‖一緒に果てしない物語を作りませんか?‖

1 名前:名無し客:2003/03/22(土) 21:10

わたしが物語の一節を書いて、あなたがその続きの節を書き、
またわたしがその後を引き継ぎ、また誰か別の人が更に続きを…
 
そんな風にして、物語を紡いで行きませんか?
終わりのわからない、果てしない物語を作って行きましょう。
 
 
 
 
 
要するにリレー小説スレですね。

2 名前:名無し客:2003/03/22(土) 21:20

まず登場人物を考えましょう。
それから物語を作って行きましょうね。
後、わたしはほんわかファンタジーみたいな物語を作りたいと思っています。
そんなわたしが提案する登場人物の一人はこちら。
 
アイ・ファルディーン(17)
――旅人が往来する街道の村の村長の娘。
   兄が一人、妹が二人いたが、村長を継ぐ筈だったその兄を事故によって亡くす。
   隣村の村長の元へ嫁に出される所だったが、
   その婚礼の式で逃げ出し、今は流浪の身。
 
後は次の方、考えてください。
ある程度人物が出揃った所で、その中から主人公を決め、物語にして行きましょう!

3 名前:名無し客B:2003/03/22(土) 22:18

面白そうなので顔を出してみたり。

ライオット(年齢、姓不明)
――天涯孤独の男。元々は孤児だった。
自分の年齢も本当の名前も知らない。
「ライオット」は、自分で勝手につけた名。
旅芸人の一座で下働きのようなことをして食べている。
周囲からは「ライ」の愛称で呼ばれる。

4 名前:トーヤ ◆eNlSemdwK6:2003/03/22(土) 22:33

シシリィ=レイ(15)

リンドガッド地方を中心に活動する商隊の一員。
元々は遊牧民の娘だったが、運悪く「黄昏の月の日」に選ばれたため一族は全員死亡。
その後のゴタゴタでどうにか生き残った弟とも生き別れる羽目になる。
本人に自覚は無いが、精霊魔法の才能がある。


何のことか自分でも考えてなかったりする。
しかしそれらを作るのは諸君である。
あとは任せた。

5 名前:名無し客:2003/03/22(土) 23:44

ドミタス(65歳程度か)

町外れに住む老婆。羊や牛、農地に呪いをかけ、成長や収穫を補助することを生業としている、呪い師。
効果の怪しげな薬を調剤することもあり、村のウィッチドクター的存在。

ただし、偏屈で人付き合いは良くない。

6 名前:アイ・ファルディーン ◆FrSayUVSek:2003/03/23(日) 21:38

リレー小説って言うからには、やっぱり一人一人の区別があった方が良いと思うんですよね。
それで、自分の考えた登場人物をここでのコテハンみたいにしちゃったらどうでしょう?
↑こんな風に。
更に、この形式で、新しく参加する方には新しい登場人物を一人考えてもらう、と。
どうでしょう? 嫌なら嫌でも良いですケド…
 
それから、ルールを簡単に考えてみました。
意見・感想などあったらどうぞ。
 
1.物語を書く順番は定めない。(途切れちゃったりするかもしれないので。)
  但し、必ず誰か自分以外の人が書いた後に続けること。
2.10行以上書くこと。
  但し、1レスに収めること。
 
これくらいかな、と思います。
それから、もう少し登場人物が欲しいかも…。
小説は書かないけどキャラ設定だけ考えたいって人も歓迎です。
どしどし参加してください!!
 
後、アイ・ファルディーンの追加設定。
――素性を隠して旅をしているため、本名は名乗らず、「ファラ」と名乗る。
   似顔絵はこちら↓
   http://dog.oekaki.st/chara/dat/IMG_000012.jpg

7 名前:参加したい名無し客:2003/03/24(月) 00:58

私の持ち寄ったキャラクターはこちらです。
主人公には向かないと思いますけど……。
 
 ■リムリィ・リムリスティング(男・21)
 
  ある都市で「星観の者」(せいかんのもの)として働くのんびりした青年。
  星観の者とは星を読み、暦を管理したり未来を予測したりする人たちのこと。
  何よりも、ぼんやりと空を見ていることが大好き。
  星観の者の長の命もあり、「異国から見える星を読む」「百年に一度現れる
  ”星”(名称未定)の探索」等を目標に旅へ出ることになる。
 
 
>>1>>6のアイさん、頑張ってくださいね。

8 名前:設定小僧:2003/03/24(月) 03:29

自分も出すだけ出して見ますか・・。

バーミィ・ブローミィ(男・22歳)

某国の武術家の息子として生まれ幼少の頃から武術の才を周囲から認められる。
だが有る日、父と共に訪れた先に青々と実る作物を見て「故郷にもこの様な光景をいつか・・・」と決意して武術の道を捨てる。
(彼の故郷は痩せているため武術が発達し武の道を進む者が多い)
「痩せた土地そのものを変える」方法を探す為放浪の旅に出る。

>>1>>6のアイさん、頑張ってください。

9 名前:名無し客:2003/03/24(月) 06:05

 すっごい思いつきのキャラで良ければ……。
 中の人の趣味とかは全然反映されていないんで、気にしないでください。
「中の人などいない!」
 
・アンナ(女・年齢は二十一)
 
 母殺しのアンナ。
 姉殺しのアンナ。
 処刑刀のアンナ。
 死にたがりのアンナ。
 夜の私生児、アンナ。
 悪魔の子、アンナ。
 
 魔女、異端児、悪魔の娘と呼ばれ畏れられる彼女だが、歴とした人間である。
 しかし、人はそれは認めない。彼等は口を揃えてアンナを"魔女"と呼ぶ。
 なぜなら、アンナの母は姉であり、アンナの父は祖父だからだ。
 親と子、父と娘との間に生まれた禁断の子――それが、アンナ。
 長い間、その事実を理由に故郷では村八分にされてきたアンナだが、十四歳のときに母
であり姉でもあった夜鷹を殺し、村を出奔。
 そのとき、アンナを見た村人の言によると、アンナは手に血濡れの剣――刀身にびっし
りと神聖文字が刻まれた、処刑刀――を持っていたらしい。
 その処刑刀の出所は不明。ただ、とても女性が――例え成人していも――扱えるような
武器には見えなかったとのこと。
 以後七年間、アンナの消息は不明。
 
 最近、聖処女騎士団(正式名称"マチルダ地区解放戦線"。騎士団を名乗っているが、非
公式。民族の自立とマチルダ地区の独立のために戦う地下組織)の聖騎士(これも自称。
実際には特殊工作員のようなもの。聖騎士の総数は十三人)の一人に、闇より尚昏い黒髪
黒目の風貌を持つ全身黒装束の"少女"がいると噂されている。
 その黒き"少女"が常に持ち歩く獲物は―――銀製の処刑刀。
 ただ、黒衣の"少女"が第七騎兵連隊(王国の対テロ部隊)と接触・交戦したという記録
はない。
 
 特技は自傷。趣味はほんわかすること。
「ああ……自分の血を見るととってもほんわかした気分になれる……もしかして、これっ
て素敵? ステキステキ? じゃあじゃあ、誉めて誉めて」
 いや、あんたもう死んだほうが良いよ。
 
 こんな彼女ですけど、多分とっても良い娘です。なんかロマンチストらしいし。
「うん、わたし王国のモヤシ野郎共を火炙りにするのとか大好きだもん」
 うわっ、それって超ロマンチック。

10 名前:名無し客:2003/03/24(月) 22:35

始まりそうに無いので適当に粗筋を立てる。

>>3 のアイが家を出て一週間。道に迷ったアイは、山一つ越えた村にたどり着く。
村の酒場兼宿屋に泊まろうとするが、そこにはすでに追っ手が。
(追っ手は未定。荒事ができて世知辛いキャラ向き、誰か作るべし。
 >>9 はこの役には明らかに異常すぎてダメ)

途方に暮れたアイは村はずれの一軒家に一夜の宿を求める。
家屋から出て来た老婆>>5 はアイに、「納屋なら好きに泊まるがいい」と告げるのだった……

こんな感じで。
誰か書くべし。最初はスレ主どのにお願いするべきか、やっぱり?

11 名前:名無し客:2003/03/24(月) 22:37

>>10
アイは>>3じゃなくて>>2でした。

12 名前:名無し客:2003/03/24(月) 23:21

>>10
いやいや……ちょっと、まだ始めるには性急過ぎやしませんか?
 
自分としてはスレ主の意向を知りたいです。
しばらく相談してから始めてみても良いのでは、と。

13 名前:アイ・ファルディーン ◆FrSayUVSek:2003/03/24(月) 23:40

わあっ!! たくさん登場人物出て来ました〜! 
すごいですね。皆さんさすがです。
なんだか楽しいお話になりそうで、始まる前からうきうきしています。
せっかく考えてくださった皆さんの設定、ありがたく使わせていただきますね!
(ま、まあ、最初はあんまり登場させることができませんけど、
おいおい話に加わっていただきますので、待っていてくださいね。)
 
>>10
ああっ!! 遅くなっちゃって申し訳ありません!
そうですね。案ずるより生むが易し、です! 早速始めちゃいましょう。
えっと、その粗筋を拝見させていただく前に、
もう結構導入部分は書いちゃっていたのですけど、大丈夫だと思います。
 
では、始まり始まり〜です! 
それで、この後こちらのスレッドでは物語を主に書いていただくということになりますので、
設定とかそういうのはこちらの↓方に書いてください。
http://www.appletea.to/~charaneta/test/read.cgi?bbs=ikkoku&key=048424904
まだまだ登場人物待っていますよ〜。特に素敵な男性主人公がいたら……なーんて(笑)
それ以外でも、町や村の設定とか、魔法とか文化とか、そういうご意見もお待ちしていまーす♪

14 名前:アイ・ファルディーン ◆FrSayUVSek:2003/03/24(月) 23:46

>>12
あ、大丈夫です。
一応、導入部分は書いたので、続きを他の方に書いていただくだけですから。
>>10さんの設定も楽しそうですけど、続きを書く方が全く違う展開にしても良いかなと思います。
リレー小説ですから、文体が変わっちゃったり、多少性格が変わっちゃったりしても、アリ! 
動き出したらなんとかなりますよ! 
なんて、ちょっと楽観的過ぎますか…? ご意見等あったら、どうぞどうぞこちらまで〜↓
http://www.appletea.to/~charaneta/test/read.cgi?bbs=ikkoku&key=048424904
 
では今度こそ、始まり始まり〜♪

15 名前:アイ・ファルディーン ◆FrSayUVSek:2003/03/25(火) 00:07

緑なす丘陵地帯――
草原に赤毛の少女が横たわっていた。
その傍らに愛馬シルレオンを休ませて。
人の気配も動物の気配さえも他にはない。
春のやわらかな陽射しに照らされ、そよ風に吹かれながら、
少女――アイ・ファルディーンは二度と戻らぬであろう故郷に思いを馳せていた。
 
ラトラは港町サルドと王都ペルセサーラの中間地点にある商業都市。
東西南北から様々な商品が行き交う商業の拠点として、古くから発展して来た。
そこから少し山深い場所に、アイの育ったエトラ村があった。
小さな村ではあるが、肥沃な土壌で農作物が豊富にとれ、清流に魚もとれる。
ラトラを行き交う商人たちや旅人たちの滞在する宿場町として栄えていた。
 
二年前――
アイは双子の妹たちを連れ、ラトラに何年かおきに巡業に来るサーカス団を見に行った。
彼女も妹たちも初めて目にする盛大なお祭り騒ぎだった。
旅芸人たちの妙技に胸を躍らせ、熱気を肌で感じ、存分にお祭り気分に酔いしれた。
そんな楽しいひとときの中、彼女の目は一座のうちの一人に釘付けになった。
彼女以外の人間には取るにたらない男だったかもしれない。
しかし、その瞳に宿す光は、彼女の記憶に深く、深く刻み込まれた。
その瞳の持ち主は、「ライ」と呼ばれていた。
 
「……やっぱり無謀だったかな? 女の一人旅なんて。」
夢から醒めたような顔で、アイは呟いた。
「村では弓の名手って言われたけど、それだけじゃね。この短剣だって小枝を切るくらいにしか…。」
美しい装飾を施された鞘の上から短剣を撫でる。それはそこそこ出来の良い品だった。
「ねえ、シル、どう思う? もう村に帰りたい?」
馬は答えなかった。代わりに大きな顔をアイの頬に摺り寄せた。
「悩んでも仕方ないか! あたしが決めたことだ。うん、行こう!」
立ち上がった彼女の姿は、少女と言うよりも少年であった。
緋色の髪は短く切り揃えられ、簡素な旅支度に、弓と矢を背負っていた。
ひらりと馬の背に飛び乗ると、彼女は草原を駆け上って行った。

16 名前:名無し客Bことライオット:2003/03/25(火) 21:27

 久しぶりに来てみたら始まっちゃってるみたいですね。
折角なので邪魔にならない程度に参加してみようかと。
(正直、あまりストーリーなどは考えてなかったのですが)

「おーい、さっさと積み込めよ!」
「ふぁ〜い。」
 頭の禿げ上がった男に怒鳴られ、大きな荷物を抱えた男が気の抜けた返事を返す。
「全く、お情けで置いてやってるってのに相変わらず使えない奴だな、ライ!」
 荷物を抱えている男の名はライオット。
周囲の人間は彼の事を親しみを込め「ライ」と呼んだ。
「団長、俺だって頑張ってるんですからひどい事言わないでくださいよぉ。」

 彼は旅芸人の一座「春風の旅団」に下働きとして雇われている男だった。
孤児として生まれ、その日の食事にも事欠いていた時、たまたま
彼の目の前にいる頭の禿げ上がった中年男……団長……に拾われ、
そのまま「春風の旅団」のメンバーとして世界中を放浪していた。

 しばらく滞在していた街を、明日発つ事になっていた
彼ら「春風の旅団」の荷物の荷造りをしていた、という訳だ。

「さっさとその荷物をまとめて休めよ!明日は早いんだぞ、ライ。」

 ライは、早く荷造りを終わらせてしまおうと思った。
彼はこの街に知り合いを作っていたのだ。その男と別れの
杯を交わしに行こう、と思っていたのだ。

17 名前:RIMLyt7IfE:2003/03/29(土) 03:49

「これで……全部かな……っと……。」
 リムリィは鞄に荷物を詰める手を休め、部屋を見回した。
 少し古びた机とベッド、小さなタンスと棚、落書き跡のあるクローゼット、棚の上の
何処か異国の置物、何度何度も繰り返しも読んだ為に手垢で薄汚れた書物、星学の
発展していない時代に描かれた沢山の星界図……。
 十数年間、毎日見続けてきた品々なのに、今朝は何もかもが愛しく、とてもとても
大切な物に見えた。
 
「リムリィ! まったく何やってんの! 遅刻するよ!」
 階段下から母親の怒鳴り声に近い声が聞こえてきた。
 はぁい、今行くってば! とリムリィも負けじと大声を出す。
 
 重い鞄を抱え階段を降りていこうとするとき、リムリィは振り返り、二つ並んだ
ベッドへと寄った。いとおしむかの様に指の腹をベッドに走らせる。
 ひとつは今日までリムリィの寝起きしていたもの。もうひとつは先月嫁いだ妹のもの。
 あのときの妹は何て綺麗だったのだろう、とリムリィはぼんやりと考える。
 そして、この部屋も寂しくなったな、今日からはもっともっと寂しくなるな……とも。
 
 階下に居た母親は、まったく大事な日だってのに──と半ば呆れ顔でリムリィの顔を見、
溜息をついた。それに対してリムリィは、旅立ちの日の朝は色々とあるんだよ、母さん、
と返す。それを聞いて母親はエプロンで目元を拭うような格好をし、
「あんたの晴れの日のようなもんなんだからね。いきなり遅刻ってのは父さんだって
祖父さんだって、この母さんだって泣くよ。」
 リムリィは、ただ、あはは、と笑った。しかし、その後に、母さんが泣くなんて、
『岩巨人の目に涙』という格言よりも珍しいことだよ、と付け加えた。
 
 母親の平手が、飛んだ。
 
 ちょっと、頬が痛い。
 赤くなった頬を気にしながら、母親から渡された弁当と、鞄を抱えて「星観の塔」へと
足早に向かうリムリィ。
(こんな日まで僕用の弁当作っているとはなぁ。弁当箱なんてしばらく家に戻せないのに。)
 母親が、あんたの分も弁当を作ってあるわよ、と言ったあの瞬間を思い出した。今後、
いつ家に帰れるかも分からないのに、いつものように振る舞う気丈な母親。だけど、
この旅に出ることが決まったとき、いつにないほど動揺していた事を知っている。表には
なかなか出さないけれど、とても大きくあたたかいものを持っている事を知っている。
 リムリィは、そんな母親が大好きだった。
(……母さん、ありがとう。そして、行ってきます。)
 懐から「星観の者」の証である、精巧な刺繍の入った紺地の帽子を取り出し、被る。
リムリィの茶金の髪の色にそれは、なかなか映えて見えた。
 「星観の塔」が近づくと、リムリィはぐっと顔を引き締め、速度を落として歩き始めた。
 
 
 
 赤毛の少女アイは商業都市ラトラの街なかを、愛馬シルレオンと共に歩いていた。
 街に入る為には簡単な審査があるが、アイとシルレオンは何事もなく通過出来た。
 アイ、という名前はそのときから隠し、ファラと名乗ることにした。
 何故そんな偽名にしたのだろうか、とアイは自問をする。
 幼い頃に親から聞いたおとぎ話の王女様の名前だったのか。勇ましいサーガに登場する
死も恐れぬ勇猛な女剣士の名前だったのか。それとも世界の果てにある秘宝の探求をする
永遠の放浪者たる運命の女性の名前だったのか。
 考えにふけるアイの顔に、シルレオンが鼻を擦り付けてくる。
「あ……シル……、あたしなら、大丈夫だから、ね?」
 アイはシルレオンの鼻筋を軽く、柔らかく撫ぜた。
 
 ラトラはいつものように賑わっていた。商業地区での人々の熱気。響く物売りの声。
 前に来たときと、ラトラは何も変わっていなかった。
 変わったのはアイだけだった。
  
 しばらく街を歩くと、人々の噂で、つい先日まで巡業サーカス団「春風の旅団」が
テントを張っていたことをアイは知った。今は荷物をまとめ、明日、ラトラを出発する
予定になっているという。
 二年前の、幸せだった頃の、あの心踊る体験を思い出すと、胸がつんと痛くなる。
 そしてその祭りと共に思い浮かべるのは……「ライ」と呼ばれていた下働きの男の事。
 あの男の瞳を思い浮かべると、少し、アイの心も休まるような気がした。
「サーカスか……。もう少し早く出て来れば良かったかな……。」
 ぽつりと呟いた。

18 名前:アイ・ファルディーン ◆FrSayUVSek:2003/03/30(日) 07:08

「何言ってるんですか。来られるわけないでしょう、そんなに早く。」
頭の中で別の声が囁いた。シルレオンの思念であった。
アイは長く乗る間に、この馬の考えていることだけはわかるようになっていた。
会話をする、というわけではない。お互いに思念を飛ばし合って、思いを伝えるのである。
と言っても、心の中まで全て見通せる、と言うわけではない。
相手に伝えよう、と思わなければ伝わらないのだ。
シルレオンは今はかなり強い思念をアイに送りつけていた。
口に出せば大声過ぎて耳を塞ぎたくなる、と言うレベルのものだ。
「忘れたんですか? ここだってかなり危ないんですよ。
あんなに目立った行動して大騒ぎした人が、のんびりしていられる場所じゃないんですからね。」
そうなのだ。一週間ほど前、アイはこの街で結婚式を挙げていたのだ。
挙げていた、と言っても、彼女はその式の途中で逃げ出すというとんでもない花嫁であったが。
その後、この馬を連れて村の裏にある山中に逃げ込み、
アイはこの先どこへ行ってどうするのかという計画を練っていた。
そして今日になって初めて、物資を集めないと先の町に進めないことに気付き、
山を下りて来たのだった。
「で、でも、通れたし…関所。」
「あの門番…酔ってたんじゃないですかね? かなり酒臭かったし。
真昼間から職務怠慢ですよ。まともな門番だったら、あなたの顔見て即座に捕まえてますよ。
何ですか、ファラって。ファルディーン、と言いそうになったんでしょう?
咄嗟の思いつきとは言え、上手い交わし方とは到底言えませんね。」
少し反論しようと思えば、すぐに倍になって返って来る。
形勢は明らかにアイにとって不利だった。彼女はそれ以上反論するのは諦めた。
「ま、とにかくさっさと買えるものは買って、すぐに出発しましょう。王に会いに行くんでしょ?」
伝わるシルレオンの思念は優しさに満ちていた。この馬も主人の身を思って厳しいことを伝えるのだ。
「ありがとう、シル…。」
アイは手綱をひいて商店街へと急いだ。
 
ラトラの市民はほとんどが商人であり、商売に関係のない人間の顔はすぐに忘れる、という性質を持っていた。
その代わり、商売に関係した人間のことは一生涯忘れない、ともいう。
結婚していれば、ここの商人でも一番のやり手の娘と言うことになったアイだったが、
結婚を拒絶した以上、商売人たちにとっては関係のない娘だった。
それに、結婚式の日には彼女は長い髪をなびかせ、化粧をしていた。
とても女らしく淑やかに見えたのだが、今のアイは羊飼いの少年にしか見えなかった。
町の人々の目にも留まることなく、アイとシルレオンは歩くことができた。
だが、油断は禁物。シルレオンはいつでもアイを背中に乗せて走れるように神経を尖らせていた。
「えーと…。買わなきゃいけないのはまず矢じり…弓の弦の予備……。」
まず武器屋を何軒か回って一番良い物を手に入れようとアイは考えていた。
しかし、四軒回った店はどこも品薄か、劣悪品が置いてあるだけだった。
しょんぼりしたアイが五軒目に入ろうとしたときだった。
突然、扉の後ろから同じ年くらいの女の子が飛び出して来た。
アイは避け切れず、その女の子を受け止めるように店の前に後ろ向きに転んでしまった。

19 名前:名無し一月の蒼い月:2003/04/01(火) 11:49


タマ取ったりゃぁぁぁぁぁっ!!!

等と考えて少女は相手に向かって突っ込んだ訳ではない。
不可抗力という奴だ。
例え、万引きしたクリス・ダガーがその手に握られていようと、
切っ先が相手の脇腹をしっかり抉っていようともだ。
どんなにありえ無い事だろうと、偶然起こった事なのだ。
故にこれは不幸な事故、あるいは運命の皮肉と呼ばれるべきものである。

「トロトロしてんじゃねーぞっ!」

多少汚れてはいるものの、十分美少女と呼ぶに値する容姿と、蜂蜜菓子の様に甘い声音で口汚く罵り、
少女は、いまだ倒れている相手を踏みつけ、路地裏へと逃げていく。
続いて店内から聞こえてくる怒号と罵声。

「衛視を、警備兵を、いや、傭兵でも騎士団でもなんでも良い! とにかく呼べっ!
 泥棒だ! 捕まえた奴にはウチの商品をくれてやる! だからアイツを―――」
「はっ! ウスノロどもに捕まるかよ」

手入れされていない朱金の髪を靡かせ、路地裏を駆け抜ける少女。
世界が彼女に与えた運命を知るものは、まだ誰もいない。

20 名前:RIMLyt7IfE:2003/04/02(水) 02:09

 真っ赤な血が、ぽたり、ぽたりと地面に落ちる。
 心臓がどくんどくんと脈打っている。
 頭がじんじんと痺れる。
 
 ──どうして──?
 ──どうして、こう、なっちゃったんだ、ろう──。
 
 
「血の匂い……。」
 アンナは口元を歪め、微かに笑みを浮かべ呟いた。
「あん? テメェ一体どんな嗅覚してやがんだよ。」
 彼女の肩に悠々と座っている黒猫が不機嫌そうな顔(猫だが不機嫌そうな顔、だ)を
してアンナに語りかける。
「モウセンゴケは黙っていて。」
「どういうネーミングセンスしてんだよ、ったく。昨日はノラで、一昨日はリチャード、
そん前がトルネードだっけか? いや、ハリケーンだったっけな……って、オイ、アンナ、
聞いてんのかよ、オイって。」
 黒猫───今日の名前はモウセンゴケらしい───の問いには答えず、アンナはただ
恍惚とした表情で一件の店先を見つめていた。その瞳は黒く、深く、濁っている。狂信と
いう色に、汚物の溜まった沼のように、濁っている。
 アンナの視線の先、武器屋の前には大勢の人が集っていた。ちらほらと衛視や警備兵の
姿も見える。
「衛視に警備兵。アンナの異常な嗅覚の元。……喧嘩での流血沙汰ってとこかよ。ケッ、
俺達はお呼びじゃないってことだ。さ、ホラ、行くぞ。」
 アンナは動かない。
 今は袖口から僅かに見える自傷の跡───それをじっと見つめている。
 そして、その生々しい傷跡を自分の口まで持っていき───舌を這わせる。
 舌からじわりと広がる記憶。昨夜の傷跡。血の儀式。独りだけの愉悦。
 「……あー、どうでもいいから早くここから離れようぜ、とりあえずよ。」
 傷を嘗める行為に没頭しかけているアンナを覗き込んで黒猫は言う。
 武器屋の前に、人は続々と集まって来ていた。
 
 
 「星観の者」の長の長話が終わり、やっと冒険の旅へと開放されたリムリィ。ひとつ
大きなのびをした後、のんびりと街を歩いていた。
 これからの旅のこと。これから出会うだろう様々な人、街、もの、星のこと。
 考えただけで胸が、心が踊る。自分はこれからどんな旅路を過ごすのだろう?
 そして、今日は酒場で会う約束をしている友人がいる。その友人も時を同じくして
この街から旅立つことになっているはずだった。
 もしかしたら今生の別れとなるかもしれない、今日の友人との一杯。
「なはは、湿っぽいのは僕は苦手だし。」
 リムリィは頭をぽりぽりとかきながら独りごちると、酒場への近道である路地裏を
通って、やはりのんびりと歩き出した。
 
 アイを刺した少女──シシリィはクリス・ダガーをしっかり握ったまま、路地裏へと
駆け込んだ。アイの血で手と胸の辺りを染めたまま。
「あは、あは、あははっ、ついに、ついにやっまったよ! かははっ!」
 自分の手についた血と握りしめたダガーを見て、狂気じみた笑いを浮かべる。
「もう、後戻りは出来ないんだ。商隊にはもう、戻れないんだ……!」
 あははは、とまた笑い出すと路地裏の冷たい壁に背を付けた。しばらくそのままの
格好で笑い続ける。
 
 そのとき。
 こつりこつり、という足音がシシリィの耳に入った。
 はっ、と振り返る。
 足音の正体を見極めようと路地裏の空間を凝視する。
 美しい顔が崩れてしまうほどの恐ろしい形相で。
 ──その先には、重そうな鞄を持った呑気な顔の青年が一人。

21 名前:名無し客:2003/04/05(土) 16:52

アタシの前にいたのは軟弱そうな優男だった。
ほっそりとした体つきは剣どころか喧嘩すら出来そうにない。だけど―――――見られた。

このまま逃げる? ―――――駄目だ、こいつはアタシの事を話すに違いない。逃げられなくなる。
それなら殺してしまえば良い。どうせアタシは戻れないんだ。一人が二人になっただけだ。ソウダ、コロシテシマワナイト――!
クリス・ダガ―をもう一度震えながら腰に構えなおして目の前の男に向かって走りだした。

目の前の光景が僕には信じられなかった。
胸の辺りを赤く染めて、血に染まった炎を象ったダガ―を持った少女が睨み付けている。

「あ、あの・・・ええと」

彼女の鋭どい視線に思わず鞄を胸の前に上げながらどうすれば切りぬけられるのか考えてみた。
その結果考え付いたのは―――逃げよう。
だけど身体が動かない。まるで腰から下が石になったみたいだ。
必死に足を動かそうとしてやっと一歩後ず去ったその瞬間―――

「え?ちょ、ちょっと!」
彼女が僕目掛けて突進するのが見えた。

離れていた二つの人影が重なり、何かを刺すような音と共に倒れこむ。
少女のダガ―は半ばほどを青年の鞄にめり込ませながらも、彼の体を傷つけるには至らなかった。

22 名前:ライオット:2003/04/07(月) 13:31

「よっこらせ〜っと!はい、これで終わり!」

 山のような荷物の荷造りをようやく終えたライ……ライオット……は
その場に座り込んだ。

「ふ〜、やっと終わったよ……これからばあちゃんの所に顔出し、か。
(こりゃ明日は筋肉痛で動けないな。ま、どうせ馬車の旅だから関係ないか)」

 ライは団長に外出許可をもらい(あまり遅くなるなと釘を刺されたが)、
街へと繰り出した。
 すでに日は傾きかけている。時々人ともすれ違うけど
相手の顔をはっきりと認識するには少し日の光は暗すぎた。
その、時々すれ違う人の人数も少しずつ減っていった。

「日が落ちるのが早くなったなぁ。もう冬が近いんだなぁ。」

 ライは全てを純白に染め上げる雪を好んだ。
最も、ライには「嫌いな季節」などなかったのだが。
 ライが、雪の季節の到来を楽しみにしながら歩いていると、

「あたたた……。」

 道端で誰かが倒れこんでいた。
どうせどこかの酔っ払いが道端で眠りこけてるんだろう、
と思ってそのまま通り過ぎようとしたライだったが、
胸を衝く異臭に自分の考えが間違っていることを教えられた。

「(血の臭い!?)」

 修羅場など生まれてこの方一度も経験したことのない
ライは、初めて嗅ぐ血の臭いに眉をひそめながら、目の前にうずくまっている
誰かに話しかけた。

「お、おい!大丈夫か!?」

23 名前:ヴァル・トルニオ:2003/04/07(月) 22:31

 彼は血の跡をたどる。

 武器屋で誰かが刺されたとの声を聞いたのは、ちょうど
旅の路銀も尽きかけ、稼ぎのいい仕事を求めていた時だった。
商売道具を小脇に抱え、慌てて武器屋の前に駆けつけた頃には
すでに騒ぎは花が枯れ落ちるように収まりつつあった。
 衛視を一人捕まえて話しを聞くと、怪我人は騒ぎを避けるように
自力で歩いて消えた、と。

 そして血の跡をたどり、路地裏に一頭の馬とうずくまる人影と
その影に話しかけている一人の男の姿を彼は見つけた。
「やあ、ここにいたか」
 脅かさないよう、柔らかな空気を含ませて声をかける。
「僕はヴァル・トルニオ。医者だよ。君の名前は?
その人は君の友達? きれいな馬だね、そっちも君の友達?」
声に驚き振り返るライの返事も待つ事もなく、ヴァルは石畳に膝をつき
無駄のない動きでうずくまるアイを仰向けに寝かせる。
 短く刈った枯れ葉のような色合いの髪をかきあげ
ヴァルは口と手を同時にてきぱきと動かし続けた。
アイに優しげに声をかけ、衣服をたくし上げて刺された脇腹を見る。
同時にライにレストランで注文を頼むような口調で指示を与える。
「ね、君。その家からお湯をもらってきてくれないかな?」
 突然の出来事に戸惑うライは、返答の言葉が思い浮かばない。
ただ状況を見失い、目の前の男の手の動きを見つけるだけだった。
と、その医者と名乗った男の透き通った茶色の瞳に自分が写り込み
初めて彼の言葉が自分に投げかけられたものだと気付いた。
「ほらほら、さっさと動く。お湯と言ってもぬるま湯だからね」
 ヴァルは立ち竦むライに背中を見せて再び手を動かし始める。
その背中にライは、やっとの事で言葉を搾り出した。
「で、でも、ばあちゃんとこに行かなければならないから……」
「じゃあこの娘は死んでしまうよ。どうする?
見なかった事にする? それとも人助けしていい気分になる?」
 初めてヴァルが手を止める。くるりと振り向き真正面から
ライを見つめ、お茶に誘うかのような笑顔でライの返事を待つ。
「……あ、お湯って、どれくらい?」
「君に持ち運べるだけ欲しいな」
 ライは吸い込まれるような茶色の瞳に一つ頷いて走り出した。
それを見送って、ヴァルは小さく一言。
「この程度の傷で死ぬわけないじゃないの。純粋でいいねえ」

24 名前:アイ・ファルディーン ◆FrSayUVSek:2003/04/09(水) 23:22

 遅い。遅過ぎる。
 予定が変わって来られなくなったのだろうか? それともどこかで事故にでも
遭ったのだろうか…? 彼が来ると予告した時刻はとうに過ぎている。
 通信手段で一番速いのは伝書鳩という文化では、遠隔地にいる者の消息が
伝わりにくい。ちょっとした連絡も届くのにかなりの時間がかかる。
「まだあの子は来ないのかい? いつものことながら、遅いねえ。」
 ドミタスは呟いた。ラトラの町外れに住んでいる偏屈で人付き合いの悪い婆
さんだ。しかしそんな彼女にも、友達とも呼べるような仲の良い相手がいた。
 それが、身元不明の男、ライオットだった。彼は旅芸人の一座「春風の旅団」
のトップスターだと名乗った。それが真実であるかは定かではない。だが、あま
り人付き合いの少ない彼女にとっての話し相手としては十分だった。彼は人懐
こくて話し上手だった。最初は心を開かなかったこの偏屈婆さんも、遂には彼
の人柄の良さに好感を抱くようになった。「春風の旅団」がラトラの近くに来る
度に、この老婆の家を訪ねるのがライオットの習慣になっていった。
 老婆はライオットのために作った夕飯が冷めてしまうことが気がかりだった。
 元々他人のために食事を用意してもてなすようなことはしなかったのに。彼
女は一回りも二回りも年下に見えるその男と何年かに一度出会えることに、
かすかなときめきを覚えていたのだった。
 とっくに日が落ち、星が瞬き始めた空を老婆は眺めた。
 ライオットが来る気配は全く感じられなかった。


 アイは貧血と疲れで意識が朦朧としていた。誰かが話しかけているのにも気
付いてはいたが、その顔までは判別できなかった。ただ、それがエトラ村の人
間ではない、ということはシルレオンに伝えてもらっていたので安心していた。
一人でも村の人間に出会えば厄介だ。せっかく出て来た村に戻らなければな
らなくなる……。彼女は自分を刺して逃げた少女のことを考えていた。年は妹
と同じくらい? それよりも上……? かわいらしい女の子だった。あんな女の
子が物騒なものを持ち歩くなんて嫌な世の中になったものだ、とアイは考えた。
「……ご自分のことを棚に上げて。」
 シルレオンの思念が入ってきた。こんなときでも彼はつっこみ精神を忘れない。
 そんな緊張感のなさに、少しアイは救われた。まだ……そんなにひどい情況
じゃない。しかし、シルレオンの思念は、やはりどこか心配そうな感情に覆われ
ていた。狩りに出かけたときも、弓矢の練習をしていたときも、アイはこれほど
の重傷を負ったことはない。助かるだろうか……? シルレオンは手際良く手
当てをしているのんびりとした男を不安に満ちた目で眺めた。
「お湯、もらってきたよ。どう? 助かりそうか?」
 ライオットが近くの家からたらいを借り、お湯をもらって戻って来た。
「まあ、なんとかね。命に別状はない。ただ、どこか宿を借りて休ませてあげな
いとね。怪我のひどい彼をこんな路地裏に置いておくんじゃかわいそうだ。」
 彼……? アイは遠のく意識の中で、この無礼な間違いをした医者にかすかな
憤りを感じていたが、声を出すのも辛いので黙っていた。治ったら……殴る。そ
の思いだけがアイの萎れそうになっていた気持ちを奮い立たせた。
「そうか。じゃあ手配して来るよ。でも、もう俺は本当に行かないと。ばあちゃんも
待たせてるし、今日中に会わなきゃいけない友達もいるんだ。だから後は任せた
よ!」
 ライオットはたらいをヴァルに押し付けると、夕闇の中に消えて行った。
「え? この子、君の知り合いじゃないの!?」
 ヴァルはたらいを持ったまま、暫し途方に暮れたが、やはり医者。すぐに横た
わったアイに治療を始めた。

25 名前:ヴァル・トルニオ ◆vnMt3fk8bc:2003/04/10(木) 01:20

 石畳に落ちた影が夕闇に溶け込む。空を見上げれば
冷たい石造りの建物に切り取られた深い藍色の夜空に
小麦粉を散らせたように星も瞬き始めている。
 ランプの頼りない炎がかすかに揺れる度、血で汚れた白い肌が
ほのかにオレンジ色に染まり、夕日を映した凪の湖面を思い起こさせる。
「さて、もう大丈夫だよ」
 ヴァルは横たわるアイの身体を抱き起こすようにして
慣れた手付きで包帯を巻きつつ、アイの目をそっと覗き込んだ。
瞳が水面に浮かぶ木の葉みたいにおぼつかなく揺れている。
こうして真正面から覗き込んでいても、はたして目の前の人物が
何者か正確に判別できているか疑問だ。
「んー、とりあえず君に話しておくか」
 傍らに立ち尽くす馬にひょいと視線を送るヴァル。
「馬の耳に教典だっけ? あはは。
君にこんな事言っても無意味なんだろうけどさ」
 一人、何か昔話でも語るようにヴァルは馬に話しかけた。
「傷は深くない。ただ、広いんだ。皮膚と筋肉をさーっと
裂いて、細い血管もやられている。だからびっくりする程
出血しただろうし、けっこう痛かったはずだよ」
 片手でアイの身体を支え、空いたもう片方の手で消毒用の
蒸留酒の小瓶や血で汚れた布を片付けながら話しを続ける。
 きょとんと首を傾げながら静かに話しを聞くシルレオン。
「でも内臓に傷は届いていない。血ももう止まった。
これならもう放っておいても君のご主人様は死なないよ。
ま、これから熱が出て、三日は起き上がれないだろうけどね」
 商売道具を大きな革トランクに詰め込み、代わりに適当な
自分の着替えをずるずると引っ張り出す。そうしている間も
相変わらず、よく喋る口とよく働く手は同時に動いている。
「ね、君のご主人様ってお金持ち? いや実はさ、騒ぎを聞いた時
怪我人助けてやればお金になるって思いついたんだよ。
そろそろ懐が淋しくなってきてね、他の町に旅立つにも……」
 血がべっとりと染み込み、ぱっくりと横に切り裂かれた衣服を
替えてやろうと動き出したヴァルの手が、初めて口と同時に止まった。
そのまま何事もなかったかのようにそろそろと腕を下ろす。
「……厄介なもの背負い込んじゃったのかも」 
 ヴァルはついさっきまで痩せた少年だと思い込んでいた
その少女の細い身体を再び石畳に寝かせ、夜空を仰いだ。
さあっと、一筋のほうき星が横切った。
「あー、そういえば、降星祭の週だったっけ。なあ」
 馬は、彼の言葉を理解しているのか、ひぃんと小さく答えた。

 降星祭。聖ヤンカルエル降誕の季節。山々が雪解け水を緑に与え
燃えるように若葉が育つ季節。その季節の第ニ日曜から第四日曜に
かけてこの地方にはよく星が降る。その二週間は街の色鮮やかに
飾られ、人々はカーニバルに酔いしれる。
 明日、まさに降星祭は幕を開けようとしていた。

26 名前:バーミィ・ブローミィ ◆Mk72jJINCo:2003/04/10(木) 03:20

愛馬と意思を交わせる少女が医者を名乗る男に助けられたのとほぼ同時刻。

裏通りを一人の青年がリンゴを齧りながら歩いていた。
腰まで伸びた髪を無造作に三つ編みしてうなじの所で藍染めの布を巻いて止めている。
愛嬌が有ると言えない事もないが、常に笑みを浮かべた口元と鼻下と顎の不精髭が台無しにしている。
その上長身に筋肉で引き締まった体つきは山賊と勘違いされても可笑しくない。

彼が故郷ゼプロント諸国連合領を離れて早五年、ラトラの村に立ち寄った理由は二つ。
一つは旅の目的である「痩せた土地の改良法」を探す為、書物の探索と呪い師に話しを聞く事。
もう一つは寂しくなった財布を暖かくする為に仕事を探しに来たのだ。
降星祭が近い所為か思うように仕事は見つからず、無駄に時間を潰しただけに過ぎなかった。

「ちっ、酒でも買うかな」
愚痴りながら外に出たがらない相棒と飲もうと思い、歩くその耳に微かだが聞こえてくる男女の声に向かって走り出す。
五十歩も歩かない場所にいた二人はお互いに距離を取り睨み合っていた。
朱金の髪に血の染まった服とナイフを構えた少女に大きい鞄を抱えた茶金の髪の青年。

「痴話喧嘩・・・には見えねえな?手を貸そうかい」
少女に目を向けながら青年の方に向かって話しかける。彼女の眼がまともでない様に見えた。
「邪魔だったら帰るけどな」

27 名前:ライオット:2003/04/10(木) 10:35

「ああ、びっくりしたな。あの人、無事だといいけど……。」

 血だらけになった人を見つけたとき、
実は恐慌状態に陥りそうになっていたライオットだった。
もしもあの時誰も来てくれなかったら、
ライにはきっと何もできなかったに違いない。

「しかし、時間食っちゃったな。もう真っ暗だよ。早く行こうっと。」
「らい!何ヲシテイル!?心配シタジャナイカ!」
「!?うわぁ!?」

 人の気配もないのに、突然聞こえてきた人間の声(らしきもの)に、
ライは思わず身を竦ませた。
 夜の闇に隠れてよく見えないが、ライの目の前には一匹の黒猫が
立ちふさがっていた。

「なんだ、ばあちゃんか。脅かさないでくれよ。」
「イイ加減慣レタラドウダイ!?初メテ見ルモノデモナダロウニ!」

 その黒猫はばあちゃん……街の呪術師ドミダス……の愛猫
(と言えば聞こえはいいが、実際のところは使い魔)だった。

「なんかそういうの慣れなくてさ。」
「勿体無イネェ、アンタニハ才能ガアルトイウノニ……。」

 ドミダスは自分の心中にある思いを隠し、ボソッと言った。
その言葉には嘘はなかったのだが、ライはあまり興味を示さず、

「お説教は後々!とにかく、そっちへ急ぐよ。」
「急グンダヨ!」

 それだけ言い残すと黒猫は風のように夜の闇の中へ消えていった。

28 名前:名無し客:2003/04/14(月) 21:08

リムリィの足下には穴の空いた鞄が転がっている。そしてリムリィの意識も穴が空いたように空っぽだった。突然降りかかった凶刃は運良く彼には届かなかったが、その時のショックから彼は気を失っていたからだ。血の付いたナイフをもっていた女はすでにどこにもいない。彼女も気が動転していたのか、リムリィの容態を確認することもなく逃げていった。その点で、リムリィは運が良かったと言えるだろう。突然、理由も分からずに斬りつけられることに目をつぶれば。

ステッチ・オライオンは集金を終え家路を急いでいた。日もすっかり沈んでいる。得意先でうっかり話し込んでしまったのだ。今日は妻の誕生日だというのに、心の中でため息を吐いている彼の手には数日前から用意していた妻へのプレゼントが握られていた。ステッチは気ばかり焦らせながら黙々と足を急がせる。その足にこつんと何かが触れた。視線を向けると、どうやら鞄らしい。それもかなり重そうだ。その鞄がそこにある路地から一部をはみ出させていた。
「落とし物か?しかしこんな大きな鞄を?」
ステッチは思わず首をかしげた。そして、ふとその路地をのぞき込む。彼はそこで思わず息をのんだ。男が倒れているのだ。彼はあわてて男のそばに駆け寄ると、まず脈をはかってみた。
大丈夫だ、脈は普通に打っている。ステッチはほっと胸をなで下ろすと、足下に転がる鞄に再度注目した。そこで彼は再び息をのんだ。鞄には大きな穴が空いていた。しかも、その穴には血液らしき物体がこびりついていたのだ。
「一体なんだって言うんだ?」
ステッチは大げさに一人ごちると、とりあえず男を抱え上げ、その鞄を手にとって彼の家まで運ぶことにした。

「レイリア、驚くだろうな」
とんだ誕生日プレゼントだ、ステッチは妻の驚く顔を想像して苦笑いを浮かべた。

29 名前:ヴァル・トルニオ ◆vnMt3fk8bc:2003/04/15(火) 01:57

 しなやかに駆ける鍛えられた身体が、闇が降り注ぐ街に
一筋の線を引くように長髪をなびかせる。石畳を蹴る足音が
虚しく裏道に響き渡り、彼は舌打ちを一つこぼして立ち止まった。
「見失ったか。なかなかやるじゃねえか、お嬢ちゃん」
 バーミィは軽く息を整えて乱れた髪をなでつけた。相手がまだ
年端もいかない少女の姿だと言え、油断した自分にもう一つ舌打ちを
打ちつけずにはいられなかった。
 一瞬の隙を突かれた。大きな鞄を抱きしめるようにしてリムリィが
情けなくぺたんと腰を抜かしたのに気を取られ、バーミィはシシリィが
山猫のような体勢を取ったのを見逃していた。
 紅く燃える髪の残像を残し、掻き消える少女の姿。反射的に
それを追ったバーミィだが、闇が渦を巻くように満ちている細い裏道は
華奢な少女の身体を覆い隠し、長身で鍛えられた肉体の疾走を阻んだ。
 三つ編みの髪に結び付けていた藍染めの布を結び直し、とりあえず
彼は明かりの灯った面通りに出る事にする。さて、どうしたものか。
当初の目的通りさっさと美味い酒にありつくか、それとも放置してきた
あの情けない青年の様子でも見てくるか。何気なくさっと通りを見回す。
ふと、一頭の馬を引いてとぼとぼと歩く男の姿が目に飛び込んできた。
 旧い、馴染みの顔だ。
「よ、ヴァル! なんでこんなとこにおまえがいるんだ?」
「……バーミィ? へえー、これは偶然」
 ヴァルは自分の名を呼んだ男に向き直り、懐かしいと言うべきか
それとも因縁めいたと言うべきか、そこに友の顔を見つけた。
 ヴァルはゼプロント領を旅していた時、バーミィに幾度となく
助けられ、そして同時に彼のために力を尽くしていた。しばらく旅路を
共にしていた時間もあったが、ある街では別れ、またある村では再会し、
それを繰り返しているうちに、どうやらこれは腐れ縁と言う奴なのでは
ないかと、お互い諦めつつも酒を酌み交わしていた仲だ。
「なにしてんの、こんなとこで。僕は一月前にここに来て、ほら、
降星祭が始まるじゃないか。祭りが終るまでいようかなって思ってた
とこなんだ。君も祭り見物? そういえば探し物は見つかった?
なんだっけ、農耕の書物だっけっか?」
「あー、わかったわかった。その質問するんだか、自分を語るんだか
一気に話しまくる癖直せっつってんだろ」
 バーミィは何ヶ月ぶりかに会ったヴァルの口を慣れた口調で止めに
かかった。調子付いて喋らせると、下手すれば夜が明けてしまう。
「ちょいとな、ナイフ振り回す危ないお嬢ちゃんを探してたとこなんだ。
おまえ見なかったか?」
「ナイフ?」
 ヴァルはアイの傷を思い起こす。意識が朦朧としている彼女は
彼女の馬に乗せている。ちらり、アイの方を見て、バーミィに向き直る。
「いや実はさ……」
「簡単に話せよ」
「……この人、どっかで刺されたみたいなんだ。とりあえず応急手当を
済ませて、これから手配してもらった宿屋で傷を縫合しようってとこ。
ひょっとして関係あるか?」
「……かも、な。ま、とっ捕まえて衛兵にでも突き出せば飯の種には
なるだろ。俺はもう少しこの辺回ってみる。おまえのいる宿は?」
「確か、そこの『紅い星青い空亭』って言ってたような?」
 バーミィはヴァルのなんとも頼りなげな返事に首を傾げながらも
友の肩にぽんと手を置いて笑顔を見せてやる。
「なんにしろ、元気そうでなによりだ。賞金でももらえたら一杯
奢ってやるぜ。明日にでもその宿に寄ってみる」
「ああ、どっちにしろ看病で動けないし、金もないし。待ってるよ」
「じゃあな」
 バーミィは振り返り、再び暗闇の溢れる裏道に飛び込もうとした。
その背中に、ヴァルが声をかける。
「なあ、バーミィ」
 バーミィは動きを止め、肩越しにヴァルを見る。ほんの少し時間が
止まったような気がした。ヴァルとの付き合いは深い。奴の頭が何を
考えているか、手に取るように解る。
「金貸してくんない?」「金なら貸さねえぞ」
 二人はほぼ同時に口を開いた。

30 名前:バーミィ・ブローミィ ◆Mk72jJINCo:2003/04/16(水) 00:49

「ヴァルの奴また面倒事に首を突っ込んだな」
しょうがねえなと零しながら裏道に足を入れる。
医者としてというのも有るだろうが怪我人を見たら見捨てる事が出来ず
結果厄介事に巻き込まれて一悶着起きるのが彼とバーミィの関係だ。
其の度に手を組んだり、喧嘩して責任を擦り付け合った末に最後酒を酌み交わして別れていた。

気を取り直し、赤毛の少女を探して歩きまわる。
(大通りや門は衛士が押さえているだろうし時間もそれほど経ってない。居るとしたらこっちだな)
彼女を探しながら辺りを見まわしていると一人の人影が目に入る。

目深にかぶったフードに黒猫を肩に乗せた少女。
普通の衛士や警備兵達にはただの美少女としか見えないが、バーミィの武術家としての本能が叫んでいる。
カノジョハキケンダと
(ありゃ相当な場数踏んでるな。十や二十は人を殺してる。味方ならともかく敵に回したくないね)

何時でも闘える様に様子を窺いながら通りすぎ、出会った人に訊ねながら三十分余り。
半年程前に住人が引き払ったという廃家にたどり着く。
一度宿に引き返して愛用の鉄芯入りの棍を持って来ようかと考えが浮かんだが
時間と労力の無駄だと考え結局手ぶらで彼女を捕まえる事になった。

「祝い酒になるかヤケ酒になるかは彼女次第ってか」
軽口を叩きながら廃家に足を踏み入れた。

31 名前:ステッチ・オライオン:2003/04/20(日) 01:28

「やっと来たね。待っていたよ」
ライは扉を開けるなりそんな言葉で歓迎された。
「ごめんごめん。これでもかなり急いだんだけど」
息を切らしながら答えるライに、ドミダスは優しい視線を送りながら、
「途中で何かあったのかい?」
「うん、実は…」
ライはドミタスに、来る途中で血まみれの青年を見つけ、看病していたことを伝えた。ほとんど何も出来ず、ただ見ていただけだという事はわざわざ言わなかったが。
「そうかい、それは大変だったね」
ドミタスは相づちをうちながら、机の上に並んだ冷めた料理を温めなおした。
「で、その子は助かりそうなのかい?」
「医者の言うには命に別状はないらしいけど」
「なるほどね、なら良かった。そういうことなら、お説教は出来ないねえ」
ドミタスは残念そうに言うと席に着いた。
「さあ、とにかくお食べ。しかし、旅の途中の青年だって?最近は物騒になったねえ。そうだ、後で見舞いにでも行ってやると良い。よく効く薬があるんだよ」
「でもばあちゃん、俺、明日には出発なんだよ?」
「そうだったね。しかし解せないねえ、どうして明日出発しちまうんだい?明日からは降星祭だよ?人がたくさん集まる、絶好のかき入れ時じゃないか」
「ま、団長が決めたことだからね。俺たちのような下っ端は言うことを聞くしかないのさ」
「下っ端ね」
ドミタスは心の中でうっすらと笑いを浮かべた。
「ま、とにかく、帰りしなにその子の所に寄ってきたらいい。どうせ乗りかかった船だろ?それと、この薬を持って行きな。怪我にはよく効くよ」
そう言うとドミタスは茶色い小瓶を机の上においた。

リムリィは気が付いたとき、ここがどこなのかさっぱり見当が付かなかった。辺りを見回しても見たことのない風景が広がっている。
「あら、気が付いたのね?」
突然横合いから声をかけられ、リムリィは慌ててそちらに視線を動かした。見覚えのない女性が一人、優しく微笑んでいた。
「あの、ここは?」
「ここは『欲しい物は何でもそろう、あなたと私、私とあなたの何でも屋『星影に踊る兎屋』です』」
女性はまるで歌うように答える。リムリィが目を丸くしていると、
「うーん、駄目だったかしら?キャッチコピーを考えてみたんだけど」
「きゃ、キャッチコピー?」
リムリィは状況が分からずますます混乱した。
「おいおいレイリア、きちんと説明してやらないと、彼、困っているだろう?」
「説明って言われても、私は何も知らないから。ステッチが説明してあげてよ」
「まあ、そうだな」
ステッチは軽く咳払いをすると、リムリィに彼をここまで運んできたいきさつを説明した。そして最後に、
「一体何があったんだい?」
と付け加えた。
「それが、僕にも何が何だかさっぱり、ただ道を歩いていると突然ナイフを持った女性に刺されて…」
リムリィはそこまで言って不意に自分がナイフで刺されたことを思い出し、体中を調べ回った。
「大丈夫、どこも怪我はしていないよ。どうも倒れたときに頭を打ったようだったけど、そっちの方の傷はたいしたこと無かったぜ。レイリアが魔法でちょちょいとな」
「そうなんですか、お世話になりました」
リムリィは頭を深々と下げると、視界の端に彼の鞄が目にとまった。
「あ、ああ!」
リムリィは驚きの声を上げるとその鞄にとりついた。そして、鞄を開けると、
「ああ!星界図が!ああ!この本まだ読んでなかったのに!」
と悲嘆の声を上げた。その声を聞きながらステッチとレイリアは思わず顔を見合わせた。

32 名前:アイ・ファルディーン ◆FrSayUVSek:2003/04/20(日) 17:33

 人気のない場所に辿り着くまで、心休まる時がなかった。
 夕闇は彼女の姿を隠したが、追手がついて来ていないという保証はな
い。ある程度走り回り、後ろを振り返って誰もいないということを確認
できるまで、落ち着いて考えられるわけがなかった。
 シシリィは建設途中の建物に逃げ込み、奥の方にあった材木の山の裏
に座り込むと、疲れた足を投げ出した。ここは請負業者が倒産・夜逃げ
し、工事が中断したままのいわくつきの物件だった。一週間前には同じ
場所に自分が刺した相手が逃げ込んでいたということなど、シシリィは
知る由もない。
「はぁ……はぁ…ちくしょう。あの男……あたしのことチクるかな……?」
 握り締めていたクリス・ダガーを放り出すように手離した。白い手の
平は汗と血に汚れている。背中の辺りが汗にまみれて気持ちが悪い。体
中から熱が発散されているのを感じる。水浴びをしたい気分だったが、
この街中では無理だろう。
「早く……この街を出なくちゃ……。あたしはきっとお尋ね者になっち
まう……。」
 息も絶え絶え誰にいうともなく呟いた。暗闇が視界を奪い始めていた。
 
 
 シシリィは誰にも捕まる訳には行かなかった。彼女が長年世話になっ
た商隊を抜け出し、危険を冒してまで武器を手に入れたのは、生き別れ
になった弟に会いに行くためだ。
 元々彼女は遊牧民の娘だった。家族たちと犬と共にたくさんの羊を追
いながら、あちこちの草原を旅する生活を送っていた。
 羊の毛を刈り、衣服を作った。羊の乳を絞り、チーズなどを作って生
活の糧にした。シシリィはそんな暮らしが気に入っていた。ささやかな
幸せを感じていた。
 彼女の生活が壊れたのはまだ8歳のときのことだった。「黄昏の月の
日」。それが彼女の家族を、それまでの生活を一瞬にして奪った。ただ
一人残った肉親、彼女の弟も行方知れずになった。
 しかし、彼女が事情を飲み込むのにはあまりに幼過ぎた。彼女は気が
ついた時には、リンドガット地方を旅する商隊の一員になっていた。し
かも、彼女は家族を失った衝撃で、それまでの記憶を一部失っていたの
で、その後何年かは商隊の一人として各地を旅することに大して疑問を
抱かなかった。
 年月と共に、記憶が戻って来た。そして、彼女は最も大事なことを思
い出した。
「あたしは……弟を探さなきゃいけない……。」
 そう思い始めたのは一ヶ月ほど前からだろうか? しかし、彼女はそ
の大事な弟の名前を思い出せなかった。顔もおぼろげにしか覚えていな
い。はっきりと覚えているのはそのかわいらしい声だけ。けれど、男の
子には変声期というものがある。探すのには手がかりが全く無いと言っ
ても良かった。
 ところが、思いもよらぬところから好機が訪れた。この前立ち寄った
王都ペルセサーラで、「元遊牧民だったが家族を失った少年が生き別れ
たたった一人の姉を探している」という情報を手に入れたのだ。シシリ
ィがその情報の主を必死の思いで捕まえると、その男はラトラに向かっ
て旅立つところだった。彼はシシリィに「そこでの急用を済ませてから
詳しく教えてやろう」と約束してくれた。
 
 
 シシリィは眠気を感じていた。初めて訪れたラトラの街はハプニング
の連続だった。武器屋でクリス・ダガーを万引きするだけだったつもり
が、一人の通行人を刺してしまった。その後、それを見つかったために
色んな人間に追いかけられた。あんな……思いはもうたくさんだ……。
彼女は精も魂も疲れ果てていた。
 明日から降星祭が始まる。おそらく、情報屋もそこに現れるだろう。
シシリィはそう言った類の祭りがあまり好きではないが、参加しなけれ
ば男を捜せないだろう。とりあえず、明日だ、明日……。シシリィは眠
りに落ち始めた。
「よお。やっと見つけたぜ、お嬢ちゃん。」
 材木の山を越えて声が降って来た。シシリィの小さな心臓は跳ね上が
った。彼女が恐る恐る見上げると、銀髪で紺碧の瞳の美青年がそこに微
笑んでいた。

33 名前:vnMt3fk8bc:2003/04/21(月) 23:56

 何故だろう?
 今夜の闇は濃ゆい。目の前の世界が前触れも無くぷっつりと
閉じてしまったのか、光のかけらすら見つけられない。そして
光の代わりに、あの姿が見える。バーミィは今更ながら自分が
空手である事を後悔した。
 そう、あの少女を追っていたはずだったのだ。だのに、どうやら
追われているのは自分だったのか。この暗闇の廃屋に飛び込んだ
瞬間にそれを痛感した。
 そこにいるのは、黒衣の女。闇夜を身に纏っているかのように
暗闇の中に真っ白な無表情の顔だけが浮いているように見える。
「てめえ、いつのまに?」
 大丈夫だ、声はまだ出る。まだ飲み込まれてはいない。
「……さあ?」
 鈴を響かせたような声が染み渡る。一歩、女が静かに踏み出す。
闇から生まれでたその黒衣の姿は、まだ少女の面影も残す整った顔を
薄く鈍く光らせている。肩に乗せた黒猫の瞳がバーミィを射すくめた。
アンナはさらに一歩詰め寄る。バーミィは彼女との距離を保つため
一歩あとずさる。
「ねえ、……逃げないでよ」
 さらに、一歩。
「悪いが、俺はいま忙しいんでな」
「あの娘の行き先、……探しているんでしょ? ……こっちよ」
 するりと、音もなくアンナはバーミィの側をすりぬけた。ふわりと
とろけるような香水の匂いが漂う。バーミィは気圧されたまま振り返る。
「てめえ、何者だ?」
 猫だけがこちらを見つめていた。
「……誰だっていいじゃない? 行きましょう」
 衣摩れの音と香水の匂いを残してアンナが歩いていく。バーミィは
一つ深呼吸をして、冷たい空気を胸に落とし込んだ。遠ざかる彼女の
背中を静かに見つめ、肩をすくめて歩き出す。
「ま、いいか。なるようになるさ」
 そのバーミィの独り言に遮られ、彼はアンナが小さく呟いたのを
聞き逃していた。
「もっと血が流れないと。……せっかくのお祭りだもの」

34 名前:RIMLyt7IfE:2003/04/22(火) 02:50

 聖ヤンカルエル降誕の季節──降星祭の前夜。
 街の広場では盛大に前夜祭が行なわれていた。
 酒に、踊りに、その熱気に酔いしれる人々が集い、一晩を明かす。いくら商業に
熱心な人々が多いとはいえ、一年のうちこの二週間のみは街は祭り一色となる。
 祭りを見物する為に、遠くから出向いて来る人も少なくない。この二週間、
街の人口は一年で最も多くなる。──だから、身元の不確かな男装の少女が一人
見逃されるくらい、当たり前なのかもしれない。
 
 表通りでは前夜祭の喧騒が続いている。
 街の子供たちの手によって色とりどりに塗られたランプ、ランタンが飾られ、
華やかな灯を通りに投げかける。街に住む楽士や、この祭りの時期を狙ってやって
来た流しの吟遊詩人らが面白おかしく歌を歌い、演奏し、辺りには人々の笑い声が
響きわたる。
 前夜祭に参加している人々は誰もが笑顔に満ちていた。この日だけは流石の大人
たちも、子供達を早く寝かしつけることはしない。大人はエールのジョッキを、
子供はジュースのコップを持ち、近くに居る相手と思い思いの事を語り、飲む。
飲んで、語る。そしてまた、飲む。
 
 降星祭は星の降る夜。人々は降りゆく星に願いを込める。
 
 あの子と仲良くなれますように。新しい商売が上手くいきますように。お兄ちゃんの
病気が早く良くなりますように。これからも家族全員健康でいられますように。旨い
酒が毎日飲めますように。この老体が少しでも永らえんことを。この大地が緑豊かな
土地になりますように。この子が健やかに育ちゆくように。生き別れの姉と出会えます
ように。逃亡した婚約者が見つかりますように。わたしたちの願いが叶いますように。
 
 子供も、大人も、老人も、街の住人も、旅人も、どんな境遇の人あっても、降星祭の
何れかの時間には、空を見上げ、聖ヤンカルエルを想い、星に己の願いを託す。
 
 早くも酔いつぶれる者が出る。喧嘩を始める者も居る。突然机上に立ち、歌を
歌い始める者も居る。子供達ははしゃぎ、辺りを駆け回る。
 喧騒は、一晩中続く。
 
 
 表通りからほんの少し離れた所。
 いくら商業都市ラトラとはいえ、表通りから離れると、地元民しか分からぬような
入り組んだ路地になる。表通りでは華やかな色を投げかけていた灯も、ひとつ路地を
曲がったところで全く届かなくなる。
 
 まとわりつくような闇の中、黒衣に身を包んだ少女──アンナ──は歩を早める。
 猫のようにしなやかで。猟犬のように迷いが無く。
 
 後ろから響く足音を聞いて、アンナは口元に小さく笑みを浮かべた。
 大丈夫。男は、着いて来ている。
「おうおうおう、アンナよぅ、いいのかよ、大きい『お友達』を案内しちまってよ。」
 アンナの肩に居る黒猫が男──バーミィ──の姿をちらちらと確認しながら眉(そう、
猫にだって額や眉は存在するのだ)をひそめながら語り出す。
「うるさい黙れクリストファー」
 低い声。猫の方を一瞥だにしない。じっ……と前を見つめたまま歩み行く。
「はァ? ンだって? 今日はモウセンゴケじゃなかったのかよ? ああン?
おっ、ついに耄碌したかこのアマ、ギャハハ。」
「今日は二回名前が変わる日なの。」
「聞こえねェなァ。ン? ン?」
「──いい加減にしねえと生きたまま腸ほじくり出してそれでテメェの首絞める。」
 黒猫は肩(そう、猫にだってちゃんと肩はあるのだ)をすくめた。
 
 バーミィは内心毒づいた。
 ──ついつい誘いに乗ってここまで来ちまったが……こりゃあ──。
 後先考えず、何も用意せず、空手のままでやってきた自分の身を呪った。
 
 目の前の黒衣の女は、建築途中の建物の前で歩みを止めた。そしてゆっくりと
バーミィへ向き直す。
 
 いつの間に抜いたのか。
 
 右手には処刑刀。
 口元には妖艶な笑み。
 背後には瞬く数多の星。
 
「さあ──この中よ……あの娘は……。」

35 名前:名無しねこ:2003/04/24(木) 19:12

「―――ねえ、クリス」
 呟いてから、アンナはぶんとエクスキューショナーズソードの刃を翻し、大
上段に構えた。銀の刀身が月光を受け、彫り込まれた神聖文字がきらきらと輝
いた。
「なんだよ」
 肩の上の黒猫――要するに、俺様だ――は、アンナと対峙する脳味噌まで筋
肉で出来ていそうなガキを睨み据えたまま、返事を返した。
「……ごめんね」
 少し躊躇いがちに、はにかむようにアンナはそう言った。
「こんな我が侭に付き合わせちゃって……ごめんね」
 俺はさも不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「けっ。謝れば何でも済むと思っていやがる」
「赦して……くれないの?」
 アンナの視線が、脳筋のガキからこちらに移った。この世にある全てに色を
掻き混ぜたら作れそうな、どす黒く濁った瞳が俺を見据える。その目は僅かに
濡れていた。
 俺はアンナの視線から逃れるように顔を逸らしてから、吐き捨てるように言
った。
「てめえはまったくもって卑怯でズルくて我が侭な女だよ、アンナ」
「あなたはとっても優しくて思い遣りのある最高の猫だわ、ジジ」
 ―――そのネーミングは危険だろう、とは突っ込まなかった。
「……犯されそうになっても、助けてやんねーからな」
 アンナの肩を蹴って、脇の民家の屋根に飛び乗った。ガキの喧嘩に巻き込ま
れるのは御免である。
「やった。団長への報告(チクり)は無しってことね。これは完璧なオフレコ」
「俺は何も見てねーし、何も聞いてもいねーよ」
 アンナはとても少女じみた――悪く言えばガキっぽい――笑顔を俺様に向け
た。
「へへー、だからジジって大好き」
「俺はおめえが大嫌いだよ、アンナ。だから速くくたばってくれ」
「え、じゃあこれってわたしの片想い? ああ、なんてことなのかしら。決し
て報われないこの一途な想いもまた、マチルダ様への供物ということなのね。
アンナ、とっても幸せ……」
 アンナは大上段の構えを取ったまま空を仰ぎ、天高き尚高き地におわす女神
のために働けたことを心から感謝した。
「おいおい、いまはオフレコなんだろう。マチルダは良いから、さっさと片付
けろや」
「は〜い」
 アンナは素直に返事をすると、大上段に掲げていた処刑刀を更に深く、右肩
に乗せるような構えを取った。アンナの着る、ダブルの打ち合わせが特徴的な
漆黒のピーコートの胸部が僅かに膨れた。アンナが肺に空気を詰め込んだのだ。
 
 ―――やれやれ、だな。
 
 俺はそっと嘆息をする。
 アンナはこのガキを"殺る気"だ。この見も知らぬガキを、アンナが憎み怨敵
と定めた王国の一級市民ですらないこのガキを、アンナは切り刻んでバラバラ
にしてその鮮血の雨を全身に浴びてヒールシャワーとでも叫ぶつもりなんだろ
う。
 一応断っておくが、アンナは無差別快楽殺人主義者では決してない。テロ屋
なんて他人から見れば無差別殺人鬼なんだろうが、それでも彼女は独り善がり
の信心と信念に従って動いているのであって、その巨大な刃が振り落とされる
対象は断じて"てきとー"ではないのだ。―――まぁ、それが良いのか悪いのか
はまた別問題なんだろうがな。
 
 じゃあ、今のコレはどういうことだろう。
 この対峙するガキは、アンナのくだらねえ"信念"とやらによって殺さなけれ
ばいけない"汚れた血"の持ち主なんだろうか。
 違う。
 王国を構成する人間の九割を占めるミンリーアと呼ばれる民族は、死んだ魚
のような濁った目と、死人の如き白い肌を特徴に持つ人種だ。目の前のガキは
そのどれにも当て嵌まらない。
 このガキは王国の人間じゃない。
 じゃあ、なぜアンナはこいつを襲うんだ。
 なぜ。
 
 
 あれ? なんでだ?
 
 
 分からない。
 これじゃ無差別快楽殺人主義者と思われても仕方がないぞ。
 
 
 ま、まぁ、良い。問題はアンナではなく、ガキの方だ。
 
 この目の前のガキもまた、どうにも"やる気"なのだ。それが俺の気に障った。
アンナの尋常ならぬ雰囲気に気圧されているものの、それでもアンナが襲いか
かれば迎え撃ってやろうという愚かな虚勢がガキからはひしひしと感じられる。
 
 ―――な〜んで逃げねえのかな。
 
 余程に腕に自信があるのか、それとも馬鹿なのか。それともその両方か。
 
 ―――馬鹿が。死んじまうぞ。
 
 アンナが吸い込んだ息をふっ、と一気に吐いた。舗装された石畳の通路を蹴
りつけて、ガキへと正面から猛然と吶喊する。まるで猪だ。スピードも、その
迫力も。
 アンナは気合いの雄叫びを夜空に轟かせる。
 
「死ねよやぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
 
 おいおい、年頃の女の子が死ねとか言うなよ。 

36 名前:ステッチ・オライオン:2003/04/24(木) 22:01

ライは月明かりの下を、左手に茶色の小瓶をぶらぶらとさせながら歩いていた。辺りには人影もない。万物が型作る影のみがライの周りを取り囲んでいた。
「さて、見舞いに行けとは言われたものの、どうするかな」
その小瓶に視線を落とし、ライは小さなつぶやきを漏らした。遠くからは前夜祭の喧噪が響いている。しかし、ライにとってはどうでも良いことだ。これからさらに盛り上がる祭の前夜祭だけを見たところで、前菜しか食べられないフルコースのようなものだ。それならいっそ、何も食べない方がましだ。
「しかしなあ、せっかくの祭だというのに、どうして団長は…」
ライはついつい愚痴っぽくなるのを止めることが出来なかった。
「し・よ・・ぁー・・ー!」
いま、物騒な言葉が聞こえたような。ライはにわかには信じられない言葉が聞こえたことに少しとまどった。そして聞き違いだろうと考えた。しかし、今度はさっきよりは幾分聞き取りやすい声が、
「いきな・な・しやが・!」
なんだ、喧嘩か?ライは足を止めて一瞬ためらった。声は今から向かう方向から聞こえてくる。このまま真っ直ぐに進んでもし喧嘩に巻き込まれでもしたら詰まらない、とはいえ、この町の住人でもないライには他の道など分からなかった。下手に横道に入ると今度は道に迷うかもしれない。だからといって、ここでボーッと時間を潰すなんて馬鹿げているし、何より早く帰って明日の出発に備えなければいけない。いくら何でもいきなり絡まれることはないだろう、ライはそう自分を納得させると、その喧嘩の現場を早く通り過ぎられるように少し早足になって歩き出した。

「いきなり何しやがる」
バーミィは振り下ろされた最初の一撃を左にずれてかわすと、大きく間合いを取りながら荒々しく毒づいた。面倒事に首をつっこんだのはどうもヴァルでは無く自分だったらしい。そして、何も武器となるものも持たず、こんな状況に飛び込んでいった自分の愚かさに笑みさえこぼれそうになった。
名も知らないその女は再び構え直すと大きく息を吸い込んだ。簡単にやめちゃくれねえだろうな、バーミィは女の手に握られた処刑刀に視線を向けた。その刀がゆらりと揺れる。女は再び息を吐き出すとバーミィに向かって突進してきた。
横に薙いだ刀身は正確にバーミィの首があった位置を通過した。
「ふざけるな!てめえ、一体なんなんだ?」
第二撃目を大きく後ろに飛び退いてかわしたバーミィが大声で怒鳴る。この声を聞きつけて誰かがこの場に来てくれればしめたものだ。この女もさすがに誰かの見ている前でこんな事はしないだろう。もしこの女が、目撃者もそのまま消しちまうほど狂っているようだったら、まあ、その時は仕方ねえ、せっかく来てくれたやつには悪いがな。しかしバーミィには、この女が関係のない人間まで巻き込むような奴だとは思えなかった。全くの無関係だと思われる俺がいきなり斬りつけられているのに不思議な話だ。それとも俺は無関係じゃないんだろうか?何とか女の間合いに入らないように注意しながら、バーミィは考えた。
「え?」
その時、後ろから間の抜けた男の声がした。しめた、これで女もこの場は引くだろう。と考えたのはどうやら甘かったらしい。女はそんな事には全く構わずさっきと同じようにバーミィに向かって突っ込んできた。大上段の構えから力強く刀を振り下ろす。バーミィが慌てて後ろに飛び退くと鼻先数ミリの所を切っ先が通過した。刀身に刻まれた文字すらはっきりと見えた。
ぁ、あぶねえ、と思ったのも束の間、バーミィは背中に何かがぶつかるのを感じた。どうやらさっきの声の主らしい。声の男は情けない声を出して尻餅をついた。
「すまん」
バーミィはそれだけを男に言うと再び女をにらみ据えた。全くの予想外だ、ますますこの女が分からなくなってきた。女はそんなバーミィの想いを知ってか知らずか、知るはずもないが、再び刀を構えなおした。
女が雄叫びをあげて突っ込んでくる。バーミィは男が倒れたとき、その手から転げ落ちた小瓶をとっさに拾い上げ、女に向かって投げつけた。意表をつかれた形になった女はその小瓶をまともに額に受けた。瓶が割れ、中からは粘着質の液体がこぼれだし、その目をふさぐ。
バーミィは女が怯んだのを見て取ると、未だに尻餅をついていた男を無理矢理立たせ、女の悪態を背に二人でその場を後にした。

37 名前:バーミィ・ブローミィ ◆Mk72jJINCo:2003/04/25(金) 01:56

走る、走る。全力で走りそして止まる。
ごみ捨て場らしき場所に辿り着き、突然襲いかかってきた「敵」が追ってこないのを確認したバーミィは壁にもたれかかった。
彼は騎士では無い。だから街中を漆黒のプレートアーマーに処刑刀という格好の相手に無手で闘うほど
無謀でも酔狂でも無いし、逃げる事に何の呵責も感じてはいない。
だが―――自分の悪癖である軽口に今回ばかりは本気で後悔した。逃げる時、女に向かって彼はこう言い放ったのだ。
「悪いね、誘ってくれて有り難いが今は普段着なんだ。
あんたに相応しくドレスアップしたら次はエスコートするぜ、お嬢さん!」

「なあ、いい加減話してくれないか」
「ああ悪ぃな」搾り出すような声を聞いて掴んでいた男の襟首を離す。
襲撃に怯んで尻餅をついていたのを引き起こした時焦って適当な所を掴み、引きずる様に逃げ出したからだ。
身体や顔にアザや擦り傷が至る所に有るのは、バーミィが背後に聞こえたはずの呻き声を無視した所為である。

「所で重大な話が有る。・・・・・・道に迷った、つーかここ何処かわからねえ」
男の顔が引き攣るのが月明かりの下で明確に見えた。
「分からないって・・・冗談じゃない!明日にはここを離れるんだ。どうするんだよ!」
「取りあえず適当に歩いて行く。迷路や洞窟の中じゃあるまいし、どっかに出るだろう」
「さっきの人が襲ってきたら如何するんだ」
「・・・出来るだけ知ってる神様に祈っとけ」
「無責任だ!」
「仕様が無ぇだろ!文句はあの女に言え!」
「見つけた!!」
睨み合い、言い合いをしていた所に突然思いがけない方向から声が聞こえる。
二人共、近づいて来る足音に向かって身構えると同時に声の主らしき人影が姿を現わした。

38 名前:vnMt3fk8bc:2003/04/25(金) 02:05

 鈍く輝く灰が舞う。
 踊る銀髪は緩やかに流れ、紺碧の瞳は強い意志を湛えて。
「音を立てるなよ」
 彼はシシリィの口を革手袋のまま強引に塞ぎ、もう片方の手で腰袋から
一握りの灰を掴み出した。そして外の気配を読み、その灰を床に撒く。
 空気の流れが目に映る。灰はまるで命がある生き物のように踊る。
虫が花に集まるように。魚が水面に戯れるように。鳥が風に乗るように。
シシリィは夜の冷たさが染み込んだ空気がゆるく溶け出し柔らかくなるのを感じた。
火の明かりとも陽の光とも違う、夢の中でよく見た事のある不透明な輝きを持った
灰は、シシリィが見た事もない文字を床に描き始める。
「よし、これでもう大丈夫」
 彼はやっとシシリィを離し、もう一度外の気配を確かめた。
 シシリィが銀髪の情報屋から弟の安否を問い詰めようとした瞬間、突然に
外に人の気配が沸き立った。誰かが、誰かを殺そうと、殺気を剥き出しにした。
そして、銀髪の情報屋は灰を使って床に陣を敷いたのだった。
「まさかこんなとこであの魔女のアンナに出くわすなんてな。悲劇的な事故だ。
いや、彼女がこの世に産まれたのがそもそも事故か?」
 自嘲気味の笑みを見せる。
「だけどもう大丈夫だ。この魔法陣の中にいれば、朝日が出るまでは
何人もここに意識を向ける事はできない。でも少しでも陣から外に出てみろ。
命の保証はできないぜ」
「いったい、何が起こってんだよ?」
 シシリィは彼に掴みかかる。それを受け止め、銀髪の情報屋は静かに語り始めた。
「君の弟、そして黄昏の月の日の事。それと、俺達精霊の使い手に関する情報が
欲しいんだろ?」
「おれ、たち?」

39 名前:RIMLyt7IfE:2003/04/26(土) 23:07

「ああああああっ!」
 ステッチは目の前で急に素っ頓狂な声を上げた青年を目を瞬いて見た。肩を
並べて青年を見守っていた妻のレイリアと顔を見合せる。青年は寝かしつけ
られていたソファから跳ね起き、鞄を広げ中身をごそごそと引っ張り出した。
 ステッチはその中身に驚く。
 本、本、地図、地図、時々訳の分からない物、本、地図、本、地図。
 
 ──何者なんだ、このお坊ちゃんは。賢者見習いでもやっているのか──。
 
「ああ! この本まだ読んでなかったのに!」
 ステッチは、更に悲嘆の声を上げる青年の手にある本をひょいと覗いた。
 見覚えのない、何かの地図や記号が細かく書き込まれた本。彼が盗賊団に
居た頃にもそんな記号は見たことが無い。更には──その本には何か鋭利な
物で穿ったような穴が空いていた。
 
 ──ははぁ、コイツのおかげで。
 
 ステッチはがっくりと落胆している青年の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「ま、その程度の被害で済んだと思えばいいさ。下手すりゃ、その穴が君の
腹に──もしかすると心臓に──空いてたかもしれないのだからね。」
「──え、ええっ?」
 青年はぱっとステッチを振り向き、またも驚きに目を丸くする。
「その本のおかげで君は無傷だったんだよ。大事なその本に感謝するといい。」
「そうなの……ですか……。」
 青年は手に持った本をじっと見つめている。
 ステッチはその様子を見つつ、頭を掻きながら青年に話し掛ける。
「あー、やれやれ、だね。でさ、君は何者なんだい? おっと、こちらから
ちゃんと話した方がいいかな。いや、君が話したくないのなら別にいいけど。」
 本を大事そうに抱え、青年はゆっくりと立ち上がった。
「ええと……色々お世話になってしまってすみませんでした。僕は、この街に
住んでいて……あ、でもこれから旅に出るつもりなんですけど……星観の者を
やっているリムリィと申します。ご挨拶が遅れてしまってごめんなさい。」
 ステッチは青年──リムリィ──の対応に微笑む。
「さっきもちょっと言ったけど、俺はステッチ──こっちは妻のレイリア。
ここで雑貨屋を営んでいるんだ。ま、大して長くはやってないけどね。」
 
 ──星観の者、か。
 
 ステッチは「星観の者」という言葉を頭の中で咀嚼する。
 
 ──星観の者。星観……ね。 
 ──そうだ。
 
 町外れにある、少し奇妙な塔に勤める者たち。星を詠み、暦を管理し、
時には占いの様なこともやる連中。魔法の力ではないが、一国の暦をも管理
するという特性からして、国によってはその政治的影響力は計り知れない。
 また、各国間の星観の者の横の繋がりも、各地に存在する商工ギルドに劣ら
ないほど強固であるという。ただ、商業都市ラトラでは、星観の者たちが
政治的に大きな力を持っているとは、早耳のステッチでも聞いたことがないが。
 
 ふと、ステッチにある考えが浮かんだ。何故こんな場所でこんな事を思い
ついたのかは分からない。目の前のぽわぽわした青年の影響だろうか。
 
「レイリア──ちょっと彼と話したい事があるんだ。店番、頼むよ。」
 レイリアは「分かったわ、あまりいじめないでね。」という言葉と、明るい
笑顔を残し、部屋から立ち去って行った。
「ったく、人の事を何だと思ってるのか──。」
 口元に笑みを浮かべ、ステッチはリムリィに向き直る。急な展開にリムリィは
対応しきれていないのか、ぽかんとステッチの顔を見つめている。 
 
「君──リムリィと言ったね。この街には長いこと住んでいるのかい?」
 言葉の意味を考えあぐねているのか、リムリィは少し間を置いて答えた。
「そう、です。生まれてからずっと、このラトラに住んでます。」
「じゃ、さ。街の事はもちろん──色々知ってるよな。」
 これも一呼吸置いてからリムリィは答える。
「大抵の事なら……。」
 ステッチは、それこそ自分の求めていた答えというように、うんうんと
一人頷く。その様子を見てリムリィはほんの少し、怪訝な顔をした。

「……あ、あの、僕、すみません、お世話になってしまって。お礼は、
しますから。その、お金はあまり無いですけど、占いとか、色々……。」
 慌てて話し出すリムリィをステッチは無言で制した。
「お礼、ね。そうだね……頼みたいことがあるんだ、君に。」
「頼み……?」
「人を一緒に探して欲しい。」
「人探し、ですか。」
「ああ。ま、俺にも色々事情があってね……女の子を探している。」
 
 一呼吸。
 
「──アイ・ファルディーンという名前の赤毛の女の子を。」

40 名前:ステッチ・オライオン:2003/04/27(日) 00:50

「やっと見つけた。さっきから探していたんだよ」
月明かりの下にゆっくりと姿を現したのはヴァルだった。その背後には一頭の馬を連れていた。
「あれからずっと君を捜していたんだよ。でも、名前も聞いていなかったから探すのに難儀したよ。とにかく、会えて良かった」
「ヴァルじゃねえか、脅かすなよ」
バーミィがホッと息を吐く。その音を聞いてヴァルは初めてその場に人の存在があることに気づいたように首をそちらに向けた。
「あれ?バーミィ何でこんな所に?」
「お前こそどうしたんだ?」
「いや、ちょっとね。それよりも君、ちょっと聞きたいんだけど、『紅い星青い空亭』って、いったい何処にあるんだい?誰に聞いても知らないって言われるんだよ」
「『紅い星青い空亭』?一体何のことです?」
ヴァルに尋ねられたライは首をかしげる。
「君が手配してくれた宿だよ。きみ、確かそう言ったよね?」
「俺がですか?」
ライは少し考え込み、
「あ、もしかして」と、得心がいったように一度頷くと、
「『青の月栄える海亭』の事ですか?」
「え?『青の月栄える海亭』?」
ヴァルが同じ言葉をくり返す。
「ええ。俺が手配したのは『青の月栄える月亭』です」
「『紅い星青い空亭』、『青の月栄える海亭』、『紅い星青い空亭』、『青の月栄える海亭』。おい、ヴァル、全然違うじゃねえか」
「おかしいな、何処で間違えたんだろう?」
ヴァルがしきりに首をかしげている姿をライは頼りなげに、バーミィは苦笑いを浮かべて眺めていた。
「とにかく、その宿まで案内してもらえないかな?どうも道に迷ってしまったみたいでさ」
ヴァルがライに頼む。しかし、ライは悲しげに頭を振ると、
「それは無理です」と答えた。
「そんな冷たいことを」
「いえ、そう言う事じゃないんです。実は俺たちも道に迷っているんですよ」
「おいおい、結局迷子が一人増えただけかよ」
寂しげに答えるライの隣で、バーミィは星空を見上げて呟いた。

41 名前:アイ・ファルディーン ◆FrSayUVSek:2003/04/27(日) 18:26

「じ・か・ん・ぎ・れ」
 口を尖らせながら、銀髪の男は背伸びをした。工事中の建物の壁は隙間
だらけで、外から街の明かりや月明かりが射し込んでいる。
 ほのかな明かりに照らされた男の顔をシシリィは見上げる。悔しそうな表
情はしているが、どこかうれしそうだ。
「え? 何が?」
 まさか……もう何処かに行ってしまうのか……? まだ何も聞いていない
のに。焦った表情のシシリィに男は首を振って微笑んだ。
「いや、本当はあんたに会う前にこの街で知り合った奴と飲む予定があった
んだけどさ。もう無理だなー、と。」
 なんだ……そういうことか。シシリィは少しほっとしたが、そのほっとした表
情を男に見られるのが悔しかったので、怒っている振りをしてごまかした。
「行けば良いじゃないか。あたしはここで待ってるからさ。」
 本心ではなかった。一刻も早く弟について聞きたい。はやる気持ちを抑えて、
シシリィは素っ気無い風を装った。
「いや、もうこの時間だと奴はもう旅団に戻らないといけないだろうからな。
奴の方が無理なんだ。まあ、好都合か。その分あんたに色々教えてやれる
時間が増えたわけだし。美味い酒を飲み損ねたのはちょっと残念だけどな。」
 男はその端正な顔をくしゃくしゃに歪ませて笑った。シシリィは不覚にも少
し鼓動を早めている自分の心臓が悔しくて、胸の辺りを押さえるように掴ん
で不機嫌な顔をした。
 男が約束した相手、旅団の一員ライオットは慣れぬこの街で迷っている最
中だ。この男と杯を交わすどころか、自分の帰るべき場所に帰れるかもおぼ
つかなかった。そんな事情まで男が知ることはできなかったが。
「そうか。じゃあ聞くよ、銀髪のリュシアス。あんたは何を知ってる? あたし
の何を知ってるって?」
 名を呼ばれた男――リュシアスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで
髪をかきあげた。少し照れているようだった。
「なんだ。俺の名前知っていたんだ。教えたっけ?」
「あの街の噂で聞いた。情報なら銀髪のリュシアスが一番だろうって。」
 シシリィは目を伏せた。この男と目を合わせていると落ち着かない。そんな
乙女心を知ってか知らずか、リュシアスは無邪気に話を進める。
「リュシィで良いよ。そうだな、まずはどこから話そうか……。」
 夜明けまでは長かった。シシリィは男と二人きりで夜を明かすという状況に
いささか戸惑いを覚えながらも、かなりの情報を得られそうな予感に心を躍ら
せた。
 
 
「アイ様……。アイ様……。話ができますか? 声を出せますか?」
 頭の中で声が響く。アイはシルレオンの背に揺られながら、少しだけ重い瞼
を開いた。
「うん……ちょっと苦しいけど……大丈夫……。何……?」
 シルレオンの手綱を引く、医者ヴァルを始め、三人の男は初めての街、ラト
ラで道を完全に失っていた。
 更に、夜になって暗くなってしまった繁華街は、明かりが多いとはいえ、昼
間の姿とは全く変わってしまった。旅人にとっては道を見つけるのがかなり
困難な状況に陥ってしまっている。
 しかし、アイとシルレオンはやはりこの街に慣れている。衣料品や生活に必
要な物を買いに、幾度となくこの街を訪れていたから、大抵の目立つ建物は
わかる。
「青の月栄える海亭の場所を教えてあげてください。すぐそこだというのに、
この人たちにはわかっていないんです。」
「……『紅い星青い空亭』じゃなかったの? やっぱりね、道理で聞いたことの
ない宿だと思った。」
「まあ……旅人さんたちですからね。初めての人にこの街は複雑過ぎるので
しょう。」
 一行が歩いていた場所は『月見草通り』という、大通りよりも少し寂しげな通
りだった。この時間に開いている店は少なく、人通りもまばらだ。
 三人の男たちは道を聞く相手を探していたが、おかげでなかなか捕まらな
い。わずかながら通る人は忙しそうで、道を聞けそうになかった。
 その時、彼らの後ろからか細い声が聞こえた。馬の上から聞こえるようだ。
可愛らしい高めの声。明らかに女の子の声だ。
 最初に気付いたのはヴァルだった。慌てて馬の背中に乗るアイに駆け寄り、
その細い声を聞き漏らさぬよう、耳を近づけた。
「先の……角……を右……。」
 ヴァルは即座に彼女が言いたいことを理解すると、一番前を歩いていたバー
ミィに向かって、叫ぶようにその先の角を右に曲がるように伝えた。喋って大
丈夫なのか? 医者として、彼女の容態が一番気がかりだった。
「あったぞ! 青の月栄える海亭! 左側に看板が見える!」
 バーミィの報告に一同はようやく息をついた。

42 名前:ヴァル・トルニオ ◆vnMt3fk8bc:2003/04/28(月) 00:33

 星には魔力がある。

 その魔力は、人を惹きつける魔力。

 一つの太陽と、大小の二つの月。そして先人達が想像力を
総動員して描いた星界の地図。動物、魚、花の形を模した線で
結ばれた瞬く星々。それらが空を巡る周期をもとに、山の者達は種を撒き、
海の者達は網を出し、そして学者達は物思いにふける。

 そんな、「星観の者」の長のあくびを我慢するのにひどく苦労する
聞き飽きたありがたいお話を、仲間達と肩を並べて聞いていたのが
ずいぶんと昔の事に思える。でも、あれからまだ日付も変わっていない。
 チェルシーは眼鏡を外し、グラスの底に残っていた琥珀色した
温い酒を一気にあおった。
「……遅過ぎる」
 酒のお代わりを頼み、足元の大きな鞄から革表紙の本を取り出す。
「このいっちばん硬い角で殴ってあげるからね、リムリィくうん」

 昨日の事。
 学べる事はすべて学んだ。後は、その知識を実践として活用するだけ。
同期で星を学んだ仲間は七人。その後はばらばらにそれぞれ思う各地に散り
王都の大学でさらに星を深く学ぶ者もいれば、遠くの地に赴き星界の地図を
教え農耕の発展に力を注ぐ者もいれば、まだ見ぬ星座を探して放浪する者も
いる。みな、それぞれ自分の道を歩む。
 リムリィは何を求めるのだろう?
 チェルシーはリムリィに声をかけた。
 お別れのお酒でも飲まない?
 リムリィの旅立ちの馬車は早い。その為今晩は街の宿に泊まると言う話を
彼に聞いていた。半ば強引にその宿の酒場で待ち合わせの約束をつけ
高鳴る胸の鼓動を抑えて約束の時間よりもかなり早く宿にたどり着き
念入りに自分の台詞を整えていた。
「そうかあ、リムリィくんはそんな夢をもってたんだあ」
「私なんてねえ、講釈を聞いている時も眠気と戦うので精一杯だったよ」
「リムリィくんが見つめる星空ってどんな色なんだろうなあ」
「ねえ、私も、リムリィくんと一緒にいっても……、いい?」
 が、その後リムリィが姿を現すはずの時間はとうに過去のものとなり
こっそりと練習していた台詞回しも噛んでしまう程に酒が回ってしまい
チェルシーのテーブルにはカラになったグラスが増えていった。
 ぶ厚く重量感のある革表紙の星界の書物の角を撫でていると
客の流れも緩やかになった夜更けの酒場の扉を開ける音が聞えた。
 ばっと振り返るチェルシー。しかし、そこに思い描いていた姿はなく
代わりに数人の男達の姿があるだけだった。

「着いた着いた着いたー。あー、お腹減った。バーミィ、奢ってくれる
って言ってたよな。忘れたとは言わせない、僕はきっちり覚えてるからな」
 すらりとした背の高い短い髪の男が、長髪の髪を結んだ男に笑いかける。
その背中には眠っているのか、一人の少年を背負っている。長髪を結んだ男は
軽く小首を傾げる仕草を見せ、ぶっきらぼうに答えていた。
「知らねえな」
 そしてもう一人、彼らの仲間と思われる男が宿の受付の方へ何やら声を
かけている。一瞬、あの背中に背負わされている少年がリムリィなのでは
とチェルシーはどきりとした。でも、別人のようだ。髪の色が違う。
「俺もちょうどここで人と待ち合わせをしていたんだよ」
 その男は酒場をぐるり見回し、後ろの二人の男達に向き直った。
ライとバーミィとヴァル、そしてヴァルに背負われたアイをぼんやりと
眺めるチェルシー。私だって待ち合わせだよ、と心の中で呟く。
 どうも彼らの待ち人もまだこの酒場に着いていないらしく、そのまま
何やら相談すると二階の宿の部屋に落ち着こうと階段を上がっていった。
また、静かになる酒場。

 泣くまで殴ってやる。チェルシーはお代わりの酒に口をつけて誓った。

43 名前:ステッチ・オライオン:2003/04/29(火) 01:58

「アイ・ファルディーン?」
 リムリィはステッチの言葉をそのままくり返した。
「ああ。聞いたことないかい?」
「アイ・ファルディーンですか、すみません、すぐには分かりませんけど、一体どういった人なんですか?」
「俺も人づてにしか聞いていないから詳しいことは分からないが、赤毛の少女でね、年齢は大体15歳から20歳の間、一人で、一頭の馬を連れて旅をしているはずなんだけど、知らないかな?」
「旅をしているって、ラトラの住人じゃないんですか?」
 リムリィは疑問をそのまま口にする。
「そうなんだ。今頃は多分この町に来ていると思うんだけど」
「そうなると、多分どこかの宿に泊まっているんですよね?じゃあ、あそこじゃないでしょうか?青の月栄える海亭。あそこなら、値段も手頃ですし、部屋もほどほどにきれいですから、女性でも安心して泊まれるはずですよ」
「青の月栄える海亭ね、確かに、この辺りでは一番手頃な宿だとは思うんだが、昼間に行ったときにはそんな客はいないと言われたんだよな」
「そうですか、それなら・・・あ!」
「ど、どうしたんだ?」
 突然のリムリィの大声にステッチは驚かされた。
「いえ、実は、青の月栄える海亭で人と約束をしていたのを思い出したんです。うわ!どうしよう、絶対怒ってるいるよ。ね、ねえ、どうしましょう?」
「どうしましょうと言われても」
 ステッチはリムリィにすがりつかれ、困ったように頭をかいた。
「とにかく、今からそこに行ってみたらどうだ?もしかしたら、まだ待っているかもしれないぜ?」
「だ、だめです!そんな事したら、僕、殺されちゃいます」
「おいおい、殺されるとは穏やかじゃないな」
 ステッチはそこで少し考えると、
「そうだな、それじゃあ今から俺は青の月栄える海亭に行く用事があるから、そこで、リムリィと約束をしている人物がいたら事情を説明してきてやるよ。いくら何でも俺まで殺されることはないだろう?そんな奴は処刑刀のアンナだけで十分だ」
 ステッチは声を上げて笑うと、だろ?と、リムリィに同意を求めた。

「アイ・ファルディーンですか?昼間も言いましたけど、うちにそんな泊まり客はいませんよ」
「そうか、もしかしたら偽名を名乗っているかもしれない、赤毛の少女で、馬を一頭連れているんだ。連れはないはずだが、そんな客は来なかったか?」
 ステッチは、リムリィが懇願するように止めたのも聞かず、海の月栄える海亭まで足を運んだ。そして、宿の主人を捕まえるとすぐに質問した。しかし、主人の答えは素っ気ない物だった。
「いいえ、今日はお一人でご宿泊のお客様はお二人しかいませんし、どちらも男性ですよ。それに、髪の毛も赤くはありませんでした」
「そうか」
 ステッチが少し落胆したように答える。その様子を見ていたマスターはそんな彼を不憫に思ったのか、泊まり客の姿を再度思い出していった。それからしばらくして、
「あ!そういえば、いや、しかし」
 と、主人が声を上げた。
「どうした?」
 ステッチは期待感に満ちた目で男を眺める。
「いえ、実は今日の客の中に赤毛の人物が一人いたのを思い出したんですよ。ただ、それは男性ですけどね。それに、他に連れが3人もおられましたし」
 男性だというのはまあ、変装の一種と考えられなくもないが、しかし、3人の連れ?いくら何でもこんな短時間に連れが出来るとは思えない。残念、空振りか。
 ステッチは気を取り直すと、二番目の仕事に取りかかることにした。主人に礼を述べると、酒場の方に目を向ける。
 さて、リムリィと待ち合わせているのは誰かな。と、ステッチがさあ探そうかと考えたとき、
「リムリィのバカ野郎!」
 酒場の中程の席、一人でその場の誰よりも杯を空にしている女性が大声で叫んでいた。
「どうやら、探す手間が省けたな」
 ステッチは呟くと、その女性に向かって歩き始めた。

44 名前:エリケ・バルレッタ ◆vnMt3fk8bc:2003/05/03(土) 13:30

 まだ夜空はおとなしい。それでも瞬きを堪えて見つめ続ければ
手に届きそうな満天の星々が一つ二つと静かに滑り落ちて行く。
降星祭もまだまだ宵の口。祭りの中頃になれば酒の肴になる程に
深い紫色した空から星が降り注ぐ。
 ふと、屋根の上で紙巻煙草を燻らせていた彼女は、足元で自分の
名前が呼ばれているのに気付いた。
「……呼んだか?」
 煙草を咥え、屋内へ通じるはしご窓からひょいと顔を出す。ばさりと
夜空よりも濃い黒色の長い髪が垂れ下がる。
「エリケ小隊長、そちらでしたか」
 一人の衛兵がその姿を見つけ、かかとを合わせて敬礼をする。
「私の事ならさん付けでいいって言っているだろう? おいで」
 屋根に座り直し、指先だけで衛兵を星空の特等席へと招待する。いつまで
経っても、エリケは小隊長と呼ばれるのに慣れない。望んで出世した訳でも
なく、女の立場でこの地位に立つ事を疎む連中も少なからず存在する。
「二つ、報告事項があります」
 衛兵は屋根の上でも姿勢を崩す事なく、微妙に傾ぎながらも丁寧に
気を付けの体勢を維持している。見れば、まだ十代だろう、若い青年だ。
「楽にしてよし。星を眺めながら聞こう」
 エリケは煙草を咥えつつ、衛兵が姿勢を崩すのを待った。しかし彼は
どう対応していいのか迷うように敬礼させた手を宙に漂わせている。
思わず、笑い声が漏れてしまう。
「アハハ、座れ。屋根から転げ落ちたいのか?」


「例の傷害事件ですが、相変わらず刺した側も刺された側も所在不明です。
目撃者の証言を元に聞き込みを続けていますが、有力な情報は何も……」
 祭の前夜祭だと言うのに、早速いくつもの厄介事が報告されてきた。
その中でもエリケが気になったのは、アイとシシリィの件だった。
人を刺した人物が行方をくらますのは珍しい事ではない。しかし、刺された
怪我人が助けも呼ばずに逃げ出すように消えるとなると、裏に何らかの
事情を抱えていると容易に想像できる。
「で、もう一つは?」
 夜の冷えた空気に煙草の煙を溶かし込んでエリケが先を促す。
「今しがた入った情報ですが、その、獣人が逃げ出したらしいです」
「じゅうじん?」
 エリケは少女のように驚いて声を上げた。きちんと揃えた黒い前髪。
体術の訓練のせいか痩せた小さな顔に、刻まれるように少し吊り上った
整った眉、ほのかに色づく薄い唇。そして髪よりも黒い、大きな瞳。
そんな風貌が、彼女を近寄りがたい女性と印象付けている。
だが、時々乙女のような柔らかい笑顔を見せてくれる。気持ちのいい
笑い声を聞かせてくれる。
「アッハッハハ、いい気味だ! これぞ自業自得と言う奴だ!」


 

45 名前:エリケ・バルレッタ ◆vnMt3fk8bc:2003/05/03(土) 13:32

 降星祭は遠い地方からも人を呼ぶ大きな祭だ。そのため、各地から
旅芸人達もその芸を披露するために集う祭でもある。しかし、今年は違った。
あまりいい噂を聞かない大商人が座長を勤める一つの旅芸人一座が
街の有力者達に話をもちかけてきた。

 世にも珍しい半獣、半人の精霊の使い手の一族を捕らえた。
見世物として披露したいが他の旅芸人一座がいては、せっかくの獣人の
話題も薄れてしまう。
 今年は、我が一座に独占的な権利を与えて欲しい、と。

 エリケもかなりの賄賂がばら撒かれたとの噂を聞いた。
 気が付けば、祭の期間中ラトラで座を開く事を正式に許可されたのは
その大商人の一座のみで、他の旅芸人達は街周辺地区に立ち退くことを
余儀なくされていた。ライの春風の旅団も例外ではなかった。
 しかし、ここに来て見世物の目玉である獣人が逃げ出したとなれば
その大商人の面目もまるつぶれ。賄賂を受け取ったとされる有力者達も
いい気分に浸って祭を楽しむ事もできないだろう。


「なるほど」
 事の詳細を聞き取ったエリケは新しい紙巻煙草に火を灯した。
「まずは傷害事件についてだ。犯人は現在の体制のまま捜索を続けろ」
 胸に吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出す。そのまま衛兵の方を見ずに
星空を眺めながらはっきりとした口調で指示を告げる。こうなると
先程まで見せていた乙女のエリケは消え失せ、衛兵としての姿が現れる。
「現場の状況からして、怪我人はそう遠くに行けるはずがない。しかし
医者や衛兵に助けを求めずに消えた。何か訳ありだ。事件に関係あるなしは
ともかくとして、被害者を保護と言う形で確保する。現場周辺の宿を
片っ端から調べ上げろ。怪我人、病人と言う形で誰かが匿っている
可能性もある」
 若い衛兵はエリケの口調に気圧され、ただその指示を頭に刻み付けるのが
精一杯だった。ついさっきまで目の前にいた柔らかく笑う少女はいない。
今目の前にいるのは、厳しい上官だ。
「獣人に関しては、おもしろい事を思いついた。賞金を賭ける。明日の
朝一番にビラを配れるよう手配しておけ。賞金額は、そうだな……」
 深く煙草を吸い込むエリケ。煙草の先がじじっと音を立てて明るくなる。
「3000クルテ」
 衛兵は驚いて思わず声が裏返ってしまった。
「ですが、エリケ小隊長、獣人の件は内密にとの上からの指示が!」
「エリケさん、と呼べ。それに上からの指示と言ったが、おまえの上官は
この私、エリケ・バルレッタだ。私の指示に従え。責任は私が取る」
 ぴしゃりと言いつけられ、口をつぐむしかない衛兵。エリケは空を
見上げながら続けた。
「それとラトラを離れるすべての馬車に通達しろ。ナイフを持った犯罪者と
精霊魔法を使う獣人が街からの脱出を企てている可能性がある。
我々の許可があるまでラトラの外へ出る事を禁じる」
「すべて、ですか?」
「聞えなかったか? すべてだ。それにはラトラを離れようとしていた
すべての旅芸人一座も含まれる。よって、彼らには特別にこのラトラでの
一座の開催を許可するものとする。好きな場所に開けと伝えろ」
 若い衛兵はエリケの意図するものをおぼろげに感じ取る事ができた。
屋根の上に立ちあがり大きな声で復唱し、エリケに敬礼をする。
「せっかくの祭だ。これで大いに盛りあがるだろう」
 エリケも立ち上がり、すらりと細い身体で衛兵に向き直る。
「おまえ達も気を緩める事なく祭の警備にあたれ。ただし、交代で
きちんと休みを取り、美味い酒と祭を楽しむ事も忘れるな。命令だ」
「了解です! エリケ小隊長!」
 屋根を降りる若い衛兵を見送り、ぽつり呟くエリケ。
「エリケさんって呼べ」
 そして星空を見上げ、煙の輪をふわりと吹き出す。その輪を一つの
流れ星が貫いて落ちていった。

46 名前:アイ・ファルディーン ◆FrSayUVSek:2003/05/03(土) 21:54

 寝台に寝かせ、はたと気付いた。
 そうだ。この子は女の子だったんだ……。
 
 とにかく、この怪我人を部屋で休ませなければならなかった。バーミィ
やライオットを先に食堂に行かせ、宿の主に教えられた部屋にまっす
ぐ向かってきた。
 流浪の医師ヴァルはアイの細く小さな体を見下ろしながらどうしたも
のかと途方に暮れた。
 あの時点ではヴァルもライオットも男の子を保護したつもりだったし、
急な予約で確保できる部屋など一つしかなかった。
 だがやはり、結婚前の男女が一つの部屋で寝るのはまずい。しかも、
二人はまだ出会っていくらも経っていない上、一言の会話も交わしても
いない。どこから見ても少年にしか見えないこの少女に、色気も素っ気
も感じてはいないのだが、ヴァルにはやはりどこか躊躇いがあった。
 

 もう一度宿の主にかけあってみることにした。
「そうは言ってもですねえ、部屋はあいにくどこも塞がっておりまして。
大丈夫でしょう? 行きずりに知り合った相手と言ったって、男同士な
ら何の問題も……」
「女の子なんだ。」
「えっ? だってあれはどう見たって……」
「僕も最初は信じられなかったよ。女の子っていうのはもっと可憐な顔
つきをしているものかと思っていたからね。」
 彼女の顔を思い出しながら話した。目を閉じた姿しか見なかったが、
一瞬で男だと思ってしまうような顔だった。後にアイのことを誰かに話
す時に、どんな顔なのかと言われてもヴァルは上手く説明ができなかっ
た。高級男娼というのはこんな感じだろうか? 男色の貴族や女性だっ
たらうっとりとして見つめるような容姿だろうが、普通の男が惹かれる
ような色気は微塵も感じない。そういう印象だった。
 しかし、ヴァルは見てしまった。そんなアイがゆったりとした服の下に
秘めていた女性の体を。知らなかったとはいえ、一瞬でも見てしまった
という事実はヴァルの心に罪悪感を重い影のように落としていた。少し
苦い顔をしたところに宿の主人は容赦ない一言をくれた。
「それでもあそこしかないんですよ。すみませんね。我慢してください。」
 

 交渉を諦め、ヴァルはアイの容態を診るために部屋に再び戻った。後
にこの交渉がアイにとって不利な証言を彼女を追う者に与えることにな
るのだが、今のヴァルにはそこまで考えが回らなかった。額に手を当て
ると、微熱があるようで息も少し苦しそうだ。夜風に当たり過ぎたか。申し
訳なく思ったが、まあ、朝には熱も引くだろう。
 少し服をめくり、腹の傷を確かめた。すると、既に傷が塞がりかけて
いる。常人には考えられない治癒能力の高さだった。驚いてもっとよ
く確かめようとしたが、彼女の白い腹部を見て、思い直した。顔には
不釣合いなほど、体は成熟した女性だった。服を整え、布団をかけて
やった。だが、滑らかな肌の印象が消えない……。
 「我慢してくれ」と、宿の主は言った。どういう意味だ。ヴァルにとって
は失礼な話だった。心外だ。こんな寝顔に誰が変な気を起こすものか。
どこからどう見ても少年だし、それに持っている物と来たら……。
 ヴァルは床に静かにおいた彼女の荷物を見た。弓と矢。そして一振り
の短剣。確かに重く扱い辛い長剣よりは女性に適した武器と言えるだろ
うが、こんなものだけで護衛も連れず一人旅に出ようなどと考える女性
がいるだろうか。街の中ならまだしも、女性が一人で出歩けるほどこの
辺での旅は甘くない。街と街の道中にある森も山もまだ未開で、出くわ
した狼などの凶暴な動物に噛み殺される旅人も少なくない。山賊だって
いる。
 そういう事情を全く知らないような箱入り娘になど見えなかった。鍛え
られた足腰。どこかの兵士か? 可愛らしい少女を鍛え、刺客として要
人の元に送り込むというやり手の宰相の噂を聞いたことがある。しかし、
対峙した相手に腹を刺されるようでは兵士としては失格ではないか。今
回は急所を外したとはいえ、戦う相手に懐に入られたらひとたまりもな
い。一体どういう娘だ? わけありなのは一目瞭然だが、それ以上の見
当はつかなかった。
 金はいくらか持っているようだ。彼女の持っていた皮袋を担いでみる
と、見た目より重く、じゃらじゃらと硬貨の触れ合う音がした。
 まあ、目が覚めるまで待つしかないのかな……。
 アイの少し苦しげな寝顔を眺めながらヴァルは重い息を吐いた。

47 名前:ヴァル・トルニオ ◆vnMt3fk8bc:2003/05/12(月) 23:17

 さて、どうしたものか。


 とりあえずステッチはだいぶ酒が頭に染み込んでいるチェルシーに
声をかけたものの、どうもリムリィが説明してくれた状況と微妙に
食い違う事に気付いた。
「何か、用ですか?」
 あからさまに警戒するチェルシー。自分自身を抱くように胸の前で
きつく腕を組み、椅子に浅く座り直す。
 リムリィの話では、共に星を学んだ仲間として別れと旅立ちの杯を
交わす約束をしていた、との事だが、彼女からはそれ以上の何か
淡くくすぐったいような感情が感じられる。
「まあ、用と言えば用だが……」
「はっきり言ってください」
「いやな、リムリィって人から君の様子をしら」
「リムリィッ!? 今どこにいるんですかっ!」
 がたんっと大きな音を立ててチェルシーが跳ねあがる。
「いや、刺された所を俺がみつ」
「さ、刺されたあっ!?」
 その後、ステッチは荒ぶるチェルシーを落ちつかせるのに
10分の時間とグラス一杯のオレンジジュースを要した。


「えーと、その、私どうしたらいいんですか?」
「どうしたらと言われてもなあ」
 そういえば、リムリィともこんな会話を交わしたな。ステッチは
思わず苦笑いをこぼさずにはいられなかった。
「確かに、私が突っ走っちゃって、勝手に約束つけただけですけ…」
 照れくさそうにして俯いて語るチェルシーは、何故かテーブルの上の
空のグラスをてきぱきと片付けながら話を続けていた。
ステッチはそんな彼女から視線を反らし、何気なくカウンターを眺めた。
まだ若い二人のキューピッド役をこなしてやる程暇なわけではない。
「…も、私だって悩んで悩んで悩んでやっと行動したん…」
 空になったグラスはテーブルの端に追いやられ、今度はチェルシーは
おしぼりでテーブルを拭き始めた。
 しかしステッチにそんな彼女の照れ隠しの行動は目に入っていない。
彼の視界に映る姿は、宿屋の主人と背の高い男。髪を短く刈った長身の
男はなにやら深刻そうに主人に話しかけている。
「…れに私は、リムリィくんみたいに頭良くないから、星について
もっともっと勉強しなきゃいけな…」
 ステッチは昔の癖で、無意識のうちに彼らの唇の動きを読み取り
その会話の内容を盗んでいた。同時に、チェルシーの声も聞き取っている。
盗賊ならではの技だ。


 女の子なんだ。

 えっ? だってあれはどう見たって……


 自分自身の中にある鋭い棘がうずく。焦りの感情にも似たちりちりとした
直感がステッチに動けと命令を下す。昔から、自分の勘に間違いはない。
ステッチの直感は幾度と無く彼の命を救い、成功をもたらしてきた。
「…から、会いたいんです。どうしたらいいの、私?」
「ああ。君の気持ちは俺なりに理解したよ。彼にそれを伝えよう。
それからは二人でどうすべきか話すべきだな。俺の出る幕じゃない」
 きれいに片付いたテーブルに一人チェルシーを残して立ちあがる。
「そこで待ってな」
 そして髪を短くした背の高い男、ヴァルが二階に上がるのを横目で
確認し、耳に意識を集中させながらチェルシーに告げる。
「リムリィを連れてくる」
 ステッチは常人には聞き取れないほどの頭上の小さな足音をたどる。
そしてヴァルが部屋に入ったのを聞き取ると、頭上を見上げた。
足音が止まったのは、ちょうど彼の真上だった。


 そこにいるのか? アイ・ファルディーン。

48 名前:ステッチ・オライオン:2003/05/18(日) 01:36

「ん?」
「どうかした?」
「いや、あの男、ヴァルの部屋の辺りを見ているような気がしたからさ。しかし、
多分気のせいだろうな」
 バーミィはライに向かってかぶりを振り杯を一気に飲み干すと、近くを歩いて
いた店員にお代わりを注文した。
「あの男って?」
「そこにいる、一人でしこたま飲んでつぶれていた彼女と、今話している奴さ」
「そう?別に変な様子は無いようだけど。彼女と普通に会話しているじゃないか。
ん?何だかもめているみたいだな。どうしたんだろう?」
「やめとけ、やめとけ、面倒に首を突っ込むのは。それより、お前の約束の相手
はいないのか?」
「遅れているのか、俺が遅かったから先に帰ったのかのどちらかじゃないかな」
 ライはバーミィの前の椅子に腰を下ろしながら答える。
「そりゃそうだ」
 他に何か可能性があったら教えて欲しい。バーミィはそんなことを考えながら
運ばれてきたばかりの杯をまた一気に飲み干すと、先ほどの男の方に視線を走ら
せた。どうやらあの女性と一緒に店を出るようだ。女性は出口へと向かう男の後
を追うように立ち上がった。
何だ、勘違いだったのか。バーミィはライについさっき言った言葉を棚に上げて、
何も騒ぎが起こらなかったことを少し残念に想いながら、店を出て行く二人を目
線だけで見送った。


「さて、どうしたものか」
 ステッチは声には出さずに呟いた。リムリィを連れてくることを口実にし、少し
準備を整えてから再度あの宿に戻るつもりだったのだが、チェルシーに無理矢理
リムリィのいる所、つまり、自分の店まで案内するように言いくるめられたのだ。
そして今、衛兵達が走り回って少々騒がしい町中を二人で肩を並べて歩いていた。
「まあ、仕方ないか」
 今度は口に出して呟く。二人をレイリアに任せて俺だけが戻ってきても同じ事だ。
「何が仕方ないんですか?」
 隣を歩いていたチェルシーがその声を聞きとがめて尋ねてくる。
「いや、何でもないよ」

『怪我はしていないらしいですけど、ナイフで刺されたリムリィ君をここまで連れて
来てもらうよりは、私がそこまで行った方が絶対良いです』

それが彼女の意見だった。そして、ステッチにもそちらの方が自然に思えた。しかし、
この娘も無警戒にもほどがあるな、とは思う。いくら知り合いの名前を出されたからと
言って、知らない男にこんな簡単にほいほいと付いてくるとは、後でレイリアに注意さ
せておこう。こんな事は男の口から聞いてもあまり効果はないだろう。しかし、痛い目
を見てからでは遅いんだ。

 ステッチはいつの間にかやたらとお節介になっている自分に気づいて苦笑を漏らした。
「どうかしたんですか?」
 チェルシーはステッチの苦笑に気づいて再び問いかける。
「いや、俺も年かなと思ってな」
 チェルシーは何のことだかさっぱり分からずに首をかしげた。

49 名前:ヴァル・トルニオ ◆vnMt3fk8bc:2003/05/23(金) 01:46

 生暖かい泥沼にゆるゆると沈む感覚に襲われる。身体がとろけるように緩み
自分を形作る枠から、大切な何かが少しずつ少しずつ滲み流れていく。


 なんて恥知らずな子なの、あなたは。


 小さな棘。目に見えない程のささくれが怖くて触れる事もできない。
そこに痛みがあるのかどうか。そこに痛みを感じているのは自分なのか。
自分が何をしたのかも理解できないまま、見えない言葉の棘は彼を貫く。
踏みしめる大地の確かな感触も無く、見上げているのはいやに薄暗い空なのか
あるいは光の届かない沼の底を見下ろしているのかもわからない。
 ただ感じる事は、誰も、自分を必要としていないと言う孤独。


 なんでこんな子を産んでしまったの?


 神はいないと思った。誰も見た事がない。誰も会って話した事もない。
樹を削って作ったなんとなくそれっぽい形の彫刻や、熔かした金属で
造られた優しげな顔立ちの女性に、目を閉じて祈りを捧げる意味がわからない。
信心深く厳しい祖母にそう言うと、何度も強く叱られた。
教会はつまらないから行きたくないと母に告げると、食事も許されなかった。


 おまえが代わりに死ねばよかったのに。


 父親が病気で息を引き取った時、祖母も母も、神と言う目に見えないくせに
やたら偉そうで、それでいてちっとも助けてくれない人に祈ってばかりで
病気の原因を突きとめようとも、よく効くと言う薬草を試そうともしなかった。
ヴァルにはそれがわからなかった。どうしてもわからなかった。
 何にもしないで祈るだけで人が助かるなら、誰も死なない。みんな死なない。
そう言うと、血が滲む程殴られた。
 そして言われた。


 おまえが代わりに死ねばよかったのに。


 その日以来、祖母にも母にも会っていない。だのに、忘れる事ができない。
ふと、それは夢の中に現れる。身体の境界が溶けて無くなる眠りの中で
上からとも下からとも、中からとも外からとも、遠くから近くから聞えてくる。
目に見えない小さな棘を突き刺してくる。
 そしてヴァルの助けを求める心に応じて彼女が現れる。


 あなたは間違ってはいないわ。生きているならば、生き続けなければ。
でも、正しくもない。死こそ、誰もが平等に受ける祝福。そう、死こそ祝福。
人は死ぬために生きているの。


 でもね、私、あなたのようなバカみたいに人を生かそうとする人を見ても
そんなに悪い気持ちにならないっての、不思議なの。


「……アリス」
 いつの間に眠ってしまったのだろうか。ヴァルは何かを強く蹴飛ばしたく
なるいつもの悪い夢を見ていた。頭を軽く振り、燭台の蝋燭に目をやる。
揺れる炎を灯した蝋燭はほとんど減っていない。短い眠りに落ちただけか。
 揺れる炎?
 窓が開き、冷たい夜の空気が静かに注ぎ込まれている。椅子から立ち上がり
そしてヴァルは誰もいない寝台の枕元に、一枚の紙切れを見つけた。
 小さな文字で、ごめんなさい、とだけ書かれた紙切れを。

 

50 名前:ステッチ・オライオン:2003/05/24(土) 14:59

「あんた、精霊の使い手の素質があるようだが、よく分かっていないよう
だな。いまから少し説明してやるよ」
 リュシナスは銀髪を輝かせながら微笑んだ。シシリィは一瞬その表情に
見とれ、それを覚られぬよう、慌てて口を開く。
「そんなことよりもあたしは」
 しかし、リュシナスはその言葉を右手を前に出してふさぐ。そして、
「俺と同じように右手を前に出してみな」
「どうして」と抗議しようとした言葉はリュシナスの視線の前に姿を消した。
そして、シシリィは男と同じように右手を前に突き出した。
 突然、リュシナスは彼とシシリィの手のひらをあわせた。シシリィは
慌てて手を引こうとする。しかしそれより早くリュシナスの手は彼女の
手を掴んだ。スッと手のひらから何かが吸い取られたような感覚が彼
女を襲う。継いで、手のひらが燃えるように熱くなった。
「熱ッ」
 シシリィが手を引くとリュシナスは掴んだ手を離した。
「あんた、一体何を!」
「何、ただあんたの精霊が何かを調べたのさ。思った通り、あんたは
炎らしい」
「一体どういう事だい」
 シシリィは右手を胸元に抱きしめながら言葉を発する。右手はどう
ともなっていなかったが、それでも、あまり気持ちの良い物ではなかった。
「炎の精霊、万物の行動の源であり、世界を照らす光を生み出す力。あん
たはその精霊と親和、まあ簡単に言えば仲が良いということさ。あんたが
頼めば炎の精霊はあんたに力を貸してくれるはずだ」
 シシリィはまるで理解が出来ないという風だった。
「俺は水の精霊と親和している。水は生命の源であると共に、時を司って
いる。土は生物の生と死を受け持ち、風は生物の成長の源であり、気候
や天候を操る力がある」
「行動の源だとか、生命の源だとか、一体どう違う?」
「全く違うさ。いいかい、生命は水によって生まれる。しかし、それだけでは
まだ生物では無いのさ。この世に生きる依り代が必要となる。それを生み
出すのが土なのさ。そして、風の加護を受け成長し、炎の力によって活動
する。そして最後に土に帰る。この世はこの4つの力がないことには成り立
たないのさ。そしてこれら精霊と親和しているのが俺たちのような精霊の
使い手というわけだ」
「その精霊の使い手って言うのは?」
 シシリィはいつの間にかリュシナスの話しにつり込まれていた。
「精霊の使い手は、簡単に言えば生まれながらにして、精霊と仲が良い奴
のことさ。俺やあんたみたいなね。こればかりは生まれついての物だから、
努力だなんだではどうしようもない。ただし、それに気づかないで一生を過
ごす奴も沢山いる。その点俺たちはそのことに気づいて幸運だと言える。
いや、不幸かもしれない」
 突然、リュシナスの顔色が曇ったように見えた。しかし、すぐに表情を元
に戻すと話を続けた。
「あんたは、かなり精霊と仲が良いようだな」
「え?」
「さっきあんたの手に触れたときに感じた。あんたは炎の精霊に愛されてい
る。これだけの力を持つには相当修練を重ねないといけないはずだ。それな
のに何もしないでそれだけの力があると言うことはすごいことだ。信じられ
ないかい?」
 リュシナスはシシリィの顔をのぞき込んだ。そして、それじゃ、と言いな
がら腰に下げていた筒を取り、今度は平皿を手に持っていた鞄から取り出
した。そして、平皿の上に中の物を移す。何か液体が平皿の縁ぎりぎりまで
注がれた。
「これはただの水だ。もし信じられなければなめてみても良い」
 リュシナスはそう言いながら平皿を二人の前に置くと、右手を平皿の上に
かざした。
「これは本来、昼間にしかできない魔法だ。しかし、光を生み出す力を宿す
あんたがいれば、夜でもこの魔法は使える。俺の手の上にあんたの手を載せ
てくれないか?」
 シシリィは躊躇したようにリュシナスを見る。
「大丈夫、さっきみたいなことはないさ」
 リュシナスは安心させるような言葉をかける。シシリィは少しの逡巡の後、
思い切ったように彼の手の上に右手を載せた。それを見届けてからリュシナ
スは何か口の中で言葉を回す。何を言っているのかまではシシリィには聞き
取れなかった。ゆっくりとシシリィの手のひらは熱を感じた。しかし、その
熱からは先ほどとは違いシシリィを包むような優しさが感じられた。その熱
が最高潮に達したと思った瞬間、突然、平皿の水が揺れだし、表面に波紋が
広がる。そして少しずつ水の中にどこかの風景が浮かんだ。
「この景色が君の望む情報のヒントになるはずだ」

51 名前:ヴァル ◆vnMt3fk8bc:2003/06/06(金) 20:11

 リュシアスがかざす大きな掌の下の平皿は、地面に置かれているのにも
かかわらず静まる事のない幾つもの波紋を浮かばせていた。
 生まれては消え、消えては生まれ。それでも水はこぼれずにあり続ける。
やがて揺れる水面に映るシシリィの顔が溶けだし、薄い青と濃い緑がどろりと
染み出すようにある風景を描き出した。
 
「何か、見えてきた」
 
 空と草だ。
 薄い青は透き通った空となり、濃い緑は風になびく草原に変わった。
一欠けらの雲もない青空は奥行きを感じさせる程に透明で、さわさわと
うねりを見せる草原は今にも匂いを漂わせそうだ。シシリィは驚いて
目を瞬かせて首の角度を変える。するとそこには何の変哲もない水が
満たされた平皿があるだけで、元の角度に戻すと、そこには草原が見えた。
 
「どうなってんだ、これ?」
「きょろきょろしない」
 
 リュシアスにぴしゃりと言われ、シシリィはまた真正面から水面に
向き直った。そこに飛び込めば、溺れそうなほどに深みのある草原に
落ちていきそうな感覚に捕らわれる。思わず、両膝に置いた拳に力がこもる。
 背の高い草原に囲まれた石造りの建物が見える。しかしそこに生き物の
気配は感じられない。草原と言う海原に浮かんだ朽ちた幽霊船のように
そこだけ時が止まっているようにも見える。
 立方体の白い石で築き上げられた見た事もない様式の建物だが
よく見ればそこかしこが崩壊している。シシリィは気付いた。死んでいる。
これは、廃墟だ。誰からも忘れられた、死んだ都市だ。
 
「アカツメだな」
「アカツメ? なんだそれ?」
 
 シシリィは平皿からリュシアスに視線を移した。彼もいつのまにかシシリィに
向き直っている。吐息を感じるほど近くにリュシアスの顔があり、思わず
シシリィは俯くように草原に視線を戻す。
 
「この植物さ。先端の紅い花の部分が蹴爪のように見えるだろう?
確か、……ここよりもずっと北の方に咲く花だったと思うけど」
「この建物は?」
「さあ? この白い石も見た事ないし、こんな真四角な石を積み上げて
造る建物なんて聞いた事もない。何かの遺跡かな」
「アカツメの群生地、真四角の石の遺跡。ここはどこなんだ?」
 
 シシリィは単純な質問をリュシアスにぶつけるが、彼はそれに首を
振るだけで応えて、また平皿に視線を落した。シシリィが求めているものは
行方知れずの弟の姿だ。こんな死に絶えた都市の影にどんな意味があるのか。
 
「……この子は誰?」
 
 今度は平皿を見つめていたリュシアスがシシリィに質問を返した。
シシリィは「この子」と言う単語にどきりとして平皿を覗き込む。
そこはいつのまにか夜の街だった。真四角の石の遺跡はもうどこにも
見えない。その代わり、冷たそうな石畳の夜の街に、一頭の馬を引き連れた
痩せた少年のような姿が波紋に揺れている。
 シシリィは平皿に満たされた水に飛び込みそうな勢いで顔を近づけた。
自分の呼吸で水面の波紋が乱れ、その姿が歪んだ波紋に沈みかける。
彼女は息を止め、じっと、食い入るように水を見つめた。
 足取りも弱々しく、馬を引くどころか逆に馬に導かれている痩せた姿。
どこかで見た事がある小さな顔。捜し求めていた弟ではない。
でも、この顔はどこかで出会った事がある。
 
「このすぐ近くじゃないか、これ?」
 
 リュシアスが言う。そしてシシリィは思い出した。
 事故だったとは言え、自分が刺した人物だ。
 

52 名前:アイ・ファルディーン ◆FrSayUVSek:2003/06/23(月) 23:59

 体は重かった。まだ疲れがとれていないのだ。
 むしろ、中途半端に寝たおかげで、肩から首筋、背中にかけて、疲れが溜ま
ってしまったようだ。それでも、アイは夜露に濡れた冷たい石畳の上を、足を引
き摺るように歩いていた。
 荒い息遣い。苦しそうな表情。見かねたシルレオンは彼女に自分の背に乗る
よう勧める。
 
「いい。自分で歩けるから。」
 
 か細い声で拒否され、ますますシルレオンは胸を痛めた。こんな状況下でも、
彼女の瞳は意思の強さを示すように光っていた。
 
「な、何するの!? 離して!」
 
 やれやれ……。シルレオンはアイの強情さに少し呆れていた。この子には
必要の無いときに意地を張って、頑張り過ぎてしまう傾向がある。そして、無
駄な労力を費やしたことを後になって悔やむのだ。こういう子は、周りにいる
者が無理矢理にでも休ませてやらなければ、心労や疲労で潰れてしまう。
 彼は器用に口や前脚を使ってアイの体を自分の背に乗せた。
 
「あなたの足に合わせていたら、いつまで経ってもこの街から出られません。
大人しく背中に乗っていてください。」
 
 少し怒ったような感情が伝わって来る。彼女はそれでもまだ不満げだったが、
一息つくと、抵抗するのを諦めた。暖かい背に触れていると、怪我の痛みも和
らぎ、傷も良くなっていくような気がしてきた。
 
「シルの負担を少しでも減らしたいだけだったのにな。」
 
 心優しい愛馬には聞こえないように、彼女はそっと呟いた。
 
 
 
「まさか……。こいつに会えってんじゃないよね?」
 
 シシリィが訊ねる。その声には、戸惑いよりもやや強い拒否の感情が込めら
れていた。リュシアスはシシリィの方を見ようとしない。皿にできた水鏡をじっと
見つめていた。
 水鏡の中では、馬が痩せた少年を背中に引っ張りあげていた。その光景が、
リュシアスには奇妙に見えた。馬が人間を自らその背に乗せようとするという
のは珍しい。余程この少年が馬に愛されているのか。
 
「そういうことだろ? すぐ近くみたいだし、今から会いに行っても……。」
「や、やだよ! もっと他の手がかりないの!?」
 
 シシリィは泣きそうな表情を浮かべる。すると、水鏡に波紋が広がり、映っ
ていた風景が消えていく。瞬く間に、皿の中の水は元のただの水になってし
まった。リュシアスはそれを見届けると、皿の上にかざしていた手を引っ込め、
腕組みをして考え込んだ。
 
「今のところ、これ以上は何もないみたいだな。ま、明日にでも探しに行って
みるか? 怪我もしているみたいだったし、そんなに遠くまでは行けないだろ。」
 
 シシリィはまだ渋っていた。大体、この男は弟らしい少年の情報を掴んでい
るのではなかったか? それについては今までの会話の中では一言も触れ
られていない。
 
「それにしても、良かった。生きてたんだ……。」
 
 今更ながら、その幸運な事実に安堵の胸をなでおろすシシリィ。どうやら殺
人犯にはならずに済んだようだ。それでも、怪我をさせてしまったということも
取り消しようのない事実だ。顔を覚えられていたらという不安がある。リュシア
スの提案に従ってその少年に会いに行くか、否か。決断の時は迫って来る。

53 名前:ヴァル ◆vnMt3fk8bc:2003/07/11(金) 23:40

「私は思うのだが、何故下級町民は食事の時に正装をしないのかね?」
 蝶ネクタイが不思議な程に黒い。光沢もなくその男の首元にひっそりと
たたずんでいる。そして上品な口髭。やはり完璧に整っている。
「動物が動物を食べる時に正装する? 愚問」
 蝶ネクタイの男の隣りに、彼の肩よりも低い位置に水で濡らしたように
艶々とした真っ直ぐに地面に向かって伸びる金髪があった。
小さく紅く塗られた唇から硬い金属を強く弾いた音に似た声が響き出す。
「いた。早く確保して帰りたい。ここはひどく臭い」
 金髪の少女の視線の先には、二つの姿があった。一つは人を助ける馬。
一つは馬に助けられる人。アイとシルレオン。
「私は思うのだが、女性と言うのは絹糸を丹念に編んで作り上げた人形。
柔らかで、いい香りがする。愛でるに相応しい造型だ」
 いったん言葉を切り、蝶ネクタイの紳士は溜め息をつく。
「しかし、あの姿を見る限り、神であろうと常に完璧ではないと言う事か」
 薄く汚れたアイの歩みは頼りなく、シルレオンに引かれただ目的もなく
歩いているように見える。うなだれ、痛めた腹を押さえ、一つ足を進める度に
胸から一つ重い息を吐き捨てる。
「女性軽視。撤回しろ。許せない。死ね」
 毅然と睨みつけ言い捨てると、彼女はアイに向かって強い意志を感じさせる
歩幅で歩み寄った。
「……彼女もまた欠陥品か」
 紳士もまたアイに向かって歩き始めた。
 
 
 アイは思う。何が始まりなのだろうか。
 腹を刺された事?
 この街に着いた事?
 一人で旅に出た事?
 結婚式を逃げ出した事?
 アイは思った。何が始まりだったのだろうか。
 だが、その堂々巡りの考えは唐突に終止符がうたれた。誰かが、それも
複数が、彼女を呼びとめた。彼女は前を向いて、そして後ろを向いた。
また前を向き、そしてやはり後ろに向き直る。
 前方には二人。男と女。銀色の髪を持った背の高い男が一人の少女の
手を引いてこちらを見ている。少女は抵抗するようにその手を振り解き
アイに対して斜めに身体を向けこちらを見ようとしていなかった。
 後方にも二人。こちらも男と女。金色の髪を美しく伸ばした背の低い少女が
背後に立派な口髭を生やした蝶ネクタイが厭味な程似合う紳士を連れている。
 アイは再び答えの出ない堂々巡りに陥るしかない事を悟った。前の二人も
後ろの二人もその顔は記憶にある。しかも、それはひどく嫌な記憶。
前に立つ少女は紛れもなくアイを刺したその張本人。そして後ろに立つ二人は
本来ならば不本意ながらアイの夫となるはずだった男の忠実なるしもべ。番犬。
「なあ君、ちょっといいかな?」
「アイ様、なんとひどい格好をしてらっしゃるのですか」
 銀色の髪の男と蝶ネクタイの男が同時に口を開いた。そしてお互いの目的が
同じ種類のものだと気付き、今度はリュシアスの方が一瞬早く言葉を使った。
「悪いが、俺達はこいつに用があるんだ。後にしてくれないか?」
 だが、言われて素直に引き下がる蝶ネクタイではない。
「まったく身分もわきまえずにおこがましい。君達が後にしたまえ」
 ぐいと一歩身を乗り出す蝶ネクタイ。
「おっと失礼。私はグレッド・コールマン。隣りにいるこれは……」
「ミッチェ」
 金色の髪の少女は小さく言い捨てた。これ、と扱われたのが相当に
気に入らなかったらしい。蝶ネクタイのグレッドは肩をすくめて、話を続ける。
「我々は1秒でもアイ様を愛する人の元へ連れ戻さねばならない使命を
帯びている。私は思うのだが、下級町民である君達がアイ様に軽々しく
声をかけてはいけないのだよ」
 リュシアスも負けない。一歩踏み出す。
「そんな事言われたって、こっちもこっちで事情ってのがあるんだよ。
それとたったいま、もう一つ引き下がれない理由ができた」
「何かね?」
「あんたの態度が気に入らない」
 アイには二人の間の空気の温度が少し下がったように感じられた。
 と、そこへもう一組、アイに呼びかける声があった。その場の人間のすべての
視線が一人の男へと集中する。
 そこにいるのはバーミィ。背後にライとヴァルを引きつれている。
「なんかおもしろそうな場面だな。俺も混ぜてくれないか? 最近さ、
身体がなまっちまっていけねえと思ってたとこなんだ」
 リュシアスとグレッドが作り出した、不穏な冷たい空気が重く沈んだ空間に
バーミィが乗り込んできた。

 

54 名前:◆FrSayUVSek :04/10/28 17:01

 一触即発。そんな言葉がその場にいた者たちの脳裏にひらめいて
いる。男たちはあからさまに闘志をむき出しにしていて、きっかけ
があればすぐにでも喧嘩は始まってしまうだろうと思われた。

 そんな空気の中、少女の声が響いた。
「あんたたち、あの人の使い?」
 アイだった。馬上からグレッドとミッチェを見つめている。
「そう……。じゃ、仕方ないね。降参。」
 男たちは一瞬、アイが何を言ったのか理解できなかった。
 割と早くその言葉の意味に気付いたグレッドも拍子抜けした。て
っきりひどく抵抗されるだろうと思っていたのにこうもあっさりア
イが折れるとは。しかし、揉めることなく目的を達することができ
るのならそれに越したことはない。

 アイは愛馬から降り、手綱を引きつつ、グレッドとミッチェのい
る方角へ歩を進める。
 アイに引かれるシルレオンは、ゆっくりとついていきながらも落
胆の想いをアイにぶつける。
「まさかこのまま捕まるというのですか? あの婚約者の元へ行く
というのですか? 望まぬ結婚から逃げ出したのではなかったので
すか?」
 頭の中で響く声にアイは答えた。
「一時的に捕まってみせるだけよ。逃げ出すことなんて簡単。この
街なんて私の庭みたいなものだもの。それに明日はお祭りだし、騒
ぎに乗じて……。」
 アイがグレッドの元にたどり着き、紳士的に差しのべられた右手
に手を載せようとしたときだった。

「冗談じゃない! そのまま連れていかれちゃ困る! あたしたち
だってその子に用があるんだよ!」
 声と共に、アイとグレッグの間に真っ赤な炎が上がった。二人は
手を取ろうとした相手とは逆の方向にのけぞって離れた。
 そして、火を目にしてしまったシルレオンはパニックを起こし、
その身に繋がった手綱をアイが掴んだままであるのに、危険な暴れ
馬に変身してしまった。

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