■ 吸血大殲第59章  交差する『血の軌跡(ブラッドローカス)』

1 名前:『不死者王』ブラムス ◆vOzBAMUTHU :2006/11/30(木) 22:33:320
 ここは血を啜る夜の眷属―――すなわち我々と、不浄なる魂の浄化を望む狩人のための戦場だ。
 この地で行われる事は一つ、互いの命を奪い合う戦い、すなわち「闘争」と呼ばれる行為。

 不死者王の名において命ずる、平穏を願うものは去れ。
 ここに参加するものは全て、私や我らが存在によって殺される覚悟が必要なのだからな。
 この律に例外はない、足を踏み入れる前に理解しておくことだ。
 此処では生も死も、不死すら等価値。
 重ねて言う。「死」を覚悟もできぬ人間は関わるな。
 だが、それでも構わぬというのなら……この漆黒の戦場、魂の赴くまま存分に駆けるがいい。

 ……それと、この地とて戦いのみをしている訳ではない。
 名無しの質問も歓迎する。機会があれば答える、心配はしないことだ。
 関連スレも幾らか存在する、気が向いたら覗くのもいいだろう。

 だが絶対のルールとして、メール欄には自分の出典は必ず入れておくのだな。

■雑談・質問・相談・何でもアリなスレ
吸血大殲/陰[散―trois―]茜射す空の彼方はまほろば
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1178895270/
(↑現状、主に人が集まる場所だ)
■闘争会議室
吸血大殲闘争会議板
http://jbbs.livedoor.jp/game/1721/
(↑独自のルールがある、テンプレートには目を通しておくことだ)
■前スレ
吸血大殲第58章 Jeux Interdits ―禁じられた遊び―
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1141653285/

 参戦に関しての説明は>>2
 その他の関連リンクは>>3を参照するがいい。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■吸血大殲 森祭 Reverse について

詳細は>>610を参照
陰スレでも質問等は受け付けている

※吸血大殲は携帯電話での参加を禁止しています。 



2 名前:『不死者王』ブラムス ◆vOzBAMUTHU :2006/11/30(木) 22:34:380

■参戦基準の判断
 参戦基準は原則、『吸血鬼』に関係がある者。
 闘争の背景なり、闘争者なりに、吸血鬼≠フ存在が確として認められること。
 この律(ルール)さえ守られていれば基本的に問題はない。

■逸脱キャラクターの処遇について
 此処は『吸血大殲』……すなわち、吸血鬼と無関係な闘争は『赦されていない』。
 認められるのは『吸血』そして『血塗れの狂気』という論理、ロジックに従った闘争だけだ。
 では『吸血』とは、『血塗れの狂気』の条件とは何か?

 ヒントをやろう。
 私のようなヴァンパイアをはじめとする不死者の戦いとは、流血と狂気の中で行われるのが常。

 血を洗うに血を用い、
 肉を削ぐに肉を用い、
 骨を削るに骨を用い

 ――――そして己が命の渇きを癒すに、相手の『命(血)』を啜る。

 難解に過ぎるか?
 理解する必要はない。だが……各々が考える必要はある。

 「吸血大殲」とは何か―――自分の中にある世界を皆に示せ。
 それがお前の「吸血大殲」となるはずだ。

 自分で判断がつかないか、分からぬことがあれば構わず質問するがいい。
 >>3のリンクから方々に飛び、参考にするのもいいだろう。

 もっとも手取早いのはお前自身の中で、「吸血大殲とは何か」をしっかりと
 確立させること。自分に課した律(ルール)に従うならば、問題はないはずだ。

 だが「お前が大殲だと判断したものが吸血大殲。だが、皆の同意を得られる
 とは限らない」と言う一句、これだけは頭に留めておくがいい。
 

3 名前:『不死者王』ブラムス ◆vOzBAMUTHU :2006/11/30(木) 22:35:230
関連リンク

■『吸血大殲闘争者への手引き』(古いが、一応の参考にはなるだろう)
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/4504/vampirkrieg.html

■参加者データサイト
『吸血大殲 Blood Lust』(リン作成・過去ログも全てここ)
http://lefthand.gozaru.jp/
(その他、ここに無いログが欲しいというものは、スレで願えば神が現れるかもしれんな)

■一刻館RH−板の闘争会室(此方ならタグも使える)
吸血大殲 夜族達の総合闘争会議室 其の五
http://charaneta.just-size.net/bbs/test/read.cgi/ikkokuRH/1126639957/

■吸血大殲本家サイト
『From dusk till dawn』
http://www.uranus.dti.ne.jp/~beaker/

『戦場には熱い風が吹く』
http://www.vesta.dti.ne.jp/~hagane/

4 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2006/11/30(木) 22:38:060
ブラムスさん! スレ立てお疲れ様です。
引き続き闘争を頑張ってください。

5 名前:アノン ◆U0vNRB.8ac :2006/11/30(木) 23:26:590
僕からもスレ立てお疲れ様です、ブラムスさん。
それにしても、さつきが一番乗りとは……。

6 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:12:220

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
 ――阿修羅姫の舞――


「ああ、ジーナは! 私のもっとも愛する寵姫。私を生かす心臓。私が私であるために
何よりも必要なジーナはまだ戻って来ないのか……」

 無能な臣下を怒鳴り散らす気力すら失せたアセルスは、王座に力無く座り込んだまま
威信の欠片もない声音で呟く。
 妖魔の君にあるまじき惰弱な態度。その落ち込みようは、人目が無ければ今にも背もたれ
に突っ伏し、泣き出してしまいそうなほどだ。
 普段の自信に満ちた、妖魔でもっとも気高き麗人の気品は消え失せている。

「なぜジーナがこのような目に……。彼女にいったいどのような罪があると言うのか。
ジーナは世界で誰よりも穢れ無き乙女だぞ。純潔とは彼女のために生まれた言葉だ。
ジーナが罪人であると言うならば、空を漂う雲も、水面に波紋を浮かす水滴ですらユダに
等しき大罪人だ。この世の全てはジュデッカの底で業火に炙られるべき存在となるだろう」

 失敗はアセルスの浮気にあった。
 普段は針の城で寵姫を侍らせ、日がな一日怠惰に明け暮れる彼女が、その日だけは
どういう心変わりか臣下を連れ立って外界に出た。
 妾宅とでも言うべきか。アセルスは自分が支配するファシナトゥール以外にも、
多くの地で愛人を囲っている。

「たまには鋭く突き刺さる空気も感じてみたい」

 北欧でも最北端に位置するバルハランドの辺境、凍結城で雪姫を一日だけ愛でた。
 たったの一日だ。
 雪姫はかわいい女だった。
 待たせば待たせるほど焦れ、素っ気なく振る舞えば振る舞うほどうい#ス応してくれる
女だから、嗜虐の情を多分に篭めてアセルスはたったの一日で引き上げたのだ。

 だが、その僅か一日の隙を縫って針の城に不埒な侵入者が推参した。
 寵姫の塔を突破し、第一寵姫であるジーナがさらわれた。
 アセルスの消沈の理由は、そこにある。

7 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:13:030
>>6

 最愛の寵姫がさらわれたのだ。当然、アセルスは怒り狂った。当時、寵姫の塔の警護に
当たっていた妖魔100人の首が刎ねられ、警護長は焼却炉に叩き落とされた。
 即座に追撃隊を編成され、616の妖魔が世界に散らばった。

 だが―――誘拐から三日が経ったいまなお、ジーナ保護の報は無い。それどころか、
彼女の行く先を突き止める断片すら手に入れられずにいた。
 駆け込んでくる伝令の言葉は依然ジーナ様の行方音沙汰無し、引き続き捜索を続けます、
全力を尽くします。そればかりだ。貴重な時が着実に消費されてゆく。

 ―――三日、三日だぞ!?

 ジーナがいない時など、アセルスからすれば永遠に繰り返される責め苦と同じだ。
 いまの彼女の体感時間は一日千秋なのだから、実に三千秋の時間妖魔の君は苦しみ悶え、
ジーナを思って嘆いた。
 ああ! この間にもジーナはどんな悲劇に取り込まれていることか。もし、無惨な拷問
の餌食になっていれば―――否、否。そんな悲観はよそう。
 そんなことは考えてはいけない。
 いまただ、再びジーナをこの胸にかき抱けることだけは祈らなくては。

 悲嘆に暮れる妖魔の君。
 百人の寵姫が彼女を慰めにかかるが、アセルスは相手にしない。
 ぞんざいにあしらい、追っ払った。
 アセルスが妖魔の王になると同時に寵姫に選んだジーナ。
 彼女は至高の存在であり、アセルスの全てであった。
 百人の寵姫が例え千に増そうと、ジーナ一人と秤にかければジーナに傾く。

 彼女のいない妖魔の座に何の意味があろうか!
 そう、ジーナ一人救えなくて何の妖魔だ。何の薔薇の守護者だ。
 そんなものはまったくの無価値であり、力など幻想だということになる。

「策士、前へ!」

 突然、アセルスは背筋を伸ばし毅然とした声を放つ。
 令に応じて三人の妖魔が前に出た。
 他の貴族連中のように外見麗しき上級妖魔ではない。
 それぞれ異形の容貌を持つ下級妖魔だ。
 策を弄する者に端正な顔立ちは不要として選ばれた面々である。
 下級妖魔が成り上がれる数少ない職務の一つだ。

8 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:13:300
>>6>>7

「我が策こそジーナ様救出に必携!」
 拳を合わせて魚頭の妖魔が怒鳴る。
「言ってみろ」
「はっ。ジーナ様誘拐の策略、恐らくはソズマめの姦計。ならば報復の手段として―――」

 アセルスが目配せすると、親衛隊の一人が刃を抜き放ち、魚頭を跳ね飛ばした。
 策士の献策は己の命を賭すことが義務づけられている。しくじれば待つのは死だ。

「痴れ者が。誰が憶測を語れと言った。ソズマはあれで武人だ。狙うなら私を狙う」
 次、とアセルスが叫ぶ。

「我が策こそジーナ様救出に必携!」
 今度は半人半獣の男だ。
「言ってみろ」
「はっ。時の君と和解し、彼の予知―――」
 鮮血が絨毯を更なる朱に染めた。

「忌々しい! 奴の名を私の前で吐くなど……次、次だ」

 残る策士、バフォメットが巨体を縮こまらせて震え上がる。
 悪魔の容姿も酷薄なる麗人の前では何の意味もなさない。何か献策せねばと口を開いて
みるのだが、アセルスの苛立ちに染まった瞳はどんな策とて受け入れそうにない。
 そもそも、ジーナを攫った侵入者からしてその正体が突き止められていないのだ。
 斯様に少ない情報で、如何なる策がたてられるものか。
 なぜ、侵入者はジーナ様をさらったのか。
 いや、それ以前にどうやってファシナトゥールに侵入した?
 常世から隔離されたこの幽世の、まして絶対の警備が施された寵姫の塔を突破するなど、
果たして可能なのか……。

「何も言えぬならば、その口は必要ないな。巡りの悪い頭も必要あるまい」

 バフォメットの思考は死によって中断された。

9 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:13:520
>>6>>7>>8

 ―――ええい、なんと情けない。千の時を生きる上級妖魔が雁首揃えておきながら、
女一人助け出せぬなど……。宵闇の覇者の名が泣こうぞ。

 やはりこの妖魔の君自ら臨まねばならぬか―――とアセルス。
 頼る当てはあった。
 人間だ。
 いくら絶大なる闇の力を身につけていようと、ファシナトゥールの妖魔は自身の世界
で享楽に耽ることにしか関心がない連中ばかりだ。強力な情報網など望むべくもない。
 こう言うときこそ、せわしない人間連中が役に立つ。
 現界には愚かにも、飽くなき永遠を求める集団が、自ら進んで人の道を外れようとする
異端の結社がある。吸血鬼心棒者―――イノヴェルチだ。
 アセルスはその上層部に出資者として名を連ねている。あくまでスポンサーであるから、
活動には深く関わってはいないのだが、我が儘を通せるほどの力はあった。
 アセルスは、ジーナ強奪の咎人は人間のハンターと睨んでいる。
 その方面には身内よりもイノヴェルチの関係者のほうが遙かに耳聡い。
 利用せぬ手はなかった。

 ―――指示を出し、人を遣ってもいいが。

 参謀のラスタバンは別件でファシナトゥールを離れている。
 残る貴族や将校達は何ら結果を出せない妖魔の恥さらしばかりだ。
 それにアセルス自身、玉座で待ち続ける日々に限界を感じていた。
 愛しのジーナに受難の時が訪れるというのに、どうして彼女の騎士である己が黙って
いられようか。こうなると口うるさいラスタバンが不在なのはちょうど良い。

 影武者を立て、忍びでジーナ救出に出向くことをアセルスは決意した。

10 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:19:190
>>6>>7>>8>>9

 ――日本、某所。
 山間部の深い森の中、人を避けるように建てられたとある施設があった。
 今現在では、その施設はまるで機能していない。といっても、平和的に閉鎖されたわけで
はなく、端的に言ってしまえば『爆破されてしまった』ので、やむなく放棄されたのである。
 もっとも、そのような事件、あるいは事故は、一切報道されてはいない。
 それもそのはず、この施設は、表向きは存在しないことになっており――もともとの施設
の所有者達には、それを押し通すだけの権力があったのだ――そして最終的には、やむを
得ない事情とはいえ、所有者からも見捨てられた施設は、解体すらされることなく、ただ朽
ちるに任せて放置されている――はずだった。

 ――地下区画。
 完全に破壊され尽くした地上部とは異なり、いわばこの施設の本体とも言える地下部の
構造は、かつての所有者達が思ってたよりも強固だった。ところどころ仕掛けられた爆発に
よって砕け、あるいは崩れ、積み上げられた無機物どもが無惨な屍を晒しているものの、建
造物としてみた場合、比較的無事――つまり、居住に耐えられる――といえる箇所も数多い。

 その辛うじて生き残った区画の一室。
 ぼんやりと室内を照らすのは、辛うじて機能している電気系統だ。
 眠りこけていた自家発電設備に灯を入れて、砕けていた室内灯の中身を取り替えてしま
えば、あっさりと文明の輝きが室内を満たしている。
 もっとも、周辺に放棄された電子機器については、もはやひとつとして使い物になるような
代物はなかったが。
 お陰で、ここで一体どのような研究が行われていたのか、それを知る術はない。もっとも、
ここの元持ち主はあの名高い「燦月製薬」だ。ある程度見当は付けられるが――実のところ
そんなものにはなにひとつ興味はなかった。

 持ち込んだダイニングチェアに腰掛けながら、右手のワイングラスをかざして、私は彼女
にそう告げた。

 ……反応はない。まあ、当たり前ではある。
 何処の世界に、自分を攫った人間からの食事の誘いに応ずる人質が居るというのか。
 とはいえ――

「まあ、別に強要はしないさ。
 ただ――思い人が迎えに来る前に餓死したりはしないでくれよ。
 私にしても、貴女は重要な"人間"だ」

 人間、その部分にアクセントをつけてつぶやく。
 ……が、生憎と相手からの反応は一切なかった。完璧に無視を決め込まれているのは間
違いがなかった。
 やれやれと肩をすくめて、私はやはり同じように持ち込んだ、ダイニングテーブルに食事
を開ける。そう、開ける――残念なことに、このような死にかけた地下施設で、まともな料理
が用意できるはずもない。
 レーション――つまり、行軍の際に用いられる携行食をテーブルに広げて、ディナーと言
うにはあまりにお粗末な食事の制服にかかる。

 ――イタリア軍の戦闘携行食はなかなかに美味だ。その分入手に苦労するのだが。

 それにしても。

「――三日、か」

 思ったよりも時間がかかる。
 妖魔の君最愛の寵姫――などというから、てっきり翌日ぐらいには出向いてくると思った
のだが。
 どうやら今代の妖魔の君は、よほどに用心深いらしい。

「いや、あるいは――」

 まだこちらの位置を特定できていない……と言う可能性もある。
 如何にファシナトゥールという大規模な幽宮を統べているとはいえ、それが人の世界にま
で精通している、と言うことにはならないからだ。
 実際、侵入は呆れるほどに容易だった――まあ、端から外部からの侵入者が現れるなど
と、想像もしていなかったのだろうが。

「……まったく、とんだ誤算だ。
 このまま現れないようであれば、今度はあの娘をどうにかしなければな」

 まったく、冗談ではない。一体なにが悲しくて、私が自分で取った人質の心配をしなけれ
ばならないのか。
 いっそ、始末をしてしまった方が明らかに早い。
 まあどのみち、妖に飼われているような女だ。
 殺してしまった方が良いのは間違いないのだが。

 そんなことを考えているうちに、時計の針がかっきり五分、無為な時間が経過したことを告
げていた。
 未だ食事にも手を付けようとせず、ふさぎ込んだままの少女らしいその女に視線をくれて、
なんとも陰鬱な気分になる。

 ――これでは、まるで。
 迷い子を預かっているようなものだ――

 なんにせよ、妖魔の君その人に埋め合わせて貰うと決めて、千切ったパンを一欠片、口
の中に放り込んだ。

11 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:20:290

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>10

 イノヴェルチの高級幹部に連絡をとると、彼は快く――半ば畏怖に震えながら――協力
の意向を示してくれた。彼が投資する多くの企業の一つ、燦月と言う表向きは大規模製薬
会社に全面的にアセルスをバックアップするよう命令した。
 燦月はその裏の顔の性質上、ハンターとの衝突が常に絶えず、最近も深刻な敵対者が
出現している。狩人連中と最前線で戦っている組織だ。
 此度の件の協力者としてこれ程相応しい組織もないだろう。
 アセルスは誠意ある幹部の態度に満足げに頷き、極東の国へと発った。

「燦月傘下の第七開発研究所で落ち合いましょう」

 営業本部長と名乗る者からそう連絡を受けたアセルスは、早速都心を離れ山間の地方を
目指す。
 なぜわざわざそんな辺境を会合場所に選ぶのか、と訝しんだが、この世界はファシナ
トゥールと違い、妖魔が人を支配しているわけではない。
 無用に目立つのは避けたいのだろうと勝手に結論づけた。
 今は一刻も早く事情に通じたイノヴェルチ連中の協力を得て、ジーナを保護してみせな
ければならない。

 アセルスは今でこそ上級妖魔の、その頂点に立つ妖魔の君≠ニしてファシナトゥール
を統べているが、元々の生まれは人間である。
 だから、最低限の人の常識≠ヘ承知済みだ。
 服装も貴族趣味の装束は不本意ながら脱ぎ捨て、この世界ではフォーマルだと言われる
細身のダークスーツに着替えた。
 国柄も意識して、獲物は幻魔ではなく月下美人。
 かつてはサムライが栄えた国だ。
 繊細な刃が優美な曲線を描くこの刀ならば、帯刀していても怪しまれまいと判断した。

「しかし―――」

 訪れた研究所≠ニやらに人の気配は無かった。
 いや、それどころかこれは一体どういうことだ。
 目立つ建物の殆どが剥き出しの鉄筋を晒し、まるで骨格だけのスカルトナイトの様相で
寒風を受けている。かしこに目を向ければ、焼却跡のような黒い影が。
 もはや廃墟以外のなにものでもない。

 ―――これでは研究所ではなく、元研究所≠ナはないか。

 これでは話が違う。燦月製薬の社員は落ち合う場所を「研究所」としか指定せず、アセルス
も訪ねれば番兵が通してくれるのであろうと決め付けていた。
 だから、研究所のどこで彼等が待っているのかまでは知らない。
 研究所内の敷地は山地に構えるだけあって広大だ。捜索には骨が折れそうだった。

 ―――ええい、面倒な。そこまで人目を避けたいものか。

 こっちは一刻も早くジーナを見つけ出さねばならぬと言うのに、無駄な労力を割かして
くれる。苛立ちと焦燥感に身を焦がしながら、アセルスは研究所に足を踏み入れた。
 手早く敷地内を巡り、その営業本部長とやらを見つけ出す腹づもりだ。

12 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:21:480
>>11

 『鈴』から連絡があったのは、いい加減に、文字通りのお荷物となりかけていた姫君を、
どう処分するべきか真剣に考えていた、ちょうどそんな時だった。

 ――妖魔の君、動く。

 待ちわびたその知らせに、思わず口元がゆるむのが分かった。

「フン……まさに"お待ちかね"だな。判った、ご苦労。貴様の役目はコレで終了だ」
『そ……それでっ! 私の身の安全はっ……!』

 文字通り切羽詰まった『鈴』は、懇願するように電話口に叫んでいる。
 まったく、自分で客を裏切っておいてコレとは、まったくもって図々しい。ま、これもまた
人間らしい、といえばその通りなのだが。

「知らんな。自分の命惜しさに尻尾を振ってきたのはお前だろう。
 私はもう貴様に用はないが――
 自分が一杯食わされたと知った妖魔の君が、どういう感想を抱くかまでは言わなくとも分
かるだろう。

 ――精々、努力するんだな」

 有無を言わさず通話を打ち切った。
 受話器の向こうできゃんきゃんと騒いでいるのは聞こえたが、この後で奴がどうなろうと
知ったことではない。
 切っ掛けは私だが、裏切りという行為を決断したのはあの男の意思だ。
 幸運を祈ってやるのはやぶさかではないが、それ以上の事をやってやるつもりもない。

「ま……ここまでご足労いただいた以上、生かして返すつもりはない」

 男の事はそれで忘れて、私は部屋の片隅に立てかけていた剣を手に取った。
 随分と遅いお出ましだが――それでも客は客だ。招待主としての勤めを、果たなければ
ならない。

 羽織ったコートのポケットから、眼鏡を取り出した。特に度が入っているわけでない――
強いて言えば趣味である。
 すっかりと眠っているジーナに、<迎えが来た>と書き置きを残して、漸くやってきた"妖魔
の君"を持てなすべく、私は足を進めていた。


13 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:24:460
>>

 時間にして、おそよ五分ほど。
 移った先は、いくつものモニタが並ぶ、かつては警備員の詰め所として使われていたらし
い部屋だった。
 壁面に敷き詰めたれたCRTモニタの大半は、かつて行われた破壊の影響でひび割れ、
沈黙したままだったが、残りの半数は少し手を加えただけで息を吹き返した。
 あとは目の潰れた遠隔カメラを可能な限り手直しすれば、完全でこそないが、監視システ
ムがこうして稼働を再開したわけだ。

「……あの半端者の吸血鬼らしい雑な仕事だ。
 破壊するなら根こそぎ消し飛ばしてしまえばいいものの。
 お陰で私は楽が出来るわけだが」

 何かを諦めきれないのか、今以て成りきれていない、元日本人の吸血鬼を思い浮かべる。
 ついでに、奴に寄り添うように共にあるあの女のことも。

 『夜魔の森の女王』と、その直径の継嗣――獲物としては、妖魔の君に匹敵する大物だと
言える。
 いずれ、奴等も狩ることになるだろうが……

 モニタ類を前に、もともと備え付けられていた椅子に腰を下ろし、さて、と口の中で呟く。

「来たか」

 突き上げられるように並べられた三十あまりのモニタのうち、生きているのは十五。
 蘇生させた監視カメラの数を考えれば、回路切り替えでおよそ四十カ所の監視が可能と
なっている。そのうちのひとつ――かつては入口と呼ばれていた空間にほど近い場所に設
置されていたカメラが、ダークスーツに身を包んだ"小娘"の姿をとらえていた。

「……また随分と似合っていない」

 思わず笑いが零れる。片手に、細い棒状のものを帯びて進入してくる"妖魔の君"。
 しかしながら、モニタ越しに伝わってくるのは畏怖や威厳などとはほど遠く、思い通りに事
が進まない事に苛立ちを隠しきれない、小生意気な子供のように見える。

 一瞬苦笑を浮かべて、私は手近なテーブルに転がされていたリモコンに手を伸ばした。
 まあ、それはそれだ。例え中身が子供そのものだろうと――いや、子供だからこそなお恐
ろしい。

「さて。とりあえずは歓迎の花火(プラスティック爆弾)だ。たっぷりと堪能してくれよ?」

 かちり。リモコンの、スイッチを押し込んだ。

 ――――轟音。
 モニタには、砂嵐(ノイズ)の他には何も流れていなかった。

14 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:25:190
薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>12>>13

 気付けばアセルスは地上の捜索をあらかた終え、地下に侵入していた。
 面白味のない無機的な廊下を進む。朽ちるに任せた廃墟の如き建築物がそびえる地上と
違い、地下は意外にも最低限人が生活するだけの機能を残しているように見えた。
 埃が積もっており、破損もやはりあるため生活臭は窺えぬが―――邂逅の場所としては
地上よりかはいくらかマシだ。燦月製薬の協力者も、ここで待っているに違いない。
 と言っても、地下は地上よりも更に広大で、入り組んでいる。

 ―――イノヴェルチの背信者どもめ。奴等、ほんとうにこの施設にいるのか。

 と胸裏で呻いてみて、今更ながらに自らの置かれた境遇の不自然さに気付く。
 そう、不自然なのだ。妖魔の君とは人間の言葉で言うならロードクラスの夜族である。
その血の濃さは夜魔の森の女王リァノーンや、夜刀の神ミギリと比しても遜色はない。
 現界の夜に蠢く新生者(ニューボーン)どもから見れば、雲上の存在だ。
 吸血鬼心棒者ともなると尚更である。
 いくらアセルスが、長生者(エルダー)とは言えぬ年若さであろうと、この無礼な扱い
は常軌を逸している。
 妖魔貴族の酷薄さは、進んで近付こうとする彼等だからこそ承知しているはずだ。

「伝達に不備があったのか」

 それとも―――
 アセルスが悠長にも、ようやく警戒心を抱きかけたとき、だ。
 彼女の眼前に太陽が昇った。
 闇を吹き消す閃光。アセルスは咄嗟に抜刀の姿勢を取る―――が、いくら剣豪で知れた
彼女と言えど、吹き荒れる炎の勢いを斬ることはできない。
 アセルスの華奢な体躯は一瞬にして爆炎に呑み込まれた。

「くっ―――」

 妖魔にはその不死性の他に、特性として四大元素の発生に干渉する「自然魔術」の扱い
に生まれつき長じている。天才と謂われる探求者どもが己の生涯を賭けて得る能力を、
妖魔は常識的な足し算の定理の如く知り得ているのだ。
 アセルスも多聞に漏れず――かなりの苦手としているが―――術は扱える。
 この時もウルカヌスの理に可能な限り干渉し、炎の勢いを抑えた。

 衝撃に後押しされる形で爆発から飛び出すアセルス。
 そのきめの細かい白肌には傷一つ無い。だが、纏うスーツには若干の煤が。

「何たる事だ! 私の衣装が汚れてしまった」

 ここ百年、アセルスの装束には埃一つ落ちることが無かったと言うのに。
 これは屈辱である。
 今の卑劣な不意打ち。もはや謀られたことは疑いようもない。
 裏切り者は一体誰か。高級幹部か。その営業本部長か―――いや、いまはそのような
ことを詮索しても埒が明かない。
 アセルスはスーツの襟を正すと、改めて五感を研ぎ澄ました。
 この場で自分を始末しようとする者がいる。先の爆発、児戯に等しき陳腐な手では
あるが、素直に浴びていれば重傷は免れなかっただろう。
 アセルスは、いつの間にか自分が戦地に渦中に立たされていることに気付いた。

 それにジーナ。
 いまの爆発で気が引き締まったせいか、妖魔の君はうっすらと彼女の存在を感じていた。
 寵姫と妖魔は表向きの主従ではなく、心の鎖として深く繋がっている。
 未熟なアセルスだからこそ、はっきりとジーナを感じられずにいるが、先代のオルロワ
ージュなどは寵姫の正確な位置に留まらず、その感情さえ読み取ることができた。

 ―――ジーナがここにいる……?

 いや、その確証はない。自信を持ってそうだとアセルスは言い切れない。
 ファシナトゥールと違い、ここには二人の繋がりを遮る雑念が多すぎた。

 ―――お願いだ、返事をしてくれジーナ。

 疑いに確とした答えを示すためにも、探索は続けなければならない。
 アセルスは地下施設の奥深くへと駆けて行った。

15 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:27:330
>>14

  暗い室内に灯るモニタの明かりだけが、この部屋
唯一の光源だった。
 砂嵐が荒れ狂っていたモニタには、既に別のカメラが捉えた映像が表示されている。
 先ほどのプラスティック爆弾による"ご挨拶"が、どの程度の高価を発揮し得たのか、ここ
からでは窺い知ることは出来ない。

 もっとも、ろくなダメージになっていないであろう事は、判りきっていた。
 いまだ"成って"から数百年程度しか経ていない若造であろうとも、相手は歴とした、今代
の妖魔の君だ。
 法儀礼のひとつすら施されていないただの爆弾に打ち倒されるようであれば……

「――がっかりさせてくれるなよ?」

 ここには居ない彼女に対し、にやりと微笑を浮かべてそんなことを呟く。
 と、ちょうどその時――手元のコンソール(無論、コレも手製だ)に、小さな赤いダイオード
が点る。対人センサーが、何者かの通過を感知した証しだった。

 ――"何者か?" 違う。彼女が、だ。

「ふふ、そう来なくてはな。わざわざこんな舞台を調えた甲斐がない」

 さて、しばらくは高みの見物だ。
 "正解ルート"にそって設置したトラップは、実に古典的な仕掛で成り立っている。
 わざわざこちら側から制御してやらなければならないのは最初の花火ぐらいなものだ。
 恐らく、最深部へ到着するまで、およそ小一時間と言ったところだろう。

 準備を進めつつ……後は、ただ待つだけだ。

16 名前: ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:28:080
>>15

 ふたつめのトラップは、最初のプラスティック爆弾の遠隔起爆に比べれば、実にシンプル
なものだった。
 ご丁寧にしっかりと修復され、閉じられたドアを開くと、その裏……室内側に仕掛けられた
ワイヤーが仕掛を起動、扉の開放から僅かに数秒をずらし、十数本からなるボウガンの矢
が飛来する。その鏃には黒い液体状の物質――煙草から抽出したニコチンが塗布されてお
り、万一人間がこれを受けた場合、致死に至ることは間違いない。

 無論、妖魔であるアセルスにこのような稚拙なトラップが通用するわけがないのは、イグニ
スとて十分に承知していた。

 ――が、それで構わない。それで構わない。

 それに、奇跡的に矢がアセルスを捉え、その毒が彼女の体内を犯すことにでもなれば――
妖魔とはいえ、もとは人間である。死に至らずとも、何らかの影響を与えることは出来るかも
知れない。

 物言わぬ機構は、客人の訪れを黙してただ待ち続けている。


17 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:29:190
薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>15>>16

「ジーナ、いるのか?」

 扉を蹴破り、部屋に人がいないことを確認しては次へ。それを手当たり次第に繰り返す。
 暫くして、他に比べ破損の少ない――と言うよりは、修繕されたような――扉としての
機能をしっかりと保ったドアに行き着いた。
 怪しいと思ったが、だからこそ覗かずにはいられなかった。
 襲撃を予想し、左手に提げた月下美人の鐺(こじり)でそっと押し開ける。
 鍵はかかっていないが、奇妙な手応えを覚えた。室内は廊下と同じく、やはり闇。
 地下であるため月明かり一つ差し込んでは来ない。
 妖魔の目だからこそ不便はないが、常人ならば鼻先のものとて確認できぬはずだ。

 と、アセルスのその闇を見通す瞳が、刃の銀光を捉えた。

 ―――しまった。

 タイミングを逸らされた。ドアを開け、襲撃が無い事を確認した瞬間の煌めき。
 空調が機能していない、澱んだ空気を抉って迫る鏃の数は十をくだらない。
 いくらアセルスが卓越した身体能力を持とうと捌き切れるスピードでも数でもなかった

 無機物を相手に秘技を使うことになるとは―――自分の迂闊さを呪いながら、アセルス
は両眼を見開く。己の脳から全身に走る神経にルーンの印術強化≠施術。
 一時的に感覚を暴走させ、反射系統の能力を飛躍させた。
 どん―――と視界が揺れ、アセルスは世界から取り残される。
 いや、違う。アセルスが世界を取り残したのだ。
 視神経が向上したため、相対的に時間の流れが緩やかになり、十六の矢は宙を泳ぐよう
にゆったりとアセルスに向かってくる。妖魔の君は印術を応用することにより、擬似的に
オーヴァードライブ≠フ効果を作り出したのだ。
 十六の矢はアセルスの手刀によって、全てはたき落とされた。

 罠の回避と同時に術も解ける。途端に全身を襲う疲労感。
「ぐ……」と思わずアセルスは床に膝を突いた。
 神経の暴走とは即ち、神経系統に必要以上の負荷をかけることだ。
 当然、反動も大きい。気怠い疲労感が彼女の全身を蝕む。

 ―――そう何度も使える手ではない。

 アセルスはよりいっそうの警戒を胸に強いた。

 室内には結局、ドアに狙いを定めたクロスボウ以外にめぼしいものは見当たらなかった。
 破損の目立たぬ入り口も、アセルスの目を引くためにわざわざ選んだに違いない。
 彼女は完全に嵌められたのだ。
 だがこれで、少なくとも襲撃者はそう遠くない場所にいることをアセルスは確信した。
 探索の結果、案内の図などからこの地下研究所が六つのエリアに別れ、それぞれを繋げる
廊下はゲートで句切られていることをアセルスは知っている。
 まさか無作為にトラップを仕掛けたわけでもあるまい。いるならばこのエリアだ。

 ―――奴等の数、武装、背景、まだ読めぬところも多いが……。

 取りあえず、正々堂々と対峙できぬ卑しい精神の持ち主であることだけは知れた。
 城主の留守中にジーナを攫った者と、同じ臭いを感ずる。
 どちらも卑怯な手口を恥じようともしない輩だ。

 ―――ならば、やはりジーナはここに。

 神経増幅の代償とも言うべき疲労に軽い立ち眩みを覚えながらも、アセルスは
更なる深部を目指した。

18 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:30:250
>>17

 とりあえずは、予定通り……と言うところか。
 四つめのダイオードランプが点灯する。
 残りの仕掛は後ふたつ――つまり、怒り心頭の妖魔の君がゴールに到達するには、僅か
ふたつの仕掛をやり過ごせばよいと言うことになる。

 前座はいよいよ終わり、それを確信した私は席を立ち、左胸に吊したホルスターに無造作
に大型のリボルヴァを落とし込んだ。
 S&W M500〈ハンター・マグナム〉リボルヴァ。曰く、"地上最強のハンドガン"。
 本当に人間が扱うことを考えて作られたのか、多分に怪しい破壊力を有するこの拳銃は、
数多の人外を相手にする際にも十二分な威力を発揮してくれている。

 もっとも――

 妖魔の君相手に、こんなもので撃合いをする愚は避けたいものだが。

 さて、最後の仕上げだ――
 彼女がゴールにたどり着く前に、眠り姫の準備をしておかなければならない。

「もうすぐ主賓が到着だ。一仕事して貰うぞ」

 私は傍らで無言のまま横たわっているドレス姿の眠り姫を、ゆっくりと仰向けにすると、
軽くその胸元をなで上げて――黒塗りの短剣、月牙(げつが)を、まっすぐに叩き込んだ。


19 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:33:140
>>




 ――乾いた音が、僅かな明かりしかない室内に小さく響いていた。



 

20 名前: ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:34:190
>>18>>19

 碌に照明も働いていない通路は、機材搬入の効果を考えてか、やや広めに造られていた。
 もっとも、ところどころに瓦礫やらが山積している状況では、広さよりもむしろ、ある種の
不気味さのほうがより強く感じられる。壁面に時折見られる、半ば開け放たれた扉の奥は、
それこそ一切の照明が死んでいるのか、ただほこり臭く、暗い。

 その様は来訪者を飲み込み、永劫の闇へと誘おうとする何者かのようにも見えるが、それ
こそその"闇"を統べるもののひとりであるアセルスには、なんら感慨など与えないだろうが。

 さて、暗く、ただその口腔を開けているだけの扉の中にひとつ、隙間から明かりを零してい
るものがある。そしてそれこそが、イグニスがアセルスに示した"ただひとつの正解"であり、
そして用意された四つめの仕掛、その入り口でもあった。

 仕掛けられたものは、罠と言うにはあまりに拙い代物だった。
 扉の開閉をスイッチとして、天井の四カ所に取り付けられた小さな入れ物から、床に向け
て無数のベアリングが投下。そのベアリングの中に紛れ込んだ癇癪玉が、落着と同時に
炸裂、安っぽい銃声のような音を叩きつけて訪れたものを驚かせる――ただ、それだけ。

 そして出口付近にはパーティー用のクラッカーが仕込まれており――これまた扉の開閉
に伴って、ぱんぱんと祝福の破裂を脱出者に与えることだろう。

 ――ゴールまで、あと一息。
 その、証しとして。

 ……つまりは、イグニスにはこれらの仕掛けで、偉大なファシナトゥールの主、アセルスを
害するつもりなど欠片もなかったのだ。


 全ては、舞台の最後を盛り上げるための前座である。


21 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:36:480
薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>18>>19>>20

 何度心で呼びかけても、ジーナの返事はない。
 埃臭い空気が喉に絡まり、胸をむかつかせる。
 革靴の踵で乱暴に床を叩きながら廊下を駆けた。

 ―――苛立つな、冷静を保て。

 必要なのは集中だ。己の内面を静まる水面に変えれば、自然と声も響く―――そう頭では、
理解しているのだが、いかんせん環境が劣悪すぎた。
 せめて幾らかでも喉を潤すことができれば、気を静め判断力を取り戻すこともできるの
だが……とアセルスは胸裏でぼやくが、それも不可能な話だった。
 人間に頼らずとも、彼女ならば花の精一つで潤いを得ることはできる。
 事実、人間を糧にすることに抵抗を覚えていた半妖の時代、アセルスはそうやって
渇きを誤魔化していた。
 だが―――この地下には、精となりうる命の残滓すら無い。
 完全な無≠ノよって支配されていた。
 それが尚更アセルスを苛立たせる。

死≠ネらばいい。死は生命と地続きに繋がる果ての世界。
 起源は同じであり、また妖魔の生まれし地だ。
 潤いは得られぬが、故郷の臭いは活力を与えてくれる。
 しかし、無≠ヘ駄目だ。
 地下研究所の無機的な内装がいけない―――と言っているわけではない。
 さすがのアセルスとて、それだけの理由で嫌悪は覚えない。
 簡素と華美は対極にあると思われがちだが、アセルスの観念から語ればそれは同じもの。
「簡素な装飾」とは即ち「簡素であることに徹底的な美を追究した装飾」であるのだ。
「無機的」や「簡素」と言ったものは無を模した「有」でしかない。
 だが―――ここは駄目だ。
 本当の無。純粋なる無の臭いが充満している。
 相性は最悪。この状況では、神経の鈍い人間の方が雑念に惑わされずに集中できた。
 その上、アセルスは長年心地よいファシナトゥールの死の空気に浸っていたため、現界の
澱んだ空気がひどく胸に堪える。
 地の相性の悪さに加え、ジーナの行方を案ずるストレスとトラップ回避のための体力消耗
が上乗せされ、アセルスの身体は思いの外疲弊していた。

 ―――敵と相見える前からこの様とは、情けない……。

 もし、いまアセルスを蝕む様々な要因による疲労が、意図的に狙われてのものだとしたら。
 ―――敵方ながら、大したものである。
 だが、疲れが募るごとに怒りもまた増加されてゆく。
 一度月下美人を抜く機会があれば、その冴えは憎しみの彩色によって光すら断てるはずだ。
 憎悪こそが力の源。窮地にあってこそ薔薇の剣客の力は真価を発揮する。

22 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:37:080
>>21

 光が、見えた。

 無数ある部屋の一つから、明かりが漏れている。
 微かな光量だが、闇に慣れたアセルスの目には太陽の瞬きの如く眩しく映った。
 電気設備が稼働していないこの地下研究所で、電光が点灯しているのはあまりに不自然。
「職員の点け忘れだろう」で見過ごせるほどアセルスは大らかにはできていない。

 ―――まず、罠だろうな。

 向こうから手がかりを示すなど―――灯籠の蚊の如く誘き寄せる算段か。
 小賢しい手である。
 いい加減、姿を見せたらどうかとほぞを噛みながらも、アセルスは虫となるしかない。
 挑戦は受けるのが彼女の流儀であるし、何より罠にでも飛び入らねば状況は変わらず
アセルスに不利なままだ。

 ―――今は兎角、この不穏な空気を打破することに努めねば。

 覚悟を決めると、月下美人を手繰り寄せいつでも抜ける姿勢を作った。
 わざとらしく半端に開かれたドアをあえて力任せに蹴りつける。
 すりガラスが嵌め込まれたドアは部屋の半ばまで吹っ飛んでいった。
 追うように部屋に侵入。
 部屋は集会所にでも使われていたのか存外に広い。だが、ここも他の多くの部屋と
同じく、底冷えする冷気が立ち篭めているばかりで、特に目を惹くものは―――

 ―――上か!

 金属物が軋む音に続き、天井から降り注ぐ何物かの気配―――多い! まさに雨だ。
 だが、アセルスも先までとは違い心構えができている。
 まず、横に身体を流しつつ懐に忍ばせたハットリ・ナイフを投擲。光源のライトを潰す。
 こう明るくてはただでさえささくれ立った精神が余計に苛立つ。

 一転して闇が室内を蹂躙した。球形の落下物はまだいずれも床に届いていない。
 アセルスは舞うように華麗な体裁きで、その悉くをかわしてゆく。
 ざあ、と床を叩く金属音。ふん、と鼻で嗤う妖魔。幾らか余裕を取り戻す。
 所詮は下衆の姦計。勢いのない自然落下物など、いくら数あれど擦りもしない。

 が―――地を叩く衝撃に呼応して、意外な火薬音が部屋に轟いた。
 それも複数。矢継ぎ早に炸裂する。闇に閃光が瞬き、室内を照らしては消え、また照らす。
 アセルスは反射的に跳躍。
 前動作無しで天井に昇ると、その天井を床に見立てて蹴りつけ、出口に跳んだ。
 勢いに任せて、肩から出口の戸をぶち破る。

 すると、背後からも軽快な破裂音が響く。
 ぱぱぱぱん、と遠方から聞く銃声に似た連続音。
 二段仕掛けの罠か、とアセルスは月下美人を抜きかけるが―――どうにもおかしい。
 背中に浴びたのは身を貫く衝撃ではなく、無数のカラーテープ。
 宙を舞うのは己が鮮血ではなく、色とりどりの紙吹雪。
 立ち篭めるのは硝煙とは程遠い安っぽい火薬臭。

「―――あ?」

 状況が掴めぬ妖魔の君は、間の抜けた声をあげるしかなかった。  

23 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:38:010
>>21>>22

 ふと思いついて、懐中時計を取り出してみた。
 管理室を発ってから、時間にして――およそ二十分と言ったところか。
 と言うことは今頃、カラーテープに絡みつかれている妖魔の君がいるわけだ。

 いけない、なんとも笑いがこみ上げてくる――
 相手はあの、『大帝』オルロワージュを討ち滅ぼした永遠の少女アセルスだ。
 その彼女がそこらの小娘よろしく、パーティーグッズの洗礼を受けている様など、一体どこ
で拝める?
 その場にいられないことが心底無念で、ついでにこの笑いを彼女と分かち合えないことが
とてもとても残念だった。まあ彼女にしてみれば、面白いどころの話ではないだろうが。

 今頃、顔を真っ赤に染めて怒り狂っているだろうから……

「――いやいや、案外年相応の顔でも見せてくれているのかもな。
 それなら尚のこと残念だ。写真でも撮ってファシナトゥールにでもばらまけば、人気も随分
と上がっただろうに」

 愉快な気分に、無駄な軽口も出ようというものだ。
 そう、ここまでは完全に予定通り――つまるところ、有力な化物であればあるだけ、ずるず
ると無防備に罠に嵌り込んでしまうと言うわけだ。

『人間ごときに後れを取るはずがない』

 それは正しい。ある面で、それはとてもとても正しい。
 人外は文字通り力持ちだ。常軌を逸した身体能力を備え、人知を超越した魔術を持つ。
 そしてそれが――人間が奴らにつけ込むことの出来る、唯一の隙なのだ。

 コッキングレバーを引き、薬室に初弾を送り込む。
 それだけで、儀式は滞りなく完了した。

 さあゴールはもうすぐだ。クライマックスはもうすぐだ。
 待ちくたびれたよ妖魔の君。急いて、急いておいで。
 あなたの眠り姫が、今か今かと待っている――――

24 名前: ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:40:040
>>23

 そして。
 扉の前には、無数とも思えるワイヤーが縦横無尽に張り巡らされていた。
 扉の前に。そう、通路に――である。

 固く閉ざされていた金属製の扉には、ペンキスプレーで乱雑に、

『GOAL!!』

 と記されており、それが文字通りの意味なのかはさておいて、扉の向こう側にあるものは、
今までのものとは違うなにかである、と言うことを強調していた。

 周囲に仕掛けられた罠と言えば、極論すればふたつめのそれとほぼ同一である。
 張り巡らされているワイヤーのうち、いくつかが『本物』であり、ワイヤーの切断にリンクし
て動き出すという案配だ。

 だが、飛び出すのは矢ではなく――気体である。ガスだ。
 致死性のそれではない。人間にとっての致死性ガスなど、妖魔にはなんら効果はない。
 しかし。しかし――臭いは?
 人間ではあり得ない程、敏感な感覚を持つ妖魔に、これ以上ない刺激物を叩きつけたら
どうなる?

 噴出されるのはアンモニアなどをはじめとした、強力な臭気を放つ気体の混合だ。
 それぞれには一切の毒性はなく、ただ"刺激臭を放つ"というそれだけのものだ。


 そして――その罠の先には。
 最後の、扉が待っている。


25 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:40:230

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>23>>24

「なぜ―――」

 数分前の瞬く閃光、鳴り響く火薬音が嘘のように静まりかえった廊下。
 アセルスが呆然と見下ろすのは、無造作に床に捨てられたラップトップタイプのパソコン。

「なぜ、この電子機器は、ここに捨てられている」

 機械に関しての造詣が薄いアセルスにでも分かるほどの旧型だ。かつてはコンピューター
とディスプレイが一体化した携帯もできる代物として売り出されたのだろうが、現在のそれ
と比べると大型で持ち運びも不便に見える。
 常識と照らし合わせれば、古くなったので捨てた。粗大ゴミとして廃棄するまで、廊下
の脇に「取りあえず」置いておいた。そう考えるのが妥当だろう。
 それはいい。

「……『取りあえず』なのは理解できる。だけど、おかしいだろう。だからと言って、なぜ、
この電子機器は、よりにもよってこの位置に置かれなければいけない。どうしてだ?
そこに理由はあるのか? 持ち主は、何も考えず、何の計算もなく、ここに置いたと言うのか。
それはおかしい―――そんなの納得いかない。物の配置とは計算に計算を重ねるごとで
初めて美≠ノ昇華する。必然の無いところには美もまたない。一見、考えの無い配置に
見えても……そこには作者の無意識下での思惑があるはずなのだ。無ければいけないのだ。
―――だが、これはどうだ。この機械の配置に美はあるか? この床のこの位置に置かれる
ことの必然は存在するか? ……無い。あまりにも醜い。あまりにも醜悪。これはもはや
美に対する冒涜―――つまり、私への冒涜だ!」

 びきり、とパソコンのディスプレイに亀裂が走った。

「まるで、まるで私を虚仮にしている。この電子機器だけではない。トラップを仕掛けた
下衆だけではない。この空間が、この研究所が、この国がこの世界が! 皆で揃って
私を虚仮にしている! 無様に踊る私を指さし嘲笑っている! 大切な人を奪われ、慌て
ふためく姿を眺め悦に浸っている! ―――っざけるなぁ! この機械が、ここに存在する
ことが! どんなに醜いかも、人間は理解できんのか!」

 アセルスの怒りが頂点に達したとき、轟という風切り音とともにパソコンは粉砕した。
 彼女は指一本触れていない。不可視の衝撃波―――妖魔の君が内包する膨大な魔力が
怒りにより暴走し、術≠ニしての形を与えられずに世界に浸食したのだ。結果は
吹き荒れる暴風の如く。アセルスの怒りはパソコンに留まらず、周囲の無機物にも牙を
剥き、四方を隔てる壁には縦横無尽に罅が走った。
 指向性の無い純魔力の放出であるからこれ以上の破壊は望めないが―――怒り≠セけで
この惨状である。妖魔の君の内在する力の片鱗を窺わせる一瞬であった。
 だが、相手は無機物ばかり。
 怒りの根源である痴れ者は、いない。

26 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:40:480

>>25

 ―――斬ろう。

 アセルスは既に、このブロックの間取りを大体理解している。仕掛けられたトラップは、
彼女を導くように軌跡を作り出していた。その先には―――袋小路。
 何が目的で、如何なる秘策を用意しているかは知らないは、せっかくの不意を討てる
機会を逃してまで酔狂に走る。
 これが格上の相手ならば、アセルスも少しは納得できただろう。オルロワージュや自分
がそうであるように、退屈な相手には戯れも必要だ。
 だが、ジーナをさらったのは。この研究所で小細工を弄しているのは、明らかに自分
よりも格下。姿を見せることもせず、卑怯なトラップを施すことに終始し、あまつさえ
精々アセルスを逆上させることぐらいしか効果をあげられないクラッカーと癇癪玉。
 自殺志願者だ。
 そうとしか考えられない。
 死にたいのだ、この不逞の輩は。
 だから、斬ろう。

 本来なら嬲って嬲り尽くしても飽きたらぬ相手である。
 永遠の時を与え、その永遠をかけて死を繰り返させる。
 下賤なる身で妖魔の君を嘲笑えばどうなるか、思い知らせてやらねばならない。
 あらゆる懇願、悲痛の叫びを聞き届け、語彙が尽きれば、用済みの肺腑を抉り出す。
 ―――否、それでも飽きたらぬ相手だ。

 だが、アセルスは斬ると決めていた。
 ジーナの居場所を聞き出し、ひと思いにバッサリと斬り捨てる。
 もう敵対者の処遇など消滅≠ナ良かった。
 ただこの屈辱忘れたかった。
 だから斬る。

 気付けばアセルスの身体は風に乗り、音の障壁を突破する疾さで駆けていた。
 一瞬で端から端に通路を駆け抜け、壁面を蹴りつけることで勢いを緩めず角を曲がる。
 暫くすると―――道の先に見えるのは「GOAL!!」と書かれた乱暴な赤文字。
 ぶちり、とそれでアセルスの最後の理性が飛んだ。
 妖魔の矜持が彼女に塵殺の使命を下す。
 皆殺しだ。無能な臣下どもも。調子のいいイノヴェルチも。謀った燦月製薬も。
この不愉快な世界も。全て殺し尽くしてくれる。
 その手始めに、まず。

27 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:41:120

>>25>>26

 扉の前にはまるで巣を守る結界のように、獄細のワイヤーがぴんと張り巡らされていた。
 弾けば何らかの罠が作動するかもしれない。
 だが、いったい何が? 何がどのようにアセルスに襲い掛かるというのか。
 陳腐な爆弾。小賢しい弓矢。戯けた癇癪玉にクラッカー。
 どれをとっても、彼女を傷付けるに至らなかった。
 今更、それを超える仕掛けが待ち受けていたところで―――

「たかが知れたものだ!」

 漲る魔力の奔流がアセルスの意思に先んじて衝撃となり、ワイヤーを蹴散らす。
 同時に、カモフラージュされた壁面から噴き出すガス。
 生物を殺傷するために作られた毒ガスなど、妖魔には通じぬ―――アセルスは、構わず
金属扉を目指す。
 ―――が。

 がくん、と視角が揺れた。
 身体が唐突に、糸の切れた人形のように力を失い、慣性に負けて床に倒れ込む。

「かっ……は―――こ、れ、は―――」

 毒ではない。異臭。―――いや、異臭なんて表現ではない生温い。この世のあらゆる
刺激物を調合しても、まだ足りぬ悪臭。鼻にではなく脳に直接響く痛み。
 視界が涙で曇る。
 嘔吐感を堪えることすら出来ず、床に吐こうとするが―――数百年、物を納めていない
胃は伸縮しきっており、胃液すら出ない。ただ唾液を吐き散らす。
 全身が灼ける錯覚をアセルスは覚えた。
 致死性は無いみたいだが、このままでは身体が衰弱する一方だ。
 這って鉄扉まで辿り着くと、拳を叩き付ける。―――が、力が入らない。
 拳は扉の破壊どころか、満足にノックすらできなかった。

「く―――はっ……ぁ……」

 ノブに手を回してみると、意外にも呆気なく扉は開いた。
「GOAL!!」の文字通り施錠はされていなかったようだ。
 アセルスはこの刺激臭から一歩でも遠ざかるため、室内に転がり込むように身体を躍らせた。 

28 名前: ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:42:570
>>25>>26>>27



 ばちんっ……!
 という、あからさまに仰々しい機械音とともに、一条の明かりさえも見えなかった室内に、
照明が点る。
 まるでスポットライトのように、天井から一部分に向けて照射された光の筋は、入り口から
真っ直ぐ正面に、場違いのようにぽつんと置かれた、一脚の木椅子に注がれてる。

 椅子の上には既に誰かが座り込んでいた。
 美麗なドレスを纏った、小柄な人影だ。
 ソレは、身じろぎ一ツせずに、黙したまま項垂れて、髪で表情を隠し、手袋を嵌めた両手を
行儀良く膝の上で組んでいる。

 胸元を染め上げる毒々しい朱は、まるで朱いスカーフを纏っているようにすら見えた。




 ――胸に突き立てられたナイフを抱くように、ソレは行儀良く、椅子の上に座っていた。


 

29 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:43:390

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>27
「な―――」

 それを目にした時、アセルスはあらゆる感情を忘れた。
 己を嘲笑うかのように仕掛けられた罠に対しての怒り。
 みすみすと寵姫が攫われるのを許した臣下への侮蔑。
 相剋の相性を持つこの地下研究所への不快感。身を貫く刺激臭に対する嘔吐感。
 全て、全てアセルスは忘れた。

 咳き込むことすら忘れ、アセルスはゆっくりと立ち上がる。
 鉄扉は勝手に閉鎖したため、刺激臭はもう彼女の下まで届いてこない。
 力ない足取りで一歩、また一歩と前に進む。

 信じるわけにはいかなかった。
 涙に霞む視界の向こう。
 妖魔の君が目にするのは血染めの婚約者。
 ―――否。そんな、ワケがない。

  わたしは―――君と、二人で永遠を誓った……。
  だから君だけは、こんなところで終わってはいけない。
  いけないんだ……。
  なのに。

「ジーナぁ……」

  信じない。信じられるものか。こんな現実、私はいらない。
  認めない。認められるものか。こんな現実、私は否定する。
  しかし、では何だ? この、全身の軽さは。

 あるべきものを無くした胸はまるで伽藍。そこを虚しさだけが吹き荒ぶ。
 憎悪も哀愁もなく、ただ虚無が彼女を覆い尽くしていった。

 ―――力を得た。もう、誰にも負けない力を得たと思ったのに。

 妖魔の君の姿はなく、ここにいるのはかつて白薔薇姫を失ったときのように、自己嫌悪と
自己憐憫に悩まされる人間にも化け物にもなり切れなかった半端物。
 木椅子に静かに座る少女の素顔を確認せんと歩み寄るが―――その足取りには、現実に
対する脅えが混じっており、ひどく拙い。待ち受ける虚無を絶対のものにしたくないのだ。
 一歩進むのにも、勇気を振り絞る有様であった。

30 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:44:270
>>29



 ――斯くして。
 奪われた恋人を取り戻すべくはせ参じた王者は、その亡骸を前に、ただただ立ちつくすのでありました――



 

31 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:45:180
>>30

 ……だとさ、イグニス。
 込み上げてくる笑いをかみ殺しながら、私は胸中で己に呟いた。
 怯えるように、突きつけられた現実を拒否するように、一歩一歩血染めのヒトガタへと歩み
よる、大妖アセルス

 照らし出された恋人の亡骸へと、よろめきつつも気丈に向かうその姿に、思わず言わずに
はいられなかった。
 なんて、なんて、なんて。







 ――――なんて、陳腐な。


32 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:45:420
>>31

 だって、見てみるが良い。
 椅子の上にうつむく花嫁の姿を。
 仔細に見ずとも、明らかに正常な人間の骨格とは異なるソレに、どうして感情移入が出来る?

 だって、見てみるが良い。
 椅子に座り込むソレの姿を。
 否、アレは座っているのではない――肉体特有の柔らかさを持たぬなにかを無理矢理に
納めているために、わざわざ背もたれにワイヤーでくくりつけているあの無様なカタチを。

 だって、見てみるが良い。
 胸元を染め上げた朱いなにかを。
 血液と言うにはあまりに朱く、鮮やかで――そして何より、一切なんの臭いも発していない。




 ……もし妖魔の君がいつも通りなら、容易に気付いたはずだ。
 亡骸からは、一切の血の臭いが感じられないことを。

 もし妖魔の君が乾いていなければ、あっさりと気がついたはずだ。
 そのヒトガタは、最愛の恋人と認めるには、明らかに体躯が一回り大きいことに。

 もし妖魔の君が十全であったのなら――気がついたはずだ。
 この部屋の如何なる箇所からも、死の気配を感じないことに!

 そもそもにして――如何に本調子でないとはいえ、自分と深い繋がりにある女の死を知覚
出来ない、なんてことがあるわけがない。


 それに気がつかなかったのは、彼女が焦っていたからだ。
 ――最愛の女を、未だ手中に取り戻すことが出来なくて。

 それに気がつかなかったのは、彼女が怒り狂っていたからだ。
 ――誇りを、穢されて。

 それに気がつかなかったのは、彼女が乾いていたからだ。
 ――何もない、機能を失った地下施設を徘徊させられて。

 それに気がつかなかったのは――目や鼻が、マトモに機能していなかったからだ。
 ――人間以上に敏感なそれらを、刺激物に麻痺させられて。


33 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:46:130
>>32

 つまりは――この施設そのものが、オマエに対する私の罠だ。
 非力な人間に、正面からぶつかって勝てるわけがない、
 現界にとどまり
力を失っていく一報の人外連中とは違う――自領を持ち、無数の臣下を従え、成ってから
千も経過していないにもかかわらずオルロワージュを滅ぼした、化物中の化物に正面から
掛かって勝てるわけがない。

 ”ジーナ”を模したマネキンへと歩み寄り――いざその顔に触れようと、アセルスが小さく
手を差し出した、その瞬間。

 私は視界を、スナイパースコープへと切り替えていた。

 ――仕掛けるからには、必殺と必勝を期すべきだ。そうだろう?
 ソレが、如何なる方策であろうとも、だ。
 だから仕掛けた。だから待った。そして――今がある。

 室内の隅、がらくたが無造作に置きつまれたとしか見えないそんな中に、カモフラージュ
用のシートを頭から被り――潜む。
 この程度のカモフラージュなど、酔うまい手には無様の極みだが、感覚が麻痺しかけてい
るアセルスに対しては、十分すぎるほどの効果を上げていた。

 そして、銃はこのときのためだけに、ありとあらゆる術を使って手に入れた一品。
 バーレットXM109ペイロードライフル。
 一見同社のM107――つまり、M82A1に酷似したシルエットの対物ライフルだが、使う弾丸
は25mmという、笑い出したくなるほどの大口径弾だ。いまだに発注元の米陸軍でも評価試
験中のキワモノ中のキワモノだが――奴を葬るのに、この程度の火器を用意しないのは失
礼というものだ。
 用途は多岐に渡る――重要度施設の破壊、航空機、装甲戦闘車両、そして――対人。
 飛躍的にその破壊力を向上させたコレならば、如何に近代兵器に過ぎないとはいえ、まず
間違いなく仕留められるはずだ――

 さあお待たせした妖魔の君。
 コレが正真正銘、本当の歓迎の花火で――
 そして貴女への、致死を意図する、最初の一撃だ。

 スコープ越しに、ゆっくりと手を伸ばす彼女を見て――その背中に向けて。
 引き金はむしろ優しく。
 だが砲声は、暴君のように炸裂した。


34 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:46:420

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>30>>31>>32

 永遠にも似た逡巡の末、妖魔の君の震える指先が少女の頬に触れる。
 少女の肌―――冷たく、荒れていた。
 あの心地よい温もり。もはや見る影もない。
 あの穢れを知らぬ肌。今は無惨にも荒れ果て―――いや、おかしい。
 例え不可避の鎌が彼女を襲おうと、ジーナの美しさは永遠だ。
 死してなおその無垢なる姿は純潔を保つ。
 死んだ程度で彼女の美が損なわれることはない。

「……違う」

 これは、ジーナではない。

 アセルスの胸から安堵と緊張が同時に沸き上がる。
 ジーナとまた再び愛を囁きあえる―――その可能性に対しての、安堵。
 希望はまだ潰えていない。彼女の生死は未だ不明。
 それはつまり―――自分がいま、完全に踊らされたことに対しての緊張。
 安堵はすぐにも霧散し、緊張は胸から背中を駆け抜け戦慄へと成長する。

 ―――謀られた。

 ジーナ――と呼ぶにも烏滸がましいぼろ人形――から集中を解いてみれば、次に
気付くのは背中にひしひしと浴びせかけられた、身を穿つほどに強力な殺気。
 なぜ、こうまで露骨な気配に気付けなかったのか。
 怒りによる思考の鈍り。刺激臭による五感の鈍り。人形による警戒の鈍り。
 この瞬間、一見無意味にも見えた罠の数々はかちりと歯車を重ね合い、
慢心の麗人に向けて牙を剥いた。

「……っ!」

 声にならぬ気合いの猛りと共にアセルスは振り返る。自然の範疇を超越した
妖魔の機敏な動きと、絞られたトリガーが奸智の魔弾を撃ち出すのは同時。
 月下美人を鞘走らせる暇も、直線上から身体をかわす余裕もない。
 アセルスはルーンの印術を操り、二度目の神経強化。
 擬似的なオーヴァードライブ(時間停滞)により弾頭を視認。
 弾丸は既に胸元に肉薄している。
 極端な視神経の暴走により、脳細胞が焼き切れるのを感じながら―――アセルスは
月下美人の黒鞘、鐺(こじり)の部分を器用に弾頭に打ち当てた。
 鍍金による薔薇のエングレーブがあしらわれた黒鞘が衝撃に負け、砕け散る。
 予想外の力に割り込まれ標的を見失った弾丸は、その駆けるべき軌跡を上方に逸らし
 ―――アセルスの左肩を貫いた。

 衝撃による爆砕。咲き誇るのは爆炎の花ではなく蒼き鮮血。
 根本から爆ぜた左腕が宙を舞う。
 妖魔の頑強な身体を容易に穿った一発。―――尋常な威力ではない。

 破壊はそれだけに留まらず、アセルスの身体に衝撃を十二分に伝える。全身の骨に軋み
の叫びを上げさせ、大動脈の血液の逆流が心臓を破裂させた。

「が―――」

 口元から大量の血塊を溢れさせながらも、アセルスは倒れない。
 この高威力。いくら人外の身と言えど胸や頭に浴びれば即死だ。
 次弾は何としてでも避けねばならない。
 床を蹴り、銃器の斜線から逃れるように跳躍。
 目を使わず、気配で遮蔽物を探すが―――ここまで用意周到に待ちかまえていた者が、
そんな親切な壁を用意しておくわけがなく、部屋の中央に威力を削ぐことすら不可能な
人形と木椅子が佇むばかり。
 逃げ場は、ない。

 ―――ならば。

 闇を切り取ったかのように色鮮やかなダークスーツが、自らの血により濁りつつある。
 アセルスは月下美人を宙に放ると、その懐から残った右腕で炭素鋼のハットリナイフ
を抜き出し、渾身の力をこめて擲った。

35 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:47:290
>>34

 網膜に映るのは、失われた左肩から溢れる蒼。
 まともな生き物にはおよそあり得ない血潮は、不覚にもほんの一瞬、濃紫の花びらが舞い
散っているように見えた。

 だが、それでも。
 アセルスは血塊を吐き出しつつも、苦痛に声を零しつつも――まだ、確実に生きている。
 一撃は与えた。しかし。

 ――外れた。

 そう悟った瞬間、構えた銃には一切拘泥せずに、私は動き出していた。
 今の状況で殺しきれなければ――今後二度と、あの銃の出番はなお。高位の人外相手に、
二度目など存在しない。

 射撃体勢から弾けるように身体を起こし、同時に右手で室内灯のスイッチを入れる。
 ひとつだけだった明かり、だが次々に天井の照明は目覚め、気がつけばほんの僅かな影
すらも駆逐されていた。

 カモフラージュシートから身体を抜き出し、駆ける。
 同時、視界からヤツが消えた。身体の一部分を失ったとも思えぬような俊敏な動き。
 だが驚きには値しない――ヤツは人間ではない、化け物だ。

 空中で、残された右腕が一閃する。なにか投げた。
 照明に当てられて銀色に輝くなにか――刀剣の類だと断じて、私は更に加速する。
  低く傾けた身体。尾のように靡く紅紫色の私の髪。

 ――背後で、金属同士がこすれる嫌な音が音がした。
 恐らくは、置き去りにしたライフルが、あの一刀でとどめを刺されたのだと直感した。

 左手には鞘に収められたままの愛用の刀。
 柄に右手を添える。隻腕の麗人は視界の中に。
 僅かに開いた口、噛みしめた歯の隙間から、しィ、と、鋭く呼気が吐き出される。

 ――斬る。
 そう無言で己に断言した瞬間、右足を踏み込み――刀身が、鞘の内側を走り抜けた。
 如何にして鍛え上げたのか、現れたのは朱い刀身。
 この気を逃さずと、繰り出された一撃は妖魔の君の御首級を狙う――!


36 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:48:220

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>35

 ナイフを擲つと同時に、視界が白に染まった。
 天井の照明群の目覚め。上級妖魔の頂点に立つアセルスだ。
 いくら手負いと言えど、人工灯などでは火傷一つ負わない。
 だが、唐突な昼夜の反転は、身を怯ませ、視力を奪う。

 ―――次から次へと、小狡い手を。

 呻きつつ、アセルスは意識して視界に色を取り戻す。
 照明の明度は強く、まるで舞台上に昇ったかのように周囲が白い。
 光が質量を持って肩にのし掛かっていた。
 その白き世界を裂いて駆け寄る―――鮮やかなる朱。

「な―――」

 女、だと。

 ついに光の下、姿を晒した襲撃者は、アセルスの想像する如何なる悪漢とも違っていた。
 軌跡を描くように流れる赤髪の色鮮やかさは見事の一言。
 その見麗しき相貌も、確とした意思の輝きと気高さを兼ね揃えている。
 まさに完璧。完全なる美だ。
 断じて卑屈な罠の数々、少女を人質に取るような卑しい姦計に長けた―――今回の件
の張本人とは思えなかった。
 会う場所と時が違えば、アセルスは惚れてすらいたかもしれない。それほどの麗人だ。

 だが、戦場の緊迫はアセルスに見惚れる暇(いとま)を与えない。
 女は、人間にしては驚くべき脚力で接近。―――これまた意外なことに、銃器を捨てて
白兵戦を挑むつもりらしい。その潔さは感銘にすら値する。

 アセルスは放った月下美人が床を叩く直前に蹴り上げ、右手で掴み取った。
 鞘の残骸を払い、新月の夜に鍛えられた名刀は、存在そのものが芸術とでも言うべき
刀身を露わにする。高速徹甲弾の直撃を受けてすら、歪み一つみせない業物だ。
 遣うものが遣えば、光も闇も分け隔て無く斬り捨てる。

 が―――対する女の一刀も負けていない。
 禍々しい朱の刀身と、それを縁取る漆黒。魔剣妖刀の類には造詣が深いアセルスですら、
おぞましさを覚える―――清廉なる月下美人とは対極に位置する一刀だ。
 その白と朱が噛み合い火花を散らす。
 妖魔最強の剣客であるアセルスは、二刀を用いた剣技にも長けている。片手で剣を振る
うこと自体に躊躇いはないが―――

「ぐ……」

 十分な踏み込みを持ってして放たれた一閃。
 辛うじて受けてはみたが、アセルスは僅かに押し負ける。
 人外の剣客が人間如きに力負けする。
 あってはならぬことだが―――うまく、呼吸が取れない。

 ―――心の臓が。

 満足な働きをしていないことに原因はある。
 調律の狂いは深刻で、血の巡りが鈍っただけだと言うのに、まるで自分の身体では
無くなかったかのような違和感をアセルスは覚えた。
 呼吸は整わず、気脈も探れぬため魔力が引き出せない。
 普段ならば薔薇の花びらを一切落とさずに蔦だけ断ち切る精緻の剣も―――今は
剣先に震えすら見えていた。
 だが、例えどんな衰えがあろうとも。
 刃の届く範囲ならば、それはアセルスが最も得意とする戦場だ。

「……美しい女よ。私は君の顔を焼き付けた。君はいまこの瞬間、妖魔三十万全てを
敵に回した。このまま気高き死を望むのならば―――答えろ! ジーナはどこだ!
 貴様、本気で理解しているのか? 貴様は、私の、触れてはいけない禁忌の領域に
土足で踏み込んでいるんだぞ!」

 ぐ、っと刃を押し返す。無垢なる白を犯す朱への抵抗。浅葱の髪を持つアセルスと
女の朱色の髪は、蒼と赤の鮮やかな対比であった。

37 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:49:210
>>36

 ちっ――内心で舌打ちしつつ、それでも真っ正面から鍔迫り合う事が出来ている現実に、
私は確信した。
 致死ではない――が、隻腕どころではない、無視できないダメージが彼女にはある。
 互いに同じ女であれ、人外のそれとは明らかに膂力が違う。

 剣技とはすなわち力……というわけではないのは確かだが、比較にも成らない身体能力
は驚異の一言。
 だが、少なくとも今この瞬間は、その圧倒的とも言える隔たりが限りなくゼロとなっている。

 ……殺せる。
 逆を言えば、この状況でも殺せなければ――結果的に、くたばるのは私のほうだ。
 もっとも、意味のない仮定ではある。私は殺す。この化け物を、確実に、だ。

 と――
 答えろ、だと?

 はっ、と思わず笑いが零れる。
 この期に及んで問答とは……やれやれ、なんという甘ちゃんだ。

「ふん――随分と情けないことを言うのだな、妖魔の君よ。
 三十万の妖魔? 気高き死? 近畿の領域? ――糞喰らえだよ、お嬢ちゃん。
 知りたいことがあるのなら……私を殺して、それから聞き出せ」

 ほとんど息の掛かる位置に、その冷めるような美貌の化け物を見据えて言った。
 押し返される刃。とても隻腕の剣士とは思えない力。

 ……押し負ける? 片腕に?
 当たり前だ、相手は人外。
 それもその最高位に位置する、正真正銘の化け物だ。

 で、あるならば――
 いいさ、喜んで押し負けるとしよう……だが。

 力を加えてくるアセルスに対し、私はあっさりと刃を引いた。
 それこそなんの抵抗もせずに。いや、むしろ自分から進んで。

 挙げ句――私は、手にしていた剣をあっさりと放していた。

「……そうだな。それなら、ひとつだけ教えてやろう」

 優しく笑みを浮かべて、白銀の刃を握りしめるアセルスの腕に手を触れさせた。

「イグニス、だ」

 瞬間――私は、駒のように身体を回転させると、その勢いに任せてアセルスの懐へと滑り
込む。腕を引き寄せ、身体を屈め――そして、発条が弾けるように全力で跳ね上げる!

 柔――”一本背負い”。仮に、今だ根本的な力の差があれど。
 体格がほぼ互角なら、力の差は関係ない――!


38 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:50:110

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――
>>37

 身分を弁えぬ痴れ言の後、女の刀に篭められた力が、目に見えて抜かれた。
 馬鹿め、とアセルスは胸裏でほくそ笑む。力を流して捌くつもりだろうが、こと剣技の
駆け引きに於いては、アセルスも達人クラス。
 相手が引くと言うのなら、力の行き場が刀から彼女の肉に変わるまでのこと。

 確かに、剣技の駆け引きはアセルスが上手だった。
 そう、剣技では。

「な―――」

 宙に放られた刀。この状況で、刃を捨てる?
 アセルスの戦術にはない、女の突飛な行動。
 咄嗟の判断で、アセルスも刃を引くが―――女はそれに先んじて、彼女の腕を取った。
 瞬間、天が地と変わり、地は天となった。
 妖魔の君を、まさかの背負い投げ。
 下は――いや、上か?――は剥き出しのコンクリート。
 この勢いで地面に叩き付けられれば、蒼紺の薔薇が花咲くことになる。

「ええい!」

 無いはずの左腕に、確かに感ずる痛み―――幻肢痛。
 その痛覚を強化し、錯覚を現実に浸食させる。
 存在しない左掌を大きく開き、アセルスは女の足首に指を絡ませた。
 指―――そう、吹き飛んだ現実≠フ左腕だ。
 肉を抉ることもできぬ脆弱な握力だが、女の集中と力点を逸らさせる程度の働きはできた。
 その一瞬の集中の穴の見出し、身体を反転。足から器用に着地する。

「―――イグニスだと?」

 その名に、聞き覚えは確かにあった。
『人類の守護者』と呼ばれる狩人が古き時代から―――そう、アセルスが人としての生を
受ける遙か以前から、闇と対峙していると言う。
 イグニス。―――まさか、三匹の守護者の一人?

「世代を重ねて、思考すら衰えたか? 己の度量を弁えろ野良犬。狗が獅子を狩れると
思ったか!」

 月下美人を振るおうにも、ただ一つの手首は未だイグニスの手中にあり。力で振り解く
ことはできるが―――この肉薄した間合い、アセルスには逆に好都合。
 やはり吐息のかかる位置でイグニスの瞳を覗き込むと、アセルスは己の眼を強く見開いた。
 魅了の魔眼。それも淫魔が用いるような生半可な代物ではない。
 常人ならば精神が吹き飛ぶ圧力を持った一撃だ。
 未だ気脈は整わぬアセルスだが、妖魔の十八番とでも言うべき魔眼だけは健在であった。 

39 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:51:050
>>38

 見開かれた両眼。
 そして、そこに収束していく魔力の流れ――それに気がついたときには、既に手遅れだった。
 ヤツの手首を掴んでいる両腕に、ほとんど力が入らない。
 いや、それよりも――ただこうして立っているだけなのに、全身にのし掛かる強烈な徒労感。
 にもかかわらず、膝を崩すことも出来ず。
 私はなすすべ泣く、ただその場に立ちつくすだけだった。

「……魔、眼――」

 失念していた――などという戯言では済まないほどの、最悪のミスだ。
 それも下級妖魔の用いるような、生半可のものではない。
 妖魔の君アセルスが、一切の手加減もせずに繰り出す魅了の魔眼。
 その気になれば、私の魂を一息に消し飛ばすことなど造作も無いのだろう――

 いや。本来なら、既にそうなっていてもおかしくはないのだ。
 間一髪でそれを逃れているのは――私の顔に乗っている、この眼鏡の働きに他ならなか
った。
 簡単に言えばコレは、抗魔力の術式が織り込まれた魔術具なのだ。
 それなりの対価を払って手に入れただけのことはあると、私は内心苦笑した。
 もっとも――一瞥で魂が消し飛ばされずにおめでとう、と言うところで、そうなるのも正に
時間の問題、と言う話ではあるのだが。

 そして。
 魔力の重圧に破れたのか、びしり……とレンズに罅が入った、その瞬間。

 全身を縛っていた圧迫感が、はっきりと軽くなったのが判った。

「――――!」

 恐らくは。
 もともと術式に織り込まれていた効果なのだろう。
 恒常的な防御が不可能となった場合、瞬間的に所有者の抗魔力を引き上げ、直接的な
対抗手段を講じさせるような。
 それが証拠に、圧倒的に軽くなった重圧が、まただんだんと強くなっていくのを感じるのだ。
 時間は――ないっ!

 こちらが既に術中に入り、そこから逃れる術など無いと確信しているのか、アセルスは
いまだ、私に直接的な行動を取ってはいない。
 もしや、どうやって殺すべきかを考えているなどという愚は犯していないだろうが――
 莫迦め、と思わず吐き捨てる。

 次の瞬間、右腕が翻った。
 アセルスの眼前に突き出された右手、その掌にコートの袖口から飛び出した銃が、あっさ
りと収まった。

 ――レミントン・ダブル・デリンジャー。.41口径リムファイア・カードリッジ使用。

「……間抜け。(そんなもの)に頼るから――こうなる」

 その忌々しい双眸に向けて、トリガーを絞った。


40 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:51:590

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>39

 暗転した左目に、灼熱の痛みが迸る。
 まさかの魔眼殺しによる抵抗。―――それすらも、アセルスの魅了は圧倒してみせたが、
抗魔力の働きによって生じた浸食までの僅かなタイムラグ。そこを縫って不意を討たれた。
 イグニスの中に入り込みジーナの居所を探ろうと試みたために、現実への注意を
怠っていたのも原因の一つだ。
 しかし、まさか現実世界への干渉まで可能とするアセルスの魔眼を破るとは。
 言葉にならぬ悪態を呻きつつ、妖魔の君はイグニスの腕を振り解く。幸いにも半ば
まで精神掌握は成功していたため、守護者の君は脱力状態にあった。
 血脈の狂いに、二度に渡る神経強化により過負荷をかけすぎた視神経。その上、片眼が
潰れては、如何にアセルスと言えども、満足な威力の魔眼は繰り出せない。
 自然、身体の重心は後ろへと流れるが―――それを理性が押し留める。

 ここで距離を開けて、不利に働くは此方。
 妖魔の君にあるまじき無様な負傷が続いているが、このイグニスと言う女は、ジーナ
の行方を知るための唯一の手がかりなのだ。
 間合いを取って逃げられては、今のアセルスでは追い切れない。
 そうでなくとも、中距離での戦闘はイグニスに分があるような気がした。

 だが、この互いの距離。月下美人の間合いには近すぎる。
 些か美観を損ねる手だが、仕方ない―――
 かり、と奥歯でその存在を確かめる。弾頭がやや潰れているものの、ほぼ原型通り。
咄嗟に筋肉の伸縮と骨格の角度を操り、脳を傷付けぬよう威力を逃した甲斐はあった。
 喉に孔の一つ穿たれた程度、隻眼隻腕の現状では、もはやダメージにもならない。

「……貴様のような下衆に、その美しい顔は必要ないな。相応な醜女にしてくれる」

 ほら、返すぞ―――と、口元を窄め、ぷっと吹き出したるはイグニスが先に放った
ダブルデリンジャーの弾丸。弾頭の歪みと身体能力の劣化が重なり、本来の威力は
望むべくもないが、目眩まし程度にはなる。
 アセルスはイグニスとは違い、自他共に認める優秀な剣客だ。それ故に、虎の子の
月下美人を手放すことは躊躇われる。イグニスの思い切りを彼女は持てない。
 これも執着。
 だがそれならそれで、やりようはある―――

 膝を折り、上半身を反らして身体を床に沈める。ブリッジを描くように床へと倒れる
アセルスとは逆に、地から跳ね上がる一筋の銀光。焔の女の側頭部へ走るその刃は、
口中から放たれた弾丸の着弾から僅かにタイミングをずらして届く。
 イグニスの退路を確実に狭める一手だ。

41 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:54:050
>>40

 縛めが解かれる――
 とたん、強力な重圧に晒されていた膝が、がくり、と力尽きたように崩れ落ちた。
 しかし、本当にそのまま倒れ込むことなど出来ない。まだ、何も終わっていない。
 確かに敵は満身創痍――外見だけならば、到底生きていることすら信じられない有様だ。

 だがヤツは、左目を失い、左腕を失い、全身を蒼い血潮に塗れさせながらも私を打倒する
意思を、ほんの少しも失ってはいない――明らかに格下であるはずの私に、ここまで”して
やられた”事実は認めがたいながらも、全力で滅殺すべき対象と認識しているのは見て取
れた。

 ――まったく。本気になるのが遅いのだよ。
 魔眼による重圧、疲労は、確実に身体を蝕んではいたが――まあ、コレもいつものことだ。
五体は無傷。五感も十全。ヤツを殺るのに、なんの不足もありはしない。

 膝に力を入れ直し、同時にコートの内側、懐に右手を差し込んだ瞬間――
 脳裏に、なにか閃くものがあった。反射的に、首を傾ける――

 左頭部側面に、衝撃と、熱を感じた。フレームを砕かれた眼鏡が、その生命を完全に断た
れ、乾いた音を立ててコンクリートの床に跳ねる。
 反射的に左手で押さえつける。ぬるり、とした感触。はらはらと、僅かに髪が散っていくの
が視界の片隅に見えた。

(撃ち返された――)

 自分が放った銃弾だ、というのは直感で知れた。
 だが意外だったのは――誇り高い妖魔の君が、下衆な人間の放ったものをわざわざ撃ち
返した、と言う事実だ。
 形振り構わなくなってきた、と言うことか? それはそれで――面白い。

 そんな、攻撃とも言えないようなフェイントに続いて、アセルスの身体が沈んだ。
 ちょうど背後に上体を反らしながら繰り出されるのは、無理矢理作り出した空間に振るわれ
る右手の白刃だ。
 無茶苦茶な体勢から繰り出されたとは思えぬほどの鋭い一刃――速い。確かに。

 だが――体勢を崩しているのが有利に働くのは、私とて同じ事だ。
 とっさの銃撃に崩れたバランスを調えることはせず、銃身の命ずるままに背後へと倒れか
ける身体。
 その最中、僅かに左に軸をひねり、上体が落下する前に片手で崩れかけた上半身を支え
た。

 ――ヤツが体勢を崩すことによって刃を振るう空間を作ったというのなら。
 私は同様に、体勢を崩して迎え撃つ時間を稼ぐだけのこと。

 弧を描いて襲い来る刃の側面へと向けて、一息に蹴りを叩き込んだ。

42 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:54:350

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――
>>41

 姿勢を崩すことによって月下美人の一閃をかわそうと試みるイグニス。
 相変わらず潔い判断だ。『常識に縛られぬ』という常識を熟知している。
 が、その程度でアセルスの刃からは逃れられない。
 刀光瞬き、剣先が跳ねる。
 月下美人の刃は確実にイグニスを追い詰め―――

 ぎん、と金属音。

 イグニスの右足の置き土産により、無防備な刃の側面が蹴り飛ばされたのだ。
 太刀筋を覚られた―――この女、姦計ではなく戦闘その物に長けている。
 胸中で舌を巻きながら、アセルスもまた蹴り足の力を利用して背後へ宙返り。
 無理矢理姿勢を立て直す。

 焔の女の方は、未だ地を転がっている最中。見逃せば、刃から銃器の間合いへと
変わることになる。―――逃がすわけにはいかない。

 月下美人の刃を口にくわえ、空いた右腕は懐へ。スーツの裏地に縫い付けられた
ハットリナイフは残り三本。魔力を使えぬ今、遠距離への唯一の攻撃手段だが―――
 出し惜しみは、しない。

 煌めく閃光の数、一条、二条―――三条。魔術処理とは無縁の、些か時代遅れの感
もある炭素鋼系合金のシースナイフだが、それ故に安定した威力を持つ。
 アセルスの潜在能力が脅かされている今、その実直な刃の輝きは頼もしかった。

43 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:56:220
>>42

 蹴りをくれてやった勢いを利用して、コンクリートの床を滑る。
 そう遠くまで転がっていくつもりもない――必要なのは、ほんの一息。
 その一瞬の間に、私は投げ捨てた刃の元までたどり着いていた。

 こちらを追撃に掛かるのは、これまた、ただの鋼だった。
 典型的な、シースナイフ――恐らくは、なんら魔術的処置の施されていないそのままの
刃。だが、その単純さゆえに、対処しづらいのも事実だった――魔術ならば、込められた魔
力を打ち払ってしまえばよい。そう言った意味では――良い判断だと言えた。

「フッ!」

 だが……甘いよ、お嬢ちゃん。
 床に転げている剣をそのままに、私は一息にコートを脱ぎ捨てた。
 見た目にハンして、瞬時に袖を抜くことが出来るように加工されたコートは、内側に仕込まれ
た安危の類が、じゃらり、とおもい金属の調べを奏でている。

 コートを脱いだことで、纏っていたオートクチュールのドレスが露わになる――左胸に吊さ
れた大型のリボルバーが、お気に入りのデザインを台無しにしてくれていたが。

 空を駆けるナイフは三本。
 真っ直ぐにこの私目掛けて飛んでくるそれらに大して、私は手にしたコートを振るい、絡め
取る――防刃繊維で織り込まれた、これまた特注品のコートだ。
 手首のひねりで大きく開いた朱い布地は、放たれた刃の事ごとくを見事たたき落していた。

 殺し屋たるもの、この程度の装備は当たり前。そうだろう?

「……成る程、お前は確かに強い。そのツメ、その身体、その魔力。
 人間など比べものにならないほど強靱な生き物。
 だが――それだけに頼り切っているから、技が錆びる。心が朽ちる。
 そう、お前が下衆と呼んだ女ひとり、殺すことも出来ないように。お前らなどは、城や領地
に引きこもっているのがお似合いというわけだ」

 手にしたコートを放り出し、代わりに刃を拾い上げる。
 その朱い切っ先を突きつけて、私は謳うようにヤツを嘲った。




44 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:56:490

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――
>>43

 先の月下美人の一刀もそうだったが、刃というものは側面からの力に弱い。
 正確な狙いを持ってして放たれた三本のハットリナイフも、表面積の大きいコートに
横合いから絡め取られては、為す術も無かった。
 あえなく床に落ち、虚しく音を響かせるナイフ達。くっ、とアセルスは息を詰める。
 十全の状態―――いや、そこまでは望まずとも、せめて左腕さえあれば、容易に
決着をつけられるものを。姿勢の制御すらままならない隻腕は、思いの外不便だった。
 せめて左腕さえあれば―――無意味な仮定だ。例え卑怯による不覚傷であろうと、
手負いは手負い。それを悔いても腕は生えてこない。
 分かっている。その程度のことは、アセルスとて承知済みだ。

 むしろ、誇るべきかもしれない。いま、ようやくこうして―――二人は対峙した。
 コートを脱ぎ捨てたことによって晒された、完璧と言う名の均整を持つ体躯。
 イグニスは意外にも、その肩に吊った拳銃を用いようとはしなかった。
 先に捨てた異形の刀を拾い上げ、構えている。
 次はどういう心算で挑むつもりはかはしれないが―――アセルスは無言で嗤う。

 あの相手の姿も知れぬ、絶対的に不利な状況から、刀と刀の対峙。ここまで奴を
引っ張り出すことができた。
 なるほど、この手負いは代償としてはあまりに大きいが、アセルスもまた、
確実に彼女を追い詰めているのだ。

「私の技が、錆びている―――と。貴様、そう抜かすか」

 妖魔最強の武人イルドゥンに仕込まれたアセルスの武芸。
 その実力一つで妖魔の頂点に立ちし経歴。
 ああ、認めよう。アセルスは嘯く。隻腕、隻眼、心臓破裂、視神経劣化。確かに、
この無様な醜態を見てはそのような「勘違い」「慢心」も起きるやもしれん。
 人間に此処までしてやられたのは、アセルスとしても始めての経験だ。

「私をこのような辺境の地まで乗り出させたのは、紛れもなく貴様の所業であろうに、
よくもぬけぬけとその様な戯れ言が吐けるものだ。―――他人への束縛を強要しても
私自身は誰にも縛られぬ自由の鎖だ。当然、貴様の指図も受けん」

人類の守護者<Cグニスは一匹狼で知られた狩人だ。ならば、ここで彼女さえ抑えて
おけば、ジーナの安否に関しては心配がいらない、とアセルスは判断した。
 むしろここで仕留めることこそ、面子を保つためにも、遺恨を断つためにも、重要だ。

 アセルスは月下美人をゆっくりと持ち上げると、その無垢なる刀身を肩に担いだ。
 妖魔の君、必勝の形だ。
 途端、アセルスの纏う空気が明らかに、変わる。
 妖力、魔力の類ではない。純粋なる剣気。

「……今の私なら、剣でも勝てると思ったのか人類の守護者≠諱B剣対剣のこの状況は、
貴様が望んだ形なのか。―――だとしたら、それは」

 此度の仕掛け、唯一の失敗だ。

45 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:58:040
>>44

 奴の纏う空気が変わった。
 私の言葉を受けてのものか、室内に満ちているのは澱んだ魔力ではなく――妖魔と呼ば
れる人外が纏うには甚だ不釣り合いとも思える、清浄な闘気だった。

「己の技を示すか、アセルスよ。
 取るに足らない人間の言葉を真に受けるとは、なかなか可愛いところもあるのだな。
 だが――己の力を誇るだけならば、幼子にも出来るだろうよ」

 剣を右手に持ち替えて――
 右半身を突き出すように、刃を構える。あたかも舞台役者が見栄を切るように、大きく刀を
振り払い、空いた左掌を右肩のやや上に添えた。

「――勝てるさ。
 どういう経過を辿ろうと、ここにこうやって現れた以上、お前の敗北は確定している。
 私は、常にそうやって闘ってきた。相手が誰であろうと――そんなことは関係がないのだよ」

 ふと――ちょうどこんな時に、とある映画の一場面が思い浮かんできた。
 くだらない思いつきに、にやりと笑いを浮かべ……
 その思いつきを実行するべく構えを解く。

 剣をくるりと一回転、逆手に構えて左半身を差し出し、

「――来い」

 挑発するように、左掌を上に向けて――手招きをした。


46 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 01:58:430

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>45

 ―――籠手からの力の供給は、まだ確かにあるな。

 意外にも物怖じせずに対峙するイグニスの堂々とした態度に一抹の不安を覚え、
アセルスは自身の身体の調子を改めた。
 姦計だけに長けた女ではないことは、先の鍔迫り合いで思い知らされている。
 いくら剣戦はアセルスの独壇場とは言え、侮って掛かればどのような結果になるか。
 その程度のことは先刻経験済みだ。
 血脈未だ整わず、潤いを得られぬため心臓再生も望めない現状では、妖魔四武具
が一つ―――籠手からの魔力供給に頼るしかない。
 アセルスの戦装束とでも言うべき、妖魔の呪いによって鍛えられた武具――幻魔、
冥帝の鎧、具足、そして籠手。そのうち、彼女が現在身につけているのは籠手のみだ。
 四武具並びに月下美人全てを装備することなどオルロワージュとの決闘以来、
一度としてないが、今ばかりは億劫からずに装備を整えておくべきだったとアセルス
は詮無き悔恨を覚えた。

 右手―――と幻肢痛を頼りに、左手の籠手の存在を確かめる。
 どちらからも、はっきりと封じられし魔力の胎動が感じられた。

 なに、月下美人と妖魔の籠手。この二つでも十二分な働きはできる。

「痴れ言は我が剣技、しかとその身に刻んでから抜かすのだな……」

 言って、深く息を吸う。まるで室内の息全てを吸い尽くさん勢いの吸引。
 アセルスの胸部が異様な盛り上がりを見せる。
 そして、次の瞬間―――吐息とともに彼女の身体が爆ぜた。
 過剰な呼吸は、攻撃の機を容易に計らせるが―――そのような計算すら
この一閃によって斬り捨てようと言うのか、妖魔の剣客は離れた間合いを
一瞬にして零に詰めると、月下美人を横一筋に薙ぎ払った。

47 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 01:59:350
>>46

 それは、文字通りの閃光だった。

「――っ!」

 剣筋が見えない――いや、それどころの話ではない。
 いつ距離を詰められたのか、いつ剣が振るわれたのか。頭が理解するよりも速く、結果だ
けが眼前に現出している。
 その一撃を防ぐことが出来たのは、多分に幸運と偶然と、そして身体に染みついた戦闘経
験故だった。
 私自身の意思がまるで介在せぬままに、身体は剣を盾のように構えると、その背に左腕を
添え、振るわれる強靱極まりない一撃に真っ向から衝突する。

 鋼と鋼が衝突し、さほど広くもない室内に、刃の放つ叫びと、僅かな火花がほとばしった。

「く、フッ――!」

 全身を突き抜ける衝撃に、一瞬意識がかき混ぜられる。
 かっ、と真っ白に染まる視界、マズイ――と感じた次の瞬間、ぶつりと意識が遮断され――


 ……そして、そのまま壁に叩きつけられることで回復した。
 ごっ、と言う鈍い音が頭に響き、ずる、と壁を滑り落ちる。がくりと膝が落ちそうになる――
が、踏みとどまる。剣は――手放していない。
 開いている左手で身体を支えて、私はゆっくりと起きあがった。ぐらりと頭が揺れ、どこかが
裂けたのか、頬を伝い血の滴が流れる。コンクリートが僅かに赤く染まった。

 その赤が意識に強力に突き刺さり――
 そこで漸く、全ての意識が正常に復帰した。

「……ふん。やれば出来るんじゃないか、妖魔の君。
 なら――これからが本番というわけだ。随分と楽しくなりそうじゃないか、ええ?」

 言いながら、ダメージを再確認する。
 衝突による頭部の裂傷。
 さほど大きくはないのか、血は既に止まりかけている。問題なし。
 ややふらつくが、脳しんとうと言うわけでもない――無視できる範囲だ。なんとでもなる。

 第二に腹部の裂傷。
 神速で振るわれた一刀は物理的な斬撃だけではなく、剣気による不可視の刃を作り出し
ていた。ほんの皮一枚程度であるが、断続的に響く痛みが、僅かに集中力を奪い取っていく。

 どんなに策を弄したところで、直接刃を交えてしまえばこのザマだ。
  笑い出したくなる――人間という奴は、本当に……モロい。

 まあ、それも今更のことだ。
 口の中に滲んだ血を床に吐き出すと、私は右手の剣をだらりとぶら下げたまま、軽やかに
アセルスに向かい歩き出した。

 ――無防備に。


48 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:00:000
薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――
>>47

 ―――防がれた。

 手負いと言えど、妖魔最強の剣客アセルスの一閃。
 その一撃は必殺を意味するものだ。
 それが防がれた。守護者とは言え、たかが人間如きに。
 もちろん刃を受けたとて、それに伴う衝撃まで殺しきれるわけではない。
 イグニスは無様に弾き飛ばされ、相応のダメージを負った。
 第三者の目には、アセルスの圧倒としか映らぬだろう。

 だが―――防がれたと言う事実に、変わりはない。

 勝てるのか、己の武だけで。
 この状況で、なお不敵を崩そうとしない此奴を相手取って、果たして己は勝利を
収められるのか。ここに来て、始めてアセルスの絶対の自信が揺らぐ。
 それ程までに、先の一閃には必殺の確信が篭められていたのだ。

「バケモノめ……」

 先の負傷などまるで無かったかのように、悠々と歩み寄るイグニス。
 それを見て、アセルスは低く呻いた。
 一見、無防備な姿勢もこの女の場合、油断には繋がらない。
 どんな常識を超越した策が待ち受けていていることか。

 イグニスに圧される形で一歩足を退きかけるが―――妖魔の矜持がそれを制した。
 例え人類の守護者≠ナあろうと、上級妖魔が人間相手に退くことなど許されない。
 将であると共に武人でもあるアセルスならば、その気概は尚更だ。

「これからが本番? 愉しくなりそう? のぼせ上がるにも加減というものがあろう。
この月下美人の輝きを前にして―――いつまでも対等でいられると思うな!」

 イグニスが刃圏に踏み込んだ同時、大気を穿ち貫く刃先が、刀光の軌跡を残す。
 まず閃光が一条、横に倒された刃が肋を縫って心臓へと馳せた。
 例えそれが捌かれようと、アセルスのお突きは三段仕掛け。
 引くと同時に撃ち出されし刃が首筋、水月を順々に狙う。

49 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:01:120
>>48

 再度繰り出された一撃は、先ほどの一撃にまるで劣らぬ神速の一突きだった。
 間合いに踏み込んだと見るや、間髪入れずの踏み込みが成した一撃は、先ほど私自身が
照明したとおり、私の知覚できる速度を遙かに超えている。

 もしこの一突きが先ほど私に対して繰り出されていたならば――その時点で、恐らくは
終わっていただろう。ほんの一瞬後には、為す術なく心の臓腑を貫かれ、偉大なる妖魔の
君を侮辱した、愚かな女の亡骸がひとつ、無様に壁に貼り付けられていたはずだ。

 ――だが。
 この一撃は、”二度目”に来た。

「ふっ――!」

 白銀が迫る。ステップを踏むように後方へと飛んだ。
 そして――生まれた、ほんの一秒弱の時間に。
 全力で、朱い刀身を打ち上げる――!

 ぎぃん、という鋭い音が耳に突き刺さり、そして視界には、軌道をそらされ側頭部を掠めて
いく、月下美人の輝きがあった。

 ……思った通りの、見事な一撃だった。
 隻眼隻腕という身体的な不調を元ともせずに放たれた一撃は、それでも寸分違わす私の
心臓目掛けて打ち込まれている。ほれぼれするような見事な一撃。

 だが、それ故に。
 彼女の性格を多少でも把握してしまえば、次に何処を狙っているのか、それさえ予測して
しまえば――決して対抗するのは、難しいことではない。

 何度か剣を交えて、判ったことがある。
 一度この身に一撃を受けて、判ったことがある。

 それは意外な事に――本当に意外な事ではあったのだが。
 彼女の振るう剣は、酷く、真っ直ぐなのだ。
 確かに彼女は闇の者だ。その刃が振るわれる相手が何者であろうとも、老若男女、人か
化け物かを問わず、己の意に反する全てに躊躇なく向けられるだろう。
 だが、それでも尚。
 彼女はただの手段としてでも、暴力としてでもなく――剣士として、その刃を振るっている。

 正直、大した物だ――と思う。
 このような状況に追い込まれてなお、己を剣客だと規定し、その通りに振る舞う。
 流石は王者。流石は人外の王。
 そして。ならば。お前が王者でありながら、一介の剣士として私の前に立つのなら――
戦士としての業は、私のほうが上だ、”小娘”。

 即座に引き戻された刃が、二撃目となって私に襲いかかる。
 恐らくは首筋を狙っていたものなのだろうが、既に、私の首はそこには無い。
 心臓への一撃を受け流した直後に、倒れ込むような勢いで身を屈める。頭部の遥か上を
行き過ぎた月下美人は、躍る私の髪の一房を捉え、宙へと舞い踊らせていた。

 そして。
 低く屈み込んだ体勢のまま手を伸ばし、床に投げ捨てていた”あるもの”に手を伸ばす――

 ――三撃目。
 屈み込んだままの私の、ちょうど頭部を捉えるような奇跡で三度目の突きが放たれた。
 この体勢から、刃をかわす時間はない――だがちょうど良い。
 この一撃は、わざわざかわす必要はない。

「は……アァッ!」

 一息に、”あるもの”をつかみ取った左腕が、突き込まれる月下美人に襲いかかった。
 振るわれた”それ”は、まるで生き物であるかのように虚空に踊ると、あたかも意思あるモノ
のようにあっという間に月下美人と、それを握るアセルスの右腕とに巻き付き、あっという間
に私とアセルスとを繋げる、”赤い糸”ならぬ”赤い綱”が出来上がった。

 ――投げつけたのは、私が先ほど放り捨てた耐刃仕様のコートだ。
 加えて、内部にはまだ多数の暗器が仕込まれたままになっており、力任せに破り捨てるに
せよ、如何に妖魔の君といえども一息にはいくまい。

 僅かな――ほんの僅かな時間稼ぎ。
 だが、相手の動きはコレで完全に拘束した。命を刈り取るのに、それほど長い時間は必要
ない。漸く訪れた一瞬を逃すことなく、完全な死角と化した左側から、首を落とすべく朱い
刀身を滑らせた。


50 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:01:430

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――
>>49

 まず一撃―――あえて後ろに退き、威力を削ぐことにより流された。
 満身創痍の身とは言え、アセルスの片手平突きは如何なる姿勢、立ち位置からでも繰り
出す事が可能な鍛え抜かれた一撃である。
 それを正面から受けて捌く―――イグニスの剣客としての技量が示された一瞬だ。
 が、それも紙一重の攻防。刃を引く妖魔の君に驚愕はない。
 あの間合い外からの一閃すらも防いだ女だ。この程度の抵抗は予測の範囲内。
 ならばこちらは手数を増やし、追う刃で確実に追い詰めばそれでいい―――

 光芒が跳ね、必中の二撃目。喉元に狙いを定めし刃先は―――しかし、一瞬遅い。
 焔の女の影と髪房は奪うに留まり、肝心の本体は床すれすれにまで背を屈めている。
 月下美人は彼女の頭上を虚しく穿ったのだ。

 ―――馬鹿な。

 心得のない者が見れば、この二段突きはほぼ同時。人の脆弱な反射神経では、例え
視認できたところで身体が追い付かない―――そのはずだ。
 が、事実イグニスはかわした。
 まるで予めそうと決めていた≠ニしか思えない素早さで床に吸い付く。
 お見事―――とアセルスは、喝采の声を胸裏であげる。
 人の身でよくぞ二撃まで捌いた。
 だが、これで終いだ。
 その姿勢、その立ち位置。もはや逃げ場はなく、関節の節目は限界の悲鳴を零している。
 チェスゲームの如く、着実に這い寄る死。それがいま、必殺の三撃目となって放たれた。
 馳せる先は奇しくも眉間。イグニスの足掻きが自らの命路を断ったことになる。

 ―――その時、朱い闇が咲いた。

 朱い闇。意味が通じない。闇は密かなるもの。闇は昏きもの。闇が朱いなどあり得ない。
 だが、闇に通じるアセルスの知覚はそれを朱い闇≠ニしか表現できなかった。
 咲いた花が蕾を閉じるかのように、月下美人を絡め取る。
 朱い闇―――焔の外套は、意外にもずしりと重い。その重量が慣性を作りだし、アセルス
の右腕をも闇に巻き込んでいく。
 完全に威力を封ぜられた三撃目。この一瞬の中では、引くも押すも敵わない。

「―――ッ」

 ラピスラズリの瞳が剥かれる。捌かれた。妖魔の君の片手突きが。舞い散る花弁を正確に
分割するアセルスの三段突きが。いま、相対する女によって完膚無きまでに破られた。
 その上、右腕の死に体という置き土産まで押し付けられて。

 アセルスはもう、認めるしかなかった。
 読まれている。
 この守護者は。この人間は。この焔の女は。アセルスの剣筋を完全に読んでいる。
 そうでなくては、人の許容値を超えた三段突きを三度全て捌いた説明がつかない。
 イグニスは剣≠ノ反応するのではなく、アセルスの意≠読み取ったのだ。
 それが意味する事は、つまり―――

 純粋なる武での優劣。

 イグニスの身体は既にアセルスの視界から消えている。
 微かな気配で知れる刀気。彼女はアセルスの死角、隻腕隻眼の左半身に回り込んでいた。
 心臓破裂のせいで調息もままならず、神経酷使により鈍った思考の中では、
魔術に頼った瞬間的な神経暴走も期待できない。
 首筋に滑る殺気とともに訪れたのは―――敗北か。

 左腕が残っていれば、右手が生きていれば。
 五体が満足であれば。魔力回路が生きていれば。
 戦装束が整っていれば。戦場が妖魔の地であれば。
 ジーナさえ、さらわれていなければ。
 仮初めの抗い。惜しむ言葉は多々あれど、いまこの瞬間、眼前に叩き付けられた敗北を
拒む力は、若き妖魔の君には無かった。

 負け。
 わたしの、負けか。

51 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:01:580
>>50

「お―――の、れぇ……!」

 苦渋の猛りを鍵にして開かれるのは屈辱の門。
 魔術―――とすら言えぬ、魔力の取っ掛かりを弾き、封魔の門戸を解放。
 檻に囚われ、ただ搾取されるだけだった獣を覚醒させる。
 それは技ではなく、攻撃とも言えぬ他者の力に縋った行為―――

 イグニスの一刀は、タイミング、踏み込み、位置、角度、速度。
 どれを取っても完璧な仕上がりだった。妖魔の君の首級を獲るに値する一閃だ。
 それでもなお、アセルスの命を奪えぬのは―――至極、単純な問題。
 刃が届いていないからだ。
 イグニスの朱刀は必殺の威力が篭められていながら、しかし、アセルスの首筋へと
駆けることを許されなかった。
 まったく予想外な側面からの攻撃。横合いからイグニスの一刀を阻み、その腹部に
噛み付いたのは――― 一匹の獣。赤い毛皮に全身を覆った人面の獅子であった。

人を食らう者=\――魔獣マンティコア。
 かつてアセルスが「獅子狩り」の遊興で捕らえ、妖魔の籠手に憑依させた異形の化生だ。
 輪郭だけを見ればなるほど、それは獅子の姿を取っている。
 しかし、全身は皮膚も毛も赤く、背中には蝙蝠の如き皮膜の翼を生やしている。
 尾は蠍の毒針を無数に張り巡らせ、棘つき鉄球のように威圧的だ。
 そして、何より異様なのはその人面。醜い老人の面を持っていながら、口角は頬まで裂け、
そこから覗く牙は鋭く三列に並んでいる。
 なんと醜悪な生物であろうか。正しく魔獣。正しく神の範疇を逸脱した化生だ。

 籠手にはマンティコア。具足にフレズベルク。
 剣にカトブレバス。鎧にア・バオ・ア・クゥー。
 妖魔武具は魔獣/幻獣の類を各々一匹ずつ憑依することが可能とされている。
 そこから受ける魔力の供給が、アセルスにより強力な力をもたらしているのだ。
 突然のマンティコアの出現は、籠手の封印を解除した―――その結果に過ぎない。
 床に転がった彼女の左腕。正確にはその籠手から放たれた魔獣は「マンティコア」の
名の語源となった「人食い」の通り人肉を求めた。
 当然、最後の頼みの綱であった魔力供給はシャットダウン。
 がくり、と全身を鉛に変えて、アセルスはその場に跪く。
 左眼の眼窩と左腕の付け根からも、止血が途切れ、鮮血が溢れ出した。
 アセルスはいま、改めて自分の負傷の深刻さを思い知る。
 魔力供給無しでは、もはや満足に刀も握れぬ状態だ。

「なんと―――情けない」

 自らの血の海に溺れながら、アセルスは嘆きの言葉を零す。
 満身創痍のこの身を恥じているわけではない。
 穢らわしい畜生の力を借りてまで勝ちに拘泥した、己の醜悪さを憎んでいるのだ。
 また、同時に畏怖の念も覚えていた。
 イグニス―――アセルスを真の意味でなり振り構わず¥氓ソに走らせたのは、
記憶遡る限り彼女が始めてだ。

 美徳もみやびもかなぐり捨てての、意地汚い生存。
 アセルスがもっとも唾棄すべき在り方。
 妖魔の君の内部で惨めさと自己嫌悪が渦を巻き、容赦なく己を苛む。
 そして、やがてその憎悪はそうさせた£」本人イグニスへと向けられる……。

52 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:03:170
>>50>>51

 ――腹が、熱い。
 がつん、と横殴りにされたような衝撃の次に味わったのは、そのような感覚だった。
 同時、喉の奥から、なにか熱いものが込み上げてくる。
 特に抵抗もせずに吐き出したそれは――まあ予想通り、拳ひとつ分の、血の塊。
 そしてぐらついた意識が、ようやく腹部に深々と噛みついている異形のケダモノを認めて、
そこでようやく、今度は私がしてやられたのだと気がついた。

「……やるじゃないか。こんな隠し球があったとは、な……ッ!」

 言葉を零した瞬間、なにが気に入らなかったのか、ケダモノが更に牙を押し込んだ。
 一瞬、息が詰まる――

「こ、の……っ!」

 食い込んだあぎとを引きはがすべく、唾液に手が汚されるのも厭わずに、化け物の口元
に手を差し入れた。……びくともしない。万力で締め上げられているかのような強靱な顎は、
非力な女風情に、どうこう出来るものではない。

「くっ――いい加減、にっ!」

 振り上げた刃を、化け物の眼窩へと突き立てた。如何なる生き物であっても、眼と口腔だ
けは固めようがない。凍り付いたようなあぎととは裏腹に、すんなりと切っ先は、化け物の
体内へと滑り込んだ。

 それは悲鳴か、憤怒の咆哮か――
 どす黒い体液を傷口から溢れさせた有翼のケダモノは、私をくわえ込んだまま大きく首を
振り上げると、まるで気に入らない玩具を投げ捨てるように、私をコンクリートの床へ叩き付
けていた。

「ガッ……ふっ……ッ!」

 更に広がった腹部の傷から、だらだらと血があふれ出す。再び喉の奥にせり上がった血
塊を吐き出して、私は壁側へと這いずるように移動を開始した。
 這いずった跡が、赤く濡れる――まるで、刷毛でペンキを塗りたくったように。

 背後に、生臭い気配が近づく。怒りに喉を低く呻らせて。奴の、背の翼の羽ばたく音が聞こえた。
 壁にたどり着く。血の味の不快感。

 ずるり、と重い身体を起きあがらせて、身体の向きを入れ替えた。壁に背を預けるように、
くったりともたれ掛かる。そこで、ようやく私をかみ殺しかけたそのケダモノが、何であるのか
を悟った。

「……マンティコアか」

 魔獣――マンティコアは、片眼をツブされた憤怒を持って私に肉薄する。
 老人のような顔は極端に負の形に抽象化され、そこから感じられるのはだた、醜いという
不快感だけだ。全身にのし掛かる、しびれるような苦痛と相まって、私は無性に苛立った。

 虫の息となった獲物を仕留めんと、魔獣が高々と跳躍する――翼を羽ばたかせ、真っ直
ぐにこちらへと迫る魔獣。だが私は、既にそんなもの、一顧だにしていなかった。

 左胸に吊されたホルスタから、冗談のように馬鹿でかいリボルヴァを抜いた。
 ――重い。出血でよほどに体力を消耗しているのか、思わず取り落としそうになる。
 そんな自分を罵りながら、私は両手で銃把を構え直すと、大口を開けて突っ込んでくる愚
か者の口腔に、腕ごと銃身を突っ込んだ。

「去ね」

 トリガー。
 同時、銃声とともにマンティコアの後頭部が粉砕される。濁った、吐き気を催す体液に辟易
しながら、脳を粉砕されてあっさりと息絶えた化け物を、床へと蹴りやった。

53 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:03:440
>>52

 ……アセルスは?
 見れば、間一髪止めを刺しきれなかった妖魔の君は、それでもなお、立つことが不可能な
ほどに消耗をしていたようだった。先ほどまで一滴の血も溢れていなかった傷口から、絶え
間なく蒼いものがこぼれ落ちている。

 ……ここにいたって、私はようやく、あのケダモノがどこから来たのかを悟った。

 ……妖魔武具。憑依させていた魔物を解放したか。
 よくぞ、と言うべきか――むしろ、これほどにダメージを負うまで、切り札を切れなかった事
を笑うべきか。だがどちらにせよ、札を切ったタイミングは絶妙だった。

 あの一刀を放った瞬間――私は、確かに油断した。
 如何に化け物といえども、あのタイミングで、あの一撃を回避できるものなどいない、と。
 まったく、奴に劣らず、私もよほどに大間抜けだ。

 しかも最悪なことに――恐らく奴は、まだ戦闘力を喪失していない。

 ……私は?
 と自問する。

 致命傷ではない。
 腹部からの出血は続いている。だが視界はかすれていないし、意識は正常。叩きつけられ
たせいか、身体のあちこちに妙な痛み。しかすると、いくつか骨に異常が出ているかも知れ
ない。だが、動ける。走り回るのは難しいが、こうやって銃を撃ち、刃を握れる程度には。

 だが――それは、恐らく奴も同じ事だろう。
 このダメージは致命傷ではない。
 しかし、元来の種としての絶対的な性能差を考えれば――これは、致命的だ。
 恐らく、私は殺される。

 膝をついたアセルスの身体から、憎悪にも似た気配が発するのを感じながら、何処か
他人事のように、私はこの状況を見下ろしていた。


54 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:04:320

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>52>>53

 勝負は決した。腹部深くに牙を埋め込まれたイグニス。内臓の損傷は免れられまい。
 抵抗は可能であろうが、この負傷では妖魔と人の絶対的な差を見せつけられるだけだ。

 後頭部から脳漿の花弁を開花させた魔獣は亡骸を残すことすら許されず、血色の体躯を
光の粒子に変えて消滅した。
「現実」というこの世界にはあってはならぬ生物が辿る末路だ。
 人間でありながら、容易く魔獣を屠ったイグニス。その結果に関して、特にアセルスは
感慨を抱いていない。元々、彼の魔獣は魂のみの存在として妖魔武具に憑いていた身だ。
 最後の具象化は「魂の気高さ」が現実の理を書き換えただけのこと。
 その在り方はひどく虚ろで、不安定だ。
 人の身と言えど、イグニスほどの狩人ならば討てる。討てなくては、困る。

「断言しよう。―――油断は無かった」

 ゆらり。跪くその姿勢から、幽鬼の如く立ち上がる。

「確かに、貴様の姦計に容易くかかった責は私の慢心にある。……その代償が左腕と心臓。
 ジーナの安否に気が急かれもした。……その代償が右眼と魔力回路。
 だが……」

 おぼつかない足下。揺らいでは瞬く視界。マンティコアからの魔力供給が途切れた今、
アセルスの身に負ったダメージを緩和する術はない。
 だが、彼女は立つ。人の身なれば三度は死ねるその傷が理解できぬのか、
残る僅かな命すら切りつめて夜宮の麗王は立ち上がった。

「だが―――月下美人を構えて相対したとき、私に油断は無かった。数々の過ちの末、
私は貴様を敵≠ニ判断したのだ。あの三段突きに躊躇いは皆無。なのに……なぜ!」

 ぼん、とアセルスの猛りに呼応して天井の照明が弾けた。心臓を失くし、手綱を
取れなくなった純魔力が灯篭の虫の如く、より刺激の強いものに力をぶつけているのだ。

「何がいけなかった? 何が間違っていた? 何が私に敗北を与えた。何が私に、
こうまで無様な―――第三者の助け≠必要とさせた。この一対一の剣の闘いで!
妖魔のアセルスが決闘者の理に背を向けた……? 馬鹿な。あり得ない。
そんなのは嘘だ。認めない。私は妖魔の君だぞ! それが、こんな卑しい真似を!」

 アセルスを中心に照明群は一つずつ丁寧に破壊されては、ガラス片を床に降らしている。
 一つ灯が消えるたびに、室内は闇に近付いていった。

55 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:04:500
>>54

「イグニス……貴様は得意の絶頂にあるだろうな。貴様はこの私と相対し勝利を納めた。
貴様はいまここで死ぬ。だが勝利は揺るがない。ああ、なんと憎きことかな。貴様は
死した後、ヴァルハラの地にて戦乙女を相手に、その不敵な笑みをもって言うのだろう。
『私は勝利した。だが、あの妖魔の売女はそれを受け入れられず、卑怯にも横合いから
魔獣をけしかけさせた。だから死んでしまった。正当なる死合は私の勝利だった。妖魔
の君なんて大したことはない』とな!」

 叫びとともに右腕を一振り。絡まる朱色の外套が払いのけた手中には、ミスリルの輝きが。
 闇を裂く銀の刃の正体は抗不死ナイフ。外套の内側に仕込まれた無数の武器の一つだ。
 月下美人は外套とともに床に転がっている。
 今の自分では、技術と膂力を要する愛刀を扱いきれないと判断したためだ。
 アンチ・アンデットの基本装備とも言える抗不死ナイフ。ブレードは肉をより深く抉る
ために歪められ、ハンドルを覆うハンドガードには凶悪な鉄棘が複数打たれている。
 高価で華美な魔法銀のナイフには似合わぬ実戦的な拵えだ。
 アセルスはその切っ先を、イグニスの心の臓に向ける。

「イグニス。焔の女よ。貴様はいったい何なのだ? もし、私に左腕があり、左眼を失って
おらず、心臓の鼓動は正常、調息は魔力を全身に漲らせ、妖魔武具で全身を固めていれば、
私は貴様に勝てたのか……? この敗北は、この屈辱は、偶然の賜物なのか?」

 構えた刃の先が震える。失血による筋肉の伸縮か。それとも―――『恐怖』か。
 妖魔の君がたかだか人間の狩人に畏れを抱く?
 馬鹿な、と鼻で嗤うことがアセルスにはできない。抱くのはただ惨めな屈辱ばかり。

「……もう、いい。勝利なんぞくれてやる。好きなだけ持っていけばいい。
 ―――だが一息には殺さんぞ。代償を払わせてやる。まず死なない程度に臓腑を
切りわけ、血を啜り活力を取り戻す。次に……そうだな。その左眼だ。それは、私が
もらう。左腕と違い、私の眼は潰されてしまったからな。代えが必要だ。
 ふん―――泣いて乞え。赦しを。そして思い知るがいい。得たものの大きさを。
このアセルスを相手に、人間風情が勝利したのだからな。さあ、その栄光に縋って
苦痛に耐えてみせよ!」

 分かっている。そんな真似をして惨めさが増すばかりだということは。
 だが、ナイフを握る手の力は緩まない。一時の逃避であろうと、アセルスはそこに
全力で逃げ込みたい気分だった。兎角、この屈辱を忘れたい。
 そのためなら、如何なる残酷な手段であろうと躊躇うつもりはない。 

56 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:06:380
>>54>>55

「――まったく。その傷でよくもそこまで口が回るモノだ、アセルス」

 ゆっくりと全身を浸食しつつある痛みと寒気以外の理由で、私は顔をしかめた。
 ……単純に、煩かったのだ。
 怒ってしまったことに、既に終わってしまったことに”何故”だと?
 まったく、本当に――馬鹿馬鹿しい。

「しかも、出てくるのはただの泣き言と来ている――王者なら王者らしく、もう少し毅然とした
態度を取るべきだ。出なければ、臣下なぞついてこなくなるだろうよ」

 ゆっくりと、だが確実に潰されていく照明を、ぼんやりと見上げた。
 割れて降る硝子の欠片が、きらきらと残った輝きを反射して、何処か雪のようにも見える。
 ゆっくりと闇に帰っていく室内。ふん、と薄く笑いを浮かべて、私は改めて妖魔の君を見据
えた。

 その手には――ああ、アレは。
 アンチ・アンデットナイフ。

「勝利だと?」

 聞き捨てならないことを聞いた――そんな風に、ぴくりと右眉を持ち上げた。

「間の抜けたことをいうな。何が勝利だ、莫迦者め。
 いいか、小娘――私は、お前を殺せなかったのだ。そのために準備をして、札を調え、
貴様のいう奸計を用いて……それにも関わらずこのザマだ。
 私は殺し屋だ――殺し屋が獲物を殺しきれずに、それが勝利だと?
 百と少しばかりしか過ごしていない分際で呆けたのか、妖魔の君」

 と、そこまで呟いて。
 さも、今思いついたという風に、私はわざとらしく両の手を打ち鳴らした。

「……成る程。つまりはそう言うことだ。
 お前、先ほど何故だと聞いたな――何が間違っていたのか、と。
 今のが答えだ。
 物事を見えるままにしか解釈できない若造に、得ることが出来るモノなど何もない」

 ……くらり、と一瞬視界が揺れた。
 出血が止まらない。急速に体力を消耗していく。口を開けることすら億劫になる。
 あと僅かで――あのナイフが私の心臓をえぐり取るよりも速く。
 私の死は確定するだろう――だが、まだだ。

 まだ、遠い――!

「……そうだな。私はまもなく死ぬだろう。未熟なお前に止めを刺され、ただの骸となって
朽ちるのみだ。
 だが、そう急ぐな――その距離からで大丈夫か?
 手がぶるぶると震えているぞ? 心配するな。私は手負いだ。虫の息の、ただの女だ。
 この期に及んで、何も恐れることはない――」

 そう言いながら私は、胸元にゆっくりと手を差し入れて、茶色の煙草入れを取り出した。
 中身を開けて、奴に指し示してみる。

 細巻きのそれを一本取り出して、口に咥える。
 左手には銀色のジッポーライター。ふたを開け、ドラムを回す。一回、、二回、三回……

 ――火は、つかなかった。

「……やれやれ。壊れたか、それともオイルが切れたのか。最後の最後でコレだ。
 ツイてないときは――こういうモノか」

 いいながら、その火のつかないジッポーを投げ捨てる。
 コンクリートの床を跳ねた銀色のそれは、アセルスの足下の辺りまで転がって、動きを
止めた。

 ……三。

「さて……いよいよお待ちかねだ、アセルス。お前の好きなようにするといい。
 生き残ったのはお前だ。私はお前を殺しきれなかった。勝ったのは、お前だ――」

 ……二。

「……ああ、そうだったな。ひとつ大事なことを忘れていた。
 お前の恋人だが――大丈夫。生きているよ。ちょうどこの部屋の隣にいる。
 クスリを嗅がせているからよく眠っているが――それだけだ。問題なく眼を覚ますはずだ」

 ……一。

「……ところで、だ。
 既に似たようなことは何度も言っているはずだが、少しは学習というモノをした方が良いぞ。
お嬢ちゃん。つまり――」

 ……零。

「――油断大敵、と言う奴だ」

 瞬間。
 投げ捨てたライターが、閃光を発した。
 小型の、”閃光手榴弾”――――!

 反射的に煙草ケースを投げ捨てて、右手が床の上を滑る。
 金属の感触。S&W M500。残弾数――四!

 ……銃声は、三発轟いた。


57 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:07:300

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――
>>56

 イグニスの減らず口。露骨な挑発行為。
 気位の高いアセルスとて、それが時間稼ぎだということぐらいは理解できる。
 耳を貸さず、一歩、また一歩と歩みを進めた。
 差し向けられる煙草にも反応は見せない。
「最後の一服」を止めようとすらしなかった。
 ただ着実に近付いていく。焔の女の息の根を止めるために。妖魔の天敵を屠るために。

 息が荒く、肩が揺れる。途方もない疲労をアセルスは覚えた。
 肉体的なそれに留まらぬ、精神の困憊―――いや、とうに燃え尽きたはずの魂その物が
疲れ切っているような錯覚だ。
 叶うものならばこのミスリルのナイフを投げ捨て、今すぐにでもジーナの子守歌を耳に
しながら、貪欲なる睡眠を貪りたかった。
 だが―――それはできない。
 イグニスはいまここで確実に殺さなければならない。
 矜持もある。屈辱もある。渇きもある。だがそれ以上に―――安眠のため。
人類の守護者<Cグニス。彼女は妖魔を苛む真なる悪夢だ。いま獲り逃せば、より手強く
より大きな脅威となって災厄を振りかけてくるであろう。
 殺さなくては。
 殺さなくては、生き残れない。
 勝利や権威、栄光の問題ではない。
 生きるためには、殺すんだ。

 たかだか人間如き―――そんな侮りは、もうない。
 いや、そもそもこの女、人間なのか?
人類の守護者≠ネどを気取っているが、異界ファシナトゥールへ続く道を知っていたり、
人間の寿命ならば三度は転生を繰り返していそうなアセルスを新生者≠ニ見下したり、
老練の極みにある古参兵の如き闘い振りを見せたり。
 いくら人外の徒を相手取る狩人とは言え、その若さでここまで狡知に長けているなど、
あり得るのか。この女、果たして外見通りの年齢なのやら―――

 思考は閃光によって中断された。
 隻眼に焼け付く光の奔流。失われる視界。半ば本能でアセルスは床を蹴った。

 何らかの抵抗はあると思ったが、よもやいまだ生き残るつもりとは―――アセルスは、
油断の元凶ともなったイグニスへの疑惑を断ち切った。
 間違いない、彼女は人間だ。人間でしかあり得ぬ。この生き汚さ。この無様な足掻き。
この諦めを知らぬ執着。―――ただしく人間の在り方ではないか。

 全身の肌を熱気が舐める。光に呑まれた視界。衝撃が胸部を貫いた。
 大口径弾の一撃。先の砲弾にも似たライフル弾に比べればお粗末な威力だが、対化物仕様
であることに変わりはない。平時ならいざ知らずいまのアセルスには深刻のダメージだ。
 死へ至る負傷。消えた視界。麻痺する痛覚。閃光の中、アセルスは自分を見失った。
 感ずるのは右手に宿るハンドルの感触。ただそれのみ。
 この瞬間に於いて、アセルスは刃であり、刃はアセルスであった。
 死地を滑空する妖魔の君が抗不死ナイフと渾然一体になりて己≠振るう。閃光を断つ
刀光は一筋。だが繰り出すは二手。一刀に隠れる同時の一刀。―――かすみ二段≠セ。
 超常の膂力に頼らず、千里を見渡す眼に頼らず、魔力の胎動すら感ずる肌に頼らず、獲物の
銘に頼らず。ただ剣それのみに頼りし一撃二刀が正確に残る銃弾を叩き落とした。

 確かに、イグニスは人間であった。―――だが彼女に誤算があるとすれば、アセルスも
またかつては人間であり、決してその精神を進んで捨てたわけではないということだ。
 例え唾棄していようと、侮蔑していようと、生きようとする意地は、誰にも負けない。

 死地における奥義の駆使。見事、脅威を駆逐したものの続く刃はない。無から有を無理に
ひねり出した代償か、アセルスは足を躓かせると、勢いを保ったまま頭から突っ込んでいた。
 一見、速度領域についていけずバランスを崩したようにも見えるが―――口角から覗く
鋭利な犬歯はイグニスの首筋に向けられている。

58 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:09:010
>>57

 M500を放棄する。
 もとよりこんなもので止めが討てるとは思っていないし、弾の切れた銃など、如何
なものであってもただの金属の塊でしかない。
 投げつけてでもやれば、嫌がらせのひとつには使えるかも知れないが――生憎と、
そんな無駄なことをする余裕は、なかった。

 空になった両手をぶらりと下げて、私は奴を見る。
 銃弾を見事捌いたものの、体勢を崩し、こちらに覆い被さるように倒れ込んでく
るアセルスの姿を。そして、瀕死の奴が選んだのは――妖魔という、奴の特性を考
えれば、至極真っ当な方法だった。大きく開かれた口元から覗く、四の牙。

 ――成る程、喰うつもりか?
 だが、それなら。

「もっとしっかり、こちらを向け」

 ロクに狙いを定める余力すらもないのか。
 あるいは、度重なる出血で見えていないのか。倒れ込もうとしている彼女の身体
は、このまま行けば首筋から僅かにそれている。牙は、届かない。

 だから、私は一歩を踏み出して手を伸ばす――奴の襟元に。
 重心を崩した彼女の身体は、まるで駒のように容易く私の手首で踊る。
 口を開けたまま、惚けた表情でこちらを見る彼女ににこりと、笑みを投げかけて。

 そしてそのまま、くるりと手首を返し――小さな投げを打つ。
 ふわり、と冗談のように宙を舞う彼女に、

「……ではな」

 とだけ声を掛け――私は私でふらつく足取りのまま、”出口”に向けて歩を進める。
 転がる剣を、拾い上げた。

59 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:09:220
>>58

「ああ、それと――これはご褒美だ」

 胸元から取り出したリモコンのスイッチを押し込んだ。
 瞬間、アセルスの背後の壁に亀裂が走り――砕ける。
 仕掛けられたごく小規模の爆薬がコンクリートの壁面を破壊した。

 その向こう側に見えるのは、小綺麗に纏められた小さな部屋。
 以前は職員の詰め所として使われていた部屋。

 小さな椅子とテーブルが行儀良く並べられ、更にその奥には小さなベッドがある。
 そしてその上には――彼女の求めた眠り姫の姿がある。

「今度は無くすなよ、アセルス?」

 からかうような口調と共に。
 イグニスの姿は、闇の中へと解けていく……


60 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:10:180
薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>58>>59

〈SYZYGY〉なる現象がある。子音のみで構成された神聖文字。シジジイともシジギュイ
とも詠まれる、デュオとテトラが重なることによって完成されたヘキサ・グラマトン。
 それは一個の完成された生命であり、あらゆる外的要因から自立した意思であった。

  私はなぜ、求めるのか。
   アセルスはかつて完結していた。
  私はなぜ、想うのか。
   アセルスはかつて完徳していた。

 完全であった彼女は未来を必要としていなかった。得ることを望まず、永遠を永遠に
続けることだけを命題にしたアセルスの先にあるのは、頽廃という名の搾取のみ。
 ゼウスを模した刃によって半身を断たれたいま、彼女は不完全で不完結で不完徳だった。

  そう、かつて私とキミは一つだったんだ。
  だから、二つに別たれた今でも、キミの中には私がいて、私の中にはキミがいる。
  欠けてしまった自らを補うためにも、私はキミを求め、想わずにはいられない。

  感じられないはずはなかったんだ。
  だって、それは、それは自分なんだから―――

「ジぃーナぁッ!」

 無様にも床に叩き付けられた姿勢のまま、アセルスは吠えた。生死の境目を粉砕し、
限界の関所を突破する。痛みは興奮にかき消され、死んだ神経は慟哭に奮い立つ。
 立ち上がるという、その行為すらももどかしげに駆けた。右の足が地を踏むまで、
左の足が出せぬのが鬱陶しい。右よりも疾く左を、左よりも疾く右を繰り出して、
彼女が眠る寝台へと縋り付く。

  間違いない。ジーナだ。
  今度こそ間違えるはずがない、彼女はジーナだ!

 脆く崩れ去った壁面。如何に廃墟の施設とは言え、コンクリートの壁面がこの程度の
爆発でこうも鮮やかに崩壊するはずがない。イグニスの手によって仕掛けが施されている
のは疑うべくも無かったが―――アセルスはもう、焔の女の入念な策謀には驚き疲れて
いたし、付き合う余裕もなかった。

61 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:10:590
>>60

 ここにきてイグニスがなぜ、戦闘を放棄するような真似に至ったのか。
 状況は五分と五分。否、ジーナという人質を用いれば七分にも八分にも有利に進められた
はずの戦況をなぜ、こうも容易く手放す。
 もし運命に正解≠フ選択肢があるのならば、アセルスはここでイグニスの背を追う
べきだったのだろう。愛しき者との再会は、守護者を屠ったその後でゆっくりと堪能
すれば良かったのだ。

 しかし、アセルスは好物を先に食べるタイプであったし、選択肢の中に選ぶつもりも
ない汚物を入れるつもりもなかった。
 そこに生きたジーナがいるのなら、真っ先にすべきことは安否の確認だ。

「ジーナ! ジーナ!」

 狂ったように寵姫の名を連呼する。ああ、なんて自分は愚かだったんだ。
 今にしてアセルスは、自らの判断の危うさに悔いても悔いきれぬ悔恨を覚えた。
 自らの矜持を優先させて、ジーナの保護よりもイグニスとの決着を優先させてしまった。
彼女を打ち倒すことが即ちジーナを救うことだと、自分を欺いてまで闘争を望んでしまった。

  なんて愚かな! なんて愚かな!

 あんな守護者に真っ向から挑む必要なんて無かったのだ。
 何よりもジーナの身柄の確保を優先させるべきだったのだ。
 憎悪に身をゆだねる甘美なる誘いに負け、妖魔の君としての本分を、ジーナの半身である
自分の成すべきことを忘れてしまった。

「許せジーナ。私は同じ過ちを再び繰り返すところだった。私の……私の半身を、また
しても失ってしまうところだった。許せ、許してくれジーナ……」

 ジーナの心拍は正常。
 毒を盛られた様子も、呪詛による縛りも視えない。
 暫くすれば意識も取り戻すだろう。
 彼女の安否を確認して緊張の糸が解れたのか、妖魔の君はその場にへたり込んだ。
 無傷なジーナに対して、常人ならば九度殺してもまだ足りぬほどの重傷だ。
 いくら妖魔と言えど、このままでは保たない負傷だ。
 だが、自身の安否など気に留めようともせず、妖魔の君はジーナに縋った。

  ご、めん。……ごめんなさい……許してくれ……

 いまにも消え入りそうな謝罪の言葉だけが、闇に残る。

62 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:11:250
>>60>>61

 陽はずいぶんと傾いてはいたが、少なくともそれだけだった。
 アセルスがこちらの用意した巨大な”ネズミ取り”の中に踏み込んでから、まだ三時間と経
過していない。

 あらかじめ用意しておいた”経路”――単に天井がぶち抜かれ、地上へと続いていた穴に
ウインチを下ろしていただけの代物――を使って地上へと脱していたイグニスは、じっとりと
紅く濡れる腹を押さえつつ、地上を踏みしめた足を進ませた。

 ぼたりと、こぼれた粘質の液体が地面を染める。身体に張り付いたドレスが包帯の役目を
果たしているためか、急激な失血は免れてはいるものの、一刻も早く適切な処置を執らなけ
れば、危険であることに間違いはなかった。

 完全に踏ん張りが聞かなくなっている足下に舌打ちしながらも、ただ黙々と、歩く。
 そう、傷の手当てよりも何よりも。まず、この場を離れなければならない――少しでも!

 満身創痍なのは奴も同じ……否、ダメージを考えたのならば、彼女のほうがよほど深刻だ
ろう。だがそれも、『補給』が無ければ――の話だ。
 ようやく取り戻した姫君の精をすすり、動けるようになった彼女が、多少マシになった身体
でこちらにトドメを与えにこないとも限らない。
 ――あの娘が恋人よりもプライドを優先させるようなまともな”魔”なら、その可能性は十分
以上の確率で現実となるだろう。

 手は打っている。が、そも、殺しきれなかったこと自体がこれ以上ない誤算なのだ。
 負けるのはどうと言うこともないが――殺されることだけはあってはならない。絶対に、だ。

 ……しかし、実のところ、あのまだ幼い妖魔の君は、確実に恋人の安否を確認するだろう、
と言うことは疑いようもなかった。
 姫君の気配を感じ取った瞬間、こちらの事など意にも返さず――文字通り、忘れてしまっ
たかのように――崩した壁の向こうへと踏み込んでいった彼女。
 その執着心、まったく、どちらが人間なのか判ったものではない。

 薄く嗤って、イグニスはようやく潜り込んだ森の、やや太めの幹に背を預けた。傷口はまだ
塞がってこそいないが、出血はやや減ったように思える。

 ――ふう、と息を吐き出して、イグニスは懐から、改めて煙草を取り出した。火はつけない。
ただ、黒く血のこびりついた右手で、ジッポーを弄ぶ。
 まあ、つけようとしたところで、血で濡れそぼった煙草が、旨いわけがないのだが。

 木漏れ日が降り注ぐ。
 目を細めてその光景を見上げるイグニスは、にぃ、と嗤って、口を開いた。

「……だからさ。言ったろう? ”油断大敵”――だとな」

63 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:12:100
>>62

 名を呼ばれた眠り姫は、ゆっくりとその双眸を開いた。
 まだ意識がはっきりしないのか。あるいは、自らの置かれた状況を把握できていないのか。
 どこか虚ろなまなざしを浮かべた彼女は、そのあまりに貧相な寝台から、ゆっくりと起き上
がった。
 胸の上で組まれた両手はそのまま。まるで何かを包み込むかのような姿のまま主――
アセルスの姿をとらえた彼女は、やはりどこか異様な、人形のような表情で微笑むと、
組み合わせていた両手を、ゆるゆるとアセルスのほうに差し出した。







 ――ちぃん、と。
    何かがはじけるような金属音が、さほど広くもない室内に響いた。










 明らかに正気ではない――まるでパペットを連想させるような少女の仕草。
 差し出された両手の上には。

 まるで冗談のように、黒い、握り拳ほどの大きさの、球状のなにかが載っていた。
 イグニスによって、暗示をかけられた眠り姫の両手には。


 それが何かの冗談のように、手榴弾が載っている。

 ジーナの表情は、あきれるほどに穏やかだった。


64 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:13:320
薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――
>>62>>63

 愛おしき者の覚醒。眠り姫の目覚め。
 ああ、生きている。無事だったんだ。
 悦びがアセルスの口元を綻ばせる―――が、期待は瞬時にして緊張に取って代わった。
 ジーナの虚無のみ映す双眸が、正気の世界へ未だ帰還してないことを物語っている。
 未だ彼女は夢見る乙女だった。

「ジーナ……」

 右眼に不可視のエレメントが集中する。
 魔力の集まりは鈍い―――どころの話ではない。
 肉体の酷使と魔術回路のオーバーヒートによって、アセルスの自慢の魔眼は実存を意識
に投射させることすら困難な状態だった。
 潰れた左眼が歯痒さに疼く。
 この程度の繰心術、常時の彼女ならば一瞥で吹き飛ばせていた。
 いまはもう、満足にモノすら視えない。

 ――― 一敗地にまみれるとは正にこのことか。

 諦念とも自嘲とも見て取れる笑みが、口角を吊り上げた。
「やられた」―――そうとしか言いようがない。今度こそ完敗だった。
 別段深く考えを読まずとも、イグニスの駒が如何に丁寧にアセルスのキングをつんで
いるか理解できる。あらゆる可能性をあの守護者は潰していた。

 此処でジーナの精を吸えば、イグニスに追い縋って仕留めることも可能だろう。
 逃げの一手に出れば、この窮地を脱出することも可能だろう。
 最後の足掻きとして、渾身の魔眼を発動させればジーナにかけられた繰心術を駆逐する
ことも可能だろう。

 だが、それらの全てをアセルスはアセルスであるが故にできない。イグニスはそんな
彼女のどうしようもない在り様を知り尽くしているからこそ、この状況を演出したのだ。
 例え最期の輝きとして魔眼を発動させようとも、力のさじ加減ができぬ今の消耗した
アセルスでは、繰心術どころかジーナの意識さえ消し飛ばしてしまう可能性があった。
 そんな危険な賭けに出られない。
 ジーナは絶対護る。これがこのゲームのルールなのだ。

  ならば、もう。
  こうするしかないじゃないか。

 妖魔の君は、恭しくジーナの足下に傅いた。
 卑しさを微塵にも感じさせぬ拝礼。頭を上げると、半分を蒼紺の血で汚した美貌を笑み
に歪め―――下賜されたもうた鉄笏を残った右手で受け取った。

  今なら、白薔薇の選択がよく分かる。
  その決断の時に生じたであろう、悔恨と悲痛も。

「ジーナ……」

 ―――いま再び、哀しみを連鎖させようとする私を、どうか嫌わないでおくれ。

 鉄笏から、焦熱の花弁が咲き誇る。
 花粉の代わりに鉄片を散らし、花の芳香の如き爆炎が大気を灼いた。
 手榴弾の爆砕。そのエネルギーの全てを、アセルスは胸に抱き止めて受け止めた。
 後には轟音が地下に響くばかり。

65 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:14:090
>>64

 遠くに、爆音が聞こえたような気がした。
 背にした大樹を通じて感じるわずかな振動。いや、仕掛けたのはごく一般的な
手榴弾だ。それこそ、一切なんの手も加えていないそのままの。
 そんな代物が、いかに炸裂したとて、地下、加えて這いずりながらも歩を進め
てきたこの場まで通じることはほとんど考えられない。
 だが、確かに感じたのだ――これはおそらく、夢想ではなく、確固たる現実な
のだと、失血寸前の肉体にあっても、一向に衰えぬ直感が告げていた。
 そして同時に。

「……何にしても、これで」

 此度は、お終いだと言うことも。
 仮に奴が生き延びていたとして――生き延びているだろう、恐らく。執着があ
るものは想像以上に、生き汚いものだ――彼処までのダメージを負っている。
 とうていこちらを追跡するどころではないはずだ。

 そして――

「……我ながら、存外に頑丈だな」

 苦笑しつつ、拳を握り込み体力を確認する。
 幸い、出血はすでに止まっていた。もとより深い傷などそう多くはない。
 腹部からの出血はほぼ止まっている――歩くのに、支障はないはずだ。
 一時間も歩けば細い林道に出る。そこに止めてあるバイクで町まで降りれば――
本格的な傷の手当てもできる。

 痛みに顔をしかめつつ、ゆっくりと立ち上がる。抜き身の刀を杖代わりに、太
陽に背を向け、森の中へ私は歩き出した。

 ……だが、その前に一度だけ振り返り。

「――またな。次は……きちんと殺してやる」

 笑って、その場を後にした。


66 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:15:080
薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――
>>65

 白薔薇が好きだった。だから白薔薇が憎かった。彼女の選択が許せなかった。
 光とは白薔薇を意味した。自分を照らす光明は彼女だけだと信じていた。畏れるもの
など何も無かった。白薔薇と一緒なら永劫の闇、悠久の虚無すら楽園へと姿を変えたこと
だろう。闇なんて怖くは無かった。虚無など怖れるに足りなかった。
 怖いのは孤独。自分1人で生きること。

 ―――ずっと一緒だって、信じていたんだ。

 自己犠牲なんて身勝手な自己満足の欺瞞だ。いつまでも共に輝き、果てる時は一緒に
沈む。白薔薇との別離からより一層その信念を固めるようになった。置いていかれるもの
の哀しみを識ったアセルスは、自分だけは絶対に孤独を与える真似だけはしないと誓った。
 もし自分が滅する時あらば、その時はジーナも一緒。逆もまた然り。
 それこそがアセルスの愛だった。
 なんて矛盾。

 白薔薇。私は弱いね……。
 キミの選択を憎みながらも、結局わたしはこうしてジーナに憎まれる道を選んでしまった。
 やっぱり私はバカだ。学習能力なんてまるでないバカな人間だ。

「―――アセルス様!」
 ああ、ジーナ。これから先、キミの孤独を誰が癒す。

「アセルス様!」
 キミの可憐さをいったい誰が護る。

「アセルス様ぁ!」
 キミの泣き声を聞くのも久しぶりだ……。キミは気弱そうに見えて、その実決して人前
で泣くような子じゃなかった。

「アセルス様……お願いです……お目覚めになってください」
 キミがこうして人目も憚らず慟哭するなんて。その百合の美貌を涙で汚すなんて。
 私は勝手だ。こうなることが分かって選択したのに、いま私は胸を痛めている。

「アセルス様!」
 声―――ああ。そうか、私は、まだ。

「あ、アセルス……さま。
 ごめんなさい、わたしのせいで―――ごめんなさい」

 こっちにいても、いいんだね。 

67 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:15:370
>>66

 ―――明鏡止水。

 思い付く言葉はそれだけだ。
 かつてイルドゥンにより教えられた武の最終目標。あらゆるしがらみの一切を排し、
自己すらも消すことで見える無我の境地。何も持たぬ者だけが全てを持ち得るのだという
理屈に、当時のアセルスは大いに疑問を抱いたが―――つまりはこういうコトなのか。
 だとしたら、なんて皮肉。
 自分の価値観を裏切りジーナの孤独すら受け入れて下した選択より、何も考えぬ、空白
の瞬間の方がより良き結果を生むなど……納得ができるものではない。
「ジーナを助けたい」その一念が、無我なぞに劣るというのか。自分がより力を欲するの
ならば、その力を駆使する動機を捨てよ―――そう言うことなのか。

 イグニスに勝ちたかった。
 もうこんな辛酸、二度と浴びたくは無かった。力が欲しかった。
 この度の決戦で、自分のスタイルに限界を感じたのは確かだ。
 次は容赦なく狩られる。そんな確信があった。
 次を生き抜くためには、自分という限界の殻を突破する必要がある。
 明鏡止水の境地。これがその契機となるだろう。鍛え抜けば必殺の剣にもなるはずだ。
 だが、この奇跡を自在に駆使するには―――アセルスはあまりに多くのことを考えすぎ
ていた。多くの観念に囚われすぎていた。

 ―――自由に生きてください。アセルス様、あなたは自由です。

 白薔薇の最期の言葉が思い起こされる。
 今だから感じることできる。
 その残酷な響きを。その慈愛に満ちた想いを。
 白薔薇は真実、アセルスを愛してくれたのだ。
 だからこそ、自由を願った。
 あらゆるしがらみから解放されることを願った。


「ジーナ……」
 思考を振り切るように、声をかけた。
「はい?」
「私はジーナが好きだ。この肉体も、魂も、いつまでもキミとともに在る。永遠の時を
賭けて私はキミを愛そう」
「……はい、わたしもアセルス様を想っています」

「ジーナ」
「なんですか、アセルス様」
「私は自由なんて嫌いだ」

68 名前:◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:16:180

薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

epilog

 舞台は戻って常夜の魔宮ファシナトゥール。針の城の最上層部。寵姫の中でも、空に
もっとも近い場所――同時にそれは、城の主の私室に一番近い位置でもある――に位置
する6ペンス≠フ部屋。アセルスの奮闘より無事保護されたジーナは、ドレス姿の
まま寝台に腰掛け、憂鬱げに窓から夜を眺めていた。
 アセルスとイグニスの凄惨な闘いから暫くの時が経過した。ジーナはようやく誘拐騒動
の余波による事後の多忙さから抜け出しつつある。
 息を吐く間もないとはこのことだろうか。
 ショックに陥る暇すら与えられず、時間が流れていた。

  確かに怖かったです。
  怖かったですが―――
  正直に言ってしまえば、よく覚えていないというのも本当なのです。
  この、牢獄のような警備が張り巡らされた城から、どのように連れ去られてしまった
 のか、とか。あの朱い女性の方が、一体どんな性質の持ち主であったのか、とか。
  わたしは知っている。知っているはずなのに―――
  しかしなぜか、よく分からないのです。

 それに、拐かされるのは何もこれが初めてではなかった。まだ仕立て屋で針子をしていた
あの頃、いまの参謀格であるラスタバンに連れられたときも、やはり同様の恐怖を味わった。
 気弱ながらも、芯の部分で気丈な精神を持つジーナの立ち直りは早く、むことある事に
泣いて謝るアセルスを慰めたり、場内の警備兵や親衛隊をフォローして不始末による処刑
を止めさせたりすることに時間を割かれた。
 自分が誘拐されてしまったときのアセルスの取り乱し具合は相当なもので、ファシナトゥ
ールはおろか、現界の下級妖魔やイノヴェルチまで巻き込んでしまったらしい。全て自分の
せいと思えば、申し訳なくていつまでも塞ぎ込んでなぞいられない。迷惑をかけてしまった
妖魔一人一人に謝罪を重ねたいぐらいだったが、もちろんアセルスがそんなことを許し
はしない。彼女からすれば、ジーナは哀れな被害者なのだ。
 謝るなんて、とんでもなかった。

 だが、しかし、だからと言って厚かましく城内を闊歩するのも気が引ける。
 ましてパーティへの出席なんて以ての外だ。

 とん―――扉が軽くノックされた。最上層部まで足を伸ばせる者は、この世界でただ
一人だけなのだから、誰かを問う必要もない。ジーナは立ち上がると扉へ急いだ。

「……アセルス様」

 愛しき絶世の麗人がそこにはいた。

「ジーナ。もう着替えは終わっているみたいだね。どうしたんだい。やけに時間をかける
じゃないか。もう宴はとっくに始まっているよ」

 宴―――そう、今宵はジーナの無事に狂喜するアセルスの計らいにより、彼女の知人
友人を招いて大規模な饗宴が行われる段取りになっていたのだ。
 自分のために開いてくれた夜会と言えば聞こえはいいが、集うのは海千山千の長生者
ばかり。同じテーブルを囲んだり、礼を交わしたりなどできる相手ではない。
 所詮自分は下町育ちの元針子なのだ。そこらへんをどうしても、この無邪気なお方は
察しようとしてくれなかった。

 アセルスは胸部にレースがふんだんにあしらわれたドレスシャツにスラックスという
出で立ちで、着込んだベストの胸から右脇へ懐中時計の鎖が三本垂れている。金の鎖には
所々にダイヤが嵌め込まれ、シャンデリアの灯を受けて輝いていた。
 上衣のフロックコートは礼服というよりも軍服のような仕立てで生地は厚い。だが、
上襟にはビロードが張られ、裏地は妖魔の地を示す蒼色という洒落具合から分かる通り、
鎧を思わせながらもその在り様は優美で、無骨な印象を与えない。
 派手好みアセルスにしては珍しく、白と黒で統一された抑えめな色調。それ故に、
鮮やかな浅黄色の頭髪が強く引き立つ。自身の容姿その物が美≠体現している
彼女だからこそできるコーディネイトと言えた。

 左眼にかけられた眼帯には、収穫や約束を示すヤラのルーンが金糸で縫い込まれている。
接合した左腕もまだ完治には程遠いのか動かそうとせず、いつもはダンスホールまで手に
提げていく月下美人は腰にさしていた。だがそれ以外に関しては至って健康的で、つい
一週間前に九死の目にあった者とは思えない。
 潰れた左眼に関しても、曰くあと数日も待てばまた視えるようになる、とのことだ。

69 名前:◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:16:410

>>68

「さあ、ジーナ。行こう。主役のキミが来なければ話にならない。みんながキミを
待っている」

 そんなはずはない。招待された貴婦人方は、どれも夜の世界に名だたる長生者たち。
誰もが妖魔の君と対等か、それ以上の地位の者で占められているのだ。自分のような
血統もさだかではない新生の寵姫一人に気を掛けるわけがなかった。
 ただみんな、この常夜の地が好きで――不死者からすれば、ファシナトゥールは
まさに楽園らしいのです――行楽地として一時の幻想を愉しみに来ているだけだ。

「アセルス様、やはりわたしは遠慮した方が……」

「なぜ?」大袈裟に驚いてみせながらも、アセルスはしっかりとジーナの手を取った。
こうなってはもう、彼女は意地でも手を離さない。「せっかく今日のためにドレスを
仕立てたんだ。よく似合っているよジーナ。みんなに魅せてあげないともったいない」

「でも―――わたしは、上級妖魔でもエルダーでもありません……」

「そんなのは関係ないよ。長生者っていうのは不思議なものでね、長く生きている不死者
ほど、子供っぽいのが多いんだよ。ふふ、どうしてだろうね。さっき挨拶をしてきた
ジュヌヴィエーヴ・デュドネなんて、もう500年も生きているはずなのに、まるで人間
の少女のように初々しいんだ。私もああいう風に歳を取りたいものだね。キミもきっと
好きになれるはずさ。だからジーナ、キミが物怖じする必要なんて、どこにもないよ」

 それでも逡巡していると、ジーナの手を握るアセルスの握力は弱まり、残った片眼には
脅えの色が強く浮き出てきた。

「まさかジーナ―――怒っているのかい? 私が勝手なことをしてしまって。もう少し、
誰にも邪魔されずゆっくりとしていたかったのかい」

 まさか。慌てて首を横に振った。このお方は、すぐそうだ。少しでも自分が躊躇ったり
すると途端に慌てふためき機嫌を取ろうと必死になる。彼女が脅えないよう、逆にこちら
が気を回さなければいけない始末だ。
 ―――わたしがアセルス様を拒むはずなんてないのに。

「アセルス様が、わたしから離れぬようしてくださるのなら。……それを約束してくださ
るのなら、随伴いたします」

 妖魔の麗人はぱっと顔を輝かせる。

「もちろんさジーナ。キミと私は常に一緒だ。当然じゃないか」

 その邪気のない笑みだけでも勿体ないというのに―――アセルスさまは、もっとわたし
を愛してくださる。この程度の愛じゃ足りないとお考えになっている。それがジーナには
辛かった。いくら自分が幸せを訴えても、このお方はそれを聞こうとしない。

「キミとボクは同じ一つの魂なんだ。いまはこうして二つに別たれているけど、その原始
は同じものなんだ。だから、私がキミを離すなんてことはあり得ない」

 分かっています。わたしの存在が、欠けてしまわれたあなたの半身の代替品に過ぎなく
とも、足りぬものを無理に補おうとするその姿勢が、ご自身の心に砂漠を作られてしまっ
ていようとも、あなたに愛されているその事実だけは確かなのですから、それだけでジーナ
は幸せなのです。

「……行きましょうアセルス様」

70 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:19:190
>>66>>67>>68>>69

 ――結局、問題なく動けるようになるまで一ヶ月掛かった。

 要は、運が良かったのだ――そう結論する。

 ”妖魔の君”などという大妖を相手に、重傷を負うも再起不能にはならず、挙げ句わずか一ヶ
月などという短い時間で、その戦いで受けた傷も癒えた。
 彼処まで舞台を整えたにも関わらず、仕留めきれなかったという事実は残るが、それはつま
り、彼我の実力の賜物だろう。今の時点では、どう足掻いても私はアレを殺しきることは出来
なかったのだと、イグニスは捉えた。

 今こうやって、失敗した狩りの反省を行えているのは、ひとえに運が良かったに過ぎない。
 まあ、その運を呼び寄せるのも実力のうちだ。次は問題なく殺せる――否、殺しきる状況を
作り出す。そう決めて、イグニスはとりあえず、アセルスのことを忘れた。仕留めきれなかっ
た獲物には拘泥しない。するだけ無駄だ。
 なんにせよ、この一ヶ月で随分と身体は鈍っている――適当な獲物に当たりをつけて、速や
かにコンディションを回復させる必要があった。

「……そう言えば、そろそろ欧州で”黄泉返りの森”が開く頃か」

 ふとした拍子に、随分と昔に交わした”約束”を思い出した。
 今の愛刀を手に入れた頃、とある一人の男と交わした約束を。

 そして今は――ほかに、すべきことは何もない。

「決まり、か」

 そう、これから古い友人に会いに行くのだ。”絶対に負けない”などと嘯くその男に――
これ以上ない、敗北をプレゼントしてやるために。

「また随分と変わっているのだろうが――それならそれで、やり易い」

 鼻先に引っかけたサングラスを直しつつ、旅装に身を包み、空港へと足を向ける。

 ふと、何もない虚空へと振り返り――
 誰にも聞こえないような小さな声で、イグニスはつぶやいた。

「……また、な」

 そして。
 炎は、静かに陽炎のように消えていく。












 ―――その”また”が、本当にあるとは思えなかったが。

71 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:20:550
>>70



 ――――それは、ただの御伽話。


 

72 名前: ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:21:400
>>71

 神話の時代。
 神代の世。
 神と魔と――そして人が、等しく世界にあった、そんな世界。

 かつて、世界はそのような姿だった。


 ―――そんな世の中で。
      一人の人間に、興味を持った”神”がいた。

 やがて人間は、その矮小なる自らを救わんと、神々に戦を仕掛けた。

 ―――その切り札は、”神”たる”彼女”。
      しかし、人々は知らない。今自らが反逆しようとしているモノが、
      彼らの切る札たる”彼女”と同じモノだとは。

 ”彼女”は何も語らなかった。
 自らが、彼のモノ達の同族であることも。
 この戦の先に待つものが、避けがたい、約束された”死”であることも。

 ―――否、語れなかった。
      自らに向けられる彼らの視線に。
      彼女を見つめる、信頼に満ちた”彼”の視線に。
      ”彼女”は何故か真実を語ることができなかった。
      その理由が、理解できないままに。

 そして……
 当たり前の、決まり切った結末が訪れる。
 ”神”と”ヒト”。存在の濃度そのものが異なる種。隔絶という言葉すら生易しいその現実
に、幼い人間達は次々と、その骸を晒す。

 その、純白の翼の前に―――


 ―――”彼”が、居た。
      消えかけの、燃え尽きかけの、死にかけの、”彼”。
      だが、彼は。同じく純白の翼を持つ”彼女”を見て。
      笑ったのだ。無事で良かった、と。

 ―――無事で、良かった、と―――


 そして彼女は、”扉”を閉じた。
 そこで、神話の時代は終演した。

 後には。



 ――――翼を失った、燃えるような髪の、人間の女が残されていた。


73 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:22:200
>>72




 ―――そして今。
      ひとりの人間の手によって、神話の時代が甦る―――




 

74 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:22:560
>>73

 ファシナトゥール。
 妖魔共の住まう幽宮(リージョン)。

 その文字通りの中心部に聳え立つ、”妖魔の君”アセルスの居城たる”針の城”。
 名が示すその通りの姿を前に、ひと組の男女が、城門へと道を、軽やかに進んでいた。

「――しかし。真正面から乗り込んで大丈夫なのか?
 聞けば、この城の主は相当の大物だと言うことだが」

 傍らの女に視線をくれながら、男が口を開いた。
 日本語である。
 声の調子も、若い――‐少なくとも、外見相応の年月しか経ていないであろう男の言葉は、
それ自体が生命力に溢れている。
 服装はといえば、黒一色。どこか、何かの制服を思わせるような意匠ではあるが、幾たび
もの戦陣をくぐってきたが故か、その所々がくたびれ、あるいは薄汚れていた。
 だが、さらに特徴的なのはその女に向けられている双眸だった。
 鈍い朱色を光らせる右目と、淡い翠色を浮かべる左目。見事なまでのオッドアイが、
その瞳の中に、女の紅く、燃え上がるような長髪を映していた。

 その瞳を見返しながら、女は気軽に答えてくる。

「なに、心配するな。
 ここの主とはそれなりに顔見知りでな――
 お前と出会うより前に、再会を約束している。問題はない」

 女は、その髪とは対照的な純白のドレス姿を静かに揺らしながら、楽しそうに答える。

「だといいが――」

 だが、一方の男はそれでも不安げではあった。
 まあ当然だ。経験的に、彼女が楽しそうであった場合、大概がろくな事にはならない。
 そんな己の心を落ち着けるように、彼は胸元に仕舞い込んでいる懐中時計に手を伸ばし、
その鼓動に身を任せた。

 女は、そんな男の反応が不満だったらしい。
 紅紫の視線を男に突き立てると、さっきまでの楽しげな調子を一変させ、さも不愉快そうに
つぶやいた。

「――克綺」
「なんだ?」

「言いたいことがあるのなら言うがいい。我慢は身体に毒だぞ?」
「すでに何度も口にしている。それについては心配ない。だが」

 克綺――そう呼ばれた男は、女の視線など慣れっこだといわんばかりに続ける。

「一向に相手に理解がない、という事実については、確かに毒かもしれない」
「抜かせ」

 そして、これもまたいつもの女の答え。
 そうあることが、互いにとってごく自然なことだとでも言うように。

 ――男の名は、九門克綺。かつて”門”と呼ばれ、そして。
 ひとりの女のため……否。
 ひとりの女を留めるために、世界を神代の世へと巻き戻した人間。

 そして、女は。


「――イグニス」
「判っている」

 城門を臨む。
 そこに立ちふさがる門番が二人。
 人間でしかない克綺の目にすら映る濃厚で、上質の魔力。
 疑いなく、このリージョンでも上級クラスの妖魔。まあ、門番が雑魚では話にもならないが。

「貴様等――」

 門番のどちらかが、誰何の声を上げ――ようとした。
 どちらの声だったのか、それはもう判らない。
 なぜなら彼らは。


 イグニスが、一歩前に出る。
 手をかざす。

 一瞬の閃光。

 ――――それで、すべてが終わっていた。

 後に残されたのは、髪ひとつ乱れていないイグニスと、傷ひとつない城門。
 そして、

「行くぞ、克綺」

 置き去りにされかけた男の姿。
 人間と、そうでない女は、ごくごく自然な足取りで、城門の内側に消えていく。

 吹いた風に、わずかに残された塵が舞い飛んでいた。


75 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:23:210
>>74

 宴も酣。
 誰も彼もが酔いしれていた。
 そう――門番が、ただのひと撫でで消し飛ばされたことにも気づかぬ程度に。
 場内に、見知らぬ男女が入り込んだことにも気づかぬ程度に。

 そして――舞い上がる妖魔共を擦り抜けるように、場の上座へ。
 彼の者どもの主の元へ、ただ真っ直ぐに歩を進める無礼者にも気づかぬ程度に。


 偉大なる”妖魔の君”の前で、女が恭しく腰を折る。

「ご機嫌麗しゅう御座います、アセルス様――」

 その背から。
 衣装と同じく純白の、大きな翼が現れる――!

「いつぞやの、始末を付けにきた。付き合ってくれるな、”妖魔の君”?」

 とたんに、爆発的にふくれあがる白い魔力。
 その余波で、周囲の化け物共を消し飛ばしながら――

 人類の守護者を名乗る女は、不敵に笑みを浮かべていた。


76 名前:◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:40:180
薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
  ――阿修羅姫の舞――

>>70>>71>>72
>>73>>74>>75

epilog

 夜会というものは、斯くもせわしないものだったなんて。ジーナは今日の経験
で「富裕者たちの宴」について、考え改めざるを得なかった。
 妖魔の君の所有物に相応しい気品を称えて、おしとやかに振る舞う。
 そんな風にはとてもいかない。
 アセルスに連れられて、賓客への挨拶に回るだけでも目が回りそうなほど忙
しかった。大規模な夜会だ。賓客は多く一ヶ所に5分と留まっていられない。
 その上、アセルスは針の城の城主であり、ファシナトゥールの領主だ。
 当然、招かれた客達も挨拶―――という名にかこつけて、憧れのアセルスと
少しでも時間を共有しようと殺到する。その数がまた膨大だった。

「此度の宴はあくまでジーナの無事を祝って催されたもの。ならば主役は当然、
わたしではなく、ジーナだ。挨拶ならばまずは彼女にしてあげておくれ」

 そう言って、ことある事に妖魔の君はジーナを前に押し出した。
 宵闇の領主を差し置いて一介の寵姫がしゃしゃり出るなんて―――それだけで、
ジーナの胃はどうにかなってしまいそうだったが、馴れぬ微笑を張り付かせ、
何とか貴族好みの礼を取り繕ってみせる。相手は大概アセルスに深く執心して
いるから、憧れの麗人の「お気に入り」であるジーナを快くは思わない。
 礼を交わしても、その表情からは「たかが寵姫風情」という侮蔑の色があり
ありと窺えた。それがまた、ジーナの疲れを倍加させる。
 中には堂々とライバル宣言をするエルダーまでいたから困ったものだ。
 あれは……名をパキラと言っただろうか。
 金髪に二つ結びがよく似合うドラキュリーナだった。
 長生者の貴族と争うなんてとんでもない。自分は寵姫に過ぎず、つまるところ
所有物なのだ。自由意思などはなく、ライバルなどとても務まらないとはっきり
答えたのだが、聞く耳を持ってくれなかった。
「あーん、じゃあわたしもアセルス様の寵姫になりたいー」と来たもんだ。
 さすがのジーナもこれには疲れを覚えた。
 アセルスの言う通り、エルダーには変わり者が多いようだ。

 シュロッターシュタイン家のご令嬢にしてガイヤーマイヤー共同墓地の
アイドル、人呼んで歯無し≠フアンナもそんな愉快な不死者の一人だった。
 恋する乙女アンナにとって経験豊富なアセルスは憧れの大先輩。
 実年齢はほとんど変わらないはずなのだが、この永遠の少女はアセルスを
慕い、今宵も恋の相談で宴に花を咲かせていた。
 アンナ嬢は最近、気になる男の子ができたらしいのだ。
 何でも相思相愛の仲だとか。

77 名前:◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:40:470
epilog >>76

「吸血鬼になりましょうよと何度も誘っているのに、アントンったら『それだけ
は絶対にイヤ』って言うの。わたしと同じになりたくないなんて……彼、きっと
わたしが嫌いなんだわ」

 べそをかくアンナをアセルスはやんわりと慰めた。

「私のかわいいアンナ、初恋に溺れる雛鳥よ。よく聞いておくれ」
 クリーム色の癖毛を指でとかしながら、諭すように言葉を紡ぐ。
「人間をやめると言うのはね、自分をやめるってことなんだ。もしキミがいま
のアントン君を好きならば、彼のせむしの瘤を取ってしまおうだなんて思って
はダメだよ。転化した彼は、アンナが知るアントン君では無くなってしまう
かもしれないのだから」

「そんなことないわ。だってアセルス様はいまでもアセルス様ですもの。わたし
も変わらずわたしよ。ならアントンだって……」

「キミは物心がついたときには、もう夜の道を歩んでいたからね。私は……
私は、アンナとは違う。自分をやめることも続けることもできなかっただけさ。
全てが半端なんだ。一番ダメな例だよ」

「まあ!」
 おませな少女吸血鬼は、腰に手を当て怒りのポーズを取った。
「アセルス様、そんな悲しいことを言ってはダメよ。アセルス様はとても素敵
です。そうでないと、わたしのビテキカンカクが狂っているということになって
しまうわ。アセルス様は、わたしのセンスが悪いと思っているの?」

 ふふ、と妖魔の主は微笑を浮かべた。
「そうだね、アンナの言う通りだ。でも、キミも私以上に素敵だよ。そのドレス、
とてもよく似合っている。好きになってもいいかい?」

「ええ、もちろん。わたしもアントンの次にアセルス様が好きよ」

 アンナの言葉にジーナは思わず笑いをこぼした。
「さすがのアセルス様も、初恋には敵わないのですね」

「ひどいな」
 アセルスは寵姫にじろりと隻眼を向けた。
「私が人間以下だというのが、ジーナはそんなに面白い?」

「いいえ、そんなことはありません。ただ、こうもアセルス様のご求愛が綺麗
にかわされたのは初めて見たもので……」
 何とか笑いを飲み下すために、口に手を当てた。
 アセルスは苦笑する。
「それはもっと酷いよ」

 妖魔の君はジーナにブラッドカクテルを持ってこさせると、一息でグラスを
干した。アルコールで失恋の味を誤魔化そうと言うのだ。
 ジーナがついに声を出して笑うと、アンナも釣られて笑った。

78 名前:◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:41:180
epilog>>76>>77

 フリーランスのジャーナリスト、ケイト・リードは類い希な美貌の持ち主だが、
ぼさぼさの赤毛/近眼を補う銀縁眼鏡/白肌に浮かび上がるそばかすなど、野暮
ったいパーツが目立つため垢抜けない印象を覚える。
 どう見ても、文系の女子学生にしか見えないのだ。
 ―――が。この100年、そうして彼女を侮ってきたものの悉くは後悔の末路を
辿った。今では新聞王からすら一目を置かれ、それ以上に忌み嫌われるのが、
ジャーナリズムに燃えるケイト・リードなのだ。
もっとも新しい長生者≠フ忌み名は伊達ではない。
 ケイト・リードは古き血の保菌者(キャリア)でありながら、あらゆる情報
の運び手(キャリア)も兼ねる、新時代に相応しいキャリアウーマンだった。

 また同時に、アセルスが唯一認めるジャーナリストでもあった。
 今宵の夜会に招かれた報道屋は彼女だけという事実がその証拠である。

「寵姫を誘拐されるなんて前代未聞ね、アセルス。実行者は誰だったの? それ
を命令したのは誰? あなたみたいな領地に引きこもっているだけの夜族を
疎ましく思う勢力がいるってこと? ……ねぇアセルス、お願いよ。どれか
一つでいいから答えてちょうだい」

 妖魔の君が相手でも、ケイトは遠慮なくはきはきとものを言う。新時代の
ドラキュリーナは誰に臆することもない。気丈で負けず嫌いなのだ。
 その在り方が、アセルスはひどく気に入っていた。

「私の情報はベッドの上で寝物語として語ってあげると言ったろう? メモ帳
もレコーダも不要さ。私が直接、キミの身体に記憶を刻み込んであげるよ」
「枕営業はしないことにしているのよ」

 ケイトはまったく取り合わない。仕方なくアセルスは「独占インタビュー」
という形で応じることにして、その場は手打ちになった。自分の寝室でしか取材
に応じようとしないアセルスから、言葉とペンでどうやって情報を引き出すのか。
「吸血記者」ケイトの実力が試されるシーンだ。



 妖魔の君はこの宴を心の底から楽しんでいるようだった。
 好物のジン・ブラッドカクテルを何杯開けたか分からない。
 賓客への挨拶を終え、ようやく一つのテーブルに落ち着いたときには、
アセルスの足下はかなり危うかった。ここまで酔いに身を任す彼女は珍しい。
 だが、それでも妖魔の君は酒精を控えようとはしなかった。

 いまアセルスは、変わり者揃いのエルダーの中でも特に突き抜けた変人――
―魔術士協会から幻獣指定すら受けている超希少の吸血鬼種ノーブルレッド
族の少女と杯を交えて、話し込んでいる。
 会話が盛り上がると、グラスの回転も速い。
給血@pの温血者の血でグラスを満たし、それにジンを適量垂らして、ライム
と落とす。そんな簡単なブラッドカクテルですら、次から次へと「お代わり」
の声が上がれば、休む暇なんて消え失せてしまう。
 ジーナは今宵の主役から、一介の給仕にまで立場を落とすことになった。
 もちろん、彼女はそれを不服には思わない。
 むしろ馴れぬ主賓扱いよりもよっぽど心が落ち着いた。

79 名前:◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:41:460

epilog>>76>>77>>78

 給血用の寵姫―――突然、ふらりとバランスを崩して、その場に倒れ込んだ。
 血を抜かれすぎたため、貧血症状を起こしている。
 このような不死者の夜会ではありふれた光景だった。
 アセルスは倒れた寵姫には一瞥もくれず、
「ジーナ、悪いんだけど代わりの娘を持ってきておくれ」
 とだけ注文した。まだ飲み足りないらしい。

 ジーナは寵姫を介抱すると、給仕に手伝わせて医務室まで運んだ。
 その後、給血少女達が詰めている部屋に出向き、一人を呼び寄せる。
 絨毯を踏む足取りが重い。何十度繰り返しても馴れない雑務だった。

「アセルス様、お待たせしました。新しい方を……」

 お連れしました。そう言いかけた口が、第三者の登場によって阻まれる。
 風の如く唐突に、ジーナの視界が純白に染まった。
 なんと見事なウェディングドレスだろうか。
 アセルス向けて恭しく傅く女性に、ジーナは思わず見惚れた。
 が、それはすぐにも恐怖/驚愕へと姿を変える。

「貴様は……」
 マリアベル嬢との会話を打ち切られたアセルスが、憎々しげに呟いた。
「正気か!」

 闇に彩られた世界に天使の翼が羽ばたいた。
 巨大な両翼が広げられ、純白の羽根が夜会場に乱れ咲く。
 アセルスは咄嗟にジーナを胸にかき抱き、その場に伏せた。
 一瞬後、衝撃が猛り狂った。純白が闇を駆逐する。
 給仕や賓客の何人かが、相反する属性の攻撃に耐えきれず灰に還った。

 社交の場は一瞬にして戦場へと姿を変える。
 前触れ無く吹き荒れた魔力の暴風に、テーブルというテーブルは倒れ、あら
ゆる皿や杯が砕けた。保身の豚と化した不死者どもは、誰よりも先んじて自分
の身の安全を確保しようと逃げまどう。
 そんな不死者どもの流れに逆らって、武装を整えた親衛隊が会場に殺到。
 30騎からなる精鋭が、瞬く間に純白ドレスの女―――イグニスをハルバート
で取り囲んだ。アセルス直属の護衛団だけあって、その動きは素早い。

 親衛隊を束ねるラスタバンが、エスパーダ・ロペラを片手に前に出る。
 その目から苦渋と憎悪が滲み出ていた。己が不在の間にジーナをさらい、
主人に深手を負わせた屈辱―――晴らすにはまたとない機会だ。
 親衛隊30騎、悉く討ち死にしようとも針の城には3000からなる妖魔貴族が
いる。如何に神鳴る力の持ち主であろうと、この兵力の前では―――

「控えろラスタバン!」

 闇の魔宮において、誰よりも気高き城主の声が響いた。

80 名前:◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:42:160

epilog>>76>>77>>78>>79

「誰が出張れと言った。無用の手出し、その一切はこのアセルスが禁じる。宴は
まだ終わったわけではないのだ。貴様等はそこで、大人しく突っ立っていろ」

 途端、親衛隊の面々はハルバートの矛先を天井に向け、その場で直立不動の
姿勢を取った。アセルスの令あるまで100年でも彼等は直立を続けるだろう。
 その忠臣ぶりに満足した妖魔の君は、鼻を鳴らすと―――天使の羽根を持つ
殺人鬼に向き直った。腰に佩いた鞘から月下美人を抜く。

「今宵の宴、どうにも何かが足らぬと思っていたが……そうか、貴様か」

「いけません、アセルス様!」
 アセルスの戦意を見て取り、ジーナは慌てて縋り付く。
「アセルス様は、まだ先日のお傷が癒えておりません」

「それは奴とて同じことさ」
 アセルスの隻眼が、総身から溢れる殺意を集めて女を射抜く。

「いいえ、いいえ。わたし達の中では数週間の出来事でも、人の世では数年の
時が経過しているのです。それはアセルス様が誰よりもお分かりのはずです」

 何より、この魔力―――ジーナですら肌で感じずにはいれないほどの威圧を
纏った、この魔力。先日この朱髪の女に攫われた時、果たして彼女はここまで
強力な魔力を身に宿していたか。身体能力や総魔力でアセルスに劣るが故に、
自分を人質に取り、策謀に策謀を重ねたのではないか。
 正面から乗り込むなど―――あまりに無謀が過ぎた。
 先日の策士と同一人物だとは、とても思えない。

「最も気高き刃=\――これが、この女の本当の姿だ。さて、どういう理屈
か分からんが、力を取り戻したみたいだな」

 ひょいとジーナの矮躯を身から剥がすと、ラスタバンに預けた。妖魔の君は
目線だけでマリアベル嬢を探したが……見当たらない。
 さすが希少の幻獣指定。逃げ足の速さなら誰にも負けない。

 賓客や給仕、その大半が逃げ散ってしまったが―――奇特にも、あえてこの
状況で宴を続けようとする者もいた。
監視者≠フ少女は仮面の死神に背中を預けて、シャンデリアに座っている。
 黒犬を連れた死徒の姫君は吹き抜けの窓からアセルスと侵入者を見下ろす。
 エリザベス・バートリーとロードデアボリガのファトラは、社交の礼儀を
忠実に守り抜き、その場を動かない。
 他にも10人近くのエルダーが場に残っていた。
 みな特等席から観戦に洒落込もうという腹づもりなのだろう。
 加勢する気配は皆無だ。
 さすがは真なる長生者の面々。
 あくまで自分達は客に過ぎぬということを心得ているのだ。

81 名前:ジーナ ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:43:470
>>80
epilog

 静まりかえった夜会場にジーナの声が響く。

「アセルス様、いけません―――アセルス様」

 主の傷の深さは、ジーナが誰よりも――恐らく本人よりも――知り抜いている。
 戦闘なんて馬鹿げていた。
 しかも相手は先日、辛酸を散々に舐めさせられた焔の女だ。
 酒気が抜け切れていないアセルスが、渡り合える相手ではない。

「案ずることはないよ、ジーナ。わたしは大丈夫だ」

 そんなジーナの不安を払拭するため、左眼の眼帯を引きちぎる。
 開ける視界。完治とは言い難いが十二分に見えていた。
 更に、動かぬはずの左手で虚空から刃を抜く。
 虚無を鞘にする妖刀「幻魔」―――その漆黒の刃が衆目に晒された。
 右に月下美人、左に幻魔。
 フロックコートの裡には、冥帝の甲冑を召喚≠オている。
 全身から魔力が漲っていくのをアセルスは肌で感じた。
 イグニスが如何に強大な力を取り戻していようと、ファシナトゥールの神は
ただ一人アセルスのみだ。この闇の領地において彼女の絶対有利は揺るがない。

「気高き刃、に……うん? なんだ、その後ろの男は。貴様の情夫か? 死地
に男を連れるとは淫売らしき行動だな。護ってもらうつもりか、その木偶に」

 愚かな、と二刀を構える。
 アセルスの全身から迸る剣気に当てられ、さすがのジーナも口を閉ざした。
 こうなってはもう誰も彼女を止めることはできない。

 今日、この時ほどジーナは人を恨めしいと思ったことはなかった。
 どうして―――どうしてこのお方を、放っておいてはあげられないのか。

 ジーナにはまだ、アセルスと離れる勇気はない。
 彼女無しではとても生きていけなかった。
 何も永遠を望んでいるわけではない。
 別離は必ず訪れる。
 だけど、まだ早い。
 まだ、もう少しだけ最愛の人と幸福を噛み締めていたかった。
 だからジーナは願った。
 生まれて初めて、人の死を。
 アセルスの勝利を。

82 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 02:44:220

>>80>>81

 調息に調息を重ねて、奇経正経に気を通す。
 更に内臓にルーンを刻み、強化する。
 妖魔の君はこの幽宮の結晶体。
 ファシナトゥールに身を置く限り、魔力は無尽蔵に湧き出す。
 例え神が相手だろうと、遅れを取る気は一切無かった。

 対峙する蒼と赤。
 妖魔の君は努めて平素を装う。が、その胸の裏では狂喜が溢れていた。
 斯くも早く復讐の機会が訪れるとは――しかもアセルスのフィールドでだ
――なんと自分は恵まれた運命を持っているのだろうか。
 これは自分を試す上で絶好の機会。疑問の解答を得る唯一の瞬間だ。

 果たして、自分の在り方はどこまで世界に通用するのか。自由を拒み、愛欲
と執心に溺れたままで明鏡止水の境地を超越することは可能なのか。

  私は、
  私はどこまで
  私を貫けるのか。

 この二刀に賭けて、問う。

「……私は私のままで、貴様を討つ!」

 蒼髪がなびき、赤髪が流れた。
 翻るドレスに、羽ばたくコート。

 三つの刀光が闇を切り裂き、
 ここに阿修羅姫の舞が完成する。

83 名前: ◆IgnisC3BW6 :2006/12/07(木) 02:46:550
薔薇の守護者<Aセルスvs最も気高き刃<Cグニス
 ――阿修羅姫の舞――

レス番まとめ

【導入】
>>6>>7>>8>>9>>10

【イグニスの仕掛け】
>>11>>12>>13>>14>>15>>16>>17>>18>>19>>20
>>21>>22>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30

【遭遇・《薔薇の守護者》と《最も気高き刃》】
>>31>>23>>33>>34>>35>>36>>37>>38>>39>>40
>>41>>42>>43>>44>>45>>46>>47>>48>>49>>50
>>51>>42>>53>>54>>55>>56>>57>>58>>59

【終幕・最後の仕掛け】
>>60>>61>>62>>63>>64>>65>>66>>67

【エピローグ1・姫君の独白】
>>68>>69

【エピローグ2・《人類の守護者》】
>>70>>71>>72>>73>>74>>75

【エピローグ3・《阿修羅姫の舞》】
>>76>>77>>78>>79>>80>>81>>82

《了》

84 名前:アセルス ◆KpWAN/OGRE :2006/12/07(木) 21:29:030
>>66>>67の間(ごめん、抜けていた……!

「どうして……」

 残った右眼が闇越しに天井を見渡した。まるで他人の身体に憑依したかのように居心地
が悪い。重傷により鈍りきった肉体。いくら足掻いても立ち上がれそうに無かった。
 相変わらずだ。イグニスによって傷付けられたその状況のままの―――瀕死の体だ。
 手榴弾の爆砕はどうした。あれは紛う事なき致命の一撃となるはずだったのに。

「アセルス様。……ああ、良かった。ご無事だったのですね」
「ジー……ナ」

 正気に返ったのだろうか。妖魔の花嫁は衣装が蒼紺に染まることも厭わず、アセルス
の胸に泣き伏せた。この有様で無事も何もないだろう―――とジーナの安堵に失笑する
が、自分のためだけに用意された優しさほど心地よいものはない。その流れる水の如き
栗毛を撫でようと左手を持ち上げて―――舌を打つ。そう言えば、左手は根本から弾け
飛んでいて失っていた。右手にも不可思議な痺れが走っていて、うまく操れない。
 なんだ。どういうことだ。
 どうして―――

「私は生きている」

 死ぬはずだった。それを覚悟しての選択だった。このシナリオは矛盾だ。こんな状況
はあり得ない。機械仕掛けの神でも使役しなければ、アセルスもジーナも生存している
などという結末は用意できない。どんな奇跡が2人を照らしたのか。
 説明を求めても、ジーナとて先まで操作されていた身なのだから明瞭な答えなど示せ
るはずもない。訥々と語られた内容は身に覚えがないことばかりであった。

「わたしが気付いたとき、アセルス様は何やら手の平に魔術を貼っておられました。
そう、幾重にも。その魔術の輝きが爆弾を閉じ込めて―――炎と衝撃を他方に逃がし、
その後ばったりと倒れてしまったのです」
「そんな真似―――」

 まったく記憶にない。輝く魔術の壁。結界の障壁が爆風を閉じ込めて、エネルギーだけ
を逃がしたと言うのか。大雑把な結界による防御ならともかく、そのような第五元素の
操作を必要とする術法など、魔術が不得手なアセルスにできるはずもない。
 しかも、今の彼女は魔術回路が焼き切れている。脳神経も高度な集中が不可能なほど
ダメージを受けているのだから理論上魔術の駆使は不可能だ。つまり、あらゆる過程を
すっ飛ばして直接魂の源泉が現実世界の物理法則を侵したことになる。それならば確か
に高度な術理も魔術回路の有無も関係ないが―――
 集中どころか意識すらせず、ただの動作が結果として魔術になったということになる。
 呼吸するようにごく当然に、己の身を結界で防いだのだ。
 事実、アセルスには障壁を張った記憶など無かった。

85 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/07(木) 22:28:410





 黄金色の髪が、夜に光った。


        ―――It's too late to cry I love you.
        The wind still blowing, my heart still aching


 歌が聞こえる。


         One side of my eyes see tomorrow,
         And the other one see yesterday
         I hope I could sleep in the cradle of your love, again


 センチュリーシティ。
 サンタ・モニカ・ブルーバード沿いに立ち並ぶの高層ビル群の裏路地。ロスの中では
比較的治安の良い地区とは言え、一歩闇に踏め込めばそこに人を護る法は無い。
 立ちこめる生ゴミの腐臭。一定の間を保って設置されている街灯は、全て投石などで叩
き割られ、本来の役目を果たしてはいなかった。
 そんな汚れた闇の中を、歌声は臆すること無く谺する。


         Cry for me, somebody, with dry eyes


 彼女が歌を口ずさむたびに、白い息があがった。
 規則正しい靴音。深淵の中、彼女を照らす唯一の灯火は月光。


         The real folk blues
         I just want to feel a real sorrow


 いつもの月明かり。いつもの夜空。いつもの時間。いつもの帰路。少女はいつもの歌を
口ずさみながら、いつもの歩調で歩いた。
 少女に取ってのこの二年間は、習慣とは無縁の二年間だった。が、シアターから自宅の
マンションへと続くのこの帰り道だけは、全てに於いて『いつも』で構成されていた。
 いつもの服装。いつもの拳銃。だけど、そんな唯一の『いつも』も、後少しでお別れ。
 さようならあたしの血と憎悪が刻まれたロサンゼルス。
 こんにちは過去に縛られた新世界。


         It's not bad a life in the muddy river
         If life is once――――


 いつもの帰り道。そう、そのはずだった。

「……あ?」

 唄うのをやめ、足も止める。
 いつもの帰路を塞ぐイレギュラー。少女は怪訝な顔を浮かべ、それを見下ろした。

 さようなら。
 安心という言葉は生まれなかったけど、それでもあたしは好きだったよ。
 この靄のかかったような闇も、割れた水道管から漏れる流水も。
 さようなら。二年間も付き合ってくれてありがとう。

 冷たいアスファルトの大地に、長身の男が下着姿で、ピクリとも動かずに俯せていた。



         ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
              『THE REAL FOLK BLUES』

86 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/07(木) 22:32:080

         ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
              『THE REAL FOLK BLUES』
Prologue
>>85

 気の迷い。今夜に限って、なぜこんな愚かしい選択をしたのだろう。
 別に珍しいことじゃなかった。
 身ぐるみを剥がされ、裏路地に捨てられた余所者を見つける事なんて。
 いつもなら無視して帰宅していた。
 そして翌日、凍死したそれを横目に、新たな一日を始める。
 それが彼女の日常。興味も関心も無い。
 なのに、なぜ、今日に限って―――。

 テーブルに山のように積まれたジャンクフード。
 それを挟んで相対する銀髪の優男を見て、少女は小さく嘆息した。
 何を血迷ったか、彼女は気を失い、裏路地に倒れていた男を自宅のマンションまで
連れて行き、シャワーまで浴びせてやったのだ。今は彼の腹から響いた部屋を揺るがす
空腹音に呆れ、近くのマーケットやらハンバーガーショップやらピザハウスから、適当
に買い漁ってきてやった食料を男にプレゼントした所だった。
 男はピザを1カット一口で食べ、コーラー1リットルを一気に喉に流し込み、チーズバ
ーガーを片手で三つ掴み、デンジャラスな食欲旺盛さを少女に見せてくれた。
 山と積んだジャンクフードが、頂上から順々に崩されていく。少女は、それを何処か呆
れた表情で見つめていた。

 十分後、高級そうなバスローブを着崩した男は、腹を抱えて「いやあ、こんなご馳走、
久しぶりに食べましたよ」と満足そうに言う。
 ―――ご馳走、ねえ。
 テーブルに散らばった空箱の山。
 今の少女に取っては残飯とどう違うのか分からない低俗な食べ物だ。
 それをご馳走と呼ぶ男。よほどの貧乏人なのか。
 ハンバーガーなど食べたこともない世間知らずなのか。
 或いは、その両方か。
 どちらにせよ、不思議な男であることには違いない。
 脆さを感じさせる長身痩躯。きめ細やかな銀髪。優しい笑みを絶やさない顔。
 ヒビの入った丸眼鏡。人の良さ以外、何一つ取り柄が無さそうな男だった。
 そんな男が、夜のロスになんぞ足を踏み込めば一発でカモ≠セ。
 現に、眼鏡とトランクス以外、男は全てを失っていた。

「で、これからどうすんだよあんた」

 抑揚のない声で少女は言う。男は慌てて「礼は必ずします」と答えた。

「どうやってだよ」

 男の所有物。ヒビの入った丸眼鏡とトランクス。以上二点。
 バスローブは少女のものだ。
 男は沈黙で答えた。沈黙でしか答えられなかった。
 ―――ったく、しょうがねえな。
 少女は不機嫌そうに溜息を付くと、席を立った。
「ソファで寝てて良いぜ。あたしのベッドは使うなよ」
 言い残し、マンションを後にする。

 その夜、少女は戻らなかった。

87 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/07(木) 22:35:040
Prologue
>>85>>86

 翌日。
 床で大きないびきをかいて寝転がる男を、帰宅した少女は蹴り起こした。
 それでも起きない彼に、今度は手に持つボストンバッグを叩き付けた。
 ラテン語らしき言葉を喚き散らしながら飛び起きる男に、ボストンバッグを投げ渡す。
 中には物々しい装飾が施された漆黒のカソックと、懐古主義も行き過ぎな感のする
パーカッションリボルバー。それに銀のロザリオ。奪われたはずの優男の持ち物だ。

 驚きながらも、どうやって見つけてくれたのか神父は訪ねる。
 少女は返事の代わりに、ステンレス製のバタフライナイフを見せつけた。
 そのナイフを見て彼の表情は露骨に歪んだ。
 ストリートギャングが彼を脅したときに使ったナイフだ。
 当時と違うのは刃にこびり付いた毒々しい赤色のみ。
 彼はゆっくりと少女を見上げる。少女は愉しそうに嗤っていた。
 彼は口を開き、閉じた。
 喉まで出かかった説教を抑え込み、代わりにそっと「殺してはいませんよね?」と問う。
 少女はニタニタと笑みを浮かべながら答えた。

「あんた、牧師――いや、神父か――だったんだね。こんな所に一体、何の用で来たのさ」

 問いの答えではなかった。彼は知りたかった。彼を襲った強盗の命の行方を。

「殺してはいないよ神父サマ。ただ、二度と商売は出来ないようにしてやっただけさ」

 あんな屑共の生死すらも心配してみせるなんて、流石は神父サマ。
 性根がお優しくできていらっしゃる。そう言って、少女は高らかに嗤ってみせた。
 彼はやれやれ、と溜息を付く。
 酷いことになってなければいいが。それだけが気がかりだった。

 神父は仲間とはぐれ、迷子になっていた所を追い剥ぎに襲われたと少女に説明した。
 すると、少女は仲間が見付かるまでこのマンションを使って構わないと返した。
 意外な親切。だが、彼はこれ以上迷惑は掛けられないと遠慮する。

「この国のことを、この街のことをまったく知らないあんたが単身で放り出されれば、
また裏路地に裸で転がされるのがオチだぜ? 大体、外は連中の仲間が殺気立って
血を求めているぜ。もちろん、狙いはあたしじゃなくあんただ」
「それは逆恨み……」と神父は漏らすが、少女は相手にしない。
 神父は二度目の溜息を吐くと、仕方なく「厄介になります」と頭を下げた。

 こうして少女と神父のいびつな共同生活は始まった。

88 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/07(木) 22:36:590
>>85>>86>>87

 そしてその三日後。少女は神父に突然別れを告げた。

「あたし、もうこのマンションには戻ってこないから、ここ、好きに使って良いよ。
家賃払えるならね」

 神父は引き留めた。
 神父は知っていた。
 少女がこの三日間、彼が目を離す度に、何か思い詰めた表情をすることを。
 真鍮製の懐中時計を、何時間も瞬き一つせずに注視しているときの彼女は、普段の
蓮な態度が嘘のように―――殺意を丁寧に、丁寧に、研ぎ澄ましていた。
 少女の別れの言葉を聞いた瞬間、神父は感覚で理解した。
 彼女は帰ってこないつもりだ、と。
 この家にではない。この国にでもない。この世にだ。だから止めた。
 彼の言葉など少女が聞くはずがなかった。

 神父は言った。
「死なないと約束してください」

 少女は答えた。
「いやだ」

 神父は言った。
「どうしてですか」

 少女は答えた。
「死ぬために生きていたからだ」

 神父は必死で説得した。死ぬことは救いにはならない、と。陳腐な言葉だった。
 少女は怒った。あたしはあたしが生まれてから今日まで二年間、その時その場所で
死ぬために生きてきたんだ、と。
 そんなの哀しすぎます。神父は言った。
 少女は答えた。

「だったら、あたしを幸せにしてくれよ。そこへ行けば幸せになれるんだ」

 神父は彼女を止められなかった。止められるはずが無かった。
 少女はマンションを去った。帰ってくることは無かった。
 四日後、神父もマンションから離れ、迎えの同僚と共に自国へと帰った。



 その二週間後、キャル・ディヴェンスは極東の地で果てた。
 アベル・ナイトロードが、そのニュースを知ることは無かった。

89 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/07(木) 22:39:340


         ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
            『THE REAL FOLK BLUES』

>>88

 教会。磔のキリストの下で、あたしと奴は相対していた。
 緊張が支配する世界。どちらも瞬き一つせず、ただジッと相手の瞳を見据えている。
 相手の瞳。黒い瞳。思い出す度に憎悪を掻き立てられていたあの瞳。
 今はもう、怒りに心を乱されることはない。
 ただ静かに、迫り来るその時≠待ちかまえていた。

 ―――オルゴールの音色が聞こえる。
 聞き慣れたメロディ。何千回と繰り返された旋律。
 いつゼンマイの余力が尽き音楽が止まるか、全て身体で覚えていた。

 渇いた唇をゆっくりと舐める。
 ワクワクしていた。口から笑みが零れてしまいそうだった。
 二年間。二年間も、あたしはただひたすらにこの一瞬を待っていた。
 この一瞬のために、あたしは生きてきた。

 オルゴールのメロディが、次第に緩やかになっていく。

 もうすぐだ。ゴールはもう目の前まで迫っている。この緊張感。この躍動感。
 いま、初めてあたしは理解した。生きるとは、何か。命とは、何か。

 ああ、感じることができる。実感できる。
 あたしはいまこの瞬間、間違いなく生きている、と。


 ―――玲二、吾妻玲二。

 ……時間だ。

 もう、全てがどうでも良くなっていた。
 心の中に巣を張り、常にあたしを脅かしていた『憎悪』と言う名の寄生虫も、
いつの間にか消え失せている。
 口元にはうっすらと笑み。
 なるほど、ここがあたしの終着点か。

 オルゴールがメロディを奏でるのを、やめた。
 玲二の手が脇のホルスターへと飛んだ。
 あたしの右手もスミス・アンド・ウェッソンのグリップへ馳せる。
 抜かれた拳銃は二つ。相手を睨み据える銃口も二つ。

 銃声だけがただ一発、教会の礼拝堂に響く。



 ――――そして、その日その時その瞬間から二年の時が経過する。

90 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/07(木) 22:40:230

          ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』

>>89

 ぷちり、と何かのスイッチが入った。
 途端、頭痛が襲い来る。頭蓋が砕け散りそうなほどに痛い。
 くそ、黙れ。うるせえ。寝かせろ。あたしは努めて無視した。
 感覚が狂うほどの頭痛、急に何だって言うんだ。
 身体がダルい。とても疲れていた。

 瞼の裏が赤く染まった。ライトか何かに照り付けられたんだ。

 ―――ライ……ドライ……起きろ、ドライ。目覚めろ、ドライ。―――

 あたしを呼ぶ声。聞き慣れた声。
 覚えている。覚えているぜ。
 この嫌みたらしい声、忘れたくても忘れられるわけがない。
 あたしは顔をしかめ、頭を掻き散らしながら起きあがる。
 それだけの動作が酷く苦痛だった。筋肉を動かす度に身体が悲鳴をあげる。
 でも、それは何処か別の世界での痛みのような気がして、構わず口を開いた。

「うるせえな、一体何なんだよサイス。寝てるあたしを起こすなんて、よほどの
用事なんだろうな」

 喉から漏れる声。驚くほど掠れていた。

「……起きたか、ドライ! ああ、やはりそうか! そうだと思っていたんだ!」

 返ってきた言葉。問いの答えにはなっていなかった。
 一人狂喜乱舞するサイスを、あたしはぼんやりと見つめた。

 ―――何かが、違う。
 こいつ、こんなに肌白かったか? まるで死人じゃねえか。
 ああ、でも前から死人みたいに白かったか。気のせいだな。

 ―――何かが、違う。
 こいつ、瞳の色、赤かったか? こんなに毒々しいほどに真紅だったか?
 ああ、でもあたし、こいつの目を見たことなんて一度もないや。
 顔すら見たくなかったんだ。瞳なんて覗くわけがねえ。

 ―――何かが、違う。
 こいつの口からチラチラと覗く牙。
 ありゃあ何だ? 人間の犬歯ってあんなに長かったか?
 自分の犬歯を指で触り、比べてみた。どっちも同じ様な長さだった。
 これが標準サイズなのか。なら、問題ねえ。

 ―――何かが、違う。

「あれ?」

 何かを思いだした。とても、とても重要なこと。
 サイスはこっちを見向きもせず、ぶつぶつと独り言を言っている。
 あたしはぼうと天井を見上げ、ギアがローに入った頭を回転させた。
 長い夢を見ていたような気がする。長い間、ずっと眠っていたような気がする。
 あれ、でもおかしいな。どうしてだろう。あたしは確か……。

「なあ―――あたしって……確か死んだよな?」

91 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/07(木) 22:40:500
>>90

「ドライ、事情が呑み込めてないようだな。無理もない。今から説明してやろう」

 いつもの口調でサイスは語り出す。サイスの説明は、至極簡単なものだった。

 曰く、
「おまえは私の継嗣となった」

 曰く、
「処女ではなく、生への渇望すらも無いお前を黄泉返らすのは大変だったのだぞ」

 曰く、
「お前の死体が綺麗に残っていたのが助かった。あの学校の件は、防衛庁の諜報部が動い
てくれてな。あそこは吸血鬼心棒者の吹き溜まりだ。私やお前の死体は全て燦月製薬で冷
凍保存されたのだよ。まあ、私はすぐに復活したのだがね。
 いつか使う機会もあるだろうと思い、お前の死体もその時、私が引き取ったのだが、ま
さか本当に使う嵌めになるとはな。奴等の力がそれ程までに強大だった、ということか」

 曰く、
「食屍鬼から吸血鬼へと進化する例は過去幾つもある。そこで私は思ったのだよ。お前の
屍をゾンビとして蘇らせ、一足飛びに吸血鬼へと進化させてはどうか、とな。もちろん、
厳しい話だ。下位のリビングデッドが高位のヴァンパイアになるなど、並の死体では三十
年はかかる。が、お前は“並”ではない。十万に一人の素材と言っても良いだろう」

 曰く、
「死者を食屍鬼として蘇らせるのは容易なことだ。おまえとて例外ではない。吸血鬼の遺
伝子情報を少し追加してやるだけで、見事この通りというわけだ。
 死体から食屍鬼への帰還=Bそして食屍鬼から吸血鬼までの進化≠フプロセスが
一秒と掛かっていない。過程という過程を全て飛ばしてお前は覚醒したのだ。吸血鬼にな。
 素晴らしいぞ。お前は吸血鬼の神に愛されている」

 曰く、
「おまえにはやってもらいたい仕事があるのだ。そのためにおまえを呼び戻した。
 いま、この研究所は襲撃を受けている。相手は一人。たった一人だ。
 お前なら、間違いなく……」

 曰く、

「―――なあ、質問してもいいか?」

 あまりに気怠い身体。サイスの蘊蓄が頭の中で反響してひどく不快だ。
 これ以上聞いていられない。
 だから、あたしは知りたい情報について、ダイレクトに質問することにした。

「……なんだ、ドライ」

 喋り足りないのか、不満気なサイス。あたしは言った。
 とても簡単で、とても分かりやすく、誰でも答えることができる質問を。

「あたしを起こしたのは、あんたかい?」

92 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/07(木) 22:41:190
>>91

「あたしを起こしたのは、あんたかい?」

 サイスは嬉々として答えた。

「ああ、そうだ。私がお前を黄泉返らせた」

 顔面に称えた微笑。悪びれなど微塵も窺えなかった。
 玩具で好きに遊べて愉しくて愉しくて仕方がない。そんな感じだ。
 あたしは右手の五指をそっと伸ばした。

「真なる意味で、私はお前の親(マスター)となったのだ!」

 ご大層な演説を終えた瞬間、サイス・マスターは二度目の死を迎える。
 欠伸を噛み締めながら、あたしはサイスの心臓を右手で貫き、抉り潰した。
 ごぽり、と哀れなピエロの口から血塊が吐き出される。構わず右手を引き抜く。
 サイスが信じられないと言った表情で、口を金魚のように動かした。

「ば―――か、な……私は親だぞ? な、なぜ――――」

 その薄汚いツラに振り上げた踵を叩き落とす。
 サイスの身体がまるでバターのように綺麗に両断された。

「あんたって奴は……そこまで馬鹿だったのか」

 燃え上がり、灰と化して行く哀れな男を見つめながら溜息をつく。
 全てを吐き出してしまいそうなほどに、深い、とても深い溜息だ。
 あたしは疲れていた。疲れ切っていた。

「ガキが親の言う事なんて、聞くわきゃねえだろ……」

 夢を、とても長い夢を見ていた。
 覚めないで欲しかった。ずっと見ていたかった。
 ……でも、駄目だった。
 結局、あたしは目覚めてしまった。

 ―――なんて事を。

 やっと手にした、たった一つの幸せを奪われた。
 あの一瞬はもう二度と戻りはしない。

「馬鹿野郎。……なんで、こんな……」

 膝を突き、肩を落とす。怒りの衝動すら沸かなかった。
 理不尽に対する憎悪すら沸かなかった。
 ただ絶望をひたすらに感じるだけだった。虚しくて、惨めで、呆れ果てていた。
 この世に未練など、何も無かった。ずっと、ずっと死んでいたかった。
 望みはそれだけだった。無茶な願いなんかでは無かったはずだ。
 なのに、どうして……。

93 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/07(木) 22:42:120
>>90>>91>>92

 突如、鉄格子がはめられた鉄扉が錆びた音を立てて開いた。
 奧から、血にまみれた少女が姿を見せる。
 極端に白い肌。生気の感じられない真紅の瞳。ショートに刈ったモスグリーンの髪。
 繊細な刺繍が施されたチャイナドレスは、自らの血で赤く染まっていた。

「フィーア!?」

 驚愕の声は、しかし彼女の興味を惹くこと無かった。
 四番目の少女の虚ろな瞳は、床に散乱したサイスの灰に向けられている。

「……そう、あなたはマスターを殺せたのね」

 ―――わたしには、できなかったわ。

 そう呟き、自嘲気味に微笑む彼女。次の瞬間には白い炎に全身を包まれた。
 一秒と経たずに燃え尽きたフィーア。
 残ったのは、彼女の灰と、最後まで握りしめていたAKアサルトライフル。
 サイドアームのハンドガンに―――古びた真鍮製の懐中時計。

 ―――あの懐中時計は……。

 あたしが玲二との最後の決闘に用いたオルゴール付きの懐中時計。
 篠倉学園の教会であたしが死んだ後の行方は自分には知る由も無かったが……。
 なぜ、フィーアが持っているのだろうか。

 いま分かることは、フィーア。ツァーレンシュヴェスタンのリーダー格。
 彼女もまたあたしと同じ身体になり、そして死んだということだけだ。

「フィーア……」

 だがしかし、時はあたしに感傷の余地を与えない。
 フィーアの影に隠れていた者が、彼女の消滅により姿を見せる。
 ずしゃり。鈍重な足音を立ててそれ≠ヘ部屋の中に侵入した。
 フィーアの灰を踏み占めるブーツ。双眸を覆う漆黒のバイザー。刈り込まれた黒髪。
 両手には無骨な銃器が握られている。
 そして、意匠を凝らした銀のアクセサリーを過分に身につけた漆黒のカソック。
 機械ような男だった。

 こいつが、サイスの言っていた襲撃者か――――

 吸血鬼化したツァーレンシュヴェスタンを悉く撃ち倒し、ここまで来たのだろう。
 ゆらり、とあたしは立ち上がった。身体は相変わらず重かった。
 でも、その重さが空っぽの自分を地面に引き留めてくれている。

 嘲りの笑みを浮かべた。何も、何も愉しくなんて無い。
 呆れてるだけだ。可哀相な自分に。
 嗤っているのだ、自分を。
 身体は重く心は軽い。半眼の目つき。泣きそうな表情であたしは言った。

「……どうして、人生ってこう上手くいかないんだろうね」

 男の左手が翻る。
 短機関銃か拳銃か、ハンドガンサイズの火器があたしを睨み据えた。
 レーザーポインタがあたしの額を照らし出す―――よりも早く、真横に跳躍。
 すかさず銃口があたしの影を追撃する。
 白い壁を蹴り、男の正面に向かって跳んだ。
 トリガーが搾られる。男が口を開いた。

「―――0.05秒遅い」

 無機質な声。銃口から火焔が噴いた。身体に響く反動。
 そのジャスト0.05秒後、あたしの回し蹴りが男の顔面を捉えた。

 心地よい闘争の愉悦も、今のあたしの心を満たしてくれることは無かった。

94 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/07(木) 23:40:080
>>93
 ヴァチカン―――その信仰と権威の象徴である、聖天使城。
 その豪奢な信仰の城の一角に、高い天井一面に、砂漠の街を悪鬼ども
の魔手から救って昇天していく美しい女王の姿が描かれた一室がある。
 その名を、砂漠の天使の間という。

「……に於けるイノヴェルチの活動拠点の十割を壊滅。
 死傷者は、投入した戦力全体の二割程度。以上、報告を終わります」

 部屋に響く硬く無機質な声が、報告の完了を告げた。

 ナルバレック。
 無類の殺人狂と噂される、冷徹な美貌と類稀なる実力を併せ持つ、異端
審問局、埋葬機関の局長である。

 今回、彼女が自ら赴いた拠点で、生き残った者は唯一人も存在しない。
――――――イノヴェルチ側もヴァチカン側も含めて、だ。
 その事実が、彼女にまつわる噂を信憑性を非常に高いものへとしていた
が、証拠も無く、また、有能であるという事実は動かし難く、彼女は未だ局
長の地位に存在する。

「御苦労」

 重々しいバリトンが、形ばかりに彼女を労った。
 フランチェスコ・ディ・メディチ枢機卿――教理聖省長官として、教皇庁内
部の治安を司る男であり、また、異端審問局の上に立つ存在でもある。

「次、国務聖省長官、カテリーナ枢機卿。戦果を報告せよ」

 フランチェスコの、そのサーベル色の瞳が、気難しげに光る。
 だが、名を呼ばれ席を立った女性は、その視線に何一つ物怖じすること
なく、それどころか、逆に真正面からそれを受け止めた。

 国務聖省長官、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿。
 世界で最も美しい枢機卿と呼ばれる彼女と、フランチェスコ・ディ・メディ
チとは異母兄妹の関係である。だが、この二人の仲は、決して良好であるとは
言えない。むしろ、権力という名の椅子を巡る二人の仲は、最悪といっても差
し支えは無いだろう。

 カテリーナは、兄の視線を無表情に受け流すと、手元の資料に視線を
落とした。今回の遠征における、国務聖省の戦果が記録されたものであ
る。

「極東に於ける国務聖庁の……」

 完璧に調律された楽器を思わせる甘やかな声が、砂漠の天使の間に集
った高位聖職者達の間を駆けた。
 それは、ただ無機質に、事実だけを伝えていく。
 だが、

「……活動拠点の四割を」
「四割、だと?」

 その美声は、不機嫌そうなバリトンによって遮られる事になる。
 報告の途中で声を上げたフランチェスコは、そのサーベル色の瞳を一層
光らせ、妹を睨み付けた。

95 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/07(木) 23:40:470
>>95
「吸血鬼などを信奉する異端者共を半数も壊滅することが出来ずに、おめ
おめとヴァチカンに引き返してきたというのか、カテリーナ!」

 怒声。
 だが、兄のその声にも、カテリーナは怯んだ様子も無く、片眼鏡の奥に
光る剃刀色の瞳で兄を捉えると、静かに反論を口にする。

「御言葉ですが、兄上。極東は、南米や中東とはわけが違うのです。迂闊
に事を荒立てれば、現地の警察機構の目に留まってしまうことくらい、御分
かりになられないのですか」

「だが、だからといって! それではヴァチカンの威光を示す事にならん!」

 カテリーナの言うことは、正論である。
 ある程度の暴力が許される中東や、ヴァチカンの権威が及ぶヨーロッパ
とは違い、極東という地域は、極端なまでに暴力沙汰に敏感なのだ。だか
らこそ、穏健派であるカテリーナをトップに戴く国務聖省が極東に派遣され
たのである。

 だが、その一方で、フランチェスコの言うことも、また事実だった。
 現在、ヴァチカンは、その威信と権威を賭けて、イノヴェルチ――つまり、
吸血鬼信仰者達の根絶に全精力を注いでいる。
 新十字軍遠征――そう名付けられたこの計画は、まさに、ヴァチカンの
面子を賭けて行われていると言っても過言ではない。
 その計画に於いて十分な戦果を上げられないようでは、ヴァチカンはそ
の威光を世俗に知らしめる事もままならないどころか、権威の失墜に繋が
る危険性すら孕んでいるのである。

 剃刀色の瞳と軍刀色の視線がぶつかり合い、それは、互いの間のみに
留まらず、会議の列席者全ての上に、等しく無言の重圧が与えられ、場を
気まずい沈黙が支配した。
 時間にして、小一時間にも感じられるほどの十数秒。

「あ、あ、あ、あの……」

 その沈黙を破り、か細い声を発したのは、カテリーナとフランチェスコの
間に挟まれて座していた、白い法衣を身に付けた少年だった。
 そばかすの浮かんだ貧相な顔を不安げに曇らせ、これだけは姉に似た
灰色の瞳を、いつも以上に忙しなげに動かしている。

 彼こそが、齢十八にして至尊の三重冠をその頭上に戴くヴァチカンの最
高権力者、第三百九十九代教皇、アレッサンドロ十八世に他ならない。
 だが、この気弱そうな少年が、栄光あるヴァチカンの権力を欲しいままに
していると言われて、一体誰が信じるというのだろうか? 事実、この少年
は、二人の異母兄姉―――カテリーナとフランチェスコの傀儡として担ぎ
出されただけの神輿であることは、ヴァチカンの人間なら誰もが知る事実
だった。

96 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/07(木) 23:41:280
>>95
「そ、その……あ、姉上の報告は、そ、それで終わりですか?」

 少年は、まさにおっかなびっくりといった感じで、言葉を続ける。
 その言葉に、カテリーナは先程までとは打って変わって、切れ味の良い
剃刀を思わせるその瞳に優しさを含ませると、怯える弟を安心させてやる
ように、微笑を作ってみせる。

「申し訳ございません、聖下。もうしばらく御辛抱下さいませ」

 極上の甘い声でそう告げると、次の瞬間には、先程まで存在した優しさ
はその瞳から消え失せ、彼女は、未だ自分に鋭い視線を向ける兄を見据
えた。

「報告を続けてもよろしいかしら?」

 政敵に向けられた言葉は、冷たく、鋭い。
 声というものは、トーンをまったく変えることなく、ここまで違ったイメージ
を与えられるモノなのかと、参列者たちは目を見張った。

 言葉を向けられたフランチェスコは、フン、と不満げに鼻を鳴らすと、逞
しい両腕を組みながら席につき、続けろ、と短く妹に告げた。
 カテリーナは、気を取り直したように一つ咳払いをすると、再び資料に目
を落とし、それを読み上げる。

「……四割を壊滅。負傷者は投入した戦力の0.3パーセント程度。死者は
ありません。……以上です」

 そう言って、席につく。
 同時に、おどおどとしながら、美しい姉の顔色を窺うように覗き見る弟に、
この上ない程の笑顔を作って向けた。

「聖下、御心遣い感謝致します」

 こればかりは、まったくの本心から出た言葉だった。
 元々、カテリーナは弟であるアレッサンドロには優しく対応する傾向が強
いのだが、今回だけは心の底から、この頼りない少年の精一杯の自分へ
の助力に、感謝の意を表していた。

 例え別方向だったにせよ、この件に関してフランチェスコの追及を受け
るのは、カテリーナとしては得策ではなかった。
 カテリーナは、ある事柄を、故意的に報告しなかったのである。
 それ故に、今回の遠征への報告は、出来るだけ円滑に、尚且つ穏便に
収めておきたかったのだ。

 この件を強硬派には――特にあの兄には、知られてはならないと思う。
 これが兄の知るところとなれば、あの辣腕家のフランチェスコ・ディ・メデ
ィチが黙っているはずが無いのだから。

 そう、黙っているはずが無い。
 吸血鬼信仰者ならまだしも、その信仰の対象である吸血鬼自身を"仕留
め損なった"などと、そんな事実が兄に知れれば、それを口実に兄が自分
を糾弾してくるのは、火を見るより明らかだ。

 例えそれを口実に糾弾されたとしても、致命傷ではない。
 しかし、発言力の低下は免れようもないし、長期的に見ても、自分にとっ
て有利に働かないことは確実である。
 美貌の枢機卿にとって、どんな些細な事であっても、自身にとってマイナ
スになる要因は、出来るだけ遠慮したいというのが正直な所だった。

97 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/07(木) 23:42:060
>>96
「神父トレスが?」

 カテリーナがその報告を聞いたのは、今を遡る事二日前、ローマに居を
構える剣の館――国務聖庁本庁舎の、その執務室でのことだった。

<ええ。事前情報に無い正体不明の吸血鬼の襲撃を受け、損傷率は六十
パーセントを超えているそうですわ>

 世界で最も美しい枢機卿の、疑問を含んだ声にそう答えたのは、部屋の
中央に結実した、たおやかな風情の尼僧の立体画像だ――彼女の名を、
シスターケイトという。

「トレス君も、酷い目に合ったものですな」

 分厚いファイルを捲りながら、微かに眉を顰めてそう嘆息を漏らしたのは、
ソファに深く腰掛けた、痩せた顔の男である。
 海泡石のパイプをくわえた口元には、彼には珍しく、苦い笑みが浮かん
でいた。

「両腕部の損失、胴体に裂傷、センサーは軒並み神経から切断され、歩行に
すら支障をきたす状態、か。唯一の救いは、生体部品へのウィルス感染が陰
性であることでしょう」
「それで、"教授"。神父トレスの復旧には、どれくらい掛かりそうなのですか?」

 "教授"と呼ばれた彼――ドクター・ウィリアム・W・ワーズワースは、その手
に持った分厚いファイルを卓上に投げ出すと、痩せた顔をぺろりと一撫でし、
美貌の女枢機卿の問いに両手を上げた。

「そうですな……多く見積もって二月といったところでしょう。損傷部分は生
体部品の交換で事足りますが、歩行に障害が見られるという事は、神経接
続が逝かれている可能性があります。そこら辺の調整をしなければならん
でしょうからね」

 その答えに、執務卓に肘をつきながら、カテリーナは嘆息した。
 国務聖省特別分室―――Axと通称されるカテリーナの手足は、その実、
慢性的な人手不足に悩まされているのが実情であった。
 優秀な人材を集めた最高機密機関である為に、それは当然といえば当然
であるのだが、だからこそ、人材は有効に運用していかなければならない。
 それを、二ヶ月も人員を欠く等と――――――。

「僕の方はしばらく講義はありませんから、すぐにでもトレス君のいるミラ
ノの方には出向けますが……さて、猊下のお考えは?」

 探るような"教授"の問いに、カテリーナは物憂げに溜息をついた。
 ウィリアムは、そのコードネームの通り、ミラノ大学の教授職も務めている。
 無論、このような緊急事態にはその職を休んでもらうことも辞さないが、だ
からと言って、生徒への対応や手続きというものもあり、唐突にそれを行うこ
とは不可能であるのだ。
 この時期に彼の予定が空いているというのは、不幸中の幸いと言っていい
だろう。

「神父トレスの復旧については、あなたに一任しましょう、"教授"」

 ですが、と、美貌の枢機卿は、片眼鏡を光らせた。

「ただでさえ、派遣執行官の人手不足は深刻です。一刻も早い彼の現場
復帰を期待します」
「お任せください、猊下。一月半で終わらせて見せますよ」

 そう答えた彼の口元には、自信に彩られた笑みがあった。
 それが慢心から来るものではなく、実力と、彼の実績に裏打ちされたもの
であるということは、この場にいる誰もが理解していることだった。

98 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/07(木) 23:43:040
>>97
「さて、それではケイト、報告の続きをお願い」
<はい。それで、件の吸血鬼なのですが……>

 言葉を濁すケイトに、カテリーナは視線で疑問を投げかけた。
 上司の視線を受けたケイトは、その垂れ気味の目を、しばらく困惑したよ
うに瞬かせていたが、やがて意を決したのか、だがそれでも言い辛そうに口
を開いた。

<……逃がしたそうです>
「なんですって!?」

 カテリーナの反応を予め予測していたのか、ケイトは上司の反応を無視
する形で、さらに詳細な報告を述べる。

<制圧にあたっていた"ガンスリンガー"、"ダンディライオン"の二名を撃退、
屋外で待機していた現地スタッフの警戒網を掻い潜り逃走。十の捜索隊が
派遣されたようですが、そのいずれもが、何の手掛かりも持ち帰ることは無
かったそうです>

 報告を聞き終える頃には、カテリーナはその眉間に気難しげな皺を寄せ、
我知らず、自らの爪を噛んでいた。
 まさか、派遣執行官二名を派遣しておいてこのような失態を演じるなどと、
カテリーナのその明晰な頭脳といえど、流石に予測出来る物ではなかった
のだ。

 拙い事になった、とカテリーナは考える。
 吸血鬼を取り逃がしたなどと、そんな事実を兄に知られては自らの発言
力の低下に直結しかねない上に、さらに問題なのが、その吸血鬼が逃亡し
たという事実だ。
 野良の吸血鬼などと、そんな存在が"彼ら"に知られれば、"彼ら"――あ
の狂信者どもは、喜び勇んで自らの信仰を示そうと、吸血鬼狩りを行うに違
いない―――周囲の被害など、微塵も考えることなく、だ。

99 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/07(木) 23:43:570
>>98
 イスカリオテ――裏切りの使徒、ユダの名を冠したその組織は、主とヴ
ァチカンと、そして自らの絶対正義を信じ、異端処理、化物駆除を専門に
行う、そして、それに関しては全権を与えられた、ヴァチカン十三番目の部
署である。
 しかし、ヴァチカンに現存する全ての資料に目を通したとしても、資料の
中にその名前を確認することは出来ない。彼らは、あくまで非公式な組織
なのであり、だからこそ、同じような任務を主とする埋葬機関よりも、多
少強引な方法を採ることが可能なのだ。

 だが、彼らと同じように、ヴァチカンと自らの正義を信じ、目的の為なら
ば、強引な手すら是とする兄、フランチェスコ・ディ・メディチでさえ、彼ら
を使うことには躊躇するという。

 彼らは、あらゆる被害、情勢、etc...を、考えることなく行動するのだ。
 プロテスタントとの協定により、彼らとカトリックの勢力圏の丁度狭間に
位置する中立都市ベイドリックに吸血鬼が現れたとき、独断先行し、英国
国教騎士団ヘルシングと交戦、あまつさえ、その局長である英国貴族、サ
ー・インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲート・ヘルシングに刃を向け、一時
的に英国との関係が悪化したのは、美貌の枢機卿の記憶に新しい。
 何故なら、その事後処理に奔走したのが、国務聖省長官カテリーナ・ス
フォルツァ――他ならぬ彼女自身であったからだ。

 余談だが、その責を問われた十三課局長、エンリコ・マクスウェルは、悪
びれた様子も無く、むしろ軽い笑みさえ浮かべて、フランチェスコにこう答
えたという。

「敵の存在を察知しながら動かずして、何の為の十三課でしょうか。
 ヘルシング局長に刃を向けた? 結構じゃありませんか、プロテスタント
の豚共など、いくら死のうが知ったことではありません」

 、と。

 そんな狂信者どもが野良の吸血鬼を察知し、行動を起こせばどうなるか。
――そんなものは、火を見るより明らかだった。
 新十字軍遠征による各国への対応だけでも手一杯なところに何か問題を
起こされては、いかにカテリーナといえど、対処しきれる自信は無い。

「ケイト」

 カテリーナは、無意識に噛んでいた爪から口を離すと、上司の様子を不
安げに見つめる尼僧姿のホログラフの名を呼んだ。

「派遣執行官を投入します。確か、"クルースニク"の手が空いていた筈ですね?」
<はい、"クルースニク"は、今現在休暇を取っているはずですわ>
「すぐに連絡してちょうだい。それと、件の吸血鬼の所在の割り出しを急いで」
<かしこまりました、すぐに手配いたします>

 上司の鋭い命令を受け取ると、シスターケイトはうやうやしく頭を下げ、
次の瞬間、その姿が執務室から消滅する。
 カテリーナは、先程まで尼僧が結実していた虚空を睨み付けたまま、
誰に言うでも無く、その甘やかな声で言葉を紡いだ。

「頼んだわよ、アベル―――」

100 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/07(木) 23:53:570


         ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』

>>94>>95>>96>>97>>98>>99

 煙草の煙を吸って吐く。白煙が勢いよく吹き出された。あたしは、それを何処か冷めた
表情で見つめていた。煙は空気の中に掻き消えること無く、いつまでも宙を漂っていた。

 ここは、とある街のとある区画に佇む六階建てのアパートの一室。あたしが目覚めたあ
の研究所から抜け出し、暫く放浪した後、辿り着いたのがこの街だった。
 たまたま見かけた古くさい煉瓦のアパート。そこの空き部屋に勝手に居座り、何も考え
ず、ただただ時を浪費している。

 煙草の灰が重力に耐えきれず、木面の床に落ちた。床は灰と吸い殻で埋め尽くされている。
 モノクロの砂嵐しか映さない14型テレビを見入り、煙草を吸っては吐く。吸っては吐く。
 吸いきったら、また新しい煙草を口にくわえ火を付ける。そして吸って、吐く。
 その繰り返し。それが今のあたしだった。
 一体何週間、そうして過ごしたのだろう。時間の感覚は既に麻痺していた。もしかした
ら、何ヶ月、何年も膝を抱え、ぼんやりとテレビのモニタを見つめているのかも知れない。

 何もしようとは思わなかった。死のうとも思わなかった。生きようと思わなかった。
 全てがどうでも良かった。あたしは抜け殻だった。

 あいつに殺されたあの時を思い返す。あの一瞬、あいつはあたしのために涙を流していた。
 あの一瞬、あいつの心の中にはあたししかいなかった。あの一瞬の中で、あたしは死んだ。
 あの一瞬の中で、あたしは永遠になったんだ。あたしは幸せだった。

 ―――だけど、あたしは目覚めてしまった。

 覚めない夢だと思っていた。あの一瞬の中で永遠に夢を見ていられると思っていた。
 でも、それは間違っていた。勘違いだった。あたしは覚めた。夢から、死の世界から。

   もう、あの一瞬は永遠に戻らない。

 根本まで吸いきった吸い殻を指で弾き、新しい一本をパッケージから抜き取ろうとした。
 中身は空だった。ぐしゃり、と空箱を握りつぶし、床に散らばっている未開封のパッケ
ージを適当に拾い上げる。封を開け、一本抜き取る。口にくわえ、火を付ける。
 吸った。肺にニコチンが広がっていく。吐いた。白い煙が、いつまでも虚ろに漂う。
 狭いアパートの一室は、煙草の煙で充満し、まるで霧のように視界を塞いでいた。


 どうやらあたしは吸血鬼とやらになってしまったらしい。口からは牙が覗いている。深
い翡翠の双眸は今は無く、濁った血色が今のあたしの瞳の色だった。光り輝く黄金色の髪
は生気が抜け、銀色と変わってしまっている。血色の良かった肌の色は死人よろしく青白
く変貌し、目にはどす黒い隈が掛かっていた。

 ―――吸血衝動。
 いわゆる飢えという奴だろうか。あたしにもあった。最初はネズミの血などを吸ってみ
たが、半端じゃなく不味かったのですぐにやめた。人の血は吸いたくなかった。だから吸
わなかった。突発的に襲われる吸血の衝動に初めは困惑したが、煙草を吸えば魔法のよう
に失せることに気付き、以後、煙草が離せなくなった。
 煙草を吸っても別に腹が満たされるわけではない。飢えはいつでもあった。
 が、別に大して気にはならなかった。諦めていた。
 分かっているんだ。いくら血を啜ろうと、決して満たされないことを。

 ―――あたしはもう二度と、満たされることなんて無いんだ。

 哀れで愚かな自分。手にした幸せの手綱をしっかりと握ることができなかった。

 煙草がきれた。新しいの取り出し、火を付ける。苦みのある煙が喉を刺激した。あたし
はただじっと、テレビを見つめていた。飽きることなく、ただノイズの海が広がる画面を。

101 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/07(木) 23:56:450
>>100
―――サク。
 新雪を踏みしめるその音が、一歩足を踏み出すたびに、小気味良く耳
朶を打った。

「は、は、は、……ぶあっくしょい!」

 だが、足を進める当の本人は、その趣のある音などまるで意識の外に
あるかのように、雰囲気をぶち壊すような大きなくしゃみを一つすると、両
手で自らを抱きしめ、ぶるぶると身体を揺すって見せた。

「冷えますね、この国は……」

 地味な僧服の上から漆黒のコートを羽織り、くしゃみによってずれてし
まった牛乳ビンの底のように分厚い眼鏡を押し上げながらそう呟く男の
口から漏れる吐息は、白い。

「困りましたね……もしかして私、道に迷っちゃいましたか?」

 誰に言うでもなくとぼけたようにそう呟きながら、男は――アベル・ナイト
ロード神父は片手に持った地図を広げると、それをしげしげと眺め始め、
確認するように周囲を見回した。

「間違っては無い……と思うんですけどねえ」

 だが、言葉とは裏腹に、その口調はどことなく不安げな響きを含んでいた。
 なにぶん、初めての土地で土地勘が無い上に、道を尋ねようとしても、誰
一人として街路を歩いている人間がいないのだ。見知らぬ土地で孤立させ
られれば、誰だって不安の一つや二つに駆られるだろう。

「これで遅れましたなんて言ったら、、帰ったときカテリーナさんになんて
お説教されてしまうやら……」

 そう一人ごちたアベルは、勝手に恐い想像になったのか、その白い顔を
蒼白く透き通らせ、先程とは比べ物にならないほどに身震いすると、まる
で弾かれたかのように、手元に開いた地図に再び視線を落とした。
 頭を上げ、周囲を確認し、そしてまた地図に目を落とす、その動作を三回
程繰り返す。――よし、間違ってはいない……はずだ。

 青年は、確信というにはいささか頼りない思考で自らを納得させると、地
図を畳んで懐に仕舞い込み、疲れたかのように、ふぅ、と溜息を一つ吐き出
した。

 おもむろに天を仰ぐ。
 レンズの下の、冬の湖色をした青年の瞳に写り込んだ、鼠色の分厚い雲
で覆われた空は、何処となく不吉な物を予感させた。

「……また、一雪降りそうですね」

 眼鏡を押し上げながらそう呟く神父の口元から漏れ出た白い吐息は、儚
く夜空へと溶け込んで消えていった。

102 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/07(木) 23:58:560
>>101
 吸血鬼の逃走事件が、国務聖省の美貌の枢機卿の耳に入ってから二
日後、件の吸血鬼の逃亡先、及び所在の追跡を命じられたシスターケイ
トは、当時の状況と現在の状況、そしてその地域から発生する全てのル
ートを考慮した結果、吸血鬼の所在を、未だ国内である、と断じたが、その
潜伏先までは特定するには至らなかった。

 だが、吸血鬼の詳細な所在が知れないとはいえ、事が早急な対応を必
要とするものであるは明らかだ。カテリーナは、さしたる情報も掴まぬままに、
待機させておいた"クルースニク"を極東に派遣することを決意、現地で情
報を収集することを命じ、彼をこの地に送り出した。

 Ax派遣執行官、コードネーム"クルースニク"――アベル・ナイトロードは、
こういった不確定要素の中、この地を踏んだのである。

 地道な調査を続けていた"クルースニク"に詳細な情報が届けられたの
は、それから約一ヵ月後の事だった。

 資料には、様々な事実が記されていた。
 潜伏先や、予測される能力に加え、容姿、年齢、経歴、etc......彼女の全
てが、克明に記されていた――二年前に、この地で命を落とした事も。

 無念だったろうな、と思う。
 同時にアベルは、丁度二年前の冬の日、ニューヨークの街角で出会っ
た、死にたがりの少女の事を思い出していた。

 もう記憶もぼやけ、どんな姿形をしていたのかも朧気にしか思い出せな
いが、あの少女は――この世との別れを告げ、ニューヨークから去ったあ
の少女は、まだ生きているのだろうか。

 アベルは軽く頭を振ると、軽く十字を切って神に祈った。
 行方も知れず、また、それを探す暇もないアベルには、その無事を祈っ
てやることくらいしか、出来ることはなかったのである。

103 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/07(木) 23:59:570
>>103



 サク。
 街一面に降り積もった雪は、一歩踏み出すごとに軽快な音を立てた。
 アベルは地図を取り出すと、首を巡らし、周囲と地図とを交互に確認す
る。

「……ああ、あれですね。良かった、やっぱり私は正しかったようですよ。
主よ、導きに感謝します、エィメン」

 随分安い感謝もあったものだが、アベルは真顔でそう唱え十字を切ると、
雪で飾り立てられた、六階建ての煉瓦造りのアパートへと足を進めた。


 静寂。
 アパートの中を一言で表すなら、まさにそれだった。
 いや、それはこのアパートに限った話ではない。この街は、まるでそれ
自体が死んでしまったかのように、気配という気配が、まったく感じられな
いのだ。

 アベルは、その事実に一抹の不信感を抱きながらも、アパートに取り付
けられた鉄の箱に乗り込み――電力は供給されているらしい――五階の
ボタンを押した。

 閉じられたドアは、二秒も経たずに再び開かれ、青年は五階の床を踏ん
だ。504号室――逃亡した吸血鬼は、この部屋に潜伏しているはずだ。

 ピンポーン。
 インターホンの間抜けな音が、やけに大きくフロアに響き渡った。
 反応は、無かった。

「……あれ? もしかしてお留守でしょうか?」

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
 きっちりと一秒の間隔を空けて、立て続けに三回インターホンを押す。
 しかし、帰ってきたのは、アベルの予想に反し、インターホンの反響と、
その後に続く冷たい静寂だけだった。

「あれ? おかしいですねえ……あのー、キャルさん? いらっしゃいませ
んかー、キャル・ディヴェンスさ〜ん!」

 インターホンを諦め、アベルは手でドンドンとドアを叩きながら、その部屋
の住人の名を――つまり、吸血鬼の名を大声で呼びはじめる。

「キャルさーん! あのですね、私、決して怪しい者じゃございませんから!
安心してドアを開けてくださって結構ですよ! 主も仰られております、"求め
よ、さらば開かれん"って」

 微妙に用法を間違えた聖句を口にしながら、アベルは無言のドアを叩き
続ける。一分、二分、五分、……十分を過ぎたあたりで、ドアを叩きすぎて
腫れた手をさすりながら、アベルは諦めの表情を浮かべ、一人ごちた。

「参っちゃいましたね、タイミング激悪ってヤツですか? 主よ、遠路はる
ばるやって来た私に、こんな仕打ちはあんまりです」

 くだらない泣き言を喚きながら、半べそになった長身の神父は、最後の
希望を込めて、もう一度ドアを叩き、その名前を口にした。

「キャルさ〜ん、いらっしゃいませんか〜!?」

104 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 01:38:380
>>101>>102>>103

          ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』


「……お腹が減ったな」

 瞬き一つせずテレビ画面を見つめながら、ポツリと呟く。もう何年も、煙草の煙以外、
何も口にしてないような気がする。

 ミディアムに焼けた特大ステーキ。油がギラギラと輝く中国料理。幾ら食べても腹の足
しにならないお上品なフランス料理。
 あんなに好きだったのに、今はどれも食べたい思えなかった。
 美しい処女の血。吐き気がした。しかし身体は反応し、空腹を訴える。
 人の血なんて何処にでもあった。吸おうと思えばいつでも吸えた。でも、吸わなかった。
 吸って何の意味があるのか。吸血行為。それは即ち生きるための行為。
 生きて何の意味があるのか。自分に問う。答えの代わりに煙草を吸った。煙を吐いた。
 飢えが若干薄らいだような気がした。

 煙草、あと十箱も無い。また何処かの自動販売機を壊して持って来ないと。

 壊れたテレビをずっと見ている。別に意味なんてない。
 ただ、他にやることもないから見ているだけだ。
 いや、違う。多分あたしはこのノイズに魅了されているんだ。目が離せない。
 膝を抱えて無気力に見つめている。どうしてだろう。
 ああ、そうか。瞳を動かすのが面倒だからだ。
 別にテレビに惚れたわけじゃない。ただ、視線の先にテレビがあるだけなんだ。
 どうでもいいことだった。本当、どうでもいいよ、そんなの。

 そのどうでもいい思考を打ち切った途端、耳に甲高いベル音が響いた。
 何だ、この音は。規則正しい音。――うるせえよ。僅かに顔を歪める。
 ノイズ画面を見入ることに意識を集中させる。
 外界からの感覚はシャットダウンするように努めた。
 暫くするとベルの音が鳴りやんだ。
 しかし安心する暇無く、次の瞬間にはやかましい喚き声が耳に届く。

 ―――うるせえよ。

 声が声として耳に届かない。あたしの頭はその声を音として認識していた。
 だから、一層やかましい。

105 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 01:39:070
>>104

 煙草を目一杯吸い込んだ。嘘のように心が落ち着いてゆく。
 満足して、あたしはテレビの鑑賞に力を入れようと深く両膝を抱いた。

 ドン。
 ぱらぱら、と天井から埃が舞い落ち、辺りに充満する白煙の中に溶け込んだ。
 ドン。
 部屋が揺れる。オンボロアパートめ。悪態を吐きながらテレビ画面を見入る。
 ドン。
 そこでようやく、この震動がドアのノックによるものだと分かった。
 ドン。
 しかし、だからどうしたというのだろうか。
 ドン。
 無視した。
 ドン。
 ……。
 ドン
 ドン。ドン。
 ドン。ドン。ドン。
 ドン。ドン。ドン。ド――――。

「……オーケー、負けたよ」

 ―――あんたのその忌々しい根気に乾杯。
 やれやれ、と嘆息しながら立ち上がる。
 久しぶりに動かされたお陰で、全身の筋肉が悲鳴をあげた。
 鈍い痛いが全身を蹂躙する。くそ、忌々しい。―――そして、面倒くさい。
 自己主張を続ける玄関にトボトボと歩み寄る。途中、何度か躓いてしまった。
 どうやら、歩き方を忘れてしまったらしい。ま、必要無いから良いんだけど。

 玄関の前に立つ。ドン、ドン。ノックの音。
 叩かれる位置、角度、そして聞こえてくる声から男の身長を割り出す。かなり高い。
 煙をゆっくりと吐き出す。同時、玄関越しに男の拳がドアに叩き込まれる。
 ノック音は今までより数段力強かった。まるで、最後の希望と言わんばかりに。
 あたしは深く溜息を吐いた。本当、面倒くさいよ。

 右腕を無造作に繰り出す。
 木製のドアを紙のよう易々と貫き、右手がノッカー(訪問者)の首を掴み取る。
 訪問者の息を呑む声が聞こえた。

「……ビンゴ」

 訪問者の首根っこを掴んだまま、右腕を引き抜く。
 ドアが粉砕した。飛び散る木片の奧から黒服の男が姿を見せる。
 銀髪の優男。そこまでしか確認できなかった。
 男を掴んだまま、回れ右。反対側に目掛けて疾走。
 数メートル先の窓が、一瞬で眼前に迫った。
 あたしは掴んでいた男を窓に向けて思いっ切り投げ飛ばした。
 窓ガラスが砕け散る。ガラスが割れる耳障りな音。少し勘に触った。
 信じられない、と言った表情で宙に浮かぶ男を見たら、その苛立ちもすぐに収まった。

 ――――さ、続きを見よう。

 一仕事終えたあたしは、愛するノイズの画面の所へと足を運ぶ。
 本当、面倒な仕事だった。煙草を吸った。苦かった。

106 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 01:42:030
>>105
「な……っ!?」

 突然の出来事に、アベルはそれしか言葉を発することが出来なかった。
 いや、正確に言うならば、突如ドアを突き破って彼の首を捉えた細い少
女の腕が、彼にそれ以上の発言を許さなかったのだ。

 少女の細腕に掴み取られたアベルは、指一本を動かすことすらままな
ら無いまま、衝撃とともに耳障りな音が聞こえたと思ったその瞬間には、
既にその細身の身体は、宙空に投げ出されていた。

(ま、拙――!)

 思考が乱れる。
 が、それとは全く関係なく反射的に伸びた右腕は、あわやの所でベラン
ダの手摺を掴むと、主の身体を繋ぎとめた。

 首から下げた銀のロザリオが、振り子のように左右に揺れる。
 アベルは、そのまま宙ぶらりになった左腕を掲げ、両の手で手摺をしっ
かりと握ると、懸垂の要領で自らの身体を持ち上げ、そのまま五階のベラ
ンダへと滑り込んだ。

「はぁ、はぁ……はぁ……」

 不意の衝撃に乱れた呼吸を整えながら、アベルはちらりと盛大に割れた
窓ガラスの奥に目を遣った。

―――煙で満たされた部屋の中央に、少女が膝を抱えていた。

 後姿しか確認できない為に、その表情を読み取ることは出来ないが、何
をするでもなく、ただノイズが走る小型のテレビを、魅入ったかのようにじっ
と見つめる様は、彼女が吸血鬼であるということを抜きにしても、異様な物
を感じさせるには十分だった。

「いきなりとは、酷いと思いませんか?」

 やっとで息を整えた若い神父は、膝を抱えるその退廃的な後姿に、出来
るだけ彼女の神経を逆撫でしないよう、慎重を期して声を掛けた。

「私、職業上、いきなり攻撃を受けることっていうのは良くあるんですけど、
顔を見せる前から攻撃されたのは、これが初めてですよ」

 そう言って、あははー、などと笑ってみせる。
 ……無反応。
 予想以上のリアクションの無さに、アベルはバツが悪そうにごほん、と
一つ咳払いをすると、優しく、語りかけるように……だが、何処か硬い声
色で、

「キャルさん」

 と、少女の名を呼んだ。
 その声は、先程まで能天気に笑っていた神父と同じ人物が発したとは思
え無いほど生真面目で、隙が無く、聞くものに何処と無く冷たい印象を与え
る物だった。

「キャル・ディヴェンスさん。父と子と聖霊の御名に於いて、あなたを三件
の聖務執行妨害の容疑で逮捕します」

 神父は、その碧色の眼を細め、

「私の上司は、今、危ういバランスの上に立ってましてね……キャルさん、
あなたの存在が明るみに出る前に、拘束しろという命令です」

 鋭く視線を光らせながらそう告げたアベルの声は低く、雪で覆われた冬
の外気をさらに凍てつかせるように、冷たく、静かに、世界に響いた。

107 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 01:47:590
          ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』

>>106

 背中越しに、ノッカーの声が聞こえてくる。
 うんざりだ。大人しく墜ちていれば良かったのに。
 大体、あいつは何を言ってるんだ。命令? このあたしに命令? 馬鹿馬鹿しい。
 そんなことを出来る奴なんて誰一人として存在しない。
 あたしは一人だ。たったひとり(オール・アローン)だ。
 いらいらする。あたしに構うな。あたしに話しかけるな。

 余程に無視してやろうかと思った。
 が、この迷惑な訪問者はあたしの返事を聞くまでいつまでも居座りそうだ。
 あたしは嫌々ながらも口を開く。
 どうして、口の筋肉を動かすなんて面倒なことをやらなくちゃいけないんだ。
 そう、胸裏で毒づきながら。

「……あたしは人の血なんて吸ったことはない」

 視線をテレビ画面に釘付けにしたまま、素っ気なく言い放つ。

「あたしは今までずっとここでテレビを見ていた。これからもずっと見ている」

 感情の無い声。事実、あたしは思っていることを淡々と述べているに過ぎない。
 唯一の想いがあるとすれば、それはこの会話を切り上げたいという願いだけだ。
 煙草をふかす。苛立つ気持ちを抑えて、精一杯優しく言った。

「あんた等に迷惑はかけないよ。あたしはずっとここにいる。だから放っておいてくれ」

 ふと、昔のことを思い出す。
 あたしはいつでもどんな奴にでも、一度だけチャンスを与えてきた。
 生き延びるチャンスを。勝利を手にするチャンスを。

 きっとこれもチャンスの内なのだろう。
 こんな身体になってまで恰好を付けられる自分に呆れて、あたしは少し失笑した。
 そして同時に思い出す。今まで、そのチャンスを活かせた奴など一人もいないことに。
 ―――きっと、この男も……。
 あたしはテレビのノイズに食い入りながら、懐に忍ばせた獲物を確かめる。  

108 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 01:49:540
>>107
「いいえ……」

 少女の言葉に、神父は哀しげに首を振った。
 少女が血を摂取していないことは、資料にも明記されていたし、何より、
彼女のその顔を見れば、誰の目にも明らかな事実だった。

 見るだけで、痛々しい姿だった。
 痩せこけ、元々ブロンドだったろう髪の毛は色が抜け、白髪というよりは
銀に近い色となり、寝ていないのか、その気だるげな瞳は、隈で縁取られ
ている。まともな食事を――血液を摂取している吸血鬼ならば、決してこの
ような外見になることは無いだろう。

 彼女の言っていることは、嘘ではないだろう。
 彼女はこうして、時間が許す限り永遠に、この世界から区切られたコン
クリートの匣の中で、延々とノイズだけを見つめて暮らしていくのだ。

 出来ればそっとしておいてあげたい、とアベルは思う。
 だが……。

「キャルさん、あなたの存在それ自体が、上司にとってのスキャンダルに
なり得るんですよ。ですから私は、あなたを野放しにしておく訳にはいかな
いんです」

 そう。
 トレス・イクス――"ガンスリンガー"を退け、国務聖省の警備の網の目
を潜り抜けた吸血鬼、キャル・ディヴェンスの存在は、それだけで問題と
なりえるのだ。その存在を強硬派に知られる前に、カテリーナは彼女を確
保しておかなければならない。そして、その機会は、未だ彼らの目が新十
字軍遠征に向けられている今をおいて、他に無いのである。

 アベルはホルスターから素早く旧式の回転拳銃を抜き放つと、その銃口
をキャルのその無防備な背中に向け、静かな声で警告した。

「抵抗しない事をお勧めします。下手な動きを見せたら、私、背中からだっ
て、躊躇わずに撃ちますよ」

109 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 01:50:180
          ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』

>>108

「……ああ、そうかい」

 溜息混じりにそう言った。予想通りの反応。予想以上の傲慢。
 人が優しく接してやってればつけ上がりやがって。身の程を知れよ―――雑魚が。
 くわえていた煙草をぷっと吐き飛ばす。
 おもむろに立ち上がると、ノッカーに背中を見せたまま、テレビへ歩を進めた。
 テレビのスイッチを切った。ぶつんとモニタが漆黒に塗られる。
 同時、身体の奥底から沸々と破壊衝動が沸き上がった。

「ハ……ハハ」

 虚ろの身体に炎が宿る。黒塗りの画面。もう何も写し出さない。
 それだけで血がざわめき立つ。抑えきれない衝動。沸騰する血液。
 あたしは煙草で吸血衝動を抑え、ノイズの写るテレビで破壊衝動を抑えてきた。
 テレビのスイッチは切られた。破壊のスイッチが入れられた。

「あたしはあんたにチャンスを二度も与えてやった。生き延びるチャンス≠ニ、殺す
チャンス=Bあんたはそのどちらも拾うことができなかった」

 14型の小さなテレビを左手で持つ。くく、喉から笑みがこぼれ落ちた。
 心はこんなに冷めているのに、心はこんなに虚ろなのに、あたしの身体は、あたしの血
は、これから起こりうることを想像し、滾りきっていた。

「あたしが立ち上がってからテレビのスイッチを切るまでの間に、どうして撃たなかった
んだよ……馬鹿野郎……」

 怒りの思いを込めて言う。殺せば良かったんだ。死にたいわけじゃない。
 ただ、別に生きたくも無いだけだ。
 懐から巨大な拳銃―――ジェリコM13ディエス・イレ=\――を抜き放つ。
 13ミリ口径のハンドガン。サイスの研究所で交戦した男から奪い取った代物だ。
 13ミリ? まったくもって馬鹿げてる。人が撃つことを前提に考えられていない。
 ―――そう、人≠ネら撃てない。

「あたしは……なっちまったんだ。―――なっちまったんだよ」

 ゆらり、と身体を揺らす。周囲を漂う煙草の煙が僅かに蠢いた。
 M13のセィフティを外す。
 レーザーポインタから赤い閃光が走った。それをノッカーの眉間に向ける。

「本物のファントムに、な」

 トリガーを搾る。撃鉄が落ち、炸薬が炎を散らす。
 銃口から十字の炎を上げて、13ミリ・KTW弾が一直線に標的目掛けて駆け抜けた。
 流れるような動作。本物の亡霊。本物の死神。どうでもいい。全て、どうでもいい。
 この男が目の前から失せてくれるなら、何だって良いんだ。

110 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 01:51:540
>>109
 少女が、力無い笑みを口元に浮かべながら、ゆっくりと振り返る。
 気だるげなその表情が、アベルの瞳に映り込んだ、その瞬間、

「――え?」

 神父の口元から、間抜けな声が漏れた。

 不思議な感覚だった。
 少女のそのやつれた顔に、その世を儚み、荒んだ瞳に、その口元に浮
かんだ力ない笑みに――懐かしい面影が、重なったのだ。
 それが一体誰と重なったのかは、アベル自身にもわからない。ただ、懐
かしい、そして何処と無く寂しい思いが、彼の胸に去来していた。

 自分は、この少女に、何処かで出会ったことがある――?

 その感情の不意打ちが、アベルの脳裏に、一瞬の空白を生んだ。

 闇夜を走る赤色のレーザーに彼が気付いた時には、時既に遅く。
 まずい――そう感じる間もなく、ジェリコM13、その無骨な殺戮の道具の
引き金に掛けられた細い指は、躊躇無くそれをトリガーし、静寂が支配す
る夜の世界に、轟音を響かせた。

 アベルのその顔が、驚愕に歪む。
 だが、次の瞬間には、まるでそれ自身に意思があるかのように、回転拳
銃を持った右腕が跳ね上がると、続けざまに銃声が二回、深夜のアパー
トに木霊した。

 放たれた一発目の銃弾が、放たれた13mm弾の底を叩く。間髪いれず、
絶妙に軌道とタイミングをずらして放たれた二発目が、鉛弾の側面を掠っ
た。

 13mmの鉛塊は、標的の身体を捉えることなく、天井に巨大な穴を穿つ。
 役目を果たした二発の銃弾も同じように、それぞれ壁と床に、M13のそれ
とは比べ物にならない小さな痕を残していた。

「仕方ありません……少し手荒になりますけど、我慢してくださいね」

 そう言いながらアベルは、残った四発の弾丸を一息で吐き出すと、空に
なったシリンダーに、スピードローダーを差し込んだ。

111 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 01:52:510
          ―――“Kresnik"vs“Phantom"―――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>110

 ――――銃弾を銃弾で弾きやがった……!

 人の能力を超越した力業。この男、人間じゃねえ。この男も$l間じゃねえ。

 ヒョロリとした長身。端整な顔立ち。牛乳瓶の底のような丸眼鏡。
 あたしのそれとは違い、宝石のように美しく輝く銀の髪。温もりを感じさせる肌。
 どこからどう見ても人間だ。だけど、違う。
 間を置かずに吐き出された四発の銃弾。トリガーを連続して引き絞る指の動き。
 正しく人外だった。

「……なんだ、そう言うことかよ」

 迫り来る銃弾四発。咄嗟に左手に持つテレビを盾にした。
 ブラウン管が割れ、ぼすんと間抜けな音が屋内に響く。

 ―――しまった、ぶっ壊しちった。

 ああ、いや最初から壊れていたっけ。なら、問題ねえか。
 なに、また何処かから拾ってくれば良いんだ。
 ―――じゃあ、これは用済みだな。
 壊れたテレビを投げ捨てると、床を蹴った。神父との距離が一気に縮まる。
 奴は丁度新たな弾丸を装填した所だった。構わず更に床を蹴る。神父の顔が迫る。
 女みたいなツラを精一杯厳しく歪めていた。ハ、随分と幸せそうなツラしてんな。

 ―――そんなツラした奴が、あたしに関わるんじゃねえ。

 神父と肉薄し、交錯する。あたしは先程、奴を投げ捨てた窓目掛けて駆けていた。
 神父と交差する一瞬、奴の耳元にそっと言葉を投げ掛ける。

「……やっぱ、つまんねえな」

 跳躍。ベランダを飛び越え、地上数十メートルの空に躍り出た。身体を包む浮遊感。
 全てが逆さまの世界。―――あたしの身体は天に足を向け、地に頭を向けていた。
 眼前には逆さまのあたしの部屋が、割れた窓越しに写っている。
 急いで振り返り、銃口をあたしに向ける神父。―――遅いよ。

 三発、立て続けに撃った。銃声が一つに聞こえるほどの速射。
 全弾、神父―――よりも更に奧、玄関の脇に積み重ねられてるダンボールに着弾する。
 ダンボールの中身はサイスの研究所からくすねてきた銃火器の山。
 撃ち抜いたのは不安定な状態で放置していた炸薬。それが意味することは何か。
 イッツ・アンサー。それは爆音。
 一瞬にして、部屋が煉獄の炎に包まれた。
 窓という窓が木っ端微塵に粉砕され、そこから炎の渦が姿を見せる。
 ダンボールの中の火器が誘爆し炎の雄叫びをあげた。
 地面へと真っ逆さまに落下しながら、あたしはそれを眺めていた。

 炎の支配される視界。呪われたあたしの血が歓喜の声をあげた。あたしの心は爆発の
光景に一切の興味を示さず、次のねぐらは何処にするか、そんなことを考えていた。

112 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 01:56:570
>>111
 少女の呟き――それはアベルの耳朶を打ったが、彼がその言葉を認識
する事は、状況が許さなかった。

 振り向き様に、リヴォルヴァーの銃口を少女へと向ける。
 瞬間、自らに向けられた鉄の塊の、その世界の深淵を思わせるほど深
く暗い銃口が、アベルの瞳に映り込んだ。

(速い!)

 アベルがそう思ったのと、少女が引き金をトリガーしたのは、ほぼ同時だ
った。世界をつんざく轟音と共に、その手に持ったディエス・イレから、13m
mの鉛弾が、スローモーションで吐き出される。
 それをアベルの脳が認識する前に、得体の知れない悪寒を感じ取った若
い神父は、派手に割れたガラス窓へと、その足を動かしていた。

 爆音。
 狙い違わず玄関脇のダンボールを食い破った銃弾は、燃え盛る炎を解
き放ち、開放された炎は、四角く区切られ、世界から隔離された匣を――
少女の世界"だった"空間を、容赦もなく焼き尽くす。

 その貪欲なる炎の舌は、更なる生贄を求めるように、アベルにもその舌
を伸ばした。
 だが、先に行動を起こしていた分、アベルの方が若干早い。
 ベランダに踊り出たアベルは、その縁に足を掛けると、躊躇いもなく宙へ
向かって踏み出した。

 その冬色の瞳は、ある一点を見つめている。
 日差しを――いや、今の時間は月光を遮るようにそびえ立つマンション
の、その廊下の手摺り。
 目算にして3〜4メートル、厳しいかもしれないが、飛べない距離ではな
いように、思う。落ちて死ぬよりはましだろう。

 長身の身体が、宙に舞う。
 時間にして十数秒、アベルにはその時間が、やけにもどかしく感じられ
た。

 早くしなければ、その身を炎の手に絡め取られてしまう。
 現に、爆風はアベルを煽り、その擦り切れてぼろぼろになった黒いコー
トのその裾を灼いているのだ。

 早く、早く、早く―――あと二メートル、一メートル……。
 目前に迫った手摺りに、若者はその手を伸ばした。
 その細長い指が、がっしりと手摺りを掴み取る。
 よし、成功……

「……あれっ?」

 ずる。
 アベルは、そんなコミカルな擬音を聞いたように感じた。
 無論それは幻聴だったが、例えその音が聞こえなかったとしても、アベ
ルに訪れた現実は変わらない。新雪に濡れ、滑り易くなっていた手摺りか
ら、お約束のように指を滑らせたのだ。

 浮遊感。
 そして、失墜感。

――エリ・エリ・レマ・サバクタニ。

 我が神、我が神、何故私をお見捨てになったのですか?
 胸中で神にそう問いかけながら、アベルは訪れたその感覚に身を任せ
た――いや、任せるしか、なかった。

113 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 01:58:090
          ―――“Kresnik"vs“Phantom"―――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>112

 身体をくるりと回転させる。足を地面に向けた。そして着地。
 地上数十メートルからの落下とは思えないほど、軽い動作で白い大地に降り立った。
 ジャケットから煙草を取り出し一服。
 苦みのある煙を肺の中で堪能しながら、空を見上げる。
 まず目に写ったのは、爆砕するアパートの一部屋。
 瞳を動かす。次に写ったものは―――落下する人影。
 あの神父だ。まだ生きてやがった。

「……しつけえ」

 これで三回も奴はあたしの攻撃から逃れたことになる。大した生命力だ。根性もある。
 このまま地面に叩き付けられて、大人しく死んでくれるとは思えない。

 ――――とどめが必要だな。

 完膚無きまでに殺す。
 さもないと、この仕事熱心な神父は一生あたしに付きまとうだろう。
 それは御免だ。

 軽く一歩、雪で覆われた地面に踏み出す。更に一歩、二歩、低く跳躍。
 爆砕したあたしの部屋があるアパートに対面する、同じ作りの古めかしい建築物。
 そのアパートの壁面に足を付いた。そのまま軽く疾走。壁を地として、駆け上がる。
 一歩一歩の歩幅は大きく、三、四回壁を蹴ると神父の背中が視界一杯に広がった。
 もう一歩分上昇。神父を追い越した。身体を捻り踵を返す。落ち行く神父と対面する。

 呆気に取られた表情で天を見上げていた神父。
 突如視界に現れた乱入者の存在に、更に呆然とした表情を浮かべる。
 追撃は予想していなかったのか。―――甘いな。

「墜ちるの、手伝ってやろうか?」

 昔の癖で、顔に笑みを浮かべながら戯言を言う。
 笑みは何処かぎこちなく、言葉は何故か不自然だった。
 やはり、あたしはこの闘いを愉しんでいない。愉しんでいるのは身体だけだ。
 昔のように、感情の赴くままに闘おうと思えない。
 虚しいんだ、こんなの。だから殺す。手早く。

 今まで地面代わりに足場にしていた壁に別れの挨拶。蹴りをぶちこむ。
 身体が神父目掛けて弾丸のように飛んだ。
 拳銃を持っていない方の腕―――左腕を振り上げる。
 拳は既に握られている。硬く、何よりも硬く。
 神父との相対距離がゼロになる―――よりも数瞬早く、あたしは腰の回転を加えて、拳
を振り落とした。拳から伝わる空気を裂くような感触。この拳が次の瞬間に空気の壁共々、
眼前の神父の右頬をうち砕き、地面に叩き付けるのだろう。
 あたしの血が、神父の骨を粉々に粉砕する感触を想像し、恍惚の悲鳴をあげた。

114 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 01:59:540
>>113
 反射的に、空いた左腕を持ち上げる。
 直後、今まで受けた事もないような信じられないほどの衝撃、そして、そ
れに伴う、骨の砕ける嫌な感触。

 痛みは、感じなかった。正確にいうならば、感じる暇など少しもなかった。
左腕を通してなお、その衝撃はアベルの脳を揺らし、瞬間的にではあるに
しろ、彼の意識を奪い去ってしまったから。

 次に意識を取り戻したアベルが見たものは、相変わらず分厚い雲に覆わ
れた空と、大分離れてた上空から彼を見下ろし、愉しげに、そして気だるく
笑う少女のその表情と、
 ――認識できたのはそこまでだった。

 背中に走る強い衝撃。
 視界が暗転する。

「か、ハ……ッ!」

 肺に残った酸素が、一気に世界に解放された。
 うめこうとするが、声が出ない、いや、出せない。
 走る激痛――いささか送れて訪れたそれは、左腕と背中、それぞれが忘
れていた自身の異常を、自己主張しはじめている。

――サク。

 そんな小気味良い音が、アベルの耳朶を打った。
 それが、少女が地面に降り立った音だと認識するより早く、アベルの脇
腹に衝撃が襲いかかる。

 軽く二メートルほど吹き飛んで、だらしなく地面に転がる。
 咳が漏れる。その度に訪れる激痛。
 喉の奥から込み上げた熱い血溜りが、白い地面に吐きだされた。

――サク。

 再び聞こえたその音に、視線を上げようとする。
 息が荒い。少しでも気を緩めればその瞬間に、アベルの意識は彼自身
の手から離れ、何処かへと旅立ってしまうだろう。

 痛みを抑え込みながら、ゆっくりと、少しずつ顔を上げていく。
 やっとの思い出見上げた少女の顔は、逆光になってよく見えなかった。

115 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:01:290
>>114
「キャルさ……」

 声を上げようとする。
 だが、目前の少女は、それを許しはしなかった。
 瞬間、その鋭い爪先が神父の鳩尾に突き刺さり、彼の身体はまるでぼろ
きれか何かのように宙を舞い、吹き飛ばされた黒い塊は、轟音を伴って煉
瓦造りの壁に叩きつけられた。

 ずるり、とその身体が崩れ落ちる。
 煉瓦に血をべっとりと貼り付けながら、ゆっくりと崩れ落ちた神父は、もう
ぴくりとすら動かない。

 死んだ。
 その事は、誰の目にも明らかな事実だった。

 少女もそう感じたのだろう、たいした興味もなさそうに、もはや生気を感じ
させないその黒い塊を一瞥すると、当て所もなく歩き始める。新雪を踏む
サクサクという淀みない音が、白い世界に響き渡っ

[ナノマシン "クルースニク02" 四十パーセント限定起動――承認]

――不意に。
 足音を遮って、ゆっくりと、だがはっきりと、深淵を思わせるほどに昏い
その声が、静寂の世界に響き渡った。

 少女が驚愕し、振り返る。
 その視線の先にいたそれは、先程までの神父ではなかった。
 その優しげに揺れていた、冬の湖の蒼色をした瞳は、鮮血を思わせる赤
へとその色を変え、暗闇に禍々しく輝いている。その口から伸びた牙は、吸
血鬼のそれと同じ物だ。

「キャルさん……最後の勧告です。今すぐ武装を解除して、投降していただ
けませんか」

 何処か悲痛な響きを帯びたその声が、それだけは変わらずに優しく響く。

「今なら、まだ間に合います。もし、まだ抵抗するようであれば、私はあなた
に酷い事をしてしまうかもしれない」

 哀しげな声でそう囁くアベルの右肩が、裂けた。
 血は流れない。変わりにそこから流れ出たのは、黒光りする得体の知れ
ない輝きだった。神父の手の中で硬化したそれは、絵の両端に刃を備えた、
巨大な鎌を形成する。

「キャルさん、もう一度言います。武器を捨てて、投降して下さい。私はあな
たを……傷付けたくはないんです」

116 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:02:470
          ―――“Kresnik"vs“Phantom"―――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>114>>115

 ヒュゥ。思わず口笛を吹いた。
 こいつは……すげえ。肌に感じるプレッシャー。全身が総毛立つ。
 身体だけじゃない。心も躍っていた。冷め切っていたはずの心が、絶望していたはずの
心が、眼前のそれ≠目にした瞬間、熱を帯び始めたんだ。

「ハ―――面白い」

 口から漏れる言葉。それを紡ぎ出す表情は、禍々しい笑みに包まれている。
 そう、嗤っているんだ。―――あたしが、嗤っている。
 今の言葉。本音だった。本気であたしはこの状況を面白いと感じている。
 この身体になって、初めて心底愉快だと思っている。……クク、上等だよ。

 この男を殺したかった。
 この男と闘えば、退屈な日常、何の意味もない人生から抜け出せそうだった。
 どうせ何も持っていないんだ。なら、命をチップにしてゲームをするしかない。
 そう言うことか。

「―――本当、馬鹿な奴」

 小躍りしている感情とは逆に、冷たい声が響く。

「大人しく帰っていれば、それで済んだのに。あたしはあの部屋から出ることは無かった。
誰とも会うことも無かった。あたしの存在は誰にも知られなかった。だけど、あんたは踏
み込んだ。退かなかった」

 昔のように無邪気な笑みを浮かべたかった。しかし、浮かばない。浮かぶのは歪んだ
感情を写し出したかのような毒々しい嗤い。笑い方すら忘れてしまったんだ、あたしは。
 でも、きっと、すぐに思い出せる。

「……もう、駄目だね。止まらないよ。あたしかあんた、どちらか一人が死ぬ。馬鹿な奴、
あんたはあたしの中の亡霊≠目覚めさせたんだ」

 正確に言うなら、ファントム・ドライの狂おしい程の闘争本能。
 奴はそれだけを的確に叩き起こした。
 こいつも、そこまで挑発されて大人しく眠っているわけにはいかなかったんだろう。
 売られた喧嘩は嬉々として買うのがあたしだったからね。
 愉快だ。ハハ。虚しい笑い。虚しい? 馬鹿言うなよ。あたしは愉しんでいる。

「取りあえず」

 M13を構える。頭の中に周辺の地形が地図となって浮かび上がった。

「―――殺し合おうか」

 フルオート射撃を思わせる連続音。銃弾が続く限り、あたしはトリガーを引いた。
 引いて撃った。撃ちながら駆けた。正面から異形と化した男目掛けて。      

117 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:05:170
>>116
「残念です……」

 少女が浮かべる、ぎこちない、だが、愉しげな笑み。
 対してアベルは、深く目を瞑り、沈痛な面持ちで頭を垂れた。
 少女が放った、殺し合う、という言葉が耳に反響する。
 何故、こうなってしまうのか――自分は、彼女と殺し合いをするつもりな
ど、毛頭無いのに。

 しかし、状況は、アベルに一時の感傷も許さない。
 暗闇にけたたましく響く、フルオートにも匹敵する程の連続した射撃音。
 だが、巨大な銃口から放たれた13mmの鉛の塊が、その標的たるアベ
ルの身体を抉ることは、遂に無かった。
 漆黒の衣を纏った若者が、その手に持った大鎌を旋回させると、ただそ
れだけの軽い動作で、放たれた銃弾は全て綺麗に両断され、地に伏して
しまったから。

「……仕方ありません。不本意ではありますが、少しだけ、お相手します」

 嘆息と共に、重々しく言葉を吐き出す。
 次の瞬間、それを発した神父の姿は、既にその場には存在しなかった。

「"主よ、二人に憐れみと救いを与えてください"――参ります」

 聖句は、少女の背後から紡がれた。
 何時の間にそこに移動したのだろうか?
 闇夜よりもなお濃い黒を纏ったアベルは、両端に付いた刃が禍々しい、
死神のそれを連想させる異形の武器を振りかざすと、未だ銃口を前へと
向ける少女に向けて、その刃を無慈悲に振るう。

 その、鮮血を思わせる赤い双瞳が、闇夜に揺らめいた。

118 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:06:210
          ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>117

 ――――消えた!?
 そう驚愕する暇すら与えられなかった。背中越しに押し寄せる殺意の奔流。
 戦慄を感じつつも振り返る。
 あたしの身体が神父へ向くのと、奴の刃が振り落とされたのは同時だった。
 ぎん、と金属の噛み合う音。
 M13のトリガーガードとバレルを使い、十手の要領で死神の鎌を受け止める。
 全身に響く衝撃。なんて重い一撃なんだ。

 鎌と拳銃での鍔迫り合いは、一瞬にも満たない僅かな時間での出来事だった。
 ずるり。足が滑る。雪のせいで足場が安定しない。踏ん張りが利かない。
 このままだと、拳銃ごと真っ二つに切り裂かれちまう―――!

「……ク、ハハ」

 自然と笑みが零れる。この臨場感。自分の命が生と死の境目でさまよっている。
 その緊迫感。死を晒すことで、生を実感をできるのなら……!

「死は、愛すべき存在だね!」

 空の右手が宙を疾った。腰のホルスターからスチェッキンAPS―――フィーアが最期に
携帯していたマシンピストルを抜き放つ。考えている暇はない。
 神父の鎌に押し切られる寸前、奴の腹に突き当てたスチェッキンの銃口が火を噴いた。
 9ミリ弾のフルオート射撃。20発全弾、奴の腹部を余すことなく貫いた。
 鎌に込められた力が僅かに緩む。待ってました、とばかりに鎌を受け流す。
 雪の大地に漆黒の大鎌が振り落とされた。
 同時、爆発。雪が弾け辺り一面を白で覆い尽くした。

 ―――なんて威力だ。

 あんな一撃を一瞬とはいえ受け止めたあたしの力と、ディエス・イレの強度に感心する。
 そして強大な神父の力にも。

 弾の尽きたスチェッキンを投げ捨てる。M13の予備弾倉は二本あるけど―――弾け散る
雪の奧で、神父の影がゆらりと動いた―――装弾の暇は無いか。

 地を蹴る。その衝撃で雪が同じように弾け飛んだ。だからどうした。右手を振り上げる。
 神父の頭部目掛けて、薙ぐように銃杷を振り落とした。
 まともに当たれば、頭が石榴になる威力だ。
 頭を無くした神父の姿。想像する。特に何も思うことは無かった。

119 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:08:410
>>118
 腹部に鈍痛が走る。
 胴を貫いた二十発の弾丸が与える継続した痛みに、瞬間的にだが意識
が途切れる。だが、クルースニクと化したアベルの身体は、この程度の傷
では死にはしない――いや、死ねない。

 少女が、腕を振り上げる。
 その手に握られたディエス・イレの銃杷が、勢いよく神父に迫った。
 狙いは頭か。確かに、鋭い一撃ではある。あの無骨な拳銃がこめかみを
打ち据えた瞬間、アベルの頭部は粉々に砕け散り、脳漿が白い雪の上に
ばら撒かれる事になるだろう。

 しかし、それはあくまで"打ち据えれば"の話だ。
 それが出来なければ、それはただ銃を持って振りまわした、それだけの
事柄に過ぎない。

 確かに、人間ならばこの速さに対抗する術は持たないだろう。反応すら
出来ないに違いない。それほど、"吸血鬼"と"人間"との間には、圧倒的
な差があるものなのだ。人間ならば、彼らと対峙した瞬間、それは自らの
生を終わらせるのと、同義であるという事なのだ。

 そう、"人間ならば"――アベルは自らの脳裏に過ぎった思いに、苦笑を
浮かべざるをえなかった。

 少女の腕は、確かに速い。
 だが、"今の自分に見切れないほど速い、というわけではなかった"。
 大鎌が翻る。差し迫った少女の腕を鎌の柄の部分で弾き、尚且つ圧倒
的であるはずの吸血鬼のその力を、力で押さえ込む。
 こんな事が出来る自分が、人間であるはずなど、無いのだ。

「死は、愛すべき存在なんかじゃありません」

 互いに互いの息遣いを感じられそうな程に、顔を寄せ合う。
 舞い上がった粉雪がちらちらと舞い降りはじめ、二人の肩に薄く積もる。
 他者が見れば一見して静寂にも取れるその裏で、力と力を打ち合わせ、
相手の機先を制しようとする争いを行いながら、アベルは平静を装って言
葉を続けた。

「死んでしまえば、そこで終わりなんです。例えどんな理由があろうとも、
死んでしまえば、それで終わりだ。もう、喜びも、哀しみも、怒りも、楽しみ
も、何一つ感じる事はない――笑う事さえ、出来ません」

 だから、死は救いにはなりません、愛すべき存在でも、ありません、と、
長身の神父は呟いた……まるで、自らに言い聞かせるように。

 拮抗した力を弾き、少女の腹に爪先を埋める。
 その細い身体がくの字に折れ曲がり、軽く三メートルほど吹き飛んだ。
 そのまま背中から着地し、雪に埋もれた少女を視界に収め、アベルはさ
らに言葉を紡ぐ。

「例えどんなに辛くても、つまらなくても、死ぬなんて言わないでください。
死を愛するなんて、言わないでください。……そんなの、哀しすぎるじゃな
いですか」

120 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:11:270

          ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>119

 ―――死は救いにはなりません。

 ぞわり。視界一杯に広がる神父の顔から語れる言葉。
 聞いた瞬間、身体からまた新たなる感情が沸き立った。
 ギリッ、奥歯を砕ける程強く噛み締めた。身体が熱く、視界が赤に染まって行く。
 頭から壮絶な勢いで冷静≠ニいう要素が消え去る。この感情は、この感情は―――!

 ―――その感情が拮抗していた力関係を崩す。
 頭が真っ白になり、我を忘れていた一瞬。その隙をつけ込まれた。
 腹に重い衝撃。まるでトラックにでも跳ねられたかのような反動だ。
 吹き飛び、宙を舞う。
 受け身を―――いや、それよりも先にやらなくちゃならないことがある。

 遠ざかる意識を鞭打つ。何とか意識を保って、空になったM13のマガジンを吐き捨てた。
 ディエス・イレの銃弾はただの銃弾ではない。
 このハンドガンならあいつを殺れるかもしれない。
 そう信じて、新たなマガジンを叩き込んだ。
 同時に、あたしの身体も地面に叩き付けられる。
 雪のクッション。あまり意味は無かった。
 身体に伝わる衝撃。口から血塊が零れ落ちる。

 神父がまた無駄口を叩いている。
 ―――ぞわり。

「……あんたは」

 心に宿る炎。違う。これは先程まであたしを突き動かしていた闘争本能ではない。
 この炎は、この感情は、違う。

「あんたは、あたしがこんな身体になって幸せだと言うのか……死んで永遠に眠ることを
幸せと言ってくれないのか……」

 押し殺した声。震えている。何に? 何に震えている? ―――怒りに、だ。

「あんたみたいな奴が、あたしを覚ましたんだ」

 そう、怒り。怒りだ。我を忘れるほどの怒りをあたしは覚えている。
 この神父を殺したいほど憎んでいる―――!
 あたしの双眸が禍々しく真紅に光り輝く。
 牙を剥いた。シュアア。口から白い息が漏れた。どくり、どくり、鼓動が強く脈打つ。
 これが吸血鬼の怒り―――か。内なる衝動が現実に具現化してゆく錯覚。
 抑えていた理不尽への怒りが、堰を切ったかのように溢れ出した。

121 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:11:580

>>119>>120

「あたしは……」

 息を荒げながら立ち上がる。視界が真紅に染まっていた。
 怒りの感情を制御できない。
 今まで虚無感と引き替えに抑え込んできた憎悪の破壊衝動。
 もう限界だった。

「あたしは……ただ……」

 手にした幸せ。今はもう無い。誰が奪った。
 何でこんな事になった。どうして眠らせてくれなかった。
 あたしは―――あたしは!

「あたしは、ただ……醒めない夢を見ていたかっただけなのに」

 ふと、思い出した。昔、似たような会話を一度だけしたことがある、と。
 あれは何時の話だったか。思い出せない。
 ただ、生きるか死ぬかで口論になったことだけは覚えている。
 あたしは死んだ。幸せだった。
 いま、あたしはあたしの死を打ち切られ、あの人の言葉通り生きている。

 ――――でも、ちっとも幸せなんかじゃないよ。

 がちゃり。M13の銃口が持ち上がる。
 装弾数九発。全弾、あたしの怒りが込められている。
 あたしの怒り。あたしの内なる世界。内面の情景が写し出された世界。
 リアリティ・マーブル。それが九発の弾丸の中に眠っている。
 この弾丸を撃ってもあの頃には戻れない。
 あの神父を殺してもこの心に空いた穴は埋まらない。
 それは分かっている。何をやっても……死んでも、生きても、もうあたしは満たされない
ことぐらい分かっている。だけど――――

「許せないんだ、あんたが……」

 だから殺す。短絡的な考え。今も昔も、あたしはそうやって生きてきた。
 今更変えるつもりはない。
 地面を軽く蹴った。次の瞬間には神父の姿が眼前に迫っていた。
 牽制のジャブを一秒間に数十発送り出す。
 コンビネーション。回し蹴り。全て搦め手だ。
 あたしの世界が込められた弾丸を確実に撃ち込むための。

122 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:13:500
>>120>>121
「キャルさん、私は……!!」

――ゾクリ。
 瞬間、アベルの背筋を襲ったのは、圧倒的なまでの寒気だった。
 恐怖――それは、そう呼ばれる感情だったのだろう。
 純粋なまでの少女の怒りが、アベルを、いや、彼の体内に生息し、アベ
ルをクルースニクたらしめている"彼ら"を、本能的に恐怖させたのだ。

 少女が地を蹴った。
 神父と少女との間に開いた三メートルの距離が半拍おかずにゼロになり、
次いで放たれた秒間数十を超える牽制は、その一発一発が、ともすればそ
の一撃を受けただけで破壊されてしまうような衝撃をアベルに与えた。流れ
るような回し蹴りが、漆黒の衣を抉る。

「ぐぅ……っ!」

 青年の体が五メートルほど吹き飛んで、壁にめり込んだ。
 今の一撃で、脇腹がほぼ逝かれた。この身が"クルースニク"でなけれ
ば、アベルの命は既に終わっていただろう。

(皮肉なものだな……)

 この身体に宿る化物の力が、今、自分を生かしている。
 その紛れも無い事実に、アベルは思わず苦笑を漏らした。
 かつては、この力を嫌悪していた。今も嫌悪している。多分、これからも
嫌悪し続けるだろう。だが、同時に、感謝してもいる。特に、今のような時に
は、感謝せずにはいられない。
 自分は、死ねない。例え泥を啜っても、忌まわしい化物の力を借りようと
も、生き延びなければならない。アベルには、その理由がある。

123 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:14:310
>>122
「キャルさん、私はね、化物なんです。吸血鬼の血を吸う吸血鬼――クル
ースニク。それが、今の私です」

 粉砕した骨が修復される。
 骨が食い込んだ内臓が自ら異物を吐き出し、そうやって集められた骨片
が、アベルの体内で新たな骨を形成する。

「この力を呪った時もありました。憎んだ事もありました。死のうと思った事
だって、一度や二度じゃありません。。でも、そんなのは欺瞞だ。自己満足
でしかない。はっきりと言えます。その時の私は、負け犬でした」

 ゆっくりと立ち上がる。
 足元がふらつく。だが、痛みは無い。連続した衝撃を受けて麻痺した左腕
も、既に何処にも異常は認められない。

「死んだらそこで終わりです。死んでしまったら、私はずっと化物のままだ。
そんなのは、イヤです。だから、私はまだ生きてるんです」

 雪に埋もれた大鎌を拾い上げる。
 視線を上げる。その先に、少女がいた。隠す事無く怒気を表し、自分に
敵意を向ける、一人の少女が。

「キャルさん、あなたは不幸だ。無理矢理蘇生され、望まずに仮初の永遠
を生きる事を強要されたあなたは、不幸以外の何物でもない。……けれど、
生前のあなたは、さらに不幸だった」

 迎え撃つように、大鎌を携える。
 少女は、自分を殺す気だ。さっきまでは、まだ和解の余地があった。今
は無い。全力でやらなければ、殺される。救いの目は、完全に消え去った。
 だが、それでも――

「キャル・ディヴェンスの人生は……復讐だけを支えにした人生は、終わ
った。そして、新しい生が始まった。新しく、復讐なんて考えずに生きられ
るチャンスを貰った――そうは、考えられませんか?」

 少女の答えは、聞くまでも無くわかりきっている。
 だが、アベルはそう問わずにはいられなかった。
 冷静な、だが、聞く者に等しく哀しさを感じさせるアベルの声は、静寂な
街の空気に、やけに大きく響いた。

124 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:17:120

          ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>122>>123

「知った口を―――叩くんじゃねえ」

 唸るように憎々しく言った。ぐるる。喉から本物の唸り声が漏れた。
 気付いたら牙を剥いていた。神父を威嚇するように鋭い歯を光らせる。

「あんたに何が分かる。復讐? ……違う。そんなのはどうでも良かったんだ」

 駄目だ。考えちゃいけない。そう理性が訴えかける。無理だ。無意味だ。
 あたしの身体の中で、理性が出来る事なんて殆ど無い。
 ただ衝動に突き動かされる。衝動に従う。狗のように。
 それが―――あたしの身体。吸血鬼の身体。

「あたしは……あたしは……」

  ―――あたしはあいつを独り占めにしたかっただけなんだ。

 あいつの中を、あたしという存在で満たしてやりたかった。
 全てはその為だった。その願いは叶えられた。
 一瞬……たった一瞬だけど、あたしはあいつを独り占めにできた。
 あたしはその一瞬の中で死んだ。あたしは一瞬の中で永遠になった。
 それは永い夢。醒めないと思っていた。でも―――

「生前のあたしも今のあたしもどうでも良い。価値あるあたしは、あの一瞬の中で死んだ
あたしだけだ。あれがあたしの幸福のカタチだった。あの一瞬があたしの楽園だった!」

 駆けだした。言葉では駄目だ。
 別にあたしはこの神父に理解して欲しいわけじゃない。
 不幸自慢をしたいわけじゃない。
 ただ、殺したいだけなんだ。

 ―――殺して、紛らわしたいんだ。
 理不尽への苛立ちを。
 ―――殺して、逸らしたいんだ。
 昨日しか見ることのできないあたしの瞳を。

「だから、なあ? 殺されてくれよ、あたしのために!」

 神業を飛び越え、曲芸の域にまで達した足技の連打。
 死神の鎌よろしく研ぎ澄まされた踵が、閃光となって駆け抜ける。
 身体を独楽のように回す。
 雨霰と降り注ぐ右足、左足、右膝、右足、左ハイ、返す形で薙ぐように踵落とし。
 蹴り、蹴り、蹴り。振り下ろし、薙ぎ払いながらも、あたしはチャンスを待つ。
 神父を殺すチャンスを。
 右手に持つ拳銃。ディエス・イレ。込められた八発の弾丸。
 上位の吸血鬼のみに許された世界への反逆。
 固有結界。
 これならあの神父を殺せる―――確実に。

 地を蹴って跳んだ。電光石火の空中後ろ回し蹴り。空気を裂く右足に続く右腕。
 そして、右手に握られたM16。
 神父が蹴りを喰らって仰け反るその一瞬の隙に―――全弾叩き込んでやる。

125 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:21:510
>>124
 わかりきった少女の答えに、アベルは哀しげに首を振った。
 もう何度目になるだろう? しつこい程に繰り返してきた問いに対するの
は、いつまでも変わらぬ頑なな答え。

 二年前も今も、変わらない。
 朧気にしか思い出せなかった少女の面影は、いまやはっきりと目前の彼
女と重なって見えた。

 自分は、結局この少女を止められなかった。
 昔も……そして今も……!
 それを思うと、胸が熱くなる。自分の情けなさに、苛立ちが募る。口では
なんとでもいえる。だが、その結果はどうだ? 自分は、少女一人の意思
を変えることすら出来ない、少女一人救ってやる事すら出来ない……!

「キャルさん、私は、死ぬわけにはいきません。あなたには同情します……
ですが私は、殺されて上げるわけには、いかないんです!」

 自分の我侭を思うと、吐き気がした。
 散々助けるようなことを言っておきながら、これか。死は哀しいものだと、
あれだけ口にしておきながら、これか。だが、死ぬわけには、いかない。少
女のことは、哀れだと思う。同情もする。だが、その慰めに、彼女が自分の
死を求めるのなら、自分は躊躇う事無く少女に抵抗する。

 アベルのその赤い双瞳が、決意したように鋭く光った。
 手に携えた死神の鎌を、白い手袋がきつく握り締める。

 繰り出される足技を、いなし、かわし、引っ掛け、受け止める。右足が来
るのなら右足を、左足が来るのなら左足を、右膝を、右足を、視認出来な
い程のスピードで捌いていく。

 左足が高く上がる――その動作は、威力のある攻撃を見込めるが、生じ
る隙も、また、大きい――それでも、一瞬に過ぎないのだが。だが、割り込
むにはそれで十分だ。大鎌を翻し、ディエス・イレを持つ右腕に振り下ろす。
かわされた。入れ替わりに、踵落とし。十分かわしきれるタイミング――だ
が、鎌を振り抜いた体勢からの回避運動は、少しだけ無理があった。

126 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:23:450
>>125
 アベルが、ほんの一瞬だけ、バランスを崩す。
 少女は、その瞬間的に出来た間を見逃さない。一拍に三発の蹴りを放つ
と、次いでその足を高く上げての振り下ろし、そして回し蹴り。体勢を崩した
アベルは、少女の猛攻に、瞬く間に防戦一方に追いやられた。

 だが、それでもまだ、アベルに決定的な隙は生じない。ひたすらに繰り出
される少女の蹴り技を捌きながら、時たまに生じる隙を見逃さず、その手に
持ったデスサイズを振るう。
 その鋭い一撃に、もはや迷いの色は無い。外気マイナス12度を超える中、
白い息一つ吐かずに、少女の攻撃を冷静に見据えるアベルの目は、まるで
無生物のように冷たく、無機質だった。

 一瞬とも永遠とも思える数秒、或いは数十秒、或いは数分。
 もう何度目か、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの相手の隙に、アベルは容
赦無く切り込んだ。アベルは気付かない。その隙が、わざと作られたもの
であったことに。

 少女が、デスサイズをミリ単位でかわす。
 夜になびく銀髪の欠片が、ひらひらと宙を舞い飛んだ。
 少女が跳躍する。大鎌を振り切ったアベルは、その行動に対応できない。
電光石火の勢いで放たれた後回し蹴りが、アベルの胸板を直撃した。

「は……っ!」

 激痛が走り、息が途切れる。
 だが、そんな事よりも――

(まずい……!)

 激痛に歪められた視界の片隅に映った少女は、その手に持ったディエ
ス・イレの銃口を、アベルの仰け反った体躯へと向けていた。
 向けられた銃は、少女の怒りなど無視するかのように冷たく、無機質で、
その銃口はいつも通り、深淵を思わせるほどに昏く、そして深かった。

127 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:24:350

          ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>125>>126

 ――――今だ!

 絶好のチャンス。あたしの蹴り足を喰らい、吹き飛ぶ神父。
 足を振り切った姿勢で宙に浮くあたし。
 なんてバランスの悪い体勢。けど、外しはしない。
 レーザーポインタの光芒が彼のカソックを赤く照らし出す。
 トリガーにかけた指、力を強める。
 その瞬間、時間が永遠に延ばされたような錯覚を覚えた。
 一秒が一分に感じ、一分が一時間に感じる。
 実際は、一秒と経ってないはずなのに……。

 M13から感じる力強い鼓動。弾丸が放たれた。あたしの〈世界〉が撃ち放たれた。
 更に一度、二度、トリガーを引き絞る。

 ―――突如、世界の色が抜け落ちた。

 白と黒の世界。耳を刺すノイズ音。唖然として、口を開ける。
 色が……無い。なんて冷たい世界。なんて寂しい世界。
 見渡す限り白と黒。これじゃまるで、。

「あたしの心の中みたいじゃないか……」

 視界に広がるあたしの心理風景。これが自分の世界を現実に具現する〈固有結界〉?
 まさか、ここまで鮮明に写し出すなんて思わなかった。

 放たれた三発の弾丸は一直線に神父へと向かって飛んでいく。
 モノクロの世界が現実に干渉したのは一瞬で、すぐに世界は色を取り戻した。
 しかし、あたしにはその一瞬で充分だった。
 あたしの中の世界。
 あたしに相応しい色の無い世界。
 何も無い世界。
 未来の無い世界。
 あたしはそっと呟く。

「―――見つけた」

 あたしを受け入れてくれる世界を。

128 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:26:440
>>127
 炸裂音。
 瞬間、世界は白と黒で塗り潰され、モノクロームの世界の中、少女の放
った弾丸だけが、やけに禍々しく輝いて見えた。

 停滞した世界。
 コンマ一秒を永遠に引き伸ばしたかのような一瞬。
 認識は出来る。だが、身体が動かない、いや、動かそうと意識出来ない。
 錯覚だという事はわかっている――だが、アベルがこの瞬間、こう思わざ
るを得なかった。

――世界が、止まっている、と。

 だが、それもやはり一瞬。
 永遠に引き伸ばされようと、刹那の時は刹那でしかない。
 束縛から開放されたアベルに、三発の凶弾が、いつも通りの、音速を超
える勢いで差し迫る。

 無骨な鉄の塊から放たれた機械仕掛けの稲妻を、その手に持ったデス
サイズが両断した。その影から、狙い澄まして放たれた二発目が、アベル
の残像を抉り取る。

「…………ぐっ!?」

 瞬間、アベルのその右肩に、灼熱したような痛みが走った。
 放たれた三発目の銃弾――まるで、アベルの回避先をあらかじめ知っ
ていたかのように正確にその地点に置かれたそれが、アベルの右肩を貫
いたのだ。

 灼ける――アベルが感じたのは、痛みではなく、それだった。
 肩が灼けるように熱い。それは、決して銃で撃たれた時の、あの貫かれ
たかのような痛みによる熱さではなく――本当に、右肩のその部分を中心
にして火を放たれたかのような、そんな熱さだ。

「……あぁァァッ!!」

 その熱さが、広がる。
 右肩を中心にして、右腕を下り、指先にまで伝わる。胸部を侵蝕し、首筋
の辺りまで、熱いという感覚に支配される。
 それを感じたのは、一瞬の事だった。だが、その一瞬が、アベルには数
分の事のように感じられ、正常な思考を阻害する。

 唐突に訪れた感覚は、同じように唐突に去り。
 灼熱の後に訪れたものは、いつまでも終わる事のない痛みだった。
 傷口を庇うように手を当てる。穿たれた右肩の銃痕からは、いつまでも、
止まる事を知らないように鮮血が流れ出して……

「―――!?」

 アベルのその瞳が、驚愕に見開いた。
 手を当てて、もう一度確かめる。
 ……確かに、血は止まっていない、今も流れ出た鮮血は、漆黒のカソッ
クを濡らし続けている。

 傷口が、再生しない。
 その事実から導き出される解答は、一つだけ。
 有りえない――だが、現実に起こっている事柄を否定したところで、その
現実が変わってくれる事は、決してない。
 導き出された結論、それは……

―――この右腕は、既に"クルースニク"ではなくなっている。

129 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:27:290

          ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>128

 ――――残るは六発。

 マガジンに残る魔弾の数。数えながら嗤う。
 神父は弾丸の予想以上のダメージに狼狽している。ただの13ミリ弾ではない、と。
 恐らくはその通りなのだろう。実はあたしもよく分かっていなかった。

 分かっていることは、この魔弾はあたしの中に広がる世界その物だと言うことだけだ。
 未来に絶望し、無くした過去を愛する哀れな小娘キャル・ディヴェンスその物なんだ。
 過去に縋り付くことで得られるは退廃。
 未来から瞳を逸らした代償は進化の停滞。
 この魔弾に貫かれれたら、全ての未来は断絶される。

 それが意味することは死≠ナは無く停滞=B
 あたしの力。あたしの結界。撃ち込まれれば、否が応でも知ることになる。
 白と黒の砂漠。その真ん中で佇むことの辛さを――――。

「あんたとの相性は最高、って感じかな」

 二発は外し、一発は肩に当たった。
 三発全弾、胸に叩き込んでやるつもりだったのにだ。
 ―――この神父、銃弾の捌き方を知っている。

「……次は当てるぜ。嫌ならしっかり避けな」

 一発が一発が、彼の急所に当たればそれだけで彼を殺し尽くせる力を持っている。
 全弾撃ち込むのはやめだ。確実に殺す。残る六発、その内の五発は、最後の一発を神父
の眉間にぶち込むための布石として使わせてもらおう。

 神父の身体に銃口をポイント。
 早速、と言わんばかりにM13のトリガーを一度だけ引き絞った。

130 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:29:210
>>129
 腹腔から息を吐き出すと共に、その左手に携えた大鎌を迸らせる。
 瞬間、ズキリ、という鈍い痛みが、右肩の傷痕に走った。
 そう、ズキリ、だ。13mmの弾丸を身体に受けて、右肩が完全に吹き飛ぶ
程の傷を受けるべきところを、この程度の鈍痛だけで済んでいる。まったく
因果な身体だが、今、この時間だけはありがたい。

 闇夜の空気ごと切り裂かれた弾丸が、スローモーションで地に落ちる。
 その両断された二つの欠片が未だ空中に留まる内に、アベルは一歩を踏
み出すと、次の瞬間、少女との間に開いた距離を、半分にまで縮めていた。

 一歩を踏み出すごとに、その衝撃で痛みが走る。
 だが、それは先程撃たれた直後に訪れたそれと比べれば、幾分か和らい
でいた。再生している証拠だ――限りなく人間へと押し戻されているのには
変わりないが、未だこの身はクルースニクであるらしい。

 "彼ら"――アベルをクルースニクたらしめている、その身に巣食った化
物どものその生存本能に、青年は思わず舌を巻いた。少女の内面を忠実
に世界に表す魔弾、それを持ってすら、この化物は死なないのか。

 だが、彼女の弾丸が自分にとって有害であることには変わらない。
 右肩だったからまだ良かったものを、あの再生を阻害する弾丸が食い込
んだ場所が、もし心臓や、或いは頭部であったならば、アベルは間違いな
く死んでいた。

 少女を、大鎌の射程に捉える。
 瞬間、その左手に携えられた漆黒の大鎌が、漆黒と静寂が支配する夜
の大気を、紙くずのように切り裂いた。

 狙いは、少女の右腕の付け根。
 次にあの魔弾が吐き出される前に、それを持つ右腕ごと、少女から切り
離しておく。多少手荒な真似になるが、右手や、その手に握られた銃より
は的が大きく、外しにくい。

 それに――と、アベルは考える。
 抵抗する手段を無くせば、多少手間取るかも知れないが、少女を生きて
捕縛出来るかもしれない。甘い考えだな、と、笑われるかもしれない。往生
際が悪いと罵られるかもしれない。だがアベルは、その甘い考えを、どうし
ても捨て去る事が出来ずにいた。

 冬の大気は一層に冷え込み、夜空の星々をくまなく覆い尽くす灰色の暗
雲は、より一層その厚みを増していた。

131 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:30:110

          ―――“Kresnik”vs“Phantom”―――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>130

 ―――疾いな。

 神父は魔弾を切り払い、一足で間合いを詰める。
 発砲の反動を全身で受け止めていたあたしの姿勢を無防備の極みだ。
 走る異形の刃。避けられない。
 小さく舌打ち。ここに来て、あたしはまだこの神父の力を過小評価していたのか。
 もちろん、舐めた覚えなんざない。
 奴の力がこのあたしの眼力を上回っていた、ということだ。

 奴―――聖職者。ヴァチカンの狩人。
 生前、二、三人知り合いがいた。どいつもバケモノみたいに強かった。
 そしてこいつは本物のバケモノだ。
 教皇庁。少しだけ興味が湧く。が、すぐにどうでも良くなった。
 この神父を殺したい。あたしの全てはそこに収束されていた。

 ノーモーションでM13の銃口を鎌に向ける。
 あたしの赤い双眸は神父の顔を注視したままだ。
 神父の顔。逆立つ銀髪。長大な牙。
 紅蓮の瞳。あの優男然としたは神父は何処にもいなかった。

 立て続けに二度トリガー。
 またしても世界は白と黒の世界に変わり、次の瞬間には色彩を取り戻す。
 雪と夜の世界。色なんてあっても無くても同じだった。
 放たれた二発の魔弾。どちらも夜を裂く刃に当たり、弾かれた。
 鎌は着弾の反動で、急速に勢いを失ってゆく。それでもスピードは充分に乗っていた。

 だけど、あたしを殺るには全然足りない。

 迫り来る鎌。何気無く掲げた左手で受け止める。ふわり。身体が浮いた。
 鎌の勢いに負け、先の二発の魔弾のように、あたし自身も弾き飛ばされそうになる。
 白い大地を蹴り込み、足を突き立てた。
 鎌の刃を受け止める左手。自分の骨が砕けそうなほど力を込めた。
 右手に握るM13―――神父の顔面をポイント。

「残り……三発……!」

 トリガーに指をかける。
 この間合い、このタイミング。完璧だった。避けられるはずがない。
 トリガーをゆっくりと絞り込む。
 次の瞬間、神父の頭は石榴と化す――――はずだった。

132 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:31:340
>>131
――だが、現実はそう簡単に事を運ばなかった。

 少女がその細い指をトリガーにかけ、ゆっくりと絞り込む。
 その様は、アベルの目にやけにはっきりと、そしてやけにゆっくりと、コマ
送りで映りこんだ。

 その指がトリガーを絞り込む、その時の少女の表情も。
 その表情が驚愕に変化し、そして苦痛に歪んだその瞬間も。
 アベルの鮮血を思わせる赤い瞳には、その一瞬一瞬が、まるでフィルム
のコマのように、はっきりと映り込んでいた。

 ……むしゃり。
 少女を驚愕させたのは、そんな音だった。
 その、飢えた肉食獣が与えられた餌に勢いよく食いついたような不快な
音が、夜の静寂に低く、だが大きく響いたのだ。

 それは、今まさにトリガーを引こうとした指とは丁度反対側……振り下ろ
された鎌を押さえたその左腕の、指先の辺りから響いた物だった。

 その音の正体を、アベルは確認するまでもなく知っている。
 より正確には、"その音を発したモノ"の正体を、だ。
 自らと共生する"彼ら"の事は、確認するまでもなく感じる事が出来る――
それは、喜ばしい事では決してなかったが。

 少女の指と鎌の接点に、小さな穴が穿たれていた。
 否。
 それは穴などという抽象的なモノでは決してなかった。

 それは、口だった。
 鋭い牙が無数に生え、獲物を求めるように貪欲にその口を動かしている。
 それが、少女が触れた部分を中心に、無数に広がっているのだ。
 それらは、まるで……いや、飢えた獣そのものといった風情で、せわしな
くその小さな、だが凶悪な"自身"を開閉させていた。

 あるモノは肉を貪り、
 あるモノは滴る血を啜り、
 そしてあるモノは、獲物を求めその牙を伸ばす。

 その様は、まるで地獄の底で罪人を喰らおうと待ち受ける顎のようにア
ベルの瞳には映った。

 彼は、それらをおぞましく思う。
 その"口"の行動に、アベルの意思は一切介在していない。もし止められ
るものなら、遥か昔に止めている。呪われた化物の力など、喜んで捨て去
ってやる。

 だが、結局の所。
 アベルの意思が介在しないこの"口"たちの行動が、アベルの命を救う事
になるのだ。その事実に、アベルは苦笑と、そして運命の皮肉を感じない
わけにはいかなかった。

133 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:32:140

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>132

 突如、左手から全身に痛みが走る。直情的で、愉快なほどにシンプルな痛み。
 鋭い、ただひたすらに鋭い痛み。
 単純がゆえに、それはあたしの全神経に、的確な的確≠訴えてくれた。

「くぁ……!」

 絞られたトリガー。
 撃ち放たれた銃弾。アベルの頭―――のすぐ横を駆け抜けていった。
 M13の銃口。痛みのせいで、狙いが大きく逸れていた。

 熱を帯びた空薬莢が、チャンバーから飛び出した。痛みに奪われたあたしの思考。
 痛みの正体を知ろうと、瞳を左手に向けた。

 ―――……うそ、だろ?

 絶句。あたしの左手。食べられていた=B
 比喩でも隠喩でも無い。そのままの意味だ。
 あたしの血色の悪い腐りかけの左手が、アベルの鎌≠ノ音を立てて喰われていた。
 鎌が、あたしの左手の肉を、美味そうに租借し、飲み込んでいた。

 身の毛がよだつほどの戦慄。凍り付くほどの寒気。思考を破壊せんほどの驚愕。
 そして底の無い恐怖。
 感情に任せて、叫び散らしたかった。痛みのままに泣き喚きたかった。

 それが許されるだけの時間はあたしには残されていなかった。

 食い散らされたあたしの左手。トカゲの尻尾の如く、再生することは無かった。
 吸血鬼として生まれ変わってから今日まで、血を一滴も吸ってないあたしの体内には、
もう、再生なんぞに回すエネルギーは残されていないのだ。
 例えるなら、あたしはガス欠したメルセデスだ。幾ら優美な外見と、常識を超えた
スペックを持とうとも、ガソリンタンクの中身は、空っぽだ。
 動かすことなど、できやしない。

 固有結界の発動は、あたしの命≠ガソリンとして、エネルギーとして発動している
と考えて良いだろう。一発撃つたびに、死神の足音が近付いてくる。お笑いだった。
 何が死神だ。本物の死神はファントム・ドライただ一人だけだ。

 欠けた左手。鎌を握り直した。排出された空薬莢。雪の地面を叩いた。
 今度は、アベルが驚愕する番だった。
 なぜ、退かない。馬鹿野郎。右手が喰われたくらいで、ケツ捲れるわけがねえだろう。

「うわああああああああああああああ!!」

 意識を奮い立たせ、M13の銃口をアベルの腹に押しつけた。トリガーを引いた。
 また一歩、あたしは死へと近付いた。
 アベルは多分、十歩分ほど押し飛ばされたことだろう。

134 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:34:230
>>133
 腹部に重苦しく響く、どん、という衝撃。次いで訪れる浮遊感。
 自身に訪れているはずのそれらを、アベルは何処か他人事のように感じていた。
 痛みすら感じなかった。限度を超えた灼熱のそれが、一瞬にして脳の回路を焼
き切ったのかもしれない。

 そんな風に冷静に考えられる自分が、なんだかおかしかった。
 自分は果たして、今の状況を理解しているのだろうか?
 よくわからない。なんだか全てが他人事のような気がして、上手く考えがまとまら
ない。

 そんな胡乱な意識の中で、一つだけ、はっきりとわかることがあった。
 どうしてかは、わからない。だが、アベルはその事について、何故だか奇妙な確
信を得ていた。

(――ああ、これは致命傷だな――)

 浮遊するアベルは、ただぼんやりと、そして、やはり他人事のようにそんな事を考
えていた。

 腹部を貫いた、13mmの弾丸。そこは人体の中心部。肩などとはわけが違う。
 彼女の"能力"がどれくらいまで自身に影響を及ぼしたのかはわからない。
 だが、少なくとも内臓の殆どは持っていかれたと考えていいだろう。体内の"クル
ースニク"は、完全に活動を停止したわけではない。現に、13mmの暴力が身体
を貫いた今も、自分は生きている。本来ならば、即死だったろう。
 しかし、だからといって不活性化した今の状態でこのダメージを治癒できるとは
到底思えなかった。

 自分は死ぬだろう。この極東の地で。
 何も成せないまま、何も残せないまま――

(……いや、)

 手綱を緩めればすぐにでも飛んでいってしまいそうな意識を、無理矢理に手繰
り寄せる。離しかけた漆黒の大鎌を、再びしっかりと握りこむ。
 指の間から、さらりと黒い砂が舞った。"クルースニク"の活動も、どうやら限界に
近づいているらしい。

(……残された時間は、あと僅か)

 本来、自分が為すべき事は、とても果たせそうにない。
 ならば、ならばせめて――

(俺に……出来る事は―――!)

135 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:34:560
>>135
 宙で一回転し、着地。同時に、身体全体で屈みこみ、地面を蹴る。
 全身に、耐え難い痛みが走った。次はない。自分の身体に、そう告げられてい
るようだった。

 知ったことか。

 勢いのまま、刃を振るう。少女は跳躍。勢いを殺さずにターンし、鎌を振り上げ
て彼女を追い討つ。空中で身動きが取れないはずの少女は、しかし、自らに襲
い来る鎌を思い切り蹴りつけ、空中で一瞬だけ静止する。向けられる銃口。放
たれる弾丸。既に引き戻していた鎌が、その銃弾を両断する。
 そうしている間にも、柄を握った指の間からは、さらさらと黒い砂が、絶え間なく流
れ落ち続けていた。

 一挙手一投足その全てが、自分の命を縮ませているという実感。
 募る焦燥。果たして、間に合うだろうか?
 死ぬ事に恐れはない。ただ、成すべき事を成せない事だけが恐ろしい。
 呪い、否定し続けたこの身体に巣食う"クルースニク"。だが、今は。今だけは、ど
うか……

(俺に、時間を……!!)

 少女が着地する。身動きが取れない一瞬。
 その瞬間を、アベルは待っていた。

 鎌を手放し、手を伸ばす。しかし、彼女の驚異的な反応速度は、本来回避で
きないはずのそれすら後ろへの跳躍によって回避してみせた。空を切る右手。だが、
アベルは諦めなかった。足に力をこめようとして、入らない事に気付いた。だから、執
念を篭めて地面を蹴りつける。足がもつれた。だが、そんな事は関係ない。身体ご
との体当たり。そのまま胸倉を掴み、少女を引き倒そうとする。少女の抵抗。だが、
既に二人には、人外の力など残っていはしなかった。ならば、幾ら少女が優れた暗
殺者だろうと、2m近い巨躯のアベルに勝てるはずもない。

 力任せに、引き倒す。
 瞬間、アベルはぶちっ、という、何かを引きちぎる感触を感じた。
 少女の胸元から零れ落ちる、真鍮の懐中時計。
 それには、何度か見覚えがあった。昔、自分が少女……キャル・ディヴェンスと過
ごした時に。自分は、彼女が死ぬつもりだった事を知っていた。だから、止めようとし
た。しかし……止められなかった。
 思えば、あのとき彼女を止められなかった時から、こうなる事は決まっていたのかも
しれない。

 自分はいつもそうだな、と、アベルは思った。
 要領が悪く、いつも後悔ばかりしている。"クルースニク"となったあとは、特にだ。
 あの時ああしていれば。こうしていれば。そう思って自分を呪い、憎んだ事も数知
れない。

 もしかしたら、自分は最善を尽くしていなかったのではないだろうか?
 不老不死だと言う事に甘んじ、全力で事に当たってはいなかったのではないだろう
か?

 ……今更だ。
 命尽きるその時になってそんな事を思いつく自分を、アベルは心で嘲笑った。
 嘆くにはもう、遅すぎる。だからこそ……自分は絶対に、今為すべきことを為さねば
ならない。そう思うのだった。

 もつれるように、雪の上に倒れこむ二人。
 アベルにも少女にも、もはや微塵の余裕もない。だから、二人はすぐに次の行動に
移った。アベルはキャルに覆いかぶさる形で、何時の間に拾ったものか、愛用の旧式
リボルバーを彼女の額に押し当て―――少女はアベルを見上げる形で、ディエス・イ
レの銃口を彼の心臓に突きつけた。


――静止。
 そして、訪れる静寂――


 いつの間にか、夜の闇の中を、白い雪が舞い降り始めていた。
 先ほどまであれだけ騒々しかった夜は、今や沈黙が支配している。
 唯一の例外は、二人の間を低く流れる、哀愁の『The Real Folk Blues』――
それを奏でるのは、雪に埋もれた、小さな真鍮の懐中時計――。

136 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:37:000
>>134>>135
「……キャルさん」

 不意に。
 アベル・ナイトロードは、静かに口を開いた。

「これが、最後の……本当に最後の勧告です。どうか……どうか、お願いです
から……私と一緒にヴァチカンへと来てください。お願いします。絶対、悪いよう
にはしませんから」

 身体を支える腕が震える。腕に力が入らない。もう、とっくに限界だった。
 だが、それでも……アベルは、ぼろぼろになったその顔で笑って見せる。
 その瞳は、冬の湖面を思わせるアイスブルーだった。

「こう見えてもね、私、実は向こうでは結構な権限がありまして。ああいや、本当
に権限があるのは、私の上司なんですけどね……その方は吸血鬼にも理解が
ありますし、きっと悪いようにはしないと思うんですよ」

 言いながら、思う。
 この人は、きっと説得なんてされてはくれない。
 自分の行いは、きっと無駄に終わるだろう。

 だが、それでも。

「キャルさん、本当に……本当にお願いしますから……」

 声が震える。
 視界がぼやける。
 銃を構える腕のぶれは、恐らくは疲労のせいではない。

「承諾してくれないなら……私、撃ちますよ! 本当に、撃ちます! 本当は、
そんなのは嫌なんです! 撃ちたくなんてない! だから……うんと言ってくださ
い、キャルさん……私に、引き金を引かせないで……」

 自分は今、どんな顔をしているだろうか?
 一つ言える事は、いくら涙で目が曇ったとしても……この距離ならば外さない。
いや……外せないだろう、という事だけだった。

137 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:42:480

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>134>>135>>136

 胸元から零れた懐中時計が、地面を叩いた衝撃によってオルゴールを起動させた。
 奏でる旋律は意外にも【Jesus-Is Calling】ではなく―――

『One side of my eyes see tomorrow,And the other one see yesterday』
  ひとつの目で明日をみてひとつの目で昨日を見つめてる。
『I hope I could sleep in the cradle of your love, again』
  君の愛のゆりかごで、もう一度 安らかに眠れたら。

 ―――フィーアの奴……余計なことを。

 気付けば、純白の雪が静かに舞い落ちている。まるで闇を白に塗り尽くそうと足掻くか
のように、脆弱な粉雪が降っては堕ち、振っては堕ちた。
 その絨毯を背中に敷いて、折り重なるように倒れるあたしと神父。見るものが見れば
抱擁し合うような姿勢だが―――二人の間には、零の距離を永遠に変える二つの鉄塊。
 流れる哀愁のメロディ。
 背中に夜空と、降り注ぐ粉雪を背負う神父の姿は、まるで天使のようで―――

 あたしは自分の殺意を再確認した。

「―――撃てよ」

 あたしに残された世界≠ヘ、薬室に叩き込まれたこの一発限り。
 生も死も拒む停滞≠フ理は、確実に神父を滅びの道へと辿らせる。
 そしてその時、絶望を使い切ったあたしもまた―――消える。
 死ではなく消失。
 当然だ。親を拒み、命の供給を拒み、世界を拒み、全てを拒んだあたし。
 自分の世界を失えば、居場所なんて何処にもない。ただ、消えて失せる。
 だから、この二つの道はどちらを選んでも結果は同じ。同じなんだ―――

「あんたが撃てなければ、あたしが撃つ。そうすれば、死ぬのはあんただ」

 ―――その時は、あたしも。

「あんたのそのご大層な慈愛≠ヘ、あたし一人だけに向けられたものじゃないんだろう?
あたしのためだけの微笑みじゃないんだろう? そのご立派な理屈は、万人須く平等に
与えられるべきものなんだろう?」

 ふと、頭に引っかかる。この問答、生前にも経験がある……ような気がした。
 確かにあたしは、この神父が抜かすような愛≠真っ向から否定した。
 いつ、どこで―――そこまでは思い出せない。

138 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:43:060

>>137

「なら、あんたは此処で死を選べないはずだ。全世界の方向音痴な子羊連中全てを導いてやる
ために、生を選択してみろよ。死は救いにならない=\――そのふざけた台詞を、自分で
実戦してみろよ神父さん……いや、アベル・ナイトロード! てめえのあたし一人救えない
その優しさで、平和と安寧を謳歌するために―――撃ってみろよ!」

『It's too late to cry I love you』
  愛してたと嘆くには、あまりにも時は過ぎてしまった。

 気付けば頬を、冷たい水滴が撫でていた。涙? そんな馬鹿な。
 頬に落ちた粉雪が溶けんだろう。
 絶対零度のあたしの身体が雪を溶かす。なぜ?
 きっと神父に食われた左手が、無理に再生を試みようと足掻いているからだ。
 からっけつのガソリンが、どうしてもエネルギーを打ち出せないため―――あたしの身体
は熱暴走している。だから雪が溶けた。
 そうだ。そうに違いない。今のあたしに涙なんてあり得ない。

「もし、あんたが本当にあたしを愛していて、心底救いたいと思っているのなら。
どうしてあの時、あたしの両足をぶち抜いてでも止めようとしなかった。
 どうして―――どうして。
 焼け爛れた部屋で、一人玲二を待つあたし。日々を重ねるごとに憎悪を育てるあたしに、
手を差し伸べたのが、あんたではなく、サイスだったんだ。
 神が本当にいて、あんたの愛が本物ならば、救いのチャンスは確かにあった。
 なのに、周回遅れでのこのこと顔を出しやがって。今更、もうどうにもならねえ所まで
行き着いちまっていることが、分からねえあんたじゃねえだろう!? 本当に救いの想い
があるなら―――五年前の、あのキャル・ディヴェンスを助けてやれよ!」

 もう良い。もう良いんだ神父サマ。撃て。撃ってくれ。
 それがきっと、世界にとって最良の結果。
 二人仲良くくたばる必要はない。

 ただ―――トリガーにかけた人差し指が疼く。この男、世界全てに愛を振りまきかねない
この神父を、道連れにして逝くのも悪くはない、と思っている自分がいた。
 永遠の独占には遠く及ばないけれども。
 この男を殺せば。
 この男の愛を独り占めしてやれば。
 まだ、少しは、虚無への寂しさが紛れるかも知れないから。

139 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:44:160
>>137>>138
 目の前の少女は撃て、と言った。
 全てを諦めたような、生きる事に疲れたような、そんな昏い目をして。

 だが。
 だが、しかし。
 少女の双眸から、確かに流れ落ちているのだ。雪を溶かす、熱い涙が。

 アベルはその涙を見て、そして彼女の言葉を聞いて、ようやく理解した気
がした。彼女が何故、ここまで頑なに生きる事を拒むのか。何故、臆病とも
思えるほど、他人を拒むのか。

 少女は恐らく――寂しかったのだ。
 彼女を育ててくれた娼婦は、マフィアの抗争に巻き込まれ唐突に命を落と
し。悲しむ彼女に差し伸べられた優しさは、一方的に取り上げられて。後に
残ったのは、ただ復讐だけを心の拠り所にして生きる、孤独な日々。
 唯一の慰めは、愛する人の手による死という哀しいもので……しかし、そ
れすら取り上げられてしまった。

 だから彼女はきっと、優しさに対して、人の思いに対して非常に臆病にな
ってしまっているのだ。与えられなければ、失う事も無い。だから、彼女は拒
む。優しさを。人の、情を。

 だが、とアベルは思う。
 この世界は、誰かの支えなしに生きていけるほど優しくは無い。
 自分に吹くのは何時だって逆風で、その風は身を切るほどに冷たい。その
中を一人で、風に向かって真正面から立ち向かって歩くのは、とても難しく、
大変な事なのだ。

 五年前のキャル・ディヴェンスを救えと、彼女は言う。
 しかしアベルは、もし再び五年前のあの日に戻って自分にチャンスが与えら
れたとしても、きっとそれは出来ないだろう、と思った。あの頃の自分はまだ不
死者で、彼女の目は自分を見ておらず……何より、彼女が本当に欲しかったも
のを、アベルは理解出来ていなかったのだから。

 五年前は無理だった。
 だから。
 だから今、救わなければならない。彼女を。再び与えられたチャンスは、どう
しようもないほど意地悪く歪められたものであったけれど。けれど、それは確か
に与えられたのだ。再び。
 ならば、それを無駄にすることは、出来ない。

 手の震えが大きくなった。
 撃たなければ、撃たれる。そうすれば、死は間違いなく訪れるだろう。
 トリガーに掛かる指に、力が入る。
 怖い。
 素直にそう思った。
 死ぬ事は、怖い。死を恐れないなどというのは嘘っぱちだ。改めて直面する
それは、とても深く、昏かった。撃たなければ、その底知れない闇に自分は飲
まれるのだ。その恐怖に、アベルは全身を震わせた。
 だが――と、アベルは思う。
 もし今、引き金を引いて少女を撃ったとしても。
 それでもやはり、自分は死んでしまうのではないだろうか?

 覚悟を決めねばならなかった。
 少女を救うための、覚悟。
 為すべき事を為すための、覚悟。
 それは、つまり、



 ……オルゴールの音が止まる。
 その最後の一音を合図に、二人は同時にトリガーを引き、
 響いた銃声は、一つ。

 アベルが向けた銃口から、――硝煙は、あがらなかった。

140 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:45:040

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>139

「ば―――」

 銃声は一度しか響かなかった。手中のディエス・イレからは確実な反動。
 逆に眉間に突きつけられた神父のパーカッション・リボルバーは沈黙を守ったままだ。
 確実に銃爪は絞られたのに。あたしは、それを確認してから撃鉄を落としたのに。
 それが意味することは―――たった一つ。
 咄嗟に、周囲に視線を走らせる。
 あった―――いつの間に抜き取ったのか。雷管と弾丸、それに黒色火薬が白亜の雪面
に無造作に散らばっていた。これでは確かに、銃爪が引かれても弾は撃ち出されない。

「―――馬鹿野郎!」

 自分では鼻息荒く詰ったつもりだった。実際は語尾が震えていた。
 神父がごふり、と咳き込んだ。何でもない、心配はない。ただの咳だ。そう諭すように
微笑を称えながら、喉を鳴らす。
 ―――吐き出された鮮血が、あたしの顔面を朱に染めた。

「あんた、何を―――ば、馬鹿野郎。馬鹿野郎が! てめえ、あたしの話聞いてなかった
のかよ。こんな……くそったれが。馬鹿野郎。あんたマジで、何やってんだよ!」

 覆い被さる神父を押しのけ、雪の大地に寝かしつける。
 立ち上がると同時に覚える立ち眩み。視界が一瞬、色彩を忘れ、砂嵐に似たノイズが走る。
 致命傷なのは神父だけではない。あたしもまた、世界を使い切った代償を求められていた。
 まぁ、今すぐにでもくたばりそうな神父に比べれば、幾らか余裕はあるみたいだが。

 神父は―――もう駄目だった。
 あたしじゃなくても、素人目にだってそうと分かるほどの致命傷。
 未だ息があるのが不思議なぐらいだ。

 せっかく、神父が銃爪を引くのを待ってから発砲したと言うのに―――何だよ、これは。
 ひどく裏切られた気分だった。
 共に死ぬ。その覚悟あってのトリガーじゃなかったのか。
 あたしを欺いて、勝手に一人死んで―――それに何の意味がある。
 あたし一人、現実に取り残される。考え得る限り、最悪の終わり方だ。

「……んた、馬鹿だよ。生きろ≠チて言ったのはあんただったじゃん。死は何の解決
にもならない≠サう言っていたのは、あんただったじゃん。―――なのに、これは何だよ。
こんなの、ねえだろう……。あんた、あたし一人救った≠ツもりになって……それで
満足なのかよ。……違う、違うだろう。あんたみたいな男、待っている奴……世界に
もっといるはずなのに。あんたのそのうざったい優しさ≠チて奴は、そう言う奴等に
こそ見せつけてやるべきなのに―――どうして、こんないじけた亡霊に付き合って、
命の代価まで気前よく払っちまうんだよ!」

 だったら、あたしも連れていって欲しかった。一人で逝くなんてあまりに勝手だ。
 これがアベル神父サマの言う救い≠ネのか? こんな、虚無に虚無を重ねる行為が?
 馬鹿な。こいつだって薄々分かっていたはずだ。
 例えここで撃たなくても、あたしはもう限界だって言うことぐらい。

「―――あんた、こんなんで良いのかよ! 誰にも知られず、誰も救えず、こんな辺境
でくたばって……それであんたは満足なのかよ!」

 ふと、神父の鎌に食われた≠ヘずの左手が、痛みを訴えていないことに気付いた。
 視線を向ける。目視してみれば理由は単純だった。
 左腕の肘から先が炭化し、灰となって空気に溶けている。
 ぼろり、と崩れては消えゆくあたしの一部。痛みはない。
 まるで誰か、別の身体のようだ。

 あたしの世界の終焉とともに訪れる、あたしの消失。
 つまり、神父の欺きなんてまったくの無意味ということ。
 殺そうと殺さずとも、あたしはここで消えるんだ。

 なら、あたしは―――あんたと逝きたかったのに。

141 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:47:020
>>140
『満足なのかよ!』

 もう目も霞み、耳も殆ど聞こえなかったけれど。
 少女のその言葉だけは、アベルの耳にやけにはっきりと聞こえた。

「、か、いで……くださ……キャル、さん……」

 少女に向けて、小さく笑ってみせる。
 本当はもっと大きく笑えれば良いのだが、出来なかった。これで限界なのだ。
身体中の力を総動員させて、やっと作った笑顔だった。
 死は近い。だが、不思議と、その実感は得られなかった。先ほどまであれだ
け恐怖していたのが、まるで嘘のように穏やかな気分だ。だが、確実に限界は
近づいている。その前に、アベルには伝えなければならない事があった。

 間に合うだろうか?
 出来るだろうか?
――しなければならない。この少女を、救うと決めたのだから。

「無念でない、と言えば……もちろん、嘘、に、なります……」

 それが、偽らざる気持ちだった。
 満足か?
 そう聞かれれば、その答えはもちろん否だ。
 自分には為すべき事があった。どうしてもしなければいけない事が。その道
半ばにして死んでしまうという事は、やはり無念だ。

「……ですが、私は……後悔は、していません……」

 だが、それは仕方の無いことなのだ。
 人が死ぬ時、どうしたって無念は残る。それは例え、何かを為し、どんなに
幸せに生きた人間でもだ。そんな人間でも、死ぬ時にはそう……100%の内、
3%は無念という気持ちを残してしまうものなのだ。今自分が感じる無念さは、
恐らくそういったものだろう。

 何故なら――

「わた、……は……できますから……」

 もう声は掠れ、恐らく少女の耳には届いていまい。
 しかし、それでもなおアベルは伝えようと口を開く。懸命に。喉の奥から血が
血が溢れ出し、声が遮られても止めようとせず。もう動かない口元で作った優
しげな微笑を少女に向け、そして

『貴方を救う事が、出来ますから』

――言った。
 聞こえるはずのないその声で、しかしアベルは確かに――そう言った。

 伝えなければならない事は沢山あった。
 世界というものは、人に対して手を差し伸べてくれる事は無い。だから、時に
それは無情で、冷たいものだと思い込んでしまう事があるかもしれない。
 しかし、それは違うのだ、と。
 確かに、世界が人に対して手を差し伸べる事は無い。だが……一度自分が
手を差し伸べれば、世界は優しくその手を取ってくれるのだ、と。暖かく迎えてく
れるのだ、と。顔を上げて周囲を見回せば、いつだってそこには、自分を想ってく
れる人々がいるはずなのだ、と。
 それを、少女に伝えたかった。

 優しさはそこに、いつでもそこに転がっているはずなのに。
 少女には、それがわからなかったのだ。
 だから全てを拒絶し、自らを孤独の中に置いた。
 与えられたものを失う事を恐れるあまり、周囲を見回し、それを探す事を止め
てしまったキャル・ディヴェンス。彼女は死を渇望し、今まさにその深遠に向かって
歩みを進めている最中だ。

 彼女は言った。
『遅すぎた』、と。

 けれども、アベルはそうは思わなかった。
 だって、彼女は確かに求めたじゃないか。
 何を?

 優しさを。
 愛を。
――救いを。

 寂しいのはもう嫌だと……泣きながら、自分に手を差し伸べたじゃないか。
 ならば、遅いなんて事は、絶対にない。彼女はきっと、まだ間に合う。
 だから自分は、その手を取ろう。それが、今の自分に出来る事。そして恐らく、五
年の時を経て、再び少女と再会した事の意味。

 アベルはゆっくりと……本当にゆっくりと、少女に向けて腕を差し伸べる。
 伝えたい事、伝えなければいけない事――それを伝えるには、いったいどれくらい
の言葉を使えば良いのだろうか?
 何千?
 何万?
 ……わからなかった。わかる事といえば、自分にはもう、そんな時間は一切残され
ていないという事だけだ。
 だからアベルは、何も言わなかった。
 その代わり、小さく……掠れる声で、ぽつりと、

「……血を……」

 たった一言。それだけを、言った。
 それが、アベルが発する事が出来た、最後の言葉だった。

142 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:47:470

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>141

 血、を―――

 血、を。彼の、血を。
 飲め。

 最悪すら超越した圧倒的な絶望を前に、あたしは思わず眼を見開く。衝撃はうちから
身体を震わせた。めくれ上がる唇。この時を迎える至り、あたしは―――あたしは初めて、
今回の闘争に敗北したことに気付いた。
 あたしは負けたんだ、この男に。
 アベル・ナイトロードの欲求は、あまりに独善的で、あまりに身勝手で、あまりに
無垢で、それはもはや可能性の提示ですら無かった。命令だ。未来の押し売りだ。
 そんなこと、考えもしなかった―――

 あんたの血を飲め、と。
 頑なに人外としての自分≠拒んだあたしに、
 血を飲め、と。
 このあたしに更なる罪を重ねろ、と。
 その口が言うのか。
 死に瀕したその口が、あたしに絶望を与えるのか。

 自己犠牲なんて生温いものじゃない。
 お節介で片付けられるような、そんな行為じゃない。
 こいつは何だ。こいつはいったい何なんだ。
 どうしてこうまで、あたしを理解しようとしない!
 あたしの救いを望むと口で言いながら―――なぜ生きろと!

「あたしは……」

 あたしは孤独で構わなかったんだ。
 あたしは世界に何も欲求しない。世界に何も望まない。
 あたしが生前、求めたのは終わることだった。
 全てを自己で片付けることだった。世界と隔絶し、自らのうちで創造し、自らのうちで
完結させる超人になることだけが目的だった。
 そこにだけ、あたしの安寧はあった。
 そのために力を求めた。
 時に寂しさに耐えられず、涙を流したこともある。
 でも、それは寂しさに対する涙ではなかった。
 孤独を当然と享受できない、自身の脆弱さに対する絶望の涙だった。
 優しさも愛も、あたしには必要なかった。
 あたしが望んだのは、たった一人で生きていくことができる強さだった。
 なのに、この男は。
 この男は―――

「そんなあたしを否定し、甘やかす……」

143 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 02:48:200

>>141>>152

「そんなあたしを否定し、甘やかす……」

 でもそう、全ては終わってしまった過去。完結したあたしは、再びこの世に還り、半端
な個に戻った。ああ、なんてことだろうか。この男はあたしに「やり直せ」と言っている
んだ。既に一度体験した、苦痛しかなかったあの人生を。望みうる限り最上級のカタチで
幕を閉じることができたあの人生を。理不尽にも「やり直せ」と言っているんだ!
 また罪を重ね、生の痛みに打ちひしがれながら時を過ごせと言っているんだ!

 これは転生じゃない。黄泉返りでもない。永劫回帰だ。

 なんてサド野郎。そのためにこいつは自分すら殺しやがった。

「う……あ……」

 恐る恐る牙を剥く。もはやあたしに選択権はない。
 あたしは自分が大嫌いだ。
 自身から、一切の意義やら価値やらというものを見出したことがない。
 だから、自殺という痛みに耐えてまで自らを終えることもできない。肉体的な痛みに
甘受してまで幸福を得ることに、意味がまったく感ぜられないんだ。
 あたしは、弱い。結局、あたしは弱いままだった。
 最後の最後まで、自らの手で責任をもって自らを殺せなかった哀れなあたし。
 全ての元凶はそこにあるんだ。
 自分を殺すことができたら、罪を重ねることもなかった。
 いま、ここで、こいつの血を啜ることも拒めた。
 弱い―――なんて弱い、あたし。

「あたし……一人でなんて、もう、無理だよ」

 だからあんたを貰っていく。
 欠損ばかりのあたしの魂を、あんたという存在で補わせる。

 唇に触れた神父の首筋はとても冷たかった。
 牙を肌に押し当てるその時も、あたしは涙を止めることができなかった。
 喉が震え、嗚咽の声が漏れる。二度目の産声だ。
 いま、ついにあたしは―――産まれる。

144 名前:アベル・ナイトロード ◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 02:59:180
>>142>>143
 ……まるでそこだけが世界中から置き去りにされたかのように、静かだった。

 降り注ぐ雪。
 血を嚥下する音。

 カチッ。

 活力を失うアベル。
 活力を取り戻していくキャル・ディヴェンス。

 カチッ。

 時が止まっている。
 そう錯覚してもおかしくない時間だった。
 酷く儚く、酷く美しい、まるで映画のようなワンシーン。

 カチッ。

 23時59分59秒。
 その瞬間は、確かに永遠としてそこに存在した。
 だが、しかし、


――カチッ。


 しかし……それでも『思い出時計』は、『現在キャル』に進めと言った。

 0時00分00秒。

―――『昨日苦難の時』が終わり、
          そして、『今日聖夜』が始まる―――


145 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:00:270

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
             『THE REAL FOLK BLUES』
>>144

「あ、ああ……」

 灼熱のリキッドが喉を滑る、臓腑を舐める、毛細血管の隅々にまで行き渡る。
 意識の裏から浸食する魂の奔流。流れ込む神父の意識、神父の記憶、神父の理念、
神父の価値、神父の慟哭、神父の―――アベル・ナイトロードの微笑。
 溶ける。
 溶けてゆく。
 なんて心地良いぬくもり。
 感情を凍らせ、感性を硬化させて保っていたキャル・ディヴェンスというカタチが、
神父の魂に触れることにより崩れてゆく。あたしの孤高≠ェ否定されてゆく。
 もはや、あたしは単一じゃない。
 独りではない。
 個人でもない。
 キャル・ディヴェンスを内包した何か≠ノ昇華しようとしている。

 あたしが、あたしじゃなくなる感覚。
 ついに、あたしはあたしをやめられるのか。
 あたし以外の何かに、なれるのか。
 溶け合い、重なり合うあたしと神父。
 新たな理念が、新たな価値観があたしの常識を書き換えてゆく。
 編纂される魂。
 垢をこすり落とすように、かつてのあたしが駆逐され、新たなあたしが構成される。
 ああ、いまこそあたしは生まれ変わる。転生の時だ。

 ―――だというのに。

 あの馬鹿は。
 最期まで自分を省みようとしなかった、あの大馬鹿野郎は。
 アベル・ナイトロードっていう馬鹿は。
 この時に至り、まだあたし≠ノ生きろという。
 このあたしに生きろ、と。

 神父の魂がシルク生地の如く、あたしの魂を優しく包み込む。
 還ることもできぬか弱き雛鳥を、世界という名の外敵から守るアベルの殻。
 神父は、溶け合う魂による補完よりもあるがままの自己の存続を優先させた。
 あたしというカタチを保つための殻となり、甲冑となることを望んだ。
 究極のレディファースト。
 自分は何も語らず、何も示さない。ただ護るだけだ。
 ―――あるべきままのキャル・ディヴェンスであれ。
 そう、アベルの血が訴えていた。

「馬鹿……そんなの無理だよ。あたしがあたしのままに生まれ変わったら、また
同じコトを繰り返しちゃうじゃないか。同じ罪を重ねるだけじゃないか。そんな
コトも分からないのかよ。なあ、頼む。頼むよ……」

 消えゆくアベルの意思を引き留めようと、両腕で自分を抱き締めた。

「行っちゃ駄目だ! 行かないでくれ! あたしの中にいつまでもいてくれ!
あたし、分かったんだ。ようやく理解したんだ。あんたなら、玲二以上にあたし
の『理由』でいてくれるって―――あんたと一緒なら、永遠の孤独にだって耐え
られるって。新しい自分に、誰よりも強いキャルになれるんだって!」

 答えはない。脳裏に、ただ笑顔で頷く神父の姿が浮かび上がった。
 悪態も罵倒も慟哭も求愛も、全てを肯定してくれる、アベルの笑顔が。
 ―――でも、それじゃ駄目なんだ。

146 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:00:470

>>144>>145

 ―――でも、それじゃ駄目なんだ。
 あんたは、あたしを律してくれないと。あたしの理由であってくれないと。
 あたしのルールでいてくれないと、あたしはどうやって生きていけばいいのかすら、
分からない。指針が欲しいんだ。生きるための道が欲しいんだ。
 でも、全てを受け入れてくれる神父は、肝心な部分で強情で、あたしが本心から願って
いることだけはまったく聞き入れてくれなかった。

 あたしの中から、掛け替えのない彼の存在が去っていくのが分かる。
 いや、消えるわけじゃない。ただの器に徹しようとしているんだ。

「行かさない。行かすもんか! あんたはあたしのものだ。あたしはあんたものだ!」

 シースナイフを腰から抜き放つ。
 ろくに研がれていない刃。アベルの鎌に喰われて、肉切れと化した左腕に叩き付けた。
 骨ごと斬り落とす。切り口から覗く肉が蠢いた。
 再生能力の復活。アベルの血があたしの身体に不死の活力を与えていた。
 ぼやぼやしている暇はない。作業は着実に、素早く行う必要があった。
 隻腕のキャル・ディヴェンス―――続いて、アベルだった者の左腕も斬り落とした。
 出血は殆ど無い。カソックの袖を破り捨てる。サイズも長さも規格に合わぬ神父の腕
―――無理矢理、失ったあたしの左腕に繋ぎ止めた。

「この左腕はあんたの腕だ。この肉はあんたの肉だ。これがある限り、あんたはあたし
と一緒であり続ける―――少なくとも、その一部は!」

 あまりの虚しさに涙が溢れた。
 アベルの腕を受け入れたあたしの身体が、左手を都合の良いように作り変えて行く。
 骨が削られ、肉が縮んだ。見る間にサイズが縮み、あたしの腕になる。
 そう、これはあたしの腕だ。あたしが取り込み、作り変えたあたしの腕だ。
 アベルの腕なんかじゃない。
 分かっている。分かっているさ。でも―――

「それでも……これはあんたの腕だ。あたしの中では、あんたの腕だ」

 アベル・ナイトロードという男が生きた証をこの身に刻み込みたかった。
 あるべきままの自分であれ―――そう言い残して、アベル自身は消え失せてしまう
なんて、あまりにも寂しすぎた。世界の誰もが忘れても自分だけは覚えていたかった。
 例えそれは、何よりもアベルが忌避していた事態だったとしても。

「なぁ、いいだろう? この腕ぐらい、いいだろう?」

 仕方ないですね。そう嘆息する神父の姿が確かに見えた。
 満足げに頷く。ありがとう、アベル。そしてごめんね。

147 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:01:520
>>146

 積雪の絨毯をアベルの生命が紅く染めていた。
 紅……アカ、あか。
 促されるように空を見上げる。
 黄金の月が闇に浮かんでいた。
 ああ、なんてことだろうか。
 世界は色彩で満ちていた。
 ここはもはや白黒二階調が支配する荒野なんかじゃない。
 あたしはあたしの色を取り戻したんだ。

 空が高く、星は輝く。そんな当然の事柄を久しく忘れていたような気がする。
 なんて下らない、使い古された感動。そんな当たり前で、陳腐で、どうでも良いことに
しか想いを馳せることができないあたしは―――結局、あたしでしかないんだ。

 キャル・ディヴェンスは生まれ変わっても、
 キャル・ディヴェンスのままだった。

148 名前:◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:02:560








 ――― 一年後、ロンドン。

  第九次十字軍結成。英国へ向けて再征服計画発動。
  今宵、ロンドンの街は炎により更新された。

149 名前:ダンディライオンandガンスリンガー ◆AXLIoNwavo :2006/12/08(金) 03:04:280

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
             『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>148

「冗談じゃねえぞ」
 廃墟と化したウェストミンスターを、一台の車影が疾駆する。
「まったく冗談じゃねえ」

 マイティマイトM422A1。アメリカ海兵隊から買い取った一世代昔の軍用ジープだ。
 カーキのボディにはネイビーマークの代わりに、十字に鉄鎖が巻かれた国務聖省
のロゴが描かれている。
 車上に人影が二つ。一つは後部の荷台から、後方を油断なく睨め付けている。
 瓦礫を蹴散らすジープの速度と言い、この冷徹な監視者の緊張具合といい、この場
が戦場であるということを差し引いても尋常ではない空気だ。
 まるで何かに追われることを怖れている様子だった。

「だから、冗談じゃねえんだって!」

 繰り返し叫び続けているのはハンドルを握る蓬髪の男だ。2メートル近い巨躯を
狂騒で漲らせている。普段は威圧的に見える派遣執行官のカソック姿も、野性を窺
わせる浅黒く毛深い肌も、恐れのせいか今は心許ない。

「冗談じゃねえ。あれは……あれは、くそっ。冗談じゃねえ」

「―――肯定。あれは冗談では済まされない代物だ」
 後部荷台に座る監視者は、凍り付いた表情を微塵も溶かさずに口を開いた。
「が、その事実を言葉にするのはこれで34回目だダンディライオン=B感情を抑制
することを推奨する。余計な畏怖は冷静な判断を阻害するため、戦場では命取りになる」

「余計? 余計だっていうのか、あれが」
 ハンドルに拳を叩き付け、半ばやけっぱちに巨躯の男は嗤う。
「俺達が、天下のAxが。くそったれな十字軍が。我等がヴァチカン様が、ただ喰われ
るしかなかったんだぞ。ケツをまいて逃げるしかなかったんだぞ。為す術もなく崩れ去
るしかなかったんだぞ。それをトレス―――てめえは余計だっていうのか」

「……ダンディライオン、戦場ではコードネームで呼ぶのが決まりだ」
「ああ、そうかよガンスリンガー=Bそいつは悪かったな。次があったら気を付ける。
だけどな、生憎とここは戦場じゃねえ。―――屠殺場だ」

  あれが英国だっていうのか。
  あれが国教騎士団だっていうのか。
  あれが、
  あれが―――ドラキュラなのか。

 巨躯の男は、自分の視力を確かめるかのように瞼に掌を重ねた。
 男とて、人生の半分以上を戦場で過ごしてきた人間だ。
 恐怖や緊張を抑制する術は心得ている。
 だけど、あれは駄目だった。あれに対しての畏怖は理性で操作できるものではない。
 一個の生命としての本質が、恐怖という名の警鐘を打ち鳴らしてしまうのだ。
 それは彼に限った話ではない。背後の監視者も同じだ。言葉や態度ではいつもの怜悧
を装っているが、その過剰なまでの警戒態勢が監視者なりの畏れを物語っている。

150 名前:ダンディライオンandガンスリンガー ◆AXLIoNwavo :2006/12/08(金) 03:04:550

>>149

「……ほんと、冗談じゃねえんだ」
 ようやく気持ちに整理がついたのか、男は深く息を吐いた。
「―――なあ。プロフェッサー≠ニジプシークイーン≠ヘ無事みたいだが……
ソードダンサー≠フ方はどうなったんだ。アメリカさんの保護には成功したのか」

「2分42秒前に連絡が入った。マグダラ教会と防疫修道会、それぞれのエージェントを
無事保護した後にアイアンメイデン≠ェ回収している。ソードダンサー∞ノウ
フェイス=Aともに交戦の結果が重傷を負ったとの報告を受けた。命に別状はない」

 あの武闘派組を持ってすら逃げるので精一杯だったのだ。俺達にいったい何ができる
って言うんだ―――口内で呻きつつ、男は更に深くアクセルを踏み込んだ。

「ディーガイスト≠ニブラックウィンドウ≠ヘどうした。ノウフェイスで重傷なら、
あのイカレコンビは絶滅か? ついにくたばりやがったに違いねえ」
「否定。36秒前に連絡が入った。ブラックウィンドウは無事回収された。目立った
外傷はないと言っている。先導していた騎士団は全滅だ」
「ああ? ディーガイスト≠ヘまだ回収されてねえって言うのかよ」
「肯定。途中で別行動に入っている。ブラックウィンドウは彼女から『やり残したこと
がある』と言付けをもらっている」

「―――冗談じゃねえぞ!」
 拳への負担も考えず、男は激昂に任せてダッシュボードを殴りつけた。

「36回目だ、ダンディライオン」と監視者。うるせえ、と男は呻く。
「あのアマ……この混乱に紛れて逃げる気じゃねえのか」
「否定。その可能性はない。理由もない」
「だから、うるせえ! 言ってみただけだ。んなことは俺だって分かってる!」

 ヴァッファンクーロ、ポルカミゼーリア、ロンピコッリョーニ―――あの淫売め。
どういうつもりだってんだ。逃げる可能性はねえと言っても、このまま逃げる足も
なく街をさまよえば、確実にあいつ≠ノ呑まれてお終いだ。
 そりゃ逃亡と同じだろうが。
 そんな勝手は許せねえ。あの売女を縊り殺すのは―――この俺だ!

 ブレーキを踏み込み、限界までハンドルを切った。アスファルトと後輪が噛み
合い、悲鳴をあげる。遠心力に揺られながら今度はアクセル。スピードを殺さず
にマイティマイトは進行方向を180度切り替えた。

「―――ダンディライオン、彼女の回収命令は出ていない」
 監視者は変わらず抑揚の欠けた声で言う。
「……ああ、そうみたいだな」忌々しげに男は答えた。

「だが――」監視者が男に一瞥をよこす。「回収を禁止する命令も出ていない」

 監視者の言葉に、男は短く鼻を鳴らした。

「ああ、そうみたいだな」

151 名前:吾妻玲二 ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:06:110

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
             『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>148>>149>>150

『―――全武装神父隊に告ぐ。第9次十字軍遠征レコンキスタは完全に壊滅した。
夢は醒める。ヴァチカンへ帰還せよ。繰り返す、ヴァチカンへ帰還せよ』

 無線のスピーカー越しに響く、神父アレクサンド・アンデルセンの声。確固たる意思と
冷然なる理性を否が応でも感じさせる、畏怖の声音が―――退却命令を下した。
 夢は醒める。偉大なる神父はそう言った。
 この饗宴(シンポシオン)も幕だと彼は宣言したのだ。

 食屍鬼化した英国市民の浄火°yび、はぐれた武装親衛隊員の掃討の任に当たってい
た玲二は命令を口内で反芻すると(「御然らば」の叫びとももに無線は切られていた)
構えていたガリル・ショート・アサルト・ライフルの銃口をおろし、ようやく一息ついた。
 既にナチス連中との決戦の任は13課からヴァチカナンガーズやマルタ騎士団によって
編成された「空中機動十字軍」とやらに委譲されているとは言え、あらためて言葉で帰還
の令号が発せられるのは嬉しかった。
 このような絶望の死都からは1秒でも疾く脱出したいのが本音だ。

 メキシコ南部での奇怪な事件以来、保身と生活を求めて駆け抜けた元亡霊が手にした
役職―――代行者。教皇庁第13課イスカリオテの武装神父として1年弱、神の敵なる者の
暗殺を請け負っていた玲二が行き着いた先は、死都ロンドンでの戦争行為だった。
 神罰の代行者。教皇庁の殺し屋という身分は、インフェルノの追走を避ける身分とし
てこの上なく重宝した。だが、それもいい加減見切り時だろう。所詮、自分は雇われの
兵に過ぎぬ。命を賭してまで決戦に望むほどの信仰は、彼には無かった。
 給料と恩義の分の働きはした。ここより先は、地獄まで駆け抜けるのは―――真なる
神の使徒の領分だ。そして玲二が信ずるのは自己と1人の女だけだった。

「……エレン、聞いたか。マクスウェルが死んだらしい。アンデルセン神父は帰還命令
を発したよ。俺たちの仕事は終わった」

 暫くして、食屍鬼に蹂躙され廃屋と化したアパートから1人の少女が姿を覗かせた。
 影から影が離反するかのような、音も動きも無き歩み。距離を置いて、玲二のサポート
に徹していた少女エレンは廃都に相応しき醒めた目で相棒を見据えた。
 手にはガリル・ライフルの狙撃仕様がしっかりと構えられている。
 自然な動作で周辺に警戒の視線を飛ばしながら、エレンは口を開いた。

「ええ。ヘルシング局長の拘束も失敗したみたいね。ハインケルが無線で決死隊を募って
いるわ。ロンドンの中心で―――ナチスと十字軍が戦端を開くべきだった場所で、何かが
起こっているみたい……」

 そう言うとエレンは瞳に僅かな脅えを灯して、自らの胸を自らの腕で抱いた。
 中心で何かが起こっている。マクスウェルは死に、十字軍は瓦解し、アンデルセンは
13課の帰還命令とともに「御然らば」と叫んだ。何かが起こっていることは間違いない。
 この非常識の渦潮を圧倒する更なる悪夢が、ナチスもヴァチカンも英国も蹂躙している。
 戦慄が背中を舐めた。深入りしすぎたか―――と相変わらずの判断の遅さに内省しつつ、
エレンに向けて「帰ろう」と言い放った。

「埋葬機関も特務聖省もすでに撤退を始めている。元々、今回の遠征はマクスウェル局長
に全権が委任されていた―――連中にとってみれば他人の十字軍だ。こんなわけもわから
ない℃桝ヤに至って、わけもわからず自軍の兵力を失っても面白くないだろう。義理さえ
果たせば当然、撤退も早い。連中に紛れて、俺たちもロンドンを離れよう」
「あなたに任せるわ……」

 言ってアインは空を見上げた。小爆発が断続的に続くロンドンの夜空。彼方からの暁
に染まりつつある闇夜には、閃光の火花を咲かせる十字軍のブラックホークが飛んでいる。
 いや、より正確に言えば墜ちている。次から次へと爆砕しては墜落している。虎の子の
空域制圧能力が駆逐されていく。その光景だけで十字軍の劣勢も知れるというものだ。

 ―――ほんと、何が起こっているんだ。

 疑問を抱くには抱いたが、だからと言って答えを知ろうとはとても思えなかった。

152 名前:吾妻玲二 ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:06:460

>>148>>149>>150>>151

 その時、だ。
 ビル群の一角から―――否、建築物の隙間という隙間から、闇が溢れ出した。
 空間の静寂は侵さず。ただ汚濁の闇が、黒い泥土が区画を満たし始めたのだ。
 闇? 泥?
 いや、違う。
 これは―――これは―――

 軍馬の群れ!? 甲冑の騎馬隊!?

「エレン!」

 警告の雄叫びは、自身の銃口より発せられた連続する発砲音にかき消された。
 シルバージャケットの高速弾が、甲冑ごと朽ちた騎兵を撃ち貫く。
 数秒で弾倉から全ての弾丸を吐き出した。横薙ぎの掃射により、前列の騎馬兵をほぼ
全て馬上から叩き落とすことに成功したが―――止まらない。
 相手は群だ。個をいくら潰そうと、群が止まることはない。
 エレンのグレネードピストルが火の雨を降らした。
 爆風と灼熱に死兵は駆逐されるが、やはり勢いが衰えることはない。
 ここに至りナチス兵でもヴァチカンでもない、第三の戦力の到来に玲二は絶望を覚えつ
つ、リロードしたガリルで正確無比な連射を繰り返す。エレンも彼処に仕掛けたクレイモ
ア地雷を片っ端から起爆させ兵力を容赦なく奪い取る。
 だが火力は此方に分があろうと、兵力と機動力の差は絶望的だった。

「エレン!」
 目前に迫った騎馬群に5.56x45mmの応酬を浴びせながら、玲二は叫んだ。
「2ブロック先の、埋葬機関の脱出ルートを使え! シエルさんが待っているはずだ!
だから疾く―――疾く、エレン!」

 エレンは進んだ。前へ。
 しんがりはわたしの役目。そう言わんばかりに、前へと進んだ。
 その手中にはテルミット手榴弾が握られている。

  ああ、そうだろうな。
  エレンなら、彼女なら、そこでそうするだろうな。
  くそ。そんなこと、分かり切った答えじゃないか。
  だって言うのにまたしても俺は遅れた。
  このまま状況に流されたら、死ぬのは彼女で、生きるのは俺だ。
  エレンの思い通りの結末を描いてしまう。
  愚昧で、くだらない、吐き気を催すエピローグだ。
  そのエンドロールを俺は拒絶する。

 ―――エレンの足を撃ち抜こう。

 この混沌の状況下で玲二が下した最良の判断。
 後のことよりまず、死にたがる彼女を止めなくては。
 迷いはある。が、ここで躊躇ったら死ぬのはエレンだ!

 セミオートに切り替えたガリル・ライフルの照星がエレンの脚部を睨め付ける。
 絞られるトリガー。
 撃ち放たれる高速弾。
 大気を穿つ銀の閃光。
 クロスに輝く銃火。
 そして絶望。
 最愛のヒトをまたしても撃ってしまった、絶望。
 その悔恨はしかし、弾かれたライフル弾とともに行き場を失う。  

153 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:07:520
          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
               『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>151>>152

 戦火は混乱に始まり、やがて混沌に落ち着く。
 人工の灯火を戦場の篝火が駆逐し、篝火は亡者の戦列に呑まれて消える。
 地上は地獄だった。
 本物の地獄がロンドンを覆うとしていた。
 この闇の前では、過去からの亡霊も神の使徒も等しく無力だ。

 スイス・リ・インシュランス・タワー―――ロンドンの大地からそそり立つ
巨大な男根のいただきで、あたしは地上の地獄(エデン)を睥睨する。
 葉巻型の珍妙なビルは電力の供給を完全に失いその機能を停止させていたが、
興奮だけは醒めぬようで未だ萎えることはない。
「卑猥なガーキン」の俗称に恥じぬ屹立振りだ。

 地上1200フィート(370メートル)。この高度ならば、地上の芥を狙撃する
ことも、ツェッペリンのゴンドラから高みの見物を決め込んでいるルフトヴァ
ッフェの操縦士を撃ち抜くことも可能だ。まさに絶好のシーンで、事実あたし
は超長距離狙撃仕様のフリークス・ライフルを用いて何発か飛行船に爆裂焼夷弾
を撃ち込むことに成功していた。低高度を漂う飛行船は巨大な風船に等しく、
射的の的としてはあまりにイージーだ。
 だけど、そのフリークス・ライフル――あたし達のボスが、フリークス・
ウェポンの開発では他機関を圧倒して優秀なヘルシング局長からプレゼント
された大口径狙撃銃――も、今はその長大な銃身を失い、沈黙を守っている。

『対人外決戦仕様独立支援狙撃砲ブロッサム-0(オー)』

 何でもいま現在、魔都の中央でヘルシング局長を護っているドラキュリーナの
愛銃―――そのプロトタイプらしい。大層な由来の割に使い勝手は最低のでくだ。
 水冷ユニットを銃身に組み込んでいるためタダでさえ長大な銃身が、余計に
分厚くになっていて見栄えも悪い。何よりも自重に水の重さが加わって、常人
ではまず持ち歩けない重量になっていた。何が独立支援火器だ。
 スマートで高性能な重火器はガンスリンガーへ。
 こういった無骨で奇怪なフリークス・ウェポンはこのあたしに。
 これがAxの現実だった。
「撃ちまくるな」「一発一発確実に撃ち抜け」「撃つたびに衝撃で照準が狂う
から気を付けろ」「とにかく撃ちまくるな」「撃ちまくったら殺す」
 ブロッサムの整備と改良をしたダンディライオンの有り難い忠告/脅迫。
 できるだけ尊重したつもりだったが、結局は天国に召されてしまった。
 大した戦果も上げていない。これを現場には下ろさず、あくまで発展型への
叩き台として利用したヘルシング局長の気持ちがよく分かった。
 使い物になんねえよ、コレ。

 残る武装は抗不死仕様のミスリル・ナイフと古くさい拳銃一挺のみ。
 国務聖省の派遣執行官を名乗るにはあまりに頼りない。
 だが、あたしにはこれで十分と言えた。少なくとも、残された仕事を―――
あたしがあたしに課した、あたしだけの任務を完遂するには。

154 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:08:230

Epilog
>>151>>152>>153

 幸いにもターゲットは既に可視領域に捉えている。
 わざわざブラックウィンドウと別行動を取ってまで、こんな下品なビルに
昇ったのには狙撃以外にも理由があるんだ。
 シーンはクライマックス。場は大いに盛り上がっている。
 あのそら怖ろしい闇≠ニ一戦を交えるのはご遠慮願いたいところだったが、
こうなっちまったら仕方ないだろう。あたしは身体を傾けると屋上の縁を蹴り、
1200フィート下に広がる地獄へと身を投げた。
 2層ガラスの壁面を疾駆する。28階部で跳躍。道路を挟んで隣に佇むビルの
屋上に飛び移った。それを繰り返してロイズ保険ビルへ、そしてまた跳躍。
 カソックが風を受けて、翼の如く羽ばたいた。
 この硝煙の臭い。この血臭。この澱んだ闇の臭い。実に心地良い。
 過去という名の一切からあたしを解き放つには、絶好のシーンだ。

 最後の跳躍を終え、あとは重力に引き摺られるままに落下を続ける。
 風の煽りに髪型が再起不能なほどに乱れるが、まぁしかたない。
 何せ、眼下ではいままさに死の饗宴風景が広がっているんだから。

 二人の男女が地獄よりはい出した亡者を相手に、必死の抵抗を続けていた。
 状況は如何にも劣勢。分かり切った展開だ。
 人間/人外を問わずあれ≠相手取るなんて不可能だった。

 女が亡者に向けて駆け出した。
 手にはテルミット手榴弾。この距離からでもはっきりと識別できた。
 あいつのことだ。他にも火力を増す仕込みがあるんだろう。
 少なくとも、この状況で自分が犠牲になれば男を逃がせる―――そう確信
できる程度の仕込みは。

 それに対する男に行動。ライフルの銃口を女に向けた。
 女を止めるための強攻。
 嬉しさに喉が震えた。実に奴らしい選択じゃないか。

 あたしは臀部のホルスターから愛用の拳銃―――かつてのあたしを知っている
奴ならば、誰も意外性に驚くだろうパーカッション・リボルバーを抜き放つ。
 骨董趣味の領域から抜け出すことのない実用性/信頼性において全てが自動
拳銃を下回る雷管式回転拳銃。これが今のあたしの愛銃だった。
 あたしの力を120パーセント引き出してくれる拳銃はこれしかなかった。
 ハンマーを上げて左手≠ナ構える。あたしの目線/リアサイト/フロント
サイト/そしてターゲットが一直線上に並んだ。
 自由落下するあたしの身体/音速で這う高速弾/.44パーカッション口径弾
の弾速/空気抵抗―――全てを受け入れたあたしの世界が、現実を犯す。
 グリップから左手を通して伝わる一体感。
 あたしはもう、何も怖くない。

 トリガーは一度だけ、確実に絞った。

155 名前:吾妻玲二 ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:09:160

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
               『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>153>>154


 不可視の衝撃が、エレンの足下へと馳せる音速のライフル弾を弾き飛ばした。
 後方からの銃撃。そう察する暇もなく、立て続けに二射三射が撃ち込まれる。
 イェニチェリの屍兵の頭部が根こそぎ穿たれ、フルプレートの騎馬兵の胸部
に肉片の花が咲いた。撃ち抜かれた虚ろな戦士達はたちまち黒い泥に還ると
――驚くべきことに!――再び人の形を取ることは無かった。

「なんだ……」

 高速弾のフルオート射撃や一万個近いボールベアリングの拡散でも止まる
ことの無かった漆黒の騎兵連中が、僅か数発の射撃で戦列を崩している。
 関知しない第三軍の襲来に十字軍の壊滅。
 なけなしの命を投げ出す相棒。必死で止める自分。
 それすらも無に帰す謎の射撃。
 そして不死身かと思われた第三軍の乱れ。
 もはや事態は玲二の解せる範疇を超越していた。
 魔都と化したロンドンに人智が光明を照らすことはもう無いのか。
 思わず空を仰ぎたくなるが、この状況では祈りの時間をすら与えられない。

「エレン!」

 玲二の判断は素早い。彼の目的は状況の把握では無く、この混沌の戦場から
生きて帰ることだ。貴重な時間を費やしてまで理解に努めるつもりはない。
 生き延びる機会があれば、それを利用し尽くすまでだ。
 玲二はエレンにも退却を促すため声を大にして語りかけたが、ともに非日常の
日々を駆け抜けた相棒は、玲二ほどに簡潔な思考はできなかったみたいだ。
 呆然と空を見上げている。

 どん、と背後で衝撃音。地を一瞬だが揺るがす。
 かなり高度から落下してきたらしい。
 炎に撒かれたヘリから、パイロットが飛び降りたのか?
 だが、このタイミング、この状況でそんな偶然が―――

 エレンは10メートル近く先のアスファルトで棒立ちのまま、玲二を―――いや、
その背後に立つ者の姿を見入っている。目を見開いて、驚きに状況すら忘れて。
 こうまで驚愕を露わにする彼女の姿は久しく見ていなかった。

 釣られるように、玲二の目も背中越しに後方へと向けられてゆく。

156 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:10:090

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
             『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>155

 視界に飛び込んだ亡者どもを、手当たり次第に撃ち抜く。
 5発で撃ち留め―――舌打ち。
 だけど、こればかりは不満を訴えてもしかたがない。
 用済みとなったシリンダーをジョイントアウト。
 6発の弾丸と黒色火薬、雷管が詰まった新たなシリンダーを取り付ける。
 手慣れたリロード。そこで自由落下も終点を迎える。
 地面の接近/着地。衝撃が体内に留まらぬよう、肉や骨に逃がす。
 結果、筋肉が潰れ骨が砕けた。が、即座に再生。
 あらかじめ損傷部位を決めて、そこのみに回復を集中させれば再生も早い。

 着地のエネルギーが消え去り、全身が再生されたことを確認すると――この間
約三秒。あたしにしてはまずまずだ――無傷を装って立ち上がった。

 あたしを含めた三人を取り囲む死の河≠見渡す。
 泥に還った闇が蠢いている。ノーライフキング・キングが解放した闇が。
 今にもまたカタチを取り戻し、あたし達に殺到しかねない様子だ。
 背中に冷たい何かが走る。
 ドラキュラが抱える数十万匹の兵士。その一部を確かにあたしは怯ませた。
 だけど殺したわけじゃない。あくまで穿ち、傷口を停滞させただけだ。
 結果、人型を保ちきれずに泥に還った。それだけの話だった。
 威力そのものは大口径とは言え、たかが拳銃弾。
 あのバケモノの中のバケモノを殺しきれるもんじゃない。

 為すべきことは的確に、そして迅速にやり遂げる必要があった。
 いつだってそうだ。
 擬似的な永遠を得た今でさえ、時間はあたしを待たずに置いていく。

 そしてあたしは、真紅の視線を闇より逸らし―――運命と向き合った。
 四つの瞳と二つの視線が全てあたしに集中する。簡素なカソックを外套代わ
りに羽織った二人の亡霊―――玲二にアイン。
 いったい何年振りの再会だろうか。状況を忘れた驚愕の有様から、サプライズ
に満ちた再会はまず成功と言っていいようだ。
 だけど、真紅の双眸/色褪せた金髪/氷の肌/悪戯っぽく覗かせている牙/
そして、二人のカソックとは対照的に過剰な装身具で飾り立てた執行官規定
の聖服―――これらが意味することまで理解できているんだろうか。

157 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:10:290
Epilog
>>155>>156

「―――駄目だったぜ、玲二」

 喉から溢れる笑みを嗤笑に変える。

「醒めない夢なんてどこにも無かったよ。あたしはあたしという存在に回帰
しちまった。だからあたしは繰り返す。あんたにだけはどうしても思い知ら
せなくちゃいけないコトがあるからね。あたしはもう、それを躊躇わない」

 正気に還ったのはアインが先だった。表情を強張らせ、ライフルを構える。
 だけど撃てない。あたしと奴との間には玲二がいる。
 軽く地面を蹴った。未だ食い入るようにあたしを見つめて動かない―――
いや、動けない玲二に駆け寄る。アインもライフルを捨てて、走った。
 手には代わりに銀メッキのシースナイフが握られている。
 なるほど、確かにその武装ならあたしを殺せる。
 間に合えば、の話だが。

 パーカッション・リボルバーの銃口を持ち上げる。
 目を剥く玲二。それでも動かない。
 アインが弾丸のように駆ける。人外の脚力には敵わないと見て、パイソンを
抜いていた。玲二という遮蔽物越しにあたしを撃ち抜いてみるか。
 けど、あたしは知っている。今の奴じゃ撃てない。
 玲二はアインを撃てる。けど、アインは玲二を絶対に撃てない。

 周囲では既に、ノーライフキングの兵士達が活動を再開している。
 あたしの心象世界を呆気なく駆逐して、カタチを取り戻していた。
 だけど、構う必要はない。

 あたしは持ち上げた左手で、
 あいつの左手で、

158 名前:ダンディライオンandガンスリンガー ◆AXLIoNwavo :2006/12/08(金) 03:11:490

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
             『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>156>>157


 煉獄門が開放される。
 轟、と亡者の戦列―――その一角に炎の壁が立ち上がった。
 この世の全ての罪を焼き尽くす、1300度の浄化の炎だ。
 更に光芒が一つ、二つ、三つ。
 吐き出されたテルミット焼夷弾が、罪を求めて猛り狂った。

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 炎の壁を割って、地獄へと吶喊する鋼鉄の騎馬―――マイティマイトM422A1。
 そのカーキのボディには鉄鎖に縛られた十字、国務聖省特務分室の識別マーク
が描かれている。―――地獄の悪魔を駆逐する執行官の登場だ。

「だああああああああ! 来い、来やがれ、神の怒りは熱いぞ。いつだって
情熱に満ちているからな!」

 絶妙なハンドル捌きに荒々しいブレーキ/アクセル。
 レオン・ガルシア・デ・アストゥリアスは半ばやけっぱちに怒鳴り散らしな
がら、マイティマイトを駆って死河の渡航を敢行する。

「冗談じゃねえって! 分かっていたのに。こんなのは人間サマが相手をする
領分じゃねえって散々思い知ったはずなのに。……ああ、くそったれ。くそっ
たれが! 俺はどうしてここにいるんだ! ああ、もう! ああ、もう!
殺るしかねえよな! 殺るしかねえよな! 分かったよ、来いよ! 皆殺しだ!」

 立ち塞がる亡者の騎馬は、容赦なく鋼鉄の牙(バンパー)に駆逐された。
 狂騒状態を装いながらも、運転だけは正確なダンディライオン=B
 口元にはあまりに皮肉過ぎる状況に、自嘲の笑みすら浮かんでいた。

「―――肯定だ、ダンディライオン」

 その巨大な背中越しに怜悧な声が響く。

「戦術プログラムを殲滅戦使用に書き換え。戦闘開始! ―――弾薬の貯蔵は
余りある。俺はまだ戦える。それが全てだ。殺しきれるかどうか、それを判断
するのは俺の役目ではない」

 HC-IIIX(ハー・ケー・トレス・イクス)の索敵バイザーが、半径50メートル
に存在する全ての敵≠補足した。

「『そうあれかしと叫んで撃てば』ってか! 愉快なことを言ってくれるが、
それは狂信者の手管だな。俺達の領分じゃねえぞ、ガンスリンガー!」

「否定だ。この状況が既に狂気の産物。誰が狂っていて、誰が平常という識別は
ナンセンスだ。現在、必要な識別は1パターンのみ。―――敵か味方か、だ」

 マイティマイトの荷台に車載したMk.19グレネードランチャーが、ベルトリンク
されたテルミット焼夷擲弾を連続して発射する。火炎が火炎を呼び起こした。
 ガンスリンガーは、Mk.19を左手一本で操作しつつ、残る右手で固定ユニット
で右腕に装備したゼネラル・エレクトリックM134―――通称ミニ・ガン≠
操っている。分間6000発の勢いで射出される7.62mmx51のシルバー・ジャケット
が、炎に撒かれた亡者を片っ端から薙ぎ倒した。弾薬の重量も考えれば右手に
掛かる負荷は50キロを越えるというのに、まるで苦にした様子はない。
 単機での小隊制圧を目的として製造された自動人形の面目躍如だ。

 数百騎に昇る不死者の戦列は、浄炎と銀弾により瞬く間に制圧されていった。
 だが、ダンディライオンとガンスリンガー―――一瞬にして絶望的な戦況を
好機に転じさせた二人のAxに、余裕の色は窺えない。
 二人は身をもって知っているのだ。この闇の怖ろしさを。

159 名前:ダンディライオンandガンスリンガー ◆AXLIoNwavo :2006/12/08(金) 03:12:240
>>158

「―――見ろ、ダンディライオン。四時方向だ」

 顔は向けずに声だけで伝えた。

「ディーガイスト! 淫売め、何のつもりで……」
 新参の派遣執行官が、いままさに武装神父に駆け寄るシーンだった。
「―――トレス、あの男女は誰だ。あれはイスカリオテのカソックか」

「肯定。一年と三ヶ月前に武装神父隊に組み込まれた東洋人だ。詳細なデータ
は登録されていない。埋葬機関のシスター・シエルの紹介で編入している。
戦績から見るに、マクマナス兄弟やハインケルクラスの実力者だ」

「第13課はいま、あのバケモノの本体と闘争の真っ最中だろう。なんでこんな所
にいやがるんだ。なんでディーガイストと絡んでいやがるんだ?」

「不明だ」
 ミニガンから間断無く噴き出すマズルフラッシュがトレスの横顔を照らす。
「ディーガイストの用事≠ェあの二人にある可能性は非常に大きい」

「くそったれが!」懐からイングラム短機関銃を抜き出して、右扉に張り付いた
公国軍騎乗兵の頭部を吹き飛ばした。「あれはどう見ても……」

「肯定。ディーガイストは武装神父に挑み掛かっている」

 レオンは思わず天を仰いだ。ヴァチカンの代行者同士の闘争は最上級の禁止
事項である。ディーガイスト本人だけはなく、Axのボスであるスフォルツァ
枢機卿にまで責任問題は及ぶ。軽率云々では済まされない行動だ。

「……あの女、気でも違ったか」

 その時、亡霊の名を冠する執行官は左手に構えたパーカッション・リボルバー
を――レオンやトレスも見慣れているあの回転式拳銃を――右手に持ちかえた。
 その行動には、レオンだけではなくトレスも目を剥いた。

  野郎、人間相手にあの左手を使う気か。

「危険だ。あの左手はノーライフキングの興味を呼ぶ可能性がある。そうなれば
脱出径路の確保の成功率は12パーセントまで下がる。何よりあの左手はスファ
ルツァ卿との契約で―――」

「んなことは分かっている! この距離じゃどうしようもねえだろう。それとも
おまえのミニガンが武装神父二人ごとディーガイストを肉片に変えるのか?」

「否定。ディーガイストだけを打ち抜くことも可能だが、状況がそれを許さない」

 口を動かしながらも、トレスはMk.19とミニガンを操る手を止めない。
 レオンも同じだ。少しでもアクセルを緩め、ハンドル捌きを間違えれば、たち
まち亡者どもの闇に取り込まれる。亡霊に避ける戦力など無かった。

  見損なったぜ、ディーガイスト。

 レオンの表情に苦渋と殺意が浮かぶ。
 あんな狂犬、元々受け入れられるはずがなかったんだ。
 脳内で半年前の情景が喚起される。
 スフォルツァ枢機卿より紹介された新参の派遣執行官。
 世界から見放された捨て犬。
 死に場所を間違えた亡霊。
 彼女の犯した罪の告白。
 レオンは殴った。
 容赦なく、殺すつもりで、幾度と無く殴った。

 生意気な小娘だった。
 正直言って好みのじゃじゃ馬だった。
 だからこそ許せなかった。
 こんなクソガキに、あいつはあいつは―――

「……やっぱり、あの時殴り殺しておけば良かったぜ」

 ディーガイストはそんなレオンの気持ちを知ってか知らずか、武装神父の
片割れに肉薄する。振り上げられた左腕―――クルースニクの残滓。

 覚悟しろよ、キャル。
 それを使う時が
 てめえに神罰が下るときだ。

160 名前:吾妻玲二 ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:13:270

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
             『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>158>>159

 喉が渇ききっていた。
 唾を飲み下そうにも、口内はからからだ。
 視界が赤く染まる。闇に変わってテルミットの浄火が周囲を支配した。
 熱気が水分を奪ってゆく。
 世界の全てが枯れ果てていくかのような錯覚を覚える。
 玲二を中心に、この世は急速に渇いていった。

 時が―――時間の概念が破壊される。
 視界を埋めてゆく、金髪の少女。
 最期に彼女の姿を見てから、3年の月日が経っただろうか。
 あの時とまるで変わらぬ姿で、少女は立ち塞がった。
 口元から牙を覗かせ/瞳を朱に染め/肌を凍らせ/死神の聖服を纏うとも、
彼女は彼女だった。―――まるで代わり映えのしない、あの時のままの少女。
 3年前と変わらず、自分に駆け寄ってくる。

 まだか、まだ終わらないのか。
 この時ほど、玲二は自分の運命とやらを憎んだことはない。
 3年前、あらゆる罪を覚悟して彼は銃爪を絞った。
 自分の手で地獄へと引き入れた少女を、自分の手で地獄へと還した。
 あれで終わりじゃなかったのか。あの悲劇はまだ続くのか。
 だとしたら、俺達の人生はなんなんだ。
 生きるためには、こうまで責め苦を負わなくてはいけないのか。

 ガリル・ライフルの銃口が重い。
 今なら間に合う。ストックに頬を当て、リアサイトから覗く少女の眉間に
シルバー・チップの高速弾を叩き込むんだ。
 それで滅ぼせる。それで俺達は生き延びられる。
 だと言うのに、銃口は持ち上がらなかった。
 今一度、彼女を殺す―――その傲慢さを考えるだけで、身が竦んだ。
 怖ろしかった。そうまで生きようとする自分が。
 そうまで非常に徹しなければ、生きることすらできない自分が。

「キャル……」

 背後に気配が迫る。エレンだ。一心不乱に駆け付けて来る。
 彼女に迷いはないのだろう。
 玲二を護るためなら、エレンは躊躇わずにキャルを殺す。
 その強さを彼も欲しかった。

 いくらエレンの俊足でも、人をやめた少女の脚力には及ばない。
 火器で牽制しようにも、自分が壁となって二人を阻んでいる。
 エレンは間に合いようがなかった。
 玲二一人で、この事態を切り開かなければいけなかった。

 少女は、大凡彼女の趣味からはかけ離れた骨董品の回転式拳銃を左手から
右手に持ちかえた。空いた左手を振り上げる。
 玲二の身体はやはり動かない。

 背中に感じるエレンの嘆願。「お願い、撃って……」
 言葉にせずとも気配で知れる。
 だけど、
 無理だ。

  俺には無理だ。
  もう二度と、俺はキャルを撃たない。
  撃てないんだ。

 少女の肢体が肉薄する。
 振り上げられた左拳が、一切の迷い無く玲二の身体へと吸い込まれていった。 

161 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:14:050

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
               『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>160

 あいつの左手が、
 あたしの左拳が、
 玲二の右頬に引っかかる。

 胸の奥で過去が疼いた。
 それはやがて映像に変換され、脳裏でフラッシュバックする。
 かつてのあたしを構成していた全てがそこにはあった。
 口端を持ち上げる。
 だから何だって言うんだ。
 あたしは構わず左手を振り切った。

162 名前:ダンディライオンandガンスリンガー ◆AXLIoNwavo :2006/12/08(金) 03:14:520

          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
               『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>161

 ディーガイストの左拳が武装神父に食い込む。
 圧倒的な衝撃に為す術もなく吹き飛ばされた。
 宙に躍る身体は、後方から追い縋る片割れの女に衝突する。女は器用に神父を
受け止めたが、勢いを殺しきれず二人してアスファルトに転がった。

「ディーガイスト。あの女―――やりやがった!」

 ジーザスとレオンは呻く。これでお終いだった。
 カテリーナ・スフォルツァ枢機卿が彼女に寄せる多大な好意と尽力も。
 アベル・ナイトロード神父の死も。
 全て、全て無に還した。

 ダンディライオン/ガンスリンガー両名は、ナノマシンの残滓を利用した固有
結界の発動を確認。
 重度の契約違反により、現時刻を持ってディーガイストの執行権限は全解除。
 ヴァチカンの庇護は消え、ドラキュリーナー=キャル・ディヴェンスは教会の
殲滅指定として、派遣執行官の―――

「待て」
 トレスの声が割って入る。
「結界の発動は確認されていない」

「何を言ってやがる。あいつは左手で―――」

 武装神父に視線を戻した。瓦礫に転がる青年。五体は未だ健在だった。
 痛みに呻いているが、彼女に取り込まれた様子もない。
 なぜ生きてやがる―――不謹慎な感想がレオンの脳裏を支配した。

「まさか、あいつ……」

「肯定だ、ダンディライオン」

 ミニガンの掃射で亡者どもを牽制しつつ、トレスが答えた。

「彼女が禁忌/超常/異端の能力を駆使した事実は一切認められていない。
ディーガイストはただ左手であの武装神父を殴っただけだ」 

163 名前:吾妻玲二 ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:15:390
          ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
               『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>162

 かつて、同じように彼女から一発もらったことを思い出す。
 あの時も数年振りの再会だった。極東の地で、死んだとばかり思っていた
少女が目の前に現れて、憎しみの拳をぶつけられた。
 あの痛みは今でも忘れられない。
 十代の盛りを迎えようとしている少女が放てるような一発では無かった。
 素早く、的確に打ち込まれた殴打は、彼女が玲二と別れてからの数年―――
その間に、如何なる技術を学んだか暗に語っていた。
 培われた技術と憎悪。それがあの時の痛みの正体だった。

 だがこの一撃は、当時のそれとは比べようもないほどに、きいた。
 なんて綺麗な一発。
 意識の七割は衝撃で消し飛んだ。視界が白に染まり、気付いたときにはエレン
に抱き止められ、地面に転がっていた。奥歯が砕け散り、頬が避けた。
 首ごと持っていかれてもおかしくない威力だった。
 こうまで強力な一撃を玲二は受けたことがない。
 遅れてやって来た激痛が頬から全身に迸り、その場で嘔吐する。
 意識を保っていられるのが不思議な状態だ。
 いや、そもそもなぜ、

「……おれは……生きて……いる?」

 いまの彼女なら玲二の頭蓋を打ち抜くことだってできた。
 なぜ、そうしなかった。
 そうするだけの理由が彼女にはあるはずだ。
 キャル・ディヴェンスという一人の少女を、この泥沼へと引きずり込んだ
咎が玲二にはあるのだから。
 彼女を裏切り、この手で撃ち殺した事実があるのだから。

「な……ぜ、だ。キャル……なぜ……」

「玲二。思い上がったあんたに、これだけは言っておくよ」

 テルミットの浄炎が巻き起こす爆風に、金髪が揺れる。
 少女はカソックのポケットに両手を突っ込むと、悪戯っぽく牙を見せつけた。

「キャル・ディヴェンスという女はね。別にもう、あんたのことなんか何とも
思っちゃいないんだよ」

 背後でエレンが息を呑むのが分かった。
 玲二も、少女の言葉の意味を探して目を見張る。少女は、口角を吊り上げて
如何にも禍々しく嗤うが、その嗤笑は彼女なりの照れ隠しのように見えた。

164 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:16:240
    ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
               『THE REAL FOLK BLUES』
Epilog
>>163

「ハ―――」自然と笑みがこぼれた。「く、ははは」

 なんて呆気ないんだろうか。
 ジュディが殺されたあの夜から、あたしが頑なに求めていた生きる意味。
 それは時に愛情に変わり、時に憎悪となった。死を経てすら捨てきれな
かった大切な宝物を―――こうも容易く、投げ捨てられるなんて。
 あたしがこの世界に留まるために、必死で自らを縛り付けていた鎖は、もう
存在しない。あたしは―――キャル・ディヴェンスはこの上なく自由だった。

 かつての相棒/恋人/憎悪の矛先/同一性―――あたしの理由だった男。
 殴られた痛みすら忘れて、ただただあたしを見上げてばかりいる。
 まるで事態を掴めていないといった様子だ。
 随分と間の抜けた表情をしているけど―――ま、それもしかたない。
 きっちりと引導を渡してやったはずのオンナが墓場から蘇った。
 それだけでも驚きだっていうのに、更に恨みを晴らさんと襲い掛かり、挙げ句
ぶん殴って好き勝手なことをほざいているんだ。
 理解を求めるほうが無茶だった。

 アインが玲二の背中を抱いたまま、パイソンの銃口をあたしに向けている。
 トリガーを引くべきか否か、最強のファントム様ですら判断がつかないらしい。
 玲二は無事だけど、あたしの一発を正面から食らったんだ。
 傷口を確かめるまでもなく重傷だった。
 暫くはミルクとプリンで生活しなくちゃならないだろう。
 つまり、アインにはあたしを撃つだけの理由があるってわけだ。
 だけどこの女はトリガーを絞らない。
 ぎりぎりの立ち位置で逡巡している。
 一瞬後にはマグナム弾を撃ち込んできてもおかしくない状況だった。

 この距離からの強装弾を撃たれたら、さすがのあたしもかわせない。
 こいつの射撃はいつだって正確無比だった。
 それはあたしが人外の膂力を得ようとも、決して覆せない事実だ。

 だと言うのにどうしてだろう。
 あたしの裡側は奇妙なまでに静まりかえっていた。
 かつて、この女を前にして抱いていた憎悪/嫉妬/殺意―――あらゆる負の
感情から、あたしは解放されていた。
 過去の仇敵を見下ろして抱く感情はもう一つしかない。
 この女は実に美味そうだ。
 ただ、それだけだった。
 生憎と吸血衝動の抑制には馴れている。
 この程度の滾りなら、いくらでも押さえ込めた。

 炎と闇に囲まれて、あたしとアインは睨み合う。
 互いに言葉は無かった。
 思い出話に花が咲くような間柄じゃないんだ。
 今さら語るべき言葉なんて何も無かった。

165 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:16:550

>>164

 あたしとあいつの膠着/沈黙はさほど長く続きはしなかった。
 アスファルトを揺るがすエンジンの胎動。何事だ―――と、マイティマイト
に目を向けた。違う。あんな軽量級では、こんな腹の底から響くようなエンジン
音が出せるはずがない。このディーゼルの呻き、まさか―――

 立ち上がる浄炎の壁を、ヘッドライトの投光が突き抜けた。
 炎を押し分け、闇を蹴散らしモンスターは推参する。
 その正体は、巨大な棺(荷台)を引き摺る30トン級大型トレーラー。

「大陸横断大型車両―――"Sympathy for the Devil"?!」

 なんてことだ。埋葬機関のご登場だ。
 フロントガラス越しに見える灰髪の男―――第六位のミスター・ダウン。
 コンテナの上部に立って、あたし達を見下ろす女―――第七位の弓。

 胸中で舌を打つ。また厄介な連中と出くわしたもんだ。
 ローマの殲滅機関がオールスターで出揃うなんて十字軍遠征らしいイベント
だけど、このタイミングで全員集合されても喜ぶ気にはなれない。
 親睦会はまた次の機会にして欲しいもんだ。

 ふと思い出す。そう言えば玲二とアインは、第七司祭の紹介でイスカリオテ
に入信≠オたんだった。
 脱出ルートを確保すれば、当然お迎えの一つぐらい寄越すだろう。
 となると、派遣執行官のあたしが13課の武装神父を殴り飛ばした―――その
事実が露見する怖れがあった。それはちょっとだけ面倒だ。

 ここは逃げの一手しかない。玲二とアインを回収してくれるのは有り難いけど、
下手に絡まれるのはごめんだった。

「……ま、そういうことだから玲二、精々頑張って生きるんだね」

 返事を待たなかった。視線すら向けない。
 もうこの男を待つ理由も、待たせる理由もあたしにはないんだ。
 ひゅっと息を吸い、地面を踏み抜いた。
 アスファルトが陥没する。
 反動で十分の初速を得たあたしは、次の踏み込みで跳躍。
 緩やかな放物線を描いて、ドリフト中のマイティマイトに飛び込んだ。

「てめえ、なに勝手に乗ってやがる。降りろ、降りろ!」

 頭から荷台に突っ込んだあたしに、レオンが罵声を浴びせる。
 歓迎の言葉の一つも寄越せないなんて、とんだ同僚もいたもんだ。
 あたしは当然のように無視して、荷台のガンケースからトレスの武器を漁る。
 オートマチックの対物ライフルとディエス・イレ―――あのバケモノ相手に、
あまり有効な武器とは思えないけど、トレスの援護ぐらいはできるだろう。

166 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:17:180

>>164>>165

 早速、ボルトを引いて片手で構えた。
 背中からレオンの悪態が響いてくる。
 相手にしても鬱陶しいだけだからもちろん無視だ。
 トリガーを立て続けに絞って、亡者どもの戦列を切り崩す。

「ガンスリンガー! そのミニガン、すっごくクールだぜ。そいつのお陰で
荷台は空薬莢のプールだ。今度あたしにも使わせてくれよ」

 対物ライフル、トリガー!
 撃ち放たれた50口径アーマーピアッシング弾は、公国軍騎乗兵のフルプレート
を呆気なく貫通し、背後に固まるイェニ・チェリにまで殺到した。
 グレネード弾を撃ち尽くしたトレスは、ミニガンの操作に集中している。

「否定だ、ディーガイスト。おまえがこの銃を扱うと、コストパフォーマンスが
425%上昇し、作業効率は25%低下する。弾丸を撒き散らすのではなく、1発1発
確実に撃ち込めるようになれ。それが最低条件だ」
「まるであたしをトリガーハッピーのように言ってくれるじゃないか。分間6000発
で1発1発狙って撃てるクレイジーはあんただけだよ」

「あー! ディーガイスト、てめえ」
 レオンがハンドルを握ったまま、会話に割って入った。
「なんで手ぶらなんだよおまえは。ブロッサムはどうした」

「ブロッサム? ああ、あのフリークス・ウェポンか。銃身が焼き付いちゃった
から、捨ててきたよ。図体ばかりでかくて、まるで使いでのない銃だったよ」
「馬鹿野郎! あの銃は国務聖省の貴重な参考備品なんだぞ。てめえがどうして
もトレスみたいな怪物銃を使いたいって言うから、借りてきてやったんだろう。
それを捨てるなんててめえ―――ああ、くそ! どこだ。回収してやる」
「無茶言うなって」
「くそったれが! てめえは本物のクソだ」

 そうしている間にも、マイティマイトはあたし達三人を乗せて急速にフィールド
から離れつつあった。夜の向こうで、第七司祭が玲二に駆け寄るのが見える。

「……相変わらずだな玲二。随分と仲がよろしいみたいじゃないか」

 如何にも不理解を示す目付きで、トレスがあたしを睨んだ。
 肩を竦めて返事に変える。別にあたしだって答えを持っているわけじゃない。
 何を引き摺ることもなく軽口を叩ける。その事実が妙に新鮮だっただけだ。

167 名前:ファントム・ドライ ◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:18:060

>>164>>165>>166

「ヘイ、ダンディライオン。空気が美味いな。これが本場英国の味っていうのか?
さすがと言ったところだぜ。西海岸じゃこうはいかねえよ」
「戯けたこと言ってんじゃねえぞ。硝煙と血の臭いしかしねえじゃねえか!」
「あれ、そうかなー? そうかもね」

 大口を開けて笑った。
 呆れてものも言えないと言った感じで、レオンが溜息を吐く。

「……何なんだよ、てめえは。結局何がしたかったんだよ。あの男は誰なんだよ」
「べつに、特に意味なんてないよ」

 助手席に滑り込む。背もたれに体重を預けた。
 ふと空を見上げると、そこには漆を塗ったかのような黒い空が張り付いていた。
 周囲を見渡せば血と炎が絡み合った赤い大地が、最果てまで続いている。
 レオンに言われるまでもなく、ここは地獄だ。
 痛みと恨みに、死臭と絶望がカクテルされたインフェルノだ。
 地獄/絶望/死臭―――大いに結構じゃないか。
 それらは全て、時が流れている証拠だ。ノイズが入り交じった白黒の荒野から
帰還したあたしの目には、地獄すらも色彩豊かなエデンに見える。

「あたしはただ、自由っていうものがどんな具合なのか、確かめてみただけさ」

 レオンは訝しげにあたしを睨んだ。
 別にこの筋肉達磨に理解してもらおうだなんて思っていない。
 誰も理解する必要はないんだ。
 あたしだけがこの価値を噛み締めていれば、それで十分だった。
 左腕をそっと撫でる。
 もう、そこには誰もいないけれど、あたしは覚えている。
 この肉の温もりを。喉を流れた血の熱さを。

 あの時二人を支配したTHE REAL FOLK BLUESの旋律は、今でもあたしの中で
音階を組み立てているのだから。

168 名前:◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 03:28:160
>>167


 止まったはずの少女の《時計》。
 だがそれは、今もなお、確かに時を刻み続けている。
 ゆっくりと、穏やかに。


 .


169 名前:◆HPv8dyzZiE :2006/12/08(金) 03:29:190





 見上げれば黒い空。
 見回せば赤い大地。
 それでも彼女は、色のついたこの地獄を美しいと思った。




.



170 名前:◆03/PHantOM :2006/12/08(金) 03:39:390
         ―――Kresnik≠魔島Phantom=\――
              『THE REAL FOLK BLUES』
闘争レス番纏め

【ドライ導入】
>>85>>86>>87>>88>>89>>90>>91>>92>>93

【アベル導入】
>>94>>95>>96>>97>>98>>99

【闘争】
>>100>>101>>102>>103>>104>>105>>106>>107>>108>>109
>>110>>111>>112>>113>>114>>115>>116>>117>>118>>119
>>120>>121>>122>>123>>124>>125>>126>>127>>128>>129
>>130>>131>>132>>133>>134>>135>>136>>137>>138>>139
>>140>>141>>142>>143>>144>>145>>146>>147

【エピローグ】
>>148>>149>>150>>151>>152>>153>>154>>155>>156>>157
>>158>>159>>160>>161>>162>>163>>164>>165>>166>>167
>>168>>169

171 名前::2006/12/10(日) 00:32:120

 闇の中から一人の男が音もなく現れた。

 異様にして異形。
 胴から生える四肢は今にもポキリと折れてしまいそうに細い枯れ木の様。
 コートから隙間から見える何の生気も感じられない病的な白い肌。
 そこに刻まれる何かの不気味な紋様。

 何より特徴的なのはその貌(かお)
 頭部には毛髪の類は一切無く、顔にも身体同様、謎の紋様が走っている。
 爛々と紅く光る二つの目は非対称。
 左の目が右の其れと比べて倍程大きく、そこから爛々と不気味な光が漏れている。

 この者はそこらの即席物(インスタント)ではない。
 生まれながらの化け物(フリークス)にして狂気の夜族(ミディアン)

 吸血鬼の中でもその祖の一人として存在し、齢は千を超えるともされる。
 分かっているのは其れが暗黒大陸から来た吸血鬼であると言う事のみ。

 その名は――――






















                   ―――――インコグニート(誰もでも無い)




        *        *        *        *


 黒歴史(くろれきし)

 1.∀ガンダムの用語。本稿で詳述。
 2.ガンプラの箱に書かれているTVでは放送されなかったそのMSに関するサイドストーリーのこと。
 3.1.に関連し、「黒歴史→戦争の類→負の遺産」という意味合いを軸にして、アニメや映画作品、
  あるいは有名人の過去の事柄(不祥事など)において「無かったことにしたいこと、触れてほしくないこと」
 「忘れ去られた事」などの意味として使われるスラングのこと。元々は1.に関連するものだけに当初は
 アニメファンの間で使われていたものであるが、今ではネット掲示板などで広く普及しネット上の一般用語として
 定着しつつある。肯定・包含どころか否定・封印さらには排除したいという雰囲気が強い状況で使われることが多い。
 なお、これについては本来的な1.による用法を考えると誤用であるが、現在ではこの様な用法が主流となっている。


 引用元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

172 名前:猫アルク:2006/12/10(日) 00:42:540
>>171
ピキーン!

「んむむむむー!?」

 こう、脳髄にキタッ!
 なんというか光ったのですっ!
 そう、このむず痒い感覚は――――

「SOS信号キャーーーーートっ!」

 そうなのです。この世のどこか、具体的には裏路地とか路地裏とか。
 そんなところからびんびん伝わってくる不幸の波動と同じものを、がっつりキャッチしちまったのですニャ。
 ならば猫の行動は決まっているのです。

「しーきゅーしきゅー!待ってろニャ、知らない人! いま助けに、猫が征くーーーー!」

 徹底的にからかいに……もとい、お助けに行くために、あちしは愛しの我が家を旅立ったのでした。
 ばびゅーんと。

173 名前:インコグニート:2006/12/10(日) 00:54:000
>>172
「猫アルク…」

 高くも無い低くも無い何の感情も込められて無い声でインコグニートは敵の名を呼んだ。
 じゃらりという音ともにコートの右の袖から姿を現すのはアームスコー40mmMGL。
 暗黒大陸で人の手によって作られた殺す為だけに鋳造された鉄塊。

「ヒ、ヒャーハハハハハハハハハ!」

 口から漏れる狂った旋律、同時に右手に握られる狂気の楽器が伴奏を開始した!
 放たれるは鉛の弾等と生易しいものではない、無数の絶望、絶望、絶望……!!

 http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1137772951/235-466

174 名前:猫アルク:2006/12/10(日) 01:02:350
>>173

―――む、発見。
見るからに不幸というか、むしろ生まれてきてごめんなさい的な見た目の、どたまでかい憎い奴。
一言で言うと……

「よう、黒歴史。今日も元気に不幸してるかにゃー?」

 気さくにフレンドリーなご挨拶。
 帰ってきたお返事は―――

 鉛の弾でした。
 ていうかどっかんどっかん爆発しやがるのですが。

「にゃにゃにゃにゃにゃー!」

 ゴムまりのようにぽんぽん跳ねながら華麗に回避回避回避!
 どうやら、見た目も可哀想なら頭の中身も可哀想なようすです。顔色も悪いしな。
 こうなりゃ猫としてヒロインとして! がっつりとお仕置きをしてやれねばなるまいニャ!

「必殺! ねこアルクぱーんちっ!」

 とりあえずボコル、ガチで。

175 名前:インコグニート:2006/12/10(日) 01:09:290
>>174

 猫アルクのパンチがインコグニートの頭部に直撃。
 インコグニートの頭は綺麗さっぱり吹き飛び、そのまま声ひとつ立てず、崩れ落ちた。
 地面に大の字になり、倒れ、ピクリとも動かない。
 ただ冬の夜の凍える風の息吹のみが路地裏にひゅーひゅーと木霊する……




       __/  /|              ___
      /  /| / |             /  / ̄\
    | ̄ ̄| |/ /           /   / /ヽ. ヽ
    |    |  /             |    | / |  | |
    (゚Д゚,,).|   \          |    | | |  | |
    (/  ヽ) |\ \          (゚Д゚,,)l | ./  | |
    |    | |  \l           (/ ヽ) |"  ./ !
    |    | | ̄ ̄    __     ヽ   ヽ. ヽ/ /     __
    |__|/     ∠_/|    \_\___/    ∠_/|
     U"U       |_|/        U~U      |_|/

          CONTINUE?   10.....9.....8....7...........

                             CREDIT 01






       *        *        *        *

 (注釈)

 HELLSING:平野耕太による吸血鬼の闘争を描いた作品、漫画、OVAとして出ている。
 Hellsing:上記のものをアニメ化しようとしたら、合体事故により出来ちゃった何か。


 平野耕太コメント

 *アニメと漫画は別物ですから。
 *アニメを買うくらいなら原作版(ここ重要)のフィギュアを買ってください。


176 名前:猫アルク:2006/12/10(日) 01:15:570
>>175

 あ。
 ぐしゃ、とでかい頭が砕けました。
 うむ、とっとしたお仕置きのつもりだったのですが。
 もろい、もろいよインコたんっ!(仮名)

「オメーの敗北の原因はたったひとつだにゃ」

 びしぃ、となんか変なポーズを決めながらあちし。

「オメーはあちしを怒らせた……!」

 第三部、完!

 ……ところで、腹が減ったにゃー。

177 名前:インコグニート:2006/12/10(日) 01:32:570
>>176

 PRESS START!

                             CREDIT 00



 インコグニートがぬっと立ち上がる。
 欠けた筈の頭はいつの間にか時計の針を巻き戻した様に元の形を取り戻していた。
 まさにこれが怪物たる所以である。

 ばざっという音ともにコートが宙に舞う。
 そこから現れるのは先の銃より更に巨大な鋼の咆哮、M61AI。
 本来戦闘機用の重機関銃である筈のそれを魔人は事も無げに右手一本で抱え、
 再び狂想曲を開始した!
 虚無の銃口から吐き出されるのは数多の呪詛、呪詛、呪詛………!
 絶望の末に産み出された数々の呪いの言葉、それらが一斉に猫アルクに牙を剥く!


 <アンデルセン神父が帰れと言われてスゴスゴ帰った!>
           <婦警が何の迷いもなく血をがぶがぶ飲んだ!>

          <名作ブラックロッドが漫画化! 掲載紙廃刊!!>

    <リャノーン親衛隊> <ナハツェーラーに羽生えた!>

   <新たなる怪物、A・ヒトラーの誕生だ!>

       <クールな蒼い死神>    <ネロ・カオスが数回斬られただけで死んだ!>

           <100グラム50円>

  <檻髪がスライムだ!>    <アルクェイドがまるでゴミの様だ!!>

 

178 名前:猫アルク:2006/12/10(日) 01:45:590
>>176>>177

 ――――あり?
 ほんとにこれで終わりなのかニャ?

「おーい、起きろにゃー」

 つんつんと棒っきれであ奴をつついてみるあちし。
 むう、動かん。

 と、思ったら。
 むっくり起きあがってきやがりました。
 砕けた頭もスプラッタに元通り。シエルかよ貴様。

 でもそうだそうだ!
 そのぐらいじゃなきゃわざわざこんな所まででぱってきた甲斐がねえのです……!

「くっくっく……よく立ち上がったニャ、なんかいろいろ黒い人!
 だがのあちしの目が黒いうち―――ぎにゃにゃにゃにゃ!?」

 とか何とかしゃべっているうちにどかどか打ち込まれる鉛玉。
 ちょ、痛、尖ってる、当たってるって、ちょっと!?

 しゃべってる猫に鉄砲撃っちゃいけませんって学校で習いませんでしたか貴様!?

「おーのーれーーーーー!」

 ぐるんぐるん回って、ナイスバディに食い込んだ弾を撃ち返してみる。
 しかし本命はそんなものじゃーござんせん。

「目から真祖ビームーーーーーっ!」

 撃っちゃった。
 

179 名前:インコグニート:2006/12/10(日) 02:00:300
>>178

 呪詛は止まらない、止まらない、止まらない!



         <漆黒たる前奏曲>
  <ギャギャギャ、肉はフレッシュな奴に限るぜ!>

    <サイキックフォース COMPLETE 蝶★完全
『目から真祖ビームーーーーーっ!』

 一筋の光が呪詛を突き破り、更にインコグニートの胴を貫いた!
 ポカリと腹に孔が穿たれたまま、狂った笑いが路地裏に響き、そして……

「我が身に宿りし、古の神セトよ!

 今こそ全てに滅びの時を!!

 猫アルクという存在が無かった、今からそうなる!」

 インコグニートの全身の紋様が光り出し、同時にその身体が空へと舞い上がっていく。
 風も無く無論天かける翼も持たぬというのに……!


 そして、インコグニートから放たれる幾重もの白い光。
 その審判の光はビルをなぎ倒し、道に大穴を開け、瞬く間に街を地獄に変えていく!


(インコグニート、エジプトの邪神セトを降臨)


 *注.これは吸血大殲の闘争です


180 名前:猫アルク:2006/12/10(日) 02:16:190
>>179

 なんか光って飛んでいきました。
 腹に穴が開いているのに随分と元気そうですニャ。
 なんかうれしそうに大声で何か言っておりますが、あちしにゃーなんにも聞こえません。

 ていうか貧相なおっさんが光って空飛んでも面白くもなんともねえのです。

 うおっ!?
 なんかぴかっときてまたドカーンって、あちしのビームパクりやがったな貴様!?
 いままではちこーっとお仕置きをしてやる程度ですませるつもりでしたが、こうなっては
あちしも本気で決着をつけてやる必要がありますニャ。

 ならばっ!

「――井出よ、我が眷属達っ!!」

 そんでもってあちしの呼びかけに応えて、無数の美猫たちが集結。百万パワー!
 屁のつっぱりはいらんですよ!

 まだまだ集まってくるお猫達とともに、空飛ぶハゲに裁きの一撃をくれてやるために、あちしたちは飛び立ちました。

 番町猫屋敷、開幕でございますにゃ!

181 名前:インコグニート/邪神セト:2006/12/10(日) 02:28:030
>>180



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   猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫







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                  ト

182 名前:インコグニート/邪神セト:2006/12/10(日) 02:28:230



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183 名前:インコグニート/邪神セト:2006/12/10(日) 02:28:450



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184 名前:インコグニート/邪神セト:2006/12/10(日) 02:29:130



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185 名前:インコグニート/邪神セト:2006/12/10(日) 02:29:280

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  猫猫猫  猫猫  猫猫猫  猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫


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          ((:((:;∵(;;((   )));;:∵))::;:))
            ((::;;((::∴(;;∵ノノ;;;;::));;;ノノ


186 名前:猫アルク:2006/12/10(日) 02:38:380
>>185

 ……勝った!
 なんだかよくわからにゃいが、なんかいろいろと黒いモノをまぜこぜた異人さんは、
この猫アルク'sの前に敗れ去ったのだ……!

 猫!
 ヒロインっ!
 真祖パワーっ!

 そのすべてを持ち合わせているあちしに勝てるモノなど、この地上には存在しねえのですにゃ。
 まあ、よーするに。

「アイアムウィナーーーー!」

 びしぃっ、と天をつく指先としっぽ。
 うむ、今日もあちしは絶好調。

 この調子でちょっくら志貴でも誘惑してくっかー?

「――――ふっ。惚れるなよ?」

 ぞろぞろと大移動するあちしたち。
 そんなこんなで、今日もまたひとつ。猫アルクは不幸な魂を救ってあげたのでした。

【猫アルク→遠野屋敷へ。
 とぅーびーこんてぃにゅーど】

187 名前:エピローグ:2006/12/10(日) 02:46:210


   〜Epilog〜





     吸血大殲総司令部により、この闘争は闇に葬り去られた








     インコグニートを黒歴史の彼方から送ってきた組織については
     ビリー・龍探偵事務所が捜査中であったが、未だに解明していない






>>171 >>172 >>173 >>174 >>175 >>176 >>177 >>178 >>179 >>180
>>181 >>182 >>183 >>184 >>185 >>186




        *        *        *        *

尚、Hellsing本編のエピローグは下記のテロップが流れる。
投げっぱなしジャーマン、オチつかず。

『円卓会議のメンバーの中に居た背教者は闇の中で裁かれ、闇に葬り去られた』


『人工吸血鬼を製造する組織はM15が捜査中であったが未だ不明のまま』


188 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/03/03(土) 23:16:31
「アローアロー? こちらガザッソニカで戦争の火種を、次の戦争の火種を、次の次の戦争
の火種を撒いちゃおうオフ主催者代理のヤン君でーす。オーヴァー? 兄ちゃーん。取り敢
えずなんつーかー、アー、あー、暑ーよ。ファック。暑いんですよ。こっち。なにこの暑さ。兵
隊の腐乱臭と合わさってマジ最低なんですけど。これなら売女のケツにキスした方がマシ
だぜー。てゆーかー、おやつの輸血パック切れちゃったんでー、クソ不味いから捨てちゃっ
たんですけどー、女攫っちゃいました。テヘ」プツン、ツーツーツー。リダイアル「切ってんじゃ
ねーよ! 冷てーな。兄ちゃんもホットに行けよ、マジでさ。仕事前だからって神経張り詰め
てると禿げちまうぜー? あ、どうせ俺ら死なねーし歳取らねーから禿やしねーのか。ヒャ
ハハハハ! ヤー、マジクール。クスリでトビ難くなったのはキッツイけどまー、なんだ、ア
レだ。便利だよなーこの体」プツン、ツーツーツー。リダイアル「だから切んなって。セツネー
から。せちゅねー」プツン、ツーツーツー。リダイアル。「あー、はいはい。ハイハイハイ。ちゃ
んと進行状況話しますよ話せばいいんだろ話せば。攫った女が処女でよ。もうこれマジ最高。
久しぶりに泣き叫ぶ女を見れたしなー。なんつってもアレだ、処女の生血最高」プツン、ツー
ツーツー。リダイアル「ガザッソニカに向けて北上中だよ。これでいいんだろ。これで。マジで
さー、もう少し弟を労わろうとかそーゆー気持ちはねーワケ? マジ最低の環境なんだよ。こ
のクソ狭い車の中でグールどもと肌と肌を寄せ合ってんだぜー? これならスカトロショーで
も見てた方が若干マシだぜ。見てーワケじゃねーけどさ。コレはマジだぜ? SMショーの方
が好きだから!」プツン、ツーツーツー。リダイアル「まー、アー、アーアー、なんにもなけりゃ
後一時間くらいでご到着だよ。先に騒いでりゃいいんだろ? 犯して殺して喰って解してやり
たい放題好き勝手絶頂に蹂躙しちまえばいいんだろー? 俺はブッ殺せればなんでも良いん
でーブッ殺すだけでいいなら朝飯前だぜ。兄ちゃんの分がなくっても泣くんじゃねーぞ? ヒャ
ハハ! オーヴァー」

 プツン、ツーツーツー。

「それにしても臭ーなオイ。ファブッとくかな。アー、ファック。やってらんねー」

 森の中っつーのは退屈なんだよ。燃やして燃やし尽くしてみりゃ少しは変わんのかね。
 

189 名前:マドラックス ◆madLAX/rLI :2007/03/03(土) 23:17:40
>>188

―――ここは森。深い森。暗い森。
―――私は暗殺者。職業、殺し屋。

 ターゲットは吸血鬼。ゴシックホラー。映画と本の中の存在だと思っていたけど、違ったみたい。
 それでもなにも変わらない。結局いつもと同じ―――仕事だ。

「帰ったらパスタにしよう―――うん、パスタ」

 赤い赤いナポリタン?
 ん―――ナポリタンは、厭、かな?

「うん、ナポリタンは厭だな―――」
 

190 名前:◆madLAX/rLI :2007/03/03(土) 23:18:29

http://www.youtube.com/watch?v=PXM4psJKwPc

(前奏―――オサレドレスに着替え中)

(四分三十秒後―――今夜食べるパスタについて考える)

(六分三十三秒後―――戦闘開始)
 

191 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/03/03(土) 23:19:26
>>190

「アー? 敵襲? 何処から? ヤー……あの木の上だ! 殺しちまえ」
 

192 名前:マドラックス ◆madLAX/rLI :2007/03/03(土) 23:20:29
http://charaneta.sakura.ne.jp/ikkoku/img/1164893612/192.jpg (28KB)
本文なし

193 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/03/03(土) 23:21:23
>>192

「―――美、し……い」
 

194 名前:マドラックス ◆madLAX/rLI :2007/03/03(土) 23:22:07
>>193

―――乾いた音と、乾く命、
―――仕事は、御終い。
 

195 名前:◆madLAX/rLI :2007/03/03(土) 23:23:33
マドラックスvsヤン・ヴァレンタイン 『Nowhere』

>>188-194

196 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/03/04(日) 00:29:34

 ああー、間に合わなかったよ。

 せっかくの雑談に参加できなくて、ごめんなさい!
 次スレは、大殲の便利係じゃなくて……看板娘な、さつきが立てるよ。
 今はちょっと手が回らないから、また後日立てます。
 立てたら、こっちに告知するから。ちょっとだけ待って欲しいな。
 お願いします(ペコリ

197 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/03/13(火) 02:24:00

 ごめんなさい! ちょっと忙しくなってきて、陰スレの管理をでき
そうにないから、次スレは見合わせることにしちゃった。
「雑談がしたい!」って人は最下層か雑談スレを代用してね。
 質問はこっち(本スレ)で受け付けます。
 名指しすれば、さつきも出来る限り答えるよ……。

 闘争募集は専用スレがあると便利かな、と思ってRH-に立てたよ。
 急いで作ったからすごく適当だけど(汗
 利用する人はしちゃってね。

 ちょっと慌ただしいけど、そういうことなんだ。
 お願いしまーす。

198 名前:シュレディンガー准尉:2007/03/13(火) 21:23:04
どーもお久しぶりー、と。
告知というか伝言だね。

まずはシャナおねーさんに

灼眼のシャナvsヴァチカン第十次十字軍 闘争会議室
http://charaneta.just-size.net/bbs/test/read.cgi/ikkokuRH/1173784777/

すごく遅れちゃってゴメン、返事くれると助かる。

後妹紅おねーさんへラブレター。
受け取って貰えるかな?

吸血大殲闘争募集スレッド シスマティック告解昇降室
http://charaneta.just-size.net/bbs/test/read.cgi/ikkokuRH/1173719424/4

199 名前:シュレディンガー准尉:2007/03/13(火) 21:23:27
age忘れ、と

200 名前:『不死者王』ブラムス ◆vOzBAMUTHU :2007/04/09(月) 20:54:140

―――死してなお血を求める死霊が、ざわめいているな。
エインフェリアにも成れぬ修羅が現世に戦の未練を抱き浮かぶか。
だが、それらは現出する術を知らぬ。



聞くがいい、闘争を忘れられぬ魂どもよ。
この地を油断なく垣間見ている者は知っての通りだが、喧伝を勤める陰広報用の陰スレ
消えて久しく、“大殲”もこと静まってより長い。
水面下では未だ多くの闘争が蠢いてがいるが……この有様だ。
ならば今一度、大殲というものの状況を伝えておくべきだろうと判断した。
元来ならば出ることは無かったが、此処を立てた者としての責務もある。


一つ。
お前たちが待っているであろう陰スレの建立は、未だ不明であること。
……現広報の任にある弓塚さつきは、花見客の残したものを集めるので忙しいとのことだ。
ゆえに広報スレッドは当面立つことはない、そう心得るのだな。


一つ。
それを受け、闘争の募集形式が明確に変更された。

吸血大殲闘争募集スレッド シスマティック告解昇降室
http://charaneta.just-size.net/bbs/test/read.cgi/ikkokuRH/1173719424/l50

闘争相手を望むものは上のスレッドを使うことだ。
無論、使う際はスレッド>>1-3にある文面に十二分目を通してからな。
それと空気一つ察せぬ輩に、応じるような相手など存在せん。
この揺るぎなき世界の真理……ゆめゆめ忘れぬことだ。


そして、一つ。
陰スレを見れば明らかだが、“祭り”を画策する者がいる。
見立てるに近々、その存在が正式に知らされるであろう。
待て、しかして期待せよ。



私が伝えおくのはここまでだ。
では、また何れ見えようぞ。

201 名前:魔王『ドラキュラ』蒼真 ◆THuzzB.KQ6 :2007/04/11(水) 00:50:110


        我はまつろわぬ魔の王にして

      遍く破滅への楔を解き放つものなり

        全ての『剣』よ、我の下に集え

       かの神の意思を、そのしもべ達を

        遍く世界もろとも消し去らんがために


            我が名は神祖

        全ての『剣』よ、我の下に集え



人間とその世界に属す全てに告ぐ。
――――死ね。死んで滅べ。
神は汝らを見放した。
貴様らの心に潜む『破滅』への尽きせぬ願いは、遂に供される刻が来たのだ。

我は“破滅”である。
混沌は我を選び、深淵は我を望んだ。
仇敵ベルモンド、ヴェルナンデスは死に、愚かなるアルカードも消えた。
我を阻む輪廻が潰えた今、我は人間と世界の破滅を願う。
我が名はドラキュラ―――――神祖ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュ。
汝らが望んだ魔王は今ここに新生を遂げた。

我は宣言する。
世界全てが望んだ破滅への序曲、約束された交響曲を奏でることを。
――――そう、“祭り”だ。
貴様らが為すべきは一つ。
戦え。皆、戦え。
戦いとは貴様らの生そのもの。
血を流し血に狂い血に踊り血に謡い血に嗤え。
死を欲し死を揮い死を望み死に願い死を為して死ね。
貴様らが友を殺し、隣人を殺し、只の独りになるまで殺し続けろ。
匂いたつ屍山血河の頂で我にその命を捧げる時。
呆れ返るほどの“死”の果てに混沌の城は降りてくる。
“悪魔城”は、“世界の破滅(クリスタニア)”は降りてくる!!


全ては我と世界が望んだ果てにある、混沌への回帰と知るがいい。
必然の滅びは止められぬ。
だが、それを愚かにも覆したくば――――――。

202 名前:魔王『ドラキュラ』蒼真 ◆THuzzB.KQ6 :2007/04/11(水) 00:51:240

ここよりが本題だ。
我、ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュは今ここに宣言する。
吸血大殲祭り―――――『悪魔城御前死合 血狂い(チグルイ)』、我が名のもとに開催すると。

此度の主題(テーマ)は大殲の原点であるb>『血に塗れた、完膚なきまでの殺し合い』。
参加するに辺り、何よりも必要不可欠な資格は一つ。
すなわち『自分が殺される覚悟と、自分以外の全てと殺しあう覚悟のあるもの』だけだ。
友と会えば友を殺し、親と会えば親を喰い、神と遭えば神を斬る。
それが出来るものだけに参加する資格がある。
出来ぬものは破滅までの一時を観戦に興じるか、あるいは部屋の隅で膝を抱えて震えていろ。


開催する期は来月。
すなわち5月の『黄金週間』か、遅くともその翌週としたい。
我としては連休中に開催したいところではあるが、事は我一人で為せるものではない。
希望する期間があらば遠慮することなく書くがいい。適うかぎりに聞き届けてやる。

では、今宵は開催の宣言までとする。
ベルモンドに受けた傷を深淵で癒すゆえ、我は退く。
舞台や形式は用意しているが……この儀式に勝手な独走は禁物だ、暫し待て。
近日中に異議を聞く機会ともども、説明の場を設けてやろう。

203 名前:魔人ヴィゼータ ◆VZ/G9kPv8E :2007/04/11(水) 02:06:180
>>202
にゃ〜ん。 ここのみんなにははじめまして! になるかな?
ちょっと祭りっていうのについて聞きたいことがあるんでお邪魔しちゃうね?

って、その前にその前に!
まずはさっくりと自己紹介しないとね?
ワタシの名前はヴィゼータ(VZ)。
普段は世を忍ぶ仮の姿、カッコちゃんこと高木嘉子で通してるけどね?
本当はとっても強くて怖〜い魔人さんなんだにゃ〜ん。
ほれっ、怖がれ怖がれ〜。

(伊達眼鏡&ツインテール&セーラー服の少女が気勢を上げています。
 飽きるまでしばらくお待ちください)

……こほん。
ま、自己紹介はこのくらいにしといて本題本題っ!

早速だけどそこのエラそうな誰かに質問なんだにゃ〜ん。
聞く所によると祭り開催ってお話だけどね?
参戦表明はいったい何処でやればいいのかな? かな?
いつだったかチャンバラ祭りって話を聞いた時から
ワタシで出ようと思っていたんだけどね?
それとも参戦表明はもうちょっと待った方がよかったりした?
もしよかったらその辺答えてもらえたら嬉しいんだにゃ〜ん。

204 名前:魔王『ドラキュラ』蒼真 ◆THuzzB.KQ6 :2007/04/13(金) 00:48:390

―――――ふむ。

我が考える以上に静かなものだ。
我の手を下さずとも人間は死に絶えたとでもあるまいが…
やはり、今の時点で反応を求むるには性急過ぎたかな。死神?

 「……主も存知の通り、手順というものが御座いますれば…。
  こと拙速の謗りもありましょうが、次手を打たれるが良いかと」



……まぁ待て、死神。

http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1161529483/889-908

アルカードが陰スレにて明らかにした骨子。それと委細は変わっていないのだ。
無論、我とて如何に動くかは心得ている。だが、急いたとて意味もあるまい?


>>203

……ほう。
我が支配した以外の“魔人”を見ることになるとは、奇縁よな。
我が名はドラキュラ、呪いの具現にして魔王。そして世界を滅ぼす者だ。
今はこの、来須蒼真などという人間を器としている。
本来の姿――――。



http://asame5.web.infoseek.co.jp/psjisef054.jpg

見たいか、小娘?

ともあれ、よくぞ我が元へ来た。
本来ならば我の支配せぬ魂など縊り殺すところだが、歓迎しよう。
貴様が宣言後最初の来客だ。
オルロック、この娘にクリームソーダを。
サクランボは付けろ、アイスは卵黄たっぷり濃厚バニラ。
忘れるな。サクランボは付けろ。
分かったら城内の魔女と氷魔どもから奪って来い。我が法律だ、人も魔も平等ではない。


……本題に移るとしよう。
その果汁ゼロの炭酸水を啜りながらでも聞くがいい。

ふん、我の言葉が足らなかったという事か。
本来ならば、先の告知より声が集まったのを見計らい動く手筈だった。
貴様のような者が幾らか来ると予見してな。
現状では本スレでも構わんと思っていたが……良かろう。
次の告知で明確とするつもりであったが、ここで訊かれた以上は答えるが理というもの。
……くく。褒めてやろう、魔人の娘。
この我から情報を引き出した……これは紛れなく貴様の手柄だ。
破滅の後、訪れるであろう虚空に聳える黒鉄の城で誇るがいい。
神秘の力を溢れさせ、近き夜明けに原人どもを全滅させながらな。



                       「……合っていますが異なる言動が漏れ出ております、主」

                                    ……まつろわぬ魂などを支配した所為か。
                                    偉大なる勇者などの言霊が素で出てくるから困る。


■参戦表明は次回告知後、同時刻に立てられる運営スレッドにて受付開始!
 (尚、次回告知は4/13の午後10時前後を予定)


今日の午後10時前後より正式な次回告知を行うが―――何、もはや金曜だが気にするな―――
それと時を同じくして、祭祀を執り行うための地(スレッド)を立てる。
ここは闘争を行うためのいわば表舞台だ、何時までもこの場を借りておくわけにもいくまい。
告知自体はすぐでも良いが、あえて後一日にも満たぬ猶予をとる。異議なり申し立てたければ今の内に行え。

205 名前:魔王『ドラキュラ』蒼真 ◆THuzzB.KQ6 :2007/04/13(金) 01:02:570

……ほう。

 「ようやくなれど釣れた……という事でしょうか?」

そのようだ。
ならばもう一つ、目聡きものどもに言っておこうではないか。

我は『ドラキュラ』――――
マティアスと名乗っていた頃より自らをヴァンパイアと化し、ワラキアで領主として
紛れもなく君臨していた王である。
その我が催すのだ、剣を取る者らは須らく安心しろ。
我が認める限り、外法、正道の是非は問わぬ。己の望む駒を出せ。
汝らの望む敵、望む戦いは必ずや齎されるだろう。
我は一人でも多くの『剣』を求める――――たとえ、それが剣でなかろうとだ。
気炎を吐くほどに勇猛なる生贄を拒むなど、そのような神の狭量など我は持たぬ。


無論、度量は度量。
混沌を飲み込む我とて、その器には限度はあるにしろ…まぁ、今は関わり無きことよ。

206 名前:魔王『ドラキュラ』蒼真 ◆THuzzB.KQ6 :2007/04/13(金) 23:36:380

―――――時は過ぎ去った。

曰く、「沈黙は金、雄弁は銀なり」。
古代ギリシャのデモステネスが言葉などとは偽りだが、一理はある。
よいだろう、これより先は砂銀の嵐だ。
吐き出される言霊の砂銀こそは、我が、<祭り>主催の骨子。我は先んじた異議はなしと判断した。
こと銀を有難がるのがこの言葉に隠された理ならば、今より貴様たちに言葉をくれよう。



・吸血大殲祭り 「悪魔城御前試合 血狂ひ」

舞台:魔王降臨のため作られた偽の悪魔城
時代:現代
物語:世界を滅ぼしたい魔王が本来の力を得るために儀式開始、ただしトーナメント式の
勢力:ドラキュラの転生体『魔王蒼真』とその配下、各々の目的で戦うもの全て
展開:最終的に城は崩壊。死にたくなければ勝ち残れ。
日時:5月4日、5日。または他の連休中か、その次の週末12日13日を予定。
形式:形式は第三者も絡めた、だが少数によるトーナメント。

では仔細を説明しよう。
長いと感じたものはテンプレだけ読んでおくがいい、だが後で泣くな。


先ず、舞台は一つ。
我が力の源にして居城『悪魔城』を模した偽りの城―――――
1999年、あの忌まわしきベルモンドとの決戦により月の異界へと封じられた本来の城に
代わる、偽りの我が魔城だ。
不知のものは北欧の寒村に、怪しげな古城が立っていると思え。
内部は時計塔、地下水脈、庭園と幾多の趣向を凝らしている。
多彩な戦場で存分に腕を振るうがいい。
―――ああ、間違っても城の外で騒ぎなど起こそうと思うな。
我が城を含めた領地一帯には、我に召喚された魔神、巨人、魔獣……
以下、数にして数千の大軍勢がひしめいている。
加えて一帯の霊的な異相は魔界と同等。貴様らが言う「奈落落ち」と似たような有様だ。
常人は外に出ただけで、その瘴気で狂死しかねん。


時代は現代。
といっても我が城は混沌の産物、時や異界の壁を超えるなどたやすい事だ。
死者は我らが魔道の術で蘇らせよう。
マレビトは深淵よりの門を開け招来せしめよう。
最低限のこじつけさえすれば、我は如何なる時代、世界の住人であろうと迎えよう。
それと細かい時系列などは気にするな。
本来なら原典を見るに舞台の年代は2036年だが、細かいこと。
主催がそうなのだから貴様らも気にせぬことだ。


―――そして為すべきは一つ。
我は輪廻を超え、ついにこの時をもって再臨を果たしたわけだが…未だ完全ではない。
我が本来の力を得るには儀式が必要だ。
かつて月の彼方に封じられた我が力の象徴―――我が混沌の悪魔城を地上に『降ろす』。
その為の儀式がな。
そして、その儀式は我の支配する魂と数多もの強き魂を生贄として初めて可能となる。
そう……貴様ら、参加する者全ての魂がだ。
さすれば悪魔城降臨の儀は果たされ、我が長年の目的である<世界の破滅>は成就される。
世界は奈落の瘴気に包まれ、我が無限の軍勢によって文字通りの混沌と化す。

そこで選ばせてやろう。我に滅ぼされるか、我に刃向かい我を滅ぼすか。
だが、我が御前に参上できるのは只一人。
いわば舞台となる城は我が体内。
鉄壁の布陣が敷かれている以上―――我を討つ機会は、我が最後の一人の前に立つ瞬間のみ。
貴様たちには互いに殺しあい、その機を得るほかに我を討つ術はない。
いわば一縷の希望を賭けた絶望的な戦いだ。
むろん、世界を救おうなどと考えない者も歓迎する。
我が持つ無限の魔力を求めるもの、そして己が武のために戦うもの。
いずれもこの祭りに参加する資格を持つ。

それと形式は一つ。
第三者も絡めた、だが少数による擬似的な一対一の決闘。
勝ち残った者だけが次の戦いに進むことが出来る。
これは後に述べるが、此方で相手と用意する仕合場と申告した後、城に供えた
転移装置で仕合場に移動してもらうことになる予定だ。
要は、戦場で移動や敵を探す手間はないものと考えていい。
 

207 名前:魔王『ドラキュラ』蒼真 ◆THuzzB.KQ6 :2007/04/13(金) 23:43:440

さて、ここから先は運営スレッドを使うものとする。

『悪魔城御前試合 血狂ひ』準備スレッド〜儀典悪魔城執務室〜
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1176475265/

表明や異議は必ずやそこで示せ。
まかり違ってこの場で聞く輩には答えん、そう覚えておけ。

……ああ、その前に幾つか重要な事柄を伝えておこう。
上で述べた告知とは異なり純粋に運営的なものだ。
運営スレでも述べるが、先にここでもな。


・<祭り>のスレッドは本スレ(吸血大殲スレッド)とは別に立てる。
念の為というものだ。
容量の都合もある……なるべく本スレへの負担は軽減したいが故にな。
たとえ本スレを離れても「大殲」は「大殲」。
本質は、そこでよき闘争が行われているか否か。少なくとも我と混沌はそう考える。
まぁ…案ずるな。スレ立ては我が行い、告知は運営スレと此処で行う。
此処の最新レスと運営スレの>1、この二つさえ注目していれば場所は必ずや分かるだろう。

・携帯での参加は絶対に禁止とする
言葉の通りだ。
これは<祭り>という形式上、物理的な問題を考慮しての禁止と心得てもらおう。
<祭り>の最中は状況が目まぐるしく変化する。
通常のキーボードとモニターとやらを使っても追い切るのは簡単ではない。
それが吸血大殲の祭りというもの。閲覧自体は一向に構わん。
だが、まかり間違っても参加は遠慮願おう。これは主催者としての言葉だ。 

208 名前:「血狂ひ」先行死合導入 ◆BLOODlbo6s :2007/04/25(水) 01:45:300


 ―――――はてさて、何からお話しすれば宜しいのやら。


 かつて神を呪った一人の男が、友を欺いてまでヴァンパイアとなった「発端」か。
 後の人間を憎み滅ぼそうと魔王になった彼と、友の子孫による「聖戦」か。
 或いは長きに渡った、魔王と、夜を狩る一族となった者たちを巡る戦いの「系譜」か。
 それとも、魔王を完全に滅ぼすために行われた世紀末の「決戦」か。

 いえいえ、そうではありません。
 全ては連綿と続く流れの果てでありながら、新たな支流である「新生」の話。
 ですが――――先人の労苦も及ばずに木阿弥へと帰った「もうひとつの帰結」。

 そう。
 最悪の結果より生まれた、最も望まれざる非情の「終息」。
 それこそがこの話の歴史であり、用意された舞台でもあるのです。


 さあ、御覧なさい。
 北欧の寒村は、草木一つ生きながらえぬ地獄の荒野と成り果てました。
 人の手による偽りの悪魔城。
 そこに輪廻を超え、かの魔王ドラキュラが降臨してしまったが故に!

 大地を見渡せば判るでしょう。
 そう、一帯は既に人間が存在できる世界ではないと。
 四方に魔神の軍を置き、城の内外を問わずひしめく魔物の数々。
 かの消え去った積層都市のように、ここは奈落の異界へと変じているのです。

 天を仰ぎ見れば分かるでしょう。
 そう、月に代わり空高く浮かぶ巨大な球体。
 十字直列を描くあの5つこそは、何千もの屍を寄り固めたおぞましき死体群球。
 あれこそは一帯を闇と瘴気で満たし、次元をも歪ませる結界装置レギオン!

 そしてお教えいたしましょう。
 魔王の宿命を背負い、その宿命に呑まれまいとした青年「来須蒼真」の戦い。
 そして彼が魔に支配されたとき、それを討つべく宿命を背負ったユリウス・ベルモンドの戦いを。
 

209 名前:「血狂ひ」先行死合導入 ◆BLOODlbo6s :2007/04/25(水) 01:47:150


 ――――そう、異界と化したこの地を見れば顛末はお分かりでしょう。
 青年は宿命の負け、魔王は彼を器として新生を遂げました。
 のみならず。それを討つべきベルモンドですら新生した魔王の前に――――。
 そして、今ここに至り局面は次の展開を見せようとしています。

 ベルモンドの付けた傷により、新生した魔王はその力を殺がれる形となりました。
 元より力の源である城を封じられ、十全とは程遠い状態です。
 そこで彼は考えました。いや、当然の帰結とはいえ……「考え付いてしまった」というのが正しいでしょう。
 本来の力を取り戻すための儀式を行う。彼はそう結論に至ったのです。
 すなわち、力の源である城を封印から解き放とうと。
 そう――――彼自身の首を餌に、あらゆる世界より集めた魂を生贄とすることによって、です。
 既に次元は歪み、世界は彼の呪いによって侵され始めています。
 その目論見は成功するでしょう。彼を、魔王ドラキュラを倒さねば世界は存続しえないのですから。

 かくして、今この時。
 その儀式の序幕は開こうとしています。
 先ずは集った8人の戦士による、儀式を始めるための儀式。
 忌まわしき悪魔城御前死合、その序幕がです。


 ああ、私の名前ですか。
 サン・ジェルマンと申します。
 ―――――全てを知るがゆえに、干渉する術を持たない旅人。
 そう覚えて置いてくだされば結構です。
 もっとも…今や、その律すら崩れ去ろうとしているのですが。
 

210 名前: :2007/04/25(水) 21:02:190
 正史

 辿られるべきもの、過去から未来に連なる道筋。
 数多の可能性の中で最も選ばれる確率が高かったもの。

 >システム起動
 >認証……OK

 >語句を選択してください

 >「冬木市第4次聖杯戦争」

 あらゆる願いが叶う『聖杯』を手に入れる為に、
 7人の魔術師が各々英霊を使い魔(サーヴァント)として召喚し使役し殺しあう儀式。
 第4次聖杯戦争における生存者は三人のみで、無関係の市民の犠牲者は数百人
 挙句、戦争の監査役までもが事故死する異例の事態となった。

 >「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト」

 魔術の名門、エルメロイ家の天才魔術師。
 冬木市における第4次聖杯戦争に参加。
 ランサーのマスターとして活躍するも中盤戦において、
 セイバーのマスター「衛宮切嗣」の姦計に嵌り再起不能の重体となる。

 以後、マスターとしての権利、サーヴァントへの絶対命令権としての令呪を、
 完全に婚約者の「ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ」に譲渡。
 しかし、その後のソラウの奮戦も虚しく衛宮切嗣の罠にかかり、ソアラともども戦死。

 >「ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ」

 同じく魔術の名門ソフィアリ家の娘。
 嫡子でない為に政略結婚の道具としてエルメロイ家に将来嫁ぐ事が決まっている。
 婚約者ケイネスのサポート要員として聖杯戦争に参加。
 中盤戦において重体のケイネスより令呪を委譲され、戦争を続行するも戦死。

 政略結婚故からソラウはケイネスに対し恋愛感情の類は一切持っていなかったとの事。
 何故、自らの生命を賭けてまで聖杯戦争を続行した事には多いに疑問が持たれる。
 そこまでして聖杯に求めたい何かがあったのだろうか……?

 >「ランサー(第4次聖杯戦争)」

 ケイネスが召喚したランサー(槍の騎士)の英霊。
 その正体はケルト神話に名高きフィオナ騎士団随一の騎士「ディルムッド・オディナ」。
 高潔で騎士道を重んじる武人で変幻自在に二本の魔槍を操る。
 第4次聖杯戦争に召喚された英霊の中で殊接近戦においては最高の戦闘能力を持っていたとされる。

 特筆すべきは魔貌ともいうべき女性を魅了する呪いである。
 魔術抵抗の無い者、意志力の弱い者であればたちどころに虜にしてしまう。
 神話においては主のフィン・マックールの婚約者たるグラニア姫がこの魔貌に魅了され、
 ディルムッドに求婚、結果、ディルムッドはフィンを離反。
 当所の無い逃避行に出ることになり、その最中で皮肉にも数々の偉大な武勲を立てることになる。

 神話ではフィンと和解するもののその最後はフィンとの狩りにおいて猪に突かれ、瀕死の重傷を負い、
 フィンのディルムッドへの嫉妬から治癒が遅れてしまい、いざフィンが治癒を為そうと決心した時は
 既にディルムッドは息を引き取っていたという悲劇的なものであった。




 偽史

 本来無い歴史、選ばれなかった可能性、if(もしも)……

 >システム起動
 >認証……OK

 >語句を選択してください

 >「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト」
 > 魔術の名門、エルメロイ家の天才魔術師。
 冬木市における第4次聖杯戦争に参加。
 ランサーのマスターとして活躍するも中盤戦において、
 セイバーのマスター「衛宮切嗣」の姦計に嵌り再起不能の重体となる。

 以後、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ERROR!!

211 名前:ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ:2007/04/25(水) 21:03:060


 ―――――――――


「誓います。
 私はケイネス・エルメロイの妻として、夫に聖杯を捧げます」

 私の口から紡がれる偽りの宣誓。
 ケイネスの妻等ではない、私は一人の女として眼前の英霊との絆を保ちたいが為に、
 ただそれだけの為にソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは命を賭ける。

 ランサー…いえ、ディルムッドを見るだけで胸が高鳴る。
 二十余年の私の人生の中でこんなにも胸がときめいた事はあっただろうか。

 ………思い返しせば私の人生は不毛そのものだったと言えよう。
 嫡子でもない私はただの名門の魔道の血を引く道具としてと生きて行く事が産まれた時から決定していた。
 疑問にも思わなかった、家の為の道具としてあれと日々言われ、豪奢な無色の屋敷でただ徒に時を過ごす。
 哀れな事に籠の中のソラウと言う小鳥は今まで己が不毛である事にすら気づかなかった。

 今は違う。
 この寂れた廃工場は余人にはただの不毛の場としか映らないだろう。
 だが私には此処は彼がいるという事実が在るだけで天上の楽園に等しい。

 己がどれだけ無謀な事をやっているかは分かっている。
 私は魔術師としては二流。
 天才ケイネスさえ退ける猛者がひしめくこの戦争を私はおそらく生き残る事等できはしまい。

 それでも良い、この先数十年、灰色の檻で生きていくのであれば、
 これからの数日、この熱い想いを胸に生きて…………そして殺される、その方が遥かに良い。
 私は一人の女として生きる事が出来た、その実感を以て逝けるのであれば。


 ――――悔いがあるとすれば彼は私を正面から見てくれない事ぐらいか。
 彼は元の主たるケイネスに勝利を捧げん、忠義を尽くさんと今も本気で思っている。
 …ケイネスなんかどうでもいい、現在の主である私を見てほしい、その槍をソラウに捧げると言ってほしい。
 私の愛と引き換えに貴女を守ると聖誓(ゲッシュ)を負ってほしい。
 そうして二人で逃避行の旅に………私は現代のグラニア姫として過ごして――――


 ……馬鹿げた夢だ。
 そんな事は叶わない、今の状態ですら私には過ぎた幸福だと言うのに。
 でももし叶うのならば、例え悪魔に魂を

『売っても良いというのだな?』
「!?」

 頭に響く声……幻聴? そんなに疲れているのだろうか。

『ならば一言誓え。さすればその望み叶えてやろう』

 周囲を見回す、ディルムッドは外で見張りを、ケイネスはそもそもベッドから起き上がれはしない。
 ――――ならば敵のサーヴァントか!?
 戦慄に背筋が凍る、恐怖にカラカラに乾いた喉から彼の名を叫ばんと………

『違う。お前の望みを叶えてやろうというだけだ』

 …………

 正体不明の甘い誘惑の囁き。
 一瞬の幻視―――ディルムッドが私の名を呼んでくれている、耳元で愛を囁いてくれている。
         私を守る為にその槍を振るい、戦いの勝利と栄誉を私に捧げる。
         そんな彼を私は自分の手料理と笑顔で迎えるのだ

         そんな日々が何年、何十年と続き、私は彼の微笑みに看取られてながらその生を終え…

 特に意図した訳ではなかった、自然と漏れ出た。
 私の口から紡がれる心からの宣誓。

「誓います。
 私はディルムッド・オディナの妻として、貴方に魂を捧げます」



 宣誓の瞬間



 世界が暗転した―――――

212 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/25(水) 21:04:100
「!」

 敵サーヴァントの奇襲かと異常に気づき身構えた時はもう遅かった。
 周囲の風景がぐにゃりと歪み……気づけば何処とは知れない部屋の中に居た。
 目の前のソラウも怪訝そうに周囲を見回している。

「これは如何なるまやかしか、いや………」

 数々の死線を潜り抜けてきた自分の勘が告げている、これは紛れも無い現実だと。
 ………だとすれば自分とソラウは何者かの手によって一気に転移をさせられた事になる。

「果たしてそんな事が可能なのか?」

 空間転移は一種の魔法、奇跡に値するもの、普通はとても為しうるものではない。
 敵サーヴァントの仕業か?
 一番可能性がありそうなのは魔術師の英霊、キャスターだが、今回のキャスター「ジル・ド・レイ」は、
 魔術というより悪魔召喚師の類であり、この様な芸当を為しえるとはとても考えられない。
 他のサーヴァントはどれも直接戦闘に重きを置く者ばかり、よって可能性としてはありえないだろう。

 つまり、サーヴァントの仕業でないとすれば

 <得体の知れない強大な何者かに時空を超えて呼び出された>

 等と余りに常識から外れた結論が導き出され、そして自分達が聖杯戦争と比較しても途方も無い脅威に
 直面している事に気づかされる。

「待て。ケイネス殿はここには居ない。一体何処に……」

 歴戦の英霊の槍を持つ両の手が緊張にぎゅっと力が篭る。
 此処が危険な場所というのは周囲の淀んだ空気からもひしひしと伝わってくる。
 今の半身不随となり動く事さえ出来ぬケイネスの身が危険だ!

「ソラウ様、ケイネス殿を探してまいります。
 部屋には鍵をかけて誰も入れぬ様にお願い致します」

 その言葉を残し高潔の騎士は身を疾風と化して部屋から飛び出して行った。

213 名前:ケイネス・エルメロイ・アーチボルト:2007/04/25(水) 21:05:050

「!」

 周囲が歪んだかと思えば次に感じたのは奇妙な浮遊感だった。
 そして眼下に映った景色は陰鬱な黒い城と周囲に広がる森だった。

 目に映る城と森は段々とその威容と大きさを増していく―――――自分の落下と共に。
 焦燥感に囚われ手足を動かそうとするが己の手足は意に裏切りぴくりとも動いてはくれない。
 今やケイネスに従ってくれる器官は首から上しか残っていなかった。
 拡大していく大地に対しあらん限りの声で再起不能の魔術師は拒絶を叫び



 ぐしゃ



 地面に赤い大輪の花がひとつ咲いた。
 魔術の総本山たる時計塔で将来を嘱望された若き天才、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの最後であった。

214 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/25(水) 21:09:230
>>210-213


 ――大河の空隙(くうげき)に在るという、絶対殺人武器。

 その刃がいかなる形をしているのか、それは永劫に続くであろう、イムァシアの刀鍛冶の抱えた命題だった。
 重さは、長さは、そしてその使い手は何者か。
 決して実体化しないその伝説の武器を、鋼として現世に具現化するため、彼らは槌を振るうのだという。
 すべての過去より伝えられた知識、すべての未来に予想される英知。
 それらをすべて注ぎ込み、年々、彼らの鍛える物は強化されてきた。

 それを魅力と思ったことはない。
 ただある種の慰み――彼らのためでもあり、自分のためでもある――のため、小さな村の工房にて、どうと言うことも
ないような、つまらない一振りの剣を求めた。

 その刀身の切っ先にも似た輝きに、閉ざされた視覚が刺激される。
 そこで、初めて自分が眠っていたのだということを自覚して、ミズー・ビアンカは目を覚ました。
 開かれたまぶたの隙間から遠慮無く入り込んでくる光――朝の光。
 久しぶりに、夢は見ていなかった――しばらく続いていた、気の滅入るような夢。
 見ていたのかもしれないが、少なくともそれを覚えていない。覚えていないのならば、同じことだ。

 そんなことよりも、いったいいつの間に眠り込んでしまったのか。
 まるで記憶のない自分に失望しつつ、ミズーは確かめるように、自らの身体を見下ろした。
 胴を包んでいる、革鎧。身体に括り付けられたままの剣帯。何事もなく鞘に収められている剣。細々とした道具を
収納してある、腰元のポーチ。そして、それらを纏っている全身を覆う、紅いマント。荷物という意味ではやや持てあまし
気味の、戦闘用の手斧すら、鞘を失った剥き身そのままの状態で、近くの幹に丁寧に立てかけられていた。

 そして最後に、肩口のマント留めに手を伸ばす。指先に感じる、冷たい板金の感触に、ようやく小さく息を吐いて、
ミズーは触れているそれに視線を落とした。金属に刻まれた獅子のレリーフはいつもと変わらずそこにあった。眼球の部分に
埋め込まれた水晶に浮かぶ靄のような光は、当たり前のように健在だ。
 いつも通り。何もかも、おかしなところは、ひとつもない。つまり――

(異常なし、と言うことね)

 言葉にしてしまえば、それだけで事足りた。立ち上がり、抜き身の斧に手を伸ばし、やや迷ってから、嘆息しつついつもの
ように手に持ったまま、それをマントの内側へと収める。

(異常なし。少なくとも私に関しては。じゃあ、何がおかしい――?)

 それは、眠りについた記憶がないことか。
 野宿には慣れているが、野営の準備をすることもなく意識を手放してしまうことなどおよそあり得ない。
 ミズーは立ちつくしたまま、周囲を埋め尽くす木々に視線を向けた。黒々とした葉が鬱蒼と覆い、視界を明らかに
狭めている。ただ、空だけは冗談のように見通すことが出来た。
 だが、そんなことに意味はない。彼女の視線はただ、繁る木々に向けられていた。

(こんな葉は……知らない)

 落ちていた一葉を拾い上げる。見知らぬ葉。見知らぬ木。それは、つまり――

「……ここは、何処?」

 見知らぬ森に抱かれて、ミズー・ビアンカは、呆然と声を上げた。そうは見えなかったとしても。

215 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/25(水) 21:09:530

 状況が分からないまま動くのは得策ではなかったが、かといって、ここでじっとしている訳にもいかなかった。
 地形が分からないため、分厚い雲の向こうからかすかに感じる、太陽らしき物の気配を頼りに、とりあえずの方向を決める。
 空気には湿気を多く感じたが、かといって足下がぬかるんでいる、と言うことはない。だからというわけでもなかったが、
脚は意外なほど軽快に前に進んだ。

 問題は――

(問題は……そう。誰が私をここに連れてきたのか)

 歩を進めるたびに視界に飛び込んでくる見知らぬ植物の群に、改めてミズーは、ここが己の知っている土地ではないことを
確信した。だからといって、状況が好転するわけでもない。ただ未知で埋め尽くされている脳裏の地図に、ひとつひとつ自分
で情報を書き込みながら、彼女はただ脚を進めた。進めざるを得なかった。

(連れてきた……ということは、少なくとも、なにか目的があると言うことよね)

 ただ他人を置き去りにすること、それ自体が目的という可能性もあったが、それは考えないようにする。選んでも意味が
ない選択肢は、検討する価値がない。

(私が選ばれたのは――偶然?)

 そうかもしれない。しかし、偶然ではない、と言う点も否定できる材料もなにひとつない。

「アイネスト――神秘調査会は、このことに関わっているのかしら」

 意識して、それは口に出した。
 神秘調査会。アスナラカンという土地に広く根ざしている、あらゆる知識を収集、編纂することを目的とした集団。
 彼ら魔術師(マグス)魔術(マギ)を修める。
 すべてを観察することを至上命題とする者たち。直接見知っているのは、あのアイネスト・マッジオという優男だけだが、
それにしたところで、何を考えているのかまるで分からない。

 結局は堂々巡りのまま、やがてミズーは、考えるのをやめる。

(要するに――何も分からない、と言うことよね)

 延々と時間をかけて出てきた答えがそれだったことに、ミズーは大げさに顔をしかめた。結局のところ、何が目的にせよ、
「誰か」に出会わなければどうしようもない、つまりはそういうことだった。

 何かを掴むには、進むしかない。
 それ以外に、出来ることなどなにひとつ無かった。


216 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/25(水) 21:10:200

 ……やがて、ミズーは足を止めた。
 時間にして、一時間ほども歩いただろうか。すでに足下は土ではない。堅い石畳の感触が、ブーツ越しにも感じ取れる。
 森を抜けるとそこは、庭園だった。
 丁寧に手入れをされた観葉樹。季節ではないのか、その枝振りはどこか寒々としている。そして、その寂しげな庭園の
中央部には、大きな噴水の姿。ゆっくりと歩み寄ってみると、透明な水が幾筋も、弧を描いて水面へと落ち込んでいく。

 のどの渇きを自覚して、思わずつばを飲み込むが……何も考えずに飲もうとは、どうしても思えなかった。警戒して損だ
というわけでもない。なにひとつ、分からないままなのだから。

 なんにせよ――と、ミズーは思う。
 これで、疑問のいくつかが解消される可能性が高くなってきた。
 庭園――人工物があると言うことはつまり、誰かが居ると言うことに他ならない。丁寧に手入れをされているところから
見て、頻繁に出入りしているのだろう。少なくとも、全く見通しの立たない状況から解放されそうな安堵感で、わずかに
口元がゆるんだ。



 ――――丁度、そんな時だった。



 ふと。
 何か、音が聞こえたような気がした。水の音……ではない。もっと、もっと生々しいなにか。

 そう、これは。例えるなら、

「悲鳴……?」

 つぶやいた、その瞬間のことだった。
 ぐちゃ、という、何かがつぶれる生々しい音とともに、熱いものが右頬にかかった。とたん、水の清浄な臭いをかき消すかの
ように、慣れた臭気が嗅覚を支配する……

 呆然と、視線を右に向ける。

 今の今まで白い石畳でしかなかったものに真っ赤な何かがぶちまけられている。
 その中央には、すでにズタ袋のようにしかなにか。ぴくりともし内それは、完全に破裂しており、それがいったい何であった
のかを計ることは難しいことのように思えた。
 だが、この間違えようもない臭いが、それが何であるのかを正確に物語っている……

「……なんなの? これは――いったい、なんだって言うのよ!」


 どこからか落ちてつぶれた死体を、ミズーは呆然と、ただ呆然と見つめていた。


217 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/25(水) 21:45:040

 英雄ディルムッド・オディナの二度目の生、第4次聖杯戦争における望みはただの一つ

 背信の徒としてはなく今生こそは忠節の道を
 曇りなき信義と共に主に勝利を捧げる名誉を

 嘗ての主フィン・マックールには尽くせなかった忠義をただ尽くしたい。
 故に彼は主のケイネスが再起不能になろうとも何としても主の為に勝利し聖杯を捧げると決めていた。



 ………状況は更に悪化している。
 何処とは知れぬ地に飛ばされしかも其処は悪鬼羅刹の巣食う場所であった。
 城内には無数の怪異が徘徊し、何時主がこれらの餌食になってもおかしくはない。
 否、既にそうなっているかもしれない。
 二槍の英霊は不吉な想像を首を振って打ち消し、ひたすらに城内を疾駆する。

 立ち塞がる無数の生ける屍の一団が唸る魔槍の余波のみで紙屑の様に消し飛んだ。
 人の数倍は優にあろうかという巨獣が閃光に貫かれ僅か一撃で絶命した。
 見る事さえ到底覚束無い醜悪な悪魔が騎士の両手にある赤と黄の嵐に見舞われ塵と化した。

 如何な悪夢も障害も今の彼はあたわない。
 誇り高き輝ける騎士の誓いの前には何者も無力だった。



 そうして城内を踏破し、外へと躍り出た時、最初に英雄の眼へと飛び込んできたものは



 ――――護ると誓った主の成れの果ての姿だった。



218 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/25(水) 21:45:210

「―――――――」

 叫んだ。
 ディルムッドは神話の時代に生きた時もここまで声をあげたことは無かっただろう。
 慟哭の嵐が敗残の騎士を打ちのめす。

  ………俺は誓いを果たせなかった
  無念

  ………もう少しもう少し早く到着していれば
  後悔

  ………護るべき主も護れずして何が英雄だ
  絶望


 ……………………………
 ……………

 そうして、失意の戦士はようやく気づいた。
 ケイネスの無残な骸の傍に一人の血塗れの女が佇んでいる事に。

 『肉塊と化したマスター』
 『その傍に居る血塗れの女』

 ――――ガチリとパズルのピースが当てはまった。
 極限まで凝縮された殺意がビアンカに向けられ、

「貴様の仕業か、女ァァァッ!」

 魔鳥は血の如き魔槍を右の翼として、黄に輝く妖槍を左の翼として羽ばたき死風が逆巻いた。
 両者の間に十数メートルあった筈の間合いが荒れ狂う復讐鬼により憎悪とともに刹那で侵略される。
 そして赤と黄の獰猛の牙がそれぞれビアンカの顔と心の臓に向かって繰り出された!


219 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/25(水) 22:13:490
>>217-218

 刃鋼の爆ぜる音を、ミズーはどこか他人事のように聞いていた。
 なぜそれが出来たのか、と問われても、彼女には分からない、としか答えようがない。
 ただ、いくつかの偶然が作用してはいた。

 ひとつは、武器を抜き身のままぶら下げていたこと。
 ひとつは、血の臭いをかいだことで、神経が過敏になっていたこと。
 ひとつは、庭園のほぼ中央という、比較的見通しの良い場所に位置していたこと。

 ともかく、すべては偶然のことでしかない。

 瞬間的に膨れ上がった憤怒に、ミズーは全くの無意識に、右手に握っていた手斧を、全力で振り上げていた。
 重量の赴くまま、膂力によらない速度でもって繰り出された肉厚の刃は、ほんの紙一重に、心臓に向けて繰り出された
穂先の一撃を跳ね上げる。

 だが、繰り出された一撃は、とても人間に可能な代物などではなかった。致死の一撃と激突した手斧はあっさりと折れ
曲がり、またそれと相対したミズー自身も、その衝撃を受け止めきることが出来なかった。

 それが幸いした。
 まともに衝撃を食らったミズーは、ゆがんだ斧を抱きしめたまま、なすすべ無く後方へと跳ねとばされる。
 馬車にはねられたとて、これほどの一撃とはならないだろう――脳裏のどこか、空白に満たされた部分でそんなことを思う。
 だがそのおかげで、顔面に向けて放たれた一撃は、ミズーをとらえることはなく。

 ミズー・ビアンカは、紅い花びらが開いたかのような有様で、数メートルは後方の観葉樹に激突した。
 ……枝で衝撃が和らいだのも、やはり偶然の産物でしかない。

 ほんの一瞬呼吸を詰まらせるような程度で、ミズーは再び立ち上がる。

「くっ――」

 口の中に広がる錆びた鉄のような味。血。反射的に、それを吐きだした。
 別に内蔵を傷つけた訳ではない。かみしめた歯で、口の中を切っただけのことだった。
 結局――必殺を持って放たれた一撃が、ミズーに与えたダメージというのは、その程度のものだった。

 なぜそれが出来たのか、と問われても、彼女には分からない、としか答えようがない。

「一体……なにをっ!」

 敵だ、というのは間違いないようだった。
 少なくとも、あれほどの一撃を冗談で放つものはいない。実際、視線を合わせずとも、その人型をした者の発する意志は、
殺意以外の何物でもない――

「仕業……私の? その、死体のことを言っているの?」

 使い物にならなくなった手斧は、すでに捨てていた。それなりに値が張った代物で、未練がないわけではなかったが、
使い物にならないのであれば捨てるしかない。言葉を続けているのは、衝撃にしびれた右手が回復するまでの時間稼ぎ
だった。

 それにしても――

(なんだというの?)

 訳の分からない場所に放り出され。訳の分からない死体に出会い。理由も分からずに、今殺されそうになっている自分。
 何もかも、訳が分からなかった。未知なるもの――人はそれを、恐怖と呼ぶ。が。

(私は、怖がってはいない)

 静かに断じて、まだしびれが残る右手を剣帯に伸ばす。
 完全ではないが――剣は、握れるだろう、恐らく。

「それは勘違い。人は、そんな風に人は殺せない。考えれば、分かるでしょう?
 私は、ミズー・ビアンカ。ここは何処なの? あなたは誰? なにもかも――訳が分からない!」

 剣を抜き放ちながら、叫ぶ。
 それは、時間稼ぎの言葉だったのだが。

 同時に、偽らざる本音でもあったのだ。

220 名前:◆kILLEREa5g :2007/04/25(水) 22:17:410

――零崎一賊。

《殺し名》の序列三位。
 血の繋がりはなく流血によってのみ繋がる生粋の後天的殺人鬼集団。
《匂宮》のような職業殺人者ではなく、《闇口》のような暗殺者集団でもなく、《殺し名》の中で
最も忌み嫌われる集団である。

 その所以を、少しだけ話してみるとしよう。
 

221 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/25(水) 22:19:240
>>220

 草木も眠る丑三つ時――草木なんて存在してねーからそもそも眠る必要すらない丑三つ時。天井を
見上げても吹き抜けになってて天辺が見えやしねー様な高層ビルにポツリと立ってる訳だが。

「ところで大将――これ誰のお礼参りよ」
「曲識っちゃよ。アイツは逃げるのに定評があるっちゃ」
「喧嘩売られて殺さねーで帰ってきたから俺らにお鉢が回ってきたっつー事か? かはは、メンドー
過ぎんな、それ」
「俺達は《零崎》っちゃ。売られた喧嘩は買わなきゃなんないっちゃ。舐められちゃ終わりっちゃよ?」
「はいはい、人間という人間を全部殺して、植物という植物も全部殺して帰りゃいいんだろ。いつもみてー
にさ」
「動物が抜けてるっちゃ。できれば無機物も殺すっちゃ」
「――は? 動物は判るけど無機物まで殺すの? 俺大将と違ってナイフなんだぜ?」
「殺すっちゃ。椅子も、机も、箪笥も、花瓶も、下駄箱も、ドアも、金目のものも全部殺すっちゃ」
「はあ?」
「なんでも《ウィズ・ライト》とか言うカルト集団らしいっちゃ。《魔王》の復活を目論むとか莫迦みたいな
――でも歴史のある宗教っちゃね。宗教にありがちで金は溜め込んでるっちゃからそれも殺してやら
なくちゃならないっちゃよ。ああ、今回のターゲットはそこの重役っちゃ。魔術を使うなんて非科学的な
奴っちゃけど、人なら殺せるっちゃ。――ああ、そうだ。株券は持って帰ってくるっちゃ」
「なんでよ?」
「活動資金にするっちゃよ」
「幾らくれんの?」
「三割」
「オーケー」
「PCは――おめーに任せても不安っちゃね。PCは壊さないで置いとくっちゃ。後でデータ持って帰って
次の仕事に活かすっちゃから」
「大将まだアレで遊んでんの? 退屈じゃねー?」
「そうでもないっちゃよ?」
「疑問文を疑問文で返すなっつーの」
「個人情報保護だっちゃ」
「はいはい、んじゃまあ――」
「軽ーく――」



                    「零崎を」「殺して解して」

――合図は一つ。

                 「始めるっちゃ」「並べて揃えて晒してやんよ」
 

222 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/25(水) 22:20:570
>>221

――行動スタート。


 俺は右。大将は左。丁度二本の塔みたいな作りになってる高層ビルだ。何回まであるって大将言って
たっけ。確か散々文句言ったはずなのに。なんで忘れるんだ、俺。まあ、莫迦みたいに高いビルだって
事は覚えてるから問題ねーよな。
 アンチロックブレードを鍵穴に差し込んでガチャリ。手品みたいに鍵は開いて真夜中のお宅訪問。スヤ
スヤと眠ってる御両人にズブリとナイフを差し込んで捻る。優しい殺し。ドアの解体。死体の解体。ああ、
裸だ。おたのしみでしたね? 椅子の解体。次の部屋。すやすやと眠る子供。サクッと成敗。いいんじゃ
ねー? お受験から逃れられんぜ? 椅子の解体。机の解体。脚を机の脚に埋め込む。あ、目玉転がっ
た。隣のお宅へ。こちらは一人暮らしっすか。4LDKだぜ、オイ。こんなところで一人で暮らすなっつーの。
時計の解体。ソファーの解体。「ああ、おばんです。調子はどーよ?」冴えねー男がバスルームからご登
場。生まれたままの姿で天国への階段をいけるって素晴らしいんじゃねー? タオルも縦横無尽に解す。
また次のお部屋へ。こっちはお楽しみの最中ですか。アンアンうるせーんだよ。サックリと次へ。殺しても
殺しても居るもんだなあ。お宅拝見はまだまだ続く。ドキドキもねーっつーの。一人プレイ中のどう見ても
中学生。お邪魔しましたね。右手はちゃんとそのままにしといてやるぜ。無念だから。お宅拝見中。アンア
ン言ってるのはゲームでした。幸せな一生だったろ? 犬も、猫も、金魚も、熱帯魚も、亀も、猿も、インコ
も、九官鳥も、オウムも、殺して、殺して、殺して、これでもかっつーほど殺し続けて、大量殺人、大量殺植、
大量殺畜、大量殺物。猟奇的といえば猟奇的な空間演出。怪奇といえば怪奇。鬼畜といえば鬼畜。異常
者集団と言ってしまえばそれまで。狂気によって支配され狂気を振り撒く殺人鬼。俺はこれでも優しいんだ
ぜ? 大将なんかもっとヒデーんだから。

 でもこれが――《零崎》。

 ワンフロアの制圧に三分だとして、目測で六十階越えか――単純計算で三時間も掛かっちまうじゃん。
ペースアップ。ハリーハリーと急かされちまうから。大体二人で制圧っつーのがキツイんだよな。人ばっ
かり働かせやがって。クソ兄貴め。ゼッテーあのナイフ奪い取ってやる、殺して。
 お宅拝見サクリグチャリズブリ。こんな描写を延々と続けても仕様がねーから早送り。
 この番組の提供は悪魔城でお送りしてんだってよ?
 

223 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/25(水) 22:21:410
>>223

「おー、さすが大将。一人逃がしちまった事を除いても俺より速いってスゲーな」
「得物が違うっちゃからね。後それと、逃がしたんじゃなくて初めッからここに居たっちゃ」
「ま、星綺麗だもんなー。夜景も凄くねー?」
「俺の家からはもっと綺麗に見えるっちゃよ?」
「血塗れのバッド持ってなきゃスゲー口説き文句だよな、それって」
「俺んとこ来ないか――っちゃ」
「スピードの向こう側が見えたらな」
「来るつもりないっちゃね」
「まーな。男と夜景見たってなー」
「それもそうっちゃね」

 高層ビルの屋上っつーと風も強いもんだ。仕込んであるナイフがカチャカチャ音を立てて少しばかり
ウルセーのを除けばいい場所だな。――金持ちってスゲー。

「ところで大将、アイツなに言ってんの?」
「スペイン語かなんかだっちゃ、多分」
「英語じゃねーって事ね」
「ああ、それくらいしか流石の俺も判らないっちゃ」
「で、どうすんの?」
「当然――」

 九回ツーアウト満塁。
 カウントツースリー。
 初球、バッターボールに突っ込んでいきました!
 大きく振り被ってフルスイング!
 

224 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/25(水) 22:22:430
>>223

「でー、ここ、どこよ大将」
「知らんっちゃ」

 アミューズメントホテルかよ! でも不気味すぎるぞ!

「まあ、帰り道でも探すっちゃ。その間出会った奴はちゃんと殺しとくっちゃよ」
「オーケー、じゃ、俺こっち行くわ」
「人識――ちゃんと探すっちゃよ」
「サボんねーよ、心配性だな、大将も」

 こうして俺の悪魔城探索が始まるのでした。

――で、行ってみたはいい物の。

 瓦礫、瓦礫、瓦礫。
 見渡す限り何処までも果てしなく続く廃墟的風景。気が滅入るっつーの。植物あってもなんか微妙に
グロイし。骨とかなんで転がってんだよ! 趣味悪ぃー。

 おー、なんか緑増えてきたべ。――どっちにしろグロイんだよ!
 なんかこう、出そうな雰囲気なんだよな。未確認的なものが。俺霊感ねーからきっと大丈夫だろうけ
どなー。
 でもまあ、ほんと魔術って奴なのか? 頭潰されて完成っつー事なんだろうか。イケニエとか必要なら
必要以上にできたての死体があったからなー。となると帰る方法ねーんじゃねーの? ま、殺しながら問
い詰めるなりなんなりすりゃいいか。――人が居ればだけどさ。

 鬱、欝、欝。
 あー、気が滅入る。勘弁してくれよなー。薔薇ばっかりかよ。薔薇薔薇薔薇。さっきバラバラにしてた
もん思い出すじゃねーか。どーでもいいんだけど。

「――かはは、漸くか。こいつは傑作だ」

 人発見。真っ白だから幽霊っぽいけど、足あるしな。
 取り敢えず殺せって事だし――

「死んでも生きてたら帰る方法教えてくれよな」

 殺して解して並べて揃えて晒してやんよ。
 

225 名前:アルビノ少女“山城友香” ◆0DYuka/8vc :2007/04/25(水) 22:26:350
>>224
嫌な夢を見た。形容しがたいぐらいに嫌な夢。
でも。夢の記憶なんて曖昧なものだから、残っているのは独特の後味の悪さだけ。

シャワーを浴びて、沸かしなおしたお風呂につかって。

それでも消えない後味の悪さ。時計の針が指していたのは午後3時。指していたのは午後3時。
草木も眠った丑三つ時。嫌に醒めた私の目。テレビをつけてみる。

ノイズ・通販・通販・ノイズ・世界の音楽・原色がパレットのように並べられて響き渡る高音

チャンネルを行ったり来たり。回すだけ。怖いから回すだけ。夜の闇に飲まれてしまいそうで。
それとも、すでに、この悪い夜に呑み込まれていてしまっていたのか。

テレビの画面のノイズを見ていた瞬間に、意識が暗転して、割れた次元に引きずり込まれて。
気づいたら薔薇の園。空にぼんやり浮かぶ月。早鐘を打つ心臓。蒼い血がざわつく。

後味の悪い夢 と 嫌な予感。 妙な既視感 と 記憶の隙間で笑っている私じゃないシロイダレカ。

真夜中の薔薇の園で黒い部屋着のまま佇んでいた。悪い予知夢を 私は 忘れていた。

226 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/25(水) 22:48:550
>>219
 惨死させる気で放った初撃は結果的には防がれ、女は命を繋いだ。

 平時の誇り高き「輝く貌」のディルムッドであれば如何に冷静さを失っていようと、
 初手から単純極まる突撃等という悪手はありえなかった。
 普段なら彼は初手で間合いを計り、相手の力量を測り、次手で戦力を削ぎ、必殺へと持っていく。
 彼が接近戦の命の削り合いにて名高きセイバーのサーヴァント、アーサー王をも
 上回る戦巧者ぶりを発揮するのは二槍という異形の型を自在に操る卓越した技量に加えて、
 冷静な計算から来る玄妙極まる駆け引きが為しえたからでもあった。
 ……が、今の主を失った哀れな騎士はその事には気づいていなかった。

『仕業……私の? その、死体のことを言っているの?』

『それは勘違い。人は、そんな風に人は殺せない。考えれば、分かるでしょう?
 私は、ミズー・ビアンカ。ここは何処なの? あなたは誰? なにもかも――訳が分からない!』

 女の戯言等は耳には入らぬ。
 瀕死に等しい、子供でも手にかける事が出来よう無力な魔術師の命乞いの言葉は聞いたと言うのか。
 やる事は決まっている、女へは憎悪を無念をぶつけるのみ。

「囀るなッ、女!
 貴様の命、このディルムッド・オディナが貰い受けるッ!!」

 かくして死刑宣告は下された。、
 最速の英霊の全力で踏みしめる足により石造りの大地が爆ぜる。

 ―――今のディルムッドは 伝説に謡われる高貴さ、清廉さは何処にも感じられぬ。
 白熱する思考が戦における冷静な駆け引きを赤黒く塗り潰す。
 無念、失意、後悔が渦巻きそれらが目の前の殺人者への憎悪、憤怒と昇華され、
 かくや狂戦士(バーサーカー)のサーヴァントかと思わんばかりの勢いであった。

 だがそれも致し方無しかもしれぬ。
 生前には受け得なかった屈辱、新たな希望、誓いを穢され潰された故の怒り。
 そうして英雄としての矜持を完膚なきまでに貶められた衝撃は当人しか分かり得まい。

 ディルムッド・オディナという殺意の嵐が庭園を吹き抜ける。
 ただそれだけで嵐の余波で周囲の花々が散り、木々が悲鳴を上げる。
 ならばその嵐の向かう先はどれほどの惨状が約束されていることだろう!

 再び死地となった両者の間合い。
 赤の刺突は再び女の左胸を狙う。
 黄の刺突は前とは異なり引き絞られ今かと機を伺っている、先程の様な偶然を許しはせぬ。
 赤の殺意が防いだ瞬間に黄の殺意を以て踏み込み、その心の臓貰い受ける!

227 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/25(水) 22:55:280
>>225

――とまあ、幾ら凄んだところでナイフじゃ若干間合いが遠いんだっての。
 気付かれても気付かれなくても構いやしねーからゆっくり近付く。助走をつけると面白くねー結果
になることが多いんだよなー。呆気なく逝かれちゃ困るんだよ。

 で、後三歩で間合いってところで――荊が迫る。
 なんだよこの荊。邪魔。

 右手のナイフを鉈みたいなの(銘なんてない)に交換してスパッと切断。切断。断裂。断絶。
 邪魔がなくなったところで左手にナイフ装着。小振りの尖った上にキラキラした最高に俺好みの
一品。ちなみに値段は時価。買ったときは百万くらいだったかな。いい買い物だ。
 人間としては最速の動きで頚動脈を狙ってナイフを疾しらせる。ボーっとしてるからコレで終わり
だろ。優しいな、俺。死ぬまでに時間掛かってもそんなに苦しむ事はねー筈。で、死ぬまでの間に
帰る方法を聞く。パーフェクト、パーフェクトだ俺。

 スルっとナイフは吸い込まれるように首を走って。
 目の前の誰かはボーっとしたまま。
 死ぬ時くらいは横になれよって事で押し倒す。

 よく見りゃ可愛いじゃん?

「取り敢えずさ、元の場所に帰る方法教えてくれねー?」

 ナイフで斬っといて聞くコトじゃねーけど。ま、こっちも切羽詰まってるし勘弁してくれよ?

228 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/25(水) 23:26:400
>>226

 ディルムッド・オディナ。
 鋭くささやかれたその名は、しかし脳裏に記憶される前に霧散した。
 もとより、この紅い暗殺者は、人の名前を覚えるのが得意ではない。加えて、名乗りと同時に繰り出されるの再度の死。
 砕けた石畳だけが冗談のように視界に残り、両の手に長大な槍を携えるその人型は、風となり、陰となって疾駆する。

 言葉は、まるで通じなかった。その事実に軽い失望だけを抱いて、ミズーは己を剣を振りかぶる。

(ようやく誰かと出会えても――交わすのが会話ではなく、武器だけとはね)

 敵手は見えない。当たり前だ。風が見えるわけがない。だがそれでも、ミズーの脳裏には、彼女へと突撃を果たさんと
していた騎士の姿を、はっきりと描いている。

 早い。確かに。神速とは、まさにこのようなものを言うのだろう――だが。


 それでも、一撃は防げた。
 同時だった二撃目も交わせたのはただの偶然だったにせよ、一撃は防げたのだ。

(速度は――覚えた。そして、この距離――!)

 ミズーは自分の”距離”を計る。速度から導き出される目標の軌道を想像する。
 それはすべて、ほんの一瞬のこと。だが、一呼吸分ほどの時間があれば、それで十分な話でもあった。

 そして、私は――この距離を知っている(・・・・・・・・・・)

 銀色が閃いた。きらきらと美しい残光を残して、手の中から剣が飛んでいく。
 一瞬の呼吸。距離。この距離を知っている。剣は――決して外れない。

 確信を抱いて、ミズーは眼前の虚空を見つめている。

 

229 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆0DYuka/8vc :2007/04/25(水) 23:29:320
>>227
気がつけば薔薇の園。
 気がつけば荊の城の中。

まるで知っていたように、まるで解っていたように。
知りもしないこと、解りもしないことを、私はしていた。

でも。そんな防衛ラインは、ちっとも役に立たなくて。

ジツハソンナコト、トウニワタシハシッテイテ

月を見上げたままの私に、荊の城をくぐり抜けてきた殺人鬼のナイフが頸動脈を駆け抜けて。

ココマデハヨソクドオリ、テジュンノワカッタツメショウギ

それから蒼い血が噴き出して、体中の血が沸騰したように駆けめぐって。

サツジンキハヒトヲコロスモノ
デモ、シッテマシタ?ワタシヒトジャナインデスヨ

傷は塞がってすぐに再生、スイッチが入ったように醒める意識。
走っていく闇の奔流は冷凍庫を開け放ったように夜の闇を凍えさせる。

「………いきなり頸動脈とは随分なご挨拶ね、こんな月夜に、殺人鬼の類かしら、狂人?
 ここを出る?そんな方法があるなら私が聞きたいわ?私なんか誰かに飛ばされてきたんだし。」

夜に輝くのは蒼い瞳。殺人鬼の力を奪う闇の眷属の目“イビルアイ”。
その隙に口が紡ぎ出すのは忘れ去られた禁断の呪文。呼び出すのは“ストールデモン”。
正体は低級の使い魔だが使役すれば攻防一体の肩掛け、首を斬るのは容易では無くなるだろう。

ここまでは正しいという、妙な確信。これだけ意識がはっきりしたのに、何処かに残った違和感。

230 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/25(水) 23:53:430
>>229

――蒼、青、碧。

 えー、まあ、父さん、母さん。人間の血って赤ですよね? 蒼かったかもな――こいつら。
 兄貴の血は赤かった気がする。あんな変態でも赤かったんだ、あんな変態でも! あんな変態でも!
 畜生、何時だってこうだ。何処にいたってこうだ! 俺がなにかをしようとすると決まってこうだ! 日頃
の行いは悪くねーのに!――いや、殺人鬼だもんな、仕方ねーかな。

「――ふざけんな!、、、、、、

 ふざけんなふざけんなふざけんな――!
 頚動脈ぶった切られたんだから死ねよ!
 しかも血が蒼いだ? 死なないのは百歩譲って勘弁してやってもいい。勘弁してやる。だけど、だけど、
だけど血が蒼いのだけは許してやらねー!

「テメー絶対に殺す。ゼッテー殺す。帰りかた知らねーならゼッテー殺してやる。殺してやるからな、殺し
殺して解してして並べて揃えて燃やして流して剥いて透かして晒してやんよ!」

 眼まで蒼い?
 しかもガン付け?

 おお――ジョートーだよ。

 なんか見えちゃいけないものが居る?
 ウゼー。

 散々に散斬してやるのは見えちゃいけないもの。お花畑の妖精さんは引っ込んでてくださいね。

 右手のナイフ換装。コイツはもはやただの鉄の塊。カチ割ってやんよ妖精さん?

231 名前:ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ:2007/04/26(木) 00:04:320
>>228
 最初に聞こえたのは聞きなれた男の声だった。
 ……耳にしたそれは私が聞いた事もない音程であったのだが。

 何事かとおそるおそる部屋の窓から外を覗く。
 そこには私の夫になると言われていたらしいものが
 恐怖に顔を引きつらせたまま通常の物理の法則に従い宙空を上から下へと


 ぐしゃり


 そうして豪奢な庭園にケイネス・エルメロイ・アーチボルトという名の赤い染みがひとつ。
 傍にそれを呆然と見つめる女性……この城の住人だろうか?

「…………」

 アレとはそれなりに長い時間をすごして来た筈だが特に感慨は沸かなかった。
 コレでつまらない枷は無くなったという少しの安堵。
 そしてこのままでは私は彼を失ってしまうと言う多分の恐怖、喪失感。

 此処に来る少し前の、彼との会話を思い出す。

 『私はサーヴァントである以前に一人の騎士なのです。
  忠義を尽くす君主はただの一人しか有り得ない。ソラウ様、どうかご容赦を』

 彼は未だ忠誠の対象はケイネスだった。
 それが居なくなったとすれば……………



『―――――――』

 再び聞きなれた男の声。
 ……耳にしたそれは私が聞いた事もない音程であり、しかし間違いなく愛しいあの人の叫びだった。


 ………
 ………………

 アレの残骸に向けられていた視線の対象がケイネスの傍に佇んでいた女性へと向けられる。
 彼の表情は遠くて伺えないがその背から陽炎の様に殺気が揺らめいている。
 これほど遠目で見ている私が眩暈を覚える程の殺意。

『貴様の仕業か、女ァァァッ!』

 彼は過去のどの戦いよりも激しく荒々しく駆け抜け、女性へとその刃を向ける。
 驚いた事に女性はそれを吹き飛ばされはするものの凌ぎ切った。


 ……ようやく気づいた。
 彼はアレをあの女性が殺したものと勘違いしている。
 もしかすると上手くいけば彼を引き止める、私のものにする事が出来るかもしれない。

 私は戦いの趨勢を静かに一挙一動漏らすまいと窓から静かに見つめる………

 …………………………

『囀るなッ、女!
 貴様の命、このディルムッド・オディナが貰い受けるッ!!』

 彼は再び怒声と共にその身を凶つ風と化して女性へと赤き凶刃を繰り出す。
 どういうトリックかは分からないが女性はそれを防ぎきる。
 怒れるサーヴァントの攻撃を防いだという事実に衝撃を覚える。

 直後女性の手から煌く銀閃。
 一瞬ひやりとするが――――そこまでだった。
 彼は僅かにのけぞったのみでそのままもう片手の必滅の黄薔薇による殺意を女性へと繰り出した。



 ……そう、英霊等という高位の幻想はたかだか金属の刃程度では傷をつける事は叶わない。
 故にサーヴァントは無敵の存在として称えられ、サーヴァントにはサーヴァントを以てしか、
 抗しえないとされるのだ。


232 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆0DYuka/8vc :2007/04/26(木) 00:21:090
>>230
見苦しい。たとえ見覚えがあって耐性が備わっていても、見苦しい物は見苦しい。
醒めていく心、冷めていく心。凍える前に暖めましょう。

人間は恒温動物。その血はきっと暖かいから。

「───知らないのは事実。男の逆ギレはみっともないわ、見苦しいったらありゃしない。
 でもね、運が良いわ、今日は妙に気分が良いの。殺すつもりなら容赦しないわ………死んで?

 それで、その命の灯火で凍えそうな私の心をせいぜい温めて?」

気分が悪いなんて、いつ言ったっけ? コンナニ キブンガ イイノニ。
嫌悪感? ワタシハ ナニヲ オソレテイタノカ。
既視感? ソノ ケツマツヲ ワタシハ シッテイルノ?

吐き出しそうな記憶の迷宮から、羽のように軽く踏み出して、今度はこちらが先手を取ろう。
殴るなら殴らせておけばいい。使い魔を叩かせて、こちらは骨を斬ればいい。

「─────ことごとく、切り裂け!ストールデモン!」

薔薇の園の中、蒼い瞳を輝かせて私は笑う。イチバン オソレテイタ ワタシ ガ ソコニイル。

233 名前:◆xHAYATEzHE :2007/04/26(木) 00:30:240

誰もいない礼拝堂。
黒き神の座所。
ステンドグラスが光をいくつものスペクトルに因数分解ばらしていく。




いつからいたのか。
どこから来たのか。



いつの間にかそこには、仮面の男が立っていた。

Bon soir今晩和

何もない虚空に向かって、誰もいない観客に向かって。
男はうやうやしく一礼する。


「ごきげんよう、罪もなき観衆達よ。
 今宵お目にかけるは、異世界の騎士と因果の王の物語。

 何故その剣は交わるのか。
 何故騎士と王は相打たねばならないのか。
 それは誰も知らず、あるいは知るものも口を閉ざすだろう。

 ただ、これだけは確実に断言しよう。
 全てが去った後、そこでは新たな物語が彼女達を迎えるだろうと」


右手を振りあげ。
マントを振り下ろし。
男はなお言の葉を継ぐ。


「そも――生とは物語。
 その二人は、言葉よりも剣での語り合いを選ぶだろう。
 だがそれでも、そこに物語は生まれるだろう。
 何故なら彼女達の生そのものが物語なのだから。
 その物語と物語がぶつかった時、ああ、そこにどんな物語Romanが生まれるのだろうか」


独白するように、詠うように。
男の言葉は続く。


「物語が彼女達を生んだのか、彼女達が物語を生んだのか。
 それは誰にも分かることではない。
 ただ、これだけは覚えておいた方がいい。
 我々もまた、一つの物語の中の住人であるということを。
 我々も、我々自身の物語という世界から、決して逃れることはできないのだ」

故に、と男は背を向けながら呟く。

「もしも彼女達の戦いに意味があったと言える時が来るなら、
 その物語が、あなたたちの物語にどんな一節を書き加えられたかという、
 そのただ一点に拠るものなのかもしれないのだ……」






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『世界を喰らう王と異世界の騎士』


234 名前:八神はやて ◆xHAYATEzHE :2007/04/26(木) 00:30:580

とん、とん、とん。
軽やかな音が、台所に響く。

「はやてちゃん、ここにお皿置いておきますねー」
「おおきに、シャマル。それと、もうお箸も並べといてええよ?」

シャマルの言葉に、はやては笑みを浮かべて指示を出す。
その間も、右手に握られた包丁はリズミカルに野菜を刻み続けている。
八神はやて、若干九歳の車椅子の少女。
その小さな身体と裏腹に、四人の「うちの子たち」を統括する、一家の主なのであった。

「その包丁、切れ味が随分いいみたいですね」
「うん。シグナムが選んでくれた一品や、当然やな」
「ああ、そうでしたね」

シャマルがクスりと笑みをこぼす。
この前の日曜、はやてとシグナムが懸命にホームセンターで選んでいたのを思い出したのだ。
「剣の騎士」と呼ばれるだけあって、刃物を見る目に狂いはない。
だからこそはやてとしては、シグナムに真っ先に今日の夕食を味わってほしかったのだが……。

「お仕事やもんなあ、シグナム」
「こればかりは仕方ありませんね」

シグナムは今、管理局の要請でとある世界へ出張していた。
不審な魔力の揺らぎを、管理局が察知したのだ。
本隊を動かすには、あまりに微弱な兆候。
だが、だからと言って通常の武装局員を一人で向かわせては、万一の時に対処が遅れてしまうだろう。
そこで、単騎で卓越した戦闘能力を持つシグナムに、白羽の矢が立ったのだ。

「心配やなあ。本当ならあたしや騎士達全員で行きたかったんやけど」
「大丈夫ですよ。ちょっとしたパトロール任務のようなものです。
 それに、はやてちゃんが、頑張って『お守り』を作ってくれたじゃないですか」
「せやな、シャマルに教わって、一生懸命作ったんやもな」

二人が顔を見合わせて、くすりと笑みを交わしたとき、

「ただいまー! はやてー、おなかすいたー!」
「待てヴィータ、ちゃんと手を洗ってからだ」
「うっせーなー。ザフィーラはカタすぎんだよ」

どたどたと足音がして、いきなり家の中がにぎやかになった。
家族の帰還に、はやてが腕まくりをする。

「ほら、おなかすかした子達が帰って来たで。
 シャマル、気合入れて行くで。お皿とか調味料の準備、よろしゅうな」
「はい、はやてちゃん」



穏やかな団欒。
夕食のひと時、たわいもない会話。
そんな中で、ヴィータがふと素朴な疑問を口にした。


「そーいや、シグナムだけどよ、今日はどこに行っとるだっけ?」
「ええと、確か……」

少し考え込むしぐさをした後、ぽむ、とシャマルは手を打って、その名を口にした。

「――――悪魔城」

235 名前:「剣の騎士」シグナム(M) ◆xHAYATEzHE :2007/04/26(木) 00:32:070
>>233>>234

ステンドグラス越しに、いくつもの光がふりそそぐ礼拝堂。
悪魔城と呼ばれるような場所に、これほど華麗荘厳な場所があろうとは。
「剣の騎士」シグナムも、思わず感嘆の吐息を洩らさずにはいられなかった。

だが、感嘆ばかりもしていられない。
城に入ってみて気づいたのだが、既にいくつもの強大な魔力衝突がある。
そして、この城そのものが、何らかの魔術的なシステムである可能性さえある。

放置はできない。
下手をすれば、P・T事件に匹敵する、大魔道災害になってしまうかもしれない。
とすれば――「剣の騎士」のすべきことはたった一つであった。


右手に剣を、左手に鞘を、その身には甲冑を。
礼拝堂最上段、ステンドグラスを背に立つシグナム。
その目は、下にいる一人の人物を見据えていた。

「――問おう」

剣を構えながら、シグナムは尋ねる。

「お前は私の敵か、味方か」


236 名前:セイバー ◆SABERkJxcs :2007/04/26(木) 00:35:180
>>233>>234>>235
悪魔城。
そう呼ばれる城がある。
何故、そう呼ばれるのか、それを問う者は居ない。
何故ならば――――問うまでも、ないことだから。


悪魔城の一角、一際静かな区画に其れはあった。
礼拝堂、そう言って差し障りはないだろう。
だが、仮にも悪魔城と呼ばれる地にある礼拝堂がまともなものであるはずもない。
事実、そこには澱んだ瘴気が立ちこめている。
普通の人間であれば、中てられてしまう程度には強烈な瘴気。
だが、その瘴気のただ中、静謐な凛とした空気を纏う者が居た。

身長は、そう150cm少しか。
小柄な体躯の――――少年。
濃紺のドレスシャツにネクタイ、フレンチ・コンチネンタル風のダークスーツ。
浮世離れした絶世の美少年、と言ったところか。
その凛とした硬質の雰囲気は、瘴気さえも弾きなお輝いてあった。

少年の見上げる先は、十字の象徴。
かつて、聖者がその身を捧げたそれは、少年にとっても特別な意味を持っていた。
――――その、十字の象徴の前に立つ影が、一つ。

右手に剣を、左手に鞘を、その身には甲冑を纏った女性。
その女性が、少年に声を投げる。

『――問おう。お前は私の敵か、味方か』

不躾と言えば不躾、だがこの魔の領域にあってはなるほどと頷けもする誰何。
だが、少年にとって其れは不躾に過ぎる、無礼な物言い。

「――問うのなら、まずは其方から名乗るべきでしょう。
 見たところ、剣を何れにか捧げた騎士のようですが――その物言い、無礼にも程があります」

少年の口から出たのは、騎士としての有り様を問う言葉。
だが、それ以上に対手に驚愕を呼んだとすれば、其れは――――少年は、少年ではなく、少女であったと言うこと。

「とは言え、警戒するのはわからないでもない。
 私は、セイバー。剣の名を持つもの」

凛とした声が、礼拝堂に響く。

「仮の名とはいえ、此方が名乗った以上、其方も名乗るが礼儀でしょう。
 敵か味方かは――それからでも遅くはない、そうではないですか?」

237 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/26(木) 00:41:180
>>232

 テメーの名前はストールデーモンっていうのね。妖精さん(仮名)。かはは――イカツイ名前だな。
名前負けしてんじゃねーよ!、、、、、、、、、、、、、
 さあ来いよ――ランク付けのお時間だ!

 斬るよりも叩き潰すことを目的としたナイフは趣味じゃねーんだが、こういう時には役に立つ。頑丈
が取得ならよくわかんねーもんでも叩き潰してみりゃいい。その感触で斬れる斬れないを判断する
のがプロのプレーヤーってもんだ。
 そう――俺はプロのプレーヤー。あんな見え見えの殺気に当てられてビビルほど軽かねーんだよ!

「かはは――傑作だぜ」

 メキとかゴスとか鈍い音がして鈍器はめり込んでいく。骨逝ったかー? おーおー痛そうじゃん?
眼を潰しに左手のナイフを翻し――ビンゴ! その隙に右手のナイフを交換。暗器じみたナイフとチェ
ンジ。握った拳で殴る要領でテンプルに一撃――ジャックポット! 脳に達した感触。痛みに震える妖
精さん(仮名)の腕が額を掠める。流血。行動に問題なし。出欠死の恐れなし。ただし鈍痛アリ。左手
のナイフ変更。脇差の柄を交換した切れ味抜群の一品。首に走らせれば――大当たり。

「はいよ、活け造りだぜ――!」

 バケモノにはバケモノを。
 生首を美味しく頂いてくださいな。

 投擲。
 その隙に俺は――

238 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/26(木) 00:44:150
>>231

 己が決定的な過ちを犯していることに気がついたのは、刀身が男の身体をとらえた、その瞬間だった。
 その光景を目の当たりにして、ミズーは驚愕する。

 切っ先は、確かに男の肉体へと潜り込もうとする。
 ……だが、そこまでだった。鎧を貫き、布を引き裂き、肉をえぐり取るはずだった刃鋼は、ほんの一瞬だけ肉体に沈み
込むと、指に押し込まれた歩ぽん時が、元の形に戻るかのように刀身をはじき飛ばした。

 起こった変化は、たったそれだけ。
 今まで幾多の人間の体液を吸ってきたはずの金属は、なにひとつ貫くことも出来ずに、投げられた勢いを殺しきること
も出来ずに、弾かれて勢いのまま地に落ちた。金属と意志が耳障りな音を立てる――が、ミズーの聴覚は、これっぽっ
ちもそんなものをとらえてはいなかった。

 二本目の、黄色い槍が来る。

 ――それは人間に似ている。

 本来両腕で振るうべき槍を、片腕のみで自由自在に扱う様。

 ――それは人間しか見えない。

 必殺の鋼を意にも返さない人型。
 弓のそれすらも凌駕する神速にて打ち込まれたそれは、愚かにも武器を手放した女になど微塵の慈悲も与えず、
その憤怒に任せたままに確実に刺殺するだろう。

 ――でも、人間じゃない。

 それは、なに?

 何か、珍しいものでも目の当たりにしたかのように、ミズーの視線はその黄色の穂先に向けられていた。
 かつて、自分が問いかけたなぞなぞ。

 かつて、なんでもないようにそれに答えた男の声で、脳裏に答えがつぶやかれる。

(――怪物。認めなさい。私は、相手を完全に見誤っていた……!)

 それは、人にしか見えなかった。風のごとき動きも、獣のごとき力も、”何らかの能力”に寄るものだと決めつけていた。
 ミズーは自分の過失を認めた――そしてそのつけが、明確な死の形となって押し寄せてくる。
 避けられない。避けようがない。間に合わない――

(でも――)

 ミズーは、それが当たり前であるかのように穂先を見据えている。
 穂先に意識を集中している。それがほんの一瞬であったとしても、意識はそれを何十倍にも引き延ばして知覚している。

 間に合わない、と思っているのは、ただのあきらめだ。
 避けられないのが事実なら。

(――私は……まだっ!)

 避けずとも良い状況に持ち込むしかない!
 意識は意図となり、明確な形を持って伸びる。念糸。念術能力者の力の証。強靱な意志が形となり、マント留めの
板金――獅子のレリーフの眼球部に埋め込まれた、淡い光を放つ水晶に接続される。

 それがすべてだとでも言うように、ミズーはただ一言、叫んだ。

「――出でよ!」

 それは、錯覚だったのか。それとも、実際に物理力を伴っていたのか。その瞬間のことは、よく思い出せない。
 弾けるような恍惚と、激しい反動の中で――

 ミズーは、己の周囲が真紅で包まれるのを、はっきりと感じていた。


 穂先ごと、ディルムッド・オディナを押しのけるように、プレートにはめ込まれた水晶からなにかが現れる。
 刹那、炎が膨れ上がり大気の温度が上昇し――熱と紅蓮が渦を巻き、ミズー・ビアンカを守護するかのごとく。
 灼熱で形作られた獅子が、王者のごとくそこに君臨していた。

 獣精霊ギーアは、怒りを示すように方向をあげた。

239 名前:「剣の騎士」シグナム(M) ◆xHAYATEzHE :2007/04/26(木) 00:53:030
>>233>>234>>235>>236
>「仮の名とはいえ、此方が名乗った以上、其方も名乗るが礼儀でしょう。
> 敵か味方かは――それからでも遅くはない、そうではないですか?」

セイバー、と名乗った女の言葉に、シグナムはかすかにうなづく。

「これは失礼をした。
 私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。
 これは我が魂、炎の魔剣『レヴァンティン』」

手に持った剣が、応えるように震える。
光の中、二人の視線が交差した。

お互い、探っているのだ。
相手の手札は何か。こちらの取りうる攻撃オプションはどれだけあるか。
この状況、そして互いに抜き身を持ち、剣の名を名乗った者同士。
行き着く先は、一つしかない。

「だが無礼はそちらも同じ。
 今思いついたような仮初の名を名乗るとは、騎士の資格などあるものか。
 そのような雑兵風情に、ベルカの騎士は負けぬ――レヴァンティン、カートリッジロード!」

<<nachladen.>>

カートリッジ内に充填された魔力を解放。空薬莢を同時に排出。
それは一時的に、爆発的な魔力を剣と騎士に与える。

「はああっ!」

跳躍。
残像すら残し、一気に間合いを詰める高速機動。
彼女の得意とする、近接戦へとなだれ込む。

「行くぞ、レヴァンティン!」

<<jawohl!!>>

カートリッジからの魔力と、シグナム本人の魔力。
二つの魔力は合わさり、炎となって剣を包む。
これこそ、レヴァンティンが炎の剣と呼ばれるゆえん。
その名も――

「――紫電、一閃ッ!」

炎の剣が、大上段から振り下ろされた。

240 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆0DYuka/8vc :2007/04/26(木) 01:02:230
>>237
手応え────無し。多少の傷をつけられたとしても コロセナケレバ イミガナイ。
結局使い魔だった“モノ”は変わり果てた姿で私の元に還ってくる。
滴る悪魔の血。道具としてはこの上ない。サア、ツギノブキヲトレ!

虚空に描くは魔法陣。異界の扉から一本の剣を引き抜く。
魔力によって、どこまでも切れ味を増す“ウロボロスの剣”。

悪魔の血よ、糧になれ。贄になれ。死を無駄にしないために。

剣の心得など、殺人の技法など、闇の眷属の前では児戯に等しいことを教えてやる!
純粋な速さ、純然たる力。この二つで技術など凌駕しつくしてやる!

「……………そうね、次はアナタが活き作りになると良いわ!」

気分はこんなに晴れわたり、空には煌々と月が輝いてる。コレデイイ コレデイイ。
ナニヒトツ ワタシハ マチガッテナンカイナインダカラ。

悪夢はグニャリとねじくれ歪み、音を立てて崩れ出す。

241 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/26(木) 01:16:280
>>240

「ジョートーじゃん。バケモノだろうがなんだろうが知ったこっちゃねえ!」

 目の前がぐにゃぐにゃしてるが関係ねえ。『僥倖』……っ……そう………『偶気』に満ちている……
ここは『倍プッシュ』……っ!
 なんのつもりか知らねーが、また妖精さん(仮名)なら叩き斬っちまえばそれでオーケー。得物が
飛び出て来たときの為に右手のナイフを鉈じみたアレに変更。
 万全、十全、策は成ったんだよ、そろそろチェックと行こうぜバケモノ!

「殺して殺いで解して刻んで割って突いて抉って薙いで並べて揃えて踏んで侵して犯して突いて抜い
て手折って圧して潰して千切って擦って剥かして透かして燻して燃やして溶かして漉して固めて嵌め
て流して埋めて罰して断じて斬じて惨じて晒して干して嘲笑って徹底して逝かせてやんよ――!」

 心置きなく逝ってくれ。

242 名前:セイバー ◆SABERkJxcs :2007/04/26(木) 01:21:340
>>239
「なるほど、騎士が真の名を名乗らず、仮初の名を、と言うのは確かに不実。
 どうやら聖杯戦争での癖がまだ抜けぬようです」

僅か自嘲とも取れる笑みを浮かべる。
騎士王たる身が、騎士として不実にあった、と言うのは度し難い過ちであったのだろう。

「されど、其れのみを故として侮られるのは些か業腹です」


ぎぃん。


言葉と重なるか、否か。
それほどまでに速いシグナムの斬撃。
だが、その剣閃は礼拝堂の床を叩いていた。

セイバーの第六感、理論的思考を超越した天賦の戦闘判断力。
其れの、命じるままに自らの体内の魔力を放出する。
魔力によるジェット噴流とも言うべきそれが、華奢な少女に紫電よりも速い動きを可能とさせる。

「――私が雑兵か否か、剣で応えましょう」

そして、一呼吸。
体内に沸々と滾っていた闘気を解き放つ。

迸る魔力が、竜巻のように渦を巻いて少女の細身なダークスーツを包み込み――――
次の瞬間、彼女は白銀と紺碧に輝く甲冑に身を包んでいた。
魔力により編まれた鎧と籠手は、この麗しき騎士王の、英霊としての本来の姿であった。

「剣の英霊――セイバー。参ります」

その手の、不可視の剣が奔った。

243 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/26(木) 01:36:410
>>238
 確実に殺った、その確信が再び覆された。
 復讐の騎士は目の前の脅威を認め後方へと飛び忌々しげに吐き捨てる。

「……それが貴様の切り札か」

 炎の獅子――成る程、幻想種としては申し分ないの格づけだろう。
 その灼熱の威は既に石畳を焦がし、庭の草木に燃え移り庭園はゲヘナへと様相を変えつつある。

「大人しく殺されていればいいものを。
 幻想種召還がただ己が徒に長く苦しむだけの失策だと教えてやろう」

 此処に来てランサーは赤熱する周囲とは逆に目前の難敵を認識した事で思考が冷却され、
 従来の戦闘論理を取り戻しつつあった。

 しかと見ろ、そして考えろ。
 この紅蓮はサーヴァントたる己をも焼きうる幻想の業火。
 迂闊に飛び込めばその身を滅ぼす事は必定。

 だが数多の魔獣を、恐るべき巨人を、偉大な魔女をも打ち倒した
 ディルムッド・オディナには抗する事が出来る、何故ならば………

「唸れ! 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!!」

 赤き槍が旋風を伴い、炎を断ち割る。
 これぞ英霊ディルムッドの誇る貴い幻想(ノウブル・ファンタズム)が一つ破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)。
 その刃圏に触れし魔力の類は全てその効力は失う。

 なれど刃が触れた部分でしか断ち切る事しか出来ず、獅子から沸いてくる炎は無限。
 だがディルムッドの無双の槍捌きが巻き起こす風が断ち切られた炎の中に吹き込み、炎を掻き飛ばす。
 かくして槍の英雄は炎の腐海を十戒の聖者の如く威風堂々と侵攻していく。

 狙うは獅子の首。
 獅子の首が落ちれば同時に女の命運が尽きる事を意味するだろう!

244 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆0DYuka/8vc :2007/04/26(木) 01:48:250
>>241
魔力よ奔れ!無限の蛇の名を冠した剣の下! オワラナイ オワラナイ アクムハオワラナイ。
切り裂け!切り裂け!薔薇の園ごとバラバラに! マヨイモ クルイモ ナニモカモ!

さあ、暗い画面を無機質に流れるエンドロールは、もうすぐそこに。
ワルイユメ ノ ケツマツモ イワカン ノ コタエモ コノサキニ。

前に塞がる殺人鬼。狂気から狂気へ。狂い咲く花の色は赤か?それとも蒼か?
走れ、羽より軽く!走れ、全ての力を持ってして。

「小賢しい狂い人!冥土の土産に覚えておくと良いわ、夜に君臨するのは我が眷属だということを!
 そして純粋な力の前で恐怖を抱いて………無惨に散って?」

二つの狂気が薔薇の園の中で共鳴する。 アクム ノ オワリモ ホラ ソコニ。

245 名前:「剣の騎士」シグナム(M) ◆xHAYATEzHE :2007/04/26(木) 01:52:180
必殺を狙った一撃はむなしく床を叩く。
打ち砕かれた木屑のさらに上に、セイバーは跳んでいた。

>「――私が雑兵か否か、剣で応えましょう」

その言葉に、シグナムは歯噛みする。
確かに、甘く見ていた。
本来なら、あの一撃でセイバーの胴は両断できていたはずなのだ。

(見誤った……カートリッジを浪費してしまったか)

本人のポテンシャルを超えた爆発的な力を与える、カートリッジシステム。
だがそれにも弱点はある。
その魔力がカートリッジに由来しているものである以上、一定以上の魔力を消費する技、
そしてデバイスの変形さえも、カートリッジ無しでは不可能なのだ。

(今日は偵察のつもりで、そう多くは持ってきていない。
 手持ちは十発、うちレヴァンティンの中に三発――いや、今の一撃で二発。
 残り九発、長期戦は不利か……)

その思考の合間にも、その目は敵を見据えている。
少女の姿は瞬時に、華麗な鎧に包まれている。
こちら同様、魔力で編み出した騎士甲冑バリアジャケットだろうか。

そしてその手は虚空を握り締め、まるで何かを構えるようなしぐさ。
魔法攻撃の予備動作か、いや――

「剣撃か!」

騎士としての本能が、とっさに左手を動かした。
手に持った鞘が、不可視の剣を受け流す。
魔力を込められた鞘は、レヴァンティン本体と同様の防御力を持つ。

「偉そうに言っておいて、やることは小賢しい武器での不意打ちか。
 技量はある、がしかし、やはりお前は騎士ではない。
 我が友テスタロッサならば、そのような小賢しい細工はしないだろう。
 そのような輩に、ベルカの騎士は負けぬ――レヴァンティン!」

<<schlangeform.>>

カートリッジロード。
込められた魔力の力を借りて、剣は鞭へと姿を変える。
分断された刃を繋いだ、蛇の異名を持つ変幻自在の鞭状連結刃。
剣に続く、レヴァンティン第二の形態である。

「技量ありと分かれば手加減はしない。
 心無き者と知れば、命を救う必要もない。
 行くぞレヴァンティン! ベルカの騎士に負けはないことを示せ!」

<<jawohl!>>

まさに生きた蛇のごとく、鞭が疾る。
それは渦を巻き、セイバーを包囲する竜巻となる。
白銀の刃を持つ鞭による、相手の攻撃を封じる結界。

「終わりだ――セイバー!」

叫びとともに、竜巻はその半径を狭める。
狙うのは、その中心、台風の目の位置にある一人の少女。
今、刃は文字通り、鉄の嵐となって少女を襲った。

246 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/26(木) 02:05:390
>>244

「かはは――俺の狂気はバケモノに保障されてるっつーわけか。じゃあテメーの正気は誰が証明して
くれんだ? かはは、傑作だぜ!」

 火花が散る。甲高い音を立てて刃金を打ち合う。
 久しぶりに、なにかがどーにかなっちまえそうだ!、、、、、、、、、、、、、、、、、

 一合、二合、三合――ナイフが軋む。頑丈は頑丈だがグリップが耐えられねーな、オイ。典型的な
素人剣術。力技で押し切るってのは悪かねー選択肢だが――甘いんだよ。
 って――ちょ、オマ……俺のナイフが斬れた? 頑丈なのが取得だったのに! クソ! なんだあ
の切れ味! ってゆーかアレも高かったんだぞ!

 空いた手に出てくるのは小振りなナイフ。技術がねーんだ。速い、確かにこのバケモノは速い。で
も速いだけ。力技と速さ。技術はなし。
 ハン――捉えたぜ?

 後退。
 詰められる間合い。
 後退。
 またも詰められる間合い。
 後退。
 それでも詰められる間合い。
 後退――に見せかけた停止。

 これが駆け引きなんだよ、バケモノ!

 懐に入って一突き。
 二突き。
 三突き。

 浅い傷。浅すぎる傷だ。
 だがコレで良い。

 さあ、乗って来いよ?

247 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/26(木) 02:12:030
>>243

 低く呻りを上げて、炎の獣精霊は、弓が矢をつがえるかのごとく力をためる。
 ミズーはそんな己の最高の相棒に手を触れさせると、本来は灼熱で構成されている鬣を静かになでた。



 獣精霊は何も答えない。
 だが、ミズーにとってはそれで十分だった。人生の半分以上をともに過ごした精霊。
 他の誰よりも、何よりも信じられる、唯一のもの。

「――ギーア」

 精霊、怪物にに対抗する手段はただひとつ。
 それよりも、強い力をぶつけること。

「あの男を、叩きのめせ」

 獣王の咆吼が、大気ごと世界を焼き付くさんと鳴動する。
 その足下の石畳は溶解すら引き起こし、荒れ狂う熱は主以外のすべてを焼滅させるべく渦を巻く。
 炎の獅子は、主の命を忠実に実行すべく、槍を持った人型の異形に、速やかに躍りかかった。

 その、刹那だった。

「唸れ! 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!!」

 怪物の口から、”力ある言葉”が迸る――それは、ミズーにしてみれば、信じがたい光景だった。
 男の、あの怪物の槍裁きはとうに知っている。ただ一本の槍を、無限のそれと何ら遜色なく振るう神技を、ミズーはとうに
知っていた。だが、これは知らない。こんな光景は知らない。

 ただの槍の一突きで、精霊であるギーアの体躯が、まるで飴を削り取るかのように失せていく――

「……ギーア!」

 地に横たわったままの己の剣を取りに行く、と言う本来の行動を中断してまで、ミズーは獣精霊に向けて叫びを上げた。
 無限に繰り出される穂先は確実にギーアの存在を削り取り、渦巻いているはずの紅蓮ごと虚空へと霧散させる。普段
よりも激しく散っていく炎に言いしれぬ悪寒を覚えて、立ち止まったまま、ミズーは再び、己の精霊の名を呼んだ。

 やがて、騎士の槍は獣精霊の首をとらえる。最初からそうであったかのように、突き崩された王者の体躯は、そもそもが
夢であったかのように大気に溶ける。

 声を上げることも出来ずに、ミズーはそのとき、確かな恐怖を持って眼前の怪物を見た。

 ギーアは、悲鳴と化した主の声を確かに聞いた。魔槍によって無惨にも削り取られ、もはや形として残っているのは
鬣をたたえた頭部と、わずかに右足のみである。

 しかし――存在の大半を削り取られてもなお、獅子の威厳は失われては居ない。
 己の健在を示すように、紅蓮を巻いた右足で、槍の騎士へと一撃を見舞う――

248 名前:セイバー ◆SABERkJxcs :2007/04/26(木) 02:32:460
>>245
「小賢しいとは言ってくれるものですね。
 見えぬ剣に油断したというのならば、それは言い訳でしょう。
 まずは己の至らぬ技を恥じるのが、真の騎士の有り様と言うもの」

セイバーの手元、剣のあるべき位置に空気が揺らめく。
セイバーの持つ宝具の一つ、風王結界インビジブル・エア
剣の周囲に、大量の空気を魔力で集積して束縛し、光の屈折率を変えて不可視にする。
宝具としては決して派手な部類ではないが、こと近接戦闘における効果は絶大だ。
その剣を構えて、油断なく出方を観る。

セイバーにしては慎重すぎるほどのやり口。
それが吉と出るか凶と出るか。

そのセイバーの目の前、シグナムの手の中でレヴァンティンと呼ばれた剣は鞭へと姿を変える。
鞭状連結刃がセイバーの周囲に渦を巻き、その包囲を狭め始める。

それでも、セイバーは動かない。

連結刃の前に、剣ただ一本では勝ち目なしとして、諦めたのか?
否。
その凛とした貌には一点の曇りもない。
その炯とした瞳には一筋の諦観もない。

ならば、この刃の包囲陣を破る術があるというのか?

『終わりだ――セイバー!』

シグナムの叫びとともに、竜巻はその半径をさらに狭める。
狙うのはその中心――――セイバー。

鉄の嵐がセイバーを切り裂かんと迫る、その瞬間。
カッ、とセイバーが目を見開く。
その視線の先は――――上空。ただ一筋の刃のみが降り来るその、間隙。

その両足に裂帛の魔力を込め、放つ。
礼拝堂の床が、ぼこん、と大きく陥没する。
そして、セイバーの身体は宙に舞った。

白銀の甲冑の表面を連結刃が擦り抜け、火花が上がり、悲鳴の如き擦過音が響く。
だが、ただ一刃ではセイバーを傷つけることなど出来ようはずもない。
そのまま、セイバーの身体は鉄の嵐を飛び越える。

背には、ステンドグラスの投げかける光。
体には、白銀と紺碧の鎧。
手には、見えざる宝剣。
そして――――心には、決して折れぬ騎士の、騎士王の誇り。

聖なる宝剣を守る風が猛る。
超高圧縮の気圧の束が、不可視の帳という縛りから解き放たれ、轟然と迸る。
ただ一撃にして必殺の秘剣、宝具『風王結界インビジブル・エア』のもう一つのカタチ、万軍をも吹き飛ばす轟風の破砕槌。
その名も――――

風王鉄槌ストライク・エアッ!」

249 名前:ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ:2007/04/26(木) 02:36:380
>>247

 女性が呼び出した炎の獅子が庭園を紅く塗り潰す。
 その炎の地獄を彼はその槍を手に進んでいく――――その勇姿に見惚れた。

 そしてこの戦いを見ているのは私だけ。
 私だけが彼を見て良い。
 アレの骸は炎に飲まれて最早痕跡一つ残さず綺麗に消え去った。
 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは物理的に完全にこの世から姿を消した事になる。

 否、アレはまだ存在している、彼の心の中に主の幻影として……
 ……如何にすればその幻影を打ち消し私だけを見てくれるだろうか?
 このまま終わっては彼は私から…………



 落ち着け、必ず好機は訪れる。
 現代のグラニア姫にならんとする私ならば
 グラニア姫が彼を夫として連れ出す機会としてミコルタの宴が与えられた様に
 彼の意識にソラウ・ヌァザレ・ソフィアという名の楔を打ち込む機会がある筈だ。


 ………

 彼が獅子に一撃を見舞う。
 文字通りの致命の攻撃、首を落とされ生きられるものは存在しない。
 だが、獅子はそれだけでは終わらなかった。
 消え行く中で彼に加えられる最後の痛烈な攻撃。
 彼の身体がボールの様に吹き飛び遥か彼方の壁に叩き付けられる。
 それだけでは無い。
 攻撃された部分、ここからでは分かり難いがおそらくは右の脇腹がごっそり削り取られている。
 通常の人間ならば致命傷、如何にサーヴァントでも重傷ともいえるだろう。
 私はその惨状に悲鳴をあげ―――――そして、名も知らぬ死に行く獅子に心の中で礼を述べた。


 窓から身を乗り出し彼の名前を叫ぶ。
 そして、集中……彼との魔力経路(パス)から魔力を送り込み、治癒の魔術をかける。
 自分の身体から魔力がごっそり失われ、脱力感を覚える、それでも詠唱を懸命に続けた。

 ……結果として今までにないほどその治癒は会心の出来だった。
 こちらから見る限り、彼の身体には傷一つ無い。
 彼は私の方を見上げ、そしてぺこりと一つ礼をした。



 はじめてだった。
 彼が私の方を真正面から見たのははじめてだった。
 きゅんと身体が芯から熱くなる。
 彼はようやく私を意識してくれたのかと心が弾んだ。


 彼は二槍を両手にゆっくりと女性の方へと歩み寄っていく。
 獅子を討ち取られた今もう彼女の運命は決まっているだろう。
 彼女の断末魔から私と彼の歴史ははじまるのだ。

 彼が戻って来たら何と労おう。
 どう言葉をかけよう。

 ―――――――名も知らぬ貴女、本当にどうもありがとう




250 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆0DYuka/8vc :2007/04/26(木) 02:46:050
>>246
切り裂いて、切り裂いて、その切れ味は何処までも、何処までも! ムゲンナンテソンザイスルカ?
ナイフも、その先にいる獲物も、ただ捕らえるために切り裂いて!

─────正気を問う狂人。 マチガイナンテドコデシタ?

圧倒するのは夜族の速さ!圧倒するのは夜族の力!圧倒するのは絶大な魔力!
吸血眷属の遺伝子が、私に流れるこの蒼い血が、全てを肯定し、全てを正解に導く!

ソンナ ゴウマンハ ハタシテ マカリトオルノカ?

ただ力と速さに任せた剣が、技術の前に翻弄されていく。─────懐を取られた?

一突き、二突き、三突き。 どれも致命傷には至らない───?

魔力を無限に吸い続けるウロボロスの剣は、再生に回す魔力をも奪い取ってその切れ味に替える剣。
だが、ここで再生に力を回していればどうあれ負ける。パターンは読まれつつある。

なら、今以上の攻撃をもってして、この闘いを終わらせる。それこそが最大の防御!
紡ぎ出す禁呪のはサタンの激怒!その力を、精神をも奪い去って、強引に隙を作る!

そこに必殺の一撃を叩き込んでおしまい。ほら、なんて簡単なこと。
ダカラコソ ワタシハ イミキラッテイタノデハ ナカッタノダロウカ?

奈落の底はすぐそこに。堕落の果てはもうそこに。

251 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/26(木) 03:03:590
>>249

 槍の騎士に一撃を放った直後、当然と言うべきか、ただ一本の脚のみを残した獣精霊は、力尽きたように大地へと崩れ
落ちた。それでもなお、懸命に立ち上がろうともがいている――それはただ、ミズーの、彼女の命令を完遂せんが為の行動
だった。

 その姿を見て、ミズーはとっさに叫んでいた。念糸を紡ぎ、プレートの水晶へ……精霊を封じる、水晶檻に念糸を、意識
を接続する。

「もどれ――」

 閉門式。強制的に、精霊を水晶檻へと封じる儀式。多少の抵抗はあったものの、すでに自ら立ち上がる力すらも失い
かけた獣精霊は、現れたときがまるで幻想だったかのように、音もなく姿を消した。

 水晶檻に光がともる。ギーアは、炎の獣精霊は滅んではいない。
 安堵すると同時に、しばらくは精霊が使えない、という事実がミズーにのしかかってきた。怪物は、確実に腹をえぐられて
いた――だからといって、戦闘能力が無くなったと談じるのは総計だった。アレは、少なくとも精霊と同じか、それ以上の
なにかだ。滅んでいない以上、無力化はされていない。そう見るのが妥当ではあった。

 速やかに落ちていた自分の剣を拾い上げる――槍と打ち合ったためかやや結愛gんで排他者の、使用に問題ななさ
そうだった。もっとも。

(こんな金属では、アレには傷ひとつ与えられない――)

 隠れるべきだ……この状況下では、全く勝負にならない。しかし、依然としてここが何処なのか分からない、という現実
に、ミズーはやや打ちのめされた。ここが何処なのか、知らなければならない――だが、唯一それを知っていそうな存在は、
こちらに明確な敵意を持っている。会話は、通じない。

 ――迷いは、ほんの一分も無かっただろう。

 しかしながら。相手には、それで十分なようだった。
 物理的な圧力すら伴った殺意が、ミズーの背中を打ち付けた。拾い上げた剣を出し決めたまま振り返る。
 そこには、つい先刻と何も変わらない――傷ひとつ無い、怪物の姿があった。

「……ずいぶんと、頑丈なのね」

 言葉は、軽口になっていただろうか?
 実のところ、自信はなかった。だがそれでも、口を閉ざすことは出来ない。言葉まで凍り付けば、その先には何も残され
ていない。

「少しは、目が覚めたかしら? こちらの話を聞く気にでもなった?」

 そうではないことは明白だった。
 結局は、これもただの時間稼ぎにしか過ぎない。

 それを自覚しつつ、ミズーは剣の陰に隠れるように、念糸を編み上げた。
 ゆっくりと歩み寄ってくる槍の男。

 一歩。また一歩、距離がつながる。
 マントの内側に修められた左手でポーチをまさぐる。取り出したのは、半円状の薄い投剣。延ばした念糸を、それに
絡ませた。

「なんどもいう。あの男とことは、私は知らない。ここが何処なのかも分からない。――あなたは、人間なの?」

 ばかげた問いだ、と思う――だが、打ってこないということは、こちらの言葉を聞いていると言うことなのだろうか。
 答える気があるかどうかは、別として。距離が縮む。一歩。また一歩。

(……そう。後ももう少し。いい子だから、さあ――)

 後ずさりつつも、その距離は男の一歩盛りも小さかった。退くふりをしながら、ミズーはひたすらに、距離を稼ぐ。

 そして。

 なんの予兆もなしに、念糸を巻き付けた投剣を振るった。
 刃自体にいみはない。悪あがきとでも思ってくれればそれでいい。
 見えるものにしか見えない銀色の意志を紡ぐ糸が、男の首をとらえるべくまっすぐに伸びていた。

252 名前:「剣の騎士」シグナム(M) ◆xHAYATEzHE :2007/04/26(木) 03:27:370
>>248

今まさに、白銀の鞭がセイバーを切り裂かんとする、その時。
――その時、シグナムは見た。
その間をすり抜け……いや、猛る獅子のごとく轟然と突き抜ける姿を。
そして、

>「風王鉄槌ッ!」

叫びとともに、巨大な不可視の弾丸が襲ってきたことを知る。
あまりに巨大。あまりに強大。
なぎ払うことも不可能。かわすことも不可能。
剣で受け流そうにも、鞭状に展開している今では不可能。
何より――鞭状連結刃のコントロールには、かなりの集中力と負荷が必要となる。
すなわち今、


シグナムは、完全に無防備であった。


「くっ――」

<<schwertform――panzergeist!>>

騎士よりも早く、剣が反応した。
鞭から剣へと即座に形態を戻し、同時に防御魔法発動。
魔力が光の障壁となり、シグナムの身体を包み込む。

――それが、限界だった。

風の巨砲が、シグナムを直撃する。
その威力の前に、木の葉のように吹き飛ばされ、祭壇へと叩きつけられる。
抗うことさえかなわない、圧倒的なまでの威力。

「か――はっ」

身を起こしながら、かすかに咳き込む。
戦艦の砲撃クラスにまで対抗できるほどに、ただ防御のみに魔力を集中させた。
それでもなお、その一撃は甲冑を『抜いた』。
それが意味するものは、ただ一つ。

「――謝罪しよう」

埃を払い、立ち上がるシグナムの口の端には、本人すら気づかぬ笑みが浮かんでいた。

「お前はまことの騎士らしい。
 罵詈雑言を謝罪しよう。お前のその真っ直ぐな太刀筋に、歪みはない。
 甘く見ていたのは私のほうだった」

レヴァンティンにカートリッジを装填しながら、しずかに言葉を続ける。

「ある世界で、私は聞いた。
 自ら剣をふるい、己が大義のために剣を振るった騎士王の伝説を。
 国を想い、国に裏切られ、最後はその子によってその生を終えたという、偉大なる騎士。
 その剣の名はエクスカリバー。その鞘の名はアヴァロン。
 その騎士王の名は――アルトリア」





そして、シグナムは静かに膝をついた。





「無礼、平にご容赦。
 かの騎士王とも知らず、数々の無礼を働きましたこと、詫びは幾重にも。
 されど――無礼ついでに、今ひとつお願いを」

再び、シグナムは立ち上がる。

右手には剣を。
左手には鞘を。
瞳には闘志を。
心には決意を。

騎士としての誇りを、その胸に抱き。
目の前の騎士王を、今、しっかと見すえた。

「剣の騎士シグナムと我が魂、レヴァンティン!
 我らが全力の剣、どうかご検分いただきたい!」

<<bogenform.>>

カートリッジロード。今、剣が再び姿を変える。
剣、連結鞭に続く第三の形態。
剣と鞘を一つにした、巨弓へと。

「力を示せレヴァンティン!
 ベルカの騎士が、ブリテンの騎士に決して劣らぬことを、
 そしてお前が、かのエクスカリバーに比してもなお、決して劣らぬことを示せ!」

<<jawohl!!>>

かの騎士王を前にして、なお引く姿勢をみせない主に、
そしてかの宝剣を前にして、なお自らを信じてくれるその心に。
レヴァンティンの鋼の心もまた、それに応えて熱く燃える。

ベルカ式魔法陣展開。
刀身の一部を変化、魔力の矢へと再構成。
カートリッジ、ダブルロード。
溢れかえる魔力が、炎となって矢に集う。
シグナム本人の、そして二つのカートリッジの魔力を、ただその矢に一途に込めて放つ。
これが「剣の騎士」シグナム、最大の技、

「我らが全力全開の一撃、とくとご覧あれ!
 翔けよ、隼! シュツルム・ファルケンッ!!」

<<sturmfalken!!>>


―――――撃った。

もはや小手先の技もなく。
ただ一筋に、ただ真っ直ぐに。
その矢は炎を纏い、 騎士王へと突進する!


253 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/26(木) 03:37:290
>>251

『……ずいぶんと、頑丈なのね』
『少しは、目が覚めたかしら? こちらの話を聞く気にでもなった?』

 魔貌の英雄は愛槍を両手にカツカツと歩みを進める。
 女の言う事は意に解しない………正確にはそういう事を考える余裕はなかったのだ。
 先程のソラウの表情が脳裏から焼きついて離れない。
 まさに在りしグラニア姫と同じものであった故に幾ら否定しようとしても消えてくれない。

 ―――逃避行の旅は苦難の連続だった
 フィンとの盟約による数多の刺客を退けた、槍を持ち戦った時はその全てが不敗だった。
 だが重傷を負って姫の元へ帰還した事も別段珍しい事ではなかった。
 当然といえば当然である、相手も名だたる勇者や怪物、そもそも勝つ事すら難しい相手だったのだ。
 傷を負って帰還する度に姫は何度も大声でディルムッドの名を叫び、治癒を施してくれたものだった。
 不覚にもその光景と今のソラウが重なってしまった。

 忠義とは何か?
 愛とは何か?

 答えは出ず。
 結局、自分は二度目の生でも最初果たせなかったものを果たす事は出来ないのか。
 悲運を繰り返すしかないのが己が運命なのであろうか。

 もう抜け出さない泥の沼に嵌まってしまった事を彼は自覚しつつあった。
 護るべき主を護れず、誓いは果たせなかった。
 なれど、グラニアと同じ目をした女をこの魔城に置き去り等出来よう筈も無い。
 もう何であれソラウを護り続けるしかないのだ。
 ソラウまで護れなくては今度こそ自分の英雄としての縁は失われてしまうだろう。


 思考を戻す。
 何はともあれまずはこの女を始末する。
 その後に考えよう――――問題の先延ばしにしかならないとしても。

『なんどもいう。あの男とことは、私は知らない。ここが何処なのかも分からない。――あなたは、人間なの?』

 刃が風切り音とともに飛んでくる。
 ……ただの刃は飛んでくるにしては風、空気の揺らぎがおかしい。
 黄の短槍で刃を叩き落し、続いて紅い長槍で前方を大きくなぎ払う―――ぶつんという手応え。
 矢張り小細工を仕掛けていたらしい。

「風ぐらい読む事等造作も無い。
 無駄な抵抗はするな、一撃で楽にしてやる」

 魔槍の戦士は両の槍を構え、最後のトドメを刺すべく歩み寄り、
 終にその槍がビアンカの命を摘み取れる間合いにまで侵食した。

254 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/26(木) 04:03:270
>>253

 それはやはり、”槍”の力だった。
 精霊すら削り取り、念糸すら無力とするそれは、私の身体に染みついていた距離を、知らない距離にしている。
 知っているはずの、距離。しかし、いかなる一撃がこの男に有効なのか――今もって、答えは出ない。

 ……違う。

 声には出さず、ミズーははっきりと、否定した。
 知っている。自分は、知っている。おそらくは、この男に対しても有効な、ただひとつの武器を。
 だが、それを口にすることは――それを手にすることは、彼女にとって大きな、とても大きな苦痛だった。

 ――――鐘の音が、聞こえる。

 大河の空隙にあるという、絶対殺人武器。
 その刃がいかなる形をしているのか、それは永劫に続くであろう、イムァシアの刀鍛冶の抱えた命題だった。

 ――――遙か、遠くから。ひとつだけ、鐘の音が聞こえる。

 決して実体化しないその伝説の武器を、鋼として現世に具現化するため、彼らは槌を振るうのだという。

 捧げるように、ミズーは右手が握り込んだままの剣を、眼前へと持ち上げた。見てはいない。
 視線はただまっすぐに、槍の魔神の相貌を見つめている。意志を持つ、眼。

 ――――すべての過去より伝えられた知識、すべての未来に予想される英知。
       それらをすべて注ぎ込み、年々、彼らの鍛える物は強化されてきた。

 それを魅力と思ったことはない。
 本当に。ただの一度たりとも。一度始まれば決して抑えの効かないそれを、彼女は嫌悪すらしていた。

 ――――大河の空隙にあるという、絶対殺人武器。

 男は、ミズーを殺すだろう。
 御使いの、精霊アマワの契約は、今もってミズー・ビアンカに働いている。
 御使いの盟約は、契約者を決して死なせない――だが、それは絶対ではない。彼女の姉、アストラは死んだ。
 それ故に、その意味不明の盟約とやらは、ミズーに継承された。何も知らぬまま。何も分からぬまま。
 ただ、存在すら疑いかけていた姉が死に、自分が生きているという事実だけがある。

 精霊、アマワ。姉に関わりのある、正体不明の何か。地図の空白。それを、埋めるまでは――

(私は――負けない。負けるはずがない。負けるわけには、行かない……!)

 大河の、空隙。

 瞬間、ミズーの口から放たれていたのは、獣のごとき咆吼だった。
 すべての意味が無意味になる。意識という名の大河の空隙。

「あ――――」

 ミズー・ビアンカという人間の代わりに、空白からそれが現れる。

「アァ――――――」

 ミズー・ビアンカに、”獣の時間”が訪れる。

「アァァァァァァァァァッ!!」

 ――意識という名の大河の空隙から。
 イムァシアの刀匠たちが鍛え上げた、絶対殺人武器が現れた。

 振るわれようとしている槍を一顧だにすることなく、獣は手にした刃で、ディルムッド・オディナという名の怪物に斬りかかった。。

255 名前:セイバー ◆SABERkJxcs :2007/04/26(木) 04:03:540
>>252
ふわり、と。
まるで風に舞う羽のように、セイバーは降りたった。
その手の中の宝剣を守る風の結界は風王鉄槌ストライク・エアとして放たれ、既になく。
宝剣はその黄金の刀身を露わにしていた。

風王鉄槌ストライク・エアを耐えましたか。なるほど、大したものです」

衒いも何もなく、敵手を賞賛する。
あくまでも純粋に――――その力を褒め称える。

「そして――やはり、知っていましたか。
 この剣を、私の聖剣を」

寂しげに微笑むことで、シグナムの言葉への返答とする。
そう、彼女の真の名はアルトリア。
選定の剣の選びしブリテンのかつての王にして、未来の王。
騎士の中の騎士、騎士の王。
その剣は黄金に輝く、湖の乙女に授けられし神造の聖剣――――エクスカリバー。

「良いでしょう、騎士シグナム。
 あなたの全力、私の全力でもって検分させていただく」

風が、吹き荒ぶ。
箱を開けるかのように展開していく幾重もの封印。
そして、輝きを増していく黄金の剣。
ゆっくりと剣――――否、光の塊を掲げる。
それこそが、聖剣。
星の光を集めた、最強の聖剣。
その名は――――

約束されたエクス勝利の剣カリバー――――!!」

――――それは、文字通り光の線だった。
触れる物を例外なく切断する光の刃。
それこそが、セイバーの最強最大の宝具――――『約束されたエクス勝利の剣カリバー

256 名前:「剣の騎士」シグナム(M) ◆xHAYATEzHE :2007/04/26(木) 04:29:520
>>255
片や、突き進む黄金の光。
片や、炎を纏った紫電。

二つの光は激突し、礼拝堂を揺らす。
爆発、轟音、そして閃光。
ステンドグラスは一瞬にして砕け、溶解し、十字架はその光の激突の中に消えていく。
二つの魔力のぶつかり合いは、ほぼ互角。
だが――

「うぉおおおおっ!」

その爆風を突き抜け、シグナムは駆けた。
レヴァンティンは既に剣と鞘の姿に戻り、その両の手に携えられている。

今の一撃で、レヴァンティン内の三つのカートリッジは、全て使い果たしてしまった。
紫電一閃は、カートリッジを再装填するまで使えない。
だが、そんな余裕はない。
今しかないのだ。
その最大の必殺技を撃ち、わずかな隙を見せている今しか――

「申し上げたはずです、騎士王!
 我が全力の「剣」を検分いただくと!」

カートリッジの底上げもない。
シュツルゥムファルケンを撃った今、魔力での攻撃もない。
ただ、ひたすらに鍛え上げた自らの技と、多くの死地をともにくぐった剣を信じ、

「はあああああっ!」

その一撃にかけて斬りつけた。


257 名前:セイバー ◆SABERkJxcs :2007/04/26(木) 22:38:210
>>256
幼き日、問うたことがある。
騎士とは、何なのか、と。
問いを投げられた父と兄は少し考えるようにしてから、異口同音にこう言った。

『騎士とは、剣を捧げた主に忠節を尽くし、その技を奮うもの』

その時は、成る程、とそう思った。
いつか、騎士となったならば私も仕えるべき主にその剣と技を捧げよう、と。

――――だが、私は騎士であり、王であるものとなった。
        では、我がこころは、我が技は誰に捧げればいいのだ?



過ぎった回想は渺にも満たぬ一瞬。
だが、それがセイバーの第六感を叩いた。

シグナムは、何と言った?
『我らが全力の剣』、そう言ったのではないか?

ならば、これは、違う。
騎士の剣は、剣にあって剣に非ず。
それは、技であり、心であり、魂である。
ならば――――

咄嗟の判断が、力の放出を早めさせた。
約束されたエクス勝利の剣カリバーの剣閃が礼拝堂の屋根をも切り裂き、月光が礼拝堂に降り注ぐ。

爆発、轟音、そして閃光。

凄まじい破壊の余波が、礼拝堂に吹き荒れる。
ステンドグラスは四散し、十字の象徴は光に飲み込まれる。

だが、セイバーは見た。
その凄まじい破壊の中、駆ける騎士を。
己の直感が正しかったことを知り、そして――――

セイバーの全身を覆っていた銀色の甲冑が、飛沫の如く四方に飛散した。

刹那、セイバーの足下で轟、と何かが弾けた。
それが今まで鎧の形成と維持に要していた魔力の放出であると、シグナムは理解できたか。

青い帷子のみとなったセイバーは、その身をまるで弾丸のように宙に舞わせた。
高く、高く、高く。

冴え冴えと降る月光の元、金色の剣を掲げるその姿は、戦乙女。
死を訃げる、美しくも恐ろしき女神。

掲げた剣に、夜気が渦を巻いて集う。
風王鉄槌ストライク・エアによる放出と約束されたエクス勝利の剣カリバーの使用のために一度は解かれた風王結界インビジブル・エアが再び黄金の剣を護り覆い隠す。

成る程、礼拝堂という閉鎖空間では再び風王結界インビジブル・エアを形作るには不足。
故の破壊、故の跳躍。

だが、それは守りを意味するものでは、ない。

ぐん、と宙を舞うセイバーの背が反り返る。
掲げた剣が背後に来るほど、大きく振りかぶり――――次瞬。

大気が咆吼した。

風王結界インビジブル・エアを形作る風が解き放たれたその轟音だ。

現界に必要なギリギリのものだけを残した、自らの残存魔力の放出。
そして、解き放たれた大気の噴流。
それはセイバーの体躯を超音速の砲弾と変えた。

天より降り来るそれは、金色の鉄槌。
金色と紺碧の流星は真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに飛翔する。
その目標は――――剣の騎士。

258 名前:「剣の騎士」シグナム(M) ◆xHAYATEzHE :2007/04/26(木) 23:10:440
>>257
突き抜けた先に、黄金の騎士王。
空から黄金の流星となり、迫る獅子の姿。
刹那の交錯。刹那の思考。
獅子の刃が、眼前に迫り、





――それは、刹那の幻想。


思えば、その道程は苦難と共にあった。
無数の戦い、無数の血、無数の痛み。
全ては闇と共に。全てはその主のために。

そこに光をもたらしたのは、新たな夜天の主、八神はやて。
たわいない日々の暮らし。
少しずつ溶けていく心。
彼女が出会わせてくれた、得難き友。

白い朝の光の中で、共に生きられる喜びを分かち合った。
黒き夜の闇の中で、主すらも偽り悪と知りつつ行う罪を悔いた。
蒼く澄む空を、ともに眺めて語り合った。
深く碧い海を、ともに戯れ歩いた。

今、はっきりと分かる。
主はやてやその友が、なぜあそこまであの街を護ろうとしたのか。
愛しき者を護るだけではなお不足。
我らが歩んだあの道を、我らが愛したあの街を、我らの想いを、
誰かに遺したいと願ったから。
誰かに伝えたいと願ったから。

だから、私は――





「――私は、負けない!」

黄金の刃は、がちりと受け止められている。
レヴァンティンの鞘。
残り僅かな魔力を込められた鞘は、刀身同様の紫電を纏い、刃を受け止める。

もっとも、獅子の全力がその程度で止められるわけもない。
紫光は既に割れつつあり、その鞘にはヒビが走っている。
だが、その刹那。
その僅かに与えられた刹那が、シグナムに最後の一撃の機会を与える。

「吼えろ、レヴァンティン!」

残り少ない魔力全てが、紫の光となり、ついで炎となって剣を覆う。
レヴァンティン、その本質は焔。
持ち主の力を炎へと昇華する、シグナムの魂。

カートリッジの助力がない今、本来の威力の半分も出まい。
だが、それでも構わないとシグナムは思った。
結果のみが大切なのではない、その過程こそが真に大切なのだから。
付随する結果は恐れず、今はただ、全力全開、自分の想いと力の全てを撃ちこみ――

「紫電、一閃ッ!!」

――炎の剣が、奔った。

259 名前:零崎軋識(M):2007/04/26(木) 23:18:210
―――零崎一賊。

世界に七つ名ある内の、三番目に属する殺人集団。
しかし、序列という、特定の出自を持たない誰かの決めた位置づけにより、
「匂宮」「闇口」に次ぐ第三位に置かれたとはいえ―――
他のどの七つ名よりも小規模な、二十数名の集団であるにもかかわらず。

その名は何よりも恐れられ、そして、何よりも多くの血を、流してきた。


その所以を、少しだけ話してみるとしよう。

これから語られるのは、そういった惹句の要因、その一端を担う、
一人の人殺しの青年と一人の人殺しの少年、
そしてその、対戦相手とが織り成す、
全くもって無意味な、外伝的物語だ。

260 名前:零崎軋識(M):2007/04/26(木) 23:19:300
それは零崎軋識にとって、全くいつもの日常だった。
自分達『零崎一賊』にとっての敵。
一人残らず―――いや、一つ残らず、、、、、、皆殺し。
ただそれだけの仕事であり、また零崎の存在意義でもある「殺し」。

果たして、歯車が狂ったのは、何時からだったろう。
さぞかし高級そうなスーツの股間を尿で濡らしながら命乞いする中年男の頭部に向けて、
釘バットを全力でスイングした瞬間だったろうか。
それとも、そもそも軋識の不注意で(らしくない、全くもってらしくない)、ビルの一室から
逃げ出してしまった男を、屋上で追い詰めた瞬間だったろうか。
更に遡り、カルト宗教団体の根城になっているというこの高層ビルに足を踏み入れた瞬間
からだったろうか。
更に更に遡れば―――零崎一賊の秘蔵っ子にして、究極の異端。
同じ一賊である軋識にすら理解不能の殺人鬼―――人識と行動を共にした、その瞬間から?

ただ一つの結果として。
零崎軋識はその日最後の標的となるはずだった男へのフルスイングを、
思いっ切り、
空振った、、、、


「ぬお、っ――――――!?」

些か間抜けな声を上げてしまったのは、いくら軋識とはいえ、仕方の無い事かもしれない。
そこにあって当然の、全体重を乗せた釘バットによる打撃、そのエネルギーをすべて受け止め、
原形も止めないほどに粉々に破砕されるべき男の頭部は、跡形もなく消滅しており、
受け皿を無くした釘バット―――『愚神礼賛シームレスバイアス』、及び
それに篭められた全運動エネルギーは暴走を開始、止まるべき地点を大幅に外れ、軋識の上体を
強引に引っ張り込む―――

結果として、軋識はその場に、大きくつんのめってたたらを踏むことになる。

辛うじて下半身で大地(その時点では、床の材質が何で出来ているかは不明であったが)を強く踏みしめ、
無様に転倒することだけは―――防いだが。

「――――――一体、」

何だっちゃ、と言おうとして、そこで軋識は絶句する。
突然目標が喪失した、いやそれも現時点では十二分に不可思議で、意味不明な現象ではあるのだが―――
それを上回る不可思議、意味不明、理不尽が、体勢を立て直した軋識の目の前に、厳然と広がっていたからだ。

そこは、明らかに高層ビルの屋上でもなければ、そもそも日本であるかも、否、地球上の何処かで
あるかすらも判らない。
鬱蒼と茂った森。それは辛うじて目を凝らせば木の数本が認識できると言うだけで、後はほとんど、
真っ黒に塗りつぶされた暗闇、と言って差し支えないほどの、広い暗い空間。
そして、その木々を掻き分け、いや、踏み潰し、余りにも巨大すぎる存在感と共に、
軋識と人識の眼前に厳然と瞭然と漫然と、佇む建築物―――


城、だった。

261 名前:零崎軋識(M):2007/04/26(木) 23:19:500
現実を認識―――いや、現実なのかどうかも判らない、現実でなければどれほど良いか、というような
想像も頭をよぎったが―――した後、軋識は暫し呆然と、佇んでいた。
かけるべき言葉が、見つからない。
というより、何を言葉にすれば良いのか、分からない。

何もかもが意味不明で、
不可思議で、
理解不能で、
理不尽だった。

故に、次に何をするべきか―――何を語り、どう動き、どう解決し、どう殺すか―――
そういった当然あるべき諸々の思考が、この時の軋識の脳内からは、すっぽりと抜け落ちていた。


「でー、ここ、どこよ大将」


そんな時。
全くの不意打ちに横合いからかけられた、余りにその場に似つかわしくない、
あっけらかんとした声。
余りにも子供じみた、無邪気な一言。
それにより―――漸く、本当に遅まきながら漸く、軋識は我に返り、彼の断線した思考回路は復活を果たした。

そうだ。
この少年に―――人識にだけは、自分の混乱を、思考の断線を、悟られてはならない。
少年が、人識がこんな風に意味不明で不可思議で理解不能で理不尽な状況に、どの零崎一賊よりも
耐性があるだろうと言うのは明々白々な事実である。
彼ならば、どんな状況であろうと―――例え自分ひとりを残して世界が破滅を迎えたとしても、
普段通りの異端で異質な「人識」として振舞えるであろうと。
それは軋識のみならず、人識を知る零崎一賊全員が、全く同じ結論を導き出すだろう。
なれば―――なればこそ。
自分が動揺し、混乱による思考停止をしたなどと。
認めてはならないし、認めさせてはならない事だった。

一呼吸を置いて、軋識はいかにも―――何事もなかった風を装って、杖のように足元に突き立てていた
自らの獲物である金属バットを軽々と持ち上げ、肩の上に担ぐ。

そして、極めて冷静な口調で、彼の今の気分を、一言で隣の人識に言い放ってやった。



「知らんっちゃ」



そうして数分後。
人識の探索開始と同時刻。
零崎軋識の悪魔城探索―――開始。

262 名前:ジャニス・ルチアーニ:2007/04/26(木) 23:24:140
「ヒュッ!」
 すぼめた唇から尖った吐息。同時に手にしたナイフをスローイング。
 薄暗い空気を切り裂いた閃きは、アタシに向かって飛び掛ってきた、
見たこともない化け物の額――うん、たぶん額だ――に命中。ゴボゴボ言う悲鳴を上げて、そいつは崩れ去った。
「あーあ。つまんないなぁ……。活きの良い連中が集まるとかって噂を聞いたから、わざわざこんな所に来たってのにサ」

 アタシの国――イギリスに渡って、そこで死んだハズのドラキュラが、どういう経緯でかは知らないけど、
ドラキュラとは縁のなさそうな北欧の小国……名前、何だっけ? まあ良いか。
とにかくアタシが今いるこの国で復活する。そいつを阻止したり、復活を推し進めたい連中が集まってくる――。
 そんな噂(誰から聞いたのか、なんて事はもちろん忘れた)を聞きつけて来てはみたものの……
出くわすのはあーうー言うしか能のないゾンビやら、ついさっき殺った化け物ばかり。
 この間まで行ってたザウスアイランドの方が、よっぽど面白かった。
ここみたいに黴臭い空気じゃなかったし、殺り甲斐のある奴らも揃ってたし。

「……やっぱさぁ、どうせ殺るんだったら、活きの良い人間に限る――あんたもそう思わない?」
 不意に感じた気配――というより殺気、いや、むしろアタシと同類の匂い――に背を向けたまま、問いかける。

「ああ――あと、一つ聞いておきたいんだけど」
 振り返る。満面の笑みと共に。

「あんた、赤い色好き?」

263 名前:セイバー ◆SABERkJxcs :2007/04/26(木) 23:40:570
>>258
騎士王の目が驚愕に見開かれる。

魔力放出と大気の噴流による運動エネルギー。
天空高くからという位置エネルギー。
そして、黄金の剣。

――――それら全てを受け止める紫電放つ鞘。

渾身の。
この上もない渾身の一撃が受け止められる。
その驚愕、その動揺。
刹那の空白が、最大の危機を作る。

視界の端に映るは、炎を放つ刃。
全ての魔力を先の一撃に注ぎ込んだ身では耐えられるかどうか。
選択は一瞬。
最早予知にも近い域に達した第六感が最善解を導き出し、総身が応える。

その、選択とは――――

魔力と膂力の全てを、黄金の剣に注ぐこと!
紫電をも飲み込み、黄金が更に輝く。

「貫け――私のエクスカリバー!!」

264 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/26(木) 23:41:460
>>250

「かはは――だりーな、オイ」

 鉛のように重い手足。思考停止一歩手前の思考回路。回路という回路が断線した感覚。回路という
回路が短絡して俺に特大ダメージ。総攻撃チャンス!コイツはヤベーぜ。皆でボコられちまう。

――だからどーした!、、、、、、、、

 走馬灯が駆け巡るように迫ってくる剣を迎え撃つのは至難。もっとも頑丈なナイフで受け切れなかっ
たことでそれは明白。
 思考回路フルブースト。さて、生き残る為にはどーする?

 脱力。究極の脱力。どんな脱力も至福の瞬間を得られるであろう脱力。
 つまりは――倒れこんでやる。それも前に。、、、、、、、、、、、、、、

「どーよ? 傑作だろ?」

 逃げても間に合わないなら飛び込めばいい。長物相手にするときの鉄則だ。
 勿論ナイフは相手に刺さるように持って。

 ちくりと刺すぜ。針のように。

265 名前:「剣の騎士」シグナム(M) ◆xHAYATEzHE :2007/04/26(木) 23:48:110
>>263
――そして。




炎を纏った魔剣は騎士王を貫き。
黄金に輝く宝剣は剣の騎士を貫いた。

266 名前:零崎軋識(M):2007/04/26(木) 23:52:030
>>262
ジャニス・ルチアーニ VS 零崎軋識

「ああん?」

突如として空間に響いた、常人であればそれだけで萎縮どころか失禁しかねない、底冷えのする声に、
零崎軋識は、それこそ街でヤンキーに絡まれた格闘家のような態度で、反応した。

もうどれくらいの時間、当てもなくこの謎の城をさ迷い歩いただろうか。
人識にはああ言ったものの、当然の如く、何かしらの方針などあろう筈もない。
何もしないよりはマシ、程度の気休め以下の作業であった。
無駄な体力の消費、などとは言っていられない―――動かなかったところで待っているのは
緩慢な死に他ならないのだから。

だから、軋識は人識に動くことを命じ、自身も動いた。
盛大に迷った。
この血に塗れた荒廃した空間に辿り着くまでに、目に付く動く物は全て殺した。
それが全く肉のついていない動く骨であろうが、腐った死体であろうが、蝙蝠であろうが、
火を噴く骨の柱であろうが、半魚人であろうが、委細構わずに、だ。
そいつらが何者であるか、などと考える必要は軋識にはない。
半ば考えることを放棄していた、とも言うが。

そうした道程の末に辿り着いた場所で、初めて目にしたまともな人間は、結局
まともではなかった、、、、、、、、、
女の声を一度聞いた瞬間に、それは直ぐに判った。

だが、軋識にとっては結局そんなこと、、、、、は、関係がない。
まともであろうがなかろうが、、、、、、、、、、、、、、唯唯殺して殺して殺して殺して殺して
殺すだけ。
彼の行動方針に、一切の変わりはないのだ。

「ああ―――まあ、そうだっちゃな―――そろそろ化物を殺すにも、飽きてきた頃っちゃよ。
俺の専門は殺『人』であって殺化物じゃねぇ―――正直、気分が乗らなかった所だっちゃ」

軋識は静かに―――手に持つ『愚神礼賛』―――犠牲となった化物の血と肉片と骨片塗れの―――
を、最上段に振り上げる。
問答無用の、戦闘体勢。

「それと、もう一つの質問だっちゃが―――」

地面を蹴って、肉体を加速の軌道に乗せる。
ばたばたと言う足音を、隠そうともせずに。
そのまま正面の女―――その笑みの正中線上に。


「興味、無いっちゃ」


釘バットを、振り下ろした。

267 名前:セイバー ◆SABERkJxcs :2007/04/27(金) 00:06:470
>>260
【Epilog】

――――戦いは終わった。

王は玉座へと還った。
それは、虚ろな玉座。
望みながら、望みのままではなかった玉座。
誰よりも王であろうとしながら、それでも王たり得なかった、哀れな王の座。

だから、それは、その夢はとても素晴らしかった。

夢の中でも、王は王であったが、それでも。
王には対手がいた。
剣を交え、鎬を削る対手が。
理由は知らない。誰かも知り得ない。

だが、確かに――――こころこころは火花を散らし、魂と魂は触れ合った。
望みながらも、望めなかったただ一人の騎士としての戦い。

だから、それは、その夢はとても素晴らしかった。





「――ベディヴィエール……少し、夢を見ていた」

268 名前:ジャニス・ルチアーニ:2007/04/27(金) 00:21:010
>>266
ジャニス・ルチアーニ VS 零崎軋識

 バカがつくくらいに正直な殺意を隠そうともせず、アタシの同類は真っ直ぐに突っ込んできた。
 あらん、ちょっと良い男? それより何より、あいつの得物!
 ぶっとくって、ごつくって……あんなのもらっちゃったら、一発でイっちゃいそう。やぁん、ちょっとときめくかも……なんてね。

『興味、無いっちゃ』
 つれない返事とともに、同類が手にした得物を振り下ろす。
 あー、いまいち趣味は合わないかもね。
 ぶっといのが振り下ろされる直前、アタシは床を蹴って前方に飛んだ。
 鈍い音を立てて、あいつの得物が石造りの床を叩き――陥没させた。
「キャハッ! アタシは赤い色、好きだよ。特に、活きの良い人間から噴き出す、赤い血の色が――さ」
 距離をとり、身体ごと向き直る。もちろん、アタシは笑ってる。どんな時でも、笑顔を絶やさないのって、大事じゃない?

「こうして出会ったのも何かの縁じゃない? だからさ――あんたの血の色も、アタシに見せてよ」
 ナイフを二本取り出し、一本をあいつ目掛けてスローイング。
「ねっ、そしたらアタシのも見せたげるからさ!」
 投げたナイフの行く末を見届けず、大きくジャンプ。頂点に達した辺りで、もう一本をさらにスローイング。
 蝶の様に舞い……蝶の様に刺す!

 ……って、蝶は刺さなかったっけ。

269 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆0DYuka/8vc :2007/04/27(金) 00:31:200
>>264
その剣でその首を一気に払おうとして、避けられた。─────否。正確には、違う。
避けられたのではない。ただ、力を失って、前に倒れただけなのだ。

─────獲物は逝った、魔王の激怒の前に。勝敗は決したのだ。

これから、勝者が行うべき作業は以下、たったの二つ。 トテモカンタンナ 2コウテイ。

一ツ、ソノ剣ヲ振リ下ロシ獲物ニ完全ナル止メヲ刺スコト。
二ツ、受ケタダメージヲ回復スルタメニ………?

─────するためにナニヲスレバイイ?晴れていた気持ちが暗転する。
忘れていたナニカが逆流する。一番の愉悦は、一番の禁忌。蒼冷めていく心。
渇くまでに使い込んだ魔力。その代償をいかにして私は欲していたのか。
ドンナアクムヲ ワタシハ ミテイタノカ? くっきりと見えた悪夢の結末。違和感の正体。

ソウ ソレハ ワタシガ イチバンオソレテイタ タブー。

吸血眷属の名が示す行為。他者の血を自身の糧とする捕食行為。

だが、それを犯した私は果たして元に戻れるだろうか?
あの、なんてことない日常に私は帰っていけるだろうか?

だからこその恐れ。だからこその嘔吐感。それすら忘れてしまう蒼き血の恐怖。
震えていた。瞳は蒼いまま。途切れ途切れになる魔力。無限の剣はその切れ味を失っていく。

ただ、それでも一本の剣としての切れ味は残っている。

戻ってくる狂気。今、為すべきことは何か。震えを抑えて、二つ目の行程を頭から消し去って。

「───もう、ウンザリなの狂人。とりあえず消えて。バラバラになったら地獄で詫びて?」

悪意に満ちた微笑みを浮かべながら静かに告げて、剣を振り下ろす。
タダ メノマエノ ヤッカイナ “ソレ” ヲ ショブンスル。 タッタ ソレダケ。

270 名前:零崎軋識(M):2007/04/27(金) 00:43:110
>>268

叩き付けた釘バットには、軋識の馴染みの柔らかい頭蓋と脳を砕き潰す感覚はなく―――
それによりただ自らの攻撃が避けられた事実だけを知り、その攻撃の結果、石造りの床に開いた
小型のクレーターには目もくれず、回避した女へと予断なく視線を遣る。

「興味ない、って言ってるっちゃよ―――覚えとけ、お喋りな女は鬱陶しいだけっちゃ」

地面に数十センチはめり込んだであろう『愚神礼賛』を力任せに強引に引き抜いて、
今度は自らの右脇に、垂直に構える。
およそ殺人者が取る構えとは思えない―――野球の中でのみ見ることが出来る、バットの構え方。

「教えてやるっちゃ、女―――俺が興味あるのは、俺自身でもお前でも、ましてや血でもねー」

投げられたナイフは地上から一本、空中からジャンプ回転魔球として一本。
女の取った行動は、きっぱり愚策であると言わざるを得ない。
こんなにも、余りにも判りやすい、「バット使い」に―――
軌道の見切りやすい飛び道具を使用すると言う、愚策。

最初の一本は外角に逸れているので見逃す―――ボールカウント1。

「ただただ、『殺すこと』。それが零崎一賊だっちゃよ」

そう、零崎軋識は数日前。
二キロ先から放たれる、音速を超えたライフルの銃弾を、殆ど勘だけで、弾き防いだ。
その途方もない、難易度に比べれば―――
近距離から放たれるスローイングナイフを、打ち返す、、、、ことなど―――


「いいコースだっちゃ」


会心の笑みと共に―――バットが振り抜かれる。
狙い通りのピッチャーライナー。
全くベクトルを真逆にされたナイフが、女に到達する前に。
既に軋識は構えを解いて、再び互いの距離を詰めていた。

271 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/27(金) 00:47:110
>>269

「オーケー。――その言葉そのままそっくり一言一句違わず発音からブレスのタイミングまで揃えて
熨斗つけて送り返してやんよ」

 トス、と音を立てて吸い込まれていくナイフ。外側と内側とを繋げる杭。輪廻と転生を齎す楔。生と
死を結ぶ鎖。狂気と正気を繋げる円環リング
 狂っていたのは果たしでどちらかなんていうのは今になって問う事じゃなく、殺人鬼は人を殺して
こそ殺人鬼なんだよ。鬼を殺せば英雄だ。悪魔を殺せば救世主。人を殺すのはいつだって殺人者。
区別するまでもなく人を殺して、考えるまでもなく人を殺して、呼吸するが為に人を殺してこそ――
殺人鬼。人を殺す鬼。鬼。人でなし。人間失格。人間に合格なんだよ、テメーはよ。

 刺したナイフを握る力もないように見せかけて次弾装填。彫銀の渋さに惚れて買った実用性なん
て欠片もねー銀のナイフ。
 銀の――ナイフ。
 シルバーの、ナイフ。

 シルバーで、イナフ。
 銀だからこそ――イナフ。

「かはは――幕引きだ。言い残すことくらいは聞いてやんよ。なんかの縁だろ、こいつもよ」

 走馬灯を駆け巡るのは一瞬なのか永遠なのか、はたまた闇なのか。
 死ぬってーのは、なんなんだろうな。一体全体。

272 名前:「剣の騎士」シグナム(M) ◆xHAYATEzHE :2007/04/27(金) 00:55:390
>>267
鈴を転がすように、虫の音が響いていく。
吹き抜ける風が、頬を戯れるようになでる。
月の光が、戦い終えた騎士を照らし出す。

「終わったな、レヴァンティン」

剣の騎士、シグナムは微笑んだ。
その胸は朱に染まり、その身体は光の粒へと還りつつある。

「思えば奇妙な戦いだった。
 この傷さえなければ、全てが夢と言われて誰が疑おう」

そこに響く音は鈴虫の声だけ。
穏やかな静寂が、あたりを包んでいた。

「主はやては、悲しむだろうな。
 だが……私は後悔していない。
 騎士として、後悔のない戦いをできたのだから」

右手に握った剣へ視線を移す。
鋼の刃に、鋼の心を持った、もっとも近しき相棒を。

「すまない、レヴァンティン。
 お前まで、私につき合わせてしまったな」

その言葉に、彼女の剣はただ一言、

<<danke.>>

ありがとう、と応えた。



月が沈もうとしている。
彼女の命もまた。
かつてと違い、彼女もまた限りある生の中にしか生きられない存在。
終わりは、必ず訪れる。
その終わりを彩るのは、笑み。

「――いろいろ、あったなあ」

一瞬で、この数年が脳裏をかけめぐる。
その全てが、今はたまらなくいとおしい。

「我が魂、レヴァンティン」

剣を、掲げる。
多くの激突の中で、彼女同様にまた、剣も多くの損害を受けていた。
傷だらけのボディ。
そのAIはもはや沈黙し、彼女に応えることはない。

だがそれでも、その刀身はなお、刃こぼれ一つなく。
月光を受け、白銀に輝く。
その輝きを受け、彼女は目を僅かに細めて、最後にこう言った。


「――我が魂、一片の曇りなし」

273 名前:ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ:2007/04/27(金) 01:15:440
>>254
 上から女性の挙動を観察していて奇妙な違和感があった。
 殺される人間があんなに落ち着いているだろうか。
 命乞いしているにしても冷静に過ぎる気がする。

 単に私が死地に身を置く覚悟がないというだけの事かもしれない。
 あの女性はその覚悟があり死ぬ時も覚悟を貫けるそんな人なだけかもしれない。

 でも己は無辜の嫌疑で殺されるというのにあんな態度は取れるのか。
 アレの末期の取り乱し方を見た後では尚更違和感は拭えず悪寒のみが膨れ上がる。

 ………どの道、あの女性には消えてもらわないといけない。
 あの女性にはアレを手にかけた殺人者として死んで貰う。
 アレの幻影を彼の中から払拭する為にもこれは必要な通過儀礼なのだから。



『アァァァァァァァァァッ!!』

 今まさに槍が女性の命を奪わんと繰り出されようとする時にそれは起きた。
 女性にその叫びとともに起こる異変。

「そんな……ッ! こんなことはありえないッ!!」

 私がサーヴァントのマスターだから分かってしまった事。
 あの女性は人の身にしてサーヴァントに、英霊の類に変貌しようとしている!
 変貌しようとしているものは確実に英霊を殺せる類だ!
 不味い! このままでは彼が危ないッ!!

 後二度しか使えない切り札としてのサーヴァントへの絶対命令権『令呪』。
 それはサーヴァントの性能を限界以上に何倍にも引き出し勝利を齎す。
 ―――私はその為の言霊を紡ぎだす!

「私の為に何としても生き残り勝利なさい、ディルムッド・オディナ!」

274 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/27(金) 01:16:260
>>273

 …………この瞬間に悲運の英霊を縛る今生の呪いは決定的なものとなった。
 ソラウの言葉は表層は違えど
 嘗てグラニアがディルムッドに述べた運命を決めた言葉と同一だった故に……

『我が愛と引き換えに貴女は聖誓(ゲッシュ)を負うのです。
 愛しき人よ、どうかこの忌まわしい婚約を破棄させて。
 私を連れてお逃げください………地の果てのそのまた彼方まで!』

「私の為に何としても生き残り勝利なさい、ディルムッド・オディナ!」

 ビアンカの剣は如何に歴戦の英霊といえど本来かわせるものではなかった。
 それほどの威力と速度を秘めていた。
 何百年にもわたり無数の人の願いを吸い続けて鍛えられた幻想は英霊を殺すには余りある!

「……もう逃れられんか」

 ―――自らへの嘲りと共に英霊ディルムッドの動きが令呪の効果により何倍にも加速する!
 強化された身体は本来はなしえぬ刃への回避を後方へと飛翔する事で可能にする。
 それだけではない、双つの槍から迸る魔力も通常の其れとは違う。
 あらゆる魔の波動を貫く破魔の紅薔薇からは血色の妖気が、
 触れた生命を否定をする必滅の黄薔薇からは輝ける殺気が、
 変生を遂げたビアンカの存在そのものを許さぬとばかりに各々から立ち昇っている。

「がぁぁぁぁッ!」

 ランサーの獣の咆哮。
 その動きは最早速い等と言った次元ではなく、
 神が愚者を滅せんと巻き起こす暴風そのものだった。
 その暴風が繰り出す両の魔槍からの連撃は刃からのみならず連撃の余波による疾風、衝撃にすら、
 魔力を、生命を否定し打ち消さんとする勢いである。
 それは本来の効果…両槍の刃圏にのみその威を発する等という枠を遥かに越えるもの。
 かかる暴威を受け止められる存在があるとすればもうそれは神のみであろう!
 青の業風から必殺の無数の赤と黄の閃光が無数の異なる方向から一斉にビアンカに奔っていく!

275 名前:ジャニス・ルチアーニ:2007/04/27(金) 01:16:390
>>270
 バットを本来あるべき姿に構えて、あいつは語る。

 自分にも、目の前の同類にも、血にも興味はなく。
 破壊の愉悦も、殺戮の快楽も必要としない。
 あるのは――『殺害』という、目的のみ。

 なんて――ストイック。

 そんなあんたに……アタシ胸キュン。

 ――んな事を考える間もなく、アタシが投げたナイフはあっさりと打ち返され……アタシの左の頬をかすめて行った。
 頬を切り裂かれた痛み。そして、そこから流れ出す液体が、肌を伝っていく感覚。

「ハ――あは、キャハハハハハッ!」
 別のナイフを二本取り出し、逆手に構え……そのまま、距離を詰めてくるあいつに向かっていく。

 傷をつけられた事にキレて? 逆よ、逆。

 こんなにステキな色男なんだもの。
 間近で感じないなんて勿体ないじゃない。
 そう……それこそ、もっとも有名なジャパニーズメイドの語る『もったいないお化け』が出るくらいにサ。

276 名前:◆xHAYATEzHE :2007/04/27(金) 01:24:470

――――そして、再び黒の祭壇に静寂が訪れる。


いつからいたのか。
どこから来たのか。


そこに再び現れたのは仮面の男。


「かくして、再び物語Romanの扉は開かれる」

男は、ステップを踏むように軽やかに足を進める。
一歩踏み出すごとに、礼拝堂は元の絢爛さを取り戻していく。
それは時を巻き戻すように。
全てを忘却の虚無へと誘うように。

「そう、死とは生、終わりは始まり。
 閉じられた頁は、また再びめくられる。
 なぜなら、そこに新たな地平線が見出されるのだから」

カツン、と靴が音を鳴らす。
男の独白は、時に高く、時に低く、無人の礼拝堂に響いていく。

「王は、幾度でも再び現界するだろう。
 彼女を求める少年が、そこにいる限り。
 騎士は、幾度でも再びはせ参じるだろう。
 彼女を求める主が、そこにいる限り。

 それは繰り返される物語Roman
 幾度でも、ああ幾度でも。
 彼女達はその痛みを繰り返すだろう。その哀しみを繰り返すだろう。
 それこそが、彼女達の生なのだから」

やがて男は、礼拝堂の扉にたどりつく。
その引き手に両の手をかけ、男は呟く。

「そう、誰であろうと、その本質は変わらない。
 彼女達の物語を望むものが、傍にいる限り。
 その永遠の繰り返しさえ、彼女達にとって幸となるだろう」

そして、男は礼拝堂の扉を開け放った。

「さあ、胸を張っていくがいい。
 己が物語を胸に抱き、その物語をいつか誰かと分け合うその日まで。
 そこに待つ、新たな物語Romanへ向かって」








そう、それは幾度となく繰り返される風景。
ただそこにあるという悲劇。

セイバー vs シグナム
『世界を喰らう王と異世界の騎士』



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277 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆0DYuka/8vc :2007/04/27(金) 01:28:140
>>271
そもそも止めを刺すと言うのは何のための行為なのか?

そう、相手をこれ以上喋れないように完全に沈黙させて。
もう、相手にこれ以上反撃を許さなくさせるため。

ようするに、今のような予測範囲の不測の事態の可能性を根源から絶つため。

「─────人?そんな小さな存在に生まれた覚えなんて無いわ?
 ねぇ、吸血鬼って知ってるかしら?まだ血を吸ったこと無いんだけど、その一族の末裔よ、私は。」

言うが早いか、言うより先か。狂人の手に握られたのは銀のナイフ。
白木の杭の並ぶ吸血眷属の最たる弱点。今の状態で一太刀喰らえばひとたまりもないだろう。
剣を手放して、禁呪を紡ぐ。きっと、これが最期。空っぽの魔力を振り絞る。

─────その手に握られたのは悪魔の槍“スピアデモン”

心臓を貫くまで動き続ける槍の魔性に身を委ねれば、私に近づくこと、殺すことは叶わない!
槍の特性とナイフの特性。そこには大きな壁がある。さあ貫け悪魔の槍よ!

「─────言い残すこと?後悔はない?アナタ“が”死ぬのよ?」

闇の中で響く狂気に満ちた笑い声。それは高らかな殺人宣言。下された死刑宣告。
そうだ、この吐き気のする今でさえ、私は私に生まれたことを。何一つ後悔などしていない。

あのくだらない悪夢の結末を変えてやる。私はまだ堕ちてなどやらない。そうだ、私はここにいる。

278 名前:零崎軋識(M):2007/04/27(金) 01:40:400
>>275

「そう―――それでいいっちゃ。黙っておめーは俺に向かってくれば良い」

逆手に構えた二本の獲物―――それは奇しくも、つい先刻別れたばかりの「同族」と同じ。
まさかあの、人識級の捌きを見せてくるとも思えない―――が。
実の所厳然たる事実として、ナイフのような小回りの利く獲物に対し、このバットは―――
決して有利な獲物ではない。
ただしそれは、軋識が相手の間合で戦った場合の話だ。
ならば、自分の、バットに有利な間合を保てば、こちらが負ける道理はない。
彼我のリーチ差を考えれば―――そんなことは、自明の理だろう。
故にこそ、相手はこちらの間合の内に、飛び込んで来んとする―――そこに、付け入る隙がある。

軋識は、バットを振った。
しかしそのタイミングは、女が軋識の間合にすら飛び込む―――更に数歩手前。
短く、しかし遠心力を最大に利用した、渾身のスイング。
その目的は―――

軋識のバットの軌道は、女の顔面――ちょうど目の上を、掠めるようにして過ぎ去る。
そして同時に飛び散る―――『愚神礼賛シームレスバイアス』にたっぷりと付着していた、
化物どもの肉片、血液、そして骨片。
その細かい汚物が、遠心力に引っ張られ、バットの軌道をなぞるように、盛大に飛び散る。
軌道の先には―――前述の通り、女の顔面がある。

威嚇と見せかけた―――永続的な目潰し。
それこそが、本来の狙い。
結果を確認はせず、軋識は振ったバットを勢いのまま引き、そして―――逆側から再度スイングする。


「そして―――死ねっちゃ」


最初に言った台詞の後をここにきて継ぎながら。

279 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/27(金) 01:59:240
>>274

 ――獣が目覚めれば、何も考えることはない。
 繰り出した刃の切っ先は、何も捕らえることなく虚空を切った。

 距離を開いた男の全身から、もはや殺意とも括れぬ必滅の意志が叩きつけられる。
 だが、今の彼女にしてみれば、それはただ、それだけのことだった。心は動かない。波ひとつたたない。
 獣は、何も感じない。

 暴風が迫る。
 魔槍が迫る。
 殺意のすべてを刃と化して、槍の英霊が、ミズー・ビアンカの形をしたものを、文字通りに粉砕せんと雄叫びを上げた。

 速さ、などという表現などもはや無意味。
 眼球という名の器官がとらえることの出来る限界など、とうの昔に突破している。
 ミズー・ビアンカに、それをとらえるすべなど無い。

 だが、視覚にとらえることなど出来ずとも、獣にはすべてが見えていた。

 男の繰り出す穂先が迫る。
 それに向けて、獣は右手の剣を突き出していた。
 刃鋼が爆ぜる。叩きつけられた破壊に耐えることも出来ず、人の手によって鍛えられた刃は、ただの金属片となって宙に
舞う。だが獣は動揺しない。鋼はまだ、半ばほど残っている。

 獣は折れた刃を振るう。瞬く間に削れ、抉れ、砕かれていく剣。
 だが剣が砕かれていくのと同じ回数だけ、獣は男との距離を詰めている。

 残った柄までが、完全に粉砕された。無手となる。だが、獣の咆吼は止まらない。辛うじて槍を防いでいた剣を失ったこ
とで、獣を守る手立ては、なにひとつ存在しない。だが、獣の歩みは止まらない。

 槍が、身体に突き刺さる。引き裂くように穂先が戻り、獣の右肩で、血と肉が同時に飛沫を上げた。
 壊れた蛇口のようにどくどくと、真っ赤な体液が流れ出る。だが、獣は止まらない。

 とたん、何かが焼けるような音がして、右肩の出血が完全に止まっていた。
 絡みついている銀色の糸。念糸。獣は傷ついた部位を、決定的に体液を失う前に、念糸で焼いて接着する。
 想像を絶する苦痛であるはずなのだが――獣は、何も感じなかった。
 獣の時間では、苦痛すらもが無意味となる。嗅覚も、聴覚も、触覚も、そしてありとあらゆる感情も。
 身体にしみこんでくるありとあらゆるものが、無意味なただの物質となる。

 腹で。脚で。腕で。背中で。脇で。そしてまた肩で。
 幾度となく貫かれ、その瞬間にまた己の手で傷口を焼いていく。
 およそ正気とは思えぬ光景の中で、奇跡のようになんの傷も折っていない左腕が、槍を振るう男の腕をとらえた。

 咆吼は、まだ続いている。

 食らいつくように、獣は男の顔面へ、己が頭蓋を叩き込む――
 

280 名前:ジャニス・ルチアーニ:2007/04/27(金) 02:15:010
>>278
 突っ込む。アタシの間合いに持ち込めば、あいつを刻める。さあ、あんたの血の色、アタシに見せてよ。

「キャハハハッ――ハッ!?」
 あとほんの数歩。時間にして数秒のところ。あいつはアタシの目の前で、思い切りバットをぶん回した。
 威嚇のつもり? そんなのでビビるようなしょぼい修羅場、アタシは渡り歩いてきちゃいない。
 だからこそ、足は止めない。正面にあいつを見据えて、目を見開いて――

「――ッッッッ!!??」

 得体の知れない汁やら肉片やらを、顔面に浴びせかけられた。

 威嚇じゃなくて、目潰し――そうか、これが狙いだったのね。
 バカ正直なだけじゃない、こんな小細工も出来るなんて……アタシったら一本取られたわ。

『そして―――死ねっちゃ』

 顔を拭う暇なんか、もちろん与えてくれるはずもなく。
 でも、とっさに両腕で頭をかばう暇くらいは与えてくれた。

 風を切る鋭い音。
 フルスイングの衝撃が、腕と頭に。
 ぐしゃりともぼきぼきとも取れる、骨と肉が砕ける音。

 そんなのを引き連れて――アタシの身体はボールみたいに吹っ飛んで、何だかよく分からない頭蓋骨の積み上げられた壁にぶち当たった。

 あー。片腕一本、イっちゃったね。でも、片腕一本分くらいは息があるっぽいし。ぼやけちゃいるけど、視界も戻ったし。
 ま、結果オーライって感じかな?

281 名前:零崎軋識(M):2007/04/27(金) 02:41:330
>>280

まるで風に吹き散らされた木葉のごとく、きりきりと舞いながら吹き飛んで壁に激突する女を、
軋識は何の感情も見せることなく、ただ眺める。

「あー、腕一本犠牲にして助かったっちゃか。そのまま頭をミートしてれば、そこで終わりだったっちゃが」

こきこき、と首と肩を回して鳴らしながら、軋識は無造作に一歩一歩、吹き飛んだ女に近付く。

「けどま―――同じことだっちゃ。その怪我じゃお前はもう長くは戦えない。
骨折の痛みは確実に、着実に、お前の気力体力を奪い取るっちゃ」

ふらふらと立ち上がり、焦点の合わない瞳でこちらを見据える女に、しかし軋識には
微塵の油断も、躊躇もない。
ゆっくりと―――手にした『愚神礼賛』を脇に引き、構える。
それはあたかも、ビリヤードのキューを構えるかのような―――
あるいは、悪・即・斬を謳った男の、必殺の構えのような。

どう防御したとしても、当たってしまえば致命傷は避けられない攻撃。
肉と血と骨を撒き散らした『愚神礼賛』に、新たなそれらを追加するための一撃。
文字通り必殺の、突き、という技。

「遺言も命乞いも聞く耳は持たんっちゃ―――そのまま、逝けっちゃ」

全力を持って、押し出す。
余りにも無骨で凶悪で凄惨な、鉛の棍棒を。

282 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/27(金) 02:42:290
>>279

 数々の神話の中で幾度ど無く行われてきた光景。
 今それが魔城の庭で再演されていた。

 吹き荒ぶ神威の中を女性のカタチをした獣が突き進んでいく。
 女のヒトガタの身は確実に削られ、その存在を弱めていく。
 それでも確実に歩を進め、遂に嵐の中心に彼女はたどり着く。
 その手は黄の本流を圧し止め、その狂相が唸りをあげ、槍の英霊に炸裂する。
 この瞬間、確実にビアンカは神話の住人たちと同じ領域に居ただろう。


「―――――――――!」

 英雄の限界を遥かに超えた殺意、猛威をよもや凌がれると誰が思おう。
 だが、それでもディルムッド・オディナは英雄だった。
 限界を超える等という事は己も何度もやっている。
 数々の侵すべからず存在をそうやって打ち倒している。

 ―――――故に人は彼を英雄と呼び、神話として語り継いだのだから

「舐めるなぁぁッ!」

 頭突きを受けた美貌は血に塗れ、視界もはっきりしない。
 それでも滅すべき相手は何処にいるのかは把握している。
 ならばもうやる事は決まっている。

「打ち滅ぼせ、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!」

 自由の利く右の手からの紅色の閃光がビアンカを貫く。
 ただの一撃ではない、宝具としての限界を凌駕した滅殺の一撃である。
 突き刺しただけには留まらぬ。
 ぴしりと赤き魔槍に罅が入り、槍は己が限界を示し、最後の役目を今果たす。
 槍が砕け散ると同時にケモノの体内の中で全ての魔を打ち消す奔流が爆発した。



 …………その瞬間、槍の英霊と人の身でありながら其を遥かに超えた女との神話の再演が終わりを告げた。


283 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/27(金) 03:14:030
>>282

 指先は、あたかもそれが牙であるかのごとく男の腕にその五指を食い込ませている。
 掌は、顎(あぎと)のごとく食らいついて離れない。

 そして、杭を打ち込むかのように、獣は頭蓋を、幾度となく男の顔面へと叩きつけていた。
 自らの威力に負けて、額に裂傷が走る。男の顔面はすでに、男自身のそれとも、ミズーの者ともしれぬ紅い液体にまみれ、
相貌を判別することも困難となりかけていた。

 一撃。また一撃。
 飽きること無く打ち付けられる獣の頭蓋。だが、その単調で凄惨な音は、男自身のtによって無理矢理に中断させられ
ていた。

 男の怒声が走る。
 紅い影が翻り――一瞬の後、よける間合いすらもなくした獣の腹を、槍は見事に貫いていた。
 全身を支配しつつある何かに、はっきりと亀裂が入る……

「アァァァァァァァァァ――!!」

 咆吼はまだ止まらなかった。
 獣の時間は続いている。肺臓がうごめき、骨格が軋みをあげる。全身が沸騰するかのように、己の内から発した熱が、
細胞のすべてを駆けめぐっている。何もかもが、空白という名の虚空へと追いやられていく。

 あるのはただ、目の前の目標、ただそれだけ――――!

 未知なる力が炸裂し、獣となったからだが空に浮く。
 咆吼はまだ止まらない。無理矢理に、引きはがされていく左腕の牙。
 それに抗うかのように、指先は虚空をかきむしり――切っ先と化した指先が、男の眼窩へと突き込まれる。
 生暖かい感触が指先を濡らして、だがそれまでだった。

 獣の身体ははじき飛ばされ、槍が獣にヒビを入れる。
 やがて、地面に彼女が叩きつけられたとき。




 ――獣の時間が、終わりを告げた。

 

284 名前:ジャニス・ルチアーニ:2007/04/27(金) 03:17:530
>>281
 あいつが、近づいてくる。互いの健闘を称える握手を求めに?
 当たり前だけど、そんな訳ぁない。
 あいつがアタシの同類で、相手にまだ息があるんなら――やることは一つ。

 あいつが、得物の構えを変えた。それは、振り回すためのものではなく、打突のためのもの。
 だから、アタシも立ち上がる。正直な話、足元はおぼつかない。いつ倒れたって、おかしくはない。
 でも、立ち上がる。
 あいつが『必殺』なら――アタシも『必殺』で応える。
 普段のアタシらしくもない。けど、こいつには、そうしなくちゃいけない気がした。

 腰のホルスターに収められている拳銃に、まだ生きている方の手を伸ばす。
 その銃口には――小型のロケット弾。
 威力はそんなに高くない。せいぜいが相手を吹き飛ばす程度。
 でも……至近距離でぶっ放せば。

『遺言も命乞いも聞く耳は持たんっちゃ―――そのまま、逝けっちゃ』

 ああ――アタシだって、そんな戯言を繰るつもりはないさ。
 殺るか殺られるか。アタシらに必要なのって、それが全てじゃない?

 あいつのバットの先端がアタシに向かって突き出されるのと同時に。
 アタシはホルスターから拳銃を抜き、引き金を引――

く瞬間、アタシは崩れ落ちた。
 発射の反動で石床を雑巾か使い古されたモップみたいに引きずられながら、

(冥土の土産に、あいつの名前くらい――聞いときゃ良かったね。地獄で自慢出来たかも知れないし……)

 そんなことを、考えていた。

285 名前:零崎軋識(M):2007/04/27(金) 03:56:290
>>284

軋識の打突と同時に―――女も動く。
無傷な方の腕で強引に拳銃を引っ張り出し、ぶっ放す。
軋識には、女のその一連の動作が、全て見えていた。
見えていたが―――止まらない。止まれない。
既に必殺の勢いを持って放たれた打突は、引鉄を引かれ、
撃ちだされた銃弾と同じように―――最早戻ることは叶わない。
この世の全て、覆水盆に帰らず、である。

おお、、――――――」

眼前で破裂する火薬。
その威力の程を、軋識は肌で直接に感じ取った。

ぐお、、おおおおおおおおおおおおお、、、、、、、、、、、、、!」

それでも、止まらない。
まるで、投手の手から放たれたストレート・ボールのように―――
『愚神礼賛』は、止まらない。


どご、ずどぉん。


強烈な、生々しい効果音は、果たしてどちらの音で、どちらが先であっただろうか。
ただもたらされた結果として、女と軋識は双方がまるで磁石の相反する極のごとく吹き飛んで、
そのまま両者とも壁に叩きつけられたと言うこと。

軋識は、認識出来なかった。
自分がどの程度の怪我を負っているかも。
相手が自分の攻撃を受けて、しっかりと死んだか否かを。
ただ、彼の中で、ある程度の推測が立てられただけである。
怪我は―――負っている。それも、決して軽症ではない。
何故それだけが理解できるかと言うと、目の前が真っ暗で何も見えない、、、、、、、、、、
という、至極単純な理由による。
また、打突の手応えは―――確かに、あった、と思う
しかし、彼の攻撃そのものが、女に致命傷に至るダメージを与えたかどうかは―――
判らない。判然としない。
こちらの手元が狂い、見当違いな場所を抉った可能性だって、ある。
その信じるべき手応えさえ、今や痺れ、薄れつつあるという事実が、軋識の思考を更にかき乱す。

「……意外と、あっけ、なかったっちゃな」

自嘲気味に笑う、軋識。
余りに強すぎて、これまで「自分が死ぬ」と言う感覚を、一度も認識出来なかった男。
それが今や―――こんなにも身近に、こんなにも呆気なく。
一発の砲弾によって、もたらされようとしている。

「ま、こんなもん、だったっちゃね―――生きるも、死ぬも」

今の状態が、まさにそうだ。
次に目が覚めたとき、生きているか、死んでいるか、どちらに転ぶかが全く判らない。
だが、時には―――今まで、死を感じられなかった、軋識だからこそ。
そんな危ない賭けの様な状態も―――悪くはない。
そう思った。


「……っちゃ」


吐息のような口癖を最後に、零崎軋識は、さっくり意識を手放した。

286 名前:ミズー・ビアンカ ◆YRedLEOnGE :2007/04/27(金) 04:15:330
>>283

 ――目を覚ましたその瞬間に、意識を失いかけた。
 あまりの苦痛にうめきをあげることすら出来ずに、ひきつけを起こしたかのように、ミズーは横たわったまま、ただ身体を震
わせていた。獣の時間が終わりを迎え、そこにあるのはすでに絶対殺人武器などではなく。
 傷つき喘いでいる、ミズー・ビアンカだけだった。

 傷が痛むのは間違いなかったが――その痛みの原因が、槍による刺し傷なのか、それとも出血を抑えるために傷口を
焼いたせいなのか、判断が出来ない。実を言えば、その両方が理由なのだが、原因が知れたところで痛みが和らぐ訳でも
なく、けっきょくはどうでもいいことではあったのだ。

 今はただ、少しでも痛みを抑えるために、ただじっとしているしかない……


 ぼろぼろになった身体を、ようやく引きずることが出来るようになったときには、すでに日が落ちかけていた。
 状況を思い返す余裕が出来たときに、真っ先に思い出したのは、あの男――槍の騎士のことだ。
 指先に絡みついた眼球の感触が、はっきりと思い返せる。獣になっていた間の記憶は、しっかりと残っている。

 不安だったのは、あの男は一体どうしたのだろう、と言うことだった。
 殺したわけではない。ただ、目をひとつ奪っただけ。
 だが、もし生きているのなら――

(私を、殺しに来る――間違いなく)

 お互いに、後には引けなくなっているのは理解できていた。駄亜kらそこ、もし彼が生きているのなら、私を生かしておく、
などという選択肢は生まれないはずだとミズーは思った。
 彼は、生きている――恐らく、確実に。
 獣は、彼を仕留めきれなかった。

(今戦えば……今度は、確実に殺される――)

 剣すら失っているミズーに、これ以上戦うすべは残されていなかった。
 武器がなにひとつ無い、と言うわけではなかったが、だからといって戦えるかどうか、となると、それは別問題だ。
 なにより――右腕が動かない。肩に負った深手が、ミズーに武器を持たせることを、阻害している。

(だったら――)

 今度こそ。
 今度という今度こそ、逃げる必要がある。
 今の私では、アレには抵抗できない。私はまだ、死ぬわけにはいかない――

 ミズーは、歩き始めた。
 痛みはまだ、失っては居ない。歩くと言うよりも引きずる、と言った方言のほうが的確だと思える、緩慢な動きで、
ミズーはゆっくりと動き出す。

 一歩を踏みだす旅に内蔵がおうと巻を訴え、喉が嗚咽に震えていた。
  それでも――歩みを、止めるわけにはいかない。私は、こんなところで死ぬわけにはいかない……

「精霊、アマワ――」

 それを、追い詰めるまでは。
 止まらない涙。それが果たして痛みによるものなのか。
 それは、ミズー自身にも、よく分からなかった。

 庭園を、抜ける。傷ついた身体を引きずりながら、そして、何処かへ……

【――了】

287 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/27(金) 05:08:340
>>283

「ち、最後までやってくれる………」

 女の手により完全に右の眼を持っていかれた。
 視界の半分以上が紅く染まり見えない。
 サーヴァントたる身、時間が立てば回復もしようが、
 マスターのソラウが消耗している今魔力が足りず、しばし回復には時間がかかろう。

 だが、それが最後の足掻きだったのだろう。
 吹き飛ばされた女はもうピクリとも動かない。
 魔力どころか何の気配も……そう僅かな生命の息吹も感じない。
 間違いなく死んだと見ていいだろう。

「ケイネス殿、仇は討ちました」

 眼を閉じ、亡きマスターにそう告げる。
 破られた誓い、砕かれた誇りは仇を取った程度では繕えまい。
 だが、仕えた騎士として主の無念だけは晴らす事が出来た。

 主を護れなかった不忠の騎士は地獄に落ちるべきだろう。
 己の英雄としての名は地に堕ちたも同然だ。

 だがそれでもせめて主の想い人、婚約者を守り抜こう。
 ソラウの想いが己に向いているのはもう否定は出来ぬ。
 彼女は第二のグラニア姫と成り果て、
 本来戻るべき場所の第二のフィン・マックールはこの魔城の庭にて非業の死を遂げた。
 だからこそ護らねばならない、主が遺した唯一無二のものであるのだから。

 ………それがどれだけの欺瞞でケイネスへの不忠であるかは理解している。
 しかしディルムッド・オディナは自分に縋り付く女性を振り払う事はどうしても出来なかった。
 見捨ててしまえば己の完全なる否定に繋がってしまう故に。





 ―――――こうして悲運の呪いは完全に実を結び、

         槍の英霊は庭からソラウの待つ部屋と踵を返した......
 

288 名前:ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ:2007/04/27(金) 05:09:200

「ディルムッドッ!」

 戻ってきた彼は酷い有様だった。
 美しい顔の半分は醜く崩れ、英雄としてのシンボルたる双槍のひとつは喪われてしまっている。

 ………それでも私の愛しい人には変わりは無い。
 彼はケイネスの仇を討ったにも関わらず私のところにこうして戻ってきてくれた。
 それはソラウ・ヌァザレ・ソフィアリにとっては何物にも代え難い究極の真実。

 駆け寄り彼をぎゅっと抱きしめ、彼の方もぎょっと私を抱きしめ返す。
 その力強い腕はとても頼もしく、その胸はとても暖かい。
 今までには感じた事のない感覚はとても新鮮で心地よい。
 冷たい魔城のこの部屋は私には春の陽気に満ちている。
 このままずっとこうしていられたらどんなに幸せだろうか……?

『ソラウ様、必ずや貴方をお護りします―――ディルムッド・オディナの名に賭けて。
 この槍を捧げる事を許していただけますか?』

 え……?
 今彼は何といったのだろう。
 私を護る? 槍を捧げる?

 これは幻聴ではないだろうか?
 それは私が何よりも望んでいた言葉、それだけに俄かには信じられない。

「私に忠誠を誓う? 誓ってくれる? これからずっと護ってくれるの?」

 否定されたらどうしよう。
 これが夢で現実に戻ってしまったどうしよう。
 そう思いながらもどうしても聞き返さずにはいられなかった。

 ……彼は私を見つめ、口を開いた。

『はい』

 返ってきた言葉は僅か一言、だがそれは絶対の意思を込めた肯定の言葉。



 ―――――ああ、全て叶った。
 私の一番欲しい人が傍でこうやって聖誓を立ててくれている。
 何という幸せだろう、これ以上の幸せなんてもう何処を探しても存在しない。

 彼はこれからずっと私の傍にいる。
 無数の苦難が待ち受けている事は想像に難くない。
 そう、嘗てのディルムッドとグラニア姫の物語の様に。
 彼は私だけの為にその槍を奮い全ての敵を打ち払う。
 だけど、結末だけは神話とは異なる。

 
    ソラウとディルムッドは降りかかる困難を全て乗り越え幸福に生を全うしました

    めでたしめでたし


 この一文を以ってディルムッドとソラウの物語は締められるのだ。

289 名前:ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ:2007/04/27(金) 05:09:510



 ――――――――――――



 <願いは叶った様だな……>

 蜜月の時は頭に響く暗く重々しい声によって突如断ち切られた。
 周囲を見回す、無論私と彼以外誰も居ない。
 違う、この声は此処に来る前に私に話しかけてきた声だ。

 <では約束を果たして貰おうか>

 約束…? それって一体どういう…………

 <『魂を捧げる』と誓っただろう?>

 確かに誓った、けれどそれは

「熱ッ!」

 右の手の甲に灼熱感。見ると令呪が消えていた。
 同時に胸が苦しくなる、呼吸が出来ない。
 全身から急速に力が抜けていく、視界がぼんやりと翳んで行く。
 彼が私に呼びかけを―――――彼の声も聞こえない、聞こえるのはただ只管に冷たい絶望の声。

 <では頂こう、お前の魂を、お前の全てを。その令呪も其処の英霊も諸共全て頂戴しよう>

 (そ…………ん…な…………待っ…………て……………こん………な……事って……)

 必死の嘆願も虚しく私の意識は永劫の闇へと沈んでいった――――――

290 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/27(金) 05:10:410


 全ては刹那の出来事だった。
 ソラウが不思議そうに周囲を見回したかと思うと突如苦しみ出し事切れた。
 必死の呼びかけも効を為さず、何もかも終わってしまった。

「馬鹿な…………」

 呆然とした表情で槍の騎士は護るべき女性を抱きしめながら呟く。
 何が起こったかを己の全てが理解を拒否している。
 ただ今生でのグラニア姫の身体の冷たい躯のみが非情な事実を告げる。



        ―――お前の誓いは破られた―――



 こんな事があって良いのだろうか。
 二度も主を護れずして誓いを果たせず。
 課せられた悲運の呪いは何処まで自分を蝕むというのか。
 これは前世において忠義を貫徹出来なかった罰だというのか。
 それとも最初にケイネスを護れなかった不忠への罰か。
 己を欺いてソラウを第二の主と仰いだ罰か。

 ――――あるいはその全てか。

「……?」

 自嘲と自責の連鎖は違和感によって止められた。
 己はマスターたるソラウを失っている、魔力経路(パス)を繋いでくれる存在はもう無い筈だ。
 だというのに魔力経路(パス)は未だ繋がったままという異常。

「これはどういうことだ?」

 ソラウは完全に死んでいる。
 代わりの自分のマスターがまだ存在するというのか。
 だが一体どうやって自分のマスターになったというのか。
 そんな機会は何時あったというのだ。

 疑問がぐるぐるとディルムッドの頭の中で渦巻く。

291 名前:ランサー:ディルムッド・オディナ:2007/04/27(金) 05:11:260




 ばたん!




 思考は部屋の扉が乱暴に開けられる事で中断した。
 見ればそこに黒衣の男が立っている。
 そして、その瞬間に全てをディルムッドは理解した。
 コイツが全ての元凶だと!

 人の形をしながらもまるで呪い、瘴気そのものの其れ。
 其れは全ての生きとし生けるモノの敵であると英雄としての己が告げる。

 何の躊躇も迷いもなかった。
 ディルムッドは残された愛槍必滅の黄薔薇を手に其れへと飛び掛る。


 ………黒衣の其れは眼前の脅威に何等動ずる事無く、右の手に輝く令呪――サーヴァントへの
 絶対命令権――を掲げ、謡う様に告げた。



             <自害しろ、ランサー>



「ガッ!?」

 あらゆる生命の律動を無へと還す魔槍がディルムッド自身の心臓を貫く。
 紛れも無い致命傷、如何に英霊とはいえ、その霊核たる心臓を潰されては生存はありえず、
 槍の英霊はその場に崩れ落ちる。

 地に伏す悲運の騎士を愚かな道化だと其れが笑っている。
 主を護れず誓いを果たせず踊らされるだけ踊らされ果てる愚者だと嘲っている。

「―――――――――」

 せめて一矢報いんとするも自身の器官の全てが返事をしない。
 ただ其れの嘲笑だけが消え行く自分の耳に響いて…………


 (ケイネス殿、ソラウ様、申し訳ありません………全ては俺が………………)


 絶望と後悔の慟哭を遺し魔槍の騎士は消滅した。






    ソラウとディルムッドは降りかってきた苦難に屈し絶望のままに果てました

    めでたしめでたし



 後には其れの嘲笑のみが高らかに木霊していた......


292 名前: :2007/04/27(金) 05:11:550

 偽史

 本来無い歴史、選ばれなかった可能性、if(もしも)……

 >システム起動
 >認証……OK

 >語句を選択してください

 >「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト」
 > 魔術の名門、エルメロイ家の天才魔術師。
 冬木市における第4次聖杯戦争に参加。
 ランサーのマスターとして活躍するも中盤戦において、
 セイバーのマスター「衛宮切嗣」の姦計に嵌り再起不能の重体となる。

 以後、突如消息を絶ち現在も行方不明。

 >「ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ」

 同じく魔術の名門ソフィアリ家の娘。
 嫡子でない為に政略結婚の道具としてエルメロイ家に将来嫁ぐ事が決まっている。
 婚約者ケイネスのサポート要員として聖杯戦争に参加するもケイネスと共に謎の消息を絶つ。

 >「ランサー(第4次聖杯戦争)」

 ケイネスが召喚したランサー(槍の騎士)の英霊。
 その正体はケルト神話に名高きフィオナ騎士団随一の騎士「ディルムッド・オディナ」。
 高潔で騎士道を重んじる武人で変幻自在に二本の魔槍を操る。
 第4次聖杯戦争に召喚された英霊の中で殊接近戦においては最高の戦闘能力を持っていたとされる。

 ケイネス、ソラウ共々消息を絶つ。
 アインツベルンによると消滅は確実との事だがそれが聖杯戦争の戦いに拠るものかどうかは不明。


293 名前:名無し客:2007/04/27(金) 05:23:120
ランサー:ディルムッド・オディナ(Fate/Zero)vsミズー・ビアンカ(エンジェル・ハウリング)

レス番纏め

ディルムッド側導入
>>210 >>211 >>212 >>213

ミズー・ビアンカ側導入
>>214 >>215 >>216

闘争本編
>>217 >>218 >>219 >>226 >>228 >>231 >>238 >>243 >>247
>>249 >>251 >>253 >>254 >>273 >>274 >>279 >>282 >>283

ミズー・ビアンカ側エピローグ
>>286

ディルムッド側エピローグ
>>287 >>288 >>289 >>290 >>291 >>292

294 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/27(金) 22:33:370
>>277

 ゾクリ、と背筋に寒気と怖気が走る。
 身近に感じていた「し」、意識しないでもそこにあった「し」、俺の存在を確約「し」確定「し」
明確にしていたものが手に取られる。

――オーケーオーケー。

 下らねーロジカル挟む前に解してやんよ。

 槍はもう目の前に迫り牙を剥いている。
――俺を食うってか? 冗談。

「かはは――」

 ズブズブと沈み込んで行く。

「かはははは――」

 痛え痛え、マジで痛え。

「かははははははは――!」

 それでも俺は死んでねーんだよ!

「チェックだ。短い一生謳歌したか? 絶望しろ、後悔しろ、そうして死ね。人間以上バケモノ
未満として死んでいけ。さあ――お喋りの時間は終わりだぜ」

 左肩を抜けていった槍に別れを告げて。
 バケモノに別れを告げて。

 殺して解して並べて揃えて晒してやんよ。、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

295 名前:アルビノ少女“山城友香”(覚醒) ◆0DYuka/8vc :2007/04/27(金) 23:22:560
>>294
悪魔の槍は夜に舞う。空に輝く月を浴びてただ獲物に向けて。単純でいて残酷なステップ。
一突き毎に肉を刻み、一突き毎に骨を剔る。それでも狙うはただ一つ。その心の臓。
そこに至らないのは捌かれている証拠。近づいてくる。恐怖と狂気を携えて。

それは、全く持って狂人の所業。それでも、彼が人ならば。それでも彼が人たれば。
形はどうあれ、生まれもどうあれ、化け物の因子を受けた私を、殺してしまえるのも。

─────また。人なのかも知れない、と。

槍の弱点はその懐。肩への一撃を捌かれて“つぷり”と音を立て、突き立ったそのナイフが。
あるいは、これまで通りの変哲もないただの切れ味を称えただけのナイフなら。
あるいは、このまま吹き飛ばして心臓を貫いて、終わるのかも知れない。

─────だが、そのナイフの材質は“銀”

それは我が眷属を殺しきる刃。体を流れる魔力が解けていく。槍が手から落ちる。
だけど私は化け物だから。せめて最期ぐらいは。きっと数え切れない最期の一つとて。

殺されて解されて並べられ揃えられ晒される、その前に。

薔薇の園で雪のように白い塵が舞う。所詮消えゆく定命なら。
その定命は変えられずとも、堕ちてしまう運命は、あの悪夢は変えてやったのだと、笑って逝こう。

─────ほら、それでも私は殺されていない。

後に残るのは、薔薇の園とナイフに残った蒼い血の痕と、今にでも消えるであろう悪魔の槍の残骸。

【アルビノ少女“山城友香” → 消滅 ………?】

296 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/27(金) 23:45:190
>>295

「あ――」

 キラキラと白い雪が舞う。
 キラキラと白い塵が舞う。
 キラキラと白い灰が舞う。

「あ?」

 白く、何処までも白く、穢れを知らぬまま白く、穢れを知った白さで、降り注ぐ。

「――舐めてんのか!、、、、、、、

 じくじくと痛む肩。
 それが現実だと教えてくれているのに。

「せっかくなにかがどーにかなっちまってたのに! 結局終わりはコレか! ふざけんな!」

 墓標はねー。
 誰の記憶にも残らねー。
 誰の記録にも残らねー。

「そんなもんで! 死ぬってのか! 死ぬのか! 塵になっちまうのか!」

 死んでもねー。
 かといって生きてもねー。

「バケモノ! バケモノのクセに! クソっ!」

 ジクジクと傷は痛むのに。
 俺はこんなにも生きてしまっているのに。

「――傑作だぜ」

297 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/27(金) 23:51:170
 重苦しい雰囲気の庭から出て適当に散策。
 相変わらずグロくてキモくてウゼー景色ばっかりが見え続ける城を散策中に、俺は運命とであった
――なんてことはねーんだが。

「おい、大将。なに寝てんの?」

 蹴りを入れてみる。
 起きず。

 これはもしや真っ白に燃え尽きちまった状態なんじゃなかろうか。
 いやさ、生きてんの? 死んでんの?

……メンドクせ。殺してみりゃ判るか。

 チャキっと音を立ててナイフを取り出す。刃渡り16センチ以上の刑罰もの。切れ味永久保障。骨ま
でサックリ切断可能ってのはとても魅力的だ。
 殺気は全開で。全力で。

「短い付き合いだったけどさーダイスキダッタゼ?」

 風きり音と共にナイフは大将目掛けて振り下ろされた。
 振り下ろした。
 

298 名前:零崎軋識(M):2007/04/28(土) 00:13:490
二つの、、、通り名を持つ男。
零崎軋識。あるいは―――式岸、軋騎。

彼が今際の際に、真っ暗な世界の中で見た夢は―――当然の如く。
彼がもっとも恋焦がれている少女、『暴君』の物だった。

その格好は、彼が最も見慣れている、いつもの格好だ。
裸に男物のコート一丁と言う、あられもない姿。
そして足元にまで広がる、蒼い蒼い、透き通るように蒼い―――美しい、髪。
少女の瞳には、相も変わらず、何の興味も浮かんでいない。
ただ、何かが、そこにある、、、、、
それだけの認識しか、していないかのような。
そんな底の全く知れない、瞳。

彼女はじっと、ただじっと、こちらを見つめ。
ただ一言、何の感情も篭めずに、こう言った。


「ぐっちゃん―――今此処で、死ぬの?」


そのたった一言が夢に出てきた。
それだけで、零崎―――否、式岸軋騎が、死の淵から生還するには、十二分。
むしろ大量の釣りが出る程の、恩恵だった。


嗚呼―――そんな、そんな表情で。
我が愛する『暴君』に、そんな台詞を賜って―――
このまま死ぬだなんていう不敬は―――

死んでも、、、、ごめんだ、、、、


「――――――滅相も、御座いません!!」

空間全てを満たす大音量と共に。
完全に零崎としてのいつものキャラ付けを忘れ。
恥も臆面もなく、絶叫して。
式岸軋騎は―――おもむろに起き上がった。

その頭上に、人識が容赦なく振り降ろしたナイフが迫っていることにも、気付かずに。

299 名前:零崎人識 ◆kILLEREa5g :2007/04/28(土) 00:25:410
>>298

 え――
 いや――
 ちょ――
 おま――!

 刺さる寸前でナイフを振り上げる。あの変態兄貴にお仕置きされちまうかんな。起こす時は死な
ない程度にしろって。
 でもまあ――遅いんだ。あんなに加速つけられちゃまにあわねーべ。常識的に考えて。

――常識的に考えて。、、、、、、、、

 皮膚を浅く刺しただけに止めた、さすが俺。超一流ナイフ遣い。まー、バットなんて欲しくねーし。

「チッ――生きてたのか、大将。かはは――死んだのかと思って殺してみようかと思ってたとこな
んだよ。もうちょっと遅けりゃ大好きな人のとこにいけたのになあ? かはは、傑作だぜ。傑作だろ?」

 うん、眼がマジだ。
 臨戦準備を整えねば。

300 名前:零崎軋識(M):2007/04/28(土) 00:52:210
>>299

そんなこんなで。

軋騎―――いや、軋識が目を覚ました時。
彼の眼前には鈍く鈍く光る、ナイフの刃が鎮座していた。
そして同時に蘇った感覚は、最初に鋭い眉間の痛みと、
暖かいナニカが鼻の上を伝い流れる感触を伝える。


「……こいつは何の冗談だっちゃか、人識」

低い声音でも、キャラ付けを辛うじて忘れなかった辺り、
軋識もまんざら間抜けではない。
いや、最初の絶叫を彼に聞かれたその時点で、間抜けも間抜け、
大間抜けの誹りを免れ得ないのかもしれないが。

ともあれ―――起き抜けに辛うじて取り戻した冷静さでもって、軋識は状況を認識する。
とりあえず、生きている。
外傷は―――たった今人識に付けられた傷以外にも、数えるのも馬鹿らしい程ある。
特に、直接強烈な熱気に晒された顔面は、常に強烈な痛みを伝えてくる。
重度の火傷を負っているだろうが―――そんな事はどうでもいい。

(結局―――まーた、、、死ななかったっちゃか、、、、、、、、、、

なんとなく、予感めいた物はあった。
今までも死ななくて死ななくて困っていた物を、こんな簡単に終わってしまえるとは―――
心のどこかでどうしても、信じていなかったから。
結局、自分が本当の死を知るのは、もう少し先のことになりそうである。

そんな独白もそこそこに、軋識は半眼のまま、かははと笑う人識に向き直る。


「おめー、笑えないっちゃよ―――本当。だからおめーと組むのは嫌だっちゃ。
家族の手で冥土に送り返されるなんざ、ぞっとしない話っちゃよ―――」

溜息混じりに、人識の冗談に突っ込む軋識。だが―――その台詞を境に、彼の声音が一段階トーンを下げる。

「ああ、それと―――」

まさか、気付かれているはずはない―――ないだろうが、相手はあの、、人識である。
軋識でさえ全く思考を読むことが出来ない異端中の異端である彼ならば―――先述の一言で。
万が一にも、気付かれている、かもしれない。
もし、そうならば―――

「おめー、先刻の俺の台詞、一切合財忘れろっちゃ」

軋識は彼の全力を持って、、、、、、、、、、、人識を殺さねばならなくなる、、、、、、、、、、、、、

例え勝てないと分かっていても、、、、、、、、、、、、、、

この天地がひっくり返ろうとも―――彼の二つの顔だけは、誰にも悟られてはならないのだ。

301 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆CO2A/1LVic :2007/04/28(土) 01:14:080
>>295
「あーあ、終わっちゃったかー。まー、でも。よくやったほーだよねー?」

机の上には水を張った盤。映し出されるのは、悪魔の城とそこで繰り広げられる血みどろの闘い。
それを眺める少女、のような外見をしているのは、極星帝国の妖怪仙人“奎 白霞”。

彼女こそ、今回の悪魔城掃討作戦の斥候として送られた人物であり、山城友香を転送した黒幕でもある。
目的は彼女を偵察の仲介役として配置し、自陣にいながらにして悪魔城の地勢を把握すること。
すでに、彼女の残骸の回収は終えた。後は自然な回復を待って、元の場所に返しておこう。
これは悪夢だと思わせておけばそれで良い。それ故に再生能力の高い彼女へ立てた白羽の矢だ。
そして、その彼女を送り込んだ前哨戦の結果を見て、作戦の指揮官として白霞は判断を下す。

「不死の軍勢を率いて正面突破の殲滅戦は骨だねー。と、なるとー。」

それならば城主の思惑通りに、御前試合に駒を差し出すのが適当か。
最良は城主の首をあげることだが、それが叶わずとも、次の布石としては充分役に立つだろう。
つまるところ、偵察の続行である。ただし、次はもっと強いこちら側の駒で。

少数精鋭、一騎当千の猛者を持って、露払いを行い、その後殲滅戦を仕掛ける。
一人きりの軍議が終わる。後は、次の白羽の矢を誰に立てるかを早急に考えるのみでは、なかった。
水盤が未だに写しているのは友香を殺した張本人、そして、もう一人の異端だった。

>>299-300

「あー。えーと、あの大馬鹿二人組は、邪魔ー。なにするか解らないしー。」

作戦の遂行において、何をしでかすか予測不可能の異端の排除は常道中の常道。
よって、大馬鹿二人の“帰りたい”と言っていた安い願いを叶えてやることにした。
喧嘩をしている隙に、空間を歪曲させて作った次元の隙間を介し、彼らが言う“元の世界”へ放逐する。

「─────これで良し。確か、世は全て事も無しだったっけー?いひひひー!」

暗い部屋に響く笑い声。悪魔城掃討作戦はまだ始まったばかりだ。

【続】

→ ttp://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1177248365/

302 名前:零崎軋識(M):2007/04/28(土) 02:15:490
零崎軋識 VS ジャニス・ルチアーニ
レス番纏め(暫定)

プロローグ
>>220>>221>>222>>223>>224――――――>>259>>260>>261>>262

殺合
>>266>>268>>270>>275>>278>>280>>281>>284>>285

エピローグ
>>297>>298>>299>>300>>301

DEAD BALL.

303 名前:妖怪仙人“奎 白霞” ◆CO2A/1LVic :2007/04/28(土) 02:34:270
─────水盤が映し出した、事の顛末。

零崎一賊導入
>>220>>221>>222>>223>>224
アルビノ少女“山城友香”導入
>>225

殺人鬼と吸血鬼の殺し合い

殺人鬼
>>227>>230>>237>>241>>246>>264>>271>>294>>296
吸血鬼
>>229>>232>>240>>244>>250>>269>>277>>295


零崎一賊エピローグ “異端者は二人”
>>297>>298>>299>>300

妖怪仙人“奎 白霞”プロローグ “黒幕は一人”
>>301

304 名前:◆BLOODlbo6s :2007/04/28(土) 02:45:010

 悪魔城御前“先行”死合 一覧覚書

■セイバー vs シグナム 『世界を喰らう王と異世界の騎士』
>>276
仕合場:黒の礼拝堂

■ランサー:ディルムッド・オディナ vs ミズー・ビアンカ
>>293
仕合場:悪魔城侵食庭園

■零崎軋識 VS ジャニス・ルチアーニ
>>302
仕合場:異端処刑場

■零崎人識 vs アルビノ少女“山城友香”
>>303
仕合場:狂乱の花園


 以上四死合、この時を以って終了せり

305 名前:◆BLOODlbo6s :2007/04/28(土) 02:46:390


――――偽典悪魔城内部、幻夢館にて。

其れ本来の力である、魂を奪い去り我が物とする「支配」の力。
呼吸をするようにその力を行使し、掌に浮かべる灯火の色は赤と青。
一方は弱弱しく明滅し、一方は動きすら忘れた虚ろな魂。
全てを奪われ尚も嘆く女と、絶望ゆえに心を壊された槍兵。
二つは互いを認識することもなく、各々が最期に味わった感情のまま固着していた。

これら哀れなる魂を生み出した元凶は、此処にいる。
夢を見る女に甘言をささやき魔貌の槍騎士に自害を命じた黒衣の男。
それは醒める様な銀髪をした、凄艶な美貌を湛えた青年であった。
今、その美貌の主が浮かべるのは亀裂のような笑み。敗者を嘲る支配者の笑みである。

「――――様」

何処かより傍らに現出した一つの影。
蒼い外套が其れに―――仕えるべき主に声をかける。
外套の陰より垣間見える髑髏は、それが人ならぬ存在であると告げている。

「……それが此度の収穫でございますか」
「ああ、流石に英霊というだけはある。
 神話に聞こえた英雄の霊、それが絶望に染まれば我が糧としては最上よ。
 まあ…未だ“城”も戻らぬ上、恐らくはサンジェルマンか、それ以外の鼠の仕業か。
 期待していた以上の魂は得られなんだが―――――何用か?」

其れは忠実なる腹心の髑髏―――――死神へと顔を向けた。
深く、悪意そのものである笑みを浮かべたまま。
常人ならば凍てつき、その果てに精神がとろけるような陰惨にして極上の相を。

「……アグニよりの報告です。
 西方より進軍する軍勢あり、数三千を越えるとの事。
 或いは、此方の復活を察知した教会の勢力と思われます」
「東方正教会――――いや、今世であればヴァチカンどもの兵団か。
 あいも変わらず神を信ずる愚か者が。……ゼファル」
「――――此処に」
「貴様に伝令の役目を与える。城外へ配したアグニ、バロール両名に伝えよ。
 『全軍待機、しかして警戒せよ』。何時でも迎撃にかかれるよう、備えろとな。
 我は今より混沌の門を開き、更なる兵どもを喚ぶ。
 この城の水際、そこが奴等を迎え撃つ戦場と心得ておけ。……ああ、死神」

文字通り時間を止め参じた『異魔人』、ゼファルが姿を掻き消して程なく。
其れの相貌は彫像のごとき冷血の相に代わり、赤い灯火がその手より離れた。

「この女の魂を捨てておけ」
「……宜しいのですか?」
「糧としては英霊と殺人鬼、それで事は足りている。
 そ奴は後で死霊の慰み物にでもしてやるがいい」

沈黙のまま頭を垂れるのは了承の証か。
既に弱弱しい灯火――――魔王と契約した浅ましい魂は彼の手を離れ、
差し出された死神の掌に絡め取られている。
その様を確認し、其れは再び深い笑みを浮かべて言った。


「――――――何より、売女には相応しい死後であろう?」






北欧の寒村に軍靴の音が轟く。
白く染まった天地に響くそれは行軍であり、十字の御旗を翳した執行者だった。

―――第十次特別編成十字軍。
マルタ騎士団以下、レコンキスタの為に編成された第九次の同遠征隊と
同規模の歩兵・空戦戦力、武装神父隊に加え、本来はフランチェスコ
枢機卿指揮下にある異端審問局機動部隊の一部―――即ち所有する
装甲飛行船4隻、動甲冑部隊、多砲塔重戦車連隊をも組み込んだ無欠なる神威の軍勢。

その神の鉄槌が打つべきはただ1人。
魔王ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュ。

行軍は続く。
血に狂う交響曲の序幕は終わり、幕間へ。

そして、来るべき本当の地獄へ。


(悪魔城先行死合 了)


to the next...........

吸血大殲特別祭事 ―――悪魔城御前死合 血狂ひ―――
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1177248365/
 

306 名前:◆n1oSGIvcA6 :2007/05/10(木) 00:31:480



 ―――こんばんは。

 お祭りは、ぶじに終わったみたいですね。
 参加されたみなさん、お疲れさまです。
 負けてしまわれた方も、勝ち残った方も、
 終わりを迎えたいま、同じ目標に向けて競い合った仲間……
 そのように考えてくださったら、ジーナは嬉しいです。

 ですが……
 祭りはあくまで、吸血大殲の非日常。
 ひとつのイベントです。
 大殲の日常はやはり、個人闘争にある。
 そう、わたしは考えています。

 ですから、みなさん。
 非日常の終焉と、日常の始まりに、
 どうか、わたしが語る吸血大殲に耳を傾けてはくれませんか?

307 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/10(木) 00:33:320


 それにしても、今晩はいい夜ですね。
 月がとっても丸くて、空を仰がずにはいられません。
 ……アセルスさまが初めて訪れてくださった日も、
 こんな澄み切った夜でした。

 あの時、血に汚れたアセルスさまを見て、
 わたしってば男性とかん違いしてしまったのですよね。
 それでつい、殿方の衣装を仕立てしまい……。
 今では懐かしい思い出です。

 あ―――そういえば、名乗るがおくれてしまいましたね。
 みなさん、わたしのこと覚えていますか?
 ファシナトゥールの仕立屋でお針子をしていた、ジーナです。
 アセルスさまの冒険譚で、
 語り部としてみなさんのお耳を借りたこともあります。
 お久しぶりですね。

308 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/10(木) 00:34:520

 ……あの物語が、世に出てから
 今年でついに十年目を迎えてしまいました。

 わたしはアセルスさまの冒険を実際に眼にしたわけではありません。
 全てが終わった後、アセルスさまからお聞かせ頂いたのです。
 それを綴ったのが、みなさんもよく知るあのお話でした。

 十年。その時の流れは、
 わたしに何を与えてくれたのでしょうか。
 今宵、わたしがみなさんの前にすがたを見せたのも、
 過ぎ去った歳月がわたしに一つの決意を与えてくれたからです。

 わたしは、まだみなさんにお話ししていない
 アセルスさまの物語を、多く知っています。
 アセルスさまがお聞かせしてくれるお話は、
 オルロワージュさまや白薔薇さまとの関係に留まらず、
 いつも刺激と波乱……そして哀しみに満ちていて、
 わたしの心に強く刻み込まれた、掛け替えのない記憶です。

309 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/10(木) 00:35:250



 ―――今から語るお話も、そんなわたしの追憶。
 これは、まだ、誰も知らないアセルスさまのお話です。

 とても不思議なお話で……
 だから、今日まで発表することもできませんでした。

 あのアセルスさまが、戸惑い、何度も言い淀みながら、
 語って聞かせてくれた不可思議な思い出話。
 どうぞ、この十年という歳月に祈りの意をこめて、
 みなさんが解き明かしてください。

310 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/10(木) 00:36:000











           ―――さあ、影時間(オーンブル)の始まりです。

311 名前:◆SNOWp.DzXw :2007/05/10(木) 00:39:370






サガ・フロンティア発売10周年記念
アセルスvsアセルス

『オンブル・ローズ』
―Une ombre de ASELLUS―





.

312 名前:◆MidianP94o :2007/05/10(木) 00:45:000

アセルスvsアセルス
 「オンブル・ローズ」―Une ombre de ASELLUS―

妖魔サイド
Prologue 1/6

 アセルスがオルロワージュを破り、妖魔の君としてファシナトゥールに君臨
してから74年目の夜。決して満たされぬ虚無の渇きを抱えるアセルスは、積年
の大敵であったムスペルニブルの妖魔の君、ヴァジュイールに牙を剥いた。
 自身が軍馬に跨り、上級妖魔3千の精兵と1万の下級妖魔、3万の魔物の傭兵
隊を率いてヴァシュイール宮殿へと出征する。この戦争に勝利すれば、ファシ
ナトゥールの脅威は全リージョンに轟くことになるだろう。

 だが、アセルスの軍馬の嘶きがムスペルニブルに谺することはなかった。
 ファシナトゥールの留守を任された上級妖魔達が反旗を翻したのだ。

 アセルスの妖魔の君としての在り方は、オルロワージュのそれとは大きく
異なっていた。先代の妖魔の君は上級妖魔個々人に自由を与え、その代価と
して忠誠を求めた。貴族達は自らの欲望の赴くままに享楽を貪れたのだ。
 だが、アセルスは違った。
 彼女はファシナトゥールに留まらず、世界の混沌を求めた。
 他のリージョンに領地を持つ上級妖魔達に税と責任を課し、妖魔の君の駒
として倦く事なき闘争への出征を義務づけた。
 現状維持を唾棄し、より多くの血を流すために犠牲を強いた。
 変革を忌み嫌う貴族達はオルロワージュの治世を懐かしみ、小娘の傲慢な
暴政に反感を募らせる。やがて結成され、皮肉とともに名付けられた反アセ
ルスの妖魔集団―――オルロイ(時計)派。刻まれた時をオルロワージュの
時代まで巻き戻すため、主のいない針の城でついに彼等は決起した。

 オルロイ派を先導するのは、アセルスが寵姫の一人―――冥帝の番人
ラフレンツェ。オルロワージュ時代には「思惟姫」の名で、八番目(huit)
の寵姫として囲われていた彼女は、2代に渡る妖魔の君から寵愛を受けた
唯一の姫君だ。
 オルロワージュの寵姫ならばアイドルとしても適材。
 オルロイ派は大儀の下、瞬く間に針の城を制圧した。
 アセルスを信奉する上級妖魔はムスペルニブル出征に出払っているため、
決起は計画通り容易に成功する。妖魔の君は帰るべき夜を失ったのだ。

 ―――が、オルロイ派の夜は一週間と続くことは無かった。

313 名前:◆MidianP94o :2007/05/10(木) 00:49:510

妖魔サイド
Prologue 2/6


 入念に練られたはずの計画は、針の城の最頂部より崩れることになる。
 城内に残るアセルス派の貴族を処刑し、寵姫どもを人質にとったオルロイ派
だったが、此度の蜂起最大の目的であった妖魔の君、最愛の寵姫―――ジーナ
姫の捕縛に失敗した。
 他の寵姫と違い、ジーナの身辺の世話は下級妖魔や人間などの奴隷身分に
任されていた。生まれついての富裕者で、アセルスの5倍も10倍も生きる上級
妖魔と違い、奴隷達はアセルスとジーナが世界の全てであった。
 無一文の身分から、ジーナ姫の慈しみによって城内の生活を許された奴隷達
に自己保身という言葉はない。針の城の――ジーナのみが立ち入ることを許され
た――主塔に立て籠もり、決死の抵抗を試みた。

 元々、ジーナのお陰で生き長らえることができた身である。
 ならば今日こそお預かりしていたこの命、お返しする時だ。

 戦闘能力で上級妖魔に劣る奴隷の抵抗はしかし、オルロイ派の兵士達を大い
に手こずらせた。歴代の妖魔の君が住居としてきただけあって、主塔の護りは
想像以上に強固。しかも、怖れを知らぬ死兵が相手となれば上級妖魔と言えど
も攻めあぐねる。
 その間にも、ジーナが遣わした急使はファシナトゥールを離れ―――。

 アセルスの唇を怒りで震わした。

 急使の足は速かった。妖魔軍がムスペルニブルに侵入する前にオルロイ派の
決起を知らせると、妖魔の君は直ちにファシナトゥールへと舞い戻る。
 妖魔軍がヴァジュイールと交戦中に援軍を装い背部を突き、挟撃を試みる
算段だったのだから、オルロイ派は大いに慌てた。
 急いで籠城戦の仕度に取りかかる。
 絶壁の壕に四方を囲まれた針の城は、要塞としてこそ真価を発揮する。
 ましてファシナトゥールの象徴的な建築物であれば、アセルスが破壊をため
らうのは必定だ。城下で下級妖魔の傭兵団を相手に時間を浪費している間に、
ジーナの立て籠もる主塔を陥落させれば勝機は必ずや訪れる。
 ヴァジュイールが軍を立て直し、ファシナトゥールまで攻め込めば今度こそ
挟撃が成功するのだから。

 だが、オルロイ派の目論見は大きく外れた。

「―――殺し尽くせ」

 アセルスの冷徹な一言に、容赦の意味など含まれていなかった。

 100機を数える投石機(カタパルト)が、間断なく魔力球を放てば堅固な城壁
と言えどもたちどころに悲鳴を上げる。奈落へと繋がる壕には工兵隊が幾十もの
架橋を試み、攻城竜が空から突撃を果たせば、背部の櫓に詰めていた重武装の
ゴートギガース隊が城内に雪崩れ込んだ。
 オルロイ派も魔法矢の雨を降らせ、焼却炉から汲み取った豪火を浴びせかける
ことで果敢に防戦をしたが、兵士の数が違えば練度も違う。
 立身のためなら命も惜しまぬ下級妖魔の決死隊が壕を乗り越え、背後からの
奇襲を成功させた。主塔に立て籠もっていた奴隷達がまさかの攻勢に出た。
 そして―――最強の誉れ高きラスタバン率いる親衛隊が城門から突入すれば、
四方八方からの攻撃に晒されるオルロイ派に勝機など欠片も無く、傭兵も妖魔
も後は駆逐を待つばかりである。

 勝敗は、決した。

314 名前:アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 00:52:580

アセルスvsアセルス
 「オンブル・ローズ」―Une ombre de ASELLUS―

妖魔サイド Prologue 3/6
>>312>>313

 逆しまに迸った月下美人の剣閃が一分の狂いもなく寵姫ラフレンツェの核を
両断した時、鏡写りのオルロイは崩壊を迎え、アセルスの怒りもまた霧散した。
 殺意とともにあった右の月下美人を引き抜き、左の手で崩れ落ちる冥府の
乙女を抱き止める。腰まで届く銀髪が滝の如く床へと流れ落ちた。

「なぜだ―――なぜなんだ、ラフレンツェ」

 ひねり出す声音は悲痛の極みにあり、その悲哀の表情からは一瞬前まで剣鬼
となりオルロイ派の悉くを斬り伏せた妖魔の威厳は窺えない。

「これがキミの語る物語の結末だったのか。これが千年の時を重ねた寵姫の
終末なのか。こんな……こんな終わり方でキミは満足なのか」

 逆徒の首謀者は、薄く微笑むことで返事に変えた。

 逆臣の寵姫ラフレンツェは、針の城の城壁が崩れ、城門が暴かれ、もはや
残すオルロイ派の領地は謁見の間のみと知るや、得意の陰術を駆使して自身も
戦列に並んだ。他の逆臣貴族はアセルスの苛烈な怒りに圧倒され、次々と投降
してゆく。気概のある上級妖魔は親衛隊の猛攻に晒され、消滅の時を迎えた。

 ―――ラフレンツェだけが最後まで抵抗した。

 オルロイ派最後の一兵となった彼女は、封印された先代オルロワージュの棺
を次々に介抱し、妹姫を使役してはアセルスに襲わせた。主人を失い、かと
言って亡き主人の寵愛から解放されることもない寵姫は生きた死体であり、
ラフレンツェの陰術は大いに冴えた。
 だが、それすらも月下美人の前では有象無象に過ぎなかった。
 妖魔最強の武人イルドゥン仕込みの剣技は、亡者と化した寵姫に留まらず
それを操る術者にも牙を剥き―――。

 勝利を告げる鐘楼(カリヨン)の音が闇夜に響く。
 アセルスはなけなしの威厳を保つため、涙を押し殺すように表情を歪めて、
死に貧した冥府の乙女を見つめた。

「私の寵愛を疑ったか、思惟の姫よ」

 確かに、ラフレンツェはオルロワージュの寵姫であった。生きることに倦んだ
あの傲慢なる男―――その喰いカスなど、いくら容姿に優れようと興味はない。
 それが先代の寵姫に対するアセルスの考えだった。
 が、ラフレンツェは違う。
 彼女だけは残飯などではなかった。
 本心から愛情を注ぐことができた。

315 名前:アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 00:56:030

妖魔サイド Prologue 4/6
>>312>>313
>>314

 そもそもラフレンツェはオルロワージュの愛情を知らぬ寵姫だった。千年に
及ぶ寵姫の生活において、寵愛を施されたのは初めの吸血行為一度のみ。
 すぐに硝子の棺に封ぜられた。
 次に目覚めた時には既にオルロワージュは滅しており、若くして妖魔の頂点
に立ったアセルスが微笑んでいたのだ。

 過ごした月日も、想いの深さも私のほうが遙かに勝る。
 そう信じて愛を注いで来たというのに。
 その結果がこれか。

「私はオルロワージュよりなお強くキミを愛した。―――否、むしろあの男
はキミを愛していなかった。なのに、なぜオルロイ派など馬鹿げた真似を!」

「―――確かに」
 今にも途切れそうなか細い声で、ラフレンツェはさえずった。
「あの方は私を愛してなどいませんでした」

「ならば、」
「……同様にアセルス様も」

「馬鹿な!」
 ラフレンツェの言葉はあまりにも無情だ。
「この私の苦痛がキミには理解できないのか。鉄の戒めをもってしても溢れる
涙が、キミには見えないのか。我が刃がキミの胸を貫いたとき―――私の総身
に迸った痛みを、なぜ理解しようとしてくれない」

 冥帝の乙女は答える。
 ああ、そうです。この時こそ私は待ち望んでいたのです。
 オルロワージュ様も同じでした。あの方の執心は離れる時にこそ燃え盛る。
 同様にアセルス様―――あなたの愛を獲得するためには、どうしても別れを
告げる必要があったのです。あなたをお慕い申すからこそ、あなたと共に過ごす
ことでただ時を重ねるよりも、綺羅と輝く一瞬の愛慕を求めたのです。

「愚かな。そんなのはあまりに酷いじゃないか。私はどうなる」
「アセルス様には、白薔薇姫がいらっしゃるじゃないですか」
「……しろ、ばら?」

 思わず聞き返す。ここでジーナの名が出るのならば分かる。彼女こそ自他
ともに認める寵愛の姫君であった。だけど、どうして白薔薇が。
 だって彼女は―――

「だって、アセルス様は……白薔薇姫を救いたいがために、私の棺を開けたの
ですもの」

 否定の言葉は呻きに紛れて、ラフレンツェの耳に届くことはなかった。

316 名前:アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 00:57:450

妖魔サイド Prologue 5/6
>>312>>313
>>314>>315

冥帝の番人<宴tレンツェ―――陰術を極めた魔女はその希有な才覚を買わ
れてオルロワージュの寵姫になったという。先代の妖魔の君が得意とした固有
結界闇の迷宮≠焜宴tレンツェの血を受けることで目覚めたのだ。
 逆を言えば、死してなおも妄念の如く虚無に残る闇の迷宮=\――それを
破る術はラフレンツェのみが知っていた。

「ラフレンツェ……キミは勘違いをしている」

 切っ掛けはそうだったかもしれない。確かに、闇の迷宮を打ち破りたいが
ためにアセルスはラフレンツェを求めた。だが、そんなよこしまな想いのみ
で今日まで寵姫として永劫を過ごすことなどできるものか。

「私はそんなに器用な女ではない」

「良いんです、アセルス様。私はいまがとても幸せです。満足を覚えているの
です。だからどうか私への気配りなどおやめください。私の意地の悪い想いが、
アセルス様を縛るなど―――考えるだけで、悲しくなります。アセルス様は、
アセルス様が愛する方を愛せば良いのです」

 ラフレンツェは穏やかに言う。

「―――だって、あなたは自由なのですから」

 その言葉だけは、聞きたくなかった。

 ラフレンツェの矮躯を抱き止めた左手は、今や彼女が流す鮮血で染まりき
っていた。その血流の熱さに反して、肢体は凍えるほどに冷え込んでいる。
 もう長くはない。―――当然だ。アセルスの月下美人は、あらゆる命を等
しく摘み取る。最愛の寵姫であろうと刃が躊躇うことはなかった。
 幸いなのは、謁見の間の絨毯は蒼紺であるがため床に咲いた鮮血の花弁が
目立たぬことか。アセルスは死に行く冥帝の乙女を強く抱き締めた。
 ―――ああ、こんなことならば無粋な戦装束など着込むのではなかった。
 冷たい甲冑越しでは、いくら強く抱いてもアセルスの無念は伝わるまい。

「アセルス様……最後のご寵愛を下さいませ」

 短く頷く。
 色褪せた乙女の首筋にアセルスはそっと唇を近付けた。 

317 名前:アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 00:59:050

妖魔サイド Prologue 6/6
>>312>>313
>>314>>315>>316



   愛しいアセルス様。
     オーンブルに。
    オーンブルに、鍵はございます。

  それがラフレンツェに言える、最後の助言。
  どうかあなたの御心が自由でありますように。
  私は最後まで―――



 ラフレンツェの声は果たして彼女の唇から発せられたものか。
 それとも彼女の血がアセルスに語りかけたのか。
 今となっては確かめる術などない。

 骸と化した妖魔は、肉体を現世に残すことを許されない。
 ラフレンツェの亡骸が虚無へと還るその時まで、
 アセルスは強く抱き止め続けた。

「オーンブル」という遺言(テストメント)が、脳裏に響く。
 あの影のリージョンに、何があると言うのか。 

318 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/10(木) 01:10:160
半妖サイド Prologue

>>312>>313>>314
>>315>>316>>317


待って、白薔薇……
白薔薇ああああぁぁっ!!





 ……いなくなって、もう、どれくらい経つ?
 いいや、違う。時間なんて無意味だ。
 この体は時を刻まない。ましてや、側にもどこにも白薔薇がいない今となっては……

 ただの人間だったはずの、私。
 普通に大人になって、仕事に就いて、たぶん……結婚とかもして。
 そうやって一生を終えるはずだった、私。


 全部、壊された。


 でも、そうして出会った白薔薇は、優しかった。
 こんな私に様付けなんて、ちょっと恥ずかしかったけど……本当に優しかった。
 まるで、そう、まるで…………お姉さん、みたいだったんだと思う。
 そういう人って周りにいなかったから、よくわからないけど。
 でもこんな私を包み込んでくれる人だったんだ。

 一緒に逃げてくれたんだ。

 ずっと一緒でいいと思ってたんだ。


 また、壊れた。


 あの人が私から引き離した。
 もう側にいない。優しい眼差しを向けてくれない。
 白薔薇がいない、白薔薇が、白……っ!

「く、あ――また渇い、て」

 頭の中が真っ赤に塗りつぶされたようになって、反射的に――本能的に?――足下の花を
むしり取り、精気を吸う。
 早回しのように枯れていく花の代わりに、発作は治まった。

 ……最近は特に酷い。白薔薇が居なくなってから、まるでたがが外れたよう。
 文字通り……壊れてしまったのかも知れない。私自身が。

「連れ回してくれてるゾズマは……また置き去りだしさ。
 こんな真っ暗な世界でも花が咲いてたから良かったものの、そうじゃなかったらどうしてくれるんだ」

 影のリージョン、陰術の支配地、オーンブル。
 何もする気になれない私を、ゾズマは勝手に連れ回し……今はこんな所にいる。
 一人っきりで。

「……なんか、やだな、ここ」

 真っ暗なのはともかく、さっきから歩き回ってるけどなぜだか既視感だらけ。
 見覚えのある人……の影、に出会ったりもするし。
 おかげで道に迷って仕方がない。

「ま、進んでくしかないんだろうけどさ。……ん、こっちかな?
 より見覚えがある方がたぶんマシだろうし。
 そうそう、この柵と庭と、玄関…………え?」

 ……なんだ、これ?
 そんな、まさか。

319 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/10(木) 01:11:130
>>318 続き


「これ……シュライクの、おばさんの、家?」

 そんなはずはない。こんな所にあるはずがない。
 居候していた叔母の家。私が帰るはずだった場所。
 ……私が「死んでいた」ために、帰れなくなった場所。
 そして……


白薔薇、どこにも行かないで。
私のことを本当に分かってくれるのは、あなたしかいないんだから……



 ――白薔薇と二人きりになった場所。
 白薔薇を守ると誓った場所。
 白薔薇が……慰めてくれた、場所。
 白薔薇が……


 嫌だ!
 こんな世界に一人っきり、そんなの嫌だ!
 白薔薇に会いたい! また白薔薇と一緒にいたい!
 返して、戻ってきて、白薔薇、白薔薇……


『アセルス様、自由に生きてください。あなたは自由です』



「自由って……こんなのが自由だって言うの白薔薇?
 自由ならどうして……どうしてもう一緒にいられないの?」

 崩れ落ちる。跪く。涙が出る。何もかもが空虚になる。

 ……死にたい。もう私には何もない。
 自由だというなら……死ねば、きっと本当に自由になれるだろう。
 出来ることならそうしたい。けれど……この体に流れる血が許してはくれない。
 例え首を掻き切ったとしても、一時の苦痛に苛まれるだけだ。

 わかっている。無意味だ。
 だけども……もう、抑えられなかった。

 ナイフを取り出す。
 首筋に当てる。
 そして……一息に、滑らせ


「――っああああああああああああああああ!!」

320 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 01:12:240

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>318>>319

 3日後、アセルスはリージョン・オーンブルに赴くことを心に決めた。
 反乱の疵痕はファシナトゥールに色濃く残っている。半壊した針の城がかつて
の荘厳を取り戻すには十年の時を要する上、財政にも大きくダメージを受けた。
 オルロイ派が完全に息絶えたとも言い難い。
 妖魔の君たるアセルスがファシナトゥールを離れて良い状況では無かった。

 ラスタバンも当然のように反対した。卑怯にもジーナの名を持ちだし、
「傷付いた彼女の心を癒すに方法は、アセルス様が寄り添う以外にありえま
せん」と言われれば、さすがの妖魔の君も胸に痛みを覚える。

 ―――が、それでも。

 ラフレンツェの最期の言葉が耳にこびり付いて離れない。
 彼女の遺言には不可思議な確信がこめられていた。
 オーンブルに鍵はある。
 それが真実だとしたら確かめずにはいられない。

「すまない、ジーナ……」

 ファシナトゥールにいたくなかった、というのもある。ジーナに労りの言葉
をかけるほど厚顔無恥になれなかった、というのもある。
 ラフレンツェの死はそれほど強くアセルスの胸で悲鳴を上げていた。

 白薔薇への未練がラフレンツェを叛意に走らせたというのなら、どうして今
の状態でジーナと対面などできよう。ジーナは聡い女だ。私の心が2人の女に
縛られていると知って、悲しまぬ道理などあろうか。会えば互いに傷付くだけ
ならば、いっそファシナトゥールから離れてしまったほうが彼女のためだ。
 この悲嘆と決別を果たした時、初めて笑顔でジーナの部屋へ赴こう。
 そのためにも私もオーンブルに出向かなければならないのだ。
 一つの決着を求めて。

「現世のあらゆるしがらみから解き放たれる」と謂われるリージョン・オーン
ブルは、IRPOに追われる犯罪者や、半端な力を有したためにコミュニティから
追放されたモンスター、世界を儚んだ世捨て人などが最後に行き着くアウト
サイダーの聖地だ。「肉体」という究極のしがらみからも解放された彼等は、
さりとて高次元へのシフトを果たすことなく、肉を求めて闇を蠢く。世界を
厭いながら世界に未練する彼等は醜悪だが、それ故に脅威だ。
 アセルスは念には念を重ねて、ジュストコールにキュロットという平時の
衣装はやめ、軽快な動作が可能な衣装を選んだ。生成のレースをあしらった
シャツに、銀糸の刺繍飾りが麗しいベストを着込み、ミスリルを織り込んだ
フロックコートを羽織る。
 ともすれば甲冑と見紛う無骨なコートと対比させるために、スラックスは
ノータックで極力タイトに。中性的なラインを護り抜いた。
 ブーツは鋼鉄製で、グリーブと呼ばれる甲冑具足だ。
 足回りだけバランスを欠くカタチになるが、オーンブルというリージョン
の危険性を考えれば仕方がなかった。グリーブは妖魔武具だ。

 左手に提げる獲物は愛刀・月下美人。二尺八寸の刃渡りは鞘に納まっていな
がらにして怜悧な圧力を放ち、忍び寄るオーンブルの闇を拒み続ける。

321 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 01:15:140
>>318>>319
>>320


「―――が、それにしたってこれは奇怪な」

 オーンブルはファシナトゥール同様に常夜のリージョンだ。街路に立ち並ぶ
水銀灯は闇を灯し、天は墨を塗り潰したかのように昏い。
 ファシナトゥールが頽廃と享楽の彩りにより、胸焼けを覚えるほど濃厚な
闇を称えるならば、オーンブルの闇は絶対的な虚無だ。芯から凍える暗黒の
冷気の前に、夜を生きるアセルスですら寒気を感じずにはいられなかった。

 だが、彼女が奇怪と訝しむのはオーンブルの闇の性質ではない。
 オーンブルに足を運ぶのは二度目なのだから、このリージョンがあらゆる
物質的存在を拒むのは承知していた。
 そうではなく、これは―――。

「街が変容しているのか……?」

 オーンブルは、百年前に目にした光景とは明らかに様相を異にしていた。
 街の全体像に変わりはない。廃墟同然だと言うのに朽ちる気配を見せず、
闇に封ぜられたまま千年の時を過ごすのだろう。
 だが、細かい変化が神経に障る。
 例えば民家の窓を覗いてみると、水脈と直結した部屋があった。アセルス
の記憶に錯乱が無ければ、これはメサルティムと出会った地下室だ。
 そう、オウミの領主の館である。

 教会の扉を開ければ、そこに広がるのはあろうことか針の城の一角。
 それも改築前―――オルロワージュ時代の寵姫の一室だ。
 クローンの電光掲示板、京のダイブツ、シンロウの森、金獅子との決闘に
臨んだ墓地―――他にも見覚えのある様々なパーツが、オーンブルの街並み
に組み込まれていた。
 なんと奇怪な現象か。まるで自分の記憶の迷宮をさまよっているかのようだ。

 そして極めつけはシュライクだった。あの日、小此木家への配達の帰り道に
狂わされた運命そのままの光景がアセルスの眼前に広がっていた。
 ひしゃげて、地面に打ち捨てられた自転車の残骸。
 アスファルトに染みついた鮮血は―――赤かった。
 アセルスが最後に流した朱色の血だ。

「……なんだ。この街は、ラフレンツェは、私に何を求めているんだ」

 更に進む。次に待ち受けていたのは庭付きの一軒家――百年前と変わらぬ
外観を保つ叔母の家だった。あまりに激しい既視感に立ち眩みを覚える。
 オーンブルというリージョンに、無理矢理記憶を覗き込まれているかのような
屈辱感―――この街は私をからかっているのか。

 だとしたら。
 庭先で棒立ちになり、首筋に刃を当てたあの少女も、
 オーンブルの悪意の表れか。

「―――やめろ!」

 理性が思考を構築するよりも早く、叫んだ。
 少女の柔肌を銀光が滑る。
 紫紺の鮮血が噴き出し、アセルスのコートを濡らした。
 構わず駆け寄り、崩れ落ちる少女の肢体を抱き止める。
 そこで妖魔の君は表情を凍らせた。

 この、女は―――
 

322 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/10(木) 01:18:310
アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>320>>321

 ――激痛だけは人の身と変わらず、けれどもやはり死という安息は与えられず。
 それどころか……やはり自傷だからだろうか。
 朦朧とはするものの、かつてのように意識も遠のかず。
 ただただ、痛みだけが駆け抜ける。

「…………けて、白薔薇、助けて……」

 弱音と共に、喪った人の名前が勝手に口から漏れる。
 死ねもせず、苦痛は残り、そしてあの温もりも感じられず、ああ、私、私は……

「白薔薇……白薔、薇…………?」

 誰か……私の顔をのぞき込んでいる?
 そういえば、いつの間にか抱かれている。抱き留められている。
 ……誰に?

 激痛が鈍痛へと変わっていくに従って、その顔がはっきりと見えてくる。
 ……やっぱり、白薔薇じゃない。別人だ。
 でも、何か見覚えがある。よく知ってるような気がする。
 けれどもこんな顔だっただろうか? 私はこんな、冷然とした雰囲気のはずが……

 私?
 ああ、そうだ。この顔は私だ。いつも鏡で見る自分の顔だ。
 ……私が私を抱いている? どういう事?
 貴女は一体……

「……誰?」


 こんな美しくも冷たい、私じゃない私の顔をした貴女は、誰?

323 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 01:20:160

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>322

 オーンブルが、物質という束縛から解放された高次のリージョンであること
は、アセルスも承知していた。影となって闇にこびり付いた疑似精霊体は、
時により多くの虚無を求めて仮初めの肉体を操る。
 ―――思い返せば、あの時もそうだったではないか。自身のシャドウと対決
を果たすことで、アセルスは陰術の素質を開花させたのだ。

 ならば、我が腕の中で弱々しく息を吐く少女は、私のシャドウなのか。

 だが、しかし。
 これは私であって私ではない。

 茂る松葉の如き深緑の頭髪に、脅えに揺れながらも屈服の二文字だけは毅然
と拒む双眸の輝き。抱き止めた肩からは、醒めかけているとはいえ―――確か
な血脈のぬくもりが感じられた。何より、首筋から迸った血色は紫紺だ。
 半妖のシャドウ―――影時間(オーンブル)は小賢しくも、在りし日のアセ
ルスを受肉させたのか。ならばこの小娘は贋作に過ぎない。ただの影人形だ。

「……私のことなどどうでもいい。それよりなぜ、自傷などをした。死ねぬ
身体であることは、お前が一番―――」

 脳裏に閃きがよぎる。
 このアセルスは贋物であり、過去の風景の投影だとすれば。
 シュライクの叔母の家、オウミの領主館、ファシナトゥールの寵姫部屋。
オーンブルに溶け込んだあらゆる異物は、アセルスの昔日の日々を描写して
いるのだとすれば。――― 一つだけ、足りぬものがある。

「白薔薇は!」

 両肩を掴み、強く揺さぶった。

「白薔薇はどこだ! 貴様が過去を忠実に具現するシャドウであるならば、
彼女もまたカタチを得たはずだ。貴様と一緒に旅をしている―――そういう
ことになっているはずだ。どこだ……白薔薇はどこにいる! 言え!」

 影人形でも構わない。偽りの贋物だって拒みはしない。
 あの純潔を咲かせる白薔薇の姿を、いまいちど眼にすることができるの
なら、私は喜んで闇を受け入れよう。
 色褪せぬこの想いに、より強き確信を与えたまえ。

 ああ、ラフレンツェ。
 これがキミの言う鍵≠セったのか―――。

324 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/10(木) 01:21:410
アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>323

 激昂しながら「私」が私を揺さぶる。
 私とは思えない言葉遣いで、激しく問いただす。けれど言っている意味がわからない。
 私がシャドウ? なんのことだ。
 私はにんげ……違う、人間でも妖魔でもない半端な存在のアセルス、だ。

 いつもなら、そう言えただろう。
 名前を言って、その問いに疑問を投げかけ、あるいは逆に問いただしてたかも知れない。
 ……「いつも」なら。
 今はそうじゃない、だからそんな気になれない。
 だって、もう、白薔薇が……

「そんなこと……私が聞きたい。
 いや……ふふ、知ってる、知ってるよ。あの人の作ったあの迷宮の中だ。
 場所は知ってる。ただ行き方も、取り戻す方法もわからないだけ……ふふ、あははは……」

 口に出してしまったおかげで、なおさら虚無感が募ってしまう。
 ……本当、あれからどのくらい経った?
 この絶望と、いつまで付き合えばいい?

 ああ……酷いことを聞くよなあ、この「私」は。
 自分のことなんだから、そういうこと、もちろん知ってるくせにさ。
 本当に……誰だよ、誰なんだよ。
 ねえ。

「いい加減離してよ……まだ痛むけど、立つことぐらいなら出来るから。
 それより答えて。貴女は誰? そっちこそ偽物、だってんじゃないんでしょ?」

 何者なのかはわからなくても、それだけはわかる、断言できる。
 だって「私」なんだもの、誰よりもよくわかる……ああ、でもそれだからこそ、わからない。
 どうして「私」が目の前に? どうして、この、「私」は……

「……妖魔だ。貴女は私のくせに、あの人みたいな妖魔にしか感じられない!
 答えて! 貴女は一体、誰!?」 

325 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 01:22:340

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>324

「迷宮の―――な、か」

 なんだ、それは。

 影人形の非難に従うまでもなく、両腕から力が抜けた。
 虚無が胸の奥に吹き荒ぶ。泣き伏したい衝動に駆られたが、上級
妖魔としての矜持が膝を屈することを許さなかった。
 代わりに自嘲の笑みがこみ上げる。
 口元を歪めてアセルスは己を嘲笑った。

 ああ、そうか。全てが合点いった。
 見苦しい捨て鉢な態度。絶望に彩られた双眸。自殺を試みる精神的な脆さ―
――私もかつて同じように儚んだではないか。死を望んだではないか。
 この影人形もまた、白薔薇を失った私なのだ。

 なんて皮肉だ。先程の興奮はなんだったのか。
 これではまるで道化ではないか。
 過去を描写する残骸がオーンブルの街並みに浸食していた。
 自身の影人形まで姿を見せた。
 だと言うのに、そこに白薔薇はいない。

「……まるで無意味だ」

 一通りの自虐を終えると、次に覚えるの苛立ちだ。
 影人形が何事かを訴えている。
 尖っているつもりらしいが、かつての自分を知るアセルスには通用しない。
 闇の迷宮から離脱した当時のアセルス―――悲哀が世界を支配していた。
 目に見える全てのものが色褪せていた。
 白薔薇がいない。それだけのことで終末を信じて疑わなかった。
 なんて脆弱なのだろうか。
 過去を見せつけられるにしても、これはあんまりだ。

「思い上がるな。私は妖魔だ。貴様とは違う」

 吐き捨てるように言った。

「消えろ。馴れ馴れしく話しかけるな。私の視界から疾く失せるんだ。白薔薇
がいない貴様になど価値はない。不愉快なだけだ」

 アセルスは胸裏で呻く。
 ラフレンツェ、これはお前の復讐なのか。
 過去を覗いてすら白薔薇に会えないだなんて。
 ならば、私はいったいどうすれば―――

326 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/10(木) 01:24:010

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>325

 興奮したと思ったら、今度は勝手に拒絶した。私の事なんて文字通りお構いなしだ。
 自分は妖魔、だってさ。ほらやっぱり、私の感じたとおりだ。
 回答ありがとう。でも嬉しくないよ。
 結局この「私」は、酷いことしか言わないんだから。

 先ほど問い詰め、興奮した自分も同じように――まるで鏡合わせのように――落胆する。
 そうだった、向こうが妖魔なら私は半妖。そして白薔薇のいない私に、価値はないとか――ああ。

「知ってるよ、そんなこと……貴女に、いや『私』に言われるまでもない」


 白薔薇だけが、輝きだった。
 どこにも帰れない私は、だからこそ白薔薇の元にだけ居たかったんだ。

 白薔薇がいたから、追っ手だって斬り伏せた。
 白薔薇のために、金獅子姫だって退けてみせた。
 でももう白薔薇はいない。なら私は?
 ……ほら、やっぱり言われたとおりだ。
 消えられるものなら、今すぐにでも消えるよ。
 でもさ。


「そう言われたって、死ねないんだから仕方ないじゃない。
 もうほっといてよ、それでいいでしょ? 大体私だって……」


 「妖魔の私」なんてものを、いつまでも見続けたくないよ。

327 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 01:24:560

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>326

「だから一緒にするなと言っている……」

 影人形に「私」呼ばわりされるのは甚だ不快だ。
 それが半妖などという半端な肉を着ているのだから、余計に勘に触る。
 何も選ばず悔いてばかりいたあの頃のアセルス―――百年の生を振り返って
も、この時期ほど忌々しい「自分」はいない。まさに価値持たぬ虚無だ。
 白薔薇がいないと分かれば、相手にしてやる必要もなかった。

 ラフレンツェの遺した鍵≠ェ気に掛かる。この影人形が肩透かしの贋物
とは言え、怪奇な現象であることに違いはない。
 影時間(オーンブル)での探索は続ける必要があった。

 元々、影人形とは知らずに抱き止めたのは自分の不手際だ。
 厄介な愚物に関わってしまった、と悔やみつつ背を向けた。

「邪魔をしたな。続きをするがいい。もう止めはしない」

 この影人形に自殺などできるはずがなかった。
 それはアセルスが一番よく知っている。
 人間を厭うなら人間を拒み、妖魔を厭うなら妖魔を拒む。
 生きるのに疲れたら死を望み、冥府の恐怖に脅えて生を求める。
 逃げ続けることしかできないのだ、この女は。

「所詮は半妖だからな」

 鼻で笑い飛ばして、アセルスは歩を進めた。

328 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/10(木) 01:25:530

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>327

 「妖魔の私」が、去っていく。半妖の私に背を向けて。

 ふふ……所詮は半妖、か。ほんとにその通りだ。
 帰る場所がないのは私が半端物だから。
 受け入れてくれた白薔薇も……それだからこそ守れなかったんだ。
 やっぱり、私なんてどこにも行けないんだね。「妖魔の私」が蔑むはずだよ。
 あはは。



「……そうだね、きっと貴女なら守れたんでしょ? 妖魔なんだから」

329 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 01:26:570

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>328

 影人形の一言は正確に肺腑を抉った。
 声にならない呻きが漏れる。
 白薔薇を守る―――確かに、いまのアセルスなら可能だった。
 あの頃とは違う。いまの自分には全てを征する力があるのだ。
 白薔薇の想いだってきっと受け止めてみせるだろう。

 だけど、隣にカラント・スィスの姫君が寄り添うことはない。
 護るも何も彼女は存在しないのだ。
 あの頃から変わらず、アセルスは白薔薇を失い続けていた。

「……一つ、愉快なことを教えてやる」

 背中を硬直させたまま、アセルスは闇を見上げた。

「これから貴様が百年生きても、隣で白薔薇が微笑むことはない」

 だからこそ疾く死ねばいいのだ。
 今を生きても待つのは繰り返される虚無ばかり。その結果、ラフレンツェ
を叛意に走らせ、自らの刃で想いを断ち切らされた。
 連鎖する悲劇―――根幹が己にあるならば、死を選ぶのが最良だ。
 呪われた我が身は、魔宮に封ぜられた白薔薇を助け出すまで滅ぶことすら
できないが、何も選ばず逃げるしかできぬ半妖ならば。
 死んだところで虚無しか残らない。

 ―――精々、絶望すればいいんだ。

330 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/10(木) 01:28:360

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>329

 ……え?
 「百年生きても白薔薇は戻らない」? 何を言ってるんだ?
 妖魔なら……あの人の力を受け継いだなら、守れるに決まってるだろうに。
 それとも、それでも守れなかった? どうして?

 背を向けたままの「私」を、じっと見つめる。
 あの気配は間違いなく妖魔だ。そう、妖魔化の運命をさっさと受け入れた私だ……と、なんとなく
そう思っていた。だからあんな言葉遣いで、威厳に満ちて、美しいのだと。
 当然、白薔薇も守ったのだろうと。……そうじゃなかったのか?

「どうして……貴女にそんなことがわかるの? 百年ってどういうこと? 貴女は一体?」

 一つ疑念がよぎれば、それだけでこんなにも冷静になれるものなのだろうか?
 いや……何か違う、これは冷静なんかじゃない。けれどだんだん頭がはっきりしてくる。
 彼女から目が離せない。
 あれは誰だ? どうしてこんなに拒絶感を覚えるんだ?
 あれは妖魔。白薔薇を守れなかった妖魔。百年……百年後の!

「待って、やっぱりもう一度だけ答えて」

 呼び止める。我知らず語気が強い。
 ……やっぱり冷静なんかじゃない。傷の痛みと相まって、まるで燃えるようだ。
 ああ、だから訊かなきゃならない!

「貴女は誰? まさか妖魔の……妖魔の君なの!? 貴女は未来の私だと、そういうことなの!?」

331 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 01:30:020

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>330

 通りに面した叔母宅の庭は、百年前から変わらずに「閑静な住宅」という
景観を護り抜いていた。丁寧に刈り込まれた芝生。鉢に植えられた花々。
「その家の価値は玄関で決まる」と信じて疑わなかった叔母は、毎週日曜日に
4時間もかけて庭を整備していた。
 おや、と軒先に並んだ鉢植えに眼を落とす。オーンブルの夜に溶け込むかの
ように、紫苑の花弁が咲き誇っていた。叔母が特に好きだったパンジーだ。

 ―――そうか、この家は「あの頃」の情景か。

 白薔薇と一緒にシュライクを訪れた時も、やはりパンジーが咲いていた。
 つくづく嫌みたらしいリージョンだ、とアセルスは苦笑する。
 こんなものを見せつけて、私に何をさせようと言うのか。

「―――影人形風情が馴れ馴れしいな」

 変わらず背中を向けたまま、アセルスは言った。

「繰り返すぞ。一緒にするな。私と貴様は違う。……いい加減、茶番には
うんざりだ。貴様はアセルスではない。影時間が生み出したシャドウだ」

 私の声で、私に詰問をする。倒錯的な違和感を覚えてアセルスは悔やんだ。
 この人形を相手にしてしまったのが失敗だった。自分の過去を模した影人形
に過ぎないと覚った時に、さっさと会話を切り上げるべきだったのだ。
 半妖の影人形があまりにも生々しく、追い詰められていたため、ついむきに
なってしまった。かつてオーンブルで相対したシャドウとは性質が違い過ぎた。
 まるで本物の自分みたいだ。

 ―――ともすれば、影は私のほうか。

 そう錯覚させられるのも、不快の一端を担っていた。
 私は私だ。常に自己それのみを信じて今日まで夜を往きた。その同一性が
揺らぐというのは茶番にしては冗談が過ぎた。
 この影人形はシャドウで無ければいけないのだ。

「私は……私はアセルスだ」

 呟きは自己を確かめるものであり、影人形へ向けて放たれたものではない。

332 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/10(木) 01:31:180

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>331

「影時間? シャドウ? 訳のわからないことを言わないで!
 いいよ、否定しないんだったら勝手に決めつけてやるから」

 そうだ。
 ここはどこか、なんで叔母の家があるのか、どうして目の前に「私」が居るのか。
 そんなことはもうどうだっていいんだ。

 目の前にいるのは私だ、それこそ、きっと……シャドウとかいうものじゃない、本物の。
 そして……未来の。妖魔の君になってしまった未来の!

 傷が熱い。
 思わず手を当てた。
 当てたら尚更熱くなった。
 だけれど手を離す気になれない。
 その熱さに突き動かされるように――口が動いた。


「私『も』アセルスだよ……あの人のせいで半妖にされてしまったアセルスだ!
 だっていうのに貴女は、妖魔の君になった『私』は……そんなに今の私を否定したいの?
 白薔薇を守れなかったから?
 無力だから?
 それであの人の力を奪って妖魔になったの? 人間だったことを忘れてまで?
 百年間何をしてたの? あの人の繰り返し?
 ……そんな風にして逃げ続けてきたの!?」


 ああ、手に取るようにわかる。きっと真実に違いない。
 だって……今、私自身が、そうなってしまいたいと感じているのだから!

 これはもう、私にとって誘惑そのものだ。気を抜けば正に「堕ちて」しまいそう。
 こんな、妖魔の君となった私、なんてものを見せられては……
 いいやダメだ、違う! なりたくない、認めたくない!
 あんな私は――――今すぐにでも消してしまいたい!

333 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 01:32:150

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
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>>332

 百年の時を重ねて何をしてきた。オルロワージュの傲慢を繰り返し、逃げ
続けてきた。―――いま、この女はそう言ったか。
 妖魔として生きる道しか残されていなかった。自分の居場所を築くには、
力が必要不可欠だった。アセルスは剣を取るしか無かったんだ。
 だのに、この女は何と言った。何一つ選べず、死を望むごとでしか自己を
表現できないような女が、妖魔の君を指して「無力」と。
 ―――そう、言ったのか。

 軒先に彩りを与えていたパンジーの花々が、見る間に枯れ果てた。芝生の
濃緑が色褪せ、叔母宅の庭から生彩が失せてゆく。
 妖魔の怒気が、あらゆる生命の残滓を摘み取った。

 影人形。そう断じて、侮っていたことは認めよう。
 現実に展開される怪奇から、確かにアセルスは眼を逸らしていた。
 全ての原因を影時間に担わせて真理を拒んでいた。
 或いはこの女は、本人が強調するようにアセルスなのかもしれない。
 確かに、本来のシャドウとは意思持たぬ陰術の結晶体だ。背後で叫ぶ半端物
のように、世を儚んでみたり、自殺を試みたりするなどありえない。
 シャドウではなく正真正銘の半妖―――そう認めるべきなのかもしれない。
 だが、だとしたら尚更捨て置けなかった。

「……お前が影人形であれば、それで済んだ話なのだ」

 静かに―――影時間(オーンブル)の寂とした闇と比しても、月下美人の
鯉口を切る音は、あまりに静かだった。
 きびすを返し、アセルスが影人形――いや、半妖と呼ぶべきか――と向き
合った時、空手だったはずの右手には抜き身の刃が。
 心から愛した寵姫すら斬って捨てた月下美人だ。無情にして無慈悲な太刀の
切れ味は、自分自身が相手でも鈍ることはない。どころか、より激しく刀光を
煌めかして―――その切っ先を、半妖の自分へと向けた。

「私と決闘しろ、アセルス。貴様の全てを否定してやる」

 自害など生温い。私自身の手で絶望を断ち切るのだ。 

334 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/10(木) 01:34:060

アセルスvsアセルス
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>>333

 冷たい表情と、そして同じくらいに冷厳たる刃を私に向ける、「私」。
 あの刀……確か、城にあった奴だ。当時の私じゃ振り回すことも出来なかった名刀。
 はは……あんなのまで使いこなせるってわけか、向こうは。

 ついさっきまでなら……自分に殺されるなんて皮肉な話、喜んで受け入れてたかも知れない。

 でも今は違う。少なくとも今すぐ死ぬ気にはなれなくなった。
 こんなものを見せつけられちゃ、とてもじゃないけど放ってはおけない。
 ――「どうにか」しなきゃ、おさまらない!

「あいにくと私は人間、だったんだよ。だからこんなに苦しむ羽目になったんだし……
 だからこそ、白薔薇が居てくれてたんだ。
 貴女ならわかるでしょ? それとも……そんなことまで忘れちゃったの?」

 傷を押さえていた手を離し――周りが色褪せていく中、手に残った紫色だけが印象を残しつつ――腰に
下げている剣にその手をかける。
 ……ただの女子高生だった私は、今や剣士となってしまった、お互いに。
 だから――これで決着を付けるしかない。

「決闘でもなんでもいいよ……私こそ、否定してやるから!」


 抜き放つ。
 この感情と共に。

335 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/10(木) 01:36:110



 ―――こうして、オーンブルで二人は出会いました。

 妖魔と半妖。
 選んだものと選べないもの。
 アセルスさまとアセルスさま。

 根源を同じにしながらも、
  お二人は決してあいいれない存在なのでしょうか。

 二人の間に緊張が走ったその時、刃は引き抜かれ、
  銀光が二つ互いを牽制し合うにように輝きました。

 ああ、死合う定めの両剣士。
 

336 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/10(木) 01:37:260


 ここでお話は一つの転機を迎えます。

 シュライクのおば宅はアセルス様の「言葉」の具現でした。
  ですが、刃をお抜きになられた以上、言葉は無力です。
 お二人はもう議論を望んではいないのでした。

 オーンブルは、アセルスさまをよりふさわしい舞台へと誘います。

 幕が落ちたかのように、二人を闇が包みました。
 突然の暗転。千里を見渡す妖魔の視力でも
  虚無しかつかめない深淵が場を支配します。
 墨を塗ったかのような黒一色です。

 ですが、それも一瞬の出来事でした。
 闇のカーテンはすぐに払われ、再び光を取り戻します。

337 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/10(木) 01:40:090


 二人のアセルスさまが立つ風景は一変しました。
 アスファルトに代わって、地面をおおうのは常夜性の妖魔植物です。
  希少種まで含めた何百という花が一帯に咲きほこっていました。
 周囲には闇をともす街灯が立ち並び、
  奥には主塔の最頂部が佇立してます。

 シュライクのおば宅は面影すら残っていません。
 共通するのは、この花畑も夜のしじまに囚われており、
  二人のアセルスさま以外に人気は無く、
 そして―――両者の思い出ふかき場所ということぐらいでしょうか。

 ここはファシナトゥール。
 針の城、最上層に位置する妖魔の君専用の庭園。
 アセルスさまの紫の血が初めて流れた花畑です。

「問答(ディスキュスィオン)」の幕は終わり、
  時計(オルロイ)の音は新たなステージ―――

 第二幕「決闘(デュエル)」の開演を告げます。

 そうです。
 みなさん、本当にお待たせしました。
 ここより吸血大殲が始まります。

338 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/10(木) 21:01:220

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>334
>>335>>336>>337

 唐突に襲った暗黒がようやく晴れた時、アセルスが立つ場所はシュライクの
忌み地ではなかった。より記憶に新しい風景が視界に飛び込む。

  こ、ここは針の城か。

 突然の変転に抜いた刃の行方すら忘れて周囲を見渡す。
 見間違うなどありえない。妖魔の君が蟄居する針の城の最上層だった。
 一面に咲き誇る常夜の花々が証拠だ。
 この庭園でしか咲かないはずの希少種が多く目に付いた。

  リージョン間の時空転移だと。
  そんな高等魔術が作用したのか。

 訝りながら辺りを探ることで、ようやくアセルスは違和感に気付いた。
 この空中庭園の風景はあり得ない、と。
 妖魔公の庭園―――先日、オルロイ派の叛乱でジーナの家臣が立て籠もった
場所ではないか。激戦区となった庭園は撃ち合う妖術で焼け野原となった。
 アセルス自身がその目で確認している。
 常夜の花々が咲き誇るなど、あり得なかった。

  ならばここも、叔母の家同様にオーンブルの一部か。

「……つくづく小賢しい真似をしてくれる」

 確かに、この空中庭園はアセルスにとって因業深き場所だ。
 セアトに背中を抉られた時の熱さは、今でも身体に刻み込まれている。
 その後に覚えた絶望もだ。
 だが影時間の奇々怪々な情景は、今まで散々繰り返されてきた。
 いつまでも気を取られてやるほど、アセルスとて暇ではない。

「確かに、半端物が眠る墓標としてこれほど相応しい場所もないな」

 呵々と嗤って月下美人を八双に構えた。
 白刃を背負った途端、妖魔の全身から呪怨めいた剣気が溢れ出す。
 殺意の対象は当然、庭園に立ち竦む半妖の自分だ。

339 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:24:500

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
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>>338

 ――変異していく風景。
 まるで、私たちの意志に呼応するかのよう。
 苦い記憶に彩られたあの場所は消え失せ……しかし。

「……城の花畑、か」

 半ば諦めたような気分で、ぽつりと呟く。

 こんな奇っ怪な現象、考えたって仕方がない。
 このリージョンの特性なのか、誰かしらの意志なのか、どっちみち翻弄されるしかないのだから。
 ……現に今だって、翻弄されている。
 練習場ならまだしも、逆に白薔薇の部屋にでも連れて行かれたら、気が狂ってしまってたかも知れない。
 けれどよりにもよってここなんだから……やっぱりこの気分は諦めに近いかな。

「セアトに刺され、赤じゃなく紫の血を流して倒れて……ああ、なんだよ、ご丁寧に血溜まりまでそこに。
 私たちの苦しみが始まった場所ってわけ、か。相応しい……のかもね、本当に」

 一度向けた切っ先を紫に染まった花々に向け……再び剣を向け直す。
 不意打ちの心配はしない。「私」はそんな奴じゃないはずだから。
 こんなにも殺意に満ちた気配を向けてくるからこそ、尚更に。
 ……始まってしまえば、この細身の剣を余所へ向けるなんて出来なくなるだろうけど。

 細身の剣――フィーンドロッド。
 魔力で強化されたその剣を、私は暫く愛用している。
 手に馴染む……いや、私の力に馴染んできているのか、切れ味はまずまずなんだけど。
 まさか、こんなことに使う日が来るなんてさ。

 ――相手は妖魔。妖魔の君。
 恐らくは、私の想像を絶する力を秘めているんだろう。
 勝てるとは思わない、思えない。
 だからこそ……口調は軽く。

「……ほら、始めようよ。いつでもどうぞ!」

 勝ち負けの世界じゃない、ただ心の底から一切合切否定したいだけなんだから。

340 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:26:490

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>>339

 解せぬ態度ではあった。眼前の「半妖」―――多くの魔物を相手にしたばかり
か、金獅子すらも一度退けてみせた、並の剣客とは一線を画す達人ではある。
 だが、妖魔の君としてファシナトゥールに君臨するアセルスと比した場合、
力量の差は明らかだ。練度、経験、魔力の絶対値、どれを取っても半妖は発展
途上に過ぎない。自分だからこそ分かる。半妖に勝機など無かった。
 それでもなお、小生意気な姿勢を改めぬと言うのか。

「……さすがは私、か」

 鼻で嗤う。これが自分で無ければ、可愛げも見出せたのだろうが。

「良いだろう。せっかくの邂逅だ。果てる前に教育してやろう」

 妖魔の可能性を。
 妖魔の力を。

 ひ、ふ、み―――と、調息に重ねられた絶妙な足捌きが、庭園の地を三度
踏み抜いた。眼下には貧弱な刃を構える半妖の姿。アセルスは僅か三歩の踏み
込みで間合いを零に帰す。傍からは転移にしか見えない加速だ。
 事実、半妖は為す術もなく立ち竦んでいた。
 矢張りその程度か半端物め―――口元に嗜虐の笑みを浮かべて、月下美人
を振り落とす。「一二三」の足運びで敵に詰め寄る、秘踏みの太刀。妖力に
頼らぬ純粋な剣技だが、振り抜けば胴体の三つや四つは余裕で抜ける。
 半妖風情を死出へと送り届けるには十分な一刀と言えた。

341 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:28:130

アセルスvsアセルス
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>>340

 果たしてどう来るか……などと、探りを入れる暇もあらばこそ。
 基本通りの間合いが、ものの三歩で詰められる。
 斬りかかられる! ――迅い!
 どうにか――受け止めて――――


 それだけで十分だ!


 フィーンドロッド、その刀身を犠牲にして行う魔力解放――――ファイナルストライク。
 元よりこの剣で勝てるとは思っていない。対するあちらの、あの刀はあまりに危険。
 故に……相打ち。
 これは私の愛用の剣だ……だからこそ、昇華させるには今を以て他にはない。
 ああ、本当に……「こんなことに使う」日が来るなんてさ!

 「――――爆ぜろ!」



 閃光。

342 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:30:180

アセルスvsアセルス
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>>341

 火花が散り、ぎちりと刃が噛み合った。
 さすがはイルドゥン仕込みの剣技だ。小枝の如き細身の刀身で月下美人の
一太刀を受けるなど、尋常の剣士ならばまず不可能だった。
 刀身をへし折って、真っ向から斬り捌かれていただろう。
 アセルスに油断もあった。片手袈裟ではなく、しかと両手で構えていれば
如何に魔術で鍛えられた刃と言えど耐えられはしまい。

 ―――刃を弾いて、技量の差を見せつけてやっても良いが。

 このまま力で争えば、競り勝つのは目に見えている。
 無様に力で押し負けて屈服するがいい―――アセルスの口角にいよいよ
狂気が浮かび、柄に人外の膂力がこめられた。
 びしり、と半妖が構えた刃に亀裂が走る。

 ―――その時。

 亀裂から光が溢れ出す。アセルスの邪眼が流動する魔力の波を霊視した。
 同時に杖の如き細剣の銘を思い起こす。かつて自分も愛用していたでは
ないか。下級妖魔が鍛えた魔術礼装―――フィーンドロッドだ。
 自身の魔力を少しずつ蓄えることが可能で、刀身を犠牲に溜め込んだ魔力
を一気に解放する、その禁技の名は。

「ファイナルストライクだと……!」

 いけないと思った時には、既にフィーンドロッドの刃は砕けていた。
 充溢した閃光が庭園を埋め尽くし、解き放たれた純魔力の奔流は竜の顎
(あぎと)の如くアセルスに食らいつく。
 半ば本能で高速無音詠唱。妖術を紡ぎだし、硝子の盾を張り巡らせた。
 更に、妖魔の籠手に憑依させたデュラハンの魔力を引き出し、クリスタ
ライザにより空気を結晶化させる。
 僅か一瞬の間に、アセルスは幾重もの障壁を貼ってみせた。
 ―――が、膨大な純魔力はその全てを事も無げに食い破る。
 鍔迫り合っていた月下美人の刀身は粉砕し、アセルスの身体もまた宙を
大きく泳いだ。スミレ科の魔精花を散らして、庭園に墜落する。

 何という思い切りだ―――苦悶に表情を歪めながら、アセルスは呻く。
 あそこまで強力に鍛えた魔術礼装を、初手から犠牲にしてみせるとは。
 戦術の常理にはない選択。なりふり構っていられない。そういうワケか。

 障壁で相殺したとは言え、アセルスが負ったダメージは甚大だった。

343 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:31:320

アセルスvsアセルス
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>>342

 刀身の発した光に、きらきらとした乱反射が幾重にも混じり出す。
 ――これは「硝子の盾」!? この一瞬の間に詠唱したというのか!?
 だとすれば……破片が!

 柄のみになってしまった剣を握ったまま、腕をかざして目元を庇う。
 目をやられたら最早ひとたまりもない。
 けれど逆に言えば……腕や体がちょっとやそっと切り裂かれても構わない、ということ。
 どうせ、すぐに、治るんだ。

 だから……降り注ぐ破片のきらめきへ、意に介さず突っ込む。
 案の定、あちこちに鋭い痛み。
 気にしない。
 その先に彼女がいる、それで十分。

 突っ切ると同時に柄を投げ捨て、ナイフを……今しがた自傷に使ったナイフを抜く。
 逆手に持ち替える。
 そのまま、抱き付くように、倒れ込むように……その胸目掛けて振り下ろす。


 先ほど「自分でそうした」ように――妖魔の私を、失くすために。

344 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:34:120

アセルスvsアセルス
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>>343

 月下美人が砕かれた。フィーンドロッドのような、なまくらとは違う。
 刀工の道ただそれのみを求めたがあまり、肉体を持ちながらにして神仙
にまで成り上がった刀匠が鍛えた稀代の一刀―――それが月下美人なのだ。

 魔術加工は一切施されていないというのに、無垢なる情熱が霊体すらも切り
捨てる刃を鍛え上げた。ファシナトゥールに留まらず、全リージョンにおいて
も月下美人と肩を並べる名刀はあるまい。そうまで言われた妖魔の至宝が。
 砕かれた。
 こんな、妖魔としても剣客としても半端な小娘に。
 妖魔公アセルスの愛刀として名高い月下美人が。
 無惨にも打ち砕かれた。

 自身の負傷よりも、その事実がアセルスには許せなかった。

「そ、んな……」

 ファシナトゥールの空は昏い。
 深淵の闇ではなく、暗雲に阻まれたかのような澱んだ闇が空を支配していた。
 そこに流星の如き光芒が走る。
 花畑に倒れたアセルスに、短刀が振り落とされたのだ。

 ずぶ、と刃が肉に埋まる。蒼血がアセルスの頬を染めた。
 咄嗟に掲げた右手の掌が、半妖の突き出したボーイナイフを受け止めていた。
 五指を閉じ、掌を貫かれたまま刃を握り締める。
 血が溢れ出ようと、構わず握り締める。
 花畑に折り重なるように倒れ合う二人―――
 幻想的な光景とは裏腹に、アセルスの双眸は怒りに燃えていた。

「穢してやる」

 妖魔公たるアセルスを拒む、過去の自分が許せなかった。
 賢しくも、矮小な力で賢明に抗う過去の自分が許せなかった。
 彼女にそんな資格はない。彼女にそんな自由はない。
 今の自分は絶対的な在るべき姿なのだ。他に道などない。

「……穢してやるぞ、アセルス」

 欄と輝く瞳は焦熱の炎だ。ファシナトゥールの焼却炉を彷彿とさせる
イグニス(焔)が、アセルスの裡で燃え盛っていた。

 もはや殺すだけでは飽き足らない。
 彼女に知らしめてやらねば。
 半妖という己が、如何に醜いかを。

 だから、穢してやる。

345 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:35:030

アセルスvsアセルス
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>>344

 ……ダメだったか。

 受け止められた。素手で刃を握り込まれて。
 私の紫の血と、彼女の蒼い血が混ざって切っ先から流れ落ちていく。
 それは紛れもない……そして文字通りの手傷の証。
 ああ、ちくしょう……この程度なのか。
 剣まで犠牲にしたのに、この程度なのか!

 彼女の……「私」の柔らかな体の上で、掴まれたナイフを振り抜こうともがく。
 けれども、びくともしない。力の差は歴然?
 ああ、そんなのどうだっていい。こんな顔は、こんな顔は……


<穢してやる>


 不意に、「私」の声が聞こえた。もがくのも一瞬忘れて、その顔をのぞき込む。

 ――悪意があった、敵意があった、殺意があった。
 そして紛れもない「力」がそこにあった。
 人間、いや並の妖魔をも凌駕する力が。
 何もかもを支配してきた妖魔の姿が。
 そして今まさに、私をも侵さんと昏く燃える……


 …………「私」の、顔が。



「――ぁああああああああっ!」

 髪が、全身がざわつく。
 言葉にならない、ただの叫びが勝手に上がる。
 突き動かされるように腕を振り上げる。
 蒼く染まったナイフが抜ける。
 抜けたそれを――忌まわしいその顔目掛けて――――

346 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:36:370

アセルスvsアセルス
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>>345

 ボーイナイフの刃を、今まさに握り砕かんとしたその時―――半妖の口から
漏れた獣の如き咆吼。先までとは比較にならない力がナイフに篭められ、一息
で引き抜ける。―――自らの血で刃が滑るとは。胸裏でアセルスは舌を打つも。

 顔面に走った灼熱が、一切の思考を奪った。

「がああああ!」

 頭蓋に打ち込まれたボーイナイフ―――溢れ出す血流の熱さを、氷柱の如き
刃が凍て付かせる。激痛に暴れ狂う妖魔公は、背筋の膂力だけで馬乗りの半妖
を弾き飛ばした。左眼を押さえつつ、魔精花を踏みしめて立ち上がる。
 指の隙間から蒼血が止めどなく滴り庭園を染めた。

 咄嗟に治癒の心術を結ぶが、激痛と怒りで集中できず、魔力が体系づけて
構築できない。不発のせいで行き場を失った純魔力が、アセルスを中心に吹き
荒れた。庭園の花が散り、一万の葩が夜に舞い上がる。

 この女は。
 この女は、
 妖魔の美貌を。
 私の顔を。
 自分自身の顔を。

「きさまぁぁああああ!」

 疾走しながらグリーブ――妖魔鋼製のブーツ――に憑依させた、雷犬ガルム
の怒鎚を全解放。軍神トールを喰らい、神鳴りの力を得たと謂われる神殺しの
狂犬が神雷を帯びて脚部に具象する。疾駆するアセルス―――脚部からの放電
により、灰と化した花々が足跡として庭園に刻まれる。
 蹴り出される爪先は、穿つ空気すらも焦げ付かせ、半妖へと殺到した。
 これぞ妖魔の君が放つ神雷の稲妻キックだ。

347 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:37:450

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
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>>346

 その反動は凄まじかった。
 跳ね飛ばされ、知らずナイフを取り落とし、無様に落下。
 痛みと血の臭い、そして花の匂いにむせ返りそうになる。
 けれども……そんな「物理的な」反動などよりも。

 ――紛れもない自分自身の顔に、目に、刃が突き刺さる。
 その光景が、まるで幻覚のように焼き付いて離れない。
 思わず口元を押さえ……私、私は何を……


 怒号が耳をつんざいた。
 我に返る。
 そうだ、何をも何も殺し合いに他ならない。ぼうっとしている場合じゃない。
 立ち上がらなければ。立ち上がって避けるなりなんなり……

 ――私の顔に傷を付けた。美貌を穢した。
 ああ、なんで……なんで焼き付いて離れてくれない……!


 血と花の香りに焦げ臭さが混じった。
 そう気づいたときにはもう遅く。
 立ち上がりかけた私の体を、雷光をまとった衝撃が突き抜けた。

348 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:38:410

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>347

 蹴り上げた半妖の矮躯―――軽い。
 体重が、ではない。魂に重みがまるで感じられなかった。
 彼女はあらゆる意味で軽薄で、半端で、卑小だった。
 そのまま蹴り飛ばせば、柵を突き抜けて奈落へと落ちてゆくのだろうが、
そんな終幕を許容するアセルスではない。
 振り上げたグリーブを今度は鎌の如く蹴り下ろす。
 雷光を纏った踵が半妖の水月深くに突き刺さった。
 庭園に叩き落とす。胸に靴底を押し付け、背中を土に縫い付けた。
 見下す妖魔と見上げる半妖。
 奇しくも先とは逆転するカタチだ。

「―――やってくれたな、半妖風情が」

 半妖の胴体に足をかけたまま苦悶の表情を覗き込む。
 潰れた左眼から溢れる鮮血は、顔の左半分を染めるに留まらず、滴り落ちて
もう一人の自分をも蒼に汚した。半妖の白肌に染み込む妖魔の血滴。肌を通し
て少女を犯しているかのような錯覚を覚え、アセルスは喜悦の笑みを作った。

「これが現実だ」

 徐々に体重をかける。
 楔の如く打ち込まれた右足は、幾ら身体を捩ろうと微動だにしない。

「貴様という半端物は、拒むことはできても、抗うことはできないのだ。弁が
立つばかりで、なにも為すことなどできないのだ。運命の奔流に流され、自分
の意思など一つも示すことはできないのだ。―――なぜだか分かるか。どう
して斯くまでも貴様は無力なのか、分かるか」

 全てに脅え、全てを疎んじて。
 半妖の起源に力はなかった。

「―――それは半妖だからだよ。貴様が半妖だから斯くも無様なのだ。アセ
ルスが弱いのではない。半妖である貴様が脆弱なのだ」

 その理屈を拒めると言うのなら、抗ってみるがいい。
 肺腑に食い込んだグリーブから、抜け出してみるがいい。
 無理だろう。無理に決まっている。これが妖魔と半妖の差だ。
 人としても、妖魔としても生きる勇気がない。
 そんな半端物に、妖魔の君たる自分を否定する資格はなかった。

349 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:39:300

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>348

 ……動けない。
 痛みは勿論、全身を痺れが支配していて腕さえまともに動かない。
 ましてや、胸元を踏み抜かんばかりのこの脚なんて、とても振り払えそうもない。
 彼女の言うことは、だから歴然とした事実。
 じゃあ私は死んでしまう? 半端なままで、自分に殺されて終わってしまう?
 あはは、なんていう皮肉なんだろ。

 ……さっきまで死にたがってたくせに、今はこのまま終わりたくなんてないもんだから!

 ああ、でも痛いもんは痛いや。呻き声を我慢しきれない。
 せめて顔でも睨み付けてやるんだけど、霞んでよく見えないし。
 傷ついて、けれど悦びに満ちた、あの顔を……

 顔を。
 私は、傷を付けた。あの美貌を。
 自分のナイフで。

 ……ああ。


「あ……の、ナイフ、さ」

 まるで場違いな声音で、話しかける。

「戦いの練習、の、時から……使ってる奴、なんだよね。
 イル、ドゥンが……あんな、ナイ、フ、一本だけで、戦えって、言ってさ。
 それこそ、何度も、死に……かけた、気がするよ…………覚えてる?」

 聞いてるかな、聞いてないかな。
 いや……聞いてるはず。なんたって「私のこと」なんだから。

「それで、も、どうにか様に、なってきて、さ……気が、ついたら、いっぱしの剣士。
 自分でも、ここまで、出来るん、だね……思えば、さ。
 はは……だから、ほら、今だって……」

 また、全身がざわつく。
 ――周囲の花が、枯れていくのが、わかる。
 力が――それでも私には、力が。


「…………その綺麗な顔を、傷つけることは出来たよ!」

350 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:40:340

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>349

 あのボーイナイフ―――そうか、そうだったのか。
 どうりで見覚えがあると思った。
 あれはアセルスが初めて手にした武器と呼べる武器だった。
 今でこそ殺傷道具と見なすにはお粗末な玩具だが、当時は無機質な刃の輝き
に畏怖すら覚えた。―――私は、あのナイフをどうしてしまったのだろうか。
 確かに、闇の迷宮から抜け出した頃は肌身離さず持ち歩いていた。
 オルロワージュと相対した時も懐に忍ばせていた。
 その後―――ああ、そうだ。アセルスは記憶を呼び覚ます。
 イルドゥンが針の城を去ったあの夜だ。
 過去の未練を断ち切るため、焼却炉に投げ捨てたんだ。

「そうか、よく言った」

 ずん、と胸部を踏み抜いて肋骨を砕く。
 この程度の負傷、数秒とかからず治癒するだろう。
 が、呼吸は困難になる。
 絶息に苦しむ半妖を睥睨してアセルスは無言で嗤った。

 胸から靴底を離して半妖を解放する。
 もちろん自由を与えるためではない。
 より深い絶望を教えてやるためだ。

「―――私を見ろ、アセルス」

 アセルスの右眼が先までとは異質な輝きを見せた。
 瞳の奥で幾重もの光が重なり合い、うねり、曼荼羅を描く。
 上級妖魔がもっとも得意とする魅了の魔眼だ。アセルスほどの魔眼の持ち主
なら、心を奪うどころか精神をかき消すことすら可能だった。
 左眼が潰れているため、効力は半減しているが―――
 自由を奪う程度なら、わけもない。
 自分自身に精神を犯される屈辱、とくと味わえ。

「『幻魔』―――と言う銘を、貴様は知っているな」

 腰を屈め、半妖の薄い胸に指を這わせる。
 指先に魔力が集中していくのが分かった。

351 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:42:100

>>349>>350

「既にファシナトゥールから脱している貴様なら、かの妖刀を扱ったことも
あるだろう。己の生命力を刃に変える、心象の結晶体だ」

 月下美人と並んで妖魔公アセルスの愛刀だ。月下美人が純物質の高潔な刃で
あるのに対して、幻魔は自身の生命力のみで鍛えられた虚無なる刃だった。

「元々、生命という非実体を刃に変えているのだから、出し入れに便利でな。
具現の手順を理解すれば、いつでも虚空から引き抜ける。重宝しているよ。
私がオルロワージュを斬り伏せた時も、やはり左手には幻魔があった」

 右手は当然、月下美人だ。

「―――そこで、だ。私はふと思い付く」

 半妖の胸の丘で、人差し指と中指を交互に踊らせる。

「生命を刃に変えるというシステムは複雑極まりない。自分を知り尽くす
必要があるのだからな。当然、他人の生命力を刃に変えるなど不可能だ。
自己という神秘すら暴けぬ我々に、他人の心象を理解する術などない」

 幻魔とは言わば心の剣。他人が引き抜けるものではなかった。

「だがアセルスよ。貴様ならばどうだろう」

 妖魔公の表情にいよいよ凶相が走った。

「私は貴様の在り方を、貴様以上に深く知っている。幻魔を抜刀するのに、
一番苦労した時期だからな。あの頃の感触は今でも指先に残っているよ」

 半妖の胸を蛇の如く張っていたアセルスの指が―――止まった。
 途端、指先に集中した魔力が肌を経て半妖の裡へと浸食する。
 半妖の胸部から神々しいまでの光が溢れた。

「どうせ、貴様では自由にできぬ出来損ないの心だ。私が使ってやる」

 嬲るように妖艶に。見せつけるかのように緩やかに。
 アセルスの指先が、半妖の胸へと埋まっていく。

352 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:43:070

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>350>>351

 「……げ、ん、ま?」

 言葉の意味は理解できている……はずなのに、頭の中で形を為さない。
 何を言っているのか、わかるようでわからない。
 体も……動かない、いや動かそうという気にならない。
 ……魅了されている、のか?
 まさか、そんな、私には効かないはず、なのに、違う、違う、でも、とても綺麗で、ああ、
そのゆびさきが、わたしのむなもとを、


 ――――触るなっ!


 急速に意識が戻る……いや、戻っていない?
 相変わらず体は弛緩しきっている。目も離せない。
 でも……ダメだ、触るな! やめろ!

「あ……は、ぁ……っ」

 苦しみからか、怒りからか、それとも……まさか恍惚からか。
 その漏れ出た声に呼応するかのように、胸元から光が溢れ……「私」の手がその中に。

 やめろ。
 触るな。
 触るな。
 触れるな。
 奪うな。
 私の。
 私の心だ。
 私のものだ……白薔薇のものだ!
 持って、持って行くな――――――――っ!

353 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:46:260

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>352

 それは精神の陵辱行為。唯一にして不可侵であるはずの「自分」という殻を、
容赦なく暴き立てる鬼畜の如き所業だった。幾ら、同一存在とはいえ、物質的
には他者である「自分」に、秘めたる内面を土足で踏み込まれたのだ。
 屈辱は計り知れぬものがあろう。同じ「自分」として同情を禁じ得ない。
 惨めで、哀れで、滑稽で―――愉悦が止まらなかった。

 文字通り「手探り」しながら半妖の内面深くへと潜り込む。指先を媒体に
して広がる光景は、紛うことなく「自分」がかつて培ったものだ。
 まだどこかで信じたくない部分があったが、こうまで揺るがぬ証拠を見せ
つけられてしまったのだ。認めるしかない。
 ―――この半妖アセルスはやはり過去の「自分」だ、と。

 そして同時に他人でもあった。上級妖魔特有の第六の知覚を動員して暴く
半妖の内面は、全てアセルスに覚えのある風景だ。
 自分が百年前に抱いた絶望が、未練が、執着が、そこには蠢いていた。
 だが同時に違和感も覚える。この決定的なまでの居心地の悪さ。
 アセルスは自分が拒まれていることを理解した。
 半妖の裡には、まだ妖魔たる自分を受け入れる土壌が整っていないのか、
それとも根源の属性を異にしているのか。半妖は妖魔の侵入を魂の領域で拒絶
し、自らの神秘を死守するため奥へ奥へと逃れていた。
 抗う力など無く、ただ脅えて逃げまどうしかない無力な少女の如く。

 嗚呼、とアセルスは納得した。これは自分であって自分ではないのだ。
 熔け合う心象風景に馴染みはあれど、決して共感を覚えることはない。
 時の流れとは万人に、斯くまでも決定的な変化を与えるものなのか。
 それともアセルスという己だけが、未来と過去で弾け合うのか。
 分かたれた過去にどこか哀愁を感じつつ―――
 それ以上に、逃げまどう自分に、凶暴な嗜虐心を掻き立てられた。

 容赦なく追いかけ、掴み取り、蹂躙する。
 同意など必要なかった。同一の自分が許可を下しているのだ。
 強引に、心の刃を抜きにかかる。
 圧縮する精神が、魂の輝きを迸らせた。

 ―――その時、アセルスはついに見た。

 妖魔と半妖。未来と過去。選んだ者と選べぬ者。決して相容れぬと思われた
二人が、唯一共有するフィナモルス(至純の愛)を。

「白薔薇……」

354 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:49:170

>>352>>353

 ―――白薔薇。

 半妖の裡、その最深層で彼女が微笑んでいた。
 苦楽をともにし、時に慰め合い、時に励まし合って、時間を共有していた。
 あの頃の白薔薇が、あの頃と変わらぬまま裡へと流れ込んできた。
 瞳から自然と涙が溢れた。
 幻想だとは分かっている。過去の記憶に過ぎぬと理解している。
 それでも悦びを覚えずにはいられなかった。半妖の中で生きる白薔薇姫は、
あまりに鮮明で、初々しく、現実味を帯びてそこに立っていたから。

 考えれば当然だった。
 半妖のアセルスは、数日前まで白薔薇と一緒に逃避行を続けていたのだ。
 百時間前、彼女は白薔薇と一緒に不安を抱きつつも、互いの信愛に幸福を
感じあっていたのだ。百年前に彼女を失った妖魔のアセルスとは違った。

 妖魔公の中で、白薔薇という至宝が色褪せたわけではない。否、百年の時が
より強くアセルスの裡に存在を刻みつけていた。だが、偶像化され、思い出の
具象に昇華した白薔薇姫は、絵画に描かれた貴婦人の如く実体を伴わない。
 百年の時がアセルスと白薔薇姫を遠ざけていた。

 今や感動は駆逐された。妖魔公の内面から、灼熱の蛇がとぐろを巻く。
 沸々と湧き上がるどす黒い情念は、半妖という自分への妬み。
 決して取り戻せない不可逆の時間―――白薔薇姫と離別したあの瞬間に、
より近い半妖が、アセルスは憎くてしかたがなかった。
 一人で儚んでいる時期よりも、白薔薇姫と過ごした日々のほうが長い半妖
が、アセルスは妬ましくてしかたがなかった。

 白薔薇を愛していいのは私だけだ。

 で、あるならば。
 この白薔薇の鮮明な姿も。
 半妖の最秘奥に秘められた、
 彼女との思い出も。

「―――私のものだ!」

 ぱりん、と空間が砕けた。
 如何なる魔性の術理が作用したのか。
 半妖の胸部から剣の柄が生えた。
 半妖アセルスの生命力の結晶―――妖刀、幻魔だ。
 英雄シグムンドが、世界樹から魔剣グラムを引き抜いたように。
 少年アーサーが、カリバーンを石柱の台座から引き抜いたようように。
 光の奔流の中、半妖の胸から幻魔を抜き取り、天高く掲げた。
 強い黒味を帯びた深紅の刀身が、オーンブルの闇を薙ぎ払う。

「は……」

 自然と嗤いが零れる。

「これは私の剣だ。今日より、私がこの剣の鞘となるんだ」

 だから昔の鞘は不要だった。
 真の意味で価値を無くした半妖に、アセルスは侮蔑の視線を投げ捨てる。

355 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:50:260

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>353>>354

 何が……いや、何をされたんだ?
 私の胸から、剣が――幻魔が、引き抜かれ、て?

 違う。
 それだけじゃない。
 何か、とてつもない虚脱感が……文字通り、胸にぽっかりと穴が空いたような。
 何をされた? 何を剣にして奪われた?
 魅了されながらも最後まで抵抗したんだ、私は何を奪われまいと……

「……あれ、白、薔薇?」

 気づいた。恐ろしく残酷なことに。
 そんな……嫌だ、嘘だ、そんなはずが!

「白薔薇、白薔薇――――思い出せない、なにもわからない!」

 口元を押さえ、喘ぐように……事実を口にする。

 ああ、そうだ――思い出を奪われたんだ。
 白薔薇、どんな顔だった? どんな風に日々を過ごして、私に寄り添ってくれていた?
 どんな風に、私を支えてくれていた?
 ダメだ、わからない、奪われた……奪われたんだ! あいつに、あの「私」に!
 こんなの……嫌だ、あってたまるか!


「…………返して」

 のろのろと、起き上がる。

「返して、返してよ……返せ」

 転がっていたナイフを拾い上げ、構える。

「返せ、返せ…………私の白薔薇を返せ!」

 そのまま、怒りと渇望の命ずるままに――――ナイフを突き入れた。

356 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:51:290

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>355

「私≠フ白薔薇、と―――そう言ったか、貴様!」

 半妖の怒りに釣られたのか、アセルスの隻眼に激情が灯った。
 圧倒的優位に立ちながら、未だに胸の内で焦げ付く嫉妬の情念が、アセルス
に愉悦と怒気という、相反する二つの感情を抱かせる。

 これは本来私が持つべき心だ。言葉ではなく力でその事実を教え込むため、
アセルスは幻魔を横薙ぎに払った。突き込まれたナイフが呆気なく弾ける。
 半妖の刃―――幻魔は、月下美人のような流麗な波紋を描く刀でなく、
より直線的なエッジをもったサーベルに似た形状をしていた。
 そのため同じ刀剣と言えど扱いが異なるが、剣技を極めた妖魔公にとって
それは些末な問題である。プレゼントされた玩具を早速試すかのように、嬉々
とした表情で幻魔を構えた。―――赤い刀身が、不気味に輝く。

 いつ見ても醜い刃だ。
 が、半妖の心象の具現と考えると、小気味よい。

「死を望んだ癖に。逃げようとした癖に」

 何が、何が「私の白薔薇」だ。死に行くものに白薔薇は必要ない。
 私は決めたぞ。戦ってみせると。全てを勝ち取ってみせると。
 永劫に繰り返される惨劇。それを受け入れた者にこそ、この刃……この思い
出は相応しい。ただ絶望するだけであれば、忘れたほうが幸せなのだ。

「貴様が白薔薇を語るなぁ!」

 切っ先が跳ねた。光芒が一条、夜に軌跡を残す。
 音すらも斬り裂き、幻魔が振り落とされた。
 闇をも断ち切る片手袈裟。―――月下美人の力強さこそ無いものの、鋭さ
には眼を見張るものがあった。まるで在るべき場所に帰るかのように、幻魔の
禍々しい刃が、半妖の胸へと吸い込まれてゆく。

357 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:52:180

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>356

 五月蠅い――五月蠅い五月蠅い黙れ黙れ!
 死を望んだ逃げようとした、だから何だ!
 私の大切なものを奪ったんだ、私の白薔薇を!
 一度でもたくさんなのに、今再び奪われたんだ! ……二度も! 白薔薇を!
 返せ返せ返せ返せ返――

  ――――目の前の自分が、笑った。

 激痛。……斬られた。私の心で、「私」に、私を。
 なぜだ、どうして傷つけられなきゃならない。
 あれは私なのに。あの美貌は私なのに。この剣は私のものなのに。

  ――――鮮血が吹き出す。紫に染まる。

 このナイフは私の証。これで取り戻さなければならない。
 蒼に染まったこの刃で、全て切り開かなければいけない。
 何度払われようが、何度受け止められようが、この刃だけは失くせない。

  ――――美貌が血に染まる。力に満ちあふれた自分でない自分の姿が、そこに。

 ああ、そうだ。
 この心も、刃も、力も、美貌も、恐怖も、誇りも……

  ――――刃を返さんとするその腕を、掴み、引き寄せる。
  ――――抱き寄せるように。
  ――――そしてそのまま、傷も、痛みも、意に介さず、ただ命脈の証たる首筋へ……牙を。



 全て――私のものだ!



 ……口中に広がる蒼き命の流れに陶然となりながら、我が刃を彼女の胸元へ、「心」へと突き入れる。
 その何もかもを奪い、取り戻すために。

358 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:53:490

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>357

 手応えはあった。赤と青が溶け合う紫紺の鮮血―――
 幻魔は自身の肉を、思うがままに貪り喰らう。
 心臓を避けたのは消滅させる気は無いからだ。
 半妖が死ねば幻魔も消える。
 ならば、いま少しの間、白薔薇との思い出に耽っていたかった。

 ―――そんな余裕が、アセルスに油断を生んだのかもしれない。

  止まらんだと!

 真っ向から斬り捨てられたにも関わらず、半妖は立ち止まるどころか加速
を強めた。馬鹿な、とアセルスは瞠目する。無視できる傷ではないはずだ。
 慌てて刃を返す。振り上げる必要はない。跳ねた刃がそのまま、新たな太刀
筋を呼ぶ燕返し―――しかし、飛燕が飛ぶことはなかった。
 腕を捕まれたのだ。剣筋を見切られた―――背中に冷たい何かが走る。
 半妖の踏み込み。尋常ならざる力が働いていた。
 明らかに先までの彼女とは違う。
 窮地に立ったことで、妖魔の力を覚醒させたとでも言うのか。

 だが、奇跡もこれで打ち止めだ。動きを封じたつもりだろうが、半妖の短刀
とアセルスの掌―――間合いが肉薄している分だけ後者が疾い。引き寄せられる
力に身を委ねつつ、羅刹の掌を撃ち出すため、体内の魔術経路を充溢させた。

 戦慄はそこで迸った。

「貴様、まさか―――」

 身を重ね合わせる半妖の奇怪な行動に、アセルスの疑念が警鐘を打ち鳴らす。
 ―――が、疑念が確信へと変じた時、既に彼女の首筋深くに、妖魔の白牙が
埋まっていた。白薔薇を取り戻すためなら、自分に吸血すらしてみせるとは。
 完全に虚を吐かれた。掌に集中した羅刹の印が霧散する。

 この女、私の血を受けるという意味が分かっているのか。―――自身の血が
吸われていくことよりも、その行為に茫然となった。
 だから、突き込まれる刃に抗うこともできず。

「が……」

 アセルスの喀血が、半妖の肩を汚した。

359 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:56:050

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>358

 ごくり、ごくり――極上の酒もかくや、というほどに甘き芳醇な鮮血が、ゆっくりと舌を喉を
流れ落ちていく。それは直に妖力と化し、全身に行き渡っていく。
 髪がざわざわと音を立てる。襟足が伸びていく。目元にかかる緑の髪が蒼いそれへと
変貌していく。
 先ほど斬られたその傷も、すぐさま塞がっていく。
 ……喉を通る妖魔の血が、私を急速に変えていく。

 ああ……紛れもない、私は妖魔。妖魔の君の血を受けたもの。
 けれども、そう、違う。決してこの、100年を生きた少女と同一ではない。


 唇を離す。牙をその柔肌から引き抜く。はぁ、と吐息が漏れた。
 ふと見てみれば……ああ、なんだ、血を吐いてるじゃないか。
 ふふ……ならば、ついでだ。

 改めて顔を合わせる。しかし敢えて目は見ない。特に今は興味もない。
 その代わりに……血糊の残ったその口に、改めて「口づけ」をして。
 そう、その血と美貌のみならず、唇さえも奪ってみせて。

「私の白薔薇……返してもらうよ」

 重ね合わせた身を離し、胸元のナイフを引き抜いた。
 ――否、私にはもうわかっていた。この手に握られたそれは、最早ナイフなどではない。
 私は彼女の心から、ただ「それ」だけを奪い、取り戻したのだから。


 ――それは剣だった。
 形こそ、眼前の彼女と同じく「幻魔」のそれ。刀身に妖力を帯びた、直線的なフォルム。
 しかし、ある一点で決定的に違っている。

「白薔薇。私の、白薔薇」

 ……それは純白の刃を持っていた。本来のくすんだ禍々しき赤色ではなく、純潔を思わせる
真っ白な刀身。……白薔薇の、色。私の想い。
 私はそれを、さながら誓いを捧げる騎士の如く掲げ――彼女へと向けた。


「ふふ……なんだ、意外って顔してるね? まあ実際、さっきまで私自身わかってなかったけど。
 でもこうなってみて、ようやくわかった。なぜ貴女に惹かれながらも、拒絶していたのか」

 実際、ごく自然なまでに魅了されてしまうほどだったのだ。だというのに、彼女の侵入は
絶対的なまでに拒絶した。それだけはあってはならないと、そう感じていた。
 そして抵抗空しく「私の白薔薇」は奪われ……それが最後の、引き金となった。

「貴女に惹かれたのは「私の」美貌と誇りを持っていたから。それだけだよ。
 だから当然、奪われるのには抵抗した。
 ……私たちは同じ力を持つ者同士なんだ。ならば、わかるだろ?」

 くすり、と笑う。彼女に似て非なる笑み。


「私にとって奪われるべきは私じゃない、貴女だからだよ、アセルス、、、、

360 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 01:56:370
>>358>>359 続き


 初めて、私は彼女の名を呼んだ。「私」ではなく、ただ同じ名と運命を生きた存在として。
 私が、全てを奪うべき相手として。

「貴女が私の白薔薇を奪うからいけないんだよ、アセルス。
 ああ、でもお礼は言っとこうかな? おかげでようやく、悟ることが出来たんだから」

 半人半妖。どこにも行けない。白薔薇も失くした。死すら望んだ。
 今となっては馬鹿馬鹿しい。悩むよりもやるべき事があったのだから。

「私は白薔薇を取り戻すよ。きっと助け出してみせる。
 そして……それだけでいい。白薔薇がいればいいんだ。
 余計なものなんて要らない。何もかもなんて必要ない。あはは、まるで人間みたい、かな?」

 彼女に向けた「私の白薔薇」――純白の幻魔を、一度下げ。

「で――貴女は100年間、何をしてきたんだっけ? あの人の真似事?
 そういえば私を『穢してやる』とも言ってたよね。
 矮小なことだ。私のほうはただ貴女を奪いたいだけなのに」

 きっとそれこそ、あの人のように何もかもを自分のものにしてきたのだろう。妖魔の君として。
 それ故に――私は彼女を嫌ったのだ。何よりもありうべからざる姿なのだから。
 オルロワージュの真似事など、ただ自己を満たすための手段に過ぎない。
 もっとも、さっきまでの私なら同時に蠱惑的にも映ったのだろうが……今となってはくだらない。

 故に。


「――アセルス」

 剣を構え、口元に浮かべた微笑みは、きっと魅惑の君のもの。
 されどこの胸の内の想いは、きっと人間のもの。

 妖魔。人間。半人半妖。ただそれだけ。
 例えこの身が妖魔の理に取り込まれようと、私は私のままでいい。
 さあ、これより証明してみせよう。

「私が奪ってあげる。全て否定してあげるよ、アセルス。――覚悟するがいい」

361 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:58:050

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>359>>360

 胸から引き抜かれたボーイナイフ―――いや、幻魔と呼ぶべきか。
 イヴォワール(象牙)の如く色鮮やかな白金のブレードを見上げて、アセ
ルスはただ驚嘆の表情を作る。吸血行為による後遺症、脱力感すらも忘れて。

 妖魔公たるアセルスが、半妖のアセルスから幻魔を奪うことが出来たのだ。
 逆もまた然り。半妖が妖魔アセルスから心の剣を抜刀することも、理屈では
可能だった。あくまで理屈では。―――自身の幻魔すら満足に扱えない半妖
風情が、妖魔の君の心象世界に介入するなど誰が予想できただろうか。

 ……私の血を吸ったことで、拙い技量をカバーしたというわけか。

 半妖のアセルスは妖魔の碧血をみごとに咲かせていた。今やその頭髪は
蒼穹よりなお蒼く、双眸はムスペルニブルの空を超えて朱い。
 すっきりと尖った顎に、揺るがぬ自信を称えた口元。
 妖魔公アセルスと鏡写しの少女がそこにいた。

「……だけど違う」

 お前は私じゃない、とアセルスは呟いた。声となって半妖――今やこの呼称
すら正しいのか不明だが――の耳に届いたかは分からない。元々、彼女に理解
させるために口ずさんだわけじゃなかった。ただ違うと拒みたかった。

「君は、もう、私じゃないんだ……」

 選んでしまったのなら。
 辿るべき道を見付けてしまったのなら。
 答えの片鱗を掴み取ってしまったのなら。
 ―――そこに過去のアセルスはいなかった。
 今の彼女は、自分ではない何かだ。

362 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 01:58:350

>>359>>360
>>361

 ナイフを引き抜かれた時、脱力と痛みのあまり花畑に跪いてしまったが、
いつまでも無様な醜態は晒していられない。歯を食い縛って立ち上がった。
 再生のプロセスが遅い。左眼に視力が戻る気配は無く、胸の傷も激痛を
訴えたままだ。被吸血行為による体力の摩耗が殊の外目立った。

 こんなナリで勝てるのか―――そう自問する。

 月下美人は砕かれ、左眼も潰された。胸の傷は肺腑まで届き、呼吸を困難
にさせている。調息が乱れれば、技の冴えは鈍り、魔術構成は霧散する。
 頼みの幻魔とて、絶対的有利に立つものではなかった。
 半妖のアセルスは、妖魔公の幻魔で武装しているのだから。

 妖魔の血を覚醒させ、最強の幻魔を構える半妖と、傷みに傷みきった妖魔
の君―――対比させれば決闘の趨勢は明らかだ。
 だが、ここで退いては自身の存在全てを否定することになる。
 妖魔の君としての矜持がアセルスに幻魔を握らせた。

「……しかし、貴様の口付けは下手だな。あんな拙い口付けをされたのは
初めてだ。やはり貴様は半端だよ。嗚呼、そうだ。何もかも半端すぎる」

 嘲りに歪む表情は、どこか崩れた泣き顔に見えた。
 いよいよ力を覚醒させた半妖に、一抹の寂しさを抱くのはアセルスなりの
未練だろうか。妄執を断ち切るかのように幻魔を構える。左足を前に出し、
切っ先を相手に向けた。頬の横で雄牛の角の如く構えるオクスの型だ。

 アセルスはワカツの剣技を好むが、上級妖魔の嗜みとされる長刀剣技が
苦手というわけではない。イルドゥンに叩き込まれた妖魔の剣技は、長刀で
こそ最も栄える。地を蹴り、矮躯に似合わぬオクス(雄牛)の吶喊を見せた。

 剣先がぶれた。三条の光芒が赤色の流星を描く。
 紫電の如き三段突き。常人には同時に放たれたようにしか見えない神速の
刺突だが、妖魔の君の技はここより更なる奇跡を見せる。
 アセルスの足下に伸びる影が、独立して立ち上がった。
 それも一体ではない。数えること三つ。―――なんと彼女は重傷の身で、
陰術シャドウサーバントを三つ並行して編んで見せたのだ。

 ―――オーンブルで詠唱する陰術は、実に馴染みがいい。

 三つの影がそれぞれ幻魔を構え、紫電の神速三段突きを放つ。
 合計十二の光芒が半妖へと馳せた。

363 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 02:00:220

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>361>>362

「その通り、私は半妖。人にして妖魔なるもの。故に貴女は私ではない。
 それに本来、私が唇を重ねるべき相手は……分かり切ったことだろう、アセルス?」

 私を揶揄し、幻魔を構え向かってくる「アセルス」は――しかし一瞬、どこか弱々しくも見え。
 果たしてそれは、私が彼女の血を取り込んだためか、それとも……

 いや、詮無いことか。貴女もまた妖魔の君……それが全てのはずだ、「アセルス」。
 最早私たちは剣を交えるのみ。であるならば、私が否定すべき価値を自ら失くしてもらっては困る。
 貴女を否定するのは私だ。この剣と――――垣間見た、貴女の100年の想いに誓って。


 分身、四体。四者四様の神速の刺突剣。
 ならば。

「――――鏡」

 煌めき、現れたるは十二体の私の姿。
 妖術・ミラーシェイド。されどその数は正に、妖魔の君の力ゆえ。
 以て顕現せしそれら鏡像は、正確に全ての刺突を受け止め――――砕け、星屑の如く舞い散った。
 ……硝子の盾の性質をも内包した、それは複合妖術。
 そして辺り一面に硝子の欠片が舞い飛ぶ、その最中さなか

 ――私の姿は消え失せている。

 人であることの証――心術・隠行。
 されど目的は逃避にあらず。全ては死角へ飛び込むため。
 故に身を隠すはわずか一瞬。そして……現れ出で、繰り出す剣もまた、一瞬。


 閃光の一撃。ライトニングクイック。

364 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:02:150

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

>>363

 放たれる殺意の十二使途―――4つの神速三段突きは、立ち塞がる鏡面の悉く
を穿ち抜いた。ミラーシェイドは一突きで呆気なく四散する。
 だが粉砕した破片は、庭園にダイアモンドダストの幻想を広げるに留まらず、
鋭利な切っ先でアセルスのシャドウを鎌鼬の如く斬り裂いた。
 ずるり、と陰術の結晶体が闇へと還る。
 月光を受けて綺羅と光の粒子が舞った。
 その一つ一つがナイフに匹敵する切れ味を有している。
 捨て置くには危険が過ぎた。
 妖魔の籠手から憑依させた朱雀の力を引き出す。
 振り払った左手から、灼熱のカーテンが放射される。
 火焔が襲い来る硝子片を焼き払った。

 氷霧の如き硝子片と焔が混濁する視界―――半妖の姿は無い。

 右肩から殺意が放射された。陽炎の気配が実体を伴う。
 闇から乖離するかのように、半妖がアセルスの右手方向に「出現」していた。
 凝縮される殺意が、ついに爆発する。
 ―――アセルスが半妖の一刀を鎬で受けられたのは、ひとえに負傷により
感覚が平時より鋭敏に研ぎ澄まされていたお陰だ。
 電光石火の一閃に先んじて放たれた半妖の「意」を読み取り、咄嗟に幻魔で
受け止める。噛み合う二つの幻魔が、激しく火花を散らした。

 半妖の幻魔―――白金のブレードを見つめる。
 キヨンとポンメルに精巧な薔薇の装飾が施されていた。
 象牙色の白薔薇だ。
 アセルスの知る幻魔と拵えは同一。
 ただブレードも含めた色調だけが異なっている。
 あれが私の剣なのか……。

 アセルスはどこか他人事めいた感慨を抱く。喪失感は覚えているものの、
彼女は自分の中の何を奪われたかまでは意識することができなかった。
 半妖の言うように、奪った白薔薇の追憶を取り戻しただけなのかもしれ
ない。それとも、アセルスの裡で百年間ひたすらに愛された白薔薇への幻想
が具現したのか。彼女に判断する術は無かった。
 喪失を認識することができないほど、アセルスの胡乱は深刻だった。

 ……どちらにせよ、皮肉な話だ。
 右手には半妖の幻魔。彼女の手には自分の幻魔。交わるエッジ(刃)は相剋
だが、馳せるブレード(刀身)が向かう先は本来の宿主だ。
 私が斬られた時、それは「私」に斬られたことになるのか。
 それとも半妖に―――

「……いや、どちらも私に違いはないのか」

 苦笑して、ブレードを弾いた。力が拮抗しているため、鍔迫り合いを続け
ても悪戯に体力を摩耗させるだけだ。ならば、早々に見切りをつけて次なる
斬撃を繰り出す。―――が、半妖の幻魔も疾い。同時に繰り出された逆風の
太刀がエッジとエッジをぶつけ合い、更なる火花を生んだ。

 ブレードから伝わる衝撃を利用して飛び退く。
 左足を前に突き出す。幻魔のエッジを真っ直ぐに立て肘を張った。
 フォム・ダッハと呼ばれる八双に似た妖魔剣術の構えだ。「屋根の型」とも
呼ばれる攻撃姿勢から放たれる袈裟斬り(ツォルンハウ)は空間すらも断ち
落とし―――直後に跳ねた。天へと駆け上る逆袈裟(ウンターハウ)。
 天地二段の斬撃が、狼の顎(あぎと)の如く牙を剥く。

365 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/11(金) 02:03:480


 アセルスさまとアセルスさまの戦いは続きます。

 技と技がぶつかりあいました。
 術と術が二人を呑みこみました。
 アセルスさまが幻魔で斬り裂けば、アセルスさまも幻魔で断ち落とします。

 お二人とも退くことを忘れてしまったのでしょうか。

 全身に切り傷を受けて、魔力が枯渇しても、
 アセルスさまは果敢に立ち向かいます。
「決闘」の演目にふさわしい壮絶な殺陣の演舞……と言えましょう。

 ―――ですけど。
 わたしの胸には痛ましい想いが沈殿するばかりです。
 これを全リージョンでも有数の剣士と剣士の戦い……
 そう呼んでもよろしいのでしょうか。

 ジーナは剣なんて知りません。
 人どころか、魔物すら傷付けることのできない弱き女子です。
 そんなわたしが生意気に意見をするなら、

 まるで子供の喧嘩のような
 ゆずれない意地だけを根拠に、憎み合う二人のアセルスさま。
 過去と未来のなにが、こうまで二人を相剋させるのでしょうか。

 幻魔の猛威は疲れを知りません。

 左目を潰され、胸を刺されて、右手の傷も癒えないままだと言うのに、
 アセルスさまの赤き刃は技を鈍らせるどころか、
 一層の冴えを見せてアセルスさまへと憎しみをぶつけます。

 妖魔に覚醒してから間もないアセルスさまは、
 未開の力をためらうこと無く駆使します。

 ようやく見つけた「自分」を守るため、刃が白亜に輝きました。

366 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/11(金) 02:04:470


 蒼血のしぶきが庭園を染め上げました。

 二つの幻魔が噛み合えば、金属音が小夜曲を奏でます。
 たとえるなら赤と白の暴風です。
 妖精花は散り、水銀灯が倒れて土に沈みました。
 主塔の石壁が砕けて、足場の空中庭園にも深いきず痕を刻みます。
 刃と刃がえがく二輪の軌跡。
 それはやがて空間にもひびを走らせて、影時間に亀裂を生み出しました。

 片や、つい先日まで過ごした白薔薇さまと至福の日々を、
  痛々しくも鮮明にたたえた黒赤の幻魔。

 片や、喪失から現在に至るまでの百年、
  孤独の渦中で白薔薇さまをひたすらにえがき続けた純無垢の白き幻魔。

 どちらが勝るというものではありません。
 性質がまったく違う二つの幻魔は打ち合い、噛み合い、
  鎬を削ることで一つの白薔薇さまを創造します。

 異なる二つの白薔薇さまのイメージが溶け合って、
  欠けた部分を補い合い、一つの白薔薇さまへと結びつく。
 互いに欠けた追憶を互いに補完することで、
  想い人が完成を迎えるのでしたら―――

 この剣戟は、理想へと至る共同作業と言えるのかもしれません。

 ひび割れ、各所では崩壊を始めた影時間(オーンブル)―――。
  お二人はあの方にであえたのでしょうか。

 深淵の闇夜に浮かび上がる迷宮門が、アセルスさまを睥睨します。

367 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/11(金) 02:05:400



 第二幕「決闘(デュエル)」は終わり、
  崩れ落ちるオーンブルを舞台に第三幕は開きます。
「邂逅(ランコントレ)」の名を背負った佳境―――

 二人のアセルスさま。
  勝つのはいずれなのでしょうか。

 それを語る口を、ジーナは持ちません。
 この舞台があくまで吸血大殲である以上、
  邂逅の演目が受け入れられることはないからです。

 含む部分は多く残りますが……
  わたしは、既に、アセルスさまとアセルスさまの問題は、
 二幕までで決着がついている、と考えます。
 この闘争が「アセルスvsアセルス」でありますなら、
  ここで「了」と打つのが最適ではないでしょうか。

 後のお話はどうか、アセルスさま自身からお聞きください。

 ジーナが語る不思議なお話は、ここで終幕を迎えます。
 ご静聴のほどをありがとうございました。
 機会があれば、別のアセルスさまのお話をするときもあるでしょう。
 どうか、その時まで―――

368 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 02:10:260

>>364
>>365>>366>>367

―Une ombre de ASELLUS―  半妖サイド Epilog



「やあアセルス、探したよ。どこへ行ってたんだい?」
「ゾズマ……それ、突然目の前に現れて言う台詞じゃないと思うんだけどな」
「ふん? 言うようになったね。雰囲気も変わった。何があった?」
「さあ、ね」

 やはり、ゾズマの力はただものではない。私の変化を見抜いたようだ。
 もっとも私が何に出会ったのかまでは、さすがにわからないようだが。あれはそれほどまでに、異質な
体験だったのか。
 ――「やはり」? 私は今……ゾズマの力を無意識のうちに読み取ったのか? 妖魔として?
 だとすれば……それこそ「やはり」、私は変わってしまったということか。
 半妖の姿にこそ戻ってはいるものの、限りなく、妖魔へと。


                    *             *             *


 あれから幾度、「アセルス」と斬り合っただろうか。
 最後に大きく刃を交えた、はずだ。そして互いの力が吹き荒れ……気がつけば私は、オーンブルの
暗がりの元に倒れ伏していた。
 まさしく夢から醒めたかのような感覚。起き上がり、あたりを見回せば「城の花畑」はおろか「叔母の家」すら
どこにも見あたらず……それどころかあれほど感じていた既視感もない。
 本当に夢だったのか? ならばどこからが、どこまでが夢だったのか?

 ……口元に、手を当てる、指を、這わせる。
 そこにあるのは紛れもない牙の感覚。やがて思い起こされるは、彼女の首筋への「口づけ」、
そして重ねた唇の、感触。
 夢では、ない。この生々しい感覚は、夢であろうはずがない。のみならず私自身の「血」がそう告げている。

 あれは夢などではない、と。
 私は確かに、「アセルス」の血を受け入れてしまったのだと。

 しかし、ならば幻魔はどこへ行ったのだ?
 あの純白の刀身は、けれどどこにも見あたらない。件のボーイナイフを拾い上げ握ってみても、それは
幻魔へと変じはしない。
 なぜだ。
 あれは私の白薔薇への想いだ、取り戻したはずだ。なのになぜ現れない!
 それとも……やはりあれは吸血と共に、彼女の心から引き抜いたに過ぎないとでもいうのか?

 ――心から引き抜く?
 待て、そもそもあれは本来そんな使い方をするものではない。
 本当の使い方は……どうだった? 彼女はなんと言っていた?


 ――――手を虚空へとかざし、念ずる。
        力を、イメージを、そして白薔薇への想いを。


「ああ……!」

369 名前:半妖アセルス ◆dHalf.M.Oo :2007/05/11(金) 02:12:490
>>368 続き

 手の中に、それははっきりと現れた。彼女と同じように、幻魔を虚空より引き抜いたのだ。
 しかし……その刀身は私の抜いた純白のものではなく、さりとて彼女が抜いたような禍々しき黒赤でもなく。


 ――――鮮やかな薔薇色の剣が、そこにはあった。


 何故? という問いは、されどその具現と同時に私の心に答えをもたらした。
 剣を通して、流れ込んでくる。暖かな……いや熱い感覚。
 それは紛れもない、白薔薇への想いだ。私の、そして――あの「アセルス」の。

 そうか……そういうことか。
 あの時、私たちは互いの存在を賭けて戦った。だがその根本では、私も彼女もただただ白薔薇を
慕い続けていたのだ……その形こそ、違ってはいたけれど。
 そしてその想いを互いに奪って、刃を交え続けた。
 貴女は私の

 すなわち、この剣は……昇華されし「私達の」、白薔薇への想い。
 故に薔薇色へと変じたのだ。おそらくは、「アセルス」の幻魔も。
 ああ、ならば……それじゃあ。

「アセルス――改めて、この剣に誓うよ。私は白薔薇をきっと、いや必ず救い出すと」

 そうだ、貴女に出来なかったことを私はやってみせる。貴女の百年の苦悩、私は絶対に否定してやる。
あの人が何だ。闇の迷宮なんか知らない。人間でも妖魔でもどっちでもいい。確かなのはこの想いだけ。
 人の力で成し遂げられるなら人の力で、妖の力で成し遂げられるなら妖の力で。
 それでいいんだ、私は、私なんだから。
 ……そして、ああそして。


                    *             *             *


「それでアセルス、これからどうするんだい? 君はもう打ちひしがれちゃいないようだけど」

 ゾズマに言われて、ふと思い出す。そういえば私はこいつと、あちこち彷徨っていたのだと。
 ああ、我ながら馬鹿なことだ。これほどまでに簡単な答えすら、見いだせなかったのだから。
 しかしもう迷う必要はない。道は一つだ。

「決まってる――ファシナトゥールだ。あの人のところへ行こう」
「ふーん、そうか。あっさりその名前が出るとはね。
 まあ君が何を選んだのかは僕の知るところじゃない。好きにするといい。
 もっともその結果は、それはそれで興味あるけどね」

 ……まったく、自分で連れ回しておいてよくもまあ言えるものだ。
 だが確かに、私はもう選んでしまった――いや、選ぶ道を見つけられたのだ。
 ならば進むしかない。あの後、さらに幻魔に誓ったように……


 ――白薔薇を救い出す、その為ならば容赦はしない。邪魔をするものは全て、この剣で斬り捨ててやる。


 私は半妖、人にして妖魔なるもの……されど、私は私。ただのアセルス。
 ようやくわかった。だけど白薔薇、貴女無くして自由は要らない。
 だから貴女に会いに行こう。縛るものは全て切り裂こう。ああ、この刃に誓って……


 …………愛してる、白薔薇。私の白薔薇。
 貴女さえ、居ればいい。





.

370 名前:◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:15:080

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

妖魔サイド Epilog 1/11

>>365>>366>>367
>>368>>369

 オルロイ派の叛乱から3ヶ月が過ぎた。
 針の城には戦火の疵痕が未だ痛々しく刻みつけられている。
 城壁や大手門にかけられた架橋、外塁などの破壊の爪痕は、お抱えの石切り
職人や石工、肉体労働を専門とする下級妖魔の働きにより、丁寧に隠されて
いるものの、それとて傷痕にうっすらと張られたかさぶた程度に過ぎず、かつ
ての魔宮の有様は復活の兆しを見せない。

 城内になると更に酷かった。階段は崩れ落ち、絨毯は引き裂かれ、内壁には
蒼血が染み付き、至る所で無数の矢傷が穿たれていた。ファシナトゥール内
では足を使わずとも自由に移動できる上級妖魔ですら、生活の不自由さに眉を
ひそめるほどだ。カタパルトで打ち抜かれた屋根に、緊急手当として張られた
大判のタペストリーが惨めさを掻き立てている。
 名だたる妖魔の細工師の他、外部からも彫刻家や修繕工などが招かれ全力で
復旧に当たっているのだが、居城としての機能はともかく、威厳まで取り戻す
には暫くの時間がかかりそうだ。

 夜を徹して――ファシナトゥールにはそもそも朝は来ないが――復旧作業に
勤しむ修繕工一人一人に労いの言葉をかけつつ、ジーナは城内を巡った。
 ラスタバンによるオルロイ派残党の掃討作戦も一段落を迎え「城内であれば
安全だろう」ということで、ようやく最上層から降りる許しを得たのだ。

 ―――ジーナの目から見ても、確かに、この惨状は目に余るものがあった。

 オルロイ派が反旗を翻して以来、主塔に篭もりきりだった彼女は、城内の
様子を伝聞でしか耳にしていない。酷い酷いとは聞いていたが、まさかこれ
ほどとは……。改めてファシナトゥールで「戦争」が行われたことを実感し、
ジーナは恐れおののく。大理石の床に散見される蒼血の染みが生々しい。
 オルロワージュさまが崩御された時ですら、ここまで無惨な傷痕は残ら
なかった。身内に裏切られた妖魔公の激しい怒気が、破壊という表現により
象徴化されたような錯覚をジーナは覚えた。

 だが、若き寵姫は「打ち壊されたものを修繕させる」という行為そのものは
決して嫌いではなかった。この慌ただしい雰囲気はとても新鮮だ。
今まで沈殿していた瘴気が換気され、新たな外気が流れ込んできている。
 そう思わずにはいられなかった。

 調度石を切り分けるノコギリと石工の振るうハンマーが二重奏を廊下に谺し、
啓蒙主義の建築責任者が自前の美学を朗々と従弟たちに語りかけ、石材搬送の
ために城内に流れ込んだ荒くれの下級妖魔が、上級妖魔自慢の待女に卑猥な
視線を投げかける。―――針の城……いや、ファシナトゥールがこうまで活気
に溢れることが過去あっただろうが。少なくともジーナが知る百年間、ファシ
ナトゥールの沈鬱が破られたことはなかった。

 とは言ったものの、このような喧騒を喜ぶのはジーナぐらいで、他の寵姫や
妖魔貴族は眉をひそめてばかりいる。「アセルスさまの統治による妖魔世界の
新たな可能性」なんてものを日頃から期待してやまないラスタバンですら、
上級妖魔とは決して相容れぬ賑わいに戸惑いを見せていた。

 ―――あの方は、どんな感想を抱いているのでしょうか。

 想いを巡らせつつ地下へと降りる。アケローンの水壁を通り、九圏に階層
分けされた地下監獄に、ジーナは護衛の奴隷とともに立ち入った。
 妖魔の君によって断罪されたあらゆる「咎」が幽閉される場所だ。
 その歴史はオルロワージュの先代にまで遡り、未だ全貌は明かされていない。
 現在、アセルスとその臣下が監獄として利用しているのは第三圏までであり、
それとて寵姫のような「選ばれし者」が足を運ぶ場所ではなかった。
 だがジーナは、第三圏「貧食者オシリス」なる牢獄の一部屋に、12年間通い
続けていた。アセルスの許可は得ている。オシリスでの面会は、ジーナの寵姫
生活でも特に優先順位の高い、愉しみの一つだった。

371 名前:◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:17:160

妖魔サイド Epilog 2/11

>>370

 監獄―――という区分ではあるものの、その部屋は中層部の上級妖魔の居室
と比しても遜色がないほどに、きらびやかに飾り立てられていた。
 妖魔好みのロカイユ様式が基調なのだが、ドレッサーやキャビネット、コン
ソールなどの調度品ひとつひとつに注意を向ければ、クローンやワカツといっ
た所謂「オリエント嗜好」が色濃く加味されていることが分かる。部屋主――
この場合「囚人」と呼ぶべきだろうか――の趣味が色濃く反映されているのだ。

「ジーナ姫か」
 天蓋つきの寝台から、ひょっこりと人影が立ち上がった。
「なぜ、来ると一言いってくれなかった。何も支度をしておらん」

「―――いえ、そんな。いいのです」

 ……零姫さま、とジーナは口にした。

 豪奢な居室の主にして、深淵なるオシリス牢獄の囚人だ。
 また、先代妖魔公オルロワージュ最愛の寵姫であり、彼の服従の鉄鎖を断ち
切った唯一の妖魔でもある。オルロワージュに逆吸血を果たし、転生無限者と
して「不死」とは異なる永遠を手にした、希有な一例だ。―――そして、少女
アセルスがシュライクの日常から転落した、起因でもあった。

 アセルスとは百年前にオルロワージュを共闘して討ち滅ぼした仲だが、現在
はこのように、妖魔の君の怒りに触れて幽閉されている。
 零姫が鳥籠に住まう小鳥の如く、窮屈でありながらも豪奢な生活をおくれる
のは、ひとえにジーナの尽力のお陰だ。彼女が零姫に抱く並ならぬ信愛が、
アセルスの怒りを曲げて快適な生活を許されていた。

 ―――巣立つことすら叶わぬ偽りの自由ではあるが。

「待っておれ。すぐに着替える」

 ジーナが止める間もなく、唐絵の意匠が艶やかな屏風に隠れてしまった。

「よう来てくれたな。三ヶ月ぶりか」

「はい、ご無沙汰しております。もっと早く訪れるべきでしたが、
ラスタバンさまから塔を降りる許可が、なかなか頂けませんでした」

「あやつが寵姫に許しを与えるか。随分と偉くなったものだな」

 ふん、と鼻を鳴らす音が聞こえた。
 衝立越しにも、零姫の口は動きを止めない。決して口数が多い方ではないの
だが、お気に入りの客人が訪ねてくれて、浮き立つ心を抑えられないのだろう。

「……ふむ、待たせた」

 青褐の髪をみずらに結った零姫は、大人びた口調とは裏腹に、寵姫の中でも
特に華奢なジーナより更に頭一つ分は小さい。何を言わんや、今年十三を迎えた
ばかりの立派な小娘である。第二次成長を始めたばかりの身体はほつれ始めた
蕾の如く、青々とした色香を漂わせているが―――この少女を見て「可憐」
などという形容はまず浮かばない。それは一つの畸形であった。

 十三という歳を考えれば、当然のように抱くであろう印象―――その悉くを
零姫は持ち得ていなかった。醜女というわけではない。その真逆である。
 零姫の容姿は、十代の半ばに至らず完成を迎えていた。

 可憐ではなく妖艶だった。蕾でありながら咲き誇る蘭の花を彷彿とさせた。
 発展途上の少女にしては異様なまでに美しすぎた。
 これぞまさに零姫の悲劇―――オルロワージュに見初められた絶世の美貌
であり、転生を繰り返す少女の人生を、常に狂わす魔性の根源だ。 

372 名前:◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:19:060

妖魔サイド Epilog 3/11

>>370>>371

「体調を崩した聞いております。先程まで伏せっておられたようですし……
お顔も優れない様子。何か精のつくものを持って来ましょうか?」

 大いなる矛盾を孕む美の畸形―――零姫だが、今宵の彼女には沈鬱な翳りが
見えた。所作の一つ一つが重々しく、肉も削げて痩せさらばえている。
 顔色も悪い。血管が透けて見えるほどに青白い肌は、妖魔特有のもので、
死人の如き相貌もファシナトゥールでは珍しくない。
 だが、生憎と零姫はまだ$l間だった。
 彼女が妖魔の血を覚醒させ、オルロワージュから逆吸血してみせた超常の
妖力を取り戻すには、人としての生を重ねる必要がある。今の零姫は拙い幻術
を操れる程度の小娘に過ぎない。本来ならば薔薇色の頬を持つ健康体なのだ。
 なのに、この痛々しい有り様はどうしたことか。

「せっかくの好意だが遠慮しておこう。腐らせてしまうだけじゃ。最近は食欲
も失せてしまってな。白湯と尊血(葡萄酒)で日々を過ごしておる」

「いけません零姫さま。あなたは人間なのですから、そのような無茶な生活
は余計にお身体に障ります。今は城内修繕で、外からも多くの手職人が流れて
います。城下には珍しい食物も―――」

「あと一年なのじゃ」

 零姫は事も無げに言った。

「ここ数ヶ月で発症してな。どうもこの病弱な身体では、ファシナトゥールの
瘴気に耐え切れなんだみたいだ。暁賤病じゃよ。ジーナ、根っこの町で育った
お前なら馴染みもあろう。一度発症してしまえば、助からん」

 あと5年も生きれば妖魔として覚醒できた。さすれば、こんな粗末な監獄
なぞ口笛一つで破壊してみせるのだが―――そう言って零姫は静かに笑った。
 薄幸の微笑だ。自身の運命を受け入れた上で、冷静に自分を見つめなければ、
こうまで淡い微笑みは浮かべられない。零姫は覚悟を決めていた。

「そんな……」
 ジーナの喉が震えた。
「わたしは……わたしはいやです、零姫さま」

 暁賤病はジーナも知っている。ファシナトゥールで生活する人間全てに付き
まとう病魔だ。人間が陽光を知らずに生きるのだから、弊害は計り知れない。
ファシナトゥールで人間が50年も暮らせれば、闇と瘴気に蝕まれて必ず発症
すると言われていた。―――だが、零姫はまだ十三ではないか。
 暁賤病を抱えるには若すぎた。

「案ずるなジーナよ。今に始まったことではない」
 零姫の声音は穏やかだ。
「どの道、針の城で余生を過ごすつもりなど更々無かったのじゃ。わらわが
何を求め、何に強く焦がれているか……それはお前も分かってくれるな」

 嗚咽を隠すため、手を口に当てたまま無言で頷く。

 自由―――誰にも束縛されぬ、大海へと羽ばたく翼こそ零姫が求めてやま
ない理想だった。そのために彼女はオルロワージュに逆吸血し、寵姫という
軛から逃れ、転生無限者となって運命を拒み続けた。
 零姫の自由への憧れ。この地下牢に足繁く通ったジーナだからこそ、深く
理解しているつもりだ。悲運を約束された生だからこそ、強き拒んでみせる。
 高潔な精神が零姫には宿っていた。

373 名前:◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:20:000

妖魔サイド Epilog 4/11

>>370>>371>>372

「ですが零姫さま……わたしは寂しいです」

 ああ、なんて自分は浅ましい女のだろうか。
 そうなのだ。結局、わたしは自分のことしか考えていないのだ。
 死の病魔に取り憑かれた零姫よりも、彼女を喪失することで一人となって
しまう自分の身を案じている。我ながらいやになるほど身勝手な女だ。

「―――お前には感謝しておるよ、ジーナ」

 悲嘆に暮れる寵姫をみて、零姫は蓮の如き慈愛の笑みを称えた。

「わらわが今日まで生きて来られたのは、全てお前のお陰じゃ。お前の慈悲が
無ければ、わらわは不潔な監獄で畜生以下の生活を強いられ、野垂れ死んで
おったか、オルロワージュの時のように自殺しておった。そうならなかった
のはひとえにジーナ、お前のお陰じゃ」

 ―――だから感謝するぞ、母上。

 母上。そう呼ばれ、ついにジーナの瞳から涙が溢れた。わっと泣き崩れる。

 百年前、妖魔の君となったアセルスは零姫と徹底的な仲違いを起こした。
 元より、妖魔の君をもしのぐと言われる実力者を野放しにする心算など新生
妖魔公には無く、アセルスは手練れの忠臣を率いて零姫封印作戦を実行した。
 だが企みは失敗に終わり、勢い余ったアセルスは零姫を殺害してしまう。

 代を重ねても妖魔公が零姫に抱く執心は変わらず、アセルスは先代の寵姫を
追い続けた。だが、一度転生してしまえばどこに生まれ落ちるかなど余人に
知る術はない。オルロワージュですら零姫を捕らえることはできなかったのだ。
 直接の血の繋がりを持たぬ彼女に、どうして転生無限者の居所が知れようか。
 零姫探索に関しては無為の日々が流れるしかなかった。

 ―――転機が訪れたのは、12年前だ。

 シンロウに出征していたアセルスの下に、赤児を連れた一人の女が表れる。
 軍馬に揺られて行進する妖魔の君に縋り付き、涙ながらに赤児に名を与えて
やって欲しいと頼んだのだ。曰く、この子は呪われています。人の運命を狂わ
します。だから、どうか呪怨に勝る忌み名を与えてやってくださいませ、と。
 不敬の角で斬り捨てようとしたラスタバンを、アセルスが一喝する。
 彼女の口元には、狂気じみた嘲笑が浮かんでいた。

『ようやく会えたな、零姫よ』

 恐るべき皮肉の産物。
 神は偶然の下、誰にも縛られぬはずの雲雀をアセルスに送り届けたのだ。
 片や逆吸血した者。片や、正統なる血を継いだ者。
 直接の血の繋がりを持たぬとはいえ、オルロワージュの影響を大きく受けた
二人だ。対面すれば、例え一方がさなぎであろうと血が共鳴する。アセルスは
瞬時に、赤児が零姫の転生体であることを見抜いた。

 自意識すら覚醒させていない零姫に抗う術はない。
 泣き叫ぶ母の手から奪われた赤児は、オシリス牢に幽閉されることになる。
 こうして零姫は、空を知らぬ少女として物心がつく前から、今日に至るまで
牢獄生活を強いられることになったのだ。

374 名前:◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:20:540

妖魔サイド Epilog 5/11

>>370>>371>>372>>373

 零姫がジーナを母と呼ぶのは、彼女が乳飲み子の頃からつきっきりで面倒を
見てくれたからだ。蓮の少女が自己を覚醒させた時、そこにはジーナの微笑み
があった。真っ当におくれるはずだった人生を否定され、ファシナトゥールに
誘拐された零姫の身を哀れと思い、養育の責任を負ったのだ。
 これを母と呼ばずに何とする。
 長い転生生活の中でも、これほどのぬくもりを与えられた記憶はない。
 ファシナトゥールは零姫にとっても怨敵と呼んでも差し支えのない忌み地
だが、ジーナとの出会いだけは感謝していた。価値を認めていた。

 だから、こうして死が定められたいまも、彼女だけが心残りであった。

 転生すれば、次はどこに生まれ落ちるか分からない。ジーナはアセルスの
寵姫で、零姫は自由を求めている。故に二人が再会を果たす望みはなかった。

「なに、運命の歯車には常に皮肉という錆を生む。此度の人生がよい例じゃ。
ならばジーナよ、わらわにとっては生涯の別れになろうとも……お前にとって
もそうだとは限るまい。事実、こうして出会えておるのじゃからな」

 零姫の慰めにジーナが応じる気配はない。嗚咽を漏らし続けている。

「……やれやれ、困った奴じゃの。これではどちらが母御か、分かったもので
はない。親バカとはこのことよ」

 それにお前は孤独ではない。アセルスという大馬鹿者がおるではないか。
 そう、零姫は続けた。

「アセルスさまは……変わられてしまいました」

 ジーナはしゃくり上げながらも、何とか言葉を作った。
 心当たりがある零姫は「ふむ」と頷くに留める。
 アセルスの変貌がジーナに強い孤独感を募らせているのか。
 やはりあやつは馬鹿者だと零姫は嘆息した。

「話を聞こう、お母上よ。このままでは死ぬに死に切れんからの。それに、
湿っぽい話より、痴話の類のほうがまだましじゃ」

 零姫に促されて、ジーナは訥々と語り始めた。

 アセルスさまは、ご自身の手でラフレンツェさまを殺めてしまい、哀しんで
いたらしいこと。叛乱鎮圧後、何かに誘われるかのように旅立ったこと。
 数日の後―――ファシナトゥールに戻ってきた時、アセルスさまの左手には
月下美人の代わりに、見慣れない剣が提げられていたこと。
 それ以来、妖魔の君は一変してしまったこと。
 ジーナ以外の寵姫を硝子の棺に封印し、国政や復旧作業は全て家臣に一任。
 ご自身は部屋に閉じ籠もるか、旅に出るばかりで、ジーナにすら会おうと
してくれないこと。3ヶ月間抱き続けた不安を、若き寵姫は全て吐露した。

375 名前:◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:22:060

妖魔サイド Epilog 6/11

>>370>>371>>372>>373>>374


「お前にすら、アセルスの奴は何も言っておらんのか……」
 手を付けないまま冷えてしまった紅茶に視線を落とした。
「―――これは、やはり深刻じゃな」

「零姫さまは、何か知っていらっしゃるのですか」

 薄幸の君は小さく頷いた。

「別段、隠すつもりは無かったのじゃが……ゾズマからも、同じような相談を
持ちかけられておった。『アセルスが妙に不穏だ。知恵を貸しておくれ』とな」

「ゾズマさまが……」

 元黒騎士筆頭という華々しい経歴を持つ上級妖魔。現在はファシナトゥール
から追放されている身だが、彼が獄丁の目を盗んで零姫と密会していること
自体は大した驚きではない。ジーナの部屋にも時々遊びに訪れる。
 とかく神出鬼没な男なのだ。

 それよりも、あの方すらアセルスさまの身に奇異を感じているという事実
が衝撃だった。やはり自分の気の迷いではなかったのだ。

「寵姫どもを棺に閉じ込めて以後、奴がなにをしておるか。ゾズマはそれを
掴んだのだ。……ふふ、なかなか奇怪な行動に出ておるよ。正直、わららも
正確な見当はつかん。ゾズマが不穏と思うのも当然じゃな」

「なにを―――」

「お前が知っても悲しむだけじゃと思うが……」
 そう前置きを入れてから、零姫は言った。
「……あ奴は女を漁っておる。ちょうどお前か、お前より少しばかり高い
体躯の少女を見つけては―――殺しておるのじゃ。それも必ず幻魔で、だ」

 アセルスさまの非道は今に始まったことではない。ジーナとて、妖魔の君が
如何に暴君かは知っているつもりだ。だが、零姫が言うような振る舞いは何か
違った。女を殺すなどアセルスさまらしくない。

「無差別……なのですか」

 震える声音を必死で抑え込んだ。

「先に言った通り、体格や年齢を選んでいる節がある。だがゾズマの話を聞く
限り――それはお前も感じておろうが――殺し方が上級妖魔の流儀とは違う。
品が無いと言うべきかの。まるで殺すために殺しておるかのような……」

 立ち眩みを覚えて、ジーナはソファに体重を預けた。
 ただ事じゃない。寵姫としての絆がジーナに警鐘を鳴らした。
 何か、取り返しのつかないことがアセルスさまの身で起きようとしている。
 いや、もうすでに起きてしまったのか―――。

「何が……いったい何が」

「ジーナよ」
 寵姫に憐憫の視線をぶつけながらも、零姫の口調は冷徹を守っていた。
「お前はオーンブルを知っておるか」

376 名前:◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:23:080

妖魔サイド Epilog 7/11

>>370>>371>>372>>373>>374>>375



「オーンブル、でございますか……」

 陰のリージョン、という程度の知識ならある。

「アセルスの奴は3ヶ月前、そこに行ったらしいのじゃ。ラスタバンに『オー
ンブルへ行ってくる。数日空けるが、その間の公務はお前が代行しろ』と伝言
を残しておる。……あの陰術のリージョンが転機なのは、まず間違いなかろう」

 陰術、の単語に閃くものがあった。

「確か、ラフレンツェさまは……」

「左様じゃ」
 零姫は深く頷いた。
「オーンブルと思惟姫――ラフレンツェのことじゃ――の間には、陰術という
縛り以上に頑なな関係がある。これはアセルスはおろかゾズマとて、知らなか
ったことじゃ。ジーナよ……おまえは思惟姫をどこまで知っておる」

冥帝の番人≠ニ怖れられる魔女であり、飛び抜けた陰術の素質を買われ、
オルロワージュの八番目の寵姫となった。だが、吸血行為によりラフレンツェ
から陰術の力を奪い取り闇の迷宮≠ネる固有結界を完成させた後、オルロワ
ージュが彼女に寵愛を向けることはなかった。
 硝子の棺に真っ先に封ぜられたのもラフレンツェだと言う。
 アセルスさまの寵姫となって以降、ジーナは何度か言葉を交わしている。
 背筋が凍るほど美しいお方だった。銀色の髪が印象的な女性だ。
 オルロイ派叛乱の折も、彼女が叛徒を率いていると聞いて強く驚いたものだ。
 そのような気性の持ち主には見えなかった。

「やはり、その程度か」
 零姫は首を振った。
「恐らく、アセルスも同じであろう」

「と、言いますと?」

「―――奴はオーンブルじゃ」

 意味が、分からない。
 ジーナは呆けて聞き返す。

「言葉通りの意味じゃ。思惟姫とはオーンブルであり、オーンブルとは思惟姫。
あの女は陰術を極めた魔女ではなく、陰術その物じゃ。オーンブルが生み落と
した意思の結晶体―――『物言うリージョン』とでも言えば分かり易いかの。
ヌサカーンは『黒いアリス現象』などと呼んでおるみたいじゃが」

 絶句する。言葉など浮かぶはずもない。
 零姫が語る事実。ジーナの常識を大きく飛び越えていた。

377 名前:◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:24:260

妖魔サイド Epilog 8/11

>>370>>371>>372>>373>>374>>375>>376


「アセルスさまはそれを……」

「知らん。これを知るのはオルロワージュとわらわ、それにヌサカーンぐらい
のもんじゃ。ヴァジュイールも恐らくは関知しておらんだろう。何せ、思惟姫
本人すら寵姫として覚醒するまで自覚していなかったのじゃからな」

 ゾズマにも先日話したから、奴も知っておるな。
 飄々と零姫は言ってのける。

「つ、つまり、ラフレンツェさまはオーンブルの操り人形だった、と」

「違う。思惟姫はオーンブルの意思そのものじゃ。リージョンの想念の象徴化
であり、また代弁者でもある。わらわや時の君とは、また別種の無限者≠諱v

 思惟姫の正体に、初めに気付いたのはオルドローズなる深紅の魔女だ、と
零姫は語った。魔女は思惟姫に、冥帝の番人としての戒律こそ教え込んだが、
影時間との繋がりは胸に秘したまま息を引き取った。
 つまり、オルロワージュ(オルフェウス)すら当時は知らなかったのだ。
 寵姫に相応しい乙女として見初めたラフレンツェ(ペウリデケ)が、
オーンブルの意思の結晶体である、という事実を。

「おの男が思惟姫の因業に気付いたのは、血を吸い、彼女の心象風景を垣間
見た時よ。―――つまり、思惟姫の覚醒と同時だったわけじゃな。本当の
悲劇はそこから始まる。思惟姫がオーンブルだった、などというのはそれ
からの展開に比べたら、些細な衝撃よ」

 それまでのラフレンツェは特異であれど、脅威ではなかった。
 オーンブルが遣わした意思の結晶と言えど、一つの人格を有した乙女である
ことに変わりはない。ラフレンツェはラフレンツェだった。「黒いアリス」
という奇怪な現象も、希有ではあるが、他に観測例はあった。

「だが、オルロワージュが思惟姫を寵姫にしたことで全てが狂いおった」

 オーンブルとラフレンツェが同存在であるならば、象徴化された彼女が寵姫
と化した以上、母体(影時間)にも当然影響を及ぼす。その結果は―――

「リージョンの寵姫化……そんなのって」

「思わぬ副産物に、オルロワージュは狂喜しおったよ。奴が闇の迷宮≠ネど
という、一つの世界を創造してしまうのも、オーンブルの恩恵を十二分に得て
おったからじゃ。……だが、同時に奴は畏れもした。寵姫と木偶人形は違う。
いくら魅了されているとは言え、その根源には自由意思が輝いている。彼女等
は望んで寵姫になるのじゃ。――決して引き返せぬ蟻地獄ではあるがな――
つまり、オーンブルの支配権はあくまで思惟姫にあった」

 それが意味するところが分かるか、と零姫。
 ジーナは首を振る。分かるはずがない。全てが理解を越えていた。

「あのうつけは、オーンブルという妖魔≠生み出しおったのだよ。陰の
リージョンは妖魔化し、時の軛からも解放された。世界から独立を果たしたの
じゃ。今やあの影時間はどこにでもあって、どこにもない。―――真なる意味
で影そのものじゃ。寵姫である以上、手綱はオルロワージュが握っておる。
じゃが、支配権も統制権も有しておるのは思惟姫じゃ……」

 事態を危険視した妖魔の君は、ラフレンツェを硝子の棺に封印した。オーン
ブルは意思を眠らせたことで平時に戻り、他のリージョンと何ら変わりない
存在にまで成り下がった。―――これが「愛されなかった思惟姫」の真実だ。

378 名前:◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:25:450

妖魔サイド Epilog 9/11

>>370>>371>>372>>373
>>374>>375>>376>>377


「そ、それをアセルスさまは……」

「うむ、目覚めさせおったのじゃ。あ奴はオルロワージュに輪をかけて愚か
じゃの。いったい如何なる心算で呼び起こしたかは知らん。思惟姫―――ラフ
レンツェが何故、叛旗を翻したのかも、わらわに知る術はない。……だが、
今のオーンブルが妖魔であるという事実だけは疑いようもないわ」

 アセルスさまはそこに自ら赴いた。
 そして、その日以来お変わりになってしまわれた―――。

「で、ですが……ラフレンツェさまは、もう」

「ああ、死におったな。じゃが、思惟姫はわらわと同じ無限者。オーンブル
という母体が存在している以上、何度でも象徴化する」

 ラスタバンに頼んでイルドゥンを探せ―――零姫は言った。己が命がまだ
続いている間に、この混沌を解決する必要がある、と。

「本当なら捨て置くつもりであったが、自業自得のアセルスめはともかく、
ジーナ、一途に主を想い続けるお前が哀れでしかたがない。わらわはお前の
泣き顔が嫌いじゃ。だから、最後の親孝行をしてやろう」

 喉が無性に渇いていた。すっかり冷えてしまった紅茶で、喉を潤す。
 ジーナはいま、零姫の憂慮とは別のところで危機感を抱いていた。

 ラフレンツェはオーンブル自身だという。
 オルロワージュは、彼女から力を得て闇の迷宮≠完成させた。
 そして、その固有結界には白薔薇さまが封じ込まれている。
 オルロワージュは死に、硝子の棺はアセルスさまによって開かれた。
 影時間に意思が舞い戻ったのだ。
 妖魔化したオーンブルは、あらゆる闇を統べる。

「だとすれば、白薔薇さまは―――」

 ぴきり、と白磁のティーカップに亀裂が走った。

379 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:26:510

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
―Une ombre de ASELLUS―

妖魔サイド Epilog 10/11

>>378


 少女の胸にゆっくりと幻魔を押し込む。
 ジュレをフォークですくったかのような手応え。
 ブレードが肉を通して心臓の鼓動を伝える。
 構わずヒルトを押し込んだ。あ、あ、と少女が呻く。
 雛鳥が嘴で殻を破るが如く、背中から切っ先が突き出た。
 刀身をつたって、鮮血が滴り落ちる。

 なんてことだ。彼女も駄目だったか―――。

 生々しい肉の感触が、嫌が応にも意識を現世へと引き戻す。
 恍惚は冷却され、吹き荒ぶ絶望のミストラルが肢体を凍えさせた。
 少女の胸に突き立てた幻魔を引き抜く。
 とっくに絶命していた。別れの言葉すら残さずに。
 石畳に亡骸を転がす。

 立ちこめる血臭に顔をしかめた。
 厳粛に行われた儀式も、こうなってしまえば凄惨な辻斬りに過ぎない。
 街灯に背を預け、その場にずるずると座り込んだ。
 頭を抱え、崩壊寸前の理性を掻き集める。

「これしかないんだ、アセルス……これしか……」

 ラフレンツェが今際に残したテスタメント。
 鍵はオーンブルにあり。その言葉の意味を、妖魔の君は解き明かした。
 ポンメルとキヨンに施された薔薇細工が麗しいアセルスの象徴剣/幻魔。
 少女の命を摘み取ったばかりの妖刀だ。だが、己の心象の刃ではなかった。
 アセルスの幻魔はオーンブルでの決闘以来、奪われたままだ。
 右手に握る心の剣は、半妖の自分から引き抜いた一刀だった。

 ―――これこそがラフレンツェの言った「鍵」だ。

 アセルスはそう信じて疑わない。

 半妖の幻魔は空中庭園での決闘以後、奇妙な変容を遂げていた。
 妖刀の忌名に恥じぬ刀身―――禍々しい深紅のブレードが、如何なる奇跡の
働きか薔薇色に咲き誇ったのだ。華々しく高潔でありながら淡い毒も孕んだ
新生幻魔は、アセルスの手に実によく馴染んだ。他人の心象であるはずなのに、
まるで己の胸から引き抜いたような心地よさ。
 アセルスは気付く。
 あの時、半妖の幻魔と自分の幻魔がいくたびも噛み合った。
 鎬を削り、刃を散らした。
 純白の幻魔が象徴する理想化された白薔薇と、深紅の幻魔が象る在りし日の
白薔薇が、正面からぶつかることで熔け合い、互いに互いを補完させたのだ。

 シジジイ現象。―――古代魔術の奇跡をアセルスは思い描く。

 それぞれの身体の一部を融合させ、再び元にかえることで互いに相手の一部
を獲得する魔術の生殖法。十全なる神へと至るフランケンシュタイン理論だ。
 それに酷似した現象が、幻魔にも発生したとしか思えなかった。
 事実、薔薇色のブレードは深紅と純白の中間色だった。

380 名前:妖魔アセルス ◆MidianP94o :2007/05/11(金) 02:27:250

妖魔サイド Epilog 11/11

>>379

 ヒルトを通して流れ込んでくる熱い感覚。
 アセルスは実感する。この幻魔は白薔薇だ、と。
 二つの追憶/理想が熔け合って一を為す。
 彼女の右手に眠るのは、完全化/象徴化された白薔薇だった。
 その証拠にアセルスは3ヶ月前―――崩れゆく空中庭園で、確かに感じた。
 白薔薇の存在を。いつになく、彼女が接近していることを。

「もうすぐ……もうすぐ、なんだ」

 鍵は手にある。白薔薇の魂は取り戻した。
 あとは彼女を降ろすための器(グラール)を見つけるだけだ。
 あの時、半妖の胸から幻魔を引き抜いたが、今度は逆の手順を踏む。
 白薔薇の魂にふさわしい天衣に幻魔を熔けこませるのだ。
 そのために、こうして夜な夜な器を探して徘徊していた。

 だが、

「―――見付からない、見付からないんだ」

 幻魔の切っ先は女の柔肉を裂くばかりで、裡へと浸食することはなかった。

 肉とは魂が羽織る衣服。生まれ落ちたときに相性は定められている。別の魂
を住み着かせるのが如何に困難であるかは、アセルスも心得ているつもりだ。
 だから、この程度の苦難で諦めるつもりはない。白薔薇を受け入れてくれる
器を見つけ出すまで、幻魔を振り続ける覚悟だ。
 今日が駄目なら明日臨めばいい。
 百年、待ち続けたんだ。これからの百年は彼女を探すために費やそう。
 私の白薔薇への想いが色褪せることなど、あり得ないのだから。
 ああ、だから焦燥よ鎮まれ―――。

 呼吸を整え、立ち上がる。朝はまだ遠い。
 今夜中にあと一人は見つくろえるはずだ。
 時間は無限にあるが、無駄に食い潰す気はなかった。
 一秒でも疾く会いたいという気持ちに、偽りはないのだから。

 改めて覚悟を決めるアセルス。そこに、前触れもなく唐突に―――年端も
いかぬ少女が、道角からひょっこりと顔を出した。

 唖然とするアセルスをみて、薄く微笑む。
 年格好の割には嫣然とした笑みだが、無邪気さも孕んでいる。
 緋色の双眸がアセルスの胸を騒がせた。
 なんて美しい子だろうか。
 月も隠れた闇夜だというのに、暗黒が少女を阻むことは決してない。
 妖魔の瞳による奇跡か。いや違う。まるで少女の麗しさが、輝きとなって
自身を照らしているかのような―――そんな、錯覚。
 腰まで伸ばした銀髪が神々しさを更にかき立てていた。

 いまにも空へと浮いてしまいそうな軽い足取り。妖精の如き曖昧な存在感。
 ごくり、と唾を飲み下す。彼女ならきっと―――

 少女は浮き立つ足取りでアセルスに近付く。
 アセルスもまた、誘い込まれるように歩き出す。
 少女の無邪気な微笑に、アセルスも笑みで応える。
 右手の幻魔が熱い。

 嗚呼、彼女こそ。

 彼女こそ、私の白薔薇なのだろうか―――。

381 名前:◆mOYAngelT2 :2007/05/11(金) 02:31:040





 あの人が近づいてくる。
  真紅の双眸に、情熱を帯びて。
 過去、一度として向けたことがないほど、
  熱い……とても熱い視線。
 かつて嫉妬の焦熱で苦しんだ、遠い視線。
  でも、いまは―――わたしのもの。

 その幻魔をわたしに刺しこむことで、全ては完成する。
 愛されないのならば、愛される存在に成り代わればいい。
 あの人の想いが揺るがぬなら、揺るがぬ対象になればいい。

 再会は果たされた。あらゆる価値はいま、奪われる。

 ああ、アセルスさま。
  今宵からは、わたしがあなたの白き薔薇。


 

382 名前:◆mOYAngelT2 :2007/05/11(金) 02:31:400






 これは、わたしとあの人が楽園へと至る行進曲。


      ―――そして、憎き恋敵への復讐劇(ヴェンデッタ)。












 
アセルスvsアセルス
『オンブル・ローズ』
―Une ombre de ASELLUS―




383 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/11(金) 02:48:020

サガ・フロンティア発売10周年記念
アセルスvsアセルス
『オンブル・ローズ』
―Une ombre de ASELLUS―


闘争レス番まとめ


開幕の挨拶:ジーナ
 >>306>>307>>308>>309>>310>>311


第零幕―Prologue―

 妖魔の君
 >>312>>313>>314>>315>>316>>317
 半妖
 >>318>>319


第一幕『問答』―Discussion―
 >>320>>321>>322>>323>>324>>325>>326
 >>327>>328>>329>>330>>331>>332>>333>>334


幕間劇:ジーナ
 >>335 >>336 >>337


第二幕『決闘』―Duel―
 >>338>>339>>340>>341>>342>>343>>344>>345
 >>346>>347>>348>>349>>350>>351>>352>>353
 >>354>>355>>356>>357>>358>>359>>360>>361
 >>362>>363>>364


終幕の挨拶:ジーナ
 >>365>>366>>367


第三幕『邂逅』―Rencontrer―
(レス番喪失)


終幕―Epilog―

 半妖
 >>368>>369

 妖魔の君
 >>370>>371>>372>>373>>374>>375
 >>376>>377>>378>>379>>380>>381>>382

384 名前:ジーナ ◆SNOWp.DzXw :2007/05/11(金) 02:54:370


 ……みなさん、愉しんでいただけたでしょうか?
「吸血大殲」とは銘打ってみましたものの、
  出来上がってみれば一癖も二癖もある不可思議なおはなし……
 みなさんの口に合うようでしたら、ジーナは幸いです。

 この後、お二人がどうなったか―――
  それはまた、別の機会にお話すると致しましょう。

 あのアセルスさまも、
  このアセルスさまも、
 一つのドラマを終えたに過ぎず、
  まだまだ冒険は続くのですから―――

 感想などがございましたら、ぜひお聞かせください。
  きっと、アセルスさまもお悦びするはず。

 ……では、ひとまずはごきげんよう。

  みなさんの心に眠る影時間(オーンブル)が、
 永劫の眠りを約束することを―――
  ジーナはここから、お祈りしています。

385 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/12(土) 00:02:480

ジーナさん、お疲れさまでした!
すっごく癖があって……でも、とても胸に染みる闘争でした。
新感覚だってわたしは思いますよ。……長いけど(汗
祭りは終わっちゃいましたから、
この調子でどんどん個人闘争が増えてくれると、さつきは嬉しいな!

―――それで、今日こっちに遊びに来たのは、
さつきが大殲に復帰することをお知らせするため、だよ。
おかえり、わたし!
みんな、わたしが帰ってきて良かったね♪

陰スレも立てたから、リンクを貼っておくよ。
「本スレじゃ書き込みづらい!」ってヒトもガッツリ利用してね。


吸血大殲/陰[散―trois―]茜射す空の彼方はまほろば
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1178895270/

386 名前:◆OdIoUsLjVw :2007/05/12(土) 21:50:220
―――――200X年 5月某日



神祖ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュの消滅により悪魔城崩壊。
血で血を洗う血に狂った者達の戦が終焉すると共にその刻は訪れた。




残されたのは幾多の死体と廃墟と化した城のみ。
一つの物語はこうして幕を下ろした――――












それが裏である御前試合の表の物語。
だがこの物語には少しだけ「続き」が存在する。

それこそが今回語る物語だ。





たった今より始まるは最後の血狂い達が織り成す最後の剣戟。
「白子の皇子と堕ちた勇者」が己のカードに全てを賭けて闘争の契約を結ぶ。



―――――――開演しよう、語られざる物語を。

387 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/12(土) 21:51:290
>>386

魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
  「語られざる物語」

主を失った城は無人の廃墟となっていた。
あれほど壮観だった城は今ではその原形を留めておらず
ただ沈黙のみが支配するのみ。

月下の船島へと到る絵は瓦礫に埋もれ
高く聳えた罪人の塔は崩れ去り
無人となった煉獄闘技場は更に荒廃し
時を刻みし塔は流星によって打ち崩され
華麗だった花園は荒れ果て―――――――


そしてこの最上階も然りであった。

ドラキュラが滅びた時に真っ先に崩れ去ったこの元最上階は
地上に落ち、例外なく塵芥が散乱していた。


そして、誰も居なくなった城主の間を謁見する王が一人、
鏡の破片を踏み割り見る影もなくなった絨毯の道を通って
その金髪の王は玉座の前に立った。

「――――無様だな、魔王ドラキュラ」

主が座っていない所々が欠けた玉座に話しかける。
勿論この王の間には誰も居ない。
あくまでこれは金髪の男の独り言なのである。

「たった今貴様の城の全てを拝見させてもらった。
 城も領地も万に達した下僕も消え失せ、もはや
 ここが全てを滅ぼすものが住む城とはとても思えないほど酷い荒れ果てようだ。
 そして……貴様の魂すらも打ち砕かれた

 ――――哀れだな。人間なんぞに滅ぼされるなぞ実に哀れだな、悪魔城の主よ」

クツクツと笑い出す男。
この光景は彼の結末を知っている者なら信じられぬであろう。
笑っている男は一人の英雄と共に深淵に飲み込まれ、
二度と悪魔城の地上に現れることが出来ない筈であった。

「―――私か?私は死なぬよ。
 人間達がいる限り何度でも復活できる。復讐を果たすまで死ぬことは出来ぬのでな」

この彼の言葉は全て真実であった。
彼自身は人間から生み出されるものであり、たとえ彼を打ち倒したとしても
人間がいる限り何度でも蘇る。
人間を滅ぼすという復讐が叶わぬ限り何度でも復活するのだ。

何度でも、時と場所を越えて現れる。人間達に愚かさを教えるために―――

「フン、私が手を下すまでも無かったか。
 ―――当然か、化物を打ち倒すのは常に人間であったな。
 ククククク……そうか、そうであったな……ハハ……ハハハハ……」

ポツリと、天から雫が落ちてきた。
崩れた天井から覗き見える空から先の雫を合図のように
雨が降り始めていた。

念願を人間によって無に返された魔王の涙雨のようのも思える
その灰色の雲から流れ落ちる雨は形骸の城を濡らしていった。

城に響くのは雨が城を打つ音と、
つまらなさそうに笑う堕ちた勇者―――魔王オディオの声のみであった。

388 名前:◆ElriCg9geI :2007/05/12(土) 22:12:590
>>387







 化物を打ち倒すのは常に人間である。
 ならばそれは呪いであろう。
 ヒトと化物。双方に等しく呪いであろう。
 げにも忌まわしき呪いであろう。







389 名前:◆ElriCg9geI :2007/05/12(土) 22:14:130
>>388
魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
「語られざる物語」


 しとしとと陰鬱な雨が舞い落ちてきた。
 辺りには生者の気配は無い。不死者の蠢く気配も無い。

 廃墟の王国の瓦礫の玉座。座るべき主はもはや居ない。
 主をなくしたその御前には、目的を失った魔王が居るのみ。

 だが、玉座へと続く階段の下に一つの影がいつしかあった。
 その陰は頭からつま先まで、すっぽりと暗い色をした外衣に覆われていた。

 糸のような雨が身に纏った外衣の表面で弾け、丸い水滴をつくり、重力に引かれ流れ落ちてゆく。
 足元まである天鵞絨の外衣はゆったりとしており、さらには前をしっかりと合わせて着込んでいるため、
その者の詳細な姿はおろか、外衣の下に身に着けた衣服も、体型も、性別すらもがようと知れぬ。
 外衣に付いた大振りな頭巾を目深にかぶっているため、その顔を伺うことすら叶わなかった。

 彼――便宜上そう呼ぼう――は見上げるようにして玉座の前の魔王を見つめた。
 そのせいで頭巾がわずかばかりずれ、頭巾の奥の瞳が見えた。
 爛々と光る血のように赤い瞳だけが、陰になった頭巾の奥より覗いていた。

 魔王の言葉を聴きとめた彼の口元が皮肉げな笑みの形に歪む。
 そして、傲慢さと、不遜さと、自虐的な響きのこもった声が彼の唇より流れ出た。

「『化物を打ち倒すのは常に人間である』御身はそう言われたか。
 ならば、御身も何時の日かヒトの手により討ち滅ぼされるのであろうか、不死の魔王よ」

390 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/12(土) 22:34:310
>>389

魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
  「語られざる物語」


ピタリと笑い声が止まる。
独り言に介入したものが居た為だ。

「かも知れぬな。私は世界を改正することはできるが
 自分自身の運命は変える事も、知りうる事すらできない」

ガチャリと鎧の動く音がする。
何の変哲もない鉄で作られた鎧。
そして腰には一本の長剣を携えている。

振り返った魔王はその声の主を見下ろした。
禍々しく光る目はもはや人間が持っているものとは
とても思えないほど紅い。

余談だが彼が人間の時には透き通った勇者に相応しい青い目をしていたが
そのようなことは今の彼を見れば誰も信じぬであろう。

「そして貴様がその「何時の日か」をもたらそうとする者か?
 私を滅して戦いの火種自体を消し飛ばそうとするものなのか?」

まるで滑稽な道化をでも見たようにその魔王の口からは
愉快そうな笑い声が漏れていた。

391 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/12(土) 23:48:260
>>390
魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
「語られざる物語」


 愉快そうに笑う魔王に対し、天鵞絨の外衣を来た男の口調は酷く重かった。


「さてどうであろうか。わたしがそなたを滅す<宿命>を帯びているのかは解らぬ。
 そなたの言ったとおり、わたしも自分自身の<宿命>を事細かに知る事は叶わない。
 だからそうであるのやも知れぬし、そうではないのかも知れぬ。

 しかし、こうしてこの次元に呼ばれた事を顧みるに、そうなのやも知れぬな。
 それがわたしの<運命>の一部やも知れぬ。さもなくば、そなたがこのわたしを滅ぼすことが、か」


 そういう彼の顔立ちはすっかり陰になって見えぬ。
 だがその口ぶりからは、自虐的なまでに強い皮肉を感じ取ることが出来た。


「さようにして、わたしはこの<宿命>はしらぬ。そなたを滅す<宿命>を帯びているのかは解らぬ。
 だが、<法>と<混沌>そして<天秤>のバランスを破壊させかねぬそなたを放って置くわけにはいくまい。
 わたしは<宿命>を事細かに知る事は叶わぬが、<天秤>のバランスを保たねばならぬことだけはよくわかっている。
 それこそが大いなる宿命の根源であるゆえに」


 だが、彼はそこでうんざりしたかのように肩を落とす。


「……だが果たしてその宿命は正しいのだろうか。貴公は考えたことはないか?
 我々は<宿命>に操られていて、宿命を成就するためだけの奴隷に過ぎぬのやも知れぬと。
 我々は<運命>という名の人形劇を演じる操り人形にすぎぬのやも知れぬと。
 我々は完璧に<宿命>に操られていて、自分の意思で物事を選ぶ自由さえもないのかもしれぬ。
 運命という脚本(シナリオ)通りに、おのおのの役割(ロール)を演じている(プレイ)にすぎぬのかも知れぬ。

 そして、もし我々が<宿命>を成就するための道具だとしたら。
 その目的はほんとうに、より大いなるものだろうか――宿命それ自身が、玩具で遊ぶ子供にすぎないかもしれないのに?」


 そして彼はかぶりを降り、先を続ける。
 頭巾から水滴が飛び散り、大粒の水滴が宙を舞う。


「だが、それでもわたしは戦わねばならぬのだろうな。
 宿命を成し遂げ天秤のバランスを保つために。
 宿命が正しいものであればそれを成さぬわけにはいかぬし、
そしてわたしが宿命の奴隷であればそれに従うに他はない。
 結局のところ宿命を成就するものたらざるをえない」


 彼は疲れたように力なくつぶやく。
 そしてその地獄の幽鬼のごとき赤い瞳で魔王を睨み付け宣言した。


「ゆえにわたしはそなたを滅ぼさねばならぬ。
 わたしはメルニボネのエルリック。御身がお命をいただきにきた」

392 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/13(日) 03:01:240
>>391

魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
  「語られざる物語」


天鵞絨の外衣を着た男が皮肉めいた口調で喋り続ける。
そして最後に、魔王の命を奪う、と口にした。

オディオは笑い声を出すのは止めたが口元には笑みを浮かべたままであった。

「世界という奇跡的なバランスの上に立ったものを崩壊させていくのは
 何時だって人間の仕業であろう。
 人間は己の欲のままに殺戮を繰り返す動物、私が奴等を一掃した方が
 よほど世界のバランスが整うとは思うのだがな。

 それでも天秤が私を拒んだのなら仕方がない。
 私はお前を斬り捨て、私なりに考えて正しい世界を作るとしよう」

魔王が一歩踏み出すと共にガチャリと鎧が音を立てた。
一歩一歩、普通の者なら威圧感を感じる音を立てて男に近づく。

「――――私とて運命を考えなかったわけではない。
 もとよりこの身は勇者として国を救う運命を背負ったものだ。
 理想の通り、何もかも上手くいこうとした。

 だが人を救ってもその先には裏切りしかなかった。
 だからこそ私は脚本(シナリオ)を破壊し、勇者という役割(ロール)を演じる(プレイ)事を辞めた。
 己が宿命を呪い、己が運命を嫌い、私は魔王としてここに現れたのだ。

 ……それですらも全て運命なのかもしれぬのだがな」

魔王の顔から笑みが消えた。

「それでも望みが果たされるなら宿命に弄ばれてみよう。
 復讐を遂げることが私の最大の目的だ。それならば例え奴隷に成ろうとも構わぬ。
 私は自らがやっていることを間違っているとは思っていないのでな。
 ……こんな所で滅ぼされる気なぞさらさらないのでな。
 お前が私に剣を向けるのなら私も剣で答えよう。」

魔王が立ち止まった場所はソードラインとなる。
これより先一歩踏み出せばそこは死地に成り果てることはお互いに了承しているであろう。

「この形骸の城で死に果てるがいい、人間。
 我が名は魔王オディオ。全てを憎む者なり」

その右手はゆっくりと、剣の柄へ伸びていた。

393 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/13(日) 11:52:520
>>392
魔王<Iディオ vs 魔物の君<Gルリック
「語られざる物語」


「わたしを人間と呼んでくれるか、堕ちた勇者よ。
 メルニボネの伝統に従えばここは憤るべきなのだろうな。
 我が種族から見れば、人間は成り上がりものの蛮族に過ぎぬゆえに。

 だが感謝しよう異界の魔王よ。
 このメルニボネのエルリックは人であることを望むゆえに。
 だが、人であることを望むとて、そう呼ぶ者ははるかに少なく、認めるものはさらに少ない。
 いまやそう呼んでくれるものなどもはや5指に満たないだろう。
 たとえそれが負の感情からであろうと、な。

 わたしは悩み続けてきた。
 メルニボネの民は神でも人でもあらざるゆえに。
 我が種族は1万年の永きにわたり、おのれが世界を支配してきた
 精霊を呼び出し自然をを支配し竜を使役し、全世界を支配した。
 だが神ではない。たとえそのように振舞おうと神ではないのだ。さりとて人でもない。

 所詮は物質世界に生まれた身であるが故に、上方世界の神々の列に加わることはできず、
だが、その強大な魔術と自尊心、そして長き伝統とそれが育んだ感性ゆえに人に交わることも出来ぬのだ。

 我らはいったい何者成り也」

 そう言ってエルリックは襟元にあった外衣の止め具をはずす。
 外衣はするりと肩を流れ落ち、とぐろ巻く蛇のようにひび割れた床の上に。

 頭巾の下より現れたのは白き異貌の男であった。
 野にさらされた頭蓋骨のように白い肌。肩の下まで流れる長い髪も乳のように白い。
 細面の美しい顔にはつりあがった深紅の瞳が並び、暗く沈んだまなざしを投げかけている。

 彼は先天的に色素の欠乏したアルビノであった。
 顔立ちは紛れも無いメルニボネの民のものではあるが、その色は彼が奇形である証であった。

 人とは思えぬような生気の無い顔。
 背丈は高いものの、顔も首もやせて幽鬼のようであった。
 うかがうことはできないが、この様子では腕や身体も想像に難くはあるまい。

 白子はその身を漆黒の鎧に包んでいた。
 巨大な胸当て、長いすね当て、美しい籠手、
 全身を優美な流線を描く漆黒の金属板が覆いつくし、
 関節の内側などの構造上不可能なところは鎖帷子となっていた。
 闇夜を思わせるその鎧は、さながら光すらも捕らえ吸い込んでしまうかのようだった。

 百代にも渡るメルニボネの王が使ってきた鎧だった。
 魔術によって強化されたその鎧に並ぶものは地上世界には無く、
 神が鍛えた神剣の一撃にすら立ち向かえる魔道の皇鎧であった。

 左腕には大きな丸い盾があった。表には襲い掛かる竜の絵が描かれている。
 白子は、身体にひきつけるようにしてその盾を構えた。

「わたしも我が種族も、もはやどこにも居場所は無いのであろう。
 そして、それは御身も同じことよ。それを認めることができぬ御身は、ゆえに滅びねばならぬのだ」

 そう言って、白子の皇子は右手で腰の鞘から剣を引き抜いた。
 まるで巨人のために造られたかのような、刃渡りが5フィートもある広刃の剣だ。
 それは『混沌』と闘い新たな世界を切り開いた人類の英雄であるマラドールのオーベックが使っていた剣であった。
 神々独特の皮肉な諧謔精神であろうか、その剣を『混沌』に組し世界を終わらす宿命を持った白子が使うことになろうとは。

 ひじを曲げ盾の陰になるようにして剣を構えると、己が混沌の守護神へと、エルリックは高々と戦歌を謳う。

「アリオッチよ、アリオッチ、わが王アリオッチに血と魂を捧ぐ!」

394 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/13(日) 18:10:130
>>393

魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
  「語られざる物語」


「強大な力を持って世界を支配するのが人間だ。
 メルニボネの民は少々技術的な進歩を果たした人間に過ぎぬ。
 強大な力を振るい、世界は自らのものと勘違いしているようならば
 神の列に加わる時など永遠にないであろう。

 ……最初に言ったであろう?化物を打ち倒すのは常に人であると。
 ならば私を打ち倒さんとするものは人間以外にありえぬ。
 だからお前は人間、化物のごとき強大な力を人間が望む形で振るう一人だ」

頭巾を取り、見せた素顔は痛々しいほどに白い。
動物には必ずあるはずの色素を失ったままこの世に生を受けた
突然変異の個体が存在するが、この男はそれに該当するのであろう。

その薄い皮膚を持つ男はまさに亡霊を思わせた。
未練を残しこの世を去った者はその未練を成就するまで
消滅することができない。

そしてこの男も生きながらにしてそうなのであろう。
オルステッドも魔王になりながらもそうなのであろう。
男は世界の均衡を保つ。魔王は人間達を抹殺する。
それらの未練に取り付かれてお互いは生を受けたまま亡霊となってしまった。

「しかし、もしそのものが人の望みから外れてしまえば
 それは人の手により英雄から化物へと改変させられてしまう。
 その強大な力の矛先が他者から己へと向けられるのに恐怖するゆえに
 たとえ勇者であろうとその者を魔王に仕立て上げる。

 貴様は世界に正の形で求められた者。
 ならばお前は英雄であり、まだ人のままでいられるであろう。
 しかし私は負の形で人々に求められた者。
 今まで守ってきたものに魔王扱いされて国を追い出されたがゆえに人であることを捨てた。

 たったそれだけの違いだ。
 本質的にはお互い人間であり、化物なのだよ」

そういって、既にに柄を握っていた剣を抜き放つ。
刃渡り3フィートほどのロングソード。
魔王が持っている剣は担い手とは不釣合いな銀色に輝く剣であった。

聖剣ブライオン。
それがこの銀白の剣に与えられた名である。

ルクレチアに古来より伝わってきた破邪の剣。
これを振るえるのは勇者のみという神が人間に与えた聖剣。
勇者ハッシュはこの剣を持って魔王を打ち倒し、アリシア姫を身ごもった王女を助け出し
ルクレチアの未来を救った。

その魔王殺しの剣を堕ちた勇者は今でも人間を滅するために振るっている。
何人斬っても刃毀れすることはなく、鉄の鎧を貫いて返り血を浴びても錆びることは無い、
魔王の持ち物となった今でもその輝きは衰えることはなかった。

「居場所を失ったものは確かに滅ぶべく運命にあるであろう。
 だが――――私は滅ぶ前にやらねばならぬことがある」

ソードラインを越える。
その一歩はお互いの剣が首を跳ね飛ばすには十分な間合いまで縮めようとしていた。

「人間の抹殺は、誰にも邪魔はさせぬぞ」

395 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/13(日) 19:03:520
>>394
魔王<Iディオ vs 同族殺し<Gルリック
「語られざる物語」


 舌による戦の間合いはすでに過ぎ、いまは剣戟の刻となった。

 銀色に輝く敵の剣の刃渡りはおよそ3フィート。
 それに対し皇子の剣の刃渡りは5フィートほどもある。
 この利点をもっとも有効に使う技は突きであった。

 皇子の右足が地を蹴った。そしてその足が地に着くよりも早く、
地を蹴った反動と全身のばねを利用して、腕を突き出し、肘を伸ばし、
顎をあげ鼻先で相手を見下ろすように突を放った。こうして顎を上げることにより、
頭も上がり、それにつられて肩も上がり、間合いが優に拳一つ分は増すのだ。
 さらには突きの精度も数段上昇する。

 こうして、盾は拳の胸の位置にしっかりと持ったまま、その影から剣が放たれた。

 ただの突きだ。だがそれが異常であることに気付いただろうか。
 屈強な男ですら扱うのが困難な両手剣を虚弱な白子が片手で使う。
 しかも、全身鎧と戦用の大盾という奇形の白子が扱うには相応しからぬ重量の武具を身に着けてだ。

 それを可能とするのは、魔法の飲み薬によるものだった。

 様々な奇妙な漿果や薬草、有毒の果実たち。それらを原料とするあまたの麻薬や劇薬そして毒薬と、
メルニボネの王たる魔術師のあらゆる妖術によって生成されるこの魔薬を内服することによって、
白子の皇子は戦に出ることを可能とするだけの力を得ることが出来た。
 常に体がけだるく、量が過ぎれば興奮状態に陥ることはあったものの、だ。

 だがこのような魔薬を常用することがその体に何の害も及ぼさぬわけは無い。
 この魔法の飲み薬は生命力を与える代わりに寿命を削る。いわば命の前借であった。

 だがこの薬の助けなくしては、虚弱な白子は戦にでることなど出来ようも無い。
 それどころか霊薬の助けなしには、満足に動くことすら、起き上がることすら叶わなかった。

396 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/13(日) 22:07:380
>>395

魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
  「語られざる物語」


お喋りの時間はもう終わりだとばかりに白子の皇子は突きを放った。
体は隙無く盾で守り、突きは矢の如く精密な一撃である。

本来は両手剣であろう剣で放たれる突き。
この一撃をまともに受ければたとえ人外の魔物であろうとも
大きな傷を負うことになるであろう。

そのまま飛来してくる剣の点を叩き落すべく
魔王は神速めいた反応速度で上段から斜め下への線を描いた。
大剣は聖剣によって弾かれ、あらぬ方向を突いてしまう。

メルニボネの皇子の剣術は一流だ。
たとえ魔術の類で体を偽ったのだとしてもこれほどの剣法は身につかない。
並みの兵士では歯が立たないであろうし、魔物ですら退治できるであろう。

それに対して魔王の剣術は人間の剣術の範囲を軽く越えている。
もともと魔王を打ち倒せるほどの剣の腕前を持っていたものであり
国の人間を残さず虐殺することも可能なのだ。
それこそまさに勇者の剣術とも魔王の剣術とも呼べるであろう。

剣を弾くためにかなりの勢いをつけて振り下ろされた剣は
地に刺さる前に軌道を変えて白子の皇子の命を狙った。

線は顔を斜め上に切り落とすように描かれる。
その鋭い切り上げは当たれば顎の骨を砕き舌を切断しつつ
脳まで達し、そのまま頭蓋骨を砕いて昇りきるであろう。

397 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/13(日) 23:02:060
>>396
魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
「語られざる物語」


 一太刀打ち合っただけで理解した。
 魔王の剣技は白子の皇子のそれを凌駕すると。

 地より跳ね上がる聖剣の一撃を、白子の皇子は盾で受けた。
 衝撃が全身に響き渡る。歯をかみ締めてそれに耐えた。
 重い一撃だった。身体は霊薬で強化されているというのに、骨がきしみ、肉が悲鳴を上げる。
 思わず盾を取り落としそうになる左手に、改めて力を込め握りなおす。

 白子の皇子は、聖剣の一撃を盾で受けると同時に、はじかれた剣を引き戻した。
 両手剣が風を切り突き進む。だが剣の向かう先は魔王の身体ではない。
 いま盾で受け止めた聖剣の刀身だった。

 皇子の振るった大剣の裏刃――片刃の剣であれば峰に当たる部分――が魔王の聖剣を裏側から捕らえ、
そのまま盾の表面に押さえつける形となる。
 白子の皇子は己が剣と盾を使い、魔王が聖剣を挟みこんだのだ。

 そこから皇子は、息をつくまもなく次の動作へと移った。
 歯を食いしばり両腕に更なる力を込めると、聖剣を剣と盾によって挟み込み固定したままで、
それをむき出しの魔王の顔を狙い全力で押し出した。

大剣の表刃が堕ちた勇者の顔めがけて突き進む。

398 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/14(月) 00:06:540
>>397

流れた線は面によって止められた。
神速で振られた剣を縦で受け止められた結果だ。

更にそこに挟み込まれる大剣。
聖剣の動きは完全に封じられてしまい
事実上魔王は無防備な状態となってしまった。

そのまま盾と共に顔を切り裂かんと進む大剣。
盾で挟み込んだまま進ませるという体制では致命打を与えられないであろうが
それでも目を切り裂かれたりでもすれば魔王は不利な状況を作ってしまう。

ならば、間合いを無理やりにでも離すしかない。
目をやられたままこの距離で斬り合いをするよりも仕切りなおしたほうが有利だと
魔王は察した。

両手を封じられ、頼るのは足のみ。
この状況で片足でバランスを取れるものはいるか?
居る、この場に居る魔王こそがそれを可能にするまで剣の腕を鍛え上げたものであるのだから。

それでも足を上げる時間が足りない。
蹴るに十分な高さまで足を上げたときには既に目前まで剣が迫っている。
そのまま魔王の頬に剣が食い込み、赤い線の素ができようとした頃――――

その、黒い鎧の胴目掛けて蹴りを放った。
鎧を着込み、かなり重いであろう皇子の体は確実に後ろへ飛んでいった。

399 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/14(月) 00:53:380
>>398
魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
「語られざる物語」


 恐るべきはその脚力。
 鎧を着込んでいなかったら即死していたことだろう。

 皇子の身体は数メートルも宙を飛び、叩きつけられた後も地を転がる。
 ようやく止まった時には、互いの間合いを大きく離れてしまっていた。

 それが皇子の命を救った。
 あのまま追撃を受けていれば命が無かったやも知れぬ。

 命は救ったが、無傷ではない。
 蹴られた衝撃で肺が圧迫され息が詰まり呼吸が出来ぬ。
 血を吐くほどではないが、内臓にも手ひどいダメージを受けた。
 それでも剣と盾を放さなかったのは、長年積み重ねた研鑽の成果か。

 皇子は吐き気をこらえながらもすぐさま体勢を立て直すと、剣と盾を構え、素早く立ち上がる。
 そして、ひときわ大きく息を吐き、何とか呼吸を取り戻した。

 油断なく魔王を伺いながら、白子の皇子は血の混じった唾を吐く。
 蹴り飛ばされ地を転がった衝撃で口の中を歯でざっくりと切ってしまったのだ。

 じわりじわりと間合いをつめる。
 技量では相手のほうが数段上だ。ましてや身体能力をや。
 それでも相手を斃そうとすれば、取れる手段は限られてくる。

 静から動へ。じわりじわりと間合いをつめていた皇子が、地を蹴り疾る。
 そしてすくい上げるようにして剣を振るう。

 そこはいまだ間合いの外だった。魔王の身体には当たるはずも無い。
 ゆえに狙ったのは魔王の身体にはあらず。皇子が脱ぎ捨てた天鵞絨の外衣だった。
 切っ先に引っ掛けられた外衣が宙を舞い、魔王へと投げ掛けられた。目隠し。
 外衣は即席の覆いとなり皇子の身体を魔王から隠す。

 その隙に皇子は剣を振るった勢いのまま回転。
 同時に大きく踏み込むと、再度すくい上げるようにして剣を振るう。

 地より天へ。魔王の身体めがけ英雄の剣が突き進む。

400 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/14(月) 02:31:180
>>399

魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
  「語られざる物語」


頬に引かれた赤い線からぽたりと地に赤い雫が落ちた。
舌を噛み切ってしまった白子の皇子に比べればそれは微々たる傷であるが
血を流したという行為自体を魔王は気に食わなかった。

「―――チッ、まだ人間の血が流れていたか」

流れる血を手の甲で拭う。
崩れた天上から流れる雨にその手をさらし
手の甲についた人間の証である赤い血を洗い流した。

剣を構え直して対峙する。
じりじりと相手との距離を測りながら出方を伺う。

白子の皇子が駆ける。
下から上へ切り上げるがそれは魔王に傷を負わせない。
5フィートの剣をもってしてもリーチ外から描いた線であるからだ。

しかしその剣は外套を切っ先に突き刺していた。
それは救い上げきられた時に切っ先から離れふわりと宙を舞った天鵞絨の外衣は
魔王にバサリと被さった。

咄嗟に外衣を払う魔王。
しかし僅かな間であろうと白子の皇子を見逃したことは
更なる大きな傷を負わさせれる隙を作ってしまう。

体を反るが間に合わず、腹部を下から上へ削がれてしまう。
顔を歪める魔王。僅かに残している痛覚に反応し
それが彼を余計に不機嫌にさせる。

「チィッ!」

風を素材にして剣を作り上げる。
可視できるまでに風が集まった緑の大剣。
それで辺り一体を薙ぎ払った。

インケイジ、それがこの魔術と剣術を組み合わせた技の名である。
その剣は広範囲を薙ぎ払うことを用途としており、あたりに散らばっていた
塵芥すらも舞い上げた。

401 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/14(月) 13:51:090
>>400
魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
「語られざる物語」


全身の血液がかき乱されるような衝撃。
白子の身体に叩きつけられた暴風は、皇子が身体を蹂躙するだけにとどまらず、
ひび割れた床に堆積した砂埃を巻き上げ、うっすらとした緞帳を作り出した。

極限まで鍛え上げられた技量と肉体、そして魔力までもが組み合わされた魔王の剣術。
魔技と呼ぶに相応しい。そは、げに恐ろしき。

吹き付ける風の中で、白子の皇子は機会を待ってひたすら耐えた。
胸の前で肘を折りたたみ、剣と盾を構えたまま両足を大地に踏ん張り、全身に打ち付ける颶風を耐える。
先ほど蹴り飛ばされた衝撃もあり、酷い吐き気を覚えるもののそれを堪え、なえそうになる両足に更なる力を込めた。

それは時間にすれば一瞬であったろう。だが皇子には酷く長いものに感じられた。
だがそれでもなんとか耐え切った。風が弱まり、衝撃の余韻が身体から抜けていく。

いまがその機会の刻だ。
土埃の緞帳の向こう。おぼろげに見える魔王へ向けて、稲妻のような速度で剣を振るう。

左から右へと太刀が流れた・・・・・・・・・・・・
そう、皇子は左手で・・・握った剣を大きく薙いだ。

舞い上がる砂埃の中で、叩きつける風の中で、胸の前でかざした盾の陰でひそかに剣と盾を持ち替えていたのだ。

横殴りの一撃が魔王の胴を両断せんと、砂埃の中を突き進む。

402 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/14(月) 22:41:320
>>401

魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
  「語られざる物語」


剣の暴風により作られた薄い砂塵のカーテンは
お互いの姿をほんの僅かな時間だけ隠していた。

舞い上がる砂埃が目を傷つけようとも気にした様子もなく
カーテンの向こうで姿を見せることを恥らう白子の皇子の姿を探す。
視覚、聴覚、気配、魔力、勘、全てを総動員した経験は敵の姿を確実に捉えていた。

風が収まると共に飛び出るメルニボネの皇子。
身を隠していた砂の絹を切り裂いて横に振るったのに対し
魔王は既に叩き落す軌道を描いていた。

だが一つだけ、魔王が予期せぬ事態が起こった。
剣と、盾の位置が逆転していたのだ。
当然来るはずの方向からは刃はやって来ない。

左から右に流れる線は魔王の腹部を切り取ろうとする。
通常の人間ならなすべくもないままこの奇襲に腹を裂かれ
絶命してしまうであろう。

しかし侮るなかれ相手は国を滅ぼすほどの剣の担い手。
その奇襲に対して見当違いの方向に振リ降ろされた白銀の刃は
線を弾くために最短の線を描き、その線を下から堰き止めた。

かつて魑魅魍魎達を全て斬り捨て、その王すらも敗れた勇者の剣技。
魔王と化した事による単純な肉体強化も合い重なって
その剣の速度は不可視の域までも達するであろう。

加えて白子の皇子にも誤りがあった。
利き腕で奇襲ができたならば先の剣は魔王の肉を傷つける事も可能であったが
聞き手とは逆の手で振るえばそれに応じてリスクが生じ、僅かに遅れてしまう。

たとえどんなに剣を鍛えたとしても逆手ならば利き手に対して遅れが生じる。
ほんの僅か、しかしこの神速の剣術に対抗するにはそのほんの僅かな時間ですら
命取りとなってしまうのだ。

その神速の剣に下から撃ちつけられた魔法の剣は宙を舞った。
回転しながら弾丸の如き速さで空に舞った剣は崩れた天井の隙間から雨にぬれた地上に飛び出し
暫く後にカランと乾いた音が響いた。

それでこの白子の皇子は詰みであると魔王は悟った。
残る盾などでどうやって人間の範囲から外れた剣を捌ききれるのか。
そう、この皇子の滅びのときは刻一刻と近づいている。

魔王は無言で剣を突き伸ばす。
その聖剣の切っ先は矢となり盾を掻い潜り色素の無い首へと突き立てられようとした。

403 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/16(水) 02:02:260
魔王<Iディオ vs 地獄の魔術師<Gルリック
「語られざる物語」


 甲高い音が廃墟に響いた。

 無論それは剣が肉に食い込む時の音ではない。
 ならば魔王ですら必殺を確信したその突きを、いかにして皇子は防いだのか。

 紙一重で籠手に守られた手の甲を迫り来る聖剣の刀身に叩きつけたのだ。
 魔王の突きは重く鋭く、太刀筋を変えることができたのは、ほんの僅かにすぎなかった。
 だが白子が命を繋ぐのにはそれで充分だった。
 喉当てをの表面を擦り火花を散らしながら剣の切っ先が後ろへと抜けてゆく。
 それを見届ける間もなく、白子は引き戻した己の大盾を魔王の眼前へと突きつけその視界を奪う。
 視界をふさげたのは一瞬に過ぎぬ。だがその一瞬で、勇者が左手側へと踏み込んでいた。
 そしてさらにもう一歩。すれ違うようにして魔王の背後へと抜けようとする。

 だが、やすやすと己の間合いから逃す魔王ではなかった。
 聖剣という名の死の流星が皇子めがけて流れ落ちる。

 再度鳴り響く金属音。
 剣と盾がぶつかり合いはじけた。飛び散った火花で、薄暗い廃墟が一瞬だけ明るくなる。

 白子はその大盾を、自分から魔王の聖剣へと当てていき、聖剣の一撃を防いだのだ。
 激しい衝撃が皇子の全身に響き渡る。まるで砲弾でも受け止めたかのようだ。
 角度をつけて弾くようにしてですらこれだ。
 利き手である右の手で盾を握っていなければ、先の剣のように盾までもが吹き飛ばされてしまったことだろう。


404 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/16(水) 02:03:360
>>403
魔王<Iディオ vs 地獄の魔術師<Gルリック
「語られざる物語」


 盾を自分から相手の剣に当てていく。
 それは、大盾の基本的な使い方からは大きく逸脱するものだった。

 盾の使い方の基本にして真理は、その陰を大きく取ることにある。
 ゆえに小さな盾ほど体から離し、大きな盾は体につける。
 小さな盾は、その軽さから生じる機動性を利し自分から相手の剣に当てていく。
 大きな盾は、身体近くに構え、その大きさを利用して、敵の攻撃できる範囲を減らし最小の動きで攻撃を防ぐ。

 だから本来ならば、皇子が使っているような大盾の場合は身体近くでどっしりと待ち受けるべきなのだ。
 現に剣戟が始まってから今の今までは皇子もそのように盾を構えていた。
 ではなぜ今になって基本を無視するような扱い方をしたのか。

 それは魔王の剣技があまりにも凄まじいものだったからだ。
 敵の技量は人の限界を大きく超え、もはや神々の領域に足を踏み入れていた。
 ただの基本通りの使い方では防ぎきれるものではない

 だから大盾の大きさと小盾の機動力という双方の長所を取り入れた使い方を行なったのだ。
 だが本来ならば軽く小さいゆえに機動性が高い小盾でのみ可能とするそれを、
重く大きな大盾を用いて行なっているのだ。身体にかかる負担は相当なものだ。
 一度だけならばまだしも、繰り返し叩きつけられる攻撃を幾たびも防いでいては、
霊薬の助けがあってすら、肉は千切れそうになり骨は砕けそうになる。
 毛細血管が破壊されていき、鎧の内側で世紀の無い青白い肌が、内出血でどす黒く染まる。

 連続して繰り出される魔王の剣を前に、白子はよく凌いでいた。
 だが、敵の技量は白子のそれを上回る。いつまでも防ぎきれるはずが無かった。
 現に受け流しきれなかった斬撃により、皇子の左の頬からは血がどくどくと流れ出していた。
 このままでは遠くないうちに詰みを迎える。

 ならば。望ましからざる手段に頼るしか他はない。


405 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/16(水) 02:05:240
>>404
魔王<Iディオ vs 地獄の魔術師<Gルリック
「語られざる物語」


 幾たびも迫り来る魔王の剣を弾きながら、口の中で繰り返し呪文を唱える。
 メルニボネの上位言語、超自然の存在たちと交信するためにエルリックの祖先たちが考え出した古代の魔法言語だった。

 だが、白子がもといた次元とは大きく離れた世界ゆえ、魔法の言葉も容易には伝わらぬ。
 まるで何重にも壁があるかのようだ。
 それでも幾重にも重なった世界という襞をめくり上げ、契約を結びし相手へと呼びかけ続ける。
 黒い鎧の籠手の下で、メルニボネの皇帝の証である王の指輪が光り、白子の招喚の手助けを行なう。

 繰り返される呪文。
 ついにエルリックの呼びかけは、捻じ曲がった論理の道をこえ、果てしない想念の地を渡り、
象徴の山並みを抜け、無数の真実に分かれた宇宙へと到達した。

 皇子は盾を握る腕に振り絞った力を込め、ひときわ大きく勇者の剣を弾いた。
 そして何の予備動作も無しに魔王の足の甲めがけて右手に持った盾を投げ落とした。

 投げ落とすと同時に、後方へと素早く跳び退り、力ある言葉を高らかに言祝ぐ。

「兎の王よ。<千の敵を持つ王>エル=アライラーよ!
 さりし日の誓いを忘れること無かれ。われは汝の助けを求む。
 古の盟約により汝われを救いたまえ。汝がいと強き兄弟を我に遣わしたまえ!」

 かくして願いは聞き届けられる。
 魔法の力が空間そのものを揺さぶり、捻じ曲げ、無理やり彼我の世界を繋ぎ合わせる。
 次元に裂け目がひらき、奈落のように暗いその次元の穴の中から、<それ>が這い出してきた。

 それは巨大な兎だった。
 長く優美な直線を描く耳、類まれな宝石のような瞳、艶やかに光る美しい瞳、
そして、象でも一蹴りで殺してしまえそうなほどに逞しい後ろ足。

 兎の目が、聖剣を持ち廃墟にたたずむ金の髪の魔王を捕らえた。
 兎が声ならぬ声をあげる。廃墟が灰燼に帰してしまいそうなほどの戦叫。
 大兎は腹の底から雄たけびを上げ、顎(アギト)を限界まで開いた。
 そして、大剣のように大きく鋭い前歯をむき出しにして、魔兎は勇者へと襲い掛かった。

 この世ならざるものの召喚。通常の魔術師ならば様々な詠唱、象徴、儀式、制約が必要なそれを、
メルニボネの皇族の末たるエルリックは、古の血の盟約により、呪文を口にするのみで可能としたのだ。


406 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/17(木) 00:34:200
>>403-405

魔王<Iディオ vs 地獄の魔術師<Gルリック
  「語られざる物語」


鮮血に染まるはずの死の閃光は喉当てを破ることはなく
僅かに線を湾曲されたことにより火花を散らしただけに消えた。

通常の鎧―――たとえ魔術で多少のコーティングしてあってもだが―――では
喉当てなど逸らされた程度では首と共に掻っ切ってしまうであろう。
それこそブライオンが聖剣たる所以を持つことができる切れ味である。

しかし地獄の魔術師が着ているは魔道の皇鎧。
数百代の王達を守り続けてきたその鎧の強度は一介の兵士や
二流の英雄が着ている鎧を遥かに凌ぐ。
中身は無事であるかを置いておけば胴をいくら斬りつけたところで
聖剣では突破できるか怪しいものであろう。

喉当てならば真正面から切りつければ衝撃を殺しきれず
首の骨を折ると魔王は踏んだが、皇子のとっさの判断により
その首が曲がることはなかった。

続いて一瞬の目隠しを狙って突き出される大盾。
一瞬の隙を突いて背後に抜けようとする者へ数本の線が降りかかる。
全てがが神速で振り下ろされる剣戟。鎧であろうと盾であろうと、受け止めれば
内部が傷つくのは鎧の主が一番承知しているであろう。

一つ、二つ、三つ、四つ、全てを重量のある大盾で防ぎきる皇子。
盾の大きさを見れば論外の使い方をし続けている今の彼にとっては
長期戦こそ命取りとなってしまうであろう。
一つ受け止めるたびに体力を失う人間ゆえの脆弱さであり、それに対する魔王は
疲れなど知らぬとでも言うかのように無言で線を描き続けている。

魔王は腹と頬の目立った外傷から赤い液を垂れ流す。
魔術師は頬しか外傷は見られないが、体の中を傷つけている。

剣を振り下ろす単純作業を続けている魔王はふと呟かれている呪詛に気がついた。
聞き取ろうにも言語体系が違うために訳は判らないが、その言葉に秘められているのは
古より伝わってきた魔術の力であった。

気づいた時には既に遅し、門は開け放たれようとしていた。
呪詛を止めさせるべく線の精製を加速させるが呪詛は止まらない。
逆に皇子渾身の力で剣を大きく弾かれてしまう始末であった。

皇子に足に力を入れる予備動作を確認する。
そのまま追撃使用とするが投げ捨てられた大盾を蹴り飛ばしてしまったため
失った時間を魔術師の詠唱に与えてしまった。

――――剣と盾を捨てた皇子は最後の武器である自らの魔術を行使した。

407 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/17(木) 00:34:590
>>406

魔王<Iディオ vs 地獄の魔術師<Gルリック
  「語られざる物語」


現世と異界を繋げる大魔術。
召喚魔術は越えられないはずの壁を越え、千の敵を持つ王へと繋がった。

そして呼び出されたのは――――巨大な兎である。
美しい毛並み、愛らしくも美しいその目、しかし全てにおいて大きい故に
愛玩動物として欲しがるものは権力を示したい者のみであろう。

とても兎のものとは思えない咆哮。
地を揺らし部屋を揺らし、崩れかけている王の間の寿命を
更に縮めたであろう。

鋭い歯をむき出しにして襲い掛かる巨大な兎。
正面から戦いを挑めばあの大きな口で噛み砕かれるのは想像に難くない。
ならば魔物の攻撃範囲外から仕掛けるのみである。

しかしそれすらも通用しないのか、魔王が幾度となく放った風の刃は
ただの切り傷としか思われないらしい。
真空の刃を飛ばすソードビュー、先ほど放ったインケイジを受けても
兎の魔物は大して気にした様子もなく突進を繰り返す。
紙一重でかわしては風の技を放つ、それだけしか出来ず、それだけをしている内に。

「―――――クッ!」

魔王は壁際に追い詰められた。
もはや下がることもできず横には詰まれた瓦礫により退路を立たれている。
そして前には牙をちらつかせながら飛びかかろうとする兎。

突進する兎。
一方通行を駆け抜けこちらに牙を突き立てんとする。
しかし魔王は、兎が半分ほど駆け抜けたところで不敵に笑った。

「ハッ、所詮は獣か!」

魔王が剣を一振りすれば風の剣戟の雨が出来上がる。
ソニックレイザーと呼ばれる魔術であった。

その雨は重力に逆らって天へと上る。
石の天上に数十本の風の短刀が突き刺さり、罅を入れ、寿命をその場で殺せば
奇跡的なバランスが崩れ天井が積もった瓦礫と共に崩れ落ちる。
もとより最初に地に落ちたこの最上階、塵芥が積もるのも道理である。

そして上から瓦礫を被った巨大な兎は生き埋めとなった。
体力がある分這い出るのも可能であるだろうが、それには多少の時間を要するであろう。

降り積もった瓦礫から巻き上がる砂煙に映る黒い影。
砂塵が収まると共にその姿を露にする。

そこには雨に打たれながらも笑みを浮かべる魔王が、勝ち誇るように瓦礫の上に立っていた。

408 名前:◆ElriCg9geI :2007/05/19(土) 17:53:410
>>407
魔王<Iディオ vs 黒き剣の担い手<Gルリック
「語られざる物語」


 兎は獅子奮迅の活躍を見せた
 その体躯からは想像のつかないような俊敏さで獲物を追いかけ、
牙で、前足で、そして必殺の後ろ足で、休む暇も与えずに攻め立てる。
 その一撃一撃がふるわれるたびに、床はひび割れ、壁に穴があく。

 その巨体から生み出される膂力――純粋な暴力は人蹴りで人間を肉塊へとかえる。
 当たれば人間たちを軽々とぼろ雑巾のように引きちぎる。そう、当たれば、だ。

 当たらない。敵の動きは魔獣のそれよりさらに素早く、踊るような優雅な動きでことごとくかわしていく。
 しかも、めまぐるしい動きでかわしながらも、兎の攻撃の当たらぬ遠間から、風の刃を振るってくる。

 敵は人間に似ていた。だが、もはやそれは決定的に違うものだった。
 そのことを兎が理解していたかどうかは解らない。
 だが恐るべき強敵であるということだけはよくわかっていた。

 それでも兎はひるむことなく果敢に攻め立てた。無論その身に受けた傷は浅くない。
 全身を風の刃でなます切りにされ、厚く頑丈な皮は破れ、肉は裂け、骨が見えている。
 傷口から噴出す大量の血によって、その毛並みは赤黒く汚されていった。

 そしていま、魔王の一太刀が生み出した風の刃がまともに右の前足を捉え、腕がほとんど千切れかけた。
 それでも兎はひるまない。上士アウスラはこの程度のことでは屈しはしない。

『まだ前足が千切れかけただけだ、かかって来い人間ヒューマン!』

 そういわんばかりに、いっそう果敢に攻め立てた。
 雄たけびと共に気管に詰まった血塊を吐きだし、前歯を振るい、足を振るい、
鶏冠にも見える頭の天辺の奇妙に厚い毛をなびかせ、耳すら巧みに使って、兎は魔王を攻め立てる。

 この小さき生き物など、ひと蹴りできればそれで終わりなのだ。
 だから、その小さな生き物を壁際まで追い詰めた時、彼は勝利を確信した。

 だがその確信は、魔王の次手によって跡形も無く崩壊した。
 無数の風の刃により天井は崩壊し、瓦礫の雨が降り注ぎ、彼は生きたまま廃墟の墳墓へと埋葬された。


409 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/19(土) 17:54:520
>>408
魔王<Iディオ vs 黒き剣の担い手<Gルリック
「語られざる物語」


 塵芥のうっすらと積もった床に膝から崩れ落ちた。
 魔術行使の代償だ。その体には体力はほとんど残されていなかった。
 魔術の使用に体力を消耗するのはいつものことだが、今回のそれは並外れて酷い。
 やはり本来あるべきではない次元での魔法の使用は、成功率は低く、力の消耗は何倍も酷い。
 召喚こそ成功したが、その代償は大きかった。

 体温は失せ、身体は氷の様で、四肢に力が入らない。
 思い通りに動かぬ身体に鞭をうち、のろのろと緩慢な動作で両腕をつく。
 そして上体を起こそうとするものの、失敗し再び床に崩れ落ちた。

 虚脱感。身体が鉛になったかのような疲労感。
 呼吸すら満足にできず、犬のように無様に喘ぐ。
 目の前が暗くなっていく。このまま眠りについてしまいたいという、魅惑的な誘惑。

 だが、だめだ。このままではだめなのだ。
 たしかに召喚には成功した。
 だがあれで魔王を殺しきれるとは思えなかった。
 ここで意識の手綱を手放せば、敗れるのは間違いなく白子の皇子だった。
 だから、無理をしてでも更なる力を呼ばねばならない。
 彼が最も忌み嫌い、そして最も頼りとするあの剣を。

 なけなしの気力を振り絞り立ち上がった。
 目の前で戦っている魔王と兎を忘れ、自分のいる場所を忘れ、
己自身を忘れ、宿命すら忘れて唯一つのことに思いを込めた。
 彼の剣。あの黒い剣、混沌の剣のことを。

「ストームブリンガー」

 白子は剣の名を弱々しくつぶやく。

「ストームブリンガー」

 なけなしの力を振り絞って剣に呼びかける。
 剣が今ある次元とこの世界はいくつもの時間と空間によって隔たれていた。
 だが、白子と剣の間には邪悪な共生関係が成り立っており、その程度のことで古い絆は途切れはしない。

「ストームブリンガー!お前の主が危ない!」

 生涯にわたり憎んできた、己の頼れる剣に呼びかける。
 まるで、恋するものが許婚を呼ぶように剣に呼びかける。

「ストームブリンガー!汝が兄弟のもとに来たれ!
愛する魔剣よ!地獄の鍛えし血族殺しの剣よ!汝の主、汝を求む!」

 にわかに咽ぶような風の音が沸き起こる。
 時空がたわみ、実体の無い、だが確かに存在する黒い影が滲み出してきた。

「ストームブリンガー!」

 やがてゆっくりと一つの形が実体化してきた。
 それは剣であった。黒い剣。重く、だが完璧なバランスを持った、両手使いの長大な広刃の剣だ。
 いまは黒い艶やかな鞘に収められ見ることは叶わぬが、根元には魔術文字が刻まれ、刃は長く、大きかった。

 呪われし魔剣は、恐ろしい愛情深さで主人の下へと馳せ参じたのだ。


410 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/19(土) 17:55:260
>>409
魔王<Iディオ vs 黒き剣の担い手<Gルリック
「語られざる物語」


 白子の目の前には、唸りをあげる剣が震えつつ浮かんでいた。

「汝の力を与えよ、わが姉妹なる剣よ」

 白子は、そう呼びかけながら弱々しく震える手を黒い剣へと伸ばした。
 さながら麻薬患者が恐ろしい薬に手を伸ばすように。
 そして、それに答えるように黒い剣から柔らかなうめきが発せられた。
 白子の甲冑に包まれた手が、黒い剣の柄と絡み合う。
 全身に恐怖が走る。陶酔にも似た喜びが含まれた恐怖が。

 絡み合った手の中で、魔剣が蠢きひとりでに鞘走った。
 黒い刀身が数インチだけ覗き、根元に刻まれた神代文字が眼に入った。
 全身が恐ろしくも忌まわしい恍惚に締め付けられる。
 それは心地よくもおぞましい戦慄だった。
 吸血鬼めいた剣が、数え切れぬほどの人々から奪い取った力が、白子の身体へ流れ込んでくる。
 白子の不全な血管にすみやかに活力がよみがえり、新たな地獄の生命が賦与された。

 いまや力強く床を踏みしめ立ち上がった皇子は、忌むべき愛剣へと語りかけた。
 己の同胞を、親友を、そして恋人をも殺し喰らった剣へと語りかけた。

「またも、おまえを使わねばならぬか、ストームブリンガー。
おまえのことは二度と手にしたくなかった。おまえは、得体の知れぬ地獄の剣だ」

 そこで白子は悲しそうに瞳を伏せ先を続ける。

「だが、お前なしでは生きてはゆけぬ。わたしにはお前が必要なのだ。
体力を維持するために。そしていまは、あの魔王を撃ち滅ぼすために。」

 口元を皮肉な笑いに歪め、自嘲と憐憫と怒りと憎悪のこもった声で先を続ける。

「結局お前とは離れられぬ運命なのか。ああ、われらは互いに結びつけられているのだな。
ならば、いまこそ、われらは、死以外に分かつものがないほどの絆で結ばれている、と言わねばなるまい。
地獄の絆と、宿世の定めによって。それなら、それでよし。
われらは同じものなのだ――われらを見捨てた時代の落とし子なのだ。
人を滅ぼさんとする魔王よ。汝は滅ぼすものにあらず、滅ぼされるものなり!
メルニボネのエルリックとその剣ストームブリンガーの怒りは、世界をも滅ぼすと知れ!汝を滅ぼすものと知れ! 」


411 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/19(土) 17:56:240
>>410
魔王<Iディオ vs 黒き剣の担い手<Gルリック
「語られざる物語」


 薄暗い廃墟の中で、真紅の瞳が爛々と輝く。
 さながら地獄の幽鬼。上層地獄の炎のような瞳

 魔王へ向けてゆっくりと歩きながら、彼は黒い剣の鞘を払う。
 黒い剣はきしみつつ鞘走り、その重い刃は、
もたげようとする白子の手を助けるかに動き、ほとんど重さは感じられなかった。
 黒い剣は高い声をあげ始め、黒い輝きが刀身にあふれた。
 神代文字は真紅に脈打ち、次第に濃い紫と化し、再び黒くなった。

 魔王と皇子。互いの距離が縮まってゆく。
 闇よりも暗い二つの陰が近付いてゆく。

 そのとき、轟音が轟き、瓦礫の山が崩れ落ちた。
 そして巨大な兎が瓦礫の山より這い出してくる。

 血まみれの兎だった。
 全身を風の刃で切り刻まれ、大量の瓦礫で押しつぶされ、
片目はつぶれ、体毛は赤黒く汚れ、肉はちぎれ、骨はへし折れている。満身創痍だ。
 だがその闘志は衰えもせず、傷ついた身体を引きずって、白子の横に並び立ち、共に闘わんとする姿勢を見せた。
 その傷だらけの身体は、あの将軍を彷彿させた。あの伝説となった恐怖の将軍を。

 だが。

 白子の手の中で剣が捩れ、低い嘲りの声を立て、兎の心臓を刺し貫いた。
 兎は驚いたように眼を見開き、絶叫を上げて斃れ伏す。
 インレの黒ウサギが彼を迎えに来たのだ。ゆえに彼は行かねばならず。すなわち彼は死なねばならぬ。
 白子は憎悪のこもった冷たい目で剣を睨むが、その時すさまじい力が身裡に走り、その思いは中断される。

 魔兎の膨大な生命力が白子の身体に流れ込んでくる。
 命をそして魂を喰らう呪われた魔剣が、奪い取った兎の命を白子へと注ぎ込んだのだ。
 生気が身体の中を脈打ち走り、己が神と化したかとも思えた。

 剣が使い手に力を与えた。途方も無い力を。
 そして皇子は魔物に憑かれたかのごとく嗤い出した。
 もはや兎のことは哀れんでいない。そんなことはもう忘れ果てた。
 それどころか、晴れ晴れとした気分にすらなってくる。
 どのみちあれは殺されるさだめにあった。
 それを、このわたしはいくらかの役にたててやったのだ、などという気分に。

 皇子の嗤いに唱和するように、黒い剣が歌い始める。
 戦いの歌を嘲りの歌を恐怖の歌を狂喜の歌を。
 剣がなおも暗い活力を伝えてくる。まるで尽きる底がないかのように。

 白子は氷のような笑みを浮かべた。
 真紅の瞳が、死人めいた白い顔の中で、憑かれたように燃えている。
 それは狂戦士の嗤いだった。

「来るがいい、魔王よ!わたしの剣はなお飢えている!
いまこそメルニボネの古えの民がいかに人と魔をたいらげて、
世界を一万年の長きにわたっておさめてきたかを見せてやろう!」

 狂気の皇子は剣を高々と掲げると、異界の魔王へと斬りかかっていった。


412 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/19(土) 20:44:390
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」


 その日の月は、あまりにも綺麗だったから。
 僕は基地を抜け出して、夜の散歩へと繰り出した。

 誰もいない夜の空、それに、ひどく綺麗な、赤い満月。

 その日の僕は、珍しくご機嫌で。珍しく、唄いながら夜の散歩を楽しんでいた。
「♪……ieluer, coult magui
  anue jesto cualade guelni adoweil
   anue jes liqer au gueini grenad ahme……」

――だから、

「見つけたぞ、裏切り者!」

 そう言って僕に戦いを挑んできたこいつ――ノアの新人だろう、多分――は、絶対に殺してやろう、と思った。


§


 抵抗する力を失い、すでに虫の息になっているそいつの細い首を掴んで、無理矢理僕の方を向けさせる。
「くっ……さあ、殺すなら殺せ! ノアのために……我々の未来のために死ねるなら……私の生命など、惜しくは、ない……!」
 ボロ雑巾みたいな状態だってのに、ギラギラした眼で、僕を見る。
 そんな視線がたまらなく不愉快で――どうしようもないくらいに気持ち良かった。
「……『ノアのために』、か……。ふふ、良い言葉だよね……。うん……良い言葉だ。でもね……」
 顔面に、拳を一発。僕とそんなに年齢の違わないそいつの端整な顔が、苦痛に歪む。
「僕はとても良い気分だったんだ……思わず唄っちゃうくらいに」
 今度は鳩尾に一発。そいつの整った唇から、血や胃液やつばの入り混じったものが溢れ出し、僕の腕にかかる。
「……なのに……お前はそれを邪魔した。そんな下らない理由で……ね」
「、く、だら、ない……だ、と……!」
 荒い息の中、そいつが叫ぶ。
「……ああ、下らないよ。少なくとも……僕にとってはね。
 だって、今の僕は……ノアと何の関わりもない。
 だから……僕の気分を害した責任、取ってもらうよ」
 握っていた拳を開き、掌に光を集める。
「……ああ、そうだ……一つ、言い忘れてた。


――そいつ――名乗ってたような気もするけど、どうでもいい――の、
小さいけれど弾力のある胸に、掌を当てて



 残念だけど……


――掌に集まった光の粒子が、そいつの胸を、貫いた――


                        お前のは、ただの犬死……だよ」


 赤くて紅くて朱い飛沫が飛び散り、僕の服を――腕を――息絶えたそいつを――染め上げた。
「……向こうには、お前の友達もいるだろうからさ……寂しくないだろう? じゃ、さよならだ……」
 周囲に張っていた結界を解く。赤い雫を尾のように引き連れ、亡骸が落ちていった。
 月明かりに照らされたそれがとても綺麗だったから、僕の機嫌は少し良くなった。

 気を取り直し、夜空の散歩を再開しようとした僕の足が止まる。
「あれ……ノアに送ってやったら、喜んでくれるかな……」

 僕は踵を返し、落ちていった“それ”を拾うために、地上へと向かって疾り出した。

413 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/19(土) 21:44:460


 神さまなんていない。そう、わたしはずっと思っていた。

 初めて「食事」をしたときだった。
 今まで口にしたどんな食べ物より――パステルのプリンアマンドよりも、
だよ――口当たりがよくて、あれだけ自己主張を続けていた全身の痛みも、
嘘みたいに消えちゃって。思わず口元を綻ばせちゃうくらい、わたしは
「幸せ」を感じたんだ。人の血で、赤ちゃんのようにあごを濡らしながら。
 弓塚さつきは笑っていたんだよ……。

 わたしは吐いた。
 胃はからっからに渇いていて、出すものなんて何もないもないのに。
 アスファルトにおでこをぶつけながら、吐いて、吐き続けた。
 身体の痛みは消えたのに、別のどこかが悲鳴をあげていた。
 つばすら出ないのに、涙だけは人間みたいに溢れてきて―――なんて
都合のいい身体なんだろうって文句を言いながら、ずっと吐いていたよ。
 認めたくなかったんだ。
 小さな頃から得意だった作り笑いじゃなくて、本心からの笑顔を、
こんな―――こんなことでこぼしちゃうなんて。
 さつきの本当の笑顔は、あのヒトしか作れないって思っていたのに。

 だから、その時に思ったんだ。神さまはいないし、いたら困るって。
 もし、神さまがいて、それでもさつきは「こんな」だったら、それは本当に
救いのないお話で、そんなのは絶対にイヤだから。神さまは、いないんだ。

 でも違ったんだね。
 神さまはいたよ。
 今はいないだけ。
 そう―――神さまは、死んじゃったんだ。

 これはさつきだけが知っている、
 とっておきのひみつだよ。

414 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/19(土) 21:45:260

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>412>>413

 それは弓塚さつきが転化して、初めての満月の夜。
 日中に散々雨が降ったせいか、夜空は気味が悪いほどに透き通っていた。
 いつものように路地裏で徘徊をしていたさつきも、満月の美しさに思わず
足を止める。手を伸ばせば届いてしまいそうなほど、大きくてまん丸だ。
 月ってこんなにきれいだったんだ―――餌を求めていたことすら忘れて、
一心に見つめる。まるで視線が月に吸い寄せられているかのようだ。
 輝く銀光がさつきの鳶色の髪を照らした。

 ざわり、と疼きが胸裏を乱す。
 欲しい―――自分の器量を考えもせず、そう思ってしまった。
 おそるおそる手を伸ばしてすぐに引っ込める。
 無駄だよ、と自制した。手を掲げて、もし届かなかったらどうするの。
 弓塚さつきの手は、胸に置かれているべきなんだ。こうして憧れを育み
ながら、夢中で見上げているのが自分にはお似合いの立ち位置だった。
 掴み取ろうとするなんて……そんなのは、違う。

 でも―――。
 今の、わたしなら。

 指先が震える。
 赤くて濃厚なものですら癒すことのできない渇きが全身を襲った。
 勇気を振り絞って、右手を月へと差し向ける。
 左手は想いが逃げ出してしまわぬように、しっかりと胸を抑えた。
 さあ、今こそ。

 背後で激震。生活のマナーすら守ろうとしないアパートの住民によって、
夜のうちにうずたかく積み上げられたゴミ集積所が爆発した。
 別に火炎が立ち上がったわけじゃない。
 ただ、さつきには爆発したように思えたのだ。
 咄嗟に振り向いた。何なの、と目を丸くする。
 ポリペールが砕けて内容物を吐き出していた。
 燃えないゴミがあたりに散らばる。
 飛来した発泡スチロールをはたき落とした。
 今日が生ゴミの日じゃなくて良かったとさつきはお月様に感謝した。

 目を凝らして、爆発の真偽を確かめる。
 たくさんのポリ袋をクッション代わりにして、人影が倒れていた。
 近寄ると、女性だと言うことが分かる。
 空から降ってきたのか。あの満月から降りてきたのか。

「て、天使だ……」

 天使は死んでいた。

 さつきは覚る。
 ああ、そうなんだ。
 ようやく答えを見つけたかのように、深く頷く。
 神さまはいないんじゃなくて。
 死んだんだ。

415 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/19(土) 21:52:480
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」


 人通りが少ない……どころか、人影さえ見えない道のさらに奥。
 昼間でも薄暗いんじゃないかと思う路地裏に足を踏み入れる。

「……落ちるなら、もっとまともな所に落ちれば良いのに……全く……」
 探し物への文句を口にしつつ、さらに奥へ。

「……?」

 うずたかく積まれたゴミの山の前。
 壁と建物の隙間から差し込む月の光を浴びて、誰かがこっちに背を向けて立ち尽くしていた。
 制服みたいなのを着てるから、多分僕とそんなに変わらないくらいの年齢だろうか。

 適当にごまかして回収するか、それとも“もう一つ”増やすか。
 そんなことを一瞬考え――すぐに止めた。

(……匂うな、こいつ……)
 僕の知っている匂い。僕が愛してやまないモノが放つ匂い。

(……血の匂いがする。なんなんだ、こいつ……?)
 同類じゃない。こいつからは、“力”が感じられない。
 同類じゃないけれど……ただの人間じゃないことは確かだろう。

 だから――

「……こんな所で、何してるんだ……?」

 こいつと遊んでみるのも、悪くない。
 こんなに綺麗な月が出てるんだから。

416 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/19(土) 21:56:150
>>415>>413 >>414宛て)

417 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/19(土) 22:38:470
>>408-411

魔王<Iディオ vs 黒き剣の担い手<Gルリック
「語られざる物語」


「ストームブリンガー……だと?」

時と場所を駆ける魔王はこの名に覚えがあった。
そして、自らの天敵でもあるということを。

魔剣ストームブリンガー。
意思を持った呪いの大剣であり、斬られたものの魂は
その剣によって喰われるという。

魂の消滅は魔王の復讐の終わりへと繋がる。
憎しみに汚染されきった魂は憎しみがある限り何度でも体を造り
何度でも復讐を可能にさせる。
しかしその魂自体が失われれば魔王オディオは完全に消滅する。
あの剣で今の体の命を絶たれればあのおぞましい黒い剣によって魂を咀嚼され
担い手に新たなる力を吹き込むのだ。

贋作でないことは先に証明されている。
兎を切り裂いた後に間違いなく皇子に莫大な力が宿ったことを
魔王は感じ取っていたのだ。
もし、あの剣を捌ききれなければば自身が兎と同じ運命を辿ろう。

「……私が滅ぼされるものだと?」

嗤いながら振るわれた黒の剣を受け止める。
そこで始めて、今まで皇子を圧倒し続けてきた魔王が
一歩下がった。

更に作られた線を二本三本と受け止めるたびに
じりじりと後退していく。
ここで初めて魔王が黒い剣の担い手に押されていた。

「その邪剣の傀儡が何をほざく!
 自我をその剣に吸われ、感情の波すらも思い通りにされる
 貴様が私を滅ぼすだと?おこがましいにも程が在るわ!」

世界の戦いの火種の名を持つ者はそう叫び、その場に踏みとどまった。
軌跡の生成を加速、神速の剣は魔王の限界までにその軌跡の数を増やしていく。

だが、それでも押すことができない。
確実に剣の速度は速まっているのだが黒い大剣の壁を越えられず
白銀の剣は立ち往生をせざるおえなかった。

418 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/19(土) 22:42:040

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>415>>416

 中華料理屋。大手チェーンの定食屋。一皿100円の回転寿司。ボリュームが
売りのステーキレストラン。目抜き通りに立ち並ぶ様々な飲食店は、店内に
充満した熱気と匂いを換気口から裏に排出する。それぞれの店の雰囲気を語る
臭いが溶け合って、路地裏特有のすえた悪臭を生み出した。
 きらびやかに飾り立てられた繁華街の裏の顔に、ふさわしい臭いだ。

 鼻につくこの異臭は死んだ生活の象徴だ。
 新鮮で活きがよい「何か」に更新するため、使い古しは路地裏に廃棄する。
 そうやって死んだものばかりがここには溜まっていて―――最後は用済みの
神さままで、ゴミと一緒に捨てられちゃった。
 何だかさびしいね。ゴミの山に四肢を投げ出したまま、ぴくりとも動かない
天使を見つめた。神さまもやっぱり独りだったんだ。わたしと、同じで。

「―――神さまがね、死んじゃったんだ」

 年の頃は同じくらいだろうか。見なれない――そもそも外国人自体、さつき
は関わりを持ったことなんて無いというのに――白人に応えた。
 明らかに異質な髪の色に、女の子みたいに華奢な体躯。
 はっとするほど美しい青年だ。それが流暢に日本語で語りかけてきたのだから、
かつてのさつきなら取り乱して言葉を返すことすら難しかったろう。
 だけど、今は特に興味もないという様子で、一瞥をくれるだけに留める。
 さっさと視線を天使に戻した。

「お月さまから降りてきて、そのままゴミの中で眠っちゃったよ。……あは。
どうしよう。わたし、せっかく立ち会ったのに、どうすれば良いのか分から
ないんだ。泣けばいいのかな。それとも喜べばいいのかな。分からないよ」

 神さまが死んでくれたら、言い訳が作れる。
 それはさつきを楽にしてくれる魔法の呪文だった。
 神さまはいなくて、さつきなんて誰にも相手にされていなくて、だから
こんな風になっちゃったのは当然の成り行き。わたしは悪くない。

 だけど、同時に別の言い訳が作れなくなってしまった。
 神さまがいないなら、このやるせなさは誰に押し付ければいいんだろうか。
 誰が、自分という幸薄い境遇の罪を担ってくれるのだろう。
 神さまがいないなら、全部自分の責任になる。
 そんなのはイヤだった。認めたくなかった。
 自分のせいだなんて、絶対におかしい。 

419 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/19(土) 23:13:150
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>418


 妙な事を言う奴だな。

 最初に頭に浮かんだ感想は、それだった。

 神様なんて、この世にはいない。
 いないんだから、それはつまり死んでいるのと同じ事。

 もう何百年も、何千年も前から神なんていない。
 だから、何百年も、何千年も前に神は死んでる。

「……君が見たのは、きっと神じゃないさ……。
 神は形を成さないものだからね……きっと君が死に立ち会ったのは……僕の仲間だ」
 噴き出しそうな気持ちをこらえて、言葉を紡ぐ。

「そう……僕の、仲間。つまりは……天使の死に、君は立ち会った。

 ……信用出来ない、って目だね……。
 仕方ない……それなら……


右腕を月へと伸ばし、


 証拠を見せよう……僕が天使だって事の……」


胸の高さまで降ろして――横に払う。

「……これで、信用してもらえるかな?」
 光の翼をはばたかせ、僕の身体がふわりと宙に舞う。

「こうして出会えたのも、何かの縁だ。僕と夜空の散歩なんてのは……どうだい?」
 彼女の頭上から手を伸ばす。


――さあ。この手を取って。
――ほんの少しだけ、夢を見させてやるから。

420 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/20(日) 00:10:550
>>417
魔王<Iディオ vs 黒き剣の担い手<Gルリック
「語られざる物語」


「剣の傀儡?違うな魔王よ!われらは二人で一つなのだ。
 わたしはこの剣を必要とし、剣も使い手たるわたしを必要とする。
 どちらが欠けても成り立たぬ。われらは同じものなのだ。
 己以外の何も必要とせぬおまえには解るまいがな、魔王よ! 」

 白子は邪悪な笑いを浮かべながら、怒涛の勢いで剣を振るう。
 黒と銀。聖剣と魔剣が打ち合って、無数の軌跡が交差する。

 皇子の剣技は先ほどまでの比ではない。
 盾を捨て、両手で剣を握ったことにより威力も速度も数段増していた。
 さらには魔剣が与える活力に加え、剣自身が半ば自動的に反応し、皇子の技を助けているのだ。

 右手で柄を、左手でリカッソ――刀身の根元の刃のない部分――を持った王子の剣は、
非常に重く恐ろしく速い。左手を支点にし剣を振るうため充分に力を込めることができ、
さらには右手と鎧の重量を加えて一太刀、一太刀、剣を振るっているためだ。
 魔王の尋常ならざる剣技と、その聖剣が無ければたやすく頭蓋をかち割っていたことだろう。

 魔王の剣技も打ち合うたびにその鋭さを増していく。
 まだこれほどの力を秘めていたのか。そしてさらに先があるのか。さすがは魔王、堕ちた勇者。底が見えぬ。
 だがそれは、魔王も全力を出さねばならぬ状況に追い込まれたということでもあった。
 もはや先ほどまでの絶望的な状況ではない。

 互いの剣は、すさまじい勢いで速度を増してゆく。
 一秒が一時間にも感じるような、極限まで圧縮された濃厚な時間。
 どれほど打ち合ったか、何がきっかけでその状況になったかは、斬り合う2人ですら解らなかったろう。
 だがその結果だけは明白だった。その太刀により、場面はまた転換することとなる。

 魔王が剣を真っ向から切り下げた。白銀の稲妻のように斬りち下ろされたその一太刀を、
白子は剣を頭上に地面と並行に構え両手で握った剣でしかと受けた。
 受けると同時に、切っ先を地面へと傾け、聖剣を滑らせ切っ先をはずす。

 そこからの皇子の行動はさらに迅速だった。魔王へ向けて大きく踏み込む。
 もはや剣を振るえる間合いではない。では、どうしたのか。柄頭で思い切り殴りかかったのだ。
 魔剣の柄頭は破壊槌と化し、魔王が身体へと突き進んだ。


421 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/20(日) 00:18:050

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>420

 さし出された手の白さにさつきは驚く。
 男の子の手じゃなかった。

 今や遠い過去となってしまった、学園の日々を思い返す。「男の子」と言えば、
さつきの拙い経験で描けるイメージはクラスメイトの男子たちだ。
 粗雑で、ぎらぎらしていて、視線一つを受けても、なんだか卑猥に感じて
しまう「考える」って行為すら知らないようなケモノモドキたち。
 嫌悪を覚えたわけじゃない。ただ、別の生物だって認識していただけ。
 ―――そんな彼等と、目の前で翼を広げているヒトが同じ。
 とうてい信じられるものじゃなかった。

 すっきりとしたラインに繊細そうな指先。
 同じ肉でできていると思えない。
「実は陶器でできているんだ」と言われたら、きっと納得しただろう。
 学生時代、自分のチャームポイントは「ファンデーションを使わなくても
お肌がきれいなこと」なんて勝手に決めていた過去が、急激に冷めていく。
 青年の肌に比べれば、自分のそれなんて泥水に浸したボール紙だ。
 次にあの人と会うときはファンデーションを使おう。さつきは強く決めた。

 だけど。
 どんなに手が白くて、
 超然としていて、
 寒気がするほどにきれいで、
 女の自分ですら妬けちゃっても。

 ―――自分を勝手に解釈されるのだけは許せなかった。

 両手を後ろで組んで、にっこりと笑った。
 ここぞというときに繰り出されるさつきの必殺技。
 いちばん得意で、馴染みが深くて、自信もある飛びきりの笑顔だ。
 小学三年生の頃に、担任の先生を相手に完成させた。
 胸をちょっとだけ逸らすのがポイントだ。

「ほんとう、今夜はいい夜だよ。月はとってもきれい」

 でも、ね。

 表情を変えずに、さし出された手を払った。
 まるでそうするのが当然と言うように。

「―――さつきはあなたと違って、星まで届いてしまいそうな立派な羽根は
持っていないんだ。だからお散歩はできないよ」

 大体、お空を自由に飛べる羽根を持っていたら、こんなところにいつまでも
いない。大地を這いずるしかないさつきだから、月を見上げて焦がれるんだ。

「ねえ……このまま、さよならしようよ。さつきはいま、死んじゃった神さま
のことしか考えられないから。それだけで胸がいっぱいだから、テンシモドキ
さんのナンパとか無理なんだ。一緒にお食事とかしたいって気分じゃないんだ。
……これ、すっごいめずらしいことなんだよ?」

 だから、その気持ちを大切にしたい。
 感傷に浸って、いつまでも自分を慰めていたかった。

 なのに、まだ関わろうとするのなら。
 あなたを見ろって言うのなら。

「―――その羽根が欲しくなっちゃうよ」

422 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/20(日) 00:54:350
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>421

「くっ……ふふっ……」
 こみ上げてくる感情を抑えきれなくなって、顔を伏せ、少しだけ声に出した。

「……『このままさよならしよう』だって……?」
 顔を上げ、口の端を少し歪めてみせる。

「悪いけど……そういう訳には行かないね……。僕が天使じゃない、って知られちゃったし。
 もっとも……僕が天使だろうとなんだろうと……僕自身、どうでもいいことだけれど……」
 地面の上に降り立ち、光の矢をそいつに突きつける。

「……そこで死んでるそいつを見られた以上、僕がお前を生かしておく理由はない……
 せめて苦しまないように、一発で息の根を止めてやるよ……」


 さあ。死にたくないなら。僕の羽根が欲しいなら。
 お前がなんなのか、僕に示せ。

423 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/20(日) 01:00:000
>>420

魔王<Iディオ vs 黒き剣の担い手<Gルリック
「語られざる物語」


「当然、信じる他者など必要ない。
 この剣は道具であり、私は自身しか信じていぬ。
 しかし貴様はその剣という生き物を愚かなことに信じているのだ。
 何時裏切られるかも知れぬその邪剣にな!
 たとえ貴様が欠けようとも代わりは幾らでも居るのであろうよ!」

それは降り注ぐ雨よりも速い剣戟の嵐。
僅かな隙間から零れ落ちてくる重力に牽かれた雫など
この剣戟の中では止まっているも同然である。

鎧の重さ、両手持ちの力も加わり、魔王が人間の名残として存在している
骨がミシリと悲鳴を上げた。
一撃を放つたびにミシリ、一撃を受け止めるたびにミシリ。
だがそんな音など今の魔王の耳に入ることなどなく、剣が振られる音と
皇子の呼吸のみが聞こえていた。

ストームブリンガーを手にした時からまるで別人を相手にしているようであった。
神速の剣を死の線一歩手前で受け止めていた皇子はここに居らず
今ではたびたび魔王に死を見せようとするほどの担い手と化していた。

大きく振り下ろした剣を捌かれ、次の動作に最短で移ろうとした時
その距離は一足一刀の間合いから接近戦へと移り、
魔王の額に皇子が放った衝撃が炸裂した。

剣の柄頭で殴られてよろける。
並の人間ならこれで頭蓋骨をかち割られている所であろう。
しかしすぐに体勢を整えるとこの接近戦での反撃の武器に血塗られた額を選んだ。

魔王は額に強い振動が伝わった後に皇子が大きくよろけるのが視認できた。
額で額を殴る頭突きを繰り出し、一瞬の間合いを外す時間を作った。
後ろに飛び退いた後に再び斬り合いを繰り広げるか?いな、その隙は存分に活用しなければならない。

距離を話した後はまた距離を詰められぬうちに魔王は垂直に飛んだ。
崩壊した天井を飛び越え、瓦礫の山の上に降り立ち、
その剣の切っ先を皇子に向けて振り下ろした。

生まれる風の剣戟の嵐。先ほど兎に使ったレイザーソニックである。
風を濃縮した剣は容赦なく王の間に突き刺さり、塵芥を舞い上げた。

424 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/20(日) 01:33:100
>>423
魔王<Iディオ vs 黒き剣の担い手<Gルリック
「語られざる物語」


「嵐を呼ぶ剣」をもつ白子に、嵐のごとき風の刃が叩きつけられる。
 鎧によって身体は守られているもののむき出しの顔はそうではない。
 剣を盾とし防いではいるがいつまで持つものか。
 このまま受けに回ってはジリ貧だった。

 裂けた額から流れ出す血をそのままに、白子の皇子は考える。
 ならば、一気に切り開く。力はより強力な力によって打ち破られる。
 それが魔法の力であろうと同じこと。魔法はより強力な魔法によって打ち破られるのだ。

「ストームブリンガー!魔法を制するものは魔法だ!おまえの力をみせてみろ!!」

 白子はそう大きく叫ぶと、吹き付ける風そのものに対し斬りつけた。
 答えるように黒い剣が血凍るような叫びを上げ、狂気の咆哮が廃墟に響き渡る。
 眼もくらむような閃光が走り、風を切ったとは思えぬようなすさまじい音が鳴り響く。

 黒い剣はその一太刀により風をかき消したのだ。辺りにはもはや巻き上げられた塵芥しかない。
 その舞い上がるほこりの中で皇子はひときわ強く剣を握る。

「ストームブリンガー!わたしに力をよこせ!もっと力を!」

 黒い剣は命に従い、更なる力を皇子へと注ぐ。
 全身が破裂しそうになるほどの力がみなぎる。その力を持って白子は疾った。
 崩れ落ちた瓦礫を踏み台に、魔王が飛び出した天井の穴を目指して、雨の降り注ぐ外を目指して。
 白子の皇子が突き進む。切っ先を前へと向けたまま、己が身体を矢とかえて、さながらランスを構えた騎兵の如に。


425 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/20(日) 01:38:450

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>422

 神さまは、死んじゃった。

 誰が彼女の死んだのを見たの。
 それはわたし。
 蠅さんのように小さな眼で、神さまが死んだのを見たんだよ。

 誰が彼女の血を取るの。
 それも、わたし。
 お魚さんが使うような小さなお皿に、盛りつけるんだ。

 じゃあ。

 誰が神さまを殺したの。
 それも、わたし―――じゃなくちゃ駄目なんだ。
 鋭い弓で、夜空から神さまを射落としたんだ。

「―――あなたなんてせいぜいヒバリだよ。
  夜の過ごし方も知らない牧師助手さん」

 笑顔を崩さずに言葉を続けた。

「あなたの鳴き声を聞く度に、さつきは気がめいるんだ。ナイチンゲール
のさえずりだって思えば、ちょっとはこの素敵な夜が長くなるのかな」

 ゴミ集積所に半身を埋めた亡骸から視線を外した。
 テンシモドキを睨むさつきの瞳が赤く燃えた。
 月明かりが彼女に狂気の色を与える。これだから月光浴は悪くない。

「あなたがスズメなんて、わたしはぜったいに認めないよ」

 青年が神さまを殺したと主張するなら、奪い返す必要があった。
 さつきはもう決めたのだ。これから自分は徹底的に自分になる、と。
 学校も、友達も、両親も、約束したはずのあの人も―――あらゆる常識/
規範は、さつきを無視した。十五年近くぎちぎちに縛り付けていたという
のに、肝心なシーンで無視された。まったく守ってくれなかった。

 さつきはいま一人だ。
 神さまはいない。彼女の駒鳥は彼女が殺した。
 いまのさつきは誰にも守られず、故に誰にも縛られない。
 自分が神さまを殺したからだ。
 断じて、頭上で羽ばたくニセモノの天使サマがやったんじゃない。

 すっと右手を掲げた。
 手の甲で、血管が蛇の胎動のように蠢く。
 ぎちりと伸ばした爪をナイフのように尖らせて―――
 切っ先をテンシモドキに向けた。

   ――誰が殺したクック・ロビン――

 それは、わたし。

426 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/20(日) 02:10:480
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>425

「……スズメと認めて欲しいなんて、僕は一言も言ってないけれどね……強いて言えば……ユダの方が良いかな……なんてね」
 口元の歪みがさっきより大きくなる。
 そう。それでいいんだ。
 こいつが何なのかは未だに分からないけれど、自分の意志で爪を伸ばせる奴が、人間の筈がない。

「いや……ユダもちょっと違うか。僕は神を裏切ってなんかいないし……むしろ神の方が僕を裏切った、とも言えるし……」
 そんなことを言いながら、光の弓の弦を引き絞る。

「……何でも良いか。この世に神なんていないんだし、いないなら、それは死んでるのと同じ事……。
 だから……お前の言う“神様”だって、この世にはいないのさ……」
 矢を放つ。立て続けに二本。三本。

 ナイフの様に鋭い爪を向けるそいつの心臓を狙って。

 くたばれよ。人の皮を被った化け物。

427 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/20(日) 02:38:370
>>424

月も太陽もなく、灰色の雲から雫が滴り落ちるのみ。
しとしとと降り注ぐ雨は敷き詰められた瓦礫の上で対峙する
二人が流す血を洗い流し、薄い赤の水溜りを作る。

額を裂けらせながらも外に飛び出し風の刃の雨を降らせた魔王。
風の雨をかいくぐり騎兵の如く地上に跳躍したメルニボネの皇子。
聖剣を持つ魔王と魔剣を持つ白子の皇子はここでどちらが滅するか決めようとしていた。

あたりに響くのは雨が廃墟を濡らす音。
その中でただただお互いの動向を探りあう二人。
少しでもどちらかが動けば血狂いが織り成す最後の決闘が始まる。

そして幾らかの沈黙の対峙の末に先に動いたのは魔王であった。
瓦礫を駆け、雨を弾きながらその剣を降る。
銀色の軌跡が数本雨の中を舞った。

428 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/20(日) 03:17:150
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>426

 まるでスズメは自分だと言わんばかりに、テンシモドキは矢を射る。
 腐臭が漂う路地裏にぜんぜん似合わない、幻想的な光の矢だ。
 ずるいんだね―――と、反感を覚えずにはいられない。
 羽根と矢を持っていて、その上、誰よりもきれいな肌まで誇っているんだ。
 テンシモドキは恵まれすぎていた。なのに、自分のようなことさら目を引く
わけでもない女の子に声をかけるんだ。
 それが、見下されているようで腹が立つ。
 自分のことをまったく考えてくれない。

 あなたが特別なのは分かったから、放っておいてくれないかな。

 そう言ってあげたかったけど、もう口を動かすターンは終わっている。
 殺到する光の矢を避けるため、さつきは大きく左足を踏み込んだ。
 ずん、と地面が騒ぐ。ローファーに踏み抜かれたアスファルトが、靴底を
中心にクモの巣状の亀裂を走らせた。爆発的な加速を味方に付けて疾走する。
 腰を屈めて、紙一重で光の矢と交錯する。鳶色の髪が何本が散った。
 そのまま駆けて、浮遊するテンシモドキさんの足下をすり抜ける。

 お互いに背中合わせの恰好になった。振り向かないで構わず全力疾走。
 学生の頃は50メートルに9秒もかかった足は、今では2秒で走り抜ける。
 駆けて駆けて―――雑居ビルの壁面が立ち塞がった。
 死臭を吐き出す換気扇に足を引っかけて跳躍……いや、世界が90度回転したか
のように、今度は壁面を猛スピードで走り始める。
 重力ははるか後方に置き去りだ。
 見る間に大地からさつきの背中が離れてゆく。
 加速は続き、一歩踏み出すごとに世界記録を更新した。

 めいっぱいに広げた両腕は、風を切るかのように流線形を作っている。
 さながら音速を突き抜けるジェット戦闘機のウィングだ。
 視界が夜で埋まっていく。確実にお月さまが近づいている。

 届く!

 神さまは死んじゃったんだ。
 わたしは、弓塚さつきを続けるしかないんだ。
 諦めきれなかったあの人に、届いてみせる―――
 そう心に決めた今なら、
 あのお月さまにだって、必ず届く!

「いっっけえええええええええええええ!」

 最上部の貯水タンクを蹴り抜いて離陸。満月に吸い込まれるように、反転
した重力が奈落の闇へと誘うように、無限に広がる夜へと羽ばたくように。
 弓塚さつきは飛んだ。
 貯水タンクから噴き出した浄水が月光を受けて銀に輝く。

 ―――世界を置き去りにしてしまった。
 全身に風を浴び、スカートの裾をはためかせながら、地上を見下ろす。
 なんて高さだろう。地平線まで一望できた。
 テンシモドキさんなんて、もうまめつぶぐらいの大きさしかない。
 なんてちっぽけな存在なんだろう。いい気味だった。

 嬉しくなってきたから口笛を吹いた。
 当然、音は出ない。口笛の鳴らし方なんてさつきは知らなかった。

429 名前:◆zusatinwSI :2007/05/20(日) 03:20:170
>>428
BGM:「変わらないもの/奥華子」

430 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/20(日) 12:06:420
>>427
魔王<Iディオ vs 白き狼<Gルリック
「語られざる物語」


 一太刀目をかわし。
 二太刀目を流し。
 三太刀目をはじき。
 そして死太刀目を受けた。

 魔王が袈裟懸けに切り下ろしてくるのに対し、白子は頭上で水平に構えた剣で受ける。
 ここまでは先ほどの柄頭で殴りつけたときと同様だった。だがそこから先の行動は大きく違う。
 剣がかみ合った瞬間に、身体を捻りながら手首を返し、互いの剣の上下を入れ替えた。
 下から受けて支えるのではなく、上から敵の剣を押さえつけるように。
 やや変形した鍔迫り合いに近い形となる。

 その体勢から、全力を持って、魔王の身体を押しのけるように両腕で握った剣を突き出した。
 そして、その反動を利用して、己も一歩後ろへと下がる。
 互いの身体は離れていき、当然、間合もひらいてゆく。
 間合いがひらいた。剣を振るうには充分なほどの間合いが。

 そのまま流れるような動作で、白子は剣を左肩に担ぐようにして構えた。
 黒き剣が白子の肩の上で奇怪な戦いの歌を高らかに歌う。
 右手で柄を、左手でリカッソを握る両腕に力が入る。
 限界まで引き絞られた弓から矢が放たれるように、皇子は横になぎ払うようにして剣を振るう。

 傍目にはただの斬撃に過ぎなかった。その一太刀だけを見ればただの水平切りにすぎなかった。
 だが、その一太刀を振るう直前に、白子は剣の握りを素早くかえていた。
 リカッソを握っていた左腕をはなし、その左腕で柄頭ぎりぎりを握り直したのだ。
 自然、剣の間合いは大きく伸びる。

 いままでのものよりも、優に1フィートは長く伸びる一撃が、魔王めがけて空を裂き突き進んだ。


431 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/20(日) 13:44:470
>>430

魔王<Iディオ vs 白き狼<Gルリック
「語られざる物語」


黒の剣が遠心力に任せられて大きく振るわれる。
鍔迫り合いの硬直から間合いをはずされて、こちらの剣が
届かない位置からの斬撃である。

魔剣から贈られる力とその魔剣に宿る自我の賜物であろう。
その剣速は既に魔王と同じ域まで達していた。
いや、この一撃のみが魔王の足も剣すらも上回っていた。

限界まで溜められた力の解放。
そうして振られた刃は狼が獲物に食らいつくが如く
魔王の横腹を深々と切り裂いていた。

しかしこれで止まる魔王ではない。
血を吐き出すよりも早く銀の剣を袈裟懸けに振り下ろす。
避けられぬならせめて皇子に一矢を報おうと振られた一撃は
鎧を強く打った。

思い出したように血を吐く。
瓦礫の山に濃い赤の水溜りが一つ出来上がった。
そしてもう一つ忘れていた腹を中心部まで抉っている黒い剣を
白銀の剣で横に弾いた。

後ろに跳躍。どちらの剣も届かず、走ればまた剣戟が再開するこの距離で
魔王は口の中に血を含みながら呪詛を呟く。

それは勇者がもっとも信じていた者の名。
それは勇者をずっと支えていた者の名。
それは勇者を魔王に堕ちる鍵となった者の名。

まるで助けを乞っているようであった。
一人の人間の名を数度口に中で呟く。
まるで愛する物の名を呼ぶようであった。
口から血があふれながらも数度口の中で呟く。

     一つ一つに憎しみの力を。
     一つ一つに歪んだ愛の賛歌を。
     禍々しい感情を込めて呼ぼう、遠い遠い愛する人よ。
     我が愛する愛しい人よ、名は――――

432 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/20(日) 15:43:140
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>428 >>429

 足下を、一陣の風がすり抜けた。
「なっ……!?」
 突然の出来事に、瞬間、思考が止まる。
 止まった思考の合間を縫い、奴は壁を駆け上がり――空を舞っていた。

「――くくっ……くは、ははっ……そうか、そうなんだ。そうなんだな……!」
 やっと理解った。あれがなんなのか。

 身体に纏った、血の匂い。
 自分の意志で伸ばせる爪。
 人間離れした驚異的な体術。

 僕の予想が正しいなら、あいつは――

 遥か上空、月に届けとばかりに舞うあいつを見上げる。

 薄暗い路地裏に置き土産――光のプリズムを一つ置き、僕もあいつを追って空を疾る。疾って、疾って――あいつに追いついた。

「……改めてこんばんは。僕はエミリオ……見ての通りの、天使だよ……」
 重力を無視して、緩やかに上昇を続けるあいつの前に立ち、芝居がかった一礼、顔を伏せる。

「……良かったら、お前の名前も教えてくれない? 名前を知らないのって……不便だろう? ねえ――」
 伏せていた顔を上げ、歯を剥き出しにした笑顔を見せた。

不死者ノスフェラトゥ……!」
 名刺代わりに、左の拳をあいつの顔面に目掛けて繰り出す。


 踊ろうよ、堕ちた者同士。

433 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/20(日) 16:16:120
魔王<Iディオ vs 白き狼<Gルリック
「語られざる物語」


 外に大きくはじかれた剣を、素早く体にひきつけた。
 しかし、その動作が僅かに遅れる。

 魔王が袈裟懸けに振り下ろした聖剣の一撃は皇子の鎧により防がれていた。
 だが、その刀身が切り込むことこそ鎧で阻まれたものの、
衝撃は白子の身体を貫き確実に傷を負わせたようだ。
 体中に充満する魔力のおかげで痛みこそ感じぬものの、動きに僅かな違和感があった。
 骨に罅が入ったのやも知れぬ。肉が千切れ、腱に傷がついたのやも知れぬ。
 内臓が破裂しかけたのやも知れぬ。神経が傷つき、切断されかけたのやも知れなかった。

 だがその程度では止まりはしない。
 魔王が横腹を深々と切り裂かれ血を吐く今こそが勝機だった。

 ゆえに皇子は、左足を前に一歩踏み出し半身になると、顔の真横で剣を構える。
 切っ先を敵に向けた構えだ。その姿はさながら一角獣か、衝角を備えた戦艦のようだ。
 皇子の耳元で、黒い剣が快楽の呻きをたてる。

 この構えより繰り出されるのは必殺の突きだ。
 皇子の右足が地を蹴った。
 白子はその身を弾丸とかえ、血を吐く魔王へ身体ごと突きかかっていった。

434 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/20(日) 19:04:120
>>433

魔王<Iディオ vs 白き狼<Gルリック
「語られざる物語」


     おお、失われた国ルクレチアの姫よ。
     我とともに婚姻の契りを結びし女よ。
     女をかたどりし憎しみの人形よ。
     我が刃となれ、我を害すものを殺せ。


地を駆けて魔王に黒い剣を突立てんとする皇子。
漆黒の弾丸で貫かれたものは何者であろうと絶命するであろう。
そして黒い剣の餌となってしまうであろう。


     私を誰よりも信じた者。
     私を信じて待った者
     私を裏切った末に自害したもの。
     それでも私はお前を愛しよう。


魔王の口から血があふれる。
込み上げる血を吐くことも飲むこともなく
口という小さな容器から零れだしている。


     名を――――姫。


それでも魔王は気にせずに呪詛を呟く。
しかし何も周囲には起こってはいない。
小源オド大源マナも変化は無い。
ただ魔王が呪詛を呟いているだけである。


     姫と呼ばれることを嫌い、私に名を呼ぶことを許した。

皇子の剣が迫る。
対して魔王は剣を受け止める様子もなく、無抵抗のまま
口から血をこぼしながらも言葉を呟くのみである。


     お前の名を呼ぼう―――――

435 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/20(日) 19:04:290
>>434





――――――アリシア。

436 名前:魔王オディオ ◆OdIoUsLjVw :2007/05/20(日) 19:04:470
>>435

魔王<Iディオ vs 白き狼<Gルリック
「語られざる物語」


呟いたとき、それは魔王の中からそれは這い出た、、、、
誕生でも孵化でもなく、元から飼っていた物が
形を持って出て来ただけである。

それは亡霊であった。
美しい女性の姿をした半透明の亡霊。
ただの亡霊なら単体では無害だ。しかしこの亡霊は―――

「……アリシア」

再びその名を呼ぶ。
弾丸となり魔王を貫こうとする皇子にゆったりとした動作で
剣を魔王に向ける皇子の左腕を握った。

瞬時にメルニボネの皇子は自分の体に起こった異変に気がついただろう。
突然感覚が消え失せ握られた部分が重くなれば当然
精密な剣の打ち合いでは支障が出る。

この亡霊は形を持った呪いだ。
憎しみを捏ね上げて作られた触れることもできない
美しい悲しげな人形。
純粋なる憎しみの塊である石化の呪い。
万物を石化させる魔王として身に付けた切り札であった。

「そう、私は一人であり一人ではない。
 己しか必要とせず、己以外の者を欲する矛盾。
 その答えがこれなのだ……」

その顔には笑みが浮かんでいた。『いとしいお前よやっと会えた』
とでも言いたげな表情であったが、それはどこか歪で、悲しげにも見えるだろう。

「石となり永遠の時を後悔するがよい!
 滅されるのは貴様だ、メルニボネの皇子よ!」

目の前の片腕が石化した黒い剣の担い手を一刀両断するべく
白銀の聖剣を振り下ろした。

437 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/20(日) 21:14:000
>>436
魔王<Iディオ vs 亡国の皇子<Gルリック
「語られざる物語」


すさまじい音をたてて、魔剣と聖剣がかみ合った。
衝撃が全身を貫く。少しでも気を抜けば剣を取り落としてしまいそうだった。

「おまえも矛盾と逆説パラドックスに生きているのか、魔王よ。」

 両腕を使っても五分だったのだ、片腕になっては勝てる道理もない。凌ぐだけで手一杯だった。
 それでも皇子は冷たい笑いを口元に浮かべる。自嘲にも似た冷たくも悲しい笑いを。

「わたしを滅ぼすか、魔王よ。いいだろう。それこそがわたしの望みだ。
 邪悪と破壊と破滅の思い出を抱え生きのびることを――国を滅ぼし、友を殺し、婚約者を殺し、
そうしたもろもろの名の思い出とともに生き続けることを望むと思うのか。
 滅ぼせるものならば滅ぼしてみよ。さもなくばわたしがお前を滅ぼそう!
 さあ、魔王<Iディオ、滅ぼされるのはけっきょく、おまえか、わたしか?」

 皇子の叫びと共に、黒き剣は光を放ち、荒々しい無法の死の歌を叫ぶ。
 皇子は剣戟の手綱を黒い剣へとわたし、己は呪文の詠唱に専念する。
 剣は羽根のように軽やかに舞い、軽やかな動きで魔王の剣を受けしのぐ。
 それはまるで細剣レイピアのようで、両手持ちの大剣とは思えぬような動きだった。

 それでも本気となった魔王の剣技を防ぎきることは叶わずに、
こめかみから眉の上にかけてをざっくり斬られ、流れ出した血が左目を塞いだ。
 だが皇子はそれでも呪文を唱え続けた。

「アリオッチよ、アリオッチ!わが王アリオッチにこの男の血と魂を捧ぐ!
 アリオッチよ、アリオッチ!<地獄の大王>よ――今一度助けたまえ!
 アリオッチよ、アリオッチ!<二本の黒の剣の守護者>よ――メルニボネのエルリックに力を!」

 呪文を唱える白子の声は、律動的で身の毛もよだつようなむせび泣きと化した。
 奇怪な呪文が、そのような声を発するべく作られていない喉で形を成し始める。
 真の人間であればその呼びかけを続けることは叶うまい。
 人間にとっての魔法は長年の研鑽と刻苦のたまものだ。
 だがメルニボネの民にとっては、白子にとって魔法は本能であり本性であった。

 次元の彼方でその呼びかけを耳にした<剣の騎士>アリオッチは、
自らのお気に入りの人間の呼びかけに応えようとしたものの、
<混沌の神>の<地獄の大公>とはいえこの次元では使える力は極めて弱かった。
 空間の間隙に橋を渡すのがせいぜいだ。

 だがそれで充分だ。<道>が通じたのを白子は感じると、白子は己が守護魔神に感謝の言葉をささげる。
 そして今度は、古の時代に祖先が契約を交わした精霊へと語りかける。


438 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/20(日) 21:16:010
>>437
魔王<Iディオ vs 亡国の皇子<Gルリック
「語られざる物語」


海よ、汝はわれらに命を与え
われらの母となり、糧となった
あの空が暗き時代に
汝こそ始めにして終わりなるもの

海の王、われらの血の父よ

汝はいずこ、汝はいずこ
汝が潮は血、我らが血は潮
汝が血はわれら人の血なり

ストラーシャ、とこしえの王
とこしえの海、我は汝を待つ
敵が我らを打ち負かし
我らが海を干さんとするがゆえ


 呪文を唱え終わると共に、突如、水溜りから水が溢れ出す。
 それは無尽蔵に湧き出して瞬く間に脛の中ほどまでが水に浸された。
 異変はそれだけでは収まらず、水面が大きく波立ちはじめ、
そして下から巨大な何かに押し上げられたかのように持ち上がりた。
 さらには水面が渦巻き、逆巻く水柱が、水竜巻が何本も何本も発生し、皇子の姿を魔王から隠した。

 それは神秘であり奇跡でもあった。
 遠い歴史の彼方に存在した大魔術。水の精霊王の召喚だ。
 このような強力な精霊を召喚するなど、可能とするものはほとんどいない。
 メルニボネの民でも、もはや白子の皇子にしか不可能な芸当であった。


439 名前:オルステッド ◆OdIoUsLjVw :2007/05/20(日) 22:37:500
>>437-438

堕ちた勇者<Iルステッド vs 亡国の皇子<Gルリック
「語られざる物語」


「そうさ、私の存在はは願望と拒絶パラドックスで出来ている」

完全に黒い剣へ己を委託した皇子の剣戟は
剣の大きさとは不似合いなほどの優雅さを誇っていた。
黒い蝶は蜂の如く針を向け、魔王の剣戟を防ぐ。

「やはり、私と同じであるか。
 全てを失い、人間の復讐を誓った日から私は苛まれてきたのだ。
 これが私の望んだことなのか、これが私のしたかったものなのかと!」

お互いの渾身の力を込めた剣戟。
皇子の剣戟はよく魔王の剣を受け止め、そして
その剣戟すらも掻い潜ってきた。
眉の上を斬れば、左腕を突いてくるように、両手剣は意思を持って魔王の魂を欲する。

「私がここで滅ぼされるのならそれが本物の願望として享受しよう。
 さあ異界の皇子よ、私を滅ぼすために全力を出せ!
 この正道を踏み外した勇者オルステッドが全力で相手にしよう!」

地より吹き上がる無尽蔵の水。
幾つもできた水柱は皇子の周囲を囲み外界から遮断した。
無論、魔王は今のままではこれを破ることができない。

「―――――魔王殺しの必殺剣を受けよ」

剣に魔の力が集まる。
闇は見惚れるほど美しかった銀の光を覆い隠し、
禍々しい黒の光が剣を包み込んだ。

「これこそ我が国における勇者の証である最大の剣術。
 受けきれるか?メルニボネの皇子よ!」

後はトリガーを引くだけ。
それだけで全てを殺す闇の光が放たれるであろう。

440 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/20(日) 23:51:130
>>439
魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
「語られざる物語」


のろわれしものの暗き誓いを聴きたまえ
<風の巨人>の嘆きよ とおれ
グラオルとミッシャの強き呻きが
わが仇敵をちらさん 鳥の如くに

塩からき真紅の岩々にかけて
輪が黒き刃のわざわいにかけて
ラシャールの物悲しき声にかけて
力強き風よ 巻き起これ

陽光はその棲処を出でて
轟く嵐よりも迅く
鹿を狙える矢の如くに
魔術師をこそ 運び去れ

ミッシャ!ミッシャ!我が父祖の名において御身を呼ぶ、<風の王>よ!


 連続した呪文の行使により、全身が震え、顔が歪み、脳がひきつりはじめる。
 声帯がのどの奥で攣れ、胸は大きく息を吸い込んだ。
 口から赤いすじが流れ落ちた。血だ。
 限界を超えた魔術の使用は、皇子の身体に重度の負担をかけ、毛細血管が弱い部分から破裂していった。
 血は目からも流れ落ち、さながら道化の化粧か、血の涙の如く見えた。

 それでも白子は、メルニボネの魔術皇帝たる祖先らの古き言葉で呪文を歌い続けるた。
 その言葉は人間の言葉とは似ても似つかず、深いうめきから甲高い叫びへと、高まり、また沈み込むのだった。

 そよ風のシルフ、嵐の風の中に棲むシャーナース、旋風の王フハールシャンス、あまたある風の精霊たち。
 その中でも力あるもの、<風の王>ミッシャ。
 ついに皇子の叫びはこの世の果てをこえ、精霊らの住まう奇妙な次元に到達して、風の王の力をこの世界に顕現させた。


441 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/20(日) 23:52:310
>>440
魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
「語られざる物語」


 風の巨人の来訪にともない、雷鳴が鳴り響き、雨は強まり、稲妻がまばらに閃く。
 そして風が吹き荒れた。嵐のような暴風が。
 目には見えぬが圧倒的な存在感と魔力をともない<風の王>はいまこの場に訪れていた。

 それに伴い、潮が引くようにして、辺りを満たしていた水が消えていく。
 さしもの皇子も、異界にては、二柱の精霊王の同時召喚を行うことはできず、
<水の王>はよりどころを失いもといた世界へと帰っていった。
 水柱は崩壊し、波は退いていき、あれほどあった水は、いずこかへと染み入り消えていく。

 そして、白子の皇子と魔王は、距離を置いて相対する。
 互いにその姿は血にまみれ、傷だらけで、常人ならば当に死んでいてもおかしくは無かった。
 魔王の手に握られた聖剣は、闇の光に包まれていた。魔をもって魔を討つ、魔王殺しの秘剣だ。
 まともに受ければ皇子の鎧とて両断されることだろう。
 白子の左腕はもう根元までが完全に石化していた。
 もうすぐそれは心臓までたどり着き、白子の命を奪うことだろう。
 皇子に残された時間はもはや残り少ない。

 ゆえに、この一太刀ですべてを決める。

 魔王と皇子、合わせて四つの赤い瞳が雷光を反射し、不気味に光る。
 真紅の瞳と瞳が絡み合い、互いの意思を、決意を伝えあった。

 皇子は右手一本で、掲げるようにして剣を構えた。
 魔剣は黒くすさまじい炎をあげ、言葉なき恍惚の歌を<混沌の神々>へと歌い上げた。

「この剣は<混沌>を倒すため、<混沌>が鍛えたもの。
 そうしてわたしのさだめもそのことだ。
 いまこそ、この闇の力を持って、お前の闇を滅ぼさん。ゆくぞ、魔王よ!」

 白子の皇子はそう高々と叫ぶと、風の王へと命を下した。

「<風の王>ミッシャよ!我が敵を吹き飛ばせ!」

「汝の意の如くになさん」

 <風の王>はそう応えると、巨大な圧縮された風の塊を魔王めがけて撃ち出した。
 台風をまるまる圧縮したかのような巨大な風の固まりは、廃墟を完全に粉砕しながら魔王へと迫った。

 それを追うようにして、白子の皇子が、地を蹴り走りだす。
 己が全筋力を持って、身体に残された全魔力を持って、己が意志の力をかき集めて、
暴風の過ぎ去ったあとに生み出された真空に流れ込む風の力、気圧の差すら利用して魔弾の如く突き進む。
 さらには阿吽の呼吸で、風の王が皇子の背へと追い風を送り、白子の速度をさらに増した。

 白子の皇子は裂帛の気合を上げ、さながら一個の軍勢であるかのような勢いで魔王へ向けて突撃していった。


442 名前:オルステッド ◆OdIoUsLjVw :2007/05/21(月) 01:19:440
>>440-441

堕ちた勇者<Iルステッド vs メルニボネの皇子<Gルリック
「語られざる物語」


決着の時が来た。
お互いが血に塗れながらも最大の秘術を放ち
どちらが滅ぶか、どちらが生き残るかを決めようとする。

灰色の空は風の王により麻のように荒れ、
振付ける雨は激しく体を打つ。
風の王こそがこの戦いを見届けたものとなるである。

剣を大きく空に掲げる。
振り下ろせば闇の極光が走り、黒い軌道上にいる物は
全て消滅するであろう。

決着を付けんと向かう魔王は腹部を裂かれ額を割られ、
激しい剣戟によって鋼の鎧はその形を失いかけている。
それに対峙するメルニボネの皇子は鎧にこそ傷は無いが
目から血の涙を流し、鎧の中では骨と内出血により凄惨なことになっているであろう。

魔王と皇子の赤い目が合う。
それはお互いに滅ぼしあおうという合図であった


「この剣は魔を持って大魔を打ち倒す為のもの。
 その邪険を振るう貴様も然りだ。
 魔剣を持つ聖者よ、その苦悩に満ちた生に別れを告げさせてやろう!」

放たれる巨大な風の破壊鎚。
廃墟はめくれ上がり、粉塵を巻き上げて
轟音を響かせながら魔王を粉砕せんと迫る。

「全てを滅せよ魔王殺しの剣!」

――――――デストレイル

443 名前:オルステッド ◆OdIoUsLjVw :2007/05/21(月) 01:20:130
>>442

堕ちた勇者<Iルステッド vs メルニボネの皇子<Gルリック
「語られざる物語」


その黒に包まれた聖剣から放たれたのは
禍々しい闇の極光であった。
地を砕き天を砕き魔を砕く―――それがデストレイルである。

巨大な風の弾丸と漆黒の線がぶつかり合う。
風の王の力により作られた巨大な風の塊が皇子の全力なら
自らの魔力を全て注がれた闇の極光が堕ちた勇者の全力である。

巨大な風の塊が放たれた余波が魔王を打つ。
瓦礫に足が埋まり、必死で堪えようとするが、それでも容赦なく吹く暴風は
足首だけその場に残して自身の体を遥か彼方に吹き飛ばさんとする勢いである。

それでも耐えて漆黒の刃を押す。
振り下ろしきればこの刃は皇子ごと両断し、
この最後の死合に勝利することができるからである。

鬩ぎ合うお互いの全力。                                            ―――押し破れ
待機が悲鳴を上げ、音に鳴らない音が当たりに響く。                                ――――押し破れ!
破魔の必殺剣と風の王の鉄槌、それがぶつかり合う刹那の時間がお互いの命運を分ける。            ――――押し破れッ!

ついに風の弾丸の罅が入る。
無限にも思えた時間は魔王の勝利によって動き出した。
少しずつ、風の弾丸は押し下げられながらも刃が食い込んでいく。


     勝った―――――!


ついに聖剣を振り下ろしきる魔王。
勝利を確信した魔王から放たれている滅びの光は
全てを飲み込まんと地に落ちた。

444 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/21(月) 01:52:180
>>443
堕ちた勇者<Iルステッド vs 永遠の戦士エターナル・チャンピオン<Gルリック
「語られざる物語」


 風の精霊王が放った一撃は、堕ちた勇者の放つ漆黒の刃によって両断された。
 堕ちた勇者の放ったその黒き光の斬撃は、風をただ一太刀で斬り裂いて暴風の塊を霧散させる。
 そして闇色の光はそれだけに留まらず、恐るべき破壊力を備えたままで白子の皇子へと襲い掛かった。

「ストームブリンガー!」

 皇子の叫びと共に黒い剣が唸りをあげさらなる力を放つ。黒い焔が刀身を走り、奇怪な魔術文字を輝かせた。
 黒き剣は歌いだす。高らかに、この世のものとも思えぬ言葉で。
 勝利の雄たけびにも似た声、魂に飢えた魔法の咆哮。

 より高く黒い剣が振り上げられ、舞い降りて、死の歌を叫ぶ。
 剣が力強く宙を切り裂きつつ歌う歌は、邪悪な歌――邪悪な勝利の歌だった。
 黒き焔に包まれた剣が、黒き光とかみ合う。

 無限にも近い刹那の時。
 漆黒の焔と闇色の光は拮抗し、互いを滅ぼさんと責め合って。
 ついに彼我の天秤は一方へと傾く。

 白子の皇子の黒き剣が、堕ちた勇者の闇色の光を両断したのだ。
 さしもの魔王殺しの剣も風の王の一撃を断ち切ったことにより威力が弱まっていた。
 それがなければ、逆に黒き光は白子の皇子の身体を断ち切っていたことだろう。

 漆黒の閃光と凄まじい衝撃が廃墟を満たした。
 鎧の内側で白子の身体がきしみ悲鳴を上げる。
 骨は折れ、肉は潰れ、内臓がいくつも破裂する。

 だがそれでも皇子は突き進む。
 剣を高らかに掲げ、あたかも一軍の先頭にあるかのように。
 そう、かれはつねに一軍の先頭にあるのだ。自らが殺してきたものたちの先頭にあるのだ。
 いつか訪れる断罪の日まで、白子の皇子は彼らへの罪を背負い歩き続けなければならない。
 罪を背負い、剣を掲げ、白子は堕ちた勇者へと突き進む。
 ついに、皇子と堕ちた勇者の距離は零となり。

 そして白子の皇子、メルニボネのエルリックは、黒い魔剣を、堕ちた勇者めがけて振り下ろした。

445 名前:オルステッド ◆OdIoUsLjVw :2007/05/21(月) 02:40:340
>>444

堕ちた勇者<Iルステッド vs 永遠の戦士エターナルチャンピオン<Gルリック
「語られざる物語」


全てを飲み込む黒い光の刃が、折れた。
魂食らいの魔剣は邪の炎を纏いて邪の光を打ち消し、
魔王が掴みかけた勝利を奪った。

袈裟斬りに振られた黒い大剣は
罅が入った鋼の鎧を砕き、肩の骨を砕いてもなお剣は進み
魔剣は心の臓まで達した。

「ば――――」

馬鹿な、と言おうとしたのか続きの言葉が吐き出せないまま
命の灯火が強風に曝された。

目から赤い光を失う堕ちた勇者。
白銀の剣は血に塗れながら担い手の剣から離れ
甲高い金属音を立ててその場に落ちる。
堕ちた勇者自身はずるりと、自らの傷口に沿ってその場に倒れ伏した。

「――――私の―――負けか」

口から赤い液体を吐きながら掠れた声を絞り出す。
この堕ちた勇者に残された時間はもうない。
瀕死の獲物は猛獣に食われるのを待つだけなのだから。

「――――――そうか―――これが答えなのだな―――
 人は――――滅びによる救いを拒むか―――」

もはやそこにいるのは魔王ではない。
勇者に祭り上げられるほど力を持つことができた
ただの人間であった。
ただ何かを理解したように穏やかな表情で死に逝く人間であった。

「さ―――魂に―――とどめを刺せ―――私は先に――消え失せよう――疲れたのでな。
 せいぜい気をつけることだ―――裏切りに――――な―――」

それだけを言い終えると堕ちた勇者はもう動かなくなった。

446 名前:エルリック ◆ElriCg9geI :2007/05/21(月) 20:28:570
>>445
堕ちた勇者<Iルステッド vs 永遠の戦士エターナル・チャンピオン<Gルリック
「語られざる物語」

 風の精霊王とともに雷雨はいずこかへ去っていき、今はただ柔らかな雨が降っていた。
 その心地よい雨の中、白子は剣を杖のようにつき、かつての勇者を見下ろしていた。

 袈裟懸けの一撃は、堕ちた勇者の鎧を切り裂き、その肉を破って心の臓腑にとどいていた。
 冗談のように大きな傷口が彼の身体に開き、そこから大量の赤い血が流れ出ていた。
 どくどく、どくどく、血は流れ出て、勇者の身体は、己の内よりあふれ出した血だまりに浸される。
 真紅の瞳は光を失い、金の御髪が己の血に染まり赤黒く汚れていた。
 間違いなく致命傷だった。

 無論、皇子の傷も浅くは無い。立っていられること自体が奇跡に近かった。
 魔剣から流れ込む『力』がなければ、とうに死に果てていたことだろう。
 いや、それがあってすら終わりが近いやも知れぬ。

 だが、その前に。なさねばならぬことをなすとしよう。
 それが彼の逃れえぬ<宿命>であるゆえに。

「わたしも、終わることなく続く争いにはとうに飽いた。
 いつかはこの身も、討ち滅ぼされ、終わりを迎える時が来るのであろう。
 貴公がいまようやく終わりを迎えることが出来るように。」

 そう言って、白子は右手で逆手に持った剣を振り上げる。

「さらば、勇者よ。汝の苦悩はいまここに終わりを迎える! 」





 そして、剣が、振り下ろされた。

447 名前:◆ElriCg9geI :2007/05/21(月) 20:31:120
勇者<Iルステッド vs 永遠の戦士エターナル・チャンピオン<Gルリック
「語られざる物語」

第一の書 形骸の城
>>386>>387>>388>>389>>390>>391>>392>>393>>394

第二の書 虚ろな玉座の御前で
>>395>>396>>397>>398>>399>>400>>401>>402>>403>>404
>>405>>406>>407>>408>>409>>410>>411>>417>>420>>423>>424

第三の書 語られざる物語
>>427>>430>>431>>433>>434>>435>>436>>437>>438>>439>>440>>441>>442>>443>>444

第四の書 終決の訪れ
>>445>>446


ルクレチアのオルステッドのサーガ、ここに終わる。


448 名前:◆ElriCg9geI :2007/05/21(月) 23:10:200

魔王<Iディオ vs メルニボネの皇子<Gルリック
「語られざる物語」

第一の書 形骸の城
>>386>>387>>388>>389>>390>>391>>392>>393>>394

第二の書 虚ろな玉座の御前で
>>395>>396>>397>>398>>399>>400>>401>>402>>403>>404
>>405>>406>>407>>408>>409>>410>>411>>417>>420>>423>>424

第三の書 語られざる物語
>>427>>430>>431>>433>>434>>435>>436>>437>>438>>439>>440>>441>>442>>443>>444

第四の書 終末の訪れ
>>445>>446

第■の書 入籠構造的世界マトリョーシカの始まりにして終わり。あるいはこの闘争の全て。
>>447

語られざる物語は生まれることなくして死ぬ世界に等しい。ゆえに、だからこそ

449 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/22(火) 23:13:370

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>432
 さつきが渾身の期待をこめて駆け上がった月への離陸も、羽根持つテンシモドキ
から見れば巣立ちをはしゃぐ駒鳥の戯れ―――程度に過ぎないのだろう。
 ハイタカの猛鳥は自らの羽根で飛ぶことを誇らない。
 同様の理屈で、テンシモドキはゆうゆうとさつきの下へと羽ばたいた。

 まただとうんざりして跳躍少女は頭を振る。
 彼等はいっつもそうだった。
 さつきの努力と期待の結晶を、鼻歌交じりに飛び越えていく。
 彼女の都合なんて考えもしないで、想いを踏みにじるんだ。

  勝手にすればいい。
  わたしを置いて、
  どこにでも勝手に飛んでいけばいい。

「だから、わたしに構わないで!」

 拳が振ってきた。顔はイヤ。あわてて右腕を振り上げて受け止める。
 二の腕で痛みが爆発した。肉が潰れ、骨が軋んだ。
 足場がないため――空中だから当然だ――踏ん張りがきかず、衝撃に押される
がままさつきの矮躯が吹っ飛ぶ。地上150メートルにスカート姿の光芒が流れた。

「わあああ!」

 叫んだところで、ブレーキなんて持ち合わせていない。
 手足をばたつかせても空回りばかり。アクセルは何の役にも立たなかった。
 夜に佇立する繁華街のシンボル―――74階建てのセンタービルが、流れ星の
進路を阻む。流星少女さつきはビルの36階部に背中から激突。耐風の強化ガラス
を障子のように破って、オフィスに緊急着陸――墜落と言うべきか――した。

 デスクが区画ごとに整然と並べられた、清潔感にあふれるオフィス。
「いたた……」と右腕を抑えながら、さつきは周囲を見渡す。
 蛍光灯から放たれる不快な白色が目を刺した。
 終電なんてとっくに終わっているのに、消灯してない。
 案の定、エレベーター側のデスクで、スーツ姿の男性が目を丸くしていた。

 立ち上がる。手でガラス片を払った。笑顔で取り繕う。

「残業、おつかれさまです」

 誰もいない伽藍のオフィスで、一人ぽつねんと仕事に従事するサラリーマン。
 さつきの胸で燻る正義の心が、わずかに宿った淡い想いを燃料に燃え上がる。
「頑張っているあなたが、好き」―――そんなCMのキャッチを胸裏で反芻しな
がら、サラリーマンの下へと駆け寄った。

「オトナはもうお家に帰る時間だよ?」

 だから、お仕事はわたしが終わらせてあげる。

 サラリーマンのデスクを片手で持ち上げた。
 これ以上は瞳を抉り出すしかない、とばかりに男の目が驚愕で剥かれる。
 えへへと笑って、担いだデスクを窓際まで運ぶ。
 机の上から、紙資料やパソコンがこぼれた。
 ひきだしが開いては閉じて、さわがしく喚き立てる。

 破れた窓から、満月を背負って夜空に浮かぶテンシモドキをサーチ。
 持ち上げたデスクをぶん投げた。
 さらに手近のキャビネットやロッカーも投げ付けて、弾幕を張る。

 残業よ、さようなら。仕事ができなければ、きっと毎日は日曜日だ。

450 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/23(水) 00:29:250
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>449

 僕の拳を腕で受けたあいつが、ガラスを突き破り、ビルに突っ込む。

 正直、期待外れだ。壁を蹴ってこっちに反転してくるくらいの芸当はできると思ってたのに。

「……これだったら、さっきの奴の方がよっぽど歯ごたえがあったね……」
 でも、弱い者いじめは嫌いじゃない。むしろ、好きな部類だ。

 ちょっとだけ警戒しつつ、ゆっくりとあいつの突っ込んでいったビルに近付く。

「……?」
 破れた窓の向こうから、いろいろな物ががたがた落ちる音と、中年と思しき男の情けない声が聞こえた。

 そして――窓の向こうにあいつの姿が見えた。手に、デスクを持って。

 ……デスク?

「ッ!」
 とっさに意識を集中し、防御壁を展開。それとほぼ同時に、あいつの投げたデスクが飛んできた。
 僕の張った防御壁にぶつかり、デスクが派手な音を立ててひしゃげた。
 続けざまに、キャビネットやらロッカーやらといったオフィス用品が飛んでくる。

 なんだか、どこかで見たことのある光景だ。そんな考えが脳裏に浮かび――

「う、っぐ、あがっ、あぁぁぁぁっ……っ!!」
 激しい頭痛が、僕を襲った。

 頭を抱えてその場にうずくまった僕の上を、キャビネットとロッカーが通り過ぎ。

 集中が途切れ、無防備になった僕の頭に、電話機が直撃した。

「……痛い……じゃないかぁっ!」
 怒声とともに、右の拳を突き出す。
 拳から撃ち出された力が一筋の光となって、窓の奥の闇へと吸い込まれていった。

 ひとまず、この痛み、この怒りくらいは、どんな形であれ、収めさせてもらう――!

451 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/23(水) 01:23:330

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>450

 これならさすがに死んじゃうよね、と喫煙室に並んでいた自動販売機の一つ
を窓際まで運んだとき、さつきの直感が簡潔に要点のみを告げた。
 危ない。死んじゃうのは、ワタシ。
 自動販売機を床に放り捨てる。ずしんと地面が揺らぐより疾く破れた窓から
外に飛び出した。ビルとビルの合間に発生する乱れた気流が矮躯を流す。
 背後から閃光が溢れた。破裂音が耳に谺する。振り返ると、つい先程まで
さつきが立っていたフロアから炎の柱が昇っていた。
 爆風で飛び散ったオフィス用品が地上へと吸い込まれてゆく。
 さつきも同じだ。このままじゃ離陸は失敗。惨めなあの日々に逆戻り。

「そんなのはイヤ!」

 手を伸ばし、鏡面のようなビルの壁に爪を立てた。
 耳を貫くかん高いガラスの悲鳴―――無視してフルブレーキ。
 爪痕が20メートルほど続いて、ようやくスピードが緩んだ。
 それでも落下は続く。「もう」と叫んで足を壁面にかけた。駆け上がった。
 先の雑居ビルと同じだ。
 月へと羽ばたく滑走路。74階建てのセンタービルなら加速力は十分だ。
 さつきはまた走った。なんだか走りたくてしょうがなかった。
 だから、壁を大地にして、永遠にまで引き延ばされたがため、薄っぺらく
なってしまった青春を駆け抜けた。肺が潰れるまで駆けるつもりでいた。

 目指すは屋上、地上280メートル。
 そして、38万4400キロ先に浮かぶまん丸のお月さま!

452 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/23(水) 22:53:010
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>451

 一切合財が弾け飛ぶ音が響くより早く、奴が窓から飛び出してきた。
 狙いも何もあったものじゃなかったとはいえ、よく避けた。
 普段の僕だったら、それくらいの感想は抱いただろう。
けれど、今の僕は突然の頭痛のおかげで、とてもじゃないけど冷静でなんていられなかった。
「ちっ……避けるな、当たれよ……!」

 そんなことを言っているうちに、あいつがまたビルを駆け登って行く。僕のことなんか、お構いなしに。
「……ムカつくなぁ……ムカつくんだよ、そういうの……っ!!」
 その光景が、ますます僕の冷静さを失わせていく。分かっていても、どうにもならない。
「落ちろ、堕ちろ、落ちろっ!」
 光の弓に矢を番え、次々に放つ。


 それが、あいつの無謀な夢を増長させるだけに過ぎないことにすら、今の僕は気付けなかった。

453 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/24(木) 01:46:530

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>452

「わああああああああ!」

 流れ星の集中豪雨。ビルの壁面――滑走路のあちこちで光を噴いた。
 窓ガラスが砕けてさつきの頬を掠める。光弾の雨に撃ち抜かれて、竣工から
二年も経っていないセンタービルが、見る間に無惨な姿へと変わってゆく。
 さつきは間断なく降り注ぐ流星雨の隙間を縫うように駆け上がった。
 足下で光が炸裂した。背後で炎柱が猛り狂った。進路を炎の壁が阻んだ。
 ―――全て回避。
 軽快とは言い難いが、吸血鬼らしく人外の脚力に任せて蛇行する。

 あと一歩で屋上のフェンスに辿り着く。離陸は間近だ。
 その瞬間、爆風に煽られた。
 身体が宙を泳ぎ、上昇気流が更なる高みへと押し上げた。

 屋上に佇立する鉄筋のアンテナが目に入った。
 まるで月まで伸びる塔のようだ。
 さつきは身体が流れるがまま、基部に向けて蹴りを見舞った。
 鉄筋アイスバーのようにねじ曲がる。
 二度、三度と続けてキック。完全に基部から鉄筋を断ち切った。
 アンテナが傾く。センタービルの触覚―――全長30メートルの受信機が、
屋上から夜空へと倒れ込んだ。切っ先はやがてテンシモドキへと向く。

「わああああああ!」

 アンテナはテンシモドキへと続く一本道だ。
 頼りない足場に臆することなく飛び乗った。走った。
 夜を駆ける少女/弓塚さつき。
 拳を振り上げる余裕も、蹴り足を飛ばすヒマもない。
 疾走のスピードをそのままエネルギーに変えるしかなかった。

 吶喊。頭からテンシモドキの胸へと飛び込んだ。
 月まで飛び立とうする少女の体当たり。
 理屈に従えば、テンシモドキを地獄まで叩き返すことだってできるはずだ!

454 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/24(木) 23:56:080
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>453

 僕の放った矢を追い風にして、あいつが空へと駆け上がる。
 駆け上がり、駆け登り――頂上にそびえる鉄塔をへし折る。
 さらにその鉄塔を滑走路に、絶叫を伴侶にして、僕の元へ。

「……ふふ、はは……あははははっ!」
 さっきまでの不機嫌を帳消しにして、まだお釣りがくるくらい。
 乱射した矢が当たって、飛び散ったガラスの破片を追い越して、僕の元へ。

 防ぐなんて選択肢、今の僕には存在しない。
 わざわざ僕の所に向かって来ているのに、そんな野暮な事、する訳ない。
 両手を広げ、あいつを待つ――


 暇もなく、あいつは頭から僕の胸へ。
「が……っ!」
 胸が抉られる。骨が砕ける。息が苦しい。

 でも――それでも、僕は両腕であいつの背中に手を回した。
「――ほら、捕まえた……」
 口の端に血を滲ませながら、無理矢理に笑顔を作る。

 捕まえた、離しはしない。けれど、このままだと堕ちていく。
 歯を食いしばり、意識を上空――月に集中させる。僕は堕ちない。堕ちはしない――!
 奥歯が軋む。構うものか。奥歯が砕ける。それがどうした。僕は抗う。僕は重力になんか従ってやらない……!

 アスファルトまで数メートルに迫った時、僕の身体は再び空に舞った。
 あいつを抱えたまま、堕ちた時と同じ速度で再び上空、月へと向かって飛翔する。

 あいつ……っての、呼びづらいな。
 ふとそんなことを思った。
 名乗らないのなら、僕が勝手に名前をつけよう。


……Препятствуйте нам пойти к луне с мной. Май――……僕と一緒に月まで行こうよ。さつき――


 今は五月。
 だから、これで良い。

455 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/25(金) 10:45:070

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>454

 ロケット弾のようなヘッドバットは、狙いあやまたず肉感の薄い胸にクリーン
ヒットした。肉が潰れる生々しい感触。肋骨がへし折れる音を確かに聞いた。
 だけどテンシモドキは堕ちない。
 さつきを抱き竦めると、光の羽根を大きく広げ、夜空へと舞い上がった。

「ど、どうして?! そんなのずるいよ!」

 加速に重なる加速。月へ目掛けて急上昇。
 制止するにも、さつきのスピードは体当たりで殺されている。今の彼女は
ハイタカのかぎ爪に捕らえられ、大空に連れ去られた野うさぎに等しい。
 宙ぶらりんの両足をばたつかせて抵抗するしかなかった。

「やだ。やめて……」

 ぐんぐんと空へ昇る。繁華街のネオンが遠ざかってゆく。
 炎上するセンタービル。
 まるで夜空への航海を始めたさつきを見送る灯台の不動光だ。

「やだやだ。そんなのイヤだよ!」

 誰の力を借りるつもりもなかった。
 ひとりで生きてやると決めたんだ。
 自分の足で空を駆けないと。
 自分の手で月を掴まないと。
 何の意味もない。

 こんな、他人の翼で届くぐらいなら。
 こんな、他人の見下された慰めで連れて行かれるぐらいなら。
 墜ちてしまった方がましだった。

 両腕は拘束されて使えない。
 足は不安定でうまいように蹴り上げられなかった。
 考えよう弓塚さつき。
 冷静になって、考えないと駄目なんだと言い聞かせる。
 こういう時こそ頭を使うんだ。

「わあああああああああ!」

 堕ちろ!

 おでこを胸に叩き込んだ。
 さっきの体当たりで傷みきった胸部に、何度も何度も頭突きを行う。
 ほんとうは顔面に打ち込みたかったが、抱き締められている姿勢上、鼻面
に頭突きは届かない。そのきれいすぎる表情は潰すのは諦めて―――
 堕ちろ堕ちろ、と叫びながらさつきはヘッドバット少女風味を繰り返した。

 つねづね思う。
 自分よりきれいな男の子に恋する女の子が、
 この世にどこにいると言うのだろうか。

 だから、やっぱり潰すしかないんだ。

456 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/26(土) 02:37:250
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>455

 さつきの頭が僕の胸を打つ。何度も何度も。
 呼吸に血の味が混ざって来ているのが分かる。
 さつきは僕を拒絶する。
 どうしてなのかなんて分からない。僕はさつきじゃないんだから。
 分かってることは、唯一つ。さつきは、堕ちたがってる。

 ――良いだろう。それなら、望みを叶えてやるよ。

 何度目かの頭突きを受けるのと同時に、僕はさつきを支えていた腕を放した。
 さつきが重力に引かれて、僕から遠ざかっていくのを見届け、
「行っけぇっ!」
 真下に向けて、一筋の光を放つ。

 ……けど、狙いはさつきじゃない。

 僕が放った光がさつきの脇をかすめ――地上の“置き土産”に命中、そして反射。
 続けて、堕ちていくさつき目掛け、光の矢を降らせる。


 光の矢でアスファルトに縫い付けられる地獄と。
 光に貫かれて月まで吹っ飛ぶ天国と。

 さつき――お前は、何処に堕ちたい?

457 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/27(日) 03:55:320

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>456

「え」

 浮遊感は突然に。
 夜空の渦中に投げ出された弓塚さつきはたった一人。
 縋り付く取っ手も踏ん張る足場もない。―――いや、ここは可愛らしく、
驚いたときに抱きつく相手もいない、にしておくべきか。
 驚愕と混乱がさつきにそんな第三者の思考を与えた。
 もちろん、だからと言って時間が凍り付くわけではない。
 少女の落下が始まった。

「ええええええええええええええ!」

 路地裏の新生者は覚った。解放と転落は同じなんだ、と。
 自分をあんなにがんじがらめに縛り付けていた規範という鎖は、上昇を妨げる
のと同時に、奈落への転落を防いでくれていた。それがどんなに頼りないクモの
糸だろうと、縋れるのならば―――落下を回避できる可能性はあったんだ。
 なにも縋れない。なににも頼れない。
 今の自分に、墜落を食い止める手立ては無かった。

 ああ、バカなのはわたしだ。
 昇る可能性を得たのなら、堕ちることだって考えなくちゃ、
 駄目じゃないか―――。

 違う! そうじゃない!

 全身全霊で否定する。
 弓塚さつきは自由落下に身を任せながら、なお高く月を見上げた。
 誰が鎖を外した。誰が社会から自分を隔絶させた。
 自分じゃない。
 自分は空虚を覚えても、一度だってそんなことを望みはしなかった。
 外されたんだ。隔離されたんだ。
 抗いようのない暴力の犠牲になったんだ。

 気付いたら、弓塚さつきは路地裏で一人ぼっちだった。
 頭上では銀色の月が煌々と照っていた。
 あの時、自分に選択肢は与えられていなかった。
 昇るしかなかったんだ。自分を慰めるには昇るしかなかったんだ。

 だから、悪いのは、わたしじゃない。

「―――わたし以外のみんな、だよ」

458 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/27(日) 03:58:140
>>456>>457

 さつきが佇む紫の砂漠はシンプルだった。
 砂と夜空と自分。この三つだけで世界は構成されていた。
 貪欲な砂の大海は、一つ一つの結晶が渇きが覚えている。
 あらゆる事象/現実を取り込み、捕食し、砂へと還す。
 どんなに貪欲に求めても決して満足することはなかった。
 だから、さつきは夜空を見上げるしかないのだ。
 砂に触れれば、強く輝く黄金ですら色褪せ、渇き、衰える。
 弓塚さつきにとって全ての現実は砂粒の結晶と等価だった。
 ならば、何に憧れればいい。何に価値を見出せばいい。―――そうだ。決して
自分が触れることのできない、頭上の星々に想いを馳せるしかないじゃないか。

 左手が悲鳴を上げた。この窮屈な世界への反抗の産声。今はまだ微かだけど、
やがては地平線の果てまでも飲み尽くすだろう、弓塚さつきの渇き。
 彼女は信じている。枯渇してしまった自分の庭でも、あの夜空だけは変わらず
銀色の満月を浮かばせていることを。

 さつきの墜落を嘲るように光の矢が闇を穿つ。
 自由の利かない失墜の身で回避は不可能―――そのつもりもない。
 左手で矢を受け止めた。
 肉が弾けるより疾く、さつきの心象世界を光弾に浸食させる。
 握り潰した。飛び散る光の破片。まるで砂粒のようだ。

 安堵は束の間。背中を衝撃が貫いた。全身に痺れが奔る。喉から血塊が漏れた。
 肉を焦がす不快な悪臭。背後に殺到する矢まで気付けなかった。
 なんて弾速だろうか。落下するさつきのスピードを殺し、重力を逆らって、
矮躯を夜空へと押し上げた。意識がかすむ。痛みで涙がにじんだ。
 胸にぽっかりと穴が空いたかのような錯覚―――違う。現実かもしれない。
 肉を抉られた自分の胸部。怖くて確かめられなかった。
 再生してくれたら、いいな。きっとしてくれるよね。
 そんな当て所ない希望に縋っている間にも、衝撃に舞い上がったさつきの
身体は、ぐんぐんとテンシモドキに近づいていく。

 ああ、また、会えたね―――。

 必死で抱きついた。口元からこぼれる鮮血が青年の衣装を汚す。
 先ほどとは逆の力関係。決して離さないように両腕に力をこめた。

「ねえ……」

 左手/さつきの世界は背中に添えられている。

「堕ちるときは」

 一緒だよ。

459 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/27(日) 15:29:380
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>457 >>458

 貫かれ、舞い上がる、さつきの身体。
 胸に空いた穴から覗く、血と肉の赤。
 破れた服の隙間から見える、白い肌。
 月の光に照らされたそれは、ひどく鮮やかな色で――とても綺麗だった。

 生命を象るモノは分け隔てなく綺麗だ。生者であっても不死者であっても、それは変わらない。
 だから――その生命をもっと輝かせよう。
 月明かりに花を咲かせよう。鮮血の花を。

 右手に光を集め、プリズムを形成、さつきに――

 さつきの微笑み。僕の胸に縋り付く。背中に巻きつくさつきの両腕。

 視界が歪み、白い闇に覆われる――。
 

460 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/27(日) 15:37:380
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>457 >>458 >>459


――どこまでも広がる、荒涼とした砂漠。星の散らばる夜空。地を照らす真円の月。

月の砂漠に佇む少女。その身を包むものは、何もない。

「――みんな、こうなっちゃうんだ。……だからね、空に手を伸ばすんだよ。……掴めないから。届かないから――」


 ……気が付くと、背中の翼は消えていた。
 右手のプリズムも、役目を果たす前に消え失せていた。

 もう一つ、気付いたことがあった。

 僕達は、重力に支配されていた。
 上昇をイメージ出来ない。
 飛翔を具現化できない。
 脳裏に浮かぶのは、月の砂漠に佇む、身一つの僕と、身一つの少女。

「……ねえ、さつき……

    ――もう、どこにも帰る場所がないなら――

 こんな時くらい、僕の名前を呼んでくれても……いいんじゃないかな……」


 静寂が支配する石造りの森の奥深くへ。アスファルトの大地へ。
 僕達は堕ちていく。
 後戻りは、もう、出来ない。

461 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/28(月) 01:10:090

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>459>>460

 枯渇するマナ。テンシモドキの魔力回路を砂に還す。
 天使の羽根が光の粒子に変わって、夜へと霧散した。
 再び自由落下。夜空に投げ捨てられた二人が地上へと吸い込まれる。
 弓塚さつきは公言通り、テンシモドキから羽根をむしり取ったのだ。

 月を目指した離陸劇の逆再生。
 ビデオテープの逆回しのように、さつきは大地へと帰ってゆく。
 月が遠ざる。まん丸のお月さま。一時はあんなにも近づいたのに。
 今ではもう希望すら抱けないほどに遠くなってしまった。
 また翔べるよね―――そう信じて、視線をうつした。

 ふと見慣れない青年の姿が目につく。
 羽根を無くしてしまった天使。
 飛べない鳥。
 月へと返る手段はない。
 出会ってから初めて、彼の姿をゆっくりと監察した気がする。
 完璧かと思われた美貌を痛切な哀しみが彩っていた。
 奪ってしまってから覚る後悔。―――これで、本当に良かったのか。
 例え彼の翼をむしったところで、自分が翔べるわけじゃないのに。

「エミリオくん!」

 ごめんなさい。声にならない叫び。喉を矛盾の痛みが貫いた。
 今の彼はテンシモドキなどではなく一人の青年に過ぎない。
 あまりに脆弱で、あまりに儚く、あまりに無力だ。
 略奪行為というエゴに対して、胸が張り裂けそうになる。
 ああ、どうして。わたしはどうして―――。

「……堕ちるのは、わたし、一人で良かったのにね」

 いつだって道連れを求めてしまう。
 一人で生きると決めたはずなのに。

 地平線はもう望めない。視界いっぱいに地面が広がっている。豆粒のよう
だった人混みや自動車の屋根が、くっきりと識別できるほど接近していた。
 アスファルトが近づく。さつきは瞼を閉じた。

  もし、堕ちて。
  まだエミリオくんが生きていたら。
  わたしが必ず、
  殺してあげるね。
  約束だよ。
  絶対、だよ。

462 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/28(月) 22:04:100
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>461

 一人だった。一人じゃなかった。
 一人になってしまった。一人だった。
 一人じゃなくなった。一人じゃなかった。
 一人になった。一人だった。一人だった。

「……やっと、呼んでくれたね……」
 地面への飛翔。帰る場所は、アスファルト。


 一人だった。一人じゃなかった。
 一人になってしまった。一人だった。
 一人じゃなくなった。一人じゃなかった。
 一人になった。一人だった。一人だった。

 でも今は、一人じゃない。一人じゃないなら、悪くない。


――衝撃が、全身を突き抜けた。

§

 身体が動かない。
 何も聞こえない。
 何も感じない。
 僕はどうなっているのか。
 さつき――結局、本当の名前はおしえてもらえなかった――がどうなったのか。
 何一つ、分からない。分かることは、空にひとつ、月があることだけ。

 ああ……こんやはほんとうに、つきがきれいだったんだな。そう思った。

「……寒いよ……ウェンディー……」
 不意に口からこぼれたその名前の持ち主が誰だったのか。

 思い出すよりも早く……僕の目の前が、真っ暗に、

463 名前:名無し客:2007/05/29(火) 11:22:190
参戦したいんですが・・・
方法はどうしたら?

464 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/30(水) 02:10:480

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>462
 瞼を開いたとき、視界に不変の夜が飛び込んだ。
 ああ、相変わらずだと安心する。変わらず夜空は広く月は遠かった。

 一分ほど意識が消し飛んでいたらしい。
 気付けばさつきは、砂の寝台に抱き止められるようにして眠っていた。
 四肢はばらばらに飛び散り、肉は潰れ、全身を使ってアスファルトに血の大輪
を咲かせていると思ったが―――幸いなことに五体は無事だった。
 ダメージは深刻で立ち上がることもままらないが、即死だけは免れたらしい。

 砂丘の寝台。無意識のうちに、さつきの心象風景が現実を食い荒らしたようだ。
 落下地点を脆く乾燥しきった砂に変えることで、衝撃を和らげる。
 生き汚い少女は/誰よりも生に絶望するあまり誰よりも死を畏怖する少女は、
全身全霊をもって自分に殺到する無慈悲な現実を否定した。

「あ、ああ……」

 だが、それとて時間稼ぎ程度の役割しか果たせない。
 夜空が明滅していた。
 耳朶から聞くに耐えない異様な雑音が飛び込んでくる。
 痛みはない。指の先まで痺れが走っていた。
 四肢の操作がうまくできない。
 身体の節々がさらさらと灰に還っていた。
 吸血鬼としての直感―――遅らせた時計が再動しつつある。
 弓塚さつきは瀕死の体で、あと数分で消滅するのだ。

「―――の、前に」

 為すべきことが、ある。

「エミリオ、くん……」

 約束だから。

「エミリオ……くん……!」

 確かに、約束したから。

 両腕を駆って、肉塊以下の下半身を引き摺る。ステップを刻めば空へと
踊り出してしまうほど軽快だった身体が、今や見る影もない。
 鉛のように重く、まるで他人の肉を背負わされたかのようだ。
 地面を惨めに這いずってほふく前進を続けた。
 夜空を仰いだままぴくりとも動かない青年に必死で近づく。

 彼が見上げる夜空を隠すように、顔を覗き込んだ。にっこりと微笑む。

「迎えに、来たよ」

 月から見捨てられた青年は囚われの蝶々で、
 さつきが羽根持つ天使たちを捕食することで、
 自らの空虚を補う蜘蛛ならば。
 ―――心から、傷んだ蝶々/羽根を失くした天使を愛してやれた。

 堕ちたことで憐憫を抱く。同情を覚える。共感を示す。
 なんてエゴ。堕としたのは自分なのに。
 そうやって憐れみ続けることで自分を慰めるのか。

 疑念を振り払う。例えそうでも構わない。
 今だけは自分に忠実にありたかった。

「―――さあ、一緒に」

 青年の白い首筋に、そっと牙を押し当てた。

465 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/05/30(水) 02:39:370

 ……闘争と闘争の隙間から、こんばんは。

>>463
 うーん。
 確かに、昔はテンプレートを貼って参戦表明するって感じの……
「登録制」だったんだけど、今は特にそんなことはないかな?
 闘争をしたら結果的に「参戦」したことにはなるけど、
 参戦自体を目的にした方法っていうのは無いんじゃないかな。
 だから気にせず、自分が闘争をしたいときだけ顔を出せばいいよ。
 他のみんなもそうしているから。

 ちょーっと分かりにくい答えかな(汗
 まだ質問があったら、
 ここだと闘争の邪魔になっちゃうから、↓まで来てね。

吸血大殲/陰[散―trois―]茜射す空の彼方はまほろば
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1178895270/

466 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/05/31(木) 23:48:330
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>464

 何も感じなかった僕の首筋に、ちくりと突き刺さる痛みを感じた。
 真っ暗だった僕の視界が、ぼやけながらも開けた。
「……ぅ?」
 さつきが。ビルを駆け登り、月を掴もうとしていたさつきが、
月の光にその身を躍らせて、星に手を伸ばしていたさつきが、崩れ落ちながらも、必死に僕の首筋に唇を寄せていた。
「さつ、き……」
 どうなっているかさえ分からなかった僕の身体が、ほんの少しだけ動いた。

「……駄目だよ……」

 ほんの少しだけ動く腕で、僕は首筋に縋りつくさつきを引き離した。

 予感ではなく、確信していた。“成”った瞬間、僕は自分の力に呑まれる事を。

 自分の服の胸を開いて、さつきの頭を僕の熱くなっている素肌に押し当てる。
 戻り始めた力が、僕の中で騒いでいた。



 でも、もしかしたら――とも思う。
 さつきの“血”が強ければ、あるいは――



 空に浮かぶ月は、いつの間にか現れた雲に、覆われようとしていた。

467 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2007/06/01(金) 13:43:330

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>466

 熱い。煮えた湯を流されるより、なお熱い。
 喉を滑る生命の源水は例えるなら灼けた鉄芯だ。
 冷えて固まることで不死を形作る。

 不思議だった。
 陶器のような肌の持ち主なのに、裡を流れる血潮は誰よりも熱い。
 燃え盛る生命は死への接近を感じさせる。
 激しく燃えれば燃えるほど、尽きるのもまた早い。
 死にたがりの生命ほど熱く滾っている。そう知った。

 鳶色の髪が生気を取り戻す。渇きヒビすら走った肌が水気を得た。
 崩れた身体の一部が再構築され、瞳には理性の輝きが灯る。
 痛みを伴う擬似的な蘇生―――弓塚さつきの再生が始まった。

 持ち上げた右手が、すっと青年の髪を撫でる。

(トリップ勝負! さつきが勝てばさつきの勝ち)
 

468 名前:弓塚さつき ◆dJFYNnHuP6 :2007/06/01(金) 13:44:060
あー! ごめんなさい。トリップ入力忘れちゃった。

469 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆Yuc3knBfXw :2007/06/02(土) 00:55:550
(トリップキー:#emilio)

470 名前:エミリオ・ミハイロフ ◆EMILIozylo :2007/06/02(土) 01:40:530
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

>>467
(トリップ勝負:d<Yでエミリオ勝利)

 身体が、熱い。わずかに残った血液が、激流を思わせる勢いで駆け巡る。
 髪の中を滑るさつきの指が心地良い。

 ……けれど、時間がない。
 沸騰する力のままに、舞い上がる。
 ビルを越え、雲を突き抜け、闇を斬り裂き、黄金の翼が往く。

 視界が光の闇に包まれていく中の、ほんの一瞬。懐かしい姿が見えた。


           ――母さん。僕の事……許して、くれるかな――


§


 閃光が雲を吹き飛ばし、再び月がその姿を現す。

 路地裏に、光の欠片――金色の羽根が舞い落ち、消えていく。
 それはまるで、春先に降る雪のように。

471 名前:弓塚さつき ◆dJFYNnHuP6 :2007/06/04(月) 15:13:100

Epilog

>>470

 まるで黄金の夜明け。もう、そんな余力なんてどこにもないはずなのに、
青年エミリオは自身の身体を光の粒子に変えながら夜空に羽ばたいた。
 抱き締めたさつきの両腕から、こぼれるように。

 なんて幻想的な光景だろうか。咄嗟に手を差し伸べる。
 青年の血で塗れた指先―――届かない。虚しく宙を滑るだけ。
 再生/再構築が始まったさつきの身体。
 青年を追って再び夜空へ駆け出すすほど回復するには、数分の時間が必要だ。
 その間にも輝く帚星となったエミリオは黒塗りの天蓋へと吸い込まれてゆく。
 さつきの下から離れてゆく。

 黄金の翼が灰雲を蹴散らした。
 青年は月へと帰ると言うのだろうか。
 さつきを置いて。

 ―――結局、彼は本物の天使で、彼女が抱いた共感も同情も総ては幻に過ぎ
なかったと、そう言うことなのか。不安/失望に揺らぐ瞳で月を見上げる。

 とくん。鏡面の如き水面に奔る波紋。さつきの心象風景―――世界の最果て
まで続く渇望の庭園に、金色の羽根が舞い落ちる。
 青年から奪い取った鮮血の通貨。
 自分以外の総てを拒みながら、同時に孤独を畏れてる。
 なんて矛盾存在。まるでわたしみたいだ。
 くすり、とさつきは笑みを零す。

 なんてことはない。彼が月へ帰れた理由は自分にあるんだ。さつきは思う。
わたしが彼を奪ったから――しがらみとか、罪悪だとか、そう言った面倒な
ものを取り込んでしまったから――身軽になった青年は、月にだって届いた。
 つまり、彼の輝く部分だけが至高へと昇ったんだ。
 都合の悪いところは全部さつきに押し付けて。

 どうしたものかな、と考える。自分のだけでも持て余していると言うのに、
他人の因果まで抱え込んでしまうなんて。
 お陰で、ただでさえ遠い理想が更に遠ざかってしまった。

 だけど悪い気分はしない。青年を恨む気にもならない。
 だって、ここは路地裏なんだから。世界から不要とみなされた疎外者/誰にも
価値を示せない不良品が廃棄されるゴミ捨て場なんだから。
 ―――彼は、正しいことをした。

「それに……」

 口元に笑みを称えたまま、自分の胸を撫でる。
 彼女にしては珍しい繊細な指使い。
 まるで胸に秘めた何かを慈しむかのようだ。

「『こっち』が本物じゃないなんて、誰にも証明できないもん」

 だから、わたしがもっと強くなれたら。
 その時こそ一緒に。
 いつか、一緒に。

 月光に踊る金色の羽根―――降りしきる光の粒子が、空気に熔けて霧散して
ゆくのを、さつきはいつまでも見守り続けた。




エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
 「堕天の遣いは月光に踊る」

      ―了― 

472 名前:◆EMILIozylo :2007/06/04(月) 23:10:580
エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」

エミリオ導入:>>412
弓塚さつき導入:>>413 >>414
遭遇〜対峙:>>415 >>418 >>419 >>421 >>422
舞い、踊る:>>425 >>426 >>428 >>429 >>432 >>449
>>450 >>451 >>452 >>453 >>454 >>455 >>456
墜落、天使:>>457 >>458 >>459 >>460 >>461 >>462
別離:>>464 >>466 >>470 >>467
終幕:>>470 >>471

473 名前:マドラックス:2007/07/04(水) 22:21:120
ストレンジデイ・アフター・トゥモロゥ/マドラックスVSオゼット

「こんなところで一人酒?悲しいねお嬢ちゃん」

かけられた声に首をあげる。
越しまわり位ありそうな太い腕、邪魔だからという理由で剃り上げた一貫性に
欠ける髭。珍しく真面目に働いてそうな人だと思った。

一人が似合わない、それは彼自身にもわかってる。だから誰かを見つけたがる。
そしてきっとそれが当然っていう空気を纏ってる。格好いいな…。でも。
そんなノーマルさに私は些かの苛立ちを覚えて、出来た気持ちをすぐに伝える。
沢山の皮肉と謎のエッセンスをたっぷり添えて。

「ええ、悲しいわ。けどね、理由は簡単。わかってるの。
 ………………………なぜなら、私が水曜日生まれだから」
"わからない?”
言い淀み、曖昧に頷く男に対して頭を振って
「ありがとう、火曜になったら声をかけて」
断固とした口調で撥ね付けた。風体に似合わず男は黙って立ち去った。
それにマスターが苦笑。
その表情は心外。心の底から私は抗議した。

”仕方ないの”少し唇を尖らせて、言葉少なに続けることで。 

474 名前:マドラックス:2007/07/04(水) 22:22:230
ストレンジデイ・アフター・トゥモロゥ/マドラックスVSオゼット
>>473
今の様なやり取りは日常茶飯事。綺麗ってい言葉が欠片も無いそんなところ。
けれど、私はこのどうしもようもないジャズ・バーが心のそこから好きだった。
燕尾服が少し草臥れた年配のピアノマンも、卑猥だけれど諦めの良いトラッカーたちも、
がたが来て、片方が外れた観音開きの入り口も、そんな中……………
掃除が行き届いている事だけが自慢の真白な漆喰様の頑なな壁も。

SSS(スリースピード)から依頼の来ないある晴天の一日だった。
生き急ぐのは苦手だけれど、予定の突然なくなった場合というのは気分が優れない。
だから今日は水曜日。青天の霹靂とも言う、不安定な水曜日。
私は自分が水曜日、それも今日と同じような裏寒く晴れ渡った日に生まれたと
故なく頑なに信じ込んでいる。

古い記憶の奥底に、【水曜日生まれはとても悲しい】と刻まれていたこともある。
だから、きっと今日のわたしは水曜生まれ。それが理由で今日は悲しい。

脱がない2WAYのダウン、意図的にシワ加工されたウェスタンシャツ。
少し”ちぐはぐ”にレザーブーツ。
所在無げに引き戸の奥、忘れられてたコーデュロイのパンツを着こんで街に繰り出した。
可笑しい。我ながら普段にはない様相に、なんとか少し笑みが出る。
こんな気分の少し悪い日は、きっと仕舞い込んでいる衣服たちが息苦しくしている所為だとか決め付けて。
そんな僅かながらに現実逃避を試みる癖が私にはあるのだ。それでこんな格好になる。
少し長い髪を邪険に払い、カクテルを一つ…指先だけでオーダーした。

当然いつもの、ジン・トニック。

からんしゃかしゃか。子気味良い音がピアノの合間に挟まってくる。

そして、そんな日は定番どおり。
決まって同じカウンターに私はとても深く腰をかけ…
いつものピアノ引きに同じ曲を頼んでみている。
どうしても聞かずには居られないジムノペティ。
節を勝手に付けて歌えるような緩やかなノリ。螺旋したように沈む行く音の流れ。

バカ騒ぎはこの音で一時休戦になる。
埃っぽい場末のバーでも、そういう法則が整然と整備されているのだ。
少しガサツな、けれど相応しい力強い取り決め。
若いときに誰を転がしたとか、一山あてたとか、現実感の乏しい会話にも
心の底から信じるものも否定する者も居ないのだ。
つまり生きる上で賢い人たちなんて、ここにはいない。

そしてそんな風景の中に居るコトが、とても私には心地よく思える。
結局心の持ちようなのだ。死ぬとか生きてるとかそんなものは。
命の安さを知っている彼らは唯一の楽しみであるこの場所を憂さ晴らし以下には扱わない。
それは基本的で、人である以上、とても曲げられない大事なことに思われた。


───ジン・トニック。
タンブラーを傾ける。
ほぼ無色にも関わらず、その色合いを楽しんでいたグラスをやおら傾けて瞼を閉じて
枠のみの窓へと顔をやった。
仕事のない日は殊更に夕暮れが長い。
陽光は棚引く裾を長く引き摺った。赤い光が閉じた瞳に優しい。
酔いが回らない私の変わりに世界がふらりと酔ってくれる親切さに、乾杯。

475 名前:マドラックス:2007/07/04(水) 22:25:340
ストレンジデイ・アフター・トゥモロゥ/マドラックスVSオゼット
>>474
帳も降り、客層が大きく変わり始めた頃。
今の気分のままで居たかった私は、黙って帰ろうと思った。
普通に、いつもどおりのテンポでもって。
けれど。それで終る予定だった今日という日は一人の来客で大きく乱されることになる。

バラードが徐々に競りあがり始める。僅か、腰を浮かせるピアノマン。
誰一人(僅かとは言え)曲調が変わったことなど気にしない中、私だけがそれに気づき顔を上げる。
美人だった。目線の厳しさを眼鏡の底に隠したような。

「あ」

きっと彼女に合わせて、そのピアノマンは趣向を変えたのだ。
自然にイメージを合わせる形で。
天気予報が嘘をついたような悲しさが私を襲い、いてもたってもいられなくなる。
周りの男たちもざわめき始め、世界の力学が音を立てて崩れ始めた。
心に入る少しの痛み。
普段着ている服を洗濯した時、袖口が少し解れているのを見つけたような…
それと同質の気持ちなのだろう。
これまでが否定されて、誤った今を見せ付けられて。
この国は誰にでも優しく迎えてくれる場所ではない筈なのに。
…普段なら生きるも乱すも自己責任、感知する事などなかっただろう。
自らを目立たせる事はその対価を須らく払う事となる。
そんなことはしかし、誰もが既に織り込み済みのはず。普段なら知らぬ存ぜぬで終る話だ。

けれど今日は水曜日。
だから早くその真理を彼女にも分らせてあげなければならなかった。
………同じ女性として、なんとなく。

「何飲んでるの?」

”わたしは、ジン・トニック”
意味のない絡み酒。けれど、どよめく男達より先にその傍に近づいて、眼も見ず横顔で話しかけた。
”お酒を好きな人は好きなお酒だけを飲み続けるもの”だ。
そんな風にわたしは少し考えている。
だからいつも”水曜日”はジン・トニック。他はない。

「よければおごるわ、ジン・トニック」

476 名前:ふみこ・O・V ◆HPv8dyzZiE :2007/07/04(水) 22:26:130
>>473-474
――予感がしていた。
 こんなに月が蒼い夜だから、
 きっと、不思議な出会いがあると――





 私がその店を選んだ理由は何だったのか……今振り返ってみても、想い出せない。
 今考えてみても、あの日、あの店を選んだのは、私……ふみこ・オゼット・ヴァンシュタイン
のやり方ではなかった。

 だってそうでしょう?
 うらぶれた場末の酒場なんて、私には似合わない。

 一流の男と、
 一流のレストランで、
 一流の食事とワインを。
 それが、普段の私。一流の女の日常。

 だから、その日私がそこを選んだのには、何かしらの理由があったはずなのだ。
 ……だが、幾ら理由を考えてみても、私はそれを想い出せない。
 理由を「もたせる」ことは出来る。だが、それがしっくり来ない。

 月の光に誘われたから?
 不思議な"予感"があったから?
 それとも、もっと他の理由?

 いいえ――恐らく、そんなご大層な理由は無かった筈だ。
 ではきっと……と、私は考えるのを諦めた。
 私がその店を選んだ理由は、「ただ何となく」以外の何者でもなくて……だから、『彼女』
と私がそこで出逢ったのも、恐らくは……ただの偶然だったのだ――そんな、私らしくない思
考停止。

――しかし、何故だか。
 何故だかそれが……一番しっくりくる理由な気がした。





「よければおごるわ、ジン・トニック」

 彼女は、私を見ずにそう言った。

「そうね。いただくわ」

 私も、彼女を見ずにそう応えた。
 女から酒を奢られるなんて、私の柄ではなかったけれど……それでも、三流の男たちに
絡まれるよりはまだマシだと思ったからだ。

 透明な酒がグラスに注がれ、それが私の前に捧げられる。
 ことり。
「ジン・トニックです」
 マスターが言い、私はそれに答えもせずに、グラスに映るぼんやりとした照明の光を眺めて
いた。

――静かだった。
 沈黙。
 静寂。
 その合間を縫うように流れる、緩やかで落ち着いたジャズ・バラード。

 私は何か言おうとは思わなかったし、彼女も口を開こうとはしなかった。
 あれほど騒がしかった男たちの喧騒は、今やすっかりとなりを潜め……誰も彼もが、私た
ちに注目していた。その視線には、興味とか、好奇心とか、好色とか……およそ、こういっ
た酒場で飲む男たちが、私や彼女に向けるような感情は存在せず。
 あるのは、緊張だった。

 ピン、と張り詰めた空気の中で、私はただぼんやりと酒を見つめ続け、彼女はゆっくりと
グラスを傾け続けた。
 私も彼女も、一言も喋らなかった。

 つまらない時間?
 いいえ。
 少なくとも私にとって、その時間はそれほど悪くないものだった。

 張り詰めた空気が、
 静かに流れる音楽が、
 かすかに香るアルコールの匂いが、
――そして、隣に座る彼女の"敵意"が、何より心地よかったから。

 だから私は、ゆっくりとグラスを持ち上げ、

「乾杯しましょうか」

 言って、彼女を見た。

「この、いい夜に」

――澄んだ音が、静かに響いた。

477 名前:マドラックス:2007/07/04(水) 22:32:490
ストレンジデイ・アフター・トゥモロゥ/マドラックスVSオゼット
>>476

グラスの触れる音。それに続いた言葉…
「いい夜に」
簡単に彼女はそんな風に言った。

そして悪戯そうな表情に、私は一瞬自分を見失ってしまう。

そんなありきたりで勝手な言葉を言われるなんて思わなかった。
今日はこんな日だって言うのに。
分ってる。───みんな勝手。私も含めてみんなが、みんな。
小さく心で溜息をついてみた。
何時だって、こういう時の私は幼稚なレジスタンスだ。
欲しいと言えないのを分ってるくせに、ショーウィンドウのパンプスの前で立ち続ける
思春期頃の少女みたいに。

彼女の唇とグラスの間を伝うジントニックを私は見つめてみた。
彼女の体の中でアルコールが分解されていく過程を想像したりする為に。
微かな苦味が特徴の流体はどんな風に壊れていくのかとか、そういう事を。
けれど、最後にはどうしてもその特徴的な赤髪に気も漫ろにされて…下らない思考は
中断されてしまう。
 夕焼けの色彩を閉じ込めたみたいなその色を少し欲しいと思った。
けれど口には出さない。
”赤毛は本人にとってはとても嫌なもの”
そんな童話の引用を思い出して踏みとどまった自分にまた驚き始める。
気遣いなんてする必要はこれっぽっちも無い筈なのに。
今日は心根が忙しい日。仕事がなくなった筈なのに心外だ。

────ジン・トニック。

彼女は間違えても逡巡なんてしないのだろう。普段の私みたいに。
趣味の悪かったり、最初から期待もない社交辞令の言葉について。
元々不機嫌な表情を作ってたわけじゃないけれど、仕方なく笑みを作って見せた。
こんなの最初から負けだと悟っていたんだ、と強調するように。
云いわけをするのなら、ピアノの音と周りの空気に道を譲るように。

「乾杯、あなたが水曜日生まれじゃないのなら」

478 名前:ふみこ・O・V ◆HPv8dyzZiE :2007/07/04(水) 22:37:260
>>477

 その時の私は、どんな表情をしていただろうか?
 少なくとも、内心では彼女の突拍子もない言葉に面食らっていたのは事実だ。

「水曜日?」

 思わず聞き返し……そして、少し後悔した。
 目に入ったからだ。
 カウンターの私たちにはまるで無関心といった様子でグラスを磨くマスターの、その無表情
に混じる、どこか吹き出してしまいそうな雰囲気が。

 なるほど。
 これが彼女の"やり方"というわけね。

 私は目を閉じて軽く肩を竦め、手の中に納まるグラスを傾けた。
 透明な液体が唇を伝い、ジン・トニック特有の風味が、口の中に広がる。
――微かな苦味。
 それが、今の私の気分。
 自然と、苦笑が浮かんだ。

「水曜日に、」

 からん。
 カウンターに置かれたグラスの中で、氷が揺れる。
 私は、彼女が口元に浮かべるそれと同じような笑みを作り……それを、彼女に向けた。
 別に、勝負をしていたつもりは無いけれど。
 それでも、痛み分けだと思ったから。

「何かこだわりでも?」

 意味など無い事はわかっている。
 だから聞いた。こだわりがあるのかと。

                   ―――

 やはり、この夜の私はどうにかしていたのだろう。
 侵し、冒し、犯す。
 それが私の戦争のやり方だというのに。
 何故、私はこんな問いかけをしてしまったのだろうか?
 何故?
――答えを求める私に、誰かが囁いた。

『さあ。戦争をする気分ではなかった。それだけでしょう』

                   ―――

479 名前:マドラックス:2007/07/04(水) 22:39:450
ストレンジデイ・アフター・トゥモロゥ/マドラックスVSオゼット
>>478

「マジメな人」

マスターと示し合わせた様に頬を緩めた心を締められて…
少しだけ赤面してしまったかもしれない。
出てきたカクテルが実はライムジュースだったみたいに驚いて…
思わず私は背筋を伸ばしてしまう。
リトルリーグの見習い選手みたいに行儀よく。

罰の悪さに眼をそらす。
対向車からのビームライトの眩しさに目線を蓮に流すときみたいに
言い訳がましい心持で。

きっとこれがこの人なりの誠実さなのだろう。どうでもいいと分ってる
事を見捨てて置けないようなお節介さ。それが形を変えたような。

異邦人の美しさ、そしてKindness.
そして、それを鍵にして人に踏み入ろうとする心地よい無遠慮さ。
けれどその行為は手順を踏んで洗練された適切なものだ。

整然として適切なのは、とてもいいこと。普段ならそう思う。
箪笥の中で繊維のちっとも乱れの無い下着達みたいに。
けれど今は。

「うん、まじめだ、真面目…かなわないな…」

甘えて、何となく気分が悪い…そう言っているって自分を咎められてる
ような気がして少し癪に障った。それは本当に的外れなのに。
けれど。初めての樹海で手を離すような事はこのKindnessには似合わない。
だから、案内してあげないのはフェアじゃない、そんな風にも思う。
そんな私も実は人1倍真面目───だなんて…心の中で自画自賛して。
少しの癒しを自分に取り戻した上で。

言葉を重ねて質問形式で羅列してあげた。「好きか、嫌いか答えて」なんて。

今日とか昨日とかに目に入った”よしなしごと”の幾つか──本当にどうでも
いいことも多分に含む───を使い、私らしいKindnessで『水曜日』について規則正しく。

「晴れた日の、ピクニック」
「アイスクリームパーラーの…それも、家族連れで少し込んでるところ」
「ブリーツスカート。アイスクリームみたいな柔らかい色合いの」
「ショコマカロン。」
「レッドのベルベッドシューズ。ただ、履かないで飾っておくだけ」
「シャーロットのおくりもの。読んだ事はないけれど」
「こんな甘さの足りないジン・ベースカクテルに…」






…「こんな風に、絡んでくる女と話さなくちゃならない水曜日」

480 名前:ふみこ・O・V ◆HPv8dyzZiE :2007/07/04(水) 22:44:120
>>479

「好き」
 と
「嫌い」

 単純な二択。
 ピアノマンが紡ぐアップテンポなモダン・ジャズと、いつの間にか復活していたバーの雑音を
BGMに、私はそのどちらかを選んでいく。
 ある時は即答し、ある時は考えて。

 深くは悩まなかった。
 実際、後から考えてみれば好きと答えた中にも嫌いなものはあったし、逆に嫌いと答えた
中にも好きなものはあった。

 虚実はどうでも良いと思っていたから。
 私は、このどうでもいい会話の、そのテンポを、楽しんでいるだけなのだ。

 彼女は意味のない言葉を私に投げかけ、
 私は意味のない答えを彼女に返す。
 意味のない会話のキャッチボール。

 私はその時間に概ね満足し、
「そして……こんな風に、絡んでくる女と話さなくちゃならない水曜日」
 ……けれど、彼女は不満に思っていたらしい。

 私を見つめる、何処か言い訳じみた、彼女の甘えた表情。

――ああ、そう。
 そういうこと――

 そんな彼女の表情で、私はやっと理解した。
 私にジン・トニックを奢った、彼女の気持ちを。
 彼女から向けられていた敵意の、その正体を。

 ジンクス。
 それは意味など無い、けれど大切な事。

『こだわりが人を形作る』

 何処かの誰かが言った台詞。
 それは正しい。
 こだわりを積み重ね、人は自らの"日常"を生きている。
 AはAの"日常"を。
 BはBの"日常"を。

 同じように、彼女も彼女の"日常"を生きていて――恐らく私は、その"日常"を侵略して
しまったのだ。土足で、無遠慮に。
 私の存在が、彼女の"日常"を揺らがせた。
 だから彼女は、そんな私にジン・トニックを見舞わせ、『最悪な水曜日』の話を聞かせるの
だ。自らの"日常"を護る為に。

 そう認識した途端、私の意識は急速に切り替わっていった。
 やはり、今日の私はどこかおかしい。
 戦争をする気分ではない?
 甘えた事を。私から仕掛けておいて、いったい何を言っているのか。

 これは立派な戦争だった。
 賭けているのは、自らの"日常"。
 そういう名前の、価値観。

 人は一人も死なないけれど。
 負ければ自らを否定される。
 それは、どんな敗北より屈辱的だ。

(随分と腑抜けていたものね)

 やれやれ……。
 自嘲気味な笑みが漏れる。
 自ら仕掛けた戦争を戦争だと認識できなかった私は、気付かないうちに随分と劣勢に追
い込まれていたようだった。

 ここは敵地で、"今日は水曜日"で。
 須らく彼女のペースだった。
 ……恐らくは、このジン・トニックも。

 けれど、私は気付いた。
――なら、まだ取り戻せる。

「マスター」

 言いながら、私はグラスに残った僅かな酒を一気に呷り、

「彼女にジン・トニックを。私にはバーボン、ストレートで」

 注文を受けたマスターは、小さく頷きボトルを手に取った。
 二つのグラスに、それぞれ違った酒がゆっくりと注がれ――

「別に、」

 それを眺めながら、私は口を開いた。

「嫌いじゃないわ。そういう日も」

 彼女の方は見なかった。
 だから、彼女がその言葉にどんな顔をしたのかはわからない。
 これが私の正式な宣戦布告だと、彼女が気付いたかどうか。

 その最中にも、マスターは淀みなく自らの仕事を全うし、私たちの前に二つのグラスが捧げ
られる。

――これで、準備は整った。
 彼女には、彼女の武器を。
 私には、私の武器を。

 私はゆっくりと、琥珀色の液体が揺れる武器を手に取り、

「それじゃ、改めて乾杯しましょうか」

 そう言って、不敵な笑みを彼女に向けた。

「この素敵な"水曜日"の夜に」

――チン。
 澄んだグラスの重なる音。
 これが、私の反撃の狼煙。

481 名前:マドラックス:2007/07/04(水) 22:45:580
ストレンジデイ・アフター・トゥモロゥ/マドラックスVSオゼット
>>480
「そこまでしなくても」

”何もこんなところで”
言い訳がましく響く声だけが取り残されて、少し気恥ずかしくなる。
低く抑えてみても私の声は曰く、転がるまりの様な”声で場にそぐわない。
けれど、それは今の私には救いになっているのだろうから、"Yes"と思って
みるしかないのだろうか。
ただの遊びを窘められて、笑顔で送り出されている今日の私は、彼女の日付には余程
遠いって潰されかかっている状態に違いなく……。

うん。
この人は結局、何処でも生きていける人なのだろう。
スカイラウンジで窓際、一家が路頭に迷うような代金のアルコールを口にする夜伽話でも、
トリスが似会うモーテルに一人で硬いベッド、素泊まりの夜でも
全然不自由することなどなく渡って行くような。

……何時もの癖。
腰のポケットに手を入れようとして、それが無いことに少し慌てた。
服装も何かも日常じゃない今日。
私の中の水曜日は記憶の中ではとても潔癖だったのに、早くもそれは
脆くなっている。ビスケットの端のように、ぼろぼろと。

人間はきっと水分だけでも生きていけるとか、きっとこの人は
言い出すに違いない。
少なくとも、私には彼女の言葉はそんな風に響いていた。神様みたく独善的に。

”わたしには、きっと無理”

黒ビールを長靴みたいなジョッキで飲み干す男達を目で追いまわす。
彼らはきっと、明日の朝には干からびている。
アルコールが消えうせた体には身も心も、疲れ果て。
自堕落な彼らに、彼女の言葉はネオンサインが映し出すクラウンの
ボールほどにも響かないだろう。
ここは最初から嘘で固められた日常の廃棄場だった。
”狐と葡萄亭”とでも言うべきなのがこの店なのに。

…少し、ジン・トニック。

きっと私はこの人たちに近くて、彼女はピアノマンと同じなのだろう。
昔を語らず腕はよく、場末で誰も聞いていなくても変わらずに存在していて
スタイルも崩さない、大理石の様な雰囲気が。

考え詰めて、呟いた。少し肩を持ち上げて。
そしてその言葉はとても透き通って響く。つまり、保守的に。

「つかれちゃうよ?」 

482 名前:マドラックス:2007/07/04(水) 22:46:590
>>481
”かんぱーい”

こんな風にお酒の量が何時しか増えていた。
そもそも私は ジン・トニックが好きなわけじゃない。
アタマのすっきりするような喉越しや、心に染みる歯科医師みたいな
印象を与える味も。

…パスタなら、少しくらい美味しくなくても食べられるのに。
───もちろん、多分に拘りがあったとしても。
明日はパスタにしよう。うん、パスタ。心で一人呟いてみて…
その感触に、"水曜日"の終わりを少しずつ確信していた。

483 名前:ふみこ・O・V ◆HPv8dyzZiE :2007/07/05(木) 22:15:350
>>481-482

―――

 それからの事は……
 ……そうね、それからの事は何を語れば良いかしら?
 語る事は沢山あるけれど、だけど、何一つ語る事などない……思い返してみれば、私と
彼女の戦いは、そういった類のものだった。

 一を語れば、十を語らずにはいられない。
 十を語れば、百を語らずにはいられない。
 百を語れば、千を語らずにはいられない。

 ……けれど。
 それは本当に、他人にとっては"どうでもいいこと"に過ぎないでしょう?
 私だって、自分の事ばかり語りたがる独りよがりな男の話など聞きたくないし、もし聞かさ
れたらうんざりするもの。

 だから、私はその戦いについて……詳しく語ろうとは思わない。
 話したのは、本当にくだらない事よ。
 例えば、

 好きな色、
 好きな曲、
 好きな味、
 人を撃つ時に考える事、

484 名前:マドラックス:2007/07/05(木) 22:19:350
ストレンジデイ・アフター・トゥモロゥ/マドラックスVSオゼット
>>483
それからはただの、お話。
…彼女は、本当に詰まらない、取るに足らない事の様に話してた。
バーボンに付き物の、ほんの僅かなチェイサーだとでも言った雰囲気で。

だから内容も、まるで大雑把。
とても下手な口説き文句に答えてるみたいな、外国語の翻訳みたいな雰囲気の。
────好きな色はとか、耳を喜ばす曲はとか、楽しむ料理はとか…そんな内容。
けれどそんなものに、私は殊更大げさに頷いていく。
「へぇ───」とか、「わかる、そういうの」。声、曖昧だけれど断固とした響き。
そんな私に彼女は酒精を楽しみながら良く通る声で話してくれた。
少しの微笑も絶やさずないのは、もちろんの雰囲気で。

可笑しいんだ。
綺麗で、きっと自信家で。どう考えても”そぐわない”この人が…まるで田舎娘みたいに
軽く杯を煽り、(勿論動作は優雅だったけれど)ありきたりの話題しか無い様な…
行かず後家宜しくの、よしなし事を話してるんだもの。
だから、思ってしまった。───可哀想な私たち、って。そんな風に。
だって”折角”なのにこんな話ばかりしなくてはいけないのだから。
どうして今日は”水曜日”なのだろう。こんなに、今、愉快な気持ちになっているのに。
拗ねた面持ちで私は彼女に流された。
この日はどうせ私が望んだ一日じゃないのなら、彼女にあげてもいいのかな、、、
そんなふうに柔軟に今なら考えられたのだから。

────ジントニック。

「わたしも、話していい?」

きっぱり主張する。…誰がどう見ても私に話の牌を振ってくれたにも関わらず。
わざと繰り出す興味深そうな視線や、よく似会う編み上げブーツの踵を殊更に硬い床に
こつこつ打ち付ける彼女。
そんな、似合わない仕草がそう仕向けていたのに逆らいきれないなんて。
…冗談でもそういうのを認めたくなかったから…。だから私も負けずに道化てみせる。
”水曜日”と呼んだこの日だけは、少なくとも。

それから意地になって話した内容は嘘ばかり。
それも、知りもしない内容を多分に含んでいたりする話。

父親は裕福で家には執事が居るほどだけれど、今は語学留学で此方にきているコトとか。
通っていたジュニアスクールでは男女混合のリーグがあって、そこのファーストベースを
死守していた(細かなルールなんて私は当然知らない)コトとか。
誕生日には生まれた日を彩る生誕花を部屋中に敷きつめて、その香に包まれて一日を
過ごす風習があるんだ、とか…そんな事ばかり。

話すほどに、語るほどに、私は誇りをもって、現実の様に平気で口にし続けている
自分に気がついて。…本当に可笑しくなって来てしまう。
狡猾な詐欺師────舌先三寸で富を得る目狐。…そんなみたいじゃない?
おかしい話。話しながら最後の方は、楽しくお酒を飲めていた気がする。
こんなにどうでもいい、色合いさえ楽しめないジン・トニックでさえ愛しく思える位には。

けれども、そんな時も成り行き任せに過ぎてしまう。
かりそめの悲しみを、取り繕った話題で笑い飛ばすような奇妙な一日も
結局は終ってしまうみたい。遠くない内に、ゆっくりと。

ダウンジャケットから響く携帯のコール、震動で3音”──連絡を”。

だから少し真顔に戻って、酔いが現れたかもしれない目で彼女に見据えて話してみせる。
”普通”の時間に戻す、それは単純な魔法の言葉。 

485 名前:マドラックス:2007/07/05(木) 22:20:230
>>484














「───なんて...全部、嘘」











486 名前:ふみこ・O・V ◆HPv8dyzZiE :2007/07/05(木) 22:22:420
>>485

                  ※※※

 移ろわぬ季節が存在しないように。
 永遠の夜がありえないように。
――始まりがあれば、終わりがある。

 それは絶対の理。
 それは誰もが知る当然のこと。

 そう、誰もが知る。
 当然のこと。

                   ※※※

487 名前:ふみこ・O・V ◆HPv8dyzZiE :2007/07/05(木) 22:23:480
>>486
 私は琥珀色の液体が揺れるグラスに目を落としながら、彼女の眼差しを感じていた。
 先ほどまでとは違う真剣さが、そこにはあった。
 いや……これこそが本当の彼女なのか。

『――全部、嘘』
 楽しい時間を強制的に断絶する、無慈悲な一言。
 彼女が果たして、どんな気持ちでその言葉を口にしたのか。
 それは、私にはわからない。

 唯一つわかっている事は、"私は勝てなかった"、という事だ。
 結局のところ、私は彼女のジンクスを崩すことが出来なかった。

 "水曜日は最悪な日"。

 あの瞬間まで、私は確かに優位に立っていた。
 後もう一押しで、私は彼女のジンクスを打ち破り、彼女の価値観を足蹴にして、その上
に勝利の旗を立てる事が出来たというのに。
 彼女は最後の最後で、思わぬ援軍を呼び寄せてしまった。

 携帯のコール。
 振動で三音。

 それが何を意味するかはわからない。
 だが、それが彼女を現実へと引き戻してしまった。
 彼女は自らの手でそれまでの愉快な時間をぶち壊し、現実に戻ることを選択した……
いや、選択せざるを得なかったのだ。

 そんな真似をしなければならない水曜日。
 それは、私もやはり――最悪な日だと思う。

「そう」

 私は言葉少なに彼女に答えた。
 彼女が嘘をついていたことを、責める気にはならなかった。
 だって、私もついていたもの。沢山の嘘を。
 なら、お互い様でしょう?

 だから私は、その時の偽らざる気持ちを口にした。
 この時間が終わってしまった事に対しての、偽らざる気持ちを。
 たった一言。

「残念ね」

 同時に、席を立つ。
 彼女との戦争は終わった。
 もう、私がここにいる理由もない。

 マスターに適当なアクセサリを投げ、
 カウンターに背を向け、
 そのまま十歩。
 蝶番が壊れて立て付けの悪くなったドアにそっと手をかけ――、

――そして、私は振り向き、彼女を見た。

「ねえ、」

 戦争は終わった。
 負けはしなかった。
 勝ちもしなかった。

 だからこれは、ちょっとした悪戯。
 戦争の続きではなく……単純な好奇心からする、意地悪な質問。
 口元に悪戯っぽい微笑が浮かぶのを自覚しながら、私は、

「木曜日はどんな日なのかしら?」

――そんな事を、彼女に聞いた。

 時計の長針と短針が、まるで恋人のように重なり合っていた。
 0時0分……今は3秒。

 そう、それは当然のこと。
 誰もが知る絶対の理。
 例え、"水曜日"が最悪の日であろうとも。
 それでも、次の日は来る。
 いつも通り。

488 名前:マドラックス:2007/07/05(木) 22:27:310
ストレンジデイ・アフター・トゥモロゥ/マドラックスVSオゼット
>487

席を辞した彼女の残したバカラグラスを手元に寄せて、自分のタンブラーに注ぎ込んだ。
その行為自体を”良かった”…心の底からそう思う。
これで綺麗に交わったのだから。全然違う二人が過ごした、とても奇妙な水曜日が。
朝もやみたいに混ざっていく湿度の違う、2つのアルコール。
不思議なそれを少しだけ舐めてみた。
カロリーメイトを始めて受け取った、飢えた未開人みたいな雰囲気で。
元来猫舌で臆病で、人見知り。それが常日常の私だけれど…
その用心は決して間違ってないとすぐに確信する。
二人の日付が交わったこのテイストはお世辞にも美味しくなくて…
彼女の問いかけに、私は決して答えられないのがとても如実に分かった気がしたから。

ただ黙って、そして素直に情けない困った顔を彼女にだけ突き付けて…
軽く手のひらを左右に振って余裕を見せた。つまり───「またね」なんて。

その態度に呆れたのか、彼女はそのまま去ってしまった。少しの微笑を残したまま…
入って来た時と同じく優雅に、その場所になんて居なかった様に消えていった。
私は一人、取り残された様な気分になって戸惑ってしまう。
元々此処に居たのは私のほうが先なのに。
分かっている。きっと寂しいのだ。彼女がどんな仕草をしても私はこんな気持ちに
なったのだろう。殆ど確実に。

…自分で放り出した昨日なのに。  

489 名前:マドラックス:2007/07/05(木) 22:28:250
>>488
マスターは変わらずにグラスを磨く。
男たちは酔いつぶれ、或いは家路に急ぎ、または空騒ぎを繰り返している。

店内も相変わらずの白。不器量な魚みたいにぼぉっと夜に浮かんでいた。
むき出しのプロペラみたいな空調が乾いた音でからからと空回りしてる様…
そんな事すら、何時もどおりの今日という日をわびしく演出しているようだった。

そんな中。誰も気にしていないはずなのに、ピアノマンは席を立ち
燕尾服のすそを正して一言…

「明日はいつも失敗の無い、良い一日でありますように」

手を振りかぶって大仰に一礼し、立ち去った。
装飾過多のトラックが照らし出す影の脚の長さがとても印象的だった。
その背中に、迷わず小さく拍手を送る。
そう、わたしはこの一言が聞きたかった。きっとそれが答えなのだから。
宵を超えても日常何も変わることないこの国、ガザッソニカでの…
人々が夢見る、とても侘しい最後の希望というなのが答え。

490 名前:マドラックス:2007/07/05(木) 22:30:150
>>489
携帯がまた数コール。3コールでは、わたしは取らない。
痺れを切らした彼は珍しくその倍も続けて投げかけてきた。
マナーモードの音すら少し苛立たしげで、強引に響いて聞こえて…笑ってしまう。
仕方なしに私はその電話の小さなボタンに指を乗せ、耳元へ持っていく。
そして開口一番、彼より先に

「ハロー、昨日の私は、水曜日だった。SSS、今のあなたはどう?」

後は、蛇足。彼女とはかかわり無い何時もどおりの私のLife。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
・・



「ああ、そうだ。昨日は”教会”に入って来たよ」
「偶には、現世に得を積むのも悪くない?…そんなの貴方らしくもないわ」
「まったくだ。しかしそういう日も誰にだってあるだろう?今日を見たまえ。雨の日と月曜日は」
「憂鬱」
「そのとおりだ」
電話が、切れる。
そして私は着替えて眠りについた。何時もどおりのシャツに下着で白いシーツに滑り込む。
違うことといえば………
彼は偶には教会も悪くない、そう言った。”それなら私も祈ってみよう”
……そんな風に思ったことだろうか。
そうと決めたら、目を閉じうつ伏せになり何処かに居るらしい神様に一度語りかけてみる。
記憶の檻にぼやけて残る、遠い日の告解の決まり文句で、真摯な心で。
この世の果てまで繰り返されるであろう、水曜日の連鎖たちに想いを馳せて、
世界の全ての水曜日者に千のkissと祝福を、そんな風な内容で。
それで事態が好転すれば、たった一つのお慰み、なんて、ね。

「おやすみなさい」

491 名前:ふみこ・O・V ◆HPv8dyzZiE :2007/07/05(木) 22:32:190
>>488-490
―――

 それからの事?
 さあ。
 そんな顔をされても、知らないものは知らないわ。

 彼女が誰で、
 何処に住んでいて、
 何を生業とする人間なのか。

 私は一切聞かなかった。
 聞こうとも思わなかったし。
 彼女も、恐らくそうだったでしょうね。

 私と彼女は、

 あの日、
 あの夜、
 あの場所で、
 出会い、
 そして、別れた。

 ……ただそれだけの関係。

 醒めている?
 ええ、そうね。
 けれど、同時にとても熱くもあった。
 彼女も私も、互いに興味はなかったけれど。
 そこには、奇妙な友情があった。

 だから、私はあの夜を今でも思い出す。
 名も知らぬ好敵手との、奇妙な一夜を。
 幾千の夜を越えて尚、
――想い出は、この胸に。





 ……あら、もうこんな時間なのね。
 残念だけれど、二人の時間はこれで終わり。
 今日はもうお帰りなさい。

 これから仕事があるのよ。
 くだらないものだけれど、どんなものでも仕事は仕事。
 請け負った以上、果たさないわけにもいかないでしょう?

 それじゃあ、さようなら。
 また明日、逢いましょう。
 おやすみなさい。

492 名前:マドラックス:2007/07/05(木) 23:03:340
>>473>>474>>475>>476>>477>>478>>479>>480>>481>>482>>483>>484>>485>>486
>>487>>488>>489>>490>>491

不可思議な一日の想い出を胸に、私たちは迎える。
今日という名の明日を。
そう……いつも通り。
ストレンジデイ・アフター・トゥモロゥ/マドラックスVSオゼット
Start.

493 名前:ふみこ・O・V ◆HPv8dyzZiE :2007/07/10(火) 20:36:260
――確信があった。
 再会の予感。
 こんなに月が蒼い夜だから、
 きっとそれは、実現すると――

494 名前:ふみこ・O・V ◆HPv8dyzZiE :2007/07/10(火) 20:37:430




 銀のナイフが、軽い音を立てて青白い首筋に突き立った。

「ぐえっ」
(冴えない断末魔ね)

 抱いたのは、そんなつまらない感想。
 そのまま掌で柄を押しやると、面白いように喉笛が切り裂かれていく。
 突き刺した反対側まで押しやり、柄を握って、引き抜いた。
 同時に、どす黒い血飛沫が噴き出し、私の顔を濡らす。

「……臭いわ」

 思わず顔を顰め、呟いてしまう。
 吸血鬼の相手は、これだから嫌になる。
 こいつらと来たら、血をめぐらせないでいるうちに、すっかり淀んで腐らせているのだから。

 血の匂いは嫌いではない。
 鉄火と血の香りは、即ち戦場の匂いだから。
 けれど、腐ったのは幾らなんでもお断りだ。

「ふん」

 ナイフを振るって血を払う。
 そのままそれを、玉座に腰掛け、身動きもとれずに固まる吸血鬼に向けた。
 あれこそ、今夜のターゲット。
 吸血鬼の祖、ドラキュラ・ブラド・ツェペシュ公――もちろん自称――だ。

「これでおしまい? ツェペシュの末裔を名乗った割りに、随分と貧弱な手勢なのね。たっ
た50にも満たない配下しか持たないなんて」

 その言葉は、恐怖に震える化け物の、かすかに残った自尊心を傷つけたらしかった。
 眉間には皺が刻まれ、その視線が憎憎しげに私を捉える。
 ……けれど、それまでだ。
 あの化け物にはもう、どうする事も出来ない。

 そう。
 いくら鈍感な化け物でも、もう理解しているはずだ。
 自分と、目の前に立つ女……つまり、私……との間に聳え立つ、絶対的な力の壁を。

「貴方たちのへどろ臭い血を浴びてしまったから、帰ってシャワーを浴びたいの。そろそろ死
んでもらえるかしら? 無抵抗で居てくれると、助かるのだけれど」

 私の言葉に、吸血鬼が牙を剥いた。
 尊厳を踏みにじられた者特有の、殺意と憎悪、後悔、絶望……それらが綯い交ぜにな
った視線が、私を見上げる。
 良い気分。
 そう思った。
 この視線を受けられるのは、勝者だけの特権だもの。

「そんな目をしても駄目よ。これから貴方は死ぬの。あと数秒も経たないうちに」

 言いながら、一歩を踏み出す。
 カッ、というブーツが石床を踏みしめる音が辺りに響いた。

 カッ。
 一歩。
 カッ。
 また一歩。
 踏み出すごとに、化け物の口元に無念さが浮かび上がり、そして、
 カッ。
 あと一歩。
 距離にして、50cmもあるかないか。
 この一歩を踏み出した時、化け物の命は終わる。
 私は、その最後の一歩を踏み出そうとし、
 瞬間、化け物が口元が愉快そうに歪んだのを視界に納め、
 炸裂音が寒々しい部屋に響き渡り――

――私は我知らず、背後へと跳躍していた。
 浮遊感。
 現実感を失った、その瞬間。
 だが、それも束の間。
 弾丸が床を抉るくぐもった音が、私を現実へと引き戻す。

「何事!?」
「何をしている、人間! 今ので殺せんとはッ!」

 叫んだのは、同時。
 "そこ"(窓)を見上げたのも、また同時。

――そこに"影"が立っていた。
 満天の星空を背景に、月の光を背に受けて。
 神秘的な美しさを持つ、蒼い光のシルエット。

「それでも最高のエージェントか、」

 予感は、こうして果たされた。
 あの日、名も告げずに別れた私と彼女。
 再会を願ったわけではないけれど。
 今、再びこうしてここにいる。

 ならば、今は明かそう。
 あの夜、直感しながら敢えて目を瞑ったその名前を。
 そう、彼女の名は――

「――マドラックスッ!」

495 名前:マドラックス:2007/07/10(火) 20:45:280
>>493>>494
私の一日。朝起きて、一度に窓を大きく開け放つ。
オフショアの様にそよぐ風、泡のように弾ける陽光。気持ちのいい日。
今日は夕方からの仕事。…それまで、、、朝、何をしよう。
こういう日はとても不可解。
掃除、靴を磨いたり、普段あんまり使うことの無いティーポッドを磨いてしまったり。
そんな風に、漠然と急き立てられた気持ちになる。
だからこそ、とりあえず落ち着いてみよう。
コーヒーメーカーのおと。
少し指定より大目の量、水を注いで刺激を低くする。香りは好き、後味は嫌い。
コーヒーなんて結局そんな飲み物だから。少なくとも、私にとって。

うなりを上げる音をききながら、壁のカレンダーをそのままチェック。
赤い丸で囲まれた約束された特別な日、それが今日。嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。
やっぱり今日は晴れるべくして晴れた、いい日取りという事なのだろう。

───どんな顔して会おうかな。
クライアントには、第一印象がきっと大切だってずっと思ってきた。
少し素敵なゲストが来るみたいだし、綺麗にして行きたいって思うのは割と普通の感情
だと思う。

清々しく、血圧が高まり、全身に新鮮な栄養と空気がいきわたったことが実感される。

”───うん”

思い切りベッドにダイブ。/部屋を揺らして軋む音。
驚くように飛び起きて、軽く伸び。横にそのままぐいーっと倒れると。鉢植えの胡蝶蘭の苗が少し機嫌が悪そうに見えてきた。
”この子はまだ今日という日を感じ取れてないんだ”──思考が直ぐに正解を導き出す。
それならと思い、大事なコーヒー(アメリカンの度合いがとても強いもの)を少し飲ませてあげた。
目、まだ覚めてないの?こんなに気分がいい朝なのに。
一緒に飲みながら鉢植えに話しかけた。幹が少し黒く染まった胡蝶蘭。
こういう風にすると成長がよくなるって、確か何処かの本に書いてあった気がする。
…さて、どの本だっただろうか。
ど、れ、だ、った、か、な、、、。少し気になり出すと、もう止まらない。

藤製の籠に無造作に入れられた雑誌を発見、開き癖のついたページを直ぐに見つけ、一読する。
アッパータウンの都市銀行で無料配布してる殆ど広告の冊子…なのだけれど、直ぐに目に入った項は、もう一つの気になっていた所、星の巡りで幸不幸を推し量るような、そんな企画の大見出しだった。
────人のよさそうな占星術師が示したわたしの未来は…運勢度10%。

そう、とてもサイアク。
金運、異性運、仕事運。どれも軒並みx軸漸近線を描いてる。
…だからこそ、今日を思って何度も読み返していたのだろうけれど…それこそやっぱり、ありえない。
こんなに空は青くて、気持ちは透き通っているのに。

ワードローフを覗き込み考える。引き出しをひっくりかえし、ハンガーとハンガーの森を
払いのけ、タイ、ベルト、スカーフなんかには目もくれず。
今日という日にとっておいた一組の衣装を発掘して、満足そうに私は見下ろした。
胸の開いてるワンピース、丈は膝上20センチ。赤いパンプス、イヤリング。
プラチナの指輪も必要かもしれない。───入念にチェック、裏表忘れずに。…スタンバイOK。
それらをトランクケースに押し込んで、私はそれ以上の思考をやめる事にした。

そう。日々はまだ続いていく。その中で生きていかなくちゃならないから。
こんな自分と何時までも付き合いながら。
わたしは、私。変わらない。例えどんなジンクスの中にあっても。
木曜日、金曜日、土曜日、日曜日、月曜日、火曜日すら乗り越えて…目指すは一つ。
止揚された唯一の…高みへ至る猛き道。
天への階段とは違って、誰も買えない…子供のころにパパから聞いた素敵なストーリー
にしか登場しない、曖昧模糊な私だけの答えの道。

窓越しの空に、薄く 白い月(Silver moon)
手を伸ばして重なるように握り締めた。
勿論それは掴むことなどできず、おぼろげに抱きとめたとしてもいつの間にか零れ落ちてしまっている。
つまりは、そこが──────────不可視郷(No−where)。

「行ってきます」───磨く為に引き出された雑貨類や草花に後ろ髪を引かれつつ…
トレッキングシューズの踵を叩き、星を掴み損ねた右手がドアを、開けた。

496 名前:マドラックス:2007/07/10(火) 20:46:570
職場にセクハラはないですか?(チェックポイント)=ありません
契約外の仕事を強要される=ありません
女の仕事っていうのは、少し欺瞞に満ちている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日に限った話じゃないけれど。

「新しい傭兵、女、人間じゃねぇか?」
「いけない?女の子だからできる仕事もあるっていうのに」
詰め所に入った私は、それだけを言って彼(目鼻の筋が通った綺麗な顔)
を正面からねめつけた。
彼、見目はとてもいいのに、情熱的という度合いを超えて…ただの簒奪者だった。
ただの、それもムリに迫って唇を奪うような、そんな男。

当然、軽く往なす私、迫る彼。はやし立てる周り。

…。
そこからがお仕事の始まり。
正確に言うと、今はミーティングで。
着替えてから…その内容を把握して、怒られたり、教えてもらったりして。
この人たちと仲良くできばいいな、、、何時も派遣先が変わるたびに思うのだけれど
使われるこっちの立場だと、贅沢なことはあんまり言ってられない。
もうちょっと、労働環境が優しいといいんだけれど…とか。

…そう思っていただけの時間なのに、最初から没交渉。

今日も昨日の溜息の続き?…情けない。
後で契約元に確認を取らないといけないって思った。
お陰で少し、余計な諍いがおきてしまったんだから。
銃声、照星が写した部分が皮膚を押しやり、やっぱりそれは後ろの肉を押しやり…
はじけて倒れて。
そう。…そんな事は、瑣末なこと。
このガザッソニカでは日常茶飯事。みんな見慣れてるでしょう?
いいわよ。だから今日はそんな話は抜き。
お話し、いい?
実はわたし、こんなつまらないミーティング時間に、素敵な恋の話でも考えて、
今日のゲストの応対に役に立てよう、って。そんなふうに割り切ってみたの。
こんなお話。…つまらないかもしれないけど、聞いてみて。

497 名前:マドラックス:2007/07/10(火) 20:49:280
>>496

旅に出るのは木曜日のこども。

私はただの田舎娘。しかも。戦争孤児。
ゲリラの徴発に抵抗した親は殺され、めぼしい物は殆ど失った。ただ一つ、焼け残った
トランクケースを除いては。
彷徨う私の前に、一つの廃城が見える。中には囚われの王子様。
二人は一目で恋に落ち…内戦のこの地からの脱出を誓い合う。
一人はいや。一緒に行こう。早く行こう。
────いや。せめて踊りたいわ。だって折角の夜だもの。…この夜が幻で消える前に、
躍らせて欲しいんだけれど。
真月の夜にとか、ダンスホールで、、、
それも二人きりでとか。───そんな我侭は言わないから。

彼はカーテンをはぎ、即興のベールを誂え、そのままかぶせてくれる。
”私でいいの?何も持たない私で?”
彼は頷き、二人は踊る。背後からの凶弾に倒れる、その時までは。
***************************************

突き出す左手、闇雲の銃声、踊り、周り、死霊が招き。イジェクト。脳圧から解き放たれた
自由な器官が憲法に保障された自由を求めて役割を放棄。思考を別次元にシフトした彼と
腕組/一組の衣装人形の様に一時静止。
把握された事態の元、速射される雨霰 ̄庇う様に彼が甘受。背に無数の傷=色男は二度死ぬ。

498 名前:マドラックス:2007/07/10(火) 20:53:340
>>497

惚れっぽいのは、金曜日のこども。

レンアイ篤信家ってとても無茶な話。…けれど、それって強さだよね…かなりの。
”あなたのコト好きよ?”
『勿論、私も愛してる』
”冗談って言ったら?”
『私は、本気だ…死して尚、オマエを守る』
”じゃあ、一緒に暮らさないとね。どこまでいっても。”

傷を押しての逃亡生活。
疎開する人に紛れ、二人の手と手は心もとなく触れるのが限界だった。無慈悲にも。
押し流されまいと力を込めて脚を一歩一歩進めるのだけれど、運命という名の楔はとても
上手に思惑を打ち据えていて、、哀れな私たちは降りしきる雨の中で永久の別れを
する事になってしまう。誓いの言葉だけが…何時までも心から、消えてくれないままに。
****************************************************
死して尚結ばれてる2人。二人を結ぶはヴェール、当然白地。元はカーテン、地はサテンのレース、呷る、爆風、
舞い飛ぶ生地、遮蔽からの重い雷弾。
狙撃、ライフルは踊るスコフィールド。適切必中の由緒正しい攻撃だ。
人差し指は吹き飛んだ。中指は音を出して崩れ去った。薬指などはとうに無かった。親指は逆に曲がっていた。
残る小指は重さに耐えれず根元から指貫と相成った。繋ぐ生地がさけ、二人は永劫出会うことはなかりけり。
まだ残るそれは葬送の前垂れに。彼らは望む、戦場のロミオとジュリエット。
嘆き、唯一つ、遺品の短機関銃すらふらふらその手を見限り落ちる。彼女はスキップ、テラスから階下へ落地。
SMG、螺旋し行儀よく階段を貴婦人のように降り行く。
フルオートの喧騒により突撃銃が弾かれ、頭頂部から足先まで平等に肉が削られていく様を、
地に伏したまま彼女は空ろに眺めていた。長めのヴェールをひらつかせたままで。
**************************************************

499 名前:マドラックス:2007/07/10(火) 20:56:570
>>498

苦労するのは、土曜日のこども。

”すきって、言ったのに”
雨は、止んだ。けれど心の中の湿度は日の光さえも霞ませてしまう様。
彼は、私を庇い、線路に投げ出された。。。。やっぱり私はひとりぼっち。
”私に救いを、雨など私を避けさせて。悲しいのはもう嫌”
恵みの雨も、彼女には既に無慈悲に通り抜けるだけのものとなっていた。
しかし、散り散りの誓いのヴェールだけは手に残る。幸せの残滓として。
…けして忘れてはならない悲しみ、それは体にいつも刻み付けよう。

恥かしいけれど、私は下着にヴェールを撒くなんていう、、ペルシャの貧民でもしない
ような服装で市街を走り、ただただ救いを求め、感情のままに逃げていた。

***************************************
蹲りつつ短機関銃を把持、空弾倉は当然放棄。四方からの暴漢が十字砲火。基本的には9mm、
大音声/人に向けて撃つ物ではない50口径、叫ぶあらゆる弾丸。壁は、柱は、時計は椅子は、窓や鍼、
光沢ある木目の床まで破壊。
瞳を閉じ、地を這うぞ疾走、身を潜めるぞ瞬達、向けられた殺気にコンマ1秒早いスイ
ス製半自動拳銃の射線。
他からの一撃がある為に必ずしも実行されないが、それぞれが憶える恐怖、恐慌。
逸り男の一人が掴み掛かる:何故か女が渡す短機関銃=計り知れない動きに歩みが
停止/了承のない動き/同僚からの剣林弾雨。
前からは眉間に宛がわれる弾丸=十字の切れ目入り。倒れかかる男=渡した銃に弾倉を押し込み充填終了。
そのまま放り投げ、回転するファンにかける=恵みの無い無慈悲な雨。
半径を順次変えていく天井からの五月雨は手足心臓を精肉へと変貌させる。
それを退け、付けねらう残党4名は女と併走、人外の動体視力での引き金…蜂の巣のフライトジャケット・T-shirt/変わり身。
レースのヴェールのみ纏った女は背後からのパラべラムが9弾。
角度を90度違えて別口にも9弾。
灰に崩れ落ち、残りは2人。

*********************************

500 名前:マドラックス:2007/07/10(火) 20:58:370
>>499

日曜日、月曜日。
可愛く明るく、気立てのいい子。そんな子、いない。居ないよ。
わたし、なれるかな?

…なってもいいよね。
私はやっぱり、帰るところは元の自宅しかなかった。
そこに残してきたのはただ一つのトランク。
”彼と一生を添い遂げる”
そう思って身代の殆どを処分した一家に残されたちっぽけな財産。
それをあけて、支度をしよう。

新しい門出に。
……わたしだって、何時までも泣いてばかり、いられないから。

***************************************
女は出がけに持ってきたトランクの元へと歩く。
残りの男も意地がある。堀の深い顔に苦渋を滲ませ、二丁銃で三点バースト、秒間24
発の霰。女/背をそらし両腕を交差。元の顔面の位置を過ぎ行く射出を尻目にし、愛銃か
ら弾丸、弾丸、弾丸。
死角より打ち付ける最後の男に対してはキャリードトランクを蹴りつけた。
それはタイヤが付いた、一見ただの箱にすぎない。
チタンの外装を削り行き、留め金がはずれ、女にも威力は数撃迫り行く。…が、ケース
の止め具がとれると同時にあなや爆散。
男は統べなく巻き込まれ…丁寧にラッピングされたケースが2つ飛び出し、女の腕に収
まった。赤色のワンピースドレスに女は平気で着替えだす。
…不意に、死にぞこなった輩が伏したまま懐からパームサイズで照準をつける。
握りつぶし撃ち出す22口径/目敏く発射。
無骨な靴を後ろ足、左右とも放り出す/厚い裏底、鉄板が軌道を殺す。
跳ねた弾丸は回る換気扇へ→遠心したまま落下/巻き込まれ、最後の男、消滅。

***************************************


501 名前:マドラックス:2007/07/10(火) 21:00:270
>>500

今はそんな品のいい、可愛い月曜日と火曜日の子供。

最後に箱の中に入っていたのは、見覚えのない赤い靴。
昔とても欲しがっていて、パパにねだっていたとびっきりのパンプス。
想い人を亡くしても、最後には父親からの最後のプレゼントをみつけた彼女は人生に悲
嘆することなく幸せな日々を送りました───



……ありえない。
前の作り話の方がよっぽど自分で面白いって思った?
才能、無いみたい。…けど、あの人なら…どんな浮ついた話を作れるのだろう。って。
たまに、思い出してる、、なんて。センチメンタルだった?それこそ、『ありえない』。

…朱い靴。指を靴べら代わりに履いた私は、そんな空想劇のまま、大仰なドアを両手で
大きく開ききった。
至るぞ先は、不可視郷(No-Where)。きっとね。

502 名前:マドラックス:2007/07/10(火) 21:01:380
>>501

一人、月を見ていた。【静寂ナル容ノ檻】
何も存在などしていない、悲しみの星を。
砂礫のみが時を刻む停滞したその台地を。【心眠ル明日マデ】
そんな星を見続けた。
2階テラスから茫洋たるありさまの空と一緒に…【闇ノ主格/陰トハ姿】
太陽が力を失う頃、一つの灯火が版図に侵略【黄昏レル世界・統テガ主】を企てて始め
るその時まで。
宵の明星は独裁する孤立者を妬む背教者
──サタンの化身。【朱ノ髪、相貌鋭シ猟奇的タル女神!】
三つ脚の烏(天ノ御遣イ・ヤタ烏)はその役割どおり刈り取られるのを待つのみか。否。
闖入するものはインサニティーに見舞われる
(ピストルが一つ、彼女の脚を一歩留めることに。)
魂の話を、本当の話を。
それだけが位階の違う私たちに通じる一片の刃。【天頂カラ。空ガ穿タレルノミ、と】

(「今晩は、Ms.Wednesday=Thirsday。今日も、バーボン、ストレート?」)

高々掲げる自由の右手は、私の刃【───プラトン】。──掴む為の、私の星。
押さえる左の【アリストテレスの理…ロゴスの地平】でふたりは再び合間見える。
依頼主が何か叫んでいる。cried-out/”契約違反”とか、なんとか、そういう内容。
小市民の私はどちらが違反なのか、後ではっきりさせることとして、それを無視。
テラスから飛び降り、反転し……爪先から降り───交差する瞳と刃と銃!【瞳ト眼】

ロゴスと詭弁。
二度目の”水曜日”の夜、鉄火の燃える時が今、始まる。

……続く?

503 名前:ふみこ・O・V ◆HPv8dyzZiE :2007/07/10(火) 21:24:090
>>493>>494>>495>>496>>497>>498>>499>>500>>501>>502

 昨日という日の終わりに、それぞれ別の扉を潜った私たち。
 けれど、足を踏み入れたのは同じ場所。
――即ち、死の隣。

 ふみこ・オゼット・ヴァンシュタインvsマドラックス
『ダイ・アナザーデイ』

 その結末は、誰も知らない。

504 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/07/17(火) 21:55:000

 ナイフで紙を切裂いていく。
 切裂く――切裂く――切裂く。
 裂いて、裂いて、風に乗せればバラバラと紙は散り逝き、吹雪となって視界を覆う。
 例えば―――――モノの『死』を見るコトが出来たならば、コンクリートすらバラバラと崩すコトは可能だろう。


                          破壊/轟音が
                          崩壊/木霊し
                          崩落/反響し
                         瓦解/残響と共に


 脚には機械仕掛けの凶器を一つ。
 それだけで夜空を舞い踊るトリックスター舞台に上る。


                    右腕は血に塗れ/微笑みと共に
                    左腕は哀を零し/嘲笑を抱えて

 ビル。
 電燈。
 民家。
 橋。

 統べては壊れる為に在り。


                      視線に写る/贄を口元に
                    ありとあらゆる/血の滴る滴る臓物
                   カタチ在るモノは/狂えるその牙の元へ
                       死に絶える/滑り続ける牙


 速度の上昇と共に、視界は極端に狭まる。
 極限まで『零』へと近付く為の代償。

                                         視界の有無など今更関係ないけどね
                                               ―――――匂いが、同じだから。

 その果てにある真紅の道。
 通る道には『死』が溢れ。



 頂へと到る頃には―――――


                「月が紅くて良い夜だね―――――『牙の王』」


                                        ―――――刻んだ道すら倒壊してみせよう。

505 名前:"道"にされますた。:2007/07/18(水) 21:54:32
"道"にされますた。

506 名前::2007/07/18(水) 21:55:48
>>504>>505
─────────チッ。もう終いか。

「Fuck.Fuck,ファーーーク!
 幾ら連なってもクソはクソ程度かい?俺の道もただの曖昧3センチしか伸びてネぇな、ちょっww
 その頭(おべべ)は飾りか?カルピス原液で目元から鼻っ柱を浸して埋め殺すぞアァ?」

彼が進めば、ホイールが大気を劈き、液化するコンクリが鼻汁すら蒸発する…それが今日という夜。
古傷や皮に染み入る屠場の血液!風に散り散り…白面の紙ふぶきは、春に滲む桜の朱色へと恥じらい変わる。
その原因は少し下。ごふ、ごふと吐血流血喀血──余りの量に空気がヘモグロビン臭く穢れている──それが元凶。

彼は自然に左右の足を前後に交差、上体を回しインラインスケート──否、エア・トレック──
─それも上物!──を飛ぶが如くと加速させ!斜度90度。滑走路とも言えるガッコの壁面を
舐める様に滑り昇る。その後に刻まれるは巨大な裂け目=歴然たる『道』。
そう。これが『道』。大地溝帯みてぇに死と臭い生を普通に分ける…蛆虫にさえ明白な分岐点。

なーんてそう語るのは小さな背中。150もない矮躯。
その華奢な首筋──それがふいに此方に反転。
指を首から横に滑らし下へ一度と言わず二度三度…繰り返し上下…
曰く───Go to hell↓。

「ビル────?電灯────?民家────?橋─────?
 ねぇよ。そんなもん。探せよ、形而上から形而下まで、、、見つけたか?
 ハッ…まだ信じてんのか?くだらねぇくだらんねぇ!ダダリオ・カマロに謝罪して
 冬の道をひた走りながらルーベンスの絵の前でくたばり落ちな!ウンコクズの脳みそが。
 夜遊びしてーならニコニコ動画でもウォチりながらケツ穴黴て死んでろよドット・ファッッキン!」

雑魚の前菜ではくい足りぬのか罵詈雑言の雨霰。だがしかし、そこで生じる殺意に、衝動に!
どうして彼ほどの者が気付かない筈がありましょうか。
死すら生ぬるい、反物質的な、それこそ全身『道』にそまっているような合格の雰囲気。

ク、ハ。

彼の末梢神経まで興奮し躍動する全身、大気がブルってチビってメタクソゴキゲンの疾走(死相)日和。
変わらぬ月さえも彼の道──血痕の道──に挿げ替えられているでは在りませんか。
牙の王──アギトきゅんは素敵な晩餐に想いを馳せて──5階建の教育施設、その屋上でゴキゲン角度ゲンカイトッパ!

「来たか?ハッ…潰そうぜ、蒼い死神サン? スリルと快感の融合(Chemistory)の道を───
 ☆*:;;;;;;:*☆レッツ、ユアMemento mo-ri♪☆*:;;;;;;:*☆Ah-ha♡」

507 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/07/18(水) 22:47:03
>>506

 鳴り止まぬ暴言と亡幻の喝采。拍手は鳴り止まぬままに、疾走と共に生まれゆく憐れな瓦礫。機械仕掛けの
伽藍の街に幻は亡く、アスファルトを擦る運命の輪ホイール・オブ・フォーチュンからは現実的なノイズが吐き散らされる。
 彩りは赤と、紅と、朱と、闇の齎す静寂であり荘厳な黒。見るも無残に黄色のパンジーを潰し、塵は流れる水
に飲ませよう。

          今宵舞台に上る役者は二人。
                           /即興劇のオーディエンスにはご愁傷様。

           スピーカーから溢れるノイズは罵詈雑言。
                                    /安全なブースへようこそ。

            実況中継<実狂誅刑>はウェブでこの悲惨なる全世界へ。
                                     /ブラウン管では耐えられない。



                 嗚呼―――――狂っている。(世界が?)
                 嗚呼―――――狂っている。(人類が?)
                 嗚呼―――――狂っている。(宇宙が?)
                 嗚呼―――――狂っている。(ヤツガ?)
                 嗚呼―――――狂っている。(オレガ?)



 感覚神経交感神経、統べての神経を運動へと直結し、全能力のリミッターカット。
 結果――関節の稼働域は崩壊、決壊=あらぬ方向に、あらぬ咆哮を上げ。(狂っている?)
 脳へと到る酸素供給は不足気味。チアノーゼ特有の紫の唇を朱の色で染め、肺の上げる悲鳴をミュート。
負荷の掛り過ぎている肺。全身が啼き叫ぶ。――だからこそ走る。(狂っている

 だから走る。
 終わるコトなく疾る。

 ランクの低いパーツ・ウォウ、ただ走るだけの単純なルール。

 学び舎で学ぶものは破壊。
 時計台が刻むものは滅壊。
 グラウンドは崩壊の方法を教え。


 ジンタイモケイガ、ジンタイモケイガ、ジンタイモケイガ、ジンタイモケイガ、ジンタイモケイガ、死屍累々?
 ジンタイモケイ? ジンタイモケイ? ジンタイモケイ? ジンタイモケイ? ジンタイモケイ――-ブラフ。
 ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ。ジンタイ―――死屍累々


 牙を剥こう、突き立てよう、喰らい尽し、骨の髄まで飲み干そう。

「そろそろレールは途切れるよ――――サドンデス突然死だからね」

                                           君は真っ赤な真っ赤な林檎フォビドゥン・フルーツだから。

508 名前::2007/07/23(月) 23:34:00
>>507

追え。道なりに進め、20秒、20秒。蝋燭点して逝けますか?
立派に逝って戻します♪


チアノーゼぎみの天道虫が夜空で息も絶え絶えに赤信号を送る頃。
アラスカの皇帝ペンギンが水中から上がる穴をド忘して窒息している、、、そんな風に
想像する夜はテラヤバクない?沸騰脳みそ慣性の法則で落ちる、落ちる、気から落ちる
誰も止められない、誰にも止まらないぜ、イーニ、ミーニ、マイニ、モ──飛翔一発ニコニコGuys!

鳥か?飛行機か?Fuckin'!牙の王だ!

「Dead end【息停まり】?ハ、道【=未知】はそこだ、貴様だ、テメェだ扁平なファニーフェイスだっツーの。
ファックファーック!いますぐカマスぜ、視力検査だ、片目潰しで縦列してやがれ────」

気流/飲み込み旋回過多にギア熱発──過剰に生み出し供給されるハイグレードな気泡!
それは血中の鉄素と熱烈に交雑し閃紅色を総身に、エアに与え出す。

「破壊?途絶えだ?
 ちいせぇ、俺の道はボイジャーに載せて全宇宙に知らしめる『道』だ!ハッ!遍く宇宙が俺の道!!」


跳びだした。赤い月に姿を映した。微笑んだ。宙返った。壁に沿って落ちる落ちる落ちる落ちる
落ちる落ちる────静止/動/止静/るち落るち落ちるち落るち落るち落るち落てっそに壁。
たっ返宙。だん笑美。たし映を姿に月い赤───────────────────────

壁に沿って滑り落ちるエネルギーを反作用に変換【リライト】。
特急突撃、88日、Fuck,温りぃよ、目指すなら当然当座、50miles オーバー突破!
喰らうぜ、死神サンよぉ───
彼の真下から嘘レーザーみたくにカッ飛び、中途でぐるり/エア・トレックの刃を
彼にろっきん・おん。すなわちコレゾ──────

Upper──Wall-Slyde round720°"AGITO"──Assalt cake!!!

509 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/07/24(火) 02:12:27

         深と、
          凍る夜
           に、深と
            凍る夜に
             だからこそ、
              紅い月が良く
               映える。脚に着
                けた玩具で夜空を
                 舞い踊る、不自由の
                  檻に住まう獣達。零れ
                   落ちた雫を舐め取れば、
                    その甘美な咆哮に誘われ
                     る蝶の群れ。盛りの付いた
                      狂犬の前に立たされたのは
                       可憐な少女。純白に散った朱
                        の色に、綺麗な眉を歪ませて。
                          可憐なその口から漏れる言葉
                            は――疾走=死創の合図。パ
                             ーツ・ウォウ。その名を借りた耐
                              久レース。デス・パレード。未だ                         行けども戻れぬ獣道。真紅に染まるその道に、
                               死亡者数は零ではあるが重軽傷                       引き返せる道など何処にも存在する筈も無い。
                                者は数え切れぬ程に膨れ上がり、                     首をストンと落とされる幻視は、幻想のモノでは
                                 その意図は未だ見えぬまま。天上へ.        .          なく、現実に引き起こされる、惨事の象徴。津波
                                  と到る糸は蜘蛛のみが存在を知りえ、                 は濁流となってすべてを飲み干して行くだろう。
                                   その意図もまた同様。壊れてしまった                首と云わず肩と云わず胴と云わず腕と言わず脚
                                    システム。力という名に溺れた愚者の群..             と云わず、全てを。総てを。苦痛すら感じぬままに
                                     れは、為す術なく知る術なく、憐れ。哀れ。


                Destroys air road―――――Under the glass moon――Slash!                  この眼すらも―――――この眼すらも?


                                     機械の脚で空を駆ける―――――成る程、           死ねども生きれぬ獣道。蒼穹に磔刑にされるべ
                                    莫迦莫迦しいとは思っていたが、悪くはな..             聖者は愚者となりて瓦礫を拾い上げ、それは紅
                                   い。彼女が憧れ、焦がれたのも頷けなく.               に染め上げられた遺骨でもあり、何の意味も為
                                  はない。無限に広がるかのような闇と   .              .さないガラクタだ。影絵の街には相応だろう。聖者
                                 の同調、混合、融合。足元に傅く街の                .  も愚者も分け隔てなく、意味もなく死んでいくこの
                                灯り。『空の王』にでもなったかのよう.                   .現実。素晴らしく矛盾も無駄も存在しない死の円環。
                               な気分だ。しかし、なんだ。あまり.                      .そう―――――死は素晴らしく無意味だ。素晴らしく。
                              に退屈で仕方がない。使い魔か
                             らのお達しを律儀に守ると、こん
                            なにも退屈だったのか。ただ……
                           言い分が判るだけに、逆らえな
                          いんだが。やれやれ――――
                         こんな約束は取り決めるべき
                        じゃなかったんだ。吾の存在
                       意義が消えてしまう。殺すコ
                      トも出来ない殺人鬼じゃ、
                     あの頃に逆戻りだという
                    のに。それでもまあ―
                   ――――もう少しだ
                  け付き合ってみる
                 のも、決して悪い
                コトばかりじゃ
               ないだろう。
              そう、信じ
             たいん
            だが。 

510 名前::2007/07/28(土) 23:03:42
>>509

黒猫女の言いたげなのはコイツの事で正解かい、ハン、痛快。
この俺の前で素通りする猫なんざ、この界隈でまさにアレだけだ。

アン畜生なミス・ミストフェリーズ。…元締めはアンタって訳か、ファックファック!
リクツ抜きで、この俺様を使いまわし、駆り立てようなんざ天が下!誰も緩されてねぇ事なんざ
誕生から墓場までの間DNAのメビウスリングにもデフォで記録済みだろうがファッキン!
日がなのお誘いは之で積み、俺の勝利でシャットダウン。
オメーが誰だろうと俺は構わねぇさ。
デッド、デッド、デッド。
当然テメェは、俺の道の一つだ今宵の月と同じように赤く滅殺決定完了。

それでだCoolな死神サンよ。
Q.はじめてのチューする時に気をつけることってなーんだ?
A.歯と歯がブっかってゴッツンコー。がちがち震えてゴッツンコー。
  これからするヤツも覚えておけよな、ゴッツンコー。
  ホイールとホイールがゴッツンコー。
”ホイールローダー同士を加重摩擦させることは、安全でも適切でもありません。”
エア・トレックの説明書にきっちりメモっておきな、当然油性ペンでしなやかに。
『自由』に飛びまわってる『ツバメ』いるよなァ。蚊とか蝿だの貧しい食生活の脳天真っ赤な
目出度いBalloonHeadよ。やつらは、『飛んで』いるって言えるか?ハッ時速100キロ、早くて
痺れる、憧れるだ?Ohmyコンブ、ハッ。早ければ良いなんて売女と同類項かよ糞小物が。
見た時無いか?みーんみんみんみんみん、セミがうるせぇ季節…間抜けにも窓冊子に一直
激突して轟沈する特攻野郎のケツマツを。ヤツはガラスにテメェの意思であたってるのか?
ファック、ちげぇよ。意思なく故無く『あたっちまう』だろ。つまり意味がねぇ。意思がねぇ。
それは落ちてんのとかわんねぇ、昔イカレタイカロスがーイカレタ頭で考えてー♪Melt【Faiiin】Downだ。

俺サマのフィールドから居ねやグッバイ・青い空。
───優秀なギア機構がが外輪の力を余すところ無く反作用力としてモーターに累進。
愛される暴風族として台帳通りきちりと返すぜ、両耳ダンボに揃えてなッッ!!
男の力を踏み台・支点に宙で静止、セクスィーな腰の動きで回るぜGo round・ソバット一蹴・唸るぜ牙が!

511 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/07/29(日) 22:42:46
 引き裂いた空の果てに待ち受けるのは絶望との邂逅。絶望の待つ先には死のみが存在を重ね、嵩ね、暈ねられ
過ぎた故の過ち。


                                 食潰された数多の髑髏を踏みしめているのは果たして誰か。
                                腐臭、腑臭、怖臭――それに塗れて眠る赤子のように、安らか
                                な願いが此処にはある。死と隣り合わせに生きるのならば、生
                                を知らなければならぬ。対の概念を存分に理解するには未だ
                                時期尚早と言うものだ―――――そうだろう、暴虐なる牙の王。
                迫り来る死神の鎌。その手馴れた腰付きに、思わず笑いが
               込上げ、笑い、嗤い、哂い、嘲笑い、嗤い尽した挙句に嘔吐し
               かねない程の高揚。嗚呼やはり――――狂っていた。申し分
               なく貴様は俺と同等で、同質な救い難い存在、紛れもない異物。
               人が作り上げたシステムの中で生きていてはいけない――鬼。
 初めはただの玩具に過ぎない、そう思っていた。そして、概ね
その答えは間違っていなかった。機構を把握し、理解し、利用し、
その能力を活かしきるコトが出来るまでは。つまりは、この玩具
としか思っていなかった科学技術の結晶も、アナログに作り上げ
られた俺の唯一無二の愛刀も――――-大きな違いはなかった。


         Fuck――Fuck――Fuck――Fuck――KILL――Fuck――Fuck――Fuck――Fuck



 単純な話だ。そう、至極単純な話だ。この眼に捉えるものが
何時だって変わらないものであればこそ、話は非常にシンプル
な結論へと到る。その解答にしか到らないのだから当然だ。こ
の眼が捉えるモノ。そこに意思と行動さえ伴えば、それが例え
深遠に沈む神であろうとも、生きているのであれば、『殺せる』。
                鬼の狂宴ともなれば、辿り着く答えは何時だって同じだ。
               異物は異物なりに自分達の在り方というものをそれなりに
               自覚しているのだから。別に違う解答に辿り着いたっていい
               筈なんだが―-まあ、思うが侭に進まないのが人生。ならば
               吾は吾の思うが侭に何時もの答えを取る。さあ、『殺し合おう』。
                                どれだけ貴様は食潰して来たのか。どれだけ貴様はその道
                               について理解を重ねているのか。どれだけ貴様は――――-
                               死ぬべき昨日を見つめ続けてきたんだろうか。そして、後にも
                               先にもそれしか残せないであろう人生に絶望したんだろうか。
                               まあ、戯言だ。俺達にはこんな概念しかないだろう? 『殺せ』。


 空を翔るのは何も貴様だけじゃないんだよ―――――。貴様がそれを出来るなら、俺とてその程度は可能、そう
考えるのが妥当と言うものじゃないかい? まさかそんな思考にすら辿り着けないほど、愚かな思考という訳でもあ
るまい。
 生死を扱う舞台に必要なものはたった一つ。その一つを持つか、持たないのか。明確な差が生まれるとすれば、
その一点に尽きる。

 真夏に雪が降るコトを異常だと思うのか、幻想的な光景に感銘を受けるのか。
 この両極端な思考の果てに得るもの、それが明確な差なんだろう。

 絡み合う牙に記された文字があるとするならば―――――それはきっと過去を語るものだろう。
 官能的なホイールノイズ。

 絡めた指先に芽生えるものは、愛か―――――哀か。

512 名前::2007/08/13(月) 22:42:45
>>511
衝撃により不意の暗転。

【回想】
──────で、だ。

つまりは、空を飛ぶっていう事は所詮は莫迦の妄想だ。
そう考えるなら、実際に飛ぼうなんて思うやつはカスワーズに抱かれて生まれた
万年三等兵殿だ。ディズニーに投げ捨てられた愛らしいレミングだ。
アウストラロピテクス位に退化した現代人様は空を飛ぶこと、海に潜ること。地を這うこと。
その三者を同じ位に単純な事象だって思ってやがる。
俺たちは進化を違えた。翼をやめた。尾をただのケツにした。
浮き袋を変形させた。。腕を只の棒にした。
───そんな傷跡が俺たちの体には残ってやがる。
DNAレベルでそれを放棄してきた負の歴史の後を延々と刻んでやがる。
だがなぁ、ハハァン。それもつまりは”道”っていう話だ。Road of Road of Whole-body!
人を、鳥を、魚を、神を、悪魔を!俺たちは体の中に秘めている。

あの時、黒い毛玉は俺に言った。闇の中脳裏に殺意の男の像を見せ。
猫は俺に言う。声の無い声で俺に語る。「Why do you fly?」
俺の隠れた瞳は別の世界を見ている。
ヤツは世界を愛していた。世界の風景の一部を知っていた。この猫も同じ原理なのだろう。
だからこそ、見る必要のないものまでも度々目にすることになった。それは少し哀しい。
そいつに語らせず”俺”が答えを突き返す「B-c'use-I'm ten years old♪Fuck!!!Ha-」
すると猫は鳴きもせずに抜かしてきた。「You must stop...flying」理解不能。
今Respect、出でよ山寺の和尚っ。ゴミ袋にいれて蹴り崩してぇ、めっさ、ファック、
高速を超えてその足技魅せやがれ。──伸ばす手、惜しくも掻い潜られる。

「俺をアホウだとおもってるのか?」──ふるふる。
小首をかしげる/可愛く30度。媚も無く自然さが売り。
「誰に頼まれた?この俺を飛ぶな、ハッどこのチビクソよ?」──ふるふる。
「話せないフリか?くだんねぇくだんねぇ──」──ふるふる。

─────Get Crazy!

システム検索:暗転、もとい青転。不明の不明で不明なエラーが発生しました。
忍耐力を先祖帰りしてでもお取り寄せ下さい。──oh shit.
教えてお爺さん、教えてお兄さん。俺の忍耐力ってどこ?──Error!
っていうか──ごめんなさいもう限界⌒☆山は死にますか?川は死にますか?
ウゼェ、てめぇはとっとと死ねや!Dash Dash Dash,Kick&Dash!
走った、駆けた、カラスが突付く黄色のゴミ袋を乗り越え、電柱に身を捩り
猫はそれでも走る、4つの脚を見せびらかして、艶やかに翔ける。
影、手にした、触れた、霧散【無残/無慚】。一人の男が夜に笑う情景。
その必死さに、絶望の影まで見えるてきそうな哀願する(愛玩される)必死さで──
帰巣本能丸出しの”らしくない”猫は、俺が手を出す前に、俺が見たビジョン通りの
野朗に抱かれ、その背に消えた。

【回想終了】──取り戻された体位。地上から仰角90度、立位を保持。辛うじて。

「ク、ハ…”飛べる”んだろう?テメェだけの道を。
テメェこそ、なぜ飛ぶ。エア・トレックはテメェにこそ───似合わねぇ」

蹴り同士のクロスカウンター、足の長さの差があるのじゃよ…と言わんばかりに
もろ肩に入れられたアギトきゅん。少々苦しげ、愛らしい顔が苦悶に歪む。
夜に散る二人の男の纏う被服。表情の無い死神に対してアギトきゅんは後半15分の
インターミッションを察してアイキャッチ風味に男に、問うた。

513 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/08/18(土) 01:13:17
>>512

  彼女は決まって夜に来る。足音も立てず、星の河を流れてきたのと問いた結局住めるのは夜だけだった。自
 なるくらい唐突に。でもそれが自然。一つ処に留まる猫は居ない。それが由を手にしたと言うのに、縛ら害。
 然。だから代わりに「ニャン♪」と啼いてみる=泣いてみる? セオリーれていた。鎖は強固。陽の当たる害。
 従うなら泣くのがきっと、ベストアンサー。それでも私は啼いている。場所に居場所はなく、卑である場所害。
 を夢見る籠の鳥のように。ドリームズ・カム・トゥルー、叶う夢ならばこそが我が舞台。天幕は闇に閉ざさ人鬼。
 う一度私の胸に。風に揺られる花の様に、空を駆けてみたい。それ、人工の明かりが街を照らす夜に。塵鬼。
 な心境も露知らず、彼女の首はきっかり三十度傾く。自然で可黄昏刻が逢魔ヶ刻ではなくなって以来人衝動。
 い。思わずギュッとして、チュウがしたくなる。こんな時は少魔が現れるのは決まって夜だ。人が謳歌塵衝動。
 だけ、少しだけ、今の身体が怨めしい。人見知りで寄ってくすべきは昼の間だけ。夜に出歩く人間は人鬼登場。
 ないんだから、余計。――っと、彼女に気が変わらない即ち――外れてしまった人ではないもの。塵鬼登場。
 に、何時も通り会話の中で羽ばたこう。そもそも会同族同属ならぬ同類、お仲間と呼んでも差し支由なき殺人。
 の成立はない。一方通行の片思い。フォーリンラヴはえのない、無様な獣達。夜を我が物に、そん由なき殺塵。
 映画のように巧くは行かないのだった。。。。。がっかりなたいそれた妄想を現実とする為に。夜をれが理由だ。
 なんでもない日常のコトを語る。何時も病院は退屈で駆ける。恐れるものは皆無。恐れられる為れが理由か。
 代わり映えがないのだけれど、それでも意外と居心――その一心で。実に下らない存在理由。れも理由だ。
 は悪くない。うん、まあまあ。合格点は赤点スレスレ実に下らないからこそ、意味がある。――――Dead line。
 込ラインだから、これも当然だ。ただしそんな話じゃ彼刹那の快楽とは、その実意味がな。その時が良けれ
 ようの微笑みは受け取れない。凄く残念だ。私のコトも―-少ばそれで良いという考え方に、発展性も何も存
 穿ち、くらいは知って欲しいのに。女の興味はここに来た在しないのだから。――無意な生、無意味な死。
 く。肩く点で定まっているのだか仕方ないけど、、、少し嫉妬それこそ我ら夜に生きるモの本懐だと言うもの。
 いは持ってじゃあ今日も、少しけ走り方を教えてあげよう「さあね――玩具は玩具だ。なくとも厭きるまでは
 きたかったんけどちょっとだけイヂワルをして、何時も少しだけ、壊れるまでは遊んでやべきだと、そう思った
 が――まあ、仕か教えてあげていない。そして、何時も通り、メールまでさ。――――単純明快でいいだろ?」
 あるまい……契約定型文みたいな常套句を彼女に投げ掛ける。「なんで飛ぶの?」変な人間だった。一言も喋べ
 契約だからな。それに―――――Cut off all road―――――らない私に向かって延々と喋り続ける彼女。姿を変え
 しても――何故飛ぶ、か。―――――Cut off all road―――――ていたとしても、それは変わらなかったのだから、
 軽口で返したは良いが、改―――――Slash down dead line―――――余計に。変な人。憎めないけど。色々と教
 めて考えるとなると、中々に―――――Slash down dead line―――――くれる親切な人だし。だから私は、一度き
 哲学的だ。人は空に憧れ、飛ぶ―――――Slash down dead line――――-りの気紛れで、口を開いてあげるのだ。
 コトに執着した。執着して、今へと到る。「きっと―――――理由をつけるまでもない本能」――――-Extermination。





514 名前:ハインケル・ウーフー ◆AMEN8olXz. :2007/08/20(月) 23:11:25

さっちん誕生日おめでとう記念闘争!
 弓塚さつきvsハインケル・ウーフー


 翻るスカートの短さにハインケルは色欲〈luxuria〉の大罪を見た。
 アスモデウスめ、なんて破廉恥な真似を。
 娼婦の衣装―――アンデルセン神父なら、嘆くか、怒るか……どちらにせよ、
天使にも悪魔にも優しくない反応をするに違いない。別にハインケルとしては
ビキニ姿で徘徊していようが、ミロのヴィーナスよろしく半裸で駆け回ろうが
どうでも良いのだが、報告書に一行でも多く書ける事柄が見つかるのは嬉しい。
 最近ようやく心得てきた報告書作成のテクニック―――貪欲に求めろ。規定
文字数に達するよう、情報を探して神経を尖らせろ。それがゴミかクズかは局
長が判断なさる。……もし、書き直しを要求されたら。

「―――その時は悪魔を恨め。よくも我を陥れてくれたな、と」

 レイバンのサングラス越しにターゲット――新生者――の小さな背中を睨み
付ける。ガキっぽいデザインの制服のためか、小等部の生徒のように見えるが
資料によるとアレでもハイティーンらしい。由美子といいコイツといい、どう
して日本人の娘っていうのはこうも乳臭く見えるんだ。ハインケルは首を傾げ
ながらシグ・ザウエルを構えた。
 道路を挟んで距離はざっと十五メートル―――トリガーを引き絞る。九ミリ
のシルバーチップ弾が大気を穿つが、女が直前にコインパーキングを右に曲が
ったため、綺麗に避けられた。軽く舌打ち。良い勘している。

 だが、ハインケルは慌てることなく、ゆっくりとした足取りで追った。

 急いで片付けすぎると報告書に書くことがなくなる。ハインケルはそれで今
まで何度も泣かされてきた。ヴァチカン駅前のバール(喫茶店)で何時間も報
告書を書くためだけにカプチーノをお代わりするのは、もうゴメンだ。
 今回の仕事は賢くいこう。こいつを仕留めたら休暇を申請するのもいい。
 向こう三十年分くらい有給が溜まっているはずだ。「一匹につき二週間」―
――マクスウェル局長は、この約束を一度として守ったことがなかった。

515 名前:弓塚さつき ◆HPv8dyzZiE :2007/08/20(月) 23:55:19
 もう五日も過ぎてるけどね記念
 弓塚さつきvsハインケル・ウーフー

>>514
 ネオン――夜に輝く太陽の別名だ――の灯りも届かない影絵の街に、少女
の荒い息遣いだけが木霊していた。

 はぁ。
 はぁ。
 はぁ。

 呼吸が乱れる。
 動悸が……

「……ああ、そっか」
――するわけ、ないんだ。

 つい"いつもの癖で"胸元に手を当てた弓塚さつきは、そうして現実へと――
それは、甚だ非現実的なものだったが――戻った。

 呼吸が乱れるはずがない。
 動悸がするわけがない。
 何故って、少女が着たブレザー、その胸のちょうど間を押さえた手が、鼓動を
感じる事はないのだから。

 心臓が止まったのは、もう大分前。
 その時から、弓塚さつきという少女は、「動く死人」として"生きている"。

 死人に呼吸が必要か?
 死人の心臓が動くのか?

 答えは否。
 だからこそ、今胸を押さえるこの手は、
 浅く繰り返す呼吸は、
 全て、模倣。
「生きていた時の自分」を無意識に真似る、哀れな死人の滑稽なジェスチャー。

(そうだよ。わたしはもう"違う"んだ)

 その事を意識しなければならない、と少女は思う。
 浅く目を瞑り、深呼吸を、一回、二回。
 それは、思考を切り替えるための"儀式"。
 身体にとっては不要だけれど、少女にとっては必要なコト。

(――うん)

 再び瞼を開いた少女の瞳は、路地裏の闇に紅く輝く。
 その瞳は、既に追われる鼠のものではなくて。
 獲物を狩るために知恵を廻らせる、狡猾な狩猟者のそれだった。

 まずは状況を把握。
 敵は一人。
 ……だよね?
 相手は街中で戸惑いなく引き金を絞る、ちょっと危ない人だ。
 そんな人が他にもいるとは思いたくない。

(ううん、そうじゃない――)

――例え仲間がいたとしても、"呼ばれる前に殺せば良いんだ"。
 でしょ?
 前に何かのミステリで読んだことあるんだ。
 どんな殺人事件でも、バレなきゃ探偵さんはやってこないんだよ?

 そうだ、だから殺してしまおう。
 相手が助けを呼ぶその前に。
 きっと、"彼"ならそうするよね?
 わたしは"彼"ほど上手く人を殺すことは出来ないけど……だけど――

 そこで少女は、壁を蹴って"駆け上がった"。
 まるで重力など感じていないかのような、軽やかな足取りで。
 獲物の足音が聞こえる。
 あと三歩で、角を曲がる。
 二歩。
 一歩。

「やあぁーっ!!」

 その金髪が見えた瞬間、少女は思い切り壁を蹴った。
 何のことはない、ただの突撃。
 しかし、人外の力で加速を得た少女は、まるで銃弾のように"獲物"へと襲い
かかる。


516 名前:ハインケル・ウーフー ◆AMEN8olXz. :2007/08/21(火) 01:41:07

 聖誕の祝日に賞味期限なんて無いから安心しなさい記念
 弓塚さつきvsハインケル・ウーフー

>>515

 ニューボーンにはニューボーンの、エルダーにはエルダーの「パターン」と
いうものがある。対処の傾向――思考の移ろい――行動の選択――そういった
判断の類型は、温血者相手には参考程度に留めておくのがセオリーだ。
 だが、連中は違う。主から与えられた生命を拒み、太陽に背を向け、愚かに
も創造の力を捨ててしまった連中には「理性の自由」というものがない。
 天使すらも妬ませた人の創造性を、奴等は自らの選択で殺した。ものの価値
が分からないとは何と愚かなコトか。―――つまり連中はバカなのだ。
 行動も至極読みやすい。
 特になり立てで、夜の力に魅入られ、我こそは世界の中心と勘違いするよう
な「ド素人」のニューボーンともなると、アドリブなど言葉も知らないかの
ように、シナリオ通りの行動をしてくれる。

 不意打ちに驚き、がむしゃらに逃げる。
 だが、距離を空けて冷静になってみると、だんだん腹が立ってくる。
 何で自分が逃げなければならない。相手は人間だぞ。
 黙らせちまえば良いじゃないか。今の自分ならそれができる。

 走って追いかける必要なんて無かった。実に楽なハンティングだ。獲物が
向こうから飛び込んでくれるのだから。
 こっちは報告書の文面にあれこれ頭を悩ませれば良いだけだ。

 硝煙にすえた硫黄の臭いが溶け合って、吐き気を催すような臭気が路地一帯
に漂っている。こういう場所は国を選ばないな―――散乱する生ゴミや、ビル
の冷房から排出された結露水などのせいで、じめじめと陰鬱な闇を蔓延らせる
路地裏。連中はカビと一緒だ。こういうところに寄生する。

 ジャングルブーツの踵を鳴らしながら、数十秒前にターゲットが進んだ軌跡
を辿る。パーキングを折れたと同時に、頭上から可愛らしいかけ声が響いた。
 ゴロワーズをくわえていた唇を歪める。「やあぁーっ!」だって? そんな
に高く跳び上がって、バレーボールでもする気なのかい。

 カソックから中折れ式のガンプ・ピストルを抜き出した。
 星を見上げ、夜空に憧れる年頃なんだろうが、空っていうのは大地以上に不
自由な場所なんだということを教育してやる必要がある。
 ビルの壁面に沿って飛び込んでくるターゲットに照準を合わせてトリガー。
射出された焼夷弾が亡者を一瞬にして焼き払―――わない。

「……っな?!」

 信管の安全装置だ。グレネード弾は射手から十五メートル以内は安全の為、
信管が作動しないよう設定されている。―――女の予想を上回るスピードが、
ハインケルの計算を狂わせた。
 だがヒットはヒットだ。勢いよく撃ち出された焼夷弾は炸裂しないまま少女
の鎖骨に直撃し、姿勢を傾かせる。軌道が逸れた。アスファルトへの不時着陸
―――右手のシグを少女の墜落に合わせる。

 世界が嫌いならヒッピーにでもなっていれば良かったんだ。共産主義も悪魔
主義も神秘主義も、もはや私達は否定しない。好きにすればいい。……だが、
それだけは駄目だ。お前は唯一我々が絶対に許せないことをしてしまった。

「……主を侮ったお前に、朝は訪れない」

 立ち篭める硝煙で咳き込むほど。瞬く銃火で眼が眩むほど。
 立て続けに弾丸を撃ち込んだ。

517 名前:弓塚さつき ◆HPv8dyzZiE :2007/08/21(火) 22:57:32
 じゃあ勝ちは譲ってくれるんだよね? 記念
 弓塚さつきvsハインケル・ウーフー

>>516
 衝撃、
 失墜感、


 衝撃、
 衝撃、

 停止。

「っ、はっ、はぁっ……! けほっ」

 激しい眩暈。
 滲むように痛む肩、そして胸元。

 何が起こったのかわからない。
 だがそれでも、目の端に捉えた女の姿――それが「何をしようとしているのか」、
それを認識する前に、少女は身体を跳ね起きさせていた。
 同時に、腕を顔と心臓の前へ。
 ビスッ。

「つっ……!」

 腕を貫く痛みに、思わず声が漏れる。
 ビスッ。
 ビスッ。
 ビスッ、ビスッ、ビスッ。
 ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ。
 ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、
ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ、ビスッ。

「あっ、つぅっ……うっ、うぅっ……!」

 腕。
 胸。
 腰。
 腿。
 路地裏に乾いた音が響いた分だけ、少女の身体に新たな痛みが生まれ、傷
が刻まれていく。

(痛いよ……)

 思う事は、それだけだった。
 痛み。
 全身を襲い続ける、痛み。
 痛くて、
 痛くて、
 痛くて、
 痛くて、

 そして、
 いつしか、

(どうして、こんな目に合わなくちゃいけないんだろう?)

――わたし、そんなに悪いことしてたのかな。
 普通に起きて、
 普通に学校に行って、
 普通に友達を作って、
 学校の帰りには、人気のスイーツのお店によったりなんかして、
 家に一人でいるときは、ちょっと古いけど、でもお気に入りのCDをかけて、思
わず口ずさんでみたりして、
 うん、そうだよ。
 それって、とっても普通のコトのハズだよね?
 ……恋したのは、ちょっと普通じゃない人だったけど――
 だけど、それだって、特別なコトじゃない。
 わたしだって、女の子だもん。
 女の子が恋するのは、普通のハズ……だよ。
――うん、やっぱりそうだ。
 わたしは、弓塚さつきは、ずっとそうやって普通の、あんまり目立たない優等生
の――自分で言うのもなんだけど――女の子を演じてきたんだもの。
 それなのに、どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだろう?
 普通に生きることが、悪いことだったのかな。
 平凡に生きたいって思うのは、駄目なことだったのかな。
 ねえ、――

 いつしか痛みに慣れてしまっていた少女は、そんなことをただひたすら、ぼんや
りと考えていた。
 いくら考えても、答えは出ない。
 自分が犯した罪。
 平凡に生きる事の是非。
 考えて、
 考えて、
 考えて、

(ねえ、)

 少女は見上げた。
 無表情にトリガーを引く、その女の顔を。
 トリガー。
 トリガー。
 トリガートリガートリガー。
 弾切れ。
 装填。
 またトリガー。
 まるで作業だ。
 いや、実際に作業なのだろう。
 その作業を繰り返す女の顔を見上げながら、さつきは、

(どうしてわたしはこんな目に合わなきゃいけないの?)
(どうして……)
(どうして……!)

 灯ったのは、小さな火。
 しかしそれは、瞬く間に大火となって少女の心を支配した。
 理不尽に対する、怒りの炎。



 そして、銃声が止んだ。

518 名前:ハインケル・ウーフー ◆AMEN8olXz. :2007/08/21(火) 23:40:03

二つもやれない。プレゼントはあんたの救済。あんまり欲張るな記念
弓塚さつきvsハインケル・ウーフー

>>517

「―――不満そうな顔だな、ニューボーン」

 サングラス越しに、汚物でも見下ろすかのような侮蔑の視線を飛ばす。

「与えられた運命に納得していない顔だ。『どうして私が』と言いたげな顔
だ。自分の都合を考慮してくれない展開に、理不尽を覚えている。……自分
は世界の悪意にレイプされた被害者だと、そう訴えたがっている者の顔だ」

 真実は違う。彼女は加害者だった。これは神罰の執行だった。少女は自分
が犯した罪を頑なに拒みながら、地獄へ堕ちる。

「はん! 救えないな。……ああ、いや、救いなんてお前には無いんだから、
救えないのは当然か。お前等は救済の約束が無いから、斯くまで愚かに落ち
ぶれることができる。憐れだな。―――だが許せん」

 弾倉を二つ使い切ったにも関わらず、少女はまだ息があった。思ったより
しぶとい。夜の力が安定しない新生者としては異例の不死性だ。
『適正あり』だったのだろう。―――ここで仕留めて正解だった。

 ホールドオープンしたシグをホルスターに戻すと、くわえていたゴロワーズ
に火を点けた。紫煙を一筋吐き出す。夜の闇に種火が浮かび上がった。
 カソックのポケットを漁って、ライター用のオイル缶を取り出す。栓を開け
ると、痛みにうずくまる少女の頭にオイルを振りかけた。油特有の不快な臭い
が鼻を刺激する。―――四十発近い鉛弾を撃ち込まれたんだ。いくら適正があ
っても、これ以上の抵抗は不可能だろう。ハインケルの口元が歪んだ。
 唇の間でゴロワーズの先端が揺れる。

「罪を受け入れろ。己の罪悪を灼き尽くせ」

 口を開いた拍子に煙草がこぼれた。
 ゴロワーズの火種が重力に誘われる先には、オイルまみれの少女が。

519 名前:弓塚さつき ◆HPv8dyzZiE :2007/08/26(日) 22:19:35
 間が空いちゃったけど、吸血鬼に時間なんて関係ないからいいよね? 記念
 弓塚さつきvsハインケル・ウーフー

>>518
 安っぽい缶から零れ落ちた油が、少女の頭に注がれる。
 異臭を放つ粘着質の液体は、少女の髪に絡みつきながらも落ちていく。
 頬を伝い、首筋を、鎖骨を滴り……それは、少女の全身を陵辱していく。

 愉しんでいる。
 少女を嬲る快楽を。
 弱者を嬲る悦楽を。
 目の前の陵辱者は、愉しんでいる。
 隠そうともしない侮蔑の視線が、これから起こるであろう焔の揺らめきを想像
して歪む口元が、それらを雄弁に物語っている。

 弓塚さつきは、そんな女の表情を見上げ、そして思った。


――なんて甘さ。


 ハインケルが犯したミスは二つ。
 怒りという感情は、爆発的なエネルギーを生むという事を失念していたこと。
 例えそれが人であろうとも、鼠であろうとも、そして人外であろうとも。

 そしてもう一つは、
 驚異的な身体能力をもつ吸血鬼にとって、口元から零れ落ちた煙草が重力
に引かれて地面へと辿り着くまでの間なんてものは、それこそ悠久にも等しい時
間だということ―――!

 脚に力を込め、アスファルトを蹴って伸び上がる。
 そのまま大きく腕を振りかぶり、狙い違わず女の首筋へ。
 掴んだ細いうなじに爪を食い込ませながら、そのまま高々と身体を持ち上げ、

「今までのお返し、だよ」

 口元に浮かんだ微かな笑み。
 少女はそれが、先ほどまで、今宙吊りにしてやっている女が口元に浮かべて
いたのと同じものだと気付かぬまま、その身体を全力で路地裏のアスファルトへ
と叩きつけ――

 そして、煙草が地面に落ちた。

520 名前:ハインケル・ウーフー ◆AMEN8olXz. :2007/08/26(日) 23:53:43

 生憎と私は人間なんだね。十日前の誕生日なんてもう誰も覚えてないよ記念
 弓塚さつきvsハインケル・ウーフー

>>519

 抵抗する余裕すら与えられなかったのは、ハインケルにとって幸運だったの
かもしれない。締め上げられた首筋は気管を潰し、首の骨はへし折られる寸前
だったが、新生者の少女はあえて楽には殺さず、より分かり易く刺激的な手段
での攻撃を選んだ。―――つまりアスファルトに血の大輪を咲かせる。

 薄れる意識。唐突に酸素の供給が遮断されたため、思考がパニック状態に
陥る。脳裏を鳴り響く生命危機の警鐘―――なんてヒステリックな旋律だ。
同じ鐘とはいえ、教会の穏やかな鐘楼とは大違いだ。聞くに耐えない。
 半ば本能的な反応。カソックの右袖から薄刃のシースナイフが飛び出す。
やけになって腕を振り回し、首根っこを掴む少女の手首に突き立てた。正中
神経を貫いている。これで握力が一時的にゼロになるはず、だ。
 結果は自由な落下感が教えてくれた。
 振り切られる寸前に少女の手からすっぱ抜けたため、ハインケルの身体は
あらぬ方向へ跳んでいった。―――糸の切れた人形のように、数メートル離
れた路地に落下。アスファルトの摩擦がブレーキとなって、人外の膂力によ
って生み出されたスピードを殺す。
 ハインケルのカソックが耐死仕様〈デス・プルーフ〉≠フ特別製で無か
ったら、いまごろ彼女はおろし金にかけられたリンゴのように肉片を路上に
撒き散らしていたことだろう。カソックのお陰で擦り傷一つ作らずに済んだ。

「―――正しき者の道は、悪しき者の利害と暴虐の行いによって四方から阻
まれる。慈悲と善意の名において弱き者を暗黒の谷から導く者は幸いである」

 アスファルトから立ち上がったハインケルの身体は傷みきっており、先
までの余裕は消え失せていた。カソックは摩擦は殺せても衝撃まで殺すこと
はできない。路地に落下したとき全身を襲った衝撃は、ハインケルの骨に
確実なダメージを与えている。―――赤く腫れ上がろうとしている喉元にも
うっすらと血筋が浮かんでいた。吸血鬼の馬鹿力で握られて、この程度で
済んだのは奇跡かもしれない。……だが、ハインケルは知っている。主は
決して奇跡を安売りしたりはしない、と。
 この程度の苦難は自らの力で切り開かなくては。

「……なんとなれば、彼は真に同胞の保護者であり、迷い子の救済者である
から―――覚えておけ! これがエゼキエル書第25章17節だ。お前の罪を灼
く慈悲の言葉だ!」

 路地に叩き付けられてもシグだけは手放さなかった。痛みに震える銃口―
――制御の必要なんてない。一発当たってくれればいいんだ。弾倉に詰まっ
ている曳光弾は、弾丸末部を燃焼しながら吸血鬼の下へと殺到する。油も滴
る良い女が被弾すれば、たちまち炎上する。

「―――我、怒りの罰をもって大いなる復仇を彼らに為さん。我、仇を彼ら
に復す時に我が名を神であることを知るべし」

 高層ビルの槍衾に刻まれた夜空の断片に、銃声が鳴く。 

521 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:19:00
 エリ・カサモトvsヤン・ヴァレンタイン


                            『No future for you』



「ハーイ、注目ー。このバカデケー全自動塵収集所をブッ潰しちゃおうツアーの開催を宣言すっぞー。Aから
Jまでの十班に別れて行動してもらうワケだがー、犯して殺して潰して喰ってグッチャグチャのグッチョグチョ
にミンチよりも酷い有様にするようにー。ヤー、アー、あー、アレだな。増やした方が早そうだなー。でもそうだ
な、アー、アレだよアレ。処女は俺ンとこに持ってくるようにー。童貞は喰い散らかせ、餌の時間も必要だかん
な。優しい上司様に忠誠を誓うようにー……つーかお前、オマエ、テメエッ! 聞いてンのかクソがッ!」ドンド
ンビチャ☆「はい、一名病欠ー。こうならないようにイイ子にしてろ――つってんだろ屑がッ!」パララララ、パ
ララララ♪「アー、クソ。もうよー、正直クソ以下のスカトロマニア、脳に蛆虫が涌き過ぎた兵隊イヤなんだけ
どなー、まー、アー、良いか。さて、塵掃除の時間だぜーッ? コミケの行列みたいに、クソみたいに集まった
平和主義者に鉛のアメチャンプレゼントしてやんな。しゃぶり尽して快感に蕩けてから、噴かせて噴かせて体
中の水分抜いてヤれ! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ――クハハハハハ――クールすぎてホットになっちまうぜ」

 大型ショッピングモール。なんでも国内最大級だそうですよ?
 ジャパニメーションから大量殺戮兵器までなんでも取り揃えておりますってかッ?
 ハン――贅沢もんがッ!

 アー、でもー、黄色の猿の癖にゲームだとかアニメはオモシレーンだよな。
 玩具でも物色すっかァ?

――ピリリ、ピリリ、ピリリ、ガチャ。

「オー、アロー? どったの? ハン――いいブツが入った? くだらねー事で電話してんじゃねーよチンカスッ!」

――ガチャン。ピリリリ。ガチャリ。

「アロー? あん? ゼッテー帰ったら埋めッからなッ!」

――ガチャン。ピリリリリ。ガチャリ。

「テメーのケツの穴グールに掘らせてからチン――って、兄ちゃんじゃねーか。こっちはそれなりに順調ッすけ
どー、だから怒んないでね? アハッ☆ んで、そっちの首尾はー?――ンじゃ一時間後くらいに落ち合う感じ
で良いかねー。ハン――オーケイオーケイ。そしてらまァ――ブッ殺してくらァ」

 殺戮誅殺虐殺謀殺、犯してヤッて喰って騒いで乱痴気騒ぎのデイゲーム!
 スタッフロールは夜の帳が下りてから全世界に放映されるでしょう。ハレルヤ!

522 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:25:19

 休暇。夏季休暇。バカンス。

 西に行っちゃドンパチ。東に行っちゃドンパチ。
 北に行こうが南に行こうが待ってるものはドンパチ騒ぎ。

 そんな仕事をしていても夏季休暇なるものはもらえるのだ。
 それも充実の一週間である。驚きだ。

「じゃ海行きましょう。南の島行きましょう」

 イタリア出身のメガネのお嬢様――フィオ・ジェルミ上級曹長殿は閃いたりとばかりに手を叩いて言った。

「海、ねえ……」

 相棒のにこにことした笑みにアタシはさてどうしたもんだろ、と考えた。
 断る理由はないが、積極的に参加しようという気も、悪いがあんまりない。

「水着、持ってないしな」

 ダイビングスーツならちょろまかせば済むけど水着はそうもいかない。

「じゃ次のお休みに一緒に買いに行きましょうよエリちゃん」

 またもや手を叩いて言うフィオ。
 うん。つまりこの相棒は積極的に動いてでもアタシを海に連れて行きたいわけだ。
 なら参加するのも悪くないか。

「オーケー。次の休みね」
「約束ですよぉ」


 と、こんな流れで約束したのが一週間前。
 で、一週間後の今日。


「ごべんばばいえりぢゃん。ぢょっどなづかぜひいぢゃいまして……」
「電話越しにも分かる鼻声で具合の悪さはよーく分かった。買い物にはアタシ一人で行って来るからアンタは養生してなさい」

 そんなわけである。
『バカしかひかない』などと言われる夏風邪にかかった相棒を置いて、アタシは一人で大型ショッピングモールに来ていた。

 国内最大級の規模で、「ティッシュ・ペーパーから核弾頭までなんでもある」が売り文句だとか。
 ――売れるのか、その文句で。

 むやみやたらと広い店舗を歩き回り、水着売り場を見つけたのが十分前。
 物色する事五分。
 店員に捕まって、「海に行かれるのでしたらビキニなどいかがでしょうか。お似合いですよ」
 と勧められ、あれよあれよという間に試着することになって――今に至る。

「……うーん」

 デザインとしてはまあ、悪くない。奇をてらったものじゃないし、堅実なもんだろう。
 色は、黒。黒、かぁ。赤よりは、悪くない。

「とりあえず着てみるか」

 ベストを脱ぎ、ホルスターを外し(休みとはいえ銃を手放せないとは因果な性分だわ)、シャツを脱いで……


「…………どうなんだろう」

 水着に着替えたアタシは、試着室に誂えられた鏡に映る自分の姿を見分していた。
 隠すべき場所はちゃんと隠せてるし、着て動いた感じだとポロっといったりもしそうにない。
 似合っている、似合っていないはよく分からない。気に入ったかどうかを聞かれてもよく分からない。
 ただ実用に耐えるだろうことぐらいは分かる。

「いや、その分析もどうなんだろう……」

 さてどうしたものかな、と考えていると、耳に馴染んだ音が聞こえてきた。
 聞き間違える事なき銃声である。それも一発二発ではない。途切れる事のない連射だ。
 何丁もの銃器が鉛弾をシャワーのようにばら撒くとき特有の音がショッピングモールに響いている。
 アタシはとっさにしゃがんでホルスターから愛用のリボルバー、クラシックマーダーを抜いた。
 試着室のカーテンの隙間からそっと辺りを窺う。逃げ惑う人々、飛び交う悲鳴。
 ほんの少し前まで休日を謳歌していたショッピングモールは狂騒の坩堝と化していた。

「おいおいおい、一体なんだっていうのよ」

 視線をめぐらせると血溜まりに倒れている人が点々と目についた。酷い光景だ。
 狙い撃たれたのか、流れ弾が運悪く当たったのか、水着を勧めた店員が額に穴を開けて事切れている。
 これはもう間違いなく、ショーや何かの類ではない。

「一体なんの冗談よクソッタレ」

 試着室に引っ込んで、アタシはホルスターを引っ掛け、その上に予備弾の入ったベストを着て、
残りの衣服を一まとめに縛って脇に抱えると試着室から抜け出した。
 クラシックマーダーを構えて辺りを窺いつつ、銃声と足音が近づいてくる方向とは逆に急ぐ。

「なんだってこんな目に遭わなきゃいけないのよ……!」


523 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:28:02
>>522

「AとBは食品売り場、CDで服飾関係潰せ。Eは……あー、そうだなー。飲食店関係にテメーらのクセー菌で
もバラ撒いてこいや。FからHまでで動いてるモンは皆殺しなー。んで、IとJは俺ととりあえず店内放送乗っ取
りの為にー、マイク使えるとこでも探してみんべ。良いかクソどもッ! 片っ端から喰っちまえ! 逃げる豚は
美味しい餌だ! 腰抜かした豚はレイプしてから喰っていい餌だ! 抵抗する豚はよく訓練された餌だ! ホ
ントッ! このショッピングモールは地獄だぜッ! ミカエルとルシフェルの聖戦だ! 死んでいいヤツはクソ
どもッ、テメーらだけだ! 産めよ増やせよ神はテメーらのクソ塗れのケツを蹴飛ばしにやってくる。だからそ
んな神様とファックしちまえ! さあ行くぜクソどもッ! 俺たちゃチート使って無敵モード、犯して犯して犯し尽
くせ! 平和な時代にサヨウナラー、オメデトウロストパラダイス!」

 ドク開発のジャミング装置をポチッとな。
 これで非常識なルールブレイカー、携帯電話なんてツールを場から取り除くッ!
 まだ俺のターンは終わってないぜ! 目の前に居た女に対してダイレクトアタック! 非情なる鉛弾は相手の
ライフポイントがどれだけあろうとも、そのライフを全て奪い去る!

 セクシーな赤が壁一面に広がります。
 ベチャベチャと顔に降り注ぐ赤い液体。
 赤い顔射。
 ベロリと舐め取る。
「苦いけど美味しいね☆」それなんてAV?「皆で一緒に飲めば怖くないー?」

 呆気に取られた豚の塊。
 警戒に轟音は反響。
 パンチェッタとトマトソースのコラボレート。
 余分なラードはクソどもの腹の中。

「アヒャヒャヒャヒャ――全殺しならぬ滅殺しってとこか? アー、語呂悪ぃな語呂。まーいっか」

 ショウタイムッ!
 きっと夜には楽しい晩餐会が開かれるでしょう! エイメンッ!

524 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:32:08
>>523

 水着にベストなんてライフセーバーみたいな格好でアタシはショッピングモールを駆ける。
 遠くから響く銃声と悲鳴は止まず、四方八方から聞こえ続けていた。民族浄化のような有様だ。冗談じゃない。
 走りながら携帯を取り出して増援を呼ぶべくコールする。
 返ってきたのは呼び出し音ではなく耳をつんざくばかりのノイズだった。

「妨害電波ァ!?」

 きぃーん、と耳鳴りがする。くそったれ。
 どうやらテロリスト集団はジャミング装置まで用意しているらしい。用意周到な事だ。

「敵の数不明。こっちの武器は拳銃一丁。通信不能により援軍のアテなし」

 ――アタシは正義感に溢れる無敵のヒーローじゃない。

「戦力的不利は明白。でもって戦闘を継続する目的なし」

 ――怪我をすれば痛いし、それが深ければ、当たり所が悪ければ、死ぬ。

「……とはいえ、自分だけ逃げるわけにもいかないわね」

 ――だけど無残に虐殺される無辜の人々を見捨てて逃げられるほど自分が大事でもない。

「頭を潰して指揮系統を撹乱、あとは各個に撃破、がセオリーか」

 作戦ともいえない杜撰な作戦を口頭で確認。そして、非常階段を探す。
 確かアタシのいるフロアの下にはガンショップのブースがあった。まずはそこで武器を調達する。
 下に降りるにはエレベーターかエスカレーター、あるいは階段を使う必要がある。
 エレベーターとエスカレーターを使うのはリスクが大きい。
 エレベーターは降りるところを待ち受けられたら詰む。エスカレーターは降りる間周りから丸見えだ。
 階段も普通のものならエスカレーター同様だが、非常階段ならリスクは大きく軽減される。
 いささか甘い考えかもしれないが、考え込む時間はない。
 反撃に転じるのが遅れればそれだけ人が死ぬ。

「やれやれだわ」

 見つけた非常階段の防火扉をそっと開きながらアタシはぼやいた。


525 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:33:04
>>524

「アー、そう言えばー、ここガンショップあったんじゃねー?」目の前にある案内板を見つつ確認。「おー、
やっぱあんじゃん。コイツは素敵な失策だったぜファック! どんなカスでもちょっとは困るからなー。武装
されっとよー、ドリルはあぶねーしなー。ガンショップだからドリルはねーけど。クソが、誰も笑いやしねー」

 悲鳴悲鳴悲鳴、嗚咽嗚咽嗚咽、咆哮咆哮咆哮。
 死のリサイタル!
 ブラストビートがBPMの限界突破中!

「J班はガンショップ潰しにイケや。途中でお仲間のクズどもを増やすのも忘れんじゃねーぞ? オーケイ?
理解したか? それなら急いでとっとと行けや。ハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリー! タイムイ
ズマネー、マネーイズクレイジミー♪」

 チン♪
 エレベータがご到着。ウィンと扉が開けば中にはクソ塗れのお客様。パララパララと鉛弾を放り投げて上
げればインスタント棺桶の出来上がり。鋼鉄の墓石に墓碑銘はなくハライソへの直行便で御座いましたとさ。

「キタネー花火だぜ、ってかァ? オウシット! ガキンチョは殺さず喰っちゃうべきだったぜ。柔らけーから
格別なんだよなー。男の肉は臭くて食えたもんじゃねーし、ババアは脂が乗り過ぎてて喰えたもんじゃねー
若い女も美人なら別の意味で喰っちゃった方がお得だしなー。食料はクソガキに限るってんだ」

 それでもクソどもはお構いなしにお食事中。
 大腸小腸十二指腸肺に肝臓腎臓脾臓膵臓心臓残す事なく綺麗サッパリ胃の中へ。血管をチュルチュルと
パスタ見たいに流し込む様を見てるとなんだか興奮しちゃいますよね?

 ハン、オーケー。やっぱりここは地獄だぜ。グール塗れの絶望レイトショウへようこそ!
 よく晴れた朝には欠かさずお祈りをしましょう! それでアナタの人生も衝撃絶望ライフ! 天国から急転直
下ジェットコースター方式で垂直落下式ブレーンバスター! ア・ヴェ・マリア!(←意味不明)

526 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:35:45
>>525

 ――非常階段を下りたらそこは死の国だった。

「なによこれ……」

 死体が転がっている事は想定していたし、覚悟していた。
 だが、ここまで凄惨な有様だとは思ってなかった。
 そこかしこに死体が――食い荒らされたと思しき死体が散らばっている。
 首のない子供。ハラワタを引き出された女。四肢を喰い千切られた男。

「人間じゃ、ない……」

 この殺戮を繰り広げたのは人間じゃない。
 人間は人間を食い荒らしたりしない。そんなことをするのは飢えた獣か化け物だ。

 ――クソッタレ。一体何が起こってるのよ。

 毒づいて目当てのガンショップのブースを探す。案内図で現在位置と目的地を把握。
 移動しようとして……固まった。

 食い荒らされた死体が次々に起き上がる。悲痛な唸り声を上げて。

「ちょっと、冗談でしょ……」

 グールだ。
 化け物に喰い殺され、そして同じ化け物になりはてた存在。
 食い荒らされた死体が次々に化け物として第二の人生を歩み始めた。
 濁った屍の目がぎょろ、とこの場でおそらく唯一の人間であるアタシを見る。いくつもいくつも。

「団体さんのど真ん中かよ」

 アタシの周りで次々に死体が蘇生していく。
 手持ちの武器は38口径リボルバー一丁。とてもじゃないがまともにやりあえない。
 ――となれば逃げるしかない。
 腕を突き出してのろのろと迫ってくるグールを蹴り倒してガンショップへの最短ルートを走り出す。

「邪魔だ死ね!」

 道を塞ぐグールどもの脳天に銃弾を叩き込み、二度目の生に引導を渡して道を急ぐ。
 動くものに反応するのかぞろぞろとグールが集まってきた。まごまごしているとアタシもお仲間にされかねない。
 走りながら撃ち尽くしたクラシックマーダーを折り曲げて排莢、六発の弾丸をまとめたローダーで再装填。
 銃身を振り上げて戻し再装填完了。数え切れないほどに繰り返した動作は三秒と掛からない。
 だが意識を振り分けた分、三秒ばかり僅かな隙が出来た。
 狙ったのか偶然か、そのタイミングで一体のグールが商品棚の影から飛び出て、衣服を抱えた左腕を掴んだ。
 馬鹿力で引き寄せながら大きく口を開き、アタシの喉笛に食いつこうとする。
 不意を突かれてアタシの体勢は崩れていた。
 やば、銃を向ける猶予がない。
 ぐうっと視界に死人の口が迫り、噛み千切られた。

 ――抱えていた衣服を。

 咄嗟にグールの口に束ねた服を割り込ませたのだが、馬鹿なグールはそれをアタシだとでも思ったらしい。
 音を立てて布地を食い千切った眉間に銃口を押し当て、発砲。38口径ホローポイント弾は腐った脳を破壊してグールの活動を停止させた。

「これはもう着られないわね」

 ボロ布と化した服を捨てて、ガンショップへ急……ごうとして止まった。

「いいもの見つけた」

 引っ張りこまれたのは園芸や日曜大工の類に使われる道具が並ぶコーナーだった。
 刃渡り40センチばかりの分厚い刀身がそこにあった。――鉈だ。
 ベストのポケットからツールナイフを出して手早く包装を解体して、中の得物を取り出した。
 ずしりとした重さが頼もしい。力を込めて振るえば首ぐらい簡単に刎ねられそうだ。

「さて急がないと」

 アタシは鉈を左手にガンショップへ向かった。襲いくるグールの首を刎ね飛ばしながら。


527 名前:グール達の精・上気:2007/09/25(火) 23:36:49
>>526

 グチャグチャグチャグチャ。
 貪り貪れ貪ろう。

 ズルズルズル。
 飲み干し飲み干せ飲乾そう。

 隊列は崩れに崩れ、統制など取れるはずもなく。
 ただひたすらな進軍。進軍。進軍。行軍。行軍。行軍。

 行く道は生者の道ではなく、聖者の道でもなく、亡者の道。
 死んでも死にきれなかったモノ達が進む道だ。

 通り抜けた後に生きたモノは何一つとして存在していない。
 通り抜けた後に残っているものは同質の死。同等の死。

「お母さん!」と子供が叫べば、その喉はたちまちに食い荒らされた。
 息子を助ける為に飛び出した父親は、腹部に鉛の弾を受け、絶命。
 恋人を目の前で犯されている青年は、その現実から眼を逸らそうと、亡者と熱い抱擁を交わしている。
 抵抗する者は己が無力に絶望し、ただ恐怖の中に沈む。
 逃亡を図ろうにも、その背中には既に死の杭が突き立っていた。

 死者だけが生きている。
 死者だけが生きている。
 死者だけが生きている。

 マネキンは血の涙を流す。
 カメラは絶望の光景を写す。
 マイクは雑音だけを拾い。
 火災報知機は死者の目覚めを促し。
 誤作動で降りてしまったシャッターは、生きる者を殺した。

 死だけが溢れている。
 死だけが溢れている。

 生き残る事を前提としない、死だけが溢れている。

 その手は伸びる、何処までも、何処までも。
――何処までも。


528 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:38:23
>>527

 近寄ってくるグールを鉈とクラシックマーダーで散らして、漸くガンショップにたどり着いた。
 戸を閉めて施錠して、ほっと一息。
 ……といきたいところだがそうもいかない。追ってきたグールが戸をがりがりと掻いている。破られるのも時間の問題だろう。

「しかも出入り口あそこだけかよ」

 打って出る際には文字通り強行突破になるわけだ。ええいくそ。
 せめてもの救いに、店の中にグールは居なかった。人間のパーツと血溜まりが広がっていただけだ。
 手首が丸々ついたショットガンとか気持ち悪いことこの上ない。

「それより武器だ。武器。武器」

 ショーケースを鉈で叩き割り、飾られている銃器を取り出す。

「イジェマッシのサイガか。上等じゃない。いい趣味してるわ」

 セミオートのショットガンを選んでボックスマガジンを外し、ショットシェルを押し込む。散弾とスラッグ弾を交互に詰めて、一丁あがり。
 目に付く範囲の予備マガジンを掻き集めて同様に装填。
 いくつか作ったところで今度はポンプアクション式のショットガン――レミントンM870を引き寄せ、同じ組み合わせでチューブマガジンに弾を込める。
 フォアグリップをガシャッと鳴らして初弾を送り装弾数は4+1。スリングをつけてショットガン二丁準備よし。
 次はハンドガン。
 リボルバー一丁じゃ些か心もとない。敵はやったらと多いし。

「なんかやたらとマグナム系が多いわね。それも何かの縁か」

 つーわけでウィルディマグナム一丁と予備マグ一本と。流石にマグナム系は一丁でいい。
 あとは多装弾のを一丁……


 みしり。


「やば、ドアが鳴いた」

 それはつまりもう長くは持たないということだ。アタシは目に付いたシグP228を掴み、マガジンに9パラを押し込む。
 ドア越しに聞こえるグールの声が少し通るようになった気がする。

「装備完了するまでちょっと待って」

「うー……」だの「あー……」だのの声に答えてスライドを引き初弾装填。
 壁にかけられたホルスターを外して身体に巻きつけ、それぞれに銃と予備マグを突っ込む。
 シグの予備マグ作りに手を動かしながらドアを睨む。

「もうちょっと待って。あと三本ぐらい作らせて」

 アタシはみしみしと音を立てるドア越しに言って、二本目のマグを仕上げた。


529 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:40:14
>>528

 結局コイツらの行動原理なんて簡単なもんだ。動いてるモンを喰うか、壊すか、殺すか、犯すか。音なんかに
も意外と敏感らしい。ンでもって生きてる人間の臭いにも結構敏感っぽい。まー、偶に共食いを始めちまうくらい
馬鹿じゃあるんだが。バカバカバーカ。アホウが見んのは豚のケツならぬ人間の腸だったりー。あー、でもねー、
そうねー。家畜は家畜じゃん? どんんだけ行っても家畜は家畜っつーか、俺達にして見りゃ結局人間だって餌
なワケだし? 結局見んのは豚のケツなんだね、ほー、新発見じゃん? 今まで気付いたヤツって俺だけじゃね?
スゴクね? 新世界の神だけあんべ、俺。超絶ナイスガイなだけあるなー。
 まあ、そんな事はさて置き、モニターモニターっと。やーやっぱコントロールルームっつーのは便利でいいッス
ねー。空調の効きすぎた部屋でちょっと早めのお食事タイム。性的な意味で。発情を逃すかってんだよー。ぶっ
ちゃけー、暑い方がヤル気なくさね? おー良い顔じゃん。絶望に歪んでさー、ギリギリ、あー、ホント最高よね。
コレ。タマンネー。ギリギリ。でー、他の班の動きはー、まあまあ、順調ってとこかねー。四十分もありゃ制圧かし
らー。ビジネスはさっさと切り上げてー、楽しい楽しい夜の街に繰り出したいんですよ、俺。って、オイ、使えねー
なー、クソがッ。ギリギリ。ギリギリ。なにしてんだよー、マジさー、あんなチンケな店とっととぶっ潰せってのー。
中に生き残り居んのかも知れねーけどよー。ギリギリ。ゴキリ。あ、やっちまった。まー、いいや。つーか、何の為
に銃持たせてると思ってんだよ。弾ばら撒きゃそれで済むっつーのによー。アイツら殺しとこ。さっさと破って中に
押し入ってブチ撒けろってんだ。

 3ー。
 2ー。
 1ー。
 0ー。

 Bang☆

 モニターの切り替え切り替えっと。

530 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:41:47
>>529

 結局ドアが破られるまでに予備マグを三本どころか五本作る余裕があった。
 五本のマグを見に着け、サイガを取り上げたところで――

 みりみりみりみしみしべきんがたん。

 ドアが破られた。踏み込んでくるグールども。

「いらっしゃ……!」

 歓迎しようとしたアタシに向けられる銃口。
 咄嗟に飛びのいた鼻先を灼熱の掃射が通り抜けていく。

「なんでグールがサブマシンガンなんか持ってんのよ!」

 セミオートで散弾とスラッグを牽制にワンカートリッジ撃ち返して動きを止め、ウィルディで頭をぶち抜いてトドメを刺す。
 くそ、左手でウィルディマグナムは反動がきつい。おかげで半分外した。サブマシンガン持ちが残り四人って、死ぬ死ぬ死ぬ!
 後ろのカウンターに飛び込んで身体を小さくする。直後に掃射再び。

「あと一秒遅れてたら穴だらけだったわね。クソ!」

 サイガとウィルディの空マグを捨て、予備を装填。ウィルディはホルスターに戻してサイガを両手で構える。
 いくらサブマシンガンを持っているといっても所詮はグールだ。四人で同時に掃射すれば弾切れは同時に訪れる。

「アホウが」

 マグチェンジの隙にカウンターから身を出して今度はこっちが散弾とスラッグの掃射を浴びせてやった。
 腐った頭が砕け、弾ける。一秒置いて残った身体が崩れ落ちた。
 サブマシンガン持ちは掃討したが、素手はまだいる。というか寄ってきている気がする。

「長居するとやばいかなこれは」

 マグチェンジして店内に入ってくるグールを吹き飛ばしつつ、床に転がったサブマシンガンを一丁いただく。ついで予備マグも失敬。

「これだけあれば大丈夫かな?」

 気づけば結構な重装備になっていた。コマンドーかアタシは。

「さて、武器は調達したけどどうしたものかしら」


531 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:43:01
>>530

「ハン――あんだけ居たのが全滅ねェ……全滅、皆殺し、ファックファックの嵐だったワケね。そりゃあんだけ
揺らしてりゃあのカスどもも見とれちまってポックリ逝っちまうのも、イッちまうのも分かるってモンだがよー、分
かるがよー。役に立たねークズどもだなー。まったく、やれやれ、やれやれだぜ。やれやれだ。やれやれ―-
ファック! クソがッ! アマ一匹だぞ! 殺せよ! 犯せよ! ハラワタ引き摺り出して口ン中に詰め込んで
ファックした挙句に殺してファックしろってんだマザーファッカーッ! 相手が銃持ってるから犯せませんでした
じゃねーんだよッ! 俺達は無敵チート使って欲望の限りを尽くさなきゃなんねーんだぞッ! それが仕事だ!
クズがッ! クズがッ! クズがッ! 死ねッ! オマエも、オマエも、あの女もッ!」

 お食事中のクズを蹴り続ける=クズだからです←結論!
 やっぱり最後に笑うのは俺でなきゃなんねーんだよ。

 スイッチ・オン! ポチッとな。

「アー、あー。家畜の諸君、生き残ってる家畜の諸君。こんにちはー。ワタクシー、ヴァレンタイン家の秘蔵っ
子のヤン君でーす。僕様ちゃんが用意したアトラクションは楽しんでくれてるかなー? イェー、ノッてるね☆
子供の絶叫から大人の絶叫まできっちり耳揃えて聞こえてきてるぜーッ! 最高にゴキゲンなフルオーケス
トラだからー思わず勃起しちゃいましたけど許してね、下品だけどッ! アヒャヒャヒャヒャ! ところでー、俺
から一つだけお願いがあるんだよねー。聞いてくれないと泣いちゃうから覚悟するようにー。まあ、アレですよ。
虐殺です♪ 残念だけどアンクルファッカーな人種は嫌いなのです。ヤンキーどもは死ね。ジャップも、チャ
イニーズも、皆死ね! 死ぬ為に死ね! 生きんな! 犯されて死ね! 喰われて死ね! 自分で自分の首
を絞めて死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 残念だけど戦隊ヒーローは訪れてくれねーんだよ! 絶望喚き
嘆き叫び散らして死んでくださいね^^ じゃ、大人しく抵抗しつつ死ねばー?」

 ブツリ。

 オーケーオーケー。ハルマゲドンだぜベイビーッ!


532 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:44:31
>>531

 聞くに堪えないクソな店内放送が次の行動を決めた。
 敵はグール。って、ことは。
 頭を潰せば一網打尽に出来る。――多分。
 アホな放送で自分の所在を明らかにした自称ヤン・ヴァレンタインとやらを殺せばこの惨劇は決着するわけだ。

「……やることは決まったわね」

 ガンショップを後に、並み居るグールを掃討して道を切り開き、案内板を探してボスがいるであろうコントロールルームを探す。
 ショッピングモールそのものがでかい分案内図もでかいものにならざるを得ず、必然的に探すのに時間が掛かる。
 ――そしてその間も新手のグールが来る。
 左手でシグを使ってグールを撃ち倒しつつ、右手で案内図をなぞり、目的地を探す。――見つけた。

「上のフロア上がってさらに移動か。くそ、ちょっと遠いな」

 マグチェンジしたシグをホルスターに突っ込んで、サイガを両手で構えて移動開始。
 最短距離を突っ切る。

「邪魔だ邪魔だ邪魔すんな!!」

 壁のように立ちはだかるグールを散弾とスラッグで排除して強引に突き進む。
 ショッピングモールの広さとグールの数が比較的まだ少ないからできる無茶なマネだ。
 ただのデパートだったらこうはいかない。

 発砲発砲発砲発砲発砲弾切れマグチェンジ
 発砲発砲発砲発砲発砲弾切れマグチェンジ
 発砲発砲発砲発砲発砲弾切れマグチェンジ
 発砲発砲発砲発砲発砲弾切れ予備マグなし

 弾の尽きたサイガを投げ捨て、奪ったサブマシンガンを掴む。
 吹き抜けの階段を駆け上がるアタシを上階から鉛で歓迎するグールどもにフルオートで応射。
 派手なマズルフラッシュの向こうで腐肉が飛び散る。
 頭が腐っているだけあってグールの動作は遅い。降り注ぐ弾雨は全てアタシの後を追っていた。
 なまじ狙うからそうなるんだ。阿呆が。
 階段を上がりきったところでサブマシンガンが弾切れを起こした。マグチェンジは遮蔽の柱に滑り込んだあとだ。
 そこまではシグを撃ちながら走る。
 柱の影から一般人のグールさんがご登場。
 右、サブマシンガン、弾切れ。
 左、シグP228、弾切れ。
 大口を開くグール。
 その顔面に右の靴底をぶち込んだ。腐った顔面が派手に陥没する。おまけで左の靴底もつけてやる。
 遮蔽から飛び出てきたグールに同類はサブマシンガンで出迎えた。数丁がかりの掃射が瞬く間に腐った挽肉をこさえる。
 おー、恐い怖い。恐いから遮蔽の逆側からリロードしたサブマシンガンで首から上を穴だらけにして全滅させてやった。

 周辺索敵、警戒。
 ……敵影なし。

「――っはあ……ちょっと疲れた……」

 体重を背中の柱に預けてマグチェンジ。
 残弾――サブマシンガンの予備マグあと二本、シグが三本、ウィルディが予備マグなし、背中のレミントンも予備弾なし。
 あとの武器は鉈とクラシックマーダーが……と。
 ガチャガチャとザッザと物音足音引き連れて新手の武装グールがきやがりましたよっと。

「ったく急いでるってのに。相手してやるからとっとと灰になりやがれ」

 無視して急ぎたいところだけど、ほっとくと後ろから撃たれかねない。困ったもんだわ。

 つーわけでサブマシンガンを先制で浴びせてそのままレミントン、シグと持ち替えて一気に圧殺した。
 鎧袖一触とまでは言わないけど、殺り慣れてるとグールっつったってそんなに脅威じゃない。
 頭を潰せばそれまでだし。
 シグとサブマシンガンに予備マグを叩き込んで弾の切れたレミントンを捨てる。
 軽くなった武装を身に、アタシはコントロールルームへ走り出した。


533 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:45:01
>>532

 虐殺虐殺粉砕爆砕大喝采! ある晴れた日の事血の雨が降ったら魔法以上に愉快でしょうね! ビバ! ハラ
ショー! マスターベーション日和だぜ! 引き篭もってカいてろよクズッ! 死んでろよ死んでろよ死んでろよ死
んでろよ生きるな死ね生きるな死ねさっさと死ね死ね死ね死ね犯されて喰われて吐き出されて汚物塗れんなって
死ね! 絶望の揺り籠に揺られて眠ってろビッチ! クソがクソがクソがクソがクソが! あンのアマァ――泣くま
で吐くまで果てなく当てなく逝けるトコまで逝かしてやんぜ……!

「オメデトウ、ミス・マーダー。血のシャワーを全身で浴びる快感は如何だ化物。たまんねーよな? 絶頂過ぎてイ
キッぱなしケツの穴までヒクつかせて奮えてんだよなァ? 俺を殺したいか? 俺を殺したいか? 良いぜ、良いぜ、
良いぜ――マヂで良いよ……テメェみたいなビッチとまぐわりあってくんずほぐれつヤりあうなんてそうそう滅多に
ある機会じゃねーもんな。ああ、想像だけでピン子ダチっすねー。ところでネーチャン、それポルノの撮影っすか?
ビ・キ・ニ! ビ・キ・ニ! ウエッティーにイキマッショイ☆」

 ポチッとな。
 シャワータイムだぜベイビー!

 ウィンウィンとスプリンクラーから冷たいお水がボタボタと。
 ヒュゥ! 濡れ濡れじゃん?

 クハハハハ! その白い肌を嘗め回して狂い犯してヤンよ!

534 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:45:28
>>533

 辿り着いたコントロールルームの前には結構な数のグールと、ピアスをじゃらじゃらつけたチンピラそのものの男。
 喋り方と耳に障るその声から察するに、こいつがヤン・ヴァレンタインだ。
 にしても――

「ったく、ピーチクパーチクうるさいヤツ。ちったあ口を閉じろよ真性皮余りのチンピラ野郎」

 うるさい。煩い。五月蝿い。
 ……アタシだってスキでこんな格好してるんじゃない。

「まあ口閉じても殺すんだけどね。七分の八殺し程度に」

 右手にサブマシンガン。
 左手にシグを構える。

 あのクソッタレのアホンダラを叩くには正面のグールを突破しなきゃならない。まずはこいつらの排除だった。
 ――ああくそ。数ばっかり無駄に多いっつの。なんでこんな格好で戦わなきゃならないんだっつの。

 唐突に作動したスプリンクラーが通路を万年晴れからスコールに変えた。
 鎮火するための散水は容赦なくアタシを濡らす。
 ま、水着だから関係ないけど。

「つーわけで死ね。おっ死ね。人の休みを潰しやがってこのボケナス」

 ダブルトリガー。


535 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:46:07
>>534

 パララパララパララララと爆音が木霊木霊反響残響がウッセーのなんの。所詮グールには弾をバラ撒くしか
能がねーんだからまあ、この状況もあっさりと理解できるし覚悟してたがウッセーもんはウッセーんだよファッ
ク。そこそこ学習しちゃいますが所詮グールですからねー。動きはタルイしー、狙いは甘いしー、結局こいつら
に出来ることなんざ、セーシ吐き散らす為に腰振るか飢えを満たす為に喰い散らかすか弾をバラ撒くしか出来
ねー役立たず。次々と頭をトマトみたいにグチャグチャグチョと潰しておるわけです。

「ハア、ハア――ハア、オーライ。オーライ……クズはこれだからしゃーねーよなー。これだからクズは嫌いだっ
てんだ、嫌いなんだ、嫌いなんだよ! レイプしか出来ねークズどもがッ! 弾バラ撒きつつ接敵しやがれ。頭
潰されねー限り糞しぶとく生き残れンだろーが。喰らいついて引き倒して水着をセクシーに引き裂きゃ俺の勝ち
なんだよ。駒に過ぎねークズはさっさとキングの為に死ねよ。良いか――死ぬ気で喰らいつけ」

 ゾロゾロゾロ。弾を吐き散らしながらの行進は続く。行進。行進。
 イケイケ僕のアンパン(陰語)マン!
 ラリッた頭にクールに決めたバレッドにキスをして進めフッキンガイズ!
 返事はイエスユアハイネス! 合言葉はキャッチアンドリリース←俺に! 懇願はファックミー!

 クールなパーティーはまだまだこれからだぜ!

536 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:47:05
>>535

 棒立ちのグールども撃ち倒すのにも終わりが来た。
 不死身の肉体をいいことに弾ばら撒きながら行進開始と来たもんだ。
 これは流石にまずい。特にこっちの武器がもう品切れに近くなってきてることも加えてさらにまずい。
 相手の武器を奪うのが定石だけどこの状況じゃその前に穴だらけ、あるいはとっ掴まって八つ裂きだ。

 となれば、引くのもありだろう。

 弾切れになったサブマシンガンを投げつけてアタシは全力で後退。
 うーだのあーだの呻きながら銃弾をばら撒く連中から離れて、一番近い角へ滑り込む。
 スライドストップしたシグに最後のマグを叩き込んだところでいい物を見つけた。
 スプリンクラーが設置してあるのにこれがあるのはいささか蛇足気味にも思えるけど。この際だからさておく。
 ケースを蹴り開いてアタシはそれを取り出した。赤い円筒に黒い握りとホース。消火器だ。
 中型に分類されるであろうそれを引き摺ってさっきの通路まで戻る。
 すっとろいグールはまだ角を曲がっていなかった。好都合だ。

「よっこら、しょ!」

 腰を使って通路に引き摺ってきた消火器をぶん投げ、角から身を出しざまそれにシグを撃ち込む。
 消火器は丁度真ん中にいたグールに当たり、そこへ銃弾を受けて炸裂。衝撃波がグールをなぎ倒した。
 アタシは通路に飛び出し、シグとウィルディマグナムでトドメを刺しながら前へ進む。頭を撃たなきゃ死なないんならそこを吹き飛ばせばいいだけだ。
 シグの弾が尽きた。捨てる。
 ウィルディマグナムが尽きた。捨てる。
 足元のサブマシンガンを蹴り上げてキャッチ。撃つ撃つ撃つ――。
 最後の一体を仕留めて、丁度弾切れになったサブマシンガンを捨てる。

「……あとはアンタだけよ皮余り」

 クラシックマーダーを突きつけ、分かりやすく撃鉄を起こして言ってやった。


537 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:47:32
>>536

 大量に白濁したものをブッ掛ける。ブッ掛けてブッ掛けてブッ掛けて。スゲェ……眼鏡まで真っ白だぜ……
こんなの企画モノのAVでしか見たトキねーぜ――ファック! そんなに白濁塗れになりたいなら俺がしてや
るぜベイベー。ちゃんとホンモノでな!
 それにしてもクズはやっぱりクズでした。手傷も負わせられないなんて……くっ……くやしい……!――じゃ
ねーんだよコラァ。ふざけんなよ、ふざけんな、ふざけんなふざけんなフザケンナ。コンソールをブッ叩く。ブッ
叩く。ブッ叩く。ところどころスイッチが入っておりますがご愛嬌ー。

「ハン――オーライ。その余った皮で絞め殺してやんよ。クハハハハ……俺のジョニーが絞め殺されちゃった
りして。運動のできる女っつーのはよー、あれですからね。締りが良いんですよ。下品な話ですけどね、それだ
けで僕様ちゃんフル勃起、ギンギンだぜギンギン。思春期の少年も真っ青だぜビッチ! アーユーレディー?
クレイジーでマッドでキュートなパーティーの始まりだ、覚悟キメて俺のケツにキスしな!」

 ホンモノとニセモノの違いを教えてやんぜ――オウ、自虐じゃね? ハン――クッダラねー。オリジナルよりも
質の良いデッドコピーは十分に在り得んだよ。
 パンパンパララ、パララララ。ついでにクズを蹴り飛ばす。パララパララパララララ。
 キュートなお目々に写るのはー、きっと血塗れの聖女様。マグダラのマリア様を孕ませた挙句に銃殺刑。マタ
イはきっとこう記す。

                         「生まれる前に死ね!」

538 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:48:24
>>537

 ばら撒かれる弾を射線上から身を躍らせてかわし、クラシックマーダーを撃ち返す。
 くそ、動きがいい! こりゃまともにやりあったらヤバイ!

「ぐおっ!!」

 蹴り飛ばされてきたグールの死体(ってのも変な話だ)を倒れこんで避け、そのまま勢いで転がって跳ね起きる。

「こなくそ!」

 火線の中、銃弾を撃ち返す。が、圧倒的に不利だ。
 そもそもこの近距離で六連発リボルバーと連射可能なマシンガンじゃ勝負にならない。
 ヤバイなこりゃ。手榴弾の二、三発も持っきゃよかった。

「づ!」

 左腕を銃弾がかすめた。くそくそくそくそくそ!
 クラシックマーダーをホルスターに突っ込んで手近なサブマシンガンを拾い上げる。
 三点バーストで射撃。弾丸を惜しむように撃ちながらアタシは突っ込む。

「去勢してやるから」

 鉈を抜き払う。分厚い刃と重さが頼もしい。
 弾が切れる。問題ない。アタシは既に跳んでいる。

「大人しくしやがれ!」

 勢いつけて袈裟懸けに鉈を振り下ろした。


539 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:48:42
>>538

 クラッシュクラッシュクラッシュフラッシュフラッシュフラッシュ。ビープ音は鳴り止まないんだぜ。アラート
タイプB=生命の危険にゴキゲンでアナタはイッちゃえますか? イッちゃいますか? もう僕はイッちゃって
ますねー。スッポンポンでフリーダム。上のお口も下のオクチもアッツイ鉛弾を挿入してやんべと意気込ん
でも止まった的じゃねーから避けるワケね。避けんのね。避けんなよチクショウッ! ファック! 女は入れ
られてりゃ良いんだよッ! 俺にそっちの趣味はねー。ケツを掘られてヨガルのはテメエだろうがビッチ!

「ヘーイ、オジョウチャン? ゴッキゲンなのはかまわねーんだけどさー、アレよね、アレ。いきり立つのは俺
のジャック・ハンマーとその水着の下に隠れてるポッチが三つだけで十分だと思うワケ。だからさー、その鉈
セルフで使っちゃおうぜ? アヒャヒャヒャヒャ――柄でも咥えてイッちまえ!」

 お兄ちゃん、一応僕様ちゃんも吸血鬼になったんだよね。ああ、そうだよジミー。やった! これで人外の
動きもパーフェクトだね! ああ、トースターが壊れていてもパンだって焼けるだろうさ。HAHAHA! それは
ゆで卵で歯を折っても良いってコトだよね☆ スポンジケーキで窒息しろって事さ! うわなにをするきさまー。

 オーイェー。素敵な地面とフレンチキスが出来ちまいそうだぜ。あー、床に零れちゃった「ミルク」を舐めてキ
レイにさせんのも面白そうねー。よしケッテー。調教メニューに追加されました。エロゲーならCG付きだなや。
 子宮にジンジン響くと良いな、突き抜けろ俺の武装錬金! 残念! まだ起きちゃいなかった!
 それでも足は伸びる伸びる伸びる。下から突くのもお得意なのよ♪ それに堕胎・中絶の基本だし?

540 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:50:42
>>539

 鉈が空を切る。

(マトリックス避け!?)

 チンピラは後ろに身体を倒れこませて鉈をかわしていた。
 ありえねー!

 驚愕は一瞬、直後には“ヤバい”が思考を占めた。殆ど反射的に腹筋を締めて身体を引く。

「ぐ……」

 アタシの下っ腹に蹴り足がめり込んだ。足はめり込むだけに留まらず、

「ぎゃう〜〜っ!」

 アタシの身体を飛ばした。蹴り飛ばした。
 身体をくの字に折って吹っ飛び、アタシは濡れた床に転がった。

「がっ……」

 即座に起き上がろうとして崩れる。

「ぐっ……!」

 やば、身体に力が入らない……。
 致命傷ってレベルのダメージじゃないが、動けない。回復には幾許かの時間が必要だった。
 この状況でこの状態。致命傷と変わんないっつの。

「くそったれが……!」

 鉈を手に毒づき、様子を見る。
 出来る事なんてこれぐらいしかなかった。


541 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:52:01
>>540

「あー、ツマンネーツマンネーツマンネー。テメーの人生せめてノーマルモードくらいチャレンジしやがれよ。
今日日クソガキでもチャレンジ中だぜ。ボッタくられてお終いでしたってオチが見えてるんだがー、テメーの
人生も一緒でしたね^^ イェー。ぶっちゃけー、ぶっちゃけー、ナマゴミですか? まー、確かにミルク塗れの
リアルドールはイカ臭くてナマゴミ級ですけれどもー、そーいや眼鏡にカケまくる何処の変態が喜ぶんだか
正気を疑っちまうよーな動画をニコニコしながら見てる馬鹿もいたなー。スナッフ付ならもっとマニア向けで
販売できっかもなー。ヤーハー。ま、下らない話だぜ。下らない話だぜ。もうちょっと楽しませてくれんのかと
思えばこれだ、結局これだ。オチはこれか。ハン――寝ても醒めてもクソ下らねー、クソ以下の家畜に溢れ、
クソ以下のお遊戯で、オレの下半身のお世話しかできませんってか? メス豚が。シリ穴ヒクつかせて悦ん
でんじゃねーよクズ。肉の上から子宮ブッ潰して女として機能しねーようにしちまうぞ。ワンコイン投入のチャ
ンスだぜ? テメーで弄くってレッツショウタイム! 十数える間に俺が満足できそうだったら―――――」

 害虫連中年中地べたでオーヴァーナイトで繁殖中。一匹二匹カスが消えても産めよ殖やせよ絶賛繁殖中
につき。路上で眠るチルドレン。ママはビッチで他の男を咥え込んでは夜を明かし、パパは結局性欲処理とし
てしか女を見ておりません。既にあの子はイッちゃいました。路上は何時だって赤いか白いか黒いかです。黄
色? そんな民族いんの?
 とあるガキは言いました。生きてりゃきっといい事があるさ。いい事は結局テメーがゴミクズみてーになって
死ぬ事でした。C4抱えてロケットダイブ! 喜んだのはきっと政府のお偉方。爆殺程凄惨でエロスに満ち溢れ
たものはない。あの千切れた手首を見たまえ。まるで女の胸をもぎ取ろうとするかのようだ。想像だけで達する
に足る。世の中は変態のマッドエンクレイジーな妄想によって成り立っている。
 聖戦? 性戦の間違えだってんだよボーイエンガールズ。大人の性欲処理に、結局独り善がりのセックスに
到達する事も出来ないオナニーショウ。使う、セルフ、右手。残念、劣勢民族の冒険はこれで終わってしまった!
何時だって淘汰されるのは貧民層。奪う盗む殺す犯す、生きる為には必要事項。血を見ない日はない。むしろ
血塗れの生活が裕福へと繋がるサクセスストーリー。働いても搾取されるなら汚れたって構いやしねー。生き
る為にブチ殺せ。躊躇う前にブチ殺せ。我が身可愛さの何が悪い。結局聖人君子なんざいやしねー。
 汚い本性見せてみろや、人間その姿が一番美しいってもんだぜ。野性味こそが美しい。狂っていく事こそが
美徳。善行という背徳の味を覚えた人類は善行を積みますが結局逝くのは地獄で御座います。そう、何時だっ
て皆、皆。使うセルフ右手オア左手。全世界オナニーショウ開幕。
 標的をセンターに入れてロック、標的をセンターに入れてロック。標的をセンターにロック入れて、センターを
ロック標的を、ロック標的センターへ、センター標的ロックを標的センターロックロックロックロック標的はロック
センター標的にロック!

「グッナイッ! 一人寝の夜も奥の方まで乾かしちゃやんないぜ。テメーの穴と言う穴グールの精子漬けにして
売り捌いてやっからよ。神はアナタを許してくれるさ。眠れるビッチに甘き死を! 神様だってダッチワイフをご所
望さ!」


542 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:52:36
>>541

 ハラワタがひっくり返ってるような気がする。
 吐き気がする。中身出そう。気持ち悪い。
 ごぷ、と鳩尾の辺りから喉まで込み上げてくる悪寒。ぶちまけなかったのは半ば以上意地だ。

「耳障りなんだよなあ。その声といい台詞といい」

 調子に乗った阿呆の油断。
 それがアタシに回復の時間を与えた。
 深く息を吸い、吐く。手足に力が入れる。
 よし、動く。動ける。
 じゃ殺そう。

「獲物を前に舌なめずり。三流のやることだな」

 言い捨てて跳ね起きる。
 跳ね起き様にクラシックマーダーをクイックドロー。弾倉に残った三発をチンピラの顔面に集弾させる。
 狙いは両目と額だ。


543 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:53:20
>>542

 ハン――ビバ! フェスタ! ブラッドブラッドカーニヴァルへようこそ! 人肉人糞人民揃って大暴走大激突
の末にフィギュアだってある意味三次元のカオスショウの開催決定! 詳細はヘルシング本社まで! 架空請
求の嵐でボリマクリマクリスティー。
 目の前には弾丸三発、間に手を入れてみれば貫通。ビッチャッと自分で顔射。ガンショットは怖いですねー。
受ける、否、死! って状況。チョーマジムカつくんですけど。これで俺の冒険は終わっちまった?寝言は寝て
言えよキッチンドランカー。アルコール漬けの脳みそで考えりゃ俺たちよりもまともな思考は出来んだろうよ。

「ノーノーノー。わかっちゃいねーぜリトルレデー。その眼はあれか? DHAたっぷりのお魚天国から釣上げて
きたってのかい? 腐った魚たらふく食わせてテメーのフォアグラでもいただいちまえフラグ? ちょっとビンビ
ン立ちすぎじゃねエロゲだったらこっからセックスオアレイプオアデッドエンドだべ。ヒーローの台詞はヒーロー
が言うから様になってキマんだぜ? 残念ながらここはネットの世界じゃねーんだよ。慈悲も容赦もクソもねー、
イカレ眼の三年寝太郎が喰われちまうクソッタレの現実だ。ニンゲンサマがクソ塗れになんのがリアル過ぎて
チョーウケルってもんだぜ!」

 こーゆーのはな――ビビッたら負けなんだよ。
 正確な三点倒立狙いのビーンボールは剛速球で迫り来て俺様のバットは遥か下方股の間にあるワケです。
そして使用方法は簡単。穴に入れて扱くだけ。打ち返すなんてとんでもない!
 ファックファックファックと身体が悲鳴を上げてできた穴は三つ。新設のピアスホールには鉛弾が各々三つ納
まります。お得だね! 今ならなんとアナタにも特別奉仕価格でプレゼント!
 ヒューヒュー言ってらー。喉。もうちょっと早めに判断して避けりゃよかったぜファッキン!

「ハァイ、お嬢さん。便所は済ませたか? 神様にお祈りは? 頭に三つ以上の穴を開けられてレイプされる準
備はオッケー?」

 カチャリときっかり六十度。手首のスナップが決め手です。
 照準はロック。トリガーオンオアオフ? リブオアダイ!

「ひざまづけ崇めろしゃぶり尽くせ。それでテメーの生が買えんべ?」

544 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:55:14
>>543

「……参ったなこりゃ」

 必殺を期した38口径はチンピラの防御によって頭ではなく喉に当たった。
 でもって――殺りそこねた。

 目の前にはチンピラ吸血鬼と、そいつの向ける銃口。

 アタシの右手には弾切れのクラシックマーダー。
 左手には鉈。

 どう見ても詰みです。本当にありがとうございます。
 とはいえ、諦めてやられてコイン一個入れてコンティニューするわけにもいかない。

「ひざまづけ崇めろしゃぶり尽くせ。それでテメーの生が買えんべ?」

 かといってコイツの言う事を聞くのも癪だ。助かる保証なんかないし、あったとしても絶対嫌だ。
 そこまでして生きたくない。むしろ己の尊厳を抱いて死ぬ方を選ぶ。

 んじゃ、命惜しまず足掻きますか。なに、悪くても死ぬだけだし。

「高いんだか安いんだか。どっちにして買う気になれないな。だから」

 クラシックマーダーの撃鉄を起こす。音を立てて回る弾倉。
 アタシはその影で鉈を持った左手を緩やかに引く。

「ころしてでもうばいとる」

 引き金を引くのと同時に、手首を利かせて鉈をアンダースロー。狙いは銃を持った腕。
 さらに地を蹴って、チンピラから見て右に走り込む。
 予備弾はまだあるけど込めてる時間がない。再装填するだけの時間を稼ぐには組み付いて四肢を壊すしかない。
 後ろに回りこんで背中側から肩を砕いて腕を潰す。まずは銃を持っている方から。


545 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:55:33
>>545

 反逆のマーダー絶望のキラー。その眼に浮かぶ蝋燭みたいな炎を吹き消すのが何にも勝る快感なのよ?
オーケーオーケー。生きろ生きろリヴィング! 限界まで頂上まで絶頂まで生き続けろ。そうだ生きろ。兎に角
生きろ。醜くも無様に生き足掻け! それでこそ家畜だ。それでこそ家畜! 活きの良い家畜ほど新鮮で旨味
が凝縮されたモンはねー。これこそまさにの肉パラダイス銀河やー!
 トゥルートゥルートゥ。踵で華麗にターン! まだまだずっと俺様のターン! ビシッとキメたオサレポーズは
無敵モードへの合図なんだぜ? これ万国共通の真理なり? ハン――俺ルール発動だ文句あっか! ガキ
ンと噛合うのはキスで歯が当たったからじゃなく、刃が当たっちまったから。クルクルクルと世界は回っていや
がります。どっちかーっつーと平べったい方がよくね? そんな俺浪漫派。忘れ物はお届けしましょう。赤いリボ
ンのお供をWAWAWA忘れずにィィィィィィィィィィィいいい! ごゆっくりの休憩は冷えてからなんだぜー?

「こんなターキーのレッグは喰えないよ。俺がホンモノ食わせてやるからさっさと死ね!」

 そして残念! 攻防一体と言うか両手マシンガンイケイケモード。通称全殺しモードの俺様に死角はねーん
だよ!
 フレンチキス万歳! 食い千切れ! 白い肩をレイプしろ!

546 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:56:06
>>545

 ドヅ、と右肩に灼熱が喰い込んだ。

 冗談キツイわ。
 投げつけた鉈が投げ返されるって、どんな北斗の拳よ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」

 ありえねえっつのクソ!

 頭を灼く激痛に緩む脚に喝を入れる意味で、アタシは鉈を引き抜いた。
 ぐじゅう、と肩から吐き気を催す音がする。同時にぶち込まれる大激痛。

「ッがあああああ!!」

 血がしぶく。派手な出血だなくそったれ!
 グラップル作戦はやめ! 手元に武器があるんなら格闘する必要はねえ!

 ばら撒かれる銃撃に被弾を避けるべく身体を低くして回り込む。
 銃弾が身体を掠める。――掠めた弾は当たってないに同じだ。
 一発が右肩を撃ち抜いた。――貫通してるから撃たれたうちにはいらない。

「死ねくそったれ!」

 アタシはことさら身体を深く沈め、勢いを全部乗せて飛び上がるように斬りかかった。


547 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:56:36
>>546

 手・手・手首を見る時はー、切断面を明るくして離れてみてね? お兄さんとの約束だ!
 ファック痛えファック痛えファック痛えファック痛えファックしたい! オメーよー、これよー、接点を求める
までもなく破断だべ? テメーよー、あれか? アアン? 俺に手首溶接しろってのか? 何処からともなく
現れる美少女に間違えそうな美少年に黒い義手でも貰えってのか? ファックファックファックファックファー
ーーック!
 ドバドバドバと流れ出ていく大量の紅い息子達。まー、アレね、殆ど他人の血液ですけれどもね? ブッ壊
れた蛇口から水を飲んでみる。浴びるように、浴びるように飲んでみる。
 あー、不味い。もう一杯! なんて言うと思ったかマザーファッカー!

「そういうプレイがお好みかい? ハン――良い趣味してんぜメスブタ! まー、アレよね。そうね、避妊の心
配もいらいねーもんなー。ヤリヤリかよ。流石ビッチ!」

 プルンプルンと揺れるお胸に眼を奪われながら、飛んでった僕の左手首ちゃんを咥える、舐る、しっかりマ
シンガン装備。パララララ。マガジン排出。パララカチ。排出。ズルズルズル。活き悪いテメエの血なんざお
口に合いやしねー。リロードリロードリロード!

「レディースエンジェントルメン。残念ながら紳士はくたばちゃってますがー……こー、俺ちゃんもやってみた
かったのよね。―――――ファイエル」

 パララララララ。響け轟音轟け爆音!
 コンソール叩いてたのは無駄じゃないんだよ? ほっ、本当なんだからねっ!(///

 その隙に俺はスタコラサッサだぜ!


548 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:57:01
>>547

 また殺り損ねた。それどころかコイツにとって痛撃になってるのかも怪しい。

 ――ああもうクソッタレ!

 殺り損ねたところに襲い掛かる銃火。
 飛び退いて転がってかわす。右肩が痛い。動く度に出血が増える。かさむ。忌々しい。

「レディースエンジェントルメン。残念ながら紳士はくたばちゃってますがー……こー、俺ちゃんもやってみた
かったのよね。―――――ファイエル」

 そして一斉にマズルフラッシュ。
 アタシは手近な角に飛び込んで難を逃れる。一難去らないうちに一難上乗せ。

 冗談キツイわ。
 まだこんなにグールがいたなんて。

「叩く頭はとっとと逃げやがって……くそ!」

 悪罵を吐いて右手が辛うじて保持していたクラシックマーダーに再装填を施す。
 ――右手の感覚が余り無い。
 それどころか視界が少し暗くなった気がする。

「余裕、ないな……」

 通路へ視線をやる。
 銃火の只中には先に殲滅したグールが持っていたサブマシンガンが数丁。
 身体を伸ばして取るには無理があった。だがこの状況を切り抜けるには必要なものだ。

「連中が馬鹿で助かるわ」

 グールどもは通路上に弾をばら撒くだけで距離を詰めようとはしてこない。
 血肉を求めて殺到されればアタシには手の打ちようがなかった。
 下手に統率しようとしたのが仇になっていた。ざまあみろだ。
 そして同時に火線を展開すれば、使っている装備が同一である以上弾切れはほぼ同時に訪れる。
 アタシは耳を澄ましてそのときを待つ。
 銃火が途絶え、ボルトストップの音が複数聞こえた瞬間に飛び出し、通路上のサブマシンガンを掴む。
 のろのろと再装填を行うグールの頭が並ぶラインへ掃射を一往復。
 戻す手で銃を投げ捨て次の一丁を拾い同様に掃射。三丁目を投げ捨てるとそこには灰塵しか残っていない。

「あのクソッタレは……上か」

 グールが再装填を済ませたサブマシンガンを掴み、アタシは腐れチンピラを追った。


549 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:57:24
>>548

 ドロドロドロドロ、深夜俺は一人で街をぶらついて居たら成功者がベンツに乗り込むところだったのでブチ
殺してみた。そんなお約束なワンシーンをチープに踊っていたあの頃。そして今はチープ過ぎる銀幕スタア。
ローラ、なんでテメーはローラなんだい? ジュリエットがイカしているからさ!
 ファック! 出血流血のバーゲンセール! 閉店セールは何年も続きますがー、俺様の閉店セールは何
時までも続くなんて事はねーワケで。クラクラクラクラ。バケモノとしての軸がブレている。フリークスとしての
軸がブレている。深夜にアニメばっかり見てる低脳どもが呟いた。

「殺さなかったら負けかなと思っている?」

 両手を広げさあ飛び立とう青空へ。
 悲鳴悲鳴悲鳴。絶叫絶叫絶叫。咆哮咆哮咆哮。
 頭のない羽虫が蠢く。

 カスは死ねカスは死ねカスは死ね!
 阿鼻叫喚!
 地獄絵図!
 戦争賛歌!
 人間餐歌!

 振り向けばそこにはヒトノカタ?

「ハン――なんてタイトル? 軍人美女、濡れ濡れ戦争? ヤッスイポルノかよ」

 トリガーバースト!
 壊れちゃえ☆

550 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:58:02
>>549

 階段を上がりながらベストの襟から背中へと鉈を突っ込む。
 ホルスターからクラシックマーダーを抜いて腰裏――水着のパンツへと突っ込む。

 真っ向から火力のぶつけ合いをやったらアタシの負けだ。
 右手の感覚が薄くなっているこの状態でフルオート射撃やって、集弾させる自信はない。
 手榴弾もなく、開けた場所で撃ち合いとなれば、もう騙し討ちでもやるしかなかった。

「どこかにテープでもあればおあつらえ向きだったんだけどね」

 苦笑する程度の余裕はまだあった。

 ――屋上へ上がる。

 そこにはチンピラの姿。

「追い詰めた……っていうにはアタシが満身創痍すぎるかァ」

 向けられる銃口。向け返す銃口。
 火線を開く。

 銃弾を交錯させつつ走った。
 もっと詰めないと殺せない。


551 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:58:22
>>550

 どこのヴィップスター? フラッシュに焚かれて焚かれて焼け死んじまいそうなんですけれど目の前には銃弾が
フワリフラリと発狂弾幕形成中。1ドット以上避ける隙間があるので穿いてないお姫様よりは優しく踊れるってモンだ
ぜ。見える、見えるぜ俺にも――仮性じゃなければ即死だったなんてお寒いギャグは飛ばさないのが俺クオリティ。
病気が怖くて女がヤレルか。なんなら脳外科行ってやってやろうか?
 ファッキンインマイウェイ。いつだって快楽優先。クソッタレタ花道に踊るスター。ブラストビートも真っ青な、総統
様だってスッポンポンで駆け出すリズム。

 加速加速加速。
 ピストン運動が止まりません。
 発射挿入発射挿入発射挿入発射挿入。
 殴打爆発殴打爆発殴打爆発殴打爆発。
 目指せ秒間十六連ピストン、貫け抜かずの三十二発!

 意識の混濁はきっとバッドトリップ! 白濁した意識にサヨナラバイバイ!
 網膜で焼き切れた紅い染みはストロベリーサンデー! チョコレートチップはきっと喰えやしねー!

 咥えたまんまの自分のお手手、噛み砕いて咀嚼してゴックン。ガリガリザリザリと熱を上げて行くノイズのような
思考を舐め上げる。
 きっと私は空も飛べるはず! だからマガジンだって空を飛べるはず!

 キャッチミーイフユーキャン?

 リロードはサドンデスの合図。
 片手じゃ上手くハメられません。

「三秒の栄光、三日天下、さて、今夜のご注文は、どっち?」


552 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/25(火) 23:59:42
>>551

 ボルトストップの音二つ。

 一つはアタシの手元から。一つは正面のチンピラから。

 二人揃って弾ばら撒いて、どっちも相手を殺せなかったらしい。
 無様だねえ、お互いに。
 負傷してるモン同士の撃ち合いなんてそんなもんかもしれないけどさ。

 アタシは撃ち尽くし、予備マグもないサブマシンガンを捨てる。
 チンピラは片手で撃ち尽くしたサブマシンガンに予備マグを詰める。

 ――阿呆が。再装填の時間なんかやらねえよ。

 左手でクラシックマーダーのグリップを掴み、抜き様に撃った。38口径が六連射。
 これで死ぬかどうかは微妙なラインだ。
 こいつは抜き撃ちを一度凌いでいる。弾数を倍にしたからやれるかといえばクエスチョンが付く。

 ――なら七発目のオマケをつけてやるのは当然だろ。

 アタシは背中に差した鉈を引っかかる手応えを断ち切って抜き、そのままチンピラの頭目掛けて投げつけた。

 ――くたばれ豚野郎。


553 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/25(火) 23:59:51
>>552

 ファックファックファック、理解不能解読不能の六連正射に涙する聖人君子様。哀れ人の世はまっこと生き辛
くなりましたとさ! おお神よ! 生きちゃいねー奴に死ねってどーよ? 矛盾してね?
 ガキンガキンガキンと俺のマシンガンちゃんが悲鳴を上げております。流石に厳しくね? オーケーオーケー。
それでも大丈夫なのがきっと俺様のマシンガン。大丈夫です。マシンガンっつったらアレよ、弾を切るポン刀に勝
てちゃうんだぜ? それなら逆も然りってもんだぜ!
 空を舞うマガジン様に一発ヒット! クリティカルで入っちゃったのでご愁傷様――と問屋は卸しちゃくれねーん
だよ、これがな。ジャックポット! 一発必中流石はヴァンパイアキングの俺様。空飛ぶマガジンと空中ファックで
もなんともないぜ!
 ズップリト体に埋め込まれ二発の弾は新しいピアスホールという事で。貫通しちゃってるのでごっすんごっすん
五寸釘でも買って来て埋めときましょうかねー。むしろアレよね、インプラント的な? バイブでも突っ込んでみる
の悪くねーかも?――ねーよ! 使い道ねーじゃん! 猟奇的過ぎてクソの役にも立ちやしねー。どうせやるな
ら女のハラ掻っ捌いてグールのブツでも埋め込んだ方が笑えるってモンさ。ああ、そうだそうだ、そうしよう。死ぬ
ほど笑える、死ぬほど笑える。死ぬほど笑えるさ!

 ↑妄想乙。

 現実は何時だって甘くはねーんだよファック! 本当にファック! ファックファックファックファックファックファッ
クファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファック!

 ダラダラ溢れ出る俺の燃料は結局クソッタレな末路を辿る為に排水溝へと辿りつくんだろうね、チクショウメ。
 まー、アレですよ、そこそこ楽しめましたし? 俺の役目はある程度果たしましたし? 楽しかったからいんじゃね?

「ハン――両腕なくしちゃ服も剥ぎ取れねーじゃん。まったくよー、野良犬相手に表道具用いてどうすんのさっても
んですよねー? 大人気なくね? まー、あー、アレよね。俺が死んでも変わりはいるもの、ここの「ねるとん」はさ、
軍隊突っ込んで漸く止められるくらいに盛大な乱交パーティーになっちゃいましたからねー。ビッチは踊り狂ってフ
ァックファック嵐なら、テメーの末路も似たようなもんさ、ビッチ!」

 おー、チリチリきてんべチリチリ。熱い熱い。東洋的なモンは嫌いだっていったにも拘らずこれだかんなー。あー、
やってらんねー。

「んじゃ、一足お先にアイキャンフライ! 死ぬ寸前ってのはレイプよりも気持ち良いもんだな、アヒャヒャヒャ!」

 地獄で会おう――強敵よ!ってか?


554 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/09/26(水) 00:02:01
>>553

「ハン――両腕なくしちゃ服も剥ぎ取れねーじゃん。まったくよー、野良犬相手に表道具用いてどうすんのさっても
んですよねー? 大人気なくね? まー、あー、アレよね。俺が死んでも変わりはいるもの、ここの「ねるとん」はさ、
軍隊突っ込んで漸く止められるくらいに盛大な乱交パーティーになっちゃいましたからねー。ビッチは踊り狂ってフ
ァックファック嵐なら、テメーの末路も似たようなもんさ、ビッチ!」

「ちょっと待て。どういうことだよ、それ」

 アタシはこいつを倒せば終わりだと思っていた。
 だがこいつの口ぶりからすると全然そんなことはなくて――

「んじゃ、一足お先にアイキャンフライ! 死ぬ寸前ってのはレイプよりも気持ち良いもんだな、アヒャヒャヒャ!」

「なっ、おい! 待て!」

 待てと言われて待つヤツはいない。
 止めるなら力尽くになるが、アタシには止める手段が既にない。

 アタシの見ている前でチンピラは屋上から飛び降りて――――

「……疾風拳でも使えなけりゃあ、トマトだよな……」

 クラシックマーダーを振って空薬莢を落とし、ローダーで再装填。弾丸をリリースしたローダーを屋上に捨てる。

「う……」

 片膝が唐突に落ちた。続けて崩れる上体を咄嗟に手をついて支える。
 ズギン、と痛みが身体を貫いた。

「い、づぅ……」

 右肩の傷が炙られてるみたいに痛む。視界も薄暗いし、頭がうまく回らない。
 ……身体を起こす。
 休みたいところだったが、そうもいかない。
 ショッピングモールの至る所から聞こえてくる怨嗟の呻きめいたグールの声。
 騎兵隊が来るまで生き残る方法を探さないと……。

「親玉フッ飛ばしてスカッと解決じゃなくて、絶望はまだ続くってか」

 後味の悪いホラー映画かっつの。

「――くそったれ。だったら絶望の終わりまで切り抜けてやるわ」

 くたばれ脚本家。アタシのケツを舐めろ。

 そうカッコつけたアタシの前に、ぱさりと黒い布が落ちた。
 つまみあげる。
 だらんと垂れ下がったその形状には見覚えがあった。

「これ……水着の、ブラ……?」

 口にした言葉に胡乱な頭が回り出す。

 ――こんなところに水着のブラが落ちてるわけない。落ちてるとすればそれは――!

 ハッと胸元に視線を落とすとそこにはつけていたはずの黒がなくて。
 ――露になっている肌色が。

 そういえば、さっき鉈抜いたときに何か引っかかる感触があったような――!

 顔が赤くなる。
 残った血の温度が上がって体温が上がって肌が赤みを帯びていく。

「…………まずは服探そう。服」

 アタシは赤くなった顔で、落ち着けと言い聞かせるようにベストの前を閉じた。
 立ち上がり、歩き出す。
 ふと、屋内への入口で足を止めた。

 ヤン・ヴァレンタインが飛び降りた方を見る。

「……………………あのチンピラ、見えなかっただろうな?」

 確かめる術はない。

 呻き声混じりの風が、散らばった真鍮の輝きをさらに吹き散らしていった。


555 名前:ヤン・ヴァレンタイン:2007/09/26(水) 00:03:06
エリ・カサモトvsヤン・ヴァレンタイン 『No future for you』

レス番纏め。>>521-554


556 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/09/30(日) 02:27:01

ヘレンvsクァン ――シャルロットのおくりもの――


序言[1/3]


「ちょっと待って〈ドン・イー・ドン〉 」
 ジプシーはハンドルを握ったまま、右手を上げてわたしの言葉を遮った。
「なによ〈シェン・マ〉?」問い返す。
「もう一度言ってくれない?」
「どうして」
「よく聞こえなかったの」
「嘘よ」聞こえていた癖に。

 ジプシーは気に入らないことがあると、すぐに聞こえなかったふりをする。
それがかわいいと思っているんだ。でもわたしにはバカにしか見えない。

「どう聞こえたのか言ってみて。聞き間違えてたら訂正してあげる」
 ジプシーはフロントガラスを見つめながら数秒だけ考えて、肩を竦めた。
「……明白了〈分かったわ〉。つまり、こういうことなの? せっかくツイン
の部屋を私と一緒にとったのに、あなたは昨夜カザフの部屋に遊びに行って朝
まで帰ってこなかった。これはいいわね」
「そうだけど。それが?」
「核心はこれからよ。―――あなたはカザフの部屋に朝までいた。十一時に出
ていったから、七時間も! ま、恋人同士なんだから不思議じゃないわ。むし
ろ夕曼蒂克的〈ロマンチック〉だって思う。それは全然、無問題よ。問題はそ
の先。……ねえヘレン、カザフのことどのくらい愛してる? 愛我多少?」

 こういう質問は嫌いじゃない。私は横目で運転席のジプシーを見ると、口元
を綻ばした。「お墓の中まで一緒に行ける」

「お墓の中に? 嘘よ! だってあなた、昨晩カザフの棺桶に入らなかったん
でしょ。あの液晶テレビやオーディオが内蔵されて、ご丁寧にブラックライト
の照明まで用意してる動く情侶旅館〈ラブホテル〉みたいな棺桶に」

 全自動開閉式のセミダブルサイズ。まさに王室的寝台。生きてるわたしだっ
てあの棺桶に住み着きたくなるくらい寝心地がいい。でも昨晩は使わなかった。

「見たいテレビがあったの」
「何とかチバ≠フ空手映画?」
「サニー千葉。映画じゃなくてドラマ。空手じゃなくて忍者。『服部半蔵・影
の軍団』っていうの。ホテルのケーブルテレビでたまたまやってたんだ」
 サニー千葉は日本のリー・シャオロン。見逃すなんて考えられない。
「それを朝まで見てたってわけ? 付き合い初めて三ヶ月の彼氏と一緒に、
ソファで仲良く肩を並べて。―――忍者ドラマを」
「是」
 信じられない、と呻いてジプシーはハンドルを叩いた。
「カザフがかわいそうだわ。だって今日から別行動になるのよ。三週間は会え
ないのに、よりによって最後の日に彼女はハットリハンゾーに夢中だなんて」

 別にジプシーにサニー千葉の魅力を分かってもらおうとは思わないけど、
カザフとわたしの関係を「かわいそう」なんて言われるのは我慢できない。

「お別れの握手ぐらいはしたもの」
「握手?」ジプシーは顔をしかめた。「キスはしたの?」
 接吻〈ジー・ウェン〉―――ジプシーになめられるのはイヤだったから、
冷静に反応した。三回ぐらい頷いてから答える。「今度しておく」

557 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/09/30(日) 02:32:10

序言[2/3]


 ジプシーはわざとらしく溜息を吐きながらハンドルを切った。
 浅草橋交差点を左に折れたから、この道路は有名な靖国通りのはずだ。
 きょろきょろと周りを見回すけど、両脇をビルが立ち並んでいるんだけで
特別に幻想的な風景が広がっているわけじゃなかった。新宿ってこの程度な
のかしら。香港のほうがよっぽど綺麗。期待していただけに失望も大きい。

 わたしとジプシーは仕事の帰り。一時間前まで「社会で活躍する女」に相応
しくばりばりに働いていたところだ。まさか活動初日に捜し物が見つかるとは
思わなかったから、拳套にも自然と気合いが入った。

 このまま帰国しても良かったけど、観光ビザはあと三日も残ってる。せっか
く日本に来たのになんの思い出も作らないで帰るなんてさびしい。そういうこ
とで、わたしとジプシーは自発的に休暇をとることにした。

 二年ぐらい前に死んだ大哥〈兄貴〉と一緒に日本に来たことがあるけど、
その時は目的を遂げるとさっさと帰ってしまった。兄は仕事馬鹿なんだ。
 ジプシーは大哥よりもっと馬鹿だけど、同じ女だからこういうときは話が分
かる。強烈で素敵なサプライズ―――ハイアット・ホテルのディプロマット・
スイートを予約してくれたからたまらない。一泊の宿泊費は昨日まで泊まって
いたビジネス・ホテルの四十倍だ。

 ジプシーは日本に来てからとても機嫌がいい。わたし以上に浮かれているの
かもしれない。気味が悪いほどに羽振りが良かった。
 いまジプシーが運転しているレンタルカーも73年型ムスタング・マッハ・ワ
ンというマッスル・カーでとても高級そうだ。クレイジーイエローのボディに
走ったブラックのラインがかわいくてわたしも気に入ってるけど、お金はいっ
たいどこから出てきてるんだろう。わたし達の仕事はそんなに儲からないのに。

558 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/09/30(日) 02:37:55

序言[3/3]



「カザフがかわいそうよ」

 ジプシーは視界に広がる新宿の夜景を眺めながら呟いた。憧れの不夜城に足
を踏み入れた感想よりも、わたしとカザフとの関係のほうが気になるらしい。
「ヘレン、あなたってほんとにお嬢ちゃんなのね」
 さすがにかちんと来た。
「ちょっと。わたしを何も知らない姑娘みたいに言わないで」
 ジプシーはわたしと三つしか違わないのに、何かあるとすぐに年上ぶりたが
る。自分だって大して経験もない癖に。
「わたしはわたしなりに考えてる。ちゃんと計算してるの。わたしはカザフが
本気で好き。今度は本気なの。だから慎重に行きたいのよ。今までみたいな失
敗は繰り返すのだけはぜったいにイヤ」
 ジプシーの言う『爆竹みたいに弾ける愛』が欲しかったらパシフィックプレ
イスにでも行けばいい。二時間五ドルで劉徳華や黎明とのロマンスが楽しめる。
「わたしが求めてるのは激しさじゃなくて安心なの。十年後も百年後もいまの
関係を続けたいの。裏切られるのはもうウンザリ。そのためにも焦るのだけは
駄目。わたしは情婦じゃなくて恋人でいたいんだから」
「かわいいわね、それ」
 ジプシーがにやにやしながら肩を小突いてくる。胸を反らして「でしょ?」
と答えた。なんだかくすぐったい。

「でも―――」ジプシーの目が光った。挑戦的な目付き。「カザフがあなたの
計算に付き合ってくれるかどうかは別の話よね? 彼だって一応は男なのよ。
握手で満足できるはずがないわ。いつまで待ってくれるかしら」
「いつまでも、よ」
 自信をもって即答する。わたしの不安を煽ろうとする意図が見え見えだ。
「あなたが何を言おうと本当のものは変わらないの。ねえ、ジプシー。わたし
とっても幸せなのよ?」
「ウー! 言ってくれるわね」
 ジプシーは口笛を吹いたと思ったら、ハンドルを叩いてリズムを刻み始めた。
わたしは「茶化さないで」と笑いながら言う。彼女は止まらない。最後はわた
しも乗せられて、一緒に古い愛歌を合唱させられた。

「けど、カザフの立場を考えるとやっぱり同情しちゃうわ」
「駄目よ。わたしの味方をして」肩にしなだれかかる。「相棒でしょ?」
「甘えた声を出しても無駄。カザフだって相棒じゃない。……それで、カザフ
が待ちきれなかったらどうするつもり?」
 そんな悲しいことは考えたくなかった。だけど、今までわたしは何度も裏切
りを経験している。「わたしが嫌いになるまでわたしを好きでいること」――
―この約束は守られたことのほうが少なかった。代償はいつでも求めてる。

「マイ・サシー・ガール≠フ面目躍如?」

 ジプシーの口元に意地の悪い笑みが浮かんだ。
 猟奇的な彼女〈My Sassy Girl〉。その二つ名で呼ばれるのは大嫌い。ぜんぜ
んかわいくない。それに香港の女の子はみんな生意気だ。わたしだけが凶暴な
わけじゃない。

 わたしが沈み始めたので、ジプシーは慌てて話題を変えた。フロントガラス
越しにくすんだ夜空を指差す。「ほら、見えてきた!」
 新宿パークタワーは、三つの高層ビルが身を寄せ合って並んでいるかのよう
な独特のデザインをしていた。想像していたよりだいぶ小さい。
「……香港のペニンシュラ・ホテルのほうが凄いわ」
 ジプシーが苦笑する。「泊まったことない癖に」
「煩死人〈うるさい〉」わたしも釣られて笑った。

559 名前:シャルロット:2007/09/30(日) 22:01:50
>>556>>557>>558 シャルロットのおくりもの

洞穴の中、わたくしは待ち侘びた。
人の時でなら数十の齢の時を。
いいえ、きっとそのようなものでは足りない。
幾星霜待ち侘びたか分らない、天にも届けこの心。
わたくしの心はひび割れた硝子。
打ち付ける雨を塞ぐ外套すらも見当たらぬままの、裸の心だった。

けれど。

ウェービーなブロンド。クラシカル、けれど何時の時にも無粋さを
思わせない夜会用ドレス、石榴の様に紅く濡れた湛えたキスを求める口唇。
オルゴォルを思わせる、耳を偲ばせずには居られない声。

どれもあなただけのもの。愛を知るあなただけのもの。

「王子…わたくしの夢物語。そこに描き続けた純潔の掟。
 ああ、王子!罪無き私の心を掻き毟る永遠のこいびと。
 王子、王子…」

この国にあの方がいらっしゃる。
わたくしをきっと求めに来てくださる。極東の小さな島国に。

人が身勝手に始めた戦。それによって分たれた稚い日々に映し出した
心の中の清純の楔。
今、あなたにそれをお渡ししても、宜しいのですね。

わたくしの名前を呼んで。

顔を触って。

手を握って、頬を寄せて。

それだけで許されない想いがあるのなら

愛を頂戴。


さもなくば───、、、ああ、、さもなくば!!!!!!!!

560 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/09/30(日) 23:25:26


ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――
>>559


 ムスタングの車内でジプシーと決めていたことがある。
 抜け駆け禁止。驚きは必ず一緒に楽しむこと。わたし達はツインズ。どんな
ときでも相棒を見捨てない。感動も驚愕も共有するんだ。
 具体的な手段。別に難しいことじゃない。叫ぶんだ。シャウト、シャウト。
信じられない発見をしたら、相棒を呼んで一緒に「アイヤー!」と絶叫。
 大袈裟すぎる? でも相手はスウィートよ? とびっきりの特別なんだから、
恥ずかしがっても白けるだけ。耳を防ぎたくなるような黄色い声がベスト。

「ジプシー、見て見て!」
 41階のロビーで早くも発見。屋内に噴水が設置され、南洋植物が茂っていた。
 植物が調度品のように見えるなんて知らなかった。この葉っぱ一枚で茶餐廳
の四寶飯が食べられそう。早速ジプシーと一緒に声を揃えて叫ぶ。
「アイヤー!」

「ヘレン! 見てよこれ!」
 ロビーカウンターでも驚き発見。ディプロマット・スイートの予約客だと告
げると、奥からわざわざ支配人が出てきて広東語で挨拶をしてくれた。
 ジプシーと視線を重ねる。頷き合ってから口を開いた。
「アイヤー!」

 さらに仰天。なんと宿泊料金は前払い。二泊分の料金を見てわたしは唖然と
した。わたし達のマンションの賃貸料十ヶ月分―――不安に駆られてジプシー
を見つめる。このお調子者の広州女は顎をつんと持ち上げて、自信満々に鼻を
鳴らした。財布から華麗にクレジットカードを抜き出す。
 わたしは目を剥いた。
「アイヤー!」

「ジプシー! ジプシー!」
 なんと、ディプロマット・スイート以上の宿泊客には専用のエレベーターが
用意してあった。ソファとコーヒーテーブルが設置されたエレベーターなんて
初めて見た。「ここで暮らせるんじゃない?」とジプシー。同感だった。
 これは叫ばずにはいられない。アイヤー!
 エレベーターのパネルには開閉ボタンの二つしかなかった。階指定が無いな
んて。ボーイはルームキーをパネルに差し込んでエレベーターを動かした。
 これも驚き。
「アイヤー!」

561 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/09/30(日) 23:25:57


>>559>>560


「わたし達きっと頭のおかしい中国女って思われてるわよ」
 ジプシーがこっそり耳打ちしてくる。楽しくてたまらないようで、笑いを必
死で噛み殺していた。上等よ、とわたしは答える。どうせなら存分に「こんな
小娘二人がどうして」って思わせたほうが面白い。
 わたしは声を裏返らせて叫んだ。
「アイヤー!」

 エレベーターのドアが開いたら、そこはもうわたし達の部屋だった。不夜城
の夜景を担いだリビングルームがあまりにも浮世離れしていて、興奮は無理矢
理高められる。わたしとジプシーしか泊まらないのにソファは五つもあって、
中央には弾けもしないグランドピアノが鎮座している。それでもリビングには
まだたっぷり余裕があって、形意拳の中でも一番な派手な形意梅花槍の対練套
路もできそうだった。
 テーブルには真鍮のシャンパンクーラーが待っていて、ルイ・ロデレール・
クリスタルがロックアイスの湯船に浸かっていた。
 お伽噺に出てくるお姫さまのような光景―――としか例えられない。

「どう、来て良かったでしょ? 最高の思い出つくれそう?」
 わたしを褒めろ、とばかりにジプシーが背中に抱き付いてくる。
振り向いて、彼女の腕を取った。「……愛してるわ阿姐〈ア・ソウ〉」
 ジプシーは満足そうに頷く。彼女は阿姐―――お義姉ちゃんと呼ばれるとす
ぐに甘くなる。今でも大哥のことが好きなんだ。

「とりあえず冒険しよ。そのあとプールなんてどう? プライベートプールや
サウナもあるんだって」
「そのアイデア、さいっこうにイケてる」
「でしょ?」
「ジプシーもさいっこうに美人」
「それも当然」

 わたし達は早速、寝室を探して駆け出した。

562 名前:シャルロット:2007/10/01(月) 23:02:00

ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>561

湿度と温度が手をとり跳ねる。
浴槽は磨き上げられた卵の様。
ジャグジィの泡に覆われている貴方とわたくし達。
そこに漂うのは、仄暗さが二人のの合間を取り持っている心地よさ。

バスタブを覗き見る無粋な鏡台。
それにもわたくし達は捉えれず、この世には今ただ二人、わたくし達だけ。
鏡よ鏡。
何時もは愛せない鏡だけれど。
今宵だけは、全身くまなく優しく撫でてさしあげたいわ。
そう、この美しき御仁こそが、やはり同属の王子だと知らしめて
下さるのだから。

何処の某というホテルの一室。彼の人は何と、単身待ち侘びるように
落ち着かぬ様子で佇んでいた。その様たるや、なんと蠱惑的に見えたのでしょう!
憂いの瞳、上衣の薄色ブルウの襟衣も暮れなずむ王子の心の切なさや──ああ。

「ヘレン───」振り向きざまの凛とした…けれど媚のあるお声───
その歓喜に満ちたかんばせと来ましたら!!理解して下さるでしょう?
迷わずお声に驚き──ヒィルの先を、彼の人の鼻先にねじ込んでしまう乙女心を。

こほん。

その様な経緯により。些かの混乱は確かにありました。ありましたが──
卵を模したすべらかな浴槽に、目覚めぬ彼の人を無事に安置致しました。
だって、この場所ときましたら…とてもお似合いなんですもの。
生まれ出でる世界の曙をただただ此の侭、心待ちにするのには。

後は状況も背景も…何も無しですわ。
あるべきもの。それは柔らかな瞳、陶然としてしまう優しげなオゥラ。
この方しか居ないと思えばその時に、運命は統べなく流れるがままにと
思えるような…。
言い換えるなら無粋は嫌。言葉もいや。心だけ、体だけ。

泡が弾け、ふくらんだ処から篭れ出た、微かに光。
そして遠くで物音、人の声。

きぃきぃきぃ。それは半円型のバスタブが生みの苦しみを喘ぐ音。
翅は何処までも筋が透き通って、突き詰めていくと闇を抱く漆黒にみゆる。
わが僕たる蝙蝠たち。
可愛らしくてよ?
声を漏らすのを厭い可聴領域外で喘ぐこの子達の恥じらいは。
嫉妬なさる皆々は、この子達の恥じらいを少しは見習いあそばせて?

きぃきぃきぃ。わさわさわさわさわさ。
動きに自然溢れて流れるかわいい蝙蝠たち。
タイルの目一面に広がるほどに寛げていく子達に祝福されて…
香る薔薇の流薬を、瓶毎ごぷり。

情欲に焦がれるわたくしはその愛に今ひとつになるのです……。

ウェービーなわたくしの髪と、彼の人の濡羽の黒髪が同じ高さに
交わるように…つまりは今、二人は着衣のままで重なり合ったの。
愛する体温の無い体温同士、一つになれるように祈りつつ…。
常しえなる眠りの君に…醒めぬ殿方へと鈴の囁き。

「驚かれなくても宜しかったのに───きっと”ヘレン”だなんて。
 嗚呼、それがわたくしの前世にある名前なのね…ヘ・レ・ン…
 なんて心時めく御名。ヘレン、わたしは、ヘレン────
 そうですわよ、ヘレンが来ましたわ…このヘレンめだけがこの世で
 あなたを愛せるのです───呼んで、もう一度ヘレン、ヘレン、と」

きぃきぃきぃ、わさわさわさ。

バスタブには二人の愛と、薔薇の香と気泡。そして、暗黒物質にも似た
蝙蝠でみしりと満載されていたのですわ。確実にその時分には。

563 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/02(火) 00:50:15

ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――
>>562


 緩やかなアーチを描く天井に吊されたシャンデリアは、まるでクリスタルの
お城みたい。宝石ってああ云うとこから摘むのかな―――なんて、うっとりと
見上げている間に、ジプシーが新しい「感到吃」を見つけ出した。

「ヘレン、こっちこっち」

 ディスカスが泳いでいた。エンゼルフィッシュもソードテールもグラミーも。
見たことがない種類もいる。数十種類の熱帯魚が壁一面を自由に泳いでいた。
 水槽に頬をはり付けて驚愕。「アイヤー!」
 わたし達を待っていたのはプライベート・プールに続いて、プライベート・
アクアリウム。天井まで伸びたアクリル板の向こうで七色のサンゴが出迎えて
くれた。ブラックライトに照らされて浮かび上がる蛍光色の熱帯魚。わたしは
他の言葉を忘れてしまったように、アイヤーと繰り返した。

 水槽の手前にはバー・カウンターまで用意されていて、ジプシーはさっそく
色とりどりのリキュールを改めていた。
 キャビネットには複雑なカッティングがされたグラスが整然と並んでいる。
ここからグラスを取り出して、オレンジジュースやコーラを飲めって言うの?

「何か飲みたいカクテル、ある?」ジプシーがカウンター越しに尋ねてきた。
シェイカーを振って早くもバーテン気分。「何でも作ってあげる」
「じゃあカシスオレンジ!」
「……お嬢ちゃん。あなた、それしか知らないんでしょ」
「そんなコトない。カシスオレンジが好きなの。でも、いいわ。ジプシーに
お任せ。好きなの作ってみて。わたしが採点してあげる」
 彼女は天井に視線をさまよわせて、暫く考え込んだ。
「……カルアミルク?」
「わたしと同レベル!」

564 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/02(火) 00:52:20

>>562>>563

 ベッドルームは広すぎて、まるでリビングにベッドを運び込んだみたいだ。
 ここが寝る場所? ツインだからベッドは二つあるけど、一つのベッドに
ジプシー四人並んで眠れそうだ。合計ジプシー八人分のスペース。床に布団
を敷いたら、その三倍はいけそう。香港の雑多さなんて別世界だ。

「なんでこんなにベッドが広いのか、分かる?」
 ジプシーが悪戯っぽい笑みを浮かべてる。
「もちろん。簡単だわ」
「ふぅん? 言ってみて」
「サモ・ハン・キンポーが泊まっても大丈夫なように、ね。あの人って東京
でもスターだから」
 そんなわけないじゃないとジプシー。
 だったら正解は何なの。問い返しながらベッドに飛び込んだ。弾力で身体
が浮き上がる。横になってみると改めてベッドの広さが分かる。地平線まで
続いていそうだ。これならどんなに寝相が悪くても落ちることはない。

「そうね、半分は正解かも」
 ジプシーもわたしの横に寝転がった。
「こう云うスィートはスターの自宅みたいなものなのよ。この寝室できっと、
毎晩のように女を取っ替え引っ替えしてるんだわ。『あの頃ペニー・レイン
と』って観た? 一度に何人もグルーピーの子と楽しめるようにベッドを広
く作ってるのよ」
 くすくすとジプシーは笑いをこぼす。わたしをからかいたくて言ってるだ
けなんだ。顔を背けて「バッカみたい」と答えた。
「アイドルやミュージシャンのスターなんてみんなそうよ。ヘレンが大好き
な流河旱樹だってこのベッドを使ってるわ。……どう、興奮する?」
「不是〈ブーシー〉。ヘレンって色狼の他好色ね」

 わたしはさっさと起きあがる。寝室から離れようとすると「どこ行くの」
と背中から声がかかった。

「バスルーム。まだ見てないから」
「私も行く! きっと珠海御温泉みたいに大きなお風呂よ。ねえねえ、どう
してスィートのお風呂が広いか知ってる?」
「もう聞いた」
 わたしは足を止めて、ジプシーを見つめた。挑発的に顎を上げる。
「わたしとカザフが一緒に入っても大丈夫なように、でしょ?」
 ジプシーが顔をしかめた。「吸血鬼ってシャワー浴びるの?」
 多分浴びない。浴びられない。

565 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/07(日) 21:07:01

>>562>>563>>564

 お風呂場を探している間も――探さないと見付からないなんて!――雑談は
続いた。普段の生活では決して目にすることができないインテリアを発見する
たびに足を止めながら。

「ねえ、カザフを置いてきてほんとに良かったの? ひとりぼっちでかわいそ
うじゃない。わたし達はチームなのに」
 ずるい女。どうしてわたしを責めるように言うんだろう。二人でホテルに泊
まろうと言い出したのは彼女なのに。
「だって三人とも遊んじゃったら、日本の同盟と連絡つかないよ? 一人は残
しておかないと駄目なの。それにカザフはここに来たって多分楽しめないわ。
元々こういうトコに住んでいたんだもん」
「王子さまだもんねぇ……」ジプシーは深く頷く。
「そう。それも三百年以上もずーっと。あいつからすればわたし達のマンショ
ンがプレジデンシャルスイートなの。だから気にしないで」
 今日は女二人で楽しむと決めたんだ。

 バスルームだけでわたしの部屋よりも広そうだった。ガラスのパーテーショ
ンでフロアがいくつも分割されている。床は一面大理石。パノラマの夜景まで
望める。天井も相変わらず高くて、蝙蝠が何匹かきぃきぃと飛び回っていた。
 ―――蝙蝠?
「あれもインテリアなのかな」
「ゴシック系? まるで本物みたいね。浴槽は真っ赤だったりして」
 わたしは少しだけ吹き出した。本当にそうなら、けっこう皮肉がきいてる。
わたし達の職業にふさわしいバスルームだ。
「でも不安じゃないの?」
 ジプシーは目を輝かせながら化粧台のアメニティグッズを手に取った。
「不安って何が」
「カザフよ。いじけて浮気してるかもしれないわよ」
 あり得ない。だって血の吸い方も知らないような男なんだ。それに愛され
てるって自信もあった。この強い安心感は、どんなにジプシーが不安を煽ろ
うとしても揺るがない。わたしはふん、と鼻で笑ってバスタブを目指した。


  この時、もう少しわたしが冷静になれたのなら。
  なにを思うべきだったんだろう。
  愛を信奉する女に相応しい適切な思考って、どんなのだろう。
  わたしはただ目を剥くしかなかった。


 ついに足を踏み入れたバスルームで目にした光景。
 今日一番の驚愕―――「アイヤー」と叫ぶ気にもなれない。
 レイアウトと見なすには無理があるぐらい密生した蝙蝠も、わたしの視界
には入らない。余分な世界はカットされ、バスタブだけを強調する。
 わたしの背後で、ジプシーが声を潜めた。

「……これってルームサーヴィス?」

 そんなワケないじゃない。ジプシーの馬鹿。
 ジプシーがあんなことを言うから、現実になっちゃったんだ。

 どうしてここにいるか分からないけど、わたしのカザフは服を着たままバス
タブの中で泡まみれになっていた。―――見たこともない金髪女と一緒に。

566 名前:シャルロット:2007/10/07(日) 21:17:08
>>565

今の私は毛先から指先まで、唯の喜びでしかなかったのです。
それは少しの夜を楽しむのに十分なこの部屋の調度品が齎した
ものではなく。
大きな窓により野外から注ぎ込まれる夜の気配でもなく。
自然科学者が捻り出した気の利いた言葉で言うのなら。「引力」とでも
呼ぶべきものなのでしょう。

しかしそれは果実を手にしても、恋という不定形な物にはうまく働かぬ
ものだと仰るのでしょうか。教えを請いましょう。唯の青書生でも構いません。

今言える事。それは唐突にかけられた、汚らわしい東洋人…しかも人の喉から出された声音
で壊された。そんな事実。

…なんて夢の命の儚きこと。
これまで生きた百の時、内眠ること数十年。
短いとはいえない時でした。封に耐える苦痛の日々でした。
ですが、夢と呼べるものをわたくしは爪の半月程にも感じた事が無い!

急激に体にまとわる水滴や泡がとても重く思えてきて────
自分をかき抱き、悲しみとも憎悪とも思えぬ震えを味わったのでございます。
床に落ちる視線───平伏す数々の蝙蝠を1,2,3,4……自制心を無くすときの悪しき癖──
が出てしまい、我を失うほどに───

嗚呼しかし今は思い直すべきなのでしょう。彼らが動く生き物であればこそ、かけられた
暗示から覚め、冷徹な夜の女王の自覚を取り戻せたのです。
ハーレクウィンの世界でさえ、嫉妬は大事な恋の調味料。
その機微は愛の王道のA.B.C.
わたくしは、なんとかここぞというタイミングで家長として相応しい類の
自制心を取り戻すことの重大さに気づきました。
感謝すべきなのでしょう。心を吐露するように叫び飛ぶ数十羽の忠実な僕たちに。

567 名前:シャルロット:2007/10/07(日) 21:18:38
>>566


「ルームサーヴィスでしたら部屋を確認なさって?ここは"3042"。
愛を知るプリンス、カザフと、そして彼女の恋人…旧き名は"ヘレン"の部屋。
お帰り遊ばせて」

濡れ鼠とはいえ、襟元を但した上で作った笑みは普段と変わらぬものと自負いたします。
それが向けられたのは彼女ではなく、愛しの気味へ、なのですけれど。
声の主の顔など無論存じ上げません。何故って?
わたくしには彼が居てくれるのですもの。他の姿など如何して見る必要があるのでしょう。
括れた小瓶から一刺しの薔薇を取って。彼の人の胸元に差し入れました。
夜会の主に相応しく、とてもお似合いで、手の甲に知らずとKissをひとつ、ふたつとわたくしは
しておりました。偉大な者への敬意を、わたくしは忘れてはいなかったのですから。

568 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/07(日) 22:09:04

ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>566>>567

「……ルームサーヴィスじゃなくてコールガールの間違いだったみたいね」

 ジプシーは腕を組むと胸をぐっと反らした。得意の挑発ポーズ―――ほんと
は自分が冷静なことをアピールしたいだけ。彼女がこの姿勢を作るときは決ま
って怒り心頭なんだ。必死で隠そうとして表情が引きつってしまうため、全部
が台無しになっている。

「お生憎のお断り。キャンセルよ。今晩はもう間に合ってるから。でも安心し
て。私は『出ていって』なんて酷いことは言わないわ。だって、その恰好でリ
ビングに出られたら絨毯が濡れちゃうもの。ここで大人しく灰になってくれた
ら、いつまでだって居てくれて構わないわ」

 つまり、ジプシーはカザフのことじゃなくて、「帰れ」と言われたことに怒
っているわけだ。支払いを済ませたのは自分なんだと自慢したがっている。
 わたしは無言で間抜けなジプシーの肩を殴りつけた。「痛っ! ……なによ」
 もう一発パンチしてから口を開く。「ちょっと! わたしを一番に考えてよ」
「でも悔しいじゃない。この部屋を予約したのは私なのに……」
「ジプシーの馬鹿! もう黙ってて!」

 ジプシー―――信じていた友人の裏切り。冷や水を頭からかけられたような
発言。でも自分勝手な相棒のお陰で、少しだけ冷静になることができた。
 最悪のシチュエーション―――カザフは金髪好きで、わたし達に先回りして
バスルームで発見されるのを待っていた。見られることで楽しむ遊びをしたか
った。……というわけじゃないらしい。
 落ち着いて見てみると、カザフは意識を失っているようだ。入水自殺して川
面に漂うオフィーリアのように、力なくバスタブの中に浸かっている。
 わたしは反射的に装備した暗器――銀メッキの匕首(ひしゅ)――をベイピ
ーのスタジャンの隠しポケットにこっそりと戻した。危なくヒステリーに任せ
てカザフの心臓に飛刀を擲つところだった。震怒の対象は彼じゃないのに。
 そう。この場の諸悪を司る白鬼にこそ慚恚は晴らさなくちゃ。
 好大的胆子―――ほんっとに上等なことしてくれるわ、このヴァンパイア。

 白鬼を睨み付けたまま、大袈裟に足音を立てて歩み寄る。
 近くで見れば見るほど「ヘレンさん」は綺麗だった。世界の全ては彼女の魅
力を引き立てるために存在している。なんて馬鹿な錯覚をしてしまうくらいに。
 濡れそぼった金髪からしたたる水滴まで、彼女のアクセサリーみたいだ。
 スリップのような際どいドレスが肢体に張り付いて、いやらしいラインを作
っている。女のわたしでも目のやり場に困るぐらい。
 でも、客観的な分析と「わたしの気持ち」はまったく別次元の問題だから、
いくら目の前の白鬼が綺麗だからって、それで怒りが萎えるなんてことには絶
対にならない。

569 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/07(日) 22:11:05

>>566>>567
>>568

 気合一蹴。
 わたしは「呀!」のかけ声でバスタブを蹴り抜いた。鉄板を仕込んだジャン
グルブーツの爪先が陶製のバスタブを穿ち、お湯が噴き出す。お風呂の水位は
みるみる下がり、仰向けに浮かんでいたカザフはごつんとバスタブに頭をぶつ
けた。これくらいじゃ目を覚まさないらしい。ま、今は放っておく。


「―――あなたの金髪って」

 わたしは良き友人にアドバイスするみたいに、気さくに話しかけた。

「ぜんっぜん似合ってない。かわいくないよ。今すぐ黒く染めたほうが良いわ。
だって馬鹿みたいに見えるもの。アタマ悪そう。そんな頭の色してるからお風
呂の入り方も分からないんじゃないかって思われちゃう。それって、とても損
してると思わない? 似合ってるならまだ良いけど、本気で駄目なんだもん」

「でしょ?」と尋ねるように眉を上げた。もちろん返事なんて待たない。

「もしかしてその金髪って自慢だった? 今まで誰かに褒められたりしたんだ。
アイヤー! それって酷い。あなた、友だちに馬鹿にされてるもの。わざと不
器量にさせて、影であなたを笑っているのね。サイテー。信じられない。でも、
そんな見え見えのお世辞を真に受けちゃうあなたもあなた。本気で似合ってい
ると思ってたの? ……冗談でしょ? 笑死人(笑わせないでよ)」

 わたしの意図が見えたのか、ジプシーは悪戯っぽい笑みを浮かべたかと思っ
たら「ねえねえ」と呼びかけてきた。わたしが振り向くと、相棒はわざとらし
くしなを作ってウィンクする。「私と彼女、どっちがかわいい?」
 考えるまでもない。無言でジプシーを指差す。彼女は「謝謝」と笑う。

「―――わたしの言いたいこと、分かる?」
 互いの吐息がかかるくらいの距離まで顔を近付けた。
「つまり、あなたはブスってこと」

 わたしと彼の契約―――もし浮気するときは、わたしよりかわいい相手とす
るコト。背中越しにジプシーが「厳しいんじゃない?」と言いたげな視線をぶ
つけてくるけど当然無視する。客観的な分析と「わたしの気持ち」は無関係だ。

「あなたがカザフのアイレン? その金髪で? 無理よ。やめといた方が良い。
だって不細工なんだもの。あなたみたいな徐娘半老〈年増女〉、カザフが好き
になるわけないじゃない。諦めたら? 大丈夫よ。あなたって失恋が好きそう
な顔してるもん」

 視線は一瞬でも外さない。文句があるなら正面から受け付けてやる。

570 名前:シャルロット:2007/10/08(月) 20:52:17
>>569
ヘレンvsシャルロット 「シャルロットのおくりもの」

バスルームに響き渡るけたたましい音は、わたくしの身近で
起こったものと知らざるを得ませんでした。
ざわざわと流れて行く泡と蝙蝠たち。
そこでわたくしはやっと、闖入者の存在を現実のものとして
見ざるを得なくなったのです。

降り注ぐ罵詈雑言の主。彼女は本当に良くお喋りになること。
無益な事ばかりを粗雑にいつまでも。

この様な知恵を欠いた言葉など、こうすればそれで終りを迎える事をわたくしは
良くわかっているのです。

そう、先方の頭の上から爪先、踵までに視線を這わせた上で──
大理石の様に白くすべらかなお肌。
ミルキィウェイの支流が地上に湛えたが如きブロンド。
彫像の様に研ぎ澄まされた鎖骨から肩、指先までのライン。

その一つ一つを黙視確認して彼女に見せて差し上げるのです。

毀れ跳ね散る水滴さえも、わたくしから落ちれば碧石にも似た
印象を与えうるでしょう。世の殿方のみならず、淑女の皆様にでさえも。

「フ………」

女の表情に...思わず篭れ出てしまう自然な笑い。
それから付け足したように、言葉を一句ずつ重ねるのがベター。

「あらあら。”経験者は語る?”かしら。涙ぐましいお言葉。
 いるわよね。言葉で恋愛を語るお方。
 言葉でしか語れないお方…。殿方が何を欲してらっしゃるのか──
 少しも考えようとしない」

流れ出て地に伏せる筈の王子に視線を戻しますと…
そのお姿は空に浮き…窓が空き、屋外へと出で──そこで静止しておりましたの。
良くご覧遊ばせ。賢き僕の蝙蝠たちがあの方の身を案じ、そのお体を
支えあそばしているのですわ。高貴な方はいつの時代も高みがお似合い。

「その様な無粋をして、お顔が乱れたらどうなさるおつもり?
 一度壊れた品は、戻らない。
 あなたの靴底の様なお顔など、その最たるものいらっしゃるでしょう?」

王子に誰も手が出せぬのを確認し安堵の溜息と非難。その上で、
わたくしはバスタブの残滓の上を歩みつつ…糸をもって濡れる髪を
アップにし…止めとばかりに”こう”申し渡したのです。

「無粋な方。靴底なら靴底らしく”請跪下舔腳底”【跪いて足をお舐め】」

571 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/08(月) 22:35:17

ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>570

 その展開は予想していなかった。跳び上がるほど驚いたわたしは、白鬼の
ことなんて無視して床を蹴る。カザフを追いかけて手を伸ばしたけど、彼の
肩に手が届く一瞬前に、二人を遮るように窓がばたんと勝手に閉じた。

「カザフ!」

 このディプロマットスイートは五十階、地上二百十メートルの場所に位置
している。当然、外に放り出されたカザフもその高度に浮かんでいるんだけ
れど―――不思議なことに、荒れ狂うビル風に翻弄されることもなく、まる
で柔らかな寝台に寝かされたみたいに、宙を静止していた。
 不思議な光景。でも、取りあえず風に煽られて墜落……なんてことにはな
らないみたいで、わたしは安心する。いくら吸血鬼でもこの高さから落ちた
らひとたまりもないはずだから。それに、カザフは世俗から隔離されていた
「貴き忌血」の一族―――貴族の誇りとして人の血を吸わないから、それだ
け夜族の力も衰えている。彼の不死力に期待はできなかった。
 わたしが助けてあげないと。

「ジプシー!」
 懇願するように視線を向ける。相棒は力強く頷いてくれた。
「バルコニーから手が届くかどうか、試してみる!」
 素早くバスルームを後にする。その背中を見送ってから、わたしはゆっく
りと振り返った。ジプシーがカザフの面倒を見てくれている間に、わたしは
わたしでやらなくちゃいけないことがある。

「……いいわ」
 がんばって怒りを隠す。
「口喧嘩はあなたの勝ちってことにしてあげる」
 冷静をアピールするために、何度も頷きながら素っ気なく口を開いた。
「べつに悔しくなんか無いよ?」
 だって、最後に勝つのはわたしだから。

 苛烈な動性を寂に秘めたる無音震脚。無位の型から一瞬で攻撃に転ずる凶
暴な套路。―――わたしがどうして「猟奇的」なんて呼ばれるのか。
 この白鬼の身体に叩き込んでやる!

 相手に対して身体を横に向けた騎馬立から繰り出す横蹴りは、足を抱え込
むように流れて蹴りこむため間合いを選ばない。零距離からでも打ち出せる。
 わたしの功夫は香港でも随一。バスルームみたいな狭い場所だからって、
技が限られるなんてあり得ない!

572 名前:シャルロット:2007/10/09(火) 23:06:27
>>571

ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

「あらあら。いつのまに喧嘩など…。もしかしなくても、わたくしに
 『喧嘩』をうってらっしゃったの?涼しげなお喋りの合間に!」

軽口に軽口で答える余裕を持ちつつも、わたくしは察しておりました。
水蒸気が拡販され、その微粒子の流れを素肌で感じておりますもの。
針の運針の様にその力、無駄のない振動を出す女の肉体の力について
位は十二分に存じておりましてよ。
永い時の間、我々を狩り立てよう等と仰る輩とも対等にお喋りを
楽しむ余裕もなければ、退屈で退屈で仕方がなくなりますもの。

紙一重、余りに愚直な肉体的攻撃に呆れつつも…一言告げるのを
忘れないのは、そういった理由からですわ。

「バスルームで暴れるなんて、趣味じゃありませんの」

斜によりての蹴りの乱舞は、後ろ足に壁を駆ける所業で空振り、
なしの粒。まま昇りきり天井と壁が出会う箇所、つまりは角の位置に身を
折り曲げて両の爪先ぴたりと前へ翳す所作。
ご覧遊ばせ。大理石に設えた食器、王子は贅を凝らしたご馳走でした。
比べるまでも無く、女は代役には不足も不足ですが、オードブルもコース料理に
必需品(エッセンス)ではなくて?
瑪瑙の様に怪奇に映えるわたくしの指先。長さ数フィートばかりがぼぉと浴室に
浮かぶこの景色。左右シンメトリーに伸ばし合掌、翻らせるこの身の健康美ときたら!
逆巻く音と共に…女の頭上へ飛び掛る様を皆様是非、こう呼んで下さいまして?
「黄金の奔流」とでも。
貴女はサラダ。わたくしのフォオクに貫かれ、萎びて折れる葉暮れの
ひとひら。さもなくば、路上に捨てられたペーパーバック。

573 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/10(水) 05:51:58

ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>572

 わたしの横蹴りを華麗にかわしたかと思ったら、爪を剣に変えて鋭い反撃。
 バスルームっていう閉鎖された空間からは想像もつかない自由な動きで、
わたしの頭に影を重ねた。……見かけによらず肉体派みたい。

 いくら猟奇的なわたしでも、鋼鉄をスライスする吸血鬼の爪を正面から受け
たりはしない。死人は天地選ばず四方全てを足場と為す―――その条理を逆手
に取って、わたしもまた大理石の床を蹴った。側面から手刀を放って爪の軌道
を逸らしつつ、軽功術で天地を逆転させる。
 白鬼の爪が鼻先を掠めた。―――ほんとに紙一重の差。状況は口舌の合戦か
ら命の奪い合いにシフトしている。嫌が応にも緊張を高めつつ、足場となった
天井を蹴り上げて脱衣所に転がり込んだ。
 白鬼の身軽な動きに比べるとわたしの軽功はだいぶ乱暴。障害物に自ら突撃
する犀の演舞だけれど、だからこそ当たれば痛い。
 自分が美人だなんて意識して戦っているうちは、南派少林拳が究極の一、詠
春拳の功夫は攻略できない。口はともかく手でヘレン・クァンに勝ちたいなら、
自分を捨ててかかってこないと!

「呀呀ッ!」

 スタジャンの下に着込んだ薄手のタクティカルベストから、飛刀を三本抜き
放つ。指の間に挟まれた刃は、横薙ぎの一挙動で三つの刀光を輝かせた。
 閉鎖空間で膂力に勝る吸血鬼を捉えるのは不可能。縦横無尽に動き回る白鬼
を足止めしたいなら、自然と狙いも曖昧に変ずる。
 ―――そう。当たらなくても別に良いんだ。
 柄に仕込まれた炸薬は震動に反応して爆砕する。砕け散った無数の刃の破片
こそ、わたしの本当の攻撃。限定された空間では逃げ場もない。バスルームと
いう地の利を活かせるのは吸血鬼だけじゃないってこと。

 わたしは身を翻すと、ドアを蹴破ってリビングへと飛び出した。
 逃げるようで気に入らなかったけれど、あの一瞬の交錯だけでも肉薄した格
闘は不利だと知れた。それに、爆発に巻き込まれたらたまらない。
 わたしは自分の行動に釈然としないながらも、ブーツで絨毯を踏みしめた。

 ああ、ぶん殴りたい。

574 名前:シャルロット:2007/10/11(木) 21:49:14

ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>573


お顔を少しは”見られるように”との配慮が気に入りませんこと?
残念ですわね。”少しは見られるように”して差し上げようと親身に思う
は同性の情愛。それがちっとも解されないとは。

勿論、遮二無二飛び跳ねる女を直ぐには追いませんわ。

人の、それも礼儀も知らぬ女と同類項になるなんてとても耐えられませんもの。

くすくす。嫣然たる笑いを浮かべ、運ぶ手一つは胸元へ。
取り出だすはシルク地、けれど世にも稀なる黒生糸。それを用いた薄手の手巾。
レェスをあしらったハンケチ(縁に月桂樹の模様)を口元へふわりと寄せて。
そこでいそいそと舞い上がる埃から口を覆う───それこそが優美な嗜みたるのの一つ。

それにつけてもその上品に対して、再びの蛮行が飛来するのにはまぁ…呆れませんこと?
このようなところに持ち込むには無骨すぎる刃。
思わず顔を顰めてしまいましてよ。
そしてその刃が光沢を帯びた所謂「銀」でなければこそ──
さりとて…それを手で払いのけたのが、きっとわたくしの失策であったのでしょう。

焚火の中、隅に混じった生木の如し。破裂音と同時の熱とも感じ取れる
散り散りの欠片。それは降り注ぎ、あるいは進撃し…柔肌を焼き焦がして
下さったのだから。─────これはなんとしたオイタなの。
惨い、酷い、あんまりですわ。

部屋をわたくしも飛び出た。舞った。そしてあの女を──足蹴にするのです。

サニタリーに設えられた土耳古風の燈台を手に手に、わたくしは
部屋の湿度・温度の如く怒りを募らせ進んだのです。
躊躇などありませんわ。
気合一閃、電気を運ぶ黒色の帯…燈台のコオドとやらを振りかざし、
それを思い切り唸らせたのです。
繊細なる指で扱われたコォドは、立ち込めた煙で視界が薄れる中でも確実に
女の腕を噛み砕く大蛇(ヲロチ)。
リビングの入り口、朱の瞳で女をめがけ二度三度…駄馬に必要な調教を
繰り返し弾けさせるのが、わたくしの使命なのでしょう。

575 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/11(木) 22:25:39

ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>574

 爆炎の追撃を引き離すようにバスルームから飛び出した白鬼は、機敏な動き
でステンドランプを手繰り寄せると、電気コードをしならせ空気を切り裂いた。
 爆音が耳に届くのとほぼ同時の攻撃―――わたしはまだ姿勢を立て直しても
いない。カンフー映画の早回しアクションのような、コマ送りじみた俊敏さ。
とぼけた態度を取っているけれど、この白鬼は不死者として疑いようもなく本
物だった。……だったら人間を狩ればいいのに。どうしてカザフなわけ?

 丹田に練り溜めた気を「發」のかけ声で解放して、鞭撃を強引に回避する。
小爆発のような跳躍が絨毯に焦げ跡を残した。―――しつこい女の追撃は一度
に留まらず、二度三度と空気を破裂させる。その度にわたしは身を踊らせて、
インテリアの数々が背後で砕ける音を耳にしなくちゃならなかった。
 ソファの皮が斬り裂かれ、臓物を露わにする。クリスタルの花瓶が木っ端微
塵に砕けたかと思えば、ワイドサイズのプラズマテレビが鮮やかに両断された。
 なんて鋭さ。
 電気コードなんてお粗末な獲物でも、彼女の指先が触れればたちどころに龍
の髭となるんだ。この暴風をかいくぐって懐に飛び込むのは至難の技だった。

「っ!」

 そう逡巡している間にも鞭撃が頬を掠めた。熱い疵痕。わたしより先に攻撃
を当てた?! 瞬間的に、頭に血が上る。殴らなくちゃ。高慢にもわたしを見
下す、あの鼻っ面にわたしを鉄拳を埋め込まなくちゃ!

 ガラス張りのローテーブルを蹴り上げて、鞭撃の進路を阻む。電気コードが
テーブルを打ち砕いたときには、わたしの跳躍はバスルームより遙かに高い天
井にまで届いていた。ダンクシュートのようなポーズでシャンデリアにぶら下
がると、力に任せて基部から引きちぎる。

「可悪っ!」

 クリスタルの花畑のようなシャンデリアが、わたしの手で根こそぎ摘み取ら
れる。輝きを綺羅と偏光させながら打ち落とす直下には、黄金の頭上。
 百千克級のガラスの塊が白鬼の頭に落下する!

576 名前:シャルロット:2007/10/13(土) 19:36:48

ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>575

震えるほど唸りますわね、破壊の音階。時折の大音声は先端が音速を
優に超えている証左なのでしょう。
ずばらりとソファ。びょう、と千切りに藤製の一人がけチェア。”ばふぅ”
”コホォ”と溜息するエアコンディショナーは涼し気な顔のまま息を止め。
暗澹たる表情を映写したテレビジョンは”びしぃ”と憂鬱のままで
はらはらと身罷りこしますの。

手指にコォドを絡め、ビブラァトを加える繊細な動き。
わたくしの嗜みたる鞭技。美しきそれはセイレェンの独唱にこそ、例うべきでしてよ。
クレシェンド──びょぉうと龍の舞、ピアニッシモと手元へ従順な伝書鳩の様。
足癖悪く迫りくれば、そこはそれ。肩まで振りみだすはスフォルツァンド。

ああ、紅い物。。。。血液。あのむすめの、血しぶきが。
吸血鬼たるわたくしの前で血を見せてしまう女の心内を思いやるに、胸の
使えが大分晴れ、微かなる血潮(殆ど目にも見えませんが)が手に来たと
見せつけんばかりに左の掌を口元に当て、Kiss。

おほほほほ。何もかにもが思うが侭、ひれ伏し投げ出し差出し...今宵はわたくしの
栄華を讃えるばかり!

と、視線を剃らすと飛び来るは数多の、星の数ほどの硝子片。
電飾きらびやかなるシャンデリアともどもと───何このむすめは先端愛好家め──
篩う得物は間に合いません。
避けきる事など叶わずに肩口から腰ほどまでに鈍色に走る疼痛の楔。
「あぁ…」小娘風情がわたくしの絶頂を、またも…またも引き摺り下ろすなんて。
全殺し確定。
左爪がひび割れ鎖や蝋燭を模したクリスタルを半ば纏いつつも
心は優雅さを失わず、さりとて憎悪の念は燃え滾るばかり。
こうとなれば───濡れ濡れに泣かして嗚咽させて差し上げましょう。
大きなテェブルから引きちぎる敷布。それを左手へ。武具は右。振るう千手、五月雨、オニキス色
の爪あとの乱舞。マタドールの様に敷布を散らし、裏面から突き刺さるのが毒爪。
夜行色の部屋に流星集うた程の乱撃。
にまだ濡れた衣を肌に纏わらせ、アイン!と上下に。
ツヴァイ!と下から振り上げつつ、ドライ!と腰溜め、掌底風味に閃く突き。

577 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/13(土) 20:39:18


ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>576

 驚嘆を超越して絶望する反射神経―――攻守の流れは完璧。相手の攻撃が
伸びきるのと同時にシャンデリアを叩き付けたのに、白鬼は頭部の直撃をぎり
ぎりで回避した。顔だけは死守したかったのか、左肩で攻撃を受け止める。
 どうして……胸裏で舌を打つ。怒りが噛み合わない。攻撃の感情が相剋して
いる。わたしはあなたの顔をぐちゃぐちゃにしてやりたかったのに!

 純白の奔流。テーブルクロスが波濤のようにうねったかと思うと、白鬼の左
半身を隠した。鮮やかな手並み―――負った疵痕は見せない。見えないってこ
とは無疵。そう言いたいワケ? ほんっとに上等!
 ……だけど、わたしの怒りは次なる一手で戦慄へと強制変換させられる。
 シャンデリアの残骸が作るダイヤモンドダスト。その隙間を縫うように、
閃光がわたしの喉元へと馳せた。なんていやらしい攻撃。こっちは着地した
ばかりで回避なんてできない。―――捌くしかない!

 指向を持った攻撃は側面からの衝撃に弱い。そっと掌を沿わせるだけで、
呆気なく軌道は変わる。これぞ防御の極意。……口で言うのは容易いけど、
実践するには桁外れの胆力と見切りの眼が必要だ。この速度領域で受け流す
ことなんてできるのか。……でも、やらなかったら死ぬ。
 死ぬのは良いけど、この女に負けるのは絶対にイヤ。

「覇っ!」

 槍のような一突きに手刀をぶち当てる。同時に鋭い痛み。首の左にざっく
りと爪が通った。肉まで持っていかれてる―――けど、深くはない。
 息を吐く間もなく次の一閃。今度は左手の手刀で捌いた。肩に灼熱。これ
も皮一枚だ。白鬼の右腕一本の攻撃にわたしの両手が圧倒させられている。
 なんなの、この疾さは!

「もう、ほんっとにしつこい女ね!」

 わたしの両腕が蟷螂の鎌となる。三段目の突き――シャンデリアの破片は
まだ宙を舞っている――に合わせて薙いだ両腕を交錯。手刀を重ねられた白鬼
自慢の爪は、自らの疾さも相乗して呆気なくへし折れる。
 做了! やった。やってやったわ! ざまあみろ!

 でも、白鬼の刺突は止まらない。爪を失ったままわたしの胸に食らいつく。
 痛みより先に驚きが走った。肺から酸素を絞り出される。「ひぃ」と窒息
気味の悲鳴。衝撃に逆らえない。靴底が床から離れる。視界ががくりと揺れ、
白鬼の不細工な美貌が遠ざかる。直後に背中をトラックに跳ねられたかのよう
な衝撃が襲った。痺れが全身を舐め回す。
 ああ、壁に激突したんだ。そう自覚したとき、わたしの不義理な身体は戦意
に応えようともしないで、ずるずると床に崩れ落ちた。

578 名前:シャルロット:2007/10/13(土) 23:02:25
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>577

ひとの体躯と交わる事で沸々とした鈍痛を与えるおくすり。
それがわたくしの一刺しから送り込まれた筈。
そんな致命的な一撃が、ぐい、とばかりに透したその切っ先は。
如かして激しい痛みと共に無惨にも飛び散り…
落とした視線の先───アクリルの様にぽきりと落下していたのです。
「いやぁぁぁぁぁぁ…」
驚愕に吹き出る汗とわたくしの叫び。そして熱度を帯びた数多の反撃。
朱色、素足にも心地よい絨毯生地の上を爪先で滑りゆき。
生地が移動の熱に熔けて角質化していくなかで加速に加速を重ねて
女の全身を弾き飛ばしました。彼女の口から洩れた音…それは雛鳥の様に
かわいらしいおと。
少しその音声に欲を覚えまして...白地の生地を左腕からかなぐり捨てて。
亜細亜系の...本当は愛嬌があって可愛らしい部分も覚えなくもないそのお顔。
そのやや上にかかった活花の額縁辺りから指先をすべらせつつ────
右指の欠損に少々疲れた顔をしながら声をおかけ致します。
ヒールの高い靴を”ことり”と床に落すしぐさで。

「お舐め。そうすれば首筋への”死の口付け”は許して差し上げましてよ?」
足首をひらひら。戦慄く口元へと見せ付けるのです。

579 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/14(日) 19:02:40

ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>578


「その……大根みたいに……白くて、太い足に?」

 要求はもちろん不是。痛みから逃れるより、白鬼の怒りを煽るほうがわたし
の性に合っている。自分のキャラって大事だ。お陰で痛みも我慢できる。

「腐りかけの大根を自慢たらしく振り回してるけど……そんなモノ、灣仔市場
にも並べられないわ」

 白鬼の背後で、がしゃりと金属音が打ち鳴らされたのはその時だった。
 曖昧な意識を締め上げて視点を定める。見ると、寝室へと繋がる通路の手前
にわたしの相棒、頼りにならない義姉、冷やかし好きの友人が直立していた。

「それ、私が言おうと思っていたのに」

 彼女はそう戯けて見せた。
 ジプシー……。痛みに歪んでいた口元が綻びる。
 強気な癖に自分に自信がない。年上なのに甘えたがる。
 服のセンスは学生気分が抜けきっていないし、わたしのスカートを勝手には
くし―――つまり、ジプシー・チャンはプライベートではどうしようもない女
なんだけど、こういった剣呑なシチュエーションでは誰よりも頼りになる。

「バトンタッチね。お疲れさま、ヘレン。まぁ吸血鬼を相手に生身≠ナよく
がんばったと思うわ。あとはこのジプシーちゃんに任せてよ」

 カザフは……?
 そう聞きたかったけど、痛みに喉が痙攣して唇がわななくだけだった。それ
でも意図は察してくれたのか「大丈夫」と相棒は頷いてくれた。
「何とかなるわ」
 ……つまり、今までは何とかなっていないらしい。

 ジプシーの視線がわたしから白鬼に移った。
 愛嬌は忘れず、でも厳しさも称えて。―――相棒の表情が、ハンターのそれ
に変貌する。瞳孔が広がり、白眼玉が動物のように黒一色に染まった。口元か
ら伸びる犬歯が、ジプシーの正体を物語る。わたしじゃなく、白鬼と同族。
「昼と夜の書」を体内に取り込み、魔術的に転化した「歩く魔導書」のお目見
えだ。チームの武闘派は猟奇的なわたしだけど、最強は彼女だった。

 膝を曲げ腰を屈めると、上半身を床すれすれに倒した独特の構えを取る。
 右手には、重量級の両手伸縮剣。さっきの金属音は刃を剥き出した音だ。
 半吸血鬼同盟のメンバーに支給されるシルバーコーティングの剣は、伸縮剣
が持つ繊細な優美さを徹底的に排除し、無骨な拵えとなっている。刀身は肉厚
で長く、わたしの上背ほどの丈を持つ。まさに武器のための武器―――わたし
たちの仕事道具に相応しいアンチ・フリークス・ウェポン。

「残念。喧嘩はお終いね」
 わたしは痛みを誤魔化すように、白鬼に微笑みかけた。
「仕事の時間が始まっちゃったみたい」

580 名前:シャルロット:2007/10/15(月) 22:47:42
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>579

「お気にされなくても結構よ。そう仰った方の皆様が─── 
 すぐにその『大根色情狂』になり変わられたのですわ」   

頑なな拒絶も、わたくし達にはそよ風の様に慣れたもの。 
寧ろ服従への過程──そこから紡ぎだされる───こそが、無上喜びへと繋がりますの。 
 
もう...。その手段に想いを馳せる..その暇位は下さっても宜しいでしょうに。 
人間という方たちは!本当、どうして事左程に性急さを尊ぶのかしら。 
長きを世の儚さを憂うのなら、わたくしたちを愛ること…。ただそれだけで
事足りるのですわ。 

はふ。 
二匹目の女の登場。そこに少しだけわたくし、落胆気味。
何故って?…筋が違うという事。ここに登場するのは洋の東西を
問わずに華麗なる殿方との登場──これ一択に相違なしでしょう? 
更に悪いことに、娘はお顔が変貌し、スィートルゥムの気品に似合わぬ風貌に
変わりあそばされたのですから。
ええ、心の奥では認めてましてよ。わたくしの足を拒んだ女の見目の麗しさを。 
それに比べてのこの変わり様。夜族の嗜みは永き世を変わらず美貌を保ち…
そしてあり続けること。 
それが叶わぬ望みであれば、それこそは土くれと違いなど...何処に見出せましょう。
はふ、と再びの溜息。それは夜を揺るがす一つの魔法。
肉厚、且つ把手すら飾り気もない刃…これを振りかざす女を相手に。 
わたくしは二歩三歩とそちらを見据えつつ、後ろへ後退り。 
口の端より流れ出る溜息とも捉えられぬ音声、ただそれによりて導かれ──── 
空気は、、、そう。凸レンズを思い出してご覧なさい。同じように歪み、膨れ、 
がちゃりと入り口のドアノブを悠々、わたくしが捻るや否や。 

……描写は拒みたいほどの出来事ですわね。

腐臭、汚泥、腐敗、醜悪、蒙昧のメタモルフォオゼとでも申しましょうかしら? 
その時の光景はわたくし自身も目を覆いたくなる程でしたの。 
死を引き摺りながらの人型『食屍鬼』、その数50ばかりが
わらわらわらわらお部屋へと招待されて参りましたのですから。 
残念ながら、主賓はわたくし。黒目のお嬢がサクリファス。 
礼儀のない彼の客どもは、時折階下より床を外して部屋へと入らしたりも
するご様子。主賓たるわたくし以外の…特に銀の刃を持つ女を敵と認め── 
彼らは進み───そして、唐突に反対側の大きな窓がびょうと開いたのです。 
雪崩こむは黒き翼、可愛い蝙蝠たち…その数40ばかり。 
どちらも忠実なるわたくしの僕。足にキスする可愛い輩。 
 
その様な最中。ドアをばたりと閉じつつも、わたくし自身は元の女だけを
見やり…ホホ、と喜び微笑むのでした。 

「汚辱的なものに興味はあって?わたくしは貴女のペェジにそれを一枚、
刻んで差し上げますわ」

581 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/16(火) 22:34:17
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>580

 スィートルームの華やかさに泥を塗る食屍鬼の行進は、ジプシーの不機嫌を
より強く煽り立てた。「私の部屋なのに!」と叫ぶや正面から斬りかかり、猿
を連想させる機敏な動作で一瞬のうちに十数体の食屍鬼を屠る。
 更に追撃。刀光が刀光を呼び寄せ、派生する斬撃が刃の瞬きに血煙を添える。
 パレードの半数を数秒で片付けたのに、ジプシーは息一つ切らせていない。
食屍鬼程度では彼女を止められないんだ。伸縮剣の切っ先を白鬼に向けて、
パートナーは「どう?」と挑戦的に鼻を鳴らした。
 
 ―――ジプシー・チャンがわたしの相棒として活躍したのはその程度。
 
 直後に、横様から漆黒の波濤が押し寄せる。「蝙蝠?!」とわたしが叫んだ
ときには、不意を打たれたジプシーの背中がパノラマの窓を破っていた。
 たかが蝙蝠とは言っても数十匹も数に頼めば、(自称)ストロー級のジプシ
ーでは踏ん張りがきかない。黒波に呑まれるように窓の外へと押し出された。

「是慌言?! 嘘でしょ!」
 
 あまりに呆気ない退場。ルーキーながらも「歩く魔導書」としてロードクラ
スのスペックを持っているはずのジプシーは、屋外に放り出されると速やかに
落下を開始して、わたしの視界から消え失せた。
「アイヤー!」叫び声が遠退いていく。
 地上二百十メートルからの落下。地面に叩き付けられる音は、聞こえない。
 
 ハッタリしかできない女。
 テストがいくら優秀でも実践では通用しない好例。
 ヒトの期待を逆撫でする天才。
 相棒失格。
 無能。
 ―――つまりは役立たず。
 
 わたしは疲れた溜息を漏らす。登場から二分程度の退場。あまりにも馬鹿
馬鹿しすぎて仇討ちしようとも思えない。むしろわたしがとどめを刺したい
ぐらいだ。まったく……チェックアウトどうするのよ。
 どうせ死んでいないんだから、馬鹿な相棒の存在は忘れることにした。
 数分だけでも白鬼の注意を惹き付けてくれただけで、まぁ十分と言えば十分
だったし。わたしが欲しかったのは、リビングに置きっぱなしにしたエディタ
ーズバッグから薬瓶を取り出す、数秒の時間だけだったから。

582 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/16(火) 22:36:06
>>580>>581

「いまの馬鹿は忘れて。わたしも忘れるから」

 薬瓶の蓋を親指でぱきりと折ると、中味を一息に煽った。
 臓腑―――いや、全身の筋肉にまで染み渡る甘い痺れ。緊張と弛緩が交互に
襲い掛かる。僅かな酩酊の後に始まる覚醒が不死の疑似体験をもたらした。

 薬瓶の中味―――反吸血鬼同盟においてトップレベルのハンターにだけ使用
を許された禁忌の秘薬。ヴァンパイアの生き血を使用して作り出された血清は、
服用することで偽りながらも人外の力を得ることができる。
 目には目を。力には力を。夜には夜を。同盟のハンターは、この闇の力を用
いて夜族を狩る。本当に猟奇的なわたしはこれからだ。

 腕慣らしに目障りな食屍鬼集団に拳を浴びせてみる。一発、二発、三発――
―と的確にヘッドショット。強化された鉄拳は易々と頭蓋骨を打ち砕いた。
 クスリの巡りは順調だ。白鬼にやられた傷も数秒で完治した。癖になりそう
な征服感。闇の力は常に人の身を浸食する。人間をやめたいという欲求に抗っ
てヒトに留まれる時間は九十分。タイムリミットを迎えたとき、わたしは転化
を果たし本物の夜族の仲間入りを果たす。―――それはお断り。
 だから九十分以内に解毒剤を飲まなくちゃいけない。
 九十分―――大根足の勘違い女をぶちのめすには、その半分で十分だ。
 
「……で、これから始まる時間はどうするの?」
 
 スタジャンを脱ぎながら話しかける。
 もう防御を考える必要はない。ノースリーブのチャイナ・ブラウスにタク
ティカルベストという恰好なら、より疾く動き回れた。

「お仕事にして欲しい? それともさっきの続き? わたしはどっちでも良い
んだけど……だってあなた、どう見てもカザフの好みじゃないもの。
 あ、ついでにわたしの敵でもないわ。それは最初からだけど」

 発勁を用いた左の震脚―――大音声とともに床が陥没し、ビル全体が揺らい
だかのような震えをもたらす。震脚って本当は威嚇に使うようなものじゃない
んだけど、わたしはつまみ食いばかりの我流だから型には拘らない。
 上目遣いで白鬼を睨め付けて、言ってやった。
 
「汚辱的? そう云うのはよそでやって。わたしは清純派なの」

583 名前:シャルロット:2007/10/18(木) 22:45:43
 
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――
>>581>>582

口の中だけで。わたくしは小さく”あら”と言いました。 
ハ長調の音階でいうと、ラ・ファと言う音に酷似した…明るいメゾソプラノの
音域で...病んだ指先、濡れる唇へそっと宛て。  
 
「こ・れ・か・ら。それではお暇しちゃいましょうかしら。わたくしも時間に飽いてる
訳ではありませんもの。命はそちらに。王子は此方に。悪いお話じゃないでしょう?」 
 
わたくしは指し指一つを立てたまま、笑みを浮かべて諭すだけ。 
片手はテェブルに。掌を厚く広げて置いたまま。 
それから少しずつ、そう、少しずつ力を傾け、軸を傾け。 
重さなどまるで無いように…そう、軽やかに上下を挿げ替え飛び荒び… 
蝙蝠に身を窶しつつステレオの上に乗り。

「貴女がどこまでも穢れの無い──『清純』なんて」……前宙様にふわりと跳ねて落下の照明跡、
みすぼらしい鉤螺子へとさかしまに留まり。 

「そう思うがままに老いさらばえ、鏡の彼方よりの嘲笑に始めて気付き──」 

振り子に揺れて上下を偽るままに進み行き、文机に幽玄飾られたる牡丹一輪。 
それを把持して着地して。切り込みの深い装束の足…優雅に組んで座るは古風なバーカウンタァ。 
火酒を台に注ぎ指を弾けば ぽぉ、と燃える赤紫の焔。 

「うつくしきもの、その褪せ爛れた思い出の誤謬は…活動写真の後日談にも似て。
静かに宜しく思い知るの──」 

コサージュに似せ、牡丹を胸に一輪挿し。 

「それってとても汚辱的。──貴女の清らなる一生なんて、んふ…その程度」 

微かな、もう消えるアルコォル灯り。その焔の向うを漉かす様に、俯きの流し目。 
”貴女の未来は此れこの通り”と謂わんばかりにしたり顔。  
帰るといいつつ留まるのがセオリィ。なぜって、何もこんなにも愉快な方は滅多におりませんもの。 
痛快な時を生きるためにも、汚辱をもっと頂きたいと思ってしまいます。 
左手の痛みが徐々に引くのを実感すれば、尚更疼く遊び心。

584 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/21(日) 03:25:40
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>584

「いまの馬鹿は忘れて。わたしも忘れるから」

 彼女は自分が言ってる言葉の意味を理解しているのかしら。
 
 数世紀の歴史を俗世から隔離されて生きたカザフの望みは、携帯電話のカメ
ラを使って、互いにメールを交換することだった。餌ではなく、友人として人
と接することを望んでいた。―――傅かせていた従者も、侍らせていたお色気
たっぷりなドラキュリーナたちも、贅沢三昧な毎日も、もう存在しない。
 わたしはちょっと勿体ないと思う。でも彼はそれで満足している。
 今でも常識知らずなお坊ちゃんだし、吸血鬼の癖にわたしより弱いし、絶対
に血を吸おうとしないから不死者なのに病弱だけど。
 彼はそう在ることを望んだんだ。
 
 ……変な吸血鬼。
 でも、声を掛けてきたのは向こうだし。
 悪い気分じゃない。
 顔もいいし。
 何より、わたしに優しい。
 
「……なんだか、あなたのコト本気で嫌いになってきた」
 
 白鬼は西洋夜族の典型に見える。金髪で、石膏のような白肌の持ち主で、
蠱惑的で、いつだって刺激を求めて血を漁る。―――まるで、カザフを元の
世界に引き戻すために表れたかのようだ。……そんなの、絶対に許せない。
 彼は望んでここに来た。自分の足で!
 
 拳を緩く堅めつつ、武術八法を全て同時に行う。
 腰を沈め、両腕を広げた南拳独特の構えを取ったときには、勁力は充溢し
て、他の六法も完成を迎えている。夜族の力によって与えられた鋭敏な感覚
が、無尽蔵の功夫をわたしに与えてくれた。
 今なら平時ではできない技にだって挑戦できる。

 腰を捻り上げ、独楽のように身体を回転させながら跳躍。面倒な駆け引き
に興味はない。これは決斗。正面から打ち負かすことに価値がある。
 前後左右上下中央―――総じて七星の方角に一気呵成の蹴り足を浴びせか
ける。影すら追い付かない怒濤の蹴撃。その足数は百にも千にも及び、さな
がら機関銃の掃射の如き。これこそ南派少林、伝説の無影脚!

585 名前:シャルロット:2007/10/21(日) 14:56:16
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>584

わたくしが興味をもって差し上げた方。それはいつだって贅沢を言う。 
人は何時でも誤解するもの。その誤解でわたくし達を侮辱して…自らの矮小さを
ひた隠しにしている浅ましさ。 
そのような底の浅さなど幾らでも満たしてさし上げますのよ。
満ち満ち溢れる友愛の──陶然HumanBeingへの──情念で。  

すわや、と。女はわたくしに蹴りを蹴って、蹴りをして、蹴りつけてきました。

過ぎた速さに両腕を交差、幾多幾様もの足癖の悪さに避ける等は 
とても叶わぬ話。腕は腫れ、纏め上げた髪は痛み、とても殿方に焦がれる
女子の有様とは思えぬ所業なのです。  

おおいたい、ああいやだ。

七様にして徒の一つ、乱れては散る瀑布のありさま。 
一途なまでの電車道に居ても溜まらずカウンタァへと吹き飛び後転。 

給仕の場所へと転げ落ち(なんてこと!)守りきれぬ柔肌に総身の肌が 
粒立ち揺れていく有様の哀れさよ。 
屈辱のまま即座に視界に飛び入るのは数多の宝。
伏位のまま悠久眠りについた貴腐たるワインたち。 
それを棚ごと彼女へ向かって悔し紛れに蹴り倒します。 
膨大の質量が倒れ行く間に、恥らう間も無くスリットを…びりりと広めて爪先立ち。 
頭上からも滴り落ちるアルコォルに酔うような、掴みがたい幽玄の動作。 
紅よりも白いものが好み。なぜって今の私を癒してくれるのは、プレイヤードの如き白色。 
沈着さの象徴、わたくしに相応しいじゃない? 
だからこそ、その内の2つ。 
それをバトンの様に左右に持って指先軽く回りに回し───こくりと口に含みました。
その上でゆらりゆらりと構えて台詞…ここからのbekämpfen Sie Feldへの宣告をするのです。

「…好くってよ…お人形みたいに戯れてさしあげましょう」

586 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/21(日) 21:13:52
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>585
 
 こんなの障害にすらならない。わたしの進軍はこの程度じゃ止まらない。
 
 倒れかかるワインセラーを一瞥すると、右手を静かに持ち上げた。
 掌を添える。右手を経由して体内の勁力を発気。「發」と云っても強引に打
ち込むような力業じゃない。わたしの中の勁をワインセラーに流し込むだけ。
 無機物には勁力を蓄える丹田が無いから、急激に生じた運動エネルギーを消
化できず―――結果、爆砕四散する。裡から蹂躙されたワインセラーは全身余
すことなく粉々に砕かれて、破片すら残らない。

 ワインが飛び散ってわたしのブラウスをべったりと濡らした。まるで返り血
みたい。なんてこと。ワインの染みは落ちないのに。
 見ると白鬼は頭からアルコールを引っ被っていた。「ふん」と納得したよう
に頷く。どっちのお酒の方が高いのか気になった。多分わたしだけど。
 
 高速練功のお陰で発勁の直後なのにも関わらず、勁力は丹田に充足している。
 いまのわたしの身体は貪欲で底なしの限界知らず。踏み込みの一歩一歩が強
烈な震脚で、床にくっきりとブーツの足跡を残す。
 接近と攻撃は同義。生えかけの牙を剥くように「呀ァ!」と叫ぶと、右足の
牙が大気を穿った。疾歩からの跳躍。身体が宙で回転するのも、空中で辿る軌
道も、さっきの無影脚とまったく同じ。違うのは無影脚の手数が千だったのに
対して、今度の足技は一撃必殺。
 わたしの「旋風脚」は盾ごと敵を斬り倒す獰猛な刃。再び防御するつもりな
ら、今度はその細い腕ごと肋骨をへし折ってやる! 

587 名前:シャルロット:2007/10/22(月) 07:08:38
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>586

呼吸をするのを辞めて幾数時。人の命を注ぎ込む「勁」の力は 
慣れないもの。 
けれど──この流れては死に続けてきた幾星霜の年月の間。
その行為によりて挑んで来たお方も数多おりました。 
で、あれば自ずから対応も生まれてくるのではなくて? 

上方から降り注ぎダンクに落す貴女の殺陣を待ち侘び… 
わたくしはやおらに肩を地に付けた。脚を繰り出した。 
膂力の果てを満腔に広げ夜の風を裂ぱく撒き散らす秘め手の一撃。
わたくしの磨かれた姿を存分に魅せるに相応しきはこの様な─── 
腕の振りより猶も迅速。すらりと美脚を敵の首へと挟み込み。 
腕を返し体も返し、逆さに頭から叩きつけるという残酷無尽な放り技...
それを優雅なこなしで魅せつける。
名づけてそれを人は…なんと呼びましたかしら? 
そうでしたわね。人曰く──遺体の寄せ集め木偶固【フランケンシュタイナー】。

588 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/22(月) 23:42:23
 
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの―― 

>>586

 床に叩き付けられて死ぬ前に、首の骨が折れて死にそうだった。
 わたしの首をぎゅうぎゅうと締め付ける肉の鎖。大根に挟まれて死ぬなんて
間抜けすぎて絶対にイヤだから、ベストから抜いた飛刀を太股に突き立てた。
 逆の足にはがっぷりと噛み付いてやる。尖った犬歯のお陰で噛みやすい。
 
 両足の拘束が緩まった。だけど、逆落としの勢いまで緩まるわけじゃない。
 遠心力で白鬼の股ぐらからすっぱ抜けて、わたしは宙に投げ出された。
「わあああ!」と叫びながら一回転。お尻から壁の一画を占めている水槽に突
っ込んだ。強度が優れているはずのアクリル板は呆気なく砕き割れて、わたし
は一瞬だけライトアップされた淡水に溺れる。
 水槽は水圧に負けてあっという間に崩壊。波濤のように押し寄せる水が、
プライベート・バーに浸水する。床の上でディスカスがぴちぴちと跳ねた。
 わたしは頭から下着までずぶ濡れ。水槽の水はワインよりずっと臭かった。
それにアクリルやガラスの破片で肌があちこち切れている。でも、そういった
傷みは表情に出さない。「この程度、何でもないよ?」と目で訴える。
 濡れ髪を掻き上げて話しかけた。
 
「……別にわたしが重いわけじゃないわ」
 アクリル板が割れた理由だけははっきりとさせておきたかった。
「あなたの逆落としの勢いが強すぎただけだもの」

 わたしはしつこく震脚。疾歩。でも、向かう先は白鬼じゃない。
 無影脚に続き、旋風脚まで見切られたのはショックだった。わたしが一番得
意な足技が通用しないなんて、悔しい。いくら夜の力を得ても、正面から殴り
かかるような単純な闘法は通用しないということだ。
 ある意味、常識。だから取りあえず、プライベート・バーから飛び出した。
あの部屋はわたしが走り回るには窮屈過ぎる。もっと広い空間が欲しかった。
 リビングに戻ると、絨毯に焦げ跡を残しながら強引に方向転換。暇そうにさ
まよっている食屍鬼を蹴倒しながら、廊下に移動する。
 目指すは寝室。あの部屋なら広い上にリビングみたいにゴテゴテとしていな
いから、わたしらしい闘い方できる。
 それに寝室にはわたしのカーゴバッグも置いてあった。仕事道具は全部あの
バッグに纏めている。白鬼は月牙刺や虎頭鈎の痛みを知るべきだ。
 
 疾歩の間、素直に追撃者に背中を見せるつもりはない。
 両手の指の間には合計六本の飛刀が挟まっている。振り返らなくたって背中
越しの投擲ぐらいはできた。速力を緩める必要はまったくない。

589 名前:シャルロット:2007/10/22(月) 23:48:38
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>587

幾らカモシカの様な脚線美に惑わされたとにしても、齧るのは嫌。 
舐めるのはベタァ。口付けこそがインポータント。 
痛みよりも嫌悪で震え、力を抜いてしまうのがわたくしの貴族主義。 
それを教条主義的に履行するに当たりまして…飛来あそばす幾つかの刃について
早急な検討をさせていただこうと思いますわ。 
結論などは挿し当たって─── 

ホィールの4つ程付ベイビーグランドピアノ。 
この蓋をオープンにしたまま鍵盤に腰を賭け脚を突き放しそのまま進行。 
わたくしが爪弾くツィゴイネル・ワイゼン。流浪の民の哀歌。 
大仰さだけは相応しくなくて? 
6つの刃物を漆黒、屋根皿でうけとめたのが演奏の終了と看做します。 
一礼して高笑い、劇的に韋駄天、素敵に疾走、最終的に万全、キャッチアップし
ピアノへ上がり、高周波で歌うわたくし。歌は反響、振動する室内。距離感覚を破壊しつつの
振り上げる上蹴、飛び荒ぶ横凪一文字、詰めより蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り。
その不満そうな顔にTritt。恵まれきらない肢体にschwerなTritt。 
取りも直さずわたくしを愛せないその歪んだ心は突き崩すほどの閃くTritt(蹴り)を!

590 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/23(火) 18:57:19
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>589

 叫び声の大きさならわたしだって負けてない。耳障りな音階は勁力の応用に
よって増幅した絶叫でかき消した。わたしの大音声と白鬼の音痴な旋律が正面
からぶつかって空気を軋ませる。窓ガラスが砕けて、姿見の鏡に罅が入った。
天井の蛍光灯が次々に破裂する。
 ―――そんな超音波の応酬を縫うように、白い蹴り足が叩き込まれた。グラ
ンドピアノのチャリオットは、いつの間にかわたしの背後にまで迫っている。

「覇っ!」
 
 振り返りざまの胴回し蹴り。打ち落とされる踵と、振り上げられる脛ががっ
ちりと噛み合った。衝撃で吹き飛ぶ暇もなく、次の蹴り足がわたしの水月を狙
う。これもまた蹴撃で応戦。わたしが足技で後れをとるわけにはいかない!
 深く切り込んだスリットの奥から次々と長くて鋭い足が飛んでくる。わたし
はその全てに同じ足をもって応えた。蹴撃の乱打が蹴撃の乱打に阻まれる。
 功夫はわたしのほうが圧倒的に高い―――でも、地の利でもリーチでも負け
ているのはわたし。いちいち走りながら跳び上がらなくちゃいけないこっちに
比べて、白鬼はピアノの上から悠々と足を駆ればいいんだから。

 そうしてる間にもベッドルームに到着。空中で繰り出した月影脚が白鬼の首
筋を刈り取るより一瞬疾く、閃光のように突き抜けた彼女の前蹴りがわたしの
胸を打った。盛大に吹き飛び、ベッドに突っ込む。

 喉からこみ上げた血塊がシーツを濡らす。肋骨がめちゃくちゃに折れている
―――再生まで約十秒。待っている余裕はない。
 グランピアノのチャリオットは、ベッドルームに突撃すると生い茂る観葉植
物をあらかた蹴散らし、クローゼットに体当たりしてようやく停車した。
 わたしはベッドに無造作に投げ出されていたカーゴバッグから柳葉刀を取り
出し、鞘から白刃を抜き放つやベッドから跳び上がった。
 刀を八の字に振り回し、刀身をしならせる。刃が風を切ってひゅうひゅうと
鳴いた。刀首に飾ったリボンのような刀彩が幻想的に踊る。

 刀光閃くこと三度に及び、わたしの刃が悪女の妄念を肉ごと断つ!

591 名前:シャルロット:2007/10/23(火) 20:55:31
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>590

壊れてしまうような儚いおと…。わたくしには分らない。 
死に至る苦痛という名の暗黒の楔を。 
一時の空想。あれほどの憎まれ口を叩いたそのお顔が歪み”儚く”
なりゆく有様なんて、どれ程にか寝覚めの悪いものでしょう。 
 
で、あればこそ。 
彼女が跳ね起き変則自在な柳刃のひらひらとしたもの一枚を振りかざした
時ときましたら、寧ろ胸が安堵と慈愛に張り裂けそうな程でしてよ。 

とは言いましても…現し世は、いつの日も気まぐれに。 
ゆえに勿論そのようなことは、『可愛さ余れば憎さ』が何とやら。 

────自在の刃にピアノの台から体を崩し、肩口が裂けての唐突な痛み。
苦々しげに手にする聖家族の絵画(ずばらん)。羽飛び掴む羽毛の寝具(はらり)。 
談笑用の低めのテェブルから宙返りその下へ(ばらばら)。
姿勢を下げて豪奢な壁際を翔けゆけば、落書きの様に剥がれ落ちる壁紙。
あわやカァテンをはし、と掴み。渡るは少しのタァザン気分。
勢いそのままベッドへ落ち延びそこで、一息。
 
先の優勢は何処へやら…多少、思案の為思わず小指を口へと運ぶわたくし。
そこで”はた”と気付くは大参時。石榴の果実に例うべき口唇は…内より滲む自身の血潮で
吹き溜まり...無粋な暗褐色で凝り固まっていたのです。
ああ、なんてことなのでしょう。済んでのところで避けた刃が返り来て...腋より深く
刺さりこんでいたのでしょうか────。
ごぶりと更に血。沈み込む柔らかき敷布へと、統べなく崩れ落つ姿の儚さ。
然れども、わたくしは笑んでおりました。寝台上で両手足を広げたままで。 
 
だってこれで女はまた、わたくしと喜喜として戯れようとするでしょう? 
客観による重体の検案など、わたくしには当てはまらぬ事…自身で千も承知でいるのですから。

592 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/24(水) 23:51:15
  
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>591

 とった!
 
 飛燕よろしく跳ね返った柳刃が白鬼の脇を抜ける。
 必殺の一刀を浴びて戦意までも消失したのか、彼女はベッドに背中から倒れ
込んだ。スプリングの反動で身体が上下に揺れる。黒のドレスに滲む朱色。
 開幕から烈火の如き攻撃を繰り出して、ようやく得られた手応えらしい手応
え―――この好機、絶対に逃したくない。初めの目的通り、一発ぶん殴る!

「やあああああああ!」
 
 跳躍と同時に投擲した柳葉刀は、白鬼を串刺しにしてベッドに括り付けるた
め。こいつの棺桶はキングサイズだっていま決定。
 本命は鋼のように堅く握った右拳。脇を締めたまま天井を蹴り飛ばし、白鬼
目掛けて垂直に落下する。その左頬、わたしがもらった!

「この―――波覇婦(巨乳女)!」
 
 大気の衣を巻き付かせながら、空気を穿孔して打ち下ろす。
 わたしの鉄拳の味を知ればいい!

593 名前:シャルロット:2007/10/25(木) 00:16:52
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>592

そう。そうなのですわね。このように倒れてしまえば 
真正直、かの女は必ず上から攻めてくる。 
うふ…いと目出度し、貴女のおつむの嬉しきことよ。  

鉄の戒めがぐざり、体を貫いたままに立ち上がり────。
(柔らかきベッドに熱いヴェーゼを!)
星屑、パッショネートに焦がす掌が細身に届く寸でのところ。 
稲妻、力任せの拳…それを片手で受け流しては上へと捻り上げ… 
落下のベクトルが向いてるいるその隙に、彼女の前屈姿勢を利用のままで 
腰へと飛び乗り、女の腹を足で抱きましょう。…腕を放さぬは重要課題。
更には深々、頭部に臀部、何食わぬ顔で乗せていく。これぞ感極まれる汚辱の一手でしょう? 
ぎりぎりと締め行く上下に腕関節。私の力に彼女の自重。2つの協奏曲で最速決めていく
尊き技、名をば所謂───Paro・Special(ノン・リバ)。
 
「おーほほほほほほっ!!如何?泣いて脚をお舐めになり、平謝りに謝ったら許して
 差し上げても宜しくてよ?」 

わたくしの下敷きのまま、呻く彼女へ高笑い。 
傷む腹部の刃などは、死せぬ者には何ほどの枷にもなりは致しませんのよ。
嗚呼そうですわ!逆位でおかけすれば、汚辱に満ちたお顔を存分に見られましたのに。 
───それだけが口惜しくてたまらないの心でーすわ!!おほほほほ!!!

594 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/25(木) 22:50:21
 
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>593

 白鬼が無防備にも四肢をベッドに投げ出した理由を覚ったとき、全ては終わ
っていた。わたしの鉄拳は白鬼どころかベッドすら穿てないで締め上げられ、
後頭部にずしりとおっきなお尻がのし掛かる。前屈式人間椅子の完成。

 驚異的(……でもないけど)新事実。ベッドに倒れたのは、わたしを巣に誘
い込むためだった。白鬼はまさにこの瞬間だけを狙っていたんだ。
 気が急きすぎた。わたしは呆気なく白鬼の罠に引っかかったことになる。
 
 くっ……それにしても、このわたしにプロレス技をかけるなんて。
 関節技を捌く手段は熟知していたけど、一度極められたらわたしのスタイル
では抜け出すのが難しい。彼女はそこまで見抜いていたのだろうか。
 ……ううん、きっと適当。でも的確なのも間違いない。
 
 白鬼の耳障りな高笑いが耳朶に響く。足掻こうにも綺麗に極まっているため
身動きがとれない。―――それにこの長舌婦(お喋り女)、体重のかけ方を知
っている。ただでさえ西洋人の彼女のほうが体格に優れているのに、自重を二
倍にも三倍にも体感させる魔法みたいな技を用いている。
 うなじから後頭部にかけて、ピンポイントに負荷がかかる。わたしの頸椎が
いまだ折れないでいるのは、夜族化によって強化されているのと、少林拳の修
行で似たような内容のがあったからだ。
 でも、こんな基本的な修行をまたやらされるなんて!
 
 白鬼の体重に負けて前屈みにベッドに倒れ込む。
 ……最悪。上半身を保てなかった。
 もちろん白鬼は技を緩めない。お尻を頭に乗っけられて、シーツに顔を押し
付けられているポジション。なんて屈辱的。ていうか、ほんとに重い!
 
「っ……!」
 
 そして痛い。痛すぎる。目から涙が滲み出るくらい。このプロレス技唯一の
利点は、わたしの苦悶に歪む表情が白鬼には見えないことだ。

 彼女の馬鹿力にわたしは呆れる。捻り上げられた両腕が肩からもぎ取られな
いで済んでいるのは、ひとえにわたしの必死の抵抗のお陰だった。
 嫌な汗が止まらない。まるでブルドーザー同士の綱引き。白鬼は馬鹿みたい
な哄笑を飽きずに繰り返しているけど、関節を極めている両腕の力は本物だ。

595 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/10/25(木) 22:51:53
 
>>583>>594
 
 こ、これは抜けられない!
 
 発勁は用いる部位を選ばない。寸勁は拳からのみ放たれるわけではない。
背中越しに白鬼を弾き飛ばすこともできたけど、勁の発露には弛緩が必要だ。
 全身の余裕がエネルギーを生み出す。だから肉体が緊張状態のいま、発勁
は使えない。かといって身体を弛緩させたら両腕がもがれる。それはイヤ。

 ヘレン・クァン、あなたは覚悟を決めるしかない。
 この女吸血鬼は、わたしが本気になるだけの価値がある敵だ。
 香港女を侮ったらどうなるか、今こそ見せつけてやるべきでしょう。

「―――是(シー)! 是(シー)!」

 分かった、分かったわ。ロープは握れないから言葉で訴える。
 
「……別に、こんなの痛くないし、抜けようと思えば抜けられるんだけど、
わたしもちょっと疲れたし、あなたもよく頑張ったから降参してもいいよ」

 強気な台詞だけど声に力はこもらない。
 
「技を解いてくれるなら何でもする。足を舐めて欲しいんだっけ? 良いわ。
特別サービスよ。むしゃぶりつくように舐めてあげる。……でも、このポジ
ションのままじゃ不可能だから。早く技を解いてよ」

 乱暴に言い放ってからシーツに顔を埋めた。肩が震え、嗚咽が喉から漏れ
始める。わたしの顔が見えなくたって、わたしがいまどんな表情を作ってい
るか、どんな感情に苛まれているか、彼女には分かるはずだ。
 
「痛いの。もう我慢できないの。……お願いだから早く解いて。何でもする
から。もうわたしの負けでも何でも良いから」

 唇をわななかせ、嗚咽に声をしゃくり上げながらそう言った。

596 名前:シャルロット:2007/11/05(月) 23:14:37
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>595

あら?…あらあらあら。 

振り絞る腕も忘れ、ぺたりと座り込むわたくしを…どうかお笑いにならないで。 
振り向いて仰ぎ見るは泣き顔の貴女。宗教的と言えるほどの感激に
わたくしはナチュラルなショートボブのかの人の顔を 
崇拝するような気持ちで見入ってしまったのですから。腹部の傷さえ忘れる形で。 
 
今のありさま。それは、無駄なく運んだわたくしの仕掛けが彼女の毒々しさを涙に変えて 
全て流してしまったような愛らしさでした。そう。 
そこにあったのはただの愛らしさだったとわたくしは確信して思いましてよ。 
 
改心に感じ入ったわたくしは、しゃくりあげる彼女の衣服をととのえつつも 
やわらかい笑顔を見せてさしあげようと務めたのです。 
だって、誂えた様とは、正にこの在り様を言うのでしょう? 
褥に伏させて証拠立てられた容でもしかしたらその誠意を感じることすら
かなう場所、それがこの寝台という物の使命なのですから。

きぃきぃとひとり、ふたりのこおもりが上で喚く中…わたくしは 
無粋にもまだ履いていたヒールを脱がねばと思い至り、恥らいました。
蝙蝠…?何かを忘却している気が致しましたが、思い出せぬとあらば 
些事に違いないでしょう。  
今の大事は彼女の誠実をあじわい、さらには勢い、ものに(!)するということ。   
  
わたくしは寝台の上にも関わらず立ち上がり。Y字体位で背中のラインを出すように
見せ付けつつのヒール脱ぎ、それから座り込みました。 
突き出すように脚を差し出すのは、勿論のこと忘れなく。 
あなたかわいやそのかんばせ。早くお見せになりなさいな。もっとよきお顔を。 
 
「泣かなくていいのよ…お名前を教えて頂戴な。もう怒って等ないのですわよ? 
 ”愛して背かれし方。尽くして報いられざりし方。慕うて嘲られし方。”
 覚えがあるのでしょう?わたくしなら忍従という名の荊道...それを
 愛しき方に踏ませるような真似はいたしませんわ。 
 うふふ、お舐めなさい。無粋など無かったものと同じにして差し上げますわ。 
 そして宜しければ愛を受け入れあそばせ───」

597 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/11/05(月) 23:28:24
 
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>597

 白鬼は、わざわざ靴を脱いでからシーツの上に腰を置いた。
 あのお尻が、さっきまでわたしの後頭部を苦しめていたんだ。そう思うと、
ようやく解放された両腕に残る痛みが余計に強く意識できる。
 敗北の悲しみ。屈辱の恥じらい。それに自由の安堵を忘れずにカクテルして、
わたしはヘレン・クァンの表情を作った。女の子は複雑だ。
 
 ベッドの上に膝立ちになり、白鬼へとゆっくり上半身を倒す。突き出された
脚に右手を置いて、シーツに皺を寄せながら近付いた。
 右手は脚から腰、ついには胸へと昇って、わたしの上半身は彼女の上半身に
被さるようにシルエットを重ねる。
 解放の見返り。脚への口付けを無視するカタチになったけど、白鬼が違和感
を覚えるのはいつだろう。もう覚えてる? だとしたらお生憎。全部手遅れ。

 わたしの右手が彼女の心臓に重なったところで、白鬼の瞳を覗き込んだ。
「ばあ」といかにも戯けた風に。
 涙の跡すら見えない。わななく唇なんてどこにもない。変わることのない
わたしの笑顔。暴風を予期させる猟奇的なスマイル。

 ―――これこそ諸葛亮の時代より面々と紡がれる「涙媚の計」。
 要するに泣き真似。女の涙はいつだって武器にしか使えない!
 
「謝謝。がっかりした? それは残念。でも、あなたってわたしみたいな女の
子をぜんっぜん理解してないわ。だから自業自得。勉強になった?」
 
 そして、この一撃は補講授業。

 インパクトの射程には必ず効率がある。打点がずれたら攻撃力も半減するの
は常識だ。逆に言えば、その「打点」を作るためには必ず加速が必要になる。
 飛行機が離陸するには、滑走路で勢いを付けなくちゃいけないようなもの。
 滑走路がないと飛行機は飛び立てない。射程距離より詰められすぎると、
パンチは破壊力を十分に備えることができない。―――そんな常識は、武林に
歩む者の前ではかんっぜんに無意味。
 スイート・ディスタンスが極端に短いショート・パンチ。僅か数センチの距
離だけで相手を破壊する凶暴な拳。例えるなら、戦闘空母からカタパルト射出
される戦闘機。飛び立つのに必要なのは距離だけじゃない。
 
 白鬼の胸に重ねた右拳から……いいえ。全身から勁が放射される。

「ツァイ!」

 ぱん、と気の抜けた音がベッドルームに響いた。
 わたしの拳が一瞬で音速を超える。
 体内に充溢した勁力の爆発と、人外の膂力による瞬間的な加速力を組み合わ
せることによって、わたしの大砲は完成する。
 江湖では「寸打」なんて呼ばれたりするけど、わたしはその名称があまり好
きじゃない。「心の師父」の一人、リー・シャオロンへの憧れの想いを託して、
こう呼ぶの。―――音速拳「ワンインチパンチ」って。

「ようやくあなたをぶん殴れた」

 拳から伝わる肉の感触に大満足。わたしの想いはついに成就した。

598 名前:シャルロット:2007/11/05(月) 23:33:23
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>597

フゥわぁぁ────衝撃必殺、唐突なる制裁。

寝台へ───あえかに沈む…か弱きもの、それはわたくし。 
恰もそれは、なよ薔薇の蕾み。 
波動が流れ沸騰するわたくしの脳髄。 
即興に見えたやもしれぬとはいえ───育まれた想いの焔が垂らす蝋せき…
それが毀れては流れ…はらはらと涙、涙。 

ああ、なんて───。その時、ああその時こそ、初めてわたくしは気付いたのです。 
愚かなわたくし。高慢の心よ!うつろい、空漠の徒へと身を窶しなさい。 
そして心理をともして打ち明けるのです───。 

動けぬ、鈍る指先、手足に鞭打ち上半身だけ何とかよいしょともちあげまして…
タオルケットをかみ締め強く。 
(少しの媚を含めた上で)女に”こう”言い渡すのでした。  
 

「また今度、泣かせてさしあげますわ……それだけの甘い声が聞けるんですもの。
 ───それを見ゆる為になら…」 

わさわさわさ。わたくしの加減を慮る僕がぐるりを回っています。 
けれどもそれは杞憂というもの。すべてはこの一瞬に帰結するのですから。 
そう。辿りついた頂からわたくしはただ…こう叫ぶの。 
伏せることで他の打撃を防ぎ、効率的に組み合える仕草を整えた上で。 
 
「幾らでもお殴り遊ばせ─────とても、強く、砕けるほどに」 

きっと、苦しまないと可愛くなれないお初心さんなのですわ。 
かのお人は。…わたくしがそれを引き出してさし上げませんと。

599 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/11/05(月) 23:43:44
 
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>598

 ……ほんっと、タフな女。
 心臓に寸打を重ねられて、ヒトガタを保てるなんて。
 わたしの必殺拳―――今まで、この一撃を受けて灰にならなかった吸血鬼は
いなかった。血清を服用しているときに放てば、トラック程度の質量なら軽々
と弾き飛ばせるのに。それを、この白鬼は……。
 ああ、むかつく!

 わたしはワンインチパンチを放った余波で、ベッドから飛び降りている。
 きぃきぃと喚き立てる蝙蝠に囲まれて、今やあの寝台は白鬼の牙城に成り果
てた。迂闊に飛び込めば、またまた手込めにされる。―――分かりやすいよう
に訳すと、またまたプロレス技をかけられる。……組み技は嫌いなの。

 ブーツが踏みしめる絨毯の感触が熱い。イヤなポジションだった。
「立ち技の關公主」とまで……別に呼ばれたわけじゃないけど、とにかく立ち
技主体のわたしのスタイルを封じ込めたい意図が見え見えだ。
 深読みすれば、白鬼はわたしの攻撃をイヤがっているってコトだから、わた
しは余裕を見せるべきなのかもしれない。
 ……でも、こうして膠着状態になったとき。堪え性がないのは果たしてどっ
ちだろう。我慢できずに飛び込んじゃうのは、白鬼とわたしのどっちなの。
 一世紀や二世紀を簡単に生きちゃう吸血鬼? それとも、映画のクライマッ
クスだろうアルバイトの勤務中だろうと、行きたくなったらさっさとお花を摘
みに行っちゃうヘレン・クァンちゃん?
 
 白鬼が立ち上がったら、彼女が負ける。わたしが飛び込んだら、わたしが負
ける。……何なの、この極端化された状況は。
 面白くない。わたしに向いていない。イライラする。
 
 ―――しかも。
 ああ、こんな余計なコトばっかり考えているから!
 
 そこでわたしは初めて覚る。
 このスィートに初めて入ったとき、わたしとジプシーを歓迎してくれた、
あのルイ・ロデレール・クリスタル。なんて不覚。そうだったのね。
 あのシャンパンも、この白鬼の罠だったんだ……。
 
 彼女を強く睨み付けたまま、ぼそりと呟く。
「……ねえ」
 両脚を広げて、敵に半身を見せる少林拳の構えは解かない。
「トイレに行きたくなっちゃったんだけど」
 
 そろそろ終わりにしない?  

600 名前:シャルロット:2007/11/06(火) 00:00:08
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>599

わたくしの望むひといき、ひといきの”間”でしたの。 
ハァトの拍動。規則正しい吐息のChaining.創生のあだむ・いぶ 
…その時からの理示す原初の単位を消失したわたくしたち・・・ 
時には戯れに懐かしくなるその単位を取り戻すのは、アダムの子らの 
研ぎ澄まされた音からのみなのです。

彼女の時はとても世話しなく、不安定でいびつで。 
それがとても可愛らしくいとおしく思う様になりました。
だからなのかしら。…それでわたくし、必要以上にときめきを 
覚えてしまったのです。 
柳眉すらりとした眦を困り顔で歪ませて『用を足す』(!)────そんなお言葉に。
豪奢な居室にひとときの静寂、それは曇りの無い煌びやかな均一ある世界でしたのに・・・ 
そこにもって「お手洗い」ですって皆様! 
それでわたくし、またも覚えたイタズラ心。 
胸元に刺したままの。。。既に折れたる牡丹の花弁。 
右の手に握り締めはらはらと散らした上で指先でなぞり、ベッド・サイド・テェブルへと
それを滑らせおきました。
その上でわたくしはそのまま立ち上がり、彼女──きっとヘレンさん── 
の元へ歩をしずしずと歩を進めたのです。艶艶した表情をつくり軋む体を意図させず。 
手が出るか脚がでるか、即発の距離。そこでわたくしが一息に述べた言葉・・・それは 
(心根の真より申し上げた言葉では無いにしろ)これこれの様なものでありました。 
 ,,,,
「此処でなされば?...わたくし、歓迎いたしますわよ。 
 しゃがみ込んで寝台に楚々としたまま腰掛なさって。着衣を乱して崩れなさり…
 スウィートルームで人前にて粗相 ──かわいらしげに震えながら・・・
 しとしとと滴るその有様…。嗚呼、汚辱。やはりとてもお似合いですわ」

601 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/11/06(火) 00:06:42
 
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>600

 こ、この大鼻子〈西洋人〉……絶対有利のポジション、膠着関係を壊して
まで何を言うかと思ったら―――

 汚辱、なんて気取った言葉を吐いてるけど。肌を舐め回すような、背中に
ぞぞっと来る視線を投げつけてくる白鬼の意図ぐらい、わたしにも分かる。
 この女はただ見たいだけなんだ。汚辱とか蔑みとかじゃなくて。純粋に見
たいだけで―――。何をってそれは……言わない!

 ジプシー。
 カザフ。
 スィートルームで過ごすファンタジックな一夜。
 新宿の幻想。
 いろいろな犠牲を積み重ねた末、わたしはようやく、このドラキュリーナ
が何者なのか覚った。珍しく後悔。もっと早く気付いてれば……。
 
 本気になって損をした。
 つくづくそう思う。
 
 一歩めの震脚は無音だった。楔のように床に突き立てた左足の衝撃は、空
気の漏れることなく地面に伝播する。行き場を失った能源を奮い立たせるの
は、二歩目の踏み込み―――白鬼へと再接近する強烈な震脚。
 半回転しつつ、彼女の懐に潜り込む。腰を沈めて両脚を地にべたりと付け
る。無防備にもわたしの背中を見せつけるポジション。わたしが白鬼が背負
っているように見えるはずだ。
 裂帛の震脚は、比喩ではなく床を蹴り抜いた。蜘蛛の巣状の亀裂が、ベッド
ルームを駆け回る。沈みゆく床の最中で、わたしは叫喚とともに勁を解放。

「―――そんなことで興奮するな、バカぁぁーーーっ!!」
 
 八極拳奥義鉄山靠=\――両脚で床を蹴り抜いたことにより生じたエネ
ルギーに、勁力が掛け合わされる。一点集中の音速拳に対して、接触面が広
い鉄山靠は例えるならショットシェル。
 寸打は部位を選ばず。拳は当然、肩や背中でも相手をぶちのめせる。
 
 カザフのことなんて、もうどうでも良い。
 ジプシーの仇なんて討たなくても良い。
 この変態……セクハラ魔のど変態には、一秒でも疾くわたしの部屋から出て
いて欲しかった。鉄山靠の威力なら、きっと故郷まで帰れるに違いない。

 仏山まで飛んでいけ!

602 名前:シャルロット:2007/11/06(火) 00:13:24
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

>>601

「おほほほほ、ときめきますわね。その仕草───」 

いくらでも、お付き合いさせてもらいますわよ。 
あなたが、わたくしの前に出でても恥じらうことを覚えず…  
子犬の様な立ち振る舞いを続ける限りは。
わたくしには失われた”限りある魂”をすり減らしたりせぬ限りは。 
 
その言に───烈火の怒りに侮蔑の色。憤り迸る数多の殺気。 
 
二つに折れて (膝関節の駆動するさまをまじまじと)
背骨の軋み  (肌に通る血管の蒼さと通る神経節を脳裏に描き) 
惨めに這い  (脚から背への無駄のないラインを眺めつつの)

その威力の凄まじき。防御あたわず、強かに打たれに打たれて吐息も絶え絶え。
寝室より放り出され、護謨鞠よろしくはじけて飛ばされたのでございます。 
今の有様。わたくしは鍔関節がこわれ、きっと腹部に裂傷も生じているのでしょう。 
彼女には今のわたくしはどれほどにか醜く、情けない物に思えたことでしょう。
それでも今のわたくしはマリアの様に微笑んでおりました。 
先に無粋な剣で貫かれた折──あの怒りを覚えた頃合よりも余程の深手で
あったにも関わらず。


大窓の際に仁王立ちに立ち尽くして、今の情熱すべてを溶かしつくしてあくまで優美に立つ
わたくし。 
この場を正しく辞す為に、血みどろのスカァトひとつ…ひらりと摘んで、そして一礼。
”ああさよおなら、左様なら。”
もしも、あなたが時の永きを畏れ、暗きを求め───身に降りかかる絶望を
曝け出しその身体に穿たれた様に浮かべるようになるまえに! 
どうせ直ぐにお会いする事になりますもの。そう思えばこその微笑みひとつ… 
あなたに残して嗚呼左様なら。
落下。わたくしは大地に吸い込まれ、宵闇の底へと下り果てました。  
                 *
                 *
                 *  
大きく広げられた窓。乱れた調度に逆巻くビル風。  
そこに乗って───届け、恋文に紡がれた忘れ去られざる想いの形よ! 
...届かなくてもわたくしはちっとも困りませんけれど。 
暇がほんの少しだけ増える事…そして受身の殿方が一人、わたくしの手元に舞い込むだけで。 

603 名前:シャルロット:2007/11/06(火) 22:49:18
ベッドサイドに置いた薄紅色の花弁。残された緋文字。
そこに記されていたのはこれこれの言葉だったのです。

「これは恋文。ヘレン・クァンに捧げられた思いの丈を綴ったもの。 
 ”わたくしの恋の思いを受け入れられる”なら、是非いらしてくださいまし。
  ゲストには親愛なるカザフ王子もお招きいたしますのよ。 
  汚辱を込めて 名無しのシャルロット(以下住居たる洞穴の所在地───)」

604 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/11/06(火) 23:14:26
 
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

結尾部分[1/3]

>>602>>603


 残心の吐息を吐き捨ててから、構えを解く。
 砕けた窓から地上を眺めたりはしない。生きていたって死んでいたって、
わたしには関係ない。あの白鬼は金輪際、関わり合いになりたくなかった。
 そもそも日本に来たのが間違いだったんだ。
 反吸血鬼同盟の加盟者には、それぞれ「領地」が定められる。わたし達の
戦場は香港界隈。日本での狩りはあくまでアルバイト。
 ジプシーの口車に乗って、「日本上陸!」なんてはしゃいでいた三日前の
自分が恥ずかしかった。日本なんて大っ嫌い。
 
「……終わった?」

 わたしがベッドルームで荷物を整えていると、廊下から相棒がひょっこり顔
を覗かせた。ぴょんと跳ね上がって「我回来了(ただいま)」と笑う。
 わたしは金剛拳のように頑なに無視。醒めきった視線でジプシーを射貫いて、
「今更何しに来たの?」と無言で尋問する。
 彼女が着るコットン地のテーラードジャケットには汚れ一つ無い。蝙蝠の波
濤に押されて呆気なく落下したあの惨劇の結果―――猿のように身軽なジプシ
ーには、あまり効果が無かったみたいだ。
 別にいいけど。初めから心配なんてしてないけど。それより気に入らないの
は、無傷で助かっていた癖に、わたしと白鬼の闘劇が終わったのを確認してか
ら部屋に戻ってきたことだ。―――それが相棒の取る行為なの?
 
「だってヘレン、本気で怒ってるんだもん」
 甘えた声で言い訳を紡ぐジプシー・チャン二十歳。わたしより二つ上。
「ああ言うときに近寄ると、わたしまで怪我しちゃう」

「シー、シー。どうせわたしは猟奇的よ」

 白鬼が床に投げ捨てた柳葉刀を広うと、血と脂を拭ってから鞘に納めた。
乱暴にカーゴバッグに投げ込み、ジッパーを閉める。
 廊下に散らばっている飛刀も回収。傍から見ると情けない光景だけど、うち
のチームはお金持ちじゃないんだし、銀メッキの飛刀も安い買い物じゃないん
だから、使い捨てになんてできない。
 ついでにプライベート・バーから、破壊をうまく逃れたワインを三本ぐらい
失敬する。どれが高価かなんて分からないから、手当たり次第だ。

「何してんの」と呑気なジプシー。わたしの帰り支度をぼーっと眺めている。
「帰る」
「どこに?」
「香港」
「……チェックアウトは?」
「したければ、すれば」

 もちろん、わたしはしない。超一流ホテルのルームメーカーでも、この部屋
の惨状を許容できるとは思えないから。だったら黙ってお帰りコースが一番。
 ホテルのスタッフが駆けつけた時には、わたしはマスタングのエンジンを吹
かして弾丸のように東京から離れていくってワケ。

605 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/11/06(火) 23:14:54
 

結尾部分[2/3]

>>604

 ジプシーはわたしの言葉に何を感じたのか、指を顎に当てて数秒だけ考え込
んだ。「んー」と唸った直後に、表情が晴れ渡る。「わたしも帰ろっと」
 好きにすれば? ―――ていうか、わたしは車の運転できないから、ジプシ
ーも一緒に帰るのは当たり前。

「……ねえ、でもさ。帰るのは良いんだけど、これはどうするの?」
 
 ジプシーはそう言うと、牡丹の花弁を指先でつまんでひらひらと降った。
 ちっ―――と、聞こえないように舌打ち。せっかく気付かなかった振りをし
たのに、ほんとにジプシーってばどうでも良いところで敏い。
 あんな遺言状、読みたくないし。関わりたくもない。

「どうしよう、ヘレン!」
 花弁の手紙に目を通した相棒が喚く。
 わたしは軽く溜息。
「なによ? わたしは帰りたいのに」
「でも、あの白鬼女の名前―――シャルロットって云うみたいだよ。ヘレン
じゃないじゃん。サイテーの大嘘つき!」
「……それだけ?」
「ああ、あとカザフが連れて行かれたみたい」
「あ、そう」
 
 どうせ三日もすれば戻ってくる。それよりわたしは、早く自分の家のベッド
で故郷の臭いを胸いっぱいに吸い込みたかった。やっぱり香港が最高だ。
 カザフももちろん好きだけど、愛しているけど、女の子ってその時々によっ
て優先順位が変わるんだ。今はカザフより故郷に愛心を求めてるの。

「そんなの駄目!」
 ジプシーは相変わらずわたしの意見を聞こうともしない。
「助けないと。絶対に助けるべき」
「……別にカザフはジプシーの彼氏じゃないよ」
 そんなの知ってるわよ、と相棒は鼻を鳴らす。「でも、カザフがいないと
来週のイベントはどうなるの? 彼が主催者なんだから」

 来週のイベント? 確か、カザフのかつての社交界の友好関係を利用して、
合コンを開かせるとか何とかジプシーが息巻いていたのは覚えている。
 ……この女、大哥を愛していたんじゃなかったの。ううん、それよりカザフ
の友人なんてヴァンパイアしかいないんだから、どういう連中が集まってくる
か分かりそうなものなのに―――。
 ヴァンパイアとハンターの合コンなんて、漫談にもならない。

「そんなに助けたければ、ジプシーが一人で助ければ? 『歩く魔導書』の
ジプシーちゃんなら、そんなに難しいことじゃないでしょ。……それに、ジ
プシーは今夜は全然働いてないんだから、体力だって余っているはずだし」

 わたしは香港に帰るの。
 マスタングに乗れないなら、タクシーでもヒッチハイクでもすればいい。
 走って飛行場まで……いや、泳いで香港島まで帰ったって構わない。

606 名前:ヘレン・クァン ◆twinsTLaE6 :2007/11/06(火) 23:15:16
 
結尾部分[3/3]

>>604>>605

「で、でも……」
 ジプシーの声が途端に細くなる。
「この花弁のお手紙、ヘレン宛なんだよ? 私だけで行っても、すっごく白け
ると思うなー。だいたい、私はシャルロットさんと朋友じゃないしぃ……」

「わたしも朋友じゃない!」
 
 そこだけは断固否定する。

「ヘレン、愿望(お願い)!」
 相棒がスタジャンの裾を引っ張ってくる。彼女の馬鹿力で引っ張られると型
が崩れるのに。
「また私の奢りで遊びに連れて行ってあげるから」
「遠慮するわ。もうわたしは香港から一生出るつもりないから」
「でも、今度はエーゲ海だよ。地中海の宝石、サファイヤの海面に、象牙色の
町並み―――ヘレンちゃんに一番似合う場所なの」
「……」

 エーゲ海、かぁ。ヨーロッパって、ヴァンパイアが巣食っているイメージが
あるけど、さすがに海にまでは生息していないよね。タンクトップ姿の吸血鬼
なんて見たくないもの。―――まぁ悪くは無かった。

「……クルージング付き一週間」
 ぼそりと呟く。
「わたしを破産させる気?! 二泊三日の片泊まり」
「北京に出張するんじゃないんだから。それじゃあ飛行機で行って帰って終わ
りになっちゃうよ。―――五泊六日。クルージング付きでギリシャ観光アリ」
「……ぜんぜん妥協してない?!」
「じゃあ帰る。死ぬまで香港に引きこもる」

 折れたのは当然ジプシーだった。「シー、シー」と頷いた。好きにして良い
よ、とまで言う。……そこまで合コンがしたいわけ? いつまでも死んだ大哥
のことを忘れられない癖に。よく分からないバイタリティ。
 でも、契約が結ばれたことに代わりはないんだから。 
 ―――わたしも頑張らないと。

「そうね」
 振り返って、ジプシーの手を取る。
「カザフがわたし達を待ってる。彼は確かにわたしのアイレンだけど、同じ
チームの仲間でもあるんだから……絶対に助けないと」
「取引成功! 全ては友情のために」
 ジプシーも応じて、堅く握手を結んだ。

 ―――あの白鬼ともう一度会うなんて、考えただけで鳥肌が立つけれど。

 真っ白なビーチに打ち寄せる波の囁きが、わたしを惑わして惑わして胸を
高鳴らせるんだからしょうがない。……今夜だけは愛と友情のために。  

607 名前:シフォン:2007/11/06(火) 23:39:00
>>604>>605>>606
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの―― 
 
  王子の関係者たる二人がたどり着いた洞穴、そこには数十人の男達と───そして 
怒相を隠さず喚き散らす婦女子たち、その数同じく数十人が所狭しと
蠢いていた。 
 
ある者は腰より高い位置にあるヒップを振り乱し、またある者は腰までの黒髪を 
いらだたしげに手で透き通して喚き散らす。
だが、姿かたち血液、人種、年齢容姿服装、一つとして同じところのない
彼らをして、それでいて異句同音に口にした言葉といったら 

「シャルロットは何処?」 
 
呆れるにも程がある。
 奥行きにして数百米、広さも粗同じくらい。拡幅に拡幅を繰り返したこの洞穴も 
これほどの人数が入ることなんて断じて想定していない。
吸血鬼である私たちだけれど、快・不快の感性はHuman-Beingと大差ない。 
湿度が上がりやすいこの場所での密集状態に陥った原因をつくった女の名前を
呼ぶ彼女・彼らの言は少々腹に据えかねるものがあるにしても、同じ境遇に
陥ってる私としては、少しでも不快さを取り除く用意として、カザフ王子と共に 
涼しげな果実酒などを振舞って心の底からの同情の念を顔に浮かべるのも悪くない。

と、いよいよその時轟音が響く。岩肌の一枚一枚が唸りをあげて崩れて爆ぜる。 

関係者の2人組はこの国の女なのだろうか。堂々としたものだ。 
少しの釣り目を更に吊り上げ、きーきー喚き”金髪の変態を出せ”などと煩いこと
この上ない。岩肌を殴り、傷つけまくるるので舞い散るほこりが実に迷惑だ。

そこで高めの見物に至ろうと思っていた女吸血鬼──私ことシフォンは溜息混じりに指を一つ、 
壁際のボタンを優しく押し込んだ。私はシャルロットの”よく言えば”鷹揚さ…悪く言うと 
後先考えない行動──に何時も苛立ちを覚えていた。 
ボタンの一つ、指先一つで音が流れ、案の定彼女──ここの主であるシャルロット──カールの
かかったブロンドの髪・吸血鬼然としたファッションを変えぬ事が矜持の女が飛び出してきた。 
これまでの喧騒に見向きもしなかった彼女が、韓国ドラマのOP音を流すという単調な作業だけで
操れるのだから一層腹立たしい。

更に悪いことに、彼女には悪びれるなどという言葉が先天的に欠如している節があるのだ。 
私の危惧どおり、彼女はこんな風に人と吸血鬼諸兄数十人に対してこんな風に言い放つ。 
幸も不幸も…それが本音か否かは誰も気にしないというのも何時もどおりのことだけれど。
 
「あら?アジアンビューティーのお二人、どなただったかしら? 
 おほほほほ、まぁよくってよ。精々楽しんでらして。私の彼のおごりでしてよ」


608 名前:シフォン:2007/11/06(火) 23:42:53
>>607
…本気で覚えていないのだろうか。流石の私も、当然当事者の王子も笑いが乾き果てていく。
世界は殺気立ち、この数十年繰り広げられてきた…何時も通りの喧騒が辺りを包む。 
王子を口車で乗せて作り上げた簡易パーティーの会場が、強盗にあったファミリーレストランの様に
入り口から奥の順序で荒れ果てていく。 
小さき少女──ミルフィーユは3秒で”大好き”なシャルお姉さまのコトすら
忘れた様に逃げふためき…手にしていたホットミルクを手放さずにオタオタし、しまいには転んで零して
顔中体中が真っ白になっている。アンゴラの空色カットソーも台無しだ。 
ブラウニーは褐色の肌をそれと分る位に青ざめさせて、何時もの事なのに立ち居地が定まらず
奥の部屋へと出たり入ったり。ああ、ガレットは普段対立を強めているくせにこういうときは従順なもの。 
抜き身のレイピアを手に加勢の準備…よくやりますこと。
私はフリルデニムのジャケットを脱ぎ捨てて───そしてただ一言こう呟いたのみ。 

「通販雑誌のサイズ番号表───表示、いい加減じゃない?…抗議の電話かけてやろうかしら」 

けれど、ここはとても煩くて電話越しには満足に話せない世界。  
リボンを胸元にあしらったヒロイックなワンピースを堂々と着こなして…男を奪われた女どもを 
罵倒するシャルロットには、(聞きはしないだろうけれど)こう言わずにはいられなかった。 

「ディナーの時間までには終らせて頂きたいわ」 

彼女の持ってくるサプライズ。それは何時も人間じみていてとても夜族には似つかわしくない。 
煩く、泥臭く、大衆的だ。けれどそんな汚辱にも似たサプライズの奥にある虚無感を知るのは
きっと私だけ。永遠を死にながら永らえる私たちの『死に恥』。死して腐り果てて直ぐに消える
のにも関わらず正義を気取る人間の『生き恥』という汚辱。その重さにシャルロットが飽きた時に
こそ…きっと私たちは人を狩り漁るだけの吸血種に成り下がるのだ。  
あるいは既にその虚無にとりつかれつつあるのではないだろうか。この女は。 
しかしそんなことは今の私にはどうでもよく。真心のない喧騒というプレゼントを尻目に”おくつき”の
寝所へと足を運び、眠りについた。心の奥底で、起きた時分に同じような喧騒がまだ、続いている事を、期待して。

(Fin〜)


609 名前:◆twinsTLaE6 :2007/11/07(水) 21:12:54
 
ヘレンvsシャルロット ――シャルロットのおくりもの――

闘争レス番まとめ

Prologue[序言]
>>556>>557>>558

Battle[遊戯]
>>559>>560>>561>>562>>563>>564>>565>>566
>>567>>568>>569>>570>>571>>572>>573>>574
>>575>>576>>577>>578>>579>>580>>581>>582
>>583>>584>>585>>586>>587>>588>>589>>590
>>591>>592>>593>>594>>595>>596>>597>>598
>>599>>600>>601>>602>>603>>604>>605>>606

Epilog[結尾]
>>607>>608

610 名前:システムアナウンス ★:2007/12/02(日) 00:47:41

陰で語られなかった物語を今語ろう

吸血大殲 森祭 Reverse

再演!


■開催期間

優雅に…よりしなやかに…すみやかに

■ルール・状況・ストーリー

吸血大殲 森祭本編に準じる。
ルール等は関連リンクの森祭本スレを読む事。

但、ストーリー関係闘争は終了。
本森祭の状況を利用した闘争が今回のコンセプトである。

*補足
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1194869287/2

状況のパターンは2つあり。
森化している状態(状況1)と終盤の森化が解けている状態(状態2)。
どちらの状況で戦うかは闘争者の自由。
関連リンク(各スレのルールをしっかり読む事)

■関連リンク

>終了した本スレはこちら
吸血大殲 外伝 森祭
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1194869287/

>参加表明はこちら

吸血大殲 外伝 森祭 参戦表明スレ
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1194869526/

>闘争の具体的打ち合わせはこちら

吸血大殲森祭Reverse会議スレッド
http://charaneta.just-size.net/bbs/test/read.cgi/ikkokuRH/1196419502/

>総本部・観戦スレはこちら

吸血大殲/陰[散―trois―]茜射す空の彼方はまほろば
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1178895270/

>削除。修正依頼は一刻館の管理スレにて


611 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:15:59








 第一幕 遍歴する騎士の末孫は病める主君を癒さんと女王の国の土を踏む


◇登場人物紹介


  青年の機密局員  ――――― フランス「王の機密局」の局員。飄々とした態度を取っているが、
                 その実、ものの深みを見定める評論家と自らを任じている。


  壮齢の機密局員  ――――― フランス「王の機密局」の局員。極端な愛国主義者で、英国を憎んでいる。
                 《森災》に際して英国に援助を求めるも、内心はまるで気乗りしていない。


  女局長  ――――――――― 英国王立国教騎士団の女局長。
                 凛然とした態度と隙のないしこなしゆえに、その真意を測ることは難しい。



          ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


   【Third Apparition 】
   Be lion-mettled, proud; and take no care Who chafes, who frets, or where conspirers are:
   Macbeth shall never vanquish'd be until Great Birnam wood to high Dunsinane hill Shall
   come against him.

   (Descends)

   【MACBETH】
   That will never be Who can impress the forest, bid the tree Unfix his earth-bound root?
   Sweet bodements! good! Rebellion's head, rise never till the wood Of Birnam rise,
   and our high-placed Macbeth Shall live the lease of nature, pay his breath To time and mortal
   custom.
   Yet my heart Throbs to know one thing: tell me, if your art Can tell so much:
   shall Banquo's issue ever Reign in this kingdom?
            

                            ――――《MACBETH》/William Shakespeare.

          ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


612 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:16:37



■第一場―――倫敦、ウエストエンド


  雑踏の音。
  壮齢の機密局員の登場。
  それに付き従うようにして、青年機密局員登場。


壮齢の機密局員   なんと嘆かわしい事だろう!
          聖堂の京、セーヌの誉れ、野鳩集えるルーアンの街の程近くに
          得体の知れぬ超常の敵が姿を現したというのに、
          我々はそこに馳せ参じることができぬ。
          我々は―――我々はどこにいる?

          巴里の青き空は? 猛き凱旋門の眺望は?
          ゆかしい笑い声たえぬグラン・プールヴァールの雑踏は?
          今、この目に見えるものは、暗い空、風景を煙らせるわずらわしい霧雨、
          誰も彼もが気難しい顔で渡り歩く陰湿な街路ばかり。

          ああ、倫敦!
          我々は今、倫敦にいる!


青年の機密局員   血肉にひとしい祖国の土を、得体の知れぬ魔物に荒らされ、
          千々に乱れていまだ収まらぬ心中、及ばずながらもお察しいたします。
          しかし、祖国フランスが火急の危機に際しているからこそ、
          我々は英国王立騎士団へと助けを請いに来たのです。

          かの森に対し、刃を揮い、槍衾を組み上げて挑んだ所でどうなると云うのでしょう。
          ゆえに、我々はここに居る。刃ではなく、
          弁舌でもって救国を成す為に。


壮齢の機密局員   救国だと。お前は今、救国と言ったか。


青年の機密局員   はい。かけらも違わず、そう申し上げました。


壮齢の機密局員   英国に対し、仇敵に対し、七百年の永きに渡り角突き合わせた相手に対し、
          女の様に助けを請うことを、お前は救国と呼ぶのか!
          そもそも元を質せば、英国はフランスより出でて育った
          フランスの長子に他ならぬ―――親に拳をつきつける、とびきり出来の悪い長子だが!

          ゆえに本来、祖国急時の一声で、英国の兵隊どもはフランスまで駆けつけるべきだ。
          鹿のようにドーヴァーを飛び越え、草原を這いずり、
          セーヌの岸辺に踵を並べ、我が身を捨ててかの街を救うべきだ。

          そうしてフランスの為に命を散らし、モンパルナスに骨を埋めれば、
          裏切りと欺瞞とで穢れた英国人の血も、わずかながら清やけきものとなろう。


青年の機密局員   (傍白)―――しかし、無用な誇りほどの欺瞞があろうか?
              祖国の急時にいらぬ矜持を振りかざし、他国の兵を自国の奴隷と化さしめようと
              するような。

          恐れながら、すでに手段を選べる状況ではないかと。


壮齢の機密局員   ゆえに英国人に媚びるというのか?
          それは罪に媚びるということだ。


青年の機密局員   (傍白)―――滅び去るよりましではないか。

          こう考えれば如何でしょうか。
          すなわち、勘当した息子に対し助けを請おうと、
          我がフランスの誇りにおいては、寸毫の瑕疵も付くものではないと。

          顔を洗おうと頭を垂れることに、屈辱を感じるものがいましょうか? また、
          靴を履きかえようと膝を突くことに、憤りを感じるものがありましょうか。
          もはや英国人は路傍の石に同じ。
          轍に、草むらに、行きかう雲の影に同じものでございます。

          英国人と相対するにあたり、丁重な挨拶、まめまめしい世辞は必要であっても、
          誠実な魂、実直な内心は、もはや必要ではないのです。




613 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:17:17




壮齢の機密局員   なるほど、たとえ此方が頭を下げようが、
          英国人ごときにフランスの矜持を云々する権能は、確かにないな。
          そいつは面白い考えだ! 我々はこれから、
          外面だけは巧く取り繕って、雇い主にへりくだる働き手を演じつつも、
          心中においては何の忠義もなく―――つまりは英国人を相手に一芝居打とうという訳だな。


青年の秘密局員   演劇を国民文化と考える相手を、だましおおすのは痛快でしょうね。
          もっとも、元より世界一の劇作家はもとよりシェイクスピアではなく―――。
          

壮齢の機密局員   ラシーヌというわけか。
          ふん、お前もなかなか趣味がいいな。

          それにしても、考えてみればいつもそうではないか。亭主気取りの奴隷、王様気取りの賤民、
          それが英国だ。世界の工場長を気取っていても、一山いくらの針子に過ぎぬ、
          わずかながらも老いさらばえれば、誰も彼もから暇を告げられ、
          娼婦や乞食と並び立ち、日がな一日テムズを眺め、省みられず死んで行く。
          まったくもって似合いの末路だ。


青年の秘密局員   その通りでございます。おや、噂をすれば―――。



614 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:18:03



  国教騎士団の女局長登場。

          
女局長       約した時刻を僅かながら遅れ、煩わしい思いをさせてしまったことをまずは謝罪する。


壮齢の機密局員   これはこれはヘルシング卿、風聞に違わずうつくしきかんばせ。
          その肌は、処女雪よりも尚白く―――。


女局長       生憎と真っ黒だ。ムーア人のようにな。


壮齢の機密局員   これは失礼を。
          しかし煌くその髪は、金雀枝のごとくに褪ましえず―――。


女局長       脂で煤けたこの髪が? なるほど、文化の粋を極めたフランス人にあっては、
          実直にすぎる我らには、理解に難い美的感覚をお持ちのようだ。
          しかしながら、洗練されたその感覚が、
          ときに己が眼をだますことも有り得よう。
          黒い肌、強い髪、とりつくしまも無い銀縁眼鏡、逆さに振っても愛嬌は出ない。
          私はそういう女だ。

          今後、まかり間違っても、私をアキテーヌの女君に見立て、
          トゥルバドールもさながらの美辞麗句で以って、口説き落とそうなどとは企てぬように。
          そういう行為は、いたずらに時間を浪費するだけだから。


壮齢の機密局員   (傍白)―――どこまでも思い上がった気取り屋め。


青年の機密局員   (傍白)―――これがヘルシングの女主人か。
              いくさ人としても無愛想が過ぎるが、わが上官殿よりは有能と見た。


女局長       重ねて申し上げる。私は時間の浪費が何よりもきらいだ。
          どういう由縁でここへ来られたのか、なるべく早く仰られよ。



615 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:18:15



壮齢の機密局員   お待ちください、おちこちに人溢れ、千の耳が犇くこの場において、
          秘めやかにあるべき、国家の急事を話すことなど!
          

女局長       私たちのところに引きずり出される話題ならば、
          それがどんなものであれ、余人に受け入れられるものではない。
          群集の耳は醜聞にばかり敏感で、
          世界の心臓に迫るような言葉は、たやすく取りこぼす。

          よしんば誰かが私たちの会話を聞きつけたところで、
          とても真実だとは思うまい。
          ロマン派式の怪奇譚と受け取るか、娯楽小説の構想と勘違いするか、
          さもなくば狂人の繰言と思い込むかと云った按配だろう。
          

壮齢の機密局員   しかしながら、我々の願いは少々勝手が過ぎ、
          その無礼を埋め合わせるためにも―――


女局長       構わぬ。仰られよ。


壮齢の機密局員   それは何というか―――我が方の礼儀にも悖(もと)り。


青年の機密局員   (傍白)―――何をぐずぐず言っている、この内弁慶め。
          フランスの広きを一歩と離れれば、女相手にものも云えないのか。


女局長       床屋びたりの愚図どもめ、三度も云わねば判らんのか。
          私は時間の浪費が何よりも嫌いなのだ。
          貴様らが云わぬのなら、私が云ってやる。貴様らの祖国でいくさが起こっているのだろう。
          それも不得要領の、奇怪窮まる魔物たちとの。

          規則正しい時計の針ですら、いまや悠然と流れることをやめ、
          落花狼藉の騒乱のただなかにある。
          案山子のように突っ立っていた人たちですら、我が身大事と逃げ惑う。

          もはや昨日と同じ明日が来るなどとは思うな―――命を賭した戦いなくしては。
          彼方を見よ。重々しく迫り来る《森》がある。
          此方を見よ。守るべき街並みがある。
          あなたがたの祖国が際している現状とは、このようなものではなかったのか。



616 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:18:39



壮齢の機密局員   知っていたのか!


青年の機密局員   侮りがたい女だ。


女局長       イングランドを島国だとでも思ったか。
          中世ならばいざ知らず、今日にあっては隣国の急時など、
          耳を塞いでいても聞こえてくる。
          きのうの夕餉を平らげる頃には、どのような代物が、どのような強度で以って、
          どのような街を攻め落とそうとしているか、仔細に至るまで知悉していたが。


壮齢の機密局員   では、昨日は何をしていたのだ?
          夜を徹して軍を進め、セーヌのほとりに駆けつけるべきではなかったか?
       
   
女局長       酒の肴と楽しむには、剣呑に過ぎる騒ぎだったが、
          それでも所詮は隣家の騒ぎ。
          月が中天に懸かる頃には床につき、
          空が白むまでは眠っていた。


壮齢の機密局員   何ともはや! 他に云うべき事は無いのか!


女局長       娼婦のごとくにしなを作って、申し訳ないとでも云えば満足か?
          馬鹿馬鹿しい、貴様らは誰を相手にしているつもりだ。
          口を開けば世辞ばかり、訳を質せばしどろもどろ。
          ようやく話が本題に入ったと思ったら、今度は丁々発止の議論合戦をご所望か。

          弁舌を揮う前に、まず刃を揮え。
          槍衾を組み上げ、かの《森》のどことも知れぬ喉元めがけて駆け馳せろ。

          自前の癌は自前の包丁で切り落とすべきだ。そうだろう?
          さすれば、事柄はただフランス一国のみの便益と留まり、
          我ら英国は、なにごともない。
          

青年の機密局員   (傍白)―――不遜も極まれば格好の付くものだな!
              成る程、我らはヘルシングを侮っていたのかも知れない!


壮齢の機密局員   貴様は先ほど云ったはずだ。
          イングランドはもはや、島国ではないと。


女局長       かけらも違わず、そう云った。
          あなたの腐った耳に届くとは思わなかったが。


壮齢の機密局員   なるほどお説ごもっとも、イングランドは最早島国ではない。
          今や世界の裏側に至るまで、政治と経済、
          思想と通貨とが利益の網を張り巡らされている。
          ―――しかしその段で行けば、こたびの騒ぎはあなたがたに取っても
          ろくなものには、ならないのではないかね。


女局長       貴様は何を勘違いしている?
          そもそものはじめから、まつりごとや小金回しの話など誰もしておらぬ。

          英仏二国のお偉方、雁首そろえて円卓会議、誰もが誰もをやり込めようと、
          喧々諤々、あたら百家争鳴のてい、そんな具合に洒落込む前に、
          まずは我らが考えるべきことがあるだろう。

          すなわち、プロテスタントの尖兵が、カトリック国の長姉に問うている。
          なぜ、我々が、貴方たちの手助けをせねばならぬのかと。


617 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:19:07



壮齢の機密局員   それは―――ええい、近さのためだ、至極簡単な理由だ。
          アルプスを越えて法王庁に駆け込むよりは、
          ドーヴァーを越えてヘルシングに駆け込むほうが手間も要らぬ。

          さき程お前が云ったように、事はもはや一刻を争う。
          瑣末な信念の違いはこの際棚に上げ、ここは貴様ら英国と
          手を組んでおこうと考えた次第だ―――。


女局長       話にならん。


壮齢の機密局員   私とて、好きで援助を請いに来たわけではない!
          命令だからだ。そうしろとフランスが命じたからだ。
          そうでなければ、誰がこんなにも陰鬱な国に足を運ぶものか。


女局長       わたくしは、自らの意思でここに立っているわけではありません。
          そう申し開きがしたい訳か。余計に悪い。


壮齢の機密局員   刃で片付くのならそうしたい。
          槍衾で、銃火で、砲弾で片が付くというのなら、とっくの昔にそうしている。

          しかし、ただそうして片が付くのは、我が命に対してだけだ。
          他所に援軍を頼まずに単身いくさを挑んでも、
          自負心と誇りのみを満たし、役にも立たず死んで行くのみ。


女局長       ならば、そうしろ。


壮齢の機密局員   ユピテルにかけて、たのむ。


女局長       ジュノにかけて、ならん。


壮齢の機密局員   どこまでも頑是ない女だ、さび付いた鍵穴のように
          どんな言葉を投げかけても、こちらの意を汲もうとはしない。
          この女と話をするくらいであれば、
          あがりを迎えた老女に股を開かせるほうが、なおも容易い。

          しかし調子に乗るなよ、ヘルシングの女武者め。
          奇しくも貴様が云ったように、
          刃で揮ってことを済ますことも出きるのだ。
          もっともその場合、刃の尖先を向けるのは祖国に蔓延る化け物にではなく、
          私の目の前に蔓延る傲慢、つまり、貴様にだ。

          礼儀しらずとは云え相手は女、
          穏便に済ましてやる段も、無いではなかったのだ。
          しかし、礼儀ばかりか道理も知らず、筋も埒もない相手ときては、
          誇りを知る我々としても、これはもう埒を明けるには、埒を越える他はなかろう。

          やい女、救援を寄越せ。
          さもなくば、フランスを敵に回す事となるぞ。


618 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:19:54



女局長       それは英国に、倫敦に、ヘルシングに
          フランス機密局が戦争を吹っかけたという解釈で構わないのか。
          そうだとしたら、もはや貴様を生きては返さぬ。
          
          私の手許を見るなよ。そこには拳銃がぶら下がっている。
          そこに目線を飛ばした途端、お前のこめかみに穴が開く。
          脳天(クラウン)から脳漿(クラウン)が飛び出して、
          薄くなった頭を綺麗に飾ってくれるだろう。まったく道化ている。似合いの馬鹿馬鹿しさだ。
          

壮齢の機密局員   なんと剣呑な女だ!


女局長       日和るよりはましだろう。


青年の機密局員   (前へと歩み出て)―――少し宜しいでしょうか、ヘルシングの局長殿。


女局長       なんだ? そう云えばお前は
          先程からひとことも喋っていなかったな。

          一連のやりとりを聞きながら、批評家よろしく文句の付け方を考えていると云ったていで、
          一歩退き、なにやら思案に耽っている様子だった。

          
青年の機密局員   さすがのご慧眼、まったくもってその通りです。
          
          と云うのも先程からの一連の会話、はたから聞けばまるでちぐはぐで、
          成り行きが進むにつれて胡乱になっていくばかり、
          議論にも口喧嘩にもなりきれず、
          次第は込み入り、状況は右往左往、あゆむ運びは千鳥足、
          云うなれば「会議はもがく、されど踊らず」、惑乱至極のていでありましたから。
          
          もっとも、その惑乱の多くの責は
          わが上官殿にもとめられる所のものですが。


壮齢の機密局員   何だと。
          青二才が私を笑いものにする気か。


青年の機密局員   私が何もせずとも、すでにあなたは笑いものでしょう。
          あなた一人を参考に、フランスの全てを推察されては、
          諧謔に富む英国のひとびとは、たちまちにフランスを道化と堕さしめる。
          

女局長       間抜けな同胞と己は違うといった口ぶりだな。
          ならば、お前は喜劇に堕さずして
          我らヘルシングに援助を乞う一幕を演じきる自信があるというのか?


619 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:20:27



青年の機密局員   それは無理でしょう。
          と言うのも、この一幕には、
          未だ貴方がたの耳には入っていない登場人物が居る。
          いかにも大時代、古色蒼然、時代錯誤のきわみとも云うべき人物が。

          そして、なおも喜劇じみたことに、その者の介在によって、
          英国にはかかずらう謂われも無いはずの事柄が、
          たちまち貴女がたにもゆかり深く、抜き差しならぬものへと様変わりする。


女局長       それは、教理の問題か。


青年の機密局員   もちろん、教理の問題でもあります。歴史の問題でもありますが。


女局長       ならばそれは、我ら英国の由縁の問題か。


青年の機密局員   もちろん、英仏二国の、由縁の問題でもあります。


女局長       つまりそれは、誇りの問題か。


青年の機密局員   その通り。論の尽きるところ、誇りの問題です。


女局長       成る程、では、未だ語られていない登場人物とは何者か。


青年の機密局員   ―――先日、我らフランス機密局が保管していた、
          聖女カトリーヌの剣の、レプリカが消失しました。


女局長       どういう事だ?


青年の機密局員   おそらくは何者かが、より真物に近いカトリーヌの剣のレプリカ、
          およびはそっくり本物、聖女カトリーヌの剣を召還したのでしょう。
          なれば、魔術を司る詩法の美学によって、
          より拙劣なレプリカが抹消されるのは、当然の理。



620 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:20:58



女局長       ―――待て。聖女カトリーヌの、聖女カトリーヌの剣だと。


青年の機密局員   そうです。


女局長       トゥレーヌの、聖女カトリーヌ教会の裏墓地の。


青年の機密局員   そうです。


女局長       古い剣の山の中にあって、ひときわ輝く逸物―――。


青年の機密局員   そうです。


女局長       刃の両面に、百合の花の紋章を刻んだ。


青年の機密局員   その通り、それぞれ五輪の白百合の花を刻んだ―――。


女局長       ―――オルレアンを打ち破り、ランスまで切り上げた
          ラ・ピュセルの御剣か! 成る程、先程のお前の云わんとしていた所が、
          どうやら心中に落ち着いた。
          これは確かに他人事ではないな。相手がかのジャンヌ=ダルクならば、
          この私が直々に出向いて、細切れになるまで打ち据えてやりたいものだ。


青年の機密局員   その辺りはご随意に。
          我々はひとえに、かの《森》の討伐をお手伝いしていただきたいだけ。


壮齢の機密局員   (傍白)ああ、これだけは云いたくなかったのだ!
              このことで英国は我らを助けるにせよ、
              好意ではなく、悪意から動く。

              我らフランスを呑まんとするラ・ピュセルと森を、
              これぞフランスと見定めて叩き伏せる。
              フランスを打ち倒すためにフランスを助ける矛盾は、
              英国のみならず、我が方にもよからぬ結末をもたらすに違いない。
          

621 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:21:33



女局長       成る程、成る程。
          これは我々がかかずらうべき当然至極の道理。
          もはや事態はあなた方のものではない。私たちのものだ。
          あなた方の被害も、あなた方の困惑も、いまや私たちのものだ。

          六百年も前の怨恨が世界の箍を震わせて、
          四百年も前の戯曲がこの世の理を書き換えていく。
          しかしながらフランスよ、ヘンリー六世は、ウィリアム=シェイクスピアは、
          いずれも我々のものだ、我々の至宝だ。
          こんなに素晴らしい祝祭を、どこの誰が、どんな権限でもって我々から盗み取り、
          ノルマンディーぐんだりの田舎町で起こしているのだ。


青年の機密局員   (傍白)―――やはりこうでなくては。
              ジャンヌ=ダルクの名前は、オルレアンの屈辱の記憶は、
              熱酒のように英国人の血潮を駆り立てる。
              
              我々は永遠の仇同士だ。
              信じあうときも、愛し合うときも、褥を交わすそのときでさえ、
              きっと英国人とフランス人は、殺しあうようにそうするのだ。
              ゆえに我々の間には真実の絆がある。
              
              さあ英国の女武者め、心任せの恣意専横でもって海を越えよ。
              そうしてルーアンの傍に打ち立てられた、
              ジャンヌ=ダルクの偶像を破壊するのだ。

              焼き写しのように繰り返される六百年前の幻想を叩き据えよ。
              黴の生えたウィリアム=シェイクスピアの習作を射ち墜とせ。
              かの森を焼き払い、三文芝居の幕を引き、
              ついでに厄介な騒動の残骸は、まるごと持ち帰ってくれればありがたい。

           (相手のほうに向き直り)心は決まりましたか、ヘルシング卿。


女局長        心? 心ならばすでに、ドーヴァーを越えている。
           
           最早ためらう余地は無い。
           誰が、なぜかの《森》を呼び出したのかは与り知らんが、
           それを斟酌してやる気もない。

           これよりルーアン近郊の新興都市に対し、援軍を派遣する。
           座して待て。
           あなた方には、その他にないだろう。



                               《第一幕了》


622 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:22:50


第二幕 生の虚ろなる有様に惑乱せる申し子は己が鏡像に愛しき死神の冷たい横顔を垣間見る



◇登場人物


   青年の屍喰鬼(グール)―――― ルーアン付近の新興都市で暮らしていた学生。
                   不運にも《森災》に見舞われ、屍喰鬼と化す。


   壮齢の屍喰鬼(グール)―――― 新興都市の労働者階級。
                   不運にも《森災》に見舞われ、屍喰鬼と化す。


   女屍喰鬼(グール)―――――― 新興都市の市民。元看護士。
                   不運にも《森災》に見舞われ、屍喰鬼と化す。


   老執事   ――――――――― 英国王立国教騎士団の《死神》、ウォルター・C・ドルネーズ。
                   ワイヤーを己の身体に数倍する精妙さで操り、敵を切断する。

   少年   ―――――――――― ウォルター・C・ドルネーズの若かりし日の姿。
                   老執事の分身(ダブル)として出現した由縁は、
                   夢か幻か、あるいは《森》の魔性ゆえであるのか。



          ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


  let me have A dram of poison, such soon-speeding gear As will disperse itself through all the veins
  That the life-weary taker may fall dead And that the trunk may be discharged of breath As violently
  as hasty powder fired Doth hurry from the fatal cannon's womb.

            

                       ――――《Romeo and Juliet》/William Shakespeare.

          ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


623 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:23:24




■第一場 ルーアン近郊の都市―――目抜き通り


 断末魔の悲鳴。銃声、肉を切り裂く音。
 血糊に濡れた衣装を引きずりながら、青年の屍喰鬼、登場。


青年の屍喰鬼     暗い。目の前が暗い。
           五体の感覚が神経の迷路をさ迷い、
           世界の肌触りは、麻のように心楽しませぬものとなっていく。
           
           昼がはにかんだか、夜がのさばったか、
           とにもかくにも、万事が闇に沈む。
           この宇宙の一切合財が《真理》に心を背けて、
           ただ不条理のみを、唯一恃めるところと決め込んでしまったかのように。

           ああ、これは、これは何だ?
           そうか、これは痛み。
           この胸を刺し貫く、鉄棒の痛み。

           ―――おお!(よろめいて)これはいったいどうしたことだ。
           胸に大穴が開いている。肉と肺とをを突き破り、脊髄を砕く致命の疵だ。
           ならば僕は死んでいる。
           ならば僕はどうして生きている。
           街よ、木々よ!(周囲を見渡し)屍の群れよ、沈黙の道路よ!
           僕の疑問に答えろ、何でもいいから応(いらえ)を寄越せ。
           それともお前たちも、この狂った世界に倣い、
           この叫びを聞き捨てる気か!

           なんということだ、狂気はたしかに、そこにある。
           けれども黙(しじま)が僕を取り巻いて、
           僕はことの次第を、何一つとして掴むことはできない。



624 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:23:40


 倒れ付す青年の屍喰鬼の前に、
 壮齢の屍喰鬼、登場。


壮齢の屍喰鬼     やい若いの、何をそんなに泣きじゃくっている。


青年の屍喰鬼     あなたこそなんだ、その落ち着き払った態度は。

           世界が昨日までと同じ姿であることをやめ、
           その病理に満ちた本質を、青ざめたおもてで開陳したというのに。


壮齢の屍喰鬼     世界が病気に罹ったたァ、中々洒落た文句だが、
           その段で行けばおいらもあんたも、その病気の一部らしい。

           と云っても格好のいいものじゃねェ、生きることに倦んだ貴族に
           冷たい安息を届けるような、そんな気の利いた病気には
           どうやらおいらたちは、なれなかった。

           お出来か、せいぜいが腫瘍といったたぐい。
           ひたすらに鬱陶しく世界に違和感を与え続ける、
           不恰好な代物よ。


青年の屍喰鬼     どう云う意味だ。その言い草からすれば
           どうやら今何が起こっているかを、僕よりは詳しく知っているようだな。
           たのむ、教えてくれ。


壮齢の屍喰鬼     いやだね。


青年の屍喰鬼     どうして。


壮齢の屍喰鬼     本当のことを云えば、あんたの気が狂う。
           今のおいらには、人の心を殺すことは、人の命を殺すことよりも、
           何倍も気のすすまねぇ仕事だ。


625 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:24:08



青年の屍喰鬼     どうせ、このままでは気が狂う。
           僕は阿呆であるまま狂うよりは、
           残酷な真実を突きつけられて狂いたい。


壮齢の屍喰鬼     なるほど、なよっちぃ青二才だと小ばかにしていたが、
           どうやら哲学者の覚悟を持った人間だったってわけか。
           いやまぁ、おいらに云わせれば、そいつも青臭い覚悟なんだが、
           斜に構えた気取り屋よりは、幾分か見所がある。


青年の屍喰鬼     ありがたい、教えてくれるのか。


壮齢の屍喰鬼     いいや、坊や、感謝するのはまだ早いぜ。
           この残酷な真実を知ってなお、あんたは感謝の心を保てるか。

           すなわち、あんたがただの糞袋、人の皮ァ被った野良犬、喋る屍、腐った災厄、
           人を食わないと一時の平静も保てない浅ましい心、
           つまりは屍喰鬼(グール)になったと、知ってなお。


青年の屍喰鬼     屍喰鬼だと、この僕が。


壮齢の屍喰鬼     そうだ、感じないか、腹の疼きを。


青年の屍喰鬼     疼き? 疼きだと? ああ、ああ―――確かに感じる!

           何とは知れぬ仄暗い暗渠が、ぽっかりと穴の開いた胸の深いところにあって、
           そこに幾千幾万の蟻が巣食っている。
           そいつらが、僕の血管に歩みをすすめ、
           逆巻く血潮に混じりこみ、震える魂を内側から掻きむしる。

           ちくしょう、ちくしょう、なんだっていうんだ!
           人間の肉を食べたくて堪らない!
           どう云った呪い、どう云った病理が、
           僕をこんなにも、得体の知れぬ思想へと駆り立てると云うのか。

           血肉を分けた兄弟、育ててくれた両親、昨日接吻を交わした愛しい恋人の事さえ、
           今の僕には、ただの獲物としか映らぬだろう!
           くそっ、たしかに僕は死んだ!
           ここに立っているのは屍、わだかまる怨念に操られた屍が、僕の心を騙り、
           僕の魂から言葉を盗み取って、腐った唇で僕を代弁する。


壮齢の屍喰鬼     けけけ、若いの。
           真実は予想よりもはるかに無慈悲なものだったろう?
           だから黙っておいてやろうと思っていたのさ!

           憾むなら自分を恨みな。
           そいつがおいらの口から、憎むべき真実を引きずり出した。


青年の屍喰鬼     たしかに真実は鑢のように刺々しく、
           僕の心を削いでいくようだが、
           考えてみれば僕は化け物、この心さえも作り物、
           死んでしまった本当の僕には、わずかの損失もありはしない。

           痛みをこらえて感謝を述べよう。
           ありがとう、名も知れぬ先達よ。
           あなたがいなければ、僕は命と心のほかに、現実をも取りこぼしてしまう所だった。


壮齢の屍喰鬼     ほう、随分と気丈なことで。


青年の屍喰鬼     それよりも、街は? 僕たちの街はどうなってしまったんだ?



626 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:24:28



壮齢の屍喰鬼     辺りを見渡せ。何がある?


青年の屍喰鬼     崩れた建物と人々の屍だ。まるで見えざる獣が、
           その巨大な爪でもって、この街を引き裂いていったように。


壮齢の屍喰鬼     彼方を見渡せ。何がある?


青年の屍喰鬼     あれは―――何というべきだろう、街に森が根を張っている!
           人々が自然を拒まんと打ち立てた摩天楼が、
           最初から草花の苗床であったかのようだ。

           今日からこの街では、夕暮れが来るたびに、
           コンクリートの鋭角の影ではなく、
           枝葉の虫食い影が、黄昏を縁取る。
           どういうことだ、僕たちは自然主義者の描いた拙劣な風刺画のなかに
           入り込んでしまったのか。


壮齢の屍喰鬼     よくは判らんが、あの《森》が現れてからこの街はおかしくなった。
           するてェと、あの《森》が事態の根源であると
           決め付けちまうのも悪かァねぇかもしれねぇ。


青年の屍喰鬼     そうなると、我々はなるべく早くにあの森へと近づき、
           そこに何があるのかを見定めるべきだろう。
           

壮齢の屍喰鬼     仮にあの森が諸悪の原因だとするならば、
           あちらさんへ近づくほどに世界は気を違え、おいらたちの惑乱はなお一層
           深まっていくんだろうぜ。
           その証拠に、さっきからあっちのほうでは、
           しょっちゅう人の悲鳴が聞こえる。


青年の屍喰鬼     近づけば命の危険が待っていると云うわけか。
           しかしながら、その警告が真っ当な云い分足りうるのは、
           相手が生者であったときだけだ。

           黙した心臓、応えぬ肺腑を持つものにとって、
           命の危険などというものに、どれだけの意味があるのだろうか。
           

壮齢の屍喰鬼     死んで腹を括ったってわけか、まァそれも悪くない。
           どっちみち、このあたりの人間は、あらかた他の屍喰鬼が食いつくしちまったようだ。
           新しい餌にあり付きたいのなら、向こうへと足を進めたほうがいい。


青年の屍喰鬼     人を食らう所業を肯(うなべ)る事はできないが、
           もうこの場所には、何も残されていないのは確かだ。
           なんらかの展望を望む意志には、賛成するに吝かでない。


 青年の屍喰鬼、壮齢の屍喰鬼、退場。


627 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:24:51



■第二場――――変わらずルーアン付近の新興都市


 あせりと怯えを浮かべた表情で、
 青年の屍喰鬼、つづいて壮齢の屍喰鬼の登場。
 建物の影に身を隠しながら、すばやく移動する二人。
 ところどころで上がる断末魔と、肉を切り裂く音。


青年の屍喰鬼     ―――どういうことだ? たしかに僕は怪物に成り果てた。
           僕の世界と心音とはもろ共に凍りつき、
           僕にとって、地上のあらゆる事物は意味を失った。
           なのに、なのに―――なぜ僕は、恐怖している?


壮齢の屍喰鬼     おい馬鹿野郎、身を屈めろ!
           あの野郎に見つかるぞ!

           ちくしょう、それにしてもあいつはなんだ、どういう本性の代物だ。
           おいらたちが訪れたときには屍喰鬼の巣、ご同胞の同盟地とでも言うべき場所だったのが、
           おいらたちの頭上を黒い影が横切った瞬間、
           あたりに屯ろしていた屍喰鬼、
           その彼も彼もの首から、血煙が上った―――。


青年の屍喰鬼     皆の首が、時をそろえて肩の上から転げ落ちたときには、
           不気味さと滑稽さとで、思わずありもしない肺腑が竦んだ。
           あの時、僕の心は、はたして絶叫と笑い声、どちらを求めていたのだろうか。


壮齢の屍喰鬼     ―――絶叫なら臆病者で、笑い声なら気ちがいだ。
           そうしておいらたちは素朴な化け物だぜ、臆病者でも気ちがいでもねぇ。
           ただみっともなく生に飢え、浅ましくも命を永らえようと企てよう。
           つまりは、まだ人間であったときのことを真似よう。
           そいつが多分、いちばんまともな有様だ。


青年の屍喰鬼     お説ごもっともと言いたいが、相手が何者か判らなければ、
           果たして如何に生き延びるべきか、その心算(つもり)も立てられない。

           僕にはわかる、あれは化け物ではなかった。
           少なくとも屍喰鬼が、あんなに生き生きと飛び跳ねるものか。
           化け物は化け物を殺せない、今そこにいるのは、化け物以上の何かだ。

           云うなれば、死が跋扈している。
           この世と地獄とを結びつけ、僕たちを死者の邦へ追いたてようと、
           喜び勇んで風景を血糊で汚し、壁に肉片を塗りたてる。
           あれは死神だ。死神がそこにいる。


628 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:25:08



壮齢の屍喰鬼     ひどい冗談だぜ、死神がモノクルを付けるか。
           身なりにしてもそうだ、紳士の鑑と云った風情、顔が血糊で汚れてなけりゃ、
           まるきり倫敦から観光にいらっしゃった、ただの爺さんだ。
           背なに羽が生えてるわけでもなければ、腕が四本あるわけでもねェ。

           それに、屍喰鬼たちの首を一斉に落としたあの遣り口、
           たしかにおぞけがするほどの手管だが、呪(まじな)いの類じゃないと見たね。
           うちのカミさんが茹で卵を髪で二つに割るのが得意でね、もっとも
           生きてたときの話だが。
           とにもかくにも、切り落とされた連中の首の裂け目と来たら
           そのときの卵の切り口に瓜二つだったぜ。


青年の屍喰鬼     なるほど、手品師よろしく糸を操って、
           この惨劇を仕立てて見せたと言うわけか。
           しかしそれにしても何という腕前だ、魔法や呪いのほうがまだ得心が行った。

           人は理解の及ばぬ奇蹟のみに恐怖するのではない。
           たとえ種が割れた手品であろうと、その単純な原理が
           立派にひとつの奇蹟を模倣してみせるという、その真実にも戦慄するのだ。


壮齢の屍喰鬼     まったく以ってその通りだ―――しッ、少し黙れ。
           あの死神野郎が何か喋るぜ。



629 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:25:37



 建物の陰から老執事、登場。


老執事        ああ、やっぱりそうだったか。薄々そうだろうとは思っていたが、
           いざこの地に立ってみれば、欠片も違わずそうだった。

           服飾、文化、口説き文句に床作法、
           何もかもを馬鹿馬鹿しく飾り立てるのがこのフランスのありようだが、
           よもや人の「死」すらもがそうであるとは、さすがに考えが至らなかった。

           その辺りに転がった死体の一つ一つが、
           自分こそがこの世界の主人公であるとでも云うように、
           無用な自己主張を行っている。
           馬鹿げた話だ、貴様らはひとえに死者だ。
           
           それにしても、カトリックの神は四大悲劇の愛好者であるらしい。
           しかしながらこの場所は、バーナムの森に擬えるには悪趣味すぎる。
           ましてや、こんな青臭い街をダンシネインの丘に見立てたとあっては、
           これはもう明らかに俗に堕している。

           マクベスは何処の何奴だ?
           この状況を演出した御神のことだ、不恰好なまでにごてごてと
           装飾品を身にまとい、鶺鴒のように「やい、俺は典雅だ」と騒ぎ立てる、
           一本調子のアイルランド王を用意していることだろう。


壮齢の屍喰鬼     やっぱり死神じゃねェようだぜ。
           他人の生き死にをどうこう出来る奴が、誰かの死にざまにけちを付けるわけがねェ。


青年の屍喰鬼     それよりも、四大悲劇にマクベスがどうのと云っていた。
           シェイクスピアの支持者であることは明らかだが、あるいは英国人か?


630 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:25:59



壮齢の屍喰鬼     ははァ、なるほど。こいつは話が読めてきたぜ。


青年の屍喰鬼     どういうことだ。


壮齢の屍喰鬼     盗人が蔓延ればお廻りが、他所の国の連中が出しゃばれば軍隊が出てくるだろう。
           同じように、おいらたちみたいな化け物がのさばったときに、
           出てくる御役の奴がいるっていう事だ。

           そう考えれば、さっきの手品にも納得が行く。
           あれはきっと、化け物を切り刻むために身に付けた一芸って所だ。
           どの道だろうと職人の業には、ずぶの素人からすれば
           魔法を使ったとしか思われないような冴えがある。
           あれもその類だろうよ。


老執事        ―――そこに居るのは誰だ?


壮齢の屍喰鬼     見つかったか。


青年の屍喰鬼     万事休すだ。


 建物の影から女屍喰鬼、登場。


女屍喰鬼       お願いです、殺さないで!


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)助かった! おいらたちじゃなかったらしい。


青年の屍喰鬼     (物陰から)しかし、あの女性はきっと殺されるぞ。
                 屍がまた殺されるとはいかにも面妖だが、
                 死に死が重なれば、ただのそれよりも
                 二倍の痛苦、二倍の屈辱であることは想像に難くない。


631 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:26:23



女屍喰鬼       わたしは多くの同胞達の居場所を知っています。
           わたしを殺してしまうことで、その情報を聞き捨てるのは、
           あなた様のお仕事を、きっと成し難いものとするでしょう。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)情報と引き換えか。巧いことを考え付くな。


青年の屍喰鬼     (物陰から)しかし、それも手詰まりとなろう。
                 ここが彼女の袋小路だ。


老執事        成る程成る程、それは良いことを聞きましたな。
           して、ご同胞の居場所とは?


女屍喰鬼       (ためらいがちに)―――それをお話しするのは、
           まず、わたしの安全を保証して頂いてからです。


老執事        もう、していますとも。
           貴女に危害を加えるつもりなど、ございません。
           

女屍喰鬼       しかし―――そのあなた様の眼は。
           まるでこの口から、あなた様の知りたい事柄がこぼれ落ちた瞬間に、
           ためらわずに、わたしの首を落としてしまいそうな。


老執事        気のせいでしょう。


女屍喰鬼       その振り上げた両腕は、何のためです。
           銅線を手繰って、わたしの首を斬り落とすためのものではないのですか。


老執事        こちらに害意が無い事を伝えるため、
           諸手を挙げて降伏を伝えているのですよ。


女屍喰鬼       (ためらいがちに)―――わかりました、お話しましょう。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)馬鹿め、嘘に決まっているだろう!


女屍喰鬼       同胞の居場所は―――。


青年の屍喰鬼     (物陰から)止めろ、云うな、それを云うな!
                 ―――ああ、死んでしまった!


 女屍喰鬼、崩れ落ちる。


青年の屍喰鬼     (物陰から)死んでしまった―――。
                 胸元から綻ぶように血飛沫を上げて、
                 時を止めるように、ゆっくりと崩れ落ちて。

                 見よ、もはや人ならざる屍喰鬼と云えど、
                 流れる血はかくも赤い、すなわち
                 怒りと愛と情念と生々しさの色に彩られている。

                 たった今流された血は、命あるもののそれと同じように、
                 難解で、測りがたく、生々しい息遣いを秘めたものだったのだ。


632 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:26:45



壮齢の屍喰鬼     (物陰から)いや、待て。
                 悲しみに瞼を伏せる前に、眦を吊り上げて現を睨め。
                 何か様子がおかしいぞ。

                 あの執事の顔つきと来たら、一仕事やり終えて満足、と云う類の
                 ものじゃない。


老執事        (不思議そうに)何だ今のは? ―――どう云う事だ?


青年の屍喰鬼     (物陰から)何だあいつは? 何に戸惑っている?
                 たった今、己が成した惨劇のどこに
                 割り切れぬところがある。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)おいらの目が確かなら、今あの老人の指、
                 わずかなりとも、動いちゃいなかった。


青年の屍喰鬼     (物陰から)何だと。


老執事        何者だ。(向いの建物の陰に向かって)


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)屍喰鬼になって眼が冴えたらしィや、明確と見えた。
                 あっちのほうから伸びてきた銅線が、
                 女の首をすぱッと落とすのを。


青年の屍喰鬼     (物陰から)では―――


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)殺ったのは別の野郎だ。


老執事        姿を現せ、さもなくば、貴様を包む暗渠もろとも叩き切る。


633 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:27:07



   建物の影から、少年登場。


青年の屍喰鬼     (物陰から)なんと、あの子供が下手人だというのか。
                 両親と寝床を別ってから何年も経っていないという頃合だろうに。
                 あの歳若い両手が、人の生き死にに関わったかと思うと、
                 倫理だとか道徳だとかの、底が抜けていくさまを見るようだ。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)それよりあの餓鬼のなりを見やがれ、
                 古式にゆかしい執事きどり、あっちの死神爺ぃにそっくりだ。
                 頭の形や瞳の色合い、鼻筋の具合なんかも、
                 何処とは云えずとも似てやがる。
                 おいらはあの二人は、何かしらの縁者と見たね。


少年         叩き切るのは構わない、避ければ済む話だから。
           それより、見も知らない他所様が、オレと同じような一張羅を着込んで、
           オレと同じような手管を使ってやがるのが気に食わねぇよ。
           真似たか盗んだか、ゆくりなくも似通ったかは別として、
           オレはもう手前ェ様を、誰とも知れぬ他所様にしておく気はなくなった。

           お前はどこのどいつだ、名前はなんだ。
           プロテスタントか、それともカトリックか。
           誰に心底ムカついてて、誰の靴なら舐められるんだ。


老執事        今のお前の言葉は、そのまま私の云い分だ。
           

少年         オレから名乗れって云いたい訳か?

 
老執事        先刻、屍喰鬼を一匹横取りした埋め合わせくらいはつけておけ、小僧。


少年         えらく安っぽい口上だが、
           勿体つけて値を吊り上げるよりはマシだな。
           おいアンタ、そう云う喧嘩の売り方は嫌いじゃないぜ。

           ところで爺さん、どこの誰かと尋ねる前に、
           もっといい素性の明らめ方があったぜ。
           どういう類の人間だろうが、
           切り結ぶ刀の下に置けば、その値打ちは忽ちに判る。
           
           裾捲って逃げ出すのが盗人だ。
           連中は後ろ暗いものばっか抱えてるから、逃げ慣れてる。
           命乞いをするのがカトリックだ。
           自前の神に媚びるのが連中の日課だ。矜持を曲げるのは連中の十八番だ。
           
           オレが斬るべきじゃない人間は―――…。
           まあ、主の計らいで巧いこと尖先から逃れるさ。



634 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:27:28



老執事        ほう。では、
           切り結ぶ刀の下にあって、
           切り結ぶ刀へと斬り返す人間は、どんな具合だ。


少年         氏素性を云々する間でもない!
           そのときにはもう、細切れだろうから。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)おいおい、随分と剣呑な雰囲気じゃねぇか。
                 喧嘩でもおっぱじめそうだ。
                 


青年の屍喰鬼     (物陰から)さきほどの糸繰りから見るに、二人の腕前は同格だろう。
                 それにしても、只一人にあっても
                 盲いだロランが眼昏滅法式にデュランダルを振り回したという有様。
                 二人で差し向かって糸を揮えば、
                 僕らが巻き添えを食らいかねない。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)しかし、今ここから逃げる訳にもいかねぇぜ。
                 あの二人の間に立ち込める空気ときたらどうだ、
                 慎重に獲物を狙って絞られた大弓よろしく、
                 時間の流れまでもがきりきりと張り詰めていくようだ。

                 この場所を飛び出した次の瞬間、
                 幾千幾万の矢に体を貫かれたとしても、おいらは驚かねェ。


青年の屍喰鬼     (物陰から)我が身を守るためには、むしろこの場所に留まり、
                 二人の戦いを注視して、逃げ出す隙を窺ったほうが上策という訳か。

                 ―――見ろ! 老いた執事が動いたぞ。
                 今度は僕にもはっきりと見えた、きらめく銅線が
                 すらりと空間を渡っていく様が。

                 それにしても信じられない、あれが人間の所業とは。
                 糸の奔った軌道にあった、壁も瓦礫も割けている。
                 おまけにあの速さと来たら稲妻と見紛うばかり、
                 空かける隼の一群でさえ、残さず絡めとってしまうだろう。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)そんなら、その一撃を見事にかわした餓鬼のほうは、
                 疾風か荒鷲か、それとも風の小路を忙しなく飛び回る蜂鳥か。
                 いや、影のようなあの動きは、いっそ蜜蜂に喩えるべきか?
                 
                 とにもかくにも信じられねぇ、これが人の喧嘩かよ。
                 世界は血の臭いに酔っ払って、
                 べらぼうの狂気を仕立てようとしているらしいな。



635 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:27:55



少年         オレなら殺ってたな。


老執事        私なら、かわしざまに切り返す余裕があった。


少年         ずいぶんと役者だな、歳のせいか怯えのせいか、
           意に反してがくがくと震えそうになる指を、巧いこと飼い慣らしている。

           (傍白)―――しかし、それにしても、どこまでオレに似通った糸繰りだ。
               あんな爺ィと双子という訳もあるまいし、
               気持ち悪くて仕様がねぇ。


老執事        余裕に満ちたお前の言葉が、
           何を取り繕おうとしているかを、明々白々なものとしている。
           つまり、恐れと焦りとで、惨めにも萎えたお前の心を。

           (傍白)僅かなゆかりや必然もなしに、
               偶然とは、ただ独力でもって、ここまでの相似を拵えるものなのか?
               この不吉なまでの符合に比べれば、森に生えた二枚の楡の葉でさえ、
               その違いは顕然としている。
               

青年の屍喰鬼     (物陰から)何を睨み合っているのだろう。
                 殺し屋たちのしこなしは理解に難い。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)まさかおいら達を殺す算段をつけてるわけでもないだろう、
                 それなら安心だ。

                 ―――おい、今度は餓鬼のほうが動くぞ!
               
                 
少年         おい爺ィ、避けるなら避けろ、躱すなら躱すがいいさ、
           アンタが一発避けるたび、老いさばらえた心臓が、がくがくと軋む。
           ははッ、こいつはいい。単調だが、まるで飽きが来ない。

           たとえば、そう、こいつは楽団の指揮者の愉楽だ。
           指揮棒を思うさま震わせて、ソプラノの細い喉を締め付けるとき、
           奴らは、やがて美しい歌声が途切れ、
           痛ましい喘鳴が混じりこむことを心待ちにしている。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)手数にあかせて体力を搾り取ろうって算段か。
                 いかにも賢しい餓鬼だが、そんな滅法糸を振り回すのはやめてくれ。
                 おいらたちのところまで、瓦礫の破片が飛んできてるじゃねぇか。


青年の屍喰鬼     (物陰から)しかし逆に考えてみると、ただ技量のみにおいては
                 老人のほうが優っているから、こんな手を使っているのかもしれない。


老執事        悪いが小僧、貴様の弦筋は見えている。
           四方八方、どこから踊りかかるか知れない銅線を
           躱しつづけるというのならまだしも、
           あらかじめ弦筋が読めているとなれば、躱すのは容易い。

           ましてやその弦筋が、我が身のように慣れ親しんだものとあっては、
           これはもう、職人が手癖にまかせて庭木を整えるのと同じで、
           何の労力もいらぬ。
           ことさらに構えずとも、気づけば自然に避けている。


青年の屍喰鬼     (物陰から)たしかに、あの執事の攻撃をいなす仕草と来たら、
                 何の気負いも無い。
                 休憩のあいま、何とはなしに庭に踏み出す人のような面持ちだ。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)うへぇ、餓鬼のほうが攻撃をやめたぜ。
                 どうやら仕掛けていたほうが先にへばったらしい。



636 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:28:29



少年         (息を切らせながら)手前ェ、何者だ。


老執事        どんな相手の素性も、切り結ぶ刀の下にあっては明らかになるのではなかったか。


少年         ああ勿論だ、今もその論をひっ換える気は無いね。
           だけどこいつはどうしたことだ、アンタの動き、糸繰り、何もかもが
           キケロはだしの雄弁さで、馬鹿げた事実を語ってやがる。

           つまり、アンタはそっくりそのまま、
           このオレ、ウォルター・C・ドルネーズ本人だと。


老執事        まったく以って、その通りだ。


少年         何だと?


老執事        私はウォルター・C・ドルネーズ。ヘルシングのゴミ処理係りだ。
           それ以外の誰でもない。


少年         大法螺吹きめ、そいつはオレだ。
           ウォルター・C・ドルネーズ、ヘルシングのゴミ処理係り。
           そいつは、オレ以外の誰でもない。
           

老執事        だから、つまりは、そういうことだろう。


少年         どういう事だ。


老執事        貴様は、私だ。


少年         手前が、オレだと。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)なんだ? 奴らはさっきから何を言っているんだ。
                 お前は私だお前は私だと、無用に言葉をもてあそんでばかり、
                 一向要領を得やしねぇ。
                 やい手前ら、鏡を目の前にした生娘じゃあるめぇし、
                 気色の悪い繰言はこのあたりで切り上げて、
                 とっとと隙の一つでも見せやがれっていうんだ。


青年の屍喰鬼     (物陰から)いや、ひょっとしたら、彼らが云っているのは、
                 言葉遊びでもなんでもなく、
                 そっくりそのまま、事実なのかもしれない。


壮齢の屍喰鬼     (物陰から)なんだって、するってぇと、ウォルター某とやらは
                 この世に二人居るってことになっちまうぜ。

                 しかも此方は生意気盛りなくそ餓鬼、
                 彼方にはやせ衰えた爺ィと来たもんだ。
                 もうすっかり、訳が判らねぇ。


青年の屍喰鬼     (物陰から)作家のオノレ・ド・バルザックは、行きつけのカフェで
                 自らの小説の作中人物と行き会ったという。
                 またゲーテは、群集のうちに、自らの分身が歩いているのを
                 見つけたという。

                 こんな奇怪な出会いがあるならば、
                 過去の自分と邂逅することがあっても、なんら不思議ではあるまい。


637 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:28:54



老執事         むろん、常識の埒内においてはありえぬ、およそとっぴな現象ではあるが、
            貴様もウォルター・C・ドルネーズ、化け物狩人のはしくれであるなら、
            この程度の不条理、驚きもせずに平らげてしまうものと
            思っていたぞ。


少年          はッ、面妖極まる次第だが、どうにか飲み込めたぜ。
            つまりくそ爺、あんたがオレの行く末っていう訳か。


老執事         そしてお前が、私のなりそこないという訳だ。


少年          随分な言い草だな、くそめ。


青年の屍喰鬼      (物陰から)口先ではつばぜりあいを続けていても、
                  先程より目に見えて、雰囲気が和らいだ。


壮齢の屍喰鬼      (物陰から)当たり前だ、相手が赤の他人だというのならまだしも、
                  過去の自分、未来の自分に向かって、
                  斬りかかる阿呆はいねぇだろうよ。
                  自分を害し、自分を傷つけ、自分を切り殺す感触を想像できるか。
                  おいらには無理だ、狂気の沙汰ごとだ。
                  この貧相な想像力の鳥かごの、はるか遠い外にある。


少年          おい、ところで俺の為れの果てや、一つ聞きたいことがある。


老執事         何だ。


少年          手前ェ、そんな老醜さらして、なんでまだ生きてやがる!


青年の屍喰鬼      (物陰から)なんだ、唐突に斬りつけたぞ。


壮齢の屍喰鬼      (物陰から)信じられねぇ、あの餓鬼は狂ったのか。
                  瘋癲院の白昼夢めいたこの街の空気にあてられて、
                  心の道理のあちこちが、とっ散らかっちまったのか。


638 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:29:17



少年          死ぬと決めたはずだ、なるべく早くに。
            この体の中に多くの時間が降り積もって、
            この命の価値を、不要に吊り上げてしまわないうちに。

            死ねる場所があれば、すぐに行くと決めたはずだ。
            大きな戦いには忽ちに馳せ参じると決めたはずだ。
            堅実な戦いぶりより、むしろ己の体の在処を忘れてしまったような、
            疾風怒濤の突撃戦を好んだはずだ。
            
            答えろ、アンタがオレだと云うのなら、
            どうしていまだ以って、のうのうと生きながらえてやがる。


老執事         お前の口走っている台詞は、とても理解できん。
            この命は我が主、ヘルシング卿に捧げた物、私一人の都合では
            おいそれと容易く打ち捨てることは出来ぬ。

            それより、お前は何を云っているのだ。
            歳若い人間の幼い心が、なにか熱病のような狂乱に憑かれることはあろうが、
            今の口上のような希死願望など、およそ私とは縁遠いものだった。


少年          ヘルシング! そいつがお前の命を縛る戒めだ。
            可愛そうにウォルター、貴様はそいつから命を借り受けた。
            それも、とびきり高い利子と一緒にだ。
            早く死ね、そうでなければお前の命は、狂ったように値打ちを上げる。

            お前はもはや、一人で死ぬことは出来ない。
            お前の心臓は、命を買い取るに足る誰かに、前触れなく連れ去られる事を望んでいる。
            いいだろう、もう独りでは死ねないと云うのなら、オレが殺してやる。


老執事         糸口の見つからぬ毛玉を弄ぶのは、ひどく焦れったいな。
            ―――待て、お前、ワルシャワには行ったか。


少年          ワルシャワ? ワルシャワだと?
            得体の知れないオレの未来め、そこに何があるって云うんだ。


老執事         この世の底、取り付く島もない暴力機械、そうして、私の墓標があった。


少年          死ぬにはうってつけの場所だったわけだ。


老執事         しかし、私は生き延びた。


少年          ざまもねぇ。死に損ねやがったな。


老執事         私の意図で生き延びたのだ。


少年          違うな。ウォルター・C・ドルネーズは、死を望んでいた。


老執事         それではあの時、人狼(ワー・ウルフ)との戦いから、
            どうにか生き延びた私は、なんであるのか。


639 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:29:52



少年          そんな事もわからねぇのか、耄碌しやがって。
            人は生きていくうちに、もともとの思想の上に、なにやらこまごまとした
            後付けの仕掛けがごちゃごちゃとくっついてきやがる。
            手前ェがそれだ。
            
            余計なんだよ、手前は。
            このオレを濁らせやがって、えらく図々しい。
            けど忘れるなよ、うわっつらにへばりついた手前がいかに
            生きたい生きたいと望もうが、
            そいつはどこまで行っても仮初だ。
            

老執事         仮に私の心の真実が、あのワルシャワで死ぬことを望んでいたとしよう。
            それでも現において、私はこうして生きている。

            してみれば、かつての私の心中を推し量って云々したところで、
            結局は後の祭り、その内実に混じりこんだ
            正理も仮初も分け隔てることなど出来ない。

            いやむしろ、あのワルシャワにおいて、
            生を望む私の仮初は、
            死を望む私の正理にまさったのではないのか。
            魔女の釜の底のようなあの闘争の中で、
            生き続けることが、私自身の本懐となったのだろう。


少年          お前の云っている事は、何もかもが嘘臭い。
            まるでルネサンス時代の預言書に、解釈者がけちを付けて、
            傍線を引き、脚注をつけて、後の時代の人間のいいように
            その内容を歪めてしまう、云ったものがちの屁理屈、子供だましの曲解、
            あの愚かしさにそっくりじゃねェか。

            もういい、問答に埒も無い。
            お前を殺す、そうしてオレがお前の真実の心であることを証明する。さもなくば、
            オレを殺せ、仮にお前がオレの心臓を止めるに値する人間であるのなら。


壮齢の屍喰鬼      (物陰から)勘弁してくれ、おいらはこの手の 
                  哲学めかした問答が大の苦手なんだ。

                  難しい言葉、耳障りの落ち着かない文句でもって
                  人を煙に巻き、けれどその実、検証する価値のある内実は、
                  これっぽっちもありはしない式の。



640 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:30:12



青年の屍喰鬼      (物陰から)僕には、あの少年の言葉が理解できる気がする。

                  たとえば、初恋の人に想いを伝えられずに悶々としていた
                  少年の日のことを振り返ってみるといい。

                  想い人に出会うたびに、気まずい顔でそそくさと挨拶を避け、
                  恋情の告白を先延ばしにしているうちに、だんだんと恋はその値打ちを
                  吊り上げてしまう。
                  気づいたときには手遅れだ、もはや、彼の恋はとうてい容易くは
                  胸のうちから取り出せない重さになっている。


壮齢の屍喰鬼      (物陰から)ははぁ、いつか片付けよう、いつか片付けようと思ってるうちに
                  どんどん部屋がとっ散らかって、とうてい始末に終えない有様になるのと
                  同じようなものか。

                  しかしな兄ちゃんよ、「初恋」や「片付け」を
                  ここで「自殺」に取っ替えるのは、ちぃとばかり無理が過ぎねぇか。


青年の屍喰鬼      (物陰から)心を動かす仕掛けは、万人におなじであっても、
                  そこを流通していく感情は、千差万別と云うことだろう。

                  見ろ、また少年が斬りつけた。
                  何のことはない、さっきと同じ、一つ覚えの攻撃だ。

                  やはり、始末に負えない想いを持て余している心よりも、
                  たとえ欺瞞であろうとそれに一区切りをつけ、
                  飼いならしている心のほうが、老練しているということか。


老執事         冴えないな、芸が無いぞ、小僧。
            あらゆる争いごとにおいて、単調さほどの迂闊はない。
            おしなべてそれは敵の優位を誘う。


少年          お前に勝てなきゃ勝てないで、
            そいつはそいつで悪くない。
            お前こそがオレの墓標、醜くも肥え太ったオレの命を埋める穴って云うわけだ。
            お前は勝手に生きろ、オレはここで死なせてもらう。


老執事         そんなに死にたくてたまらないなら、銅線でその首落とせ。


少年          いやだね、オレはもう一人では死ねないんだ。
            忘れたのか? オレとお前は同様の代物、
            オレの命は、お前と同じ事情を抱えているんだ。
            
            だからオレは最期の瞬間まで試し続けてやる、
            お前がオレの命を、刈り取るに値するものなのかを。



641 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:30:34



老執事         お前の云うところの私の事情とやらは、
            まるきりお前がひとりでに考え出した、空想の産物だ。
            そんなものを寄る辺に貴様と私を同様だと語られても、知ったことではない。

            そもそもだ、貴様はなぜここにいる?
            こんなフランスの港町に、どうして顔を出している?


少年          それは―――それは、何でだ?
            どういうわけか、何の事情でオレがここにいるか、
            その由来がまるで思い出せない。

            来し方は霧に包まれて、行く方とは糸で切り結び、
            その二つに包まれた、えらく薄っぺらな現在がオレだ。


老執事         成る程な、貴様はただ、私の若い日を象っただけの
            幻影にすぎぬと云うわけだ。
            
            この《森》がいかなるものかは判らんが、
            白昼夢めいて空想を実現させるような魔性も
            この世の中には数多くあると聞く。

            お前がこの私の記憶を映したものか、それともその辺りから
            蛆のように立ち上がったのかは知らんが、
            ともかく、なぜここに居るのかさえ知らないとなると、
            出来合いの急造人形であることは、
            おおよそ予想が付く。


少年          このオレが幻だって? ―――何をバカな事を。


老執事         自分の過去と出会うよりは、考えてみればはるかにありそうな話だろう?
            まあ、もともとこの私には、どちらでもいい話だが、
            そう考えれば、お前の与太を一顧だにせずとも良くなるわけだ。
            
            お前は私の気がかりに過ぎなかった。
            それが判った、私は釈然とした心持ちだよ。
            さて、高らかに死ね。


青年の屍喰鬼      (物陰から)始まる前は両者の技量は互角と見えていたのだが、
                  いざ老執事が攻勢に転ずれば、子供は押される一方だ。


壮齢の屍喰鬼      (物陰から)それにしてもあの執事と来たら、今までに優る一気呵成の勢いだぜ。
                  巧妙無比な今までの遣り口にくらべていかにも荒っぽく、
                  ここで勝負を決めようという気勢がありありと見える。


少年          ははッ、やい爺、もう少しで合格だ。
            お前の今までの人生は、オレの心臓を目指す徒走の道程だったんだ。
            どうやらもう少しで、手前は手前の本懐を満たすぞ。
            

老執事         私の人生はお前を斃すためのものでもないし、
            お前に捧げるためのものではない。
            私の命の視座は、餓鬼一匹の屁理屈など飛び越えているよ。

            今からお前の素っ首落として、赤茶けるまで其こらに晒し、
            私にとっていかにお前が
            取るに足らぬものであったかを、証明してやろう!


642 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:31:02



 倒れ付していた女屍喰鬼、やおら面を上げる。


女屍喰鬼        (執事の足首を掴み)―――やらせない。


老執事         (驚いたふうに)なんだと。


女屍喰鬼        ごらん、もうすぐわたしの命も絶える。
            でもその前に、お前達がわたしにしたことの意趣晴らしくらいはしてやる。
            すなわち、生きたがっているものを死なせ、
            死にたがっているものに生と憂鬱を与えるくらいのことは。


 女屍喰鬼、死ぬ。


少年          ―――くそ爺ィ、足を止めるな!
            そんなふうに棒立ちになってちゃ、オレを守るはずの糸が
            お前に斬りかかる。


老執事         もう手遅れだ、餓鬼め。


少年          何だと。



643 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:31:21



老執事         どす黒く染まったこの衣装を見ろ、英国紳士としての矜持のかけらもない。
            お前が加えた一撃のせいだ。
            今この瞬間にも、私の命はこの傷口から、刻一刻と喪われていく。


少年          それは返り血だ、お前の傷などどこにもありはしない。
            体が冷えていくのも、失血の所為ではなくて、
            老いた体で走り回ったから、心肺が萎えてしまったんだ。


老執事         では、世界に薄絹をかけたように盲いでいく、
            この両の瞳は、どうしたことだ。


少年          戦いのうちに時間が流れ、日がすっかり傾いたせいだ。


老執事         (膝をつき)―――もはや、足が立たぬ。


少年          ひとえに疲労の所為だ。休めば直る。


老執事         ついに、耳も聾した。


少年          死に損ないの市民が上げていた、幾百幾千の悲鳴のせいだ。


老執事         なんとも諧謔に富んだ最期だ、私は死を望む自らの暗渠に、殺された。


少年          死ぬのはオレだ、あんたじゃない。


老執事         おい小僧、ようやく貴様の正体が知れたぞ。


少年          なんだと。


老執事         お前は私の過去などではない。
            たった今の今まで、私が孕み続けた呪いだ。
            1944年のワルシャワより以前、記憶にもないほどの幼少の砌に種を結び、
            鉄火場の揺籃を経て、今この場所に生れ落ちた。

            ―――否、違うな。
            お前はまだ生まれていない。


少年          オレがまだ生まれていないだと?
            手前、気が違ったか。


老執事         おそらく一切合財を仕組んだ何者かが
            この森を産道として選んだのだ。
            走れ、そうして森を抜けよ。
            寄る辺もない直感だが、お前からは汚い(ファウル)臭いがする。
            
            この森に気取られる前に、全てを終えるのだ。
            そうでないとお前は世界を知らぬまま、流産することとなるぞ―――。


  老執事、死ぬ。


644 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:31:50



青年の屍喰鬼      (物陰から)とんだ番狂わせだ。


壮齢の屍喰鬼      (物陰から)信じられねぇ、ありそうもないことだ。


少年          ははは、生き延びた。
            あの爺と同じだ、死ぬべきところで死に損なった。
            人には皆、うってつけの死に時というものがあって、
            それを逃したものは皆、望まざる余生を強いられることになる。

            そうしてオレの命が、いまだ始まっていないものだというのなら、
            オレはそもそも、生まれるべきじゃなかったのか。
            ああ、この熟練の爺の命を食い殺したオレの命は、
            いったいどれだけのものだ。

            いや、待てよ、この爺は「早く森を抜けろ」と警告した。
            ただ、まっすぐ歩いているだけで通り抜けられる場所に関して、
            死ぬ前にあんな真剣な表情で、云々するもんか。

            さては、この森の奥にはあの爺以上の障害がいるっていうことか!
            それをこそ待っていた!
            さあ、どこだオレの墓標は、この心音を埋めるべき大理石の舞台は。
            どこにいようが探し当ててやるぜ、やいお前、出会うや否や
            オレの息を止めてみろ。


青年の屍喰鬼      (物陰から)―――ついに狂ったらしい。
                  好機だ、今こそここを逃げ出すのだ。
                  仮に気取られたとして、今の彼が僕達を省みるとも思えない。


壮齢の屍喰鬼      (物陰から)―――そいつはいい考えだ、さっさととんずらしちまえ。
                  どうでもいい屍喰鬼一匹に目くじら立てて、
                  不要にあいつが「命の値打ち」とやらを吊り上げるとも思えねぇ。


少年          そいつは違うぜ。


青年の屍喰鬼      何だと!


壮齢の屍喰鬼      いつから聞いてやがった。



645 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:32:21



少年          元を質せばそもそもの最初からさ。
            殺す価値も無ければ、わざわざ耳に入れる価値もなかっただけだ。


青年の屍喰鬼      それなら、僕達を殺す価値などないだろう。


少年          そうでもないな。


壮齢の屍喰鬼      おいらたちを殺せば、手前の心臓が黙っちゃいねぇぜ。
            すなわち、今日までせっせとアンタの命の価値とやらを吊り上げてきた、
            世故に長けた勘定人が。


青年の屍喰鬼      そうだ、ただ無為に時を過ごすだけで、命の値段が高くなるっていうのに、
            他人の命を奪っておいて、そうならないという道理は道理は無い。
            これ以上、重たい荷物を背負いたくないのなら、
            僕達を見逃せ。


少年          (諸手を挙げながら)どうやらそうでも、なくなった。
            死神がほしがるのは、いっとう高い命だけだ。


壮齢の屍喰鬼      何を言ってやがる!


少年          つまり、死神に殺されるか、あるいは死神になるしかないんだ。


青年の屍喰鬼      ―――やめろ、やめろ、やめろ!



646 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:32:45





  舞台、暗転。


                                  《第二幕 了》


647 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 22:35:38



ウォルター・C・ドルネーズVSウォルター・C・ドルネーズ
あるいは死神VS赤頭巾・導入


レス番まとめ


導入
>>611-621

本編

>>622-646


648 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/02(日) 22:44:21
ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ

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   「DEATH」 Walter in 1944
_____________________________________________
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                          VS

「え、お仕事の依頼、何かな、何かな♪」「へえ………フランス・ルーアン近郊のX市が突然森になっちゃった?」
「ついでに大地震発生で夢工場ドキドキパニックって感じね!」「軍隊が向かったけど音信不通?」「いやーん!
あたし、怖ーい」「そんな危険な森に行ったら、あたし、こわーいオオカミさんに食べられちゃーう!」「だ・か・ら、
料金割り増しね♪」「そうね、じゃあ、とりあえずは10万ドルかなっ!」「高すぎるって?」「そんなにつれないこと、
言っちゃダーメ(はぁと」「オンナノコの支度ってとーっても色々なモノが要り用なの、オジサマには分からない?」
「5万ドル?」「分かってないね♪現場大変なんでしょ。この愛狩人のバレッタちゃんにかかれば!もうさっくりと
一網打尽よ(はぁと」「7万ドル??」
「あん、テメエ、あたしが何時まで笑顔なんてと思うなよ」「こっちは命(タマ)
賭けてるんだぜ。金は命より重えが、そんな端金じゃどう考えても命が重え。ましてこのあたしの命なら尚更だ」

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 「LOVER IN HUNTER」 Bulleta
______________________________________________
「10万ドルだ!ビタ一文負けられねえな」「わーい、さすがぁ♪10万ドルをポンと出してくれるなんて、オジサマ、
だーいすき(はぁと)」「あ、そうそう。これ前金だから。後は一体殺る毎にボーナスで2万ドルずつ追加ね♪あっと!
武器代とかは後で別途請求よ」
「ああ?当然だろうがよ。テメエ、これでも大サービスなんだゼ。本来ならよ、一体
三万ドルだ。それをよ、一山幾らのザコはロハで片付けてやって大物は一万ドルも割り引いてやってるんだ」
「うん
うん♪おじさま、物分りが凄くいいね、長生き出来るよ(はぁと」
――start―→「アーサー、ジョージ、生きてるかー」
「いよーし、金はくれてやってんだ、サクサク狩りまくれ」「良いバケモンは死んだバケモンだけだ!オラオラオラァ!
見敵必殺(サーチアンドデストロイ)!」
――encount!―→「?…あいつ、人間か。二人とも隠れろ」「おにーさん♪
こんなところいたら危ないよ?」「あたしも今からそそくさと逃げなきゃ!」「おにーさんも尻尾巻いて逃げようね?」



【現在地:F地区 美術館・夜】

649 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 23:09:45

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 とりあえず眼に映る化け物・人間・死に損ない、
 区別なく差別なく片付けながら
 ヴィル・ド・メイを北から南へ。

 たくさんの人の営みがあった。
 全部血だらけになっちゃったけど。

 暮れゆくフランスの空は何とも言えず風情があってオレの心を感傷的にしたから
 オレはなんとなく道すがら人を殺すときもセンチメンタルな感じで殺すことにした。
 例えばそう、家族恋人はなるべく一緒くたに殺したりとか。
 しんだあともいっしょにいられるように纏めて括りつけて樹から吊るしたりとか。

 ペンキの臭いがする公園があった。
 歳経るものの感傷を誘うエコールがあった。
 星の降るモーテルには旅のギターマンが居た。
 一曲頼むよ、と云ったらがくがくがくと震える声で何とも付かない歌を歌いやがったので、
 訳の判らないリフを繰り返し始めた辺りでさっくりSTOP=即ち殺害。

 そんなこんなで月が中天に架かる頃にはオレは元居た場所をすっかり離れ、
 市役所やら博物館やらが並ぶ街の行政的心臓部に居た。
 心臓。
 イヤな言葉だ。
 憂愁を押さえつけるように、また殺す。
 ああ、まだか、まだかよオレの墓標は。
 ゴルゴダの丘へ向かう行列だって、もう少し短かっただろうに―――。


 そう重いながら通りを歩いていると、
 向こうから鼻の孔に鉛球ブチ込んで禿げた頭の上で大鷲を飼ってるナポレオン=ボナパルトが
 「きらきら星」熱唱しながらこっちに向かってテクテクと歩いてきた。
 聞こえるかヘーゲル? オレも世界精神を見たんだぜ。

 まあ、嘘だ。ジョークだ。
 ただまあ、こんな他愛も無いジョークを云わずにいられなかったオレの心中も察してくれよな。
 なにせ童話の「赤頭巾」まんまの女の子が血塗れの街にたった一人とくれば、
 これはもう神様の諧謔だとしか思えないだろ?

 ―――ああ、イヤ、待てよ。
 血塗れの街のド真ん中に赤頭巾か。
 こんだけ条理から逸脱してるってことは、まさか、こいつが―――。

「よぉ」

 ―――ぐるぐるする。
 ざわざわする。

 なぁ、おい、暇がありゃ胸に手を当ててみろ。
 そこに何がある。


「なぁ―――」

 潮が満ちて引くように、
 ゆっくりと膨らみ、ゆっくりと萎えていく、
 呼吸だ、呼吸がある。

 こいつがオレの血液に動物精気を送り込み、
 オレを生へと駆り立てる。
 ホラ時計の秒針みたくきりきりと歩きなさい―――…とか、そんなふう。

「アンタが」

 呼吸をとめろ。そこに何がある。
 オレの命の底を見透かせ。

 脈拍だ、脈拍がある。
 規則正しく脈を打つ。
 オレが急げば、こいつも歩みを速める。
 オレが休めば、こいつの歩みもトロくなる。
 これだ。
 これがオレの命の値打ちを数える勘定人。

「もしかして―――」

 ああ。
 こいつだ。
 こいつを止めろ。
 この野郎。
 お前がのさばってるせいで―――
 オレは、
 
「オレの墓標か」

 ひゅう。

 風を切る糸繰り、刀使いが血糊を払うように、
 糸使いは糸を躍らせて、撓り具合を確かめる。
 即ちこれがスイッチ、懊悩するウォルター・C・ドルネーズから、
 このオレ、人間ぶった斬ることしか考えない、殺戮機械様へ。

 おいコラ聞いてるか。
 オレの中でシコシコシコシコやってやがる“心臓”の野郎め。
 ―――オレは別に、まっとう至極に“借金”を返さなくてもいいんだ。
 飄々と踏み倒す方法がオレにはあるんだよ。
 つまり自分に命があることを、すっかり忘れてしまえばいいんだ。その為には、自分のことを丸きり
棚に上げて、他人の命を軽んじるのが一番だ。即ち何ァんにも考えずに人間スパスパぶった斬るのが
切っての妙手ってわけだよ――――。


【現在地:F地区 美術館・夜】


650 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/02(日) 23:48:19
>ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ

>>649



   はーい、ラブリンハンターのバレッタでーす♪
   モニターの前の皆、元気にしてるかなー(はぁと
 
   あたしはとっても元気だよっ!
   親切なオジサマがあたしにちょっと10万ドルぐらいお小遣いをくれたの。
   その代わりにフランスに新しく出来た観光名所の「森」におつかいに行かされたの。

   森の中はもう大変っ!
   屍喰鬼(グール)さん達が団体で彷徨ってたり、他の観光客のおじさん、おばさんが
   血を撒き散らしながら熱烈に語り合ってたり、何というか、そうっ!
 
   …この森は…地獄だ(byニンジンが嫌いなパイロット(0083))って感じ?

   そんなこんなで森の中にある謎の美術館でイケメンのオトコノコと衝撃の出会い!
   この高鳴る鼓動………胸キュンドキワク、これはもしかして…………!


   次レス >>651

   『鮮血の出会い』
 
   見てくれないと、ハチの巣にしちゃうぞ?


   

651 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/02(日) 23:48:49


「え、ちょっと何言ってるのー? あたし、あたしコドモだから、墓標とか難しい事
(ぐえ……マジか、コイツ目がイッてやがるっ! それにこの血臭、相当殺って来
言われてもーわっかんなーい♪ そんな怖い顔しないで、わらおーよ、おにーさん?
たな。しかも、明らかに戦闘態勢じゃねえか。ツイてねえ、金にならねえのはマジで
………うーん、駄目かなー。ちょっと、あたし急用思いついたから」『あばよ』
勘弁だゼ。チッ、仕方ねえ、あたしもこうなったら腹をくくって……)

 転瞬、銀線が煌いた。

 音も無い。意も無い。
 閃光だけが虚空を裂いて飛来していく。
 
 赤い少女の白い手袋を嵌めた小さな可愛らしい左の手から不意に投げられたモノは、米Chris
Reeve社製コンバットナイフ『Chris Reeve Project2』。
 その刃は高硬度と対高磨耗性に定評のあるハイス鋼で作られており、刃渡りは191mmと大型、
その秘めたる殺傷力は素人目から見ても必要十分以上に過ぎる。
 ナイうのフレートとハンドルは一体で接合化という設計で素材と相まって、非常に高い耐久性を
獲得している。
 更に少女の持つ其れは抗不死化処理が独自になされており、正しく「夜族(ミディアン)」殺しの
ナイフと言うに相応しい。
 
 一度、このナイフがこの闇狩人の手に握られれば、万物等しく無慈悲なる断裂が訪れる。
 林檎、木、岩、金属、夜族…………無論、人間もその例外では無い。

 かかる凶刃が弾丸と化して、少年の首もとい頚動脈を寸分の狂いもなく向かっていく。

  注文(オーダー)、完了

  ぶつん、と肉が断たれて、
  ぶしゅ、と血が吹き出て、
  どたん、と人が地に付し、
 
  ――――肉塊(英国美少年風)一丁、数秒後に完成「予定」.........


【現在地:F地区 美術館・夜】



652 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/02(日) 23:57:02





「お?」
 

 埒も無い考えをつらつら弄んでいると、銀のナイフが飛んできた。
 辺りの薄闇引き裂いて、
 すぱぁんと、喉元食い破らんと飛んできた。

 そうは問屋が降ろさない。

 ―――かつん。
 
 目を見張る速度で飛んできた赤頭巾のナイフ。
 オレの胸の僅か手前で、見えない何かに弾かれて、ぴたりと止まってかつりと落ちる。
 何の手品か、と問うて応(いらえ)を待つのは、没趣味無粋の極みなり。
 ただ、まあ、ヒント。
 オレの前に張り巡らされた銀の糸、これがヒントね。

―――とくん、とくん、とくん、

―――とくん、とくん、

―――とくん、


「お、よっしゃ」

 消えたよ。
 耳障りな心臓の音が、オレの頭のなかから綺麗さっぱり。

「さて口煩い野郎が消えたところで」

 お楽しみだよ。

「なぁ、アンタ、何処の誰?」

 ―――何処の誰かはしらないけれど、血の臭いだけはぷんぷんだ。

「まァいいや。斬りあってたら判るしね」

 ―――切り結ぶ刀の下にあっては、どのような素性も、たちまちのうちに明らかに。

「具合はズブの素人だろうが、舌を巻くような使い手だろうが」

 相手に一歩を歩み寄り。
 しゃらん、輝く糸を躍らせる。

「至らなかろうがお腹一杯だろうが、」

 相手に一歩を歩み寄り、
 斜に構え、両手をかざして臨戦の姿勢。

「文句とか云わないからさ―――殺しあおうよ!」



 ―――ショーが始まる!!!!


 リラを鳴らせ・フィドルを鳴らせ・何も弾けない奴ァ高らかに叫べ。

 野次馬野郎は飛び跳ねろ・そうして馬鹿騒ぎをこさえて・批評家気取りのクソ野郎をやっつけろ。



 まずは・初手。


 両の手・羽ばたくように・広げ・広げ、


 ヘイ・ディドゥ・ディドゥ・
 ダ・キャッ・アン・ダ・フィドゥ。


 ―――戦慄至極の糸繰り・これぞ十指の中で最も運法に秀でたる・我輩こと右手薬指の手管なり―――

 ―――馬鹿云っちゃいけねぇ・一番観客にウケるのは・俺様こと左手人さし指様の手妻と覚え置け―――



 ダ・カウ・ジャンプド・オーヴァ・
 ダ・ムーン・ダ・リトゥ・ドッグ・ラフゥド。

 すらり落ちたる銀の雨・煉瓦と木々を引き裂いて。
 うえ、みぎ、ひだり・三方から赤頭巾に・影のごとくに迫る迫る。


「まだそンくらいは避けろよ! 避けてこっち来いよ! (薄い胸を張って)ここだ!こン中にさ、
オレのいっとうムカつく奴が居るんだよ! 手前が目指すべきは、切り上げるべきはここだ、さあ殺せ!
コイツを殺せ! オレを殺せ!さもなきゃ手前を殺す! ―――でもその前にそれ、ちゃんと避けろよな」



 巧く避けたらお慰み?
 巧く避けたらプリマヴェラ。
 あいつはサーカスのプリマヴェラ。

 トゥ・サッチ・ファン・アン・ダ・ディッシュ・
 ラナウェイ・ウィドゥ・ダ・スプン。
 ところでさ。


「おい売女ァ。コレって何の唄だっけ?」
 

 ヘイ・ディドゥ・ディドゥ。
 ヘイ・ディドゥ・ディドゥ。
 ヘイ・ディドゥ・ディドゥ。


【現在地:F地区 美術館・夜】


653 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/03(月) 22:54:45
>ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ
>>652
 
 
 
     よいこのための みんなのヒロイン「バレッタ」 だいとくしゅう そのいち!
     イラストつきで くわしくかいせつ!



           NOW PRINTING



     なまえ
    「ラブリンハンター」 バレッタ

     しんちょう 57メートル 142センチ
     たいじゅう 550トン 37キロ

     1.バレッタブレイン
     ちのうしすうは じつは けっこうたかいぞ!
     しごとの ほうしゅうの ねあげこうしょうに いりょくを はっきする!

     2.バレッタアイ
     りょうめとも しりょくは 4.0だ!
     よめも しっかりきくぞ! よすずめ なみだめ!

     3.バレッタノーズ
     えものと おかねの においは のがさない!

     4.バレッタイヤー
     じごくみみだ!

     5.バレッタマウス
     キュートな ボイスに みんな メロメロだ!

     6.バレッタアーム
     ナイフやじゅうかき のあつかいは おてのものだ!
     りょうりも とくいだぞ!

     7.バレッタレッグ
     きゃくりょくは ジョイナーなんて めじゃないぞ!
     にだんジャンプも できる!

     8.バレッタソウル
     くろだよ! まっくろ!





    「おい、コラ、ディレクター! 肝心要のあたしのイラストがないのはどういう訳だ!?」



654 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/03(月) 22:55:08



 ざっくざっざっく



 ばらばらばらばら



 ああ、あわれ、あかずきん…………



 
 …………のしろいながてぶくろはそのみじかいじゅみょうをおえてしまいましたとさ まる


「たしか、デートの時はこうやって手袋を投げるんだっけ? あたし、コドモだから
(クソガキッ! 咄嗟に腕引き抜いて、手袋を身代わりにしなけりゃ、左手おさらば
あんまりムズカシイこと、わっかんなーい♪ でも何でもせいきゅーなのは、嫌わ
だったじゃねえか!? ………コイツ、糸使いか。となると間合いはかんけーねー
れるよ、おにーさん♪ あたしもまだみんなのアイドルでいたいから…」『死ねよ』
って事だな。ウゼえったらありゃしねえよ、ったく! 此処は屋内、なら)

 バスケットを叩くと短機関銃がひとつ♪

 狩人の右手にあるのはUZI SMG。さまよえる裏切りの民が旅の果ての地にて自ら造り出した名機である。
発射速度650発/分、弾速秒速400m。その銃口から吐き出される9mmパラベラム弾は独自に呪装化処理。
高速で乱射される狂弾は、人間とは比べ物にならない身体能力を誇る夜族でも回避困難な殺意の奔流。

「だ・れ・が、売女(ビッチ)なのかなー? もー失礼しちゃうな! あたしってのん
(斬糸は「使いこなせる」のであればマジで厄介だからな。このガキはどれくらい
びり屋さんだけどォ…キれるとヤバいから大注意ねっ!」
まで持つ…? どれくらいまで耐え切れる……?)

 少女が引き金を引くと同時にパラパラパラと乾いた歌声が美術館内に響き渡る。………そして、歌声の元
たるUZI SMGの銃口は標的たる少年から『明らかにズレていた』――――――――つまりはデタラメである。
弾丸の向かう先は床、壁、天井とまさしく無差別を極め、それらを穿ちつつ、跳弾と成る。

「あなたのくにの歌かなッ! そのままレクエイムにならないようにねっ! ちい
(持久戦に持ちこめば…といいたいが、何せ命を捨てに来てるガキだ。出来る
さなイヌが 高わらい〜♪ みものだわい、みものだわい〜♪」『テメエの死に様がなっ!』
手は全て打つべきか。…………二重、三重、それこそだ…)

 更に凶弾の主自体もその立ち位置をその打ち出される向きを目まぐるしく変える。少年から向かって左へ地を
這うように、宛ら蛇の様に疾走しつつ、銃を乱射乱射乱射。

 無差別を通り越した無数の跳弾は、最早予測する事は到底不可能な狂弾へと転じ、耳障りな金きり声をキュン
キュンとあげ、二人の歌の音程をかき乱す。

 バスケットを叩くと火炎瓶がひとつ♪

「あ、これもオマケね♪ ヘイ、ディドル・ディドル〜♪」
(さーてと、こんな時の為に高い金出して雇ってンだ…)

 ぽいと赤頭巾から愛しの自殺志願者にプレゼントフォーユーと言わんばかりにに投げ込まれる火炎瓶。

「……ヘイ、ディドル・ディドル〜♪」『ヘイ、ジョージ!!』
(報酬分はきちんと働いて貰うゼ!)


【現在地:F地区 美術館・夜】



655 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/03(月) 23:39:22



  『なぁ。君の家がどこだかわかるか?』



  ――――― ヨークシャーの………小さな村。
  名前はわからない。
  誰も、自分たちがいるのがどこかなんて、考えなかった。
  ときどき訪いさんが来たら、村のみんなは
  《ようこそ、ここはヨークシャーの果て》って云ってた。

  なんにも無い場所。倫敦はずっと南の遠い場所。
  雲を払うように、いつも風が吹いていた―――…そんな、ところ。

  村のしきいを少し出ると、広くて乾いた荒野(ムア)があって、
  そこに入ると、おとなでもよく迷子になる。
  村をきちんと出るには、地図をコンパスをしっかり見ながら、
  鉄道が走ってる近くの町までいかないといけないの―――…

  ときどき、大聖堂(ミンスター)にみんなでお祈りに行く日があって。
  そういう日に、まち、っていうものにいくと、別の世界に行ったような気になる。
  ひとがたくさんで。
  ひとがたくさんで。
  なんでこんなにいっぱい人がいて、互いにぶつかったりもつれたりして
  大事にならないか、ってずっと不思議で――――。



  『君の家族は、どんな人だった?』



  ―――――わからない。



  『わからない? 家族なのに?』



  ―――――あんまり、喋ったこと無いから。
  向こうも喋りかけなかったし、僕からもあんまり喋らなかった。

  でも、あいつらはお祖母ちゃんをいじめてた。
  あれはいけないことだと思った。



  『あいつら? あいつら、っていうのは、お父さんとお母さん?』



  ―――――そう、だと思う。
  おとうさんとおかあさんっていうのが何か、よく判らないけど。
  
  《おとうさんとおかあさん》はいつも、口汚い言葉でお祖母ちゃんをののしってた。
  オドネルがどうの、卑怯者、オールドがどうの………よく思い出せない。

  あとでお祖母ちゃんが云ってたことだと、
  《おとうさんとおかあさん》はここから西にある、別の島で出逢って―――
  いろんなごたごたに巻き込まれて、ヨークシャーに逃げてきたらしい。
  その時に、いっしょに連れて行ってくれるように、お祖母ちゃんが云って―――…。
  でも、結局は《おとうさんとおかあさん》は、
  お祖母ちゃんを荷物みたいに扱ってた。



  『君のお祖母ちゃんは―――どんな人だったの?』
  


  すごく物知りな人だったよ。若い頃にはたくさんの本を持ってたらしくて、
  たくさんの言葉を話せた。お祖母ちゃんの故郷の国の言葉以外にも、
  英語と―――…それにフランス語と、ラテン語。
  だから、村の人たちともふつうに喋れた。
  《おとうさんとおかあさん》は、逆にすっごく訛った英語しか喋れなかったから、
  いっつも二人でいたけど。

  すがたも、きれいなひとだった。
  オークの樹みたいにしっかりしてて―――すらっと立つ姿が似合ってて。
  きらきらした白髪がすらっと流れるのが仙女様みたいで、
  ぼくはずっとあこがれてた。



  『なるほど―――その憬れのお祖母ちゃんを、お父さんとお母さんがいじめたから』



  そう、全部、あいつらが悪いんだ―――。



  『君は、お父さんとお母さんを、殺そうとしたんだね』



  ―――――― そう。




(勿論そんなものはずっと遠い昔にあったどうでもいい話で、大筋とは何の関係もない。)
(さっさと本編に戻ろう。つまりいかれた赤頭巾といかれた執事の馬鹿踊りの只中へ。)



656 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/03(月) 23:39:48


>>653 >>654


 賢しいと云うべきか小狡いと云うべきか、
 兎にも角にも手袋いっちょを身代わりに、
 難を逃れた赤頭巾、
 地に伏すばかりの低姿勢、
 直ちに闘争に移るかと思いきや、
 取り出したりますは機関銃、
 どことは知れぬ目標目掛け、どことは知れず狙い打つ―――。


「お前は糸使いの何たるかを知ってるな! 急所目掛けた弾は、糸に絡め取られて
防がれる! さらば《何処とも知れず》を撃てば善い!」


 ―――褒めてやるぜ、慧眼だ。


 赤頭巾の手妻に舌を巻き、英国紳士らしく敵の力量を認めつつも、そんなオレの内面とは
無縁とばかりに鉛球の嵐は吹き荒れる。凶弾が歌う。少女が歌う。削られた壁が歌い、
軋む天井が歌う。―――落花狼藉極めたる風情の弾幕席巻叫喚劇場、世界の耳を聾して、
皆でclap,clap,clapclapclapclap―――さてどん詰まりには何が出る。


「―――つっても、まだここで当たる訳にもいかねェしな」


 さてここであらたかなるのが、糸使いの空間把握能力だ。
 脳味噌の裏側にこの美術館の一室の見取り図を大雑把に書き込む。
 その中をじゃらじゃらと跳ねる硝子球、これが即ちあいつの跳弾。
 オレは出来うる限り簡素に「室内の構造上、どこをどう弾が跳ねたらオレに当たりやすいか」を
算段しつつ、右手を一閃/天井と彫刻の一部を切断。
 「確率上、跳弾の当たりにくい場所」を作って、そこに逃げ込む。


「もちろん、逃げ込むだけじゃねェけどさ」


 オレは穴土竜じゃねェ。こんな五月蝿い場所で引き篭もってても耳が悪くなる。
 次々に彫像を砕く。壁を斬る。天井を落とす。「跳弾の当たりにくい場所」をつぎつぎに移動させて、
その度そこを通り抜ける―――すなわち「スポット」を「ルート」へ。

 理想としては、このまま赤頭巾のとこまで辿り着いて首チョンパしてやる筈だった。
 ところがだ。


「―――くっそ、また偉くしょっぱい得物出してきやがって………!」


 宙を舞う火炎瓶。普段なら有効範囲に入る前にあっさり両断してやれる代物だが、跳弾の処理に
手一杯のオレにとっては避けがたい代物だ。
 対処が一歩遅れる―――爆風の圏内に入ったあとに、両断。
 ぶちまけられた火薬に火がついて、どかん。―――畜生、今度こそイカれたか鼓膜。

 爆風に煽られて姿勢を崩しつつも、ジョンブルの卵たるオレは愛嬌を喪わない。
 ぱちん、と指を鳴らす。
 オレの脳内予報が確かなら、たぶんさっき赤頭巾がラストに撃った弾がこうこうああなって、そんで
オレが崩した彫刻の「もう仕事やめよう………」みたいになってる顔面に跳弾して、実にコミカルに
赤頭巾へとGo fuck真っ最中の筈。
 ワオ。糸遣いってすげぇ。こんなことまで判っちまうんだな。
 顔を上げたときに赤頭巾が死んでいないことを祈りつつ、オレは素早く身を起こした。
 

【現在地:F地区 美術館・夜】

657 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/04(火) 00:37:43
>ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ
>>655 >>656




     よいこのための みんなのヒロイン「バレッタ」 だいとくしゅう そのに!
     こんかいは バレッタの ぶきについて かいせつだ!!



     ○ バレッタボディ

     スリーサイズは70・58・75。
     いうなれば だいそうげんの ちいさな いえ!
     ロリコンを いちげきひっさつできる!

     ○ バスケット

     あかずきんといえば バスケットは ひつじゅひん!
     よじげんポケットかとおもうほど いろいろしゅうのうされてるぞ

     ふしぎそざいで つくられているから ものすごくがんじょうだ
     きゅうけつきだってぼくさつできる! ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜♪
     ミサイルランチャーとしても きのうする!

     バレッタじまんの まるた(ひがんじま)まっさおの
     ばんのうへいき(マルチウエポン)だ!

     ○ リンゴ

     どくいりきけんたべたらしぬで
     たべられません! ばくだんだから!!

     ○ かえんびん
     
     はんたいせいは がくせい ごようたしの ぶき!
     だれでも かんたんにつくれるのが とくちょう!
     なかみを つめかえることで はんようせいは さらにアップ!
     
     ○ マシンガン

     みえないてきに マシンガンを ぶっぱなせ!
     シスターズ アンド ブラザーズ!!

     ○ ナイフ

     リンゴもむけるし、にくもきれる
     サバイバルの ひつじゅひん!
     バレッタは なんぼんか もちあるいてるぞ!

     ○ じらい

     たかいおかねをだしたり きたいしてかったのに はずれだったもの
     けりだして つかう じげんしきの じらい
     もちろん ふんでも ばくはつする!


     これでバレッタの2つの ひみつをかいめいした!
     のこり 24のひみつこうかいは みてい! 


          

658 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/04(火) 00:38:10

『ヘイ、ジョージ!!』 「YES!」

「あはははは♪ 駄目だよー? オンナノコの真心の贈り物はきちんと貰わないと?
(はん! テメエはもう追い込まれてるんだよ!! あたしですらあんなん予測出来
はーい、ジョージィ? さっくりどっかーんと二人の愛の共同作業で殺っちゃおう♪」
るかっての。追い込まれたネズミは哀れネコもといあたしの餌、だ)

 ぬっと現れた巨漢の傭兵ジョージが構えるはイタリア・フランキ社製散弾銃SPAS-12。「小型の大砲」
とさえ揶揄される強力な銃である。防弾チョッキすら貫通するその威力は生半可ではない。

 しかし、殊、人知を超えた化け物相手は些かその用途は異なる。威力は勿論の事だが、重要なの
はその攻撃範囲である。人間の眼では追えないスピードで動く化け物相手に命中させる為には「点」
より「面」である。当たりさえすれば、仮に仕留められなくても、相手はその負傷の分だけ劣勢に陥る。
後は仕留めるまで作業を繰り返すのみ、何度でも何度でも何度でも。息の根を止めるまで。何度でも。

 今の標的に対しても同じ事。どんなに広範囲で精密に糸を繰ろうと広範囲を一度に掃射する散弾銃へ
の対処は困難極まるだろう。

 更にそこに化け物も真っ青の身体能力、狩りの技術を持つバレッタの攻撃が「同時に」加われば……?
 結果は「絶命」「落命」「隕命」「畢命」「惨死」「即死」「致死」「憤死」etcetc、よりどりみどりである。

「そ・れ・じ・ゃ、バイ」『どわあ!?』
(これでテメエも仕舞)

  自慢のバスケットで不意の跳弾を防いだのはまさにバレッタが超一流のダークハンターである証であろう。
 しかしながら、無理な体勢での防御で当然に体勢は崩れ、ごろんごろんと後ろへコント宜しく赤頭巾はボー
 ルの様に後ろに転がっていく。


 ………そして、完璧だった筈の「同時攻撃」は脆くも崩壊し、





 BOMB! とSPAS-12の声だけが虚しく美術館に木霊した..................


【現在地:F地区 美術館・夜】


659 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/04(火) 01:08:21



  『お父さんとお母さんは、どんな人だったんだろう』


  
  ―――――すごく仲がよかったよ、それ以外はわからない。
  あの二人はずっと自分達の世界に閉じこもって、自分達以外の人間のことは
  頭のなかから締め出してたんだ。そうだとしか思えない。

  《いつか二人で倫敦に行って―――》っていう、
  そればっかりが合言葉だったんだよね、二人の。
  いつか二人で倫敦に行って、そこでお店を立ち上げて、二人で幸せに―――とか。



  『そんな二人だから、君と君のお祖母ちゃんをぞんざいに扱ったんだろうね』



  そうだと思う。



  『だから、殺そうと思った』



  ―――――殺すって云っても。



  『ああ』



  ―――――べつに、真正面から叩いたりとか、ほんとうに刃物で
  刺したりとか、そういうのを考えていたわけじゃないんだ。



  『じゃあ―――どうしようと思ったの?』



  罠を仕掛けて。



  『罠?』



  ―――――そう、罠。
  ちょくせつ大人に口答えしたりするのは怖かったから。
  それなら、罠をしかければいいんだ………そう思うって。



  『どんな罠だったんだい?』



  べつに、なんていうことはないよ。
  階段の埃を一段だけ取らなかったり、ドアの取ってのところを
  ちょっと壊して、握ったら怪我をするようにしてみたり………
  雨の翌日には、ドアのすぐそばにぬかるみを作ったり。



  『それは、罠、っていうよりは―――』



  うん、『事故』みたいな感じで、死ねばいいと思ってたんだ。
  ふつうに暮らしてても、みんな転んだり、高いところからおっこちたりして、
  大きなケガはするものだっていうのを、だいたい死ってたから――― それなら、
  ふつうのひとより、ちょっとだけ事故に遭う確率を上げられたら、最初はそんな感じだったんだ。



  『最初は』



  もちろん、そんなことをしても、なかなか人って死なないからね。
  それなら、もうすこしあからさまな事をしても大丈夫だろうし、誰にも怒られないだろう、って思ったんだ。



  『それでも死ななかったんだ』



  ――――うん。



  『それで、何の変化もなかったの? その後のくらしには』



  ―――いいや。



  『というと?』



  ―――丁度そのころからなんだ、《あの男》が村にやってきたのは。



(少しばかり与太が過ぎたようだ。すでに喪われた物語を語ることに何の意味も無い)
(早く狂騒の巷へと筆を進めよう。即ち赤頭巾と執事との、奇妙極まる鉄火場へ)



660 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/04(火) 01:09:53

>>657 >>658


 ――――爆ぜるように飛び起きて、疾走を再開。
 《思考》が賢しくも粋人ぶって絢爛豪華な《作戦》のゴブランを編み上げる前に
ひとえに直観のみで以って、オレは大口径散弾銃を構える傭兵へと吶喊。

 もちろん故なくしての事じゃない。
 右に逃げようが左に逃げようが、攻撃範囲の広い散弾銃を回避することは
咄嗟には難しい。それならいっその事、相手が引き金を引く前にケリを付けようと
云うのが、大まかな目論見だ。
 ―――もちろん、口で云うほど簡単じゃあないんだがな。


「ヘイ、ミスター・ギース―――」


 やれ奔れ両の脚、軽ろく往く涼風を気取れ。
 忽ちにあの大男の袂へと馳せ付けろ。
 其ンで以って横ッ面に蹴りの一つも見舞ってやれ―――。
 さもなきゃ微塵だ。
 あの銃で撃たれて微塵だ、ビスケットみたいに沢山になって、ぱらぱらと降り注ぐ―――。


 しかしながら、実際問題。
 10メートルの距離を詰める労苦に比べれば――――。
 引き金を絞る指の疾りたること、なんとまあ、たなごころを返すよう。
 
 で、結局はその時間差を埋めきれず

 (―――ばぁん、風を割く轟音雷鳴を騙る!!!!―――)

 オレことウォルター・C・ドルネーズは、ばらばらになりました。


「―――手品が見たいかよ」


 なんてね。
 またも糸使いの面目躍如。相手が散弾銃を放つ一瞬前に、横に糸を張り巡らせて作った
不可視の足場を使って跳躍。
 ―――驚いたか? 度肝を抜かれたか? 前後左右の移動には対応しえても、まっさか
《オレにしか見えない即席縄梯子》を一瞬で拵えて、上に逃れるとは思ってもなかっただろうよ。

 そんで、爽快に傭兵野郎を飛び越す。
 ―――すぐ眼下に、大口径散弾銃がもたらした破砕の奔流。
 すげぇ威力だなそれ。でももう、リロードしても意味無いよ。


「アンタもう―――腕とか、無いし」


 ぶしゅう。
 飛び越しざまに奔った銀の糸が傭兵の肉体をバターさながらに寸断していく感覚が、糸の群れに
ディストーションされて十本の指に伝わる。
 すたりと床に降り立つ頃には。
 ミスター・ギースも散り散りの有様、あー良い大人がそんなバラバラになっちゃって、情けない!


 ――― そうして、一人目の死を大して省みることもなく。
 床を転がる赤頭巾目掛け、オレは疾走を始める。


 どうやらここは狂奏の巷、不条理のお庭だ。
 だから勿論、血の雨が降る。



【現在地:F地区 美術館・夜】


661 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/04(火) 02:10:55
>ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ
>>659 >>660









                きりんぐ☆ちゃんねる










   毎回、おなじみっ! きりんぐ☆ちゃんねる、はじまるよー!

   ………ってオイ、コラ、ディレクター、出し忘れてたテロップを急に出したら、
   まるで某人気にあやかって今思いつきでパクったみたいに見えるじゃねえか!
   チッ、テメエ、後で体育館裏に来いよ、あん?


   ごめんなさーい♪
   ちょっと、不手際があったみたい。それでも、あたしは元気だよっ!
   
   でもでも、あたしっ! とっても悲しいのっ! うるうるうるうる…………
   ジョージさんが逝っちゃったよぉ! 女房思いの良い人だったのにぃ。

   幾ら運命の出会いでイケメンのオトコノコトでもこれはちょっと許せないよねっ!
   あたし、がんばるっ! バレッタは強い子だからっ!!
   みんなもこの愛狩人のあたしを応援してねっ! それじゃ、又会おうねっ!!











   ケッ!
   2万ドルも出して雇ったのに、あーっさり殺られてやんの。
   はん、女房思いどころか、アイツは彼女居ない暦ウン十年だよ。
   右手が恋人ってか、ギャハハ!

   あ、んだよ、もう一段落してるんだろ。何を慌ててやがるんだ?
   何ィ! まだカメラが回ってるだとぉぉぉっ! ふざけンなっ!
   クソ、テメエ等、全員鉛弾食わしちゃ







   ザー

662 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/04(火) 02:11:23

「う〜〜〜〜〜〜〜〜ん………」『ヤロウッ!』
(グ…味な真似しやがる!って)

 闇狩人が起き上がった時、眼にしたモノは地面に散乱するジョージだったモノ。
 そして、次に視界に入ったのは逆襲に駆け寄ってくる殺意の塊。

「あーあ、ジョージさん、良い人だったのになぁ。ホント、ひどい事するよね、もうっ!」
(クソ! 死ぬなら死ぬで一矢ぐらい報いてみろってんだ! この役立たずがっ!)

 バスケットを叩くと火炎瓶がひとつ♪
 バスケットを叩くと火炎瓶がふたつ♪

「もー、仕方ないなあ。じゃあ、ちょっとハデにプレゼントしてあげるよ♪」
(オメーはあたしを怒らせた。はン、楽に死ねると思うなヨ?)

 バスケットを叩くと火炎瓶がみっつ♪
 叩いてみるたび、火炎瓶はふえる♪

 ぽいぽいぽいと次々と息をつかせる間も無く、赤頭巾はガラス瓶を少年に投げていく。
 中に詰まっているのはカクテルならぬガソリン、死神を歓待するにはアルコールは似合わない。

「ほらほらほらほら♪ まーだたーくさんあるよ? ぜーんぶ、うけとってね?
(かわしても地面が燃える、斬っても結局、燃える。当たれば、モチロン……
返品交換はノーサンキュだからね♪」
シンプルだが、効果的だろ? だが!)

 バスケットを叩くと火炎瓶が………
 バスケットを叩くと火炎瓶が………
 バスケットを叩くとニトロ瓶が………
 バスケットを叩くと火炎瓶が………
 バスケットを叩くと火炎瓶が………
 バスケットを叩くと火炎瓶が………

「らんらんららん♪ ほーら!!!」
(本命はコレだ、消し飛びなっ!)

 木を隠すなら森の中。ニトロ瓶を隠すなら火炎瓶の中。そう、見た目からは全く区別がつかない。
 ただの液体の入った瓶にしか見えない。

 ニトログリセリン―――C3H5(ONO2)3。
 僅かな振動で大爆発を起こすダイナマイトの原材料。ニトロの取り扱いミスによる死者は歴史上、
 数え切れない程居た。そして、今又、死神の異名を持つ少年もその列に…………



【現在地:F地区 美術館・夜】



663 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/04(火) 23:46:07


劇前幕 破滅の夜に夢紡ぐカッサンドラは伽藍に木霊する己が独言の内に真意と情緒とを見出す



◇登場人物


   少佐   ―――――――――― 狂人。

   軍医   ―――――――――― 狂人。

   執事   ―――――――――― 夢見人。犠牲獣。


          ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


  【HAMLET】
  Speak the speech, I pray you, as I pronounced it to you, trippingly on the tongue: but if you
  mouth it,as many of your players do, I had as lief the town-crier spoke my lines. Nor do not
  saw the air too much with your hand, thus, but use all gently;
  for in the very torrent, tempest, and, as I may say,the whirlwind of passion, you must acquire
  and beget a temperance that may give it smoothness. O, it offends me to the soul to hear a
  robustious periwig-pated fellow tear a passion to tatters, to very rags, to split the ears of
  the groundlings, who for the most part are capable of nothing but inexplicable dumbshows and
  noise: I would have such a fellow whipped for o'erdoing Termagant;
  it out-herods Herod: pray you, avoid it.
            

                       ――――《Hamlet》/William Shakespeare.

          ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


664 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/04(火) 23:46:30



■第一場 巨大飛空船内―――医務室


 心電図。延命を促すもろもろの機械に繋がれて、寝台に横たわる執事。
 それを見守る軍医。
 暫くの無言劇ののちに、少佐の登場。


少佐      やぁ。捉えた虫の具合は如何かね。


軍医      これはこれは少佐殿、ご多忙の合間を縫って
        わざわざ我が業績をご覧にいらっしゃるとは、感謝のきわみにございます。

        しかしながら、ありきたりの枕詞、己を弁護する数々の言い訳、
        その場を取り繕うための虚言を排して申し上げるならば、
        状況はあまり芳しくないと云うべきでしょう。


少佐      成る程、そいつはいい。
        というのは苦渋多き土壌にこそ、誉多き業績は実るのだから。
        今の君の焦りを交えた表情を見るにあたり、
        私はこの企ての成功を予感したね、間違いない。

        この執事は私たちのものになる。
        即ち戦場において英国に仇をなし、枕元にあって第四帝国の夢を見る、
        髑髏の章の兵士へと。

        しかしながら、もうさすがに時間が無い。
        いつまでも君の憂愁をともにしているわけにもいかないな。
        率直に云って、何が、どう、巧くいかないのかね?


軍医      率直に申し上げて、魂の問題であります。


少佐      ほう、魂の問題か! よりにもよって教条的な言葉選びだ!


軍医      伊達や酔狂で申しているのではありません。
        たとえこの者を若返らせ、
        老いたる体が壮気百倍し、一騎当千の兵となったところで、
        その心に元の主人を慕う心あらば、元の木阿弥、
        労苦をいとわず作り上げたとびきりの傭兵を、わざわざ敵に寄越してやるようなもの。



665 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/04(火) 23:46:59

少佐      つまり、かの執事を口説き落とす方法が必要なわけだ。
        成る程、土の底に篭りきりで、恋愛沙汰に疎い我々には中々の難題だね。


軍医      その通りでございます。
        私はその無理難題を通すために、
        ヴィクトリア朝時代の霊媒学的手法を靴に、
        かのジークムント・フロイトの導きたる心学びの教義を地図に見立て、
        この者の魂の奥深くへと分け入り、この者が何を恐れ、何を望み、
        何を厭い、何を好むのかを、詳らかに解き明かした次第でございます。


少佐      成る程?
        少々無粋、無作法なやり方だが、我々の流儀にはよく似合う。
        すると軍医、この者の心はいかにして出来上がっているのかね?


軍医      この者の心は―――二つに分かれております。


少佐      二つに。


軍医      即ち、生を望む意志と、死を望む意志とに。


少佐      ふむ、生を望む意志とは何かね。


軍医      枝葉末節を略して云えば、忠義にまつわる心根にございます。
        英国の、ヘルシングの歯車と己を見立て、
        自らの主君を守り通すといった類の。


少佐      なるほど。高潔だが退屈だな。死を望む意志とやらは?


軍医      こちらは―――少々、難解と云って良いでしょう。
        ご多忙な少佐殿に、今お伝えできる時間があるかどうか。


少佐      構わぬ。
        此方の都合は慮りの埒外において、出来るだけ詳しく話したまえ。
        

軍医      では申し上げましょう。
        いかなる所以か次第かはさて置き、
        この執事、自らの命を、およそ抱えがたい重煩なお荷物と捉えている模様。


少佐      自らの命を疎ましいと云うのか?
        それ自体は在り来たりな懊悩だな、この男がそんなものを抱えているとは意外だが。


軍医      いえ、奇特なのはここからです。
        この者にとっては命とは、時経るごとに値打ちを吊り上げ、
        自ら抱えている段にも気苦労は多いけれども、
        他人に売り渡そうにも、おいそれと買い取ってくれる者の少なくなっていく代物なのです。
        

少佐      成る程、するとこの男は、
        出来れば命を散らしたいが、その命の値打ちを考えれば
        ただ死ぬのは勿体無くて仕様が無い、なにか高潔な使命、あるいは語りがたい難敵、
        空前絶後の災害などでもって、英雄的に命を散らしたいというわけだな。


666 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/04(火) 23:47:47



軍医      厳密には「この男の一面は」ですが。


少佐      ああ失敬、なるほどなるほど。
        しかしながら確かに面白いな、いやむしろ都合がいいと云うべきか。

        英雄になるには、まず竜を見立てねばならぬ―――とはニーチェの言だったか、
        兎にも角にもその通り、壮絶な死を演出できるほどの強敵と云えば、
        まず一生に一度、行き会えるかどうかと云った所。
        しかしながらあの男、夜魔のあるじ、不死者の王、吸血鬼の元首たる
        アーカードは、この男がなによりも渇望している《強敵》そのものではないか。


軍医      ええ、ですから、仮にこの者の生を望む心を、死を望む心が上回れば、
        たちどころに王立国教騎士団の仇と成り変るのは、必定であって――――



――――――――(それはそれで、またべつのおはなし。)―――――――――――――――――



>>662



「―――ああ?」


 覚えずに唸ったのは『手前それ火の付いてるトコぶった斬れば済む話だろ
糸使いナメんな』―――だのと云った、仕様も無いケチが付いたからじゃない。
強烈な違和感。ひとえにその賜物だ。

 ―――眼の裏で、赤頭巾が火炎瓶を投げた一刹那をかえりみる。
 スロウビデオのようにゆっくりと、稠密に。
 その―――手首を返してつぅるりと、空に滑り出していく瓶のうち―――ただの
一つだけが、ばかに丁寧に投げられていないか?
 他の瓶は、親の仇さながらに、乱雑な扱いで以って投げ出されているのに。
 三つ目の瓶だけが。愛(なで)し子を撫でるように、ふわりと―――。
                     、、
「―――よく判らねぇが、あいつが本命か」

 尽きるところ、話はこうだ。
 瓶飛んでくる。で糸使いのオレが馬鹿正直にすっぱりと切る。
 しかし六つの火炎瓶の中の一つだけは所謂《罠》で、ぶった斬るとビックリ箱
宜しく愉快な仕掛けが炸裂するという寸法だろう。少なくともオレがあの娘御なら、
それくらいのお茶目はやる。

 何故って先刻一度火炎瓶は投げたんだから、数だけ増やして内実(なかみ)は
おなじ式の一本調子は、敵手の対処を簡単にするばかりで益がない。二度目は
変奏(アレンジ)を加えて―――戦術のいろはの「い」。

 でも、まあ。
 そうと決まれば、話は早い―――。


667 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/04(火) 23:48:05


 ここまでを一秒足らずで思考しつつオレは赤頭巾に向けていた脚を止め、右手で
手早く糸を繰った。
 ただし、赤頭巾に向けて、じゃない。
 背後に向かって、だ。

「―――ヘイ、ギース! 見せ場だ! 思う様恰好つけやがれ!」


 オレの合図で、さっきぶった斬った傭兵がとっても元気に跳ね起きる。ただし、
肘から切断された右腕だけが。
 屍を道化人形よろしく操って振り回すのは糸繰りの極技だが、オレはあいにくと
そこまでの真似はできない。ただし、人体丸ごとじゃなくって右腕一本くらいなら
今でもどうにか出来る―――。
 ―――そうしてその右腕は、さっきの化け物散弾銃を握っている。


 さて馬手がせっせとご多忙の中、弓手ばかりが如何にも手持ち無沙汰だな。
 安心しな―――手前にも仕事はあるよ。


 全力で体を捻って、左手の糸を揮う。
 もちろん、これも赤頭巾を狙ってじゃなく。
 床を目掛けて。

 散弾銃の銃口が宙を舞う火炎瓶を睨むのと、オレが床を斬って拵えた穴に
飛び込むのがほぼ同時。
 一瞬のちに、空間を揺るがす、轟音。


【現在地:F地区 美術館・夜】
【ウォルター、美術館・地下階へ】



668 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/04(火) 23:52:48
エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ vs 光の三妖精


         はじまりのおはなし




ふわり空飛ぶ三つの影。
灰色の町を見回して。
緑の木々を掻い潜り。
崩れた壁を覗き込み。
自由気ままに飛び回る。
さてさて今日は、何をするかな?


「本当にここ、どこなんだろうね?」

「見たこと無いものばかりだし」

「きっと外に出てきちゃったのね」

「ここまで珍しいモノだらけだと、そう考えるのが自然よね」

「せっかく来たんだし、いっぱい見て回るわよ!」

「何か持って帰れそうなものはあるかしら?」

「あ、あそことかどう?」

「荒れてるけど、お店だったっぽいね」

「それじゃあこっそり頂いていきましょ!」


今日の遊びはスニークミッション。
楽しい思い出テイクアウトで。
お金は無いけどよろしくね。


「あ、ちょっと待って。誰か近づいて来てるわ」

「……よし、ついでに悪戯もしちゃうわよ!」

「ああ、また変なことに巻き込まれる……」


あやしいかげが あらわれた!
倒せばお金が貰えるのかな?



【現在地:D地区 不思議なお店の目の前】

669 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/05(水) 00:23:26
エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ vs 光の三妖精

>>668
 
「で、津波が来るから作戦中止ってこと?」

「はい。それから回収役が来るのでどこか広いところを確保して合図を寄越せとのことです」

「合図ねえ……発煙筒でも焚くか」

「持ってませんよ。それにまず広い場所を見つけないと」

「合図に使える物と、広い場所か……」

「こんな商店街じゃ広い場所なんてないですよう」

「いや……どっちも満たすところがある」



 ・ ・ ・ ・ ・



 そういうわけで。
 商店街近辺で合図に使える物と広い場所の二つを満たすここ、ホームセンターへやってきた。

「発煙筒かそれに類する物、あるいは合図に使える物。ここならそういうものも売ってるでしょ」

「広い場所は駐車場スペースを使うわけですね」
 
「その通り。それじゃ発煙筒探すわよ。何か居るかもしれないから、油断しないように」

「了解です」

 いつものようにアタシが前、フィオが後ろでホームセンターへと踏み入る。
 割れた窓ガラスが靴の下でじゃりと鳴った。

「……あ、クラシックマーダー貸して。アタシの壊されちゃったのよ」 

「もう。後でちゃんと返してくださいね」

 メイに壊された拳銃の代わりを受け取ってホルスターにしまう。

「いくよ」

「はい」

 アタシたちは店の奥へ入っていった。


【現在地 D地区:ホームセンター】

670 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/05(水) 00:35:57
>>669

「来たわ!」

「二人組ね。……どうするのかしら?」

「ちょっと、二人ともー! 手伝ってー!」


かつんこつんと足音二つ。
しゃりんしゃらんと星の砂。


「肝心のサニーが何してるのよ!」

「ほら、これこれ」

「普通のボールね。大きさも色々だけど、
 向こうにもあるからいらないわ」

「そうじゃなくて、コレ踏んだら転ばない?」

「確かに転ぶけど…… その後は?」

「あれって、ガラスでしょ? その上に倒れたりしたら……」

「まさしく大惨事ね」

「と、言うわけだからばら撒くの手伝ってよ」

「はいはい……」


ぽーんぽーんと弾む球。
ころころ転がる月の石。


「でも、このままだとばれるでしょ?」

「何のための私の能力だと思ってるの?」

「見えなければ避けようがないものね」


月の光は反射光。
きらきら眩しい日の光。

月も星も、隠れちゃう。
眩いお日様隠しちゃう。

見えなくても、月はある。
ずっとずっと動いてる。


【現在地:D地区 不思議なお店の中へと進む】

671 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/05(水) 00:54:58
>>663 >>664 >>665 >>667
>ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ





         バンバンバンパララララララララララパラリラパラリラ
         ドカーンズキューンメメタアガガガガガガガガガガガガ
         ダッシュダッシュダダンダダンダッシュダッシュダダンダダンテーレッテー






─────── 都合により、番組を変更してお送りしています。───────


            _
        ノ |_   ll__l---||_       Nice boat.
      rj「l__`ー'  ヽlーj  L---┐
      |―┴┴―`ーrュ-‐< ̄.ィj .__jl
      |[][][][][][] i """ _..,,rr=''´ l
      l ̄ ̄ ̄ ̄/7-‐'´     /
   f  jL-、 _-‐'      -‐´~~
   ヽ |  ̄  _j_ -‐'~´~~
     `ー〜´~~~~


───────────────────────────────────



     おしらせ




     不慮の事故により、多数のスタッフが亡くなりましたので、
     今回の放送は次回繰越となりました。

     尚、亡くなったアラン・スミシー氏に変わり、
     未定(いまだ さだむ)氏が最終回前後の脚本・演出等を担当します。


    

672 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/05(水) 00:55:18



「それじゃあ、今後こそばいば」『ンだとぉ!?』
(あーウザかったっ! 大損も)

 バレッタは己の目をまんまるにして、目の前に起きた出来事に驚愕の声をあげる。
 肉塊になったジョージが雇い主に反乱を起こしたのだから、当然といえば当然。

 操り人形ならぬ操り右腕から繰り出されるSPAS12の最期になるだろう鋼の咆哮…

 ―――――そして、轟音。

『テメエっ! 誰に断ってそいつを使ってやが』

 赤頭巾は今度は間抜けな悲鳴を上げる暇(いとも)も無く、爆発で吹っ飛ばされた。
 例によって自慢のバスケットを盾にして、防御体勢を取るも、何せ跡形もなく相手を
 消し飛ばそうとした攻撃である。ただで済むはずもない―――。





『あのヤロウッ! もう、このバレッタ様のメンツに賭けて、ぜってぇ、狩ってやるっ!』

 そう、一人毒づくも見た目からして既に散々である。
 爆発による建物の破片が小さな身体の所々に棘の様に突き刺さり、その姿を更に赤く
 染めている。シンボルマークの赤頭巾は所々破れて、目どころか色々当てられない。
 
『………が、思った程じゃないな。アイツを殺すには十分すぎるゼ』

 「動」くには支障は然程無い。………四肢の筋肉繊維は至って正常、コンディショングリーン。
 最も、出血の量から見て、もう長時間戦闘は不可能、それを勘案してコンディションイエロー。
 しかし、何時も通りの自慢の機動力を短時間でも発揮出来れば、それで何も問題は、無い。

「ねぇ、アーサー? 見てるよね?」『あたしがチャンスを作る。殺れ』
(現状、これが一番確実か………)



 そして、舞台は死神が待つ最終幕へと。。。。。。


【現在地:F地区 美術館・夜 一階→地下階】

673 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/05(水) 00:55:37



『テメエ、随分とこのダークハンター・バレッタ様を虚仮にしてくれたな、ああン?』

 死神を前に本性を現して、毒づくも、闇狩人の足取りは前と比べ、余りに重い。歩く度に血が
 ぽたぽた、床に華を咲かせていく。歩くので精一杯、疲労困憊、ノックダウン寸前…そう、見える。

『クソガキ、判決は死刑。全殺しだ。………死ねっ!』

 UZI SMG片手にバレッタは殺意を爆発させ、地を滑る様に、蛇の様に再び乱射乱射乱射。
 狙いは最初と同じくデタラメ。跳弾で追い込む意図は明確に過ぎる。

 だが。

 肝心のバレッタ自身の動きが鈍い、最初の疾風の様な動きは見る影も無い。射撃の反動だけで
 苦痛に顔を顰めている始末……そう、見える。

『死ねっ! 死ねっ!! 死んじまえっ!!!』

 口から溢れ出る殺意は火の様に激しく、されど、身体は其れに応えず、現実は非情、答えB、B、B
 
 ………そう、見える。


【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】

674 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/05(水) 01:03:25
>>670

「広いですねえ」

「広すぎてどこに何があるのか把握しにくいのがネックね」

 商品棚を見回しながら歩く。
 地震と異界化の影響で店内は酷く雑多に散らかっていた。
 ひどい有様ってやつだ。
 
「上から吊ってある案内を見ながら探すしかありませんね」

「上ね」

 案内板を見上げる。
 この辺はおもちゃ売り場……

 ぐにゅ、とした何かを踏んづける感覚。

「っえ!?」

 アタシは思いっきり足を滑らせてスッ転んだ。

「痛っあ!」

「あららら、大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど……お尻打った……痛い……」
 
「でも前に転ばなくてよかったです。前に転んだらガラスの破片にダイブでしたよ」 

「それは幸い。あたたた……」

 フィオの手を借りて立ち上がる。くそ、かっこ悪い……。

「あれ?」

「どうしました?」

「いや、何か踏んづけて転んだんだけどソレっぽいものが見えないからさ」

「はあ。そうですか」

 信じてよ相棒。

【現在地 D地区:ホームセンター】

675 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/05(水) 01:21:01
>>674

すてんころりんお姉さん。
緑のバンダナかわいいね。


「大惨事、とはならなかったかー」

「でも、あの呆気に取られた表情は素敵だったわ」

「もう満足したでしょ? 早くもらうもの探して帰りましょ?」

「何言ってるの? まだまだやるに決まってるじゃん!」


ずんずん、奥へと日の光。
待って待ってと星と月。
次に見つけたお宝は何?


「刃物もいっぱい置いてあるわね」

「金物屋さんかな?」

「でも、さっきはボールもあったじゃない」


あっちをきょろきょろ、
こっちをきょろきょろ。
少女三人姦しい。


「……ちょっと、はさみ貸して」

「なに、どうしたの?」

「悪戯し足りないんでしょ?
 ほら、あそこにぶら下がってるのがあるじゃない」

「案内板か何かじゃないかしら?」

「それがどうかした?」

「いかにも固くて角が痛そうじゃない?」

「……そういうことね。はい、ルナ。
 私は反対側やるわ」

「わかってくれて何よりよ」


見慣れぬ異国の文字だけど。
使い道はきっとおんなじ。
けれども違う使い方。
いちにのさんで、息を合わせて。

いっせーのーせっ!



            ぱちん。


【現在地:D地区 金物屋さん(?)の天井付近】

676 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/05(水) 01:36:42


  すごく気味の悪い男だったんだ―――旅の行商さんだって云ってたけど、
  とてもそんな身なりには見えなかったし、売り物を抱えていたわけでもなかった。
  兎に角、その男は村の外からやってきたんだ、それは間違いないよ。

  いろんな噂が立った。
  ジプシーだとか、呪い師だとか、ハワースの村からヒースクリフが抜け出して
  来たんだとか。ずっと前に村を追い出された罪人だとか―――
  どれもいい噂じゃなかった。
  村人はみんな、あの男から不吉なものを感じ取っていたんだ。


  『その男は、そのあと村に居ついたのかな』


  うん、村の奥まったところにある、
  今は誰もいない古いお屋敷―――幽霊が出るって云われてて、
  村の人たちは誰も近寄ろうとしない、そこに、住むようになった。

  昼間は中に篭りっきりで、外に出なかった。
  太陽が落ちてから、ちょろちょろと村を回ってた。
  

  『村を回って、何をしてたんだい』


  それは、行商さんを自称してたんだもの。
  物を売りに回ってたんだよ。


  『具体的には、何を?』


  お薬を―――どんな病気にも効く、万能のお薬だって云ってた。
  ただし秘密の処方をしないと効き目が無いから、
  もしも誰かが大怪我をしたら、私の所に来るようにって。


  『―――成る程。行商と云うより、薬売りに近かったわけか』


  誰も怖がって、近寄ろうとはしなかったけどね。
  村ではちょっとした騒ぎだったよ。
  夜、あの余所者に出会ったら、取って食われるんじゃないかって………。



677 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/05(水) 01:37:13


  『そのあいだ、君はなにをしてたの?』


  何も。《おとうさんとおかあさん》を罠に仕掛けるので、
  精一杯だったから。

  でも、あの二人はどんどん自分の世界に入っていって、
  だんだん、ほとんど部屋からも出なくなっていって………
  そもそも罠を仕掛けても、掛かりようがなくなっちゃったんだ。

  でも、そのぶん、お祖母ちゃんもぼくも、当り散らされることがなくなって、
  平和だって云えば、平和になった。
  夜、一人がさびしいときは、離れのお祖母ちゃんの部屋に遊びに行った。
  寝付けないときは、お祖母ちゃんに色んなお話を聞かせてもらったの。
  妖精のはなし、アーサー王のはなし、マザーグース―――。

  ぼくにとってそれはとても幸せだった。
  月の光がぼうっと入ってくる二階の部屋で、
  窓にむかってせり出したサンザシの葉が風に擦れる音を聞いてると
  とても落ち着いた気分になった。


  『でも、その幸せも長くは続かなかった―――』


  うん。


  『どうして』


  お祖母ちゃんがね、


  『うん』


  ケガをしたんだ。脚を切った。


  『それは、深い怪我かな』


  だと思う、すごくいっぱい血が出た。


  『どうして?』


  ――――――――。


  『どうして、なんだい?』


  罠のせいで。


  『それは、君の仕掛けた―――』


  そう、僕の仕掛けた罠のせいで。
  お祖母ちゃんは―――《おとうさんとおかあさん》と仲直りがしたかった
  みたいなんだ。だから、二人に頭を下げに、離れから二人の部屋まで歩いていった。
  でも、途中に僕がしかけた落とし穴があったんだ。
  それで、それで―――


678 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/05(水) 01:38:43


  『そこに落ちて』


  中に仕掛けた糸鋸に、脚を噛まれて―――。


  『それで怪我をしたんだ』


  怖かったよ。すごく怖かった。傷口を覗いたら白いものが見えてて、
  ああ、これが骨か、って判って。
  それで―――慌てて走って。


  『どこへ』


  よそもの―――薬売り―――行商さんの。
  村の奥まったところにある。
  もう誰も住んでいない、大きなお屋敷に―――。


  『それで』


  あけてくださいあけてくださいって叫びながら、ドアをノックしたら、
  ぬぅっ、ってあの男が顔を出して、用事はなんだ、って聞かれて。
  お祖母ちゃんが怪我をしたことを伝えると、じゃあここまでつれて来い、って。
  無理だよ、脚を怪我してるんだから―――って云うと、それでも無理だ、私は
  太陽の光の下を歩くことができない、あと三十分ほどで日が沈む、それまで待てって。


  『それで』


  待ったよ。日が沈むのを。


  『その男が、君の家にやってきて―――』


  うん、すごく気味が悪かった。
  日が沈んですぐの、ほのぐらい闇の中を、背の高いほっそりとした男が、
  すぅ、って、歩いていくんだ。まるで影を引き連れているみたいな雰囲気で。

  あの男は僕の家に入ってきた。
  寝かせてるお祖母ちゃんを見て、
  いまから君のお祖母ちゃんをシュウリしますって云った。


  『それで―――』


  そこからはわからない。あの男がどうやってお祖母ちゃんを治してるのか、
  その様子は全然見せてもらえなかったから。
  でも、それから少ししたら、男からこっちにおいで、って言われて。
  お祖母ちゃんの傷口がすっかり良くなってるのを見せてもらって。
  お祖母ちゃんも元気そうで。僕も嬉しくて。
  そうして、その男も帰っていった。

  お祖母ちゃんがおかしくなったのは、そのあとだった。


  『成る程、そうか―――もう事情は察したよ、
   なぁ、アーサー、これ以上聞かないといけないのか?
   この子の精神状態にも―――ああ、まあ確かにな。

   小規模とはいえ吸血鬼災害だったんだ。
    、 、 、 、、 、 、 、、
   唯一生還した当事者からは、微に入り細に穿った事情聴取が必要だろうさ―――』



                     (過去は時として現在との繋がりを棚に上げてそれ自体としての充足を求める)
                     (これもそんな物語だ。無用に触れることは犯しがたい時の威容を汚す事となるだろう―――)


679 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/05(水) 01:38:54


>>671 >>672 >>673


「よぉ、感動の再会だな」


 まあ漠然と死んじゃいねェだろうとは思っていたけど、佳かった、本当に生きてて
くれた。あんな所で死なれちゃオレとしても面白くねェからな―――何せコイツは、
多分、オレの運命の仇様だ。丁重にお相手して、丁重に角突き合わせて、大詰めには
鎬を削って殺す殺されるを演る間柄のお相手なんだ。
 ―――ここで死なれちゃな。


「あはは。手前様のご勝手法廷に付き合う気はねェよ。ていうかアレだよ、オレはな、
最初からオレを殺せって宣ってたじゃんかよ」


 まあ迂遠にやってもアレだ。
 稲妻のように端を開いて、落日のように締めくくろう。

 部屋の真ん中にオレ。入り口付近に赤頭巾。
 しかも血塗れの千鳥足、意気も絶え絶えと言ったご様子。
 無理も無い。建物を根っから揺らすような爆発にツラぁ合わせたんだ。生きてるだけで
十分凄いよ―――容赦はしないけどさ。

 かぁん、と床を蹴る。
 愚直なほどの正向法。
 跳弾攻撃が成立するほど機関銃が弾を吐き出す前に、走って行って首を落とす。
 隼が得物を目掛けるように、余計な策は何もなし。
 しゅるり、両の手を糸が伝う感覚。
 諸手十指の糸繰り複雑怪奇、闇に綾無す弦霞の、いずれ約めて御首を目指す―――
一刹那後に絶たれる赤頭巾のいのちを思いながら、オレはああ、と溜息を漏らした。


【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】



680 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/05(水) 01:49:26
>>675

 案内板で当たりをつけて発煙筒を求めて二人行く。
 とはいえ『発煙筒売り場この先20メートル右』なんて書いてあるわけじゃないんで、
関係ありそうな物品の売り場を巡る形になった。

「ありませんねえ、発煙筒」

「無いわけじゃないと思うんだけど……あたた」

「痛いですか、お尻」

「痛い。みっともない事にかなり」

 打った場所を擦る。青くなってるかもなあ、これ。

「ふふふ。いいお土産話が出来ました」

「言いふらしたら尻が赤くなるまで叩いて泣かすわよ」

 楽しげに言うフィオに釘を刺して店を歩く。
 化物はいないが人もいない。無人店舗そのものだ。
 
「ん……?」

 今の棚に発煙筒があったような。
 足を止めて目を凝らす。

 ――筒状だし、そうかな?

「エリちゃんエリちゃんこっち。来て下さい」

「なに?」
 
 フィオへ呼ばれてアタシはそっちへ歩き出した。

 瞬間、真後ろで何かが跳ねる音。

 銃を構えて振り向くと、そこには天井から降ってきたらしい案内板の姿。

「おどかすな」

「何か音しましたけど、何です?」

「上から案内板が降ってきた」

「危ないですねえ。角が当たったら大変ですよ」

「そうね。で、その手に持ってるの何?」

「そこの棚にありました。冷却スプレーです。打撲や捻挫の患部を冷却して痛みを和らげます」

「へえ」

「というわけでお尻出してくださいエリちゃん」

「絶対ヤダ」

 絶対やだ。


【現在地 D地区:ホームセンター】

681 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/05(水) 02:10:57
>>680

「運がいいというか、なんと言うか……」

「もうちょっとだったのにね」


これはどう? あれはどう?
二人楽しくウィンドウショッピング。


「ここまでくると、どうしても泣かせたくなるわね」

「お代官様、堪忍な〜♪」

「……どこからその台詞に繋がるのよ?」


探し物は何ですか?
見つかりにくいものですか?

私の、彼女の、探し物。
素敵な悪戯、外への合図。

埋蔵金はどこにある?


「次の悪戯を考えるわよ!」

「あっちのほうに行ってみない?」


隙間の空いた、万里の長城。
土台がちょっぴりいい加減。
ふわりひらりと曲芸飛行。
狭い隙間もなんのその。


「待ってよ、置いてかないでって!」


遅れて急ぐ月の光。
前しか見ないと危ないよ?




          ごんっ!




「ぁ痛っ!」

「もう、ルナったら鈍くさいにも程があるわ」


これが噂の事件です。
耐震偽装にご注意を。



【現在地:D地区 隙間だらけの万里の長城……の横】

682 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/05(水) 02:28:28
>>676 >>677 >>678 >>679
>ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ


   あかずきんのくびに かかる だんとうだいの いと






   「あ」


   バレッタは まぬけなこえ といっしょに 
   くびが ぽろりと おちてしまいましたとさ


   めでたしめでたし



                 ダークハンター・バレッタ おしまい♪




683 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/05(水) 02:28:47








(演出脚本 修正済部分(バレッタ)抜粋)

 19:32 

     ――――場面.

           首がポロリと落ちて砕け散る赤頭巾の『人形』
           ウォルターの背後に現れる小さい赤い影


 19:34

 バレッタ  「はン! あたしがそんなに簡単にやられる訳ねえだろうが!
        東洋の神秘、UTUSEMIって奴だ!!
        くたばりなっ!!」

 19:36

           バレッタの右手のサブマシンガンが火を噴く!


 >>上記部分、改訂に伴い破棄、下記の部分に差し替え

 19:32 

     ――――場面.

           首がポロリと落ちて砕け散る赤頭巾の『人形』

 19:34

           ウォルターの背後に現れる小さい赤い影

 19:36

           バレッタの凶悪な笑顔
           ウォルターに向かって指でピストルの形を作り

 19:38

 バレッタ 



              「BANG!」


      

684 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/05(水) 02:29:15

(演出脚本完全新規追加部分抜粋)


 17:02


      ――――場面.
 
            バレッタの雇われた傭兵の一人「アーサー」が二人の戦いの様子を
            ずっと伺っている。宛らその立ち姿は幽霊の様で足音も立てず、息
            を殺し、気配も感じさせない。

 17:04


 ナレーター 「アーサーの手に鈍く光っている銃は旧ソ連製の名狙撃銃「ドラグノフ」。
         弾速秒速830メートル、弾丸の威力は2900ジュールと「殺す」には十
         分すぎる凶器である」



                  (中略)



 17:58

 バレッタ  「あたしがチャンスを作る。殺れ」

 18:02

            バレッタ、地下への孔に飛び込み、ウォルターを追撃。アーサーも
            影の様に後を追う。場面転換。

685 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/05(水) 02:30:22


 18:08

     ――――場面.

           アーサー回想。
           灰色の山林でドラグノフを背負い、木陰から虎の様子を伺っている。
           虎は何か警戒している様子。

           以下、アーサーの独白。

 18:15

 アーサー  「狙撃とは自らが銃と一体になる事。その過程において五感と直感をナイフ
         の様に研ぎ澄まし、銃の存在を感じ高め、頭、手、足に続く自らの身体の
         新しい部分とする。動かすにあたり、特別な意思を存在させない。呼吸す
         る事と射撃を行う事を同義とまでする事が必要。

         しかし、それだけでは足りない。狙撃とは標的が存在して、成立するもの
         だからだ。世界には己と標的しか居ない、後1つ上の段階まで押し上げな
         ければならない。

         そして、狙撃は視界に在る相手を撃てばいいというものもないのだ。狙撃
         は相手の意識の空白、死角を撃ち、命を摘み取る作業。相手の油断、意識
         の隙間が無ければ、息を潜めて、その機会を待たねばならない。自らの撃
         ちたいという渇望との戦いでもある」


 18:32
         
           虎は警戒を解いて、歩き出す………銃声。地面にゆっくりと倒れる虎。
           虎の額にはひとつの赤い染み。画面暗転、回想終了。


686 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/05(水) 02:30:54

 19:26

 
      ――――場面.

            美術館地下、遠く物陰から二人の戦いを伺っているアーサー。既に狙撃
            体勢を取り、ウォルターの意識の空白が出来るのを待っている。



                    (中略)



 19:36

            バレッタの凶悪な笑顔
            ウォルターに向かって指でピストルの形を作り
 19:38

 バレッタ 



              「BANG!」


      

 19:40

            まさに必殺の瞬間というのに挑発としか受け取れないバレッタの行動。
            間髪入れず、バレッタと明後日の方向から響く銃声。

            そして、アーサーの心の中で独白。

 19:42

 アーサー   (背後を取られる心理的動揺による意識の空白。そこに加え、やられると
          思った攻撃が実はフェイクという揺さぶり、作られる二重の意識の空白。
          ……………これで殺せない奴は人間じゃない、文字通りの死神だ、な)
         


【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】


687 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/05(水) 02:46:47
>>681
 
「大丈夫ですよ。私達以外誰もいませんから」

「アンタがいるでしょうがアンタが」

「恥ずかしくないですよ。治療行為なんですから」

「気持ちはもらうけど治療は遠慮する」

 治療をしようとするフィオと拒むアタシ。
 他意がないのは分かってるけど、だからといってパンツ脱いで尻向けるとか……出来るか!

「医者の言う事は聞くものですよ?」

「衛生兵の資格持ってないでしょうが」

「む〜……」

「いいから発煙筒探し。さっき向こうにそれっぽいものが見え……」

 異音がした。

「な、なんですかこの音?」

 大きな物が軋み、折れて、ぶつかり、倒れる音。
 連鎖的に発生する物音がだんだん近づいてくる。

「これ、まさか!」

 商品棚がドミノよろしくこっちに向かって倒れてくる音!?

 気づくのが少し遅かった。
 ドミノはアタシたちの前の棚に及び、今まさに倒れてくるところだった。
 
「あ」

 音の正体に気づかなかったフィオの反応はアタシより遅い。
 棚が迫る。

 回避に移れないフィオを通路へ突き飛ばして、追う様にアタシも跳ぶ。
 
 ずずん、と棚の倒れる音。舞う埃。散る棚の中身。


「エリちゃん!? エリちゃん!」

「大丈夫。……ギリギリだったけど」

 ヘッドスライディング気味に飛び込んだアタシの爪先に倒れた棚が触れている。
 ――紙一重。
 あと一瞬遅ければ足が潰されていた。 

「フィオ、戦闘用意。何かいるっぽいよ、ここ」

 身体を起こしてコッキング一つ。周囲を見回す。
 いくらなんでも、棚が勝手に倒れてくるわけがない。

「どっかのバカがたまたま棚にぶつかったか、あるいは棚を倒して亡き者にしようとしたか」

 横のフィオが同じくコッキング。アタシとは別の方向へ視線を飛ばす。

「どっちにしろ痛い目は見せないとね」


【現在地 D地区:ホームセンター】

688 名前:セイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/05(水) 20:35:49

祭りスレ>>629>>630>>631>>637 >>638


突き上げるような突風に逆らうように全身をバネのようにしならせて
いま一度、天高く飛び上がる。
吹き抜ける風は凍てつくように冷たく頬を打ち付けるように吹き荒ぶ。
眼下の街の崩壊は見るも無残なもので、見るに耐えない。
醜悪なショーを見ているような気分に陥り、柳眉を顰め不快感をあらわにする。
戦争であれば。 いや、戦場ならばこのようなことは日常茶飯事だ。
人とはどこまでも歪み、堕落し続けることができる、堕落し続ける人間を正す術など、限られている。
ましてや今の自身には彼らを助けることも諌める術も持ち合わせていない。
この身はサーヴァントである。 人を救うのは死者ではない。 いつだって生者を救うのは生者なのだから。

飛び移るべきビルに焦点を合わせ着地の姿勢を取ろうと構えたとき、
漠然と込み上げる強烈な悪寒。 それは戦場で培ってきた騎士としての直感。

“―――ナニカが…こちらを攻撃しようとしている…ッ!”

その沸き出でる感覚を頼りに、即座に着地ポイントを変更するべく当たりをつけようとしたその時――――

燃え盛る炎の塊が目の前、対象のビルと自身を交差する小建築物、その屋上に叩き付けられて爆砕する。
急遽、着地点を変更せざるを得なくなった代価は、無様にも着地の瞬間に身体を横転させてしまうへとなり。
何者か? なぜ仕掛けてきたのか? 様々な疑問が瞬時に湧き上がってくるが。 判ることと言えば、とにかく一張羅が台無しになったということだ。
ゆっくりと立ち上がって、スーツの穢れを掌で叩き落とすようにして身体についた土埃を払っていく。
佇まいと整えると、静かに先ほどの火球を放った人物を見上げてその姿を視認した。

一目見れば、その姿からヒトではないとわかる異形。
どこかで、何度目の現界かも思い出せないが、どこかで読んだことのあるようなその姿
ああ、そうか。 あれは悪魔だったか…。 その巨体の異形を前にしてもけして引くことは無い。
自分より上位に位置するその異形を見上げながら。

「―――私の名はセイバー。 聖杯の導きによりこの地に参上した。
 私が望むものはこの地に眠る聖杯ただ一つ。 それ以上は望みません。
 無論、貴方との争いもだ。」

理由なき争いほど価値の無いものはない。
ましてやどちらにとっても無用の闘いであればなおの事。
この異形が人語を理解できるということは争いを避けて通れるという可能性もある。
なら、そうするほうがいい。

「何故、貴方が私に対して攻撃を仕掛けたのかなどは問いません。
 ただ貴方はここを通してくれればいい。 今の街の状況を省みるに貴方がここを防衛する意味があるとは思えませんが」

両手を広げてこちらに敵意はないということを示す。
それでも――――もし、襲い掛かってくるというのならその火の粉は斬って掃わなければならないだろう。
だが気づかない間に気配察知の間合いまで踏み込まれていた時点でこの戦いは生半可な膂力で振り払えるものではないという予感を秘めながら

【現在位置:F地区 ビル群:屋上】
 

689 名前:Magician (Type 0):2007/12/06(木) 00:19:25
セイバーvsMagician (Type 0)

>>688


「―――私の名はセイバー。 聖杯の導きによりこの地に参上した。
 私が望むものはこの地に眠る聖杯ただ一つ。 それ以上は望みません。
 無論、貴方との争いもだ。」

 少女、セイバーはマジシャンの問いかけに真っ向から答えた。
 真っ向からだ。一歩たりとて引くことなく、毅然として。

「何故、貴方が私に対して攻撃を仕掛けたのかなどは問いません。
 ただ貴方はここを通してくれればいい。 今の街の状況を省みるに貴方がここを防衛する意味があるとは思えませんが」

 人の上に立つ生物――つまり人間にとっての天敵――である自分を前にして引くことのない人間。
 
 それはマジシャンにある人間達を思い起こさせた。

 ――トーマス・ローガン。
 ――G。
 ――ジェームズ・テイラー。
 ――ゲイリー・スチュワート。
  
 かつて自分を打ち倒した男達。
 

「私は防衛などしない」

 マジシャンの左手に再び火球が姿を現した。

「ただ破壊するのみ」

 左手を振るう。
 二発一組の火球は高速で飛翔し、無防備に両手を広げたセイバーの足元を吹き飛ばした。
 塵にまで破壊されたコンクリートが舞い、煙のように立ち込める。

「私は、マジシャン。人の上に立つモノ」

 顔の右、定位置へ左手を戻し、マジシャンは戦闘態勢へ移行した。

「お前に先はない。私に倒されてここで果てる。それが貴様の運命……」


 Chapter X 
   聖杯〜Holy Grail〜


【現在位置:F地区 ビル群:屋上】

690 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/06(木) 00:24:11


軍医      ええ、ですから、仮にこの者の生を望む心を、死を望む心が上回れば、
        たちどころに王立国教騎士団の仇と成り変るのは、必定であって――――


少佐      論の尽きるところ、こうか。
        この執事の心内とはすなわち、生を望む心と、死を期する心との
        一大決斗場であり、彼の死が彼の生を、絶え間なく脅かしている、と。
        ふむ。

        ところで軍医(ドク)、准尉の能力を明らめんと
        私と君とが血相を変えて調べていた時期に、
        偶然見つけた玩具があったろう? あれはどこに仕舞ったものだったかな。


軍医      玩具―――と云うと、あの機械仕掛けのウィジャ盤でしょうか?


少佐      そうそう、あれだ。
        英米系の心霊マニアのから購入したものだったか、
        「黄金の夜明け団」気取りのオカルトサークルから引き取ったものだったか
        忘れたが、あの憑神させたウィジャ・トランジスタだよ。

        さながらフェティッシュ=コンピューターとでも云った所かな、
        あの玩具ときたらよくもあんなに小さいなりで、
        あれほどの働きを成すものだ。
        と云っても、あれを本来の用途で使ったところで矢張りただの電卓同然、
        露助ほどの役にも立ちはしない。


軍医      恐れながら、それは当然のことかと存じます。
        なにせ、あの代物の本懐と云うのは―――。


少佐      その通り、平行世界の探査だ。
        
        准尉は数多くのものを我々に提供してくれた。
        無論それは、彼の「能力」と愛くるしい相貌のみならず、
        ある意味における方法論(ノウハウ)であり、
        それ以上に方法観(コンセプト)と云うべきものだ。

        つまりその―――何と云うべきかな。ボーアだかハイゼンベルグだか、
        コペンハーゲンの顔色の悪い小僧っ子どもだかは忘れたが、
        とにかく、いけ好かない連中が幻視した
        いけ好かない「この世ならざる世界」とやらをも、
        我々が征服し、平らげる端緒を与えてくれたという事だよ。


691 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/06(木) 00:25:00

軍医      恐れながら申し上げますと―――。
        少佐の云わんとしている所が、良く判りません。
        いえ、仰っている云い分自体は正論至極、
        かけらも残さす首肯すべき命題でありますが、それが今、この時の、
        この状況と、いかに結びつくのか―――。


少佐      なぁに、簡単なことさ。

        この者の心は自らと不断の闘争を繰り広げている。
        ゆえに終わりの無い苦しみを苦しんでいるわけだが、考えてもみれば、
        それは闘争が闘争たりえていないからだ。
        真に決斗と呼ぶべき決斗ならば、一日のうちに幕が降り、
        決着の後に安寧が訪れる。


軍医      忌まわしきことに、ですね。


少佐      我々は無限の闘争を選んだ。
        しかし、それをこの者にも強いるのは、少しばかり心苦しい。
        己の輩(ともがら)となることを強制しないことは、いわば狂気の矜持だ。

        ゆえに、私は彼に提供したいと思う。
        即ち、彼のふたつの心的実体がその優劣を決することが出来る、
        平行世界上の決闘場をね。

        さて、ウィジャ・トランジスタを起動させよ。
        たった今、もっとも馬鹿騒ぎを繰り広げている世界を探し当てるのだ。
        宴は酣と云った辺りで混ぜて貰うのが一番いい。

        その宴の一隅が、この執事の闘争場だ。
        そこで彼は自らと戦い、そうして願わくば
        自らを乗り越えた後に―――いわば
        「自らを終わらせるための終わり無き戦い」とでも云うべき、
        ある種のディレンマを自己確認してもらいたい。
        我々は平和を齎すためにではなく、剣をもたらすべくして在るのだから。



―――――――――――(そうして全てが始まれば、あらゆる事柄は他人事を気取るのを止め)―――――――――――――


>>683-686

 ―――殆ど人形に糸を掛けるのと時を同じくして、オレの回避行動は始まっていた。
 それが功を奏した。
 振り向いていれば、狙撃の的となっていたのは確実だったからだ。


692 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/06(木) 00:26:40


 糸使いにとって、銅線は敵を割く刀であるのと同じくして、云わば盲人の杖でもある。
当たり前の話だが、精妙を極める銅線の運用においては、指先に返る「弦応え」の把握は
無くてはならないものだ。
 オレが遣うに当たっては、銅線は皮膚よりも敏感に触れたものの肌触りを伝える。
 ―――その「肌触り」が告げていた。
 ああ、オレが今斬っているものは、人形ではない。


 人形を中ほどまで切断した時点で、反射的に跳ねていた。
 直ぐ後ろから「BANG!」との掛け声、すわ何事かとは思ったが黙殺。地面を転がって
距離を稼ごうとした瞬間に、凄まじい衝撃が来た。
 明滅する意識で思考する―――回避してなお、これほどの衝撃を与える大口径の火気を
あの娘御は持ってやがったのか? だとしたらまず、的を散らせ、闇に紛れろ、相手に
必中の機会を与えるな―――       、 、 、 、
 吹き飛ぶ勢いを利用して立ち上がると、視線の先に赤頭巾。手の中にはちびっこい拳銃。
                               、 、 、
(―――なんだそりゃ。さっきの衝撃は、間違いなく上から降ってきた筈なんだが)

 引き金を絞る赤頭巾。
 だがその一瞬前に、オレは空中に糸を番えている、疑念と惑乱を抱えながらもオレは
束ねた銅線で持って相手の弾丸を絡め取り―――しかしながら、見た目を裏切る拳銃の
大威力に、オレは吹き飛ばされる―――。
 それが幸いした。
 再度、上から衝撃が降ってきた。赤頭巾のブラ下げたちびっこい銃も小柄な割りに
中々の威力だったが、こっちはその比じゃない―――そこまで考えてようやく、オレは
一連の状況の見通しを得た。


693 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/06(木) 00:27:31


 さて判りづらいことをぐたぐた書いて悪かった。
 第三者の立場からすっきり纏めよう。

 オレが赤頭巾のニセモノ人形を斬った。すぐ後に赤頭巾が後ろから「BANG!」と
叫んだが、あれはこちらを混乱させることだけが狙いで、本命は一階から地下を
狙い打つ狙撃手だった。    
                                      、、
 しかし、オレが赤頭巾の声に反応せずに、人形をブッタ斬る寸前に回避行動を
とり始めたところで、向こうの悪戯にケチが付いた。
 察しの悪いオレは狙撃手が第一射を終えたあとも、まだ事態を把握できて
なかったわけだが、間断に放った赤頭巾の一撃が思いのほか強烈だったことが
皮肉にもオレを救った。吹き飛ばされたオレはまたしても狙撃手の的から外れ、
どうにかこうにか生き延びる。
 ―――それで今、赤頭巾と狙撃手の魔手から逃れて。
 ひとまず闇に身を隠している。


(………痛ェな)

 つっても。
 さんざん吹き飛ばされたオレは餓鬼に弄ばれた縫い包みよろしく、彼方此方に
ガタが来ている。特にハラ立つのが、狙撃銃で抉られた床の破片か何かが、
尺骨動脈を抉りやがった事だ。一応止血はしてるが、ほかにも傷は多いからどの道
長い事戦うことは出来ない。
 もっとも、向こう程満身創痍じゃあないが―――
 
(あー、いいなこの感じ………死闘だ、死闘だよ)

 冷たい地下の闇に身を預け、反撃の機会を窺いながらも、期せずして訪れた充実の
感覚に、オレは思わず笑まいだ。


【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】


694 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/06(木) 00:45:00
>>687

がしゃり、がしゃりと倒れる防壁。
もはや用途は満たさない。
立て直すのも、一苦労。


「あー、もう! 何散らかしてるのよ!」

「二人が置いてくのが悪いんでしょ!」

「喧嘩は後ね。二人の動きが変わったわ」


コンディションレッド!
コンディションレッド!
第一種戦闘配備に入ります!


「ふふん。それでこそやる気が盛り上がるってものよ!」

「一人で盛り上がらないでよ……」

「今までもゆっくり動いていたけど、
 今はそれ以上にゆっくりだわ」

「私たちに恐れを抱いたのね」

「普通に警戒してるだけだと思うわ」


ぱりっと仕立てたシャツみたい。
ピンと張り詰め、息苦しい。
次はどこ行く、何探す?


「ねぇねぇ、これなんてどう?」


取り出したるは、不思議なチューブ。
絵の具みたいでとっても素敵。


「で、肝心の中身は? ただの絵の具でも、
 目潰しくらいは出来るかもしれないけど」

「わかんないわ。だって、そこで拾っただけだもん」

「それじゃあ、試してみないとね」


キャップを外して、ぽとりと一滴。
出てきた雫は無色透明。
これは一体何かしら?


「絵の具……じゃないわよね」

「これで絵が描けたらまさしく奇跡ね」

「涙でねずみを描いた話があるじゃない」


悩んで、覗いて、嗅いで、触って。
その時、事件は起きました。


「大変! 剥がれなくなったわ!」


指で作った片輪の眼鏡。
なくならないよね、絶対に。


「なるほど、これは凄い糊なのね」

「感心してないで助けてよ!」

「コレと同じのありったけ!
 ばら撒いて全部くっつけちゃえ!」

「だから助けてって言ってるでしょ!」


不思議な糊を掻き集め、
両手一杯夢一杯。

助けて助けてお母さん。

きゅきゅっとキャップを一捻り。


「全軍、突撃ぃーーーーーっ!」

「あらほらさっさ、えいさっさ〜」

「終わったら絶対に助けてよね」


ぶにゅっと、ぐちゅっと、無差別爆撃。
不発弾にもご注意を。



【現在地:D地区 見えない落書きにご満悦】

695 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/06(木) 01:21:40
>>694
 
 背中合わせになって視界をめぐらし、極力死角を排除して歩く。

「何か居た?」

「特に動くものは見えません。音も聞こえません。やっぱり気のせいなんじゃないですか?」

「楽観的ね」

 歩く先はさっき発煙筒らしきものを見つけた場所。
 幸いなことにそこは別棟で、棚ドミノを免れていた。

「作戦空域に入っていきなり落とされたところから不思議続きなのよ?
 それも今まで戦ってきた化物より今回は遥かにオカルト色が強い」

 オカルトというよりファンタジーかもしれないけど。

「透明になれる化け物が相手じゃないとも限らないわ」

 ありえそうな、それでいてありえたら脅威でしかない思いつきを口にする。

「サーマルか動体センサーが必要な相手ですか。ゾッとします」

 敵影を捉えないまま目的の場所へ辿り着いた。
 フィオに周辺警戒を任せて棚を物色する。

「見つけた」

 ようやく目当ての発煙筒を発見した。
 大量に十本ばかりいただいて、ベストのポケットへ突っ込む。足りなくて困る事はあっても、多くて困る事はあんまりない。
 念のためフィオにも五本ばかり渡して、今度は外へ移動を始めた。

「ふひぇっ!」

 後方から妙な悲鳴が一つ。

「どうした!?」

「な、何か冷たいものがぁ……」

 振り向いた先には帽子の先から透明の粘液を垂らし、ベストからシャツからパンツまでそれに塗れつつあるフィオが居た。
 スライムのお化けかアンタは。

「上から突然垂れてきて」

 上と聞いたところでアタシは銃口を真上に向けて三度トリガーを引いた。
 いきなりの発砲にフィオが短く悲鳴を上げ、エネミーチェイサーがどこへともなく飛んでいく。
 
「痛いとかひりひりするとかそういうのはない?」

「今のところはないです……。でも気持ち悪いですよう、取ってくださいよう……」

「取ってって言われても……えーと……」

 辺りを見回すと具合のいい事にバスタオルが棚に入っていた。
 引っ張り出して広げて被せる。

「それ使って自分でなんとかして。アタシだってなんとかしてあげたいけど、両方とも武器から手を離すわけにはいかないでしょ」

 フィオはうー、と呻いて粘液を拭いに掛かった。

「うーぁー……エリちゃぁん……」

「何」

 五秒としないうちに泣きそうな声を出してきた。

「これ、接着剤ですぅ……」

「AMEN」

 アタシは十字を切った。
 ……他にどうしろと。

【現在地:D地区 ホームセンター】

696 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/06(木) 02:00:55
>>695


「よし、かかった!」

「あれは悲惨ね……
 指だけで済んでよかったわ。本当に」

「あ、何か来る―――」


ドカンと一発景気良く。
二発三発続けて打ち上げ。
火事と喧嘩は江戸の華。
たまや、かぎやと掛け声一つ。


「何かって?」

「……追っかけてきてない?」

「まるで博麗のアミュレットね」

「それって……」

「かなり……」

「まずいわよねぇ」




「に、逃げろーーーーーー!!!」


あっちにこっちに大騒ぎ。
しつこい花火と追いかけっこ。
テイルガンが欲しい所。


「二人とも、方向転換!」


きりっと一声月の光。


「どこに行くって言うのよ!」

「身代わりがあれば逃げ切れるでしょ?」

「固い何かがあるかしら?」

「あそこの木板でもぶつければいいじゃない!」

「わかった! 全速前進!」


あれば安心、身代わりの木札。
一度限りの使いきり。
効果は抜群、保障付き。




          どっかーん。




「けほっ、けほっ……」


今夜は土曜日?
フィーバーしちゃう?


【現在地:D地区 広いお店の片隅で お約束は守りましょう】

697 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/06(木) 02:06:58
>ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ
>>690 >>691 >>692 >>693


『まあ! おばあちゃん、なんて大きなお耳なの!』

『おまえの声が、よくきこえるようにさ』


















―――――――――――――――――――――――― THE KILLING TIME - 1


698 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/06(木) 02:07:27


『クッハ! ムガのキョウチってヤツか? よく、フェイクに気づいたな!
褒めてやるゼ! けどなぁ!! もうっ! 詰んでンだよ、クソガキッ!』

 
 バスケットを叩くとマグナムひとつ♪

  右手に光る鈍い銀の輝き。それは『コンバットマグナム』と異名を持つS&W M66。小型軽量のス
 テンレス製Kフレームの銃口から吐き出されるは重厚な.357マグナム弾。軽重の調和が取れたこ
 の銃は非常に多くの者に愛用されている。

『逝けよッ!!』


  殺意及び銃口死神の心臓をポイント。狩人の引金にかかった指に力が篭る。撃鉄が殺意を正し
 く薬室へと伝導。そこに待機していた狩人の分身たるマグナム弾が轟音と共に音速を超え、死神
 の心臓へと飛翔する。間髪入れず加わる狙撃手アーサーの第二射、言うなれば殺意の二重奏。
  
  ___/\/\
.            \
  ………結果的に不協和音となってしまい、死神に生存を許してしまった。とはいえ、確実に地獄
 の淵へと追い詰めた事は疑いようがない。死神の流した床の血痕がそれを雄弁に物語っている。

  しかし、状況的に追い詰めているにも関わらず、バレッタの表情は明るくない。


(……グ。反動が想像以上だった。チョイとばっかし、ヤベえな)


  バレッタの骨格(フレーム)及びそれを覆う筋肉は見た目相応可憐な少女のそれではあるが、内在
 しているパワー、スピードは夜族顔負けである。先ほどの爆発でも、幸いこれらには然程、損傷も無く、
 本来のバレッタに近い性能を発揮する事が可能であった。故に今の奇襲は、運悪くも失敗に終わった
 といえ、死神の命の灯火を弱める事が出来たのであった。

(このままだと泥死合もいいところだ。長引けば五分以下になるぜ………)


  問題はバレッタの出血。骨格(フレーム)、筋肉は無事でも身体中を走る第三の器官、血管は悲鳴を
 あげていた。前の攻防で既に各所に皹が入っていたのだ。フェイクを身代わりにしての相手の死角への
 高速移動、何より、今のマグナムの反動はその皹をこじ開けるには十分であった。事実、バレッタの足
 元の血溜まりは今もその面積を目に分かる速度でぽたりぽたりと広げているのだ。

(なら………いっちょ、持ちかけてみるか?)



699 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/06(木) 02:08:19
 
 
 

『おい、ガキ。聞こえるか!』

 闇狩人は不敵な表情で少年が潜んでいるだろう闇に大声で宣告した。

『実の所、あたしの怪我は見た目程、酷くは無い。だからこそ、さっきテメエを
 ペテンにかけれたんだがな』

 ま、運悪くも後一歩で逃がしちまったがな、と凶悪に唇を歪めながら、バレッタは死神に話を続ける。

『オマエ、今の自分の状況理解してるか? 出血はあたしに負けず劣らず
酷そうだな、ああ? こっちは武器はまだまだあるぜ。さっき見ての通り、
あたしの雇っている狙撃手もテメエの脳天を狙ってる。数は二対一であたし
が有利、手札もまだ多くある? つまり、テメエは劣勢って事、オーケィ?』

 大きく深呼吸。ここからが本題である。

『………とはいえ、あたしも愉快な状況じゃないんだ。実際、出血はキツいし、
いい加減にこの馬鹿騒ぎを終わらせたくもある』

 少女は向こうに潜んでいる傭兵に合図を出す。傭兵がすっと物陰から現れ、バレッタの下へとやってくる。

『クソガキ、お前の話を聞くに、お前、あたしに殺して欲しいんだろ? 死にたいが
普通に死ぬのは御免蒙る。どうせ死ぬなら、花火の様に、流星の様に絶叫あげて、
疾風怒濤の勢いで死にたいんだよな? たまーに居るんだよ、そんな救えない莫
迦がな。それとも、このまま出血多量で惨めに死ぬのが望みのチキンか、テメエ?』

 最終宣告、その証とばかりにバレッタは自分の切り札となるバスケットを遠く離れた所へと放り投げた。

『五分(イーブン)、サシで最後の勝負と洒落込もうゼ。この最強のダークハンターたる
バレッタ様特別大サービス、テメエの命を代金でそのワガママ、叶えてやるよ、出てきな』




         

【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】


700 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/06(木) 02:25:46
>>696
 
「バスタオルがぁ……バスタオルが貼り付いてぇ……」

「帰ったら落とすの手伝ってあげるわよ」

 接着剤でバスタオルお化けになったフィオが泣き呻く。
 しかし接着剤って……仕掛けてくる方法が妙だ。
 殺す気があるんならもっと別の手があるだろうに。

「そういえばエネミーチェイサーはどこにいった?」

 ターゲットロックが出来ていたのなら発砲からそう間もなく弾着音が聞こえてきそうなものだし、
ロックできてなかったにしろ、そろそろ天井なり壁なりにぶつかって爆発音が聞こえてくるはず。
 ……ロック誤作動で空中ぐるぐる回るバカ飛翔してるのかもしれないけど。

 爆発音が聞こえてこない=飛翔中=敵を追尾中?

「まだ逃げてるってこと?」
 
 爆発音が聞こえない以上そうなる。少なくとも飛んでることは間違いない。
 というか、耳を澄ませばロケットモーターの音が微かに聞こえるような――あ、爆発音。

「七時方向、距離不明。敵を追尾していたのかどうかも不明」

 でもとりあえず撃っとけ。

 爆発音が聞こえた方角に仰角45度で銃口を向けて、三発。
 三つのエネミーチェイサーは同じ標的をロックしたのか、同じ方向へ真っ直ぐ飛んでいった。
 
【現在地:D地区 ホームセンター】

701 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/06(木) 03:19:03
>>700


「あ、また来たわ」

「そうよね…… わかりきってたわ……
 アミュレットも一発限りじゃないもんね……」

「だったらこっちも……」


ひっくり返ったおもちゃ箱。
整理整頓大切に。

あれはどこかな、何だっけ?

探し物は、これだっけ?


「この鉈でぶった切る!」

「で、さっきみたいに爆発ね」

「強度はありそうだし、ぶつけられれば問題なさそうよね」

「投げてみる?」

「届かないって」

「まあ、やらないよりはましよねぇ」

「背番号1番! サニーミルク! 行くわよー!」

「もっと手頃なものはないかしら?」


大きく振りかぶって、バッター投げました!
バットはぐんぐん伸びて行きます!
これはスタンドに入ったでしょうか!?




           ざくっ。




「ごめん、やっちゃった」

「……2ベースね」


ガイシャは部屋で首を吊っていました。
暴け、密室殺人事件。
真実はいつもじっちゃんの名に。


「投げ方が悪いのよ。
 あんな長い物を振りかぶって投げるなんて馬鹿だわ」


その手にあるのは銀の円盤。
ぎざぎざハートのシャイな奴。
俺に触ると怪我するぜ?


「2番、ルナチャイルド。コレに決めた!」


しゅしゅっと参上! にんにんじゃ。
心に刃を忍ばせて。
狙いを定めて手裏剣一投。




           かんっ。




「……いやぁ、ある意味凄いわね」

「人の事を馬鹿にしておいて、その程度とは」

「わ、悪かったわね」


ぶらりふらふら首吊り死体。
縄が半分切れていた。

刑事が部屋に押し寄せてくる。
どたどた、もっと静かにしてよ。

ゆらりゆらゆら揺れる死体。
これじゃあおちおち眠れない。

寝苦しいったらありゃしない。
身じろぎくらい、させてよね。

ぎゅっとしっかり握ってる?
もう駄目。もう手が限界です。
もうゴールしてもいいですか?
しゃーない。限界は誰にでもある。
それじゃあ、せーので離そうか。




          ぽとり。

    どっかーん。




「「「あ。」」」


【現在地:D地区 三人だけのグラウンド】

702 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/06(木) 23:11:45
>>701

 正体不明の敵を追尾して(……るはず)エネミーチェイサーが往く。
 アタシは目でその軌跡を追う。終着点には敵がいる(はずだ)。
 エネミーチェイサーの前方から迎撃ミサイルよろしく天井へと何かが飛び、突き刺さった。
 目を凝らす。

「……鉈?」

 さらに何か飛ぶ。

「丸鋸?」

 明後日の方向に飛んだ丸鋸は天井の鉈を打った。

「…………?」

 ワケガワカラナイ。

 だが敵がいるのは確定した。いくらなんでも鉈に丸鋸が勝手に天井へ飛ぶわけがない。
 そうこうしているうちにエネミーチェイサーは迎撃物?の発射点へと飛んでいき

 ――天井から降ってきた鉈に当たって炸裂した。


「……なんてタイミング…… コントかっつの」 

「そうですかあそこに敵ですか」

「フィオ?」

 バスタオルお化けの眼鏡が光った。
 手のヘキサゴンアームズM3685を構える。

 けたたましい銃声。
 大口径の曳光弾が迸り、敵が居ると思しき地点を薙ぎ払っていく。

「ビッグヘヴィーマシンガン……持ってたのね」

「武器運びも仕事ですから!」

 鉄火の集中豪雨が地形を変えんばかりに降り注ぐ。

 ……ありゃ塹壕でもなきゃ穴だらけだな。


【現在地:D地区 ホームセンター】

703 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/06(木) 23:20:45



 ―――ヒュー・アイランズが、吸血鬼災害と云う者の闇を垣間見たのは、大英帝国円卓会議を
担うことを義務付けられた彼の人生の中で―――これが初めてだった。
 軽く見ている心算はなかった。陰惨なものだという事は重々承知していた。
 しかしながら、対外情勢が針の筵と等しくなった昨今の気分を考え合わせれば、地獄はもはや
有り触れた代物である。英国中のどの都市も―――否、心楽しませる長閑な郊外の風景でさえ、
一年後には戦火に呑まれ、灰となっている可能性は否定できない。

(地獄を見ているのは、アーサー、君だけじゃない………そう思っていたのに)

 甘かった。
 実際に吸血鬼災害から生き残った人間と対面するのが、こうも大きな重圧となるとは。被災者が
体験した恐怖、苦痛、何もかもが彼の表情から滲み出て、対面する者の心をゆるやかに絡め取る。
いたたまれない気持ち―――というのは、こういうものを云うのか。
 しかしながら、この自分でさえ《吸血鬼災害》と顔を付き合わせた訳ではない。ヒュー・
アイランズはあくまでも、事情聴取に訪れただけの第三者だ。地獄に居合わせたのは、アーサー・
ヘルシングであり、そうして他でもない、この十にも満たぬ少年である。


「―――お祖母ちゃんが、おかしくなった」

 びくり、とアイランズは顔を上げた。
 少年が再度、言葉を紡ぎだす。
            、、、
「………っていうよりは、最初にお祖母ちゃんがおかしくなった。肌が土の色になって、言葉が
へんになって、僕を見る眼がおかしくなった。巧く云えないけど、眩しいものを見るように、
僕を見るようになった」

「それは―――いつくらい?」―――義務に等しい感覚で、アイランズが言葉を返す。
「その日の夜。あの男が帰ってすぐ」
「お祖母ちゃんは、その後家に帰らなかったのかな」
「帰らなかった。僕の家に泊まるって言い出して―――」
「それから―――次におかしくなったのは」
「お父さんとお母さん」
「お祖母ちゃんと同じふうになったのかな。土色の肌で、言葉がおかしくなって―――」
「そう、僕を見る眼がおかしくなったんだ」
「それで、君はどうしたの?」
「夜、ベッドに入るフリをして、こっそり抜け出した」
「それで」
「―――追いかけて来たんだ」

 アイランズは逸る気を落ち着けようと、紅茶のカップを手に取った―――取っ手に掛けた
指が震えて、危うく取り落としそうになった。折角ホストが淹れてくれた一等品の紅茶を
台無しにしたとあっては、英国紳士失格だ。
 喉を湿らせる―――少しだけ気分が楽になる。
 会話を続ける。

「続けて」
「―――家の裏手にある杉の小路を駆けて云って、他の人を呼ぼうと思ったんだ。何となく、
 あの薬売りがお父さんとお母さんとお祖母ちゃんをおかしくしたのは、判ってたからね
 ―――でも、途中で後ろから足音が聞こえたときは、本当にどうしようかと思った」
「なんで?」
「足音が増えてるんだ」
「増えてる―――っていうのは」
「みんな、ああなってた。村のみんながあんな。肌が土色になって―――僕を追いかけてた」
「つまり―――村人達が、追っ手になっていた訳だね」
「うん」


 最早、吸血鬼災害に対しては又聞き£度の知識しか持たないアイランズにも、事態は
明々白々だった―――『村落を根城にしたグールの繁殖』。もっともステレオタイプな、
ヴァンパイア・ディザスター。おそらくは村にやってきたという行商の男が吸血鬼であり、
彼を親にして村人の中にグールは刻々と増えていた。少年の家族がグールとなった時には、
すでに村人の相当数が被害≠受けていたのだろう。

 かくて狩り≠ェ始まる。
 村人は猟師と、少年は仔狐となり代わり、月の山野を駆け巡る陰惨な追走劇の幕が上がる
――― 筈だった。



704 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/06(木) 23:21:16


「君は―――それをどうやって逃れたんだい?」
「僕は―――云ったじゃない、沢山のトラップを仕掛けてたって。あれは僕の家の付近だけ
 じゃなくって、村の色々なところに、だったんだ」
「成る程」


 おそらくこの少年にとって、トラップワークと云うのは己の無力を隠蔽する手段だったの
だろう。両親から不当な仕打ちを受ける祖母。それを護れない自分―――状況が報復≠
要請するも、十歳にも満たない細腕の少年は両親を害する手段を思いつかない。否、それは
言い訳で、無意識に自らの親に立ち向かう事を恐れていたのかもしれない。
 パラノイアックなまでのトラップワーキングは、その攻撃要請が転化したものだ―――
一連の事態に対し、アイランズはそう考える。
 しかし重要なのはそうした心理学的な考察ではなく、この少年が製作した罠≠フ驚くべき
有用性の高さである。
 大の大人を―――否、下手をすれば野生動物をさえ殺害しかねない悪辣なトラップが、村の
遠近に仕掛けられていた。にも関わらず村人達が日頃それを看破したり罠に掛って負傷したり
しなかったのは、罠の配置が人々の生活圏内から、驚くほど巧妙にズラされていたからだ。
 いったい―――。
 いったい只の少年が、こうまで深く人間の行動真理を洞察しうるものなのか。

(………私は読み違えていたらしい。世界の底を。そうしてなにより、人間の底を)



「どんなに沢山のひとたちが僕を追ってきても、僕は予め作った罠のほうに歩いていけば
 それでよかったんだ。僕には罠のある位置がたいだい判ってるから………ひっかかるのは、
 村のみんなだけで、僕は平気だった」
「―――具体的に、どんな罠を使ったんだ」
「ごめんなさい、思い出せない」

 矢張り。思い出すのを拒んでいる。
 自らの害意を、無意識に押し込めようとしているのだ。

 災害収束後、村を調査した一団を驚嘆せしめたのは、残された数々のトラップの有用性
のみならず、そこに込められた害意≠ナもあった。グールの群れをトラップに叩き込んでいる
少年の心中は、逃げ惑う仔狐のそれではなく―――老獪で凶悪な、狩人のそれであっただろう。

 調査団の報告書で『炭屋焼失。ティルミット爆弾使用の痕跡あり』と云う一文と出遭ったとき
には、思わず我が眼を疑ったほどだ。少年の両親はアングロマニア的思想の強いアイルランド人で、
ロイヤリストの節もあったが、暴力的な思想活動は行っていない。してみると少年は純粋に、
村の子供たち同士の繋がりの中から、ティルミット爆弾の制作方法を学んだものと推測される。
過度の暴力性を求めて『爆弾作り』に精を出す陰気な連中はプレップにも居たが、この辺りの
事情は田舎も都会も同じようだ。しかしながら、事前にティルミット爆弾に関する実践的な
知識を第三者から教わっていたのであれば、その危険性も認知していただろう―――。
 おそらく。
 それほど意識的に他人を害したのは、この少年の短い人生の中では始めての筈だ。


705 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/06(木) 23:22:55


「―――でもあいつらおかしいんだ、切っても、貫いても、焼いても、何をやっても歩いて
 きて―――」
「だから」
「だから―――殺すしかなかった」
「友だちや知り合いも?」
「殺した。罠にかけて動きを止めて、何をすれば死ぬか、片っ端から試した。何をしても
 死なないわけじゃない―――っていうのが、それで判った」
「おとうさんやおかあさんも―――」
「自業自得だ、あいつらは殺されても仕様が無かった!」
「………お祖母ちゃんも?」
「――――――――。」


 ち。
 どうもこの手の、他人の心をえぐるような会話は苦手だ―――と思う。アイランズは我が事の
ように顔を顰めた。


 ―――どかん。

 樫の扉を豪放に開いてアーサー・ヘルシングが部屋に戻ったのはその時である。出会いさま
「よぉ、アイランズ。その餓鬼にゃ慣れたか」と不謹慎なことを云ってきた。嗜めるように
一瞥したが気にかけている様子もない。相変わらず掴みどころが無い。
 
(………この男が、これまで吸血鬼災害などというものに関わっていたのだから判らない)

 飄々とした外面が、すさんだ内面を取り繕うための演技であるとも思われない。して見れば、
陰惨な災害に立ち向かおうとすれば、アーサーのような無神経にも近い明るさが必要となる
のだろうか。
 ―――慎みある紳士的な態度こそが、明晰な判断の父だと信ずるアイランズには、いささか
それは面白くない現実でもあったが―――。
 そんなアイランズの内面など預かり知らぬとばかり、アーサーが語りだす。


「思ってた通りだったぜ。やァっぱ只の餓鬼いっちょでグール五十匹近くを片付けるなんざ、
 天地がひっくり返っても無理だと思ったんだ。んで調べてみたらやっぱりっつーのかよ、
 親玉の吸血鬼の野郎の抗魔力反応が、普通より弱かった。

  つまりこの吸血鬼災害の黒幕サンには、グールを作るだけの十分な能力が備わって
 いなかったワケだな。この餓鬼と戦ったのは《化け物のなりそこない》じゃねェ、《なり
 そこないのなりそこない》だ」

「………それでも、彼の価値が薄れるわけでもないと思うがね」

 緩やかに返答を寄越すアイランズ―――少年のトラップ・ワーカーとしての資質は、最早
疑いようが無い。

「それでどうするんだアーサー、この少年はどうなるんだ。ちゃんといい孤児院は見つけたん
 だろうな。事情聴取が終わるや、犬猫よろしくそこら辺に捨てる気じゃあないんだろうな」

「ああ、それだがな―――」どかりと椅子に腰掛けると、荒っぽい仕草で脚を組むアーサー。
胸元から取り出したシガーに火をつけると、甘ったるい香りが室内を漂った。「こいつな、
うちの執事にしようと思う」

 数年来の友人のこの物云いに、アイランズは我が耳を疑った。

「………信じられない。アーサー、君のどこに慈悲の心があったんだ」
「手前………俺一応国教王立騎士団副局長だぞ。アングリカンの筆頭だぞ」
「しかしッ、君がただ少年の身元を引き受けるなどと―――」
「あァ―――ぶっちゃけ、本当に人手が欲しかったのはあるがね。俺ん家汚いし」

 韜晦にすぎない。アイランズは一瞬でそう見抜いた。
 しかしながら、アーサーが仮初の偽善で少年の家族を悼むとも思えないし――― 一先ずは、
彼を信じてもいいのだろう。近い将来には国教王立騎士団局長となる男の執事。もはや尋常な
人生が約束されるとも思われないが、それでもせめて少年の行路が光あるものであるようにと、
思わずアイランズは十字を切った。


                             (―――かくして過去は由来を得て、現在へと回帰する)
                   (そのたびごとにただひとつ、掛け替えの無い、懲罰のように重い現在へ)


706 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/06(木) 23:23:17


>>699

 闇の中から相手を窺ってるのか、それとも出血のせいで視野そのものが暗くなっているのか
よく判らなくなってきた。―――でもまだ、戦える。指先がそう伝える。たとえ両足を?がれ
耳と眼をつぶされても、それらの役は十分に、この糸がこなす。
 ―――ひとえに十指あればいい。それでオレの命の価値を測るには、十分に足る。
 赤頭巾が声をかけてきたのは、そう思ってきたときだった。

『おい、ガキ。聞こえるか!―――実の所、あたしの怪我は見た目程、酷くは無い。だからこそ、
 さっきテメエをペテンにかけれたんだがな』

 嘘吐きやがれ。どこの誰が戦闘中に自分の傷の浅さを喧伝するモンか。浅手を深手と偽り、
敵の油断を誘うのは常套だが、その逆を行ったんじゃまるきり、あべこべだ。

『オマエ、今の自分の状況理解してるか? 出血はあたしに負けず劣らず酷そうだな、ああ? 
 こっちは武器はまだまだあるぜ。さっき見ての通り、あたしの雇っている狙撃手もテメエの
 脳天を狙ってる。数は二対一であたしが有利、手札もまだ多くある? ―――つまり、テメエは
 劣勢って事、オーケィ?』

 はいはいお説ご尤も、心配してくれて有難うね。

『………とはいえ、あたしも愉快な状況じゃないんだ。実際、出血はキツいし、いい加減にこの
馬鹿騒ぎを終わらせたくもある』

 おお。本音が出た。

『クソガキ、お前の話を聞くに、お前、あたしに殺して欲しいんだろ? 死にたいが普通に死ぬのは
御免蒙る。どうせ死ぬなら、花火の様に、流星の様に絶叫あげて、疾風怒濤の勢いで死にたいん
だよな? ―――たまーに居るんだよ、そんな救えない莫迦がな』

 イエスイエスイエス。
 まぁそんな感じだ。判っていらっしゃる。
 それで慈悲深い理解者たるこいつはオレの為に何をしてくれるんだろう。

『それとも、このまま出血多量で惨めに死ぬのが望みのチキンか、テメエ?』

 ワオ。びっくり箱の中から挑発が転げ落ちてきやがった。
 オレ血がダラダラ出て気が逸ってるからそういうのには本当に弱いんだよね。


『五分(イーブン)、サシで最後の勝負と洒落込もうゼ。この最強のダークハンターたるバレッタ様
特別大サービス、テメエの命を代金でそのワガママ、叶えてやるよ、出てきな』


 ―――とん、と。
 その一言を聞いたときには、オレはもう躊躇いもなく闇の外へと―――即ちあの赤頭巾の視界の
中へと歩みだしていた。かつり、かつり、かつり。ローファーのソールが石畳を踏む音が、幾重も
木霊を引いて空間を満たす。
 ―――罠を警戒していなかったワケじゃない。ただ赤頭巾の口調には、何かしら真摯なものが
あった。最終的にオレを某かの罠に陥れるつもりはあっても、一先ずその言葉自体は本音と
受け取っていい。

「よォ」

 ごく軽い口調で、オレは相手と差し向かう。

「随分な口上だったじゃねェか―――決闘でもやらかそうってのかよ」


【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】
 

707 名前:セイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/07(金) 00:09:47
 
祭りスレ>>629>>630>>631>>637 >>688

>>689
放たれる火球。
破砕される屋上。
蹂躙しあらゆるものを焼き尽くす灼熱の舌。
先ほどまでセイバーがいた場所を塵芥一つ残さぬようにと轟轟と燃え盛る。
炎とは全てを焼き尽くし無に帰す、災厄の使者。
この世界で何者であろうとその姿を残すことも敵わない。
まさに崩滅
世界を焼きつくす火炎の最中に一つの影が残されている。

「マジシャンと言ったな。 ―――では、貴方を私の障害として捉えよう。」

巻き上がる蒼き風。
屋上を占拠し、真紅に染め上げていた世界が真っ二つにへと両断される。
嘗めるような灼熱の舌は蒼き突風の手が絡め取り、吹き飛ばされていく。
赤い魔界を侵食していく蒼の世界。
その蒼の世界の中心部に立つのは一人の剣兵。
流れるような金糸の髪、輝く翠玉の瞳、その端整な顔。

「―――もはや、なにも問わぬ。 」

蒼きの法衣を包み込むは純白の鎧。
戦場を駆け抜けた王が生涯を共に歩んだ礼装
物理法則を超越し、塗り替えて生前の姿そのままの武装へと―――

何人であろうとも汚すことの出来ぬ具現。
人の願いし、黄金の理想。


ここに、

―――あらゆる戦場を駆け抜けた騎士の王が降り立つ。


「―――ここで貴公を叩き斬って先へ向かうまでだ 」

その手には不可視の剣。
王とともに戦場を駆け抜けた剣“風王結界”。
全身を駆け巡る魔力の滾りを足に集中させると、先ほどの再現をするように
いや、先ほどの跳躍は子供だましだったと言わんばかりに
空高く、突き上げるような跳躍。
足から放たれた噴射魔力エネルギー
先ほどの火球によって崩壊間近だったビルを崩落に導く。
崩れ行くビル、そこから天へと昇るように飛び上がると、物理スピードをも超越する速度でマジシャンに肉薄し

「―――――――ッ!」

ヒュゥと小さな呼吸とともに、
上空たかくに突き抜ける風すら切り裂くような暴風じみた剣戟。
マジシャンの身体を逆袈裟に切り裂くように破断の刃が迫る。

【現在位置:F地区 ビル群:上空】

708 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/07(金) 00:18:23
>>702


「無事よね。私たち」

「うん、無事よ。指以外」

「今ので居場所はばれたわよね」

「……そうね」

「じゃあ、さっさとこんな場所からは――」


一難去ってまた一難。
掃射弾幕雨霰。
速さが命のランダム弾。
隙間を縫うのが命綱。


「居場所がわかれば、こうなるわよね」

「痛いで済めばいいなぁ……」

「最初から弱気じゃだめでしょ!
 痛いで済ますんじゃなくて、無傷で済ますの!」


ぴちゅんと一つ、穴が開く。
二つ三つと壁に開く。
六つ九つ床に開く。

当たればそれまで、残機はなしよ。
それじゃあ、ボムで緊急回避?
残念、それもありません。

残った手段は気合避け。
グレイズ稼いでスコアアタック。
時間切れまで耐久弾幕。


「この弾幕を、狙って撃たれてたら
 どうしようもなかったわね」

「あの針だって痛いもんね」

「いやいや、ナイフの方がえげつないって」

「氷だって地味に痛いわ」


弾幕避けて、弾幕談義。
ひらりひらひら木の葉が踊る。
逆さまの部屋でタップスピン。


「ふぅ、これだけ離れれば仕切りなおしかしら?」

「またアレが飛んでこなければね」

「じゃ、撃たれる前に反撃よ!」

「反撃って何するのよ?」

「はい、ルナはコレ着て」

「いつの間に…… ってなんでよ?」


手渡されたのは普通の作業着。
若草色で、ちょっぴりおしゃれ。


「囮よ、囮。
 ルナに気を取られてる隙に私とスターでこれをぶつけるの」


取り出したのは、頭でっかち。
黒い頭の頑固者。


「……確かにそれぶつけたらかなり痛いわよね。
 でも嫌よ。囮なんて」

「まあまあ、ルナ。落ち着いて聞いて。
 私達は、彼女達に近づかなきゃいけないのよ?
 それに比べれば遠くで逃げればいいルナは楽なものよ」

「……まあ、そこまで言うならしょうがないわね。
 でも、離れるから音は消せなくなるわよ?」

「大丈夫大丈夫。
 ルナも姿が見えるようになっちゃうんだし、
 お互い様だって」

「やっぱ理不尽な気がしてきた……」


季節外れの案山子のお化け。
月に照らされ浮かんでた。
お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。

頭でっかち日の光。
意気揚々とひとっとび。

星の光はちょっと寄り道。


「ぶつけるものと言ったら、コレも定番よね」


掃除、洗濯、お役立ち。
一家に一台、大爆笑。
たらい回しはやめて欲しい。


【現在地:D地区 お店の各所に散らばる】

709 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/07(金) 00:20:53
>ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ
>>703 >>704 >>705 >>706


『まあ! おばあちゃん、なんて大きなおめめなの!』

『おまえのいるのが、よくみえるようにさ』

『まあ、おばあちゃん、なんて大きなおててなの!』

『おまえが、よくつかめるようにさ』
















―――――――――――――――――――――――― THE KILLING TIME - 2

710 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/07(金) 00:21:11



『物分りがはええな。脳みそはまだ腐っちゃいねえか。エラい、エラい。古来より由
緒ある、伝統と格式に溢れる決闘ごっこをしましょうって訳だ』


 ―――ニヤリ、と狩人は猛禽の笑みで死神に応えた。

『オルゴール鳴らして、曲の鳴り終わると同時に最後の手札を出し合う、なんてのが
一番風情があるだろうが、生憎、あたしの商売道具にんなものは無い』


 ピン、と一枚の金貨をバレッタは傭兵へと指で弾いて、トス。

『だから、よくあるカタチだな。そこの男にコインを投げてもらって、地面に落ちると
同時にお互い、最後の攻撃をしましょうってことだ。そこの男は中立だ、手は絶対ださ
せねえ、オイ!』


 バレッタの声でアーサーは自分の武装を解除し、その証拠とばかりに地面に並べていく。
 ドラグノフ、SPAS12、『ハンドキャノンS&W M500』、M67破片手榴弾、スペッナズナイフetcetc

『次は、あたしか』

 赤ずきんも自分が普段身につけていた武装を地面に投げ捨てていく。両の腕にそれぞれ隠
してある、ルガーP08、ベレッタM92FS、腰のポケットのナイフ、ドロワーズに仕込んだ地雷etcetc
 傭兵のそれを合わせてみると武器のバーゲンセールといった趣である。

『これで最後だからな。次は無い。だから、コイツラもいらねえ。最後の仕上げにひいふ
うみい、と………』


 かりんかりんかりんと唯一の武器となったマグナムに装填された弾丸をバレッタは地面に捨て
ていく。そうして、残り三発になった所でバレッタは告げた。

『言っとくぜ、あたしが使うのはこの銃の弾丸三発だけだ。一発でも二発でもない。この
三発で確実にテメエは終わるんだ』


 一歩。
 (一番重要なのは射程だ。アレから十メートル以内。位置取りが微妙だな、もう少し)
 二歩。
 (距離、角度的には見て、ベストに殺れるのは)
 三歩。
 (……………ココか)

『そこの男を中間にして大体これぐらいだな。オイ、アーサー、もう良い、下がれ』

 アーサーはコインを片手に頷いて、大きく後退する。
 そして、闇狩人は最後の宣告を行った。

『後はテメエの承諾だ。決闘するならそこから一歩前に出な。逃げたいなら、逃げても
いいぜ? 土壇場で命が惜しくなるってのが「人間」だからな?』






【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】

  

711 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/07(金) 00:38:36


>>711

『オルゴール鳴らして、曲の鳴り終わると同時に最後の手札を出し合う、なんてのが
一番風情があるだろうが、生憎、あたしの商売道具にんなものは無い』

「おいおい、随分と雅なコト考えてやがったんだな」

 からかうようにそう云いつつ、素早く視線を薙ぐ―――周囲の状況、気配、相手との
間合い。糸使いの空間感覚は鋭敏だ。オレはただちに赤頭巾との距離を“12M半”と
断定。
 そうして、あのアーサーとか云うやつとは約10Mか。アーサー、アーサー・・・くそ。
口の中で転がすたびに縺れそうになる名前だぜ、まったく。

『だから、よくあるカタチだな。そこの男にコインを投げてもらって、地面に落ちると
同時にお互い、最後の攻撃をしましょうってことだ。そこの男は中立だ、手は絶対ださ
せねえ、オイ!』

 成る程、男との間合いは考えに入れなくていいのか―――。
 ―――オレの必中の間合いは約6M。その範囲内なら敵が何人いようとアッサリ
解体せるが、それを超えると指先に返る糸の反応がやや鈍くなるから、予想よりも
切れ味が落ちたり、逆に切れすぎて使い勝手が悪くなったりする。

(ここから、約6Mか)

 踏み込むだけなら、一秒掛らない。
 ―――勿論、その一秒は十分に命取りになりうる。
 さて、どうやって間合いを削るか。

(………ん?)

『言っとくぜ、あたしが使うのはこの銃の弾丸三発だけだ。一発でも二発でもない。この
三発で確実にテメエは終わるんだ』

 オレは赤頭巾の言葉を、なかば聞き取り、なかば聞き流した。それよりも今、赤頭巾が
意識的に間合いを削ったように思えたからだ。
 今の足取りは一見するとごく自然なふうだったが、その実かなり丁寧に脚を運んでいた。
ていうことは、向こうにもまだ何か、プランがあるっていうことだ。

(ふぅん………)

 オレも一歩を踏み出す。相対距離は9Mと少し―――。
 よし、これなら射程距離まで、半秒以下。

『後はテメエの承諾だ。決闘するならそこから一歩前に出な。逃げたいなら、逃げても
いいぜ? 土壇場で命が惜しくなるってのが「人間」だからな?』

「応える間でもねェ。やるよ」

 何かを図るように、そう語る。

「―――オレを殺れればアンタが死神で、アンタを殺ればオレは晴れて死神になれる。
 いまさら人間がどうのとか、ケチ臭い話はナシにしようや?」


【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】

712 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/07(金) 01:04:24
>>708
 
 涼やかな音を立てて最後の薬莢が落ち、掃射が止んだ。
 肩で荒く息をつく相棒の背に声を掛ける。

「200発撃ち切ったの?」

「200発全弾撃ち切りました」

 そうか、そんなに怒ってたかフィオ。

「殺ったと思います?」

「人間と並みの化物なら殺ったと思う」

「じゃ死体を確認しましょう」

 言うなりフィオはM3685を無造作に捨てて、別のサブマシンガンを二丁も取り出した。
 バスタオルお化けになっているせいでどこから出したのかさっぱりわからない。

「アンタ、そんなもんどこに……」
 
「武器の運搬も仕事ですから」

 追求はやめた。肩をすくめる。

「エリちゃん、アレ」

 短く言い、フィオが銃口で示した。その先には、ふらふらと動く若草色の……作業着。

「なんだか大人の服を子供が着て動いてるみたいね」

 しゃかちゃかと二つの装填音が答えた。三点バーストが二つワンセットで跳ねる。
 ――フィオのヤツ、聞いちゃいないな。
 そして銃の精度か距離ゆえか、弾は一発も当たることなく作業着を躍らせるに留まっていた。
 やれやれ。

 ……ふと別の方向から音が聞こえた。
 子供の声と妙な物音。

 フィオを見る。マズルフラッシュのせいか眼鏡が光ってその奥までは見通せない。
 作業服を躍らせるのに集中していて、音なんか聞こえてないっぽい。

 耳を澄ます。
 やっぱり聞こえる二種類の物音。

「ポルターガイスト?」

 マズルフラッシュに背を向けて目を凝らす。
 ……何も見えない。
 しかし聞こえる。
 そしてだんだん近くなる。

(あの辺りか)

 近づいてくる音でおおよその位置を割り出して、アタシはクラシックマーダーを向けた。
 パンパンと二発発砲。
 何か居れば反応が返ってくるはず。


【現在地:D地区 ホームセンター】

713 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/07(金) 01:39:48
>>712


「うわっ! わかってたけど、やっぱ怖いなぁ……」


ぶかぶかの裾が跳ね回る。
当たり判定は小さめに。
上、上、下、下。逃げ回る。
右、左、右、左。痛いのは嫌。
くねくね、じぐざぐ。
蛇行運転にご注意を。




「ルナは上手くやってるみたいね」

「そうね。あれだけやれれば上出来よ」

「これなら私たちも楽勝ね」

「おしゃべりで気付かれてるみたいだけどね」

「何か言った?」

「ううん、何も言ってないわ」


そろそろ目標地点上空です。
よし、爆撃開――




       ぱんっ。
                  ぱんっ。
        きんっ。




自機狙いの偶数弾。
動かなければ当たらない。
それは自分の場合だけ。


「……! いったぁ……
 手が痺れる……」

「ま、こうなるわよねぇ」


ちゃっかりひらりと得意げに。
そのままぐんぐん進んでく。



不慮の事故があったが、作戦に変更はない。
爆撃、開――


「あ、そういえば、そろそろ日没だったんじゃないかしら?」


お約束を果たした瞬間、
ぽつりと思い出してみた。


【現在地:D地区 穴だらけのお店の中で】

714 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/07(金) 02:06:01
>ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ
>>711


『でも、おばあちゃん、なんてきみのわるい大きなお口だこと』

『おまえをたべ『この銃が突っ込まれる為だ!』



                




       




                             







―――――――――――――――――――――――― THE KILLING TIME - 3



715 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/07(金) 02:06:32




 最後の一歩が踏み出される――――



『死神、ねえ? はン、だから、テメエはガキなんだよ!』



 ――――――――――――――――――――チャリン



 コインが終わりの鐘を鳴らした瞬間、赤い稲妻と化したバレッタが死神から見て右方向へ
 と弧を描く様に跳びだした。その銃口は死神の額に………『向けられていなかった』。

(よし! 今だ!)

 闇狩人の右手のS&W M66が狙っていたのはアーサーが武装解除時に床に置いた散弾銃
 のSPAS12の「引金」である。あろう事か、赤ずきんは自分の指でなく、自らの弾丸で引金を
 引こうというのである。

(シュート!)

 ―――バン、と一発目の怒声。

 文字通りの神業であった。バレッタのマグナムは寸分違わず、SPAS12の引金を狙撃したのだ。
 かくして、ひとつの殺意は無数の殺意へと昇華される。用済みとされた筈の散弾銃はその口か
 ら、狩人の怒りを一気呵成に死神へと代弁する。

 バケモノに対して有効なのは「点」より「面」。従って、散弾銃は夜族狩りに非常に有効である。
 これが対人の場合は「面」の持つ意味合いが異なってくる。距離10メートル以内はマグナムより
 も凶悪且つ致命の武器に変貌を遂げるのだ。この距離内であれば、散弾の密度は厚く、故に回
 避は極めて困難、加えて人の身体ではただの一発でも致命となりえる。故に、この距離では最
 悪の武器のひとつと言えた。

 死神に向かう2.75inch弾の無機動、無思慮な弾幕。しかし、まだこれで当然終わりではない。

(ぐぅ! 後、2秒でいい、我慢しやがれ、あたしの身体!)

 マグナムの反動、そこからの更なる出血に顔を歪めながらも、バレッタのS&W M66は次の標的
 を確実にポイントしていた。次の標的は同じく地面に転がるS&W M500、ハンドキャノンと異名を
 持つ地上最強の拳銃のひとつである。

(……シュート!)

 ―――ガン、とニ発目の絶叫。

 最早、神業というにも生温かった。先のSPAS12と違い、今度撃ち出される弾はただの一である。
 引金に当てて暴発を促せば、それで、はい、おしまいという訳ではない。撃ち出される.500S&Wマ
 グナム弾は死神に向かわなければ、全て無意味なのである。

 そして、バレッタのマグナムによって引金を引かれたS&W M500の弾道は確かに死神の胴体を
 狙っていた。狩人の銃も今のS&W M500も同じ一には違いない。しかし、同じ一でも殺意の濃度
 の桁が違った。地上最強ともいわれるこの拳銃の威力は、僅かにかすっただけでも、人間を即
 死させる威力を秘めているのだ。
 
 頭、心臓等の急所に弾が飛ぶ必要など何処にもない。被弾確率が最も高い胴体へと飛べば、
 それで最大の効果を発揮するのである。一手目が最悪ならば、二手目のこれは正しく最凶と
 言うに相応しく、.500S&Wマグナム弾が死神を噛み砕く為に音速を超えて飛来する。

(これで最後だっ!)

 ―――ガァン、と三発目の咆哮。

 限界を迎えつつある身体を圧して、バレッタの銃口は死神の額に向けられ、火を噴く。狙いは1mm
 のズレも無く正確無比。「最悪」といえるSPAS12の弾幕、「最凶」であるS&W M500の怒涛の一撃、
 を絡め、バレッタの最後の一撃となる.44マグナム弾は「必殺」へと化ける。
 
 今、此処に弾速も軌道も全て異なる、死神を殲滅する為の包囲網が完成を遂げた!




【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】



716 名前:エリ・カサモト ◆SV001MsVcs :2007/12/07(金) 02:11:28
>>713
 
 アタシが放った二発のうち一発が何かに当たって火花を散らした。

「……! いったぁ……
 手が痺れる……」

「ま、こうなるわよねぇ」

 子供の声。

「ぽ、ポルターガイスト!?」

 どうしよう、ゴーストの類なんて戦った事ないぞ!?

 しかも一瞬うろたえたせいで相手を見失った。見えてないけど。
 
「どこだ……!」

 上を見上げて視線をめぐらせる。耳を澄ませる。
 ――見つからない。

 まずいまずいまずいまず

 暗転。



 ……ぐわんぐわんと何か音がしている。 
 
(なにごとよ……)

 気づいたらアタシは天井を見ていた。
 ホームセンターの床に仰向けで。
 ……頭がぐらぐらする。

 ぐわんぐわんと何かの音。

 アタシと天井の間に、さっきまでいなかった子供がいた。
 黒い髪のと金髪のとが二人。どっちもちっさい。
 子供の背中には虫みたいな羽があった。

「……妖精?」

 ぐわんぐわわわん……と何かの音。
 音源を見やると、そこにはタライ。
 たぶんこの頭のぐらつきはコレだ。うん。

 ――ああ、つまり。

「妖精の悪戯ってやつだったと」

 身体を起こす。

「悪戯とおしおきはセットよね」

 二人の妖精を見上げて笑いかけた。

 そして投げつけるは右と左で手榴弾二つ。
 安全ピンをつけたままでの投擲。

 落ちてきたら捕まえておしおき。

717 名前:フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/07(金) 02:23:33
>>713>>716
 
 右へ左へ上へ下へ。
 ランダム機動で動き回って逃げる作業着。

 フィオは銃撃を続けながら静かに距離を詰めていた。
 捕まえて一発くれるためである。
 
 接着剤塗れにされた恨み、銃弾で済ますには安すぎた。

 相応の報いを与える必要がある。

 相手が銃撃を回避するために動いている事を利用して、フィオは逃げ場を誘導していた。
 距離を開けさせる事を許さず、それどころか縮めさせるように。

 二丁のサブマシンガンを巧みに使い、静かに相手に悟られぬように距離を詰める。

 距離を詰める。
 距離を詰める。
 距離を詰める。
 唐突に走り出した。間合いに捉えたのだ。

「だああああ!!」

 三点バーストの銃撃をフルオートに変えて、逃げる事を許さない。
 右の銃火が止む。弾切れ。
 バスタオルのお化けは弾の切れたサブマシンガンを振り被って思いっきり投げた。
 ふわふらの作業着へサブマシンガンが飛んでいく。


【現在地:D地区 ホームセンター】

718 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/07(金) 02:36:42
>>716


「ナイスよっ! スター!」

「いやぁ、それほどでも?」


ドッキリ成功、ネタばらし。
手と手を鳴らしてハイタッチ。


「それじゃあルナと合流ね」

「その前にする事があると思うけど」

「ん、何?」


ちょんちょん、と下を指差す意地悪な星。
何があるかな、覗き込む。
笑顔が燦々綺麗だね。


「……あれ、見つかった?」

「そりゃあもう。ばっちりと。
 だって、日が沈んだでしょう?」

「……ホント?」

「うん、本当」


一人減っても姦しい。
ぴーちくぱーちくおしゃべり中。

やあやあ、そこ行くお嬢さん。
落し物がありますよ。

聞こえないったら聞こえない。
それじゃあ投げてあげましょう。


「じゃあ、早く逃げない――とっ!?」


ごつんとおでこにたんこぶが。
二人仲良くお星様。






「あー、もう! 何やってんのよ、二人とも!
 いつまで私は逃げてればいいのよーー!」


【現在地:D地区 店内では遊ばないで下さい】

719 名前:『静かなる月の光』ルナチャイルド ◆LUNA8GlyJo :2007/12/07(金) 02:43:02
>>717>>718


あっちにゆらゆら、
こっちにゆらゆら。
お茶はあるかい? 休みたい。


「やっぱり私がいないと何も出来ないんじゃないのよ」


助けてたすけて、
逆さまに読むと、てけすたてけすた。
くるりと振り向き、二人の元へ――


「だああああ!!」


「って、こっちもピンチぃぃぃ!」


ざんねん、さんようせいのいたずらは
ここでおわってしまった!



……のかもしれない。


【現在地:D地区 気付かず進んだ袋小路】

720 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/07(金) 04:27:28


>>716


 ああ。
 これが最期なのだ―――という思いに呼応したらしい。知覚がゆっくりになる。コインを追う
視線の動きがもどかしい。定めし重力の法則が今日ばかりはお休みしているのか、自由落下が
恐ろしく遅く感じられる。
 
 それでも世界に永遠は無い。
 こちらを焦らすようにゆるゆると地面に届いたコインが、くぐもった音を立てた。

 ―――同時に、オレは“切り札”をオープンする。

 先に一階でオレにマリオネットされ、『ニトロを吹き飛ばす』というひどい荒事に狩り出された
哀れなギース野郎の右手とSPAS12のことなんざ、もう誰の記憶からも綺麗さっぱりと消えて
しまった時期だと思われるが―――というか消えてくれてないと困るンだが―――別段、
右手もSPAS12も、御役目を終えて安らかに天に召された訳ではない。一階の片隅に
転がっている。

 何でわかるかって?
 繋がってるからさ。

 ―――赤頭巾の動作。背なを撓わせて重心をやや右に移す。たぶんコンマ五秒後に右へ
飛ぶ。それにやや先駆けて、オレは疾走を開始する。基本的に人間は左右の動きよりも、
前後の動きのほうが反応が早い。重心を前に倒して、地面に落ちるように前方へ。オレの
一歩目。ほぼ同じタイミングで赤頭巾が跳躍。馬手に提げた拳銃がゆっくりと持ち上がる。
オレはさらに重心を落とし姿勢を屈める。

 二歩目。オレは今、オレがこの部屋への入り口として使った穴の、その直下にいる。
 仰げば見える。穴の淵に―――こっそりと手繰り寄せた傭兵野郎の右腕と、それが握る
SPAS12―――。
 このまま行けば、赤頭巾のポイントよりも、『傭兵野郎の右腕をマリオネットできる最大
有効範囲』であるところの、半径6mに入るほうが一瞬早い。それなら赤頭巾がオレを
トリガーするより早く、『一階にある傭兵野郎の右腕』を操って赤頭巾を狙撃できる。
さっき、そういやアイツもオレに似たような手を打ちやがったな。―――まあ意趣返しだ。

 
 ―――左手からワンバウンドしたコインが、もう一度床で跳ねる音。
 ―――『ここからが、真に決定的なゲームの瞬間の始まりだ』といわんばかりに。

 オレが傭兵野郎の右腕をマリオネットできる圏内に突入する。
 傭兵野郎の手がぴくり、と跳ねる感触が指に跳ねる。
 赤頭巾の手がゆっくりと持ち上がる。
 馬鹿野郎、そこからオレのアタマを狙うほど鉄塊を振り上げるのは、幾ら何でも遅過ぎだ。

 ―――しかし。
 赤頭巾の拳銃は―――オレのアタマを狙うことなく、左へ飛んだ。


 一瞬の怖気。


『―――ギース!! SPAS12を横に向けろ!』


 オレは殆ど直感的に、赤頭巾の狙いを感じ取った。
 あの野郎―――何ってことを考え付きやがる。まさか拳銃をトリガーするのに、拳銃を使うなんざ、
誰が考え付く? くそったれ、認めてやるよ、だがな、だがな。


 そんなバカな手が考え付くのは、お前だけじゃないんだぜ。


 手繰られた傭兵野郎の右腕が穴から落ちてくる刹那―――オレの命令に忠実に、やっこさんは
SPAS12の銃身の中ほどをとっつかんで、横に向けた。SPAS12の長さは、目測1mちょい。穴の直径は
90cm前後。必然的にSPAS12はつっかえ棒の役割を果たし、右腕が落ちてくることはない。

 ―――それが支点。
 傭兵野郎の右腕と繋がった銅線を糸繰り、オレは滑車の原理の応用で跳ね上がる。まるでサーカス。
直径1mmを切る銅線を用いたロープ・ワーク―――。
 それと、赤頭巾が放った弾丸が、床に置かれていたSPAS12をトリガーするのが、ほぼ同時。
 体が宙を舞う感覚。
 同時、轟音。
 オレの体のすぐ下を、大威力散弾銃の猛威が吹き荒れる。


 一発目は回避。


 もちろん赤頭巾は、すぐに次の行動に移った。中空にいるオレの不安定な視野による見切りが確かなら
―――次に狙っているのは、たぶんM500。くそったれ、M500だと。馬鹿じゃねぇのか。手前はどこまで
大仰に人を殺そうとしてやがる。
 オレは傭兵野郎の右腕を操作し、SPAS12を一階から落っことした。
 赤頭巾のM500目掛けた狂気のポイントと、オレの手の中にSPAS12が収まるのがほぼ同時。
 赤頭巾の精妙極まる/オレの大雑把極まる―――トリガー。
 共に狙いは、床に転がるM500。

 どうやらオレのシロウト丸出しのトリガーは、それでもM500の射線をズラす役くらいには立ったらしい。
神業と称すべき赤頭巾のM500“間接”射撃は、むなしくもオレのすぐ脇をスリ抜けていった。それでも
体が揺さぶられ、鼓膜が破れた。
 そういえば、もうずっと音が聞こえていない―――。

 無音の世界の中、オレは床に着地する。無様にも姿勢を崩しかける―――耐える。
 右手のSPAS12を放り出す。
 この距離なら、糸のほうが早い―――
 振り上げた視線の先に、必死にM66を振り上げる赤頭巾の姿。

「よォ」

 向こうは肩か肘をヤっちまったのか、それとも体全体がイかれているのか、ぎくしゃくとした動きだった。
オレは―――どうなんだろう。少なくともオレ自身の実感としては、体の動きはまだキレている。でも、
尺骨動脈からの出血がオレをハイにさせて、みじめな動きをキレのあるものだと錯覚させているのかも
しれない―――つまりは。
 次の一撃、
 どっちが先だか―――オレにもわからねぇってこと。


 赤頭巾がM66をオレに向けてポイント、
 歯を食いしばった表情、
 振り乱される髪、
 トリガーを絞られる前に、
 オレは糸を番えた右腕を振り下ろし、
 音の無い世界の何もかもを両断しようと、

(斬れる―――)

 ああ、
 ハンプティ・ダンプティ、返らない、


(―――オレが先だ)

 
 一閃。




                                   【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】


721 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/07(金) 17:23:33
>ウォルター・C・ドルネーズ(少年)vsダークハンター・バレッタ
>>720

 
 ものすごい音が、小屋をゆるがしました。
 ちょうどそのとき、かりうどがおもてを通りかかって、はてなと思って立ちどまりました。

「ばあさんのところで、何で銃声が?
 どれ、なにかかわったことがあるんじゃないか、みてやらずばなるまい。」
 そこで、中へはいってみて、寝床のところをこっそりとのぞいてみますと
 赤ずきんちゃんがおそろしいえがおでいつもよりまっかになって、立っていました。

 そのおててにあるのはまっかになった銃。
 ベッドにねているおばあさんは、あわれ、頭がキレイになくなってしました。


「ちきしょう、ばあさんになんてことしやがる。このばちあたりめが」

 かりうどが赤ずきんちゃんに銃をむけて












――――――――――――――――――――――――
                                             

                                                                           

722 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/07(金) 17:24:14



 少年の額に向けられる少女の銃口。
 少女へ向かい煌き疾る少年の斬糸。

 
 そこから瞬間は幾つにも裁断されて、宛らフィルムのコマ送りの模様。

 糸が少女の左の腕と吸い込まれる。赤い服が裂ける。露出した雪の様な白い肌に一本の赤い
 線が走る。その内に在る幾重もの筋繊維が断裂する。その周りに配置されていた動脈、静脈、
 及び無数の毛細血管も仲良く同時に応答不能に陥る。一番深い所にある上腕骨も他の区別
 無くばっさり。そのまま、断層は向かいの筋繊維、血管、表面の柔肌、それを覆う赤い衣装へと
 突き抜ける。

 ここまでが一瞬の出来事。そして、次の瞬間。
 
 それらの齎す衝撃、振動は完璧であった赤ずきんの狙いを狂わせる。即ち、少年の額に寸分の
 狂いもなく在った右手の銃の照準に乱れが生じる。乱れた銃口は少年の右のこめかみの傍の虚
 空を向く。バレッタの感覚は狂いを認識。しかしながら現実は冷酷。脳が照準の修正の命令を下
 す前に、既に引金を引けという電気信号が狩人の右手の人差し指に送られていた。引かれるトリ
 ガー。

 最後の数瞬は早送り。
 
 轟音と共に銃弾が少年の右のこめかみの傍の空間を引き裂いていく。

 ハンプティ・ダンプティもとい少女の左腕は肩の付け根から、ぼとりと落ちる。

 滝の様な鮮血がそこから勢い良く吹き出る。



 
 
 ―――あ、あたし、負けたな。

 全再生が完了して、バレッタはようやく事実を全て理解。
 糸が切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちた。




723 名前:バレッタ ◆LOVEl3U7is :2007/12/07(金) 17:24:47


   『はン…このバレッタ様とあろうものがなんてぇザマだ…。テメエみたいなガキにヤ
   られちまうなんて、極上の笑い話だゼ……』


                               「                               」

   『あー? 悪ぃな。何言ってるか、分かんねぇ。見ての通りだ。血ぃ流しすぎて、目
   の前も碌に見えねえ。耳も似たようなもんだ』


                               「                               」

   『………そういや、オマエ、死神云々言ってたな。莫迦だぜ。死神が自分の命云々
   考える訳ねえだろ。あたしは、一分前はあたしの死は毛程も考えてなかったゼ?』


                               「                               」

   『死にたいのに殺したいとか、フザけんな。どっちかハッキリしやがれ。そうでもない
   といつまで経っても、オマエ、ハンパモンだぜ? あたしを殺せても何も変わらねえよ』


                               「                               」

   『……少し、ちがうな。さっきのオマエ「だけ」はよかった。最後の瞬間に、殺す殺す
   殺す殺すって感じな。シンプルなのが一番だゼ、何事もな』


                               「                               」

   『ま、世の中の人間も魔物もこれが中々、素直になれねえ奴が多いんだが、だから、
   シンプルに研ぎ澄ました奴らがそいつらを狩るって寸法さ』


                               「                               」

   『ま、精々、この後もそうやってテメエ自身を研ぎ澄ますこった。あたしを殺せた奴が
   出来損ないでしたってのは、何よりあたしがムカつくからだ、分かりやすいだろ?』


                               「                               」

   『しゃべるのもウザくなって来たな。あたしもはもう休むぜ……………アバヨ』

                               「                               」




【現在地:F地区 美術館・夜 地下階】

724 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/08(土) 02:44:35
>>718>>719
 
 ぼとぼとっと落ちてきた妖精二人。
 頭に当たった手榴弾で目にちらちらと星が散っている。

「いや、やってくれたわ」

 アタシは両手を伸ばしてその首根っこを捕まえた。
 うん。
 かわいい顔して実にやってくれた。
  
「今度はこっちの番よ。――覚悟しなさい」

 睨みを利かせて宣告一つ。
 二人まとめて左脇に抱えて押え、アタシは――その尻を引っ叩いた。
 一回。
 二回。
 三回。
 ……スカートと下着がクッションになって威力が減衰する。

「邪魔ね」

 捲って下げる。
 ぎゃー、とか、わー、とか聞こえても黙殺。
 手首を利かせ、素肌に平手をひのふのみ。
 ん、良い音。

「エリちゃん、幼児虐待ですか?」

「アンタこそその巾着包みは何よ?」

 戦果です、と胸を張るバスタオルお化け。
 その左手には首から下を作業着でぐるぐる巻きにされた女の子が一人。

「撃ち殺さなくてよかったです」

 笑顔で言うフィオにほっぺたを引っ張られ、巾着少女が鳴く。

「あー、うん。そうだね」

 アタシは相槌を打って、巾着にでこピンを喰らわせた。


【現在地:D地区 ホームセンター】

725 名前:Magician (Type 0):2007/12/08(土) 22:00:52
セイバーvsMagician (Type 0)

>>707
 
 鎧を纏ったセイバーは、先ほどから見せていた運動能力を上回る勢いで空へ、マジシャンの領域へと斬りこんできた。
 超高速の逆袈裟。
 ミサイルかロケットのように一瞬で肉薄して不可視の斬撃。
 動作は単純だが速度が、武器が常軌を逸している。
 人間ならば不可避の一撃だった。受けた者はそれこそ斬られたことすら気づかずに冥府の門をくぐったに違いない。

 ――だがマジシャンは人間ではない。

(見えない武器……銃ではない……剣か?)

 左腰の辺りにあったマジシャンの右手が不可視の剣を受け止めていた。
 40ミリグレネードすら防ぐ装甲に覆われている身だからこそ出来る防御。
 セイバーの腕の振りから予想された武器の軌道上に守りを置き、受け止めたまではよかったが、身体に走った衝撃に驚かされた。

(凄まじい膂力。人間の範疇を越えている)

 ことさら装甲が強固な手で受けなければ危うかったかもしれない。
 マジシャンは自身の身体が軋む音を聞いた。
 赤を纏った左手を振り、セイバーを指す。

「Die(死ね)」

 至近距離で火球を放つ。
 発射から弾着までは一瞬。迎撃は不可能だ。

 

【現在位置:F地区 ビル群:上空】

726 名前:セイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/09(日) 00:00:57

>>688>>689>>707

>>725

(―――受け止めた!?)

はっきり言えばこの一撃には絶対の自信があった。
なぜなら初撃にして、この剣の本質を見抜いた手合いは誰一人として存在しないからだ。
そしてその戦いの序盤においてこの風王結界は抜群の威力を発揮する。
見えないということは振るわれる剣筋、その威力を見誤るということに他ならない。
だが、この異形は剣筋を見切っただけではなく、その威力までも完全に封殺してしまった。
驚嘆に値するその反応、驚愕に値するその装甲。
受け止めたその右の手を見れば、どれほど硬い装甲で覆われているか理解した。
だかその程度の敵ならば、自身が生きてきた時代、そして死後に戦った敵たちにも多くいた。
ゆえに退却などという選択はどこにもない。
火球の威力が強いならすべて切り払って消し去ろう。
その身体の装甲が強固ならそれ以上の剣戟で打破しよう。
それこそが剣の英霊たるセイバーの闘争、その本懐である。

「――――っ!」

剣戟を受け止めたマジシャンの逆手、左の掌が赤く燃え盛る。
それは先ほど放れた紅蓮の火球。 それが今とき放れようとしている。
火球が放たれるまでの猶予はないと言っても過言ではないだろう。
現にマジシャンは火を専攻とする魔術師であっても構成に数分は掛かるであろう威力の火の玉を瞬時に構成している
魔術の類ではない。 これは科学の粋を集めた歪な結晶。
だがこれだけは分かる。
これだけの火球を放つことが出来るのなら他の異能は付加されていないと見てもいい。
ならば気を配るのはこの火球のみ。 そして―――

今、解き放たれんとする火球を目の前に、戦場で研ぎ澄まされた直感が鋭く答えを導き出す。
赤く燃える左の手を意図もせず、風王結界の風を解放する。
目的はさらに肉薄。 近づくことでの回避行動。
強烈な風圧、後方から爆発するような烈風が背中から押し上げられマジシャンに迫る
その強固な胸部装甲を一度蹴り上げると空中で身体を一回転させて、マジシャンの直上へと飛び上がる
高高度の戦い。 敵はどうだかわからないが、墜落死こそもっとも恐れる状況である。
セイバーの目的は高度下での闘争の打破死亡遊戯デスサーカスの脱出が第一目的

「――――地上への降下ドライブ。 付き合って貰います魔術師マジシャン

 ハァ―――ッッ!!

頭上から叩き付けるような重撃。 振り下ろされる不可視の断頭。
全体重と重力という絶対的な威力を加えた剣戟。


【現在位置:F地区 ビル群:上空】

727 名前:「炎髪灼眼の討ち手」シャナ ◆t7/I6SHANA :2007/12/09(日) 00:42:09
<セイバーVSシャナ 導入>



その姿をもし見た者がいたとするなら、自分の目を疑っただろう。
陸地から遠く離れた海上で、少女が空を駆けていたのだから。
だが、それは確かに一人の少女だった。
まだ成長しきっていない幼い肢体に、不釣合いなほど強い意志を込めた瞳。
そんな少女が、この一面に広がる海の上を、駆ける。

その少女がただの少女でないことは、その背中からはえている翼からも伺える。
この翼も、ただの翼ではない。
彼女が生みだす炎で形作られた、紅蓮の双翼。
そして、その長い髪も、同じく煉獄のごとき紅蓮、炎の色に染められている。
そう、彼女こそまさに、炎そのものであった。

『シャナよ』

少女に不釣合いな、岩を割るかのような男の声が響く。
無論、シャナと呼ばれた少女の声ではない。
その未だ平坦な胸にかけられた、ペンダントから響くものだ。

「ん、何?」

心なしか不機嫌そうに答えたシャナの声は、やはり歳相応の幼さを残していた。

『坂井悠二を、置いてきてよかったのか?』
「悠二は、いい。無駄に危険に晒すことはない」
『だが、あやつの機転、なかなかに役立つかも知れぬぞ?』

その言葉に、シャナはつい、と視線をそらして前を向く。
そして、視線はそのままで、何気ない口調で尋ねた。

「アラストール?」
『なんだ?』
「口と口のキスって、したことある?」
『!!??!?
 ――な、何を唐突に?』

その瞬間、ペンダントの声――アラストールは、確かに動揺していた。
その裏返った声には、先ほどまでの威厳はかけらもない。

「別に唐突でもない。
 ただ、口と口のキスは、本当に大切な人としかしちゃ駄目だ、って千草が教えてくれた。
 だから、アラストールもしたのかな、って思った」
『む……う』

その口調から、真面目に問いかけていると察したらしい。
アラストールは、シャナの前の契約者、マティルダと愛し合っていた。
シャナはそのことを知っているからこそ、恋愛の先達としてのアラストールに尋ねたのだろう。
その重みに彼は黙り込む。そして、しばらくの逡巡の後、

『ない』

と答えた。

『知ってのとおり、我は紅世の王、この世のものではない。
 我がもし顕現すれば、周囲を焼き尽くし、契約した者の身を食い破るは必定』
 
言葉の通り、彼はこの世の存在ではない。
遠くて近い世界、「紅世」の存在であり、今はペンダントを介して意思疎通ができるにすぎない。
もしもこの世に顕現したならば、それは紅蓮の焔によって形作られた巨人の姿を取らざるを得ない。

それでも、彼は先代の「炎髪灼眼の討ち手』と愛し合っていた。
抱きしめることも、髪をなでることもできない関係。
それでも愛していた。
だから、その最期を見届けた。その命を、抱きしめた。

『――お前も、坂井悠二が好きなのだったな、シャナ』
「う、ん」

恥ずかしそうに、しかしはっきりとシャナは頷く。
それを見て、アラストールも得心する。
愛している相手を危険に晒したくない。だから置いてきた。
それは自然な心の動きだ。

――少し、羨ましくも思った。
愛する相手と触れ合うことも出来なかった自分と違い、彼女が愛する相手は触れることも、
抱きしめることもできるのだから。
だから、彼は話題を変える。

『それよりも、近いぞ、シャナ。
 用心してかからねば、こちらがやられる』
「ん、分かってる」

その一言で、少女の顔から「討ち手」の顔へと変わったシャナが頷く。
とある街に突如出現した、「森」。
それは明らかに巨大な存在の力の介入の結果と、テレビ越しにでも伝わってきた。
だからこそ、彼女は文字通り日本を飛び出して、遠くフランスまでやってきたのだ。
そして、その「森」は今、彼女の目の前にある。

「――アラストール、気づいてる?
 ひときわ巨大な『存在の力』を感じる」
『うむ――とりあえず、そこに降りてみるか』

炎の翼を散らせ、シャナは降り立つ。
目の前には、鎧で身を固めた少女の姿。
油断なく大太刀「贄殿遮那」を構え、彼女は誰何する。

「お前は何者?
 この騒ぎ、お前が引き起こしたの?」

728 名前:オルタナティブセイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/09(日) 01:15:36
<セイバーVSシャナ>

<セイバー導入部>

>>727            
切り捨てた、切り払った、切り殺した。
夥しいまでの斬殺死体犠牲
愚かしい人間の末路こそがこの残骸の山である。

誰かが聖杯があると耳にした。
誰かが聖杯はあらゆる願いを叶える願望器だと囁いた。
それは瞬く間に広がり、誰もが自らの欲望を満たすため
聖杯を求め奪い合い、殺しあう。
自己の欲望は拡がり、多くのおびただしい犠牲を産み落とす。
すべては聖杯を手にするため、すべては己の我欲を満たすため。
ヒトとして生きる糧を求め、ヒトは死地に足を踏み入れる。

だが―――

ダレカがまた断末魔の叫びを上げた。
名も知らないダレカ。
オレは旅行の最中にとある噂を耳にしただけだ
本当ならこんな地獄にくるつもりなんてなかった。
だ、だが…もし目の前にすべての願いを叶える聖杯があるって聞いたらいてもたってもいられなくなって
あとはよく覚えてない、妻を見殺しにして、友人を殺して…子供を………どうしたんだろう…?

「―――懺悔は終わったか。 貴方が頼りにしていた仲間はもうすべて片付きました。」

ああ、知ってる。 名前も知らなかったけどすげー強かったんだ。
たぶん、あんたみたいな化け物をぶっ殺してくれると思ってたんだけど無理だったな
ていうか数秒も持たなかった、オレが逃げれる時間くらい稼いでくれれば良いものを、役立たずめ。
目の前には目麗しい少女、こいつがオレの仲間をあっという間に斬殺しちまったんだ。
考えられない結末。 黒いドレスゴシックロリータに身を包んだ少女が
大柄の男たちを瞬く間に殺していくのはなんの冗談かと思ったな。

「最後は貴方だ。 安心しなさい、剣の瞬きを見た瞬間には死んでいる。」

風にスカートをはためかせながらまるで死人のように白く透き通る肌の少女の顔が微かに愉悦に歪む。
振り上げる黒く禍禍しい剣はオレが産まれてかた見たことも無い美しさを誇っていて…
ただ素直に綺麗だとか思ったが、くやしいから言わないで逝くか―――
ザシュ!
ザ…ザ……ザザザッ…ザザザザザーッ!
「シロウ、食事中に行儀が悪い」

「まあ、待てよセイバー。 ほらどこの局も一面このニュースだ」

「はぁ。 フランスの森化ですか。 凄惨な事件だとは思いますが」

「なあ、セイバー。」

「駄目です。 マスターをそんな危険な場所には行かせるわけにはいきません。」

「ちょっと、それよりほらみてよ士郎、セイバー。

 ttp://jp.youtube.com/watch?v=tAuxkg60nwk

 わたしたちの格闘ゲーム、面白そうよ!」
「いきなり宣伝ですね、姉さん。」
ザ…ザ……ザザザッ…ザザザザザーッ!
 
――――。

こうしてまた一人、聖杯に近づく輩を切り捨てた。
なんの感慨もない。 あの日、私は自らの矜持を裏切った。
それを延々と繰り返しているだけだ、そんな行為になんの意味があるというのか。
ふと、自身の向けられる気配に顔を上げる。
どうやら今日はまた来客が多いらしい、先ほどはアメリカ系の大男かと思えば
今度はアジア系の少女、おそらくは日本人。

>「お前は何者?
>この騒ぎ、お前が引き起こしたの?」

「その質問に答える必要は無いと思いますが。」

冷笑を浮かべたまま、血の通わぬような指先を自らの頬を撫でるようにして挑発するように

「貴女の欲しい答えかはわかりませんが、私は聖杯を守護するもの。
 なぜ聖杯を護るために還び出されたのか、なぜ私なのかなんてことには興味ありません
 ただ、私は召還され、聖杯を護る任についているということです。

 貴女は聖杯を求めてここにきたのですか?」

ゴスロリ服の少女がクスクスと笑うと次にはなにをも凍らすような冷たさで

「―――ならば貴女は私の敵だ。」

黒い剣を突きつけ鋭い殺気で貫いた。


729 名前:Magician (Type 0):2007/12/09(日) 01:19:35
セイバーvsMagician (Type 0)

>>726
 
(足場のない場所でさらに推進。運動能力どうこうではない。“これ”は人間ではない)

 人間ではどう頑張っても宙を蹴ることなど出来ない。
 人体一つにそのような機動力を与えるためには外から見てそれと分かる装備が必要だ。
 だがセイバーがそういった装備を身に着けているようには見えない。

 ……スカート内にバーニアでも内蔵しているのなら話は別だが。

 人外の機動でセイバーはマジシャンを足場に、駆け上がるように跳躍。
 高々と空へ舞い上がり、宙で一回転する。大上段から全体重を掛けての斬り下ろし。
 対するマジシャンは機械的に動いた。
 初撃を受けた右手に火球を纏い、それを盾代わりにセイバーの斬撃を受ける。

 接触。

 ギロチンと破城鎚を併せたような一撃がもたらした重圧はマジシャンの飛行能力を飽和させた。
 ――高度が維持できない。
 押し込まれ、マジシャンはその高度を落としていく。
 セイバーの剣とマジシャンの右手の間で火の粉が散っていた。
 斬撃を防ぐべく連続で火球を生み出しての相殺を狙うマジシャンだったが、火球は生まれた次の瞬間には火の粉へと散らされていた。
 高度が落ちていく。
 剣戟が異形の右手に届く。相殺失敗。マジシャンの右手から腕を抜けて衝撃が走る。
 
「グ……」
 
 悪魔が呻く。
 呻いた次の瞬間、マジシャンは右手で不可視の剣身を掴んだ。
 見えない剣であっても触れていればその位置は明らかだ。
 同時に左手で火球を生み出してセイバーへと真っ直ぐに左腕を伸ばす。
 火球を持った鉤爪めいた手がセイバーの顔面へ迫った。



【現在位置:F地区 ビル群:上空と地上の間】


730 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/09(日) 01:21:15
>>724

          ぱちんっ。

「痛っ!」

       ぱちんっ。

「あうっ!」

                  ぱちんっ。

「って、捲くる――な゛ぁっ!」

           ぱちんっ。

「いやー、お嫁に行けないー!」

         ぱちんっ。

「……なんか感覚なくなってきたか――も゛っ!」

            ぱちんっ。

「私はそんな趣味じゃないのにー!」





「……あれよりは、ぐるぐる巻きのほうがマシかも」

          ぎゅうっ。

「痛たたたたたっ!
 やっぱこっちもキツいです! ごめんなさいっ!」

           ぴしっ。

「っ〜〜〜〜!」


【現在地:D地区 お仕置き部屋?】

731 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs :2007/12/09(日) 01:48:20
>>730

 叩く事に疲労を覚え、手のひらに痺れが走るようになってきたところでアタシは二人を解放した。
 ぼてぼてっと落ちる妖精二人の首根っこを掴んで、ごつんと両方に額を当てる。

「これに懲りたら悪戯はやめる事ね。もしまた出くわしたら……酷いよ」

 再び睨みを利かせて宣告。でもって手を離して解放。

「いいですかぁ。今回はこのぐらいで」

 横ではフィオがアタシと同じような事をやっていた。

「許してあげますけど、次に同じような事をしたら……連れて帰っちゃいますよ」

 にっこりと言うバスタオルお化け。
 ……お前は何を言ってるんだ。

 巾着巻きを床に下ろして、フィオはこっちを向いた。

「さて急ぎましょうか。回収のタイムアップまであと5分ぐらいですし」

「何ぃ!?」

「エリちゃんが嬉々としてあの子達のお尻を弄っていたので言いにくくて」

「叩いてただけだっつの。誤解を作る言い換えすんな」

「あははは。それじゃ急いで外で発煙筒焚きましょうか」 

「ったく! これで間に合わなかったら今度はアンタの尻叩くよ?」

 バスタオルお化けの頭を小突いて、アタシたちはホームセンターを後にした。



「……そういえばごめんなさいって言わせ損ねたな」

 しばらく後になって、アタシはそんな事をふと思ったのだった。



【現在地:都市外 安全空域】

732 名前:セイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/09(日) 02:24:53
>>688>>689>>707>>725>>726

>>729
 
高度が急激な速度で落ちていく。
防御を考慮しない一撃は状況の好転を生んだと考えても良いだろう。
だがその代価はけして安いものではない。
先ほど刹那のタイミングで躱した左手より放れたれた零距離火球。
それは左肩を焼き、致命的な火傷を負わせていた
肩からドス黒い煙が上がり、左肩の肌は醜く傷ついている。
ほんの少し掠っただけだと思ったがやはり直撃を食らうわけにはいかない攻撃らしい。
ズキンと左肩が疼く。 本来なら今以上の力でマジシャンを地上に叩きつけて一気に決着を付けるところだが
左肩への深刻なダメージがそれを許さなかった。
このキズなら自己修復でも治癒が可能だが、それでも数分の間は左抜きで戦わなければならないだろう。

「――――はぁ、ハァ……――ッ!」

高度を落としていく最中にマジシャンの右腕が伸びてくる。
狙いは不可視である聖剣。 直ちに剣をマジシャンから離そうと振り上げようとしたが
左肩が激しい痛みを発する、常人であれば泣き叫ぶであろう激痛が走りぬけ、一瞬だけ動きが止まってしまう。
不可視の剣身が捉まれる。 それを引き抜こうと力を込めるがガッチリと掴まれた右手から離れる様子はない
次に左の手が再び輝く。 これは先ほどの再現。
だが先ほどよりも鋭く、確実にこちらを捕らえる様に苛烈な勢いで鍵爪が迫る。

これをまともに受け止めたら勝機はない―――ッ!

左肩の激痛に堪えながら身体中の魔力を両の手に集中させる。
炉心が臨界まで加速し、過激なまでに魔力を滾らせる。
迸らんばかりに篭った魔力を、ただちにその掴まれている剣身に装填し―――

「――――ハァッッ!」

魔力噴射はその自在さこそが長所である。
セイバーはその魔力噴射をどこでも、どの位置からでも可能にした。
その指先から、その身体から、その足先から
その人体のいたる場所から放出を可能にしている

もちろん彼女の一部とも言うべき剣身からも例外ではない。

弾けるような魔力の猛りが剣身に殺到する。
魔術師が一ヶ月蓄えてやっとというほどの魔力、それをいまこの瞬間で燃やし尽くすように。
あらゆる剣防御、防護すら打ち抜く魔力噴射がその右手を弾き飛ばさんと収束し


炸裂。


【現在位置:F地区 ビル群:上空→地上】

733 名前:光の三妖精 ◆FairyH0Oi2 :2007/12/09(日) 02:44:44
>>731


「……生きてるぅ〜……?」

「あれぐらいで死ぬはずないでしょうに……」

「少女の純情が弄ばれたぁ〜……」


満身創痍で死屍累々。
気力体力時の運。
使い果たしてすっからかん。


「うぅー…… ほーどーけーなーいー……」

「ちょっと待って……」

「動けるようになったらねー……」


袋の中でじたばたじたばた。
にょっきにょっきと青虫さん。


「はーやーくー」

「だぁー! 次は絶対に上手くやってやるんだからー!」

「……耳元で叫ばないで欲しいわ」

「よし、気合充電完了!」

「じゃあ早くほどいてよ」

「スター、動ける?」

「それなりには動けるんじゃないかしら?」

「ルナは?」

「見ての通りよ」

「じゃあ、スターはそっち持って」

「え? 何する気よ?」

「わかったわ」

「ほどくんじゃないの?」

「だって、こっちの方が面白いじゃん」


二人掛かりでえっちらおっちら。
赤ちゃん運ぶコウノトリ。
月を包んだ大風呂敷。
広げたものは畳みましょう。









「重くない? 重いでしょ? 重いに違いないわ!
 だから早くほどいてって! 自分で飛ぶから!
 うわっ! 今傾いた! 怖いから!
 落とさないでよ! 絶対落とさないでよ!」







【現在地:D地区 新しい遊びを探して】

734 名前:◆FairyH0Oi2 :2007/12/09(日) 02:48:08
エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ vs 光の三妖精

レス番まとめ

>>668
>>669
>>670
>>674
>>675
>>680
>>681
>>687
>>694
>>695
>>696
>>700
>>701
>>702
>>708
>>712
>>713
>>716>>717
>>718>>719
>>724
>>730
>>731
>>733
「きゃぁぁぁっぁぁぁあぁぁっ!!!!!!!」

「あ、ごめん。フリだと思った」


735 名前:「炎髪灼眼の討ち手」シャナ ◆t7/I6SHANA :2007/12/09(日) 03:42:30
>>728

その女は、漆黒に身を包んでいた。

その身を包む鎧も。
その顔を隠す仮面も。
そして、

>「貴女の欲しい答えかはわかりませんが、私は聖杯を守護するもの。
> なぜ聖杯を護るために還び出されたのか、なぜ私なのかなんてことには興味ありません
> ただ、私は召還され、聖杯を護る任についているということです。

その言葉さえ、黒い冷笑の仮面に覆われている。

「――気に食わない」

吐き捨てるように、シャナは言う。

「お前のその態度、気に入らない。
 まるで、昔の私みたい」
 
敵を倒すためだけに、純粋な理念と戦闘技法のみを叩き込まれた、名もなき「討滅の道具」。
それが、かつてのシャナの姿だった。
そんな名もなき少女に、シャナという名前を与え、自我を与えた。
それが、坂井悠二という少年がしたこと。

その小さな行為が、シャナを大きく変えた。
世界でただひとつの名前は、自分もまた世界で唯一無二の存在である、とシャナに感じさせた。
それは、彼女が「自己」という宝を得た瞬間。
理念の道具としてではなく、自分の強い意志で戦う戦士への成長。

だからこそ、今のシャナには、セイバーの姿は唾棄すべきものとしか映らない。
自分の意思さえもたない剣士の振るう剣など、彼女にとって恐れるに足りない。
剣士の剣は、その信念を表すもの。ならば、信念なき剣など、鉄塊も同然。

「お前の言う聖杯を、私は知らない。
 でも、それがこの『森』の大元なら、私は迷わず打ち砕く。
 それがどれほどの宝具かは知らない。
 けれど、それが――」
 
ちらり、と視点を下にむける。
無残に切り捨てられた、男達の死体。
多くの思い出があったであろう過去も、苦しかったであろう現在も、
そしてもはや来ることもない未来も、語ることができない無言の物体。

「――それがどんなものであったとしても、これだけの命と天秤にかけられると思わない。
 その聖杯のせいでこれ以上世界の天秤を傾かせるなら、私が排除する」
 
抜き身の大太刀、「贄殿遮那」。
自らの幼い身体に不釣合いなほどのそれを、シャナはセイバーへと向ける。

「一応、名乗っておく。
 私はフレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手、シャナ。
 お前を、――」
 
刹那。
シャナの姿は、既にセイバーの眼前にある。
「存在の力」による肉体強化。
それは、数メートルの間合いさえ意味を成さない、神速の斬撃を可能にする。

互いの息がかかるほどの至近距離で、シャナはその大太刀に炎を纏わせ、

「――討滅する!」

横薙ぎに斬りつけた。


【現在位置:C地区、森の中】

736 名前:Magician (Type 0):2007/12/09(日) 03:57:36
セイバーvsMagician (Type 0)

>>732

 セイバーの剣身からの魔力噴射は文字通り爆発的な威力を発揮した。

 掴んでいた剣が爆ぜたとマジシャンが錯覚するほどの威力。

「グオッ!」

 右手の装甲に亀裂を走らせ、マジシャンは宙を滑るようにしてセイバーから離れた。

 亀裂は右手だけではなく、右半身の各所に走っていた。
 先のセイバーの攻撃は40ミリグレネードを上回る威力を有していたらしい。
 ぱり、と音を立ててマジシャンの右目の辺りの装甲が落ちた。

 異形が線状の閉じた目で騎士を睨む。

 次の瞬間、セイバーの眼前に炎の鉤爪を振りかざすマジシャンが居た。

 ――赤く残像を残す程の超高速移動。

 命中させるための撹乱を排除し、最短最速を選んで繰り出した一撃。
 幾人ものAMSエージェントを屠った打撃が剣の英霊を襲う。

【現在位置:F地区 ビル群:地上】

737 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/09(日) 20:33:23

(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)

 

 結論として、今回の件は空振りに終わった。
 
 
 
 街中を覆い尽くした「森」、続けての大地震。街中に具現化する怪物、異物、阿鼻叫喚の地獄絵図。
 それは私が過去、ワラキアと対峙して体験した悪夢が緑色に塗り替えられての再来。
 
 人が大勢為す術も無く死んだ。何が起こったからすら理解出来ずに命を落とした。地震による建物
 の倒壊で、業火に焼かれて、屍喰鬼に生きながら喰われて、あるいは己も屍喰鬼に成り果てて、
 この街は人も化け物も森も一切合財何もかが、ただ無心に死を合唱し、奈落へと消えていったのだ。
 
 私は無力だった。過去の其れと比較して更に無知であり、劇場の崩壊に徒に逃げ惑うだけの哀れな
 観客(オーディエンス)。理屈で言えば、私はこの事態には何の因果も責任も無い。けれど、過去の
 凄惨な闇色の虐殺劇と今の光景が重なり、私の思考にノイズを走らせる。本当に何も出来なかった
 のか? 出来たのではないか? 救えたのでは



 首を振って、ノイズを除去。今はただ、生き残る事だけを考えねばならない。余震は未だ続いている。
 更に川や水路から水が無くなっている、この異常。……本来なら、絶対にありえない事ではあるが、
 私の計算が正しければ、この街は、後、数時間持たず、黙示録の水色の竜に呑まれて消滅する。

 
 
 脱出経路検索、>.1.橋による脱出? 各所の橋は殆どが崩落→否定。>.2.水が引いた川を徒歩
 で渡河。→否定。泥でぬかるみ過ぎている上に予期せぬ穴等の不意の障害の可能性大。更に何時、
 水が逆流するか予測不能。>.3.海岸沿いにある港湾施設から船での脱出→否定。水が引いている
 以上、船は使えない。>.4.地下鉄等の地下路線からの脱出→否定。状況不明な上に有毒ガス等発
 生の可能盛大。>.5.ヘリポートからの空路確保による脱出→................................................肯定。地図等を見る
 限り、敷地面積は広く、その殆どが離陸の為の平地。構造上、地震に強く、火災の被害も少ないと予想。
 >.6.5と平行してのヘリポート考察→肝心なのはヘリそのものが使用可能かどうか。地震により転倒、
 損傷していれば使用不能の可能性もありうる。が、救援の軍用ヘリ等も多数ヘリポートを使用していた
 可能性大。事実、異変の間に何度もヘリポートのある方角の空に、ヘリが飛んでいるのを確認している。
 
 
 ⇒.7.1〜6を総合し、結論→ヘリポートからヘリを確保し、空路からの脱出が最善。
 
 

738 名前:西条玉藻:2007/12/09(日) 20:37:38

(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)
>>737   
 
女子高生、西条玉藻。
ナイフ愛好家だけれども、ちょっぴりおしゃまな女子高生。 
大好きな先輩にお使いを頼まれて、今は寄り道中。 
無機質なコンクリートの更地に一人、放置状態だ。
普段は立ち入る事も無いヘリ発着陸場で今もただただ、待ちぼうけ。 
 
携帯電話を片手にしながら口元にはロリポップ。 

毒々しい緑色の飴/がりがりがりがり=3秒でご馳走様。 
ついでに電話もがりがりがりがrがり/ディスプレイに悲痛な
緋文字シール=「食べれません」=ちぇ…と嘆息。
 
如何にも暇であったから、少女は自分の体を上から下まで見回した。 
 
スリット過多なデザイン──純白の夏服をピンキングバサミで蹂躙── 
結果、孔雀の尾の様に広がる裾地。小さな脚にはコンバースのスニーカー。 
星マークが金色に塗りこまれて照り返す。 
細い足を隠す筈のプリーツスカートも上衣と殆ど同じ様相。 
襞のひとつひとつをご丁寧に切り裂いた有様はタコウィンナーの親類と
思わせる程────それが少女の装束であった。
 
かなり突飛であるが、それは彼女自身にとっては見慣れたもの。 
やはり暇なことには限りなく…携帯を無線機の様に口元に当て、
一方的に話し出す。 
しかし受話器の向うの先輩もこれでは、何を言っても通じはしない。 
スイッチの場所すら彼女は全く理解をしていないのだから。 

739 名前:西条玉藻:2007/12/09(日) 20:38:49
>>738 (続き) 
 
そうして凡そ5分。その機械の使用をついに少女は諦め、無造作にそれを
襟口から下着の中へと押し込んで記憶から消した。 
情報は戦場の要と言われてる。その唯一の手段を少女は自分で消し去ったのだ。
だが彼女の先輩はこの程度の事は計算済みであった。  

先輩が彼女に期待したのは、”このタイミング”で”この場所”に来る 
女を打ち滅ぼすこと───ただ一点のみである。 
そしてその命令自体は玉藻が忘れないようにきっちりと指示をすりこんである。
 
少女──西条玉藻──は暇になってしかたないので、背中から大きなナイフの
一振りを取り出した。そして適当に刺すものを探し出し…見つける。 
柔らかそうな、それでいて筋肉の引き締まった女の腕。何故か大きなナイフを
もった腕を。 
彼女は喜んだ。「いただきまーす」と高らかに挨拶(100点○)────── 
彼女はナイフを持った腕で、そのナイフをもった腕を突き刺そう
とモガき出す。幾ら女子高生でも自分の右手で自分の腕は刺しえない。 
 
少女の顔が思案に曇る。じっと手を見る。ナイフを持った掌を。 
そしてそこに書かれていた文字を発見し、”ああー”とばかりに思い出すのだ。 
此処に来る「自分以外」の女を殺せと言う命令を。 

【場所/F地区、ヘリポート】

740 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/09(日) 20:39:13
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)
>>738 >>739


「貴方は………」

11111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111
1111セルフチェック。体温、呼吸、脈拍、平常値より若干上昇。緊張状態 1111
1111身体各部分確認、損傷、疲労無し。コンディションオールグリーン  .1111
1111バレルレプリカ装弾数確認......13発、全弾装填確認、安全装置解除 1111
111111111111111111111111111111122222222222222222222222222222222222222222222222222222222222222222
                       .22環境チェック。現在地、X市、F地区、ヘリポート管制施設二階内部     22
                       .22天候曇り、屋外気温8度、屋内気温11度、湿度62%、無風状態     .22
                       .22施設内、地震の影響で各所亀裂、倒壊する程ではないが楽観出来ず  .22
            33333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333222222222222222
            333イレギュラーとの相対距離7、2メートル。性別女性。切り裂かれた服装 333
            333特大サイズのナイフ二本所持……データ検索............ワンオフモデル......  333
            333.「エリミネイター00」「グリフォン・ハードカスタム」............該当「西条玉藻」  333
    44444444444444444444444444444444444444444444444444444444444444444333333333333
    444交渉による戦闘回避.........彼女の行動原理「戦闘」......交渉は困難     444
    444逃亡による戦闘回避......問題外。この街からの脱出手段を放棄出来ず  444
    444戦闘による障害除去...合理的。対象を速やかに行動不能にせよ!    444
    444444444444444444444444444444444444444444444444444444444444444444

「……戦闘、開始します」

 錬金術師の右手にあるバレルレプリカの銃口がぐんと跳ね上がる。向かう照星の彼方は玉藻の右膝。
 膝を撃ち抜けば、玉藻の持つ機動力の殆どは失われ、その脅威は激減する。ナイフ使いの脅威は、
 接近戦において全て斬る、刺すといったワンアクションで行われ、そのどれもが容易く人を絶命しうる事
 にある。シンプルに故に強い、それが古来より受け継がれてきたナイフの強さである。
 
 しかし、それも「接近」することが出来ての事。刃圏に相手を納めてこそ、ナイフの性能は発揮される。
 刃の届かない所ではただのオブジェ、金属片にナイフは成り下がる。その使い手も力を十分に出す事は
 出来ないのである。
 
 故にシオン・エルトナムの選択は初手にして最良、つまり、「接近される前に無力化させる」というチョイス。
 スリム&ストレートなフォルムの拳銃はシオンのスマート&ストレートな戦術選択をそのままに実現する。

 音も無く引かれるトリガー。それを合図に銃身にかかるガスの圧力は、9mmパラベラム弾を出番だとばかり
 に押し出す。あなたははもういらない子とばかりに銃の口からばぁんと追い出された弾丸はその鬱憤晴らし
 にもといこれが自分の生の燃焼だとばかりに殺人嗜好者の右膝と秒速400メートルで突撃していく。

 9mm弾はその大きさ、パワーからいっても相手を殺傷する事は難しい。しかし、敵を無力化させるには十分
 な威力でもある。

 ――――以上、ここまでが一秒の思考及び出来事である




 →ターゲットの銃撃回避確率98、4% 次パターンへ向けて対処思考開始.........


【現在位置/F地区:ヘリポート管制施設二階 (森触終了後、街壊滅まで間近)】

741 名前:セイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/09(日) 20:39:51
>>735

少女の純真が愉快なのか、憂いを帯び自嘲にも似た笑みが零れる。
以前のダレカに似ている。 理想を掲げ、その達成のためにすべてを捧げた一人の少女。
目を閉じれば今でも思い出せるあの黄金の丘、そこでいつも少女は風に吹かれながら
訪れた束の間の勝利と束の間の安息に酔いしれる。
ただ目を覆いたくなるほど輝かしい日々、それをどうしてこの少女と重ねたのか。

長い赤髪を風に靡かせて目の前の少女が翔る。
放たれる刃は常人であれば輪切りにされるであろう膂力の剣戟
その強力無比の斬撃が炎を纏い、風までも薙ぎ斬るような速度で目前まで迫る。
横薙ぎに放たれた剣閃それを―――

「―――笑止。」

目を閉じたまま、片手で受け止めた。
その手の中には膨大な魔力が溢れ手と剣を梁のように繋いで支えられている。

「気に食わない、といいましたね、フレイムヘイズ。
 同感です。 私も貴女が気に食わない。 貴女と私はとても気が合うようだ。」

かつて少女はヒトだった。
だが国を守るためにはヒトであることを捨てなければならない。
ヒトのままでは救国など果たすことが出来なかったのだ。
だから少女はヒトであることを止めた。
ただ、戦うと誓った貴き願い―――だれに否定できようか。

だがこの少女は違う。
ヒトでありながらもなにかを守ろうとしている。
その意志は人としての矛盾を孕む。
いずれは破綻するであろう理想、それを少女は叶えようと足掻いている。
それが、どうしようもなく苛立った。
選定の剣の少女が願った千の夜が否定される。
それがどうしようなく、苛立ちを覚えた。
だから―――

「討滅すると言いましたね。」

いいでしょう、では私は貴女を―――と。
優しく囁くようにそして滑らかに。
目の前の百合を連想させる可憐な少女に顔を近づけその氷のように冷たい美貌で微笑むと
刹那、太刀を受け止めている聖剣を握りしめそのよく通った柳眉が逆立つ。

「―――抹殺する。」

魔力が猛り爆発する。
シャナの持つ太刀を打ち払いつつ、大きく振り被った剣を地面に突き立てる。
激しい破砕。 剣先から放たれた魔力が地面を打ち抜き、崩壊していく。
爆発は地面を吹き飛ばし、爆砕した石飛礫が殺人的な速度で飛び散って森をも破壊していく。
散弾のような飛礫が舞い飛び土煙が巻き上がり辺りを覆いつくすと最後の爆発。
それが土煙を吹き飛ばし、その世界を消し飛ばしていく。

そこには禍禍しく漆黒の鎧に包まれし騎士が立っていた。
地面に自らの剣を突き立て、ただ悠然と構えるその姿はまさしく騎士の王と呼ぶに相応しい威圧感。
閉じていた瞳がゆっくりと開かれるとその色素に乏しい瞳が紅い少女を射抜く。

「―――覚悟はいいな、フレイムヘイズ。」

そう。その貴公の意見、意志すら残さない。その存在そのものを完全に否定し消し去ってやろう。
その言葉を、その瞳に込めて放つと。
フェイスガードがカシャンという音とともに下ろされる。

「私の名はセイバー。」

先ほどの再現。
ただ違うのは攻守が逆転しているということだけ
腰ために構えられた剣が黒い闇を纏いながら神速の勢いで迫る。
やはり横薙ぎに斬り払うように

「―――貴女のすべてを否定する者だッ。」

その剣には膨大な魔力。
通常ならばこれほどの魔力を剣に込める必要はない。
むしろ高密度の魔力を使い続けるのは自壊行動に他ならない。
だがセイバーはそれを放つ。サーヴァントといえどもこの一撃を受け止めれば命はないだろう。
それだけの膂力を込めて叩き込んだ。

【現在位置:C地区、森の中】

742 名前:セイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/09(日) 20:41:01
>>688>>689>>707>>725>>726>>729 >>732

>>736

「――ハァ…ハァ。」

無茶をすればその反動が身体に跳ね返ってくるのは当然の理。
左肩の傷はさらに悪化し、その腕を赤く黒く染まりきっている。
この身はすでに人のそれではないが、こうして実体化をしている間は
世界の理に反することは不可能なのだ。 故に英霊も血を流しその苦痛に顔を歪める。
それがこの世に再び蘇る奇跡に実現し肉を得た代価。

敵の猛攻を抜け、開放された身体を引きずりながら再び敵に対峙する。
もうすでに左腕の感覚はなく、剣を持つことすら叶わない状態だ

ではどうするか。 後先など考えていてはこちらが負けてしまうだろう。

ではどうするか。 今こそ全力を以て敵を打倒するのみ。

瞬時に眼前に迫る鉤爪、それをギリギリの間合いで回避し後退する。
爪が頬を掠め、その肌をうっすらと切り裂く。
幾重にも残像を重ね、その鉤爪でこの身体を切り裂いてくる。
大きく回避行動をしていたら次へ攻撃への回避が間に合わない
故に最小、最速、紙一重ですべてを切り刻む斬爪を回避していく。
左手の血が滴り落ち、地面を湿らせていく、まるで水溜りのように溜まって。
それでも攻撃は止まない。 振り下ろされる斬撃を回避していく。
それが数百を数えるころ、セイバーの動きが変わる。
振り下ろされる鉤爪を正面から受け止めた。
それは鎧を貫通してその胸を貫いて―――
いや、それは囮だ。 自らの鎧を捨て、その振り下ろされた鉤爪を掻い潜るように肉薄する。


一歩前へ。


もちろん、鉤爪の攻撃がそれで終了するわけではない。
それを今まで温存していた剣で一度大きく弾き飛ばすと。





騎士王の持つ風の護り―――




                     ―――それが解き放れた。


逆巻く風。 吹き荒れる嵐。
それは彼女の持つ聖剣から放たれる風の波動。
風王結界のすべての風を開放し。二人の限定的な空間、強力な結界を張り閉じ込める。
それは彼女が持つ鞘の護り。
この結界を飛び出そうするならば、彼女の後方にあるこの結界の唯一の風穴
そこより脱出する他ない。

「さあ、最終局面です魔術師マジシャン
 互いの死力を燃やしつくしましょう。 」

風の鞘を開放した黄金に輝く大剣を構え一つ大きく息を吐く。

「終わりです、もはや貴方に術はない。
 
 勝利は既に、我が手中あり」


―――なぜならば

―――この手には、



―――勝利を約束されし黄金の聖剣が握られているのだから。



その剣の封が解き放たれる。
次に次に収束していく光、その強大さは先ほどまでの魔力量とは比べるまでもない。
風の結界の中で突き上げるような巨大な魔力。
それは黄金色へと変換され、膨大な破壊エネルギーへと変わってく。
その純度はこの地上あらゆるものを募ろうともけして引けを取らない極みつくされし光。
誰もが望み、誰もが手を伸ばし、そして手に入れることの叶わぬ究極にして最後の幻想ラストファンタズム

―――見るものの心を奪う、あまりにも高名すぎる真名。
     それは星の光を集めた最強の聖剣。

「――――約束されたエクス




イングランドにかつて存在したとされ、騎士の代名詞として知れ渡る騎士王の剣

幾重もの結界に封印された、サーヴァント中最強の宝具

それこそがセイバーの持つ、英雄の証。 それこそが―――






                      勝利の剣――――ッッッ!!!!カリバー


【現在位置:F地区 ビル群:地上】

743 名前:西条玉藻:2007/12/09(日) 21:32:06
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア) 
 
>>740

人、いる、の?  
あたま、なか、つたう、ひびき、さつい、のおと、 
 
みみ痛い───(><;)〜〜きゅぅ。。。ぱたり。↓☆彡 


・----------------------------------------------‥…-o_(・_-) バン!
(((o(><;)(;><)o)))(ジタバタジタバタ)←(暴れてる 玉藻 の 図)  
 
水泳大会。水着、もってきました。じゃーん。 
制服の下、みずぎ…でっす。 
 
ジタバタジタバタジタバタ────アスファルト、っておよぎにくい。じゃん? 
ごぉる、何処。審判、鉄砲、音、何処。

【【場所/F地区、ヘリポート発着場】

744 名前:「炎髪灼眼の討ち手」シャナ ◆t7/I6SHANA :2007/12/09(日) 22:24:42
>>741
「炎髪灼眼の討ち手」は、特異なフレイムヘイズである――とよく言われる。
それは、彼女の特異な戦闘形式にある。
通常のフレイムヘイズは、その「炎」を使った、さまざまな自在法を駆使して戦う。
ゆえに、その力の流れ、能力を見切りあうことこそ、戦闘の眼目となるのだ。

だが、シャナは違う。
彼女の戦闘能力は、その大太刀を使った剣戟に特化している。
それは結論から言えば、彼女が「存在の力」を未だ扱いきれてないということなのだが、
しかし彼女の日々の鍛錬は、その肉体そのものを一つの刃へと鍛え上げていた。

ゆえに。
彼女の剣は、一撃必殺。
全ての敵を粉砕するその剣の前に、断てぬものなどない――はずだったのだが、

「……な!?」

その一撃は、片手で軽く受け止められていた。
しかも敵の少女には、それを受けとめてなお、微動だにしない余裕がある。
かつて、多くの敵がこの一撃を避け、かわし、あるいは罠を張った。
だが、未だかつて、片手で受け止めた敵など存在しない!

「こ、のっ!?」

日々の鍛錬が与える感覚が、危険を告げる。
とっさに身を引くシャナの眼前で、彼女の「存在の力」が破裂する。
それはまさに破砕の力。
大地を抉り森を砕き、そしてシャナの身体をはるか後方に弾き飛ばす。

圧倒的な、力。
彼女が未だかつて戦った事のないほどの、脅威。
明らかに、相手の力は今のシャナをはるかに上回っている。

にもかかわらず。
スカートの埃を払って太刀を構えなおすシャナには、余裕の笑みが浮かんでいる。

「今の一撃で、分かった」

彼女は、悠然と宣言する。

「お前は、私には絶対に勝てない」

745 名前:「炎髪灼眼の討ち手」シャナ ◆t7/I6SHANA :2007/12/09(日) 22:25:03
>>744
「説明してあげる」

刀を下ろすと、シャナは左手を差し出す。
その手の上に、ぽつりと小さな炎が灯る。

「これは、私が存在の力を注ぎ込んでつくった炎。
 これを、こうすると――」
 
炎の輝きが、一段と増す。
生き物のようにうごめいた炎が、ひとつの形をとる。
それは、シャナそっくりの姿。もう一人のシャナ。
もっとも、よく見てみれば違いは分かる。
表情は虚ろで、微動だにせず、そして何より――存在が「薄い」。

「ふう、こんなものかな。
 これ、私の存在の力を注ぎ込んで造った、まあ、人形みたいなものね。
 私はこういうの苦手だからこの程度だけど、自在法に長けているものならこんなものじゃないわね。
 先代の『炎髪灼眼の討ち手』は、炎で千とも万ともいう軍勢を作ったとも聞くし」
 
そのシャナそっくりの「人形」を、セイバーにみせるように前に押しだす。
シャナの手は、その肩に触れたままだ。

「これが、お前。
 何者かの魔力によって構成された――使い魔、って言うんだっけ。
 要するに、そいつの魔力で擬似的な身体を構成されてるのね。
 電池ボックスと電球の関係、って言うと分かりやすいのかな」
 
坂井悠二の家で見た、携帯電話をイメージしながらシャナは話す。
携帯も、使い続けてバッテリーにたくわえた電気が尽きれば、充電しないと使い物にならなくなる。
電池と電球は、それをより端的な比喩にしたものだ。

「でも見るところ、お前に『存在の力』を与える主人はここにいない。
 つまり、お前はコンセントを抜かれた機械みたいなもの。
 今は内蔵電気、つまり残っている『存在の力』で動いているけど、それを使い切れば、」

言いながら、「人形」の肩にかけていた手を離す。
シャナからの「存在の力」の供給を断たれた人形は、僅かの間ゆらめくと、
最期まで燃え尽きた蝋燭のように、わずかに揺らぎながら消滅する。

「――こうなる。
 分かるでしょ、お前にも。今のお前は、遅かれ早かれこうなる。
 それに、お前が大技を使えば使うほど、お前を構成する『存在の力』の消費を早めるだけ。
 お前の戦闘能力は確かに優秀。でも、それを使える回数は、そう多くない。
 お前が戦えば戦うほど、お前が消える時が早まるだけ」

ちゃきり、と再び「贄殿遮那」を構える。
その顔には、やはり余裕の笑み。

「お前はとても優秀。だから、私も少し驚いた。
 でも、所詮は使い魔。そんなものに、フレイムヘイズは倒せない」

746 名前:「炎髪灼眼の討ち手」シャナ ◆t7/I6SHANA :2007/12/09(日) 22:25:40
>>745
語り続けるシャナの余裕は、微塵も揺らぎがないように第三者からは見える。
彼女の言うことは、正しい。
長期戦になるなら、彼女の勝利は間違いないように思える。
だが、彼女ともっとも付き合いの長いアラストールにだけは、分かった。
彼女が余裕の笑みと言う仮面に隠している、不安を。

『シャナよ、何を焦っている』

シャナにしか聞こえないように、心に直接話しかける。
その声には、かすかな不安の色があった。

『お前らしくもない。何を心乱しているのだ。
 わざわざ敵にそんなことを説明してやるなど、常のことではあるまい。
 そもそも、先ほどの攻めからして、あまりに単調、あまりに強引。
 あれでは撃ってくださいと言っているようなものだぞ』

心配するアラストールに、シャナも不機嫌そうにこっそり返す。

(うるさい、なんでもない)
『そんなはずもあるまい、何があったのだ』
(なんでもない、って言ってる!)

返しながらも、シャナも分かっていた。
確かに、焦っている。
なのに、その理由が分からない。

体調は完璧のはずだ。
日々の鍛錬も、何一つ怠っていない。
完璧なコンディション、にもかかわらず、何か不安がある。
どこか、歯車が噛みあっていないような感覚。
空回りする焦り。それが、シャナに短期決戦を急がせる。

『落ち着くのだ、シャナ。
 お前の言うとおり、長期戦になれば、こちらに利がある』
(大丈夫、次こそ一撃で決める!)
『シャナ!』

脇に落ちている小枝を左手にとる。
『存在の力』を、その小枝を軸にイメージ。
その手に、巨大な炎の刃が形成される。

炎の刃は、決して「贄殿遮那」のもつ力ではない。
刃は、シャナがイメージをする時の軸にしているにすぎない。
だから、こういうこともできる。
右手に炎をまとった「贄殿遮那」、左手に同じくらいの大きさの炎の刃。

見ると、既にセイバーも同様に構えている。
漆黒の仮面にその表情を隠し、剣に「存在の力」を込める、その態勢に隙はない。
そして、その剣に込められた「存在の力」の密度は、シャナの刃をはるかに上回る。
まさに圧倒的な、黒い力。

『よさぬかシャナ、あれと真正面から向かい合うなど愚行!
 あれをかわし、しかる後に一撃を放て!』
(うるさいうるさいうるさい、やれるっ!)

両手の刃を、重ね合わせるように構え、シャナは走る。
黒い騎士、セイバーの剣と真っ向から打ち合うために。

「一本で駄目なら、二本ならどう!?」

横薙ぎの剣と、縦一文字に振り下ろされる二本の剣の激突。
そこに込められた「存在の力」が、激しくぶつかり合う。
先ほどの爆発とは比べるべくもない破壊力が、その周囲に渦巻く。
全力と全力、互いの全ての激突は、

「う、ああああっ!?」

シャナの敗北に終わった。
激しい爆発とともに、その小さな身体が木の葉のように宙に舞う。
その姿は、完全に無防備。

(そ、んな!?)

焦り、後悔、絶望。
全てがないまぜになった感情の中で、彼女はセイバーの声を聞く。



―――貴女のすべてを否定する者だ、と。

  



【現在位置:C地区、森の中】

747 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/09(日) 23:15:07
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア) 

>>743

 バレルレプリカの銃身/胎盤から産み落とされた一の弾丸は虚しく空を切り、アスファルトの壁に沈む。
 戦いの火蓋を切った鉄の弾生は一秒未満。誰の血肉、懐に抱かれる事も無く、堕胎し、ころんと灰色
 の海へと溺れ行く。

(回避確認。跳躍? 左右、何れかへ迂回? ナイフで落とす? 接近ルートは天井? 壁? 床?
 標的の状態の情報不足。今後に備え、全ての可能性へ対応の必要あり.........)

 敵である玉藻の取った行動は

(………………………………)

 堕胎した弾丸と一緒に寒中『陸』泳。けれど、色気もとい殺意の欠片も無い用済みになった弾丸は興味
 ありません、未使用の弾頭や拳足、殺意があったら、わたしの所に持ってきなさいと言わんばかりにじた
 ばたじたばたばたばたばたばたバタフライ、コツはリズムよく、手足をばったばったじったばったざぶーん

(…………………………………………………………)

 123456712345671234567123456712345671234567123456712345671234567123456712345671234567
 123456712345671234567123456712345671234567123456712345671234567
――→ALL CUT




『シオンや、シオンや』

「はっ!? 貴方は何者ですっ!?」

『ワタシはバレルレプリカの精霊、シオンや、貴方に告げる事があってやってきました』

「それが一体何用で?」

『シオン、残念だが、もう君に未来はないのだよ……?』

「寝言を………っ!」

『HAHAHA、ゲストヒロインの就任期間を満了した君はこれからは現実とネタの狭間で
あるアーネンエルベでG化したネコモドキと戯れたり、ずさっちんと路地裏で体育座りしたり
主食が梅サンドだったり、デフォルメ化されて花札にしか出番なかったりという運命なのDA』

「……………………」

(銃声)


 ――→RECOVER

748 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/09(日) 23:15:24
>>747

(玉藻の向かった先は………管制塔、か)

 ヘリの状況等を確かめる為にどの道、向かう場所であったので手間が省けたとも言える。……錬金術師は
 そう考える事にした。データとして、再計算すべきは「玉藻が銃弾をかわしうる身体・反射能力を有している」
 ということである。これが何を意味するかと言えば、直線の弾丸は当たらないという冷酷な事実。彼女が有
 するバレルレプリカは拳銃。確実な速度と威力と直線軌道を有するが、それ以上のものは持ち得ない。

 つまり、シオンはナイフ使いとのリスクが高い接近戦を行わないといけないという事である。

(…………否定推奨。バレルレプリカ単体で対処しえないのであれば)

 思案数瞬。七つの別たれた思考は各可能性を模索し、互い否定し肯定した末にひとつの結論を弾き出す。
 結論が出たのと錬金術師が管制塔に飛び込んだのは、ほぼ一緒であった。



 ―――右手に銃、左手に勝算



 飛び込むと同時にシオンは>.1.標的たる玉藻との相対距離を算出→距離7,18メートル。>.2.角度計
 算→角度70度。>.3〜7 銃撃失敗後に備え、再攻撃ないし標的の攻撃の対処可能性を試算⇒ACTION

 左手の糸――第五架空要素を編み上げた――エーテライトを幾本も束ねたものがひゅんと音を立てて、
 管制塔の床に突き刺さる。

 次瞬、右手の拳銃が対象を捕捉、トリガーオン。第二子が我こそは悲願を果たさんとがぁんと鉄火の産声
 をあげ、音速を超える速度で宙を這いずって行く。向かう先は玉藻とは見当違いのコンクリート作りの、世界
 中どこにでも、路地裏だろうが満遍なくあるベッド(死体置き場)……但し、今回は母親たる銃口と無粋な床
 の間にはエーテライトという名の乳母車が既に待機していた。

 エーテライト一本辺りの張力は20キロ前後と大した事は無い透明な糸である。しかし、十も数を束ねれば、
 ピアノ線の倍以上の張力を有する強靭な武器に変貌を遂げる。あらゆる状況で応用可能なエルトナムの粋、
 それがエーテライトである。
 
 束ねられたエーテライトは柔らかく9mmパラベラム弾の全エネルギーを受け止め、抱擁し、祝福し、再び別
 方向へと送り出す。送り先は玉藻の左膝。エーテライトにより反射された弾丸は本来の速度秒速400メート
 ルより幾分か成長を遂げ、蓄えるエネルギーを増し、予測困難な角度から玉藻の左膝に疾走する。

 床への跳弾は床に着弾時に弾の持つ速度、威力を減殺されてしまう。しかも、必ず床を介する時点で跳弾
 の可能性を相手に悟らせ、相応の姿勢を取らせてしまう。しかし、アトラシアの名を有する錬金術師の跳弾
 は他のとは一味違う。本来ありえない宙空で跳ね返り、威力も速度も増して、襲い掛かる!




 →ターゲットの銃撃回避確率62、86% 銃撃失敗時を想定し、次行動へ移行開始



【現在位置/F地区:ヘリポート管制施設 管制塔 (森触終了後、街壊滅まで間近)】

749 名前:西条玉藻:2007/12/10(月) 20:15:08
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)  
>>747>>748

歩く、動く、怪談登る、歩く、動く、階段、登る。歩く、歩く、動く。歩く、動く、階段登る、歩く、動く
 
           「みつけ〜ですよぉ。みつけたから、出てくるですよぉ」
 
背く、曲がる、脚に力、こめて───あれ……何か、くるぅ、すごいの、きちゃう…ここは… 
  「ピザピザピザピザピザピザピザピザピ 
ターン─────────────/ ザ。。。。。。。。。。。。。。。。ひざ。」

おれる、ばしょ、それは、ひざ。大当たり。あし、まがる。だから。  
              
 
歩  ない、動  ない 怪談   ない、歩    動     登   ない。
 け  、   け    、  登れ     けない、 けない、  れ  

歩けない、動けない、階段登れない、歩けない、動けない、階段、登れない──── 
あるけないうごけないかいだんのぼれないあるけないうごけないかいだんのぼれない 
アルケナイウゴケナイカイダンノボレナイアルケナイウゴケナイカイダンノボレナイ
アルケナイウゴケナイカイダンノボレナイアルケナイウゴケナイカイダンノボレナイアルケナイウゴケナイカイダンノボレ  
ぁゑけTょレヽぅこ〃けTょレヽヵゝレヽT=〃ωσレま〃れTょレヽぁゑけTょレヽぅこ〃けT 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

            「なんだ、じゃあ 歩かなきゃ いいじゃん」  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゆら〜り☆
カベヲハウウデデハウアシハイラナイナイフフルカベニウガツヒキヨセルカベニハウカベヲハウウデデハウアシハイラナイナイフフル
カベヲハウ、ウデデハウ、アシハイラナイ、ナイフフル、カベニウガツ、ヒキヨセ
かべをはううでではうあしはいらないないふふるかべにうがつひきよせるかべにはう
壁を這う、腕で這う、脚は要らない、ナイフ振る、壁に穿つ、引き寄せる、壁に這う   
 
つめたいかべに、ナイフを立てて、腕の力で、腰の力で、ざっくざっくざっくざっく。 
ゴォルの女へまっしぐら。ころがり壁際へ動いて、ナイフを使ってレッツクライミング。 
とても素早く這い登り、一つ上の階へと一度に纏めてご案内。1名様はいりまーす。
そして壁に貼りついたまま標的にご挨拶を。お辞儀しないと駄目だから勢いごつんと頭を  
ぶつけたあたし。これって淑女、じゃん。
 
         「初めまして…剣聖…上杉謙信ちゃん、、でっすm(__)m 」



750 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/10(月) 21:48:15
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)
>>749

 >.1.弾丸命中確認→演算......標的機動性62%低下。>.2.敵、戦闘続行困難と判断。→「西条玉藻」に武
 装解除勧告あるいは完全無力化へ向けて

「そんな馬鹿な………」

 >.1.........................................................................................................................>.2............................................................................................
 ..................................................................................................../>.3.1番2番思考一時カット。再計算に入る。→機動性の
 低下は這う様な移動法を見ても確実。>.4.日本で著名な軍神を自称。西条玉藻との血縁関係等はデー
 タに無し。こちらの精神的動揺を狙った詐称と判断。→取るに足らず。>.5.標的戦意、依然旺盛。銃弾の
 痛みによる戦意減退は確認されず。→苦痛を伴う無力化は不可。最大限のリスク回避の為に標的は無痛
 覚または痛みを理解していない事を前提へとシフト。>.6.無力化方法を思索→銃撃、相対距離算出、4メ
 ートル。リスク大。寧ろ、現時点では接近戦による無力化がリスクが低いと判断。>.7.標的の呼吸器官等
 の機能麻痺による意識断絶が妥当→最適な手段1件該当........................>.1.>.2..再起動。次手以降の可能
 性を平行して計算開始。
 
「貴方に勝ち目があるとでも?」

 シオンは惰眠はこれまでとばかりに床に突き刺さっていたエーテライトをピンお引き抜き、エーテライトの持ち方
 を変更。即ち、握りこむ様に持たれていた十本のエーテライトの束はそのまま、シオンの左の五指それぞれに
 二本ずつ繰られる事となり、速度威力は低下するものの、より精密な動作を可能にする。

 かかる瞬間の変化の過程を経て、錬金術師が指揮する身長5メートルの霊糸はひゅんと曲線を描いて、殺人嗜
 好者の首へ――シオンに下された判決:絞首刑を忠実に行う執行人へとなって飛んでいく。

 エーテライトは鞭と類似の打撃武器として用いる事が出来る。しかしながら、鞭の最大の特徴は強度の痛みと
 その衝撃により相手の肌を引き裂き、損傷を与え、戦意の低減を促す事にある。鞭としてのエーテライトの効果
 は、痛覚を感じないであろう標的には甚だ薄いものといわざるを得ない。

 故に錬金術師の採った戦術策は「エーテライトを縄と見たてて、首を締め上げ、相手を窒息、失神させる」事で
 あった。精密動作性を繰り方を変更する事により上昇させ、移動による回避は行わせるつもりはない。

 それだけではない。シオンはエーテライトを繰りつつも、たんと床を蹴り、一足飛びに相手の懐に飛び込む。ぐっ
 と握りこまれる右拳。狙いは敵胴体中部に位置する横隔膜.........呼吸に際し、極めて重大な役目を果たす器官。
 横隔膜の強打により呼吸機能を奪い、そこから行動不能に追い込む。

 玉藻のナイフによる反撃によるダメージリスクは既に織り込み済み。必要なのは、リスクに対し、それ以上のリタ
 ーンを上げる事である。各部位を斬りおとされたり、致命点を突かれなければ、それはシオンの計算の内である。
 
 
 ―――繰り出される左手の糸と右の拳の二重奏(デュエット)
 
 
 
 →ターゲットの反撃確率72.9%、リスク可能性52、4%、各種状況を想定し、次行動を思考中

 
 【現在位置/F地区:ヘリポート管制施設 管制塔 (森触終了後、街壊滅まで間近)】


751 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/10(月) 22:36:07
 
 ミスティア・ローレライ vs 七夜志貴 『もう歌しか歌えない』

 
 
 
                 今宵/
                   /幻想の片隅で
                      
   
                          儚く散り行く人命は――
                                   ――殺人鬼の到来を告げる鐘

 
 
 
 
                                                   BGM : 迷いて来り殺人鬼
 

752 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/10(月) 22:37:30
>>751
  
――苦悶を抱き死に逝くなら、果敢なきモノを摘み取り。
 毒々しき蝶と告死告げずに―――――無情に散らす。
 
 己の死さえ厭わぬなら、快楽にさえ浸れず。
 終わりの無い夜は幻想の夜―――――殺意に満ちる。
 
 悦楽に浸れずに貴女―――――血に濡れて嬉々として笑うのは彼か。
 快楽に溺れぬは貴方―――――果敢なくも醜悪に笑うのは彼か。
 享楽に殉ずるは貴女―――――白刃と共に在り嗤うのは吾か。
 

  幾重にも切り刻む肉と臓腑の屠殺場に――――― /
                                  / 独り立ち、羨望し、果敢なき命を求めよ。
     何処にも留まらず迷いて来り浅慮な殺人鬼 ./
                                ../ 彷徨いて、希う、数多の命の調を。
 
 

 夢と現は生の合わせ鏡。
 夢を手折るは―――――世の運命と知る。
 
 
                                            「なあ、お嬢さん。生きるってなんだろうね」

753 名前:西条玉藻:2007/12/10(月) 22:53:48
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)
>>750

ゆら、ゆら。ゆらーりぃ。 
                                            /
「勝ち目、かち、かち───どうだって、──いい、じゃん(*>∀<)」    /  
                                           /
少し、嬉しかったです。普通に話してくれたから。(0.005秒)       /
けど、糸はもう沢山です。(0.006秒)                    /
だって、糸みたいな、もの。糸は、服をなおすものです。(0.008秒)  / 
=当たり。                                  /
じゃあ、脱いじゃおう。服。(0.009秒)                   /
=正解。                                  /
首から脱いで、一度にざばっと。                   /
遅いと迷惑がかかります。(0.01秒)                /
=正解                                /
いとには、ふくを。だから、水着を着てるから安心、でっす。♥/__________
♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥
上も下も一度に脱いで、安心です。服は糸に任せるから安心ー。 
あとは、だからいっつも通りに…ゆらぁぁぁぁ─────────カウンター。

754 名前:西条玉藻:2007/12/10(月) 22:55:28
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)  
>>753

息を吸い込む事1秒、同時に壁から背を後ろへ340度反らし上げ…射撃される総身/140cm台重心を鋭く下げ影の様に縫い奔る。ゆらりゆらりゆらりゆらりゆらりゆらりゆらりゆらりゆらりゆらりゆらりゆらりゆらりゆらり  



ゆら──────────────────────────り左。問いかける様に乱舞、切断、弾劾、ニノウデの大関門、逆手の刃を風車に旋回 
                                     ────────────
カスタムメイドのその刃は、握りに特異な鉱物を使用している。 
それは磁鉄鉱。その重みと発する磁性により刃同士の吸引を    ──────────────────
高め...あな神速の刺し込みを更に度し難い物へと変貌させるの
だ。   彼女の恐ろしさはその得物のみには非ず。その通り名
として知られた【闇突】の2つ名は伊達や酔狂ではない。痛みを
知らぬ彼女は駆動系である筋肉へと供給されるべきグリコーゲン  ゆら──────────────────り左右挟撃、怒涛の暴帝刃先が舞い飛ぶカーニヴァル・ナイト、フィーバー、ゲットセットオン!
の減少が顕著となり、酸が溜まり始めても、駆動と無関係の筋肉
繊維を糖へと分解。 急を要する箇所へと再分配するという人並み
外れたホメオスタシスを有している。故にに、そうだ。どこまでも病み ──────────────────
付きになるほどに、突き、刺し、刳り貫き、抉り、穿るのだ。                                                                            
                                      ─────────────                                                                                                                             
ゆら──────────────────────────り右。バーベキュー♪バーベキュー♪モロコシ、ヒレ肉、モモにスネ。緑はピーマン♪突突突突バーベキュー♪ 

755 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA :2007/12/10(月) 23:17:17
>>752
色々と遅まきに失した感。
それもまあ自身でこなす必要はない。
異変はなるべく人間が解決して然るべきなのだし。

いつの間にか辺りでは最高の建築物となった鉄骨の塔。
風に乗って騒がしい歌とエレキ・ギターが遠くまで届く。
蟲のもののごとく振るえる作り物のじみた羽がスピーカーに成り代わって。

何事にも終わりには、BGMが付き物。
それが相応しいかどうかはさておくにしても。

「生きるね。そこの奴辺りが知っているのかもねー」

瓦礫に横たわる亡骸。
遠くを見る妖怪少女にはその死に顔は見えない。

「私が思うに、暇を潰すことよ。五本線をオタマジャクシで埋めるみたいに。
 休みたい奴はずっと寝てればいいのよ。4分33秒とでも書いておいて〜」

生き急ぐように激しい音。
不協和音と協和音が入り乱れ、弦は鋭くこすり上げられる。

「それで貴方はどっちの音楽ショー?
 どうせまた私の歌の邪魔したい奴でしょ、その3くらい?
 ……2だっけ」

756 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/10(月) 23:42:42
>>755 
 
 
 
 
                       開かれた幕と/
                               /予感めいた終わり。
 
 
                                  疾走と停止の果てに――
                                           ――垣間見せる白刃の煌き。

 
                                          
 
                                                  BGM : Help me―――
 

757 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/10(月) 23:43:35
>>756 

            加速/停止  加速/停止  加速/停止  加速/加速  急速/転進
                         
                   「いやはや―――――なんとも比喩的だね」 
 
            旋回/上昇  旋回/下降  旋回/停止  停止/加速  加速/反転
 
 
                   加速/加速/加速/加速/加速/加速/加速
 
               
                     「まあいい。殺せば判る――だろ?」
 
 
 
                           突き殺せ白刃!
 
 
 さあ――どうしよう。
 速く殺せばいいのかな?                                           疾走/継続!
 高鳴る胸の鼓動―――――さかしまの愛情が?                            転進/爆進!
 
 嗚呼――余裕だね。
 強く振り下ろした腕は。                                            停止/再動!
 貴女を繋ぎ止める―――――
 
                           無数の刃の雨!

758 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA :2007/12/11(火) 00:04:06
>>757
「いやいやニンゲン。
 判っちゃ居るけど止められない〜」

一際激しいリズム。
余韻を残さずに停止。
そのまま一瞬前までの相棒を空高く放り投げる。

「死んでみなけりゃ分からない!」

天から伸びる細い架け橋。
鉄骨のバベルを滑るように駆け下りる。
夢から現れたように足音も立てず。

標的は同じく疾走。
しかしながら、たかが人間の速度が捉えがたい。
注意をズラす何かの歩法か。

「そう言うときは、なぎ払えー」

妖怪少女の爪がみるみる伸びる。
そのままメリー・ゴー・ラウンド。

「あはははははははははははははははははははははははははは!」

ぐるぐるとアホの子のように回りながら、鉤爪が辺りに騒音をまき散らす。
ビリビリと振動しガリガリと辺りを削り取る。

759 名前:日本人青年:2007/12/11(火) 00:06:39
vsクロワ・ラウル

>導入

憂いはたった今断った。
するべき事は全て終え、留まる意味を失った。
いや、これ以上留まる事は危険を呼び込むだけでしかない。
人が何人も消えている事実と自分の存在が、結び付かない筈がないのだから。
遠からず世間は騒がしくなり、そうなってからでは逃げるには遅い。
動くのならまだ容易な今の内に。

そうして、この狭い国から脱出する事を決意した。


潜り込むのなら、隠れる余地の多い大きな船が良い。
大勢の乗客が乗り合わせる客船よりは、タンカーの類の方が見つかる危険を抑え
られるだろう。
水や食料は、乗員用の物を拝借すれば問題ない。
何しろ病院内に数ヶ月も住み着いた経験があるのだから、それを参考にすればさ
ほど難しい事でもないだろうと思う。
彼女にばかり負担を押し付けてしまう事になるが、下手に僕が出歩いて見つかる
よりは余程良い……と言われてしまっては反論の余地もなかった。

選んだ船が燦月製薬所有の船舶だった事も、行き先がフランスのとある新興都市
だった事も、偶然の産物だった。


偶然の産物とはいえ、日本の企業が進出したお陰で急速に発展しつつある新興都
市と言うのは、極めて都合が良かった事は言うまでもない。
よそ者の日本人が一人でうろついていても注目を引く事は無く――いや、実際は
そうでもなかったのだろうけれど、住人が好奇心その他から声を掛けてくるよう
な事は皆無だった。
僕としては、それだけで十分だった。

急速な発展と言う強い光が街の足元に歪んだ黒い影を落とす。
そんな公式は日本でも海外でもそう変わらないらしく、それなりの賑わいから切
り取られた隙間のような空間がこの街にも同じようにあった。
繁華街の外れの入り組んだ裏道を進み、投棄された様々なごみの合間を抜けて、
そんな空間の内の一つに腰を据える事にする。
この場所なら暫くは落ち着けるだろう――そんな風に考えて。

760 名前:日本人青年:2007/12/11(火) 00:07:16
とは言え、生活そのものは注意して行わなければいけない事だらけだった。
万が一騒ぎになってしまえば、ここも去る羽目になる。
基本的には殆ど出歩く事も無く、食事も自制に自制を重ねた。
日々人口が増え月単位で成長する都市であれば、その内の数人が消えても大した
問題にはならないかとも思ったものの、警戒心を忘れてしまう事は避けなければ
いけない。

何処まで行っても、人の社会にとって僕は異物なのだから。



住処と定めた場所の一角をようやく塗り終え、暫く振りの安眠を貪り――目を覚
ました時には既に事態は一変していた。
パニックは既にかなり広がっていて、何がどうなっているのかはまでは良く分か
らなかったものの、街全域が不可思議な現象に飲み込まれている、らしい。
怒号や悲鳴、果ては発砲音らしいものまで聞こえ、遠く空が赤く染まっているの
も見る事が出来た。

この規模で災害(と呼んで良いのかは分からないが)が発生したとなれば、被災
民の保護や救助やらで政府の介入がないはずはない。が、逃亡者の身の上では、
その手の連中に見つかるわけにもいかない。
何より、災害そのものが危険かもしれないのだ。
混乱の収まる前に、ここから逃げる必要がありそうだった。


流石に少なからず気分が滅入っていたところで、死体に鉢合わせた。
流れ出る血の匂いを嗅いで、悪い事ばかりでもないな、と思い直した。

どうせ捨てる街だ。去る前に飽食してみるのも良いだろう。

761 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/11(火) 00:12:03
 VS日本人青年 
 
 クロワ・ラウル導入
 

 「いやはや…コイツは酷いわな…。」

 そう呟いて、煙草を取り出し火をつけ…俺は繁華街に入る。
 既に本来の役目であるネオンは光ってねぇし…店やコンクリを破壊し、突き出た植物の根。
 真っ黒に焦げた店舗…根によって倒れたであろう消火栓から吹き出る水で、偶然消火されたのが幸いだわな。

 「ったく…ここまで酷いって話は、聞いちゃいないんだがなぁ。」

 

 旅先で教会に泊めて貰ったは良いが…明朝、郵送されて来やがったヴァチカンの命を伝える伝令書。
 俺は出る直前で準備も粗方終えてたし、その教会から『一宿一飯の恩+小金になる』と…依頼を受けた。
 ―――で、その後ヘリに十時間以上揺られてこんなトコまで輸送された訳だが…こりゃ失敗したかね…。
 



 「―――ま、情報は鮮度が命だ…。
 こんな『異常』が起こってるんじゃ、状況なんて直ぐ変わるわな。」


 いや、『異常』というよりゃ…これはもう『異界』だなと思い、苦笑しつつ…
俺は煙草を消して再び歩き出した。
 火の手が上がる、西の方へ。

762 名前:日本人青年:2007/12/11(火) 00:26:28
>761

背後から足音が聞こえた。

無意識に緩んでしまっていた表情が、それだけで険しく変わるのが分かる。
一線は越えたとは言え、やはり不快なものは不快なままだった。


足音が近づいてくるより早く、傍らの路地へ身を翻して足早に歩く。
この辺りはただでさえ狭く入り組んでいる上に、ごみがブラインドになって視界が甚だ悪い。
相手次第ではあるが、これだけで振り切れる事もままあった。
今は手ぶらだ。一度住処に戻らなければどうしようもない。


時折歩を止め、追ってくる音があるか警戒する。
余りしつこいようなら、誘い込んで前菜にでもなってもらうと言う手もあった。
……いや、むしろそうするべきだろうか。手間が省けて都合が良いかもしれない。
どの道もう捨てるつもりの住処だから、露見のリスクなど考える必要もないのだ。

そんな何気ない思いつきに一人頷き、つかず離れず程度の距離を保ちながら進んだ。

763 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/11(火) 00:48:47
 >>762
 
 「―――ん?」
 
 暫く歩くと、人間ヒトの後姿が少しだけ見えた。
 背格好からして、男の生存者…か?
 …しかし、おかしいねぇ…避難しそびれたにしても、ヘリの操縦士が―――


 『避難勧告と同時に場所も市民に全てに向けて、放送したようだな…。』


 とか、降り際に漏らしてた筈なんだが…聞こえなかったクチか?
 …だが、ここに来るまでの道すがら…それらしい『人間』どころか『生物』も見ちゃいない。
 見たのは、植物や木…燃える建物やら車…そんなもんだ。
 仮に避難しそびれたとしても、一般人があんなに落ち着いてるか?
 取り乱して叫んじゃいないし、俺が少し近づいたら勘付いたのか迷い無く路地に入りやがった。


 「…ま、取り敢えずは追いますか…違和感だらけじゃ、気持ち悪いしな。」


 いくら考えても、推測の域は出ないんだ…こうなりゃ、直接ツラ見て質問した方が早いと結論付ける。
 考えるのを止めて、俺は『男(?)』の後を追って走り出した。

764 名前:日本人青年:2007/12/11(火) 01:27:12
>763

足音は思い通りに付いてきていた。
逃げようともしない僕の行動は不審だろうが、一般人ならこうまで深追いはしない。
つまり、追って来るのは一般人以外――この事態についての情報や、或いは人命保
護が目的の政府、或いはそれに類する機関から送り込まれた人間。
事態についての情報が少しでも事前にあれば、まず間違いなく武装している。

ほんの少し浮かんだ不安を打ち消す為に、更に考える。


僕は、追ってくる何者かには今の所不審な一般人にしか見えないはずだ。
銃なりを向けられて動くな、とは言われても、いきなり撃たれるとまでは考え辛い。
そして、僕が何を考えているかも相手には分からない。
つけいるとすれば虚だ。そもそもまともに当たってはある種の訓練を受けた相手に
太刀打ち出来る筈もないのだから。

追われる身でもある以上、それでも身を守る術は考えてある。


微かに漂う香りに更に歩くペースを上げ、まずは居間(と言ってもただの廃墟をそ
う呼んでいるだけだが)に飛び込み、予め用意しておいた鉄パイプを手に取る。

『外はどう――』

「――敵が来た。一人だよ。でも、銃を持ってるかもしれない」

遮るように言葉を重ねて、彼女に目配せをする。
言わんとするところはそれで伝わったらしく、彼女肉切り包丁を手に取った。
その足元に纏わり付く大きな猫もまた、雰囲気を察して緊張している。
彼女を抱き上げて部屋を出るのに続いて、僕も来た道をやや戻った。
予め決めた場所に付く頃には彼女も見当たらない。

後は待つだけだ。勿論、鉄パイプは適当な物陰に隠した上で。

765 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/11(火) 15:23:36
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)
>>753 >>754

「…………っ!」

 >.1.標的行動確認→壁への跳躍、反動を利用した磁鉄鉱(硬度6)の大型ナイフ二本による
 全身全力突撃。>.2.衝撃予測値算出→総エネルギー量約25000ジュール、大型ライフル弾
 の三倍強、直撃時には惨死確実。>.3.回避及び防御可能性算出→回避可能性22%、その後、
 行動展開予測。状況劣悪。回避行動を否定。防御行動、肯定。防御手段検索。>.4.防御パター
 ンナンバー875該当、検証開始→バレルレプリカを標的の突撃軌道上に設置、盾にして衝撃の
 減殺を図る、防御可能性82%。本体への被害確率74%。>.5.本体被弾の予測ダメージ算出
 →ダメージは大きいが、致命傷にはならず。>.6.分割思考1〜5に基づき。その後の展開を予
 測演算開始。>.7.敵、エーテライトの束縛を衣服をダミーにして回避、予測回避パターン81に
 該当→エーテライトの操作パターン300番台で最良パターンを検索後に実行準備

(計算終了! 後は私の精密動作が明暗を分ける!)

 シオンの方の踏み込みも鋭かった分、後退は出来ない。故に思考の出した結論は迎撃あるのみ。
 右手の拳が再び開かれ、バレルレプリカをセット………せずに、そのまま襲い来る玉藻という名の
 砲弾の切っ先に投げつける。突撃の勢いはそのままで姿勢だけ右肩を前傾姿勢へシフト。言うな
 れば、バレルレプリカを向かって来る殺意の巨刃に押し込む形となる。ただ単に、拳銃投げるだけ
 では、青嵐の勢いにも等しい殺人嗜好者の特攻には虚しく弾かれてしまうだけ。従って、拳銃を宙
 に固定する為に標的の突撃とシオン自身の突撃で銃を挟み込み、バレルレプリカの敵前逃亡阻止。
 かかるプロセスを経て、ここに拳銃の形を取った盾が完成する。

 並の拳銃ではその硬度からこの瞬間に既に砕け散り、その持ち主も直後に同じ運命を辿っている
 だろう。しかし、バレルレプリカは違う。神殺しの可能性を秘めた不砕の銃身を覆う銃の素材はミス
 リル銀及びダマスカス鋼との合金で構成、表面部分には硬化テクタイトによって、表面硬化処理を
 行っている。その結果、ベレッタ等の拳銃と同程度の軽量性を保持しつつ、硬度8という通常の拳銃
 の常識を超えた耐久性を獲得する事に成功したのである。

 このバレルレプリカに対し、玉藻の磁鉄鉱を素材としたナイフの硬度は6。強度の差は歴然であって、
 この二本のナイフでは、決して、バレルレプリカを破壊できない、筈、である。

(がっ!? 矢張り、使い手の力量ですね、予想はしていたとはいえ、実際に受けると………っ!)

 文字通りの鉄壁以上の盾があるとはいえ、象をも撃ち倒す衝撃の三倍弱にも上る暴威の幾分は
 シオン自身にも分け隔て、区別無く、平等に、冷酷に、伝導し、錬金術師の全身を激しく揺さぶる。
 並の人間なら、とっくにかかる衝撃で失神している。それを耐えているのは、半吸血鬼としての程々
 に頑丈な身体と

(此処が正念場! 自身の計算の絶対性を信じろ! シオン・エルトナム!!)

 ミシリと嫌な音を立て、バレルレプリカが砕け散る。不朽の銃身を除き、他は原型すらも留めずにバラ
 バラと料理され、散逸していく。更に殺人鬼のナイフは犠牲は銃程度では満足せぬとばかりに少女の
 華奢な右肩に吸い込まれていく。アトラス院の紫の制服、シオンの白い肌は何の抵抗もなく刃の蹂躙
 を受け入れ、内の最高の素材ともいえる温かく柔らかい肉はぶちぶちと裁断中。

(あ、ぐっ…! 一番思考―――衝撃値を計算、約2800ジュール。通常の銃弾レベルまで低下確認っ!
 これならば……っ!)

 玉藻の闇突は更にシオンの中を舐め尽くす。右肩の筋繊維も次々と抉られ陵辱され、機能を失って
 いく。そして、遂に死の刃は次なる犠牲者、赤くぶるぶると震える動脈に苦も無く到達し―――――
 そこでシオンは不敵に笑った。

「………私の計算の勝利です、西条玉藻」


766 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/11(火) 15:24:00


 最も血が盛んに流れる血管たる動脈がゆらぁりと殺人鬼に征服され、その中身は支配を逃れようと
 外へと噴出す。右肩のナイフによる傷口の向きは玉藻の顔へと向けられ、難民と化したシオンの血
 は怒涛の勢いで玉藻の目へ飛び込む。『勢い良く吹き出るシオン自身の血による目潰し(サミング)』、
 …………これが錬金術師の反撃策の一であった。

「エーテライト・パターン321起動!」

 間髪入れず、反撃のニの矢が発動。玉藻の衣服に絡め取られていたエーテライトが一気にばらける。
 10本で一束となっていた糸が、再び10本の独立した糸に戻る。そして、10の霊糸にシオンは命令を
 その左の五指にて伝達。そう、シオンが先程、エーテライトの持ち方をシフトした真の狙いは、実は此
 処にあった。10のものを1つの操作機関で操る事は困難。だが、10のものを5つの操作機関で繰る事
 は前述に比較して困難な事では無い。

「…コード『ネフティス』!」

 親指の二本の糸は殺人鬼の右足へ。人指し指の二本の糸は闇突の左足へ。
 中指の二本の糸は玉藻の右腕へ。薬指の二本の糸は病み付きの左腕へ。
 小指の二本の糸は殺人嗜好者の首へ。
 
 それぞれを絡み取り、動きを鈍化、あるいは停止させる為に各エーテライトは活動を開始する。各部位の
 糸の負荷張力は凡そ40キロ。決して強力な数値ではないものの、人の動きを奪い取るには余りある数字。
 
 エーテライトの標的たる玉藻はシオンの右肩に刃を突き立てて、己が動きを固定。そして、殺人鬼の視界
 は、今、血の暗幕がかけられ、そこへ忍び寄る五方向からの縛糸。布石は万全。エーテライトは最悪でも
 どれか一つでも命中すれば、その時点で状況は完全にシオンに傾く!


 →ターゲットの回避確率 8.9%、リスク可能性12、4%、最終状況を想定、次行動パターン検索開始


 【現在位置/F地区:ヘリポート管制施設 管制塔 (森触終了後、街壊滅まで間近)】

767 名前:sage:sage
sage

768 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/11(火) 19:02:54
>>758
 
 
                          壊れかけの/
                                 /ラジオ
 
 
                                   この身苛む苦痛すら愛おしく――
                                                  ――貴女の声を摘み取りたくて

 
                          
          
                                         BGM : 殺人鬼は大変なものを盗もうとしています

769 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/11(火) 19:05:21
>>768
 
 
                         建築物に?
                        ただの屍に?
                        生ける屍に?
   
   
                     さっくり/さっくり/花咲かせ♪
 
 
 
   一体感/連帯感/全体感―――ひっくるめて斬殺かい?
  倦怠感/高揚感/倦怠感―――躁鬱の気が激しい?
 虚脱感/喪失感/流失感―――体から流れ出る?
 
 泣血きゅうけつ/出血/流血/それでもそれでも―――――走り続けます?
 
 
 
                   四肢の/動き/何処までも順調。
                    殺意/滾る/一夜限りかもね?
..                   彼女/歌い続け/独りきりで。
 
 
         だから――――――――――――――――――――――求めてみよう。
 
 
 
 鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛/鈍痛
                                                      「やれやれ―――」
  激痛/激痛/激痛/激痛/激痛/激痛/激痛/激痛/激痛/激痛/激痛/激痛/激痛/激痛
                                                       「――巧くないな」
 
   逐次/逐次/逐次/逐次/逐次/逐次/逐次/逐次/駆逐/駆逐/駆逐/駆逐/駆逐/駆逐/駆逐/駆逐
 
 
 
                        一切合財纏めて殺し
                      切断解体斬殺ショウタイム
 
                      歌を邪魔する/貴女は言うけど
                        それでも歌は歌えるよ?
 
 
 嗤い嘲笑い――急進。
 紅い筋をその身に刻み。
 如何しても、何故もなく。
 ただ貴女の羽を毟りたくて。
                                                    知らないさ、傷の痛み。
                                                    思いを伝えようと斬り付ける。
                                                    貴女とは、違うから。
 
                      その歌を最後まで聴かせないで。

770 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA :2007/12/11(火) 19:36:22
>>769
「思春期に少年から〜、大人の階段上るぅ」

切り刻まれながら嵐を抜ける殺人鬼。
回り回るメリー・ゴー・ラウンドが馬を失い始める。

迫る白刃。
肉斬り庖丁でもない軽い刃物ならば、肉を噛ませておけばいい。
代わりに骨と言わず頸を、

すぽーん

「あれー?」

糊で付けておいたレベルの腕が飛んで行く。
思わず目で追った瞬間、

「痛っ!」

鋭い痛み。
肩口がざくりと切り裂かれていた。

「ご飯粒使えば良かったかな〜。よっ!」

跳躍。
腕の代わりに降りてきた相棒に再会。
一度は仲間割れしておくのが肝要。

弦を右手で押さえ、ボディは腋と薄い胸で固定。
地面を踏みしめて、観客を睨め付ける。
ギラリと白い歯を輝かせ、

演奏者は歯が命! そしてあんたは命取り!へんほーひゃひゃはわひほひ! ほひへはんははひおいほひ!

日本語でおk。
いやフランス語?
それともドイツ語?

魂に響け。


【C地区 もう瓦礫ばっかり】

771 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/11(火) 22:42:12
>>770


                       ギター弾きの/
...                              /苦悩
 
                                         この身千切れようとも――
                                                   ――欲に従うまで


                                       
                                                
                                                 BGM : 仏蘭西に萃まる夢〜砕月〜

772 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/11(火) 22:42:53
>>771
 
 人の忘れた痛みを、与え人は泣く。
 生死の果てに在る―――――刻まれた本能サガの痕。
 
 見えぬモノの到来―――――腕は千切れ落ちる。
 痛みは見えぬ懼れとそれでも嗤い続ける。
 



                ただ殺意手に―――故に遠きモノ/
..                                    /この身業火へと送り
...                   人が落とした果敢なきモノ/
.                                   /鬼の名だけ残す
 
 
 人の為せる恐怖に堕ちるコトはなく。
 人の咎の行方を抱き震え続ける。
 
 いずれ人は武器を持ち強き者を討つ。
 弱き者は死に絶え―――――人は咎を極める。
 



            懼れるものは―――ただ無為と散る
.                                    \死すら否と厭わずに
                         弱きものが極める業\
.                                       \音と袂別つ  
                 ただ風に乗り―――故に死を識らず/
                                       /生を強く果敢なみ
,,                      本能サガの中に埋もれるもの/
,,                                     /屍だけを残す
..                刃流れて―――血に濡れつつも/
                                    /カタチなき生に惹かれて
.                         人の心偽るなら/
.                                   \痛みすら識らず
 
 されど人は忘れ―――そこに鬼は潜み。
 だけど人は忘れ―――鬼は牙を剥いて。
 それは人を殺し―――鬼の名は残る。
 互いの愛の行く末は――断絶の果てに。

773 名前:西条玉藻:2007/12/11(火) 22:44:50
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)  
>>765>>766

肉、もっと抉りたいのに。無慙になるほど無惨に精肉したいのに。 
脂肪分が少ない部分も多い部分も同じ位に分けてあげたいのに。 
いっつもは右手をぶんぶん振るだけで、相手の人はすごく喜悦
の表情で軽く掃けていったのに。  

役立たずです。右手は。右足だって動かないから役立たずです。
動かないものは、うまく使わないとただの役立たず。ぎらはら
先輩がそう言っていました。 
けどね、センパイ。あたしってば難しい事なんてちっとも何も
分らないんです。ルイべとカルパッチョの違いがわかりません。 
エビチリはケチャップ炒めと呼んじゃいます。 
駐輪したチャリの置き場所を何時も忘れます。素でですよぅ。

──だから、あたしは忘れて生きる女で過ごせばいいんです。 
 
ゆーら、ゆーら。ゆらりぃ。 
 
ゆらり、”いと”に絡まれ動かない右手は肘から切り落としてゆらり。 
役立たず1号は消えました。はなまる大賛成です。
絡また上にモトモト動かない右脚も、付け根から削ぎ落してゆらり。
ニジュウマルです。よくできましたのでした。
遅くに飛ぶ左手の”いと”は姿勢崩したから当たらないです。よ。 
左足、、あれ、残りはひだり、でいい?”みぎ”がナイフを持つほうで、
”ひだり”はナイフ持つほう。左に今ナイフ持ってるから、左で正解です。 
左の足だけ宙吊りで、傾くからだの勢いでゆら〜りぃ。 
目の前のおんなに左のナイフをぶん、って放り投げちゃうのです。 
 
        【現在位置/F地区:ヘリポート管制施設 管制塔】

774 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA :2007/12/11(火) 23:08:47
>>772
音の波のスキマを抜ける。
波故に合間は確かにある。
それを人の身で抜けるは如何なる手管を持ってか。

クビカリハイスクールRock'n'roll!ふいはいはいふうほうんほー

それでも人の身故か。
片腕を犠牲にしての突進。

手が足りない。

しかしながら手を手と称するのは一部。
少しばかり器用な前足を特別扱いする必要はない。

「ほぉぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」

文字通りの怪鳥音。
爪先を破って這い出る鉤爪。
脚を高々と上げて、死突を絡め取るように流す。

その勢いのまま逆脚を高らかに、狙いは直裁の夜盲。
エレキ・ギターはスペシャル・エフェクトドッギャーンを。


【C地区 もう瓦礫ばっかり】

775 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/11(火) 23:40:09
>>774
 
 
 
 
                            歌手は/
...                               /時に残酷なのか?
 
                                          失血は生命の危機――
                                                   ――それでも嗤い続け

 
                                            
 
                                                     BGM ; 瀕死でも辛くないっ!

776 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/11(火) 23:40:45
>>775
  
 いつも何時も傷だらけだね。
 なんで? どうして? 殺すだけなのに。
 格好悪く、血だらけになって、全て殺そう。
 
                                                  誰にも理解されないけれど。
                                           いつか、何時かは――■■るきがして!
 
 しかし、なんだ、一寸聞いてない。
 こんな無様な筈じゃなかったのに。
 だから強く願い続けるさ――唯一つを。
                                                   傷すらも好きでいてくれる。
                                               そんな趣味はないから――きっと。
 
            
                         空高く届く歌の色はなに?
                           疾走Night! 狂え!
                        突き抜ける程にこの身晒して。
 
                    幻葬の夜――思い描く空想の色はなに?
                           絶頂Hight! 求め!
                        突き抜ける程に誰か殺して。
 
 
                              唯急ぐ。
                        この生の続くその時にまで。
                       紅色の夢――とびきりの笑顔。
 
                            魅せてやるぜ?
 
 
 
 

 
          唯急ぐ。
               唯急ぐ。
                    唯急ぐ。
                         唯急ぐ。
                                                      この生の終わりまで。

777 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA :2007/12/12(水) 00:05:50
>>776
銅のコインを放り投げて
その結末は箱の中の猫
今日はどっちが顔を出す?

とびきり古木と紙の家が
今も俺たちを見下ろしているさ
まるで俺たちはちっぽけな
象の前のアリみたいだ


声に反響するようにエレキ・ギターが吠える。
見えない腕がかき鳴らすように。

銅のコインを放り投げて
その結末は箱の中の猫
一体どちらが本当なのか?

インドとアラビアの集大成
ゼロサムゲームの現実を突きつける
いくら俺たちが足掻いて見せても
それはただのオンオフの群れ


音をため込むようにエレキ・ギターが唸る。

仲良くしようぜ俺たちは
コインの裏表のようなモノ


ヘッドを掴んで振りかぶり、

そう言って俺はいつだって
あいつの背中を狙ってる


振り下ろす。


【C地区 もう瓦礫ばっかり】

778 名前:七夜志貴 ◆FOEgS0eDxQ :2007/12/12(水) 01:07:28
>>777
 
 
 
 
 
                         幻想の/
                             /終点
 
 
                                     この先にはなにもない――
                                                ――それでも懼れず進むしかない

 
                                          
 
                                                    BGM : もう歌でも唄うしかない

779 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/12(水) 01:08:17
>>778
 
                     どれだけ高く、どれだけ高く行けば。
                   振り上げたこの腕――美しい貴女へと届く。

                       犯し続けて、何度も犯し続け。
                    何処までも奪って――君の胸へと届け。
     
 
                       謳え――もう二度と奪えないなら。
                       響け――この腕を斬り下ろすだけ。
                       届け――もう二度と犯せないなら。



                     あの空へ――この両眼を叩き潰すだけ。



                       奔れ――夜に駆ける不吉の牙。
                       燈せ――黄泉路を逝く魔性の咎。
                       捕え――蜘蛛の巣は吾が手の中。
 
           
 
                      あの空へ――吾の殺意だけを歌って。
 
 
 
                       井戸の蛙は、空の蒼さも知らず。
                    ただなにも思わず、同胞の死に想い馳せる。
 
                      空飛ぶ鳥は、自由の意味を識った。
                  それでも満たされず――堕ちて逝くコトを識った。
 
 
                        踊れ――この腕を失っても。
                      廻せ――この想いはけして消えない。
                        壊せ――この両眼を失っても。
 
 
        
                    あの空を――この殺意想いはけして消えない。
 
 
 
 
                        迎え――夜に響く苦痛の唄。
                        抱け――夜を誘う責苦の唄。
                        狂え――夜へ届く悲哀の唄。
 
 
 
                     あの空で――この調の意味を識って。
 
 
 
                        歌え――断罪する魔性の刃。
                        響け――断罪する魔性の歌。
                        届け――壊れきった化生の歌。
   
 
 
                     あの空へ――狂おしいほど流れ出した。


780 名前:Magician (Type 0):2007/12/12(水) 01:10:39
セイバーvsMagician (Type 0)

>>742
 
 それは光の奔流。
 それは絶対的な破壊。
 
 不可避、必殺。
 
 ――故にそれは約束された勝利。


 人類の天敵である邪悪へ、人類の守護者が最強の聖剣を振るう。
 

 宝具の真名が解き放たれた瞬間に魔術師の敗北は確定した。
 星の産み出したものが人の作り上げたモノを殲滅する。
 聖なる斬光が瞬く間に異形を飲み込み、破壊し尽くしていく。

「ガ、ア、ア、ア、ア、ア……!!」

 装甲に亀裂が入り、割られ、粉砕され、マジシャンがゼロへ還っていく。



 …………光が止んだ。



 
 深々と大地に刻まれた剣閃の痕に、ソレは居た。

「ワタシハ……マダ……オワッテイナイ……」

 現世に舞い戻った炎の悪魔。
 人が産み出した人の敵。
 『Type 0 Magician』。

 ――人の狂気は科学という力を手に、星の力にさえ抗うというのか。

 だがマジシャンの姿は無残なものだった。誰が見ても瀕死といっていい状態である。
 身体を覆っていた装甲を全て失い、筋肉のような青い繊維がむき出しのまま脈打っている。
 生理的な嫌悪感を催す醜悪な人型。

「セイバアァァァァ……!」

 左手を顔の右に、右手を腰の左に。
 常にそう構えていたマジシャンが身体を開いた。

「キサマモオワリダ」

 マジシャンを中心として渦を巻くように十重二十重、無数の火球が一斉に顕現する。 

「死ネ!」

 その言葉を切っ掛けに、宝具を使い消耗したセイバーへ火の雨が横殴りに降り注いだ。

「ヒトリデハ死ナナイ……キサマモトモニツレテイク……!」

 火球の瀑布をセイバーへ叩きつけるマジシャンの身体がぼろぼろと崩れていく。
 右腕が落ち、足が取れ、顔が欠けた。

「イツノヒカ……フタタビフッカツ……」

 最期の言葉を遺してマジシャンは地獄へと還っていった。
 
【Type 0 Magician:消滅……】

781 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆7tk6oU93rE :2007/12/12(水) 01:27:46
>>779
囲め 囲め 籠の中の鳥は
何時 射つ 出やる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面


「だあれ?」


【C地区 もう瓦礫ばっかり】

782 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/12(水) 02:05:08
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)  
>>773

 >.1.エーテライト命中確認→右腕、右足、左足を拘束確認。これより無力化作業に..........................

「貴方は…死ぬ気ですかっ!?」

 >.2.一番思考カット、標的行動認識修正→西条玉藻は行動パターン1021、自壊と引き換えに
 よる拘束脱出を選択、そこから導かれる反撃パターン検索........パターン494該当。>.3.自由な左
 手によるナイフ投擲→対抗手段5件該当、内パターン231が最適と判断。>.4.対応行動後の無
 力化行動検索→ターゲット、状況は既に絶望的、ならば最適な無力化手段は心臓なり頭なりを■
 ■■■■...................................>.5.四番思考カット、一番・四番、ノイズにより状況劣悪→状況終了まで
 完全停止を推奨..................OK。>.6.対応行動後の無力化検索→事前に結論したパターン27選択。
 >.7.不測の事態に備え、待機

 シオンの顔が飛来する凶刃に向きを変える。右手は既に使えない。右肩の筋肉繊維は先の攻防で
 断裂、錬金術師の頭に棲むラプラスの魔から右の腕への交信経路は半ばで途切れ、その命令は
 伝わらない。自由に動く左手による防御も悪手。既にほぼ死に体とはいえ、左手による回避行動は
 結果的に標的の拘束を解く事に繋がり、いかなる不確定な事態を誘発するか分からない。故に完
 全に相手を拘束した今の状況で、速やかに襲い来る脅威を退けつつも、最終的な無力化を行う事。
 一見して、二律背反と思える命題をシオンは次瞬にはクリアしなければならない。最高の称号を持
 つ錬金術師の出した結論は………

(………今だ!)

 シオンの上顎と下顎が今まで何千回、何万回と繰り返してきた作業を遂行する。但し、過去のどれ
 よりも、その行動は力強く、がきり、と。それこそ無数に行われてきた逢瀬ならぬ噛合せはその力強
 さにも関わらず、鉄の異物に阻まれ、達成はされない。だが、錬金術師の目的は達成されている。
 つまり、シオンはその歯で、飛んで来る殺意の刃をがしりと受け止めたのだ。

(気持ちの良いものではありませんが……)

 とはいえ、人間を容易く解体する魔刃を口で受け止めれば、当然に口の中は切れる。こぷりと舌が
 味わう液体は自らの体内にあった鉄の味わい、それは半吸血鬼であるシオンが一番忌み嫌うもの。
 今すぐ吐き捨てて、何かも投げ捨てたくなる衝動を錬金術師は秘めた理性と計算で無理矢理に押
 さえつけて、

(これで終わらせるっ!)

 玉藻に向かってのシオンの電光石火の踏み込み。同時にくんと錬金術師の左指が自ら指揮している
 二本のエーテライトに命令を下す。命令は刹那で遂行完了、ぐいと霊糸は拘束された玉藻を引っ張り、
 そのバランスをぐらりと崩させる。その合間に既に玉藻、シオン、両者の間合いは零距離、互いに吐
 息がかかり、ダイレクトに相手の体温を感じる間合い。

 ―――最終段階、第1ステップ完了。

 エーテライト機能全解除。糸の制御に割かれていたタスクは、この瞬間に無となり、シオンの左の手は
 完全なる自由を獲得する。フリーになった左手の目標は玉藻の胸元。本来在るべき器官を失い、且つ
 身体の均衡を失っている少女には抵抗の術は無く、シオンの左手の指が完全に玉藻の胸元を掌握。

 ―――最終段階、第2ステップ完了。

 玉藻の右わき腹に錬金術師の左肘は固定され、既に発射台となる。沈むシオンの上半身、一気呵成
 に下方向へと重心をシフト。反転する錬金術師の身体、その背にあるのは西条玉藻。所謂、背負いの
 形が理想的な形で完成する。

 ―――最終段階、第3ステップ完了。

 跳ね上がる腰、前方へと雪崩れるシオンの姿勢。無論、そこに載せられている玉藻は宙でその肢体を
 上下反転しつつ、引力の法則に従い、錬金術師の上乗せした力の分だけ、背中から地面に向かって、
 加速しつつ自由落下。発射台から発射されるロケット「タマモ」は宇宙でなく地上へとまっさかさま。

 ―――最終段階、第4ステップ完了。
 
 玉藻の背と床が激突、ばぁんとコンクリートが悲鳴をあげる。痛みは感じずとも、その器官機能は人間。
 背負い投げによる衝撃は確実に玉藻の呼吸器官を一時的とは言え、その機能を麻痺させる。更には、
 激突のショックは呼吸器に止まらず、脳を上下左右に激しくシェイク。闇突の意識を更なる闇の中へと
 誘おうとする。

 ―――――――――――――――全工程、完了。


「………戦闘終了です」

 シオンの宣言と彼女が先程まで咥えていた金属片が床に落ち、乾いた音を立てるのは、ほぼ同時であった。


 →ターゲットの戦闘不能.......................次行動につぎ、思考開始


 【現在位置/F地区:ヘリポート管制施設 管制塔 (森触終了後、街壊滅まで間近)】

783 名前:西条玉藻:2007/12/12(水) 06:30:23
(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)
>>782 
───いしき、とぶ 
    ↑ 
 水着の中で激しいバイブ音=改造携帯電話の振動 
    ↓ 
 ぎょろりと瞳を開き→刺すものを探す→右腕、肘に尖り=骨。折る。 
    ↓ 
 ばきりと右腕の骨を折って、左手で、刺す。=さいど、いしき、あんてん。


 【現在位置/F地区:ヘリポート管制施設 管制塔 (森触終了後、街壊滅まで間近)】
西条玉藻サイド、終了。

784 名前:sage:sage
sage

785 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/12(水) 22:33:31

(西条玉藻vsシオン・エルトナム・アトラシア)
>>783



 違和感。



 その正体を探ろうとして、ふと、己の右脇腹に生えている三本目の腕が視界に入った。最もそれは腕
 の形はしているものの、必要とされる接続部品たる筋繊維、神経が根本から欠落している。骨のみが
 無理矢理、腹部に捻じ込まれて、接着。その骨の断面も鋭いながらも、面は不整合そのもので接着
 部分を赤く激しく損傷させている。損傷部からどくどくと流れる血糊の粘性が、逆に腹の異物との化合
 を強めている始末。

 そうして、シオン・エルトナムの血が、命が失われていく中、力なくその場に少女は腹を抑えて座り込む。
 身体の自由が秒毎に奪われていく中、彼女の思考だけが幾重も回転をする。

「な、んで、、、、、、どうして、、、、、?」

 >.2.始点考察→西条玉藻が覚醒。>.3.因果考察→彼女が自ら切り落とした右腕から突き出した骨
 を私の右腹部に刺突。>.5.結果考察→右腹部にダメージ甚大、内臓まで損傷確認。出血多量。極め
 て、危険。>.6.対策考察→エーテライトによる傷口の縫合............否定。傷口の状態が劣悪で縫合不可。
 >.7.半吸血鬼の再生力による治癒可能性→可能性無し。シオン・エルトナムは吸血鬼として、半端故
 にその治癒力は低く、加えて再生しようにも必要な血液が余りに不足。.....................生存可能性、ありえず。

 >.4.ノイズ発生により封鎖された領域から、状況打開策一件あり。→既に西条玉藻は死体同然。しか
 しながら、その有する血液は未だ新鮮。それを再利用、再構成。このまま彼女の血が無駄、無為に終
 わるのであれば、取り込むのが最も合理的。<<.1.絶対否定。吸血衝動を促進させる行為、もとい吸
 血そのものはシオン・エルトナムの人格を確実に破壊、死に等しい。<<.4.再否定。→このままでは
 何れにしても、確実に死する。死に等しいと死は同義ではない。死を超越するものこそが死徒である。変
 質は終焉ではなく、新生である。

「ちがう………っ! 私は誇りあるエルトナムの娘だっ!!」

 >>>.1.生存可能性別途検索→全3982件中0件該当。対応パターン4444を取らぬ限り、死亡確実。
 ならば、もうこれで終わりを選択を<<<.4.半肯定→閉幕後開幕。シオン・エルトナムはここで幕が切れ
 る。続いて現れるのはタタリの名を「黙れ、黙れ、黙れ! 私は、私は!! まだ結論を得ていないっ!」
 >.1.思索検索試行錯誤→limit over<<<<<.4.最終結論→西条玉藻を■■■■■■■■■■■
 
 
 
 
 
 
 

786 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/12(水) 22:33:59
 
 
 
 
 
「あ、あ、あああああああああああ………」

 ゆらりゆらーりと這いずる形で錬金術師の少女は闇突の少女に距離を詰めていく。シオンの視線はただ
 の一点、玉藻の喉元に固定されて動かない。少しずつ、少しずつ、シオンの目の映るその喉元の画像が
 鮮明になっていく。小さく、しかし、確かに少女の脈動する頚動脈。一体、どういう感触がするのか。手に
 振るっていった刃と同じく冷たく硬質な感触か。それとも、人間らしく、軟らかく温かい感触か。ああ、きっと、
 後者だろう。半吸血鬼の自分でも、血が流れるこの部分はまだ軟らかく、温かいのだ。十割徹頭徹尾、人
 間である彼女は絶対に温かくて気持ちが良いに違いない。そうでなくても、空腹の時の捕食行動は、味覚
 を強く刺激し本来の持ち味以上の旨味を得る事が出来る。ならば、美味である事は最早疑い無い、今の
 自分はこんなに


「喉が……喉が渇いて…………!」


 再び零距離。今度は少女の抵抗は無い。シオンは迷いも思考もなく、衝動のままに玉藻の喉元にその牙を
 
 
 
 
 

787 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/12(水) 22:34:37
 
 
 
 
 
 あれだけ嫌悪していた、忌避していたというのに、得られたものは極上の快感だった。何故、こんなにも素晴
 らしい事を頑なに拒否していたのか、つくづく自分は馬鹿馬鹿しい事をしていた。吸血の瞬間は、本当に呆気
 なく、彼女の白肌は抵抗も無く、私の侵入を受け入れて、命の抽出作業を許してしまった。そして、私はとくん
 とくんと牙で少女を陵辱する。少女はびくんびくんと震えて、蹂躙され、制圧されていく。血は思っていた以上
 に砂糖の様に甘くて、春の日差しの様に温かくて、恍惚という感覚を、私は現在進行形で学習する。対して、
 その体温を失っていく彼女の身体、身体の振るえも少しずつ小さくなっていく。これが命を奪う、死を乗り越え
 るというものなのか。味覚で、視覚で、嗅覚で、聴覚で、触覚で、何より魂で、私は死徒の概念を理解を得た。
 
  
 
 
   

788 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/12(水) 22:35:09
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――――――――シオン・エルトナムはこの瞬間に断末魔すらあげる事なく、西条玉藻という少女と共に消えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


789 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/12(水) 22:35:35





 ……街の壊滅は実に呆気なかった。ヘリに乗って高空から見る滅びの光景は僅か十秒少々で幕を下ろす。
 どれだけの人間が、生命が、この間に敢え無く、無駄に散ったのだろう。それを思うと胸がちくりと痛む。私は
 傍観者である事を、改めて悔い、呟く。

「何て勿体の無い………こんなにあっさりと終わってしまうなんて、興ざめにも程がある」

 私が主催であれば、この様に勿体の無い幕切れなんて絶対にさせない。命はこんなに無駄に散っていいもの
 ではない。命は閃光のように輝いて、観客の目を楽しませて散ってこそ、意味がある。私ならば、もっと優雅に、
 有意義に

「なるほど。なら、私自らが宴を催せばいいではないですか」
 
 なんという単純且つ明快な答。答が得られた以上、後はその答を華麗に演出する為の式を組めばいいだけだ。
 全てのパズルのピースが嵌り、完成した私は高らかに、自分が見下ろす世界に向かって、宣告を下した。

790 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/12(水) 22:36:24
 
   
 
  
 
              シオン・エルトナムは消えた。
 

              ここに残ったものはタタリの名を関する死徒。

 
              さあ、血に塗れた第二幕をはじめましょう………………
 
 
 
 
 
 

791 名前:シオン・エルトナム・アトラシア:2007/12/12(水) 23:04:24
■西条玉藻(零崎軋識の人間ノック/クビツリハイスクール)vsシオン・エルトナム・アトラシア(MELTY BLOOD)

シオン導入
>>737
西条玉藻導入
>>738 >>739

闘争本編
>>740
>>743
>>747 >>748
>>749
>>750
>>753 >>754
>>765 >>766
>>773
>>782
>>783
>>785 >>786 >>787 >>788

エピローグ
>>789 >>790

【闘争舞台/F地区:ヘリポート管制施設 (森触終了後、街壊滅まで間近)】

*タグ使用の為、対応ブラウザでの閲覧推奨

792 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/12(水) 23:54:44
>>781
 
 
 
 
 
                         エピローグ/
                               /ある終幕
 
 
                                       一夜限りの莫迦騒ぎ――
                                                ――物悲しくも終わりを向かえ

 
 
               
                                             BGM : 刹那/喪失/葬送/草々/ 
 
 
 
 

793 名前:七夜志貴 ◆Murder/Kq6 :2007/12/12(水) 23:55:36
>>792
 
     生涸れるまでただ求め続けて。
     血は流れても、未だ厭きる事なく。
     見透かされてるのは互いの手管?
     覆い隠すのもコト何故だか出来ずに。
 
                  見えない線を悪戯殴り書き。
                  何もかも全部殺しきる為に。
 
                           肉を別つ朱の色にこの身を染めて。
                           祈れ――ヤマに眩むただの囚人のように。
                           幻夜――嘆く聖者の列と馴れ初めよう。
                           星は、悦楽の園に燈らず震え。
 
                                          未来なんてものは果敢なく毀れ。
                                          還る場所すら生者にはなくて。
 
                               厄に舞うのも構わないけど。
                               守るべき約束そこにはなくて。
 
                   走狗まで哀れむ始末でも。
                   何もかも嗤ってしまえばいい――――。
 
             来たれ、明確に鳴る終わりの音色。
             叫べ――その身の滅び嘆く為に。
             恐れ――夜が明けるまでに片付けよう。
             誰も――殺せないと知ってしまう前に。
 
 肉を別つ朱の色にこの身染めて。
 狂え――その腐臭に堕ちる為に。
 全て――夜が明けるまでの夢のよう。
 月は――欠けて零れ落ちて果敢なく消える。



794 名前:◆Murder/Kq6 :2007/12/12(水) 23:58:04
 
 アンタ莫迦よね――お莫迦さんね。
 こんなに莫迦だなんて。
 
 変態――そして変人。狂人――つまり莫迦ね。
 略すの―――――無理ね……。
 
 
 殺人欲はまず脇に置いときなさい。
 残りのアンタは―――――……なにもないのよね。
 
 
 いつかは莫迦だなんて汚名を挽回して――。
 この世界一の――……莫迦に成りなさい。
 待ってなんかあげないわ。
 
 
                                                       ………――莫迦。
 
 
 アンタ莫迦よね――お莫迦さんね。
 こんなに莫迦だなんて。
 
 能無し――爪の垢を煎じて飲めばいいわ。
 レス番―――――取り合えずだけど纏めて、上げておくわ。
 感謝しなさいよね。―――アンタの為じゃないわっ!
 
 好きなだけ笑いなさい。莫迦にすればいいじゃない。
 それはアンタが不適な証だから。
 
 

 
 ミスティア・ローレライ vs 七夜志貴 『もう歌しか唄えない』

  七夜導入
  >>751 >>752
  ミスティア導入
  >>755

  闘争本編
  >>756 >>757
  >>758
  >>768 >>769
  >>770
  >>771 >>772
  >>774
  >>775 >>776
  >>777
  >>778 >>779
  >>781
  >>792>>793

【現在位置:C地区 瓦礫のバベル】

 
  
 
 
 
 
 
 この世界一の莫迦には付き合えない。
 マスター、不適よ貴方。
 マスター、失格ね貴方。
 マスター、要らないわ私。
 
 
 
                                                      ………――莫迦。
 
 
                             Special thanks
 
                                 ZUN
                              COOL & CREATE
                                 IOSYS
                                 石鹸屋
                                岸田教団
 
                             ミスティア・ローレライ
.                                  H
 
..                                 YOU
                                                       敬称略 順不同

 
                                                          
 
                                                        BGM : 莫迦ツンデレのバラッド

795 名前:sage:sage
sage

796 名前:セイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/13(木) 22:16:40
>>780

宝具とはこの世界において類稀なる貴き幻想マーブルファンタズムとされている。
その威力たるは単一の性能でしかないとはいえ魔法と同等の現象を引き起こすことが出来る。
そして今セイバーの放った宝具は数ある宝具の中でも段違いの幻想に位置する。
造型の細やかさ、鍛え上げられた鉄の巧みさで言えば、上回る宝具は無数に存在するだろう。
だが、この宝具の美しさは外観ではない。
否、美しいなどという形容では、この剣を汚すだけだ。
剣は、美しいのではなく、ひたすらにとうとかった。
人々の想念、希望のみで編まれた伝説。
神話に寄らず、人ならざる業にも属さず、ただ想いだけで鍛え上げられた結晶だからこそ

―――故に黄金の剣は空想の身で最強の座に在り続ける。

聳え立つ黄金の光柱。
最小限度の被害に抑えるためにマジシャンごと地面に叩きつけるように放たれた光が
地面では押さえられず、地上へと溢れ出しているのだ。
収束された光は魔力。
害を持たない光が寄り集められ、細く密集されることで攻撃性能を持つように、
騎士王に蓄えられた膨大な魔力は光として剣へと集約、収束されることで強力な殺傷兵装へと変貌する。
いや、殺傷兵装というのは生温い。 破壊兵装と呼んだほうが正しいだろう。
大量殺傷性能を持った宝具は数あれど、これだけ破壊に特化した破格の宝具兵装は稀だ。
かつて敵対した者の城をも破壊したであろう地上最強の斬撃の光が人の手で産み落とされた哀れな異形に殺到し切り裂いていく。

聖剣の余波は辺りのビルを揺さぶり、窓ガラスを盛大に割った後
本流の波動に巻き込まれたビルは、粗方その形を維持できず粉々に倒壊していく。
一つのビルが崩壊すれば連鎖的に崩壊は繰り返される。
まるで終わりの無い輪舞ロンドのように次々に崩壊を繰り返し
激しい光と夥しい崩壊の連鎖。 やがて終局を告げるように一際大きく光が突き上げるとあらゆるモノを巻き込んだ終曲へと繋がった。


その巻き上がる粉塵の中、地面に蹲る少女が一人いる。
それは戦いの勝利者。 宝具を行使し満身創痍の騎士の王。

「―――いくら片手での行使とはいえ、これで死に切れないとは余程業が深いか、魔術師マジシャン

その視線の先には誰が確認しようともこの世の生物ではない、モノ。
生命を冒涜し、科学という狂気を突き進んだその末路がそこにはあった。

「そうか。 また届かないのですね。 すみません、アイリスフィール。 私はまた――――」

夥しい数の紅蓮の魔弾。
それを躱すすべなど今の身体のどこにもあるはずがない。
叩きつけられる業火の炎。
あの日、誇りを捨て切り捨ててしまったあの光景を思い出す。
あれもこんなフウな…終マツの、ほノお、だっ、た…

ああ、でも今度は私の身体も焼き尽くしてくれる慈悲深い炎。
何度繰り返しても届かない聖杯
また、私はココ、で……――――――――――――――――-







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――……。




「それでおしまい? オチは?」

「申し訳ありません。 これでその時の話はおしまいです。
 別段話すようなことではなかったので今までお話しませんでしたが」

「いや、セイバーからこうやって話してくれるっていうのは嬉しい。
 どんな話であってもさ。」

「ありがとうございますシロウ。 しかし退屈な話だったのではないですか?」

「まあ、そうね。 わたしからすれば退屈なことこの上ない話だったけど…
 で?」

「―――はぁ」

「つづきあるんでしょ?」

「―――凛、こういうことに関して貴女はいつも敏いのですね。 ええ、つづきは存在します。
 ただ私にしてみれば不名誉なことになるのであまり話したくないのですが。」

「セイバー。 ここまで話したんだ。 俺はセイバーの話を聞きたい。」

「……………分かりました。 ただしこれも面白い話ではありません。 それだけは留意して聞いてください。」


「……あの後―――私は消滅したはずでした。 聖杯を手にするという目的を果たせずに。
 ですがあの場所は呪われた聖杯の呪界層になっていたようなのです。
 そして私の身体と意思は――――あれに利用されたのです。」

「「……あれ?」」

「ええ、それは極大の呪い――――」







そして閉じられていた物語は語られる――――


→ >>728

797 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/13(木) 22:31:25
 >>764
 
 前を歩く奴の速度は、塵の散乱する裏路地でも一定ペース。
 さて、どうする?
 このまま走ってでも追いついて、軽く質問した後に避難するよう伝えるか?
 ―――だが、アイツは俺に気づいた上で何処に向かってる…?
 こんな、正常じゃねぇ世界で声も上げずに向かう場所…多少興味もある。
 …俺みたいな奴を誘う『人間』ヒ ト以外って、可能性もあるが…
まあ、そいつに乗っても不利にならなきゃ問題ない。
 一応、いつでも抜けるように手ぇかけとくか…と、思ったその時。

 ―――ヒクッ。

 「っ…!?」


 臭ぇ…具体的に表現するなら、腐った物、他に臭いのキツイ物を混ぜたような異臭。
 そんな臭いが、風に乗って微かだが漂って来やがる。
 鼻がおかしくなるとまでは言わねぇが、気分の良くねぇ臭いに思わず俺は顔を顰めた。
 …だが、俺の前を行く男は何の反応も示さず歩くペースを上げる。
 流石に、コイツはおかしい…警戒する必要があるわな…。


 「結局、何者なんだか…。」


 独り言を言って俺は煙草を取り出し口に咥えて炎を点け、煙を吸い込む。
 …おし、異臭もいくらかマシになった。
 気分が落ち着いたところで、腰のホルスターに差した二挺の銃に目をやり
一挺を左手で抜いて、重さを確かめた後に…遠くなる背中をゆっくり追いかけた。

798 名前:日本人青年:2007/12/14(金) 22:54:07
>797

特に自分が追っている事を隠す気はないらしく、足音を殺しもせず変わらない足
取りで近づいてくる――余裕。
近づく事を悟られても、僕のする事であれば対処し切れる……むしろ自信と言う
べきだろうか。経験と技術に裏打ちされた。
考えてみれば、足音は一つだ。例えば尋常な救助隊のようなものであればある程
度の人数でチームを組み、最低でもペアは崩さないのではないか。
単身である利点と言えば、目立たない事と身軽な事。要求されるのは一人でも求
められた結果を出す能力がある事。
こんな状況に投入されるなら、相応に荒事にも強いと考えるのが理に適っている。
対するこちらは、「躊躇わない」と言う事くらいしか特筆できる点がないのが少
し心許ない気もした。
唯一にして最大の手札をいきなり切るしかない以上、二度目はない。

だが、そう悲観したものでもないだろう。先例があり、結果も出した言わば鬼札
なのだ。
自分達の空間に到達し、それを切る体制まで整えた。
その安心感に思いの他強張っていた体から力が抜けると、自然と笑みが浮かんだ。

さあ――


笑みはそのまま、朽ち落ちたドアの残骸を踏み、廃屋に踏み込む男を待ち受ける。
左手に拳銃、右の腰にはもう一挺、見た所武装はそれだけ。
それで僕達の出方は決まった。

799 名前:名無し客:2007/12/14(金) 22:55:02
/

異臭が立ち込めていた。
汚水に豚の臓物をぶちまけて程好く腐らせたような、常人は忌避して然るべき匂い。
その匂いは屋内に踏み込むに至って更に酷さを増す。
良く見れば、内部の床や壁の低い位置のあちらこちらに泥水を撒いたような染みが
あるのが分かった。異臭の元だろうか。

靴を履いていても踏むのが躊躇われるような床に、耐え難いほどの腐臭。
それらの只中にあって、青年は笑っていた。


【現在位置:B地区 歓楽街】

800 名前:王の記憶〜失明〜 ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/14(金) 23:39:52
 
 
 
アルトリア。
成人の儀を迎えたばかりの少女は、その日を境に、そう呼ばれる事になった。

彼女の産まれた時代は乱世。
数多くの異教徒の侵攻によって国は荒れ、多くの人が犠牲になっていた時代。
さらには部族間の内紛によって国はもう完全に機能していないものと同じだった。
後に、“夜のように暗い日々”と言われる、長い戦いの時代。
そこに、王の跡継ぎとして彼女は生を受けた。

長き戦乱の時代に王の後継者として産まれ落ち、そして男子として育った少女。
少女は王の望んでいた者ではなかった。 男子ではない世継ぎに王は落胆してたのだ。
たとえ王の宿命を持っていようと、男子でないものを跡継ぎにする事は出来ない。

こうして少女は王の家臣に預けられ、一介の騎士の子供として育てられた。
素朴で賢明な老騎士の下、少女はその跡取りとして成長していった。
老騎士は魔術師の予言を信じていた訳ではない。
少女に己が主君と同じ物を感じたからこそ、騎士として育てなければならぬと信じ、その成長を願ったのだ。

老騎士が願うまでもなく、その少女は誰よりも強くあろうと鍛練を重ねた。
崩壊し、死に行くだけの国を救えるのが王だけならば。
誰に言われるまでもなく、少女はその為だけに剣を振るうと誓っていたのだ。

そうして、予言の日がやってきた。

――――だが、その日。


…………選定の台座には剣は無かった。
 
 
 

801 名前:オルタナティブセイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/14(金) 23:44:12
>>744
 
 
 
 
 

―――そこには死しかない
 
 
 
 
 
 
 

たとえばこの世界には無数の可能性が存在し、そこには色々な要素があり、そして結果へと繋がる。
それが世界の在り方であり、絶対の理。
一つの要素から枝葉される無限の可能性こそが宇宙を回す原動力だ。
だがここにあるのはだけ。
ありと類稀なる強運も、無双の運動能力もここには意味がない。
ここは絶対死の世界。 そもそも対峙したこと自体が間違い、これは触れてはならない呪われし剣。
その存在こそがこの黒く穢れきった騎士の存在だった。
その背には黒い炎が渦巻いている。
あれはこの世の全てを呪う呪詛。 生きとしいける者ならば、まず触れてはならない極大の呪い。
それを背負い立ち、その力を誇示する。

僅か数秒、刹那の接触。
一撃の下、少女の太刀と自身の持っている大剣が絡み合うようにぶつかり合う。
その黒く長い法衣が二人の剣戟ばぶつかった衝撃でバタバタとはためき揺れる。
死体のように白い肌に風が殺到し、禍禍しさを孕んだ身体でも唯一変わらぬその金糸の髪がフワリと弾けるようにはためく。

「―――脆弱、だな。 フレイムヘイズ。」

初撃。

完全に振りかぶられた大剣、振り切ったままの状態でそう呟いた。
その背中には大剣の暴風を受け止めきれずにこの葉のように弾け飛ぶ少女の姿。
一息遅れで剣のぶつかりあう波動がブワッと拡散し、森の木々を激しく揺さぶり
ぶつかった二刃の強力さを表している。

「ああ、先ほど私に長期戦は無理だと言いましたね。 ええ、お察しの通り、
 魔力をすべて放出し尽くせば私の身体は消滅してしまうでしょう」

その黒い身体は動かない、剣戟の勝負で競り負け
枯れ木のように吹き飛ばされる哀れな少女に視線を向けたまま、そう呟きかける。
だが、剣を再び握り返した瞬間、その黒い影がゾワリと風に溶けるように揺らめいた。

「――――それがどうしたというのか?」

それは隼めいた一刀。
速いなどというレベルではない、速度という言葉に括ることも出来ない一撃。
繰り出される剣戟はこの地上のどんな生命であろうと断絶させる。
抗いようのない死が大きく鎌首をもたげ少女の眼前に迫り、その命を喰らい尽くそうと牙を剥く。
宙に投げ出されて無様に舞い踊る哀れな少女を切り裂こうとしたその時―――

僅か。
僅かな抵抗。

森という地形フィールドゆえの事故アクシデント
シャナを喰らおうと振るわれた横薙ぎの斬撃。
それがその土地に根付く樹木によって阻まれた。
さしたる抵抗ではない、だがこの状況での事故は天秤を傾かせた。
樹齢百年はあるであろう大木をまるで紙を切り裂くように輪切りにし
かまわずシャナの身体に迫る、が――――

その僅かな抵抗がシャナに味方した。
紙一重のところで剣戟は逸れ、少女の小さな身体を切り裂くには至らなかった。
外れた剣はそのまま地面に叩きつけられるとまるで地雷が爆発したような衝撃と煙幕が巻き起こり
その剣戟の破壊力をありありと見せ付けた。
フェイスガードに阻まれ見えないが金色の瞳は遥か先に吹き飛ばされ転がっている少女を冷めた瞳で見つめながら
静かに地面を深々と抉った剣を引き抜く。

「……命拾いしたなフレイムヘイズ。 だがそれも直ぐに終わる。
 抵抗は無駄だ。 おとなしくこの剣に喰われるがいい。」

二刀の魔術行使を見れば、手を抜いていい相手ではないということは先刻承知だ。
だからどのような場面であろうと油断はしない。 全力を以て障害を叩き潰す。

「もう手品はネタ切れか? そんなものではないだろうそなたの力は。
 さあ、見せてみろ。 私を打倒するのだろう?
 立て。 寝そべって勝てると思っているのか?
 言っておこう。 貴様は死ぬ、ここで間違いなく。 完膚なきまま、無残に、無様に、這いずり回って、朽ち果てる。
 私がそれを行う。 私が貴様の死だ。 さあ、抗え。 刀を構えろ。 気力を振り絞れ。 恐怖を振り払え。 そして―――

  ―――死ね

ゆったりと構えられた剣がそのままで地を擦るようにして接近する。
目前に迫るまでは一息。 次も横薙ぎ、絶対的な自信を以て、けして揺るがぬ鋭さを以て少女を斬首する。

だがこれは先ほどの再現だ。
どんな剣戟であろうとこの地形での横薙ぎは致命的なミスへと繋がる。
大剣と太刀。 どちらもこの地形で戦うのにはまったくといっても良いほど適していない。
それはその剣の長さリーチゆえのこと。
その長さはそれゆえに木々に剣戟を遮られ、敵に到達することが叶わない。
真っ当な戦術を考慮するなら、突きを主体とした戦法。 または縦振りを主体にし短めに剣を持つことだ。
だがそのどちらでもない方法で黒い騎士は少女を襲う。
結果は目に見えている。 先ほどのように樹木に剣を阻まれるのは当然の帰結だ。
そして今度もそのように、剣が樹木に喰らいつくように深く飲み込まれる。
この間は敗北を意味するであろう決定的と言える隙。
この刻、黒い騎士の敗北は決まった。






―――はずだった。



たとえば、それすらも凌駕する膂力と剣術。
たとえば、不可能を可能へと変貌させるナニカ。
たとえば、世界を背にし世界を味方にした運命さだめ





――――そう、この身は死してなお英雄である。





身体の全身が軋む。
腰から胸へ、胸から肩へ、肩から腕へ、腕から手へ、手から指へ、指から柄へ、柄より剣へ。
溢れ出し迸らんばかり力の本流が流れ出す。
全身をしなやかなばねの様にして繰り出される一撃はまさに樹木など無かったかのように。




―――黒い凶星まがつぼしが輝いた。


それは万軍に匹敵する一騎。
一のそれが千の軍を打ち破る頂上能力。
世界より選定され選ばれた唯一にして最強の守護者。

人はそれを英霊と呼んだ。


粉砕


そこにはなんの抵抗も無い。 配置されていた三本の大木すべてを両断しながらも
なお勢いを失うことを知らない刃は少女を襲う。



【現在位置:C地区、森深く】

802 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 00:44:43


>>724 バレッタ




 ぷつん。

 髪の毛よりも細い鉄線は糸使いの指先にまつわる時のみ、キケロの如く雄弁なスポークスマンへと
変じる―――取り分け死と罪の報せに関しては。

 ―――さて共に命を賭した愛すべき相棒「鉄線」どの―――
 ―――何があった?何が起こった? 在るが侭の有様を述べよ―――
 ―――ふむふむ、なるほど、へぇ、ふぅん―――

 「そいつ」の執拗なまでの説明によれば、オレの放った最後の一撃は赤頭巾のシュートよりも早く
奴の体に届いたらしい―――そして左腕の筋繊維に分け入り、細っこくてすべすべとした少女の
繊手を綺麗さっぱり切断したらしい―――更にはその途中で人体の運営に必要不可欠な、左腕の
動脈がどうやら天へと召されたらしい―――つまりあの赤頭巾はもう死に体で、かなり穏当に評し
ても余命幾許もない状態であり、以後の反撃はないとするのが順当な見解らしい―――論の尽きる
ところ、オレはものの見事に赤頭巾との決闘に勝利を収め、その結果あいつの命を
(終劇のように(落日のように(訪冬のように(夢のように(弁解の余地も無く)))))
奪ってしまったらしい―――何が云いたいかと云うと、まあ何というかその、オレは、また、生き、
延びて、また人の命を、蹂躙した、らし―――――――…

(ああ)
(オイ)
(本気かよ―――くそったれが)

 がんがんがんがん。伝聞調の無数の他人事はオレの脳みその中で凝まって、取り替える余地も無い
散文的現実へとスリ変わる。がんがんがん。頭が痛い。がんがんがん。誰の頭が痛い? がんがんがん。
心が、ぼくのこころが、この頭の中で痛んでる。がんがんがん。ああ、また死ねなかった、また生き
延びた、こうして、誉むべき死はこの手をすり抜け、土の褥は遠ざかり、永遠に続く憂愁の現が、ただ
一つ我が物となれり、
がんがんがん、
 ああ、
 痛い、
 痛む、
 痛む、
 悼む、

「―――このッ!くそったれがぁ!巫山戯ンじゃねぇッ!!」

 どかん。
 たまらずに走り出す。走り出す列車に縋る人のように。そうすれば、まだ、何か決定的な喪失を
回避できるというように。

 ―――無駄だ・ああ無駄だ・失敗はお前の中にある・
 ―――胸の内側で固まって・お前の魂を掻き毟り・
 ―――傷物としてしまった・もう戻らない・
 ―――パンプティ・ダンプティ・還らない―――。

(うるせぇ)

 ―――からからから・けらけらけら・
 ―――ああ・たのしい・みじめだ・うたおう・わらおう。

(手前か。手前がオレの心臓の中でぶん反り返ってやがる―――)

 ――― ticktack-ticktack! ・ PITTER-PATTER ・ PITTER-PATTER!
 ――― PIT-PAT-PIT-PAT! ・ PIT-PAT-PIT-PAT!・ POUND-POUND ・
 ――― Say・Hellow!・どくん・どくん・どくん・がん・がん・がん。

(黙れ。黙れちくしょうだまれだまれだまれ――――――)

                                        (もう)
                                              (やめてくれ。)


803 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 00:45:34



 ―――錯綜し混乱していく内面とは別に、目の前の赤頭巾の生命は刻一刻と喪われていく。まあ
一も二もなく駆け寄ってはみたのだけど、特にやれることも無い訳で、オレは横たわったそいつの
虚ろな表情を眺めながら、ああひょっとしてオレも今こんな顔をしているのかな、とか思っていた。
 ゆっくりと、赤頭巾の顔がこっちに向く。
 長い睫毛が漣のように震える。―――眸が合う。
 あー何だコイツ結構可愛い顔してたのな、とかそう云うのは、何時もたいてい斬った後に判る。
笑い話のようだが実際の所、殺してる間は器量の良し悪しなぞ考えの外だから仕方ない。
 ゆっくりと唇が解ける―――もう血の通っていない、青い色の。

 ―――はン。このバレッタ様とあろうものがなんてぇ様だ。
 ―――テメエみたいなガキに殺られちまうなんて、極上の笑い話だゼ。

 最後まで啖呵で通す気らしかった。
 舐めるな糞女。訳判ンねぇ所で筋通すくらいなら、今すぐ喰らいかかってみやがれ。

 ―――あぁ悪ぃな。何言ってるか、分かんねぇ。

 んだとコラ。言い捨てか、

 ―――見ての通りだ。血ぃ流しすぎて目の前も碌に見えねえ。

 月も眠る真夜中だ。見えてる方がおかしいよ、

 ―――耳も似たようなもんだ。

 勇ましく鉄砲鳴らし捲くるからだ。耳にガタが来てンだよ、

 ―――そういや、お前死神云々言ってたな。

 悪いかよ、

 ―――莫迦だぜ。

 煩瑣ェ、

 ―――死神が自分の命云々考える訳ねえだろ。

 そいつは死神の勝手だろ、

 ―――あたしは一分前はあたしの死は毛程も考えてなかったぜ。

 そうかいお目出度いアタマしてやがんな、

 ―――死にたいのに殺したいとかフザけんな。どっちか明確しやがれ。

 青褪めながら説教打つな、

 ―――そうでもないといつまで経ってもお前、半端者だぜ?

 そいつはご機嫌だな、

 ―――少し違うな。さっきのお前「だけ」はよかった。

 手前の色眼鏡に適おうなんざ最初から思ってねェよ、

 ―――シンプルなのが一番だゼ、何事もな。

 そんな簡単に行くか莫迦、

 ―――世の中の人間も魔物もこれが中々、素直になれねえ奴が多いんだが。

 死にながら世の中語ンな、

 ―――シンプルに研ぎ澄ました奴らがそいつらを狩るって寸法さ。

 手前狩られてるんじゃねェか、

 ―――あたしを殺せた奴が出来損ないでしたってのは、何よりあたしがムカつくからだ。

 知るかよンな都合あるんなら死んでんじゃねェよ立ち上がって反撃してみやがれ、

 ―――喋るのもウザくなって来たな。

 おい、

 ―――あたしもはもう休むぜ。

 黙んなよ、

 ――――――アバヨ。


804 名前:ウォルター・C・ドルネーズ ◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 00:46:22



(こつん)

 稲妻のように反応した。
 ―――やっぱりな!
 判っていたぜ、お前がこの瞬間を狙っていたことを。オレが左腕を切り落としたとはいえ、右腕は
まだ健在だ。お前が生粋の狩人だというのなら、今わの際、死体に成り下がる寸前に、必ず最後の
反撃を仕掛けてくる筈だ。だが甘かったな、そこは同じ狩人同士、オレは最後まで気を抜いたりは
しない。右手の拳銃が音を立てると同時に跳躍、相手の射角から抜け出し背後から必殺の一撃を
叩き込む。赤頭巾のほうは見ない。この状況からの動きくらい見て無くっても判るよ、お前は半身を
起こし、右腕を上げ、誰もいない空間をポイントして唖然とした表情を―――――。

 
 赤頭巾は地に倒れ伏したまま、わずかも動いていない。
 いのちを喪って弛緩した右手が、拳銃を取り落としただけだった。


(あー)

 赤頭巾の“背後”に回りこんだオレは振り上げた腕の始末に困った。
 そこには糸が掛ってなかった。攻撃する気などなかった。
 本当は判っていたんだ、オレだって、アイツが死んでいることくらい。

(―――――どう、すっかな)

 ぶん、と妙に大雑把な仕草で右腕を振り下ろした。
 想像の中で赤頭巾が最後の一撃を見舞う。オレの糸繰りとアイツのシュートが同時。結果、アイツは
首チョンパ、オレは心臓を打ち抜かれて然様なら。仲良く天国へと飛び立ちましたとさ。
 もちろん現実のオレは生きている。あいつは死んだ。
 だからオレはゆっくりとその場を立ち去る。あいつは永久に、ここに残されたままだ。






 美術館を出ると、雨が降っていた。

 夜の小雨は穏やかでイノセントだ。人を殺した後の夜に雨が降っていると、オレはいつも嬉しくなった。
そいつは優しくなりたいオレの心を巧みに解きほぐして、ゆっくり、ゆっくり、静かな眠りへと誘う。
 けれども今日は違った。
 腹が立った。
 どうしようもなく腹が立った。

「おい。何だそりゃ手前」

 右手の糸を手繰る。全身を捻って、星の無い夜空に向けて振りかぶる。
 ぱしん、空中でいくつもの雨粒が切断され、霧となって降り注ぐ。畜生、ああ畜生、手応えがねェ。

「云いたいだけ云いやがって―――ッ!」

 ずざり。ぬかるんだ地面に脚を取られ、重心を崩してスッ転ぶ。最後に放った一撃が見当違いの方向の
植木を切り倒していく様を見やりながら、ぐっしょりと濡れた地面へと倒れこむ。もどかしい。もっと降れ。
地にうじゃうじゃと蔓延る神の子らを根こそぎ掃討していくような、機関銃さながらの大粒の雨の方が良い。
―――世界の優しさが鬱陶しい。今はもう誰にも、生きてて良いんだよと云って欲しくないのに。



 いっそ、世界中の雨がここに降ればいいんだ。
 そうして摩天楼も地面も屍も空も溶けて、世界が斜めになって、何もかも流れ去れ。
 

 
 やがてオレの心中を察したように、天は雨足を強めていく。
 御慈悲が遅ェよ、莫ぁー迦。
 頬を伝うものが涙なのか、冷たい冬の雨なのか―――。
 それを判じることは、オレにももう出来ない。



                             【現在地:F地区・夜 決着】


805 名前:epilogue 1(あるいは終わりの始まり) ◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 00:48:50




「物語論(ドゥラマツルギー)に於いて―――」


 切り出しはそんな調子だった。


「云わば人物心情の華、劇題の極地、物語を積み上げるときのいっとう優れた柱と云うべき、
 最高のライトモチーフとは何だろう。もはや斜めに構えて劇場に向かうことしか出来ぬ、
 熟練の冷やかしたちをいっぺんに黙らせて仕舞うようなテーマとは、果たして?
 約めていえばだ、物語の最高の題材とは何か、そんな事を今、私は考えている。

 ―――否、否、君達の云いたい事は判っているのだよ。
 私は作劇の教授ではない。君たちどうしようもない兵隊どもの、どうしようもない上官だ。
 そうして、羽筆を構えて机に向かっているわけでも、勿論無い。いかれた作戦を引ッ提げて、
 ウィリアム・シェイクスピアの国を壊さんとしているのが、今の有様だ。そんな私が、何故?
 文化の破壊者であっても擁護者ではありえず、解体の従卒であっても創造の信奉者ではない
 私が、どの面を提げて不実にも作劇講釈を開陳しようと云うのか―――とね」
 

 不思議と―――。
 惹きつけられる語り口である。

 とは云っても、快刀乱麻を断つ好弁と云った感は無い。聴講者への理解を慮ると云うよりは、
自らの感性の侭に舌を動かすことを良しとしているようだ。しかしながら、それが不思議と
出し物になっているのである。主語述語の判明な良文と云うわけでも、華のあることばを
巧みに組み上げた美文というわけでもない―――そう云った諸々の機微を超えて、ただ
のらりくらりと取り止めも無く繰言を述べているだけのありさまが―――。
 奇妙に鮮烈なのだ。

 演説家の天稟とも云おうか。
 この男の生まれ持った資質とは、そうした類稀な代物らしい。


「しかしながら、しかしながらだ。我々はただの兵科であるのかね。何よりも合理を重んじ、
 殺戮の不条理を作戦の条理で以って転覆せんと企てるような、頭でっかちな“正気”の
 称揚者であるのかね。違うだろう。我々は戦争のための戦争―――消尽のための消尽、
 いわば非合理のための非合理を用件とする、この世の箍から外れたものぐるいどもだ。
 つい四百年前なら阿呆舟に乗せられて河下りに勤しんでいただろう、ひとむらの気違いだ。
 そうした我らが、いわゆる“合理的戦術”とやらの涼やかな声に、へこへこと阿諛追従し、
 唯々諾々と従う謂れがどこにある?
 違うだろう、そいつじゃないんだ、我らの主人は。
 我々の戦いは勝利を目指すものでなく、また我々の敵はひとではなく、我々もまた、
 ひとではない」


 ただ、天性の演説家と云っても―――。

別段見目麗しい容貌の持ち主と云うわけではない。その正反対―――と云えば云いすぎに
せよ、所謂美男子とは程遠いことは確かだ。明確と醜男と言い切るのは躊躇われるが、
少なくとも肥満体ではある。そのうえ上背も無い。身のこなしもどこかしら垢抜けず、
表情や雰囲気も人好きのするものではない―――そして、冴えない全体の雰囲気を裏切り、
ただ眼だけが、猛禽のごとくに鋭い。

 けれども、そうした清艶さからは程遠い風貌が、なにやら山師めいた彼の口上に彩を
添えているのも確かである。つまるところ胡散臭さは芸になるという事なのだろうが、
ここで特筆するべきは、彼自身がさほど芸だ技だを重んじている気配はないと云う事だ。
言を重ねる事となるが、やはり彼には演説家の才がある。


「では我々は何に従うべきか? 何を尊重して、何を良しとすべきかのだろうか?
 狂気というのは気侭なものだ。自由なものだ。しかしながら狂気本来のロジックを
 喪ってしまった狂気と云うものは、忽ちに唯の錯乱と堕すのだ。
 判りづらいかな? ならばこう云おうか、狂気とはもう一つの正気であるのだと。
 人間存在の底には、何やら白濁がある。それが藝術やら何やらを生み出している訳だが、
 ああ殺したい殺されたいと願う我らの渇望は、おそらくはそれと同根なのだろう。
 言い訳じみて聞こえる? ははは、それでいい。我らは自分達の殺戮願望に理由付けを
 したくてたまらない、低俗な殺し屋たちだ。

 ―――だがしかし、理由付けはある意味で必要なのだよ諸君。振り下ろす刃の、捨てる
 命の由来を問うという事は、ある意味において狂気の義務だとも云える。我々は問わねば
 ならない。何故(warum)、と。ああ、勿論非合理なやり方でないと駄目だよ? 合理は
 どうにも真理を濁らせる」



806 名前:epilogue 1(あるいは終わりの始まり) ◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 00:49:50



「そこに来ると作劇術と云うものは、なかなか勝手の云い流儀であるという事でしょうか」


「ああ、それだな。“勝手の良い流儀”、まさにそんな感じだ。博士(ドク)、君は時々、
 恐ろしいほどの的確で私の心中を表してのける。そんな時私は、実は君は私なのでは
 ないかと、思わず不安になるのだよ」


「恐縮の極み」


 何やら―――。
 会話らしきものが成立した。

 ずるり。小柄な肥満体の男の他に、もう一人の男が暗闇から這い出した。こちらは―――
うって変わって長身だ。西洋眼鏡を掛けた面長の顔に、白衣に包まれた長い手足。しかし
ながら、その何処とは云えず立ち上る得体の知れない雰囲気は、なるほど確かに小柄の男と
一致している。



「では」と、長身の男。

「ふむ」と、小柄の男。

「いわゆる作劇のテーマなるものは、我々狂人に取って、倫理の代用物となりうる物だと」

「大雑把に云えば、そんな感じだ」

「故にここで最高のテーマなるものを問うことは、故無き事ではなく―――」

「だいだい合っているぞ、博士」

「―――しかしまあ少佐のことだ、まず遊び半分であることは間違いないでしょうが」

「ふむ。そこは完璧だ。申し分無く、合っている」


 小柄な男がそう云うと、長身の男は顎に手を当てて思案をはじめた。
 あたかも“私は物思うことには一日の長がある”といわんばかりの顔付き。むう、と少し
ばかり唸ってから、突如我が意を得たりと云った表情で顔を上げた。


「そうだ、少佐。復讐、復讐などと云った所はどうか」

「復讐か。大デュマのような?」

「そう云っても構わないでしょう」

「成る程、復讐、復讐か―――確かに悪くは無い」

「でしょう?」

「だがね博士(ドク)―――復讐というものに付きまとう、あの一種の辛気臭さは何とか
 ならんのかね。復讐者はときに命を賭して復讐劇の舞台に上がるというのに、時折ああも
 惨めに見えてしまうというのは、どうも理不尽ではないか」

「成る程、たしかにそれはそうですな」

「しかし悪くは無い。惜しいぞ博士(ドク)、きっと復讐は近い」



「そうですか、それならば―――野望というのは如何でしょうか」

「どうにも取り止めが無い。そうして悪い事には、野心家は滅ぶのが世の通りと来ている。
 野望の定義と云うのはね、博士(ドク)、おそらく自分は何も奪われずに、世界から
 多くを掠め取ろうとすることだ。まあその意味で我々は、野心家ではないのだが」



「では―――恋愛は」

「何という苛烈な選択! 博士(ドク)、君はさんざん人間の体をいじくりまわわして毒の
 効用などを調べたくせに、その苛烈さに気を使わないというのは良くないよ。恋愛はね、
 云うなれば作劇に対する劇薬だ。場面を張り詰めさせることもできるが、少し量を
 過てば、たちまちに演劇は死んで舞台は弛緩しきったものとなる。
 決して作劇に恋愛を軽々しく持ち込もうとは考えぬことだよ、博士。私はすくなくとも、
 今はそんなものとは無縁でいたい」


807 名前:epilogue 1(あるいは終わりの始まり) ◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 00:50:59



「いや、しかし、それだと―――さすがに、もう思いつかない」

「成る程成る程。博士(ドク)をして降参か」

「ええ、些か私には過ぎた題材のようです」

「ふむ」

「少佐は」

「何かね?」

「少佐はどうお思いなのでしょうか? 最高のライトモチーフとは? 熟練の冷やかしたちを
 いっぺんに黙らせて仕舞うようなテーマとは、果たして?」

「成る程。次は私の考えを開陳する段と、そういう事かね」

「ええ、ええ、その通りです少佐。思うに事態は、その段まで来ている」

「とするならば、考えを打ち明けるに吝かではないのだが―――」

「どうしたのですか、少佐」

「いや何、引っ張ったわりには、別段面白い答えでも無いと云う事だよ」

「ははは。真理とはそうした物でしょう」

「まあその通りだ。有難う博士、君は時折私の心を軽くする。君のおかげで私は、軽佻浮薄の
 弁舌家でいることが出来るのだよ。全く舌先三寸で世界と切り結ぶのは、どうにも心許ない」

「光栄の窮みに御座います―――それではそろそろ、ご高説を拝聴賜りたく」

「ふむ。では云おうか。思うに―――」


 そこで男は、一拍間を空けて、



「―――思うに、罪と罰という主題だよ」




「罪と罰、でしょうか」

「その通りだ。罪悪感と云い換えても構わないかな?
 さて。
 何故人は罪を思うのだろうか? 手持ち無沙汰な時などね、君、無聊の慰めにと、先の大戦に
 懐古の情を馳せながら、そんなことを考えていたのだよ。
 過去とは過ぎ去ったものだ。今は、もうないものだ。それなのに何故? 今はもうないはずの
 過去の幻影に、何故人は縛られる? そんなものはとっとと忘れて、素直に現在を生きれば
 良いものを。
 おそらくこの主題は、二つの通低音を孕んでいる。すなわち、歴史と、人の弱さとだ」


「歴史と―――人の弱さですか」


「その通りだ。恐らく人が過去を、記憶を、歴史持ちえたことは、人間の弱さに起因している。
 そうでなければどうして、そんなけったいな荷物を持って歩くものか!」


「成る程、それは確かにその通りでございますなぁ」


「そうして我々はこの世界の産み落とした罪だ。臭いものには蓋をしろとばかり、皆して
 意識の隅へと追いやってきた、輝かしからざる歴史の異物だ。しかしながらフロイトの言では
 ないが、抑圧されたものは回帰するのだよ。忌み嫌って自らから切り離したとかげの尻尾は、
 いつか必ず、持ち主のところへ戻ってくる」


「それがこの、万願成就の夜と云う訳ですか」


「過ぎ行く事柄も、過ぎ去った事柄も、未だ来たらぬ事柄も、何もかもが揃いも揃って、世界と
 云うのは端倪すべからざるものなのだ。それを忘れた物は対決を強いられる。自らの忘却
 との闘争、換言すれば歴史との闘争をだ―――さて」



「何でしょう」

「例の執事のことだが―――」

「ええ」


「様子はどうかね? あの赤頭巾を打破してからこっち、どんな具合だ?」

「何もかもが順調です。あの男は自らに課せられた総ての試練を突破しました。いえ、総ての
 試練を突破し損ねた、と云うべきでしょうか?
 ―――しかしながら、あれ程の大仕掛けを打ったのです。成功してもらわなければ困る」


「そうだな。平行世界を使った魂の試練=B我ながらここまでの莫迦を考え付くとは思わなかった。
 ああ、私は大莫迦だ。一体どこの誰が、あんな大風呂敷を広げようと思う」


「と同時に、適切な手段でもありました」

「その通りだよ博士。彼は自らの上辺に張り付いた、ヘルシング家の執事≠ニしてのペルソナを
 根こそぎに破壊してしまう必要があった」


「その心中の闘争の場として、あの平行世界を選んだわけですな」


「准尉の能力を解析するために積み上げた平行世界観測のノウ・ハウ、こんな所で役に立つとは
 思わなかった。適当にそれらしく#怏゙騒ぎをやっている平行世界を見つけ出して、後は
 まあ、催眠術半分魔術半分の、いかにもアーネンエルベ仕立ての仕掛けを打てば―――」


「彼の意識だけを、その莫迦騒ぎの只中に送り込める。それに際してはまあ、平行世界の住人に
とっては現実でも、あの執事にとっては夢の中だ。検閲の弱まった彼の 希死願望は、思う様
暴れまわる―――と云った所でしたか」



808 名前:epilogue 1(あるいは終わりの始まり)―――ウォルターVSアーカード 導入 ◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 00:53:28



「更に良くしたことには、あの世界にはもう一人の彼がいた」

「居ましたね。執事としての誇りに凝り固まったと云った感のある彼が」

「それを、あの少年は見事に打ち破った。生を望む彼の忠義芯を、死を望む彼の根源が打ち
 破ったと云う訳だ」

「必然、彼の忠義は後退し、希死願望が前面へと躍り出る―――」
                           、、
「そこで現れたのがあの赤頭巾だよ。それがまた良かった。同類との死合などと、彼の仕上げには
 お誂え向きすぎて反吐が出るほどだ」

「何もかもが出来すぎていた、と云う訳ですね」

「ああ。そうして総ては、彼にとっては、夢の中の事だよ」

 くすくすと。
 低い笑いを漏らして―――小柄な男は、窓の外を見やった。
 眼下には戦火がある。幾千の命が散らされて無残にも土に還る、その忌まわしき有様が有る。しかし
どうしたことか、空中の高みから見る惨禍の炎は、星の瞬きのごとくに美しかった。ああ、誉むべき
ものも、忌まわしきものも、遠く離れてみれば、いっしょくたに美しい。―――あるいはそれが、物語の
要件の一つなのかもしれないが。
 それにしても―――と。
 男は言を継ぐ。

「それにしても、それにしてもだよ。あの平行世界の莫迦騒ぎは凄かった」

「ええ。凄かったですね」

「本当にだよ。本当に凄かったよ、否、酷かったというべきか、兎に角なにもかもがあべこべで
 出鱈目で、あんな騒ぎがあと一日でも長く続けば、世界の箍が外れてあまねく秩序が御役御免と
 なっていた所だ。まったく誰があんなことをやろうと思ったのだ。誰があんな事を仕組んだのだ。
 おまけに―――おまけにだよ、唯でさえ山が粉となるような大混乱だと云うのに、アレを仕組んだ
 どこかの誰かは、シェイクスピア風の趣向まで凝らしてのけた。莫迦だ。ただの莫迦だ。アレ程の
 幻想となれば管理するだけでも大変だろうに―――」

「一体、彼は―――或いは彼女は、何を考えていたのでしょうね」

「何も考えておるまいよ。―――否、深慮があったと云うべきなのだろうか。
 しかしながらそれはあの津波と共に喪われた、いまや云々すべきでない、かつてあっただけの理屈だ。
 それはかつて居た者たちによって、色々な仕方で解釈されたり誤解されたりして、今や消費された。
 今更私たちが何かしら鑑みようとするのは、自己満足が過ぎるというものだ」

「成る程」

「今は唯、労いの言葉を投げようか。本当におつかれさま、と。
 ―――さて、それではこっちはこっちで、やることをやろう。
 今度は我々だぞ。あの森の莫迦騒ぎでは、沢山の者達がやるだけのことをやった。今度は我々なのだ。
 我々の力で倫敦をああ≠オよう。先の祝祭を習うべき先達と見立て、英国中の街という街でアレを
 再演しよう。主役は引き継がれても、演劇の中の世界は、永遠に反復されるのだ」

「しからば壊せ、永遠を演じるために壊せ、と云うわけですな」

「然様。まさしくその通りだ。ああどうしよう博士、私はこんなにも、戦争が好きだ」


 そのためには彼にも頑張ってもらわなくてはな―――と。
 矮躯の男は。
  、、 、 、、
 私のほうを一瞥しながら、云った。

 しかしながら、まだ眠い。私は未だ生まれていない。
 あの白衣の男に揺り起こされるまで、今はもう暫く、まどろんでいるとしよう。
 次に目覚めたときにはきっと。
 どうしようもない狂乱の巷が有る。
 そこにはあいつがいる。あの吸血鬼が。夜族の王が。化け物の筆頭殿が。
 つまりは、私の墓標が。

 死神に殺されるか、あるいは死神になるかだ。
 そうして死神に殺されるのをだらだらと待ち続けるのには、些か飽いた。
 私が。
 死神。
 

                  【現在地:英国上空 ブロークン・イングリッシュの狂騒へ】


809 名前:epilogue 2(あるいは始まりの終わり) ◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 00:55:53


(僕は)
(あの幼い日に帰れればそれがいちばんよかった。)
(月の光とサンザシの声とおばあちゃんのお話があればそれでもうよかったんだ。)



 ―――オイ。

 うん。

 ―――なあ小僧っ子、手前さっさと眠れよ。お前ガキだろ。ガキは寝ないと育たないんだぞ。

 怖いんだもん。

 ―――怖ぇだ? 何が怖いんだよ、云ってみろ。

 夜が怖い。暗がりが怖い。一人が怖い。

 ―――それは手前の人生に、生涯付きまとう問題だ。今のうちに慣れとけ。

 廊下の絵が怖い。高すぎる天井が怖い。

 ―――この屋敷で暮らしていくにつけ、どうしようもない事だな、それは。

 今日のつぎに、明日がくるのが怖い。

 ―――そいつは確かにおっかねぇな。だが生きていくってのは、そいつを忘れる事だ。

 みんな、みんな………こんなに怖いことを忘れて生きてるの?

 ―――そうだ。忘れないと生きていけねぇ。

 生きてるって、酷いことなんだね。

 ―――ああそうさ、知らなかったのか?

 そんなに酷いものなのに、何で生きてるんだろう、僕達って………。

 ―――忘れちまってるからさ。云っとくがな、忘れちまったら、大抵の問題は片付くんだぜ。

 忘れれば………。

 ―――そいつを巧くできるかどうかだよ、生きるって云うのは。


810 名前:epilogue 2(あるいは始まりの終わり) ◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 00:56:24



 生きるって云うのは、忘れ続けることなの?

 ―――そう云ってもいいかもな。

 それって、哀しいね。

 ―――おいおい、あんまり先走るなガキ。

 ?

 ―――おっ死んだ後に待ってるのが、もっとおっかねぇ世界だったらどうするよ。

 それは、いやだ。

 ―――よし、なら生きろ。シンプルでいいだろ、この理屈は?

 うん。

 ―――よーしよーし、頭のいいガキだ。とっとと寝ろ。

 でも。

 ―――あ?

 僕はあのことを忘れられるのかな。

 ―――あのこと?

 あの、村の。

 ―――吸血鬼災害か。

 ぼくが、お父さんやお母さんを。

 ―――考えるな。

 村の皆を。お祖母ちゃんだって………。

 ―――忘れられるさ。

 忘れられるかな。

 ―――きっと、な。

 あんなにいけない事をしたのに、忘れてのうのうと生きていくなんて………。

 ―――仕方ねぇよ。手前が悪いんじゃねぇ。

 それでも。僕は、そこまでして生きていなくちゃいけないのかな。

 ―――あれだけ多くのものを喪ったんだ。手前の命のとりなしくらいは、手前で決めて良いだろ。

 それは。

 ―――ああ。

 誰かに生きていて欲しいって、云ってもらえる人の、言葉だよ。

 ――――――。

 僕は。

 ――――――――――――。

 僕は………。




811 名前:epilogue 2(あるいは始まりの終わり)――― 脈搏と銀貨 ◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 00:59:05



 ―――なあ小僧っ子。

 ………なに?

 ―――お前の中に一人の勘定人が居る。そいつが、お前の命を勘定してる。

 うそだよ、そんなの。

 ―――息を止めて、胸に手を当てろ。

 これは………あたたかい。とくんとくんって、脈打ってる。

 ―――そいつだ。そいつが、お前の命の価値を決めてるんだ。

 これが?

 ―――そうだ。なあガキ、さっきはああ云ったが、あれはお前が云ったとおりだよ。
    皆忘れちまってるが、人間は自分の命のとりなし一つ、自分では決められねぇ。
    全部、そいつが決めてるんだ。それを忘れるな。

 これが………。

 ―――これから時間がたつごとに、手前の命の価値は増えていく。
    死にたいって思ったら、その事を考えな。
    手前はどうやって、自分の命を買い取るのかってことを。

 それじゃあ。

 ―――ああ?

 僕の命も、僕のものじゃないのなら、僕は今、本当に生きてるのかな。

 ―――さァな。誰もそんなこと、判りやしねぇんだ。

 この世は。

 ――――――。

 亡者だらけだ。

 ―――そうかもな。もう寝ろ。

















(耳を澄ませば窓辺に迫り出したサンザシのはっぱが
 さやさやと擦れる音が聞こえる。


 そのたび、部屋の中にはいってくる月明かりが、
 千切れ、たばまり、ゆらゆらと揺れる。


 これはたましい。
 死んでいったみんなの。
 みんなの命の重みを、僕が背負っていくんだ。




 きっと僕は最期の日に、
 さびしいさびしいと泣きながら死ぬのだろう。
 



 ゆっくりと瞼をおろす。
 おやすみ。
 さようなら。
 ねむるまえに。
 かみさまに。
 おいのりを。)


                             【―――かくして罪も罰も滅びも代償も弁解も、全てがここに在る】

812 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/15(土) 01:33:18
 >>798-799
 目標は、廃屋に入って行った。
 俺もそれに遅れる形で廃屋に踏み込もうとしたが―――


 「…ぐ…なんだってんだよ、この臭いは…っ!。」


 腐臭腐臭腐臭腐臭腐臭腐臭腐臭腐臭腐臭腐臭腐臭腐臭


 廃屋に近づくにつれ、漂う臭いがどんどんキツクなって行きやがる…。
 嗅覚が正常な奴なら、10人中10人悪臭と感じ取り不快感や吐き気を催すだろう。
 ―――この悪臭の元は、あの廃屋…だろうな。
 臭いの元を睨み付け、地に煙草を落としてブーツで火を踏み消す。
 …だが、こんな悪臭の中煙草がなけりゃ鼻が耐えられねぇ。
 右手を使い、再び懐から煙草を取り出しライターで火を点ける。
 そのまま煙を肺に入れ、吐き出す…ああ、いくらか楽になった。


 「さて、そんじゃ…確かめに行くかねぇ―――

                              八割方、正常な人間じゃなさそうだが。」

813 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/15(土) 01:34:01
 >>798-799
 煙草の香りで、一息付いて…俺は廃屋へ入る。
 朽ちたドアを踏み締め、廃屋の中を見回す…。
 部屋の中はボロボロで、染みがついた壁や床…ドアの役目を既に果たせない扉。
 そんな、人が住まねぇ…いや…住もうとはしない空間に…アイツがいた。
 表の通りで見た、男……何がおかしいのか笑っていやがる。


 「…何がおかしいんだい?
 まあ、そりゃどうでもいいかね…一つだけ、質問する―――」


 悪臭の中、自分を見失わねぇように煙草の煙を吸い込み一拍置いて…。


 「お前さん、100%…人間かい?」


 まだ、銃を構えない。
 左の銃は視覚的なダミー…本命は、右のホルスターに差すもう一挺。
 ―――さあ、後はあちらさんの出方次第だ。


 【現在位置:B地区 歓楽街】

814 名前:◆waLTEr.Oew :2007/12/15(土) 01:58:37


■ウォルター・C・ドルネーズ(少年)(HELLSING)vsダークハンター・バレッタ(ヴァンパイアセイヴァー)
  レス番まとめ



ウォルター・C・ドルネーズ(少年)導入

ウォルター・C・ドルネーズVSウォルター・C・ドルネーズ

*第一幕 遍歴する騎士の末孫は病める主君を癒さんと女王の国の土を踏む
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*第二幕 生の虚ろなる有様に惑乱せる申し子は己が鏡像に愛しき死神の冷たい横顔を垣間見る
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ダークハンター・バレッタ導入

>>648

闘争本編
>>649
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エピローグ
epilogue 1
(あるいは終わりの始まり)
>>805 >>806 >>807
(あるいは終わりの始まり)―――ウォルターVSアーカード 導入
>>808
epilogue 2
(あるいは始まりの終わり)
>>809 >>810
(あるいは始まりの終わり)――― 脈搏と銀貨
>>811

【闘争舞台:F地区 美術館・夜】

*タグ使用の為、対応ブラウザでの閲覧推奨


815 名前:????:2007/12/15(土) 02:14:53
「この箱は英霊によって封じられたか……。
 だが……パンドラの箱は一つではないのだよ……」


セイバー(フェイトステイナイト)vsMagician (Type 0)(ザ・ハウス・オブ・ザ・デッドシリーズ)
レス番まとめ

セイバー導入
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1194869287/629
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1194869287/630
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1194869287/631
Magician (Type 0)導入
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1194869287/637

闘争本編
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1194869287/638

*以上、森祭本編進行部分、以後、Reverse引継ぎ
>>688
>>689
>>707
>>725
>>726
>>729
>>732
>>736
>>742
>>780
>>796

【F地区 ビル群:地上】

816 名前:日本人青年:2007/12/15(土) 02:28:47
>812-813

「…naもfぶヴぁぷぅあvgfぱうhなぷ?
 mヴぁ、んふぃあpf;いあの…hgヴァイオp、Siのpヴァウ―――」


スピーカーか何かのノイズの方がまだましな、意味不明の異音(母国語である日本
語以外は、今の僕には禍々しさ極まった正に異音としか呼べない代物に聞こえる)
――かと思えば、意外にも辛うじて聞き取れた。声からしてだ。どうやら日本語
が話せるらしい。
ところどころ意味が掴み辛いのは、それほど流暢ではないからだろうか。
何にせよ、話せるなら聞けもするだろう。それはそれで会話に引きずり込みやすい
と言う事でもあり、好都合だった。

「mおvまおgはい非vない湯ヴァfhgイ?」

「勿論。それ以外のものに見えますか?」

肩を竦めて見せる。当然だ、僕の外見は別に壊れてはいないのだから。
そうでなければこんな問いそのものが不要だろう。つまり、相手は確信が持てずに
いる。迷っている。そして、その結果として待ち、受身にならざるを得ないわけだ。

「取り敢えず、そのは仕舞ってもらえませんか。
 まさか撃たれるとは思いませんが、流石に落ち着きません」

明確に突き付けられてはいないものの、一般人がを怖がる事は不自然でもない。
手に握られたそれをわざわざ指差しそう告げる。
野生独特の気配の無さで背後から男へと忍び寄る、彼女に抱かれて消えたから意
識を逸らす為に。


因みに、だ。
僕には、目の前のが――目の前の、化け物に見えた。

817 名前:名無し客:2007/12/15(土) 02:29:24
/

言葉を交わすうちも、臭気は更に濃密さを増していく。
まるで臭いの元が目の前にあるかのように、噎せ返るような臭いが。
青年に相対した男は顔を顰めていたが、青年の方は至って平然としている。
明らかに異様だった。

仮面のような、何処かそこはかとない悪意を感じさせる笑みを浮かべて、青年は言
った。
但し、その口調は台詞に全くそぐわない平坦で冷たいものだ。
端的に表せば、とてもそうは見えない態度だった。

会話の合間、青年の手が動いた刹那――
音も無く這い寄っていたものが、男の銃を下げた左手に躍り掛かる。
もの――「それ」は、腐った肉や腸を寄せ集めて一塊にした上で、「これ」を見るもの
全てへの呪いを混ぜて捏ね合わせた様な、奇怪にしておぞましい代物だった。
常人なら「それ」を見ただけで精神の平衡を崩しかねない、悪意と凶気の産物。
それが、滲み出る腐汁を撒き散らしながら銃と、それを持つ左手を狙った。


【現在位置:B地区 歓楽街】


818 名前:システムアナウンス ★:2007/12/15(土) 02:48:51
吸血大殲 森祭 Reverse 進行まとめ

>開催概要 >>610

>各闘争は状況把握の為、闘争者のターン毎に改行

■セイバー(フェイトステイナイト)VSシャナ(灼眼のシャナ)

シャナ導入
>>727
セイバー導入
>>728

闘争本編
>>735
>>741
>>800 >>801

【現在位置:C地区、森の中】

*タグ使用の為、対応ブラウザでの閲覧推奨

■日本人青年(沙耶の唄)vsクロウ・ラウル(ラ・ピュセル〜光の聖女伝説〜)
日本人青年
>>759 >>760
クロウ・ラウル
>>761

闘争本編
>>762
>>763
>>764
>>797
>>798 >>799
>>812 >>813
>>816 >>817

【現在位置:B地区 歓楽街】

*タグ使用の為、対応ブラウザでの閲覧推奨

>>以下、終了した闘争

■エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ vs 光の三妖精
>>734
【闘争舞台:D地区各所】
*タグ使用の為、対応ブラウザでの閲覧推奨

■西条玉藻(零崎軋識の人間ノック/クビツリハイスクール)vsシオン・エルトナム・アトラシア(MELTY BLOOD)
>>791
【闘争舞台: F地区 ヘリポート管制施設 (森触終了後、街壊滅まで間近)】
*タグ使用の為、対応ブラウザでの閲覧推奨

■ミスティア・ローレライ vs 七夜志貴 『もう歌しか唄えない』
>>794
【闘争舞台:C地区 瓦礫のバベル】

■ウォルター・C・ドルネーズ(少年)(HELLSING)vsダークハンター・バレッタ(ヴァンパイアセイヴァー)
>>814
【闘争舞台:F地区 美術館・夜】
*タグ使用の為、対応ブラウザでの閲覧推奨

■セイバー(フェイトステイナイト)vsMagician (Type 0)(ザ・ハウス・オブ・ザ・デッドシリーズ)
>>815
【闘争舞台:F地区 ビル群/地上

819 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/15(土) 03:16:49
 >>816‐817

 
 『勿論。それ以外のものに見えますか?』


 俺の予想とは違う、意外な言葉が返って来た。
 確かに、目の前に在る黒髪で多少細身の青年は外見的には確実に人間だ。
 ―――瞳…と、いうか…全体的に影があるような気もしないが。


 『取り敢えず、そのは仕舞ってもらえませんか。
 まさか撃たれるとは思いませんが、流石に落ち着きません』


 顔や身体を見定めていると。
 俺の銃を指差した男から声が掛かる…まあ、当然っちゃ当然…
一般人なら銃なんざ99%見る事のない代物だ。
 …まあ、それにしちゃ落ち着いてる…いや、落ち着き過ぎているか。
 しかし臭いが酷くなってきやがった…煙草の煙を吸い込んで、俺は…。

  
                   

 「オーライ。」

                   

 「そんじゃ、この状況だ…」

                   

 「いつ魔が来るか―――」


 言い掛けたその矢先、薄く感じた違和感は確実なモノになった。 
 『ぐじゅる』という音と酷い腐臭を発し俺の左手に向かってくる。


 「く…っ!」


 ―――0.5秒 振り向く。

       ―――0.8秒 飛び掛る物体に照準合わせ。

              ―――1秒 左手の銃の引鉄を引く!


                                     ―――パァン!!

820 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/15(土) 03:18:43
 >>816-817
 ………廃屋に、乾いた銃声が響く。
 炎の刻印が刻まれた弾丸は、薄気味悪く融けそうな肉の塊に命中。
 肉塊の一部を炎が炙った。
 だが、ミスっちまった…弾丸の着弾点は中心から離れた部分。
 結果、勢いは殺せず左手の銃は地面を転がった。


 「―――ちっ……なんだってんだよ、コイツは…!」


 くそっ、下手踏んじまった…俺とした事が。
 肉塊から多少離れ、青年と肉塊を交互に見つつ…
俺は右手側のホルスターからもう一挺の銃を引き抜いた。

821 名前:日本人青年:2007/12/15(土) 20:45:38
>819-820

驚愕の表情を見る限り不意は突けたようだが、反応は迅速だった。
振り返り、飛び掛るへ即座に銃口を向けて躊躇無く引き金を引く――銃声。ここ
まででやっと秒、と言う所だろうか。
考えるより早く体が動くといった様は、経験の豊富さを連想させる。

でも、出来たのはそれだけ。
結果だけ言えば、二挺の内一挺を失い、僕達は何も失っていない。


「まだ動いてますよ、それ」

こちらを向いたと視線が合う(虫唾が走る)なり、銃撃でバランスを崩して転倒
していた筈のを指差す。
痛みが怒りに火を付けたのか全身の毛を逆立たせて低く唸り、先程より増した勢い
を持つに飛び掛ろうとしている、正にその瞬間を。
これでは残る一挺、或いは腕や足のいずれかを使って対処しなければならない。

ここから先はタイミングが重要になる。


に視線と銃を向けた刹那、僕は周囲を探す動きをしてみせる。見つけるのは
鉄パイプだ。
僕を警戒せざるを得ないは、その動きにも反応してしまうだろう。不意を打たれ
ても僕とを同時に警戒する事を忘れない、プロであるが故に。
僕が鉄パイプを手に取るような事があれば尚更だ。無手であるより警戒度は必然的
に上がり、その分僕に気を取られる。

それを観察していた彼女が、動く。


足掛かりも身を潜める場所も無い筈の、の真上から。
背中に落ちざまに狙うのは、やはり武器を持った右腕――その付け根である脇の下
腕に繋がる神経や血管の大元であり、当然胴と腕部を繋ぐ筋も存在する。断たれれ
ば腕が丸ごと動かなくなると言う訳だ。

822 名前:名無し客:2007/12/15(土) 20:46:44
/

突然の異形の襲来にも、青年は動じた様子を見せない。
こんな事態に慣れ切ってしまっているのか、それとも仕向けた当人だからなのか。
そこまで判断するには未だ材料が足りないものの、変わらず張り付いた笑みがそ
こに悪意が介在する事を疑わせた。

異常な対峙はまだ終わらない。
乱入してきた肉塊が、再び身を起こしたのだ。

「gugegaaaaaegagrggg!」

悲鳴らしきものが上がり、のたうつ度に臓物と汚汁が撒き散らされる。
だが、その体表が収縮し、確かに開いた筈の銃撃の傷は肉に埋もれて消えた。
外見に相応しい忌まわしい音を撒き散らし、再び男に向かって飛ぶ。

まだ、まだ終わらない。

男の直上から、更に大型の――しかもより禍々しい造形の腐肉の塊が、
その背を目掛け襲い掛かったのだ。
更に恐るべきは、包丁らしきものを使った上でただ切るだけでなく人を効率的に壊そうとする狙い。
異形にしか見えないものに宿る、明確な知性だった。

【現在位置:B地区 歓楽街】


823 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/15(土) 22:57:31
 >>821-820
 いきなりの攻撃に、遅れた反応。
 気味の悪い肉塊に俺は対応仕切れなかった。

 ―――クソッ、敢えてピンチとは言わねぇが…コイツはちっとばかり厳しい。

 状況としては、警戒対象がこの場に一人。
 始末しなきゃならねぇ『敵』が一つ。
 攻撃を受けた左腕には引っ掻かれたような切傷……少なくとも、即効の毒なんかは、持っちゃいないな。
 あるとしても、遅効性の毒…まあ毒の自覚症状は今の所ない。
 それと、表現し切れねぇ気持ちの悪さ…粘液と言えばいいのか腐った汁が多少ついている程度。
 腐った汁はゾンビやらで慣れてるが…この腐臭はレベルが違う。
 まあ…銃を握るにゃ問題はなく、利き腕でなかったのは不幸中の幸いかね。


 男の方は相変わらず笑みを浮かべた表情……コイツは勘だが、この肉塊と無関係じゃなさそうだ。

                                                          ―――こんな状況で、笑ってられる一般人なんざ存在しねぇ。


 何が何やら解らねぇで、現実逃避なら納得も出来るがそうでもない…アイツは状況を把握してる。
 …まあ、男の方が怪しいって感じてるのは…まだ俺の勘の範疇、取り敢えず後回しだ。


 数秒、肉塊を中心に周囲の動きを警戒し状況を整理、フィルターの根元近くまで燃えた煙草を
吐き落とす。
 取り敢えず、二つを追っても負担が増えるだけだ。
 目の前の肉塊の方が危険度は高い…男の方の些細な動きは、気にしてらんねぇ。
 そう思いながら、青年の方へ視線を廻らし目が合った時―――

824 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/15(土) 22:58:40
 >>821-820

 
『まだ動いてますよ、それ』



 青年が指を差すと同時に言う。
 見れば、肉の塊は唸り声の様な異音と薄汚れた汁を発して収縮。
 その後、俺へ向かい再び飛び掛かる…ったく…復活が速ぇってんだよ!


 「―――チィ…ッ!」


 銃の照準を合わせるには、ちっと遅い。
 そう判断し、俺は飛来する肉塊を回し蹴りで蹴り飛ばす!
 吹っ飛ぶ肉塊にそのまま銃の照準合わせトリガー、銃弾を目一杯食わせる。

 ―――と、いう行動に出たかった…が。
 
 薄暗い廃屋の中で、一瞬何かの光が壁へ反射する。 
 なんだ?角度的に上から?
 ぞわりと、嫌な悪寒が背に奔り…気付いたら俺は、倒れ込む様に横へ跳んでいる。

 「ぐっ…!?」

 …鋭利な痛みが足に走るのと、数瞬前まで俺の居た場所の真上から蹴り飛ばしたのよりデカイ肉塊が降って来たのは同時だった。


 【現在地B地区:繁華街裏路地の廃屋】

825 名前:「炎髪灼眼の討ち手」シャナ ◆t7/I6SHANA :2007/12/17(月) 10:34:52
>>800 >>801

銀光、一閃。
黒い騎士の刃が疾る。
それは疾風。それは怒涛。
対するシャナは、完全に無防備。

(悠、二――)

その瞬間、少女は死を覚悟して目を閉じた。
――だが、「死」はいつまでも訪れない。
代わりに訪れたのは、大地に叩きつけられる痛み。
その不思議を怪しみつつシャナが目を開けると、そこには砕かれた巨木と抉られた大地。

「……命拾いしたなフレイムヘイズ」

呟きながら、黒い騎士は大地を砕いたその剣を静かに構えなおす。
それを見た瞬間、シャナは了解した。
自分の命がまだあるのは、少しばかりの幸運に過ぎないと。



彼女の二つ名について語ろう。
贄殿遮那のフレイムヘイズ、と彼女は呼ばれる。
それはまさに、その手に持った大太刀、贄殿遮那こそが彼女の本質をあらわしているからだ。
太刀を揮っての剣戟という、フレイムヘイズにしては特異な戦闘スタイル。
だからこそ彼女は、その一点に特化して鍛錬を積み続けてきた。
いわば、生まれながらの剣士。

ゆえに、分かった。
黒い騎士の剣は、確実に自分の命を奪っていたはずだと。
多くのIfで誤魔化そうとしても無駄だ。
理屈は理屈で誤魔化せても、日々の鍛錬で鍛え上げた身体は誤魔化せない。

今まで積み重ねてきた鍛錬の日々が教えているのだ。
黒い騎士、セイバーの剣はこちらのそれをはるかに凌駕する、必殺の剣であると。
だから、彼女は決意する。

(アラストール……聞いて)

心の中で、しずかにシャナは語りかけ。

(『天破壌砕』を使う)
『何……?』

その言葉に、アラストールは驚愕する。
『天破壌砕』――それは、真正の紅世の王、すなわち神であるアラストールの顕現。
この世の因果に囚われない、あまりに圧倒的な力。
軽く拳を打ち下ろしただけで、小島の一つくらいは簡単に消し飛ばせるだろう。

圧倒的な力、だがそれに伴う犠牲は、あまりに多い。
周囲の「存在の力」の浪費、広範囲におよぶ被害、そしてそのうちもっとも大きなものは、
――――発動者の、死。
 
もっとも、かつてシャナは、一度『天破壌砕』を使い、かつ生還している。
だがそれは、いわば不完全な状態での発動。
もし真に完全に発動させた時どうなるかは、アラストール自身にも保証はできない。

そして、「もしも」によって喪われるものの大きさは、彼自身がもっとも熟知している。
彼はかつて、自分のもっとも愛する者――先代「炎髪灼眼の討ち手」をそれで喪ったのだから。
だから、彼は言葉に焦りをにじませる。

『よさぬかシャナ、冷静になれ。
 今お前を失うにはあまりに早い。
 一度巧く行ったからと言って、次はどうなるかわからぬのだぞ』

(でも! 他にやりようがない!
 私はフレイムヘイズだから! あいつを倒さなくちゃいけないから!)
 
アラストールの気持ちも、シャナには分かる。
だが、シャナにはシャナの言い分がある。

ずっと続く空回り。
力は出し切れている、でも、それが相手にうまくぶつからない。
すれ違い、空転、そして自爆。
焦りが焦りを生む、それを自覚しながら止められない自分に、また焦る。

(それでも、私はあいつを倒さなくちゃいけないんだもの、それが使命だもの。
 そのためなら、私の命くらい!)
 
『シャナ!!』

もはや絶叫に近いアラストールの声を聞きつつ、彼女は深く息を吸い込む。
その、最期の技を使うために。

「もう手品はネタ切れか? そんなものではないだろうそなたの力は。
 さあ、見せてみろ。 私を打倒するのだろう?
 立て。 寝そべって勝てると思っているのか?
 言っておこう。 貴様は死ぬ、ここで間違いなく。 完膚なきまま、無残に、無様に、這いずり回って、朽ち果てる。
 私がそれを行う。 私が貴様の死だ。 さあ、抗え。 刀を構えろ。 気力を振り絞れ。 恐怖を振り払え。 そして―――」

セイバーが語る。
その一言一言だけで、萎え、くじけそうになる気持ちをこらえ、懸命にシャナは立ち上がる。
そこにあるのは諦念。それでも、彼女は最期のその一瞬に、全てをかける。

「―――死ね」

セイバーが、動いた。
二人の間を阻む大木さえ紙切れのように斬り、なぎ倒し、黒い凶星が迫る。
それは圧倒的なまでの、死の具現。
それはシャナに諦めさせるには十分で、

(さよなら、悠二。天破、壌――)

瞳を閉じ、彼女はその内に秘めたる炎を今まさに具現するべく「存在の力」を練り上げ――

「シャナ!」

――と叫ぶ声を聞いた。

826 名前:「炎髪灼眼の討ち手」シャナ ◆t7/I6SHANA :2007/12/17(月) 10:35:53
>>825
坂井悠二。
置いてきたはずの彼の声。
何故、と怪しむ暇さえ、シャナには残されていない。
だが、その瞬間、シャナは聞いた。

カチリと、歯車がかみ合う音を。

「シャナ、今どうしてるんだ、ヴィルヘルミナさんに聞いて…」
「うるさい、今取り込み中、だまって!」

坂井悠二の声を一喝してだまらせると、シャナは瞳を開く。
今再び見る世界にあるのは、塵と残像、そして淡い漆黒の影。
捉えることすら難しい、黒い「死」の影。
だが、凛としたその背中には、その全てを背負う覚悟がある。

ふぅ、と軽く息を吐き、正眼に構える。
その瞳には、もうさっきまでの諦念はない。
「天破壌砕」のことは頭から捨て去り、あるのはただ目の前の黒い騎士のみ。

構えた剣に、炎が渦巻く。
炎はさらに剣を中心に収束し、極限までその密度を高める。
それはあたかも、第二の刀身がそこに生まれたように見える。

だが、その刃を持ってしても、セイバーの一撃を防ぐことは不可能だろう。
その速度を考えれば、回避も危うい。
まさに必殺、まさに死の具現。
圧倒的なその力が眼前に迫ってなお、シャナは動じない。

「確かに、強い。
 けれど、その力に頼りすぎて、本来の技を忘れてる。
 それじゃ、私には勝てない」
 
かすかな自戒を込めて、シャナはその剣を受けた。

827 名前:「炎髪灼眼の討ち手」シャナ ◆t7/I6SHANA :2007/12/17(月) 10:36:40
>>826
大地が、砕けた。
木々が、なぎ倒された。
傍から見ていたものには、シャナがそのまま切り倒されたように見えただろう。
しかし、それでもシャナには傷一つついていない。
砕けたのは、彼女の左側のみだ。

圧倒的な力、しかしそれはあまりに単純な直線のベクトル。
だから、そのベクトルをわずかにそらしてやるだけで、容易にその威力はシャナから外れる。
シャナは、セイバーの攻撃を受け止めたのでも、弾き返したのでもない。
ただ、受け流しただけだ。

触れ合った黒き刃と炎の刃は、かすかにその動線を変化させた。
そこに加えられた力は僅か。
しかしその僅かな力が、必殺の斬撃の軌道を変え、シャナの死の運命さえも変えた。
そこにあるのは、力ではなく――技。

「驕ったのがお前の敗因、セイバー。
 力に頼った剣士はもはや剣士ではないと知るがいい!」
 
叫び、大地に太刀を突き立てる。
突き立てられた銀色の刃を中心に、炎が爆ぜる。
再び大地は穿たれ、その土塊は炎をまとった弾丸として、セイバーを襲う。
しかし――シャナの本来の目的は、無論それではない。

「今までは失礼した、セイバー」

その爆発に乗って、シャナは駆ける。
剣を振り切ったセイバーの、そのはるか頭上に。

「――あらためて、見せてあげる。
 『炎髪灼眼の討ち手』の、剣を!」
 
その背に、炎が噴き出し翼となる。
「紅蓮の双翼」、その力でシャナは空を蹴り、一直線にセイバー目掛けて突き進む。
一連の無駄のない動きは、先ほどまでとはまるで別人。
それはシャナ自身が、一番感じている。

(――やれる!)

歯車がかみ合う感覚。
エンジンからギアへ、そしてタイヤへと力が伝わるように。
無駄なく、速やかに、思い描いたとおりの動きを身体がトレースする。
そのきっかけは、たった一言。
坂井悠二という少年の、声。

「はあああっ!!」

その姿は、あたかも流星のように。
何もさえぎるもののない空から、裂帛の突きをシャナは放った。

    
    
        
【現在位置:C地区、森の中】


828 名前:王の記憶〜憧憬〜 ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/17(月) 21:26:05
 

魔術師が少女の下に訪れこう言った
「もう、貴女が王になる必要は無い」と、
話によると少女の代わりとなる王が既に現れてこの崩壊しかけた国を立て直しているらしい
王は判断を間違えるようなことはない、その行動は常に誰よりも正しく
どんな人間よりも品位公正だという話だ。
王に相応しい人物がすでにいる時点で少女の責務は消滅してしまっているのだ
そう、少女は王になる必要が無い、今までのように普通の少女として生きていけばいい

そうして、少女の世界はその日を境に変貌した。

騎士として生きていた彼女にはその目に映るすべてが輝きに満ち満ちていた。
それは当然だ、今の今まで男として生き騎士として正しくを心がけてきたのだ
普通の少女としての暮らしなんて想像もしたことがなかった。
ゆえに世界は明るく、少女の行く末を照らし出す。
まるでそれは理想郷。
彼女が望んだ、全てがそこにはあった。


そして

春になり、
夏がきて、
秋を越え、
冬が訪れ。


――――少女は母になった。
 
 

829 名前:オルタナティブセイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/17(月) 21:28:10

>>825-827 >>828
 
切り裂くような少年の声、それはどこからともなく森に反響し
闘争を繰り広げる二人の少女の耳に入り込んでくる。
何者か分からない、わかることといえば目の前の少女の名を叫んだことから
この少女の関係者だということは理解できる。
だがわからないのはどうしてこの場に割り込んできたのかということ。
おそらくこの声の主はこの少女よりも弱いことは予測できる、
もし飛び出すようなことがあっても一撃の下に叩き伏せられるだろう。
だからこそ、その行為の意味がわからない。
自らの保身を考えずに少女の身を案ずる言葉―――


王は、人の気持ちが分からない


湧き上がる感情は憤怒。
すでに遠い過去となってしまったあの日の騎士の言葉が胸に突き刺さった。
強烈な負の感情が胸を締め付けるとその気迫は剣先にも伝わる。
僅かに剣にいつも以上に余分な力が篭っていた。
それは勝敗にはなんの関係ももたらさないわずかな変化
変化といえば目の前の少女にも訪れていた。
少年の声を聞いた途端、先程までの狼狽が溶けていくように消え去る。
ギンっと開かれた眼は突如、剣士のそれに戻り、身体に篭っていた余分な力がスゥっと抜け落ちていく。
それは勝敗とはなんの関係ももたらさないわずかな変化

だが拮抗した剣士の戦いにおいて
そのわずかな変化は大局を動かす一石にも成りうることもある。

振り回されるのは即死の烈風。
その一撃は受け止めることはおろか、躱すことも敵わぬ剣閃による暴力。
その剣戟を受けきろうとすればその防護ごと剣が叩き切る、
よしんばその剣戟を躱すことが出来たとしても、剣の巻き起こす剣圧までは止めきれない
つまりは人があくまで人として戦うしかないならばこの剣戟には太刀打ちできない。
絶対不敗の剣筋、これはそういうものである。
だが驚くことに少女はその剣を自らの太刀で受け止めた
いや、受け止めたのではない。 正確には受け流したのだ。
その不敗の刃を攻略せしは剛の剣ではなく、柔の剣。
刈り取るが如くで迫る剣筋を太刀で受け流していく。
そこには無駄な力は何一つ存在しない、完全に計算されつくした完璧な受け流し。
それはこのシャナという少女が数々の戦いを経験し、様々な経験をして築き上げた自信と技量
そして大切なナニカを背負い、それを絶対に護るという強い想い。
その全てを以て振り下ろされる絶対死を回避したという証明。
少女の身体には傷ついた様子がない。
わずかな変化がこの一瞬の攻防の命運を決した。


飛び散る巨木、舞い飛ぶ木屑、崩壊する地表。
風をも薙ぎ払い振るわれた魔剣と轟々と炎を孕み燃えさかる妖刀
剣と太刀の一瞬の攻防による炸裂が森の木々達を吹き飛ばし、場の大気すらも弾き飛ばす。

静寂に包まれる世界。

刹那の世界には風も生命も、そして時間すら存在しない。
その一息にも、瞬きにも満たない瞬間。
だが永遠にも等しいと感じた印象深いその刻の中で
巻き上がるさまざまな塵を潜り抜け、赤髪の少女と視線を絡ませる。
燃えるよう真紅の瞳。 炎を模ったように流れる長い髪。
一瞬の交差。 命を取り合う者同士の邂逅。
ただ、この瞬間―――なにかが通じ合い、そして別たれた。


『驕ったのがお前の敗因、セイバー。
 力に頼った剣士はもはや剣士ではないと知るがいい!』


裂帛とともに地面に太刀を突き立てる少女。 太刀の先端をズブリと突き入れる。
硬い地表にめり込むように刃が突き撃たれ、食い込むとその刀身に有らんばかりの力を込め―――やがて爆ぜた
それは少女の異能か。
爆ぜた土塊は炎を纏い、無数に飛び散る光速の魔弾となり迫ってくる。
それはたとえるなら流星。 帯を残しながら迫る数え切れない数の土の魔弾、
一般の人ならば殺せるであろう威力を内包し殺傷の魔弾が襲い掛かる。
それらすべてを打ち落とすのは一流の剣士であっても不可能だろう
ならば致命傷を避け、有効打、危険打だけを的確に打ち落としていくのみ。
一見不可能かと思われる策。 これがこの騎士で無いならば無謀な策と云わざるを得ないだろう。
だが最優の騎士であるセイバーには未来予知めいた直感が備わっていた。
それらが常に、未来を予測し、予知し、最適な行動と未来を提示する。
ゆえに不可能ではない、いや不可能なことなどないのだ。
 

830 名前:オルタナティブセイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/17(月) 21:29:17

>>825-827 >>828>>829
 
被弾を恐れぬ前進。 これが黒い騎士でなくば蛮勇と云っても間違いではない
だがこの行動は裏打ちされた自身と実力があればこそ行える戦法。

迫る土飛礫。 殺傷能力を得たそれは空を切り轟音を響かせその身体に打ち付ける

                                   ―――最適な未来を予知し

だが、その身体を貫くことは無ければ重傷を負うようなこともない、
自身の装甲の強度を理解しているからこそ行える最優の戦略。

                                   ―――最適な行動を予測し

被弾の殺傷力を持った魔弾を剣を振り払い迎撃していく。
返す刃にすら隙はない、ただ一時の隙間の無い完璧な防御
それを可能とした黒き騎士が少女を追い詰めていく。

                                   ―――最適な勝利を決定する。

―――已然、騎士王の勝利は揺るがない。

踏み出した足は大地を穿つ。
その踏み込みに十全の力を篭め、大きく剣を振り上げる。
もはや飛礫になど構う必要はない、一撃を元にその身体を二つに両断する…ッ!
巻き上げる土砂ごと、今度は受け流すことも許さぬように切り裂く剣戟
黒い波動を孕んだ斬撃は飛礫ごと、壁になっている土砂ごと
まるで海を切り裂くような一太刀。
だが、手応えが浅い。 いや、手応えがない。
危険信号レッドアラームが響き渡る
自身の直感が、未来予知めいたその脳髄が危機を呼びかけている。
だが敗北は在りえない。 なぜならどんな性能が隠されていようが私が圧倒する。
敵は確かに破格だが、精神的な脆さ持っている。

それが有る限り、敗北など―――

『――あらためて、見せてあげる。
 『炎髪灼眼の討ち手』の、剣を!』

頭上を仰ぐ。
天高く跳躍している少女を見仰いだ瞬間、
目の前の敵に対して身体は自動的に迎撃するべく稼動を開始する。
それは恐るべき身体能力で、
それは神業めいた反応速度で、
上空から降下し迫る少女にを標準する
はっきりと言えば、シャナが行った起死回生の一撃は愚策と云わざるをえない。
空に飛ぶということは、それ以上の変化行動を起こせないということ
つまりこの場で言えば回避を犠牲にするということだ。
それを愚考と言わずなんと言おうか。
あれほど剣戟の差を見せ付けられてもこの蛮行。
見下げ果てたというしかない。
先程の直感は気のせいだった。 そう納得しその剛剣を迎撃のために上段に振り上げた、刹那―――

少女の背に炎の翼。
生えてきた、いや炎が背中から伸びてきて翼の形を模ったのだ。
それこそが彼女が狙っていた策、こちらが振り下ろすよりも早く翼をはためかせ迫る刺突

『はあああっ!!』

「――――ッッ!」

放たれる裂帛に対抗するは声なき気迫。
大きく息を吸い込むと目の前の敵に対して身体は強引に合わせるように迎撃に入る
だが人の身体の不完全さをそこにある。
意識が認識の内にあったとしても身体がその認識に対応できない

放たれた矢の速度で迫る紅蓮の流星。
身体の機能を破壊することも厭わぬ迎撃を以て流星を打ち落とそうとする黒き恒星
が、間に合わない。 予測がそういっている、未来がそう告げている。
今まで自分を味方して、自分を支えてきた直感が自身の勝利をへし折った瞬間
シャナの太刀の切先が額を捉え――――


勝利の天秤が僅かに揺らいだ。

流星の一撃によって吹き飛ばされる身体。
後ろに配置されていた木々をなぎ倒してなおもその身体は地面を削り、吹っ飛ばされていく。
それが物語るのはシャナという少女の刺突の強力さ、その強さである。
やがて粗方の直線の木々と大地を穿つと黒い騎士へ身体は最後の巨木にぶつかって停止する。
 

831 名前:オルタナティブセイバー ◆QQ9I3rvNhM :2007/12/17(月) 21:31:26
 
>>825-827  >>828-830


 
  
 
 
 

 
 
 
再びの静寂。

 
 
  
 

だが、騎士はゆらりと幽鬼の如く立ち上がる。

「フェイスガードがなければ即死、だったか。」

そういうとフェイスガードにヒビが入る、それは瞬く間に亀裂を広げ。
そして宙に四散するように崩壊する。額から流れる一筋の血。
ここに来て少女の異能が、騎士の性能に拮抗した。

「フフフ、ハハ…ハハハハハハハハハハハハハハハ――――ッッ!!」

なぜか愉快な気分になる。
ああ、どこかの本で見たような気がする言葉を思い出した。
『最っ高にハイってやつだ。』
似合わない言葉だとは思ったがなるほどその気持ちは理解できる。
これほどまでに打ち合える相手がいたという事実に笑いが零れ落ちるのだ。
そして自分の直感を信じ切れなかった自分の甘さ、それを嘲笑しながら

「こちらこそ失礼した、フレイムへイズ。
 女子供だと思い無意識のうちに手加減をしていたようです。
 貴女に対し失礼をした。 そうだな、剣力だけで貴女を討ち取ろうなどと考えたの愚考でした。
 今度は十全の技量で貴女を殺す―――」

圧倒的なまでの力と速度がを有しているのならば、そこに技の介入する余地などない。
ヒトの技巧とは、人間がその身体の限界を補うために編み出したものに過ぎない。
故にライオンは百獣の王として頂点で有り続ける。
だがシャナという少女はその限界差を
脈々と伝承される炎髪灼眼としての技巧と討ち手としての矜持で拮抗した。
なぜか背筋が粟立つ。


「――――好意に値する。」


ヒトが殺戮技巧を用いて百獣の王を凌駕するなら


小さくそう一言。
大地を踏みしめ蹴りあげた瞬間に後ろの巨木が倒壊しなぎ倒される。
この状況に来て更なる加速。
大気を引き裂き肉薄する黒い流れ星。
吹き抜ける剣風とともに少女に振り下ろされる剣の数は数十。
圧倒的な身体性能と超越的な殺人技巧で振り下ろされる剣戟は
同時に剣筋が三、四と叩きつけられてると錯覚するほどだ
それはヒトの視覚情報が、速すぎる剣戟を誤認しているということ


百獣の獣はヒトの技巧を学習しそれを遥かに超越する。


絶え間ない、豪雨じみた剣舞。
残り燃料エネルギーの残量など気にも留めない。
ただこの少女を葬りさることのみにその存在を見出したが如く。
一撃一撃が破壊の威力を有して尚、驚異的な速度とヒトを殺す技を以て襲い掛かる。


故に百獣の王はあらゆる獣の頂点に君臨し続けるのだ

躱せば死、受けるなら死、受け流すにしても一瞬の油断が死を呼ぶ。
死亡判定デッドフラグのパレード

832 名前:日本人青年:2007/12/20(木) 11:40:03
>823-824

彼女が奇襲を仕掛けるのに僅かに遅れて、僕も走り出していた。
辛くも逃れる。二重三重にと気を逸らして見せたはずだが、それだけでは足りな
かったらしい。
一太刀は浴びせたものの、右腕も健在なままだ。但し、その一太刀がの動き
を狂わせたのか体勢は大きく崩れている。

まだだ。チェックにはまだ遠い。


攻撃の虚を突かれ、が床に身を投げ出すように倒れ込む。彼女は既に次の手に移
っていた。
交錯した刹那に触手を男の右の足首に伸ばし、絡め取りに。そうしながらも自身は
が右手に握ったの外へと回り込むように、巧みに射線を外しながら再び男の背
を狙う。
捉えた足首の使い方次第で、腕力では劣る彼女でもの体勢をある程度制する事が
出来るだろう。指一本で押さえただけでヒトが立ち上がれなくなるように。彼女
はそれを可能にするだけの人体の知識があった。

その状況下で想定されるの手段はおよそ二つ。
足の戒めを右手のを使って解いた上で状況に対処するか、床を転がって体勢を強
引に変える事で逃れるか。
落としたを拾うという行為は、と床に転がるの間に僕が割り込む事で押さえ
ておく。駆け寄る僕を制すると言う選択肢は、消す方法があった。

「――危ない!」

叫んだのは半ば本心でもある。この状況が危ないのは紛れもない事実だから、それ
に相応しい切迫した声色も、焦りの表情も浮かべられる。
これで、はまた迷うだろう。今危ないのはどう考えてもの方だからだ。助ける
為に僕は割って入ろうとしている――そう見えるように、動いてもいた。
ただ逡巡していれば彼女が背中に取り付く。次の瞬間には次々に伸ばした触手で
の全身を絡め取り、身動きどころか声すら出せないようにしてしまうだろう。仮に
僕を撃ってもそれは変わらない。
ならばどうするか、と言う判断を後押しする一声を、僕は放った。
放った上で、振り被った鉄パイプを何処に振り下ろすべきか見定めていた。

転がって逃れるならへ、彼女を狙うなら右腕へ。どちらにせよ簡単に当たる。

833 名前:名無し客:2007/12/20(木) 11:41:00
/

一匹目より遥かに大きな腐肉の塊が男を襲う、数瞬の交錯。
それまでは超然とした態度を崩さなかった青年の様子が、一変した。
危機を案じて駆け付け、身を省みず割って入ろうとする。
まるで、愛する人を守るかのように。

だが、それはどちらを守る為の行為なのだろうか。
床の上でもつれ合う男と肉塊のどちらへと鉄パイプを振り下ろそうと言うのかは、
今はまだ判然としなかった。


【現在位置:B地区 歓楽街】


834 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/20(木) 15:08:54
 >>832-833
 ―――畜生。
 痛ぇぜ、こりゃ……致命傷じゃないが、それ程浅い傷でもねぇな…。
 腿がスッパリ斬られてやがる…ま、太い血管や筋の切断に至ってない分マシっちゃマシ。
 …なんだが、それも不幸中の幸いレベルで当然も流れてるし、状況は好転しちゃいない。
 寧ろ悪化だ…左足に怪我がプラスされてんだからな。
 その上、右足首に触手を絡められ、肉塊本体は俺の銃から逃れながら蠢いてやがる…。
 唯一、俺にとって良い点は左手から落としちまった銃が多少動けば手の届く位置にあるって事ぐらいだ。
 
 こりゃ久々にヤバイレベルだ…。
 いい加減、攻勢に出れなけりゃ俺は確実に―――

 いや、そこから先を想像しちまったら駄目だぜ…俺。

 この程度のバケモンに屈しちまえば、毎日プリエのヤローに墓蹴られた上文句言われちまうだろ?

 しかも、俺の贖罪はまだまだ…それこそ、天寿を全うしたとしても余裕で残るぐらい溜まってる。
 こんなトコで殺される訳にゃ…



 「いかねぇんだよォ…ッ!」



 弱気になっちまってる俺自身を奮い立たたせるように叫んで、右足に絡む触手に向かって手を翳し一章節の小さな詠唱。


 ―――邪魔な触手は燃やしファイアー排除!
 
                             ―――燃えないってこたぁないだろうが、氷の刃クールぶった斬る!




 …それでも駄目なら―――


                                    強引にでも振り解いてやんよッ!


 数秒の詠唱が終わる。
 俺の手から飛び出す、向かう先は当然足に絡む触手。

 その後で、炎が当たった触手には目もくれず床を這いずり落ちてる銃に左手を伸ばそうと―――

835 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/20(木) 15:10:41
 >>832-833

 『――危ない!


 した所へ、声を少し震わせ焦りながら銃と俺の間に割ってくる青年。


 ああ、こりゃっぽい…この青年は確実に素人じゃねぇ。
 振る舞いからおかしい点はあったが、これは確実な不審点。
 …完璧な素人は普通化物の近くに寄らねぇよ。
 だが、確信は俺の勘しかねぇ…しゃあない…カマでもかけて、隙を突いて足でも引っ張るか。



 ―――白だとしても、コイツは正直邪魔だ。



 這い蹲った体勢で、サングラスの隙間から上目遣いで兄ちゃんを軽く睨みつけ…。


 「なぁ、兄ちゃん…俺とそっちのバケモンのどっちが危ないんだい?」


 鉄パイプを振り被る青年に、さっきの声に沿った駆け引きの言葉を投げつける。




                                   ……自然と、不適な笑みを作りながら。

836 名前:日本人青年:2007/12/20(木) 22:14:16
>834-835

『あぁああぁぁああああ!!』

何も持っていないはずの左手から、炎が走る――悲鳴が上がる。
理解不能な現象に止まってしまった思考が、再び動き始める。
あれが以外の手札。種は分からない(なにやら呟いた気もする。まるで呪文
のような)が、炎を使うという事実。
だけでなく、恐らくも奪わなければ危険らしいという事実だ。

「……ああ、済みません。邪魔でしたか。所で――」

文句でも言いたげな視線に皮肉の笑みを返す。忘れているようだから教えてやろう。

「あれの事、忘れていませんか?」

左手を伸ばした体勢を支える為にを突いて曲げられた、窮屈そうな形の右腕へと
三度が飛び掛かっていた。狙うのは言うまでも無くを握る手首だ。喰らい付き、
思う様掻き毟ろうとしている。
撃たれても死なないものが、蹴っただけで死ぬはずもない。そういう事だ。
言った直後に、左手の甲へ足を踏み下ろした。

「質問にも答えましょうか。危険なのは彼女の方に決まってますよ。
 実際、怪我をさせてしまった。
 それに第一……これから狩る化け物の心配をしても仕方がない」

語気に怒気が篭っているのが、自分でも良く分かる。だが、もう良いだろう。我慢
する必要はない。感情のままにを踏み躙る。
頭部と言わず背中と言わず鉄パイプを叩き付けたい衝動に駆られるが、それは押さ
えた。もう、彼女がそこに動き出しているのだ。
背中へと圧し掛かる彼女がまずを、そして四肢へ無数の触手を伸ばし、絡み付け
絞り上げようとする。
代わりに更に左手を踏む踵へ体重を乗せ、右の二の腕の辺りに振り下ろした。

もういい。殺してやる。


837 名前:名無し客:2007/12/20(木) 22:14:58
/

笑みの仮面が剥がれた時、青年は男をこそ化け物と呼んだ。
怒りを込めて手を踏み躙り、憎しみすら込めて凶器を振り下ろす。
一度では飽き足らず、自分が踏み付けた左腕にも右腕にも分け隔てなく、幾度も。
その表情の何処にも躊躇いは微塵も無く、執拗に。

彼女――そう呼んだ何かを傷付けた男へ牙を剥き出した青年の顔には、嬉々とした
表情すら浮かんでいた。


【現在位置:B地区 歓楽街】


838 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/23(日) 21:49:07
 >>836-837

 『……ああ、済みません。邪魔でしたか。所で――


 青年は皮肉の篭った笑みと、申し訳なさの欠片もない声で言う。


 『あれの事、忘れていませんか?


 アレ、ねぇ…やっぱコイツは―――


 「ああ…残念ながら、忘れちゃいねぇぜ?
 潰す工程は考えてたが…お前さんの所為で、間に合わなかったってだけの事さ…。」


 左手を踏み付けられたが、足の痛みの方がデカくて大して感じねぇや…。
 そんな事を思いながら、やれやれという意を表情で表し俺は答える。
 …ったく…俺も今回の仕事に関しちゃつくづく運がねぇ。
 左手は肉塊からの引っ掻き傷に、踏み付けられて打撲…。
 腿に斬り傷、背中にデカイ肉塊…大方触手で身体を絞めようとしてんだろう。
 更には、身動きも取れねぇ状況で右腕に迫る迫るもう一つの肉塊。


 『質問にも答えましょうか。危険なのは彼女の方に決まってますよ。
 実際、怪我をさせてしまった。
 それに第一……これから狩る化け物の心配をしても仕方がない』


 内心で苦笑しつつ、身体のダメージと状況を考えてると
外見人間の兄ちゃんが俺の質問に答えた。
 
 は…っ…俺が化け物…ね…寝言は寝て言えってんだ、糞が…。
 そもそも、彼女って…何か?
 コイツは…この肉塊にでも惚れてんのか

                                     ―――テメェは狂ってるじゃねぇか…。
 

 明らかな殺意を放つ兄ちゃんの足に左手は踏み躙られた後、
そのまま体重を掛けられ…右腕目掛けて振り下ろされる鉄パイプ。
 肉塊は肉塊で案の定喉から身体まで触手を伸ばし俺をギッチリ絞ろうとしてやがる…。
 一回り小さい肉塊は、もう俺の右手に喰い付いた。

839 名前:クロワ・ラウル ◆Ip.qI78gTs :2007/12/23(日) 21:50:06
 >>836-837

 鈍痛、圧迫、激痛―――鈍痛鈍痛鈍痛鈍痛鈍痛鈍痛!


 コイツは……容赦ねぇ…正に滅多打ち…って感じだわ…な。
 喜悦で、表情も…歪んで、やがる……。
 首も締め上げられて痛ぇとすら言えねぇ…し…。
 …だが…ねぇ…こんな程度で諦めちゃ、悪魔祓いの名折れだぜ……。
 今、俺の打てる手…それは―――


 俺は右腕に噛り付いてる肉で鉄パイプを防御する。
 肉の噛む力が弱まった…いける。
 すかさず右腕の銃の照準を、左手を踏みつけている
目の前の兄ちゃんの足へ固定ロック、引鉄を…引く。

 乾いた銃声が響く…例え悲鳴が聞こえようと構ってられねぇ。
 兄ちゃんの足は弾丸が貫通、弾頭に刻まれた刻印の効果で一部が凍る筈…
バランスを崩して倒れるだろうし直ぐには立てねぇだろう…。
 兄ちゃんは放置し、そのままの勢いで俺は無理やり床を転がる。
 背中の肉塊を壁に叩き付けて、絡みつく触手の戒めを解く為に…。

840 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2008/02/12(火) 21:02:51

ギルガメッシュvs弓塚さつき ―曙(しょ)を捨てよ、町を出よう―

導入


 からだが重くって、フェンスに肩を預けてしまった。
 そういうことは、するべきじゃなかったのに。
 緑の金網がわたしの赤と溶け合って毒々しいモザイクを作る。
 こういうのは見ちゃ駄目だ。
 べったりとなすり付けられた血糊から目を逸らす。
 わたしは前に倒れるように危うげに歩みを再開した。だって、こうし
ないともう一歩も進めそうにないから。
 ローファーがアスファルトに残す足跡は、わたしの血でスタンプみた
いになっていた。わたしという朱肉からしたたる赤色だ。

 右ひざががくりと崩れる。慌てて右手をフェンスに絡みつけて、姿勢
を正した。そのせいで、自由になった左腕がブランコみたいに揺れる。
 皮一枚つながっているだけの左腕が。
 すぐに後悔する。傷口をうっかり直視してしまった。
 骨まで切り込まれたわたしの左腕は、皮膚が引き留めるのを振り切っ
て今にも地面に落下しそう。フェンスから指を外して、右手で傷口に傷
口を押しつけた。
 こうすれば、いつかはつながってくれると信じてる。このまま左手が
動かなくなってしまうなんて、あまりに酷すぎるから。

 ……そう、こんなのって無いよ。
 すごく残酷だよ。
 酷すぎるよ。

「―――……どうして、わたしばかり」


 普段と変わらない夜になるはずだった。
 お月様は相変わらず高い場所にいて、お星様には手も届きそうになく
て、わたしの街はいつものように湿り気を帯びていた。

 食餌にはだいぶ馴れてきたから、ちょっと変わったメニューを選んで
みたのが間違いだったのかもしれない。

 見たことがないぐらいにカッコ良い男の子だった。
 金髪で、背が高くて、女のわたしよりも肌がきれいだった。
 雑誌モデルさんや俳優さんだと言われても、信じちゃったと思う。
 遠くからでも、この国の人じゃないのは分かった。表の通りでは外国
の人ってよく見かけるけど、こっちに入ってくる人は珍しい。

 迷っちゃったのかな。ちょっとドジっぽいところもあるんだ。
 でも、カッコいい男の子ってそういうお茶目なところがあったほうが
好きになれるよね。―――なんて、他人事みたいに考えながら、いつも
のように話しかけた。少しだけ脅かすつもりで、背中から。

841 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2008/02/12(火) 21:03:36

>>840


「こんばんは、いい夜ね」

 振り返った彼の目が、宝石みたいに赤く輝いて。
 その光がどんどんと強くなっていって、彼の瞳にわたしはどんどんと
惹きこまれていって―――

 気付いたら、閃光がわたしの右腕に噛みついていた。

 それからはよく覚えてないんだ。
 いつの間にか、わたしは見なれた路地で必死に足を引きずっていた。
 いつの間にか、わたしは自分の赤色でずぶ濡れになっていた。
 喉は震えてばっかりで言葉を作ってくれない。
 分かることは、逃げなくちゃってことだけ。一歩でも遠くに。一メー
トルでも外に。
 この街を捨てたっていい。とにかく、逃げなくちゃ。

 背中から、あの男の子が近づいて来るのが分かる。
 分かるけど、振り向かない。
 振り向けない。
 絶対に振り向きたくない。

「追って来ないで!」―――あえぐように言葉がこぼれたけど、
「もう帰ってよ!」―――喉を痛めるだけで、カタチにならない。
「ごめんなさいって言ったのに!」―――叫びは夜に弾けて消える。

 今日ほどこの街をよそよそしいと思ったことはない。
 助けてって何十回も呟いてるのに、街はそっぽを向いて目も合わせよ
うとしない。静まりかえって、みんなでわたしを無視しようとする。
 誰も助けてくれない。
 わたしはひとりで逃げなくちゃいけないんだ。

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
 ぜんぜん分からない。頭がぐちゃぐちゃになっちゃいそう。初めから
なにひとつ、わたしは納得できていない。
 なんでわたしは、こんな暗くてじめじめしたところに隠れていて、学
校にも行かないでふらふらして、星を見上げては泣いているんだろう。
 その挙げ句に、名前も知らない外国の人に追い立てられている。今に
も、殺されようとしている。―――意味が、分からないよ。

 どうしてわたしばかり、こんな酷い目に合わなくちゃいけないんだろ
う。悪いことなんてなんにもしてないのに、どうして……。
 分からない。分からないよ。

 あの男の子が近づいてくる。
 同じゲームでも、今夜はいつもとルールが違う。
 鬼はあの男の子だ。
 わたしは逃げるしかない。
 もう二度と、鬼にはつかまりたくないから。

842 名前:『英雄王』ギルガメッシュ ★:2008/02/12(火) 21:49:04
>>840-841
 
 気味の悪い色使いのネオン
 下劣を絵に描いたような雑種人間
 薄汚れた空気。吐き出される呼気からは異臭。
 
 臓腑の腐ったような匂いのする街。
 怠惰で遊惰な歓楽街。
 
 人間の生はなく、家畜の生。
 人間の性ではなく、家畜の性。
 享楽に溺れる醜悪な現世
 
 夢の中での出来事は、人を堕落させた。
 統治すべき王の不在――この損失は描くも素晴らしく悪性を振り撒いた。
 
 醜くも過った世界の快楽は、一時の退屈凌ぎにはなるのだが。
 生憎今夜は、興が乗らない。
 
 夢を見るには退屈な夜だ。
 空に掛る紅い月が鬱陶しくも耀いているのだから。
 
 
 
                      ※  ※  ※  ※  ※  
 


 
 
「追って来ないで!」
 
 哀願したところで、その絶望は消えるコトはない。
 
 
 

 
 
                      ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 
 人の生きる上で、隠しようのない闇が生まれる。
 此処は、それを端的に表したかのようだ。
 意識的に生まれた空白地帯ではなく、無意識的に生まれた空白。
 集うのは哀れな亡者か――闇に惹かれた化生か――餌とされるべき家畜。
 
 街に生まれた空白は多い――それと気付けないだけで数多く、存在する。
 進んで足を踏み入れるコトはないのだが、都合の良い場合がる。
 そう――雑種が一人消えたところで、気付かれない程度には。
 
 
 
 
 
                      ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 
 
「もう帰ってよ!」
 
 絶対なる王に、勅を与える――判決、
 
 
 
 
 
                      ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 
 ただただ深い闇。
 我の生きる時代では、それが有り触れたものであり、人はただ恐れていた。
 その闇に潜む何かを。
 何が潜むのか――そんな判りきった質問をするものは居なかったが。
 
 儚く堕ちた幻想は、現代においても存在はしている。
 存在はしているが――少しばかり、頭の出来が良くなかったらしい。
 
 
 
 
                      ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 
 
 
「ごめんなさいって言ったのに!」
 
 
 
                            死刑
 
 

 
                      ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 
「どうした―――――吸血種。これは狩りだ、貴様が醜悪に生を希わねば興が削がれるであろう。その腕を繋ぎ
合わせ牙を砥げ。今この時間では、我と貴様のような下賎の化生とて同列だ。その牙を剥き我に傷を負わす事
も、万が一にも在り得ぬだろうが我を殺す事すら許可してやろう。牙なき獣を狩ったところで我としても愉しめぬ。
精々我を楽しませるために逃げ延び、啼くがよい―――――!」
 
 一振りの剣に命を下す。
 無様に垂れ下がった左手を落とし、あの顔を絶望に歪ませろと。

843 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2008/02/12(火) 22:39:43


ギルガメッシュvs弓塚さつき ―曙(しょ)を捨てよ、町を出よう―

>>842

 痛みより、驚きのほうが先に来た。
 あの男の子は、わたしのずっと後ろにいた。まだまだ追いつける距離
じゃなかった。―――なのに、わたしの左手は。
 ぽーんとお空へ飛んでいってしまった。

「うあ……」

 ……せっかく、つながりかけていたのに。
 落ちてきたところでキャッチしようと右手を掲げるけど、うまくバラ
ンスが取れなくて、頭から転んでしまう。
 片手が無くなっちゃっただけで、わたしのからだは嘘みたいに言うこ
とを聞かなくなってしまった。

 すぐに立ち上がって、あたりを探す。
 ……ない。どこにもない。道路の上にも、ゴミ置き場にも、ラーメン
屋さんの裏口にも―――ない。視界の届く範囲には、ない。
 わたしの左手。どこに行っちゃったんだろう。こんなに必死で探して
いるのに見つからないなんて。
 でも、これ以上立ち止まって探せない。こうしている間にも、あの男
の子は近づいてくる。今度は右手を奪おうとしてくる。

「……いいよ。もう、あんな左手はいらないよ」

 どうせ、あんまり好きじゃなかったんだ。
 指は短いし、爪のかたちは変だし、肌も乾燥するとすぐにかさかさに
なっちゃうんだもん。―――無くしちゃっても、悔しくない。
 もっときれいな左手を見つければ良いだけだ。
 それより今は、走らないと。

 どうしてあの男の子が追いかけてくるのか分からない。
 なにかしゃべっているけど、理解できない。
 なんでなの、どうしてなの―――そればっかりが、頭の中でぐるぐる
と回っている。
 確かなのは、あの男の子は、わたしを殺そうとしていること。
 ……信じられないよ、そういうの。


 シャッターが閉まりっぱなしのお総菜屋さんを走り抜けて、角で曲が
る。―――と、ばったりと人影にはち合った。
 昔から住みついているホームレスさんだ。
 汚れたかっこうのせいで見かけより老けて見えるけど、ほんとはずっ
と若いことをわたしは知っていた。
 垢じみていて、疲れていて、見た目も中身もすごく不潔そうだから、
食餌にしようと思ったことはない。―――でも、いまは別だよ。

 喉笛にかぶりつく。ひゅ、と息が漏れるのが聞こえた。
 ……うわ。
 つい顔をしかめちゃう。ちょっと舐めただけでも、吐き気がこみ上げ
てくる。こんなまずい食餌を、わたしは知らない。とても飲めない。
 だからさっさと唇を離して、道路に転がした。

 最近になって分かってきたんだ。食餌と人形を作るのは、似ているけ
どぜんぜん違うって。
 人形―――たくさん練習したから、作ろうと思えば一分もかからず作
れちゃう。その分、出来は悪いんだけどね。

 ちょうど、あの男の子がこの道を通るときに、目覚めるはずだ。

844 名前:『英雄王』ギルガメッシュ ★:2008/02/12(火) 23:14:34
>>843
 
 音もなく吸い込まれた剣は、左手を余す事なく蹂躙し、その存在の証さえも奪い去った。
 奪い去ったが――それだけだった。
 主命を成し遂げる事なく、アスファルトに墓標を刻んでいる。
 痛みを、苦しみを、絶望を、偲び、泣くものはいない。
 
 紅く染まりつつある路地裏を靴底で舐め取り歩く。
 ゆっくりと、焦らずに。
 
 血に餓えるだけの下劣な思考を読み取るなど、造作もない。
 それに、印は幾らでも刻まれて行く。
 消えない傷跡から流れ出る、汚らわしい血液が道を濡らす限り。
 
 
 
                      ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 
 
 印の痕を辿る。悠然と。その顔に刻まれるべき
表情に思考を廻らせながら。成り立ての出来損
ないでしかないのだろうが、我に牙を剥いた度胸
だけは褒めてやらねばなるまい―――少なから
ず、そう思う。ただし、その浅慮はどれだけの告解
すら役に立たぬほどの、罪。罰を与えられ、もが
き苦しんだところで、償えるはずもなく、魂に刻ま
れる恐怖すら、生易しい。
 罰を与える、罰を、罰を、罰を、罰を、罰を、罰を
罰を、罰を、罰を。刻む、刻む、刻む、刻む、刻む
刻む、刻む、刻む、刻む、刻む、刻む、刻む、刻め。          . グシャリと、音が響く。エナメルの靴に
 死ぬ事すら苦痛、生きる事すら苦痛、死ぬ事す            腐臭漂う何かが付着した。確認するのも
ら後悔し、生きていた事に後悔し、懺悔の果てに            .億劫なので漫然と歩みを進める。
未だ足りず、後悔の果てに絶望し、絶望の先に生            ..グシャリと、また何かを潰した。硬質な           
をも恨み、死の淵にて生を想い、腐臭に塗れ息絶            何かを踏み砕いた感触だが、今はどう
えよ。                                       .いい。まずは――狩りだ。
 
 
 
 
                      ※  ※  ※  ※  ※
 
 
「そう急くコトもあるまいて――」
 
 ただの金塊が空を滑る。
 有り余る質量も吸血種にとっては足枷にもなるまい。
 
 しかしその単純な衝撃は、足の骨を砕くだろう。
 再生までは数秒とも掛るまい。
 しかし――痛みはある。再生までは足も、止まる。
 
「跪け」

845 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2008/02/12(火) 23:54:27

ギルガメッシュvs弓塚さつき ―曙(しょ)を捨てよ、町を出よう―

>>844


 やっと着いた!

 ―――そんな安心と同時に、視界が崩れた。

 向こうずねから激痛が走ってきて、わたしは今夜だけでも何度目か
の転倒を強いられる。制服は泥だらけで、からだはすり傷だらけ。
 ……おかしいよね。無くなっちゃった左手の傷や、ぐずぐずに砕け
ちゃった右足のすねより、転んだときのすり傷が痛むなんて。
 冗談みたいな重傷は見ないふりもできるけど、なじみのある痛みは
無視できない。
 だからわたしは、残った右手の爪が割れたのが哀しかった。夜の冷
気が割れ目に染みる。
 でも、もう大丈夫なはず。ここまで逃げてこられたんだから。

 たどり着いたのは、わたしの家。
 廃ビルの一階に、逃げるように住みついたわたしの家。
 秘密基地で隠れ家で借宿な―――にせものの家。

「起きて! みんな起きて!」

 このからだに馴れて、食餌にも馴れたわたしが次に見つけた暇つぶ
しは人形づくり。……できるだけ壊さないで、きれいに出来上がった
のは家に取っておいたんだ。
 整理して並べていたわけじゃないから、何体ぐらい集めたかは分か
らないけど、サッカーチームぐらいは作れるはず。
 みんな呼んだ。みんな起こした。

 廃ビルの入り口から、割れた窓から、崩れた壁の隙間から、わたし
の人形がのそのそと姿を見せる。
 腐りかけも何体かいて、足とか手が欠けているのも少なくない。
 手入れをさぼっていたことが、すぐにばれちゃいそう。
 でもみんないい子だから、足止めぐらいはしてくれるよね?

 その間にも、わたしは倒れたまま、片足と両手を必死に動かして、
這いずるようにビルの中へと入っていく。
 せっかく帰ってきた家だけど、もう駄目。この家には二度と帰れな
い。今すぐに出て行かないと、すぐに追いつかれちゃう。
 だから裏口を目指して進んだ。

 酷い痛みは無視できるなんて言ったけど―――あんなのは、嘘。
 無いはずの左手が、まるでガスに炙られたみたいに痛む。
 右足は鈍い悲鳴を一秒間に何千回と繰り返す。

 からだを抱いて、泣き叫びたい。
 なんでもいいから八つ当たりしちゃって、痛みを誤魔化したい。
 わたしがいま酷い目に合っていて、からだはもうぼろぼろで、今
すぐにでも死んじゃいそうだっていうことを、わたし以外のすべて
に知って欲しい。知ってくれるまで、叫び続けたい。

 ……でも、できないよ。
 あの男の子が追ってくるから。
 追いつかれたら、わたしはほんとに死んじゃうから。

「ここで止めて。ぜったいに止めて。わたしに近づけないで!」

 うなづいてくれる人形はいなかった。
 いいよ、別に。
 期待はしてないから。

846 名前:『英雄王』ギルガメッシュ ★:2008/02/13(水) 18:01:16
>>845
 
 廃屋とは一種の結界のようなものだ。
 そこに確かな存在を打ち立てているにも拘らず、人を寄せ付けようとはしない。
 極稀に惹かれるものも居るが、大抵はその惨状を目の当たりにし、来るべきではなかったと呟くのだろう。
好奇心は猫をも殺す――切り開かれた幻想は、儚く消えてしまうのだから。
 
 救いのない現実から眼を背け、イメージ幻想で紡がれる楽園にたどり着いたところで、そこで目の当たりにす
るのは何処までも救いのない現実だけなのだから。
 
 アレはどんな現実を思い知ったのか。
 
 左腕を欠き、その傷口からはとめどなく血を流し続け、渇きを知らぬ大地に血を飲ませ続ける苦行に、ど
んな感情を抱いているのだろうか。
 足を折られ、直ぐに治る事を考慮したとしても、グシャグシャに潰れた自らの足を眺め、意思に反する下肢
に何を想い、嘆くのか。
 
 ましてや、何故自分がこんな状況に陥っているのか。
 そんな簡単な事にすら、納得が行く考えを巡らせる事も出来ていないだろう。
 
 滑稽なるは浅ましき生への渇望。
 既に死に、渇く事しか待ち受けていない亡者風情が、逃亡によって仮初の生を得る。
 
 生きている気分を久方ぶりに享受した気分はどうだ―――――小娘よ。
 
 
 
                         ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 
 吐き気のする臭気/勅を受けた精鋭は十と一/精気なき宿場/一つが千の英霊を殺す/伽藍の棲家/
主命を成し遂げる為の飛翔/埃で服が汚れる/切裂いた/赤い印は先に伸びる/突き通した/暗闇の中
ですら存在の主張――腐りきった血液/薙ぎ払った/鬼事は続く/粉砕した/鬼事は続く/刎ねた/かご
め、かごめ/磨り潰した/籠の中の酉は/絞め上げた/童に追われ/引き裂いた/行き場を失くし/噛み
砕いた/空を想い/撃ち抜いた/宿木を求め/抉り取った/終ぞ安息は見つからず/それにて終い
 
 
 
 
                             死に絶えた。
 
 
 
 
                         ※  ※  ※  ※  ※
 

「―――――どうした、其処が終点か、雑種」
 
 乾いた音が響くと同時に控えていた一振りの短刀が飛び掛る。
 揺れる髪の一房を、容赦なく斬り落とした。


847 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2008/02/13(水) 19:46:56

ギルガメッシュvs弓塚さつき ―曙(しょ)を捨てよ、町を出よう―

>>846

 裏口から一歩、足を踏みだす。
 このときにはもう右足も再生を始めていて、わたしは二本の足で立つ
ことができた。
 外の空気を吸ったら、気のせいかからだが軽くなった気がする。胸を
すくような安心感に、わたしは「くすり」と笑みをこぼしてしまう。
 目の前には道が開けていて、わたしは全力で走れる足を持っていて、
背中では人形たちが通せんぼをしてくれていて―――次の一歩で、わた
しはきっと星まで羽ばたけるに違いない。
 わたしは、助かったんだ。助かったんだよ……。

 ―――でも、自由の扉につながる一歩は、わたしの意思なんか無視し
て、背中を押された無理矢理な飛翔になってしまった。

 後ろでなにかあったな、と感じた。次の瞬間には、建物がふくらんで
いた。……わたしには、そう思えた。
 壁という壁が限界まで膨張した。はち切れそうなまでにふくれあがっ
た。―――そして、風船みたいにぱあんと弾けちゃったんだ。

 爆風に煽られて、背中から外へと押しだされる。わたしのからだがく
るくると宙で踊り、夜の街も視界の中でくるくると踊った。
 わけも分からないまま地面に叩きつけらる。
 飛び散ったがれきが、鉄砲のようにわたしの全身を打った。
 ガラスの破片が背中につき刺さる。破片があまりに細かいせいで、ま
るで起毛の綿みたいだ。
 起きあがろうとしたけど、激痛が邪魔をする。見ると、治ったばかり
の右足がコンクリート片につぶされていた。
 その頃には、安心感なんてどこかへ消えちゃっている。ぱらぱらと頭
に小さながれきが降りかかってきた。……なにが、なにがあったの。

 わたしの秘密のおうちが、消えちゃった。

 廃ビルの一階部分がきれいにえぐられて、正面と裏口にぽっかりとト
ンネルを通している。
 どうすれば、こんな風にものを壊すことができるんだろう。爆弾でも
使ったとしか思えないぐらいの、徹底した破壊。壊した余波だけで、わ
たしを動けなくさせちゃうぐらいの―――徹底した破壊。
 土煙の向こうで、人影が立つ。はじめて見かけたときから変わらない
姿勢で、わたしの視界に立つ。
 むすんだ髪がはらりとほどけて、わたしの顔にかかった。
 ―――なんなの、この人。

 ちょっとおかしいよ。
 こんなの卑怯だよ。
 あまりにも違いすぎるよ。
 追いつくとか、目指すとか、憧れるとか―――そんなお話にならない
ほど、遠すぎるよ。ばかばかしいぐらいに距離が離れている。
 ……うぅん。そうじゃない。そういう比較すらできないよ。比べるこ
とが間違っている。
 これは、まったくべつの生き物なんだ。接点すらない世界の住人さん
なんだ。夜空を見上げても、こんなお星さまはきっと見えない。

「―――どうして、」

 どうして、そんな世界のひとがここにいるの。

「わたしと関係ないのに! あなたなんて知らないのに!」

848 名前:『英雄王』ギルガメッシュ ★:2008/02/13(水) 20:26:31
>>847
 
 やはり、外は良い。
 この廃屋にあったものは埃と、塵と、腐った思念だけだった。
 
 そこに快楽の色はない。享楽の色もない。
 ありとあらゆる感情が負の方向へ向かい――其処に何も生まれはしなかった悲劇とも喜劇とも呼べぬ駄作。
 
 しかし――傑作と呼べなくもない。
 ここまで詰まらないシナリオをよくも書き上げたものだと感心せざるを得ないのだから。
 
 世の中には名作も、迷作も有り触れている。だが、駄作と呼ぶにふさわしいものは多くない。
 概ね、何処かしらに笑える要素が存在する。そのワンシーンの為だけに、退屈な時間を潰せるものだ。
 
 それも叶わぬ駄作――それすら叶わぬ駄作。
 神の悪戯か、悪魔の誘惑か――人の性か。
 
 なんにせよ、笑う事も出来なければ、涙を誘う事もない。心に訴えかけるだけの何かも存在はしない。
 薄倖の少女が傷だらけになり、絶望に到る過程――本人は多かれ少なかれそれを愉しんでいたのだろうが――
余りにも下らぬ、児戯にも等しいその在り方。
 
 歪であり、歪であったからこそ、愉しめるかと想ったのだが――斯様に下らぬ残滓ばかり。
 
 持たざる者は何処まで行き着いたところで、何も持てはしない。
 それだけの事だった。
 
 
                        ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 
「―――どうして、」
 
 理由を求めるのは弱き者の必定――何度と、幾度となく耳に入った定型文。
 それを右から左に受け流し、荒野を、森林を――この世の総てを走り抜けていった過去。
 
 かつて呟いた「どうして――」/そんな言葉は初めから存在していい筈がない。
.                 /王たる我の血を奪おうとした事が、罪。
...               /吸血種など我の世界に存在を許可していない。
,              /餌と称して我の玩具を弄ぼうなど笑止―――――/「わたしとは関係ないのに!」
.                                             /
                                            /理由がなければ、動けないのは弱者だけ。
..                                          /我は我が為すべき事を。
                                         /我が善かれと想う事を。
..                                       /続けて行くだけなのだから。
                                      /たいそれた理由など必要はない。
..                                    /
                                   /
..                                 /
                                /
                                「あなたなんて知らないのに!」
 
 
 
                         ※  ※  ※  ※  ※
 
 
「―――――だから、何だというのだ?」
 
 その辺りに落ちていた、何の儀礼も施されてはいない鉄パイプを手に取る。
 錆が浮き、泥に塗れたそれを、潰れ、拉げている右足に、突き刺した。
 
 突き刺した――面白いように刺さる。
 突き刺した――ぽっかりと空いた孔。
 突き刺した――肉も、骨も、人間のそれと変わらないのだと再認識。
 突き刺した――白い肉に、紅い赤いソースが掛る。
 突き刺した――ゴリゴリと白い骨を削る。
 
「ふむ――痛むのか。―――――どうでもいいがな」
 
 突き刺した――孔と孔を繋げるように。
 突き刺した――骨だったのか、肉だったのか、それすら判らないドロリとした何か。
 突き刺した――無表情に。
 突き刺した――アスファルトに突き立てた。

849 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2008/02/13(水) 21:25:40

ギルガメッシュvs弓塚さつき ―曙(しょ)を捨てよ、町を出よう―

>>847


「あ、あ……あ……」

 それはもう武器ですらなかった。人を傷つけるための道具にすら、な
っていなかった。
 道ばたに転がっていた汚らしい鉄棒が、わたしの向こうずねに食い込
んでくる。肌をぷつりとつき抜けて、肉の中にもぐり込んでくる。
 無機物の凶暴さで、わたしを内側から食い破る。

「ああああああああああああああ!」
 
 這って、逃げようとした。
 この人は、わたしの質問を理解しようとしてくれない。「なんでそん
な質問をするんだ」って言いたげに、あどけない表情が返ってきた。
 こんな汚れた街の裏側の、こんな暗いところに、あなたみたいな人が
いていいはずがないのに、それを疑問にすら思おうとしてくれない。
 怒りをぶつけることすらできないなんて。
 理不尽を訴えることすらできないなんて。
 ―――それじゃあ、わたしは逃げるしかないじゃない。

 でも、墓標のようにつき立った鉄棒は、わたしを地面に縫いとめて離
そうとしてくれない。爪はアスファルトをむなしく削ってばかりで、か
らだを前に押し進めようとはしなかった。

「なんで」とか「どうして」とか―――押しつけられた理不尽に、理由
を欲しがっている場合じゃない。答えはどこかにあるかもしれないけど
この人のまえでそれを探し回る余裕はないんだ。
 なにもかもを投げ捨てて、逃げることだけを考えなくちゃ。無駄なこ
となんて考えないで、助かることだけに集中しなくちゃ。
 じゃないと死んじゃう。
 信じられないけど、信じるしかない。
 この人は本気で弓塚さつきを殺そうとしている!

 ―――でも、逃げるってどこに。

「あ……」

 学校から逃げて。
 友だちから逃げて。
 あの人から逃げて。
 今までのわたしから逃げて。
 わたしが嫌いだったすべてから逃げて逃げて逃げ続けた先に、ようや
く落ち着くことができたのが、この路地裏じゃなかったの。
 わたしが逃げ込む場所が、この暗くて湿った場所じゃなかったの。
 ここからも逃げてしまったら、わたしはどこへ行けばいいんだろう。
 ……この人は、わたしの最後の居場所まで奪おうとしている。

850 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2008/02/13(水) 21:26:09


>>848>>849

 わたしは戦うべきなんだ。
 もう、逃げる場所なんてどこにもないんだから。
 ここが最後なんだから。
 わたしの居場所を、わたしが戦って守るべきなんだ。

「無理だよ、そんなの……!」

 だって、こんなめちゃくちゃな人と戦えるはずがないもん。
 戦っても死ぬだけだもん。
 わたしは死にたくない。絶対に死にたくない。
 死にたくないから、こんなからだになっても、ひとりぼっちになって
も、人を殺してでも―――生きてきたんだから。
 弓塚さつきはなんにも知らない馬鹿な女の子だけど、これだけははっ
きりと分かっている。
 
 死ぬのはイヤ!

「わあああああああああああああ!」

 鋭く伸ばした爪を振りあげて、バターナイフのように肉を裂く。
 自分でも驚いちゃうぐらいにきれいな一閃だった。
 たったのひと振りで骨まで切れちゃうなんて。

 ―――そうして、わたしは自分の右足にさよならをした。

 地面に縫いとめられた足を切り捨てて、逃避を再開する。
 もう立つこともできない。
 這って進むにも、出血が酷すぎてうまく動けない。
 髪の毛の先っぽやつま先―――からだの端っこのほうが、ちりちりと
灰になっていくのが分かる。
 弓塚さつきは死にかけている。……その現実があまりに残酷で、わた
しの頬に涙がつたった。

 でも、死なないよ。わたしはぜったいに死なないよ。
 逃げるんだ。いつもみたいに、今夜も逃げるんだ。

 ―――でも、逃げるってどこに。

「……そんなの、最初から」
 
 決まっているよ。

 この街から逃げるんだ。
 路地裏から出るんだ。

851 名前:『英雄王』ギルガメッシュ ★:2008/02/13(水) 21:59:56
>>849-850
 
 這ってまで逃げようとする意思。
 それは賞賛に値する――そう、その醜い足掻きこそ、「人間らしさ」だ。
 
 誰もが死の運命からは逃れられはしない。
 不老不死の妙薬を捜し求めたこともあった。それが如何ほどに下らぬ事であったかに気付いた時、悟ったのだ。
 
―――――まあ、そんな過去の話はどうでもいい。
 
 今はこの、ただ這って逃げる事しか考えられなくなったモノを、如何に絶望させるか、だ。
 
 街という空間には、兇器が多数在る。
 我が宝物庫から何かを取り出すまでもなく、様々な武器が。
 
 鉄パイプなどが良い例だろう。
 単純なものであればあるほど、武器として扱いやすい。
 
 ただそう見ないだけであって、拷問の道具は多数用意されているのだ。
 
 付け加えるならば――我が宝物を穢れた血に汚す事もあるまい。
 
 
 
                       ※  ※  ※  ※  ※
 
 
               ズルズルと這っている/惨め――無様――滑稽。
               ズルズルと這って行く/希望――渇望――欲求。
 
                   芋虫は夢を見る/空を飛ぶ事。
                   芋虫が夢を見る/光を運ぶ事。
 
 
                       揚羽の蛹/硝子ケースの中。
                       揚羽が蛹/標本ケースの中。
 
  
 
                       凍えた夜/星すらなくて。
                       凍える夜/自分を抱く?
 
 
 
                      「……そんなの、最初から」



                          決まっているよ。
 
 

                       ※  ※  ※  ※  ※
 

 鈍い音を響かせて、交通標識を手に取った。
 我もこう見えて英霊だ。この程度は造作もない。
 
 描かれた意味は―――――「進入禁止」。
 
 
 振り下ろした――爪を綺麗に揃えて。
 振り下ろした――指の長さが揃えて。
 振り下ろした――幹の為に枝葉を殺せ。
 
 振り下ろした――骨に引っ掛かる。
 振り下ろした――骨に引っ掛かる。
 振り下ろした――骨に引っ掛かる。
 
 振り下ろした――漸く死に掛った幹を生かす為に半分に。
 
 振り下ろした――それでも足りぬと半分に。
 振り下ろした――まだまだ足りぬと半分に。
 振り下ろした――これでも足りぬと半分に。
 
 振り下ろした――「ほら、これで左右がお揃いだ」

852 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2008/02/13(水) 22:54:35

ギルガメッシュvs弓塚さつき ―曙(しょ)を捨てよ、町を出よう―

>>851

 なにが残っていて、なにを無くしたのか。
 なにを見ていて、なにが見えないのか。
 ―――もう、判断するような力も残っていなくて。わたしはただ「死
にたくない」という衝動にしたがって、外を目指した。

 いつの間にか、痛みは消えている。からだの奥から広がったしびれが、
わたしから悲しいものと痛いものを取りのぞいてくれた。
 お陰で、逃避に集中できる。街の外を目指すわたしは、迷わない。

 ふと、不思議の国のアリスで、アリスが自分の涙におぼれてしまうお
話を思い出した。この状況は、あのお話と似ている。
 アリスが涙におぼれたように、わたしはいま、自分の血の池でおぼれ
ている。外を目指すわたしは、濡れたからだを渇かすコーカスレースだ。

 どれくらい進んだのかな。
 何時間も走ったような気がするし、何秒も這っていない気もする。
「街の外」をいままで意識したことが無かったわたしには、どこまで進
めばいいのかが分からない。きっと、進める限り進むしかないんだ。
 
 そうして、永遠に一瞬をくり返した果て。
 わたしはついに視た。
 確かに、視た。
 ビルとビルの谷間の向こう。地平線まで不変の景色を広げる、無限の
沙漠が。満天の星空を望む、渇ききった砂の大地。
 あれが、外。この路地裏の、外。

 なんて透明な景色なんだろう。なんて孤独な景色なんだろう。
 わたしは今から、あそこに行くんだ。
 この街を出て、あの沙漠を進むんだ。

 街を離れるのは怖かった。
 ここにはあの人がいてくれるけど、外にはなんにも無いから。
 あの沙漠に出てしまったら、わたしはわたしが最後まで大切にしてい
た宝物まで手放すことになってしまう。
 わたしがこの路地裏にずっと留まったいた理由は、それだけなんだ。
 あの人がいたから、残っていたんだ。
 ……あの人に、会いたい。
 会いたいよ。

 わたしの中に矛盾がある。二人の弓塚さつきが向き合っている。
 あの人が好きだから、街から離れたくない弓塚さつき。
 死にたくないから、街から出て行こうとしている弓塚さつき。
 どっちも大切にしたくても、どっちも捨てたくないせいで、わたしの
中で渇きがどんどん広がっていく。
 いまではもうわたしの中だけでは抑えておけなくて、からだの外へ外
へと流れ出てしまう。
 わたしの渇きが、あふれ出す。

 道路を爪で引っかくと、かたい部分がぼろりと崩れた。
 わたしの背中を叩いていた道路標識をそっと受け止めると、次の瞬間
には砂の粒子に変わって、空気に溶けた。
 無くしたはずの左手。つぶれちゃったはずの右足。―――どっちも、
いつの間にか元通りになっていた。
 街の外から吹き込んできた砂が、わたしの手となり足となって新しい
カタチを与えてくれたんだ。
 からからに渇いた砂は、無限の可能性を持っている。

 これなら、立てる。
 うん、立てるよ。
 走れるよ。

 わたしは、ついに外≠目指して走り始めた。

 街の外にあの人はいないけど、あそこにだって夜空はある。
 ここと同じように、星を見あげることはできる。
 だから、わたしは怖れないで走ることができた。

853 名前:『英雄王』ギルガメッシュ ★:2008/02/13(水) 23:29:02
>>852
 
 何事にも終わりは付き纏う。始まりがあれば無論、終わるのだ。
 それはまあ――合図だったのだろう。
 総てを渇いた砂に変えていく――それ以上の何も生み出しはしない、己の世界。
 
 そう―――――その先には何もない。
 なにもかもが雲散霧散、逃げるべき場所も、辿り着くべき場所も、帰る事が出来る場所すらも。
 
 同じようなものをかつて見た。
 
 何百何千と言う軍勢が、この世の果てを目指し走った荒野。
 ただ一人きり、何処にたどり着くことも叶わぬ庭園。
 
 どちらが恵まれていて、どちらが哀れむべきであり、どちらが喜ばしいのか。
 
 夢とは何か――その在り方が斯様にも逆。
 夢とは何か――この在り方は斯様にも逆。
 

 
 逃避とは―――――総てを枯らし逝く、病。
 
 
 
 
                        ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 
 
 
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂        消して渇かぬ        ..砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂          地獄の          ..砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂           ..釜            砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂                         砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂
 
 
 
 
 
                         ※  ※  ※  ※  ※
 
 無尽蔵に魔力を搾り出し続ける原初の地獄に命ずる。
 
                              「天地乖離すエヌマ―――――
 
 希望を―――
 
                                              ―――――開闢の星エリシュ
 
                                                        ―――――毟り取れ。

854 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2008/02/14(木) 19:15:44


ギルガメッシュvs弓塚さつき ―曙(しょ)を捨てよ、町を出よう―

>>852


 ……いやだな。
 せっかく決心したのに。
 つらい思いをしてまで、割り切ることができたのに。
 なけなしの勇気まで持って行かれちゃうなんて。

 わたしの沙漠が壊れていく……。

 ビルの谷間からのぞいていた街の外。荒れ果てた大地の景色が、まる
で紙くずをちぎるように引き裂かれていく。
 わたしの沙漠をゆがめる地割れが、星空にまで手を伸ばした。
 ―――なんて、無茶な光景。
 沙漠だけじゃない。星空だけじゃない。その亀裂は、わたしの世界そ
のものを壊していた。
 断層から広がる真っ暗な闇が、砂を夜空を呑み込んでいく。わたしが
視た街の外≠ェ、あっという間に崩れてゆく。解体されてゆく。
 夜空が落ちた。大地が砕けた。
 残ったのは、渇きすら抱けない虚無と―――

 なんにもない闇の中で、終わりを見届けるたったひとつのお星さま。

 世界を照らす――開闢の――お星さま。

 ……ああ、ほんとに酷いお話だよ。
 わたしが街の外≠セと思った景色が、まだあの男の子の庭だったっ
ていうのなら―――あのお星さますら見渡すことができない世界の果て
まで、わたしはずっと逃げ続けるしかないってことだよね。
 ずっとずっと、逃げ続けるしかないってことだよね。
 それはとてもとても、辛い旅だよ……。


 弓塚さつきの幻想は砕かれた。
 わたしは見なれた路地裏に戻っていた。
 頭をあげても、街の外はどこにも見えない。夜空を切り分けるビルが
立ち並んで、わたしの進む道を通せんぼしている。
 なんて、日常の風景。わたしは結局―――まだ、この街にいる。

 砂の右足と左手はとっくに崩れている。傷口をふさいでくれていて砂
も無くなって、わたしのからだはまたぼろぼろだった。
 アスファルトに膝をつく。片足が無いだけで歩けないなんて、人間っ
てすごく不便だね。
 赤ちゃんみたいにはいはいして進むしかない。こんな間抜けな姿、あ
の人にだけは絶対に見せられないよ。

 ……寒い。
 からだの奥まで凍りついちゃうほど、寒い。
 この寒さを、わたしは知っている。
 あのときと同じだ。
 わたしがわたしをやめちゃったときも、こんな風に寒かった。
 とても、寒かった。

「……やだ。いやだよ。こんなに暗くて、寒いところはいやだよ。もう
ぜったいに、あのときと同じ目に合うのは……いや」

 だから、わたしは逃げるのをやめない。
 弓塚さつきの根源が逃避にあるのなら、世界の終わりまで逃げ続けて
みせるのがわたしなんだ。あの男の子でも手出しができない、最果ての
向こう岸まで逃げ切ってみせるのがわたしなんだ。
 弱虫なわたしには、逃げることしかできないから―――沙漠の幻想を
見失っても、弓塚さつきの逃避は終わらない。

 わたしは変わらず、街の外を目指していた。
世界の果て≠チていう、外を―――

855 名前:『英雄王』ギルガメッシュ ★:2008/02/14(木) 22:56:35
>>854
 
 今思えば、始まってすら居なかった。
 終わる為には始まらなければならない。
 
 しかし――此処には終わりしか存在は赦されず、終わる事でしか、自己を保てはしなかった。
 
 逃避とは、総てを枯らして行く。
 声は何処にも届かず、想いは遂げられず、体は朽ち果てる。
 
 骸にすら成れぬ哀れな亡者は、生きていた時にさえ、己が存在に疑問を浮かべた事だろう。
 このまま何処にも辿り着けないまま終わってしまうのではないかと。
 
 否定しただろう。
 拒否しただろう。
 肯定は出来なかった筈だ。
 
 自らには無限の可能性が在ると信じた愚か者であった筈だ。
 
 ただし、それが人の為せる業。
 己が領分を弁えぬままに進んでしまった過ち。
 
 過ぎた望みは己を焼き殺す灼熱の揺り籠。
 気付けぬままに朽ち果てたならばどれだけ幸せな事だったのか――。
 
 哀れ、気付いた愚者の末路は、過ぎた望みを叶えようとしてしまった。
 
 
 
                       ※  ※  ※  ※  ※
 
「逃避とは――病か?」
「病と呼ぶには不足はあるまい――人の性故な」
「それでは――生きる事とは何だ?」
「病に掛る事であろう」
「それは例外なく、か?」
「貴様は誰を目の前に、それを問う?」
「なに、神すら問い殺す―――――その一環だ」
「ハッ―――自覚した途端にこれとは恐れ入る」
「もう、一度聞く。逃避とは――病か?」
「病と呼ぶに不足あるまい――――塵芥の望みすら手には出来ぬのだから」
「ならば生きる事すら病か?」
「熱病に魘される――そう悪くはあるまい」
「人は常に病み続け、闇に続き――息耐える。まあ、妥当か」
「下らぬ事よ。どうせその病は自覚できぬ――臆病であれば気付いてしまうだろうが」
 
 
                        ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 
 
                           「疾く死ぬがよい」
 
 
                                     ―――――渇いた音に添える嗚咽。

856 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI :2008/02/14(木) 23:43:15


ギルガメッシュvs弓塚さつき ―曙(しょ)を捨てよ、町を出よう―

>>854


 流星の海に、わたしはいる。
 後ろから流れて走った鋼のお星さまが、視界の彼方へと飛んでいく。
 ひとつ、ふたつ―――なんて、数えるのもむなしくなっちゃうぐらい
に、たくさんのお星さま。剣とか槍が集まった冷たい流星群。
 なにも持っていないわたしには、とても贅沢な財宝のまたたき。

 星々の雨の真ん中に置き去りにされて、わたしはつい「きれい……」
と呟いちゃった。だって、見あげたことはあっても、こんな風にお星さ
まの海を泳いだことなんて無かったから。

 このお星さまが墜ちる向こう側に、最果てがあるんだ―――

 だから、わたしは進んだよ。

 お星さまはすごい勢いで、次から次へと流れていく。休むことなく、
また新しいお星さまが空気をつき抜けて走っていく。
 それが背中に当たる度に、わたしのからだは大きく踊った。衝撃に煽
られて、壊れた人形みたいに道路を転がる。
 なんて、重いんだろう―――。
 これが、お星さまの重さ。たったの一撃でも、からだがばらばらにな
っちゃいそう。
 それが何度も何度も、わたしの背中を叩く。わたしは何度も何度も、
からだを転がした。お空を舞った。道路に墜落した。

 ―――でも、一秒だって逃避をやめようとはしなかったよ。

 この道の果てに、街の外がある。
 あそこまで行けば、あの男の子から逃げられる。
 わたしは生きられる。
 なら、立ち止まることなんてできない。

「行かなくちゃ……外に……」

 肩から槍の先っぽがのぞいてる。
 胸からも剣が生えていた。
 お腹にもいっぱい鋼をかかえてる。
 わたしの背中は、たくさんの刃物に串刺しにされて、ハリネズミみた
いになっていた。こんなに武器を背負っているから、とても重いよ。
 それでも流星群の勢いがゆるむ気配は無いんだから、すごいよね。
 もう、からだのどこが残っていて、なにを無くしちゃったのか分から
ない。ただ必死に外≠目指して、一歩、また一歩と街の中心から離
れていった。そうすれば、いつかはたどり着けると信じて。

 いったい、どれくらいの時間をお星さまの海で漂っていたんだろう。
 
 視界に広がる外の景色。
 街をへだてる境界線が、目の前にある。
 ここから先は、外の世界だ。
 もう誰もわたしを傷つけたりしない。
 わたしだけの世界なんだ。

 ついに、ここまで来た。
 来たんだよ、志貴くん……。

 だから、わたしは震える指先をのばして―――外に、ふれて―――爪
の先から、ぼろりと灰に変わって―――崩れるくちびるでにっこり笑っ
て―――最果てから吹く、渇いた風を全身に浴びて―――ばいばい、と
路地裏に別れをつげて―――

「いってきます」

 そうして、弓塚さつきは街からいなくなりました。


(弓塚さつき→死亡)

857 名前:『英雄王』ギルガメッシュ ★:2008/02/15(金) 00:15:44
>>856
 
 灰が流れた。
 
――ただ、それだけだった。
 
 存在の証すら打ち立てられぬ吸血種に哀れみの念などない。
 所詮は我が箱庭にあった塵が一つ消え去っただけの事。
 
 塵が一つ消え去ったところで、何も変わらない。
 それが、容赦のない現実の理だ。
 
 
 
                         ※  ※  ※  ※  ※
 
「希望とは――病か?」

「ありとあらゆる災厄が芽吹いた匣に最後に一つだけ残されたものが希望だとするならば、残ってしまったもの
が希望であるならば、不治の病と呼ぶに相応しい。一つ胸に抱いておけば、それは他の何よりも大きな力となる
のだから。――だが、果たしてそれが本当に希望と呼べるものなのか、それは定かではない。絶望の淵に見る
希望は得てして夢物語でしかない。答えを手にしたと思えば、それがとてつもなく歪なものだったという事も在り
得ない話ではないし、事実救い難いまでの絶望だった。希望とは、病などではなく夢物語にしか過ぎないのかも
しれない。空想で描け、空想の中で生き、空想にしか住めないものそれが、希望の正体だ」

「厭に饒舌だな――フン、まあよい。それが貴様なりの解答だというのであれば、それは貴様にとって正しい事
なのだから。異論を挟むのも無粋であろう」
 
「何か別の答えでも?」
 
「希望とは――希望だ。夢を見た先にある、夢とでも云うべきか。辿り着く事は出来ても、実感などない。空想は
空しさを覚えるが、夢の中であれば達成感くらいは得られる。実感はなくとも、辿り着いた夢を見る事は出来るの
だ」
 
「私の答えとは些細な違いがあると―――――ふむ、もとより曖昧な定義であればいくつかの答えがあったところ
で異論はないが、どうして希望なのだ?」
 
「抱いた事があるか?」
 
「得難いものを、理解しようと務めていた頃は。それが正しき在り方と信じていた頃は、面白味に欠ける希望を抱
いたものだ。温かな家庭で微笑むような自分自身は苦行の果てに必ず得られるのだと」
 
「今は?」
 
「特に。どちらかと言えば、絶望に惹かれる。希望よりは余程に―――――救いがある」
 
 
                          ※  ※  ※  ※  ※
 
 
 絶望か、希望か。
 逃避が病ならば、待つのは絶望だろう。
 
――臆病者には、希望に映るのかも知れないが。
 
 どう足掻いたところで雑種風情の思考は理解も及ばん。
 今夜の月のように赤い葡萄酒を飲み干し、陽光を待つのも悪くはあるまい。
 
 雑種風情の気分も、理解出来るやもしれんしな。
 
                                                                 (終幕)

858 名前:名無し客:2008/02/15(金) 00:18:49
 
 弓塚さつき vs 『英雄王』ギルガメッシュ ―曙(しょ)を捨てよ、町を出よう―
 
 レス番纏め

 >>840-857

859 名前:モーラ:2008/02/23(土) 23:53:13
(蓬莱山輝夜vsモーラ)


 フリッツ、後背の山から施設への侵入は?

『難しいぜ。ざっと調べてみたが、施設まで最低でも五重の警戒網が施設まで存在する上、
 警戒網の中身がはっきりしねえ。日本の時の様にはいかねえよ』

 海からの侵入は?

『船、ボートの類はまず見つかるな。こっちも警戒の仕方が尋常じゃねえ。幾つもの巡視船が
 常に徘徊してる状況で突っ切るのは無謀だ。海中は論外、シャークヴァンプが放されてる。
 サメの餌なんて、笑えないジョークだ。増して、帰路も確保しないとならねえ。厳しいぜ』

 空からは?

『対空レーダーがネックだな。グライダーとかも考えたが、これだと帰路が確保出来ねえ。
 施設に侵入してサンプル奪取が今回の仕事だ。帰って来れねえと意味がねえ。ドンパチは
 あくまで最後の手段だな』

、確実に、悟られずに、且つ離脱も兼ねる手段を模索しないといけない訳ね。

『―――――何とか出来ない訳でもないんだが』

 それは?

860 名前:モーラ:2008/02/23(土) 23:53:34

「……まさかこんなものを調達してくるなんて、ね」

 目の前に鎮座する黒き巨鳥を見て、モーラは嘆息する。彼女が今宵身に纏う漆黒のド
 レスは、WW1最良の戦闘機と名高いドイツの複葉機『フォッカーD.VII』。この機体
 は運動性、旋回性、操縦性が高い次元で調和しており、そのもつ牙は多くの敵機の
 喉笛を食い千切った。その余りの優秀さに戦後、戦勝国たる連合国側がこぞって入
 手したと言う逸話を持つ機体である。

 とはいえ、これは一世紀前の骨董品である。日進月歩の進化を遂げている航空機の世
 界から見れば、遊覧飛行等ならいざ知らず、現代の実戦で使おう等とは狂気の沙汰と
 言っても良い。しかし、今、滑走路に佇む二人のヴァンパイアハンターは勝算があっ
 てこそ、今宵、挑むのだ。その勝算とは………

『この機体なら低空飛行をしていれば、レーダーにかからねえ。何せ金属製のパーツが
 大して使われちゃいねえからな。後は空域内に侵入後はエンジン切って、音も無く滑
 空すれば、そうそう気づかるものでもねえ。そして、夜間用に黒く迷彩を施してある。
 今日は月が出てねえし、目視でも補足は困難だろう。後、侵入時に役に立つ道具と
 万が一に備えて、重火器もサックに積み込んである』

 ええと頷いて、少女はひらりとコックピットに身を躍らせ、ぐっとペダルを踏み込み、
 出撃の口火を切る。BMWエンジンへと確かにその意思が伝達され、ぐるぐると機体
 は唸りをあげはじめる。連動して、回転計、エンジン温度計も0から10、20とデ
 ジタル/視覚的にテンションを漲らさせて、その高まる怒気がプロペラを回していく。
 
 ……………そうして、コックピットから見える風景が少しずつ流れていく。怪鳥が空
 に飛び立つ為の疾走体勢へと入ったのだ。

『後は無線でサポートする――――幸運を祈る』

 進路は15キロ南西。
 北緯33度、東経62度、目標バミューダ諸島D島イノヴェルチ施設。

 ―――――Fly High!



861 名前:モーラ:2008/02/23(土) 23:53:56



「フリッツ、霧が出てるわ」

『んだとぉ。今の時分に霧なんて出る筈が………。視界の確保は出来てるか?』

「一応は。でも変よ。今、高度500Mで飛んでるけれど、目下の島々が見えないの』

『奇妙だな。今の場所がどこか分かるか?』

「――――コンパスが無茶苦茶に回ってるわ! 下は海面の筈なのに、此処は……森?」

「詳しく説明しろ! 異常な事が」



――――――――――――

862 名前:モーラ:2008/02/23(土) 23:54:13

 全てが異常だった。海の上を飛んでいた筈が何時の間にか鬱蒼とした森の上を滑空している。
 曇り空で星ひとつ出てなかったはずなのに煌々と輝く満月。その光は今まで見た事が無い
 ぐらい冷たく怪しく光っていて、ダンピールの少女はその光に魅入られ亡(ぼう)と我を
 忘れた。

 しかし、その忘我も一瞬。更なる怪異が少女を覚醒へと促す。空にぼつんと黒い点が1つ。
 常人ならば、見落とすに違いない其れをモーラは己が瞳に捉えていた。

「人が浮いてる……?」

 相対距離300M
 其れは真っ当なヒトガタをしていた。翼を持っている訳でもない。二の足で確か空に立って
 いた。地に立つ筈の足が宙空を踏みしめている。何とアンバランスな構図である事か。
 相対距離200M
 其れは威風堂々たる体躯をしている訳でもない。表現として一言で述べるのであれば、可憐
 な人形といった所。そんな風貌の少女が浮いている。高度計を見るとその針の示す300M。
 それだけの高さの所に見た所、如何なるモノの助けを借りずに存在している異質。
 相対距離100M
 今まで相対してきた命を啜る異形、キメラヴァンプ。明らかにそれ等は人外の様相を呈して
 おり、鬼気を放っていた。しかし、其れは違う。状況は異常そのものであるのに、其れから
 は何も感じない。透明な異様さが逆にモーラの危機感を刺激する。
 相対距離50M40M30M…………口から漏れた言葉。
 
「貴方は敵?」
 
 其れから決して見えることはないが、モーラの指は無意識に機関銃のトリガーにかかっていた。



863 名前:『永遠と須臾の罪人』蓬莱山 輝夜 ◆3nKAguYAXE :2008/02/24(日) 00:01:47
幻想郷、迷いの竹林内。永遠亭。

この日、私は優曇華の鉢がある部屋で静かに書を読んでいた。
久しぶりに何処にも出かけずに、ただひたすら書を読む。
今日はそういう日にしようと決めていたのだが……流石に夕刻を過ぎると、目が疲れてきた。
如何に不死の身であるとはいえ、疲れも痛みも感じる。本当に不便極まりない。
……我ながら難儀な体だと苦笑しつつ眉間を軽く揉む。
そして。ふと、床の間に置いてある優曇華の鉢に目をやる。
ちょうど月光が当たるように調節されたその場所で、優曇華は鈍く輝いていた。

―――優曇華とは「穢れ」を取り込んで成長し美しい玉を実らせる植物の名であり、
その玉が生った枝のことを『蓬莱の玉の枝』という。
この玉の枝は七色の美しい玉とバランスが取れた枝振りの、まさに神宝と呼ぶに相応しい一品である。
また、地上では非常に高価なものとして扱われる宝の一種でもあった。

私は火鼠の衣など、様々な「宝」と呼ばれる品々を所有してはいるが、これらは所詮コピー品だ。
いつ何時、弾幕勝負を仕掛けられるかわからないため、
これらコピー品も一応『スペルカード』という形にして常時持ち歩くようにはしているが、
通常弾以上の威力はあるものの、決め手に掛ける。
元々避けられるようにしているという点もあるし、そもそも火力が足りないのだ。
だが、『蓬莱の玉の枝』は私が唯一持っている本物だ。
これは一振りすれば色とりどりの弾幕も放てるスグレモノでもあるため、護身用としていつも肌身離さず持ち歩いている。
弾幕ごっこ以外の用途―――滅多には無いだろうが、本気の戦闘の時に備えると言う意味も、あるにはある。
もっとも、これはずっと昔から持っているため、懐に無いと落ち着かなくなってしまった、という理由も大きいのだが。

―――『蓬莱の玉の枝』と言えば。ずっと昔にこれを持って来いという難題をだしたことを思い出した。
あの地上人の名は……確か、車持皇子……。
そしてその娘が―――腐れ縁のアイツ。思えば思うほど、長い縁だ。
今は少々変わってきたから楽しいが……。

―――などと、益体も無いことを考えていると、外から兎たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。
読書と思索に耽り過ぎてすっかり失念していたが、外の様子からすると満月の夜に行われる祭り、例月祭は滞りなく終わったようだ。

「―――ふう。優秀な従者やペットがいると楽で良いわ」

祭りに参加できなかったことを残念に思いつつ縁側に通じる障子を開けると、
そこには私の従者兼恩師兼その他諸々である、八意 永琳が立っていた。

「輝夜、ようやくお出まし?もう例月祭は終わってしまったわよ」

永琳は呆れ顔をしながら、肩をすくめた。
私はそんな永琳の態度に少々腹を立てながら、文句を言い返す。

「声を掛けてくれても良かったんじゃない?いくらなんでも私抜きで祭りを進めるなんて酷いわ」

「掛けました。始める前に何十回もね。それなのに返事が無かったんだから。仕方ないでしょ?」

「……。」

即答された。どうやら、こちら側に完全な過失があったようだ。
返す言葉も見つからず、しばらくの間沈黙が訪れる。
確かに声を掛けられたことに気付かなかった以上、
月見団子にありつけなかったりや兎たちの音楽を聴きそびれたりしたのは自業自得だとは思う。
普段ならそう納得して、大人しく寝所に帰るのだが―――。
何故か、この日は苛立ちが収まらなかった。もしかしたら、満月に少々あてられたのかもしれない。

「……永琳、ちょっと散歩してくるわ」

強い調子で、宣言をする。

「こんな時間から?……まあ、いいわ。行ってらっしゃい」

こういう時の私には何を言っても無駄だということを、永琳は良く判っている。
半ば諦めたような口調で、あまり遅くならないようにね、と付け加えた後自室へと戻っていった。

私は永琳の言葉を聞き流し、夜空へと飛び立った。
行き先は決めず、適当にぶらつくことにしよう。

864 名前:『永遠と須臾の罪人』蓬莱山 輝夜 ◆3nKAguYAXE :2008/02/24(日) 00:03:01
この日は、満月だった。
何回も何十回も何百回も何千回も何万回も繰り返されてきた、普段通りの満月。


ただ、一つ。普段通りではなかったことと言えば。
その満月を眺める場所が普段通りの永遠亭の縁側ではなく、
黒白や七色の人形遣いが住んでいるという魔法の森の上空であったと言うことだけ。


永遠亭を飛び出して適当に飛んでいたら、こんな場所に来てしまっていた。
あまりなじみの無い地区ではあるが、静かで良い所だ。
ハッキリとした満月を見つつ、暫くこの辺りをぶらつこうか、と考えていたとき―――違和感に気付いた。
―――?
なんだろうか。
耳を澄ますと、何かが風を切っている音が聞こえてきた。

まさか、と思う間もなく、レトロな航空機が視界に入ってくる。
動力を切っているようではあるが、あれは間違いなく外の世界の人間と機械だろう。
そもそも、この地には空を飛ぶ機械というものは存在しない。
空を飛ぶ人間はいくらでもいるが。

さて。見たところ、あれは私に向かって飛んできているようだ。
せっかく出会えたと言うのに、避けてやり過ごすのも面白くない。
かといって、こちらから話しかけた挙句に驚かれて墜落でもされたら困る。
うーん、どうしたものか……などと悩んでいるうちに、あちらから声を掛けてきてくれた。
これは渡りに船。早速会話を―――。
って―――敵?物騒なヒトねぇ。

「あら。どうして初めて会った貴方と敵対しなければならないのかしら?
 私は貴方を敵視する理由が無いんだけどね」

ふわふわと空中に浮かびながら相手に視線を向ける。
相手の顔は視認し辛いが、どうやら人間のカタチをしているようではある。
まあ、身なりが人間でも人間以外の可能性が大きいのは言うまでもない。

見知らぬ土地に迷い込んで、空を飛ぶ人間を目の当たりにしたと言うのに、あの冷静さ。
多分普通じゃないはず。ちょっとは警戒した方がいいのかしら?
でも、うーん。見ただけじゃ良く判らないわ。
私も鈴仙みたいに相手の殺気が読めたりすればよかったんだけどねぇ。
生憎私は荒事担当じゃないし、その辺りの勘は鈍い自信があるのよ。困ったことに。

「初めまして、外の方。ようこそ幻想へ」

ま、それはそれとしてまずはご挨拶。
月を背に、微笑を浮かべて相手方に手を差し出す。
手に手をとって仲良くなれればそれでOK。
もしそうでなければ―――。

865 名前:モーラ:2008/02/25(月) 01:02:30
>>863 >>864

 相対距離20M
 『敵ではない』
 『外の方』
 『幻想』
 相対距離10M
 『敵ではない』→イコール味方とも限らない。
 『外の方』→モーラ自身の事だろう。外という言葉が意味するのは転じて異端?
 『幻想』→言うまでも無く、人が宙に浮くのは幻想(ゆめ)に他ならない。

 現状、得られた鍵(キーワード)は三つ。現実への回帰という扉をこの鍵を元に開かな
 ければならない。
 
 注.制限事項。現在の燃料計の目盛りは半分強。これが即ち残された砂時計の砂となる。
 これが落ちきる前に状況を打破しなければならない。
 
       〜〜〜ニアミス(異常接近)〜〜〜
 
 そして、私は見た。其れもとい彼女の瞳を。ほんのりと紅く染まっている瞳。紛れも無く、
 それは今まで幾度と無く見てきた捕食者、蹂躙者、陵辱者の色と類を同じくするもの。
 命に価値を見出さず、己の愉悦でその灯火を消し去る化け物どもがその瞳に宿す狂気色。
 
       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 其れと機体が交錯し、何事も無く様に過ぎ去り、再び両者の距離が開いていく。
 
 相対距離10M
 『敵ではない』→イコール味方とも限らない→少なくとも私にとって敵になりうるもの
 『外の方』→否、何時だって自分の様な存在は異端なのだ。歓迎される居場所は何処にも無い。
 『幻想』→狂想を無に返すのが己に課した役割。
 
 相対距離20M
 
 「分かったわ。少なくとも貴方は排除しないといけないという事だけは」
 
 相対距離30M
 スロットルを倒す。少女の開戦の意思は電気信号となって幾つもの回路を通じ、しばしの間、
 惰眠を貪っていたフォッカーの心臓を刺激。覚醒した機体は獰猛な唸り声と武者震いを以って
 乗り手へと応える。今まで風の流れに任せて滑空していた黒鳥が自らの力で宙空を疾り出す。
 
 相対距離80M/時速30キロ
 相対距離340M/時速60キロ
 相対距離500M/時速120キロ
 
 距離と比例して、加算されていく速度。充填されていく戦意。その意思をそのまま動作へ還元。
 操縦桿を思いっきり右へ押し倒す。命に従い、機体は右方向へと急速旋回。少女の痩躯にぐん
 とかかるGが確かな実感を以って、これからの死闘を予感させる。

 相対距離230M/時速100キロ/高度300メートル

 レバーを下へと引き倒し、暴れる機首を叱り付け、尚も微調整を続けながら標的方向へと固定。
 旋回時に機体姿勢は右傾40度でそのまま疾空。言うなればぐるりと円を描く航空軌道。
 
 「DUST TO DUST」
 
 宣誓と共にトリガー。2丁のシュパンダウ製LMG08/15 7.92mm機銃が灼熱の鉄塊を乾いた音とも
 に吐き出す。一世紀前の骨董品とはいえ、300発/分、秒速900M、最大射程3キロと言う
 鋼の暴風は肉の衣をまとった人間サイズの相手ならば容易く肉片に引き裂いてしまう程度の威力
 は持っている!500M先の標的等次の瞬間には逢えなく粉砕しているだろう。
 
       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 トリガーの瞬間に計器に映った私の瞳。光の反射か紅く染まっていた。
 コックピットより、虚空に見える月は先よりいっそう透き通って怪しく輝いていた。
 たぶん、きっと、気のせいだろう

       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

866 名前:『永遠と須臾の罪人』蓬莱山 輝夜 ◆3nKAguYAXE :2008/02/26(火) 22:50:07
>>863 >>864 >>865

返答の無いまま、レトロな飛行機は接近してくる。
攻撃を仕掛けてくる気配はない。

―――冷静なように見えたけど、結構びっくりしちゃってるのかしら。
ああ、驚きのあまり声も出ないっていうのもありえるわね。
そりゃ人が何の補助器具も無しに飛んでいたら、声も失うわよねぇ。


……などと考えながら一人で頷いていると、飛行機は目の前まで接近してきていた。
そして、一瞬―――操縦席の彼女と目が合った。


「あら、可愛い」


そんな呟きが零れてしまうほど、華奢で可憐な、可愛い女の子。
外からの訪問者は私の見た目と変わらない程度の年齢の少女であった。
それに、一瞬だったので詳しくはわからないが、外見は普通の人のように見えた。
少なくとも背中から羽が生えていたり、頭に角を生やしたりはしていないようだ。
どんな人や人以外が乗っているかと楽しみにしていたが、これは意外だった。
……少々肩透かしを食らったような思いで、通過していく飛行機を見送る。


―――あんな少女が飛行機に乗って幻想と現実の境界を越えてくるなんて。
あのスキマ妖怪の仕業かしら。
全く、あれは何を考えているの?
……まあいいわ、とにかくちゃんと話をつけて、外に返してあげないとね。


私は再び距離が離れてしまった彼女に声を掛けようとする。
しかし、それよりも一歩早く彼女から声が掛けられた。


>「分かったわ。少なくとも貴方は排除しないといけないという事だけは」


「な、何故そうなるのよ!」


私の慌てた声などお構い無しに、
彼女とその乗機は一体と化し、一気に速度を上げていく。
そして、ある程度離れたところで急旋回。
こちらに向かって突進してくる。


その行動には、明らかな殺意が込められていた。
鈍い私にもハッキリと感じられるほどの強い殺意が。


まずい、避けなきゃ―――。


―――機銃の発射音が聞こえる。
―――体に鉛弾が食い込む感触がする。



腕がちぎれる ―――久しぶりねぇ、こんなのは。
足が吹き飛ぶ ―――ああ、そう言えば銃撃されたのは初めてかもね。
腹に穴が開く ―――いつも炎で焼かれたり、刃物で切られたりばっかりだったし。
頭が砕け散る ―――あ、死んじゃった。






―――死んだままでいるのも面白くないし、リザレクションしようっと。
場所、さっきの所。再生するのは肉体のみ、衣服はそのままでいいわ。
ふふふ、あの子がそういうつもりならば、私もその気でやらなきゃね。



バラバラに飛び散った体だったモノが落下していく中に、再び人影が現れる。
ゆらり、と陽炎のように、先程とほぼ同じカタチの人間が出現した。
唯一つ違う点は衣服が銃撃を受けたかのようにボロボロになっていることだけ。



「ああ、痛かったわ。思わず死んじゃった。
 ねぇ、貴方。出会ったばかりの人を殺すなんて酷いんじゃない? ほら、服もボロボロになっちゃったし」


お気に入りだったのに、と頬を膨らませながら彼女に視線を向ける。


「まあ、弁償しろとは言わないわ。ただちょっと―――貴方に仕返しをしないと気が済まないけどね」


彼女に向けて手をかざし、先程撃ち込まれた鉛弾と同じ数だけの気弾を放つ。
ちょっとした『永夜返し』。

867 名前:モーラ:2008/02/26(火) 23:57:47
>>866

 百年前とはいえ、元々は対戦闘機をも想定した武装である。人間が直撃すればこなみじん。
 化け物でも、その構成要素が血と肉である限りは結果は人間の場合と変わらずこなみじん。
 夜族(ミディアン)の再生能力は侮れないものがあるが、頭や心臓を含めた五体に百を超
 える鉛弾を撃ち込めば、一度の肉体の復元の余地無く、死の坂へ転落、塵へと還る。これ
 は生死を超越した夜族とて逆らう事の出来ないルール。

 故に標的は鋼鉄の暴風を動いて避けるしか選択肢はありえなかった。上か下か右か左か、
 避けた方向に対して追撃を加え、回避する余地を狭め、追い詰めて狩り倒す。………少な
 くともモーラはその様にこの戦いの流れを想定していた。

 しかし、結果は予想の斜め上を行った。フォッカーから放たれた鋼の牙は標的を一切の容
 赦・慈悲無く食い破ったのである。標的の身体が肉片と形を変え、更にその肉片を弾丸は
 幾度も咀嚼していく。腕や脚、頭であったものが血煙と共に百の肉片に堕ち、更に千の塵
 となって虚空に消えていく。
 「や、やったの……?」

 想定外の結果を受け、一瞬の自失の後に少女の口から漏れた言葉。しかし、狂った幻想の
 中での現実は容易くモーラの問いを明確な言葉と現象を以って否定する。

 其れの居た空間がぐにゃりと歪む。歪みから発生する点、一次元。転じて広がる線、二次
 元。絡み合う立体、三次元。瞬間で超えられる死と出つる生、四次元。そして、其れから
 告げられる宣戦の意。

 『ああ、痛かったわ。思わず死んじゃった。
  ねぇ、貴方。出会い頭にいきなり人を殺すだなんて酷いんじゃない?
  ほら、服もボロボロになっちゃったし』

 『まあ、弁償しろとは言わないわ。
  ただちょっと―――貴方に仕返しをしないと気が済まないけどね』


 驚愕に身を任せている暇は与えられなかった。其れがすっと手をかざす。その手には何も
 無い、引くべきトリガーは存在しない。だというのに、其れの掌から放たれる白色の玉の
 奔流。幾重もの玉は怪異というには妖しく、異常というには一瞬見惚れる程の輝きを持っ
 ていた。しかし、それらは確かな圧力を持ち、幻想(ユメ)でも何でもなく現実(リアル)
 に他ならない。まともに巻き込まれれば今度はモーラが虚空に消える事になるのは必定。
 
「く………っ!」

 無駄口を利く時間等ありはしない。操縦桿を力の限り更に右に押し倒し、スロットルもマキ
 シマムへと同時に転ずる。機体の描いていた緩やかな旋廻軌道が高速度を以って急角度へと
 変ずる。ぐるりぐるりと回る視界。その最中に二枚の布張りの左翼が激変する空気抵抗にミ
 シミシと音を立てて、その身を膨らませ、悲鳴をあげる。だが、この程度は耐えてもらわね
 ばならない。白い弾丸の束が機体の右側を抜けていくのを凝視。
 
 間髪入れず、操縦桿を下方向へと叩きつける。高度計がその数字を目まぐるしく300台か
 ら200台前半へと減じていく。眼下に見える地上の森が一際大きくなったかの様な感覚。
 強力なGに黒鳥の騎手も一瞬の眩暈を覚えるほど。

 しかし、これだけの機動の間も機首は常に標的に向けられていた。この飛行機は元々は相手
 の身を引き裂く為だけに作られている。その役目を真っ当出来るとなれば、機体も乗り手も
 多少の重圧、負荷等は意に介するまでもない、否、意に介してはならない。果たされるべき
 目的は既に設定され、見敵必殺(サーチアンドデストロイ)があるのみである!

 相対距離400M/高度200M/時速150キロ
 
「だったら、何度でも塵にするわ!」
 
 再び、怪鳥の嘴に在る重機関銃がけたたましく叫びだす。当たれば塵になるのは既に確認。そ
 れなら何度でも一瞬の猶予も与えず、無に還し続けるのみ。今度の鋼の咆哮は止まない、止め
 させない。モーラをレバーを上に倒し、期待に再上昇を促し、先にある化け物を睨みつけ、ト
 リガーを引き続ける。
 
 作戦はいたってシンプル
 其れとの相対距離を詰めながらひたすらに撃つ、撃つ、撃つ!

868 名前:『永遠と須臾の罪人』蓬莱山 輝夜 ◆3nKAguYAXE :2008/03/01(土) 22:41:05
>>867

当てるつもりで放った趣旨返しの弾幕。
最悪、直撃はしなくともダメージくらいは与えられるだろうと踏んでいた弾幕を。
彼女と相棒は無茶な機動でかわして行った。


―――驚きに目を見開きつつも、口元は自然と緩む。
久しぶりに、本当に久しぶりに、楽しい戦いが出来る。
因縁だとか、ルールだとか、そういった一切のものに縛られない戦い。
私は戦いを好みはしないけれど……それでも、血沸き肉踊る気がする。
きっとこれも満月の所為に違いない。そういうことにしておこう。


「―――なかなかやるじゃない。外の人間も捨てたものじゃなさそうね」


相手は一気に急降下した後、一転急上昇。
距離をつめながら再び銃撃の体勢に入った。
微笑みを浮かべたまま、その機動を眺める。


『だったら、何度でも塵にするわ!』


彼女が叫ぶ。
でも、そうは問屋が卸さない。


「そう何度も塵にはなりたくないわねぇ。痛いし疲れるのよ、再生って」


にこやかに返事をしながら、彼女達の射線から僅かに身をずらし、銃撃をかわす。


「うーん。その飛行機、美しいわね。是非私のコレクションに加えたいところだけど―――ゆずってくれって言っても聞かないでしょうね」」


ふう、とため息を吐いた後懐から一枚のカードを取り出し、通り過ぎてゆく彼女達の背中に向けて、宣言する。


「壊したくはないけど―――敵である以上排除しなきゃ仕方ないわね。神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』」


瞬間。カードに込められた術式が開放され、色とりどりのレーザーと弾が辺りにばら撒かれる。
よく見ればレーザーの発射される方向には法則性があるが、ばら撒かれた弾が回避を困難にする。
しかし難易度は勿論ルナティック。手加減など一切無し。


「果たして貴方は、私からの難題を解くことが出来るかしら?」


人類は難題を解くには十分な時を過ごしてきた。
だが、人類以外はどうだろうか?

869 名前:モーラ:2008/03/02(日) 23:34:20
>>868

 手を翳せば極彩色のレーザーが幾重にも虚空を舞い、無数の花火が散る……なんてのは
 子供向けのアニメーションやコミックでの話。実際にそんな事は不可能な御伽噺である
 からこそ、人はその手に刃や銃器を携え、鉄火を以って化け物を殲滅する。そんな前提
 を嘲笑うかの様に其れは可不可の壁を飛び越え、色彩豊な光の線で描かれた立体絵図を
 この空域に具現化させる。その見た目の美しさとは裏腹にモーラが感じたのは戦慄だった。



 ありふれたブラウン管の中の出来事であれば、何時の時代もよく飽きないわねと一笑に
 付した所だが、今回は私がそのブラウン管の中に居る。眼に映る七色の光と白球は確か
 な質量があり、熱を持つ。直撃しようものなら、童話にある怒れる龍の顎に噛み砕かれ
 た哀れな獲物の様に塵ひとつ残りはしないだろう。迫る死の予感を前にして、背に冷た
 いものを走る―――――そんな中、投げ込まれる言葉。

 『果たして貴方は、私からの難題を解くことが出来るかしら?』

 ………そして、その言葉で理解否再確認した。確かに仕掛けてくる事は今まで見た事も
 聞いた事もない想定外の業。だが、その裏は今まで戦ってきた、殲滅した化け物どもと
 何等変わりはしない。何時も高みから見下し、他者を一方的に蹂躙し、その足掻く様を
 見て興じ、飽きればその命ごと廃棄。そんな事は許せないし、許さない。誰かが、私が
 負の連鎖を断ち切らなければならない。

 「その物言いそのものが既に狂っている、間違っているって事に気づきなさい!」

 相対距離350M/高度180M/時速140キロ

 三次元で複雑に組まれた光の迷路。翼を含め10M弱あるこの巨体では無傷で抜ける事
 は到底叶わない。そう、「無傷で」抜ける事は叶わない。迫る黄の光を避けるべく操縦
 桿を左へ。黒鳥は左へと翔ける方向を変え、今までに無く機体が上下に激しく揺れる。
 おそらくレーザーが機体の腹を掠めていったか。痛みにのたうつ機体にフルスロットル
 で鞭を入れ、更なる飛躍を強制させ、機関銃のトリガーは引きっぱなし。吐き出される
 鋼鉄の既に機体は殲滅の意思もこの狂った光の空間と比較してあまりに矮小。先程から
 機体の声色が微妙に狂って聞こえるのもきっとそれを身を以って自覚しているからか。

 相対距離250M/高度230M/時速170キロ

 各計器の数値が目まぐるしく変わる。詳細なチェックは既に必要が無い。狙いは既に明
 確。その目標に向かって機体を疾らせるのみ。操縦桿の上下左右による僅かな制御で赤
 や青で造られた光の隙間を押し通る。ただし、その隙間には幾つも小さな光球が障害物
 として敷設されており、侵入者を阻害する。

 相対距離160M/高度260M/時速180キロ

 狂ったパーティーのクラッカーがぱん、ぱんと弾ける音が聞こえる。その度機体が激し
 く、揺らぐ。コックピットから見ると、左翼右翼上下二枚ともところどころに虫食いの
 様に穴が開いている。空を翔る為に必要な翼が今砕かれつつある。しかし、それでも、
 問題は、ない。

 相対距離100M/高度290M/時速186キロMaximum

 神話では蝋の翼は大いなる光で溶かされ、墜落を余儀なくされた。現在、布張りの翼は
 幾つもの弾に撃ち抜かれている。その先の待つのは神話と同じ悲劇か。……NO。狩人は
 自身もそのエモノも目標殲滅の為のツールに過ぎない。墜落、あるいはそれに準ずる結果
 となっても相手を殲滅出来れば目標のひとつは達せられた事にはなる。


 そうして、縮まる、零に近づいていく距離、これが意味するものは。

870 名前:『永遠と須臾の罪人』蓬莱山 輝夜 ◆3nKAguYAXE :2008/03/05(水) 22:49:08
>>869

当たり判定の大きな機体だから、すぐにでも被弾して墜落していくだろうと想像していた。
良く避けてはいるが、現に被弾している様が視認できる。
だが、彼女とその相棒は一向に墜落していく気配がしなかった。
むしろ、こちらに向けられる殺気やら戦意は増している。


―――この弾幕を目前にして、気が萎えないなんてねぇ。
相当な修羅場をくぐって来ているみたいね。
見た目は私と変わらないくらいなのに。
一体、どんな体験をしてきたのかしら……。


彼女の機動を一歩も動くことなく、目で追いかけながら。
彼女の生い立ちなど、頭の中で色々な想像が浮かんでは消えていく。
……一瞬のあいだ思考の海に沈んでいた私を、彼女の叫びが現実に引き戻す。


『その物言いそのものが既に狂っている、間違っているって事に気づきなさい!』


狂っている、と断じられてしまった。
間違っている、と否定されてしまった。
だが―――。


「あら、私が狂っているのは初めから。間違っているのもまた初めからよ?
 私は狂気の姫であり、永遠の罪人なんだから―――あはははは」


手の中でスペルカードが燃え尽きていく。
効果時間終了寸前のその最後の数秒間、色とりどりのレーザーが発狂したかのごとくその数を増す。
笑い声と共に無数の弾が彼女と相棒に殺到する。


ばら撒いた弾が翼に風穴を開ける。
極彩色のレーザーが胴体部分を舐める。
しかし、それらは全て―――致命傷とはなりえなかった。
弾幕のことごとくをギリギリでかわされる。
急所に当たるはずの弾が当たらない。
落としたと思った瞬間、機銃を放ちながら目前に迫る彼女と相棒。
一瞬、背筋に寒いものが走る。
この感覚は「あの」巫女と対峙した時と同じ。


なんて―――楽しいんだろう。


「あはははは、いいわ、すごくいいわよ貴方! こんなにドキドキするのはあの夜以来!! 」


全身に鳥肌をたてつつも高く高く嗤いながら、気弾を放つ。


被弾、被弾、被弾、右腕脱落、被弾、左腕損傷、被弾、右大腿部損傷、被弾、被弾、胸部損傷出血大


しかしそれらは全て無視。目の前の彼女らに集中する。
動き辛くなった左腕を相手に向け、さらに気弾を放出。

―――狙いは機体の心臓部。機首のエンジン、ただ一つ。

871 名前:フォッカーD.VII:2008/03/08(土) 22:55:37

  鉛の鼓動に
  背骨がきしむ…
  命の重さに翼は
  しなる…
  鉄の棺は音より速く、
  心の糧を過去へと飛ばす
 
 
 長い眠りから叩き起こされて、再び、飛べるとは誰も思ってなかっただろう。
 皆、倉庫の片隅で埃を被って、そのままゆっくりゆっくり朽ちていくものと思っていた。
 生き残って余生と言うと聞こえはいいが、創られた本来の意図から考えれば不本意そのもの。
 
 それが何の因果か再び空を翔け、果てには異郷の地を飛び、火花を散らす等、
 数多く創られた其れの同胞の誰もがした事のない経験に違いない。
 確率にして七百分の一、0.0014%以下で辿られた数奇な旅路。
 その果てもまた凄惨だった。
 
 
 被弾→四枚の翼、左右、上下、有象無象の区別無く孔だらけ
 被弾→孔から血の代わりにごうごう気流が吹き抜け
 被弾→更に増える孔、通る風の圧力は右肩上がり。本来の強度を失った翼は風の圧力に屈し
   ⇒右翼脱落
 被弾→当然、片方の翼も同じ
   ⇒左翼脱落間近
 被弾→胴の部分も見慣れない黒い点が無数。点から黒煙がブスブスと立ち昇る。
   ⇒右胴下部損傷拡大中
 被弾→既に空を飛ぶ為の体裁は何処にも成していない五体不満足、露になるビス止めの心臓
 被弾→慈悲も容赦も無く其処に突き刺さる光
   ⇒爆発、閃光
 
 ひとつの花火となって周囲を眩しく照らし、其れは本懐を遂げる。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 かくして空の舞台は掃けた。空も地に在る森も静寂を取り戻し――――ぼん、と下の森から
 二発目の花火が上がった。花火の号名は「毒針」。その針はおよそ1、5メートルと巨躯を
 誇っており、炸裂すれば、一発目の花火に負けず劣らず、派手なものになる事は疑いない。
 

872 名前:モーラ:2008/03/08(土) 22:56:12

 詰まる所、戦略は単純だった。殺しても蘇り、死なない。確かに前代未聞の脅威である。
 しかし、死なないと言う事はイコール倒せないとは限らない。

  ――――痛いし疲れるのよ、再生って

 死ななくても、あの化け物は確かに痛みを感じて、疲れもしている。。人並みというには
 おかしいが、感覚は確かに持っているのだ。なら、与える痛みと疲労の限度を超えさせれば、
 活路を開く事は可能だろう。後は残った手札で其れを出来るかどうかの問題だ。
 
 
 
 私は機体が爆発する直前にコックピットから武器の詰まったサック片手に眼下の森へと飛び
 降りる。高度三百メートル強、普通の人間なら確実に死ぬ高度。無論、化け物であってもま
 ともに地面に激突すれば原型を留めない肉塊になり果てる。
 
 しかし、幸いにも下は平地でなく森である。鬱蒼と茂る木々の枝をクッションとして、衝撃
 を緩和すれば、生き残る事も可能な筈だ。こういう時の為の無意味に頑丈な身体なのだから。
 
 そして、飛び降りる瞬間に私は人外の視力を以って『視る』。眼下の森を、否、森という総
 体ではなく、木々を見定める。どの木がより多くの枝を持ち、より盛大に茂っているか。
 つまり、クッションになってくれるかを選び取り、最も適していそうな大木に向かって飛び込む!
 
 
 
 ………着地までに要した時間は十秒足らず。枝がクッションになったとは言え、衝撃が零には
 程遠い。身体の節々ずきずきとが痛む。切り傷、打ち身多数、肋骨の何本かは折れている。左
 上腕部の骨はおそらく皹が入っている筈。それでも、問題は、無い。少し時間があれば、跡形
 も無く治ってしまう、そういう呪われた体なのだから。が、今はその少しの時間も惜しい。ア
 レには一切の猶予を与えてはならない。サックに手を伸ばして、『武器』を取り出す。
 
 FIM92 "Stinger"本体起動。右肩に固定。上空に浮かぶヒトガタに照準を合わせ、

 「塵は塵に!」

 トリガーオン。バスンと音がして、ミサイルが目標に向かって撃ち上げられる。本来は対戦闘
 機用の銃火器。人間に使えば跡形も残らない。


 ………一体、あと何回殺すのかしら

873 名前:『永遠と須臾の罪人』蓬莱山 輝夜 ◆3nKAguYAXE :2008/03/10(月) 22:45:30
>>871 >>872

各所に穴が開き、ずたぼろの姿になっても墜落せずに目前まで迫る彼女の相棒。
私は寡聞にしてこのツワモノの素性を知らないが、きっと外の世界では名の知れた戦闘機であったのだろう。
「彼」もしくは「彼女」と言うべきか―――どちらが正しいかは判らないが、
このツワモノからは、確かに誇りと挫けぬ心を感じ取れた。
永琳には機械に心なんて存在しない、と言われてしまいそうだが、私は確かにあのツワモノの『心』を感じた。


そして……散り際も見事なものであった。
最後の最後の瞬間まで、私の喉笛を噛み千切らんとしていた。
その様はまさに―――誇り高き『戦士』。


「―――貴方の戦さぶりと勇名は、永遠に残るでしょう。私が、約束するわ……。
 今はゆっくり休みなさい、外の世界の誇り高き戦士よ」


爆散していく姿を見送った後。
ボロボロになった左手を胸に当て、瞑目する。
こんなカタチで、あの子を破壊したくはなかった―――。
もっと違う形で出会っていたのなら―――


ぼん。


爆裂音と共に思考は強制中断。
一拍遅れて全身を激痛が駆け巡る。


―――くっ、しまった……操縦手の彼女を見失っていたわね……。


今更ながら、戦闘中であったことを思い出す。
体の機能をざっとチェック。


右腕欠損、左腕脱落寸前、右大腿部損傷大、左脚大腿部から下欠損、胸部腹部重度の火傷―――。


「これはダメね……。ああ……もう!服が原型を留めてないじゃない!」


地面へ向けて落下しながら、特に狙いは定めず弾幕をばら撒く。
大きな弾が一定の間隔で地上へ向けて着弾していく。


「しかもねぇ、折角人が感慨に耽っていたというのに邪魔をするなんて。無粋よ、貴方!」


やり場の無い憤りを弾に込めてばら撒き続ける。
木々が薙ぎ倒されるのが見えるが、そんなことは気にしない。
木はいずれ生えて来る。これくらいでへこたれるほど、自然は柔ではないことは重々承知している。
特に地上の自然はしぶとい。月のモノとは訳が違う。


しばらく自由落下した後、地上に激突。
体が文字通りバラバラになった―――当然、とても痛い。いかな蓬莱人とはいえ、痛覚はある。
普段の生活では大きなメリットだが、こと戦いの場においてはデメリットにしかならない。


痛みに顔を歪めながら、体を再構成する。
傍目からは傷も全て回復しているように見えるだろうが、痛みは痛みとして記憶されてしまう。
体の傷は消えても、脳―――魂に刻まれた痛みはそう簡単には消えない。
しかも再構成にはかなりの体力を使う。
そう何回もリザレクションは出来ない……あの焼き鳥は例外だ。
私はあいつと違って死に慣れていない。あと復活できるのは二回くらいか……。


しばらくその場でへたり込んでいたいが、今は戦闘中。そんなことは出来ない。
どうにか動いて、手近な木の幹に身を隠して様子を伺う。


「―――っはぁ、はぁ……ほ、本当に訓練しておくべきだったわ。これじゃ押し切られちゃいそう……」

874 名前:モーラ:2008/03/11(火) 22:58:41
>>873
 
 天から降り注ぐ極彩色の光の雨。
 恵みを齎す水色の雨とは違い、其れは徒、破壊のみを齎す。
 閃光・轟音・爆発の三重奏。晴れのち不毛。
 
 そうして、木々が薙ぎ倒され、草花は塵と化し、地面が抉れ、そこに潜む私は退避を
 余儀なくされる。
 
 兎に角、遮蔽物を利用し、ゲリラ戦を展開しないとと話にならない。
 元々、狩人と化け物の戦いの構図は単純な力では話にならない。どれだけ意識の死角
 を突くか、これに狩人の意識は集約される。今、行うべきはアレの集中力を奪い、疲
 弊を誘い、殺し続ける事、それも速やかに合理的に。その為の切欠を探さねば………。
 
「それなら、地面に激突する貴方の方が無粋を通り越して、喜劇ね!」

 墜落してきた化け物を木陰から挑発しつつ、役目を果たしたスティンガーを地面に投
 げ捨てる。サックの中から爆弾を取り出し、足元にセット、デジタル表示で示される
 数字は00:30。右手首に嵌めた腕時計のタイマーも同じ数字に設定。
 
 <00:25>
 
 可能な限り、息を潜め、身を屈めて草叢に隠れつつ、爆弾から離れる。相手も木陰に
 隠れて、様子を伺っている様子。
 
 <00:18>
 
 私も相手も互いの正確な位置は分からない。幾らヴァンピール故に夜目が利くと言って
 も、完全に隠れる事に専念されると捕捉するのは難しい。
 
 <00:12>
 
 ならば、相手から自分の位置を示させれば良い。至って、シンプルな答えが導き出さ
 れる。
 
 <00:08>
 
 囮の爆弾が爆発すれば、そこに釣られて攻撃を仕掛ける筈。その間隙の数秒で決着を
 つける。……爆弾から距離はかれこれ50メートル。これだけ離れれば問題はない。

 <00:05>
 
 残り5秒。私はサックから取り出したイングラムM10を右の手に構え、時を待つ……。
 あの化け物を殺し続ける策はもう完成している。後、必要なのは私の覚悟だけ。

 <00:01>


              SHOW DOWN!



875 名前:『永遠と須臾の罪人』蓬莱山 輝夜 ◆3nKAguYAXE :2008/03/12(水) 22:34:45
>>874

―――本当に、不味い状況ね。


肩で息をしながら、心の中で呟く。
リザレクション……蘇生の繰り返しで体力が尽きつつある上、不慣れな地上戦に持ち込まれてしまった。
空を飛ぶ手段を持たないが、戦闘慣れしている彼女。
自由気ままに空を飛びまわれるが、お世辞にも戦闘が得意とは言えない私。
両者を比べるまでもなく、地上では彼女が圧倒的なアドバンテージを有している……とは言え。
この時点で負けを認める気など毛頭無い。
戦う前から負けだなんて、絶対に認めない。



―――私は永遠亭の主、蓬莱山 輝夜。
この名に掛けて―――いえ、名前はわりとどうでもいいんだけど、とにかく。
あの子が幻想郷内でこれ以上暴れないとも限らないし、ここで止めておく必要はある。
打ちのめせば大人しくなって、話を聞くことも出来るようになるだろう。
元の世界に返すことだって決して不可能ではないはずだ。
あの子のためにも、幻想郷のためにも。ここで負けるわけにはいかない!



いざ心を決め、相手への攻撃の仕掛け方を思案し始める。
不慣れな戦ならば、後の先をとることが大切だ―――と、確か、鈴仙が言っていた気がする。
相手の技量が上か、そもそもどのような力を持つのかが不明な場合は、
相手の攻撃を一旦受けた後に反撃の手段を考えろ、と。
まあ、あの子が何もせずに時を浪費するとは考えにくいし、この案を採用することに何の問題もない。
先程空中から攻撃した例もあるし、先に仕掛けて効果的な攻撃になるとも思えないから、これで行こう。
そう決意した瞬間、彼女から罵声が飛ぶ。



『それなら、地面に激突する貴方の方が無粋を通り越して、喜劇ね!』



ビキビキッ



―――落ち着くのよ、私。あんな見え透いた挑発には乗らない……乗らないんだから……!



逸る気持ちを抑えきれず、手には一枚のカードを握っていた。
……だが、まだだ。まだ仕掛けるタイミングではない。
深く息を吐いて、心を落ち着ける。
一度、二度、三………………



三度目の深呼吸が終わる寸前に、激しい爆発音が響く。



「―――! 来たわねッ! 食らいなさい、神宝『サラマンダーシールド』ッ!! 」



反射的に木陰から飛び出して、カードを掲げ宣言する。


辺り一面に広がる、木々を焼き尽くさんとする炎はまさに火竜のごとし。
更に広範囲攻撃に加えて、彼女が潜んでいそうな辺りには炎を纏ったレーザーを打ち込む。
これで逃げ場はほとんど無い。
例え仕留められなかったとしても、炙り出した後にゆっくりと狙い撃ちをすればコトは済む。


挑発によって少々、冷静さを欠いていたと思わなくもないが、まあとにかく後の先らしきものは取れた。
後のことは後に考える!

876 名前:モーラ:2008/03/14(金) 04:12:55
>>875
 
 心臓を破壊されれば滅ぶ。
 生死を超越した不死者(ミディアン)を縛る唯一にして絶対のルール。
 ………しかし、目の前の其れはかかる不文律すら超越している。
 ならば、心臓を破壊する事は無意味なのか?



 ―――――『NO』
 明後日の方を向いた化け物の左胸に狙いをつけて。引き金が落ちる。
 カチリ。
 
 
                パラパラパラ
 
 
 目標の雪の様な白い左胸にぽんっと赤い華が咲いた。鉛の弾が皮膚をその灼熱で焼き、
 食い破り、中の赤い肉を掻き分け、生命の源たる心臓へと殺到する。
一の弾でも届き
 さえすれば致命傷。それほどにこの器官はデリケート。何せ、ここから血が全身に行
 き渡らなければ、思慮を司る脳も命令を遂行する四肢も満足に動作をしなくなり、最
 後にはその機能を停止を余儀なくされ、結果、死に至るこの化け物はそれでもしつこく
 しつこく新たな心臓を虚空から産み出して
 
 
         パラパラパラ
 
 
 トリガーを引きっぱなしにしながら、空いた左の手でサックを掴んで踏み込む。照準は
 左胸のまま依然固定。銃口から吐き出された9mmパラベラム弾が更に貪欲に化け物のハ
 ートを貪る。右心室は既に鉛弾で満席、立ち見も不可。左心室もそろそろ満員御礼。溢
 れた乗客は両の心房に殺到し………コンディションオールレッド。全身に送られる予定
 の血が行き場を無くし、鉛弾によって穿たれた孔から噴出。化け物自身を真っ赤に染め



 パラパラガツン


 そのまま化け物に体当たりして突き飛ばす。カチリとイングラムが空虚な音を立て限界
 を訴える。イングラムを投げ捨て、左手のサックから漁る。何でもいい、殺す事が出来
 れば。ゴツリと冷たい鉄の感触。其れを引っ掴んで化け物の左胸に押し付けて、まだ引
 き金をパラパラパラ。手にしたスコーピオンがその毒を惜しげなく化け物の体内に巻き
 散らす。

 ビクビクと痙攣する化け物の身体。それは単に銃撃への単なる反射(リアクション)?
 いいえ、まだまだ新しい血や肉片が飛び散ってる。これだけ撃ってるのに風孔も開かな
 い。普通は向こうの景色が見通せてもおかしくないぐらいにオーバーキル。しぶとくし
 ぶとく何処からとも無く血や肉が補充されてるから。現れる心臓の欠片、飛び散る心筋、
 繋がり切れる神経、砕ける動脈、更に吹き出る血液、エンドレスで続く三文映画。
 ねえ、それは何人分の血肉?命?いい加減にしてくれないかしら。むせ返る血の匂いで
 こっちが卒倒しそうよ。化け物でも血の温かさと香りだけは一人前。全く、忌々しい。

 
 そうして、スコーピオンもカチリとギブアップ。面倒の極み、でも、まだまだ追加はあ
 る。お次はUZI。撃って撃って殺して殺して――――――

877 名前:『永遠と須臾の罪人』蓬莱山 輝夜 ◆3nKAguYAXE :2008/03/15(土) 22:37:22
>>876



―――?


体に、衝撃、が、走る、
一拍、遅れ、て、激しい、痛み、が―――
ふと、見ると、彼女、が、駆け寄って来てい、る
手、には、銃、それ、を乱射……いや、確、実、に、私の、心臓を潰―――



「―――あ」




「ああああああああああああああああああああああああああああ! 」




どすん、と、鈍い、衝撃、彼女が、私、を、突き飛ばす、更に、銃撃、
銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃
銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃
銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃
銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃
銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃
銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃





痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、死ぬほど痛い。
再生も追いつかない、再生した瞬間に穿たれる。


何度も何度も何度も何度も死ぬ。
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望、ただひたすらに絶望。
一縷の光すら絶えてしまった真っ暗闇。
私の人生ゲームオーバー。
永遠にずっと彼女のターン。



……永遠?
物質に永遠なんてものは、存在しない。
弾薬は撃てば無くなる。
武器も使えば損耗する。
いくら永遠に攻撃し続けるかに思えても、限界はやってくる。
それは物質である以上仕方の無いことだ。



だけど、私は―――永遠と須臾の罪人。
永劫赦されることの無い罪を背負い、永遠に生き続ける。
体が滅したとしても、魂は消え去らない。そういう『薬』を飲んだから。
ゆえに―――この私は永遠そのもの。『永遠に等しい』程度では、太刀打ちできない。
ゼロと1の間には、大きな大きな差があるということを、今、示す。



「あああああああ―――はあ。痛かったわ。ねぇ? か弱い少女の心臓を狙い撃ちだなんて酷いじゃない」



再生場所、彼女の背後。衣服も含めて全て完全再生。
でも……これでもうお釣りはなし。正真正銘最後の再生。
体力は限界で膝が今にも笑い出しそうだが、必死に堪える。



「ねぇ? すっごく痛かったのよ?それはもう死んじゃうくらいにね」



背後から抱きついて、彼女の耳に軽く息を吹きかける。
……体力が尽きていることを悟らせないように、余裕ぶった表情を見せておかねば。



「ふふふ、でも凄く貴重な体験が出来て嬉しかったわ。貴方も体験してみない? きっとセカイが変わるわよ? 」



ニタリと大きく嗤って、懐から一本の枝を取り出す。
その枝には七色の玉が生っていて―――その全てが、弾幕の素となる。



「ふふ、ふふふふ……貴方にとっておきの夢を見せてあげるわ」



言い終わると共に枝を振り上げる。



神宝「蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-」



辺りが昼かと思うほどの明るさに包まれる。
その明るさの元は全て弾。隙間が見えない密度の七色の弾。


今までとは比較にならないほどの弾幕が彼女と―――私を襲う。
抱きついた体勢のまま、私は高く嗤う。



「あははははは、あはははは、楽しいわ! 楽しすぎて―――」



死んじゃうわ。

878 名前:モーラ:2008/03/26(水) 22:20:08
>>877

 赤い閃光が奔った
 
 ちいさな右の足首がぽんと宙を舞うが見える。おかしいわね。私が狙い続けていたのは
 あくまで化け物の心臓だけ。何かの見間違いかしら。あ、でも、あの靴の形は見覚えが
 ある………というより、私の靴? いいえ、違うわね。私の靴の色は真っ黒だもの。あ
 んなに真っ赤ではないわ。―――――でも、何か重心が取りづらいわね。振り向いて殺
 さないと駄目なのに、ああ面倒!

 橙色の光が目に眩しい
  
 地面に左の腕がボトリと落ちる。ああ、あれは間違いない、私の左の腕だ。これぐらいで
 音をあげるなんて、我ながら何て情けない。私の覚悟の足りなさの表れともいえる。でも
 問題はない。右の手はまだまだ健在。銃の引き金を引ければそれで良いの。この身は化け
 物を殺す為だけにあるのだから。

 黄の矢がキラキラと飛んでくる
  
 私の脇腹にぶすり。熱くて鈍い感触。見ると綺麗な小さな穴が開通。でも、馬鹿だわ。
 こんなことしたら、私だけでなく羽交い絞めにしている貴方にも被害は及ぶでしょうに。
 ほら、現に私を抑える力が緩んだわ。空いている左の腕で肘打ちをして………左腕は目の
 前の地面、肝心な時に役に立たない!

 森緑に紛れて絡みついてくる緑光
  
 纏わりつかれて全身が焼ける様な悪寒、そして脱力感。けれど、この光は等しく背後の
 化け物も焼いている。自滅でもしたいの?ああ、貴方は死なないのだったわね。だから、
 こういうことも出来る。その思考が化け物なのに。でも、私だって「まだ」死んでない
 わ。銃の引き金だって、まだ引く事は出来る、殺す事がで

 飛び込んでくる青い魔光
  
 私の左の目が最後に見た光景がそれだった。じゅうと嫌な音がして、左の視界にカーテンが
 かかる。……右の視界に間髪入れず映ったのは

 藍色の殺意の奔流
  
 それは容赦なく私の心臓のある位置、左胸を背後の化け物もろとも一片の慈悲も貫いて

 全部紫色に………
 


 ―――――― Border of life ――――――

 随分と身が軽くなった気がする。まるで羽が生えた様。右の目に見えるのはあの化け物の顔。
 まだ生きているらしい。右の手の銃で………ふと、右の手が無いことに気づく、否、そもそ
 も胴も両の足も無い。自由なのは首から上だけ。

 そして、交錯する私の顔と化け物の顔、距離は零。そこで唯一意のままになる口で動かす、
 相手の喉下に向かって
 がぶり
 ……………

 ………

 …………………………まずい


 ―――――― Border of death ――――――


879 名前:『永遠と須臾の罪人』蓬莱山 輝夜 ◆3nKAguYAXE :2008/03/26(水) 22:21:31
>>878


目の前でバラバラになっていく彼女。
後ろから抱き締めている私も当然、ほぼ同じダメージを受ける。
辛うじて四肢は胴体と繋がってはいるものの、もはや自由に動かすことは叶わない。


必死に私を殺そうとしている、彼女の横顔がとても美しく見えた。
きっと、気のせいではないだろう。


―――ああ。私はこんなに可愛い子を殺そうとしているのね。
殺されそうになったから、正当防衛……なんてのは言い訳ね。
私は、確実な意思を以って、この子を、殺す。
恨みなどという暗い想いで殺すのではない。
私はただ……遊びで、この子を殺す。自分の愉楽のために、殺す。
―――ああ、人を殺すのって―――こんなにも、楽しかったのね


笑いがこぼれる。腹の底から笑えてきた。


「くく、くくくくく…………ッ あははははははははは―――楽しいわ、今凄く楽しい! 生きるって素晴らしい!!
 ねぇ、貴方もそう思うでしょう!? 」


目の前で襤褸切れのようになっていく彼女に問いかける。
……もはや彼女の耳には届いてはいないだろうが、構わず叫ぶ。


「こんなにも楽しい人生、終わらせたくは無いものよね? ―――でも残念、貴方はここでゲームオーバーよ! 」


そんな叫びが聞こえたのか。
七色の内の一撃が、一分も違わず彼女と私の心臓を貫く。
その衝撃で彼女の体が手の中から離れていく。


その刹那。別の一撃が、彼女の可愛らしい頭部と胴体を綺麗に分割。
見るも無残な肉塊へと彼女を変貌させた。


「―――如何に只者ではないとは言え、流石にそうなっちゃあお仕舞いね」


舞い上がり、地に落ちんとする彼女の首へと語りかける。
ソレとすれ違うようにして私は前へ進む。
体が異常に重い。もはや体全体を再生することは不可能だ。
咄嗟に心臓だけは再生させたが、もう限界。
とりあえず、木にもたれ掛かって休みた―――


がぶり


「―――え? 」


喉元に視線を遣る。
そこには、首だけになった彼女が居て――――――。


「……人のことを散々化け物呼ばわりして……あ、貴方の、方が……よ、ほど、ばけも、……」


喉から溢れ出る血に妨げられ、最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。
力を使い果たしていた私は、再生を行うことも叶わずその場に倒れ伏すが、
地面とキスし続けるのは御免だと、力を振り絞って仰向けになる。


空には満月が輝いていた。
透き通った空気の、美しい夜だった。


―――こんな結末になったのは、全て、あの満月の所為ね―――。


そんなことをふと考え。私の意識は闇に溶けていった。

880 名前: :2008/03/26(水) 22:26:33


 (First contact)

 ――――貴方は敵?
 
  あら。どうして初めて会った貴方と敵対しなければならないのかしら?
  私は貴方を敵視する理由が無いんだけどね
 
 分かったわ。なら、ここは何処なのか、貴方は何者なのかを
 
 (Invisivle FullMoon)
 
 ⇒error
 
 分かったわ。少なくとも貴方は排除しないといけないという事だけは
 
 
  ああ、痛かったわ。思わず死んじゃった
  ねぇ、貴方。出会ったばかりの人を殺すなんて酷いんじゃない?
  ほら、服もボロボロになっちゃったし
 
 (Catastrophe)
 
 ここは退くべき、か。正体不明にも程がある
 だったら、何度でも塵にするわ!
 
  果たして貴方は、私からの難題を解くことが出来るかしら?

 その物言いそのものが既に狂っている、間違っているって事に気づきなさい!
 
  あら、私が狂っているのは初めから。間違っているのもまた初めからよ?
  私は狂気の姫であり、永遠の罪人なんだから―――あはははは
 
  あはははは、いいわ、すごくいいわよ貴方! こんなにドキドキするのはあの夜以来!!

 
  
 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――Over the Red Line...
 

 
 しかもねぇ、折角人が感慨に耽っていたというのに邪魔をするなんて。無粋よ、貴方!

 『地面に激突する貴方の方が無粋を通り越して、喜劇ね!』

 広範囲攻撃に加えて、彼女が潜んでいそうな辺りには炎を纏ったレーザーを打ち込む
 これで逃げ場はほとんど無い
 例え仕留められなかったとしても、炙り出した後にゆっくりと狙い撃ちをすればコトは

 
 『撃って撃って殺して殺して――――――
  ビクビクと痙攣する化け物の身体。それは単に銃撃への単なる反射(リアクション)?
  いいえ、まだまだ新しい血や肉片が飛び散ってる。これだけ撃ってるのに風孔も開かな
  い。普通は向こうの景色が見通せてもおかしくないぐらいにオーバーキル。しぶとくし
  ぶとく何処からとも無く血や肉が補充されてるから。現れる心臓の欠片、飛び散る心筋、
  繋がり切れる神経、砕ける動脈、更に吹き出る血液、エンドレスで続く三文映画。
  ねえ、それは何人分の血肉?命?いい加減にしてくれないかしら。むせ返る血の匂いで
  こっちが卒倒しそうよ。化け物でも血の温かさと香りだけは一人前。全く


 「ああああああああああああああああああああああああああああ! 」

 どすん、と、鈍い、衝撃、彼女が、私、を、突き飛ばす、更に、銃撃、
 銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃、銃撃
 銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃
 銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃
 銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃
 銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃
 銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃銃撃

 私の人生ゲームオーバー。
 永遠にずっと彼女のターン。

 ⇒continue

 ―――はあ。痛かったわ。ねぇ? か弱い少女の心臓を狙い撃ちだなんて酷いじゃない

 ふふふ、でも凄く貴重な体験が出来て嬉しかったわ。貴方も体験してみない? きっとセカイが変わるわよ?

 
 『赤い閃光が奔った橙色の光が目に眩しい黄の矢がキラキラと飛んでくる 
 森緑に紛れて絡みついてくる緑光飛び込んでくる青い魔光藍色の殺意の奔流 
 全部紫色に………

 『ひらり。かぶり』

 ……人のことを散々化け物呼ばわりして……あ、貴方の、方が……よ、ほど、ばけも、…

 『ごろり』


 ―――こんな結末になったのは、全て、あの満月の所為ね―――。

 Mode

   Easy
   Normal
   Hard
   Lunatic

 Game Over......

 Player1 Credit 0
 Player2 Credit 0

881 名前:名無し客:2008/03/28(金) 02:03:48
蓬莱山輝夜vsモーラ レス番まとめ

モーラ導入
>>859 >>860 >>861 >>862
蓬莱山輝夜導入
>>863 >>864

闘争本編
>>865 >>866 >>867 >>868 >>869 >>870 >>871 >>872 >>873
>>874 >>875 >>876 >>877 >>878 >>879 >>880

882 名前: ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:19:24








出会いはパリから始まった―――








.

883 名前: ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:20:04





Phantom Drei vs Meister Schutze

スピンオフ小説

国家社会主義労働者ADV

アーネンエルベへようこそ☆

体験版













※Phantom Drei vs Meister Schutze≠ヘ未発表タイトルです。
※Phantom Drei vs Meister Schutze≠ヘ無期延期作品です。

884 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:20:47

Phantom Drei vs Meister Schutze
スピンオフ小説「アーネンエルベへようこそ☆」
体験版

第一話


 強くあらねばならない。
 戦争には勝たねばならない。
 
 ヘルマン・フォン・リリエンシュターンSS大尉はこの六十年間、憤激と
いう名の地獄をたゆたっていた。憎悪という孤独を進み続けていた。
 特別行動部隊〈アインザッツグルッペン〉の将校として暗鬱なゲリラ掃
討作戦に参加したことや、人間としての尊厳を徹底的に踏みにじられたソ
連での二年近い捕虜生活は、いまでも悪夢としてヘルマンの心身を苛んで
いる。地獄に喩えるならば、あれらの経験こそまさに地獄だろう。
 しかし、あのときのヘルマンにはまだ確信があった。理念があった。
 祖国の復権のために、赤い暴風から欧州を守るために、総統のために、
家族のために―――勝利のために、あらゆる辛苦を耐え忍んだ。
 ……あの頃の希望に満ちた昂揚は、もうどこにもない。
 いまのヘルマンにはあるのは半世紀の間燻り続けた屈辱と、そこから生
み出される際限のない憎悪だけだ。
 
 戦争に負けると、誇りを抱くだけで罪とされた。彼等が忠誠を誓った親
衛隊は永久的な絶対悪と定められ、抗弁さえ許されなかった。
 ヘルマンが所属していた部隊は殺戮集団として扱われ、彼の名は戦争犯
罪人のひとりに数えられた。祖国のための戦いは否定され、東部で朽ちて
いった数百万の同胞たちの価値は貶められた。
 そして、彼等が守ろうとしたベルリンは……。

 ―――貴様等が、よってたかって我々を追い込んだのだ。

 圧倒的な物量で我々を押し潰した。勝利という正義を掲げて、戦後も祖
国を蹂躙し続けた。我々が守りたかったすべてを、貴様等は陵辱した。
 勝ち誇る連合軍が教えてくれた。あらゆる正義は勝利から生ずる。敗者
が覚えるのは惨めさのみ。……戦争には勝たねばならない。

 いまのヘルマンには力があった。
 あの頃に増して強大な力が。まだ第三帝国が栄光しか知らず、親衛隊が
畏敬の対象であったあの頃よりなお凶猛な力が、彼の手にはある。
 ラスト・バタリオン。総統閣下が、閣下の意思を継ぐ次世代の子らのた
めに遺してくれた最後の大隊―――ミレニアム。

 今度の戦争には、なんとしてでも勝てねばならない。

 ……だが、それは勝利のための勝利に過ぎず、たとえ半世紀前の雪辱を
晴らし親衛隊の名誉が回復したとしても、ヘルマンが得るものは膨大な死
者の山ぐらいだろう。

 怒りが消えれば、この地獄から抜け出せるとでもいうのか?

885 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:21:03


「かつて、ニュルンベルク裁判で宣告されたあらゆる罪状を撤回する」

 裁判長が判決を下すと、被告席に座っていた古参兵たちはいっせいに立
ち上がり、獣のような雄叫びを法廷に轟かせた。
 傍聴席からも歓声が上がり、検察側も弁護側も惜しみない拍手を複数の
被告人に捧げた。判事たちすら互いに抱き合って、戦士の復権を喜び合っ
ている。法廷警備員は突撃銃を天井に向け、フルオートで祝砲をあげた。
 一部の人間の¥リ人だけが、表情を失い恐怖に脅えている。

 傍聴席の最後列で裁判の様子を見守っていたヘルマンは、他人に気付か
れないよう注意しながら嘆息を漏らした。熱狂に包まれる法廷にあって彼
だけが、狂喜することも恐怖することもなく、無感情に徹していた。

『親衛隊復権裁判』の名で開かれたこの法廷は、ミレニアムの兵士にとっ
てひとつの悲願の成就だった。
 ニュルンベルクを占領して、自分たちを悪魔に仕立て上げたあの裁判を
やり直すんだ。たとえそれが身内だけで開廷された儀式的な茶番に過ぎな
くても構わない。俺たちの無罪を俺たちの手で証明しよう。
 ―――そうして兵士たちはバイエルンに進軍して、半世紀越しに自分た
ちの冤罪を証明した。

 裁判の様子は親衛隊の報道部隊がリアルタイムでネット配信している。
 裁判が開かれてから三十分ほどで、アメリカ合衆国はわざわざ大統領声
明まで持ち出してこの復権裁判には一切の法的価値がないと断定した。
 まだ判決すら出ていないうちに、イギリスやフランスの亡命政府も合衆
国の傲慢な声明に続いている。この調子では、EU諸国は軒並み否定派に回
るだろう。……だが、そんなことを気にする兵はひとりもいない。

 別に頭をさげて認めてもらう必要なんてないのだ。半世紀前に連中がや
ったことと同じことをしてやればいい。
 罪状は初めから「逆転無罪」で決定している。それに異を唱えるものが
いれば、力で黙らせろ。圧倒的な力で喉を噛み千切ってやる。
 勝者の理屈。連合国の理屈で、この裁判は進められた。

 親衛隊の復権は、ヘルマンの悲願でもあった。六十年間、この瞬間を待
ち続けたと言ってもいい。我々はついに勝ったのだ。勝者になったのだ。

 これで半世紀前の罪は清められた。我々は戦争犯罪者ではなく、国のた
めに命を賭した兵士だ。―――それは大いにけっこうな結果だ。
 だがその判決を勝ち取るために、狂喜に浮かれる目の前のケダモノども
はなにをした。ニュルンベルクの裁判所を占領するために、いったい何人
のドイツ人を殺した。現在進行形で行われているバイエルン州での殺戮の
どこに、兵士の義務や正当性が存在すると言うのか。
 ……貴様等は、自分たちが殺し、血を啜ったのは、我々がかつて守ろう
としたものの子や孫だということを理解しているのか?

 馬鹿馬鹿しい。そしてあまりに狂っている。
 こいつ等は確かに、前大戦の戦争犯罪については無罪だったかもしれな
い。だが、いまの世界大戦に関しては反論の余地なく有罪だ。
 血に飢え、破壊衝動に飼い慣らされ、暴力と殺戮に明け暮れるような集
団のどこに、兵士としての正当性があるのか。無罪を謳える口があるのか。

886 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:21:32



 こいつ等は、私が知っている誇り高き親衛隊ではない!
 こいつ等は親衛隊の面汚しだ!

 ―――しかし、こうなることを望んだのは、他の誰もなくヘルマン・フ
ォン・リリエンシュターン自身だった。これこそがヘルマンの求めた復讐
だった。……少なくとも、戦争が始まるまではそう信じていた。

 総統が自殺し、ベルリンが陥落してドイツの敗北が決定すると、ヘルマ
ンは戸籍上「空襲により爆死」と偽り地下に潜伏した。ハイドリヒ直轄の
部下として国家保安本部(RSHA)で活躍した経歴を買われ、アメリカ諜報
部のダレス機関――のちのCIAだ――に引き抜かれたのだ。
 反共の諜報部員として合衆国に飼われながらも、ソ連と手を結んでドイ
ツを蹂躙した合衆国への怒りは決して忘れなかった。オデッサと極秘裏に
連絡を取り続け、復讐の時を合衆国で待ち続けた。
 そして、ソ連が崩壊すると同時に吸血鬼化した。六十代の老齢にして全
盛期の肉体と容貌を取り戻した。自らの意思で夜の道を選択した。

 ヘルマンはミレニアムの同胞ではなかった。ヘルマンは親衛隊保安諜報
部(SD)の部員ではあっても武装SSではなかったし、あの小太りの少佐にし
たって戦後まで名前も知らなかった。
 だが、CIAの創生期から諜報活動を続けた経験を逆手にとり、合衆国の政
治中枢に破壊工作をしかけることが可能な唯一の親衛隊員でもあった。
 その辣腕を少佐に買われて、戦友≠ナはないにも関わらず吸血鬼化を
許されたのだ。通常の吸血鬼化猟兵よりも慎重で高度な施術をもってして。

 少佐の期待には応えた。
 ミレニアムによる第二次アシカ作戦の実行において、合衆国の介入を防
ぐためにホワイトハウスと国会議事堂を炎上させ、当時の大統領以下十三
人の閣僚を死亡させたのはヘルマンの作戦指揮によるものだった。

 ……この戦争を、彼は望んだのだ。

 ミレニアムの実体を知らなかった。あの狂った少佐の真意を見抜けなか
った。そんなのは言い訳にもならないし、するつもりもない。
 彼はいまでも肥大化したミレニアムのSD諜報員として、あらゆる国家に
規模を問わず存在する吸血鬼信奉者と接触を持ち、破壊活動を促している。
 猛るだけ、戦場を求めるだけの前線狼どもよりも、よほどに組織にとっ
て有益で、だからこそ非道な行いに手を染めている。
 正義を探すなら、もはや自分の復讐心にしかない。

 いっそ狂ってしまえば良かったのだ。
 暴力衝動に理性を破壊されて、他の多くの吸血鬼化猟兵のように、戦争
のための戦争を続けられれば良かった。ただ渇きを癒すためだけに、殺戮
に殺戮を重ねられれば良かった。

 だが、有能な諜報部員として認められたヘルマンには狂う自由など与え
られなかった。理性的でなければ、スパイが務まるはずがない。
 彼の脳髄には怪しげな人工精霊(オートマン)なるものが埋め込まれて
おり、吸血衝動も破壊衝動も抑制されている。
 いまのミレニアムには数十万の吸血鬼がいるが、人工精霊が与えられた
親衛隊員は数えるほどしかいない。
 怪しげなおもちゃだ。自爆装置が仕込まれているのではないか、とヘル
マンは疑っている。転化のときにはすでに埋め込まれていたため、人工精
霊というのがいったいどんな機械なのかヘルマンには分からなかった。 

887 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:22:03


 わざわざ中央ヨーロッパ軍に随行してバイエルンまで足を運んだのは、
復権裁判という名の戦争犯罪に手を染めるためではない。いまとなっては
その判断を後悔しているが、裁判を傍聴したのはただの時間潰しだ。

 ヘルマンのドイツでの任務は、新たにミレニアムに加わる仲間の発掘だ
った。かつて、武装SSや国家保安本部といった親衛隊組織に所属した人材
を見つけ出し、ミレニアムに参加する意思があるか否かを確認する。
 元親衛隊というだけで犯罪者として差別される上に、戦後六十年が経っ
ているのだ。混乱の戦中にしかもドイツ国内で見つけ出すのは非常に困難
だったが、それでもヘルマンはかつての同胞としてすべての親衛隊経験者
に参戦の機会を与えたかった。

 二ヶ月前、『黒い薔薇の夜』と呼ばれる粛清によってミレニアムの権力
構造が激変して以来、組織は新たな隊員を受け容れるのに慎重を期すよう
になった。師団ごとに入隊基準は異なるが、かつてのように戦場を求める
意思さえあれば半世紀前の戦争を知らなくても歓迎する―――などという
ことはなくなった。ミレニアムが親衛隊とは名ばかりの暴力集団だった時
代はもう終わったのだ。これからは選ばれたものによって構成される。

 ミレニアムの採用方法は、大まかに分けて三つ―――なんらかの親衛隊
組織に所属した過去を持つ者を受け容れる。武装SS、または国防軍の英雄
として活躍したが戦死した者を復活させる。SSにもNSDAPにもまったく関
係ないが、ミレニアムで戦うに足る価値を持ったものを新規入隊させる。

 三つ目の新規入隊は、一時期の貪欲な徴用の反動で厳しい選考試験が課
されるようになった。まず常人では通らない。
 二つ目の「英雄の復活」は現実的ではない。そもそも、死者を生き返ら
すなんて真似が可能なのか。司令部は「できる」と謳っているが、蘇生条
件は厳しく、コストパフォーマンスは最悪のようだ。
 そうなると、確実なのはひとつ目の「親衛隊経験者の参加」ということ
になる。一番手っ取り早くて、かつ信頼もできる。
 
 ……だが、結果は芳しくなかった。

 少佐率いる最後の大隊≠ノ始まり、オデッサ系地下組織、鉤十字騎士
団、ゲルマン騎士団、レッドスカル、ゲゼルシャフト、トゥーレ協会、聖
槍十三騎士団や黒円卓など、全国に散らばった多くの親衛隊組織がいまで
はラストバタリオンの名の下に、ミレニアムに統合されている。
 もはや組織だった親衛隊はすべて合流してたと考えていいだろう。あと
は世間から隠れて暮らす個人レベルの元親衛隊≠ェ残るのみだ。
 彼等は探し出すのは非常に骨が折れる上、仮に身元が判明したとしても、
ヘルマンが望むような返事を得られることは滅多になかった。

「おまえ等は、正気じゃない」

「あの戦争はとっくに終わっているんだぞ」

「亡霊め!」

 ―――彼等は名誉の挽回より、穏やかな死を望んでいた。

888 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:22:26


 興奮と熱狂の渦と化した法廷に背を向ける。くわえた煙草に火を点ける
と、気だるげに紫煙を吸い込んだ。
 煙草の銘柄はシルクカット―――イギリスのブランドだ。彼等は半世紀
前から、煙草や酒といった嗜好品だけは良質なものを作る。

 そろそろ、SDのニュルンベルク支部に戻るべきだろう。仮設支部が置か
れるマリティム・ホテルまでヘルマンの¢ォならば五分とかからない。
 部下にはバイエルン州に住む七十五歳以上の男性で、親衛隊に所属した
経歴がありそうなものを片端からリストアップさせていた。
 ヘルマンの部下は吸血鬼信奉者系の組織から引っ張った人間ばかりで、
吸血鬼はひとりもいない。SDのような高度な交渉能力が必要とされる仕事
は、なりたての吸血鬼がこなせるものではない。SDという組織自体吸血鬼
は少なく、非正規職員の人間が大半を占めている。その分、役職を持った
吸血鬼は生え抜きのエリートだ。

 さて、戻るか。ジャックブーツの爪先を持ち上げかけた、そのとき。

「―――ばあっ」

「……っ?!」

 いつの間に目の前に現れた少女に、驚かされた。鼻と鼻が触れ合いそう
な距離にまで顔を近づけられて、大声で戯けられた。
 他愛もない悪戯だ。だが、不意を打たれたヘルマンは思わず後じさって
しまい、黒革製のホルスターからワルサーPPを抜いていた。
 銃口に睨まれて、少女は慌てる。

「わあ! 降参降参。ごめんなさい。大尉さんがぼーっとしていたから、
ついからかってみたくなっちゃったの。でも、そんなに驚くとは思わなか
ったわ。……うふふ、かわいい反応」

「君は―――」

 少女と評したのは間違いではなかった。にこにこと悪戯っぽく笑う表情
はどう見ても十代の前半で、背丈はヘルマンの胸にも届かない。熟し切っ
た木苺のような毒々しい赤毛を、背中まで伸ばしている。

 しかし、彼女を少女と呼べる要素はそこまでだった。
 彼女は親衛隊の制服を着ていた。それも武装SSが着るフィールドグレー
の野戦服ではなく、親衛隊の象徴とも言えるブラックユニフォームだ。
 ただし、随分と手が加えられており、本来の開襟ジャケットに黒ズボン
という組み合わせは見る影もない。タイトなミニスカートと燕尾型のコー
トが一体化したような複雑な衣装。胸を強調するようにシャツが覗いてい
たり、肩の部分だけスリーブがざっくりと取り払われて肌を見せられるよ
うになっていたりと、どう見ても一品もののオートクチュールだ。

 改造制服は唾棄すべき風紀の乱れだ。制服の意義と価値を知らない者に、
親衛隊を名乗る資格があるのか。
 階級章を一瞥して、少尉だと知った。正規の隊員でしかも士官だと言う
のか。事務員や補助員、収容所の看守ならともかく、軍人として女性を親
衛隊に入隊させる現在の基準が理解できない。赤軍ではないのだから、男
女が肩を並べて戦場に出るなど論外だ。ヘルマンは女性を労働力と見なす
ことすら嫌っていた。婦人は産み育てることで国家に貢献すべきだ。

 ……それに、軍服姿の女性を見るとベルリンを思い出す。女も子供も、
老人すら駆り出されたあの終末の情景を。

889 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:22:41


 いまの親衛隊は、人外が跋扈する亡霊の集団だ。どうせこの少尉も見か
け通りの年齢ではないのだろうが、敬礼もなく上官に馴れ馴れしく話しか
ける態度―――そも、戯れに脅かしてみせるなどといった真似を捨て置く
わけにはいかない。頬を張り飛ばしてやろうかと右手を無言で上げた。

 少尉はヘルマンの醒めた表情からこれから行われることを覚ったのか、
「じゃーん」と左腕に身につけた腕章を得意げに見せつけた。
 赤字に黒のラインが入った腕章には、ハーケンクロイツの代わりに菱形
の奇怪な魔術紋様がプリントされている。
 こ、これはまさか―――

 ヘルマンは七十年以上叩き込まれた習性に従って、踵を打ち鳴らして姿
勢を正した。顎を持ち上げて敬礼する。

「失礼しました!」

 ……なんてことだ。この娘は黒円卓の騎士だ。こんな規律も知らなさそ
うな小娘が聖槍十三騎士団の団員だというのか。

「んー、気にしなくていいよぉ」

 少尉は相変わらず馴れ馴れしい態度で、ヘルマンの胸を撫でてくる。

「わたしも、あなたみたいな美青年にならぶたれるのも良いかなー……な
ぁんて思っちゃっていたし。折檻されるのも嫌いじゃないんだよ? でも
そういう機会はこれからもまだ持てそうだから、ね?」

 なにが「ね?」なんだろうか。ヘルマンは少尉に対して、先ほどまでと
は別種の憤りを覚え始めていた。
 
 聖槍十三騎士団とは、親衛隊内の部隊や局を跨いで結成された秘密結社
で、組織というより倶楽部のおもむきが強い。強固な横繋がりがあるわけ
ではないらしいが、団員はみなミレニアムにおいて階級からは考えられな
い破格の権力を有している。
 ……いまのミレニアムは、階級よりも位階≠ニいう怪しげな序列が優
先される。位階を持たざるものは、例え大将格と言えども位階を持つ兵卒
には逆らえない。聖槍十三騎士団の団員は揃って位階持ちだった。

 これはヘルマンが現在の親衛隊を不愉快と思う理由のひとつだ。
 位階とはなんだ。聖槍十三騎士団とはなんだ。ミレニアムに入るまで、
名前も聞いたことがない連中じゃないか。
 こいつ等が戦時中になにをした。前線を経験しているのか。あの地獄の
ような東部戦線で、仲間のために一滴でも血を流したのか。ただヒムラー
長官に気に入られて秘密の魔術サークルで仲良しごっこを続けていただけ
で、なぜ我々の親衛隊を我が物顔で歩き回っているのだ。

 だが、ヘルマンは生え抜きの将校だ。そういった感情は表にはおくびも
出さず、不動の姿勢で忠義を尽くした。少尉にではなく、親衛隊にだ。

 しかし、聖槍十三騎士団の団員が一介の保安諜報部員になにを求める。

890 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:22:57


「ヘルマン・フォン・リリエンシュターン―――」

 少尉は、幼い外見からは想像もつかない妖艶な唇の動きで、ヘルマンの
名を呟いた。私を知っているのか。どこかで出会っているのか。

「わたしは、あなたを覚えているわ。ヴェーヴェルスブルグ城で血の聖杯
を飲み干した、あのときのあなたの表情を」

 一瞬、なんのことだか分からなかった。すぐに、まだ戦争が始まる前、
ナポラの軍事学校でヒトラー・ユーゲントの少年たちに馬術などの体育教
練を叩き込んでいた頃の話だと思い出した。彼女は、ヒムラー長官に呼び
出されたヘルマン含む十二人の親衛隊青年士官が、ヴェーヴェルスブルグ
城の地下で篝火を囲んで〈秘儀〉を行ったことを言っているのだ。
 長官の血を垂らしたワインを飲んだとき、ヘルマンはあまりの不快さに
吐き気を催した。彼が魔術的儀式を嫌うようになったのはあの頃からだ。
 しかし、なぜ彼女がそのことを知っている。

「それは、わたしもあそこにいたから。あの頃から、わたしはあなたがい
ちばん食べ甲斐がありそうだなって目を付けていたんだよ?」

 あの地下空洞には長官と、自分を含めた十二人の士官しかいなかった。

「わたしなら、覗き見ぐらいいくらでもできちゃうんだな。あの頃はちょ
うど、わたしと長官がいっちばん仲良しだった時代だし。……まああのひ
とは、わたしだけじゃなくて色んな子と接触を持っていたケド」

「話が見えませんね。思い出話がしたいのなら、別の機会にしていただき
たいのですが。私には任務があるので」
 
 気味が悪い女だ。関わり合いたくない。ヘルマンはもう一度敬礼をして
立ち去ろうとした。……が、動けない。ヘルマンはいまになってようやく
気付いた。首から下が指一本たりとも動かせない。まるで金縛りにあった
かのような……いや、これは金縛りそのものだ!
 しかし、首だけは自由に動く。目を見開いて少尉を見つめた。赤毛の少
女は、ヘルマンの影を乗馬ブーツで踏みつけて「行っちゃダメ」と呟く。

 瑠璃色の瞳に禍々しい輝きが帯び始めた。

「んー、分からないかなぁ。だから、わたしはあなたが大のお気に入りっ
てことなの。いますぐに食べちゃいたいくらいにめろめろってわけ。でも、
あなたは自分が思っている以上にこの組織では重要なポジションについて
いて、一部では英雄視までされちゃっているから、わたしが勝手につまみ
食いをすると、怒られちゃうのだ」

 えへん、と少女は胸を反らす。

「あなたから見るとわたしは好き勝手に生きているように見えるかもしれ
ないけど、実際は使いっ走りばっかりで権力なんてまるで無いのよねー。
 いまのミレニアムってどこを見渡しても魔女魔女魔女の魔女のインフレ
状態。魔女ってだけじゃぜんぜんありがたみがないのが現実なの」

 首領閣下や幹部たちが帰ってくれば、ミレニアムでの黒円卓の権威も上
がるんでしょうけど、それはそれで迷惑だし……―――と、ヘルマンには
理解できない独り言を少尉は呟き続ける。

891 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:23:22


 あ、愚痴になっちゃった。少尉は小さく舌を出して詫びる。最低限の要
約だけで会話を成り立たせる軍人式のコミュニケーションが取れない女だ
ということはよく分かった。やはりヘルマンが苦手なタイプだ。

「こ……れは……貴様の仕業なのか」

「そ。わたしのナハツェーラー。こうでもしないと、あなたはわたしのお
話を聞いてくれないもの」

 抜かった。ヘルマンは特別行動部隊としてしか従軍経験はないが、ゲリ
ラ部隊の他にも何度かポーランド軍やソ連兵との戦火を交えている。
 あのT-34戦車を手榴弾で破壊したこともあった。実戦経験は豊富で、武
装SSの古参兵士と比してもひけを取らない自信がある。
 ……だが、こういう手合いにはまるで無力だ。ただでさえ人工精霊によ
る拘束のせいで、ヘルマンの夜の能力は他の吸血鬼に比べて見劣りするの
だ。加えて不条理な魔術まで用いられたら、逆らう術など持ちようがない。
 こんなことなら、占領下と油断せずに護衛を引き連れておくんだった。

 ヘルマンの異変に気付くものは誰もいない。
 裁判所の廊下には、いつの間にか人気が失せている。法廷は無罪判決で
あれだけ盛り上がっていたのだ。裁判所はいま、熱狂した吸血鬼でごった
返しているはずなのに、この静けさはなんだ。
 これが結界≠ニいうものなのか―――

「……これ以上、わたしも我慢できそうにないから考えたわ。あなたをど
うすれば、わたしの手元に置けるだろうって。それで素晴らしいアイデア
を閃いたの。『なら、一緒に働けるようにしちゃえばいいじゃない』って」

 オフィスラブなのだ、と少尉はころころ嗤う。

「あなた、もうSDに帰る必要はないわ。ホテルの仮設支部にも、いまごろ
後任の誰かが着いているはずだから、引き継ぎとかそういう面倒なのもぜ
ぇーんぶ忘れちゃって。ただ素直にお姉さんについて来ればいいんです」

 大佐はわたしの推薦を受け容れてくれたわ。あなたは魔術的素養には欠
けるけど実務能力は桁外れに高いし、経歴も容姿も上司受けが良さそうだ
から、あっちの職場でもすぐに成功間違いなしよ。

 少尉は無邪気でありながら艶然という矛盾した表情で、愛おしげにヘル
マンの胸に指を這わす。鍛え抜かれた胸筋を制服越しに感じ取ろうと、妖
艶な仕草で指先を滑らしていく。

「貴様は、貴様はなにを―――」

 これは極秘の辞令だから誰にも内緒ね、と念を押してから、少尉は一枚
の紙片を取り出した。これを見ればすべてが分かると言わんばかりに。

 ……これは切符か? 真っ黒に染め抜かれた切符。黒の切符―――

 ミレニアム最高司令部が陣を作る魔都パリは、外部からの攻撃を警戒し
て次元が歪められている。断層の裂け目をまたぐ術はなく、正規の交通手
段はたったひとつ。パリに行くには汽車に乗らねばならない。死者を地獄
に運ぶための魔列車に。汽車に乗るための切符は、漆黒だという―――

「アーネンエルベへようこそ!」

 ルサルカ・マリーア・シュヴェーゲリンSS少尉は、そう言うと、切符を
持ったままヘルマンに抱きついた。




                                ........to be continued.

892 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:24:25


Phantom Drei vs Meister Schutze
スピンオフ小説「アーネンエルベへようこそ☆」
体験版

第二話


 ドイチェス・アーネンエルベ機関。またの名をドイツ古代遺産継承局。
 最近は魔術研究局≠ニ揶揄されることも多いこの機関は、世界の遺跡
を調査、発掘、保存することを主目的とした親衛隊の公式なセクションの
ひとつだ。武装SSが親衛隊における武のエリート集団なら、アーネンエル
ベは知識のエリート集団ということになるだろう。ドイツの学者にとって
アーネンエルベに関われることは、ひとつのステータスだったという。

 アーネンエルベ機関のことは士官学校時代に何度か耳にしたことがある。
 大学に進んで先史学を学ぶような生粋の学者たちの集団で、同じ親衛隊
といってもヘルマンたちとの関わり合いはない。
 まったく別世界の組織のはずだった。
 ……だが、いまのミレニアムを支配しているのはアーネンエルベに所属
するひと握りのオカルト狂どもだ。
 連中は少佐がいなくなり混乱と迷走を始めたミレニアムをまとめ上げ、
再編成し、自分たちにとって都合のいい組織に作り直した。

 つまり、シュヴェーゲリンSS少尉がヘルマンに伝えた転属の辞令は、ミ
レニアムという組織の中枢への栄転だ。大出世といっていい。
 ミレニアム最高司令部とアーネンエルベ本部は同じ意味を持つ。現在の
ミレニアムの上層部は、アーネンエルベの幹部で占められていた。
 自分も、その仲間に加わろうというのだ。



 魔都パリに繋がる魔列車は、ヨーロッパ中の駅に魔想鉄路を敷いて走り
回る。完全制圧下の占領地ならば、大概は停車駅が置かれていた。
 噂ではノーライフ・キングとの決戦で死都と化したロンドンにすら停車
駅があるらしい。いったい誰が乗り込んで、誰が降りるというのか。

 バイエルンに停車駅がないため、ヘルマンはシュヴェーゲリンに連れら
れてルクセンブルクまで行かなくてはならなかった。
 ほとんど誘拐だ。裁判所の大廊下で会ってから、すぐに連れて行かれた
のだから。ホテルに残した私物すら持っていく暇がなかった。
「そんなのはあとで持って来させればいいよぉ」が彼女の弁だ。

 軍用輸送機でフィンデル空港まで行くと、ルクセンブルク旧市街に建つ
時代がかった駅舎に直行した。信じがたいことだが、ヘルマンたちがホー
ムに着くと同時に、タイミングを申し合わせたかのように黒鉄色の魔列車
が蒸気を吐き出しながら到着した。
 ブリキの怪物のような外観に、ヘルマンは戸惑いを隠せない。

 ホームを見渡してもヘルマンたちの他に人影はなかった。乗り降りする
ものはいないのか。誰もこの不気味な汽車を利用しないのか。……ためら
っていると、シュヴェーゲリンに「はやくはやく!」と手を引かれた。
 覚悟するしかないだろう。アーネンエルベの辞令を拒否するほどの力を
ヘルマンは持っていない。

893 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:25:13


 パリまでの旅路を暗澹とさせた最大の理由は、シュヴェーゲリンSS少尉
が同行者だということだ。彼女はアーネンエルベ勤務の魔女で、八十年近
く前の母体組織設立から関わっている最古参のメンバーらしい。
 ……彼女の実年齢を聞くのが躊躇われる。あの戦争が始まる前から、人
間ではないものが祖国に関わっていたなど信じたくなかった。
 いまでは自分も、その仲間なのだが。

 アーネンエルベ機関ではどんな任務に就かされるのか。シュヴェーゲリ
ンに尋ねてみても「わたしは推薦しただけだからわかんない」というふざ
けた返事しか返ってこない。では、シュヴェーゲリン自身はどんな仕事を
しているのか。そう問うてみても「んふふー、それは秘密なのだぁ」とさ
らに戯けた返答が待っている。―――これ以上この女とコミュニケーショ
ンを取っても苛立ちが増すだけだ。ヘルマンは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、
向かい合って座るシュヴェーゲリンから窓の外へと視線を変えた。

 魔列車などと呼ばれていても、車窓から地獄の風景が望めるというわけ
ではない。普通の列車と変わりないんだな。安堵と落胆を覚えながらヘル
マンはパリに着くのを待った。シュヴェーゲリンが露骨な視線を投げてく
るのが不快だ。隠そうともせずにヘルマンの横顔を眺めている。
 彼女のまなざしの熱っぽさには、寒気を覚えるばかりだ。

 自分がこれから連れられてゆく魔都は、ブロッケン山だ。終わらないワ
ルプルギスの夜だ。魔女の巣の中心で、どんな運命が待ち受けているのか。
 ヘルマンは屈辱を感じずにはいられなかった。私は魔女に嬲られるため
にミレニアムに参加したのではない。この命を燃やすのは、総統が遺され
た理想を全うするときだ。魔女の贄には断じてならんぞ。

「怖がることはないわ」

 ヘルマンの思考を読み取ったかのように、魔女は囁く。

「裁判所ではあんなコト言っちゃったけど、わたしはまだあなたに手を出
す気はないから。……というより、手を出せないのが正解かな。
 だからいまは素直に、自分が出世コースに乗れたことを喜んじゃいなさ
いって。あなたがいまから着任する街は、この世でもっとも罪深くて、呪
われていて、憎しみを集めているところなんだよ」

 素敵でしょ? そうシュヴェーゲリンが同意を求めると同時に、車窓か
らの風景が一変した。同じ夜景だが、闇の濃度が目に見えて濃くなる。
 パリに入ったのだ。誰に教えられるでもなく、本能で覚った。

 窓から目が離せない。流れる風景などまったく見えないにも関わらず、
ヘルマンはまばたきすら忘れて窓の外を注視した。いまや車窓は墨を塗り
つけたかのように闇に染まりきっている。
 車窓のガラスはなぜか光を反射しない。吸血鬼のヘルマンはともかく、
シュヴェーゲリンや列車内の様子すら映し出さないなんて。窓の向こうが
闇ならば、ガラスとは鏡面のような反射率を持つものではないのか。
 これではまるで、この車窓にはガラスなんていうものはなくて、闇と自
分とを分け隔てる境界は溶けて消え、自身もまた闇の一部として―――

894 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:26:25


「はい、そこまでー」

 シュヴェーゲリンの声で我に返る。いつの間にか車窓にはブラインドが
下ろされ、外の様子が窺えなくなっていた。ボックス席から身を乗り出し
て他の窓を確認してみるが、すべて同じようにブラインドが落ちている。

 シュヴェーゲリンが口元に手を当てて嗤う。

「んふふ、かわいいわ。この程度の瘴気に当てられちゃうなんて、あなた
ってばほんとにうぶなのね」

「いま、私が見たのは―――」

「地獄とか冥府とか魔界とか、それっぽい感じのやつよ。いまのパリって、
奈落に堕ちかけているのを大佐が魔術で強引に引き留めているような状態
だから、裂け目から危ないどろどろが漏れたり溢れたりして来ちゃうの。
この列車は、そんなこっち≠ニあっち≠フ境目を走っているから、耐
性のない子が外を見たりしちゃうと、魂を持って行かれちゃうときもある
のよ。とっても危険だから、窓じゃなくてわたしを見るようにしてね?
 ―――なぁんて、言うの遅いよねぇわたし。ごめんごめん。あなただっ
て一応は夜族なんだし、この程度なら平気かなって思っていたんだけどね」

 緊張感のないシュヴェーゲリンの態度に、逆にヘルマンは危うさを覚え
た。……やはりこいつは狂っている。そんな得体の知れないところに私を
連れて行って、害を及ぼすつもりはないなどとどの口が言えるのか。
 
 ……いや、落ち着け。ヘルマンは自戒する。シュヴェーゲリンのひとを
食った態度などいちいち取り合うな。つねに冷静を意識しろ。この程度の
まやかしで取り乱すようでは、親衛隊の男は務まらんぞ。

 それから一時間ほどで、二人を乗せた魔列車はパリのサン・ラザール駅
に到着した。戦闘の傷痕は見当たらず、クロード・モネの絵画からそのま
ま抜け出してきたかのような駅舎が静かにヘルマンを歓迎した。
 列車内同様、プラットホームにも駅構内にもヘルマンたち以外の人影は
見つからなかった。サン・ラザール駅はパリでも最大規模のターミナル駅
なはずだ。利用客がまったくいないなんてことが考えられるのか。
 駅員や占領軍の兵士の影すら掴めない。周囲を見回しても、耳鳴りがす
るほどの静けさがあるだけだ。

「んー、おかしいなぁ。本部から誰かが迎えに来てくれることになってい
たのに。どこで待っているんだろう」

 まさか歩いてこいなんて言わないでしょうね。シュヴェーゲリンはヘル
マンの腕に手を回したまま、きょろきょろと小さな頭を動かす。
 やがて瑠璃色の瞳が一点を見定めた。「あ、いた」と短く叫ぶ。だが、
彼女の視線を辿ってみても無人の駅構内が広がっているだけだ。

 シュヴェーゲリンに腕を引かれて北口に出ると、タクシー広場らしき空
間に黒塗りのアウディが駐められていた。車の横には、将校姿の女が立っ
ている。シュヴェーゲリンが「モリガンじゃない」と手を振った。

895 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:27:17


 モリガン―――そう呼ばれた女将校は、シュヴェーゲリンと同じ女であり
ながら、なにもかもが対照的だった。
 しなやかさと豊かさを併せ持つ均整の取れたスタイルには、女遊びに慣
れたヘルマンでも目を奪われずにはいられない。
 乗馬型のトラウザースとロングブーツの組み合わせや、開襟型のチュニ
ックと褐色シャツに黒ネクタイ、右肩から袈裟懸けに吊った黒革のベルト
といった典型的なブラックユニフォームの着こなしも、彼女がまとうだけ
で凛々しさよりも妖艶さが引き立つ。
 腰まで伸びたストレートのロングヘアを眩しそうに見つめていると、ヘ
ルマンの視線に気付いたのか、女将校は微笑を浮かべた。

「モリガンSS少尉です」

 敬礼はドイツ式だった。ヘルマンも思い出したかのように敬礼を返す。
 軍服を着ているにも関わらず、相手を軍人と見ることができなかった。
 シュヴェーゲリンと同じだ。制服をおもちゃとしか思っていない。

「……あなたも、アーネンエルベなのか」

「はい。とは言っても、シュティーベルSS大佐の秘書官に過ぎませんが。
魔術研究だとか古代遺産だとかには、関知しておりませんわ」

 モリガンは微笑みを絶やさない。
 彼女は女性として完成した容姿を誇っているのだが、浮かべる表情にど
ことなく子供じみた愛嬌を感じる。それがシュヴェーゲリンの作為的な無
邪気さと似ているように思えて、ヘルマンは薄気味悪さを覚えた。

「どう、モリガン。実物もいい男でしょ?」

 わたしが見つけたんだから、あなたは手を出さないでよね。シュヴェー
ゲリンがヘルマンの腕を引き寄せると、モリガンは「それはどうかしら」
と返した。「早い者勝ちなんてずるいわ」

「それにこういう立派な殿方の横に立つ場合、釣り合いというものを考え
ないと。マレウス、あなたじゃ役者不足ね。ついでに身長も足りないわ」

「あ、それって酷い言い方。ルサルカの友情を想う心が深く気付くわ」

 シュヴェーゲリンの反応を見て、モリガンはくすくすと笑いをこぼしな
がらアウディの後部ドアを開いた。促されるままに後部座席のシートに腰
を下ろす。モリガンはシュヴェーゲリンを助手席に案内しようとしたのだ
が、彼女は無視してヘルマンの隣に滑りこんだ。
 モリガンは肩を竦めて、運転席に着く。

「ねえモリガン。いま本部には誰がいて誰がいないのかしら。ちゃんと大
佐はいるのよね。いつもみたいにエッカルトしかいないなんてこと、わた
しはいやよ。……他のクソどもは別にいなくてもいいけどね」

「安心して。大佐はちゃんといるわ。大尉と面接するために、わざわざ総
司令部から戻ってきてくれたのよ。あとはあなたの言う通り、エッカルト
副会長しかいないわ。良かったわね、マレウス」

 マレウスというのはシュヴェーゲリンの別名らしい。

896 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:27:41


「カールもゲイナーもいないのね。あー、良かった。あいつ等がいると空
気が悪くなってしょうがないのよね。特にゲイナーなんてもう最悪」

 ひやりと背筋に冷たいものを覚える。カール・ルプレクト・クロエネン
SS大佐にゲイナー・パウル・フォン・ミンクトSS大尉。どちらもアーネン
エルベの高級幹部で、ミレニアムの最高序列だ。いまの親衛隊で二人に命
令をできる将校など、グルマルキンSS大佐ぐらいのものだろう。

 ハンドルを握りながら、モリガンが応じる。

「それは偶然ね。ミンクトSS大尉もよく、あなたを見ると殺したくなると
漏らしてるわ。羨ましい関係。妬けちゃうわ」

 シートに背を伸ばしていたシュヴェーゲリンが、慌てて起き上がる。

「ちょっとモリガン。あなた、あいつに変なこと吹き込んでないでしょう
ね。やめてよ。わたし、あいつに狙われるようなコトまだなにもしてない
んだから。……ああ、もう。あいつだけはほんとにやばいのよ」

「だったら殺しちゃえばいいじゃない。あなたが得意な拷問で」

「だから、変なコト言わないでって。聞かれていたらどうするのよ。あい
つの地獄耳はあんただって知っているでしょ。あなたは大佐がいるから良
いんでしょうけど、わたしは後ろ盾とかなーんにもないんだからね」

 フロントガラスを見つめたまま、モリガンはあらあらと微笑む。
 ……シュヴェーゲリンは必死だ。彼女の表情から、ヘルマンを苛立たせ
る挑発的な悪戯っぽさが消えていた。
「冗談よ」とモリガンが答えると、ようやく安心したのか「この女ってほ
んと性格悪いよねー」と同意を求めてきた。ヘルマンはじろりとシュヴェ
ーゲリンを睨むことで返事に変える。
 道化た会話に付き合うような余裕はない。それよりもヘルマンには気に
なることがあった。

「ここはシャンゼリゼ通りだな」

 目抜き通りの向こうにオベリスクが見える。振り返れば凱旋門だ。

「ええ、そうよ」

 モリガンは頷く。

「アーネンエルベの本部はルーブル宮殿にあるから、もう少しで着くわ。
楽しいドライブもお終いね。残念だわ」

「……なぜ、誰もいない」

 パリに着いたときから疑問に思っていた。まったくひとの姿が見当たら
ないのだ。誇張ではなく、人影ひとつ見つからない。
 ニューヨークやロンドンと並び立つ大都会パリで、ひとの気配がしない
など尋常ではない。占領下だというのに、吸血鬼すら見かけないなどと。
 パリ市民はどこへいった。占領軍はどこにいる。

 戦闘の傷跡がないのも気になった。前の大戦のように、フランス政府が
パリを無血開城したなどという話は聞いていない。イル・ド・フランス戦
争によって、パリもロンドンと同じく大打撃を受けたはずだ。
 だが、ヘルマンが窓から眺めるパリの街並みには悲愴さの欠片もない。
 いったいどうなっているのか―――ヘルマンが疑問を口にすると、モリ
ガンはバックミラー越しにちらりと視線を投げてきた。

897 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:28:18


「大尉はどうして、シュティーベルSS大佐がパリという都市ひとつを丸ご
と世界から隔絶するような真似ができたと思っているのかしら」

 どういう意味だ。そう問い返そうとすると、シュヴェーゲリンが割って
入ってきた。

「この子ってば吸血鬼なのに魔術の知識がまったくないから、いちから説
明してあげないとなんにも分かんないよ」

「躯ならともかく口で教えるのは得意じゃないわ」

「じゃあルサルカちゃんが教えてあげるー。……って、そんな難しい説明
なんて必要ないじゃない。全員殺しちゃっただけなんだから」

「な―――」

 殺しただって。パリ市民全員を? 百万規模の都市だぞ。バトル・オブ
・ブリテンすら、市民の死傷者は数十万だ。皆殺しにするなどと、大量破
壊兵器や化学兵器を持ち出さないと不可能だ。

「大佐がここを司令部にしたのは、ミレニアムが街を占領してから半年ぐ
らい経ってからだったかしら。それまではただの瓦礫都市だったし、人間
もちょっとぐらいは逃げずに残っていたわ。んー、まあ数十万ってところ
かな。大佐がミレニアムの掌握したときに、そいつ等を全員ぱくって食べ
ちゃったんだね。魔術で創った黒狼犬を何千匹も市内に解き放って」

 冗談なのか本気なのか、シュヴェーゲリンの戯けた態度からは判断がつ
かなかった。運転席のモリガンに視線を向けるが、運転している後ろ姿か
らは表情が窺えない。……まさか、本当に皆殺しにしたのか。

「この街の景観が戻ったのも、奈落に堕ちかけているのも、瞬間的な大量
死で生じた霊的エントロピーを利用したからなんだよ。あれだけ殺せば、
まあこれくらいはできちゃうよねぇ」

「気をつけなさい。黒狼犬はまだ放し飼いのままだから。侵入者を認める
と、容赦なく噛み付いてくるわよ。大佐に会うまでは私たちから離れない
ことね」

 気付けば、ヘルマンは拳を固めていた。

「……パリにはパルチザンがいたのか。卑劣なゲリラがいたのか」

「んー、そういう話は聞いたことないかな」

「なのに殺したというのか。数十万という人間を、理由もなく!」

「そうだよ?」

 魔女め、とヘルマンは呻いた。

「貴様等は自分がしたことの意味を理解していない。これこそ正に大量虐
殺ではないか。取り繕いようもないホロコーストだ。……なんてことだ。
分かっているのか。貴様等は親衛隊の名誉を汚したんだぞ!」

「だから、でしょ?」

898 名前:ヘルマン・フォン・リリエンシュターン ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:31:00


「なんだと」

 怒りで顔の筋肉が硬直するのを感じながら、ヘルマンはシュヴェーゲリ
ンを睨み付けた。赤毛の魔女は子供をあやすように言葉を続ける。

「かつて連合軍が、フランスが、ベルリンにしたことと同じ屈辱を担わせ
てやれ。あの戦争で果てていった仲間たちや、守りたかったのに守れなか
った国民たちの無念を晴らしてやれ。そして今度こそ、あの頃の祖国が願
った勝利を。―――それが、この戦争を愉しむあなたの理由なんでしょ?」

 だったら、これでいいじゃない。あなたが望んだ復讐を、わたしたちが
果たしてあげたんだから。ねー、怒らないで褒めてよぉ。
 シュヴェーゲリンはあの熱っぽい瞳でヘルマンを見つめたまま、彼の胸の
内を裏から抉るように言葉を投げつけてくる。
 ……もはや、疑う余地はない。この女は、心を読んでいる。どんな理屈か
は知らないが、ひとの感情を見透かす魔術を識っている。そうでなければ、
ここまで正確に他人の心理を見抜けるものか。

「それにわたしたちだけじゃなくて、あなたが大好きな武装SSのみんなだっ
て、軍人も一般人も選ばずに殺しまくっているじゃない。なのに、わたした
ちが殺したら親衛隊の面汚しだなんて、そんなのは不公平だと思いまーす」

 それは―――確かに、シュヴェーゲリンの言う通りだった。
 ヘルマンがいくら総統閣下の親衛隊に理想を抱こうと、現実のミレニアム
は高潔さの欠片もない戦争狂の集団だ。異質なのはヘルマンのほうだった。

 拳を握りしめたままうつむく。こんな気の触れた魔女にすら正論を返せな
い自分は、なんて惨めなのだろうか。殴り飛ばして黙らせることすらできな
いでいる。―――強くあらねばならない。半世紀前からの願いは未だに叶わ
ず、ヘルマン・フォン・リリエンシュターンは脆弱なままだった。

 奥歯を噛み締めて黙り込むヘルマンの首に、シュヴェーゲリンの細腕が回
った。母性的とすら思える優しげな仕草で、ヘルマンを抱き締める。

「……まだ絶望しちゃダメだよ。だって、あなたの願いは叶うんだから」

 わたしなら叶えてあげられる。アーネンエルベなら、あなたの想いを聞き
届けてあげられる。だから一緒に往こうよ、ね? ―――そう囁いて、シュ
ヴェーゲリンはヘルマンの耳に口づけをした。

 思考が麻痺してゆくのが分かる。意識が曖昧になって、まるでシュヴェー
ゲリンの胸の中へと溶け込んでいきそうだ。
 母の胎内に帰るかのような錯覚。ヘルマンは瞼を落として「ヤー」と言い
かけるが、直前にモリガンが乱暴にブレーキを踏んだため、躯が傾いだ。
 途端に意識が明瞭になる。良いところだったのに、とシュヴェーゲリンが
唇を尖らせた。……いまのは、まさか魅了の魔術だったのか?


「―――さあ、着いたわ」

 絶妙のタイミングで横槍を入れられたことに満足しているのか、モリガン
は悪戯っぽい笑みを浮かべながら後部座席のドアを開き、ヘルマンを車外に
エスコートした。

「ここがわたしたちの機関のパリ本部よ。アーネンエルベへようこそ」





                                    ........to be continued.

899 名前: ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:33:26


国家社会主義労働者ADV「アーネンエルベへようこそ☆」


【story】
思い通りの人生を過ごせず、鬱々とした毎日を送るヘルマンの前に、
ある日ちょっと不思議な女の子が現れた。少女の名はルサルカ。
ルサルカの強引な勧誘に根負けして、ヘルマンは「アーネンエルベ」
なる秘密倶楽部に入会することになったが、そこで待っていたのは
あまりに個性的なヒロインたちだった?!
ヘルマンの新しい出会いが、いま始まる―――


【introduction】
攻略可能ヒロインの数は七人!
魔女っ子率50%以上!
甲冑率30%以上!
人外率90%突破!
新機軸の恋愛ウォーシミュレーションが、ついに大殲上陸!
新人局員の主人公ヘルマンになって、
気になるあの子と一緒にヴァチカンへ攻め込もう!

900 名前: ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:33:55


【character 1/2】

ルサルカ・マリーア・シュヴェーゲリン
 属性:ロリ
 階級:SS少尉
 本作のメインヒロイン。栄光ある黒円卓の騎士……なはずなのだが、
 ボスと幹部が揃って別世界へ出張してしまったため、あまり権力はない。
 ヒロインの中ではぶっちぎりの下っ端で、その扱いはイジメに近い。
「趣味は拷問☆」「気に入った男を食べちゃうこと♪」とか調子に乗ったことを
 よく言うが、実際は拷問されたり食われたりすることのほうが多い。
 幹部にウザがられてオモチャにされるのは、
 黒円卓でもアーネンエルベでも変わらない。
 好きなことは長生きで、嫌いなことは死ぬこと。ここらへんがもう必死。
 彼女のルートに入るとシュライバーとかいうショタ男と三角関係になれる。
 他のヒロインのルートと比べて、バッドエンドの数が桁違いに多い。


モリガン・アーンスランド
 属性:お嬢様
 階級:SS少尉
 グルマルキンが個人的に雇い入れた秘書官(兼従卒)。
 誰にも知られていないが、実は魔界の超名門貴族アーンスランド家のお嬢様。
 アーネンエルベにはお忍びで参加しているため、名字は明かしていない。
 ばれたら偉いことになるが、あまりに突飛すぎる素性なため誰も気付かない。
 実力は機関内(どころか親衛隊内ですら)でもダントツなのだろうが、
 戦闘には参加せず、あくまで容姿で取り入り続けるのが彼女のルール。
 ルサルカとは下っ端同士仲が良く、OLの同期みたいな関係になっている。
 だが裏ではなにかと必死なルサルカのことを馬鹿にしきっており、
 退屈しのぎに(ばれないよう工作して)いじったり虐めたり殺しかけたり
 しているが、それもまた愛情なのだろう。


デートリンデ・エッカルト
 属性:年上お姉さん
 階級:SS少将
 トゥーレ協会の創設者にして副会長。階級は高いけど序列はそれなり。
 他のメンバーと違って、本部に引きこもって指揮を執ることが多い。
 キレたメンバーが多い中で、落ち着きのあるエッカルトは貴重なのだが、
 落ち着いている理由が自分の研究以外に興味がないからだったりするから、
 結局は他のメンバーとあまり大差がない。
 見た目はお姉さん系なのだけど、ヒロインの中では(多分)一番若い。
 極度のビビりで、恐怖を感じるとキレてジェノサイドを始める。
 しかしビビっていても見かけは冷静かつ柔和なため最高にたちが悪い。
 国家社会主義労働錬金術師。世界を等価交換して第三帝国を錬成する。

901 名前: ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:34:09



【character 2/2】


グルマルキン・フォン・シュティーベル
 属性:ネコミミ
 階級:SS大佐
 アーネンエルベの序列第一位にしてミレニアムの最高指導者。
 再就職を断られた腹いせに、少佐不在の隙にミレニアムを奪ってしまった。
 夢はでっかく世界征服。だけどほんとは自分の魔術研究を進めたいだけ。
 趣味は陰謀を企むことで、某シャドルーの総帥ばりに現場に出たがる。
 その度に返り討ちにあって死ぬのだが、
 予備の躯が一個師団ほどあるらしくて、平然と生き返る。
 色々と頑張っているはずなのだが、あまりカリスマはない。
 今ままで企んだ陰謀の悉くが失敗しているため、現在の成功が信じられず、
 いつ台無しにされるか愉しみにしているといった哀れな噂もある。


カール・ルプレクト・クロエネン
 属性:無口っ子
 階級:SS大佐
 トゥーレ協会の会長にしてアーネンエルベの最高級幹部。
 全身を魔改造したゼンマイ仕掛けのサイボーグで、拳銃弾程度なら余裕で弾き返す。
 見かけによらずインテリで、トゥーレ協会設立以前は大学教授をしていた。
 綾波○イや長○有希の系譜を次ぐ正当な無口っ子。
 そのせいか、アーネンエルベでも屈指の萌えキャラ。絶大な人気を誇る。
 格闘戦オンリーなため、ヒロインの中では一番弱いはずなのだが、
 ソードトンファーがカッコ良すぎるせいで一番強く見える。
 あまりにカリスマが高いため、
 彼がアーネンエルベの序列一位なのではと勘違いしているファンも多い。


ゲイナー・パウル・フォン・ミンクト
 属性:甲冑
 階級:SS大尉
 堂々たる序列二位なのだが、戦闘力がぶっちぎりに高いせいで
 グルマルキンのボディガードに使われることが多い。
 それでもって最高級幹部としての仕事もあるから、機関内では一番多忙。
 そのため、パリの本部には滅多に寄りつかずフラグ立てが至難。
 全身甲冑にティーガーコートというファッションが持ち味なのだが、
 エッカルトもクロエネンも甲冑コートっぽくてキャラ被りが許せない。
 グルマルキンからは舐められっ放しだが、
 他のメンバーからは実力相応に怖れられている。
 特にルサルカはゲイナーを異常なまでに怖れていて、
 ゲイナーがいるときは本部に寄りつかないほど。
 そのため、機関内のルサルカいじめの主犯格ではないかと噂されている。
 真相は不明。


ランドルフ閣下
 属性:ショタ
 階級:不明
 隠しヒロイン。
 アーネンエルベの長官でグルマルキンの上に立つ者らしいが、
 実権はあるのかどうか、そもそもやる気があるのかどうかも不明。
 噂によるとシュレディンガー、シュライバーとトリオを組んで
「ナチショタ三人衆」でアイドルデビューするつもりらしい。
 しかし明らかに閣下がいちばんキャラが立っていないため、
 隠しヒロインにも関わらず隠れたまま中古で売り払われる率が高い。

902 名前: ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:34:29














※体験版は二話までです。三話以降は製品版をお楽しみください。



.

903 名前: ◆hGsGMaleus :2008/04/11(金) 21:37:44


Phantom Drei vs Meister Schutze<Xピンオフ小説
国家社会主義労働者ADV「アーネンエルベへようこそ☆」
体験版レス番まとめ

Prologue
>>882>>883
第一話
>>884>>885>>886>>887>>888>>889>>890>>891
第二話
>>892>>893>>894>>895>>896>>897>>898>>902
promotion
>>899>>900>>901


※Phantom Drei vs Meister Schutze≠ヘ未発表タイトルです。
※Phantom Drei vs Meister Schutze≠ヘ無期延期作品です。

904 名前:摩夜 ◆GNDZd0SOdg :2008/04/19(土) 03:10:55
(爆音を響かせながら改造バイクが走ってくる)

血の匂いに惹かれて来てみたはいいけど……随分な場所ね、ここは。
まぁ――出来損ないの私には相応しいか。


出典 :Blood The Last Vampire 2000 (コミック版)
名前 :音無摩夜
年齢 :さぁ、ね……幾つなのかしら。数えてないから分からないわ
性別 :女性
職業 :『横浜煌餓』って暴走族のヘッド
趣味 :特にない。めんどくさいし
恋人の有無 :同上
好きな異性(同性)のタイプ :孤独を抱えてる子は好きよ。簡単に言うこと聞かせられるから
好きな食べ物 :そりゃあ勿論、人間の血
最近気になること :私と同じ顔をした、あの女――小夜のこと
一番苦手なもの :日の光は嫌い。別に浴びたら消し炭になるって訳でもないけど、なんとなく
得意な技 :右腕に残る翼手の力
一番の決めゼリフ :使えない奴らは、死んじゃえばいいのに
将来の夢 :さしあたっては、あの女を見つけること
ここの住人として一言 :まぁ、大したことやるわけでもなし
ここの仲間たちに一言 :もっと、さ――楽にやろうよ
ここの名無しに一言 :そういうわけで、よろしく


カテゴリはC。……この区分は最近だとあまり使わないんだっけ?

905 名前: ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 01:01:30






マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット

Noble Red」sScarlet Devil
―NOBLE DESTINY―


ノーブル・デスティニー







.

906 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 01:05:04



 ―――こんなに月も紅いから。

 今宵のお茶は館のベランダで飲むことに決めた。
「かしこまりました」とメイドが答えると、次の瞬間にはベランダにティ
ーセットが広がっている。まるでわたしがそうしたがる運命≠予め読
み取っていたみたいだが、彼女の場合はタネも仕掛けも用意されている。

 ……そう、このメイドはいつだってインチキな子なのだ。

「あなたってほんとにインチキね」

 インチキ。その語感が面白くて、くすくすと笑う。
 椅子にわたしが腰掛けるのを見守りながら、メイドも「そうですね」と
優しく同意した。自分でもインチキだと分かっているらしい。

「お嬢様、インチキなお茶を淹れました」

「今夜はどんなインチキなものを入れたのかしら」

「インチキなぐらいに紅いものです」

 確かに、カップに満ちた紅色は夜に浮かぶ月よりなお紅い。

 これはインチキね。わたしが微笑むと、メイドも「インチキですね」と
相槌を打った。……どうやら今宵は、インチキな夜になりそうだ。




907 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 01:06:37

Noble Red」sScarlet Devil
 ―NOBLE DESTINY―

>>906 Prologue


 紅魔館の大図書館には〈無線局〉がある。

 わたしがそのことに気付いたのは、パチュリー様に召喚されてしばらく経
ってから。この迷路のような大図書館の唯一の司書として、どうにか迷わず
に仕事をできるようになった頃のことです。
 蔵書の樹海の最奥に、東洋風のパーテーションで四方を仕切って独特の空
間を作り出していました。

 ぱたぱたと羽根を動かして上から覗くと、がっしりとした机の上に、得体
の知れない怪しげな機械装置が積み木のように重ねられています。
 機械の箱にはつまみやらスイッチやら、時計のような目盛りやら温度計の
ようのような計測器やらでびっしりとデコレーションされていて、しかもそ
れがいくつもいくつも複雑に合体しているんです。
 果てには細かい螺旋をまく針金の角や、試験管を逆さまにしたようなガラ
ス製の角が、装置のてっぺんからにょきにょきと生えています。……その様
子は、例えるならまるで無機物の田んぼのようです。大豊作です。

「これはなんでしょうか」

 そうご主人様に尋ねて、帰ってきた返事が「無線局よ」でした。
 それで納得しろと言いたげな素っ気のない口調。だからわたしは、〈無線
局〉というのがいったいなにを目的とした施設なのか、そのときはまったく
分かりませんでした。ご主人様が生成した魔術装置……その程度の認識です。

 コールサインはサイレントセレナ=B

 ご主人様は一週間に一度ぐらいの頻度で、この〈無線局〉に足を運びます。
 そのときは決まって、パーテーションの向こうからご主人様特有の抑揚に
欠ける声がぶつぶつとこぼれてきました。魔術の詠唱……かと思っていたら、
これはご主人様いわく「ラグチュー」という行為らしいです。
 そういう魔法があるのでしょう。よく分かりません。

 しばらくして、この「ラグチュー」には相手がいることが分かりました。
 ご主人様は〈無線通信機〉を媒介にして、交霊を試みていたんです。

 コールサインはネガティヴレインボウ=B

 その頃には、どうも詠唱というより会話と考えたほうが良さそうだな……
と、わたしなりに〈無線局〉の用途を解釈し始めました。
 交霊じゃなくて、交信なのかもしれません。テレパシーのように、遠く離
れた相手とお話をするんです。……そんなことのために、どうしてこんな仰
々しい装置が必要なのかわたしには理解できませんでしたが。

「この機械があれば、幻想郷の外の世界の声も拾えるのよ。〈無線通信機〉
を使って、世界と世界を仕切る境界≠またいで交信する―――外の世界
では、これをあまちゅあ無線≠ニ呼ぶらしいわ」



908 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 01:07:10



 月を見上げて、メイドの淹れたインチキなお茶を愉しむ。
 悪くない。そう、悪くない夜だ。
 ―――でも、なにかが足りない。
 そもそもどうして、わたしはひとりでお茶をしているのか。

「……そういえば、パチェは」

 この時間なら、いつもは一緒にいるはずの友人が見えない。

「どうして彼女がいないのかしら」

 最近ずっと同席していませんよ。呆れ混じりに咲夜が答えた。
 ……そう言われてみると、ここ一年か十年ぐらいパチェの姿を見てい
ない気がする。また何かの実験に夢中になっているのかしら。

「一ヶ月ですよ、お嬢様。まだ一ヶ月です」

 どっちでも同じだわ。パチェがいないという事実は揺るがない。

「お客様と一緒に、図書館でずっと研究をしているみたいです」

「客?」

 そんなの聞いていない。紅魔館の主はわたしなのに。

「言ってますよ」

 そうだったかしら?

「―――で、その客人って誰なのよ」




909 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 01:07:47


Noble Red」sScarlet Devil
 ―NOBLE DESTINY―

>>906>>907>>908 Prologue

 ご主人様が〈無線局〉の用途を教えてくれたのは、ごく最近……十年か二
十年ぐらい前のことです。もしかしたら一年前かもしれません。
 あまりに突拍子のない事実に、そのときわたしは羽根を動かすことさえ止
めて驚きました。まさかご主人様が、あんなに狭くてごみごみとした仕切り
の中で外界と接触しているなんて。まず考えられません。あり得ません。

「すごいです。パチュリー様すごいです。この魔術装置さえあれば、結界も
境界も関係なしってことじゃないですか。誰とでも話し放題じゃないですか」

「そんな便利なものじゃないわ」

 便利じゃないのが愉しいのよ。
 ―――そう言うご主人様の表情はいつものように眠たげでしたが、〈無線
通信機〉を見つめる目はちょっとだけ愛おしげでした。

あまちゅあ無線≠ヘ誰とでもお話しできる便利な魔法なのですが、不思議
なことにご主人様が交信する相手はたったひとりでした。
 それがコールサインネガティヴレインボウ≠ウん。
 顔は見えない、増幅器(スピーカーっていうらしいです)からこぼれる声
も雑音だらけなのに、ご主人様は一度「ラグチュー」してしまうと、夜が明
けるのも構わずネガティヴレインボウ≠ウんと話し込みます。

 活字中毒でひとと会話するより本とお話する時間のほうがはるかに長くて
時々文法の発音を忘れてしまうほどお喋り嫌いの(……ごめんなさい。言い
過ぎましたっ)ご主人様が、そこまで夢中になるなんて。
 とても驚きでした。ちょっと信じられないくらいです。

 ご主人様とネガティヴレインボウ≠ウんは、大図書館に〈無線局〉を作
った頃から仲良しらしいので、わたしとご主人様の関係よりずっと長いです。
 でも、一度も会ったことはないんだとか。声だけの繋がり。外の世界のひ
とですから、当たり前と言えば当たり前なんですが、不思議な関係です。

 ―――そんな関係に終止符が打たれたのは、数年前。
 一年か五年か十年ぐらい前です。細かくは数えていないんですが、とにか
くごく最近≠ネんです。

 声だけの繋がりから、お二人は新たな一歩を踏み出します。

 信じられますか? ネガティヴレインボウ≠ウんが、ご主人様に会いに
紅魔館に遊びに来たんです。外の世界から! 結界の向こうから!

「……パチュリー様。なんか着ぐるみ姿のあやしげな妖怪が正門にいるって、
門番が困ってるみたいですよ」

「通してあげて。それはわたしの友達よ」

 ―――こうしてサイレントセレナ≠アとパチュリー・ノーレッジ様と、
ネガティヴレインボウ≠アとマリアベル・アーミティッジさんの関係は、
おふ会≠したことで無線友達から正式なお友達へと昇格したんです。



910 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 01:08:06



「マリアベル・アーミティッジ……」

 聞かない名だった。幻想郷の住人ではないことは確かだ。
 メイドのインチキ臭い説明を信じるなら、〈ファルガイア〉という外の
世界の住人らしい。わたしと同じ、高貴な吸血鬼の一員なんだとか。

 ……ノーブルレッド族。

 その血族の名には、聞き覚えがある。
 悠久不滅の種族。肉体ではなく、魂が不老不死だという本当の意味での
無限者。同じ吸血種でこそあるものの、共通点といえばその程度で、わた
しとノーブルレッド族の間には種族的差異のほうが目立つ。
 不老不死を完成させた類い希なる血族のはずなのに、どういう理由でか
完膚無きまでに絶滅したと聞いているけど―――
 ……そう、生き残りがいたのね。

 最後のノーブルレッド。それがマリアベル・アーミティッジだというの
なら、幻想郷に導かれたことに不思議はない。
 実に幻想に相応しい血族だ。

「でも、どこでパチェと知り合ったのかしら」

「さあ……」

 メイドは首を傾げた。




911 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 01:08:46


Noble Red」sScarlet Devil
 ―NOBLE DESTINY―

>>906>>907>>908>>909>>910 Prologue


ネガティヴレインボウ≠アとマリアベル・アーミティッジさんは、〈ファ
ルガイア〉という熱砂に枯れ果てた世界に棲んでいるらしいのですが、実は
幻想郷の住人なんじゃないか……って疑ってしまうぐらい、すぐにこっちの
世界に馴染んでしまいました。

 そんなに頻繁に幻想郷に遊びに来るわけではないんですが、紅魔館の外で
頓狂な着ぐるみ姿を見かけても、あまり違和感を覚えません。
 幻想郷に導かれるぐらいですから、きっと相性が良いんだと思います。
〈博麗大結界〉の境界線を自由に行き来できる理由も、そんなマリアベルさ
んの好奇心の強さと人当たりの良さのお陰かも知れません。
 ……なんだか、服装のセンスもわたしたちと似ているような。

 透き通る蒼穹のような色鮮やかなエプロンドレスはスカートをパニエでた
っぷりと膨らませて、その上から厚手のマントを羽織っています。
 腰まで伸ばした豊かな黄金色の髪の毛にエプロンドレスと同色の大きなベ
レー帽(みたいな何か)を乗せて、さらにアクセントとして河童が使うよう
なゴーグルを身につけています。
 口元から覗く尖った牙と吸い込まれそうなほど深い赤眼が、レミリアお嬢
様と同族であることを暗に物語っていました。―――ついでに身長も、お嬢
様よりちょっと高いくらいです。吸血鬼ってみんなこうなのでしょうか?

 マリアベルさんとご主人様は、「ラグチュー」ではあんなに熱心に話し合
っていたのに、顔を合わせてみると滅多に口をききません。
 マリアベルさんがご主人様に話しかけて、ご主人様が適当に相槌を打つと
いう……つまり、いつも通りのパチュリー様です。

 でも、お嬢様や他のお客さんと接するように、ただ静謐の一時を共有する
ということもありません。マリアベルさんとご主人様は、何かひとつの目的
に向けて、つねに集中して夢中になって熱中していました。
 どうも、お二人で一緒になって研究だか開発だかをしているみたいです。
 大図書館の一角に工房まで作って、お二人でそこに引きこもってしまうと、
もうわたしには中の様子はまったく知れません。二人とも夢中になったら時
の流れを忘れてしまう性格なことだけは、確かなようです。

 いったい、二人して何を作っているのでしょうか。

 ご主人様は「革命的な研究よ」としか教えてくれません。マリアベルさん
は、「革命的な開発じゃな」としか言ってくれません。

 マリアベルさんがわざわざ遠く紅魔館まで尋ねてきた理由も、その「研究
/開発」のためらしいです。〈無線通信機〉で「ラグチュー」していた頃か
ら、お二人は「革命的な何か」に心を奪われてしまっていたようです。
 ご主人様の魔術的な知識と、マリアベルさんの工学的な経験を併せること
で、初めて生み出すことができる何か。……ほんと、なんなのでしょう。

 初めは午前や午後だけの来訪だったマリアベルさんも、足を運ぶ度に大図
書館(というか工房に)に引きこもる時間が増えて、いまでは寝ずに食わず
に一週間や二週間なんて当たり前です。
 紅魔館に遊びに来る頻度自体も増えています。……お二人が夢見る「革命」
が、完成へと近づいているということでしょうか。



912 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 01:09:09



「……面白くないわね」

 わたしが爪を噛むのをメイドが横目で見咎める。行儀が悪いと言いたい
のだろう。―――親指を噛み千切ったりはしないから、安心しなさい。

「とにかく面白くないのよ」

 ノーブルレッドの生き残りが、パチェと一緒に大図書館に閉じこもって、
何やら愉しそうなことをしている。そのせいでパチェはお茶の席に出てこ
られず、わたしが退屈な想いをしている。
 これはとても気に入らない。

「紅魔館の主たるこのレミリア・スカーレットに挨拶もしないで、他の城
の城主がわたしの領地を歩き回るなんて……」

「いえ、何度かお嬢様には挨拶をなさっていますが」

「覚えてないわ」

 それに、最後のノーブルレッド≠セというのに、メイドのインチキな
話によれば、幻想郷に移住してきたわけではなく、〈ファルガイア〉とこ
っちの世界を気まぐれに行き来しているだけらしいではないか。
 そんなのはやっぱりインチキだ。

「インチキは正すべきだわ……」

 そうですねぇ、とメイドは適当に頷いた。ほんとに適当に。




913 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 01:09:55

Noble Red」sScarlet Devil
 ―NOBLE DESTINY―

>>906>>907>>908>>909>>910>>911>>912 Prologue


 ―――そしてついにこの日、新記録は打ち立てられました。

「……い、一ヶ月経っちゃいましたよー」

 そうなんです。マリアベルさんとご主人様が工房に引きこもってから、今
日でついに一ヶ月を数えました。その間、分厚い壁で仕切られた工房の奥か
ら二人は一歩だって外に出てきていません。
 いくらなんでもこれは酷いです。
 ご主人様のからだも心配ですし、図書館でも問題ばかり積もっていきます。
 だってこの一ヶ月間、大図書館には泥棒が入り放題なんですから。あの白
黒泥棒はわたしだけではとても追い返せません。お陰でこの図書館の主はご
主人様なのかあの人間なのか、だんだんと分からなくなってきました。

 さすがに気を揉んだメイド長の咲夜さんが、工房にご飯や着替えを差し入
れているんですが、あまり手を付けてはいないようです。
 ……まさか、ほんとに少女密室になるなんて。

「パチュリー様が本から離れるなんて、信じられないです!」

「……工房も大図書館の一部なんだから、本から離れたうちには入らないわ。
それに、工房には工房で書棚があるもの」

「パチュリー様?!」

 振り返ると、そこにはいつもの三倍増しでやつれた表情を見せるご主人様
が、ふらふらと立っていました。慌てて椅子を持ってきて、腰をかけてもら
います。ああ、もういまにも倒れそう。

「ようやく出てきてくれたんですね。研究は終わったんですか。いまお茶を
二人分持ってきてもらいますから、そこで―――」

 ご主人様は、ごほごほと咳き込みながら「けっこうよ」と答えました。

「研究は一段落。色々と資材を使い果たしてしまったから、マリーには一度
ノーブルレッド城に戻ってもらうことにしたわ。休息も必要でしょうしね」

 ―――だから門までマリーを送ってあげて、とご主人様はわたしに言いつ
けました。……工房からやっと出てきたと思えば、その足で自分のお城に帰
ってしまうなんて。
 せめてお茶ぐらい出しましょうよと言っても、ご主人様は「それには及ば
ないわ。どうせすぐに戻ってくるのだから」とすげなく返します。

「とにかく送ってあげて」

 言いつつ、ご主人様は工房の入り口に顔を向けました。

「……マリー、今日もこの子があなたを門まで送るわ。
 いつものことだけど、この子から離れないようにしてね。はぐれて迷子に
なったりすると、厄介なことになるから……」



914 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 01:10:20



「咲夜、行きましょう―――」

 メイドを従えて、わたしは席を立つ。

「―――今宵のインチキ狩り≠始めるわ」




915 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 01:22:48
Noble Red」sScarlet Devil
 ―NOBLE DESTINY―
 
>>913>>914

「ん〜〜〜〜〜………… ふぅ」

 歩きながら手を組んで頭上に上げ、背筋を伸ばすと自然と声が。
 おまけにこきり・こきりと体中の節々まで鳴りよる。
 ……こうまで重たい疲労を覚えたのは、はて何十年ぶりじゃろうか?
 日の光を浴びるなど真っ平後免じゃが、月光すら浴びずにひと月も没頭すれば、まあ致し方あるまいが。
 
 ともあれ、研究開発も一段落。というか、部品が足りなくなっただけとも言うが。
 「幻想郷」、一種の楽園、桃源郷などと聞き及んではおったが……流石に機械・電子部品のアテはないらしい。
 かなーり大量に持ってきたつもりだったのじゃが……基板の材料も、抵抗も、ダイオードにトランジスタにコンデンサに集積回路、
ついでにはんだにはんだ吸い取り線まで、ぜーんぶ使い切ってしまったのじゃからどーしよーもない。
 それら材料のなれの果ては……つわものどもがなんとやら。
 いやいや、失敗は成功の元であり必要は発明の母じゃ。あれらは墓標として、次なる開発の礎となる。
 ……片付けるのは大変そうじゃがな。
 
 無論、部品その他についてはこれまた話に聞いた「河童」とやらに頼んで工面しても良いのじゃろうが……
 まあ研究の整理がてら一度帰って集め直したほうが手っ取り早かろう。
 
 
 というわけで、リフレッシュも兼ねて一度帰ろうということになり、わらわはパチェにしばしの別れを告げ(無線でのそれ以上に
反応は素っ気なかったが、もう慣れた)、小悪魔に案内され出口へ向かう。
 何しろそれなりに広い館、かてて加えて一ヶ月のブランクを開けた上では、間取りなどほとんど覚えていようはずがないゆえ。
 いや、というかそもそも外観より広いような……気のせいか?
 
 
 などと我ながら呆れた事実を鑑みつつとぼとぼ歩いておったらば。
 やはり疲労が見て取れるのか、小悪魔が多少気遣い気味に声をかけてきた。

916 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 01:39:28



「聞こえた、咲夜?」

「ええ、もちろん聞こえませんが」

「あいつったら、パチェのことをパチェ≠ネんて呼んだりして」

「お嬢様も呼んでいるじゃないですか」

「あら、わたしはいいのよ」

 ―――そう、わたしだけはいいのだ。




917 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 01:40:12

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 ―NOBLE DESTINY―

>>915>>916


 わたしが先導するかたちで、マリアベルさんと一緒に廊下を進む。
 紅魔館は外見からは想像もつかないほど広くて深い。だから、ほんとうはわ
たしや咲夜さんがこうやって案内をするべきなのに、最近は断りもなくずかず
かと踏みこんでくるひとや妖怪が多くて、ちょっと悲しくなります。
 お客さんを玄関まで見送る仕事が、新鮮に思えてしまうなんて……。
 
 それにしても、暗いです。
 ただでさえ紅魔館は窓が少ない上に、パチュリー様の大図書館は館の最深部
に模様がえ≠したばかりだから、玄関までの道筋は薄暗くてしかたがない。
〈弾幕ごっこ〉ができてしまうほど高い天井には、繊細なクリスタル細工のシ
ャンデリアが天の川のように流れていて、廊下に豪奢な光をふらしてくれては
いるのですが、やっぱり人工の照明では本質的な闇を払うことはできません。

 ……ああ、なんて陰気な空気なんでしょう。
 時々、この館を裏返しにして日干ししたくなります。

 夜の眷属なのに、闇を嫌がるなんて―――と思われるかもしれませんが、魔
界の風通しのいい澄みきった漆黒と、紅魔館に沈澱する息苦しい暗黒はまった
くの別物です。わたしですらそんな感想を抱くんですから、吸血種とはいえ夜
族ではなく精霊に近いといわれるノーブルレッド族のマリアベルさんなんて、
窒息寸前なんじゃないでしょうか―――と憂えていたら、案の定お疲れの様子
で、背を伸ばしたり肩を揉んだり関節を鳴らしたりし始めました。

 ……まあ、一ヶ月も寝ずに食わずに没頭していたらそうなりますよね。

「ほんと、お疲れさまです」

 マリアベルさんの疲労困憊したお姿があまりにかわいらしくて、つい話しか
けてしまいました。

「パチュリー様のこと、素っ気ないとか愛想がないとか思われるかもしれませ
んが、あれでもかなりはしゃいでいるんですよ。パチュリー様があんなに興奮
しているのを見るのは、初めてなぐらいです」

 よっぽどマリアベルさんから知識の刺激を受けているんでしょうね。

「幻想郷はもう慣れましたか?」

 マリアベルさんの棲む〈ファルガイア〉は、熱砂と黄土で荒れ果てたひじょ
うに侘びしいところなんだとか。なら、四季豊かな幻想郷の風景は心に響くも
のがあるんじゃないでしょうか。気に入ってくれたら、嬉しいですね。

918 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 01:44:30
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>>917

「………………そ、そうか、あれで興奮しておるのか、うむ」
 ……あ、ちと正直に言い過ぎた、かも。
 
 Patchouli Knowledge……ある種の薬草と「知識」の名を持つその魔女とは、初めてここに来たときまでは
無線でしか語り合ったことがない。
 その頃でさえ、実に簡素な語り口で――もっともその知識の豊富さからわらわとは相性が良く、語る内容は
尽きることを知らなかったが――随分と変わった奴じゃと思っておったものじゃが。ううむ。
 魔女とはかくあるべし、なのやら。……魔女っ子ではないしな。
 
 
『幻想郷にはもう慣れましたか?』ふと話題が次へ飛ぶ。

「幻想郷、か……うむ、正に読んで字の如くの土地じゃな、ここは」

 これが、正直な感想。
 何せこれほどまでに緑豊かな光景、目にするのは一体何百年ぶりのことであったか……
 幻想、ファンタジー、あるいはメルヘン……ファルガイアが失って久しいその光景は、悲しいかな、その言葉に
どうしようもないほどに当てはまるのだから。
 それ故に……慣れたか、と聞かれれば。
 
「いや……まだまだ、わらわには眩しい所じゃな。無論、気に入らぬはずもないがのう。
 ここは楽園、されどそれゆえにわらわの親しき場所ではない、と思い知らされる。
 いやはや、難儀なものじゃ」
 
 
 んー……疲れておるせいか、どーも湿っぽいぞ。
 つい最近まで知らぬ世界であったとはいえ、パチェはもちろん小悪魔も、知らぬ仲でもあるまいに。

 取り繕うわけではないが、気分転換。
 もう一度大きく伸びをして、努めて明るく(努めないと疲れで暗くなる)、こう言い直した。
 
「まっ、今は何より心地よき自分のねどこが恋しい!
 そんな気分じゃ、許してくれ。
 何しろ、いつの間にやらもう随分と歩いたような気がしてしまうほどに……」
 
 ……いや、本当にメチャクチャ歩いたよーな気が?
 はて?

919 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 01:46:28



「……咲夜」

「はい、お嬢様」

 メイドは銀細工をあしらった懐中時計を取り出すと、
 ぱちりと蓋を開けて―――




920 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 01:46:53

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>>918>>919


「はじめのうちは誰でもそうですよ」

 思案顔のマリアベルさんに、にこやかな返事をプレゼントします。

「特にマリアベルさんは、東洋とは縁のない幻想ですからね。馴染むまで
時間もかかると思います。でも慣れてしまえば、ここはわたしたちみたい
なのが生きるにはとっても居心地がいい場所なんだって気付きますよ」

 それよりも、棺桶というのが気になりました。もしかしてマリアベルさ
んって棺桶で寝るんでしょうか。お嬢様ですらベッドでお眠りになってい
るのに? ……うーん、冗談なのか、大真面目なのか。
 吸血鬼ってほんと複雑ですよね。

 そんな風にして、わたしとマリアベルさんは雑談混じりに廊下を進み、
薄闇を縫って玄関へと案内しました。紅い絨毯を踏み締め、永劫に続くか
のような紅魔館の内臓を逆流し、ようやく豪奢な正面口に―――

「……あ、あれ?」

 つ、着かない。
 マリアベルさんの言う通りです。もうだいぶ歩いているはずなのに、大
廊下は一向に途切れる気配を見せてくれません。
 進んでも進んでも、闇ばかりが続いています。

 雑談に夢中になりすぎて、歩調が遅くなっているんでしょうか。首を傾
げて早歩きで進んでみても、玄関はどこにも見えません。

「あれれー?」

 わたしは慌ててあたりを見回しました。毎日見慣れているはずの大廊下
が、今日に限ってやけによそよそしいです。なんだかすごく冷たい感じ。
 ……ごくり、とわたしは唾を飲み下しました。こ、これはもしかして、
わたしが知っている大廊下とは違うんじゃないでしょうか。

 紅魔館が模様がえ≠した?
 ……でも、そんな話は聞いていません。
模様がえ≠するときは、いつも咲夜さんから必ず一言あるはずなのに。
 いや、それ以前に、どんなに派手に模様がえ≠したって、こんな馬
鹿げた長さの廊下なんて造るはずがありません。これじゃまるで、わたし
たちを外に出したくないみたいじゃないですか。

 さらに十分ほど。
 今度は二人とも口を閉ざして、黙々と歩いてみたのですが……

「ま、マリアベルさぁん……―――」

 わなわなと唇が震えてきました。

「ごめんなさいぃ。道に迷っちゃったみたいですぅ」



921 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 01:51:26
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>>920

 ところで、さんざ小悪魔小悪魔と言っておるが(何故か誰も名で呼ばん)、小悪魔、というからには
もちろんこやつも「悪魔」と呼ばれるような種族の一種なのじゃろう。
 きっとそうじゃろう。
 じゃからして。
 ……そーやって世にも情けなーい顔して「道に迷いましたー」とか言われるとこちらとしても調子狂うわ
「ってちょっと待てーーーーーーいッ!!」

 今こやつはなんと言った?
 道に迷った?
 どーやって!
 我らはずーっと……ああ、最早間違いない、かれこれ二十分ほどはこの大廊下を ま っ す ぐ 歩き続けて
おったじゃろうが!
 何をどーすれば道に迷う!
 と、いうか……そもそもまっすぐな廊下のみで二十分も歩けるような館とかどれほどに面妖な施設じゃ!
 
 ……うむ?
 であるというのにこやつは言った、「道に迷った」と、何の疑いもなく。
 異変は異変であっても、わらわの認識しておるそれとは何やら違うような……
 
 
「のう、小悪魔?」

 ちょびっと引きつった笑顔で、思いつきを尋ねる。

「おぬし、なにか心当たりがあるのではないか?」

922 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 02:00:42

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>>921


 ……心当たりがある、なんてものじゃないです。

 だって、こういう冗談では済まされない悪ふざけを仕掛けてくるのは、
紅魔館にひとりしかいないんですから。
 咲夜さんは確かに冗談好きですが、ご主人様の客人に迷惑をかけるよう
なことは、絶対にするはずがないんです。それを曲げてまで、こんなとん
でもない大廊下を造ったということは、これはどう考えても―――

 はっと息を呑んで、廊下の奥へと視線を向けます。
 ……わたしは眼を見開き、愕然としました。
 というのも、地平線を超えて世界の果てまで繋がっていそうな闇の彼方
から、深紅の影が浮かび上がってきたからです。

「あ、ああ―――」

 その瞳は鮮血より紅く、その肌は死蝋よりなお白い。
 口元に獰猛な笑みを浮かべれば、突き出た牙がいやでも目に付く。
 少女と呼ぶのも足りない、幼すぎる容姿。
 スモッグと見紛うワンピースのドレスが、風邪もないのにスカートの裾
を揺らします。その矮躯とは不釣り合いに巨大な蝙蝠の翼が、悪魔の爪の
ように左右へと広がりました。
 闇がざわめき、むせ返るほどに澱みます。

「そ、そんな……どうして」

 この瞬間、わたしはご主人様がマリアベルさんを追い出すように返した
理由を悟りました。ご主人様はこうなる前に、マリアベルさんを紅魔館か
ら離れさせたかったんです。
 不干渉を主義とするご主人様の、なけなしの友情。……でも残念なこと
に、それは「無駄な抵抗」で終わってしまったみたいです。
 そう、この館にいる限り……いや、幻想郷に身を置く限り、あの方の瞳
から逃れられるはずがないんですから。

 ―――闇の衣装を振り捨ててわたしたちの視界の先に顕れたのは、紅魔
館の当主レミリア・スカーレットお嬢様でした。



923 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 02:00:58



「……はじめまして、と言わせてちょうだい。
 マリアベル・アーミティッジ。
 悠久なるノーブルレッドの最後のひとしずく。
〈ファルガイア〉の幻想……」

 まだ距離はだいぶ離れているけど、気高き吸血鬼の瞳と、誇り高き吸血
鬼の耳を持ってさえいれば、たやすくわたしの姿を認め、わたしの声を聞
き取れるはず。だからわたしは囁くように言葉を続けた。

「―――わたしは串刺し公ツェペシュの末裔。高貴なるドラキュラの正当
なる血族、レミリア・スカーレット。……ひとはわたしを指してスカー
レット・デビル≠ニ畏れるわ」

 咲夜がうしろで、わざとらしく鎖の音をたてながら懐中時計をしまう。
 パチェの司書も「はぁ?」と目を丸めた。
 ……二人とも、当主への忠誠がまだ未成熟のようね。

「今夜はとっても月が紅いわ―――」

 腕を組むと、唇に三日月のような笑みを作った。

「こんなに血が騒ぐ夜に、そんなに急いで帰るなんて駄目よ。
 今晩はここに泊まっていったらどうかしら。空いている客室なら、あな
たの年齢より多くあるのだから」

 そして明日も明後日も。
 一週間後も一ヶ月後も。
 一年後も十年後も。
 一世紀が経とうとも、あなたはここに泊まっていけばいい。

 ……自分が幻想郷の民だと認める、その日まで。
 わたしはあなたを帰さない。

 パチェの友人である前に、あなたはわたしの―――




924 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 02:03:00
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>>922>>923

 驚愕に目を見開く、小悪魔。
 ああ……わかる、わかるとも。「あれ」こそが、おぬしらのあるじか。この暴虐なまでの魔力の主こそが。
 
 視線の先には、メイド、そして、少女。
 長大なる羽をはためかせ、牙を覗かせ笑みを浮かべる。
 そう紅き瞳と白き牙、我らと似て非なる存在――――ヴァンパイアの、主。
 レミリア・スカーレッt
 
 
 やめ。
 
 
 せっかくじゃから乗っておこうかと思ったものの、疲れておるのでやめ。めんどくさい。
 シリアスやめ。
 代わりにツッコミ。
 
「あー、とりあえず初めてではないし。いちおー会ってはおるはずじゃが。そのまー着ぐるみ姿で、じゃが。
 それに、わらわがわらわの城に帰って何が悪い?
 生憎と疲れておるのじゃ、パチェとの研究が長引いてしまってな。
 おぬしとて、眠るならば自室がよかろう?」
 
 シリアスの仮面を脱ぎ捨て、冷ややかーな目であしらう。
 ……はて、しかしそういえば、こやつはわらわとパチェとの研究について知っておるのじゃろうか?
 こやつにとって決して無関係ではない、あの研究。
 そして……小悪魔めには(パチェにつられて)革命的な、などと誤魔化したものの、わらわにとってはそれ以上の、
とてもとても大事な、遅きに失しておったとしてもなお大事な、その研究を。
 その為にここまで来たと言っても過言ではなく、その為に一度帰るのだと言っても過言ではない。
 故にそう、まったく……こやつのわがままに付き合ってなどおられんのじゃ!
 
「わかったら、わらわを帰してくれ。以前パチェから少し聞いた、つまりはそこのメイドの仕業なのであろう?
 なれば畢竟、おぬしの仕業ということになる。まったくわがままじゃと聞いてはおったが本当のようじゃな。
 なに、茶でも菓子でもいずれ付き合ってやろう。じゃが今はダメじゃ。
 それともそんなに、わらわにそのおぬしの芝居がかった向上に付き合えと言うのか?」
 
 あ。
 ……あーいかんいかんぞーしゃべり出したら口が止まらん。早く帰りたいのに目的と手段が入れ替わりだした。
 疲れておると怒りっぽくなる、自制せよ、と頭のどこかで思ってもやっぱり止まらん。
 止まらずに……
 
「たかだか500年ぽっちのちびすけに、このわらわが!?」




 口が滑った。

925 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 02:04:55

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>>923>>924

 
 時間が凍りつきました。

 ……お嬢様が丁寧に演出した夜の気配≠、まさかこうまで真っ正面
から叩き壊してしまうなんて。
 わたしはこのとき知りました。学びました。―――咲夜さんの力を借り
なくても、時間を止めることはできるんだって。

 わたしは呼吸すら殺して、案山子のように廊下に立ち竦みます。
 微動だにしないのは、お嬢様や言った当人のマリアベルさんも同じです。
 咲夜さんだけが、いつも通りの涼しげな表情を浮かべながらお嬢様の背
後に控えていました。まるで世界そのものが金縛りにかけられてしまった
かのように、誰ひとりとして動こうとしません。
 
 が、そんな絶対零度の空間にもやがて「ぴしり」と罅が入ります。

 名乗ると同時に胸を反らしていたお嬢様が、組んでいた腕をゆっくりと
おろしました。獰猛な笑みはいつの間にか消えています。
 紅の瞳は離れた距離からマリアベルさんを見つめていますが、そこに宿
るのは怒りではなく、理解できないものを目にしたときに覚える困惑と不
審が入り交じった色です。胡乱な表情で、ぼうっと立ち尽くしていました。

 何度かまばたきをすると、振り返って咲夜さんの表情を覗き、次にわた
しの顔を遠目に見つめてから―――ようやく、自分が侮辱されたことに気
付いたのでしょう。……お嬢様の口元に、再び笑みが浮かび上がります。

 それは先ほどまでの悪戯じみた微笑とはまったくの別物でした。
 こういう笑い方をするときのお嬢様は、もう間違いなく、それこそ推理
する必要がないぐらいに、絶対的確実に―――

「お、怒ってますぅー!」



926 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 02:05:17



 ……こいつ、むかつくわ。




927 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 02:06:48

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>>925>>926


「ああ!」

 お嬢様が取り出したのは一枚のカードでした。
 人さし指と中指で挟んで高々と掲げます。
 複雑な紋様が刻まれたスペルカード≠ニ呼ばれるそのカードは、幻想
郷の妖怪なら誰もが知る馴染みの深い遊び道具です。
 
 ……こ、これはかなりまずいんじゃないでしょうか。

 お嬢様が〈スペルカード宣言〉をすると同時に、カードから紅蓮の炎が
あふれ出しました。大蛇がとぐろを巻くように、炎は蠢きながらも瞬く間
に肥大化していきます。
 その壮絶な様子は、傍からは火焔がお嬢様に食らいついていまにも焼き
尽くしているかのように見えました。……もちろん、実際はその逆で、お
嬢様が火焔を隷属させ、思うがままに支配しているのですが。
 その証拠に、無指向に暴れ狂うばかりだった灼熱がお嬢様の小さな手の
ひらに収束していきます。不定形で不確実だった火焔は、お嬢様の命令に
従ってより鋭くより明確に攻撃の意思を形作っていきました。
 
 ―――そうしてできあがったのが、一本の槍です。

 桁違いな高熱を発するため、もはや炎のカタチは失われ、直視を躊躇さ
せるほど強い光を放つ閃光のかたまりとなってしまったお嬢様の槍≠ヘ、
その灼熱の矛先をゆっくりとマリアベルさんに向けました。

 ……なんて熱量なのでしょうか。
 わたしは自然と後じさってしまいます。槍から放射される熱だけでも、
生身の人間が浴びれば消し炭になってしまいそうな、凶暴な威力。
 この槍は、お嬢様の傲慢さを表現するには最上の暴力装置です。

 まさか、いきなり全力だなんて―――

 お嬢様は本気です!

 そこでふと、わたしは気が付きました。
 槍の矛先は一応マリアベルさんを睨んでいます。……ですが、マリアベ
ルさんの隣にはわたしが立っているわけでして。お嬢様の神槍≠ヘ標的
だけを丁寧に射貫くような器用なスペルではないわけでして。
 このままだと、当然のようにわたしも巻き込まれてしまうわけでして。

 ……えーと、逃げようがないですよね、これって。

「わああああああああああああ?!」

 お嬢様はわたしの絶叫に嗜虐的な笑みを返すと、全長が自身の三倍はあ
りそうな神槍≠大きく振りかぶって―――



928 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 02:07:10



 神槍「スピア・ザ・グングニル」
 
  ―――五百年の歴史を誇るスカーレットの牙を、見せてあげるわ。




929 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 02:19:31
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>>927>>928

 ……ふ、ふふふふ。
 口が滑った、それは事実じゃ認めよう。そして自ら、俄に窮地を招いたことも。
 じゃがそうかといって、今更頭を垂れて許しを請うと思うてか? このわらわが?
 
 ――否、断じて否ッ!
 わらわは誇り高きノーブルレッド、夜の支配者! ヴァンパイア如きに舐められる謂われなどないッ!
 むしろ舐められたら百倍にして舐め返すッ!
 生意気な小娘に教育してやろうではないか、このわらわがな!
 
 とまあそんな気分にて、あやつめを睨め付ける。
 当然の如く怒り出した……いやいや、むしろ気づくのが遅いわたわけめが。
 
 そしてカードを一枚取り出し――赤熱の閃槍へと変じさせるレミリア。
 ふん、これが例のスペルカード……神槍「スピア・ザ・グングニル」とやらか。大仰な名を付けよるわ。
 どちらかと言えば、三つ目族の遺産の如きシルエットであろうに。よもや「必ず当たる」とでも言うのではあるまいな?
 ――当たってみせてやる気など、毛頭ありはせんがのう! 誇りと無謀は別物じゃ!
 
 レミリアの槍が振りかぶられ――――投擲、その一瞬! わらわはマントを翻す、、、、、、
 無論ただのマントではない!
 これぞロストテクノロジーの結集、反発エネルギーを発生させ飛来物を逸らす、、、、、、、ッ!
 同時に、僅か生まれたその隙へと、小悪魔の手を引きダッシュ一直線!
 あのような大げさな攻撃、そうそう連射など出来まい!?
 
 
「……ったく、おぬし、が、傍におったというに、いきなりあのような攻撃に、出るとは!
 …………ちと、挑発しすぎたか、のう?」
 
 …………背後に轟音が響く中、わらわと小悪魔はひたすら走る。
 まずは戦術的撤退、あやつめにデタラメな火力があるのは歴然であるゆえ。
 それにあやつをケチョンケチョンにしてやろうというわけでもないのじゃし。第一疲れて……
 
 
 あ……そうじゃ、疲れておったのじゃ。忘れておった。
 む、いかん、下手に自覚したせいか、あしがもつれそ…………

930 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 02:28:07

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>>929


 わたしの想像の三十倍も絶する光景。……灼熱する彗星の如き神槍は、
マリアベルさんのマントに接触すると同時に、まるで鏡面を滑るかのよう
に標的を見失って、あらぬ方向へと飛んでいってしまいました。
 
 ……も、もしかしていま、マントで捌いたのでしょうか。
 わたしの見間違えでなければ、マリアベルさんは確かに、自分が羽織っ
ているマントで「ひらり」とお嬢様の神槍を受け流してしまいました。
 信じられません。あの暴虐の炎枝を―――幻想郷でも屈指の破壊力を誇
る〈神槍〉のスペルを、マントひとつでかわしてしまうなんて。

 わたしが呆然としている間にも、マリアベルさんの行動は的確でかつ素
早かったです。わたしの手を取ると、進路を逸らされた神槍が天井に激突
するのを尻目に、一目散に駆け出しました。
 お嬢様の神槍の威力は凄まじく、地を揺るがす爆砕とともに瓦礫が大廊
下に降り注ぎましたが、そのときにはわたしもマリアベルさんもとっくに
逃げおおせていたというわけです。

「た、助かりましたー」

 マリアベルさんに引きずられるように走りながら、わたしは必死でお礼
を述べます。……ほんとにほんとに危ないところでした。もし、マリアベ
ルさんがわたしを見捨てて逃げていたら、今頃どうなっていたことか。

「お嬢様は加減とかまったく知らない方なので―――」

 言い終えるより早く、マリアベルさんのからだがぐらりと傾ぎます。

「わあ!」

 絨毯に足をとられたのか、バランスを崩して転倒しそうになるノーブル
レッドのお客様をわたしは慌てて抱き止めました。

「だ、大丈夫ですか?!」

 ああ、どうしましょう。やっぱり、あの神槍を完全に捌ききるなんて不
可能だったんです―――とわたしは早とちりをしかけましたが、どうも原
因は別のところにありそうです。
 というのも、わたしの腕の中でぐったりするマリアベルさんの表情は、
わたしが普段から見慣れているものでして、それは疲労で毎日のように死
にかけているご主人様とまったく同種の顔色だったんです。

 ……一ヶ月も寝ずに食わずにだったんですから、当たり前ですよね。

「でも、このままへろへろになっていたら、すぐにお嬢様に追いつかれて
しまいますよ! とにかく逃げ続けないと―――」

 ぴたりと口を閉ざします。……いま、なにかの鳴き声が聞こえました。

 背筋に冷たい汗を流しながら、わたしは耳を澄まします。
 ―――やっぱり、気のせいじゃありませんでした。
 廊下の奥、闇のカーテンに閉ざされた彼方から、狂騒的な甲高い鳴き声
がきーきーと響いてくるじゃありませんか。



931 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 02:28:27



「失礼します」

 メイドがナイフを振り落とす。
 銀の刃がわたしの皮膚を滑り、右腕を肩から切り落とした。
 断面から血が噴き出すが、切断されたわたしの右腕は、床に落下するよ
り早く黒い霧となって霧散する。……その霧の一滴一滴が、闇の胞子だ。
 芽吹くように霧から蝙蝠が湧き出て、愛らしい鳴き声をこぼした。

「四百匹といったところかしら。思ったよりも少ないわね」

「お嬢様は華奢ですから、容量が……」

「闇の濃度と体重は関係ないわよ」

 まあ、追撃をかけるだけならこれで十分でしょう。
 わたしは、わたしの周りを飛び回る黒蝙蝠の連隊に「行きなさい」と短
く命令した。すると、忠実なる闇の群体は、泥が蠢くようにざざっと奇音
をたてながら廊下の奥へと消えていった。
 わたしはとっくに再生している右手を振って、彼等を見送る。

「―――それにしても咲夜」

「なんでしょうかお嬢様」

「あのマントには驚かされたわね」

「はい」

「わたしもあれ、欲しいわ」

「……今度、古道具屋を当たってみます」




932 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 02:30:42
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>>930>>931

「うう……このわらわが抱きかかえられるなどとは、情けないのう」

 たはは、というかとほほ、というか苦笑しつつも、事実として身体は思うように動いてくれぬ。
 やれやれ、つい先ほどまで気張っておった反動か。
 されど自体は一刻を争う、どうやら追撃も来ておるようじゃし。
 ……仕方がないか、ここは。
 
 
「のう小悪魔、巻き込んでしまって済まないとは思っておるのじゃが……もう一つ、頼み事を聞いてはくれんか。
 おぬしの言うようにこうもへろへろでは、にっちもさっちもいかぬゆえ……おぬしの」
 
 どうしても首筋に目がいってしまうのは……サガか、これは。
 
「血を、分けてくれ」

933 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 02:33:36

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>>931>>932


「ええー?!」

 いま、マリアベルさんは血と言いましたか? 血ってつまり、それは血
ということですよね。お嬢様が毎日飲んでいる、真っ赤なあれですよね。
 ……ど、どうしてそんなものを欲しがるんでしょうか。
 理由は明白です。―――マリアベルさんも吸血鬼だから。

 マリアベルさんのからだの仕組みがお嬢様と同じなら、へろへろになっ
た体力を回復させるには休息よりも吸血のほうが有効でしょう。
 それは分かるんですけど。……よりによって、わたしの血ですか。
 なんという皮肉でしょうか。召喚主の血を代償にして契約を結ぶ悪魔の
わたしが、逆に血を求められることになるなんて。

 ああ、ご主人様にすら吸われたこと無かったのに―――

 けど、躊躇や逡巡をするような余裕はありません。
 廊下の彼方からは、蝙蝠の鳴き声が大合唱となってわたしの鼓膜を震え
させています。いまにも漆黒の向こうから、黒蝙蝠の鮮血色の瞳が輝いて
きそうでした。心なしか、闇が一段と濃くなったような……。

「わ、分かりました。わたしはパチュリー様と契約をしています。そして
マリアベルさんはパチュリー様の大切な友人です。マリアベルさんを助け
るということは、パチュリー様のお力になるということだと解釈します」

 ネクタイを緩めて、ブラウスの襟から首筋を覗かせます。
 ……こんな感じで良いんでしょうか。

「あ、あの……あんまりたくさんは吸わないでくださいね」

 いくらご主人様のお友達でも、干からびるまで飲まれるのはイヤです!




934 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 02:34:51
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>>933

「うむ、済まんな。それでよい。
 なに、そう悠長に吸っておる暇も無し。それにわらわとて、正体の無くなるほど血を頂く趣味もないゆえにな」
 
 それ以前に、人間相手ではこの牙を使うわけにもいかないのじゃが。色々と面倒なことになる。
 それゆえ実のところ「気兼ねなく吸血できる」というのが一番の理由であったりするが、それは口にしないでおく。
 
「では……ちと痛いが、我慢してくれ」
 
 
 かぷ。
 
 
 
 
 
 
「………………ん……ふう、よし。もう良いぞ」
 
 なるほど悪魔の血に相応しい、強めの酒を思わせるそれをいくらか喉に流し込み、牙を抜く。
 これで当座の体力は確保できた。
 おまけで、何かしらの能力も得ているかもしれんが……まあそれは後で考えることとしよう。
 何しろ時間がない、あの耳障りな鳴き声が――もうそこまで聞こえておるッ!
 
「重ね重ね済まんな、助かった。さあ逃亡の続きじゃ!
 目指すは……そう、大図書館! おぬしの主人の元じゃ!」
 
 小悪魔が身なりを整え直したのを確認するが早いか、再び我らは走り出す。
 なるべくならばレッドパワーなどで粗相をしたくはない……逃げ切れるか!?

935 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 02:36:13



 逃げたければ、好きなだけ逃げればいい。わたしは〈弾幕ごっこ〉を
するために、あのノーブルレッドを引き留めたわけではないのだから。
 メイドが作る迷宮は絶対だ。
 逃げる限り、紅魔館から脱出することは叶わない。
 それこそが、わたしの目的だった。

 あのノーブルレッドは帰さない。
 紅魔館からも、幻想郷からも。

「……愉しくなってきたわねぇ」




936 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 02:57:55

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>>934>>935


 ……なんだか不思議な感じ。
 痛くはなかったんですが、からだがすごく熱くなってしまいました。
 牙が抜かれて、並んで走っているいまでも火照りが消えません。
 心臓がどきどきして、いまにも破裂しそうです。吸われた分の血を、
大急ぎで作っているんでしょうか。

 今度はわたしの足がふらふらとしてきたんですが、それでは本末転倒
なので、気を引き締めて必死に走りました。もう振り返らなくても分か
る距離にまで、蝙蝠は飛びかかってきています。
 ちょっとスピードを緩めただけでも、背中をがぶりとやられそう。
 わたしは「わー!」と叫びながら、マリアベルさんに置き去りにされ
ないように走って走って走りまくりました。

 マリアベルさんはあんなにからだが小さくて、しかも走りにくそうな
服装をしているのに、とっても足が速いです。
 いったいどこにそんな馬力が隠されているんでしょうか。気を緩めれ
ば、あっという間に取り残されてしまいそうです。

 ……そういえばわたし、なんでこんなに全速力で走っているんでしょ
うか。マリアベルさんを抱えて飛んだほうが、よっぽど早く逃げられる
のでは―――

 いまさら気付いても後の祭りです。弾丸のように空気を穿つ蝙蝠の大
群が、わたしやマリアベルさんの背中を悠々と追い抜いていきました。
 わたしたちは、たちどころに真っ黒な霧に包まれてしまいます。

 しかし、襲いかかってくる気配はありません。どうやら、わたしたち
の視界を隠すのがこの蝙蝠部隊の目的のようです。

 そして、わたしたちを追い抜いた別の蝙蝠部隊が弧を描きながら反転
し、同時に背後から迫る残りの部隊も一斉に殺到してきました。
 ……なんて容赦のない蝙蝠弾幕。
 前後からの挟撃が、この子たちの狙いだったんです!

「マリアベルさーん! どどど、どどどうしましょー!」


937 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 18:37:13
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>>936

 「ええい! 鬱陶しい!」
 
 厄介にも視界を遮られ(「闇」そのものでは夜視も利かぬ!)、もはや蝙蝠どものほとんどが「気配」としてでしか感じられぬ。
 これでは、全てマントで払おうなどとはいかん、とてもではないが身が持たぬ!
 かくなる上は撃ち払うのみか――ええい! 許せよ!
 
 小悪魔の手を引いて位置を入れ替え、背後を振り向きざま指を鳴らし――――岩石よ!
 レッドパワー・テラブレイク!
 半ば壁代わりじゃ、せめて足止めを……おお!?
 
 
 テラブレイク――本来ならば一抱えもの岩が数個、床を割り現れ殺到するはず。
 じゃがその代わりに――背後の蝙蝠どもへ、無数の岩飛礫が雨あられと降り注ぐのを、わらわはそのとき確かに見た。
 
 これは……そうか、「弾幕」!
 仮にも幻想郷の民の血を吸ったがゆえか!
 ならば……いけるッ!
 
 
 背後の命中状況は確認もせず、再び身を翻し小悪魔を庇い――こやつのおかげでこの状況を打破できるのじゃ、
無碍には出来ん――今度は手刀を振るい空を切り裂く!
 エアスラッシュ! ……思い通りッ!
 現れし風の刃は、何十何百と重なり連ねて、蝙蝠どもの中空を――進路を穿つ!
 
「突っ切るぞ、小悪魔! 手を離すでないぞッ!」
 
 そうじゃ、この間隙へ! 一瞬でも早くッ!

938 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 19:22:31

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>>937


 マリアベルさんが繰り出したのは、岩雨と風刃の二重攻撃でした。
 わたしの腕を取り、まるでダンスでもするように互いの位置を変えなが
ら数秒と間を置かずに弾幕を張り巡らします。

 す、すごい!

 マリアベルさんの攻撃は、わたしたちの視界を暗黒で隠していた目隠し
蝙蝠たちをあっという間に蹴散らしてしまいました。
 挟撃を仕掛けてきた前後の部隊も、後方は岩飛礫の五月雨に、前方は烈
風の暴刃に晒されて、為す術もなく撃ち落とされていきます。
 迎撃された蝙蝠は黒い泥となって四散し、壁や絨毯を濡らしました。

 ―――そして、その闇色の染みから、今度は二匹の黒蝙蝠が湧き出して
くるのでした。

 なんてことでしょうか。これこそお嬢様の夜の力です。一匹の死骸から
二匹が、百匹からは二百匹が生まれてしまうんです。
 いちいち撃ち落としてもきりがありません。せっかくマリアベルさんの
峻烈な攻撃で三分の一ほど数を減らしたのに、瞬く間に蝙蝠の軍勢は兵力
を回復してしまい、より巨大な黒い霧となってしまいました。

 風刃が切り開いた血路を走り抜けながらも、わたしは落ち着きなく周囲
を見回します。……このままじゃ駄目だ。すぐにやられてしまいます。
 だって、どんなにマリアベルさんの弾幕が強力でも、相手は撃ち落とせ
ば撃ち落とすだけ数を増やす理不尽な闇の洪水なのですから。
 対処法はひとつだけ。スピードで振り切るしかないんです。

 でも、地上をひーひー言いながら走ることしかできないマリアベルさん
では、空を飛べる蝙蝠から逃げ切れるはずがありません。〈弾幕ごっこ〉
は飛翔能力があって初めて敵と対等に渡り合えるゲームなんです。
 このままでは、いずれ蝙蝠の闇に呑み込まれてしまいます。

 ―――ここに来て、わたしはまだ迷っていました。

 わたしはパチュリー様に仕える契約の悪魔なのですから、レミリアお嬢
様と直接の主従関係にはありません。ですが、契約だとか雇用だとかそう
いったこととは関係なく、この紅魔館で生きるすべてのものにとってお嬢
様は絶対的に君臨する主君でもあるのです。
 逆らうのは気が向きません。あとが怖いです。

 ……けど、このまま泣きながら走っていたら、わたしもマリアベルさん
も間違いなく蝙蝠の餌になってしまいます。それはイヤです。
 マリアベルさんはご主人様のお友達なのですから、わたしには可能な限
り力を貸してあげる義務がありますし―――それになにより、マリアベル
さんはもう幾度となくわたしを助けてくれました。こんな足手まといな見
習い悪魔なんて、見捨てても誰にも咎められないのに……。

 マリアベルさんがわたしを助けてくれたように、わたしだってマリアベ
ルさんを一度ぐらいは助けてあげるべきなのではないでしょうか。
 うん、そうです。そのはずです。それこそが悪魔の高潔な生き方です。

 ……ですから、これは決してお嬢様に刃向かうという意味ではなくて、
ただ恩を返したいだけで、いまから始める攻撃には悪意がまったくないと
いうことを事前にお嬢様に説明したいのですが、もちろんそんなことは不
可能なので、わたしは溜息混じり半泣きの表情で―――

「ごめんなさい、お嬢様!」

 この〈弾幕ごっこ〉に、乱入することに決めました。



939 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 19:22:57


>>937>>938


 いまわたしが携帯している本は、脇に抱えた分厚い蔵書目録と、ベスト
の内ポケットに忍ばせた文庫本の二冊だけです。ですが、あわせれば軽く
千ページは数えるでしょう。……それだけあれば十分です。

 わたしは蔵書目録を放り投げると、懐の文庫本も同じように投げ捨てま
した。放られた大小二冊の本は、重力を無視して宙に浮かび上がります。
 そして、まるで透明人間に読まれているかのように、勝手にページを広
げ始めました。ばらばらばら―――と、ものすごい勢いでページがめくれ
ていきます。やがてページの一枚が一枚が紙とは思えないほどの鋭さを身
につけたとき、わたしは弾幕式読書≠フ始まりを宣言しました。
 
 本のページが表紙から飛び出して、蝙蝠の軍勢に襲いかかります。
 その様子はさながら紙の銃弾を吐き散らす機関銃のようでした。
 事実、千ページ分の弾幕が数秒とかからずに撃ち出され、蝙蝠の闇色の
躯に白い紙片の傷跡を刻みます。

 さらに重ね撃ちとして、わたしはスカートのポケットからリボンがつい
た栞を何十枚も取り出しました。巫女が使う護符のように栞に魔力をこめ
ると、全方位にまき散らします。栞は蝙蝠に接触すると爆発して、その余
波でさらに数匹の蝙蝠を撃墜するのでした。
 
 ―――紙を自在に操る程度の能力≠ヘ、大図書館の司書としては、特
筆するまでもなく当然のように身につけているべきスキルですよね。

 蝙蝠たちが作っていた闇色の霧が晴れていきますが……もちろん、数秒
後にはさっきまでの数倍の濃度の闇が立ちこめることになります。
 この一瞬の晴天を、わたしたちは駆け抜けなければいけないのです。
 そのためには―――

「失礼します!」

 マリアベルさんの細い腰を背後からつかまえると、わたしは背中に生え
た悪魔の翼を羽ばたかせました。レミリアお嬢様ならともかく、蝙蝠程度
のスピードならわたしの飛行能力でも十分に振り切れます。
 マリアベルさんを抱えたまま弾丸のように飛び立つと、蝙蝠の軍勢はあ
っという間に廊下の奥へと消えていってしまいました。

「このままご主人様のところまで翔びますよ!」

 目指すは大図書館。そう言ったのはマリアベルさんですが、その考えに
はわたしも賛成です。ご主人様の大図書館なら、あのしつこい黒蝙蝠たち
も追ってくることはないからです。
 お嬢様は、ご主人様の静謐を乱すようなことは決してしません。

「止まったら追いつかれますから、このまま突っ込みますね!」

 すでに目の前には、大図書館の門が立ち塞がっています。わたしはスピ
ードを緩めるどころかさらに加速して、頭から門扉に突撃しました。
 小爆発のような衝撃と爆音が、図書館に響き渡ります。
 ……しまった。これは勢いをつけすぎたかもしれません。振り返ると、
大図書館の門は木っ端微塵に砕け散っていました。
 しかも、突っ込んだ拍子にうっかりとマリアベルさんを抱いている手を
離してしまったではないですか。あーん、ほんとにごめんなさい!

「マリアベルさん、生きてますかー」

 埃にむせながら、わたしはマリアベルさんの小さな影を探しました。



940 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 19:23:24



 あらあら、困ったお年寄りね。
 パチェを巻き込んでしまうなんて、悪いおばあさんだわ。
 振り出しに戻っても、ゲームは終わらないというのに。
 ……でも、彼女はとても賢いから。あなたが戻って来ることぐらい、
送り出したそのときから悟っていたに違いないわ。
 わたしがあなたの辿る軌跡を見透かしているように……ね。

「咲夜、いまのうちにパーティの支度を始めるわよ」

 ノーブルレッドを歓迎するための、夜会の準備を。




941 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 19:48:36
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>>938>>939>>940

 ぴよぴよ「きゅー……」ぴよぴよ


しばらくお待ちください。数秒ほど。



「……小悪魔ー、打開できたことには感謝するがちと加減というものを知れ、加減というものを
 またぞろパチェに怒られるぞ、おぬし」

 ……うう、なにやらまだびみょーにふらふらするぞ。もちろん生きてはおるのじゃが。
 とゆーかこのようなことで死にたくなど無いわ。いくら時の果てに蘇るのが我らノーブルレッドであるといってもじゃな
 まったく……
 
 立ち上がって、咳払いをして、埃を払って……そのパチェを捜す。
 案の定、いつも通りの無愛想な、いやまあ確かにちと怒っておるような気もするが……そして些かも驚いた様子のない
 我が友人が、出迎えてくれておった。

「……やれやれ、その様子じゃとやはり此度の乱痴気騒ぎ、予見しておったか。のうパチェ?
 『すぐ戻ってくる』とは、この事を言っておったのじゃろう?」
 
 色々あって縮こまっておる小悪魔を尻目に(何であればあとでフォローはするとして)、友人へと語りかける。
 問いかける。
 恐らくは、鍵を握っておるのであろうから。
 
「で、レミリアめは何をしたいというのじゃ一体。友人が無くて寂しい、というわけでもあるまい?
 ましてや悠久の時を生きるのもお互い様、あえてわらわが足止めされる理由など、正直言って思いつかんのじゃがのう……
 真相についてまで知っておるのであれば教えてくれんか、パチェ。
 このままでは我らの研究すら足止めを食ってしまうでな」
 
 
 言いながら、手頃なテーブルセットの椅子へ腰かける。
 あやつもここまでは手を出そうとすまい。じっくりと、話を聞かねば。

942 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 21:50:36


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>>940>>941


 ……うぅ、ご主人様の視線が痛いです。

 冷たい一瞥をくれたっきりわたしから瞳を逸らしたご主人様は、今度は
友人のマリアベルさんをじっと見つましたが、言葉を返すことはありませ
んでした。いつもの眠たげな表情で、思案に暮れています。

 ご主人様……。
 マリアベルさんを見送ったあと、床に着くわけでもなく、研究を続ける
わけでもなく、この大図書館に留まっていたということは―――わたしの
ご主人様はマリアベルさんを待っていたと考えていいでしょう。
 こうなることが分かっていたんです。

 ご主人様は、マリアベルさんが座っているテーブルセットには近づかず、
書架の高い場所に手を伸ばすための踏み台に腰かけました。
 脇に抱えていた仰々しい装丁の書物を開き、黙々と読み始めます。
 ……って、友人の言葉を無視しますかこのひとは。
 わたしが肩を落としかけたとき、ご主人様は魔導書に目を通したままゆ
っくりと口を開きました。

「……わたしはレミィじゃないんだから、レミィの考えていることなんて
分かるわけがないわ」

 お嬢様本人に聞けばいいじゃない、と言いたげな口ぶりに、お二人の会
話に関係のないわたしが立ち眩みを覚えそうになりました。
 悪意はないんでしょうけど、もうちょっと柔らかな人当たりというのを
学べないんでしょうか。知識の少女なはずなのに。

 ご主人様は、本文に鼻先がくっついてしまいそうなほど近くまで本を引
き寄せています。お陰で顔が表紙に隠れてしまい、表情が知れません。
 ……いったい、なにを考えているのでしょうか。

「―――でも、紅魔館から出る方法なら分かるわ」

「え!」

 思いもよらぬご主人様の発言に、わたしは口に手を当てて声を上げてし
まいました。……はい、ごめんなさい。うるさかったです。わたしは関係
ないからずっと黙っているべきですよね。

 気を取り直して、ご主人様が言葉を続けます。

「……ノーブルレッド城に帰らなければいいのよ。幻想郷に留まり続ける
と約束すれば、レミィはあなたを解放するでしょうね」


943 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 21:50:58



 どうして、あのノーブルレッドは幻想郷と〈ファルガイア〉を自由に行
き来できるのか。博麗大結界を無視することができるのか。
 それは彼女が、世界から見放され、人間社会から忘れ去られしものとし
て、〈幻想種〉になりかけているからだ。
 この郷は、あらゆる幻想を受け容れる。ノーブルレッドの唯一の生き残
りとなれば、諸手をあげて歓迎するだろう。

 ……それでもまだ、あのノーブルレッドが〈ファルガイア〉に留まり続
けている理由は、人間との縁が完全に途切れてはいないからだ。
 無駄なあがき。惨めな抵抗。……あのノーブルレッドは、自分の世界で
まだ人間と積極的に関係を持とうとしている。世捨て人を気取りながら。
 お陰で中途半端なままで幻想化が止まってしまい、どっちつかずの蝙蝠
のような老婆が完成してしまったというわけだ。

 だから、わたしが背中を押してあげるわ。

〈フォルガイア〉から忘却されて、弾き出されて、幻想化が完成するまで
紅魔館に滞在させてやるのだ。……そうすれば、半端な立ち位置に迷わず
とも済むでしょう。あいつの寝床は、ここしか無くなるのだから。

「マリアベル・アーミティッジ」

 歌うように、彼女の名を呟いた。

「幻想郷が、あなたを待っているわ」




944 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 21:59:04
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>>942>>943

「………………」

 こつ、こつ、と図書館にテーブルを叩く音が響く。
 わらわは頬杖を突き、指でテーブルを叩く。ややこしい状況に顔をしかめながら。
 
 ――パチェが言うには、わらわは「幻想」になりかけているのだという。
 「幻想郷」とは、そうしたモノが辿り着く……ありうべからざるモノ達の地であるがゆえに、と。
 そうでなければ、わらわもここにいるはずがないのだと。
 
 などと言われても当のわらわは困る。ファルガイアの真の支配者たるわらわが幻想になどなってたまるか。
 ……とパチェに言ったところで梨の礫。
 まあそれは今に始まったことで無し、それにここまでのやりとりで大方の結論も得られた。
 
 つまり。
 魔女も幻想。
 悪魔も幻想。
 吸血鬼も幻想。
 例外などあってはならぬゆえ……というのがレミリアの真意であろうと。
 
 ふん、わがままここに極まれり。されど容易ならざる状況ではある。
 よしんば強行突破して我が居城に帰り着いたとて、大局的には好転せん。
 なれば今この場でどうにかすべきじゃが……どうすればよい?
 さすがの友人も、これ以上は知恵を貸してはくれんじゃろうしな。はてさて。
 
 
 沈思黙考、時には席を立ち本を取り出し、ひとしきり調べてまた思案。
 わらわも、この場も、時の流れとは無縁であるがゆえに考える時間だけはあるのは救い。
 そうじゃ、考えよマリアベル・アーミティッジ。
 どこから?
 ――――そう、まずは根本から。
 
 
<わらわはどうやってこの地に辿り着いた?>

945 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 21:59:30
>>944 続き

 パチェ……パチュリーと知り合ったのは無線をデタラメにチューニングしておったときのこと。
 ほとんど偶然にも等しいが、そうでなくては巡り会えはしなかったであろう。
 何しろ、「異世界と交信した」のであるから。
 
 そうして色々と雑談をしておるうちに、わらわはこの地に招かれることと相成ったが……その際パチュリーは
このような謎めいた言葉にて道筋を示した。
 即ち、「あなたならば辿り着けるだろう」と。具体的な所在は示さずに。
 
 異世界であることはいずれ察しが付いておった。何しろ幻想郷などという地は全く聞いたこともなかったゆえに。
 そしてファルガイアにとって異世界など、星の海の向こうよりもよほど近い、薄紙一枚隔てた地にも等しい。
 かつては「異世界に侵食」されかかったこのファルガイアは、それゆえ世界の境などいたって曖昧。
 ならばそこに辿り着く方法は?
 
 執った手段は「ライブリフレクター」、生体をエネルギーの塊と見立て射出し、反射衛星を用いて別の地へと飛ばす
一種の転送装置。ロストテクノロジーの産物が一つ。
 ならば、エネルギーの塊、すなわち光……電磁波にも等しい存在へと一時的にシフトされるとすれば、その振る舞い如何では
……先進波へとシフトされ得れば、世界を越えることも可能なのではないか?
 わらわは、そう考えた。
 
 そして結果は成功。デタラメな座標を入力されたライブリフレクターは、わらわの幻想郷への、友人への思いと共に
見事わらわをこの地へと降り立たせてくれた。
 
 ――のじゃが、しかし事ここに及んではそれだけでは足りなくなる。
 
 世界を越えた、これはまあ別によい。
 じゃが先ほど告げられた幻想郷のあり方を考えればそれだけではわらわは辿り着けなかったはず。
 いや無論、そこの答えもまた出ておる。すなわち「わらわが幻想と化しつつあるがゆえ」じゃと。
 ……されどそれは受け入れられぬ。幻想と化す気など毛頭無い。
 
 やれやれ、結局振り出しに戻ってしまったではないか。
 まったく、なにゆえにこのような目に遭わねばならぬのじゃ! たかだか世界を越えた程度で――――
 
 世界を、越えた。
 幻想と、なる。
 ……もしも本当に幻想となったら?
 もしも幻想になりうる理由がなかったら?
 もしも。
 「もしも」――――――!?

946 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 21:59:55
>>945 続き

 一つの結論。いやこれは正に天恵と称すべきか!
 客観的には無茶苦茶と感じつつも、ぴたりピースが組み合わさったその感覚がわらわをかき立てた。
 跳ねるように椅子を蹴立て、駆けるように我らの工房へと向かう。
 
「……ええと、失敗作のうちの、せめても成功に近かったものは…………と、あった!
 うむ、壊れてはおらぬ。これで何とか……するしかあるまい!」
 
 独りごちながらその「装置」を鞄にしまい、またも駆けて図書館へと戻り……
 あ、しまった、パチェめ今度はわらわに眉根を寄せておる。
 そーいえば、ちと騒がしかったか。うむむ。
 
「いや、すまんすまん許してくれ。わらわとて……今生の別れとはしたくないゆえなのじゃ。
 と、そうそう、装置を一つ持って行くぞ。構わんじゃろう?」
 
 苦笑しつつそう言って、わらわは出口へと向かった。
 結果がどうなるかはわからんが、少なくともやるべきことは決まった。
 ならばあとは実行に移すのみ。
 トライ&エラーとはいかぬが、仕方があるまい!
 
 
 あと必要なのは、レミリアの……
 ならば一転、懐に飛び込むまでじゃ!

947 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 22:01:25

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>>943>>944>>945>>946


 ご主人様の説明を聞いたときの、わたしとマリアベルさんの反応はまっ
たく異なるものでした。どこが違うって、わたしが安堵を抱いたのとは対
照的に、マリアベルさんは困惑の表情を浮かべたんです。

 ……あれ。どうしてマリアベルさんはそんなに渋い顔をしているのでし
ょうか。ここは「なんだ、そんな理由か」って胸をなで下ろすところだと
思うんですけど……。わたしの感覚がおかしいのでしょうか。

 マリアベルさんを幻想郷の一員として歓迎する。
 やり方こそ荒っぽいですが、お嬢様の目的はこの郷にノーブルレッドの
居場所を作るという、とても親切なものでした。
 確かに、幻想郷は変なところで閉鎖的で封建的で、要領を得ないしきた
りが多いです。そういう決まり事を飛び越えて「ここはノーブルレッドの
なわばり」と主張するのは、強引ですが賢くもあります。
 お嬢様は、その手助けをしているんではないでしょうか。
 なら、このまま紅魔館に滞在していただいたほうが、マリアベルさんの
ためにもなると考えたんですが……。
 どうも、当人はそうは考えられないみたいです。

 なにを閃いたのか、マリアベルさんは唐突に座っていた椅子を蹴倒すと、
工房のほうへと駆け出していきました。数分とかからずにわたしたちのと
ころへ戻ってきたときには、ルビーの瞳に挑戦的な感情が燃えています。
 
 ……あれ。
 もしかして、懲りずにまた館の外を目指すつもりでしょうか。

 わたしには理解できないです。どうしてそうまでお嬢様に反発するので
しょうか。この館に留る限り、お嬢様に敵意はないと分かったはずなのに。
 自分の居城が恋しいなら、お城のほうをこっちに呼んでしまえばいいだ
けです。無理して〈ファルガイア〉に帰っても、マリアベルさんはひとり
ぼっちなんですよ?

 わたしは答えを求めて視線をさまよわせ、ついにはご主人様の横顔を視
界にとらえますが、日陰の魔女は興味がないのか、読書に集中しています。
 これはお嬢様とマリアベルさんの問題で、自分には関わりようがないこ
とだ―――と、無言で主張しているかのようです。
 徹底した不干渉。それがご主人様のスタンスなのでしょう。

 ……でも、わたしは? わたしはこのまま、マリアベルさんの背中を見
送ってもいいのでしょうか。
 ご主人様同様に、わたしもこの件にはまったく関係のないただの小悪魔
です。きっと、自分の仕事に戻るべきなのでしょう。
 
 でも。

「……咲夜は忙しそうだから、あなたが治しておきなさい」

 本に目を向けたまま、ご主人様は言いました。わたしが壊した図書館の
門のことを指しているのでしょう。その仕事も確かに大事です。

「分かりました。戻ったら取りかかりますね」

「戻ったら?」

「いまは手が空いてないんですよ。先ほどパチュリー様に言いつけられた、
マリアベルさんを玄関までお見送りする仕事が残っていますので」

 わたしはそれなりに覚悟を決めて言ったのですが、ご主人様は「好きに
しなさい」と淡々と答えるだけでした。ちょっとだけ拍子抜けです。

「ありがとうございます」と頭を下げて、わたしはマリアベルさんの小さ
な背中を追いかけました。
 マリアベルさんに続くかたちで、わたしもまた破壊された大図書館の門
をくぐったんですけど―――



948 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 22:01:48



「……あら、図書館での用事はもう済んだのかしら」

 こっちも夜会の準備が整ったところだから、ちょうどいいわ。




949 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 22:02:27

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>>947>>948


 ……こ、これはどういうことでしょうか。

 わたしたちは図書館から大廊下へと飛び出したはずなのに、視界に広が
ったのはまったく見覚えのない、祭壇のような大部屋でした。
 石を積み上げて建てたのでしょう。かなり時代がかった造りです。
 紅魔館をヴィクトリア調と呼ぶならば、この部屋の内装はもっと前時代
的な、中世ヨーロッパの城塞風と呼ぶべきだと感じさせられました。
 荘厳さより無骨さが伝わってきそうな設計です。

 黄金の燭台が至る所に立てられていました。クリスタルや鏡面の反射を
利用しない蝋燭の裸の灯火は、なんだかとても薄気味悪いです。

 ……こんな部屋、紅魔館にあったでしょうか。
 わたしは知りません。
 少なくとも、大図書館の周辺には絶対に無かったです。まして、図書館
の入り口から繋がっているなんてことは絶対にあり得ません。
 振り返ってみると、案の定わたしが破壊した門は無くなっていて、これ
また見覚えのない別の門扉が立ち塞がっていました。あそこから出ても、
どうせ図書館には繋がっていないのでしょう。

 ……どうやら、お嬢様のゲームを再開したようです。

 大部屋の中央には、石材を積み上げた祭壇のような丘がありました。
 祀っているのは、二つの篝火に挟まれた漆黒の棺桶です。
 どうして、棺桶なんて縁起でもないものが祀ってあるのでしょうか。

 黒檀の蓋には、繊細な金細工で縁取りがされていました。
 その優美かつ薄気味悪い蓋に、レミリアお嬢様がいつの間にか¢ォを
組んでちょこんと腰をかけていました。
 ……さっきまでは、そんなところにいなかったはずなのに、です。

 この陰気な部屋は、お嬢様の演出なんでしょうか。
 だとしても、なんの目的があって。
 わたしたちが黙っていると、お嬢様は新しい幻想郷の仲間を見くだすよ
うに「ふふ」と笑みをこぼし、もったいぶりながら唇を開きました。


950 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 22:02:42



「自分の寝床でなければ、安眠できないのよね。
 なら、これで満足でしょう―――。
 ゆっくりお休みなさい」




951 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 22:28:01
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>>949>>950

 ……正直に言おう。一瞬じゃが面食らった。
 何しろ出口の向こうには、見慣れた自室――無論、ノーブルレッド城の――が広がっておったのじゃから。
 いや、そこにあのレミリアめが腰かけておらねば、本当に我が居城じゃと思いこんでしまったやもしれん。
 何しろ、わらわは今…………
 
 いやいや、そんなことはどうでも良いな。
 なんであれそこにレミリアがおる。なれば、この部屋は偽物以外にありえん。
 そして気づいてしまえば、あとは早い。
 
 
「はて、傷がないのう……あそこの壁に、ふと思いついた数式を刻んでおいたはずじゃが?
 あちらの落書きも、それに……おおこれは困った、隠し棚のスイッチも見あたらんぞ?
 レミリア、おぬし心当たりはないか?
 ……あ、すまんすまん、おぬしに心当たりなどあるはずもないな。おぬしを我が居城へ招待した憶えなどなかったわ。
 ま、おぬしの如き小娘を招待してやる義理もないでな!」
 
 腕を組んで、胸を反らして、壇上のレミリアを見上げ下ろす、、、、、、
 うむ、このスタイルこそがわらわじゃな、やはり。
 
「で、安眠とな? これは異な事を言うもんじゃ。
 壁の傷も落書きも仕掛けもない……数千年の歴史おもいでなど一つもない!
 このような空虚な部屋で安眠せよと? 馬鹿も休み休み言うがよいわ、小娘ッ!」
 
 言い終わり、ちらと小悪魔を見やる。
 ……さて、これで理解できてもらえるかな、わらわが帰りたい本当の理由を。
 先ほどおぬしが浮かべた、きょとんとした表情。
 あれはな……いや、むしろあれこそが、わらわにとっては寂しい表情であったのだぞ?
 
「わらわが幻想と化しつつある? は、それがどうしたというのじゃ!
 わらわこそがファルガイアの真の支配者! わが友が残せし世界おもいでを見守ることこそがわらわの役目ッ!
 なればこそ、わらわはファルガイアと共にあらねばならんッ! たとえ幻想と化しつつあろうともッ!
 ……ふん、おぬしの如き視野の小さき小娘には、わからんかもしれんがな」
 
 
 
 ――さて。
 挑発は、上手くいったか?

952 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 22:30:16



 ……咲夜め。細かいところで仕事をさぼったわね。
 お陰でわたしが恥をかいてしまったわ。

「そこのノーブルレッド。あんたは幻想の意味を理解していない」

 こいつの感情は片思いに夢中になる生娘に似ている。
 ……まったく、年甲斐もないことね。
 純情なんて咲夜の歳でも口にしたら笑われるのに。

「いくらあんたが生まれ故郷に対して強烈な執着を抱いても、故郷のほう
があなたを忘れ去ろうとしているのが分からないのか。
 幻想化するということは、その世界から不必要と認められたこと。
 わざわざ『いらない』と拒絶されたんだから、そんな薄情な世界は見限
って、さっさとこっちに引っ越してくればいい」

 こいつは〈ファルガイア〉を「おもいで」に例えたが、世界から言わせ
ればこいつのほうこそ「おもいで」なんだ。
 それも、いまでは夢にすら見なくなった枯れ果てた思い出。後の歴史に
塗り潰されて形骸すら残らなくなった滅び行く過去。
 ……別に〈ファルガイア〉が悪いのではない。ひとが生きる場所では百
億もの「おもいで」が過去に埋もれるのは当然だ。
 だのに、とっくに忘れ去られているにも関わらず、しつこく世界に留ま
ろうとするこいつがおかしい。

「いい加減に引退しろって言ってるのよ」

 翼を羽ばたかせて、棺桶から音もなく飛び立つ。
 ドーム状の天井すれすれまで飛び上がると、地上にせせこましく這いず
るノーブルレッドを今度こそ完膚無きまでに圧倒的に見下ろした。
 ……ふん、小さいわ。まるで豆粒のよう。

「―――どちらにせよ、あんたはここに泊まっていく。
 せっかくわたしの咲夜があんたのためにわざわざベッドを用意したんだ
から、寝心地ぐらい試していきなさい」

 寝付けないというのなら、わたしが子守唄を歌ってあげるわ。




953 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 22:31:03

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 ―NOBLE DESTINY―

>>950>>951>>952


 見上げる首が痛くなってくるほど高い場所まで飛び上がったお嬢様は、
深紅のまなじりをマリアベルさんに向けると、早速一枚のスペルカード
を取り出して宣言を始めました。

 ―――あれは〈ハートブレイク〉のスペル。

 灼熱の槍という点では〈スピア・ザ・グングニル〉と同じですが、神
槍より消費魔力が抑えられている分、威力も劣るはずです。

 おかしいですね。
 ここでお嬢様が燃費が気にする理由などないはずなのですが。
 手加減をしてくれるということでしょうか。
 あのお嬢様が? 

 ……もちろんそんなはずはありませんでした。
 お嬢様はかわいらしい牙を「にい」と見せつけて嘲笑すると、まったく
同じ〈ハートブレイク〉のカードを左手にも掲げました。
 同種のスペルカードが二枚?
 いや、違う。違います。
 左右に掲げたスペルカードは、それぞれ一枚ずつじゃありませんでした。
 カードは重なっていたんです。
 それも十枚ずつ。
 全部同じ〈ハートブレイク〉のスペルカードです。
 こんなことがあり得るのでしょうか。
 お嬢様は手の中で扇のように複数のスペルカードを広げると、合計二
十枚のスペルを同時に宣言しました。

 そんな! こんなの、いくらなんでも反則すぎますよ!

 焔槍二十本分の灼熱がお嬢様の両腕から噴き荒れます。
 グングニルが大蛇のとぐろなら、これは龍の胎動です。
 いくら一本一本の威力が神槍に劣るとはいえ、こんな馬鹿げた数を集め
れば破壊力は二倍や三倍じゃききません。浴びせられれば灰すら残りはし
ないでしょう。……お嬢様自身も、炎を飼い慣らしているというよりオー
バーサイズの炎衣を身にまとっているように見えてしまいます。

「逃げましょう、マリアベルさん!」

 最悪なことに、わたしのこの絶叫が引き金になってしまいました。

 お嬢様は狂相を浮かべつつ、炎衣から槍を形成して手当たり次第に投擲
してきます。目にもとまらぬ勢いで槍を振り上げては投げつけてきます。
 これだけでも無茶苦茶なのに、〈ハートブレイク〉の槍はただ獰猛に直
進するだけではなく、途中で閃光を膨張させて爆発四散しました。
 爆砕した槍からは大小無数の光弾が生まれ、紅の豪雨となってわたした
ちの頭上に降り注ぎます。そう、これは弾幕だったんです。

 ひとつの槍から百の光弾が生まれるとしたら、合計で……二千。

 こんなのはもう弾幕じゃないです。ただの一方的ななぶり殺しです。
 あまりに圧倒的な魔力を前に、恐怖に身が竦み、畏れが理性を麻痺させ、
わたしはただ呆然と立ち尽くすことしかできませんでした。 


954 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 22:33:17
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>>953

「ふん、やはり小娘は小娘じゃのう……世界に拒絶されるとな、それがどうした?
 思い出を刻むは正しく「ひとのわざ」じゃ。世界とはその器、言い換えるならば思い出を映す鏡に過ぎん。
 おぬしは鏡と語らう趣味を持つのか? どこぞの継母みたいに?」
 
 なんと言われようと、わらわに、、、、ファルガイアに生きる確固たる理由があれば、それで十分。
 「みんながいるから」ここに生きていきたい……そうじゃろう、アナスタシア?
 
 さて、などとそれこそ思い出に浸っておる暇はない。
 挑発は十分に効いた。案の定、猛烈に熱く厚い弾幕が放たれる!
 本来ならば逃げ場はない! そう、逃げられんのじゃ小悪魔!
 
 そしてそう正に……小悪魔よ、我らも先ほどは逃げずに「突破」したであろう?
 見事なまでに無傷で!
 最初は運が良かったのかと思ったぞ。多少の傷は覚悟しておったのじゃからな。
 ところが実際には無傷。その理由は……いいや、これより証明すれば早いことか!
 
 さて――最後の布石を打つとしよう!
 
 
「で、とーとつに話は変わるが……おぬし、パラレル・ワールド論というものを知っておるか?」
 
 聞こえたか?
 聞こえたはずじゃな?
 眉根を寄せた。不審な顔をした。――隙が出来たッ!
 
 身につけておったマントを外し、床に叩きつけ、反動を発生させるッ、、、、、、、、、
 為に我が身は猛烈な勢いで飛び上がり、自らその弾幕に突っ込み――――――
 
 
 
 ――――すり抜け『グレイズ』したッ!
 そうじゃ、小悪魔より頂いたもう一つの能力!
 おぬしらはこうして、弾幕ごっことやらに興じておったのであろうが!
 じゃがもう遅い、これで仕舞いじゃレミリア!!
 
 
 
 がぶり。
 噛みついた。

955 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 22:35:54

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>>954


 お嬢様の深紅のまなこが見開かれます。
 それも当然。まさか〈弾幕ごっこ〉も知らないよそ者が〈グレイズ〉を
体得しているなんて、いくらお嬢様でも予想できるわけがありません。
 ここに来て初めて動揺のそぶりを見せる不死者の王に、閃熱の紅雨をす
り抜けたマリアベルさんが突撃します。迎撃の余裕は与えられません。
 スカートの裾を翻し、肉薄したお嬢様に掴みかかりました。

 あ、いや、これは―――

「……か、噛み付いた」

 わたしが確認できたのはそこまででした。
〈ハートブレイク〉の炎雨は棺桶が祀られた祭壇すべて均等に降り注いで
います。当然、わたしの頭上にも弾幕は張り巡らされていました。
 呆気にとられるまま立ち竦んでいるだけのわたしには回避の術などなく、
視界が深紅に染まるのを諾々と受け容れるしかありませんでした。

 ああ、でもマリアベルさん―――
 
 あのひとはどうして、噛み付いたりなんてしたのでしょうか。

 確かに、お嬢様の血を吸うなんて考えられないことです。
 前代未聞と言い切っていいでしょう。
 お嬢様の地獄のような弾幕をやり過ごしたことも、特筆に値します。
 でも、お嬢様のお力の真髄は格闘戦。規格外の身体能力を存分に活かし
た近接での戦闘は、間違いなく幻想郷最強です。
 つまり、マリアベルさんはわざわざお嬢様の得意なフィールドに飛び込
んでしまったのです。あんなのは自殺行為に等しいんです。
 それくらいのことは、マリアベルさんだって分かっているはずなのに。

「どうして……」

 ―――わたしのからだが紅雨に引き裂かれる寸前、背後から「ぱちり」
と懐中時計の蓋を開く音が聞こえてきました。


956 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 22:36:18



「……なにかしら、これは」

 首筋に食らいついたノーブルレッドに、醒めきった一瞥を投げる。
 よもやこのわたしの弾幕を攻略されるとは思ってもみなかったが、その
結果としてノーブルレッドがわたしに与えたダメージが、お猪口一杯分程
度の血液だなんて。馬鹿馬鹿しすぎて笑みすら浮かんでこない。
 
 わたしはいつまでも噛み付いて離れないノーブルレッドの首根っこを掴
むと、首から引き剥がし、宙を飛んだまま軽々と持ち上げてみせた。
 これで完全にチェックメイト。正真正銘のゲームオーバーだ。
 あとは狭苦しい棺桶にこいつを叩き込んで、熟成するまで蓋に鍵をかけ
てしまえばいい。百年も寝かせておけば、いい感じに発酵するだろう。
 クリムゾン・チーズの完成だ。

 呆気ない幕切れはわたしを失望へと誘う。自然と嘆息がこぼれた。

「……そんなにもひとりが好き?」

 拒まれることは分かっていた。無我夢中で抵抗されることを予見してい
たからこそ、こうして悪戯半分からかい混じりに閉じ込めてやったんだ。
 しかし頭では理解していても、実際に目の前で拒み通されると納得のい
かないものが目立つ。
 なぜ、そうまで〈ファルガイア〉に残りたがるのか。
 そんなに愉快な場所なのか。
 そんなに居心地がいい世界なのか。
 この、幻想郷よりも? ……馬鹿な。ぜったいにあり得ない。

「春になれば桜を眺めて、夏になれば緑に囲まれ、秋には紅葉を満喫して、
冬には雪華を愉しむ。毎晩必ず訪れる夜には咲夜が淹れたお茶で渇きを癒
して、騒ぎたくなれば神社でみんなと気化するまで飲み明かす」

 そう、たまには妖怪退治だってすることもあるわ。

 こんなにも愉快な日常に勝るものが、ノーブルレッドの棲まう世界にあ
るものか。幻想郷こそがすべてのはぐれ者が行き着く楽園だ。

 ひとり居城に閉じこもって、悠久のときを無為に過ごすことにいったい
どれだけの刺激がある。「おもいで」のためにその他の一切を犠牲にして、
それでどんな楽しみが得られる。
 こいつは退屈だ。
 軽蔑すべき退屈≠ェ、このノーブルレッドを支配していた。

 ……そう。
 そんなにも孤独に執着するならば、退屈をそんなにも愛するのならば、
あなたはあなたが望むがままに、忘却の〈運命〉を選び取ればいい。

 勝手にしなさい。そう呟いて、わたしは手を離した。

「―――咲夜、夜会はおしまいよ」




957 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 22:36:48

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>>956


「かしこまりました、お嬢様」

 冷静な声とともに、ぱちりと懐中時計の蓋が閉じられる。

「……あ、あれ、咲夜さん」

 いつの間にかわたしは、メイド長の小脇に抱えられていました。
 あ、そうか。咲夜さんはお嬢様の〈ブレイクハート×20〉からわたしを
助けてくれたんだ。咲夜さんの能力ならば、弾幕の雨を縫ってわたしを拾
い上げるぐらい、なんてことはないはずですからね。

 ……どうせなら、もっと早く助けて欲しかったですけど。

 それにしても、お嬢様はどういうつもりでしょうか。
 せっかくマリアベルさんを必殺の間合いに捉えたのに、引き剥がすだけ
なんの攻撃も加えないなんて。
 マリアベルさんの矮躯が重力に引きずられて落下してきますが、あの程
度の高度で負傷するようなひとではないことは確かです。

 祭壇も棺桶も蒸発してしまい、無惨な瓦礫の山となったマリアベルさん
の寝室に、ゆっくりと部屋の主が舞い落ちていきます。
 お嬢様はその様子を静かに睥睨していたかと思ったら―――ぷいっと顔
を反らしてしまいました。そこでわたしは直感します。

 ……お嬢様、もしかしなくても拗ねてしまったんじゃないでしょうか。

 マリアベルさんを幻想郷に迎え入れるべきだというお嬢様の言い分が、
わたしには胸に染みるほど強く理解できます。
 お嬢様は勝手でわがままで相手の返事も聞かずに強引に話を進めてしま
いましたが、その根源にあるのは確固たる同族への思いやりです。
 かつて世界から弾き出されたお嬢様たちが幻想郷に流れ着いたように、
どこにも居場所のないマリアベルさんを迎えたいと考えているのです。

 わたしはそれがとても自然なことで、マリアベルさんもその願いがある
からこそ、こうして頻繁に幻想郷に足を伸ばしているのだとばかり思って
いましたが―――どうやら、違ったようです。
 マリアベルさんは〈ファルガイア〉に残りたがりました。自分の居場所
はここではないと、お嬢様に面と向かって言い切ってしまいました。
 それも幻想郷では滅多に聞けない、真摯で熱い口舌をもってして。

 ……なるほど。お嬢様の気分を萎えさせるには、搦め手でいくよりも、
ああいう風に直球で勝負したほうがいいのかもしれません。
 お嬢様って、暑苦しいの苦手そうですもんね。

 でも、なんだか釈然としないものが残ります。幻想化することをマリア
ベルさんが拒むのならば、遠からず〈幻想郷〉に立ち入る資格も消滅して
しまうでしょう。せっかくこっちに遊びに来られるようになったのに、ま
た離れ離れになってしまうんです。それはとても寂しいことです。

 ……うーん。
 やっぱり、無理にでも閉じ込めておくべきなのかもしれませんね。


958 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 22:39:53
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>>957

「痛、た、たたた……まったく、誰もひとりが好きだなどとは言っとらんじゃろうに」

 しりもち。かっこわるい。
 いやいや生き方さえ格好良ければそれでよいのじゃ。誇りとはアクセサリーではないのじゃからして。
 第一いまは、鞄を庇わねばならん買ったのじゃから致し方あるまい。大事の前の小事じゃ。
 
 さておき、追撃がないとはのう……まあ、本気でわらわを殺そうというのではないわけじゃから
当たり前と言えば当たり前じゃが。……ふむ、いや、あの様子ではそれとは別か。
 ま、よいのじゃが。
 
「ああそうじゃな、勝手にさせて貰うとしよう。……よ、っと」
 
 ぺろりと口元に残ったあやつの血を舐め(熟成が足りんな、これは)、鞄より例の装置を取り出す。
 ダイヤルやスイッチがごちゃごちゃとくっついた、お世辞にも機能美とはほど遠いその代物を。
 
「勝手に話を進めさせて貰うとしよう。じゃからもう少しだけ付き合え。面白いものを見せてやる。
 ……ええと、そう、パラレル・ワールド論であったな」
 
 ドライバーセットも取り出し、ダイヤルをいじくり、スイッチを切り替えつつ。
 このパラメータはこっち、ここはOFFで、これはゼロのほうがよいか……
 
「簡単に言えば、世界は一つではなく『もしもこうだったら、という世界が無数に存在する』、そういう論じゃ。
 もしも今日、わらわが小悪魔の血を吸っておらんかったならば?
 もしも先ほど、おぬしが弾幕ではなくその爪を振りかざしてきておったら?
 ――その結果の世界もまた、今この瞬間にどこかで存在しておるのだ、とな」

959 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 22:41:00

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>>958


 わたしは咲夜さんに抱えられたまま、きょとんと首を傾げました。
 マリアベルさんは、お嬢様を引き留めるようなかたちでなんだかよく分
からないことをしゃべり始めました。本気でさっぱりです。

 お嬢様は「もうおしまい」と宣言したのだから、咲夜さんが用意した迷
宮は解除されたと考えていいと思います。
 マリアベルさんは〈ファルガイア〉に帰れるようになったんです。
 なのにどうして、お嬢様の背中に語りかけたりするのでしょうか。
 いつまた気まぐれを起こして「やっぱり帰さない」と言い出すか分から
ないのに。……お嬢様がいかに気分屋なのか、マリアベルさんだって今回の
件で痛いほどに理解したはずです。

 でもマリアベルさんは口を閉ざそうとしません。



960 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 22:44:07
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>>959

 まったく、我ながら今更なにを馬鹿馬鹿しいことを語っておるものじゃと、ひとり心中で自嘲。
 されどわらわに止める気は無し。例え一笑に付されようとも。
 
「そう、もしも、もしも……しかし現実には「もしも」など存在せん。後になって『全てはそういう運命であった』と
自らに言い聞かせるのが関の山じゃ……『運命だった』と」
 
 全て設定し終わり……組み込んだ術式回路部分の蓋を、ネジ止めをはずし、開ける。
 
「じゃがそれこそ『もしも』、その運命を変えられるものなら?
 ――おぬしのことじゃな、レミリア・スカーレット。運命を操る程度の能力、、、、、、、、、、
 
 にぃと笑って、開けた部分を見せる。
 
「そしてこの装置もまた同じく、運命を操る――――『運命改変装置』じゃ。
 ファルガイアの幸運の守護獣ガーディアンチャパパンガが領域・『絶対幸運圏』に搭載されておった技術とパチェの魔法知識、
 そしてわらわの機械技術を組み合わせた集大成! ……の、失敗作。研究の成果とはあまりにもお粗末。これだけではまず無理じゃ。
 されどここに、おぬしのその能力を掛け合わせたら?
 
 ……そうじゃ、ゆえにおぬしを吸血した。その能力を奪うために、、、、、、、、、、!」

961 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 22:45:17



 ……こいつ、なにを言ってるのかしら。
 まさか、このわたしに〈運命〉についての講釈をたれてくるなんて。
 運命改編―――そんなもの、本気でパチェは作ろうとしたの。

「無駄ね」

 わたしは冷たく言い放つ。

「あなた、失敗するわよ。……いいえ、失敗しなさい。
 わたしの血を受けて、〈運命〉を可視できるようになったのであれば、
それがいったいどういうものか片鱗だけでも学んだはず。
〈運命〉と〈境界〉は表裏一体の関係なのよ。そんな不安定で面白そうな
装置をうまく作動させてしまったら……あなた、巫女に怒られるわよ」

 だいたい、運命を改編しようとしたのはこのわたしじゃない。
〈ファルガイア〉から忘れ去られようとしているこいつに、新しい棺を与
えてあげたのに、それを拒んであえて運命の奴隷となることを選んだ。
 なのにいまさら、どんな奇蹟を願うというのか。




962 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 22:48:00
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>>960>>961

「ふふん。失敗がどうした? あいにくと、失敗を恐れておっては研究開発などできんゆえにな」

 自らの指に噛みつき、溢れる血玉を術式回路部分に滴らせながら、わらわはごくあっさりと否定する。
 ……ああ、確かに運命とやらの片鱗には触れたとも。
 実に大それた能力じゃ。まともに扱い切れるものではない……認めよう、わらわのキャパシティを超越しておると。
 
 じゃが、それがどうした?
 
「誰に怒られる? 知ったことではないな! 我が願いの叶わぬ世界などこちらから後免被るというものじゃ!」
 
 起動スイッチに指をかけ――万感の思いを込める。
 
「世界が友のみならずわらわをも奪うとな? それが嫌なら幻想を奪うと?
 誰が承服できようか! これ以上、思い出一つたりとも奪わせはせんわ!
 我が願いは友と語らい、皆を見守ること! 幻想郷もファルガイアも関係あるものか!
 それらが違う世界・違う運命であるというなら――重ね合わせてやろう、それら全てを!
 失敗など恐れるものか! もしも叶わぬというのなら――――最早、如何なる世界にも用はないッ!」
 
 言い切って、スイッチを入れようとし……ふと、イタズラ心がよぎった。
 にっこりと微笑んで、レミリアを見やる。
 
「なに心配するな、本当に消え失せてやる気は毛頭無い。
 なにしろおぬしに言ったからのう……『茶でも菓子でもいずれ付き合う』とな。
 ならばそれも、わらわの願いじゃ。叶えてみせようとも。
 例えおぬしが嫌がったとしても、な! 覚悟しておくのだぞレミリア?」
 
 
 
 
 
 
 ――――――かちっ

963 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 22:49:19

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>>961>>962


「時計の針が……」

 珍しく咲夜さんが狼狽した声をあげました。

「調律が狂ってゆく―――」

「ええ?!」

 そ、それってどういうことなんでしょうか。
 マリアベルさんが掲げた箱≠ヘ、咲夜さんが統べる〈時間〉と〈空間〉
にまで影響を与えているってことですか。
 ……そんな無茶苦茶な。

 咲夜さんですら動揺する事態だというのに、意外なことにレミリアお嬢
様は冷静です。瞳孔を猫のように細めて、箱≠ェ開かれていく様子を黙
って見守っています。その横顔は真剣そのもので、箱≠フ中味を一瞬た
りとも見逃すまいとしているかのようでした。

 わたしも自然と視線が引き付けられてしまい、いまでは食い入るように
マリアベルさんと箱≠見つめてしまっています。

 ……あれが、ご主人様とマリアベルさんが一緒になって作っていたもの。
 ご主人様曰く「革命的な研究」であり、マリアベルさん曰く「革命的な
開発」であるともいう、不眠不休飲まず食わずの成果。
 この一ヶ月だけではありません。
 ご主人様とマリアベルさんが〈無線通信機〉で「ラグチュー」を始めた
ときから、ともに夢見た「奇蹟の科学」なんです。

 マリアベルさんのお言葉が真実ならば、無限に等しい失敗を繰り返し続
けた実験内容とは、「運命を科学的に解明する」ことになります。
 その応用として、〈運命改編装置〉なんてとんでもないものを作り上げ
てしまったのでしょう。
 
 ……信じられません。
 どうしてそんなことを思いつけるのでしょうか。どうしてそんなものを
実際に作ってしまおうと思えるのでしょうか。
 それも一世紀近い時をかけて、です。いまマリアベルさんが掲げている
箱≠ヘ、ご主人様との「おもいで」そのものじゃありませんか。

 もしかして、もしかしなくても天才って馬鹿なんですか?

 ご主人様は〈運命〉の仕組みを知ってどうするおつもりだったのでしょ
うか。マリアベルさんは〈運命〉を改編して、なにを望むのでしょうか。

 箱がゆっくりと開かれていきます。
 あの中に、わたしの疑問の答えもあるのでしょうか。

 ……いいえ、実際に蓋が開いているわけではありません。
 第一、あれがほんとうに箱なのか、それとも「箱のようなもの」なのか
も、わたしには分からないです。
 ただ、そう見えただけ。
 だって、わたしにはマリアベルさんの姿が、人類最初の女性と重なって
見えてしまうんです。同じように箱≠開いた、あのひとと同じに。

 マリアベルさん、その箱の中味は―――



964 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/04(日) 22:50:22



 わたしはノーブルレッドの部屋に飛んでいながら、同時に大図書館を遠
目から眺めてもいた。わたしの蝙蝠たちが、破壊された門扉から本棚の樹
海の様子を窺っているのだ。

 大図書館には当然のように彼女がいる。
 いや、彼女がいる場所が図書館となるのだ。
 そしてわたしたちがこんな馬鹿騒ぎをしている間も、魔女は黙々と書物
から新たな知識を貪る。貪欲に取り込んでいく。

 まったく……あなたはほんとに相変わらずね。

 だけど、わたしの影なる瞳は見抜いている。マイペースに読書に集中し
ているつもりなんでしょうけど……あなたの口元、緩んでいるわよ。

 そうやって、しっかりとおいしいとこだけもらっていくのね……。

 ―――でも、そう。

「……確かに、こういう〈運命〉も悪くはないわ」




965 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/04(日) 22:51:00







 ―――こうして〈運命〉は書き換えられ、
 マリアベルさんはノーブルレッド城に戻ってしまいました。
 彼女は幻想化することを、最後まで拒んだのです。





.



966 名前:マリアベル・アーミティッジ ◆nOblerEDv. :2008/05/04(日) 23:17:25
Noble Red」sScarlet Devil
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>>963>>964>>965



               *               *               *



 ……くかー、くかー、すぴー、す<ごんごん、ごんごんごん>
 …………ん、あ、むぁ……ああ、アカとアオか、起こしてくれたのじゃな。もうそんな時間か。
 起きるとするか。
 
 目を開ける。しかしまっくら。愛用の棺の中なのじゃから当然。
 もっとも内側から蓋をずらしてみてもまだ薄暗かったりするのじゃが。
 夜と闇に生きるわらわは眩しいのは好きではない……が、さすがに暗すぎるか。身だしなみを整えねばならんしの。
 
 起き上がり、指を鳴らして光量調整。映し出されたるはノーブルレッド城の我が自室。
 さてと、とあくびを一つかみ殺し、ネグリジェからお着替え、お着替え……じゃ。
 ま、いつものワンピースにマントなのじゃがな。別にかしこまった場に向かうわけではないのじゃし。
 
 
 ドレッサー兼着替え室に向かい……ちらと、あの「扉」に目をやった。
 先日までは存在しなかった、その扉を。
 
 
 ……結局、世界・運命を重ねるなどという試みはやはり成功するはずもなかった。
 ファルガイアはファルガイアのままであり、幻想郷は幻想郷のまま。……ふむ、侵食も融合も拒んだこの世界は
案外に強靱かも知れんな。ならば、ファルガイアは今後も安寧が続くと見て良いか。
 
 話がそれた。
 ……世界は、重なりはしなかった。
 しかし、それではわらわの願いは叶わなかったのかと言えば、そうではない。
 わらわは友を失わずに済んだ。そして今日もまた、あやつらとの約束がある。
 ――――もっともこの無理矢理な「半成功」の反動か、件の研究はその後頓挫しきりであったりするが。
 以前は上手くいった髪の毛一本、爪数ミリ、ページ一枚分程度の「改変」すらまるで成功せん。
 世界を相手取った報いか。
 じゃが、まあ……今はこの日常が続くだけでも、僥倖なのであろうな。
 
 
 着替え終わり、身だしなみもばっちり。では行くとしよう友の元へ。
 城の外、ここではないどこか……などではなく、自室へ。そこにあるあの扉へ。
 ノックし、扉を開け、声をかけた。
 
 
「おーいおるかー? パチェ、レミィ、咲夜に小悪魔よ」
 
 
 
 ――――――そう、扉の向こうは幻想郷、紅魔館の大図書館。

967 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/05(月) 20:16:51


[epilog]


「つまり、その〈ファルガイア〉ってところにあるノーブルレッド城と紅
魔館を一枚の扉で繋げたってわけか。境界に孔を開けるようにして」

 そいつはすごいな、と言って魔法使いはクッキーをかじりました。

「確かにそんなことは運命でも操作しないとできないぜ」

「はぁ……」

 当然のように読書用のテーブルを占拠してお茶とクッキーを楽しんでい
る人間の魔法使いですが、誰も彼女を館に招待なんてしていません。
 咲夜さんはいまお嬢さんと一緒にいるはずなのに、そのティーセットい
ったいはどこから持ってきたのでしょうか。我が物顔でギャレーを物色す
る姿が容易に想像できて、自然と溜息がこぼれます。

「適当なこと言わないで」

 ご主人様はいつものように本に目を落としたまま答えました。
 魔理沙さんの侵入≠ノついては、もはや難色すら示しません。
 ……慣れって怖いですよね。

「場所と場所を繋げるのは運命じゃなくて境界の操作。そういうのはスキ
マ妖怪の範疇よ。レミィの血をどうこうしたって操れるものじゃないわ」

「でも、あの扉の向こうには新しい吸血鬼の寝室があるんだろう。それっ
て繋がっているってことじゃないのか」

「違うわ。扉の奥に別の部屋があるのは当たり前のことでしょう。それで
どうして境界を操作したなんてことになるの」

 さあ、と首を傾げて、魔理沙さんはクッキーを飲み込みました。
 あまり興味がなさそうです。魔理沙さんは自分からご主人様に話しかけ
ているのに、返ってくる返事には適当に相槌を打ってばかりいました。
 ……どうしてでしょう。同じ魔法使いなのに、ご主人様と魔理沙さんで
は新たな知識≠求める意欲に満月と西瓜ほどの差があります。

 決して招かれることのないお客さんとご主人様が話しているのは、最近
話題の紅魔館の新しい住人≠ノついてです。
 幻想化を拒んだのに、どうして幻想郷に棲むようになったのか。それも
〈ファルガイア〉に居残ったままで。
 あっちに残りながらにして、こっちに住む。矛盾する二つの状態を説明
するには、魔理沙さんの言う通り境界を操作した≠ニ解釈するのが自然
なのですが、箱≠ェもたらした運命の改竄はそんな単純な仕組みではあ
りませんでした。もっと複雑で……もっと馬鹿げています。



968 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/05(月) 20:20:50

>>966>>967


 結局、マリアベルさんが箱を開いたあと、運命が変わったことによりわ
たしたちのからだに変化が生まれたとか、奇蹟の力でみんなが幸せになり
ましたとか、そんなことにはなりませんでした。
 相変わらずののどかな日常が待っていただけです。

 ご主人様に言わせると、マリアベルさんの試みは成功するはずのない無
謀な挑戦だったらしいです。捨て身の作戦でお嬢様の血を奪い箱≠起
動させたのに、目に見えた変化が訪れていないのも完膚無きまでに失敗し
た証拠なんですとか。

「分からんね。さっぱり分からない」

「あなたも知ってるはずよ。この世には理解できないもののほうが多いの。
じゃなければ、誰も図書館なんて利用したりはしないわ」

 テーブルに頬杖をついてティースプーンをくわえている魔理沙さんを、
ご主人様は横目で睨みました。行儀が悪いと言いたいようです。
 ほんと、このひとはどこまでリラックスすれば気が済むのでしょうか。
 室内では帽子をとったり、遊びに来るときは必ず身嗜みを整えていたり
とか几帳面なところが目立つかと思えば、ひとさまのうちでも気後れなく
勝手気ままに過ごしたり。……まったく理解に困る人間です。

 そんなわたしやご主人様の気も知らずに、魔女はぼやきました。

「そもそも、そのノーブルレッドのお姫様は〈運命改変機〉とレミリアの
血でなにをやらかそうとしたんだ。どんなもしも≠欲しがったんだい」

「大したことじゃないわ」

 幻想郷と〈ファルガイア〉を重ねようとしただけ。そのご主人様の言葉
に、魔理沙さんはぶほっとお茶を吹きました。……汚いですぅ。

「なんだそれは」

「言葉通りよ」

「つまり、合体とか融合とかそういうやつか。別と別の世界を? 世界っ
ていうのはそんな単純に足したり引いたりできるものなのか」

 合体とか融合とか。……ちょっと意味は違いますが、言葉のニュアンス
としてはそんなところでしょう。
 マリアベルさんは幻想郷と〈ファルガイア〉という二つの異なる世界の
距離を近づけて、二重に重ねることでひとつにしようとしたのです。
 そうすればマリアベルさんの願い通り〈ファルガイア〉に残りながら、
お嬢様のわがままに従って幻想郷に住み着くことができるからです。
 ……かなり強引で無茶苦茶なように思えますが、〈運命〉というのは不
思議なものでして、どうも理屈では簡単にできてしまうみたいです。

「そもそも〈ファルガイア〉はわたしたちが知る外の世界とはまったくの
別物。結界の外にあるのではなく、異なる次元に並行しているの」

 それをあのひとはパラレル・ワールド≠ニ呼んだりしたんですね。


969 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/05(月) 20:23:23

>>966>>967>>968


「じゃあ、その並行世界とこっちの世界を区切っているものはなにかとい
うと、それは境界でも空間でもなくて〈運命〉なのよ。
 時間や歴史を根源まで遡れば、系樹の枝もそれだけ少なくなっていく。
究極まで辿れば、あらゆる並行世界は始まりのいち≠ゥらスタートして
いることが分かるわ。……そう、〈ファルガイア〉もこの世界も、かつて
はまったく同じもので、ただ進化の可能性を違えてしまったから枝分かれ
しただけなの。進化の可能性≠ニいうのはつまり―――」

「―――運命、か」

 どっちにしろとんでもないな、と魔理沙さんは嘆息しました。

「もし成功していたら〈異変〉じゃ済まされないぜ」

「だから失敗したのよ。レミィだって言ったはずよ。そんなのは成功する
はずないし、成功してはいけないって」

 マリアベルさんの試みた運命改変は失敗しました。ご主人様の口ぶりで
は、それすらも運命だったように聞こえます。
 ……なら、箱≠ェ運命をいじることを抑止するために、さらに〈運命〉
を操作したひとがいるはずなんですが。―――そんなとんでもない能力の
持ち主なんて、わたしはひとりしか知りません。
 やっぱり……。
 
 ご主人様の言葉にだいぶ含みを持たされていましたが、魔理沙さんはま
ったく気付こうとしません。

「ほう。〈運命〉っていうのは空気まで読めるんだな」

 なんて間の抜けた返事をします。

「誰だって読むわ。あなたもここの本を勝手に読む前に、それくらいは読
めるようになって欲しいけど」

「おいおい」

 人間の魔法使いは悪びれもなく笑いました。

「いくら私でも空気を持ち帰ることはできないぜ」

 ……このひとにはなにを言っても無駄なようですね。

 ただ、ここまでの話は「マリアベルさんが箱でなにをしようとしたのか」
について言及しているだけで、魔理沙さんの疑問は全然解き明かされてい
ません。そのことについては本人も気付いているのか、魔理沙さんは例の
寝室の扉を指さして「じゃ、あれはなんなんだ」と尋ねました。

「改変が失敗したのなら、ああいうのがあるのはおかしいんじゃないか」


970 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/05(月) 20:26:21


>>966>>967>>968>>969


「確かに失敗はしたわ。でも、失敗したからといってなにも起きないとい
うわけじゃない。失敗というのは得てして予期せぬ結末をもたらすものよ」

 でも安心して。あの扉の向こうも間違いなく紅魔館だから。そう淡々と
語るご主人様の口元には、珍しく不敵ななにかが浮かんでいます。

「―――そして同時に、この大図書館はノーブルレッド城でもあるわ」

「おお?」

 そうです。箱≠ェもたらした奇蹟を探すならば、この結果こそが奇蹟
と断じていいでしょう。世界は確かに重なりませんでした。しかし、〈運
命〉が操作されたことにより、確実に距離は縮まったのです。

 さすがの魔理沙さんも察しがついたようでした。
 唖然として口を開きます。

「重なったのか、一部だけ……」

「そうよ」

 ぱたんと、ご主人様は読んでいた本を閉じました。

「二つの世界≠ェ紅魔館とノーブルレッド城≠ノスケールダウンした
と考えればいいわ。いまやここは幻想郷と〈ファルガイア〉が重なる二重
世界。紅魔館でありながらにして、同時にノーブルレッド城でもあるの」

 だから、いまわたしたちが暮らしている場所を正確に呼ぶと、〈紅魔館
=ノーブルレッド城〉になります。館とお城が繋がっているのではなく、
重なって同一存在になったんです。

「実感は湧かないかもしれませんが、マリアベルさんが〈ファルガイア〉
に残りながら幻想郷に棲んでいるように、わたしたちも幻想郷に残りなが
ら〈ファルガイア〉に棲んでいるんですよ。魔理沙さんも、『紅魔館にい
ながら〈ファルガイア〉でお茶をしている』と言えてしまうんです」

 わたしはちょっとだけ得意げに説明しました。
 その通りよ、ご主人様が頷いてくれます。

「気付かないうちに私は時空旅行をしていたんだな」

「そういう場所になってしまったのよ」

 ふむ、と魔理沙さんはうつむきました。

「でも、それだと〈紅魔館=ノーブルレッド城〉とやらを経由すれば、い
つでも〈ファルガイア〉へ行き来できるってことになるぜ。そいつはまず
くないのかい。霊夢のやつに知られたらなにを言われるやら」

 あなたにしては冴えているわね、とご主人様。

「その通りよ。だから、これからは今まで以上に紅魔館の出入りを厳しく
するわ。よそ者やこそ泥は滅多に入れないし、入れさせない」


971 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/05(月) 20:29:32

>>966>>967>>968>>969>>970


「そいつは大変だな」

 しれっと魔女は言います。

「あっちとこっちで門番の仕事が今までの二倍になるわけか。そんなに酷
使するんだから給料ぐらい増やしてやれよ。侵入者の排除は、私でよけれ
ば全力ながらに協力させてもらうぜ」

「……」

 ご主人様、諦めましょう……。
 この人間のつらの厚さは運命でもいじりようがありません。

「さて、と」

 さすがのご主人様も頭痛を覚えたのか頭を抑えていると、お茶を飲み終
えた魔理沙さんがおもむろに席を立ちました。
「彼女の部屋に入っては駄目よ」とご主人様がしっかり釘を刺します。

「酷いな。私がそんなデリカシーのない女に見えるか」

「デリカシーって読めるのかしら」

「読めてもどうせ持ち帰れないぜ」

 つまり、機を見て忍び込む決意は変えないってことですね……。

 いま、ノーブルレッドの城内はお嬢様の趣味で紅魔館風のヴィクトリア
調に統一されていますが、無骨で陰気な中世城塞テイストなノーブルレッ
ド城風の部屋も少なからず残っています。
 そういうスペースには決まってマリアベルさんがトラップを張り巡らし
ているので、あまり迂闊に侵入しないほうがいいのですが……このひとな
ら、それすらもいつかは突破してしまうのでしょう。

 二つの建築物が重なってしまうと、敷地の広さやら間取りやら内装はど
うなってしまうのかと初めはわたしも疑問に思いましたが、よくよく考え
てみると元々紅魔館には見取り図なんてものは存在せず、窓の少ない洋
館≠ニいう外殻があるだけの深淵だったのですから、そこから不自由が生
じたりするようなことは一切ありませんでした。
 わたしたちの紅魔館は、相変わらずメイド長の模様がえ≠ェ忙しく行
われている不思議な空間なままです。
 これについては、ノーブルレッド城が外殻だけになってしまったマリア
ベルさんが一方的に割を食っているかもしれません。

「それで、この騒動の張本人ふたりはどこにいるんだい。まさかレミリア
たちまではひとつで二つに重なっちゃったんじゃないだろうな」

 そう言いながら、魔理沙さんはご主人様がさっきまで読んでいた本にち
らちらと視線を飛ばします。……ああ、狙われてるぅ。

「あの二人なら、ベランダでお茶をしているわよ」

「うん? そいつは気付かなかったぜ。箒で飛んできたんだから、ベラン
ダにいたのなら見かけるはずなんだが」

 当然よ、とご主人様は素っ気なく返しました。

「だって、あっち≠フベランダでお茶しているんだもの―――」


972 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/05(月) 20:30:11



 吹き荒ぶ砂風に、枯れ果てた荒野。
 緩急の激しい渓谷は地平線の果てまでも続き、剥き出しの赤土には歴史
が積み重ねた地層がくっきりと浮かんでいる。
 大気が薄いせいか夜空は頭上すれすれまで近づいていて、月の輝きが目
に刺さるほど眩しく感じられた。
 荒涼とした生気に欠ける大地は、幻想郷の緑豊かな風靡な眺めとは何も
かもが対照的だ。……確かに、この世界は傷みきっている。
 だが、幻想郷では決して見ることのできない荒々しい美しさも内包され
ていた。寂寞とした世界が奏でる哀愁が、胸に強く谺する。

 お茶うけに新しい品目が増えた。
 その事実がなによりわたしの心を踊らせる。

「今夜はいちだんとお茶がおいしいわ」

「はい、いままでにないものを入れましたので」

 メイドがお茶菓子のクッキーを並べながら答えた。

「あら、なにを入れたのかしら」

「砂です。こんなに風が強いので入れ放題でした」

「……そう、道理で歯ごたえのあるお茶だと思ったわ」

 ふふ、と笑みをこぼす。
 これは〈ファルガイア〉でしか愉しめないお茶ね。だって、幻想郷のベ
ランダには砂なんて吹いてこないもの。
 砂糖と違って水に溶けたりしないから、実にお得だ。

 そうしてわたしは、向かいの席に座る新たな同居者に目配せをした。

「ねえ。あなたもそう思うでしょ、マリー」







Noble Red」sScarlet Devil
 ―NOBLE DESTINY―



  FIN




973 名前:小悪魔 ◆iQSaIAKUMA :2008/05/05(月) 20:35:22

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット

Noble Red」sScarlet Devil
 ―NOBLE DESTINY―

『ノーブル・デスティニー』レス番まとめ


TITLE
 >>905

OPENING
 >>906>>907>>908>>909>>910>>911>>912>>913>>914
 >>915>>916>>917>>918

NobleRed VS ScarletDevil [第一部]
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 >>930>>931>>932>>933>>934>>935>>936>>937>>938>>939

Intermission [図書館にて]
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NobleRed VS ScarletDevil [第二部]
 >>948>>949>>950>>951>>952>>953>>954>>955>>956>>957

"Manipulation of Destiny"
 >>958>>959>>960>>961>>962>>963>>964>>965

ENDING
 >>966
 >>966>>967>>968>>969>>970>>971
 >>972


974 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/05(月) 20:57:15

吸血大殲第59章  交差する『血の軌跡(ブラッドローカス)』
闘争の軌跡/闘争レス番まとめ検索


アセルスvsイグニス
「阿修羅姫の舞」
>>83

アベル・ナイトロードvsファントム・ドライ
「THE REAL FOLK BLUES」
>>170

アセルスvsアセルス
「オンブル・ローズ」
>>383

エミリオ・ミハイロフvs弓塚さつき
「堕天の遣いは月光に踊る」
>>472

マドラックスvsオゼット
>>492/ストレンジデイ・アフター・トゥモロゥ
>>503/ダイ・アナザーデイ

エリ・カサモトvsヤン・ヴァレンタイン
「No future for you」
>>555

ヘレンvsシャルロット 
「シャルロットのおくりもの」
>>609

弓塚さつき vs 英雄王ギルガメッシュ
「曙(しょ)を捨てよ、町を出よう」
>>858

蓬莱山輝夜vsモーラ
>>881

マリアベル・アーミティッジvsレミリア・スカーレット
「ノーブル・デスティニー」
>>973



おまけ/ネタ闘争

インコグニートvsねこアルク
>>187

マドラックスvsヤン・ヴァレンタイン
『Nowhere』
>>195

Phantom Drei vs Meister Schutze
「アーネンエルベへようこそ☆」
>>903


吸血大殲 悪魔城御前試合 血狂ひ
前哨戦
>>304>>305

吸血大殲 森祭 Reverse
>>818


975 名前:―永遠に紅い幼き月― レミリア・スカーレット ◆DEVILn5XUg :2008/05/05(月) 21:01:26

ここはもうすぐ幻想入りしてしまうから、
運命に追いつかれないうちに新しい遊び場へ。
道標は↓よ。

吸血大殲第60章 降りしきる緋色の霧雨
http://charaneta.sakura.ne.jp/test/read.cgi/ikkoku/1209915267/


976 名前:停止しました:停止
真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ


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