■ -聖マーガレット孤児院/Cain's personality-

1 名前:Kresnik ◆fFCROSSQsM :03/12/25 01:18

 地方都市の片田舎。
 静寂に閉じた街の一角に、一件の教会と孤児院が在る。
 古びた扉は年月を閲してきたと知らせるほどに古く、しかし人を拒絶しない。
 日が昇ったその時から、世界が夜に包まれるその時も。
 意味を違える事のない神の家。



 蕩々と流れる司祭の声は告げる。

 迷い人は戸を叩きなさい。主は万人を受け入れます。
 悪魔は退きなさい。裁きは神の家から始められるからです。

 罪人は祈ります。どうかこの罪を拭って下さい。
 咎人は祈ります。どうかこの身を清めて下さい。

 聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。
 楽園を追放された者の群。放たれた黒い子羊の群よ。
 祈りなさい。主は全てを見ておられます。

 祈りなさい。
 父と子と、聖霊の御名に於いて。
 

2 名前:阿部テル(M):03/12/25 01:41
――――お、こんなところにいつの間にか教会が建ってる・・・?
まぁいい、せっかくの聖夜だ。天にまします我らが乳・・・ゲフンゲフンッ!

――もといッ!
我らが偉大なる父の祝福に感謝して、ここで祈りを捧げさせてもらおう。

・・・・・・天にまします我らが父よ。主よ。
今日の貴方の導きにより、偉大なる貴方の造形たる清く美しきコたちに引き合わせて頂いた幸せ、
そして様々かつ多大なる萌えを与えてくださった貴方の体温・・・じゃなかった大恩、私には身に余る光栄です。
その何者にも換え難き祝福と、その巡り合せと貴方のもたらす偉大なる(;´Д`)ハァハァに感謝します。
――――AMEN。

・・・・・・では、これで。

3 名前:名無し客:03/12/25 01:45
さて、此処が如何なる場所で、あなたが如何なる者なのか。
説明をしていただいて宜しいでしょうか。

4 名前:Kresnik ◆fFCROSSQsM :03/12/28 02:51

 雪が夜の街を清めていた。
 空は昏く、風は凪いで冷たい空気が世界を満たしている。
 大雪ではなく、さりとて小雪と呼ぶには大粒の雪。冬に降り続ける純白の結晶は、針の様
に一直線に、刺す様に。雪は、街の全てに平等に落ちていた。
 この身にも、全ての建造物にも、頽廃と荒廃を象徴する街と街の間、低くなった黒天を望む
ビルの狭間にも――眼前の死体にも。
 祈りの言葉を口に乗せる。
 スライドを引いて薬莢を排出して、マズルスモークを散らしてホルスターに納める。
 見下ろすゴミはヒトの形。両手を歪に曲げて両足を投げ出し、ただ頭部をザクロに変えて、
大地の純白を赤黒く汚して。
 弾丸は正確に頭部を撃ち抜いた。炸薬量を調整した特性のFMJ弾は額を貫通し、刹那の
拍子で頭蓋内に侵入、内部を引っ掻き回した後にエネルギーを以って後頭部を粉砕。以上、
蠢くゴミを制止するゴミに変質させたプロセス。
 急激に冷やされている所為か、それとも雪に吸われている所為か、破砕面積に比して出血
は少ない。
 ただ、確実に。
 確実に、もう動く事はない。
 ――もう、動かない。動く事はない。誰も傷付けられないし、傷つけさせない。何の心配も要
らない。死の楔は害悪を永遠の縛に落とすから。
 生は死へ。死を滅びへ。
 異形、異形。人間以外の、モノ。
 ゴミ以下の存在ではあっても、存在の危険性と言う点では廃棄不能の産業廃棄物も非に
ならない。
 だが――だから。
 消してしまえば害はない。世界に害を成す事は有り得ない。
 天を仰いで、祈る。
 無垢な世界へ祈りを捧げる。
 積み上げた咎に。
 世界に。無垢なる全てに。これから生まれてくる全ての善き子等の為に、祈った。
 世界には秩序が必要だ。
 世界には愛が必要だ。
 世界には節制が。世界には慈悲が。世界には希望が。
 世界に必要な物は多過ぎる。
 世界に不要なモノは、多過ぎる。

「――だから死ぬべきだよ、お前等は」

 吐いた言葉は、絶え間ない白に紛れて。
 跡形もなく、消えた。
 

5 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 02:51

 ――五人の王がヨシュアの前に引き出されると、ヨシュアはイスラエルの全ての人々を呼
び寄せ、彼と共に戦った兵士の指揮官達に、「此処に来て彼らの首を踏みつけよ」と命じた。
彼等は来て、王たちの首を踏みつけた。
 ヨシュアは言った。「恐れてはならない。慄いてはならない。強く、雄々しくあれ。貴方達が
戦う敵に対して主はこのようになさるのだから」
 ヨシュアはその後、彼らを打ち殺し、五本の木に掛けて夕方まで晒しておいた。

                                     旧約聖書/ヨシュア記第10章
 

6 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 02:54

 12月23日。
 摂氏−1℃。

 奇しくもイヴを目前にした2日前に降り出した雪は俗に言う"ベタ雪"で、21日夜から降り出
して22日の昼にはアッサリと溶け、路面を凍結させる役目と日陰に積み上げられて歩行者
道の進行妨害をする役目のみを果たす結果と相成った。
 吐く息が白い。
 電光掲示板が−1℃から−2℃に変わった瞬間に吐き出した溜息は、そのまま凍結して足
元に落ちてしまいそうだ。
 旧式のワゴンが積んだイカレたヒーターは3時間前に沈黙を保って久しく、強めに身体に巻
き付けたジャケットは少しだけ息苦しい。車内でこの寒さなら、果たして外は如何な物か。憂
鬱になりながら、薄緑に発光する車内時計のデジタル表示を見た。
 AM1:30。
 ベッドタウンの街。しかも駅からも離れたココでは、灯りらしい灯りは疎らな街灯と数件のコ
ンビニくらいの物だ。もっとも、これでも数年前に比べれば格段に明るくなったと言うべきだろ
う。畑が減るのに比例して建てられた深夜営業のファミレスやコンビニ、娯楽施設の数々は、
街の闇を所々切り裂いて人工の光で塗り付けている。
 車体の進みが遅々としているのは、スリップタイヤを付けずに乗り出してしまった所為では
なく、一見デタラメに見えるハンドル捌きで絶妙のドライビングテクニックを発揮するセシルが
――運転席に座るセシル=ヴィルキエ(フランス人、年齢不詳(20歳以下有力)、所属異端
審問局カタリナ派第1会員、身長168センチ、髪はブロンド、瞳は薄灰のブルー)が、フラフラ
とスリップしながらこちらに寄ってくる車両に気を配り続けているからだ。タクシーは安全運転
第一でスピードを出さないし、降雪を予測していなかったらしい車の大半はノーマルタイヤの
ままだ。自然、左右に横揺れを続ける車が大半で、ブレーキを踏んでも数メートル滑る車まで
ザラに見られる。こんな中でヘタにスピードを出せば、15分前に見る事になった電柱と合体し
たカローラと同じ道を辿る羽目になる。警察と周囲の注目は浴びたくない。
 赤信号で数度目の停止。肩に垂れたブロンドを苛立たしげに払って、セシルはシートに思い
切り身を埋めた。
 ……手を擦り合わせるセシルの白い相貌は、青暗い夜の中で尚更冷たく凍えて見える。

「コーヒー。……飲む?」

 差し出したコーヒーと俺の顔を交互に見て、ラベルを更に一瞥。
 セシルが俄かに眉を顰める。

「……ブラックだろうな。お前にこの間飲まされたコーヒー、アレはヒドかった。砂糖を飲まされ
てる気分だったぞ」
「アレ、って……MAXコーヒー?」
「名前など憶えていない」

 美味いのに。小さく呟くと、「呆れた」と呟き返された。
 ハンドルを握って運転を続けるセシルはインナーニットの上からレザーコンビのロングコート
を着込んでいて(来る間にビリヤード場とレンタルビデオ店とコンビニを冷やかしているから、
司祭服が着られる訳もない。ちなみにビリヤードは俺のパーフェクト負けだった)、それでも時
折寒そうに身を震わせる。寒さに馴れた人間の身にも堪えるのか、恐るべしは日本の盆地か。
ともあれ、クソ寒い深夜のドライブは望まずと既に2時間ばかりを経過した挙句、今なお現在
進行形で記録を更新中だ。

「……もう少し掛かりそうだな、こりゃあ」
「予想外だな。……チッ、天気予報も当てにならん」
「済まんね、付き合せて」
「いつもの事だ。第一、そう悪い気分でもない」
「……」
「なんだ、その顔は」
「いや、こりゃ雪も降るな、って――って、叩くな叩くな、叩くなよ。その手は下ろせ、冗談だ。
……でも、そりゃそう思うだろ。アレだけ好き勝手に引き摺り回したんだ」
「貴様が大負けしたビリヤードか? それとも「男達の挽歌」が吹き替えしかないとかで散々
罵ったビデオ屋か? 新発売のコーラを買ったコンビニの事かもしれんが――別に。私は
それなりに楽しかったさ。この所は厄介事続きだったから、丁度いい気分転換だ」
「ふぅ、ん……それなら幸いだけどさ」
「私は時間の使い方を知らん」
 

7 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 02:59

 言葉を遮って、セシルは続けた。

「お前の好きに勝手に引き摺り回してくれ。その方が助かる」
「……そりゃどうも」

 ライトアップされたスギの木を通り越したのは幾つだったか。
 街の中心部から少しでも離れれば、少々の光源すら消えて失せる。JRで一つ二つ駅を過
ぎればかなりの都会だというのに、この差は苦笑も通り越して失笑するしかない。
 記録更新は3時間。大型ワゴンの入り辛い道が複雑に入り組んできた所で「サンクス」と、
セシルに合図した。絶妙のブレーキでワゴンが歩道に横付けされる。
 冷気で澄んだ空気の中、沖天には寒々しい蒼い月。
 軽く見上げてから、降りてきたセシルに一礼した。

「悪いな、ホント。今日は助かった」
「構わん。どうせ私も暫くは帰る事もできそうにないんだ。……一応、呼び出される羽目にな
る事はないと思うが、基本連絡の確認だけは怠るな。基本は電子メールとWeb上の特設コ
ンテンツで行う。手順と暗号は――」
「大丈夫、憶えてるよ」
「……なら、良いんだが。私は支部かホテルの方に、」
「さっき聞いたよ」
「あ、ああ。そう……だったか? うむ、いかんな。寒さで頭が鈍っているらしい。ああ、それ
と私の携帯の番号だが、」
「さっき掛けたろ?」
「だった、か。い、いや、なら良いんだ。達者で過ごせ。それじゃ――」

 ぎこちなく笑って、セシルは背を向けようとする。

「あっと……寄って行かないか? いや、ヘンな意味じゃなくて、今日は寒いしさ。みんなもい
るし。ホテルってもう予約入れてあったりするのか、それ」
「は? な……いや、あ、違う、違うけど――ま、待て。そんなの、困る、私は、」

 静寂を斬り裂く電子音。
 チープな「カルミナ・ブラーナ」は、セシルのコートのポケットの中からだ。セシルはストラッ
プの一つもない――と言うより、日本に到着してから間に合わせで買ったから当然だ――携
帯を取り出して耳に当てる。

「……ええ。それは後で報告を――はい、問題無く。詳細についてはこちらの国の機関を通
して、はい。……は、私が、ですか? ですが、私はあくまで一機関員で、そのような――い
え、解りました。場所は支部で。はい。…………失礼致します」
「……セシル?」
「すまんな」肩を竦めて、セシルは苦笑する。「用事が出来た。今回の赴任中、審問局の代表
を私が務める事になったらしい。書類手続きのみになるとは思うが、厄介事が起きないように
早めに手を打っておくとするよ」
「……お疲れさま」

 それじゃあ、と手を振って、セシルはワゴンへ歩いて行く。
 乗り込む直前、「セシル」――ハッキリと呼んだ。
 セシルが振り返る。
 すう、と息を吸って、一言。

「メリークリスマス」

 沈黙。
 目を瞬かせ、眉を顰め、あ、と今更気付いたように口を一度開け――セシルはくすっと笑
って、言った。

「……メリークリスマス」
 

8 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 03:10

 セシルと別れてすぐの場所に、少々長めの坂がある。
 小学生の登下校には不評で、案の定「心臓破りの坂」等と綽名が付いているらしい。
 急勾配を上り切れば、目的地はすぐそこに。教会に隣接したマーガレット孤児院は溶け切ら
なかった雪化粧に鎧われて、冬の街のミニチュアを体言している。
 一ヶ月振りの故郷――故郷、と言うのはおかしいだろう。既に在るべき根を失った筈の俺が使
う言葉としては、それは不適切に過ぎた。けれど、この国に於いて俺が確実に帰るべき場所は
……在るべき場所は、ここに他ならない。
 ジャケットに掛かった雪を払い落として、正面玄関を軽くノックする。
 1度――反応、ナシ。
 2度――同上。
 強めにもう一度だけ叩いて、正面からの進入を断念した。外から見える室内の明かりは端か
ら端まで絶えていて、当然ながら空気と一緒に家は隅まで寝静まっている。
 裏口に回る。入り口の足元、並ぶ植木鉢の手前3つ目を持ち上げる。ビニール袋に入れられ
た小さなカギを使ってドアを開けて、カギをビニール袋に入れて元に戻した。
 三十年物の古いドアが、ぎぃ、と軋んで奥へと開く。「失礼します」「コンバンハ」――小声で言
って、暗い廊下へ足を進める。
 子供達の部屋は二階、赴任司祭用の部屋は一階に。俺の部屋は一階の中心付近、二階へ
と続く階段の手前にある。
 冷えた空気を掻きながら廊下を進んで、不意に。

「……あれ?」

 完全に落ちた筈の光源。外からは完全な漆黒に見えた部屋の灯りが、俺の部屋の真正面に
当たる応接間に限って仄かに燈されている。
 蛍光灯の灯りじゃない。
 もっと不安定で、緩やかな――白色よりも赤に近い、天然のオレンジ色。

「ランプ、か……これ?」
「大正解」

 部屋に入った所で唐突に声が聞こえて、思わず振り返った。静かで落ち着いたソプラノ。その
声質で誰だか正体は解る。ソプラノと言っても本当の意味でそれは"ソプラノ"と形容すべきソ
プラノで、人工ダイヤか蒸留水かと言ったほどに不純物がない。一ヶ月ぶりに聞く柔らかな声
は、帰還を緩やかに思い出させてくれた。
 応接間の窓際。ナイトテーブルの上に据えられたランプの方へと顔を向けて、「暗くないか、
これ」と応答する。

「起きてたのかよ。もう2時なのに」
「まあね」

 声の発生源――言葉の持ち主である所のエーフィ=クロエ=ハウサーは、ランプの傍に置い
た一人掛けのソファに座って、揺れる灯りの元で本を読んでいる。
 エーフィ=C=ハウサー。愛称、「フィー」または「クロエ」、「クロ」。ただし「クロ」は好いていない。
理由は犬とか猫みたいだから。当年14歳の女子中学生(日本換算)で、趣味は読書と音楽鑑賞
と知的ゲーム全般と刃物の照り返しを眺めること。好きな作家はスティーヴン=キングとジム=
トンプスン、江戸川乱歩と三島由紀夫。感動した作品は「ミザリー」で、よく聴く音楽はワーグナー
でも好きな作曲家はベートーベン。ただし全ジャンルを含めるとフェイバリットはHRで、隠れヘヴ
ンズ・ゲイト信者。チェスの腕前はちょっとしたプロ並、年齢的に所持出来ないナイフコレクション
は形式的に"借り物""家族の(と言うか俺の)"としていて、好みのメーカーはランドールとサカイ。
 俺が赴任してからの孤児院で一番の新顔にして、我が家の"三女"であり、自称する所によると
俺の"自慢の妹"――になる、らしい。
 時間が時間なのに服装がジップアップのニットジャケットにジーンズで揃えている所から推測
すると、入浴はまだなのだろう。フィーは文庫サイズの本のページを繰る手を止めると、こちらを
向いて「やあ」と小さな口元を緩めてみせた。

「子供は寝る時間さ。わたしは読書中なんだよ、今はね。今は丁度ペリー・ローダンを296巻まで
日本語で読み終えた所でね。……一冊一冊がサラリと読める所が嬉しいね、コレは。だがまあ生
憎、2千冊を読み尽くす気にはなれないんだけど。私が好物とする小説はミステリであって、SFは
好きでも読書時間の全てを次ぎ込む事はできない」
「14歳は子供だよ」
「精神年齢は君と同じだって自負してるんだけどな」

 ぱたんと本を閉じて、フィーは起き上がる。

「……どうでも良いけれどね、帰って来ての第一声がそれかい? 1ヶ月も勝手に空けておいてそ
れは、とてもじゃないが久し振りの家族に面と向かって言う言葉だとは思えないな」
 

9 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 04:25

 フィーは腕を組んで指先でトントンと二の腕を叩く。流暢な日本語を……と言うより、多少言
葉遣いに男性めいた所がある以外は日本人より日本人らしい日本語を――近年のおかしな
造語を使わないと言う点で、だが――操る妹の言葉は、ニュアンスを一切違える事なく俺を弾
劾する。

「……悪い」
「"悪い"じゃないだろう。私はそんな言葉なんて欲しくない。そんなモノは空き地の野良犬に
でも食わせてやればいい。本当に欲しい言葉は……さて、で?」
「あ、と……その、ただいま、フィー」
「私に言うんじゃなくて、それはみんなに言うべきだね。……ま、今日は最後まで起きていた
私の一人勝ちって事でいいさ。やれやれ、サンタを待ってた甲斐が有ったって物だよ」

 サンタ? 半ば無意識に唇に乗せた言葉を、「人の気も知らないで出掛けたきり自分の家
を留守にする、トナカイのコトも子供達の事も考えない薄情なサンタさ」と、妹は一息で皮肉
ってくれた。

「でもま、こうして帰ってきたんだから良しとしてあげるけど」
「……えーえー、感謝しますよ」

 そのまま背後のソファへと倒れ込むと、俺に付いて歩いてきたフィーは隣に腰を下ろした。
 昼間はくっきりと見えるライトブラウンの髪は、ランプの具合か少々幻想的なオレンジの陰
影を映し込む。それより何より、真っ先に気付いたのは――「背、伸びたんだ」内心に独りご
ちて、相手が成長期だという事を今更に思い出す。
 見ていた事に気付かれたのか、「ん?」とばかり唐突に向けられた視線に紡ぐ言葉を霧散
させられ、慌てて、「他のみんなは眠ってるんだっけ?」――当然の言葉を口にしていた。

「はぁ、それは勿論」一瞬だけ怪訝そうに眉を顰めて、フィーは口を開く。「リーザ姉さんはク
リスマス礼拝と祝会の用意があるからってハリキリ過ぎて、帰ってくるなりバタン。年少組は
――まあ、言わなくても解ると思うけど。さてさて、それなら私はどうした物か。目前に迫った
クリスマスはまあいい。時間の流れを如何こう言うつもりは無いからね、逆らうのは無理だし
考えるのは愚かだ。私は北欧の女神サマじゃないから、時間を弄るなんてマネは不可能だ
し。だから考えた。何をするでもなく、考えて考えて考えて、考えてる内に君が帰ってきたっ
て訳さ。いやいや、ただ無為に"考える"っていうのは中々に面白い暇潰しだったよ。昨日見
たテレビを逆から脳内再生した後、この間出掛けたリンキンのライブで真正面にいた連中の
顔を端から端まで思い出してみたり3ヶ月前に君と対戦したチェスをリプレイしてみたり」
「いつもながら話が長――待て……待て待て待て、お前、あんな対戦まだ覚えてるのか」

 ほぼ全てのコマを取られて負けた。今思うと屈辱極まりない。

「一手目から完璧にね。ちなみに私の脳内再生した君は3割増しで攻め傾向だ」
「……それ、俺って言わないだろ」
「君の6割増しで強かったけどね」
「結果は」
「前回と同じ」
「……それはなんだ、俺が弱いのかお前が強いのか」
「全者が六割後者が四割」しれっと言ってから、ああ、と思い出したような口調でフィーは手
を叩く。「コレから一戦どうかな? なに、さっきコーヒーを幾らか飲んでしまって暫くは眠れ
そうにないんだ。付き合ってくれたっていいと思うんだけど」

 よくよく考えれば――……俺を待っていてくれたんだろう、間違いなく。
 その是非は問うまでもなく、質問を口に乗せるのは躊躇われる。結局なにを言うもないま
ま、ただ一つだけ「ああ」と頷く事にした。
 フィーがナイトテーブルの下に置いてあった折り畳み式のチェス盤を用意する間、ふと、
日増しに大きくなる後姿を眺める。
 ――前見た時は、俺の胸辺りまでしかなかったのに。
 家族の成長を普段見過ごしている自分を如実に自覚する。少しだけ胸の内が黒くなるの
を自覚して、馬鹿な話だと自分を嘲け笑う。
 ……一緒に居る事を拒んだのは俺の意思だ。
 その理由の半分は仕事で宿業で、ココを離れざるを得ない明確な理由だ。俺は"その為"
に生きていると言っても何ら間違いはないのだから。――だけど、半分は。残り半分の理由
は、この子供達の傍に在る自分を恐れたから。護りたい者が目の前で消えてしまう恐怖を
恐れたから――いや、或いは。
 この俺自身が、護りたいモノを破壊してしまう事を恐れ、

「私が白、兄さんは黒。いいかな?」
「え? ん、あ、ああ、そうだな、問題ない」

 ……目の前に、勝負の土台を作り上げたフィーの顔があった。
 小さなテーブルをソファの前に引き摺ってきたフィーは、手早く黒と白の駒を盤面に配置
して、あ、と小さく声を上げる。
 

10 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 04:36

「ん……うん、ちょっとお風呂に行ってくるよ」
「……風呂?」
「そんな露骨に「面倒な」って顔をしないで欲しいな。久し振りに会ったっていうのに、万が一
――もし、今日は疲れてロクに風呂に行けなかった私の匂いが常時の私だと思われるのは
絶対に我慢ならない。そんな訳だから、すぐ戻ってくるからさ」

 立ち上がると、ん……っと大きく一伸び。後ろ手に手を振って歩いていくフィーは、部屋を出
る直前でピタリと足を止めた。

「覗いても構わないけど何処かへ行くのは禁止。私を置いて寝るのもナシだ」
「解ってるよ」
「クッキーはキッチンの戸棚の一番上から三つ目の棚。茶菓子はそれしか残って無いけど、
この間吉村さんから貰ったスルメが冷蔵庫の上に置いてあるから、もしよければご自由に」
「クッキー貰うよ。いいから行ってこい、早く。マジ寝るぞ」
「覗かないのかい?」
 ……フィーは真顔で言っている。
「俺を何だと思ってる」
「……」
「黙んな」

 ……そんなこんなで三十数分。
 シャンプーとリンスの匂いを漂わせたフィーはグリーン一色のパジャマの上からカーディ
ガンを羽織って、部屋から引っ張り出してきたらしい本格系のハードカバー小説を膝の上に
開いている。
 俺はと言えば――

「……ポーンがあと3つ残ってれば、なあ」
「さて、五分経過。試合なら持ち時間を使い切ってるね、とうの昔に。言っておくとするなら現
状はポーン3つ残っていても覆せないとは思うけどね」
「……なんかさ、それ。そのナイトとクイーンの位置が凄いイタいんだけど、それ」
「ディフレクションに乗り過ぎだよ、君は。……やれやれ、なんだかまた実力差が開いてない
かい?」

 今思えば、風呂上りに持ってきたハードカバーは俺の長考を見越しての物か。皮肉が幾
許か感じられないでもないが、実際待たせているこっちとしては文句を言える立場にない。
 ビショップを動かせばルークが攻め、待機するナイトが王を殺す。キングを逃せば次の次
辺りにはクイーンの攻撃範囲がチェックを掛けに来る、ような気がする。「ような気がする」と
言うのは、つまりフィーがどう攻め込んでくるか予想が付かないからで、追加して言うなら俺
の手駒は粗方全滅状態にあるからだ。チェスと言うのは将棋と同様、相手の先の先の先を
読み尽くし、どうやっても"王"を逃げられない状態にするか、という殺伐とした知的ゲームな
のだが――如何せん、相手が悪過ぎる。フィーは大規模な大会で大人に混じって出場して
も実力で全く引けを取る所はなく、寧ろ淡々と相手の手駒を狩り尽くし、ゆっくりとキングを殺
しに掛かるその攻め方から、「グリム・リーパー」とか「カロンの船」とかいう、歳と外見に見合
わない二つ名を周囲から獲得している。
 そんな妹に対抗する俺の技量は、弾薬2千発のM60にスコップ一つで挑むに等しい有様
でしかない。
 ……長考。
 ランプが揺れて影を変化させる部屋の中、ぱらりぱらりとページを捲る音だけが響く。
 意を決して最後のルークを掴んだ瞬間、ページに視線を落としたままフィーが呟いた。

「一つ訊くよ」
「ん……何なりと」

 コマを置いて応じる。フィーは視線をこちらに向けない。

「まさかとは思うけど、"クリスマスだから帰ってきた"なんて理由じゃないだろうね。もしそう
なら、今すぐココから出ていってほしいんだ。出て行け、とは言わない。ただ、そうだったな
ら二度と私には話し掛けないで貰いたい。ココはモーテルじゃないし、何より家族以外の人
間を入れておく余地はない。……さて、聞かせて欲しい。クリスマスが終わったら直ぐにま
た出掛けるつもりなのかな?」
 

11 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 13:36

 視線を向けないまま、フィーは一息にそれだけを言い切った。語尾が少しだけ震えていたの
は、多分。
 多分、気の所為じゃないんだろう。
 ――ああ。
 ……一ヶ月。
 俺が血に汚れる時間。穢れた世界を、更なる穢れに身を浸して制圧する時間。
 それを妹達が知る術はない。
 明かす事のない事実。隠したままの真実。糊塗した真相を知らせる事もないまま、一ヶ月。
 一ヶ月、家族の行方が解らない。あまつさえその生死も解らない、なんて言うのは。
 ソレは、確かに――どれだけ辛いのか。
 罪悪感を抉るつもりで発した言葉でないのは、充分に承知している。主観的で独善的で、
自業自得で勝手な罪に浸るのは勝手な俺の意識だ。
 今まで意図的に思考から排除していた現実は、予想通りに家族を傷付けていた――という
事か。
 気付けば、ページを捲る音が途絶えている。
 フィーの沈黙は、有無を言わせない返答の要求だ。無視すればいつも通り、フィーは何事
もなかったように場を流すのだろう。
 ……ただ、今度ばかりは。
 この瞬間は、そんな曖昧な返答は許されないと直感した。
 小さく。ただ、聞こえるように確実に、一言を発音する。

「……違うよ」

 ページに落ちていた視線が持ち上がる。
 ブルーとグレイのオッドアイがこちらをじっと見据える。

「本当、だね?」
「誓って」
「……宜しい」

 少しだけ声を震わせて、震えを納めて。
 躊躇いない口調で言うと、妹はくすりと笑う。
 ページ捲りを再開させて、フィーは歌うように語り出した。

「1日や2日顔を見たら何処かへ消えてる、なんてのは、正直好ましくない。私は構わない
さ。君の身勝手さは衆知だと思ってるから。ただね、姉さんや夕菜や碧霞やリックやみんな
――そうさ、みんな君の事を案じていない日はないんだよ。ああ、ホント……正直、見てられ
ないよ。たとえみんなが、君がココを開けるのを"司祭の仕事と思っていても"、だ。心配な
んだよ」ページを捲って、フィーは顔を上げる。「勿論……少しは、私もね」

 屈託なく笑うフィーの顔。歳相応のその笑顔に、返す言葉の機先を叩き折られた。
 普段は寡黙な――今は本当の意味で例外だ――妹とこれだけ話すのは、本当にどれだ
けぶりだろうか。近況のこと、好きな音楽や読んだ本、近頃の家族のこと――エトセトラエト
セトラ。話題が近くのミッションスクールに通うメアリの話題に移った所で、フィーは面白そ
うに声を弾ませた。

「ああ、そうそう。学校の方には休みを貰ったんだってさ。全寮制はこういう時に面倒だね。
何しろメアリ姉さん、生徒会役員に、なんだっけ……そうそう、クラス委員? その上でもっ
て部活動の部長を務めてるだろう? 放っておいても後輩に慕われるし先輩方には頼られ
るしで、簡単には休めないだろうからね。いやいや、姉さんがいなくなるってだけで向こうは
おおわらわって訳さ!」あはは、と何が面白いのかフィーは声を上げて笑った。一しきりくっ
くっと笑うと、唐突に声のトーンを落とす。「人が良過ぎるんだ、姉さんは。偶には休まない
と熱暴走しちゃうよ。だけど――休む理由が、帰って来るとも限らない相手を待つ為だ、って
言うんだから……ふふん、まったく遣る瀬無いな」
「……冗談だろ」
「冗談なものか。アレは傍から見ていて健気だとか可哀想だとかじゃなく、ワラ人形に君の
名前を打ち付けるべきだとすら思ったよ。去年とその前、クリスマス所か新年にも顔を出さ
なかった君を22日に息を切らせて帰ってきて待ってたんだから。あの時は流石に私も君を
殺そうと思ったね。台所に置いてある包丁で一刺し。翌日の朝刊の見出しはキマリだ。
 【痴情の縺れ? 女子中学生同居の司祭を刺殺】。ちなみに警察での供述内容はこうだ。
 『どうしてあんな事を?』『……帰ってきた兄さんが、急に私を』『君は抵抗したのかな?』
『しました! でも、私――うっ、うう……』『ああ、泣かなくていい、泣かなくて良いんだ』以上
供述終わり。痴漢事件の大半に見られるように、世論の大勢は私の味方だ。14歳の少女を
暴行して刺殺されたなんて死に様はちょっと笑えるくらいに最悪じゃないかな?」
「……最悪だけど。最悪だけどさ、供述ってなんだ。その会話は何なんだ」
 というかどうしてそんな方向に発展する。
「私が警察で証言するんだよ。『兄さんが急に、私に……血は繋がってないんだからって、
近親でこういう事をって、うぅ……』ちなみに私は目薬なしで涙を流す事ができる」
「要らねえ特技だ」理由が最悪だ。
「割と役に立つんだけどね。ふむ、私は自信が有るよ。君を近親相姦願望のあった人間って
事に仕立て上げて犯人扱い」
「アリバイとかあるだろ。本気で俺は違うんだし」
「抑圧された願望が……とでも言っておくかな。アメリカじゃ何年も歪んだ願望を満たしなが
らも周囲の人間から隠し通した例もある」
「お前のは捏造だろ」
「捏造して実行するつもりだったんだよ。冗談でもなんでもなく」

 帰って着て良かった。
 ……本気でそう思った。
 

12 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 14:10

「でも、だから今年は姉さんも喜ぶよ。いや、目出度いね。そうそう、ちゃんと声を掛けてあげ
なよ? 起こしに行ってあげたっていい。ああ、驚く顔が目に浮かぶね。楽しみだ」

 しかし――と、大袈裟にわざとらしく溜息を吐いて、フィーは呟く。

「……うん。つまり目下最大の用件はだね、クリスマス前日に帰ってきた君がなんの手土産
も用意せずにヌケヌケと私の前でチェスのコマを動かしている事だと思うんだ。尚且つ内容
がこの上なくヒドい。パス六回に長考平均五分、それでもこの結果はなんていうかヒドいね。
ホントにヒドい。勝率0割と言うのは冗談もないんじゃないかと思うんだ。0割だよ? 0割。エ
レメントスクールに通ってるアンジェラでさえ私がココまで退いてあげれば――無論ハンデ
は年齢相応に付けて上げればだけど、それなりに粘り強くは戦える筈なんだけどな。そう、
冷静に、冷静に考えてみたまえ。確かに私がこの歳でチェスを趣味の一つにしている事は
事実、ちょっとした大会で賞を15個、いや、20個だったかな? うん、獲得しているのは事
実だ。けれどそんな事はたとえば君が司祭、あのローマ・カトリックの総本山に座す羊飼い
の大神ヤハウェに忠義を尽くす助祭であるにも拘らず悪魔の音楽扱いされているヘヴィ・メ
タルを愛聴しているのに比べたら、ああ、ダメだ。認めない。認めないよ。私にとってはパワ
ー・メタルだろうがシンフォニック・ヘヴィだろうが聖歌をアレンジしたモノだろうが、ブラックや
ゴシック・ドゥームやらゴアメタルとの区別すら付かないから。いやいや、解ってる。君の言い
たい事はよく解ってるよ。確かにブラックメタルのデス・ヴォイスが通常のデスと呼ばれる声
の音域とはまた違うシャウトを用いていることは不肖、この私の稚拙な耳にでも理解はでき
る。だけどだね、一般人の素人目、いや素人耳にあの違いは理解できるのか疑問に思う。
ふむ、随分私はこの話題に関して話せているね。ああ、勿論素人レベルとしてだけど。どう
してかと言えば君に話題を合わせようと思った私がなけなしの財布の中身をはたいて該当
CD購入に踏み切ったからで、君はまずこの涙ぐましい努力に感謝するなり感動するなりし
て私の頭を撫でるなりしても構わないんだが――勿論頭以外を触るならそれなりに責任を
取って貰うけどね。ふむ、しかしまあ、長々と脱線はしたが――そう、これはハナシに関連し
てはいるが脱線と言えば脱線だろう。しかし脱線はしたけれど、そこに含まれた内容に私の
言いたい事は内包されている。そう、つまり君の矛盾、それに比べれば私の年齢と実力に見
られる差異なんてなんでもないコトだとは思わないか? 君の矛盾に比べれば、ココに来て
みれば私の方は矛盾ですらない。チェスや"ショウギ"、あの日本の伝統遊戯である"イゴ"
に関しては私よりも小さな子供達が技量の限りを尽くして特訓を繰り返しているんだ。そこを
思ってみれば、私よりずっと年上の君がココまで上達もしないで研鑚もしないでのうのうと恥
を晒しているかという事が不思議でならない。ああ、手土産の一つも用意せずに帰ってきて、
のうのうと、だ。
 そう、クリスマスといえばプレゼントだろう?」
「最後の一行の為にどれだけ脱線した、お前」
「あ、いや、いやいや、違う。違うよ兄さん。私は確かにプレゼントが欲しいとは思っているけれ
ど、そこまで子供じゃあない。私が問題にしているのはあくまでチェスについての話だからね」
「……どうでも良いよ、もう」……少し疲れた。「で、可哀想なサンタに何をお願いするんだ」
「うん? ああ、それは勿論大したコトじゃないけどね。ただ、夕菜達の夢を壊さないためにも
――ホラなにせ「サンタさんはいる!」だろう? だから私もそれなりにしっかりとプレゼントを
要求しておいた方がいいと思う訳さ。うん、まあそれでだね、今年は手堅くアクセで。クリスチャ
ンディオール辺りで良いよ。正直君から前に貰ったガボールは、女の子に送るべきモノじゃな
いと思っていたからね。ああいや、無論嬉しくなかった訳じゃない。寧ろあのプレゼントを貰った
時は恥ずかしながら2日は頭の芯が熱いとすら思ったくらいさ。まだ大事に仕舞ってあるし今
でも時々眺めてはいる、が――だが、だね。良いかい? 私が付けるにしては、ガボールのス
カルはゴツ過ぎる上に重いんだ。高々数十グラムとはいえアクセサリーと言うモノは常に身に
付けておく、おきたいモノなんだ。だからこそ、身に付けやすいモノ、身体の負担にならず軽い
モノが好ましい。がアミュレットが良い例だろう? アレは身の安全を祈願して着ける訳だが、
大切な人から貰ったモノは、そう。私にとって君から貰ったモノならばアミュレット同然なんだよ。
第二次世界大戦の時の日本軍、カミカゼ部隊は確か肉親手作りのアミュレットを貰っていたの
だろう? あれと同じと考えて欲しい。デザイン面に関してもそうだ。確かに私が好むシックな系
統の服装と相反を狙うと言う手もあるし、私はその程度なら充分着こなす自身はあるが、やは
り私ももう少し落ち着いたデザインの方が」
「――いや、待った。ストップだ。ガボールを渡したのは悪かったと思ってる」序でに貰い物だ
ったのも悪かった、と言うのは心の中だけにしておいた。「けどな、待て。いつ俺がアクセプレ
ゼントするって……」
「うん? あ、ああ! そうか! そうかそうか、これはすまない! 気付かなかった。いや、私
とした事がこれはうっかりしていた、迂闊だった。まさか君が私にドレスの一つもプレゼントして
くれるとは予想外だった。これは私もお返しの一つもしなくてはね。どうだろう、ここはこの不肖
の妹の心が篭ったサンドイッチか口付けの一つでも――」
「待て待て待て、違う、違う違う、それも違う」予算がない。根本的に。「……服とアクセ以外
で、序でにナイフ以外でにしてくれ。せめて」
 

13 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 14:28

 瞬間、フィーの表情が凍った。
 ……"信じられない物を見た"とでも言いたげな瞳がこっちを凝視する。

「……以外?」
「なんだ。その「絶望を知った」みたいな顔は」
「いや、すまない。私の錯覚ならいいんだが。ならば何かい? 装身具でもなければ服でもな
く、それより安価なナイフの一本でもないと、君はまさかこういう気なのかい?」
「まさか、じゃねえ。……ナイフってお前、マイクロの絶版とか一本余裕で万単位じゃねえか。
あんなモノ――」
「安心したまえ。カスタムだ」
「ふざけんな」
 十万単位だった。
「ほう、ならオーダーメイドでもいいと」
「宝石買えるじゃねえか」

 人差し指で額を弾く。
 フィーは「あくっ」と仰け反って「痛いじゃないか」で起き上がった。
 ……実にわざとらしい。
 溜息一つ。

「……別にさ、悪いってのじゃなくて、だな。ああいや、ナイフはダメだけど。アクセなら無理で
もないし、服だって悪くはない、けど……その、できれば予算も考えてくれればなあ、と」
「ふ……あはは」
「あはは?」
「はは、ふふ……いや、ゴメン。ゴメンゴメン、はは、あはははっ……ふ、ふふふ。うん。冗談、
冗談だよ。そんなにオタ付く君を見たのはホントに久し振りだな。そうそう、安心していいよ。私
は特になにも欲しいと思っちゃいない。でも、そうだな。もし君が許してくれるなら、その辺りの
本屋で文庫の一冊でも買ってくれれば手垢が付くまで読む事を約束しておくよ」
「……別に服でも良いよ。明日じゃなきゃ、時間は有るから」
 それは重畳だと、中学生らしくない言葉遣いでフィーは笑う。
「あ、でも、それじゃユニクロとかは勘弁してほしいね。折角君と回るんだ。専門店街とまで贅
沢は言わないが、せめてデパートなら嬉しいよ」
「オーライ、それじゃそのように。姫君」

 言いながら、起死回生の一手を狙う。動かすのは最後のルーク。
 黒のコマを白のマス目に置いたその時、フィーが口元をにやりと動かした。
 「私の勝ちだね」端的に言った妹の言葉通り、勝負はそこで決まっていた。フィーはナイトと
ビショップでこちらのキングを照準しつつ、動かしたクイーンでキングをチェック。
 チェックメイト。
 残されたコマは僅かに4つ、平均長考5分。これ以上ないくらいの完敗だ。
 フィーは手の中で弄んでいた俺の捕虜を手早く盤面に配置すると、数分前の状況を再現。
"どこがマズかったのか"のレクチャーを端的に開始する。訊けば、曰く「ああ、そうか」と納得
できるような場所ほど見逃し易いし、実戦で実践するのは容易くはない、との事。
 練習が足りないよ、とフィーは何度目かのセリフを繰り返す。

「ふふ……ああ。3日分くらい纏めて喋った気がするな。これで明日から暫くは喋らなくても生
きていけそうだ」
「……喋り溜めってのは聞いた事ないな」
「寝溜め食い溜め出来はせぬ、だっけ? 至言だね。私にとってこうして君と会話するのは寝
食と同程度以上には重要なんだけど」

 言うなり、ぐらりとフィーは上半身をこちらに倒す。身長に反比例して体重の軽い(健康診断
でも「痩せている」を通り越して「痩せ過ぎ」になりかねない)妹の上半身は苦にすらならない
重量で――ただ、日々成長している背と女性らしさだけが、寄せられた体温と一緒に意識する
所となった。
 

14 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 14:35

「……今だけ、構わないかい?」
 笑みを含んだ目尻を緩めて、フィーが至近距離でこちらの瞳を覗き込む。
「どうせ明日になったら、君は弟妹のモノだからさ。今の内に甘えておかないとソンだろう?」
「……カゼ引くっての」
「おやおや。何を言ってるんだい、君は。そうならないようにしっかりと抱えていてくれないと困
るな。いま風邪を引いたら正月まで長引く可能性だってあるんだ」

 ぐいっ、と身体が押し付けられる。
 身を引けば、重心の位置をズラしたフィーはくすくす笑いながら更に追撃してくる。

「部屋行って寝ろ。……あのな、俺自身今は体調が悪くてだな」
「ふむ、君がカゼ? あの君が……? ふ、あはは、これは傑作だ! 君を侵せるウイルスな
ら、私などイチコロだろうね。まあ、けれどそうなれば結果は結果だ。甘んじて私はそれを受け
入れよ――」
「無茶言ってんじゃ――ねえ」
「きゃ……」

 尚もソファに座ったままのフィーを有無を言わさず抱え上げる。
 バランスを崩し掛けた妹の肩に手を差し入れ、膝を抱えて抱き上げた。

「決着も付いたし、話も済んだ。連れてくのは26日以降で良いんだろ? ……だったらもう寝
ろって。俺も寝るから」
「ほう……? ははっ! これはこれは、これはつまりお誘いかな? 正直それには後2年ば
かり掛かると思っていたんだが、いや、嬉しいな。出来ればムード溢れるイヴにしてほしかっ
たけど、流石にそこまで贅沢を言うつもりは――」
 不意に、フィーがぴたりと声を止めた。
「だからお前の部屋に連れてくだけ――どうした?」
「あ、いや。そうじゃないんだ」天井を軽く仰ぐフィーは真顔で、「正直な話、君が君の部屋で寝
るのは不可能だと思う」

 ……なんだ、それ。
 意味不明の言葉を理解したのは数秒後。
 部屋を出て、自室のドアを開けてから。

「……」
「……いやあ。ちょっと家全体の整理をしたらだね、仕舞っておく場所がなくなってさ。一時的
だ一時的だと思いつつ使ってたからこんな結果に」

 部屋の隅から隅まで。俺の寝床があった場所(ちなみにベッドでなく布団を敷くだけの簡易
的な物だったが)は、積み上げられたダンボールと布団掛けにハンガーで吊られた服の山に
圧殺されてもはや"部屋"の体裁を成していない。密封されたCDコレクションの上に何も載っ
ていない事だけは、果たして唯一の救いと言えるのかどうか判断に迷う。

「うん。私の発案じゃないよ、念の為」
「別に誰の案でもいいけど、なあ」

 ……コレは、ちょっとだけヒドい。
 明日、掃除しよう。ドアを開けた瞬間に目の前に落ちてきた、二回しか袖を通してないジャケ
ットを見て硬く心に誓う。

「ふむ、どうだろう。ココはさ、大人しく私の部屋で」
「毛布持ってけば何処でも寝られるから、俺は」
「ちぇ……やれやれ、頑固だなぁ。ま、今回は退くとするさ。私も部屋に戻るとしよう」
「そうしとけ」
「うん」
 

15 名前:◆fFCROSSQsM :03/12/28 14:40

 殆ど不意に、フィーの腕が首に回る。
 仄かな石鹸の匂いと、頬に触れる小さな唇の感触。

「それじゃお休み、兄さん」何でもないように言って、俺の首を支えにしたフィーは「よ……っ」、と
ばかりに床へ足を下ろした。「メリークリスマス。また、明日ね」
「……ああ。また、明日」

 体格に合わない大きなカーディガンを引き摺って、フィーは二階へ歩いていく。
 角を曲がって姿を消す直前、フィーは「兄さん」と小声で言ってこちらを見下ろした。

「ホントはね」
「あ?」
「君が帰ってきたのが、ホントのプレゼントだと思ってるよ。少々クサ過ぎるけど、身勝手な君を
思えば大袈裟でもないだろう? 今年ばかりは我等が主も粋な計らいをしてくれたってさ」

 返答を待たず、フィーは背を返す。
 ……聖夜前日よりも一日早い帰郷は、そんなこんなで一日目。
 ――とりあえず、俺がまず最初にするべき事は。
 久し振りの故郷で。
 何もかもは、積み上げられたダンボールの山から毛布を引っ張り出す事から初める事にした。



                                            −前夜の前夜・End−
 

16 名前:大十字九郎 ◆TSMAgIUS4A :03/12/31 11:44
 ええと、もう質問していいのかな。もし流れさえぎっちまってたら悪い。

 ちなみに今日は「処刑人」と間違えて「処刑人アナザーバレット」をレンタルしちまって激しく
鬱だ、主よ _| ̄|〇

 そんなわけで、神父さんてきにお勧めな映画を紹介してもらえないかな。新しいヤツでも
古い名作でも何でもいい・・・ちなみにデスペラードは観た、最高(バカ)だった(何


17 名前:名無し客:04/01/09 18:27
あなたを主人公にしたゲームが新しく作られることになりました。
どんな内容のゲームが作られると思いますか?

18 名前:名無し客:04/02/13 10:32
バレンタインが近いですが、
誰かにチョコを貰う(渡す)予定はありますか?

19 名前:名無し客:04/02/27 14:06
最近、言霊遣いの少女が見つからないような気が・・・
地下室に監禁してるんですか?

20 名前:名無し客:04/02/27 14:09
猫っぽについて。

21 名前:名無し客:04/03/08 22:00
孤児院に新しい子供を迎える時の「儀式」なんかありますか?

22 名前:名無し客:04/03/11 17:44
最近カレーなシスターには会っていますか?

23 名前:名無し客:04/05/07 12:50
(地下スレを眺めて)
クルースニク氏は浮気者、と……(メモメモ

24 名前:名無し客:04/05/17 02:04
やたらと兄弟姉妹がいらっしゃるようですが、教育費や養育費は何処から貰ってるんですか?

25 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 01:16

 足を出す毎に、血が足元へ下がっていくような錯覚を覚える。
 天井が近い。
 聖堂から幾らも潜っていないというのに、遥か空にあった天蓋は頭上二メートルにまで
迫ってきている。
 鼻を突く土の匂い。光源はオレンジ。仄かな光は地下50mの無窮を照らして、細く長く
狭い通路を映し上げる。
 通路はコンクリート時の柱で補強されていて、いかにも工事中といった――そうでない
なら、発掘作業中の炭鉱を思わせる趣を呈している。十メートル感覚で壁に掛けられた
ランプは、互いの限界距離で通路を儚い光で満たしているのだ。
 何も不思議じゃない。ここは地下で、ヴァチカンの施設で、そして元はカタコンペへの隠
し通路を分岐させて作り出されたもう一つの秘蹟だ。

「秘蹟――ねぇ」
 自分で言って、思わず笑ってしまう。秘蹟が神秘だとするなら、この先に待ち受けるの
は神秘(、、)とは程遠い現実(、、)なのだ。
 如実に自覚する時間が訪れた。
 通路が唐突に途切れたのだ。いや、正確には土とコンクリートの通路が(、、、、、、、、、、)
 そこは、言うなればホールだ。その正面には一つの扉がぽつんと置いてある。
 現れるのは丁寧に舗装された金属の床と金属の天井、眩いばかりのライトに侵入者感
知用のセンサー、数々の攻勢防壁。カタコンペから分かれたアナログな通路は唐突に断
絶し、まるで宇宙船のデッキに迷い込んだようだ。
 見慣れた光景(、、、、、、)。溜息を吐きたくなる。
 自動ドアを潜って、直後。

「うーわ」

 プシュン、と小気味いい音。
 勢いよく左右に開いた扉の向こうの世界に思わず絶句。「ああ、俺今イヤな顔してるだろ
うな」と自分で感情の細部まで認識した。
 機械。
 その二文字で表現は足りた。
 床一面、壁一面、部屋一面の機械の山。機械、と一口に言ってしまえばそれまでだが、
俺では理解の及ばないモノで構築されているのだから仕方ない。元はホール状だった筈
のフロアは、天井近くまで堆く積み上げられた機械の山で迷路然としている。
 窓はない。地下50mに作られた兵器開発部本部(本部しかない)が太陽の光を呪うよう
な大地底に存在しているのにそれでも煌々と明るいのは、周囲に据え付けられたライトと
――そして、ガラクタ(にしか見えない)の山に埋もれたモニターが発する緑や蒼の輝きの
所為だ。
 しかし、まあ。
 この間より酷くないか。
 この間(二週間前)は、少なくとも扉の真正面に等身大のキティちゃんは無かった筈だ。
その腕にマシンガンが仕込んでもいなかった。
 酷くなっている。絶対に。
 迷路を進む。ガシャンガシャンと音が響く。天井からは幾本もロボットアームが降りてい
て、転がった機械を左から右へ、右から左へと忙しくなく移し変えている。規則正しく耳を弄
う轟音はリズムがよくて、間違っても惹かれて長く留まれば難聴にでもなってしまいそうだ。
 

26 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 01:18

 俺から見れば「ガラクタ」としか思えないが、どれも精密機材ではある筈なのだ。ただ、
その群体の配置と内容にあまりに統一感が無い所為で、否応無くガラクタの山、といった
印象を受けてしまう。
 不意にマトリックスを思い出した。ネオが船に乗り込んだ時の光景さながら、近未来然と
した異世界は厳然と顕現している。三方を機械の山で挟まれた一区画、三十を越えるモニ
ターがひっきりなしに点滅するその只中――そこに、そいつはいた。
 点滅するモニターの光源の下、マシンガンのような速度でタイピングする男が一人。視線
は天井のモニターに行ったと思えばその隣へ移動、即座に目の前を見たと思えば右に左
に。デュアルディスプレイ所じゃなく、それはその全てが(、、、、、)一つのディスプレイ。馬鹿デカい
キーボードが五つも交互に叩かれる様は、デス/ブラックのドラマーを見ているようで一種
爽快だ。
 HUDをアタマに付けたまま、両手の指には感覚増幅のグローブを。首筋から生えた無数
のコードは神経と直結している――それがコイツの能力(ちから)。情報を形として扱う異能。研ぎ澄
まされた知覚能力。審問局の全員を足してすら追い付かない処理能力を誇る、最強で最凶
のハッカー。
 こちらに気付く様子はない。目の前に置かれた仕事(ジョブ)を、ステーキを貪るように片っ端から
処理していく。度を越えたワーカホリック。仕事は趣味で、趣味は快楽。データを演算し積分
し、機械として(マテリアル)アウトプットする事が最大の生き甲斐だとか。
 話し掛け辛いし話したくもない。
 でも話すしかない。
 意を決して、左右に小刻みに振られていたHUDを指で押した。
 びくん、と一度痙攣すると、そいつはゆっくりと振り返り、

「……む」

 HUDに手を掛けて外し、

「むー!」

 外れないらしい。仕方ないから手伝って外した。

「っかー! 死ぬかと思たぁ!」
「いっそ死ねよ。止めねーから」
「……あ、と。よ、おひさ」

 長身痩躯、白衣の下にはサンリオキャラのTシャツと破れたロングジーンズ。司祭と云うよ
りヒッピー、科学者と云うよりヒッピー。前者と後者なら後者寄り。
 二度三度と首を振って、ソイツは首を上げて俺と視線を合わせた。灰がかったブロンド、ダ
ークブルーの瞳。典型的なヨーロッパ人の顔が示す通り、ジェイムス・”マッドファクトリー”・
ブリングスはイギリス出身の"武器屋"だ。年齢は俺より三つから五つ上、出身はイギリスの
奥地。ココに(ヴァチカン)来るまではCIAの情報対策部でサイバーテロ対策に当たっていたほか、米陸
海軍から要請を受けて武装理論を提供していたらしい。
 そんな輝かしい形跡を持ったこのサイバージャンキーは、一度この地下を作って貰ってか
らは時折外には出でて来るだけのモグラ暮らし。無数のセキュリティと小型のロボットに身辺
警護をさせつつ、この男は秘密結社宜しく兵器開発を続けているのだ。
 

27 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 01:32

「……相変わらずこの部屋だけSF小説だな」
「SF映画言うてくれへんか。俺ァクラークよりアシモフよりマトリックスやで。で、休暇は終わり
なん? シスターとバカンスでも楽しんできたんか」

 いかにもウソ臭い関西弁。ブロンドのコーカソイドにそう云われると、否応なく日本に出てき
た白人の漫才芸人を連想してしまう。
 そう、だが反面、俺はこの部屋では日本語を遠慮膾炙なく振るう事ができるのはありがたい。
理由は簡単、こいつが日本語をネイティヴレベルで理解しているからだ。というより、俺が来
ている事に気付かなかった時点で日本語に反応した時点で、コイツの日常語は日本語という
事になるのだが。英語とラテン語が飛び交うこの場ではさぞかしありがたくない事だろう。

「何処のシスターだよ」
「そりゃ当然あの可愛――……っと、頼まれてたモンやったらそこのA3番のボックス」

 ひょいと首を俺の背後に向けると、ウィン、と駆動音を引いてさっきのロボットアームがガラ
クタの一山を指した。更にジェイムスが手を差し向けると、アームが移動してガラクタを掻き
分け始める。クレーンゲームのような器用さでアルミ色のボックスを引き摺り出し、アームは
こちらまで動いてきた。
 ボックスは受け取とってみると、外見よりも重かった。外見通りのアルミのボックスなら、本
来ここまで重くはない。となれば、重要は中身に依存しているという事になる。
 頼んでいたモノ――カスタムガンの開発。開けるのももどかしく小さなカギを引き千切ると、
中には注文の品が梱包材にデタラメに押されながら詰め込まれていた。

「随分デカいな。しかも可愛げがない」

 デカい。言葉通りに、詰め込まれていた銃は(オート)バカに大きかった。サイズは全長で三百ミリは
越えている。握りはダブルカラムらしく太く、日本人の手には少々余りそうな程度。俺も例外
じゃない。フレームに余計な飾りがないのは好印象だ。マガジンを抜くと、全弾装填(フルロード)された弾
丸が顔を覗かせた。

「パーフェクトとは言い難いぞ、ウォルター」
「うっさいわアーカード。可愛げは普段の(グロック)で補ってや。バレル素材は理論上、対霊/対神の
上級洗礼コーティングってな。つーかやな、これでも素体のカラダからデータ取って、千回
は実験してやっとこさプロトタイプで実用化やで? デヴィルんなるともうデータ頼りにする
しかあれへんし。やっとれんわ実際……ああ、そういやこの間の邪神の肉片は役に立った
わ。これから連中バラす時はポゼッショナー(憑依者)付きでやってくれへんか」
「……無茶言うな。どんだけキツかったと思ってんだ」
「農村が半壊する程度やろ。は、審問局の連中の手ェ借りずに済んで良かったやん」
「借りたよ。あんなのマトモにやってられるか。弾丸効かねーし刃物も通んねーし。一人だった
ら予定より一時間は余分に掛かったぞありゃ」
「借りた? へぇ……そら初耳や。データ上お前一人で処理したっちゅー事になっとるで」
「セシルが申告しなかったんだろ。アイツがデュランダルで叩っ斬って俺が潰して、それで終
いだ。ま、俺達の敵じゃあないね」
「言っとれアホ。梃子摺ったんは聞いとるわ。お前背中、エライ傷刻まれてきたらしいやない
か。背中に大キズ言うて、そらイレズミみたいなモンか? お前にゃ似合わんで」
「言ってろよ」
 

28 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 01:40

 弾丸を一つ摘み上げる。薬莢側面には精妙なサークルが掘り込まれ、弾頭前部には手製
のホロウポイント宜しく緻密な聖句が掘られている。ジェイムスの手際にしては高度に魔術
的で神秘的な所から推察するに、弾丸自体はイリヤ爺さんにでも協力して貰ったんだろう。
ちなみにイリヤは騎士団随一(唯一、ではない)の魔術師で、年がら年中部屋に篭り切りの
変人だ。腕だけはいいので誰も文句は云わないが、察するに部屋の虫同士ジェイムスとは
ウマが合うのだろう。

「はー、しっかしそら珍しいな。審問局の連中ゆうたら書類書類で通っとんのに。ボールペン
一本、ポッキー一箱買うのにも書類やろ?」
 ポッキーは買わないだろうけど。
「アイツはそこまで細かくないんだよ。多分な……お、スライド厚いな。道理で違和感がある
と思った」
「あー、それな。パウダー凶悪やし初期の設計やと三千発持たへんよって、しゃあないから
サービスやサービス。ふん。しかし、ふん……セシルセシル――女かぁ?」
 急にジェイムスは声の調子を(ネイティヴっぽく)吊り上げ、意味ありげにニヤついた。
「女だよ」
「お前の?」
「殺すぞこのクソナード」
「はっはっは、勘弁勘弁……ふんふん、しっかしでゅらんだる……どこぞで聞いた名前やな」
「あー、聖遺物だよ。この間ヴァチカン側で正式認定されたろ? フランスの……あれだ、ロ
ーランの剣だっけ」
「あぁん? 聖遺物――」
 首を傾げると、部屋の主は右手で脇のキーボードに触れた。肩から右肘までを覆うアタッチ
メントとコード。ジェイムスが変形ブラインドタッチでモニターに間断なくアウトプットするのに
連動して、モニターに輝きが走る。

「――おわ。なんやお前、この娘騎士やん。しかも"黙示の騎士(アポカリプス)"云うたら、あそこの最高幹
部やンか」

 肩越しにモニターを覗き込む。画面の中で像を結んでいたのは15×10センチ程度の画像
と、びっしりと書き添えられたデータの山だ。
 極限までの無表情。ガラスのよう、とでも表現すればピッタリと嵌る小柄な少女がモニターの
中からこちらを見返している。
 Age:※※、Hight:168――以下省略。些細なプロフィールさえ最高機密扱いになって保管さ
れる審問局のサーバに平然とアクセスして防壁にカウンターされないのは、ここがヴァチカン(同郷)
という理由だからではなく(それも理由の一つではあるだろうが)、単にジェイムスの技術(スキル)が卓
抜しているという証明に他ならない。
 ……つくづく、凄まじく無駄に高度なスキルの使い方ではある。

「はー、驚いた。しかもエラい別嬪やし。なんやオイ、この子ミスコンにでも出しゃ優勝せぇへん
か。余裕やで。優秀云々よりこっちのが貴重やん」
 ゴーグルを額に押し上げてしげしげと画面に見入るジェイムス。誰だろうがその画面を一見
して初感とするのは、やはり整い過ぎたその顔立ちだろう。整形した訳でもなければロクすっ
ぽ手入れされている訳でもない。寧ろ本人は「化粧の類は嫌いだ」と言って憚らない、年頃の
少女としてもニューヨークやパリの平均からしてもシーラカンスの如く稀有な性格をしている。
 画面からでも解る落ち着いたブロンド、艶やかで滑らかな手触りは絹さえ上回る。それは事
実だ。だが。
 だがしかし、悲しいかな。お嬢様その物といった第一印象は全力投球でNGだ。
 

29 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 01:46

「……ダメだな。外見は兎も角性格が、」
「あん? 性格ってなんや。ベッドん中では乱れるとか」
「――とか?」
「あー、そのな、……とりあえず手ェ離してんか。頭蓋骨割れそうなんやけど。……痛、あ痛、
痛い痛い痛っ!?」
 カンペキに決まっていたアイアンクローを解除する。痛ぇ痛ぇとぼやきながら画面を切り替
えたジェイムスは、「で、どんな関係や」と真顔で聞いてきた。
「……別に。プライベートで少し。念の為云っておくとタダの友人だ。知人だ。それ以上でも以
下でもないから何も面白くねーぞ」
「二股掛けた不倫で普通云うとるヤツもおるで? 普通(、、)の定義ってなんやろな……くくっ、おー
おー、冗談やから怒るなってな」
 云ってろよ、と手近な木箱を引っ張ってきて椅子にした。正規の椅子はジェイムスが座って
いるモノしかないが、代用品を見付けるのには苦労しない。これまた苦労しないのが冷蔵庫を
見付ける事で、偶然背後にあったミニサイズの冷蔵庫を開けた。中身はコーラが30本ほど。
不健康極まりないが、曰く「ハッカーの葡萄酒はコーラ、聖餐はハンバーガー」なのだそうだ。

「普通なんてのは主観だよ。俺は俺の今が普通で、お前はこのモグラ生活が普通のド変態だ」
「変態は人事(ヒトゴト)ちゃうやろ。二丁拳銃で邪神も悪魔ブチ殺す云うて、ピオ神父見たら泣くで。サク
ラメント何処行ったんやホンマ」
「百年前にグロックがあったらピオ神父も使ってたさ。きっとな」

 悪魔。
 邪神。
 ヴァンパイア。
 言葉が違えば存在も違う。だがどうあれ、それは"悪"と呼ばれる概念と見なされるモノであり、
"害"であり――かつ、"敵"であるモノだ。過去、全てのエクソシストはそれに神意と秘儀を持っ
て立ち向かい、これを撃滅してきた。聖ゲオルグが剣を持って武の象徴とされる聖人であるの
も、「悪と戦う力」を意味するからに他ならない。
 剣を以って異端を焼き、鎌を振るって魔女を狩る。
 ……ならば、この時代だ。剣を銃に持ち替えて武装した人間が未だに連中の天敵であるのも
皮肉だろう。弄んでいた試作品()からマガジンを落としてトリガーを引いてみる。カチリとスムー
ズなトリガープルが気持ちいい。仕上げの見事さは流石と云うべきか。

「なー」
 弄っていると、ジェイムスが椅子に座ったまま仰け反って顔をこちらに向けてきた。今にもガ
ラクタの山にアタマからダイブしそうな危うさで、奇妙なバランスを保ってこちらを見ている。
「何だよ」
「やっぱお前の」
「殺すぞジャンキー」
「……殴ることないやろ。今ので脳細胞千個くらい寝たで? 人類の至宝をなんや思てけつか
んねん」
「あのなあ……誰が一七の子供にそんな」
「あん? 一七言うたら大人やろ……つーかお前な、日本(本国)で中学生だか高校生だかのティーン
と歩いとったってハナシ聞い――」
「――聞い?」
「解った。おーるおっけー、おっけーおっけー、うん。な? なんもあらへん聞いてへん。だから
グロック降ろして。マヂ怖いわ」

 おどけるジェイムス。
 頭痛がしてきた俺。
 ジーザス。このクソッタレな友人をどうにかして下さい、主よ。
 

30 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 01:51

「ってもなぁ」
「何だ」
「やっぱおかしいで。お前、ほんまに彼女と何の関係もあれへんの?」
「……しつこいな」
「だー、いちいちチャカ抜くなや。ウザいで。……あ、ウソ。ウソやから止めて。止めッ。……そ
やのうてな、仮にも騎士やで? 審問局の騎士(ナイト)云うたらやっこさんらの虎の子、秘蔵のジョ
ーカーやん。幾ら重要なミッションや云うて、そんなホイホイ手ェ貸してくれるんか? 貸した
はエエけど報告するやろ普通。いっつも寝首掻いたろ思いながら付きあっとんのやし」
「云い過ぎだな。せめて「貸し作っとくか。後で便利だし」程度だ」
「同じやん。つかはぐらかすなや、もうタマ作ったらんで?」
「……聞いても仕方ないだろ」
 仕方ない。
 云うのに意味はないし、変わりに云わない事にも意味はない。
 別に騎士団と反目している騎士団の責任者と関係が有るからと云って、それ自体は別に知
られても意味のないことだ。偏屈なジェイムスを訪ねる人間は少ないし、こう見えてコイツの口
は堅い。ただ。云うならば、それは――そう。
 云いたくなかっただけ、となるだろうか。

「知り合いなんだよ、普通に。プライベートのな」
「やっぱ」
 全部言わせずに口に銃口を押し込んだ。
ただの(、、、)だ。なあオイ、解るか? 解るよな、うん?」
 ガクガク首が縦に振られる。頷いた所で引き剥がした。
「……お前さ、アメリカ(CIA)帰れ」
「あれあれ、困るの誰なんかなー」
「俺は昔ながらの根性論でやってくよ……つーかよテメエ、なんでココ入った」
「はぁ? 簡単やん。予算使い放題、これほど楽しい事はあれへん……って。ほら」
 ジェイムスが首を振り、釣られて動かした所に機械が居た。
 居たのだ。文字通り。

「おー、お茶淹れて来てくれたの? えー子やのー。こんなん作れるのココにおるからやで」

 全長1メートル半程度、姿形は――「スターウォーズ」に出てくるロボの小さい方。アレ。アレ
の両脇から四本のアームが伸びたカンジ。それがジェイムスにカップに入った飲み物を手渡
すと、床を滑るようにまた視界から消えた。動力源はなんなのか、そもそもどういう原理で動い
てるのか、まったく全て釈然としない。
 

31 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 01:57

「……なんだありゃ」
「見ての通り。名前はステイン。生後5ヶ月」
「聞いてねえ。しかもロボにしか見えねーぞ」
「いやロボやし」
「いつからヴァチカンはソニーの対抗会社になったんだ」
「あんな機械人形(デク)と一緒にすんなや。自立思考できへんロボはただのマシンやで。はん、半
自立方式が精々のマイクロCPUと一緒にして貰ったら困るで?」
「あっちは二本足で立ってんぞ」
 何処のガンダムだ。
「足なんて飾りや。エライ人にはそれが解れへんねや……ふん、装甲はアーマライトの狙撃
もなんのその。ついでに全周防御は155ミリ榴弾程度なら通用せぇへん。でもって軽武装にゃ
12.7ミリ軽機関や。コンバットモード積載じゃ主砲も取っ付ける予定やけどな。センサーの取り
付け位置にゃ悩んだが、結局ン所、メインは強固に越した事はあれへんからEO/IRタイプセ
ンサーをボディ中心に一つ、サブで延長マスト上に同型を一つで、現時点じゃカンペキな遠隔
操作と自立両タイプの汎用UVGでな。移動はこのローラーと、サイドのアーム併用で加速と難
所越えもラクラクってワケや。は、畦道に嵌って動けんようになるヘボロボットちゃうで? 路上
最高速度はコイツで八十キロ、コンバットタイプは160キロを越えるわ。積載も理論上はまだ
まだ行けるよってな。コンバット――プロトタイプは二百キロまで装備できるっつーモンやで。
やーもう、可愛いなァ。俺一度、フチコマ自分で作りたかったんや」
 攻殻機動隊だった。
「……お前さ、いいから警備会社か兵器屋にでも転向しろ。大義名分持ってツブしてやっから。
それよりあれ」
「あん?」
「思考タイプ、なんだ」
「……何のことやろ?」
「動物――違うな、何の動物だ。アーキタイプ潜ませて擬似思考(ペルソナ)作ってんだろ」
 俺は視線を据える。
 ジェイムスは口元を笑みに歪めたまま―― 一秒、二秒、三秒。
「バレた?」
「偶然知ってただけだ。アレは技術屋のスキルじゃなくて俺達のスキル(、、、、、、)だからな。それよりな
んだ? 何処から仕入れた(、、、、、、、、)? 何を使った(、、、、、)
「ヒミツや。云うたら色々アレやし――状況次第でオマエに殺されかねへんよってな」

 口元を歪めたまま聞いてくる。俺の反応を楽しんでいるような様――これがこの研究所の主
だと認識する瞬間。問いの意味はある程度理解できたからこそ、それ以上問うのは止めて置
いた。何の思考を基礎にしているのか――想像すれば解ってしまうから。
 適当に話題を探って、脇に視線を投じた所で見慣れない物を見付けた。
 

32 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 01:59

「……何だこりゃ。マネキン?」
 機械の山の中、真っ白の人体模型めいたカタマリが埋まっている。ヤケに目を引く形だった
のと、この場所にあまりにそぐわないからか、そこだけ周囲から浮いて見える。近いモノを上げ
るとするなら、交通事故のダメージを図る時に使うダミーがそれだ。
「アホ。マネキンちゃうわ。まー、意味は(、、、)同じみたいなモンやけど。ダミーやな」
「ダミー?」
「なんや、射撃の的に欲しいんやったら一体持ってってエエで。どうせ納入したら粉々か跡形
ものうなる位ブッ壊れて帰ってきよんのや」
「……納入先は」
騎士団(お前ン所)やけど。っかしいの、見たことないんか」
「初めて見た……けど」
「まぁ作ったのは一ヶ月前やさかい。お前が見とらんでも不思議やないわ」
「あのさ」
「あん?」
「納入って――いや、誰に頼まれてコレ作った?」
「は? あー、あれやあれ。騎士団の……誰やったかな。フィクスだかフィックスだか。あのケ
ンカんなると燃えよるゴッツいの」
「……ああ」

 エリス・"ブリング・イット"・フィックス。身長2メートル体重98キロ、34歳のアイリッシュ。見
掛け通りに力は強い。強い所か人間離れしている。装甲車を殴り潰す人間はそうそう居ない
が(多分人類全体の内でも)、MBTを蹴り潰す人間はいないだろう。普通は試そうと思わない。
 試した馬鹿が居たのだ。実行した馬鹿が。
 全身の防御にオガムの対霊呪詛を刺青し、拳には天使封印のサークレット。誰もが認める
肉弾派。支配宮は獅子、能力タイプはそのまま「身体」。魔術には一切通じず、ただし全ての
魔術はその身に通じず。魔術を正面から捻じ伏せ、そうでないモノはカラダ一つで捻じ伏せる。
魔術は使えず――ただし高レベルの憑依体質を利用した、カマエルを降ろしてブン殴るという
非現実同然の一撃は人間だろうがそうでなかろうが肉片一つ残さず消滅させると専らの噂。
無敵の近接戦闘。聖なる浮沈艦。好きな物はバーボン。嫌いな物はチョコレートミルク。格技
訓練で当たりたくない奴ナンバー2。

「今度はイージス艦ブン殴って沈めるて息巻いとったで。もう人間あれへんな、ホンマ」
「……あ、そう」何処のゴジラだアイツは。
「ホンマやで? ヘリに石投げて落とすゆーて、ライフルもSAMも摂理とか物理法則馬鹿に
しとるわしかし。今度アレ貸してくれへんか。データ取ってみたいわ」
「……あー、うん」解剖でもなんでも勝手に頼んでくれ。
「ハンマユウジロウ越えたらラオウ越える云うとったで。ケンオウになりたいんやと。つかなん
やねんラオウて。この間は「ユリアーッ!」とか叫んどったし」
「……さあ」
 勝手に北斗神拳でも南斗聖拳でも極めてくれ。
 俺の周りには変人しか居ないのか。少し泣きたくなった。
「なー」
「なんだよ」
 もう黙れ。
「ラオウってなんやねん」
「さあ」
 いいから黙れ。
「なー」
「なんだよ」いいからさっさと黙れ。
「ラオウとカイオウどっちが強いと思うよ」
「――知ってんじゃねーか!」

 ……大声を上げたら疲れた。時計を見上げれば、かれこれ2時間は過ぎている。どんな下ら
ないハナシでも時間の進みに変化はない。メシを喰ってようが何かを殺してようが時は過ぎる。
明朝にここに来たから、今外に出れば焼け付く日差しだけは回避できる。第一これでも俺はヒ
マでなく、ヒマでないのにスキルの高さからヒマをいつでも作れる自己矛盾のカタマリである所
のコイツとは色々違うのだ。ただ、その辺りを考えるとコンプレックスでこっちが潰れるので意識
はしないのだけど。

「はぁ……そろそろ行くわ、俺。貰ってくぞ、これ」
 アルミケースに試作品を突っ込んで、梱包剤を上から巻いて蓋を閉める。せめて試射くらいは
しておきたい。午後にはレンジで試し撃ちだ。
「おーおー、行っちまえ行っちまえ。今度は2年は来ンなや。セシルちゃんによろしゅー」
「云ってろっつーの」
 ついでに質問への答はカイオウ。兄が強いのは当然だ。兄はだから、その強さですべてを護
るべきだから。ああ、じゃあやっぱり護れなかったカイオウじゃ失格か。
 どうでもいい事を考えながら、スターウォーズな部屋を後に、
「あ」
「なんだ」
「サウザーのが好きや、俺」
「いいからもう死ねよお前」
 後にした。
 

33 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 03:12

 たっぷり十五分掛けて地上に上がった。
 武装搬送用のエレベーターを使えばラクだが、IDにアシが残る上に、出る場所は騎士団のド
真ん中というステキ設計である為、個人的な用件でもって地下へ降りた身としては避けたい所
だ。ジェイムスの作った携帯デコーダーがあればそんな心配もないが(魔術で施錠されていな
い限りはありとあらゆる電子ロックを全て解除できる最悪の万能カギ)、生憎と試作品はこの間
壊したばかりだ。イヤホンを耳に突っ込んで、ポケットの中でHDDプレイヤーを操作する。アン
チクライスト・スーパースター。バチ辺りな選曲を早送りして、レディオヘッドの「2+2=5」へ。どこ
か調子の外れたリズムに合わせて歩を進める。
 最後の一歩を上り切ると、軽い眩暈が視界を焼いた。暗所から唐突に放り出された場所の光
度は、外よりはまだ幾分優しい。四方にランプを灯された石室で、壁の一部分をスライドさせる。
石造りの部屋の中、一箇所だけ真っ平らな金属壁に触れると、一瞬で壁は半透明のマジックミ
ラーに変じた。ミラーの奥、ギリシャの彫刻が居並ぶ回廊が見える。まだ人影はなく、ほっと息
をついて壁を開き開けた。歩く端から目に付くのは、遥かな歴史と天文学的な値段が相克する
彫刻と絵画の群れ。「署名の間」と記された部屋を通り過ぎて、そそくさと息苦しい建物を後にす
る――気付かれた形跡、民間人、知人友人、共にナシ。劃してジェイムズと俺の平和は守られた。
 出た瞬間、開錠待ちの行列でごった返す光景が目に飛び込んできた――そう。ここは南より
のヴァチカン庭園内に存在するエチオピア美術館で、ミカエロ・サンタンジェロ城の隠し通路に
続く、もう一つの隠し通路と云った所なのだ。
 このクソ暑い中、司祭平服などをわざわざ着てきた意味は(勿論、制服として着るのは当然だ)
コレだ。神父の顔で人込みをすり抜け、「ウルビ・エト・オルビ」と祝日の祈りを口にしながら美術
館を後にする。政庁舎まで歩いて、ポケットから携帯(型の無線機)を取り出した。
 着信――音声メモが一件。
 その番号に苦笑い。軽く息を吸って耳に当て、意を決して再生し、

『音声は一件です――/ピ、ピー……/――さっさと来いバカ! 何処に行っているんだ貴様
はこの忙しい時にわざわざ私が着てやったというのに暢気に散歩か!? それなら誰とだ!?
約束という概念を解っているだろうな!? そんなだから貴様は――』

「……」

 ピッ。鼓膜が破れそうな勢いで捲くし立てるソプラノボイスを途中でキャンセルして、もう一度
苦笑い。耳が痛い。
 リダイヤルで履歴を探り、4時間前の着信番号に合わせてボタンを押し、

「……ええと、もしも」
『――この、バカ!』
 ソプラノボイス、再開炸裂。聴覚が再殺された。
「だ、ちょっと待、」
『連絡を入れても繋がらんし、宿舎にも稽古場にも見付からんし、挙句私が何処に行ったか解っ
ているのか!? 騎士団本部だぞ!? 審問局の人間が来ただけで騒ぎ立てるような連中の
ど真ん中、しかも私は審問局(あそこ)の幹部なんだ! どうなるかくらいは貴様、解って――』
「……あ、いや、悪かった。悪かったからゴメン、少しボリューム落として。耳死ぬ。ホントに」
『黙れバカ!』
 逆効果だった。
「いやあの、俺はだから」
『黙れと云っている! ああもう、貴様など死んでしまえ馬鹿者!』

 聞きやしねえ。
 ……ああ。
 なんか、ヤバい。
 支離滅裂気味に怒ってる。ヤバい。この暑さで遂にキたか。
 しかもメモと違って今度は切れない。切ると後から余計怖い事になる。

『……とにかくさっさと来い! 今は何処だ!?』
「あー、ええと、庁舎前なんだけど」
目立たんように(、、、、、、、)走ってこい。すぐにだ。場所は解るな?』
「ああ」
『後れた代償は大きいぞ』

 とてもイヤな捨てゼリフを残して、通話は沈黙した。
 ほっと安堵の息をつき、すぐにやれやれと落胆の息に変える。
 目立つな――早くこい。
 人間離れした動きをしないように、かつ早く移動しろ。無茶な相談だが、時代劇ファンで忍者好
き、『服部半蔵・影の軍団』のDVDを全巻発売日に取り寄せた電話口の相手が云いたいことは
つまりこうだ。
 左右を見渡し、誰も居ない事を確認し、高い庁舎を見上げて、

「……俺はスパイダーマンかっつーの」

 飛んだ。
 庁舎頂上から南へ、モザイク工房の屋上へ跳ねて、跳ねながら、思う。

 ――絶対新手のイヤガラセだ、これ。
 

34 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 03:27

 騎士団の宿舎を一言の感想で表すなら、それは「ボロい」か「ゴツい」のどちらに集約される。
ヴァチカン内のどの建築物にも見られる豪奢さはカケラもなく、形式からしてゴシック様式、ヴァ
チカンに溶け込むように存在する異端審問局の本部とは正に対極で、飾りもなければ見て回り
たいと思わせる好奇心が湧く要素は一片もない。「出払い易いように」「行動の妨げにならないよ
うに」程度の意味しかなく、ここには事実、それ以上の意味を必要としない。
 アパートを横に引き伸ばしたような建築物は高さ十八メートル、全長五十メートル。服部半蔵
さながらに屋根を伝い渡り、裏口前に着地する。いや。
 した瞬間、目の前に人がいた。しかも女性。ジーザス。
 人。俺より僅かに背は低く、痩身を包むのはシスターズ・ガーメンツ。ウィンブル(ヴェール)は頭の後ろに
垂らしているらしく、日に鮮やかな銀髪が肩口から下にまで落ちている。薄い褐色の肌が白と見
事なコントラストを作り、モデル然としたスレンダーな痩躯は必要以上に凛としていて、

「……うわった、だ」
「た?」
 語尾を反芻された。冷静に分析しているような状況じゃないし冷静に反応されても困る。
 プリーズ常識人。
「……いや、た、じゃなくてその、ああ、久し振り」
「ええ。お久し振りです、イル。元気そうで嬉しいわ」
 何事も無かったような眩しい微笑みが返ってきた。これはいいのか悪いのか――多分悪い。
屋根から降って来るような人間は問題だが、そこに疑問を感じないのは問題所の騒ぎじゃない
筈だ。
 何処か抜けているのかネジが数本飛んでいるのかの、この多民族性を象徴する修道女はイ
ギリスとアラブのハーフで、そのまた祖先はイスラエルに通じる多民族模様。名前はファティマ。
正確にはコードネーム。カトリックが一般的に使う「ファティマ」でもインドのそれでもなくて、アラ
ビア由来の「ファティマ」なのだそうだ。
 本人は「カトリックので構いません」と笑いながら云った物だが。つまり意味はない。

「今日は空から降ってくるんですね」
「……ゴメンお願い。普通の対応して」
 首を傾げる彼女。コレが普通なのか。日本では空から降ってくる人間を取りあえず「変人」と呼
ぶのだが。解った。此処に普通人はいない。
「とりあえずお帰りなさい。日本はどうでした?」
「どうって……こっちに居るより長いからさ。俺の故郷は――」故郷、まで口にした所でファティマ
の眉が動く。しまったと内心で少しだけ思いつつ、別方向へダイレクトに移動。「そういえばさ、
今日、変わったのに逢った?」
「変わった……?」

 ますます眉が潜められる。最初の「故郷」が失敗だった。この少女(外見は)、ヴァチカンに席
を置く人間が「故郷」を口にするのを好まない。好まないと云うか嫌う。なんでもヤハウェに仕え
る以上、故郷は父の御許しかないというのが持論らしい。騎士団の耐久力と審問局員の魔力、
序に故郷から持ってきた(と云うか幾分「盗って来た」気味に)呪具の使い手である所のその身、
ヘタに怒らせるのは非常によろしくない。
 

35 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 03:31

「……変わった、とはなんでしょう」
「あ、いやその」

 ファティマが右手で前髪をかき上げるのに合わせて、しゃらりと音が。右手、その手首に嵌った
五連の金属の輪。一見美麗なブレスレットがそれ。その凶器だ。万軍を討つ元カーリーの巫女。
一撃必殺のサルンガを前にして帰還は不可能。
 どうでもいいけどなんで雑談にこんなストレスが。『探してる人が居るんだけど知らない?』と
でも聞けばいいのだが、そうもいかないのだ、コレが。そしてそれは何故かと言えば、

「いや、だから――ええと」
「女性ですか?」
「あ、ああまあ」

 それはそうなんだけど。そうじゃなくて。
 探してるのは審問局員です――云ったが最後、俺は今後、月のある夜道と狭い路地裏で常に
超光速かつ破壊力抜群の狙撃を警戒し続ける羽目になる。ファティマの審問局嫌いは有名を時
速二千キロで通り越して「常識」と「暗黙の了解」の域に至っている。
 どうするか。冗談抜きにピンチを確信したその時、

「イル?」
 ファティマの背後のその向こう、裏口の更に奥から声が飛んできた。
「ああ、やはりか! 馬鹿者、生きていたなら連絡を寄越さんか。帰っていたとは知らなかったぞ」
「り、劉?」

 云うと、ああ、と声の主は破顔した。
俺と同色の瞳と髪、出身は香港の片田舎。北方の血を引いている所為か長身でクールな印象の
強い劉は、赴任先の教会でも人気があるらしい。ファティマを綺麗に迂回して歩いてきた劉――瞬
間、ファティマが顔を顰めたような気がした。会話を途中で切られたのが気に食わなかったのか。
 怖い。

「俺も着いたばかりでな。報告書のデータベース作成に手間取っていたので気付かなかった……
が、一声連絡を入れろ。迎えくらい出してやる」
「ああいや、俺も教皇庁で仕事があって――揃ってどうしたんだ、けど」
「――食事に出ようとしていたんです」
 会話を遮る形で、ファティマは語尾を強めた。
「イルは食事はもう?」
「まだ……だな、そういえば。さっきコーラ飲んだだけ」
「不摂生だな。食事は確り摂れと云っておいただろう。有動に帰す人生、衣食は基よりその端なりだ」
「餓えては食を選ばずだよ」
「――道に志して悪衣悪食を恥ずる者は未だ与に謀るに足らず、でしょう」

 うあ。
 脇で云うファティマが劉を睨む。劉が首を傾げる。物凄く居辛い。

「……取り合えず、ちょっと俺、中に用事が」
「用事? ああ、団長への取次ぎか? それともどうした、調べ物か――武器調達、真坂な。お前は
そんな手入れを疎かにするような迂闊者ではないからな。はは。いや、相済まん。となるとふむ、
そうか。さては鍛錬場か。ああ! いや感心だ。帰ってきて早速調整とは。やはり騎士団以外では
お前と渡り合える者など居ないだろうな。良いだろう、今日は俺が相手に――」
「……いや違う。それにお前とは勘弁して。カラダ持たない」
「そうか? 残念だな」心底残念そうな顔で眉を曲げると、劉はなら、と首を傾げた。「新入隊員に訓
練でも付けてくれるのか? 悪くはないが、派遣騎士のお前の手の内をそう易々と見せるのは」
「劉」
「どうしたファティマ」
「貴方のその長口上、聞いていると朝になってしまいますし――第一聞き苦しいの。止めて頂けな
い?」

 辛辣に、ファティマ。
 劉は応えない。皮肉にも気付いちゃいない。何故なら。

「長いか? そうか、失敬。さて鍛錬場へ」
「「いや違うってだから」」

 こんなのばかりですか、俺の周り。
 主よ。
 

36 名前:◆WEISS0lzjQ :04/09/19 03:39

 宿舎。

「おお、アレックス。帰ってたのか」
「ああ、昨日ね」
「マックス? 久しぶりだな」
「久しぶり、デイブ」
「カイン……? どうした、騎士団に腰を落ち着ける気になったか」
「元々落ち着けてるって」
「お? おー? なに? ナニナニ、もかしてアンタあれ、イル? イルっち? オイオイオイオイ、
んだよ、賭けに負けた事根に持ってるとか? 俺に会いに来た?」
「別に。「っち」とか云うな。日本語で云うな」
 等等。だがまだまだ。
「カイン」
「イル」
「アレックス」
「カイン」
「カイン」
「イル」
「イル――」
 歩く事3分と少し。
「カイン一四票、イルに一四票。やはりこの二つが上位か」
「私たちを含めれば六票だもの。イルで決まりよ」
「……どれでもいいんだけどさぁ」

 肩を竦める。
 全長数十メートルの長い廊下を歩く間、掛けられた声は合計数十数回。声を掛けられる度に
ファティマは「アレックス1、マックス2……」とばかり、俺を形容した名称をチェックしている。名
前――当然、ファティマや劉が俺を呼ぶ「イル」などは本名じゃないし、掛けられた声のどれに
も正解はない。いや、日本人の英名が自由に付けられる事を思えば、どれも正解といって良い
のかもしれないけど。

「あら? 名前は重要だわ。だったらやっぱり、私が呼ぶ名前が正当でいいと思わない?」
「ああいや、だからどれでも」
「決まっていないというのは良くないぞ。作戦時は仕方ないが、やはり知人友人個々人に名前
を託すと言うのは優柔不断だ」
「……だからさぁ」

 ミネラルウォーターを啜りながら、かつんかつんとリノリウム張りの床を直進する。かつんかつ
んかつんかつんと足音が二つ続く。一つは大股に、一つは細かく。言わずもがなファティマと劉。
俺の両脇を歩く騎士団筆頭の多国籍軍団。

「……えーとさ」
「はい?」
「どうした」
「その、いつまで俺に付き合ってくれてるのかなあ、って」

 曖昧に笑う。
 二人のことは嫌いじゃない。嫌いじゃない、が――今しようとしている――いや、会おうとしている(、、、、、、、、)
人間に対して、この二人を引き連れたままと言うのは非常にマズい。一ミリグラムの冗談が介入
する事さえ許さないレベルでマズいのだ。

「あら? 食事に行くって云わなかった?」
「云ったよ。だから早く行った方がいいだろ」
「お前もだ」
「いや待て」

 何時俺が行くって話になったんだ。この不思議空間。
 二人の思考回路は自分中心に銀河系でも回してるに違いない。

「だから俺は用事があるって――あ、ちょっとストップ」

 果てしない問答の連鎖を切り抜け、食堂の前で足を止める。本当に「食事をする」程度の意味
以上はなくて調味料と自販機が置いてあるだけの部屋ではある物の(この時点でスイス衛兵隊
以下な状況は歴然だ)、それでもミネラルウォーターくらいは飲める。生水はお世辞にも美味くな
い土地柄、「六甲の美味しい水」はこの食堂の人気メニューの一つなのだ。懐かしい故郷の味が
脳裏を過ぎる(我が家、孤児院周りは井戸水が飲めるのだ。素晴らしい事に)。

「水飲んでくるよ。先行ってて良いからホント。ゆっくり味わいたいし……」

 水一杯に味わうもクソもないけど。
 開きっぱなしのドアを開ければ、数人の司祭(何れも騎士団員だが)が清涼飲料水を手に打ち
合わせをしているような光景が(教義でも教区の話でもなく、異端殲滅や武器武装の話が話題
なのはご愛嬌)広がっているだけで、特に異変は、

「……ええと、六甲の――」

 部屋の奥に自販機はある。三列になった十メートル近い長机には司祭が座っていて、その間
を擦り抜けて自販機の前へ、

「っと、失礼」
「いや、こちらこそ――」

 自販機の手前、小柄なシスターが座る椅子にぶつかって頭を下げる。下げ返された頭は艶や
かなブロンドで、

「「あ」」
 

37 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 05:10

 声が合う。
 視線も合う。

「せ、せせせ、」
「せ? ははは、どうした貴様。顔色が悪いぞ」
「い、いやそんな事は無いです、無いですけど、は、あはは」
「いやいや外は暑くてな。仕方がないから宿舎の中に入れて貰ったと言うわけだ。目立って大変
でな、これがまた」
「た、大変だった、な」
「ああ、大変だったとも。二時間は待ったからな。人を呼び付けておいて姿も見せない不義理者
の所為でな」
「……そ、そう、だね」

 びしり。
 びしびし。
 空気が凍る。どんどん凍る。氷河期再来のマックスレベル。蒸し暑さは一気にトリケラトプスで
も凍死するくらいの気温へダウン。セシル。セシル・ヴィルキエ。キレると怖い、キレなくても割と
怖い、異端審問局の序列四位、多分世界でも有数の魔術師で剣士。趣味はガーデニングとハー
ブ作り、キライな物は約束を破られる事と時間にルーズな事――ビンゴ、スイマセン。マジで怖
いです。

「……私は、これでも幹部でな」
「た、大変だよな」
「大変だとも。歳が若い所為で甘く見られるし、書類一つにも手を抜けん。小説家に喩えるならデ
ビュー直後の二作目を書いてる心境だ」
「あ、でもそれって編集さんが、」
「黙れ」
「はい」
 滅茶苦茶睨まれた。
「時間を推して来ていた訳だ。眠ろうと眠るまいと私達の身体は壊れんが、能率のダウンは定期
的に訪れる事になる。幾ら体機能を変質させようと、休息は必要だ」
「そ、そりゃあな。うん」
「さてここで問題だ。炎天下四十二度のコンクリートの上と、冷房の入った部屋の中、どちらが体
力回復に向くと思う」
「へ、部屋」
「ふふ。そうだな」

 にこりと笑うセシル。吊られて笑う。
 顎を拳でブチ抜かれた。
 襟首を掴まれる。引き寄せられる。
 

38 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 05:11

「……貴様、私を便利な女や愛人や何かと勘違いしてないだろうな」
「し、してないしてないしてないっ!」

 ぶんぶんと顔の前で手を振った。なまじ整っている顔で平然とキレるセシル。ヘタな事を云って
病院送りにされた審問局員は三桁に近いとの噂だ。お断りだ。擬音でも出そうな勢いでブン回す
拳で殴られた体験は、既に未をもって思い知ってる。助けを求めるように辺りを見回せば、くすく
すと笑う一回り年上の同僚達。待て、痴話喧嘩とかじゃない。命の問題だ。切実に。ああマズい、
どうする。「明日どこかエスコートするから」――却下、時間がない相手には無意味だ。「何かプ
レゼント」――同じだ。火に油を注ぐだけだ。辺りをもう一度見回し、

 がらりと入り口の戸が開いた。

「イル? やっぱり貴方も一緒に――」
「あ」

 一ヶ月の出来事を箇条書きにして「最悪な事項」とタイトルを付けたなら、現状の一分一秒一
瞬はそれぞれその上位全部にランクインするだろう。顔を平静に保ったセシルは俺から入り口
に視線を移動させ、入り口に立ったファティマは無表情に瞬きを二回。やがてそのままこっちに
ツカツカと歩いてくると、手近な机に乗っていたコショウのビンを掴み、

(いっ――!?)

 こっちにブン投げた。
 カッ飛んでくるビンの速度たるや殺人的。直線で結ばれるのは――隣、セシルの額、って、
 右手を伸ばす。ギリギリキャッチできる、と、思ったのは、
 指先を銀光が掠める直前だった。

「うあだぁっ!?」

 チンと済んだ音。
 それが何かと言えば、飛んできたビンを額に触れる直前に食事用ナイフで両断したセシルの
それで、頬を引き攣らせたセシルは、そのまま苛烈なくらいの勢いで直線状のファティマを睨ん
でいる。当のファティマは不敵に微笑み、腕を組んで挑発でもするようにセシルを見据えていた。
勘弁してくれ。何処の戦場だここ。

「……あら、何の御用かしら、異端審問局のエリート様。このように汚い部屋、バロックで高級な
貴女方の宿舎に遠く及びませんでしょうに」
「まさか、そうでもないさ。洗練された造りだからな、ここは。――一部、洗練のカケラもない人
間が住んでいるようだが」

 びし。
 マイナス二百五十五度。俺の周囲所か、ファティマの周囲からも人の波が引き潮よろしく一気
に引いた。騎士団の有名人ランクナンバー七、神殺しのファティマ。我等が主への忠誠心と信
仰心は飛び抜けて、何より異端者の存在を技術レベルから嫌っている。そんな彼女の嫌いな
物の上位は異端審問局。おめでとう、ようこそ最悪。誰か助けて。
 

39 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 05:15

「ふ……ふふ」
「……」
 ロクに切れないナイフでもセシルが握ればダイヤもスライスする。ナイフを握ったまま、セシル
はファティマと睨み合う。相手はスペースゴジラの十倍は凶悪だ。
「――ふ、」ファティマは一瞬、ヤバげな笑みを浮かべ――「消えなさい、審問局の売女。我等が
主の砦、守護の門扉に聖下の許可無くして立ち入るのは断じて罷り通らないわ」

 前触れなくセシルに突き出された右腕。
 初めて見たら疑問にも思うだろう。今まで何処に隠し持っていた、と云わんばかりの長い弓は、
ファティマの手首から上下に伸びている。弦はなく、番えられるべき矢も存在しない。ただし知っ
ている。俺は知っているし、ここの全員が知っている。そして、恐らくはセシルも――
 今、ファティマの心持ち一つでセシルとその背後、宿舎の壁はキレイに蒸発した挙句、その背
後の監視塔もキレイサッパリ消し飛ばして、直線状の何もかもを数百メートルから一キロに渡っ
てペンペン草すら生えない荒野に変えられるのは間違いない。
 対するセシルは動じず、ただ口の端を吊り上げてふっと笑った(ファティマの右腕がピクリと動
いた。ヤバい)だけだった。

「頼る所は暴力か。変わらんな、クルセイダー。それとも貴女だけか? ああ、そうだったな。少
なくともコイツ――」俺を見下ろすセシル。いや待て巻き込むな。「失敬。彼や、その他の皆々方
はそんな粗暴さは持ち合わせていまい。ふ、そも過去の過ちを審問局だけに押し付けるのは甚
だ心得違いだ。十字軍遠征で起こした間違いを伝統に引き摺るのか? ふ……いやまったく、
傑作だな」
「……手が滑ってしまいそうだわ。どうせなら本気で滑らせたいくらい」
 それ滑ったって云いません。
「ああ怖い。怖いな。怖いから私も反撃してしまいそうだ――3メートルか。私のデュランダルな
ら、その弦が引かれる前に胴体を二つに割ってやれると思うよ。運動不足とは言え、これでも私
は肉体派でな」
「試してみたいのかしら」
「やってみればいい」

 待、て。
 待て、
 待て待て待て待てっ!

「ちょ、ちょい待ち、待った、ファティマっ! 止め、冗談抜きに洒落にも何にもなってねぇって!
なんで本気っぽい殺し合いになってんだよ!?」
「イル? ふふ、退いてくれないかしら。これ、ただの冗談だから。でも万が一があるでしょう?」
「ま、万が一の冗談って冗談になってねーって! わ、悪いの俺だから!」
「貴方が? 何云ってるんだか。私は勝手に上がりこんだ余所者を――」
「――私が余所者?」セシルの声は笑っている。「はは、そうか。だが生憎だな、



 私は(、、)彼に呼ばれて来たのでね(、、、、、、、、、、、)



 びし。
 ファティマの表情が凍る。ぎぎぎ、とこちらに首が向けられる。セシル。なんだお前、本気で俺
に恨みでもあったのか。

「教皇庁の外で待ち合わせというのも良かったが、久し振りだからとここを選んだのだが――間
違いだったな。こんな邪魔者が居てはゆっくりと話も出来ない――」そこでこちらを向いて矢鱈
と可愛く微笑み、「ね?」
 愛情(意訳:イヤガラセ)の篭もった猫撫で声。
「ちょ、っと、待て、せ、セシル、」
「イル」
「は、はいっ!」
「ホントなのかしら」
「は、半分くらいは」
「ふ、ふふふ」
「ふぁ、ファティマ?」
「一つだけ、良い事教えてあげましょうか」
「は、はい?」
「女性を、裏切らないようにしましょうね」

 ちょっ、
 と、
 待って――って、
 

40 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 05:26

 結局、あの後色々あって何とかなった。紆余曲折。省略した四時間は海より深く空より広い。取
り合えず懸命で力強い劉の協力あってファティマを止められたのだけは間違いない。ただ明日か
らが怖い。最後凄い睨まれたし。

「お前さ……絶対俺の事キライだろ。ファティマあれ、ちょっと洒落になんないぞ」
「ならんだろうな。が、私の知った事じゃない。彼女は好きじゃないんだ」

 お前の好き嫌いは聞いてない。
 頭痛がしそうだ。道行く廊下、セシルは小柄な身体で荷物(木箱。フタがなくてガチャガチャ云っ
てるのは薬品とか色々だ)を両手で器用に抱え、人の波を擦り抜けて行く。今日は全員が司祭平
服だから、新規の隊員はセシルの事を騎士団員だと思っているかもしれない。俺の事はそもそも
知らない連中だって居る筈だ。一階、二階。二階の寂れた区域に足を進め、足に感を取り戻させる。
セシルを先導しながら行き着いたのは、二階の最深部だ。

「まあ……こちらも少々審問局の仕事が手詰まりでな。管轄の違う私まで呼び出されて、昨日ま
でフィンランドだ」
「あ……れ、管轄って、お前ヴァチカンだろ?」
「――いや、今は」
 口篭もる審問局最高幹部。
「飽きないな、ホント。またケンカか」
「ふん、貴様にだけは言われたくもないな。これでも私は重要と思われているからこそ飛び回っ
ているんだ。何処ぞの誰かのように煙たがられて極東に引っ込んだりはしないんだよ」
「ハイハイ。それで? 上層部の老人に文句言って担当外されたけど、連中も切り捨てられない
からとりあえず雑用させられてたセシルさんは今日、これから時間は?」

 適当に並べて云ってやる。ひょっとしたら「文句言った」くらいは合ってるかもしれない。
 と。

「き……貴様――」

 ……なんだ、この反応。
 細かく震える肩、戦慄く頬。顔のパーツはなまじ整っているから始末が悪い。
「怒んなよ。冗談……いや、マジで冗談だから。……だ、待て、構えんな構えんな構えんなっ、
ず、図星かよ!?」
「う、うるさいうるさいうるさいっ! 私だって好きでケンカした訳じゃ――それより折角着てやった
というのにその態度……ぐ、愚弄するにも程があるぞ貴様っ!?」

 図星だった。
 逆鱗だった。
 セシル大激怒。

「待て愚弄とか云ってなんかお前勝手なこと云ってんぞオイ!?」
「だっ……だから! だから私はソレが愚弄だと云っている! 人に物を頼むなら誠意を見せて
望むべきだろう! 心配して来てやったというのにソレを貴様は……!」
「い、いいから解ったから落ち着け止まれセシルッ! わわわ悪かった悪かったこ、怖ぇっつの、
ま、本気でッ!」
 

41 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 05:31

 腕も良いし頭もいい。顔も良ければ人望も(仲間内で)厚い――ただし性格が幾分問題だ。いつ
かの感想は恐らく真実だ。両手に機材を持ったままズカズカと歩いてくるのは危ない。洒落になら
ない。フラスコが腕の中で跳ね回っているのを見るのは心臓に悪い。
 目の前五十センチで文句を言おうと身を乗り出してきた所を、不意打ちで肩を押さえ付けた。両
手が塞がっている以上、これでセシルは動けない。

「なっ――ば、ばか。は、はな」
「……せ、セシル。わ、解ったから本気で冗談だから勘弁してくれ。そのヤバげな色のフラスコ落
とされるのは正直ぞっとしない。いやマジで。ど、毒っぽい色なんだけどそれ」

 一語一句正確な発音を。日本語をカンペキに理解しているからこそ皮肉が通じて痛いが、だか
らこそ言い訳も通ると言う物だ。
 肩に乗せた手に力を込める。じっと視線を据える。

「――っ、……べ、別に私は――い、いいから手を離せ」
「お――落ち着いた?」
「さ、最初から落ち着いていると言っている!」
「ううう、ウソつけっ! ぜ、全然落ち着いてないだろお前!?」
「――〜〜〜〜う、うるさいっ!」

 剣幕に押されて手を離す。睨み付けられた。思わず息を呑む――と、セシルはこちらを見上げて
「ふん」と言い捨てるや、部屋の中へさっさと入ってしまった。……意味が解らない。肩を竦めて後
を追って、改めて雑然とした景観に溜息が――そしてそれは、どうもセシルすら同感だったらしい。
 清潔を旨とする審問官は、機材をホコリの被った机に置くと、一言。

「汚いな」
「言うな。俺も実感中だ」

 反論の余地はない。日本を主体として行動する俺にとって、この部屋はもはやベッドハウスと云う
にもおこがましい。
 以前、お前の部屋だって汚いだろ――と勢いに任せて口走った事がある。大間違い。売り言葉に
買い言葉、いいだろうとばかりに見せられたセシルの部屋は、ココとは別の意味で驚愕に価した。
皆無。絶無。ホコリすら舞わないのではないかと錯覚するような白いハコの中、魔術やらの実験機
材が一式、あとは冷蔵庫が片隅に一つだけ。どっちがマシとは云わないが、少なくともこの部屋は
今からセシルに頼む内容の妨げにはなる――と、思うのだ。
 

42 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 05:42

「なあ、やっぱり汚いと……じゃない、こう、なんだ。不衛生だと拙いのか?」
「貴様は不衛生な病院を見たことがあるのか」
「その、野戦病院とか」
「ここは戦場か、ばか者」呆れたように云うなり、かちゃかちゃと道具を机に取り出すセシル。移動す
る度に足元のモノを蹴り分け机の上のものを払い落とし、割と傍若無人に自分のスペースを確保し
ていく。うわ待て、今CD落としやがった。しかも初回限定盤の! 二度と手に入んないんだぞそれ!
……心の中だけで叫ぶ。文句を云うと後が怖い。「急設病院とまでは云わんが、室内なんだ。もう
少しマトモな場所なら助かるのは確かだよ」
「……お前の部屋なら良いんじゃないのかよ、あそこ静かだし」
「戯け。修道院に男を入れられる物か」

 にべもない。
 じゃあ前入ったのは何だったんだ。
 こっちの疑問など知らぬと云わんばかりに机の上をすっかり平らにしたセシルは、よし、と部屋を
ぐるり見回す。

「やはりホコリは邪魔だな。拙いとは云わんが、けして良いとも云えん。エーテル的な要素から見て
もこの部屋――この建物は水気だ。本来、治療にはもってこいなんだよ」綺麗なら、と嫌味っぽく付
け加えるのも忘れない。
「んな事云われても。……じゃ、あ……掃除するか」
「これを片付ける? 1時間でも足りるものか。私は厭だぞ、こんな所でこれ以上騎士団の連中に見
られるのは。無用の誤解は受けたくない」
「とっくに受けまくってるが、そりゃ俺もだっつーの――あ、いやセシル?」

 何だ、と言いながらセシルは持参のハコから手の平大の珠を取り出した。
 何を――と云うまでもなく、セシルはソレを、

「お――い」

 投じた。
 ガラス球のような水晶のような――売るか飾るかしか用途不明の珠はしかし、無残に床に接触。
 バシャン。当然ながら床には容赦も呵責もなく、珠は粉微塵に砕けて散る。

「な、お前なに考えて――いや、それ何、」
「治療だ」

 またもやにべもない。
 いや、言葉の真意はすぐに知れた。
 涼しい。違和感を感じるくらい涼しくなっている。蒸し暑さで倒れそうだと思っていた部屋内は、イカ
レたクーラーすら起動してもいないのに一フロア冷却用のエアコンでも入れたように涼しい。それに
加えて――

「……水?」

 天井から落ちてきた水滴。見上げれば、天井には薄く靄が掛かって層を作っている。宙を待ってい
たホコリは綺麗に冷気と水気に一掃され、冷気のついでに霊気まで漂うような部屋の完成だ。問うま
でもない。あの珠の所為だ。
 

43 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 05:45

 天井から落ちてきた水滴。見上げれば、天井には薄く靄が掛かって層を作っている。宙を待ってい
たホコリは綺麗に冷気と水気に一掃され、冷気のついでに霊気まで漂うような部屋の完成だ。問うま
でもない。あの珠の所為だ。

「なに、大気中の成分を入れ替えただけだ。局地的な気象操作ならアミニズムに頼らずとも大した事
でもない」
 アミニズム。この場合、早い話が雨乞いか。
「いいよ、聞いても解んないし。ソレはクーラー代わりに一つ欲しいけど……で、これはなんだよ。どう
なるんだよ。冷房? ここにいるだけで治るとか?」
「なんだも何も――治るかバカ。いいから素人は黙って私に任せろ」

 きょろきょろと辺りを見回すセシル。こうなると向こうの独壇場、俺は何をすれば良いのやらサッパリ。
 やがて得心行ったのか、椅子を俺の前にどっかと置き、

「座ったままか、寝てするか。どっちだ」
「は?」
 微妙に卑猥なセリフだ。勿論口には出さない。
「……立ったままはやり辛い(、、、、)と云っている。貴様、私の手際が万能だと勘違いしていないだろうな。状
況だけでも完全にしておかねばどうなっても知らんぞ」
「いや、何がなんだか。……よく解んないけど、ならどっちがやり易いんだ、お前は」
「ふむ、そうだな」セシルはハコを持ち上げる。中から取り出されたのは医者が手術に使うようなメス
と注射器と――オイ。「まあ、ベッドがあれば良かったのだがな。贅沢も云えまい。ならばそうだな、
寝ていてくれた方が助かる」
「……いいよ、寝てる。寝てるけどさ、お前ソレ何」
「メスと注射器だ」
「見りゃ解るよ。なんだ。なんでそんなモン要るんだ。俺は別に」
「"別に"なんだ? 云っておくが私に心霊治療などと器用な真似は出来ん。体を弄らせて貰うのだか
らな。切らねば触れられまい」
「切――」
「安心しろ。未使用だし消毒もしてある。流動性のエーテルでコーティングしたから汚れも付かんぞ。
清潔だ」
「いやそれどうでもいい」

 待て。
 聞いて、ない。
 

44 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 05:49

「お、お前、お前審問局の最高幹部だろ!? 魔術師の頭だろ魔王だろ!? こう、パパッとできない
のかよ!?」
「誰が魔王だ、馬鹿者。単純に広域の魔術を扱う人間なら私よりも上が何人もいる。それこそ在野に
もな。私は単純にデュランダル(聖剣)の扱いに特化している事と、偶然に家系の――」云い掛けて、セシル
はそこで口を噤んだ。「すまない、なんでもない」
「……?」
「とにかく、今日でなければ拙いんだ。その上時間が――」言うと、稀代の魔術師は腕時計に視線を
落とす。「7月21日、日の出は――5時、いや、6時か。今が9時だから、術式は1時間以内にクリア
する必要がある――くそ、これが先月か来月だったなら良かったんだが」
「調子でも悪いのか?」
 だったら今日は――云い掛けて、即座に口を開かれた。「悪い訳じゃない。今が巨蟹宮の支配下に
ある以上、月に相当するガブリエルの力を借りるには丁度いい……だが、時間が悪い。私も初めて
するからな。出来ればゾディアックの影響は受けたくなかったんだ」
 惑星配置と魔術行使の関連性。――所詮俺は魔術適正があるだけであって、魔術師ではない。
詳しい部分はセシルに頼る他ない。時間がない。セシルの焦燥を見れば明らかだ。時間を推して来
てくれた以上、やはり。
「……いいよ、どうせ門外漢だ。お前を信じるからさ」

 視線が合う。
 セシルは少しだけ申し訳なさそうに、優しげに微笑んで、

「そうか」
 助かる――云うと、セシルは俺の肩を掴むなり、そのまま近付いて――え?
「な、な……おい、セシ――」
 首を掴んで、床に叩き付けてきた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
「寝ていろと云ったろう。ああ違う、うつ伏せだうつ伏せ」
「っ、だ、お、おおおお前っ!?」

 掴んだ首を強引に裏返され――て、今。今ゴキって云ったゴキって! 在り得ない音が! ちょっ
と! ちょっと在り得ないですセシルさん! ってなんでまた首掴んで――や、止め、止めってうぉぉ
おおおいッ!? き、聞いてねぇ! マジ聞いてねぇし人の話!

「……暴れるな馬鹿。寝ていろとは云ったが転がれとは云ってない」

 痛い。滅茶苦茶痛い。不意打ちで後頭部を叩き付けられたんだからそりゃ痛いが、云ってることと
やってる事が飛び抜けて滅茶苦茶って云うか――こ、こここ、こいつッ、人のカラダのこと実は全然
考えてないっ!?

「ああ待て」
「な、なんだよ今度はっ」
「脱げ」
「……あ?」
「脱がねば出来ん。上だけでいいからさっさとしろ」
 

45 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 05:58

「……見られてると、脱ぎ難い」
「だ、誰が、いい、い、いつ見たっ! ち、違うっ!」
「だ、わ、解ったって――ちょ、メス持ったまま暴れんなッ!」

 ……。
 脱いで、転がって、視線の正面にガラクタを据えて嘆息。「もういいよ」

「動くなよ。手元が狂うと困る」
「ああ、解――いっ」
 直後に刺さった。割と遠慮なく刺された。小さな、針で突付くような痛みが肩甲骨の下辺りに走る。
「……は、針治療?」
 針より痛い。痛いが、それ以外に表現できない。背中を見るのが正直怖い。
「馬鹿を云うな、私には針など使えん。体内に擬似セフィラーを構築して、私のそれを繋いでから内
部から治療する、んだ、が――くそ、思ったより難しいな。やはり私では荷が重いか」
「な、ななんか刺さって、刺さってるんだけど」
「メスだ」

 うわ。
 何か物騒なセリフが聞こえた。いや解ってたけど。解ってたけど知り合いが背中に刃物。言葉だけ
抽出して概念的に理解するとスゴい厭だ。

「こういうのは私ではなくマリアが得意でな。それよりも貴様の所(騎士団)ご老体(イリヤ)が専門家だろうに。彼を置
いてまでわざわざ私に頼んだんだ。多少のリスクは覚悟して貰うぞ」
「り、リスクって――」痛いとか。そうなのか。「マリアってのは知らないし……あの爺さん? 冗談。
気付いたらなんかの実験台にされてるかもしんないだろ」
「だったら大人しくしろ。案ずるな。失敗はせん。ただ……そうだな、少しばかり、いや、僅か、いや、
かなり痛いかもしれん」
「上げんな」
「ならば「痛い」で」

 どっちにしろ最悪だった。
 ……とにかく、気を紛らわせよう。身体は動かない。出来る事と云えば口を動かす事くらいで、飲
み食い出来ない以上は会話以外に選択肢もない。そうして共通の話題を探っても、堅物のこの少
女と共通の話題と云えば――

「む、騎士団の創設……?」
「そう、詳しい事。知ってるか?」

 仕事。罪であり咎であり、同時に罪を払い咎を薙ぐ教会の聖務。……少なくとも、映画やら音楽
やらの話題を振るよりは(セシルの好みはクラシックだ。合わない)マシだろう。シュワルツネッガ
ーとハリソン・フォードの区別も出来ない相手だ。

「それと……審問局だな。俺が入った時にはもう在った訳だからな」
「当たり前だ。貴様等(騎士団)よりは若いが、審問局とて伊達に中世を抜けてはいない」
 

46 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 06:03

 騎士団――マルタ騎士団。俺が籍を置く騎士団の名前にして、ヴァチカン聖都の最終守備部隊。
 ヨハネ騎士団を全身に持つマルタの歴史は遥かロードスにまで遡る。教皇ボニファティウス八世
の時代に異教徒(イスラム)からロードスを奪い、千五百二十二年にはオスマン帝国と戦い抜き、その後、本拠
をマルタに移して千七百九十八年まで力と資産を蓄えた。この際、ピウス六世との不和が原因とさ
れる騎士団の解散はあくまで外面上――"ヨハネ"が消滅する切欠でしかなく、以来、"マルタ"騎士
団は地下組織として現在の体制を築き上げた。
 修道院と兵舎の合いの子のようなこの建築物も、そこから受け継がれた伝統とも云えるべき物だ。
 表の歴史を血に染め上げて生きてきた十字軍(クルセイダー)の末裔。
 聖と生、ヴァチカンの表層から内面を護るのが騎士団であるのなら――異端審問局は、その対極。
深層に根付き、夜の闇のようにヴァチカンを覆い、統括する。背中をメスで撫でるこの少女こそは、そ
の闇に於いて最深、そして最大の位階と咎に触れる者だ。

「……第一次世界大戦中にヴァチカンが非公式に再結成し直すまで、"異端審問局"は歴史の暗部
としてだけ知られてきた。それまでは――その暗部に潜み続けた一部の人間が、ただ脈々と影を引
き摺って継続させて来たに過ぎなかった。それまでの在り方は知っているだろう? 暗黒の中世だ」
「まあな」

 魔女狩りの系譜――思い出す。
 無辜を罪と宣告し、欲望と恣意のままに暴虐が吹き荒れた時代。隣人を魔女と密告し、火炙りにし
た人間の家財を根こそぎ奪い尽くした罪の時代。「教会は血を流さない」からこそ、その処刑は火に
よる浄化(、、)を以ってして行われた。公式の歴史(、、、、、)――あまりに後ろ暗い、教会の聖性に反する歴史。故
にそれ以来の審問局に付き纏うイメージは、常に影と死でしかない。
「知っているとは思うが、あの中世はイタリアよりも私の祖国での蛮行が主体でな。発端からして、
五百年程前にアルトア伯爵領での裁判が異端裁判の原型になっているくらいだ」
「アルトア……っつーと、あそこのドミニコ修道総会だっけ? 罰せられたのが確か妖術師で――」
「妖術師らしい(、、、)だよ。判事はアラス司教座聖堂参事会員のジャック・デュボア、教区管轄下の司教
のジャン・ド=ベイルート――二人は教皇の聴罪師だった位でな」
 何故か、何処か自嘲的な笑声が背中で毀れる。

「最初の裁判官は、教皇の秘儀担当者って? は、笑える冗談だな、それ」
 その笑声に笑って返して、それが間違いだった(、、、、、、)と気付いたのは、まだ少し後。
「さてな。その時は本当に相手が妖術師だったのかもしれない――多くの民が不安を抱えている最
中に、妖術めいた魔術を行使した人間がいた。そして、彼を妖術師と認定したのはローマの、カトリッ
クの責任者だった。それだけで理由なんて充分なのさ。最大多数の最大幸福、贖罪の黒山
羊。罪を被らなければならない時が在って、罪を被せられた人間がいた。本当に――最初は、ただ
それだけの事だったのかもしれない」

 そう。
 まるで忌むように。
 吐き捨てるように、セシルは云った。
 異端を排斥する現代の審問局。其処の最上位に在る者として、ならばそれはどんな意図を以って
口にしたのだろうか。

「……じゃ、判事がウソをついてなかたって云いたいのか」
「そうだな。そう云いたいし、そうあるべきだ。だが、それがウソだったなら――たった一つのウソはヨ
ーロッパを覆い尽くす暗闇になったと云う証左だよ。求められる黒山羊は一匹では足りなくなる。虚
偽の判断が正当と罷り通ったが最後、それに続く告発は虚偽を許される。許されざるを得ない土台
を築き上げる。隣人を魔女だと告発しようと、家族を悪魔と契約したと判事に突き出そうと、唯々諾々
と憤懣と悪意の掃け口として異端裁判は行われる。家族全員が裁かれたなら家財と土地は教会が
没収し、拷問中に起きた不手際は暴行や強姦に留まるまい。悪意、憎悪、妬み、嫉み、僻み、全て
が「異端裁判」の名の元に磔刑され、真実の告発書は焚書坑儒、虚飾で塗り潰された資料だけが連
綿と続き――」
「……セシル?」
 

47 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 06:07

 ふっ、と諦観の声が聞こえる。

「ああ全く、笑わせる。真実が最初から暈けてしまっていれば、以降に続く象など全てフィルターに
掛かってしまうのにな」
 そこで唐突に、セシルは痛くないかと聞いてきた。
 それが話とは無関係な質問だと理解するのに一秒を要する。ああと頷くと、痛いなら云え、と返答。
正直――痛かったのは最初だけで、今はひやりとした感触が心地いいくらいだ。他人に身体を触ら
れるのはいい気分じゃないが、治療と思えば――まして知人のそれと思えばそう悪くもない。メスで
突いているのか、それとも途中から機材に手を伸ばした時に取ったキリのようなモノを使っているの
か、どうあれ実際は物騒なんだけど。
 不自然に打ち切られた会話。冷たい金属の触れ具合。居心地が悪いし、何より――

違うだろ(、、、、)

 どんな意図を以って――
 そんなモノは。
 そんなモノは――関係ない。
 俺達は間違っていてはいけない。間違わない。だから、常に正しく在るべきだ。

「教会は正義を護ろうとした。異端審問局は、民間から不安を取り除こうと魔女を狩り出し始めた。審
問局は正しくて、お前は正しくて、そもそもお前は悪くない」
「……そうだな」
「間違いは審問局が起こしたんじゃない。バカな連中が聖務を勝手に模倣して、挙句に流行り病み
たいにしちまった――それだけだろ」
 くすり、と再び背中で笑い声。一割の自嘲と、九割の苦笑。
「戯け。解っている……解っているとも。やれやれ、下らん事を話したな。ともあれ」
 セシルは――ありがとう、と云い、俺は何も云わなかった。
「……だから、最初期の審問局はそれこそ雑多な人種と人材、国籍と文化のサラダボウルだったの
さ。お前達(騎士団)のように」
「へぇ……」
「驚かないんだな」
「いや、充分に。麻酔効いててアタマが動かなくてな」

 正直――俺ですら、審問局に対するイメージはロクなモノではなかった。遥かな昔、まだ騎士団に
足を踏み入れたばかりの頃に「異端審問局」関連の資料と書物を読み漁ったそれだけで、ざっと抱い
た感想で嫌悪した。遠い歴史に記された罪。唾棄したくなるような、罪人達が教会にはいた――
 だが、それは今に於いて関係のないことだ。反省し、振り返り、嫌悪し、教訓とするべきではあるが、
背負って重荷にするべきではない。
 セシルの訥々と続ける声が胡乱に聞こえる。
 アンビエントのメロディよろしく聞こえる声を眠りに落ちそうになりながら聞いていたその刹那、

「あまりに少ない人材と過去だ。有るのは後ろ暗い歴史だけと云う状況を改善したのは、事もあろうに
審問局と事ある毎に反目するカトリックの宗教騎士団――その原型となった"マウリティウス"の団長
だった」

 針を刺されたような、意識の覚醒。
 今、
 なんて。
 

48 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 06:16

「――マウリ、ティウス……の?」

 マウリティウス――亡霊の称号(ロスト・ナンバー)。筆頭である本都守護部隊であるマタイの「1」から13の番号に分け
られた現ヴァチカン宗教騎士団の祖にして、「0(ゼロ)」で呼称された最古の騎士団。十字軍の原型(アーキタイプ)
第一次聖ヨハネ騎士団の直系。一般への露出はゼロ、騎士団や審問局内部に於いては説話か神話、
御伽噺めいた認知でのみ知られた古の騎士達。御伽噺だから、誰でも知っている。御伽噺のように(、、、、、、、)
作られた、話のように。

「……どうした。確かに資料すら残っていない騎士団だが、知らん訳でもあるまい」
「そりゃ――確かに――そりゃな。マタイの人間なら誰でも知ってるだろうな」

 名前だけは(、、、、、)と、小声で付け足した。
 首肯でもしたような気配が背中にあった。セシルが、「マウリティウスの団長は」と続ける。
「彼は人材を騎士団から集め、審問局の在るべき方向を当事の枢機卿会議に提出した。ヴァチカンの
守備統御を目的とする騎士団とは別に、"世界の為に在るように"との願いを元に審問局の原型を作
り上げたんだ。……最初は騎士団の派遣員が主体となって、既存の資料と役割を整理分担、そこに
各地域へと派遣される司教とのネットワークを確立させ、蛮行ではなく情報による統制を計った。嘗て
の密告と恣意、強制と略奪の資料とされた情報による審判ではなく――確たる情報と証拠の元に審
判を下すエキスパートの集団としてな」

「じゃあ、それが今の」
「私達だ」

 唐突にセシルは痛くないかと聞いてきた。
 それが話とは無関係な質問だと理解するのに一秒を要する。ああと頷くと、痛いなら云え、と返答。
正直――痛かったのは最初だけで、今はひやりとした感触が心地いいくらいだ。他人に身体を触られ
るのはいい気分じゃないが、治療と思えば――まして知人のそれと思えばそう悪くもない。メスで突い
ているのか、それとも途中から機材に手を伸ばした時に取ったキリのようなモノを使っているのか、ど
うあれ実際は物騒なんだけど。
 不自然に打ち切られた会話。冷たい金属の触れ具合。居心地が悪いし、何より――

「……マウリティウスのその後って、何か知ってる?」

 ――聞いてみたいことがあった。

 俺以外の人間は(、、、、、、、)どう知っているのか(、、、、、、、、、)
 セシルは一瞬手を止めた物の、すぐに作業に戻ると、

「設立までしか知らないな。マウリティウスの団長は――彼はその後、マタイに騎士団の主体を渡し、
自らの騎士団と共に世界から姿を消した。詳細を知る者はあまりに少ないが――しかし形跡はあまり
に大きい。創り上げられた形はだから、彼の仕組みが完全であったが故に、自ずから進化したんだ。
大戦半ばで確立された"異端審問局"という概念は、各国の情報機関と結び付いて今に至る組織へと
なった。モサドを掌握し、CIAを翻弄し――やがてそうして、世界の情報を制圧した。それからも時は流
れる。何もしなくても時は流れる。時の流れの中で、概念は変化し、信念は劣化し、願いは磨耗した。
後は貴様が皮肉る通りだ。審問局は白人種を主体とした現在の形へ――正確に云うなら、大戦時に
主体となった人間達の血族から血族へと受け継がれて、その際に排他された黒人種と黄色人種は、
ほぼ全てが騎士団へと流れる事になった、と云う訳さ。……いいや、大戦時に主体となったんじゃない
な。あの時も人種など関係なかった――ただの選民思想が生まれていただけだ」

 まるで憧憬のような、望郷のような口調でセシルは語る。
 もし思いを馳せるなら、当時のその「混沌としたカタチ」へか。そうであれと願う自分がいた。少なくと
も、俺はそう思っていたからか(、、、、、、、、、、、、)
 つまり――俺とこいつは、組織からして兄妹同然だった訳だ。

「また自嘲?」
「まさか。……そうだな、惜しかったと思うだけだ。イリヤのご老体など最たる例だよ。あれほどの魔道
者は審問局の歴史全体から見ても稀だからな。"ソリッド・システム"のムステイン、"マスター・ビース
ト"セシリア、"戮仙"の黄老人……キリがないな。ふん、つくづく惜しい。混沌としていた時代だが、正に
黄金の輝きを宿した時代でもあったんだ。伝説めいてはいるが、マウリティウスの働きは今の騎士団
と審問局の基礎でもある。一睨みで千里を焼き尽くす"魔女"のアリシアに――云えばキリがないな。
しかし」
「羨ましい?」
「少しだけな」
 

49 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 06:20

 と。
 そこで、唐突に言葉と背中の動きが、同時に停止した。
 まるで――テレビドラマの医者が手術中、病巣を発見したような、そんな反応だった。

「む――」
「どうした?」
「いや……これは」
 云いごもられると、その、少し怖いんだけど。何だ、何が。
「な、何か?」
「いや。……念の為訊くぞ。あの時受けた傷は胸と背中、二箇所だけだった筈だな」
「そうだけど」
「……おかしいな」
「だ、だからなにが」
「呪詛が消えている」
「は?」
「治療するまでもなかった、という事だ。……妙だな。あれは呪詛のカタマリだった筈だ。こんな軽症
で済む筈が――」

 それきり、背中の動きが止まった。ぶつぶつと「ラインが潰れたか」とか「まさか既に浸透しているの
では」とか、専門的なんだか抽象的なんだか、曖昧然とした呟きを繰り返すセシル。こちらとしては背
中に刃物が入っている訳で、動くな、とも云われている訳で、セシルにそんな反応をされるのは正直、
非常におっかない。
 頼む。何なんだ。病状を告げられるのを待つ患者の感覚で、キリキリと腹の辺りが痛む。
 胸が詰まりそうな嫌悪感の中、セシルが声を上げた。

「つまり……そうか、これは――」
「セ、セシル?」
「……あ、ああ」
「いや、ああじゃなくてなんだ。どうなってたんだよ」
 怖いんだけど。
「驚いた」
「だ、だから」
「――呪詛が喰われている」
「はぁ?」
「貴様の身体に呪詛が取り込まれている、ということだ。さっきも霊脈の流れを探っていて妙だと思っ
たんだ。この間診た時はお前以外の気配が潜んでいたんだが――消えそうなくらいに弱い気配が
な。思うに、あれは思念化した邪神(ヤツ)の残滓だったんだろう」
「いや、俺何もした憶えないんだけど」
「だろうな。素質、いや、これは体質といった方がいい。貴様の身体は、呪詛を取り込んで喰らって(、、、、)
いる(、、)
「……いいのか悪いのか解んないな、ソレ」
「良くはない、と云いたいが――解らん。呪詛は言葉通りの呪いだ。それを身に宿していい筈はない、
が――そもそも呪いが呪いである以上、それは全ての人間に災禍である筈なんだ。火と水、風と土、
相反する元素と同じく、呪詛は人の身とは決定的で絶対的な逆位相に存在するのだからな。水が気
体や固体に変わるのとは違う。呪詛は、呪詛以外の何物にも成り得ない」
「でもシャーマンとかは耐性持ってるんだろ? 霊媒なんて自分の身体に霊を降ろすんだし」
「ドルイドの神官や日本の巫女達か? 違うな。あれは儀式上に於いて霊を扱うのであって、貴様の
ように呪詛その物を喰らったりはしてないし出来もしな――あ、こら動くな。治療は終わってないんだ」
 起き上がろうとした所を押し付けられる。冷たい手の平が背に触れた。
「……つまり、貴様は憑依体質とは同質かそれの上位……上位と云うより変種だ。憑依体を身体の
内で喰らうという実に馬鹿げたな」
 

50 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 06:22

 馬鹿にされてるのか誉められてるのかイマイチ解らない。
 しかし――ともあれ、解っている事が一つだけ。

「よく解んないけど……な、待て、も、もういいだろ? 大丈夫だって解ったんだし」
 早く開放してくれ。
「メスを入れただけと言うのも馬鹿らしいからな。折角だ。霊脈を整えてサークルの一つ二つ刻んでや
る。常々思っていたが、貴様は技量や体性こそ素質的に大した物なのに魔術の類に関して致命的に
無知だからな。簡易なモノなら身体一つで弾ける程度にはしてやろう」

 云うや、セシルはあの(妙な)機材一式を床に降ろした。……あのセシルさん。その先が尖ったキリっ
ぽいのは何に使うんでしょうか。
 怖いから訊けない。

「あー、と。それって、オマエやエリスみたいにってこと?」
「私の場合は同位相のエーテルをぶつけるか空間に断層を作って無効化しているのだからな、これは
魔術の素養が無ければ無理だ。エリスというのは――騎士団のあの怪物か。あんな規格外(ベヒモス)と一緒にし
てくれるな。あれは単純にニブいのか頑丈なのかどちらかだろう。生憎だがあそこまでにはしてやれん」
「……してくれなくていい。人間辞めたくないし」

 剣林弾雨を潜り抜け、戦車砲弾に突撃し、高々度の絨毯爆撃に飛び込む人間戦車。真似できないし
したくない。

「さて、入れる――いいか、動くなよ」
「……あー」
 まあ、こんなのも。別に……偶には、いいか。
 偶にはで人体改造されるのもどうかとは思うけど。
「諒解、頼む」
「承知した」

 云うなりセシルは手際良く持ってきた木箱を開けると、中から三センチ前後の小瓶を取り出した。それ
ぞれ色分けされたラベルにラテン語で何事か書かれ(読めない。多分成分だ)、その蓋には魔術効果が
有ると一目で知れる小さな像が据えられて(青がガーゴイルだと云うのは解った)いる。この魔術師は五
指でその全部を一気に挟んで蓋を抜き、何の躊躇いもなく用意していたらしい小皿で一気に逆さにした。
光沢のある赤や艶やかな緑、透き通った青の粉末がさらさらと混ざりながら毀れていく光景は、どこか幻
想的だ。
 幻想的。
 幻想。
 それは――なんだ。死人を再殺し、肉体すら世界に置かないモノを必滅し、時には嘗て神と呼ばれた
モノすら討殺する。幻想を現実に引き摺り下ろして殺し続ける俺達の間にあって、その単語は笑えるほ
ど不適切だ。馬鹿馬鹿しいくらいに不一致だ。
 何度も何人も何匹も何体も殺した。だから、ふと、思う事があった。
 そして――
 

51 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 06:29

「殺したな」

 その、どうにも益体なく意味もないような問い掛けに、

「ああ、殺した」

 セシルは、確信的な口調で返答したのだ。

「後悔してる?」
「笑わせるな、馬鹿者」

 私達が後悔できるほどの愁傷を許された柄か――セシルは云い、違いない、と俺は笑った。
 麻酔が効いた胡乱な頭で、背中を滑る冷たい鉄を感じる。刺青だって入れた事がないのに、なし崩し
に妙なモノを刻まれているのは実に妙な気分だった。セシルの柔らかい声が子守唄に聴こえる。
 今日、セシルに会おうとした理由。

「罪は背負うさ。私の地獄行きはとうに決定済みだ」
「獄卒が嫌がるだろうなぁ、お前みたいのが来たら」
「その時は精々覚悟して貰うさ」

 目的は、果たせた気がした。
 

52 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 06:51



 ちくりちくり。
 肌の上をメスが踊る。
 麻酔で眠った頭。自分の口にする声も虚ろ。

「――なあ」
「なんだ」
「上役とか、殴ったりしたろ」

 さあな――と動きは止めず、セシルは小皿に液体を落として掻き混ぜ、その先端に先ほどの物騒な
キリの先端を浸した。……なんか刺青っぽいんだけど。終わった後あれ、暫く痒かったりするんだけ
ど。キリを取り出して先端に触れると、魔術師は何事か呟き――それだけで先端が底冷えするような
青い輝きを宿した。

「読心術者でも気取る気か?」
「まさか」
 うつ伏せに寝そべったまま、横目にセシルを見上げる。
 前を向いて寝ていろ、とセシルは継いで、視界の死角――背中側へと移動した。
「ショートアッパーで打ち抜いてやった」
 予想の数割増の返答。酷ぇなあ、と笑うと、背中でくすくすと笑声が漏れる。
「あれでも足りん位さ。私を謀った罪は重い。叩き斬られなかっただけでも感謝して貰いたいくらいだ」
「……あー、怖」
「お前に殴られた局員の方が悲惨だったよ。派手に弾んだからな。まだベッドの上だろう」
「もう少し強めに殴ってやればよかったな」
 抑揚のない笑い声。感情を殺した――作り笑い。
 手元を狂わされるのは正直怖いから、それ以上は口に出すのを止めた。
 だから、代わりに思い出す。
 麻酔で弛緩した思考で、眼前のガラクタを眺めながら思い出す。


 

53 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 06:54

 南米の僻地――派遣された大地。
 色褪せた町の景観。古色蒼然とした寂れた聖堂。
 出向いた僻地は、溜息が出そうになるほどの、魔女の肌のような冷たさだった。
 審問局員8名、うち、調査探索員が7名。騎士団からの派遣要員一人を護衛に地形の例脈を調査、
可能ならば現地に教会を復興せよ。
 一日目、局員の仕事を遠目に眺める。使う事もないだろうグロックを手持ち無沙汰に弄ぶ。忙しない
局員の動き。人間味の欠けた司祭――世も末。夕方、宿に戻る途中で責任者の少女が駆け寄ってき
た。「町は見て回ったか?」「いいや。見る所なんてないだろ」「馬鹿者。全てを把握しておかねば調査
の意味がないだろう。……全く、ゲリラ戦での地形把握には長けているクセにそれは呆れるな」「分野
が違うんだよ」――他愛ない会話。不意に視線を投じた傍らのパン屋。幼い姉妹が営むそこで胡桃パ
ンを夕食より多めに買って町を後にした。益体ない雑談を交わす。「お前のそのパンって50ドルもする
んだっけ?」「100ドルにしては随分貴様のパンは少ないんだな」「気合が違うのさ。パンの」「……何
だそれは」眠りに落ちたのは深夜を回ってからだった。

 二日目――三日目、四日目。恒例になったパン屋前での時間浪費。ヘタな英語で幼い少女に、集
まってきた近所の子達に遠い国の話を聞かせる。話し辛い所は審問局責任者の少女が補助してくれ
た。いつまで居るの、と聞かれ、仕事が終わるまでかな、と返す。じゃあ終わらないと良いのにね、と
言われて、それはちょっと、と困って笑った。
 五日目。「今日は何の話?」"今日は"という事は恒例のようだな、と頭上から笑い声が降る。パン屋
の前の椅子は指定席で、責任者の彼女は早目に仕事を終えて駆け付けたらしい。故郷(くに)の弟妹を思い
出す光景。いつ帰るの、と聞かれるのも恒例。司祭だからね、帰らないといけないんだ。でもここに教
会が出来るから、神父様が来ると思うよ。お兄ちゃんじゃ駄目なの、と追撃された。お姉ちゃんとお兄
ちゃんが教会すればいいじゃない、と言われて苦笑い。どうなんだ、と責任者に振ると、勝手にしろ、
と突き放された。――夜。安宿。「そろそろ解析が終わりそうだ」「解析?」「この地の特性さ」少女は両
手で抱えたコーラを手持ち無沙汰に弄う。「この町の寂れ様の理由とも云えるな。死んだ土の上では、
人間は活力を得られない」「解り易く話して貰えると嬉しいね」「呪われてるのさ、此処が」
 六日目。恒例の話。場に責任者の姿はない。
 七日目。一週間が過ぎる。話を終え、宿に戻る前に調査場所に顔を出す。審問局員を呼び止めて聞
いた。「解析は終わったって聞いた。留まる理由はなんだ?」一瞬だけ表情に浮かんだ色は狼狽か。
「まだ完全じゃない」――疑問符を心に仕舞って、そうかと頷くと宿に戻った。
 帰り道、パン屋の少女――二人居る内の姉に出会った。「何処へ?」尋ねると、教会が出来る所を見
てこようと思うの、と快活な返事。出来たら遊びに来てくれる、と尋ねられて――
 必ず、と頷いた。
 喜びに満ちたその表情が嬉しくて、心に仕舞った疑問は放置したまま。
 夜。胸騒ぎで目を醒ます。簡易ベッドから跳ね起きる。カソックの内側に吊った銃器の感触を確認し
て――町へ。あのパン屋へ。
 寝静まった町。昼も夜も閑散とした町は、ここに来て霊気と正気を綯い交ぜにした静寂を顕現させて
いた。
 走る。
 走る。
 走る。
 パン屋までの距離を一気に省略して、その玄関前で背筋が総毛立つのを自覚した。
 ドアをノックする。どん。どんどん。どんどんどん。誰か。誰かいるのか。声を上げる。声を荒げる。お
かしい。返事は。返事は何処だ。大声を上げて問う。誰かいるのか。妙だ。誰も起きてこない。どうして。
 どん。
 どんどん。
 どんどんどん。
 舌打ち。意を決して、ドアを蹴り破った。
 

54 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 06:58

 ざらりとした違和感。粘着質の空気。瞬間、その怖気に五感を支配された。部屋は暗い。闇は暗い。
闇は重い。重い。あまりに重い、赤。闇は黒い。ならばこの真紅は何だ。部屋を染め抜く、闇の中で映
え抜く、あまりに毒々しい、赤。
 視線を錯綜させる。一点に集中させる。闇の中、一つだけ凝った蟠り。
 居るのか。
 問うた。そこに居るのか。
 しゃくりあげるような嗚咽が聞こえる。
 お兄ちゃん、と返事が返った。そこに――
 いる、のか。
 どくん。
 跳ね上がる鼓動。壊れた視界。
 お兄ちゃん、と応えが飛んだ。
 どくん。
 小柄な矮躯。姉妹の、姉。蟠りは、縦に一人、横に一人。重なった影は二人分。
 縦の手と口は、横の一人を。
 泣き声。
 妹が。妹が動かないと。私は何をしているのかと。父さんと母さんを――■■■、何をして、
 私は、
 何をと。
 どうして。
 どうして私は、妹を食べているのか、と。
 嗚咽。
 ぎり、と奥歯を噛む。一歩を踏み出す。影は立ち上がる。
 名前を呼ぶ。教えて貰った名前。最早遠い、その持ち主を失った名前。怪物の名前。呼んでいるの
に意識は曖昧で、喉は枯れて声は出ない。
 いや。
 違う。
 声は、出た。
 だから。
 だから最悪だと思った。
 声は出た。
 助けてあげる、でもなく、待っててくれ、でもなく、まして命乞いですらありはしない。

 殺してやるよ。

 あまりに冷然とした声。
 だから救えないのは、彼女の反応だった。
 どうしてそこで、笑って――ありがとう、等と言えたのか。
 五感を全開し、両手に銃杷をコンマで握り、殺意を開放した。思考が切り替わる。脆い感情がオフに
なる。世界が反転する。意識が逆転する。弱い心だけがトリミングされる。
 殲滅対象は悪魔ないしは悪霊、悪くは邪神の類。類推状況――憑依常態(ポゼッション)類型(タイプ)――状況A−10、
「対象の憑依解除不可/街内/室内での殲滅行動」。通常弾頭が詰まったマガジンを落とし、ポーチ
から弾頭「エーテル/破壊」のフルロードを再装填。
 後で解った事を先に述べるのなら。
 それは、悪霊と言うには余りに生温い――悪魔と云うにもまだ遠い事実励起。土地霊、土地神。大地
には住まう神が在る。日本は八百万の万神を自然に見出し、或いは先祖を神として敬ってそれを神とす。
地母神、土地神、国津神。言葉は違えど、それは全て同じ意味を指す単語であり――そして、その性質
は千差万別。
 善神が在るなら、
 邪神が無いと云い切れるか。
 千古を越えて在り続けた人喰らいの邪神――南米の地霊。生贄を捧げられて力を保ってきた食人神
は、嘗てヤハウェに追い立てられることで糧を失い、やがて神意が薄れるまで仮死に陥った。故に。
 

55 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 07:03

 故にソレに肉体はない。
 肉を喰らう肉体はない筈だ。
 肉は。
 肉は目の前に。
 血と骨とピンクの臓物。姉妹の妹。
 肉体。
 肉体、それも在る。
 肉体は眼前に、弾丸を打ち込む標的として。自我を失った少女/邪神の依贄――矮躯が宙を踊り、
振り被られた細腕は壁を一撃で消失させ、一階から二階までの階段を中央から裁断した。泣き声が
聞こえる。ごめんなさいと泣き声がする。許してと啜り泣く声がする。誰への謝罪か。許しを請うている
のは妹へ。聞こえる。傷付けてごめんなさいと。家を転がり出た所で、その背後の家の異変にも気付
いた。

 いや。或いは、全ての異変に。
 何故違和感が有ったのか。どうしてこれだけの静寂があったのか。

 その全てが、氷解した。

 肉片。
 謝罪の意味。
 全ては――その元凶は。
 これだけの違和溢れる静寂をどうして調査中の異端審問局が放って置くのか、そもそもこうなるま
でにどうして気付かなかったのか。違う。どうして気付いていたのに教えなかったのか(、、、、、、、、、、、、、、、、)。どうして調査
に騎士が必要だったのか。どうして(、、、、)どうしてこうなるまで待たなければならなかったのか(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)
 速射する。身体を破壊する。無意味だ。強大な再生能力は消滅レベルからでも回帰する。
 損壊部分を即座に肉と骨で覆って修復する少女の殻。既に原型は失せた表情。失せた笑顔。どう
して。どうしてもっと早く気付いてやれなかった。路地を駆け、死に絶えた家屋を破り、神の餌場となっ
た町で少女の肉を纏った神を殺す。ここに人はない。失せた。失せ消えた。虚心の町。虚神の庭。

 神。これの。これのどこが神だ。
 正確な状況を把握している。
 成すべき事を理解している。
 だから。
 俺は。



 殲滅の名乗りを上げて、笑顔の残滓を蹴り潰す事にした。
 

56 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 07:04



「傷が完全に消えてはいないな。どうする、消してやろうか」

 どんな傷だと聞くと、例の爪痕だ――と返事。
 笑う。口の中、苦い記憶をざりざりと舌で磨り潰す。

「女性の爪痕を消すのはどうかと思うからな。そのままで」
「……云っていろ、馬鹿。確かにそれほど傷は深くないが――」
「いいよ、そのままで」

 首を上向ける。物云いたげなセシルは一、二秒瞬きもせずに視線を合わせて、「勝手にしろ」と息を
ついた。表情を伺えば、苦いモノを舐めたような表情を見せている。次いで、「いいから寝ろ」と押し倒
された。

「……ふん。よく考えれば貴様だけは不公平だな。私の傷は治ってしまうからそうも行かない」
「へ。俺のが愛されてたんだろうさ」
「自惚れるな、馬鹿者。十やそこらの少女に愛も何もあるまい」
「そうでもないさ。曰く、コリント人の手紙より――正義より節制より愛は尊い。だろ? 無垢な子は理解
してるんだよ、ちゃんとな」
「……さかしい理屈ばかり覚えているな」
「憶えてるに越した事はないだろ。しかも実践してるんだ。年端も行かない子供に悪霊紛いの偽神憑
依させてから殺して、サンプル扱いした死体を採取しようなんて考える連中よりは――よっぽど司祭
してるって自信があるよ」
「……ふ、それは云える……が。おい、だから動くなと云っているだろう!」
「あ、悪……痛っ!?」


 

57 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 07:08



 暴威を振るう神も、終焉など呆気ない。
 世界を塗り潰す極光――瞼の上から視力を圧する猛威が去って、ゆっくりと目を開ける。真っ先に
視界に飛び込んできたのは、長々と地平線まで続くクレパスと焼け落ちた家屋、並木道に点々と在っ
た木々。クレバスの終端は眺める事すら叶わない地平だが、その始点は傍らに在った。1メートル前
後の西洋剣――装飾の乏しいガード、連なる柄も長く、造りは古風。元へ元へと視線を辿れば、破壊
を生んだ原点はそこに――それを握る、痩躯の少女へと。
 審問局。その、引いてはあらゆる生物の最上位に位置する極限の魔力を内在させる騎士の――そ
の霊気を秘めた打ち降ろしは閃電の光条を生み、地平まで断割する絶傷を大地に、そして邪神へと
叩き付けた。視界に収まるのは聖刃によってささくれ抉れ、焼けた土と壊滅した町並、空間全てを破
壊し粉砕し、圧搾したのがただ一人の人間だと云う事実は、それは驚くに至らない。驚愕には届かな
い。この破壊を担ったのは終末の名を持った騎士であるのなら――これは正しく、世界に死を顕現さ
せる審判の日(アポカリプス)のそれだと云うだけだ。
 そう。
 漆黒の異端審問官が振るう聖刃は、その烈波で十区画の家屋悉くを薙ぎ払い、未来永劫消える事
の無いクレパスを大地に刻み、数日前まで談笑を交わし合った少女の身体を完膚なきまでに壊滅さ
せ――
 審問官は。

「 ―――――――   ――く、 ――あ、」

 怒号を上げた。
 誰へでもない。
 少女へでもない。
 或いは、少女を蝕んだ者へですらない。
 それは、気付けなかった自分。
 助けられなかった己自身への、やり場の無い激怒。
 感じたのは何だったか。
 無残な破壊を生んだ、傍らの同僚への憎悪か。
 それもあった。
 ただ。
 まだ存在(い)きている少女を抱え上げる。原型もなく、面影もなく、故郷もなく、家族もなく、全てが
無くなった、少女。
 その時――微かに微笑んだのは、だから少女のカケラだったのだと、確信して。それ以上汚されな
いようにと願って、
 俺は。
 ただ、祈っていた。


 

58 名前:◆WEISS0lzjQ :04/11/04 07:14



「カニバリズム」
「なんだよ、いいだろ別に。ああしなきゃ消し切れなかったし」
「……だとしてもな。視覚的にキツいモノがあるんだ。そう云うよりもだな、貴様にはモラルやその辺り
が欠如していないか。いや、している。しているに決まっている。傍に年頃の少女が居ると多少でもい
いから気遣え」
「はん、これで彼女も俺と一緒に生きてるってことに……って、ベタだなこれ。なんだっけ、自分で火に
飛び込んだケモノの話とかその辺り? 滑稽だけどさ。どっちにしろ、あれだけの結果になったんだか
ら処分されない方がヘンだけど」
「派手に壊したからな。……やれやれ、任務は失敗、報告書は捏造して上層部を安心させただけとき
た。ああ全く、貴様と居ると碌な事がないな。日本の故事ではないが、疫病神か貧乏神か、あの類よ
りも性質も始末も悪い」
「いっそ連中に嗾けてやれば良かったな。報告書に書くのは二文字でいい。「全滅」」
「だとしたらお前は今頃、審問局全体から暗殺対象にされていたろうな。相対的な真実がどうであれ、
審問局(わたしたち)の真実は目的の達成だけだ」
「一々真実を飾るなよ。薄ら寒くなる。少なくとも俺が見た事実は俺の現実だったよ。俺達が護ろうと
した笑顔が消えた事も、自分でそれを消した事も、それを高みの見物で見ていたクソ共の事も、それ
自体を仕組んだクソッタレなシステムの事も」
「そうだな。しかし貴様が疫病神だという事実は変わらんが」
「光栄だね。調査隊の連中、あそこ行ったら驚くぜ。で、その後アメリカのテレビ局が来て「謎のクレバ
ス! 突如として現れた亀裂の謎を追え!」とか特番組まれるんだ。ホント。ああ、けどいいよなそれ。
俺にも貸してくれよ。その……あれ。波動砲。デュランダル。オカルト兵器万々歳」
「馬鹿者。お前になど貸せるものか。第一これは私以外には使えないんだ。どうやら、使用者には上品
な女性を好むらしくてな」
「上品? ……ああウソだウソ。だから痛い、痛いから止めて。だ、マジ。マジ止めッ。……づ、あ、アレ
だ、ローランは男だったんじゃないのかよ。……ふん、じゃあエクスカリバーとかないのかよ。アーサー
王みたいに。FFの最強武器だぜ。あ、ラグナロクのが強いか」
「ガルガーノのアレなら管轄外だ。それからアーサーのは偽物だ」
「エクスカリパー?」
「は?」
「……いやなんでも」

 意味の無い繰言。ただ二人で共有する時間を無言で閉ざさない為の、意識の無為な露出。二人で黙
れば思い出す。あの日、あの空間、あの瞬間、あの人達の顔。思い出せば、潰される。だから喋った。
無意味に、無為に、ひたすらに。

「先刻から貴様は無茶だ無茶だと云うがな、私のデュランダルが無茶ならマリアのブリューナクは海を
端から端まで余波で割るぞ。比喩抜きでモーゼだ。市街で放てば一瞬で火の海だろうな」
「バケモノの集団かよ、お前等。そんだけ出来るなら騎士団に任せるなよ、戦闘業務」
「云っていろ。例外は数人だ。第一、魔力も使わずに私達と同程度の力を発揮する連中の方が余程バ
ケモノだとしか思えん」
「俺は常人でありたいね」

 手際良く迷い無く、背中を走る鉄の冷たさ。一時間以内と言っていたが、果たして何分何十分経過した
のか――ただ黙る事がないように、世間話から仕事の話、果ては近況からプライベートまで。それがた
だの共依存だということは理解している。傷の舐め合いだと解っている。一人で終わらせたのなら、此
処まで悩む事も無かったろうという事も――多分、理解している。
 一人ではないから。
 一人なら罪を仕舞いこんでしまえた。
 偶然、或いは必然に他者と罪を共有してしまったなら――自分が罪を仕舞っても、鏡面を見てしまえ
ばハコの蓋は開く。仕舞いこんだ罪が溢れ出る。二人なら悲しみも半分なんて馬鹿げた歌があったの
を思い出す。嘘っぱちだ。二人なら罪は二倍。一人と一人で一足す一。二割る一にはならないし、二引
く一にもならない。罪を宿した自分の鏡に性別など関係なく、年齢など差異になく、俺とこの少女は、互
いに依存させられる相対的な移し身と成り果てただけだ。
 自分を他人に重ね、他人を自分に連ねる。
 吐き気がするような嫌悪。依存せざるを得ない、その現実。
 理由のない逃避。現実から目を背けて、ただこれからも生きていかなければならない、そのリアル。

「……外、暑そうだなぁ」
「そうだな」



 笑顔のカケラは、まだ頭の中で濁っている。


 


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