本多正信

1 名前:本多正信(M):05/01/21 01:39

「今日より五十。ここで五十に至るまで、御相手致す」
言葉に余計な飾りは不用である。
弥八郎は必要な事だけを淡々と語った。

「どなたが来られても。されど、どう対応するかはそれがし次第で御座いますが」
この男らしい、ひどく意地の悪い笑いを見せてそう言うと、それっきり口を閉ざしてしまった。


2 名前:名無し客:05/01/21 01:47

ならばその二、儂が頂戴致す!

3 名前:名無し客:05/01/21 01:51

あ、へたれハケーン。

4 名前:オーベルシュタイン ◆eOZ5DRYICE :05/01/21 01:56

まずは、スレッド築城祝着至極に存じます、佐渡守殿。

50まで・・・・では前口上に時間を浪費するのも失礼ですな。
・・・・・一言お聞きして立ち去るとしよう。

卿の考える「武士の忠義」とは?改めてお聞きしたい。

5 名前:名無し客:05/01/21 02:06

恐れながらお尋ね申しまする。
軍師の任において、もっとも重視すべき事柄とは何でございましょうや?

6 名前:名無し客:05/01/21 02:08

殿、50ってけっこう短いですよ。
今晩中に50いったりしたらどうします?

7 名前:名無し客:05/01/21 02:10

口の端に上せるのもはばかり多き事ながら、佐渡守様を評する言葉は一に奸臣、二に佞臣。
これについてはいかがお思いなされましょうや?

8 名前:本多正信(M):05/01/21 02:31

>>2
「……」
弥八郎にはその心が理解できなかった。
一体ここで急いて2を取る意味が見出せないのだ。

この手の掲示板において2を取る事には、実の所意味は無い。
(これと同様なのが1000もである)
たぶんに、気持ちの問題である。或は、一種の縁起物であろうか。

「御見事、二を得られた事。まことに祝着至極にございます」
しかしながら、この下らない行為に弥八郎は深い侮蔑の念を覚えた。


>>3
「それだけか? ならば、用が済んだのならば帰られよ」


>>4
この人物が現れることは、十分に予想できていたことであった。
また、自分が散々相手の元に訪れていたのだ文句もありはしない。

「わざわざのお越し、ありがたく存じます」
些か儀礼に過ぎる型通りの挨拶を返すと、さっそく本題に入る。
もはやオーベルシュタインに余計な言は無意味であった。

「「武士の忠義」が、つまり主家に対するものであるというのならば答えは1つ。
ただひたすら、主家の存続の為に身を潰してでも働き、主家を守るためにあらゆる手を尽くすことですな。
じゃが、ただ尽くすのみではない。時に主が、間違った道を進もうとするならば、体を張ってでも止めるのも忠義で御座る」
と、そこで一度言葉を区切り、間を置く。
「例えば。主家が、幕府へよからぬ事を考えたりした場合など……
もっとも、この場合は主家の主家である幕府に訴えるのも忠義で御座るがな」

これは真実であり嘘であった。
戦国の世に、今日でいう「武士の忠義」などない。
確かに、忠義は存在し忠義者は誉めそやされる。そして裏切り者への風当たりは悪い。
だが裏切りは日常茶飯事であり、生き残った者こそが正しい時代なのだ。

だが敢えてそれを言わぬのは、もはやその時代は去ったという弥八郎の考え故である。


>>5
「軍師の仕事といえば、戦の前に吉凶を占い地形の良し悪しを見ることに始まり戦略を描き戦術を練り謀略を重ねる事に至るまで様々ありますな」
実の所、日本の戦国時代には、例えば中国の三国志にでてくるような明確な軍師という存在はない。
参謀と言う方が正しいかもしれないが、これでもまだ正確ではない。とは言え、ここで言っても仕方ない話しである。

「じゃが、もっとも重要なことは主の補佐じゃ。ならば、適時的確な助言を行う事こそもっとも重視すべき事柄でござろう」
弥八郎は己の経験から語った。
後に、「神君伊賀越え」と呼ばれる本能寺の変後の逃亡劇以降、常にその傍にあり補佐し続けた弥八郎の実感としての言葉である。


>>6
殿というのが適切かはさておく。
「短いかもしれぬが、わしは五十と申した。これはもう変更は有り得ぬ。
今晩中にいくならそれで結構。もっとも」
と、そこで例の意地の悪い笑みを見せつつ、
「わしが答えねば五十までいくまい」
そう答えて見せた。

とは言え、弥八郎が答えずとも50にいくにはいけるであろうが。


>>7
「そうか」

ただそれだけ言うと、それ以上何も言おうとはしなかった。

今更であった。
駿府と江戸に、親と子に分かれ幕政を思うが侭に操った。世の人にはそう見えるであろう。
事実、近年に至るまで弥八郎の評価はそのとおりであった。

だが、徳川の世を続ける為には、引いては折角訪れた泰平の世を続ける為にはこの処置が必要だったのである。

あの桑名の夜。
「わしは悪党になるな」と気落ちする弥八郎に本多平八郎が一喝したあの日。
弥八郎の覚悟は決まった。

例え1千年後の世まで罵倒されようともわしはこの汚名を被ろうと。

その覚悟が、今更揺らぐはずもなかった。

9 名前:名無し客:05/01/21 02:50

軍事にせよ政務にせよ、情報をいち早く制する事は重要と考えます。
徳川家におかれては、この辺りいかなる手立てを講じておられまするか?

10 名前:名無し客:05/01/21 02:54

駿府の大御所は、あの年で大層な色好みであるとか。
佐渡守殿も幕府の重鎮、この方も派手にやられてはいかがかな?

11 名前:名無し客:05/01/21 07:46

一週間スレ、一刻館の下部で雄姿をみせてくれた秀忠様は今具合はどうでしょう。

12 名前:小説『影武者徳川家康』本多正信(M):05/01/22 11:07

「兵は神速を尊ぶと申すが、急いては事を仕損じる。
焦る必要はない、ゆっくりやっていくとしよう」

>>9
「左様」
重々しく首を縦に振り答える。

「情勢をいち早く知る事は、為政者としてまた軍の指揮者として当然じゃ。
日の本のまつりごとを司る徳川幕府としても、これには力を入れておる」
そういうと、弥八郎は書斎から1枚の地図を持ち出してきた。
「これは各藩の配置、大小の街道を示した地図じゃ。
見ての通り、江戸と京の間東海道中山道辺りは親藩、譜代、天領で占められておる。
更に全国金銀山、重要な土地も全て幕府が抑えておる。これは、戦略的意図の他に意味があるのじゃが・・・」
と、そこで、分かるか? といった試すような目つきでそちらを見つめる。

「各親藩譜代、そして天領に派遣された役人は隣国を監視任を持つ。
見よ、徳川の手は重要な土地を抑えているだけではない、外様の間を埋める様に伸びておる」
これに加え、細川藤堂といった徳川家に繋がりの深い大名家もこの監視網に入る。
更に、外様にも相互監視に当たらせ何か異変があれば直ちに幕府へ届け出る事を義務付けていた。

これが徳川幕府表の、そして最大の情報源である。

「更に、これに加え各藩には間者を忍ばせてある。
また、徳川家より大名家に嫁いだ姫君からの知らせも貴重なものじゃな」
表からでは見えない藩の内情を知るには、こうした裏の手段も必要である。
各藩の女中や小間使い、或は市井に潜みじっと内情を探り続けるのだ。

「この表と裏の組み合わせにより、幕府は全国の情勢を事細かに知る事ができるのだ」


>>10
「英雄色を好む、とは申すが・・・」
大御所の色好みは弥八郎にも頭の痛いことであった。

本来ならば、60を超えてなお子を産ませる精力抜群な元気旺盛振りは歓迎すべき事であるのかもしれない。
だが、今大御所が子を増やす事は、江戸の将軍秀忠にとって穏やかならざる事なのだ。
既に将軍位に就き、跡取も産まれている秀忠には、その大御所の子に地位を奪われる心配は無い。現在のところは。
だが、大御所の子が徳川一門として存在するだけで、秀忠にとっては好ましからざる事態であった。
最悪、秀忠の直系が絶えた場合、その大御所の子の子孫が将軍に就いてしまうかもしれない。
それは秀忠にとって嫌悪すべき事である。

「ともあれ、今心配しても始まらぬ事であるな」
そう天を仰いで嘆息するしかない弥八郎であった。

「して、わしがじゃと?
馬鹿々々しい。官吏は清貧でなければならぬと常々云って居ろうが! 色同じだ!」


>>11
「相変わらず、江戸で御元気にしておられる。
お父上にてお体は健康そのものじゃ――よからぬ詮索はやめておくがよろしかろう」


13 名前:名無し客:05/01/22 16:07

狼藉者じゃーッ!

14 名前:名無し客:05/01/22 16:32

隆慶一郎の秀忠は実像に近かったの?

15 名前:本多正信(M):05/01/22 20:10

「国を治める者には、己の国を焼くくらいならばよその国を焼き払う覚悟と、それをやれる決断力が必要じゃ。
実際にやるか、やらぬか、はともかくな。なに、他愛も無い戯言じゃ」

「国の上に立つ者の決断は、その経過がどうであれ重いもの。
それを勝手な理屈で覆していては国は成り立たぬ。無論、決断を下した者には相応の責任があるがな」

「・・・なに、お気になさるな。戯言じゃ、老人の妄言とお聞き流し下され」


>>13
自分の屋敷で休息を取っているとき、それは突然であった。

「・・・・・・」
微動だにせず、ジッとその場で腕組みなどしつつ坐り込んだまま動こうとしない。
手の届く位置に刀はあるがそれだけである。

暫くして弥八郎が呟いた。
「終わったか」
かすかに空気が変わった。
長らく戦場で人の死を見てきた者が持つ、一種の直感が人の死の気配を感じた。
「さすが裏柳生じゃな」
どこか皮肉な物言いであった。

「狼藉者じゃーッ!」と叫んだのは他ならぬ狼藉者自身であった。
こうする事で一時的に警備の注意を別の場所に逸らし、その隙に弥八郎の命を狙う気であったのだろう。
何処の手のものかは分からないが、中々に智恵が回るものである。

だが、これに気付いた者たちがいた。
弥八郎が1人。故に、策に乗らず動じずその場を動かなかったのだ。
そして、裏柳生。
「わしの監視役が護衛とは・・・ふふ」
弥八郎に死なれて困るのは、裏柳生を統括する柳生宗矩が主・徳川将軍秀忠である。

秀忠とて弥八郎は邪魔者だ。
大御所と共に、殺しても殺し足りないくらい憎んでいる。だが必要な人材なのである。
痛し痒しとはまさにこの事。
裏柳生に監視させると共に、影の警護を命じていたのであった。

「・・・・・・」
それを知っている故に、弥八郎は動じずにいたのである。


>>14
「隆・・・慶一郎とな? 聞かぬ名じゃ」
弥八郎は一度覚えたことを忘れる事は無い。
その頭脳をして、隆慶一郎なる人物の名を思い出す事は出来ないでいた。
つまりは、
「知らぬ人物じゃ。答えようが無い」



「今日は柄にもないことに、埒も無い話から初めてしまいましたな。
めったに無いことゆえ、ついでに埒の無い話を続けるとしようか」

「人物を正しく知るには、直接会うのが1番じゃ。
伝聞や記録だけでは、真に迫る事は無理とは言わぬまでもなかなかに難しい・・・いや、埒も無い話じゃ」


16 名前:名無し客:05/01/23 11:53

差し入れでーす。
      ∬
( ・∀・)つ□←フィーネ特製玉露(メール欄)

17 名前:本多正信(M):05/01/23 22:25

>>16
「うむ」
弥八郎の仕事は忙しい。
朝に登城し、夕方に家に帰り就寝するまで息付く暇も無い日など珍しくも無い。
そんな中、喉を潤す一杯の茶は、弥八郎にとっても心休まるものであった。

「・・・・・・」


――仕事はまだ終わらない。

18 名前:名無し客:05/01/24 22:19

もし佐渡守様が260年先の未来を予知できたとします。
やはり明治維新が起きないように、
薩摩藩と長州藩は今のうちに取り潰しておきますか?

19 名前:名無し客:05/01/24 22:29

本多家にて人材を登用する場合、重視するのはどのような点でありましょうか。
武芸でしょうか、智謀でしょうか。

20 名前:本多正信(M):05/01/25 01:27

>>18

「日本の夜明けぜよ!」

「徳川さんには、そろそろ引いてもらわんとあきまへんな」

「大政奉還!? う、上様はいったいどういうつもり――」
「口が過ぎるぞ!」

「坂本どんはもう――」
「――見回り組みが――」

「へっ、意地で勝てねぇ戦やって江戸の町を焼くわけにもいかねぇだろうが」
「今この国が割れて喜ぶのは列強諸国だけさ。それが、これで徳川家も残るってんなら――」

「蝦夷。函館ですか!?」
「そうだ。そこで我々は――」




「・・・・・・」
弥八郎が目をあけると、外は僅かに白み始めた頃であった。

妙な気分である。
目覚めとしては悪くないのだが、どうもに、何かしっくりとこない。
どうも腑に落ちないというべきか、どこかに名状し難いものがある。
やはり今見た夢のせいであろうか。

260年後。
今とは比べ物にならぬほど勢力を伸ばした南蛮諸国。
長い泰平で、陽だまりの樹の如く内から朽ち始めている徳川幕府。
天下の権を狙い蠢動する者ども。
新しい時代に向け走り続ける若者たち。

「・・・二百六十年も続けば十分。徳川家も滅びず残ったと云うのであれ――」
思わず口を噤んだ。
何を夢の話しに馬鹿な真似を。自嘲気味な感想を胸に抱いたまま起床し仕度を始める。

弥八郎に出来る事は、そしてやるべき事はただ1つ。
徳川の世を少しでも永らえさせる仕組みを作る。ただそれだけだ。


>>19
朝餉を済ました弥八郎の元に、家臣の1人がやってきた。

「殿。仕官希望も者たちがただ今参りました」
「そうか」
うむ、と頷くと屋敷表の座敷に向かう。
今日は玉縄藩で新しく召抱える人物を、弥八郎が直々に検分する予定になっていた。
本来新しく雇う者全てを弥八郎が検分する訳ではない。
ただ今回は、他家の推薦状があり、それならばと弥八郎が直々に会う事になったのである。

屋敷には3人の武士が居住いを正して弥八郎を待っていた。
「お初にお目にかかります。それがし、信州は――」
「そ、それがし! もも元は長束家に仕えて――」
「――と申します」
弥八郎が上座に坐るのを待って、3者が三様に挨拶を述べ出す。
1人は如何にも賢そうな、口がよく回る男。
2人目はどもりの激しい、だが如何にも無骨そのものな男。
3人目は物静かで口数の少ない誠実そうな男であった。
「・・・・・・本多弥八郎正信である」
3人の挨拶が終わり、やや間を開けて弥八郎は口を開いた。
「そこもとらの事は、紹介状を貰っておる。当家では、新しく家臣を雇おうとしていた所。
渡りに船、とは言葉が悪いがその通りであったのも事実じゃ」
唐突に言葉が切れる。
何か聞きたいことはないか、と言った顔つきで3人を見ていると、それを察した1人目の武士が尋ねてきた。

「本多様にお聞き致します」
「申してみよ」
「はっ。新しく雇おうとなされていた、との事に御座いますが。
ここに居る我等の他に雇う事になって居る者は御座いますのでしょうか?」
「先に申したが、紹介があったので他に募集はしておらぬ。そなたらだけじゃ」
「では・・・・・・我等の内、何人が雇われるのでありましょうや?」
「玉縄は小さな藩じゃ」
「!?」
明言はされなかったが、3人はたちどころにその意味を察した。

「ほ、本多様! そ、それがし宝蔵院流槍術を、収め。幼き頃より戦場でて、て手柄をたっててまいり。
ちょ朝鮮征伐にもいってまいりました。お、惜しくも関ヶ原では戦うき機会こそ逃し・・・」
「――殿。長束家は関ヶ原の折は西軍方で、徳川家とは敵味方の間柄であろう。
それを、戦えず惜しかったとは無礼と取られても仕方ないですぞ」
「!? い、いえそれがし、決して決してそ、そのような事はあありませぬ」
猛然と、自らの武勇を売り込む2人目の男に、1人目の男が食いつく。
彼らとて明日の生活があるのだ。ここで仕官の口を逃す訳にはいかない。
「・・・・・・お二方。我等が騒ぎ立てても詮無き事。ここは、本多様のご沙汰を待ちましょうぞ」
と、黙って事の成り行きを見守っていた3人目が、やんわりと2人に停めに入る。
その口調は穏やかで棘が無く、人柄が窺い知れる物言いであった。

ジッとその様を観察していた弥八郎は、頃は良しと、決定を伝えた。
既に、誰を雇うかは決めていたのだ。この3人のことは、前もって徹底的に調べてある。
「当家で雇う者じゃが――」

弁が立つ機転者。武勇に優れた武者。穏健な人格者。
本多家が必要とする者は一体誰であろうか?





数日後。
江戸より玉縄へと向かう3人の武士の姿が目撃された。


21 名前:名無し客:05/01/25 11:49

死を恐れる者は、武士たる資格が無いのでしょうか?

22 名前:名無し客:05/01/25 12:55

砂糖と、シナモンと、後は秘密のものが入った緑色のおはぎ置いていきます。
(メール欄)

23 名前:名無し客:05/01/25 13:32

これが南蛮渡来の鉄砲というヤツじゃあ!

24 名前:本多正信(M):05/01/26 00:42

>>21
「さにあらず」
弥八郎は即座に否定した。
「恐れていようがいまいが、武士にはなったものが武士なのじゃ」
面白みの無い答えである。
奇を衒わないところはこの男らしいと言えばこの男らしい答えであるが。

「・・・・・・それがしが嘗て加わっていた一向宗には、死を恐れぬ者が大勢おった。
死を恐れぬ者は強い。命を惜しむ者にはまず勝てぬ。
死を恐れぬ者は死兵じゃ。死者に生者が勝てる道理があるまい。じゃが!
死兵の強さは後に続かぬ強さじゃ。織田信長や、太閤秀吉。そして家康様を見るがよい。
どなたも、確かに死を恐れはしなかったが、同時に死の怖さを十分に知っておった。
その意味では臆病じゃ。だからこそ、勝ち残れたとも言えよう」


>>22
「おはぎで御座いますか。
お申し出はあり難く存ずるが、たとえ菓子の1つであっても受け取るわけにはまいらぬ。
お持ちかえりくだされ」
弥八郎は清廉潔白の能吏である。
己の職分を心得、清貧を良しとする男だ。
そんな男が、たとえ菓子のような些細な物であれ受け取るはずが無い事は少し考えれば分かる事ではないだろうか。


>>23
(何を今更・・・・・・)
南蛮から伝わった鉄砲であるが、この時代最大の保有国は日本であった。
各藩各武将の保有する鉄砲に、民間に存在する火縄銃の数を加えると正確には分からない程である。
数は勿論、製造技術や運用法を含め正に日本は鉄砲大国と云って過言ではなかった。

「それで、お主はそれをどうするつもりじゃ?」
弥八郎はその男に、からかうような、おどすような者言いで問いかけた。


25 名前:名無し客:05/01/26 00:58

切支丹についてはどうお考えでしょうか?

26 名前:本多正信(M):05/01/26 01:42

>>25
「キリシタンは、各地区で結社(コンフラリア)という強力な相互援助組織をつくっております。
この組織により、キリシタン間において本来ならば生まれぬはずの結びつきが生まれている事は、
先の有馬・岡本の事件で明白。このような不明瞭な結びつきは、必ずまつりごとに害をなしまする」
弥八郎は明快な口調で語り続ける。

「また、嘗て太閤がキリシタン禁止令を出した理由とされる南蛮諸国のこの国への野心も、
決して間違いではない事はご承知頂けているかと存じます。
故に、それらの事情を鑑みて、それがしはキリシタンを禁止すべきと存じ上げまする」

大御所の夢は、中世この国にあったというすべての人々が自由に暮らす公界を再現することである。
当然そこではあらゆる宗教も自由でなければならない。
その願いがどれほど強いか、弥八郎は十分に理解している。理解して尚、この禁止令を言出したのだ。

その理由とは――

(長安が如き野心の為に、徳川家を割る訳にはいかぬ)


27 名前:名無し客:05/01/26 12:22

寝不足は体に悪いですよ。


28 名前:名無し客:05/01/26 13:25

今日もご飯は、おいしいですか?

29 名前:名無し客:05/01/26 14:04

あの……落としものですよ?

         .∧__,,∧
        (´・ω・`)
         (つ夢と)
         `u―u´

  あなたのすぐ後ろに落ちていましたよ?

30 名前:名無し客:05/01/26 14:10

あなたの前に、ふいに煙りさながらに渦巻く存在が現れた。
ゆらゆらとした影めいた姿をしたそれは聞く者を引き付けずにはおかぬ
蠱惑的な声色で囁きかけてきた。

「人間よ、夢の裡に遠くまで来たものだな。
 私の名は忘却という。
 この腕をおまえに巻き付け、脳の盃から記憶の全てを私に飲み干させておくれ。
 それがいかなる安らぎであるか、考えてごらん。
 これまでの人生を衣のように脱ぎ捨てて自由になれるのだからね。
 もはや過ぎし日の罪や恥に心を曇らせることもなくなるのだよ。
 さあ、迷うことはない、私にその身を任せておくれ――――」

「忘却」と別れて道を行くこと数刻、また別の存在が現れてあなたに語りかける。
それは「忘却」よりも更に甘い声をしていた。

「人間よ、遠くよりも遠く来たものだね。
 わたしは夢想だよ。
 この髪をおまえに巻き付け、脳の盃をあなたの求める宝物で満たさせておくれ。
 目覚めぬまま永久に色とりどりの舞踏会を彷徨うこと、
 それがどれほどの楽しさであるか考えてごらん。
 この灰色の世界よりも遥かに美しい新たな世界がそこにはあるのだよ――――」

さあ、あなたならどう答えます?

31 名前:本多正信(M):05/01/28 18:08

>>27
「お気使い感謝いたす。
しかしながら、それがし夜更かしはせんよう心がけておる故ご心配には及びませぬ」
事実である。
現代と違って当時の夜は早い。決定的に暗いのだ。
暗いということは、それだけで人間の行動を著しく制限する。

「夜では仕事をしようにも、なかなか捗りませぬからな」
無論、蝋燭など照明器具はあるが到底足りるものではない。
それに弥八郎はその手の無駄を嫌う。
「夜は十分に休み、翌日に備えるのがよろしかろう」


>>28
「そう云えば、そろそろ夕餉時じゃな。
さて、好んで不味い物を食べようととは思わぬが、一々好き嫌いも云わぬ」

この時代、平民に限らず武士の食事は大変質素である。
将軍や大名でさえこれは例外ではない。
一汁一菜、と云われるが正しくその様な物だ。
ようやく常食になりだした白米に汁物。御新香、日によって魚か鶏肉が出る事もある。
また夕飯の時だけ、少々の酒がつく。

乱世の貧しさもしらない者でさえ、これで満足しているのだ。
「どのような物でも文句はもうさぬ」


「ふむ。では、夕飯にするとしよう。
続きは後ほどに」


32 名前:本多正信(M):05/01/29 00:37

>>29
夢は既に枯れた。理想は既に朽ちた。
若き日、理想を追い闘い続けた男は既にいない。
果てしない衆愚との戦いに磨耗し、衆愚に絶望した男がここにいる。


「あの……落し物ですよ?」
「・・・・・・」
不意に声を掛けられ、
「あなたのすぐ後ろに落ちていましたよ?」
そう渡されたモノを手にする。

・・・そう、ユメみたモノはただ一つ。この世、全ての者の平穏の為。私は、叶わぬ理想に生命を賭した。

この乱世に終焉を。人々に安寧を。
この世に浄土を、自由なる『公界』を。
厭離穢土欣求浄土の旗のもと、全てを、友すら棄てて専制君主との戦いに身を投じたのだ。

「うむ・・・・・・」

だが現実は過酷であった。
大義と理想の為に身を投じたそこは、現世欲界の縮図であった。
誰もが自由を唱えながら、己の事のみを考える。
保身と権益確保に血道を上げる。
夢見た理想に殉じようとする者たちの姿は、若き弥八郎に絶望の刃を突き立てた。

身体魂魄尽く疲弊し磨耗し、ようやく本多正信は現実と云う絶望を識った。

「うむ」
再び頷く。今度は、力強く。
わしの夢は枯れたかもしれぬ。わたしの理想は朽ちたかもしれぬ。
絶望しきった男が磨耗した心身を引引きずり歩き続けた現実の果て。
新たなる厭離穢土欣求浄土の旗のもと、友と共に追い続けた現実。

「徳川百年の世。果て無き戦の後に訪れた偃武の時」

夢は枯れた。理想は朽ちた。
しかし、あの日、一人の若者が求めたモノは今ここにある。


望みは果たされた。
「何に悔いがあろうか」

秀忠は愚か者だ。旗本は増長する。武士は戦の術を棄て、人々は平和も真のありがたみを忘れる。
だが、それが何だと言うのだ。
あの絶え間無い争いの日々と比べるべくもない。

「素晴らしき世ではないか」
そう云い残し、弥八郎は歩みを続けた。


>>30
歩み続ける弥八郎に、「忘却」が語りかける。
「愚問!」
言下にその誘惑を斬り捨てる。
「過ぎし日々があってのわしじゃ。
どうしてそれを棄てる事などできようか。」
身にしみた衆愚の愚かさ、磨耗した記憶。それこそが、今の弥八郎を創る。
その記憶を棄てることは、本多正信の死である。

「忘却」と分かれ、再び歩き出した弥八郎に別の者が声をかける。
その名前は「夢想」であった。

夢想の言葉を聞き、たっぷり間を置いて、弥八郎は答えた。
「・・・望みは果たされた。今更、夢想に何の用があろうか」
その鋭い眼を「夢想」へと向ける。
「「夢想」に一片の価値もなし。夢はこの現実にて果たされた。去れ!」


そして、本多正信は歩み続ける。


33 名前:名無し客:05/01/29 22:46

いくさでも交易でも、徳川幕府は海外へ出る方針はないのですか?

34 名前:本多正信(M):05/01/30 00:57

>>33
「戦については、太閤の失敗が御座いますからな。
同じ轍を踏む気は、わしも大御所もありもうさぬ」
民衆は戦に厭いている。
今更無用な戦を起せば、徳川への怨嗟の声は高まるであろう。
それは、天下を狙う者にとってこの上ない力となるはずだ。
それは許されない。

「交易は、既に多くの日本人が海を渡っておる。
大御所は特に交易には力を入れておられるからな。それがしの倅めが、これに関しては詳しい」
事実、この時期、弥八郎の息子本多正純は大御所の補佐官として海外交易の窓口役を務めていた。
具体的に言うなら、交易に必要な朱印状の発行を行っていたのである。

この朱印状がなければ、日本の船は交易に赴くことができず。
また日本との交易も許されない。
が、その権威は絶大で、これを持っていればあらゆる便宜がはかられたという。
大御所の威勢の一端が垣間見えよう。

「異国との交易は大御所が一切を取り仕切っておられる。
わしに出る幕はないな。」


35 名前:名無し客:05/01/30 01:01

最も警戒すべき人物は誰でしょうか。

36 名前:本多正信(M):05/01/30 01:21

>>35
「秘中の秘じゃ。おいそれと申すわけにはまいらぬ。
誰を危険視しているか申せば、その者は警戒するのでな」
今で言う最高機密とでも云うべきか。
「お主一人であっても口に戸は建てれぬからな。
天知る地知る・・・とも云う。諦められよ」

真っ赤な嘘であった。
いや、正しく云うなら誤魔化したのだ。
云えるはずがないのだ。弥八郎が、誰を、真に警戒しているかなど。
その者に知られるのが拙い訳ではない。それ以外に知られるのが拙いのだが。

「・・・・・・」
これ以上話す事は無い、といった風で押し黙ると、じっと東を睨み続けた。


37 名前:名無し客:05/01/30 01:39

秀忠様の癇癪には皆参りきっております。
如何致しましょう。

38 名前:本多正信(M):05/01/30 02:47

「・・・勝手に真似でもなんでもすればよろかうに」

>>37
勘違いしている者も多いが、秀忠は普段から癇癪を起している訳ではない。
むしろ何も知らない人間には、怜悧で思慮深いと思われてさえいるかもしれないんだ。

「・・・・・・」
だが、弥八郎の懊悩はそのことではない。
もっと別の事にあったのだ。
(家臣教育を誤ったか・・・)

大御所の子、長福丸が生まれた時の騒動の折、秀忠の様を見て徳川の行く末に不安を感じた弥八郎は、一つ心密かに決めた事があった。
家臣団の再教育である。
恨み辛みでしか物事を計れない秀忠は、必ず徳川の治世に致命的な汚点を残す。
そうさせない最も良い方法は、秀忠へ帝王教育を施すことだ。しかし、既にそれは出来ない。
だが、家臣への家臣学をやり直させることなら間に合うかもしれない。
そう決めた時から弥八郎は、徳川家臣団への再教育を徹底して行ってきた。
(その結果がこれか!)
この程度で泣きついてくるなど、弥八郎が考えていたものとは程遠い。
自分のやり方は手ぬるかったであろうか?

「・・・将軍が癇癪を起された時は、逆らわずやり過ごされよ」
この日より、弥八郎は老骨に鞭打てより一層の家臣団の再教育に努めて行く事になる。


39 名前:名無し客:05/01/30 02:59

とりあえず良い鯛が入ったので天麩羅にして大御所様にお届けしますね。

40 名前:本多正信(M):05/01/30 03:11

>>39
「献上品がある場合は、わしではなく駿府の方に届けなされ」
大御所への献上品は数多くある。
大名家や大商人、南蛮・紅毛人の使節や地元の有力豪族など。

そして大御所は、この様な素朴な気持ちからの献上品を事の他好きである。
「良い鯛が手に入ったからか・・・大御所はお喜びになられよう」
これは徳川の治世が人々に受け入れられている証ではないか。
恐怖で抑えられた者からは、この様な気持ちはわかないものである。

顔にこそ出さなかったが、内心これを微笑ましくも嬉しくも思う弥八郎であった。


41 名前:名無し客:05/01/30 03:12

ご子息、本多正純氏について父君からの評価をお願いいたします。



42 名前:シン・アスカ ◆SINqVye9eE :05/01/30 03:20

>>15
> 「国を治める者には、己の国を焼くくらいならばよその国を焼き払う覚悟と、それをやれる決断力が必要じゃ。
> 実際にやるか、やらぬか、はともかくな。なに、他愛も無い戯言じゃ」
> 「国の上に立つ者の決断は、その経過がどうであれ重いもの。
> それを勝手な理屈で覆していては国は成り立たぬ。無論、決断を下した者には相応の責任があるがな」
> 「・・・なに、お気になさるな。戯言じゃ、老人の妄言とお聞き流し下され」

そうだ、あんたの言うとおりだよ!!

……ああ、済まない。
俺の祖国に似ていたもんで、つい大声になったんだ。

俺の祖国は、綺麗事ばかり唱える首長によって、戦の炎に焼かれた。
そして、俺の家族はそいつの部下(らしい)ヤツの戦いの巻き添えになって殺された。

なのに、戦が終わったら、その首長の娘は平然と代表となり、
相変わらず懲りもしない綺麗事ばかり言ってる。親父は悪くない、そればかり言ってな。
俺の家族を巻き添えにして殺したやつも、未だに英雄扱いだ。

なあ、あんた軍師なんだろ? 参謀なんだろ?
こういう時、妹達家族の仇を取るために、俺は何をすればいいんだ?
教えてくれよ!

43 名前:名無し客:05/01/30 03:23

贅沢したって
ええじゃないか
折角やんごとなき地位にいるんだもの

44 名前:本多正信(M):05/01/30 04:09

>>41
「親のわしが云うのも何じゃが、非常に切れる。
おおよそどんな仕事を任せてもそつ無くこなしてみせるじゃろう」
実際にその通りである。
一種の独立王国である駿河政権の中枢としての正純の働きは、天下の誰もが知るところだ。
多芸多才な秀才官僚である。
「だが、まだ若い。些か腹芸をやるには青い所がある。
それに切れ過ぎる故に忍耐がない。根気よく相手を説得する事ができぬのは困ったものじゃ」
性急に事を求めるのは秀才に共通した欠点である。頭の回転が速いが故に、愚者に付き合いきれないのだ。
忍耐の無さは天才肌の人間に多い。

だが、この点は経験を重ねる事で解消されていくかもしれない。
それよりも弥八郎が気になるのは、
「倅には、「わしが死んだなら必ずご加増がある。三万石までは受けてよい。それ以上なら辞退せい。必ず災いを招く」と申しつけてあるのじゃが・・・」
官吏は常に清貧でなければならない。
ましてや謀臣が権勢を振るえば碌な結果にならない事は分かりきっている。
それをくどく正純に言い聞かせてはいるのだが。
「・・・危ういやもしれぬ」

弥八郎には他にも政重という息子がいるのだが、その政重に「正純はそのうち大事をしでかすやもしれん。構えて兄弟の付き合いはするな」残していた。
そしてその言葉通り、弥八郎の死後正純は15万石を領し、そして「宇都宮釣り天井事件」により失脚する。
弥八郎の目は、肉親すら客観的に見ていたのである。


>>42
「愚かな話しじゃな・・・・・・」
自らの国を守れず何が支配者であろうか。

理想。
何と聞えのいい言葉か――
「自国を戦火に巻き込みあまつさえ守る事も出来ず犬死をさせることが、理想なのであるか。
そうだというのなら、虫唾がはしる!」
弥八郎は本気で怒っていた。
無能な人間が国を治める事ほど、弥八郎にとって許し難いことは無い。

しかしである。
「お主がなにをすれば良いかじゃと?」
この青年に賛同する事など到底出来なかった。
肉親を殺された者の怒りは察して余りある。

だが、自分だけが被害者であるかのような言い方は、一々癇に触る。
また本当に仇討ちをしたいと言うなら、刃物の一本でも持ち、突きかかれば良い話ではないか。
そもそも、如何なる理由があろうとも一国の長をそのような私的な理由で陥れるなど、
弥八郎がするはずなどない話しである。

「それがしは、そなたの軍師でもなければ参謀でもない故、智恵を貸す道理はないな。
じゃが、一つ言おう」
正面から、片時も逸らさず青年の瞳を睨みつける様に見据えて云う。
「仇を討てば、お主はそれで満足なのか?
それでお主の無くなった妹御は浮ばれるのか?
・・・もう一度考えてみる事じゃ」
この言葉は、恨みに燃える青年には届かないであろう事は百も承知である。
だが、弥八郎でさえ、今はこの青年を止める言葉を他には持たないでいた。

出来ることと云えば。この青年たちの行く末を案じるのみであろう。


>>43
「・・・話しにならぬ」
冷たい口調で、たった一言言い放つ。

「去ね!」


45 名前:名無し客:05/01/30 06:42

まだまだ若いな弥八郎。
風流の一つでも嗜んでみれば、相応の箔もつくだろうに。

46 名前:名無し客:05/01/30 06:55

柳生が又不穏な動きをしております。

47 名前:オーベルシュタイン ◆eOZ5DRYICE :05/01/30 12:03

ふむ―――順調に進んでいるようだ・・・

佐渡守殿にお尋ねするが、秀忠公の関が原遅参―――どうお考えか?
武士として考えられぬ恥、東軍の一時的苦戦の原因と見るか・・・あるい
は結果的に徳川譜代を戦闘に参加させず、徳川の力を温存したと見るか。
もし、後者であり――なおかつ秀忠公がそれを意識してやったというの
なら、かなりの方だと思うのだが。

それはそうと、佐渡守殿の一刻館での働き(レス)――見事なり。

48 名前:名無し客:05/01/30 19:22

50まで残り僅かですね。
ここらで辞世の句などを一句お願いします。

49 名前:本多正信(M):05/01/30 20:19

「そろそろ節分でござったな」


>>45
弥八郎は風流を否定する者ではない。
だが、
「・・・・・・」
そんな事に時間を費やすならば、他にもっとすべき事はあると考えている。

馬鹿々々し過ぎて反論する気も起きないでいた。
言いたい奴には云わせておけば良いのだ。
尻の青い若造が何を吼えようが、弥八郎は痛痒にも感じない。
きゃんきゃん吼える子犬と一緒でかまえばかまうだけ、騒ぎ立ててくる。
一々相手になどせず、真に重要な時だけ口を開けば良いのだ。


>>46
うんざりとした顔を、今度は隠そうとはせずにこぼした。
「またか」
柳生に命令を発したのは、当然あの方であろう。
(あそこまで完敗しておいて、まだ懲りぬかあの方は)
徳川の行く末に暗澹とした思いを懐く。

それはともあれ、問題は事後処理だ。
弥八郎は柳生の企みが尽く、大御所とその配下の風魔衆によって潰されてきた経緯を知っている。
今回は、その経過はどうであれ、最後は失敗するであろう。
大御所と将軍の関係もまた、抜き差しなら無い所までいくであろう。
そしてその仲介に奔走する羽目になるのだ。弥八郎が。
(・・・早めにお諌めするか)
偶然にも、こうして事態が起こる前に知ることが出来た。
止められるものならばそれに越した事はないはずだ。

めっきり老い衰えた体を引きずり、秀忠への面会に向かった。


>>47
内心の笑いを堪えながら、感情を隠し答える。
「そうですな、戦に遅参したことは戦人としてあるまじき失態でござる。
ですが、卿のおっしゃる通り、確かに徳川はその余力を十分に残せましたな」

一面の真実である。
家康は、譜代の徳川にとっての真の精鋭を秀忠に付けた。
若輩である秀忠を心配したのでもあるし、秀忠に後継者として華々しい功績を上げさせるためでもあろう。
家康の手元にあった兵は、歴戦の勇と呼ぶには程遠いものであった。
皮肉にも、そのお蔭で徳川はその精鋭を無傷で温存できたわけである。

だが、結果として秀忠隊が遅れたため、家康は厳しい戦を強いられる事となり、
そしてあの悲劇が起きた。

「手前、将軍がそこまでの深謀遠慮を持っておられたとは見抜けませなんだ」
歴史にもしもはない。
だが、だがあの時、関ヶ原に秀忠隊が間に合っていれば。そして、家康の傍に自分がいれば。
何かが変わっていたかもしれない。
「将軍は確かに、戦人として器量は欠けるやもしれませぬ。
じゃがもはや泰平の世。これからの治世には武は必要とはいたしませぬ。
かくも英邁な将軍を頂く徳川は、安泰で御座います」
内心の笑いは、いつしか今は亡き朋友への慟哭となっていた。
オーベルシュタインの問いは、弥八郎の心の瑕を深く抉り返したのだ。

――それは狙ってだろうか、思いがけずであろうか。


>>48
「・・・まだ死ぬ気は御座らぬぞ」
正しくには死ねないと云いたい所である。


50 名前:本多正信(M):05/01/30 20:34

「ふん。流石に五十を奪う者は居らぬか。
肝っ玉の小さいことじゃ」
狙って50を開け、罠を張っておきながらしれっとしたした事を云う。
50に誰か着たなら無視をして、有言実行を示す気で居たのだから酷い話しである。

「――では。最初に申した通りこれまででござる」

51 名前:本多正信(M):05/04/09 23:28

「さて……」
舞い戻ってみたものの、この男には珍しい事に何か目算があった訳ではなかった。
やはり、気まぐれと言えば気まぐれなのだろうが、策士の気まぐれほど胡散臭いものはない。
その辺り、弥八郎も十分承知している。

「この頃は、何かと忙しい時期かと存ずる。
そんな折に多少なりと、役に立てればと思いこうして参ったしだい」
言って、我ながら真実みがないと実感する。
だがやってしまった以上やるしかないのだ。

「ごほん! とは云え、某もそれほど暇な訳ではござらぬ。
この度もまた五十。この場で、百に至るまで、お相手致そう」
三十六計に逃げるにしかず。逃げるが勝ちである。




「ああ。なるべくは、手前が事を済ます所存じゃが・・・もしかすると、他の者の手を借りるやもしれぬ。
まずあり得ぬとは思うが、一応云っておく」

52 名前:名無し客:05/04/09 23:59

再開府、祝着にござりまする。

「先ず隗より始めよ」という言葉もありますが、徳川家のまつりごとで手をつけるべきは
何からでございましょう。

53 名前:名無し客:05/04/09 23:59

お家お取り潰しにされるべき大名――譜代も外様も――の閻魔帳に記されるのは、
次はどこですか?

54 名前:名無し客:05/04/10 00:00

最近、旗本の子弟の中で、職に就かず遊行にふけるものども「似居徒(にーと)組」と
称する連中が、何やら流行っておりまする。
こうなると泰平の世も考え物です喃?

55 名前:名無し客:05/04/10 00:19

正気にては大業ならず。

武士道は死狂ひなり。


との言葉もあります。
狂気なくして武士の世は成り立たぬものなのでしょうか?

56 名前:名無し客:05/04/10 00:21

すれの復活、まったくめでたきにござりまする。

さて、近年の相次ぐ災害……食糧備蓄が藩存続の要となる事は必至でありまする。
して、本多殿は如何様なものを備蓄しておられるのか。
話と御心得を賜りたく。

57 名前:本多正信(M):05/04/11 02:24

>>52
「うむ」
祝いの言葉に、弥八郎が返した言葉はだたそれだけであった。
余計ななれ合いなど不要である。

「さて、お尋ねの件についてじゃが」
隗より初めよ。まず徳川の治世安泰の為に成すべき事は何か。
家中の一致結束を図るべきか。諸大名の頭を押さえるべく動くべきか。
何にもまして諸制度の整備を急ぐか。財政確保に務めるべきか。

答えは簡単ではないか。
「何からなどありませんな。
1つ1つ問題に対処し、懸案を解決していく事は確かに重要で御座る。
しかし、それにかかりきりになっては天下のまつりごとは動きませぬ」
つまりは、どれからではなく、どれもやっていかなければいけないのだ。
1つの問題に手をつけながら、同時に別の問題にも取り組む。

まつりごととは、実に煩雑で煩わしく、故に弥八郎にとってやり甲斐のあるものなのだ。


>>53
「・・・それをわしが洩らすと思うか?」
まったく軽蔑しきった冷たい目を向ける。

確かに、弥八郎の閻魔帳(これは彼の頭の中であるが)には取り潰すべき大名家。
取り潰したい大名家の名が書き連ねてある。
だが、それをおいそれと余人しかも誰かも分からぬ者に、
弥八郎洩らすと思っているのだろうか。

ただでさえ、この手の所謂機密漏洩には敏感な男だ。
政務に関わる事は、城の外で話す事などまずない。
そんな男から、これほど重大な情報を聞き出そうとするには、
些か思慮が足りないと云わざる得ないだろう。


>>54
「旗本の・・・特に気楽な次男、三男に多いようですな」
所謂居候である。
部屋住みの身の上で継ぐべき家もなく、親の拗ねをかじりつつのんべんだらりと泰平の世に暮らす。
弥八郎から見れば、唾棄すべき有様であった。

「働かねば人は食えず。
この者たちは、いずれ死ぬ気なのであろうか?」
それはそれでよい。
人生はその人間の者であり、それが如何様であろうとも他人が容喙すべきではない。
このような、世の中をなめきった人生に、如何に腹が立とうとも口出し無用なのだ。


個人の問題ならそれでもよかろう。
だが、個人に留まらないのがこの問題である。
今更語る事もないだろうが、働く人間が減ると云うことはそれだけで経済に打撃である。
経済活動になんら寄与しない人間は、少なくとも現代において害悪でしかない。

以外に思われるかもしれないが、江戸時代というのは非常に経済の発達していた時代である。
今日の日本の資本主義の基礎、経済の基礎はこの時代に出来たという見方も可能だ。
(もっとも、日本特有の問題が生まれたのもこの時代である)
この辺りを語るには、時間が足りない。

ともかく、このような「似居徒」が増えると云うことはこの時代においても好ましからざる事なのだ。
今日の如き経済概念は無いが、弥八郎の明快な頭脳はたちまちにこの問題の根底にある、
重大な危機を見抜いた。

「・・・・・・」
弥八郎の表情に険が募る。
これの解決策はなんであるか。
「・・・教育から徹底するしかあるまいか。
働くと云うことに意義とやり甲斐を見いださせるしかあるまい」

58 名前:本多正信(M):05/04/11 02:25

>>55
その言葉に、嘗て大業を成した人物を思い浮かべる。
なるほど。確かにどれも、常の者ではない。
それが正気を逸しているかはまた別問題だろうが。

「されど、大業と武士道とはまた別でござろう」
そもそも、この時代にはまだ後世で云う「武士道」は存在しない。
「武士道」とは、戦乱の世は終わり主君と家臣の間柄を安定させる為に生まれた代物である。

(さて、果たしてこの武士の世とは。
戦国の世であろうかそれとも、今の泰平の世であろうか)
確かにあの戦国の世はある意味狂っていたのかもしれない。
だが、そもそも戦国の世は武士の世であっただろうか。

歴史は一個の存在。一個の身分・階級によって造られるものではない。
象徴という意味においてすらも、事実武士は戦国の世の象徴であったのだろうか。
若き日を、一向一揆の中で過ごした弥八郎にはその疑問が浮かぶ。

あの時代が武士の世でなければ。
狂っていないと成り立たないのは、武士だけではないのであろうか。


>>56
「蓄えるべき物は米と金。
無駄な出費を控えよ。支出を控え、いざという時に備えよ」
物資面ではその通りだ。

「お主地震は、経験を蓄えよ。
多くに触れ、多くを経験し、多くを身につけるが良い。
さすれば、如何なる事態が起ころうと対処できるであろう」

59 名前:名無し客:05/04/11 08:58

自分は本当に自分だと言い切れますか?
もしかしたら、本物の“本多正信”はすでに死んでいて、
自分は死んだ本多正信の記憶を持ったままこの世にぽこんと生まれたのかもしれないのですよ。
さあ、あなたはこの問いに答えることができますか。


60 名前:本多正信(M):05/04/12 12:06

>>59
「問われるならば、お答えしよう。できる!」
戸惑いも迷いもなく弥八郎は云いきってみせた。
「お主が何故、そのように突拍子もない事を言出したかは分からぬが・・・」
そう前置きをし語り始めた。

「わしは、わしがわしである事を智っておる。
わしがわしである証明は、これで十分じゃ」

「そして――お主の云う通り、仮にわしがわしでないとしてもだ。
本多正信の記憶を持ち、新たに生まれた者と云う事はつまり、
それは本多正信の生まれ変わりと云う事ではないか」
輪廻転生とは仏教で一般的な考え方である。
若き頃、深く一向宗に傾倒していた弥八郎にも当然この知識はあった。
「わしの中には、本多正信が持つ何人にも侵せぬ思いがある」
それは、弥八郎が心に持つ剣であり、戦う為の輝く勇気でもあり。

何人にも侵せぬ、純真無垢な想いにも似て。
ただ一心に願う心。想い。
「わしの記憶を持ち、わしの意思を継ぎ、わしと同じ事を行うのであれば、
それはわしであろう」



「・・・益体も無い時間でござったな」

61 名前:名無し客:05/04/12 23:10

悲しい時に泣くことが出来ませんでした。
私はどこかがおかしいのでしょうか。

62 名前:名無し客:05/04/13 01:29

地震雷火事親父……。
古来から人が恐れるものは、そうそう変わりがないと言われます。
ところが最近では「出番がない」、ただそれだけを恐れ戦き、誰彼構わず
当たり散らし、泣きわめくという御仁が増えているとか。
このような輩を、いかがお思いですか。

63 名前:本多正信(M):05/04/13 11:44

>>61
「悲しいからとて、泣かねばならぬ理はあるまい」
そう云って、弥八郎は微かに表情を翳らす。

深過ぎる瑕を負ったとき人は、泣いたり喚いたりしないものだ。
ただ心に深い悲しみと絶望を持ったまま、自分を殺し、心を殺す。
泣き喚くと云う事は、まだ心に余裕がある者がやれる事だ。そこには一種のてらいがある。
己の悲しみを見てくれ。俺はこれだけ悲しんでいる。
絶望しているんだ、とのひけらかしがむしろ不愉快でさえある。
余裕も無いほどの悲しみや絶望は、或はいっそ飄々とした表現でしか表せない事がままあるのだ。
飄げ、軽く見せかけなければ己が押しつぶされそうな心圧に耐える為の、人間の無意識の防衛本能であろう。
ともあれ、
「涙がその者の悲しみを測る物差しではあるまい・・・」


――あの日、弥八郎は涙一つ見せる事は無かった。


>>62
「まさに。天災だけは防ぐ事はできぬ。
古来より今日に至るまで、如何なる者でも未然に防いだ例は御座らぬ」
自然に対して人は無力である。
それまで築き上げた全てをただただ破壊していく天災を前に、人は呆然とするしかない。
人の手による破壊であれば、その者を怨めばよい。
事故であれ、犯罪であれ、戦争であれ。

だが天災は何人の意図も無く、「ただ壊す」。
その時人は知る。
人間の価値観や意図、善悪など小賢しい全てを一蹴する存在を。
そして己の自我、アイデンティティーを大いに揺さぶられるのだ。
一体自分たちは何なのだ、と。
――それは恐怖である。
怪談や犯罪に慄く類の、矮小な恐怖ではない。
存在そのものを揺さぶる地球、或は宇宙規模の恐怖である。


「手前らにできることは、ただ事後の救済に万全を尽くす事」
そして、それを前に尚、立ちあがる者が現れる。
それこそ、人間の強さではないだろうか。




「その者たちにお伝え下され。
泣き叫び、気が済んだならまた立ちあがり、前を見て歩き、
全知全能を使い出来る事をやるのがよろしかろう、とな」
行動の結果が報われるとは限らない。世の中は甘くは無い。
だが、その者が行った事。何かなそうとした事実が消える訳でもない。
そこには何か意味があるはずだ。


もし、この世界に、創造主という者が在り。
それはとても自分勝手で、えこ贔屓する存在で。
その創造主が全てを否定しようと、「いや、俺はここに在る!」と叫ぶ限り、それは無意味ではない。

世界に元々意味は無い。
死も生も。過去如何なる偉人が残した事業も、全てに意味はない。あるのは結果だ。
弥八郎は多くの生と、無数の死を見てきた。果たして彼らに意味はあったか。
答えは「否」だ。何故なら全てに意味は無いのだから。
――だが意味はあるのだ。彼等の中に。
弥八郎のやっている事は、自分にとっては何より意味のある事である。
だが、世界から歴史から余人から見れば、それは至極無意味であろう。
そんな事は関係無い。

「俺はここに在る! 俺は俺だ! 俺には意味が在る!」

たとえ声に出さずとも、誰に宣言せずとも、心でそう叫ぶことができた時、
人間は人間足りうるのだ。

64 名前:名無し客:05/04/13 12:20

そなたの心の剣を折ってさしあげよう…

65 名前:本多正信(M):2005/04/13(水) 20:32:16

>>64
「ほう・・・」
冷たく笑うと、ただ一言漏らした。

彼の者は敵である。ならばやるべき事は一つ。
この瞬間、彼の者の命運は尽きた。
徳川家中随一の策士にして切れ者を、迂闊にも敵にまわしたその末路――推して知るべし。

66 名前:名無し客:2005/04/14(木) 00:09:53

戦はもう御免だ。あれほど愚かな行いはあるまい。

だが、太平の世になってみて初めて気づいた。
この身には武勇以外、何一つ誇れるものがない……!

それでも「武」に生きるか、
不向き出遅れを承知で「文」の道に挑むか。
どちらを選ぶべきであろうか?

67 名前:名無し客:2005/04/14(木) 00:17:46

すれの再会まことにおめでとうござりまする。
ところで米沢上杉家の直江兼続殿をどのような御方と見受けられますか?

68 名前:名無し農民:2005/04/14(木) 00:19:45

―――打ちこわしをして米問屋を潰すOFF――――

うちの近くの米問屋が農民をなめています。
買うときは二束三文でしか買わないのに、売るときは法外な値段で売りやがります。
文句を言っても聞く耳をもちません。かなりむかつきます。
頭にきたので来月の頭あたりに打ちこわしに入ろうと思っています。

参加者募集中です。
最近の米問屋のあり方に疑問をもっている人、
義憤に駆られた人、ただ暴れたい人、
どなたでも大歓迎です。

詳しいことは、或床村・水車近く・吾平宅までご連絡ください。

69 名前:名無し客:2005/04/14(木) 07:46:24

ズバリお尋ねします。
家康公は狸ですか?

70 名前:本多正信(M):2005/04/14(木) 11:53:17

>>66
弥八郎のもとへ相談に訪れたのは、とある武士であった。
その武勇でそこそこ名の知られた人物で弥八郎とは面識があり、
仕官口を探して江戸を訪れた所、偶々弥八郎に出会いこうして招かれたのである。

この男の悩みは多くの浪人たちにとって、
いや既に大名家に仕えている身である武士にとっても大きな悩みであった。
戦国の世においてこそ必要とされた武も、ひとたび泰平の世になれば無用の長物。
今必要とされる人材は、外交や経済政策に明るい文の人材である。


武士の切々とした心情の吐露に接し、弥八郎は感極まった様子で口を開いた。
「お主の悩みは分かる。じゃが、まだ武は必要とされておる。戦が起るからではないぞ。
戦がなくなり、真の意味で武が必要なくなったからこそ、後世の模範となる武士が必要なのじゃ」
それだけではない。
「幕府は、大名家が余計な兵力を持つことを許しはせぬ。
じゃが、武は奨励し武を尊ぶ事は否定しておらぬ」
所詮、武家はどこまでいっても武家なのだ。
現実に必要なくなったとしても、未だ有能な武人を雇い入れる大名家の在り様は変わってはいない。
「中途半端に文に走っても失敗するだけじゃ。ならばいっそ、その武の生き方を貫けばよろしかろう」

感極まったなど、当然真っ赤な嘘。弥八郎の演技である。
そもそも、徳川政権下で武功派を政権中枢から遠ざけた文治派筆頭が弥八郎なのだ。
今更1個人の感傷などに感じる所などあるはずもない。
だが、弥八郎の云った事は間違いではない。何故なら、弥八郎がこの男を招いた理由もそこにあるのだ。

未だ大名家は優秀な武人を集めている。
それは未だに天下への未練があると云う事である。と同時に、その機会もあるということだ。
そして天下にあまた居る、このような泰平の世に生きれぬ浪人。
その総ての思惑が向かう先は、大坂。
(この浪人ども・・・・・・大坂潰しに使えるな)
浪人と直に会い、その想いに触れた弥八郎は、それを大坂潰しに向ける手立てを練り始めていた。


――それは、大御所の意向と真っ向から対立する。


>>67
「わざわざの祝辞、ありがたくお受け致す。
さて、上杉家家臣直江山城守殿についてで御座るな・・・」
たちどころに、弥八郎の巨大データベースとも云うべき頭脳が動き始める。

直江山城守兼続。幼名与六。
上杉景勝に近習として使え、上杉謙信死後の後継者争い「御館の乱」において景勝側勝利に貢献する。
景勝の厚い信頼を得て、上杉家の家宰として内政を統括。
会津移転の際には米沢を与えられ、家中最大の知行高であったという。
(かつては陪臣としても最大の知行高と云われていたが、現在はそれを否定する研究もある)
現在、米沢に移転になった上杉家において藩政を指揮しており、その地位に変化はみられない。

「学問にも通じて、京での知名度も抜群ですな。
じゃが、この男の真骨頂を見るのはやはりあの挑戦状で御座るか・・・」
1600年。当時豊臣五大老筆頭であった徳川家康から、「叛意在り」とされ詰問使を送られた時である。
兼続はこれに返答の手紙を送っている。
その内容は実に堂々とし、且つ家康をとことん愚弄した内容であった。
当時、誰も逆らえぬ家康に、真っ向から噛みついたのである。
その後の最上攻略、そして西軍敗北に接しての撤退戦は戦国合戦史において特筆されるべきであろう。

「豪気にして胆力あり。しかも機知に富む」
それが弥八郎の評価だ。
しかも、主従の絆も強い。一見、兼続の独裁にも見える上杉家だが、それは景勝の信頼あってこそだ。
「友」と云われた、家康と弥八郎の間柄に似て居なくもない。

官吏として優れ、しかも武勇もある。
武に疎い弥八郎からすれば羨ましい限りである。(もっとも、その辺り弥八郎はとっくに割りきっているが)
「さて。山城守殿の手腕の結果。遠からずその目で確かめられよう」
後の大坂の陣において、上杉家は目覚しい活躍を見せる。

71 名前:☆もし戦国時代に2ちゃんがあったら☆ (M):2005/04/14(木) 11:57:05

【大規模OFF】―――打ちこわしをして米問屋を潰すOFF――――

1 :貧困農民 :05/03/16 18:55:26 ID:8noUminQ
うちの近くの米問屋が農民をなめています。
買うときは二束三文でしか買わないのに、売るときは法外な値段で売りやがります。
文句を言っても聞く耳をもちません。かなりむかつきます。
頭にきたので来月の頭あたりに打ちこわしに入ろうと思っています。

参加者募集中です。
最近の米問屋のあり方に疑問をもっている人、
義憤に駆られた人、ただ暴れたい人、
どなたでも大歓迎です。

詳しいことは、或床村・水車近く・吾平宅までご連絡ください。



2 :草の者・七七四:05/03/16 19:01:32 ID:6saKAilf
2(σ ̄ー ̄)σ取ったり

3 :草の者・七七四:05/03/16 19:03:24 ID:mino5l18
>>1禿同!
最近あいつら頭に乗り過ぎ!
漏れは酸化するよ


4 :草の者・七七四:05/03/16 19:04:56 ID:IGA7kusa
>>1通報しますた!

5 :草の者・七七四:05/03/16 19:05:18 ID:5gkOugaL
>>1通報しました!

6 :草の者・七七四:05/03/16 19:07:39 ID:mizunomi
やるのはいいけど、責任者はお前か?
捕まるとやべぇぞ。逃げる用意はしとけよ。



27 :草の者・七七四:05/03/16 19:18:44 ID:oyagyuu1
>>1特定しました

>>2暇人バカイ商人乙w

>>3-4( ´,_ゝ`)プッ! ロートル忍者必死だな

>>6馬鹿か? 逃げたらお前身代わりなw


28 :草の者・七七四:05/03/16 19:19:00 ID:yfuuma9c
>>27( ´,_ゝ`) 失策挽回に必死だな

29 :草の者・七七四:05/03/16 19:19:02 ID:IGA7kusa
>>27うっせー!黙れへたれ柳生!ヽ(*`Д´)ノ ゴルァ!
おまえ等こそ大御syうわなにするやめくぁwrdftyふじこlp

30 :草の者・七七四:05/03/16 19:19:02 ID:tadAteRu
                  /,.i i.l.i i ヘ
                     l i i i.l.i i i l     __
                 l i i i l i i i l   /     \
                   l i i i⊥i i i l  | ス ミ ド  |
               ├'  |  `┤ ノ  │   |   |
                「ij.、_┴_,<|<  プ ソ ピ |
                  {N,(・)Y:(・)N} |   だ   ン  l
                    _rイヘ}::::;::^r/[、 !  :   グ. /
          r 、  /l::::{フベ三'イrノ::ト、_        /
        _l ├‐'_ ..:.ヽ::>、rr<:::ノ:.:.:...`ーr―‐く
      /  l :.l::..::...:>:.:、 ̄!Yi ̄_r‐、/:.:... .:.:` __:.._ヽ
          .::.l ::|:. .´.. :: ..: ::` !:::l: . :: :: ::: .:. _( : ノ: :: :.::ヘ
       \::::!.:.l: :: ... _ ::、 ⌒:::r‐ク........ :.ヽ)r: :.:ノ::..:|
          .:::ヽl.:::!..::/..::::ノ: __)!:...ヘr:: :::___:::::::::::ト、.. ::_:::|
       `:.:::.r‐:し' .::/:.___::::1:.. :.:. .: .:--::::::::/: . : : :.ハ
       :.: ::: .:.:.:./---:::::::,小、::::::::::::::::::::::/:. : : .: /:.:.ハ
       :. ::.:.:.:__ノ`ー┬‐‐仁フ^ー‐┬―‐ハ: .: .:.:.!: .ノ〈
        ̄ ::::::!ヽ: .: . :l ̄`ー1: --ヘ:.l: :::::::l: : 「⌒:.:!:: :::::〉
       : : : /  ヽ!ヘ:l: ー‐ヘ〉ー‐ヘ:l: l/{!:./: .:.:::/r':.::/
       :::.ノ    ヽ:`ー―‐!r‐‐、ノ::::!  ヽ!:..::/::l:.::/




81 :草の者・七七四:05/03/16 19:48:37 ID:komeya5l
>>1
削除依頼出しておけよ
−−−−−−−−−− 糸冬 了 −−−−−−−−−−−


82 :貧困農民:05/03/16 19:49:16 ID:8noUminQ
>>81勝手に終わらすな!
−−−−−−−−−− 再 開 −−−−−−−−−−−

83 :草の者・七七四:05/03/16 19:49:30 ID:komeikki
>>81米屋乙w

84 :草の者・七七四:05/03/16 19:49:55 ID:mizunomi
打ち壊しに必要な物ってなんだ?
木槌とか鎌でいいのか?つーか、詳細どうなってんだ>>1

84 :草の者・七七四:05/03/16 19:50:00 ID:7/dateLh
>>83志村ー!ID!ID!

85 :草の者・七七四:05/03/16 19:50:13 ID:yfuuma9c
>>83米一揆キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!

86 :草の者・七七四:05/03/16 19:50:28 ID:3OhiRoi5
神IDキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!

87 :草の者・七七四:05/03/16 19:50:59 ID:komeya5l
ただ今よりここは、神ID>>83を称えるスレになりました
↓どーぞ


88 :草の者・七七四:05/03/16 19:51:08 ID:6saKAilf
(σ ̄ー ̄)σ記念真紀子




107 :草の者・七七四:05/03/16 19:59:41 ID:3MourIyk
西国板より記念パピコ

108 :草の者・七七四:05/03/16 19:59:47 ID:mizunomi
なあ詳細きぼんぬ
討ち合わせはどうなってるんだ?

109 :草の者・七七四:05/03/16 19:59:52 ID:1/ONOl2d
剣豪板よりきました
まじ神IDだ……

109 :草の者・七七四:05/03/16 19:00:00 ID:oOgoSYo5
>>83
   n                n
 (ヨ )              ( E)
 / |    _、_     _、_    | ヽ
 \ \/( ,_ノ` )/( <_,` )ヽ/ / good job!!
   \(uu     /     uu)/
    |      ∧     /




990 :貧困農民:05/03/16 19:38:19 ID:8noUminQ
>>907
死ね米屋!史ねじゃなくて死ね!

991 :komeikki◆BXnQrIK562:05/03/16 19:38:21 ID:komeikki
言われた通りトリつけてみました、ついでに>>1000とったりーーー!

992 :草の者・七七四:05/03/16 19:38:21 ID:tyatya/d
1000なら豊臣の天下!

993 :草の者・七七四:05/03/16 19:38:23 ID:syougun1
>>1-999は糞!wwwwww
>>1000は神!

当然俺神! うはwwwwwwwwwよしwwwwwwww

993 :草の者・七七四:05/03/16 19:38:24 ID:3OhiRoi5
この早さなら言える










侍女に私の子供ができました


994 :草の者・七七四:05/03/16 19:38:24 ID:IGA7kusa
颯爽と1000頂戴いたす!

995 :草の者・七七四:05/03/16 19:38:24 ID:5gkOugaL
1000なら影の薄さから脱却・・・

996 :草の者・七七四:05/03/16 19:38:24 ID:7/dateLh
>>1-999 9(^Д^)プギャー

>>1000げっとー(えげれす語)で天下は俺のもの!

997 :草の者・七七四:05/03/16 19:38:26 ID:mizunomi
で、どうなるんだ打ち壊し?

998 :草の者・七七四:05/03/16 19:38:27 ID:mino5l18
やっぱ、神ID出ると進行はやいなー。ちょっと席はなれたらもう1000だ
ここで1000とったりー!

999 :草の者・七七四:05/03/16 19:38:27 ID:muNenORi
ここで主の為に1000を頂戴致す!

1000 :草の者・七七四:05/03/16 19:38:28 ID:SadOkami
・・・・・・

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

72 名前:本多正信(M):2005/04/14(木) 12:00:42

「・・・・・・」
侍身分の定義には色々あるが、1つに『恥アル者』と云うのがる。
その意味で、弥八郎は間違い無く侍身分であった。

>>69
「人で御座いますが?」
とても人の悪い笑みを浮かべ、馬鹿にするように返答した。

73 名前:名無し客:2005/04/14(木) 16:29:16

秀忠様が釣り天井で大御所を謀殺するという風聞が立っています。

74 名前:本多正信(M):2005/04/14(木) 19:59:01

>>73
「風評如きで一々慌てるでない!」
弥八郎の一喝が響く。
「もしこれが、何者かの放った流言であったならいかがするつもりじゃ。
噂に惑わされず、事実を確認せよ」


この風評。実の所弥八郎の耳には遠に届いていた。
だがあくまで風評であると、己の情報から判断し捨て置いたのだ。
しかも、これは故意に広められている形跡がある。何者かの意図が働いているようだ。
(将軍に大御所は殺せぬ。まだ、大坂がある限りはな)
「徳川家康」の武威は、戦下手とされる秀忠には未だ必要なである。
本人にとっては苦々しい限りだが、多くの大名が秀忠の命では戦はできぬと思っているからだ。
いずれ大坂を潰す気でいる秀忠には、その時まで大御所には健在でいてもらわなければいけないのだ。

(となれば、この風評・・・出所は駿府)
つまりは大御所本人である。ならばその意図は?



「・・・・・・」
暫く黙考した後、弥八郎は将軍への謁見を求めた。
大御所の意図は分からない。だが、敢えてこの様な噂を流すには、何かあったに違いない。
それはおそらく、秀忠が柳生を使い何か企てたのであろう。

まずはそれを確認しない事には手がなかった。
(ふん・・・わしも、大御所の手の上か)

75 名前:名無しクワガ夕:2005/04/14(木) 20:14:08

と、殿!町人が次々と鍬形虫に!
これは何の呪いじゃー!?

76 名前:本多正信(M):2005/04/14(木) 20:22:48

>>75
「・・・・・・?」
誰かに呼ばれた気がして辺りを見回す。
だが弥八郎の目についたのは、慌しく羽を羽ばたかせる鍬形虫が一匹。
「虫か。まだ春だというのに」

クワガタムシが春に居る事は、珍しくはあるが有り得ない事ではない。
その夏で命尽きるカブトムシに対して、クワガタムシは2〜3年生きる事もある。
もっとも、腐葉土などで冬眠をしている時期なのだが。
ともあれ今は関係ない話しである。

「どれ」
弥八郎はそのクワガタムシを掴むと、庭に放りだす。
よく見れば、この一匹だけではない。
「――陽気に誘われおったか?」
そう呟くと、中断した仕事を再開した。



その日はやけに羽音が煩かったことを、弥八郎は記憶している。

77 名前:名無しクワガ夕:2005/04/14(木) 20:36:27

南蛮のリーダーには不可欠の資質とされている「ノーブレス・オブリージ」(noblesse oblige 高い身分の者の負う重い道徳的義
務)
についてどう思われますか?

78 名前:本多正信(M):2005/04/14(木) 23:34:51

>>77
「ふむ。のーぶれすおぶりーじ、とな」
果たして、身分の高い者が負うべき道義的義務とはいったい何であろうか。
その辺りが弥八郎に、いまいち伝わらない。

「身分が高い者・・・つまり、官位で御座ろうか。
それとも、天下のまつりごとを司る我らの如き者であろうか・・・・・・」
弥八郎とて万能ではない。
全くわからない事には返答しようがないのだ。
「すまぬが、その義務とやらをもう少し詳しく語ってはくれまいか?」
(或いは、ヤンやアダムスに尋ねるのもよいやもしれぬな)

79 名前:犬の者・七七四 ◆GAiaFayS4E :2005/04/15(金) 00:12:39

それは真に唐突であった。

「『こいつに斬られるんじゃ仕様がないな』
 と言えるような……知り合いはいますか……?」

その娘はどこかに心を置いて来たかのような空虚な瞳を向けると
ぽつりと問うたのである。

80 名前:本多正信(M):2005/04/15(金) 10:03:47

>>79
(なんという目をする娘じゃ)
突然の姿を見せた事には驚かなかった弥八郎であったが、
その何も映らぬ瞳に向かいあい、初めて愕然とした。

異国の娘である。
この国と異国とでは、人の在り方まで違うのか? いや、そんな筈はあるまい。
だが、人が、それもこの世の春といってよい年頃の娘が、この様な目をするだろうか。
そこには喜も怒も哀も楽も在る。
だが全てが空々しく薄っぺらい。あまりに歪。

人の心打つべき、喜、怒、哀、楽にも心打たず。
人の心奮うべき、肺腑より紡がれる言葉にも心奮わず。
人の心刻むべき、華麗で絢爛にして躍動たる姿にも心刻まず。
ただ、「観る者」に空虚さが残るのみ。


そんな娘の問いは何を求めているのであろうか。
(わからぬが、答えねばなるまい)
何を云っても問題ないとの直感があったのだろうか。
その時、弥八郎は策士の仮面を脱ぎ捨てて見せた。

「・・・おらぬ。いや、正しくは今はおらぬ。
その方は、わしの全てを分かってくださっていた。
わしは、その方の全てを分かっておった」
深く目を閉じ語り続ける。
「その方はわしの全てであった・・・
その方が、わしに死を下さると云うのであればわしは謹んでそれをお受けする」

「きっと、わしが死んでもその方は涙一つ見せぬじゃろう。それでよい。
泣けば、少なくとも余人の前で泣けば、わしの死は無駄になる」
いつか、弥八郎は語った事がある。
その者から死ねと云われるとき、それは相応の理由がある時だ。
そして、その時は他の誰よりも弥八郎が理由に納得しているはずだ。
――或いは命じた本人以上に。

目を開き、異国の娘をみつめる。
どうしたことが、娘も風景もぼやけているではないか。
(年甲斐もなく・・・情けない)
だがまだ終わりではない。これを云わなくてはいけない。
「その方の名は・・・名は、徳川家康。
わしの唯一の主であり、無二の友じゃ」
そう云った人間・本多弥八郎の目から、大粒の涙がぽたぽたと零れた。



空虚だからこそ。策士は策士を止め、赤心を晒せたのである。

81 名前:名無しクワガ夕:2005/04/15(金) 10:24:00

御館様。若さ、若さとは何で御座いましょう。
振り向かない事で御座いますか。
愛、とは何で御座いましょう。躊躇わない事で御座いますか?

82 名前:本多正信(M):2005/04/15(金) 20:59:47

「今日の夕食には筍の煮物が出ておった。やはり旬の物はよいな」


>>81
「若さか・・・」
わずかに間を置き、その答えを探す。
「愚かと云う事でござろう」


若さは往々にして、人を無茶に走らせるものだ。
無茶な行動とは一見して暴挙である。そして暴挙の結果をいわずもがな。
よって若さとは愚かと云うことである。

だがそれでいいのだ。
無茶の1つもない青春などあるだろうか。
その無茶の1つ1つが、若き青春と云う人生に二度とはない日々を輝かせるのだ。
「若いと云うことは、それだけで価値があるのじゃ」



そして、若さの価値は過ぎ去って初めて分かるものであろう。
故に、愚か。「今この瞬間よりも若い時はない」のである。

83 名前:名無しクワガ夕:2005/04/15(金) 21:23:53

南蛮人の話では世界は鞠のように丸い形をしているとのことですが、信じますか?

84 名前:名無しクワガ夕:2005/04/15(金) 21:30:39

ノーブレス・オブリージ。
元々の意味は貴族は戦争になったら誰よりも早く進んで参戦しなくてはならないということ。
「貴族」でなくとも責任者、権力を与えられた者、政治的指導者はノーブレス・オブリージを負っている。
指導者は率先して進まなくてはならない。そうでなければ誰もついてこない。
日本語では「率先垂範」とでも訳せばいいかと思います。

85 名前:名無しクワガ夕:2005/04/15(金) 21:36:39

もしイスパニアの軍隊の来襲があったら、勝算はあるのでしょうか。

86 名前:名無しクワガ夕:2005/04/15(金) 21:44:03

秀吉公がどこかに埋蔵した黄金を豊臣方が徳川方に対抗する為に、
極秘裏に探索に出しているとの事です。

87 名前:名無しクワガ夕:2005/04/15(金) 21:50:07

信州の真田幸村をどう評しますか?

88 名前:銀髪の優男 ◆eOZ5DRYICE :2005/04/15(金) 22:11:57

ふらりと、何食わぬ顔で自然に本多家屋敷に入り込んだ
男は、当主を前に慇懃に一礼して言った。

『失礼いたします、佐渡守殿。小官は貴方様もご存知の
 故オーベルシュタイン軍務尚書の部下で・・・まぁ、国目付
 のような任にあたっております、フェルナーと申します。

 突然の訪問、ご不快の事と存じますが・・・・我が上官との
 友誼に免じてお許し頂けるものと思っております。』

抜けぬけと言い放つ。 と、態度を一変させ、大帝国の将官
らしい礼節を完全に保った態度で問いかける。

『昨今、幕府の権威を無視した<2ちゃんねる>なるものが
 御城下を騒がせているとか・・・具体的なシステ――カラクリ
 は不明とのことですが、情報が氾濫している現状を、いかに
 お考えですかな?・・・・・・・いや、貴方様の私見で結構。
 御用部屋の政策などを盗む気はありませぬゆえ。』

言葉、態度こそ丁寧だが、挑戦的な「何か」を感じさせる眼を
していた。

89 名前:本多正信(M):2005/04/15(金) 22:14:36

>>83
「信長公に献上された地球儀の事でござるな。むろん信じよう。
と云うより信じざる得まい」
所謂マゼランの地球一周から半世紀以上たったこの時代。
多くの西洋人が太平洋を越え日本・中国へとたどり着いた事で、地球が丸い事は疑いなくなっていた。
日本においても、少なくとも知識階層では広まっている事実である。

「なぜ丸い地に人が立って居れるのか、理屈は分からぬ。
じゃが丸い事を認めぬという訳ではない。・・・・・・そもそも、丸かろうが平らであろうが関係ない話じゃ」
大方の認識はそんなものであろう。
ましてや弥八郎は学者でも航海士でもないのだ。



>>84
「なるほど。率先垂範ですか・・・大変分かり易うござった。
浅学な手前の為に、わざわざかたじけない」
そう率直に礼を云う。
「さて、その上で先日の問いに答えるとしよう」

>>77
「至極最もかと、存じ上げまする。
上に立つ者が範を示してこそ、人従うものでござる」
言葉や意味に多少の差異はあれど、その考えの正しさは洋の東西を問わない。

「また、権力にはそれに責任が伴いまする。
人の上に立つ者は、常に自らの権力の大きさと責任を自覚し身を正さねばなりますまい」
驕れる者は久しからず――時代を超えた真理であろう。


>>85
「勝てるかどうか、いすぱにあの軍や国に関してわしの知識が乏しすぎる」
これは弥八郎が、知ることを怠った訳ではない。
知る必要性が限りなく低いと判断し、敢えて積極的に知ろうとしなかったのだ。

「そもそも、いすぱにあ等の国々は遙か海の彼方。
それを越えて、この国へ軍を送る事が果たして可能であるとは思えぬ」
この時代、熟練の航海士たちでさえヨーロッパからアジアへの船旅は命がけである。
それを軍遠征させるなど、どれほど無謀であるか考えれば分かる話だ。
「仮に、軍を送れたとして満足に戦えるであろうか?
長き航海で疲弊した上に周りは全て敵地。補給も出来ぬ軍がどうやって戦えると?」
古来より、補給が続かぬ軍が勝てたためしはない。
戦力云々以上に、補給が確保出来ない時点で今スペインが軍を送っても日本の幕府には勝てないのだ。

「よって、勝算は十分御座いますな」


>>86
思わず弥八郎は失笑しかけた。
(なんと愚かな話じゃ)
弥八郎は、この秀吉が残した莫大な財宝の在処を知っていた。
故に大坂豊臣の動きは鼻で嗤いたくなるものであったのだ。

何のことはない。遺産は全て大坂城に在るのだ。
そもそも、秀吉の死期が迫っていた頃、大坂城以上に安全な置き所があったでろうか。いや、ない。

(妄想に取り憑かれたおなごほど、愚かしいものはござらんな)
この馬鹿々々しい考えの主は、実質的大坂城の主である淀殿であろう。
度重なる寺社再建・建立で目減りする蓄えに危機感を抱き、噂にでも惑わされた、と云ったところか。
(探索にも金がかかろう。せいぜい使い切るがよい・・・)


>>87
「信州真田家に、幸村と云う御仁はおらぬが? 何かの間違いではなかろうか」

90 名前:本多正信(M):2005/04/15(金) 22:44:26

「ああ、いや失敬。信之殿の弟でござったな。
なぜ居らぬなどと思ったのであろうか・・・・・・」

「さて。評価と申されても・・・戦は、北条攻めで初陣を飾り、
その後は・・・上田で我らを向かい討っておるくらいか」
弥八郎が困惑するのも無理はない。
この時代、幸村の評価や知名度などそんなものである。
「何かしら活躍したという話はない・・・
太閤の人質として大坂におったが、こちらでも目立って何かしら話があった訳でもござらんな」
幸村の名が世に出るのは、大坂の陣以降である。
そして、江戸の講談を通じて幸村は戦の天才の祭り上げられていくのだ。
「評価のしようが御座いませぬな」


>>88
「・・・・・・」
男がいきなり屋敷に入り込んだ時、弥八郎は書をしたためていた。
警戒の念を表情から隠そうともせず、男を観察する。


「・・・なるほど。あの御方の手の者であったか」
と云いつつ、警戒は解こうとしない。
むしろより増したと云えるだろう。
話を聞くに、この男、使いっ走りをやる身分とも思えない。
そんな人物をわざわざ寄越した意図を図りかねたのだ。
少なくとも害意は無さそうであるが、策士の使者を手放しで迎えるのは危うい。

「「2ちゃんねる」・・・で御座いますか?」
なんとなく、その言葉には触れては――触れたくない気がした。
「さて、初耳でございますな。某は、どうにも世事に疎う御座いましてな。
生憎、私見も何も知らぬでは・・・いや、まったく申し訳ない」
と、あからさまに自分は知らぬと云う態度を取って見せる。
本当に知らぬのか。それとも知っていて知らぬ振りをしているのか。
更に裏をかいて知っていると思わせようとしているのか。

「まあ想像でお答えいたすが。
情報が氾濫しようが、錯綜しようが重要なのは事実をしかと見る目と真実を見抜く目を養う事ではなかろうか?
容易くは御座りませんがな」
問いの意図する所とは、敢えてずれている出あろう答えを返す。


フェルナーの目を、真っ向から見返しつつ弥八郎は最後に、
「オーベルシュタイン殿には、何卒「よろしく」お伝えくだされ」
とだけ言い残した。

91 名前:名無しクワガ夕:2005/04/16(土) 20:58:38

世の中には奇妙で曰くの付いた屋敷がございます。
特に番長には様々な曰くのある屋敷が多いそうでして、かの有名な「皿屋敷」を始めとして
「朝顔屋敷」なんてものもあるそうでして。
これは、「屋敷の敷地で朝顔が咲くと、家の者を不幸が襲う」という話だとか。

さてさて、多少漫談の様相もありますが、「本多家屋敷」には、そのような曰くは
ございますかな?
いやいや、大衆に屋敷の恥部を晒すのを厭うお気持ちも分かりますが、ここは是非にも。

92 名前:名無しクワガ夕:2005/04/16(土) 21:41:04

今現在、日の本で恐るべき人物を三人挙げよといわれたら、誰を選びますか?

93 名前:本多正信(M):2005/04/16(土) 22:56:46

>>91
人は何故、迷信に惑わされるのか。
人は何故、階段を好むのであろうか。

迷信の類が一概に切り捨てる事のできるものでないことは、弥八郎は重々知っている。
時に不可思議な出来事が起こるには、往々にして生死の境の場である。
戦場。正にその生と死が入り乱れる場所だ。
その中で説明の出来ない体験は1度や2度ではない。

――だが、それでも敢えて弥八郎はこう云う。
「何を寝ぼけた事を云っておるのじゃお主?」
心底軽蔑した目付きで。


>>92
「ふむ・・・恐ろしい人物であるか。
どの様な意味で恐ろしいとするかで、自ずと結果も違おうが・・・よかろう」

「まずは大御所。申すまでもなく、日の本の武家の頭領であり事実上の支配者じゃ。
この方が恐ろしくない者などおる訳がないであろう」
どこか他人事めいて説明する。
何か白々しいが、敢えてそれを指摘する者もいるまい。

「次に、帝。帝に関しては・・・多言するのも畏れ多い」
天皇はあまねく全ての日本に生きる存在の、その精神に深く根付いている。
一種原始的な畏怖が、そこに在ると云っても良いかもしれない。
この存在もまた、恐ろしいといえよう。

「さて。後一人であるが――」
そこで言葉を切り、じっと相手の目を覗き込む様に見つめる。
「誰と思われるかな?」

94 名前:名無しクワガ夕:2005/04/16(土) 23:58:29

鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす
鳴かぬなら 鳴かしてみせよう ほととぎす
鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす

といったように比較されることが多い織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人。
正信殿は彼らが成功し、失敗した理由を何だと思われますか?

95 名前:名無しクワガ夕一党:2005/04/17(日) 00:17:33

我らが百をとった暁には、見事幕府を転覆させてくれようぞ!
さて、城の周りで待機しておかんとな!ワーッハッハ!(超☆大声)

96 名前:本多正信(M):2005/04/17(日) 00:27:50

「若い者は元気じゃな・・・」

>>94
因みに、この句は江戸時代になって作られた句である。
人物を決してそのまま正しく詠ってはないが、戦国の三傑を象徴する句であろう。


「ふむ・・・その句が適切に現しておるな。
即ち、信長公は余りに殺しすぎた。あの方は、正に悪鬼外道。第六天魔王そのものじゃ」
だが、あの苛烈で鮮烈な生き様なくして戦国の世の終焉は無かったとは云えないか。
少なくとも、もっと長引いたであろうことは確信出来る。
「殺」これこそが、数多ある織田信長成功理由の1つであり、失敗の理由でもある。

「太閤は余りに謀り過ぎましたな。
晩年は、謀が悉く裏目に出て御座る。それが、今日の豊臣家の状況を招いたのじゃ」
若き頃、人間的魅力で人々を惹き付けていた時はまだ良かった。
だが晩年孤独な独裁者となって以降、秀吉の打った手は、結果論であるが全て悪しきに終わっている。
信長亡き後の天下を、策謀でかすめ取った男が、策に溺れたのだ。
だが、「謀」そこ秀吉が成功した理由の1つである事は云うまでもない。

「最後に、わが主で御座るが。
唄の如く、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだ末に今日が御座る」
信長が死に、秀吉が死に、そして最後に生き残ったのが家康である。
長らく忍従を続けた末、遂に天下に手が届いたのだ。
「忍」これこそが、家康成功の最大の理由であろう事は疑いもない。
だが。余りにその「忍」は長すぎた。長すぎた故に、折角天下が手に掛かりながら――


「なるほど。改めてその句を見直すと、なかなかに示唆に富んでおるな・・・」


>>95
「・・・誰ぞ。今すぐ燻せ」

97 名前:名無し客:2005/04/17(日) 20:49:18

あとほんの少しで、本田殿との別れが来るとなると寂しいものがございます。
それでも不肖名無し、通常通り質問させていただきとうございます。

さて、ここ最近「江戸前ぐるめぶぅむ」とやらが起こっているとか。
屋台や居酒屋は庶民で賑わい、高級料亭が繁盛しているとの事。
本多殿は、最近流行りの蕎麦、鮨、天麩羅などは口にいたしましたか?

98 名前:本多正信(M):2005/04/17(日) 22:23:57

「ふむ。これが最後で御座ろうか。
また消していただくつもりゆえ、取りこぼしの無いようにな」

>>97
「ご配慮、痛み入る」
こうした場合、下手に気を遣って貰うよりも常日頃と同じに過ごしてくれる方がありがたいものだ。

「さて、お話とは食に関してで御座いましたか」
江戸の街は日進月歩で発展している。

江戸は関東における重要地点として何度か歴史に名を覗かせるが、
真に江戸の歴史が始まったと云えるのは家康がここに本拠地を置いたときより。
更に云えば、江戸に幕府が開かれてよりである。
旧徳川家の所領からは勿論、全国から陸続と人が集まり賑わいを見せている。
全国各地の文化がここで混じり合い、一種るつぼ状態となり新たな物が日々生まれてきているのだ。

「蕎麦は何度か食べましたな。あれは米に変わる非常食として、古くは元正天皇の御代より食されております。
蕎麦がき、蕎麦飯、蕎麦米・・・懐かしゅう御座る」
蕎麦が今の麺状になるのは、江戸中期。
労働者たちが気軽に食べれるの食事として普及していった。

「鮨は・・・そうですな、近江のフナ鮨辺りが名物として有名ですかな。
味はともかく、臭いが大変くさ――独特でしてな。某は余り好みませぬが・・・」
無論。現在のにぎり鮨が生まれるのは、これまた江戸時代。17世紀終わり頃である。
だがしかし、意外に「すし」と称される料理の歴史は古い。

蛇足であるが、少し「すし」の歴史を語ろる。
「すし」と称される料理は、酢をあてて酸味を呈するもの(早ずし)と、
酢を使わずに自然発酵によって酸味を得るもの(発酵ずし)とに大別される。
発酵ずしの歴史の方が古く、ルーツは東南アジアの山地民の魚肉保存食であると、すし文化研究者の篠田統はしている。
だが、文化人類学者の石毛直道氏は、地道なフィールドワークを通じて、この説が非常に特異であると結論。
すしは水田耕作と密接に関係がある説を述べておられる。

「すし」は、東南アジアから中国を経由して日本へと伝わった。
だがここの興味深いのは、この「すし」は魚だけを食べ、米はあくまで発酵させる為の道具でしかないのだ。

こうして飯(米)も共に食べると云う日本独自の「すし」は、1000年近くの時の流れで徐々に姿を変え、
江戸の、我々がよく知る所の「にぎり寿司」となったのだ。



勘違いがある様なので正すが、蕎麦も鮨も江戸に置いては共に軽食の部類に入る。
特に、今日では高級食の感がある鮨がそうなったのは比較的最近の話なのだ。
その意味では、昨今の「回転寿司」こそ本来の姿に近いのかもしれない。


「しかし天麩羅であるか。
確か、京辺りで噂を耳にした事はあるが・・・」
弥八郎も、未だ食したことはない。
江戸から現代に至るまで。食、特に高級食は関西で生まれ関東へと伝わる。
食に限らず、関西で生まれ関東へと輸入される文物は多い。
これが、江戸から今に至る関西人の優越感と、その東に勝てないジレンマの源なのである。
「ふむ・・・まだ、江戸には入っておらぬようだ。
大御所はこういった物には目がない。その内、茶屋四郎次郎辺りが献上するじゃろう。
ねだるほど浅ましくはないが、機会があればわしも賞味してみるかの」

99 名前:大坂城落城の翌日の――(M):2005/04/17(日) 22:39:01


大坂城落城となった翌日、私は倅とともに本陣に出かけた。
もう夏だというのに将軍は相変わらず酷薄な冷たい面をしている。
幕臣の表情は希望と活気に満ち、額から流れる武士の汗が戦塵を流していた。

「将軍が怯える時代は終わったのだな」
昨日までとあるへたれ忍軍の長を務めていた宗規が、ほっとしたように私たち親子に言った。
「ええ、これからは徳川将軍が天下を治める時代なんですよ」
普段は滅多に宗規の顔など見ない倅の正純が、宗規の肩に手を置いて優しく言った。
「忍という字を御覧なさい。心の上に刃を置いて耐えているじゃないですか」
偶然通りがかりの事の真相を知らぬ旗本がそう言って微笑んだ。

裏柳生は夏の陣で使ってきた鎧を箱に入れ、黒光りする忍具を用意した。。
「隠忍はもう不要だ。これからは日の本中に奴らの断末魔を響かせよう」
一仕事前にした暗殺者の表情で男は言った。


雨空のなかをとっくに大御所が城内横切って京に逃げた事を手前等は知っていた。


100 名前:本多正信(M):2005/04/17(日) 22:39:52

「では、おさらばで御座います」
逃げるが勝ちである。


参照
(>>99 http://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1060993957/ 『共産主義になった翌日のガイドライン』より)
(>>71 http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1109762708/ 『★もしも戦国時代に2ちゃんがあったら★』より)

101 名前:名無し客:2005/06/01(水) 10:41:29

御館様。人が空に憧れるのは、何ゆえのもので御座いましょうか。

102 名前:名無し客:2005/06/01(水) 14:48:39

佐渡守様にお尋ね致します。
わたくし、以前からこの事のみが頭から離れず
すごく気になっておりました……。

この国で最も身分の尊い御方、
すなわち日本国王とは一体どなた様の事なのでございましょう?
天皇か? それとも将軍か?

103 名前:本多正信(M):2005/06/01(水) 23:46:33

「遅れて申し訳ない。
私事で務めを怠るのは、甚だ不本意ながら先日より体調が思わしくなく。
故に、昨夜は急がずともと申したのじゃが・・・いや」
我ながら愚痴っぽい、と自覚する。
ここで恨み言、泣き言を繰り返しても意味はなく益もない。
それは弥八郎にとって許せないことであった。

「では、また暫くで御座いますが、何卒よろしくお願いいたす」


>>101
「それがしは、空などに憧れは抱かぬが」

弥八郎はどこまでも、実務的な官吏である。
空に憧れるなどという、感傷主義的な考え方などしたことはない。
しかし――空を想う者たちの心を推し量ってみる。

人が空を憧れるのは何故であろうか。
そもそも、空には何があるのか。
何かそこにあると信じるからこそ、人は空を憧れるのであろうか。それとも、何も無いからこそ憧れるのか。
空の上には極楽があるという。天へ、空へ昇ると言うことは即ち極楽へ行くということである。
若き日、弥八郎が与した一向宗の門徒たちは死後の極楽浄土を信じていた。
自分達は現世で門徒たちの国を作る為に戦い、死して極楽へといけるのだと。

故に、一向宗門徒は憧れを持って空を見上げた。

「いや、一向宗に限るまい」
宗門宗派を問わず、極楽を信じる全ての信徒は憧れを持って空を見ているのではないか。


だが。全ての者がそうして空を憧れて見ているものであろうか。
全ての人間が同じ考えを持ち、同じ行動を取る事など無い。

ならば、極楽など信じずしかし空を憧れる者は空に何をみているのか。

「倦いておるのじゃ。この世に。
戦に駆り出され、家田畑は焼かれ、作物は搾取される日々に」
そんな荒みきった世に耐えきれなくなった時、ふと何も無い空に憧れる。

「・・・だとすれば。人が空へ憧れなど抱かなくするのが、それがしの務めじゃ」


104 名前:本多正信(M):2005/06/02(木) 00:22:47

今更述べるまでもないが、弥八郎は武の人ではない。
当然武にまつわる事柄には疎い。だが、それでも戦国の世を生き抜いてきた男である。
「あれは、刀の本質を見誤らせておるのではないか」
持つ者の艶やかさ雅さ、刀の余計な装飾にこそ目を奪われ、本質が見えなくなっているのではないか。

「・・・人それぞれであろうか」


>>102
ふむ、と一息つき、弥八郎はその問いの意味する所を考える。

この国において最も尊い存在は、京におわす天皇。
将軍秀忠はおろか、大御所家康。或いは高僧学者誰一人これに比肩しうる存在は居ない。
いや、居ることなどあり得ないのだ。
それはいい。

だが、この国の王とは誰であろうか。
称号として「王」を使われるのは、親王や内親王など皇族の方であるがそれとは別である。

(つまりは、この国に君臨する者とは誰であるのか)

即ち権威として日の本に君臨する天皇か、権力として日の本に君臨する徳川家か。
朝廷と幕府。幕藩体制下における権威と権力の乖離。
日本の武家による支配が常に孕むジレンマ。
後世、多くの学者がこれを研究してきた。
この問題は遂に噴出するのが、幕末である。

――だが。

「幕府の権力、主家への忠義。それがしが、徳川の幕府でまつりごとを行う者といえども。
「天子」という言葉を前にすればそれがしもまた日の本に生まれたる者です」

天皇とは、帝とはそんな小賢しい思索などにとらわれない存在なのだ。

天皇か徳川か。
もし、その二者択一を迫られた時、日の本に生まれた者は前者を取るべきではないのか。
現実としてはともかく。

だが、弥八郎は智っている。
その様な事が起こりえるはずがないことを。
それは帝の思惑、家康、大御所の思想、天下万民の望み。
そのどれ1つとして、そんな事態へと進ませるものはない。

世俗の支配者が如何に移ろおうとも、この国の主は常に帝。
そう、天皇家へのそれと徳川家のそれは、弥八郎の中で初めから対立するものではなかったのだ。

だが、気がかりもある。
「将軍・・・」


弥八郎の目は正しい。
後に、徳川秀忠が天皇家に行った所業を、歴史は洩らさず伝えている。


105 名前:名無し客:2005/06/03(金) 10:25:49

最近、根を詰め過ぎですよ。
どうです、その書状の書付が終わったら縁側で一緒に餡蜜でも食べませんか。

106 名前:本多正信(M):2005/06/03(金) 22:35:14

>>105
「・・・・・・気遣いは無用」
ぽつりと一言だけ返す。

幕府の基礎はだいぶ固まり、組織も出来上がってきてはいるが、関東惣奉行として弥八郎が断を下すべき事案は多々ある。
それら重要案件を任せるには、まだまだ秀忠の家臣団では青過ぎる。
故に、弥八郎が老骨に鞭打って務めを果たしているのだ。

「己の事はよく分かっておる。この程度で、根を詰めたなど」
甘い、と言い切った。
嘘ではない。この程度の事で労苦と感じるほど弥八郎は柔な人生を送ってきていない。
老体ということを差し引いてみても、十分許容される仕事量であった。


余人に委ねるには危うい案件を、こうして自ら取り仕切り決裁している弥八郎だが、決して後継の育成を怠ってはいない。
むしろそれ以外の仕事はどんどん与え経験を積ませている。
そうでなくては、どうして徳川百年の世など築けようか。

107 名前:名無し客:2005/06/05(日) 10:05:44

軍縮こそが平和への道と説く者もいますが、
 天下大平の世に武人は不必要なのでしょうか

108 名前:名無し客:2005/06/05(日) 13:40:30

お届け物デース。ここに置いて行きます。サインもハンコも必要ないです。

        .,i´.,/` /`/`.,i´ ,/`  ../::;;;;;;;;;::::::::::::::::゙'i、゙l, `i、 ,!: ヽ
        │,i´  : `"..,i´ .,i´   ,l゙`゙゙゙゙゙゙゙゙''''―-、│ |  │ ゙l  ゙l
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      │: : |: ヽ  '゙l、               : `i、/ : : :/:::: :l゙
      '|``'-|: : ヽ  ゙i、''゙,,ニニニミ'    /  ,ニニニ、、  |: : :_,,/.:: :│
      │、: : \、:ゝ ゙l゙(、 ◎ ,)  | (  ◎  )'  ̄i'‐ : : : : :l゙
      l゙  │: : \、: :/   ̄ ̄"   : 、 ' ̄ ̄"   /: : : : : :l゙
     .| .":|: : : |゙l::` ̄'         l       ./: : ::: : : : :,!
     .|  l゙  │゙l::: : :       .、,,_ _,,i、     \::::::::::::: : :,|
     l゙: . |  : |;;│:         `"        : ::,l゙;:,、: : : |
     |: │ :: |;;;;;゙l,: :       ニニニニ=‐      : ./::::l゙: : : : |
     |、:" | : |;;;;::::ヽ、:      .,,,,,,,,,,,、     : ,,'":: |:  : : |
     |: : : ,! : |;;;;;::::;;;`-、:             ..,,i´;;;;;: |:  : : :|
     | : : :|` : |;;;;;;;;;;;;;;;;,/'-,_:        : ._,,/;;;;;;;;;;; |:   : : l
     |:: : : |: │;;;;;;;;;;;;/  : `''-,,_: .__,,,,,,,-‐'゙);;;;;;;;;;;;;;;;;;;│  : : :|


109 名前:本多正信(M):2005/06/08(水) 01:13:22

>>107
「軍縮。軍備の縮小ですか。
そうですな、戦乱の世が終わった以上、不必要な軍備は藩の財政を圧迫するものでしかありませぬ。
泰平の世において、軍縮に帰結するは当然のこと」

戦あってこその武力、武人である。
平和な世故に武力は必要とされぬのか。平和な世の為に武力を必要としないのか。
どちらにせよ、平時に武力は必要とされないのだ。
ならば、軍縮には理がある。

果たしてそうか。
「軍備を縮小し無駄を省くことは必要。
じゃが、軍備すべてを無くす事は出来ぬし、またその必要もござらぬ」
大坂の陣で豊臣家が滅び、この国はいよいよ戦のない世になる。
もはやどの大名家も天下を狙う事など叶わず、肥大化した軍備の削減に奔走している。

戦国期の日本は世界でも有数の軍事大国であった。
兵数・軍備・戦略・鉄砲保有数。ただ海軍力を除けば、世界に十分比肩しうる。
だが、100年の乱世で生まれたこの強大な軍事力をもった国家じゃ、
この後世界史上希な平和な時代へと生まれ変わる。

この時、幕府・各藩の軍備は完全に放棄されていたか。答えは否である。
確かに幕末の状況を見れば分かるが、軍事力の決定的な進歩は起きていない。
だが、軍事力そのものは確かにそこに残っていた。
その理由はこれがもののふによる治世であるから、というだけではない。
「領地の治安を維持する為、犯罪を取り締まる為、叛を防ぐ為。
何かにつけ武力は必要。故に、軍備というものが無くなる事はあり得ませぬ」


この時代、軍事力と警察力は不可分。
いや、現代においてさえ真の意味でその二つは可分であるのだろうか。
ならば――



「・・・・・・我らはあくまで武士。例え太平の世であろうと武人は必要であろう。
もっとも、遙かに窮屈で生きにくい世であろうが」
その生きにくさ、窮屈さへの反発として現れるのがかぶき者である。


>>108
どこまでも愚かである。
人と動物の違いとは何であろうか。

「経験を積み、同じ愚を繰り返さない事」
そう云った者が居た。これは正しくない。
サーカスの曲芸をする動物を見よ。猟に従事する猟犬をみるがいい。
失敗すれば鞭打たれ、何を求められているかをしる。
獲物に逃げられるたびに、効率よく獲物を追う術を学ぶ。
そもそも、進化というものが経験と試行錯誤の繰り返しである。

ならば、それは人と動物の違いとは言えまい。


「・・・・・・」

人と動物との違いは、その頭脳である。
もっというならば思考である。
経験から学び次に生かすのは動物も人も同じである。
だが、人の思考はさらにそこから飛躍できるものだ。
1つの経験から、それを次に活かすだけでなく更に先を、そのまた先を考え。
さらには想像力をもって、縦横に思考の網を広げていく。

この思考、想像力こそが、人を人たらしめているものであり、動物が持ち得ないものである。

「・・・・・・・・・」

思考の停止。想像の放棄。
それは即ち、人である事を止め畜生道を進むことと同意義であるとは些か過ぎた言い方だろうか。


弥八郎は、常に思考し想像の輪を広げてきた人間である。
正しく人間なのである。
故に、考えもせず同じ事を繰り返す者には嫌悪を覚える。
如何に元のそれが優れていようと、繰り返せば惰性に落ちる。
それすら思い至らぬ想像力の無さには、むしろ哀れみさえ覚える。

なぜ同じ事を繰り返すのか。
いや、「学ぶは真似ぶ」という。繰り返しは悪ではない。
だがそれを己に取り込み昇華しなくては、繰り返しは醜悪である。

「・・・・・・・・・・・・」

もはや言葉もなく、弥八郎は箱を突き返した。


110 名前:異国の商人七七四 ◆DomiUwLioo :2005/06/08(水) 11:46:16

その南蛮の商人はしばしのとりとめもない歓談の後、
弥八郎の瞳に正面から挑みかかるような視線を送りながら言ったのである

「平和な時であれば商人の発言力が高まる……そんな予想もあるかとは思いますが……
 商人衆への扱い……いや、付き合い方の方が聞こえがいいですかネ。
 これについてなにかお考え、お持ちですか?」

その商人の笑みは戯れとも真剣とも、どちらともつかぬ、だが
どこか見るものに嫌悪感を抱かせる危険さを孕んだ笑みであった。

111 名前:名無し客:2005/06/09(木) 00:03:51

今の本多様が一番貫き通したい信念は何でございますか。

112 名前:本多正信(M):2005/06/11(土) 00:28:34

>>110
その日の弥八郎は気が乗らなかった。
南蛮商人から会いたいとの申し入れがあったのだ。

そもそも弥八郎は南蛮貿易には関わっていない。
異国との交易は莫大な利益を生み出す。
だが、それは大御所が一手に押さえ、将軍幕閣といえど口出し無用というのが実状なのだ。
故に南蛮商人が弥八郎に会っても得るものはない。
もっとも、駿府にあって諸外国との窓口役になっているのが、弥八郎の息子正純である。
そこを見越しての申し入れであろうか。
などと考えつつ、その商人と面会してみることにした。

「お待たせいたした。それがしが、本多正信である」


会談はたわいもない雑談の繰り返しの内に進んでいた。
余り乗り気でなかった弥八郎だが、異国人との話にはそれなりに益があった。
弥八郎の優れた頭脳と想像力は、たわいもない噂や世間話の中から敏事のに要を抜き出し、また世情を解する。
どのような時でも、まつりごとから離れる事のない男なのだ。
不意に、商人が挑発的な視線を向けた。なんとも嫌な目だ。

「平和な時であれば商人の発言力が高まる……そんな予想もあるかとは思いますが……
 商人衆への扱い……いや、付き合い方の方が聞こえがいいですかネ。
 これについてなにかお考え、お持ちですか?」



結果から言おう。
これより約90年後その答えとなる事件が起こる。
豪商淀屋取り潰し事件の事だ。
元は材木商から興った商家であるが、後に事業を拡大させていく。
その淀屋が行った商いに金貸し。それも大名家への「大名貸し」があった。
淀屋から借金した大名家は数多く、
「大坂より西の西国・九州の大名で淀屋に借金をしていない大名はいない」
とまで云われる程であった。
これはつまり、大名家がその財政を一介の商人に握られていたと云う事である。
淀屋は繁栄に繁栄を極め、その様子は

「(屋敷の)大小書院は全て金張り、庭には泉水や大樹珍木が配置され、
 夏座敷と称される部屋にはビードロの格子を立て、
 天井もビードロ張りにして、清水を湛えて金魚を放っている」

と今日に伝わっている。
こんな状況だから、淀屋にご機嫌伺いにいく武士も多かったと云う。
この事態に幕府が動いた。
宝永2年(1705年)。幕府から闕所の命が届く。
家財・地所は募集。主・辰五郎は大坂を追放され、番頭・手代ら数十人打ち首獄門に処せられた。

この事件の原因は諸説ある。
表向きの理由でもある、町人の分限を超えた贅沢振りの為。
或いはこれに関わり、幕府の「奢侈禁止令」の為の見せしめ。
借金に困る大名家救済(現に、淀屋取り潰しにより総額数兆ともされる大名家への借金は帳消しとなっている)。
また商人に藩財政を握られるという異常事態を打開するため。
武士の面子を守る為。等々。

ともあれ、この事件は1つの結果である。


この事件は弥八郎死の遙か後年に起こる事件だ。弥八郎が知るはずはない。
しかしながらその片鱗は、今日既に見え始めている。
そもそもが、藩の財政困窮の原因が幕府の度重なる城造りなど普請要請だ。
発しているのは将軍秀忠であるが弥八郎は立場上その家臣である。
その意図が大名家への経済的圧迫にあること、そしてその結果各藩のがどうなっているか。全て承知だ。

商人との間柄は、利権を求め阿る側と阿られる側という関係だけではない。
この様に藩の生命線を握られ立場が逆転する場合もあるのだ。
弥八郎の思考は一週にしてここに至る。


「確かに。
既に茶屋四郎次郎殿や後藤庄三郎殿は大御所の元で大きな権を持ってござる。
また、今井殿、角倉殿、淀屋殿、末吉殿など幕府の・・・特に南蛮交易に大きな影響を持つ商人は多い。
これからますます、そういった者が増え力を持つ事は容易に考えられよう」
と、正面から商人を見据える。

「推参なり!」

そう弥八郎の目が猛っている。

「だが、商人には商人の。武士には武士の。農民には農民のやるべき事が、ゆくべき道がある。
それを外れる事無きよう、法度と制度を作るのがそれがしの務め」

阿る者許すまじ。分を超える者許すまじ。道を外れるもの許すまじ。
それは全て徳川家の為。引いては太平の世を永世存続させる為。
鉄人本多弥八郎正信の決意であった。

「それがし、外道にかける容赦は持たぬ」
煌々とした眼光を持って見据えつつ言い放つ。
――元より容赦など無い男ではあるのだが。

「・・・そろそろ時間じゃな。お引き取りを」




>>111
「官吏ハ常ニ清廉潔白デ在ルベシ」

113 名前:名無し客:2005/06/11(土) 14:55:04

ほ、ほ、本多殿っ、ほ、ほーっ!ほあーっ!ほああーっ!

114 名前:本多正信(M):2005/06/16(木) 01:53:53

>>113
「ほ、ほ、本多殿っ、ほ、ほーっ!ほあーっ!ほああーっ!」
「見苦しいぞ」
処刑を前に半狂乱になり叫く男を、弥八郎は冷然と言下に突き放す。


「――――以上の件、身に覚えがあろう」
「…………」
問責使として訪れた本多正信に、武士はじっと沈黙をもって応えた。
反論も肯定もなく、ただ弥八郎から下される沙汰を待っている。
何か止まれぬ事情があるのであろう。甘んじて処罰を受けるつもりでいるのだ。

見苦しい様を見せたくないという本人の、いや武士の美意識がそこにはあった。
また、これが謂われのない罪であったならばここまで毅然とした態度はとれまい。
武士のことを「恥アル者」とも云う。恥のなんたるかを知り、恥そのものを恥る。
そして恥を晒す事をを防ぐ為に、武士が取る手段が沈黙である。
他の武士は、この沈黙を敏に察し深追いしないことが礼儀なのだ。

同時にこの態度の裏には打算もある。
いくら沈黙を貫いたとしても、罪は罪である。事実そのものが消える訳ではない。
ましてや、相手は厳正をして知られる本多正信である。
自分は助からぬし、連座により子や一族にも類が及ぶであろう。
(だが、こうしておれば・・・)
自らは切腹。家禄は多少削られる、或いは一度没収された上で改めて継嗣に与えられる筈だ。
もっと最悪な方にどう転んでも、家は残るはずである。
(大久保様が健在であれば、この様な真似、せずに済んだものを)
大久保とは、この前年処罰された大久保忠隣の事である。
長らく弥八郎と政争を続けてきた幕閣の重鎮であり、将軍秀忠の股肱の臣であったが、
密かに大久保長安の企てた「計画」に加わっていた事が発覚。
それを元に土井利勝、そして裏で糸を引いていた弥八郎により失脚させられたのである。
この陰には、大御所の暗躍があるのだがそれに気付いているのは弥八郎を含めごく少数であった。

「神妙なる致されよう、結構に存ずる」
その沈黙を、弥八郎は肯定と受け取った。
今回の件は、前年から続く親忠隣派の掃討が目的である。
この武士は忠隣とは非常に近しい間柄であった為、弥八郎が直々に訪れたのである。


忠隣は碌と役職を召し上げられたが、捨て扶持を与えられている。
その忠隣の死んだ嫡男の子(つまり忠隣の孫)忠職は謹慎だけで領土は安堵。
二人の息子、教隆と幸信は士籍こそ削られたが生命は助かっている。
表沙汰になっていないとはいえ、罪にたいして相当に軽い罰だ。
「裁きを申し渡す!」
故に、この裁きも軽いものと考えられていた。



「ほ、ほ、本多殿っ、ほ、ほーっ!ほあーっ!ほああーっ!」
磔にかけられた武士が、恥も外聞も無く叫く。


裁きは考えられない程重かった。
本人は磔の上獄門。息子達も斬首。
一族もその殆どが処罰を受けた。


「なぜじゃ! なぜじゃ本多殿ーーっ!!」
あの日、裁きを申しつけ呆然とする自分をよそにさっさと返ってしまった弥八郎が目の前にいる。
今の今までため込んでいたものありったけを、吐きつけるような疑問として弥八郎にぶつけ続けている。
「・・・・・・」
その様を、表情一つ変えることなく弥八郎は見ている。

これは常の裁きではない。まるで、
(戦国の世での、敗将への処断ではないか!?)
ようやくそれに思い至り、磔柱の上で愕然とした。
これは見せしめであったのだ。

大久保忠隣が乗った長安の計画とは、松平忠輝を担いだ切支丹軍と外様大名、
そして忠隣が強い影響力を持つ徳川旗本軍団による謀叛の計画である。
もっとも、これは裏の更に裏の理由でありごく一部の者しか知らない。
大方は、長安の公金横領の共犯であると思っているのだ。

だが、本多弥八郎は知っている。
そして自分も、また計画に加わった多くの者も知っている。
幕府への謀叛を企てたと云うことは、幕府から見れば疑う余地なく自分達は敵。
そして敵が捕らえられたとなれば、その処分はどうなるか――――
これは、処罰を受けなかった大名・旗本への弥八郎からの脅しでありその為の見せしめなのだ。

「なっ・・・あ・・・・・・」
突然の瘧のように震えながら冷たい弥八郎の目を見る。
この男は体の良い生け贄の羊だったのだ。
計画の首謀者である大久保長安は既に死んでおり、更にその死骸すら磔にされている。
松平忠輝はこの件に関しては担がれただけで自身は関わっていない。
他の大名家をこの様な目に遭わせると、折角事実を隠蔽した意味がなくなる。
大久保忠隣も同じく。また、忠隣を迂闊に扱えば旗本連中がどう動くか不明だ。
そこで、この男である。

「ほ、本多正信・・・お、お主が、が」
「――始めよ」
「ほ、ほ、本多正信ーーー!! 正信ーーーーーっ!!!」

それが断末魔となった。

115 名前:名無し客:2005/06/16(木) 01:57:55

越後屋が高利で金を貸し付け、武士の中にも家財一式、刀まで摂られた者もおるとか。

116 名前:本多正信(M):2005/06/16(木) 02:09:42

>>115
「ふむ・・・」
その報告に、いつぞやの南蛮商人との話した時の事を思い出す。
もっとも、江戸初期でここまでの例は寡聞にして聞いたことがないがあったとしても不思議ではない。
それはさておき。

「この商人の驕り具合と、武士の困窮は異常でござるな」
弥八郎は、「刀は武士の魂」などと云う類の者ではない。
ただ、全ての武家武士の頭領たる徳川家の宿老として、
この国を動かす徳川幕府の重鎮として、この事態が気にかかるのである。

果たして、金貸しで家財一式を奪われて生活出来るのであろうか。
またそれでお勤めが果たせるのであろうか。
そもそもそこまで取り立てる金貸しは、果たして正規であろうか。
「内偵を入れる。次第によっては、手を打つ」

これは例外中の例外なのかもしれない。
だが、例外だと単に切り捨てるのではなく、それは本当に例外であるかどうかや、なぜ例外であったのかなど。
それらを一々調べる事も、為政者としての重要な仕事である。実に煩雑な作業であろうが。

117 名前:名無し客:2005/06/16(木) 08:25:25

ネズミの牙もあなどれませんか。

118 名前:本多正信(M):2005/06/16(木) 22:34:09

「豆汁・・・」
戦国時代、豆、特に大豆は重要な食料であった。
タンパク質と植物性脂肪に富む貴重な栄養源なのだ。

馬の餌に使われていることが多いが、これは馬が貴重であるからこその餌である。
その為、馬方が密かに豆を着服した話も今に伝わっている。
豆は味噌や納豆にして食された。こちらの方が日持ちするし、栄養の吸収も早い。
この時代、大豆味噌は貴重だったが戦時には兵士も食べる事ができた。
大変栄養価が高く、これがあればその辺の草を食べていても生きていける。
また、籠城の折などは不足しがちな野菜(ビタミンC)を補う為に、豆に水をかけ発芽させ食べたという。

これほど豆は有用で、尚かつ貴重な食品なのだ。
「それを・・・・・・」
貧困の証の如く熱弁している様を見かければ、弥八郎が失笑するのも無理もない事であろう。



>>117
「窮鼠猫をかむ。その通り、事は最後の一手まで油断する事無く詰める事が肝要」
まったく当たり前の事であるが、時に人はそれを忘れる。
歴戦の士であれそれは同じだ。

大坂冬の陣後に見せた、大御所の詰めの甘さを思い出してみるといい。
秀忠、そして弥八郎によってむざむざ大坂攻めに引きずり込まれながらも、巧みな手腕と執念で講和に持ち込み、
挽回したかに見えながら最後の最期で講和条件にあった濠の埋め立てを秀忠に任せるという抜かり具合。
この時、大御所が自分で指揮していれば、豊臣家の滅亡は避けられないにせよ、夏の陣は少なくとも起きなかったはずだ。

「夏の陣では、見事に鼠にかまれたな。
真田、毛利を始めとする大坂浪人衆に、豊臣譜代の意外な奮戦により各所で相当な被害を受けておる」
大御所本陣に三度まで突撃してみせた真田幸村。
切支丹武士を率いて、幸村に呼応し本陣を突いた明石全登。
その攻撃を助け、また本多忠勝の子忠朝を討ち取った毛利勝永。
大坂最弱と目されながら、意外なまでの健闘を見せた大野治房。
他にも、将軍秀忠本陣は木村主計により本陣まで肉薄され、また徳川譜代の信濃松本6万石の小笠原秀政も討ち死にしている。
まさに追いつめられた鼠、大坂方が最期の最期にかみついたのだ。

「じゃが、所詮鼠は鼠。その牙を如何に鋭かろうと猫は殺せぬ」
鼠が一矢報いようと、猫は最期には鼠を殺せるのだ。
その時の、傷を省みなければであるが。

119 名前:名無し客:2005/06/17(金) 06:28:00

徳川秀忠は将器に非ず。



などと最近城内はおろか、市中でもかような噂が出回っております。

120 名前:名無し客:2005/06/17(金) 15:07:05

差し入れでーす。

つ[お茶&沢庵一切れ]

121 名前:名無し客:2005/06/17(金) 17:14:57

本多殿、そろそろ頭の(M)を外されてはいかがか?

122 名前:本多正信(M):2005/06/22(水) 00:11:45

「公務じゃ」
前置きもなくそう云い切って、それで終わった。
返答が送れた事への釈明であるのだが、謝罪の1つもない。
それどころか悪いとすら思っていないのは、明々白々である。

仕事は仕事。これはこれ。
ましてや、これは弥八郎の純然たる善意でのみ行っている事だ。優先度が下がるのは致し方ないだろう。
その全てをたった一言で済ましてしまおうとしたのだ。
相手への配慮など微塵も、そこにはなかった。


>>119
「いかにも」
仕事の合間、幕臣たちのたちの間で交わされている論議に弥八郎が口を挟んだ。
老練な策士であり、洗練された能吏であり、随一の忠臣にして将軍をも凌ぐ権勢の持ち主の言葉に、
盛んに云い交わしていた幕臣たちはぱたりと口を閉じ、自ずと耳目を正信へと向ける。

「秀忠さまは将軍の器にあらず。
関ヶ原の戦を挙げれば、到底武家の棟梁たる資格なし。
己が裁断だけで江戸の街造りに着手いたせば、一度の火災でたちどころに灰塵と貸す無計画振り。
またその折、まつりごとを行うべく人を集め、しみったれた禄を与え、ご自分の成すが侭になさろうとなされたが、
集めたのはどれも小物ばかり。それがし一人に太刀打ちできず脆くも瓦解する始末」
まさに放言。云いたい放題である。
それも一々例を挙げそこを糾弾する。曖昧な人格批判や罵倒の類でないだけに始末が悪い。
更には、秀忠を論いつつその家臣の無能振りと自分の有能振りを語ると云う細かさ。
「大御所が伏見におわした折、島左近に狙われてると風評聞き及び十万の兵を集められた事もあった。
いや、真に親想い、律儀の鏡ながら、余りに常軌を逸したお振るまい。到底まついごとを行う者のする事ではない。
しかも、風評すら真に受け事実を見ぬけぬ浅薄さ。如何ともし難い」

「お、恐れながら本多様・・・」
さすがに、これ以上は看過出来ないと一人が蛮勇を振るい口を挟んだ。
「なんじゃ」
「些か過ぎませぬか。もし、上様のお耳に入る事があれば」
「それがいかがした。あの方などに聞かれて、困る事か」
にやと冷たい嗤いを口の端に浮べつつ、弥八郎は居並ぶ幕臣を睥睨する。

「あいや待たれよ! 本多様の申されよう。あまりに、あまりじゃ」
「その通り。先ほどより、上様の欠点ばかりを論っておられるがそれはいかがなものか」
「さよう。公平な見方とは到底思えませぬ」
一人の蛮勇に釣られる形で、次々と他の者も声を上げる。
「確かに上様は欠点も多い。ですが、それを補ってあまりある物を持っておられる」
「そもそもが、今の世に武勇は必要なく」
「先の大火事の一件には何者かの意図があった事間違いなく」
「それでも尚責めるとなれば、共に携わった家臣に咎がござろう」
「近臣の才の大小など、本多様の経験と比べればどれも意味などはなし」
「先に集められた十万の兵も、結果二代将軍と徳川の権威を高めてござる」
「いかにも、いかにも。そもそも、将軍に欠けたる所あればそれを助けるのが家臣の務め」


「ならば」
その一言に寒が走る。
「何ゆえ将軍の器など論ずる」
「・・・・・・」
一同、言葉もなくうな垂れるしかなかった。
「家臣が主の器を計るなど不遜の極み。
足りぬなら補うのが家臣の果たすべき務め。正しくお主の云う通りであろうが」
嵌められたことに気付いている者も多い。
敢えて、あのような物云いをする事で、一同を憤らせ秀忠を庇わせたのだ。
「忠節を尽くし、職務を真っ当する事がお主らの果たすべき責務じゃ。
そうすれば天下は安定し、下々の暮らしも落ちつく。昨今の下らぬ噂も、その時には霧散しておるはずじゃ」
或はこれが戦国の世、乱世であれば、家臣には無能な主を見限る権利がある。
主家を去るもよし。隙あらば取って代わるもよし。それが下克上の世であった。
だが、治世においてそれでは困る。封建体制、幕藩体制が成り立たなくなるのだ。
それは徳川の世が続かぬと云う事であり、また平和な世が続かぬと云う事でもある。

彼らは、自分たちが危うく命を落す所であった事に気付いていない。
もし、弥八郎の言に怒る事なく賛同していれば、弥八郎は躊躇なくその者たちを排斥したであろう。


>>120
沢庵漬けの考案者、或いは広めたと云われる沢庵和尚は、この時代の人間である。
もっとも、この話は間違いであるとの説が強い。

「うむ」
丁度喉が渇いていた所であった、茶碗に手を伸ばしぐっと一飲み。
熱すぎず飲みやすい加減。それでいて、茶の香りと味がしっかり活きている。
心有る茶坊主の淹れた茶であろう。
茶といえば、まだ佐吉と呼ばれていた石田三成の逸話「三杯の茶」は有名であろう。
後世の講談だと云われているが三成の人となりと非凡なさを表したエピソードである。

一口飲むと、今度は茶請けが欲しくなる。
見れば、一緒に沢庵が一切れだけ添えられている。
(詰めが甘い)
せっかくの巧い茶の心配りも台無しである。
だが弥八郎がそちらに割いた思考はそこまでであった。
ひょいと沢庵を口に放り込むと、再び茶を流し込み僅かな休憩は終わった。

再び仕事に集中する。


>>121
「医師の片山宗哲殿への紹介状を書こう」
欠片も笑みを見せず、したためた書状を差し出す。
「ゆっくり休め。お主の目をおかしくなっておるようじゃ」

一人になった所で、鏡を引き出し己の顔を写す。
「・・・どこに南蛮文字があるのじゃ」

123 名前:名無し客:2005/06/22(水) 03:08:33

本多さまー!
秀忠様からの贈り物ですー!


つ「沢庵3切れ」

124 名前:名無し客:2005/06/22(水) 06:43:46

哀、戦士

125 名前:本多正信(M):2005/06/24(金) 00:52:50

>>123
古来から、主君から家臣への贈り物に意味を込めることは多い。
或いはその逆も然り。

弥八郎も以前に、大御所と将軍の争いにおいて進退窮まった将軍への助け船として、
大御所に鮭を贈った事がある。追いつめられた将軍を、「まな板の鯉」にかけたのだ。
つまり、嬲らず早々に手をお下しあれ――――


さて、その弥八郎の下に将軍秀忠からの贈り物が届いた。
「・・・・・・」
沢庵3切れ。

後漢末期、三国志にこの様な話がある。
官渡の戦いで曹操に破れた袁紹は、開戦前に曹操との早期決戦に反対し投獄された参謀の田豊に、
剣を贈りこれを受け取った田豊は死ぬこととなってしまう。
この剣を贈るという行為には「この剣で死ね」という意味があったのである。

3切れの沢庵。3切れは身切れに通じる。
即ち自害せよとの意味であろうか。

「将軍にしては、なかなかに洒落が効いてございますな」
そう云いつつ、ひょひょいと沢庵を食べてしまった。

死を与えければ堂々と正面からお与えなされ。とでも云いたそうだ。
この沢庵は秀忠からの嫌がらせ、或いは姑息な攻撃、意趣返しである。
秀忠に弥八郎を殺すことなど出来るはずがない。
それが分かっているが故の、弥八郎の態度であった。


>>124
「戦う士は哀しゅうございますな」
一度戦場にたてばそこにあるのは命の奪い合いだけである。
弓を引き、馬を駆り、槍を振り、刀を抜く。
刃を突き立て突き立てられ。首を落とし落とされ。
そこは生と死が紙一重で交差する場である。

だが、それを一歩離れて見よ。
それの何と哀しい行為か。

再びそんな世にはさせぬ。
厭離穢土欣求浄土の誓いを新たにする弥八郎であった。


126 名前:名無し客:2005/06/24(金) 07:32:03

北方の雄、伊達政宗が未だ虎視眈々と天下を狙っているとか………

127 名前:名無し客:2005/06/24(金) 09:26:32

http://charaneta.sakura.ne.jp/ikkoku/img/1106239197/127.jpg (40KB)
お、御館様!一大事で御座いますッ!!

先ほど太陽のような光が起きたと思えば、そこに面妖な一団が!
緑まだらに染めた不思議な服を着込み、見たこともない鉄の軍馬や鉄の鳥に乗っておるので御座います!
そういえば、「自分らは『じえいたい』だ」と名乗っておりました。
『じえいたい』……いったい何奴でござりましょうか!?

128 名前:名無し客:2005/06/24(金) 11:36:17

お願い・・・・・・水を・・・ください・・・・・・。(パタッ)

129 名前:本多正信(M):2005/06/26(日) 23:45:10

>>126
「今更な事を申すでない」
弥八郎は報告してきた者に鋭く叱責した。

「伊達の野心など、わしに限らず多くの者が知っておることじゃ。
それを今更事立てて申すなど、そこもとの立場を考えれば軽率とは思わぬか?」
遅れてきた英雄伊達政宗。
亡き豊臣秀吉による小田原出頭を命ぜられた際、
「あと10年早く生まれていれば」と家中の者に云ったとされる。

若さからの向こうっ気の強さ故に吐いた言葉であろうが、相応の自負があっての言であろう。
また、けっして荒唐無稽とも言えぬ言葉であった。
10年早ければ、北条と組み豊臣家と対抗するだけの勢力を気づけていたやもしれない。
20年早ければ、やるいは天下を狙えたかもしれない。
もっとも、その天の時を得ていた場合は武田信玄・上杉謙信・北条氏康ら東国の三巨人、
不世出の天才織田信長といった人物に相対する事となる。
そうなった政宗が、果たしてこれらの人物と比肩しうるかは甚だ不明だ。
また、その時は東北という地もまた政宗を阻んでいた事であろう。

話が逸れた。
ともあれ、伊達政宗の内に秘めたる野心は周知の事である。
「それを、お主のような者が敢えて口にし、あまつさえわしに告げるなど。
無闇に伊達殿を刺激する愚行だとなぜ気付かぬ!」
その通りであった。
幕府内でその様な事をあからさまに語れば、それがいつどういう形で外に漏れるか分かったものではない。
古来より、機密とは漏れるものなのである。
そしてそれが政宗に伝わってみよ。
「彼の人は、座して死を待つより天下へ挑み討ち死にするを選ぶぞ。
その時、お主等はそれを止められるのか」

現実的な話をすれば、今更伊達家が立った所で幕府が揺らぐことはない。
既に諸大名と幕府の軍事力の差は、絶望的な程にまで広がっているからだ。
ましてや未だ大御所は存命中である。
幕府や、またそれに従う大名の出費は馬鹿にはならぬが、その結末には万に一つの心配もない。
弥八郎が問題としているのは、まつりごとを行う者としての心構えであり、
もっと云うならば政治的配慮の無さ。つまり、政治的センスの無さである。


「浅薄」
冷たく一言云い捨て、その場を立ち去った。


>>127
「『じえいたい』……いったい何奴でござりましょうか!?」



「という夢を、昨夜みました」
同輩の者が、自分が見た奇妙な夢を語る。
「いや、真に奇怪至極な夢でござった。鉄の鳥は、二枚の板がくるくると・・・」

「お主」
「回り・・・はい、なんでございますかな?」
「最近は、色々と忙しかった故な。つかれておるのかな? かな?」

「はぁ・・・・・・」
「今日はもうよい。帰えって養生なされよ」


ただただすげない弥八郎である。




>>128
「・・・・・・」
弥八郎は黙って、持参していた竹筒の水を与えた。


末期の水。
その味は、如何なるものか。


130 名前:名無し客:2005/06/27(月) 00:00:12

ほ、本多正信!貴様の命、こ、この名無壱参零兵衛が貰い受けるーッ!
か、覚悟せいーッ!

131 名前:本多正信(M):2005/06/27(月) 00:37:34

>>130
「ほ、本多正信!貴様の命、こ、この名無壱参零兵衛が貰い受けるーッ!」
「ぬ!?」
ぎょっと顔を引きつらせ、身を引く。
咄嗟に避けるつもりで身を捻りながらであったが、片足の動きがずれた。
昔、一向一揆で戦っていた頃の負傷で、足を僅かに引きずるようになっていたのだだがそのせいである。
「か、覚悟せいーッ!」
叫びと共に大上段から振り下ろされた刀が弥八郎を襲う。
一つの幸運が弥八郎を救った。
動きの遅れた足を起点に、大きく斜め後ろに倒れるような形になりおかげでその一刀を避ける事ができた。
腿を斬られたがそう深い傷ではない。

何より唐竹割りに振り下ろされた事が幸運であった。
必殺を期すならば刺突が最も良い。
後年、松の廊下で吉良上野介を浅野内匠頭が刺突でなく斬りつけた事で、
武芸の心得の無さを論われた例もある。
この狼藉者もそれと同じであった。

「狼藉者!」
弥八郎の近侍がすかさず刀を抜き切り捨てた。
必殺の機会は一瞬。
ましてや心得も無い者であれば、二の手三の手など構える余裕もないであろう。
策としても同じだ。まこと、命を狙うならば二重三重に手を用意するべきだが、それすら疑わしい。
それでも、一応警戒をしつつ屋敷へと急ぎ戻った。
その時の弥八郎は、平素となんら変わらぬ様子であったと伝えられている。


ある日の、夕刻の出来事であった。


この事件は伏せられたまま、闇から闇へと葬られた。
まだ陽もある時分、江戸城下で幕府の重鎮が襲われたなど公表できる筈もない。
幕府の面目丸つぶれである。

だが、下手人、そしてその背後関係は弥八郎自らの指図で、徹底的且つ苛烈な調査が行われた。
弥八郎は自らの遺恨でそのような調査を行った訳ではない。
本多正信を襲うということは、動機が弥八郎個人へのものであれなんであれ、幕府の威信を著しく傷つける行為である。
それが弥八郎には許せなかった。
己の命よりも、幕府の威信。私心の無い弥八郎らしい考え方である。

132 名前:名無し客:2005/06/27(月) 08:34:54

日本の歴史の中から誰か三人、配下に加えることが出来るとしたら誰を選びますか?


133 名前:名無し客:2005/06/27(月) 10:41:13

島左近が関が原より生存し、打倒徳川をはかっているとの噂。
臣下に動揺が見られます。

134 名前:本多正信(M):2005/06/28(火) 02:17:53

「今年は西国では雨が少ない。秋の収穫が心配じゃ」

>>132
「詮無き事を申されますな・・・」
あからさまな落胆の様を隠そうともしない。

「よろしいか。その様な荒唐無稽な話に一体何の意味がある?
全国諸大名よりの人材から選べと云うならば、まだ意味があろう」
仮定の話には答えられない、と云うわけではない。
そもそも、そのような台詞はまつりごとを行う者として云ってはいけない言葉である。
常に、想像を広げ仮定の事態を考慮しそれに備えるのがまつりごとではないか。

政治の実務においてだけではない。政策の構想、外交、軍事、そして人材に関してもだ。
仮定の話、たとえの話は決して悪い事ではないのだ。
だが、このたとえは余りに突拍子も無さ過ぎた。
過去の人間を配下に出来るならなど、そんなものは茶飲み話程度の価値しかない。
こんな事を、真面目に問いかけてくる事そのものが弥八郎には不愉快であった。

現に、それ以上答えようともしなかった事がそれを現している。


>>133
その一報に、弥八郎は秀忠の執念深さを改めて感じ取った。

島左近生存。この話の出所は誰であろう、将軍秀忠である。
いや、島左近が関ヶ原を落ち延びたという話は関ヶ原の合戦直後からあった。
京において、島左近の亡霊が所司代屋敷を襲撃したとの話がある。
流石に当時所司代であった奥平昌信は亡霊など信じなかった。
この事件を関ヶ原を落ち延びた島左近の仕業と断定し、京都中を探査させた。
結局島左近は見つからなかったが、あれだけの武人が討ち死にし、首級が上がらないのは不自然である。
落ち延びていたとしてもなんら不思議ではない。

だが、敢えて出所を秀忠としたのには訳があった。

慶長七年の事である。
江戸の増上寺で大御所(当時はまだ将軍ですらない)が襲われ、柳生宗規率いる手勢により辛くも難を逃れたという事件があった。
その首謀者とされたのが、島左近であった。
そしてこの一件を報告したのが、秀忠である。
「徳川家康の命狙う不届き者島左近捕らえるべし」
こうして、島左近が家康の命を狙っているとの話が広まったのである。

実のところこれは欺瞞であり、弥八郎はそれを看破していた。
実際に起きたことは流石に弥八郎であっても分からないが、
僅かに掴んだ情報から、大御所に近づきすぎて影の忍を柳生が悉く殺してしまったというのが真相らしい。
その誤魔化しの為の生け贄が島左近だった訳だ。

「しかしかえすがえす・・・」
何と念の入った事であろう。
その時の嘘を今に重ね、ついには真実に等しく成してしまう秀忠の執念は異常である。
(この異常な執念だけは殿に似ておる)
だが、その為に家臣に動揺を生むというのは本末転倒ではないか。
「それとなく、宗規に釘を刺すべきであろうか」
実際に噂を広め、真実味を帯びさせてきたのは裏柳生の一味であろう。
その頭領である宗規に云うと云うのは悪くない。
うむ、と自賛する弥八郎であった。


後年、島左近と大御所の繋がりを知った時、弥八郎は文字通り歯がみする事となるのだがこの時は想像だにしていなかった。

135 名前:名無し客:2005/07/05(火) 02:55:03

何でも、今の世には「萌え」なるものが流行しているとの事です。
「萌え」とはなかなかに正体を掴めぬもの。
「好きである」「愛している」とはまた違った感情を表す事が多いようでして。
あるげぇむ監督/脚本家は「萌え」とは、「不完全な情報を自らの頭で補う行為」と
定義づけてもいます。

私個人の考えとしましては――「萌え」の発祥は、江戸時代にあり、と。
「不完全な情報を自らの頭で補う」――そうです、「役者絵」こそはまさにそれでは
ありませぬか。
太平の世の男女とも、人間の絵としては不完全ともとれる「役者絵」に、あそこまで
熱狂的になっているではありませぬか。
あれこそが、「萌え」の原型であり、また一つの完成形だと存じております。

さて、本多殿は「萌え」とはいかなるものだと考えますか。
本田殿は――何かに萌えておりますか。

136 名前:本多正信(M):2005/07/06(水) 00:41:34

>>135
春は萌え夏は緑に紅の綵色に見ゆる秋の山かも

万葉集の中の一句である。
萌とは、本来新芽などが芽吹く様を現す言葉である。
現代では、一部において上段のような使われ方をしているが、ごくごく最近の事だ。

語源には諸説あるが、「恐竜惑星」という作品の主人公「萌」がそれにあたるとされていたが、
近年の研究からこれは誤りであるとされている。
現在最も有力な説は、「燃え」の誤字であるという説だ。


「・・・・・・智らんな」

当然ながら、彼の人の云う「萌え」などこの時代にはなく、
またその起源と考えるそれも後々の事だ。
ましてや、不完全な情報というのは弥八郎が嫌う所のそれだ。
不完全なら徹底的に。そんな男にそのような感情など生まれようはずもない。


一つ語ろう。
「役者絵」、それに限らず日本の絵はその多くが写実主義ではない。
写実主義に対して、印象主義と云うべきか。
絵師の捉えた対象のイメージを誇張する事もよくある。
特に人物画は、写生ではない事を常々肝に銘じておかねばならないのだ。

現代人の目からは、写実とは程遠い「役者絵」であるが、最初から敢えてそう描かれているのだ。
それを考えず判断を下すのは拙速であろう。


137 名前:名無し客:2005/07/06(水) 02:48:11

不躾ながら。
自分も歳をとったな……と思ってしまうときは、どのようなときでございましょうか。

138 名前:名無し客:2005/07/06(水) 23:40:24

一つ問題がおきています。


とある川なのですが橋がなく、渡し船しかありません。
そこは交通の要所なので大変不便です。

しかし、その川はすぐそばにある城の、堀の役も兼ねています。
橋を架けてしまうと、防衛上ちと問題です。


さてこんな時、どちらを優先させるべきでしょう?

139 名前:本多正信(M):2005/07/08(金) 00:35:55

>>137
「歳ですか。それがしも七十を過ぎましたからな。身に染みて実感させられまする」
鉄人本多正信も老いには勝てない。
老練と云う、老いてこそ得るものもあるがそれ以上に失ったものもまた大きい。
若さとは実にかけがえのないものだ。

どんなに表を取り繕うと、老いによる衰えは止められはしない。
そしてそれは――
「老人は衰え、若人は益々力をつける。果たして何時まで抑える事が叶うか」
秀忠の事だ。
彼の人の冷たく暗い執念は、歳を重ねる事に肥大し、そして確実に果たしつつある。
実に恐るべき執念ではないか。
それを支えているのが若さだ。もはや、弥八郎にも大御所にも失われて久しいものだ。
「・・・・・・」
老骨に鞭打ち徳川の為に奔走してきた弥八郎だが、それとていつまでもは保たない。
やがて大御所も弥八郎も死ぬ。そして秀忠は頸木より解き放たれる。
徳川に仇成すものは徳川なり。
徳川は歴史に雪げぬ汚点を残すであろう。
「させぬ。それは、決してさせぬ」
弥八郎もまた執念の人である。

歴史より、秀忠が犯す愚行を覆い隠す。
その為に今打つべき手は全て打つ。
それこそが、弥八郎最期の執念であった。


>>138
「防衛上というならば、そこにある・・・城か或いは土地そのものの重要度によろう。
重要であれば、今まで通りじゃ。橋はかけてはならぬ。
重要性が低いのであれば交通の便利を優先させるべきであろう」
何も難しい話ではない。
まったく当たり前の話ではないか。

「その程度の差配もできぬのか」
そう侮蔑の念を込め云い捨てた。

140 名前:名無し客:2005/07/13(水) 18:06:53

一、士道ニ背キ間敷事
一、局ヲ脱スルヲ不許
一、勝手ニ金策致不可
一、勝手ニ訴訟取扱不可
一、私ノ闘争ヲ不許
右条々相背候者切腹申付ベク候也



とある戦闘集団の隊規です。
本田殿から見て、この隊規はどう見えますか?


141 名前:名無し客:2005/07/13(水) 20:51:44

一つ 士道不覚悟、切腹よ
一つ 局を抜けたら切腹よ
一つ 無断の金策、切腹よ
一つ 訴訟を受けても切腹よ
一つ ケンカをしても切腹よ

一つ 勝手におしゃべり切腹よ
一つ あわてて騒いじゃ切腹よ
一つ 贅沢三昧切腹よ
一つ 準備のおこたり切腹よ
一つ 命令違反は切腹よ

一つ 宿題やらないと切腹よ
一つ 寝る前に歯を磨かないと切腹よ
一つ 燃えるゴミと燃えないゴミを一緒に捨てても切腹よ
一つ お風呂で身体を洗うとき髪から洗わないと切腹よ
一つ 卵のからざを残すと切腹よ
一つ ブルマー絶滅したら切腹よ
一つ Xn+Yn=Znはnが2より大きいとき
     自然数解を持たないと切腹よ
一つ モザイク消したら切腹よ
一つ 山吹色の円盤に焼いても切腹よ
一つ パップラドンカルメで切腹よ
一つ お兄ちゃんって呼んでくれないと切腹よ



とある戦闘集団(隊員は女の子ばっか)の隊規です。
本田殿から見て、この隊規はどう見えますか?

142 名前:本多正信(M):2005/07/14(木) 02:41:03

>>140
「勝手に徒党を組む事は禁じられておるが、ふむ・・・」
挙げられた五箇条を吟味し吟味し、繰り返し読む。
どれも理になかった規則である。
組織を束ね、動かす為に欠かせぬ事柄が無駄なく定められている。
この内の幾つかは、幕藩体制という組織を作った弥八郎の目から見て大いに頷けるものだ。
事実、「武家諸法度」に挙げられる条項と重なる部分もある。

「何処の誰が作ったものかは存じ上げぬが、真に結構かと」
ただし引っかかる部分もある。
違反者への罰則が直ちに切腹とはどうであろうか。
確かに命は軽い。現代の様な人道主義など存在しない時代だ。
誰も彼もの命は軽く、それに輪をかけて武士の命は軽い。
だが、それでも生きようと執念を燃やし足掻くのも武士。いくさ人である。
切腹と声高に叫び、武士らしく武士らしくする様は逆に武士の姿から外れては居ないか?
また、組織運営という面からみてもこの極端な方針は頂けない。


第一条の「士道ニ背キ間敷事」というのもまた弥八郎に引っかかった。
そもそも士道とはなにか。
武士とはそんなに堅苦しい者ではないのだ。

これはまるで、殊更武士であろうとしているかのようだ。
弥八郎は知らぬ事であるが、新撰組という組織の成り立ち、構成員を鑑みればこれは理解出来る事なのであるが。


「何やら危うい」
確とはせぬ、漠然とした脆さの様なものを弥八郎の鋭い嗅覚は嗅ぎ取っていた。
まるで張りつめた糸の様な危なさも見て取れる。
(この集団の行く道は、険しい)
何も判らぬまま、ただそれがけが解った。


>>141
「・・・・・・とりありず」
暫し呆然としたあと、その動揺を隠したまま口を開いた。
「「一つ お兄ちゃんって呼んでくれないと切腹よ」まで読んだ」

結局全部読んでいる。

143 名前:名無し客:2005/07/14(木) 04:38:30

>>142
この時代。
現在よりもはるかに情報の伝わるのは遅いとはいえ、それでもなおある程度の伝達速度は存在していた。
特にそれが重要な情報、あるいは悪口雑言の類であるならなおさらである。

本多正信、一瞬茫然自失とす。
その報はすぐさま、各地に届けられた。
曰く、本多がいきなり白目をむいて倒れた。
曰く、本多がいきなり火を吹いて倒れた。
曰く、本多が腕を十字に交差させると、鬼神となって大暴れした。

一部に多少の脚色はあったが、概ね事実どおりに伝えられたといっていい。
それらを聞いたものの多くは、次いでその内容を聞き、
「かの本多といえど、このような規範ではやむをえまい」
と半ば同情の目をもって迎えたという。

だがそれですまぬ者たちもいた。
たとえばそれは、権力を取ることが既に目的となり、その権力を得た後に何をするかも考えていないような者であったり、
あるいは単純に、陰険と言われた本多を内心疎ましく思っているだけの者達であった。
彼らは本多憎しの念で団結し、その視野はもはや、本多に一泡吹かせたいとそれしか見えていなかったのである。
すなわち――

「――なに? 本多の糞ジジイ倒れたの?
 うわなに、これ? いいじゃん、これこれ。
 これ武家諸法度にいれようよ。気にするな、どーせこんなの下級の下っ端武士どもだけだしよ、真面目に受け取ってるの。
 あのジジイが困るとこ見れるなら、もう法度なんてどうでもよくね?」

後の史家は言う。
身から出たさびとはいえ、この時こそ江戸幕府黎明期最大の危機であったと。
神君家康公以来のこの幕府、その背骨をゆるがしかねない悪法が誕生しようとしていた。
この時元凶たる本多公は、いかなる対策をとったのであろうか!
それは本多公御自身の、次回の講釈をお楽しみあれ(べべべんべん

144 名前:名無し客:2005/07/16(土) 10:30:00

徳川家康は関が原で死亡していた!

等と風聞がたっております。
人心に動揺が見られますが如何致しましょう。

145 名前:名無し客:2005/07/16(土) 10:35:53

犬を殺すと死罪などという法律はどう思いますか。

146 名前:本多正信(M):2005/07/17(日) 23:54:22

>>143
「何を入れると云うのか・・・」
忍びからの報せを目にした第一声がそれであった。
ただただその浅慮浅薄さに呆れるばかりだ。
「法度とは法規。守るべき掟。
それに一体何を入れるというのか、この馬鹿どもは」

弥八郎に、この一部の動きそのものへの危機感はない。
何をいれるべきであるか、それすら見えぬ事が入るはずなどないからだ。
仮に、あの者達が「あの本多正信が茫然自失とした」という事象を、何にか形作り法度に組み込もうとしたとしても、
弥八郎にとって何のことがあろうか。
「そんなものは正面から叩きつぶす」と云う、傲慢とも見える自信とその裏付け足りうる実力がある。
いや、何も表だって動く必要すらない。
将軍秀忠に一言注進するなり、或いは大御所にこの一報を送るだけでも事足りる。
寝業師という陰口面目躍如な手を使うならば、次世代徳川家臣の中では比較的「まし」である、
土井利勝や酒井忠世、青山忠俊辺りを唆す手もある。
大御所、そしてその威勢を背景に権を振るう本多親子なき後の、権力を巡る争いは既に起こっている。
ここでこのような材料を与えれば、彼らは嬉々として邪魔者の排除に利用するであろう。
そうなれば、弥八郎が手を汚す必要は全くなく、そればかりかこの無能共を放逐出来るではないか。

弥八郎の怒りは、この法度のなんたるかすら分からぬ浅学無能な輩が、幕府中枢に居ることそのものへ向けられているのだ。
浅学、浅慮、浅薄、いくつ言葉を重ねてもまだ足りぬ。
「餓鬼めが」
そう吐き捨て、しかしその怒りを内に収め込む。
今はそれを吐き出すときではない。もとより、感情の振幅を一定の幅に抑えるのは、弥八郎得意とする事だ。
あれこれと手を考え、結局弥八郎は自ら討って出る事に決めた。

あの餓鬼どもは徳川の汚物である。腐っている。
腐敗は放置すればやがて徳川幕府へ広がり、毒を発するであろう。
そうすれば、どのような取り返しの付かない事態を招くか弥八郎にすら分からない。
処方はただ一つ。腐ったモノは、根元より取り除く。


「・・・・・・」
もはや言葉も無く、怒りを方寸に、往くが本多弥八郎。

さあさあ、当世当代随一の弁士、本多佐渡守正信の、鮮やかなる弁舌の披露にござ候。
舌鋒を剣とし、剣舞の如く言の葉を振るい、鮮やかに斬っては捨て斬っては捨てる独り舞台。

とくと、とくと刮目し、ご覧あれ。


147 名前:本多正信(M):2005/07/17(日) 23:54:38

>>144
ちらりと、その話を持ち込んだ者に目を遣り、軽く嘆息する。

「関ヶ原では、その類の話が流れたそうじゃな。
それがしは居合なんだ故、直に聞いた訳ではないが」
事実である。
関ヶ原の合戦も中盤に差し掛かった頃、
石田三成の陣より「内府殿討ち死に!」と鯨波が上がっている。
内府とは、家康の事だ。

だが、それも家康本陣が前進しその姿を晒す事で立ち消えてしまっている。

「戦場での流言飛語の類は当たり前であろう。
よもや、その折の噂が今日まで伝わり風聞となっておるというのか?」
馬鹿者、と鋭く一喝した。
「それを風聞、噂の類で済ませてどうする!
今なお、そんな風聞が流れるはずがあるまい。何者かが故意に流しておるのじゃ!」

実のところ、弥八郎は昨今流れるこの風聞をとっくに知っていた。
その情報源は、各地に散らばる代官たちであり、幕府に仕える伊賀・甲賀者たちであった。
この時期、幕府内におけるこの忍び集団の最大の庇護者は、将軍でも大御所でもなく弥八郎である。
そもそもこの両忍びが、徳川家いや家康に仕えるにあたってその仲介を行ったのが弥八郎だ。
(服部家など、一部の伊賀者は既に家康に仕えていた)
その上、昨今では大御所は風魔、将軍は裏柳生を忍びとして影働きに使っている。
伊賀・甲賀の忍びが弥八郎へ益々傾倒するのは、当然の流れであろう。

この為に、弥八郎は徳川家臣団のなかで最大の諜報力を手にしていた。


「嘗て流れた流言故に、調べが疎かになっておる。
それ故に、隠れ蓑とし人心、更には諸大名幕府すら揺さぶろうとする策謀すら見落とすのじゃ!」
人は、一度注意が逸れたモノに再び注意を向けることは、心理的になかなか出来ないものだ。
故に関ヶ原での「内府殿討ち死に」という噂からの流れの上にある、
「徳川家康は関が原で死亡していた」等という市井に流れる噂に注視する者がいなかったのだろう。
事実この者も、あくまで風聞としているではないか。
だがこれは流言なのである。何者かが、故意に飛ばした噂なのだ。

これが策謀である事に気付いたのは、忍びではない。
忍びの務めはあくまで情報収集だ。その解析は弥八郎の仕事であり、弥八郎の恐ろしさはその解析力にあった。

噂とは世人の感覚である。事実ではないが、感触として漠然と捉えたものだ。その限りでは嘘ではない。
世人の感覚の意外なほどの鋭さを弥八郎は知っている。
その感覚を、正確に掴み取る力に弥八郎は長けているのだ。
だが、今回のこの噂には世人の感覚以外に何か別の感触があることに弥八郎は気付いた。
或いは意図と云い換えてもよい。
その意図を徹底的に探る事で、弥八郎がこの風聞がその実は流言である事を知ったのである。


「この流言は、あくまで世を乱す為の一手でしかなくこれが目的ではあるまい。
各々動揺することなく、変に備えるようにと伝えよ。動かねば付け入る隙は出来まい」
何も難しい話ではないのだ。噂に惑わされるな、ただそれだけの事である。
古来より動かぬ者に策を仕掛けるほど厄介な事はないのだ。

弥八郎は、首謀者探しを指示する事はなかった。
この手の事件は闇から闇に葬らねばならない。
そして、その為に大御所・将軍双方が既に動いている事を弥八郎は知っていた。


>>145

「論外」


148 名前:名無し侍刺客:2005/07/18(月) 17:06:53

ささ、本多殿、これをどうぞ。
今、この席上に居る方々も茶でも飲んで一服してくだされ。



「最高級の玉露」本多の茶器のみ器の縁に毒が…

149 名前:名無し客:2005/07/19(火) 18:22:18

ttp://www.capcom.co.jp/sengoku/
(武将紹介3を御照覧あれ)

正信殿。
忠勝殿のあの無傷伝説の理由は、蜻蛉切のみならずあの甲冑にもあったのですね…


150 名前:本多正信(M):2005/07/19(火) 23:34:21

>>148
次の終わりも近い。
それはそれだけ弥八郎の働きの証でもある。

「うむ。かたじけない」
労働の後、この喫茶の一時は弥八郎にとっても心休まる時間である。
現代ならばアフターファイブ。仕事の後の一杯を想像すればその気持ちは分かるであろう。
もっとも、相手は弥八郎。ましてここはまだ城内である。
酒など出るはずもない。

ゆっくりと茶の味を堪能する。
時に、一杯の茶は如何なる珍味佳肴にも勝るものだ。
「ほう・・・これは」
感嘆の声が上がる。
茶の湯にはさほど興味のない弥八郎ではあるが、その彼をして感嘆させる茶の味である。
「この香り、このまろやかで仄かな甘み。これほどの茶は初めてですな」
弥八郎の真骨頂は折衝にある。
一向一揆の時は内での調停に。徳川家においては各大名家との外交に。
興味のあるなしに関わらず、その折に茶というのは欠かせぬ道具であった。
だから弥八郎はそれなりに茶の味というものが分かる様になっている。
その弥八郎をして、初めて味わう茶であった。

「大変美味しゅうござった」
そう云って茶碗を差し返す。
如何に美味であっても、贅沢はしない。
質素倹約、質実剛健を旨とする家康の腹心本多正信らしい態度であった。


弥八郎がこの茶を知らなかった事は仕方がない。
玉露は天保六年(1835年)、京都宇治は小倉において山本嘉兵衛なる人物によってつくられた茶である。
玉露の製法は、茶摘み前二十日ほど前の新芽が出す頃茶畑を日除けで直射日光から遮る事で、
茶の旨味の成分であるアミノ酸を増やし苦味の元であるタンニンを抑えるのだ。
これを考案した山本嘉兵衛は六代目。初代山本嘉兵衛は、現在も続く老舗茶屋「山本山」の創業者である。


>>149

  織田 信長――――濃姫          武田信玄―――――――上杉謙信
 |  |  |                     |               |
蘭丸 利家 光秀        伊達政宗――真田幸村――佐助―――かすが
    |
    お松     いつき――ザビー


      島津義弘――本多忠勝――徳川家康      その他


戦国の英雄豪傑といえど後世でこのような扱いをうけるとは思うまい。
うっかり歴史に名を残すとおそろしい――――
「にゃー」


「・・・ふむ。野良猫が迷い込んでおってな。
やはりそれがしでは、怖がって寄ってこぬようじゃ」




「それでは、これにて」

参照
( http://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1119019553/ 『恋愛相関図のガイドライン』より)

151 名前:本多正信(M):2005/09/28(水) 01:07:09

「こちらの方々にも等しく・・・・・・お久しゅうございまする。
またこの地にて、二百に及ぶまでそれがしがお相手つかまつる」
いつもと変わらずに現れた弥八郎は、いつもと変わらず淡々としていた。

「さて。今宵はもはや遅い故、それがしが実際に務めを始めるのは明日からになりますな。
それでは、よろしくお願いいたす」

152 名前:名無し豆腐:2005/09/28(水) 17:45:07

血は血で贖わなければならないんですか?

153 名前:赤髪少女七七四 ◆DomiUwLioo :2005/09/28(水) 20:03:28

既に空の月が遠くなった夜更けのことである。
何時からいたのか一人の少女が月を見上げて立ちつくしていた。
少女は怯え、悲しみ、後悔、そして恋の色をないまぜにした
混沌とした色を瞳に乗せ月を見ている。
その少女が唐突に言った。
視線も動かさず、まさに唐突に言の葉を唇にすっと乗せたのである。

「本多様は長く一向一揆に身を投じていたとか。
  18年もの時を経て伊賀越えの家康様に会った時……
  会う直前……どのようなことを考えましたか?
  ……会えるのが嬉しかったですか?
  それとも……会うのが、怖かったですか?」

154 名前:名無し豆腐:2005/09/28(水) 21:12:48

>>149に関連してで御座いますが―――


機動戦士ホンダムこと忠勝殿の後方援護で現れた途端に、
武将の放ったバサラ技に巻き込まれて気付いた時には死んでいる件について。


155 名前:本多正信(M):2005/09/30(金) 00:02:07

>>152
「左様」
迷うことなく言を下す。
「血の報いは血で果たさねばならぬであろうな」
なんとも弥八郎の声は冷たく、淡々と続ける。
この様なとき、その言葉はそのままの意味ではなく、何か真に云いたい事がある証だ。
だが、この場合それに気づいてもらわなければ意味が無い。
そのため、弥八郎は敢えて気づかれるように冷たく返しているのだ。

「そしてその血は新たに血を呼ぶ。怨みは怨みを生み、そして終わることなく繰り返す。
殺されたゆえ殺し、奪われたゆえ奪い・・・・・・それで、最後に何が残るというのじゃ?」


弥八郎も戦国の世を生きた男である。そして侍である。
命のいうものへの考え方は、現代のそれとは大きく異なり、軽い。
必要とあれば、容赦なく命を奪うことも出来る。
だが、それでも好んで人の命を奪う者ではない。
むしろそれは弥八郎の嫌忌するところであろう。

ジェノサイド――――
若き弥八郎の目に焼きついた、あの光景がそれを許さない。
比叡山。伊勢長島。越前。
稀代の天才織田信長により生み出されたあの光景。

血と報復と暴力の連鎖の先にあるものは、まさしくその光景ではないのか。

「もし、そこもとが何か思う所あっての問いかけであるならば、もう一度熟考なさるがよろしかろう」
そう軽く牽制してみせるが、それ以上何か云うわけでもない。
もし単なる興味本位の問いであるならそれに越したことは無く。或いは、そうではないならば。
そしてそれが治世の妨げになる類であるならば、もはや弥八郎に必要なものは言葉では無いのだ。


>>153
満月は既に遠く、月明かりは不確かなもの。
草も虫も静かに眠り夜明けは程遠し。
縁に座る弥八郎の目に映るその姿は、雲間に見える月の如く不確かに見えた。
その姿はまさに月。
美しく狂う月そのものではないか。

「怖かったのじゃろう・・・・・・」
訥々と、らしくもなく弥八郎の語りが始まった。


若き日。本多弥八郎正信は、自らの信仰。そして理想の為に一向一揆へと身を投じた。
それは莫逆の友への裏切り。
三河における一向一揆が鎮圧された時、弥八郎は世良田二郎三郎と共に逃げるように三河を出た。
「帰参するんじゃないのかね?」
そう訊ねる二郎三郎に弥八郎は、
「わしは駄目だ。殿のお気に入りだった」
「それに頭がよすぎる」
策謀型の人間は一度疑われたら最後。弥八郎はそう云って二郎三郎に同行した。

それも確かに理由の一つであった。
だが、もっとも大きかったのは前者である。
弥八郎は家康の『親友』でありながら、信仰の為に裏切ったのだ。
単なる主従関係であれば、主君が許すと云っている以上、帰参も心安いであろう。
だが、男は裏切った『親友』を簡単に許せる生き物であろうか?
弥八郎にとって、家康はいついかなるときでも友であり続けた。
だが、若き日の弥八郎は家康の心中を量りかねた。そして三河を去ったのだ。

18年の歳月が流れ、家康に最大の窮地が。そして弥八郎に最大の好機、そして最後の機会が訪れる。
「伊賀越え」
これについては説明に時間を割かないでおこう。
この時弥八郎は、ただただ家康を、友を救う為に動いた。
そして18年ぶりの再会。

伊賀・甲賀忍びの中に、弥八郎をみとめた家康は双眸を涙で濡らし、怒鳴るように叫んだ。
「どうして帰って来なかったんだ、弥八郎!」
この瞬間、18年の歳月は埋まった。


「愚かであった。なんと回り道をしたことか。じゃが無駄ではなかった」
家康の下を離れた18年の歳月は、弥八郎を鍛え上げた。
そこで得た力は、家康にとってどれほど大きなものであったか。
雲に再び、月が隠れた。
「・・・・・・」
目を移せば、少女の姿は既になかった。






156 名前:本多正信(M):2005/09/30(金) 00:03:30

>>154
「・・・なるほど、左様か」
深く、深くうなづき、弥八郎は云った。

「それで、誰が、でございますかな?」

157 名前:名無し豆腐:2005/10/04(火) 00:39:51

人は月を見て、様々な郷愁に駆られます。
獣は月を見て、徒に吠えたてます。
妖は月を見て、変化し人を化かします。

さて――本多殿は、先の中秋の名月を見て、何をお感じになったのでしょうか。

158 名前:名無し豆腐:2005/10/05(水) 22:41:34

本日はお日柄も宜しゅう…南蛮の商人でございます。
此度は南蛮の品々をまたは諸国の情報など…、広く取り揃えております。
ご入用の品などあれば何なりとお申しつけ下さい。

159 名前:本多正信(M):2005/10/06(木) 01:59:16

弥八郎宛に書状が届いた。
「夢・・・でございますか」
繰り返し々り々し文面を読み直しつぶやいた。

「では、後日に必ず返答することをお約束いたします」

>>157
「月夜は色々と助かりますな。特に警護などにはよい」
現代の明るい夜では、いまひとつ実感が沸かない事であるが月光は思いの他に明るい。
その明るさに関しては、古代から今に至るまで様々な書物や文学に書かれている。
日が落ちると、文字通り漆黒の闇となるかつての夜ともなれば、月の明かりはより明るく感じられたのであろう。
「忍び、盗人など夜の闇に紛れて動く輩は月夜を嫌います。
月夜はまことにありがたい。
もっとも、逆のこちらが忍びの類を放つ際にはよくよく注意せねばなりませぬが」

実直で実務的な男である。
名月を愛でるなど、考えもしないことであった。


>>158
いつぞや訪れた南蛮商人を思い出しつつ、弥八郎はこの商人を観察した。
これといって見るべきところは無い。単なる売込みか。

「折角じゃが、南蛮の対応は駿府でする事になっておる。
それがしの元へ来たところで何も買わぬし、口利きもしてやれるぞ」
してやれぬ、などと言ってるがそんな生易しいものではない。
もしこの商人が口利きなど依頼しようものなら、徹底的にこれを叩き二度とこの国で正規に商いなどできぬ様にしたであろう。

勿論、この商人からなんらかの「諸国の情報」を得ればそれは大きな収穫である。
だが南蛮との付き合いは大御所が主体的に進めている事だ。
そしてその下で、窓口となっているのが弥八郎の倅正純である事は今更言うまでも無い。
ここで弥八郎が商人と付き合えば二つの問題が生まれる。少なくとも、弥八郎にとって忽せに出来ない事象が二つ。

一つ目は親子で関わる事で無用の誤解や嫌疑を招く事になりかねない。
この手の折衝には常に利権が付きまとう。それに肉親で関われば、そういう目で見られる事もあろう。
そんな下らない疑いなどいくらでも払えるし、またそうなった場合には意にも介さないであろう弥八郎だが、
そこの割く労力が惜しいのだ。
二つ目は大御所の行いに自分が横から関わることで、その権威を傷つけ、且つ大御所の不興を買う可能性があった事。
大御所の南蛮貿易への熱意は一方ではない。そこに自分が飛び込めば、必ず大御所は疑いの目で自分を見るであろう。
また家臣の分際で主君の邪魔をするという構図にもなりかねない。それでは大御所の権益を害し、引いては権威を損ねる事にもなる。
その事態は、弥八郎にとって好ましくなかった。

よって、弥八郎はただこう言って面会を終わらせた。

「お引取りなさいませ」

160 名前:本多正信(M):2005/10/09(日) 00:00:07

「それでは本多様、よろしいでしょうか?」
「手早くいたせ」
不快を隠そうともせず、憮然とした表情のまま弥八郎は返した。
何の因果が巡ったのであろうか。
そう嘆きつつ、ようやく弥八郎は気持ちを切り替え覚悟を決めた。


そもそも、初め弥八郎はこれを断るつもりでいた。当然であろう。
どこに己の内を明かす策士がいるというのか。
また一官吏としても、内情を明らかにするのは好ましい事ではない。
だがこの話を聞きつけた大御所が、
「面白い。答えてやれ、弥八郎」
などと言ったものだから事情が違ってきた。

その時大御所が見せた、少し意地の悪い笑いを思い出す度に、
弥八郎はその時感じた苦いものを噛み潰したような感覚を思い出す。
大御所もこういう所が昔と変わらぬ。
更に追い討ちを掛けたのが将軍であった。
こちらもその話を聞きつけるや、ただちに答える事を命じたのである。
普段の意趣返しであることは明白であった。

こうなって、いよいよ追い詰められた弥八郎は遂に覚悟を決めたのである。


「幼少の砌、いずれは何になりたいと思われましたか?」
「武士以外に何があるというのじゃ?」
「は、はあ・・・・・・」
「それがしの家は身分が低かったのでな。
いや、あの頃徳川――いや松平の家臣は皆貧しかった。故に半ば農民のような生活も送っておったのは事実。
じゃが武士はどこまでいっても武士でしかありえぬ」

「まことに。それでは、次の問いでございます。その望みは叶いま・・・」
「・・・・・・」
「いや、分かりました」
「うむ」

「では、今の本多様の夢は何でありましょうか?」
「徳川の世を百年の長きに渡って保たせる事じゃ。
無論それは泰平の世でなくてはならぬ」
「なるほど・・・ご立派な夢でございます」
「お主、何を他人事のように言っておるのか。
これは徳川家臣すべての責務でもあるのじゃぞ。わしらの後はお主らが引き継がねばならぬ事、理解しておるのか!?」
「ま、まことに。まことにその通りでございます」
「・・・・・・ふん」

「そ、それでは。富籤にて三億円(約三千両)当たったらいかがいたしますか?」
「買わぬ」
「は?」
「富籤など買わぬ。よって、意味を成さぬ問いじゃ」
「あ・・・いえ仮に本多様が買われたとした場合でございまして」
「・・・・・・」
「・・・はっ」

「されば。本多様にとって、夢の、理想の世とはいかなるものでありましょうや?」
「理想・・・・・・」
「どうなされました?」
「夢じゃ。夢の世は夢でしかない。
理想は現に触れれば、たちまちに堕するのみ」
「は、はあ」
「厭離穢土欣求浄土・・・・・・」

「昨晩はいかなる夢をご覧になられましたか?」
「若き頃の夢じゃ。
それがしが鷹匠として殿、大御所のお仕えしておった頃のな」

「では、最後になりまする」
「うむ」
「この同じ夢の話を聞いてみたい方を五名お挙げくださいませ」
「五名とな。まずは、大御所様。それに将軍じゃな」
「なるほど」
「また、故人なれど信長公の夢も聞いてみたくはある」
「聞くことは決して叶いませぬが」
「分かっておる。あとは、島左近」
「島左近・・・あの石田家の。それは何故に」
「以前に彼の者が生きておったと云う話があったであろうが?
ならば、生きて何を夢見るか知りたくもなろう」
「左様でございましたか・・・では、最後のお一人はどなたを?」

「殿・・・」

「え? 大御所様は先ほどお挙げになられ――あ、本多様! 本多様!」

161 名前:名無し豆腐:2005/10/12(水) 11:41:28

それは眩い光ととも弥八郎の屋敷の庭に現れたのである。
銀色にきらきらと、南蛮鉄でも出せぬほどに光り輝く甲冑に身を包んだ人間。
いや、人間ではないだろう。その甲冑は、諸大名の持つ甲冑の意匠からかけ離れすぎているのだ。

直接、頭の中に声が響いてくる。目の前の人型が発したものであろうか。敵意はない。

『我ら天より降り来たり。
ただ一つの答えを求め。
五十六億七千万年に及ぶ旅の終わりを求め。

どこから来たか。その問いは無意味だ。我等は、
君たちの概念では理解しえぬ場所からやって来たのだから。

どこへ行くのか。我等は、その問いを求めて、ここに来たのだ。
“ニンゲン”よ、どうか教えて欲しい。君たちはどこに行くのだ?』


162 名前:本多正信(M):2005/10/16(日) 01:08:18

>>161
その姿を目にし、弥八郎は自然と跪き手を合わせた。

弥八郎は現代で云う所の合理主義者に限りなく近いであろう。
だが、決してそうではない。また無神論者でもない。
それは時代がそうであったというのは勿論だが、弥八郎個人の資質の問題でもある。
若い頃は宗門の為に主君であり友であった家康と敵対した男だ。
そんな男がどうして無神論者であろうか。


『我ら天より降り来たり。
ただ一つの答えを求め。
五十六億七千万年に及ぶ旅の終わりを求め』

その言葉に弥八郎は打ち震えた。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と震えながら唱え続ける。
歓喜であり畏怖の震えであった。

『どこから来たか。その問いは無意味だ。我等は、
君たちの概念では理解しえぬ場所からやって来たのだから』

なおも不思議な声は続く。
頭に直接響くその声は不快さなど微塵もなく、ただただ澄み切っていた。
瞳から溢れる涙とともに、弥八郎の胸中に若き日の理想が甦る。
あの日抱いた熱い想いが再び胸に溢れたのだ。

自らを救済する力を持たぬ者を救うべく、現世に降り立つ如来。
弥八郎の信仰する一向宗はその如来を本尊とする。
民よ、ただ一心に念仏を唱えよ。南無阿弥陀仏――――
その本尊が今降臨したのだ。今、こうして目の前に。
徳川による治世。そして如来の降臨。
今こそ人は救われる。



『どこへ行くのか。我等は、その問いを求めて、ここに来たのだ。
“ニンゲン”よ、どうか教えて欲しい。君たちはどこに行くのだ?』

忽ちに、歓喜が止み畏敬が消えた。

来し方行く末智るが仏にあらずや。
面を上げ、それを見据えただ一言、満身の気を込め言い放つ。
「人は、今を生きるのみにございます」
(人を救うは人也!)
怒りではなく、弥八郎がそれを睨むと、次の瞬間光は消えうせていた。

163 名前:名無し客:2005/10/17(月) 16:28:45

お侍さんって、武芸はさっぱりだけど学問に秀でている人でも、
やっぱり武士と呼ばれるんですか?

164 名前:本多正信(M):2005/10/18(火) 00:36:58

>>163
「これは異な事を申す」
そう口で云うほどには驚いた顔をせず弥八郎は口を開いた。
「確かにもののふは戦が生業と云う。だが、それは目的ではなく手段の話。
もののふにとって命と同じく大切な物は家名。そして所領ではないか」
つまり、真のもののふの生業とは家を残し所領を守り、或いは新たに手にする事にあると云うのだ。
戦はそれを成す為の手段でしかなく、決して目的足り得ない。
「所領を守り、家名を守る為に必要な事は何も戦だけではない。
領地を治める事も、また学芸を磨く事もすべてははその為のという事に繋がるのだ」
領地を治める官吏としての才は勿論、学問・芸事を磨く事も時に身を引いては家を救う事がある。
そこで出来た繋がりは家同士の繋がりとなる。
或いは、関ヶ原の折、西軍に攻められた細川幽斎がその教養を帝に惜しまれ救われたと云う事例もある。

「武芸のみがもののふの道ではない。
戦こそもののふの本懐と思っておる者には、家は守れぬ」
真顔でそう弥八郎は云った。

165 名前:名無し客:2005/10/19(水) 04:25:17

他人の身代わりとなって命を落とす――

素人考えでは、命の無駄使いのような気がするのですが、
影武者になる人は何が楽しくて影武者なんぞしているのでしょうか

166 名前:本多正信(M):2005/10/21(金) 21:46:09

>>165
表情を変えることなく弥八郎は沈黙したままその問いかけを吟味する。
唐突に影武者の話を持ち出すとは、この者に何か意図があるのか、
はたまた単なる偶然なのか。
(偶然であるはずがない)
ならばなぜ、敢えてこのような事を訊ねてくるのか。

それは正しく暴挙である。
疑わしきは罰せずとは、今日の法の精神だが現実は往々にして疑わしきは罰せよである。
そうでなくとも、ここまで踏み込めば本多正信と云う男がどのような行動に出るか、
少し考えれば分かることではないか。
(・・・そういう事か!)
そこではたと、弥八郎は気づいた。
今、弥八郎はこの男を殺すことは出来ないのだ。

これが一対一。まったく内密な面会であるなら話は別であろう。
だが、実はこの場は一対一ではない。他に人目がある場所である。
ここで弥八郎がこの男を処断すれば、忽ちに話は世間に広まるであろう。
そうなった時、当然何故この男が処断されたか。その理由が詮議される。
ここで、この影武者の話がどこへどう繋がるか、如何に弥八郎と云えど把握できない。
何しろあの関ヶ原から、まだ数ヶ月なのだ。


「左様。そう思うのも無理からぬやもしれぬ。
だが考えてもみよ。そう突飛な考えでもないであろ。
主君の為に命を捨てた忠臣の話を挙げれば、それこそ切が無いではないか?」
つまり、影武者も同じ。敬愛する主君への忠義の為に、影を務めているのだと弥八郎は云うのだ。
「無論すべてがそうであるとは云わん。
影武者は似ていなくては意味が無いからな。忠義はあっても似ておらず、似ていても忠義はないかもしれん。
そういった者が影武者を務めるのは、他に身を立てぬ術がないからではいかな。
立身を望まず、また生き延びさえすれば日々の衣食住や女には不自由はない生活であるしな」

男に手を出せぬならば、下手に手を出すべきではない。
そう判断し、弥八郎は極差し障り無く男の問いに答えた。

167 名前:名無し客:2005/10/21(金) 22:22:18

天婦羅の食べ過ぎは身体に悪いそうです。
殿の食膳には、決して天婦羅を出さぬよう。

168 名前:本多正信(M):2005/10/21(金) 22:27:07

>>167
「何物も過ぎるのは体によろしくない。
それは、大殿が常々申されておることじゃ」

「そもそも、それがしに食事の差配をする権はない。せめて注進するくらいであろうな
そなたの忠告は素直に受けておこう」

169 名前:名無し客:2005/10/21(金) 22:59:27

真剣での御前試合を執り行うのって、本多さん的にはありですか?

170 名前:名無し客:2005/10/23(日) 16:00:21

泰平の世がしばらく続き、ある時代から財源が厳しくなる……と仮定します。
そのときに、本多殿的に活躍して欲しい将軍は以下のうち、どちらでしょうか。

・諸公も民も無駄遣い、娯楽や享楽的な事は厳しく取り締まる、
 堅実かつ頑なに財布の紐引き締める将軍

・諸公も民も無駄遣い、娯楽や享楽的な事は歓迎し経済の活性を図る、
 一見おつむりの螺子が緩んだような一人進みすぎる将軍

171 名前:本多正信(M):2005/10/25(火) 19:26:40

>>169
「何を申しておるのか?」
弥八郎にはその者が何を云っているのか理解に苦しんだ。
「試合なれば真剣を得物として執り行うのは当然であろう」
無論、真剣である以上試合の最中に死ぬこともある。
真剣ではなく木刀で行うこともあるが、木刀も使い方によっては真剣以上の凶器だ。
十分に致死である。

だが、それを受け入れた者たちが剣士などというものをやるのだ。
そもそもこの時代、命の価値は現代に比べ遥かに低い。
命とは目的を遂げる為の必要条件。道具でしかないのだ。
目的とは、家名を上げることかもしれない、天下を治める事かもしれない。
そして剣士にとっては、己の剣の道を極め天下にその名を知らしめる事が目的である。
ならばどうして真剣勝負などちゅうちょできよう。

弥八郎は剣士ではない。
だが、もののふとして、その心は理解できる。
また剣士が試合で真剣を使うことは、現代の剣道で竹刀を使う事と同じく常識であるのだ。

余談ではなるが、竹刀を発展させたのは江戸柳生。
つまり将軍秀忠の懐刀、柳生宗矩の一派である。

「・・・もしや、警護の心配を致しておるのか?
ならば無用な心配じゃ。余計な事など気にせず、己の職に励め」


>>170
「そもそも無駄遣いをするな」
正論である。


「先の話をするならば、まずそうならぬように考えるべきであろう。
ともあれ仮定の話であるから答えるが」
渋々、といった感を露骨に示す。
弥八郎のような実務的な人間では、政策的未来予測などは別として、
この類の仮定の話をすることは、好むところではない。その為である。

「一番は、前者を基本として所々規制を緩めるのが良いと思う。
だがそのどちらかとなれば・・・やはり前者であろうか。
後者の方策にも一理あるが、それは堅実な基盤があった上での事ではないか?
財政が厳しい時に、その様な手は打てぬ」
即効性と云う面でも後者の方策に弥八郎は引っかかりを覚えた。
「また、政策云々以前にそれを実行できねば意味が無い。
その場合、どちらがより実行が易いかとなると・・・先進的な政策は必ず反発を生む。
織田信長公のようにな。そう云うことじゃ」
弥八郎は政治家であり実務家である。
単なる指導者であれば、高潔な理想を唱えればよいかもしれない。
だが、弥八郎にはそれが達成されねばならないのだ。その為に、出来もしない事を声高に唱えることは無い。

172 名前:名無し客:2005/10/25(火) 20:28:14

真剣勝負だと、事故でお亡くなりになる人も出てくるでしょうに、
あたら優秀な人材を、そんなことで失う羽目になっては勿体無くないですか?

173 名前:名無し客:2005/10/25(火) 22:21:16

文武両面で「当代一流」といえば誰の名をあげますか?


174 名前:本多正信(M):2005/10/26(水) 00:10:32

>>172
「それは違うであろう。御前試合をやる者が徳川の家臣とは限るまい。
むしろ、そうでない場合の方が多い。であれば、仮にそのような事態になったところで不都合はない」


それに、と弥八郎が付け加える。
「武芸者が、この治世においてどれほど必要と思われるか?」
冷酷に言い切った。


>>173
「文武で御座いますか。では、今川氏真殿などはどうでありましょうか?」
真顔のまま、意外な人物の名をあげた。

「文の面では、千にも及ぶ和歌を詠まれ朝廷での覚えもよく、また蹴鞠は飛鳥流宗家にて習い当代随一。
織田信長公もその実力に感嘆なさったとか」
後年になるが、後水尾天皇選とされる集外三十六歌仙に氏真のその名が見れる。
弥八郎の氏真評価は続く。
「その治世は、義元公亡き後徳川武田の間で、の駿河遠江を10年も守り、楽市楽座の政策を執行。
外交にて今川の権威を高め、武田氏への北条との塩停め包囲網など実績を残しておられる。
また武の面では、個人としては塚原ト全殿に剣術を習い相当な腕前と聞き及んでおります。
軍事行動でも、反今川であり義元公も滅ぼせなかった国人、堀越氏と飯尾氏を滅ぼすなどしておる。
それがしも、何度かお会いしたが性、豪放ながら古典礼法を智る、正に文武に長けた方でございますな」

今川氏真は、近年まで文芸に溺れた凡将であったとの評価が通説であった。
父親の仇である信長の前で蹴鞠を披露した話なども、その通説を補強している。
しかし最近の研究では少なくとも政治面では功績を残していた事。
また軍事行動においても、弥八郎が云った通りだと分かってきている。
信長との話も、見方を帰ればその豪放な性格の現れとは見えないだろうか?
少なくとも、文弱な人物でなかった事は確かである。





「冗談じゃ」
そう云って、口元にいつもの皮肉な笑いを浮かべる。
「今の話は嘘ではないが、やはり家を滅ぼした方。そこまでの評価は、過分であろう」
その通りであった。
多少の評価は上がろうともその事実は変わらない。

「そうじゃな。当代一流と云うならば、お父上が古今伝授を継承される当代随一の教養人である細川忠興殿。
ご自身も父上の手ほどきを受け教養深く、戦場では獅子奮迅の働きぶりを関ヶ原でなされておる。
他には、直江兼続殿などであろうか。その学問への入れ込みようは、かつて京で評判であったし、
戦ぶりは先の最上攻めを見れば分かろう」
余談だが、弥八郎の次男はこの時期、兼続の養子となっている。
「このお二方であれば、当代一流と云って過言ではないな」

175 名前:名無し客:2005/10/26(水) 14:50:00

身近に、この人が男だったらなぁと思わずにはいられないほど、武士な女性はいますか?

176 名前:本多正信(M):2005/10/26(水) 20:46:28

>>175
「それがしの身近にはおりませんな」
弥八郎の周りでその手の逸話は現代には残っていない。
そもそも女性に関し残っている話といえば、将軍秀忠の母親との逸話が有名であろうか。

「そうですな。忠勝殿のご息女、小松殿など話を聞く限りは武将であればと思いますな」

177 名前:名無し客:2005/10/27(木) 00:43:57

徳川の天下を今後数百年に渡って続けようとするのなら、
どのようなことに気をつけた政策をすべきでしょうか

178 名前:名無し客:2005/10/29(土) 17:27:12

覚めない悪夢なんてありませんか?

179 名前:本多正信(M):2005/10/31(月) 01:47:15

>>177
その問いは、嘗て征夷大将軍に就任した大御所のそれと正しく瓜二つであった。
弥八郎がこれにすかさず答えたのはそういう理由もあった。
「要点を申せば、如何に徳川の力を強め、それ以外の者の力を削ぐか。これが肝要」
徳川の力とは、即ち徳川宗家・徳川一門・譜代大名の領地。徳川幕府の権威。
それ以外の者の力とはその逆。つまり、外様大名の領地。朝廷・寺社の権威である。
「徳川に相対する勢力が無くなれば、自ずと徳川百年の世は築けよう。
その為に、外様には軍役を課し、異国との公益を禁じ金を吐き出させる。
嫡子無き家は取り潰し、落ち度あれば領地を削りその地に譜代の者を入れる」
金、つまり経済力はそのまま軍事力に繋がる。そして領地はその経済力の基盤だ。
「法度で、諸勢力を縛りその力を抑える事で徳川の権威を高める」

これらの政策は、二代将軍秀忠により弥八郎の考え以上に強力に推し進められている。
その後、多少の軌道修正はありながらこの方法により徳川の世は築かれたいったのだ。
「これなれば、内から崩れぬ限りは・・・」
と、不意に嘗て見た夢(>>20)を思い出し口が止まる。
先の世は何が起こるか分からない。分からないからこそ、人はその智恵の限りを尽くすのではないか。
何を今更迷うか。
そう、己の心内を叱責する。
「そうじゃな。さすれば、徳川百年・・・の世は築けよう」
己のやるべき事をやりつくし。後は後世の賢者に任せるしかない。
その引継ぎが人の世であるのだ。


>>178
そして再び夢を見る。
仏敵討つべし! 南無阿弥陀仏!
そして夢は桃源の果て。厭離穢土欣求浄土。
只御仏にすがれ。只一心に念仏唱えよ。

やがて現に還る。
只々英知限りを尽くし主を支えよ。
今こそただいま、主を天下人へ。
厭離江戸――――関ヶ原。

かくして悪夢は再び開く。
されど、穢土は江戸なり。江戸は恵土なり。
この地に恵みあれかし。
土こそ人の生きる道なり。

今ここに友が夢花咲かす。夢よさきわえ。



されど弥八郎、醒めぬ悪夢の中、現を生きるものなれば――――

180 名前:名無し客:2005/10/31(月) 22:14:06

もうこれからは、武芸の時代ではないのですかなぁ

181 名前:名無し客:2005/11/02(水) 23:03:23

登用している忍者は何処の流派の者ですか?

182 名前:本多正信(M):2005/11/02(水) 23:58:38

>>180
またか。内心、弥八郎はため息をつく。もちろんそれを面に出すような真似はしない。
一体何度この手の愚痴を聞いてきただろうか。

戦乱の世も終焉へと向かい、戦が減るにつれ武士たちには漠然とした不安が生まれた。
もはや自分たちは必要ないのではないか。
などというセンチメンタルなものではない。
武士、それも戦しか取り得のない者にとって、戦が無くなる事は即死活問題となることだ。
戦がなければ手柄も挙げれず出世も見込めない。
出世が見込めないと云う事は、領地が増えぬと云う事であり、それは自家の繁栄が望めないと云う事だ。
現状維持では発展はない事は云うまでも無いであろう。

また純粋に、まつりごとの中心から退けられるのも面白くない。
戦乱の世であれば、まつりごとは戦と深く関わっている。
そうなれば、戦にしか才を発揮できぬ者であっても、政治に関わり主家のまつりごとを執り行う事が出来た。
だが戦がなくなれば、求められるのは純然たる政治手腕の持ち主へとその中心は動いていく。


そういった不満不平の向かう先が、弥八郎たち官吏。官僚派武士である。
もっとも敢えて自分に向かうよう、そう仕向けてはいる。
放っておけばこの不平不満は主君へ向く。そこで主君が舵取りを間違えば、お家の危機に繋がる。
例を出すならば、豊臣政権瓦解の要因の一つにこれが挙げられる。
天下が定まった時点で、秀吉は武断派と云われる家臣を切り捨てるべきであった。
冷酷に禄を抑え、明確に政権から遠ざける。
多少はその流れも見られるが徹底不足である。秀吉の情が絡んでいるのではないかと推測される。
或いは、あの悪名高い「唐入り」の理由の一つもそこにあるのではないだろうか?

話が逸れた。
ともかく、この事態は弥八郎が企画したものではある。
そしてこの程度の愚痴や厭味。或いはもっとあからさまな悪意や罵倒の類をどれだけ浴びせられようと、
弥八郎には痛痒にも感じない。
ただ、ある一点に呆れているだけだ。
(なぜ、愚痴を零す暇があれば新しく生きる道を探そうとせぬのか)
過去に縋り今の世を怨じわが身を嘆くばかりで、一切建設的なことは行わない。
その有様に弥八郎は呆れ、且つ軽蔑していた。

「武芸は未だ奨励されておる。極めれば身を立てる術も生まれよう」

とはいえ、それを捨ておくこ事もまた出来ない。
その手の不平の徒が集まればどういう風に流れるか分からないからだ。
故に、それらを鬱悒しながらもこうして対応し続けているのであった。


>>181
「・・・お主はうつけか?」
心底馬鹿に仕切った目で見据えながら弥八郎は云った。
「どこに己の陰の素性を明かす者があるのか」
当然の話であろう。
忍びはその存在が秘密であればあるほど力を増す。
一族の名すら知られない事が最も上等なのである。

また弥八郎が蔑視した理由はもう一つあった。
徳川家が伊賀・甲賀の忍びを飼っている事は有名である。
そして弥八郎はその徳川を実質動かしている人物だ。
よほどの馬鹿でなければ、それがどういう事か分かるであろう。

そしてこの目の前の男は、そのよほどの馬鹿である。

弥八郎はそう確信した。

183 名前:名無し客:2005/11/03(木) 00:54:21

伊賀者は信長に滅ぼされたと聞きましたが
徳川に仕える者がいるということは、その生き残りがいたということですかな?

184 名前:本多正信(M):2005/11/03(木) 01:05:51

>>183
「一つの一族を完全に滅ぼしさる事は容易ではない。
一族、ではないが一向衆を思い出されよ。
あれだけ徹底した根切りを行われながら、生き残り続けたではないか」
信長の生涯を彩る凄惨なジェノサイド。
その多くは一向宗門徒へ向けられたものであった。
だが、結局滅ぼしきる事は出来ず、信長も最後にはその手段を放棄している。
「ましてや、伊賀においては加担しなかった者や逆に織田家に付いたものもおる。
或いは、抗戦しぬいた者もな。生き残っておるのは当然であろう」

なぜ徳川と伊賀が結びついたのか。
そのには弥八郎が大きく関わってくるのであるが、それはまた別の機会に回すとしよう。

185 名前:名無し客:2005/11/04(金) 01:32:18

家宝の名刀を献上いたしまする

つ【村正】

186 名前:名無し客:2005/11/06(日) 13:46:03

家宝の槍を献上いたしますね


つ【日本号】

187 名前:名無し客:2005/11/06(日) 18:36:21

武士として、最も恥ずべき事は?

188 名前:名無し客:2005/11/12(土) 19:25:16

何故、女の身では武士になれぬのですか!?

189 名前:本多正信(M):2005/11/15(火) 00:15:20

>>185
「お引取りなされ。それがしは、そういった物は受け取ってはおりませぬ」
 そう差し出された刀を即座に付き返す。
 弥八郎に便宜を図ってもらおうと近づく輩は多い。
 だが、弥八郎は一度としてそういった輩からの献上品を受け取った事は無かった。

 その為、見返りを求める者は、弥八郎の家臣に近づくのが常であるのだが……

「何か頼みごとがありましたならば、かような搦め手を使わず来られませ。
 その上で、改めてお話を承りましょう」
 今更叱り付けもしない。
 この手合いには、ただ嗜めて追い返す様に弥八郎はしていた。
 はっきり云ってしまうならば、弥八郎の中でこういった事に頭脳を使う事それ自体が無駄な労力であると、
見做している所があった。故に型通りの対処で済ませるのだ。

 だが、
「ですが・・・その刀はいけませぬな。
 大御所の「村正帯刀禁止令」をご存知ではないか?」


 村正について語ろう。

 村正とは、千子村正の手による刀剣類の名である。
 村正は伊勢・桑名で三代続く刀鍛冶で、初代・村正は彼の正宗に師事したとも云われる名工である。
 その切れ味は鋭く、また多産であった事から伊勢近隣諸国の武士達に大変重宝がられた。
 この男のように、贈り物として利用される事もしばしばあったという。

 だが、村正の運命は徳川家康という男によって大きく変わる。

 家康の父、祖父は共に家臣によって暗殺されている。
 その時用いられた得物は、共に村正であった。
 また家康の長男信康が織田信長の命により切腹となった折、その介錯に使われた刀も村正。
 更には関ヶ原では、家康自身が村正の槍で指を切っている。

 勿論これは偶然である。それだけ、村正が広まっていただけの話だ。
 だが偶然もこれだけ続けば無視は出来ない。ましてや、当時は験や縁起を担ぐ事が当然だった時代だ。
 関ヶ原の後、大御所は「村正帯刀禁止令」を発してその帯刀を禁止した。

「廃刀にせよとまでは申しませぬが、有らぬ嫌疑を掛けられるやもしれませぬ。
 ゆめゆめ、軽率な行いをなさりませぬよう」


 この後、村正は徳川へ仇なす妖刀へと人々によって祀り上げられていく。
 だが面白い事に、徳川の守護神とも云える本多忠勝の愛槍蜻蛉切も、村正であった。
 なんとも皮肉な話ではないか。


>>186
「甲斐殿・・・」
 またも献上の品。だが、今回はいささか弥八郎の反応が違っていた。

「その様な真似をなさる故に、家臣の心を掴めぬのですぞ」
 余計な事は何一つ云わず、遠慮会釈なく云いたい事を云った。
 相手は黒田甲斐守長政。関ヶ原の合戦での功労者であり、筑前の大大名であるが弥八郎から見ればまだまわ若造である。
 故に遠慮など欠片も無い。

 日本号は、蜻蛉切、御手杵と並んで日本三槍と称される名槍である。
 かつては福島正則が所持していたが、後に黒田長政が家臣、母里太兵衛の手に渡っている。
 この経緯は、今日では「黒田節」の中に伝わり人々の広く知る所だ。

 さて、弥八郎が指摘しているのはそこだ。
 この槍の所有者は長政の家臣である母里太兵衛である。長政の物ではない。
 それがこうして献上品としてここにあるということは、長政が奪った。もしくは譲渡させたんであろう。
 主君に譲渡を迫られ譲る者もいれば拒む者もいよう。
 譲った者とて、内心穏やかであるはずがない。ましてや、母里太兵衛は戦国を生きた骨のある武将だ。

「甲斐殿。そなた、以前も御家来の後藤某とか申す者と折り合いが付かず、彼の者は出奔したとか。
 彼の者の武勇はそれがしも聞き及んでおります。
 あたら有能な臣に見放される様な振る舞いは、主君としていかがでありましょうか?」
 酷薄な顔付きで、長政の忘れたい汚点を突く。
「家臣の去就は自由なものなれど、これでは甲斐殿のご器量が疑われましょう。
 この度の事はそれがしも無かったことにいたし忘れまする。
 これは、御家来にお返し成され」
 そう云い捨てて、けんもほろろな対応で長政を追い返してしまった。

 弥八郎の行動には常に相応の理由がある。
 この件も、弥八郎が嘗て黒田家を出奔した後藤又兵衛の動きを掴んでいた事に端を発する。
 猛将として知られる後藤又兵衛は、現在大坂から招きを受けている。
 大坂城に入るか否かは未だ不明ではあるが、仮にこの優れたいくさ人が大坂城に入れば厄介である。
 そんな折のこの一件であった。
 ここで、母里太兵衛という有能ないくさ人まで黒田家を出奔し大坂城に入るような事態になってはたまったものではない。
 大勢には影響しないと思えるが、戦下手ながら、いやだからこそ弥八郎が勝負は何が切欠で転ぶか分からない事を熟知している。
 その為、未然に事態を防ぐべく手を打ったのである。

 この一件で弥八郎は長政に嫌われたかもしれない。
 だが、それが弥八郎個人への恨みである限りなんの問題もなかった。
 ましてや、これが徳川の為になると云うのであれば、怨嗟など喜んで受けるのが本多正信と云う男であるのだ。


190 名前:本多正信(M):2005/11/15(火) 00:15:49

>>187
「そなたが恥とだと思うものが恥です。
 これが重要でございますな」
 どこかで聞いたような語りを続ける。
「ここへ参られて、「これは恥でありましょうか?」とそれがしに聞かれても困りますゆえな。
 そのような事は各々で判断くだされ、ということでございますな」

 何を以って恥となすか。重要な事はそこではない。
 如何にその恥を成さぬかこそ重要なのである。


>>188
「そなた、巴御前にでも憧れておるのか?」
 鼻で哂い、弥八郎はそう尋ねた。
 確認するまでも無く、馬鹿にした哂いだ。

「そうじゃな・・・女の身で領主を務めた御方や、戦に出られた方。家を継いだ方が居られる。
 ではあるが、武士であるかと云われれば違うであろうな」
 ふむ、と唸り考え込む。
 目の前の愚かな女の望みはともかく、この話題には少々考えさせられた。

 何故女は武士にはなれないのか。
 そもそも弥八郎の常識それ以前の認識として武士とは男がなるものであった。
 いや、そもそも武士になるとはどういう事なのか?
 武士にはなるものなのであろうか、或いは武士に生まれるのであろうか。
 だが、彼の太閤も元は農民である。ではやはり武士にはなるものなのだろう。
 ならば、女がなれぬとはどういう事か。

 女の身で、男と変わらぬ働きをした者はいる。ならば、それは武士ではないのか?
 しかしその女たちが武士と呼ばれた話は、自分には聞いた事がない。
 では女ではやはり武士にはなれぬのであろうか――――


「そうですな・・・」
 目の前の愚かな女を見る弥八郎の態度が僅かに変わった。
 もっとも、目の前の女にそれが分かったかどうか。
「ならば、そなたがなってみてはいかがじゃ?
 何事もものは試し。やられてみよ」

 やれるものならば、と内心で付け足す。
 それが出来るのかどうか、弥八郎にすら分からない。故に、どうなるかが気になっていた。

191 名前:名無し客:2005/11/15(火) 23:47:30

海外との取引は、もっと頻繁に行った方がよいと思いませぬか?

192 名前:名無し客:2005/11/15(火) 23:47:55

キリスト教についてはどうお考えですか?

193 名前:名無し客:2005/11/15(火) 23:49:13

本多殿!
近隣の農民どもの不満が高まっておるそうです!
如何致しましょう?

194 名前:本多正信(M):2005/11/16(水) 01:29:52

>>191>>192
「異国との商いは大御所が取り仕切っておられる。
 それがしが容喙する事ではございませぬな。されど・・・」
 と、やおら眼光鋭くねめつける。
「以前(>>25)に申したとおり、これ以上のキリシタンの拡大を見過ごす訳には参らぬ。
 大御所の意に沿わぬやもしれぬが、耶蘇教を持ち込まんとするすぺいん、ぽるとがるとの交易は、
 これを控える。あるいはいっそ、交わりを絶たねばなりますまい」

 弥八郎にとっての大事は、ただただあ徳川家でありその治世が末永く続くことである。
 異国との交わりも、信仰もその前にはなんら意味は無く。それが徳川の世に差し障るというのであれば、
これは断固として排除しなければならない。そう考えている。

 確かに異国との公益には大変大きな利がある。
 だが、既にキリスト教と交易とを切り離したイギリス・オランダが来航している以上、
無理にスペイン・ポルトガルと付き合う必要はない。
 また、キリスト教に関しては決して甘い対処をする訳にはいかない。
 宗教の恐ろしさは、若い頃一向一揆に身を投じた弥八郎が誰よりも分かっているからだ。

「何にせよ、既に手は打ってある。あとは大御所様次第じゃ」


>>193
 その報告を受けた弥八郎は、即座に手立てを整えた。
 組頭に命じ密かに兵装を整えると共に、農民たちの下へ部下を送り交渉もった。

 武力鎮圧が下策ではあるが、事に至ればそれもやむない。その時は速やかに鎮圧せねばならない。
 だが、ここで兵が集められている事を農民が知れば余計な刺激を与える事になる。
 故に密かに素早く兵を集める必要があった。

 だが、これ以降の江戸期を通じての共通した事象であるが、農民のほう起という事態は滅多に起きない。
 大抵は不満を持った農民が集まり、代表者が藩と交渉。その後、妥協点を見出し代表者の命をもって事態は収まる。
 最期の一点を除けば、今日の労使交渉にも似た比較的穏やかな反抗が大方なのである。
 勿論、武力蜂起。つまり一揆に発展する場合もある。
 その場合においても、藩は勝手に鎮圧する事は出来ず、鉄砲一発討つにも幕府に届け出ねばならない。

 もっとも、すべての条件が整ってしまえばあとは悲惨であるのだが――――


「さて・・・」

 打つべき手は打った。
 あとは農民の要求次第であるが、そちらは弥八郎が手を煩わせる事ではないだろう。
 彼のすべきことはべつにある。

「この地は、彼の者には荷がかち過ぎたか」

 この事態を招いた無能な代官を、とく解任し新たに任命する。
 それが関東聡奉行たり弥八郎の務めであった

195 名前:名無し客:2005/11/16(水) 02:00:13

本多さま、これをお納めください。

山吹色の菓子でございます……

196 名前:名無し客:2005/11/16(水) 02:03:12

とある地方で、悪代官が私腹を肥やしているとの報告が入りました

197 名前:本多正信(M):2005/11/16(水) 02:06:17

>>195
 愚者は際限なく現れる。
 さながら枯れぬ泉の如く。

「ならば・・・見せしめの一手かもしれぬな」
 弥八郎の怜悧な視線が、眼前の男を射抜いた。
 殺気とままた違った何かが、男の背筋を走る。



 その後、男がどのような人生をおくったか。
 歴史にその名は残されていない。

198 名前:名無し客:2005/11/16(水) 02:06:57

殿が貧乏旗本の三男坊を装い、市井でお忍び生活を送っているという噂が流れております。

199 名前:本多正信(M):2005/11/16(水) 02:27:21

>>196
「……話は承った。さっそくその郷の状況を調べるといたそう」
 悪代官の所業を論った直訴を受け、弥八郎はそう答えた。
 この手の直訴は珍しくはあるが無い訳ではない。

 だが、弥八郎には何かが引っかかった。
(どこかおかしい)
 直訴してきた男は百姓ではない。
 武士。それも浪人であろう。
 話によれば、悪代官に苦しめられる百姓を見兼ねて直訴に及んだとの事である。
 美談である。

 そして、それがたまらなく、弥八郎にとって胡散臭かった。

「さて。どうであろう、よろしければ今夜は拙宅に来られまいか?
 昨今、そこもとの様なもののふはなかなかに巡り合えぬ。よければ、お話などお聞きしたいものじゃが・・・・・・」
 そう誘いながら、しかし嫌なら無理強いはせぬ、といった雰囲気で男を誘ってみる。
 するとこの男、さっそく弥八郎の誘いに乗ってきたではないか。

 大方、これを切欠に仕官の話にでもありつければ、との下心であろう。

「左様ですか。ならば、参るといたそうか。ああそうじゃ」
 と、男が逃げれぬ様に追い込んだ上で、軽く思い出したように付け加えた。
「先日、大殿に虚偽の直訴をした愚か者がござってな。
 虚報流言の類は大罪。いや、愚かな話じゃな」

 男の顔色が変わったのには気づか、わざとらしく振りをし弥八郎は、男を連行した。


>>198
「大御所がであろうか? 将軍がであろうか?」
 まずそれを聞く。


「よろしいか。大御所にせよ、将軍にせよ左様な暇があると、お思いか?
 ご自分のご趣味に費やす時間を捻出するにも侭ならぬというのに、どうやってお忍びの生活など送れると言うのじゃ」
 弥八郎の云うとおりであった。

 将軍と云う職は兎角多忙である。
 政務を幕閣に委ね、自ら行わないとしても決済には将軍の承認が必要である。
 それだけでも、一日の大半を取られてしまう。
 ましてや、自ら政務を執る将軍に、お忍びの生活を送る暇などあろうはずがない。

「下らぬ噂など放っておけ!」

200 名前:本多正信(M):2005/11/16(水) 02:36:21

征夷大将軍がいたら徳川のパクリ
幕府やその官僚機構があれば徳川のパクリ
帝の后がいたら徳川のパクリ
旧主家からの出戻り女がいたら徳川のパクリ
付け届け文化があったら徳川のパクリ
外圧で開国したら徳川のパクリ
文章が和文なら徳川のパクリ

将軍が15代が続いたら徳川のパクリ
幕府の創始者を祀ったら徳川のパクリ
長期安定政権は徳川のパクリ
市井に紛れて悪を討つのは徳川のパクリ
種無しの男は徳川のパクリ
埋蔵金伝説は徳川のパクリ
正義の味方の放浪旅は徳川のパクリ
法度を無数に作り出して規制したら徳川のパクリ


徳川、並びに徳川幕府よる人物、諸制度、文化等は、
源朝臣徳川家康により創りだされた全くの独自であり、これらは室町幕府等、数多の各方面に多大な影響を及ぼしました。
なお徳川幕府に多少見受けられる各制度、伝伝統の引用は、あくまで影響を受けただけの全くのオリジナルであり、
各書籍、宗教等における使用をなんら制限するものではありません。




徳川を賛美せよ




「それでは。おさらばでございます」

参照
( http://ex13.2ch.net/test/read.cgi/gline/1122648331/ 『最近月姫のパクリが多いですねのガイドライン2』より)

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