■ イツワリのヘイワ 〜THE MEMORY〜

1 名前:◆24CSA/UCGI :04/01/23 02:32
―――カラン。静謐な朝の空気の中、来客を示す鐘が鳴る。
 明けない夜がないが故に、必ず訪れる平凡な朝。
 しかし、既に平凡な日常は、シロアリに侵食された屋敷の如く、
 不安定な土台の上にあるということを、幼子ですらも知っている。
 その不安を押し隠し忘れたいがために、ある者は考えるいとまも作れぬ程働き、
 ある者は酒に、麻薬に、女に溺れる。
 そして、また或る男は―――

2 名前:カペルテータ・フェルナンデス ◆24CSA/UCGI :04/01/23 02:33
……お待たせしました。
スタインバーグ邸にようこそ。
レイオットは現在電池が切れており、自立稼動することが出来ない状態です。
なので私が代わりにスレッドルールを発表することとなりました。
スレッドルールは以下の三種です。
・あげない
・べしゃくらない
・しかたない
頭の文字を取って『あべし』と覚えてください。

と言うわけで、我らがレイオットの出番です。
善い子の皆さん、大きな声で呼んでください。せーの……

エリック「レイオット・スタインバァァァァァグッ!」

レイオットと叫ばせたらアルマデウス一。
友情出演のエリック・サリヴァンさんでした。

3 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/01/23 02:38
 ――いや、ちょっと待て。
 確かに面倒くさいから適当に応対してくれとは言ったが――
 電池って、俺は何時から玩具の類になったんだよ。
 アドリブを利かせてくれるのは有り難いんだがね。頼むからもーちょっと現実的な内容を――




 ……ああっと。


 まあ、その、なんだ。

 ――はい、善い子の皆さん元気ですか――
 ……なんてのは駄目だよな、この場合。

 ま、ともかく。
 いらっしゃい。こんな辺鄙なところまでわざわざご苦労さん。
 一応はお客さんだし――中に入ってお茶の一杯でも如何?
 用件はその後ゆっくり……いや、直ぐに済むんだったら、俺としてもその方が有り難いがね。

 ――あーと、それと、そこにいるエリック・サリヴァンくん?
 律儀に叫んでくれたところ悪いんだが、彼女にこういうのを教えたの、誰だか知ってるか?
 いや、なに。別に大したことをする訳じゃなくてだな。
 単に、そいつとはじっくりきっちり、決着が付くまで話し合わないとならんな、なんて思っただけなんだが。
 そう――じっくりと、決着が付くまで。

 ……ああ、ちなみに、改めてルールを。

・基本的にsage進行で。
 まあ、俺としては上げても別に構わないが、善くないことが起こる――かも知れない。 かもだよ、あくまでね。

・答えは期待しないように。
 ……なんだこりゃ?
 いや、そもそもなんでこんなスレッドが立ってるんだろうという疑問もあるんだが、それはさておき。
 俺もまあ、ここ最近はさほど暇だというわけでもないので――律儀な回答を期待されても非常に困るわけだ。
 まあ、運が良ければ親切な誰かが答えてくれるかも知れない。多分。

・来るものは拒まず
 ここは基本的に俺の家だが――お客さんは基本的にお引き取り願うようなことはしないよ。
 誰であってもね。
 ……だたし、さほど歓迎もしないが。まあ、お茶の一杯ぐらいは出すよ。
 こんな所まで押しかけるような物好きさんがいるとも思えないが。



 まあ、こんな所か――とりあえず、『あべし』だけはすっきりと忘れてくれ、頼むから。

4 名前:佐久間榮太郎 ◆EITaLOuS1g :04/01/23 04:28
うををををををををッ! 来たか、ついにッ! と言う事でカペちゃんの指示及びエリック君の先例に倣って―――
レイオット・スタインバァァァァァァァグッ!!(ぇ

・・・来たる来たる来たる! 渇望の時が来たる!
根を同じくする者を待ちて、幾数日! 同じく魔法を扱うものを待ちて、幾日月!
ついぞついぞついぞ来たr―――――(がすッ
(柄に掃除具の付いた三叉の槍<デスキン>でぶん殴られますた)

エーネウス「御主人様、いくらなんでもよそ様のお宅まで来てはしゃぎ過ぎです」

(流血しつつむくりと起き上がり)
―――いや、こりゃ失敬失敬・・・・・・とりあえず、そちらの言う「物好きさん」第一号到着ってことで♪
同じ榊一郎作品キャラとしてスレ建ての祝い&挨拶にお邪魔させてもらったよ、スレ建ておめでとう!
一応俺の研究室――自スレもここ一刻館にあるわけだが・・・・・・
俺の原典たる「まかでみ」及び魔法使い総合スレというコトにしてる。

◇Mまじしゃんず◆魔法使いが集まって色々やるスレ◆あかでみいA◇
http://appletea.to/~charaneta/test/read.cgi/ikkoku/1067868781/l50

お前さんにも参加資格はあることだし・・・良ければお客としてでもいいから、是非顔を出してみてくれ!



・・・・・・と、こればっかりじゃ少々あつかましいので質問でも。
もしある日、自分が不変不滅の存在になったとしたら―――その時にどういう感想を持つと思う?

5 名前:名無し客:04/01/23 06:40
正直、もう一生くっていけるだけの蓄えはあるんですから、こういうことをやめたらどうですか?
第一、犯罪だし、今、レイオットさんは存在自体が………

6 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/01/23 09:25
>>4
「―――――」
 真っ先に飛び込んできた、これでもかというような脳天気な声に、扉を開け放った体勢のまま、思う。

 ……やっぱり開けなきゃよかった。

 その思いが顔に表れていたとしても、誰にも非難されることはないだろうと半ば確信を抱きつつ――
俺は改めて、そのふたり組をざっと観察した。
 見れば見るほどに奇妙なふたり組だ。

 東洋系の、それなりに整った顔つきの男に……
 なんだろう、家政婦という単語をそのまま形にしたかのような美女。
 こんな荒野に至ってはその組み合わせこそが奇異であるのだが、ひときわ目を引いたのは、女性の
頭部にちょこんと乗っかっている、明らかに人間のものではない――
 というか、どこからどう見ても動物のものとしか思えない耳だった。

 時折ぴくんと動いているところを見ると、飾りではないのだろう。多分。
 まあ、有り得ない話ではない――と、半ば強引に納得する。

 CSA――先天的魔法中毒患者、あるいは半魔族などと呼ばれる存在であるのなら、多少の容姿の
変化などあって当然の話ではある。
 それよりも、流血しつつも、固めたような笑顔でこちらになにやら言ってくるその男と、人一人を殴り倒
したというのに表情ひとつ変えないその女を交互に眺めて――ばたん。

 ――思わず扉を閉めた。

 再び開け放ったのは、かっきり五秒。

 ――悪夢は、まだ去ってくれてはいない。もっとも、夢などここ十年ほど、見た記憶はないのだが。
 諦めて、俺は口を開いた。いや、開かざるをえなかったと言うべきか。
 ともかく、さっさとお引き取り願うべきだ。頭痛が致命的になる前に。
 お茶? 出さないに決まってるだろ、当然。

「で――なんなんだ、お宅等、一体。あ、宗教とかセミナーとか、そういうのは間に合ってるんで。
てか、こんな辺鄙な場所よりも市内に向かった方が、色々とカモ――もとい、加入者は獲得でき
るんじゃないかと愚考するわけだが」

 告げられた単語に顔をしかめつつ答える。

 ――魔法使い。
 この単語を持ち出してくる連中に、まともな奴がいたためしがない。

「ついでに言えば俺は"魔法使い"じゃなくてだな――魔法士だよ、魔法士。
まあ、田舎じゃ未だに魔法士のことを魔法使いなんて呼んでるらしいが、それとこれとは関係ないだろう」

 なんでこんな事をわざわざ説明しているんだろう――そう思わなくもなかったが、とりあえずは
これが一番の近道だと信じてみる。

「あんたが何処の研究室の人間かは知らないが――
俺は使う専門だ、資金援助とかそういうのなら、労務省の魔法管理局に掛け合った方が――」

 そもそもにして、俺は魔法士と言っても無資格――つまり、法的には魔法士でもなんでもなく、
ただの魔法技術を違法に所持している一般人という扱いだ。

 ひとつ、此奴等は俺を知っていた。
 ひとつ、なおかつ魔法士の俺にコンタクトしてきた。
 ひとつ、この男も何らかの魔法技術に関連する研究者らしい――

 以上を考えれば、少なくとも関わり合いになっていい人物であるとは考えられないわけで。

「……まぁ、そういうわけでな。
風邪を引く前に、活動場所を市内に移した方が、何倍も実りがあるんじゃないかと思うよ。
まあ、悪いが他を当たって――」

 閉じかけた扉越しに、一言。
 それまでとはうって変わって、何処か鋭くも感じられる声音が耳に飛び込んでくる。
 発しているのは同じ男の筈なのに、しかし全くの別人のような―――

 不変不滅。
 果たして、そんな存在があり得るのか?

「さて、な――まったく想像も付かないよ。
 なにしろ、この世界に在る以上、変わらないものなんて多分ないんじゃないかと、俺はそう思うんだがね」

 少なくとも、最近はそう思うのだ。
 急激に変わっていく周囲と、それに舞き込まれていく自分。
 変わらないと信じていたものは幻想に過ぎず、生きているが故に、存在しているが故に変わらざるをえない。

 変わることを拒んでも変わらざるをえない。
 それは恐らく、この世界に存在するすべてのものに共通した宿命であるのだろう。

「答えは――わからない、だ、ミスター。
次は、もうちょっとまともな出会いを期待しておくよ。――それじゃあな」

 そういって、俺は改めて扉を閉める。

 ……一瞬後。
 扉の前にあったはずの気配は、それ自体が幻想であったかのように、速やかに虚無へと消え去っていた。

7 名前:名無し客:04/01/24 00:13
布団の上で……まあ、日本的な言い方ですが、死ぬ事が出来ると思いますか?

8 名前:フレッド・クラプトン(M):04/01/24 00:34
――スタインバーグさん、今回もまた来ちゃいました!
今日もまた、魔法士としてのお話聞かせてもらいたいんですけど・・・・・・さて、メモメモっと。

―――えーと・・・俺スタインバーグさんみたいな魔法士目指してるわけですけど、
そのスタインバーグさんから見て、理想の魔法士像ってのはどういうのをいうんですか?
戦闘時なんかの事も含めて答えてもらえると、嬉しいかもなんですけど・・・・・・。

9 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/01/24 01:26
>>5

……とりあえず、ひとつだけ聞きたいんだが――いいかね?
なんだ、最近は人の家にいきなり押しかけて説教やら何やらをするのが流行ってるのか?

いや、こっちも商売が商売だから、人様の恨みをまったく受けずに過ごしてます――
なんて事は口が裂けても言えない訳なんだが。

そもそも――あんた、俺のことを何処で知った?
少なくとも俺はあんたを知らないし、あんたも魔法技術に関連した職種って訳でもないみたいだ。
ってことは、大雑把に考えても、何処ぞで俺の噂を聞きつけてきたってのが正解なんだろうがね。

――まあ、はっきりと言わせて貰えれば、大きなお世話……
というか、あんなにはきっぱりと関係のないことだろう?

確かに俺は犯罪者だ。
言わなくても判ってるんだろうが、無資格の魔法士――
それも戦術魔法士ともなれば、それ自体が凶悪犯と同意語だってことは、小さな子供だって
よく知ってる。
その事実に異論を挟むつもりは全くないよ。

だが――それが一体どうしたんだ?
あんたの生活に、いったい何の関係がある?

成る程、あんたは法を順守せんが為に、違法な存在である俺の所へ、有り難くも警告にいらっ
しゃってくれたわけだ。
しかし、あんたがそんなことをしなくたって、当局にとって俺が目障りになれば、そのまま刑務所
行き――悪けれりゃ、文字通り首が飛ぶ。

そう。あんたが何かをするまでもなく、だ。
逆に言えば――あんたが何をしたところで、変わらないものは変わらないんだよ。
それでも俺のような奴を何とかしたいというんなら、今度来るときは警察手帳のひとつでも持参してきてくれ。
そうすりゃ、大人しく捕まってやるよ。

――ちなみに、よくある誤解をひとつ訂正させて貰おう。
一生食っていけるだけの蓄えってのは流石に言いすぎだ。

まあ、人にもよるだろうが、魔法士って商売は収入もでかいが、支出も馬鹿にらならない。
俺の場合、蓄えは精々、五年は餓死しない程度だよ。

さあ、判ったか?
判ったなら、さっさと扉を開けて出て行ってくれると助かる。この後、来客の予定があるもんでね。
別に居座ってもいっこうに構わないが――まあ、時間の無駄になることだけははっきりと言っておくよ。
――じゃあな。

10 名前:名無し客:04/01/24 04:18
(近所のおばさんがあらわれた!)

スタインバーグさん!
きちんとゴミを出す日は守っておくれよ!!
しかも、又、黒いゴミ袋で出しちゃって………行政の指定して半透明ゴミ袋って決まってるじゃないか!!!

しかも、ゴミ袋の中身の半分が宇治茶みたいだし、においが凄いったらありゃしない。
一体、普段どういう生活をしてるんだか………(ブツブツ

11 名前:名無し客:04/01/24 06:23
お約束の質問ですが、以下のテンプレにて自己紹介などお願いします。

名前 :
年齢 :
性別 :
職業 :
出典 :
趣味 :
恋人の有無 :
好きな異性のタイプ :
最近気になること :
一番苦手なもの :
得意な技 :
一番の決めゼリフ :
将来の夢 :
ここの仲間たちに一言 :
ここの名無しに一言 :

12 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/01/25 00:49
>>7
 ふむ……また、変わったことを聞くな、あんたも。
 え――何? 日本からわざわざ?
 そりゃ遠路はるばるご苦労様で。しかしまた、何でまた、俺みたいな奴の所に?

 いや、別に答えなくても良いけどな。大した問題でもないし。

 ……まあ、出来るか出来ないかで答えるなら、出来るだろうな――多分。
単に今すぐ、こんな商売辞めちまえばいいだけの話しなんだから。

 違法な戦術魔法士としての、その日、その場限りの生活を捨てて、
堅実で健全な社会生活を送り、ゆっくりと歳を取り、家族に看取られ、
そして眠るように息を引き取る――こんな所だろう。

 だけどな……この世の中にはそんな生き方が出来ない人種ってのも存在するんだよ。
 例えば、そう。この俺のような。

 生憎と、俺は他に能が無くてね――学校にもまともに通ったことがない以上、真っ当な
職に就くのは不可能だし、元よりそのつもりもない。

 そもそも、戦術魔法士に関わらず、魔法士なんて危険な商売を選択した連中ってのは、
なんだかんだといって、それを選ばなくちゃならない理由って奴があるんだよ。
望む、望まないに関わらず、な。

 ま、少なくとも――俺としては、そんな穏やかな人生を過ごすつもりはないし、そもそも
過ごせないだろうと思ってる。

 もし俺がくたばるとするなら――やっぱり、そうだな。
 道端で、文字通りのたれ死んでるのがお似合いなんだろうよ。

 ……さて、こんなところで満足して貰えたかね。
 それで、次は何処へ?

 ま、正直何もない国だけどな、ここは――精々良いご旅行を。

13 名前:カペルテータ・フェルナンデス ◆24CSA/UCGI :04/01/25 06:21
>>4>>6
「――レイオット」

 少女は閉じられた扉と、ゆらゆら揺れるカップの水面とを、交互に見て意思を顕す。

「香茶が入りましたが」

「ああ、すまんね。お客様はたった今、お帰りになられたところだ」

 肩を竦め、言うレイオット。

「そうですか」

 少女の顔に表された感情は――無だ。
 喜びも、哀しみも、そこには何も映し出されることはなく、
 レイオットと再開して以来、少女の瞳に感情の色が宿ったことはない。
 感情を宿さぬ少女は不変不滅になったとして――何かを思うのだろうか。
 肉体的に成長はする。しかし心はあの時から止まったままだ。
 止まった心は、ある種の不変性を内包している。
 今、何も思わないのなら、その時に何かを感じる必要性は低いであろう。

「ふむ、折角入れたんだから――二人だけだが、お茶会でもするか」

 気を遣って、かどうかは分からないが、レイオットが少女にそう提案する。
 少女は肩先で揃えられた真紅の髪を揺らし、こくりと肯いた。
 裏庭へと足を向けるレイオットの背中に、ふと、思い出したように少女が告げる。

「レイオット……あの方達は、魔族でした」

 開け放たれた玄関から、まだ冷たさを宿した一陣の風が吹き込んだ。

14 名前:カペルテータ・フェルナンデス ◆24CSA/UCGI :04/01/25 06:22
 ぱしゃり、ぱしゃりと、キーを叩く音が響く。
 新聞の作成や事務の処理にも使われる機材――タイプライター。
 少女の持つ繊細な雰囲気と、タイプライターの放つ鋼鉄は、余りにも不似合い(ミス・マッチ)だ。
 もっとも――この少女の性格を知っている者ならば、そう言い切る事も出来ないだろうが。

―――みぃあ。

 と、その時まで黙したままでいた、仔猫が啼いた。
 仔猫――シャロンは普段、少女の邪魔をする事はない。
 相当に放置されれば啼き喚く事もあるのだろうが、シャロンがスタインバーグ邸に来てから、
その様な事態に陥ったことは一度もなかった。

―――みぃあ。

 再度啼く。
 既にキーを叩いていた腕を止め、シャロンの方へと振り返っていた少女――カペルテータは、
シャロンの啼き声に席を立ち、玄関へと歩みを進めた。
 シャロンもまた同じように、カペルテータの後を付いて行く。

>>5
―――かさり。音を立て、先ほどまでタイプライターにセットされていた用紙が落ちる。
 これは彼女の日記――年頃の少女がつけるには似つかわしくない方法だが――である。
 こうして付けられた記録は、タイプライターの横の紙入れに纏めて綴じられていた。

 にっきがおちている。
 よみますか?

  >はい
    いいえ

>>3の同居人のカペルテータです。
 この度はレイオットが迷惑をおかけしてどうもすみません。ぺこり。
 何故このような事になってしまったのでしょうか、分かりません。
 昔のレイオットは何をするにも無気力で、芝居がかっていて、
 髪の毛もボサボサでしたし、魔族に囲まれたときだけいつも楽しそうでした。
 しかし、近頃のレイオットは部屋に引き篭もる所までは以前とは変わらないのですが、
 何か違った雰囲気を纏っています。
 私が「……何か?」と訊ねると、レイオットは、
 「お前さんの書き込みのメール欄には、常々問題があると思うんだがね」
 などと言い、他者には理解しかねる言語を用いてコミュニケーションを取ろうとします。
 ですが、レイオットは悪くありません。
 悪いのは、レイオットに『にちゃんねる』なる物を教え込んだ、あの方です。
 何か皆さんにお詫びしてあげられることがあると良いのですが。
 待っていて下さい。私がレイオットを元通りのレイオットに戻してみせます。
 そしてレイオット自身が、自分でこの過ちを償うのです。
 なので、少々時間をください。すみません、お願いします』

>>7
「出来ない、と思います」

 ドアを開けたその先に居た、客人へと答えを返す。
 近年はこのような客も珍しくはない。
 30年前に起きた大惨事――<イエルネフェルト事変>以降から、ほぼ復旧を遂げた今になって尚――否、
世界が破綻を来たしつつある今であるからこそ、宗教に縋る者、金を頼りに豪遊するもの等が後を絶たない。
 そしてまた、それを見越し宗教を興す者も少なくないのだ。
 需要があれば供給を増やす――至極当然な関係の成立が、そこにはあった。

 目の前に立つ男の差し出した名刺に目を通す――そこには最近よく耳にする、
新興宗教の名が大きく書かれていた。

「それでは、失礼します」

 少女が汗をハンカチで拭う男から冷茶の入っていたグラスを受け取ると、シャロンが扉へと身体を擦り付けた。
 再び扉が音を立て、以前とは逆の動き――閉じる方向へと動き出す。
 閉まってゆく扉の隙間から最後まで見えていた光景は、愛想笑いを浮かべる男の顔だった。
 カペルテータは振り返り、黒猫に向き直る。

「シャロン」

―――みぃあ。

 それだけのやり取り。しかし、これだけで二者の間に意思の疎通は成り立っている。
 少女は黒猫を抱き上げると踵を返し、元居た部屋へと向かい、静かに歩き始めた。

15 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/01/29 00:41
>>8

「いや、来ちゃいましたって――学校は一体どうしたんだ、学校は」

 いつの間にか……と言うことは有り得ないので、おそらくはカペルの奴が案内した
のだろうが、フレッド・クラプトン少年はいつもの様子で、もはや定位置となってしまっ
たソファーに腰掛けていた。

 至極当然と言わんばかりにその場に在る彼の姿を視界に認めて、全身に言い様も
ない疲労感がのしかかってくる。沈むように俺もソファーに腰掛けて、痛むこめかみ
を解すように人差し指をつけた。

 フレッド・クラプトン――なんというか、以前偶々、俺が助けるような形になった少年
だ。まあ、それは別にどうでも良いのだが……何とも物好きなことに、この少年は戦
術魔法士になりたいのだという。しかも――よりによって俺のような。

 ――無資格の戦術魔法士にあこがれる健全な高校二年生。

 端から聞けば、失礼ながら当人の正気を疑うような内容ではある。
 無資格の戦術魔法士と言えば、それはそのまま凶悪犯と同意語だ。良識在る人間
なら、全力でそんな世迷い言は撤回させるところなのだが――

「……理想の魔法士、ねぇ。何度も言うが、フレッド。
その理想的な魔法士になるに当たって、まず君がやるべきなのは、俺みたいなモグリ
とさっさと縁を切ることだと思うんだが……」

 既に何度と無く口にした台詞は、当然の事ながら意味を成さない。
 どういう訳か、彼にとって俺は尊敬すべき対象として映っているらしい――何とも迷
惑というか、むしろ彼を哀れんでやった方が良いのか。
 彼を追い返す理由も特に思いつけなかったため、しばし虚空に視線を逃がし――浮
かび上がってきた言葉を、適当に組み立ててみる。
 理想の魔法士。理想の戦闘。理想的な――

 そもそもが、戦術魔法士の主な標的というのは、無論のこと魔族――魔法の過剰行
使により変異した人間のなれの果て――であるわけだ。
 呼吸するように魔法を行使する彼らにとって、生半可な攻撃など無い等しい。

 魔法はあらゆる物理法則をねじ曲げ、術者の望みを現実事象に変換する。
 仮に肉体の半数以上を失逸したとしても――魔法さえ発動することが出来れば、もの
の数秒で、何事もなかったかのようにすべてを復元することさえやってのける。
 そんな彼らを葬り去る方法はただひとつ。

 ――魔法行使の中枢たる脳組織の五割以上を、一撃でもって完全に粉砕せしめること。
ただ、それだけだ。

「一撃一殺――これがつまり、個人の対魔族戦闘に於ける基本であり、究極的な手段だ。
そのために必要なのは、相手に気づかれるよりも先に敵を見つけ、その上で避けようもない
破滅的な一撃をブチ込む……と。言葉で言うのはえらく簡単なんだがね。

ま、要するに、今言ったことをなんの迷いもなく、何時でも確実に実行できる奴のことを理
想的と言うんだろうが――実際の所、そんな奴は居ないわけだ。

もし居たとしても――そいつ自身も、相当な化け物だろうな。
……さて、こんな所だが。満足して貰えたかね、お客さん?」


 締めくくりながら、俺はフレッドに対して肩をすくめた。
 ……長々と話していたため、流石に喉が渇く。
 冷め切った香茶を一息に飲み干して――俺はカペルに、フレッドの分と併せてお代わり
を要求していた。

16 名前:背徳の炎:04/02/06 11:48
「・・・・・・」
(プカプカと煙草を吹かしている)

17 名前:◆LOSJACkEtA :04/02/10 03:55
 ――公園に、足を踏み入れる。

 昼下がり。
 蒼天から降り注ぐ柔らかな日差しを、丁寧に整備された木々が遮り、その枝が取り零した陽光は、
未だ肌寒い二月の気候の中にあっても、それを浴びる諸々に染み入るような暖かさを与えている。

 ――け。け、け。

 昼下がり……常であれば、午前の業務から解放された会社員や、幼い我が子を連れた母親たち、
それらを目当てに店を構えるいくつかあの屋台によって、それなりの喧噪と活気を抱く筈のこの場所
には、人影はおろか――一切合切の現実感が崩壊したかのような、異様な沈黙が、形も現さずに居
座っていた。

 ……否。

 ――――け。げ、け、けけえ……

 否。形は、在る。
 だが、誰もそれを理解できないだけ。
 見ることは出来る。
 それがどういった存在であるのか、知ることは出来る。
 しかし――それを見るものが人間である以上、そこに在る”それ”を、正しく理解できるものなど居よ
う筈もない。

 ――――け、けけけえ。ら、りらりらーん……

 ごきごきと、耳を覆いたくなるような異音を弾かせて――愉しげに、愉しげに歌いながら、それは居た。
 生き物、ではあるのだろう。蠢き、震え、声を出し、そしてゆっくりと移動するそれは、確かに生きては
いた。
 それには手があり足があり、目があり耳があり鼻があり口がある。
 細かく部品だけを見て取れば、誰も彼もが迷うことなく、それがなんであるのかを答えることが出来る
だろう。そういった意味では、それは確かに生き物だった。
 だが――

 それには、目を、花を、そして口を纏めるべき、『貌』というものが無かった。
 貌だけではない――手を、足を持ちながら、それらを接続、駆動させるための胴体すらもない。

 在るのは、異様に巨大化した眼球と――そしてその表面に、まるでぶちまけたかのように張り付く、
貌と、そして人体を構成する筈の、バラバラの部品だけ。
 そんな訳の判らない物体は、眼球に張り付いた口から愉しげに声を上げると、なにかの冗談のように
折れ曲がった手元の肉塊からぶちり、一部を引きちぎり――

 朱く滴るものを、その眼に大漁に絞り落とした。

 ――――まっまっまっかーまっかなーおめめー

 ”それ”は魔族と呼ばれている。
 それは、かつて人であったもの。
 それは、内側から崩れ去った人間のなれの果て。
 自らの、”ニンゲンのカタチ”を保つことが出来ず、衝動のままに、ありとあらゆる破壊殺戮をもたらす
抵抗不能の自然災害。

 だが――そのような言葉で、それを定義することなど、常識という鋳型の中で生きる人間に出来るは
ずもない。

 故に、それはこう呼ばれる――魔法中毒患者。魔族と。



18 名前:◆LOSJACkEtA :04/02/10 03:56
 ”それ”――魔族は、食事の真っ最中のようだった。
 ぶちぶちと手元の肉塊……つい一時間ほど前までは人間であったものを折りたたみ引きちぎり、眼
にある大きな口に、次々と絞り落としていく。
 魔族は愉しげに嬉しげに歌い、叫び――既に只の物と化した死骸から飛散する血しぶきが、風に乗
って公園を死臭で満たす。

 この狭い空間に、既に生きてる者など無い。
 自ら作り出した無数の骸の中――魔族は自分こそがこの世界の王だとでも言うように、只一心に肉
塊の解体を続けていた。

 そこに――――

「――――顕っ!」

 叫びが、凍結した世界すべてを切り裂くように一閃した。

 爆音――突如として、虚空に紅蓮が発生する。
 生み出されたそれは、弾け飛んだ炎と衝撃を抑えようともせず、ただ物理法則が命じるままに、解放
された破壊力を周囲へとぶちまけ――そのまま、間近にいた魔族の一部を、強引に削り取った。

「う――げええええええ!?」

 痛みにのたうちながら、傷口から大量の鮮血をまき散らし、魔族は叫びを上げた。
 しかし……肉体の半分以上を抉られながらも、魔族はその生命活動を停止させない。
 そればかりか――僅か数秒の後、あふれ出ようとしていた血液が瞬く間に凝固し。
 魔族の体は、何事もなかったかのように、元の状態を取り戻していた。
 治癒などと言うレベルではない。それはまさに”復元”と呼ぶべき現象。
 どちらにせよ、まともな生き物に可能な芸当ではない。

 ――これこそが、魔法。
 この世のあらゆる物理法則を踏破し、
 この世のあらゆる事象を蹂躙し、
 世界を意のままに書き換える人為的な奇跡――

 このようなモノで鎧われた魔族を屠ることなど、人間に出来ようはずもない。
 魔族の――この異形の怪物の周囲に散らばる無数の骸が、その何よりの証左であった。

 だが――

 ぎょろり。
 ひとつしかない魔族の巨大な眼が、ただ一点を示していた。
 視線の先には、木々の隙間からゆっくりと歩みを進めるひとつの影。
 異形を前にしても怯むことなく――
 また隠れようともせずに、軽やかな足取りで進むその人影もまた、此処に第三者がいれば、同様
に異形と映ったことだろう。

 それは、鎧――鎧を身に纏った、人間の姿。
 そしてその手に携えるのは剣ではなく、銃とも工作機とも取れる、巨大な機械がただひとつきり。
 鎧は魔族の眼前に於いて、己を誇示するかのように立ち止まると――周囲の惨状などまるで見え
ていないような口調で、言った。

「さて――お食事中の所悪いんだがね。そろそろ昼休みも終わる頃だ。
いい加減、ここらで消えて貰いたいんだが」

 肩をすくめつつ、そんなことを口にする――鋼鉄の仮面に包まれたその表情は、見ることは出来
ない。

 魔族が動く。
 甲高い叫びとともにその周囲に顕れるのは、先ほど魔族自身に叩き込まれたモノに酷似した爆炎
が五つ。
 その一つひとつが、人間のひとりなど簡単に消滅させられるほどの威力を有していると理解しても
なお、鎧から発せられる口調には変化がない。いや――

「はっ――やる気か? なら、食後の運動とでもいきますか!」

 笑う。
 化け物を前にして笑う。
 絶望を前にして笑う。
 死を前にして笑う。

 そう、仮面の内側に零れる感情は、紛れもない歓喜と戦意である。
 低く腰を落とす。
 手にした長大な機械に右手を添えて、突き出したハンドルを、力任せに引き――放す。
 それで準備は整ったとばかりに、鎧姿はその長大な機械を前方へと突き出し……

 魔族の叫びと、男の叫びが重なった。

「えええええええええええっ!」
「――――――顕っ!」

 その瞬間――世界は、彼らに従った。
 繰り出される火球と火球。
 受け止められる魔力の奔流。
 両者が振るうただ唯一の武器――魔法は、世界のあらゆるモノを破壊し付くさんとばかりに炸裂
する。

 魔法。
 魔族を魔族たらしめる回避不能の究極の力。
 だがそれは、そのまま魔族を打ち倒すことの出来る唯一の力でもある。

 自らがその戦闘の果てに魔族となる危険をはらみながらも、戦い続ける無骨な鎧姿。
 特殊拘束装甲服”モールド”、並びに専用魔法機器”スタッフ”を携え、戦闘用魔法を駆使し、
異形の魔族妖物を殲滅駆逐する、地上最強の傭兵。

 戦術魔法士――自らを鎧によって拘束するその姿から、畏怖と侮蔑を込めて、彼らはこう呼ばれる。
 「ストレイト・ジャケット」。

 鎧の中身……レイオット・スタインバーグは、必殺の意志を込めて、異形に向けて叫んでいた
 ――顕れよ、と。




19 名前:◆LOSJACkEtA :04/02/10 03:57
>>11

―――――レイオット・スタインバーグに関する資料

名前 :Reiot Steighnberg(偽名と思われる・本名不明)
年齢 :不明(二十代半ば)
性別 :男性
職業 :無職(ただし、非合法の戦術魔法士家業を営む)
出典 :榊一郎著・富士見ファンタジア文庫刊「ストレイト・ジャケット」
趣味 :不明
恋人の有無 :不明(過去にとある戦術魔法士との同棲経験あり)
好きな異性のタイプ :不明
最近気になること :日常生活に於ける急激な変化。同居人、カペルテータ・フェルナンデスとの
            関係も若干ながら変移がある模様。
一番苦手なもの :不明。しかしながら、過剰な人物交流は避けている模様。
得意な技 :戦術魔法。無資格ながら、その実力は一般基準の正規の魔法士を上回っている模様。
一番の決めゼリフ :不明。
将来の夢 :不明。
ここの仲間たちに一言 :極度の人員不足により、当局から見逃されてはいるものの、かの人物は
                犯罪者である。良識ある行動を要求する。
ここの名無しに一言 : 上記の理由により、不用意な接触は避けるように。

帝都警察A.T.A.S.A.  第四教導班<ジャペリン>


20 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/02/18 23:19
>>18

「――イグジストッ!」

 叫ぶ――いや、唱える。
 胸部装甲から音を立てて弾け飛ぶ金属片。
 まるで排出された薬莢のように地に落ち澄んだ音を奏でるそれ。
 刹那、両の腕で構え突き出した機械――スタッフの先端、数センチといった空間に、突如として歪みが奔った。

 同時――爆音が轟く。
 魔族より放たれた無数の爆炎。その諸々は一群となってこちらへと飛来し、着弾を待たずに全てが一斉に起爆する。
 連鎖的に空間を埋め尽くす破壊の波。面によって顕れたその純然たる破壊の力は、凡そ避けられるタイミングではない。
 その一撃を以て為す術無く灰燼に帰すべき俺は、だがしかし――未だこの世界に生きて在る。

 俺自身を包むように前方に展開するものは、魔力によってその存在を与えられ、事象世界に顕現する力場の壁だ。

 <ディフィレイド>――ある意味、最も基本的な防御用戦術魔法。
 一方面にしか展開が出来ないという弱点こそあるものの、空間自体を制御し、物理的影響力を遮断できるという点に
於いては、防御力、発動までの速度、展開維持時間ともに、最も使い勝手の良い魔法のひとつでもある。
 展開範囲を、起動理論値最大にまで設定され発動したその防御理場面は、次々と膨れあがる爆熱と衝撃波の尽くを、
完璧に受け流し、そして消える。

 力場による歪みの消えた視界。
 だが、一帯は爆発によって粉塵が巻きあがり、敵の位置を目視することが出来ないでいる。
 思わず舌を打ち、

 ――何かを考える前に、身体が勝手に地を蹴っていた。

 じゅう、と音を立てて、今し方まで佇んでいた地面が、粉塵とはまったく異なる、白い煙を上げる。
 白い煙の過ぎ去ったそこには、小さく、だが深く穿たれた穴があった。

 立ちこめていた粉塵が晴れた。
 魔族は――

「……上かっ!」

 頭上。
 正確には過剰な陽光を遮る意図で植えられた鑑賞木の上。
 か細く伸びた枝の上に、四肢を器用に絡みつかせて、それは居た。

 魔族はげらげらと癇に障る笑い声を上げながら、その巨大すぎる眼からぽたぽたと、液体を振り落とす。
 それはどこから見ても涙にしか見えなかったのだが――

 液体の触れた枝、地面、そしてコンクリート。
 その全てが、先ほど見た白煙を上げ、穴を穿たれ、やがて自重に耐えきれなくなった幾つかの枝が、重力に従って地に落ちる。

 ――溶解液。
 それも、恐ろしく強力な。

「ちっ――顕っ!」

 ほとんど反射的に、俺は魔法を起動させた。
 魔族に叩き付けるように、もはや見慣れた紅蓮を発動。
 <ブラスト>――第一の業火と名付けられたそれは、この地に於いて幾度となく遣り取りされたその通りに。
 爆炎と、そして衝撃波を発現中心点から周囲へと拡散させ、効果範囲内にある諸々を飲み込み灰燼へと変換する。

 しかし――その中に、魔族は居ない。
 起爆の瞬間、奴はこの上なく器用に四肢を身体に折りたたむと、躊躇無く重力に従い、まるでボールのように地を跳ねた。
 止まらない。ぽーんぽーんと、そのような音こそが相応しい、ある意味でユーモラスなその姿。

 だが薄く開かれた瞼から零れる溶解液はそのまま――
 跳ねることによって四方八方へとその飛沫を飛び散らせ、
 その僅かな一部は、いよいよ此方の身に纏うモールドに対しても付着し、
 金属の隙間から進入してきた液体は、有無を言わさず、肉体を焼いた。

「ぐ――」

 苦痛による呻きを噛み殺し、敵を見据え、意識を戦闘へと引き戻す。
 幸いにして、これでもかと特殊鋼や賢者石など、各種貴金属などで構成されたこの鎧――タクティカル・モールドは、
未だその本来の機能を喪失していない。

21 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/02/18 23:19
>>20

 ――戦闘は十分に可能。だが。

「……ま、名残惜しいところだが。そろそろこの辺でお開きだ。あんまり時間掛けてると、煩いのが居るんでね――」

 じゃこん――都合六度目になるスタッフの操作。
 ハンドルを引き離す動きと連動して、スタッフ内部に組み込まれた呪文書式版の上を、疑似詠唱端子が滑る。
 この動作を無音詠唱(ダムキャスト)と呼び――瞬時に基礎級戦術魔法、一回分の魔力が活性化。

 あとはお馴染みの起動呪文――
 撃発音声を叫べば、仮想事象である魔法が、一気に現実事象へと変換されるという寸法なのだが。

 ――この、狂った舞台に一応の幕を引くために。

「……我・法を破り・理を越え・破壊の意志を此処に示す者なり――」

 その一言に応ずるように、構えたスタッフの先端にぼんやりと、朱い光が顕れる。
 虚空に出現したいくつもの光点は、紡がれる言葉一語ごとに更なる輝きを深め、
 やがてそれは、スタッフ先端を中心点として、紅く明滅する二重の同心円を形成する。

 一目ではその全容を理解することは出来ないほど緻密な文様の描かれたそれは、内と外が相互に反転し、
太陽の輝きすらも打ち崩すほどの輝きを以て発現する。

 ――魔法陣(エイリアス)。そう呼ばれているもの。
 それは、脳に次いで虚数海面に於いて魔法の主機たる事象誘導機関が、強制的に超高効率駆動を余儀なく
された際にのみ発生する、いわば魔法の影そのもの。

 人間が、魔法に対し知りうることは少ない。
 にもかかわらず、その利用法さえ判ってしまえば、幾らでも応用法を確立していくのが人間というものだ。

「――ベルータ・イーア・ヴェルテイクン!」

 魔族が、跳んだ。
 此方の成そうとしたことを悟ったのか――あるいは、単なる気紛れであったのか、人間でしかない俺には知るよしもない。

 しかし、その一瞬が。
 結末に向けての引き金を、一気に引いた。

「<ケージング・ブラスト>――顕っ!」

 虚空に浮かんだ魔法陣が、顕現を促す詠唱と引き替えるように、一瞬で散った。
 同時。何処かへと跳びつつあった魔族が、唐突に空中で静止する。

 ……否。静止したのではない。
 魔族は突如として空中に顕れた半透明の球体に包み込まれている。
 何が起こったのか判らないとばかりに巨大な眼をぐるりとぎょろつかせ――

 そして、"中心に向かって収束していく爆発"に、あっさりと押しつぶされていた。
 <ケージング・ブラスト>――爆熱系攻撃呪文の中位に当たる。

 単純な<ブラスト>と威力のほどはほとんど変わらない。
 だが、球場の力場内部においてのみ、その指向性を逆転させられた火炎と衝撃波は、
解放を求めて一気に中心点へと殺到し、内に捉えた対象物を、有無を言わさず焼き潰す。

 単純な爆熱系では爆熱系ではまたもや回避される可能性があったため、ピンポイントでの攻撃を仕掛けてみたが――
思いの外、当たったようではあった。

 ――蒼天から、黒片と化した魔族が降り落ちてくる。
 もはや気にならなくなった死臭混じりの空気を思いっきり肺に吸い込み――

 もはや戦場ではなくなった公園に、俺は背を向けた。


22 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/02/18 23:19
>>10

 ――――そして。

 帰ってきたとたん、近所のおばちゃんに怒鳴られた。
 女のヒステリーには慣れているつもりだが――それでも、疲れた身体にこれは辛い。

 ……というか、俺の記憶が正しければ、そのフクロを持ってきたのは貴女だった気がするのですが。

「あー……その、すいません、シェリングさん。今後は気をつけますです、はい」

 だが、そんなことを口に出来るような雰囲気ではない。
 俺に出来ることと言えば、ひたすらに謝りまくって、この場を丸く収めることだけ。

 ……最近旦那さんと上手くいっていないとの噂を聞くが。
 まさか此処でストレス発散してるんじゃないだろうな、と言う疑念は、とりあえず置いておく。

 ちなみに、このエリナ・シェリング女史は、週一で家の掃除をお願いしている隣の家の奥さんだったりするので、
あまり強く出られないという事情があったりする。
 庭にある明らかに種類が出鱈目な鉢植えとか、カペルがいつも釣れてる猫のシャロンとかは、この人の差し金だ。

 だが。

「……その宇治茶って、もともとは貴女が持ってきたよーな気がするんですが」

 それ以来。
 何が気に入ったのか、事ある毎に宇治茶を入れてくれるカペルテータ君。
 この東洋のお茶は、基本的に輸入品となるので、色々と出費が――

「ああ、いえ――その。何でもありません、はい」

 じろり――と、先の魔族以上のさっきを以て此方をにらみつけるミセス・シェリングに、一体これ以上どうやって立ち向かえよう?
 まさか消し飛ばすわけにもいかないし。

 ――学校で教師から受けるお小言というのは、多分こんな感じなのかとぼんやりと思いながら。
 中年主婦という名の台風が過ぎ去るのを、ただじっと耐えて待っていた……

23 名前:名無し客:04/02/21 03:57
来月新刊発売ですね!
またレイオットさんたちに会えるかと思うと、今からドキワクです。
そこで質問です。
もしも自分で自分の物語を紡ぐことが出来るとしたら、どんな物語にしたいですか?

24 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/02/26 01:58
>>23

「――は? 新刊?」

 場所はリゴレット通り――トリスタン市南部繁華街でのことだった。
 三十年前の大災害、いわゆる<イネルネフェルト事変>以後、混沌の中に人々と活気を取り戻していったこの商店街は、市当局も正式な整備を放棄して久しい。
 まあ、既に出来上がってしまったものを改めて整備し直すというのも莫大な金がかかるし、市がここから吸い上げる税収も半端ではない。
 何処か闇市的な雰囲気に満ちたこの町は、お世辞にも治安が良いとは言えないが――少し足を伸ばせば質の良い商品が破格でてに入ることも多いため、今日も通りは喧噪に満ちている。

 ともかく、二週間に一回の日用雑貨品の買い出しに来た俺――とカペルテータだったのだが。
 食料やら何やらを買い込んで、あとは暇つぶしのために何か本でもと軒先を覗き込んでいるところに、いきなり、そんな声を掛けられた。

「……ちょっと待ってくれ、いったい何の話だ? それとも何か、あんたは俺が何処ぞの作家先生にでも見えると――」

 そこまで言いかけて。
 ふと、ひとつだけ――思い当たるモノが、あった。

「……まさか、あのオッサン。あれを本にして売ってるのか、おい!?」

 あのオッサン……というのは他でもない。自らを軽小説屋などと称する物書きだ。
 最近は顔を合わせていないが、一月ほど前、滅茶苦茶に体調を崩して死にそうだという連絡を受けたのを覚えている。
 そもそもの出会いは、銃弾を買いに出かけた銃砲店。
 物欲しそうにリボルバーやらオートマチックやらを覗き込んでいた所に、”運悪く”目を付けられ――今では、偶に茶飲み話をする程度の相手ではあった。

 ……そして、ある時。
 話のネタとして、今まで請け負った魔族事件の話をぽつぽつとしたことがあったが――

「……本気かよ。いや、確かにんなよーな事を言ってた覚えはあるが」

 思わず、頭を抱える――つまり、何か。
 事の大小はあれ、少なくとも複数の人間が、書籍という形で俺のことを知っていると。

「――――いや、勘弁してくれ」

 ……頭が痛い。
 何故なら、わざわざ声を掛けてきてくれやがった彼の指さすその棚には――見知った男の名と、既に五冊ほど刊行されているらしい件の本があり――

「……何?」

 がっくりと落ち込み駆けた此方を知ってか知らずか。
 その人の良さそうな笑みを浮かべた彼は、此方に、ある一言を投げかけてくる。

 ――物語。自分で紡ぐ。如何様な。
 それはつまり。
 俺の望む世界とは、一体、どんなモノなのかと。

「――――――」

 その場では、答えることも出来ずに。
 その青年に適当に別れを告げて、俺はその場を立ち去っていた。




25 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/02/26 02:36
>>24

 ――――その夜。
 不思議な、光景を見た。

 まったく知らない、だが何処か懐かしい、不思議な、不思議な光景を見た。

 佇むのは戦場。
 相対するは無数の敵。

 それは馴染んだ魔族ではなく――
 見知らぬ、名も知らぬ、だがその存在を確かに知る――無数の、敵だった。

 ――巨大な杖持つ黒い男。
 ――死してなお駆動する数多の骸。
 ――それらを従える男は剣を振り、

 幾度も死に、
 幾度も殺し、
 命を吸われ、
 命を吸い、
 使役され、
 抗い、

 此方を射抜く朱い眼が、
 同様に、何処までも朱い月を背負って前に立ち、
 築き上げた屍山の上を、
 流れ落ちる血河の上を、
 ただ駆けて、
 ただ駆けて、
 それでもなお、
 止まることも出来ず、

 ――その一言を、あらゆるモノに向けて宣告する。


 ただ、一言。

        イ グ ジ ス ト
 ――――汝が死よ、顕れよ―――



 ……そして、朝日と共に生き返る。

「――――」

 ……夢、だったのだろうか。
 朧気に記憶に残る、無数の風景。
 見たことはない……だが、何故か知っていると感じてしまった、どこかの戦場。
 無数の、ひとつとして同じもののないだが全てに胸中しているのは、如何なる場所であったとしても、其処に在るのは、ただ闘争のみと言う事実。

 知らず歪めた口元のまま、水を飲もうと起きあがり――ふと、視界に黒いモノを見た。

「――シャロン?」

 カーテンの隙間から零れる陽光にてらされたそれは、黒い毛並みの猫だった。
 この家にいる黒い猫など、カペルと共に過ごす、シャロンという名の彼女だけ。
 だから、当然そう思った。しかし――

「……? 違うな。どっから来たんだ、お前さん?」

 違う。シャロンではない。
 其処にたたずむ猫は、シャロンと違い黒一色。
 その代わりとばかりに、首筋に巻かれた大きな白いリボンが、朝日を受けて真っ白に輝き――
 数秒、一言も発さずに此方を見据えたその猫は、やはり何事も言わず、ドアの隙間から滑り出た。

「…………?」

 訳も判らず、俺はその光景を黙って見逃して。
 ただ、耳元に、ちりんと言う鈴の音だけが残っている。


26 名前:カペルテータ・フェルナンデス ◆24CSA/UCGI :04/02/27 02:50
 パシャパシャ。
 カペルテータの白い指が、鉄(くろがね)から生み出されたキーを弾く。
 既に当たり前の光景となった、カペルテータの日記である。
 普段これといったイベントのないスタインバーグ邸の様子を、事細かに記録した物。
 スタインバーグ邸の“キオク”と言い換えても良いだろう。
 黙し語られぬそれを、こうして留めて置く……それもまた、カペルテータの付ける
日記の意味なのかもしれない。

>>10 >>22
きんじょのおばさんが あらわれた!

>みる れいおと
れいおと「あー その すいません シェリングさん
      こんごは きをつけますです はい」

れいおとは ひたすら あやまっている!

>さらにみる れいおと
れいおと「ああ いえ その
      なんでもありません はい」

ああ! なんということだろう。
ミセス シェリングのまえに れいおとは どうすることもできず かたまっている!!
このまま きせつはめぐり やがていちねんが すぎるだろう。
ふきさらす かぜや じょじょに しんしょくするさんそに からだをおかされようと
れいおとの からだは うごくことはない。
まさに げんだいの むさしぼうべんけい!!
くちはててゆく れいおとに わたしができることは うじちゃをいれるくらいしかなかった……

ざんねん!!
れいおとの ぼうけんは これで おわってしまった!!

(デッドレイオット 1 : 1かい いのちを すてた)

>>11
「だからね、カペルテータさん。出来ればこの書類に、あなたの事を書いて貰いたいの。
 もちろんプライベートな事だから、公開なんて絶対にしない。約束する」

 声の主を見上げる。
 長い栗色の髪。童顔、という言葉がこれ以上ないほどにマッチした柔和な顔。
 垂れ気味の碧眼に、それを覆う眼鏡。色白な肌。
 これらの特徴を料理すれば、大抵の人間は気の弱い、大人しそうな人間を思い浮かべるだろう。
 しかし、一度でも彼女と対面した事のある人間は、その第一印象を大きく覆されることとなる。
 そうやって最後にちょっとしたスパイスを加えれば、ネリン・シモンズ二級監督官――事実上の、
レイオットの顧問監督官の出来上がりである。
 事実上の、と断りを入れるのは、当然ながらレイオットが無資格であるからという一点に尽きる。
 だからこそ真面目なネリンは、レイオットに資格を取らせ、社会性のある人間とする――これを
ネリンは『レイオット・スタインバーグ真人間化計画』と呼んでいる――ために、日夜奔走しているのだ。
 この書類も、そんな彼女の計画の一端なのだろう。
 カペルテータは、ソファーの上に鎮座しているその計画の中心人物――悪く言えば被害者――を見る。
 つい先ほど目を覚ましたばかりのレイオットの半眼が、御前さんの好きにするといい、と語っていた。

「分かりました。一両日中には書き終えると思います」

 ネリンの手から書類を受け取り、テーブルに向かうカペルテータ。
 その脇で黒猫が、覗き込むように、ともに考えているかのように佇んでいる。

名前 :カペルテータ・フェルナンデス
年齢 :14歳(ただし自己申告)
性別 :男性/○女性
職業 :○無職
出典 :榊一郎著・富士見ファンタジア文庫刊「ストレイト・ジャケット」
趣味 :香茶を入れること。
恋人の有無 :なし(世間的には『レイオットの愛人』と言われている)
好きな異性のタイプ :汚れの為解読不能。猫の足跡と思われる。
最近気になること :同上。
一番苦手なもの :なし(ただし、過去を探られる事については不快に思う様子)
得意な技 :魔力知覚能力の所持。
一番の決めゼリフ :「猫は……お茶を入れたりしないと思います」
将来の夢 :汚れの為解読不能。猫の足跡と思われる。
ここの仲間たちに一言 :レイオット、お茶が入りました。
ここの名無しに一言 :ケースSA発生の際には、速やかな避難を推奨します。

27 名前:カペルテータ・フェルナンデス ◆24CSA/UCGI :04/02/27 03:04
>>23 >>24

 といったやりとりのあった、その晩の事。

「……レイオット」
「あん?」

 鼻の上の文庫本を除け、レイオットが身を起こす。

「今夜、電話を使う予定はありますか」
「いや、特にはないが……」

 珍しく問いかけるカペルテータに、レイオットは軽い既視感(デジャ・ヴュ)を覚えた。
 それは四年前の出来事。
 どんなに刻が流れようと薄れはしない、思い出というには悲しすぎる出来事。ツミビトのキオク。
 恐らく、カペルテータも同じ出来事を思いだしているのだろう。
 ―――二人の出会った、あの日の事を。
 そして、先に意識を今に引き戻したのは、カペルテータだった。

「分かりました」

 ただそれだけのやり取り。
 この時は、それだけで終わるかに思われた。だが―――

………
……


 かたり。
 玄関で物音がする。
 寝る前の洗顔、歯磨きのために部屋を出たレイオットは、当然の如くその音を聞きつけた。
 カペルテータとレイオット以外に、この時間、この家にいる者は居ない。
 物取りの類の可能性を疑いながら、レイオットは銃把の位置を確認する。
 用心深く、物音を立てずに、だが迅速に移動する。
 目指すは玄関――と思った矢先、玄関先からかすかな明かりが見えた。
 家屋の構造上、角から顔を出さずにそこを確認することは出来ない。
 顔を出した瞬間、銃口と目を合わせる破目にならぬよう、レイオットは慎重に覗き込む。
 そして――見た。
 自然の物ではありえない真紅の髪、小柄な身体、目の上で光を反射する球体を。
 見まごう筈もない、四年間毎日姿を見続けた、カペルテータ・フェルナンデスその人である。
 数時間前のやり取りを思い出し苦笑しつつ、レイオットは踵を返す。
 ここで、わずかにでも立ち止まっていれば、レイオットの運命は変わったかもしれない。
 なぜならば―――

「はい、分かりました」

 普段よりも一回り小さい声で、カペルテータは言う。
 無論独り言を言っているわけではなく、電話の向こうの相手と会話しているのだ。

「それでは、失礼します。……ありがとうございました」

 電話の向こうには見えていないと分かりながら、律儀にぺこりと頭を下げる。
 その手元のメモには、何やら細かな文字が、びっしりと書き込まれていた。
 これが何かをカペルテータに問えば、こう答えを返すだろう。

『他人に娯楽を提供するための媒体に使われる文章の手ほどきです』

 そう――カペルテータの電話の相手とは、自らを軽小説屋と称する物書き、その人だ。
 レイオットが彼に語った経験だけでは、ここまで細かにレイオットの行動を書籍にする事は難しい。
 つまり、彼のごく身近に内通者がいたのである。
 カペルテータは、以前レイオットより投げかけられた『小説家になったら如何か』という言葉を受け、
運良く出会う機会を得たその専門家であるこの男と、交流を持つようになった。
 カペルテータは男に手ほどきを受け、男はカペルテータからより詳細な出来事を聞く。
 ―――無論の事、彼女も語りたくない出来事は語らないようだが。
 そうしていつか、カペルテータが書こうと決心した時、彼女が思い描く物語が、紡がれる時が来る。

 ―――のかもしれない。

28 名前:名無し客:04/03/03 17:45
あなたのバックボーンは何ですか?

29 名前:名無し客:04/03/03 17:45
戦いを通じて、その相手と打ち解けた経験はありますか?

30 名前:名無し客:04/03/03 17:46
あなたを3色で表すとしたら、何色ですか?

31 名前:名無し客:04/03/03 17:46
記憶と記録、どっちに残りたいですか?

32 名前:名無し客:04/03/11 18:24
自分の限界を超えたと思ったことがありますか?

33 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/05/26 13:16

 気づけば、雨の多い季節へと移り変わっていた。

 外を見る。
 差し込む陽光。窓越しに見える風景は、今でこそ蒼天を保ってはいるが――
 しかし、何時気紛れに雨雲を湛えるか判らない、そんな危うさを内包した空でもある。

 となると、当然気温やら湿度やらも急激に変化したりするわけで。
 普段は病気のひとつにも掛かりそうもない人物が、時折風邪で寝込んだりすることもあり得ると言うことだ。

 それにしても――

「……御前でも引くもんなんだな、風邪」

 意外なものを見てしまったような……いや、むしろその通りなのだが。
 とにかく何処か落ち着かない気分も手伝って、そんなことを口にしてしまう。

 それを聞き咎めたのか、彼女――カペルテータは、ベッドに横たわったまま。
 普段通りの無表情で、こちらを見やり、呟いた。

「それはどういう意味でしょうか」

 ……しかしその声も、気のせいか何処か弱々しい。
 こちらを見る彼女の目は潤んでいて、加えて表情は、無表情ながら、何処か赤みを帯びている。
 時折こぼす小さな咳と、そして脇の下に突っ込まれていた体温計の示す数値から導き出されるのは、もうなんの
言い訳も出来ないほど、典型的な風邪の症状だった。

「……誰でも、風邪ぐらい引くと思います」

 やはり辛いのか――すっと目を閉じつつもつぶやき答えるカペル。

「……いや、そう言われりゃ確かにその通りなんだが」

 それこそ気のせいか、なにやら何処か不機嫌のような……

「それともレイオットは――私が決して・・・風邪を引かない、とでも?」
「そうは言ってないだろ? ただ、御前がこうやって俺の前で寝込むなんて、それこそ片手でも足りる程度だし」

 かくいう俺も、風邪で寝込んだ経験などほとんど無い。
 無論それは日頃の摂生の賜などと言うことは全くなく、単に風邪に掛からなかったと、ただそれだけの話でしかない。
 それをジャック――知人の機械工――に話した所。
 したり顔で”ああ、馬鹿は風邪引かないって本当だったんだな”、などと――

(……え?)

 今度という今度こそ。
 完全に不意打ちを食らったような心境で、目を閉じ息を整える、カペルテータをまじまじと見つめてしまった。

 ……ええっと、その、つまり、なんだ。
 自分も、”馬鹿は風邪引かない”みたいな事言われたと思って、怒ってるのか、もしかして。

 静かすぎるその表情からは、彼女の裡を計り知ることは出来ない。
 元より自分は、人の心の機微というモノがよく判らないし、それ以前に彼女は、自分というモノをあまり表現しようとしない。

 だから、まさか。
 彼女が拗ねる・・・、なんて事が、そんなことがあるなんて夢にも――

 見つめる彼女の表情には、先ほど浮かんだ”なにか”など、もはや微塵も感じられない。
 其処にあるのはいつもと変わらぬ、彫像の如き静謐な顔。
 だがしかし、今し方目にしたそれは、決して幻想などではなく。

 つまり、彼女も。ちゃんと、前に進んでいるかも知れないと。

(……詰まる所、本気で馬鹿なのは俺だけって事かもな)

 苦笑を浮かべ、ひょいとつかみ上げたリンゴにナイフを当てる。
 先ほど、エリナ・シェリング女史から届けられた見舞いの品だ。
 手早く皮を剥きながら、恐らくまだ起きているであろうカペルに、軽く笑って口を開く。

「……悪かったよ、お姫様。とりあえず――仲直りの印に、リンゴでもおひとつ如何?」
「それは、先ほどシェリングさんに頂いたものだったと思いますが」

「そう言うなよ、確かにそうかも知れないが、俺が剥かなきゃ食えないだろ?」
「――そういうものですか」

「そういうものですよ、お嬢さん。ほら――」

 そんなやりとり。
 空白の時間に訪れた、ささやかな日常。
 自分も混ぜろと言わんばかりに、どこからかベッドの上に飛び乗ってきたシャロンが、みゃあ、と一声鳴いていた。

34 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/10/20 03:14

 ――何時かあった出来事。
 今はもう、昔の話。

>>28

 ”――こいつには、魔族殺しの実績があるんだよ。”

 呟いて俺は、手にした"それ"を、軽く振って示した。


 じっとりと、グリップが汗に濡れる。
 こちらを抱きしめようとゆっくり迫る魔族を前に、生身で立ちつくす俺が手にした唯一の武器が、
この古ぼけた一丁の銃だった。

 LAF社製、ウルフハウンド・オートマチック。44口径。
 重量1080グロム、全長218ミリ、バレル長128ミリ、装弾数7+1。

 数年以上、手入れらしい手入れもせず、木箱に仕舞い込んでいた代物だった。
 無論、武器として欠陥品だったという訳ではない――型こそ古いが、今だ市場に出回っている
現行品であり、主として使用され44マグナム弾は、至近距離でさえあれば、魔族すら殺せるほ
どの、充分な破壊力を持つ。

 にもかかわらず、俺がこいつを延々仕舞い込んでいたのは、より強い銃を手に入れたから、と
言うより――単に、思い出したくなかっただけなのだろう。

 ……滑稽な話だ。
 そんなこと想い出の品を封印をした所で、一時たりとも忘れな事など無かったというのに。

 歪んだカタチで、歪なコトバで……魔族は、アイを口にした。
 まだ人間だった頃の姿を、嘗ては愛らしかったであろう少女の姿を、唯一残す彼女の顔は、と
てもとても愉しそうに嗤ってこそいたが――

 弾倉に、いや薬室チャンバーに残された銃弾は一発。
 まだ動かない――動けない。
 魔族とは、不条理の固まりだ。そこに在ると言うだけで、この世界を形作る、ただひとつの法を
犯し、ありとあらゆる理を砕き、確固たる鋳型の失われた、虚ろなココロで己以外の全てを蹂躙
する。

 そこには如何なる意味もなく、それには如何なる理由もなく――
 そして、それこそが魔族を魔族たらしめる、たったひとつの理なのだ。

「――さあスイートハート。俺を抱きしめてくれ」

 えれえれと嗤いながら此方に腕を伸ばす魔族。視界を埋めるように迫る異形の姿は――嘗て
の、あの場面を思い起こさせた。


 ――初めてヒトを殺した、あの時。


35 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/10/20 03:15
>>34

 ……雨が降っていた。
 銃を握りしめた両手は、今よりずっと小さくて。
 向かってくるその光景が理解出来ず。
 だが一方でははっきりと理解していて。
 それでも、そんなものは信じたくなくて、
 濡れた地面を、尻餅を着きながら、じりじりと後ずさっていた。

 ”彼”を守り、縛り、包んでいた鋼の衣は、無惨に裂けて。
 裂け目から膨れあがった肉塊が、新たなカタチを求めて蠢いている。
 また崩れていない足が、ゆっくりと一歩踏み出した。

 衝動的な恐怖に押されて、僕は一歩、後ずさる。

 進む。下がる。進む。下がる。進む。下がる。進む――
 そして、行き止まり。

 瓦礫に阻まれ、下がることの出来なくなった僕へと。
 ――伸ばされた手は、何かを求めるように蠢き。
 歪んだ口が、歪んだ音でコトバを発し――

 ……ただ、恐くて。
 僕は、

 ……銃声は、たった一度だけ轟いた。

「――え?」

 硝煙の向こう。
 頭部”らしき”箇所に大穴を穿たれたそれは、ぐしゃり――と、力を失って崩れ落ちた。
 体温を失い、流れだす赤。
 動かない。もう動かない。何故? 決まっている――死んだ、からだ。

 ……死んだ? 何故? 決まっている――殺した、からだ。
 ……殺した? 誰が? 決まっている――僕が、銃で、だ。

 死んだ。殺した。
 ……もう、動かない。

 それは、つまり。

「あ……ああ――」

 彼の全てを――僕が、奪い尽くしたと言うこと。

「あ――あ……あああ……」

 ――それは、何時かあった出来事。
 今はもう、昔の話。

「ああああああああああああ――――!!」

 決して消えることのない、僕の……俺の――ツミビトのキオク。
 流れない涙のかわりに、全身を、雨がぬらしていた。


36 名前:レイオット・スタインバーグ ◆LOSJACkEtA :04/10/20 03:17
>>35

 ――頬に、魔族の手が触れた。

 それが、合図だった。刹那、銃を跳ね上げる。
 何時かのように、嘗てのように。
 正確に魔族の顔――恐らくは頭部であろうその場所に照準。
 一瞬、きょとんとした魔族の顔に、混じりけのない殺意だけを載せて、俺は躊躇無くトリガーを絞った。


 ――――かちん。


 ……銃声は、無い。
 全身が沫だった。

(まさか――不発!?)

 えれえれと嗤う魔族の指が、ゆっくりと頬に突き刺さった。
 ちくりと、僅かな痛み。涙のように流れる血筋。

 唯一の殺害方法を失い、立ちつくす俺に残された道は、このまま嬲り殺しにされる事だけだ。

 一瞬重なる、嘗ての記憶。
 冷たくなっていく、崩れ落ちた”彼”の姿。

 気づけば。硬直した肉体から、ふっと力が抜けていくのを感じた。
 ――どのみち、今の俺の人生はオマケなのだ。

(なら。こんな死に方も、別に悪くはないかもな――)

 そんなことを思って、目をつぶった――瞬間。

 殴られたかのような衝撃が、頬を掠め。
 魔族の頭部に、真っ赤な花が、ひとつ――



「……死ね」

 頬から僅かに流れ出る血をそのままに、俺は魔族にむけて呟いていた。
 狙撃――見事な狙撃だった。何処の誰がやってのけたのかは不明だが――不可能なはずの、
魔族への狙撃。

 魔族を護る魔力圏ドメインの反応すらも許さず、正確に頭部を撃ち抜いたふたつの銃弾は、万能の力
たる魔法を魔族から剥奪し、崩れ落ちたそれを只の肉塊へと変換せしめている。全く、見事と言
うほか無い。

 だが不幸にして、脳を失ったからと言って即死出来るほど、魔族は脆弱ではない。
 一体ヒトであった頃にどんな執着があったのか――破壊された少女の顔は、譫言のように「ア
イシテイル」と繰り返す。

 ――その哀れな少女に向かい、俺は死ね、と呟いた。

「もう……いいんだ。御前は、もう死んでいいんだよ」

 やがて魔族は、動かなくなり少女へ戻る。
 虚ろに見開かれたままの瞼を閉じさせて、俺はゆっくりと振り向いた。

 右手には、嘗て魔族を殺し、そして今は殺さなかった、物言わぬ銃がひとつ。
 冷たい鋼に、またひとつオモイデを刻み込んで――銃を、腰のホルスタへと押し込んだ。

 ……今はもう、昔の話。


37 名前:ナレア・シモンズ:04/10/23 21:15
―――姉と、別れてください!

38 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2005/05/25(水) 04:13:20
>>29 ――戦いを通じて、その相手と打ち解けた経験はありますか?

「……また、変わったことを聞くもんだな」

 思わず、笑い出したくなる――なかなか面白い冗談だ、というのが率直な感想だった。
 しかしながら、この見知らぬ客は真面目にそんな問いかけを俺にしているらしい。
 まあ、本人を目の前にして笑い転げるのも、流石に失礼というものだ。
 こみ上げてくる笑いを押さえ込んで、俺は改めてソファに座り直した。

「まずひとつ確認をしよう。
 まあ、そんなに身構えなくていいよ。別に堅苦しい話を仕様って訳じゃないんだ。

 ――さて。俺の仕事はいったいなんだった?」

 答えはない。
 まさか逆に問いかけられるとは思っていなかったのか、困惑した表情を浮かべて固まって
しまっている。
 俺は薄く笑みを浮かべたまま、ちょうど香茶の代わりを入れに来たカペルを呼び止めて、

「改めて聞かれても判らんか?
 なら、カペル。――俺の仕事はなんだったっけか?」

 質問の意味を計りかねたのか、彼女にしては珍しく、一瞬口ごもる。
 もっとも、硬直は本当に一瞬だけだ。
 彼女を知らない人間から見れば、まさしく即答とも言えるタイミングで、真っ直ぐにこちらを
見据えて、カペルテータは答えを口にした。

「……戦術魔法士(タクティカルソーサリスト)

 そんな彼女の答えに大げさに頷いて、言い聞かせるように目の前の客に繰り返す。

「そう、魔法士――それも戦術魔法士だ。
 判るか? 判るよな。だから、俺にそんな質問をしてきたんだろうから。

 つまり俺は、魔法なんて危険極まりない代物で、不条理の塊みたいな魔族相手に、好き
好んで戦争の真似事やってる、並はずれた物好きだという訳だ――しかも、無資格で」

 カペルテータを下がらせて、俺は入れたばかりの熱い香茶を口に含んだ。
 久々にストレートで口にしたお茶は、風味を楽しむよりも前に、はっきりとした苦みを俺の
味覚に伝えてくる。
 飲み干してから、やっぱり砂糖とミルクは必須だな、などとどうでも良いことを呟いた。
客人の困惑はまだ消えない。
その困惑に追い打ちを掛けるように――半ば謳うように調子を付けて、俺は言葉を続けて
いた。

「この際、資格云々は置いとくとして――

 そう、魔族だよ。言うまでもないな。あの魔族メレヴェレントだ。
 人間の成れの果て。
 過度の魔法行使で、身も心も人の形を保てなくなった、文字通りのヒトデナシだ。
 実際に見たことはある? ……ない? おめでとう。そいつは実に幸運だ」

 拍手する。
 からかわれたとでも思ったのか、憮然とした表情を浮かべた客人。笑いかける。

 成る程、だからこそのこの質問だ。
 実際に魔族を見たことがあるのなら、戦術魔法士にこんな問いかけは絶対にしない。
 ――そう、こんな無駄な問いかけは。

「何故かって?
 ……そうだな。その質問は実際にヤツらを見たことがないからこそ出来るってもんだ。
 つまりは――連中、魔族ってのは、そういった存在なんだよ。

 一度でも目撃してしまえば決して忘れることなんて出来ない。
 まともな神経をしていれば尚更。
 アレは具象化した悪夢であり、顕在化した不合理だ。
 会話なんて通じない。交渉なんて論外だ。
 かつては人間でありながら、それ故に――そこから決定的に外れた在り方を理解する
なんて出来ない。
 それなのに――ヤツらは、同じ世界に生きている。


 そして、だからこそ恐ろしい」

 理解できない。
 許容できない。
 妥協できない。
 協調できない。

 否――その様な概念自体が存在しない。にもかかわらず――

「俺たちと同じ世界に存在している。それなのに、ヤツらが生きるのは、ヤツらにしか理解
できない、全く異質のなにかなんだ。

 そして最悪なことに、ヤツらはその異質ななにかで、己の望むままに世界を蹂躙し続ける。
 ただ、そこに在るというだけで。
 ヤツらは、この世界に在ること、それ自体が害悪なんだ。

 判るか?
 ――判らないよな。
 それが当たり前だ。実際に見たところで理解なんて出来るわけがない。

 ……それが魔族だ。
 そして。そんな魔族を殺せるのは、ヤツらが使う法則と同じモノ――魔法だけ」

 浮かべた笑いなんて、とっくに何処かになくなっていた。
 この見知らぬ客人には、俺の言っていることが、恐らくは理解できないだろう。
 無理もない。俺ですら理解していないものを、直接何度もこの目にしていながらも、決して
理解できないものを、言葉で理解させようとすることが土台無茶なのだ。

 ……だが、それでも知ることは出来るだろう。
 決して理解することは出来ないものがあるのだと。
 そんなものが、カタチを持ってこの世界に在るのだと。
 だから――――

「戦術魔法士ってのは、そういうモノだ。
 目には目を、歯には歯を――魔法ソーサリイには魔法を以てその存在を駆逐する。
 妥協する余地なんてないし、そんなことをすれば待っているのは一切の例外なく、己の死
 という結果だけだ。

 ここまで言えば、もう判るよな?
 戦いを通じて、その相手と打ち解ける――なんてことは、仮定としてすらあり得ない。
 結果として残るのは、敵か自分か、そのどちらかの完全な殲滅。
 ただ、それだけだ」

 だから。
 そんな事への興味なんて、無くしてしまった方が安全に生きられるのだと。
 伝えることが出来れば、それで良いのだ。

39 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2005/10/02(日) 13:12:42
>>30 (あなたを三色で表すとしたら、何色ですか?)

 短い夏もとうに過ぎ去り、いつの間にか秋を迎えていた、とある日の事だった。

 別に季節の移り変わりに感じ入るような、殊勝な心がけがあるわけでもなく。
 俺にとっての季節なんて、暑いか寒いかの大まかな区切りがあるだけで、何気なく新聞に
目を通したら、「ああもうそんな時期か」なんて、他人事のように思うような、その程度の出来
事でしかない。

 まあ、馬鹿正直にそんなことを話したら、なにが気に入らなかったのか妙に不機嫌になっ
たシモンズ監督官は、いつも以上に体積のかさばる書類をでん、とリビングのテーブルの上
にぶちまけて帰って行った。

 まあ、今日は虫の居所が悪かったんだろうと半ば諦め気味に納得して、とりあえず急ぎ
必要な書類――主には、ケースSA、魔族事件関係の書類から片付けようと、嫌々とその紙
束に手をつけた。

 ……その時だった。
 みゃあ、という鳴き声が聞こえてきたかと思うと、なにか玩具と勘違いしたのか、気がつけ
ばそれなりに成長ていた黒猫のシャロンが、ぴょん、と勢いづけて、テーブル上の紙束への
突撃を敢行した。

「あ」

 と、呟いたときにはもう手遅れ。
 意外と微妙なバランスで成り立っていたらしい紙束は、予想外の方向からの一撃に抗う事
なく、ぐしゃり、なんて音が聞こえてもおかしくない有様で、あっさりとテーブル上に崩壊をし
ていた。

「あーあ、もう……」

 これはお前の玩具じゃないんだぞ――と呟きながら、シャロンを持ち上げ床へと逃がす。
 ……まあ、別に玩具にしてくれてもいいんだが、その場合シモンズ監督官が鬼と化すのは
目に見えているので。

 しかし、こうやって広がった書類の群れを見てしまうと、ただでさえ少なかったやる気が
たちどころに霧散していくのを感じざるを得なかった。

 そもそも、こういった書類仕事は嫌いなのだ。
 ――いや、好きだって奴は居ないと思うが。多分。

「……やれやれ。――て。あれ?」

 渋々と束の中から、とりあえず必要と思われる書類を引き上げていると、ふと、公文書には
不釣り合いな、妙に派手派手しい色彩の紙が、視界へと飛び込んできた。
 触れてみると、妙に紙質が違う。
 高級品、という訳ではないのだが、明らかに他の物に比べて質がいい。
 ふと興味を引かれてそれを引っ張り出してみると、そこには――

「――”あなたを三色で……”? なんだこりゃ?」

 真っ先に目に飛び込んできた文字を、何となく読み上げてみる。
 その他、いくつか抽象的に過ぎる質問らしき物がつらつらと綴られており、最後まで読み上
げてみると、

 『用紙の回収は本局一階第一事務室まで』なんて文句がある。
 ええと、これはつまり――

「……魔法管理局のアンケートとかか、これ?
 それにしてはまた面白すぎる内容だが」

 どちらかというと、心理テストとかそういった物のほうが近いようにも見える。
 だがなんにせよ、労務省魔法管理局、なんて堅物揃いの役所が発行している文書とは思
えないような、「軽い」代物ではあった。

「……ま、この程度の気晴らしでもないとやってられんのかもな。
 ここ最近、またシモンズ女史の愚痴も増えてきてるっぽいし――」

 公務でくる割には、最近は私的な雑談が多くなってきている彼女の顔を思い浮かべて、
アンケート用紙をテーブルに放る。
 まあ、次来たときに返してやればいいか、なんて思うのだが――

「あなたを色で――か。ありがちだが、何とも答えるのが難しい質問だよな、こういうの」

 例えば。
 そう、例えば。情熱的な人物を色で例えると? 大抵の人間が『赤』と答えるはずだ。
 無論、俺だってそう答えるだろう。
 しかし、同時に。俺にとって、赤が象徴する人物と言えば――

 きぃ、という扉の蝶番がきしむ音とともに、お茶の用意を調えたカペルテータが入ってくる。
 失礼します、という言葉とともに揺れる頭髪は、目の覚めるような真紅。
 思わず、それをじっと見つめていたが――こちらの視線に気がついたのか、カペルテータ
は小さく首をかしげ、

「……なんでしょう?」

 頭髪よりもさらに鮮やかな朱色が、こちらを見つめ返してくる。
 お前の髪を見ていたんだ――なんて恥ずかしい事は、当然言えるはずもなく。

「……いや、シャロンがな。元気なのはいいんだが、書類を玩具にされるのは困る。
 ちゃんと見といてくれると助かるんだが?」

 何処か言い訳じみているとは思ったが、内容自体は本当のこと。
 カペルテータは、いつの間に彼女の足下にそっと寄り添っているシャロンにそっと視線を
落とし、

「…………」
「――――」

 ……一人と一匹は、僅かな時間、お互いに見つめ合っていた。
 その硬直を打ち破ったのは、シャロンだった。彼女は、みゃあ、と一声大きく無くと、今し方
カペルテータが入ってきた扉から室外へと抜けていく。

「……お茶の用意が出来ました」

 と、その光景を何ら疑問も抱かずに受け流し、お茶の時間を告げるカペルテータ君。
 ……もしかして、コミュニケーションだったのだろうか。
 猫と視線で語らう少女――いや、似合っていると言えば似合っているような気もするのだが。

「……ん。どーも」

 追求する気にもなれず、カップを置くスペースを確保するためにテーブルを手早く片付け
る。薬缶から、湯をカップに注いでいるカペルの後ろ姿にやれやれと苦笑した。

 ……つまりは。俺にとっての”赤”の指し示す人物はと言えば、まず第一に彼女の事だと
言うだけの話。その色がどんな意味を持つか、なんてのは、それこそ、その当人にしか判ら
ない事なんじゃないか、と思う。

 まあ、だからこそのアンケートなのかも知れないが――

 なら、俺は?
 俺が俺を見たとして、果たしてその”色”というのは――

「……判るわけ無いよな、俺に」

 実にあっさりと答えが出てしまった。
 まあ、それはそうだろう……自分がどういった人間なのか。
 そんなもの、俺自身、欠片も判っていないんだから。

「どうかしたのですか」

 いきなり笑い出した俺を怪訝に思ったのか、香茶の葉を用意していたカペルテータが問う
てきた。苦笑を浮かべたまま、なんでもない、とばかりにみぎてをひらつかせて、アンケート
用紙を今度こそ、紙束の一番上へと追いやった。

 書類を片付けるのは、この一杯を楽しんでからにしよう、なんてことを考えながら。

40 名前:迷える名無し子羊:2006/08/29(火) 16:28:28
ネリン・シモンズ監督官の第一印象はどうでしたか?

41 名前:迷える名無し子羊:2006/09/03(日) 12:39:39
レイって呼ばれることをどう思いますか?

42 名前:名無し客:2006/10/07(土) 10:01:11
フィリシス・ムーグの元恋人だとか言われてますが、そもそもスタインバーグ氏に性欲なんてあるんでしょうか・・・?


43 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2006/10/08(日) 04:19:53
 ――そして気がつけば、今年も夏が過ぎ去っていた。

 何事もなく……まあ、実際には全くの平穏無事だったというわけではなかったが、そもそも
平穏無事に過ごすことなどあり得ない生活を送っている俺にしてみれば、多少の厄介事に巻き
込まれてるぐらいがちょうどいい。その程度の意味で、なにか取り立てて特別なこともなく、
ごく自然に――何事もなく、夏という短い季節の終わりを迎えている。


>>31
 だから、こんな妙なことを聞いてくる、変わった客が訪れるのも――珍しくはあるが、別に
おかしな事ではない。
 ……ただまあ、一体なんと答えたものか、と頭を悩ませることになるのだが。

「えーと、だな」

 そもそもにして、答えてやる必要があるのかと思わないでもなかったが、わざわざこんな
僻地にまでやってくるような変わり者だ。知ったことか、では到底納得してもらえそうにはな
い。納得させてやる必要があるかどうかは別として。

 しかしながら――質問の内容そのものに、まるで意味を見いだせない場合は、一体どうすれ
ばいいってんだろう?

「質問に質問を返すことになって悪いんだがね――あんたが何を訊きたいのか、正直良く
判らんのだが」

 嘘偽りないところを口にする。記憶。記録。それはつまり――

「……つまり、だ。記憶だの記録だのと言ってるわけだが。
 こういうのってのは、基本的に誰かに覚えていてもらいたい――つーか、自分が”居た”とい
う事実を第三者に知らしめるための行為って事でいいのか?」

 湯気たつティーカップに口をつけて、中に注がれた液体を飲み干し――思わず、顔をしか
めた。ストレートティの苦みに思わず閉口する。茶請けで口直しをしつつ表情に浮かべるの
は、苦笑だった。

「だとしたら悪いね――どちらにも、あまり興味はない」

 カップの中にゆれる澄んだ液体に、これでもかとばかりにミルクと砂糖をブチ込みながらい
う。澄んだ液体はたちまちのうちに濁り、それが本来持っていた香りと味わいを台無しにする……
というのは知り合い曰く、『軟弱な飲み方』だそうだが、俺はその軟弱な代物好みだったりす
る訳で、他人になんと言われようと知ったことではない。

 それはともかく。

「あんたには判らんかもしれんがね。俺は別に、いつ死のうが、どうやって死のうが――そん
なことはどうでもいいんだ」

 ……半分は嘘だ。
 この俺が、いつどこで野垂れ死のうと構わないのは事実だが、”こうやって死ぬべきだ”とい
う思いはある。だが、だからといってそれを、何らかのカタチで残したいかと問われれば――
否だ。

 如何に死ぬか、とは如何に生きるか、ということだ――と、誰かが言っていた気がする。
 今でこそ積極的に死を選ぶつもりは毛頭ないが、だからといって”生きよう”と思えるわけ
でもない。

 何をすべきか。何を選ぶべきか。何を見るべきか。
 なにひとつ判らないままで、これからの事など、考えられるわけがないだろう?

「まあ別に、勝手に相手の方で残すなりなんなりする分には好きにすればいいと思うし、それ
に文句言うつもりはさらさらないよ。
 だけどな――それについてどう思うかと言われても。
 勝手にしてくれ、としか言いようがないな」

 すまんね、と最後につぶやいて。
 俺は小さく、肩をすくめた。

44 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2006/10/08(日) 10:03:04
>>32

「……限界っつーのは、それ以上先がないから限界ってんだと思ってたが」

 ざあざあと、まるで滝のように雨の降り注ぐ空を、窓からぼんやりと見上げながら、そんな
答えを返す。
 テーブルの上には手入れの真っ最中だった、分解された銃器がひとつ。
 ガンオイルで汚れた手を適当な布きれでぬぐいながら、やれやれと質問の主に視線を戻した。

「……まあ、確かによく聞くけどな――死線を前にして”限界を突破し”て、強力かつ危険極ま
りない敵を打ち倒す。ヒロイック系のコミックやらじゃおなじみの光景だが」

 エンディングで美人のヒロインとでも結ばれりゃ完璧だな、なんてことを、薄く笑いながら
つぶやく。しかしながら、相手の顔はぴくりとも――訂正、こちらの言いたいことが判らなかっ
たようで、困惑を表情に浮かべている。……ジョークのつもりだったのだがどうやらお気に召
さなかったようだった。

 やっぱり慣れないことはするもんじゃないな――などと内心思いつつ、軽くため息をつく。
 それで今の醜態は忘れることにして、さて、と姿勢を正した。

「じゃあ聞こう――果たしてそれは、本当に”限界”だったのか?」

 銃の組み上げを行いつつ、どういう訳か最近お決まりになってきた、問答――質問に対して
の質問――を開始した。あまり好みではない……が、端的に「知らない」「判らない」では芸
がなかろうと、苦肉の策だ。
 ――まったく、勘弁してくれ、と言いたいところだが。

「例えば、だ。火事場の馬鹿力って言葉がある。これは知っての通り、緊急事態に対して普段
なら発揮できないような力を一時的に解放することを言うわけだが、なるほど、これも一般的
には『限界を超えた』といえるかもしれない。

 あるいは。弛まぬ修練の果てに、肉体を極限までいじめ抜いた鍛錬の果てに。
 それまで手の届かなかった境地に到達する。そうだな、これもまた、『限界を超えた』と
言ってもいいだろう。しかし、だ――」

 言葉を重ねつつも、組み立てを続ける手は休むことなく動き続ける。
 それと意識しなくても自然と身体が反応する――目隠しをしたままでも銃の分解組み立てが
可能なようにしておけと言うのが師匠からの教えだった。
 まるで訓練真っ最中の兵士にでもかける言葉だが――幼かった当時は、何の疑いも持たずに
その教えを実戦していた。
 まあ、おかげで今もこうして生きている訳なのだが。

「それは本当に、”限界”だったのか?」

 ばちんっ――と、遊底がホールドオープンの状態で固定される。弾丸を詰め込んだ弾倉を
たたき込み、そのまま遊底操作。薬室に初弾が装填され、ただの鋼の固まりが、殺意を具現化
する兵器へと変質する。

「結論から言ってしまえば、だ。俺はそうは思わない。極限状態で発揮される馬鹿力も、気の
遠くなるような特訓の果てにたどり着く境地も、それはすべて人間という範疇の中でのことだ。
誰にでもできることではない、それは事実だが――どれもこれも、人間にとっては不可能では
ない事柄だ。違うか?」

 安全装置をロックして、完成した銃をテーブルの上に置いた。
 ……やることがなくなり、手持ちぶさたとなった俺は、仕方なしに視線を、客人へと合わせ
た。見覚えはあるような気がするのだが……未だに名前が思い出せない。
 要するに、さほど親しい人物ではない、ということの証なわけだ。
 そんな奴に、持論を懇切丁寧に語ってやる自分に半ばあきれながら――止める切っ掛けも、
止める理由も特に思いつかなかった俺は、まあいいかとばかりに深くソファーへと沈み込む。

「そうだな。もしかしたら、本当にごく一握り、人間としての”限界”を超えることができた連
中はいるかもしれない。どんな集団にも例外ってのは現れるもんだ。だから、限界を超えるな
んて不可能だ、なんてことは言わないよ。だがな――」

 窓から閃光が室内へと飛び込んでくる。
 次いで轟くは雷鳴。稲妻がちょうどよく言葉を切るそのタイミングの良さに、なにやら作為
的なものを感じずにはいられなくて、表情にはっきりと出る程度に苦笑を浮かべる。

「そいつらは。限界を超えた連中は。人としての枠組みを突破した連中は。
 果たして、人間と呼べるんだろうかね――?」

 再度、雷鳴。
 ざあざあと続く雨音が、一向に嵐の気配が衰えないことを告げている。
 なにやら調子に乗って身を乗り利出して語ってしまったが、言ってること自体には大して
意味などない。ただ思ったことを適当に口にしているだけだ。
 ……とはいえ、、案外、真理なんてものはそんなところから転がり落ちるのかもしれないが。

「まあ、だからって訳じゃないが。少なくとも俺は、限界云々なんて事はこれっぽっちも考え
た事がないな。生憎と、積極的に人生送ってるわけでもないから、特に目標なんてものもない
しな――長くなったが、これで満足か?」

45 名前:名無し客:2006/10/09(月) 01:21:48
初めて人を殺った感じでどうでしたか?

46 名前:名無し客:2006/10/26(木) 00:34:04
幽霊の存在を信じていますか?

47 名前:名無し客:2006/10/28(土) 22:01:37
あなたの今いる一刻館のCMを考えてみてください。

48 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2006/10/30(月) 01:28:42
>>37

 だっだっだっだっだっだっ、どんどん、ばたーん。
 順に説明すると。
 最初のはたぶん勢いよく廊下を走ってる音で、次はこの居間の扉をノック――というには少々
乱暴だが――した音で、最後のはその、蹴破るような勢いで扉が開け放たれた音。
 そしてその扉の向こう側から現れたのは、いかにも勝ち気そうな表情を浮かべた。少女の姿
だった。
 ずり落ちかけたサングラスを直すことも忘れ、びしぃっ! と書き文字でもつきそうな気迫
でこちらに人差し指を突きつけ、そして衝撃的な一言を吐き捨てる彼女を呆然と眺めながら、

「……なんで敬語なんだ?」

 とりあえず――極めてどうでもいい事柄を指摘した。

 改めて、眼前に立つ少女――なんて言ったら、本人はお怒りになるだろうが――を観察する。
 ナレア・シモンズ。名前から分かるとおり、ネリン・シモンズ二級監督官殿の実妹だ。
 なんでも、姉に憧れて自身も魔法行為監督官を目指して猛勉強中だとのことだが、そんな人
物であるが故に、姉が俺のような無資格魔法士――要約すればゴロツキ――と必要以上に接触
することをよしとしていない。まあ当たり前だ。二十代も前半で二級監督官などという職務に
ついているのだ。どこか幼さが抜けない要望とは裏腹に、彼女自身、相当のキャリア――つま
りエリートだ。
 そんな人物が、重ねて言うが、重犯罪者と同意語である無資格魔法士――この場合俺の事だ
が――と親交がある、などと知られたら、それだけで一種のスキャンダルである。
 なので、妹として姉を心配するこの態度は分からなくはないのだが、それ以前として。

「……それにだな、さほど親しくはないとはいえ、久々にあった知人にかける第一声がそれか?
 というか――この話題は随分前に片付いたような気がするんだが」

 とはいえ――やはり妹としては心配なのかもしれない。
 違う違うと言ったところで、それを判断するのは結果的に”外側”の連中なのだ。
 パパラッチと呼ばれるタブロイド御用達の連中も、今は『黒本』やら、『黒騎士』やら、
『影時間』やら――三面記事に飾り立てるネタには困っていないだろうが、派手に騒ぎ立てら
れれば、それだけでイメージダウンは免れない。
 いかに魔法管理局自体に半ば捨て置かれているとはいえ、無資格魔法士はその存在自体が許
されないのだ。つまり、俺だけでは彼女の不安を取り除くことはできない――

「……まぁ、この件についてはまたいずれ、シモンズ監督官も交えて決着をつけるとして、だ。
 お帰り――って言った方がいいのかね?
 その様子じゃ、大学の方もうまく行ったみたいだが」

 微妙に表情を引きつらせたナレア――その真横を、お茶を用意すべくカペルテータが何事も
なかったかのように通り過ぎる。

 そんな訳で、今日の午後は、普段よりも喧しく過ぎていく――

49 名前:名無し客:2006/11/03(金) 19:31:22
何をやっている時が一番楽しいですか?

50 名前:名無し客:2006/11/12(日) 07:24:33
珈琲と香茶どちらをよく飲みますか?

51 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2006/11/12(日) 14:12:00

 ――ようやく不安定な秋空が過ぎ去り。
 いよいよ冬を迎えようという、そんなある日のことだった。

>>40

「第一印象? シモンズ監督官の?」

 唐突と言えば唐突な問いかけに、思わずきょとん――なんて音が書き込まれそうな表情を浮かべてし
まう。どちらかというと、今更何を言ってるんだこいつは? という意識の方が強くはあるが。

 その一方で、今ではいっぱしの監督官として市内を駆けめぐる彼女の姿を思い浮かべて、偶には昔の
事を思い返すのも、まあ悪くはないのではと言う気もする。何より、本人がこの場にいないというのが最高
だ。

「第一印象っていったら、その――判るだろ?
 多分誰もが思ったはずだ。しかも、俺は彼女と初めて顔を合わせるまで、車ん中でうたた寝をしていた
わけでね――だから、うん。そーいう勘違いをしても仕方ないというか」

 と、なんだかんだと適当に言い訳をしつつ。本人に聞かれたら、多分ただじゃおかないだろうな、という
台詞を口にした。

「まあ、ぶっちゃけ――『学生がなんのようだ?』、と。いや、制服見てすぐに間違いに気がついたけどな。
 それでもあの瞬間は、いったいいつから魔法管理局は託児所になったんだ? なんて間の抜けたことを
思ったりもしたもんだよ」

 苦笑を浮かべつつ、言う。あえて言い訳をさせてもらうなら。
 すでに言ったとおり直前まで俺は寝てたわけで――ついでに言うとカペルテータ君の強烈きわまりない
一撃で叩き起こされたわけだが――そんな思考もはっきりとしない状態で、あの堅物そうな眼鏡かけた童
顔を、本物の少女と見間違えたところで俺に罪はないと言いたい。

 ――フィリシスから聞いたところによると、私服姿だと補導されかけた前科もあるらしいし。彼女。

「まあそれでも、随分と堅物そうだって印象に間違いはなかったけどな。
 なにせ、俺らとの付き合いもそこそこ長くなるってのに、未だに口を酸っぱくしてやれ資格だのなんだと
偉く五月蠅くてな――」

 肩をすくめる。そんな彼女も、ここ数年、幾多の現場をくぐり抜けて、めきめきと実力をつけてきている
事は否定できない。以前のツメの甘さ、と言った部分はだんだんとなりを潜め、年齢を勘案すればいっぱ
しの監督官と呼んでも間違いじゃないだろう。

 だが、それでも。変わらないところも、当然ある。

「三つ子の魂何とやら――なんてよく聞くけどな。
 現場の人間だってのに、未だに聞いてて恥ずかしくなるような正論やら、理想論やら――そんなことを
言ってくるんだ。現実ってものがしっかりと理解できている分、そういうものが大切だってのは判らなくは
ないんだが――」

 魔法管理局の人手不足は尋常ではない。
 特にここ最近続発している魔法犯罪や、さらに深刻な、”黒本”の大量流通による魔族多発事件など。
 一人の監督官が、最低でも二桁の事件を掛け持ちしている事例は少なくない。
 すでに許容量を著しくオーバーしている案件を消化していくにつれて、人命やらなにやらが、心底書類上
の数字や単なる語句としてしか認識できなくなっていく監督官が増えていく中、彼女の口にする『綺麗事』
は変わらない。

「そう、だな。つまり、彼女は」

 頑固で、子供っぽく、融通の利かないところもままある堅物だが――

「ちょっとやそっとでは折れそうもない。俺なんかよりも――よほど、タフな人間だ」

 そして。
 そんなタフな彼女に、救われたのかもしれない男が。


”――――貴方には、まだ出来ることがあるでしょう!”


 ここに、居るのだ。

52 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2006/11/12(日) 14:35:58
>>41

「……いや、どうと言われてもそれはそれで回答に困るんだが」

 というか、俺が覚えている限り、俺のことを”レイ”と呼ぶ連中は二人しかいないわけで。

「別に、呼び方なんてなんだっていいと思うよ。流石に人前で、外聞の悪い呼ばれ方をするのはごめん
被るが」

 名前を縮められて呼ばれる程度はどうと言うこともない。
 だからといって、先頭のRを外してエイオットとか、無理矢理呼ばれても誰のことだか判らんけどな。

 俺のことを”レイ”と呼び出したのは、フィリシスだった。
 まあ特に他意はなかったのだろう――単に気まぐれに拾ったペットに、相性をつける程度の気分だった
に違いない。それになりより、彼女は人の名前を覚えるのが極端に苦手、と言う悪癖がある――実際俺も
何度か間違えられたし。流石に発音が二つだけなら、流石の彼女も間違いようがないというものだ。

 まあ結局のところ。その程度の呼び名だと言うことだ。
 もう一人、俺のことを”レイ”と呼ぶ男が居るが――ジャック・ローランドはフィリシスに紹介された訳で、
多分先に俺がジャックに会っていたら、普通にレイオットと呼ばれていただろう。他の連中から呼ばれる
のと同じように。

 しかし――ふと、こんな事を考える。
 俺が”レイオット・スタインバーグ”と名乗っていなければ――今はもうろくに覚えていない、嘗ての、
師匠に拾われる前にぶら下げていた名前を未だに持っていたのなら。

 俺はなんと呼ばれていたのだろう?


 ――だが、その前提は間違いだ。

 俺が”レイオット”でなければ。
 師匠が俺を拾っていなければ――俺が彼女たちに会うこともなかっただろうし、そもそも、こんな風に
生きていることもなかっただろう。

 その方がよかったのだ――と、かつて思っていたし、今でもその考えは消えないが、だからといって今を
否定する気分は随分と薄れている。全ては、今更のことに過ぎない。

 だから。俺がレイオット・スタインバーグと名乗り、そう呼ばれている以上。
 それを理解した上で俺のことをどう呼ぼうが。

「別に、たいした問題じゃないな。好きに呼べばいいのさ。呼びたいようにな」


 俺は――どんなに足掻いたところで、俺にしかなれなかったのだから。

53 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2006/11/30(木) 02:21:360
>>42

「……まぁ、それなりにあちこちで噂になってたみたいだからな
 別にあんたが知ってても不思議じゃあないが」

 とは言うものの、面と向かってこんな事を言ってきた奴は初めてだった。
 なんだかんだで、俺とフィリシスの名前はかなり売れている。
 フィリシス・ムーグ。戦術魔法士――しかもそれが国内屈指の技量と経験の持ち主であり、そこいらの
モデルなぞ足下にも寄れないような美女。挙げ句の果てに、国内有数の富豪であるムーグ家のご令嬢。
 確か、雑誌の表紙を飾ったことも一度や二度ではないはずだった。
 畏怖や嫌悪の対象となりやすい戦術魔法士としては、例外的に人気の高い――特に女性から――ある
意味希有な人物である。

 そこに俺――そう、無資格の魔法士であるところの、レイオット・スタインバーグが、彼女と同棲していた
という噂があるからさあ大変だ。
 しかもまずいことに、その噂……一部、事実だったりするのだ。

「……まずひとつ、誤解を解かせて貰いたいんだが――
 俺があいつの恋人であったことはない。ただ、家に厄介になっていただけだ」

 本当のことだった。
 ……いやまぁ、本当にそれだけか、と言われると真っ向から否定できないのもまた事実なのだが、少なく
ともあいつにとっての俺は、『その変で拾ってきた犬か猫』と言った具合だったのは想像に難くない。
 そもそもにして、フィリシスに世間一般で言う恋愛感情というものがあるかどうかの方が疑問ではあった。
 世間からはどう映っているかは知らないが――戦術魔法士のご多分に漏れず、彼女も相当な変わり者
だったからだ。でもなければ――”たまたま仕事の現場に居合わせた無資格魔法士”を、自宅に連れて
帰ったりはしないだろう。

 その後、ろくに別れも言わずに、こうやってあいつの家を出て独り――今はカペルも居るから二人か――
暮らしていても、彼女が俺のところに訪ねてきたことなど、それこそ片手に満たない程度でしかない。
 要はまあ、その程度の関係だった、と言うことだ。

(先日、初めてあった彼女の父親に、『よりを戻す気はないか』と言われたときには流石に閉口した。
 まあ、俺も彼女もそのつもりなど全くなかったのだが)

 だから――

「ん……? どうした?」

 だが客人としては、俺の返答にご不満だったようだった。
 なんというか、見当違いの事を聞かされて、苛ついているような。
 そんなことは聞いていない――そんな表情。

 ……はて? そう言えば、この御仁は最初なんと言っていた?

 改めて、>>42の言葉を思い返してみると――

 ……ええと。
 沈黙。

 ようやっと絞り出した台詞は、至極簡単だった。

「……帰れ、いいから。て言うか面と向かって何を聞いてるんだ、あんたは!?」

 びしっ、とドアを示してから、思わず肩を落とす。
 まったく――勘弁してくれ、ほんとに。

54 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2006/12/03(日) 21:59:520
>>45

 じゃこっ――
 と。金属同士がぶつかり、またはこすれてそんな重々しい音を立てる。
 腰元に伸ばした右手が、速やかに”それ”を握り込む。ひんやりとした、同時に手に吸い付
くような感触を確かめて――いよいよ、俺は”それ”を抜きはなった。
 間髪入れずに、眼前の質問者に向けてそれを突きつける。

 サーカム社製T12〈ハードフレア〉カスタム・リボルヴァ。
 艶消し処理を施された、競技用に用いられる重銃身が、そしてその先端に穿たれた45口
径の重厚が、正面の客人(>>45)へとまっすぐに向けられる。

「初めて人を殺した感じは――と聞いたな」

 表情を凍り付かせたそいつの事など一顧だにせず、慣れた動作で撃鉄を引き上げ――
にたり、と笑みを浮かべて俺は問いかけた。

「ならひとつ協力してくれないか?
 ――実はな、俺は人を殺したことがないんだよ。

 ふむ。あり得ない、てな表情をしているな。
 まあ気持ちはわかる。戦術魔法士、なんて世間から言わせればただのチンピラだ。
 魔法使い専門の殺し屋――敵対した人間の一人や二人、手にかけてても可笑しくない、
 そう思ったんだろう?」

 まあ、当然の話ではある。
 正規の戦術魔法士ともなれば、その出動範囲は対魔族戦闘のみならず、対”魔法犯罪者”
戦闘にまで及ぶ。
 俺のようなモグリの魔法士を初め、何らかの要因で道を踏み外した”元”正規魔法士たち。
魔法、という凶器を手に取り犯罪に手を染めた魔法士たちに待ち受けているのは、例外なく
”死”――それが戦闘の果てであっても、司法の果てであっても――だけだ。

 しかし――その点、俺の場合少々事情が異なるのだ。

「君も知っての通り、俺は無資格の戦術魔法士だ。
 ご想像の通り、いろいろとヤバい橋も渡ってきたこともある。
 だが、不思議に思わないか? いくら腕が立つって言っても――そんな、手当たり次第に
獲物を平らげるような奴が、なんでお縄にもつかずにのうのうと暮らしていけると思う?

 ――答えは簡単。俺が、魔族専門だからだ」

 つまり。
 その依頼内容が合法だろうと非合法だろうと――対魔族戦闘以外の仕事は、これっぽっ
ちも受けたことがないのだ。魔族戦闘なら腐るほど経験している俺だが、対人戦闘経験な
ぞ片手で数える程度でしかない。その対人戦闘にしても、結果的に相手が魔族化してしまっ
たり、決着が着かなかったりするケースがほとんどだ。

「だからな。俺があんたの質問に答えるためには、まずあんたを殺す必要があるんだ。
 ああ、そうだ。これも貴重な経験だからな。
 死ぬ前にひとつ聞いておきたい。

 ――これから殺されるってのは、いったいどんな気分だね?」

 そして。
 互いにの間に横たわっていた空気が、完全に凍り付く――――


「……なんてな。冗談だよ」

 撃鉄をセーフティーに戻しながら、取り出したのと同じ程度にさり気なく、腰のホルスタに
仕舞い込んだ。

「……どんな気分だった? 全く理由なく銃口を突きつけられて。
 俺にとってあんたの質問は、同程度に不愉快だった――そういうことだ。
 確かに、俺は人を殺したことがある。だが。それをあんたに話してやる義理がどこにある?

 誰にでも、他人に触れてほしくない話題っつーもんがある。
 確かに俺は無資格で、社会的に最低とされる人間だが――それでも、な」

 肩をすくめて、精神的に疲れ切った俺は、だらしなくソファに身を投げ出していた、

55 名前:名無し客:2006/12/03(日) 22:02:210
猫は、どうして丸くなるのでしょうね。

56 名前:名無し客:2006/12/03(日) 22:06:500
今年のクリスマスはどうなされるつもりですか、カペルさん。

57 名前:名無し客:2006/12/03(日) 22:09:570
いつもモールドを着て生活すればいいじゃないですか。

58 名前:名無し客:2006/12/03(日) 22:10:110
いつも寝転んでいるソファを猫に占領されました。

59 名前:名無し客:2006/12/03(日) 22:23:590
血豆腐、タライ、タンスの角。
次はどんな死に様を見せてくれるんですか?

60 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2006/12/04(月) 08:11:250
>>46

「――幽霊(ゴースト)?」

 訝しげに、思わず俺は問い返した。

幽霊(ゴースト)と言ったのか?
 また随分と時期はずれな話題だな。もうすぐ聖誕祭(クリスマス)だぞ?
 こういうのは大抵夏にする話題じゃないのか?」

 まあ、別に幽霊自体夏限定の代物と言うわけでもないのだが、それにしても世間話として
持ち出してくるには微妙な時期だ。挙げ句……信じているか、だと?

「信じてるか信じてないか――の二択で聞かれるなら、信じていない、と答えるよ。
 なにせ、生憎と一度もお目にかかったことがないんでね」

 苦笑しつつ、答える。
 戦術魔法士は、他の職種の人間に比べ、人死にに関わる頻度は桁違いに高い。
 だからこそ、本当に霊魂なんてモノが現世に留まり、生者へと干渉してくるのなら――
仮にそれがあらゆる権利を剥奪された『生きた自然災害』たる魔族であっても、一度くらい
化けて出てきても良さそうな話ではある。

「――まあ、居るかどうか、と聞かれたならば、それは判らんが。
 さっきも言ったとおり、一度も見たことがないからな。
 確か、『悪魔の証明』だったか?
 無いものを本当に”無い”と証明することはできない……ってね」

 結局それは、一種の宗教なのだろうと思う。
 『幽霊』と、『神』。人に対しての在り方はまるで異なる。
 が――そのどちらをも、人は畏れる。敬う。そして――祈りを捧げる。

 ”何か”を信じると言うこと。
 信じる何かを持っていると言うこと。
 そういった人間は、数の多少に関わらず、一種の司祭と呼んでも間違いではないのかも
しれない。
 そういう意味では――成る程、俺もつい一昔前まで、”絶望”と言う名の神の信者であり、
司祭だったと言える。

「――信じる何かがあるってのは、悪くないもんだ。
 たとえそれが他人に理解されることはなくとも――迷い無く、立っていられるって事だからな。
 だから、お前さんが幽霊の存在を信じていても何の問題もない。
 ただ――それを理解できない人間ってのも、また存在するわけだ。俺みたいにな。
 信じるのは自由だ。だが、それを他人に押しつけるようなことだけは、しないでくれよ?」

 まぁ、彼にしてみたところで、単に聞いてみただけ、と言うのが実際のところなのだろうが。
 そう思って、質問者へと視線を戻してみると――

「……あれ?」

 そこには。
 手も付けられず置き去りにされた、ティーカップが残るだけ。

「――――」

 扉が開けられた様子もない。

「ふむ……?」

 呟いて、俺は自分のカップの中身を、一息に飲み干した。

61 名前:名無し客:2006/12/23(土) 17:47:030
香茶にハチミツを入れて飲んでみたことはありますか?

62 名前:名無し客:2007/06/16(土) 23:41:190
あの時、ああだったら・・・と思う時はありますか?

63 名前:名無し客:2008/02/06(水) 03:31:03
アニメ化おめでとうございます

64 名前:名無し客:2008/02/07(木) 20:19:27
アニメはどんなかんじなんだろ

65 名前:名無し客:2008/02/07(木) 23:22:39
アニメ化祝いにリプトンのワッフルはいかがですか?
香茶に合うと思いますが。

66 名前:65:2008/02/15(金) 23:53:25
すいません。リプトンじゃなくて、その系列店舗『HoneyBee』のワッフルでした。
お詫びにオレンジとティラミスつけますね。

67 名前:名無し客:2008/06/25(水) 21:28:43
今日フレッド君が、学校終わったらまっすぐこっちに来るそうです

68 名前:名無し客:2008/09/01(月) 16:00:41
一日どのくらい寝てます?

69 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2009/11/04(水) 22:56:41
――さてと。
流石に長期間放置してただけあって酷い有様だな。はてさてどうしたもんか。

<Kapeltetha Ferrnandess>
なにはともあれ、片付けから入るべきではないでしょうか。


まあ何も見なかったことにして帰るって言う選択肢もあるはあるんだけどな。
もっとも、そんなことをした日には監督官殿がまた五月蠅いんだろうが。
仕方ない、目に付くところから始末していくとするか。
ひどいのはいっそ魔法で焼却処分しちまえばいいし。まずは――


>>47
 と、どれから片付けるかと思案しているところに飛び込んできたのは、既に経年劣化で
変色した一枚のチラシだった。とは言え、そのカラフルな文面はまだ十分にその存在を主
張していたりする。積もった埃を払いつつ手に取り、ざっと目を通してみるが――

「……一体これは、何を意図した企画なんだ?」
 
 <<キャッチコピー大募集! あなたの今いる一刻館のCMを考えてみてください>>

 記された日付は約三年前。ちょうど此方の仮住まいに入居した頃である。そう思い返し
てみれば、確かにあちこちに入居者募集の案内があちこちに掲示してあったような覚えが
あった。
 となるとこれは、当時行われていた入居希望者向けのキャンペーンか何かだったのだろ
うか。三年前ともなると、魔族事件(CASE: Sorcery Addict)の発生件数が増加の一途をた
どり始めていた時期でもある。
自宅が魔族の襲撃を受けて修繕中の一時期間だけ此方に居を構えていただけに、正直なと
ころ、よく覚えていなかった。

「つーか、契約解除するの自体、すっかり忘れてた訳だしな」

 それに気がついたのが、つい最近――別件の魔族事件(CASE: Sorcery Addict)tによって
再度屋敷の修繕が必要になり、一時的な住居を探していた矢先のことだった訳で。幾ら金に
頓着しない性分とは言え、我が事ながら流石に呆れ返ってしまったが。

「レイオット」

 と、苦虫を噛み潰していたところにカペルテータからお呼びがかかる。
 いつものフードに外套といった姿ではなく、頭巾をまとったその手には、頼んでおいた
梱包用の紐束が握られていた。

「ああ、悪いな」
「――いえ」

 紐を受け取って、そのチラシを紙束の上に置いてまとめて縛り上げる。
 ふと、そういえばこの近所って誰が住んでいるんだろう、とそんなことが脳裏に浮かん
だが――それは、ただそれだけのことではあった。






70 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2009/11/04(水) 23:06:38
>>49

「楽しい――事?」

 唐突に問われたことに、怪訝な表情を隠すことも忘れて、質問の主を見やった。
 そう、我らがネリン・シモンズ二級魔法監督官殿である。それなりに長い付き合いにな
りつつあるが、相変わらずティーン・エイジの学生のようにしか見えない容姿に浮かべた
生真面目な表情は、規則に忠実な労務省のお役人と言うよりは、クラスの委員長とでも表
現した方がイメージにぴったり来る。いや、そうは言っても俺は学校に行ったことはない
んだが。
 それにしても、彼女にしたところでそれなりに場数は潜っているはずなのだが……そう
言った、経験から現れる風格とかそう言ったものが、少なくとも今の彼女からはまるで感
じられずにいる。まあ現場にいるわけでもなし、別に構わないのかもしれないが。
 それはさておき。

「唐突になんなんだ、一体?
 というか、見ての通り――見ても判らんのかもしれんが――俺は新居の片付けの真っ最
中でね。用事が終わったのならさっさと帰ってくれると助かるんだが? 仕事中だろ?」
「私も、来客にも応対せず、片付け中だって言う割にはソファでのんびりしてた人に言わ
れたくないです。それと今日は直帰ですので」

 紅茶を一口含んでから(カペルがわざわざ煎れてきた)、悪びれもせずに返してくる我
らがシモンズ監督官。
 一部訂正。相応に図太くはなっているらしい。

「……まあ何でもいいが。それにしても、何だってそんな話を?
 いくら何でも脈絡がなさ過ぎるだろ」
「いえ。そうやって家事に勤しんでるらしいスタインバーグさんを見ていたらなんとなく。
 現場で生き生きと働いてくれてるのは知ってますけど。プライベートだと何やってるの
かな――て、ほんと、なんとなくです」

 雑談の類ですよ、と微苦笑を浮かべてシモンズ監督官はもう一口紅茶を流し込む。俺と
しても、この一向に片付かない部屋に流石に嫌気がさしてきたので、雑談とやらに付き合
うのも吝かではないのだが。

「これと言って何が楽しいって事もないぞ。どこかの監督官殿が資格資格って五月蠅くな
ければ、それこそ波風立たない平穏な日常だ」
「いえ、資格はいずれ取ってもらいます!
 口うるさく言うに決まってるでしょう、私だって仕事なんですから! ……まあ、流石
に今日はこれ以上は言いませんけど。ところで、ほんとに何もないんですか? 例えば――
趣味とか」
「趣味――ねぇ」

 そう言われて思わず考え込んでしまう。律儀に答える必要もないのだが、資格云々の話
を延々されるよりは遙かにマシではあった。しかしだ。それにしたところで、これまた唐
突に趣味とか言われても。

「……特にこれが、って言うこともないけどな。強いて言うなら――料理か?
 気が向いたらそれなりに凝ったもの作ったりするし」
 
 そう言うと、シモンズ監督官はどこか納得したように、

「ああ……そう言えば、以前何度かご馳走になってますよね」
「最初の何回かは材料費もらった覚えがあるけどな。癒着だの賄賂だのがどうこうとかっ
て言い出して」
「……よく覚えてますね、そんなこと。どうでもいいことはすぐに忘れるくせに」

 あたかも渋いものでも口にしたかのように、シモンズ監督官は表情をゆがめた。
 実際そんなことはすっかりと忘れていたのだが、話の流れで思い出しただけに過ぎない。
此方に恨めしげな視線をおくる彼女に、やれやれと肩をすくめてみせる。
 だが次の瞬間――彼女は一転して、何かを面白がるような表情になると、

「そう言えば、ちょっと小耳に挟んだんですけど――スタインバーグさん。
 昔バーテンダーやってたって、本当ですか?」

 咽せた。それはもう思いっきり。

「なんであんたがそんなこと知ってるんだ!?
 ――って、情報源なんて決まってるよな。畜生、フィリシスのやつ……」
「まあ確かにちょっと――いえ、かなり意外性がありますけど。確かにそう言う経験があ
るなら料理が得意でも不思議じゃないかなーって。ほんと、人は見かけによらないって言
うか」

 にやにやと、此方の過去をほじくり返してしてくれるシモンズ監督官は、実に楽しそう
だった。別に知られて困るような過去ではないのだが、なんというか――言いようもない
気恥ずかしさがあるのも事実である。

 少なくとも。目の前の彼女は、実に楽しそうではあった。
 いやほんとに――勘弁してくれ。

71 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2009/11/06(金) 00:08:36
>>50
「……香茶だが、それが?」
 
 とはいうものの、別に珈琲が嫌いというわけでも香茶が好きだというわけでもない。
単に、同居人のカペルテータが淹れるのが香茶がほとんどだった、というだけの話である。

「――そう言えば、ここしばらく珈琲なんて飲んだ覚えがないな」
 
 たまに市内の喫茶店で昼食を取ったりすることもあるのだが、そう言ったときも基本的
に注文するのは香茶だ。もっとも、他人に言わせると、ミルクと砂糖をたっぷりと入れた
俺の飲み方は、軟弱かつ邪道な飲み方なのだそうだが。
 
 まあ紅茶にしても珈琲にしても、ストレート、あるいはブラックで飲むことなぞあり得
ない。昔はよくフィリシスに子供っぽいとからかわれたもんだが、それはあまり思い出し
たくない記憶の一つではある。

「そう言われてみると、たまには珈琲ってのも悪くはない気がしてくるな。その前に、豆
の買い置きなんてあったっけか。
 ――カペル? 家に珈琲豆の買い置きって」
「ありません」
 
 即答だった。
 
「……えっと、カペル? 珈琲」
「ありません」
 
 即答だった。というかカペルテータさん? まだ言い終わってすらいないんですが。
 
「――――ええと」
「ありませんが、なにか?」
 
 心なしか、視線に凄みが感じられるのは気のせいだろうか。
 あとその、「なにか?」っていうのはやめた方がいいと思う。なんとなくだが。

「……いや、その。香茶、一杯。お願いしたいんですが」

 ともかく、この話題は避けた方がいいだろう、というのは、実によく理解できたわけで。
 我が家の食卓に珈琲が上る日は、少なくとも当分こないっぽい。

72 名前:Reiot Steighnberg ◆LOSJACkEtA :2009/11/08(日) 00:48:51
>>55 (猫は、どうして丸くなるのでしょうね)

「……いや、どうしてって言われても。そう言うもんだからじゃないのか?」
 
 言いながら、思わずシャロンの方を見てしまう。
 前足で顔を洗っていた彼女は、此方の視線に気づくと、子猫特有のまるまるとした顔を
此方に向け、みぃあ、と一声泣いた。単に体勢の問題なのだろうが、ちょうど小首を傾げ
ているように見えるそれは、あたかも「なあに?」と問いかけてきているようにも見える。
 
「――別に、猫だから丸くなる、というわけではないと思いますが」
 
 飼い主――ということになっているカペルがいう。少なくとも、そう言うことが聞きた
い訳ではないと思うのだが。
 
「………かわいぃですねぇ、ほんと」
 
 そしてそこの監督官はいい加減に戻ってきてくれ。人の家で蕩けられてもそれはそれで
困る。

「いいじゃないですか、なんででも。丸くなった猫もとってもかわいいんです。その事実
だけあれば十分です!」
 
 あと十年は戦えます、とかなんとか、訳のわからないことを言い出すシモンズ女史。
 蕩けられるのも困るが、そうやって力説されても反応に困るというか、何というか。
 まあ最初にシャロン見たときは人格が崩壊してたからな。それに比べれば大分ましでは
ある。ともあれ。猫が丸くなる理由など、一つぐらいしか思い浮かばないわけで。
 
「――まあ、なんだ。寒いからじゃねえか?」
 
 我ながら、ひねりも何もない実につまらない回答だと思わなくもないのだが。そもそも
俺にそういう気の利いた回答を期待するほうが間違っていると言いたいわけで――
 
「……ん? どうした?」
 
 気づけば、シャロンがずっと此方を見上げていた。しばしの間無言で見つめあってしま
うが、やがて彼女は視線をそらし、小さく鼻を鳴らす。そのまま立ち上がって、いつの間
にか退室していたカペルの後を追うように部屋から抜け出していく。
 しばらく、ぼんやりとその後ろ姿を見つめてしまう。
 というか、今のリアクションは、まるで――

「スタインバーグさん」
 
 シモンズ監督官が、沈痛な面持ちで告げてくる。

「初めてみましたよ、私。猫に呆れられてる人って」

 ……ええと。

「今回は何だ、そう言うオチか……?」
 
 肯定するように、シャロンの鳴き声が静かに通り抜けた。

――――みぃあ。



73 名前:名無し客:2010/01/01(金) 20:37:50
あなたの存在理由(レゾン・デートル)はなんですか?

74 名前:名無し客:2010/08/10(火) 18:01:29
ヘイワとはなんですか?

75 名前:名無し客:2011/02/26(土) 22:51:16
昼寝しているレイオットの顔の上で丸くなって寝る猫は見れますか?


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