頭を元に戻しながら戯けて笑う。
いつの間にか右手にさっきの鉄扇があるのとかわかる?いつ取ったのでしょうか?

「おんなじよーにせんにんさまも
 
   これぐらいよゆーしゃくしゃくなわけ?
 
         だからけーこくしなきゃねー?」

こきこきかきかき骨の鳴る音。くるくるからから回る関節。左手で頭を回して元通り。

           「─────貴様、見ているなッ!」

空を見やって不敵に笑う。誰に言ったかって?それはもちろん紅の悪魔とやらに。

「まー、こんなに美味しー前菜残して主食に行けるほど仙人様も慎ましくなくてね?
 だから手出しなんかさせてやらない。私達の殺し合いは私達だけのモノだ。
 
 高みの見物ならせーぜー記憶に刻みつけると良ーよ?………ちょっと本気を出すからさ!」

気づいていないわけがないだろう、と高らかに宣戦布告する。
次は誰の番なのか、今は誰の番なのか?紅の悪魔よ、その双眸でとくと見ておけ。
その絶対の自信を届かない歯がゆさに変えてやる。運命なんて喰らい尽くしてあげるよ!

              仙気、妖しく怪しく満ちる

濃密な闘気の中で異質なまでの妖気、そしてその芯に秘めるは仙気。
それを少しだけ見えるように解き放つ。何かをする意思表明。意図された変幻自在。
確かに『虹』なんて羨ましいが、私はこのやり方でここまで来た。それだけだ。

               奎の宿を覆うは白き霞

故にこれからもこのやり方を貫くだけだ。例え卑怯と罵られても。
この先もそれが私の在り方なだけだ。あー、精々諦めてくれ?
鉄扇を口元で仰ぐ。妖しい笑いは隠しても無駄だと知っていても。

「─────時に門番さー?」

あどけなく、さり気なく、何気なく問う。不穏な空気とは真反対の笑みを浮かべて。
仙人様がくるくる舞うのと同時、鉄扇は無情に翻る。発せられるは非情な攻撃号令。風が渦を巻く。

             「………武器ってイケる口?」

言葉と同時、次元の門が開く。鉄扇から生まれた暴風に乗って、

  剣が。            刀が。
          槌が。              棍が。

      槍が。            矛が。
              斧が。               釵が。

次々と雨のように降り注ぐ。それは、玩具箱をひっくり返したような凶行。
意外性というよりは異常性。そうだ、これこそが仙人様の本懐。

「─────使いたければ使ってくれて構わないよ?そのためのモノだから、これさ。

           ………ま、避けられたらの話なんだけど。」

               即ち、不吉の化身なり!

921 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:11:02
>>920

妖怪仙人は教科書どおりの攻撃に教科書どおりの対応をしてきた。
ただし、教科書で一番やっちゃいけないと教えられる対応で。
紅美鈴の気と速度の乗り切った拳が顔面を砕く、足払いで宙を舞い、
受身も取らずに地面でバウンドする。

「おいおい……」

門番は幾分呆けたような声が自分の口から飛び出すのを聞いた。

しかし、事も無げに立ち上がるとからからと笑って無駄をアピール。
肉体など凌駕した。打撃などダメージらしいダメージににならないぞ。
そう言っているかのように。

  ──でもそれを私に見せ付ける意味ってなんだろう。
    フェイク?それともヒント?降伏勧告だけはないよね?

そして宙を一喝。

  ──ああ、そういや観客がいましたっけね。
    そりゃ主の出歯亀癖についてはお詫びしたい気持ちは無いでもないが、
    今向けた注意ってそれ以上ですよね?
    何?私の次の事もう考えてるわけですか?
    しかも本気出すと来たもんだ。なんて悲しい話。

宣言と共に仙人の気質が変わる。
風が吹き荒れ、風から滲み出すかのように様々な武器が出現、
真空を生じる風をかまいたちなんて言うが、武器が風に乗って飛んできたら
なんていうか、まんますぎるだろう。

紅美鈴は最初に飛来した剣を叩き落とし、足で踏む。
しかし踏み敷いた剣が暴れる気配は無い。
先の飛刀とは違い、数で勝負という所か。
昔、暗器使いと戦ったときは面倒になって飛びくる武器を片っ端から回収して
縛って足元に置いて相手に呆れられたものだが、どうやらそこまでしなくても良さそうだ。

「やだなぁ、武器なんか使ったらもっと弱くなっちゃいますよ」

剣に続いて今度は一斉に無数の武器群が降り注ぐ。
周囲はほぼ鋼色、かすりでも抜けられないような満天の鉄刃弾幕。
鋼が9分に夜空が1分、鋼が9分に夜空が1分だ。

だが……

「使うのはこっちでして」

そして紅美鈴は静かにスペルカードを宣言した。

【彩符『極彩颱風』】

その身をずたずたに引き裂くかと思われたその瞬間、武器群は一瞬で吹き散らされた。
鋼の風を呼ぶその間に紅美鈴もまた気質を変えていたのだ。
新たな気質は瞬時暴風をまとい、鋼の風とぶつかり相殺して消滅する。

「ありゃ、これが本気ですか?
 もしそうなら……さっきの体術の方がよほどいいセン行ってましたよ?」

侮辱。
ひどい侮辱だ。ことに技と法と術を研鑽した仙人には。
お前の自信たっぷりの妖術なんかより、その道程で学んだ(であろう)武術の方が優れていたと。
そう言ったのである。

同時に門番はガーディアンのセオリーを外れ、進軍を開始。
颱風の名の通り虹色の荒れ狂う気の濁流が周囲の空間を引き裂いていく。
地面は削れ、砕けた岩が砂となって黄砂の如く空高く舞い上がる。
その暴風域は仙人に向かい飲み込まんと突き進む。

霞に打撃は当たらない。霞に光は散って消えるのみ。
では霞のまま颱風に呑まれてしまったらどうなるか。

この膨大な気、異常事態と仙人は気付くことだろう。
何故なら紅美鈴の経絡系は陰の気に阻害されているのだ。
どうやってもこんな莫大な気をひねり出すことなどできるはずはない。
普通ならそう考えるからだ。

しかし、この気は実のところ、紅美鈴が全てを今放出したものではない。
スペルカード。
切り札とも呼ばれるこのカードは所有者の霊力、魔力、妖力、気力の結晶。
トリガーを引く妖力が出せればそれで十分。
それだってそう少なくは無い力を出す必要があるのだが、
それでもこの技を完全に自力で発動するよりは格段に必要な気は少なくて済む。

他の連中がスペルカードに気を込めているのか、
ただの宣言札でしかないのかは(尋ねたことがないので)知らないが
少なくとも紅美鈴は門前で日々こつこつカードに気を蓄積していた。

本来スペルカードは殺し合い向きではない。
派手だし攻撃力もそれなりだが、当たっても人間も死なない程度の威力に抑えられてるからだ。
まぁ、人間だと当たりようが悪ければ死ぬが。
だが、相殺性能と攻撃範囲においては非常に強力であり、
紅美鈴のような近接格闘専門タイプにとっては時に有用であった。
今、このような状況では特に。

そう何枚も切れる札ではないが、それは切り札の名が示すとおり、仕方ない。
その一枚を今、切った。
なんて言うかその、コトの最中に他の女を想われてちょいとムカついたわけで。

「さて……それじゃお腹一杯になってもらいましょうかぁ!」

スペルカードに颱風の制御を任せ、紅美鈴は先ほどまでの虹色と異なり、
今度は真っ黒な暗闇の闘気を拳に込めて翔ける。
颱風をその身にまとったまま、妖怪仙人にまっすぐ殴りかかった。


922 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:13:56
>>921

吹き荒れるは鋼の嵐。
              その中で、虹を見た。

何処に隠していたかは知らないが、符を掲げて宣言するという余裕を見せながら。

「やっぱりだ!まだ隠してた!」

漏れた歓声と歓喜の表情。これで終わるにゃさすがに早い!笑いが溢れて止まらない!

吹き荒れるは虹の嵐。
          その中で、何を見た?

何処に隠していたかは解らないが、ヤツはまだ気を隠していたという覆せない事実。

仕方がないから認めざるを得ない。コイツは強い。

そもそも、強いとは何か。

            絶対の武力か? ────── 否。
            謀った策の数か? ───── 否。
            倒した敵の屍の数か? ─── 否。

確かにどれも正解にはかなり近いけど、それだけでは突然死ぬ。
どんな英雄だって、その運命から逃れ得ない。それが揺るがぬ現実。

翻して、コイツはどうだ?

諦めが悪い。意地も悪いし、なにより往生際が悪すぎる!
そうだ、戦場では最後に立っていたモノを勝者とするのだ。だから、それで正解。
案外最後に生きのこって勝者になるのはこういうヤツなのだ。

さらに言えば、門を護るという一点に於いてならば“絶対的”にコイツは強い。

おそらく。コイツを突破する方法は簡単だ。負けを認めさせてさっさと次に進むこと。
だが、コイツを堪能しきってさらに完膚無きまで叩きのめして、突破するとなると。

話は大きく変わる。

敵と認識されればなおさらだ。
                            敵だと宣言すればなおさらだ。

              倒すと宣言したらなおさらだ。

              コイツは真なる敵を通さない。
              コイツはついでに倒れない!

故にこの門は難攻不落。門番はこの上なく門番の役割を果たしている。
賢しい悪魔が!頭の中で舌を打つ。故に面白い。この配置の妙、最悪なまでに面白すぎる!

「─────この私を愚弄してくれるのか?妖怪風情が!
 妖よりも仙よりも武が勝る、だと?滑稽な侮辱も大概にしてもらおーか!」

嗚呼、ならば踊ってやる。その運命やらと言う小奇麗すぎる舞踏曲の上で。
叩いてやる。砕いてやる。壊してやる。潰してやる。喰らい尽くしてくれる!

そんな偽りの泰平を享受してこの妖怪仙人に教授するなら、覆い隠してくれるまで!

  ありありと見せつける濃密な妖気。
         まざまざと見せつける濃厚な仙気。
                怒髪天を衝く強烈すぎる怒り。

「まー、アレが本気だなんて思わないで欲しーなー?
 貴様がアレだけの隠しごとしてたんだから、さー。

 魅せてみろ、月夜の狂気を。ぼやけた霞に浮かんだ怪物を。
 
 そーじゃなきゃ、おなかいっぱいになんてぜっーたい、なれないよ?」

せめて愛らしく笑ってみせる。その隔たりは精神をぐらつかせてくれるから。
術を練る。例えそれが武の方がマシだと愚弄されても。私は妖で仙だから。
同時に虹の中に身を投げる。確かに鋼の嵐は吹き飛んで消し飛んだけど。

             ─────いまだ消えずは我が霞!
            

嗚呼、まだその嵐が私を吹き飛ばすに至っていないなら、
        
            私の勝機は揺るがない、揺るがせない!

真似事の黒い闘気を鉄扇でいなす。鉄扇が砕けたけど、まー、そんなモノは計算の範囲内。
真似事に即席の策の符を二枚投げつけて、高らかと宣言する。

「 そんな暗くて昏い闘気は貴様にゃ似合ってないよ?
   それで来るなら永遠に仙人様にはその拳が届くことはないって約束してやる。
  
        ──────良い線イッてるんだろ、仙人様の武は?       」

子供のような無邪気な殺意。霞が閃光と火花を伴ってバチバチと弾ける!

倍掛けの雷嵐!さらに旋回から放たれる影を絶めぬ神速の裏拳。
張り付いたような笑みを顔に浮かべて冷たく問うてみる。

          「 ─────こんなものが貴様の最虹? 」

923 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:14:43
>>922

虹色の颶風が吹き荒れる。
触れるものすべてをエネルギーが削り取る、地上でもっとも危険な風の暴風域が妖怪仙人のテリトリーに上陸する。
逆巻く風を鎧として飛び込んだ紅美鈴の両の拳を妖怪仙人が鉄扇で阻んだ。
しかし、虹色の気を竜巻に例えるならば、この漆黒の気は言わば餓鬼魂。
触れるものを求め、食らい、砕き、滅ぼしてなお飢えに暴れる陰の気の結晶。

「怒ったなら激昂して隙とか作ってくれると楽なんですが、ねっ、と」

猿真似かと問われればYESと答えざるを得まい。
しかし目の前の妖怪仙人の真似ではない。かつて手合わせした魔界の住人の真似。
たしか、そいつはこれを暗黒闘気とか呼んでいたかと思う。
だが、名前などどうでもいい。
確かな事はこの陰気は先の妖怪仙人の繰り出していたものと同質のものであり、
その炸裂は防御など問題にしないという事に尽きる。

果たして黒い気は暴食の限りを尽くし、
一旦は耐えた鉄扇にひびを入れ、次いで破砕せしめた。
鉄扇の内側の所有者に余波を及ぼさせなかったのは自慢の武器たる最後の矜持であろうか。

衝撃を助けにわずかな距離と時間を稼いだ妖怪仙人は続いて
いまだ勢い留まらぬ闇拳に対し符を投げつける。
似合わぬ芸では届かぬと嘲笑いながら。
しかしながら、目に先ほどまでになかった明確な怒りを秘めて。

符の効果が不明な以上、危険である。
しかし神速を期しての攻撃、もはや止めようもない。
我慢しよう。そう覚悟を決める。だが……


閃光。
衝撃。
次いで轟音。

「がっ!?」

構わずそのまま右の闇拳を妖怪仙人の顔面に伸ばした紅美鈴の姿が
一瞬の光の中にくっきりと浮かび上がる。

符が放つはイカヅチ。
二枚の符から顕現した天の稲妻は霞にのって周囲を蹂躙する。
虹色の風の影響も受けず、紅美鈴の全身に降り注ぐ。
ここまでは紅美鈴も我慢の範囲。
全身のダメージは笑えたシロモノではないが、体を伝う余波は両拳の暗黒闘気が食いちぎるだろう。

しかし

雷は紅美鈴に向かったものだけではなかった。
先の極彩颱風が地面を削り、空中に巻き上げた砂塵。
これに命中した雷が拡散して再び大地を目指して降り注いだのである。

雷にして雨。
サンダーストームとはよく言ったもの。




 【天候気質:黄砂  効果:攻撃が必ずカウンターヒットになる】




 【『極彩颱風』スペルブレイク!】




ダメージにスペルカードの発動を維持し続けられなくなり、
虹色の颱風が吹き消すように消失する。
乱れた呼吸と集中のせいで両の拳の暗黒闘気も乱れて拡散消失。

その黒い気の塊が消えた中から現れた紅美鈴の右手は
ちょうどジャンケンのチョキのような形に握りこまれていた。
その指先、妖怪仙人の瞳まであと数ミリ、届けば眼窩を容赦なくかき回すことだろう。
しかし、その数ミリが届かない。

妖怪仙人の裏拳を受け、紅美鈴は弾き飛ばされた。
それでもヒットの瞬間、裏拳にきた腕に回転をのせた蹴りを放っておく。
だが、回転でも衝撃は殺し切れず、数度地面に衝突、バウンドさせられる。

慣性を助けに立ち上がり構えをとりなおすが、ぐらりと体が揺れる。
中枢が痺れるような感覚。

  ──電撃で神経系に影響がでたか。

「ぐぅナイスパンチ。
 いやぁ、惜しい!あとちょっとだったんですが」

軽口を叩きながら妙に冷めた思考で身体状況を確認する。
腕動く。足動く。指動く……指先はちょっと痺れている。

「虹色はめくらましです。綺麗でしょう?
 けっこー評判いいんですよ、私の弾幕ってば」

ぺらぺら喋って回復の時間を稼ぐ。数秒も要らない。
ちょいと痺れただけだ。
体のあちこちが焦げてぷすぷす言ってるような気もするが「キニシナイ」

自己診断の続き。気の練りがぬるい。
いよいよもって経絡系が不調のようだ。
ふと頬をつたう血に気付き、ぺろりと舌先で舐め取った。

「さらに黒いのも目くらまし。いけそうかなぁと思ったんですが、
 ちょっと恋人へのアプローチとしちゃ強引にすぎましたかねぇ」

つまり……
虹と暗闇に注意を引いといて目玉かき出してやるつもりだった。
そう、紅美鈴はニコニコ笑いながら平然と言い切ったのである。

「それじゃラブレターからじっくり攻めましょうか。
 まだまだ、お楽しみはこれからですよ」

言って、今度は虹色な光弾を数個、妖怪仙人のほうへ放った。
同時にぐっと足に力を溜めて進撃路を計る。
弾幕を追って妖怪仙人へ接近を図る。


924 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:17:01
>>923

弾けた雷が吹き荒れ、荒ぶる嵐は薙ぎ払い、握った拳で打ち砕く。
神速無比の連続攻撃。弾けたのは雷嵐だけで止まらず、虹の竜巻すらまとめて吹き飛ばした。

弾けた風に混じった砂をちろりとなめてみる。少しだけ懐かしい匂いと味がした。

「こっちも仙人やって長いんだよ?激昂して隙なんか作ってられる?」

屈託無く笑ってやる。この懸隔甚だしさこそが私だ。この姿見こそが私だ。
                                                            ────そして。この霞こそ私だ。

「それに門番さー、本気の私をお腹一杯にして呉れるんだろー?
  そんな手抜き赦したらもったいないし、非礼にもほどがあるだろ、お互いな?」

そういって笑いながら門番の周りをくるくる回る。せっかく喋ってくれてるんだし。
ただし。今度は幻術ではなく私が直接回る。その数寸が届かないのはこういうことだとあざ笑うように。

縮地の極意の前ではその数寸ですら果てしなく遠いのだ、と。

「呵々!ほっんとーにしぶとすぎるねー?感心歓心、関心甘心?」

そういって相手の企みに乗ってやる。ここで少しでも回復させればもう少しだけ楽しめそうだから。

「ねー、そんなに仙人様の目玉が欲しかった?何かの薬の材料になったっけー?
 
 ………まさか、折れた骨が戻せたこの妖仙様が目如き戻せないとか愚弄してたなら話別だけど?」

まー、双の眸を封じられたところで千里眼とか心眼あるから別に良いんだけど!
それぐらい知っていて愚弄してくれるよな?って屈託無くケラケラ笑って残酷に布告する。

   「ふん!一丁前に恋だの愛だの語ってくれるか!笑い通り過ぎて一気に寒心したんだけど?」

だから、貴様は私の企みすら気づかない。私の企んでいたことにすら気づけない!
戦いとは刹那の思索の交錯。私だってくるくる回るだけが能じゃない。踊るなら別の機会だろ?

虹色の光弾に合わせて放つは再び即席の結界符!

如何に陣を布くかはすでに把握済み!光弾とは別の方向に飛ばした符で陣を調える。

つまり、仙の武とはなにか。
                 仙あってこその武であり。
                                 武あってこその仙である。

表裏一体。お互いがお互いを引き立てる材料。片方だけでは成立し得ないのだ。

      ──────それを武の方が良い線いってる、だって?

大概にしろ、そこを履き違えた姑娘にゃ、少しお仕置きしてやらねばなるまいか。

そうして門番はじりじりと距離を詰める。

                          じわじわと距離を詰める。

弾幕の裏手に回って、ゆっくりと距離を詰める。

                              じっくりと距離を詰める。

                    そこをガツン!


流れるように構えた反撃体勢、標的を捉えた迎撃態勢。

狙うは一つ!禁じ手の王道、敵の股間に蹴りを一つ!無くても痛いモノは痛いよね?

925 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:18:06
>>924

間合いを詰めながらも目まぐるしく思考は踊る。
普段はのほほんとした印象をもたれがちな紅美鈴がもっとも頭を使うのは戦闘のときである、と断言してもそう大きな間違いはないだろう。
と言っても緻密なシミュレートや作戦や計略を考えるわけではなく、それは勘働きに近い思考。
過去の膨大な経験からの……ぶっちゃけて言えば痛い目にあって身にしみた思い出の数々からの状況分析と反射行動。
だから思考を言葉にすることは難しい。

よってこれは翻訳とでも言うものだ。

妖怪仙人に先ほどの打撃交錯時のダメージの蓄積は感じられない。
あれだけ派手に全身ばきばきになったにも関わらず。
そして先の裏拳を貰った際にただでは転ばぬとばかりに
伸びた妖怪仙人の腕を破壊せんと放った、受けた衝撃を回転にのせたカウンターの蹴りも効果があったようには見えない。

そう、妖怪仙人は純粋打撃を防御しようとしていない。
なぜか。

物理損傷が致命に至らないから、か?

目潰し目前であった事実に眉一つ動かさぬ事も見るにその可能性は低くはなさそうに感じられる。
何度破壊されても問題ないのか。
アリスの人形のように今目に見えるこの体は本体ではなく、
ただ少しばかり力を送って修復すればそれで済むとでも言うのだろうか?
周囲を漂い霞の方が本体で……などというのもありそうな話ではある。

では返し見るに精力的に防御・迎撃行動に出たのはどんな時か。
一つ、虹色の竜巻を放った時、一つ、極彩颱風が発動したとき、
そして、暗黒闘気の拳が迫ったときだ。
気やエネルギーの攻撃は回避・防御しようとしている。
つまり大小は別としてダメージそのものは受ける可能性が高い。

ならば経絡系になんとかもう一度くらい無理をさせて
気孔系の大技で一発勝負を狙うべきだろうか。

しかし、そう思わせるためのミスディレクションかもしれない。
明確な根拠はない。なんとなくだ。
ただ、あの妖怪仙人の性格を考えるとそのくらいの面倒はこそこそやりかねないな。
と、そう思っただけだ。
だが、それは大事な事のような気がした。

『何かの薬の材料になったっけー?』

目ぐらい何するものぞとケタケタ笑う仙人を見て、美鈴の心が決まる。
決めたなら後はどうやるか、考えの質はそちらに移って行く。

「目玉を手に入れてどうするかって?」

ふと尋ねられてきょとん。
まぁ、大方目などなくても平気だよと言いたいのだろうが……
そんな本意とどうでもいいところでその質問は紅美鈴の興味を引いた。
そして、興味をひかれた華人小娘は間合いのとりあいのさなかにも関わらず、ひとつ小首を傾げると……

「そりゃ、決まってるじゃないですか」

愚問ダロ?
普段の彼女の表情からは考えられないほどに邪悪な笑みを浮かべ、同時に小さく舌なめずりをひとつ。
まるで人間の武術家と闘っているかのような気分になっているこの妖怪仙人に目を覚ましてもらわねば。

門を突破しそこねたらどうなるのか。
賭けてもいいが……この邪仙は考えた事すらないだろう。
自らの力への絶対的な自信ゆえに。
自らの存在の絶対性を冒す手段をこの門番が持っているとは思っていないだろうから。

光弾が飛び交い、かわし、かわされ。

……はて?
なにか投げたように見えたが今のは……符だろうか?
不審には思いつつもどうせ法術には詳しくない身、
符の内容から術を事前に察知するなど不可能とさっさと思考対象から外してしまう。
即応する。できなくても我慢する。
脊椎反応と自分の耐久度に「後宜しく」と対応を押し付け、目の前の状況に集中した。

「博学な仙人様はご存知ないかしら?
 愛を笑う者は愛に泣くってのが漫画の定番パターンなんですよ。  っと!」

そして、弾幕の応酬も慣れてきていよいよ間合いを詰めたその瞬間、
ここで再び妖怪仙人は格闘をしかけてきた。

だが、即座に狙いが股間であると看破。
戦闘のえげつなさではひまわり妖怪にもそれなりに認めてもらっているレベルの美鈴だ。
この程度、読めなければ沽券にかかわる。
……あんまり誇れる話でもないような気がするが。

ともあれ、負けず嫌いのこの子らしい。
目には目を、急所攻撃には急所攻撃をというところか。
右足を上げて蹴りにあわせていなす。
が、経絡不順のため気は攻撃に回しており、硬気孔は最小限。
受けた脚の表面が削れるように裂かれ、血が霧になって舞う。

気にしない。

左足で地面をグリップ。
構わず受けに使うため上げた右脚をそのまま踏み下ろすように
妖怪仙人の軸足の膝めがけて叩き落す。
ヤクザキックの要領である。

さらに追い討ちにと集めたわずかな気を尖らせた右の貫手で心臓を狙う。

蹴りが膝に当たってバランスを崩せば避けるのは至難。
しかし、避ければ、振り下ろした右足が震脚を踏み、貫手の速度と威力が上がるというシロモノ。

心臓を貫き、そこで気を爆発させればウチのお嬢様だって一瞬では再生できない。
逆に言えばこれで平気なら物理攻撃そのものが効いてないと見ていい。
運良く動きが止まったらストンピングしまくってやろうか。
そんなイメージの事を考えていた。

先に行ったとおり言葉にできるような思考ではないが、
一応翻訳として。


926 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:20:10
>>925

妖怪仙人の本質が霞であるならば。

                                      ─────そもそも霞とは何か?

その本質はつまり水。そも液体には形がない。況んや、その『気』たる霞ならなおさら。
変幻自在を旨として、縦横無尽を常とする。それがこの私が選んだ道だ。

だが。だからこそ。この私の本質を捉えられてしまったなら。危ないのはこちらなのだ。

雲と散り霧と消えるのも、また霞の一つの側面なのだから。

有為転変などと言えば聞こえは良いかも知れないが、それはいつだって不安定の同義。

ゆらゆらと それはまるで ?
     くらくらと まるで  のように。

ヤツの本質が虹であるならば。虹が霞に映った光の煌めきならば。
 捉えられないはずがないのだ。永遠に見える鬼ごっこだっていつか終わる。

「やっぱりお前は楽しーや!たとえこれが『  』だったとしても。
  良ーよ?門番。語りたいなら応えてあげるし、教えてあげる。
  
            ───── 愛ってゆーのはさー 。
  
     確かに世界を救えるかも知れないが。同時に滅ぼしうる力だってことを!」

そうだ。いつだって『力』なんてものは使いよう。だから、笑いやしない。
我々はそれのやり取りをしてるのだから、なおさらだ。だから頂の極みにいる私にだってわかる。

終わらない夜がないように。          暮れない昼がないように。
止まない雨がないように。          降らない晴れがないように。

それが亀の歩みだとしても、いつかは辿り着いてしまう。辿り着けてしまう。

故に私はズルをした。恥だなんて、千年ぐらい前に棄ててきた。
     
     ─────そんなモノ持ち合わせてたら、とっくの昔、潔すぎて死んでるよ?

本来なら仙人様の身体を捉えていたはずの邪な軌道の蹴り。
                  
                               ─────そんな邪、私の足元にすら及ばない!

浮かべた歪んだ笑み。体勢を沈ませて避ける。
                       まるで空間は歪んでしまったように。

貫くその必殺の手は届かない!体勢を後ろに優雅に回って避ける。

                      まるで空間が曲がってしまったように。

だが、これは。今、此処に至っては。比喩ではなく現実なのだ。
錯覚と錯覚し真実を見抜けない。達人が陥りやすい思考の迷宮に門番一名様ご案内?

そして、陣は成る。空間は閉じる。それと同時に館を包んでいた霞が晴れる。
全ての霞を此の陣に集めた。濃密な私が此処に居る。捉えられないうちに行かなくちゃ。

       もったいないけどまるごと。もったいないからまるごと。

万謝を込めて。壊してあげるよ。
                           潰してあげるよ。夙志のままに。

ゆらめく空間。すでに此処は私の策の中、陣の中。濃密な『水』が私なら。
少しだけ『異物』を溶かし込んでやる。それだけで、その有り様はがらりと変わる。

─────混ぜたのは『毒』かって?笑わせてくれるな。そんなありふれすぎた下策じゃ。

そんなのじゃ壊せない。そんなのじゃ楽しめない。そんなのじゃ私が私を許せない。
やるなら、その誇りごと、その存在ごと。全てまとめて門ごと吹き飛ばしてくれる!

溶かし込んだのは『火』。 ─────水と火だから相容れないなんて大きな間違いだ。

『火』と『水』は交わって『酒』と成って昇華する。
    これが一夜の戯れだというのならこれほど似合うのも無かろう?

ぐらりと歪んだ世界で、くらりと酔い痴れろ。
  酔狂な宴に幕を引くならこれぐらいが派手で良い!

例えそれが龍を竹で捕らえるような愚行だとしても。もはや貴様が籠の中。
濃密に萃めたからさっきの鋼の風は『金』となって漂っている。

お前は多少『気』を使いこなしているから、これが如何なる様かわかるだろう?
即席の火工術。だが、下手にこの空間で気なんて使えば、この陣は大きな花火玉と化す。

燃えるような恋なんて、よくは言ったものだけど。爆発したら愛に変わってくれるかな?

     「─────楽しすぎたけど、これで詰んだかな?ド派手に壊してあげるよ!」

高らかと勝利宣言。そもそも揺るがなかったからいつだって良いんだけどさ。
 明らかすぎる挑発。そもそもこれで勝てる相手だっけ?さて、私に先を見せてみろ。

                「─────酔って生きて夢に死ね?」

例えこれがうたかたの幻だとしても。せめて華々しく。そうじゃなきゃ忘れちゃうだろ?

927 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:22:19

>>926

爆音。
地面に突き刺さる蹴り足。

外れた!?
しかし紅美鈴には相手が避けたようには感じられなかった。
そう、まるでせっぱつまった十六夜咲夜の回避の仕方にも似た不自然な位置変更。

時間停止?
在り得ない。

空間操作?
そっちか!?

しかし、避けられる事までは織り込み済みの攻撃、
構わずそのまま貫手が仙人の胴を貫いた……はずがこれも空を切る。

紅美鈴は空間操作もありえないと即断定。
震脚で倍加された今の一撃は操作の暇すら与えぬまさに神速の一撃。
避けられるはずがない。

なら、外したのは避けられたからではなく、自分が外したせいという結論が瞬時に出る。

だが何故!?
自分の体はそこまでボロボロか?

否!
身体表面は焦げと火傷だらけ、脚の皮膚はえぐれ、腕の神経は焼け、経絡は先刻からずっと異常を訴えている。
しかし、出血による体力低下はさほどでもなく、脳や脊椎、身体中枢にも深刻なダメージはない。

紅美鈴の脳裏に浮かぶは形無き霞の如き疑問。疑問。疑問。
しかしそれとは関係なく目前の危険に対し、長年の戦闘の勘が「間合いを離せ」と警報を出す。
脳が考えるより前に体が回避行動を始めた。
だが、即座に脚を止める。

周囲に集結する霧。
四方を囲む仙符、閉じる世界。
そして仙人の言葉。ヤツはなんと言った?
『世界』を滅ぼす力を見よと。湧き上がる恐怖。

「陣かっ!?」

仙人の敷いた陣、その恐ろしさは噂に伝え聞く。
陣、それは最早世界の中に生じたもう一つの世界に等しい。
そのルールは仙人が決める。
その仙人のもっとも得意とする陣の前では、数千の人が風と共に命を吹き消されたり、
紅い水となって流れ溶け消えたり、ひどいのになると魂魄を消滅せしめたりするとか。
防御力など関係ない、耐久力など無意味だ。
紅美鈴を屠るにこれ以上適した罠があろうか?

抜けるか、破るかしか対応方法は無い。
しかし抜け方など仙術の勉強すらしたことがない紅美鈴に分かろうはずもない。
頼りの戦闘経験もさすがに仙人との交戦回数に乏しく、有効な対応を提示できないようだ。

そうして周囲の気をはかるに唐突に疑問の解答がひらめく。
水気と火気から合成されたこの濃密な気は毒気?
いや、違う。酒気とも言うべき気質。
先ほどの妙な感覚はこの酒気がもたらす五感の欺瞞によるものか!

仙人はこの陣内にいるのだろうが、五感が正しく機能しない以上、
第六感と気配だけで正確に打ち抜けというのは無理がある。
最悪、この酒気は空間そのものすらも酔わせているかもしれないのだ。

ならどうする?
どうすればいい?

紅美鈴はさすがに命の危険を感じてスペルカードを取り出した。
しかし、宣言をする事ができない。
額に浮かぶ脂汗。

わかってしまったのだ。
『気を使う程度の能力』を堂々と宣言する程度には彼女はプロフェッショナルである。
この気質の、この酒の霞の特性が彼女には理解できてしまった。
だからスペルカードを発動できない。

この世界で異質の気を放出すれば酒の霞は一斉に発火し、陣内は地獄の炎の竈と化す。

そして、彼女のスペルカードにその条件を満たさないものがない。

なら、酒気を転じて自分の気として使うか?
不可能ではないだろう。
しかし、五感欺瞞が解けるわけではないし、あまりに霞が濃密過ぎる。
瞬時にはとても使い切れない。

では発火させてしまったらどうなるか?
霞は焼き尽くされ、仙人は斃れるかもしれない。
しかし、紅美鈴もまた焼き尽くされ灰も残るまい。
まさに相打ち覚悟の背水の陣、口癖のように宣言する紅美鈴だが
まさか敵にやられるとは思いもしなかった。

この際、相打ちでも構わないだろうか?
どうせなら役目だけでも果たして主に格好をつけるべきだろうか?
だが、紅美鈴は黙って頭をふった。
もし、これを発火してしまえば、紅魔館そのものにも甚大な被害が及ぶ。
それで格好がつくわけがないじゃないか。

この技、尋常なものではあるまい。
かの仙人とて、こんな技を放ってしまっては、勝利しても平然とはいかぬはず。
ここまで消耗を強いただけでも主がこの不埒な侵入者を懲らしめるに十分ではあろう。
なら、それでも一応面目は立つだろう。
濃すぎる霧の中で浮かぶ虹は限りない乱反射の末に散って消えるのみなのか。

「あちゃあ、これはさすがに困ったなぁぇ……」

酒気による五感の浸食がいよいよもって進み、
ふらつき、地に膝をついた紅美鈴はスペルカードを取り落とした。
まさにその時。




地に落ちたスペルカードが漆黒に染まった。




928 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:23:03
>>927



  <システムカード「太歳『ナマズの大地震』」>



天空から地面にその身を叩きつける巨大な影。

衝撃と膨大な妖力に世界が一瞬も耐えずに砕け散る。
分かるのは外から陣が破られたこと。

地は揺れ、空間は振動し、合成し整えられた気質は突如出現した純粋かつ膨大なエネルギーにかき乱され、
元の水気と火気、そして金気に即座に分解される。

無論、陣の内部に居た紅美鈴も無事ではない。
落下してきたエネルギーと衝撃に体をしたたかに打たれ、
無様に鞠のように地面をバウンドして吹き飛ばされた。
そのまま最初に立っていた紅魔館の門柱に叩きつけられてようやく止まる。

「がはっ!?」

口から洒落にならない量の血液が飛び出し、門柱の足元を紅く染める。
さすがに立っていられず、ずるずると血溜まりに倒れ伏す。
この事態、妖怪仙人の方もただでは済むまいが、
吹き飛ばされ倒れた紅美鈴にそれを確認する余裕など無い。
そも、それどころではない。

落ちてきたのは巨大なナマズ。
いや、巨大すぎるナマズだ。
その体はエネルギーで構成された仮の肉体らしく、
既に端から徐々に消え始めていた。

紅美鈴に背を向ける形であったがために彼女には見えなかったが、
そのナマズは消える間際に妖怪仙人「奎白霞」を見て、
一瞬、だが、確かに「嘲るような笑み」を向けた。
そして姿を消す大ナマズ。

ずるり。
門柱に背を預けながら紅美鈴がよろよろと立ち上がる。

「しょ、勝負を焦りすぎましたね……
 あのまま酒気で削り殺した方が……げほ、確実だった」

紅美鈴は今の攻撃が仙人によるものだと勘違いしていた。
まさか自分が地に落としたスペルカードを何者かが勝手に書き換えて発動したなどと考えもしない。

それはそうだろう。
そんな夢のような事が起こるはずが無いではないか。

「しかし、今のでこっちも覚悟が決まった。
 ……太歳星君の手先と分かった以上、この命をもってして阻む!
 幻想郷を愛する妖怪の一人として、絶対にだ!」

あばらも折れ、内臓も傷だらけなのだろう。
ボロボロの体を門柱に預けてなんとか立っているだけの状態だが、
それでも紅美鈴はまっすぐに仙人を睨んで宣言したのだった。


929 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:25:16
>>927-928

斯くして杯は満たされた。包み込む酒気が門番の身体を蝕み、心を削る。

正直なところ、随分とあっけなかった。

確かに私は聞仲や楊戩のように固有の陣や固有の宝貝を持っているわけではない。
だが、固有の決め手を持たないと言うことは、固有の決め手に固執する必要がないと言うことである。

勝ち手は選ぶものだ。相性なんてあるなら当然選ぶ、それが必勝の策なら、なおさらのこと。
固有の決め手に固執して拾える勝ちを取りこぼす方が私にとっては辛いのだ。

それは絶対的な経験不足。私のような存在と対峙するという点において。
それでは仙を退治するなど到底不可能。ここが辿り着けない頂と知るが良い。

手に入れちゃったらあっけなかったね、恋なんて?
愛になんて変わると思っていた私の方が馬鹿馬鹿しくなるぐらいに。

だから酔っていく門番を見て、私はむしろ呆然としていた。

ほら。私になんて到底及ばない。格という物が圧倒的絶対的に違うんだよ、残念すぎるけど。

感謝ぐらいならしてあげる。虹なんてなかなかお目にかかれない見せ物は十分楽しめたから。
ここまで仙を見られた幸せをかみしめてその門を開け放て。もう十分過ぎるほど貴様は戦ったよ。

これならこの後もこの館は十分私を愉しませてくれるから。そーだよね?

物見遊山を決め込んでた連中に挨拶代わりに教えてあげる。私が『何』であるかを?

つまり。この後訪れる『モノ』がなんであるかを。この陣ですらその一部にすぎないのだ、と。

今、この杯は酒と『ソレ』で満ちている。さあ、記憶に刻みつけろ、この侵略者を。


これはいずれ来る、その日のための偉大なる序曲に過ぎない。

鏡がこちらを喰らった後か、その鏡が割れてしまった後かはわからないけれど。

ここにはいずれ来る。だったらせめて派手な方が良い。台無しにするぐらいでちょうど良すぎる。


符を出したか!覚悟は上等!そーだ!それで良い!じゃ、派手に壊そうか?
そーだよな?このまま私を呆然とさせたまま終わる貴様じゃない、期待ぐらいさせてくれよ?

けど。その期待が完璧に裏切られることを知るのは、そのすぐ後だった。

気を込めるべき符は地に落ちる。そして、忌むべき漆黒に染まった。………吐き気がする。
そして、ヤツは天空から降りてくる。ソレがさも当然であるかのように。………頭が割れるように痛い。

確かに解答としては満点だ。今此処に満ちたるは、火でも水でも金でもない、土!
火は砂塵に消され、金は埋もれ、水は濁る。空より落ちるは大ナマズ。

知っているか?とナマズは問うて。知っていたか?とナマズは問うた。
知っていたさ、と無言で応えてやる。あれがなんであるか。それがなんであるか。

臓腑は煮えくり返り、苛立ちが頂点を越えて、怒りに変わる。そして、壊れた笑いとなって溢れ出す。


930 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:25:45
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははは!

931 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:27:15

神如きがこの私の快楽を邪魔だてするか!しかも、忌々しいことこの上なき、あの凶神だと?!
神の意志だと?!運命だと!笑いすら起きない。愚劣!最悪だ!最悪すぎるから壊すしかない!

否、もう一つだけ可能性は存在する。この館の主とは『何』を操り『何』を弄ぶのか?
無意識ですらそれを操ってしまったとでも言うのか?この館に潜む紅の悪魔は。

「………誰が勝ちを焦った、だと?なるほど、これは貴様の仕業じゃないってことか。
 と、すると。悪戯な主が遂にちょっかいを出してきたとでもゆーのか?」

運命を弄ばれて快い奴なんてただのイキすぎた被虐趣味だ。いろいろ、終わりすぎてるだろ?

「五行術を絡めて、私の策を破り、私の怒りに触れた手筈は賞賛とーりこして、
  塵と消したいぐらいだったんだが、貴様でも貴様の主でもないか、なら、よけーに腹が立つな!」

……………………で。おい。貴様。今。なんて?言った?

「─────こともあろうに、この私が神の手先だと?ほざくな!吠えるな!宣うな!」

激怒。憤怒。赫怒。震怒。激高。激憤。ありとあらゆる怒りの感情を持ってして叫ぶ。

私はね?人も妖怪も好きだが神は嫌いなんだ。御せない者を御そうとする馬鹿は好きだが。
御せると思いこんで御そうとする輩は大嫌いなのだ。しかも、こともあろうにあの凶神だ、と?

溢れ出た怒りで全てが逆流する。
 もはや、止まらない、止まれない。
  そうだ、停まらない、停まれない。

水は常に流れる、諸行はいつだって無常で、不変のモノなどありはしないのだ。

静寂。嵐が来る前はこうだ。静謐。嵐を起こすときはそうだ。─────私とは即ちなんであるか?

「勘違いが過ぎるぞ、門番?あんな凶神では絶対に至れない極致があると、教えてやるよ。

     ──────── 即ち、私こそが『 不吉 』そのものだと! 」

大きく息を吸い込んで全ての霞を体内に戻す。だから見えるだろう?夜空に浮かんだ星々が。
天高く掲げた指が示すは天の中央。帝国の象徴たる北斗の極星。それより少しだけ指を降ろす。

「見えるか?あの星の輝きが!あれこそが死の凶星!予言してやる、貴様の命運を!」

高らかと宣言する、その指の先には双子星、そして、その異名を死兆星。
そうだ、昔から最悪の不吉は命を奪うと相場が決まっているのだ。

全ての行動が万全だったとしても。億が一がある。
絶対なんて絶対が絶対に無いという反語的二重否定にしか使えないと言う証明。

いつだって『不吉』は心の隙間に静かに入り込む。
そうして数多の英雄を、王を、皇帝を、貴族を、盗賊を、名も無き民すら。

一瞬で物言わぬ屍に変えてきたのだから。

今からこれからその身を刻みつけてやるから、永劫に記録するがいい。
それを御して司った気でいる神ごときでは、永遠に至れぬ絶対の『不吉』を。

「もはや貴様に星は回らない!それを覆い隠すのが私だ!」

そのまま指は再び極星へ。そのまま振り下ろす。嗚呼、そうだ幕を下ろすのならば。

───── いっそ全てだ。天の蓋ごと壊してくれる!

  星が降ってくる。キラキラ輝いて綺麗だろ?
     空が落ちてくる。あれ、愛ってなんだっけ?わからなくなっちゃった。

それは随分と楽しいはずの何か。倒せるものならやってみろと笑ってやる。

「最後だから、教えてやるよ。私を倒せるんなら、あんな凶神は………指先一つで倒せるよ?」

そのまま赤い月に手をかける。これで終わりだ、何もかも、これで。
今ここに、この私が神を破り、神を殺し、神を越えた現象として君臨して呉れる!

                                 ───── そして、また誰かが殺される。

932 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:29:37
>>929-931

少し眉を寄せる。
……違うのか?

「おや、違いましたか。
 ナマズが見えたのでてっきり関係者かと思ったんですけど。
 ふむ……違うとするなら、何を怒っているのか分からないけど……
 妖怪仙人よ、ふたつ教えてあげるわ」

違うなら、それはそれで。
仙人の血も凍るような叫びを耳にしてもまったく気にせず
膝立ちの状態で美鈴は不敵に笑う。

「ひとつめ、私にとっちゃ仙も神も妖も人もどうでもいいんですよ。
 要はそいつと殴りあうのか、そうでないのか。それだけ」

ふらつき、地面に手をついてバランスをたもちながら、
美鈴はぺろりと唇の端の血の跡を舐める。
ずれていた帽子を静かに直すと、きっと視線をあげ、妖怪仙人をにらみつけた。

「ふたつめ、不吉な星がどうしたって?
 見えませんねぇ。
 私に見える星は希望の星ひとつのみ。
 そして、その希望の星ってのは回ってくるものじゃあないんですよ。
 それはね……掴み取るものだっ!」

帽子の飾りの星がきらりと輝いた。
その瞬間、美鈴を中心に「ずどん」と吹き上がる気の光柱。
先ほどまでの弱弱しい気はどうしたというのか、
今や主の不夜城レッドも霞むほどの膨大なエネルギーが彼女から立ち上っていた。

体内の経絡系を阻害していた負の瘴気が一瞬で押し流され飲み込まれる。
直後、ようやく回転をはじめた美鈴のエンジンが全開で気を増幅し、全身に送り始めた。

軟気孔の力でみるみる全身の傷が修復していく。

「ズルですいませんねぇ。地脈の気を毎日ちょっとずつ溜めてたんですよ。
 門柱の下に。いねむりしながら。
 溜めてたそれを一気に汲み上げました。全部」

虹色に輝く気流に全身を包んだまま、美鈴が一歩踏み出す。
二の腕とふくらはぎから血しぶきがあがる。

「できれば使いたくなかったんです。
 体が耐えられませんから。
 でもこうでもしないと勝負になりそうもないんで。
 ま、防御側の地の利ってやつです」


【ラストスペル:星気『星脈地転弾』】


美鈴の呼吸にあわせ、今までとケタの違う膨大な気が
その両手の間に凝縮・増幅・精錬されていく。
こめかみから、首筋から、背から、ももから、次々と血管と皮膚が耐え切れず血しぶきをあげていくが、
その血しぶきさえも紅の気として気弾に集まっていく。
傷つくたびに修復し、修復する端から崩壊する。
すでに美鈴は全身出血で真紅に染まっていた。
こころなしか帽子すらも歪み左右に広がって見える。

「最後と言ったね?
 たしかに最後だ。私はもうもたないから。
 ……だから答えておくわ」

両手の間の虹色の気の球を頭上にかかげると、一気に巨大な輝きへと姿を変える。
虹色はどんどん球の中で対流を早めていき、虹色は混ざり合ってやや紅の強い燭光と化す。
それはまるで……

……それはまるで、太陽のような。

天から降り注ぐ雨のような星の散弾が美鈴の全身を貫く。
だが、それでも揺らがない。
今、彼女が立っているのは気脈の力で支えているから。
既に全身の力などろくに残っては居ない。
だから、全身が貫かれても斃れる理由にはならない。
倒れるのは支える気の力を失ったその時なのだから。

「私が戦う相手はどんな相手でも全力だッ!
 指先一つなんかでなく、この全身でぶつかる!
 それが紅美鈴と覚えておけッ!!」

さらに降り注いだ極星のまとった気すらも彼女は操った。
全身を貫いた際に体をつたってそれらも頭上の太陽に練りこんでしまう。

そしてその太陽は妖怪仙人の方角。
つまり紅魔館を背にした正面包囲に向け、放たれた。
洪水の如き気の大奔流となって全てを流しつくしていく。

それらがもたらす結果を確認することも出来ずに、
全ての力を使い果たした紅美鈴はゆっくりと倒れこむ。
糸の切れた人形のように。

「……再見、白霞娘」

白き霞のような少女。
美鈴が最後に名も知らぬ仙人を表す為につぶやいた言葉は、
期せず、彼女の名を正確に指していた。

地面に倒れ伏し、今度こそ、完全に動かなくなる。

紅の館の門前に静かに風が吹き抜けた。

933 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:32:14
>>932

仙を極めた先の、一つの頂が神であるとするならば。
願わくば、私はその頂とは別の頂に行きたい。山は一つと誰が決めた?

なんて考えて、少しだけ意識が遠のく。本当に馬鹿だ。こういう輩は好きだけど。

いつだって、不吉はそこにある。けど、それで折れない馬鹿が居る。此処に居る。
そうじゃないと面白くない。そうでないと面白くない!それで良い。それが良い。

馬鹿は馬鹿で良いんだ。予想や予測なんて裏切られるぐらいがちょうど良い!

「きさま、ほんとーにばかだ!そんなものを隠していたとはな!
  ズルで結構!そーじゃなきゃ本気で楽しめなかったからさー!
   
    いつだってさ、最後に立っていた方が勝者。そーだろ?我々の掟なんて?」

馬鹿なぐらいの気。地脈に溜めていたか!最後の最後までこの私を馬鹿にして呉れるか!

その身体すら深紅に染めてまでこの門を護ろうとするのか。ヤツの攻撃はまさに全身全霊を体現したモノ。
湧き上がる気に龍を見た。そして、忌々しき太陽を見た。面白すぎる!やはり面白すぎた!

本当に舐めていた馬鹿は私の方。いまとなっては、この気の奔流、覆い隠せるかわからない。

        「─────だから、非常に残念なお知らせがある。」

あーあ。もーお終いか。気付けば寂しそうに溜め息をついてた。
それはものすごく残念なこと。でも仕方がないこと。これが『  』であったその時から。

─────覚めることなど、知っていてのモノだろう?

もはや、詮無い自問自答。ただ、こうでもしなければ此処に至れたかどうか。

                    「実はね?」

忌々しい大結界。越えるならそれ相応の覚悟が必要な。

               「私が此処にいること自体が」

その綻びを見つけるのに苦労した。私の力ではそこに潜むのが限界。

         「─────途方もないズルだとしたら、って話」

大本と対峙して事を興すことも出来るが、それこそ大事。それは当分先で良い。

  「敬意を失したな!紅の館の門番よ!次に闘る時は本気の力を持って貴様に当たる。」

高らかな宣言は別れの挨拶。崩れていく門番に私は最大限の敬意を払って礼をする。

           「これは確約だ、『努々』忘れて呉れるなよ?」

だから終わりはいつだってあっけない。あっけないぐらいでちょうどいいのだ。

934 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:33:12

終わりはいつだってあっけない。淡い夢を見ていた。

紅の館の門の前でそこの門番と闘う夢。夢に紛れこむ陣は砕かれた。
自信作だった当たりが笑えて笑えない。だが、これしかなかったのだ。

   終わりはいつだってあっけない。甘い夢を見ていた。

紅に染まった門番渾身の一撃に、この私が敗北を喫する夢。これは本当に予想外。
摘み食いのつもりが、逆に摘み食われた感じ。悔しいけれどそれはそれで。

      私の声も思いも、あの忌々しい大結界に阻まれてもはや届かない。

そうだ、終わりはいつだってあっけない。あっけないぐらいでちょうど良い。
希望を抱いては絶望する。その繰り返しが永遠だ。苦みすら楽しめなくてどうするか。

         だけど、あの館はもっと深い紅を秘めている。

あの門番ですら、こうだったのだ。残念だが楽しみは増してしまった。

たとえば、七曜の一端として紅を知る魔術師だとか。
たとえば、夜霧が写した幻影の殺人鬼が染まってしまう色だとか。
たとえば、その館の主とか。紅の悪魔などと、大層な冠は大言壮語ではないのだろう?
たとえば。その館に封じられた幼い紅の衝動。まるで全部壊してしまいそうな。

やっぱり、味わうなら全部だ!そうじゃなきゃ私は満足できなくてね?

絶望を抱いては希望を見る。その繰り返しで永遠だ。だから始まりはすぐ側にある。
そこまでして味わいたい秘密の果実があるとわかっただけで私の好奇心は躍るのだ。

─────そうして、私は夢から醒める。夢の続きを見るために。


935 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:34:48

「─────本気を出すぞ、楊戩」

なんて、言ったら。当の楊?は呆気にとられていやがった。

『珍しいこともあるモノだな?貴様が本気を出すなどと』

確かに。私自身も珍しいと思うんだけどね?それでも、この言に偽りはない。

「ふん、珍しーって承知してるなら、有効活用する方法でも考えたらー?」

それもそうかと、ご自慢の愛犬を愛でながら考えにふけるもう一人の妖怪仙人。

「聞仲も取り返したいところだし、件の盗賊上がりとか言う魔女、アレ随分面白そーだね?」

などと、もはや聞く耳など持ってないであろう、数少ない同族に独りごちてみた。
極星の七大国の中でも私が属する夏は慢性的な人材不足なのだ。まずはそれから解決せねばなるまい。
眠れる虎などと揶揄され続けるのも考えてみれば癪にされる話でね?

「まー、鼠姫とか、最新の十将軍には顔を出しておくかなー。
 血翼天使が堕としたとゆー阿羅耶識の巫女にも興味はあるしさー、
 事象介入なんて真似をしてきた英雄共も品定めしないといけないしね?」

あの忌々しい大結界を破るなら、こちらの地球を侵略し尽くしてからでも遅くはない。
それに侵略し続ければ、ヤツらから仕掛けてくるかも知れない。あの結界を破る算段が閃くかも知れない。

「─────それじゃ、動くか。そこに乱の兆しがある限り!
 まー、乱の兆しが尽きた事なんて私が生きている間、一度もないんだけど!」

本当の意味での眠れる虎は世を儚んで幻想に旅立ったヤツらじゃないのか?なんて考えて高らかに笑う。

嗚呼、それはそれは楽しい夢だった。願わくば、侵略が如何なる形で終わったとしても。
私の永遠が再びあの幻想に繋がっていると信じて。今も、私の生の楽しみは尽きることを知らないのだ。

936 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:36:51
ほんわかのんびりある晴れた昼下がり。
今日も今日とて紅魔館の門前は平和です。

今日は黒白が襲来することも無く、紅白が押しかけることも無く、
さりとて主が日傘をもって外へ遊びに行くわけでもなく、
そして妹様が暴れて飛び出さんとするわけでもなく。

そんな平和なある日のこと。

門前には独特の呼吸音が響いていました。
そう、シェスタの最中である門番紅美鈴の寝息であります。

この音は平和の証。
不思議と本当に危険がある時には聞こえない音。
彼女が寝息をたてている間は門番妖精も安心してひっこんで居られたりするのは
門番隊の中だけでの秘密の常識だったりするのです。

ざり。

そこに大地を踏みしめ現れたのは銀のメイド長。
その眼光には憤怒の色が見えます。

状況に気付いた門番隊妖精が巻き添えを怖れてその場を離れる。
これもまた日常の光景のひとつです。

「め〜〜〜り〜〜〜〜〜〜ん〜〜〜〜?」

ギラリ、取り出したナイフが恐るべき光を放つものの、
いまだ我らが紅美鈴は目を覚ます形跡はなく、
誰もがその額にナイフが突き立ち、悲鳴をあげる紅美鈴の姿を想像したその時……


つうと紅美鈴の額から流れる紅い糸。
同時に全身各所から紅が滲み、またたくまに緑の服のあちこちが紅に染まります。

「…………!?」

さしものメイド長も驚愕のあまり絶句する。
それはそうでしょう、彼女はまだナイフをなげていないのですから。

ぐらり

「……再見、白霞娘」
「ちょ、ちょっと美鈴!?」

そして立ったまま寝ていたはずの紅美鈴は
なにか小さく呟いたかと思うとバランスを崩してゆっくりと崩れ落ち−−−


カチリ



崩れ落ちる瞬間、先ほどまで離れた場所にいたはずのメイド長によって、
すんでの所を抱きとめられていたのです。
時間を止めて、倒れる前に駆け寄ったのでしょう。

「美鈴!美鈴!?
 大丈夫なの!?返事をなさい!!」

完璧で瀟洒なはずのメイド長は先ほどまで手に持っていたナイフを
取り落としてまで紅美鈴に呼びかけます。

「……あ……あれ、咲夜さん……?」

声を受けて意識を取り戻したのか、呻きと共にひどく弱弱しく声が漏れる。
その普段の彼女からは想像もつかない弱弱しさにむしろメイド長の焦燥は増しました。

「美鈴!大丈夫?
 誰かに攻撃を受けたのね?
 待っていなさい、今、パチュリー様を呼んでくるから」
「あ……え?
 いや、多分パチュリー様でも……それより咲夜さんに頼みが……」

自分の体を見回し、絶望的な台詞を吐き出す紅美鈴。
気を自在に操る紅美鈴は体調の分析にかけてもエキスパートです。
その時、メイド長の顔が真っ青になったのは見間違いではないでしょう。

「何を莫迦な事を言っているの!
 嫌よ、頼みなんか……」

そう言いつつも紅美鈴の傍を離れるふんぎりがつかないのでしょう。
メイド長は傷の具合を確かめようと紅に染まった部分を改めながらも
意識を彼女の言葉から離せずにいるようです。

「おねがいですから……」
「何……?」

937 名前:紅美鈴 ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:37:31
>>936

「なにか食べるものを……」
「分かったわ食べるもの……はァ!?


ぐぅ〜〜〜〜

そんなマヌケな音が紅魔館の門前に響き渡りました。

「後生ですよぅ、なんか知らないけどお腹が減って死にそうなんです!
 そう、これはアレですよ謎の敵の攻撃に違いありません!」
「…………」
「あ、あれ……咲夜さん?さくやさーん?」
「そのまま死ねッ」
「ウギャア!?」

おそるおそる門の様子をのぞいていた門番妖精たちが目にしたのは
メイド長が紅美鈴の頭を地面に叩きつけるところだったのでした。

こわいよメイド長、メイド長こわいよ。

その光景は妖精たちの間で恐怖の象徴として語り継がれたという。


938 名前:現視「紅魔館一室の情景」(M) ◆HONGidIKL2 :2010/03/08(月) 02:38:25
一方、ここは同じく昼下がりの紅魔館の中。
この館の主の部屋。
外と裏腹にこちらはちっとも平和でないメンツで盛り上がっていた。

「ご尽力に感謝します」
「持つべきものは友達ね〜」

優雅にお茶を飲みながら主と相対して座る妖怪が一人、亡霊が一人。
対して主もまた紅茶のカップを傾けつつ、それに応じる。

知る人が見れば異様な光景であろう。
結界の大妖怪、八雲紫。
天衣無縫の亡霊、西行寺幽々子。
そして、真紅の悪魔、レミリア・スカーレット。
それがこの日の茶会の参加者であった。

「礼など要らないわ。アレは私の大事な門番だ。
 闖入者につまみ食いさせるなんて勿体無くて見過ごせないよ。
 そんな運命はこうだ」

言ってクッキーの箱を指差し、蓋を閉じる。
持っていた天狗の漫画本の縁で蓋をポンと叩き、
次に開けた時にはその中身はチョコレートになっていた。
デザインはあまり秀逸でない。
ナマズの形のチョコレート。

「たしかにつまみ食いはよくないわね〜
 私もよく妖夢に怒られるわ〜」」
「でも、おかげで白い霧を叩き出して結界の歪を修復できる」
「自分でやった方が確実だろうにねぇ?
 まぁ、いいよ、借りのひとつでも帳消しにしておいてくれ」

三者三様。
さっそくナマズ型のチョコレートに手を伸ばす幽々子に苦笑する紫。
そして挑戦的な視線で賢者を眺めやるレミリア。

「だって冬場は眠いんですもの。
 動きたくない所を動かずに済んだ。これは感謝ものでしょう?」
「あ〜分かるわ〜」
「あんたは冬どころかいつもだろう……」
「当たり前じゃない〜」

まぁ、つまりこれよ。
と幽々子が取り出した漫画本はキン肉マン。

「私たち仲良し3人組の友情パワーの勝利ということね?」
『あんたは何もしてない』
「やぁ〜ん、紫とレミリアがいじわるだわ〜」

綺麗にハモってツッコミを入れた紫とレミリアに幽々子が身悶えし、
こうしてある日の紅魔館の茶会はのどかに終了したのであった。

表向きは。

しかし、彼女たちは見た目ほど暢気に考えていたわけではない。
幻想郷に、大結界に干渉しようとする存在を察知したのだ。
それぞれに考える所はある。
レミリアはお礼を言ってやりたい気持ちで一杯であったし、
紫は幻想郷を守るため、あらゆる手段を採ると公言して憚らない妖怪だ。
幽々子でさえ、その微笑の下で多くのことを考えている存在。
どれも一筋縄ではいかない。
その証拠がこの茶会の議長役を務めていた幽々子の場を締めくくる一言。

「次は満漢全席、みんなで用意して楽しくお食事しましょうね〜」

このお茶会は、かの仙人を敵とすることを確認しあうためのものでもあったのである。




               − 終幕 −

939 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆8lHAKUKADg :2010/03/08(月) 02:46:16
門番外編 〜門番が異変〜 まとめ

奎白霞
>>905>>907>>909>>911>>913>>915>>917>>920
>>922>>924>>926>>929>>930>>931>>933
紅美鈴
>>906>>908>>910>>912>>914>>916>>918>>921
>>923>>925>>927>>928>>932

夢想の傍観者
>>919

後日談
>>934>>935
>>936>>937

現視する傍観者
>>938

きっと夢は終わらない。例えそれが悪夢だとしても、吉夢だとしても。

940 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/05/23(日) 22:48:43

悪魔狩人<_ンテvs串刺し公<買Bルヘルム・エーレンブルグ
『LOST ANGEL』


 ―――喰ってしまえばよかった、と。

 白貌の吸血鬼はいまになって後悔していた。

 取り立てて彼好みの女だったというわけではない。愛嬌はあったが所詮は東洋の劣等人
種だ。乳臭く、まるで垢抜けていない。歳もようやく少女から女性に脱皮しようかという
年頃で、果実に例えたところで渋みばかりが強調されるだろう。
 魂の強度も人並み。当然、戦闘力など持ち合わせていない。ただの人間の雌だ。夜の化
身たる彼が心に留める価値などまったくない。

 ああ、なのにどうして。

「イラつくぜえ……」

 非合法のナイトクラブで囲った女のひとりだ。他の商売女と違い、彼が大盤振る舞いし
た高純度のクラック・コカインには見向きもせず、ただ黙々とターキーをロックで干して
いた。
 彼を恐れる素振りはなく、かといって侮る様子もない。あえて言うならば無関心。その
女は、他の有象無象と同様に戦場の悪鬼たる彼に接していた。
 男女問わず不感症ほど面白味に欠けた餌はない。ビクつくことすらできねえノリの悪い
雌。そう断じて捨て置いた。―――翌日、興が乗って同じ店にまた足を運んだ。
 その女はいなかった。

 名前も寝床も知らない。この街の人間だったのかすら知れない。彼が属する集団≠フ
情報網を駆使すれば容易に引きずり出せるだろうが、そんな手間をかける理由がない。
 他の女とは違う。その程度の興味しか抱いていなかったはずだ。だが、もう一度会おう
としたにも関わらず機会を逸してしまった。それが気に食わない。

『望んだ相手を必ず取り逃がす』

 そう宿命づけられているからこそ、僅かな興味も無視できない。飢えばかりが強調され
て一向に満足感を得られない。己の呪いに敏感になりすぎるあまり、矜持だけが肥大する。

 あんな女、大したことねえ。このオレがケツを負う価値なんざねえ。

 そう言い聞かせれば言い聞かせるほどに、苛立ちばかりが募る。

「クソが……」

 この飢餓感の行方は何処か。ヴィルヘルム・エーレンブルグは一つしか知らない。
 
 暴力である。

941 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/05/23(日) 23:17:12
>>940
 
 甘えてはならない――誰かがそう言った。
 搾り出すしかない――渇望なんてそんなモンだ。
 
 尖り続ける――突き刺す為に。
 芯の抉れる音が聞こえる――刺激の足りない世の中で。
 
 そうだろう?
 腹を満たすには飛び切りスパイシー、それでいて飽きの来ないモノで満たすしかない。
 
 つまり――退屈/倦怠は人生の悦びにはなりえない。
 
 
                       ※   ※   ※   ※   ※  ※
 
 
 壊れかけたジュークボックスから壊れかけのメロディが響いていた。
 そんなものは誰も気にしない――ここにあるのは酔っ払いの喧騒。
 
「Hey miss moonlight?」
 
 シルクのような髪/サファイアの如き輝きを躍らせる瞳/艶やかに漏れる吐息を乗せる唇/透き通るかの
様な白い肌/プレイボーイの表紙を飾れるほどのプロポーション――千の男が万の涙を流したであろう絵
に描いたような極上の美女。
 
 一人グラスを傾ける姿が圧倒的なまでに不釣り合い/それなら声を掛けるのが自然の摂理・条理・道理。
 
 ハリウッドスターにも劣らないという自負/自惚れ・誇張表現――介在の余地無し。
 
 そう、こんなクソッタレな酒場には不釣り合いなのが俺+彼女。
 惹かれあう運命があるとすれば筋書きのアリ過ぎるドラマのようにピッタリと収まる。
 
「私には太陽は塗し過ぎるの」
「だから――?」
「あなたには不釣り合い」
「釣り合う様に努力して見せるさ」
「知恵の実を齧った罪は重いのよ」
「たかが林檎だろ?」
「されど林檎なの」
「――Hum ok」
 
 タイミングよく差し出される酒はカルヴァドス/見計らったかのように慈悲にも似た笑みを浮かべるマスター。
 
「――Fuck」
 
 残っていたジントニックを煽る/鼻腔を擽る爽快な香り――かすかに漂う嗅ぎなれた匂い。
 
闘争を――更に闘争を”
 
 美女に振られたのは幸い――太目を向ければ絵に描いたようなチンピラが彼女の手を引いて行く。
 残るのは喧騒+口論+グラスの割れる音――深い極まりないシンフォニー。
 
「――サービスですよ?」
 
 それの言葉の前に一煽り――咽+胃を刺激する熱/立ち上る柔らかな香り/”どうせなら苦味を寄越せ”
 
「ストロベリーサンデー、無いとは言わせないぜ?」
 
 贔屓にしているバーであるからこその特権=無茶な注文。
 救いの無い甘さに溺れていたい――そんな夜。
 

942 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/05/24(月) 00:09:03


 ヴィルヘルムが足を向けたのは、ゴミ溜めみたいなこの街を仕切るマフィアの根城だ。
 彼の住処は戦場―――それはなにも国家間の衝突のみに留まらない。より小規模で、
よりありふれたなアンダーグラウンドの戦地でもヴィルヘルムの『武勇』は有効だった。

 それなりに大きな組織で幹部格にまで登り詰めた者ならば、白面白髪の殺人鬼の存在は
嫌でも耳にする。ヴィルヘルムは手間をかけず―――つまり、誰一人として殺すことなく、
すんなりとボスのもとまで案内された。

 そして、ボスのもとで殺した。

 方や、九十年の時を費やして大隊規模の人数を喰らった¢謫次世界大戦の亡霊。
 方や、田舎マフィアのボス。
 対等な交渉などできるわけがなく、ボスは初めから従順だった。「災害が俺の街に流れ
着いた」と初めから腹を括り、被害を最小限に留めることのみに尽力しようとした。

 ……が、ヴィルヘルムの相談は、そんなボスの心算を木っ端微塵に噛み砕く。

「なあ、おまえ。オレを愉しませろや」

 ボスはあらゆる享楽を提供しようとした。女も、クスリも、カネすら惜しむつもりはな
かった。この男の機嫌を損ねれば、自分の命はおろか、組織の存在さえもが危うくなる。
 単身にして一軍に匹敵する―――ヴィルヘルム・エーレンブルグの伝説を、本人を前に
して侮るわけにはいかない。

 だが、存在自体が理不尽な男の相談だ。常識も正気もとうに見失ってしまっている彼が
望むのは、そんなありふれた愉悦ではない。

「ちいっとよ……喰い足りねえんだわ。こんな辺鄙な街だ。贅沢は言わねえ。質が低いの
ならば数で補ってやる。だから、よぅ、頼むぜ―――」

 オレと戦争してくれや。


 とりあえず、殺した。戦意の有無も確かめずに殺した。「てめえ等は、この街で一番で
けえ組織なんだろう? 一番つええんだろう?」―――それだけの理由で殺した。
 戦争ではなく虐殺である。ヴィルヘルム・エーレンブルグには通常の弾丸も刃も通用し
ない。SMGや手榴弾程度の武装しかない田舎マフィアでは抵抗の余地すらなかった。

 八つ当たりなのは彼も自覚している。若干の興味を抱いた女を取り逃した。それが気に
入らない。だから他の何かを壊す。いつだってそうだ。満たされないから、ヴィルヘルム
は喰らい続けた。

「こんなもんか、こんなもんかよ……」

 一晩も使わずに、マフィアの分かりやすい強面どもは粗方喰らってしまった。腹の足し
にもなりやしない。ヴィルヘルムは、半壊させたマフィアの根城に戻り、あえて生かして
おいたボスに怒りをぶつける。

「なあ、おい。なんだこれは? ふざけてんじゃねえぞコラ。ヌル過ぎるにも程があるぞ。
時間潰しにもなりやしねえ。―――おめえ、約束したよなあ。オレを歓迎するってよお。
それがこれか? ああ? 適当にペラ回してんじゃねえぞこのド腐れが。豆鉄砲ばかりぱ
んぱん鳴らされてもくそ面白くもねえんだよ。その脂で巡りが悪くなった脳みそフル稼働
して、てめえが持ってる全てをオレにぶつけてこいや。じゃねえとおめえ―――」

 ―――この街、潰しちまうぞ。

 辺鄙と蔑んでも1万人規模の人口を誇る地方都市である。その全てを破壊し尽くすなど
正気の発言ではない。……正気の発言ではないが、本気だ。そこまでやらねえとオレの空
腹が収まらねえ。そう、ヴィルヘルムの血色の眼が訴えている。

 ボスは絶望した。もはや己が築き上げた組織を守る云々の次元ではない。その基盤とな
る街そのものを、この悪鬼は呑み込もうとしている。

 だが、彼は幸運だった。人口一万人と秤にかけて、なお天秤が街ではない方≠ノ傾く
強力無比な魂の存在に思い当たったのだ。

 そうだ、彼ならば! 彼ならば、この狂人を愉しませられる。

「ああん?」

 ボスは呪文のように、何度も何度も同じ名を呟いた。仕事≠フ都合で、この街に一時
的に身を置いている男の名を。
 真紅のロングコートに時代錯誤の大剣を背負った、あの変人。―――ヴィルヘルムは悪
魔だが、あの男はその悪魔を獲物とする狩人だ。
 この際、どちらが斃れるかは問題ではない。あの男に理不尽な暴力が降りかかることに
対しても、胸すら痛まない。ヴィルヘルムの暴力の矛先を逸らせれば、それでいい。

 だからボスは呟いた。縋るように、呟いた。

 白貌の吸血鬼の口角が吊り上がる。ヴィルヘルムは初めて、その狂相に愉悦を見せた。

「―――悪魔狩人、だぁ?」

 てめえ、それをもっと早く言えよ。

943 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/05/24(月) 21:46:32
>>942
 
 噛み砕けず――飲み込めない想い。
 歯車に挟まる小石――軋みを上げる感情。

 何も持たないまま――何も持てないまま。
 
 一人になった部屋の広さに驚く事もある。
 賑やかで、楽しく――時に悲しく。
 
 誰かが与えてくれた幸福=自らの幸福には程遠い。
 気付けず/気付かず――求めていたもの/幸せの在り処を渇望・切望する。
 
 気付かなければ幸せだった。
 気付いてしまった事も幸せだ。
 
 そうだろう?
 あの日々は二度と戻らない。
 
 
                         ※  ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 ここ数ヶ月で通いなれてしまった道を歩く。
 事務所への道程を歩くような気分=ゴミ+何処からともなく聞こえる口論+白と黒の交錯(オマケで黄色も
混ざる)+諦めた目で横たわるジジイ+色目を使う事も面倒くさそうなコールガール+濁った目をした権力の
犬――色んな物を混ぜに混ぜ、気色の悪くなったサラダボウル。食えない世界にはお似合いの風景。
 
 何処かの馬鹿が用意したパーティーのお陰で、通いなれてしまった道。
 所々に『門』が開くに適した条件が揃うクソッタレな世界。
 お陰で食うに困らず(ツケは溜まっているしローンもあるが)、自由気侭に生きていけるのはありがたい。
ありがたいが――俺は週休六日でありたいと切に願う。
 
 なんてことはない仕事だ。人間の集まる所には恨み・辛み・恐れ・怒り・悲しみ・裏切り――ありとあらゆる
負の感情が揃うには持って来いの舞台。コークやレッドトップが蔓延するサバトに似たスラムなんてのは、
ありとあらゆる意味でビンゴ。
 救い難い世界に乾杯――ヒーロー気取っちゃいるが、世界を救いたいわけじゃないんでね。
 
「あー! やっときた!」
 
 物思いに耽るも現実に引き戻される=目的地への到着――教会風何でも屋(どいつもこいつも罰当たりで
教会として機能していないのが素晴らしい。なのに何故か修道服。改造されまくって原形留めちゃいないの
が、この辺りでの名物であるらしい)
 こちらまでつられてしまう極上の笑み/ウエストを絞りバストが強調された修道服――オマケに膝上五セン
チのスカート/ちらりと見える素肌と黒のニーソーックスのコントラスト/スラリと伸びた手足/柔らかそうに揺
れるブラウンの髪――思わず手が伸びそうになる衝動を抑える。
 これで本人はシスター気取り――”コスプレにしても酷いだろ”
 それでも今回の依頼者――代理。
  
「相も変わらず――ババアは留守か」
「資金が足りないから稼いでくるって」
「あのババア……シスターやめちまえよいい加減」
「仕事の報酬はそこから出るんですよ?」
「――Ha。笑えねえ――こんなとこさっさと辞めて、俺の事務所で働けよ」
「それこそ給料が出なさそうなので却下です」
「――あー、で、俺は何を?」
「何時も通りです。この街の顔役さんのナイトクラブで”パーティー”してたら惨劇だって」
「懲りねぇ奴等だな」
「まあ、それがあるから食べていけるんでしょ?」
「救えねぇよ」
「救いを求めるんですか、それでしたらどうぞ我等が教会へ!」
「懺悔したくなったらな」
「あと――不確定なんですけど……名前の知れた吸血鬼が向かってる、なんて噂もあります」
「――厄介事ばっかか、この街は」
「そっちは”彼女”が探りを入れてるんですけど――どーですかねえ?」
「どうしようもこうしようも、厄介事に飛び込むくせにー」
「向こうからよって来るんだ、オレの所為じゃない――んな事よりババアは何時戻ってくるんだ?」
「お金の話ですか?おっかねー?」
「――寒ぃよ」
「あー、ゴホン。一週間くらい滞在していただければその間には?多分?」
「……Hum、オーケイ。何時ものとこにいる。ババアが戻ったら連絡してくれ」
 
 
                           ※  ※  ※  ※  ※  ※
 
 それが事のあらすじ。
 一人グラスを傾けるには、時間があり過ぎて困りものだ。
 

944 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/05/24(月) 22:22:34

>>943

 その惨劇に、前触れはなかった。
 理不尽な暴力の津波―――その序曲ともいえる一撃目は、バーの壁から、カクテル用の
リキュールが並ぶ陳列棚を粉砕して獲物≠ノ食らい付いた。

 その正体は―――なんと、電柱である。

 木製の、どこにでもある通信用の木製電信柱だ。根本からへし折られたそれが、バーの
壁を突き破って店内を蹂躙した。
 質量が質量だ。しかも、尋常ならざる加速がついている。その破壊力は、生半可な砲弾
よりもよほどに高い。

 電柱を投擲したものにとっては、挨拶代わりの一撃。だが、バーを一瞬で廃墟に変える
に足る、理不尽な一撃でもあった。

 狙いは気味が悪いほどに正確に。ストロベリーサンデーのもとへとまっしぐら。

945 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/05/24(月) 23:02:54
>>944
 
 何時も通りの喧騒+煙たい空気+何時もの顔ぶれ。
 何も変わることのない日常風景と言って過言ではない、些細な喧嘩すらも日常茶飯事で片付けられる
バーでの一時。
 オリーブを抜いたピザ/自家製のスモークサーモン・チーズ・チキン/フィッシュアンドチップス――ストロ
ベリーサンデー。
 どれもお気に入り/どれも必ず喰いたいと思えるもの。
 
 最後の一つは頼み込んだ挙句に置いて貰った。
 頼み込んだ挙句に置いて貰った!、、、、、、、、、、、、、、、
 
「チェイサーを。ブリーリア産で」
 
 沸々と沸く怒り――”オレを売りやがってあの豚野郎!”
 
 カウンターに突き刺さった電柱すらなかったかのように慈愛の微笑を浮かべるマスター=プロの仕事。
 
「請求は”顔役”に回してくれ。――メッセージを添えて」
 
 風通しの良くなり過ぎた見せに渦巻くのは恐怖/恐慌。
 ぽっかりと空いた穴から外を見れば、挑発的な視線。
 
 ギターケースを担ぎ上げ――
 
「テメェに明日はねぇ、ってな」
 
 飛び降りた。
 落下・加速――視界を染め上げる色は赤。
 
 仕事終わりの報酬待ち/楽しみで仕方のない晩餐/手元に残るであろう金で何を買うかと言う算段――
全ては御破算。
 
 クソヤロウ――テメェか。
 今夜のイカレたパーティーの主催は!
 
 
                          ※  ※  ※  ※  ※  ※
 
 
「ハイ、トニー?」
「そんな名前で呼ぶんじゃねぇよ」
「良いじゃない。可愛くて」
「それよりなんだ、気紛れ天使様が何の御用で?」
「吸血鬼、ビンゴよ?貴方が楽しめるくらいの。ビックリしちゃった、あんな大物だなんて」
「うざってぇ――」
「ヴィルヘルム・エーレンブルグ」
 
 
                          ※  ※  ※  ※  ※  ※

 
「Alive and kicking!」
 
 担いだギターケースを脇に置き、黒の相棒で眉間/白の相棒は心臓――それぞれマーキング。
 宣戦布告ってんだろ、こういうの。
 

946 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/05/24(月) 23:41:09

>>945

  これで死ななかったのだから、とりあえずは及第点。
  喰ってやる程度の価値は認めよう。
  もちろん、本当のお楽しみはこれからだ。
  果たして奴は、どこまで滾らせてくれる?
  このオレから、どこまで退屈を忘れさせてくれるんだ?

 穿たれた風穴から、軽々と地上に降り立った獲物=\――真紅のロングコートなんぞ
を伊達に羽織った銀髪野郎に、ヴィルヘルムは「いよう」と気さくに言葉をかけた。

「取り込み中のとこ悪いな兄ちゃん。ちぃっとばかし時間を貸してくれや」

 月下のもとに晒された彼の容姿は、端正ながらも際立って異様なものだった。
 一切の生気を感じさせない死蝋めいた肌に、色を忘れたかのように白い頭髪。遮光グラ
スの奥で、蛇のような双眸だけが確固たる色彩として血色に燃えている。
 寒気するほど整った容貌を誇っているが、優男特有の軟弱な印象はなく、無頼な口調と
重なって、肉食獣のような重圧を放っていた。

 だが―――何より異常なのは、ヴィルヘルムの面貌以上にその出で立ちだろう。

 彼がまとっている衣装は軍服だった。
 いまではもう存在しない軍隊の―――しかし、世界でもっとも有名であろうユニフォー
ム。半世紀前、全世界に恐怖をばらまいた絶対悪の集団……ナチス親衛隊の黒制服だ。
 乗馬型のズボンにジャックブーツ。開襟ジャケットにシャツとネクタイ。大仰なベルト
に深紅の腕章。襟に輝く稲妻型の「SS」の二文字。
 恐怖の象徴たるブラックユニフォームを違和感なく着こなすこの男は何者か。そう問わ
れる前に、ヴィルヘルムは先んじて口を開く。

「聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ」

 二つの銃口に睨み据えられているにも関わらず、彼は臆した気配をまったく見せない。

「まどろっこしい説明は不要だろう。オレはおめえを喰らいに来た。だからせいぜい必死
に足掻いてオレを愉しませろ。……なんだったら、殺してくれてもいいんだぜ」

 くひ、と笑いをこぼしたものの、彼の表情は真剣そのものだ。

「―――おめえも名乗れや小僧。聞くまでもねえがよ、これが戦の作法だ」

947 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/05/25(火) 22:00:24
>>946
 
 白と黒のコントラスト――怯む事なく強靭=兇刃=狂人を予感させる吸血鬼。
 万夫不倒+一騎当千を担いだかのような伝説――渡り歩いた戦場の数/計測不能=鉄火場の中着の身
着のままに歩いてきた悪鬼羅刹。
 
 ナチス独逸の亡霊/旧世代の異物――”衣装だけ認めてやるさ”
 
「オイオイ、オイオイオイオイオイ」
 
 苛立ち/トリガーは絞られ後数ミリで油断無く弾を吐き出す/怒り/油断なくギターケースの中身を取り出
す為の溜め/ターゲット補足は止めぬまま。
 
「まずは人のモンを壊したらごめんなさい、だ。ママに教わらなかったか?
 んでもって、世の中には食えないかわいそうな連中が居る。ああ、そうさ――食えない連中は五万と居る
んだ。喰える幸福を台無しにしやがった事も詫びろ」
 
 浮かぶ表情――愉しげな笑み。
 そうだ。結局俺もこいつも救いようのない連鎖/呪縛/矜持に捕われている
 
 強い/弱い――単純な二元論に捕われてしまった者の末路。
 何処かの馬鹿兄貴を想像させる、不愉快/愉快な闘争狂。
 
 そうさ――オレだって結局自暴自棄/ドラッグよりも強力な興奮/朽ちた所で如何だって良い虚無感――
それが得たいが為に命を賭ける。
 
「――フリーランスの悪魔狩人デビルハンター
 
 相棒のポイントを入れ替える=お気に入りのポーズ。
 
「ダンテ」
 
 名を告げる/轟く銃声――警察に通報するような不感症はこの街には居ない。
 速射・乱射――それでも狙いは正確に。
 
「カズィクル・ベイの名が泣くぜ――同じ赤でも甘さが違うだろ?」
 
 速射・乱射――Show time!

948 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/05/25(火) 23:40:43

>>947

 悪魔狩人ダンテ!

 その勇名はヴィルヘルムのもとにまで響いている。
 悪魔を喰らう悪魔。狩人を狩る狩人。恐怖の代名詞たる夜の眷属を逆に恐怖させる、
本物の悪夢というわけだ。……相手にとって不足はない。
 少なくとも、この街を潰すよりかは面白そうだ。

 格別な何かを期待しているわけではない。せめて朝まで保ってくれればそれで満足し
ておいてやる。要は退屈しのぎだ。あの女を取り逃してしまったがために生じた飢餓感、
その穴埋めに別の餌を求めているに過ぎない。
 だから、なあ―――

「いまはオレにだけ集中しろや」

 オレは、ストロベリーサンデーなんぞよりよほどに甘ったるいてめえの脳髄が気にな
ってしかたがねえんだからよ。

 悪魔狩人が構えた銃口が火を噴くのと同時か、それよりも一瞬疾くヴィルヘルムは地
面を蹴った。アスファルトに亀裂が入るほど熾烈な踏み込み。生じた加速は放たれた弾
速に迫るかという勢いだが―――あいにくと彼は「避けて戦う」なんてお上品な頭を持
ち合わせていない。正面に獲物が立ち尽くしているのなら、一直線に駆け寄るのみ。

 己の躰を弾丸に変えて白面白髪の吸血鬼は跳んだ。
 彼の肉体は如何なる理屈か鋼に相応しい強度を誇る。.45口径程度の拳銃弾などでは本
来掠り傷すら負わないが―――

「おおおおおおおおおおおお?!」

 脇腹が、胸板が、顔面を守るために交差した両腕が爆ぜた。数年ぶりに目にする己の
血煙。―――このガキ、オレに疵を負わせやがった。

「おっもしれえな!」

 しかし、ヴィルヘルムは止まらなかった。十数発の弾丸を身に浴びながらも悪魔狩人
に肉薄し、そのまま更に深く踏み込む。
 技術もなにもない原始的な体当たりだ。しかし、人外の膂力によって超常の加速を得
た特攻は主力戦車の砲撃に匹敵する破壊力を秘めている。
 常人ならば木っ端微塵。装甲車の車体すら容易に穿ち抜くだろう。

「こんなもんで死ぬんじゃねえぞ小僧!!」

 ヴィルヘルムの絶叫が夜に谺した。

949 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/05/26(水) 19:51:29
>>948
 
 吐き出される弾丸/視界を埋めて行く硝煙――それでも止まらない過去の亡霊。
 さながら闘牛のよう/ならばオレはマタドール?――”ジョークにしちゃ寒すぎる”
 
「――Shit」
 
 止まらない/腕+脇腹――血煙が舞う/それでも止まらず一直線/轟音も止まず/物の数秒と掛らず
装弾数以上の弾丸を吐き出す――その全てを受けているにも拘らず止まらない行軍・進軍――”鈍い
のか、タフなのか知らねぇが、ウザッテェ”

 
 進軍の先に居るのは勿論オレ/加速は止まることを知らず交錯まで瞬きも掛らない/吐き出される弾
丸/穿たれる傷跡――激突までのチキンレース。
 ちらりと映る吸血鬼の顔/新しいオモチャを与えられたガキみたいに無邪気な笑顔――裏にある狂気
が魅力を最悪な方向へヴァージョンアップ。
 闘争・戦争・殺し合い・殴り合い・潰し合い・奪い合い――それら全てに魅入られた亡霊。
 
 思わず笑いが込み上げる/口の端を狂気的に歪め、激突までのコンマの世界で速射――”お互い様
か? Ha――笑えねぇ”

 
 激突――水から飛ぶ事により衝撃を相殺……仕切れずにビルの壁とフレンチキス。
 パラパラと降るコンクリート片/頭+肩に降り積もる。
 
 常人であれば手足の一本は飛んでいても可笑しくはない衝撃/トップスピードの大型バイクに轢かれた
かのよう/轢かれた事はまだないが恐らく間違ってはいないであろう比喩。
 常人であれば戦意を喪失/逃亡開始の合図――そうした所で逃げ切れる筈もないのに。
 
 常人であれば/常人であったならば。
 
「Haha――色男もこれじゃあ台無しだ。そうは思わないか? ほら、見ろよ。今のでコートの一部が擦り切
れてやがる。そーゆー魔力付加エンチャントはお高くってよ、ローンを組んだって手が届かなかった」
 
 頭+肩+其処彼処についた埃/大袈裟な仕草で振り落としながら続ける/まるでなんでもない通行人と肩が
ぶつかったかのような気楽さで=ついさっきまで二挺の銃が暴発寸前まで火を噴いていた事すら覚えていな
いような仕草で。
 
「パーティーの最中に俗っぽい話をしてなんだけどよ、高くつくぜ?コイツはよ!」
 
 埃が全て落ちた事を確認/ブーツの底がアスファルトを踏み砕く/ゴムの焼ける匂い――トップスピードの
スタートダッシュ。
 ちらりとギターケースの確認/吸血鬼の向こう側――出番はまだかとうなるような声が聞こえた気がするも
無視――”先ずはお礼をしとかなきゃな!”
 
 二挺の相棒はホルスターで待機=ストリートファイトで望むアピール。
 
「Hey! C’mon!」
 
 左手は挑発するようにファックサイン/右手は鉄をもく兌換と握り締る/両足は地面を滑るように動く。
 到達まで一秒と掛らない――スポットライトは直ぐ底だ。

950 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/05/27(木) 22:54:59

>>949

「カハッ」

 野卑た歓笑はまるで辺獄に轟く地鳴りの如く。

「てめえ、このオレ相手に殴り合うつもりかよ。正気じゃねえぞ。いまの一撃で分からな
かったのか。ステゴロやらせたらオレぁ無敵だぞ。リングの上のおままごととは違うんだ。
オレがこの拳で何千人殺ったか分かってんのかオイ? 分かってもまだ殴り合おうっての
か、ああ? どうなんだよ救いのねえクソガキ!」

 体当たりを受けてなお平然としているダンテに対して、ヴィルヘルムはまったく動じる
ことなく――むしろ自分の攻撃が通用しなかったことが嬉しくてたまらないかのような態
度で――肩を震わせて喜悦に狂う。

 さすがは悪魔狩人様だ。期待通りに愉しませやがる。こいつぁいい。こいつとならどこ
までも遊べるかもしれねえ。こいつとならオレが望んだ戦争≠ェできるかもしれねえ。

「上等だぜ。ああ、かかってこいよ受けてやらぁ。ガキの戯れには付き合ってやるのが大
人の務めってもんだからな。思う存分に戯れろよや。オレが一緒に踊ってやるからよぉ!」

 口上が述べ終わらないうちに、ダンテの左拳がヴィルヘルムの頬に突き刺さった。サン
グラスが吹き飛び、血色の双眸が月下に露わになる。
 ガキの戯れと一笑するにはあまりに鋭く重い一撃。間髪置かずに放たれた至近距離から
のボディも内臓破裂しかねないほどに激烈だった。

「ぐ―――ハァ」

 口から唾液と鮮血をこぼしながら吸血鬼は嗤う。

 重さといい疾さといい文句なしだ。素人がまぐれで打ち込める打撃ではない。相応の修
羅場をくぐり、生きて帰ってきた

「……よーし、『人間の喧嘩』はこんなもんで十分だろ。なあ、おめえも腹を括れよ。こ
こからはイカれた人でなしの殴り合いだぜ!」

 無造作にダンテの胸ぐらを掴み―――そのまま、まるで空き缶でも捨てるかのような気
安さで、長身の彼を軽々と頭上高くに放り投げた。

「せっかくの薄汚ねえ路地裏だ。空中戦と洒落込もうや!」

 そして追撃。
 自身はビルの壁面を駆け上がり、十分な速力を得たところで宙に飛ぶ。人間離れした身
体能力によって放たれた跳び蹴りが、槍の如くダンテの胴体に突き刺さる。

「おらぁ! これでもまだスカせるか、ああん? どうなんだ銀髪野郎!」

951 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/05/28(金) 01:10:05
>>950

 タン・タ・タン――小気味良いリズムで刻まれる拳/人間であれば致死量=タフで在る事の証明。
 ニヤニヤと浮かぶ馬鹿にしたような笑み/口の端から赤い液体が伝う――それすらも愉悦であ
るといった風情――”マジで救えねぇ……”
 
 人間の喧嘩――相手を叩きのめせば終了=命までは賭けない。
 化物の喧嘩――相手を殺すまで続行=賭けるのは己の命。
 悪魔の喧嘩――”生憎兄弟喧嘩しか経験はねーな”
 
 重力の枷を取り払われる/為す術も無く空へ/化物のであるからこそ可能な無茶な軌道――
自然と顔が歪む=愉悦・興奮・快楽。
 
 これだから・これだからこそ――この稼業は辞められない!、、、、、、、、、、、、
 
 重力からの開放/束の間の無重力体験/突き刺さる膝――咽喉元まで込み上げる胃液/飲み下
して浮かべるのはニヒルな笑み=トレードマーク。
 
「Slow down babe?」
 
 突き刺さった膝/無闇に近い距離=手を伸ばせば届く間合い/何物にも染まらない白い髪を掴み
自らの頭を額目掛けて一直線――”星が綺麗な夜空だぜ?”
 
「B級アクションはお好みかい? ジャパニーズニンジャから習った『mozu-otosh』はいかが?
クーリングオフは受付ねぇけどな」
 
 空中に足場を作り急転直下/アスファルト目掛け重力+加速度+二人分の体重を乗せて落下。
 
 ったく……好物食う前でなくて良かったぜ。
 
「Yaaaaaaaaaa―――――Haaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

952 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/05/29(土) 00:21:36

>>951

「うおおおおおおおおおお、てめえええ?!」

 ダンテの思いもよらぬ反撃―――ヴィルヘルムを抱きかかえたまま急降下。
 この加速で頭から地面に叩きつけられては、いくら吸血鬼とて重症は免れない。

「おおおおおおおおおお?!!!」

 激突。アスファルトに蜘蛛の巣状の罅が走るとともに、鮮血の大輪が咲き誇った。
 ヴィルヘルムの頸骨は確実にへし折れ、頭蓋骨は粉々に砕けた。致命傷である。

 ……で、あるはずなのに。

 糸が切れた人形のように地面へ倒れ込んだヴィルヘルムだが、死人の体など数秒も見せ
ず、そのままの姿勢で即座に「クハハ」と笑いをこぼした。

「ガキが―――」

 その声音は先程までとは明らかに様子が違う。
 より冷静に、より酷薄に狂っている。

「どこまでも愉しませやがる。ああ、認めてやるぜ。おめえは素晴らしい。このまま永遠
に殴りあっていてえ気分だよ。おめえは喧嘩ってもんをよく分かってやがる。こんな愉快
なガチンコはマジで数十年ぶりだぜ」

 だけどよ、と。自らの血に溺れたまま、吸血鬼は語り続ける。

「それじゃもったいねえ、もったいねえんだよ。ただの殴り合いで殺しちまっていいほど、
おめえは浅い男じゃねえ。……なあ、オイ。こんなもんじゃねえんだろ? もっとイカれ
た奥の手じゃんじゃん用意してんだろ? そうだよなー。チャカとステゴロだけで悪魔
狩人*シ乗れるほど、この業界も甘くはねーもんなぁ」

 ならばよ―――そろそろお互い、出し惜しみは無しにしようや。

 ゆらり、とヴィルヘルムは立ち上がった。首の骨が折れたままなので、そのシルエット
は酷く不気味だ。

「誇れやガキ。オレは今日まで八十年生きたが、タイマンでこれを見せたことなんぞ数え
るほどしかねえ。これはオレなりの敬意だ。おめえを敬っているからこそ、本気で殺しに
行く。……だから、ストロベリーサンデーのこたぁ勘弁してくれや」

 ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ―――教会が定義する不死者でも死
徒でもないこの男が、なぜ「戦場の吸血鬼」と呼ばれ、畏怖されるのか。
 その伝説の一端がいま、明かされる。

「おまえに『本物の夜』ってもんを見せてやるぜ……」

 ぎちぎちと空気がひしみ、ひび割れていく。
 質量を持ちかねないほどのプレッシャーの爆発。まるで地獄の釜の蓋が開かれ、そこか
ら障気がとめどなく溢れ出しているかのようだ。
 ヴィルヘルムの狂眼はいよいよ熱く燃え滾り、口元から覗く犬歯は凶悪な輝きを帯びる。

 ……頼むから、萎えさせるんじゃねえぞ。

「形成(イェツラー)―――」

 そう、厳かに唱えた瞬間―――ヴィルヘルムの体内を巡る血液が爆発≠オた。

 己の躰を苗床にし、肉体と黒衣を内側から食い破ってそれ≠ヘ発芽する。
 なんと、杭である。
 木の幹を大雑把に削り、先端を尖らせた無骨な杭。そうとしか表現できない代物が、ヴ
ィルヘルムの全身から無数生えていた。
 普段は自らの血に融かされている吸血鬼の牙=\――葉も実もなければ花もない畸形
の植物こそが、彼を吸血鬼たらしめる所以だった。

 これこそが串刺し公≠フ正当なる戦装束だ。

 ヴィルヘルムを中心にして、アスファルトは砂と化し、点滅していた街灯は消え、植物
はたちどころに枯れ果てる。無機物有機物問わず略奪し、吸い上げ、自らの活力として反
転させることにより、折れた頸椎も砕けた頭蓋骨も、ものの数秒で再生した。
 ……いまの彼に触れる者は相応の覚悟をせねばならない。貪欲なる吸血鬼はえり好みな
どせず、触れる者すべてを枯渇させてしまうだろう。

「こうなるとよぉ、駄目なんだ」

 吸血鬼は表情を歪ませて言った。

「渇いてしかたがねえんだ。どんなに吸っても満足しやしねえ。飢えばかりが強調されや
がる。―――おめえならオレが言いたいこと分かるよな?」

 ただ吸うだけでは駄目なのだ、と。

「思う存分に足掻き散らせ! 2人して絶頂まで駆け上がろうぜ! その先だ! その先
にだけ、オレの渇望する高みがあるんだからよォ―――!」

 雄叫びと同時に全身から生えていた杭が爆散した。四方八方に打ち出される暴虐なる弾
雨は、その一発一発が吸血鬼の牙として驚異的な威力を秘めている。受ければ瞬く間に吸
い尽くされるのが串刺し公≠フ夜のルールだ。

953 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/05/29(土) 23:47:44
>>952
 
 華麗な着地/可憐とは言い難い大輪のスイートピー=吸血鬼の拉げた頭蓋を中心に。
 乱れた着衣を整える/響く哄笑/耳障りなノイズ=狂気+凶気を孕んだ声――”打ち所悪かったか?”
 
「――敬意を払うってなら誠意も見せてもらいたいもんだね。出来れば俺の晩餐を邪魔する前に空気を
読んでくれ……――?」
 
 変化する空気/瘴気濃さが増す/ある意味では心地良い空気――世界に『夜』が満ちる。
 圧倒的なまでの夜/1メートル先すら見えない『闇』/悪魔が爪を砥ぎ、待ち伏せているかのような『闇』/
濃密+濃厚なミディアン好みの夜/路地裏で惨殺死体が粗製乱造されても誰一人として気付かないであ
ろう『夜』が生まれる。
 吸血鬼の体からは杭+杭+杭――”ピアスにしちゃ派手すぎる”
 
「逝くなら独りで逝ってくれ。オレは男相手なんてのは御免なんだ。特にオレよりもお喋りなヤローなんざ
大嫌いだ」
 
 杭の爆散/四方八方縦横無尽に撒き散らされる貪欲な赤色獣/ありとあらゆるもの=有象無象の区別なく
暴虐なまでの食欲を見せつけ総てを喰らい尽す獣。
 踊るように・舞うように/時には転がるように避ける+避ける+避ける――目的の場所にまで最短距離で/目
的地――ギターケース。
 蹴り上げる/壊れたとしても構わない/開く蓋/中に広がる闇/迷わず手を突っ込む/引き摺り出す――手
の中に納められているのは勿論――ギター。
 
「Hey――let's rock!」
 
 避ける事をせず(正直避けるのが難しい程度に弾幕は形成されている)掻き鳴らす/エフェクター要らずの
ディストーション/お気に入りのリフを掻き鳴らす/アンプ不要の絶叫は相変わらず/周囲に舞う雷撃/電源不
要のマジックアイテム/赤黒い魔獣を焼く蒼い光/ただただ掻き鳴らす/ひたすら掻き鳴らす/雷は荒れ狂う。
 ここは観客の居ないライブハウス/声援の変わりに響く絶叫=破砕音+雷鳴+ゴキゲンなリフ。
 
「――愉しんでるか?」
 
 一足飛びにヤロウの元へ/精気を吸われる様な感覚――それでも体の底から湧き出る力=悪魔であるが
故の同調。
 
「夜はテメエだけのモンじゃねーぜ?」
 
 演奏の余韻を残しギターをフルスイング/意に応じて大鎌に変貌を遂げる――”相変わらず良い女だぜ”
 
「Yeaaaaaaaaaaaaaah――Rock 'n' Roll!!」

954 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/05/30(日) 17:26:45

>>953

 爆算した杭の群体は、夜に絶叫する電子音によって粉砕された。

「おいおいおいおい―――てめえ、なんだそりゃ?! 随分とゴキゲンな聖遺物≠持
ってんじゃねえかよ! 嗤わせるぜ。たまんねーな。最高のセンスだ!」

 彼が言う聖遺物≠ニはこの場合、諸聖人の遺骸や遺品を指すわけではない。人の想念
を吸い続けたことで意思を持った器物の総称であり、アーティファクトだとか宝具と呼ば
れる―――所謂マジックウェポンだ。
 悪魔相手に切った張ったで商売しているのだから、超常の魔器の一つや二つは当然装備
していると思ったが―――それにしてもこれはイカれている。
 まさかギターをかき鳴らしていかずちを発生させるだなんて。狂人揃いの黒円卓でも、
ここまで洒落っ気のある聖遺物を持っている奴はさすがにいない。

 ダンテの的確なフットワークに加えて、雷撃の土砂降りだ。杭の弾雨は獲物を食い破る
こと能わずに燃え尽き、逆に一瞬で間合いを詰められた。

 ギターを振り上げるのに呼応して、シルエットが変化し―――今度こそヴィルヘルムは
無邪気に笑った。

 ギターが大鎌に変形した? とんでもないオモチャだ!

「なんだそりゃ。てめえ、頭おかしいんじゃねえのか!?」

 そうは言いつつ、ヴィルヘルムの口元は愉快でたまらないとばかりに歪んでいる。

 電撃を孕んだ大鎌のひと薙ぎだ。いくら彼の肉体が鋼鉄の強度を誇るとはいえ、こんな
ものを浴びてはひとたまりもない。ヴィルヘルムは左腕に極太の杭を放射状に生やすと、
それでダンテの一閃を受け止めた。

「片腕一本くれてやらぁ―――!」

 盾代わりにした杭ごと左腕が切り飛ばされる。衝撃でヴィルヘルムの長身が数歩さがっ
た。僅かに開いた間合い。それを見逃さす、残った右手を振り払って杭を横薙ぎに連射す
る。これだけの至近距離だ。避けるのは容易ではない。

 が、これは牽制。

「―――ハッハァ!」

 本命は長い脚を活かした上段回し蹴り。しかも脛や爪先からは自慢の杭が伸びているた
め、間合いは通常よりもはるかに長い。

955 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/05/31(月) 21:40:08
>>954
 
 拍子抜けするほどあっさりと飛んで逝く左腕/フルスイング=悪魔でなければ/悪魔であっても止められぬ
無慈悲な一撃。
 鮮血が舞う暇もなく哄笑――片腕など瑣末事。
 
 救い難い戦闘狂/どうしようもない快楽主義者/言うまでもない刹那主義。
 横薙ぎに襲い掛かる赤色獣/似たもの同士であるが故の同調/あくまでも牽制=つまらない小細工/されど
も厭らしい小細工/騙すつもりはないであろう苦し紛れ――ブロードウェイを見習えよ”
 
 相対するは典型的殺人狂――故に自らの手+足を使った殺める事を楽しむタイプ
 
「――Don't get hyper about that?」
 
 片腕を跳ね飛ばした勢いを維持したまま大鎌はアスファルトへ一直線/音も無く地面を抉る/突き刺さる/
棒高跳びのように身を任せる/喰らい尽す獣は脇腹+左の肺を喰らう――”コートに穴空いてねぇだろ
うな?

 
 チラリと視線をヤロウに走らせる/案の定必殺であろう一撃/太腿を貫いて分断するのが想像に易い上段
回し蹴り――杭が在ろうが無かろうが常人であれば絶命。
 
――”タルイぜ?”
 
 棒高跳び――より高いバーを越えるが為に最終的には棒の存在を無碍にする。
 ギターを使った棒高跳び――ギターを置き去りに高く舞う/鳴り響く不協和音――”親父の様に優しくして
やれないさ"

 
 ホルスターで眠る白と黒の最高傑作を引き抜く/何時でも何処でも意に応じたまま咆哮を上げる相棒。
 ばあさんの作った最高傑作から吐き出される弾は悪魔であろうが喰らい尽す人類の生んだ奇跡――
”聖遺物”と呼ぶのであればこれが最高傑作である事に疑いの余地はない。
 最高のガンスミスが誰の為でもないオレの為に、素材+加工+潤滑油+火薬+弾頭+薬莢/全てに於いて
オレの道具としてあるべきとされた一品=何もかもを打ち貫く『ばあさん』の魂の結晶。
 
「――Too easy!!」
 
 頭上から弾丸を降り注ぐ/スコールですら凌駕する勢いで。
 暴発寸前であろう相棒は文句も言わず弾丸を無造作に放ち続ける/火薬を糧にした銀の獣が真に恐ろ
しい。
 
 乱射・速射・弾幕形成――続けながらギターケース付近に着地。
 さて、何が出るかはお楽しみ。
 


956 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/06/02(水) 23:00:39


>>955

 セミオートマティックのはずの拳銃から、まるでサブマシンガンのように猛烈な勢い
で銃弾が乱射される。降り注ぐ鉛の豪雨に「ケヒッ」と狂喜で応えたヴィルヘルムは、
自身の躰から数百本の杭を一瞬で生成。ダンテに負けじとフルオートで射出した。
 弾幕と弾幕が正面から激突する。杭が弾かれ四散し、弾頭が跳ねて無数の火花を夜に
咲せた。
 一発一発の威力はヴィルヘルムの杭のほうが高いが、連射速度はダンテのほうが倍近
く高い。拮抗は数秒と保たず、杭の弾幕をかいくぐった狩人の鏃が、吸血鬼の肉を徐々
に食い破り始めた。

「ハッハァ!」

 それでもヴィルヘルムは笑みを止めない。肩の肉が破裂しようと、脇腹が抉れようと、
右頭部が吹っ飛ぼうと、けたけたと嗤いながら杭を発射し続けた。
 負傷に対して再生速度が明らかに追い付いていない。このままだとじり貧で追い詰め
られるのは目に見えているのに、この余裕はどこから出てくるのか。
 黒衣の軍服が自らの血で更に濃く染まっていくのも意に介さず、ヴィルヘルムは自ら
の命を燃焼させていった。その様子は、まるで砂遊びに没頭する子供のようだ。

 ―――いや、もしかして彼は真実、遊んでいるのかもしれない。

 相手を軽んじているのではなく、認めているからこそ対等の敵手として普段は決して
味わえない愉悦に身を浸している。勝利よりもその過程に熱狂してしまっている。
 恐らく、彼は限界まで戯れる気なのだ。 

 文字通り「身を削って」ヴィルヘルムは愉しんでいた。

「なあ、まだなんだろう? まだ何枚かカードを伏せてんだろう? オレには分かるん
だよ。おめえみたいな男はよぉ、必ず出し惜しみするんだ。もったいぶって、なかなか
メインディッシュを持ってこねえ。生まれついてのエンターテイナーだ。場が暖まらな
いと本気になれねえ大馬鹿野郎さ。―――最高じゃねえかくそったれが!」

 でもよ、と吸血鬼は凄みをきかせて呻いた。

「いい加減全力で来いや。見てわかんだろう? オレもそろそろイっちまいそうなんだ。
これ以上は耐えられねえ。我慢も限界だ。次でオレを殺せ。おめえが持ってるカードを
切れるだけ切ってオレにぶつけてこい。宴もたけなわだからな。最高に盛り上がろうぜ!」

 ダンテが着地した瞬間―――弾幕が切れた瞬間を見逃さず、ヴィルヘルムは駆け出し
た。満身創痍の身とは思えない踏み込みの速度。猪じみた真っ正面からの突撃は、攻撃
というよりも自死の選択に見える。

 だが、その獰猛な表情は自殺志願者のそれではなかった。

957 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/06/03(木) 23:31:28
>>956
 
 死に近付き過ぎた亡霊の口上/飽くなき闘争への欲求+飽くなき破滅願望+飽くなき殺害衝動/言葉の
端々から浮かび上がる愉悦+興奮/自らの命を賭けてすら戦いの興奮を味わいたい戦争狂ウォーモンガー
 
 ただし誰も笑えない/特にオレは笑えない――少なからずこの状況を愉しんでいる/そこらの雑魚には
ない興奮+昂揚/痛みすら良いスパイス。
 命を賭けた綱渡り/自分が何であり如何在るべきなのかを忘れさせる特効薬/下らない懊悩はフラッシュ
ペーパーのように燃え尽きる――どんな薬/酒もここまでスッキリとさせてくれる事はない。
 
「――Allright」
 
 爆ぜる――四足の獣のように一直線/タフさは身をもって体験済み/それでもヒットアンドウェイを徹底し、
削り取れば勝ちは拾える――”勝ちを拾うだって?”
 
 構える――身の丈に迫るほどの剣/あしらわれた髑髏の意匠は禍々しく畏怖を抱かせるには十分/刀身
に流れる血液にも似た紅い魔力――お陰で惨劇後のような風情/右肩に担ぎ上げる/吸血鬼との接触――
投げたコインが地面に辿り着くよりは早く、ポーズを決めるには十分。
 左手に握られた白の相棒は水平に/剣は肩に担いだまま/斜に構えて表情には笑みを。
 
「Let's get crazy yeah!」
 
 祝砲を上げて疾走/体を巡る血液は沸騰寸前/目の前の事だけを考える/激突まで数える間もない。
 白の相棒はホルスターへ/しっかりと大剣をホールド/悪魔ですら引き裂くトレードマーク/月明かりに照ら
された刀身は美術品にはない禍々しさを放つ/クソッタレた悪魔の血を吸い続け、魔力を蓄え過ぎている所為。
 
 振る――慈悲+容赦+情け/迷い無く断ち切った/断ち斬って来たのだから。
 

958 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/06/06(日) 17:01:58

>>957


「く、は―――」

 ―――勝負あり、となるはずだった。

「これでオレも絶頂だ」

 悪魔狩人の名を夜に響かせる所以となった身の丈ほどの大剣―――それをろくに防御も
せず、正面から斬りかかられたのだ。上半身と下半身は泣き別れ、亡霊の伝説はここに終
止符を打たれる。―――それが、道理だ。

 確かに、ダンテの刃はヴィルヘルムの躰を肩口から脇腹にかけて見事に斬り捌いた。
 如何なる悪魔も絶命しようというほど凄惨な疵。骨に引っかかったのか、筋肉の収縮が
異常なほど強かったのか、躰が両断されることこそなかったものの、致命傷に代わりはな
い。がっちりと大剣を胴体にくわえ込んだまま、ヴィルヘルムは盛大に喀血した。
 喀血して―――

「―――かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうかWo war ich schon einmal und war so selig

 朗々と、唱え始めた。

あなたは素晴らしい 掛け値なしに素晴らしい しかしそれは誰も知らず また誰も気付かないWie du warst! Wie du bist! Das weis niemand, das ahnt keiner!

 吸血鬼は謳う。凶暴に、放埒に、この上もなく満足げに。

幼い私は まだあなたを知らなかったIch war ein Bub', da hab' ich die noch nicht gekannt.

 それは狂気の祝詞だ。凄惨なる夜の降臨を、もっとも澄み切った闇の誕生を、一種の神
々しささえまとってヴィルヘルムは祝福した。

いったい私は誰なのだろう いったいどうして 私はあなたの許に来たのだろうWer bin denn ich? Wie komm'denn ich zu ihr? Wie kommt denn sie zu mir?

 現実の夜が、彼の夜に侵される。

もし私が騎士にあるまじき者ならば、このまま死んでしまいたいWar' ich kein Mann, die Sinne mochten mir vergeh'n.
 何よりも幸福なこの瞬間――私は死しても 決して忘れはしないだろうからDas ist ein seliger Augenblick, den will ich nie vergessen bis an meinen Tod.

 謳うヴィルヘルムを中心にして、周囲の位層が歪んでいく。闇がまるで質量を持ったか
のように蠢き、夜の上から更なる夜が上書きされる。

ゆえに恋人よ 枯れ落ちろSophie, Welken Sie

 舗装された地面がひび割れ、枯渇し、粉砕された。木々や街灯、自動車やらビルの壁面
やらが砂になって朽ちていく。

死骸を晒せShow a Corpse

 急速な勢いで世界が枯れ果てていく。ヴィルヘルムへと吸い上げられていく。

何かが訪れ 何かが起こった 私はあなたに問いを投げたいEs ist was kommen und ist was g'schehn, Ich mocht Sie fragen
 本当にこれでよいのか 私は何か過ちを犯していないかDarf's denn sein? Ich mocht' sie fragen: warum zittert was in mir?
 恋人よ 私はあなただけを見 あなただけを感じようSophie, und seh' nur dich und spur' nur dich
 私の愛で朽ちるあなたを 私だけが知っているからSophie, und weis von nichts als nur: dich hab' ich lieb

ゆえに恋人よ 枯れ落ちろSophie, Welken Sie

 術者の根源たる渇望が、世界の法則を書き換え―――いま、異界の創造は成る。

創造――Briah――

 そして夜が爆発した。

死森の薔薇騎士Der Rosenkavalier Schwarzwald=v

 創られた夜に銀盤の満月が浮き上がった。如何なる血よりも禍々しく、濃厚なる狂気を
たたえた朱い月。あらゆる吸血鬼の祖たる第二の月輪に睥睨されて―――ヴィルヘルムは
嗤った。これがオレだよ、小僧……と、もはや言葉ではなく世界で語る。

 血を吸う鬼になりたい、夜が永遠に明けなければいい―――ヴィルヘルムの心象風景が
現実に浸食した結果の産物。
 昼に背を向け、夜を受け容れた吸血鬼が創りだしたこの空間では、彼以外の者は悉く搾
り取られる餌にすぎない。無機物も有機物も強制的に生気を吸い上げられる。触れていよ
うがいなかろうが問題ではなかった。いまやここは彼の領地であり胎内なのだから。すべ
てのルールは彼が決定する。
 悪魔狩人が干涸らび砂に還るのにどれほどの時間が必要か。彼はどれだけ耐えきれるの
か。……むろん、ヴィルヘルムはそんな賢しい時間稼ぎで決着をつける気なんてない。

 鮮血の双眸が深淵の闇にあって不気味に燃える。自らの夜に融け込んだヴィルヘルムの
躰は、先までの戦闘による負傷を完全に回復させていた。

 ―――どうだ狩人。これがオレだよ。本当のヴィルヘルム・エーレンブルグだ。

 死森のヴェールで覆われた夜に、誇らしげな声が響く。

 ―――おめえにオレという悪魔が狩れるか? この夜を毀せるか?

 ダンテの力は先までの戦闘でいやというほど思い知った。彼は本物の戦士であり、強靱
なる魂の持ち主だ。手加減はできない。小手調べなんて不敬な真似はヴィルヘルムの矜持
が許さない。―――例えこの夜がどんなに絶対的であろうと。
 初手から全力である。

「ワルシャワの絶望をおめえにも見せてやる……」

 杭が。ヴィルヘルムの体内から生成されていた、あの牙の如き杭が。研ぎ澄まされた枯
れ枝の如き杭が。―――地面から壁からマンホールの空洞から崩れかけた看板から。あら
ゆる常識を無視して夜の闇を突き破る。その数、何千本……いや、5桁に達する勢いだ。
 杭、杭、杭―――死森に乱立する串刺しの牙が、ダンテというたった一匹の獲物を求め
て殺到した。

959 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/06/09(水) 22:36:52
>>958
 
 舞い散る真紅の薔薇/吸血鬼であろうとも血は紅いと言う事の証明。
 手応えは充分/確実な致命傷――悪魔/人間=区別無く死に至る――”マジかよ”
 
 朗々と紡がれる祝詞/呪詛。次第に侵食されて行く世界――作られる深夜/真夜。
 目の前の吸血鬼の傷は見る見るうちに消えて行く/比例して枯れ逝く街=有機無機の区別無くボロボロと
風化して行く。
 
 半分は人間であるが故精気の消失は止まる事を知らず/悪魔である半身は抑え切れぬ衝動となり引金
を轢くまでも無く暴発寸前/お陰で立っていられるという事実――”便利な体で良かったぜ”
 
 深く/暗く/昏く/闇い――世界
 
 切れる手札は数あれど手持ちの札は三枚/ギターケースは闇の中――”ツいてねぇ”
 
 だがしかし抑え切れぬ衝動/アドレナリンの齎す高揚感/刺激される闘争本能/此処で止めなければなら
ないという魂の叫び
 悪魔を裏切った悪魔の血を引くが故に引く/敗れる事は赦されない。
 
 ただの喧嘩だった筈がこの有様だ――”まったく、ツいてねぇ”
 
「Hum――熱いシャワーでも浴びて寝ちまいたい夜だな?」
 
 世界は変貌を遂げる――纏わり着くような闇/濃密+濃厚な血の匂い/そこら中から生える杭+杭+杭/この
身を食い千切らんと鼻息を荒くする獣/数えるのも馬鹿らしくなる群体――”成程、確かにコイツは戦争だ”
 
「絶望? それにしちゃあ紅い光が見えてるぜ? SOSでも出そうってか?」
 
 合図無く放たれる獣達/一つでもまともに受ければ死に至る/万に迫るであろうそれを致命傷もなしに避け
きる/あまりにも分の悪すぎる賭け――”そういうのは嫌いじゃない”
 
「――I’m a absolutely crasy about it!」
 
 避ける/断つ/貫く/撃ち落す――流れるように/自然に/緊張感無く一連の動作を行い続ける。
 時に杭を足場/移動手段に用い間隙を縫うようにターゲット=紅い双眸の元へ。
 
 尽きる事なく漏れ出る魔力/全身を覆う紅い靄――闇の中であろうとも色褪せることのないルビーの光。
 留める/押し込める――狂気を浮かべた笑みで人間として始末をつける。
 
――”化物を打倒するのは何時だって人間でなくちゃなら無いのがお約束だろ?”
 

960 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/06/10(木) 22:33:51
>>959

 四方八方から間断なく襲いかかる杭の嵐に、ダンテもまた自身を暴風に変えて対抗した。
 大剣が荒れ狂い、拳銃が吠え盛る。コートの裾を翻し、身の置き場所を一秒たりとも留
めない。肌が裂け、肉が食い破られる程度は意に介さず、的確に致命傷へと至る軌道の杭
だけを取り除いていく。
 ダンテの動きは野獣めいていながら、その実、薄ら寒いほどに怜悧に立ち回っていた。
 杭の生成速度は毎分一万近くで、バルカン砲の連射速度をはるかにしのぐにも関わらず、
じりじりとヴィルヘルムとの距離を縮めている。

「ク、ハ―――」

 つくづく賞賛に値する野郎だぜ。

 ヴィルヘルムは、自身の渇望によって生み出した深淵の闇から、浮かび上がるように黒
衣の軍服姿を晒した。驚くべき光景だが、この死森の薔薇騎士≠ネる世界においては、
彼はどこにでも自由に出現できる。それこそ、ダンテの足下の地面から、まるで水面から
顔を覗かせるように現れることも可能だった。背後だろうが頭上だろうが容易にとれる。
 ―――が、そういった小細工は恐らく通用しまい。
 ヴィルヘルム自身も気付いている。どんなに完璧に気配を殺したところで、躰に染みつ
いた血臭までは消せはしないことを。事実、ダンテの視線は一時たりともヴィルヘルムの
核≠ゥら離れはしなかった。
 何より滾ってしかたないのだ。この昂奮を押し殺さなければ、気配を絶つなんてとうて
い不可能だ。燃え盛る赤眼が誘導灯のように己の居場所を教えてしまう。

 ならば―――

 かちかち、と犬歯を鳴らす。

「創造≠発動したところでよ……何かが変わるわけじゃねえ。オレはオレのままよ。
ろくでもねえチンピラさ。てめえをぶちかまして吸い尽くしてやるって目的も変わらなね
えぞ―――オラァ! 根性見せろやクソガキ!」

 全身から杭を生やし―――自身もまた杭の一塊となってダンテに突撃する。

 これで何度目になるかという正面突撃。しかし、先までより動きははるかに鋭く、疾い。
杭の強度も違うし、何より再生速度が桁違いだ。腕が飛び、胴体が薙がれたところで、自
身の闇に融けて、数秒後には完治する。あまりにも反則じみた世界≠セ。

 この鉄壁の夜≠打ち破る手段は、果たして―――

「ヒヒ―――ハハハハハハ! なあ、オイ! 最高にロマンチックな夜だろう!」

 銃弾に顎を吹っ飛ばされ、唾液と血反吐をぶちまけながらも即座に再生するヴィルヘル
ム……その横顔は、童子のように無邪気だった。

961 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/06/10(木) 23:33:42
>>961
 
 身を削る杭/致命傷だけを避けながら牛歩の如き全身/目指すべきは下水の臭いよりも酷い悪臭=血臭/
爛々と輝く双眸=常人では疑うべき本能に任せた直感。
 其処に居るのは間違いがないという直感+経験則から成る当てずっぽう+ギャンブル精神。
 
 負ければ無一文/ローンすら消えるある意味での天国――まだ其処に辿り着くには早い。
 だからこそ醜く/生き汚く――それでも余裕ありげに戦場を駆け抜ける。
 
 それこそが使命/宿命――この喧嘩の幕引き。
 明けない夜がなければ二度と朝日が昇らない事はない――天使/悪魔=相反するものが在ってこその
世界――”スパイスってヤツさ”
 
 闇に浮かぶターゲット=時代錯誤の軍服姿/兵器産業従事者ですら唾棄すべき制服。
 世界一の嫌われ者/制服だけ見れば最高峰の軍隊/”ぬるり”といった表現が適当過ぎる登場/狂気+
童心を持ち合わせた満面の笑み=救いは闘争の中に在り/命すらチップ。
 
「――終わりにしようぜ? エンドロールが流れるにしちゃ、レイトショーでも遅すぎる』
 
 抑え切れぬ衝動/揺らぐ境界=半人半魔であるが故の境界――悪魔が笑う。
 
 間隙を縫い辿り着く(寧ろ向こうから飛び込んできた)ターゲット/速射は止むことが無く/叩き伏せる大剣
は暴風雨/漏れ出る魔力は止まる事を知らず闇夜ですら紅く赤く照らす。
 
「So――I tink so……Present for you」
 
 速射は止まる事を知らず縦一文字/漏れ出る魔力の暴発=刹那にも似た悪魔の顕現=爆発的な魔力の濁
流……望まぬ/望んだ――神速の横薙ぎ=十字に放火と斬撃のクロス。
 
「――Fear?」
 
 紡いだ言葉は人間/悪魔である自分は押し留める――力が欲しい訳じゃあない。
 人/悪魔――曖昧な境界であるからこそ。
 
「Are you ready?」
 
 狂気+昂揚+余裕を含めた挑発。
 止まぬ速射を続け大剣は肩――夜明けは近い、か?
 

962 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/06/12(土) 20:11:00


>>961

 振り被った大剣が薙払われる瞬間、悪魔狩人の口元が三日月に歪んだ。それは本来な
ら狩人の獲物であるはずの悪魔の笑み―――血に飢えた獰猛なる嗤笑。
 なんという禍々しさか。

「てめえ―――」

 ヴィルヘルムの死蝋めいた貌から、初めて喜悦の色が失せた。怒気が不可視の刃とな
って全身から爆散する。

「ハンターの癖になんだそのツラぁ」

 滲み出る悔しさが、赤眼から血涙を流す。

「てめえ、そんなに上等でイカレたネタを! こんな締めまで取っておきやがって!
スカしてんじゃねえぞビチクソが! 野郎! どうして、どうして―――!」

 振り払われた一閃が闇を両断し、怒号の砲火が夜を穿つ。奇しくも十字架を形作った
ダンテの攻撃は、宵闇の忠実なる眷属として吸血鬼に「なりきっている」ヴィルヘルム
に致命的なダメージを与えた。
 上書きされた世界に亀裂が走り、殺人鬼が渇望した「あけない夜」が崩れてゆく。

「おおおおおおおお!」

 だが、ヴィルヘルムは止まらなかった。彼の“創造”は破られ、鮮血の満月は消え失
せ、平常なる夜に戻ろうと―――自身の臓物をばらまきながら、“人間”に戻ったダン
テに突っ込む。
 硬く握りしめられた拳に、彼の牙たる杭はもはやない。ただただ沸き上がる怒りに突
き動かされて、その一撃は放たれた。

963 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/06/12(土) 22:31:58
>>962
 
 轟く怒号/怒りに任せた咆哮=ジョーカーを晒した/今まで晒さなかった事への衝動。
 技術/戦術/戦略――皆無の吶喊=カミカゼトッコー。
 
「Ha――!」
 
 挑発的に吊り上がる口角/大袈裟に竦める肩/砲火はストップ/反逆の剣は収まるべき場所へ
――”楽しい遊びは此処までだ”
 
 振り上げられる拳――杭の無い/悔いのある一振り。
 馬鹿正直なまでのストレート/巨漢であろうとも顎を飛ばされるであろう一振り/予測される軌跡=
躊躇う事なく顔面を捉える鉄槌――”悪かねぇさ、こういうのも”
 
「お楽しみは最後まで取っておくもんだろう?」
 
 振りぬかれた拳/口から溢れる血/ズタズタになったお陰で暫く刺激物は食えそうにもない傷/
それでも不適に笑うのは止める筈もない。
 唾と一緒に吐き出す赤/ビチャリと音を立てて無味乾燥のアスファルトに拡がる赤。
 
 枯渇する事のない平穏な風景=酔漢の戯れ。
 
「This is for you?」
 
 握る拳/振る抜くべき標的は地に足も着いていない様子/かける慈悲は――”ねーよ”
 
 突けば穴が開きそうな腹部/既に鮮血に染まり零れんばかりの臓物が顕/迷い無く突き立てる
――”遠慮なんてするのが無粋だろ?”
 
「Break up a party?」
 

964 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/06/14(月) 00:29:28

>>693

 返礼とばかりに叩き込まれた拳は、ヴィルヘルムの腹部の創傷を抉り、肉を突き破っ
て内臓にまで達した。ぐぷ、と喉から溢れ出した血塊がダンテのコートを染める。
 今宵、何度目の致命傷か。もはや数えるのも馬鹿らしくなる傷手は、やはり彼の命に
までは届かないのだろう。腹にダンテの腕をくわえたまま、ひどく疲れた表情で溜息を
こぼすものの―――その横顔には、死に至るもの特有の諦観がない。

 ヴィルヘルムは静かに言った。

「お楽しみは最後まで……その考えには同意だけどよ、タイミングってもんがあるだろ
うが、ああ? メインディッシュより食いでのあるデザート用意する馬鹿がどこにいや
がるってんだ」

 吐息が触れあうほどの距離。この肉薄した間合いで、しかも対手は片腕が拘束されて
いる。負傷の深さを無視すれば圧倒的にヴィルヘルムが有利な状況であるにも関わらず、
彼が選んだ行動はずるずると後ろに下がることだった。

 こぼれた臓物を強引に腹に穿たれた穴に突っ込む。弾丸に潰された右目を軍服の袖で
鬱陶しそうにこする様子は、悪趣味なコメディ映画のようだが、ここが戦場だというこ
とを鑑みるとあまりに無防備だ。―――ヴィルヘルムは完璧に戦意を喪失していた。

 彼の創造―――死森の薔薇騎士≠ノしてもそうだ。確かに十字架は、炎や銀と並ん
であの世界≠ナは痛恨の弱点だが、だからといってそれだけで物理法則を塗り替える
ほどの渇望が壊されたりはしない。5割は肉体的なダメージが原因だが、残りの5割は
ダンテの本性≠ェ暴かれるのを見て、ヴィルヘルムが萎えてしまったからだった。
 固有結界の維持には、術者のモチベーションが強く作用する。

「タイムリミットなんだよ」

 東の空を顎で指す。ちょうど、ビルの隙間から溢れ出た日の光が、闇の天蓋を白に染
め始めたところだった。

 日光は、夜族ではないヴィルヘルムにとって嫌いなだけで弱点というわけではない。
しかし、「吸血鬼になりたい」という強固な願望―――つまり思い込みによって、強大
な力を手にしている彼は、日中では闘争のテンションを保てないのだ。
 夜こそが彼の狩り場であり遊び場だった。

 日が明ける前に本性≠晒してくれればよ……オレの慢性的な飢え≠ェ、もしか
したら満たされたかもしれないのに。
 そう愚痴りかけて、いいや、そうじゃないな、と胸裏で否定する。
 ヴィルヘルムの創造は「終わらない夜」の具現だ。本気で夜明けを拒否するのなら、
命がけで死森の薔薇騎士≠維持すればよかっただけの話。そうすれば、思う存分に
殺し合うことだってできた。
 その選択をしなかったのは、つまり―――

「いま≠カゃねえってことだな」

 偶然同じ街にいたから興味半分で喧嘩を売ってみた。そんな軽い理由で、こいつを殺
すのもこいつに殺されるのも、もったいない―――それがヴィルヘルムの出した結論だ
った。
 ダンテが最後に一瞬だけ見せた姿は、一時の快楽に総身を委ねてしまいがちなヴィル
ヘルムをもってしても喰うこと≠躊躇するほどの上玉だったというわけだ。

「気に入らないから殺し合う。そんなチンピラじみた殺し合いも悪かぁないんだ。オレ
ぁそういうのが大好物だからな。けどよ、オレもそれなりに遊びにゃ拘るタイプだ。極
上の美女を路地裏でレイプするような無粋な真似は絶対にしねえ。手間をかけて口説い
てモノにするのがほんとの遊び上手って奴だ。……なあ、オイ。そりゃてめえだって同
じ意見だろうが? てめえならオレの気持ちがよーく分かるはずだぜ」

 同じ鬼子だからな、と呟いて「クハ」と嗤い飛ばす。

「今夜はよ、顔付き合わせてグーテンモルゲンよろしくお願いしますって感じで締めて
おこうや。なに、心配するな。次こそは最高の演出でてめえを殺し合いの舞台に引っ張
り上げてやるからよ」

 けど、まぁ―――

「悪くはない夜だったろう」

 少なくとも、ストロベリーサンデーの弁償分は愉しませてやれたはずだ。白面白髪の
吸血鬼は悪びれもなく呵々と嗤った。

965 名前:ヴィルヘルム・エーレンブルグ:2010/06/14(月) 00:32:47



 そうして、傍迷惑な半世紀前の悪夢は、
  朝の訪れとともに/夜の退却とともに、街から姿を消した。


.

966 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/06/17(木) 23:03:56

 何時も通りの喧騒+煙たく澱んだ空気+何時もの顔ぶれ。
 何も変わる事の無い日常風景といっても過言ではない、些細な喧騒すらも日常茶飯事で片付けられる
バーでの一時――壁に空いた穴はドイツもこいつも見て見ぬ振り/マスターは何時もと変わらぬようにグ
ラスを磨く。
 
 オリーブ抜きのマルガリータ/自家製スモークの逸品/ストロベリーサンデー。
 どれもこれもテーブルに並ぶ事はなく、ジントニックで渇きを癒す。
 
 糞っ垂れた喧嘩も一晩が過ぎ、何事も無かったかのように過ぎていく日常。
 枯れ果てたかのように強い疲労を浮かべる常連客/疲れなど見せず、表情の無い表情を浮かべるマス
ター=変わる事の無い風景=人間のタフさの証明。
 
「ジントニック――オリーブ抜きのマルゲリータとスモークチーズ」
 
 短く纏まったシルバーブロンド/笑みを浮かべ過ぎたお陰で刻まれる深い皺/修道服に浮かぶ不自然な
膨らみ=神にすら仇成す鉛を吐き出す使徒=例の教会のシスター。
 
「私はー、ジントニックだけで!」
 
 揺れるブラウンの髪/何時も通りの改造修道服/太陽の如き笑みは闇夜すら照らす至宝の宝石。
 依頼人とその他が揃って登場。
 
「遅ぇよ。必要経費は弾んでもらうぜ?」
「どうせヘル・バンガードだろ?――ボーナスなんかやらないよ」
「土産があるってのにつれねぇな。そのケースだけじゃ足りやしねぇ」
「へぇ――それは楽しみだ」
「キリン肉のユッケ!? それは酷い!」
「カズィクル・ベイ」
「カズィクル・ベイ――?」
「キリンは食べ物じゃなくて愛でるものだよ!」
「そう――カズィクル・ベイ」
「あの――カズィクル・ベイ」
「キリンは、長くて、穏やかで――心が満たされるような……」
 
「聞くか?」
「今はケースが足りないね。まさかそんな土産話があるなんてさ」
「あの穏やかな瞳――」
「ツケでも良いんだぜ?定期収入ってのはあこがれる」
「私はキャッシュしか信用してなくてね。ああ、まったく。せっかく運用費用を稼いできたってのに全部吐き出さ
なきゃ気がすまないじゃないか! 嫌な男だよ!」
「良い男を待たせた代償だ。それくらいは勘弁してくれよ」
「パンダなら――パンダなら食べても――」

「「帰れ、お前」」
 

967 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/06/17(木) 23:21:30
 
 グラスを一息に飲み干す老婆――今回の依頼人/神を信仰する生粋のギャンブラー=”神を信仰する
限り私は負けやしない”が口癖の何でも屋=幻想中毒――ファンタジーマニアの背信者。
 
「色男だったかい?」
「オレには劣るけどな」
「勿論ナチの軍服だろう?」
「制服だけは褒められるセンスだ」
 
「キリンー」
 
「串刺し公の由来は?」
「体中から杭を生やすなんて手品にゃ驚くぜ?
「その割には――っと、何時に無くボロボロなコートだね」
「正直、次は完全な殺し合いだ、勘弁願いたいもんだぜ」
 
「キリンー」
 
「「帰れよ」」
 
「うぅ――キリンー」
 
「で、殺ったのかい?」
「神に仕えるシスターが言う言葉じゃないぜ?」
「私はギャンブルの神しか愛さないからね。負ければ文なし、それが全てだろ?」
「Ha――相変わらずだ」
「アンタへの報酬もそこからだよ」
「まったく――長くなるぜ?」
 
「ピザだろうがサンデーだろうが好きなだけ食いな。あの”カズィクル・ベイ”の話が聞けるなら金なんて
惜しみやしないからね!」
「オーケイ――長い夜の始まりだ」
 


968 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/06/17(木) 23:24:04
 
 
 
        そうして、傍迷惑な半世紀前の悪夢を。
          朝が訪れるまで/夜を殺すまで語り尽くし。
            一夜限りのパーティを洗い浚いブチ撒けた。
 
 
 

969 名前:Dante ◆deViLHuNtM :2010/06/17(木) 23:26:43
 
 
 
 
 
                       これが、この話の終端だ。
 
 
 
                          続く事があるなら。
 
 
 
                      明ける事の無い夜の訪れと共に。
 
 
 
 
 

970 名前:ジグムント・ウピエル:2010/06/26(土) 20:21:21

【ジグムント・ウピエルVS更級小春】


ライト、オン。

 檀上に居るタイトなボンテージに身を包んだ長身痩躯の男が一匹。
眼下には100もの蔓延る聴衆どもだ。
 細身の男に酔い潰れ、骨の髄まで一元化【ロボトミー】された男女
崩れは老いも若きもお姉さんも同じ巣穴の同胞だ。
 謳いをグダグダ跳ばす舌音が”喰いてぇ喰いてぇ【 Fuxx it All 】”
と盛んに苧環転がし回せば
 「死にたくないのよ私を食べて」
と誰かが喚き、それでは止まらず
 「朝活で鍛えてるの こっちを食べて」
と健康自慢の無謀自慢。滅びの優先権を自前で主張し憚らぬのだ。
 
 ここは調度品も洒落た給仕設備も無い即興の箱である。
その昔地方連隊の自衛隊が事務機材機器倉庫だった不良物件を某製薬
会社へと所有権を「整理」する形で組み入れた”いわく”の代物だった。
 打ちっぱなしの薄呆けたコンクリ壁、抜け落ちの骨組を曝け出す天井。
狂騒を廻らす特異な技巧などここの何処にも見当たらない。
 何がどうなれば万物の霊長が呆けた歌唱する群れへと身を窶すのか。
男の歌は悪魔崇拝を標榜するが、その音色は何処か憂いを多分に含む。
哀歌と云えば哀歌であろう。悪とは望めば神をも望むもの。
つまりは表裏一体、アブラクサスの様なものだ。自己矛盾の人生エレジー。

可笑げもなく男──吸血楽師ウピエル──は哂いを上げる。滑稽な奴等こそ
が愛いものなのだろう──Ah, Love you , ベイベ。彼はしゃくりあげる。
血を吸われていない”人で無し”どもも釣られて口開け哂いに耽る。
天使と同じく悪魔は癌細胞だ。心に巣食い/救い、忘我郷を築いていく。

──平和に脳髄が汚される前にハッピーの果実を吸いこませろよ。
  3日目位が頃合さ。羊に安息日は来やしねぇ。
  You Know guys?世界は4日目で止まったままなのさ。
  高きの神は地上に厭いて乾いちまってる───

歌が途絶えた。
自動演奏されるドラム・マシーンが凍えた様に身を震わせ、男の蹴りに沈黙を
した。脇に囲われたお飾り六弦琴が微塵に烈断、ベースの男色的思想を醸し出
す音色は弦の1張から亡き者と化した。
 ウピエルの狂乱。ただギター音だけが暗黒を照らし遍く精神世界を葬送石色に
染め上げた。聴衆は半島の啼き女の様に泣き咽せ転げ、彼の為に地に付し仰いだ。
其れほどまでに男のギター・プレイは完璧だった。

────Death Death Death Death Death.

奴隷が叫ぶ。彼の世界よ続けきぞ給えと吠え立てる。

男の魔力の前に自発的な悪習が瞬く間に作りあげられていた。それは恍惚のロシ
アン・ルーレットとでも名付けられよう信じがたい光景だ。

1列に一人ずつ、女が野獣のロウにより奉げ物となり剥かれて段へと奉られる。
女は感情の源泉は分からぬが、その表情は紅潮して昂ぶりを隠していない。
今から自分に訪れる変貌を自然に理解しているのだろうか?
尤も原始的な流体のナチュラル・フーズ。
自分がロココ期の王侯貴族に愛好者が居た蠱惑の妙薬に成り果てる事を皆は識って
いるというのだろうか?...何とその答えはYesだ。
ウピエルの指が腕が牙が眼が局部が全てが、彼女らを誘い簒奪し、舞台を闇より赫
に塗り替えてゆく。
 裂け落ちる下着・体液に嬌態/狂態の渦が沸く。段下より響く一層のencore。
地獄の釜の底だ。

──ヘモグロビンをリッター単位振り巻きゃいいのさ
 肺腑深く吸い込みゃぁそれだけさ。それだけでいい
 ママの股座にぶち戻りたくなるってもんよ。
 作られた僕の罪を購って下さいってなぁ???───

……It's a gig time. Play or nothing!

971 名前:更級小春 ◆KAzEucHi75yQ :2010/06/26(土) 20:23:18
  ピンポーン ピンポーン

「いらっしゃーい小春ちゃ……って、なにその大荷物」
「あ、あはははー……うん、ちょっとうちって家族が心配性で、お泊まりするって言ったらこんな風に……」

 うう、友達の家にお泊まりなんて当然に初めてなのに、かっこわるいなぁ。
 まあそりゃ心配する気も分かるし、私もちょーっと内緒にしていたこともあるけど……


  ***


「お泊まり、ですか? 小春様」
「うん。ほら、うちのクラスの弥生ちゃん! あの子に誘われちゃってさ、こーゆーのも青春の1ページだよーって」
「それはわかりますけれど小春様、天御門も攻めてくると宣言してきた以上、あんまりうつつを抜かしてh「えっなになに
小春様お泊まりなの!?」「うっわいいなー楽しそう!」「弥十郎くんの居ない間に青春をエンジョイかっこ死語かっことじる
かー」「ふむ私の推理では本当は女子じゃなくて男子のところnぐふっ」「ああっ巫女“い(仮)”が!」「犠牲になったのだ」
「……て、ていうか勝手に仮名で呼ばないで……がくっ」「死亡確認」「良かった生き返るフラグだ!」「それより小春様
おみやげお願いしますおみやげー」「お泊まりにお土産要求ってどうよと」
「ああもうちょっと外野は黙っててください!」

 ……なーんかもうほんと、一神殿が合流してからうちめっちゃくちゃやかましくなったなー。
 よく知ってたことだしむしろ予想通りだけど。
 だいたい、友達んちにお泊まりなんて八歳と一対一じゃなかなか言えないもんね。

「……はあ。もう約束されてしまったんですか?」
「えへへ、まあそういうことなんだけどー……ダメ?」
「仕方ありませんねえ。一泊だけですよ? それに危ないところへは行かないこと! いいですね?」
「うんうん、ありがと八歳!」

 という風に良い感じに毒気を抜かれてお願いが通りやすくなるってね。ふっふっふ小春ちゃん策士策士。
 まー、危ないところへ行っちゃダメってしっかり釘刺されちゃったけど……ごめんね、八歳。

「ええっとそれじゃ旅行セット……はないから、歯磨きとタオルと小春様のお着替えとあとええと」
「え、あ、ちょっと八歳! そういうのは自分でやるから大丈夫だって!」

 見る間に荷物がえらいことになってきました……って他人事じゃないって!

「そうじゃ八歳、そういったことは小春様自身にやらせるべきじゃろう」
「まったく八歳の過保護ぶりにも困ったものじゃ」

 よーし婆ちゃん達ナイス!

「ふむ、じゃが心配になるのも無理からぬな。どれ儂はゴムの用意でも」
「そっちの外野も黙っててください! というか洒落にならないものを用意しないでください!」

 ……あー。前言撤回。

「はぁ……あ、遊風稜ゆせみ。そういうわけだから何かあったらお願いね。千鳥さんも羽成さんもいないし……って」

 この騒ぎのなか黙々と晩御飯食べてる……この妹マジ大物。


  ***


「……でも結局色々持たされてこんな荷物になっちゃったの。抵抗失敗」
「小春ちゃんちも大変なんだね……」

 とりあえずお部屋に上がらせてもらって一息。でもいきなり身の上話ってどうなのよ私。
 まあ、大所帯なあたりはぼかしたけどね。特殊な身の上だし……だからこそ、こうしてお泊まりなんて「普通のこと」も
してみたかったわけだし。それに八歳たちには内緒にしてたもう一つのことも。

「で、弥生ちゃん。例のライブ? ってもう行くの?」
「うん、弥沙子ちゃんの話だともうそろそろ」

 そう、みんなに内緒にしてたのはライブを見に行くこと。
 何でもこの近くでインディーズのバンドが不定期にやっていて、それがネット中心にもの凄い人気だって言う話。
 色々と忙しくって音楽をゆっくり聴く暇ってそもそもなかったし、ライブなんて確かに楽しみ……なんだけど。

「でもさ、ほんとに危なくないのかなあ。女二人でライブ行くって」
「そりゃまあちょっと心配だけど、あの弥沙子ちゃんだって行ってるくらいだし……それにその弥沙子ちゃんからの
 せっかくのお誘いだしね」
「それもそっか。……にしても、白柳さんが、かぁ……」

 あの人すっごい大人しい人なのに意外。まあ、そういうもんなのかな。

「あれ? でも弥生ちゃん、最近白柳さんって学校で見かけたっけ?」
「え? あれ……いやでもこうしてメールで誘ってくれてる訳だし、気のせいじゃない?
 あ、ほら、そんなこと言ってる間にメール来たよ小春ちゃん! そろそろ行かないと」
「あ、うんおっけ」

 大丈夫かなあ。

972 名前:白柳弥沙子:2010/06/26(土) 20:28:34
>970>971

 小気味のいい休日の夜だ。
 今や旧知となってしまった彼女らの引率までは後数分。彼女、白柳弥沙子が
集合場所として指定をかけたのは著名な私塾の正門前。幹線バスが数分おきに
往来し数多の人種が行き交う同世代の交差点であった。
 
 夜にも花は咲くものだ。昼には似合わぬ形而下の花が。花とは何も植物ばかり
を呼ぶものではない。
 爛漫の花輪を際立たせ、燃える紅の大輪を振りかざす椿嬢。
但し、その命は短く花弁は見る影も無く転げ落ちる──や、顔を見せず目立たず、
勝手にその性人生の終焉を迎え、見えぬ成果を撒き散らす松花嬢など...
今まさに弥沙子の視線を遮った者たちこそが夜族の味覚を蕩かす芳醇の花達だ。
 この数週間で弥沙子は多くの花を見つけ、後を追い、その花を散らし、蜜を啜り
続けてきた。主の元に無い、つまりはデータに加えるべき貴重人種の血液バンクの
お零れに預かることで。

 今日の相手の枝ぶりはどれ程であっただろうか。。
 正直記憶の中の両名は、少なくとも弥沙子の審美眼には適っていなかった。
主人の命が無ければ誘う事など想いもよらなかったであろう。  
 待ち時間に倦んだ彼女は二人の凡庸な旧知達の姿を何度も想起しては変わらぬ
結論を繰り返す。──合間に入る詰まらぬ男からの執拗な声掛けに辟易しながら。

 やっと旧知が来た。男を袖にする弥沙子に瞳をしばだてる元同級どもが。
嗚呼こんなに二人は稚い存在だっただろうか。薄笑いが止みそうにない。
 挨拶もそこそこに、弥沙子からの二人のボディチェック評が入った。
「カラダが初心なら指先くらいは染まってみたら楽しいのよ」

 細身のデニム、ゴールド縁のキャミを荒めのニットポンチョで覆う体──これ
でも控えめだ──が語る言葉は説得力があるだろう。
 だが、弥沙子の記憶の二人が今の幼さをより際立たせるように、二人の記憶の
中の弥沙子もまた、今の彼女とは整合性を大きく欠いていたようだ。
 
「どうかしたのかしら?わたしのこと、登山に水着で来た様な目で見るのね」

 余所余所しく首を振る二人を嗜虐の瞳で見透かす事が面白くて堪らない。
 二人の今の装束ならば会場では即座に異端審問の縛が迸り、咎の印を探るべく
その肌も心も全て”あばかれ”散っていくのだろう。
 そんな近未来の有様が瞼の裏に浮かんで来ると、悪寒にも似た快楽粒子が全身を
蝕み走り弥沙子の心は堪らく時めき疼くのだ。
 そういえば二人には度々礼節を教えてもらった記憶があった。
それは望まぬ知恵…講義中に就寝しても教師から後ろ指を刺されない手段や残り物の
筑前煮を美味しく頂く方法といった…いい加減だが、二人にとっては切実な知恵だった
ものと記憶する。それならば今日は最後に返礼だ。一つくらい教えてあげても差し支え
あるまい。
 
 気付けば3人はどこにでもあるチェーンの薬店の裏口、その中のにある地下倉庫へと
その歩を進めていた。禁酒法時代の酒場のような場の流れ。
背徳感が2人の間に去来する。

「小春。あなたは今の自分を愛してるかしら?もし、今の自分の全てを好きでいられるの
なら、今ここで帰った方がいいわ」

弥沙子の瞳が鈍く輝く。弥生の瞳がそのとき、同じ香りに染め上げられた。これは暗示だ。
”ここまで来たなら行くに決まってるし”
主人の意思の招来に応えそう云う弥生に弥沙子がドアノブを捻った。有無を言わせずに。
巨大な金庫のような防火仕様の扉が開き、大音響が回廊へと迸る。

「くくく…わたしは昔の自分が大嫌い。もうあなたとは会わないわ。ここへ入ってこないなら。
心配?気を遣われるのは嫌いでしょう。虫唾が走る。ただ単に…わたしはね…」

 大きな男の手だろうか。中から弥沙子を攫い上げドアの奥へと吸い込もうと
する。バタつく彼女の足が偶然男に当たり男は悶絶した。だが彼女のそれは拒否
というより喚起の震えだ。

「ヤりたい事を見つけたから辞めただけよ。らーらばい」

咽るほどに哂う弥沙子。同じく哂う弥生。

「やりたい事はあなたはないの?───私はこれで、人生辞めました。キャハv」
 
可笑しげに自分は人間ではないと宣言した後、二人は手を取り合いドアの奥へと消えていった。

973 名前:更級小春 ◆KAzEucHi75yQ :2010/06/26(土) 20:29:43
>>972

 やっぱり大丈夫じゃない。こんなの絶対大丈夫じゃない!
 頭の中で警鐘がどうこうなんて、そんな生やさしいもんじゃない!
 
 それはまあもちろん……うん、恥ずかしながら「もちろん」って言っちゃうんだけど……白柳さんの格好には
びっくりもした。でもそれを言ったら、白柳さんがこんなライブに来るって事自体が意外だったんだし、それに
どうせ来るなら、ちょっとやそっと派手な格好なのも当たり前。むしろこんな飾り気のないTシャツなんて格好で
来ちゃった私のほうが恥ずかしかったぐらい。
 ……その時だけは。

「ね、ねえ、弥生ちゃん……」

 でも、こんな……明らかに「悪い」雰囲気の所まで来ちゃったら。
 ううん、それ以前に白柳さんの雰囲気が違う。言動が違う。表情が違う。目の色が違う。
 違う、違う、違う……そうじゃない、もっと根本的に、そう、「人間が違う」。
 これは私が学校で見知ってきた白柳弥沙子さんじゃない。背筋に冷たいものが走って仕方がない。

「弥生ちゃん、弥生ちゃんってば……」

 だからいけない。今すぐにきびす返して……文字通り“飛んで”でも帰るべきだ。
 だってそうじゃない、今日はお泊まりなんだもの。こんな危ないところに来なくったって、別に羽目を外さ
なくったって全然大丈夫。すぐにでも弥生ちゃんちに帰って、テレビ見て、お話しして、お風呂入って、太っ
ちゃうねーとか言いながらお菓子食べて、夜更かしして、ワールドカップでも見て、見ながら寝ちゃったり
して……そういうのでいいじゃない。
 なのに。
 
「ねえ、弥生ちゃんっ!」
「……え? 小春ちゃん? どうしたの早く入ろ。なんかもう十分盛り上がってるみたいだしさ」
「だってどう見てもヤバいよここ! 白柳さんには悪いけどもう帰ろ! ね!」
「何言ってんの小春ちゃんったら……あ、ごめんごめん弥沙子ちゃん。さっきも言ったけど今更
 帰ったりしないって。ほら、小春ちゃんも」

 弥生ちゃんが……いや、弥生ちゃんまでおかしい、さっきから。
 白柳さんの挑発に乗せられて、とかそんなんじゃない。少し熱に浮かされたように、魅せられて……
いや、魅入られてる。そんな感じ。
 ああ、さっきからと言えば……この匂いだって、おかしいじゃない。
 お酒の匂いとか、香水とか、そういうのに混じって、これ……
 
 血の、におい。
 
 こんなの、戦いの時だけで十分だ。こんなところでこうまで濃厚に嗅ぎたくなんかない。
 だっていうのに白柳さんはもちろん、弥生ちゃんもそれに気づかない。気づかずに中に入ろうとしている。
 止められそうにない。
 
 ……ほんとに、八歳の言うとおりになっちゃった。危ないところに行っちゃダメだって。
 これが“危ないところ”じゃなかったらなんだっていうんだろう。
 どうしよ、本当に心底から帰りたい。でも……
 
「弥生ちゃんを置いていける訳ない……よね」

 やりたい事がどうこうって白柳さんが言ってたなぁ……私にとっては、やりたい事なんていま十分満喫してる
ようなものだよ。今日の“お泊まり”だってそうなんだから。
 だから当然、弥生ちゃんを放っておける訳はない。
 ――ポーチの中を探る。念のために持ってきた小柄、着替える為の『風纏い』。大荷物なだけあって、八歳ったら
しっかりこんな物まで用意してくれていて……まさか本当に使うことになりそうだなんて思わなかったけど。
 その存在を確かめつつ、弥生ちゃんを追って、中に……

974 名前:ジグムント・ウピエル:2010/06/26(土) 20:33:16
>>973

 弥沙子がドアを開け、やや遅れて小春が入り込んできた頃。既にこの箱は紐育
市長が匙を投げて引退する程に紊乱たる風紀に浸りこんでいた。
音は綺麗だ。聴覚しか持たずに生を受けたのであれば結構なものだったろう。
スロウなアルペジオ。銀光した細い美しいワイヤー弦がそれぞれ別の生き物染みて
多重で難解な音階を一つ一つ聴衆に薄めた酒っぽく忍び込ませているのだから。
だが臭いは?その有様は?───餓鬼の食事と排泄のが余程礼儀にかなっている。

 切り裂かれたドレス。体液のカクテル。強い酒精に火薬臭が高い人口密度と
共に相俟って霧の様に一帯全体を覆い潰しているのだ。うわ最悪絶交仮面。
 それでも檀上の楽師は気付く。一等後ろの下界の袖、外界から迷い込んだ小童
3匹の水澄ましほどの存在感に。
──高まるテンション↑ギターテーマが”ビッグブリッジの死闘”に変わる勢い。
 水澄ましなのが善かったのか。水を澄ますのなら酔いも澄ますのだろう。
楽師は目をむき大口開けた/マイクば翳してShout it loud out!!!

 「Oh my goddes!!末法の空世ってヤツじゃァ女神とやらもこんなにお粗末
 になりやがるのかい。あー判るぜ。金余りのJapがアキバで家電漁るなぁよ、
 このガキを見てStairway to Heavenの相場が大崩れしてるって寸法さなぁ!」


スピリタスを撒き散らし 螺旋回転360R、Vivitな煌きで床石瞬き炎色反応。
赤色焔がコォコォ燃える。仄暗い会場だ。檀上からの突如の証明に沸き立つ奴ら。
それこそバチバチ跳び撥ね羽虫の様だ。
羽虫は撥ねる。ぴょこぴょこ撥ねるが蝿や蚋ばかりでは堪ったものじゃない。
耳に優しいアルペジオも奏者が機嫌を損ねりゃカコフォニーに陥る季節もあるもんだ。
 作業用什器よりも数十倍の音圧、唸るほどに振動/ガタが刳る程にDead。硝煙。
統制された過剰演出は高速度で射出された5.56mm弾により止まり、カラカラ転げ回るは
虫けら諸君に空薬莢。

「諸君!WhooooUryyyHoooo.オマチカネのメインイーベント、ハダリー以来のポンコツ、
禁断の人為、デウスエクスマキーナ。君らが希望の星!小春戦巫女が対バン登場だ。
───ヒュー♪さぁてこいつはどうなんだ。
コイツのPussy-catは本物かぁ?人造神だろ。オランダ製の喪男御用達たぁ訳が違う
んかよ?なぁなぁなぁ。暴け。暴け。暴け───」

───暴け、暴け、暴け、暴け。

 老いも若きも大人も子供もお姉さんも。眼鏡もNot眼鏡も単眼鏡もライブは
一体感が大事なものだ。律儀なスレイブどもはいたいけな闖入者を、吾らが寝所
の玩具と見做し小春たちを剥き倒そうと掴みかかりに殺到した。恐るべきオタ芸。
 早く来いアグネス。児童が非実在ではなく実際に危機だ。
 指示した無情のウピエルは檀上で座って見ているだけだ。
往年の女優が爪先を手入れするよう仕草で、豪奢な椅子に長い足を手持ち無沙汰に
ピンと投げ出し、再び優しげなアルペジオをぽろんぽろんと奏で、遊んだ。

975 名前:更級小春 ◆KAzEucHi75yQ :2010/06/26(土) 21:11:47
>>974

 扉をくぐって……ここはライブハウスなのに、耳より先に鼻が悲鳴を上げそうになる。
 血の臭い、火薬の匂い、それ以外のよくわからないにおい。
 そんなものが充満しているなんて何をどう考えたってまともな場所じゃない。
 なのに弥生ちゃんはふらふらと奥へ進んでいこうとするからこっちもやっぱりまともじゃない。
 おもわず腕掴んでひっぱっちゃってごめんね弥生ちゃんというか、腕を掴めただけラッキーというか。
 とにかく帰ろうもう帰ろう。白柳さんは見失ったけどもう気にしてなんかいられない。
 弥生ちゃんに呼びかけて回れ右しよう……としたのに。
 
 突然声張り上げる壇上のミュージシャン。……うん、たぶんミュージシャン。
 ギター持ってるし。なんか形おかしい気がするけど。
 何か言ってるけどワターシエイゴワカリマセーン 数学も苦手だけど英語も苦手だって神様だけど日本人だもん
わかってお願いぷりーずへるぷみー。
 そして盛り上がる会場の中。テンション上がるのは大変結構ですけど私の危険感知スキルも急上昇だよ
ちょっとマジでねえ帰ろう弥生ちゃん! なんて言わせてくれない。
 だってミュージシャンさんったらギターの火を噴かせてさらに盛り上げるんだもの。
 ていうか文字通りに火を噴いてた! あれギター兼火器!? さっきからデタラメすぎるにも程があるってのもう!
 唖然としてたらさらにマイクパフォーマンス。だからワターシエイゴワカリm
 
「……え、いや、ちょっと」
 
 なんかいまコハル イクサミコって聞こえた予感。
 ……バレてんじゃない! ってことはこれ罠!? 白柳さんもじゃあグル!?
 冗談じゃないって、ちょっと本気で離脱しないと
 
「ってっててて弥生ちゃん弥生ちゃん! うわちょっと離せこのー!」
 
 弥生ちゃんと引き離され、一気にもみくちゃにされる。本気と書いてマジで貞操の危機。
 ……私だけじゃなくて弥生ちゃんまで!
 だめだ、もう、なりふり構ってられない!
 
 肘撃ち、蹴り(金的入りました。ごめんね!)、さらに裏拳もっかい蹴りして動ける場所作成。
 だって体術はもちろんお手の物だもの。それにそれ以上のものも。
 
「おとなしく気絶されちゃってよ! ――風打ち・第二座!」

 みたまを蹴り脚で空気にぶつけて――

「『切』!! 『切』『切』きりきりぃぃっ!」

 衝撃波の連打連打連打ぁ! 弥生ちゃん以外の全方向に連打ぁ!

976 名前:ジグムント・ウピエル:2010/06/26(土) 22:24:35
>>975

”出口はもう1つありまーす。一箇所に殺到しないで、くださーい”

とか。そんな勢いで小春に群がる男子女子男子女子男子女子男子。うわ男多い←
 されども女神はいつもご機嫌斜め。男が多いのに?←違います。暴威の風礫で
ゴツゴツゴツゴツ礼拝者を崩し行く。重き鉄槌、海を裂く。だがそれでいい。
ライブには風は必然だろう。右頬打たれりゃ左頬を打て。そんな戒律は鉄火場で
こそ歪まず必須(ニーズ)だ。

 弥沙子は森乙女の様に地に伏せ観客に徹している。空圧に割れた聴衆はライヴの
場を読み色を分ける。
 小さいながらも詠唱される「小春、小春」の応援歌。

 否や、負けじよ夜族は抜身の鋭さで弾より迸る。手には魔改造電音六弦突撃銃、
ギャンギャン吼えたて存在を誇示。圧縮され迫る女神の風圧波たちは粋じゃねぇよと
踏み乗り潰してムーヴ/薄金色の髪の端正且つ歪んだ表情・口々に喚きながら──
正射速射連射連射連射──迅速たる秒間10発・抗天門の護符刻印弾の火花を散らす。
 ホール(穴)/会場は楽器だ。撃てば善がる官能器だ。
 撃ち捨てられて久しい混凝土さえも例外は無い。汗に濡れ音を響かす。

「──Pu Pu Pi Do ──穴作って風通り良くして便利になれよ。Yo-ho!」

 ウピエルは傅かない女など認めぬ。元よりの国策による意図などはどうでもよいのだ。
踊れ、喚け、暴かれろ。──硝威の暴力、女神を穿つか。

977 名前:更級小春 ◆KAzEucHi75yQ :2010/06/26(土) 23:43:37
>>976

 血生臭い空気も、なんかヤバい感じにぎらついた目も、もちろん手先指先も全部ふっとばす。
 『切』は魂の消費すくないからちょっとばかし連打したって疲れない。
 そうしてあっちこっちで死屍累々。……いや、言葉のあや言葉のあや。本当に死んでたら洒落にならないから。
 
「でもいい加減ギブアップしてよもう!」

 なんか私の名前連呼されてるし! ていうか死屍累々だと思ってたら立ち上がってくるし何よもうこいつら
グールか何か!? どっかの漫画じゃないんだから!
 立ち上がってくるなら死んでない証拠だけど、だからって安心出来るわけじゃないってば!
 
「あーもう! 『切』! 『切』! 弥生ちゃーん!」

 十数回目の切り崩しを敢行しながら友達の名前を呼ぶ。
 そのおかげか、あの子のあの三つ編みが見えた気がして思わず手を伸ばしかけ、
 
 ……幸か不幸か、良くも悪くも、私こと戦神子・小春は瞬発機動力だけなら遊風稜以上なわけで。
 
 銃声が聞こえたと同時、空気を蹴り飛ばし(風打ち第一座・『跳』!)斜め跳躍、さらに蹴って二段跳び、真横跳び、
三角跳び、群衆に飛び込んで『切』で吹き飛ばしさらにダッシュ、以下略以下略……してバーカウンターの陰へ。
 ……避けることは出来た。それでも銃弾が足下掠めて少し切られちゃってるけど。
 痛いけど。
 でも痛くない。
 だって。
 
「弥生ちゃんを置いて来ちゃった……」

 瞬発力と経験で即座に避けれたって、友達を守れないんじゃ意味がない。
 そんなののどこが神様よ。
 それに比べれば銃弾が掠めたぐらいなんでもない。弥十郎だって今頃頑張ってるだろうに、こんなの情けない。
 
 銃声が止んでいる。それ以外のいろんな音は鳴り止まないけど。
 そりゃ無限に撃てるわけじゃないものね。何かするなら今のうち。
 でも一体何を?
 
 
 
 考慮時間五秒。直後。
 
 
 
 
 
「――戦神子小春ちゃん参上っ! どーせ私が目当てなんでしょこのヘビメタ野郎!
 サシで勝負しなさいよサシで!」
 
 
 バーカウンターの上飛び乗って大見得切ってました。
 風纏いで戦闘服・静音鳥楽しずねとりなしを纏った姿になって。
 ……もっとかっこよく登場したかったなあ。これじゃ参上って言うより惨状。私ってバカだ。

978 名前:ジグムント・ウピエル:2010/06/28(月) 22:46:52
>>977

音を上げ走り寄る速度を緩め、客席へと堕りステージから吸血鬼は小春を睥睨。
瞳はどこかが寂しそうだ。憂いの声が寂しそう。抑えたボイスがメンヘラの
欝状態っぽくて危なそう。

「タリィぜ。テメェの口はくせぇ 淫売買ってヤッた親父かぃ?嬢ちゃんの上の口は」
聖人君子か面かい?公衆前で乳吸って悦ってても神の子だったら尊いもんナァ!」

 ゴトリと音たて落ちる空弾倉。歌い手、スクリーミングバンシーと名付けられたアサルト
ライフルは動きを止める。MCにはto earlyだが弦の張りなおしは日常茶飯だ。
口のシガー。長い舌が巻き込み飲み乾す。喉を通り胃の腑に収まる暇、ホンの数秒。それで
オーライ。薬室は満足そうに弾薬どもで腹を満たして唸りを戻す。

「邪魔だとよ。この神さんは今テメェらなんか”知らない”と言ったぜ。このジャリの名を
叫んだ野郎どもよ。テメェらなんか”知らない”ってよ。テメェは知ってるかぃ?」

 タタタン。乾く銃声に爆ぜる標的。列なして呻き、正気に還る観衆数匹。
運命悟った子牛の怯えた瞳/小春に哀願の視線=その表情が空間固定で首↓肩↓腹↓股↓
くるぶし/順序良く削られた躯に添って落下。無残に成った20程に対し新鮮なままに注がれる
スピリタス。塗れるがままに煌々と燃えた。勢い止まずに表皮を焙った。

 〜脂肪までがちりちり焦げた饐えた臭いは鼻に付いたら最期さ。
  ママに抱かれてお休みの歌を謳って貰っても、ちっぽけな肝に火種が住み着いて
  アポカリプスの明け方、天使が空を覆う日がきたって呪縛何ぞは解けやしない〜

 子羊持ち上げウピエルは悲しげな顔。
 唇を噛み、瞼を押さえ込む様は薬が絶えた詩人の様に寂しそう。
ベッドの上、午後9時のafter it takes a bath。手には小さめのテティ・ベアの風情。
つまりは少女みたいに寂しそう。
 紅い実弾け、ベアの赤い綿がもこと弾けて串刺される様、可哀想。

「女神さんよぉ。スケープゴード【焼き尽くす奉げ物】は十分だろ?これでも足んねぇのか?
キロトン単位で貢いでやるかぃ?幾つだ。何匹戮るよ?14万と4000かい?
──てめぇの信者は何処だ。この箱で、島で、国で、陸で、地球で!何処まで真っさらに
すれば満足か?人死にが厭かい?人じゃねぇ俺にそれを言うのかよ?ギャハハハハ…なんだよ。
哂え。哄いな。さっさと眼ェ剥いて憎んで憎んで涎漏らして同じ地平に降りてきな。you, 俺を
殺して見せろよ。俺を殺して人を殺さずに居てみろよ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ」

 ギターの先端がぬらりと濡れた。凶悪なまでに野太いバヨネットだ。
血をもっと吸いたくてこの夜に期待して飢えている。うっかりすれば勝手に武器が人を
切り裂く有様に見える。

 そのすぐ側で。弥沙子は弥生の手を握り、欠伸をこらえて演目の再開を願っていた。

979 名前:更級小春 ◆KAzEucHi75yQ :2010/06/29(火) 01:24:57
>>

 ――そして本当の「惨状」になった。
 
 
 なんかスケープゴートとか言ってる。
 生け贄か。
 私が神様だからって、そういうことなのか。
 ここの人達は……つまり、そういう役目だってわけなんだ。
 
 
 ……どうせ縁もゆかりもない、おまけに私や弥生ちゃんを襲おうとした奴らだ、助ける必要なんか無い。
そんなふうに「ただの女の子」の私は思ってしまう。
 逃げればいい。
 そもそもあんな狂人とやり合う必要なんか無い。
 戦う為に戦ってる訳じゃない。
 さっさと弥生ちゃんを確保して逃げれば良いだけ。
 
 けれども。
 
 ちら、と撃たれた人達を見る。
 ……ダメだ、もうズタズタ。生きているはずがない。
 ほんの一瞬前は、あの人は私に縋るような目を向けていた。
 
 そりゃ確かに、さっきまで盛大に吹き飛ばしていた。
 でも別に殺したい訳じゃない。
 縁もゆかりもないからこそ、死なせたくはない。
 けど……だからこそ、これは私が死なせてしまったようなもんだ。
 私が甘かったから、こんな結果を予想出来てなかったから、こうなった。
 
 
 ああ、やめよ。
 後悔なんてあとで出来る。
 逃げるのだって最悪いつでも出来る。
 こうなったらやるしかないじゃない。これ以上死なせてやるもんか!
 
 
 
 さっきの銃撃でいくらかは正気に戻ったらしい。バラバラだった人達が少しずつ外側に、出口側に固まりつつある。
 おまけに都合の良いことに、弥生ちゃんは白柳さんと一緒にあいつのそばだ。
 ならきっと上手くいく。上手くいって貰わなきゃ困るからね!
 せーのっ
 
 「風打ち――」
 
 返事なんかしてあげないよ狂人さん。
 その代わり、隔離させてもらうからね!
 
 「第三座――」
 
 ……魂を凝縮して一筋の矢と為す。ひらたく言っちゃうとレーザーの
 
 「『ぬき』!」
 
 ぶっ放す!
 あいつに、じゃなくて天井に向けて! 二重半円状に!
 何のためかって言うと「天井落っことして隔壁にする為に」!
 うわあ我ながら馬鹿すぎて泣けてくる!
 でも泣いてる暇ないけど! すぐ落ちてくるから……
 
 「第四座! 『またたき』!」
 
 魂の一点放射による超加速移動『瞬』で、隔壁落ちてくる前にあいつに肉薄!
 
 「――サシで勝負しろって言ったでしょ!!」
 
 そのまんま、蹴りつけっ!

980 名前:ジグムント・ウピエル:2010/06/30(水) 01:53:47
>>979

 女神レーザー・足から抜き打ち──埒もなく崩落/鉄骨・コンクリの
無機質外骨格ども。大きく剥がれ、質量が頭上へ被さる。ガラガラと
コンマ単位の暴力。頭上から──
 楽師は舞った。跳ねた。反転した。瓦礫に足掛け押し出す身体は無重量突破──
───シャァァァァァヒャァハァア───バヨネットを穿孔刺突。必殺の一撃だ。
血の予感に滾る血潮!
 
 居ねぇ、、だと??


 ド頭に衝撃。抉る様に蹴激。女神の真骨頂。加速装置の体術魔技に首から落下の
吸血楽師。だが重さが足りんぜノータリンだ。意識は飛ばんさ。寧ろ血の気が抜けて
Very Be coolに殺れるってもんさ、ナァ!
 肘から地に付き妙な方向へ曲がる腕も痛みに脳からドバドバ麻薬が漏れ出してくる。。
これぞハイだ!
 曲がった腕だがトリガーは離さない。肌で感じろ──敵は後ろだ。Fire!
背面へのフルオート狙撃。1つ1つが狙撃の精度/鉄火が炸裂・闇を裂く。
 そのまま腰をターンテーブル・ぐるりと立位へ。傷口が泡を吹き細胞が盛り上がっていく。
凄まじき再生力。これが夜の血族の力だ。
 それに味占め高速で閃かす爪/吼え啼くスクリーミングバンシー、絶好調だぜ。
詰まった譜面の音が箱を遠当て16連打。空間恐怖症と呼ぶほどのスーパーテクを披露しながら
奴は往く。ショートレンジの高速移動。振られる程に加速するその身。バネの如き肉体。音並の速さで
夜を駆ける事で位置と音の位相が壊れた。
 呼吸すらしない今の彼の存在は音そのものだ。彼がホールそのものだ。

テメェのgygはもう届かせねぇ。
 疾走、肉薄。上も下も風穴ぶちまけろ。貫通の快楽に酔いしれナァ───
銃剣のクロム鋼が鈍く”女”を求めてるぜ!

981 名前:更級小春 ◆KAzEucHi75yQ :2010/06/30(水) 02:56:56
>>980

 覿面に効いた。決して鉄壁ではないみたい。まあ生身だし。
 それでも撃ってきた。……やっぱり普通じゃない、らしい。
 
 まさか。油断なんてしていない。
 私を戦神子と名指しで言ってきたんだ、ただの狂ったひとであるはずがない。何者か、まではわからないけど……
私や天御門がそうであるように、何が居たって不思議じゃないもの。

「――『はじき』っ!」
 
 即座に第五座『弾』・魂の盾を展開。そんな銃弾、ものの数じゃない。
 だから私は大丈夫、即、再生されようが――ってふつーにバケモノじゃないのこいつ!――どう飛び回られようが
一度覚悟決めれば、私は当たってなんかやらない。
 だけど弥生ちゃんに当てようものなら……いや、その前に勝負決めないと。
 
 弾切れ見計らって『弾』を解除、隔離空間をあいつと同じく駆け回る。
 響き渡るギター音。セッションなんてする気はないけど、合わせてあげようかなっと!
 ――やがて繰り出された刺突に対して!
 
 「裏四座! 『瞬・連』!」
 
 刺突に“合わせて”再び超加速・それの連続による残像分身。
 別に質量なんかない、ただの攪乱。けど突こうが薙がれようがどれもはずれ。
 本命の私は、その上空から、『跳』で加速をつけて回し蹴りを!
 
 
 
 
 
 
 ていうのも分身で、本当の本命は。
 弥生ちゃんの手ひっつかんで逃げることだった。
 あいつも、白柳さんをも欺いて。

982 名前:ジグムント・ウピエル:2010/07/04(日) 00:34:37
>>981

女狐は何処だ。折角の闘争なんだぜ?血を血で塗り固めた極上の展覧会の絵/但し
まだ未完成とくりゃあ何処まで行くよ?
、、、、、、、、、、、
どうにかなっちまいそうだろ?普通。殺戮者を上回る精神/素敵近代兵器サマだって
目なんかじゃねェ音速の生身で潰し合いで腕も体も脳味噌バーンでぶっ飛べるアルティメット。
なんと言っても極めつけぁ弾けて死ねるってコトだ!ノンフィクションの莫迦騒ぎだぜ?
  、、、、、、
何故ワラワネェ?力を示せbitch!!!俺ら特別な者は力を得、それを神は良しとされた。
──便所の紙でも逆立ちした野良犬でも構わねぇけどそれが世界大統領様のロウ。
0歳のがガキさえ親に打たれりゃ分かるRule──そういうもんだろうが、よォ?

 滞空し滑空し、弾力化した空気に足掛け猛射の嵐/ATフィールド・効果なし。

着信拒否の頼りなさには辟易だ。
見ろよ。dullなレースに客席どもが沸きたてやがる。しゃあねぇ、狆くしゃのドラムソロに
アンサンブルだ。肩間接を曲げーの腕関節を外しーのでスクリュゥ。遠心キメての伸びる鍵爪─
──翻る女に蹈鞴を踏む、Shit.

────”How slowly!!"
誰かが叫ぶ。
それに釣られてコールが沸き、場内の方向が捻じ曲がってゆく。
────”How slowly??────

「俺がうすのろ【slowly】、だと…!?この俺がスロウリィ!?」

 その台詞には冷静に成らざるを得なかった。
吸血鬼三銃士においても速度にあっては一日の長があるとされた楽師である。
愉快ならざる心境/一見冷静。去り往く獲物を敢えて傍観する。

──その末路は次のレスで!!

そして見届けた時にこういう予定なのである。

「これって、、なァ、人柱で全殺しだろ。OK??」

983 名前: 白柳 弥沙子:2010/07/04(日) 00:36:07
>>982

知人が。今わたしの主人を貶めていた小娘が唖然とした顔でわたしを見ている。

わたしを?いいえ。わたしの手。そこにある手。わたしのではない、一回り
小さな女の、細い腕時計のチェーンが巻きついた、肘から下が断裂している
”誰か”の腕を見つめているのだ。とても呆けた、心が切れたそんな顔で!!

わたしはそれを嬉々として見返している。これ以上ない勝負顔。プリクラでなら
今以外にないそんな自身の笑顔で眼を見て見つめ返しているのだ。

そうだ。この表情は大の得意だった。
公然と、だが小声で、しかし確実に赤面症や旧弊的な服装を詰る際の知人の顔。
それを今のわたしは嬉々として演じて見せている!

 宿題途中のラジオが途切れた合間や。明日に備え、鞄に辞書まで詰め込み
金具を閉じ終えた後の一瞬の…今日とも明日とも属さない、くぐもった空気の
瞬間。そんな時は知らずと涙が溢れ出て、必然的に鏡台の前に立たずには
居られなくなっていた。醜い自分の顔が移る。そうすると泣いてはいられなかった。
何故なら彼女達が言うとおりの自分が正にそこに居たのだから。
 鏡の前の誰かを呪い、彼女達と同じ仕草に勤めて研鑽するを寧ろ喜びとしようと
思った。…些細だが、人であった頃…そんな行事を自分は無聊としていたのだ。


「小春は自分だけがここの平和だと思っているのね」

くすくす。

ああ、おかしい。

弥生は片手でわたしの首にすがりつく。吐息をあえがせ首筋に手を這わせていく。
可愛い子。もう少しだけタッパが低ければよりふさわしい。少し足も削ったほうが
いいのだろうか。

「彼岸も此岸も弁別されないあなたの不感症を矯正してみればと思ったのだけれど、
まだ処女のつもりでいるの?ださーい。処女が許されるのは少年誌までなのよ。
色々きっと履き違えてるお嬢さん。もう一個教えてあげる。わたし以外は”ひと”。
弥生も…まぁ人に近いかしら。まだ赤い血が新鮮なまま心臓に通い、朝なんか大嫌い
な癖に朝日の下で暮らす哀れな連中。でも、夜の生き物になりたくて今では自発で
ここに来ている利口なモノたち…それがここの観客よ。
で…あなたは折角夜に飛び出したのに、夜を捨てるのね。やっぱり敵という事かしら。
明りや火を神から奪った人間は、夜魔の神を敬わずに世界を覆い、大地は荒廃していった。
そして夜すら朝の光で埋め続け”神”の居場所は社の奥へと追いやられ、天御門は立腹した。
…つまり、その結末がこれっていう訳。
だーかーらー。ここで逃げてもわたしと貴女は敵同士。国側にだって賛同者は多いのよ?」

 ああ、長く喋って疲れた。手に持つ手を齧り、一息を付く。
ない筈の鼓動が収まり全身に栄養が行き渡る。

「帰って怖い夢見たって朝、ママにおこしてもらいたいの?けど、きっともう窓は閉まって
いて帰れないわ。こんな有様を見てしまったんだもの。それでも帰るの?いいわ。帰して
あげる。でも───面倒だからいっそ全員人柱として真ッ更にした方が楽しいわよ キャハ」

───ウピエル様は言う「全殺しだろ」と。
 違いない。笑い声の輪唱がホールの全てを埋め尽くした。

984 名前:更級小春 ◆KAzEucHi75yQ :2010/07/04(日) 22:08:34
>>982-983

 ……まるでホラー映画の登場人物になった気分、って言えばいいんだろうか。
 
 戦うことは本意じゃない。戦える力はあるけれど、戦いたいわけじゃないもの。
 だからこの隙で逃げようと思った。戦う力があるんだから、逃げる力だってある。弥生ちゃんにだって
きっともう正体は知られているんだから、今更臆することもない。弥生ちゃんだってわかってくれるはず。

 そんな風に考えること自体が楽天的だったってこと。
 ホラー映画のひとたちが、予想を上回る「最悪」に遭遇するように。
 
 腕「だけ」なんて本来あり得ない形になってしまった弥生ちゃんのそれ。
 それに齧り付いていやらしく笑う、紅い眼の白柳さん。
 そんな異常にさえ気づかない様子で白柳さんに縋り付く弥生ちゃん。
 どうしてこんなことになっているのか、なってしまったのか、分からない私。
 神なのに。
 何も出来ない。目の前の悪夢にうろたえるしか出来ない。
 弥生ちゃんを助けたい……と言って「どうやって」助けたらいいのかさえ分からなくなった。
 これじゃ、私なんてただの小娘だ……




「――って、そんなの私じゃない!」




 うろたえるのなんて五秒で終了! というかいい加減腹立ってきた!
 出来ることをやるしかないじゃない! 絶望だってぶちのめしてみせなきゃ私じゃない!
 そういうことにしよ!

「ということで帰らないからね白柳さん! 敵同士なんてのもよく知らない!
 むしろこうなったらあんたとも一緒に帰ってやるから覚悟しやがれこの馬鹿!」
 
 言うが早いか振り向いて

「風打ち! 第五座! ――『ふるえ』ぇっ!!」

 魂を凝縮して爆発させる荒技! 大体半径5メートルくらいの!
 お客さん達は死んで欲しくはないけど――好き好んでここに委るってんでしょ!
 ならちょっとやそっと破片がぶち当たってもバチだと思って諦めろー!
 
 ただし弥生ちゃんと、白柳さんは別。
 すぐにまとめて抱きしめて庇った。
 白柳さんはなんか抵抗するかもしれないけど……有無なんか言わせない。

985 名前: ジグムント・ウピエル:2010/07/08(木) 00:48:14
>>984

運動靴が虹の弧を描き、元素単位に沸騰する空気層は防御非わず、必死の理だ。
気圧の魔術が興り世界が爆散・体が飛散。ウピエルは敢えてそこへと無謀に飛び込む。
つまりは大莫迦野郎だ。勢い倒れ巻き込まれたのが今日の貴重なお客様、その内数人。
不幸な彼ら/例外なく頭や腕とが奇怪なパズルと化していく!
そんな皆の想い人は錯乱狂気に身を窶し、手や頭を不細工も全力で組み合わせ、某が
足りやせんとか何とか湧いた頭で泣きじゃくる有様である。

ああ、それではウピエルはどうなのか?

───そりゃあ、真正面から圧搾されたに決まってるだろう?

『飛び込み注意』の警告は飛び込んだら何だか楽しぃーっツーFeelingの他に
世間へのサプライズっつースゲェ英雄さんの称号がオマケ付きなんだっつーの。
溜まりませんナァ。これぞRockよ。メタラーですけどね!
ところで、誰よ英雄さん。さっき巻き込まれたJapの名前ですか??きっとそうだ。

 そんなスタイルで少年漫画王道の心臓と顔とか局部の服だけ残ってればなんか
生きてるらしいって感じでまだまだウピエルはもうちょっと行動を続けていた。
足が無いとか腕片方消えたとか、その程度の襤褸布だろうが、どっこい動くがLiveの強み。
骨折しててもデーモン閣下は歌い切っただろう?そんな故事もあるってことだ。

小春に肉薄する影。
誰だ?ぎゃははははと愉快に笑う楽師だ。

弥沙子は瞬時にウピエルの瞳を見た。夜の支配者の瞳を伺った。
──死んでみてどうよ?殺されて、更に殺されて、ギリギリまで死に掛ける──
そんな快感はどうよ?───まだ足りません。抱きしめてください。奥のほうまでも。
───アァ?どこに腰預けて言ってんだ??テメェは誰の玩具だよ────

鈍い衝撃一閃、迸る。

 貫き通した彼の長い鋼のモノは、弥沙子を貫き穿ち、周りからどろりとした液体が
あふれ出て、あああ、と上の口から耽美な女子の声/その肉のもう一枚隔てた肉!その奥の
人の女を勝手に抱く誰かの肉までも二重に犯す為のが彼の道具だ。長さはマグナム・噴出す
果汁はZECCHO威力の高速弾頭/A・P・I!ダダダダダダダダダダありったけ放出するExtasy。

下僕ごと相手を突き刺し射撃。そんな無軌道さに静まる一同。
この嵐の後の静寂って────若しかすっと、It's a 賢者タイム…Now ???

力を残さぬも満足そうなウピエルの笑み。その前で…弥沙子は血を吹き崩れ落ちた。

986 名前:更級小春 ◆KAzEucHi75yQ :2010/07/09(金) 21:07:08
>>985

 『震』を避けずにまともに食らって、その上でぐちゃぐちゃになりながら狂ったミュージシャンが迫り来る。
 ああやっぱりバケモノだ。ということは私はどっかの漫画みたいに殺し尽さなきゃいけないって事なのかな
そういう役回りは勘弁して欲しいのになあ……とか考える暇もあらばこそ。

 ギターの先っちょの刃物、なんてトンデモな代物が、
 そんなもの『弾』ではじいてやる、なんて思う間もなく、
 ぐるりと体入れ替えられて、
 白柳さん!? の「は」の字を告げるより先に、
 順番に、彼女から、私へ、串刺し。そしてゼロ距離。

 ……銃撃に吹っ飛ばされて血塗れになった。
 痛い。
 いや私はいい。静音鳥楽しずねとりなしがある程度防いでいるし、何より……人ひとりを盾にしてるんだもの。
 痛いけど、あっちこっち抉られてるけど、それでも動けないほどのダメージじゃない。
 それでも血塗れ。私のじゃなく、白柳さんの血で。

 あいつの攻撃から私を庇ってくれた――これだけなら、そんな風に見えたかも知れない。
 でも違う。絶対に違う。
 何故なら私の前に躍り出た白柳さんは、笑ってた。愉悦に塗れた顔をしていた。
 ……それが私にとって十分な傷になるだろうことを、よく理解している表情。

「……悔しい」

 なんというか……蚊帳の外だ。
 間違いなく私を標的にしているだろうことなのに、そんな思いが拭えない。
 巻き込まれてからこっち、ここまで私が執ってきた手段が悉く空回りだからだ。
 
 弥生ちゃんはおかしくなって、
 白柳さんもすくい上げられなくて。
 
 それに比べたら、あいつが足も手も失くして満身創痍になってることなんて些細なことだ。
 だって私は何も出来なかった。さっきの強がりさえ無意味。
 戦神子だなんて言って、本当にこれじゃ「戦える」だけのただの小娘だ。

「悔しい……悔しい、悔しいっ!」

 あとはあいつにとどめを刺せば終わり。でもやっぱり何も出来てない。
 誰も助けられないんじゃ意味がない。私一人だけならなんとかなっても、私一人じゃ意味がない。
 こんな出来レースじみた「勝ち」なんて、そんなのちっとも欲しくない!
 
 
 ……それでも仕方ないから立ち上がる。終わらせるしかないなら終わらせなきゃいけないだろうし。
 ああ、楽しいお泊まりのはずだったのになあ……こんなことで弥生ちゃんまで巻き込むなんて。
 見れば弥生ちゃんにも弾が当たってた。そりゃそうだ一緒に庇ってたんだもの。
 せめて弥生ちゃんだけでも助けたい……でももうダメかな、あんなに血を流して半眼を真っ赤にしてちゃ
 
 え?
 あれ?
 
 紅い……わけないじゃない、弥生ちゃんの目が。白柳さんは紅かったけど。そういやあいつも紅かった、かな?
 でもって白柳さんは弥生ちゃんの手に齧り付いてた。ていっても食べてたわけじゃない。
 まさか、いやもしかして……と弥生ちゃんの口元を改めれば、そこには明らかに長くなってる犬歯が。
 
「……吸血鬼?」

 なにそれ。それじゃ本当に「ホラー映画」じゃない。そんなことに巻き込まれてたんだ、私達。
 今頃相手の正体に気づくってのも馬鹿みたいな話だけど、そっか、とりあえず納得。
 したところで何も変わらない、いやむしろ最悪か。友達がふたり吸血鬼になりました、なんてのは。
 そうすると私が「楽にさせて」あげなきゃいけないって事なのかな。
 そっかそっかなるほどそんなの
 
 
 
 「――――絶っっ対やだっ!」
 
 
 
 大声出した。大声出して吹っ切れた。てゆーかぶちぎれた。
 なによもうふざけんじゃないわよ何が吸血鬼よホラー映画よとんでもねえわたしゃ神様だよってのよ!
 吸血鬼が襲ってきて、それで友達が吸血鬼になりました?
 だから何だってのよじゃあそれってつまり生きてるってことじゃない全然無事じゃないけど!
 もうこれ以上やらせない。とっくに壊されてるけどでもこれ以上壊させやしない。
 吸血鬼になっちゃったってんなら……
 
 
 私の血をあげれば、二人とも助かる。
 
 
 そうと決まれば早速実践。風纏い用の小柄で手首傷つけて……う、こんだけ怪我しててもこれはこれで結構痛い。
 とにかく溢れ出た血を弥生ちゃんと白柳さんの口元に垂らす。
 
「ほら起きてよ二人とも。もうこうなったらさ、夜遊びしよーよ。私もちょっとぐらい悪い子になったって良いしさ。
 そーだカラオケいこうよカラオケ! 徹カラ上等で! もうヘヴィメタルでもヒップホップでもなんでも歌ってさ!
 ああもちろんはこや……弥沙子ちゃんも一緒にね! 人間やめちゃったってんなら徹夜ぐらいなんでもないでしょ!
 ……絶対に敵になんかなってあげないんだからね。吸血鬼だろうがなんだろうが、友達だってことのほうがよっぽど大事なんだから」
 
 う……失血であたまくらくらしてきた。さすがにそろそろ止めるか。
 通じてるかな。通じてないかも。弥沙子ちゃん鼻で笑うのかも。
 でもいいや。これが私の土壇場の悪あがきなんだから。
 これからどうなろうと知ったことじゃない。「ただの小娘を舐めるな」、それが全部だ。
 だから……
 
「――そろそろ退場してね悪い吸血鬼さん。今度はあんたが蚊帳の外だよ。
 だいたい英語で喚かれたってなんにもわかんないっての! もういいから勝手に喜んで勝手に狂って……」
 
 どっかいっちゃえ。
 
「風打ち、第三座――『貫』」
 
 蹴り脚振りかぶり照射。あのギターと、心臓と、首目掛けて。
 こんな失血状態で撃つもんじゃない。多分昔みたいに頭に血が足りなくなって目が見えなくなる。
 でも、もういい。
 
 ……案の定ブラックアウトして、とどめを刺せたかどうか分からないまま、その場にへたり込んだ。

987 名前:白柳弥沙子:2010/07/12(月) 21:54:00
>>986

 潤いを唇に覚えて眼を覚ます。頭痛も無く気分は寧ろ爽快だった。
脳には是まで課せられていた鉛の如き重みがなく、それを不審に思えば首からはあの枷の印
が綺麗に全く消えていたのだ。
…これを自由の系譜と見るべきなのだろうか。
 周囲を見やる。
 瓦礫に会場は無残となり、皆はEncoreもせずに家路に着こうと逃げさっていく。
呼び止める理由が今のわたしにはない。皆は、わたしはこの饗宴の為にここにいた。
徒それだけなのだから。
 そうだ。饗宴は既に去り、愛しのサディストで寂しがり屋の我が主はもう居ないのだ。
駄々っ子の様にその灰を掻き毟ろうとも、最早あの人は自分に何もしてはくれないのだ。

 優しい優しいウピエル様。出来損ないのわたしを置いていくなんて本当に仕方のない。

そんな彼に対して、わたしは灰を踏み荒らし吐瀉物や臓物と同列に遇してあげた。
 使えないものはもうCannot mean a thingなのだから。

 だが、意味を失したとして。これから自分は何を次にすればいいのであろう。
人であったときの癖だ。代償行為として戯れに嘗ての想い人の名を呼んでみるが、その輪郭も既に
ぼやけて高ぶる感情は何も覚えることはできなかった。
 全て捨て、手に入れた筈のこの体。これでもまだ失うものがあるというのか。

 アンプが爆ぜた突撃銃付きの電気玩具が傍らにあった。
擦り切れた弦の残り数本に指を当てポロポロ弾けば、弥生がむくりと起き上がり、赤子の声で
嘶いた。自分たちが地上で二人になったことに悲しんでこの新たな吸血姫は切なく産声を上げた
のだろう。
 葬送石にも似た色の最初の涙が流れ落ちる。余りの綺麗さにわたしはそれを舐め掬いとった。
なんと良い涙であろうか。これが当面玩具には困るまい。

「ふふ...啼きなさい。但しわたしの前でだけ。その雫を一滴たりとも地上に
落とさぬ事を約束するのね」

メタルは孤高だった。
傅かない奴等は豚だ。
さればワタシたちだけで楽しめばいいではないか。
二人だけで。

二人…?

 傍らに或る満身創痍の敵方、小春の吐息が耳に付く。
苦しげ成るも何かを成し遂げたかのような気に食わぬ顔だ。

───ああ、おまえの口に口付けしたいよ、小春。
お前の味は堕落の果実よりも濃く、徒労の汗や屈辱の果てに得られた名誉等より余程篤い。
僅かながらの…既に忘れていた恋の予感がそこに遠く観えているのだ!

渇望を以って言おう。
おまえを穢したい、と。

 ウピエル様の気持ちが良く分かる。
何も知らぬ乙女だったわたしを啜った口福感はどれほどだったのだろう。
奉げられ、銀のさらに乗せて供された品ではなく、自ら刈り取った果実
であったのなら。年を経て長じた果てに熟れ落ちたのではなく、硬さを残し
青臭さが漂う未成熟さに歯を立てるその行為。

「わたしはあなたを愛すわ、小春。けれど絶対あなたを犯してあげないの。お分かり?
この意味について。快楽を欲しても誰にも触ってもらえない進歩の無さを。ふふ…あなたには
お似合いでしょう。立ち居地を勘違いしている君などにはねぇ」

 呻く小春のアシンメトリーなセミロングを掴みあげ、国旗の様に高々と掲揚すると土埃の中
からも仄かに香る弥生と同じ洗髪剤が香ってきた。
 そこにわたしは愕然とする。
朝弱い、夜型の私とは元々違った幸せな家庭の残り香がした。
 狂おしい情感。嫉妬が太陽の様に容赦なくわたしを照りつけ、知性の文字すら消えうせる程に
肉体全てを覆い揺るがし焦がていく。
 居ても立ってもいられない。わたしは小春を持ち上げたまま傍らの弥生に自分の体を強く押し付け
た。あるいは指で刺し、わたしが嘗てなされた様な夜の流儀で彼女をしつけようとした。
 どうしてだ。世界はここでも自分を一人にしようというのか。
認めない。弥生も小春もわたしには靡かないとでも?
 ああ、厭だ。すぐにこやつを吸い尽くさねば。こいつらの全てを暴いて晒して塗りつくして
二度と白くならないように組み敷かねばなるまい。
 弥生を嬲るのを止め、小春の体温を感じる首に舌を這わせる。
唾液がつぅと流れていく。お定まりの儀式だ。
 だがこの様式美は分かり易いほどに有益である。
苦しげに痙攣し、咳き込み赤らむ表情に昏い衝動を覚え、素直に牙をその場所へ付き立てようと
した矢先。

───ドアが蹴り開けられ、数多の銃撃。閃光炸裂弾が大音響で全てを包み混んだ。

988 名前:更級小春 ◆KAzEucHi75yQ :2010/07/15(木) 00:07:51
>>987

 ……まだ、終わってなかった、みたい。
 
 『貫』の過剰使用によるブラックアウト、そして多量失血でかなり朦朧、文字通り上も下も右も左も
わからない浮ついた私を、髪で誰かが掴み挙げる。
 誰が、と問いかけるまでもなく、あざ笑うのは弥沙子ちゃんらしい。
 声色は相変わらず歪んでいた。そしてしばらくして、首筋に濡れた冷たい感触。
 
 ああ、つまり、やっぱりダメだったんだ。
 「親」を倒せば元に戻るなんて、そんな甘い設定のホラー映画じゃなかったらしい。もちろんそうなると
弥生ちゃんもだろう。そして弥沙子ちゃんはそればかりか、私にまで手をかけようと。
 ……素直に吸われてやるつもりはない。血はあげたけど、一緒に夜の住人になってやるほど優しくない。
 生憎私にはみんながいるもの。みんなを守りたいもの。
 何より……弥十郎の帰りを待ってる。あいつに無様な姿見せたくない。
 ここまでが自分の為した結果でもこれ以上は譲れない。必死で、ほんとうに必死になって弥沙子ちゃんを
押しとどめる。……押しとどめたい。それでも掴み返すまでが精一杯で、だめ、弥十郎……っ


「――イノヴェルチの吸血鬼ジグムント・ウピエル! 貴様ら結社の闇に紛れた数多の悪行、これ以上は罷り成らぬ!
 大人しく縛につけ――小春様!?」

 轟音。銃撃音。爆音。そして聞こえたのはそんな声。
 はい、弥十郎じゃありませんでしたー、か。この声と時代がかった台詞だと一神殿の近衛巫か白の神兵かな。

「――このっ、姉ちゃんから離れろ! ……ちょっと大丈夫お姉ちゃん!? ていうかボロボロじゃない!」

 あ、遊風稜ゆせみの声もする。というか今の感じだと弥沙子ちゃん、遊風稜にぶっ飛ばされたんじゃ……

「あーうんうん大丈夫、ちょっと色々あって血を流しすぎて目が見えなくなってるだけだから」
「それのどこが『だけ』なのよ……姉ちゃん相変わらず無理するんだから。とにかくいま治す」
「ん、ありがと遊風稜」

 遊風稜の癒しの力で、程なく視力と体力が回復した。
 まず見えたのは、遊風稜の心配と呆れがない交ぜになった顔。うー、なさけない。
 次に見回せば……三人がかりで羽交い締めにされている弥生ちゃん。ぎらついた紅い眼と、牙を持った。
 ……なんだか泣きたくなったけど、泣くのはあとでも出来る。
 それよりも弥沙子ちゃんは。
 
 
 ――ぶっ飛ばされた、どころじゃなかった。遊風稜の刃の八本で床に磔になっている。
 
 
「……相手は吸血鬼だって聞いてたし、あんな血塗れのなりでお姉ちゃんの首に噛みつこうとしてたんだもの。
 生半可な容赦なんて、出来る訳ないよ」
 
 遊風稜の言うことはもっともで、ましてなじる気なんて毛頭無いけど、それでも私はショックを面に表してたらしい。
 言い訳気味だったけどそれでも冷徹に、遊風稜は弁解した。
 それを当の弥沙子ちゃんは、せせら笑いたげに眺めている。
 
 
 これで本当に終わり?
 官憲隊、もとい一神殿の突入で今夜の事件は手打ち。被害者は弥生ちゃんその他。
 もちろんその「被害者」に弥沙子ちゃんは含まれない。……が、結果としてはここに吸血鬼が二人。
 そしてその二人を「救う」には、滅してやる以外に術はない。事実として「親」が死んでもこのままなんだから、それが
パターンって奴なんだろう。ええとなんだっけ、塵は塵に灰は灰に、とか言うんだっけ?
 
 ……一体、だれが元々「塵」で「灰」だったって言うんだろう。
 何だろ、どこまで行ってもやっぱり私の思うとおりにはさせてくれないってことなのかな?
 なんというか、こう…………すっげむかつく。
 
「ごめん、遊風稜……もう一度だけ、悪あがきさせてよ」「姉ちゃん?」

 つかつかと磔にされた弥沙子ちゃんに歩み寄り、しゃがみ込みそして……
 
 電光一閃平手打ち。
 
「いい加減にしないと怒るよ? 一人だけ勝手に妖しげな世界にいるんじゃないの!
 何が吸血鬼よ。だからって白柳弥沙子ちゃんだってことに変わりないじゃない。
 血が欲しいってんならいくらでも……まあ、死なない程度にだけどあげられる。でも私自身はあげない。弥生ちゃんもね。
 だって仲間でも下僕でもなくって友達だもの。今までは違ったって言うんなら今日からなろう?
 逃げないし、敵にもなってあげない。そういう関係じゃ意味が無いじゃない。
 せっかく弥沙子ちゃんが本音ぶつけられるようになったんだもの。
 今までの『白柳さん』が抑圧されたナントカだっていうんなら、これからは分け隔てなんてないでしょ。
 ……あ、でもさっき勝手に逃げだそうとしたのも私か。たはは……面目ない!
 そういうのとかいっくらでも文句言ってよ。だいじょーぶ、私だって神様だもの。残念ながら」
 
 そこまで言ってから、遊風稜の刃を引き抜き始める。……あーあ、派手に刺さってるなあもう。
 
「痛くない訳ないだろうけどちょっと我慢ね。まったくうちの妹もやること派手だからさー、ごめんね?
 あ、遊風稜ー? 弥沙子ちゃんの傷も治してあげてよ!」
 
 
 ……わかってる、明るく振る舞ってるのは私だけだ。
 みんなは固唾を呑んで見ているはずだ。いつこの“吸血鬼”が襲いかかりやしないかと。
 それでも、ね? せめてもう一度だけ甘いこと言わせてよ。これが最後だから。
 
 ダメだったら……知らない。泣かない。絶対泣かない。何があっても泣かない……っ

989 名前:白柳弥沙子:2010/07/18(日) 00:47:28
>>988

無学無知な女の言葉に白ける一座。
命がけの何かだと思っていた癖に、仲間を得た瞬間に有頂天になるのだからこの女に
は心から失望の念を禁じえない。
 なぜ、こんな女をわれらと同席の輪に加えようなどと思ったのか。

「つまらないつまらない。本当に、詰まらない。小春と遊ぶのは本当につまらない」

 腕を囚われた弥生がぐずった。
打たれた頬など気にしては居られない。赤子が泣くのは大抵御腹がすいてる証なのだ。

「本当ね、弥生。みんなの遊びと食事に土足で踏み込んで蹴散らして。
お行儀悪いにも程があるわ。弥生はこんな子になっては駄目」

 弥生は自分を掴む腕を脇の下でそのまま砕いて自由になった。 
すぐさま次手に移る奴らの銃撃にはわたしが身を晒し盾となる。
 背骨が砕ける痛みなど問題ではない。
 手近に転がっていた虫の息の聴衆をみつけ、首筋によちよち必死に齧り付く有様は
母性本能を基本的に擽るらしい。居ても発ってもいられないのだ。
 先に二人の乖離について悩んだのが嘘の様にニットの袖を破り捨てガーゼとしてその
口を拭き、血糊を綺麗に洗い清めてあげた。
 入り込んできた連中は忌避の目でそれを見、或いはそらし、または銃把をこれ以上ない
程までに強く抱きしめているのだが、それを視界に入れたわたしの感情は、彼らの愛の無さに
失望感を覚えただけに過ぎなかった。

 嗚呼、血がまだ上手に飲めないのだろう。吐血したようにまた口が少し汚れてしまってる。
嘔吐く弥生に口を付け、自分が飲み干し消化が易くなった流体を喉の奥へと流し込んだ。
けれどもそれでは足りないらしい。
物欲しげな顔に対して、それならばと自分の腕をちぎり捨て、弥生に吸い方を教えてあげた。
肘の裏側を丁寧にしめし、そこに牙を誘導してあげると喉をごくごく鳴らして楽しげに飲む
有様を観察できた。

──そうよ、上手。

「ねぇ小春…いいえ、人間。わたしたち、これから二人でライブへ行くわ。青春の一ページを
あなたみたいなDullな奴といても始まらないからね。ふふふ…何が必要かしらね。歯磨きにタオル
と着替えかしら??あはははは…そんなもの何故に必要なの?
ただ、この子がいて、わたしが居ればいい。それだけだわ。そう、ただ、それだけ」

 まだ生えてこぬ側の腕をかばい、逆の手で肩を組み、わたし達は出口へと向かう。
我ら二人は夜を謳う。
 撃ちたくば撃てばいい。わたしは飽きた。お前たちの相手なんか金輪際してやるものか。

990 名前:更級小春 ◆KAzEucHi75yQ :2010/07/18(日) 23:40:24
>>989

 弥沙子ちゃんと弥生ちゃんが、ゆっくりと、出口をくぐって外へ行く。
 私は何もしなかった。
 私が何もしないから、遊風稜も何もしなかった。他の皆も同様。
 そして。

「――――ふられちゃった」

 何故かそんな言葉が口をついた。


 あとは事後処理だ。
 よくよく見れば、突入組は一神殿の巫女だけじゃなくて警察の人達もいる。……ということは大方、
今夜の顛末はテロだの事故だので処理されてしまうんだろう。
 だから、弥生ちゃんも……事故死か行方不明か。思えば弥沙子ちゃんも、そういう扱いになってたんだろう。
あの吸血鬼は私のことを知っていたし、そもそも行きずりの事件だったら一神殿と警察が突入なんてしない。
 つまり私は最初から関係者で、私が弥生ちゃんを巻き込んだようなもの。
 軽率だった、ということ。
 ……裏でどういう思惑が動いてるのか、いわゆる政治的な話まで行くと私には分からないけど、自分のしでかした
ことぐらいは分かる、つもり。
 だからこそ……
 
「本当に良かったの、姉ちゃん? あの二人のこと逃がしちゃって」
「うん。っていうか、私にそんなこと決める権利ないよ」

 ……いろいろ悪あがきしても結局は、弥沙子ちゃんには負けてしまったんだから。
 今更二人を、或いは弥生ちゃんだけでも「楽にさせる」なんて、出来る訳がない。
 何より私は進んで血をあげたのだから。死んだも同然でも、それでも生きていてくれた方が良いと思ったのだから。
……ああでも、それで吸血鬼になった弥生ちゃんを見て動揺してるんじゃ、世話がないか。
 私のしでかしたこと。こんな「お泊まり」の招いた現実。
 紅い眼をした弥生ちゃん。
 弥沙子ちゃんの腕に噛みついて嬉しそうに血を啜る弥生ちゃん……
 
「……姉ちゃん、泣いてる?」
「え? あ、うう」

 ぐしぐし

「…………あのさ遊風稜! ふられたときの常套文句って何だか知ってる?」
「え?」
「『あんたより幸せになって見返してやる!』そんな風に言うじゃない?」

 そうだ、そうしよう。
 私が何を言っても、吸血鬼なんて関係ねぇ! って言っても聞かなかったんだ。それで二人とも行ってしまった。
 吸血鬼の世界へ。

「人間様を舐めんじゃないわよ、ってのよ。あっちが勝手に私達を見下して『夜の住人』とやらになったってんなら
 私は私で頑張って見返してやるんだ。吸血鬼も神様も人間もなにも変わりないって証明させちゃる!」
「……まったく、泣き顔でそんなこと言ったって強がりに聞こえるよ、お姉ちゃん」
「いいじゃない強がりだって! 勝つ気持ちがなきゃ勝てないってやつ。もうこうなったら天御門でもなんでもブチ倒して
 私は私の青春を謳歌してやるんだから!」
 
 そしていつか必ず再会するんだ。いや、何度でも逢って手を差し伸べよう。
 私だってこんなに楽しかった、今からだって遅くない、一緒に遊んだらもっと楽しいよ、って。

「さ、帰ろう。まだこれから大変だけど、いつまでもうじうじしてちゃ見返せないもの!」


<終>

991 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2010/07/19(月) 13:39:13

吸血大殲第60章 降りしきる緋色の霧雨
闘争の軌跡/闘争レス番まとめ検索

悪霊侍ビシャモン vs 趙雲子龍 『悪鬼夜行』
>>31

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「吸血大殲ごっこ 〜Blood Parade」
>>93

妖怪仙人“奎 白霞”vs妖魔公アセルス 
炉心熔融/MELT DOWN
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とかげvsアセルス―Regret―
第一部「不夜城クーロン」
>>192-309

的場伊万里vs千堂瑛里華
One scene of girls in daily life『彼女と彼女の』(She said [......])
>>316>>318>>319>>320>>321>>322

ネロvsガーランド「悪魔城異聞〜Devil May Cry/FINAL FANTASY〜」
>>438

Big Sister vs Big Blue 『倫敦崩壊』
>>904

奎白霞vs紅美鈴「番外編〜門番が異変〜」
>>939

悪魔狩人<_ンテvs串刺し公<買Bルヘルム・エーレンブルグ
>>940-969

ジグムント・ウピエルVS更級小春
>>970-990

ハロウィン祭り
>>161-184

ハロウィン祭り2?
>>595

992 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2010/07/19(月) 14:07:29
次スレだよ!

吸血大殲第61章 Der Rosen kavalier Schwarzwald〔死森の薔薇騎士〕
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1279515765/


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